チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26782] 【ゼロ魔】チート少女は、普通に生きたいようです。【オリ主・TS転生チート?】
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/14 19:31
4/14 追記

6話でのタバサの「お願い」をなかったことにして、原作沿い路線で進めることにしました。
本当に、話が何度も変わってしまい、申し訳ありません(汗)

どこで原作から乖離するか、あるいはずっと原作沿いなのかは未定ですが、作者の都合で、今後も今回のような修正が重なるかもしれません。
またそういうことになってしまった時は、本当にすみません(汗)



4/11 チラ裏からゼロ魔板に移動。
   今後とも、宜しくお願いします。


初めましての方もそうでない方もこんにちは、くきゅうううと申します。

ゼロ魔本板での連載がまだまだ未完結ですが、思いついた別作品を書きたい気持ちを抑え切れませんでした。色々とすみません(汗)

自分でも「連載2つ目とか色々大丈夫なのだろうか(汗)」と思っていて、続きは考えているものの書けるかどうか分からないこともあり、とりあえずチラシの裏板でテスト投稿してみることにしました。

この物語は、今後の予定では

・最強系なチートを得た少女が、なんでそんなことになっているのか分からないま ま原作沿いのゼロ魔世界を生きます。

・転生男 ≠(同じではない) 主人公(少女)です。けど僅かに影響受けたりします。

・原作沿いだけど、チートな能力で展開を変えたりするかもです。
 ○○が生存、とか。

・原作沿いだけどキャラ改変する場合もあります。


こっちも完結できるか分かりませんが、もうひとつの連載と同じく、楽しく書いて、読者の方々にも少しでも楽しんでもらえたなら嬉しい、と思います。

見切り発車常習犯な作者ですが、よければ今後ともどうか、よろしくお願いします。



[26782] 第一話「少女は転生事故の被害者のようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:34
「あなたは、我々『神族』の手違いにより死にました」


 目が覚めた瞬間、そんなことを言われた。
 どこまでも真っ白な光景の続く、明らかに非現実的な空間。
 そこで神を名乗る人物に、『あなたは死にました』と告げられる。
 まるで、ネットで多数書かれている、とあるジャンルの物語みたいな状況。
 おいおい確かに転生チートとかの小説は大好物のひとつだが夢に見るなんて――と思っていたのだが。


「元の世界に生き返らせることは天界側の事情で不可能ですが……規則により、あなたが望む形で別の世界へ転生することができます。あと、私は神ではなく天使です」


 だが、目の前の……童話に出てくる天使みたいな格好をした少女が事務的に伝えてくる言葉は終わらない。
 夢なら適当なところで覚めるだろうと思っていたのだが、むしろ説明が進むにつれ意識がはっきりとしてくる。


「なのであなたが希望する条件を教えていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「……いや、これ夢なんじゃ?」

「残念ながら現実です」


 天使(仮)な少女が、何かの儀式のような手順で手を振ると、俺の手元に高級そうな綺麗な紙の束が現れる。
 その書類の束には、俺の死因やら、『神族』とやらの誰がどうミスしたせいで俺が死んだのか――といったことが簡潔にまとめられていた。暴走したトラックに押し潰されて即死。そんなところまで、ネットに溢れる転生チート系の物語のテンプレだった。


「……まじ、で?」

「冗談でわざわざ書類を用意できるほど、我々は暇ではありません」

「ってか、人を殺しといて何その態度? もうちょい誠意ってものが――」

「私が殺したわけではありません。そして私の業務はこういった事態に被害者への説明等の対応……ぶっちゃけ、ミスした馬鹿共の尻拭いです。被害者からの罵倒、侮辱は当たり前。妙に能力のある方にはこちらが殺されかける。そんな業務を押し付けられて幾数年。
 毎回気に病んでいては、こちらがもたないのです。同族のせいでこのようなことになってしまい本当に申し訳ない、とは思いますが」


 本当に腹立たしそうに愚痴をこぼしてから、「申し訳ありません」と頭を下げる天使(眼鏡)。
 なんというか、天国も色々とややこしいことがあるらしい。


「それで、転生時の希望はございますか? このまま安らかに眠りたいと希望されるのであれば、通常の死亡時同様の手続きも可能ですが」

「い、いや、ちょっと待ってくれ。まじで、元の世界には戻れないけど、希望したことは叶えてくれるんだよな?」

「こちらに可能な範囲であれば。ただ、転生時の作業は別の担当が行うので、明確にまとめないと面倒なことになると思います」


 そう言われて、考える。
 元の世界には身寄りはいない(両親は昔に離婚して別々に暮らしてるし、兄弟はいない。親戚との付き合いもない。恋人いない暦=年齢)。
 別に夢もない。バイトで稼いだ金で1人暮らしして、好きなアニメやらゲームやらのサブカルチャーを買い漁り、インターネットで遊んでばっかりだった。
 どうせもう戻れないなら、無理に「生き返らせろおらー!」と文句を言うよりも、自分の好みにあった来世を考える方がよさそうだ。

 というわけで自分でも驚く程あっさりと、この状況を受け入れてる自分がいた。
 死んだらもっと戸惑うもんだと思ってたが……いやまあ、まだこれが現実だって実感できてないだけかもしれないが。

 とりあえず、もっとファンタジーな世界で生きてみたいかな。魔法とか使って、異世界を冒険とかやっぱ憧れる。
 そこまで考えて頭に浮かんだのは、自分の好きなライトノベル作品のひとつ――『ゼロの使い魔』の世界だった。
 剣と魔法もある。美少女いっぱい夢いっぱいな世界。
 好きなキャラも多い。それに、よく読んだ二次創作作品のように、原作知識を生かして立ち回るのも面白そうだ。


「ゼロの使い魔……検索結果、出ました。このハルケギニアという世界で合っていますか?」

「え、俺何も言ってないのになんで……」

「人間の思考を読み取るぐらい簡単です。これでも天使ですから。
 今の調子で希望の内容を頭に浮かべていただければ、こちらでまとめさせていただきます」


 少し自慢げに眼鏡をくい、と指で押し上げて整える天使。
 勝手に頭の中を覗き見られてるのはなんか気分悪いけど、とにかく俺の希望は可能な範囲という制限有りとはいえ、叶えてくれる方針らしい。
 ……ほんとにいいの? いいんだよな?
 だったら俺、自重しないよ? 全力で望んじゃうよ?
 普通なら、死んではい終わりだったはずが、来世限定とはいえ、願いを叶え放題。
 こんなチャンス、自重するなんて損ってもんだろ!


「だったら、遠慮なく行くぞ……ついてこれるか!」

「いいから早くしてください。休日出勤させられて眠たいんです」


 思わずテンション上がってきた俺を、天使が冷ややかな……というか眠そうな目で見ている。
 ……えー。もうちょい優しくしてくれてもいいじゃん。お客様は神様じゃね?


「神様は私達の上司です。いいから、早く考えてください」


 さらに視線が冷たくなった。
 これ以上機嫌を損ねる前に、さっさとした方が良さそうだ……。



 そして考えること……どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。いや、そもそも時間という概念があるのかどうか。
 俺の頭の中を覗いた天使に「これで全て、合っていますか」と俺の来世への願望をリストアップした紙を渡される。


 ○ゼロの使い魔の世界へ。ルイズ達と同じ学年で、トリステイン学院に通いたい。

 ○せっかくメイジになるのなら、魔法の才能はめちゃくちゃ高くしてほしい。
 虚無を除く全属性がスクウェアクラスとかそれぐらい。

 ○どうせ生まれ変わるなら、今度は女の子として生きてみたい。
 男と恋をしたいわけじゃなくて、むしろ百合とかしたいんだ。
 あ、もちろんなりたいのは美少女な。ここ重要。

 ○ハルケギニアの魔法って、同時に使えないとか色々制限あるよね。
 そういう制限を無視して使いたい。
 他人には真似できない同時詠唱とか、オリジナル魔法作ったりもしたい。

 ○漫画みたいにピンチに覚醒とか、そんな素敵スキルもほしい。
 普段も強いけどピンチにはもっと強いとか最高じゃね?


 他にも細かい要望はいくつかあるが、書いてある主な内容はこんな感じだ。
 我ながら欲張ったもんだと思う。


「……欲張りな男は嫌われますよ。ぺっ」

「おいィ? 天使がツバ吐くとかいいのか? 許されるの? ねえ?」

「どうでもいいですよ。それより、この条件でいいんですね?」

「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」

「一番いい来世を頼む、と……はいはい満足ですか? ではさっさと進んでください」


 ネタを適当にあしらわれてちょっと寂しい俺の前に、光輝く扉が現れる。
 これを潜れば、生まれ変わるための工程へ進める……らしい。


「……うっし、行くか。サンキューな、天使様! 休日出勤お疲れ様!」


 俺の我が侭に付き合ってくれた天使にそう一声かけて、俺は扉を潜った。
 ……ま、まじであの条件で転生できるの? 駄目もとでかなり無茶苦茶言ったぞ?
 けど文句とか言われなかったし……うおおおお! テンション上がってきたー!

 


 扉を潜り抜けた先には、さっきとは違う少女がいた。やはり天使の格好をしている。
 先程の天使……名前聞き忘れたな。眼鏡天使でいいか。
 眼鏡天使が優等生系少女なら、今度の少女は元気系というか。


「こんにちは、そしてもうすぐさようなら! 転生担当リーフちゃんでーす!」


 いえーい! なんて言いながらにこにこと笑顔を浮かべる天使、リーフ。
 どうやら天使も、みんな性格とかは違うらしい。


「……んで、俺はどうすればいいの?」

「えっとねー、この転生装置の中に入ってくれたら操作はこっちでするから、そしたら希望通りの内容で転生できるよ!」


 リーフがその転生装置と思しき物体の傍に移動して「じゃーん!」と手を大きく広げた。
 ……見た目は普通より少し巨大なだけの洗濯機に見えるんだが、これが? まじで?


「他のがよかった? いまこれ以外に動かせるの、おまる型とかの不人気シリーズだけなんだけど」

「これでいいっす。というかこれでお願いします」


 あと、その不人気シリーズデザインしたやつ反省してくれ頼むから。殺されておまるに放り込まれるとか嫌過ぎる。


「ほんじゃま、未練がなければ入ってくださいなー!」

「……ん」


 言われて、ちょっとだけ生前のことを思い浮かべる。
 別にむちゃくちゃ悲惨な人生だったわけじゃない。
 だけど、贅沢な文句かもしれないが、完璧に充実してたともいえない日々だったと思う。
 自分の努力次第で変えられたこともあったかもしれないけど、全てはもう終わってしまった人生。
 
 しいていうなら、漫画やラノベの続きが見れないことに心残りはある。
 けれど……これから本物のファンタジーな世界に行けるんだ。
 だから、来世への期待の方が強かった。


「OK、じゃあよろしく」

「あいあいさー! 一名様ごあんなーい!」


 巨大洗濯機の中へ入る。蓋が閉められる。
 しばらくして、ごうんと大きな音を立てて装置内部が動き始めた。
 ぐるぐる、洗濯物みたいに回される……乗り心地最悪過ぎる!
 けど、これを耐え切った際には、希望に溢れた来世が――!


『あ、あれ? なんかおかしいような……』


 少しくぐもった感じで、リーフの声が聞こえる。
 何が? と呟く暇もなく――装置が突然、今までの揺れが比べ物にならないぐらいに振動し始めた。


「ちょ、まっ、なんぞこれー!!」

『あわわ、すっ、すっごい煙吹いてる! ありえないぐらい発光してるー!』


 リーフの戸惑っている声が聞こえるが、俺はもう戸惑うとかそんな次元ではない。


「お、おい! 大丈夫なのかこれ!? ちゃんと生まれ変わ――」


 俺の叫びが届いたのかどうか、知ることはできなかった。
 一段と激しい衝撃と振動。そして閃光。
 視界を埋め尽くす光に飲み込まれるように、俺の意識は、遠のいていった。


  ○


「……ど、どうなっちゃったんだろう」


 リーフは、暴走が終わった転送装置の中に先程の男がいないことを確認すると、別の装置を呼び出した。
 少しレトロな雰囲気のテレビ。それは彼女の愛用する装置のひとつで、転生した魂の様子を映像として確認することができるものだ


 スイッチを入れてチャンネル合わせのつまみを調整する。
 しばらく操作していると、画面上の砂嵐が止み、鮮明な映像が浮かんでくる。
 画面の中心にいるのは、生まれたばかりの人間の子供。どうやら女の子のようだ。
 テレビのボタンをいくつか押すと、その幼児についての詳細が表示される。
 やはり、転生そのものはなんとか成功したらしい。魔法の才能やら特殊能力なども、色々と誤差はあるようだが、ほぼあの男の希望通りに付加されていた。
 ただ……肝心の、男の意識や人格は、検出されなかった。
 記憶喪失とかそんなレベルではなく、魂そのものが消失しているとしか思えない有様だ。


「ど、どうなってるの……? わたし、失敗しちゃった?」

「作業ログを確認したけど、あなた自身には問題なかったわ」

「あ……ミルフィ先輩!」


 背後から掛けられた声にリーフが振り返ると、そこには先輩天使であるミルフィがいた。
 今も解析を続けているのか、ミルフィの周囲にはたくさんの半透明な枠が浮かび、天界の言語で様々な情報が次々と綴られている。


「上層部が修理費出し渋ったせいで機材が故障して起きた、典型的な転生事故ね。あなたが気にすることはないわ」

「け、けど……あの人の魂、完全に消えちゃったんじゃ……」

「そうね。どうやら『彼』の魂は粉々になった後、この子……“リース・ド・リロワーズ”という少女の魂の素材として吸収されたようね。
『彼』の魂の欠片が“リース”に何か影響を与えるとしても微々たるものでしょうし、問題はないでしょう」


 テレビの映像の中で、リース・ド・リロワーズと名付けられた少女は母親の腕の中で産声を上げている。
 当然ながら、少女には先程の転生者の面影はない――そこに付加された能力以外は。


「事故の影響で、魂の改変内容に多少の誤差はあるみたいだけれど……むしろ予定より強くなってる部分もあるみたいだし、別にいいんじゃない?」

「い、いいんですか……?」

「こちらの目的は達成してるし、過去のケースでも“その転生者の存在が天界に害を成さない限りは問題なし”と書かれているわね」


 神族が、人間の魂を転生させる目的はいくつかあるが、今回の場合は『怨念を残さないようにするため』だ。
 手違いにより殺された人間は大抵の場合、神を恨む。
 そういった魂は消える間際にも怨念を生み出してしまう。それは天界にとって色々と不都合だった。
 なので、怨念が生まれる可能性を減らすために、事故死させてしまった人間の望みを叶えて、別の世界に送り出す。
 それが何百年か前に天界で決まった、規則のひとつだった。


「……上司から連絡がきたわ。『記憶消えたってんなら、俺達的にはむしろ好都合じゃね? 問題なし』だって」

「て、天界はこんな調子で大丈夫なんでしょうか……」


 上司の軽い反応に、リーフは自分達の故郷の未来が心配になった。
 その疑問にはミルフィも概ね同意するが、天使が憂いたところで天界の在り方を決めるのは上層部――多数存在する神様達である。
 天の使いっぱしりである自分達があれこれ考えても、仕方が無いことだ。
 もしそれでも神々の在り方を良しとせず、根本から変えようというのなら……存在を消滅させられるか、穏便に済んでも堕天使として地獄に落とされるのを覚悟の上で反逆することになるだろう。
 ミルフィは現状に不満はあれど、神々に歯向かう程の覚悟も動機もない。

「ま、今回のことが問題となるのかは……それこそ、神のみぞ知るってやつなんでしょうね」

 呟きながら、ミルフィはちらりとテレビの映像を見る。
 小さな画面に映る少女、リース・ド・リロワーズの物語は、あっという間に魔法学院の生徒生活、進級試験編まで時間が進んだようだった。



   ○


 私の名前は、リース・ド・リロワーズ。
 下級貴族の家に生まれた、普通の少女である――外見的には。
 幼い頃から、私はどこかおかしかった。
 物の覚えは早く、魔法の才能は凄まじく、周囲の人が言うには見た目も美しい、らしい(その辺りはお世辞もあるだろうから何とも言えないけど、自分では自信がない)。

 
 初めはまだよかった。両親は私が数々の魔法を唱える度に、嬉しそうに「この娘は天才だ!」とはしゃいでいたことを、今でも覚えている。
 私も両親が喜ぶのが嬉しくて、頑張って練習した。
 魔法を使うことは楽しくて好きだったこともあり、遊ぶように、だけど真剣に練習に取り組んだ。
 それが余計に悪かったのだろうか。
 子供ではありえないような、高難易度の魔法を習得して扱えるようになると、両親の顔にはだんだんと恐怖の色が浮かぶようになった。自分が使いやすいように魔法を改造したり、自己流の魔法を作った頃には、もはや笑顔は消えていた。

 
 普通、メイジはどんなに優れていても、扱える魔法には限界がある。
 最高のレベルであるスクウェアメイジ。その域になってようやく使える、スクウェアスペル。
 メイジは基本的に、得意な属性というものがある。得意な属性の魔法は習得しやすく、消費する精神力も少なくて済む。
 スクウェアメイジでもその法則に変わりはない。
 どんなにメイジとしてのクラスが高くなっても、得意な属性以外で上級スペルを扱うことは困難であり、スクウェアスペルとなれば得意属性以外での行使は不可能だとされている。


 けど、私はそれができてしまった。それもまだ10歳にも満たない子供の頃に。
 メイジとしての能力が高いのは素晴らしいことだと褒められて育った。だから頑張った。
 だが、強すぎる力に、人は恐怖する。それを実感させられた。
 両親が2人きりでこっそりと話し合っていた場で「あの子は化け物ではないのか」と父親が呟いていたのを偶然聞いてしまってから、私は力を周囲に誤魔化して生きる努力をしてきた。
 
 いつの間にか趣味になっていた魔法の改造や自己流の魔法の開発はこっそり続けていたけど、その成果を他人に見せる気はない。
 必要がなければ一生、家族にも秘密にするつもりだ。
 また父親に怖がられたり、母親に心配をかけたりしたくない。

 
 成長して入学したトリステイン魔法学院でも、それは変わらない。
 私は、風のトライアングルメイジということになっている。
 風属性には戦闘に便利な魔法が多く、様々な状況への対応力もあるため、それをメインに扱う属性にすることにしたのだ。
 他の属性を疎かにするつもりはないが、例えば戦闘向きではない水属性が得意と周囲に伝えていたら、加減の効かない戦闘に陥った場合に他属性の上級スペルを扱うのが難しくなる。自分が嘘をついていたことがばれてしまうからだ。
 別に嘘そのものは、ばれたならそれでもいい。
 だが、自分に生まれつき備わった異常な才能を知られて、また“化け物”なんて言われたら――。


「リース・ド・リロワーズ。貴女の番ですよ」

「……は、はいっ!」


 コルベール先生に名前を呼ばれて、慌てて返事をする。
 今日は進級試験を兼ねた、使い魔召喚の儀式が執り行われている。
 周囲には既に召喚を終えて、自分の契約した使い魔とコミュニケーションをしながら儀式が終わるのを待っている生徒達がたくさんいた。

(集中しなくちゃ。どんな存在が使い魔として出てくるのか分からないんだから)

 使い魔は、呼び出したメイジの実力に見合った存在が呼ばれるという。
 火属性が得意なら、火山にいるような生物。水属性なら湖の生物など。
 だったら、全属性が得意な……実の父親に化け物と呼ばれるようなメイジは、何を呼び出すというのか。

