国内の原発には、原子炉冷却の「命綱」とも言える電源を長時間失う事態への対策が用意されていないことが判明した。一方、原子力安全基盤機構が昨秋公表したシミュレーションによると、電源を喪失し、冷却機能を失った原子炉は、わずか1時間40分ほどで核燃料が溶け出す炉心溶融を起こすなど、短時間で危機的状況に陥ることが指摘されていた。最悪の事態が予想されていながら、対策を怠っていた国や電力会社。設計や審査のあり方が見直しを迫られるのは確実だ。【須田桃子、河内敏康、西川拓、足立旬子】
原子力安全基盤機構は経済産業省所管で、原子力施設の安全性を研究する独立行政法人。10年10月、7タイプの原子炉を対象に、地震時の主な過酷事故の流れをシミュレーションした結果を報告書にまとめた。
福島第1原発の2~5号機と同じタイプの沸騰水型軽水炉(出力80万キロワット)について、電源を喪失し、原子炉への注水ができなくなり炉心の冷却が止まった場合、事故がどのように推移するかを調べた。その結果、注水不能になって約1時間40分後に核燃料の溶融による落下が始まり、約3時間40分後に原子炉圧力容器が破損、約6時間50分後には格納容器も破損すると予測された。
実際の事故では、福島第1原発1号機が注水不能に陥ってから約8時間40分後の12日午前1時20分に格納容器の圧力が異常上昇、容器内の蒸気を放出したが、同日午後3時36分に水素爆発を起こした。3号機でも、注水不能になってから約3時間半後に蒸気を放出したが、14日午前11時過ぎに水素爆発を起こした。電源喪失後、電源がなくても、原子炉の余熱を利用する冷却機能がしばらくは働いていたため、同機構の解析より緩やかに事態が進展したとみられる。
過酷事故の対策では、事故のきっかけとなる出来事が起こる可能性が低くても、対策を取ることが求められている。福島第1原発の事故では、非常用ディーゼル発電機が津波の被害を受けたために電源が失われたが、従来、非常用発電機が長時間全て使えない事態は想定されていなかった。
吉田正・東京都市大教授(原子炉工学)は「非常用発電機が全滅するとは、私を含め誰も思っていなかった。悪い方への想像力が欠けていた。設計指針や国の審査のあり方を根本的に見直す必要がある」と話す。
松岡猛・宇都宮大客員教授(システム工学)は「予測された事態が実際に起こった時の被害の規模や社会的損失の大きさを考えれば、どれほど電源喪失の確率が低くても、政府が対策を指示すべきだった。原子力安全委員会など政府の責任ある立場の人たちに、こうした知見を活用する視点が欠けていたのだろう。各電力会社にも、基盤機構の結果をもとに、独自の解析をする力はあったはずだ」と指摘する。
毎日新聞が原発を持つ10社に聞いたところ、隣接する他号機に電源を頼るなど、電源喪失対策としては脆弱(ぜいじゃく)な実態が浮かんだ。
原発は外部からの送電が途絶えても炉内の核燃料から出る熱を除去する「原子炉隔離時冷却系」などの冷却機能を備えている。例えば地震などで原子炉が停止しても、余熱で生じた水蒸気を使ってタービンを回し、ポンプを動かして炉内に水を送り冷やす仕組みがある。
東通(ひがしどおり)原発(東北電力)や東海第2原発(日本原子力発電)は、この冷却系が機能している間に外部送電や非常用ディーゼル発電機を復旧させると過酷事故の報告書に記載していた。しかし、この冷却系は7~8時間しか持たない。福島第1原発でも電源復旧には間に合わず、冷却機能を失って深刻な事態を招いた。
浜岡原発(中部電力)や柏崎刈羽原発(東京電力)、島根原発(中国電力)などは原子炉1基だけが電源を喪失したことを想定し、「隣接号機から融通する」とした。しかし今回の福島原発事故は、6基ある原子炉のほとんどすべての電源が失われた。
事故を受け、海江田万里・経済産業相は3月30日、電力各社に電源の強化対策などを指示。ほとんどの社が発電所内に電源車や持ち運びできる発電機を配備するなどの緊急対策を講じたほか、標高95メートルにある変電所からの送電線の系統を増やす(四国電力伊方原発)などの対策を考えている。今月9日には経産省原子力安全・保安院が、原発の外部電源喪失に備え、常時2台以上の非常用ディーゼル発電機が作動できるよう電力各社に保安規定の変更を指示した。
内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は18日、「外部電源の信頼性は我が国はわりと強いんじゃないかという、誤解みたいなものがあった。しっかりとした対応をお願いしたい」と監督先の保安院に注文をつけた。
毎日新聞 2011年4月19日 2時40分(最終更新 4月19日 3時18分)