発信箱

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発信箱:防護服を着て=滝野隆浩(社会部)

 避難指示が出ている福島第1原発から20キロ圏内に、先日入った。警視庁機動隊の応援をもらい、これまで手がつけられなかった行方不明者の捜索を福島県警が本格的に始めた。その取材のためだ。防護服を着るのは、もちろん初めての経験だった。

 ゴム手袋は二重。長靴を履いた上から白い「全身つなぎ」の防護服をすっぽりかぶる。特殊なマスクにゴーグル。靴カバーをしてから、隙間(すきま)がないよう前腕や足部をガムテープでぐるぐる巻きにした。首から線量計をさげた。気温は18度。すぐに汗が噴き出してくる。福島県南相馬市の海沿いの捜索現場は、水田が広がっていた地区という。いまはガードレールは粘土細工のように折れ曲がり重機が横転した、だだっ広い泥の荒野になっていた。

 春のおぼろげな青空がきれいだった。ゴーグルの形に丸く切り取られているけれど。服もマスクもすぐに脱ぎ捨てたいと心から思うが、できない。見えない放射能が怖いから。火が燃えていたら、水害で水があふれていたら、降雪が激しかったら、それを避ければ済む。音もする。でも、放射性物質は見えない。気配がない。だから、はたから見れば滑稽(こっけい)に映っても、防護服に身を包んでのそのそ行動するしかない。

 お年寄りは嫌がるだろうな、とふと思った。「こんな窮屈なのイヤ。このままでいい」と言う人もいるだろう。危険な地区にいるお年寄りにそう言われたときに、どう説得するのか。「だれがこんな事態にしたのか」と詰め寄られたら。無理やり連れ出すしかないのだろうか。突然、息苦しくなる。取材を終えて線量を測ってもらったら除染もいらない安全値だった。気が抜けた。私はガムテープを乱暴にはがして防護服を脱ぎ、マスクもゴーグルも投げ捨てる。そして大きく深呼吸した。

毎日新聞 2011年4月18日 0時14分

 

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