(……呼び出すのも化け物なら、呼び出されるのも化け物なのかな。
 もしそうなったら、嘘がばれようとなんだろうと、周囲への被害だけは出さないようにしなくちゃ)

 すぐに戦闘を行えるように覚悟を決めながら、私は呪文を唱え始める。
 詠唱が終わる瞬間が、待ち遠しいような恐ろしいような――そんな迷いとは裏腹に、そんなに長くないスペルはすぐに半分以上唱え終わってしまった。
 後は、締め括りの言葉で、己の運命を世界に問いかけるだけである。

 深呼吸して、一度だけ目を閉じる。
 まだ迷いはあるが、無理矢理それを振り切って、最後の言葉を叫んだ。


「我の運命に従いし、“使い魔”を召還せよ!」

 呪文の終わりと共に、目の前に溢れ出でる光。その中に浮かぶ、召喚のゲート。
 光の鏡から、ゆっくりと姿を現したのは――。







[26782] 第二話「少女は名前をつけるようです」 ※リースの容姿について追記。『根暗と言われるような~』の下辺り。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:57
 失敗を繰り返した果てに、ようやく使い魔の召喚と契約を成功したルイズ。
 だが、彼女はとても不機嫌だった。

「うおお!? まじで、まじであいつら空、飛んでる? ワイヤーとかCGとかじゃなくて!?」
「ああもう、うっさいわねえ! 魔法だって言ってるでしょう!?」

 ルイズの使い魔として現れたのは、ただの平民……それも、屈強な兵士でも何でもない、自分と歳の近そうな、少し変わった格好をして妙なことを口走るだけの少年だった。
 しかも身分の低い平民で使い魔のくせに、貴族であり主であるルイズに、無礼な振る舞いをするのである。
 改めて脳内で情報を確認しても、目の前の少年を快く思えるポイントが見つからず、ルイズは深々と溜め息をつく。
 
 普通、使い魔として呼び出されるものは、ゲートを潜る時点で召喚されることに同意したものと考えられている。
 例え呼び出されたのが人間という、他では聞いたこともないような事態でも、この平民……平賀才人と名乗った少年は、ルイズの召喚に同意して、使い魔として契約するためにゲートを潜ってきたはずだ。
 なのに、まったく使い魔らしくない。
 言うことを聞かない、魔法を知らないとか妙なことを言い出す、貴族に対する礼儀がなっていない……などなど。

 今もルイズの批難の声など聞く耳持たず、学院の校舎に向かって空を飛ぶ生徒達を見て、何やら興奮と困惑の入り混じった様子で叫んでいる。
 これが私の使い魔? 生涯のパートナー? 冗談じゃないわ!
 未だ空飛ぶ人の群れを見て何やら呟いている(叫ばれるよりマシだけど、耳障りなこと変わりはない)少年を自分の使い魔と認めたくなくて、視線を逸らす。
 
 と、何気なく向けた視線の先に、1人の少女がこちらに背を向けて屈みこんでいるのを見つけた。


「……? ちょっとあなた、みんなもう行っちゃったわよ?」


 何かトラブルでもあったのかと、声を掛けてみる。
 こういう時に対応するべき引率の教師(今回はコルベール先生が担当していた)が既に帰ってしまっているため、自分が声をかけるしかなかった。
 自分のことを馬鹿にしてくるクラスメイト達は大嫌いだが、ルイズは他人が困っているのを放っておけるような性格ではない。
 なので自分にできることなら手助けをしなければ、と思っていたのだが、反応がない。
 無視されてちょっとむかついたルイズだが、もしかしたら返事できない程に体調が悪いのかもしれないと思い直して、屈んだ少女の傍に歩み寄ってみる。
 すると、彼女の呟くような声が聞こえてきた。


「ほーらこんなのはどう、ねこちゃーん」

「うにゃ、うにゃにゃ!」

「か、可愛い……ああねこちゃん、君はなんでそんなにねこなんだい!?」


 どうやらトラブルなのは、彼女の頭の中らしい。
 少女の足元には1匹の黒猫がいた。
 黒猫は、少女が手に持って振り回しているエノコログサの先端を夢中になって追い掛け回している。そんな黒猫に少女は夢中になっている。

 おそらくは先程の儀式で呼び出した使い魔に、周囲の様子が分からないぐらいに夢中になっているのだろう。
 はいはい可愛いねこちゃんを使い魔に呼べてよかったわねわたしのと変えろやこんちくしょう、といらついたルイズだったが、猫まっしぐらな少女が誰なのか分かると、意外な人物すぎて呟かずにはいられなかった。


「あ、あなたがそんな風になるなんて、とんでもなく珍しいんじゃない? リース・ド・リロワーズ」

「……ふぇ?」


 少女、リースはようやくルイズに気が付いた様子で、しかしまだ夢心地なとろけた顔で振り返る。


「こ、これはルイズ様。本日はお日柄もよく……」


 そして相手が公爵令嬢であるルイズだと知ると、慌てた様子で立ち上がって佇まいを整えて、丁寧な応対をしようとする。
 もっとも、そういう話し方に慣れていないからか、それともまだ頭の中が猫でいっぱいなのか、変な挨拶になっていたが。
 リースの言葉を遮って、ルイズは自分から話を振ることにする。


「そういうのいいわよ。2年からはクラスメイトじゃない」

「そ、それは……そうですが」

「はい、敬語禁止。ただし馬鹿にしたら怒るから、それだけ注意して」

「……分かりまし、いえ、分かったよ。ルイズ」


 素直に態度を改めた少女に、ルイズは「うん、それでよし」内心で頷く。
 それにしても……先程までの光景は、実際に目にした今でも信じられないことだった、とルイズは思った。

 リース・ド・リロワーズは、物静か……を通り越して根暗と言われるような少女である。
 肩辺りまで伸びて、風に揺られて踊っている、上質の絹のようにきめ細やかな金色の髪。
 少し小柄だが、均整のとれた身体。
 いつものように細められている目付きは、大人びた冷静さを感じさせる。
 同性のルイズから見ても世辞抜きに美少女と呼べる外見をしているリース。
 だが、その美貌を台無しにしてしまうぐらい、暗い雰囲気をいつも纏っていた。

 1年生の頃は別のクラスで、廊下や食堂ですれ違って軽く挨拶をする程度しか接点がなかったルイズですら「ああ、この子何か近づきにくいな」と感じた程である。
 周囲の輪に馴染めない子、というのは別にこの学院でも珍しくなかったが、リースのそれは普通以上らしい。
 近寄りがたい雰囲気をいつも纏い、かといって周囲に敵意を剥き出しにするわけでもなく、輪から離れて1人でぼんやりしていることがほとんど。
 頑張って仲良くなろうとした勇者が近寄ろうとしても、会話が成立しようが微笑みを浮かべられようが、見えない風の膜に阻まれるように、心の距離を縮められなかった……という噂があるぐらいだ。

 そんな話もあってか、ついた二つ名が“鉄風”のリース。
 風のトライアングルメイジである彼女の心は、他者を拒む鉄の風で覆われている――なんて、誰が言い出したことなのやら。
 そんな彼女が、猫に夢中になって「なんでそんなにねこなんだい!?」である。
 気にするな、というのは、あまりに無理があるというものだろう。


「その猫があなたの使い魔? 可愛いじゃない」

「う、うん。ありがとう」

「それと、普段からさっきみたいに笑ってた方が、良いと思うわよ? とても素敵だったわ、あの笑顔」

「う……い、いつから、見てた、の?」

「えーと、『なんでそんなにねこなんだい!?』のちょっと前ぐらいから」

「う、うぁぅあ……は、恥ずかしい。さっきのは忘れて、頼むから」


 そう言って、真っ赤になった顔を両手で隠すように覆うリース。
 ……む。
 なんか、こう。そういう反応されると。
 もうちょっと見てみたいな、なんて。ルイズは思ってしまいました。


「……『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「うぁ」

「……! 『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「や、やめてよ、ルイズ……」

「うふ、うふふふ。 『なんでそんなにねこなんだい!?』」

「う、うぅぅ……!」


 ルイズは自分でも気付かぬうちに、淑女とは程遠い、にやにやとした笑みを浮かべていた。
 な、なんだか、楽しくなってきちゃったかも……!


「……何やってんの、おまえら」


 何よ、邪魔しないでよ。今とっても楽しい――って。


「ちょ、ちょっとあんた! なにじろじろ見てんのよ!?」


 いつの間にか近づいてきたのか、才人が呆れた表情で2人をじーっと見ていた。


「いやそりゃあ気になるだろ、近くでそんな奇妙な台詞を連呼されたら」

「き、奇妙な台詞……」


 ルイズに弄られるよりも、才人の冷静な言葉の方がきつかったのか、リースががっくりと項垂れる。


「ああもう、あんたのせいでリースが落ち込んじゃったじゃない! 謝りなさいよ!」

「はぁ? どう考えたってお前のせいだろ! おまえこそ謝れよ!」

「何よ、平民のくせにその態度は!」

「貴族とか知ったことじゃねえけど、今は身分とか関係ねえだろ!」


 ぎゃーぎゃーわーわー、と運命の主従は言い争い、チート少女は膝を抱えて蹲る。
 そして、自分の主が落ち込んでいるのを察した使い魔の黒猫が、主を慰めようとするかのように寄り添っていた。


 二つに分かれた尻尾を、ゆらゆらと揺らしながら。


   ○


「……疲れた」

 女子学院寮の自室に戻った私は、使い魔の黒猫をゆっくりと床に降ろして、食堂で用意してもらった餌とミルクを床に置いた。
 制服から寝巻きに着替えながら、今日のことを思い出す。

 あれから、ルイズとサイトの主従といっしょに学院まで戻ってきたのだが、相性が悪いらしい二人はずっと喧嘩をしていた。
 自分は話術に優れておらず、醜態を見られたショックも抜け切っていなかったので、上手く仲裁できるわけがなくて、自然に治まるのを待つしかなかった。
 結局2人の喧嘩が終わることはなく、学院到着後に彼女達と別れても、まだ喧嘩している声が遠くから聞こえた程だった。
 人間を使い魔にするなんて聞いたことがないけれど、あの2人は今後上手くやっていけるのだろうか。
 少し不安だけど、私には他人の仲を取り持つなんてできそうにないので、見守るぐらいしかできそうにない。

 他人のことを心配するよりも、私はまず自分のことをなんとかしなければ。
 足元で夕食を食べている使い魔を眺める。
 尻尾が二つに分かれていること以外は普通の、毛並みの綺麗な黒猫だった。

 私が、召喚した黒猫に夢中になっていたのは、可愛いからという理由だけじゃない。
 どんな化け物が飛び出してくるのかと気を張っていた私の元に現れたのは、可愛らしい黒猫だった。
 
 こんな外見は見せ掛けのもので、実は中身は――なんて不安も、自分で“ディテクトマジック”の魔法で念入りに調べた結果、少なくとも危険な存在ではなさそうだと思えた。多少魔力を持っているようだったが、猫は微弱ながらも魔力を持っていることがある生き物だと考えられている、と何かの本で読んだことがあるので、気にする程でもないと判断した。

 
 不安と緊張から解放されて、目の前には自分に甘えてくる可愛い猫……それで少し、ハイテンションになってしまったようだ。
 思い出しても恥ずかしい。明日からルイズとサイトにからかわれないだろうか……。
 着替え終えてベットに腰掛け、明日からのことを考えて憂鬱になっていると、ご飯を食べ終えたらしい黒猫が、私の膝の上に器用に飛び乗ってきた。

「ベ、ベットに毛が……いや、まあ、いいか。今日はいっしょに寝ようか」
「にゃ」

 甘えて擦り寄ってくる黒猫の可愛さに負けて、「明日この部屋掃除するメイドさんごめん」と呟いて、猫といっしょにベットに寝転がる。
 
「君の名前、まだ決めてなかったね……何がいいかな」
「にゃう?」

 仰向けに寝転がった私の胸の上で丸まった黒猫の頭を撫でながら、使い魔の名前を考える。
 と、かなり疲れが溜まっていたのか、一気に眠気がやってきた。
 まどろみの中で、幸せそうな猫の顔を見ながら、私も幸せな気持ちでいっぱいになる。
 この幸せな気持ちを、いつまでも忘れたくないと思った。
 だから、今からつける名前に、ちゃんとした意味を込めたくて、頭の中から言葉を探した。

「……ブリス。君の名前は、ブリス。どうかな」

 ブリス――幸福、至福という意味を持つ言葉、だったはずだ。
 その名前を呟くと、黒猫は「気にいった」と答えるかのように一声鳴いて、ゆっくりと目を閉じた。

「明日から、よろしくね……ブリス」

 これからのパートナーの名前を呼びながら、私も目を閉じる。
 今日は、久々に良い夢を見られるような……気がした。


 平穏に生きたいと願う少女と、幸福を意味する言葉を名付けられた黒猫。
 幸せそうに眠る主従を、夜空に浮かぶ二つの月が優しく照らしていた。








 つかの間の平穏を、過酷な運命の奔流から守ろうとするかのように。





[26782] 第三話「少女は怖いようです」 ※4/12 小瓶を拾うの、シエスタからサイトへ修正。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/12 23:37



「……お、リースじゃん。おはよ」


 召喚の儀式が行われた翌日の朝。
 少し早く目が覚めたのでブリスと学院内を散歩していると、サイトが声をかけてきた。
 どうやら彼は、洗濯の仕事をしているらしい。眠そうにあくびしながら、桶に入った洗濯物をごしごしとこすっている。


「おはよう。ルイズとは、仲良くやれてる?」

「いいや、まったく話になんねえよ。あいつ、俺のこと人間だと思ってねえよ」


 ルイズとサイトの相性は、とても悪いらしい。
 昨日、2人と別れるまでの間に見ていただけの自分でも、それは納得できた。


「今だってこれ、あいつの下着洗わされてるんだぜ?」

「……!? ちょ、それルイズの物だったの!?」


 思わず戸惑う。
 自分の視線からでは、洗い物が何なのか詳しくは確認できなかったのだ。


「俺もどうかと思うって言ったんだぜ? けどこっちの意見なんて聞かねえし、『仕事しなきゃ飯抜きよ!』って脅しやがるし……嫌になるぜ、ったく」

「……その割には嬉しそうじゃない?」

「へ!? い、いや! そんなことナイデスヨ?」


 文句を言いつつも、サイトの口元はにやけている。
 女性としては咎めたいところだが、彼とて主であるルイズからの命令に従っているだけだ。
 サイトは、使い魔としての責務を果たそうとしているのに、私が彼を怒るのもおかしいかもしれない。
 もしかしたら、ルイズにも何か考えがあるのかもしれない。
 しばらく様子を見て、明らかに問題ありと感じた時は何らかの対策を考えればいいだろう。


「まあ、ルイズ本人が納得しているなら、いいか。頑張って」

「おう、サンキューな。……つっても、これでもう終わりだけど、な」


 そう言って、彼は洗い終えたらしいルイズの下着を桶から取り出す。
 他の洗濯済みの下着を入れた籠に、最後の一枚を放り込んで、彼は「よっと」言いながら立ち上がった。


「……なんか、手馴れてる?」

「い、いやいや! 女物の下着触るのなんてこれが初めてだよ! さっき親切なメイドさんに詳しく教えてもらっただけで……って、噂をすれば戻ってきた」


 彼の視線の先を追うと、1人のメイドが洗濯物の詰った籠を持って歩み寄ってきた。
 トリステインでは珍しい黒髪の、優しそうな少女だ。


「サイトさん、終わりましたか? そろそろ干しに行かないと……あ、ミス・リロワーズ。おはようございます」

「おはよう、シエスタ。お仕事ご苦労様。……そうだ。申し訳ないんだけど、私の使い魔ねこだから部屋の中に毛が落ちちゃって……」

「はい、分かりました。掃除の際に気をつけるよう、他の方にも伝えておきます」

「助かるよ、ありがとう。自分でも少しは掃除したんだけどきりがなくて……今度お茶でも奢るよ」

「いえいえ、これが私達のお仕事ですから。お気になさらず」


 私とシエスタの会話を、しばらく黙って聞いていたサイトが、会話の切れ目を狙って質問してきた。


「……もしかして2人って、知り合いなのか?」 

「はい、初めて会った時に『君、私とどこかで会ったことない?』と口説かれてしまいました」

「……え? なに、リースってそういう趣味の人?」

「シ、シエスタ。それは内緒にする約束……サイト、そうじゃないんだ、あれは……」


 学院で、初めてシエスタを見た瞬間、何故かとても懐かしい気持ちになって、思わず言葉にしてしまったのだ。
 一応誤解は解けたけど、今でも時々からかわれる。
 普通なら、平民が貴族にそんな態度をするなんてとんでもないことだけど、私は気にしていない。
 むしろ、親しく接してくれることに、安らぎを感じている。
 もしかしたら、私が友人だと胸を張って言えるのは、今のところシエスタだけかもしれない。
 彼女がどう思ってるのかは分からないから、片思いかもしれないけれど……いや恋愛的な意味ではなくて。

 しかし何故、シエスタに懐かしさを感じたのか未だに分からない。
 子供の頃に出会ったことはないはずだ。出身地も離れているため、接点があるとも思えない。
 だけど、シエスタを……というより、彼女の黒髪を見ていると、自分でも説明できないが、懐かしいと感じてしまう。
 ……そういえば、サイトも黒髪だ。
 そう思って改めて彼を見ていると、こう、シエスタの時と同じような気持ちが……。


「サイト。私達、もっと昔に会ったことない?」

「りょ、両刀使い!? いや人の趣味とやかく言う気はないけど、大人しく見えて意外とアグレッシブ!?」

「わ、私という者がありながら!?」

「あ、いや! 違うんだそういう意味ではなくて! シエスタもからかうのやめて!」


 呟いてしまった言葉の意味に気付き、慌てて訂正しようとした時、学院の鐘が鳴った。
 どうやらけっこう時間が過ぎていたらしく、起床時間になっていたようだ。


「あ、お、おれルイズ起こしにいかないと!」

「私もお仕事が! リースさん、サイトさん、失礼します!」

「ってああ!? おれまだ洗濯物干してねえ!」

「サイトさん、そちらの分も私がいっしょに干しておきます!」

「ご、ごめん、サンキュー!」


 呼び止める間もなく、2人は駆け足で去っていってしまう。
 シエスタは、分かった上でからかっているんだろうけど、サイトは私のことをどう思ったのだろうか……。


「……また、やっちゃった」


 はあ、と溜め息をつく。
 他人との交流に慣れていないなのだろうか。
 いざ知人と会話をすると、思ったことをそのまま呟いてしまったり、変なことを言ってしまうことがある。
 誤解、解かないと……けどシエスタの時も、ちゃんと分かってもらうまで時間がかかったし、今回もちゃんと説明できるのだろうか。

 もう一度溜め息をつくと、足元でブリスが「にゃー」と鳴いた。
 ……とりあえず、朝食の時間だし食堂へ行こう。
 サイトとは、また後でじっくり話し合うしかない。
 今できることは、ご飯をしっかり食べて、授業に行くことぐらいだ。


   ○


 食堂でも、ルイズとサイトは言い争っていたらしい。
 私とルイズ達の席は離れていたため、事情はよく分からない。
 とにかく2人とも不機嫌な様子で、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 食堂からそのまま教室に向かう。朝食後はすぐに授業が始まるので、部屋に戻っている時間はない。
 新学期最初の授業は、使い魔のお披露目と、1年生の頃に学んだことの復習。
 それと新しいクラスメイトとの顔合わせが主な内容だ。


