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[24325] ミックス・アップ(ネギま×天元突破グレンラガン紅蓮学園篇)
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/19 17:48
よろしくお願いします。


グレンラガンに天元突破されて投稿しました。こんなのグレラガじゃねえと思われた方は申し訳ありません。

別のサイトでの投稿がメインなため、ペースがまちまちですが、いつの日か魔法世界編までやりたいです。



以下は注意事項になります。


・メインはシモンです。


・特に難しい内容ではなく、気楽な内容です。


・ネギまの誰がメインということは無く、特定のキャラにスポットがずっと当たり続けるわけでもなく、話によって変わります。


・ネギま、グレンラガン、両方の原作、話の流れをまったく知らない人には分からない内容になっています。


・後々シモン視点で物語は進みます。


・天元突破グレンラガンではなく、天元突破グレンラガン紅蓮学園篇とのクロスなため、キャラの性格が違うと感じるかもしれません。


・合体や螺旋力の設定はあまり定まっていないため、チートと感じる場面があるかもしれません。


・半分コメディなので、メチャクチャな話の流れになります。



それでは、よろしくお願いいたします。



[24325] 第1話 登校しやがれ
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/17 00:29
「えええーーーーッ!? 僕が他校で研修ですかッ!?」



それはあまりにも突然のことだった。


「うむ、ネギ君が研修に行っておる間は、タカミチが君のクラスを面倒みる」


淡々とした口調で告げる学園長だが、額に汗をかいている。よっぽど何かがあったのだろう。


「ど、どうして僕が!? 研修って、僕何すればいいんですか!? それにこんな急に!?」


当然ネギはあまりにも突然の辞令で納得できない。

教師としての仕事も慣れ、クラスの人たちとも仲良く、そして楽しく、時には様々な問題も乗り越えてきた。

今のところ波乱万丈でありながら順風満帆に麻帆良女子中での教師生活にも慣れ、父のような魔法使いになるという目標に向けた鍛錬との両立もしている。

それが今になって短期間とはいえ他校に行けというのだ、直ぐに頷きにくい内容だった。


「い、いや・・・のう・・・ちょっと委員会で問題になってのう。いかに学力があるとはいえ、10歳の子供にクラスを任せていいのかどうか・・・確かに君の評判は良いが、身内びいきなのではないかと・・・」


「えっ、今さらですか!?」


学園長の言いにくい理由には、それがあった。いかに天才とはいえ10歳の少年にクラスを任せていいのかということだ。だが、ネギにとってはあまりにも今更すぎる問題ゆえに、思わずツッコミを入れてしまった。


「う、うむ。そこで協議の結果、君には2週間だけじゃが他校で授業をしてもらい、教師としてふさわしいかどうかの評価が下される。ワシも粘ったんじゃが、しばらくは重要な行事も無いので仕方ないと・・・」


「ええっ!? じゃあ、その評価がダメだったら、どうなるんですか!?」


「・・・・・・・・・・・だ、大丈夫じゃ。研修と言っても、普通に英語の授業をしてくれればよい。君は教え方は丁寧じゃから大丈夫じゃ!」


グッと親指を突き立てて断言する学園長だが、明らかに様子が変だ。何か更にまずいことを隠しているような顔だ。


「あの~・・・学園長・・・」


「なんじゃ?」


「何か隠していませんか?」


「ギックーーウ!?」


「ええ!? 何かあるんですか!?」


あまりにも古典的すぎる反応で、不安がさらに深まった。ネギも不安そうに身を乗り出すが、学園長もハッキリとしたことを言わない。


「・・・・研修先は麻帆良敷地内にある高校の一年生クラスじゃ。一応麻帆良敷地内ではあるが、研修中は向こうの寮で生活してもらうのでそのつもりで・・・」


「サラッと流さないでください! って、しかも高校生相手ですか!?」


食いつくネギを、頼むからこれ以上聞くな、さあ行った行った。といった感じで学園長室から追い出す。


「な、なに、大丈夫じゃ! 君なら出来る! たまには、ほれ・・・教師としての経験を積むには良い機会じゃ。あっ、くれぐれも魔法はバレんようにのう。アスナ君や木乃香にはちゃんと伝えておくから、2週間という期間じゃからがんばるように! ホレ、この紙に書いてある学園じゃ。後のことは向こうの人が世話してくれることになっておる」


「ちょちょちょちょーーーッ!!」


「では、グッドラックじゃ!」


爽やかな笑みでネギを学園長室から追い出す学園長。

パタンと部屋の扉を閉めて、静かになった学園長室で深くため息をついて、椅子に腰を下ろした。


「ふい~・・・ネギ君には気の毒な事をしたの~・・・しかし、公平性のために研修先をくじ引きにしたのがまずかったの~」


お茶を啜りながら、不安そうな学園長。


「よりにもよって・・・・・・あそことはのう・・・」


















麻帆良学園都市。


その広大な敷地内には、保育園、初等部から中等部、高等部、さらには大学部まで存在し、それだけに留まらず研究所などの施設まで揃っている。更には学生寮や住宅街、商店街、教会、神社なども集積した世界有数の超巨大な学園都市である。


しかしその広大な学園都市の中で一つだけ、ポツンと端っこの端っこに一つの高校が存在した。


本来、本校へはエスカレーター式の麻帆良学生生活において、あまりにも素行の問題や出来の悪い生徒たちはだけが集められる流刑島のような学校。


その名も・・・・


「ここが・・・麻帆良ダイグレン学園か・・・本校とは別にこんなところにも高校があったなんて・・・」


麻帆良ダイグレン学園。

麻帆良本校の高校にエスカレーターで上がれなかった問題児たちだけが集う学園。

学園都市の豊富な施設などからも遠く、まるでここだけ独立したようにポツンと存在する学園だ。

もっともネギにそんな情報を知っているはずもなく、ネギは今日から短い期間だが務めることになった学園を見上げて呟いていた。


「何だかんだで来ちゃったけど・・・ここが今日から僕が働く所か・・・ど~しよう、アスナさん怒ってないかな~。老子やマスターの修行も休むことになるし・・・」


校門の前で今日から仕事をすることになる、ダイグレン学園を見上げながら、ネギは少し憂鬱そうに溜息をついた。


「それに・・・なんかここ・・・すごい個性的な学校だな・・・校門がスプレーでアートされてるし、・・・ヒビが入ってボロボロだ・・・校舎も・・・」


第一印象からネギは、いきなりこの学園に不安を覚える。

普段自分は、校舎も綺麗で設備も非常に整い、素敵な女性たちで溢れている女子校の担任をしていただけに、校門にいきなりスプレーで「喧嘩上等! 10倍返し!」「俺たちを誰だと思ってやがる! 夜露死苦!」などと落書きされていたら、憂鬱にならない方がおかしい。

むしろ、自分が今までいかに恵まれた環境に居たのかが骨身にしみて分かった。


「はあ~~」


そうやって校門の前で深々と溜息をついていると、校庭を横切って奇妙な口調で誰かが話しかけてきた。


「あら~ん、随分可愛い坊やね~ん! ひょっとしてあなたが噂のネギ君かしら~ん? 話はきいてるわ~ん」


そこには、ネギが生まれて初めて見る性別が居た。


「えっ、え~と・・・そうですけど、あなたは?」


「私はリーロン。ダイグレン学園で一番偉い人よ~ん。それにしても本当に10歳の子供だなんて、う~ん、可愛いわね~ん。食べちゃいたい♪」


ゾゾゾゾゾと全身の鳥肌が立った。

鬼とか悪魔とか真祖の吸血鬼などこれまで見て来たネギだが、たかが数秒会話しただけで、クネクネとするリーロンに恐怖を覚えた。


(な、なんだこの人・・・こ、怖さの・・・種類が違う)


ガタブルしているネギに、余計に上機嫌になるリーロン。

これ以上ここに居たら、何だか本当に食べられてしまうのではないかと、ネギは恐怖に震えた。

しかし、幸運なことにここに来てチャイムが鳴った。


「ちっ・・・あらやだん。もっとお話ししておきたかったのに、無粋な鐘ね。明日から10分遅らせようかしらん」


「え、ええ~~! そんなことしていいんですか!?」


「うふふ、本気にした?」


「・・・うっ・・・」


流し眼でウインクしてくるリーロン。ネギは顔を青ざめさせて本当に帰りたくなった。

すると、チャイムが鳴ったのを合図に、ジャージ姿の一人の教師が走ってやって来た。


「おおーーい、リーロン校長!」


「あらん、ダヤッカ先生」


「まったく、もうチャイム鳴りましたよ。・・・おっと、そちらが今日から研修に来たネギ先生かい?」


「あっ、は・・・はい! ネギ・スプリングフィールドです! 担当教科は英語です。短い間ですが、よろしくお願いします!」


ネギはキリッと礼儀正しく挨拶をしながら、内心ホッとしていた。


(良かった・・・普通の先生が居た)


学校の第一印象に加えて、気味の悪いリーロンに会い、ネギは不安で仕方がなかったが、ダヤッカといういたって普通の教師の存在は、砂漠のオアシスだった。

だが、礼儀正しく挨拶をしたネギに対して、ダヤッカは無言だった。

あれっ? と思い顔を見上げると・・・


「うう・・・・ううううううう」


ダヤッカは泣いていた。


「あの~・・・ダヤッカ先生?」


「い、いや、すまないネギ先生! ちょっと感動してしまって!」


「えっ?」


「最近は10歳の子供でもこんなに良い子が居るだなんて・・・あいつらに見習わせてやりたい!」


「・・・・・・へっ?」


何と、挨拶だけで感動されてしまった。


「ネギ先生。この2週間は大変なことになるかもしれない、だが、いつでも相談してくれたまえ、俺はいつでも君の力になる!」


ゴシゴシと涙を拭いたダヤッカは、ネギの両手を握って力強くそう告げた。

何だかよくわからないが、とにかくダヤッカは変な人ではない。むしろとても親切な人だとネギもうれしくなった。


「はい! よろしくお願いします!」


「あらん、さっそく仲良くなって、妬けるわねん」


力強く返事をしたのだった。


(良かった。最初は不安だったけど、こんな良い先生も居るんだし、きっと大丈夫だ)


最初は少し不安だったが、ダヤッカの存在が気持ちを楽にさせてくれた。

よしっ、自分も頑張ろう。新天地でネギが決意した。

しかし・・・


「ダーリーン!」


「・・・・・・・へっ?」


「キ、キヨウ!?」


一人の女生徒がダヤッカに飛びついた。

金髪でプロポーションの良い生徒が、朝っぱらから教師に抱きついた。


「こ、こらキヨウ。学園では先生だろ」


「も~、あなたってばそういうところは真面目なのね。でも、そんな所が私も好きになったんだけどね♪」


「こ、こら・・・からかうな」


「ふふん、じゃっ私はもう行くから、遅刻扱いにはしないでね♪」


「・・・あっ、こらーーー! それはしっかりと取るぞーー!」


少しデレデレと鼻の下を伸ばしながら怒るダヤッカだが、まったく怖くない。

それにしても生徒にここまで堂々と抱きつかれたり好きだと言われるなど・・・・いや、ネギもそうだった。「ネギくーーん」「ネギせんせーが好きです」と言われたり、あまつさえ仮契約でキスまで済ませたりしている。


「ダヤッカ先生って生徒に人気あるんですね」


ネギがほほえましそうにダヤッカに告げた。

だが・・・



「ううん、違うわよ、ネギ君。キヨウは確かに生徒だけど、実はダヤッカの奥さんでもあるのよん」



「へ~、奥さんですか~だから・・・・・・・・・・・・・・へっ?」



「二人は結婚してるのよん」



サラっとリーロンがとんでもないことを言った。


「さっ、もうすぐホームルームが始まるわん。君のクラスに案内するわねん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


やはり不安になるネギだった。






校舎を外から見て、中を色々と想像できたが予想以上にひどい。

壁の落書きや、穴が開いている壁、ヒビだらけの廊下に壊されている扉など、ボロボロもいいところだった。


「ごめんね~ん、中々予算が回ってこないから修理の費用や設備に回せるお金が無いのよん。まったく、失礼よね。ロボット開発につぎ込むお金があるなら問題児を更生させることにお金を使えっての」


「は、はあ・・・・」


麻帆良学園都市に初めて来たとき、なんて素晴らしい場所なのだとネギは思った。

広大な敷地に活発な生徒。そんな生徒たちが存分に能力を発揮させられるための設備などは完璧と言っても良かった。

しかし、同じ学園都市内だというのに、ここまで差があるのかと思ってしまうオンボロ校舎に、ネギも驚きを隠せなかった。


「さっ、ここがあなたの担当するクラスよん」


「は、はい!」


教室の前に着いた瞬間、ネギは背筋が伸びた。どんな生徒がいるか分からず、若干緊張気味だ。


(どんな人たちだろう・・・そういえばここって共学だから、男子生徒も居るんだ・・・僕初めてだな・・・ちゃんと出来るかな~・・・)


初めての場所、初めての人、初めての経験。ネギは少し緊張したが、直ぐに顔を上げてキリッとした表情をする。


(大丈夫、自信を持って。僕は先生なんだ。やることは変わらない! 元気良く行くんだ!)


リーロンが教室の扉を開けて自分も後に続く。

そして足早に教壇の前に立ち、元気いっぱいの声で挨拶する。



「きょ、今日からこの学園で少しの間ですが、皆さんとお勉強をすることになりましたネギ・スプリングフィールドです! 担当教科は英語です! 短い期間ですがよろしくお願いします!」



言った。少し噛んだが言い切った。

深々と頭を下げて、ネギは最初の挨拶をこなした。

だが・・・


(・・・・・・あれ?)


反応が返ってこなかった。

自分の本来のクラスならばここで大騒ぎになるのだが、ちっとも自分に対して生徒たちが何も言ってこなかった。


(アレ? 僕・・・何か変なこと言っちゃったかな?)


ネギは恐る恐る顔を上げ、クラス全体を見渡した。

そして、あっけに取られた。


「・・・・・・・えっ?」


ネギは自分の目を疑って、ゴシゴシと擦ってもう一度メガネを掛けなおして教室を見渡す。だが、先ほどと何も変わっていなかった。


「あ、・・・・あの~・・・リーロン先生・・・・」


「う~ん、今日は一段と少ないわね~ん」


というか指で数えられる程度しか居なかった。

そう、生徒が少ないのである。

それもただ少ないのではない。圧倒的に少ないのだ。

机の数は麻帆良女子中等部の自分が担当してたクラスと同じぐらいある。にもかかわらず出席者が少ない。

そう、生徒が全然出席していないのである。

これにはネギも驚かざるを得なかった。



「あの~・・・・・・・みなさん風邪ですか?」



恐る恐るネギはリーロンに尋ねる。するとリーロンは驚くどころか、さも当然のように答えた。


「ううん。どーせ遅刻とサボりじゃない? っていうかホームルームなんかに真面目に出席する奴なんて居ないわよん♪ あっ、因みにネギ先生はこのまま一時間目はこのクラスで授業だけど、まあ、こんなに朝早くに来る子なんて全然居ないから、気楽にやっていいわよん」


「えっ、ええええーーッ!?」


やーねーバカねーと言った感じで告げるリーロンだが、ネギにはあまりにも信じられないような光景だった。


「ちょっ・・・ちょっ・・・ええっ!?」


確かに遅刻やサボりは自分のクラスでもあった。

アスナたちと一緒に走って学校に行ったり、授業をサボるエヴァンジェリンなり、それも学園生活の一つだと思っていた。

だが、生徒がここまで居ないなどありえないだろう。


(うそ・・・ど、どうしよう・・・これが学校教育で問題の学級崩壊なのかな・・・、3-Aの人たちは色々と問題起こすけど、みんなちゃんと学校に来てたし・・・うう~~、どうすればいいのかな~)


(あらん、この子・・・おどおどしちゃって・・・マジで可愛いわねん)


(オマケに相談しようにも・・・この人・・・怖いし・・・)


何と研修どころか生徒が居ないなどという展開は、ネギにとっては予想外以外の何物でもなかった。

こんな状態で自分はこの学園で一体何をすればいいのだと、いきなり壁にぶつかってしまった。

しかも相談しようにも、今のところ知っている教師は自分を涎を垂らしながらトロンとした目で見てくるリーロンと、在学生と結婚しているダヤッカ。自分もクラスの女性に告白されたり仮契約上キスしたりしてしまったが、問題のレベルが違いすぎる感覚に襲われていた。


「さっ、後は任せたわよん。また休み時間にね~」


「あっ、あの・・・・・・・行っちゃった・・・・」


さて、どうするべきか。

何十人も入る教室で、朝からいきなりこんな展開が待っているなど、予想外だった。


(ウウ~~、どうしよう・・・)


教壇でネギがず~んと肩を深く落としたその時、一人の男子生徒が手を上げた。


「あ・・・あの~・・・・・」


「は、はい! え~っと・・・あなたは・・・・」


慌てて顔を上げると、手を上げていたのは高校一年にしては少し幼さがあり、まだ中学生といったほうがしっくりくるような少年。

それ以外に特に特徴も無く、特に人をひきつけるような外見でもなく、背も高いわけでもない、ひたすら普通の学生が遠慮がちに手を上げていた。

ネギに問われてその少年は答える。


「あっ、はい。ええ~っと、俺はシモンっていいます。・・・その~・・・先生はどうみても子供にしか見えないんだけど」


その男の名はシモン。気も弱そうで、クラスの窓際の一番後ろから二番目の席に居た。

ただ、シモン自身に特徴も目立つ要素も無いのだが、彼もまた非常に目立った。

いや、そもそも現在クラスに人は少ないのだから目立って当然なのだが、そういう意味ではなかった。

何故ならシモンの隣には、シモンの机と自身の机をピタリと付けて、シモンの腕に抱きついて幸せそうにしている女生徒が居たからだ。

しかも可愛い。

ものすごく可愛い。


(うわ~・・・隣に居る女の人、すごい可愛い人だな~)


普段女生徒に囲まれているネギですら一瞬見とれてしまったぐらいだ。この時ネギは一瞬シモンのことを忘れてしまった。


「あの~・・・・」


「あっ、はい! え~っと、シモンさんですね。そ、そうです。僕はまだ10歳の新米教師です」


「ええーーーっ、10歳!?」


普通はこの時点で学校中が大騒ぎになるほどの反応で、麻帆良女子中等部では赴任初日にクラス中からもみくちゃにされた。

しかし今はそんなことはない。

ほとんどの生徒が登校していない上に、何とかホームルームに出席している数少ない生徒たちも興味なさそうに隣同士でダベッたり、ゲームをしたり、机に突っ伏して爆睡している。

っというか驚いているのはシモンぐらいだった。

すると、驚くシモンの隣で、シモンに抱きついている可愛らしい女生徒が不思議そうに顔を上げた。


「新・・・米? まあ、それは新しいお米のことですか? それはおいしいのですか? シモンも食べてみたいですか?」


「・・・・・・・・えっ?」


ネギの目が点になった。


「ち、違うよニア。新米っていうのは新人のことだよ。つまりあの人は教師になったばかりってことだよ」


「まあ、では私と同じですね。私もシモンの新米妻です!」


そう言って女生徒はまたシモンに抱きついた。


「ちちちち、違うよ! 何言ってるんだよ!」


「ん~~、シモン。さあ、夫婦の愛を確かめる、早朝合体です!」


シモンにキスをねだる様に唇を突き出して、シモンに顔を近づける。シモンは顔を真っ赤にしながら、キスから逃れようと後ろに体を逸らしている。


「ひゅーひゅー、シモン、朝から熱いじゃん! ウチの兄ちゃんと違ってモテるな~」


「ん~、私もダーリンとキスしたくなっちゃった」


先ほどのキヨウという生徒と、もう一人の生徒がシモンと女生徒を冷やかして、シモンがかなり戸惑っている。

対してこの光景を眺めながら、ネギも先ほどの女生徒の発言に目が点になっていた。


「え・・・え~っと・・・妻?」


そう呟いたとき、女生徒はパッとシモンから離れて、ネギに深々と礼儀正しく一礼した。


「あっ、はい。私はニア・テッぺリン。ごきげんよう、ネギ先生。私はシモンの妻です」


「あ、あなたも学生で既に結婚してるんですか!?」


「ちちち、違うよ! ニアが勝手にそう言ってるだけで・・・お、俺とニアは結婚なんてまだ・・・・」


「ふふ、お互い新米同士、これからよろしくお願いします」


くるくると巻いた長い髪に、白い肌、手足は細くしなやかで、とても可愛らしくニアは笑った。

少し普通とは違う世間知らずなお嬢様のような印象を受ける。だが、それでもネギは心のどこかで感動した。

だが・・・


「ん? っていうか何で子供がこの教室にいるんだよ?」


「あっ、そういえば。ね~、その子誰?」


「へっ?」


先ほどシモンを冷やかした生徒たちが教壇に居るネギを見て不思議そうに首をかしげた。


「えっ、で、ですから先ほど自己紹介を・・・・」


「あっ、ごめ~ん。教室入ったら私たちたいてい黒板とか教師とか見たりしないから、気づかなかったわ。それで、坊やはどうしてここに居るの? 迷子?」


「え・・・・えええ~~~!?」


ネギが教室に入ってから今に至るまでの話をまったく聞いていなかった。

というか眼中に無かった。

もはや麻帆良ダイグレン学園恐るべしと、ネギは再び不安に襲われた。そして、泣きそうになってしまった。

そんなおどおどしているネギを見かねて、一人の男が立ち上がった。


「やめたまえ。挨拶をされたのに、聞いていないなんて無礼にもほどがあります」


キリっとした瞳にオールバック、衣服の乱れている生徒たちの中で唯一しっかりとした制服を着用して身だしなみも整っている生徒が立ち上がった。


「あ~あ、これだからロシウは頭がかて~んだよ。いくら風紀委員だからってさ~」


「キヤル! いい加減にしないか、兄妹そろってクラスを乱すな!」


「ちぇ、は~い」


ネギはこの時、奇跡を見た。

このような場所にこれ程真面目な優等生が存在するなど、むしろ天の救いだった。


「お恥ずかしいところをお見せしましたネギ先生。さて、先ほどのシモンさんの質問ですが、先生は10歳と・・・先生の学力がどれほどかは知りませんが、まあ、この学園の偏差値を考えれば特に問題は無いでしょう。自分の名前を書けさえすれば受かる所ですから・・・」


「へん、よく言うよ! お前だってここに居るじゃんか!」


「僕は進学試験で体調を壊しただけです! 編入試験の時期になれば直ぐにでもここを出ます!」


何やら色々とこのロシウという男は不幸と悩みに日々頭を抱えているのだろう。まだ高校生だというのに、少しオデコが広い。

だが、それでも真面目な生徒が居てくれることはうれしいことだ。

だからネギも問われた事にはちゃんと答える。


「はい、では僕がまずここに来た経緯からお話します。それは・・・・・・」


ネギは自分のこれまでの事を話そうとする。

この時ばかりは、数人の生徒たちも教壇のネギに目を向けて、10歳の少年の事情を聞くことにした。

だがその時・・・・




「うおりゃああ! 燃える太陽天まで登りゃあ、起きた気持ちも天目指す! カミナ様、ただいま登校だ!!」




教室の後ろのドアが蹴破られた。


(う、うわ~~~ん・・・また変な人が来たよ~~~)


その男、肌の上から直接に長ランを纏い、V字型のサングラスを掛け、いかにも男臭い男臭が漂う男。


「おう、シモン! 朝から男をしてるじゃねえか!」


ニアにベタベタ抱きつかれているシモンに、親指をグッと突き立てて、その男は笑った。


「アニキーーッ、何でいつもいつも普通に入って来ないんだよー! 何回ドアを壊せばいいんだよ~」


「馬鹿やろう! 男の前に扉があったら何をする? ノックか? 恐る恐る開けるか? 違うだろ、扉ががあったらまずはぶち破る! それが俺たちのやり方だろうが、兄弟!」


「手で開けろってことだよーー!」


シモンがアニキと呼ぶカミナという名の生徒。

遅刻していることなど微塵も気にするどころか、ドアをぶち壊した。再びネギの涙腺に涙が溜まった。

そして・・・


「あ~~あもう、うるさーーーい! 人が寝てるのに、いつもいつもうるさいのよ、カミナ! ここんとこ、ずっと私は部活の助っ人で疲れてるんだから、静かにしなさいよね!」


今度は今までずっと寝ていた女生徒が起きて、いきなりカミナに怒鳴り散らした。


「おうおう、これだからデカ尻女はよ~。デカイのはケツと胸だけで心は小せえな、ヨーコ」


「だ、誰が! 大体あんたといい、キタンといい、留年ばっかしないでさっさと卒業しなさいよね! っていうか進級ぐらいしなさいよね! 弟分とか妹と同じ学年で同じクラスとか、シャレにならないわよ!」


「か~、細かいこと気にしやがって、・・・それがどうした! 俺を誰だと思ってやがる!」


女性の名はヨーコ。赤い髪に鋭い瞳、大人びたプロポーションでありながら、美しさと少し幼さを感じさせる女だった。


「もう、アニキさんもヨーコさんも喧嘩はやめてください。今、新米先生の挨拶ですよ?」


ギャーギャー口論をするカミナとヨーコの間に、ニアが仲裁に入った。


「も~、ニアもこいつを甘やかしたらダメよ。直ぐ調子に乗るんだから。幼馴染の私が言うんだから、絶対よ。だからあんたも甘やかさないの。でないと、あんたのシモンもこいつに巻き込まれてとんでもないことになるわよ?」


「ったく、ヨーコはニアと違って男ってものを分かってねえ。ッてそうだ、ニアで思い出した。シモン、今朝テッぺリン学院の番長四天王のチミルフが麻帆良に乗り込んで喧嘩ふっかけて来やがった。手を貸せシモン!」


「えええ!? 無茶だよアニキーーーッ!」


「バカ野郎! テメエは自分を誰だと思ってやがる! 今はキタンたちがやってるが、かなり奴らも手ごわい! 加勢に行くぞ! ニア、シモンは借りていくぞ!」


遅刻に器物破損に違反制服の次は、早退に喧嘩。校則違反のオンパレードだった。


「冗談じゃないわよ! シモンの幼馴染として、そんなことは絶対にさせないわ!」


シモンを引っ張って無理やり連れ出そうとするカミナからシモンを引き離し、ヨーコはその豊満な胸の中にシモンを抱き寄せた。


「ヨヨ、ヨーコ!? むご・・・ごもごもごも」


「シモンのお父さんに頼まれてるんだから! シモンを喧嘩とかそんな危ない目には合わせないわ!」


「か~、これだから。テメエはシモンのことをな~んにも分かっちゃいねえ。男には引くに引けねえときがあるんだよ! 敵はテッペリン学院だ。あの理事長のハゲ親父の命令でニアを取り戻しに来たんだ! ニアを守るための戦い、シモンがやらねえで誰がやる!」


「そんなのあんたたちで勝手にやってなさいよ! 敵が来たら、シモンもニアも私が守るわ! 大体学園敷地内で喧嘩したら、また高畑に怒られるわよ!」


「む~~、もごもごもご!?」


シモンを胸にうずめてヨーコは放さず、カミナと口論の真っ最中だ。シモンはヨーコの胸の中で呼吸が出来ずに苦しそうだ。

キヤルやキヨウはヨーコとカミナの喧嘩を「夫婦喧嘩か?」と言ってからかう始末。

しかしその時だった。


「・・・・・・・・・・・ヨーコ・・・」


「へっ? って・・・・わあっ!?」


冷たく抑揚の無い声が教室に響き、ヨーコに手刀が襲った。

ヨーコは抜群の反射神経で回避するが、「しまった・・・」といった表情で舌打ちした。

そしてネギは目を見開いた。

何故ならたった今ヨーコに手刀を繰り出した冷たい声の主は、なんとニアだったからだ。


「ヨーコ・・・シモンを抱きしめて・・・・・・あなたは何を?」


「ち、違うのよ! 誤解しないで! そういうのじゃないんだから!」


「ヨーコ・・・シモンに手を出すということは・・・・・・・絶対的絶望を与えられたいということですか?」


「だからそんなんじゃないんだってばーーッ!?」


ニアは先ほどとは180度変わり、まるで冷徹な感情の無い人形のような表情でヨーコを睨み、ヨーコはニアに対して慌てて弁明しているようだった。


「あの・・・ロシウさん? ニアさんはどうしてしまったんですか?」


教室の騒乱に、「もう嫌だ・・・」と頭を抱えて俯いていたロシウに小声で尋ねてみた。


「えっ? ・・・ああ・・・あれですか」


ロシウは後ろを見て、無表情な顔でヨーコに迫るニアを見て、ため息をつきながら答えた。


「あれは黒ニアさんです」


「・・・・・黒ニアさん?」


意味が分からなかった。


「はい・・・彼女は幼いときから親に溺愛され、窮屈な暮らしを強いられ、いつしかもう一つの顔が生まれました。要するに二重人格なんです」


「えっ!?」


「共通しているのは、どちらもシモンさんが大好きと言うことです」


普通は10歳児の教師ということで、これまではむしろネギが驚かせる側だった。

しかしネギはまだ数十分程度しかこの学園に来ていないのに、驚かされてばかりだった。

ネギが次々と明かされる問題に頭を抱えていると、黒ニアはシモンの手を引いて教室を出る。


「さあ、行きましょう、シモン。お父様にはそろそろ分かってもらう必要があります。私はここにいて良いのだと・・・」


「ちょちょちょ、黒ニアーーッ! 俺は真面目に授業受けて留年もしないで卒業したいんだよーーッ!」


「それは無理です。さあ、行きましょう、シモン。カミナも」


「おお、俺たちの熱い友情と愛の絆を見せてやろうじゃねえか!」


「ああ~~もう、分かったわよ、私も行くわよ! その代わりチミルフ倒したらさっさと帰るわよ!」


ニア、シモン、カミナ、そしてヨーコが退室してしまった。


「なあなあ、俺たちも行かね? 兄ちゃんたちも居るみたいだしよ~」


「そうね~、今日はダーリンの授業もないし、お兄ちゃんたちの加勢に行こうか」


「よっしゃあ、そうと決まれば、キノン! お前も乙女ゲームばっかやってないで、さっさと行くぞ!」


「えっ・・・へっ!? 私も!?」


キヤルにキヨウ、そして机に向かってこの騒ぎの中でも集中してゲームをしていたキノンと呼ばれる生徒まで手を引かれて退室した。


「ま、待ちなさい! 喧嘩のために早退など許しませんよ! って・・・・くそっ、何故喧嘩など・・・何故楽な道を行く。あなたたちは何も分かっていない」


そして最後にポツンと教室に一人取り残されたロシウは・・・・


「ネギ先生、必ず僕が皆を連れ戻してきます! これだからいつもいつも本校の人たちからダイグレン学園は白い目で見られるんだ・・・・・・」


ぶつくさ言いながら、ロシウは皆を止めるために教室から飛び出していった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



そして最後に教室に残ったのは、教壇に立つ10歳の少年。


「皆・・・居なくなっちゃった・・・・・・」


あれだけ騒がしかった教室が、無人のために静まり返って、独り言の自分の言葉が良く響いた。


「今日来てなかった人たちも・・・・・あんな人たちばかりなのかな・・・・・」


研修初日、クラスの生徒の出席者ゼロというとてつもない経験をネギはしてしまった。


「うっ・・・・・・・うううううう・・・・・・・・」


真祖の吸血鬼や、伝説の鬼神やら、様々な怪物とも戦ってきたネギだが・・・



「うわああああああん、帰りたいよおおおおおお!! もう、嫌だよおおおお!!」



誰も居ない教室で、子供らしく泣きじゃくってしまった。



「こ、・・・ここで、2週間も!? 無理だよーーッ! それに評価がダメだったら、僕ってクビになるんじゃ・・・・それなのに初日にこれだなんて・・・うわああああああん、お姉ちゃーーーん、アスナさーーーん!!」



無理だ。

こんなとんでもないところで2週間もなんてとても無理だ。

しかも学園長はハッキリとは言わなかったが、ここで教師としての評価がダメだったら、自分は教師をやめなくてはいけないかもしれない。そう思うと、再び涙が溢れ出した。

教師生活生まれて初めて味わう学級崩壊。

ネギは今、教師としての壁にぶつかるのだった。


「うう・・・でも・・・泣いてちゃダメだ・・・僕は先生なんだから・・・」


鼻水と涙を拭きながら、ネギはなんとか心を持ち直す。


「よ・・・よ~し、とにかく喧嘩なんて絶対ダメだ! みんなを・・・みんなを連れ戻しに行こう!」


少年は涙で瞳を腫らしながら、ダイグレン学園に来てから一時間もしないうちに校舎から飛び出して走った。






後書き

初めまして。思いついたら書いていました。特に細かい設定の無いほのぼの学生生活を書きたいと思います。



[24325] 第2話 男の浪漫
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/15 19:57
麻帆良学園中央駅。

小・中・高・大・全ての学生たちが使用するこの駅では、毎朝多くの生徒たちが遅刻と戦い駆け抜ける。

バイクが、自転車が、スケート靴や路面電車に至るまで広々とした学園までの通路には、毎朝数え切れないほどの人数の生徒たちで溢れている。

だが、今この場に登校している生徒はいない。だって、普通は今授業中だからだ。

しかし、登校している生徒はいないが喧嘩をしている生徒たちが居る。

異なる制服の男たちが、麻帆良学園中央駅前で大乱闘を繰り広げているのだった。


「おらァ! ダイグレン学園を舐めんじゃねえ!」


大乱闘の中央では髪の逆立った男が、群がる敵を殴り倒して吠えていた。


「チミルフさん。キタンの奴がヤベえです!」


「おのれキタン・・・流石はカミナに次いでダイグレン学園NO2といったところか・・・」


殴られた頬を押さえながら、雑兵不良の一人が、巨漢な男に嘆いている。

巨漢の男の名はチミルフ。ダイグレン学園と喧嘩中のテッペリン学院の番長四天王と呼ばれる者の一人だ。


「ふっ、帰って理事長に伝えるんだな」


「ニアちゃんは自分の意思で俺たちと一緒に居るってよ」


キタンに続いて、ダイグレン学園の生徒たちが次々と敵を蹴散らしていく。


「ぬう、アイラック・・・キッド・・・つむじ風ブラザーズか」


髪をかき上げてキメるアイラック、そして倒した敵の上に座り込んで睨むキッド。

さらに・・・


「おう、そうだそうだ!」


「渡さん! 渡さん! 渡さん!」


別の場所では地団駄をしながら相手に脅しかける双子が居る。


「ぬう、ジョーガン・・・バリンボーか・・・」


「チミルフさーーん・・・ゴふっ!?」


「どうしたァ!?」


今度は別の場所から助けを求める声がして、振り返るとそこにはテッペリン学院の不良たちの屍の山の上でタバコを吸う男がニヤリと笑っていた。


「へっ、じゃねえとどこまでもやるぞ?」


引き連れてきた舎弟は30人ほど。しかしその全てが僅か6人の不良に全滅した。


「ぬう・・・ゾーシイ・・・流石はカミナがおらんとはいえ、ダイグレン学園の猛者たちではないか」


だが、舎弟たちがやられたことに臆するどころか、チミルフは学ランを脱いで、指の関節を鳴らしながらニヤリと笑う。


「この怒涛のチミルフ様が直々に・・・・」


筋肉隆々のとんでもないガタイだ。見るからにパワーが圧倒的だと分かる。

30人の不良を蹴散らしたものの、相手の格は桁違いだとキタンたちも頬に汗をかく。

だが、ビビッて逃げ出すことは不良の世界においてはタブー。

6人のダイグレン学園の不良たちはおもしれえじゃねえか、ようやくウォーミングアップが終わったとやる気十分だった。

しかし・・・



「俺を誰だと思ってやがるんだキーーーック!!」



「ぶほっ!?」



やる気満々の両者の横から颯爽と現われた男の飛び蹴りを喰らって、チミルフはぶっとばされた。



「「「「「「カミナ!?」」」」」」



「おう! 麻帆良ダイグレン学園の鬼番長、カミナ様だ!!」



指を天に向かって指し示し、名乗りを上げるカミナ。


「おのれカミナ~・・・ついに来おったか!」


カミナに蹴り飛ばされて、打ちつけた腰と蹴られた場所を押さえながら、チミルフは立ち上がってカミナを睨む。


「へっ、テメエらこそノコノコとこんな所まで来やがって! 10倍返しにしてやらァ!」


颯爽と登場し、威風堂々とするカミナ。


「よう、カミナ。遅えじゃねえか」


「おう、ヨーコたちがうるさくてな」


カミナの登場にキタンたちは笑った。さあ、かかってきやがれとカミナたちが構える。

しかし今度は・・・



「卑怯な真似はさせんぞ、ハダカザルどもが!」



現われたカミナを後ろから一人の男が襲い掛かった。


「ッ、テメエは!?」


「オオ、ヴィラルではないか!!」


「遅くなりました、チミルフ番長!」


今度は敵の援軍だ。

すばやい動きでカミナを襲ったのはヴィラルという名の男。そしてそのヴィラルの後ろからゾロゾロと強そうな奴らが現れた。



「ふん、ヴィラルだけではない。チミルフよ、てこずっているようだな」



「情けないね~、こんなバカ共に」



「グワハハハハ、さっさとケリをつけようではないか」



鳥の翼をモチーフにしたド派手な服を着た男、眼帯のロングスカートのスケ番、煙管を吹かした小柄な男。


「おお、シトマンドラ! アディーネ! グアーム! なんじゃ、全員来たのか!」


「おうおう、ぞろぞろと来やがって!」


「ヤベえぞカミナ。番長四天王にヴィラルまで来やがった!」


「けっ、上等だ! 俺を誰だと思ってやがる!」


この場に両の足で立っているのは、互いに学校を代表する喧嘩の腕前を持つ不良。

正にこれは学校の看板をも背負った喧嘩へと発展しようとしていた。



「ふん、面白いではないか。麻帆良のハダカザルごときが我らに敵う道理など無い。我らの恐ろしさ、毛穴の奥まで思い知るがいい!!」



総力戦だ。

不良たちは上等だとぶつかり合おうとした。

しかしその時・・・



「どいてくださーーーーい」



「ん? べふうっ!?」



走ってきた男女にヴィラル轢かれてしまった。


「ヴィ、ヴィラルーーッ!? ・・・って、きさ・・・あなた様は!?」


「へっ、ようやくお出ましかい!」


「おう、ようやく来たかお前ら!」


「ニアちゃん、待ってたぜ!」


全速力で駆け抜けてヴィラルをはね飛ばしたのはニアと、ニアに手を引かれてゼェゼェと肩で息をするシモンだった。


「くっ・・・ニア様! お迎えに上がりました。さあ、我らと帰りましょう。理事長がお待ちですぞ」


ニアが現われた瞬間、番長四天王の四人は肩膝をついて頭を下げる。しかしニアは、胸を張って四人に向かって指を指した。



「いいえ、私は帰りません! 私は妻として、シモンとずっと一緒に居るのです! そしてダイグレン学園の皆さんと一緒に卒業するのです!」



「「「「「「よっしゃあああああああ!!」」」」」」



どーんと大きな効果音がした気がした。

堂々と四天王に告げるニアに、ダイグレン学園の不良たちは雄叫びを上げて同調した。



「「「「な、なにいいい!? やはり、その小僧の所為かァ!!」」」」



「はあ、はあ、はあ・・・・・・えっ?」



番長四天王の矛先はシモンに向いた。

全速力で走って疲れたシモンは、何も聞いていなかったが、とにかく敵がこっちを見て睨んでいるのは分かった。


「このクソガキがァ! ニア様を誑かせてるんじゃないよォ!」


「へ? えっ? って、きたあああああああ、なんでえええ!?」


番長四天王の一人、アディーネが鞭を出してシモンに襲い掛かってきた。


(何でいつもこうなるんだよ!? やっぱり俺は不幸だ~~!? は、早く逃げなきゃ・・・でも・・・ニアが)


敵が襲い掛かってきているというのに、ニアは反応が遅く首をかしげた状態で止まっている。

慌ててニアの手を引っ張りながら逃げようとするシモンだが、ニアを抱えて逃げる力はシモンに無い。

そこでシモンはニアを庇うように立つ。


「くっ、ニア、に・・・にに・・・逃げて!」


シモンは足腰を恐怖でプルプルと震わせながら、アディーネの前に立つ。


「シモン!」


「「「「「「シモンッ!?」」」」」」


ニアは驚いたようにシモンの名を叫び、不良たちは慌ててシモンを助けようとするが、アディーネのほうが早い。


「シモン、危ないです!」


「ニ、ニアは早く逃げて!」


「シモン!?」


「ニニ、ニアは・・・お、俺が守る!!」


だが、シモンは逃げない、引かない、見捨てない。体を張ってニアを守る。


「ウゼーんだよ! ボッコボコにしてやんよ、小僧!!」


アディーネの鞭がシモンを打ちつけようとした。

しかしその時、アディーネの鞭が突如割って入った薙刀に巻きついた。



「ッ!? テメエは・・・」



「良くやったわ、シモン! アンタ男じゃない!」



「ヨヨ・・・ヨーコ!」



「シモンとニアを傷つける奴は、この私が許さないわ!!」



シモンのピンチにヨーコが助けに入った。


「兄ちゃーーん、助けに来たぜ!」


「面白そうだから見に来たよ!」


「何で私まで~~」


「おう、愛する妹たちじゃねえか!」


おまけにキヤルにキヨウにキノンまで現われた。敵は手強いが、数の上では圧倒的に有利になった。


「ふわあ~~、助かった~~」


助かったことに安堵し、シモンそのままヘナヘナと地面に腰を抜かしてしまった。


「シモン・・・私を庇って・・・」


「は、はは・・・ニア・・・怪我無い?」


「シモーーーン!」


「うわァ、ニア!? み、皆見てるから抱きつかないでくれよ!」


「シモンは・・・シモンはやはり私の運命の人です!」


腰を抜かしたシモンだが、ヨーコはそんなシモンに対してウインクをして親指を突きたてた。


「後は任せて存分にイチャついてなさい! あの時代遅れのヤンキー女は、私が相手をするわ!」


「なっ、誰が時代遅れだ、この脳みそ筋肉が!!」


ヨーコに怒りを燃やしたアディーネは標的をヨーコに変えて武器である鞭を容赦なく振る。一方でヨーコは自身の武器である薙刀で応戦していく。


「アディーネ!? バカめ・・・我々の目的はニア様の奪還だというのに・・・」


「おっと、シモンとニアの邪魔はさせねえぜ?」


「こっから先は、俺らをぶっ倒してから行くんだな。俺たちダイグレン学園をな!」


「へっ、シモンがあれだけやったんだ。俺たちが引き下がるわけにはいかねえんだよ」


「ぬう、・・・邪魔をしおって・・・ワシら番長四天王を怒らせるか!?」


友の下へはたどり着かせない。立ちはだかるダイグレン学園に番長四天王たちは舌打ちする。

だが、番長四天王とて喧嘩上等の看板を常に背負って戦っている。

面白いじゃないか。

やってやろうじゃねえか。

両校が意地と意地をぶつけあって殴りかかろうとした。

だが、その時。




「喧嘩はやめてくださーーーーーーい!!」




「「「「「「ッ!?」」」」」」




一人の少年の制止する声が響いた。

ピタリと喧嘩が止み、声のした方向へ向くと、一人の少年が涙目になりながら叫んでいた。



「今は授業中なはずですよ! そ、そこの他校のあなたたちもこんなことをしてはいけません! ぼ、僕怒りますよ! ほ、本当に怒りますよーー!」



「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」



ネギの涙の叫び。

生徒のために涙を流してでも叱るネギ。

不良たちは喧嘩の手をピタリと止めた。

しかし数秒後・・・



「「「「「「「「「「知ったことかアアアアア!!」」」」」」」」」」



「ええっ!? しかも両校全員揃ってですかァ!?」



ただ、子供が叫んでいたということで数秒気を取られただけで、不良たちは敵も味方も同じ言葉を同じ瞬間に叫んで再び殴り合い、ネギを無視した。

そもそもネギが教師だなどと、数人しか知らなかった。



「みなさん、本当に喧嘩はやめてください! 喧嘩はいけません! 学校側からペナルティを受けますよ!」



「「「「「「「「「「処分が怖くて不良が出来るかァ!!」」」」」」」」」」



「何で全員息がピッタリなんですか!? あなたたち本当は仲が良いんじゃないですか!?」



人に言われたことが出来ない。


「アディーネ・・・シモンを傷つけようとしました・・・許せません・・・私が・・・滅ぼします」


「って、ニアさんまで!? 黒ニアさんのほうですね!? お願いですから待ってください!」


「さあ、シモン。合体です」


「えええーーッ!? 俺も戦うのーーッ!? 無理だよーーーッ!」


「だから喧嘩はやめてくださいってばァ!!」


当たり前のことが出来ない。

言われたら余計に抗いたくなる、それが不良。


「うう~・・・誰も言うこと聞いてくれないよ~。不良って怖いよ~・・・3-Aの人たちは本当にいい子ばかりだったんだな~」


ネギは再び自信を喪失して打ちひしがれてしまった。

そんなネギの肩をポンポンと叩き、親指突き上げてニヤッと笑う男が居た。


「ボウズ。上を向け!」


「ウウ~~、カミナさん・・・」


「テメエが誰かは知らねえが、さっきから何を言ってやがる。こいつは喧嘩じゃねえ!」


「・・・・・・・・・えっ?」


・・・・・・・?

カミナの言葉に一瞬目が点になったが、直ぐにハッとなった。


「どう見ても喧嘩じゃないですか!?」


「喧嘩じゃねえって言ってんだろ! こいつは男と女がテメエの愛を貫くための信念の戦い! そして俺たちは、ダチを・・・仲間を守るために戦ってる! 言ってみりゃあ、大喧嘩よ!」


「大喧嘩!? ・・・・・・? ・・・って、やっぱり喧嘩じゃないですかーーーッ!?」


ネギはうぬぼれでは無いが自分の知能レベルはそれなりには高いと思っていた。

魔法学校でも首席で卒業し、大学卒業レベルの学力もある。

周りからは少し恥ずかしいが天才少年などと呼ばれていた。

だが、そんな自分だが分からない。


「ダメだーー、言ってる意味がさっぱり分からないよーーーッ!?」


「頭で分かろうとするんじゃねえ! 感じるんだよ!」


「余計分かりませんよーーーッ!?」


不良がどうとか、問題児がどうとか以前に、会話がまったく成立しない。

自分の短い人生ながらも濃密に過ごしてきたこれまでの経験が何一つ活かされない。

そうなっては、ただの10歳児のネギにはどうすることもできず、頭を抱えてただ叫んでいた。


「ったく~、ボウズ、お前はまだ男ってもんを分かってねえな」


「ウウ~~、分かりませんよ~。僕は今まで女子校で働いていましたから~~~」


落ち込むネギをカミナは仕方が無いという表情で頭をポリポリかく。


「仕方ね~な、俺がお前に男の浪漫ってものを教えてやる。例えばだ・・・アレを見ろ!」


そうしてカミナが指差した先には、ヨーコとアディーネが派手な動きを見せながら激しい喧嘩をしていた。


「・・・あれが・・・どうしたんですか?」


「まあ、見てろ! おっ、もう直ぐだ・・・もう少し・・・」


カミナはネギの身長に合わせて中腰になりながら、サングラスの奥の瞳を細めて、ヨーコとアディーネの戦いの、主に両者の下半身に意識を集中させる。

そして目が見開いた。



「ここだ!」



「・・・えっ?」



「カミナーーー! 何を余所見しておる! 覚悟ーーッ!」



「馬鹿やろうチミルフ! テメエもアレを見ろ!」



「むっ・・・・オオオオオオ!?」



その瞬間、争っていた男たちの手は止まり、全員がヨーコの下半身に目を光らせる。

激しい戦闘とアクションにより、風でめくれるヨーコのスカート。



「「「「「「「「「オオオオオオオオッ!?」」」」」」」」」」



この瞬間、喧嘩していた男たちは心を一つにして、確かにその目で見た!



「そう、これぞ男の浪漫! あ、男の浪漫! その名も・・・」



ヨーコがスカートの下にはいている・・・



スパッツを・・・



「「「「「「「「「「歯ァ食いしばれええええええ!!」」」」」」」」」」



男たちは涙を流しながら激昂した。


「なな・・・何よ・・・」


ヨーコも驚いて振り返ってきた。


「やいヨーコ! テメエには失望した! スカートの下にスパッツとは、テメエは何も分かっちゃいねえ!」


「所詮はダイグレン学園か・・・がっかりじゃよ、ヨーコよ!」


「浪漫を知らねえ!」


「女の戦いのパンチラはお約束だろうがァ!」


そこに敵も味方も無かった。あるのは男という悲しい種族。


「うっさいわよバカども! 何で私があんたたちにパンツ見せなきゃいけないのよ!!」


「うっせえ! パンツじゃねえ、へそも見せねえ、露出がねえ、ねえねえづくしのテメエにはがっかりだぜ!」


激しいブーイングにヨーコもブチ切れ男たちに襲いかかろうとする。



「あの~・・・それで・・・結局男というのはなんなんですか?」



再び忘れられたネギだった。



「取り込み中申し訳ありません。ヨーコが戦わないのでしたら、アディーネは私とシモンが戦います」



「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」



ギャーギャー味方同士で揉めているヨーコ達に溜息をつきながら、黒ニアモードのニアが、逃げようとするシモンを無理やり引きずりながら呟いた。


「ちょっ、黒ニア!?」


「彼女はシモンを傷つけようとしました。ですから私がここで終わらせます」


「俺は無理だよォォ!?」


黒ニアはシモンの懇願を無視して冷たい瞳で相手を射抜く。

その殺気にアディーネも少々顔が引きつった。


「・・・へっ・・・箱入りお嬢様が言ってくれるじゃねえか! だが、私を倒そうなんて自惚れもいいところなんだよ!」


「ま、待つのじゃアディーネ!」


「理事長には連れて帰って来いって言われただけで、無傷でとは言われてない。だったら多少手荒なまねをさせてもらうよ!」


アディーネは黒ニアの態度にイライラし、我慢できずに武器を手に取り襲いかかってくる。

対して黒ニアは冷静にシモンの手を握り、シモンを起こす。


「さあ、シモン、合体です」


「うわあああ、何でいつもこうなんだよー!?」


シモンの手を握り、そしてシモンの手を引いて走り出した黒ニア。そのスピードは意外とあった。


「は、速い!?」


「おう、あれがシモンの力よ。シモンは誰かと触れ合っている間だけ、二人とも力が増すんだ」


「ええ、手をつなぐだけで!?」


「俺たちはあれを、『合体』と呼んでいる」


一瞬喧嘩を忘れてネギも素直に驚いた。

手をつないで走る二人のスピード、不良に負けぬパワー。


「ちっ、チョコマカと・・・」


「シモン、頭を下げて」


「ひ、ひい!?」


シモンを殴ろうと拳を振り抜いたが、シモンが頭を下げ、その後ろからニアがハイキックを叩きこむ。

たった一撃でアディーネの体が揺らいだ。


「すごい・・・コンビネーションも・・・それに黒ニアさんの運動神経もすごい! まるでアスナさんみたいだ!」


「まあね。あの子は幼いころから色々な武道やスポーツの英才教育を受けてたし、そう簡単には負けないわよ」


魔法や気を使っているわけでもなく、素の力だけでも相当のものだった。

おまけにシモンと手をつないでいることがまったく枷になっておらず、シモンに指示を出して、時には守りながら黒ニアはアディーネを圧倒する。


「・・・どういうことだ・・・」


そのときカミナが呟いた。


「ああ・・・凄すぎるぜ」


「信じられん」


「一体どうやればあんなことが出来るんだ?」


カミナに続いてキタンやチミルフ達も驚いている。

いくら友人とはいえ、すごいことはすごいのだろう。ネギも素直に同意した。

そうだ、ニアの細腕や小さな体から繰り出す力は、目を見張るものがある。

この学園には、まだまだ強い人がたくさん居るのだなとネギが少し関心していると・・・




「「「「「「なんで・・・なんであんなに飛び跳ねてるのに、黒ニアちゃんのパンツが見えないんだ?」」」」」」




「すごいって、そっちですか!?」




「何故じゃ・・・ニア様の下穿きが見えん」




「おなたもですかッ!?」




台無しだった。男たちはひらひらとしている、少々短い黒ニアの制服のスカートに目を充血させて集中していたのだった。


「っていうか皆さんさっきからそれに集中してたんですか? 少しそこから離れましょう! 大体女性に対して失礼ですよ!」


「うるせえ! 男の浪漫が分からねえガキは黙ってろ!」


ネギは普段麻帆良女子中にて、パンチラは日常茶飯事。お風呂に一緒に入ったり一緒に寝たり、日々女性に囲まれてモミクチャにされている。

それがネギにとっては日常と化し、カミナ達の浪漫が少しわからなかった。


「あっ、でもシモンは顔真っ赤にして目を逸らしてるわよ?」


「なにッ!? じゃあ、シモンにだけは黒ニアちゃんのパンツが見えてるのか!?」


「ばかな・・・どうしてだ?」


「いえ、皆さん。そんなことを真剣になられても・・・」


すると、男たちの心を揺さぶる世紀の大疑問に対し、黒ニアは静かに答えた。




「ならば教えましょう。これが私の必殺技・・・・・・確率変動パンチラです」





「「「「「「か、確率変動パンチラ!?」」」」」」




銀河にビッグバンが起こったような衝撃が男たちに駆け巡った。



「本来はものすごく見えてしまう状況だったとしても、下着が見える確率を無効化します。ただし・・・シモンだけは特別です。これによりシモン以外に私の下着は見えません」



「「「「「「「な、なんだってええええええええ!?」」」」」」」



何だかよくわからんが凄い能力らしい。


「じゃあ、俺たちは何があっても見れないのか!?」


「その通りです。あなた方が私の下着を見る可能性は・・・ほぼゼロに近い」


不良たちはショックでうな垂れ、ネギも真剣な顔でぶつぶつ言っている。


「凄い・・・確率なんてもはや神の領域・・・それを操るっていうんですか? 魔法でもないのにこの力は一体・・・」


一見アホみたいな能力のようで、どうやらネギは奇跡の能力を目の当たりにしたようだ。

人知を超えた力を可能にする魔法を上回るかも知れぬ能力に、気を取られてしまった。


「って、そうじゃない! 喧嘩を止めなきゃダメなんだ!?」


何だか話を常にそらされてばかりだ。正直何度も心が折れそうになる。

だがそれでもネギは一度へこたれても直ぐに立ち上がる。


「諦めちゃダメだ! だって僕は・・・先生なんだから!!」


ネギは走り出した。


「ん? ちょっ、坊や!?」


「バ、バカ野郎! 危ねえぞ!」


交錯しようとする黒ニアの右ハイキックとアディーネの拳。

二人は相手に夢中になっているためにネギに気づいていない。ゆえにヨーコ達が叫ぶが、二人の蹴りと拳は止まらず、ネギはその間に割って入った。


「ちょちょちょ、黒ニアーーーーッ!?」


「ッ!?」


シモンがネギに気づき、黒ニアとアディーネもこの時ようやくネギに気づいたが、既にスピードに乗せている自身の攻撃は止まらない。このままでは二人の強力な攻撃により、幼い子供が大怪我を負ってしまう。

黒ニアとアディーネもこの時ばかりは焦り、シモンやヨーコ達が思わず目を瞑ってそらしてしまった。

しかし・・・・



「喧嘩はダメって言ってるでしょーーー!!」



何とネギは無事だった。


「なっ!?」


「えっ!?」


「なんだとッ!?」


「ウソッ!?」


それどころか二人の蹴りと拳の間に体を滑り込ませ、黒ニアのキックを繰り出した足首を右手で、アディーネの渾身の右ストレートを左手で。つまり二人の攻撃を片手ずつで掴み取ってしまったのだ。


「あのガキ・・・」


「スゴイわ・・・どうやって?」


この瞬間、これまで眼中に無かった小うるさい子供を、ダイグレン学園とテッペリン学院の不良たちは初めて関心を向けた。


(速い・・・しかも私の蹴りの軌道を完璧に見切った)


(お、おまけに掴まれている腕がビクともしないじゃないか・・・このガキ・・・)


黒ニアとアディーネの表情も変わった。


「授業中に・・・しかも駅前でこのような乱闘騒ぎは見過ごせません。ですが、皆さんにも引くに引けない何かがあることは僕も分かりました」


子供の細腕でありながら、押しても引いてもビクともしない腕力に冷や汗をかく。


「そこでどうでしょう、皆さん。僕に提案があります」


「・・・・提案?」


この時、不良たちの中で少年が大きく見えた。

その甘く幼い表情の下に、どこか底の知れない何かを垣間見た気がした。



「おもしれえじゃねえかよ。提案ってのは何だよ、ボウズ」



「喧嘩は絶対にダメです。ただしどうしても決着をつけたいというのであれば・・・」



「あれば?」



ゴゴゴゴゴと、妙な威圧感を感じた。カミナたちも自分の手に汗をかいていることに気づいた。

このガキは只者じゃないと、誰もが認識した瞬間・・・




「学生らしくスポーツで勝負しましょう!」




「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」




やっぱりただの子供なのかもしれないと、考えを改めそうになった。


「スポーツだと~?」


「けっ、くだらねえ」


「小学校の体育以来やったことねえぞ?」


「いいじゃない、平和的で。私はその子に賛成よ」


「しっかし、スポーツね~」


あまり気が乗らないどころか、先ほどまでの喧嘩で剥き出しになっていた闘争心が少し萎えた。

全員どうしようか互いの顔を見合って、何とも面倒くさそうに頭をかいていた。


「大体スポーツって何の競技だ? ルールは? 総合か? 立ち技か?」


どうやら不良たちは双方とも、スポーツといっても格闘技だと思っているようだ。

だが、ネギは考える。

スポーツで決着をつけるといったら、何が正しいのか。

正直自分はあまりスポーツに詳しくない。



(格闘技はダメだ。もっとチームワークを育み、さわやかな汗を流す競技・・・争いやいがみ合いも無くなる・・・そんな競技といえば・・・)



そしてネギは顔を上げる。



(アレしかない!)



考えが決まった。メガネの奥の瞳がキラリと光った。

一体何を言うつもりだ?

不良たちが少し緊張しながら、ネギの言葉を待つ。

そしてネギが決めたそのスポーツとは・・・・




「ドッジボールです!!!!」





こうして麻帆良学園中央駅前で、炎の闘球勝負が始まるのだった。




「「「「「「「「「「ド・・・・・・・・・ドッジボールだとおお!?」」」」」」」」」」









後書き


シモンの影が薄いですが、これから成長していきます。



[24325] 第3話 これが俺らの教育理念
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/17 00:45
「しっかし、あんなガキが俺たちの教師になるとはな」


「しかもドッジボールとはね~」


ネギが企画したダイグレン学園VSテッぺリン学院のドッジボール対決。麻帆良中央駅前にドッジーボールのラインを引いて、不良たちがたむろしていた。

その間に、ネギという10歳の少年が少しの間だけ自分たちのクラスの担任になると聞いたカミナ達は、物珍しそうにドッジボールのボールをリフティングしながらネギを眺めていた。


「先生・・・何でドッジボールなんだよ?」


この中で、唯一不良たちの中であっても普通の学生に見えるシモンが少し申し訳なさそうに訪ねて来た。するとネギは、太陽を見上げながら目を輝かせて答える。


「実は僕が以前教えていたクラスで先輩たちの学年と問題を起こしたことがありました。互いに取っ組み合いの喧嘩になりそうになった時、全てを解決してくれたのがドッジボールでした! 仲間と一致団結しあって汗をかく青春の時間。僕もこれを皆さんに味わってもらいたいんです!」


ネギはスポーツの起こす奇跡に期待していた。

自分はスポーツには詳しくないが、最近クラスでも話題のアニメやドラマでも不良がスポーツに打ち込んで変わるというのは良くある話だ。

ネギはドッジボールという自分にとっても思い出深いスポーツで、皆が心を入れ替えてくれることを期待していた。


「そ~簡単にはいかないでしょうけどね~」


ヨーコが誰にも聞こえないぐらいの大きさでボソッと呟いた。

周りを見渡してもやる気があるのだか無いのだか分からない連中ばかりだ。


「シモ~ン。私、どっじぼおる? というスポーツは初めてです。シモンは知っているのですか?」


「う、うん。小学生の時にやったことがあるよ」


「まあ、流石シモンは物知りですね! ならば私たちのチームはシモンが居れば大丈夫ですね!」


「えっ!? いや、ルールを知ってるだけで、俺は全然苦手だよ!?」


「大丈夫。シモンなら出来ます。シモンなら何があっても大丈夫です。だから一緒に頑張りましょう、シモン」


「ええ~~ッ!?」


相変わらずイチャついてるシモンとニア。


「ドッジボールか。どんなルールだっけ?」


「ほら、以前ハンターの漫画で出て来たあれだ。要するにボールを使って攻撃する競技だ」


「か~、面倒くせえ。ちょっと一服させてくれ」


やる気の無さそうなキッド、アイラック、ゾーシイ。


「へっ、上等じゃねえか。これだけの仲間が居て負ける理由がどこにある」


「そうだそうだそうだ!」


「当てるぞ、当てるぞ、当てるぞ!」


やけに気合の入っているキタン、ジョーガン、バリンボー。


「ドッジボール? 名前が気に食わねえ。ボールがとっちか分からねえなんて曖昧な名前だ! 全部俺たちのボールだ! 今日からこのスポーツの名前はコッチボールだ!」


意味の分からぬことを文句言いながら叫ぶカミナ。


「ドッジボール・・・確かルールは内野と外野に分かれて、相手の陣地に居る敵を殲滅すれば勝ちのルール。まったく、何て野蛮なスポーツだ。降伏も逃亡も許されずに相手を虐殺するなど、どこまで皮肉にできている」


「な~、まだ始らねえのかよ~」


「あ~ん、早く帰ってダーリンと一緒にお弁当食べたいのに~」


「あの~・・・私もう帰っちゃダメでしょうか?」


いつの間にか混じっているロシウに各々バラバラの思いのキヤル、キヨウ、キノン。

合計14人のメンバーだが、そこにチームワークも情熱もあったものではない。

ヨーコもあまりやる気は起きない。


「は~~~、でもさ~ドッジボールって相手と同じ人数同士でやるんでしょ? 相手は四天王とヴィラルしか居ないじゃない。あとの舎弟は全員ボコボコにしちゃったし」


やる気がないうえに、人数も公平ではない。本当にこんな状態で出来るのかと、ヨーコが疑問に思っていると、そこにチミルフが口を挟んだ。


「ぐわははははは、安心せい。そう言うと思って、既に助っ人を呼んでいる! さあ、来い! 黒百合たちよ!」


チミルフが叫ぶと、彼の背後から体操服とブルマの女性たちが現れた。


「あれ・・・あの人確か・・・」


ネギはその女性たちに見覚えがあった。


「あなたは、麻帆良ドッジボール部の人!?」


「おほほほほほ、久しぶりね、子供先生!!」


そう、彼女たちこそかつてアスナたちと問題を起こし、ドッジボールでケリを付けた相手だ。


「私は英子! 麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校の3年生よ」


「同じく、ビビ!」


「そして、しい!」


「私たちがテッぺリン学院側の足りないメンバーの補充に入るわ。あなたたちの方が男性が多いのだし、それぐらい構わないわね?」


それなりに美しく、そして恰好から既に気合十分の英子と彼女と共に現れた女子高生たち。



「「「「「うおおおおお、ブルマーーーーッ!!??」」」」」



男たちはそんなことよりもそっちに反応したのだった。


「すげえ・・・生のブルマなんて初めて見たぜ・・・」


「若者が一度は思う、あの時代に生まれたかったベスト10には入るであろう、伝説の装備」


「俺たちの学園じゃ違うからな・・・・・・体育の授業出たことねえけど」


マジマジと英子たちのブルマ姿に目を奪われる悲しき男たち。


「なっ、ななな・・・なんと破廉恥な。だからダイグレン学園の人たちは嫌なのよ」


女たちは顔を真っ赤にしながら、ブルマを隠そうと体操着のシャツを下まで引っ張る。しかし、その姿が逆にドツボ。男たちは親指を突き立てて、英子たちに笑顔を見せた。


「こんの、アホどもーーッ!? そんなもんに反応してるんじゃないわよ!」


「ヨーコ・・・しかしだな~」


「大体、あんたたちウルスラってモロ麻帆良の学生じゃない! 何で同じ麻帆良側の私たちじゃなくて、テッぺリン側に付くのよ!?」


ヨーコが一通りブルマに反応した男たちをしばいた後、英子たちに文句を言う。だが、英子はヨーコの言葉に鼻で笑った。


「ふっ、同じ麻帆良? ふふふふ、笑わせてくれるわね。あなたたち問題ばかり起こすような落ちこぼれ組みを、私たちと同じ麻帆良の学生扱いしないでくれない?」


「なっ!?」


「みんな迷惑しているのよ。あなたたちダイグレン学園が問題ばかり起こすせいで、麻帆良の品格を落とすってね。だから今日はテッぺリン学院側の助っ人として、あなたたちに暴力ではなくスポーツで徹底的に懲らしめてやるために来たのよ!」


高慢な態度でヨーコ達を見下す英子たち。


「まあ、ワシらに助っ人して勝てば、ワシらの理事長がドッジボール部の活動に寄付金を出すという取引もしたがな・・・・」


「そこ、お静かに!! とにかく、今日はあなたたちに思い知らせてあげるわ。スポーツの怖さをね!」


色々取引も裏ではあったようだが、正直どうでもいい。

お前ら授業は? と誰もツッコまないので、それもいい。

しかし、ここまで言われて黙っている奴らは、ダイグレン学園には居ない。


「言ってくれるじゃねえか、ブルマーズ」


「なっ、ブルマーズ!? 私たちは、黒百合よ!!」


「俺たちの大喧嘩に首突っ込むとは上等だ! だったら俺たちは、無敵のダイグレン学園の恐ろしさをテメエらに教えてやる。俺らの仲間に手を出したらどうなるかを思い知りやがれ!」


カミナが先頭に立って、四天王、ヴィラルに黒百合ブルマーズに向かって叫ぶ。

そしてカミナの背後には、同じ目をしたクラスメートたちが集結していた。


「ふっ、勝つぜ、カミナ!」


「当たり前よ。俺を誰だと思ってやがる!!」


簡単な挑発を受け流せぬのが不良。

ダイグレン学園問題児たちは、一つになった。



「「「「「オオオオオオォォォォ!!!!」」」」」



麻帆良中央駅で叫ぶクラスメート。一致団結したその姿を見て、ネギは涙を流して感動した。


(やった・・・やったよ~~! やっぱりスポーツは凄い! あれだけの困った人たちが、こうも真面目にスポーツに取り込もうとしている! スポーツ・・・まるで魔法みたいだよ!)


