「クソッ、やられた! まさかこのような手段で出てくるとは思わなかった! こんな大胆な作戦を取るような者だったとは!」
「タカミチ・・・少し落ち着くのじゃ・・・」
「学園長、これが落ち着いていられますか!?」
学園長室で悔しそうに頭を抱えながら、タカミチは叫んだ。
いつも冷静で大人の柔らかい物腰のタカミチがこれほど取り乱すなど珍しい。逆に言えば、それだけ事態のヤバさを表しているともいえる。
「小太郎君の証言だけではフェイト・アーウェルンクスを立件できない。正規のルート・・・どこまで本当かは分からないが・・・まともな手続きで編入してくる以上、それを学園側が拒否するわけにはいかない。だからといって多数の腕利きの魔法使いたちが在住するこの学園に堂々と乗り込んでくるとは・・・この堂々とした作戦・・・大戦期では人の裏ばかりをかいて影で動き回っていた完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)とは明らかに違う・・・まさかこんなことになるなんて・・・今回のアーウェルンクスは・・・明らかに何かが違う!!」
「うむ・・・堂々と乗り込んできた・・・これは警告とも取れるのう。なんせワシらはこれで何千人とこの学園に通う一般生徒達を人質に取られたに等しい。ワシらが不穏な動きを見せたらどうなるか・・・これは大胆な作戦に見えてとてつもない防御も兼ね備えておる」
「はい。何よりここの学生になってしまえば、これからは堂々とネギ君や・・・アスナ君にだって近づく口実が出来る・・・こんなとんでもない作戦を実行してくるとは・・・しかもまさかダイグレン学園にとは・・・あそこではネギ君は今一人だ・・・刹那くんたちやエヴァが居るわけでもない。もし襲われたら、今のネギ君では・・・・ネギ君・・・・」
「う~ん・・・まあ、そうなんじゃがの~」
タカミチは己の無力さを嘆くかのように拳を握り締め、ワナワナとしている。今すぐにでも飛び出してネギの元へ駆けつけようとしているようにも見える。
フェイトが編入してきたというとんでもない事態に、タカミチは非常に頭を痛めた。これから起こりうるかも知れぬ何かを、どうやって防げばいいのかと悩み苦しんでいた。
だが、学園長は何故か既に達観したかのように落ち着いていた。それがタカミチをさらに苛立たせた。
「学園長、もっと真剣に考えてください。こうなったら、京都に居る詠春さんに協力を要請するなど対策を色々と・・・」
「いや・・・タカミチ・・・なんというか・・・問題はそれだけに留まらんのじゃ・・・」
「ま、まさかまだ何かがあるのですか!?」
これ以上一体何があるというのだ。タカミチは背筋を凍らせながら、学園長の言葉を待つ。すると・・・
「このままじゃネギ君・・・普通に教職取り上げられそうなんじゃよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・えっ?」
「つーか、もうマジで取り上げられることはほぼ確定的じゃ。委員会でもそういう話がある」
それは信じられぬ言葉だった。
あまりにも突然すぎる言葉に我慢できなかったタカミチは思いきり怒鳴った。するとその声は当然学園長室の外まで聞こえ、これまた偶然通りかかった3-Aの生徒たちの耳に入ることになる。
聞き耳を立てられているとは気づかず、タカミチは尋ねる。
「どういうことなんです?」
「うむ・・・実はダイグレン学園のネギ君のクラスで、とある課題をクリアすればネギ君を教師としての資質を認めると言っておるのじゃ・・・」
「課題? なんだ、それならなんとかなるかもしれませんよ? ちなみにその課題とは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
タカミチの問いかけに対し、学園長は一枚の紙を無言で手渡した。
「なになに・・・ネギ・スプリングフィールドのクラスで中間テストの赤点者が全員追試をクリアできれば認める・・・・・・・えっ?」
そこに書かれている内容を、タカミチは恐る恐る読み上げる。
「カミナ君たちが・・・留年を毛ほども恐れぬ彼らが・・・・後一週間足らずで・・・ですか?」
そして固まった。
「・・・・無理じゃろ?」
「そ・・・それは・・・」
タカミチの口元は震えていた。
実はダイグレン学園の生徒は同級生の年齢が違うというのは珍しくない。姉妹全員と同じ学年というキタンや、弟分と同じ学年のカミナ、そして既に成人男性並の貫禄のある不良たちである。
彼らのほとんどは停学や出席日数、そして単位不足が原因である。
しかし彼らの学業姿勢は留年しようが、だからどうしたといわんばかりに改善が見られない。赤点出そうと追試を出そうと・・・それ以前に・・・
「赤点とか追試とか以前に・・・そもそも試験を平気で休む彼らが・・・デスカ?」
「ああ、無理じゃろ? こんなもんどーしろっちゅうんじゃ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
タカミチは無言になってしまった。
思わぬ難問に、タカミチですら言葉を詰まらせた。
だが、その数秒後、噛み噛みではあるももの、タカミチは何とか学園長の言葉を否定する。
そうだ、教師である自分が信じなくてどうする。
「い・・・・・・・・・・・・・いえ、ネギ君は同じような課題を以前クリアしました。そう、試験順位が最下位だった自分のクラスを学年トップに押し上げました。僕は・・・・・・・信じます。彼のことを」
タカミチは学園長室の窓から空を遠くまで見つめる。
(ネギ君の可能性は無限大だ。道はこの空のようにどこまでも繋がっている・・・そう・・・彼なら・・・きっとやってくれる)
だが、そんな大人たちの話を何も知らずに、肝心の麻帆良ダイグレン学園の教室では・・・・
「待ってください!!」
「ッ!?」
ネギは素早くゾーシイの腕を掴んだ。ゾーシイはネギを睨みつけるが、ネギは怖い目をしてゾーシイを睨み返す。
「ゾーシイさん・・・今・・・ぶっこ抜きをしましたね?」
「あ~~?」
「その手、・・・開いて見せてください」
ぶっこ抜き・・・それは、麻雀であらかじめ山牌の端に自分の好きな牌を積み込んでおき、相手の隙を見て自分の要らない牌とすりかえるポピュラーなイカサマだ。
ネギはゾーシイの腕を掴んで嫌疑を掛ける。正直ネギはメガネをかけてはいるが、一般人の怪しい動作を見逃すほど間抜けでもない。ネギはこの瞬間を待っていたとばかり、ゾーシイの腕を掴んだ。
だがゾーシイは、追い詰められているはずが、逆に笑った。
「はっ、俺がぶっこ抜き? とんだ言いがかりだぜ。まあ、見たけりゃ見せても良いが・・・この手の中に何もなかったら・・・どうすんだ?」
「・・・・えっ?」
「生徒にイカサマの疑いかけて・・・俺がシロだったらどうすんだ? テメエ、ちゃんと落とし前つけるんだろうな?」
「えっ・・・でも・・・僕は確かに・・・」
「ああ。だから俺もそこまで言うなら見せてやるが、あらぬ疑いを掛けた事を、どう責任取るつもりだ?」
「うっ・・・・・ううう・・・」
相手が一枚上手だった。
ネギは諦めてゾーシイの腕を放して、何事も無かったかのように続きを打ち始めた。諦めたネギを見て、安堵のため息をつきながら、ゾーシイは手の中に入っていた牌を手牌に加えた。
要するにネギは間違っていなく、ゾーシイのハッタリだった。
だが、これで完全にペースを乱されたネギはズルズルと負けていく。
(((まだまだ甘いぜ!)))
男たちは不敵に笑った。
「まあ、泣くなって先生よ~。後でこのキタン様秘蔵のエロDVDをこっそり拝ませてやるからよ~。金髪年上年下制服コスプレなんでもござれのコレクションだ」
「なっ!? こ、高校生がそんなエッチなのはいけません!?」
「な~に言ってんだ。あのシモンとニアだってあんなツラしてきっとイロイロしてんだぜ? この世のでっかい山やきわどい谷を見てみたくねえか?」
「へっ、まずは先生の好みを知る必要があるな。そうだ、このグラビアの中で先生が一番反応すんのはどれだよ? ほれ、顔隠してねーで見てみろよ」
「駄目ですってば~~!?」
顔を真っ赤にして逸らすネギ、その瞬間男たちの瞳はきゅぴーんと光った。
(((はい、この隙に牌交換!!)))