「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」


 ミセス・シュヴルーズが教壇で、ルイズにそう呼びかけている。
 授業中にサイトと私語を交わしていたのを注意されて、罰として“錬金”の実技を行わされているのである。
 周囲の生徒は「先生、考え直してください!」「ルイズ、お願いだから止めて!」と大騒ぎだ。

 ルイズの魔法は成功率ほぼゼロ。魔法を使おうとすると、失敗して爆発する。
 リースも噂で聞いたことはあるし、召喚の儀式の際にも……あの時はブリスに夢中だったからいまいち覚えていないが、何度も爆発音がしていたような、気がする。
 けど、サイトを召喚することはできたんだ。絶対に失敗するとは限らないはず……だと思う。

 周囲の静止を振り切り、ルイズは詠唱を始める。
 間違いなく“錬金”の呪文が唱えられて、それが壇上に置かれた小石を対象にして発動する……その瞬間。


「――!?」


 ズキン、と。
 急に、耐え難い頭痛に襲われた。
 脳髄に直接、氷柱を突き入れられたような、おぞましい感覚。
 思わず悲鳴を上げそうになった私の脳内に流れ込んでくる、鮮烈なイメージ。
 そのイメージの中で、ルイズの魔法は失敗して爆発する。
 教室内の使い魔達がパニックになって暴れて、ミセス・シュヴルーズは気絶して、授業は中止。
 ルイズはぼろぼろの格好で「ちょっと失敗したわね」なんて呟いて、周りの生徒達から文句を言われて――。


「……な、に。いまの、は」


 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎとめて、ルイズの様子を見る。
 彼女が魔法を唱え終わった瞬間、小石は……私の脳内に流れ込んできたイメージと同じように、爆発した。
 使い魔達が暴れて、ミセス・シュヴルーズは気絶して、授業は中止。
 そしてルイズが「ちょっと失敗したわね」と、呟く。
 何もかも、あのイメージと同じ結果となった。


「……何なんだ、いったい……!」


 未だ余韻の残る激しい頭痛が辛くて、思わず目の前の机に頭を抱えて突っ伏す。
 爆発の影響で騒がしい教室内に、私の呟きが聞こえた人はいなかったらしい。
 もっとも、聞こえたところで……私に起こった現象を信じて、理由を説明できる人なんて、いるのだろうか。


   ○


 時間が経つと、あの謎の頭痛も治まっていった。
 念のため医務室の先生に診察してもらったが、特に異常は見当たらないとのことだった。
 イメージ云々については話していないし、言ったところで信じてはくれないだろう―― 一瞬先の未来が見えた、なんて。


(こんなこと、今まで一度もなかったのに……)


 物心ついた時から、強すぎる力は持っていた。
 けど、未来が見えたなんてことは一度もないし、あんな激しい頭痛だって今回が初めてだ。


(私、どうなってるんだろう。どうなっちゃうんだろう)


 痛みは消えても、不安は拭えない。
 誰かに相談したらいいのか。相談しても大丈夫なことなのか。そもそも誰に言えばいいのかも、分からない。

 私がそんな風に悩んでいても時間は過ぎていき、昼食の時間になった。
 周囲の喧騒を無視して、自分の身に起きた異変について、どうすればいいのか考えていると、クラスメイトの男子達の大声が聞こえた。


「ギーシュと平民が決闘するぞ!」

「場所はヴェストリの広場だ!」


 そんな言葉が聞こえたと思った瞬間だった。
 先程教室で起こったのと同じ、突然の頭痛。そして浮かんでくるイメージ。


「がっ……ぅあ……!」


 2度目だから慣れた、なんてことはまったくない。
 むしろどれほど痛いか理解している分、またあの苦しみを味わうのかと思うと泣き出したくなる。
 けど、そんな私の気持ちなんて構うことなく、イメージはこの後の未来を伝えてくる。

 何度傷つき倒れようとも、ギーシュに挑み続けるサイト。
 ずっと劣勢だったサイトが、剣を握った瞬間戦況は覆る。
 圧倒的な強さで逆転勝利するサイト。
 けど、大怪我をしていたサイトは気絶して、医務室に運び込まれる――。


「……とめ、なきゃ」


 自分に何ができるのかなんて、分からない。
 サイトと私は、昨日出会ったばかりで、友達と言える程の付き合いはないかも、しれない。
 最後にちゃんと勝てるというなら、私が庇う必要なんて、ないだろう。
 だけど、傷つくと分かっている相手を放っておくわけには、いかない。

 頭を抑えながらも席を立とうとした。
 だが、頭痛のせいなのか、眩暈がしてふらつき、椅子に躓いてしまう。
 倒れてしまった身体を起こそうとするが、全身に力が入らず、また倒れてしまう。


「ミ、ミス・リロワーズ!? どうかなされましたか!?」


 声が聞こえる。
 その声の主が誰なのかも分からないまま、私の意識は――。


  ○


 目が覚めると、医務室だった。
 どうやら倒れた後、ここのベットに誰かが寝かせてくれたようだ。
 ゆっくりと身体を起こしたところで、部屋内を仕切っているカーテンが開いた。
 カーテンを開けたのはシエスタだ。水の入った小桶とタオルを持っている。


「あ、目が覚めましたか? リースさん」

「……シエスタ、君が介抱してくれたの?」

「いえ、私はついさっき交代したところで……ほとんどの処置は、別の方々が」


 意識がはっきりしていくにつれて、倒れる寸前のことも思い出してきた。


「サ、サイトは!? 決闘はどうなったの!?」

「……いま、ミス・ヴァリエールの部屋で療養されています」


 シエスタの表情が少し曇ったように感じて気になったが、まずはサイトのことを確認しようと思い、立ち上がろうとする。


「ま、まだ寝てないとだめですよ!」

「けど……サイトが……!」

「サイトさんは、その……大怪我をしていますが、治療はもう済んでいて、命に別状はないそうです」


 私が気を失っている間に、決闘は終わっていたらしい。
 あの時見えたイメージでは、決闘後の様子は分からなくて不安だったが……サイトの命は助かったようだ。
 それを理解すると、身体から緊張と共に力が抜けた。ベットに再び倒れこむ。


「……私、逃げちゃったんです」


 シエスタは懺悔するように、落ち込んだ様子で呟いた。


「サイトさんが、ギーシュ様と決闘すると騒ぎになって……私、怖くて、1人で逃げ出してしまったんです。
 サイトさん、こんなにボロボロになってまで立ち向かっていたのに。
 私は自分のことばかり考えて、サイトさんを見捨てて、逃げて……」


 シエスタの瞳から大粒の涙が、床に零れた。
 平民は貴族に敵わない。平民が逆らえば、貴族はそれを厳しく罰する。
 魔法を使えるか、否か。その差は、超えられない壁として、確かに存在している。
 だから、平民のシエスタが、魔法が使える貴族を恐れることを……どうして、責められるというのか。


「シエスタは、悪くない」

「で、でも!」

「サイトも、シエスタが自分を責めてるって知ったら、たぶん悲しむよ」


 まだあまり親しくない間柄だけど、サイトは女性が嘆き苦しむことを喜ぶような人間ではないと思う。
 その考えを伝えると、シエスタはしばらく考え込んで、彼女自身が考えた答えを言った。


「サイトさんの目が覚めたら、まずは謝って、それから……どうするか考えようと思います」

「……ん。それでいいんじゃないかな」


 事情に詳しくない私には、それ以上何か言うことはできそうにない。
 結局は、当事者同士が話し合って、今後のことを決めていくしかないのだろう。



 私の容態が落ち着いているのを見て安心したのか、シエスタはしばらくすると医務室を退出した。
 サイトのところへ行ったのか、別の仕事があるのかは分からない。あるいは両方こなしているのかもしれない。
 私は、ベットに横になって考える。
 あの、頭の中に直接刻み込まれるようなイメージは、確かに未来の光景だったようだ。
 2回とも、あのイメージと同じ結果になっている。偶然と考えるのは、難しいだろう。

 どんなタイミングであのイメージが流れ込んでくるのかは分からない。
 だけど……そのまま放っておけば、イメージと同じ未来になるようだ、ということは分かった。
 この先、あれがいつ起こるか分からないけど、もし大変なことが起こった時は、今度こそ――。


「……今度こそ、何だっていうんだ」


 自分の浅はかな思いつきに、自虐の意味を込めて溜め息を吐き出す。
 あのイメージが頭に浮かぶ時、私は激しい頭痛に襲われている。
 2回目ではついに意識を失った。次は……無事に済むとは限らない。
 いつ倒れるか分からない自分が未来を変えようなんて、思い上がりもいいところだ。

 そもそも、私に何ができるというのか。
 私には確かに、化け物じみた魔法の才能がある。その力を使えば、大抵のことはできてしまうだろう。
 けど、それを使うということは、今までついていた嘘をばらすということ。何より……化け物な私を他の人に見られる、ということだ。それは、とても怖いことだ。
 子供の頃に父親が呟いていた一言が、今でも悪夢として現れるぐらいに、私が恐れて、避けていること。
 
 その恐怖に負けて、私は――今すぐ自分を回復させて、サイトの元に行き、彼の怪我を完全に治癒するという、とても簡単な解決策を選べないでいる。


「最低だ、私……自分のことを守りたくて、みんなを見捨ててる」


 彼はきっと助かるだろう。
 けど、怪我が完治するまでの間に彼や、彼を看病する人達に与えられる負担はあるだろう。
 その負担を、私は一瞬で取り除けるはずだ。なのに、やらない。
 ただ、自分のことが大切だから、それ以外を切り捨てている。


「……ほんとに、さいていだ」


 シーツに顔を埋めて、勝手に漏れてくる嗚咽を無理矢理、押さえ込んだ。
 もちろん、その程度で私の罪悪感が消えるわけがなかった。





[26782] 第四話「少女は友達が少ないようです」 4/12 小瓶を拾うの、シエスタからサイトに変更。それに伴う会話文を修正。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/12 23:40
 


 決闘騒ぎから3日後、サイトは無事に目を覚ました。
 シエスタは、彼の前から逃げ出したことを謝罪したそうだ。
 サイトは気にした様子がないどころか、謝罪されたことに驚いていたようだ、とシエスタから伝え聞いた。
 彼と交わした会話のことを語る時のシエスタは、何やら頬を赤くしていたような気がする。
 だけど私は、そのことを指摘してからかうような気分にはなれなかった。




「サイト……ごめん」

「リ、リースまで謝るのかよ。なんで?」


 私は今、中庭で偶然会ったサイトと2人きりで会話している。
 合わせる顔なんてなくて避けていたのだけど、曲がり角で彼と対面したため、逃げる方が失礼だと思ったのだ。
 相変わらず私は、自分の異常な力を知られたくない。だから本当のことは言えないけど、謝らずにはいられなかった。


「君がぼろぼろになって戦っている時、私は助けにいけなかった。そのことを、どうしても謝りたかったんだ」

「い、いや。シエスタに聞いたけどリースも体調が悪くて倒れてたんだろ? 仕方ねえってか、謝る必要なんて……」


 ……私は、卑怯だ。本当のことを隠して、自分に都合の良い様に言葉を選んでいる。
 本当に申し訳なく思っているなら、隠すことなんて止めて、本当のことを話すべきだっていうのは分かっている。
 だけど、どうしてもできない。


「そもそも、あの喧嘩も俺が勝手に買っただけだしな。
 俺が黙って頭下げてれば、ギーシュは簡単に引き下がりそうだったし」

「けど君は、親切のつもりで、ギーシュの落とした香水の瓶を拾ったんだろう?
 それなのに相手に侮辱されたら、怒っても仕方ないんじゃないかな」

「あー……いや、モテ男この野郎、みたいな嫉妬もあった。
 あいつの挑発に乗らなきゃ、余計な喧嘩はせずによかったな、てちょっと後悔してるんだ。
 ……たぶん、同じようなことがあっても、納得できなきゃ頭下げられねえと思うけどさ」


 目の前の少年が、ルイズが、シエスタが、周囲の人達みんなが……私のことを化け物と呼ぶかもしれない、と思うだけで、身体が震えそうになるぐらい、怖い。
 その恐怖に打ち勝てず、真実を話す勇気が、どうしても出せない。


「あの後、ギーシュと話す機会があったんだけどよ、あいつ割りといいやつっぽくてさ。
 ちゃんとシエスタにも俺にも謝ってきたし、ちょっと気障で女ぐせが悪いところあるけど、いい友達になれそうだよ」

「それは……すごいね。決闘した相手と仲良くなれるなんて」

「なんていうか、男はそういうところあるんだよ。喧嘩したらいつの間にか友達になってたというかさ」


 喧嘩して、友達になる。
 サイトのその言葉に、友達の数ほぼゼロ(シエスタは友達と呼んでいいと思う、思いたい)の私は、少し心を惹かれた。


「なんで、喧嘩したら友達になれるの?」

「んー……なんつうか、『おまえやるな』『おまえこそ』みたいな感じで、お互いを認め合うって感じかな」

「なるほど、そういうものなんだ……」


 私はサイトの答えを聞いて、少し考えてから決意する。


「サイト、君に頼みがある」

「な、なんだ? そんな真剣な顔して……別にいいけど、無茶なこと言われても困るぞ?」


 彼と正面から向き合って、私は勇気を出して、言った。


「私と喧嘩してくれ!」

「は、はい!? なんで! おれ怒らせるようなことした!?」

「君と友達になりたい……だから、喧嘩してほしい!」

「いや待てその理屈はおかしい!」

「……だめ、かな。私は君の友達に、なれないかな」

「そ、そうじゃなくて……てか、俺達もう友達だろ?」

「――え?」


 サイトの言葉に、私は本当に驚いた。
 私と彼は、まだ出会って数日で。交わした言葉も、そんなに多くない。
 それに、私は本心を隠して付き合っている。彼の役にも、立てていない。
 そんな私を……彼は友達と、思ってくれていたのか。


「いいの? 私、君の友達になっても、いいの?」

「あ、ああ。てか、おれ今まで友達と思われてなかったことに驚きだよ」

「だ、だって。まだ会って間もないし、君の役にも立ててないし……」

「いや、過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ないだろ?」


 サイトは、それを当然のことのように言った。
 嬉しかった。
 シエスタの時は、気が付いたらなっていたから、どうすれば友達を作れるのか、分からなかった。
 ずっと、どうすればいいのか分からなくて、悩んでばかりで。
 だから……私を友達だと言ってくれる人がいることが、とても、嬉しかった。


(……ああ、そうか)


 そこまで考えて、気付く。
 私がシエスタを友達と思うことに、彼女の能力や身分は関係ない。
 気付いたら仲良くなっていて、少し話をするだけでも嬉しくて。
 きっと、それでいいんだ。
 難しく考えなくても、お互いがいっしょにいたいって思うだけで、友達になれるんだ。


「サイト。こんな私だけど、改めて……友達でいてくれる?」

「もちろん、こっちこそよろしくな」


 彼が手を差し出してくる。
 私は、少し迷ったけど、その手を握り締めた。
 ただ握手しただけなのに、とても心が弾んだ。



 だからこそ、彼に本当のことを言えない自分の弱さが、恥ずかしかった。



  ○



 それからしばらくは、平和が続いた。
 学院で授業を受けて、空いた時間でブリスやみんなと同じ時間を過ごす。
 あの頭痛を伴う謎の現象が起こることもなく、穏やかな日々が過ぎていった。

 それが破られたのは、休日である虚無の日。
 サイトとルイズが街に買い物に出掛けたという、その日の夜中に、事件が起こった。



「おーい、ブリス。ここにいるんだろー?」


 暗い夜闇の中を、“ライト”の魔法で周囲を照らしながら、私は使い魔を探して歩いている。
 ふと目が覚めた私は、ブリスが部屋からいなくなっていることに気付いた。
 使い魔として契約しているブリスの視界を共有することで、ブリスの居場所が中庭の一角だということは分かったので、迎えにきたのだ。
 ブリスは散歩に出掛けただけかもしれないが、最近はフーケとかいう盗賊が暴れていると物騒な噂もある。考えすぎかもしれないが、夜間にブリスだけで外出させるのは心配だった。


「……いたいた。ブリス。ほら、部屋に戻ろう」
「にゃー」


 なんとか見つかったブリスを抱きかかえて、部屋に戻ろうとする。
 だが、ブリスは私に持ち上げられたまま、視線を建物の方から動かそうとしなかった。


「あれは……宝物庫かな? あれが気になるの?」


 そう問いかけても、ブリスはその建物を見つめたままだ。
 トリステイン魔法学院の宝物庫はとにかく頑丈なことで有名だが、猫であるブリスが興味を持つようなことはないはずだ。
 疑問に思いながらしばらくブリスに付き合って宝物庫を眺めていると、何やら夜風に乗って声が聞こえてきた。


「あれは、ルイズ達の声? こんな夜中にどうして……」


 知り合いの声に驚いて、その声がする方へ行ってみようと思った瞬間だった。
 ズシン、と。激しく地面が揺れた。
 その凄まじい振動は断続的に、間隔を空けて何度も起こっている。


「な、なんだ!?」


 しばらくして、揺れが収まったかと思うと、次は轟音が響き渡る。
 その破壊音は何度か耳を揺さぶった後、急に収まった。


「――にゃ!」

「あ、ブリス! どこにいくの!?」


 突然、私の腕の中から飛び出したブリスを追いかけて、私も走る。
 暗い夜道ですばしっこい猫を追いかけることは、“ライト”の明かりがあっても中々難しかったが、なんとか見失わずについていけた。
 しばらく走り続けると、ブリスは目的地についたかのように急に立ち止まる。そしてある方向を見つめて、威嚇するように唸っている。
 ブリスの視点の先を見て、私は……平和な日常には相応しくない、『敵』を見つけた。


「……あれ、は」


 学院から歩み去ろうとする、巨大な――巨大すぎる、人影。
 距離の開いている私にもとんでもなく大きく映る、人の形をしたその存在は、近くで見上げたならどれほどの脅威となるというのか。
 どうやらそれは、土で作られた巨大なゴーレムらしかった。
 近くにある宝物庫の壁が、豪快に砕かれている。先程の破壊音は、この壁をあのゴーレムが打ち破る音だったのだろうか。

 巨大なゴーレム。宝物庫。その言葉から、私は噂されている存在を思い出した。


「土くれの、フーケ……?」


 そう呟いた瞬間。
 あの嫌な感覚と頭痛が、再び私を襲った。


「ぐぁ……また……!」


 頭を抑え込んで、耐えるしかなかった。
 襲ってくる激痛に“ライト”の魔法を維持できなくなり、明かりが消失する。
 真っ暗な暗闇の中、私の中に流れ込んでくるイメージ。

 盗まれた破壊の杖。捜索隊に志願するルイズ達。
 あっさりと見つかる破壊の杖。だけどそこにフーケのものと思われる巨大ゴーレムの襲撃。
 逃げようとするみんなの制止を振り切って、ルイズはゴーレムに1人で立ち向かおうとする。
 けどそんなルイズの抵抗を嘲笑うかのように、ゴーレムが襲ってきて――。

 そこで、イメージは途絶えた。
 まるで、そこから先の未来は見せるまでもない、と宣告するかのように。
 私の全身から力が抜ける。激痛に襲われ続けている頭の中が、真っ白になる。

「う……ぁ、あああ」

 もしも、このまま、今までのように何もしなければ。
 明日。ルイズは、死ぬ。
 それを知っていて止められるのは私だけで、けど、強固な意志を持つルイズは、言葉では説得できそうになくて。
 一番確実で安全な方法はひとつだけ。
 私が、みんなに化け物と怖がられるのを覚悟してでも、あのゴーレムを全力で倒すしかない。
 けどそれは、とても怖くて。どうしても、怖くて。
 そして――彼女の命と自分の都合を天秤に掛けていることが何よりも醜くて、自分自身に吐き気がした。


