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チェルノブイリとソ連崩壊 - 69年目のソ連、66年目の日本
5年前の
ニュース
によれば、ゴルバチョフは、チェルノブイリの事故後1日半の間、モスクワに何も現地の情報が入って来なかったと証言している。政治局で対応を協議したが、情報は西側からの報道しかなく、現場の状況を把握して迅速な対策を講じることができなかったという弁解である。「
何でテレビに出る前に情報が官邸に上がって来ないんだ
」と首相が怒鳴っている、どこかの国と様子が似ている。腐蝕し老朽した官僚組織というものは、こうした事故の場合、まず責任問題を避けるべく失敗を隠して事実を曲げる動きに出て、経過と現状をあるがまま素早く報告しようとしない。情報の伝達が、経路の途中で萎れて歪み滞る。速度と正確さと目的を失う。日本は終戦後66年、ソ連はこのとき建国後69年。ゴルバチョフの性格を考えて、この証言は半ば信用してよいだろう。ゴルバチョフが事故対策を本格化させた4/28、私はイルクーツクに入ってバイカル湖観光を楽しんでいた。イルクーツクからバイカル湖までは70キロの距離で、タイガの森の中の一本道をマイクロバスで1時間半で着く。シベリアの針葉樹林は痩せていて、どれほど一望無限に広がっても、決して豊かな森林という情景と印象を作らない。湖面はまだ白く凍結していて、近づくと寒気に包まれた。真っ白な巨大な氷の海。湖畔に観光客用の食堂があり、昼食で塩鮭の切り身を焼いた皿が出たが、それは食塩の塊を口に入れているのと同じ恐るべき代物で、一口で食事を放棄させられる苛酷な社会主義的料理だった。
井上靖の『
おろしや国酔夢譚
』の舞台であり、大黒屋光太夫の町であるイルクーツク。バスで廻る市内観光で、私は初めてロシア正教会の中に入った。そこで目にしたのは、礼拝堂の入口で敬虔に祈りを捧げる頭にショールを巻いた老婆の姿で、この光景は未だに心に焼きついて忘れられない。ソ連は宗教に冷酷な国だった。われわれ異教徒の観光客が無遠慮に礼拝堂に立ち入るのを、老婆は何か抗って制止するような仕草を見せ、インツーリストのガイドはそれを無視して一行を中へ案内した。「宗教は阿片」が原理のはずのこの国で、しかも70年近く経ちながら、なおこれほど人々が厳粛に正教を信仰していて、政府もそれを黙認せざるを得ないのかと、若い私は大きな発見をして驚かされた。井上靖も、そして司馬遼太郎も、ハバロフスクとイルクーツクの不潔で閉口させられるインツーリスト・ホテルを宿にしている。司馬遼太郎は『
モンゴル紀行
』の中で、このホテルについて次のように書いた。「
ようやく部屋に入った。浴室とトイレの装置をためしてみると、幸い、ハバロフスクのようには故障していなかった。ただ掃除された形跡がまったくなく、先客の黄色い排泄物が白いホーロー製の便器にたっぷり付着していて、新入者に対して無言の脅迫をしているようでもあった。(略)まず便器を掃除した。次いで浴槽を石ケンで洗った
」(朝日文庫 P.84)。
この文章を読みながら、私は苦笑している。それは、司馬遼太郎の絶妙の筆致への反射的な反応でもあるが、それだけではなく、25年前に当地で目にしたものが、司馬遼太郎が描写した場面と全く同じ現実だったからだ。司馬遼太郎がこのホテルに泊まったのは、1973年の8月のことである。『モンゴル紀行』が文庫本で出版され、私はそれを1985年に読んだ。そして、1986年に現地を確認する機会を得た。1973年から1985年だから、その間に12年の歳月が流れている。いかにソ連でも、12年も経てば、少しはまともな観光事業に改善しているだろうと、本を読んだときは素朴にそう思ったものだ。