自分が提案したことに、喧嘩ではなくスポーツで決着をつけてくれるというのは、とてもとても大きな進歩だとネギは感動した。



その涙は・・・



数秒後に、違う意味の涙になってしまうが・・・


「うおりゃあああ! 全員一斉攻撃だ!!」


「よっしゃああ!!」


「くたばれ!」


「おう、そうだそうだそうだ!」


「くたばれくたばれくたばれ!」


試合開始直後、いきなりとんでもない展開になった。


「なっ、カミナァ! 貴様ら!」


「キャ・・・キャアアア!?」


「いやあッ!?」


「おのれ~、何と卑怯な!?」


試合開始した途端、何とカミナやキタンたちは、大量のゴミを投げた。次々と投げられるゴミに、相手チームは思わず声を上げて逃げまどう。


「よっしゃ、くらいやがれ!」


「えっ・・・きゃあッ!?」


そして相手がゴミに気を取られている隙に、黒百合ブルマーズの一人に当てて、さっそく一人をアウトにした。


「き、貴様らァ!? まともにボールも投げられんのか!?」


「ウルせえ、これも立派な俺たちのボールだ!」


「ゴミはゴミだ! ボールではない!」


「何言ってるんだ、当たり前じゃねえか!」


「ぐっ、カミナァァ!?」


あまりにも卑怯過ぎて、ルール違反だとか、反則だとか言う気にもなれない。


「・・・・・なんで・・・・こうなるの・・・・」


感動の涙が再び悲しみの涙になって、ネギはうな垂れてしまった。


「皆さん! スポーツでずるして勝ってうれしいんですか!? 男なら正々堂々とじゃないんですか!?」


かつてドッジボール中に魔法を使おうとした自分に向かってアスナが言ってくれた言葉だ。

だが、不良に卑怯もクソも無い。


「何言ってやがる! 裏で金使って取引してる奴と違って、俺たちはコソコソしねえで堂々とやってるじゃねえか!!」


「開き直ってるだけじゃないですかァ!?」


ネギががっくりとする。その間にもカミナたちは相手チームの内野の人間を二人三人と次々と当てていく。


「いいペースね。どーせ、四天王もヴィラルも素人だし、相手が混乱している隙に倒すならやっぱり経験者の奴らよね・・・だったら・・・」


敵に当たって運よくこちらの陣地まで再び戻ってきたボールを拾い、今度はヨーコが投げる。


「次はあんたよ!」


運動神経抜群のヨーコの球は、スピードと威力を兼ね備えた中々の剛球だった。

しかし・・・


「調子に乗らないことよ」


「なっ!?」


英子がヨーコの剛球を正面から受け止めた。

流石は経験者。ましてやそれなりの実績を兼ね備えた強豪の部でもある。

何を隠そう麻帆良ドッジボール部は関東大会優勝がどうとかの部活である。

いかに剛球とはいえ、素人のボールを止めるのは当然と言える。


「ふっ、確かに威力はすごいけど、所詮は単調なストレートボール。こういう技があることも知っておくようにね」


「ッ!?」


英子はボールを持ったまま体を捩じる。

まるで野球のトルネード投法や円盤投げのようなフォームだ。そして捩じった体の反動、そして回転を利用してボールを放つ。



「トルネードスピンショット!!」



英子の投げたボールが、螺旋の軌道を描いてダイグレン学園に襲いかかる。


「つっ!?」


「へっ? ・・・っていやあ!?」


「あううッ!?」


ヨーコは何とかジャンプして英子のボールを回避したが、その後ろに居たキヨウとキヤルが二人まとめてボールに当たってしまった。


「す、すごい! 僕たちのクラスとやった時は、あんな技無かったのに」


これが噂のダブルヒットだ。


「な、なんて技なの!?」


「あの技・・・昔のドッジボールアニメで見たことがあるぜ」


「ああ、小学生の時に真似して誰一人成功しなかった技だ。まさか現実に完成させた奴が居るなんてな・・・」


関東大会優勝も伊達ではない。一瞬でペースを相手の物にされ、ダイグレン学園も顔色が変わった。


「おほほほほほ、これが私のトルネードスピンショット。あなたたち不良にはどうあがいても止められないわ」


そして英子の投げたトルネードスピンショットはダイグレン学園の二人をアウトにしてもボールの威力は衰えずに、そのまま外野まで転がった。

つまりまだ相手ボールのままだ。

そしてボールは外野を中継して、また英子の元に戻る。


「卑怯な手でだいぶ内野の数を減らされたけど、もうこれまでよ。さて・・・次はそこのブ男たちにぶつけるわ」


英子が男たちに狙いを定める。だが、ここでチミルフが口を挟む。


「まあ、待てウルスラの。慌てることは無い」


「えっ?」


「それにこれは元々ワシらの喧嘩でもある。ならばワシらも少し活躍させてもらおうか」


「そうだね、ドッジボールってボールが回ってこないと暇だからねえ」


「ふっ、我らの必殺ショットも披露してやろう」


「そして奴らに思い知らせてやるのだ」


要するにボールを渡して投げさせてくれと言っているのだ。まあ、言っていることも筋が通っている。そのため英子もニヤッと笑ってボールを渡す。


「さあ、まずはワシからじゃ!」


まずはチミルフが投げる。

その丸太のように太い剛腕、両手のひらでボールを上下から押し潰す。

そして潰されて膨張し、形が少々変形したボールを、そのまま腕力に任せて投げる。


「パワーショットじゃ!!」


「きゃああ!?」


「キノーーーン!? この野郎・・・よくもこの俺の可愛い妹を!!」


今度はキノンが当てられた。


「どうした、そんなものかァ!」


「ふん、大したこと無いねえ!」


「これはニア様を奪還するのは意外と楽なことになりそうじゃのう」


一気に人数が減っていくことと相手の挑発に悔しそうな顔を浮かべるダイグレン学園だが、相手チームの猛攻は止まらない。


「むっ・・・出来る・・・もしテッぺリン学院にドッジボール部が設立されたら、我らの関東王者の座も脅かされる」


英子も素直にテッペリン学院の強さを認め、負ける要素が一切無いと、既に余裕の表情を浮かべている。


「あわわわ、どうしよ~。まさか相手がこんなに強いなんて。僕が言い出したことでこんなことになるなんて・・・教師の僕が助っ人に入るわけにもいかないし・・・」


生徒たちのことを思ってスポーツ対決を提案したネギだが、それが裏目に出た。

まさか相手が金を使って助っ人を呼ぶなどと予想していなかったため、ダイグレン学園は窮地に追いやられていた。


「このままじゃ残りの皆さんも・・・」


だが、まだだ。

そんなネギの不安を吹き飛ばす、諦めていない男がまだ居る。


「へっ、上等じゃねえか! このピンチをひっくり返したら、俺たちはヒーローだぜ!」


「アニキ!?」


「カミナッ!?」


「カミナさん!?」


ダイグレン学園番長のカミナは諦めていない。


「で、でもアニキ~、四天王に経験者が相手じゃ勝ち目が無いよ~」


「馬鹿やろう! 無理を通して道理を蹴っ飛ばす! それが俺たちダイグレン学園の教育理念だろうが!!」


心に過ぎる不安や弱気な心など全て吹き飛ばす。

それがカミナという男の力だ。


(皆さんの心が・・・すごい、持ち直している。言っていることはメチャクチャだけど、カミナさんの言葉で、皆さんも目の色が変わってきた)


ネギの思ったとおり、その言葉を聞いたキタンたちも、臆していた気持ちが少し軽くなった。


「で、でもどうやって?」


しかし、このままではただの強がりだ。素朴な疑問をシモンが投げかける。

この状況を打破する一手、それは・・・


「お前がやるんだよ!」


「・・・・・・えっ?」


反撃開始の作戦が皆に告げられた。


「むむ、何をやってるの?」


「気をつけろい。カミナもそうだが、あの小僧も加わると、何をしでかすか分からん」


コソコソと何かをやっているダイグレン学園に英子が首をかしげ、グアームたちは警戒心を高める。

これまで幾度と無く喧嘩してきただけに、相手がこのまま終わらぬことは彼らが一番分かっていた。

そして、次の瞬間グアームたちは目を見開いた。


「はーっはっはっは、こいつが兄弟合体! 待たせたなテメエら!!」


「ぬぬ、合体か!?」


何とシモンがボールを持ち、カミナに肩車されているのである。


「さあ、行け! シモン! 自分を信じるな! 俺を信じろ! お前を信じる俺を信じろ!!」


「わ、分かったよ、アニキ!」


カミナはシモンを肩車したまま走り出す。

シモンも恐れを覚悟に変えて、振りかぶる。


「シモンさん、自信を持って!」


思わずネギも外野から声を出す。


「おう、そうだシモン!」


「シモン、がんばるのです! シモンなら大丈夫です!」


「しっかりやんなさいよ、シモン!」


ダイグレン学園の仲間たちの声が響く。


「いけ、シモン! お前のドリルで壁を突き破れ!! 漢の魂完全燃焼!!」


その声援を背負い、己の気合と合体で生み出されたパワーを用いて、シモンは吠えた。



「うおおおお、必殺! ギガドリルボールブレイクゥ!!」



シモンが投げたボールは、ドリル回転で突き進み、うねりを上げて相手チームに襲い掛かる。


「な、なぜだああああ!?」


「いやああ!?」


「こ、これはジャイロボール!?」


シモンの繰り出した想像を遥かに超える魔球が英子たちの背筋を凍らせた。

その巨大な力を止めることは出来ず、ヴィラルとブルマーズの一人が同時にヒットした。

これで残る相手は四天王と英子のみ。

希望が再び見えてきた。


「やっ、やったよアニキ!」


「おう、流石だぜ兄弟!」


「シモン、素敵です!」


「やるじゃないの!」


シモンとカミナの力が先ほどまでの不安を希望に塗り替えた。ダイグレン学園の勝機が訪れた。

だが、次の瞬間・・・


「ぬりゃあああ!!」


「ッ!? シモン、危ねえ!!」


「・・・えっ?」


喜びに踊るダイグレン学園の隙を突き、チミルフがシモン目掛けてボールを投げてきた。

誰も気づかぬ中で、唯一気づいたカミナがダイビングしてシモンを突き飛ばす。


「アニキ!?」


「チミルフ!? テメエ~」


危うくやられるところだった。

ボールはシモンに当たらず通過し、そのまま外野へと出て行く。

しかし・・・


「先ほどのお返しだ!」


「ヴィ、ヴィラル!?」


「外野の者もボールを投げられるというルールを忘れるなァ!!」


チミルフが投げたボールを、外野に居るヴィラルがキャッチし、そのまま即座に投げ返す。

狙いはカミナだ。

だが、カミナも何とか体を反転させて、間一髪で回避するが、敵の攻撃は終わらない。


「これで、終わりよ!!」


「げっ、ブルマーズ!?」


よけたボールの先には、今度は英子が居る。そして英子はバレーボールのレシーブのようにそのボールを高く上げ、そしてボールに向かってジャンプする。


「なっ、逆光が!?」


太陽を背に高く飛ぶ英子。カミナは太陽の逆光で英子の姿を直視できない。



「必殺! 太陽拳!!」



何度もボールを回避してきたが、立て続けに起こったためにカミナの体勢は崩れていた。

そして・・・


「ぐわああああああああ!?」


ボールはカミナの顔面に直撃し、カミナの悲鳴が麻帆良中央駅前に響き渡った。


「アニキ?」


ヒットしたカミナを、シモンは見下ろした。


「やられた・・・すまねえな・・・ダチ公・・・」


そしてダメージを受けたカミナは、そのまま気絶してしまった。


「ア・・・ニキ?」


カミナは自分を庇って、体勢を崩して敵にやられた。


「アニキ! アニキーーーーッ!?」


カミナがアウトになってしまった。

ダイグレン学園は全員開いた口が塞がらなかった。どんな喧嘩もカミナが居たから、自分たちはここまで来れた。

しかしそのカミナがやられたことは、彼らの心に大きな穴を開けた。


「アニキさん・・・シモン」


ニアはシモンの下へ走る。

自分の所為でカミナがやられたと思っているシモンは、自分を責め、ショックで肩をガックリと落としている。


「俺の所為だ・・・俺の所為でアニキは・・・」


「・・・シモン・・・」


期待されていたのに、自分の所為でチームを最悪の展開に追い込んでしまった。自分を責め続けるシモンに掛ける言葉が見つからず、ニアは黙ってシモンを抱きしめる。


「そんな・・・カミナさんが外野になってしまったら・・・」


ネギも僅かな時間ながら、カミナという男がダイグレン学園の不良たちの中でどれほど大きなウエイトを占めているのかがそれなりに分かっていた。

だからショックを受けるシモンやキタンたちの気持ちが分かった。

敵は逆にカミナを当てたことにより、この勝負はもう自分たちの勝ちだと疑っていない。

完全に勝ったと思っている顔だった。

当てられたカミナも気絶して何も言わない。

もう、これで終わりなのか?

この勝負はダイグレン学園側の敗北になってしまうのか?

誰もがそう思いかけたその時だった。



「そこで何をやっているんだい、君たち! ここをどこだと思っているんだ! しかも授業中だぞ!?」



三人の教師が、騒ぎを起こしているシモンたちに向かって怒鳴りながら現われた。


「げっ、ガンドルフィーニ!?」


「鬼の新田!?」


「やべえ、デスメガネも居やがる!」


現われたのは、魔法先生のガンドルフィーニ、そして魔法先生ではないが、学園の広域生活指導員の新田。

そして・・・


「タ・・・タカミチ」


「やあ、ネギ君。研修初日に大変だね」


学園最強候補のタカミチまで現われたのだった。

どれもこれも麻帆良では有名な教師。タカミチに関してなど、テッペリン学院の不良たちでも知っていた。


「ぬう、あれが噂のデスメガネか」


「だが、これでこの茶番も終わりだね~」


こうなってはもうドッジボールどころではない。少し拍子抜けな感じをしながら、チミルフたちも学園の教師たちの下へ歩いていった。










「たびたび問題を起こして・・・今度は授業中に駅前で乱闘・・・その次は駅前を無断に利用して、こんなくだらん遊びまでやって・・・何をやっておるかアアアア!!」


鬼の新田の怒号が響く。


「ちっ、うるせえな」


「あ~あ、つまんねえ。停学にでも退学にでもすればいいじゃねえかよ」


だが、キタンたちに反省の色は無い。

カミナがやられたこと。どちらにせよ勝ち目が無かったが、途中で教師の横槍が入って中断になったこと、何だか何もかもが面倒くさくなって、キタンたちも不貞腐れた。


「に、新田先生、待ってください!」


「ネギ先生は黙っていなさい! そもそもこいつらにはこれだけ言ってもまだ足りないんですから!」


「で、でも・・・」


ネギも新田を宥めようとするが、その怒りの炎は決して収まることは無い。それに新田の後ろに居るガンドルフィーニやタカミチも難しい顔をしていた。


「ネギ君、この問題はある意味君には少し早い。新田先生の言っていることは間違っていないよ」


「タカミチ!?」


「その通りだ、ネギ先生。授業をサボるだけでは飽き足らず他校との喧嘩や問題・・・それに最近ではテッペリン学院の理事長の娘さんを脅しているとかで、警察沙汰にもなっている」


「えっ!?」


ガンドルフィーニがそう言った瞬間、シモンの傍に居たニアが慌てて叫ぶ。


「それは違います! 私は私の意志で皆さんと居るのです! お父様には心配を掛けているかもしれませんが、私は人形ではありません。友達や・・・好きな人と離れたくは無いのです!」


「君とこいつらの間で何があったかは知らないが、こいつらは君が思っているような奴らじゃない。平気で暴力をふるって人を傷つけるような不良たちなんだよ」


「違います! どうして皆さんは彼らの良いところを何も見ようとしないのですか?」


ニアが珍しく声を荒げてガンドルフィーニに食いつくが、カミナたちのこれまでの悪評のほうが高く、聞き入れてはもらえない。


「よせよニアちゃん」


「キッドさん!?」


「別に俺たちも言い訳する気もないんだからな」


「アイラックさんまで!?」


「へっ、くだらねえ。まあ、カミナがやられた時点でどっちにしろここまでだろ?」


「ゾーシイさん!?」


そもそも何故彼らはテッペリン学院と喧嘩することになったのか? その理由を誰も言わなかった。

ダイグレン学園に居たいというニアのわがまま。そのニアを連れ戻しに来た連中からニアを守るために彼らは戦っていた。

それが分かっていたからこそニアも教師たちにその事を知ってほしかったが、教師たちは聞く耳を持たず、キタンたちも既に言い訳する気も無いようだ。


「タ、タカミチ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


ネギがどうするべきなのかタカミチを見上げるが、タカミチも難しそうに首を振って何も言えなかった。


「とりあえず・・・テッペリン学院の君たちはもう帰りなさい。そして英子君たちも後で話を聞くので職員室に来なさい」


「は・・・はあ・・・」


「仕方ない。理事長にはダメだったと言っておくか」


タカミチに言われて相手チームも解散し始める。


「さあ、お前たちはこのまま生活指導室に来い。今日という今日は許さん。キッチリと処分を下すから覚悟しておけ」


そしてダイグレン学園の生徒たちは教師陣に無理やり腕をつかまれ、全員連れて行かれようとしている。

これで何もかもが終わってしまう。

そう思ったとき、ネギはこのままでは絶対にダメだと思った。



(ダメだ・・・僕はまだ子供だけど・・・このままじゃ、どんなに指導されても説教されても何も意味が無い・・・)



例え新田やガンドルフィーニたちが何を言おうとも、今のキタンやシモンたちの眼を見れば、耳から耳に通り抜けるだけだろう。

それでは意味が無い。

そして下される処分は停学あたり。停学が明ければ、そのまま元に戻る。それの繰り返しだ。



(ダメだ・・・僕は・・・先生なんだ・・・今は・・・今は彼らの担任なんだ)



ネギは必死に考える。



(魔法の力に頼るんじゃない・・・自分の力でやるんだ・・・それが出来なくて・・・何が先生だ!)



魔法使いとしてではなく、一人の教師として、ネギは決心した。



「待ってください!!」



ネギの叫びに、全員が足を止めて振り返った。



「授業を放棄してドッジボールをしろと言ったのは僕です。ですから、彼らに処分を下すというのなら、僕に処分を下してください!」



それは、誰もが驚かずにはいられなかった。


「ボウズ・・・」


「坊や・・・」


「・・・アンタ・・・何・・・言ってるのよ」


ダイグレン学園だけでなく、タカミチやガンドルフィーニも同じような顔をしていた。


「ネギ君・・・」


「ネギ先生。君は自分が何を言っているか分かっているのかね?」


だが、ネギは変わらずに頷く。


「はい。分かっています」


教師たちも目を細めて、ネギの言葉にどう反応していいのか分からない。だが、混乱している彼らに向かって、ネギは更なる言葉を告げる。


「そしてお願いがあります。責任は僕が全部取ります。だから・・・このドッジボールを最後までやらせてあげてください!!」


小さな体で精一杯ネギは頭を下げた。


「ド、ドッジボールだと? ネギ先生、君は何を言っているんですか?」


「新田先生、お願いします! これはとても重要なことなんです! そして彼らは喧嘩をしていたわけではありません! 仲間を・・・大切な仲間を守るために戦っていたんです! だから・・・勝つにしろ、負けるにしろ、最後までやらせてあげてください! このままじゃ、彼らの絆にヒビが入ったまま終わってしまいます!」


ネギはすがるように頭を下げる。何度も何度も精一杯の想いを込めて頭を下げる。


「ぼ・・・ボウズ・・・」


キタンたちは皆、呆然としていた。

何故この子供は自分たちのためにここまで頭を下げるのか理解できなかった。


「ネギ君。君が優しいのは知っている。でもね、罪を庇うのは優しさじゃない。それは教育者としてやってはいけないことだよ?」


そんなネギの肩に手を置き、タカミチが少し複雑そうな顔をして告げた。だが、それでもネギは言う。


「タカミチ、確かにカミナさんたちは授業をサボるよ。喧嘩もするかもしれない。でも、彼らは仲間をとても大切にする人たちなんだよ! それって凄くいいところじゃないか! でも、このままじゃその心まで無くなっちゃう! 彼らのそんな良いところまで奪ったら絶対にダメだよ!」


「・・・・・・・ネギ・・・君・・・・」


「新田先生! ガンドルフィーニ先生! 彼らは処分を恐れずに仲間を守るために暴力を振るいました。それだけ彼らに引けない事情があったんです。でも、学内で暴力は許されない。だから僕もスポーツで決着を着けろと言いました。ですから、お願いします! 僕が後で処分を受けます。ですから・・・ですから、彼らの決着をつけさせてあげてください!」


言葉を失うとはこういうことなのかもしれない。

別に脅されているわけでもない。何か裏で考えているわけでもない。そんなこと、ネギの泣きながら頭を下げる様子を見れば一目瞭然だ。


「バ・・・馬鹿じゃねえか・・・あのボウズ・・・」


「そうね・・・馬鹿よ・・・私たちのこと、買いかぶりすぎだわ」


ネギは分かっていない。ネギが思っているほど自分たちはいい人間ではない。


「けっ・・・くせ~し、うぜ~よ・・・・・・」


「ああ・・・・・・虫唾が走る・・・」


「甘いぜ」


「おう、甘い甘い」


だが、それでもネギの言葉に後ろめたさと、何か心に来るものがあった。

自分たちはニアを守るためとは言ったが、喧嘩も素行の悪さも日常茶飯事だ。だから教師に疑われたり見下されたりしても言い訳する気は無かった。

正直余計なお世話だと普段なら言うだろう。

だが、僅か10歳の少年の純粋すぎる甘さが何よりも心を乱し、揺さぶられてしまった。


「ああ~~~、くそ~~、もうッ! おらあ!」


「いたっ!?」


イライラが限界に達したキタンは、後ろから軽くネギの尻を蹴った。


「キキ、キタンさん!?」


「キ、キタン!? お前はネギ先生になんて事を!?」


新田たちが再び叫ぶが、キタンは聞く耳持たず、そのまま歩き出す。


「・・・えっ?」


そして歩き出したキタンはイライラした中で、落ちてるボールを拾い、そのままドッジボールのコートへ戻った。


「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」


キタンのその姿を見て、アイラックやキッド、ジョーガン、バリンボー、ゾーシイたちも無言でネギの頭を軽く叩き、そのままコートに戻る。


「イタッ! テテ、イタッ! な、何で皆さん、ぶつんですか!?」


ネギが頭をさすりながら文句を言うが、その後もキヨウやキヤルたちも黙ってネギの頭を叩き、ついにはロシウまで軽く扉をノックするような感じにネギの頭を叩いた。

皆の行動の意味が理解できないネギに、ヨーコも真面目な顔をして軽く叩いた。


「怒ってんのよ、皆」


「ヨーコさん!?」


「あんたが勝手なこと好き放題言ったせいで・・・・負けられない・・・戦う理由が増えちゃったじゃない」


そう呟いてヨーコまでコートに再び戻って行った。


「シモン・・・みんな・・・戦おうとしています」


「・・・・・・・・・・・・」


「みんな・・・やっぱりとても素敵な人たちばかりです」


「・・・・・・・・・・・・」


「シモン。私は分かっています。シモンなら大丈夫だって!」


ダイグレン学園の不良たちが、スポーツで決着をつけるために再びコートへ舞い戻った。


「シモン」


そんな彼らに涙を流しそうになりながら、ニアはほほ笑みながらシモンに手を差し出す。

何の疑いもなく、シモンを信じて差し出した。

ニアはシモンに一緒に行こうとも、立ち上がれとも言わない。何故ならニアには分かっているからだ。そんな言葉が必要ないことをニアは分かっているから、何も言わないのだ。

シモンはその手を見ず、ただ、下を向いたままこれまでのことを振り返る。


(何やってるんだろ・・・俺・・・アニキがやられたことで動揺して、落ち込んで・・・先生たちに怒られても何も言わずにただ黙って・・・)


これまでのことを振り返り、そして自分自身のことを考える。


(あんな・・・10歳の子供があんなにしっかりと・・・一生懸命に・・・一人でがんばっているのに・・・俺はいつも・・・いつも・・・)


ネギ。

シモンはネギのことを良く知らない。今日いきなり自分たちの担任になったばかりの10歳の少年。しかも事情も良く知らない。

ただ、今にして思うと、ネギはどんな思いでダイグレン学園の教室に入ってきたのだろうと考える。

欠席者ばかりで、生徒が全員早退して、喧嘩して、止めても言うことを聞かない自分たち。普通の教師ならその場で辞めるか文句を延々と言うだろう。

しかし今、ネギは自分が処分される覚悟で自分たちのために頭を下げた。不良でろくでなしの自分たちのために頭を下げる。

自分なら耐えられるか? カミナやニアにヨーコに囲まれて、守られている自分が、10歳のときに誰も味方の居ない教室に足を踏み入れられるか?

だからこそ、キタンやヨーコたちはコートに戻った。

ならば自分はどうする?

これまでカミナやヨーコに流されてばかりだった自分はどうする?

シモンは何をする?

決まっている。


「ああ、行こう!」


差し出されたニアの手を握り、シモンは立ち上がった。


「ええ!」


ニアも満面の笑みでほほ笑んで、シモンと共にコートへ戻る。


「お、お前たち・・・な、何を勝手なことを・・・」


やる気もなく不貞腐れていた不良たちが、コートへ戻った。それは新田たちにも信じられない光景だった。


「・・・けっ・・・オチオチ寝てもいられねえか・・・」


するとその時、強烈なボールを顔面に受けて気絶していたカミナが立ち上がった。


「カ、・・・カミナ!?」


「へっ、内野だろうが外野だろうが関係ねえ! 10倍返しだ!」


「アニキ!」


よろよろと立ち上がったカミナは、コートの中ではなく外野へと移動する。だが、外野と内野に分かれていても、彼らダイグレン学園の気持ちは一つ。


「皆さん!!」


ネギはうれしくて涙が出そうになった。


「へっ、勘違いするんじゃするんじゃねえぞ?」


「テメエのためじゃねえ。俺たちが決着をつけてえんだよ」


「まっ、後で責任とってくれるんだろ?」


「それなら遠慮なくやろうかしら?」


「へへへ、そりゃいーや。まっ、勝つのは俺たちだけどな」


「おう!」


「迷惑を掛けるなら誰にも負けないぞ!」


「まっ、僕もたまには・・・・・・ですから・・・・・」


そしてダイグレン学園の生徒たちは、全員ニヤリと笑ってネギに向かって言う。




「「「「「「「だからちゃんと見とけよ、ネギ先生!!」」」」」」」




「ッ!?」




その言葉に驚いたのは、ネギだけではない。

新田やタカミチ、ガンドルフィーニも口を開けて驚いている。


「は・・・・・・はい!!」


今日はどれだけ泣いたか分からない。だが、こんな涙なら構わない。ネギは、うれしさのあまり、涙が止まらなかった。


「ふん、面白い! さすがは我らの宿敵といったところか!」


「手加減はせんぞ?」


「へっ、くせ~ことしやがって! 言っとくけど手加減しないからね!」


「ふっ、麻帆良ドッジボール部の力・・・まだまだ見せてやるわ!!」


チミルフや英子たちまでいつの間にか帰るのをやめてコートに戻った。


「なっ、お、お前たち!? ・・・・ぬ・・・・ぬぐぐぐ・・・・ええ~~~い!! さっさとケリをつけろォ!」


新田もとうとう折れて、止めるのを諦めてドッジボールの続行を告げた。


「ありがとうございます!」


「ふ、ふん。ネギ先生。後でしっかり生徒と一緒にお説教ですからね」


「はい!」


新田は少し複雑そうな顔をしてソッポ向く。その様子に今まで難しい顔をしていたタカミチとガンドルフィーニも苦笑して「やれやれ・・・」と言いながら観戦に入る。


「さあて、カミナが外野に行ったが、俺たちはまだ負けちゃいねえ! ここはこの俺、キタン様が・・・」


「怯むな皆!!」


「・・・・・え?」


コートの中で今まで一番大人しかったシモンが大声で叫んだ。


「無理を通して道理を引っ込めるのが俺たちダイグレン学園なんだ! みんな、自分を信じろ! 俺たちを信じろ! 俺たちなら勝てる!」


カミナが外野に行ってしまったことで、内野の士気をどうやって上げるかの問題をシモンが即座に解決した。

これまでずっとカミナの後ろに隠れていたあのシモンが、強い瞳で叫んだ。


「へっ、ようやく分かってきたじゃねえか。兄弟!」


自分が内野に居なくても、何も心配することは無いとカミナは笑った。


「な・・・お、・・・おお! 当ったり前よォ! 何故なら!」


自分の役目を奪われたキタンだが、直ぐにシモンに頷いた。そして他の仲間たちも頷き、相手チームに向かって叫ぶ。




「「「「「「「俺たちを誰だと思ってやがる!!」」」」」」




不良たちの意地を賭けた戦いに、いよいよ決着がつく。




後書き


注・やってるのはガンメンバトルではなく、ドッジボールです。



[24325] 第4話 たまにはこんなのも悪くない
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/17 14:22
「ちょっとどういうことよ、ネギがダイグレン学園に!? 何であんな不良の巣窟にネギが行かないと行けないのよ!?」


ネギが僅かな期間だが、自分たちの担任から外れて他校へ行くことになった。

しかもただ他校へ行くだけでなく、行った先は麻帆良学園生徒なら知らぬものは居ない、悪評高い麻帆良ダイグレン学園だ。ネギの本来の担当である3-Aの教室では、アスナを中心に生徒たちが大騒ぎだった。


「まったく、アスナさんの言うとおりですわ! あの純粋で真っ直ぐなネギ先生をあんなゴミ溜めのような場所に行かせるなんて、絶対に許しませんわ!」


「うん、このままじゃネギ君がイジメられるか、不良になっちゃうよ!」


「やだー! そんなの絶対ダメだよー!」


アスナに同調するように、委員長のあやかや、裕奈にまき絵などもギャーギャー文句を言い、クラスをはやし立てる。


「そ、そんな~、ネギ先生がイジメられるなんて・・・ねえ、夕映~~」


「のどか・・・・・・。確かに、これはどういう経緯があったにせよ、学園教師側の判断は絶対に間違ってるです」


「う~ん、しっかしあのネギ君がよりにもよって、あのダイグレン学園にとはね~。今頃メチャクチャ洗礼を受けてるかもね~」


不安を煽るようなハルナの言葉に、アスナたちはグッと立ち上がる。


「冗談じゃないわよ、今すぐ連れ戻してやろうじゃない!」


「アスナさんの言うとおりですわ! 今すぐダイグレン学園に乗り込んで、ネギ先生を奪還ですわ! とりあえず雪広家の特殊部隊も配置させるよう命じなければ。ネギ先生に、もし何かが合った場合は即刻ダイグレン学園を廃校にするだけでなく、不良を殲滅しますわ!」


ネギを救おうと過剰なまでに炎を燃やすアスナとあやか。しかし、周りの者たちは、ネギを救いたいという気持ちがあるが、少し頷くのに躊躇ってた。


「でもアスナ~、不良の学校だよ? 私たちが乗り込んで、何されるか分からないよ~」


まき絵が皆の思ったことを代弁した。


「そうだね~、不良の巣窟に私たちが乗り込んだら、何されるか分からないよ」


「それって・・・エ・・・エッチなこととか?」


「それだけじゃないよ。ヤクザと繋がってるかもしれないし、売り飛ばされるとか、働かされるとか・・・」


「ええーー! そんなの嫌だよ~~!」


不安で顔を見合わせるクラスメートたちだが、アスナには関係ない。


「何言ってんのよ、そんな学校なら尚のこと救いに行かなきゃダメじゃない!」


そして、これまでネギと深く係わり合いのあった生徒たちも同じ。


「わ、私も!」


「のどかが行くのでしたら・・・私も・・・」


「せや。ネギ君を助けられるんはウチらだけやからな。ウチも行くで」


「お嬢様・・・何があっても私が必ずお守りします」


全身に刀やら弓矢やら槍やらお札やら、ありとあらゆる装備で完全武装した刹那が燃えていた。


「せ、せっちゃん・・・鬼退治やないんやから」


「いいえ。これでも足りないくらいです。麻帆良学園の暗黒街とまで呼ばれる場所へ行くのですから」 


「ふむ、では拙者らも手を貸そう」


「ネギ坊主は私の弟子アル。弟子のピンチを救うのも師匠の役目アル」


次々とネギ奪還のために動き出すクラスメートを見て、躊躇いがちだった他の生徒たちも、意を決してうなずいた。

さあ、出撃だ。

しかしその時、クラスメートの鳴滝双子姉妹が、教室に重大ニュースを持ち込んだ。


「みんなーー、大変だよーー!」


「麻帆良ダイグレン学園の不良が、中央駅前で大乱闘してるらしいよーーー!」


そいつらこそ、正に妥当しなければならぬ不良。


「「「「「「「「「「なにいいい!?」」」」」」」」」」


それを聴いた瞬間、アスナはいち早く教室から飛び出した。


「こーしちゃ居られないわ!」


「あ、アスナさん!? ええ~い、皆さん、私たちもアスナさんに続きますわ! ダイグレン学園と徹底交戦ですわ!」


「「「「「「「「「「おおおおおォォォ!!!!」」」」」」」」」」









何でドッジボールなのかと問われても、シモンたちには答えられない。

所詮は10歳の少年が勝手に言い出したことだからだ。

しかしその勝手な少年の言葉には熱さを感じた。真剣に自分たちのためを思ってくれる心が篭っていた。


「いくよ、みんな」


「ああ。これで応えなくちゃ男じゃねえ!」


「おう、そうだそうだ!」


「ちょっと~、私は女なんだけど?」


「そう言ってるが、随分いい顔してるじゃねえか」


「あら、そうかしら?」


元々彼らの息はピッタリだった。世間一般のチームワークというのとは少し違うが、仲間同士の絆というものは確かに感じていた。それが彼らの強みでもあり、それがここに来て更に強固なものへと変わった気がした。


「皆さん・・・がんばって・・・」


ネギは両手を合わせて、ハラハラしながら決着の瞬間を待つ。自分の言いたいことをすべて言った今となっては、もう自分に出来ることは見守ることだけだ。

ネギの願いを聞き入れたにタカミチにガンドルフィーニも新田も、ただ黙ってその瞬間を待つ。

どちらが意地を通すのか。世間一般では価値のないものかも知れぬが、その意地の証明こそが不良である彼らの存在価値なのだから。


「ふっ、不良の意地があるのなら、私にもドッジボール部の誇りがある! これで終わらせるわ!!」


英子がボールを高らかにあげ、太陽を背に飛び上がる。


「あれはさっきの!?」


「カミナに当てた技よ!」


上がったダイグレン学園の士気をぶち壊すかのごとく、英子は渾身の力を込めてダイグレン学園に放とうとする。



「太陽拳!!」



だが、太陽の逆光を利用したその技を、この男が逆に利用する。


「僕が相手だ!」


「ロシウ!?」


これまでまったく出番の無かったロシウが前へ出た。不良や問題に常に頭を悩ませていた彼だが、ネギの言葉に心を動かされ、彼も前へ出る。


「ふっ、正面に立つとは無謀よ!」


「それはどうですかね!」


「なに!?」


ロシウは若者でありながら悩み多い。そのストレスが作り出した広いおでこを、太陽を背に飛ぶ英子に向ける。


「ロシウフラッシュ!!」


「なっ、太陽の光がおでこに反射して!?」


何と逆光を利用した英子に対して、ロシウは太陽の反射を利用した。その効果は絶大で、飛び上がった英子は思わず目を瞑ってしまい、ボールの威力は格段に弱まった。


「この天井の無い広い空の下! お日様に背を向けてどうするというんですか!」


少し間抜けかもしれないが、ロシウの機転がチームのピンチを救う。そして威力の弱まったボールを、ニアが正面からキャッチした。


「やりましたよ、ロシウ!」


「流石ニアさん、よく取ってくれました!」


「やっぱ色々なスポーツやってただけあって、運動神経がいいわね!」


ボールをキャッチしたニアは、仲間に喜びの表情を見せ、そのまま相手に向かって思いっきり投げた。


「たああ!」


「うぐっ!? ・・・くそっ、やられちまったね」


「アディーネ!? まずいぞい。数が減らされた」


「私だって、シモンと・・・皆さんと一緒に戦うのです!」


細腕のか弱い女の子に見えて、運動神経の良いニアが投げたボールはアディーネに当たり、相手の人数を更に減らした。

これで数的にはダイグレン学園が圧倒的有利になる。

だが自分の陣地に転がるボールを拾い、英子は吼える。


「まだまだ! ドッジボールは最後の一人が居なくなるまで、勝負は分からないのよ!」


太陽拳を破られた英子だが、彼女の技はまだ尽きない。体を目いっぱい捻らせて、一番最初に出した技を放つ。


「トルネードスピンショット!!」


螺旋の軌道を描いたボールが、ニアに襲い掛かる。このスピードと威力は、さすがのニアでも受け止めることは出来ない。しかし、だからこそ男たちは黙っていない。


「ニアちゃんは渡さねえ!」


「レディーを守るのは男の役目!」


キッドとアイラックがトルネードスピンショットからニアを横から庇って、ダブルヒットを食らってしまう。


「キッド! アイラック!」


「ふっ・・・やられちまったな。おい・・・シモン! 俺たちと違って、お前はレディーを泣かせるなよな」


「絶対に・・・ニアを守れよ!」


全てを出し切ったような表情を見せ、キッドとアイラックが外野へ移動する。


「ふっ、しぶといわね。でもまだまだ私たちの攻撃は終わらないわ」


「ちッ、ボールが外野まで転がりやがった。なんて威力だ。まだ奴らのボールだぞ!」


一気に二人を減らし、ここが勝負どころだと見て、英子も勝負を掛ける。


「ビビ! しい! トライアングルアタックよ!」


「分かったわ、英子!」


「了解!」


外野に居るブルマーズの二人が頷き、その瞬間から三人の間で高速のパス回しが始まった。


「なっ、速いわ!?」


「トライアングルだと? どんな陣形だ!?」


「いえ、惑わされてはダメです。ただの三角形です!」


バカばっかの不良たちの中で、ロシウがトライアングルアタックの正体を叫ぶが、分かったからといってどうすることもできない。


「はい、一人アウト!」


「うぐっ、・・・しまった・・・」


パスの速さについていけず、後ろを取られたロシウがあっさりと当てられアウトになる。弾かれたボールはそのまま再び相手の陣地に転がり、すかさずトライアングルアタックが繰り返される。


「ま、まじいぞ!? こりゃ~、ピンチって奴だ! だが、負けるわけにはいかねえ!」


臆せず吼えるキタンたちだが、所詮強がりに過ぎない。英子もこれでこのまま決着をつける気である。


(ドッジボールは人数が減ったほうがコートの中を自由に走り回れる分、使える人間が残ったら面倒になるわ。そう考えると先に当てるべきなのは・・・あの二人!)


英子は瞳を光らせて、運動神経の良いヨーコとニアに狙いを定める。


「ビビ!」


「OK!」


味方からパスを要求し、英子はその場で回転しながらパスボールにキャッチして、そのままダイレクトで相手を狙う。溜めの隙を無くしたために、相手も構える準備が無い。


「ダイレクト・トルネードスピンアタック!!」


反動を利用して威力を何倍にもあげたボールが向かう先にはニアが居る。ニアも覚悟を決めて正面から受け止めようとする。


「ニアは・・・俺が守る!!」


「ッ!? シモン、ダメ!」


ニアを庇うようにシモンが立ちはだかる。

しかしその瞬間、今度はシモンを守るように、二人の男が飛び出した。


「うおお、トルネードがどうした!!」


「俺たちの暴風のほうがよっぽどデケーぞ!!」


「なっ!?」


「そんな!?」


ジョーガンとバリンボーだ。二人はシモンとニアを守るために自らを犠牲にした。


「くっ・・・まだまだァ!!」


「やべえ、ボールはまだ敵のものだ!」


「その子がダメなら、そっちを狙わせてもらうわ!」


英子は再びボールを受け取り、ニアではなくヨーコに狙いを定める。ヨーコもかかって来いと相手に気迫をぶつけるが、先ほどのボールを止められる自信など無い。

だが今度は・・・


「俺たちの絆、テメエごときに喰いつく尽くせるかァ!!」


「うらああ!」


「なっ、キタン!? ゾーシイ!?」


キタンとゾーシイがヨーコを庇った。


「バカ、何てことすんのよ!」


「へっ、すまねえな。こいつはただの我がままだ」


「ちっ・・・ここまでしか来れなかったか」


嵐のような怒涛の攻撃を喰らい、大勢の仲間がアウトになった。


「くっ・・・やってくれるわね・・・」


後に残されたのは、シモン、ヨーコ、ニアの三人だけだった。

静まり返るダイグレン学園。

一度はネギとシモンの言葉で持ち直した彼らだったが、とうとう数的にも相手に逆転されてしまった。


「皆さん・・・シモンさん・・・ニアさん・・・ヨーコさん・・・」


全ての決着は内野の三人に託された。ネギは祈るように三人を見る。


「どうやら決着がつきそうですね」


「うん、彼らもがんばったけど、流石に英子君たちが相手じゃきついね」


テッペリン学院というより、麻帆良ドッジ部の底力を見せられたと、ガンドルフィーニやタカミチも惜しかったなと呟き、既に勝敗は決したと思っていた。

内野は3人。対するテッペリン学院は4人で、更にボールはテッペリン学院側。後は時間の問題だと、誰もが思っていた。

しかし、英子やチミルフたちはこれで終わったとは思っていない。


「ウルスラの・・・」


「ええ、分かっているわ。彼らの目を見れば一目瞭然よ」


仲間の犠牲により、生き残った彼らがこのまま黙って終わるはずは無い。シモンたちの目がそう語っていた。

誰も諦めちゃ居ない。

だが・・・


「でも・・・意地だけで、全てがまかり通るほど甘くは無いわ! これで終わりよ!」


英子は再び体を捻る。その捻りは、先ほどまでより更に捻っているように見える。


「これが風速最大限!! マックス・スピン・トルネードショットよ!!」


ボールがトルネードのような暴風となり、全てを終わらせるために放たれる。

これで終わりか? 

奴らの意地はこれまでか? 

だが、外野に居るダイグレン学園の瞳はまだ光を失って無い。


「見せてやれ、兄弟。トルネードだかスピンだか知らねえが、お前の魂を。お前が一体誰なのかをな」


カミナは珍しく静かにボソッと呟いた。

そもそもこれまで大声で常にうるさく騒いでいたカミナが、味方がこれだけやられているというのに一言も発していなかった。それは諦めたからではない。知っているからだ。自分が外野に行って落ち込みかけた仲間たちを鼓舞し、ようやく覚醒した弟分の力を知っているからだ。


「いけ、シモン!!」


英子のボールがシモンに襲い掛かる。

この瞬間、シモンはまるで世界の全てがスローモーションになったような感覚の中で、螺旋を描いて迫るボールを見た。


(このままじゃダメだ。それにこんなに凄い威力なら、ニアもヨーコもまとめて当てられてちゃう。だから、俺が何とかしなくちゃいけないんだ)


シモンは意識をボールの軌道と回転に集中させる。


(ボールの正面に立つんじゃダメだ・・・回転に逆らわないように・・・包み込むように・・・)


シモンはゆっくりと手をボールに差し出し、そしてあろうことか、ボールを手で包み込むように、そして螺旋を描くボールの軌道に自身の体を乗せ、自分もボールごと一緒に回転する。

シモンはボールを持ったまま、威力に逆らわずにその場で一回転し、その反動を利用してボールを相手に向かって手を離した。


「なっ!? 私の必殺ショットをいなして弾き返した!?」


「なんと!?」


「くけえ!?」


何かが起こるかもしれないと予想はしていた。だが、それがこんな結果になって返ってくるとは思わなかった。

大技の後で硬直して動けぬ英子に・・・


「しまっ!?」


驚きのあまりに反応の遅れたグアームとシトマンドラに・・・


「しもうた!?」


「くけええ!?」


これぞ伝説のトリプルヒット。


「バカな、トリプルヒットなど、私でも数えるほどしか見たこと無いわ! ・・・・ッ!? ボールの威力がまだ残っている!?」


英子は驚愕する。そして螺旋を描くボールの威力はまだ衰えていない。そのまま残るチミルフに向かって飛び込んだ。


「それだぜ、兄弟! そいつが・・・ドリルがお前の魂だ! テメエのドリルは、壁を全部ブチ破るまで止まらねえ! お前のドリルで天を突け!!」


チミルフは逃げずに正面から螺旋を描いて突き進むボールの前に立つ。だが、一回転、ニ回転と、その回転力は衰えるどころか更に増し、その螺旋の力がついに壁をぶち破る。


「いけえええええ!!」


「ぬおおおおおおおお!?」


最後の一人のチミルフまでアウトになったのだった。

あまりの力に皆が声を失ってしまった。タカミチも思わずタバコをポロッと落としてしまった。


「そんな・・・・・・ドッジボール歴10年・・・初めて見ました。トリプルヒットを超える幻の・・・・クアドラプルヒット・・・」


その瞬間、伝説が生まれた。



「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」



奇跡の反撃に麻帆良中央駅前に歓声が舞う。


「やるじゃねえか、シモン!」


「流石だ兄弟!」


「見たか、これが俺たちの10倍返しだ!!」


外野に行かされた仲間たちがここぞとばかりに大声を張り上げる。

いや、彼らだけでなく、ネギもタカミチもガンドルフィーニも、そして新田ですら今目の前で起こった奇跡の技に、ゾクリと体を震わせ、興奮が収まらなかった。

そして、興奮していたのは彼らだけでない。


「すげえ! 何だよ今の技!」


「ダイグレン学園のあいつスゲエ!」


「いいぞー! ダイグレン学園!!」


それは、見知らぬ者たちの歓声だった。


「えっ・・・」


「お、・・・おお・・・これは・・・」


ドッジボールに集中しすぎて全員気がつかなかった。

何といつの間にか授業が終わり、既に休み時間となった生徒たちで、ドッジボールのコートの周りは人で埋め尽くされていた。


「ネギーーーー!!」


「ネギ先生、ご無事ですかーーーッ!」


「来たで、ネギくーーん!」


そして、その人ごみを掻き分けて、アスナたち3-Aの生徒たちまでここに居た。


「ア、 アスナさん!? それに皆さんまで、どうしてここに!?」


「何言ってんのよ、あんたがダイグレン学園で研修なんて聞いたから、皆で助けに行こうとしたんじゃない。それより、なんなのよも~、喧嘩してるって聞いたのに、ドッジボールなんかして何考えてんのよ!?」


「心配したアル!」


「だが、杞憂のようでござったな」


「まあ、先生ですからね」


ネギが心配で仕方なかったクラスメートたちは、直ぐにネギに怪我が無いか体をあちこち触ったり、叩いたり、とにかく囲んでもみくちゃにした。


「あらら、なんだかすごいことになってるわね」


「すごいです。皆、今のシモンや皆さんの活躍をちゃんと見ていてくれたのです!」


いつの間にか学園中の注目を集めてしまったダイグレン学園。その視線はこれまで嫌悪や侮蔑で見られていた視線とは違う。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・」


シモンは全ての力を出し切ったように、腰を下ろして呆然とこの光景を眺めていた。

カミナたちはどこかうれしそうに、どこか気恥ずかしそうに周りを見渡す。

そんな光景を見せられて、そしてこれだけ完敗すれば完全に闘志が萎えてしまったチミルフは、小さく笑ってコートを出てシモンの元へ行く。


「助っ人を使ってこのザマだ。これ以上は恥の上塗りじゃろう。ワシらの負けだ。理事長にはそう伝えておこう」


「えっ?」


「ワシらではダイグレン学園からニア様を連れ出すのは不可能だとな」


どこかスッキリしたような表情だ。ヴィラルもシトマンドラもアディーネも仕方が無いと苦笑した。


「ニア様・・・これがニア様の答えと思っていいのですな?」


「はい。そしていつか必ず私の口からお父様に認めてもらいます」


シモンに抱き付いているニアは、しっかりとした口調で告げる。もうこれ以上は無理だろうと、チミルフたちも折れてしまった。


「ウルスラの・・・これで良いか?」


「・・・ふっ、・・・あんなものを見せられては仕方ないわ。大人しく負けを認めるわ」


勝敗が決し、相手が敗北を認めた。

その瞬間、再び麻帆良学園中央駅前で大歓声が沸きあがり、外野へ行った仲間たちもシモンとニアの下へ走った。


「うおっしゃあああああああああ! やったぜシモン! 男を見せたな!」


「俺はお前もやる男じゃねえかと思ってたんだよ!」


「ニアを絶対に離すなよな! 見せてもらったぜ、愛の力をな!」


「もう二人でチューしろ!」


「いいえ、いっそのことこの場で結婚しちゃいなさいよ!」


全力を出し切って疲れ果てたシモンを仲間たちはもみくちゃにし、何度も叩いて、挙句の果てには胴上げまでしている。

しかしその中にカミナは居ない。


「カミナ、あんたはシモンの所に行かないの?」


「ヨーコ? ・・・ああ。言葉なんていらねえ。俺もあいつも全部分かってるからな」


カミナはただ、少し離れたところから、男を上げた弟分にうれしそうに笑ってた。


「まま、待ってくれよみんな~」


「シモン、チューです。チューをしましょう!」


「ニアも待てって、勝ったのは俺だけ力じゃないだろ? お礼を言う人が他にいるじゃないか」


仲間たちに囲まれているシモンは、疲れた体で無理やりその場から飛び出した。

そしてゆっくりと3-Aの少女たちに囲まれているネギの下へ行く。


「な、何よ・・・あんた・・・」


「えっ、・・・あっ、・・・いや・・・その・・・」


「アスナさん、待ってください。シモンさんたちは、悪い人じゃありません」


アスナを筆頭に、あやかや裕奈、刹那たちまでシモンをギロッと睨む。


「あのさ・・・その・・・俺・・・・」


相手は中学生の女の子たちだが、その実力は超人クラス。妙な圧迫感に圧されて、先ほどまでのかっこよかったシモンがどこかへ行き、再びおどおどとしてしまった。


(楓・・・)


(うむ・・・刹那こそ・・・)


対してアスナたちは喧嘩が始まるかも知れぬと予感しながら警戒心を高め、いつでも飛び出せる準備をしている。

だが、そんな彼女たちの予感とはまったく予想外の行動にシモンは出た。


「あの、・・・先生ありがとう!」


「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」


不良軍団の一人が、ネギに向かって頭を下げて礼をした。アスナたちも驚いて言葉を失ってしまった。


「その・・・先生が無茶してくれたから・・・俺もみんなも勝てたし、ニアを守ることが出来た。だから・・・先生・・・本当にありがとう」


ネギも最初は言葉を失った。だが、徐々にシモンが言った言葉が分かり、その瞬間は子供らしくニッコリと笑ってシモンの手を取った。


「いいえ! だって僕・・・今は臨時ですけど、ダイグレン学園の教師ですから!」


シモンとネギの会話を聞きながら、アスナたちも呆然とした状態から徐々にため息をつきだし、何やら自分たちの思っていたこととは違う展開で、要らない心配だったのではないかと苦笑した。

そして二人のやり取りをヨーコたちも眺めて同じように笑っていた。


その後は良く覚えていない。


ネギも生徒たちと一緒に鬼の説教を延々と聞かされていた。


皆とハニカンで笑顔にならないように必死だったが、気を抜けば笑ってしまうぐらい、この一日はネギにとって素晴らしいものに感じていた。


ただ、全てを言い終えた新田やタカミチたちがネギやシモンたちに向かって「結構、熱いじゃないか」と言ってくれたことは、よく覚えていた。



そして、翌朝・・・・





「それでは・・・出席を取ります・・・・・」


次の日ネギは、再びうな垂れていた。

昨日は全てうまくいったかのように思えたのだが、一夜明けて教室に来てみると、早朝のホームルームに出席していたのはロシウ、シモン、ニアの三名だけだった。


「う・・・ううう~~~」


そう簡単には甘くいかなかったのか? 

ネギは少し悲しそうに顔をうつむかせた。

だが、その時教室の外からギャーギャーとうるさい声が聞こえた。


「だ~~、大体ホームルームって何時からなんだよ! 一回も出たことね~から分かんねーよ」


「もう、せっかく時間通りに起こしたんだから、兄ちゃん起きろよな~」


「つうか、な~んでヨーコが俺んちに起こしにくるんだよ」


「だってあんた絶対に寝坊するでしょうが!」


「眠い・・・・」



「だ~、やっぱこのまま帰っちまおうかな~」


「やっぱ慣れねえことはするもんじゃねえな~」


一人二人の声ではない。

10人近くの学生の声が教室の外から聞こえてきた。



「・・・えっ?」



まさかと思って顔を上げる。

すると、教室の扉を手で開けてきたカミナが顔を出し、続いてヨーコや昨日のドッジボールのメンバーたちが全員登校してきた。


「あの~・・・みなさん・・・ち・・・遅刻です・・・」


ネギは再び顔を俯かせた。


「なにい!? だから面倒くせえって言ったんだよ!」 


「どーせ遅刻するんならパチンコ行けば良かったよ」


「タバコ買い忘れた・・・」


「朝飯食えなかったぞーーー!」


「食えなかった食えなかった食えなかった!」


「も~、昨日はダーリンと愛し合う回数減らしてたのに、意味ないじゃなーい」


「アニメ・・・見てくればよかった」


遅刻を宣告された不良たちはブーブーと文句を垂れる。

だが、そんな彼らの行動に、ネギは何故か涙が浮かび上がった。

そしてその涙を必死に誤魔化しながら満面の笑みを浮かべて叫んだ。



「え~い、今日は出血大サービスです! 後5分遅れたらダメでしたが今日は僕、特別に許しちゃいます!!」



少しずつだがたった一日で変わり始めた。

昨日は途中から自分が教師としての評価がダメだったら教師を辞めなければいけないという事をすっかり忘れてしまっていた。

しかしだからこそ、ウソ偽りの無い言葉が口から出て、皆の心を動かしたのかもしれない。

まだまだ普通の生徒たちとは言いがたい問題児ばかりだが、ネギは今日はとてもうれしい気持ちで朝から過ごせることになった。


「それでは、ホームルームを始めます。皆さん、席についてください。それとニアさんはシモンさんを好きなのは分かりますが、席を離してちゃんと座ってください」


そんなネギを見て、シモンは少しネギが眩しく見えた。

自分には出来ない。

仲間もカミナもニアも居なければ、きっと昨日も自分は何も出来なかった。

しかしネギはたった一人で奮闘し、皆の心を動かしたのだ。

俺も負けていられない。

自分も変わりたい。

そう思って、教壇の前に立つネギを見ていたのだった。






次回予告・・・

運動できない喧嘩もできないそんな自分に何がある? ガキの頃から手元に残ったドリル回して男は空を見上げてこう思う。俺も変わってみたい。

次回、ミックス・アップ,第5話! 部活でもやるか!


・・・・というわけで、次回からは完全にシモン視点で物語が進みます。3-Aの生徒たちともようやく絡みます。



[24325] 第5話 部活でもやるか
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/18 15:33
ネギがダイグレン学園に来て2日目。

まだまだ来たばかりといえばそれまでだが、それでもたった一日で濃密な時間をシモンたちと過ごした。

心から吼え、気合を燃やし、魂を開放し、そして皆で一つになった。その時は、例え一緒に戦って居なくても、ネギは紛れも無く自分たちと共に居たと、口には出さないが誰もが思っている。だからこそ、眠い目を擦りながらも、普段は絶対に来るはずの無い早朝のホームルームにも不良生徒たちは登校したのだ。



「さあ、以下の英文ですが、ここの文法は非常に重要ですので皆さん覚えておいてください」



ネギも心置きなく授業をし、教師としての仕事を着実に・・・・・・


「ローーン! っしゃあ、綺麗に来たァ!!」


「げっ、緑一色!?」


「っか~~、ゾーシイ、テメエまぐれだろ!?」


「ちっ、俺から上がられたか~」


・・・着実に教師の仕事を出来ているわけではなかった。


「・・・ゾーシイさん! キタンさん! キッドさん! アイラックさん! 授業中に麻雀なんかしないでください!!」


授業中に卓を囲んで堂々と麻雀する4人。しかしネギに怒られても、四人はジャラジャラと手を止めない。それどころか開き直る。


「いーじゃねーか、ちゃんと授業に出席してるんだから麻雀ぐらい」


「今朝は喧嘩もしてねーし」


「そんなの当たり前じゃないですかァ! 大体ゾーシイさん、高校生がタバコを吸っちゃダメですよ!」


「俺は留年しまくって既に未成年じゃないからいーの」


「まあまあ、怒るな先生。喧嘩をやらずに出席するのはある意味試練なんだ。少しぐらいの息抜きも必要だ」


「息抜きばっかりじゃないですかァ! 他の人たちに迷惑ですよ!」


牌をジャラジャラとさせる音は非常に響くため、真面目に授業をしている人たちに迷惑だとネギは叫ぶが・・・


「って、・・・ショーガンさん! バリンボーさん! 授業中に早弁しないでください!」


「なに!? 腹が減ったら何も出来ねえぞ」


「そうだ、出来ねえぞ!」


真面目に授業を受けている奴は・・・


「おっしゃあ、ドンジャラ! グランドライン成立だ!」


「あ~ん、上がられちゃった~」


「げっ、それ狙ってたのかよ、カミナ~」


「うう、てっきりルフィ海賊団を狙っていると思ったのに~」


真面目に受けている奴は・・・


「カミナさん! キヨウさん! キヤルさん! キノンさん! あなたたちも麻雀ですか!?」


「何言ってんだよ、先公。これはワンピースドンジャラだよ。こいつらキタンの妹のクセに麻雀のルール知らねえって言うから仕方なくだな~」


「どっちにしろ授業中にやってはダメです~~!!」


真面目に・・・


「ヨーコさんも堂々と授業中に爆睡しないでください!」


「う~ん・・・zzz~」


「シモ~ン、先ほどキヨウさんが貸してくださったこの、えろほん? というものですが、この裸エプロンというものを私にして欲しいですか?」


「えっ!? ニア、そんなの読んじゃダメだって!」


「でも、キヨウさんも絶対にシモンが喜ぶと・・・どうです、シモン。私がこういう・・・」


「授業中にそんなエッチな話をしないでくださーーーーーーい!! うううう~~~、ロシウさんは!? こういう時、一番頼りになるロシウさんは!?」


「ああ、デコ助なら保健室だぞ? なんか、ニアの弁当の試食をしたら体調崩したらしいからよ~」


授業の妨害で迷惑を被るものなど一人もこの教室にいなかった


「何でこうなるんだ~~~!? 皆さんあんなに昨日は凄かったのに、心を入れ替えて真面目になってくれると思ったのに~~!」


考えが甘すぎたと今更ながら思わずにはいられない。結局あんまり問題は改善されていないどころか、不良の彼らの恐ろしさを改めてネギは思い知ってしまった。


「しかしドンジャラも飽きたな。テツカンとアーテンボローたちは今日もサボりか? シモンもニアも麻雀できねーし、こうなったらヨーコを起こしてダヤッカでも呼んで面子に入れるか」


「あっ、じゃあダーリンに電話してみるわ。今なら授業も無いだろうし」


「って、授業があろうが無かろうが、先生を呼んじゃダメですよーーーー!!」


ダメだこりゃ・・・

昨日の一軒でカミナたちを知った気になっていたのでは駄目だ。やはり彼らにはネギのこれまでの経験や知識は何も通用しない。


(うう~、でも僕は負けない・・・生徒を正しく導いて上げられなく、何が先生だ! こんな試練に打ち勝てずに、何が立派な魔法使い(マギステル・マギ)だ!)