麻帆良学園の魔法先生、魔法生徒たちがこれからの事態に頭を悩ませている頃、ネギはのん気にカミナたちと麻雀をして、負け越していることに頭を抱えていたのだった。
「シモン・・・彼・・・どんどん深みに嵌っていくけど、大丈夫なのかい?」
「う~ん、でも麻雀で勝ったら授業を真面目に受ける約束だったしね・・・」
「しかしカミナたちも容赦が無いね。さっきから見ているけど、イカサマばかりじゃないか。見破ってもネギ君では問い詰めることも出来ない・・・何だか見ていて気の毒だね」
「ああ。どうやら先生は運だけは凄いから、イカサマ使わないと勝てないらしいよ。あれでもっと押しが強ければいいのにな~」
麻雀対決を横目で眺めてため息をつくフェイトと苦笑するシモン。
これがこの学園の日常。
おおよそ普通の学校生活というものを味わったことの無いフェイトには戸惑う場面が多かった。
「フェイト、ところで今日放課後時間ある?」
「放課後? 特に用は無いけど・・・」
「良かった。今日さ、部員が揃ったって事を超って人に教えたら第一回会議とお祝いを超包子でやろうって連絡が来たんだ。だから放課後一緒に行こうよ」
「・・・部活・・・本当に僕がやるのかい?」
「うん、アニキも強引だったし、どうしても嫌だって言うなら仕方ないけど、俺はフェイトと一緒に出来たらうれしいかな・・・」
少し上目遣いで見てくるシモン。
ここで断ってもいいのだが、どうしてもそれを躊躇ってしまったフェイトは仕方なく了承した。
「・・・ふう・・・分かった。とりあえず今日は顔を出そう」
「本当? それじゃあ放課後は空けといてくれよ」
まるでこれでは本当にただの学生だ。
学園の魔法使いたちはフェイトの行動にハラハラとしているのに、肝心のフェイト自身は本当に何か明確な目的や考えがあって編入してきたわけではない。
しかしそれでもこの場に居てしまうフェイトは自分自身を疑問に感じていた。
「シモ~ン、お弁当作ってきました、一緒に食べましょう」
「ああ。いつもありがとうな」
大きな重箱を幸せいっぱいの顔でシモンに届けるニア。シモンも照れながらニアにお礼を言うと、ニアはもっと嬉しそうな顔で笑った。
「いいえ。これが私のやりたいことだもの。たくさん作ってきたので、フェイトさんもどうですか?」
「ッ!? い・・・いや・・・結構。僕は食堂で何かを買ってくる」
突然のニアの誘いだが、フェイトはニアの巨大な重箱を見た瞬間、背筋が震えた。
あの闇鍋で一口サイズの料理を食べただけで自分は撃沈したのだ。その何倍もの量がある目の前の弁当は、フェイトにとって大量破壊兵器にしか見えず、やんわりと断りながら教室から出た。
「やれやれ・・・何をやっているんだろうな・・・僕は・・・」
廊下に出てフェイトは一人呟いた。
(・・・学校か・・・確かにそれなりに悪くない・・・だが・・・)
騒がしく、無意味な時間の繰り返し。特に何かが目的でもなく、当たり前のような時間を当たり前のように過ごす。
(本来住むべき世界が違う・・・なのに僕は何故ここに居る? ・・・場の雰囲気に流されて成すべき大義を見失う・・・そんなことは許されない・・・なのに何故僕は寄り道をしている・・・)
自分が分からない。
ただ、自問自答して思い出すのは、カミナが言ってくれたあの言葉。「お前のことを知ってやる」ふざけるなと拒絶したはずの自分の心が、なぜか何度もその言葉を思い出させる。
(カミナ・・・シモン・・・ニア・・・彼らに分かるはずがない。僕を理解できるはずはない。なら何故僕は無視せずにここに居る?)
おおよそ、魔法や裏の世界とは関わりのないシモンたち。しかしそんな彼らと共にある自分は一体なんなのだ?
(僕は人形。主の夢想を叶えるための・・・だから心はない・・・そう思っていた・・・。そうか・・・分かっていないのは僕も同じか・・・矛盾しているんだ・・・僕は・・・)
フェイトは騒がしく、暴力的で、しかしどこか笑いの耐えないカミナやシモンたちを見ていると、気づかなかったことに気づいてしまった。
(そう・・・彼らが僕を知らないんじゃない。僕が僕自身のことを分かっていないんだ・・・・)
分からないのは自分自身。だから自分はここに居るのかもしれないと、少し自嘲気味にフェイトは呟いた。
「やれやれ・・・それにしてもこの学園の自動販売機の品揃えは悪いね。こんなコーヒーは飲めたものじゃない」
いつの間にかたどり着いた自動販売機の前で、コーヒー党でもあるフェイトは自動販売機の飲み物の種類に愚痴を零した。
こんなことをしていると、本当に自分は学生になってしまったような感覚に陥り、それを無様だと思う反面、それほど悪くもないと思う自分が居た。
すると、自動販売機の前でため息をついているフェイトの後ろから、割り込むように小銭を入れてボタンを押した者が現われた。
だが、その人物は出てきた飲み物をそのままフェイトに差し出した。
「何事も経験だよ。・・・・・・転校祝いに、僕が奢るよ」
そこに居たのはネギだった。
少しムスッとした表情のネギは、飲み物をフェイトに渡し、そして自分用にもう一本購入し、そのままふたを開けて飲んだ。
「・・・七味コーラ? 嫌がらせかい?」
ギャグのような飲み物を手渡されてフェイトも呆れる。
「先に嫌がらせのような行動をしてきたのは君じゃないか。まさかダイグレン学園にいきなり編入してくるなんて・・・・・・・・何を企んでいるんだい?」
教室に居たときとは違い、実に真面目で真剣な表情だ。実際フェイトのことが分からず探りを入れているという印象を受ける。
「そういう君こそ何をやっているんだい? 噂では中国拳法やら闇の福音の弟子になったやらで、相当修行していると聞いたんだが、ここでやっているのは麻雀や花札にグラビアアイドルなどの談義・・・君、何をやっているんだい? 授業は?」
「うっ・・・ぼ、僕だって授業をやりたいけど皆が聞いてくれなくて・・・」
「僕も同じだ・・・僕の意思とは関係なく・・・何故か逆らえない言葉に従ってしまったというべきだろうね」
「どういうこと?」
「こればかりは僕にも分からないということさ」
フェイトにも分からない。何をバカなという言葉だが、フェイト自身もこれが今言える本心だった。
「ねえ、フェイト・・・・・・ヘルマンさんは・・・君が? アスナさんたちを攫うように指示したのも・・・君か?」
探りを入れても分からぬため、ネギは直球でフェイトに尋ねた。だが、フェイトは至って冷静にかわした。
「・・・さあ・・・何か疑わしいことがあるのなら証拠を見せてみることだね。そうすれば僕を追い出せるかもしれないよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕を追い出すかい? ネギ・スプリングフィールド。まあ、力ずくはお勧めしないね、正直今の君の力では・・・「そんなことしない」・・・僕にかな・・・・何だって?」
フェイトが少し驚いた顔をした。
「君がどういう目的で、何を考え、何を思ってこの学園に来たかは分からないけど、僕がここに居る間は君も僕の生徒だ。迷惑な生徒だから追い出す? そんなことを僕は絶対にしない。魔法使いとしてではなく、君が生徒である以上、僕は先生として君を受け入れるよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・裏切られて後悔しないかい?」
「しないようにがんばるよ」
「・・・・・・・ふん・・・」
これ以上フェイトはネギと会話をする気にはならなくなった。
カミナにシモンにニアだけではない、キタンたちだけでもない、ネギもそうだ。どうしてそう簡単に人を受け入れようとする?