10年とか15年の時間を要せば、店舗や設備や器具は、清潔で快適で上質で機能的なものへ進化しているだろうと、そう考えるのは、やはり戦後生まれの日本人の感性であり体質である。掃除をしたか我慢をしたかは忘れたが、トイレと風呂には司馬遼太郎が書いた生々しい現物が、まるでそれがマニュアルでもあるかの如く、13年の風雪をものともせず再現されていて、私の中のホテルの概念を打ち砕く体験となった。よく考えれば、1973年から1986年の間に、日本は本当に豊かに変わったのだ。生活環境のあらゆる要素が、清潔に快適に上質に機能的になった。かくの凄絶で不愉快な次第で、ホテルの社会主義的営業様式は、レーニン的な鋼鉄の如き不滅の意思と原則で、変わらず頑固に貫徹されていた。
ゴルバチョフが書記長に就いたのは、事故から1年前の1985年3月である。その前のチェルネンコは老衰した病人で、就任当初から寿命は長く保たないと噂されていた。ソ連にとっては久々の有能な壮年指導者の登場であり、しかも、そのゴルバチョフの手腕と才覚については、敵であるサッチャーが先物買いしてお墨付きを与え、さらに長老のグロムイコが「鉄の歯」評価の太鼓判を押し、国内と共産圏での新指導者への期待は否が応にも高まる情勢にあった。ソ連は、長く続いたブレジネフ政治と経済停滞に倦み飽き、また泥沼に嵌ったアフガン戦争を終結させるべく、決断力のある強いリーダーの出現を求めていた。書記長に就任後、ゴルバチョフは政治局からライバルを一掃、権力を固め、側近の人事を着々と配し、ペレストロイカと新思考外交に乗り出して行く。1985年11月にはジュネーブで、翌年7月にはレイキャビクでレーガンと首脳会談、SDI(スターウォーズ計画)とIMF(中距離核ミサイル)の軍縮協議で迫真の膝詰め交渉を演じて世界に感銘を与える。ペレストロイカという言葉はこの時期に打ち出され、共感と歓迎を持って世界中に広がった。チェルノブイリの事故は、ゴルバチョフの人気が世界で急上昇する登り口で、ジュネーブとレイキャビクの間で起きた。チェルノブイリ事故へのゴルバチョフ政権の対応の評価については、今後も歴史認識の問題として論議され動揺が続くだろうが、もし、その迅速果敢な処理と指導力が称賛されるとすれば、それを可能にした要因は、まさに1986年4月という時期にあったと私は思う。
若くて強力な指導者として待望されたゴルバチョフが求心力を集めたこと、国家の救護と再生のために命を投げ出す無名勇士のモラルとエトスが媒介されたこと、その条件がこの時期だから揃ったこと。だから、チェルノブイリ事故は決死隊の尽力で収束されたのだと、そう言えるのではないか。すなわち、もし事故が1988年以降のソ連の混乱期に起きていれば、あのような志願兵の行動は実現されず、誰もが国家の犠牲になるのを嫌がって逃げ、事故を素早く収束させるのは難しかったのではないか。その後、マルタ島会談を経て、ゴルバチョフは国際的にはスターダムの頂点に達するが、国内では挫折と混乱が続き、周辺共和国が独立に走り、権力は不安定となって弱体化する。改革による経済再生を期待したにも拘わらず、むしろ無理や不手際が祟ってソ連経済はマイナス成長へと転落し、炭鉱や国営企業では労働者への賃金が遅延する事態になり、エネルギー供給が止まり、国民生活は窮乏の縁に追い詰められた。国民はゴルバチョフに幻滅して支持は一気に下降する。1990年に入る頃は、ゴルバチョフの勢いはすっかり失せ、政権維持に汲々となり、最早、ゴルバチョフ自身がソ連国家の前途を諦めている印象を受けた。再生を断念した気分が表情に出ていた。国民も、ベルリンの壁崩壊を見た1989年には国の行く末に絶望し、ソ連清算と次(自由主義のロシア)を渇望する心境に変わっていた。チェルノブイリ事故は、ソ連再生の前向きなエネルギーで鎮火され、そのエネルギーを奪い尽くして、収束の代償で国家全体を死滅に至らせたと、そのような見方ができるかもしれない。
