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[27203] パチリアさん、暗躍する(IS、オリ主)
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/20 23:14
・このSSはにじファン様にも投稿させて頂いています。

















少女にとって、他人とは恐怖そのものだった。
必死に、自分なりに努力をしても適応出来ない自分を疎ましく思い、他人に受け入れてもらおうとする努力は無為に終わり、ついには他人全てに恐怖した。
少女の何が悪かったという訳ではない。ただ、ほんの少しだけ他人とは違うだけだったのだ。
だが、その僅かな躓きがみるみるうちに壁となって行った。
少女を囲む壁は高く、厚く。少女から足掻く気力を削り取って行く。

だが。

少女を受け入れないのが他人であるのなら、部屋で独りきりで泣く少女を受け入れるのも、また他人。
少女の壁を颯爽とぶち抜くのは、これまた少女。
彼女の名は、

「わたくしの名前はセシリア・オルコットですわ。貴方のお名前は何とおっしゃるの?」

まだ齢十にも満たない少女ではあるが、その魂はすでに高貴。
涙に沈む少女へと微笑みかけるセシリアの姿に人は慈愛を見るだろう。
人を信じられなくなっていた少女はセシリア・オルコットに希望を見た。
いや、希望という言葉ですら足りない。

「あ、あたくしは……」

これは、ある少女の愛の物語である。













それから数年後。

「あたくしキシリア・スチュアートの剣にかかって、死ぬがいいですわ! 織斑一夏ァァァァァァァァァっ!!」

「ちょっと待て!? 白目剥きながら、斬りかかってくんな! マジで怖い!」

IS学園クラス代表決定戦。
キシリア・スチュアートが駆る量産型IS『打金』は織斑一夏のワンオフ専用機『白式』を追い詰めていた。
機動性に劣る打金での巧妙なステップワークで白式を逃さない。
打金の標準装備である身の丈ほどある刀ではなく、更に巨大なツヴァイハンダー(両手持ちの西洋剣)を右手に一本。左手に一本。
セシリアより、僅かに短い金髪の縦ロールを振り乱しながら、荒ぶる竜巻の如き熾烈な猛攻。
血走った白目を剥き、狂乱の舞を踊り続けている。
だが、怒りと憎しみと嫉妬に狂いながらも白式を逃がさぬ間合いの潰し方は、IS搭乗時間が一時間にも満たない織斑一夏を苦しめる。
対する一夏と言えば、完全に気合い負け。ブレード一本しか無い近接戦闘特化型だと言うのに、キシリアに踏み込む素振りすら無く、必死の形相で防ぎ続ける。
だからと言って、一夏が特別に臆病だとは観客全員は思わなかった。

「死んで、畑の土におなりなさい!」

文章に起こせば、こうなるだろうが実際、キシリアは叫び過ぎて、

「じんでばだげのずじにおな゛りなざぁぁぁぁぁぁい゛!」

と、老婆が癇癪を起こして叫んでいるような嗄れた声。
うら若き少女が涎が飛び散らせながら暴れまわる姿は怒る闘牛の方がまだ可愛げがある。
関わりたくないタイプの人であった。
どうして、こんな状況となったのか。それは少し時間を遡らねばならないだろう。



キシリア・スチュアートとセシリア・オルコットはかなり似ている。
キシリアの方が僅かに髪が短い程度で顔ではなかなか見分けがつきにくい。
楚々とした所作は二人とも貴族の出らしい礼にかなったものである。
セシリアに憧れるキシリアは必死の思いでちょっとした仕草、表情、ファッションの全てを真似たからだ。

だが、セシリアとキシリアを間違える者はなかなかいない。
何故ならキシリアは大草原。セシリアはなかなかの二つの山を持っている。
つまり、キシリアの胸はぺたんというより、すとん。
欧州では巨大さよりも総合的なシルエットを大事にする以上、どちらが上とは言えないだろうが。
しかし、キシリアはセシリアと自分と比べれば確実にセシリアが上だと固く信じている。
と、いうよりもそんな愚論は語るまでもないと思っている。
それでも身に付ける物は常にセシリアよりワンランク下を維持。
セシリアに何かを言われたからではなく、キシリアにとって、それは至極当然の事なのだ。



―――天上におわす御方よりも神々しく、羽ばたく蝶より華麗なお姉様と同程度の物を身に付けるなど、あたくしがより惨めになってしまいますわ。
あたくしはお姉様の影であればいいのです。



それを真顔で言い切る女がキシリア・スチュアートである。
そして、憎き怨敵織斑一夏はキシリアが言う所の世が世なら女神として崇め奉つられていたであろう美姫セシリアに、

「ちょっとよろしくて?」

話しかけられるという彼のおがくずのような下らない人生の中で唯一、光輝くであろう栄誉に対し、

「へ?」

あろう事か間抜け面でとんまな返事を返したのである。
本来であれば即座に跪いて、

「この豚めに何かご用で御座いましょうか」

と答えるのがあるべき姿なのである。
それをあの男は、

「ギ、ギギ、ギギギギギギギギ…… キシャァァァァァァァァァァァァ!」

「え、何この声!?」

あらかじめ何かをやらかさないようからセシリアに待てと言い付けられたキシリアは必死に耐える。
周りの有象無象が騒いでいるが、キシリアにとってはどうでもいい事だ。

「まぁ、なんですの、そのお返事!? わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら!?」

―――こんな無礼な男に何とお優しいお姉様……!

キシリアはセシリアの宇宙の如き広大無比な広い器に涙した。
もし、世の凡愚共を救う弥勒菩薩がいたのならば、セシリアの姿をしていると再確認した。

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

キシリアは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の織斑一夏をを除かなければならぬと決意した。セシリアには男がわからぬ。キシリアは、セシリアの愛の僕である。常にセシリアの背後で近付く男達を排除してきた。だからこそセシリアには、人一倍に敏感であった。

―――お姉様は案外、ちょろいのですわ。

友人が少ないセシリアだが、その分懐に入った相手にはどこまでも優しい。
キシリアのように懐いて来る相手も突き放せはしない。
もし、一度、織斑一夏がセシリアの警戒を破り、内側へと入ってしまえば?
過去、オルコット家を強欲な連中から守るためにキシリア以外に心を開かなかった時期もあるセシリアだが、

―――お姉様はちょろいですから、心配ですわ。

今までは近付く男はキシリアが物理的に、社会的に、生物学的に叩き潰して来たが織斑一夏は世界初のISを動かせる男性である。
各国の諜報機関が二十四時間、完全に監視していて手が出せなかった。
もし、一夏が学園内で女性と「イタした」場合は全世界の国のリーダーに一時間以内に報告が入るだろう。
更に生徒会長更識楯無と対暗部用暗部『更識家』もなかなかの手練れである。キシリア単独で生徒会長と更識家を相手をするには少しばかり荷が重い。
そんな織斑一夏を始末してしまえば、キシリアだけではなくセシリアにまで迷惑がかかるだろう。
機会を待たねばならない。
「仕方のない事故だった」と受け取られるようなタイミングを待たなければならない。
キシリア・スチュアート、臥薪嘗胆の心意気である。



そして思ったよりも、その機会は早く訪れた。

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

この学園で織斑千冬を無視出来る者は何人いるだろうか。
凛として、清廉。現在、学園内踏まれたいランキング一位を独走し、史上最強の名に最も近いと噂されるIS乗りである。
名も実も兼ね備え、教壇に立つ彼女を平然と無視し、自らの思考に耽るような者は現在、一組の教室ではキシリア・スチュアートのみである。
何百、何千通りの織斑一夏を陥れる策を練り続ける彼女は見た目だけは模範的な生徒であるが、千冬の話は右耳から入って、左耳から抜けている。
ちなみに副担任の場合は全く耳にも入っていないのだから、まだマシな方だ。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出るクラス代表者を決めないといけないな」

その時、キシリアに電光が走った。
合法的に織斑一夏を抹殺出来る手段が。しかも、衆人環視の元での"事故"を起こせるチャンスが来たのだ。
だが、まだ待たなければならない。

「はい! 織斑くんを推薦します!」

キシリアの未来予測はこの先の展開を読み切った。

「私もそれがいいと思いますー」

「では候補者は織斑一夏…… 他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

お姉様の素晴らしさを知らない愚民共がただの物珍しさで織斑一夏を推薦するのは"読み筋"だ。
そう、織斑一夏は次に、

「(へへえ、あっしのような豚が素晴らしきセシリア様を差し置いて、クラス代表者になれるはずないでゲス!と言う……!)」

「ち、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。 他薦されたものに拒否権はない」

人間、誰にでも間違いはあるのだ。
だが、

「そのような選出は認められません!」

セシリアが机を叩いて、立ち上がるのはキシリアにとっては確定事項。
一夏を深く知らないせいで多少、間違えたがセシリアが次に何を言い出すかは全て読める。

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。 それを物珍しいからと言って、極東の猿にされては困ります!」

ヒートアップして行くセシリアにさすがにかちんと来たのか、情けなく緩んでいた一夏の表情に少しずつ怒りが浮かぶ。

「(これは……不味いですわね。 お姉様はプライドの欠片もない相手はお嫌いですが、意地を見せる相手には……ちょろくなってしまいますわ!)」

罵倒され、情けなく笑っているような人間はキシリアも嫌いではあるが、セシリアは更にその思いが強い。
魑魅魍魎のような、金のためなら誇りを捨てる連中を相手にオルコット家を守るためIS操者になったくらいだ。逆に見事な矜持を見せた相手には賞賛を惜しまない。
下手な転び方をしてしまえば、キシリアにとって不味い事になるだろう。

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。 世界一不味い料理で何年覇者だよ」

正直、キシリアも一夏と同意見だが、セシリアにはこの言葉は許せないだろう。
セシリア・オルコットは誇り高き貴族だ。国を馬鹿にされて笑ってはいられない。
だから、

「なっ……「我が祖国を侮辱されては黙ってはいられません。決闘ですわ!」 ち、ちょっと、キシリアさん!?」

ここで割り込む。
キシリアが国のために怒った。そう思い、割り込んでも不興を買わないタイミングで。

「申し訳ありません、お姉様。 しかし、この男の暴言……許せませんわ!」

キシリアは何故、日本のオープンカフェはどうでもいいような景色しか見えない場所に作るのだろうと考えながら、立ち上がり、セシリアならこうするという動作で一夏を指差した。

「セ、セシリアが二人……? いや、パチリア?」

「最高の誉め言葉ですわね! しかし、あたくしは手加減しませんわよ!」

なかなかこの豚は見る目が有るではないか、とキシリアは一夏の評価を一段階上げた。
ただの排除対象から敵へ。この上手く回る口でセシリアを口説くつもりなのだろう。

「あれ、今、俺はいつ誉めたんだ? と、とにかく」

「織斑先生、よろしくて!?」

「あ、ああ、では勝負は一週間後、第三アリーナでだ」

一夏が今の千冬を見れば驚く事だろう。あの織斑千冬がキシリアに呑まれ、口を半開きにし、目を丸くしている。
完全に横から無理矢理に入って来たキシリアに主導権を奪われてしまったのだ。