(人・・・僕は人とは違う・・・でも・・・なら、ヒトとは何だ? ・・・分からない・・・)
ただフェイトは自分の心の中の戸惑いを悟られぬように、持っていた缶のふたを開けて、グイッと飲んでその場を誤魔化そうとした。
「あ・・・・・・・・」
「・・・・・・ぶごッ!?」
フェイトは自分の持っていた飲み物が「七味コーラ」ということをすっかり忘れて一気に飲んでしまったのだった。
一方その頃、学園長室の会話を盗み聞きした鳴滝双子姉妹により、ネギが窮地に居ることが3―Aの中で瞬く間に広まった。
「えええええーーーーッ!? ダイグレン学園のネギのクラスの追試者が追試をクリアできなかったら、ネギはクビッ!?」
「そうだよ、高畑先生と学園長が話してたから間違いないよ!」
「ネネネネネ、ネギ先生がクビ!? そそ、そのようなことを認めてなるものですか!?」
「そんなの嫌だよーー」
「何で? 何でネギ君がそんなことになるのさ!?」
「う、うち、おじいちゃんに聞いてこよか?」
「いえ、お嬢様。恐らくこれは学園長でも覆せぬことなのではないでしょうか? 恐らく前々からネギ先生を良く思っていなかった教育委員会などが無理難題を押し付けたのでしょう」
ネギは僅かな期間だけの研修で、帰ってきたら以前と同じように皆と楽しい毎日を過ごせると誰もが確信していた。
だが、ここにきてネギの身に自分たちがまったく知らなかった大人の圧力がかかっていたことを、少女たちは初めて知ってしまった。
「本来エスカレーターで本校にいけるうちの学園で、エスカレーターでいけなかった連中が相手よ? そんなの無理に決まってんじゃない! つうか、あいつら試験すら受けてないわよ!」
「そそそ、そんなのあんまりですわ!? あんな掃きだめの連中のために、ネギ先生が・・・ネギ先生が・・・そんなの断じて許せませんわァァ!!」
「う~む、こうなったらダイグレン学園の不良に無理やり勉強させるのはどうアルか?」
「そうね、何としてもクリアさせるためには、まず授業を受けさせて・・・こうなったら私も協力・・・・」
「あ~、アスナ~それは無理だよ。どんなに馬鹿学校でも、高校生のテストなんだから、科目数とか私たちより全然多いでしょ?」
「う~む、不良たちを力ずくで何とかは拙者らにもできるやもしれぬが、勉強が関わってはお手上げでござるな」
どうすればいい?
どうすればネギのクビを回避できるのか?
ネギのクラスの追試者をクリアできればいいという条件だが、そう簡単なものではないことをダイグレン学園を知る彼女たちはよく理解している。
もし自分たちが同じ高校生なら、まだ協力のしようがあったかもしれないが、アスナたちなど今の中学生の勉強範囲で精一杯だ、とてもではないが協力することは出来ない。
ギャーギャーと文句を言うが、それでも打開案が思い浮かばない。
すると、少し大人しめの少女は、ここぞとばかり勇気を振り絞って叫んだ。
「わ、私は・・・ネギ先生を信じます!!」
彼女の名前は宮崎のどか。ネギに思いを寄せる少女だ。
「のどかの言うとおりです。馬鹿レンジャーが集い毎回学年最下位のクラスをトップまで引き上げたのは誰のお陰だったか・・・皆さん忘れたですか? それとも、ネギ先生を信じないですか?」
のどかの言葉で静かになったクラスに、彼女の友人である綾瀬夕映の言葉がアスナたちの心に染み渡る。
「何を仰るのです、この雪広あやか、世界が疑おうともネギ先生を信じますわ!」
「わ、私だってネギ君を信じてるもん!」
「そ、そうだよ・・・ネギ君は天才少年だもんね、私だって信じてるよ!」
あやかが叫ぶと、まき絵や裕奈も同意し、ネギを信じているという想いを皆が持つようになっていた。
アスナも刹那も木乃香も少し苦笑しながらも、確かにネギならこの状況をも何とかするかもしれないと思うようになった。
「ふん、まさかこんなピンチになるとはな。せっかく我が弟子になったというのに、坊やも苦労が耐えないな」
「ネギ先生も大変ですね」
「エヴァちゃん・・・茶々丸さん・・・」
クラスメートの大騒ぎとネギのピンチを聞いて、ネギの師でもあるエヴァンジェリンは、従者の茶々丸を連れて実に愉快そうに笑っていた。
「何よ、エヴァちゃんはネギが心配じゃないの?」
「はん、あの坊やはどれだけやっても出来るかどうかもわからぬ目標を達成しようと思っているのだぞ? やれば出来るようなこんな問題など目を瞑ってでもクリアできんようなら、私も興味が無いな」
「そう言いつつマスターは、ダイグレン学園に行ってしまったネギ先生との修行の時間が減って少しつまらなそうです・・・」
「余計なことは言うなよな~、茶々丸~」
多少は歪んでいるかもしれないが、何だかんだでネギが心配であったり信じていたりしているのだ。これ程の人望や信頼を得ているあたり、やはりネギは何か特別なものがあるとアスナも感じていた。
(ネギ・・・みんなあんたのことちゃんと待ってるんだからね。不良なんかに負けんじゃないわよ!)
この困難もネギなら必ず何とかするとアスナも信じることにした。
「ふん、ところで神楽坂アスナ。坊やのことだが、この間のヘルマンとやらとの戦いは中々だったが、坊やは修行もちゃんとしているんだろうな?」
皆に聞こえない程度の小声でエヴァがアスナに尋ねてきた。
「だ、大丈夫よ。ちゃんとアイツは色々なことを覚えてるって言ってたわ。この間は千鳥とか言う技を覚えて、今はツバメ返しって技を勉強中とか・・・」
「千鳥? ツバメ返し? ほう、中々凄そうな技だな。雷系の技と剣の技か? 今度会ったときに見せてもらおうか・・・」
ニヤニヤと楽しみにしているエヴァだが、その技が麻雀のイカサマの技と知るのは、もう少し後のことだった。
そんなクラスメートたちの光景を外から笑みを浮かべながら眺めている少女が居た。
「やれやれ・・・まあ、シモンさんに限って追試ということは無いと思うガ・・・同じ部員のよしみ、私が協力するカ」
彼女こそ、シモンとともにドリ研部を創設した超鈴音。
中学生でありながら、大学生まで全てを入れた麻帆良全学生、研究者、教授、博士を含めたこの学園に居る全てのものを差し置いてNO1の頭脳を持つ彼女が、義理あってシモンに協力するために動き出した。
「シモンさんのメールによれば部員も既に残る二人を集めたと、まあどうせ残る二人はダイグレン学園の不良たちの誰かだろうネ。しかしその不良たちがもし追試をクリアできなかったら部活動も禁止だし、ネギ坊主もピンチ。それだけは避けねばならないヨ」
部活動禁止とネギのクビ。それは人に言えない事情だが、超鈴音には避けねばならない展開だった。
(シモンさん・・・私の居た世界の歴史では、常に彼は関わっていた。開拓者・・・天元突破・・・穴掘りシモン・・・その功績は歴史の裏側に刻まれる。未開の地を掘り当てる・・・資源の発掘・・・建設建築の分野・・・それら全てに貢献したのは、彼の持っていたドリルと技術と発想力にある。ドリルと技術は後世にまで伝わっている。しかし肝心な彼の発想力は受け継がれていない。それを私が自分の世界に持って帰れたら・・・魔法と科学の融合に・・・彼のドリルを融合させられれば・・・私の計画・・・最低でもそれだけはこなさねばならないネ)
彼女には彼女の想いがある。
どうしてもネギのクビと部活禁止は避けてシモンと友好を深めるために、他のクラスメートのようにただ単にネギを信じるだけでなく自らも動こうとしていた。
「ちょ、超さん、どこに行くの?」
教室から出ようとする超にアスナが気づいた。
「部活の仲間が困るかもしれないので、この学園最強の頭脳を誇る私が協力に行くネ!」
部活の仲間、それはシモンのこと。それを知っているアスナたちは、慌てて超に問い詰めた。
「ちょっ、ダイグレン学園に行く気!?」
「大丈夫、心配要らないネ。あの人たちは根はいい人たちヨ」
「そりゃ~、シモンさんみたいな人がちゃんとやっていけてるんだからそうなんだろうけど・・・でも・・・」
「ちょっ、超さん! まさか一人だけネギ先生に協力してポイントを稼ごうという魂胆ではありませんか!?」
「ハハハハ、委員長も困ったものネ」
ピラピラと手を振りながら教室を去ろうとする超。