どんな説教も彼らには通用しない。力に物を言わせるのは論外だ。

こうなったら・・・


「なら、僕が相手になります!」


「「「「「「「なにい!?」」」」」」」


ネギが卓に座った。その瞬間、これまで言っても何も聞かなかった連中も手を止めた。


「その代わり、僕が勝ったらまともに授業を受けてもらいますからね!!」


一教師として生身でぶつかる。

相手の土俵に立って、真正面からぶつかってみせる。それがこの学園に来てネギが導き出した教育方法だった。


「ほう、おもしれえじゃねえか、先公。俺を誰だと思ってやがる。よし、キタン、ゾーシイ、お前らがここに座れ」


「よっし、なら面子はカミナ、俺、ゾーシイと先生だな」


「へっ、泣いたって知らねえぞ。大体ルール知らねえんだろ?」


「や、やりながら覚えます。だからルールを簡単に教えてください」


「上等だ」


ネギは授業を放棄して人生初の麻雀対決に身を投じることになる。残りの生徒たちもギャラリーとなって周りを囲む。卓上では真剣に牌と睨めっこして役を覚えるネギがいる。


「すごいな・・・あんなこと・・・俺には出来ないよ」


ネギの姿を眺めながら、シモンはポツリと呟いた。


(あんな風に・・・どうなるかとか、結果を恐れないで、自分がやったことの無いものでも正面から挑戦しようとするなんて・・・俺にそんな勇気なんて無い・・・)


やはりネギは、10歳の子供ではあるが、ただの子供ではない。その心は、誰よりも真っ直ぐで、シモンにはとても眩しく映った。


(昨日の麻帆良女子中の女の子たち・・・あれが先生の教え子なんだよな~、あの子達、最初凄い俺たちを睨んでた・・・それだけ先生のことが好きなんだ・・・)


10歳の可愛らしい少年。そんな少年が女子校に放り込まれたら、愛玩動物のようにもみくちゃにされているのは目に見えている。しかし自分たちを睨んできた彼女たちの目は、ペットを取られた飼い主とは違う。まるで、自分たちの大切な仲間を取り返しに来たような目だった。それはネギと彼女たちがただの教師や生徒としてでなく、しっかりとした絆で結ばれているからだろう。


(俺もアニキや先生みたいになりたいな・・・結果を恐れないで・・・何にでも真っ直ぐに突き進めるような男に・・・)


自分より一回りも年下の少年に、シモンは心の中で尊敬しているのかもしれなかった。



「あ・・・僕・・・いきなり揃ってます・・・これ・・・天和っていうんじゃないですか?」



「「「なにいいいいいいい!?」」」



そしてネギの天運も恐ろしかった。





昼休みのダイグレン学園。

といっても、ほとんどものが授業も無視して昼飯も勝手に取るためにさほど意味があるわけでもない。しかし真面目に授業に出ている者たちには貴重な休み時間。

そんな休み時間、学園の美術室の中から何かの音が聞こえてくる。

それは、何かが削られている音。


「はあ~~、俺何をやってるんだろうな~」


部屋の中には、ゴーグルをつけ、片手で持てるハンドドリルで黙々と作業しているシモンが居た。

昼休みの美術室に一人篭ってシモンは、大きな石を削っていた。ただ意味も無く、石を手に持っているハンドドリルで彫り続け、彫り出された石像が何かの形になっていく。それに意味なんて無い。ただシモンの趣味のようなものだ。シモンは一人になって時間が余ると、小さい頃からずっとドリルで何かを彫る癖が身についていた。


「あの~・・・シモンさん?」


「ッ!? せ、先生? 何でここに?」


「えっ・・・あっ・・・いえ、廊下まで作業している音が聞こえて気になって・・・何をやってるんですか?」


作業に集中していたために、シモンはネギが美術室に入ってきたことに気づかなかった。少し恥ずかしそうにしながら、持っていた石の作品を隠そうとするが、もう遅い。ネギはそれを目にした瞬間、目を輝かせてそれに飛びついた。


「す、すごい! これ・・・シモンさんが石から作ったんですか?」


「えっ・・・う、うん・・・」


「すごいです! それにこれ、凄いカッコイイ! この石像の名前、なんて言うんですか?」


「あ、え~っと、グレンラガンっていうんだ」


「グレンラガンですか! 凄そうな名前ですね!」


グレンラガンという名の手に収まる石の人形をネギは目を輝かせて色々な角度から眺める。それは素直にシモンの作品に関心を持って、凄いと思っている目だ。


「あの~、先生・・・」


「はい?」


「先生は・・・気持ち悪いって思わないの?」


「えっ、何でですか? そんなことあるはずないじゃないですか?」


ネギは何を言っているんだと、シモンの言っていることが分からなかった。だが、シモンは少し言いづらそうにその思いを語る。


「部屋に一人でこんなことやって・・・みんなは昔から言ってたんだ。気持ち悪いとか、こんなことしか取り柄の無い奴ってバカにされてたんだ・・・」


シモンの中のコンプレックス。それがシモンが堂々としない理由だった。だが、ネギは憤慨する。


「何でそんなこと言うんですか! こんな凄いことできるシモンさんが、何でバカにされなきゃいけないんですか!」


「・・・えっ?」


「大体、それならカミナさんとかニアさんは何て言ってるんです? シモンさんをバカにしたりするんですか?」


「う・・・ううん。アニキとニアだけは俺をバカにしないで、いつも褒めてくれるけど」


「やっぱり凄いじゃないですか! だったらコソコソしないで、むしろ堂々としましょうよ! それにシモンさんはこういうこと以外にも、たくさんの凄いところがあるじゃないですか!」


ネギはまるで自分がバカにされているかのように怒ってシモンに食いかかる。


「あのドッジボールだってシモンさんの力や技が無ければ勝てませんでした。カミナさんがやられても、シモンさんがいなければ、皆さんは絶対にあそこまでいけなかったと思います」


「それは・・・」


「それに、あんなに大勢の仲間が信頼してくれてるじゃないですか。ニアさんっていう素敵な女性にあそこまで愛されてるじゃないですか。そんなシモンさんに取り柄が無いだなんて、僕怒っちゃいますよ?」


頬を膨らませてぷんぷんと怒る可愛らしいネギの姿に、シモンは思わず噴出してしまった。

そして自分が何故ネギのような子供に憧れたのか、ようやく分かった。


(そうか・・・先生は・・・心が広いんだ・・・)


相手の良いところを見つけ、相手を純粋に心から認められるほど器が大きいのだ。それがシモンにもようやく分かった。


「ところで聞いてくださいよ、シモンさん。僕、せっかく麻雀のルール覚えて戦略も完璧だったのに、一回目の上がり以降、まったく上がれなくなったんですけど、何故だか分かります?」


「えっ? ああ・・・それは、多分アニキたちはイカサマしたんじゃないかな? 三人対一人だし、先生は初心者だし」


「ええーーッ!? やっぱりイカサマ使われてたんですか!? 僕も今麻雀のこと勉強してて、そうじゃないかと思ったんです。う~・・・さっきパソコンで調べたんですが、このエレベーターっていう技が怪しいと思うんです。でも知らなかったな~~。こういう技も勉強しとかないと、皆さんに勝てないんだ・・・」


プリントアウトした紙と睨めっこしながら10歳の少年が麻雀とイカサマの勉強をしている。どこか奇妙な光景ではあるが、ネギの顔は真剣そのもの。


「先生・・・なんでそんなに一生懸命なの?」


今度はネギ自身のことに、シモンは素朴な疑問を告げる。


「えっ? だって、勝負して勝ったら授業を聞いてもらう約束ですし・・・」


「でも、先生は僅かな期間だけなんでしょ? だったらそこまで真剣にやらなくてもいいじゃないか。それに、こういう騙し合いみたいなゲームは先生も苦手でしょ?」


純粋すぎるがゆえに、ネギは直ぐに思ったことが顔に出てしまう。


「そうですね。そうかもしれません。でも出来ないからって逃げたくないんです。それに僕は先生って言っても子供だから、多分皆さんも、先生の言うことを聞いてください~っとか、怒りますよ? って言っても効果がないと思ったんです。だから、皆さんと同じ土俵に立って立ち向かう・・・そうやって自分を認めてもらえないかと思っているんです」


出来ないからといって逃げたくない。それはシモンが正に自分がなりたいと思っている人間だ。


「ほら、この学園の教育理念は、無理を通して道理を蹴っ飛ばせですよね? だったら僕も常識に囚われたやり方じゃなくて、こういう生徒との接し方もあるんじゃないかな~って・・・ど・・・どうでしょうか?」


最後は少し不安そうに尋ねてきたが、シモンにとってネギの言葉は全てが自分の中で胸を高鳴らせるものであった。


(そうだ・・・自分もこうなりたい・・・無理を通せる男になりたい)


そう思った瞬間、シモンも笑ってネギの言葉に頷いたのだった。


「うん、いいと思う」


「へへへ、ありがとうございます。僕、がんばります」


10歳の少年とこんな会話をしているというのに、年上の自分が情けないと思うどころか、むしろ話をしてみて良かったとシモンは思うことが出来たのだった。


「・・・ん? そういえばシモンさん、ニアさんは? いつもニアさんと一緒なのに」


「えっ? ああ、今日はキヨウたちとその・・・勉強しながらゴハンを食べるって・・・あっ、勉強って言ってもその・・・いやらしい話の勉強だけど。ほら、キヨウって結婚してるしイロイロと・・・」


「あっ/////」


ニアが居ないことがちょっと気になったが、理由を聞いてネギも納得した。


「でで、でも、そ、そういう勉強をするのはシモンさんのためなんですよね? ニアさんって本当にシモンさんが好きなんですね?」


「う、うん・・・ニアはウソつかないから・・・真っ直ぐな気持ちを俺にぶつけてくれるし、買いかぶり過ぎだって思うくらいに俺をいつだって信じてくれる・・・」


「うわ~、素敵ですね~。因みにお二人はどういう・・・その・・・経緯で? 僕も参考のために聞きたいんですが・・・」


ネギは自身の恋愛経験ゼロだが、少し前に宮崎のどかという生徒に好きだと告白されたことがある。まだ、恋というものが何なのかは知らないが、ゆくゆくは立ち向かっていかねばならない問題だけに、興味心身にネギは尋ねてきた。


「え~っと、ニアの家は凄い金持ちで小さい頃からお姫様みたいに育てられてたんだけど、それが窮屈になって家出したんだ。その時逃げているニアと俺がばったり会って・・・」


「うわ~~、まるで映画みたいな運命の出会いじゃないですか」


「う、うん、ニアも会った瞬間にそんなこと言って・・・それ以来俺とずっと一緒に居て・・・学校も元々テッペリン学院だったのに転校までしてきて・・・」


「す、すごい行動力ですね・・・でも、それだけシモンさんのことが好きなんですね」


ニアの行動力からシモンへの愛情の深さが感じられた。しかし話しながらもシモンは少し表情を暗くしていった。


「でも・・・先生もアニキも・・・そしてニアもそうだけど、俺は皆が思うほどそんなに凄くない」


「そ、そんなことッ!?」


「いや・・・俺が一番分かってるんだ。でも、だからこそ俺・・・先生を見て思ったんだ。俺も変わりたいって。アニキの期待に・・・ニアの信頼に応えられるような男になりたい・・・俺はそう思うようになってるんだ」


そしてシモンは再び顔を上げる。いつもオドオドしているシモンにしては、力強く決意を秘めた目。それは昨日のドッジボール対決で見せたシモンと同じ目をしている。


「だから俺・・・俺も先生みたいに何かに挑戦してみるよ。まだ何をやるかは決めてないけど・・・俺も変わりたい」


ネギはうれしかった。

自分の生き方を見て、見ている人が自分も変わりたいと思うきっかけになったと言ってくれたのだ。カミナたちにはまだまだ時間がかかるかもしれないが、シモンが言ってくれた言葉は、教師としての確かな自信となった。


「よーーーーし、なら僕にいい考えがあります!!」


ネギはうれしさのあまり、全身にやる気が漲った。


「いい考え?」


「そうです。シモンさんも何か打ち込んで努力できるもの、充実できるものを探すんです! 熱くなれるものを、僕と一緒に探しましょう!」


「でも探すって・・・そんな簡単には・・・」


「いいえ。一つだけあります・・・その方法は・・・・」


ネギはふふふふふ、と笑みを浮かべて答えをもったいぶる。

シモンもゴクリと息を飲み込み、その答えを待つ。

そして、ネギが出した考えとは・・・・



「部活動です!!」



「・・・・えッ? ・・・・ええええええッ!? 部活ーーーッ!?」











世界有数の巨大学園都市でもある麻帆良学園。

敷地内には学校が複数存在し、研究所や機関など様々な設備も整っている。部活やサークルに同好会の数は多く、その数は三桁を超える。

当然部によっては実績や規模の差はあるものの、どの団体も十分すぎる設備や施設が与えられ、学生たちが満足のいく学生生活を送る要因の一つともなっていた。


「っというわけで、今から散歩部と一緒に回りながら、シモンさんがこれだと思える部活を探す会を始めたいと思います!」


「いえーーーい♪」


「がんばりましょうね~」


「ウチも手伝うえ~~!」


放課後の世界樹広場にて、ネギに拍手をして盛り上げる散歩部の鳴滝双子姉妹。二人ともネギの生徒である。そして、木乃香。さらに、少し難しい顔をしてシモンを睨むアスナと刹那が控えていた。


「えっ、ええ~ッと、俺は一応皆より年上だけど、その~、分からないところいっぱいあるから、教えてくれたらうれしいな」


少し照れながら自己紹介をするシモン。

ネギの提案により、放課後はシモンが打ち込めるものを探そうということになり、しかしまだネギ自身も学園内の団体にはそれほど詳しくないため、助っ人を募った。それは散歩部でこの学園を日々歩き回って、詳しい鳴滝双子姉妹だ。


「OK~! ネギ先生の頼みだし、ボクたちにど~んと任せてよ!」


「い、一生懸命お手伝いします~」


元気よさそうな僕ッ娘が姉の風香で、礼儀正しいのが史香。二人とも信じられないぐらいの低身長で中学生というよりネギの同級生といわれても不思議ではないと思ったことはシモンの秘密だ。

そして彼女たちの後ろで同じく今回の集まりにやる気を見せている木乃香。しかし一方でアスナと刹那はどこか警戒したような顔でシモンを睨んでいた。


「あの~、何でアスナさんや刹那さんも? 僕が呼んだのは風香さんと史香さんなんですけど・・・」


「何言ってんのよ、バカ! あんたがダイグレン学園の人をつれてくるなんて言うから、心配できたんじゃない! 何されるか分からないでしょ!」


「ウチはアスナも行くし、ネギ君が元気か見たかったから来たんよ」


「不良がいるところにお嬢様が行くというのに、私が行かないわけにはいきません」


どうやらネギが鳴滝姉妹を呼ぶ際に、ダイグレン学園の生徒を連れて行くと言ったのだろう。それがアスナたちに知られて、こういう結果になったのだった。

ドッジボール対決のときにシモンたちを睨んでいたように、その警戒心は解けることもなく、アスナたちに睨まれてシモンは少しビクッとなった。


「これでも委員長たちに知られたら、また騒ぎになるから内緒で来たんだから、感謝しなさいよ?」


「でもアスナさん、そんな顔しなくてシモンさんは怖い人じゃありませんよ」


「ま、まあ・・・それは見りゃ分かるけど・・・、っていうか、アンタ本当にダイグレン学園なの? どう見たって普通の学生じゃない」


「へっ? う、うん・・・そうだけど・・・」


「男ならもっとシャッキッとしなさいよ! とんでもない凶暴な不良が来ると思って身構えてた私がバカみたいじゃない!」


悪評高いダイグレン学園の生徒にしては、シモンはあまりにも普通すぎる。少しアスナたちも肩透かしを食らったような気分だが、それでも油断だけはしないように、まだ警戒しているようだった。


「は~、でっ、シモンさんだっけ? ネギはイジメられないでちゃんとやってるの?」


「あっ、うん。その~、流石にまだまともな授業はやってないけど、クラスの人たちも何だかんだで先生のことは一目置いてると思うよ」


「ふ、ふ~~ん。でもさ、そんな中でアンタは何でいきなり部活に入ろうと思ったの?」


「え~っと・・・それは・・・」


「せやな~、シモンさんは中学のときには部活には入っとらんかったん?」


「何か人に言えない事情でも?」


「え~っと・・・」


いろいろと質問攻めに合うシモン。普段は同世代の男子とは別の校舎なために、彼女たちも少し興味津々のようだ。しかしたくさんの女性に詰め寄られて少し照れて口がうまく回らぬシモンの代わりに、ネギはにこ~っと笑って言った。


「シモンさんは、ニアさんっていう素敵な恋人とつりあうような人になりたいからだそうです」


「ちょっ、先生!? 俺そんなこと言ってないよ!?」


「えっ? でもニアさんの信頼を受け止められるぐらいの男とか・・・」


「そうだけどそうじゃないというか・・・それじゃあ、少し意味が違うというか・・・」


「何アンタ、彼女いるの? 居そうに見えないのに!」


「シモンさんって意外と進んどるんやな~」


「恋人が居るのですか。でしたらお嬢様たちと行動しても、少しは安心かもしれませんね」


「え~っと、だから、その~、俺が言いたいのは~」


「ね~っ、早く行こうよーッ!」


「もう色々な部活が始まってますよ~」


「あ~~~もう、何でいつもこうなんだよ~~」


いきなりネギの問題発言で場が盛り上がりだして出発に遅れてしまったが、今日の目的はシモンの部活動探し。


この広い学園をぶらぶらとし、アスナたちの質問攻めに合いながら、シモンたちは学園の中を歩き回り始めた。



まず最初は・・・・


「え、え~っと、ダイグレン学園のシモンです。い、一応初心者で仮入部ですがよろしくお願いします」


「ほ~い、しかし高等部の、ましてやダイグレン学園の生徒が来るとは思わなかったね」


麻帆良学園の体育館。

部活としては定番な場所にシモンたちは訪問した。

とある部活の顧問に頭を下げて挨拶するシモン。その周りではレオタード姿の少女たちがダイグレン学園という名前を聞いただけで途端に嫌そうな顔をしてヒソヒソと小声で話している。


「ネギく~ん、あの人大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ、まき絵さん。シモンさんは怖い人じゃありません」


「いや、ネギ。まき絵が思ってるのはそれだけじゃなくって、何で新体操部なのかってことよ」


体育館でシモンが先に訪問したのは、何と新体操部。特に理由はない。自分に何が出来て何が出来ないかを判断するには、とにかく手当たり次第に挑戦していこうというシモンの意思だった。

シモンは新体操というものをまったく知らずに、とりあえず顧問の二ノ宮に頭を下げる。


「んじゃ~、ちょっと運動神経を見たいから、なんかやってくれる? いきなりタンブリングやれとか言わないから」


「・・・タンバリン?」


「・・・は~~・・・宙返りでもバク転でも倒立でもなんでもいい。力や人と呼吸を合わせるのが得意なら、男子なら団体で組技というのもあるぞ?」


新体操部の規模は大きく、麻帆良の中でも強豪の部類に入る。そのためいきなり初心者の、ましてや素行の悪いダイグレン学園の生徒など迷惑極まりなく、顧問の二ノ宮は露骨に面倒くさそうだ。

一方で、シモンは顔を叩いて気合を入れる。


「そういえばアニキも言っていたな。男の合体・・・それは気合、そして宙を舞う美しさだって・・・・よ~っし」


体育館のフロアマットに上がるシモンに、注目する麻帆良新体操部員たち。


「シモンさん頑張ってくださーーーい!」


「しっかりやんなさいよーー!」


「ファイトやーー」


「がんばれーー」


ネギたちも声援を送る。その声援にシモンも頷き、さあ、シモンの演技が始まった!





・・・・・・・・・





「シモン、パスだ、パス回せ!」


「は・・・はい! い、いっけええーー!」


「バカやろう! バスケのパスは相手が取りやすくなきゃ意味ねーだろうがー! 何で無駄にドリル回転させるんだよ!」


バスケのコートで怒鳴られるシモン。

その様子を眺めながら、女子バスケ部の明石裕奈は申し訳なさそうに、ネギにひっそりと告げる。


「ネ、ネギくん・・・言っちゃ悪いけど・・・・あの人・・・多分バスケは駄目かにゃ~」


「ゆ、裕奈さん・・・そんな・・・」





プールでは・・・


「あいつ溺れたぞーーー!」


「アキラ、早く助けてやれ!」


「は、はい!」


プールで全力で泳いでいたら足が痙攣して溺れたシモンを、ネギの生徒の大河内アキラは慌てて飛び込んで救出した。


「い、息が・・・しっかりしてください。今・・・じ、人工呼吸します」


「しっかりしてください、シモンさ~ん!?」


「シモンさんは、水泳部も無理そうやな~」




校庭では・・・


「よっし、キーパーと一対一だ! 絶対に決めろよ、シモン!」


「よ、よっし! 今度こそ決めてやる! アニキのように気合を入れて! いくぞ、漢の魂完全燃焼、キャノンボールアタッーー・・・って、ボール取られちゃったよ~」


「バカやろう! 必殺技がなげーんだよ!?」


サッカー部のゲームで怒鳴られているシモンを眺めながら、サッカー部マネージャーの和泉亜子は頭を下げる。


「スマン、ネギ君・・・あの人多分無理やわ・・・」


「っていうかアイツ、スポーツ向いてないんじゃない?」


「せっちゃんの剣道部はどや?」


「申し訳ありませんが100パーセント無理です」





同じく校庭で・・・


「確かに男子のチアも最近はあるけど・・・」


「う・・・うん・・・」


「ちょっとキツイかな~」


苦笑しながらやんわりと断る柿崎美砂と釘宮円に椎名桜子。


「そ・・・そう・・・・」


がっくりと落ち込むシモンだった。



その後も色々な部活を回った。


運動部からサークルや同好会に至るまで手を出した。


しかしシモンの気合が空回りし続け、変わりたいと思う一方で人はそう簡単には変われぬと思い知らされる散々な結果になってしまった。


全てが駄目駄目という結果にショックを隠しきれず、最初の世界樹広場にてシモンが小さく体育座りをして落ち込んでいた。


「ここまで何にも出来ないやつは珍しいわね」


「運動系の部活なら仕方ないかもしれませんね」


最初はシモンに嫌悪の眼差しを見せていたアスナと刹那も、シモンの駄目駄目ぶりにとうとう同情し、いつの間にか真剣に部活探しに協力していたのだが、このような結果になりシモンを苦笑しながら哀れんでいた。


「ボクたちも歩きすぎて疲れたよ~」


「シモンさんもあんなに頑張ったんですけどね~」


「う~ん、せやけどこれじゃシモンさんが可哀想や」


ここまで一緒に協力した風香も史香も木乃香も少し疲れが見えるものの、シモンが納得いく結果が出ないことを自分の事のように悲しんでいた。


「せめてスポーツ経験があれば・・・」


「私も男子バスケ部の先輩にお願いしたんだけどね~、こればっかりはどうも」


「うん・・・私も力になりたいけど・・・」


「ウチはマネージャーやからそんなに入部の事に関しては言えんし・・・」


いつの間にかシモンの部活探しに協力しだした、まき絵に裕奈にアキラに亜子も、少し申し訳なさそうな表情をしていた。


「皆さん、今日はシモンさんのためにありがとうございます。でも・・・シモンさん・・・自信なくしてしまって・・・これで本当によかったんでしょうか? ボクが部活だなんて言わなければ・・・」


ネギは協力してくれた生徒たちに軽くお礼をした後、縮こまって落ち込んでいるシモンを見て、自分は安易な事をしてしまったのではと、少し後悔していた。


「そんな、ネギ君は一生懸命したんでしょ?」


「そうだよ、それにまだまだ部活はいっぱいあるし、私たちもあの人に協力するよ」


まき絵たちは全力を尽くして努力しているネギを慰めている。そんなネギと落ち込むシモンを交互に見て、アスナはため息をつきながらシモンの元へ行き、隣に腰を下ろした。


「あ~もう、あんたもいつまでも落ち込んでんじゃないわよ。一応私たちの先輩なんでしょ? あんたが落ち込むと、ネギまで落ち込んじゃうんだから」


「うん・・・俺の所為で・・・」


「あ~もう、そんなこと言うんじゃないわよ。それに・・・迷惑どころか・・・ちょっと私もあんたを見直したんだから」


「えっ?」


アスナの言葉にシモンは顔を上げた。


「ほら、ダイグレン学園なんていい噂聞かないし、どんな奴なんだろうかと思ってたけど、こんな風に恥をかいたり、人に笑われたりしても、がんばってどうにかしようって気持ちは伝わったから、ちょっと見直したって言ってるのよ」


アスナはシモンの隣に座り、少し照れながらシモンに言う。その言葉に刹那も近づいてきて、頷いた。


「私もそう思います。その・・・最初は睨んで申し訳ありませんでした。その・・・私たちも時間があれば協力しますので、いい部活を探しましょう」


アスナも刹那も自分を元気付けようとしているのだ。笑って励ましてくれるその笑顔が、何よりもシモンの心に染み込んだ。


「ありがとう・・・俺・・・まだまだがんばるよ」


「そうよ、その意気よ!」


「はい、やはり男性はそれぐらいでないと!」


シモンはいつまでも落ち込んでいられないと、顔を上げて笑顔で頷いた。アスナも刹那もホッとしてその言葉に頷いた。

だがその時、アスナは笑顔を見せるシモンの顔を、ジ~ッと見つめてきた。


「・・・ところであんた・・・今思ったんだけど・・・・どっかで私と会ったことない?」


「えっ? 無いよ? 俺君とは今日初めて会ったし」


「う~ん、私もそう思ってたんだけど・・・あんたをよく見ると・・・どっかで・・・」


アスナがシモン顔を、目を細めながらジ~ッと見る。

シモンも少し照れて体をのけ反るが、アスナの顔が余計アップに見える。刹那は少し顔を赤らめてアスナを止めようとするが、集中しているアスナはシモンとの顔の距離を気にせず、余計近づける。

少し角度を変えれば、勘違いされても仕方ない。

だから・・・


「・・・むっ!? アスナさん、危ない!」


「・・・へっ?」


「はあああ!!」


刹那がアスナに飛んできた何かを切り落とした。あまりにも突然のことでビックリして何が何だか分からぬアスナに木乃香たち。

刹那はゆっくりと自分が切り落としたものを見下ろし、目を見開いた。


「これは・・・螺旋鏢!?」


ライフルの弾のような螺旋状の鏢を指で弾いて撃ちぬく武器。


「誰だ!?」


こんな危ないものをいきなり撃ったのは・・・


「放課後は用事があると・・・一人で帰れと言い・・・自分は隠れてこれ程多くの女性と何をやっているのです、シモン?」


氷のような冷たい瞳と圧迫感で、夫の浮気現場を見つけた妻。


「く、黒ニア!?」


「・・・ニアは騙せても・・・私は騙せません。そしてそこのあなた・・・シモンに顔を近づけて・・・何を?」


「へ、へっ? 私!?」


黒ニアがシモンの前に、そして3-Aの生徒たちの前に現われたのだった。

彼女はシモンとシモンの回りにいる女生徒たち、特にアスナには一段と鋭い目で睨んだ。


「なあ、ネギ君、あの人もダイグレン学園の生徒なん?」


「はい、シモンさんの恋人です」


「えええーーーーッ!? ちょっ、こいつの彼女ってあんたなの!?」


「こんな凄い美人が!?」


「う、うそ・・・」


今は黒ニアモードで、非常にクールで冷たい表情をしているが、それでも彼女の美しさは誰もが分かった。


「恋人ではありません。妻です」


「「「「「「「「「「ええええええええええ~~~~ッ!!??」」」」」」」」」」


さらには、これ程何事も駄目駄目なシモンを、ここまで愛している女がいたなどとは思っていなかったため、彼女たちの驚きの声が広場に響き渡ったのだった。


「黒ニア・・・その・・・これは誤解なんだよ。彼女たちにはちょっと協力をしてもらって・・・」


「協力? 何のでしょうか?」


「えっと・・・それは・・・・・・・」


ネギとシモンは現れた黒ニアに所々を隠しながらも、今日一日の部活探しの話をする。

だが、全てを聞き終わった黒ニアだが、納得するどころか逆に不愉快そうな表情を見せる。


「シモン・・・何故部活なのです? 部活に入れば私と一緒にいる時間は減ってしまいます。今も私とニアで時間配分を公平にあなたと接しているのに、これ以上時間が減るのは・・・嫌です」


そして次の瞬間、黒ニアの表情が変わる。


「私も嫌です。シモンは私と一緒は嫌なのですか? 黒ニアが怒るのも分かります。どうして相談してくれなかったのです? 私はシモンに隠し事をされたくありません!」


黒ニアからニアにチェンジした。


「分かりましたか、シモン。部活などやめて私とニアと一緒にいるのです。クラブ活動など必要ありません」


「えっ? でも、クラブ活動というのは私も興味はありますよ? 私も入部できるのなら、シモンと一緒にやりたいです」


「甘いです、ニア。他の生徒たちもいるのであれば、シモンと二人きりの時間は減ってしまいます」


奇跡の人格シャッフル会話。

二重人格を苦ともしないニアだから出来る芸当。ニアと黒ニアが代わる代わるに出て会話していた。


「ネ、ネギ・・・・な、なんなのよあの人?」


「その~、ニアさんは・・・かくかくしかじかなわけで・・・・」


結局、ニアと黒ニアの話し合いが終わるのに、数十分かかった。

結局何だかんだで分かったのは、黒ニアもニアもシモンと一緒の時間が減るというのが嫌だということだ。

会話を全て聞いたアスナたちは、もはやダイグレン学園だとかそういう世間一般の評価など忘れてしまい、このラブラブなバカップルに苦笑しながら、女としてどこか憧れたりもしていた。


「・・・・・・というわけで、シモン。人数が少なく、忙しくもなく、私も入部できる団体であれば許可します」


「く、黒ニア・・・いいじゃないか俺の自由にしても! 俺のことなんだから、俺が決めるよ! こればかりは黒ニアやニアが決めることじゃ・・・」


「シモン、うるさいです」


「は・・・・・はい・・・」


とてつもない覇気に当てられて縮こまるシモン。本当に自分は愛されているのだろうかと疑いたくなるが、アスナたちはニヤニヤ笑っていた。


「尻に敷かれてるわね~♪」


「せやな~、ホンマにシモンさんが好きなんやって、よ~分かるわ」


「う~ん、言っちゃ悪いけど、どこがいいのかな~」


「しっ、まき絵・・・殺されるからそれは聞かないようにしよう」


同じ女性だからだろうか、シモンが怯えるほどの黒ニアの傍若ぶりを、愛からくるものであると理解し、シモンやネギと対照的に、ほほ笑ましそうに眺めていた。


「ええ~っと、つまり話を整理すると、黒ニアさんもニアさんも、条件さえ守れば、シモンさんが部活をやることを許可してくれるんでしょうか?」


「ええ、そうなります」


とりあえずこれまでの話をまとめるネギ。だが、まとめた後で、ネギたちも少し難しそうに唸った。


「う~ん、アスナさん。確かクラブの最低人数は5人ですよね?」


「そうよ、しかも忙しくないって意外と難しいわよ?」


「せやな~、もう直ぐ学園祭やし・・・せっちゃんはどう思う?」


「難しいと思います。大体そのような部活に入っても、それはシモンさんの求めるものではなさそうですしね」


「ええ~~、無理じゃーーん!」


黒ニアの最低限の譲歩だが、それもまた難しい条件だった。シモンは「そんな~」と落ち込み、ネギたちも難しいと頭を悩ませる。

これはもうお手上げなのか?

シモンの望みは叶えられないのか?

しかし、誰もがそう思いかけたとき、天から声が響いた。



「ハハハハハハハハ、お困りのようなら私が良い案を持っているネ!」



それは、自分たちの真上から聞こえた声だった。全員が驚いて見上げると、世界樹の木の上から一人の女生徒が飛び降りてきた。


「あっ!?」


「あなたは!?」


「フフフフ、ある時は謎の中国人発明家! ある時は学園NO1天才少女! そしてまたある時は人気屋台『超包子』オーナ! その正体は・・・・何と火星から来た火星人ネ!」


その女生徒もまた、ネギのクラスの生徒であり、アスナたちのクラスメートでもある女性だった。


「ちゃ・・・超さん!?」


超鈴音が笑いながらシモンの前に現われたのだった。


「誰?」


「超鈴音さん。僕のクラスの生徒です・・・」


現われた超は、ゆっくりとシモンの前に立ち、シモンを下から覗き込む。


「あ・・・あの~」


「・・・・・・・・・・・・・」


少しドキッとするシモンに、無言で眉がピクリと動く黒ニア。すると超は笑いながら、戸惑うシモンに対して口を開く。


「道が無ければこの手で創る! そう思わないか、シモンさん?」


「えっ、何で俺の名前を・・・」


「ふふふふ、実はダイグレン学園のシモンさんには、いつかこうして話をする機会がないかとずっと待ってたヨ。・・・って、恋愛がらみではないので黒ニアさんも睨まないで欲しいヨ」


「・・・・・・・・・・・そうですか・・・」


何と超鈴音はシモンのことを知っていたようだ。これにはネギもアスナたちも素直に驚いた。


「でも、超さん。シモンさんに用ってどういうことですか?」


「それに案って何なのよ?」


疑問を述べるアスナたちに超鈴音は不気味に笑った。



「ふふふ、勧誘ヨ!」



「「「「「「「「「「勧誘?」」」」」」」」」」



超鈴音はシモンに一枚の紙を差し出した。

その紙には大きな字でこう書かれていた。


「これは・・・新クラブ設立申請書?」


それは、新たなクラブを作るための申請書だった。


「そう、私とシモンさんとニアさん。後二人の部員と顧問を募って、新しい部活を設立するヨ!!」


「あ、新しい部活を作る!?」


それは正に発想の転換だった。ネギやアスナたちも驚きを隠せない。無ければ作るという発想は、まったく考えもしなかった。


「それってどんな部活なんだ!?」


シモンはワクワクしながら顔を上げる。すると超鈴音は途端に後ろを向いて空を見上げる。


「シモンさん・・・螺旋というものは・・・世界の真理だと思わないカ?」


「ハッ?」


「遺伝子の形・・・文明の発展・・・石油などのエネルギー資源の発掘・・・この世界と人間の進化には、常に螺旋が関わっている・・・」


何か背中を向けて壮大なことを語りだした超鈴音。しかしシモンもネギたちも期待が膨らんでいる。


「螺旋の力があれば世界が変わる。ならばそれは世界を救うことにも使えるとは思わないカ?」


「す・・・救う?」


超鈴音はニヤリと笑ってシモンを見る。


「そう、例えば現在途上国では砂漠に井戸を掘るためにドリルが活躍している。もしそれが更に進化し、火星のような不毛地帯だろうとも、大地を掘り、資源を生み出せるようなドリルを生み出せれば・・・ワクワクしないカ? 世界の新たな明日を掘り出す。私はそんなドリルを開発したいヨ。だからこそ、ドリルの扱いに長けているあなたの協力が必要ネ」


それは正に夢物語。

しかし学園最強の頭脳を誇る超鈴音の口から語られると、壮大なプロジェクトのように聞こえてくる。


「ド・・・ドリルを開発する? 俺の特技を活かせる・・・部活・・・」


「そう! その名も・・・世界を救うドリルを研究し、開発する部! その名もドリ研部(仮)ネ!! 名前は随時募集中! 部員は後2名必要ヨ!!」


これが運命の分岐点だった。

この時の超鈴音と出会い、更にまだ見ぬ新たな部員との出会いが、シモンのこれからの人生を大きく変えるきっかけになるのだった。




次回予告・・・

何も知らないくせに・・・初対面なのに怒られた。ならば意地でもテメエのことを知ってやる、知ってやるから入部しろ!

次回、ミックス・アップ、第6話! 入部しやがれ!




[24325] 第6話 入部しやがれ
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/19 18:51


「では・・・ネギ・スプリングフィールド、カクラザカ・アスナ、ターゲットはこの両名で?」


「うん。ネギ君が違う学園に行ったと聞いて、二人を集めるのは困難かと思ったけど、どうやら今運よく彼と彼女は一緒のようだ。やり方は君に任せるし、特に僕の要求は無い。それでいいかな?」


「ふふふ、承りました。このヘルマンが、その仕事を請け負おう」












シモンの部活探しは、超鈴音の新クラブ設立という提案で幕を閉じた。

一段楽したことで、ネギはこれまで黙っていたアスナたちへの事情の説明や、修行がどうとかでアスナたちと共に行き、今日は帰らないらしい。

帰路に着くシモンは、ニアと一緒に帰りながら新クラブ設立申請書の紙と睨めっこしながら、今後自分がどうするかを話し合っていた。


「ドリ研部か~、でも、具体的にどういう活動すればいいんだろ」


「超さんも残りの部員集めや部室などの準備が整い次第、活動すると言ってましたね。超さんが部室の準備や設備の準備をすると言っていましたので、私とシモンがするとしたら、残りの部員集めが重要だと思います」


「うん。クラブの設立は最低5名だから、俺たちを除いて後二人。ど~しよ、・・・アニキやヨーコたちは面倒くさいって言って、きっと入ってくれないだろうし・・・」


今後部員を勧誘するに当たり、シモンはまずは自分の身近な人間を頭に思い浮かべて行く。だが、一瞬でやめた。

どいつもこいつも放課後にクラブ活動をするようなキャラじゃない。


「ヨーコさんは色々な部を掛け持ちしていますけど?」


「う~ん、でもヨーコは運動部だからね。こうなったら、名前だけの幽霊部員でもいいかどうか今度聞いてみようか?」


「幽霊? まあ! この学園には幽霊が居るのですか? 私、幽霊は見たことがありません。もしお会いできる機会があるのだとしたら楽しみです」


やるべきことが見つかると、これほど世界が変わって見えるのか、シモンはニアと帰路に着きながらワクワクしていた。

自分のこれまでの人生とは無縁だったクラブ活動というもの、しかもそれを自分の手で作り上げるというのだ。大変かもしれないがやりがいがある。

どうやって部員を集める。今後の活動。そういえば近々学園祭もあるがどうするのか。考えているだけでも楽しみになってきた。


「シモン・・・楽しそうです」


「えっ? そうかな?」


「はい。私はそんなシモンの楽しそうな顔が大好きです。私も一緒に頑張ります。ですから、ドリ研部をとてもとても楽しい部活にしましょうね」


「ああ。もちろんさ」


楽しそう? 

その通りだ。流石にニアはよく見ている。これからの学生生活は今までとは違ったすごし方が出来ると思うと楽しみで仕方なかったのだ。

まずは早く部屋に帰ってこれからの事を考える作戦会議でも開こう。ニアだって喜んで同意するだろう。

シモンはニアと一緒に足早に帰ろうとした。

だが・・・


「あっ、シモン見て!」


「えっ・・・あっ、あれ・・・」


足早に帰ろうとしたシモンとニアの前方に、ダイグレン学園の不良たちが大人数で何かを囲んでいる。怒鳴り声や恫喝するような声も聞こえている。

シモンたちが目を凝らしてみると、その声の主は聞き覚えがあった。


「あの声・・・バチョーンだよ」


シモンは途端に嫌そうな顔をした。

バチョーンという男は同じダイグレン学園に通い、実は同じクラスでもあり、カミナやキタンと学園のトップの座を争っているライバルでもある。

カミナやキタンのように特定のダチを引き連れないで、とにかく大勢の舎弟を引き連れて学園内の地位を確立している男。

カミナと同じような前時代の番長スタイルで、意外と根はいい奴なのだが、カミナのライバルということもあり、シモンは少し苦手だった。

当然サボりの常習犯。ゆえにネギのことはまだ知らない。


「何をしているんでしょう・・・? 誰かを取り囲んでいるようですね」


「ええ~~、それって・・・カツアゲ・・・」


ニアに言われてシモンが目を凝らしてみると、確かにバチョーンたちは一人の少年を取り囲んで何かを叫んでいた。しかも相当険悪な状態のようで、周りの舎弟たちもいつ飛び掛るか分からない状態だ。

シモンの手は震えた。

きっとカミナがここに居たらこう叫ぶだろう、テメエら何やってやがると。

ネギがここに居たらきっとこう叫ぶだろう、あなたたち一体何をやっているんですかと。

しかも二人は躊躇わないだろう。ならばシモンはどうする? 相手は何人も居る喧嘩も強い不良たちだが、ここで怯えていたらいつもと変わらない。


「ニアは・・・先に帰って・・・」


「シモン?」


「せっかく・・・せっかく何かを掴めそうなんだ。ここで逃げてちゃ何も掴めない! アニキや先生ならそう言う!!」


シモンは意を決して不良たちの下へと走った。後ろからニアが叫ぶが、止まらない。そして勇気を振り絞って大きな声でバチョーンたちに叫んだ。


「そ、そこで何をやってるんだよ~!」


少し恐れを感じて噛んでしまったが、確かに言い切った。その声を不良たちも聴き、現われたシモンをギロッと睨む。


「おっ・・・バチョーンさん。こいつカミナの舎弟ですぜ?」


「はん、いつもカミナの後ろに居る金魚のフンじゃねえか」


現われたのがシモンだと分かった瞬間、不良たちはケタケタと笑い出した。


「よう、シモンじゃねえか。カミナとキタンは居ねえのか?」


「・・・バチョーン・・・その子に何をやってるんだ」


不良たちに囲まれていたのは、まだ小さな少年だった。白髪で、しかしどこかゾクリとさせられるような冷たさを感じる。黒ニアとどこか似た印象を受ける。


「何だ~、テメエはまさか俺がこんなガキにカツアゲしてるとでも思ったのか?」


「ち、違うの?」


「ふん、俺だってこんなガキから巻き上げたり喧嘩売るほど落ちぶれちゃいねえ。だがな、喧嘩を売られたら話は別よ」


「えっ、喧嘩を売られた!?」


身長的にはまだ少年に見える。そんな少年がバチョーンたちに喧嘩を売った? 自分には想像もできなかった。

すると、これまで黙っていた少年がため息をつきながら口を開いた。


「別に売ってなんかいないさ。ただ、せっかくコーヒーを飲んでいたのに、君たちがあまりにもやかましくて目障りだから、今すぐこの場から消えろと言っただけだよ」


「それが喧嘩売ってるって言ってんだよ!」


「やめろって言ってるだろ! バチョーンも君も」


なるほど、話しの流れは良く分かった。

しかしバチョーンたちのような、見るからに不良にここまで恐れずにハッキリと言うとは、この少年も只者ではないとシモンも思った。


「とにかく、バチョーンもこんな大勢で一人相手に喧嘩するなんてやめてくれよ」


「あん? シモン・・・お前はいつからこの俺にそんな口聞けるようになった」


シモンに言われた瞬間、バチョーンの矛先はシモンに向いた。するとそれが合図となったかのように、ゾロゾロと周りの舎弟たちもシモンに近づいてきた。

ここでいつも怯えて縮こまるのがシモン。だが、自分は変わると誓ったんだ。


「口なら・・・いくらだって聞くさ」


「・・・なんだと?」


「俺だって・・・男だ!! いつまでも・・・いつまでも隠れてるわけじゃないんだ!」


バチョーンに向かってシモンが叫んだ。その瞬間、ピキッと音を立ててバチョーンの額に筋が浮かんだ。

そして次の瞬間、シモンの頬に痛みが走った。それは拳だ。バチョーンが拳を振りぬいて、シモンを殴り飛ばした。


「シモン! バチョーンさん、シモンになんてことをするんです!? どうしてぶつんですか!?」


殴られたシモンの下へニアが慌てて駆け寄って、バチョーンを睨む。


「へっ、奥さんの登場かよ。だがな、シモン、俺はそういう根性は嫌いじゃねえ。正直今までカミナの腰巾着だと思ってお前の事は嫌いだったし相手にもしなかった。だが、こういうことなら話は別だ。男として信念通したいなら、カミナたちと同じように拳で語れ! 堂々とお前とも喧嘩してやるよ」


バチョーンはニヤッと笑ってシモンを見下ろした。殴られたシモンはまだ地面を這っている。

だが、そんな光景を一部始終見ていた少年はため息をつきながら小さく呟いた。


「くだらない・・・」


「んだと!?」


「どういう美学かは知らないし知る気もない。だが、君たちみたいに何の苦労や痛みも知らずに惰眠を貪るような連中が、信念や生き様を語るのは不愉快で仕方ない。まあ、君たちに言っても仕方ないだろうけどね」


見下す? 侮蔑? そういうレベルではないだろう。少年の言葉は、まるでバチョーンたちの存在そのものに不快感を示している。


「そして君もそうだよ。僕は別に助けなんて求めていないし、勝手に飛び出して殴られるなんていい迷惑だよ」


「ッ!?」


そして少年は、庇ったシモンにも冷たい言葉を浴びせた。当然そんな言葉をニアは許せない。


「何を言っているのです!? シモンはあなたを助けようとしたのですよ? あなたはそれを迷惑だと言うおつもりですか!?」


「そうだね・・・・迷惑だよ。頼んでいないのに誰かが庇って犠牲になる。そんな世界を僕は見たくないんだ」


「そ、そんな!? ・・・・・・・・この・・・・・良く分かりませんが・・・・純粋なシモンの行為を侮辱するのは許しません」


その瞬間、ニアと黒ニアは入れ替わった。黒ニアもまた少年のことを冷たい瞳で睨み返した。


「・・・君・・・ふっ、2重人格か・・・この学園は本当に面白いね。でも、その分不愉快なものも多いみたいだけどね・・・」


「まだ言うのですか? あなたが何者かは知りません。ですが私はシモンを傷つけるものは許さないと決めているのです」


「・・・・・・殴ったのは後ろの彼でしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


その瞬間、黒ニアはギロッとバチョーンを睨んだ。

少年の冷静なツッコミで、矛先がバチョーンに向いた。


「えっ・・・俺?」


「ま、まじいですぜ、バチョーンさん! 黒ニアは、あのテッペリン学院の四天王を上回る力を持っているんですぜ?」


「バ、バカ野郎! ビビッてんじゃねえ! いいじゃねえか、上等だ! 売られた喧嘩は10倍返し! 全員まとめてやってやらァ!!」


黒ニアの恐ろしさを知っているのか、不良たちは少し怯え気味だが、もうこうなったらヤケだとバチョーンも叫び、全員で襲い掛かってくる。


「いててて・・・って、皆来た!?」


「シモンは下がっていてください」


「ふう、・・・・石化にするわけにはいかないし、気絶させるか・・・」


対してシモン以外の二人は大してビビッてはいないようだ。むしろだからどうしたと、クールにバチョーンたちを迎え撃とうとした。

だがその時、横槍が入る。



「喧嘩・・・駄目・・・・」



「「「「「「「「「「なァッ!?」」」」」」」」」」



目の錯覚だろうか? 幻想だろうか?

30人の不良たちとの喧嘩が始まろうとした瞬間、世にも珍しい見たことも無い生物たちが空から大量に降ってきた。


「な、なんだァ!?」


「うおおおお、化物だーー!?」


「コリャなんだ!? 学園祭のための小道具かァ!?」


突如現われた謎の生命体の大軍に不良たちは慌てて逃げ惑う。


「化物じゃない・・・友達・・・食べないように言ってるから大丈夫・・・」


そんな謎の生命たちと共に現われたのは、これまた珍妙な人物だった。

グレーの髪の色に褐色の肌に目元にピエロのようなメイクを施した少女だった。制服から、麻帆良女子中等部の生徒だと分かる。


「これは一体・・・」


「わ、分からないよ。君がやったの?」


「・・・・・コク・・・」


シモンと黒ニアに小さく頷く少女。そして彼女はゆっくりと白髪の少年に近づき、少年にしか聞こえないぐらいの小声で何かを喋っている。


「私が助けたのはあの不良。私が入らなければ、あなたは彼らに危害を加えていました」


「・・・君・・・人間じゃないね・・・何者だい?」


シモンと黒ニアは、二人が何を話しているかは聞き取れないが、バチョーンたちが謎の生命体に逃げ惑っているのはチャンスだと考え、少年と助けてくれた少女の手を掴んで走り出す。


「とりあえず逃げよう! ニアも君たちも走って!」


「分かりました。とりあえずあなたたちも」


「「・・・・・・えっ?」」


シモンは強引に二人を引っ張ってその場から走り出した。遠くからバチョーンたちが「待てーーッ!」っと叫んでいるが、とにかく今は全力で走った。


「・・・・・・私も・・・逃げる?」


「ねえ・・・僕は別に逃げなくても・・・そろそろ手を離してくれないか?」


だが、懸命に走っているシモンには聞こえない。ただ必死に少年と少女を逃がそうとしていた。

しっかりと握られたその手を見ながら、少年は再びため息をつきながら思った。


(なんでこんなことに・・・ヘルマン氏とネギ君との戦いを観戦しようと思ったのに・・・)


少女は思う。


(・・・・・・痛い・・・・・強く握られている・・・・)


何でこんなことになってしまったのかと、二人は表情こそ変えぬが少し困っていた。

だが、何故かは分からないが・・・


(でも・・・・)


少年も・・・


(・・・この手・・・)


少女も・・・

シモンの手を何故か振り払うことが出来なかった。

振り払おうとすれば簡単に出来るはずなのだが、シモンに引かれた手を、何故かは分からないが振り払うことは出来なかった。



((・・・温かい・・・))



自分たちの手を強く握るシモンの手から感じる温もりや、必死さが伝わったのだった。










「だーーーーはっはっはっはっはっは! とうとうバチョーンに一人で啖呵を切ったか! 流石だぜ、兄弟!!」


「まったくも~、子供先生と何をやってるのかと思ったら・・・、でもあんたが部活ね~、いいんじゃない?」


「っつ、沁みる・・・」


「我慢しなさい、男の子でしょ?」


麻帆良学園とは思えぬほど、くたびれたボロボロの寮のこの部屋はシモンの部屋。そしてニアの部屋でもある。

ニアも寮に自分の部屋があるのだが、普段の寝泊りはほとんどシモンの部屋でしている。

シモンは止めるが知ったこっちゃないようだ。

本来まだ学生の男と女が同じ部屋で泊まるなどあってはならないのだが、それもまたニアには知ったこっちゃなかった。

今はこのボロボロの部屋に、これまでの経緯を聞いたカミナが上機嫌に笑い、シモンの殴られた頬に手当てをしているヨーコが居る。


「んで、そこのガキと嬢ちゃんの名前はなんて言うんだ?」


カミナが尋ねるのは、シモンが連れてきた少年と少女。どうやらシモンは彼らを自分の部屋まで連れて逃げてきたらしい。


((・・・何故・・・・こんなことに・・・))


少年と少女が無言で同じことを思っていたことは、誰にも分からなかった。


「黙ってないで何とか言ったら? 勝手にやったこととはいえ、シモンは殴られてるんだから」


未だに無表情で無言の二人に、ヨーコは少し眉を吊り上げて言うが、二人はそれでも黙ったままだった。

さて、どうしたものか。

沈黙が重く感じた。

どうも少年と少女はこの場に居づらそうな雰囲気を醸し出しているため、シモンも何と声をかければいいのか分からなかった。

だが、そんな彼らにこの男は堂々としていた。


「おい、白髪ボウズ!」


「ッ!?」


「ピエロ娘!」


「いたっ・・・・」


デコピンされた。

別に痛かったわけではないが、あまり味わったことのない衝撃に二人は目を丸くして、おでこを押さえながらカミナを見る。


「名前って聞いてんだろうが。テメエらがどこの誰だか何だか細けえことは話したくなければそれでいい! だがいつまでも呼び方が分からなくちゃやりづれえ。テメエの名前ぐらいはハッキリ答えろ!」



「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」



「おい、聞いてんのか? もう一発やるぞ?」


カミナが再びデコピンを二人に放とうとした瞬間、少し慌てた口調で二人は口を開いた。


「・・・フェイト・・・フェイト・アーウェルンクスだ」


「ザジ・・・・・レイニーデイ・・・」


「フェイトとザジか、言えるんならさっさと言えばいーじゃねーか」


そう言ってカミナは再び笑った。

思わず名乗ってしまい、一瞬フェイトは顔を顰める。何かミスをしてしまったような表情だ。


(しまった・・・隠密に行動していたつもりが・・・今僕がここに居ることが学園側にバレると、今後の行動も取りづらくなるんだけど・・・)


人には言えない事情がある。フェイトはそれなのに思わず名乗ってしまった自分の迂闊さに少し呆れていた。


(とにかく長居は無用・・・さっさと立ち去るか・・・)


いつまでもここに居るわけにはいかぬと、フェイトはソッと立ち上った。


「悪いけど僕はもう行くよ。いつまでもここに居る理由も・・・・・」


「「「「「うおおーーーっす! シモン、やらかしたみてえだなァ!!」」」」」


帰ろうと思った瞬間、ドアが乱暴に開けられてフェイトの言葉をかき消してしまうほどうるさい男たちが乱入してきた。

キタンたちだ。

彼らは何かコンビニの袋やスーパーの袋を大量に引っ提げて、うれしそうな顔をしていた。


「み、みんな・・・どうして?」


「さっき、バチョーンたちがシモンはどこだって騒いでたんだよ。聞けばお前、バチョーンに啖呵きったそうだな。お前も色々やるようになったじゃねえか。やっぱカミナの選んだ男ってか?」


「ドッジボールの時といい、男を上げたテメエを祝うために色々買って来た!」


「というわけでお前を祝うため、俺たちは闇鍋パーティーを企画したというわけだ」


「おう、そうだそうだ!」


「鍋だ鍋だ鍋だ!」


何と彼らはシモンとニアの狭い部屋に無理やり押しかけ、有無を言わさずに鍋を用意しだした。


「は~~、・・・・要するに何か理由を見つけて、あんたたちはバカ騒ぎしたいのね?」


「「「「「「そうかもしれねえ!!」」」」」」


ヨーコは呆れたように溜息をつきながら、キタンたちの考えを見抜いた。

要するにシモンへのお祝いはどうでもよくて、ただ騒ぐ口実が欲しかっただけのようだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ、みんな! いきなりそんなに押し掛けられても・・・」


「まあ、素敵です! 一度、みんなで鍋パーティーというのを私もやってみたかったのです!」


「はっはっはっは、シモンの男を上げたお祝いと聞いちゃ黙ってられねえ!! よっしゃ、テメエらダイグレン学園闇鍋パーティーだ!!」


部屋主であるシモンの意思などもはやなかった。ニアもカミナも乗り気になり、いつの間にか狭い部屋が満室になってしまった。


(・・・帰れなくなってしまった・・・)


(・・・・・・・・・・・・帰れない・・・・・・)


部屋のドア付近でキタンたちが座り込み、出るに出られない。

フェイトとザジはどうやってこの場から抜け出そうかと考えていたが、二人の肩に手をまわしてカミナが座った。


「よっしゃあ、フェイ公とザジも一緒に食ってけ! 今日は朝まで騒ぎ明かすぜ!!」


「「・・・・えっ?」」


冗談ではなかった。

フェイトもザジも正直どうやって帰ろうかを思案していたのに、一緒に闇鍋など論外だった。だが、カミナにそんな事情は通用しない。


「おい、カミナ。その二人は誰だ?」


「ん? シモンが連れて来たダチだよ」


帰れないどころか、いつの間にか友達にされてしまった。

こうなったら多少の無茶をしてでも帰ろうと、フェイトは肩に回されているカミナの腕を外して立ち上がる。


「冗談じゃない。いつから僕が彼と友達になったんだい? 正直迷惑だ。僕はもう帰らせてもらうよ」


フェイトはそう言って、座っている人で埋め尽くされている畳の上を、何とか隙間を見つけてつま先立ちで帰ろうとする。だが、その足をカミナは止めた。


「おらァ、ちょっと待てえ!」


「むっ・・・・」


足をつかまれバランスを崩してフェイトが転びかけた。むっとして振り向くと、こちらには更にむっとしたカミナが睨んでいた。


「友達じゃねえだ~? バカ野郎。男と男は互いに名乗った瞬間からダチ公で、一緒に飯食えばその時点で親友だ!! 仏頂面して何考えてるか分からねえが、そんなツッパリ方は全然カッコ良くねえぞ?」


「・・・・・・・・・何も知らないなら・・・何も分からないならなおのこと、僕のことは放っておいてもらおうか?」


「あん?」


「何も知らない人間に、ましてや君たちのような好き勝手に生き、何も背負わず、何も努力しようともせず、何も成そうとしていない者たちに、僕のことをあれこれ言われたくないね」


何やら言いたい放題言われ、カミナは眉をピクリと動かす。

キタンやニアたちは無視していつの間にか準備を始め、シモンはハラハラして右往左往していた。

ザジはどうすればいいのか分からず、固まっていた。


「・・・カッコいいとかカッコ悪い・・・それが君たちの概念かい? 正直、ヤンキーというものは知らないから分からないが、僕は君たちに興味も無いし、知りたいとも思わない。分からないならハッキリ言おう。どうでもいいんだよ、君たちのことは」


その瞬間、部屋の温度が下がった気がした。


(えっ? ・・・なんだこいつ・・・この・・・妙な迫力は・・・)


シモンは少し寒気がした。

キタンたちは準備に夢中で気づかないが、シモンはフェイトの言葉と瞳を見た瞬間、凍りつきそうになるほどの悪寒を感じた。

気づけば何故かザジが少しお尻を浮かせて、すぐにでも飛びかかるような態勢になっている。

一体何がどうなっているのか分からない。

ひょっとしたら、自分はとんでもない者を部屋に招き入れてしまったのではないかと、シモンは震えた。

しかし・・・


「へっ、お前・・・ダチがいた時ねえだろ?」


「・・・なに?」


カミナは違った。何故かこれほどの圧迫感を前にしても、鼻で笑った。


「ふっ、・・・友達・・・ね・・・それこそくだらない。僕にはそんなものは必要ない。欲しいとも思わない」


フェイトもまた鼻で笑って返す。だが・・・


「必要とか必要ねえとか、欲しいとか欲しくねえとかそういうもんじゃねえ。いるかいないかだ。ダチってのは必要だから作るんじゃねえ。欲しいから作るんじゃねえ。そいつと付き合ってたら自然となっちまう。互いにダチになろうと言ったわけでもなくな。それがダチってもんなんだよ」


「・・・だから? それが僕に何の関係が」


「ダチがいねえくせに、それがくだらねえとか言うんじゃねえって事だよ。自分が分からねえクセにそれをバカにするなんざ、それこそお前の言う何も知らないクセにってヤツなんだよ!!」


「・・・言ってくれるね・・・」


「言ってやらァ! ダチってもんをバカにされて黙ってられるか、俺を誰だと思ってやがる!」


「・・・さあ、知らないよ」


正に一触即発の空気。カミナとフェイトの間でピリピリとした空気が流れた。

だが、その瞬間部屋が薄暗くなった。


「ッ!?」


別に何も見えないほどの暗闇ではないが、フェイトは突然の暗闇に一瞬戸惑い反応が遅れてしまった。


「はいはい、あんたたちそれまでにして、準備で来たわよ? いつまでも食事前に口論してんじゃないわよ」


「「ッ!?」」


カコーンという音が響き渡った。

それはヨーコがおたまでカミナとフェイトを殴った音だった。


「いって~~、何すんだよ、ヨーコ!」


「うっさいわね! あんたたちがいつまでもゴチャゴチャやってると、いつまでも始まんないでしょ! それにあんたも! つまんないことゴチャゴチャ言ってないでとにかく食べていきなさいよ。あんたにとっては意味のないくだらないものでも、何事もやってみなくちゃ分からないわよ?」


エプロン姿でおたまを持った姿は、まるでお母さんだ。


(な、殴られた・・・しかもおたまで・・・・この僕が・・・・)


フェイトも生まれて初めての経験なのか、戸惑っている様子だ。


「よっしゃあ、準備出来たぜ!」


「うわ~~、楽しみです」


「材料はとにかくブチ込んだから、順番に取っていく。一度お箸をつけたら必ず食べる。鍋の中にお箸を入れたら2秒以内に取る。それでいいわね?」


「「「「よっしゃああああ」」」」」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ええっと・・・何かそういうことらしいし、ザジだっけ? ザジも食べていく?」


「・・・・・・コク・・・」


「だから僕は・・・・」


「はっはっは、闇鍋前にして逃げるなんて許さねえ! それともテメエは目の前の問題から逃げだす腰抜けか?」


「・・・なんだって?」


「はいはい、もーいい加減にしなさい。それならまずはフェイトだっけ? あんたからスタートしなさい!」


「だから僕は・・・」


「よっしゃあ、新入り行って来い!!」


「ビビるんじゃねえぞ!」


キタンたちもフェイトをはやしたて、何だか帰れるタイミングを完全にフェイトは逃してしまった。


(・・・・学園結界内で魔法を使ってこの場を切り抜けても、学園側やネギ君にバレるからそれは避けたい・・・相手も一般人だし、手荒なまねはNGだ・・それにしても何だこの人たちは・・・全然パワーも魔力もないのにこの迫力は・・・何だか逆らえない・・・)


もはや諦めるしかない。脱出も力ずくでの強行突破も避けたいと、フェイトは深くため息をつきながら箸を持った。


(騒ぎも起こしたくないし、ここは郷に従うか・・・)


フェイトが人生初めての闇鍋に挑戦する。

カミナやキタンたちもワクワクしながらフェイトが掴むものに注目する。

部屋は薄暗いが鍋の場所や人の顔が見えないほど暗くは無い。しかし、何故かフェイトには鍋が未知の暗闇の世界に見えた。

どす黒い鍋の中に箸を入れ、フェイトが掴み取ったもの、正直何だかわからない。

あまり気は進まないが、ここは我慢しようと、フェイトはその食材を口に入れた瞬間、口の中がネチョネチョと気色悪い食感が広がった。



「・・・・・・なんだい・・・これ・・・・甘くて・・・・スポンジのような・・・」



「うおお、ひょっとして俺が入れたチョコレートケーキじゃねえか!? 畜生、取られた!」



「なるほど・・・確かに言われれば・・・・・・・・・ッ!!??」



バリンボーが悔しそうに叫び、フェイトもなるほど、これはチョコレートケーキかもしれないと思った・・・・いや・・・・



「いや・・・ちょっと待ちたまえ・・・何故鍋の中にチョコレートケーキなんて入れるんだい?」



「ん? 甘いものも欲しいだろ?」



「そうじゃなくてそれはデザートにすればいいじゃないか。チョコレートやクリームが溶解して鍋のダシと混ざると思わないのかい?」



闇鍋初心者のフェイトは信じられないという感じだが、ヨーコやキタンたちはさも当たり前のような顔だった。


「あら、別に良いじゃない。ちょっとぐらい甘くなっても気になんないわよ。お腹に入れば同じでしょ?」


「贅沢なこと言うな~、新入り、ひょっとしてお前ボンボンじゃねえのか?」


「・・・・・・・・・・・・・・君たち・・・大丈夫かい?」


「おらおら、フェイ公が終わったから、次はザジだ! ほら行って来い!」


「・・・・・・コク・・・・」


もはやフェイトも開いた口がふさがらず、フェイトの苦情もアッサリ流されて二番手のザジが鍋に箸を入れる。

無言で鍋の中に箸を入れ、彼女は掴み取った食材を食べて呟いた。



「・・・・・・蟹・・・」



「「「「「「「蟹ッ!?」」」」」」」



何とザジは蟹を引いた。その瞬間全員が身を乗り出した。


「ちょっと待て、蟹なんて高級なもんがあったのか!?」


「あっ、そうそう。ニアが冷蔵庫に入れてた蟹をくれて、私が切って入れといたわ!」


「ニアちゃんが!?」


「はい、シモンに食べさせてあげようと思って以前買って冷蔵庫に入れていた蟹です。ヨーコさんに切ってもらいました。ザジさん、おいしいですか?」


「・・・・・・おいしい」


「よかった。た~んと召し上がれ」


「ちょっと待ちたまえ。蟹があるなら普通の鍋をすればいいじゃないか。大体僕はチョコレートケーキで何故彼女は蟹なんだい?」


「いいじゃないか別に。次にまわってきたらフェイトも取れば」


「・・・・君たちの感覚は・・・もはや理解しがたいね・・・・」


ニアがほほえみ、ザジはほくほくと蟹を食べ、どこか満足そうな表情をして、フェイトは一人不服そうだった。

流石は家出中とはいえ大金持ちのお嬢様。その瞬間ダイグレン学園の生徒たちは瞳を炎のように燃え上がらせた。


「流石ニアだぜ」


「へへ、蟹まで入ってるとはやる気が出るぜ! 天国か地獄!」


「しかし、一度目で蟹を引くとはザジちゃんか? 君もやるじゃないか」


「おう! だが、次はそうはいかん!」


「俺も取る! 俺も取る! 俺も取る!」


「へっ、ゾクゾクしてきやがる」


キタン、キッド、アイラック、ジョーガン、バリンボー、ゾーシイもまるで喧嘩前のような笑みを浮かべている。


「これは負けてられないわね」


「おう、このカミナ様も蟹をいただくぜ!」


「よ~っし俺もやるぞ~」


ヨーコもカミナもシモンも気合を入れる。闇鍋のテンションはたった二人目が箸を入れただけで最高潮になる。


「よし、次は俺だな」


「おういけシモン! お前の箸で何かを掴め!!」


「男を見せろ、シモン!」


「シモン、がんばってくださいね」


続いてシモンが箸を入れる。心を躍らせて、これだと思うものをシモンは取り上げ、それをすかさず口に入れた。

それを食べているシモンの口の中がジャリジャリと音を立てて、何かとんでもない食材かと予感させる。

しかし皆の予想とは裏腹に、食べたシモンはとても笑顔で叫んだ。


「おいしい! これ、すごくおいしいよ! これ・・・ロールキャベツだ!」


どうやら当たりのようだった。

しかしその瞬間、キタンたちは顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。


「俺たちそんなもの買ってきてないぜ?」


「ああ、本当にロールキャベツなのか?」


何と買い出し班のキタンたちが入れたものではないそうだ。では誰が入れたのかと首をかしげると、再び彼女が口を開いた。


「あっ、それ今日の夕飯にしようと思っていた私の作ったロールキャベツです!」


「「「「「「「ッ!!??」」」」」」」


「良かった、シモンが取ってくれて。やはり私とシモンは繋がっているのです」


「そ、そうかな~。でも、これ本当にすごくおいしいよ」


「うん、ありがとうシモン」


シモンとニアの甘い甘いラブラブ空間が作りだされた。

フェイトはそれをくだらないと溜息つくが、周りを見渡すと二人以外のダイグレン学園の者たちは、驚愕の表情を浮かべて箸がプルプル震えていた。


「こ、・・・こんなかに・・・・ニアのて・・・手料理が・・・・」


「やべえ・・・・これはロシアンルーレットどころの騒ぎじゃねえ・・・」


「・・・生きるか死ぬか・・・それが問題だ・・・」


彼らはまるで何かに恐れているかのように鍋を睨んでいる。


「「?」」


フェイトもザジもどういうわけか分からず首をかしげたまま、闇鍋は進んでいく。


「おっしゃあ、唐揚げだ!!」


カミナ・・・


「おっ、これは魚肉ソーセージじゃねえか!」


キタン・・・


「ん~、これ・・玉子ね・・・」


ヨーコ・・・


「甘い・・・これ、パイナップルです。甘くておいしいです」


ニア・・・

どんどん皆が箸をつついて闇鍋が進み、ついにフェイトの2周目が来た。


「フェイト、ニアのロールキャベツがおいしいよ。がんばれよ」


「シモン・・・そうか・・・ならばそれを狙ってみよう・・・」


2周目が来たフェイトは鍋を睨み、今度こそまともな食材を取ると誓った。


(これまでの経過を見ると、それなりにまともな食材も多い。ジョーガンという彼が消しゴムを引いて、バリンボーという彼が紙皿を引いた以外はまともに食べられるもの・・・・って・・・)


そこでフェイトは我慢できずに物申す。


「何故消しゴムや紙皿が鍋の中に入っている? 食べるものではないと思うんだが」


「やーね、きっと適当に入れてたときに混ざっちゃったんでしょ? 大体消しゴムとか紙皿を煮込んで食べるバカがどこに居るの? 常識で考えなさいよ。ほら、あんたの番よ? さっさと取りなさいよ」


「・・・・・・君たちの常識が分からない・・・」


やはり不安だ。これほど食べ物を粗末にする料理がこの世に存在するのかと、フェイトはまるでカルチャーショックを受けたように顔を落とす。

だが、落ち込んでいる中で頭を働かせ、この状況からの活路を考える。


(このルールでは箸を鍋の中に入れて直ぐに取り上げなければいけない。つまり箸の感触で食材を探してはいけない。蟹は箸で挟んで持ち上げる分、コンマ数秒のタイムロスがある。つまり一発で当てなければすぐにバレる。そのタイムロスを無くすには箸を突き刺して持ち上げられる食材が良い。ならば順当にいけばシモンが言ったロールキャベツを狙うべきだ。僕ならば・・・一瞬の感触で当てられる・・・コンマ数秒で見極める) 


フェイトはカッと目を見開いて、箸を鍋の中に突き刺して全身系を集中させて一つの食材を鍋から出す。

それを見た瞬間、フェイトは小さく笑った。


「どうやら・・・当たりを引いたみたいだね・・・」


「「「「「「げっ!?」」」」」」


それは紛れもなくロールキャベツだ。

フェイトは少し本気を出せばこのようなことは造作も無いと、少し勝ち誇りながら、ロールキャベツを口に入れた。

だが、フェイトは知らなかった。

何故、ニアの手料理が入っていると分かった瞬間、ダイグレン学園の生徒たちの表情が強張ったのかを。

そして実はシモンがものすごい味音痴である事を。



「fh9qほkんッ!?」



フェイトはロールキャベツを食べた瞬間、撃沈した。

それはこの世のものとは思えぬとんでもない味がした。刺激・異臭・食感・全ての感覚がブチ壊されるかのようなもの。


(な、なん・・・だこの料理は・・・この世の全てをひっくり返すかのような・・・)


魔法や凶器にも匹敵する最強の破壊力。

意識が朦朧とし、胃が焼けるような感覚だった。


「フェイトさん、・・・おいしくないですか?」


ニアが無言のフェイトに不安そうに尋ねてきた。


さて、フェイトはここでどうするのか。


箱入りお嬢様のような彼女がシモンという、愛する人のために心を込めて作った手料理をフェイトは口にしたのだ。


そんな手料理の感想を純粋に聞いてくるニアに面と向かって「まずい」と言えるのか?




「いや・・・・わ・・・・・・・・・・・悪くないね・・・」




ようやく搾り出した言葉でフェイトは確かにそう言った。




((((((フェイト・・・お前は漢だッ!!))))))