「あたくしが勝ったら、お姉様がクラス代表ですわ。 もし、わざと手を抜いて負けるような事があれば去勢しますわよ」

「ああ、真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないさ」

そう言い切った織斑一夏は表情を改めると、キシリアを真っ直ぐに見つめ返す。

「(不味いですわ…… こういうタイプの方、お姉様は好きですもの……!)」

セシリアを完全に決闘から排除するには成功したのだが、改めて怨敵織斑一夏の恐ろしさを思い知らされるキシリアだった。



[27203] 二話『お前に決闘を申し込む』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/16 00:24
油抜きしておいた厚揚げを寮の部屋に備え付けられたコンロに置いた網に乗せ、火にかける。
その間、ボウルに味噌と砂糖、みりんとほんの少しの日本酒を入れ、かき混ぜる。
キシリアはじりじりと焼き色が着いて来た厚揚げをひっくり返すと、あらかじめ用意してあったネギを刻み始めた。
これを食べるセシリアの喜ぶ様を想像するだけで、キシリアの胸は甘い感情で一杯になってしまう。
そんなときめきと共にネギを切り終えると足取りも軽く冷蔵庫から、ライムのジュースを取り出し、クラッシュアイスを入れたコリンズグラスに僅かに注ぐ。あとはシュガーシロップとジンジャーエールを注いでマドラーでかき混ぜる。
カットしたライムを完璧な角度でグラスの縁に飾り付け、ストローを刺してサラトガクーラーの完成だ。

狐色にこんがりと焼けた厚揚げに刷毛でさっと、作っておいたタレを塗り裏返す。再び裏面にタレを塗り裏返す。
この間にまな板と包丁をさっと洗い、厚揚げを焼いている網を漬けておくための水も用意。
朝、さっと洗い物を終わらすための一工夫だ。
あまり焼け過ぎないように、だが味噌の香ばしい匂いが漂い始めたら用意しておいた皿に盛り付け、刻んだネギを乗せて、残ったタレをかける。

「我ながら完璧過ぎますわ……!」

自画自賛する出来はきっとセシリアを喜ばせる事だろうとキシリアは確信した。
シルバーのトレイに厚揚げの味噌焼きとカクテルを乗せたキシリアはキッチンを抜け、セシリアの待つ部屋へと戻る。
ネギと味噌の香ばしい匂いが辺りに漂う。
窓辺に置かれたテーブルには、すでにセシリアが座っていた。
頬杖を着き、物憂げに窓の外を眺めるセシリアの美しさはキシリアの心を弾ませる。

―――同時に"だが"とも思う。

開け放たれた窓から、僅かにそよぐ春の風。眼下には夜の中でも鮮やかに咲き誇る桜並木が見えるだろう。
セシリアは寝間着の白いキャミソール。
月の光が美しい身体のラインを浮かび上がらせ、

「辛抱溜まりませんわ……!」

「今、何か仰いまして?」

「いえ、桜が綺麗だと思っただけですわ」

そうですの、とキシリアの言葉を疑った気配も無く、セシリアは目線を再び桜の花へと戻した。
その間にもテーブルの上にキシリアは料理とカクテルを並べて行く。
セシリアが手伝おうともしないのは自らが邪魔になるだけだと自覚しているからだ。
容姿端麗、学業優秀。しかし、それは生まれもって才能のみではない。常に不断の努力で自らを鍛え上げている。
しかし、そんなセシリアではあるが家事は全く駄目なのである。いくらキシリアが教えても不器用だった。
だが、そういう弱点が無ければ、自分が役に立てる事がないと思うキシリアにとって喜ばしい事で、セシリアを尊敬する気持ちに変化はない。
弱点や対人関係の弱さはキシリアが補えばいい。補いたいと思っている。

「さあ、お姉様。 冷めないうちに頂きましょう?」

「あら、とても美味しそうですわね。 今日のお夜食はなんですの?」

「厚揚げの味噌焼きという日本食ですわ」

「えっと……。 日本ではお料理を頂く時は……いただきます、でしたわね?」

「はい」

「それではキシリアさん、いただきます」

胸の前で手を合わせ、先程までの物憂げな表情では無く、柔らかに微笑むセシリアを見て、

「はい、どうぞ召し上がってください」

キシリアも自然に笑みが零れた。

―――お姉様はやっぱり笑顔の方が素敵ですの。

キシリアは胸の内で万を超えるセシリアを賞賛する言葉を生み出し続けるが、それを口にする事はない。
何故ならナイフとフォークで厚揚げを切り分けたセシリアが厚揚げを口に運び、

「ん……」

声を漏らし、僅かに前後にこくこくと頭を揺らし、厚揚げを咀嚼していく。
これがセシリアが美味しいと思った時の癖だとわかっていて、この後に発せられる言葉はわかっている。
しかし、

「美味しいですわ、キシリアさん」

セシリアに眉尻を下げた微笑みと純粋な賞賛を受けるのはキシリアにとって、何物にも代え難い幸福だ。
踊り出したくなるような喜びを無理矢理、理性で縛り上げて優雅にキシリアは微笑んだ。

「ありがとうございます」

「こちらのカクテルもお味噌の香りとライムの香りが綺麗に合っていますわね」

セシリアのためにキシリアは色々とカクテルを研究している。
セシリア本人はアルコールを嗜むも淑女の勤めだと思っている。それを理解しているキシリアではあるし、言われた通りにカクテルを出している。
ただノンアルコールのカクテルだと伝えていないだけだ。
酔うと脱ぎ癖と甘え癖のあるセシリアに色々とされてしまうと心の象さんがぱおーんして色々といたしてしまういそうになる自分を必死……いや、絶死の域で抑え込まねばならない。
セシリアのカクテルにアルコールを仕込んでしまえと囁く悪魔の誘惑に耐えるキシリアであった。

「キシリアさん、もう一杯……そうですわね、カトレアを頂けます?」

「それは今夜はオッケーという事ですね」

「何がですの?」

きょとんとしたセシリアの表情を見て、キシリアはちょっと死にたくなった。
天使よりも純粋無垢なセシリアは地を這いずりまわるキシリアには時々、眩し過ぎるのだ。





セシリア・オルコットにとって、キシリア・スチュアートは二人目の親友だ。
何の利害が絡まない、という意味では彼女ただ一人だけかもしれないし、一人目は素直に友人だと言うには色々と差し支えがある。
だからこそ、自分のやった事の責任を彼女に取らせる訳にはいかないとセシリアは思う。
何故ならセシリアは、

「(わたくしは、この子のお姉さんなのですから……!)」

セシリア・オルコットはキシリア・スチュアートの目標であらねばならない。
夜風に舞う桜の花びらは風情があり、これまでに食べた日本食はどれも美味しかった。
こうして日本に来てみれば、野蛮な猿の住む島だなどとは言えない。ただ文化の色が違うだけで、イギリスと日本の文化のどちらが上かなどと喚くのは大人気ない態度だった。
あとイギリスの料理が不味いと言われても正直、セシリアには反論は出来ない。
食に関してだけ言えば国籍を移したいくらいだ。

「ねえ、キシリアさん。わたくし考えましたの」

作ってくれたカクテルを口に含むと紅茶の芳醇な香りが心を落ち着かせてくれる。
セシリアは淑女らしく、アルコールを窘める自分に満足感。
そして、一杯目よりも氷を減らされたカクテルは、寝る前にあまり身体が冷え過ぎないようにというキシリアの気遣い。
こういう所は勝てない、と思いながら、口を開いた。

「えっと……一夏さんを最初に侮辱したのは、わたくしでしたわ。
まず、彼に謝ろうと思いますの。
そして、謝罪を受け入れて頂ければ、改めてわたくしがクラス代表を決めるために一夏さんと勝負をしますわ!」

最初に一夏を侮辱したのはセシリアで、一夏はそれに怒っただけ。
それは正当な怒りだろう。むしろ、自分の祖国を馬鹿にされて怒らない方が間違っている。怒らず、へらへらと笑っているような者がいれば、男女問わずにおかしい。
セシリアは織斑一夏に僅かに興味を持ち始めていた。

織斑一夏は間違っていない。
キシリア・スチュアートも間違っていない。
なら誰が間違っている?

結局、何故かセシリアの代わりにキシリアが決闘する事になってしまった。
セシリアが侮辱し、一夏が怒り、キシリアが決闘する。
何一つとして筋が通っていないではないか。
そして、筋を通していないのはセシリア・オルコットだ。
きちんと間違いを認められる所は認めなければならないという事を身を持って教えるのが、お姉さんの勤めだろう。

「わかりましたわ、お姉様。 お姉様がそうすると言うのであれば、あたくしに否はありません」

きちんと話せばわかってくれるキシリアはセシリアの自慢の妹だ。
これだけは色々と間違いの多いセシリアだが、胸を張って言える事だった。

「キシリアさん、感謝いたしますわ」

「いえ、あたくしも考えてみれば、お姉様の邪魔をしてしまったと思っていましたの。 ……それでお姉様、今日は一緒に寝てもよろしいですか?」

紫の、セシリアとは色違いの寝間着を着て顔を赤らめ、もじもじとはにかみながら言うキシリアを可愛いと思う。

「ええ、よくってよ」

セシリアは答えた。
しっかりしているようで、まだまだ甘えたがりなキシリアをとても可愛らしく思ってはいる。
しかし、

「(わたくしの胸に顔をうずめて、すりすりする癖は何とかならないかしら)」

ちょっぴり"きゅん"として、"もやもや"と来てしまう自分はお姉さん失格だと思ったが、なかなか断る気にもなれなかった。
寂しがり屋の妹を持つとお姉さんも大変なのだ。





「(むにー。むにー)」

天蓋付きのキングサイズのベッドに二人で入り、セシリアの胸に即顔を埋めるキシリアは幸せの絶頂。
イギリスに居た時は勿論、家は別であり、こうやって一緒に寝れる機会は滅多に無かった。

「(えへへ……。 うふふ……。 げへへ……)」

新しい三段階笑いを生み出すキシリアの表情が見えないのは、お互いにとって幸せな事だろう。

「もうっ、キシリアさんはまだまだ甘えん坊ですわね」

そう言いながら、セシリアはキシリアの頭を優しく撫でる。
もう、とっくの昔に撫でぽ(撫でられて、ぽの意)されているが、とっくに上限突破しているキシリアの好感度がぎゅんぎゅんと上がって行く。ぎゅんぎゅんである。

「あ、そうですわ」

幸せ一杯、色々な意味で胸一杯なキシリアの背筋がぞわりと何かを感じ取る。
セシリアが何かロクでもない事を言い出そうとしている事にキシリアは気付いた。

「日本にはお花見という風習があるそうですわね。 キシリアさん、ご存知かしら?」

「……はい、確か桜の花の下で飲めや歌えの酒席を開く事でしたわね」

「ええ、一夏さんが謝罪を受け入れて下さった時は三人でお花見をしましょう!」

さも名案だ、とばかりに声を弾ませるセシリアに、

「(むにむにむにむにむにむにむにむに)」

顔をすりすりと動かした。
むにむにでした。

「あ、ちょっとキシリアさん、動き過ぎですわ。 ……やんっ」

ちょっと満足したので動きを止めた。

「……キシリアさん、お嫌でしたの?」

「違いますわ! 想像しただけで楽しそうで、つい……!」

セシリアの嬉しそうな声につい嫉妬の炎が燃え上がる。キシリアは織斑一夏を抹殺しなければならないと改めて誓った。
セシリアの言い付けを破るつもりはないが、だからと言ってそれは別の話。