だが、不思議なことにそんな彼女の後ろをピタリとくっついて一緒についてくる少女が一人居た。
「・・・で、何でザジさんも一緒について来ようとしているカ?」
「・・・仲間・・・」
「へっ?」
クラス中の目が点になった。
「同じ部活・・・仲間・・・協力・・・」
「・・・・・・・・・ザジさんがカ?・・・・・・・・」
「・・・・・コク・・・・ドリ研部・・・・」
てっきりダイグレン学園の不良の誰かだと思っていた残りの部員が、こんな近くに居た。
このことに超鈴音を含めてクラスメート全員が呆気に取られてしまったのだった。
さて、ネギを救うためにイロイロな人たちが心配し、協力しようとしているのだが、やはり一番の問題は「やる気」だろう。
実際追試を受けるカミナたちがいかに勉強に集中できるかがキーになってくる。
もし、まったく勉強にやる気が無い連中を勉強に集中させることが出来れば、正に魔法だろう。
しかしその魔法が、実に絶妙なタイミングでカミナたちに降りかかった。
「知らないんですか? ・・・・・・今年からの学園改革」
「・・・・・・・・・・・何?」
「赤点の人は追試で、それに失敗したら学園祭に参加できずに補習なんですよ」
「なにいいいいいいいいッ!? 赤点組は追試? ミスれば学園祭に参加できねえだとォッ!?」
「はい・・・リーロン校長がそう言っていました」
ロシウの言葉にキタンたちは怒りをあらわにして大抗議を始める。
「馬鹿言ってんじゃねえ! 去年までんなことなかったじゃねえかッ! それがまた、何でんなことになってんだよ!?」
「僕に言わないでください! ほら、ウチの学園は学園祭でお金儲けしていいというのは知っていますね? それで本来の学生の本分を忘れてそちらに集中する生徒ばかりで両親やPTAから抗議が来て、今年からの改革らしいです」
「ふざけんなァ! 学生の本分は麻雀にパチンコに学園祭だろうがァ!!」
「あー、もう! だから僕に言っても仕方ありません!」
この時期になると、本校の生徒たちは皆慌しく動いていた。
一年で最大級とも言うべき学校行事の学園祭。
それを何の懸念もなく迎えるために、直前の中間試験では皆が勉学に勤しんでいた。それが普通の高校だろう。
しかしここではそんなことはない。試験だなんだは知ったことではなく、学園祭の金儲けと馬鹿騒ぎに命を掛ける連中が集っている。
そんな彼らに今回の改革は衝撃的といわざるを得ない。
「あれ・・・みなさん、どうしたんですか?」
「ごほっ・・・騒がしいね・・・」
教室の喧騒を不思議そうに感じながら、ネギと少し顔色の悪いフェイトが帰ってきた。その瞬間キタンたちはネギまですっ飛んだ。
「うお~~~い、どういうことだよ先生よォ!? ロシウが言ってたんだが、中間の赤点者は追試ミスったら学園祭に出られねえだとォ!?」
「えっ、・・・そうなんですか?」
「どうすんだよ! って、そうだ先生、俺らに追試の問題と答えを教えやがれ、そうすりゃ俺たちは何事もなく学園祭を楽しめらァ」
「なな、そんなことできるはずないじゃないですかァ!? そ、それに追試の合格ラインは確か40点です。つまり40点以上なら、まともにやれば・・・」
ネギはまだ分かっていない。彼らの実力というものを。
「「「「「ぐおおおお、40点も取れるかァァァ!?」」」」」
そもそも学園に入学して以来筆記用具を持った回数など数えるほどしかないカミナやキタンたちにはとんでもない試練だった。
「あ~あ、くそ、やってらんね~、こうなったら諦めて逃げるか」
「テストは出来ん」
「意味無い意味無い意味無い」
もはや既にやる気も失っている。
テスト勉強などやるという選択肢など最初からない。赤点? 追試? 知ったこっちゃねえという様子だ。
だが、そんな彼らの様子にとうとうロシウが我慢の限界のように叫んだ。
「いい加減にしてください。じゃあ、あなた方は何故学校に通っているのです。授業や試験のたびにそうやってふんぞり返って、何が学生ですか。自ら退学届けを出して去っていった不良たちのほうがまだ潔良い」
「んだと、ロシウ!?」
「やんのか、コラァ!?」
不本意ながらこの学園に居るロシウにとっては彼らの態度はイラついて仕方ないようだ。そのイライラした気持ちを八つ当たりのようにぶつけられてはキタンたちも黙っていられない。
「まま、待ってくださいよ~、喧嘩はダメです~」
「甘いですよ、ネギ先生。彼らにはこれぐらい言っても全然足りないんですから。まあ、どうせ追試もクリア出来ないと思いますが・・・」
「んだとロシウてめ~~」
「クラスメート同士で喧嘩はやめてくださいってばァ!」
だが、喧嘩をさせるわけにはいかず、ネギが慌てて彼らの間に入って仲裁する。
「そ、それじゃあどうでしょう。とりあえず簡単な小テストを皆さんにやってもらって、皆さんの実力を見たいと思います。出来る出来ないはともかく、まずはやってみてみましょう。それでいいですか?」
「あ~、めんどくせ~な~、どうせ出来るわけねえだろ? つうか、高校って科目どれぐらいあるんだっけ?」
「さあ・・・受けたことねーしな~」
「あなたたち、高校生活長いのに今更それですか!?」
とにかく学園側の決定以上は従うしかない。
「ふん、40点どころか彼らは二桁取れるかどうかも疑わしい。まあ、僕には関係ありませんが・・・」
「ロシウさん。そういうことを言うのはやめましょう。ロシウさんもこのクラスの一員なんですから、仲間を見捨ててはいけません。仲間を信じましょうよ」
「・・・せ、先生・・・」
追試失敗はダメならそれ以上を取るしかないのである。無理かどうかはまずやってみて判断する。
それに学園祭というのは彼らには中々重い行事のようだ。ネギはそれを使って彼らのやる気を最大限に高めようとする。
「それにほら、40点以上が無理とかは皆さんには似合いません。無理を通して道理を蹴っ飛ばす。それがこの学園の教育理念であり、皆さんのポリシーでしょ?」
「むっ・・・」
「うっ・・・」
「それに、高校生は物理や化学などの科目数が多い分、試験範囲はそれほど広くありません。つまり最低でも基本の基本さえマスターすれば、追試はクリアできるようにできています。つまりやればできることなんです! これをやって、楽しい学園祭を迎えましょうよ!」
ネギの言葉にキタンやゾーシイたちは互いに顔を見合い、どうするべきか相談している。
別に留年ぐらいどうってことないが、大もうけできる一年で一度のチャンスを、やればできることをやらないで台無しにするのか、その選択に迷っていた。
すると、こういう時はこの男次第。カミナは立ち上がってネギに同意した。
「よっしゃあ、上等じゃねえか! ここは先公の言うとおりだ! テストだか追試だか何だろうと、受けてやろうじゃねえか! バカとテストとヤンキー大会だ!! この壁をぶちやぶって、堂々と学園祭を満喫してやろうじゃねえか! 俺を誰だと思ってやがる!」
カミナが言えば仕方ない。
「おい、他のやつらはどうするんだ? アーテンとかバチョーンたちも追試だろ?」
「へっ、明日集めりゃいいだろ。あいつらも学園祭に参加できねーのは嫌だろうからな」
やれやれとため息つきながら、追試の心当たり・・・というかほとんどのものが中間試験を受けていないために対象者なわけだが、とりあえずはやってみようと同意した。
「へ~、やるじゃない、・・・あの子、麻雀で負けてるときはどうなるかと思ったけど、結局カミナたちに勉強させるとはね・・・」
ヨーコは少しネギを見直して、教壇の前でやる気満々のネギにほほ笑んだ。
そして行われた簡単な小テスト。
そこでネギは彼らの実力を知ることになる。
「カミナさん・・・格好つけて英語で自分の名前を書くのはいいんですが・・・・Kamina・・・ではなく、Kanima・・・カニマになっています・・・っていうかほかの皆さんもカタカナ間違えたりしています・・・ま、まあとりあえず・・・採点してみよう・・・」
自分の名前すら間違えていた。
予想をはるかに上回る結果だった。
抜き打ち小テスト。とりあえずは追試者もそうでない連中も含めて全員一斉に行った。
例えば・・・
以下の問いに答えなさい。
Q.日本の民法における結婚適齢は最低何歳か?