シモンとニアを除いたダイグレン学園の不良たちは、涙を流しながら親指を突き立てて、フェイトの男ぶりに心から賞賛した。


「・・・・・・豚肉・・・」


「おっ、ザジちゃん、蟹に続いて豚肉とはスゲー引きの強さじゃねえか!」


「おいしい・・・・」


それを聴いた瞬間、フェイトは更に不機嫌になった。


そこから先は、何でこんなことになっていたかは分からなかった。


誰がどんな食材を引いても、それが当たりでも、ハズレでも、とにかくみんなで大盛り上がりだった。


当たり食材を引いたものにはみんなが笑いながらブーイングし、ハズレ食材を引いたものには拍手しながら食べさせた。


いつの間にかフェイトもザジも帰るどころか、みんなの輪の中に居て、決してそれが不自然な光景には見えなかった。



(・・・・・何をやっているんだ僕は・・・使命を放棄してこんなくだらないことを・・・)



本来の目的を見失うどころか、何故自分はこんな所で闇鍋などしているのか? 思い出した瞬間、自分自身に呆れる。だが・・・



(しかし・・・まあ、・・・今日だけなら・・・)



ほんの一時の取るに足らぬ無駄な時間だと思えば良いだろう。フェイトはそう思うことにした。

心から笑いあうシモンやカミナたちの中で、少し胸がチクリとしながら、今だけは表情を変えずにその場の空気に流されることにした。









「フェイト、ザジ、おなかは大丈夫?」


鍋がすっからかんになり全てを食べ終えて満足し、再び電気をつけたシモン部屋で、シモンはフェイトとザジに苦笑しながら尋ねた。


「まあ、途中からまともな食材も引けたからね・・・なんともないよ・・・」


「おいしかった・・・です・・・」


「それは良かった!」


最初はどうなるかと思ったが。何だかんだでフェイトもザジも最後まで付き合った。それが何だかうれしかった。


「ねえ、ザジは本校の中学生だって分かるけど、フェイトはどこの学校なの? その制服見たこと無いけど・・・」


「ああ、これは制服じゃないよ。言ってみれば僕の存在証明のような服だ。まあ、君には関係のないことだけどね」


「そ、そう・・・じゃあ、学校は?」


「行ってないよ。僕にそんなものは必要ないし、他にやるべきことがたくさんあるからね」


「やるべきことって?」


「それは・・・シモンには関係のないことさ」


ニアやヨーコたちが片づけをしている間、ようやく落ち着いたこともありシモンがフェイトのことを尋ねるが、フェイトは変わらず自分のことは話さなかった。

少ししょぼくれるシモンだが、相変わらずのフェイトにカミナが告げる。


「まっ、お前の使命とやらがなんだろうと、確かに俺らにゃ関係ねーな。だが、それがお前の絶対に譲れねえものなんだとしたら、何でも構わねえ、がんばんな! 俺たちゃ応援してるぜ!」


「・・・・・・えっ・・・・」


「あっ? 何だよそのアホ面は。よく分からねえけど、やらなきゃなんねー事があるなら応援してるって言ってんだよ」


フェイトは目を丸くした。


「何故・・・応援するんだい? 僕が何をやるかどうかも分からないのに・・・」


「あ? んなもんダチだからに決まってるじゃねえか」


「・・・・・・・・・・!」


カミナはフェイトの問いに不思議そうな顔して当たり前のように答えた。

対して言われたフェイトの内心が揺らいだ。


「バカなことを・・・」


「あん?」


「バカなことを言わないでくれ」


そして激昂した。


「ふざけるな・・・今日会ったばかりの君たちと・・・僕を何も知らない君たちがどうして友になりえるんだい?」


表情は変わらない。相変わらずの無表情。

しかし口調の強さと、部屋全体を震え上がらせるほどの圧迫感はシモンたちがこれまで味わったことのないほどの、住んでいる世界が違うと思えるほどの存在感だった。


「へっ・・・へへへ・・・俺様が震えてやがる。テメエ、やっぱ只者じゃねえみてえだな」


「うん、そうだよ。僕は君たちとは違う」


カミナは汗をかいて震える手をギュッと力強く握りながら引きつった笑みを浮かべた。

気づけばキタンやヨーコたちも表情を変え、ただ黙ってフェイトを見つめた。


「僕は君たちと違う。君たちは普通に生まれ・・・普通に育ち・・・普通に学校に通う。しかも君たちはその持っている権利を当たり前のように思い、それをいい加減に過ごしたりバカなことをしたりして駄目にしている・・・僕はそういう当たり前の権利をもてない人たちを多く見てきた・・・そんな君たちと僕が・・・どうして相容れることがある?」


冷たく重い言葉には、フェイトの背負っているものの大きさ、自分たちには想像もつかぬほど大きな世界を感じさせた。

だが・・・


「だから、何だ?」


「・・・何?」


「相容れることだ? んなもん誰が決めたんだよ! そいつとダチになれるかどうかは、俺様が決める!!」


「・・・・・・・・・・・はっ?」


ヨーコたちはため息をついて苦笑した。


「よ~っし、フェイ公、テメエの言い分は分かった。要するにテメエは俺たちじゃ何もテメエのことを分からねえから、ダチにはなれねえって言いたいわけだな?」


「まあ・・・掻い摘んで言えばね・・・」


「そうと聞いたら答えは一つだ! フェイ公、お前・・・ダイグレン学園に編入しやがれ!!」


・・・・・・・・間。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」


フェイトは目が点になった。


「俺たちがテメエを理解できねえかどうかは、俺たちと一緒に過ごしてから決めやがれ! テメエを知らねえとダチになれねえなら知ってやる! 意地でも知ってやる! 俺たちを誰だと思ってやがる!」


「・・・・・なんで僕がそんなことを・・・・大体君たちのような者と友にはなりたくないよ」


「よ~っし、そうだシモン。ついでにこいつをお前の部活に入れてやんな! 青春じゃねえか! それに部員はそれで揃うんだろ?」


「えっ・・・アニキ? いや、そんな強引に・・・それに部員は最低5人で・・・」


「ん? そうか・・・じゃあ、ザジ、お前も入ってやれ」


「・・・・・・・・・・え?」


「がはははは、これでお前の部活は成立だな! 弟分の部活設立に協力し、新たなダチも手に入れた! ハッハッハッ、これからまた楽しくなりそうだぜ!!」


人の話を一切聞かずに一人で強引に話を進めていくカミナは一人高らかに笑っていた。

最早言葉が浮かばずに呆気に取られるフェイトに、どうして良いか分からずザジはシモンを無言でじ~っと見つめた。

シモンももはや何年一緒に居ても驚かされるカミナのメチャクチャさに、改めて呆れてしまったのだった。






翌朝・・・


ネギはダイグレン学園に向かう前に学園長質に呼び出された。何やら緊急事態ということで、良く分からないがとにかく急いだ。


「でも、一体どういうことでしょう。私たちまで呼び出されるとは・・・」


「へっ、なんかおもろそうなことが起こっとるんかもな。昨日のヘルマンのおっさんも結構おもろかったし、この学園はホンマに退屈せんな。転校してきて良かったで」


「うん、良かったね、小太郎君」


ネギと共に走るのは刹那と犬上小太郎という転校生。

普段はこの場に居るであろうアスナは一緒ではない。

何やら学園長には絶対にアスナは連れてきては駄目だと言われたからだ。

どういうわけかは分からないが、とりあえず言われたとおりアスナには黙って、ネギたちは急いで学園長室に向かう。


「せや、ネギ・・・お前の耳に入れとかなあかんことがある。実はな・・・今回のヘルマンのおっさんの襲撃・・・お前らの京都での事件・・・多分黒幕は・・・あいつや」


「あいつ?」


「フェイト・アーウェルンクス・・・・あの白髪のガキや」


「・・・あの・・・あの時の子が?」


小太郎の話をネギは聞きながら、頷いた。


「確かそれは修学旅行で小太郎君たちと居た・・・あの時の子が黒幕だったんですか?」


「ああ・・・お前らと修学旅行で戦った後、反省室に入れられとる俺の前にアイツが現われたんや。ネギを闇討ちにしたら出してやるって言われてな。勿論断ったけどな」


「そんなことが・・・」


「ああ、気をつけろやネギ。あいつは得体が知れん。何考えてるのかもサッパリ分からん。いつ・・・どんな手でお前の前に現われるかも分からん。用心しとくんやな」


「うん。分かった。ありがとう、小太郎君」


ネギは小太郎の言葉を聞き、自分を狙う脅威の存在を知って心を引き締める。

ここには大切な人たちが山ほど居る。誰一人失わず、傷つけないためにも、絶対に生徒たちは守って見せると心に誓った。

そして小太郎の話が終わったとほぼ同時にネギたちは学園長室の前にたどり着いた。たどり着いた彼らは軽くノックをして中に入る。

中には何人もの教師や生徒たちが居た。しかも全員只者ではない。

恐らくこの学園全土に散らばる魔法先生、魔法生徒が集結しているのだろう。ネギも小太郎も刹那もその顔ぶれに息を呑む。

しかしどういうわけか、室内はかなりギスギスした雰囲気だ。

タカミチなど両手をポケットに入れながら、まるで憎っくき敵でも見るかのような形相で、正直寒気がした。


「あ~・・・・・・・ネギ君・・・・その~・・・ちょっと言いづらいんじゃが・・・・」


「?」


「これがどういうことか・・・君には分かるかの~」


学園長が何か言いづらそうに尋ねてくるが、正直何のことだかサッパリ分からない。

そしてネギと小太郎と刹那は少し首をかしげながら部屋を見渡し、丁度タカミチが鋭い目で睨んでいる視線の先に目が止まった。

そこに居たのは白髪の少年・・・



「「「・・・・・・・・・・・・・えっ!!??」」」



まさか・・・そう、思った瞬間ネギたちは震えた。

正直間違いであって欲しい。他人の空に出会って欲しいと願うが、その願いは無残にも砕け散った。

白髪の少年が振り返り、何だか気まずそうな表情をしながら、ネギを見ながら口を開く。



「今日から・・・・・・麻帆良ダイグレン学園に編入するハメになった、フェイト・アーウェルンクスだ。とりあえずイスタンブールの魔法協会からの留学生で、飛び級・・・・・・そういうことで誤魔化されてくれないかい?」



「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」



何が何だか誰にも理解できず、頭を皆が抱えてしまった。

とりあえず何とか搾り出せた言葉は・・・・・・





「「「出来るかァッ!!?」」」







「・・・・・・・・・やはりそうだよね・・・僕もそう思うよ・・・」








次回予告

これがなんの役に立つ? 関係ないと逃げてきた。だが、一度くらいはやってやる。やるからにゃ~、勝ってやる! 因数分解、上等だァ!!


次回、ミックス・アップ、第7話! 勉強するか!



[24325] 第7話 勉強するか!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/22 23:37
「クソッ、やられた! まさかこのような手段で出てくるとは思わなかった! こんな大胆な作戦を取るような者だったとは!」


「タカミチ・・・少し落ち着くのじゃ・・・」


「学園長、これが落ち着いていられますか!?」


学園長室で悔しそうに頭を抱えながら、タカミチは叫んだ。

いつも冷静で大人の柔らかい物腰のタカミチがこれほど取り乱すなど珍しい。逆に言えば、それだけ事態のヤバさを表しているともいえる。


「小太郎君の証言だけではフェイト・アーウェルンクスを立件できない。正規のルート・・・どこまで本当かは分からないが・・・まともな手続きで編入してくる以上、それを学園側が拒否するわけにはいかない。だからといって多数の腕利きの魔法使いたちが在住するこの学園に堂々と乗り込んでくるとは・・・この堂々とした作戦・・・大戦期では人の裏ばかりをかいて影で動き回っていた完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)とは明らかに違う・・・まさかこんなことになるなんて・・・今回のアーウェルンクスは・・・明らかに何かが違う!!」


「うむ・・・堂々と乗り込んできた・・・これは警告とも取れるのう。なんせワシらはこれで何千人とこの学園に通う一般生徒達を人質に取られたに等しい。ワシらが不穏な動きを見せたらどうなるか・・・これは大胆な作戦に見えてとてつもない防御も兼ね備えておる」


「はい。何よりここの学生になってしまえば、これからは堂々とネギ君や・・・アスナ君にだって近づく口実が出来る・・・こんなとんでもない作戦を実行してくるとは・・・しかもまさかダイグレン学園にとは・・・あそこではネギ君は今一人だ・・・刹那くんたちやエヴァが居るわけでもない。もし襲われたら、今のネギ君では・・・・ネギ君・・・・」


「う~ん・・・まあ、そうなんじゃがの~」


タカミチは己の無力さを嘆くかのように拳を握り締め、ワナワナとしている。今すぐにでも飛び出してネギの元へ駆けつけようとしているようにも見える。

フェイトが編入してきたというとんでもない事態に、タカミチは非常に頭を痛めた。これから起こりうるかも知れぬ何かを、どうやって防げばいいのかと悩み苦しんでいた。

だが、学園長は何故か既に達観したかのように落ち着いていた。それがタカミチをさらに苛立たせた。


「学園長、もっと真剣に考えてください。こうなったら、京都に居る詠春さんに協力を要請するなど対策を色々と・・・」


「いや・・・タカミチ・・・なんというか・・・問題はそれだけに留まらんのじゃ・・・」


「ま、まさかまだ何かがあるのですか!?」


これ以上一体何があるというのだ。タカミチは背筋を凍らせながら、学園長の言葉を待つ。すると・・・


「このままじゃネギ君・・・普通に教職取り上げられそうなんじゃよ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・えっ?」


「つーか、もうマジで取り上げられることはほぼ確定的じゃ。委員会でもそういう話がある」


それは信じられぬ言葉だった。

あまりにも突然すぎる言葉に我慢できなかったタカミチは思いきり怒鳴った。するとその声は当然学園長室の外まで聞こえ、これまた偶然通りかかった3-Aの生徒たちの耳に入ることになる。

聞き耳を立てられているとは気づかず、タカミチは尋ねる。


「どういうことなんです?」


「うむ・・・実はダイグレン学園のネギ君のクラスで、とある課題をクリアすればネギ君を教師としての資質を認めると言っておるのじゃ・・・」


「課題? なんだ、それならなんとかなるかもしれませんよ? ちなみにその課題とは?」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


タカミチの問いかけに対し、学園長は一枚の紙を無言で手渡した。



「なになに・・・ネギ・スプリングフィールドのクラスで中間テストの赤点者が全員追試をクリアできれば認める・・・・・・・えっ?」



そこに書かれている内容を、タカミチは恐る恐る読み上げる。



「カミナ君たちが・・・留年を毛ほども恐れぬ彼らが・・・・後一週間足らずで・・・ですか?」



そして固まった。


「・・・・無理じゃろ?」


「そ・・・それは・・・」


タカミチの口元は震えていた。

実はダイグレン学園の生徒は同級生の年齢が違うというのは珍しくない。姉妹全員と同じ学年というキタンや、弟分と同じ学年のカミナ、そして既に成人男性並の貫禄のある不良たちである。

彼らのほとんどは停学や出席日数、そして単位不足が原因である。

しかし彼らの学業姿勢は留年しようが、だからどうしたといわんばかりに改善が見られない。赤点出そうと追試を出そうと・・・それ以前に・・・


「赤点とか追試とか以前に・・・そもそも試験を平気で休む彼らが・・・デスカ?」


「ああ、無理じゃろ? こんなもんどーしろっちゅうんじゃ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


タカミチは無言になってしまった。

思わぬ難問に、タカミチですら言葉を詰まらせた。

だが、その数秒後、噛み噛みではあるももの、タカミチは何とか学園長の言葉を否定する。

そうだ、教師である自分が信じなくてどうする。


「い・・・・・・・・・・・・・いえ、ネギ君は同じような課題を以前クリアしました。そう、試験順位が最下位だった自分のクラスを学年トップに押し上げました。僕は・・・・・・・信じます。彼のことを」


タカミチは学園長室の窓から空を遠くまで見つめる。


(ネギ君の可能性は無限大だ。道はこの空のようにどこまでも繋がっている・・・そう・・・彼なら・・・きっとやってくれる)
















だが、そんな大人たちの話を何も知らずに、肝心の麻帆良ダイグレン学園の教室では・・・・


「待ってください!!」


「ッ!?」


ネギは素早くゾーシイの腕を掴んだ。ゾーシイはネギを睨みつけるが、ネギは怖い目をしてゾーシイを睨み返す。


「ゾーシイさん・・・今・・・ぶっこ抜きをしましたね?」


「あ~~?」


「その手、・・・開いて見せてください」


ぶっこ抜き・・・それは、麻雀であらかじめ山牌の端に自分の好きな牌を積み込んでおき、相手の隙を見て自分の要らない牌とすりかえるポピュラーなイカサマだ。

ネギはゾーシイの腕を掴んで嫌疑を掛ける。正直ネギはメガネをかけてはいるが、一般人の怪しい動作を見逃すほど間抜けでもない。ネギはこの瞬間を待っていたとばかり、ゾーシイの腕を掴んだ。

だがゾーシイは、追い詰められているはずが、逆に笑った。


「はっ、俺がぶっこ抜き? とんだ言いがかりだぜ。まあ、見たけりゃ見せても良いが・・・この手の中に何もなかったら・・・どうすんだ?」


「・・・・えっ?」


「生徒にイカサマの疑いかけて・・・俺がシロだったらどうすんだ? テメエ、ちゃんと落とし前つけるんだろうな?」


「えっ・・・でも・・・僕は確かに・・・」


「ああ。だから俺もそこまで言うなら見せてやるが、あらぬ疑いを掛けた事を、どう責任取るつもりだ?」


「うっ・・・・・ううう・・・」


相手が一枚上手だった。

ネギは諦めてゾーシイの腕を放して、何事も無かったかのように続きを打ち始めた。諦めたネギを見て、安堵のため息をつきながら、ゾーシイは手の中に入っていた牌を手牌に加えた。

要するにネギは間違っていなく、ゾーシイのハッタリだった。

だが、これで完全にペースを乱されたネギはズルズルと負けていく。


(((まだまだ甘いぜ!)))


男たちは不敵に笑った。


「まあ、泣くなって先生よ~。後でこのキタン様秘蔵のエロDVDをこっそり拝ませてやるからよ~。金髪年上年下制服コスプレなんでもござれのコレクションだ」


「なっ!? こ、高校生がそんなエッチなのはいけません!?」


「な~に言ってんだ。あのシモンとニアだってあんなツラしてきっとイロイロしてんだぜ? この世のでっかい山やきわどい谷を見てみたくねえか?」


「へっ、まずは先生の好みを知る必要があるな。そうだ、このグラビアの中で先生が一番反応すんのはどれだよ? ほれ、顔隠してねーで見てみろよ」


「駄目ですってば~~!?」


顔を真っ赤にして逸らすネギ、その瞬間男たちの瞳はきゅぴーんと光った。


(((はい、この隙に牌交換!!)))


麻帆良学園の魔法先生、魔法生徒たちがこれからの事態に頭を悩ませている頃、ネギはのん気にカミナたちと麻雀をして、負け越していることに頭を抱えていたのだった。


「シモン・・・彼・・・どんどん深みに嵌っていくけど、大丈夫なのかい?」


「う~ん、でも麻雀で勝ったら授業を真面目に受ける約束だったしね・・・」


「しかしカミナたちも容赦が無いね。さっきから見ているけど、イカサマばかりじゃないか。見破ってもネギ君では問い詰めることも出来ない・・・何だか見ていて気の毒だね」


「ああ。どうやら先生は運だけは凄いから、イカサマ使わないと勝てないらしいよ。あれでもっと押しが強ければいいのにな~」


麻雀対決を横目で眺めてため息をつくフェイトと苦笑するシモン。

これがこの学園の日常。

おおよそ普通の学校生活というものを味わったことの無いフェイトには戸惑う場面が多かった。


「フェイト、ところで今日放課後時間ある?」


「放課後? 特に用は無いけど・・・」


「良かった。今日さ、部員が揃ったって事を超って人に教えたら第一回会議とお祝いを超包子でやろうって連絡が来たんだ。だから放課後一緒に行こうよ」


「・・・部活・・・本当に僕がやるのかい?」


「うん、アニキも強引だったし、どうしても嫌だって言うなら仕方ないけど、俺はフェイトと一緒に出来たらうれしいかな・・・」


少し上目遣いで見てくるシモン。

ここで断ってもいいのだが、どうしてもそれを躊躇ってしまったフェイトは仕方なく了承した。


「・・・ふう・・・分かった。とりあえず今日は顔を出そう」


「本当? それじゃあ放課後は空けといてくれよ」


まるでこれでは本当にただの学生だ。

学園の魔法使いたちはフェイトの行動にハラハラとしているのに、肝心のフェイト自身は本当に何か明確な目的や考えがあって編入してきたわけではない。

しかしそれでもこの場に居てしまうフェイトは自分自身を疑問に感じていた。


「シモ~ン、お弁当作ってきました、一緒に食べましょう」


「ああ。いつもありがとうな」


大きな重箱を幸せいっぱいの顔でシモンに届けるニア。シモンも照れながらニアにお礼を言うと、ニアはもっと嬉しそうな顔で笑った。


「いいえ。これが私のやりたいことだもの。たくさん作ってきたので、フェイトさんもどうですか?」


「ッ!? い・・・いや・・・結構。僕は食堂で何かを買ってくる」


突然のニアの誘いだが、フェイトはニアの巨大な重箱を見た瞬間、背筋が震えた。

あの闇鍋で一口サイズの料理を食べただけで自分は撃沈したのだ。その何倍もの量がある目の前の弁当は、フェイトにとって大量破壊兵器にしか見えず、やんわりと断りながら教室から出た。


「やれやれ・・・何をやっているんだろうな・・・僕は・・・」


廊下に出てフェイトは一人呟いた。


(・・・学校か・・・確かにそれなりに悪くない・・・だが・・・)


騒がしく、無意味な時間の繰り返し。特に何かが目的でもなく、当たり前のような時間を当たり前のように過ごす。


(本来住むべき世界が違う・・・なのに僕は何故ここに居る? ・・・場の雰囲気に流されて成すべき大義を見失う・・・そんなことは許されない・・・なのに何故僕は寄り道をしている・・・)


自分が分からない。

ただ、自問自答して思い出すのは、カミナが言ってくれたあの言葉。「お前のことを知ってやる」ふざけるなと拒絶したはずの自分の心が、なぜか何度もその言葉を思い出させる。


(カミナ・・・シモン・・・ニア・・・彼らに分かるはずがない。僕を理解できるはずはない。なら何故僕は無視せずにここに居る?)


おおよそ、魔法や裏の世界とは関わりのないシモンたち。しかしそんな彼らと共にある自分は一体なんなのだ?


(僕は人形。主の夢想を叶えるための・・・だから心はない・・・そう思っていた・・・。そうか・・・分かっていないのは僕も同じか・・・矛盾しているんだ・・・僕は・・・)


フェイトは騒がしく、暴力的で、しかしどこか笑いの耐えないカミナやシモンたちを見ていると、気づかなかったことに気づいてしまった。


(そう・・・彼らが僕を知らないんじゃない。僕が僕自身のことを分かっていないんだ・・・・)


分からないのは自分自身。だから自分はここに居るのかもしれないと、少し自嘲気味にフェイトは呟いた。


「やれやれ・・・それにしてもこの学園の自動販売機の品揃えは悪いね。こんなコーヒーは飲めたものじゃない」


いつの間にかたどり着いた自動販売機の前で、コーヒー党でもあるフェイトは自動販売機の飲み物の種類に愚痴を零した。

こんなことをしていると、本当に自分は学生になってしまったような感覚に陥り、それを無様だと思う反面、それほど悪くもないと思う自分が居た。

すると、自動販売機の前でため息をついているフェイトの後ろから、割り込むように小銭を入れてボタンを押した者が現われた。

だが、その人物は出てきた飲み物をそのままフェイトに差し出した。



「何事も経験だよ。・・・・・・転校祝いに、僕が奢るよ」



そこに居たのはネギだった。

少しムスッとした表情のネギは、飲み物をフェイトに渡し、そして自分用にもう一本購入し、そのままふたを開けて飲んだ。



「・・・七味コーラ? 嫌がらせかい?」



ギャグのような飲み物を手渡されてフェイトも呆れる。


「先に嫌がらせのような行動をしてきたのは君じゃないか。まさかダイグレン学園にいきなり編入してくるなんて・・・・・・・・何を企んでいるんだい?」


教室に居たときとは違い、実に真面目で真剣な表情だ。実際フェイトのことが分からず探りを入れているという印象を受ける。


「そういう君こそ何をやっているんだい? 噂では中国拳法やら闇の福音の弟子になったやらで、相当修行していると聞いたんだが、ここでやっているのは麻雀や花札にグラビアアイドルなどの談義・・・君、何をやっているんだい? 授業は?」


「うっ・・・ぼ、僕だって授業をやりたいけど皆が聞いてくれなくて・・・」


「僕も同じだ・・・僕の意思とは関係なく・・・何故か逆らえない言葉に従ってしまったというべきだろうね」


「どういうこと?」


「こればかりは僕にも分からないということさ」


フェイトにも分からない。何をバカなという言葉だが、フェイト自身もこれが今言える本心だった。


「ねえ、フェイト・・・・・・ヘルマンさんは・・・君が? アスナさんたちを攫うように指示したのも・・・君か?」


探りを入れても分からぬため、ネギは直球でフェイトに尋ねた。だが、フェイトは至って冷静にかわした。


「・・・さあ・・・何か疑わしいことがあるのなら証拠を見せてみることだね。そうすれば僕を追い出せるかもしれないよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「僕を追い出すかい? ネギ・スプリングフィールド。まあ、力ずくはお勧めしないね、正直今の君の力では・・・「そんなことしない」・・・僕にかな・・・・何だって?」


フェイトが少し驚いた顔をした。


「君がどういう目的で、何を考え、何を思ってこの学園に来たかは分からないけど、僕がここに居る間は君も僕の生徒だ。迷惑な生徒だから追い出す? そんなことを僕は絶対にしない。魔法使いとしてではなく、君が生徒である以上、僕は先生として君を受け入れるよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・裏切られて後悔しないかい?」


「しないようにがんばるよ」


「・・・・・・・ふん・・・」


これ以上フェイトはネギと会話をする気にはならなくなった。

カミナにシモンにニアだけではない、キタンたちだけでもない、ネギもそうだ。どうしてそう簡単に人を受け入れようとする?


(人・・・僕は人とは違う・・・でも・・・なら、ヒトとは何だ? ・・・分からない・・・)


ただフェイトは自分の心の中の戸惑いを悟られぬように、持っていた缶のふたを開けて、グイッと飲んでその場を誤魔化そうとした。



「あ・・・・・・・・」



「・・・・・・ぶごッ!?」



フェイトは自分の持っていた飲み物が「七味コーラ」ということをすっかり忘れて一気に飲んでしまったのだった。







一方その頃、学園長室の会話を盗み聞きした鳴滝双子姉妹により、ネギが窮地に居ることが3―Aの中で瞬く間に広まった。


「えええええーーーーッ!? ダイグレン学園のネギのクラスの追試者が追試をクリアできなかったら、ネギはクビッ!?」


「そうだよ、高畑先生と学園長が話してたから間違いないよ!」


「ネネネネネ、ネギ先生がクビ!? そそ、そのようなことを認めてなるものですか!?」


「そんなの嫌だよーー」


「何で? 何でネギ君がそんなことになるのさ!?」


「う、うち、おじいちゃんに聞いてこよか?」


「いえ、お嬢様。恐らくこれは学園長でも覆せぬことなのではないでしょうか? 恐らく前々からネギ先生を良く思っていなかった教育委員会などが無理難題を押し付けたのでしょう」


ネギは僅かな期間だけの研修で、帰ってきたら以前と同じように皆と楽しい毎日を過ごせると誰もが確信していた。

だが、ここにきてネギの身に自分たちがまったく知らなかった大人の圧力がかかっていたことを、少女たちは初めて知ってしまった。


「本来エスカレーターで本校にいけるうちの学園で、エスカレーターでいけなかった連中が相手よ? そんなの無理に決まってんじゃない! つうか、あいつら試験すら受けてないわよ!」


「そそそ、そんなのあんまりですわ!? あんな掃きだめの連中のために、ネギ先生が・・・ネギ先生が・・・そんなの断じて許せませんわァァ!!」


「う~む、こうなったらダイグレン学園の不良に無理やり勉強させるのはどうアルか?」


「そうね、何としてもクリアさせるためには、まず授業を受けさせて・・・こうなったら私も協力・・・・」


「あ~、アスナ~それは無理だよ。どんなに馬鹿学校でも、高校生のテストなんだから、科目数とか私たちより全然多いでしょ?」


「う~む、不良たちを力ずくで何とかは拙者らにもできるやもしれぬが、勉強が関わってはお手上げでござるな」


どうすればいい?

どうすればネギのクビを回避できるのか?

ネギのクラスの追試者をクリアできればいいという条件だが、そう簡単なものではないことをダイグレン学園を知る彼女たちはよく理解している。

もし自分たちが同じ高校生なら、まだ協力のしようがあったかもしれないが、アスナたちなど今の中学生の勉強範囲で精一杯だ、とてもではないが協力することは出来ない。

ギャーギャーと文句を言うが、それでも打開案が思い浮かばない。

すると、少し大人しめの少女は、ここぞとばかり勇気を振り絞って叫んだ。



「わ、私は・・・ネギ先生を信じます!!」



彼女の名前は宮崎のどか。ネギに思いを寄せる少女だ。



「のどかの言うとおりです。馬鹿レンジャーが集い毎回学年最下位のクラスをトップまで引き上げたのは誰のお陰だったか・・・皆さん忘れたですか? それとも、ネギ先生を信じないですか?」



のどかの言葉で静かになったクラスに、彼女の友人である綾瀬夕映の言葉がアスナたちの心に染み渡る。


「何を仰るのです、この雪広あやか、世界が疑おうともネギ先生を信じますわ!」


「わ、私だってネギ君を信じてるもん!」


「そ、そうだよ・・・ネギ君は天才少年だもんね、私だって信じてるよ!」


あやかが叫ぶと、まき絵や裕奈も同意し、ネギを信じているという想いを皆が持つようになっていた。

アスナも刹那も木乃香も少し苦笑しながらも、確かにネギならこの状況をも何とかするかもしれないと思うようになった。


「ふん、まさかこんなピンチになるとはな。せっかく我が弟子になったというのに、坊やも苦労が耐えないな」


「ネギ先生も大変ですね」


「エヴァちゃん・・・茶々丸さん・・・」


クラスメートの大騒ぎとネギのピンチを聞いて、ネギの師でもあるエヴァンジェリンは、従者の茶々丸を連れて実に愉快そうに笑っていた。


「何よ、エヴァちゃんはネギが心配じゃないの?」


「はん、あの坊やはどれだけやっても出来るかどうかもわからぬ目標を達成しようと思っているのだぞ? やれば出来るようなこんな問題など目を瞑ってでもクリアできんようなら、私も興味が無いな」


「そう言いつつマスターは、ダイグレン学園に行ってしまったネギ先生との修行の時間が減って少しつまらなそうです・・・」


「余計なことは言うなよな~、茶々丸~」


多少は歪んでいるかもしれないが、何だかんだでネギが心配であったり信じていたりしているのだ。これ程の人望や信頼を得ているあたり、やはりネギは何か特別なものがあるとアスナも感じていた。


(ネギ・・・みんなあんたのことちゃんと待ってるんだからね。不良なんかに負けんじゃないわよ!)


この困難もネギなら必ず何とかするとアスナも信じることにした。


「ふん、ところで神楽坂アスナ。坊やのことだが、この間のヘルマンとやらとの戦いは中々だったが、坊やは修行もちゃんとしているんだろうな?」


皆に聞こえない程度の小声でエヴァがアスナに尋ねてきた。


「だ、大丈夫よ。ちゃんとアイツは色々なことを覚えてるって言ってたわ。この間は千鳥とか言う技を覚えて、今はツバメ返しって技を勉強中とか・・・」


「千鳥? ツバメ返し? ほう、中々凄そうな技だな。雷系の技と剣の技か? 今度会ったときに見せてもらおうか・・・」


ニヤニヤと楽しみにしているエヴァだが、その技が麻雀のイカサマの技と知るのは、もう少し後のことだった。

そんなクラスメートたちの光景を外から笑みを浮かべながら眺めている少女が居た。


「やれやれ・・・まあ、シモンさんに限って追試ということは無いと思うガ・・・同じ部員のよしみ、私が協力するカ」


彼女こそ、シモンとともにドリ研部を創設した超鈴音。

中学生でありながら、大学生まで全てを入れた麻帆良全学生、研究者、教授、博士を含めたこの学園に居る全てのものを差し置いてNO1の頭脳を持つ彼女が、義理あってシモンに協力するために動き出した。


「シモンさんのメールによれば部員も既に残る二人を集めたと、まあどうせ残る二人はダイグレン学園の不良たちの誰かだろうネ。しかしその不良たちがもし追試をクリアできなかったら部活動も禁止だし、ネギ坊主もピンチ。それだけは避けねばならないヨ」


部活動禁止とネギのクビ。それは人に言えない事情だが、超鈴音には避けねばならない展開だった。


(シモンさん・・・私の居た世界の歴史では、常に彼は関わっていた。開拓者・・・天元突破・・・穴掘りシモン・・・その功績は歴史の裏側に刻まれる。未開の地を掘り当てる・・・資源の発掘・・・建設建築の分野・・・それら全てに貢献したのは、彼の持っていたドリルと技術と発想力にある。ドリルと技術は後世にまで伝わっている。しかし肝心な彼の発想力は受け継がれていない。それを私が自分の世界に持って帰れたら・・・魔法と科学の融合に・・・彼のドリルを融合させられれば・・・私の計画・・・最低でもそれだけはこなさねばならないネ)


彼女には彼女の想いがある。

どうしてもネギのクビと部活禁止は避けてシモンと友好を深めるために、他のクラスメートのようにただ単にネギを信じるだけでなく自らも動こうとしていた。


「ちょ、超さん、どこに行くの?」


教室から出ようとする超にアスナが気づいた。


「部活の仲間が困るかもしれないので、この学園最強の頭脳を誇る私が協力に行くネ!」


部活の仲間、それはシモンのこと。それを知っているアスナたちは、慌てて超に問い詰めた。


「ちょっ、ダイグレン学園に行く気!?」


「大丈夫、心配要らないネ。あの人たちは根はいい人たちヨ」


「そりゃ~、シモンさんみたいな人がちゃんとやっていけてるんだからそうなんだろうけど・・・でも・・・」


「ちょっ、超さん! まさか一人だけネギ先生に協力してポイントを稼ごうという魂胆ではありませんか!?」


「ハハハハ、委員長も困ったものネ」


ピラピラと手を振りながら教室を去ろうとする超。

だが、不思議なことにそんな彼女の後ろをピタリとくっついて一緒についてくる少女が一人居た。


「・・・で、何でザジさんも一緒について来ようとしているカ?」


「・・・仲間・・・」


「へっ?」


クラス中の目が点になった。


「同じ部活・・・仲間・・・協力・・・」


「・・・・・・・・・ザジさんがカ?・・・・・・・・」


「・・・・・コク・・・・ドリ研部・・・・」


てっきりダイグレン学園の不良の誰かだと思っていた残りの部員が、こんな近くに居た。

このことに超鈴音を含めてクラスメート全員が呆気に取られてしまったのだった。









さて、ネギを救うためにイロイロな人たちが心配し、協力しようとしているのだが、やはり一番の問題は「やる気」だろう。

実際追試を受けるカミナたちがいかに勉強に集中できるかがキーになってくる。

もし、まったく勉強にやる気が無い連中を勉強に集中させることが出来れば、正に魔法だろう。

しかしその魔法が、実に絶妙なタイミングでカミナたちに降りかかった。


「知らないんですか? ・・・・・・今年からの学園改革」


「・・・・・・・・・・・何?」


「赤点の人は追試で、それに失敗したら学園祭に参加できずに補習なんですよ」


「なにいいいいいいいいッ!? 赤点組は追試? ミスれば学園祭に参加できねえだとォッ!?」


「はい・・・リーロン校長がそう言っていました」


ロシウの言葉にキタンたちは怒りをあらわにして大抗議を始める。


「馬鹿言ってんじゃねえ! 去年までんなことなかったじゃねえかッ! それがまた、何でんなことになってんだよ!?」


「僕に言わないでください! ほら、ウチの学園は学園祭でお金儲けしていいというのは知っていますね? それで本来の学生の本分を忘れてそちらに集中する生徒ばかりで両親やPTAから抗議が来て、今年からの改革らしいです」


「ふざけんなァ! 学生の本分は麻雀にパチンコに学園祭だろうがァ!!」


「あー、もう! だから僕に言っても仕方ありません!」


この時期になると、本校の生徒たちは皆慌しく動いていた。

一年で最大級とも言うべき学校行事の学園祭。

それを何の懸念もなく迎えるために、直前の中間試験では皆が勉学に勤しんでいた。それが普通の高校だろう。

しかしここではそんなことはない。試験だなんだは知ったことではなく、学園祭の金儲けと馬鹿騒ぎに命を掛ける連中が集っている。

そんな彼らに今回の改革は衝撃的といわざるを得ない。


「あれ・・・みなさん、どうしたんですか?」


「ごほっ・・・騒がしいね・・・」


教室の喧騒を不思議そうに感じながら、ネギと少し顔色の悪いフェイトが帰ってきた。その瞬間キタンたちはネギまですっ飛んだ。


「うお~~~い、どういうことだよ先生よォ!? ロシウが言ってたんだが、中間の赤点者は追試ミスったら学園祭に出られねえだとォ!?」


「えっ、・・・そうなんですか?」


「どうすんだよ! って、そうだ先生、俺らに追試の問題と答えを教えやがれ、そうすりゃ俺たちは何事もなく学園祭を楽しめらァ」


「なな、そんなことできるはずないじゃないですかァ!? そ、それに追試の合格ラインは確か40点です。つまり40点以上なら、まともにやれば・・・」


ネギはまだ分かっていない。彼らの実力というものを。


「「「「「ぐおおおお、40点も取れるかァァァ!?」」」」」


そもそも学園に入学して以来筆記用具を持った回数など数えるほどしかないカミナやキタンたちにはとんでもない試練だった。


「あ~あ、くそ、やってらんね~、こうなったら諦めて逃げるか」


「テストは出来ん」


「意味無い意味無い意味無い」


もはや既にやる気も失っている。

テスト勉強などやるという選択肢など最初からない。赤点? 追試? 知ったこっちゃねえという様子だ。

だが、そんな彼らの様子にとうとうロシウが我慢の限界のように叫んだ。


「いい加減にしてください。じゃあ、あなた方は何故学校に通っているのです。授業や試験のたびにそうやってふんぞり返って、何が学生ですか。自ら退学届けを出して去っていった不良たちのほうがまだ潔良い」


「んだと、ロシウ!?」


「やんのか、コラァ!?」


不本意ながらこの学園に居るロシウにとっては彼らの態度はイラついて仕方ないようだ。そのイライラした気持ちを八つ当たりのようにぶつけられてはキタンたちも黙っていられない。


「まま、待ってくださいよ~、喧嘩はダメです~」


「甘いですよ、ネギ先生。彼らにはこれぐらい言っても全然足りないんですから。まあ、どうせ追試もクリア出来ないと思いますが・・・」


「んだとロシウてめ~~」


「クラスメート同士で喧嘩はやめてくださいってばァ!」


だが、喧嘩をさせるわけにはいかず、ネギが慌てて彼らの間に入って仲裁する。


「そ、それじゃあどうでしょう。とりあえず簡単な小テストを皆さんにやってもらって、皆さんの実力を見たいと思います。出来る出来ないはともかく、まずはやってみてみましょう。それでいいですか?」


「あ~、めんどくせ~な~、どうせ出来るわけねえだろ? つうか、高校って科目どれぐらいあるんだっけ?」


「さあ・・・受けたことねーしな~」


「あなたたち、高校生活長いのに今更それですか!?」


とにかく学園側の決定以上は従うしかない。


「ふん、40点どころか彼らは二桁取れるかどうかも疑わしい。まあ、僕には関係ありませんが・・・」


「ロシウさん。そういうことを言うのはやめましょう。ロシウさんもこのクラスの一員なんですから、仲間を見捨ててはいけません。仲間を信じましょうよ」


「・・・せ、先生・・・」


追試失敗はダメならそれ以上を取るしかないのである。無理かどうかはまずやってみて判断する。

それに学園祭というのは彼らには中々重い行事のようだ。ネギはそれを使って彼らのやる気を最大限に高めようとする。


「それにほら、40点以上が無理とかは皆さんには似合いません。無理を通して道理を蹴っ飛ばす。それがこの学園の教育理念であり、皆さんのポリシーでしょ?」


「むっ・・・」


「うっ・・・」


「それに、高校生は物理や化学などの科目数が多い分、試験範囲はそれほど広くありません。つまり最低でも基本の基本さえマスターすれば、追試はクリアできるようにできています。つまりやればできることなんです! これをやって、楽しい学園祭を迎えましょうよ!」


ネギの言葉にキタンやゾーシイたちは互いに顔を見合い、どうするべきか相談している。

別に留年ぐらいどうってことないが、大もうけできる一年で一度のチャンスを、やればできることをやらないで台無しにするのか、その選択に迷っていた。

すると、こういう時はこの男次第。カミナは立ち上がってネギに同意した。


「よっしゃあ、上等じゃねえか! ここは先公の言うとおりだ! テストだか追試だか何だろうと、受けてやろうじゃねえか! バカとテストとヤンキー大会だ!! この壁をぶちやぶって、堂々と学園祭を満喫してやろうじゃねえか! 俺を誰だと思ってやがる!」


カミナが言えば仕方ない。


「おい、他のやつらはどうするんだ? アーテンとかバチョーンたちも追試だろ?」


「へっ、明日集めりゃいいだろ。あいつらも学園祭に参加できねーのは嫌だろうからな」


やれやれとため息つきながら、追試の心当たり・・・というかほとんどのものが中間試験を受けていないために対象者なわけだが、とりあえずはやってみようと同意した。


「へ~、やるじゃない、・・・あの子、麻雀で負けてるときはどうなるかと思ったけど、結局カミナたちに勉強させるとはね・・・」


ヨーコは少しネギを見直して、教壇の前でやる気満々のネギにほほ笑んだ。



そして行われた簡単な小テスト。



そこでネギは彼らの実力を知ることになる。



「カミナさん・・・格好つけて英語で自分の名前を書くのはいいんですが・・・・Kamina・・・ではなく、Kanima・・・カニマになっています・・・っていうかほかの皆さんもカタカナ間違えたりしています・・・ま、まあとりあえず・・・採点してみよう・・・」



自分の名前すら間違えていた。



予想をはるかに上回る結果だった。




抜き打ち小テスト。とりあえずは追試者もそうでない連中も含めて全員一斉に行った。


例えば・・・


以下の問いに答えなさい。

Q.日本の民法における結婚適齢は最低何歳か?


ロシウの答え 
「男性は18歳、女性は16歳」
ネギのコメント 
「正解です。ロシウさんには簡単すぎましたね」


キヨウの答え
「男15歳 女15歳」
ネギのコメント
「もしそうなら、ニアさんはとても喜びますね。でも、キヨウさんは・・・既婚者ですよね?」


ニアの答え 
「愛し合っていれば関係ありません」
ネギのコメント 
「個人的には正解にしてあげたいです」



Q.大航海時代にヨーロッパ人が「新たに」発見した土地に対する呼称をなんと言うか?


ニアの答え。
「新世界」
ネギのコメント
「正解です。ニアさんは時々単語の意味の間違いがありますが、とても優秀です」


キタンの答え。
「大海賊時代? グランドラインの後半の海・・・、新世界!!」
ネギのコメント
「正解なのが悔しいです」


フェイトの答え
「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)」
ネギのコメント
「・・・君が書くとこっちが正解なのかと思えるから怖いです」



Q.以下の元素記号の元素名を答えなさい

Pt=? Fr=? Unt=?


フェイトの答え
「Pt=プラチナ、Fr=フランシウム、Unt=ウンウントリウム」
ネギのコメント
「流石です。難しい問題かなと思ったのですが、君も入れてニアさんとロシウさんで正解者が3人も居ました。うれしいことです」


カミナの答え
「Pt=相棒、Fr=ダチ公、Unt=運と度量」
ネギのコメント
「PtをPartner 、FrをFriend、ということですか? 間違っていますが、カミナさんらしい答えで僕は好きです」


ジョーガン、バリンボーの答え
「Pt=ピッチャー、Fr=フランス、Unt=ウンコティンティン」
ネギのコメント
「・・・自信満々にありがとうございます」



Q.次の日本語を英文に直してください。

・私は彼と恋に落ちる


ロシウの答え
「I fall in love with him」
ネギのコメント
「ロシウさんに言うことは特にありません。ロシウさんには楽勝でしたね」


ニアの答え
「I fall in love with Shimon」
ネギのコメント
「予想通りの回答でうれしいです。こういうところであなたは満点を逃しています」


ヨーコの答え
「Watashiwa kareto koini ochiru」
ネギの答え
「こういう回答は僕も初めて見ました。」



Q.次の日本語を英文に直しなさい

・生きるか死ぬかそれが問題


フェイトの回答
「To be or not to be, that is the question」
ネギのコメント
「正解です。シェークスピアの話の中に出てくる有名な言葉ですね」


シモンの回答
「Dead or alive, that is problem」
ネギのコメント
「それは確かにプロブレムですね」



Q.(1)世界で初めて宇宙へ行ったのは誰か? (2)また、彼が言った有名な言葉は?


ロシウの答え。
「(1)ガガーリン(2)地球は青かった」
ネギのコメント
「正解です。とても有名な言葉ですね。ロシウさんの回答は全てホッとします」


カミナの答え。
「(1)宇宙人 (2)ワレワレハウチュウジンダ」
ネギのコメント
「地球人に限定してください」


フェイトの答え
「(1)造物主 (2)ここに人類の新たな楽園を・・・」
ネギのコメント
「ウケ狙いだと信じてます」



ネギ式・小テストの一部を抜粋。

職員室で全ての採点を終えたネギは深々とため息をついた。


「う~ん・・・フェイト、ニアさん、ロシウさんは簡単なケアレスミスさえなければほぼ満点だ。それにしてもフェイト・・・ウケ狙いさえなければ満点なのに、彼ってこういうキャラなのかな? でも凄く頭がいい人が三人もいる。キノンさんも理系は点数が高い。シモンさんは全て綺麗に本校の人と同じくらいの平均点。得意科目も無いけど、不得意科目もない。となると問題は・・・・・・」


シモン、ニア、ロシウ、フェイト、そしてキタンの妹の一人であるキノンは基本的に大丈夫だ。そうなると、問題となるのはこれまた予想通りの人物たちだけが残った。


「う~ん、何とか皆さんにも学園祭を楽しんでもらいたいし・・・それに僕は彼らの担任なんだし、何とかしないと・・・英語以外は僕の担当外だけど、こうなったら担当の先生に試験範囲だけでも聞いておかないとな~」


追試の範囲で何が出るかなど、カミナたちが把握しているとは思えない。こうなったら少し時間がかかるかもしれないが、自分が何とかするしかない。


「化学とか物理とか生物に数学は皆さんやらず嫌いが目立つけど、まだ高校一年生の一学期の中間の範囲だから、本当に基礎中の基礎しか出ていない。これなら公式と用語の暗記で何とかなるかもしれない・・・歴史問題も時代が特定しやすい。現代国語は文章読解のテクニック、それと漢字だな・・・英語は教科書の長文と文法だけだし・・・よ~っし、こうなったら全科目の追試範囲の要点を全部まとめよう!!」


ネギはスーツの上着を脱いでYシャツを腕まくりして、瞳を燃やす。

いかに大学卒業レベルの学力のある天才少年とはいえ、専門科目外まで手を出すのは少し難しいが、それでも自分が教師である以上、生徒のためにこれだけはしたい。

授業らしい授業は出来なかったが、不純な動機とはいえキタンたちはせっかく勉強をやるきっかけができたのだ。

ならばこの機会に自分が出来ることをしよう。

問題の答えは教えられないけど、これぐらいなら自分も力になれるとネギは気合を入れた。


「あらん、ネギ先生、追試の範囲を全教科分まとめてるのん? 随分と面倒くさいことしてるわねん」


リーロンは職員室の机で集中して作業しているネギを覗き込みながら笑った。


「はい・・・僕にはこれぐらいしかできませんし・・・一応僕は先生ですから」


「・・・・ふふふ・・・がんばってねん♪」


あまり邪魔をするのもなんだと思い、リーロンはその場を後にした。しかし途中で振り返り、ネギを温かい目で見続ける。


(あの子・・・追試を生徒がクリアできなかったら自分がクビってまだ知らないのよねん? つまり、自分の保身のためではなく、純粋な気持ちであんな風にがんばってるのねん・・・・ふふふふ、可愛いじゃない。ここでプレッシャーをかけるとむしろ逆効果になりそうね・・・ここは見守るべきかしらん)


リーロンはネギに委員会で決まったネギの課題を告げようとしていたのだが、どうやらそんな課題があろうと無かろうと、ネギは教師としての仕事を全うしようとしていた。


(あんな子が教師として認められないなんて・・・大人たちも頭が固いわねん。硬いのはアソコだけにしとけってのにねん)


最初は可愛いマスコット的なキャラだと思っていたが、中々骨がある少年だとリーロンは感心しながら、ネギを心の中で応援し、見守ることにしたのだった。











「いや~、テストってもんを久しぶりに受けたら疲れちまったな~」


「おう、頭を使いすぎた。こうなったら息抜きに今夜は皆で飯でも食うか?」


「って、シモンにニアにフェイトは部活か? 今日から始動だろ? テメエら大丈夫か?」


小テストを終えて僅かな時間ながら頭を使うことになれていないキタンたちは、欠伸をしながら解放感に包まれていた。


「ちょっ、俺よりも今は皆のほうが心配じゃないか」


「確かに・・・僕たちは追試じゃないけど、君たちは追試だろ? 勉強しなくて大丈夫なのかい?」


シモンたちは特に追試を受けることは無いのだが、肝心の受けるカミナやキタンたちはまるで他人事のように余裕だった。


「な~に、本番になったら奥の手を用意してある! 秘密兵器とかな! 制服の袖、消しゴムのケースの中、シャーペンの持つ部分、あらゆる場所に秘密兵器を常備しとけば楽勝だっての!」


「・・・カンニングかい?」


「おっ、さすがはフェイト! 鋭いね~」


「は~、まあ別にいいけど、見つからないようにするんだね。バレたら退学だろ?」


「ダッハハハハハ、そんときゃそん時よ!!」


高らかに笑うキタン。どうやら彼らは最初からまともに勉強する気は無く、カンニングで乗り切る気満々だった。フェイトも一々とやかく言う気も無く、バレない様にと注意だけした。

だが、そんなキタンたちにヨーコが口を挟んだ。


「ねえ・・・キタン・・・あのさ・・・」


「ん、ど~したんだよ?」


「そういうの・・・やめない?」


「あっ?」


「なんていうかさ・・・それで追試をクリアできてもさ、もうあの子供先生と正面向いて付き合えないと思うのよね。何かあの子のこと・・・裏切れないのよね~」


同じく追試組みのヨーコが、カンニング戦法を企んでいたキタンたちを止めた。


「あっ? じゃあ、ヨーコ。おめー俺らに真面目に受けろってのか? そんな頭がありゃあ、とっくに卒業してるぜ」


「でも先生も言ってたじゃない。やれば出来るように出来ているって。それってあんたたちの頭がどうとかじゃなく、あんたたちがやらなかっただけでしょ? 私も同じよ。楽してやってこなかったことって、いつか自分に返ってくるのよ。ここでまた楽したら、多分あんたたちも私も何も変わらないわよ? 10歳の子供を裏切ったっていう罪悪感だけしかないわ」


「いや・・・でもな~」


キタンはアイラックたちに振り返るが、誰も何も言えずに迷った表情をしている。カミナもまた無言のまま、ヨーコの話を腕組して聞いていた。


「シモンは・・・変わったわ」


「えっ? ヨーコ?」


「あんたは変わりたいって思って、自分のやりたいことを見つけて道を切り開いた。変われるところで逃げないでちゃんとがんばったから変われたのよ」


シモンに全員が注目する。そうだ、シモンは確かにネギが来て以来変わった。

カミナの後ろでいつもオドオドビクビクしていたシモンだが、カミナが居なくても熱く、変わるために恥をかこうが笑われようが努力した。



「へっ、ヨーコの言うとおりだぜ。逃げてちゃ何にも掴めねんだよ! こうなったら正面から追試ぶち破ってやろうじゃねえか!」



その話を聞いて、今まで黙っていたカミナが両手をバチンと叩いてニヤリと笑った。


「でもよ~・・・」


「勉強つっても何やればいいか分かんね~よ・・・」


しかしこればかりはそう簡単に頷ける問題でもなかった。そもそもやると言っても彼らにもどうすればいいのかは分からないのである。


「ならば皆で協力しましょう。皆でやれば絶対に大丈夫です」


すると、ニアが笑って皆に告げた。


「やれやれ・・・本気でやる気があるなら、僕も協力しますが・・・」


「ふう・・・それじゃあ、勉強会ってところかい?」


同じく優等生のロシウとフェイトも前へ出た。


「そうだな。俺もアニキや皆と学園祭を迎えたいし、一緒に協力するよ!」


こうなったらやってやろう。ダイグレン学園の総力を挙げて追試を乗り切ってやる。

彼らの心に気合が満ちた。

そんな時・・・



「その話、私たちも協力するわ!!」



「「「「「ッ!?」」」」」



教室の扉がガラッと開き、本校の制服を来た女生徒たちが現われた。


「おめえらは・・・ブルマーズ!?」


「ブルマーズではなく、黒百合よ!」


そう、あの炎のドッチボール対決をした、麻帆良ドッジボール部にしてウルスラ女子高等学校の英子たちである。

何と彼女たちは不良の巣窟でもあるダイグレン学園に乗り込んできたのである。


「もしあなたたちがまともに追試を受けるなら、これをあげてもいいのよ?」


「あん?」


英子がピラピラとカミナたちに差し出した紙。それは・・・


「過去5年間分の高校一年生の一学期中間試験の範囲。本校とダイグレン学園は違うとはいえ、基本的な出題傾向も範囲も偏っているわ。そして追試で出る範囲もほぼ同じ」


「うおお、何で!?」


「ふっ、部活の伝統よ。部活をやっていると先輩たちの代からこういうか過去問が代々受け継がれるシステムなのよ」


「ちょっ、待ちなさいよ。あんたたちそのために本校から来てくれたの?」


「ふふ、同じドッジボールをやった仲だからね」


英子は軽くウインクして笑った。

こんなもの、今のヨーコたちには一番欲しいものである。ヨーコたちは英子の心遣いに感動しながら過去問に手を伸ばそうとするが・・・


「おっと、ただであげるとは言ってないわ」


「へっ?」


「あなたたちがある条件を受けてくれたら、この過去問をあげても良いわ」


感動した途端に、取引を持ちかけてきた。


「じょ、条件ですって?」


「そう・・・・彼よ」


「・・・・・・・・へっ・・・お、俺?」


何と英子たちはニヤリと笑って、あろう事かシモンを抱き寄せた。


「「「「「ッ!?」」」」」


「この子をドッジボール部にくれるのなら、それをあげても良いわ」


やはり裏があった。

彼女たちの目的は、ドッジボールで大活躍したシモンのスカウトだった。


「それに聞いたわ、シモン君。あなた部活に入りたくてイロイロな部活を回っていたそうだけど、何故ドッジ部に来なかったの? まあ、でもいいわ。他の部と違って、私たちはあなたを大歓迎するわ」


「う、うわああ」


「シモン!? 駄目です、シモンは私とフェイトさんと超さんとザジさんでドリ研部に入るのです!」


年上美人に抱き寄せられ、耳元で艶っぽい声でささやかれ、シモンの顔は真っ赤になった。


「お、おお・・・う、うらやましいヤツ・・・」


「まあ、シモンが入部するだけでもらえるならなあ?」


キタンたちは別に自分たちが入部するわけではないのでニア以外特に文句はなさそうだ。

だが、このタイミングで丁度この学園にたどり着いた彼女が黙っていなかった。



「その話、チョット待つネ!」



教室の扉が勢いよく開けられて、振り返るとそこには超鈴音が居た。ついでにその後ろには無表情のザジも居た。


「超さん!? ザジさん!?」


「シモンさんは渡さないヨ! そして私はそのような汚いことはしないヨ! 私も学園のデーターベースから同じものを印刷できるので、それをあげるヨ。それどころか君たちには超包子の無料お食事券も付けてあげるネ!」


「「「「「「「なにいいいい!? 無料お食事券だとォ!?」」」」」」」


「き、汚いわ!? それこそ取引じゃない!」


「ハッハッハッハ、シモンさんをドッジ部に引き抜かれるわけにはいかないヨ!」


「な、ならば・・・私たちはウルスラ女子との合コンを企画してあげるわ!」


「「「「「なにいいいい、合コン!?」」」」」


「ぬっ・・・女で釣るとは卑怯ヨ!」


「食べ物で釣っているあなたに言われたくないわ!」


いつの間にか超鈴音と英子たちがシモンの引っ張り合いを始めた。

ザジも何を考えているか分からない顔をして、超側に立って一緒にシモンの腕を引っ張った。


「ちょちょ、別に俺は追試を受けな・・・痛いってば!? それに、俺の意思は!?」


両サイドから両腕を引っ張られるシモン。彼にもはや意思など存在しない。いつの間にかニアも参戦してシモンを引っ張る。

するとその光景を見ながらキタンはニヤリと笑い、椅子に座りながら机の上に両足を乗せた。

どちらもおいしい条件だ。ならあとするのは・・・


「ふふん、まあ、俺たちはどっちからもらっても構わねえ。だが同じものを貰っても仕方ねえ。だから貰うならやっぱ・・・条件がいいほうだな!」


貰う側に居るはずが、ものすごいでかい態度で彼女たちのオプションを上乗せさせる気だ。ヨーコもその魂胆が分かって深々とため息をつく。

だが、キタンたちの悪巧みを聴いた瞬間、彼女たちもオプションを吊り上げる。


「くう・・・ならば私たちはこの試験問題プラス・・・マンツーマンで勉強を教えるというのはどうかしら?」


英子たちは少々ためらいながら、そしてあろうことか制服に手をかけ、あろう事か脱ぎ捨てた。


「ブルマ姿で!!」


「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」


お色気で勝負する気のようだ。更に英子はブルマ姿のままシモンを抱き寄せ、シモンのふとももに右手を這わせて、耳元で息がかかるほど口を近づけてボソッと呟く。


「シモン君がドッジ部に入ってくれるなら、練習後に女子部皆で皆でマッサージ・・・シャワーのお手伝いもするわ?」


「dmにおfhんjッ!?」


シモンが鼻血を噴出した。


(やばいわ・・・シモン君のこの情けなさと、あの気合の入ったときのギャップがやばいわ・・・・萌える・・・)


悦に入りながらブルマーズは持っているカードをキタンたちに提示した。一方超は少し歯噛みした。


(ヤバイネ、お色気勝負では敵わないヨ。合コンの設定も中学生では勝ち目が無い。だが、食事で釣るにも限度がある・・・なら・・・)


超鈴音はこのままではヤバイと思い、学園最強の頭脳をフル回転させて好条件を考える。

そして・・・


「では私は・・・・・・学園や警察のデーターベースにハッキングしてあなたたちの前科をもみ消して、成績も全て改ざん・・・・」


「「「「「ぬあにいいいいいいいいいい!!??」」」」」


とうとう犯罪にまで手を伸ばす始末。部活でのシモン争奪戦がいっそうに激化し始めるかと思った瞬間・・・


「・・・兼部・・・・」


「「「「「「「・・・・・・・へっ?」」」」」」」


ザジがポツリと呟いた。

そう、あまりにも熱くなりすぎて、超もすっかり忘れていた。

最初から兼部すればいいのである。

大体自分も様々な団体に掛け持ちで所属し、ザジだって曲芸部とドリ研部の掛け持ちだ。

ということは、それほど慌てる必要も無く、それほど無理をしなくても・・・・



「みなさーーーーーん、まだ帰ってなかったんですか!?」



その瞬間、ネギが少し疲れた表情を見せながら教室に入ってきた。両手を後ろにやって背中に何かを隠している様子だ。


「おお、先公、おめえもまだ居たのか?」


「はい、実は皆さんに渡したいものがありまして・・・」


ネギは笑みを堪えながら、背中に持っているものを皆に差し出そうとする。


(ふふふ、少し雑かもしれないけど、皆さん喜んでくれるかな~)


ネギが今の今まで職員室に籠もって作り上げたもの。ネギは皆がどう反応してくれるのか楽しみにていた。

だが・・・


「おう、聞いてくれよ先生。今ウルスラのやつらとこの超包子のオーナーの子が過去問をたんまり持ってきてくれたんだよ!」


「・・・・・・へっ?」


ネギは呆気に取られた顔で固まった。


「まあ、どっちのを貰うかは決めてねえけど、これで試験範囲も傾向もバッチリってヤツよ!」


「まあ、おいしい思いをしているのはシモンだがな」


キタンたちは盛大に笑いながら余裕をかましていた。

一方でネギは少し戸惑いながらも、慌てて笑顔を見せて喜びをあらわした。


「よ・・・よか・・・良かったですね、皆さん! それじゃあ、これで学園祭はバッチリですね!」


「おうよ、後はやるだけよ! 同じ問題も何個も出てるし、これなら楽勝だぜ! しかも全教科あるしよ!」


「まっ、丸暗記すりゃ大丈夫だな!」


「おう、楽勝だ楽勝だ楽勝だ!」


浮かれるキタンたちを前に何とか笑顔を見せるネギだが、その表情はどこか無理をしているように見える。


(・・・ん?)


(・・・先公?)


ヨーコとカミナだけ、その表情に違和感を覚えていた。


「は~~、これじゃあ、私の心配は無意味だったようネ。まっ、シモンさんが兼部するかどうかは本人に任せるよ」


超も要らない心配だったと、どっと疲れてため息をついた。


「・・・・まっ、僕にはどちらでも構わないけどね・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


その時、超鈴音はフェイトの存在に気づき、引きつってしまった。


「シ・・・モン・・・さん?」


「ああ、紹介するよ。こいつはフェイト。フェイト・アーウェルンクスだ。編入してきたばかりだけど、俺たちドリ研部に入部してくれることになったんだよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」


「やあ、君が超だね。話はシモンから聞いている。まあ、何をする部活かは分からないけどよろしく頼むよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


超はまだ固まったままだった。


(あ、・・・あれ? これはどういうことネ? へっ? こういう・・・歴史だったのカ? ザジさんでも驚いたが・・・・えっ、っていうか何でこの人がここに居るネ? しかもネギ坊主も当たり前のように・・・しかも編入? が、学園は何をやっているネ?)


何が何だか分からず、超は混乱していた。


「どうしたんだい? 僕に何か不服があるのかい?」


「い、いやいやトンデモナイヨ? フェイトさん、それについでにザジさんも歓迎するヨ」


あまりにも予想外すぎるメンバーを見て、超鈴音の混乱はまだ収まらないようだ。

だが、キタンたちの追試も大丈夫そうで、こうして部員が全員揃ったのだから、シモンは何も疑うことなく部員たちに声を掛ける。


「ヨシッ、アニキたちも大丈夫そうだし、皆揃ったんだ。ニア、フェイト、ザジ、超、皆で今から親睦会をやろうよ!」


「賛成です!」


「僕は構わないよ」


「行く・・・」


「・・・・・・しょ・・・承知したヨ・・・」


何とも奇想天外な5人組のドリ研部は、問題も解決したことだし、教室を後にする。


「まっ、待ちなさい、シモン君! さっきの条件で駄目なら他にも体育館倉庫で・・・って、待ちなさい! はい、もうこの過去問は置いていくから勝手に使いなさい!」


英子たちもシモンの後を追いかけ、過去問を放り投げて走って出て行った。


「お、おい! ブルマンツーマンは? 食事券は!? おおーーい!」


「行っちゃった・・・でも、いいじゃない。欲しいものは手に入れたんだし」


「か~~、惜しいことしたぜ」


おいしい条件を逃してしまったと舌打ちしたが、とりあえず欲しいものは手に入っただけでもよしとしようと、キタンたちは英子たちが置いていった過去問を手に取りパラパラと捲っていく。

その光景を眺めながら、どこか気まずくなったネギは、少しワザとらしく声を出した。


「あっ、そうだった。僕もまだやることがあるんでした」


「ん? そうなのか?」


「はい。では皆さんは早くお勉強をしてくださいね?」


ネギは笑顔を見せながら、隠しているものを見せずにそのまま走って立ち去った。


「何だ~?」


少し不自然なネギの様子にキタンたちは首をかしげる。

カミナとヨーコは、そのネギの後姿が何か気になりだし、皆でその背中を追いかけた。














「はあ・・・無駄になっちゃったな~」


ネギは結局渡さなかった皆のために作ったものを、職員室の自分の机に置きながら呟いた。


「でも・・・いっか・・・これで皆さんもなんとかなりそうだし・・・」


自分の苦労は全て無駄だった。


「そうだよ・・・別に僕は褒められたかったわけじゃない・・・皆さんに学園祭を楽しんでもらいたかっただけだ・・・それが何とかなりそうなんだから、それでいいじゃないか」


自分自身にそう言い聞かせるネギは、少し瞳が涙ぐんでいた。だが、意地でも泣かない。

だってこれで良かったのだから、泣く必要なんて無いはずである。


「そ、そうだ。帰る前に校舎内を見回りに行かないと。今日は疲れたし僕も早く帰ろう」


ネギは目元をゴシゴシと擦りながら、駆け足で職員室から飛び出した。

その背中はとても寂しそうにも見えた。



「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」



そんなネギの背中を眺めながら、無人となった職員室にカミナたちは侵入し、ネギの机の上を見た。


「何・・・これ・・・」


机の上にあったソレを見て、ヨーコたちは驚いた。

そこには紙の束が何枚も置いてあり、表紙にはデカデカとこう書かれていた。



「あん? 『これさえやれば大丈夫! 追試突破ネギドリルブレイク?』・・・なんだよこりゃ~」



キタンたちはそれをパラパラ捲っていき驚愕した。


「ちょっ、これ・・・まさか今度の追試の対策用じゃねえのか?」


「おいおい・・・全教科分ちゃんとあるぞ?」


「まさかあのガキ・・・一人でこんなもん作ったのか?」


「それだけじゃねえ。問題と答えだけじゃねえ・・・解説文まで丁寧に書かれている」


「おい・・・担当教科の先公がよく出す問題には二重丸が書かれてるぞ・・・」


「すごい・・・まさかネギ先生が一人で? こんなにたくさん・・・何時間かかったんでしょうか・・・」


急いで作ったのだろう。

手書きで少し荒い部分もある。

大体日本語の読み書きは少し苦手だとも言っていた。ネギは日本人でないのだから当たり前だ。

しかしこのネギドリルからは、そんなことを感じさせない、そんなことを思わせないほどのものを心に感じた。



「あいつ・・・これをさっき俺らに渡そうとしたんじゃねえのか?」



「・・・・・・・・」



ネギの前で自分たちが大はしゃぎしていたことを思い出し、その瞬間罪悪感に駆られた。



「テメエら・・・どうしてえんだ?」



カミナが真面目な顔で、しかもいつも自分で勝手に決めていくカミナが珍しくみなの意見を問うた。

無言になるヨーコ、キタン、ジョーガン、バリンボー、キッド、アイラック、ゾーシイ、キヨウ、キヤルの追試組に、本来関係の無い追試組ではないロシウにキノンもこの状況に何も言えなかった。


「・・・・・・・・・ちっ・・・・」


そしてついにキタンが一番最初に舌打ちして口を開く。


「あ~~~もう、・・・・・・くそっ・・・アーテンやテツカン、バチョーンたちも・・・つうか追試受けるヤツ全員今すぐ集めんぞ!」


キタンの仕方なさとヤケが混ざったその言葉にヨーコたちも苦笑しながら頷いた。












一通り校舎を見回り終わり、ネギはため息をついた。


「はあ・・・もう見回ったし・・・そろそろ帰ろうかな?」


外はもう暗い。早く帰ろうと思ったのに、何故か校舎内をゆっくりと歩いて見回っていたのだ。

一人で校舎をウロウロするのは寂しいが、少し今は一人になりたかったのかもしれない。だから歩く速度も自然と遅かった。


「カミナさんやキタンさんたち大丈夫かな・・・でも、やる気満々だし、そんなに心配すること無いかな。僕が急ぎで作ったものよりずっと確実な過去問が手に入ったんだし、これで皆さんと学園祭を楽しめるな~」


一人だけだというのに、ネギは無理やり明るく振舞った。

無理やり明るい声で、明るい笑顔で笑った。

そうしないと今は駄目な気がしたからだ。



「よしっ、もう帰ろう。おなかも減ったし・・・・・・・・・・あれ?」



その時ネギは気がついた。

帰ろうと思って校舎の中を歩いていたら、生徒たちの騒がしい声が聞こえてきたからだ。

とっくに下校時間は過ぎている。

ネギはおかしいと感じて声の聞こえる方向へと走った。

すると、何十分か前にはちゃんと無人で電気の消えていた教室がの明かりがついていて、中から怒鳴るような声が聞こえた。



「だからこの場合はこちらの公式を使えばいいんです!! いいですか、公式さえ当てはめれば後はただの簡単な掛け算と足し算だけで答えは導き出されるんです! それに先生の解説にもこの問題は毎年よく出ると書いてあるじゃないですか! いい加減覚えてください!」



声が聞こえたのは自分のクラスだった。

ネギがそっと覗き込むと、中でロシウが教壇に立ち、キノンが横で手伝い、カミナやキタンにヨーコたち、さらにはまだ会ったことの無い生徒たちが机に座って頭を抱えていた。



(みなさん・・・どうして・・・・・・・ハッ!?)



