― プロローグ 遭遇前夜 ―
生まれてきた時から、私は魔族の王だった。
望んだ訳ではないけれど、私はすべての魔族を超越する力を持ち合わせていた。
生まれたばかりだというのに、歴代の魔王すらも凌駕する魔力、
見る者全てを魅了する美貌から、魔界最強の魔王《ディアボロ》の生まれ変わりだと言われた。
そして、魔王が君臨した際にのみこの世に具現する魔剣――ラグナロクを
僅か生後三ヶ月で引き抜いたことが、私が最強の魔王であることを決定付けた。
その才能に、魔界に生きとし生けるすべての民が震え 興奮し、称え、妬み、魔界は私を中心に廻っていった。
けれど、私が望んでいたのは、こんな立場ではなかった。
こんな人生ではなかった。
破壊と殺戮と恐怖を期待される魔族の王ではなく。
私の首を狙う下級な魔族を蹴散らす毎日ではなく。
高貴な料理人が作った豪勢な料理を食べ、美食の限りを尽くす日々でなく。
私は――ただ、幸せになりたかった。
人を憎むのではなく、人を愛し。
人から憎まれるのではなく、人から愛され。
王という重荷を背負うこともなく、己の力に悩まされることもなく。
私はただ……非力でもいい、一人の女として、生きたかった。
だから、私は一縷の望みを託し、魔城の奥深くに眠る古文書に書かれた呪文を唱えた。
そして、突如出現した不可思議な光の渦に、躊躇することなく飛び込んだ。
どうしてこのような呪文が書かれた書物があったのか知る由もない。
天界の民に見つかること無く別世界へ移動できる、ゲートの呪文。
(私は、普通の幸せな生活が、したい)
私は消え入るような声で呟き、ゲートを潜る。
あっという間に、視界は真っ白な光で覆われ、
そして――
私はあの世界にたどり着いた。