   ○


 どうやって部屋に戻ったのか。いつの間に寝ていたのか。
 それさえも思い出せないまま、私は朝を迎えた。
 鏡で自分の顔を見てみると、とてもひどい顔をしていた。
 まるで今から死地に赴くような……そんな人を見たことないから想像でしかないけど、そんなひどさだった。


(死にそうなのは、私じゃないのに)


 水で顔を洗い、身支度を整える。
 私もまた事件当時、現場近くにいたということで、証人の1人として呼び出されている。
 イメージの中で見たように、事件当時の状況確認が行われるはずだ。
 それと、ミス・ロングビルが調査してきた情報を元に、捜索隊の志願者を募られることになる。


(私は、どうするべきなんだろう)


 いや、やるべきことは分かっている。
 フーケのゴーレムがみんなに危害を加える前に全力で排除して、可能なら破壊の杖を取り戻す。そしてフーケ自身も捕える。
 だけど、そのためには普通の魔法じゃ無理だろう。イメージの中でも、何度強力な攻撃を加えてもゴーレムは再生して、すぐに体勢を整えていた。
 再生する暇もないぐらい、一気に吹き飛ばす。それしかない。
 学生の身ではありえない私の異常な力だったら、可能なはずだ
 分かっていても、怖い。みんなから化け物として扱われるかもしれないことが、怖くて、怖くて、ひたすらに怖い。

 決意を固められないまま、私は指定されていた部屋に入る。
 室内にはもう人が集まっており、しばらくして会議が始まった。
 先生達へ事件について知っていることを、平民で使い魔であるサイトを除いた、目撃者達がそれぞれ話す。
 目撃者はルイズ、キュルケ、タバサ、サイト。それに私を入れて、5人だ。
 私自身の知っていることはほとんどないため、すぐに報告は終わる。

 後はイメージの中で見えたのと変わりのない流れで、話は進んだ。
 責任を押し付けあう教師。遅れてやってきたミス・ロングビルの情報提供。
 持ち込まれた情報を元に、フーケ捜索隊の志願者が募られる。だが教師達は体調が悪いだの何だのと言い訳をして、捜索隊には加わろうとしない。
 それを見かねたルイズが自ら志願し、それを見てキュルケやタバサ達も捜索隊に加わった。


「……私も、志願します」


 私も杖を掲げて、参加の意思を示す。
 教師の態度がどうとか、そんなのは関係ない。
 あのイメージの通りの未来なんて、絶対に認められない。
 覚悟が決まっていなくても、それだけは変わらなかった。


「ふむ……最近の生徒達は勇敢じゃな。教師達と違って、の!」


 オスマン校長が言い訳ばかりの教師達を眺めて、皮肉げに言う。
 それに腹を立てたのか、いつも『風は最強』と口にしているミスタ・ギトーが叫んだ。


「ならばやはり、私も志願しましょう! そこまで言われて黙ってはおれません!」

「あー、いや。すまんかった。君は休んでいなさい。君とベルフェゴール君の怪我については知っておるから」

「コルベールです、オールドオスマン」

「ふん、この程度の怪我など――ふおぐふぉ!?」


 突然、ミスタ・ギトーが腹を抱えて蹲った。


「ああほれ、傷が開いた方が問題じゃろう。コールド君、彼を医務室に。会議はもういいから、そのまま君も今日の診察を受けてきなさい」

「いえ、しかし生徒達だけで……あと、コルベールです」

「捜索隊には私が同行しますので、あなた方は御自分の身体を労わってください」

「ミス・ロングビル……ありがとうございます。生徒達のこと、よろしくお願いします」


 イメージでは見えなかったそんなやりとりが行われて、ミスタ・コルベールを連れてミスタ・ギトーが退出する。


「先生達は、どこか怪我を……?」

「うむ、何日か前に別件でな。特にギトー君の怪我はひどくて、本来なら安静にしているべきなのじゃが本人が大丈夫と言い張ってな。じゃがさすがに今の状態で戦闘させるわけにはいかんよ」


 その別件とやらについては詳しく教えてもらえなかった。
 話す必要がないか、秘密のことなのか……どちらにしても、フーケ捜索には関係なさそうなので、誰も追及する者はいなかった。


   ○


 馬車に乗って、フーケの目撃証言があったという付近まで馬車で移動する。


「ねえ、リース。さっきは聞けなかったけど、なんであなたも志願したの?」


 その途中、ルイズが質問してきた。
 けど、正直な理由は言えない。
 君が死ぬかもしれないから、と言うのは不吉すぎるし、そう考える理由も“未来が見えた”という、実際に体験した私しか信じられないようなことだ。


「……心配だったから」

「何よ、あなたも私がゼロだから戦えないっていうの?」

「違うよ、その……」


 友達だから、と言える自信はなかった。
 相手は公爵令嬢だし、付き合いも短いし……そう考えている途中、先日のサイトとの出来事を思い出した。


(過ごした時間とか、役に立つとか立たないとか、そんなの友達には関係ない)


 サイトはあの時、私を友達だと言ってくれた。
 身分とか立場とか、そういうことも気にせずに、言ってくれたんだ。
 余計なことは関係ない。大切なのは、私がルイズを、どう思っているのか。それだけなんだ。
 勇気を振り絞って、ルイズに自分の気持ちを伝える。


「友達、だから。友達だと思っているから、心配なんだ」

「……友達?」


 ルイズが不思議そうに、そう呟いてくる。


「あ……やっぱり、私が友達じゃあ、迷惑かな」

「い、いえ、そうじゃないの! その……ありがとう」


 照れた様子で、視線を逸らしながら呟くルイズ。
 どうやら、嫌われているわけではなさそうで、少しだけほっとした。
 だからこそ、私の力を見られた時のことを考えると、怖いけど。


(私が怖がられるだけで、友達の命が助けられるなら……それでいいじゃないか)


 覚悟はまだ決まらない。けど、意思は固まった。
 私は、あの未来のイメージに立ち向かう。そして友達を守る。
 絶対に……守るんだ!







[26782] 第五話「少女は誓われるようです」 ※4/8 最後の方に追記。2回目
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/08 23:41



 馬車では通れない小道を、私達は徒歩で移動する。
 しばらく歩き続けると森の中に、木々が伐採されて出来たらしい、開けた広場のようになっている場所に辿り着いた。
 その広場の片隅に、朽ちかけた小屋が佇んでいる。おそらくはそこがフーケの隠れ家なのだと推測された。

 相手は悪名高いトライアングルメイジ。無策で突撃するべきではない、ということで作戦会議を行う。
 シュヴァリエの称号を持つ騎士としての経験からか、こういった荒事には慣れているらしいタバサが、意見を述べた。


「まずは斥候役が必要。小屋内部の情報を探りたい。素早い人が適任」

「ってことは……俺の出番か?」


 サイトが己を指差して尋ねると、タバサは肯定を示すようにこくりと頷いた。


「もし中にフーケがいて隙があっても、一人で突撃はしないで。罠の可能性もある」

「おう、分かったぜ。打ち合わせ通りにやればいいんだろ?」


 再びタバサが、頷く。
 細かな作戦を決めた後、作戦を実行する。サイトが剣――意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードであるデルフリンガーを鞘から抜く。
 サイトは、いつでも応戦できるようにデルフリンガーを構えながら、慎重に小屋へと近づいていく。
 しばらくして小屋内を覗いたサイトが、中に誰もいない際の合図を、離れた位置で待機していた私達に送ってきた。
 足音を立てないように一団で小屋へと近づく。確かに、誰の気配も感じられなかった。
 ミス・ロングビルは小屋の外で待機して、見張り役を務めると自ら提案した。
 周囲の様子を警戒してもらっている間に、私達が小屋内の捜索をすることになる。


「……ねえ、もしかしてこれじゃない?」


 小屋の中に無防備に放置された、硬い素材で作られた筒状の物体が見つかる。
 杖、というには少し大きすぎる気もするが、小屋内には他にそれらしき物は存在していない。


「これって……もしかして」


 サイトが、破壊の杖と思われる物品を見て、何やら呟く。
 彼の呟きはよく聞こえなかったが、尋ね返す暇はなかった――突然、小屋の天井が轟音と共に、強大な力で薙ぎ払われたからだ。
 破壊された天井跡から小屋を覗き込む巨大な影。おそらくは昨夜、学院の宝物庫を襲ったのと同型の、巨大な土のゴーレムだ。


「フ、フーケのゴーレム!」

「急いで脱出! まずは体勢を立て直す!」


 タバサの迷いのない指示に従い、小屋を脱出する。
 私達が脱出して間もなく、子供がおもちゃでも壊すかのようにあっさりと、私達がさっきまでいた小屋は土製の巨大ゴーレムの手で崩壊した。
 破壊の杖はキュルケ達が無事に回収していたようだ。


「ファイアボール!」

「ジャベリン」


 キュルケとタバサが魔法を唱えて、ゴーレムに攻撃を放つ。
 動きの遅い巨大ゴーレムには易々と命中するが、威力がまったく足りておらず、表面に微かに痕跡を残しただけだった。それもすぐに再生されてしまう。
 だが元々、倒すためではなく牽制のための攻撃なのだろう。
 2人は詠唱が素早く終えられるドットスペルの魔法を次々と放ちながら、ゴーレムを撹乱しようと素早く駆けている。


(広範囲に効果が及ぶ魔法は使えない。範囲を一点に絞った、高威力の魔法で弱点を貫ければ――!)


 私は自分の記憶の中から、条件に合う魔法を探して詠唱を開始する。
 ――が、このタイミングであの頭痛が起こった。激痛に詠唱を中断せざるを得なくなり、頭を抑えながらゴーレムの攻撃を避けるために必死で飛び退く。


(くそ、こんな時に! やるべきことは分かってるんだ、今は治まってよ……!)

「リース、あなた大丈夫!? ここで気絶なんてしたら命に関わるわよ!」

「っ、ごめんキュルケ! 逃げ回るのはなんとかなる!」


 頭痛は、気絶してしまった時と比べればまだマシだった。
 だが、苦痛が和らいでいる代償なのだろうか。流れ込んでくるイメージはひどく断片的なもので、そのひとつひとつの意味を理解するのは困難だった。


(役に立たないイメージ流し込む上に、マシとはいえ詠唱できない程の痛み……ほんと、勘弁してよ!)

「うう、この! さっさと倒れなさいよファイアーボール!」


 ルイズが加勢しようといくつもの魔法を唱えているが、全て本来の効力とは違う現象である爆発を起こしてしまう。
 何度も放った爆発のうち数発はゴーレムに命中した。
 不思議なことに、ルイズの起こす爆発が命中した箇所は、強固な土の鎧が削られて、再生もされないようだった。
 だが、ゴーレム本体が圧倒的に巨大すぎる。表面をいくらか削った程度では、決定打にはなりそうになかった。


「仕方ないわね……タバサ、破壊の杖は回収したんだし、ここは退却しましょう!」

「了解。シルフィード!」


 タバサが合図の口笛で、彼女の使い魔である風竜・シルフィードを呼び寄せて、破壊の杖を載せる。
 そして「乗って!」と捜索隊の一同に急いで騎乗するように言った。
 だが、ルイズはそれに否を唱えて、ゴーレムへと立ち向かおうとする――あのイメージと同じだ。


「ルイズ! 無茶よ、戻りなさい!」


 キュルケの必死の呼びかけにもルイズは答えず、ゴーレムへと接近して魔法を唱えようとする。


(だ、め……!)


 ルイズを助けるために魔法を唱えようとする。だが、頭痛のせいで詠唱を唱えきれない。


「だめー! ルイズー!!」


 子供みたいに、叫ぶしかできなかった。
 ゴーレムがルイズを踏み潰そうとする。


「うおおおおお!」


 その危機を救ったのは、私ではなくサイトだった。
 デルフリンガーを片手に持った彼は、凄まじい速さでルイズに駆け寄り、その勢いを殺さず2人で転がるようにしてゴーレムの巨足を避ける。


「馬鹿、おまえ死にたいのか!」

「そんなわけないじゃない! けど、ここで逃げるわけにはいかないのよ!」


 主の危機を救ったサイトの叱責に、ルイズは己の意思を叫ぶことで返した。
 危険は百も承知の上で。己の無力も承知の上で。それでもルイズは、敵から逃げようとしない。
 魔法が使えないゼロ。そう見下され続けたルイズは、しかし。


「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ! 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」


 だからこそ、劣勢だろうが無力だろうが、己の誇りだけは捨てようとしない。
 それはとても立派なことだと思うが、今回は相手が悪すぎる――そう言われたところで、ルイズは納得できないのだろう。
 誇りとは、己が己である証。他人がどう感じようとも、その誇りを掲げる本人にとっては決して譲れない一線なのだから。

 サイトの腕を抜け出して、ルイズは新たに魔法を放つ。
 その呪文が起こした爆発は今までのものより一際大きく、ゴーレムを直撃した。


「やった!?」


 手ごたえを感じたのか、ルイズがそう叫ぶ。
 だが、ゴーレムを包んでいた土埃の中から、ルイズ目掛けて巨大な拳が振り下ろされた。


「ルイズ!」


 彼女を庇おうと、サイトが飛び出す。
 なんとかルイズの腕を掴んだサイトだったが、回避が間に合わない。
 ――そう感じた瞬間、私は跳んだ。
 比喩でもなんでもなく、魔法の力を利用して、放たれた砲弾のように彼女達の元へ飛び込む。
 頭痛を堪えて力づくで魔法を行使したからか、激痛は脳髄だけでなく全身に広がった。
 だけど構わない、今はそんなこと構っている暇はない。
 サイトとルイズを、ゴーレムの拳が届かない後方まで強引に突き飛ばす。


「――リース!?」


 乱入者に気付いたルイズが、私を見て叫ぶ。サイトも驚いた様子で私を見ていた。
 その様子を一瞬だけ確認した後、私は杖を構える。
 当然、さっきまでルイズ達を潰そうとしていた拳は、彼女達を退避させるために飛び込んだ私に襲い掛かってくる。
 回避は既に不可能。受け止めるしか、ない。


「エア・シールド!」


 ほとんど無詠唱で空気の障壁を作り出し、ゴーレムの拳を阻むように展開する。
 大きな屋敷程の巨躯を持つゴーレムの拳と、1人の人間が生み出す空気の壁。
 どう考えても力の差がありすぎる。阻めるはずがない――普通なら。


「くっ……ああああああああ!」


 本来なら一枚だけ生み出せる空気の壁を何重にも、何重にも張り巡らせる。
 ただの空気の膜は、堅牢な城壁の如き層と化し、人の身には余る凶悪な威力の拳撃と拮抗する。
 内側から襲う激痛を噛み殺して、外側から迫る脅威を跳ね返そうとした。
 このままなら、いけると思った。実際、空気の層は土の巨拳を押し返し始めてすらいた。


「……ぁ」


 ――だが、そこで無理がたたった。
 呼吸が止まる程の激痛が全身を駆け抜ける。魔法を維持できなくなる。
 当然、邪魔する壁が消えた拳は振り下ろされて……私の身体を直撃した。
 とっさに、無意識のうちに展開した魔法の障壁で、圧殺だけは避けられた。
 だが衝突の勢いは殺しきれない。私の身体は地面を跳ねるように何度もバウンドしながら、ルイズ達を通り過ぎて、さらに長い距離を吹き飛ばされる。
 ようやく身体が止まったのは、広場を囲む木々のひとつに叩きつけられてからだった。


「――リース、リース!!」


 ルイズ達が駆け寄ってくる足音と、名前を呼ぶ声が聞こえる。
 けど、すぐに応えることができなかった。
 人間の身体は、そんなに頑丈にできていない。

「……りー、す?」

 サイトに抱きかかえられて疾風のような速さでやってきたルイズが、呆然と呟く声が聞こえた。
 自分では、自分の姿を見ることはできない。けど、相当ひどい有様になっているだろうことは、なんとなく分かった。
 身体から血がたくさん流れているし、骨はたぶん何本か折れている。
 他にも色々と被害はあるはずだけど。痛覚が麻痺してしまったようで、もうどこが痛いのか自分でも把握できない。

「おい、リース! しっかりしろよ、なあ!」

 サイトが、木の幹に寄りかかって座るような体勢になっている私の両肩を掴みながら、泣きそうな声で呼びかけてきている。
 返事をしなくちゃ、と思って口を開ける。ごほ、と血を吐いてしまった。目の前にいるサイトの服にかかってしまう。


「ごめん、サイト。ふく、よごしちゃった」

「そんなのどうだっていい! なあおい、ちょっと待ってろ。いまタバサ達がきて、きっと魔法で治してくれるから! なあ!」


 血が足りなくなってきたのか、頭がぼんやりしてくる。
 ……ここで死んだら、化け物じゃなくて、人として死ねるのかな。
 けど、死ぬのは嫌だなぁ。
 新作のお菓子も食べたいし、着てみたい洋服もあるし、もうすぐ……ええっと、名前が思い出せないけど、学院で舞踏会もあるはずだ。
 やりたいことはたくさんある。なくても、死にたいとは思えない。幸せになりたい。
 それに、何より。


「血、たくさん、出ちゃってる。え、えっと、早く、身体の中に、戻さないと……」

「何やってんだよルイズ! ふざけてる場合じゃないだろ!?」


 目の前で涙を零しているルイズとサイトを見て、ぼやけていく視界と思考の中で、思う。




「ち、くしょお……よくも、よくもリースを……!
 ――うおおおおおおおおおお!!」


 ともだちが泣いちゃうのは、やだな。


「くっ……タバサ! あなた治癒はできる!?」


 ばけものと呼ばれるの、やだけど。


「あの重傷は、私では、無理……っ」


 しあわせになれないの、やだけど。


「リース……わ、わたしの、せいだ。わたしが、意地を張って逃げなかったから……。
 嫌だよ、リース。お願い、死なないで。リース……い、いやあああああああ!」


 ともだちを泣かせちゃうのが、いちばん、やだな。




 だから……死ねない。
 こんなところで、死ねない――!