「うふふ、その時は美味しいお料理、期待していますわよ」

「はいっ!」

セシリアの楽しげな声を聞くだけで嬉しいし、セシリアに期待されるのも嬉しい。
セシリアと"二人っきり"での花見も、さぞ楽しい事だろう。
キシリアはセシリアの胸に顔を埋めながら、にたりと嘲った。

「あっ……! こらっ、どうしてお尻撫で回しますの!?」

「そこにお尻があったから……もとい、お姉様と一緒に寝るのが久しぶりだからですわ」

「もう、仕方有りませんわね」




















「どういうことだ」

「いや、どういうことって言われても……」

時間は放課後、場所は剣道場。
俺は箒に怒られていた。
手合わせを開始してから十分。結果は俺の一本負け。
それも俺は防戦一方。一矢報いるどころじゃない。

「どうして、ここまで弱くなっている!?」

「受験勉強してたから、かな?」

まぁ実際は家計を助けるために、バイトしてたから三年間、帰宅部だったせいなんだけど。

「織斑くんてさあ」
「結構、弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」

辺りにはギャラリーが満載。
ひそひそと聞こえる落胆の声。
珍獣扱いされてるのも惨めだけど、女よりも弱い男だと失望されるのも情けない。
くそう、格好悪い……。

「お姉様、いましたわよ」

何だか聞いた覚えのあるキンキンとした声に俯いていた顔を上げれば、

「……パチリア?」

と、セシリアなんとかさんがいた。

「ま、また、そうやってあたくしを褒め千切って……! なんですの!? あたくしに惚れたんですの!? お生憎ですが、あなたのような野蛮な方とはお付き合い出来ませんわよ!」

「一夏、貴様!?」

「訳わかんねえ!?」

パチモンのセシリアって、どう考えても悪口じゃないのか。
なんでそれを言って、俺はパチリアに惚れた事になって、いつの間にかフラれて、ついでに箒は怒ってるんだ!?
箒の打ち込みを必死に防ぐ俺に、

「まあ、お稽古中ですの?
一夏さん、話がありますので、終わったら少し、お時間いいかしら」

ぎりぎりと鍔競り合いをする最中、セシリアが話しかけて来る……って今、話しかけられても。
片手に抱えていた面を足元に放り投げ、必死に両手で押し返す。
片手じゃ無理だ。

「やっぱり、あのような軟弱な男などお姉様が構う事はないのですわ」

「キシリアさん、そのような事を言うものではなくってよ」

押し込まれる竹刀を必死に防いでいる最中だというのについ、のんきに話している二人に視線を送ってしまった。
セシリアと比べて、パチリアは全体的にちっこいんだな。
胸だけじゃなくて、身長も十センチくらい小さいし。

「どこを見ている!?」

「ぐえっ」

更に怒った箒が足払いを仕掛けて来る。お前、これが試合だったら反則だぞ。

「ふんっ! この軟弱者め」

どす!どす!と足を踏み鳴らして、箒は更衣室に行ってしまった。
あー、これは俺が悪かった。後で謝っておかないと。
稽古中に気を逸らすなんて、付き合ってくれていた箒に失礼だった。
でも、ちゃんと防具は自分で片付けて行けよ。

「一夏さん、大丈夫ですの?」

俺の、箒に叩き潰されるというあまりの醜態にギャラリーが散っていく中、セシリアが心配そうな顔で手を差しのばしてくれた。

「……ああ、大丈夫だよ」

女に負けて、更にここで女助け起こされてなんて……これ以上、みっともない所は晒せない。
箒に叩きつけられた背中の痛みをぐっと我慢して、立ち上がった。

「まぁ、なんて失礼な方なのかしら! せっかくお姉様が!」

「キシリアさん、少し静かになさい」

「はい、わかりました!」

パチリアに尻尾があったら、ぶんぶん振り回してるんじゃないかと思うような笑顔。怒られたんじゃないのか、今?
女はさっぱりわからんけど、パチリアは更にわからん。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

「そうだ、何か話があるんだろ?」

「そうでしたわ。そ、その……一夏さんに謝罪に参りましたの!」

「へ?」

セシリアは左手を腰に手を当てて、右手の人差し指にピシッと突き付ける……って近い近い。
指が俺の鼻に触りそうだ。
決闘ですわ!と言葉を変えても違和感がないと思うのは俺だけか?
人に謝る態度じゃないと思うんだが。

「き、極東の猿だなんて言って……ごごごごごごごごご」

「ゴリラ?」

「ら、ラッパですわ!」

「……パンダ?」

「だ、ダージリン!」

「ン・ビラ」

アフリカにある打楽器らしいぞ。俺は見た事ないけど。

「違いますわ! どうして、しりとりになってますの!?」

「さあ?」

何が言いたいのかさっぱり……ってこればっかりだな、俺。

「とにかく! ご、ごめんなさい!」

金髪をばさっと翻すようにして、セシリアは頭を下げた。
よくわからんけど、いいぜ。
そう答えようとした時、セシリアは頭を上げて、

「わ、わたくしとした事があなたのように軟弱な方を相手にムキになり過ぎましたわ! し、仕方なくあなたの無礼を許して差し上げますわ!」

カチン。
覆水盆に返らず。転がる石は止まらない。
そんな流れに乗せられての話じゃない。

「いいぜ。お前の謝罪を受け入れる」

「あ……」

顔を真っ赤にしながら、喋りまくっていたセシリアは安心したように止まった。

「だけど、改めて俺からお前に決闘を申し込む」

俺は俺の意志でセシリアに決闘を挑む。
興味本位の期待が無くなっても、どうでもいい。
だけど、ここまでナメられて引き下がったら男じゃない。

「え」

「さすがお姉様……自爆の天才ですわ」

セシリアの後ろでぶつぶつパチリアが言っているが、知った事じゃない。
それにこんなに馬鹿にされてへらへら笑って逃げ出したら、俺だけじゃなくて千冬姉の名前まで汚す事になる。

「ち、ちょっとお待ちになって!? な、何故そういう話になりますの!?」

「そうですわ! お姉様と戦いたいなら、あたくしを倒してからになさい!!」

パチリアはセシリアにそっくりなポーズで、セシリアを押しのけて前に出て来た。

「ああ、望む所だ!」

望まない場所に望まない状況。
だけど、まだ俺にだってプライドがある。
久しぶりに味わった底辺の気分を更に叩き落としてくれた、この二人に俺の意地を見せてやる。

―――やってやる。

俺は、久しぶりに誰かに勝ちたいと思った。
これから本気で鍛え直す。

「わ、わたくしは望んでませんわよ!?」

セシリアの叫びを背中で聞きながら、俺はその場を後にした。
試合まで、今日を入れてあと五日。
やれる事をやり尽くしてやる。















自分が何のために戦ってるか思い出せ、織斑一夏!
クラス代表がどうこうじゃない。俺は男の意地見せるんだろ!
代表決定戦が始まってから、パチリアに気合い負けしてしまって、すでにシールドエネルギーを半分にまで落ち込んでいる。クリーンヒットこそ無いが、とにかくコツコツと当てられてしまった。
こんな有り様で負けたら、俺が俺を許せなくなる。
だけど、かなり手の内は見せてもらった。 ……そろそろ仕掛けてみるか。

「そろそろ落ちなさい、織斑一夏ぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「やなこった!」

キレてる分、パチリアの攻撃のタイミングは単調だ。
右手のツヴァイハンダーの振り下ろしを一、左手のツヴァイハンダーハンダーの切り上げで二、右手のツヴァイハンダーの逆道で三、次の一は左手のツヴァイハンダーの打ち下ろし!

「もらった!」

今まで防戦一方で下がり続けていたけど、ここで前に出る。
右足を一歩前に踏み出し、踏み込みは十分。パチリアのツヴァイハンダーを思いっきり弾き返す。

「なっ!」

片手じゃさすがにあんな長物を保持出来なかったのか、ツヴァイハンダーが遠くに飛んで行き、

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

俺は近接用ブレードをパチリアのがら空きになった胴に完璧なまでに叩き込んだ。
決まった……!パチリアの背後に抜けて勿論、残心を忘れず、

「馬鹿者! これは剣道の試合ではないぞ!」

箒の声が聞こえて、やべっと思った瞬間、

「お返しですわ!」

俺のブレードの衝撃による反作用、重量級武器の遠心力、踏み込み、IS自体の推進力。
それら全てをまとめたキシリア全力の回転斬りが背後から迫る。

「ぐっ……!」

話で聞いただけの『瞬時加速(イグニッションブースト)』をぶっつけ本番で!
思いっきり踏み込むようなイメージ!

「間に合いませんわよぉぉぉぉぉぉおおッ!!」

あ、と思った瞬間に『瞬時加速』が発動。だけど、パチリアのツヴァイハンダーはシールドを抜き、俺の右のブースターを切り裂いた。
突然、片方のブースターが破壊されたせいで左右の加速力がズレた結果、

「ぐえっ」

一秒にも満たない時間の中で何回転したかわからないくらいに錐揉みして、地面に叩き付けられる。
何とか操縦者保護機能で意識が吹っ飛んだりはしなかったが、それでも消せなかった衝撃が俺の頭をくらくらさせる。
だけど、

「無様ですわね!」

追い討ちかけてくるよな、こいつなら!
寝ている暇も無く、その場から飛び退いて、何とかギリギリに避ける。
回転斬りの遠心力を更に乗せたのか、一瞬前に俺のいた場所から凄まじい砂煙が吹き上がった。
ちくしょー、油断しなけりゃなあ。
とにかく、

「お互い一発ずつ。まだまだここからだな」

「ダメージはあなたの方が大きいですけどね」

その冷静な声を聞いて確信した。さっきまでの暴れっぷりは罠か……。
砂煙が晴れた先に立っているパチリアはまるで屠殺場に送られる豚でも見るような冷たい表情だった。
もし、俺が『瞬時加速』を使えなければ、あの一撃で沈められていただろうし、追い討ちに気付かなければ確実に終わっていた。
なんで演技してる時より素の方が怖いんだ、こいつ。

だけど、そろそろ思い出して来た。



―――俺が一番、強かった頃を。



[27203] 三話『俺を、恐れたな?』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/16 20:38
「織斑先生、お願いがあります」

一日の仕事も終わり、自分の部屋に帰って、ちょっと一杯引っ掛けようか。
そう思って気を抜いた矢先に織斑千冬は弟の一夏に引き留められた。

「……話してみろ、織斑」

普段は叱られても叱られても、千冬姉と甘えの混じった呼びかけを続ける弟が突然、『織斑先生』と来た。
千冬でなくても、一体どうしたものかと訝しむだろう。
常の柔らかな、悪く言えばお気楽な表情をしている一夏が千冬の目をしっかりと見返す。その視線は真剣そのもの。

―――今日はビールを飲めそうにもないな。

千冬は思った。

















これ終わったら絶対、千冬姉に怒られるな……。
千冬姉に教わった事、全然生かせてないよ。自業自得とは言え、試合の後が怖い。

両手剣が一本になった事によって、パチリアの動きは劇的に変わった。
二刀流の時は遠心力と推力を生かした勢いのある嵐のようなデタラメな剣線。刃を立てる気すら最初から無い動きはとにかく俺をぶん殴ろうとしていたようにしか思えなかった。荒れ狂う二本の剣と、あの気迫に踏み込むのには、かなりの勇気がいった。
その分、隙も多かったし、読みやすくもあったんだが、