ロシウの答え
「男性は18歳、女性は16歳」
ネギのコメント
「正解です。ロシウさんには簡単すぎましたね」
キヨウの答え
「男15歳 女15歳」
ネギのコメント
「もしそうなら、ニアさんはとても喜びますね。でも、キヨウさんは・・・既婚者ですよね?」
ニアの答え
「愛し合っていれば関係ありません」
ネギのコメント
「個人的には正解にしてあげたいです」
Q.大航海時代にヨーロッパ人が「新たに」発見した土地に対する呼称をなんと言うか?
ニアの答え。
「新世界」
ネギのコメント
「正解です。ニアさんは時々単語の意味の間違いがありますが、とても優秀です」
キタンの答え。
「大海賊時代? グランドラインの後半の海・・・、新世界!!」
ネギのコメント
「正解なのが悔しいです」
フェイトの答え
「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)」
ネギのコメント
「・・・君が書くとこっちが正解なのかと思えるから怖いです」
Q.以下の元素記号の元素名を答えなさい
Pt=? Fr=? Unt=?
フェイトの答え
「Pt=プラチナ、Fr=フランシウム、Unt=ウンウントリウム」
ネギのコメント
「流石です。難しい問題かなと思ったのですが、君も入れてニアさんとロシウさんで正解者が3人も居ました。うれしいことです」
カミナの答え
「Pt=相棒、Fr=ダチ公、Unt=運と度量」
ネギのコメント
「PtをPartner 、FrをFriend、ということですか? 間違っていますが、カミナさんらしい答えで僕は好きです」
ジョーガン、バリンボーの答え
「Pt=ピッチャー、Fr=フランス、Unt=ウンコティンティン」
ネギのコメント
「・・・自信満々にありがとうございます」
Q.次の日本語を英文に直してください。
・私は彼と恋に落ちる
ロシウの答え
「I fall in love with him」
ネギのコメント
「ロシウさんに言うことは特にありません。ロシウさんには楽勝でしたね」
ニアの答え
「I fall in love with Shimon」
ネギのコメント
「予想通りの回答でうれしいです。こういうところであなたは満点を逃しています」
ヨーコの答え
「Watashiwa kareto koini ochiru」
ネギの答え
「こういう回答は僕も初めて見ました。」
Q.次の日本語を英文に直しなさい
・生きるか死ぬかそれが問題
フェイトの回答
「To be or not to be, that is the question」
ネギのコメント
「正解です。シェークスピアの話の中に出てくる有名な言葉ですね」
シモンの回答
「Dead or alive, that is problem」
ネギのコメント
「それは確かにプロブレムですね」
Q.(1)世界で初めて宇宙へ行ったのは誰か? (2)また、彼が言った有名な言葉は?
ロシウの答え。
「(1)ガガーリン(2)地球は青かった」
ネギのコメント
「正解です。とても有名な言葉ですね。ロシウさんの回答は全てホッとします」
カミナの答え。
「(1)宇宙人 (2)ワレワレハウチュウジンダ」
ネギのコメント
「地球人に限定してください」
フェイトの答え
「(1)造物主 (2)ここに人類の新たな楽園を・・・」
ネギのコメント
「ウケ狙いだと信じてます」
ネギ式・小テストの一部を抜粋。
職員室で全ての採点を終えたネギは深々とため息をついた。
「う~ん・・・フェイト、ニアさん、ロシウさんは簡単なケアレスミスさえなければほぼ満点だ。それにしてもフェイト・・・ウケ狙いさえなければ満点なのに、彼ってこういうキャラなのかな? でも凄く頭がいい人が三人もいる。キノンさんも理系は点数が高い。シモンさんは全て綺麗に本校の人と同じくらいの平均点。得意科目も無いけど、不得意科目もない。となると問題は・・・・・・」
シモン、ニア、ロシウ、フェイト、そしてキタンの妹の一人であるキノンは基本的に大丈夫だ。そうなると、問題となるのはこれまた予想通りの人物たちだけが残った。
「う~ん、何とか皆さんにも学園祭を楽しんでもらいたいし・・・それに僕は彼らの担任なんだし、何とかしないと・・・英語以外は僕の担当外だけど、こうなったら担当の先生に試験範囲だけでも聞いておかないとな~」
追試の範囲で何が出るかなど、カミナたちが把握しているとは思えない。こうなったら少し時間がかかるかもしれないが、自分が何とかするしかない。
「化学とか物理とか生物に数学は皆さんやらず嫌いが目立つけど、まだ高校一年生の一学期の中間の範囲だから、本当に基礎中の基礎しか出ていない。これなら公式と用語の暗記で何とかなるかもしれない・・・歴史問題も時代が特定しやすい。現代国語は文章読解のテクニック、それと漢字だな・・・英語は教科書の長文と文法だけだし・・・よ~っし、こうなったら全科目の追試範囲の要点を全部まとめよう!!」
ネギはスーツの上着を脱いでYシャツを腕まくりして、瞳を燃やす。
いかに大学卒業レベルの学力のある天才少年とはいえ、専門科目外まで手を出すのは少し難しいが、それでも自分が教師である以上、生徒のためにこれだけはしたい。
授業らしい授業は出来なかったが、不純な動機とはいえキタンたちはせっかく勉強をやるきっかけができたのだ。
ならばこの機会に自分が出来ることをしよう。
問題の答えは教えられないけど、これぐらいなら自分も力になれるとネギは気合を入れた。
「あらん、ネギ先生、追試の範囲を全教科分まとめてるのん? 随分と面倒くさいことしてるわねん」
リーロンは職員室の机で集中して作業しているネギを覗き込みながら笑った。
「はい・・・僕にはこれぐらいしかできませんし・・・一応僕は先生ですから」
「・・・・ふふふ・・・がんばってねん♪」
あまり邪魔をするのもなんだと思い、リーロンはその場を後にした。しかし途中で振り返り、ネギを温かい目で見続ける。
(あの子・・・追試を生徒がクリアできなかったら自分がクビってまだ知らないのよねん? つまり、自分の保身のためではなく、純粋な気持ちであんな風にがんばってるのねん・・・・ふふふふ、可愛いじゃない。ここでプレッシャーをかけるとむしろ逆効果になりそうね・・・ここは見守るべきかしらん)
リーロンはネギに委員会で決まったネギの課題を告げようとしていたのだが、どうやらそんな課題があろうと無かろうと、ネギは教師としての仕事を全うしようとしていた。
(あんな子が教師として認められないなんて・・・大人たちも頭が固いわねん。硬いのはアソコだけにしとけってのにねん)
最初は可愛いマスコット的なキャラだと思っていたが、中々骨がある少年だとリーロンは感心しながら、ネギを心の中で応援し、見守ることにしたのだった。
「いや~、テストってもんを久しぶりに受けたら疲れちまったな~」
「おう、頭を使いすぎた。こうなったら息抜きに今夜は皆で飯でも食うか?」
「って、シモンにニアにフェイトは部活か? 今日から始動だろ? テメエら大丈夫か?」
小テストを終えて僅かな時間ながら頭を使うことになれていないキタンたちは、欠伸をしながら解放感に包まれていた。
「ちょっ、俺よりも今は皆のほうが心配じゃないか」
「確かに・・・僕たちは追試じゃないけど、君たちは追試だろ? 勉強しなくて大丈夫なのかい?」
シモンたちは特に追試を受けることは無いのだが、肝心の受けるカミナやキタンたちはまるで他人事のように余裕だった。
「な~に、本番になったら奥の手を用意してある! 秘密兵器とかな! 制服の袖、消しゴムのケースの中、シャーペンの持つ部分、あらゆる場所に秘密兵器を常備しとけば楽勝だっての!」
「・・・カンニングかい?」
「おっ、さすがはフェイト! 鋭いね~」
