東京電力福島第1原発事故の影響で、漁業が風評被害で壊滅的な打撃を受けている。特に、コウナゴから高レベルの放射性物質が検出された茨城県の漁港では、どんな魚でも「茨城県産」というだけで、近くの銚子漁港(千葉)への“出入り禁止”を食らうほど流通できない状況が続いている。苦境にあえぐ漁港を歩いた。 (震災取材班)
「ようやく漁を再開できると思った矢先のこの騒動。歯がゆくて仕方がない」
茨城県中部の大洗漁港。地元の漁師はそう憤った。東日本大震災で4メートル超える津波に襲われた大洗漁港では、多くの漁船が陸に打ち上げられた。岸壁に散乱していた船の破片や漁具などを片付ける作業が終わり、漁の再開にようやくメドが立ったときに襲った“第2の津波”が風評被害だ。
今月4日に北茨城市沖で採取されたコウナゴから国の暫定規制値を超える放射性物質・セシウムが検出されると、市場では茨城県の魚介類の取引を控える動きが広がり、県内の各漁協は当面の間、すべての漁を取りやめざるを得なくなった。
大洗漁港は漁師たちが時折、岸壁をぶらぶらするだけで閑散とし、港を出るのは、水産庁の検査のためにサンプルで魚の採取に向かう漁船だけ。
大洗町漁協の杉山光参事は「いつもの年であればこの時期はコウナゴやカレイの漁で一番の稼ぎ時なのです」と残念がり、「検査で安全だと証明されたとしても、一度広がった『茨城の魚は危ない』という風評をどうやったら拭うことができるのでしょうか」と頭を抱える。
茨城県南端にある波崎漁港でも漁師たちが憤慨していた。5日朝、波崎の漁船が、キンキやボタンエビなどを千葉の銚子漁港に水揚げしようとして、魚市場に取り扱いを拒否されたというのだ。波崎漁港と銚子漁港は県境を流れる利根川をはさんでわずか1キロ程度しか離れていない。
60歳代の漁師はこう怒りをぶちまける。
「今までずっと銚子の港に水揚げしてきたのに、茨城県の魚だというだけで取り扱わないのは許せない。茨城県と千葉県といっても、このあたりは同じ海域みたいなことを市場関係者なら誰でも知っているくせに」
銚子漁港は全国で1、2を争う水揚げ量を誇る。11日朝には大型漁船が次々と接岸しマイワシを水揚げしていた。
仲買人たちがせわしなく競りをする魚市場には、「市場の混乱をきたすことが予想されますので、当分の間、当魚市場では、一の島正東線以南(銚子沖以南)の漁獲物についてのみ取り扱うことにします」と書かれた紙が張られていた。
銚子の魚市場が波崎の漁船の魚の取り扱いを拒否したことを受けて、農水省は卸売市場法が禁止する不当な差別にあたるとして、千葉県に是正を求める通知を出しているが、実態は変わらない。
仲買人は「銚子は全国を代表する漁港で市場全体への影響が大きい。業界に混乱が起きないようにするために、風評被害のさらなる火ダネになるような魚には入ってきてもらいたくない。やむを得ないことだ」と本音を打ち明けた。
原発事故が、確実に人々の生活を壊している。