「しっ!」

パチリアの両手剣は綺麗な踏み込みと腰の動きの連動が合わさり、上段からの速くて重い一撃に生まれ変わる、って!?
俺はサイドステップ、というより身体を投げ出すように飛び退く。

「ちっ、避けやがりましたわね」

振り下ろしの途中からいきなりISの推力を生かしての突きに変化して来やがった!
パチリアの剣は正統派の剣術とISの特性を使ったいやらしい剣に仕上がっている。
こいつの性格そのままの動きだな、これ。

俺の残りシールドエネルギーは48。多分、軽くかすっただけで終わる。前半の防戦一方が大きく響いてしまった。だけど、まだまだこれから。

「ふうー……」

俺は一度、息を深く吐く。
もっと、もっと深く行けるはずだ。
もっと深く、冷静になれ、織斑一夏。







「織斑先生、俺にISについて教えてください」

「毎日の授業で教えている」

まさに一刀両断。
それはそうだろう。毎日の授業はIS操縦者のための授業だ。あれでISについて教えていないのならば、何を教えているというのだ。

「言い方を変えます。織斑先生、俺に戦い方を教えてください」

だが一夏は引こうとはしなかった。
過去に剣道を習っていた時も見た事がないくらいに深々と、しっかりした礼に則り、一夏は頭を下げてくる。
どうしたものかと千冬は頭をガシガシとかいた。
他の女性がやれば粗野で下品になりかねない仕草のはずだが、千冬の場合は不思議とそれが様になっている。

「あー……くそ」

千冬はそう吐き捨てると下げていた一夏の頭に手をやり、撫で回しすというよりも激しく乱暴な手付きで自分によく似た一夏の癖の無い髪を掻き回す。

「頭を上げろ、一夏」

「織斑先生!」

「今は千冬姉だ。
全く……本来であれば、クラス代表戦でどちらかに肩入れする事は望ましくないんだが……」

「千冬姉……ありがとう!」

「その代わり今日明日だけではない。これから毎日、お前に稽古をつけてやる。いいな?」

にやりと口角を跳ね上げて笑う千冬に、冷たい汗が背筋を伝った。
少し早まったかと一夏は思った。



再び場所を剣道場に移した二人は竹刀を手に向き合う。
すでに夕日も暮れようかという時間となり、織斑姉弟以外の人影はない。照明も点けず、千冬は言った。

「そのまま動くな」

防具も付けないままの一夏に上段に構えた千冬がじりっと近付く。

「え、ち、ちょっと待てよ、千冬姉!?」

「動くな。ただ見ていろ」

じりっ、じりっ。
僅かずつ、焦らすかのような動きで千冬は一夏への間合いを詰める。

―――やべえ、マジでこええ!?

動くなと言う以上、一夏は動く訳にはいかない。
それがわかっていても剣を握るは最強のブリュンヒルデ織斑千冬である。
その剣がいつ落ちて来るかわからなず、なぶるかのようにじりじりと間合いを詰められるとなれば、いっそ自分から斬りかかって楽になりたいと思うほどのプレッシャー。

「…………………………」

まだ剣を一度も振っていないというのに一夏は先程、箒と行った試合よりも酷い汗を全身にかいていた。
だが、動かない。動けない。
蛇に睨まれた蛙のように間抜けに突っ立っているのが精一杯。

「…………っ!」

唾を飲み込もうとした瞬間、一夏の目の前、皮一枚を残した距離に千冬の竹刀が置かれていた。振り下ろされた竹刀が全く見えず、最初から、そこに置かれていたようにしか一夏は思えない。
ずっと見ていたはずなのに、振り下ろしは全く見えず、さらりと一夏を撫でる刃風が汗に濡れた身体を、心を冷やす。

「もう一度だ」

再び千冬は竹刀を上段に構えた。
竹刀が真剣にしか見えない程の威圧感に、一夏は必死に耐えた。









「くっ!? なんで! いきなり当たらなくなりましたの!」

右、左、横薙ぎからの変化で籠手。それを見せ札にして『瞬時加速』からのショルダータックル。
爆発的な加速が空気を押し除け、俺の髪を揺らす。だけど、それなりのエネルギーを使って効果があったのは、それだけだ。
全てをぎりぎりで避け、『瞬時加速』で吹き飛ぶようにして加速して行ったパチリアに、わざと見せ付けるようにして向き直る。

小学生の頃に俺は剣道を習っていた。
あの時、体格差も力の差も大して無かった箒に俺が圧勝していたのは一重に視野の広さの差だった。
相手の動きの起こり―――例えば、踏み込み。股と膝を動かしてから足底が地面に着く―――を見切れば、その先の動きは全て予想出来る。
一つ一つの僅かな動きを、相手の攻撃を恐れる事なく拾い上げれば、後の先を取れる。
これが俺のスタイルだった。
本人が覚えてない事まで千冬姉はよくもまぁ覚えていたもんだ。
最初はパチリアに呑まれたものの、千冬姉にプレッシャーほどではなかった。
パチリアは千冬姉より、怖くない。
なら、

「今度は俺から行くぞ」

ISの足はきちんと摺り足が出来るほどに、僅かに硬さはあるが精密に俺の動きに着いてくる。
構えは上段。
イメージは俺よりも遥か高みにいる千冬姉。
背筋を伸ばし、自分を大きく見せて圧迫感を与える。
散々に見せられた。だけど、俺じゃあの完成された技には届かない。
千冬姉に比べば不細工な動きだろうけど、今のパチリアには通じる。
何故か当たらない攻撃、逆に飲まれていた事を忘れれているかのように冷静な俺。それは不可解でパチリアに焦りを生む。
本来であればエネルギーもまだまだ残っていて、ブースターがやられていないパチリアの方が圧倒的に有利だ。
だけど、

「………………………うう」

顔を青ざめさせ、考え込んでいるパチリアに僅かの余裕も無い。
ここでパチリアが機動力を生かして、ヒットアンドウエイを繰り返す作戦に切り替えれば、俺はかなり不味い事になるだろう。
しかし、人間、心に余裕がなければそんなアイデアも浮かばないものだ。
じりっ、じりっと千冬姉にやられたように僅かずつ間合いを詰める。
対するパチリアは円を描くように左に回って行く。

「なあ、気付いてるか?」

「な、何がですの!?」

俺の苦しい台所事情を思い出されないように、あえて不敵に笑って言ってやる。

「下がったな?」

綺麗な円を描いていたパチリアの軌跡が一カ所だけ大きく歪んだ。

「な!?」

「お前、今、下がったな?」

たった一歩。たった一歩だけど、これまで前に出続けて来たパチリアは一歩、俺から下がった。

「俺を、恐れたな?」

一歩下がろうが、二歩下がろうが本来であれば関係ない。間合いの調節は本来であれば、当たり前の事だ。
だけど、

「お、お黙りなさい!」

焦りに飲み込まれたパチリアには、それがもう理解出来ない。
これまでの基本に忠実で綺麗な動きに比べれば、それは雑の一言。間合いすら読まず、気息すら整えず。乱れた心身のままパチリアは手にした剣を振り下ろして来る。
落ち着いて、まずはきっちり一撃ずつ決めて行こうか。

振り下ろしを半歩下がって避ける。本当であれば横に避けたい所だったが、そこまで上手くは行かなかった。
下がりで体重の乗っていない剣だけど、それでもまともに頭部にヒット。動きの止まった所で改めて踏み込み、返す刀でホームランを撃つような気持ちで全力での胴打ち。

「行ける……!」

俺の剣で吹き飛んだパチリアの残シールドエネルギーは20前後と白式が報告してくる。
あと一発で俺の、勝ちだ。
もう少しで俺の、勝ちだ。





「はぁぁぁぁぁぁぁ、凄いですねぇ、織斑くん」

やっと登場の機会が与えられた山田真耶がため息混じりに呟く。
ピットにあるリアルタイムモニターには仰向けに倒れ、胸が上下し荒い呼吸を繰り返すキシリアと自信に満ち溢れた表情の一夏。
空を駆けるのが本分であるIS戦闘の定石は外れているが、一夏は二回目の起動とは思えない見事な戦いぶりだった。
しかし、千冬の表情は忌々しげに歪んでいる。

「あの馬鹿者。浮かれているな」

ブレードの柄尻を引っ掛けるように握る左手を閉じたり開いたりを繰り返すのは浮かれて調子に乗っている時の一夏の悪癖である。その浮かれた精神は大抵、簡単なミスを誘発してしまう事を千冬はよく知っていた。
それだけではない。倒れた相手に追い討ちをかけないのは確かにスポーツマンシップの観点から見れば正しい。
しかし、ISはあくまで兵器なのだ。
スポーツの大会と大して変わらないモンド・グロッソにしても、賭けられているのは個人の誇りなどではない。あくまで「この国の技術力はいかほどの物であり、我が国とはどの程度の差があるのか」という事を一番、わかりやすく各国に実例を挙げて、見せ付ける場なのだ。
毎回、一回戦負けした国は上位の国に色々とむしり取られており、ISについては先進国の日本が外交下手でも、なかなかの躍進を見せている事からも明らかだ。
モンド・グロッソに出場するヴァルキリー達に求められるのは泥臭くとも、如何なる手を使ってでも常に勝利をもぎ取る貪欲さだ。
必要なのは綺麗なスポーツマンシップではなく、国家間の代理戦争を勝ち抜く冷静さだ。
つまり、まだ"織斑一夏は戦士ではない"。むしろ、キシリアの方がその事を、よくわかっているくらいだ。

「ふ、ふふ、ふふふふふふあはははははは」

千冬の頭の中では不甲斐ない弟をどのように鍛えてやるかで一杯になっている。
今までなかなか接する時間もなかったが、これからは"沢山、可愛がってやれそうだ"と思えば、笑みの一つも零れる。
あくまでどう"可愛がろうか"と考えているだけだ。千冬の基準での可愛がりだが。

「お、織斑先生どうしたんですか!? 元々、怖い顔が更に怖くなっていますよ!」

「………………………………いやなに。 今後、どうやって愚弟を鍛えてやろうかと思ってな」

千冬は真耶の肩に手を置くと、

「そうだ、山田くん。 君も教員生活でなまってるだろう? 愚弟と一緒に私が"可愛がって"やろう」

「お、織斑先生の"可愛がり"ですか!? き、拒否権は!? 拒否権をください!」

「無い」

「田舎のおっか、とうちゃん……真耶はもう……そっちさ帰れそうにねえだ……」

静かに絶望に沈んで行く真耶を気にもかけていない様子で、ずっとモニターを見つめているのは箒とセシリア。二人の表情は対照的だ。

「「………………………………」」

箒はわずかに口を開き、ほっとした表情。
セシリアは眉根に皺を寄せ、モニターを睨みつける。
もし、箒は一夏が負けそうになっていたとしても、心の中で僅かに祈っただけだろう。
彼女の秘めた想いは、ただ一夏の勝利を望む。

もし、セシリアはキシリアが有利であったとしても、眉根に皺を寄せていただろう。
可愛い妹分が怪我をするかもしれないと思うと、セシリアお姉さんとしては気が気ではない。
だが、今のセシリアはそれよりも許せない事がある。