 そう強く思った、瞬間。
 私の中で、何かが。
 弾けた。


   ○



「ち、くしょお……よくも、よくもリースを……!」


 心から噴き出す怒りで、少年の身体が震えた。
 その心の鳴動に呼応するように、サイトの左手に刻まれたルーンが激しく光り輝いた。
 サイトに刻まれたルーンは、伝説の4つの使い魔が一角、“神の盾”ガンダールヴの証。
 伝説に曰く。ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなし、一にして千を万を悉く打ち払う、神の左手と謳われるに相応しい強き戦士であったという。


「――うおおおおおおおおおお!!」


 少年は意志の込められた魔剣を手に、巨人へと突撃する。
 己より遙かに巨大な敵。一撃でも喰らえば、自分達を庇って倒れた少女のように、無事では済まないだろう。
 それが分かっていようとも、彼は立ち止まらなかった。己の心を震わせながら、疾風のように駆け抜ける。

「いいか相棒、今は難しいことは考えんな! とにかく走って走って走りまくって、思いっきり斬りまくれ!」

 魔剣・デルフリンガーが声を発する。
 その声が聞こえたかのかどうか。サイトは、大地を踏み砕く程に力強く、眼前の敵目掛けて突き進む。
 離れていた距離は一瞬で詰り、剣士の間合いとなる。


「覚悟、しやがれえええええ!!」


 誰もが無謀と感じた突撃。だがその印象は、気合の咆哮と共に振るわれた一閃が覆した。
 巨人の足元を駆け抜けながら、少年がデルフリンガーでゴーレムの左足を斬る。
 一瞬の空白。人間を蟻の如くたやすく踏み潰せる巨大な足が、ゆっくりと剣閃をなぞるように、大きく抉られた。
 片足に亀裂が走り、バランスを崩したゴーレムの身体にサイトは素早く飛び乗る。
 その巨体を駆け上がりながら魔剣を絶え間なく振るい、ゴーレムの鎧を次々と斬り捨てていく。
 どれだけ魔法をぶつけられても傷一つ刻まれなかった頑丈な装甲が、少年の剣に込められた憤怒に耐えかねるように、削られていった。

 だが、それでもゴーレムは壊れない。
 少年が渾身の剣技で削った装甲は、すぐさま再生を繰り返していく。
 神がかりな猛攻も、無駄だと言うかのように。


「くっ、そお……! こんだけやってもだめなのか!?
 おれは……友達の仇も、とれねえのかよぉ!!」


 ゴーレムが身体を振り回す。その動きに、しがみついていられなくなり、サイトは振り落とされてしまった。
 ルーンの効果で強化された肉体は、高所からの落下の勢いを上手く受け流し、着地することに成功する。
 だが、衝撃を流すことに専念せざるを得なかったサイトは、着地直後はすぐに動き出せなかった。
 その僅かな隙に狙いをつけていたかのように迫る、ゴーレムの拳。
 先程、リースを跳ね飛ばしたものと同じ、人の身では受け切れない重すぎる一撃が目前に迫っていた。


「ちっくしょおおおおお!!」


 恐怖と、怒りと、悔しさに、サイトはたまらず叫ぶ。
 ――その叫びに応えるかのように、少年の前に人影が躍り出た。


「……!?」


 サイトを押し潰そうとしたゴーレムの拳が、少年を庇うように現れた人影が空中に生み出した魔法陣と正面からぶつかる。
 圧倒的な腕力で繰り出された拳骨は、それを凌駕する豪力を叩きつけられたように、轟音を伴う凄まじい衝撃によって跳ね返された。
 その現象を起こした人影が、背を向けたままサイトをちらりと一瞥した。その横顔で、相手が誰なのかを理解したサイトが、喜びと戸惑いの混じった声で、その名前を叫ぶ。


「リ……リース! おまえ、無事だったのか!!」


 だが少女はその声に応えることなく、攻撃を防がれて体勢を崩したゴーレムを追撃しようとするように、空中を魔法の力で駆けた。
 リースは、深紅の魔力光を全身に帯びて、残像すら見える程の速さで飛翔する。先程まで瀕死の重傷を負っていたとは思えない、激しく力強い動きだった。
 ゴーレムの上空に一瞬で移動したリースは、“フライ”を維持して超高速の空中機動でゴーレムを翻弄しながら、魔法の光弾を連射していく。
 次々と放たれる魔法の弾丸は、そのほとんどがゴーレムへと命中。そのひとつひとつが凄まじい威力なのだろうか、ゴーレムの巨体が衝撃に揺らいだ。
 だが、それでも破壊しきれない。巨人が体勢を崩して大地に倒れこむが、まだ起き上がろうとしている。
 その様子を無表情に眺めていたリースが、杖を一振りする。すると、タバサ達の持っていた破壊の杖が光に包まれた。
 タバサ達が驚愕した次の瞬間、サイトの目の前に光が現れて、破壊の杖が現れる。
 とっさにそれを掴み取ったサイトの脳内に、その“杖”の扱い方の情報が次々と流れ込んできた。


「これを使えってことか……おし、ちょっと待ってろ!」


 リースの意思を感じて、サイトは脳内に浮かぶ手順を素早く行い、破壊の杖と呼ばれた兵器――サイトの世界でロケットランチャーと呼ばれる武器を、使用可能な状態にする。
 そしてゴーレムに標準を合わせて、引き金に手を添える。いつでも発射できる状態だ。


「リース、準備OKだ! 退避してくれ!」


 サイトの合図に反応して、リースは赤い光の尾を残しながら凄まじい速度で安全圏へ離脱する。
 それを確認して、サイトは迷わず引き金を引いた。


「くらいやがれ、このやろおおおおお!」


 発射されたロケットは、ゴーレムの胸部に直撃。
 桁違いの爆発と衝撃を巻き起こし、ずっと昔に異世界より呼び寄せられた科学兵器は、魔法の巨兵を粉々に破壊した。


「……やった。やったわ! すごいわ、一発で倒しちゃうなんて!」

「あれが、破壊の杖の威力……」


 キュルケが、崩壊していくゴーレムを見て興奮したように騒ぐ。
 タバサは目の前で放たれた脅威の一撃に、表情こそ変わらないものの驚いた様子で、「すごい」と呟いた。


「リース、やったぜ! 俺達の勝ちだ!!」


 破壊の杖を掲げて、サイトは勝利を宣言する。
 それを見て安心したのだろうか……力強く輝いていた魔力光が消えて、リースは力尽きたように意識を失い、空中から落下し始めた。
 慌てて破壊の杖を放り出し、彼女の落下しそうな地点に駆け出したサイトだったが、シルフィードに乗っていたタバサ達がすぐにリースへ接近。
 “レビテーション”の魔法で落下の勢いをなくして、リースの身体を優しく受け止めた。


「リースの様子は!?」


 ゆっくり地面へと降りてきたシルフィードの傍へ走り、サイトはタバサ達に尋ねた。


「気絶してるけど、呼吸は安定してるわ。信じられないけど、あれだけの怪我もだいぶ回復してるみたいね。自力で治したのかしら……」

「学院に戻ったら医務室へ。要安静。けど、きっと大丈夫」


 リースの命に別状はないらしいことを知り、サイトは気が抜けたように地面に座り込む。


「よ……よかったぁ」

「……リース。ごめん、ごめんなさい。
 私のせいで、こんなひどい目にあわせて……ほんとうに、ごめん、なさい……っ」


 自力で駆け寄ってきたルイズが、眠るように瞳を閉じているリースの手を取って、涙を流しながら謝罪の言葉を何度も呟いていた。
 そんな彼女達の元へ、近づいてくる女性がいた。見張り役を担当していたはずの、ミス・ロングビルだ。


「ミス・ロングビル! フーケのゴーレムは倒しました、けどリースが大怪我を……!」

「ええ。ご苦労様」


 ルイズの言葉に短く返答して、ロングビルは……サイトが先程放り出した破壊の杖を、ルイズ達に向けて構えた。


「ミス・ロングビル!? いったい何の真似ですか!?」

「おっと、動くんじゃないよ。全員杖を捨てな! そっちの坊やは剣をだよ!」


 先程、破壊の杖の威力を目の当たりにしたルイズ達は、その照準を向けられて言うことを聞くしかなかった。
 だが、サイトだけが武器を捨てずにいる。彼は、破壊の杖が単発式の兵器であり、既にただの筒となっていることを知っているのだ。


「ほら、さっさとしな! まとめてくたばりたいのかい!」

「うるせえよ……! 土くれのフーケ!!」


 サイトがいち早く、相手の正体に気付いて、怒りを隠さずに叫ぶ。


「ミス・ロングビルがフーケですって!? そ、そんな……」

「見張り役のはずだったのに、さっき戦いの場にいなかった。破壊の杖を持って俺達を脅してる……間違いねえだろ!」

「そうさ。賢いじゃないか、坊や。気付くのが遅かったようだけどね!」


 自分が絶対的優位に立っていると確信しているフーケが、それが過ちだと気付かないまま、破壊の杖だった物の引き金に手を添える。
 ルイズ達が怯むが、サイトは逆に一歩、フーケへと近づく。


「勇敢な坊やだねぇ。けど、あと一歩でも近づいたら問答無用で」


 フーケの脅し文句を蹴散らすように、さらに一歩。
 さすがにフーケも、まったく怯えていない様子のサイトに困惑した。


「あ、あんた、死ぬのが怖くないのかい!?」

「死ぬのは怖えよ。けど、てめえはちっとも怖くねえ!
 それよりも答えろよ……なんでこんな真似をしやがった!」


 じりじりと間合いを詰めながら、サイトは目の前の女性に問いかけた。


「……は。いいさ、冥土の土産に教えてやる。
 破壊の杖を盗んだまではいいが、使い方が分からなくてね。
 一芝居打って、こいつの扱い方を誰かに見せてもらおうと思ったのさ。
 学院の教師共は腰抜けばかりで、こんなガキ共しか釣れなかった時はどうしたもんかと思ったが……坊や、あんたのおかげで助かったよ」

「俺達が誰も、破壊の杖を使えなかったら、どうするつもりだったんだ」

「あんたらを殺して、次の奴を誘い出していたさ。何度もやれば、そのうち使える奴に当たるだろうってね」


 自分達を殺すつもりだった、と得意げに話すフーケに、サイトの怒りが爆発した。


「ざけんじゃねえぞ! てめえ、人の命を何だと思ってやがる!」

「命なんて軽いもんさ。くだらないことで簡単に消えちまう。
 坊や、知ってるかい? 世の中にはね、一銭の得にもならないのに人を殺せちまう奴が、割といるんだよ!」


 一向に立ち止まる気配のないサイトに業を煮やしたのか。フーケが破壊の杖の引き金を引く。
 だが当然、弾切れのロケットランチャーは、カチッという音を出しただけで、もう兵器としては機能しなかった。


「な、何故だ!? さっきはたしかに、これで……!」

「……俺もひとつ、教えてやる」


 狼狽するフーケの懐に素早く飛び込み、サイトはデルフリンガーの柄をフーケの鳩尾に叩き込む。


「そいつは単発式だ。もう、ただの空っぽの筒だよ」

「ぐっ……そ、んな。こんな、ところで……」


 どさ、と。意識を刈り取られたフーケが地面に倒れる。
 戦闘の緊張から解放されて、サイトは溜めていた息を吐き出し、ルイズ達を振り返った。


「誰か縄とか持ってないか? こいつ動けないように縛って、さっさと帰ろうぜ。リースを治療してやらないと」

「たしかあのボロ小屋に縄があったはずよ。取ってくるわ、ダーリン!」


 キュルケが急いで、屋根が吹き飛ばされた小屋へと駆け出す。
 タバサは「念のため」と魔法を唱えて、風のロープでフーケを拘束する。
 戦闘で精神力を消費していることもあり長時間は維持できないので、縄が届くまでの臨時的な処置だが、何も対処しないより遙かに安全だ。


 しばらくしてキュルケが戻り、フーケを拘束し終わる。
 全員でシルフィードに乗って、停めている馬車まで急いで戻ることにした。


「……」

「ルイズ、どうしたんだ?」


 シルフィードで移動中。さっきから何も喋らないルイズに、サイトは声をかけた。
 だが反応がなく、しばらく声をかけ続けてようやく「へ? な、なによ」とサイトのことに気付いたように、返事をする。
 やはり、いつもの元気はないように感じられた。


「いや、なんかずっと黙ってるからよ……もしかして、どっか怪我したのか」

「……違うわよ」


 暗い声でルイズは呟くように言って、眠り続けるリースに視線を向けた。
 リースは今、シルフィードから落ちないようにキュルケに支えられて、タバサの魔法による治療を受けている。
 水の秘薬など、本格的な治療を行うには道具が足りないため、あくまで応急処置にしかならない。
 だが、それでもリースの寝顔は先程までより穏やかになったようだ。


「私はずっと、逃げ出さないことが、どんな敵が相手でも背を向けずに戦うことが貴族だと思ってた。今でもそう、信じてる。
 けど、今回私のせいでリースが……友達が、死にそうになって。なのに私は何もできなくて……私って何なんだろうって」


 己の無力を悔いて、ルイズが自分の手をぎゅうっと握り締める。
 いつになく落ち込んだ様子のルイズに、サイトはからかうことはせず、彼女の言葉を聞いた。


「魔法もろくに使えなくて、戦うこともできなくて、友達を危険な目に合わせて……私、こんなに自分が嫌いになったの、初めてよ」

「……そんな風に自分を追い詰めても、リースは喜ばねえよ」


 どう言えばルイズを元気付けられるのか分からなくて、どこかで聞いたようなありふれた台詞を呟くしか、なかった。


「私、強くなりたい。せめて、友達をちゃんと守れるぐらいには、強くなりたいわ」

「それは俺も同じだ」


 強くなりたい。その気持ちは、確かにサイトの心に芽生えていた。
 気の利いた言葉は言えなくても、それだけは、はっきりと言える。
 サイトはリースにそっと近づいて、その手を握り締める。
 小さな手だった。柔らかくて、小さな、普通の少女の手だった。
 その手で、彼女は自分達の危機を身を挺して救ってくれたのだ。
 それを思うと、サイトの胸中には、恋心とも、いわゆる『萌え』とも違う、愛おしさのような気持ちが生まれた。
 この少女を守りたい。恋人にしたいとかそんなのじゃなくて、目の前で眠る優しい少女が幸せでいられるように、守ってやりたい。


「リース。俺、絶対に強くなる。なってみせる。
 おまえをこんな目に遭わせようとする連中、みんなまとめてぶっ飛ばせるぐらい強くなる。
 そして……おまえがちゃんと笑っていられるように、守ってみせるよ」

「……私もよ、リース」


 サイトの宣言に、同意を示して、ルイズも己の使い魔と共に、リースの手を握り締める。


「私、ゼロのままでもいい。馬鹿にされても、なんとか我慢するように努力する。
 魔法が使えなくってもあなたを守れるぐらいに、もっともっと頑張って、強く、賢くなってみせるわ」

 2人の誓いの言葉が、眠り続ける少女に届いたのかは分からない。
 ただ、人の手の温もりに安堵を覚える幼い子供のように、リースの寝顔には安らかな微笑みが浮かんでいた。



(……さっきの戦闘。ありえないことだらけだった)


 治癒の魔法を行使しながら、タバサは目の前の少女、リースについて考察する。
 基本的に、“フライ”を維持しながら他の魔法を使うことはできない。
 そもそも、複数の魔法を同時に扱うことは……少なくともタバサの知識の中では、どんな高い実力を持つメイジにも行えないはずだ。天才と褒め称えられていた父親でも、例外ではなかったはず。

 だが、先程の戦闘でリース・ド・リロワーズは、明らかにその法則を無視した魔法行使を扱えていた。しかも、尋常ではない精度と威力で。
 身体が赤く発光していたことといい、普通ではないことが多すぎる。

 そもそもリースは、遠目に見ても分かる程にひどい、瀕死の重傷を負っていたはずだ。普通なら、動けるはずがない。
 今も治療が必要な状態ではあるものの、ゴーレムに殴り飛ばされた時と比べれば、明らかに回復していた。
 あの時、傍にいたルイズは治癒の魔法は使えないはずだ。タバサとキュルケは距離が離れていた。サイトはメイジではないし、ゴーレムと戦闘していた。
 
 ならば残る可能性は、リース本人が治癒の魔法を自分にかけて回復した、ということになるが……あれほどの傷を水の秘薬もなしに、一瞬でここまで回復させるなんて、水のスクウェアメイジでも可能かどうか分からない。


(彼女は、何者なのか)


 学院での彼女の噂は、タバサも聞いたことがある。
 リースは普通の、風のトライアングルメイジだったはずだ。
 フーケのゴーレムとの戦闘時のような、常識を覆す魔法技術なんて、最高クラスであるスクウェアメイジでも可能だとは思えない。


(実力を隠していた?
 それとも、私の“あの時”のように、感情の昂ぶりが魔法の力を強化した?)


 疑問はつきない。情報が足りなすぎる。
 気になる点はたくさんあって、今すぐにでも答えを得たい。
 だが、今は当の本人が気絶しており、問いただすことは不可能だった。
 それに、リースに誓いを立てている2人程ではないが、タバサもリースのことを心配していた。
 別に友情や絆を感じることのない間柄だが、短い間とはいえ共に戦った仲間が倒れて何も思わずにいられる程、タバサの精神は凍りついていない。


(まずは、治療と回復が最優先。話は、落ち着いてから)


 疑問はひとまず置いておき、タバサは魔法による応急処置を続ける。


「ねえ、タバサ。さっきの戦闘だけど……いえ、今はやっぱりいいわ」

「ん。まずは、治療」


 リースの身体を支えるキュルケもまた、先程のことに疑問を感じているようだ。
 だが今は優先すべきことではない、と感じたのだろう。詳しい考察は後回しにして、キュルケもリースの身体を支えることに専念している。

 馬車が近づいてくる。
 心に芽生えた疑問の回答には、どのぐらい近づけるのだろうか。
 そもそもそれは、近づいてもいい謎なのか――。
 分からないことだらけの帰り道は、まだまだ続きそうだった。





[26782] 第六話「少女は嬉しいようです」 ※4/14修正 タバサの「お願い」をなかったことに。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/14 19:25




 夢を見た気がする。
 けど、夢の中身は――いや、あれは、夢じゃない。
 だんだんと目が覚めていくにつれて、今までの記憶が頭に浮かんできた。

 フーケの操る巨大なゴーレムとの戦闘。ルイズ達を庇って受けてしまった重い一撃。
 そして、自分の中で何かが弾けた、と感じた瞬間……それからのことは、夢を見ている時のようにおぼろげだった。
 けど、フーケのゴーレムと思いっきり戦ったことは、なんとなくだけど覚えている。

 自分ではない誰かが、身体を代わりに動かしていたような感覚。
 その未知の感覚に満たされていたあの時は、何故私に宿っているのか分からない凄まじい力を、まるで手足を使うようにたやすく、私の中から引き出していた。


(例のイメージと頭痛のこと以外にも、また謎が増えた。
 自分のことのはずなのに、何一つ分からないなんて……)


 ベットのシーツをぎゅうっと握り締めて、私自身に対する恐怖と不安に、必死で耐える。
 そうやってしばらくじっとしていると、カーテンの向こう側から「失礼します」と声をかけられた。

 そこで私は、初めて意識して今の周囲の様子を見渡した。
 どうやら医務室のベットに寝かされていたようだ。
 身体にはいくつか包帯が巻かれている箇所もあり、治療してもらってからしばらく時間が過ぎているのかもしれない。
 この前の決闘騒ぎの時といい、この短期間に2回も担ぎ込まれるなんて思わなかった。


「その声は、シエスタ? 起きてるよ」

「あ……リースさん!」


 私が声の主に声を掛けると、シエスタが待ちきれないとばかりに勢いよくカーテンを開いて、素早く近づいてきた。


「よかった、よかったです! ひどい大怪我を負ったとお聞きして、私、わたし……うう、ぐすっ」

「ご、ごめん。心配かけたみたいで」


 涙ぐんでいるシエスタを見て、申し訳ない気持ちになる。


「ミス・ヴァリエールやサイトさん達も心配しておられました。
 今、顔を洗いに行かれてますので、そろそろお戻りになられるかと……」

「リース、目覚めたのか!」


 サイトの声が聞こえて、医務室のドアが勢いよく開かれる。
 うるさく駆け込んできたサイトに、医務を担当している先生(女性)が一瞬で接近して、目にも留まらぬ早業でサイトの顔面を鷲掴みにした。
 いわゆるアイアンクローである。