もう一つ、日本に重ねて言えば、ソ連には過信と油断があった。ソ連は「科学の国家」を自己認識とし、原子力の開発や操縦についても、根拠のない「独自技術の高さ」に驕慢して胡座をかいていたのだ。ソ連邦科学アカデミーの水準は世界一だと、共産党の幹部たちが自己暗示をかけ、思考停止し、虚構を信じ、虚勢を張り、真面目に技術の転換や反省や学習をして来なかったのだ。日本も同じだと私は思う。「技術立国」神話に酔い、中身のない自信を持ち、上から下までそれを信じている。本当に科学や技術に対して真摯で誠実であれば、原子力をエネルギー供給源として続ける思考や判断はできないはずだ。それは不合理であり、非効率な選択である。まして日本の原発安全神話など、ソ連邦アカデミーの宗教そのものの噴飯ではないか。ソ連で真に良心的な科学者が迫害され、追放されたように、日本も同じことをしている。自由主義国家と言いつつ、原子力工学の現場ではソ連と同じ論理が支配し、官僚統制の下で言論の自由すらない。チェルノブイリ事故が起こるべくして起きたように、福島の事故もまた偶然ではなく、歪な官僚資本国家の必然なのだ。放射能事故は、この国の膿が噴出したものであり、JR西日本の脱線事故と同じく、矛盾が外化して爆発したものである。原因は内側にあり、構造的なものであり、長く蓄積されてきたものだ。そして、辺見庸が指摘する秋葉原事件の生体反応論のように、この国が深部から悲鳴を上げ、これ以上は無理だと暴発したものである。意味はそう受け取るべきだ。
日本はどう潰れるのか。さしづめ、国家として滅びるとすれば、それは1945年の敗戦後に生まれた戦後国家が潰れ、その主権が保全できなくなるという事態だろう。もう少し言えば、憲法がなくなるということだ。もうすぐ憲法記念日が来る。現在、日本国憲法は、辺見庸の逐条解釈を聞くまでもなく、国民の権利は有名無実に空文化されている。9条だけが空文ではない。だが、一つだけ憲法の条文の中で生きているものがある。実体を伴って、条文が国家の現実となっている姿がある。言うまでもなく、それは憲法第1条だ。基本的人権については、あらゆるものが逸脱され無化されているが、わずかに統治機構の一角だけ、象徴天皇制がよく機能して、憲法が憲法らしく国家の日常に生きている。「
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く
」。内閣も裁判所も国会も、憲法が想定する理念とは似ても似つかぬ矮小で下劣な実態だが、天皇だけはこの第1条の規定に忠実で、日本国を日本国らしくあらしめている。これは、何のことはない。両陛下が人間として立派な人物で、憲法をよく守っているということに尽きる。内閣や裁判所や国会の人間たちが、せめて両陛下の1/5か1/10ほどの模範的人物であれば、この国はまともに機能するのである。下卑た官僚とタレントと世襲ばかりだから、新興国からも軽侮される国に落ちている。憤激のまま議論が脱線したが、結論を言えば、両陛下に何かあったとき、日本国憲法は最終的な局面に至り、この憲法が法治する国家も最期を迎えるということである。
唯一生きている第1条を失う。第1条が第9条と同じ運命になる。象徴天皇制を奪われる。これは、日本国が滅びるということと同じだ。両陛下を失った後、われわれは、この国は、福島の重さを持ち支え続けることができるだろうか。
by
thessalonike5
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2011-04-19 23:30
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