「オルコット、貴様!?」

千冬の叱責など耳に入らない。
モニターを見つめたまま、セシリアは専用機『ブルーティアーズ』を開放。
ピットにいる全員を瞬き一つの間に抹殺出来るだけの兵器を開放した。
しかし、そんな力よりも今、セシリアに必要なのは、ただ一つ。





「はあ……はあ……はあ……」

キシリアはこれでもかと言うくらいに折れていた。
キシリアは元々、自分に自信がある方ではない。才能がある方でもないし、何よりもちっこい。
すごく頑張って、セシリアの二番手のイギリス代表候補生候補の座を手に入れたものの、何しろちっこいのだ。
ちっこいという事はそれだけ体内に蓄えられるエネルギーが少ない。どれだけ鍛えても筋肉が着かないから、体力も着かない。
国家代表候補生なら軽々と走り切る10kmで、もう限界だ。
それなのに織斑一夏はズルいと、キシリアは思う。
少し鍛えただけで、キシリアの頑張りをあっさりと超える。元々の性能が違う。男はキシリアとは違う。

男だから。男は怖い。私をイジメるから。もうやだ。私は寝て暮らす。お家から出ないもん。お布団から出たくない。頑張っても当たらないし、凄い頑張ったら腕も上がらない。足も動きたくないって言ってるし、何より脳が動けないって言ってる。
最初から私が男に勝てるはず無かったんだもん。

キシリアは空を見上げながら、完全に全てを投げ出していた。
手も力が入らないし、あちこち痛い。身体中の筋肉が蛙にでもなって、げこげこ言いながら暮らしたいと思っている。げこー。
足はだらしなく放り投げられていて、一夏から見れば霰もない姿。
もう、そんな事も気にならない、

「キシリアさん!」

訳がなかった。
オープンチャンネル。
キシリアの視界にセシリアの怒った顔が一杯に広がる。
あ、ヤバい。とキシリアは反射的に立ち上がった。
半透明のセシリアの顔の向こうには、いきなり立ち上がったキシリアに驚いた織斑一夏。
ブレードを構えた一夏にキシリアは頭上で大きく腕をクロスし、

「お姉様ターイム!!」

お姉様の時間。
お姉様が通信を入れて来てくれたから、ちょっとタイムね。
この二つの意味が混ざったキシリア語である。

「お、おう?」

スーパーお姉様タイムは全てに優先されるのだ。
これはキシリア大聖典第二条に書かれている。
第一条は『好き好き大好きお姉様!』。
これを破ったら、キシリアは死ぬ。確実にめっちゃ死ぬ。
怒られるな、というしょんぼりとした気持ち。
お姉様だー。お姉様ー。お姉様ぁーという気持ち。
それらが1:9の割合でキシリアの中に生まれる。
体力が尽きて、ちょっと頭の可哀想な子になっているキシリアは、飼い主が帰って来たわんこの如く撫でくりまわしてくれるのを待った。セシリアの言葉を待った。

「キシリアさん」

「はい」

画面の向こうのセシリアが息を深く吸って、











「頑張りなさい!」

「はいっ!」

セシリアのシンプルな言葉は痛みも、倦怠感も、諦めも、男嫌いも、蛙になりたいという気持ちもぶっ飛ばし、キシリアは一夏に向かった。

そうは言ってもあちこち痛いし、ISのアシストが有っても、そろそろ体力限界。
さっきお姉様分が補給出来たけど、いきなり尽きちゃいそう。お姉様の胸に顔をうずめて、むにむにしなければ死んでしまう。むにむにしなければ死んでしまう。大事な事だから、もう一回。むにむにしないと死んでしまう。
これはレズとか性欲じゃないの。綺麗な穢れなき愛なの!
それに、

「今日のお姉様を称えるポエムがを書いてませんのよ! お姉様の素晴らしさをエクストリームアイロン掛けに例えて高らかに全っ!世界にっ! 届け、お姉様へのあたくしのラァァァァァァァァァァァブッ!」

「本気で意味わかんねえ!
そんな事よりも今は俺を見ろよ!」

俺もパチリアもカス当たりでもした時点で試合は終わる。もう一秒でも、空を飛ぼうとした瞬間にエネルギー切れで落ちるんじゃないか?
だけど、そんな下らない決着は、望んでない。俺もパチリアも望んでいない!
相手を正面から、ねじ伏せようと足を止めての叩き合い。
明らかに正気の目をしていないパチリアだけど、その剣は精密にして荒々しい。さっきまでの読みやすい剣とは違う。
これがパチリアの本気。
今だって俺の胴を真っ二つにしようと、パチリアの剣が風を切り裂いて迫って来る。

「な、何を馬鹿な事を仰ってるのの!? 私が見たいのは、お姉様だけです!」

あたくし……ああ、もう酸素が足りなくて、お姉様の模倣する余裕がない。私もう本当に限界でお姉様分が欠如してめまい、頭痛、目の霞みなどの症状が……。
お姉様お姉様お姉様ぁぁぁぁ……って、お姉様の次に綺麗に纏まっていた私の縦ロールが織斑一夏のブレードで切られた!
真面目にショック!?

「な、なんて事するの!?」

「おっと、悪い。 だけど、縦ロールより、ストレートの方が似合ってるし、今の素のお前の方が好きだぜ!」

初めて見たにも関わらず、セシリアと比べると、少し覇気の無さそうな、唇を尖らせた拗ねた子供みたいな表情がパチリアの素だと確信した。
一合一合打ち合う毎に自分が強くなって行く実感。
こんなにも楽しくて気持ちいいのに、こんなにも俺はお前を見ているのに、つれないパチリアに少しむっとして言葉を返す。髪の毛については、あとでちゃんと謝ろう。
もう、何合打ち合ってるかはわからないけど、百は超えた気がする。
だけど、まだまだ行ける。
パチリアに俺はまだまだ着いて行ける。
俺にパチリアはまだまだ着いて来れる。
昔、剣道をやっていた頃……違う。強くなりたかった頃の俺にはまだ届かない。
でも、こいつともっと戦えれば……いつか千冬姉を守れる力が手に入るはずだ!

「ななななななななー!」

本当におかしな奴だな。いきなり真っ赤になったと思ったら、間合いの外に飛び退いた。
やっぱ、パチリアはよくわかんねえ……と思ったけど、そうか。
最後はやっぱりこうするのが、お約束だもんな。

「行くぜ、パチリア。次が俺達の最後の一撃だ!
閉幕(フィナーレ)はお互い派手に行こう!」

ブレードを左の脇にだらりと構える。
ぎりぎりまで脱力。体力も使い果たしてる今は逆に丁度いい。
インパクトの瞬間に今の俺の全てを叩きつける。

「これで俺が勝ったら、パチリア……。
俺と付き合ってもらうぜ!」
















「は?」

箒はまーるく、ぽかんと口を開いた。

「……………………………………」

千冬は静かにキレた。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ……! わぁぁぁぁぁぁぁぁ! いいなっ、羨ましいですね、キシリアさんっ!」

真耶は目をきらきらさせた。

「あらあら、まあまぁ。 どうしましょう」

セシリアは一夏の猛烈なアタックに彼が可愛い妹を任せられる男かどうかを考えた。











これからは俺の稽古に付き合ってもらうぜ、パチリア。
深く、地面に埋まるくらいに右足で踏み込む。二之太刀は考えない。
ISのエネルギーを残った左バーニアに叩きこんでの『瞬時加速』。
エネルギー切れより速く、この剣を叩き込めばいい。俺の剣をパチリアより、先に叩き込んでやる。
右のバーニアを失った『瞬時加速』は踏み込んだ右足を軸に左への回転運動に生まれ変わり、そして、その力はそのまま俺のブレードの速さになる!










「え?」

え、今、告白された? ……いやいや、そんなまさか。 お姉様相手ならともかく私なんかに。 あ、そうか。私を踏み台にして、お姉様に近付こうと!
あれ、でも、さっきの彼の表情は……。 真剣で、ちょっと格好よか―――わ、私にはお姉様という方が!
でも、嘘ついてたようには思えなかったし……ええ!? まさか本当に、











「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

織斑一夏の人機一体となった剣はキシリアを胴を左脇から入り、右肩から抜ける逆袈裟一閃。同時に絶対防御が発動し、ISがロック。
一夏は右手に保持していたブレードを突き上げると、

「俺の…………………………勝ちだぁぁぁぁぁ!」

天に届けと、全てに自分の勝利を伝えるかのように、一夏は吠えた。
一夏のISも勝利を喜ぶかのように一瞬、光輝くが、すぐに収まる。
エネルギー切れで絶対防御が発動し、第一次移行は失敗。
だが、そんな事は一夏は知らない。知っていたとしても、どうでもいいと思うだろう。

そして、全てが終わった事を知らせるかのようにブザーが鳴り響いた。

「試合終了。 勝者―――織斑一夏! おめでとうございまいたたたたたたた!? 織斑先生、痛たたたたたたたた!」

アリーナに山田真耶の悲鳴が響いた。
その声を聞きながら、

「さすがに疲れたー……」

一夏は深い満足感と疲労に包まれながら目を閉じた。
言葉とは裏腹に一夏の顔には笑みが刻まれていたのだった。



[27203] 四話『ここにいるぞ』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/17 18:45
クラス代表決定戦が終わった次の日。
眠気を誘う春の陽気。
そして、日曜日で学園はお休み。綺麗にて整備された中庭には外出しなかった生徒の姿があちこちに見られる。
寮内で異性の目がないせいか色々な意味で彼女達は見せられる格好ではない。
そんなだらしない彼女達を気にせず、キシリアは椅子を、セシリアは大きな布と竹で編まれたデイリーバックを小脇に抱えて中庭に現れた。

腕から肩にかけて白い肌が見える、淡い桃色のサマードレスをキャンパスとして、彼女自慢のブロンドが太陽の光を浴びて鮮やかに映える。
咲き誇る桜の木々のように華麗に歩くのはセシリア・オルコット。
柔らかく微笑む彼女を誰もが目を奪われる。

「今日はいいお天気ですわね、キシリアさん」

「はい、晴れてよかったです」

キシリアは鮮やかなセシリアとは違う。
無地の白いTシャツにクラッシュジーンズ。ラフと見るか活動的と見るべきか。
昨日、織斑一夏に縦ロールを一本、カットされたために片方だけ残った縦ロールが物悲しい。
相方を失った寂しさのせいか、心なしか残された縦ロールは力無く垂れ下がっているように見える。

二人は人のいない木陰に椅子を置いた。

「お姉様、この辺りでいいでしょうか?」

「ええ、そうですわね」

「それでは、よろしくお願いします」

「はい、ではこちらにお掛けになってください」

おどけながら、キシリアは椅子に腰掛けた。
セシリアは、ばさりと手にした布を広げると手際よくキシリアの首に巻く。
それはキシリアの身体をすっぽりと覆い隠し、頭以外の肌は見えない。