「医務室では、お静かに。なぁおい、理解したか?」

「う、うっす、すいませんした。だからあの、痛い、ちょ、ミシミシって音がっ」

「ったく、この馬鹿は……申し訳ございません、先生。
 この馬鹿使い魔は私が後でよく躾けておきますので、どうかお許しいただけませんか?」

「……まあ、いいでしょう。気持ちも分からなくはないですしね」


 礼儀正しく頭を下げたルイズの謝罪に溜飲が下がったのか、先生はサイトの拘束を解いた。
 かなり痛かったのだろうか。サイトは頭を抱えて「ぐぬおおお」と唸っている。


「な、何者なんだこの先生。いつ掴まれたのか全然分からなかったぞ……」

「余計なことは言わずに黙ってなさい。この馬鹿」


 小声でそんなことを呟きながら、2人は私に歩み寄ってきた。
 眠ったままで応対するのは失礼かな、と思って身を起こす。思ってたよりすんなりと身体を動かせた。


「も、もう起きて大丈夫なの? 無理しちゃだめよ、リース」

「心配かけてごめん。もう平気だよ。むしろ身体が軽いぐらい」


 よっ、はっ、なんて言いながら身体を動かしてみる。
 丁寧に治療してもらえたのだろうか。戦闘前より身体がすっきりしている気がした。


「その様子なら大丈夫のようね。一応、もうしばらく安静にしていれば、フリッグの舞踏会にも出られるかもね」

「舞踏会? あれ、ええっと……」


 記憶から、フリッグの舞踏会が開催される日にちを思い出して、先生に尋ねる。


「も、もしかして私……だいぶ寝てました?」

「帰ってきてからずっと、ね。まあ、体力を回復するためには寝てるのが一番よ」


 だからせめて夜までは寝てなさい、と先生にベットに寝かしつけられる。
 その時、くぅ~と私のお腹が鳴った。恥ずかしくて、シーツで顔を覆い隠す。

「恥ずかしがることないわ。生きてれば誰だって空腹になるんだから。
 シエスタ、あなた厨房で病人食を用意してきて。ミス・ヴァリエールと馬鹿は退出してくれるかしら。着替えとか色々あるから」

「あ、あの、私達も何か手伝いを……」

「もう心配しなくても平気ですよ。あなた達も疲れているでしょうし、しっかり休みなさい。
 ……くれぐれも、これ以上医務室に運び込まれてくるような事態にならないように、ね?」

 ばきばき、と拳の骨を鳴らして念入りに言い聞かせる先生に、サイト達は背筋を伸ばして『は、はい!』と返答していた。
 ――この先生怒らせると怖い。
 逆らわないようにしようと私は心の中で決めた。



   ○


 夜まで大人しく休息していると、本当に元気が湧いてきた。
 医務室の先生にお礼を言って退出して、フリッグの舞踏会に参加するための準備に取り掛かる。
 自室に戻ると、ブリスが擦り寄ってきた。


「ブリス、君にも心配かけたね。ごめんね」

「にゃう」


 喉を撫でてあげると、嬉しそうに喜んでいた。
 甘えてくるブリスと少し遊んだ後、あらかじめ用意していたドレスなどをクローゼットから取り出して、身支度を始めた。
 着飾ることにあまり慣れていないので心配だったが、なんとか形になったと思う。
 鏡を見て、自分の姿を確認する。
 青と白を基調とした、明るい印象のドレス。あまり派手なものではないが、私は店で一目見て気に入ったデザインだった。
 そこに少しアクセントを加えるためのネックレス。イヤリングは痛そうなので止めておいた。


「どうかな、ブリス。似合う?」

「にゃー」


 ブリスに私のドレス姿をお披露目する。
 普段は中々着る機会のないドレスに、少し気分が盛り上がってくる。
 その場で軽くステップ。そしてくるっとターン。
 じーっと私を見てくれているブリスに微笑みかけながら、本に書かれた物語に出てくるような台詞を言ってみる。


「うふふ……素敵な子猫ちゃん。いっしょに踊ってくださいませんか?」

「あなた、ほんとに猫大好きよね」


 後ろからかけられた声に、びくっとなる。
 恐る恐る振り返ると、背後でドアの外からルイズとサイトが私の方を見て、にやにやとしていた。


「ふ、2人とも、ノックは……」

「したけど反応なかったわよ。聞こえないぐらい夢中だったみたいね、子猫ちゃん」

「ちなみに鍵もかかってなかったぜ。迂闊だったな、子猫ちゃん」

「……あ、あがー」


 恥ずかしくて、奇声を上げながら顔を両手で隠して、サイト達に背中を向けた。
 2人で私のことを笑っていたルイズ達だったが、しばらくすると「からかうのはこれぐらいにして」と呟いた。
 かと思うと、先程までとは打って変わり、真剣な様子で話し始める。


「リース。フーケとの時は……本当に、ごめんなさい。私のせいであんな目に合わせてしまって」

「い、いや。ルイズのせいじゃない。あれは私が勝手にやったことだよ」

「勝手にやったことだとしても、リースが庇ってくれたから、俺達は今、こうしていられる。
 だから……リースには本当に、すっごく感謝してるんだ。ありがとう、そして、ごめん」


 2人が、感謝と謝罪の気持ちを言葉に込めて伝えてくれる。
 私はそれを聞いて、嬉しいけれど……複雑な気持ちもあった。
 サイト達を庇えたのは、私に宿る強大な力があるからだ。
 私がずっと嫌っている、化け物みたいな力があったから、普通では太刀打ちできないような強い相手と正面から戦えた。
 ……そこまで考えて、私は違和感を覚えた。


(私は、フーケとの戦いであの力をみんなに見せてしまったはずだ。
 なのになんで、2人は態度を変えずにいてくれるんだろう)


 気になったので、尋ねてみることにした。
 少し質問するだけなのに、すごく怖かった。
 拒絶されたらどうしよう、とか。そんな不安な想像が頭にどんどん浮かんでくる。
 けど、後回しにすればするほど、聞き辛くなってしまう。
 だから、とても怖いことだけど、意を決して二人に話しかけた。


「あ、あの。2人は、何とも思わないの? 私、あの戦闘で、その……普通じゃなかったと思うんだけど」

「へ? いやまあ、魔法ってすげーとは思ったかな」

「……不思議には思ったわよ。あんなすごい力を持ってるなんて、びっくりしたわ。
 正直、実際に見た私でも『あれは何かの見間違いじゃないか』なんて思っちゃうもの」


 魔法に詳しくないサイトはともかく、ルイズは真剣な表情で語る。
 あれは確かに普通ではなかったと思う、と。
 そう、ルイズは話した後で。


「――けど、関係ないわ。リースは私のクラスメイトで、友達で、命の恩人。
 それは、あなたの力がどうだろうと、変わらないわよ」


 はっきりと。迷いのない声で、そう言ってくれた。
 サイトもそれに続く。迷う必要なんてないと言うかのようにまっすぐ私を見て、言う。


「俺もそうだぜ。魔法とか詳しくないから、あれが普通じゃないのかどうか分かんねえけどさ。
 もしリースが普通とは違ってたとしても、俺はリースの友達だ」


 それが。
 2人の「そんなの当たり前だろ?」と言わんばかりの迷いのなさが。
 普通ではない私を受け入れてくれたということが、とても嬉しくて。


「……ぁ」


 涙が零れた。
 嬉しくて、嬉しいって気持ちが抑えきれなくて。
 涙が、止まらない。


「リ、リース、どうしたの?」

「や、やっぱりまだ、どこか痛むのか? 先生、呼んでこようか?」

「違う……違うんだよ」


 私が苦しんでいると誤解しているらしい2人に、涙をハンカチで拭きながら、答える。


「嬉しくて、嬉しくて……すごく、嬉しいんだよ」


 ただ、どんな私でも受け入れてくれる友達がいること。
 それがこんなに幸せなことなんだ、と。私は、生まれて初めて知った。
 2人は、私が泣き止むまで、傍にいてくれた。
 それがまた嬉しくて、2人が準備のために部屋を出て行った後、1人でまた泣いた。


   ○


 いつにもまして豪華な御馳走の数々と、上品で優雅な音楽。
 それらに囲まれて踊る、たくさんの貴族の子供達。
 私は、ダンスに誘われることもないので、タバサといっしょに御馳走を食べていた。


「……す、すごい食べるね」

「まだいける。メイドさん、これ10人前、おかわり」

「は、はいただいま!」


 目の前でどんどん、空になった皿が積み上げられて山になっていく。
 タバサの小さな身体のどこにそんな量が収められるのか分からないが、苦しむ様子もなく、タバサは多くの料理を平らげていった。


「もう、あなた達は……せっかくの舞踏会なんだから、もっと殿方との交流を楽しみなさいな」


 キュルケが、呆れたような顔で私達2人を見ていた。
 彼女の後ろには、何人もの男達が並び、「次は俺だ!」「いいや僕だね!」などと言い争っている。


「あなたは、楽しみすぎ」

「そ、その……私は、あまりそういうのは」

「せっかく綺麗なのに、もったいないわねえ。まあいいわ、私はもう一踊りしてくるわね」


 そう言って、キュルケは男達を引き連れて去っていった。
 積極的にアプローチをかけるキュルケや、男達からすごい勢いで誘われているルイズ達は、舞踏会の中心で輝いている。
 綺麗な薔薇の花のようだった。その美しさにつられて、男達は引き寄せられている。蜜を求める蝶のように。

「私は、隅っこの方でそっと咲けたらそれでいいや……その方が落ち着く」

「料理も味わえる」

 タバサが同意するように呟いて、そのまま次の料理を食べ始める。
 実際、賑やかなパーティの様子を見ているだけでも、けっこう楽しいものだ。
 人付き合いの苦手な私としては、知り合いと世間話でもしながら飲み食いしている方が、リラックスして過ごせるので好きだった。



 しばらく食べ続けていたタバサだったが、さすがに限界がきたのか「ごちそうさま」と言って食事を止めた。


「さすがにもうお腹いっぱい?」

「まだ腹八分目。けど、あなたに聞きたいことがある」

「そうだよね、あんなに食べてたらさすがに……なん、だって?」

「質問、いい?」


 タバサのお腹の底なしっぷりに驚愕していると、彼女はじっとこちらを見つめて、真剣な表情で返答を求めてきた。


「う、うん。答えられることなら、いいけど」

「……あなたは、何者?」


 その言葉に、また、身体が震えた。
 サイト達に受け入れられて、とても嬉しかった。
 けど……それは裏を返せば、自分が普通ではないと他人に知られることを、それだけ怖がっている、ということなのだろう。


「あの戦いの時、通常ではありえない魔法行使を次々と行えていた。
 瀕死の重傷も、私が応急処置をするより前から、かなり回復していた。
 あなたが、ただのトライアングルメイジとは思えない」


 彼女の、私を探ろうとする視線は怖かった。
 できれば今すぐにでも逃げ出して、自分の部屋にでも篭りたくなる。
 ……けど、学院で共に過ごす以上、彼女がその気になれば何度でも探られることになるだろう。
 なら、この機会に、話せることは話してしまおう――サイト達のおかげで芽生えた勇気を振り絞って、質問に答えることにした。
 タバサの了承を得て、周囲の人にばれないように“サイレント”の魔法を唱える。これで私達の声は周りには聞こえなくなった。
 それを確認して、私は喋り始める。


「私にも、何故自分にこんな力があるのか、分からないんだ。
 フーケとの戦闘では、自分が自分ではなくなったような感覚だったし……正直、自分のことなのに、怖い。
 子供の頃から、普通じゃないぐらい強い力を持っていて……父親には化け物と言われたよ」


 タバサの身体がぴくり、と反応したように思えたが、私は話を続ける。
 止まってしまったら、もう話せなくなってしまいそうだったから。


「化け物と言われてからはできるだけ、力を隠して生きてきた。ずっと、みんなを騙してる。
 だから……このことは他のみんなには、できるだけ内緒にしてほしい」

「……分かった。他言はしない。約束する」


 タバサは肯定の頷きをして、しばらく目を伏せた後、私の顔をまっすぐに見つめて、言った。


「辛いこと聞いて、ごめんなさい」

「……いや、いいんだ。気にしないで」

「ありがとう。じゃあ、また」


 そう言って、タバサは席を立った。
 お先に。そう一言呟いて、青髪の少女は会場の出口へ向かっていった。


「メイドさん。さっきのやつ、5人前。部屋に持ち帰りたい」

「は、はい……ご用意致しますので、しばらくお待ちを」


 ……ま、まだ食べるんだ。


   ○


 舞踏会の喧騒に疲れてきたので、夜風に当たろうとバルコニーに出た。
 夜空には満天の星空と、双子の満月が輝いている。
 会場の熱気と、少し呑んだワインで火照った身体を、冷たい風が心地よく撫でていく。

 と、バルコニーには先客がいた。サイトとルイズだ。
 2人は私に気付かないぐらい夢中で、手を取り合ってダンスを踊っていた。
 慣れていないサイトを、ルイズがリードしているようだ。
 音楽も何もないダンス会場。だけど、さっき男達に誘われて踊っていた時より、ルイズは嬉しそうだった。
 私がいると邪魔かな、と思ったが……ちょっと、悪戯心が芽生えた。
 ここ最近、私が何かに夢中になってると背後から現れてからかってくる2人。
 一度ぐらい、反撃してみてもよいのではないでしょうか。


(目標を確認。ミッションスタート……!)


 できるだけ気配を消して、2人の傍に置かれたテーブルの椅子に座る。
 そこまで近づいても気付かれないことに「私、存在感ないのだろうか」とちょっぴり複雑な気持ちになった。

「おでれえた、おでれえた! 主と踊る使い魔なんて、初めて見たぜ!
 ……ん? おお、嬢ちゃん。あんたも来たのかい」

 隣の椅子に立てかけられたデルフリンガーが、楽しそうに声を出していた。


「2人を驚かせたいから、声は静かにお願いできるかな?」

「あいよ。へへ、嬢ちゃんもそういうことするんだな」

「普段はやらないよ。今回は相手が、その……友達だからね。
 2人が気付くまで、いっしょにたっぷり鑑賞していようか」

「おうよ。中々見れるもんじゃねえからな、しっかり見とこうぜ」


 テーブルに置かれたワインを少しもらって、夜空の下で踊る2人を見る。
 不慣れなサイトのたどたどしいステップをカバーしようとして、ルイズのステップもちょっとおかしくなっている。
 だけど、星と月の灯りに照らされながら踊る2人の姿は、とても輝いていた。
 2人がとても楽しそうにしているから、だろうか。
 ダンスの技術とか音楽とか、そんなのなくっても、それは見ごたえのあるダンスだと思った。


「ずっと、見ていたいね」

「そうだなぁ。こりゃあ飽きねえや」


 デルフリンガーといっしょに、2人を見守る。
 こんな穏やかな時間が、いつまでも続きますようにと、星空に願いながら。





[26782] 第七話「少女は戸惑うようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/15 16:01


 フリッグの舞踏会から、数日が過ぎた。
 フーケとの戦いで負った傷もすっかり良くなった。
 最近は例の頭痛は起こらず、未来のビジョンも見えない。
 フーケ捜索隊の面々も、戦闘時の私のことについて秘密にしてくれている。
 おかげで、とても穏やかな時間を満喫できていた。


 そんなある日のことだった。
 アンリエッタ王女様が、魔法学院へ来訪することになった。
 授業は中止となり、生徒、教師共に王女様のお出迎えに行くことになった。





「アンリエッタ様、万歳ー!」


 そこかしこで叫ばれる、王女様への声援。
 若く、美しい姫君の人気はとても高く、男女問わず好意的に思っているものが多い。
 アンリエッタ王女様を一歩でも近くで見ようとする生徒達ですごい人ごみとなり、出遅れた私は遠目に、少ししか見ることができなかった。
 けど、遠くから見ただけでも、美しいということが分かるぐらい、王女様は宝石のように輝く美貌を持っていた。


「なによ、私の方が美人じゃない」

「キュルケ。そういうことは、あまり大きな声で言わない方がいいよ?」


 たまたま傍にいたキュルケの呟きが聞こえて、私は思わず指摘する。
 ゲルマニアからの留学生であるキュルケが、トリステイン国の王女を下に見るような発言をすると、色々とうるさく言ってくる連中がいるかもしれない。
 アンリエッタ様がどう思うかよりも、王女様を支持する周囲の人達が、そういうことにうるさそうだった。
 ちなみに私個人としては、キュルケもアンリエッタ様も、どちらも美人だと思う。私なんかと違って。


「それと、キュルケ。さっきの授業、大丈夫だった?」

「……ああ、ミスタ・ギトーに吹き飛ばされたこと? 別に平気よ。
 ただ、ああも好き勝手に言われると腹が立つわね。負けちゃったから、強く言い返せないけど」


 中止になる前の授業で、キュルケはギトー先生の実演の相手役に指名された。
 指示されてキュルケが放った、ファイアボールの魔法。
 それを、風が最強であると声高に主張するギトー先生は、風の魔法で苦もなく打ち消した。
 その魔法の余波を受けてキュルケが吹き飛ばされてしまった。
 王女様の来訪を告げにコルベール先生が飛び込んできたことで有耶無耶にされてしまったが、怪我がないか心配だった。
 どうやら何もなかったようで、安心した。


「ねえ、リース。あなたならギトー先生のあれ、どうやったら対抗できると思う?」

「え? ……うーん、そうだね」


 キュルケに聞かれて、考える。
 ギトー先生は風のスクウェアクラス。その実力者が放つ風は、大抵の物は吹き飛ばしてしまう。
 先程の授業でキュルケの魔法を掻き消した際の様子を思い出しながら、私はひとつの推測を口にした。


「あの時のギトー先生は、自分を中心にして風を展開していた。
 たぶん、風の強さを象徴するために、どんな方向からの攻撃でも対応できるぞってところを見せたかったんだと思う」

「ふんふん、それで?」


 懐からメモを取り出して、何やら書き込み始めるキュルケ。
 ……どうやら、ギトー先生にリベンジするつもりらしい。
 あまり参考にされても自信ないよ、と前置きしてから、私は続きを話す。


「もし同じ条件で挑む場合、実践とは違って背後などの死角から狙うのは無理だと思う。
 仮に死角から狙えたとしても、周囲全体を覆えるような強風を扱えるギトー先生には、生半可な攻撃では届かない。
 だから、私に思いつく方法はふたつ。
 あの風を貫けるぐらい強烈な一撃を放つか、相手の警戒していない場所から攻めるか」

「強烈な一撃はともかく……警戒していない場所?」

「足元か頭上、それにギトー先生自体の懐、かな。
 相手は自分に近づけない、と信じきっているギトー先生は、自分の周囲さえ守れば安全だと考えている。
 だから、足元に魔法で穴を開けたり、風では吹き飛ばせないような重い物を“錬金”とかで用意して、頭上から落とす。
 もしくは、“フライ”でギトー先生の持ち物や身近な物を動かして攻撃。ナイフとかあれば効果的かな。
 まあ、実際にそれができるかは分からないよ。初見ではギトー先生がどうするつもりかとか、分からなかったしさ」

「……なるほど。参考になったわ。
 私としては強烈な一撃って方に惹かれるけど、意表をついた攻撃に慌てふためくミスタ・ギトーっていうのも、捨てがたいわね」


 メモメモ、と呟きながら紙に書き込むキュルケ。
 自分で言っておいてなんだけど、物騒なことにならないかとちょっと不安になった。


「よぉ。リースにキュルケ。おまえらも来てたのか」


 人ごみを掻き分けるように現れたサイトが、私達に話しかけてきた。
 その傍にはルイズがいたが、心ここにあらずという様子で、ぽけーとしている。


「どうしたの、ルイズ?」

「あー。いま話しかけてもたぶん無駄だぜ?
 なんかワルド様とかってやつを見てから、ずっとこんな調子でよ」


 サイトが「やれやれ」と呆れた様子で、溜め息をついている。
 その後、私やキュルケが話しかけても、ルイズが反応することはなかった。


  ○


 翌日の早朝。
 最近日課になっている、ブリスとの散歩を楽しんでいると、竜舎からシルフィードが飛び立っていくのが見えた。
 一瞬しか見えなかったがシルフィードの背中には、キュルケとタバサが乗っていたようだった。