その時ネギは気づいた。

カミナたちが手に持っている物は、自分が作り、結局渡せなかった物。

カミナたちはそれと真剣な顔で頭をかきながら睨めっこしていた。



「ど、どうして!?」



「「「「「「「!?」」」」」」」」



思わずネギが教室に入ると、ビックリしたカミナたちに、そしてネギがはじめて会うバチョーンたちを始めとするこれまで不登校だった生徒たちがそこに居た。



「おいおいこいつか・・・俺らが来てねえ間に本当に10歳のガキが教師になってやがったのかよ」



「へっ、だから言ったろ? マジだってな。おまけに麻雀の腕もそこそこだ。今度打ってみるといいぜ?」



バチョーンたちもキタンたちもネギを見て笑い出す。だが、ネギは未だに固まったままだ。



「みなさん・・・どうして・・・それを・・・」



ネギが震える手でそれを指差した。

すると、カミナはニヤリと笑って答えた。



「追試突破・・・ネギドリルブレイクだ!」



「ッ!?」



ネギは信じられないものを見たかのように体を震え上がらせた。

しかしこれは紛れもなく本当だ。

ヨーコたちも照れくさそうに笑っている。


「だから~、先生の言うとおり追試対策してるのよ」


「子供先生もやるじゃない。見直したわ」


「へっ・・・これで追試突破できなかったらキレるけどな。へへへへ」


「しっかし、全教科は広すぎだぜ。覚えることがありすぎじゃねえか」


「気合が問われるわけだが・・・」


「そうだ、気合だ!」


「気合気合気合!!」


ネギは呆然としてしまった。目の前の光景がやはり信じられなかったからだ。



「そ・・・駄目ですよ! ぼ、僕のは急いで作ったから凄い雑ですし、信用性は薄いです! やっぱりウルスラの方々や超さんの持って来てくれた過去問のほうが絶対に信用できます!」



うれしいはずなのに、ネギは慌てて叫ぶ。

だが、そんなネギに向かって教壇に立つロシウが口を挟む。



「ネギ先生!」



「ッ・・・・・・ロシウさん・・・」



「先生・・・仲間を・・・仲間を信じろって言ったのは、ネギ先生ですよね? 先生は、僕たちが先生を信じたらいけないというんですか?」



「・・・・・えっ? ・・・仲間?」



仲間・・・ロシウがハッキリとそう言った。



「ぼ、・・・・僕は・・・」



ネギはうまく呂律が回らなくなってきた。

まばたきすれば、瞳から涙が零れ落ちてしまう。

そんなネギの小さな肩に手を回して、カミナはネギをポンポンと頭を軽く叩きながら笑った。



「俺たちも同じだ。仲間は疑わねえ。だからテメエの作ったネギドリルを俺たちも信じる。だからテメエも俺たちを信じやがれ! 仲間に信じてもらえたら、俺たちは絶対に裏切らねえからよ!」



「うっ・・・ウウ・・・ガ・・・ミナざん・・・・ぐすっ・・・皆さん・・・」



「分かったのか? 分かってねえのか、どっちだ!」



「・・・ぐっ・・・うう・・・・・・・・・・・は・・・はい・・・・」



「聞こえねえよ!!」



ネギは鼻水と涙でグチャグチャになった顔をゴシゴシと拭う。

どれだけ拭っても目から涙は止まらないが、それでも精一杯の笑顔を見せて叫んだ。



「ハイッ!!」



作り笑いではない心からの笑顔をようやくネギは見せて、生徒たちに笑った。



「よーし、そうと決まればテメエも手を貸せ! 物理が終わったら英語だ! 英語はロシウじゃなくてテメエが教えやがれ! アメリカ人なら楽勝だろうが!」




「も・・・もう・・・僕はアメリカ人じゃなくてイギリス人です! でも、そういうことならビシビシ行きます! 朝になろうがとことんやりますからね!」




こうして赤点軍団の大勉強会が夜通しで開かれたのだった。


教室の外では、その光景に笑う大人が二人。


「だから言ったでしょう、心配要らないってねん。高畑先生?」


「ええ。生徒を信じていなかったのは、僕たちのほうでした・・・リーロン校長」


彼らは教室に入らず、心の中でネギと生徒たちに「がんばれ」と呟いたのだった。




次回予告

親睦会、深まるはずが気まずい空気、どいつもこいつもクセがある! そのくせどいつもこいつも良く分からん! 


次回ミックス・アップ、第8話! ドリ研だ! 何か文句あんのかよ? 





[24325] 第8話 ドリ研だ! 何か文句あんのかよ?
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/11/28 09:32
学園人気屋台『超包子』では只今非常に珍しい光景が繰り広げられていた。

いつもは夕食の時間になると満員御礼、特に学園祭が近付くにつれて生徒たちも遅くまで学園に残っているため混雑が激しい。

しかし今日はいつもと様子が違う。


「うわ~~、何か凄い込んでるわね!」


「本当ですね・・・これほどの人ごみですから座れないですかね?」


「あ~ん、そんなん嫌やわ~、もうウチおなかすいたえ~」


「しっかし、どうしたんでい?」


夕飯を食べに来たアスナ、刹那、木乃香、そしてネギの使い魔であるがダイグレン学園にネギが行ったときに連れていくのを忘れられた妖精のカモ。

ヘルマンという悪魔と戦った後、カモもネギと一緒にダイグレン学園にくるのかと思ったのだが、人の言葉を話すカモがうっかりしゃべって魔法がバレること、何より不良学生よりもアスナたちと一緒の方が良いというカモの個人的願望もあり、カモはアスナたちと行動を共にしていた。


「でも、どうしたんやろ・・・そら~、超包子が込むんは当たり前やけど・・・」


「ええ・・・やけに人だかりができていますね。オマケに空気が重いです。超包子の料理はどんな人間でも和まずにはいられないのですが・・・」


そう、いつもと違うというのはこういうことだ。

超包子に人だかりが出来るのは当然のこと。

問題は、空気が非常に重いということだ。

この屋台の近辺では喧嘩も争いもご法度、それどころかそんな争う気すら萎えさせてくれるのが、超包子の魅力ともいえる。

だが、この空気の重さはなんだ? 空気がギスギスしている。

アスナたちはよく分からないが、とりあえず人ごみを掻き分けて一体どうなっているのかを見に入る。

そして・・・


「・・・・ん?」


「・・・へっ・・・?」


「あっ・・・」


「ちょっ、どういうことでい!?」


3人と一匹はそこで気づいた。

人ごみを掻き分けると、席が思いのほか空いているのである。

だが、どういうわけか誰も座りたがらないのである。

それはとある光景が原因。

周りの人ごみはこの光景に息を呑み、背中に汗をかいていた。

とある席に座る5人組。

その彼らの周りの席で、その5人に聞き耳を立て、一挙手一投足全てに神経を集中させならが、まるで監視しているというか見張りをしているというか、とにかく怖い顔でその5人組を睨んでいる教職員と生徒が居たのである。


「あれって・・・」


「ええ・・・魔法先生に・・・魔法生徒たちですね・・・あそこに座っている方々たちを見張っているのでしょうか?」


「あの五人組・・・一体なんなんでい?」


「あれ? な~、あすこにいるん、シモンさんやない?」


何とも奇想天外な5人組がそこに居て、アスナたちも思わず呆気にとられてしまったのだった。


「・・・どうしよう・・・・・・」


「・・・・・う~ん・・・どれにしましょう・・・」


「・・・・・・迷う・・・」


「・・・・・・難しいね・・・・」


「・・・・・・・・・・だが・・・恨みっこ無しヨ・・・では・・・」


5人組はテーブルの上に乗っている5個入りの籠に入っている小籠包に真剣な顔で睨み、「いっせーのーせ」のタイミングで同時に箸を付いて口の中に入れた。


「なな・・・なんなのよ・・・この空気・・・」


「何をやっとるんやろ・・・・・・」


一見普通の男子生徒と女子生徒の5人組に見えなくも無いのだが、彼らがその身から出す言いようの知れぬ見えない力が働き、彼らを見張る魔法先生魔法生徒たちと、椅子に座らず黙って見守る野次馬たちも息を呑んでいた。


「ッ!? ごほっごほっ・・・ぐふ・・・」


5人組のうちの一人が口元を抑えながらむせこんだ。

その瞬間残る四人のメンバーが一斉にその一人を指差した。


「ハッハッハッハッハッ! それではフェイトさんがイベント係に決定ネ! 部員の親睦を深めるコンパや外での食事、小旅行などは全部フェイトさんが中心に企画するヨ!」


「がんばれよ、フェイト!」


「はい、フェイトさんなら素敵なイベントを企画できます」


「・・・がんばれ・・・」


・・・何やってんだ? 

少なくともアスナたちにはこの面子で何をやっているのか理解できなかった。


「どうだ、今の動きは?」


「ガンドルフィーニ先生、駄目です。魔力の動きなども感知できませんでした。これまでの会話も全て録音し、今解読班が会話の中に何か暗号やメッセージが隠れていないかを解読しようとしていますが、まだ成果は・・・」


「油断するな。まさかフェイト・アーウェルンクスと超鈴音が接点を持つとは思わなかった。部活の親睦会などとふざけたことを言っているが、そんなはずはない。恐らく水面下ではとてつもない計画を進行させているかもしれない・・・絶対に隙を見せるな」


そんな彼らの周りにある席であらゆる方向から監視を続けている、ガンドルフィーニを始めとする、瀬流彦、神多羅木、葛葉刀子、シャークティ、弐集院、裕奈の父でもある明石教授などを中心とした魔法先生や、ウルスラ女子の高音、中等部の佐倉愛衣などの魔法先生・魔法生徒がオールスターでシモンたちの親睦会を周りの席について監視していた。

あまりにもその様子が緊迫しているため、一般の生徒たちも近づけずにこの光景を席に座れずに眺めていたのだった。


「ちょっ、あんたたち何やってんのよーーッ!?」


「あ・・・君はこの間の・・・」


「確か~・・・」


「神楽坂アスナさん、私のクラスメートヨ」


「ふん・・・・・・・お姫様か・・・」


重苦しい空気をぶち壊すかのように、アスナがズカズカと5人組に割ってはいる。


「シモンさん、ニアさん、超さん、ザジさん・・・それに・・・何でアンタまでここに居るのよ!? あんたは・・・京都のヤツでしょ!?」


「・・・・・僕のことかい?」


「当ったり前じゃない!! つうかなんでのん気にシモンさんたちと点心料理食べてんのよ!?」


アスナが指差したのはフェイト。

そう、ここに居るのは、シモン、ニア、超鈴音、ザジ・レイニーデイ、そしてフェイト・アーウェルンクスという異色の組み合わせだ。

中でもアスナたちにとってフェイトは因縁のある相手だ。敵意むき出しの瞳でフェイトを睨む。


「確かてめえは京都で兄貴や姉さんたちと木乃香の姉さんを危ない目に合わせた張本人じゃねえか!?」


「せっちゃん・・・この人・・・」


「フェイト・アーウェルンクス・・・・お嬢様・・・下がってください・・・」


アスナに続いて怖い目で彼らを睨むカモ、木乃香、刹那。

自分たちの問いかけに、フェイトは一体何と答えるのか? 

緊張が高まる中、フェイトが告げた答えは・・・



「別に・・・ただの親睦を兼ねた部活の役職決め・・・点心料理ロシアンルーレット対決だよ」



「「「「・・・・・・・・・・・・・はっ!?」」」」



そんな答え、アスナたちに予想もできるはずもなく反応できずに口を半開きにして固まってしまった。


「ウム、5個ある点心料理の中の一個だけ激辛になってるヨ。引いた人がお題の役職になるという決まりネ。いや~、5人しかいない部活なので役職が重複して大変ネ。では次は・・・環境係・・・部室の機材設備の点検、ゴミ箱のゴミを外のゴミ捨て場に捨てに行ったり、大掃除の日程などを立てたりする、比較的簡単な役職ネ」


超の合図とともに、超包子の料理人であり3-Aの生徒でもある四葉五月が料理を運んでくる。

運ばれた料理は春巻き。

一見とてもおいしそうで、ハズレがあるなどとは思えぬクオリティだ。


「さあ・・・ヤルネ・・・」


「もう俺は部長になっちゃったし、あんまり引きたくないな~」


「駄目ですよ、シモン。公平です」


「・・・おいしそう・・・」


「僕はこういうくじ運は無いみたいだ・・・」


準備完了。

春巻きを真剣なまなざしで見つめる5人組。

もう幾度となく繰り返されているこのゲームに観客たちもいつの間にか手に汗握っている。


「環境係・・・これは何かの隠語か!?」


「分かりません、どの言語に訳しても当てはまりません!?」


「ゴミ箱・・・ゴミ捨て・・・殺しのサインではないのか?」


「その可能性は否定できませんわ! やはりあの少年は危険!?」


「学園長に・・・いや、本国に連絡を入れたほうが!?」


「待て、今彼らと話している子たち・・・桜咲くんはともかく神楽坂さんは一般人だ。目立たぬよう警戒を高めろ!」


魔法生徒と魔法先生は勝手に何か壮大な勘違いをしているらしいが、言っても信じてもらえないし、説明するのも面倒くさいので超もフェイトも無視していた。

さあ、細かいことは気にしないで、次のハズレは誰が・・・・



「って、チョット待ちなさーーーい!? だからなんであんたがこの学園で部活なんてやってんのよッ!?」



最早我慢の限界、アスナは叫ぶしかなかった。

だが、混乱するアスナに対して、フェイトは実にクールにサラっと返した。


「ずいぶんとやかましいね・・・なんで僕が? 簡単だよ。僕はダイグレン学園に編入してきてドリ研部に入っただけさ」


「はァッ!?」


「な、なんやて!?」


「・・・・どういうことでい!?」


「えっとそれって・・・シモンさんたちの同級生になったってことなん?」


「そうなるね」


フェイトが編入してきたことを今はじめて知ったアスナたちは驚きを隠せない。

いずれはバレることゆえ、止められていたが仕方ないと思い、刹那が皆に申し訳なさそうに事情を説明する。


「申し訳ございません、アスナさん。その・・・このことはまだネギ先生に小太郎君に私だけしか・・・」


「な、・・・・なんでそうなってんのよ!? こいつアレでしょ? っていうか敵なんでしょ!? 何で簡単に編入出来ちゃうわけ!?」


「それが協会からの留学生ということで正規のルートを通ってきたために拒否できなかったらしく・・・」


「つーか、何で部活なんかやってんのよ!? それにダイグレン学園に編入って、モロネギが居るところじゃない!? 全然大丈夫じゃないでしょ!?」


「うわ、それってネギ君がピンチやん!?」


「てめえ・・・兄貴に手え出してねえだろうな~!?」


フェイトが編入しているどころか、今ネギと同じ校舎に居るのである。

アスナはフェイトを知っている。

そしてその人物がどれほど危険なのかも身に染みている。

それほどの人物が、自分の知らないところでネギと接触していたなどと知り、アスナは悔しさで唇をかみ締める。

自分の身が切り裂かれるような思い。そんな想いを込めた瞳でアスナはフェイトを睨む。


「アンタ・・・・・・ネギに、ネギに何かあったら・・・・」


「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!? さっきからみんなでフェイトを睨んだり文句言ったり、みんなはフェイトのことを知っているのか?」


皆のフェイトに対する攻撃的な口調や視線に我慢できず、シモンがフェイトを庇うように立ち上がった。


「シモンさん・・・その・・・シモンさんにはあんまり詳しく教えられない世界なんだけど・・・その・・・とにかくそいつは危ないヤツなのよ! そいつの所為でどんな危険な目にあったか!! ネギも同じよ・・・」


「せ、先生も!?」
 

「そ、そんな・・・私は信じられません。フェイトさんは悪い人ではありません!」


「シモンさんもニアさんも騙されてんのよ! とにかくこいつは、危ないヤツなのよ!!」


フェイトを庇うように立つシモンとニアに向かって、アスナは周りの人たちの視線や公衆の面前であることなどお構い無しにまくし立てる。


(おい・・・神楽坂さんの言っていることは例の京都の修学旅行の話か? 何故彼女がそのことを・・・)


(さあ、・・・彼女は一般人のはずですが、もう少し聞いてみては?)


(何か情報が得られるかも・・・)


魔法先生たちは様子見を決め込み、一方でアスナの言葉を聞いたシモンは複雑な顔をしながらフェイトに尋ねる。


「フェイト・・・この子達が言っているのは・・・」


「本当だよ」


「フェイト!?」


フェイトは間髪入れずに頷いた。そして小さくため息をつきながら、虚無の瞳をシモンに向ける。


「だから言ったじゃないか。僕と君たちとでは住む世界が違う。だから僕のことも理解できないと・・・」


「フェイト・・・」


ああ、この目だ。初めて会った時と同じような瞳。

自分やカミナ達の存在に対して完全に立場を線引きしたかのような瞳だ。シモンは瞬間的にそう思った。


「ふっ、シモン。少しは分かったかい? この子達の言っていることは本当だ。・・・それでも僕をまだ部活に・・・いや・・・仲間だ友達だなどと言うのかい?」


場の空気が明らかに変わった。

冷たく、何かが起こりそうな予感がする。

気づけば超とザジも何かあれば直ぐに動き出せるように真剣なまなざしでフェイトを見ている。

アスナや刹那、そして周りの魔法先生や魔法生徒たちも同じ。

ニアだけはシモンの言葉を待っているような表情で見つめている。

ニアを除いた全ての者たちが、次の瞬間フェイトが何をするかに全身系を向けていた。

だが・・・



「ああ・・・それでも俺はそう言うよ」



「・・・・・・・えっ?」



「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」



シモンのその言葉に、この場の空気が打ち壊された。



「シモン・・・君は本気でそんなことを・・・」



表情こそ変わらぬが、フェイトの口調はほんの少し震えていた。



「この子達とお前の間に何があったかは知らないよ。そんなこと気にしないだなんて無責任なことも言わないよ。でも、お前に何があったとしても、アニキはお前とダチになれるって言った! だったら俺やヨーコたちと同じじゃないか! それにもうお前はとっくにダイグレン学園でドリ研部なんだ。もうとっくの俺たちの仲間に入っているんだからそんなこと言うなよな!」



皆が唖然としていた。

ニアだけはニッコリと笑っているが、多数の魔法先生・魔法生徒たちが取り囲む中、一人の一般生徒が叫んだ言葉に全員が呆気に取られていた。


「・・・シモン・・・・」


「ちょっ・・・シモンさん・・・これはそんな簡単なことじゃ・・・」


フェイトやアスナも言葉を詰まらせうまく言葉が出ず、どう反応すればいいのか分からない空気が流れ始めた。

しかしその時だった・・・



「っしゃああああ、腹減ったァ!!」



「もう頭使いすぎたぜ!!」



「ほんと、こんなに何時間も勉強したの生まれて始めてかもね」



「とにかく飯だァ!」



騒がしい一団が、空気を読めずにその場に乗り込んできた。



「はい、皆さんもよくがんばりました。今日は良く食べてから寝て、また一緒に追試の対策をしましょう!」



「か~、子供先生は気合入ってるね~」



「当たり前です! 追試を乗り越えるなんて無理だ何て言っている人たちを見返しちゃいましょう!」



「はいはい、まっ、学園祭のためだしやるしかないわね」



現われたのはカミナやヨーコたち、そしてネギだ。



「ネギッ!?」



「ネギ君!?」



「あれ? アスナさんに木乃香さんに刹那さん、・・・って、教職員の皆さんも・・・」



そこに集まっていたメンバーが少し意外で、ネギは首をかしげた。


「先生、どうしてアニキたちと?」


「あっ、シモンさんたちは親睦会の真っ最中でしたか?」


シモンを始めとするドリ研部も居た。

ネギとカミナたちが一緒に行動していたのが不思議そうなシモンの問いかけに、ネギは誇らしそうに胸を張った。


「ふふ~ん、僕たちは秘密の特訓です。見ていてください、シモンさん。今度の追試はきっとシモンさんたちが驚く結果になりますから」


「秘密の特訓?」


「おうよ、シモン! 今の俺たちは気合だけじゃなく努力もこなす漢っぷりよォ!」


一気に場が騒がしく、そして和やかな空気になってしまい、フェイトはやれやれと頭を抱えた。

先ほどの空気はどこへ行ったのか・・・


「はあ・・・真面目な話をしているときに・・・」


「あっ、フェイト。シモンさんたちと親睦会? うわ~、この点心すごくおいしそう」


真剣な場をブチ壊すだけでなく、ネギはドリ研部のテーブルの上に乗せられている点心料理の数々に目を輝かせた。

溜息つくフェイトだが、ここで一つあることを思いついた。


「・・・良ければ食べるかい?」


フェイトに勧められて、ネギは一気に嬉しそうな顔をして、箸を伸ばす。


「えっ、いいの? じゃあ、この春巻きをもらおうかな・・・・・・ん~~、香ばしくってカリカリでおいし・・・・・ぶふうううっ、カ、辛いいいいいッ!?」


満面の笑みでほっぺたが落ちそうなほどおいしそうに食べたかと思えば、ネギは一瞬で噴き出した。


「ほう・・・君は天運があると聞いたが、そうでもないようだね」


ドリ研部専用のロシアンルーレットの外れを引いてしまったネギに、フェイトはどこか満足そうにしていた。


「フェフェフェ、フェイト、これ激辛じゃないか!?」


「あっ、先生ハズレを引いたんだ」


「ハッハッハ、不運だったなネギ坊主」


「はい、先生お水です」


「あ、ありがとうございます、ニアさん。って、フェイト、何でこんな辛いものを!?」


「君は昼間、僕に七味コーラなどというものを飲ませたじゃないか。そのお返しだと思ってもらおうか」


激辛春巻きを口にして、口から炎を出したネギはこんなことをしたフェイトに詰め寄るが、フェイトはあさっての方向を向いてまったく悪いと思っていないようだ。


・・・っと、そんな光景を眺めながら忘れられていたアスナたちは・・・



「何普通に仲良くしてんのよアンタはァァァッ!?」



「ぶへえッ!?」



もはや何がどうなっているのかサッパリ分からんアスナのとりあえず出したアッパーがネギをぶっ飛ばした。



「せ、先生!?」



「うお~、飛んだな~、つうか誰だよあの子・・・そういや~、ドッジボールのときに居たような・・・」



「ああ、アニキたちは知らなかったね。先生が本来受け持っている中等部のクラスの女の子だよ」



アスナたちについて何も知らないカミナたちにシモンが説明している間、アスナはネギの胸倉を掴んで何度も揺さぶった。



「コラァ、こっちが心配で敵が乗り込んで来てあんたがピンチだと思ってたこの数分間の私の緊張をどーしてくれんのよーー!?」



「ァ、アスナさん・・・言葉はもっと整理してから話してくださ・・・」



「うっさいわよ、馬鹿ァ! 大体何でこいつがここに居て、しかも仲良くして、こんな大事なことを今まで黙ってたのよ!?」



「僕も突然ことでして・・・で、でもフェイトはそれほど悪い奴じゃないと・・・それにそれをいうなら小太郎君だってこの学園に通って・・・」



「だ、だからって・・・それじゃあ、私一人で馬鹿みたいじゃない! 一人でこいつに対して怒ったり、警戒したりして・・・このおおお!!」



「うわあーー!? ちゃんと説明するからぶたないでくださいーーーッ!!」



顔を真っ赤にしながらも、何も事情を知らずに騒いでいた自分はなんなのかと複雑な気持ちをネギにぶつけるアスナだが、事情を知っていたにもかかわらず振り回されている魔法先生に魔法生徒も居るので、アスナにそれほど非はない。



「で、・・・・せっちゃん・・・あの子は本当に問題ないん?」



「・・・・・・・今のところは・・・まあ、これだけ監視の目がキツイですしね・・・ガンドルフィーニ先生や刀子先生たちも大変ですね・・・」



木乃香は結局のところどうなのかと尋ねるが、それは刹那にも分からず、さきほどからずっと落ち着きのない魔法先生たちに苦笑する。



「なんか・・・大丈夫そうですね・・・ガンドルフィーニ先生・・・」



「ん・・・いえ、まだ油断はできないと・・・」



「う、う~む、・・・・何か普通の学生に見えるが・・・本当に何もよからぬことを考えていないのかい?」



「分かりませんわ・・・まだ監視は必要かと・・・」



何か真剣に考えていた自分たちがアホらしくなり、数分後の超包子ではいつもと変わらぬ光景が繰り広げられた。


魔法先生たちもフェイトのことがどーでも良くなり、酒を飲んで酔っ払っていた。


そしてその間に今回の話の流れを何とかアスナに説明したネギは、腕組みしながら難しい顔をしているアスナの前で正座していた。



「なーるほど、要するにこいつも小太郎君と同じでそれほど悪い奴じゃないし、今は自分の生徒でもある・・・あんたはそう言いたいわけね?」



「は・・・はい・・・簡単に説明するとそうなります。その~、アスナさん・・・納得できませんか?」



「そりゃ~、あんなふうにシモンさんやニアさんとかザジさんたちとロシアンルーレットとか部活とかしてるところ見せられると納得できなくもないけど・・・やっぱ一言ぐらい言ってくれても・・・」



「兄貴~、俺ッちもマジで心配したんだぜ?」



「うん、ごめんよ、カモ君。僕も急だったから・・・」



とりあえずの事情をアスナも聞き、少しは納得できたのかアスナもトーンダウンしてきた。

しかしそれでも自分が蚊帳の外だったような感覚は拭いきれず、まだぶつぶつと文句を言っていた。

そんなアスナの様子にニヤニヤしながら、この男がようやく収まりかけた火に油をぶっかけた。



「か~、情けねえな~、勉強は出来ても女のことは分からねえと見えるな、先公!」



「カ、カミナさん・・・」



「な、何よアンタ。今私はコイツと話をしてるんだから邪魔しないでよね」



ネギの頭をぽんぽん叩いて豪快に笑うカミナ。アスナは途端に不機嫌そうな顔をするが、カミナはまったく怯まない。


「ふっ、なあ先公、お前らとフェイ公の間に何があったか知らねえが、その嬢ちゃんが何で怒ってるか分かるか?」


「えっ? それは・・・大事なことを言わなかったから・・・」


「ちげえよ、お前のことならなんでも知っておきたいからだよ。要するにだ、その嬢ちゃんはテメエに惚れてんのよ! だから、大事なこととかそうでないことも、お前のことに関することは何でも知っておきてえのさ、健気なもんじゃねえか、分かってやれよ」


「・・・えっ?」


「は・・・はああああああああああ!? ちょっ、今の話の流れで何でそうなんのよォ!? テキトーなこと言ってんじゃないわよォ!!」


カミナの爆弾発言に顔が本当に爆発してしまったアスナは真っ赤になって否定するが・・・



(((((図星かよ・・・・))))



そんなものは信じられないわけで、ダイグレン学園の生徒たちは少々呆れてしまった。

しかしこれはこれで面白いと思い、キタンたちは意地の悪い顔を浮かべて盛大にからかう。


「ひゅう~、先生よ~、いいね~、女にもてるとはうらやましいぜ!」


「女子中で教えているとは聞いたが、まさか10歳のガキと女子中学生とは・・・いやはや恐ろしい世の中になったもんだ」


「あら、結構お似合いだと思うわ」


面倒な奴らに目をつけられたものだ。


「ちょちょちょ・・・・・何なのよもーーッ! 違うんだから! そんなんじゃないんだから! ただこいつには私が居ないと全然ダメだから心配なだけなんだから!!」


ダイグレン学園にからかわれて何度も否定するが全く信じてもらえないアスナ。もはやフェイトの存在を完全に忘れるほどパニックになっていた。

だが、そんな彼女に笑みを浮かべながら、ネギの頭を撫でた後、カミナはアスナの頭も撫でた。



「ちょっ・・・なにすん・・・」



「そうやって男の世界を女が奪うんじゃねえ」



「・・・・はっ?」



カミナの言葉にアスナは一瞬反応が遅れた。



「いいか? 男ってのはバカで男にしか理解できねえ世界を持っている。なのに女がその世界を奪っちまったら、男にはバカしか残らねえ。心配だァ? 何言ってやがる。男の世界をどれだけ女が理解してやれるかによって、男から見た女の価値があがるってもんよ!」



「い・・・・・・意味分かんないんだけど!?」



「分からねえうちには、何もまだまだ分からねえってことよ!」



理解不能なカミナの言葉に首をかしげるアスナだが、カミナは言いたいことを言ったことに満足したのか盛大に大笑いしている。

周りの者に助けを求めるが、もはや木乃香や刹那もシモンたちのロシアンルーレットに一緒に盛り上がり、魔法先生や生徒もとっくに任務や監視も解いてはしゃいでいる。



「ああ~~~もう、それじゃあもう勝手にしなさいよォ!! その代わり何があっても知らないからね!」



「は、はい・・・ちゃんと僕が責任持ちます!」



「はっはっはっはっ、これにて一件落着よォ!!」



誰からの助けも得られないと分かったアスナは、ちっとも納得できないのだが、頭をかきむしって納得するしかなかったのだった。


「にしても、生徒にそれだけ心配されるとは、先生も人気あるね~」


「まっ、女子校に先生みたいな可愛い子が放りいれられたら、そりゃあ人気者でしょうね」


「いいね~、生徒に告白されたりとかあるかもな」


「へっ、生徒と教師の禁断の愛ってか?」


キタンたちが何気ない会話でネギをからかう。だが、告白のキーワードが出た途端・・・



「こ、告白!? そ、そんなことあるはずありません!?」



「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」



ネギは否定した。


確かに否定した。


しかし、アスナの時と同様に、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせ、慌てて否定した言葉を鵜呑みに出来るか?


それは無理だ。



「マジか・・・先公・・・」



「さっき習った英語で言うと・・・生徒は!・・・お前に!・・・フォーリン・・・ラブか?」



「あう・・・あわわ・・・ち、ちが・・・」



厄介な連中に知られた。キタンやヨーコたちは目を輝かせてネギに詰め寄る。



「マジかよ先生よ~!、それならそうと早く言えよ~!」



「ねえねえ、どんな子? どんな子が告ってきたの?」



「なな、ないですないです! この話はもうお終いです!」



「ちょっ、あんたたち、それはネギとその子のプライベートのことなんだから、これ以上聞くのは・・・」



「お~っと、何故かこんなところに先生の中等部のクラスの名簿と写真が~」



「いっ、いつの間に!? 見ちゃ駄目です~」



「こらァ! やめろって言ってるでしょーーーッ!」



「それ、ご開帳~~」



ネギとアスナが止めようとするが、知ったことではない。



「「「「「「「「「「オオオオオ~~~~」」」」」」」」」」



キタンたちは冷やかす気満々で名簿を開いた。そして生徒たちの顔写真を見て少し驚いた。中学生とはいえ中々の可愛い子達や美人が揃っている。


「か~、最近の中学生って中々いいね~」


「つうか、この龍宮って子とか、シモンとニアより年下に見えね~」


「よしっ・・・好みの子や将来性の高そうな子を、いっせーのーせ、で指差すぞ」


「ちょっと~、お兄ちゃん、今はそれより子供先生に告ッた子でしょ~?」


「おっ、それもそうだな! さて~~~~」


冷やかしMAXの表情で3-Aの生徒たちの顔写真を眺めていくダイグレン学園。



「ああ~~もう、皆さん~~」



「こら、あんた達ってば! 高校生が10歳のガキからかって・・・」



「分かった、この双子の史香って子だ! この子は中々ガキっぽいし、お似合いじゃねえのか?」



「違います~。だからもうやめてくださいよ~」



「馬鹿ね~キタン。こ~ゆう子供っぽい女の子に限って、年上の男に憧れるもんなのよ。い~い、先生みたいに年下の可愛い男の子、それでも目標に向かって一生懸命な子にキュンときちゃう子は・・・そうね~、このちょっと大人しそうな、宮崎のどかちゃんって子とか怪しんじゃない?」



・・・あっ・・・



「ッ!? ちっ、ちちちちちちちちち、違いま・・・まますすすす」



どうやらネギは嘘をつけない性格のようだ。



「「「「「「「「「「お、おお・・・当たったよ・・・」」」」」」」」」」



ヨーコが簡単に当ててしまった。そしてネギの反応を見て、確信したキタンたちのニヤニヤは収まらない。



「そうか! のどかちゃんっていうのか~!」



「うふふ、私、のどかよ? 先生すきです。ってか? ひゅ~~、やるね~」



「も、も~~~、からかわないでくださいよ~~」



「ちょっと、本屋ちゃんは真剣なんだから、悪ふざけもいい加減にしなさいよね!」



「だははは、いいじゃねえの!」



「そうそう、結構可愛い子じゃない。アスナ? あなたともそうだけど、この子とも先生はお似合いだと思うわ」



「っで、告白された先生はなんて答えたの?」



「も、もう、何でも良いじゃないですか、この話は終わりです!」



「へっ、例えば・・・俺も好きだぜ・・・マイハニーとか?」



「明日から、僕のパンツを洗ってくださいとか?」



「いや、先生は外人だからパンチを聞かせて、僕の子種を授精してくださいとか?」



「あっ、それあるわね。ねえ、お兄ちゃん。これはどう? 僕の熱いドリルであなたの中に今から天元突破させてくださいとか?」



「おいキヨウ。それはいくらなんでもセクハラじゃ・・・」



「でも、先生は子供だけど頭いいし、意外とそうだったり・・・」



その瞬間、好き放題言いまくるキタンたちにもはや冷静さを失ったネギは思わず真実を叫んでしまった。



「違います!!! 僕はまだ恋人とかそういうのは分からないので、お友達から始めましょうって言っただけです! ・・・・あっ・・・」



何もかもを隠すこともできずに全て暴かれるネギだった。



「彼らのああいう力はある意味脅威だね・・・」



ネギを気の毒に思う一方で、フェイトはダイグレン学園の何故か逆らうことのできぬパワーに感心していた。


「うん、フェイトもそうやって無理やり編入させられたからな」


「おや、シモンさん。フェイトさんは自らの意思で編入したのではなく、ダイグレン学園の方が無理やりだたカ?」


「本当なん、シモンさん?」


「う~ん、大半はアニキだけどね。俺たちと闇鍋しているときに・・・」


超や刹那たちは目を丸くした。


「「「やっ、闇鍋!?」」」


何と今ダイグレン学園に手玉に取られているネギやアスナ同様に、フェイトまでもが翻弄されたというのである。

だが、確かにそうでなければフェイトが部活などをやる理由も思いつかず、何と滅茶苦茶なと思う一方で、何故か納得できてしまうために、もはや笑うしかない木乃香と刹那だった。


「まあ、確かに色々あったが・・・それでも今ここに居るのは僕の意思だ・・・まあ、そんなことは今はどうでもいい。超よ。せっかく役職は決まったんだから、そろそろ話してくれないかい? 結局ドリ研部はどういう活動をすればいいんだい?」


もうこの話はやめにしよう。

フェイトは話題を変えるべく、超にこの部の活動内容を尋ねる。

そういえばと、今更ながらシモンとニアも、当然ザジもそのことを把握していない。

役職決めたり親睦会をしたりしているが、結局何をすればいいのか分からない。


「ふっ・・・そうネ・・・」


すると超は笑顔の裏で、少し何かを躊躇っていた。


(さて・・・どうしたものネ・・・ここで世界がどうとか火星がどうとか言ってしまうと、皆はふざけ半分だと思うだろうが、フェイトさんは何かを感づいてしまう可能性は大ヨ)


超は警戒していた。

これまで冗談の中に本音を交えて、誰からもその本心を掴ませないように過ごしてきた彼女だが、今回はいつものようにとはいかないようで、少し言葉を躊躇していた。


「そうネ、活動内容は開発と研究と実験。例えば・・・人一人で動かせるドリル、機械の先に取り付けるドリル、大穴を開けるドリル、細かい作業もこなす万能型のドリル、ここではそういうドリルを開発したり、アイデアを提供したりして研究するのがメインネ。既に麻帆良の工学部で実験待ちのドリルがいくつかあるが、やはり工学部ではロボ開発がメインでドリルは二の次・・・だから私はドリルを専門的に扱う団体を作りたかたヨ」


「・・・へえ・・・研究者ではないシモンをワザワザスカウトしてまでかい?」


「ウム、ドリル=シモンさんというのは私も昔から聞いてたからネ」


「は~~、シモンさんそんなにドリルに関してはすごいん?」


「えっ? さ、さあ・・・昔からよく使ってはいるけどね」


「大丈夫、シモンにはピッタリだと思います」


活動内容を知ってシモンやニアに木乃香は「ほ~」と感心しているようだが、フェイトはどこか腑に落ちない様子だ。


「君は・・・「うわァアァァァァァァァん」・・・・」


感じた疑念を口に出そうとするフェイトだが、それを泣き叫びながら助けを求めてくるネギに阻まれた。


「うわ~~ん、シモンさ~~ん、助けてくらさいよ~~」


「せ、先生!?」


「ネギ君、どうしたん!? って、うわっ、酒くさっ!?」


「ネギ先生どうされたのです!?」


シモンに助けを求めるネギの顔は赤く、呂律が回っていない。

そして何より体から汗とともに発散される匂いはとても鼻につく。

そう、ネギは酔っ払っている。


「ちょっ、どうしたんだよ~、先生!」


「がっはっはっは、この程度で降参するとはまだまだ男としての道のりは先が長いぜ!」


「ちょっ、あなたたち、ネギ先生に何を飲ませたんですか!?」


「ネ、ネギ君が酔うとる!?」


「だっはっはっは、『ビ』と『ル』が付くジュースを飲ませただけだがな~」


「思いっきりお酒じゃないですか!? こ、高校生が学内でお酒を飲んでいいと思っているんですか!?」


「シモンさん! 刹那さん! 木乃香~、助けてよ~、もうこの人たちについてけないよ~」


「あ、アスナさんしっかり~~!?」


キタンたちの手によりベロンベロンになったネギに、そのネギを守るために一人果敢にダイグレン学園のメチャクチャと戦っていたアスナもとうとう降参した。

シモンと刹那と木乃香が援軍に入るものの、何の効果もない。直ぐにキタンやカミナたちの馬鹿騒ぎに飲み込まれてしまった。

確かにここは学内だが、教職員も利用するために超包子ではお酒も扱っている。

本来生徒にお酒の販売は厳禁だが、一部のものたちが留年しまくって既に未成年ではダイグレン学園には無意味だった。

シモンと刹那も木乃香も巻き込まれて、ドリ研部で席に残っているのはフェイト、ニア、ザジ、超鈴音の4人。



「ニア・・・シモンが巻き込まれているけど、君は行かないのかい?」



シモンが行くところには常にべったりなニア。

しかし不思議なことにニアは気づけば無言で静かである。



「・・・む・・・君は・・・」



だが、そこでようやく気づいた。

ニアがいつの間にか黒ニアに変わっていることを。



「そうですね・・・行きたいのはやまやまですが・・・」



そして彼女は誰も寄せ付けぬような静かなる威圧感を出しながら、同じドリ研部の仲間に告げる。



「ある意味・・・これはいい機会かもしれません・・・本音を聞くには・・・・・・」



「「「・・・・・・・・」」」



フェイト、ザジ、超の三人の表情も変わった。点心を食べる箸の手をピタリと止めた。



「シモン・・・そしてニアならばあなた方の存在も大して気にせず受け入れるでしょう・・・しかし・・・こうも異質な存在が揃うと、流石の私も見過ごせません」



黒ニアの言葉にザジ、超、フェイトはそれぞれの反応を見せる。シモンが居た時には見せなかった表情だ。



「・・・・・・・・」



「ふっ、言うネ」



「・・・それで・・・僕たちに何が言いたいんだい?」



黒ニアは面倒な言い回しはしないことにする。

シモンが居ない今こそ、核心を付くことにした。彼女の小さな唇から漏れた言葉はただ一つ。



「あなたたちは・・・・・・何者ですか?」



誰か一人に向けた言葉ではない。

黒ニアが向けたのは、フェイト、ザジ、超、3人全員に向けた言葉である。

何者か?

それほど単純でいて答えがたいものはないかもしれない。

ただの学生・・・そんな言葉で流されるほど、この三人は普通とはかけ離れている。

シモンやニアが気にしなくても、いや、ダイグレン学園の誰もが気にしなくても黒ニアだけは気にせずに入られなかった。

何故なら・・・



「何故僕たちにそんなことを聞くんだい?」



「簡単です。本当に・・・シモンとあなた方を近づけて良いのかを判断するためです」



全てはシモンのため。



「ふん・・・ドッジ部や私にシモンさんが取り合いになっているとき、いつも黒い嫉妬心をむき出しにするあなたがやけに静かだと思っていたが、なるほど・・・私やザジさん・・・そしてフェイトさんが気になってたカ?」



いつもはクルクルと人格が変わるニアと黒ニアだが、今日はやけに静かだった。そんな彼女の深層心理にはこれから多くの時間を過ごすことになるであろうこの三人に意識が向けられていたからだった。

さて、シモンやニアは大丈夫でも黒ニアは誤魔化せない。

半端な嘘や冗談では乗り越えられないだろう。



「私は・・・(さて・・・・どうするカ・・・)」



超も・・・



「僕は・・・(僕が・・・何者か・・・問われると中々答え難いものだ・・・)」



フェイトも・・・



「・・・・・・(・・・・・・・・)」



ザジも、どうこの問いを乗り切るのかを頭の中で考えていると、自分でもわからぬうちにポロっととんでもないことを口に出してしまった。



「未来から来た火星人ネ」



「世界征服をたくらむ、悪の組織の大幹部」



「・・・魔族・・・」



どうせなら、もっとふざけた口調で言ってくれればよかった。

しかし、あまりにも真剣な顔でアホらしいことを言う三人に黒ニアも呆れた。



「ふう・・・真面目に答える気は無いようですね・・・」



頭の固い黒ニアは三人が真面目に答えていないと決め付けた。だが口に出した三人は心の中で自分自身に戸惑っていた。



(何故私は・・・言ってしまったネ?)



(嘘をつけなかった・・・結果的には良かったが・・・)



(・・・不思議・・・)



彼らがこのようなことを思っているなど、黒ニアには分からないのだろうが、黒ニアはこの場はそれで済ませることにした。



「いいでしょう・・・あなた方が神でも悪魔でも、もう問うことはしません。とにもかくにもドリ研部や新しい仲間が出来たシモンの喜ぶ顔に免じて、今は何も聞きません」



「まったく・・・君はシモンのお母さんかい?」



「ふっ、私たちの答えをどう処理するかはあなた次第ヨ。まあ、我々が何と答えようとも、黒ニアさんの信頼を得ていない今の状態で何を言っても意味が無いがネ」



超は内心では戸惑っているようだが、それを悟られぬように余裕の笑みを無理やり浮かべ、黒ニアもこれ以上は問わない。

ただし最後に一言だけ・・・・・・



「ただし・・・何も聞きませんが・・・他の誰よりも・・・もしシモンを裏切った場合・・・これからあなた方と私がどれほど仲良くなろうとも、どれほどの恩を受けようとも・・・」



「はっはっはっは、遠慮はしないカ? 結構結構。遠慮や気兼ねが要らないのが仲間の証ヨ」



シモンを裏切るなと釘だけ刺し、シモンの知らない場所で行われたこの四人の話し合いは幕を閉じた。


いつの間にか監視を解いて盛り上がっていた魔法先生たちはとんでもない話を聞き逃してしまったのだが、後の祭りだった。


記念すべきドリ研部の親睦会だが、シモンを除いたものにとっては腹の探り合いでもあった。


しかしその一方で、この空間が中々居心地のいいものと化し、いつまで続くのかは分からないが、全員がしばらくはこの一時を満喫しても良いと思うようになっていたのだった。






その数日後、一通の手紙が異界を渡る。




シモンやネギたちの居る麻帆良学園を現実世界と呼ぶのなら、その異界は魔法世界と呼ばれ、現実世界に対となって存在するもう一つの世界である。


魔法の国と呼ばれ・・・・・・まあ、よくわからんがもう一つの世界である・・・


その世界のとある荒野にて、周りに人や建物に文明すら感じさせぬ場所で、とある少女たちが己を高めるための鍛錬を重ねていた。



「はあ・・・はあ・・・まだ・・・まだまだァ!!」



「にゃっ、私だって負けないんだからァ!!」



「ふっ、暦・・・随分とがんばるではないか! だが、私だって簡単にはやられん!」



「私だって負けないよ、焔! 今度フェイト様と会ったとき・・・絶対に驚いてもらうんだから!!」



焔という少女に暦という少女。さらに・・・



「フェイト様の計画の実行がまだいつになるのかは分かりませんけど・・・暦や焔の言うとおり、私たちもそれまでは己を高めなければ・・・。私たちもがんばりましょう、環」



「勿論・・・調・・・鍛錬の続きデス」



調という少女に環という少女、彼女たちはとある信念とある男のことを想い続け、つらく激しい修練であろうと心を燃やして励んでいた。


彼女たちをそれほどまでにがんばらせる想いも理由も、その時がくるまでは分からない。


だが今日は、そんな彼女たちの元へ一通の手紙が届くのだった。



「みんなァーーー! 大変大変大変ですわ!!」



血相を抱えた一人の少女が、焔たちの下へと走ってきた。



「・・・栞?」



「どうしたんだろう・・・」



その少女の名は栞。彼女もまた焔たちの仲間の一人である。そんな彼女が一通の手紙を振り回しながら、大声で叫んだ。



「ゲ・・・ゲートを通って・・・旧世界に居るフェイト様から手紙が来ましたァ!!」



「「「「ッ!?」」」」



その言葉には、先ほどまであれほど鍛錬に集中していた少女たちの意識を完全に向けてしまうほどのものがあった。


それどころか、鬼気迫るような彼女たちが一気に花が咲いたような笑顔を見せて、手紙を持って走ってきた栞に向かって全員が駆け出した。



「「「「フェイト様から手紙ッ!?」」」」



それが彼女たちにとってどれほどうれしいものなのか。

顔を真っ赤にして照れたように笑う彼女たちは、もはやどこにでもいる普通の少女たちにしか見えない。



「フェ・・・フェイト様からの手紙・・・まさか・・・計画の内容を?」



「何言ってるの、焔。そんな大事なことを手紙で送るわけないじゃん。やっぱり・・・私たちが元気かどうかを・・・」



「フェ・・・フェイト様・・・うう・・・涙が・・・い、急いで返事を書かなくては! たしかメガロメセンブリアに頼めば旧世界に手紙を送れるはずでしたね?」



「いっぱい書かないと・・・」



たった一通の手紙。

しかしその一通は彼女たちにとってはこの世のありとあらゆる金銀財宝よりも価値のあるものなのかもしれない。

たった一通の手紙が彼女たちには神々しく写っているようで、気づけば感動の涙とともに跪いたりしている。



「まあまあ、皆さん落ち着いて・・・とにかく・・・手紙を開封して中身を確認してもよろしいですわね?」



「う、うむ・・・き、緊張してきた・・・」



「いっせーのーせで、開封してね」



「はあ・・・フェイト様」



ハラハラドキドキうっとりと恍惚した表情で彼女たちはゆっくりと封筒を開け、中のものを取り出す。



「「「「「・・・・・・・・・・・えっ?」」」」」



すると中には手紙というより一枚の葉書が入っていた。


葉書に書かれていたのはたったの一言。


いや、本来ならそれだけでうれしいのである。


しかし今はそのことよりも葉書に書かれている文字の隣に貼り付けてある、シールの存在が気になった。


栞という名の少女は混乱した口調で葉書に書かれている一文を読み上げる。




「え~~っと・・・プ・・・プリクラというものを初めて撮ったので、君たちにも送ります。体調には気をつけて・・・・・・」




葉書に張り付いていたのは、二枚のプリクラ。


『新入り万歳!』と文字で書かれ、フェイトを中央に置いたむさくるしい男やら女やらがフェイトの周りを囲んでいる、とにかく色んな連中が密集して一人ひとりの顔がものすごく小さくなってしまったプリクラ。

そしてもう一枚は、フェイトともう一人男が写っており、さらに女三人が写った合計5人で取られたプリクラ。プリクラには文字でこう書かれていた。『ドリ研だ! 何か文句あんのかよ?』・・・・と。



「「「「「・・・・・・・プ・・・プリクラ・・・・・・・」」」」」



彼女たちはワナワナと震えていた。


自分たちは血反吐を吐くようなものすごい修練の日々を過ごしているのに、自分たちが心から慕う男はのん気に何をやっているのかと・・・



「プ・・・プリクラだと? こんなものが旧世界には・・・」



「写真とは違い・・・これほどの小さくお手軽なシール・・・」



「さらにこれほど鮮明な解像度・・・」



「わ・・・私も・・・・私も・・・」



のん気に何をやっているのかと・・・



「「「「「私もフェイト様とのプリクラが欲しい!!!」」」」」



・・・特に思っているわけでもなかった。




結局何かが起こるわけでもない。


何かが変わるわけでもない。


このままありふれた日常がいつまでも続くのだろう・・・少なくともこの時はまだ、そう思っていた。


写っている者たちは、それぞれ腹のうちで何かをまだ隠している。しかしそれでもこのプリクラを撮っているときは悪い気がしていなかったはずである。


しかしフェイトと同様に葉書にプリクラを貼り付けた手紙が、とある男の元へ届いた瞬間、変わらないと思っていたものが変わりだす。



「部活に入りました・・・私は元気です・・・・・・か・・・・ニアめ・・・・・・」



シモンとニア。

ツーショットで『夫婦合体!』とシモンに抱きついてほほ笑むニアのプリクラを見ながら、男は一人呟いた。



「ニアめ・・・・・・いつまでもくだらぬわがままを通せると思わぬことだな・・・何が結婚だ・・・ワシに逆らってどうなるのか・・・知らんわけではあるまいな?」



歪んだ父の愛が大きな壁となって、男たちの前に現われる日が近づいているのだった。



「ワシですらまだニアと一度も・・・プリクラを・・・プリクラを撮ったことはないというのに・・・・・この・・・・小僧が!! ドリ研だ? 文句あるのかだと? ・・・・・・文句ありまくりじゃ!!」



矛先はシモンに向いていた。




後書き

ほのぼの・・・これが一番楽です。萌えも燃えも無いがそんな日常が私は好きです。

いつも「もえて」ばっかじゃ疲れますからね。



[24325] 第9話 もえてきた!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/12/01 23:48
その戦争は、まだ朝日が昇り始めたころに始まった。



「うぎゃあああああ!?」



「た、たすけ・・・・う・・・・うわあああああああ」



まだ、学園の生徒たちが登校する前に起こった戦争。


しかし遅刻や授業の心配をする必要はない。



「こ、こちら・・・ぎ・・・ぎいああああああ!?」



何故ならばそれまでに全て終わるからだ。



「エコー7、応答せよ! エコー7!」



「ダメだ・・・通信が途絶えた・・・」



「畜生・・・何がどうなってる・・・」



蒼白した表情、震える手、把握できない事態。その場に居た人間たちは混乱の中に居た。



「こちらエコー9、本部、応答願う!」



麻帆良学園の広大な敷地内にある大森林の中、軍服姿でマシンガン片手に持つ男が血相を変えていた。



「ダメだ・・・本部に連絡が取れない! ジャミングの所為で通信機器が使えない!」



「おそらく敵の仕業かもしれない・・・」



「まずいな・・・敵は神出鬼没・・・我ら精鋭100名の部隊がこうも乱されるとは・・・」



これは演習ではない。


戦争だ。


大切なものを賭けた大きな戦いである。


敗北は許されない。


しかしこの状況は何だ?


森林内に配置された仲間の数は100名近くだというのに、軍服姿の彼らは現在交戦中の敵に手玉に取られていた。



「一度本部に戻るか?」



「しかし敵の数が少ないのであれば、ここは一気に敵の本丸に攻め込む方が・・・」



武装した者たちはこの状況をどう打破するべきかを仲間内で話し合う。


だが、所詮はアマチュアだった。


彼らにこの状況を覆せる手段など思いつくはずがない。




「ふっ・・・残念だけどそれまでだよ」




「「「ッ!?」」」




いつの間にか敵が自分たちの近くまで接近していた。


両手にマシンガンを持った白髪の少年。


彼はまるで感情の乱れも無くクールに銃口を向ける。



「くっ、撃て撃てェ!!」



「敵は一人だ! こっちは10人! 数で攻めればどうにでも・・・・・」



応戦しようと銃口を向けて少年に引き金を引こうとした瞬間、少年は既に目の前には居なかった。


分かったのは、自分たちの真横を突風が通り抜け、少年がいつの間にか自分たちの背後に居たことだけ。


人間の動きではない。


冷たい汗が止まらない。


だが、そんな恐怖に震える自分たちの頭に銃口を押し付けながら、少年は冷たく言い放つ。



「恨まないでくれ。これはそういう戦いなんだろ?」



その姿はまるで感情の無い殺戮マシーン。


その言葉と共に、男たちの断末魔が麻帆良の大森林に響き渡ったのだった。










・・・・・・・










「はっはっはっは、というわけでドリ研部VS軍事研究部のサバイバルゲームは我々の圧勝! 約束通り軍事研究部の部室は我々が頂くヨ!」



両手を腰に当てて上機嫌に笑う超鈴音。

彼女の目の前には正座した軍事研究部約100名が悔しそうに震えていた。


「畜生、侮った! たった5名にこれほど完敗するとは! これで、超包子の年間無料超VIP優待券がパァだ!?」


「俺たちのリラックスルームがァ!?」


「たった・・・・たった5人に敗れるとは・・・一生の不覚!」


軍事研究部の部員たちが自分たちの敗北に悔しがり、このありえぬ事態に戸惑っていた。

そう、つい先ほど行われていたのは、シモンたちドリ研部と麻帆良の軍事研究部のサバイバルゲーム。

軍事研究部の部室と超包子の年間無料優待券を賭けた戦争だったのだ。

軍事研究部は超鈴音にこの対決を持ちかけられた時は一瞬で承諾した。

自分たちはサバイバルゲームのキャリアもあり、何よりドリ研部は男子2名に女子3名で計5名という少人数で、自分たちはその何十倍もの部員が居る。

万が一にも負けることは無いと思っていたのだが、蓋を開ければ惨敗という結果に終わった。



「我々の通信機器を全て狂わすジャミングや情報操作で撹乱した超鈴音・・・一騎当千のフェイト・アーウェルンクス・・・あまりの可愛さに引き金を引けなかった我々が油断したところを静かに始末していくニア・テッぺリンに黒ニア・・・見えない壁でBB弾を全て防いでしまうザジ・レイニーデイ・・・そして・・・そんな地上の混乱の中、地中をドリルで穴掘りながら進み本部のフラッグをあっさり奪ってしまったシモン・・・何なんだ・・・この5人は一体何なんだ!?」



兵力差ではなく戦力差。


圧倒的な力で自分たちを蹂躙したこの5人の伝説は麻帆良軍事研究部において長く語られることになるのだった。


「しかし・・・部室のアテがあると言っていたが、まさか部室を複数持っている部活から奪い取るとは・・・」


惨敗した男たちの悔し涙に背を向けながら、帰路に着くドリ研部。

フェイトはこれまでの出来事を呆れながら振り返っていた。


「何を言うカ。相手の方が人数多くキャリアも長い、これはとても相手が有利だった勝負ネ。そもそも彼らは部員が多いから部室を複数持っているネ。一つぐらい取られても何も問題ないヨ」


つまらぬ言いがかりだと鼻で笑う超だが、フェイトは何だか相手も気の毒に感じていた。


「でも・・・最初は俺も驚いたけど、楽しかったな」


「はい。私たちドリ研部の記念すべき最初の勝利です!」


「・・・ピース・・・」


まだ朝の霧が晴れぬ登校前の早朝にドリ研部全員を集合させて、唐突に始まったサバイバルゲーム。


「はっはっはっは、こちらも素人だが相手もアマチュアネ。我ら五人の相手ではないと信じてたヨ」


「まあ・・・負ける気は僕もしなかったが・・・」


「ああ、それにフェイトが一人で敵を倒しまくってくれたおかげで本当に助かったよ。これで部室か~、何か本当に部活って気がしてきたよ」


「はい、ザジさんも手品のような力で鉄砲の玉を防いでいたのですごいです!」


「・・・・ありがと・・・」


最初いきなり超に集められ、ルールもやる理由も分からぬシモンたちだったが、少人数の初心者とはいえ、このメンツでは公平な勝負とは中々言い難いものもあった。

しかしシモンやニアにザジも部室が手に入ったことを喜んでいるため、フェイトも諦めてそれ以上は何も言わなかった。


「それにしても良く学園長も僕たちに部活の認可をしたね・・・」


シモンやニアには言えないが、ある事情があり学園長や学園の魔法使いたちに自分は重要人物としてマークされている。

そんな自分が新しい部活の設立に関わるなど、面白くないと思われるはずである。


「はっはっはっはっ、校則を何一つ破ってないので却下される理由がないヨ。部活の許可に部室、これで我らのドリ研部の活動の準備は整ったネ! まずは来る学園祭に向けて動き出すネ!」


だが、超鈴音はだからどうしたとばかりに盛大に笑い、シモンたちも同調して頷いた。


「ああ!」


「はい、がんばりましょう!!」


「楽しみ・・・」


人数も設備も場所も整った。

これで本当にスタートしたようだとシモンもニアもうれしそうにしている。

当面の活動目標は学園祭に向けての準備。


「学園祭? 僕たちも学園祭で何かやるのかい?」


「うむ、まあ私も掛け持ちの仕事があるからあまり多くは出来ないが・・・」


その時、超も言いながらそう言えばとシモンたちに振りかえる。


「っと、そういえばシモンさんたちのクラスは何か出し物をするカ? 私のクラスはお化け屋敷と決まったガ・・・」


学園祭。

世界有数の巨大学園都市で行われる全校挙げてのビッグイベント。

一日に何億もの金銭が動き、もはや学生行事規模の範疇には収まりきらぬほどのものである。

しかしダイグレン学園だけは参加かどうか未定。


「追試・・・結局カミナさんたちはどうなったカ?」


それは、中間試験の失敗者は学園祭には参加できないという決まりがあるからだ。


だが・・・



「ああ、それなら何の問題もないよ! それと、俺たちのクラスは、きっと超も驚く凄い出し物だよ!」



「はい、凄いです!」



「確かに斬新だしね・・・」



それは、ほんの数日前にさかのぼるのであった。





・・・・・・・・






「では・・・追試の結果を発表します・・・・・・・」



ダイグレン学園の朝のホームルーム。


これほどの早朝に、ましてや全生徒が出席するなどという事態は前代未聞の異例中の異例。


恐らく入学式でも全員が揃って出席ということは無かった。



「一部の人を除いて受けてもらった追試試験ですが・・・」



これも全ては、この瞬間のため。



「結果は・・・なんと・・・・・・・・」



クラス中がゴクリと息をのみ、教壇に立っているネギは静かに言葉を勿体ぶる。


沈黙が重い。


カミナやキタンたちもまるで大喧嘩前の緊張感と同じように感じていた。


だが、そのすぐ後に、ネギの表情が涙を浮かべた満面の笑みに代わり・・・




「全員追試突破です!! おめでとうございます! 」




「「「「「「「「「「よっしゃああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」




クラスメートの歓喜と歓声、そしてガッツポーズが朝のダイグレン学園に響き渡った。



「はーーーーっはっはっはっは、見たか! これが俺の本気よ!」



「おうよ、俺たちを誰だと思ってやがるってんだ!」



「そうだそうだそうだ!」



「思ってやがる思ってやがる思ってやがる!」



クラス中が歓喜に包まれて所々でハイタッチが飛び交う。



「よっしゃあ、いつものいくぞォ! 俺たちを・・・・」



「「「「「「「「「「俺たちを誰だと思っていやがる!!」」」」」」」」」」



カミナが掲げた拳に向かって、キタンやヨーコ達にバチョーンも含めた追試組が拳を同じ様に突き上げて一つになる。


肩を組み、飛びまわり、円を囲んで渦巻のウェーブでクルクル回ったり、先ほどまでの沈黙を全て取り戻すかのように彼らはハシャイだ。



「やったな、みんな!」



「はい、さすがアニキさんたちです!」



「まあ、追試ぐらいは通ってもらわないと。僕もこの数日はかなり協力しましたから」



シモンやニアもうれしそうに、追試組ではないロシウも口元に僅かな笑みを浮かべていた。

特にロシウも最初は何だかんだとキタンたちに文句を言っていたものの、最後の最後まで勉強を手伝うなどと義理堅く、だからこそ自分の苦労も実ったのだとホッとした。


「おうよ、デコすけ!」


「まっ、テメエやキノンにも今回ばかりは世話になったからよ!」


「つうかお前ら意外と仲いいよな! 俺たちの勉強見るのを口実に、結構親密になってたじゃねえか?」


「「なっ///」」


「だはははは、赤くなりやがって! こりゃあ、クラスにシモンとニア以外のカップルが成立か?」


「なにい!? キヨウはダヤッカに取られたが、兄貴としてこれ以上妹を取られてたまるかァ!」


「お、お兄ちゃん!? そ、・・・みっともないからやめてよ!」


こうやって笑いながらからかうのも彼らなりの感謝なのかもしれない。


素直に面と向かって「ありがとうございます」など、返って彼ららしくない。


いつものように、いつもの通り仲間を巻き込んでバカ騒ぎをする。


それが彼らなりの照れ隠しでもあった。


そして・・・



「ちょっと~、もう一人、最大の功労者を忘れてんじゃない?」



ヨーコがクスクス笑いながらキタンたちに言う。


そして忘れるはずがない。


そもそも自分たちがここまで勉強したきっかけは、自分たちよりも一回りも小さな子供のおかげ。



「当ったり前よォ!」



カミナもニヤリと口元に笑みを浮かべた。



「よっしゃあ! 先公を胴上げだ! 野郎ども! かかれええええ!!」



「「「「「「「「「「っしゃああ、覚悟しやがれええええええ!!」」」」」」」」」」



生徒たちの荒々しく、力一杯の胴上げ。



「えっ、ちょっ・・・・うわあああああああ」



体重の軽いネギは何度も天井に体を打ち付けた。



「い、いた!? も~~、天井にぶつかってますよ~!」



「だっはっはっは、だったら天井もぶち破れ! 俺らの胴上げで天を突け!」



だが、痛みよりうれしさの方が大きい。


(でも良かった・・・本当に最良の日だ!)


ネギは決してやめてくれなどとは言わなかった。


「ま~さか全員無事とはね~、効果があったじゃない? ネギドリルブレイク」


ヨーコも自身が追試を乗り越えたこと、そして何よりもカミナやキタンたちなどの問題児全員まとめて追試突破させた10歳の子供の力に、もはや笑うしかなかった。



「とにかくおめでとうございます! これで学園祭、思う存分熱くなってください!!」



「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」



ヨーコがネギに感心をするのなら、ネギは生徒たちに感心していた。


言うのは簡単。


しかし「やればできる」ということを本当に生徒たちは実践したのだ。


うれし涙を堪えているようで、人から見ればバレバレの泣き顔のネギだった。


「っしゃああ、これで残すは学園祭よォ! やるぞォ! 燃えてきたァ!」


「今年は何をやる? 野郎ども!」


「学園祭期間中のあらゆるゲームや勝負に対するトトカルチョの胴元は俺たちがやるとして、まずはクラスの出し物だぜ!」


「ああ、だが俺たちダイグレン学園の校舎まで客が来ることはねえ、麻帆良本校の中庭辺りのスペース借りてやるしかねえ。ロシウ、テメエ本校に掛け合えるか?」


「ふっ、そういうことなら任せてください! 必ずベストポジションを勝ち取ってみせます!」


「となると出し物よね~、どの学年も気合入れてるだろうし、ここはパンチを効かせたのが良いわね~」


「よし・・・女がサービスを・・・」


「エロい事以外にしてね。ッて言っても、それでも本校の女子校には敵わないと思うけどね~」


追試を終えて学園祭に参加できると決まった瞬間彼らの行動も早くテンションも高い。


「いいぜ~、こうなったらとことんガチでやりまくって俺たちが最強になってやろうじゃねえかァ!」


このやる気と行動力をもっと学業に活かせたらなと思うネギだが、活き活きとする生徒たちの姿がうれしくてほほ笑みながら見守っていた。


「そ~ね~、ありきたりだと飲食の屋台か喫茶店・・・ゲームコーナーとかだけど、飲食系で超包子とかに勝てるわけないし、ゲーム系やアトラクションものは工学部が有利・・・難しいわね・・・」


「それに追試で勉強ばっかしてたからあんまり準備期間ね~しな~」


「う~ん・・・今から始めて儲けられるものを作るのは難しいですね・・・」


ヨーコやキヤルたち女生徒たちも真剣に考えている。


しかし思いつくには思いつくが、中々これだというものが無い。


それはやはり麻帆良学園の学生の能力に関係している。


彼らの能力や技術力を持ってすれば、学園祭はどこかのテーマパークや遊園地よりも遥かにクオリティの高いものが出来てしまうのである。


そんな中でお金儲けを出来る。


それは言いかえればコストや赤字は自分たちが負担しなければならないのである。


つまり生半可な出し物では到底太刀打ちできないだろう。


さらに気合の入っている団体やクラスなら、学園祭の何週間や何カ月も前から準備に勤しんできただろう。


直前まで追試の勉強に時間を費やしていた自分たちは大きく出遅れているともいえる。


何か一発逆転のアイデアがないかとクラス中が一つになって考える。


そしてこのように仲間たちが道に迷っているとき、いつだって先陣切って口を開くのはこの男。



「ところでよ~、以前・・・シモンの部屋に、女子高生の軽音楽部のアニメにあったんだが・・・」



カミナがボソッと呟いた。



「アニキ、何で知ってるの!? ・・・はっ!?」



慌てて取り乱すシモン。

しかしその瞬間シモンの腕に抱きついて甘えていたニアの目がカッと開いた。



「・・・・・・・・・・・・・ほう・・・」



ドスの利いた声だった。



「く、黒ニア!?」 



「シモン・・・・・ハナシガアリマス・・・」



「って・・・うわあああああ」



慌てて立ち上がるシモンを、黒ニアがクラスの隅へ引きずっていく。


とりあえずシモンと黒ニアは置いておいて、カミナは話を続ける。



「内容はもう忘れちまったが、とにかく今の世の中は『もえ』というものが流行っているらしい!」



「もえ?」



カミナが口にした『もえ』という文化。それを聞いた瞬間、キタンたちは立ちあがった。



「おお、『もえ』だとッ!? それなら正に俺たちにぴったりの言葉じゃねえか!」




・・・・・・・・?