「お客様、今日はどのように致しましょうか?」

地面に置いたデイリーバックから霧吹きを取り出すと、しゅっしゅとキシリアの髪に湿り気を与えてゆく。

「可愛くしてくださいませんか?」

セシリアとは違い、湿り気を帯びた、キシリアのちょっと強い癖のある髪に気を付けながら、櫛を通す。

「お客様は元から可愛いですから、それは難しいですわね」

縦ロールにもしゅっしゅ、さっさと小気味いい音を立てながら櫛を通して真っ直ぐに戻す。
正面に回ったセシリアが見たキシリアの表情は目を瞑り、どこか嬉しそうだ。

「ありがとうございます」

―――…………………………えいっ。

セシリアは、ちょこんとキシリアの形のいい鼻を摘んだ。

「ひうっ!? び、びっくりしましたわ!」

びっくりして目を開いたキシリアに、

「あんまり可愛いから、つい悪戯してしまいましたわ」

「も、もうっ! お姉様ったら」

二人は見つめ合い、しばし楽しげに笑い合う。

「さて、カットいたしましょうか」

セシリアの手にはプロ仕様のカット鋏。
きちんと手入れしてある刃は顔が映るほどに輝いている。

「真面目にどうカットしましょうか? この際ですから、イメージを変えてみません?」

具体的には縦ロールを切り落とす感じである。
セシリアとしては、自分と同じようなヘアスタイルを見ても楽しくはない。妹分が自分の真似をしようとするのは、とても胸きゅんではあるのだが。
その複雑な心境はすでに縦ロールだった部分に向けて鋏を構えている事から明らかだ。目を瞑っているキシリアは気付いていないが。

「いえ、今回もお姉様と一緒がいいですわ! また伸びたら戻しますので整えるくらいにして頂けませんか?」

予想通りの返事にセシリアは胸の内で、ちょっとため息。
仕方ない、と思いながら鋏を、

「ふぇ〜、せしりーとぱちりーは仲良しさんなんだねぇ〜」

しゃきっ。

いきなりかけられたら声に振り返れば、モップに似た赤いもこもこ。
頭にはどこを見ているかわからない多分、目っぽい何か動くたびに揺れる。その下の部分には人の顔。

「い、いきなりで驚きましたわ……! え、えーと、確か……布仏さんでしたわね」

「そうだよぉ〜。布仏本音さんですぞぉ〜」

赤いモップのようなもこもこした着ぐるみに身を包んだ少女、本音は威嚇するかの如く、ぶかぶかの袖を挙げて言った。まぁ、ゆるゆると笑う表情のせいで恐ろしくとも何ともないが。

「ご挨拶が遅れましたわ。わたくし、セシリア・オルコットで」

「あたくし、キシリア・スチュアートですわ」

「うん、よろしくねぇ〜」

えへへと笑う本音にセシリアも、うふふと笑い返した。
セシリアのお姉さん力(ぢから)が発揮されたのである。
しかし、背後でお姉さん力が発揮されて面白くないのはキシリアだ。
ただの友達なら構わないにしても、セシリアの妹はキシリアだけでなければいけない。

「あ、あのお姉様……」

本当なら、あたくしだけを見て!と言いたいのを我慢しながら、キシリアは控えめにアピール。

「あら、ごめんなさ……………………………………」

「……………………あらぁ〜」

視線をキシリアに戻した二人は、

「え、どうしましたの!?」

「…………………なんでもありませんわよ?」

「……………………なんでもないよ?」

「え!? ここで布仏さんがいきなり普通に話始めるとか、何がありましたの!?」

キシリアは膝の上に僅かな重みを感じた。視線をそこに移すと無残な縦ロールが、

「ぱちりー、ぱちりー。 私は本音でいいよぉ〜? せしりーもね」

「あ、えと、はい」

「あら、もうお二人はお友達になりましたのね。 わたくし、ちょっと妬けてしまいますわ」

「せしりーもお友達ぃ〜!」

「うふふ、光栄ですわ、本音さん」

「えへへ〜」

「えー?」

流されていると理解しながらも、キシリアは口を噤んだ。
髪を切られている時、目を開くのは怖いし、耳元でしゃきしゃきと踊る鋏はひどく楽しげでセシリアの気持ちを表しているようだったから。

―――お姉様はそんなにあたくしの髪型を変えたかったのでしょうか……?

ちょっとへこんだ。





「おはよ……」

「む、どうした一夏? 教室の入り口で止まるな。後の者に迷惑ではないか」

朝、箒と一緒に登校して来た俺は思わず足を止めてしまった。

「………………………………………………………………………………」

教室に入ると自分の席に座ったパチリアがじとーっとした暗い目でこちらを睨んで来た。

「キ、キシリアさん、そんなにその髪型、嫌でしたの?」

「す、すっごく似合ってると思うなぁ〜!」

パチリアの周りにはセシリアと、いつものほほんとした……名前知らねえや。のほほんさんでいいか。
二人が慌てた様子でパチリアを慰めていた。

「……………………………………………………お姉様と一緒が良かったんですの」

パチリアは残っていた縦ロールも切ったのか、髪型ががらりと変わっていた。
肩の辺りで真っ直ぐに切り揃えられて、前髪もぱっつん。
金髪の市松人形みたいだ。
パチリアは唇を尖らせて、じとっとした目つきで俺を見上げて来る。
何を求められてるんだ、俺は…… そうか。

「よく似合ってるぞ、パチリア」

ただでさえちっこいのに余計、幼く見えるけど。

「今のあたくしにパチリアという名は相応しくありませんわ……!」

「パチリアって名前に、そんな厳しい条件があるのか」

パチリアは勢いよく立ち上がると、

「当然ですわっ! あたくしのお姉様への愛が! つまりは愛ですわ! そう……Loveですわね?」

「愛しか言ってねえ!?」

結局、どういう事なんだ!?

「愛されてるねぇ、せしりー」

「わたくしとしてはキシリアさんに、もう少し姉離れしてもらいたいんですが」

しかも、もう外野に回ってる人達がいますよ、奥さん。
これは俺が何とか纏めなきゃいけないのか?

「大丈夫だ、お前以外にパチリアに相応しい人材はいない」

パチリアって呼ばれたい奴も他にいないだろうし。

「駄目ですわ……。 今のあたくしは出来損ない。 つまり、パチパチリアですの……」

「ややこしいな、パチパチパチリア」

吉本みたいだな。

「うー……! パチパチパチリアって! パチ一個増やすくらいに今のあたくしは見苦しいと言いたいんですのね……!」

「すまん、ただ間違えただけだ」

「お姉様への愛は間違ってませんわよ!」

「お前、面倒くさいな!?」

「そ、そもそも貴方が悪いんですわ!」

パチリアはちょっと涙目になって、顔も赤くなっている。
俺にはよくわからないけど、パチリアにとって、セシリアと似たような格好をするのは大事な事なんだろう。
人生色々だもんな。
それに女の髪を事故だったとはいえ、ばっさり斬ってしまったんだ。
誠心誠意を込めて謝らなければいけないだろう。

「本当に悪かった、パチリア。 俺に責任を取らせてくれ」

少しでも気持ちが伝わるように、俺は深く頭を下げた。
まぁ俺に出来るのは飯を奢るくらいだけどさ。 ……はぁ、自業自得とは言え、また財布が軽くなるぜ。

「………………ん。 どうした、皆?」

「「「「「なんでもないよ!」」」」」

あちこちで好き勝手に話していたクラスメイト達が、いきなり黙り込んだと思ったら一矢乱れぬ返事が返って来た。
ひょっとして新手のイジメか、これ?

「待て、一夏!」

「ん、どうしたんだ、箒?」

なんだか顔が青いぞ。 寝不足か?
……いや、それは無いか。
昨日はぐっすり寝てたもんな。 ……ああ、そうか。"あの日"か。
口に出して怒られるほど俺は間抜けじゃないぜ。
何度、口に出して千冬姉に怒られたかわかったもんじゃないからな!

「一夏、きちんと答えてくれ……!
お前はこいつと……その付き合うのだろう? そ、その……そして……………つまり、責任を取るという事は」

「ああ、そういう事だ」

稽古に付き合うんだし、飯くらい奢らないとな。
しかし、どうして箒はそのくらいの事で、こんなに言いにくそうにしてるんだ?

「なあ、箒」

「待て、一夏! まだ出会って一週間くらいだろう!? は、早すぎやしないか?」

出会って一週間で稽古に付き合ってもらうのが早いのか……?
あ、そうか。 きちんと髪を切った責任取ってからにしろって事か。
こんな事だから、いつも女心がわからないって言われるんだろう。
反省しないとな。

「ありがとう、箒。 お前のお陰で目が覚めたぜ」

「そうか! わかってくれたか!」

「ああ」

俺はパチリアに向き合うと、しっかりと目を見た。


「俺と日曜日、飯食いに行こうぜ」

「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁ! デートよ、デート!」」」」」

なんだか皆、盛り上がってるな。誰と誰がデートするんだ?

それはともかく、ちょっと奮発して、ステーキ!……はさすがに無理か。 ファミレスでパフェ付きくらいで許してくれないだろうか。
バイト出来ないから金が無いんだ。

「え、え、え、え、えっと、そそそそそそその…………お姉様!?」

パチリアはどこかで見た事のあるような、明らかな挙動不審な動きを始めた。
キタキ○踊りみたいだ。

「あらあら、キシリアさん。 殿方に恥をかかせてはいけませんわ」

「そ、そんな!?」

パチリアは涙目を超えて半泣き。そんなに嫌だったのか?
それよりセシリアと離れるのが嫌なのかもな。
将を射るなら馬からと言うし、ここは一つ。

「そうだ。 なら、セシリアも一緒にどうだ? 大した物はご馳走出来ないけどさ」

「そうですわね……」

セシリアは小首を傾げ、少し考えると、

「構いませんわよ。 貴方という人を確かめさせてもらいます」

「ああ、失望はさせないつもりだ」

俺の誠意を見せて、謝罪を受け入れてもらおう。

「お、お姉様、待ってください! え、えーと……えっと……………他に行く者はいないかぁ!」

「ここにいるぞ!」

おい、待て箒。
お前、そんなに食い意地張ってたのか……。
そこまで必死になって……腹空かせてるのか。

「ここにもいるよぉ〜」

のほほんさんまで!?