「こんな朝早くに、どこへ……? 今日、虚無の日でもないのに」

 今日もいつものように、学院の授業がある。
 それを無視して、いったいどこに出掛けるつもりなんだろう。
 大空へと舞い上がり、どんどん遠くへ飛翔していくシルフィードを眺める。

 そこで、あの頭痛が起こった。


「――――――!」


 声にならない悲鳴を上げながら、見えてくるイメージに集中する。
 今度はどんな未来が見えるのか……それを、見逃さないように。

 学院から飛び立つシルフィード。その向かう先には、盗賊らしき集団に襲われているルイズ達。
 彼らはそれを撃退して、街道をさらに先へ進む。
 そして辿り着いた街の宿屋。そこで宿泊して、再度行われる襲撃。
 そこには、先日捕えられて牢屋に放り込まれたはずの土くれのフーケのゴーレムが――。


「……っ。何故、フーケが」


 彼女は連行されたと、オスマン校長から話を聞いた。
 だが、たった今見えたイメージには、確かに土くれのフーケがサイト達の前に立ちはだかっていた。
 何故そんなことになっているのか。それは分からない。
 分かるのは……また大変なことになりそうだ、ということだけだった。

 すぐに行動を開始する。
 杖は手元にある。旅支度は……整えている暇はなさそうだ。
 私は、ブリスを預かってもらうために、シエスタを探した。
 ただの猫であるブリスを、危ない場に連れてはいけない。かといって放置していくわけにはいかない。
 なので、この時間なら洗濯をしているはずのシエスタを探して、ブリスを頼むことにした。


「――いた。シエスタ!」


 洗濯籠を抱えて歩いていたシエスタを見つけて、声をかける。
 シエスタは「ひゃ、ひゃい!?」と驚いて戸惑っていた。
 悪いことしてしまった、と思いながらも、急がなければならないので「ごめん!」と一言謝罪してから、お願いをする。


「急に出掛けなくちゃいけなくなったんだ。悪いんだけど、ブリスのことお願いできる?」

「は、はい。それはいいですけど、いったいどちらへ?」

「本当にごめん、説明してる時間がなくて……お礼はきっとするから、お願いね!」


 足元にそっと降ろしたブリスに「良い子でお留守番しててね」と言って、私は走り出す。
 駆けながら唱えていた“フライ”の詠唱を完成させて、地面を蹴って空へ飛び立つ。
 目指す場所の地名も分からないまま、私はシルフィードが飛んでいった方角へ向かって急ぐ。
 タバサ達と……その先にいるはずのルイズ達に追いつくために、私は大空を全速力で飛翔した。






 風を切り裂きながら飛行して、しばらくすると、前方にシルフィードが見えた。
 一度横に並んでこちらの存在を示した後、シルフィードの背中にゆっくり慎重に着地した。


「さ、寒い……何か防寒具ぐらい持ってくればよかった」


 上空は気温が低いということは学院でも学んだのに、失念していた。
 シルフィードを見つけやすいようにと、学院から飛び去った時と同じくらいの高度を飛び続けていたため、身体がすっかり冷えてしまっていた。


「あ、あなた、なんで追いかけて……というか風竜に追いつくって、どんな速度で飛んでたのよ」

「……これ。ないよりマシ」


 驚愕と困惑の入り混じった顔で呟くキュルケと、荷物袋から毛布を取り出して手渡してくれるタバサ。
 ありがとう、とタバサにお礼を言って、さっそく毛布に包まる。とても暖かくて、心が落ち着いた。


「偶然、君達が学院を出て行くのを見つけて、何かあったのかなって思って、追いかけてきたんだ」

「無茶するわね、ほんと……。
 まあ私も、ダーリン達が出掛けるのを見つけて、追いかけようってタバサに無茶を言って、連れてきてもらってるんだけど」


 やはりサイト達は、キュルケ達よりも先に学院を出ていたようだ。
 キュルケの目撃情報によると、外出メンバーはサイト、ルイズ、ギーシュに、昨日王女様の護衛の1人として学院に訪れていたワルド子爵
 彼らは、サイトとギーシュが2頭の馬に。ワルド子爵とルイズがグリフォンに乗って、学院を出発したとのことだ。


「なーんか訳ありって雰囲気だったのよね。追いかけたくもなるでしょう?」

「その理屈だと、世の中の訳ありな人にはみんなストーカーがいることになるんじゃないかな」

「悪趣味」


 当然でしょ? というように言うキュルケに、私とタバサがそれぞれの意見を答える。
 私の言葉はともかく、タバサの「悪趣味」は親友に向けるにはどうかと思ったが、寝ているところを叩き起こされて付き合わされてる身としては、悪口のひとつでも言いたいのが普通なのかもしれないと思って、そっとしておいた。


「あ、悪趣味……ストーカー……。私、そんなに変なこと言ってるかしら?」

「場合によっては、切腹もの」

「そ、そこまで!?」

「……あー、うん。そのへんにしとこうかタバサ」


 不機嫌なのだろうか。無茶苦茶言い始めたタバサに、さすがに止めた方がいいと思い、声をかけた。
 キュルケ、ちょっと涙目になってるし。


   ○

 1人で飛んだ方が早くサイト達に合流できるかもしれないが、これから激しい戦闘が予想されるため、体力と精神力は温存しておかないといけない。
 なのでそのままシルフィードに乗せてもらい、さらに空の旅路を進み続ける。
 するとしばらくして、タバサが何かに気付いたように地上を指して、呟いた。

「見つけた。襲われてる」

「え、うそ! ダーリン!」


 イメージで見えた通り、サイト達は賊の集団に襲われていた。
 ワルド子爵は手馴れた様子で応戦しているが、実戦経験に乏しいサイトとギーシュが危なっかしい。
 能力は充分に高い少年達だが、経験の差は確実に存在している。何度か、無防備な死角からの攻撃にやられそうになっていた。


「救援に入るよ、先に行く!」

「ちょ、リース!?」


 キュルケの静止の声を振り切り、私はシルフィードから飛び降りた
 “フライ”で空中を加速して急降下する。
 今回は幸いにも、戦闘時にイメージが呼び起こされて頭痛が邪魔をする、ということもなく、無事に魔法を扱えた。
 位置の有利を生かして、上空から賊達へ狙いを定めて、“マジックアロー”の攻撃を放つ。
 ――威嚇のつもりだった攻撃は、狙いがそれて、賊の1人の胸部をたやすく貫き、絶命させてしまった。


「ぁ……っ」


 初めて人を殺した感覚に、眩暈にも似た恐怖に襲われる。
 どれだけ化け物じみた力を持っていても、その力で人の命を奪ったことは、なかった。
 いつかそういう日が来るかもしれない、という覚悟はあった。
 けど、その機会が突然やってきたことに、心が戸惑いで揺れる。


(あんな簡単に、死んだ……私が、殺した)


 フーケとの戦いでは、相手がゴーレムであるため、実感がなかった。
 戦うということは、その理由がどうであれ、相手の命を奪う可能性が極めて高い。
 友達を守りたくて、戦う決意はした。
 けど、その結果を受け入れる覚悟がまったくできていなかったことを、たったいま思い知った。

 賊は、増援である私達が現れたことと、戦況が思わしくないことから、退散を始めた。
 逃げ遅れた数人をサイト達が捕えていた。尋問で、襲撃者の情報が何か分かるかもしれない。
 けど、私はそっちのことまで考えていることができず、自分の握り締めた杖を見つめながら、思う。


(私は、本当に戦っていいの? その結果、また人を殺すことになった時……。
 それを、ちゃんと受け入れられるの?)


 自問に答えは返らない。
 ただ、心に芽生えた疑問と恐怖が、決意を鈍らせていた。







[26782] 第八話「少女は貫かれるようです」※グロ描写有りにつき注意。
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/18 02:01



 サイト達と合流した私達は、いっしょに目的地へ向かうことになった。
 目指す場所は、白の国アルビオン――空に浮かぶ大陸だ。
 たしかアルビオンは現在、内乱状態にあり、観光なんかで行けるような場所ではないはず。
 何故そんな国へ向かっているのか、と私達が尋ねると、初めは「極秘任務だから……」と渋っていたルイズ。
 けど、何度断られても引き下がらない私達の様子に諦めたのか、ワルド卿に許可をもらってから、小声で話し始めた。


 アンリエッタ王女様からの依頼で、アルビオン皇太子であるウェールズ殿下にお会いし、2人の恋仲を証明する手紙を処分することになったらしい。
 近々ゲルマニアとの政略結婚を控えたトリステインにとって、その手紙を他国の者に奪われることは非常にまずいそうだ。
 ゲルマニアとの婚約が破棄されれば、アルビオンで暴れているレコン・キスタという反乱軍が、今度は軍力の衰えているトリステインを襲う可能性が高い。
 だからなんとかその手紙を回収しなければ、トリステインは最悪の場合、滅びてしまう――それを防ぐのが、ルイズ達に託された使命だった。


 一介の学生にこんな極秘任務を頼むのは、とても無謀な気もする。
 だが、ルイズから伝え聞いた話だと、アンリエッタ様は『王宮内は、誰が味方で敵なのか。それも分からない』ような、きなくさい状況らしい。
 心から信頼できる数少ない味方が、ルイズとワルド子爵だったそうだ。
 「私達がやるしかない」ルイズはそう、決意に満ちた顔で話していた。


 浮遊大陸アルビオンに向かうためには、風石の力で空を飛ぶフネに乗らなければならない。
 私達は夜になってようやく、そのフネの港がある街、ラ・ロシェールに辿り着いた。
 サイト達と合流した時には既に日が傾きかけていたので、ぎりぎり野宿せずに済んだ、といった感じだ。


 『女神の杵』亭に部屋を取り、みんなで旅と戦闘の疲れを癒すために休息を取る。
 ルイズとワルド子爵がアルビオン行きのフネを探しに行ったが、どうやら出航は翌々日の予定で、今すぐには出発できないそうだ。
 そのため、私達は宿屋で出航の日を待ちながら、鋭気を養うことになっている。
 私は、割り振られた部屋のバルコニーで夜空を見上げながら、考えに耽っていた。


(イメージの中で、襲撃は夜に行われた。場所はこの宿で間違いないと思う)


 出発前に垣間見えたイメージ。
 それを必死に思い出しながら、私は自分がすべきことを考えていた。


(問題はその襲撃が“いつ”行われるのか。今日、明日、明後日……機会は3回もある)


 どの日に襲撃があるのか分かっていれば、その日だけ警戒していればいい。
 だがイメージからは日にちまで割り出すことはできなかった。


(みんなで別の宿屋に移動する? ……いや。下手に行動すると、こちらを偵察しているはずの賊達を刺激してしまって、襲撃計画を早めてしまうかもしれない)


 そもそも、その選択肢を選んだ場合、みんなに『何故宿屋を変えなければいけないのか』を説明する必要がある。
 だが、私が時折見えるイメージは、実際にそれが起こってからでなければ、他人に証明できないものだ。


(襲撃前に動くべきか、否か。
 たったそれだけのことでも、どちらの選択が正しいのか分からない……)


 はあ、と思わず溜め息が漏れた。
 勝手にルイズ達を追いかけて、人殺しになって。
 それなのに……何も変えられない、何を変えてもいいのかも、分からないなんて。


(私は、何がしたいんだろう)


 そうやって、自分自身に、返事のない問いかけをしている時だった。


「よお、リース。邪魔するぜ」


 サイトがバルコニーに飛び込んできた。外から。
 宿の向かい側には建物は立っていない。
 だから、隣の建物から飛び移ったわけではない。
 つまりは、宿の外壁を伝うように降りてきたことになる。


「な、何故そんなところから……危ないよ?」

「まあ、色々あってな。……なあ、リース。あの、ワルドっておっさんのこと、どう思う?」


 疲れているのだろうか。サイトは、バルコニーの床に座り込んで、そんなことを聞いてきた。
 「どうって……」呟きながら少し考えて、素直な気持ちで答える。


「立派な人だと思うよ。あの若さで女王陛下直属の親衛隊の隊長なんて、すごいことだと思う」

「若いって、あのおっさんいくつだよ?」

「あの、サイト。貴族相手におっさんとか言ってると、最悪不敬罪で首刎ねられちゃうよ?」

「貴族が怖くて使い魔ができるかっての」

「まったく、心配して言ってるのに……。
 ワルド卿の年齢は、ええと、今年でたしか26歳だって噂で聞いたことがあったかな」

「……ま、まじかよ。30代後半ぐらいだと思ってた」


 サイトは心底驚いた様子だった。
 たしかにワルド卿は実年齢より老けて見えるけど、そこまで驚くことだろうか。


「若くて、才能あって、権力も実績もばっちり? なんだそりゃ……」


 俯きながら呟くサイトは、なんだかひどく落ち込んでいるように見えた。
 そのことを尋ねてみると、彼はぽりぽりと頬を掻きながら、言いにくそうに小声で、答えた。


「あいつ、ルイズの婚約者なんだろ? それ聞いてから、なんかこう、上手く言えねえんだけど……もやもやっとしてさ」

「ん……もしかして」


 彼の言葉を聞いて思うことがあり、バルコニーの端まで近寄り、手すりから身を乗り出すようにして上の階を見てみる。
 姿は見えないが、時折ルイズとワルド卿のものらしき声が、風に乗って聞こえてきた。
 何を話しているのかまでは聞き取れないが、どうやら2人きりで話しているらしい。
 手すりから身を乗り出すのを止めて、サイトと向き合う。


「さっき外から現れたのは、壁をよじ登って盗み聞きしてたから?」

「う……ば、ばれたか。なんか、気になっちまって」


 気まずそうに視線を逸らすサイト。
 彼の姿を見て、その行いを咎めようとは、思えなかった。
 それはたぶん私自身が、自分がどう思われるのか気にして、みんなを騙し続けているからだ。
 みんなを騙している私が誰かに説教なんて、できるはずがない。


「そっか。気になったなら、仕方ないかな」


 サイトにそう言いながら、私はテーブルに載っているグラスを持つ。
 その中に注いだワインを一口飲んで、星空を見上げた。


「そういうリースは、気になることないのか? なんか、暗い顔してるけど」

「……顔に出てるかな、私」

「ああ。なんか、すげえ辛そうに見える。ルイズも気にしてたけど、ワルド……卿、に話があるって連れてかれてよ」


 そっか、と短く答えて、私は夜空を見ながら、どう答えるか考える。
 イメージのことは、うかつに話せない。
 未来が分かる、なんて言っても、見える範囲はひどく断片的なもので、正確な時間さえ分からないことがほとんどだ。
 だから、他に悩んでいることを、打ち明けてみることにした。


「初めて、人を殺したんだ」

「……っ」


 サイトは息を呑んだのが、なんとなく分かった。
 けど、一度悩みを話し始めると、言葉は止まらなくなった。


「あの魔法は、牽制のつもりだった。けど、当たって……簡単に、人の命を奪った。
 直接手を触れたわけじゃなくても、嫌な感触を感じて、それがまだ抜けない」


 自分の両手を見てみる。
 汚れのない手。小さな手。見慣れた手。
 だけどその手には、私が殺した賊の返り血がついているような……そんな、錯覚を覚えた。


「この先、また誰かを殺すかもしれないと思うと……魔法を使うのが怖い。
 だけど戦わないと、守れないものがある。自分の命、友達の命。
 それに今回は、トリステインの未来もかかってる。退けるわけがない。
 やらなきゃいけない。それは分かってるけど、やっぱり考えちゃうんだ。
 私は、このまま戦っていいのかなって」


 サイトは黙って聞いてくれた。
 どう答えるべきか分からなかっただけかもしれない。
 けど、逃げずに、投げ出さずに、聞いていてくれる。
 それだけでも、なんだか少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。


「……聞いてくれてありがとう。話してみると、少しだけ楽になった」

「い、いや。おれ……何もできてねえよ」

「私だって、サイトの話を聞いただけで、何もできてないよ」

「けど俺、リースがちゃんと話を聞いてくれただけで、なんか嬉しかったよ」

「ならいっしょだね、私達」


 お互い、気になることを引き摺って、上手く笑えずにいる。
 そして胸の内に抱えたものを話すことで、お互いに気持ちを紛らわせている。
 私は、全てを話さずに隠して騙して誤魔化しているから、何もかもいっしょとは言えないけれど。


「なんか、ちょっとすっきりしたよ。ありがと。
 突然お邪魔してごめん。そろそろ帰るよ」


 少しだけ元気の戻った顔で、サイトは「おやすみ」と言って立ち去ろうとした。
 私は、その後ろ姿に……隠し事をしている後ろめたさ、だろうか。思わず声をかけていた。


「……サイト。今日の襲撃みたいなこと、またあるかもしれない。気をつけて」


「ん、分かった。リースも気をつけろよ……って、言うまでもないかもしれないけどさ」


 それじゃな、と言ってサイトはバルコニーから飛び降りる。
 器用に片手にデルフリンガーを握ったまま壁を伝って降りていき、彼の部屋のバルコニーに難なく着地した。
 ……普通に、廊下から帰ればいいのに。



 サイトが去ったバルコニーで、ワインを少しずつ飲みながら、私はまた1人で悩み始める。
 どうすべきか。どうしたいのか。何ができるのか。何をしてはいけないのか。
 考えることは多すぎて、中々考えは纏まらなかった。


   ○


 結局、昨夜は襲撃はなかった。
 警戒してずっと起きていたが、日が昇っても襲撃はなく、緊張が切れた途端眠りについていた。
 起きたら既に夕方で、そこで初めて、サイトがワルド卿と腕試しの試合をしたと聞いた。
 サイトの怪我は軽症で、すぐに魔法で治癒することができた。
 だけど、サイトの心は、初めての完敗に傷ついているようだった。

 なんでこのタイミングでワルド卿が、そんなことをしたのか分からない。
 けど、そのことを問い詰めている時間はなさそうだった。
 私は、間抜けにも寝すぎてしまい、既に夜は近づいている。
 対策を考える時間は少なく、もしかしたら今夜、何の策もないまま襲撃者と戦わなければならないかもしれない。


(私1人の浅知恵では、限界がある……誰かに相談するべきだろうか)


 誰に相談したらいいか、考えてみる。
 こういった荒事に慣れていそうなのは、タバサとワルド卿の2人。
 あの2人なら大丈夫だろうか……そう考えながら宿の廊下を歩いている時、ちょうどワルド卿と出会った。
 そのまま正直に『私、未来が見えます』と伝えたところで信じてもらえるとは思えない。
 だが、なんとかうまく誤魔化して、どうするべきか意見を求めることはできるだろうか。


「あ……ワルド様」

「君はたしか、ミス・リロワーズ。何やら顔色が優れないが、休んでいなくて大丈夫かい?」

「お気遣いありがとうございます。……あの、ワルド様。少し相談したいことがあるのですが」

「何かね? 私に答えられることならいいのだが」


 どうやら話を聞いてくれるようだ。
 タバサには後で相談するとして、とりあえず今はワルド卿に話してみるとしよう。
 親衛隊として経験を積んでいるワルド卿なら、私では思いつかないような良案もあっさり導き出せるかもしれない。
 信じてもらえるか分からないが、できるだけ曖昧に、未来のビジョンについて話すことにした。


「……この宿が襲撃される夢を見たんです」

 ワルド卿の身体が、ぴくりと反応した気がした。
 自分達が襲われる夢を見た、なんて言うのは不謹慎だ……とか、思われたのだろうか。
 けど、特に止められる様子もなかったので、そのまま話を続ける。