「・・・・えっ?」




ネギとて『もえ』という文化は聞いたことはある。


良く理解はできないが、少なくともキタンたちにぴったりの言葉だとは到底思えず、思わず首をかしげてしまった。


だがキタンに同調するように次々と男たちは頷きだした。



「なるほど・・・俺たちにぴったりの流行もの・・・正に王道じゃねえか!」



「ああ、しかもこれは俺たちにしかできねえ!」



「そういや~、最近メイドだか執事やらの喫茶店が多いが、その『もえ』を喫茶店に掛ければいいんじゃねえか? 料理は苦手だが、『もえ接客』に『もえ料理』なら、俺たちの超得意分野だからよ!」



「おう、完璧だ!」



ネギは自分が勘違いしているからなのか、何か話がどんどん進んでいく。



(あ、・・・あれ~? 萌ってそういうものだったっけ? 大体喫茶店と萌えを掛け合わせたのがメイド喫茶だったような気が・・・)



自分は確かに日本人ではないため、俗語にはそれほど詳しくはないが、3-Aの子達から聞いたり、テレビで知った文化は決してそのようなものではなかったはずだとネギが思い返していると、カミナはポーズを決めながら机の上に立って叫んだ。



「青の長ラン! 男の下駄ばき! そして、V字のサングラス! 燃え燃え~~ぎゅんッ!! ・・・・・・これだああああああ!!」



沈黙したのはネギとフェイトだけだった。


クラス中はカミナの動作に大歓声を上げていた。



「これぞ正に熱く燃える漢の喫茶店! その名も・・・番長喫茶!! まさに俺たちにしかできねえ分野じゃねえか! 燃えるぜーーッ!」



そしてネギはようやく理解した。

どうして自分の考えと彼らの考えが違うのかと。

彼らは『もえ』を『萌』ではなく『燃え』だと勘違いしているのだった。


「ちょっ・・・大丈夫ですか、それ!? 普通やるならメイド喫茶じゃないんですか!? 『萌え』ってそういうジャンルじゃないと思いますよ!?」


「いや・・・ネギ君・・・意外と斬新かもしれない」


「フェイト、君は本気で言ってるのかい!? っていうか斬新すぎでしょ!?」






・・・・・


「っていうことがあったんだよ」


自分のクラスでの出来事を楽しそうに語るシモン。その話を聞いた瞬間、超は大爆笑した。


「ははははははははははは! ば、番長喫茶!? それは流石に聞いたことないネ! 確かにそんな出し物はダイグレン学園にしか出来ないヨ! ネギ坊主が慌てるのも無理ないネ!」


確かに斬新だし、リアル不良のカミナ達にしかできない喫茶店だろう。

どんな接客や料理が出てくるのか分からないが、未知の物は興味深い。楽しみが増えたと超も笑った。


「しかし、番長とは・・・シモンさんやフェイトさんもやるのカ?」


「いや、僕とシモンは恐らく厨房に入るだろうね。そんな恰好したくないし・・・」


それは残念。

超は腹を抱えて笑いながら、フェイトの番長ルックも面白そうだと想像を膨らませた。


「私も調理担当がやりたかったのですが、皆さんが接客にしろというのです」


「そ、それは・・・・君にはそちらの方が客寄せになるという彼らの判断だと思うよ」


「そうですか? でも、ヨーコさんたちと一緒にスケ番という恰好をするので楽しみです」


「うん、ニアならどんな格好も似合うと思うよ?」


「ふふ、ありがとう、シモン」


カミナ達は追試が大丈夫どころか、既に学園祭に向けて動き出した。

シモンたちもクラスのことと部活の両立を図るのは大変だが、やりがいのある大変さだ。


「だけどドリ研部の活動は?」


「まずはドリルを使ったパフォーマンスネ。ニアさんとザジさんが可愛い恰好で人を集めて、私がドリルの解説をする。フェイトさんは試し掘り用の巨大な石でも用意してくれればいい。後はシモンさんが実践して掘ったり銅像を作ったりする。単純だが、この方が効果的ネ!」


「・・・・・僕が・・・石を?」


「不服か?」


「いや・・・的確な人選で返って恐ろしいなと・・・」


「ふふ・・・・そうカ?」


その時、シモンとニアの気づかぬところでフェイトが僅かに超を睨み、その視線を受けて超は不敵にほほ笑んだ。


(この女・・・やはり何か妙だ・・・初めて僕を見たときも驚いているようだったし、ひょっとすると何か知っているのでは・・・)


超に心の中で疑心を抱くが、フェイトは直ぐに頭を振った。


(いや・・・ザジもそうだし・・・それを言うなら僕もそう。結局僕たちは表面上繋がっているようで・・・深いことは何も知らない・・・そして・・・知る必要も無い。計画に支障が出ないのであれば・・・)


気にするな。

深く誰かと関わろうとするな。

知る必要のないことまで知る必要は無い。

だから、興味を持つ必要も無いと、フェイトは疑心を捨てた。


「もうそろそろ行かないかい? 今日はクラスの準備をするんだろ?」


顔を上げてフェイトはシモンたちに振り返る。


「そうだな、学園祭の準備期間はみんな早朝に集合って約束だし、早く行こう!」


「ウム、ではザジさん。我々もクラスの手伝いに行くとするカ?」


「・・・コク・・・」


「では、また集まるときはメールをすると言うことでよろしいですね?」


この時は、それだけで解散した。


またメールがあれば集まればいい。


校舎は違うが、5人しかいない部活で同じ学内に居るのだ。


どうせ簡単に会える。



「ああ、それじゃあまたな!」



この時は本当にそう思っていた。シモンも・・・



「じゃっ、そういうことで・・・」



フェイトも・・・



「ウム、楽しみにしてるネ」



超も・・・



「・・・・ン・・・・」



ザジも・・・



「それでは超さん、ザジさん、ごきげんよう!」



ニアも・・・



誰もがそう思っていた。



5人全員揃っていられることが、どれほど難しいことであったのか・・・



互いに互いを深く知らなかったこの時は、まだ誰も分かっていなかったのだった。



「早く行こう! アニキたちはこういう時には遅刻しないからさ!」



「そうだね。彼らに遅刻だと怒られるのは不愉快だからね」



シモンとフェイトとニアは早足でダイグレン学園へと急ぐ。


まだ早朝だが、きっと遅刻せずに皆登校しているだろう。


そして、遅刻ではなく時間通りに着いた自分たちを「おせえぞ! 気合が足りねえ!」などと言って、デコピンでもしてくる光景が目に浮かぶ。


それは避けたいのか、フェイトも一緒に走る。もっとも、スピードはシモンとニアに合わせてた。


だがこの時、走っていたニアがハッとなる。



「そうでした!」



「どうしたの、ニア?」



「今日はスケ番というものの衣装作りでロングスカートが必要なのですが、道具を買うのを忘れていました」



どうやら忘れ物をしたことにニアは気づいた。


「私は急いで買ってきます。シモンとフェイトさんは先に行っててください」


「大丈夫かい? 荷物があるなら僕たちが持つけど・・・」


「ニア、俺も行こうか?」


「大丈夫です。私だって一人で買い物は出来ます! ですからシモンは私を信じてください! それに二人は早く行かないと、アニキさんたちに怒られてしまいますよ?」


世間知らずのお嬢様は、逞しそうに胸を張る。

その姿は逞しいと言うよりむしろ可愛らしい。シモンとフェイトは思わず苦笑してしまった。


「たしかに・・・それじゃあ、シモン、僕たちは先に行かないかい? お姫様はお供がいらないようだしね」


「ああ、それじゃあ、俺たちは先に行くからな!」


二人に言われてニアもニッコリとほほ笑んで大きく頷いた。



「はい、では私は行きますね」



ニアは少し急ぎ足で予定のものを購入するためにシモンたちと別れた。


別れたといっても、直ぐに買うものを買ったら自分も登校するため、それほど大げさなものではない。


シモンとフェイトもそのまま走って学園へと向かった。









だが、この日・・・・・・・・・









ニアが登校することは無かったのだった。







買い忘れたものを買うために店へと向かうニア。


だが、彼女の前に一人の男が現われた。



「ッ・・・あなたは・・・・」



その男は、ニアも良く知る男だった。



「ヴィラル! ヴィラルではないですか! ごきげんよう。今日はどうしたのですか? 言っておきますが、私は戻る気はありませんよ?」



そう、そこに居たのはヴィラルだった。

テッペリン学院のヴィラルがまるでニアが一人になるのを待っていたかのように、待ち構えていた。


「ニア様・・・」


いつもなら跪いたり懇願したりしてニアに帰ってくるように説得した挙句、ダイグレン学園のドタバタに巻き込まれて吹っ飛ばされるヴィラルだが、今日はやけに殊勝な表情だ。


「ヴィラル?」


ニアもいつもと違う様子を感じ取った。

するとヴィラル軽く一礼をしながら、手をある方向へ伸ばした。


「あちらに・・・」


ヴィラルが示した方向には、巨大なリムジンが止まっていた。


「ッ!?」


その瞬間、ニアの体が跳ね上がった。

この場には似つかわしくないほどの高級車。

どこの金持ちがこんなものを学び舎に持ってきたのだと普通は思うのだろうが、ニアは違う。

リムジンの窓ガラスはスモークで中が見えないが、その車に誰が乗っているのか分かっている。

そして言葉を失うニアの前で、車の窓ガラスがゆっくりと開き、中に居る人物が顔を出した。



「ニアよ・・・久しいな」



間違いない。

ニアは自分の思ったとおりの人物だと複雑な表情を浮かべた。



「お父様・・・」



そう、彼こそがニアの父親。


「ヴィラルよ・・・しばし下がっておれ」


「畏まりました、ロージェノム様」


圧倒的な威圧感。

普通の人には決して纏うことの出来ぬ王の覇気をむき出しにした男が、愛娘でもあるニアをジッと睨む。


「お父様・・・・」


「何をボーッとしておる。乗らぬか」


「し・・・しかし私は学園祭の出し物のお買い物に行かなくてはならないのです」


ニアは何とかその場を逃れようとしどろもどろに言うが、ロージェノムはもう一度睨む。


「もう一度言う・・・乗れ。少し話がある」


「・・・ッ・・・」


ニアは圧倒された。


(お・・・父・・・様・・・これがお父様!? 違う・・・これまで私に向けていたお父様の表情ではありません!)


うまく口が動かない。

いつもはどんな状況でもほほ笑んで、意味分からない言葉で周りを和まして、それでいて強い意志を持つはずのニアが、実の父が初めて見せる気迫に飲み込まれてしまった。

逆らうことの出来ぬニアは小さく頷いて、リムジンに乗り込み、久々に会う父と対面の座席に座った。



「手紙は見た・・・随分とやりたい放題をしておるようだな・・・」



空気が重い。


だがニアは意識をしっかりと保つ。


父が何のために自分の前に現われたのかを知っているからだ。



(嫌・・・お父様には心配をかけてしまいますが・・・戻りたくありません・・・)



自分を連れ戻しに来たのだ。


これまで何度も父の息のかかった者たちが自分を連れ戻しに来たが、そのたび自分は乗り越えてきた。


だが、今度ばかりは父も本気のようだ。


だからこそニアも負けたくないと拳を膝の上で強く握る。



(みなさんと・・・・・・お別れしたくない・・・・シモンと・・・離れたくありません)



仲間や愛するものと別れることだけはしたくない。


それだけを強く心の中で繰り返し、ニアは父と相対する。



「今日限りでお前は屋敷に、そしてテッペリン学院に戻ってもらおう」



来た。


娘の気持ちを無視して父は自分勝手に話を進める。


だが、ニアは強い意志を持って父に叫ぶ。



「お断りします! お父様、これまで私はお父様にご迷惑をおかけしました。自分勝手にしたことは謝ります。しかし私は人形ではありません。自分の居場所は・・・自分で決めたいのです!」



言った。


面と向かってハッキリとした強い口調でニアは実の父に対して言い放った。



「ふん・・・そんなに・・・あの学園が・・・いや、例の小僧が原因か?」



「シモンのことを・・・知っていてくれているのですね? 良かった・・・お父様には手紙だけでしか紹介できませんでしたから」



手紙など破り捨てられていると思っていた。


だが、ちゃんと自分の愛する男のことを知っていてくれている。


ニアにとってはうれしいことだった。


しかし・・・




「くだらん。学も無く、家柄も無い、才も無いような小僧の何がいい。何よりもあの小僧は両親もいないらしいな?」



次の瞬間ロージェノムから出てきた言葉は、侮辱の言葉。



「なっ!? く・・・・・・くだらなくなどありません!!」



その言葉に我慢出来ずに、ニアはキッと父を睨む。



「両親がいないというのが何なのです? シモンにはとても素敵なアニキさんやヨーコさんという幼馴染が居ます! たくさんの仲間や友達が居ます! とても素敵な先生も居ます! そしてシモンには、とてもとても素晴らしい力があります! とてもとても強い心があります! シモンはくだらなくなどありません!」



少しでも分かってもらいたい。その一身でニアは必死に父に向かって叫ぶ。



「ダイグレン学園の皆さんもそうです! とてもとても温かく、仲間思いで、一生懸命で、いつも私を元気にさせてくれます! あそこはそんな素敵な場所なのです! あそこがお父様の下を離れ、自分の足で歩いて見つけた私の居場所なんです!」



だが、そんな彼女の決意の言葉をロージェノムは鼻で笑った。



「ふっ・・・自分の居場所・・・か・・・だが、それが無くなったらどうなる?」



その時その言葉の意味が直ぐには理解できなかった。



「・・・・・・・・・・・えっ?」



だがロージェノムの目は真剣そのもの。



「お父様・・・どういう・・・」



唇が震えるニアに向かい、ロージェノムは恐るべき事実を娘に告げる。



「麻帆良ダイグレン学園を・・・廃校にする!」



「ッ!?」



それは、絶対にありえないことだと思っていた。



「まともな授業もせず、問題ばかり起こす不良の掃き溜めの場所・・・挙句の果てに人の娘をかどわかす・・・許しておけるものか」



決意し、自分の両の足でしっかりと立ち上がり、父に抗おうとしたニアの足元を根底から崩すのには十分すぎる一言だった。



「麻帆良の教員も教育委員会も数名のものを除いてこの件には前向きだ。確かに学校を潰すなど前代未聞のことだが、これはこの学園都市に通う一般生徒たちを守ることにも繋がる」



ニアには分かっている。


(お父様は・・・テッペリン学院の理事長としてだけでなく・・・私には理解できぬほどの大きな・・・大きな権力も・・・力もある・・・・)


自分の父が本気であることを。


(ウソや冗談では・・・ありません・・・)


その力を自分の父が持っていることを。

だからこそ自分が・・・


「だが・・・ワシがその気になれば、それを全部無しにすることも出来る」


こう言えばニアがどういう決断をするのか、ロージェノムは分かっている。


「ニアよ・・・どういうことか・・・分かるな?」


だが・・・


「分かりません・・・」


潰れるような微かな声でニアは呟く。


「ほう」


諦めたくない。手放したくない。その思いで精一杯抗う。


「分かりません! 私はようやく自分の居場所を見つけたのです! 私をお父様の娘としてではなく、私を私として見てくれる人たちとようやく出会えたのです! 私はもう子供ではありません! どうしてそれを分かってくださらないのです?」


ニアの目には涙が浮かんでいる。

もう自分には欠かすことが出来ないのだ。

ダイグレン学園も、シモンも、カミナたちも、自分には絶対に欠かせない存在なのだ。

それを無くしたら自分が自分でなくなってしまう。

だが・・・・



「分かっていないのは・・・・お前の方だァ!!!!」



憤怒の叫びが車内に響き渡った。



「ッ!?」



「分からぬのなら教えてやろう。お前が子供だからだ」



その怒号に圧迫され、身を乗り出そうとしたニアはボスンと、シートの背もたれに背中を付けてしまった。

そしてロージェノムは呆れたようにため息をつきながら、ニアに告げる。


「ニアよ・・・お前に何が出来る? 大体貴様のその制服はどうやって買ったのだ? 毎日の食費は? 学費は? どうやってお前は作っているのだ?」


「そ、それは、リーロン校長が奨学金だと・・・」


「たわけたことをヌカすなァ! 両親の居ないシモンとかいう小僧どもならまだしも、あのような麻帆良本校からも切り離された貧乏学園に通う生徒に奨学金など下りるかァ!」


「・・・・・・・えっ?」


「少し様子を見る意味も込めて、ワシがそう言ってダイグレン学園の校長に渡していたのだ・・・そうでも言わんとお前は受け取らんだろうからな」


「そ、そんなッ!? お・・・お父様が!?」


そんな話はまったく知らなかった。


「だが、しばらく様子を見た結果がこれだ。毎日授業もろくに出ずに遊びほうけ、下らぬ遊びや必要の無い知識などを詰め込み、喧嘩も日常茶飯事・・・それのどこがちゃんとやっているというのだ?」


「そ、・・・それは・・・・」


「おまけにワシの娘とあろう者が、不純異性交遊もする」


「ふ、不純・・・イセイコウユウ? ・・・よく分かりませんが、私とシモンは不純ではありません!」


「では黒ニアはどうだ?」


「黒ニア、どうなのです? 私とシモンはお父様が困るようなことをしたのですか?」


突然話を振られた黒ニアが強制的にニアに人格を入れ替えられた。

だが、黒ニアはニアの問いかけと父の真剣なまなざしを前に沈黙し・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



目を逸らしてしまった。


「ほれ見たことか!」


「本当なのですか、黒ニア!?」


「い、いえ・・・・・・・最後までは・・・・どれだけ襲ってもシモンは粘るので・・・・・」


黒ニアは視線を逸らしたままボソボソと呟くが、それらしいことがあったのは事実らしい。

そうなってしまえばもはやロージェノムは黙っていない。


「どちらでも同じこと! とにかくそのような問題生徒たちや非日常の中に娘を置いておける親がどこに居る!」 


痛い。

父の愛情が自分のこれまでと大切な人たちを傷つけるのが痛い。

そのようなことを言われても反論できない自分の心が痛い。


「自分の足で歩いて見つけた居場所だと? ふざけるな。そのような言葉は最低でも自分で金を稼ぐことが出来るようになってから言うのだな!」


ニアは押し黙ってしまった。


(何も言い返せません・・・・・・・何も・・・)


今日ほど自分が無知であることを呪ったことは無い。

無力であると実感したことは無い。


(私が見つけたと思っていた居場所も、・・・所詮はお父様に守られていた籠の中だったということなの?)


悔しかった。

何も言い返せない自分が悔しくてたまらなかった。

一言も発せなくなってしまったニア。

すると、そんなニアに変わり、これまで黙っていた黒ニアの人格に変わった。


「お父様・・・どうして今になってこれほど強行に? これまではお父様も本気のようでどこか本気ではなかった・・・チミルフたちを派遣したとしても、これほど権力に物を言わせるようなことをしませんでした・・・・どうしてですか?」


「簡単なことよ。この学園そのものに呆れたからだ。不良の掃き溜めの中において唯一救いがあるのではと期待した教師が、10歳の小僧らしいな?」


「ッ!?」


「学園長に理由を問いただしたら修行だとか試練だとか天才だとかという言葉で誤魔化しておったが、それこそふざけるなだ。自分の子の人生において大切な学生時代を子供の修行の犠牲にさせるなど、あってはならん。だからこそ潰すのだ」


黒ニアはようやく合点がいき納得いった。

どうやらこれまで娘のわがままに付き合っていた我慢も、ネギという10歳の少年の存在が決め手となり、ここまでの強行には走らせてしまったのだ。


(ここで私があの子のことを・・・どれだけ熱心で・・・想いがあり・・・生徒のために努力し・・・優秀であると言ってもきっとお父様は・・・)


ネギは父が思っているような子ではない。

普通の教師では決して真似できないほどのことをダイグレン学園に赴任した僅かな期間で
やり遂げた。

そのことをロージェノムは知らない。

ただ、プロフィール上のことしかネギを知らない。

だからこそ、シモンのことも、カミナのことも知らない。

どれだけ言葉を並べても、決して知ってはもらえぬだろう。

だからこそ、これから父のやろうとしていることを止めるには一つしかない。


(みんな・・・・ネギ先生・・・・・・・・・・シモン・・・)


冷静な黒ニアだからこそ、最短で最善な道がこれしかないと判断した。


(シモン・・・・・・・シモン!)


だが、頭は冷静だが、心は中々許してくれない。


(シモン・・・・私の・・・・・・私と・・・ニアの・・・・・・)


しかしそれほど強い想いだからこそ、彼らに迷惑をかけずに、彼らを守る方法がもうこれしかないのだと黒ニアは頭を下げた。



「お父様・・・私は・・・・お父様のもとへ帰ります・・・これでダイグレン学園と私は何も関係がありません・・・ですから・・・」



黒ニアは表情を変えない。


(シモン・・・・・シモン・・・・・シモン・・・好き・・・シモンのことが一生好き・・・でも・・・)


表のニアも顔を出さない。


(シモン・・・・・・・・・ずっと・・・あなたと一緒に・・・・歩いていきたかったわ)


だが、悔しさなのか、悲しさなのか、ハッキリとは分からないが、二人は心の中で泣いていた。



「うむ・・・それで良い」



これでいいのか?




父の愛情が何であれ、一番大事なのは何だ?




少なくともニアは心の中で泣いていた。




誰にもその涙を見せず、友と愛するものたちを守るために、一人で去ろうとしている。


「おっしゃああ、接客の修行だァ! いくぞ!」


「よしっ・・・・・・・ふっ、おいテメエ! 何のつもりでこの店に来たァ? へっ、いい度胸じゃねえか。ん、椅子に座りたい? そんなに座りたければ座らせてやろうか? その代わり、二度と立ち上がれねえかもしれねえがな?」


「へ~、私たちを呼びつけるだなんて、いい根性してんじゃない? 覚悟は出来てんでしょうね?」


「ココア? んな甘ったるいものを飲むのか? つうかテメエ、誰に向かって偉そうに注文してやがるんだ?」


「500円だ。全部まとめて置いてきな! ブチ殺されたくなかったらよ~」


「これに懲りたら二度とツラ見せるんじゃねえぞ~」


何をやっているダイグレン学園!


「ねえ・・・それって・・・番長というより、チンピラに見えるんだけど・・・」


「むっ、確かにフェイ公の言うとおりだな。もっと硬派にやらねえとな・・・おい、シモン。『燃え』っていうのはこれでいいのか?」


「いや・・・違うと思うけど・・・その・・・例えばツンデレっていうものがあるんだけど、最初はツンツンしてて最後はデレっとすることなんだけど、お客さんが帰るときには優しい言葉をかけてあげたら?」


「おっ、そいつはいいアイデアだ!」


「そうか~、・・・例えば・・・・・・ふっ、金なんて要らねえよ・・・本気のダチから金をもらえるかよ・・・・そうだろ? ・・・ってのはどうだ、シモン」


「いや・・・お金は取ろうよ・・・」


何をやっているシモン!


「とりあえず料理はおいしさでは勝てないからインパクトで勝負。いかにも体に悪そうなギトギトの料理を出した方がいいかもね」


「インパクトならニアもそうじゃないかい?」


「フェイト・・・あんたは客を殺したいのかしら?」


「だが、普段寮生活で金欠の中で自炊をしてる俺らにはうってつけだぜ!」


「おうよ、炎の燃え料理人の腕前を見せてやるぜ!」


何をやっている野郎ども!


萌でも燃えでもいいから今すぐに立ち上がるのだ!





後書き

原作・・・やってくれたぜ・・・ありゃ~、予想できなかった。

とにかく完全にツボに入った第6のアーウェルンクスのセクストゥムことセク子ちゃんは、いつの日か出てもらいたい!




[24325] 第10話 ダチの恋路は邪魔させねえ
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/12/03 19:01
どう見ても学生が全て作り上げたとは思えないクオリティ。

様々な衣装に仮装した生徒たちや、恐竜のような巨大な人形も動いている。

空では航空部が派手なアトラクションで飛行機雲のアートを描く。

遊園地などのテーマパークにも匹敵する、いや、それをも上回るほどの規模を秘めている。

観覧車なども設置しているし、最早なんでもありだろう。

三日間述べ40万人近くの入場者。

世界でも有数の学園都市の全校合同のお祭りだ。三日間大騒ぎの馬鹿騒ぎ、乱痴気騒ぎのどんちゃん騒ぎというわけだ。

老若男女問わずに祭りの魅力に取り付かれたものたちは、笑顔を見せてウキウキしている。

そんな空間を騒がしいと感じる一方で、そんな騒がしい空間の中で目に見えるほどの重い空気を纏った男が隣に居て、フェイトは小さくため息をついた。


「ふう・・・シモン・・・結局ニアは君に何の連絡もしていないのかい?」


「うん・・・リーロン校長は家庭の事情で帰ったって言ってた・・・」


「でも、噂では彼女は家出中なんだろ? それが何で今になって?」


「・・・分からないよ・・・ただ・・・家族に何かあったのかもしれない・・・でも・・・それなら連絡の一つ位してくれればいいのに・・・」


シモンは目に見えて元気が無い。

その理由は分かっている。隣にニアが居ないからだ。


(たった一人居ないだけで、こうも違うものなのか? シモンだけではない・・・何だか僕も・・・なんだろう・・・この・・・胸の喪失感は・・・)


いつも彼女の直球の愛や行動に振り回されて嘆いていたシモン。そのシモンが一人になっているだけでフェイトも違和感を覚えずには居られない。


(シモン・・・・・・そうか・・・・これが・・・)


シモンとニアは常に一緒だった。

二人で一人なのだ。

常に居るのが当たり前だと思っていた。

しかし今彼女はここに居ない。

昨日まで当たり前だったものが無い。

だからこそシモンも元気が無く、フェイトも心に引っ掛かりを得た。

その引っ掛かりの正体は、今のシモンの顔を見て、フェイトも気づいた。


(これが寂しいという気持ちなのかもね・・・)


ニアは家庭の事情で急遽実家に帰ったという話を聞いた。

フェイトは最初、「ふ~ん」としか思わなかったが、キタンたちの取り乱し方は尋常ではなかった。「まさかあの親父が何かしたのか?」「テッペリン学院の仕業か?」などと生徒たちだけで話し合っていた。

ネギも、知らせに来たリーロン校長も特にそのことに何か言うことは無かった。

生徒が一度実家に帰った。たったそれだけのことだとその場はそう納めた。

ニアは自分の意思で一度実家に戻った。

そう言われてしまえば生徒の彼らに何か出来るはずも無い。

舌打ちをしながら表情を曇らせて、しかし何とかニアがいつ帰ってきてもいいようにしっかりやろうと彼らは思うしか出来なかった。

ただ、ニアの居なくなったことにシモンだけは、しばらく無言のままだった。



「う~ん・・・ニアさんが居ないとは寂しいネ・・・・」



たそがれているシモンとフェイトの背後から、超とサーカスのピエロの格好をしたザジが現われた。


「超・・・」


超もニアが居ないことに少し困ったような顔をしている。


(・・・ん?)


しかしフェイトはその時、その超の困った顔がどこか怪しく映った。


(・・・何だ? この女・・・まったく気持ちが篭っていない・・・まるでこうなることを予期していたかのように・・・)


その時、ザジが元気の無いシモンの下へと歩み寄った。

そして彼女はニッコリとほほ笑んで、2枚の紙をシモンに、そしてフェイトにも一枚渡した。


「お二人もよければどうぞ。我がサーカスへ」


「「ッ!?」」


無言のフェイトも落ち込んでいたシモンも驚いてしまった。

何とあのザジが笑ったのだ。

・・・というか・・・


「ザジ・・・お前・・・」


「君・・・普通に喋れるんじゃないか・・・」


いつも無表情で最低限のことしか話さないザジが人違いかと思えるぐらいのスマイルで話してきたのだ。


「シモンさん・・・元気を出してください。ニアさんは必ず帰ってきます。その時は是非ニアさんと二人で見に来てください」


「ザジ・・・」


「大丈夫です。ニアさんを信じましょう」


少し呆然としてしまった。


「シモンさんにはシモンさんでやるべきことがあるはずです。ドリ研部のパフォーマンス・・・今はこれに集中しましょう」


こんな時に普段あまり喋らず笑わない子が笑顔で励ましてくれると、何だか心が温かくなってきた。


「ああ・・・そうだな。ニアが自分の意思で一度実家に行ったっていうなら、きっと何か理由があったんだ。ニアが本当に助けが必要なときは、絶対に俺たちに話してくれる。だったらそれまで俺は、アイツの分もしっかりとがんばらないとな」


シモンが笑顔になるとザジもニッコリとほほ笑んで頷いた。

そうだ、自分には自分のやることがある。何があったかはニアが帰ってきてから聞けばいいとシモンは思い、いつもの自分を取り戻した。


「ウム! それでは広場でパフォーマンスネ! フェイトさん、言われたとおりの石をお願いネ!」


「ああ・・・分かったヨ」


「いや~、ニアさんの呼び込みが無かったが、ザジさんが頑張ってくれたお陰で広場には大勢の人たちが集まってくれたヨ。これならいい宣伝効果になるネ!」


超が指し示した先には大きな垂れ幕にデカデカと「ドリ研部」と書かれたスペースがあった。

隣には新体操部だとか空手部のためし割など、部活動のパフォーマンス広場の一角になっている。


「うわ~・・・これ、ザジが集めたの?」


「はい、ついでにサーカスの宣伝もさせていただきましたが・・・」


そしてドリ研部に与えられたスペースには、幼稚園児から大学部の生徒まで。特に多いのは、白衣を着たいかにも工学部系の生徒や教授たちが人ごみを作って集まっていた。


「すごいね・・・」


「はっはっはっは、まあ、麻帆良最強頭脳を誇る私の部活だからネ。工学部の人たちも興味あるみたいネ」


「へ~、超って凄いんだな~。しかし本当に多いね・・・これならニアが抜けた穴も十分埋まる!」


「ふふ、シモンさんに褒められるとうれしいね♪」


どうやらザジに集められた客だけでなく、麻帆良一の天才と呼ばれる超の発明に興味を持った理系関係者が集まったようだ。

なるほど、そう言われれば納得できる。予想以上に見物人が多いことに、パフォーマンスをしようとするシモンも緊張している様子だ。


「さて、シモンさんは心の準備を、フェイトさんは石の準備を。・・・・・安心するネ。魔法を使っても学園祭期間中は手品やCGで誤魔化せるヨ♪」


「ふん・・・やはり君は食えないね・・・・・・ん? ・・・・!?」


その瞬間、フェイトは口を押さえてハッとなった。


(待て・・・そうだ・・・ニアの役目はザジと同じ観客の呼び込みだ・・・しかし現にザジ一人でどうにかなっている・・・まるでニアが居なくなっても支障が出ないような役割を、超が最初から与えていたかのように・・・それに僕に石を用意させるというのもやはり妙だ・・・ネギ君や学園側の話によると、特別な理由で超鈴音はそれなりに魔法の知識の所有を許されているらしいが、彼女は京都で僕やネギ君の戦いは見ていなかったはず・・・僕が石の魔法を扱えることは、ネギ君に聞いたのか? それとも・・・最初から知っていたのか? ・・・どちらにせよ、この女・・・やはり臭うな・・・)


フェイトはこの間まで超鈴音に対する疑惑は、深入りしないために捨てたのだが、今になったやはり妙な気持ちが拭えなくなった。


(そしてもう一つの謎・・・何故彼女はシモンに関わろうとする?)


フェイトの疑念の一方で、超は手ごろなサイズのドリルをシモンに渡す。


「超・・・これは?」


「うむ、私がとりあえず新開発しておいたドリルヨ。クランク状に折れ曲がった取っ手を回すことで起こる回転力を、複数のギアで増大し、先端に取り付けられたドリルの歯を回して削ってゆく。科学の力により、強度、ギア、全てにおいて一歩先を進んだドリルヨ!」


「ええ~~!? これってそんなに凄いドリルなの!?」


ばば~んと猫型ロボットが道具を出すような効果音でシモンに向けて超は高らかにドリルを差し出す。

シモンは手渡されたドリルをあらゆる角度から眺めて不思議そうな顔をする。


(これ、そんなに凄いの? 普通のドリルにしか見えないけど・・・でも、超が言うならそうなんだろうけど・・・)


そう、見た目は一見ただの手回し式のドリルにしか見えないのである。

まだ未使用ゆえに、シモンが持っているドリルなどと比べたらピカピカなのだが、それほど大げさな発明品には見えなかった。


「ふふふ、見た目で判断されては困るネ。さっそくこの観衆の前でお披露目して欲しいガ・・・出来るカ?」


怪しい笑みを浮かべて笑う超だが、シモンは疑うことはしない。むしろ超がこのドリルはすごいと言うのだからそう信じることにした。


「ああ、問題ないよ」


「なら良かったネ。では、フェイトさん? フェイトさんも早速だがド派手なパフォーマンスを頼むヨ・・・・・少々本気でも構わないネ」


「・・・・分かった」


超に耳元でボソボソと言われて、フェイトもまたボソボソと何かを呟き始めた。


「ヴィシュタル・リシュタル・ヴァンゲイト・・・・・・」


するとまるで手品のように、何も無い空間に大人一人分ほどもある石柱が出現した。

思わぬパフォーマンスに観客も思わず息を呑む。


「すごいじゃないか、フェイト! それ、どうやってやったの?」


「手品だよ」


「すごい! まるで魔法みたいだ!」


「シモン・・・少しは人を疑うことも・・・・いや・・・なんでもない・・・」


手品ということをアッサリと信じるシモン。


(何だか心が痛むね・・・)


よくよく考えると、自分も含めてザジといい、超鈴音といい、こうも謎だらけの怪しい集団をまったく疑うこともせずに仲間や友達などと思っているシモンにフェイトも心配で頭を抱えてしまったのだった。


「さて、準備できたネ!」 


フェイトが石を出した瞬間、超はマイクを持って、集まった観客に口を開く。



「では、お集まりの皆様! 今日は祭りの初日で様々な魅力的なアトラクションやイベントが目白押しの中、ワザワザこんなマニアックな部活の出し物に集まってくださった皆様は、真のドリ魂を持つものと認定するネ! 今日はそんな皆様に、次世代の道を切り開く我らドリ研部の発明品第一号の試作発表を、学園一の穴掘り達人、穴掘りシモンが皆様に披露するヨ!!」



中には純粋な客も居るが、ほとんどがまるで学者や新作の発表会を待つ研究者たちの視線で、拍手も少なく怖い顔でシモンを見ている。


(うわ・・・緊張してきた~・・・皆見てるよ・・・しかも怖い顔だし・・・俺、大丈夫かな?)


普段自信の無い性格ゆえに、こういう風に人に注目されて何かをするのはめっぽう苦手だ。得意なドリルを扱うといっても、それは変わらない。

こういう時、カミナはこう言うだろう。「自分を信じろ!」と。

ニアならこう言うだろう「シモンなら大丈夫です!」と。

自分に自信が無いシモンに対してシモン自身よりシモンのことを二人は信じている。

だが、今は二人は居ない。

ニアに関しては学園にも居ない。そう考えるといつも傍に居てくれただけに、やはり寂しさがこみ上げてきた。


(さて・・・お手並み拝見といくカ・・・)


(これで分かるかな? 超が何故シモンにこだわろうとしたのか・・・魔法や裏世界を何も知らないシモンを・・・・)


(・・・シモンさん・・・・・・・)


部員たちはそれぞれ別々のことを思いながら、石柱を前に無言になるシモンを見守る。

対してシモンはニアの居ない寂しさや心の穴を埋めるにはどうするのかを考える。そうすると、自然と手が動いた。

埃や削った砂が目に入らぬよう、ゴーグルを装着し、何の合図も無いままドリルを回転させた。



「お・・・・」


「・・・おお!」



その瞬間、観客たちは息を呑んだ。

巨大な石柱がシモンの持つドリルによって、豆腐に穴を開けるかのように一瞬で削られてしまったからだ。


(ッ、ほう!!)


(なっ・・・僕が魔法で出した石柱を!?)


(・・・・・・・見事・・・・)


ドリ研部の三人の表情も一瞬で変わった。

何故ならシモンが今削っているものが、実はそれほど容易く削れるようなものではないと知っているからだ。

だが、シモンは顔色変えることなく易々と削っている。まるでそうなることが当たり前かのように。


(やっぱりだ・・・ドリルを回していると落ち着く・・・)


今のシモンの頭の中は、とても冷静で静かに落ち着いている。ニアが居ないことや観客に対する緊張も失せている。


(悲しいとき・・・寂しいとき・・・イライラするとき・・・俺はいつも一人で穴を掘っていた・・・そうすると落ち着くから・・・全てを忘れられるから・・・ドリルさえ回していれば・・・)


今のシモンにはドリルの回転と、目の前の石柱しか映っていない。


(声が聞こえてくる・・・ここが柔らかい・・・こっちを掘ってごらんって・・・・)


気持ちが落ち着き、観客の前で見事なドリル捌きを披露するシモン。


「ほう・・・すごいですな・・・」


「流石、超鈴音の発明品」


もっとも、シモンのドリルの腕前よりも観客はこれ程の見事な作業を可能にするドリルそのものに注目している。

シモン自身の力を見ているのは、ドリ研部の三人だけだった。

特に超鈴音は口元を手で覆いながらシモンを尋常でない眼差しで睨んでいる。


(ふっ、シモンさん・・・科学の力を駆使した最新技術だとか特別製の鉄を使っているなどと言ったが・・・・実はそれはただの何の変哲も無いハンドドリルに過ぎないヨ!)


そう、超が手渡したのは、シモンが最初に感じた通り、本当に何の変哲も無いドリルに過ぎなかった。

だが、問題はそこではない。

超にとっての大問題は、そんなドリルでシモンは自分の予想通りの事をやっていることである。



(何の変哲も無いドリルで、あなたは魔法で作り出された密度の高いフェイトさんの石を易々と穴を開けている・・・なるほど・・・これが穴掘りシモンか・・・ドリルそのものではなく、この人には魔法や気とは違う何かがやはり備わっている・・・その力の秘密さえ分かれば・・・あわよくば・・・・)



(なるほど・・・これがシモンか・・・確かに何かを持っているね・・・その正体は分からないけど・・・ただ・・・何だろう・・・ただ穴を掘っているだけなのに・・・・妙な胸騒ぎが・・・妙な感覚に包まれる・・・どういうことだ? この螺旋音・・・何だ? この感じは何だ?)



(これは偶然・・・ですが・・・私やフェイトに超鈴音・・・そしてこの人と一度に出会ったのは、運命。まさか偶然出会って何となく入部してしまったこの部に・・・・・・これが・・・螺旋・・・20年の時を越え・・・ようやく歴史の裏側に出現した、語られなかった力を垣間見ました・・・)



三人は、シモンを見て抱いた思いは絶対に口にしない。


それは絶対に口にしてはいけないと心が乱れている今でも、それだけは分かっていたからだ。


そう、そして運命はいよいよ動き出す。


まるでドリルのようにクルクルと回りながら・・・


その幕開けとなるのは、全てこの戦いから始まるのだった。
















「やっぱ超は凄いな。凄いドリルが大好評だったな」


「・・・そうだね・・・」


祭りの人ごみの中、シモンはフェイトと並んで歩き、先ほどの出来事を振り返る。


「色んな大学生や教授が質問攻めしてたしね。ドリ研部の宣伝は大成功だったな!」


「・・・・・そうだね・・・」


超の開発したドリルにより、宣伝はバッチリだったと大喜びのシモン。シモンは超が手渡したドリルが新開発されたドリルではなく、何の変哲も無いただのドリルだとは気づいていない。


「後でニアに教えてあげよう! きっとニアは喜んでくれる」


「・・・そうだね・・・」


興奮気味に喋るシモンに対し、フェイトは至って冷静だ。


(分かっているのか・・・シモン・・・・君が一体どれほどありえないことをしたのか・・・魔法で作られたものを魔法の力を一切使わずに打ち消したということを・・・)


いや、冷静ではない。フェイトは表面上では分からぬほど、心の中では動揺していた。


「フェイト!!」


「ッ!?」


ボーっと考え事していた自分の目の前にシモンの顔があった。少し頬を膨らませてる。


「どうしたんだよ、さっきから『そうだね』しか言ってないじゃないか。俺の話し聞いてた?」


「えっ・・・ゴメン・・・聞いて無かったよ・・・」


「もう・・・とにかく、部活の方は一息ついて、早くアニキたちの手伝いに行こうって話だよ。あんまり遅いとアニキたちが遅いって怒るよ?」


「あ・・・そう・・・だね・・・」


シモンに言われてハッとなったフェイトは先ほどまでの考えを頭横に振って捨てた。


(ふっ・・・僕は何を考えている・・・どうでもいいじゃないか・・・そんなこと・・・シモンが何者であれ、シモンが気づいていないことを僕が気にする必要は無い・・・)


甘い。


(甘いな・・・未知のものに対してこういう考えは非常に危険だ。いつから僕はこれほど甘くなった?)


だが、どうしてもこれ程重要なことも、細かいことだ、気にするなとフェイトは思うようになってしまった。


(彼らに・・・毒されたか?) 


頭の中で思い浮かぶのは、ダイグレン学園の生徒たちが腕組んで笑っている姿。


(だが・・・悪くは無い・・・。シモンは大丈夫だ・・・シモンは僕の・・・・・・・敵ではないからね・・・)


その姿を思い浮かべてため息が出そうになるが、フェイトは小さく笑った。


「じゃあ、行こうか、シモン。カミナたちのことだから、やりたい放題しているかもしれないからしっかりと見張っておかないとね。そういうときのためにヨーコも居るけど、彼女も熱くなったらカミナたちと同じようになってしまうからね」


「はは、そうだな。ヨーコって昔からああなんだ。いつもいつもアニキのやることを止めるくせに、最後は結局手助けしちゃうんだ。ヨーコは多分アニキのこと・・・、俺はそんな二人を小さいころに見ていたとき、独りぼっちな気がして少し寂しかったな・・・」


「そうか・・・でも、今の君にはニアが居るんだろ?」


「まあね、フェイトは居ないの? 幼いときから一緒だった人とか・・・」


「・・・・僕は・・・」


自分たちのクラスの出し物が行われている場所へ向かう途中の何気ない会話の中、シモンの言葉でフェイトはとある少女たちのことを思い出す。


「幼馴染でも恋人というわけでもないが・・・幼いときから僕の後ろを付いてきてくれた娘たちは居たね・・・」


「へ~、今はどこに居るの?」


「ちょっと遠いところに今はいる。この間撮ったプリクラを張って久しぶりに手紙を書いたよ・・・まあ、元気だと思うよ」


「フェイトの家族みたいな人たちか? ふ~ん・・・いつか会ってみたいな・・・」


「いつか・・・そうだね・・・僕も何だか彼女たちにダイグレン学園のようなメチャクチャな学校に入れたらどういう反応をするのか見てみたくなったよ」


フェイトは頭に浮かんだ少女たちがもしもここに居たらと想像する。今の自分を見たら怒るかもしれない。しかし彼女たちも変わるかもしれない。

それは絶対にありえないことだとフェイトは思っている。

だが、そんなもしもの世界も悪くは無いなと思うのだった。



「オラオラテメエ! なんでこんなに金置いてやがる!」




フェイトとシモンが何気ない会話で盛り上がっていたら、広場から大きな声が聞こえてきた。


「この声・・・」


キタンの声だ。


「キタンだね・・・何かもめているみたいだね」


彼は番長喫茶に訪れた客と何かをもめているようだ。

お会計のためにお金を置いた生徒の胸倉をキタンが乱暴に掴み、掴まれた生徒は何が何だか分からずに怯えていた。



「えっ? だだ・・・だって・・・ココ・・・コーヒーは400円だって・・・」



怯える生徒に対し、キタンはぶっきらぼうに顔を横に背けて呟いた。


「馬鹿やろう! そりゃ~通常の価格での話だろうが! ・・・ダチには・・・ちっとぐらい・・・サービスさせろ」


「・・・えっ?」


「ああ~~~、うるせえ! とにかくだ、この100円はいらねえって言ってんだろ! ほら、さっさとうせやがれ!」


意外性のある斬新な喫茶店ということで、少々混雑しているようだ。

オープンカフェのように本校の敷地内に設置されたダイグレン学園番長喫茶のテリトリーには面白いもの見たさの野次馬までもが集まり、番町喫茶の番町の接客に皆が注目していた。


「あ、・・・ありがとうございます・・・・」


「へっ、小せえことは気にすんな。まっ・・・またいつでも遊びに来いよ」


立ち去る客に軽く手を上げて背を向けるキタン。その背中には、男の何かを感じさせた。



「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」



その瞬間、客や野次馬から歓声が上がった。


「きゃーーー、渋い!」


「なんだよ・・・番長かっけーじゃねえか!」


「こんなサービス初めて!」


普通は演技に見えるのだろうが、彼らダイグレン学園がもとからの不良ということもあり、この彼らの接客がやけにリアリティーを客に感じさせた。

更に、普段は怖くて近づけない不良をこんな形で見ることができ、更には彼らの意外な一面などを接客を通じて知ることが出来、この番長喫茶を経て意外とダイグレン学園の高感度アップに繋がっているのだった。

そうとは知らずにダイグレン学園の生徒たちは接客に力を入れる。


「あん? 麻帆良の格闘団体と仲が悪いだ~?」


「そうなんすよ。カミナ番長。手を貸してくんないすか?」


「馬鹿やろう! テメエの喧嘩はテメエの手でケリをつけやがれ! テメエの喧嘩を肩代わりさせるヤツはダチなんかじゃねえ!」


「そんな~・・・・」


「へっ、上を向け。言ったとおり手はかさねえ。だが、そいつが終わったらいつでも言いな。貸さなかった代わりに、何か奢ってやらァ!」


そして全員ノリノリで、その言葉がワザとらしくなく・・・


「ほら、気合入れて食べなさい! あんたみたいにナヨナヨした男じゃ、そっちの彼女を守ることはできないわよ?」


「う・・・うぐ・・・ヨ、ヨーコ番長・・・」


「か、彼女って・・・そんな~・・・ちょっと照れちゃいます」


「はいはい、ご馳走様。ホラ彼氏も、値段サービスするから、黙って食べる! いーい? 女の子はね・・・好きな人の前でぐらいお姫様になりたいときもあるのよ。だから男はしっかり守ってやんなさいよ?」


「あの~、ヨーコ番長もそういう時があるんですか?」


「私? 無い無い! 私はね、守ってもらうよりは好きな男の人と肩を並べて一緒に戦いたいぐらいだわ。か弱い乙女なんて嫌だからね。でも・・・そうね・・・そんな私みたいな可愛くない女でも守ってくれる男には・・・ちょっとぐらい・・・ねえ?」


「ええ!? ヨーコ番長はとても綺麗ですよ? お化粧とか教えましょうか?」


客として訪れた人たちも彼らの人間性に触れて、みるみるうちにこの空間に溶け込まれていた。


「すごいや・・・メニューの値段をワザと高く設定して、接客しながら正規の値段まで下げて、サービスをした振りをする作戦だったけど・・・」


「うん・・・好印象を受けているね・・・それにノリノリだね・・・」


意外と繁盛して、うまく機能している番長喫茶の状況を眺めて、シモンとフェイトは素直に感心した。

だが、感心していたのだがここにきて・・・



「番長喫茶? 何だ、このフザケタやかましい店は?」



「ケケケケ、ウケ狙イナ店ダナ」



超ゴスロリファッションに身を包んだ金髪幼女と不気味な人形が出現し・・・



「ふう・・・学園祭の飲み物巡りのつもりが、随分と珍妙な店です・・・ダイグレン学園? それはネギ先生の・・・」



「さて、ようやく入った休み時間と思って来たが・・・ふむ・・・中々面白そうな・・・」



幼女に続いて珍妙な客が二人して同時に現われた。



「ん・・・貴様ら・・・」



「あっ、エヴァンジェリンさん・・・それに龍宮さん・・・」



「エヴァンジェリンに綾瀬か・・・偶然だな」



エヴァンジェリン、綾瀬夕映、龍宮真名、ネギの生徒3-Aの生徒の3人。とりたててこの3人に接点は無い。

接点は無いが偶然同じ瞬間に店の前に現われたため・・・



「おうおう、数集めりゃいいってものじゃねえぞ! だが、どれだけやるのか見てやらァ! おらァ、とっとと座りやがれ!」



「「「・・・?」」」



三人組の客と勘違いされ、普段クラスでも集うことの無い3人組まとめてテーブルに着けさせられるのだった。


「何だ・・・随分とこの私に偉そうだな・・・」


「そういう趣向なんだろ、エヴァンジェリン。まあ、一々文句を言ってやるな」


「まるでやかましいチンピラのようです・・・」


やけにクールな客だなと、新規の客をシモンが眺めていると、横に居るフェイトが顔を逸らしていた。


「フェイト?」


「何でも・・・(闇の福音に僕のことがバレたらややこしくなりそうだ・・・)」


エヴァンジェリンにバレぬように顔を隠しているフェイトだが、フェイトはまだ知らなかった。

ややこしいことなど、なるに決まっているということを。



「はっはっはっはっはっは、チビにガングロにデコか・・・随分とキャラに富んだ奴らが乗り込んできたじゃねえか!」



この珍妙な三人組の接客に着いた番長はカミナ。


「チビ?」


「ガ、ガングロ・・・」


「デ・・・デコ・・・・・・・」


既にややこしくなりそうな匂いが漂っている。


「何だ~、つまらねえツラしやがって、もちっと楽しそうにしやがれ!」


「・・・・・・・・・きさま!」


それはカミナが何気なく笑いながらエヴァンジェリンの頭をクシャクシャ撫でた瞬間に起こった。


「なっ!?」


「失せろ・・・・・」


龍宮に夕映は「あちゃ~」という顔をしているがもう遅い。

撫でられた腕を掴み取ったエヴァは、そのままカミナをぶん投げた。


「うおおおお!?」


「ア、 アニキ!?」


「カミナ!?」


ぶん投げられたカミナが他のテーブルに激突したりして大きな音を立てた。

対してぶん投げた張本人のエヴァは優雅に飲み物を飲みながら一言・・・



「カスが・・・私に気安く触れるな。私の頭を撫でていいのはこの世でただ一人・・・・って、ブホオオ!? 何だこの飲み物は!?」



かっこ良く決まらなかった。

一睨みしてクールに飲み物を飲もうとした瞬間、エヴァは飲んでいるものを盛大に噴出した。

コーヒーか紅茶かそのような類のものだと思って目の前にあったカップの中身を確認せずに飲んでしまったエヴァは、予想とはまるで違う味や匂いや刺激が口の中に広がり、思わず噴出した。

噴出したものが自分の可愛らしいファッションに染み付いた。

かかった物体にエヴァが静かにプルプル震えていると、ぶん投げられたカミナは無傷で立ち上がり、盛大に笑った。



「はっはっはっは! 見たか! これが時間差カウンターアタック! 男の飲み物、ニンニクカレーだ!」



「カ・・・カレーだと・・・って、アホかァ! 飲み物でカレーを出すアホが居るかァ! どーしてくれる! 私のお気に入りの服がカレーで染み付いてしまったぞ! 匂いもついてしまったぞ!? しかもニンニクだとォ!? よりによって私が一番苦手のものを!?」



「へっ、体が小せえからって小せえことは気にすんな。身についた染みは勲章だと思え! 苦手は克服してなんぼだろうが!」



「アホかァ! 親指突き立ててうまい台詞を言ったつもりかァ!? 大体カレーの染みを勲章などと死んでも思えるかァ!!」



思わぬ攻撃にダメージを受けたエヴァは気品も誇りも感じられぬ、ただのやかましい子供のようにギャーギャーと叫ぶ。


「ほう・・・あのエヴァンジェリンを一瞬で乱すとは・・・」


「これがダイグレン学園・・・ネギ先生はこんなところに押し込まれていたですか? ・・・・っ、はっ!?」


「ん? どうした綾瀬、急に顔を隠したりなどして・・・誰か知り合いでも・・・・ふむ・・・なるほど」


ダイグレン学園に呆れていたところで、夕映は誰かの存在に気づき、思わず顔を隠した。

龍宮はその視線の先を思わず見ると、そこには初々しい雰囲気を出す二人の若き男女が入店してきた。



「ここがネギ先生が担当しているダイグレン学園の方の居るところなんですね?」



「はい。・・・でも、のどかさん、本当に入るんですか?」



「はい。私もネギ先生が今一緒に過ごしている人たちを知りたいですから・・・」



その二人の会話が耳に入った瞬間、ダイグレン学園の生徒たちはハッとなった。




「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」




彼らは『ネギ』『のどか』この二つのキーワードを聴いた瞬間、カミナが一番近くに居たエヴァたちのテーブルの陰に隠れて集合した。


「皆さん・・・どうしたですか?」


「おい、そこの青い頭の男! 話はまだ・・・」


「うるせえ! ちっと黙ってろ!」


「なっ!? 貴様ああああ!! むっ・・・あれは坊や? ふん・・・最近修行の時間が減っているかと思えば、のん気にデートか? これはどうするべきか・・・」


ネギに気づいたエヴァが意地の悪い顔を浮かべて近づこうとするが・・・


「うりゃ」


「ぐほっ・・・キサマァ! 人の襟をつかむなァ!」


二人の邪魔をしようと歩き出そうとしたエヴァの首根っこをカミナ達が引っ張って止めた。彼女の正体を知らないとはいえ、なんとも恐ろしい所業。

そしてエヴァをテーブルの影に連れて行き、カミナ達は小声で訪ねる。


「おい、チビジャリ、あれがまさか宮崎のどかって女か?」


「だ、・・・誰が!? だが、確かに奴は宮崎のどかだが、それがどうした!?」


「なるほどね~・・・あの子が・・・」


カミナやヨーコたちはテーブルの下に隠れて目を光らせている。

もっとも全然隠れられていなくて不自然なために他の客たちも注目しているのだが、知ったことではない。

彼らは入店したネギとのどかの二人に注目した。


「先公が告られた・・・あれが噂の宮崎のどかかよ・・・」


「なるほど・・・デートってわけか・・・」


「おお・・・写真で見るよかメチャクチャ可愛いじゃねえか」


「ありゃ~、将来性バッチリじゃねえか。彼女というより嫁さんにしたいタイプだ・・・」


「おまけに従順そうね~・・・男が弱そうなタイプね・・・」


以前ネギから根掘り葉掘り聞き出した、ネギに告白した生徒宮崎のどかの出現に、大して示し合わせたわけでもないのに彼らは客をほったらかしにして一斉に集合して談義に入った。


「あの~・・・あなたたち・・・」


担任と親友のデートを何だか怪しい目で観察しているカミナたちに嫌な予感がする夕映だが、その予感は的中。


「へっ、俺らが忙しいときに何をのん気なと言いてえところだが・・・」


「おうよ! 恋と愛が絡むのであれば話は別よォ」


「あの子には追試で借りがあるしね・・・」


「ふふふ、私たちで子供先生の恋を・・・」


ああ・・・やはり黙って見守るという選択肢など彼らには無い。




「「「「「「「「「「全力で応援しよう!!」」」」」」」」」」




最強の応援団がネギとのどかに襲い掛かるのだった。


「ちょ・・・ちょっときんちょーしますね・・・」


「そ、そうだ。何か頼みましょうよ。多分皆さんのことだから、面白いメニューがいっぱいあるはずです」


テーブルで向き合う二人は、互いに緊張しているのか顔が赤く、初々しい感じマックスである。


(あう~・・・せっかくの先生とのデートなのに何を話せばいいのか分からないよ~)


(う~っ、緊張してきた・・・・でもいいのかな~、何かカミナさんたちに知られたら恥ずかしいことになりそうだけど・・・)


照れ隠しなのか、会話を弾ませるためなのか、ネギがそそくさとメニューを取り出して眺めようとする。

しかしそんなネギから、店員はなんとメニューを奪い取った。


「おお~~っと、ボウズ!」


「あっ、キタンさん・・・」


「キタンさんじゃねえ! キタン番長だ! それよりだ、女を連れてきておいて、何をメニューなんか眺めてやがる!」


「えっ?」


「メニュー見てる暇があったら、目の前の女を見てろ! 注文考えてる暇があったら、目の前の女のことを考えろ! 女の前で他の事に気を取られるやつは、なっちゃいねえぜ! 初めて入る店だろうと男なら堂々と、いつものヤツって一言店員に告げればいいんだよ!」


「ちょちょっ!?」


「テメエの男・・・見せてもらうぜ!」


メニューを突然奪って男らしい台詞を残して立ち去るキタン。


(え・・・ええ~~!? そういう接客なのかな? 学園祭期間中は3-Aの方にも顔を出してたからあまり詳しく知らないんだよな~・・・・)



ネギはしばし呆然としていた。


「あ・・・その・・・これって接客の一種でしょうか? か、変わった接客ですね」


「あっ、はい。も~、キタンさんたちは~」


のどかも反応に困ったが、直ぐに笑った。


「ふむ・・・緊張は少しほぐれた様ね・・・」


「ここで第二段階発動だ・・・バチョーン・・・頼んだぜ」


デートの様子を監視するカミナ達は、ほのぼのとした二人のテーブルに、新たな刺客を送り込んだ。


「おうおう、見せ付けてくれてんじゃねえかよボウズ!」


・・・いつの時代のヤンキーだ? と思わせる口調でまた別の者が絡んできた。


「バチョーンさん?」


「バチョーンさんだァ? 馴れ馴れしいと言いたいが・・・男に用はねえ。用があるのは、そっちの別嬪さんよ」


「えっ・・・・わ、私ですか?」


そしてバチョーンは強引にのどかの腕を取った。


「な~、こんなモヤシみてえな小僧と一緒にいねえで、俺と一緒に遊ばねえか?」


「ちょっ・・・ちょちょ・・・い、いた・・・ちょっと放してください!」


「楽しませてやるぜ?」


「バチョーさん! 何を!? ・・・・・・・・・・・・ん?」


いきなり何をするのかと立ち上がるネギ。するとのどかからは見えない角度で、カミナたちが後ろでカンペを掲げている。

ネギに向かって「フリでいいから、殴れ」と。掲げている。



「あ・・・・あれ?」



気づけばバチョーンもチラチラネギを見ながら口パクで「殴れ」と言っている。



「・・・・・・・・・・・え・・・え~~い」



とりあえずわけがわからないが、言われたとおりにネギはへなへなパンチをバチョーンにぶつける。

流石に本気で殴るわけにもいかず、子供のへなへなパンチだが、それが腹に当たったバチョーンは不自然なほどぶッ飛び、あろうことか2転3回転して転がった。



「ぐわああああ、やーらーれーたー。畜生・・・覚えてやがれ!」



「・・・・・・へ?」



「ネギ・・・・先生?」



もはや三文芝居も良いところ。バチョーンは滅茶苦茶下手な演技で走って逃げだした。

しかし、のどかはネギに助けられたと思って、頬が赤い。

そして、ここで勝負に出るべく、カミナ達は次の作戦を発動する。

カンペで・・・


「え~っと・・・僕ののどかには指一本触れさせない? ・・・って、何ですかそれはァ!?」


「え・・・えええええッ!? ネネネネ、ネギ先生ッ!? ・・・・って・・・えっ?」


ネギがびしっと指さして後ろに居るカミナ達にツッコミ入れた瞬間、のどかもカンぺに気づいた。

カミナが掲げたカンぺ、更に隣ではキタンまでもが興奮しながらカンぺを掲げている。


「え~っと・・・そこでキスしてセリフ? お礼は10倍返しで頂きました? え・・・ええええええええッ!?」


のどかはその文章を口に出して読み上げた瞬間、顔から煙を噴きだした。


「畜生、ばれちまったじゃねえか!」


「俺たちの完ぺきなシナリオが!?」


「どこが完ぺきだ!? あんなもの猿芝居もいいところではないかッ!? あんなものでカップルを作れると思ったのか!?」


やらせがバレたことに悔しがるカミナ達に、エヴァが思わずツッコミを入れてしまう。

まあ、もはや最初からバレバレも良いところなのだが、ここで思わぬ出来事が起こる。


(え~・・・え~っとキキ・・・キスしろとか・・・こういう展開とか・・・この人たち私とネギ先生をくっつけようとしているの? 何で? こ、この人たちダイグレン学園の不良なのに・・・で、でも・・・こんなに気を使われたら・・・やややっぱり・・・へう~~、したほうが・・・いいのかな~?)


混乱したのどかは、ダイグレン学園の思いを感じ取った。

ムードもへったくれも無いのだが、その心づかいが身に沁みた。


(ネ、ネギ先生は困っているけど・・・私の方が年上だからリ・・・リードした方が・・・それに他のお客さんもそわそわしながらこっちを見てるし・・・こういうのって、空気を読んだ方がいいのかな~)


ネギはあたふたしているため、これ以上先は望めない。

更に他の席についている客たちも、この最強の三文芝居に呆れつつも、ネギとのどかがどういう行動を起こすのか、期待した眼差しでチラチラ見ている。

だからこそ、のどかは決心し・・・


「ネ・・・・ネギ先生!」


「あわわわ・・・えっ・・・はっ、はい!」


その瞬間、ネギの頬にチュッと音を立てて、のどかの唇がほんの少しだけ触れた。


「ッ!?」


「「「「「「「「「「d8さsん29fッ!?」」」」」」」」」」


のどかの予想外の行動に全員が言葉にならなかった。

キスだった。

チッスだった。

ほっぺにチュウだった。

そして突然とんでもない行動を起こしたのどかは、顔を赤らめながら「えへへ」と笑った。


「えっと・・・10倍返しは少し大きすぎるので・・・その~、お礼は5倍ぐらいにして返しました・・・・」


「・・・へっ?」


「た・・・助けてくれてありがとうございます。ネギ先生」


その瞬間・・・・



「「「「「「「「「「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」」」」」」」」」



きゃーきゃー、ぎゃーぎゃー、うおおおお、っと、学園に響き渡るぐらいの大声が発生した。


「えっ? あれ、いいの!? あんなのアリなの!?」


「すごい、素敵!」


「あの、いくら払えばああいうカップル専用のシチュエーション接客を受けられるんですか!?」


「あ、後で憧れてる先輩と一緒にもう一度来るので、あの接客を私にもお願いします!!」


カミナ達のネギとのどかのくっつけ大作戦が、のどかの大胆な行動でとんでもない展開になり、一部始終を見ていた客や野次馬もこぞって興奮し、挙句の果てに自分たちにも先ほどの不良が絡んで男が女を守るというシチュエーションを注文してきたりもした。


「うまく・・・いったよ・・・おい・・・」


「すごいわね・・・あの子・・・・」


「へっ・・・・終わりよければ全て良しよ!!」


「あんな・・・フザケタベタベタな展開が・・・・」


想像とは違うが何か成功してしまい、キタンたち自身も驚いていた。エヴァも口を開けて驚いている。


「・・・・・・・すごいな・・・・っで、綾瀬・・・どうした?」


「い、いえ・・・のどかの勇気を褒めたいのですが・・・その・・・」


苦笑せざるをえない龍宮に、その近くでは少し切なそうに夕映が二人を眺めている。

だが、番長喫茶の興奮は収まらない。

普通喫茶店と言えばのどかで静かで落ち着いた場所というイメージだが、そこに何の隔たりも無く彼らはこの幼いカップルに興奮していた。


「もお、何なのよ~、すごいことになってんじゃない!」


「うふふふ、見たで~、のどかはホンマにすごいえ~」


「はい、宮崎さんの勇気にはいつも感服します」


この騒ぎの中、二人に微笑みながらアスナと木乃香と刹那が番長喫茶に顔を出した。


「あれ・・・君たちは・・・」


「こんにちは~、シモンさんもフェイト君も、大変そうやな~」


「ほんとーよ。ネギが番長喫茶をシモンさんたちがやるって言ってた時、どんなものかと思ったけど、凄い面白そうね」


アスナたちは興奮の渦から少し離れた場所で眺めていたシモンとフェイトの所に歩み寄った。


「ベタベタだけど、ああいうのを実際にやられると、結構見ていて面白いわね」


「シモンさんとフェイト君はヤンキーの姿にならんの?」


「ふん、冗談じゃない。僕のキャラじゃない・・・・まあ、それよりせっかく来たんだから座れば?」


「うん、男料理に男飲み物ってのがあるけど・・・三人には普通のコーヒーが良いかな?」


「はい、あまりパンチが効きすぎるのは怖いので、それでお願いします。この後も仕事がありますので・・・」


「じゃあ、フェイト、コーヒー頼むよ。フェイトが出すコーヒーは本当においしいんだよ?」


もはや店内は収拾がつかない状態なため、アスナたちの接客はシモンとフェイトがする。


「へ~、あんたってコーヒーうまく出せるんだ~」


「さあ? お姫様のお口に合えば良いけどね」


「もう、お姫様って何よ~!」


まあ、三人はついでに寄っただけだし、この光景を見ているだけで楽しいだろうから、ウケ狙いの料理や飲み物はやめて普通の飲み物を出すことにし、フェイトがコーヒーを取りに厨房へ向かう。


「・・・・・・・・・」


その後ろ姿を刹那は苦笑し、思わず声を掛けた。


「フェイト・アーウェルンクス」


「・・・・何だい、桜咲刹那」


足を止めて振り返るフェイト。

そんな彼に向って刹那は言う。


「変わったな・・・・」


「・・・何?」


「無表情のようで・・・お前は人間臭さを感じる・・・最初に京都で会った時は感じられなかったが、それはシモンさんたちのおかげか?」


フェイトは変わった。


(僕が変わった・・・か・・・人にそう思われるようなら僕もおしまいだな・・・)


そう告げる刹那に対し、フェイトはプイッと顔を背けた。


(だけど・・・本当に変わったというのなら・・・やはり・・・)


背を向けたまま、少し考えてフェイトはボソッと呟く。



「まあ・・・・小さいことなら・・・どうでも良くなるからね・・・ここに居ると・・・」



ボソッとつぶやいた言葉だが、ハッキリと刹那にもアスナにも聞こえた。



「ああ、私もその気持ちは分かる!」



「へへ、何よ~、あんたもそういうところあんのね♪」



何だかうれしくなって、刹那もアスナも笑った。


「でも、あんたみたいな奴をそんな風にしちゃうだなんて、最初は驚いたけど、あの人たちを見ていると・・・・ねえ?」


「はい・・・」


「せやな~」



アスナたちは視線をそらして、未だに興奮のさなかに居る渦の中心を見る。


「はい、こちらがお二人への特別メニュー・・・ラブフェスタよ。二人で飲んでね♪」


キヨウがウインクしながらネギとのどかのテーブルに一つのドリンクを置いた。

そのドリンクは一つ。


「「ス、ストローが!?」」


だが、飲み口は二つ。

ハートマークの形で弧を描いたストローが入っていた。


「ちょっ・・・あんな可愛らしい飲み物があるのか!? 私にはニンニクカレーを飲ませておいて、この差は何だ!?」


「まあ、落ち着きな。カレーが嫌なら、あとでカルビ丼でも食わせてやるからよ」


「喧嘩売ってるのか貴様らァ!!」


興味のない人間以外には興味の持たない、あのエヴァンジェリンですら今ではただのわがままで小うるさい子供のように騒いでいる。


「エヴァちゃんですら何か敵いそうもないし・・・ネギの奴、よくダイグレン学園で教師なんて出来たわね~。エネルギーがいくらあっても足りないでしょ?」


「そうでもないよ。先生は普通の先生には出来ないことをやっている。俺たちだって、何度も先生に心を動かされた。良い先生だよ・・・先生は」


麻帆良ダイグレン学園。

ネギが研修で行くことにならなければ、アスナたちも一生関わることは無いだろうと思っていた。

それだけ評判や噂が絶えない。

だが、実際にこうして接してみると、確かに彼らは不良だが温かさがある。

想像とは全く違う彼らの温かさに触れ、アスナたちも今ではシモンたちと関わることをまったく嫌なことだと思っていなかったのだった。


(もっと・・・みんながシモンさんたちのこと知ってくれればいいのにな~)


もっと皆がダイグレン学園の人たちのことを知ったら、この学園の雰囲気がもっと変わるのではないかとアスナは感じた。

実際に会って関わって見れば、こんなに面白い人たちなのにと、残念に思った。

だが、アスナのその密かな想いは・・・



「ん? お客さんだ。新しい人かな?」



思いもよらぬ形で叶うことになるのだった。



「・・・・・・・ッ!?」



麻帆良学園全土が、麻帆良ダイグレン学園のことを知る。


「シモンさん、どうしたの?」


「あのお客さんがどうかしたん?」


喫茶店に一人の男が入ってきた。

スーツ姿の髭ヅラの男で、頭髪は無い。

そのガタイはプロレスラーを思わせるほど筋肉隆々で、身に纏うオーラが一瞬で番長喫茶内を包み込んだ。




「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」




その威圧感に触れた瞬間、誰もが表情を変えて、言葉を失った。

客は何事かと呆然とし・・・


「あ・・・あの野郎・・・」


「な・・・どういうことだよ・・・・」


「なんで・・・ここに居んのよ・・・」


カミナ達はまるで仇を見るかのような目つきで男を睨み。


「むっ・・・・あれは・・・・」


「あの男は確か・・・・」


龍宮やエヴァも、現れた男を見た瞬間、真剣な表情になった

一気に静寂漂い無音と化す番長喫茶。

現れた男はキョロキョロと店内を見渡しながら、一つのイスに腰掛けて、カミナ達を見る。

この男は何だ?

何をするつもりだ?