「……仕方ない。 じゃあ、この五人で行こうか」

千冬姉、少し金貸してくれないかな……。



[27203] 番外『どうして』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/18 21:46
木刀を正眼に構える。

最近、見つけたあまり人目につかない雑木林の中にある僅かに開けた場所に箒は独り立つ。
とっくに太陽は沈み、夕飯も食べ終わり早い者なら、すでに夢の中に落ちている事だろう。
誰かと話したい気分でも無かった。特に一夏と顔を合わせているのが、ひどく苦痛だった箒はまるで逃げ出すかのように、この場所に来たのだった。

ゆっくりと木刀を持ち上げる。
構えはクラス代表決定戦で一夏が見せた上段の構え。
普段は意識せずとも背筋がぴしりと伸ばされる構えなのに今日は力を込めなければ自然と背中が丸まってしまう。

箒はゆっくりと息を吸い、ゆっくりと優に普段の三呼吸分ほどの時間をかけて息を吐いた。
ゆっくりとした呼吸に合わせるかのように、ゆっくりと足を踏み出した。
あまり最近の剣道では見かけない、古武術でよく見られる一つ一つの動作を確かめるための動きである。
斬る、という動作に腕力はいらない。

肉体改造と称し、ひたすらに上半身を鍛えた、あるプロ野球選手がいた。
腕力があれば、ホームランが打てる。子供でも考きそうな理屈だ。
しかし、超一流のプレイヤーが皆、上半身のみを鍛えているのだろうか。
答えは否である。
彼はそれまでに培って来たバッティングフォームを捨て、力任せに打とうとした結果、打てなくなってしまい、最後には上半身と下半身のバランスを崩し、身体を壊してしまった。
腕力も確かに必要だが、絶対の条件ではない。
本当に必要なのは身体の稼働部の連動により、対象に体重を乗せる事だ。
超一流のプレイヤーは皆、フォームに力みがない。
何故なら力を入れるという事は、それだけ筋肉を収縮させているという事。それはエネルギーを無駄にロスしているという事だ。
身体を連動させ、望んだパフォーマンスをするには余分な力を入れず、心静かに自然体を維持する必要がある。

それを理解している箒だが今日はどうにも上手く行かない。
膝は流れ、腰は揺れる。体幹がブレる。
箒の心のように流れ、揺れて、ブレている。

くそっ、と胸の内で罵りを発する。
自分か、一夏か、あの女か。
誰に向けて放ったのか。それもわからずに余計にイラつく。

くそっ、とまた剣を振る。
不細工な剣線は空気すら斬れぬ。
一のブレは連動され、結果的に十のブレになる。箒の揺れる心はブレを増幅させ百のブレ。
上手く行かない焦りが振りをどんどん速く。そして、乱雑にしていく。

くそっ、とまた剣を振る。
何も斬れないなまくらの技。
これなら素人の方がよほどマシだと箒は自嘲する。
この溢れる感情が自嘲だと思い込む。

くそっ、また剣を振る。
斬れぬ。斬れぬ。何も斬れぬ。
木に打ち込めば弾かれる。
空気は斬られるよりも速く逃げ出すだろう。
この迷いに迷う我が心も斬れぬ。



未練も斬れぬ。



何故だ、と箒は自問自答。
私の方が先に一夏を好きになった。私の方が一夏との付き合いは長い。私の方が一夏を理解している。私の方が一夏と沢山、稽古をしてきた。私の方が一夏をあの女よりも好きなはずだ!ずっとずっと私は一夏を想って来た!私は一夏が好きなんだ!
なのに、

「どうしてだ、一夏……」

何故、あの女を選んだんだ。
何故、私じゃないんだ。
何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!?

「どうしてなんだ!? どうして!?」

責任を取る、と言った真剣な一夏はとても格好よかった。
ただ真っ直ぐに、傷付けてしまったあの女と生涯を共にする事を、いっそ無造作に見える程に決めてしまう姿は箒に男を感じさせた。
それが他の男であれば、見事と褒め称えたであろう。
だが、

「私は何て見苦しい女だ……!」

責任を取ろうとした一夏に、まだ早いと説得した。
真っ直ぐに生きよう。生きたい。生きるべきだ。
ずっとそう思って来た箒があろうことか嫉心に狂ってしまった。
醜い。何と醜き事か。
自分が許せないし、許してはいけない。

「一夏は……悪くない」

ただ一夏は選んだだけだ。

「あの女も……悪くない」

選ばれただけだ。一夏に。

「私も……悪く……ない」

選ばれなかっただけだ。一夏に。

「なら……!?」

この想いをどうしろと言うのだ。
ただ持て余し、吐き出す事も出来ないというのか。

「好きなんだ!」

幼い頃から篠ノ之箒は織斑一夏を好きだった。

「お前じゃなきゃ駄目なんだ!」

離ればなれになっても、いつか出会えると信じていた。

「一夏ぁ……………」

また出会えた。
出会えれば想いは通じると信じていた。

「好きなんだ……一夏ぁ……!」

だが、箒は選ばれなかった。

「私は……私は……………私は」
箒は、ただ泣く事しか出来なかった。
声も出さず、ただただ箒は泣いた。





少女のキラキラとした美しい想いは儚く砕け散る。
そして、残骸から溢れ出すのは真っ黒な感情。

―――自分はこんなにも醜いのか。

純真無垢だった少女の心はあっという間に穢れに満ち満ちる。
嫉妬は悲しみになり、悲しみは憎しみへと生まれ変わる。
穢れなき乙女の想いは無残。無残。無残。




















だが、箒にはまだ残っている想いがあった。



[27203] 五話『遠いな』
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/04/19 23:33
「点呼を取りますわよー。1」

「にぃ〜」

「3だ」

「4……って、おい」

「5。 なんだ、私がいるのが不満か? 一夏」

朝九時、学園校門前に五人揃っていた。
上から、
セシリア・オルコット。
布仏本音。
篠ノ之箒。
織斑一夏。
そして、織斑千冬である。

「はぁ〜い、質問でぇ〜す。 どうして織斑先生がいるんですかぁ〜?」

「ふっ、愚問だな」

休日だというのに一部の隙もない黒いスーツはまさに麗人。
触れれば切れるような冷たい美貌。
千冬は口端を吊り上げ、威風堂々と言う。

「一夏の金で酒が飲めると聞いて」

「千冬姉、何言ってんだ!?」

「冗談だ。 オルコットから今日は花見に行くから引率として来てくれと頼まれただけだ」

「ん、花見?」

聞いていないと一夏は首を傾げ、セシリアが答えた。

「はい、人数が増えましたので、どうせなら、お花見をいたしましょう!」

胸の前でぱちんと手を合わせ、セシリアは朗らかに笑う。

「え、俺、何も聞いてないんだけど」

「あら? わたくし、篠ノ之さんに伝えましたわよね?」

最初に点呼に答えてから箒は俯き、言葉を発していない。
どことなくぼんやりした姿は普段の竹を思わせるようなすらりとした印象からは程遠かった。

「あ……すまん、一夏。 伝え忘れていた……」

「おい、箒。 しっかりしてくれよ」

「す、すまん」

「おりむー、おりむー」

てこてこと一夏の正面に本音が立つ。

「ん、どうしたんだ?」

「めっ」

ぺちん、と一夏のおでこに本音の平手が当たった。

「うえっ!?」

一番、このような事をしそうにもない本音に叩かれた一夏は痛みよりも純粋に驚き。

「おりむーはちょっと黙ってた方がいいと思うなぁ〜」

「そうですわね」

「愚弟め」

「ちょ、どういう事だ!?」

「おりむーはおばかさんだねぇ〜」

「な、なんでだ……」

知らぬは本人ばかりなり。
一夏に悪気があろうとなかろうと、乙女の純情を踏みにじっているのだ。

「む、そういえばスチュアートはどこだ?」

「キシリアさんなら今、車を取って来ますわ」

「……車?」

黙っていろと言われても、つい口を開くのは一夏の悪癖だろう。
考えがすぐに顔と口に出てしまう。

「はい、この近くの桜の名所を調べたら、歩いて行くのも大変みたいですもの」

「ん? あれ、千冬姉って車の免許持ってたっけ?」

「私は持ってないぞ。 今日はスチュアートの運転だ」

「え、なんでパチリアが免許持ってるんだ?」

「キシリアさんは十八歳ですもの。 免許を持っていてもおかしくないでしょう?
イギリスで国際運転免許に切り替えて来ましたんですわ」

「誰が十八歳?」

「だから、キシリアさんですわ」

ぷっぷー、と軽快なクラクションを鳴らしながら、ワンボックスのワゴン車が止まった。
運転手は無論、

「皆さん、お揃いですわね」

キシリア・スチュアートである。

「嘘だ!?」

叫ぶ一夏。

「私は知ってたよぉ〜」

「無論、私も担任だから知ってる」

そんな一夏を尻目に本音と千冬はさっさと乗り込んだ。

「一夏さん、年上はお嫌いですの?」

「あ、いや、そういう事じゃないけどさ」

「なら、いいじゃありませんの」

セシリアは一夏の胸をとん、と押すと、

「さあ、行きましょう?」

桜の花よりも美しく微笑んだ。




パチリア……いや、パチリアさんだったのか。
何故か助手席に座らせられた俺は横目でパチリアを見つめた。

「なんですの?」

「いや、なんでもない」

明らかにセシリアより幼い感じだよな。
ロリセシリア。略してロリア。
やっぱパチリアがいいか。

「……不愉快な視線ですわね」

「生まれつきだ」

「そ、そうですか」

な、なんだ。この空気は……。
なんでパチリアは言い返して来ないんだ。
やっぱりまだ怒ってるのか?

「なあ、パチリア。 確かに昨日、少し先走り過ぎたと思う。
すまなかった」

「うー……」

女の髪を切るだなんて、男として最低だった。
それを忘れて稽古に付き合ってもらおうなんて虫のいい話だ。
何よりも先に俺はきちんと謝って許してもらわなければいけなかった。
本当に十八歳か気にするよりも俺にはやらなければいけない事があったんだ。

「本当に悪かった。 お前の気持ちも考えないで……。
それだけお前に付き合って欲しいかったんだ」

「あ、うー……う、うぇい……」

「一夏さん、キシリアさんは今、運転中ですのよ。 あまり困らせないであげてくださいな」

「あ、そうか。 すまん」

のほほんさんと一緒に二列目に座っていたセシリアに窘められる。

「そういえば今日のご飯はぱちりーが作ってくれたんだよねぇ〜」

「そうですわ。 キシリアさんの作るお料理は絶品ですのよ!」

妹……姉? いや、妹か。
セシリアは妹が誉められたのを喜ぶ姉のようにしか見えない。

「一夏さん、あとで材料費は請求させて頂きますわね」

「ああ、勿論だ」

セシリアは逆にここで割り勘なんて言われてしまえば俺の面子が立たない事を察して、ここであえて金の話をしてくれている。
もし、その気遣いに気付かない相手なら不快に思われてしまうかもしれない。なのに、こうやって自分から泥を被れるセシリアは俺なんかより凄く大人なんだろう。
俺もこうやって自然に相手に気遣い出来るようになれば、のほほんさんにおばかさんと言われずに済むんだろうか。

「それは多分、おりむーには無理だと思う……」

「待ってくれ。 声に出してないし、そこまで本気で暗くなるような話じゃないはずだ」

のほほんさん、何か俺に厳しくない!?


















