東京電力が17日明らかにした福島第1原発事故の収束に向けた工程表だが、実現にはさまざまな困難が立ちはだかる。避難住民が、どの段階で帰宅できるかのめども不透明だ。専門家は「工程表の実現は、かなり厳しいのではないか」と疑問視している。
東電が発表した工程表は、それぞれの作業に障害があり、目標の達成にどの程度具体性があるのか不透明だ。
工程表の「ステップ1」は、現在行われている作業の延長線でしかない。さらに、原子炉が安全な状態になる「冷温停止状態」までは最短でも6~9カ月間かかると表明した。しかし、日程には具体的根拠がなく、掲げられた対策には実現が難しいものも含まれる。海江田万里経済産業相も会見で「どうしても作業は遅れがちになる」と計画通り進まない可能性が高いことを認めた。
1、3号機の対策では炉心を安定的に冷却するため、今後3カ月以内に格納容器を水で満たすとした。チェルノブイリ事故(旧ソ連、86年)のようにコンクリートで埋める「石棺方式」と対比して「水棺方式」と呼ばれる。この方法は、格納容器から水が漏れだしたとしても原子炉建屋からは漏れないことが前提だ。ところが、現状でもタービン建屋や地下水の一部に高濃度汚染水が漏れている可能性がある。2号機は水素爆発(3月15日)のために格納容器が損傷している。損傷箇所に粘着質のセメントを充填(じゅうてん)して密閉する計画だが、損傷の場所は確認できていない。
放射性物質の外部への飛散を防ぐため、原子炉建屋にフィルター付き膜を今後3カ月中に設置するとした。しかし、「着手には、線量レベルの大幅削減が前提」とした。
爆発で大きく損傷していることが今月15日の調査で確認された4号機の使用済み核燃料プールは、余震で底が抜けないよう、補強工事が不可欠なことが明らかになった。4号機の同プールは他号機より余熱の高い核燃料を多く収めているため注水による冷却は止められない。
経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官は17日の会見で「原子炉は安定しているとは言えない。ベストと思われる工程表で対策を行い、新しい事態には臨機応変に対応したい」と述べた。
一方、避難住民がどの段階で帰宅できるかのめども不透明なままだ。東電の勝俣恒久会長は会見で、「放射性物質を極力出さないようにしながら、政府が判断できるデータを提供したい」と答えるにとどめた。【足立旬子、山田大輔】
工程表の実現性については、専門家から疑問の声が出ている。
「努力目標という印象。原子炉などがまだ完全に制御されていない状況のため、実現はかなり厳しいのではないか」。吉川栄和・京都大名誉教授(原子炉工学)は指摘する。
福島第1原発を巡っては、原子炉冷却のため、東電は1~3号機で注水作業を続けているが、水位が思うほど上がらず、原子炉圧力容器や格納容器の損傷による水漏れの可能性が指摘される。原子炉の本格冷却に向けた作業が進まない。4号機では、使用済み核燃料プールでの燃料棒の損傷も懸念される。
工藤和彦・九州大特任教授(原子炉工学)も「『3カ月』は、うまくいった場合。圧力容器や格納容器からの漏水がどこまで抑えられるかがポイント。循環できる冷却システムを早く外付けする必要がある」と指摘する。
特に難航が予想されるのが、圧力抑制プールに破損の可能性が高い2号機だ。
沢田隆・日本原子力学会副会長(原子力安全工学)は「早く水漏れの場所を見つけなければならないが、放射線量が非常に高い中での作業のため容易ではない」と指摘する。
9カ月以内の冷温停止についても実現可能なのか。東電の工程表では、1~3号機の圧力容器が健全で、格納容器も2号機以外は損傷がないことが前提だ。小林圭二・元京大原子炉実験所講師(原子力工学)は「実際は確認されていないことで、前提自体がおかしく、絵に描いた餅と言うほかない」と話す。
一方、これまで作業は度重なる余震で中断を繰り返している。
東京大地震研究所の古村孝志教授(地震学)が懸念するのは、巨大地震の発生で地殻のバランスが崩れて起こる大きな津波を伴う海溝型地震だ。「再び数メートルを超える高い津波に襲われるかもしれない。2次災害が起きないよう注意して作業を進める必要がある」と話す。
原子力安全委員会の久木田豊委員長代理は17日の会見で、工程表に対して「順調に進み、作業員の安全性が確保されることを期待している」と述べた。【河内敏康、八田浩輔、奥山智己】
東京電力福島第1原発の原子炉が安定した状態(冷温停止)になるまで、少なくとも6~9カ月かかるとの東電の工程表について、放射線の健康影響などの基本的な方針を示す国際放射線防護委員会(ICRP)の前主委員会委員、佐々木康人・日本アイソトープ協会常務理事は「ここまで長期的な避難は、ICRPも想定していなかった。冷温停止後も汚染状態の分析や、除去作業に一定の時間がかかるだろう」と、避難の長期化を予想する。
一方、避難は住民負担や経済的損失が大きく、ICRPも避難実施にあたっては、総合的な判断を求めている。佐々木常務理事は「冷温停止まで安心はできないが、周辺地域が一律に汚染されているわけではない。避難指示が出ている地域の詳細なモニタリングを実施し、住民も参加する形で、地域や生活形態に応じた工程表を検討することが、帰宅への第一歩になる」と話す。【永山悦子】
毎日新聞 2011年4月18日 東京朝刊