男の正体を知らぬものたちは皆男が何をしでかすのかを、恐る恐る様子を窺う。

そして彼が息をのんで待ち続ける中、とうとう男は口を開く。







「・・・娘が・・・プリクラを一緒に撮ってくれん」







「「「「「「「「「「当たりめえだ!!!!」」」」」」」」」」






「冗談だ」








いきなり冗談から始まって、場の空気が壊れた。

だが、これでようやく遠慮はいらないとばかりに、カミナやヨーコ達は男に食ってかかる。


「おい・・・ハゲの親父・・・ニアは・・・家庭の事情で家に帰ったって聞いたぞ? それで何でテメエがここに居る?」


「ねえ・・・・ニアは・・・・あんた・・・どういうことなのよ?」


バンと勢いよくテーブルを叩くカミナ達は、イスに座る男をグルッと囲んで睨む。

その瞳は演技ではない。

本気の敵意を剥きだした目だ。


「あ・・・あの・・・あの人は?」


一体何事かとアスナが慌てると、シモンは震える唇で呟いた。


「ロージェノム・・・・ニアの・・・お父さんだ・・・」


「ええええええええええええええええッ!? ニアさんのお父さんッ!?」


「ぜ、全然似てない・・・・」


「そ、そうや・・・今気づいたんやけど、ニアさんはどこに居るん?」


「・・・それは・・・・」


シモンは無言になってロージェノムを睨む。


(どういうことだ? ニアは・・・ニアは家庭の事情だって・・・なのになんでロージェノムがここに・・・)


いや、本当はもう分かっているのかもしれない。

ロージェノムがこの場に現れたことが全ての答えになっている。

シモンもカミナ達もようやく全てに気づいた。

そしてその考えが間違っていないと証明するように・・・



「今日来たのは他でもない。ニアの退学届を提出しに来ただけだ」



「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」



全てが繋がった。



「お、お前がニアを連れて行ったのか!?」



誰よりも反応したのはシモンだ。

アスナやネギたちは、今まで聞いたことも見たことも無いほどのシモンの怒鳴り声と怒りに満ちた表情を見た。

そしてシモンはそのまま走りだして、ロージェノムの胸ぐらをつかんだ。



「どうしてだ! ニアは・・・ニアは自分でここに居たいと願ったんだ! お前に・・・お前にもいつかこの場所を認めてもらいたいっていつも言ってた! ここに居たニアはいつも笑ってた! なのに・・・何で・・・・何で無理やり連れて行った!!」



乱暴にロージェノムの胸倉を掴んで叫ぶシモン。その気持ちはカミナやヨーコ達も同じだ。

だが・・・


「自分の意思で・・・だと?」


「ッ!?」


「うぬぼれるなァ!!」


鈍い音が響いた。

ロージェノムの大きな右拳がシモンの顔面を容赦なく殴り飛ばした。


「シモンッ!?」


「シモンさんッ!?」


「きゃ・・・きゃあああああ!?」


「ちょっ、あのおっさん何やってんのよ!?」


ネギやアスナたちも思わず立ち上がり殴り飛ばされたシモンの元へと駆け寄る。



「ふん、娘を傷物にされた父親の怒りの鉄拳だ」



カミナ達は今にもロージェノムに殴りかかりそうな勢いだ。だが、ロージェノムはそんな彼らに告げる。


「ニアが自分の意思でここに居た? 何を言う。ニアは自分の意思でワシの元に戻ると言った」


「なっ、うそついてんじゃねえよ!」


「そうよ・・・・ニアが・・・あの子が私たちと・・・何よりシモンのそばから離れるわけないじゃない!」


嘘に決まっている。そう叫ぶカミナ達だが、ロージェノムは小さく笑みを浮かべた。


「証拠はこれだ」


ロージェノムは胸ポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押した。その瞬間、録音されていたニアの声が流れた。



『お父様・・・私は・・・・お父様のもとへ帰ります・・・』



流れたのは間違いなくニアの声。聞き間違うはずはない。


「ほれ、なんならもう一度流してやろうか?」


不敵な笑みを浮かべるロージェノム。だが次の瞬間、カミナはテーブルを蹴り飛ばした。



「ざけんじゃねえ・・・どう聞いたってニアは泣いてんじゃねえかよ」



「何?」



カミナ達は見抜いていた。言葉の意味ではない。ニアの気持ちを。



「そうよ・・・泣いてんじゃない・・・つらくて・・・苦しくて・・・」



「テメエ・・・ニアちゃんに何て言ってそこまで追い詰めた!? 何でニアちゃんがこんなつらそうにしてんだよッ!?」



ヨーコ達は録音されたニアの声が、悔しさと悲しみの含んだ言葉だと直ぐに気づいた。

ロージェノムが無理やり言わせたとしか考えられないと詰め寄った。

ロージェノムは思わず舌打ちをした。



「ふん・・・くだらん・・・どちらにせよ、もはやこれは家庭の問題だ。ニアはもう貴様らの友でも何でもない。退学届も出した。もう貴様らと会うことは二度とない」



「ッ・・・テメエッ!! 何が退学届だよ! んな紙切れ一枚で切れるほど、俺らの絆は甘かねえんだよッ!」



「だったらワシを殴るか? その時点で貴様は退学になるがな・・・カミナよ」



「んだとッ!?」



「これまでは大目に見てやったが、今回はもうこれで終わりだ。本来のあるべき形に戻ってもらおう」



ロージェノムの言葉にカミナは退学を恐れずに殴りかかろうとする。

だが、その腕は小さな手によって止められた。

それはシモンだ。


「シモン・・・おめえ・・・」


殴り飛ばされたシモンだが、立ち上がり、頬を腫らせながらカミナの拳を止める。

そして、ロージェノムの前に立つ。



「ニアは・・・ニアはお前には渡さない・・・」



殴られてふっきれたのか、何の迷いも無くシモンは言った。


「渡さない? ふっ、それがニアの実の親に向かって言うセリフか? それにシモンだったな・・・本来キサマを一番憎んでいるワシが、今回を最後に大目に見てやるというのだ。学生のうちから不純な付き合いをしているお前など、本来直ぐに退学なのだぞ? それでも・・・貴様はワシにそんな口を叩くのか?」


「当たり前だ! 親だろうと何だろうと、ニアを悲しませる奴は、俺たちの敵だ!!」


「ふん、育ちが窺える。所詮はまともな教育や親の育てを受けていないからそうなるのだな・・・」


「なにッ!?」


親・・・その言葉を聞いた瞬間、アスナやネギも表情を変えた。



「ねえ、フェイト・・・シモンさんって・・・」



「ああ、僕も最近知ったけど、シモンは・・・いやカミナもそうだけど、彼らがまだ小さいころに両親は居なくなったらしい。公式的には死んだことになっている・・・まあ、どちらにせよ、彼らは幼い時から両親が居ない」



その話を聞いてアスナとネギは、シモンもカミナも自分と同じなのだと感じた。


(シモンさんとカミナさんも・・・・・・だけどあの人たちは・・・)


両親が居ない、それでも多くの人の支えがあったから両院が居なくても、こうして充実した日々を過ごしている。

だが、両親が居ないことでの悲しみや苦労は当然あった。


(ニアさんは・・・・・・この人は・・・・ッ!)


だからこそ、娘が居るロージェノムがそのようなことを言うのは我慢できなかった。



「あのッ!!」



ネギは叫んだ。


「む・・・」


「先生・・・・」


「先公・・・」


本来この件とは何も関係ないはずのネギが口を挟んだ。


「先生だと? そうか・・・キサマが例の10歳の教師か・・・ふん、麻帆良の学生に対する教育も底が知れるな・・・」


ネギを見た瞬間、ロージェノムは呆れたように笑った。


「ちょっ・・・さっきから・・・あんた・・・何なのよ!」


「アスナさん! 落ち着いてください!」


「で、でもこいつ・・・こいつムカつくわ!」


「それでもです! お願いです! 落ち着いてください!」


「・・・な・・・なんでよ・・・ネギ・・・・」


我慢の限界とばかりにアスナもロージェノムに殴りかかろうとするが、ネギは体を張って止める。


「ふん・・・それで、何の用かな、噂の天才少年よ」


ネギは静まり返るこの状況下で、ゆっくりとロージェノムの目の前まで歩み寄り、そして深々と頭を下げた。




「お願いします。もう一度ニアさんとシモンさんを会わせてあげてください! そして二人とちゃんと向き合ってあげてください。お願いします!」




ネギは小さな体を折り曲げて、小さな頭を深々と下げた。

だが、そんなネギの懇願をロージェノムは鼻であしらった。



「くだらん会わせる必要も向き合う必要もない。これは家庭の事情だ。一教員が口を挟む問題ではない」



「それでも!」



「いいか? 所詮ニアもワシから反発するためだけにこの学園に居たに過ぎん。名家の子には良くあること。親の敷いた道から逃れるためだけに居た逃げ場所に過ぎん。そうでなければこの学園にも、その小僧の傍にもこだわる理由が無い」



ロージェノムはまるでゴミを見るかのような目つきでカミナ達を見る。


「テ、テメエ・・・もう・・・」


「勘弁・・・・勘弁なら・・・」


我慢の限界だとカミナ達が飛びだそうとする。だが、彼らの誰かが飛びだすより前に、ネギは顔を上げてロージェノムを睨む。




「違います! 逃げ場所なんかではありません! この学園のことを、皆さんのことを、シモンさんのことをよく知りもしないで・・・僕の生徒を馬鹿にしないでください!!」 




ネギは泣きそうに目を潤ませながらも、強い口調でロージェノムに叫んだ。


「先生・・・」


「先公・・・」


「・・・ネギ・・・」


「ネギ先生・・・」


「・・・ネギ君」


「坊や・・・」


ネギの言葉に誰もが言葉を失った。



「僕も・・・最初は嫌でした・・・この学園に赴任した初日は嫌でした! 授業も出ないし、喧嘩もするし、人の話を全く聞かないし、不良だし、そんなダイグレン学園が嫌でした! でも、そんなの直ぐにふっとんじゃいました! まだちょっとしか居ませんけど・・・・今ではダイグレン学園は僕にとっても大好きな場所なんです!」



ロージェノムも、少しその気迫に押されて言葉を詰まらせた。



「みんな凄く熱くて・・・温かい人たちなんです! 小さな悩みなんて直ぐにどうでもよくさせてくれるような人たちなんです! そして、仲間を絶対に裏切らない、仲間を絶対に信じ抜く人たちなんです! ダイグレン学園は・・・そういう人たちの集まりなんです!」



ネギは言う。



「ニアさんもダイグレン学園が好きなんです! 皆さんのことが、シモンさんのことが大好きなんです! この学園は・・・シモンさんの傍は・・・ニアさんが自分の足で歩いて見つけ、その手で掴んだ居場所なんです! 」



ネギは泣いていた。涙を流しながら叫んでいた。



「あなたはニアさんのお父さんなんですよね!? だったら一度で良いです! 一度でも良いですから、せめてシモンさんとだけでも向き合ってください!・・・お父さんなら・・・お父さんなら! 自分の子供が好きになった人のことぐらい見てあげてください!!」



その言葉は、教師としてだけの言葉ではない。



「僕は・・・もし・・・お父さんに会うことが出来たら・・・・・・・・・・・・知って欲しいです」



シモンやカミナ達と同じ、親が居ない自分だからこそ、子を持つ親にはこうあって欲しいという想いが込められていた。



「好きな人が出来たら、大切な仲間たちが出来たら、お父さんに知って欲しいです! これが今の僕の居場所なんですって・・・これが今の僕なんだって、お父さんに知って欲しいです!!」



気づけばアスナたちも自然に目元が潤んできていた。ネギのどこまでも純粋な想いが、皆には痛いほど伝わっている。



「ニアさんだって口で言ってるだけで本心でこの場所から離れたわけではないはずです! それぐらい本当はあなただって分かっているはずです! ニアさんだって、本当はあなたにこの場所や皆さんを、シモンさんのことを知って欲しいはずです! あなたに見て欲しいはずです! あなたに認めて欲しいはずです!」



「・・・・小僧・・・・・・・」



「お願いします! これ程想い合う二人を・・・こんな形で引き裂かないであげてください!」



静かになった。


「・・・先生・・・・・・・」


ネギも夢中だったから、自分が何を言っていたのかは自分でも分からない。

ただ、その言葉を言い、聞いたものたちの心には何かが残った。

それは・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



言葉を失ったロージェノムも同じだった。


(居場所・・・・だと・・・・)


ロージェノムはニアの言葉を思い出す。そして今のネギの言葉をもう一度思い返す。

ここは、ニアの居場所なんだという言葉を思い返す。


(こいつらと・・・)


そしてシモンを見る。


(この男が?)


ロージェノムにとってはダイグレン学園の番長のカミナの舎弟程度の認識しかない。

自分の娘が好きになったなど、何かの間違いだと信じたかった。

だが・・・


(・・・ふっ・・・・ワシを睨みおって・・・・娘よ・・・お前はそこまでこの小僧のことを・・・)


シモンを見る。カミナの後ろにくっついているだけの男かと思えば、並のものなら萎縮してしまうであろう自分に対して堂々と向き合っている。

そしてそれはカミナやヨーコたちも同じ。たった一人のニアという自分の娘のために、真剣に怒っている目だ。

最後はネギ。教師だとか子供だとかは関係ない。その純真な言葉が自分の心の何かを揺るがした。


(父親なら・・・・か・・・・・・・・・ふん)


その時、ロージェノムが目を見開いて、シモンを見る。



「シモン・・・と言ったな・・・・」



全ての者の視線がシモンに集まった。



「ワシは言葉をどれだけ並べられても信用せん。大口叩くだけならば誰にでも出来る。だから・・・そこまで言うのであれば・・・」



ネギの言葉で動かされたロージェノムの最大の譲歩。



「力で語れ」



それはチャンスを与えること。



「ち・・・力?」



「そうだ、確か明日は武道大会があるそうだな? その大会の前座として、ワシと戦え!」



「ッ!?」



「その想いとやらを力に変えて、ワシからニアを奪ってみせることだな」



言葉ではない。もっとシンプルな決着のつけ方だ。


「武道大会は学園中に放映されるそうだな? キサマが無様に敗れ、恥をさらせばそれが全て流されるわけだ。それでもキサマは受けるか?」


威嚇するかのように更に威圧感を高めてシモンを睨むロージェノム。

ハッキリ言って素人の目から見ても分かる。

ロージェノムは、腕力という意味においては圧倒的に強い。

対するシモンはどう見ても普通の学生にしか見えない。

戦力差など見ただけで明らか・・・・



「当たり前だ。俺はその喧嘩を受けてやる!」



シモンは考える間もなくあっさりと承諾した。


「シ、シモンさん!?」


「ありがとう・・・先生・・・先生のお陰で道が開いた・・・・後は・・・俺がこの手でその道を必ず掴んでみせるッ!!」


シモンに迷いは無い。喧嘩だろうと何であろうと受けてやる。


「伝わった・・・先生の想い・・・その想いと共に・・・俺はやってやる!」


何のため? 決まっている。


(ニア・・・俺はまだお前に・・・言ってなかったことがある・・・・その事を今ほど後悔したことはない・・・だから・・・言う! いつもお前が俺に言ってくれた言葉・・・俺は照れて恥ずかしがって何も言ってやれなかった! だから今度こそ言う! そして・・・もう一つ・・・お前に言わなくちゃいけないことがある・・・それは・・・・)


全ては惚れた女を取り戻すためだ。


「俺はお前に勝って、必ずニアに言う! お前はここに居ていいんだと、何度だって言ってやるからな!!」


「・・・・ほう!」


「勝負だ、ロージェノム! 俺は必ずお前を乗り越えて、ニアと共に生きて行く!!」


その時、シモンの何かが変わった。

気迫、瞳、いや・・・うまく説明はできないだろう。

しかしネギやカミナにフェイトですら感じ取った。

そしてその何かが、変える。

何が? 何かをだ!








「ふふふふふふ、今年の学園祭はとても素敵な出来事が目白押しですね。10年も・・・いえ、20年も待った甲斐がありました。ですが・・・タイミングも逃しましたし、挨拶は明日にした方が良さそうですね」


番長喫茶の一部始終を眺めながら、魔法使いのようなローブを深々と被った男が笑みを浮かべていた。


「明日が楽しみですよ・・・アスナさん・・・ネギ君・・・何故か居る、アーウェルンクス・・・・・・・そしてシモン君・・・君にもです。早くニアさんを檻から解き放ち、二人でどこまで行ってください。私はその先で待っていますよ」


謎の男がただ、笑っていた。






後書き

あまりのネット上でのセク子の反響にウケた。

こりゃ~今後、フェイ子だかセク子の小説があふれ出しそうな予感ですな。

ただ、原作でアーウェルンクス四兄妹のうちのセク子がよりにもよってネギの所に現われたのは、嫌な予感がしますが、果たして・・・

だが、一言! フェイ子もセク子もネギには渡さん!!



[24325] 第11話 ゴチャゴチャ考えてんじゃねえ
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/12/06 12:28
全てを捨てでも、その人と共に生きていきたかった。


「どうしてこんなことになったの? 私はただ・・・シモンや皆さんと一緒にいたいだけなのに・・・」


薄暗い部屋。

その細い体では持て余すほど大きなキングサイズのベッドに顔を埋めながら、ニアは闇の中に居た。


「それは・・・私たちが子供だからです・・・・ニア・・・」


「子供は好きな人と一緒に居てはいけないというのですか、黒ニア!!」


一つの体に宿る二つの精神。

二つの性格は非常に違う。

ニアは天真爛漫の純粋な世間知らずのお嬢様。

対して黒ニアは、冷たい氷のような表情と、常にクールな思考で物事を判断し、どこか計算高い腹黒さもある。

だが、そんな二人だが、まったく同じ気持ちを持っている。

それは同じ場所を愛しく感じ、同じ仲間たちから温もりを感じ、そして同じ男を愛した。

だからこそ、ニアが悲しければ黒ニアも悲しいのだ。


「しかし・・・私たちが帰らなければ、お父様は間違いなくダイグレン学園を潰していました・・・」


「分かっています! お父様は本気だということを! 私がどれだけ力が無いということを・・・ごめんなさい、黒ニア・・・あなたにはとても悲しいことをさせてしまいました・・・・・」


「いいえ・・・・・・ただ・・・・彼らは・・・・私たちのことをどう思うのでしょう・・・・何も言わずに立ち去った我々を・・・」


「分かりません・・・でも・・・・でも・・・・結果的に私はお父様を怒らせ・・・シモンたちを失いました・・・これからどうすればいいのでしょう・・・」


二人のニアは会話することも出来る。

だが、精神世界でも二人の表情は浮かないままだった。


「そういえばお父様を怒らせた・・・不純イセイコウユウとはどういうものなのです?」


「えっ!?」


「黒ニアは、私の眠っている間にシモンとしたのでしょう? それって一体何なのですか?」


ニアの問いかけに精神世界で黒ニアは真っ赤になった。


「し・・・していません・・・未遂です」


「だから何をです?」


「ニア・・・あなた本当は分かっているでしょう・・・・」


「分かりません・・・それに、どうして黒ニアは私が知らない知識を持っているのです?」


「それはキヨウたちの話や・・・シモンの部屋に泊まったとき、彼が寝静まったのを機に彼の部屋を大捜査して見つけた資料などから・・・・」


「それはどういったものなのですか?」


箱入り娘らしさが際立っている。表の人格は本当に大事に育てられたのだと伺える。


「だ・・・ですから・・・男女の営みというか・・・その・・・ですからシモンのドリルをまずはギガドリルにして・・・私の・・・に・・・それを・・・ね・・・ねじ込んで・・・」


「それの一体何が悪いことなのですか?」


黒ニアは指を伸ばしたり手で妙な形をさせたりして、クールな彼女が珍しくしどろもどろに説明する。

しかしまったく伝わっている様子は無い。


(くっ・・・駄目です・・・ニアは本当にこのような知識が乏しい・・・全てはハゲのお父様の所為なのですね・・・だからあれほどアプローチしているのにシモンと一線を中々越えられなかったのですね・・・・)


そこで彼女は決心する。


(仕方ありません・・・ここは私がハッキリと教えましょう・・・)


黒ニアが意を決して、絶対に言ってはいけないキーワードを言おうとするが・・・



「よ・・・・要するに、・・・せっ「ニアさまァアァアァアァアァア!!!!」 ・・・・・」



部屋の扉が乱暴に開けられて、その声を阻まれた。


「それ以上先は言ってはなりません! お嬢様の発言で、ロージェノムフィルタリングにかかる用語は全て記録され、全てロージェノム様からお叱りを受けてしまいます!」


「・・・・・・・・・・ヴィラル・・・・」


「はっ、この不詳ヴィラル。ロージェノム様の命により、ニア様のごえ・・・・ふごおおおおおお!?」


「聞いていたのですね?」


部屋に乱入してきたヴィラルだが、速攻で黒ニアは蹴り飛ばした。


「いいですか? 私は同じ部屋にシモン以外の男性と二人で居ることを生理的に受け付けません。以後気をつけるように」


「ご・・・さ・・・流石・・・黒ニア様・・・・」


「それと先ほどのフィルタリングの話をもう少し詳しく教えてもらいましょうか?」


「い、いえ・・・それはニア様の教育上よろしくないということで・・・うおお、黒ニア様、踏みつけないでください!」


「早く全て教えなさい。アディーネがする以上の体罰を与えますよ?」


まるで家畜を見るかのような冷酷な瞳でヴィラルを射抜く黒ニア。このときの恐怖をヴィラルは生涯忘れないのであった。



「ぐはああああああッ!?」



少々グロテスクな場面のためにしばらくお待ちください・・・








「とと・・・とにかく・・・黒ニア様・・・とにかくお元気そうで何よりです」


全身包帯だらけでヴィラルは苦笑しながら告げる。僅かな間にヴィラルの身に何があったかは秘密だ。


「元気ではありません。呼吸などの人体の生命活動を行ううえでの支障が無いというだけです。酸素より重要なものを奪われて・・・どうして健康だと言えるのでしょう・・・」


明らかに表情を暗くさせる黒ニア。そんな彼女の目の前で、ヴィラルは額が床にこすり付けられるほどの土下座をした。


「・・・・・申し訳ありません・・・私ではロージェノム様の命令には逆らえず・・・ニア様と黒ニア様のお気持ちを考えると、この私・・・この身が切り刻まれるような思いでした! 真に・・・・申し訳ありませんでした!」


だが、もう遅い。今更もうどうにもならない。ヴィラルを責めても仕方ない。

黒ニアは優しくヴィラルの肩に手を置いた。


「安心しなさい・・・あなたの所為ではありません」


「く・・・黒ニアさま・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで本音は?」


「はっ、ロージェノム様は、私が中間で赤点を取った科目を追試ではなくレポートで補ってくださると・・・・ぶほおおッ!?」


「なるほど・・・単位欲しさにあなたは私を売ったというのですね?」


「おっ、お待ちくだ・・・・これは誤か・・・・ぬわああああああ!?」


またまたしばらくお待ちください・・・・・・・・


とにかく何だかんだで少しは元気になったニアなのだった。


「と、とにかく・・・それほどのお元気があるようならば心配は要りませんね」


再びボコボコにされたヴィラルだが、これまで死んだように閉じこもっていたニアも少しずつ元気になったのではないかと安堵する。

しかしその言葉を聞いた瞬間、黒ニアは目に見えるため息をつき、人形のような生気の無い目で呟いた。


「さあ、・・・どうでしょう・・・。シモンの居ない今日も明日も世界も私には何の魅力も感じません・・・死んでいるのと変わらない気もします・・・・・・」


「う、・・・・・・黒ニア様・・・そのような意地悪は・・・ふっ、ならばこれはどうでしょう! 私がテッペリン学院の中から選りすぐった男たちと合コンなd、ぶごごおおおおおおッ! も、申し訳ありません、冗談です!?」


「・・・・・・・滅ぼしますよ?」


生傷の絶えないヴィラルであった。


「ところでヴィラル・・・一体何の用なのです?」


「はっ・・・申し訳ありません。あまりの出来ごとに本来の目的を忘れておりました」


顔面を黒ニアに踏みつけられながら、ヴィラルは本来の目的をようやく思い出し、少し殊勝な顔つきになった。


「ご報告があります。ロージェノム様の命により、たった一度だけお嬢様に麻帆良学園にもう一度行ってもらいます」


「・・・・えっ?」


その瞬間、黒ニアの人格がニアになった。


「それでは、もう一度シモンや皆さんに会ってもよろしいのですか!?」


目に見えて嬉しそうにするニア。だが、ヴィラルは首を横に振る。


「いえ・・・おそらくこれが最後です」


「えっ?」


「ロージェノム様は、シモンと学園祭の武道大会の前座の試合で一騎打ちをします。その場で全ての禍根を断ち切るおつもりです」


「シモンとお父様がッ!?」


「はい。ロージェノム様の力はお嬢様も存じているでしょう。ハッキリ言ってシモンなどでは、勝敗は最初から明らかです」


一体どういう話の流れでそのようなことになったのか・・・

だが、父とシモンが戦うというのであれば、それがどのようなことになるのか容易に想像できる。


「そ・・・・んな・・・・・・・・・」


ニアは立つ力を失うほど呆然とし、そのままヘナヘナと床に腰を下ろした。

再び人格は黒ニアに変わる。


「父はシモンを許さないでしょう・・・シモンに対する恨みは異常なものがあります・・・・・・・公衆の面前でシモンを痛めつけるつもりですね・・・」


「恐らくは・・・」


「・・・何故・・・ああ・・・何故このようなことに・・・」


黒ニアはギリッと歯軋りする。


「何故・・・・私は・・・シモンを傷つけないために私たちは・・・・」


そして頭を抱えて、再びベッドに顔を埋めた。


「ああ・・・・どうしてそのようなことに・・・・・シモン・・・」


愛しい男の名を何度も呟く。

ただ、そんなニアの姿にヴィラルは納得がいかなかった。



「どうされたのです・・・いつものお嬢様ならこのようなときでも、シモンなら大丈夫と仰っているはずですよ?」



それはいつもいつもニアの奪還に向かっては、カミナやシモンたちに返り討ちにされたヴィラルだからこその言葉。

しかし、そう言われた瞬間、黒ニアがヴィラルを睨んだ。



「ヴィラル!!」



「ッ・・・・」



黒ニアが珍しく声を荒げた。



「・・・申し訳ありません・・・今は少し静かにしていてください・・・・」



今は誰の話しも聞きたくは無い。


(ああ・・・・・シモン・・・・どうすれば・・・)


とにかく今はシモンだ。

シモンのことが気がかりで仕方が無い。

まるで戦場へ子を送った母親のような心境で、黒ニアは顔を落とした。

だが・・・



「・・・・・・・・・・・・黒ニア様・・・・いえ・・・・お嬢様・・・・」



「ヴィラル・・・今は・・・」



「黙りません。まことに申し訳ありませんが、無礼を承知で申し上げます」



「えっ?」



だが、そんな黒ニアを見ていて、ヴィラルはとうとう拳を握って、口を開く。




「ごちゃごちゃほざいてないで、黙ってシモンを信じろ! いつから貴様らはそんな世間にありふれた軟弱なカップルに成り下がった!」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」




乱暴な口調で声を荒げるヴィラル。

黒ニアはあまりにも突然のことで、少し呆然としてしまった。

だが、それでも構わずにヴィラルは続ける。



「相手がどこの誰であろうと、あなたはシモンを信じ! それをシモンが応える! それがあなたたちの愛の形の夫婦合体ではなかったのですか? あなたがやつを信じないでどうするのです?」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「私たちがどれほどお嬢様を取り戻そうとしても、シモンと共に乗り越えたのをお忘れですか! 奴は必ず壁を掘り抜けます。しかし、それはお嬢様の信じる気持ちがあってこそ! そうでなければ、奴との絆は本当に断たれてしまいますよ!?」



一頻り言いたいことを言った後、ヴィラルは一気に顔を青褪めさせた。



「・・・・・も・・・申し訳ありませんーーーー!? こ、この無礼は、せ、切腹してでもォ!?」



言って後悔したのか、直ぐに床に頭突きしながら何度も土下座するヴィラルだが、その気持ちは伝わった。



「・・・・・・・・・・・・当然です・・・・」



「・・・・えっ?」



黒ニアではなく、ニアが強い決意を秘めた目で立ち上がっていた。



「私はシモンを信じます。全力でシモンを信じます。それが私です。私を誰だと思っているんですか?」



「お嬢様・・・・・」



「ふふふ、黒ニアもそうでしょう?」



ようやく自分が何をすべきか思い出したニアはほほ笑み、忘れていた黒ニアは照れくさそうに顔をそっぽ向けた。



「なっ・・・・あ・・・・当たり前です」



だが、気持ちは再び一つになった。



「さあ、行きましょう、ヴィラル。シモンと・・・ダイグレン学園の皆さんの下へ!」



「ハイ! どこまでもお供いたします!」



立ち上がり、部屋から出ようとするニアはもう一度自分の部屋を見る。

薄暗く、広く、豪華な家具や骨董品などが置かれた部屋。

しかし最も欲しいものがこの部屋には無い。

一度手放しかけたが、もう二度と離さない。

ニアはヴィラルと、そして多くのSPに囲まれながら、愛する男の下へと向かったのだった。













決戦の地、龍宮神社の境内に設置された『まほら武道会』の本戦会場には朝から大勢の客が賑わっている。

学園最強決定戦と銘打って行われる大会の規模や賞金金額は、今年の学園祭の目玉とも言える。


「おお、えっらい客が入ってやがる」


「まさか、前座とはいえ、シモンがこんな大舞台に立つことになるとはね~」


「ニアちゃん・・・この会場のどこかに居るのかな?」


「当たりめえだ。ニアがシモンを見なくてどうするってんだ」


最早立ち見が出るほど埋め尽くされている観客席の一角を陣とって、この大会の前座として出場するシモンの応援に駆けつけたダイグレン学園。

別に自分たちが戦うわけでもないのに、彼らはいつでも飛び出せるような目つきと、心の準備をして真剣な眼差しで、水面に浮かぶ武道会のリングを睨んでいる。

そうだ、実際に戦うのはシモンだが、彼らとて心の中では一緒に戦う。

頭の固い頑固親父に自分たちの存在を刻み込むためにも、そして何より自分たちの仲間を取り戻すためにも、心をシモンと一つにして戦うのである。


「おほほほほほほほ、ネギ先生の勇士を今日はこの雪広あやか、存分に見させていただきますわ!」


「ネギ君がんばれーーーッ!」


「クーフェー部長!」


会場は既に興奮気味で、それぞれ贔屓の選手への声援が絶えない。

彼らにとっては今から行われる前座の試合など、どうでもいいのだろう。

彼らの興味は武道大会本番のトーナメント戦だけだった。

だが、彼らにとっては興味の無い前座の試合でも、ダイグレン学園とシモンにとっては命懸けの戦い。

他の誰もが興味なくとも、カミナやキタンにヨーコたちは喉が潰れるまでシモンへ声援を送ると決めていたのだった。




既に会場の雰囲気が温まっている中、選手控え室のある部屋では出場選手たちがそれぞれの時間を過ごしていた。

その場に居るのは、今回武道大会本戦に出場するネギに小太郎、アスナや刹那、そして同じくネギの教え子である龍宮、クーフェイ、楓やエヴァンジェリンも居る。

他にはウォーミングアップをしている空手着の男や、悠然と腕を組んでいるサングラスの巨漢や、拳法着を着た濃い顔の男、そして極めつけに顔をフードで隠した二人組みの女に、顔をすっぽり隠したローブを身に纏ったいかにも怪しさ全開の人物だった。

そんな中で、シモンは部屋の隅で体育座りをして、精神を集中させていた。

深い深い精神の世界へと身を落とし、多くのものをその背中に背負っていた。


「しっかし、あの兄ちゃん気負いすぎやないか? アレでホンマに戦えるんか?」


遠めでシモンを見ながら小太郎が言った。


「う~ん・・・シモンさん緊張してるね・・・」


「そりゃ~そうでしょ? あんなプロレスラーみたいなゴツイおっさんと戦わなくちゃニアさんともう会えないんでしょ? 好きな人と二度と会えなくなるかもしれないなんて・・・色々考えちゃうわよ・・・」


「何かアドバイスでも出来ればいいのですが・・・」


ネギとアスナと刹那も、これから自分も戦うというのに部屋の隅にいるシモンのことばかりに気を取られている。

もしシモンが気の使い手だったり、魔法使いだったり、最低でも武術の心得さえあれば少しは力になれたりアドバイスもできたが、不良同士の喧嘩もろくに出来ない一般生徒のシモンにしてやれることなど思いつかなかった。


「ふ~む・・・見るからに弱そうアル」


「あの御仁が戦うわけでござるか・・・確かに見ていて頼りないでござるな」


クーフェと楓も柔軟をしながらもシモンのことを心配そうに見つめていた。

ネギの教え子たちや小太郎も、話だけはシモンの事情を聞いていた。

今日自分たちが出る大会の前座で、恋人のお父さんでもある筋肉隆々の男と戦うという簡単な事情だけだが、昨日の出来事を見ていなかったクーフェたちも知っていた。

しかし、肝心の戦うシモンが想像以上に頼りないのを見て、どうも心配になってきた。

だが、そんな心配に更に追い討ちをかけるように・・・


「まっ、無理だな」


「エヴァちゃん!?」


エヴァンジェリンが一言で駄目出しした。


「貴様らは知らんのだろうが、実はあのロージェノム・テッペリンという男は、テッペリン学院の理事長であると同時に、世界でも有名なテッペリン財団のトップであり、その昔は単身で戦時中の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)を旅し、無事帰還したというほどの男だ」


腕組しながらサラッと言ったエヴァの言葉に、一番反応したのはネギだった。


「ええええええええええええええええええええッ!? じゃじゃ、じゃあ・・・ニアさんのお父さんって魔法使いなんですか!?」


「さあな。そこら辺は私も良く知らん。ただ言えるのは、そこそこ武も持っている男だということだ。つまり、あんなモヤシみたいな一般人が勝てるわけが無い」


突然明かされたロージェノムの武勇伝に取り乱すネギ。

一方でアスナたちは魔法世界というものを良く知らずに、どれだけ凄いのか分からないが、とにかく凄そうであるということだけは実感できた。


「ねえ・・・シモンさん・・・殺されたりしないよね?」


「・・・・なんせ・・・娘を傷物にしたって言われましたからね・・・」


ありえないと願いたいが、娘を傷物にされた父親の怒りを考えると、冗談ではすまない事が起こりうるかもしれないと思い、アスナたちもサーっとなった。


「大丈夫。最悪の事態になりそうな時は、僕が手を出すよ」


「タカミチッ!?」


「やあ、ネギ君。何かすごいことをしてしまったらしいね」


ウインクをしながらネギたちの話に入るタカミチ。どうやらタカミチもそれなりに今から始まる戦いに関心はあるようだ。


「うん・・・ねえ、タカミチ・・・僕・・・余計なことを言っちゃったのかな?」


「どうしてだい?」


「その・・・僕が余計なことを言わなければ、シモンさんがこんなことには・・・」


ネギは少し表情を落としてタカミチに問う。

シモンがこんなことになったのは自分の所為ではないかと少し自分を責めているようだった。

だが、タカミチはニッコリと笑い、首を横に振る。


「ネギ君が何を言ったのかは詳しく知らないよ。でも、自分で余計だと勝手に決め付けて黙ったままになってしまう教師はこの世にたくさん居る。僕は君に・・・まだその若さで黙ったままにはなって欲しくは無いな」


「でもシモンさんは・・・・」


「うん。でも、遅かれ早かれダイグレン学園の彼とロージェノム氏はこうなっていた。そしてその時はルールが決められたこの大会より凄惨になっていたかもしれない。僕はこれで良かったと思う」


もし、今回のことが無ければ、カミナやキタンたちと一緒にシモンはロージェノム家まで殴りこみに行っていたかもしれない。

そしてその時は、退学どころか警察沙汰やマスコミ沙汰になってもおかしくなかっただろう。

タカミチは、ネギのとった行動はそれを未然に防いだと判断していた。

だからこそ、生徒のために発言したネギの言葉は間違っていない、ネギに非は無いとタカミチは告げる。


「うん・・・そうよね・・・あのままだったら、カミナさんたちも何仕出かすか分からなかったしね」


「はい・・・そうですね」


それを聞いて、アスナたちも頷いていた。

そして・・・




「大体今更、言ってしまった言葉を一々悩んでも仕方ないだろう?」




ホッとしたネギの後ろには、いつの間にかフェイトが居た。


「フェイト!?」


「ッ、アーウェルンクス!?」


「なっ・・・貴様は・・・!」


突如現われたフェイトに、タカミチは途端に怖い顔をして両手をポケットに入れて構え、エヴァは面白そうだと笑みを浮かべた。


「何しに来たんだい?」


「おい、どうして貴様がここに?」


「ちょっ、高畑先生! そんな風に睨まないであげて! エヴァちゃんも! こいつって、実はそんなに悪いヤツじゃないのよ!」


「そうだよ、タカミチ! そしてマスターも。実はフェイトはあれからその色々あって・・・とにかくフェイトは今はこの学園の生徒なんだから、睨まないであげて!」


「私からもお願いします」


「ぬ・・・ぬう・・・確かにそうだけど・・・」


「生徒? おいおい・・・私の知らん間に面白いことになっているな」


フェイトに身構えるタカミチとエヴァだが、アスナとネギと刹那が割って入って二人をなだめる。

一方でフェイトはどこまでもクールに無表情のままだった。


「ったく、にしてもいきなりすぎよ~。あんた何しに来たの?」


「ああ、ここは大会出場者以外は来れんで? そーいや、お前が大会参加してへんのは残念やな」


フェイトに敵意も企みも無い。


「ふっ、腕相撲じゃあるまいし、こんな力比べの見世物に興味は無いよ、犬上小太郎。ただ、カミナたちに頼まれて代表でシモンに激励に来ただけだよ・・・だから高畑・T・タカミチも闇の福音も構えを解いてくれないか? 用事が済んだら帰るから」


フェイトはそう言ってネギたちに背を向け、部屋の隅にいるシモンの下へと歩み寄る。

シモンはネギたちの先ほどまでの騒ぎや、フェイトが目の前に居ることにも気づいていない様子だ。

ずっと黙ったまま、意識を集中させていた。


「シモン・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「シモン」


「・・・・えっ? フェイト? 何でここに居るんだよ?」


ようやくシモンが顔を上げた。


「やれやれ、大丈夫かい?」


「はは・・・応援に来てくれたのか? ありがとう」


フェイトに苦笑の笑みを浮かべるシモンだが、直ぐに表情を落とした。その姿にフェイトは少し眉をひそめる。


「昨日の威勢はどうしたんだい? そんな元気が無くて勝てる相手とも思えないけど・・・」


するとシモンは小さく頷き、今の心境を語り始めた。


「う、うん・・・昨日・・・家に帰るまではずっと気持ちが高鳴っていた・・・やってやる・・・絶対に勝ってやる・・・気合だ・・・気合だ・・・そう叫んでた。でも、朝になって目が覚めてから今日の事を考えた瞬間、冷静になっちゃったよ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「ロージェノムは・・・・・・・とんでもない奴だってね」


不安なのだ。

シモンはたまらなく不安なのだ。

何故ならシモンは今一人しか居ない。

リングに上がればカミナやヨーコもニアも居ない。

たった一人であの化物のような男と戦わなければならないのだ。

更に、試合のルールに引っかかるために得意のドリルも使えない。



「仲間も居ない・・・ニアも居ない・・・ドリルも使えない・・・ただのシモンになって俺は戦わなくちゃいけないんだ・・・」



フェイトが目を凝らすと、体育座りしているシモンの両手が若干震えていた。


「シモン・・・君は・・・」


たった一人で不安と戦っていたのだった。

そんなシモンにアドバイスできることなど、ネギやアスナたち同様に無いはず・・・



「いいじゃないか、ただのシモンで。だって君は君だろう?」



「・・・えっ?」



「ニアのために戦うために君はいるんだ。色々なことを背負わないで、彼女のことだけを考えて、彼女のためだけに戦えばそれでいいんじゃないか?」



それは自然と出た言葉だった。


「・・・フェイト・・・・」


シモンは目を丸くした。


「・・・・・フェイト・・・・」


「あいつ・・・・」


ネギやアスナ、タカミチたちですら目を丸くしていた。

そして言い終わった後で、フェイト自身もハッとなって口元を押さえた。


(何を言ってるんだ・・・僕は・・・なんでこんなことを・・・・・)


自分で自分の事が分からず、フェイトは少しうろたえてしまった。

だが一方で・・・



「俺は俺・・・ニアの事だけを考えて、ニアのためだけに戦う・・・か・・・」



シモンはどこかスッキリした顔になった。



「そう・・・だよな・・・だって俺はそのために今こうしてここに居るんだから」



フェイトの言葉、それは戦いの技術や戦術や心構えなどのアドバイスよりも、何よりも効果的なアドバイスとなった。

そうだ、ニアの事だけを考えてニアのためだけに戦え、これ以上分かりすい言葉は無い。



「分かったよ・・・フェイト・・・俺、分かったよ!!」



ようやく心の準備が整った。

シモンは立ち上がり、拳を握り締めてフェイトに向かって笑った。



「俺、やるよ! あのでっかい壁に風穴開けてニアをこの手に取り戻す!」



本気の眼差し。

卑屈でも無く、照れも無く、自然な笑顔だった。


「シモン・・・・」


自分の言葉がシモンを引っ張りあげた。

その実感が沸かないフェイトはまだ不思議そうにしたままだ。


(シモン・・・僕は・・・)


自分で自分が分からない。

今度はフェイトのほうが動揺してしまったぐらいだ。

だが、先ほどネギに言った、「今更言った言葉を一々悩んでも仕方ない」という言葉が、今になって自分に返ってきた。


(どうして僕の言葉を・・・君は・・・・)


フェイトは疑問に思う。

いや、本当は分かっている。

何故自分の言葉に心を動かすのかとシモンに問えば、きっとシモンはこう言うだろう「仲間だからだ」と。


(仲間・・・・か・・・)


動揺を悟られぬように、笑顔のシモンから少し顔を下に向けたまま、フェイトはシモンに尋ねる。



「ねえ、シモン・・・・聞きたい事があるんだけど、いいかい?」



「何だ?」



こんな質問に何の意味がある?



「もし・・・僕も・・・君の前から何も言わずに立ち去ったら・・・・・・君は力ずくで連れ戻しに来てくれるのかい?」



答えは分かりきっているのに。



「当たり前だ! 何も言わずに消えるなんて、俺は・・・俺たちは絶対に許さないからな!」



そして思ったとおりの答えが返ってきた。

しかし、フェイトは思ったとおりの答えが返ってきたというのに、どこか満足そうにした。

その時のフェイトの顔は、皆には笑顔のように見えた。



「シモン、応援している。君の想いを見せてくるんだ」



「ああ!!」



フェイトが拳を軽く伸ばし、シモンも拳を伸ばしてコツンとぶつけた。

気合が入った。

仲間からの想いをもらった。

後は自分次第だ。

シモンは前へと歩き出した。

その光景を見て、ネギもアスナたちもうれしそうに笑った。

タカミチも、要らない心配だったのかもしれないと苦笑した。

そして・・・・



「とても素晴らしい青春の一ページを見せていただきました。こんな未来を誰が予想したか・・・だからこそ人生は面白い」



フェイトとシモンの二人に拍手をしながら、顔をすっぽり隠したローブを身に纏った謎の人物が現われた。



「えっ?」



そしてあろうことかその人物は、シモンの目の前まで歩み寄り、両肩を力強く掴んだ。


「ちょちょ、いきなりなにすんだよ!?」


突然のことで掴まれた肩から手をなぎ払うシモン。しかしローブの人物はフードの下からニッコリとほほ笑んでいた。



「なっ・・・キサマ・・・まさか」



エヴァは明らかにその人物に対して驚きの表情を浮かべた。



「あっ・・・・・・あなた・・・は・・・」



「・・・・何故ここに・・・」



そしてタカミチも思わず口元のタバコをポロッと落とし、フェイトですら目を見開いていた。



「キサマ・・・いままで何処にいた!? お前のことも探したんだぞ!?」



「・・・・・たしかに・・・・・まあ、あなたが死んだなんてこれっぽっちも思っていませんでしたが・・・これでも心配していたんですよ」



「エヴァちゃん・・・高畑先生・・・この人は?」



二人の様子にネギも首を傾げる。


「あの・・・あなたは? タカミチやマスターの知り合いなんですか?」


「ふん、知ってるも何もこの男は・・・「コホン」」


エヴァの言葉に謎の人物が口を挟む。



「まあ、私にも色々ありました、しかしその話はまた今度ゆっくりということで・・・・・、とりあえず私の目的ですが・・・ふふふ、アーウェルンクスにエヴァンジェリンにタカミチ君・・・・・ネギ君・・・アスナさん・・・そしてシモン君。一同に会することが出来、非常に満足です」



「えっ、俺ッ!?」



「私もッ!?」



アスナも驚いた。

この謎の人物は何者なのかと、小太郎たちも怪しいものを見る目つきで身構えている。

とにかく分かるのは、エヴァやタカミチの反応を見る限り、只者ではないということだ。

そしてその男はぺこりとその場で一礼し、次はアスナの目の前まで近づき、優しくなでる。



「ちょっ、ちょっとイキナリ何するんですかー!?」



「ふふふ、驚きましたよアスナさん、人形のようだったあなたがこんな元気で活発な女の子に成長してしまうとは・・・、友人にも恵まれているようですし、ガトウがあなたをタカミチ君に託したのは正解でしたね」



柔らかに微笑う謎の人物。


「お・・おい、何故キサマが神楽坂明日菜を知っている!?」


「ふふふ、それは今しばらくヒ・ミ・ツということにしておきましょう」


「くっ・・・キサマは相変わらず~~~!」


歯軋りしながら謎の人物睨みつけるエヴァ、謎の人物はその視線を軽やかに交わしながら次はネギを見る。


「そしてネギ君、君にもアドバイスでもと思ったのですが、昨日のあなたを見る限りその必要も無くなりました。今の君はとても真っすぐだ」


「えっ?」


「ふふふ、君との話はもう少し後でゆっくりと・・・・問題はまずは君ですよ・・・シモン君」


謎の人物は一同を見渡した後、最終的には最初のシモンへと視線を戻した。

そして謎の人物は再びシモンの前まで歩み寄り、フードの下からニッコリとほほ笑んだ。



「こうして目の前で見ていても信じられません・・・ですが・・・ようやく出会うことが出来ましたね、シモン君」



「な、・・・なんなんだよいきなり・・・・お前は一体誰なんだ? 何で俺のことを知ってるんだ!」



シモンは不気味に感じた。

存在も、力も、全てにおいて掴みどころが分からぬ人物が、自分の全てを見透かしているかのような表情で見てくる。

その表情がシモンにはどこか落ち着かなかった。

すると謎の人物はあごに手を置いて、何かを考えるそぶりを見せる。


「一体誰・・・ですか・・・ふむ、私を知っている者たちが時代を経て居なくなっているとはいえ、面と向かって言われるとショックですね・・・・ですが、まあいいでしょう。私の名は・・・クウネル・サンダースとお呼びください」


「はあ?」


「何がクウネルだ、ふざけているのか?」


「どっからそんな名前を・・・」


「おやおや、エヴァンジェリン、タカミチ君、お気に召しませんでしたか? この名前は私が友人から教えてもらった非常にお気に入りな名前なのですが・・・・」


どこまで本気か分からない。シモンにも、当然ネギたちにも目の前のクウネルという人物が分からなかった。

だが、わけがわからなく困り気味のシモンやネギたちの反応を満足そうに笑いながら、クウネルはシモンと向き合う。



「さて、シモン君。愛するニアさんを失い大変そうですね。しかし、今のままではあのロージェノムと戦っても数秒も持ちません」



良く分からない人物。だが、今の言葉の意味は分かった。


「な、なんだよあんたは!? 一体誰なんだ! そんなこと、やってみなくちゃ分からないじゃないか!」


勝ち目がないと言われてシモンは言い返す。するとクウネルはその通りだと頷いた。


「その通りです。ですが勇猛に叫ぶだけではどうにもできないこともあります。だからこそ、あなたに忘れないでいて欲しいことがあるために、私はあなたに魔法の言葉を授けに来ました」


「えっ?」


「あなたは先ほどドリルがないと言いましたね。確かに、あなたは武器としてのドリルは使用できません。だから・・・・・・自分自身がドリルだと思いなさい」


クウネルは中腰になり、シモンの胸元を指差した。


「ここにあるのがあなたの本当のドリルです。そのドリルで壁を突き破りなさい。心のドリルと自分自身を一つにしなさい。さすればこれから始まる戦いはそれなりの形となるはずです」


シモンは言われた言葉に呆然となりながらも、何も無い胸元に手を置いた。

確かにそこには何もない。

しかし、クウネルに言われた瞬間、そこには何かがある気がした。



「あがきにあがいて、自分が信じる自分を信じなさい。それが絶望に勝つ唯一の方法です」



「ッ!?」



胸が熱くなった。

シモンは目の前の人物のことを何も知らない。今日初めて会った。

しかしその言葉はシモンの心の奥底に大きな波を打ち、小さな炎を大きく燃え上がらせた。


「どうして・・・・俺に?」


「ふふふ、さあ・・・どうしてでしょうね?」


クウネルは思わせぶりな態度を取ったまま、背を向けてその場から立ち去ろうとする。

シモンはどうしていいかわからない。だが、どうしても御礼だけはしたくて、自然と「ありがとう」と小さく呟いた。

クウネルの真意が分からず、タカミチたちも無言のままだった。

だが、このまま立ち去ろうとするクウネルを、フェイトが止めた。



「・・・やけに平和的だね・・・僕を・・・壊したくないのかい?」



「おや? どうしてそう思うのです?」



空気が変わった。

フェイトから発せられる威圧感が増し、場の雰囲気が重く感じた。



「どうしても何も・・・それだけの理由が君にはあるだろう?」



何事かとネギたちは二人を交互にキョロキョロするが、クウネルはいたって涼しい顔のままだった。



「さあ・・・どうでしょう・・・少なくともあなたが、3番目としてではなく、フェイトという名を背負って生きていくのであれば、私は何も言いません」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「友を裏切らないのであれば・・・新時代を生きる君に口出しできることなど私にはありません」



「・・・・・・何を企んでいる?」



「ふふふふふ、何も♪」



からかうような言葉を言い残し、クウネルは姿を消した。

クウネルという人物の考えが分からずに頭を悩ませるフェイトやエヴァたちだが、今はもう時間がない。

フェイトの思い、そしてクウネルから魔法の言葉を貰ったシモンは、心熱くしてゆっくりとリングへの通路へ視線を移す。

そう、間もなく始まるのだ。

世界中のほとんどの者にとってはどうでもいい、命懸けの殴り合いがついに幕を開けるのだった。




後書き

そーいや、この小説でバトルを書くのは次が初めてだったり・・・

今の魔法世界編はバトルなしでは語れませんが、ここらへんまではまだネギまも平和だったんですよね。






[24325] 第12話 勇気と書いて、ハートと読め!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:b5278b05
Date: 2010/12/08 00:05
武道大会会場の龍宮神社。

水面に浮かぶリングの上に、3―Aの生徒、朝倉和美が上る。

興奮と熱気に包まれて騒がしかった会場中の声が、その瞬間ピタリと収まった。

朝倉の手にはマイクが握られている。

それだけで彼女の存在が何を意味しているのかを会場中が理解した。

それは即ち司会者だ。

そして司会者が現われたということは、ついに始まりのときが来たことを示している。

満員御礼の観客席を見渡しながら満足そうな笑みを浮かべて朝倉はマイクを口元に近づけ、開始の合図を告げる。


『お集まりの皆様、長らくお待たせしております! 今お集まりの皆様には余興を兼ねて、まほら武道大会本戦前の前座をご覧になっていただきましょう!!』


会場がざわついた。

前座の話は予め聞いていたが、それほど詳しくは知らない。何故なら彼らの興味は全て武道会の本戦だからだ。


『急遽組まれたこのカード! まず入場していただきますのは、ロージェノム・テッペリン選手!!』


まず先に入場してきたのはロージェノム。

真っ白いマントに全身を覆い、しかしそれでも覆いきれぬ覇王のオーラが全身からあふれ出ている。

玄人にも素人にも分かる。この雰囲気は只者ではないと。


『姿を現しましたロージェノム選手! この人を知らずとも、テッペリンの名を聴いたことの無い人はいないでしょう! そう、彼こそあの世界にも轟くテッペリン財団のトップ! 正に王の中の王として生きるものなのです! しかし彼とて王である前に人なのです! 家族という大事なものがあります! 今日はその娘を奪い去ろうとした憎き男の顔面に父の鉄拳を食らわせるために現われました!!』


紹介内容はえらくアットホームな感じがするが、笑いは起こらない。

覇王のオーラが露出し、渦を巻き、会場を飲み込んでいるからだ。


「ほう・・・雰囲気があるではないか」


「うん、なかなかのものだね」


エヴァやタカミチも中々興味深そうにロージェノムの面構えを見ていた。


『さて、続きましては身分の差を乗り越えようと地の底から這い上がろうとする男の入場です!!』


朝倉がマイクで続ける。その瞬間、カミナたちは待っていましたとばかりにシモンに声援を送る。


『麻帆良ダイグレン学園の一年生! 怖いもの知らずの荒くれ者たちと噂されるこの学園から、王から姫を掻っ攫うという不届き者があらわれました! しかしその想いは本物! 愛する姫を再びその手に取り戻すために男は戦います! その愛を果たして貫き通せるのか!?』


朝倉の紹介と共にシモンが姿を現した。

ゴーグルを頭に装着し、肌の上から直接青いジャケットに袖を通し、その背中にはサングラスを掛けた炎のドクロマークが描かれていた。


「カミナ・・・あれ・・・あんたが?」


「おうよ、アレこそ俺たちのシンボルだ!!」


入場してきたシモンの表情は硬い。

やる気は前面に出ているのかもしれないが、どう見ても肩に力が入っている。


(ニア・・・ニア・・・ニア!)


頭の中にはニアのことだけでいっぱいだ。

何が何でもやらなければならないという気持ちの表れだろう。

しかしロージェノムと比べて会場の反応を冷ややかだ。

誰の目から見ても明らに超人のオーラを纏っているロージェノムに対し、シモンは普通。とことん普通にしか見えなかったからだ。


「シモンさん・・・」


「ふむ・・・試合前までは良かったのですが、会場に飲まれているんでしょうか? 少しぎこちないですね」


ネギやクウネルは入れ込みすぎに見えるシモンを心配そうに眺めている。

そして、入場を終えた両者がついにリングの上で向かい合った。


「ロージェノム・・・!」


「来たか・・・小僧」


彼らは互いに互いをにらみ合うが、戦う理由は両者同じ。愛するニアのためだった。


『さあ、リング中央で互いの視線が交差し合う! 恋人の父と娘の恋人・・・そんな両者の胸中には何を宿す!? その心中は何を想う!?』


シモンはロージェノムを見た瞬間、俄然拳を強く握り締めた。

しかしシモンを見下ろすロージェノムの瞳は、シモンと比べると若干落ち着いて見える。


(ふん・・・娘の恋人に怒りの鉄拳を・・・か・・・だがそれも、殴るに値すればの話しよ。貴様を見て、そして知った結果がつまらぬものならば、何も用など無い。まあ、そもそも一般人相手に勝敗を求めるのもいささか酷ではあるがな・・・)


ロージェノムは余裕に見える。勝敗など最初から気にしている様子も無い。


(俺は勝敗にこだわっているぞ! お前に勝たなきゃいけないんだ! 絶対に・・・負けられねえんだよ!)


シモンは勝利を誓う。


(やってみよ・・・)


(やってやる!)


全てを得るのか、全てを失うのか、どちらが得てどちらが失うのか、それを決定付けるための運命のゴングがようやく鳴り響く。


『それでは、まほら武道大会前座戦、始めええ!!』


その瞬間、シモンは猛ダッシュで正面から飛び込んできた。


「先手必勝だァ!!」


言葉通り、何の小細工もなしに殴りかかってきた。


「ぬっ!?」


その拳にスピードはさほど感じない。

いや、シモンのような見た目ただの学生にしては上出来なスピードだが、常人レベルでの話し。

だからこそ避けるまでも無い。

そう思っていた。

しかし拳が目の前に近づいた瞬間、ロージェノムの顔つきが少々変わった。

すると受けようと思っていた拳に対して反射的に手が出てしまい、シモンの拳を右手の平で掴み取った。

だがその時ロージェノムは自分の直感が正しかったことを実感する。


(重さはある・・・・・・)


拳に重みを感じた。

掴んでみてはじめて分かる。

シモンの拳は硬く、その容姿からは想像できないほどゴツゴツで荒れた手だった。

ドリルを使い、土や石に壁などと日常から相手にしてきたシモンの手はシモンの人生そのものを表していた。


「うおおおおおおおおおお!!」


シモンは連打する。

愛する女を取り戻すために、頑固親父の顔面目掛けて、力強く握った拳を何度も連打する。


(重みはあるが・・・しかし・・・)


だが、所詮はテレフォパンチ。振りが大きすぎる。


(ふん、まあ所詮は素人か・・・さらに喧嘩の経験も浅いと見える。殴り方がなっていない。よくもこれで大口叩けるものだ。まあ、ワザワザ当たってやることもないが・・・このワシが避けたと思われるのも癪・・・ならば・・・)


普通は当たることの無いパンチだが、ロージェノムは顔面でその拳を受け止めた。目も瞑らずにシモンのその拳を観察するように。



『おおーーーっと、シモン選手の拳がヒット! オープニングヒットは恋人を奪われた彼氏の鉄拳からだ!!』



「よっしゃあ、いけ、シモン! 殴れ! ボッコボコに殴りまくれえ!! んなヒゲと胸毛だけがスゲエハゲ親父なんか怖くねえぞ!」



シモンの拳が入った瞬間、カミナたちが乱暴な声援を送り、他の客たちは少し迷惑そうに睨んでいる。

そう、盛り上がっているのはダイグレン学園の応援席だけ。

その理由は、解説者によって語られた。


『いや~、しかしあのパンチでダメージは期待できないでしょう』


『それはどういうことでしょう、解説の豪徳寺さん』


客席の一角に、大会解説者席というのが設けられ、その席には茶々丸とその隣にはリーゼントの豪徳寺薫という男が座り、シモンの戦いぶりを冷静に分析する。


『ロージェノム氏は避けるのも面倒くさいという意味や、パンチがまるで効かないことをアピールするためにワザとパンチを受けているのでしょう。シモン選手のパンチの振りは大いですが、ほとんど手打ちでパンチを打つには欠かせない腰や後背筋の使い方がなっていません。あれでは何回打ってもダメージにはならないでしょう』


そう、豪徳寺の解説どおり、ロージェノムのように見るからに怪物のような男に対してポカポカと子供が殴っているようにしか見えないのである。

この大会は予選を通じて超人的な体技を誇る学園生徒たちの中からたった一人の最強を決める大会だ。

そのような大会に前座とはいえこのような子供の喧嘩で盛り上がれるほど観客たちも甘くは無かった。

だがそれでもシモンは殴る。


「うおおおお!」


拳が痛かろうが、疲労で呼吸が乱れようとも、がむしゃらになって殴り続ける。


『おまけに肩に力が入りすぎです。打撃に重要なのは瞬間的な脱力・・・基本中の基本ができていきませんね』


『なるほど。だからこそロージェノム氏も余裕のノーガードで好きに打たせているというわけですね?』


会場からは冷ややかな視線に、嘲笑が聞こえてくる。だが、それでもシモンは歯を食いしばる。


(笑いたければ笑え! これが俺だ! 格好良さなんて求めない! ただ、この手も・・・足も・・・気持ちも・・・死んでも止めない!!)


人からの視線など気にしない。


(そうだ・・・アニキたちはいつだって堂々としているんだ!)


カミナたちだっていつもそうだった。みっともないとか、そんな理由で何かをやめたりしない。

だから自分も戦う。


(引いたら負けだ! 押しまくってやる!!)


それがダイグレン学園の生徒なんだと、シモンは懸命に拳を繰り出した。

だが、一頻り殴られ続けていると、とうとうロージェノムが手を動かした。


(・・・ちっ・・・こんなものか・・・)


そしてシモンの額の前に腕を伸ばしてそのまま指で弾き飛ばした。


「ッ!?」


デコピンだ。

指一本で弾かれたとは思えぬほどの衝撃を受け、シモンの額から血が流れ出た。


『おおおーーっと、ロージェノム氏の反撃! しかもデコピンだ! だが、たったそれだけでシモン選手はぶっ飛ばされた!』


初めての反撃と流れ出る血にシモンが顔を歪める。だが、そんな自分に追撃するどころか、ロージェノムはシモンを見下ろしたまま盛大にため息をついた。


「ふう・・・」


「ッ!?」


がっかりしたというレベルではない。失望どころの話ではない。シモンに対する興味すらまるで失せたような目だった。


「お前~・・・・」


シモンは悔しそうに歯軋りしながら、流れる血などお構い無しに立ち上がり、拳を振りかぶってロージェノムに飛び掛った。



「何ため息なんかついてるんだァ!!」



言い終わった瞬間、スパッと素早く重い風が顔面に襲い掛かった。


「・・・・・・・・え・・・・」


それを何なのかと考える間もなく、シモンの世界が途切れ、シモンは鈍い音を響かせながらリングの上を受身も取れずに転がった。


『おおッ!? こ、これは!?』


正に一瞬の出来事。

盛り上がりの薄かった観客たちも息を呑むほどの一撃。


「ふう・・・つまらん・・・」


ただ一言だけロージェノムはそう呟いた。

朝倉も目の前で人間が殴りとばされて人形のように転がる光景に少し息を呑み、司会としての役目を一瞬忘れるほどのものだった。


『これは・・・見事な一撃が入ったと言ってもいいのではないでしょうか?』


『はい、茶々丸さんの言うとおり、申し分の無い一撃ですね。今の一振りだけでロージェノム氏のレベルの高さ、そして両者には決して覆せぬ圧倒的な実力差があったと言えるでしょう』


解説の豪徳寺も汗を流していた。


『豪徳寺さん。これはもうこの戦いは終わりととってもよろしいのでしょうか?』


『いえ、勝敗は揺るがないでしょうが、終わりかどうかは分かりません。ロージェノム氏は今の一撃をメチャクチャ手加減したと思われます』


『手加減?』


その解説を聴いた瞬間、アスナは首をかしげた。


「ちょっ、あのおっさん、あれで手加減したって言うの!?」


「当たり前だ、ばか者」


「な、バカって何よ、エヴァちゃん!?」


「あの男が本気でぶん殴ったら、あのモヤシ小僧、首から上がなくなるどころか、全身の肉片すら飛び散っていただろう」


「ッ!?」


アスナは淡々と述べるエヴァの言葉に顔を青褪めさせた。

悪い冗談だと期待したが、周りを見渡してもネギやタカミチ、刹那やクーフェに楓すら無言だったからだ。

そう、つまりそれがロージェノムやネギたちの居る世界。


「そんな・・・それじゃあ・・・・勝てるわけ無いじゃん・・・」


住んでいる世界そのものが違うのだ。

応援しようとする言葉を失うぐらいの圧倒的な現実に、アスナは悲しそうな目でシモンを見ることしか出来なかった。


「・・・・・ぐっ・・・・つう・・・」


沈黙する会場の中、シモンは歯を食いしばりながら何とか起き上がる。

一瞬意識を失っていたが、朝倉がカウントを取り始める前に何とか立ち上がった。


『おおーーっと、シモン選手立ち上がった! これはまだまだ諦めていないのか!?』


だが、立ち上がっても会場が盛り上がることは無い。


『豪徳寺さん、シモン選手は立ち上がりましたね?』


『はい。ロージェノム氏のパンチのキレがよすぎたのと、手加減があったために意識を完全には途絶えさせることは無かったのでしょう。しかし、この戦いはもう・・・』


もう終わりなのか?


「うおおおお、シモン! 気合だァ! んなパンチはテメエがニアを失うかもしれない痛みに比べれ屁でもねえ!」


「シモーーーーーン! 10倍にして返せええ!!」


「あんたの気合はこんなもんじゃないでしょォ!!」


ダイグレン学園だけは叫ぶ。逆転しろと鼓舞し、信じている。

だが、他人から見ればその姿も哀れに見えてくる。

その証拠に立ち上がったシモンだが、既にヨロヨロに見えた。

そんなシモンをつまらぬものを見るよう目で、ロージェノムが告げる。


「大口叩くだけでなく、力で示せと言った結果がこれか?」


「はあ・・・はあ・・・何ィ!?」


「動きもキレもまるで無い。レベル差を考慮しても酷すぎる。演技なのか・・・それとも・・・・やる気が無いのか?」


「ッ!?」


自分が弱いというのは知っている。だが、ニアと二度と会えないかもしれないというのに、やる気が無いなどとあるはずがない。


「なめんじゃねえ! やる気がないだとッ!? だったら最初からここに居るはずないじゃないか! 勝負は・・・まだまだこれから・・・・・・・!!」


シモンは小さい体を更に低くして、低空のタックルのような形でロージェノムの足に飛びつこうとする。

だが、上から大きな手の平で頭を捕まれ、そのまま顔面から地面に叩き潰されてしまった。


『うげっ!? こ、これは・・・!』


思わず何名かの者は目を逸らしてしまった。

顔面を地面に叩きつけられるというエグイ光景に、思わず誰もが「うっ」となってしまった。

そんな攻撃を何事も無かったかのような顔でロージェノムはシモンの頭を地面に押さえつけながら呟く。


「どうした? やる気の空回りか?」


その一言だけを吐き捨てて、そのままシモンに止めをさすこともせず、ロージェノムはアッサリとシモンの頭から手を離した。


「ぐっ、このお・・・・」


今のでやろうと思えば勝負はついていた。

だが、勝負をつけることすらくだらないと思ったのか、ロージェノムはアッサリと引く。

シモンは悔しそうに立ち上がるが、目の前で自分に対して失望したようなロージェノムの視線に体が言うことを聞かず、その場で立ち尽くしてしまった。


「ふう・・・やる気がどうとか以前の問題だ・・・お前は中身が伴っとらん」


「な・・・なんだとッ!?」


「お前はただやけくそになっているだけだ。技術や戦闘能力の話ではない。人間誰しも断固たる決意をして困難に立ち向かう時は、相応の覇気や眼光を秘めている。しかし貴様には無い」


「ち・・・・違う!!」


「昨日の貴様には僅かだがそれを感じることは出来た。だからワシもこのような席を設けた。勝敗など見る気は無かった・・・ただ、貴様の想いを見るつもりであったが、もう限界だ」


ロージェノムが半歩足を踏み出した。


「ッ!?」


たったそれだけで、引かないと誓ったはずのシモンが、後ろへ飛びのいてしまった。


「あ・・・・」


逃げた。

シモンはそれを認識してしまい、顔面が蒼白してしまった。

自分の誓いはこの程度なのか? そう自身で思ってしまうほど、ロージェノムの強さを認識して後ろへ下がってしまった。

そんなシモンに対して、とうとうロージェノムは全身の力を抜いた。もはや戦う気も失せている。


「棄権しろ。そして、ニアのことは忘れろ。二度とニアの前に現われるな。子供教師にそそのかされ、貴様のようなつまらん小僧にチャンスを与えたワシがバカだった」


シモンのことを知れ。

自分の娘が好きになった男のことぐらい知ってみろ。

ネギにそう言われてシモンを見たこの数分間で、ロージェノムが出した答えがこれだった。

あまりにも重い空気に、司会の朝倉も、解説席の茶々丸たちにも言葉が無い。


「ねえ・・・どうなっちゃうのよ、これ? 高畑先生~」


「・・・残念だけど・・・仕方ない。ロージェノム氏も一般人に力を使うようなものではなかったのが幸いした」


「で、でも・・・これじゃあシモンさんとニアさんは・・・」


アスナは認めたくは無いと周りを見るが、刹那たちももはや目を瞑って首を横に振っていた。


「おらァ! はげ親父! 勝手なことぬかしてんじゃねえ!」


「シモンはまだまだこっからなんだぞ!!」


「逃げんのかァ!」


こうなってはダイグレン学園の声援すら悲しく感じる。

数分前までは大会を楽しみにしていた観客たちで温まっていた会場の空気も、すっかりと白けて冷え切っていた。


(シモン・・・・やはり・・・・無理なのかい?)