「は~、まあ別にいいけど、見つからないようにするんだね。バレたら退学だろ?」
「ダッハハハハハ、そんときゃそん時よ!!」
高らかに笑うキタン。どうやら彼らは最初からまともに勉強する気は無く、カンニングで乗り切る気満々だった。フェイトも一々とやかく言う気も無く、バレない様にと注意だけした。
だが、そんなキタンたちにヨーコが口を挟んだ。
「ねえ・・・キタン・・・あのさ・・・」
「ん、ど~したんだよ?」
「そういうの・・・やめない?」
「あっ?」
「なんていうかさ・・・それで追試をクリアできてもさ、もうあの子供先生と正面向いて付き合えないと思うのよね。何かあの子のこと・・・裏切れないのよね~」
同じく追試組みのヨーコが、カンニング戦法を企んでいたキタンたちを止めた。
「あっ? じゃあ、ヨーコ。おめー俺らに真面目に受けろってのか? そんな頭がありゃあ、とっくに卒業してるぜ」
「でも先生も言ってたじゃない。やれば出来るように出来ているって。それってあんたたちの頭がどうとかじゃなく、あんたたちがやらなかっただけでしょ? 私も同じよ。楽してやってこなかったことって、いつか自分に返ってくるのよ。ここでまた楽したら、多分あんたたちも私も何も変わらないわよ? 10歳の子供を裏切ったっていう罪悪感だけしかないわ」
「いや・・・でもな~」
キタンはアイラックたちに振り返るが、誰も何も言えずに迷った表情をしている。カミナもまた無言のまま、ヨーコの話を腕組して聞いていた。
「シモンは・・・変わったわ」
「えっ? ヨーコ?」
「あんたは変わりたいって思って、自分のやりたいことを見つけて道を切り開いた。変われるところで逃げないでちゃんとがんばったから変われたのよ」
シモンに全員が注目する。そうだ、シモンは確かにネギが来て以来変わった。
カミナの後ろでいつもオドオドビクビクしていたシモンだが、カミナが居なくても熱く、変わるために恥をかこうが笑われようが努力した。
「へっ、ヨーコの言うとおりだぜ。逃げてちゃ何にも掴めねんだよ! こうなったら正面から追試ぶち破ってやろうじゃねえか!」
その話を聞いて、今まで黙っていたカミナが両手をバチンと叩いてニヤリと笑った。
「でもよ~・・・」
「勉強つっても何やればいいか分かんね~よ・・・」
しかしこればかりはそう簡単に頷ける問題でもなかった。そもそもやると言っても彼らにもどうすればいいのかは分からないのである。
「ならば皆で協力しましょう。皆でやれば絶対に大丈夫です」
すると、ニアが笑って皆に告げた。
「やれやれ・・・本気でやる気があるなら、僕も協力しますが・・・」
「ふう・・・それじゃあ、勉強会ってところかい?」
同じく優等生のロシウとフェイトも前へ出た。
「そうだな。俺もアニキや皆と学園祭を迎えたいし、一緒に協力するよ!」
こうなったらやってやろう。ダイグレン学園の総力を挙げて追試を乗り切ってやる。
彼らの心に気合が満ちた。
そんな時・・・
「その話、私たちも協力するわ!!」
「「「「「ッ!?」」」」」
教室の扉がガラッと開き、本校の制服を来た女生徒たちが現われた。
「おめえらは・・・ブルマーズ!?」
「ブルマーズではなく、黒百合よ!」
そう、あの炎のドッチボール対決をした、麻帆良ドッジボール部にしてウルスラ女子高等学校の英子たちである。
何と彼女たちは不良の巣窟でもあるダイグレン学園に乗り込んできたのである。
「もしあなたたちがまともに追試を受けるなら、これをあげてもいいのよ?」
「あん?」
英子がピラピラとカミナたちに差し出した紙。それは・・・
「過去5年間分の高校一年生の一学期中間試験の範囲。本校とダイグレン学園は違うとはいえ、基本的な出題傾向も範囲も偏っているわ。そして追試で出る範囲もほぼ同じ」
「うおお、何で!?」
「ふっ、部活の伝統よ。部活をやっていると先輩たちの代からこういうか過去問が代々受け継がれるシステムなのよ」
「ちょっ、待ちなさいよ。あんたたちそのために本校から来てくれたの?」
「ふふ、同じドッジボールをやった仲だからね」
英子は軽くウインクして笑った。
こんなもの、今のヨーコたちには一番欲しいものである。ヨーコたちは英子の心遣いに感動しながら過去問に手を伸ばそうとするが・・・
「おっと、ただであげるとは言ってないわ」
「へっ?」
「あなたたちがある条件を受けてくれたら、この過去問をあげても良いわ」
感動した途端に、取引を持ちかけてきた。
「じょ、条件ですって?」
「そう・・・・彼よ」
「・・・・・・・・へっ・・・お、俺?」
何と英子たちはニヤリと笑って、あろう事かシモンを抱き寄せた。
「「「「「ッ!?」」」」」
「この子をドッジボール部にくれるのなら、それをあげても良いわ」
やはり裏があった。
彼女たちの目的は、ドッジボールで大活躍したシモンのスカウトだった。
「それに聞いたわ、シモン君。あなた部活に入りたくてイロイロな部活を回っていたそうだけど、何故ドッジ部に来なかったの? まあ、でもいいわ。他の部と違って、私たちはあなたを大歓迎するわ」
「う、うわああ」
「シモン!? 駄目です、シモンは私とフェイトさんと超さんとザジさんでドリ研部に入るのです!」
年上美人に抱き寄せられ、耳元で艶っぽい声でささやかれ、シモンの顔は真っ赤になった。
「お、おお・・・う、うらやましいヤツ・・・」
「まあ、シモンが入部するだけでもらえるならなあ?」
キタンたちは別に自分たちが入部するわけではないのでニア以外特に文句はなさそうだ。
だが、このタイミングで丁度この学園にたどり着いた彼女が黙っていなかった。
「その話、チョット待つネ!」
教室の扉が勢いよく開けられて、振り返るとそこには超鈴音が居た。ついでにその後ろには無表情のザジも居た。
「超さん!? ザジさん!?」
「シモンさんは渡さないヨ! そして私はそのような汚いことはしないヨ! 私も学園のデーターベースから同じものを印刷できるので、それをあげるヨ。それどころか君たちには超包子の無料お食事券も付けてあげるネ!」
「「「「「「「なにいいいい!? 無料お食事券だとォ!?」」」」」」」
「き、汚いわ!? それこそ取引じゃない!」
「ハッハッハッハ、シモンさんをドッジ部に引き抜かれるわけにはいかないヨ!」
「な、ならば・・・私たちはウルスラ女子との合コンを企画してあげるわ!」
「「「「「なにいいいい、合コン!?」」」」」
「ぬっ・・・女で釣るとは卑怯ヨ!」
「食べ物で釣っているあなたに言われたくないわ!」
いつの間にか超鈴音と英子たちがシモンの引っ張り合いを始めた。
ザジも何を考えているか分からない顔をして、超側に立って一緒にシモンの腕を引っ張った。
「ちょちょ、別に俺は追試を受けな・・・痛いってば!? それに、俺の意思は!?」
両サイドから両腕を引っ張られるシモン。彼にもはや意思など存在しない。いつの間にかニアも参戦してシモンを引っ張る。
するとその光景を見ながらキタンはニヤリと笑い、椅子に座りながら机の上に両足を乗せた。
どちらもおいしい条件だ。ならあとするのは・・・
「ふふん、まあ、俺たちはどっちからもらっても構わねえ。だが同じものを貰っても仕方ねえ。だから貰うならやっぱ・・・条件がいいほうだな!」
貰う側に居るはずが、ものすごいでかい態度で彼女たちのオプションを上乗せさせる気だ。ヨーコもその魂胆が分かって深々とため息をつく。
だが、キタンたちの悪巧みを聴いた瞬間、彼女たちもオプションを吊り上げる。
「くう・・・ならば私たちはこの試験問題プラス・・・マンツーマンで勉強を教えるというのはどうかしら?」
英子たちは少々ためらいながら、そしてあろうことか制服に手をかけ、あろう事か脱ぎ捨てた。
「ブルマ姿で!!」
「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」