「本当に悪かった。 お前の気持ちも考えないで……。
それだけお前に付き合って欲しいかったんだ」

後部座席に、一夏から一番遠い所に座る箒の耳にもその言葉は聞こえて来た。
一夏らしいまっすぐな告白は箒の心を抉る。

―――来なければ、良かった。

何故、好きな男が別な女を口説くのを見せつけられねばならないのか。
だが、泣く訳にはいかない。一夏が心配する。
篠ノ之箒が知る織斑一夏は泣いている誰かを放っておきはしない。
一夏の負担にはなりたくない。

「……篠ノ之。 ん、今の私はプライベートだから箒でいいか」

「何でしょうか、織斑先生」

冷静に返そう。そう思って発した言葉は控え目に言っても涙声一歩手前。何とか泣いていないというだけ。

「まぁこれでも飲め」

千冬から渡された缶を確認もせずにぐいっと呷った。
舌に苦味。 飲んだ事の無い味と喉に触れる淡い炭酸。
不味い、と思いながらも箒は一気に飲み干した。

「ぷはぁ……美味しくありませんね」

「お前……たまに私が冗談を言ってみれば完全にそれを上回って来るな」

手にした缶を見てみれば、ビールだった。
普段なら酒を飲まされたと怒る所だが、今の気持ちを誤魔化せるなら法律すらどうでもいい。

「千冬さん、もう一本ください」

「……山田くんを連れて来て押し付ければよかったな」

露骨に嫌そうな顔をする千冬が嫌々渡してくれたビールを開け、再び呷る。

「ぷはぁ! ……不味いですね」

もう一本、と手で催促。

「せめて、一気飲みはやめろ」

味わうと美味しいのだろうか?と思いながら一応、ちびりと飲んでみる。
舌の上でビールを転がしてみるが、箒にはやはり美味しいとは思えなかった。



晴れたる空。満開の桜並木。
桃色の花びらが風に流される。
そんな美しいはずの光景を見ても、箒の心はぴくりとも動かない。

「よくこんな場所取れたな」

「ふふん、朝早くから場所を取りましたのよ!」

「なんだ、言ってくれれば俺も一緒に来たのに」

「お姉様と二人きりの時間を邪魔しないでください!」

小さな身体で胸を張るパチリアと一夏。何だか兄妹のよう。
似合っている、という事なのだろうか。
二人の距離。
一夏とパチリアの距離は近い。 肩が触れるか触れないか。 そんな距離感は一夏と箒では滅多に無い。

一夏が言うようにいい場所を取ってなのだろう。
桜の名所として有名な公園の中でも一際、大きな桜の木の下に六人が輪になって座っても悠々と出来る。
シートの下を軽く均したのか、箒の尻に石の感触が伝わって来る事は無かった。

「うわっ、この唐揚げうまいな!」

「そうでしょう? キシリアさんの唐揚げは絶品ですわ」

「えへへ、お姉様ぁ〜」

セシリアに誉められ、頭を撫でられ喜んでいる。 そして、

箒は恋する乙女だ。 恋する乙女が恋する乙女を見間違える事は有り得ない。



―――パチリア・スチュアートは織斑一夏の言葉に喜んだ。



待って……。
まだ心の準備が出来ていないんだ。
傷つく準備が出来ていない。
それがいつ出来るのかわからないけど、今はまだ無理だ。
見ていられなくて視線がつい自分の膝に向かう。

「ほうきん、ほうきん?」

「あ、ああ。 布仏か……どうした?」

「んーん、コップが空になってるから、お酌してあげるぅ〜」

「……すまない」

気を使われているな、と思った。
だが、それがどうした。そうも思った。
僅かばかりの煩わしさを感じながら、紙コップを差し出した。

「はぁ〜い」

とく、とく、とく。
黄金色の泡立った液体が注がれて行く。

「一夏さん、ご飯粒がお顔に着いてますわよ」

「うわっ、本当か? ……取れたか?」

「こら! お袖でごしごしするんじゃありませんの! ……仕方有りませんわねぇ」

パチリアはハンカチを取り出すと一夏の顔を拭ってやった。

「……………っ!」

それを見て箒は、

―――とく、とく、とく。 溢れても、まだ注がれて行く。

「……布仏?」

そこで初めて彼女の顔を見た。

「ほうきん、駄目だよぉ〜」

笑顔。
笑顔のはずなのに、

「ほうきんは何もしてないんだよぉ〜?」

何故、彼女はこんなにも悲しい顔をしているのか。
よく冷えたビールが箒の手を、腕を、脇を、腰を濡らして行く。

「誰も悪くないなんて、そんなはずないの」

背筋に広がる冷たさはビールのせいか。それとも、

「違う」

反射的に箒は答えた。
なら、悪いのは誰だと言うのだ。

「待ってたら王子様が来てくれるなんて事はないんだよ?」

箒は待ち続けていた。いつか一夏が迎えに来てくれるのを。
仕方ない話だろう。
ISを生み出した篠ノ之束を付け狙う人間は、それこそ星の数ほどいる。
その巻き添えで箒達を人質に、テロの標的にするような連中も同じくらい存在している。
だから、箒は身を隠さねばならなかった。
一夏と離ればなれにならなければならなかった。

そんな事情を知らないまま、この女に好き勝手に言われるのは我慢がならない。

「お前に何がわかる」

「ほうきんの事情なんて知らないよ? でもね」

箒の怒りを籠めた視線に本音は小揺るぎ一つしない。

「ほうきんも私を知らないよね」

「当たり前だ! 殆ど話した事もないお前の事など私が知るか!」

「うん、だから同じように話してもいない気持ちをおりむーが知ってるはずないんだよ」

「…………………っ!」

「ほうきんはまだスタートラインにすら立ってないと思うな」

想いは通じる。そう思っていた。
だけど、現実は何も通じてはいない。

「だけど……迷惑になる」

一夏に迷惑に思われる。
そんな事を考えただけで、箒の身は震えを帯びる。

「なるね」

「だったら、言わない方がいい」

「ほうきんはそれで諦められるの?」

一夏に迷惑に思われるのは怖い。
一夏に嫌われるのは怖い。
一夏に選ばれないのは怖い。

「…………………………………………られない」

「ん〜?」

「諦められない」

小学生の時から想っていた。
そんな簡単に諦められるなら、とっくに諦めていた。

「大丈夫だよ。 おりむーなら」

箒は俯いていた顔を上げた。
雲一つ無い青空が桜の花々の隙間から見えた。
ビールと食べ物と桜の香り。
ビールに濡れた身体に服がまとわりついて、箒の身体のラインを露わにしている。
濡れた身体の冷たさが箒の目を覚ます。



見えなかった物が見えてくる。



一夏は案外、しっかりしている。
服を脱ぎ散らかす事もないし、誰かに言われずとも掃除もする。
だけど、どこか面倒くさがりで目の届かない所は露骨に手を抜く。
自分がいなければ、どうなっているかわからないと思う。

パチリアと戦ってから何かを決心した一夏は毎朝、四時に起きて、ランニングを始める。
窓から走る一夏を見れば、真剣な表情はとても格好がいい。
だから、低血圧で朝起きるのが辛いのにタオルとぬるめのスポーツドリンクを用意してやっているのだ。

「ありがとな」

そう一夏に言われると凄く嬉しい。
胸がぽかぽかして、とても暖かい。
もっと、と思ってしまう。

小学生の頃、男女だといじめられていた箒を助けてくれたように曲がった事を一夏は許せない。

―――この時、はっきり一夏を好きだって気付いたんだ。

でも、多分それはただのきっかけけ。
本当はとっくの昔から一夏が好きだった。

―――篠ノ之箒は織斑一夏を大好きなんだ。

篠ノ之箒が惚れた織斑一夏は想いを寄せる女を邪険にするような器の小さい男だろうか?

―――違う。

そんな事も忘れていたというのか。
どれだけ自分の目が曇っていたのか気付き、少しおかしくなる。
織斑一夏がいい男なのは、篠ノ之箒が一番よく知っているはずだろう?

「布仏、感謝する」

「ならぁ〜本音って呼んで欲しいなぁ〜」

へにゃりと笑う本音。

「ああ、本音には結婚式で友人代表の挨拶をしてもらうさ」

「楽しみにしてるねぇ〜」

箒は並々と注がれたビールを一気に飲み干した。
色々と気付いた箒だが、ビールだけはやはり美味しく感じなかった。

「やっぱり、不味いな!」

「あは〜、いい飲みっぷりだねぇ〜」

本音から勇気を貰った。
答えはこの胸に最初からあった。
無かったのは、

―――私の一夏への信頼だけだった。

一夏は女一人の想いくらい、しっかりと受け止めてくれるだろう。

一夏に選ばれるのを待つんじゃない。
篠ノ之箒が選んだんだ。
世界中の男の中から、たった一人。 篠ノ之箒が織斑一夏を選んだんだ。
こんなにも溢れる気持ちを押さえつけておけるものか。

「一夏が私を選ばないなら、私が一夏を惚れさせればいい」

決めた。 決めた。 そう決めた。
篠ノ之箒に惚れさせるのだ。 織斑一夏を惚れさせるのだ。

自己中心的なエゴイスティックな想いだろう。 この想いは一夏の迷惑になるかもしれない。
だけど、そんな事は知らない。 知った事ではない。 目覚めた篠ノ之箒には関係ない。
何故なら、

「恋する乙女は盲目だねぇ〜」

ああ、まさにその通り。
何も見えない中、篠ノ之箒は戦うのだ。
ただこの胸を焼き尽くすような炎を武器に戦うと決めた。

そもそも箒は頭がよくない。
多分、生まれて来る時に姉に全部、吸い取られたのだろう。馬鹿が馬鹿な事を考えても馬鹿な答えが出るだけだ。
馬鹿+馬鹿=馬鹿だ。
だから、馬鹿なりに馬鹿らしく行こう。

「一夏」

「ん、どうしたんだ、箒?」

考えずに動いた結果、いつの間にか一夏の傍らにしゃがみ込んでいた。
一夏まで30cm。

――ふむ、遠いな。

普段の距離をあっさりと乗り越えて箒は一夏に近付く。

5cm。

慌てて逃げようとした一夏の頬にそっと手を伸ばす。

「なあ、一夏」

「な、なんだ!? てか近い!?」

知らん、と箒は流した。
私が近付きたいんだ。 何の文句があると言うんだ。

「私は決めたよ。 もっといい女になって、お前に私を選ばせてみせるさ」

「……あ、ああ」

何もわかっていない一夏にちょっぴりムカっと来る。
しかし、同時に一夏の頬はひどく熱い事に箒は気付く。

―――この熱が、もっと欲しい……。

もっと触れれば、もっと熱が伝わるだろうか?
無意識のうちに唇を舐めた。
熱に浮かされた頭は自然と熱に引き寄せられる。

「一夏ぁ……」

一夏の唇から目が離せない。
考える事を止めた箒の身体は勝手に動く。
自分がこんなにも媚びた声を出すなんて……とも思ったが、まぁいいやとも思う。

「ほ、箒?」

まだ何もわかってないのか、馬鹿者。
私はお前が欲しいんだ。

3cm。

2cm。

1cm。

































2cm。

3cm。

「…………………………………」

「………………箒?」

「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うごぁ!?」

思いっきり振りかぶった頭突きが一夏の顔面に叩き込まれた。

馬鹿が馬鹿なりに動いても結果はやはり馬鹿な事になるのだった。
篠ノ之箒の道は、まだまだ遠いようである。




















「きゃあ!? 鼻血がお料理に!!」

「大惨事ですわ!?」

騒ぐキシリア、一夏の心配をするセシリア。

「一夏ぁ……一夏ぁ……」

一夏を揺する箒。

「…………………………………」

完璧に落ちた一夏。

「………………なんであいつノンアルコールビールしか飲ませて無いのに出来上がってるんだ?」

静かに酒を飲みたいから面倒には関わりたくない千冬。
引率などする気はない。

「あはは〜」

笑いながら、本音は千冬にお酌。
あらかじめ二人とも自分の分の料理は退避済み。

「しかし、お前が首を突っ込むとは思わなかった」

千冬は当然の如く本音の酌を受ける。
受け慣れているその姿は明らかに飲兵衛そのもの。

「ほうきんにも味方がいないとぉ〜可哀想ですよねぇ〜」

それに、

「……あいつが一夏と結婚したら束が義妹か。 ぞっとしないな……」

「あはっ」

結局、自分の後悔を押し付けただけだ。
千冬の独白を聞きながら、本音は思った。

「ガキはガキらしくしておけばいいものを」

「私は早く大人になりたいですねぇ〜」

「はっ! 大人になっても酒を飲んでも文句言われなくなるだけさ」

千冬は笑った。


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