「最近、時々ですが、嫌な夢を見るんです。
 その嫌な夢の出来事が、現実に起こることがあって……」


 我ながら嘘くさい話だと思ったが、言ってしまった以上、取り消せない。


「……ふむ」


 ワルド卿は真偽を探るようにしばらく私の顔を見つめていた。
 そして、少し考える仕草をして、真剣な表情に変わった。


「嘘をついている顔ではなさそうだね。
 それで、具体的な内容は覚えているかい?」

「は、はい。えっと……正確な時間や日にちまでは分からないのですが……」


 私は、イメージの中で得た情報を、できるだけまとめながら、ワルド卿に話した。
 ひどく曖昧な情報で、私の話し方が下手なせいで伝わりづらいかもしれなかったが、ワルド卿は黙って聞いてくれた。
 だが、フーケのことを話そうとした辺りで、話を遮られる。


「……ここで話すには、なんだね。場所を変えよう」


 そう言われて、ここが宿屋であり、他の宿泊客の存在を失念していたことに気付く。
 その宿泊客達の中に混じって、襲撃者達の密偵がいるかもしれない。
 話はできるだけ、周囲に聞かれないように秘密にしておくべきだった。


「す、すいません。考えが至らず……」

「構わないさ。さて、ではついてきてくれるかい? こういう時にもってこいの場所があるんだ……」



 ワルド卿がこちらに背を向けて、歩き出す。
 私は慌てて、後について歩き始めた。
 先に進むワルド卿の顔は、私からでは見えない。



 だから、この時の私は、ワルド卿の瞳が殺意を帯びていたことに、気付かなかった。




  ○


「……あ、あの。どこまで行くのですか?」


 途中で“フライ”を使って一気に移動して、私達は今、街の外れにある森の中を歩いていた。
 宿からはだいぶ距離が離れている。まだ夜までには時間があるとはいえ、そろそろ戻らないと辺りが暗くなってしまう。
 だから何度か、どこまでいくつもりか尋ねたけど、「もう少しだ」としか答えてもらえなかった。


「……待たせたね。ついたよ」


 ぴたり、と。ワルド卿が足を止める。
 木々に囲まれた森の中。人の影は見えず、確かにここなら秘密の会話にはうってつけかもしれない。
 周囲に草木が多い分、気配を消して忍んでいる密偵がいるかもしれないが、この場所にはワルド卿しか知らない対策法も施されているのだろうか。


「ええと、では話の続きを、」


 そう、話を切り出そうとして。


 ザシュ、と。肉を切り裂く音が聞こえた。
 そして、左胸に広がる鋭い痛みと、熱さ。
 ワルド卿の持つレイピアが、私の胸に突き刺さっていた。


「……ぇ」


 何が起こったのか、一瞬分からなかった。
 事態を把握するより早く、もう一度私の左胸――人間の急所である心臓が、冷たい刃に貫かれる。
 後ろによろめき、倒れて、ワルド卿を見る。
 彼の顔は、悪魔のように険しく……そして狂ったように、微笑みすら浮かべていた。


「わる、ど、さま……?」


 声を搾り出す。いっしょに、血を吐いた。
 ワルド卿の返事はなく。
 代わりに、魔法の風の槍“エア・スピアー”が、私の頭を貫いて――。


  ○


 地面に倒れた少女の身体が、しばらくビクビクと痙攣する。
 やがて、動かなくなった。
 ワルドは、自分が遺体へと変えた少女、リース・ド・リロワーズの身体を視認して、完全に死んでいることを確認した。
 脈を測る、などの細かい確認はしていないが見るだけで充分だった。
 心臓と脳髄を貫かれて生きていられる人間など、いない。


(もしいたとしたら、それはもう人間ではない。化け物だ)


 自分の身体に返り血がついていないことを確かめた後、ワルドは『女神の杵』亭へ戻り始めた。
 そろそろ襲撃の決行時間だ。“偏在”で生み出した別の自分に命令して、劇を始めなければいけない。


(リース・ド・リロワーズ。フーケから要注意人物だと聞いてはいた。
 だが……まさか、こんなに早く片付けることになるとはな)


 彼女の話が真であったのかは、今となっては永遠に謎だ。
 だが、自分の裏切りを知っているかもしれない者の存在は、これからの計画に邪魔となる。
 仕留められる時に仕留めておくべきだ。ワルドは、そう判断して行動を起こした。
 たとえ計画の妨げとなる可能性がどんなに僅かでも、放置するわけにはいかなかった。


(ミス・リロワーズは、ルイズが大切な友達だと言っていたな。
 ルイズがこの事実を知ったら、どう思うだろうか……まあ、どう思われようと、構わんのだが)


 己の進む先が悪鬼の道であることを感じながら、ワルドは立ち止まることなく突き進んでいく。
 その道を妨げる者は、誰であろうと排除する覚悟で。


(あの遺体は、森の住む狼共が“処分”してくれるだろう。
 例え発見されたとしても……仮に、私が殺したと判明しようがしまいが構わない。
 その頃には、私は既にトリステインから消えている)


 彼はこのまま、レコン・キスタへと合流し、国外逃亡する。
 祖国であるトリステインを捨てて、己が願いを果たすために。


(トリステインは、腐り果てている。
 この、終わりかけた国の貧弱な力では、“聖地”に辿り着けるはずがない)


 ワルドは、力を求めていた。
 圧倒的な力を。全てに負けない力を。何もかもに打ち勝てる力を。
 そのために、修羅となる覚悟は、既に決まっていた。

(……さらばだ、トリステインよ。私は、私の道を行く)

 力を求める狂者は、少女の亡骸を残して帰路につく。
 彼が振り返ることは、なかった。



   ○



 森の中に、朝日が射し込む。
 穏やかな光景の中に、異質な空気を放つ一角があった。
 森の一部であるその場所は今、規格外の巨躯を持つドラゴンにでも薙ぎ払われたかのように、木々と地面が豪快に抉り取られている。
 強大な力の爪痕が残る周辺には、野生の狼や動物達“だった”と思われる肉片と毛皮と骨が散らばり、夥しい量の血液がぶちまけられている。

 その、当時の惨状を思わせる痕跡の中心には、1人の少女がいた。
 肩まで伸びた、美しい金色の髪。
 少し小柄だが、均整のとれた身体。
 いつも細められている碧眼は――今は見開かれて、大人びた冷静さなんて窺えない。

 リース・ド・リロワーズは、生きて、そこに立っていた。
 砕かれた脳髄も、引き裂かれた心臓も、何事もなかったかのように元通りとなっていた。
 ただ、その身を赤黒く染める大量の血痕だけが、いつもとは違っていた。


「……わた、し」


 少女は呆然と、自分の両手を見ながら、呟く。
 今度は錯覚などではなく、確かに、その小さな両手は血で染まり、赤く汚れていた。


「ほんとに、なんなんだろう……」


 その問いに答えられる者は、この世界には、いない。





[26782] 第九話「少女は受け止められるようです」
Name: くきゅううう◆a96186a0 ID:59dccddd
Date: 2011/04/20 11:13

 今回は、記憶が完全に抜け落ちていた。
 ワルド卿に相談を持ちかけて、森の中へ案内されて。
 自分が頼ったワルド卿の手にかかり、自分が“殺された”ことは、はっきりと覚えている。
 だけど、その後の記憶が、まったく思い出せなかった。


 どうやって生き返ったのか。
 ワルド卿が、何故私を殺したのか。
 今、私の周囲に広がる惨状が、どのようにして作り出されたのか。
 それらのことが、どうしても分からない。
 分からないことだらけだった。


「っ、く、ぁ……」


 全身を激痛が駆け抜ける。
 死の淵より這い戻ってきた代償だろうか。
 未来のイメージが浮かぶ時よりもさらに凄まじい苦痛が、目覚めてからずっと続いている。
 魔法を唱えるどころか、立ち続けていることもできずに、地面に倒れた。

 木漏れ日が射し込む森の中。
 友達といっしょにピクニックでもすれば、とても楽しいだろうなって思う、そんな穏やかな場所。
 けど、おそらくは意識がない時の私が作り出した惨状は、平和な光景を台無しにしていた。
 散乱する、狼や動物達の死体。抉り取られた木々と地面。ぶちまけられた血痕。
 何故こんなことになっているのか、分からない。
 だけど、ここに私しかいない以上、犯人は私なんだろう。


(……人間の死体がないことが、せめてもの救いかな)


 動物達の命を軽んじるつもりはない。
 けど、もし罪のない人間……例えば狩人や子供の死体が転がっていたら、私はもう耐え切れなかっただろう。
 木々の隙間から垣間見える青空を眺める。
 本当はすぐにでも起き上がって、みんなの安否を確かめに行動するべきなんだろう。
 しかし、全身に広がる激痛と、自分自身への恐怖に、私の心は折れていた。


(父さんは、すごいや。私が本当に化け物だって、見抜いてたんだ)



 死は全ての人間に平等に与えられるという。
 王も、貴族も、平民も、蛮人も、悪魔と言われるエルフにだって、個々の違いはあれど、死は絶対だ。
 だったら、私は……死を否定して生き返った私は、やっぱり化け物なんだ。


(しかも、僅かだけど未来まで見えてるのに、みんなの手助けができない。
 それどころか、足手纏いになってる。
 役立たずの化け物。それが私なんだ……)


 むしろ私がいない方が、上手く事は進むのかもしれない。
 それは、全部投げ出して逃げたいという願望から生まれた言い訳だと思いながらも、私は『もう関わるべきではないのかもしれない』と考え始めていた。
 未来のイメージも、異常な力のことも全部忘れて。
 どこか山奥にでも引きこもって誰にも関わらず静かに生きていく。
 その方が、みんなのためで、自分のためなのかもしれない。


 そんな風に言い訳を並べる私を『逃がすものか』と責めるように。
 激痛と共に脳内に浮かぶイメージ、イメージ、イメージ……!


「……もう、いや。いやだぁ……!」


 頭を両手で押さえて、のたうち回りながら、激痛が早く去るように祈る。
 この痛みから逃れる術は、ない。
 自分の喉を引き裂き心臓を潰し脳漿をぶちまけようと、化け物な私の身体は、死を否定して蘇るのだろう。

 私の身体なのに。私の命なのに。
 私の意志なんて何もかも無視して。
 この肉体は私から、死すらも奪っている。


「わた、わたしは……友達と、いっしょに」


 声を出すだけで身が裂けそうな痛みに襲われる。
 けど、叫ばずにはいられなかった。


「普通に、生きたいだけなのに――!」


 イメージは、私の叫び声なんて意に介さず、脳内に流れ込んでくる。

 礼拝堂らしき場所で、ワルド卿と対峙するサイトとルイズ。
 そして、冷たい床に倒れ伏す金髪の青年。その顔は、子供の頃に肖像画で見た、アルビオンの王子・ウェールズ殿下のものを思い起こさせた。
 圧倒的な実力を誇るワルド卿に、ルーンの力とデルフリンガーの助言を得て、なんとか対抗するサイト。
 そこに、ルイズが助太刀しようと飛び出して――ワルドの放つ風の凶刃に、倒れた。


「……う、くぅぅ……!!」


 逃げ出したい。
 もうこんなの嫌だ。
 何もかも投げ出してしまいたい。
 
 ――だけど。
 大切な友達を。
 普通じゃない私を、当たり前のように友達として見てくれたルイズ達を。
 彼女達を見捨てるのだけは、絶対に、何よりも、嫌だ。


「――!!」


 歯を食いしばる。
 腕をなんとか動かして、身体を起こす。
 立ち上がろうとして、眩暈がして転ぶ。
 だけど、もう一度、起き上がろうとする。
 食いしばりすぎた奥歯が、ひとつ、砕けた。
 地面に奥歯の破片を吐き捨てて、今度こそ立ち上がる――!


「いか、なきゃ」


 ふらふらとした足取りで、それでも港へ向かう。
 イメージの中には見えなかったタバサ達の安否も気になる。
 だけど私は、一刻も早く、アルビオンへ向かわなければならない。
 未来のイメージが見える時は、今までのパターンではその光景が現実となるまで長くても1日程しか時間がなかった。
 ルイズ達があの夜、襲撃をなんとかしのいで港からフネで出発したとして、アルビオンまでは一日は掛かるはずだ。
 あくまで仮定に過ぎないが、時間から考えてルイズ達はまだフネで渡航中のはず。
 だから、ワルド卿との対峙はおそらくは明日の朝。それが、タイムリミットだ。
 先を急ぐ私の意志に反して、身体は思うように動かない。



 まだ森を抜けてもいないのに、太陽は頭上へと移動していた。
 そして鳴り響く、ラ・ロシェールの鐘。
 おそらくは昼の時間を知らせるものだ。


(もう昼……!? まだ、森の中なのに……!)


 目覚めた時間は、早朝とは言えなかったかもしれない。
 だけど、それにしたって、移動に時間がかかりすぎている。
 そもそもこの森へは、ワルド卿の案内で来たから、出口への道も分からない。
 徒歩では、限界があった。


(“フライ”で飛べれば、なんとか……けど)


 マシになってきてはいるが、まだ激痛は続いている。
 倦怠感も滲み出しており、本調子とは程遠い。
 こんな状態で魔法を使えるのか、分からない。


(……悩んでいる時間もない。やれそうなことは、全部、試さないと)


 “フライ”の詠唱を開始する。
 ずきり、と。頭に鋭い痛みが走る。
 それでも、苦痛を噛み殺して呪文を唱えきる。またひとつ、奥歯が砕けた。
 だけど魔法は成功した。身体が浮力を得て、宙に浮かび上がる。


(とにかく、街中へ――できれば港まで一気に!)


 まずは森を越えるために、まっすぐ上昇して木々の間を抜ける。
 空から周囲を見渡せば、ラ・ロシェールの街が一望できた。
 その光景から港を見つけて、そこを目指して飛ぶ。

 アルビオンは常に、空を移動している。
 だからまずは現在の航路を確認してからでないと、目指すことすらできない。
 できればフネを確保できればいいんだけど、まだフネが出せる程アルビオン大陸は近づいていなかったはずだ。
 第一、お金もそんなに持っていない。乗船することは難しいだろう。


 巨大な木に設けられた、空飛ぶ船の港。
 その港上空まで近づいた時……気が緩んだのだろうか、“フライ”の効力が消えた。
 空中に投げ出される身体。運悪く、落下地点には港の桟橋はなく、地面まで真っ逆さま。

 慌てて、もう一度“フライ”を唱えようとする。
 けど、無茶を重ねた反動だろうか。身体中の激痛はよりひどくなり、詠唱が唱えきれない。
 このままでは地面に叩きつけられる――そう覚悟を決めた時、私の身体を何かが受け止めた。


「リース! あなた無茶しすぎよ、もう……!」

「ミス・リロワーズ! 無事で何よりだよ」

「危機一髪」


 私を受け止めたのは、タバサ達が乗ったシルフィードだった。
 落下の衝撃は“レビテーション”で緩和してくれたようで、痛みもなかった。


「みんな、無事だったんだ……よかった」

「あなたも無事……とはいえないみたいね。
 すごい格好じゃないの。美人が台無しよ?」

「い、いったい何があったんだい?
 昨夜は突然いなくなるし、服は血だらけだし……」


 キュルケとギーシュに指摘されて、自分の格好を思い出す。
 動物達の返り血と、私が“殺された”時の血。
 両方の血で染められた服は、もう元の色が分からないぐらい赤黒くなっていた。
 自分が殺されて、生き返ったことは秘密にしないと――そう考えながら、説明する。


「ワルド卿に、森の中で襲われて……えっと、なんとか逃げたんだけど、今度は狼達に囲まれて。
 狼達は倒したんだけど、暗くて道が分からないし怪我も負ったから、身動きが取れなくなって隠れてたんだ」


 こんな時にまで嘘をつく罪悪感と、自分への嫌悪感。
 それをなんとか飲み込んで、嘘と真実を混ぜた情報を伝える。


「ワルド卿が!? な、何故そんなことに……」

「ロリコン卿?」

「タ、タバサ。この場合の『襲われて』は、そういう意味じゃないと思うわよ?」

「……間違えた」


 戸惑うギーシュ達。
 心強い協力者だと信じていた人物が凶行におよんでいたなんて、急に言われても納得できないのは自然な反応だと思う。
 だけど、私ははっきりと覚えている。彼が突然、私に刃を向けたことを。


「証拠はないけど、本当なんだ!
 ワルド卿は裏切り者で、このままだと……」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! ワルド子爵はルイズ達と共にアルビオンへ向かったはずだ。
 彼が本当に裏切り者だったら……」

「彼女達が、危ない」

「……なるほど。それであんな無茶してまで、急いでいたわけね」


キュルケが納得したように頷く。


「そ、その……信じてくれるの?」

「あら、不満?」

「そ、そうじゃないけど……証拠もないのに、こんな話」


 私の言葉に、キュルケは呆れたように溜め息をつく。
 そして、私をまっすぐに見つめて。


「友達の必死の言葉を信じるのに、証拠なんて必要ないわよ」


 当然のことのように、そう言った。


   ○


 私を探しながらアルビオンへ向かう準備をしていたというタバサ達。
 キュルケから着替え(彼女には珍しく、派手な衣装ではない)をもらい、私も準備完了。
 もう出発の準備は整っていたらしく、そのままアルビオンへ向けて出発することになった。
 力強く羽ばたくシルフィードの背中で、私達は状況を確認する。


「アルビオンは現在、ひどい内乱状態よ。おそらく、王宮周辺も大変なことになっている。
 正面から乗り込むわけにはいかないわね」

「こっそり忍び込む」

「避難経路も確保しとかないとね。そして、ルイズ達を探して脱出。
 私達の戦力でできそうなのは、これぐらいね」


 タバサとキュルケが意見を出し合って、方針は決まった。
 展開しているだろう軍隊の死角からアルビオンに近づき、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールに穴を掘ってもらう。
 そのトンネルから王宮近くへ侵入して、なんとかルイズ達を連れて脱出する。
 一介の学生にできることは、それぐらいだ――化け物な私を、除いて。


(本調子なら、正面からでもいけるだろうか……)


 アルビオンまでは、まだだいぶ距離がある。
 シルフィードがどんなに速く飛べても、やはり限界はある。今日中に到着することは難しいだろう。
 それまでの間、休息を取って……全快したのなら、私はまた、戦えるだろうか。


(軍隊と1人で戦う、なんて経験があるはずがない。
 しかも、戦えたとして……その時はまた、人を殺すことになるかもしれない)


 相手が歩兵だけなら、“フライ”で飛び越えてしまえば戦わなくてもいい。
 だけど竜騎兵がいたのなら空中戦になる。そうなったら、逃げ切れるか分からない。
 その時、私は、戦えるのだろうか。戦っても、いいのだろうか。


(……無茶かもしれない。無理かもしれない。後悔するかもしれない。
 それでも、急がなきゃ、ルイズが死ぬ)


 あのイメージの中では、救援は間に合わなかった。
 致命傷なのかどうかは、イメージでは分からなかった。
 だけど、あのイメージの登場人物はサイト、ルイズ、ワルド……そして、殺されたウェールズ王子(と思われる人)。
 タバサ達の姿は、どこにもなかった。


「……夢を見たんだ」


 私の呟きに、キュルケ達が私を見る。


「礼拝堂らしき場所で、サイトとルイズが、ワルド卿と戦っていて……。
 ルイズが、“エア・カッター”で斬られる。そんな、夢を」

「ちょ、ちょっと、不吉なこと言わないでよ……」


 キュルケの批難に、私は「ごめん……」と返す。


「大丈夫」


 だが、タバサはいつもの無表情で、そう呟いた。
 今度は私達がタバサを見る。
 青髪の少女は、アルビオンへ続く空を見つめたまま。


「私達が、正夢にさせなければいい」


 決意に満ちた言葉を、静かに宣言した。





感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.3639960289