お色気で勝負する気のようだ。更に英子はブルマ姿のままシモンを抱き寄せ、シモンのふとももに右手を這わせて、耳元で息がかかるほど口を近づけてボソッと呟く。
「シモン君がドッジ部に入ってくれるなら、練習後に女子部皆で皆でマッサージ・・・シャワーのお手伝いもするわ?」
「dmにおfhんjッ!?」
シモンが鼻血を噴出した。
(やばいわ・・・シモン君のこの情けなさと、あの気合の入ったときのギャップがやばいわ・・・・萌える・・・)
悦に入りながらブルマーズは持っているカードをキタンたちに提示した。一方超は少し歯噛みした。
(ヤバイネ、お色気勝負では敵わないヨ。合コンの設定も中学生では勝ち目が無い。だが、食事で釣るにも限度がある・・・なら・・・)
超鈴音はこのままではヤバイと思い、学園最強の頭脳をフル回転させて好条件を考える。
そして・・・
「では私は・・・・・・学園や警察のデーターベースにハッキングしてあなたたちの前科をもみ消して、成績も全て改ざん・・・・」
「「「「「ぬあにいいいいいいいいいい!!??」」」」」
とうとう犯罪にまで手を伸ばす始末。部活でのシモン争奪戦がいっそうに激化し始めるかと思った瞬間・・・
「・・・兼部・・・・」
「「「「「「「・・・・・・・へっ?」」」」」」」
ザジがポツリと呟いた。
そう、あまりにも熱くなりすぎて、超もすっかり忘れていた。
最初から兼部すればいいのである。
大体自分も様々な団体に掛け持ちで所属し、ザジだって曲芸部とドリ研部の掛け持ちだ。
ということは、それほど慌てる必要も無く、それほど無理をしなくても・・・・
「みなさーーーーーん、まだ帰ってなかったんですか!?」
その瞬間、ネギが少し疲れた表情を見せながら教室に入ってきた。両手を後ろにやって背中に何かを隠している様子だ。
「おお、先公、おめえもまだ居たのか?」
「はい、実は皆さんに渡したいものがありまして・・・」
ネギは笑みを堪えながら、背中に持っているものを皆に差し出そうとする。
(ふふふ、少し雑かもしれないけど、皆さん喜んでくれるかな~)
ネギが今の今まで職員室に籠もって作り上げたもの。ネギは皆がどう反応してくれるのか楽しみにていた。
だが・・・
「おう、聞いてくれよ先生。今ウルスラのやつらとこの超包子のオーナーの子が過去問をたんまり持ってきてくれたんだよ!」
「・・・・・・へっ?」
ネギは呆気に取られた顔で固まった。
「まあ、どっちのを貰うかは決めてねえけど、これで試験範囲も傾向もバッチリってヤツよ!」
「まあ、おいしい思いをしているのはシモンだがな」
キタンたちは盛大に笑いながら余裕をかましていた。
一方でネギは少し戸惑いながらも、慌てて笑顔を見せて喜びをあらわした。
「よ・・・よか・・・良かったですね、皆さん! それじゃあ、これで学園祭はバッチリですね!」
「おうよ、後はやるだけよ! 同じ問題も何個も出てるし、これなら楽勝だぜ! しかも全教科あるしよ!」
「まっ、丸暗記すりゃ大丈夫だな!」
「おう、楽勝だ楽勝だ楽勝だ!」
浮かれるキタンたちを前に何とか笑顔を見せるネギだが、その表情はどこか無理をしているように見える。
(・・・ん?)
(・・・先公?)
ヨーコとカミナだけ、その表情に違和感を覚えていた。
「は~~、これじゃあ、私の心配は無意味だったようネ。まっ、シモンさんが兼部するかどうかは本人に任せるよ」
超も要らない心配だったと、どっと疲れてため息をついた。
「・・・・まっ、僕にはどちらでも構わないけどね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
その時、超鈴音はフェイトの存在に気づき、引きつってしまった。
「シ・・・モン・・・さん?」
「ああ、紹介するよ。こいつはフェイト。フェイト・アーウェルンクスだ。編入してきたばかりだけど、俺たちドリ研部に入部してくれることになったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」
「やあ、君が超だね。話はシモンから聞いている。まあ、何をする部活かは分からないけどよろしく頼むよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
超はまだ固まったままだった。
(あ、・・・あれ? これはどういうことネ? へっ? こういう・・・歴史だったのカ? ザジさんでも驚いたが・・・・えっ、っていうか何でこの人がここに居るネ? しかもネギ坊主も当たり前のように・・・しかも編入? が、学園は何をやっているネ?)
何が何だか分からず、超は混乱していた。
「どうしたんだい? 僕に何か不服があるのかい?」
「い、いやいやトンデモナイヨ? フェイトさん、それについでにザジさんも歓迎するヨ」
あまりにも予想外すぎるメンバーを見て、超鈴音の混乱はまだ収まらないようだ。
だが、キタンたちの追試も大丈夫そうで、こうして部員が全員揃ったのだから、シモンは何も疑うことなく部員たちに声を掛ける。
「ヨシッ、アニキたちも大丈夫そうだし、皆揃ったんだ。ニア、フェイト、ザジ、超、皆で今から親睦会をやろうよ!」
「賛成です!」
「僕は構わないよ」
「行く・・・」
「・・・・・・しょ・・・承知したヨ・・・」
何とも奇想天外な5人組のドリ研部は、問題も解決したことだし、教室を後にする。
「まっ、待ちなさい、シモン君! さっきの条件で駄目なら他にも体育館倉庫で・・・って、待ちなさい! はい、もうこの過去問は置いていくから勝手に使いなさい!」
英子たちもシモンの後を追いかけ、過去問を放り投げて走って出て行った。
「お、おい! ブルマンツーマンは? 食事券は!? おおーーい!」
「行っちゃった・・・でも、いいじゃない。欲しいものは手に入れたんだし」
「か~~、惜しいことしたぜ」
おいしい条件を逃してしまったと舌打ちしたが、とりあえず欲しいものは手に入っただけでもよしとしようと、キタンたちは英子たちが置いていった過去問を手に取りパラパラと捲っていく。
その光景を眺めながら、どこか気まずくなったネギは、少しワザとらしく声を出した。
「あっ、そうだった。僕もまだやることがあるんでした」
「ん? そうなのか?」
「はい。では皆さんは早くお勉強をしてくださいね?」
ネギは笑顔を見せながら、隠しているものを見せずにそのまま走って立ち去った。
「何だ~?」
少し不自然なネギの様子にキタンたちは首をかしげる。
カミナとヨーコは、そのネギの後姿が何か気になりだし、皆でその背中を追いかけた。
「はあ・・・無駄になっちゃったな~」
ネギは結局渡さなかった皆のために作ったものを、職員室の自分の机に置きながら呟いた。
「でも・・・いっか・・・これで皆さんもなんとかなりそうだし・・・」
自分の苦労は全て無駄だった。
「そうだよ・・・別に僕は褒められたかったわけじゃない・・・皆さんに学園祭を楽しんでもらいたかっただけだ・・・それが何とかなりそうなんだから、それでいいじゃないか」
自分自身にそう言い聞かせるネギは、少し瞳が涙ぐんでいた。だが、意地でも泣かない。
だってこれで良かったのだから、泣く必要なんて無いはずである。
「そ、そうだ。帰る前に校舎内を見回りに行かないと。今日は疲れたし僕も早く帰ろう」
ネギは目元をゴシゴシと擦りながら、駆け足で職員室から飛び出した。
その背中はとても寂しそうにも見えた。
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
そんなネギの背中を眺めながら、無人となった職員室にカミナたちは侵入し、ネギの机の上を見た。
「何・・・これ・・・」
机の上にあったソレを見て、ヨーコたちは驚いた。
