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[世相を読む]日本:サンフランシスコ体制を越えて/パク・ミョンニム
2011年4月18日午後7時55分40秒
韓国 www.hani.co.kr THE HANKYOREH ハンギョレ
パク・ミョンニム延世(ヨンセ)大学教授・政治学
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/473607.html
※日本語機械訳意訳
写真
http://img.hani.co.kr/imgdb/resize/2010/0522/127443477213_20100522.JPG
≫ パク・ミョンニム延世大学教授・政治学
2011年は、戦後の東アジアの秩序と記憶の定礎となった、
サンフランシスコ講和条約が60周年をむかえる年だ。
条約締結60周年をむかえ、
私たちは何を記憶し、何を越えなければならないのか、冷静に見極める時だ。
特に、日本での大地震への救護義援金の提供(韓国・東アジア)と、
独島(ドクト)・教科書問題惹起(日本)と、両者で異なった状況をむかえ、より一層そう思われる。
何より、サンフランシスコ体制によって、日本の国際社会への復帰が、
ほとんど無賃乗車だった(当時の世界情勢からなし崩し的に行われた)という点が重要だ。
条約は、日本を人類最悪のモデル国家から、合法的な国際社会の一員へと変えた。
その上、条約に基づいた米・日安保同盟は、日本に東北アジア地域においての、
米国の安保戦略の要衝国家として位置づけを与えることとなった。
この地域で最悪の戦争対象が、最高の同盟対象に変転されたのだ。
中国と韓国を含む、核心被害国が条約に参加しないということにより、
戦争の賠償と補償問題もやはり徹底的に歪曲された。
その遺産は、今まで領域内の秩序、および東北アジアの人々の記憶を支配している。
原因は朝鮮戦争だった。
「朝鮮戦争特需」による急速な経済回復と共に、国際社会への復帰も、
やはり朝鮮戦争のおかげであったことを考慮する時、
戦後日本の経済と安保を定礎した機軸的要因も、やはり韓国問題だったのだ。
その上、サンフランシスコ体制は、東北アジアの全域を、
多国間主義と集団安全保障機構が不在の、世界で唯一の地域としてしまった。
韓国、フィリピン、台湾、そして米国が、
しばしば追求した地域内での多国間機構を作り上げようとする努力は、
日本と英国の頑強な反対の中、
朝鮮戦争を契機に米・日同盟へと帰結されたことにより、死産することとなった。
脱冷戦時代をむかえ、なおも続く東北アジアにおいての多国間主義・集団安保機構の欠如は、
米・日同盟体制の構築、日本の安保確保との歴史的交換物だったということだ。
言い方を変えれば、戦後の東北アジアにおいて、
第2次世界大戦の遺産・記憶・秩序は、短期間且革命的に転変した。
それは、朝鮮戦争が招いた遺産・記憶・秩序によって置き換えられたのだ。
したがって、私たちは戦後の日本社会を規定してきた、
二つの集団意識の虚偽構造を客観的に把握することとなった。
冷戦初期の「侵略者・加害者意識」が、
後には(広島と長崎に代表される)「犠牲者・敗戦意識」へと変貌したことによって、
今ではほとんど存在せず、後者だけが目立っている。
日本の領土、教科書、参拝、過去の問題についての謝罪、賠償などの問題は、
このアレゴリーを少しも抜け出せずにいる。
しかし、侵略と犠牲の二分法に基づく後者での変貌は、
朝鮮戦争により、すでに実際の内容が蒸留された虚偽意識に過ぎない。
教科書、領土、過去の悪行への謝罪、賠償問題などで、
日本を普遍的な文明国へ進ませない足枷となっている。
この虚偽意識を克服するためには、
現代日本を生み出した、朝鮮戦争による「恩恵と恩恵の意識」が、
日本国民の精神状態の一つとして追加されなければならない。
隣国の悲劇によって、自国の経済と安保を築き上げたことに対し、
「恩恵と恩恵の意識」を持つことができないのであれば、
日本の普遍的な文明国への発展は期待しにくい。
したがって、既に東アジアおよび国際社会においての議論の核心は、
東アジアでの第2次世界大戦の遺産・記憶・秩序ではなく、朝鮮戦争のそれがあってこそであろう。
すなわち、世界、アジア、日本の一般的談論構造である「第2次世界大戦の遺産と記憶」は、
「朝鮮戦争の遺産と記憶」へと代替されなければならない。
それは、狭義では韓・日関係の改善と、東アジアの多国間主義の建設のために、
広義では東アジアの相互博愛と永久平和のため、
必ず再評価され、実現されなければならない「現実」問題である。
それはまた、2つのアジア・太平洋戦争を行い、サンフランシスコ体制を築いた米国が、
二大強国(G2)時代の東アジアのバランスをとる方法でもある。
最初のアジア・太平洋戦争(2次世界大戦)では、米国は日本と戦い、
二度目のアジア・太平洋戦争(朝鮮戦争)では中国と戦った。
G2体制(米・中)と時を同じくしたサンフランシスコ体制(米・日)60周年の節目に、
地震への寄付と独島問題が噛み合わさった状況においては、
共に21世紀を築き上げなければならず、日本の今を問わねばならないからだ。
そのためにも、我々自らも、民族主義を越えた普遍主義に進むため、
どれだけ準備ができているだろうか?21世紀の日本を問うことは、
すなわち21世紀の世界、東アジア、韓国を問うことでもある。
以上
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