そこには紙の束が何枚も置いてあり、表紙にはデカデカとこう書かれていた。
「あん? 『これさえやれば大丈夫! 追試突破ネギドリルブレイク?』・・・なんだよこりゃ~」
キタンたちはそれをパラパラ捲っていき驚愕した。
「ちょっ、これ・・・まさか今度の追試の対策用じゃねえのか?」
「おいおい・・・全教科分ちゃんとあるぞ?」
「まさかあのガキ・・・一人でこんなもん作ったのか?」
「それだけじゃねえ。問題と答えだけじゃねえ・・・解説文まで丁寧に書かれている」
「おい・・・担当教科の先公がよく出す問題には二重丸が書かれてるぞ・・・」
「すごい・・・まさかネギ先生が一人で? こんなにたくさん・・・何時間かかったんでしょうか・・・」
急いで作ったのだろう。
手書きで少し荒い部分もある。
大体日本語の読み書きは少し苦手だとも言っていた。ネギは日本人でないのだから当たり前だ。
しかしこのネギドリルからは、そんなことを感じさせない、そんなことを思わせないほどのものを心に感じた。
「あいつ・・・これをさっき俺らに渡そうとしたんじゃねえのか?」
「・・・・・・・・」
ネギの前で自分たちが大はしゃぎしていたことを思い出し、その瞬間罪悪感に駆られた。
「テメエら・・・どうしてえんだ?」
カミナが真面目な顔で、しかもいつも自分で勝手に決めていくカミナが珍しくみなの意見を問うた。
無言になるヨーコ、キタン、ジョーガン、バリンボー、キッド、アイラック、ゾーシイ、キヨウ、キヤルの追試組に、本来関係の無い追試組ではないロシウにキノンもこの状況に何も言えなかった。
「・・・・・・・・・ちっ・・・・」
そしてついにキタンが一番最初に舌打ちして口を開く。
「あ~~~もう、・・・・・・くそっ・・・アーテンやテツカン、バチョーンたちも・・・つうか追試受けるヤツ全員今すぐ集めんぞ!」
キタンの仕方なさとヤケが混ざったその言葉にヨーコたちも苦笑しながら頷いた。
一通り校舎を見回り終わり、ネギはため息をついた。
「はあ・・・もう見回ったし・・・そろそろ帰ろうかな?」
外はもう暗い。早く帰ろうと思ったのに、何故か校舎内をゆっくりと歩いて見回っていたのだ。
一人で校舎をウロウロするのは寂しいが、少し今は一人になりたかったのかもしれない。だから歩く速度も自然と遅かった。
「カミナさんやキタンさんたち大丈夫かな・・・でも、やる気満々だし、そんなに心配すること無いかな。僕が急ぎで作ったものよりずっと確実な過去問が手に入ったんだし、これで皆さんと学園祭を楽しめるな~」
一人だけだというのに、ネギは無理やり明るく振舞った。
無理やり明るい声で、明るい笑顔で笑った。
そうしないと今は駄目な気がしたからだ。
「よしっ、もう帰ろう。おなかも減ったし・・・・・・・・・・あれ?」
その時ネギは気がついた。
帰ろうと思って校舎の中を歩いていたら、生徒たちの騒がしい声が聞こえてきたからだ。
とっくに下校時間は過ぎている。
ネギはおかしいと感じて声の聞こえる方向へと走った。
すると、何十分か前にはちゃんと無人で電気の消えていた教室がの明かりがついていて、中から怒鳴るような声が聞こえた。
「だからこの場合はこちらの公式を使えばいいんです!! いいですか、公式さえ当てはめれば後はただの簡単な掛け算と足し算だけで答えは導き出されるんです! それに先生の解説にもこの問題は毎年よく出ると書いてあるじゃないですか! いい加減覚えてください!」
声が聞こえたのは自分のクラスだった。
ネギがそっと覗き込むと、中でロシウが教壇に立ち、キノンが横で手伝い、カミナやキタンにヨーコたち、さらにはまだ会ったことの無い生徒たちが机に座って頭を抱えていた。
(みなさん・・・どうして・・・・・・・ハッ!?)
その時ネギは気づいた。
カミナたちが手に持っている物は、自分が作り、結局渡せなかった物。
カミナたちはそれと真剣な顔で頭をかきながら睨めっこしていた。
「ど、どうして!?」
「「「「「「「!?」」」」」」」」
思わずネギが教室に入ると、ビックリしたカミナたちに、そしてネギがはじめて会うバチョーンたちを始めとするこれまで不登校だった生徒たちがそこに居た。
「おいおいこいつか・・・俺らが来てねえ間に本当に10歳のガキが教師になってやがったのかよ」
「へっ、だから言ったろ? マジだってな。おまけに麻雀の腕もそこそこだ。今度打ってみるといいぜ?」
バチョーンたちもキタンたちもネギを見て笑い出す。だが、ネギは未だに固まったままだ。
「みなさん・・・どうして・・・それを・・・」
ネギが震える手でそれを指差した。
すると、カミナはニヤリと笑って答えた。
「追試突破・・・ネギドリルブレイクだ!」
「ッ!?」
ネギは信じられないものを見たかのように体を震え上がらせた。
しかしこれは紛れもなく本当だ。
ヨーコたちも照れくさそうに笑っている。
「だから~、先生の言うとおり追試対策してるのよ」
「子供先生もやるじゃない。見直したわ」
「へっ・・・これで追試突破できなかったらキレるけどな。へへへへ」
「しっかし、全教科は広すぎだぜ。覚えることがありすぎじゃねえか」
「気合が問われるわけだが・・・」
「そうだ、気合だ!」
「気合気合気合!!」
ネギは呆然としてしまった。目の前の光景がやはり信じられなかったからだ。
「そ・・・駄目ですよ! ぼ、僕のは急いで作ったから凄い雑ですし、信用性は薄いです! やっぱりウルスラの方々や超さんの持って来てくれた過去問のほうが絶対に信用できます!」
うれしいはずなのに、ネギは慌てて叫ぶ。
だが、そんなネギに向かって教壇に立つロシウが口を挟む。
「ネギ先生!」
「ッ・・・・・・ロシウさん・・・」
「先生・・・仲間を・・・仲間を信じろって言ったのは、ネギ先生ですよね? 先生は、僕たちが先生を信じたらいけないというんですか?」
「・・・・・えっ? ・・・仲間?」
仲間・・・ロシウがハッキリとそう言った。
「ぼ、・・・・僕は・・・」
ネギはうまく呂律が回らなくなってきた。
まばたきすれば、瞳から涙が零れ落ちてしまう。
そんなネギの小さな肩に手を回して、カミナはネギをポンポンと頭を軽く叩きながら笑った。
「俺たちも同じだ。仲間は疑わねえ。だからテメエの作ったネギドリルを俺たちも信じる。だからテメエも俺たちを信じやがれ! 仲間に信じてもらえたら、俺たちは絶対に裏切らねえからよ!」
「うっ・・・ウウ・・・ガ・・・ミナざん・・・・ぐすっ・・・皆さん・・・」
「分かったのか? 分かってねえのか、どっちだ!」
「・・・ぐっ・・・うう・・・・・・・・・・・は・・・はい・・・・」
「聞こえねえよ!!」
ネギは鼻水と涙でグチャグチャになった顔をゴシゴシと拭う。
どれだけ拭っても目から涙は止まらないが、それでも精一杯の笑顔を見せて叫んだ。
「ハイッ!!」
作り笑いではない心からの笑顔をようやくネギは見せて、生徒たちに笑った。
「よーし、そうと決まればテメエも手を貸せ! 物理が終わったら英語だ! 英語はロシウじゃなくてテメエが教えやがれ! アメリカ人なら楽勝だろうが!」
「も・・・もう・・・僕はアメリカ人じゃなくてイギリス人です! でも、そういうことならビシビシ行きます! 朝になろうがとことんやりますからね!」
こうして赤点軍団の大勉強会が夜通しで開かれたのだった。
教室の外では、その光景に笑う大人が二人。
「だから言ったでしょう、心配要らないってねん。高畑先生?」
「ええ。生徒を信じていなかったのは、僕たちのほうでした・・・リーロン校長」
彼らは教室に入らず、心の中でネギと生徒たちに「がんばれ」と呟いたのだった。
次回予告
親睦会、深まるはずが気まずい空気、どいつもこいつもクセがある! そのくせどいつもこいつも良く分からん!
次回ミックス・アップ、第8話! ドリ研だ! 何か文句あんのかよ?