フェイトももうこれまでだと思っていた。


(ふむ・・・穴掘りシモン・・・評判ほどでは無かったようネ・・・)


大会主催者席で見下ろす超鈴音。


(・・・シモンさん・・・あなたには・・・世界を変える力を感じたのですが・・・)


同じドリ研部のザジもその目には期待は無かった。


「なあ・・・もういい加減さっさと終わんねえ? 俺、早くクーフェ部長の試合が見てえんだけどよ~」


「俺も! もういいじゃねえかよ、こんな試合」


「私も早く子供先生の試合見た~い」


白けた会場は、さっさと終わらないかと飽き飽きしていた。

誰もが興味も期待も希望もシモンに対して抱いていなかった。

そんな男をどうして・・・


「どういうことなんだ・・・アル・・・」


「・・・・・・・・・・」


「アル!」


「・・・・・・・」


「・・・クウネル・・・」


「はい、何でしょう、エヴァンジェリン♪」


「ぬ・・・ぬう~~」


散々呼んでも反応しなかったのに、クウネルと言った瞬間に反応したクウネルに対して、エヴァはイラついている様子だが、イラつくだけこの男は喜ぶだけと思ったのか、そこはグッと堪えた。


「貴様は試合前にあの小僧に何か言っていたが、結局なんだったんだ? ただのつまらん一般人ではないか?」


そう、ただの一般人に過ぎない。

そんなシモンに対して、何故クウネルは気にかけたのか。

するとクウネルは少し難しそうな顔をした。


「そうですね・・・確かに状況が悪い・・・これではシモンさんの真の力は解放できません」


「はっ? 真の力だと~?」


「ね、ねえ、アンタ! 真の力って何なの!?」


「クウネルさん、どういうことですか?」


シモンの真の力。その言葉を聞いた瞬間、ネギたちが顔を上げた。だが、クウネルは難しい表情をしたままだった。


「彼の真の力を解放するには・・・相手も本気でやる気が無ければなりません・・・しかし、ロージェノム氏は最初から本気になるどころか、シモンさんとの戦いのやる気も失せています。それでは駄目なのです。シモンさんの力を発揮するには、相手もやる気にならねばならないのです」


クウネルの言っている言葉の意味が分からなかった。

相手がやる気になったり本気になれば、シモンが真の力を解放できる?

そんなわけの分からないこと、いや、それ以前にそんな状況になるはずが無い。


「あの~・・・相手が本気って・・・」


「あの兄ちゃん何も出来ずに死んでまうやん」


「相手が手加減しては駄目? しかし本気を出されたら死んでしまうでござる」


「よ、よく分からないアル・・・」


刹那や小太郎たち、武に長けたものたちですらクウネルの言葉の意味が判らない。それはタカミチやエヴァのような最強クラスのレベルでも同じだった。

どんなに手加減されてもシモンではロージェノムに勝てない。

ロージェノムが本気を出せばシモンの真の力が解放できるらしいが、それではシモンが死んでしまう。

どちらにしろ、話だけ聞けばシモンはもうどうしようもないと見て取れる。

その証拠に、シモンはまだ体が動くのにどうすればいいのか分からず、ロージェノムの言葉に動揺してしまっていた。


(くそ・・・やっぱり俺だけじゃ駄目なのか?)


心に暗雲が立ち込める。


「シモーーーン、いけえええええ!!」


カミナたちが叫んでいる。しかし、耳には入るが心に響いてこない。


(俺一人じゃ・・・ニアを・・・ニアを・・・)


もう駄目なのか?


「さあ、言え! 小僧! もう二度と、ワシらの前に現われんと!!」


ネギの言葉、ダイグレン学園の仲間たちの言葉、フェイトの言葉、クウネルの言葉がシモンの頭の中でグルグルと回るが、冷静な思考を失ったシモンは、それが何だったのかを忘れてしまった。


「~~~~~っ」


抱えたものを全て心ごとへし折られかけてしまったシモンは、自分の意思ではなく、自然と口が動こうとした。


「俺は・・・俺は・・・・・」


カミナたちが立ち上がれと叫ぶが、もう耳に入ってこない。

全てが終わる。

だが、そう思いかけたとき、一人の少女の言葉が会場に響いた。





「シモン!!!!」





「ッ!?」





会場中がその声に視線を移した。

観客席で可憐な、そして涙を浮かべながら、しかし両目をしっかり見開いて少女がそこに立っていた。



「・・・ニア・・・・」



そこに居たのは、ニアだ。

ニアがシモンを見ている。

周りをヴィラルや大勢のSPに囲まれて身動きがとれない、正に囚われの姫がそこに居た。



「シモン!」



「ニア・・・・・・二アッ!」



幻ではない。本物のニアだ。シモンの心臓が大きく跳ね上がった。



「ふん・・・・最後の対面だな・・・・」



ロージェノムがつめたい言葉を浴びせる。

そして、多くのものもそれが二人の最後の逢瀬だと感じ取った。

一部の・・・


「ふっ・・・ようやく現われましたね」


クウネルと・・・


「へっ、逆転の女神様がな!」


ダイグレン学園の者たちを除いて。


「ふん・・・ニアよ! お前の選んだ男はこれまでだ! これがお前の居場所だと? それも今日で終わりだ!」


ロージェノムは観客席に居るニアに向かって叫ぶ。

だが、今のニアの瞳はついこの間まで父親の言葉に圧倒されて何も言い返せなかったときのニアとは違った。


「いいえ、終わりません!」


「・・・なに・・・」


ニアは力強く、ハッキリと答えた。


「このような状況でそんなことをまだ言うか? 見苦しいにもほどがある。このワシがどれだけのチャンスを与えたと思っている?」


「いいえ、私がまだ何も分からぬ子供だというのなら、お父様こそシモンのことを何も分かっていません! シモンの本気をお父様は知りません! ダイグレン学園の魂を知りません!」


会場中に響くその言葉に、誰もが無言になっていた。シモンは全身がビクンと跳ね上がった。

だが、ロージェノムだけはくだらないとため息ついた。


「ふん・・・本気・・・か・・・ふざけるな。クズどもの本気などどうでも良い!!」


笑わせるなと、ニアに叫ぶ。だが、ニアは引き下がらない。

そしてシモンを見る。

自分の愛する男に向かってニアは叫ぶ。



「シモン!」



なんと言う気だ?

諦めるな?

立ち上がれ?

戦え?

それとも助けてか?

こんな状況でニアは何をシモンに言う気だ?

すると、ニアが叫んだ言葉は、誰もが予想していなかった言葉だった。

彼女は両手を広げてシモンに向かって叫んだ。




「シモン! 私はここよ!」




「ッ!?」




「シモンは一人でも大丈夫! でも、シモンは一人じゃない! 世界があなたを疑おうと、私たちだけはあなたを信じています!!」




その言葉に何の意味がある? シモンには大有りだった。



(ニアが居る・・・ニアが・・・ニアが居る・・・・!)



その姿を認識した瞬間、力の抜けたはずの拳を自然と握り締めていた。



(手を伸ばせば届くところに・・・ニアが居る・・・)



目に見える距離に居る。叫べば届く距離に居る。手を伸ばせばそこに居る。

しかし、そんな二人の間に立つ壁がある。ニアが居るのは壁の向こうだ。

その壁は大きくて分厚く強大だ。だが、壁の向こうには確かにニアが居るのだ。

壁がデカ過ぎて認識できなかった。だが、これで分かった。壁の向こうには確実にニアが居る。

そしてここで逃せば向こう側まで二度とたどり着けない。ニアとはもう二度と会えない。

彼女を見た瞬間、そのことを改めて実感することが出来た。

だからこそ、湧き上がる。


(俺は・・・何のために戦っている?)


思い出せ、自分の戦う理由を。

フェイトに言われた言葉は何だ?


(ニアのために戦う・・・ニアのことを思って戦う・・・)


その想いに偽りなど無い。なぜなら・・・


(何で俺はニアのために戦うんだ? 決まってる・・・俺は・・・ニアのことが・・・!)


ニアのために戦うこと。そして何で戦うのか? 一番単純なことをようやく思い出した。


「俺は・・・俺は・・・・・!」


気が高ぶる。

静かに、静かに、心の中で波がうねりを上げて跳ね上がっていく。



「ふん・・・ニアよ・・・そこまで堕ちたか・・・ならば! 気が変わった! 今すぐお前の抱いた幻想をこの手で打ち砕いてやろう!!」



その瞬間、ロージェノムがこの試合初めて憤怒を纏った。



「小僧・・・一瞬だ!! 何ヶ月病院のベッドで過ごすかは分からんが、この一撃で全ての禍根を断ち切ってくれるわァ!!」



拳を握ったロージェノムから、目に見えない何かが噴出して、ロージェノムの立っている床が砕けた。


「い・・・いかん!? あれを喰らったら、死なないまでも、全身の骨が砕けてしまう! あれは危険だ!」


「おい・・・坊や・・・教え子を瀕死にさせたくなければ・・・」


もう限界だ。

止めた方がいい。今のロージェノムを見てそう思ったタカミチとエヴァだが、二人の前をクウネルが立ち塞ぐ。


「まあ・・・ちょっと様子を見ましょう」


「ちょっ、ちょっとアンタ!? ヤバイんなら早く止めないと!」


「そうです!」


「このままでは、取り返しのつかぬことになるでござる」


アスナたちも止めようとするが、今まで難しい顔をしていたクウネルが、何かを期待しているような目になった。


「本気とは言いませんが・・・ようやくロージェノム氏が打ち消す敵としてシモンさんを見なしました・・・後は・・・信じるだけです。シモンさんが信じるに値するほどの人物だったのか、そうでなかったのか、ようやく分かります」


クウネルは、見せてみろと言っているように聞こえた。



「逃げるなら、逃げろ、小僧! ニアを失いはするが、今後の人生は保障されるぞ!」



ロージェノムは下を向いてブツブツ言っているシモンに叫ぶが、まるで反応が無い。



「ふん・・・逃げぬのなら・・・・ワシの前から消え失せよォ!!」



その瞬間、全てを終わらせるためにロージェノムが駆け出した。

この試合初めてロージェノムの方から攻撃を仕掛けてきた。



「逃げるな、シモーーーーン!」



カミナが叫ぶ。



「逃げてちゃ何にも掴めねえぞーーーー!!」



ほとんどのものがこれで終わりだと思う中、カミナは叫んだ。

すると・・・



「・・・分かってる・・・!」



小さくシモンが呟いた。


(あの人が・・・言ってくれた・・・、自分が信じる自分を信じろって・・・今ならその言葉の意味が分かる)


シモンは逃げなかった。


(そして俺は一人じゃない・・・だから逃げない! ニアが、みんなが、ここに居る!!)


それどころか、待ち構えることもしなかった。



「むっ!?」



「これはッ!?」



「おっ!」



白けた会場もこの瞬間だけは身を乗り出した。

シモンは逃げることも、ただ突っ立ってることもしない。

シモンは向かってくるロージェノムに対して、自分も前へと駆け出した。



「自分から・・・」



「パンチに・・・」



「飛び込んだ!?」



そうだ、向かってくるロージェノムの拳に対してシモンは飛び込んだ。つまり正面衝突だ。


「むっ・・・」


拳を振り上げたロージェノムも予想外の行動に眉をしかめる。


(ま、まずい・・・もう拳は止まらぬ! ヤツが飛び込んできた所為で威力が増し、下手をすれば・・・)


このまま拳を振りぬけばシモンも死んでしまい、最悪な結果になるかもしれないと恐れたロージェノムだが、次の瞬間・・・


「ッ!?」


飛び込んできたシモンの眼光にゾクリとした。


「逃げてちゃ何も掴めない・・・なら・・・逃げずに飛び込んでやる!」


ロージェノムの拳がシモンの顔面の真横を通り過ぎた。

一瞬怯んだのか、ロージェノムの狙いが逸れた。

ロージェノムの拳がシモンの頬の皮を削り取るが、シモンは目を見開いたまま、自らも拳を伸ばす。



「!!?」



すれ違う拳が宙で交差し、シモンは渾身の一撃をロージェノムの顔面にめり込ませた。



「お・・・・おお!」



「あ・・・あれは!」



「ク・・・・ク・・・・ク・・・!」



それはまさしく・・・




「「「「「「「「「「クロスカウンターだァアァアァアァアァア!!!!」」」」」」」」」」




その瞬間、この空間に居た全ての者たちが、身を乗り出して叫んだ。



『こ、これは、シモン選手、逃げずにロージェノム氏のパンチに飛び込んで、クロスカウンターを叩き込みましたァアァアァァァ!!』



今までずっとコメントできなかった朝倉が、今までの台詞を全て取り戻すかのようにマイクを使って大声で叫んだ。



「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」」」」」



自然と観客が拳を握って熱く叫んだ。


『これは、見事な反撃ではないでしょうか?』


『はい、ボクシングの東洋チャンプも言っていました! カウンターにおいて重要なのは、タイミングと勇気(ハート)です! シモン選手は恐らく狙ってやったわけではないでしょう! しかし、逃げずに立ち向かった結果、そしてロージェノム氏が初めて力を込めた攻撃だけに、見事なカウンターが成立しました!』


先ほどまで呆れたように解説していた豪徳寺も、マイクを持って少し興奮気味だ。


「ぬ・・・・ぐぬ・・・小僧が・・・・マグレで・・・図に・・・」


ロージェノムの鼻から血が出た。

確かにシモンに攻撃力は無いが、ロージェノム自身の力を利用したカウンターなら別。

本気ではないとはいえ、それなりに力を込めた拳がカウンターによって倍になって顔面に返ってきたのだ。

ダメージは確かにあった。


(くっ・・・今ので・・・指の骨が何本か折れた・・・でも・・・でも・・・)


もっとも、裸拳でしかもカウンターで顔面に叩き込んだのだ。シモンの拳は今のでイカれたが・・・


「俺の心は! 何も折れちゃいない!」


シモンは構わずに、未だ膝を着いたままのロージェノムに殴りかかる。

だが、ロージェノムとてただ黙って殴られる的ではない。



「図に乗るな、小僧!」



威圧感をむき出しに視界を覆うその姿は、まさに壁。反撃に出たシモンをまるで津波で飲み込むかのようにロージェノムは押し寄せた。

だが・・・


(・・・壁?)


ロージェノムが強大な壁。

そう認識した瞬間、シモンはあることを思い出した。

それは試合前にクウネルに、自分自身がドリルだと思えと言われたことだ。


(聞こえる・・・)


自分がドリル。ロージェノムが壁。そう思った瞬間、シモンの頭の中で何かが聞こえた。


(ここを掘ってごらん・・・ここが柔らかいよって・・・)


まるで穴を掘っているときと同じ感覚だ。ロージェノムの体の何個所かが、掘るべきポイントのようにシモンには光って見えた。


「吹き飛べ!!」


ロージェノムが体重と体の捻りを入れたアッパーを低空から繰り出してくる。

するとシモンはその瞬間、ロージェノムの拳を大岩に、自分自身をドリルと見立てて両足でジャンプし、自分の全体重を乗せた両足でロージェノムの拳に向かって思いっきり足を伸ばした。


「ッ!?」


『おおおーーーッと! シモン選手、ロージェノム選手の低空アッパーに対して両足でジャンプして勢いよく踏みつけたァ!!』


本来のロージェノムの力と一般人の力差を考えれば、両足で踏みつけようと、足ごと吹き飛ばしていただろう。

しかし・・・


「ぐぬうッ!?」


ロージェノムは表情を歪めた。


「バ、バカな・・・どういうことだ!? あんな攻撃、二人の力差を考えればどうでもないはずだ」


「ふっ、冷静に見ればなんてことありませんよ。角度、タイミング、全てを最高の力を込めてロージェノム氏の拳ではなく握った拳の一点に集中してカウンターすればいい話。ジャンプして勢いをつけた人間の全体重を指一本にならば悪くないですよ?」


「なっ、指一本だと!?」


状況に納得できないエヴァたちだが、クウネルの説明を聞いて目を見開いた。


「そう、今の彼はドリルそのもの! その全身の力を一点に集中して相手の一点に叩き込む。それが強大な壁に風穴を空けるために人類が開発したドリルです」


ようやくこの瞬間が見れたとクウネルは笑った。


(ぐぬっ・・・中指が砕けおったか・・・・だが・・・・まぐれだァ!!)


右アッパーを防がれたロージェノムは、続けざまに今度は左のフックでシモンの顔面を襲う。

だが、シモンは反応した。

自分の左手首を右手で掴んでしっかりと固定する。


(ロージェノムのパンチ・・・俺も拳を振りかぶったら間に合わない・・・なら・・・)


シモンは左手首を固定したまま、今自分が立った位置から動かずに僅かに体を捻らせ、背負い投げの要領でロージェノムのフックに向かって回転して自分の体重を投げ出し、ロージェノムのある一点を狙う。


「なんだとっ!?」


それは、ロージェノムの手首だ。

殴ろうとして繰り出した腕の手首に衝撃を受け、ロージェノムの拳は軌道がずれてシモンを外した。

これまでの動きは全て一連の動作。シモンは考えたわけではない。本能で動いた。

そしてシモンはがら空きになったロージェノムの顔面目掛けて飛んだ。


(早く・・・速く! 正確に!)


巨大な壁に見つけたドリルを突き刺すべきポイント目掛けて、シモンは飛ぶ。

相手は動く、だから素早く正確にと心がけたシモンの拳は自然と試合開始直後のようなテレフォパンチではなく、振りが小さいがキレのある拳となった。


「・・・・!」


だが、いかにキレがあっても一般人程度の力で超人の顔面を何度殴ってもダメージは無いだろう。

しかしそれも殴るポイントを工夫すれば話は別。

シモンの攻撃はロージェノムの顎の細かい一点を目掛けて振りぬいた。

その瞬間、ロージェノムの視界が歪んだ。


『うおおおっと、シモン選手、素早い動きでアッパーとフックを防いだと思ったら、ロージェノム氏の顎を打ち抜いたァ! しかもこれは効いているのか? ロージェノム氏の膝が揺れている!?』


試合開始直後はシモンの攻撃をまったく防御せずに顔面で受けていたロージェノムがダメージを受けた。


『どういうことでしょう、豪徳寺さん?』


『簡単です! 顎を打ち抜いて脳を揺らしたんです! いかに超人や化物的な強さを誇ろうと、ロージェノム氏も人間です! 脳を揺さぶられれば中枢神経に障害を起こし、どんな人間でもすぐには回復できません!!』


豪徳寺の解説にロボットの茶々丸はなるほどと呟く。そしてその解説に付け足すようにクウネルが呟く。


「勿論ただ顎を殴ればいいというわけではありません。顎の中でも本当に細かい一点。ここしかないという一点をシモン君は狙いました」


「顎の中の細かい・・・一点?・・・アル・・・そんなこと戦いの最中に素人の彼が出来るのかい?」


「たしかに戦闘中の相手には難しいかもしれませんが。それがただ動くだけの壁だと認識すれば、穴掘りシモンのドリルはその一点を見極めて決して逃しません。そしてその小さな穴を徐々に大きな穴へと変えます」


タカミチたちは、そんなバカなと言いたい表情だが、現にロージェノムの両膝はカクカク笑い、目の焦点が定まっていない。


(何だ? 何が・・・何が起こったのだ? 何故ワシは・・・)


分からない。ただ分かっているのは、歪んで見えるが、間違いなくシモンは追撃するために飛び掛ってきているということだ。

どれだけ攻撃を受けてもノーダメージだった。

これまではそうだった。

しかし、この一瞬でシモンの反撃により右手の中指、左手首、下顎に痛みを受けた。


「何をしたアアアアアアアアアアア!!」


「ッ!?」


今度は近づけることすらさせない。

ロージェノムの気迫が空気を揺らし、その衝撃だけでシモンは弾き返され、リングの上を転がった。

気迫だけで敵を吹き飛ばしたロージェノム。

だが、その行動は敵を近づけたくないという気持ちから、即ち僅かにシモンに対して恐れたということだ。


「はあ・・・はあ・・・まだまだ」


「ぬっ!?」


その証拠にむくりと立ち上がったシモンに対して、ロージェノムは明らかに表情を歪めた。

その時になり、ようやく白けきっていたはずの観客が一体となり、今日一番の大歓声を上げた。



「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」」」」」



会場が揺れて、下から地面そのものを揺らすかのような地響きにシモンは若干驚いた。


「いいぞォ! 見直したぞ、ダイグレン学園!」


「おっさんに負けんじゃねえぞ!」


「がんばってえ!」


声援が飛び交った。

いつの間にか大観衆の関心を一身に受けたシモンの心臓は、気づいた瞬間更に高揚した。


「小僧・・・何をした?」


「・・・えっ?」


「お前は一体何をした!」


その瞳は、その質問は、目の前の男が分からなくなったからこそのもの。

つまりロージェノムは、今日初めてシモンに興味を示したのだ。その問いかけに対してシモンは・・・


「分からないよ・・・ただ・・・」


「・・・ただ?」


「ただ・・・俺はドリルだ! ドリルは穴を掘る道具だ! ならばやることは一つ! 壁に風穴開けて、見つけたものを掘り出す! それが・・・」


シモンは観客席に居るニアを見る。

手を伸ばしてグッと拳を握る。



「それが・・・宝物ならなおさらだ!!」



その言葉に一瞬面食らって呆然としてしまったロージェノム。だが、直ぐに笑った。



「ふん・・・宝物か・・・・だが・・・・・あれは、ワシの宝だ!! 貴様には絶対にやらーーーーん!!」



右手の指が折れていることなど構わずにロージェノムは笑いながらシモンに右ストレートを繰り出した。

だが、シモンは逃げない。

逆に飛び込んで、額を前へと突き出し、頭突きでロージェノムの拳を受け止めた。


「ッ!?」


この瞬間、折れたロージェノムの中指の骨が、完全に砕けた。


『ななななな、シモン選手、頭突きでロージェノム氏の爆裂パンチを受け止め・・・おいおい、そんなこと現実にありえるんでしょうかァ!?』


『解説の豪徳寺さん?』


『ありえます! 額は人体で一番硬い部分です! むしろ相手の打撃を額で受け止めるのは基本! 先ほどの攻防でシモン選手は体重を乗せた攻撃を身に着けました! 全体重を乗せた頭突きで、見事にロージェノム氏のパンチをカウンターで受けきったのです!!』


勿論シモンとてノーダメージではない。首は大きく跳ね上がり、額から鮮血が飛び散る。

しかしシモンは耐え切った。

来ると分かっている攻撃なら、歯を食いしばって耐え切ってみせる。



「それでも俺はお前を超えていく! お前が俺の前に立ちはだかるのなら、いつだって風穴開けて突き破る! それが・・・ドリルなんだよ!!」



「き、貴様・・・」



「皆と繋いだ絆が教えてくれる! ダイグレン学園の皆が俺を信じてるんだ! ニアが俺を信じてるんだ! 皆が信じる俺は・・・俺が信じる俺は・・・お前なんかには!!」



もうただの強がりにも大口にも見えない。



「絶対に負けねえんだよォッ!!」



確かなる意思を誰もが感じ取った。



「ふん・・・最初はニアも何という男に惚れたのだと思ったが・・・・確かに・・・ニアはとんでもない男に惚れたようだ・・・・別の意味でもなァ!!」



するとシモンの気迫を正面から受けたロージェノムは逆に笑った。興奮しているかのように熱く滾る。



「上等だ! ならばワシも・・・貴様を全力で叩き潰してやろう!!」



見えない何かが、目に見えるほど大きくなった。ロージェノムの全身から赤い炎のような光が燃え上がった。



「ぐわはははははははははは、絆だと? 信じる気持ちだと? 笑わせるなァ! そんな半端で曖昧なものはひとかけらも残さず断ち切ってくれるわァ!!」



「切れねえんだよ! 俺たちの絆と想いはハンパない!」


 
対してシモンも瞳と魂を燃やして口上する。




「燃える絆はハンパなく! 太くデッカく果てしない! 絆と想いで明日を掴み、進んでやるのが男道! それがダイグレン学園だ! 俺たちを誰だと思っていやがるッ!!」




燃える魂が天へと上り、想いと絆をシモンは叫ぶ。



「ふッ、ハンパない? 所詮は半端だということを力で証明してくれるわァ!!」



気や魔法の世界に関わるものには、二人の気迫がビリビリと伝わってくる。

そしてまずいということを。

このままでは本気でロージェノムはシモンを殺してしまうかもしれない。両者の力には元々それだけの差があるのだから。

しかし、猛るロージェノムの姿を見て、クウネルは笑った。


「ようやく引きずり込みましたね・・・」


「ど・・・どういうことだ・・・貴様・・・」


「見ていなさい、エヴァンジェリン。タカミチ君たちも。アレがシモン君のリング。互いの燃える想いがぶつかり合い、その火は留まることが無く勢いを増して燃え上がる! 魂のぶつけ合いこそが彼のリングなのですよ!!」


それはまるで今から本当の戦いが始まるかのような口ぶりだった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「させるか小僧がァ!!」


シモンの握った拳がロージェノムのわき腹に直撃する。だが、ロージェノムには通じない。


「何だこれは? 痒いわァ!!」


「ッ!?」


ロージェノムはシモンの首から上を吹き飛ばすようなラリアットをぶちかまし、シモンが何回転もして床に落ちる。

だが、倒れても意識を失うどころか、直ぐに立ち上がってもう一度ロージェノムのわき腹に拳を叩き込む。


「まだまだァ!!」


「痒いと言っておるだろうがァ!!」


懐に入り込んでボディを打ち込むシモンを真上からハンマーパンチで叩き込む。


「地の底へと沈めえ!!」


シモンは全身を強く打ち付けて床が砕ける。

しかしシモンは立ち上がる。


「まだだって・・・言ってんだろォ!!」


鼻血や口から血が、打ちつけた全身に青あざが出来ている。何度も強靭な肉体を誇るロージェノムを殴った所為で、拳はイカれている。

だが、不思議と痛みは感じない。

シモンは先ほどとまったく同じ箇所をもう一度ロージェノムに叩き込んだ。


「ぐぬっ!?」


少しロージェノムが顔をしかめた。


(この小僧・・・先ほどから同じ箇所を寸分の狂いも無く全力で!?)


壁は強大だ。ドリルを突き刺しても一回で大穴があくはずが無い。

しかし最初は小さくても・・・


「一回転すれば・・・ほんの少しだけだが前へと進む! それがドリルだァ!!」


「ぬうっ!?」


もう一度同じ箇所をシモンは殴った。ロージェノムが再び嫌そうに顔をしかめる。


『シモン選手倒れない! それどころかコツコツと積み上げていくリバーブローが、ロージェノム選手の肋骨に突き刺さる!!』


『しかしこれは効いているのでしょうか、豪徳寺さん? ロージェノム選手はシモン選手の拳など跳ね返してもおかしくない鋼の筋肉という鎧を纏っているのですが・・・』


『はい、効いています。リバーブローを同じ箇所に何発も打ち込んでいます! ありえないことですが、彼は寸分の狂いも無く同じ箇所に拳を突き刺しています! さらにシモン選手はロージェノム氏から攻撃を受けた直後に攻撃を返しています。攻撃を受けた直後の反撃・・・これもまた立派なカウンターです!』


解説の豪徳寺が拳を握りながら解説をしている。

いや、会場中がハラハラしながらも、手に汗握ってこの攻防食い入るように眺めていた。


「何故・・・ッ・・・いい加減に倒れぬかァァ!!」


「指が折れても!・・・拳が砕けても!・・・アバラが粉砕しても・・・鼻が折れても・・・頭蓋骨や全身の骨にヒビが入ろうと・・・俺は・・・両の足で立っている! 俺には何・一・つ! ヒビ一つ入ってねえんだよ!!」


「ならば根こそぎ砕いてやるわァ!!」


しかし、不可解なことがある。


「あの小僧が相手の僅かな急所に一点集中させた力をカウンターで叩き込んでいるのは何となくだが分かった。しかし、あれはどういうことだ? 何故・・・何故ロージェノムの攻撃を食らって立っていられる!? ヤツはただの一般人だぞ!?」


エヴァがありえないと叫ぶ。


「そうです・・・シモンさんは肉体の耐久力を上回る攻撃を食らっています。少なくとも試合開始直後のシモンさんは軽々と吹き飛ばされました・・・なのに・・・何故、立つどころか反撃できるのですか?」


「死んでもおかしくない攻撃を食らって、耐え切って殴り返す・・・説明がつかないでござる・・・」


刹那も楓もありえぬと頬に汗が伝わっていた。

分からない。

そんな時は、なぜかシモンのことを知っているクウネルに視線が集まる。するとクウネルは「ん~」と少し考えてからニッコリと笑った。


「簡単です。気合ですよ♪」


「それでは説明できんから聞いてるんだろうがァ!!」


「いえ、そうとしか説明のしようが・・・」


「何かネタがあるんだろうが、さっさと答えろ!!」


エヴァが「うがあ」と唸ってクウネルに掴みかかる。

だが、クウネルもどうやら本当にそうとしか説明のしようが無いようだ。

すると、意外なところからその意見の賛同者が現われた。


「俺・・・何か分かるかもしれん・・・・」


「小太郎君!?」


小太郎は顎に手を置きながら、シモンとロージェノムの殴り合いを見ながら、何かを感じ取った。


「私も・・・少し・・・分かるアル」


「ええ、クーフェも!?」


クーフェも頷いた。


「なんちゅうか・・・俺も説明はできんけど・・・負けられん気持ちっちゅうか・・・相手が全力で自分を叩きのめしてくるんやったら、自分も負けられん・・・信念とか根性とか・・・そういう精神論かもしれん・・・せやけど俺・・・もしああゆう殴り合いしとったら・・・絶対に倒れてたまるかっちゅう気持ちは理解できる。精神が肉体を凌駕するってああゆうことを言うんやないか?」


「ウム、痛いしダメージは溜まっているアル。ちゃんとそれは肉体に刻み込まれているアル。だけど、心は折れないアル。こういうとき、ああいうダメージは痛いが、痛いと思うよりもっと別に思うことのほうが大きく、それが体を動かすアルよ」


それは理論的ではなく精神的な話。しかし、感覚で戦う小太郎やクーフェにはシモンに対して理解できる部分があった。


『それにしても、シモン選手のタフネスには目を見張るものがありますが、豪徳寺さんはどう見ます?』


『ええ~っと、これはアドレナリンというか、エンドルフィンというか・・・ええ~~い、とにかくもう、気合です!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 何かこう私も・・・私も何かがこみ上げてきました! とにかく痛くないんですよ! こういうときは男ってのは痛くないんですよ!! 例え痛くても、男は痛いと思ったときでもやらなきゃいけねえときがあるんですよッ!!』

 
気づけば解説席に居た豪徳寺は、制服の上着を投げ捨ててTシャツ一枚になって机の上に足を乗せて、興奮を抑えきれずにとにかく叫んだ。


「シモーーーン!! 道理を蹴り飛ばせ! テメエの想いで天を突け!! 男の純情炎と燃やして通してみせろ、この恋の道!!」


「ニアを手放すんじゃねえ! 俺たちが一緒だ!」


「証明しなさい、シモン! アンタが一体、誰なのかをね!!」


こんな時に自分たちが叫ばないでどうする!



「「「「「いけええええ、シモーーーーーン!!」」」」」



ダイグレン学園は決して絶やすことなく叫び続ける。

するとどうだ?


「シ・・・・モン・・・・」


どこの誰かは知らない。しかし誰かがシモンの名前を呟いた。


「シモン・・・・・シモン」


「・・・シモン・・・」


「シモン・・・・シモン・・・シモン・・・」


「シモン」


一人、また一人と見知らぬ誰かがシモンの名を呟き始め、気づけばそれが会場全体に波及し・・・



「「「「「「「「「「シモン!!」」」」」」」」」」



次の瞬間、会場に地鳴りが響き渡った。



「「「「「「「「「「シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン!」」」」」」」」」」



会場全体が足踏みしながらシモンにエールを送った。

倒れるどころか、死んでもおかしくない攻撃を受けても、反撃し続けるシモン。

そして、その反撃から一歩も引かないロージェノム。


「おっさんも・・・」


「そうだ・・・おっさんも負けるな!!」


シモンだけではない。

美しくもなく、ハイレベルな技術の応酬でもない不細工な殴り合いに心動かされたものたちが立ち上がって、声を上げた。



「「「「「「「「「「ロージェノムッ! ロージェノムッ! ロージェノムッ! ロージェノムッ!」」」」」」」」」」



「「「「「「「「「「シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン! シ・モ・ン!」」」」」」」」」」



誰かが言った、こんな試合はさっと終われと。

何を言っている。この光景を見ろ。



『し、信じられません! 折れることなき闘争心に突き動かされる二人の男の死闘に、声援が鳴り止まない!! こんな展開・・・一体誰が予想したでしょう!! 言っちゃ何だが、十数分前まではただのモヤシだった男が、今では筋肉超人と・・・な・・・殴り合っている!!』



意地の張り合いの死闘が見るもの全てを巻き込んで、大きな渦となったのだった。


「これです・・・・私が見たかったのは・・・この全てを巻き込むこの力です」


熱狂の渦の中で、ザジはほほ笑んだ。


「シモン・・・強い・・・いや・・・強くなっている・・・どんどん・・・どんどん」


フェイトは震えが止まらない。


「何故・・・立ち向かえるネ? 絶望しかなかったはずの未来を恐れずに立ち向かい・・・何故道を切り開くことが出来るネ?」


超鈴音は今のシモンに説明が出来なかった。分かっているのは自分の胸が高鳴っていることだけ。

謎の部員が多いドリ研部。その中で初めて自分の全てを曝け出したシモンの姿に、内なる興奮が抑えられなかった。



「うああああああああああ!」



「引かんぞ! 断じて引かんぞ、小僧!!」



二人の殴り合いは止まらない。

止まらないどころかボロボロになるにつれて、更に激しさを増しているようにも見えた。

赤い光を更に燃やすロージェノム。

そしてシモンも・・・


(ふふ、シモン君・・・とうとう出ましたね、螺旋力・・・)


対して生身だったはずのシモンの全身を、薄くだが、確かに緑色の光が纏っていた。


「エヴァ・・・君は・・・気づかないか? 耐久力も驚くが・・・今のシモン君・・・パワーどころかスピードも上がっているんじゃないか?」


「ッ!?」


興奮で冷静さを失った会場の中でそのことに最初に気づいたのはタカミチだった。


「確かに・・・よく見れば、拳のキレも・・・動きも・・・試合開始直後とは比べ物にならん・・・どういうことだ!?」


「・・・まさか・・・気や魔力のような強化でしょうか?」


シモンは魔法使いでもないし、そういった修行も受けていない一般人だ。だからそれはありえない。


「確かにそれに近いものもあるため、そうとも言えますが、私は違うと思いたいですね。シモン君は・・・自分の限界を限界でなくしたんですよ」


「何い!?」


「まさか・・・限界を突破したと?」


「いいえ、限界を引き上げたと言うのでしょうか・・・ただ魔力や気を身にまとって、筋力やスピードなどの身体能力を強化するのとは、少し違うと思います」


クウネルの言葉は相変わらず良く分からない。するとタカミチは、もう一つの異変に気づいた。


「待て・・・ロージェノム氏のオーラも更に強くなっている!? まさか、まだ力が上がるのか!?」


それは殴り合いをして、ただでさえ圧倒的な力量差のあったロージェノムの身に纏っている力が更に輝き、ロージェノムもまた強くなった。

しかしまた、クウネルは首を横に振る。


「タカミチ君、それも違います。力が上がるのではなく、力を引き出されたのですよ。シモン君によってね」


もう、誰もが何もかも分からなくなった。


「もはやわけが分からん・・・どういうことなのかちゃんと説明しろ!」


エヴァの言葉はネギたちやタカミチを含めた全ての者の気持ちを代弁していた。

この言葉では説明できない状況は一体なんなのだと、クウネルに答えを求めた。



「確かに・・・全てを理論で語る魔法使いたちには分からない現象かもしれませんね・・・ナギやラカンなら簡単に納得するのですが・・・」



するとクウネルは、ほほ笑みながら口を開く。



「そうですね・・・互いの魂を刺激し合いながら互いの才能を引き出し、限界を限界で無くす・・・アスナさん・・・あなたの能力が相手の能力や力を触れただけで無効化してしまうマジックキャンセルなのだとしたら、シモン君はその真逆」



「えっ・・・わ、私の逆?」



「そう、触れることにより、相手の能力や才能をむしろ引き出してしまう。それに呼応し、自分の力をも引き上げる」



確かにそうだ。

シモンも殴りあいながら強くなっている。

だが、ロージェノムもまた強くなっている。

まるで互いが互いを高め合っている。



「それがシモン君の穴掘り以外のもう一つの力。仲間と戦っているときに起こる現象を彼は『合体』と呼んでいるようですが、敵と戦うときのこの現象を現代ではこう呼びます・・・」



それこそが、クウネルがシモンに期待し、見たかったものかもしれない。







「そう・・・これが・・・ミックス・アップです」








その言葉に無言になってしまう一同。



(そして・・・上へ上へと天を目指す・・・・螺旋の力・・・)



いち早く沈黙を破ったのは、舌打ちしたエヴァだった。



「互いの力を引き出すだと? バカな・・・自分だけでなく敵まで強くして何の意味がある?」



それはそうだ。倒すべき敵が強くなっては自分が強くなっても意味が無い。

だが、ネギはそう思わなかった。


「そうでしょうか? マスター・・・僕は無意味だとは思いません・・・」


「なに?」


「だって・・・こんなに・・・胸が熱くなっているんですから・・・二人はきっと限界を超えた今こそ本音で、自分のウソ偽りの無い本気の想いを伝えているんです。拳の一発が・・・10交わす言葉よりも何倍もの価値を持って!」


譲らぬ二人、だがこれだけ殴り合えば相手を倒せなくとも理解は出来るはずだ。



「何故倒れぬ・・・小僧・・・いや、シモン!! 貴様は一体何なのだ!? 何のためにそこまで戦う!」



何となくは理解できても、まだ足りない。

不死身のように立ち上がり反撃するシモン、それに呼応して自分の血が騒いでいることもロージェノムには不思議で仕方ない。



「知らないなら教えてやる! ニアのためだ! ニアのことが・・・好きだからだよッ!!」



「な・・・にい!?」



だから教えてやる。シモンは指を真っ直ぐ天まで伸ばす。

ボロボロになりながら両の足でしっかりと立つシモンに上空から天の光が照らされる。




「心の愛に穢れなく! 恋の道は険しくも! 塞がる壁は、ドリル構えて打ち砕く!!」




ロージェノムに、仲間に、そして愛する女に、そして世界に向けてシモンは叫んだ。




「俺を誰だと思っている!! 俺は麻帆良ダイグレン学園生徒、ドリ研部部長! ニアを愛する、穴掘りシモンだァァァ!!」




一度もシモンは自分の口から言ったことが無かった。

彼女はいつも「愛している」と言ってくれたが、シモンは照れて恥ずかしがるだけで、自分の気持ちを口で直接伝えられずに居た。

でも、今は違う。その想いを愛する人に、そして世界に向けて自分の心を曝け出した。

この日、この学園は、ダイグレン学園とシモンを知った。

ダイグレン学園の、愛と絆と信じる心を知ったのだった。






後書き


調子に乗りすぎた。

とりあえず、懐かしの一歩VS千堂の試合を思い出しながら宮田を絡めて書きました。

ロージェノムが実際はどれぐらい強いかはあんま聞かないでください。どーせ、こいつがネギまキャラとは戦ったりしませんので。


とにかくもう・・・シリアス飽きたよ・・・早くロシウフラッシュのノリに戻さなければ!!




[24325] 第13話 人の恋路は邪魔するな
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:276b91fe
Date: 2010/12/17 17:22


「うう・・・シ・・・シモ~ン・・・」


ニアは口元を手で覆い声を押し殺していたが、それでも嗚咽は止まらなかった。


「ごめんなさい・・・あなたがこれほどボロボロなのに・・・私・・・」


いつも自分はシモンに想いを伝えていたがシモンは照れたり笑ったりしただけで、シモンが自分をどう思っているのかは一度も言ってくれなかった。


「・・・あなたの・・気持ちが・・・うれしくてたまらないの」


だからこそうれしくて涙が止まらない。

あのシモンがこれ程の大観衆を前に、そして命を賭けてまで自分の事を好きだと言ってくれたのだ。

愛する男にここまでされてうれしくないはずがない。


『うおおおおおおん!』


『どうされました、豪徳寺さん』


解説者席に居る豪徳寺が涙を流しながら机を叩いた。


『自分は・・・自分は・・・自分から女に愛の告白をするような男は軟弱だと思っていました! ・・・男ってのは、口では愛を語らずに・・・でも、大事なものを守るためなら命だって投げ出す・・・それが男だと思っていました! しかし・・・しかし・・・・俺は今、猛烈に胸が熱くなっています! 畜生! シモン選手が眩しすぎて、目に染みやがる! これじゃあ、リングが見えねえじゃねえかァ!!』


命懸けの愛を口にした場面に遭遇し、心を動かされたのは彼だけではない。


「ぬああああああああ!!」


「い、委員長どうした!?」


「とうとう狂ったか!?」


大量の涙を流しながら、雪広あやかはへなへなと床に両手と両膝をついた。


「私・・・わた・・し・・・今の今までダイグレン学園というものを聞いただけで嫌悪していましたわ・・・ネギ先生が研修に行かねばならなくなったとき・・・あの学園を落ちこぼれの掃き溜めなどと・・・知りもしないで・・・」


涙で目を輝かせながら、愛を語るシモンに感動が止まらぬ委員長。


「これほどの・・・これほどの命懸けの愛を貫こうとする方がいるなどと知りもせず・・・この雪広あやか、一生の不覚ですわァ!!」


すると彼女の意見に同調し、そしてシモンの命がけの愛を見せつけられた3-Aの生徒たちも少し涙を浮かべて頷いた。


「ん・・・うん・・・、たしかに委員長の言うとおりだよね・・・」


「てっきりシモンさんって、ニアさんに振り回されている草食系の男子かと思ってたけどね~」


「この間の部活探しの時には、こんな一面があるなんて知らなかったよ」


まき絵、裕奈、アキラなど、シモンの部活探しに協力した彼女たちも、そしてシモンのことを今日初めて知った他の生徒たちも「ウンウン」と頷いている。

そう、熱かったのは喧嘩だけではない。

その身に宿す愛もとてつもなく熱すぎた。

他の人なら照れたり、うまく口では伝えられないことを、この極限の状態でシモンは叫んだ。

それだけ堂々とされて笑うものが居るはずがない。

呆れるものが居るはずがない。

ただ、シモンが眩しく見えた。



「ふん・・・ドサクサに告白しておって・・・この・・・小僧がァ! だが・・・その想いは・・・世界よりも広いワシの娘への愛より強いのか?」



口上と共に愛を叫んだシモンに、ロージェノムは何故か笑った。

何故なのかは分からない。

しかしほほ笑むロージェノムの表情は、まるで悪友とバカやっているような表情に見えた。


「無限に広がる宇宙よりもデカイ!!」


「大口を・・・」


「大口じゃない。俺を誰だと思っている!」


バカ一直線に掘りぬけた。そんなシモンに対してロージェノムは最早笑うしかなかった。


(ワシだけでなく、心のドリルで自分も掘りぬけたとでも言うのか?)


ロージェノムはそう思え、だからこそ自然と笑いが浮かんだ。


「だがしかーーーーし、それとこれとは話が別だァァァ!! 薄暗い道を歩む不良なんぞにワシのかわいいニアは断じてやらん!」


「何を言っている! 道に明るいも暗いも無い! 人は自分で輝くんだよォ!! 内に秘めた魂の輝きでな!」


どちらが先に手を出したかは分からない。気づけば再び両者は渾身の殴り合いをしていた。

殴られれば殴り返し、ダメージを受けても反撃し、作戦も駆け引きも何も存在しない。


『あ、あれええッ!? なんかいい雰囲気なのにぶち壊しです! 頑固親父の頑固も極まっています!』


収まるかと思った殴り合いが再び始まり、思わず叫ぶ朝倉だったが、これで良い。二人にはこれで良かった。

自分の全身全霊を賭けて愛する娘を手放そうとしない父親に、諦めない男。

何故そこまでするのかと問われれば簡単だ、それだけ二人ともニアを愛しているのだ。

だから・・・


(これでよい!)


(これでいい!)


これで良かったのだ。

情に流された展開なんかで自分たちのケリはつかない。


(ワシが娘を渡す男と向き合うのは・・・その男が正面からワシを乗り越えたときだ!)


(俺がニアへの想いを証明できるのは、お前を乗り越えたときだ!)


拳を通じて二人の男は語り合う。


(そうだろ、ロージェノム!)


シモンの拳がロージェノムの肋骨に突き刺さる。


(その通りだ、シモン!)


答えるロージェノムの拳がシモンの腹部を打ち抜いたのだった。


「畜生、この頑固おやじが! 負けるな、シモン!! 所詮はハゲ髭胸毛親父の悪あがきだァ!」


「お前の愛を見せてやれ!」


「がんばって! 私たちも応援するから!」


「私たちもですわ! 同じ麻帆良学園の生徒として、彼を全力で応援ですわ!」


「いっけーーー、シモンさーーん!!」


再び地鳴りが鳴り響いた。

動くのがおかしいぐらいの怪我をしているのに決して止まることをせず、腫らし目蓋の所為で目がうまく開かないが、その奥の瞳は光を失っていない。

もうシモンの右の拳は粉砕している。握り締めることは出来ないかもしれない。



「「一歩も引いてたまるかァ!!」」



だが、折れる骨の破片と引き換えに、ロージェノムから僅かにでも痛みを刻みこむ。

ドリルの刃先を一ミリでも食い込ませるように。


(くっ・・・息がうまく出来ん・・・何度もボディを打たれて動きが鈍くって来ておる・・・だが何故だ? 滾った血が収まらんわ!!)


体が重く、自分の意思とは関係なく肉体の構造上、これ以上動く事が出来なくなっている。

だが、それはお互いさまだ。

ロージェノムは自身のダメージとシモンの状態を照らし合わせる。


(・・・殴り続けて、もうやつの右腕は確実に死んでおる・・・あれならばクロスカウンターも放てまい。だが・・・この男なら死の底からも這い上がる。そうだ・・・こやつなら打つ! 死んだ拳でも打つ! ならば・・・)


それはある意味信頼にも似ていた。

こんな状態でもシモンならやると、ロージェノムは心の中で決めた。



「逃げるわけにもゆかん。正面から貴様のカウンターも潰してくれよう!!」



空気で伝わる。

これが恐らく最後の一撃だ。

シモンは口もうまく聞けない状態だが、ロージェノムの言葉を受け取り、体を前に乗り出して身構える。

カウンターで最後の一撃の力を溜めこんでいる。

どっちが得て、どっちが失うのか、その答えが出る。


『ロージェノム選手、踏み込んで左ストレートだァ!』


シモンも前へ出る。

その瞬間、会場の誰もがシモンのカウンターを期待した。

だが、ロージェノムは心の中でほくそ笑む。


(勝った!)


宙で交差するロージェノムの左ストレートとシモンの右のクロス。

リングに描かれる拳の十字架。

しかしその十字架が形を変える。


『こ、これは!?』


ロージェノムが瞬間的にひじを曲げて、シモンの右手を弾き飛ばす。


「まずいッ!?」


「シモンさんッ!?」


「ロージェノムに技を使わせたか・・・しかしッ!?」


腕を弾かれたシモンの体が無防備になる。


『あれは、ダブルクロス!?』


カウンターに対するカウンターという超高等技術。


「終わりだああァァァ!!」


ロージェノムは無防備になったシモンの顔面目掛けて右ストレートを放つ。


「ッ!? な、なにいいい!?」


だが、体勢を崩されながらもシモンは更に一歩踏み出して、今度は左の拳を繰り出した。


「あ・・・あああーーーッ!?」


「あれはッ!?」


「これだけ追い込まれてもあの男は!?」


何かに恐れて臆することも無く、必要とあれば体だけでなく命すら前へと押し出す。



「うおおおおおおおおおおおおお!!」



「態勢が崩れようとも、ま、まだ前にッ!?」



しかもそれだけではない。


(しかし、腕のリーチはワシの方が上! ワシの拳が先に・・・ッ!?)


それは刹那の出来事。

その一瞬に気づけたのは会場に居るほんの数名。

だが、確かに彼らは見た。


(シモン!? 拳の先に捻りを・・・まるでドリルのように回転力をつけて加速し・・・・!!?)



――ぐしゃっ


潰れた音はシモンの拳かロージェノムの顔面なのか?

いや、ただどちらにしろ、シモンの左拳が先にロージェノムの顔面にめり込んだ。

何度も何度も殴り続けたロージェノムの顎の骨を粉々に砕いた。


「シ、シモンさん!?」


「シモン!? お父様!?」


「理事長!?」


「ぐっ・・・ぐしゃって・・・」


拳を交差させた状態で微動だにしない二人。


『こ、・・・これは!?』


『ダブルクロスのカウンター・・・・しかも拳を捻って・・・これは正に・・・、コークスクリュー・トリプルクロス・カウンターじゃないかァ!!?』


そして、微動だにしなかった二人のうちの一人、ロージェノムがズルっと完全に膝を地面に付けた。


『ああ~~っと! ロー、ロージェノム氏が!? 難攻不落の帝国の王座に君臨する絶対的覇王が!?』


対してシモンはパンチを前に突き出したまま、何の反応も無い。


両膝を地面に着いたロージェノムは少し顔を上げてシモンを見る。



「そうか・・・ワシより、お前の愛が勝っていたということか・・・」



途切れ途切れのその言葉だが、その言葉ははっきりと聞こえた。



「ワシは・・・20年前・・・ある男と女に出会った・・・男は心が強く・・・熱く・・・どんな絶望も諦めず・・・・女はそんな男を何が何でも信じ抜いていた・・・ワシは当時まだ子は居なかったが・・・息子を授かったら、あの男のような強き男に・・・娘を授かったら、あの女のように惚れた男を信じ抜き・・・・・・幸せになって欲しいと・・・・あの二人のようにと・・・思っていたのだがな・・・」



ロージェノムは四方を見渡した。



「顎まで・・・いや、砕けたのはそれだけではないようだな・・・・・」



最初はつまらなそうに期待もしていなかったであろう観客たちに、あれだけの地鳴りを鳴り響かせ、心を熱くさせた。

もう、心は満ちた。



「子が親を完全に乗り越える・・・父として・・・これに勝る喜びはなし・・・」



そしてロージェノムは笑った。



「望みどおりワシを超えてゆけ。お前たちの明日を作って来い!」



その言葉を最後に、ロージェノムは完全に力が抜けてリングの上に倒れた。


「お父様!?」


ロージェノムが倒れ、残っているのはシモンだけ。


「ありがとう・・・・・・・ロージェノム・・・」


だというのに観客たちは静まり返っていた。


「お・・・・・」


「おお・・・・・・」


「た、・・・倒した・・・」


誰もが今すぐにでも叫びたい衝動に駆られている。

だが、まだ終わっていない。

まだ、一番大事なことが残っている。



「・・・・ニアッ!」



シモンがようやく突き出した拳を納め、観客席に居るニアを見上げる。



「シモン・・・」



シモンに名を呼ばれ、ビクッと体をニアは震えさせた。

そして心臓が高鳴った。

これだけ会場が静まり返っていると、自分の心臓の音が聞こえてしまうのではと思うほど、ニアの心臓の音は激しく波打っていた。



「ニア・・・俺はずっと恥ずかしくて言えなかった! お前はいつも言ってくれたけど、俺は恥ずかしくって言えなかったんだ!」



二人の間に、もう壁は無い。


あるのは物理的な距離だけ。



「恥ずかしかったし、それに言葉にしなくても俺たちは何も変わらないだなんて思ってた! でも、お前が居なくなって気づいたんだ! 言いたいことを言っておかなかったことをどれだけ後悔したか! 恥ずかしいなんて思っていた自分が恥ずかしかったんだ! だから言うよ! 何度だって!」



一度深呼吸して息を吸い込んだシモンは、吸い込んだ分だけため込んだ愛を吐き出した。



「ニア、俺はニアのことが好きだ! いつまでも傍に居てほしい! 俺の今も明日もこれからも、俺の世界は全部お前にやる! だから・・・これからもずっと一緒に居てくれ!」



不細工に腫れあがった顔で愛の告白。


だが、かっこ悪いだなんて誰も思わない。


ましてやニアにとって、今のシモンはこの宇宙で誰よりも輝き、かっこよく見えた。



「シ・・・シモン・・・!」



また再びため込んでいた涙がニアの目から溢れだす。

そしてシモンはニアに向かって手を伸ばし、グッと拳を握りしめる。



「お前の明日は俺が作るよ!!」



余談だがこの時、見かけ草食系男子のシモンの男らしい愛の告白に顔を真っ赤にさせて憧れた女子が何人か居たそうだが、二人の間にはどうでもいいことだ。

ニアはもう迷わない。

自分が絶望して諦めかけた難攻不落な壁をシモンが殴って壊して道を作ってくれた。

ならば、その道を自分は行く。


「シモーーーーーーン!」


ニアは飛んだ。


「ニ、ニア様ァァァ!?」


「ちょっ、危なーーーーい!!」


観客席の上段からリングに向かって飛び下りるニア。もはや、数秒でも惜しい。

たとえ危険でもシモンが受け止めてくれる。

ニアは飛び下り、シモンの胸に飛び込んだ。

シモンは勢いに押されてそのままリングに背中から倒れてしまった。

しかしそれでもその両手はしっかりとニアの背中に回し、抱きしめていた。

再び戻ったぬくもり、彼女の香り、そして彼女の吐息。

そしてニアは息がかかるぐらいシモンに顔を寄せ、シモンにとって宇宙で一番素敵な笑顔でほほ笑んでくれた。


「シモン、あなたが私の世界。でもね、それだけではダメ」


「ニア?」


「私たちの明日は、私たちの手で作るのよ!」


少しポカンとしたシモンだが、直ぐに笑みを浮かべて頷いた。


「ああ!」


シモンは強くニアを抱きしめた。

ニアも強く抱きしめた。

二人の間に壁は無い。

二人の間にもう距離は無い。

二人は再び一つになった。




『うおっしゃあああああああああああああああああああああ、これでもはや完・全・勝・利! これが二人の愛と愛の最終形態! 合体だァァ!!』




「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」




そして会場全体が一つになった。


「テメエの男、見せてもらったぜ、シモン!」


「もう二度と手放すんじゃないわよ!」


「畜生、かっこいいじゃねえかよ!」


「二人で幸せになァ!!」


「お二人の愛に感動しましたわ!」


「すげえぞ、ダイグレン学園のシモン! そんなかわいい子を絶対に泣かすなよな!」


「シモンさん、かっこええ!」


「もう、なによ~、お世辞抜きですっごい素敵よ!」


「祝福します!」


「見事な男気を見せてもらったでござる!」


「うう~、俺も早く戦いたいで~!」


「ウズウズしてきたアル!」


不良も教職員も普通の生徒ももはや関係ない。

誰もがシモンの男ぶりに称賛し、二人の新たな門出を祝福した。


「ウム・・・合格点をあげざるをえないネ・・・」


「君の心は・・・見せてもらったよ、シモン」


「とても素晴らしい愛を見せてもらいました」


謎に包まれたドリ研部部員たちも、何の裏もなく、素直にシモンに拍手を送る。


「非常に懐かしい力を見せてもらいましたよ、シモン君」


クウネルもまた、拍手でシモンを称えたのだった。


「う・・・うわあ・・・ど、どうしよう」


これだけの大歓声を人生で一度も受けたことのないシモンは、ただどうすればいいのかと照れて右往左往していた。


「すごい・・・みんなシモンのことを知ってくれたのです・・・・・・いいえ、知ってくれたのよ」


「ニア?」


シモンはその時に気づいた。

ニアが敬語ではなくなっていた。

一気に心の距離も縮まったように感じた。

そして彼女はアザだらけで紫色に腫れあがったシモンの両頬にそっと両手を添えて自分に向ける。


「シモン・・・私も・・・・愛しているわ」


「ッ・・・ニア・・・」


「不思議。今まで何度も言ったはずなのに、私、今一番ドキドキしているわ」


そして彼女はそのまま自分の唇をシモンの唇に重ね合わせた。



「「「「「「「「「「んなあああああああああああああッ!?」」」」」」」」」」



公衆の面前で何の恥じらいもなく、むしろそれが自然な行為だと言わんばかりにニアはシモンにキスした。


「んな・・・なななななな、ニニニニ・・・ニアッ!?」


もはや完全なる不意打ちでシモンは大慌てするが、ニアはシモンの頬に添えた両手を離さない。


「不思議・・・今までで一番うれしい!」


「ニア!? み、みんなが見て・・・んぐ・・・」


「ん~~~、シモ~~ン!」


間隔の短いキス。

頬に、首筋に、また唇にとニアはシモンに対してキスの雨を止めない。



『うお・・・うおおおお、こ、こいつは校則違反になるんでしょうか!? い、や・・・私たち麻帆良学園は空気が読める! 二人の愛を校則なんぞで縛るのはヤボってものだ! わ、私、朝倉和美は司会者としてではなく、一人の女として、そして同じ麻帆良学園の生徒として皆さまにお願いします! どうかしばらくはこの勇者に対する姫からの祝福のキスを邪魔しないで上げてください!』



しばし呆然としてしまった朝倉だが、急いでマイクを構えて会場に向けてアナウンスをする。

すると、空気の読める観客たちは「きゃーきゃー」「ぎゃーぎゃー」騒ぐでもなく、全員親指突き上げて「オウ!」と笑った。


「ひゃ、ひゃ~~ニアさんて大胆やな~」


「ふふ、でも好きな人にああやって堂々とキス出来るなんて・・・何だかうらやましいな~」


「ええ!? のどか!?」


「おんや~、何かラブ臭が・・・」


中学生の少女たちには少し刺激が強いのか、顔を赤くして少しリングから視線をそらそうとしているが、バッチリとシモンとニアの行為は見ているのだった。


「・・・・・・・・・・・・・・おい・・・・・・」


しかしその時異変に気付いた。

エヴァがプルプルとリングに指をさす。


「どうしたのですか、エヴァンジェリンさん?」


「い、いや・・・刹那よ・・・あの二人・・・長くないか?」


「?」


「いや・・・更に濃厚になっているような・・・・」


エヴァの言葉にタカミチですら慌ててリングの二人を見る。

すると・・・




「ん、ちゅっ、・・・はむっ、・・・シモンっ、んんっ、ちゅぅ、ぴちゃ、じゅっ・・・」




何か聞こえて来た。



「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」



空気を読んで何も言わねえと誓った観客たちなのだが、静まり返ってしまったことにより、何やら濃厚で唾液と舌が絡み合うアレな音が聞こえて来た。

ソレに気づいた瞬間、観客たちはサーっと顔を青ざめた。



「なななな、ちょっ・・・はむ・・・・んーーんーーー! ・・・・ぷはっ・・・・て、ななな、何やってるんだよーーーッ!?」



流石に過激になり過ぎたニアの愛のスキンシップにシモンは慌ててニアの肩を掴んで引き離す。

だがそこには、ニアとは思えぬほど妖艶な表情を浮かべたニアが居た。


「ふふふ、シモン!」


「く、黒ニア!?」


黒ニアだった。いつの間にか人格が変わっていた。


「シモン・・・ニアを手に入れたのなら、自動的に私もセットだということを忘れていないですね?」


そして彼女はシモンを押し倒したまま、慌てふためくシモンの唇に人差し指をあててウインクする。


「わ、分かってるよ! ニアの全てを俺は責任持つ!」


急にスキンシップが激しくなったことに戸惑いはあるが、シモンは決意したばかりである。

顔を赤らめながらも、黒ニアに対して頷いた。

だが、それで更に気を良くした黒ニアは止まらない。


「ではご褒美が必要のようですね」


「えっ・・・ちょちょ、ダメだって・・・ん・・・み、みんなが見てるよ~」


「・・・ふふ、シモン・・・そうは言っても体は正直な反応を・・・」


「どど、どこ触ってるんだよーーーッ!?」


「ん・・・ちゅ・・・しゅこし・・・ん、少し静かにしなさい。そして私に身を委ねるのです」


騒ぐシモンを黙らせるために、息継ぎの間も入れぬほど、黒ニアはシモンの唇に吸い付いた。

呼吸が出来ずに苦しむシモン。

しかし黒ニアは構わずにシモンとの距離をゼロ以上に縮めようと、片腕をシモンの頭に回し、もう片方の手をシモンの体をなぞる様に這わせる。



「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」」」」」」」」」」



感動がどっかへ吹っ飛んだ。

普段クールで冷たい女がとことんまで男に甘える。それはそれで良いものがあるが、ハッキリ言って黒ニアは度が過ぎた。


『ちょちょ・・・いや、空気を読むっつったけど・・・や、やりすぎだろおおおお!? ちょっ、それはまず・・・まずいって!?』


マイクを通して、流石の朝倉も真っ赤になって叫ぶが、その声は空に響くばかりで、黒ニアの耳には届かなかったのだった。



さて・・・・



そんな光景を目の当たりにしたらいくらなんでも・・・・・・・















「やっぱ・・・・・・・・・・・・・・・・ダメ・・・・・・・」











「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」







「ワシの・・・ワシのニアはやっぱりお前にはやらああああああああああん!!」





親父が生き返った。



『のああああああッ!? こ、ここに来て再びロージェノム氏が立ちあがったッ!? しかも、顔面が陥没しているのにメチャクチャ元気ですッ!?』



いや、何かさっきよりもやばいオーラを全身から溢れだしていた。



「ん・・・ちゅぷ・・・ん~~~、ぷはっ・・・ちっ・・・お父様・・・まだ生きていたのですか?」



シモンの唇から糸を引きながら唇を離した黒ニアは、実の父親に向かって舌打ちした。


「ニアーーーッ!? あの・・・あの・・・将来はお父様のお嫁さんになりたいと言っていたあのニアがァァァァ!?」



「記憶にありません。過去を捏造しないでください」



「許さんったら許さーーーーん! ワシはお前をそんな子に育てた覚えはないぞーーーーーー!」



「私は既にシモンの色に染まっているのです」



「なっ!? この・・・こんの・・・このクソガキがアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



さきほどまでの覇王のオーラや威厳は何だったのだ?


『ぎゃああああああ、な、なんかみっともないけど、さっきより遥かに強い光がロージェノム氏からーーーっ!?』


ロージェノムは涙ながらみっともなく叫んだ。


「お父様が・・・ロージェノムではなく、駄々こねる駄々ジェノムに・・・」


「ダメだもん、ダメだもん、ニアはやっぱりあげないもーーーーーん!」


どうやら命より大切な娘と憎き男が濃厚ラブシーンを展開し、ロージェノムのキャラが完全崩壊してしまった。



「ニア特別警護団、ア~~ンド、テッぺリン財団特殊部隊出動だァァァ!! シモンをボコボコにしろおおおおお!!」



「「「「「「「「「「ハッ! かしこまりました、総帥!!」」」」」」」」」」



そして一体どこに隠れていたのか? 

明らかにヤバそうな黒いスーツとサングラスをかけたマッチョな連中が、ロージェノムが叫んだ瞬間、観客席から飛び出した。



「「「「「「「「「「な・・・・なにいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」」」」」」」」



『ちょっ、とんでもないことになりましたア!! 恰好よくまとまったかに思えたこの対決だが、黒ニアならぬエロニアさんの堂々ぶりにブチ壊れてしまったロージェノム氏が暴走しましたアアアア!!!! つうか、この大量のヤクザだかSPみたいな連中は何なんだァ!? 私、司会ですけど司会しきれませんッ!? 誰かァ、この状況をうまく説明してくださいいいい!!』



あまりの急展開に、とうとう会場中から驚愕の声が響き渡った。


「ちょちょ、どーなんってんのよォ!? 話まとまったんじゃないのォ!?」


「ぼ、僕に言われても!? く、黒ニアさん・・・なんてことを・・・これじゃあ、話がややこしくなっただけじゃないですかァ!!」


「おやおや、もうすぐで合体だったのですが・・・」


「こんのエロナスビがァ! 結局これはどうすればいいのだ!」


「アル・・・何だか僕・・・さっきまで彼らを見直した自分が恥ずかしく・・・」


「・・・ところで武道大会はどうなるでござる?」


先ほどまで目を輝かせ、胸を熱くさせ、血がたぎってきたのが全て台無しだ。

ネギたちは一人残らずがっくりと項垂れてしまったのだった。



「シモンを殺すのだァ!! 殺した者にはこのワシから金一封だ!」



「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」」」」」」」



駄々ジェノムの指示に従い、シモンとニアに襲いかかる黒服たち。


「どど、どうするんだよ、黒ニア!? お、俺・・・もう体力が・・・」


既に満身創痍で、ロージェノムを倒した瞬間に気力が全て抜けてしまったシモンは、既にうまく歩く事も出来ないほど全身の打撲や骨折が酷かった。


「大丈夫です。私が全て排除します」


「いくらなんでも一人じゃ無理だって!?」


「一人ではありません。あなたが居ます」


「それでも二人じゃないか!?」


「二人なら最強です」


眉一つ動かさず、シモンを庇うように前へ出る黒ニアだが、相手が多すぎる。


『シモン選手にニアさんピンチです! って、大会は果たしてどうなってしまうのでしょうかァ!?』


ざっと見渡しても100人ぐらいは居るだろう。

しかし・・・



「二人だけじゃない」



「「!?」」



「仲間は守ります」



このままでは何の抵抗も出来ずに飲み込まれてしまうと、シモンが目を瞑りそうになった、その時だった。



「「「「「「「「「「ぎゃああああああああああああああ!!??」」」」」」」」」」



次の瞬間、何十人もの黒服たちが宙を舞い、何名かは衣服を綺麗に切り刻まれてパンツ一丁になってしまった。


「あ・・・あーーーッ!?」


シモンと黒ニアの前には二人を庇うように立つ二人の仲間。


「フェイト!? ザジ!?」


ポケットに手を入れながら黒服たちの前に立ちはだかるフェイトと、10の指の爪を刀のように伸ばして構えるザジが居た。

そう、二人のピンチにドリ研部の仲間が乱入した。

そして・・・



「はーーーーーはっはっはっはっはっ! 人の恋路を邪魔する奴ァ、ダイグレン学園に蹴り飛ばされんだよォォォ!!」



「「「「「「「「「「だよオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」」」」」



騒がしい連中まで現われた。


「ア、 アニキ!? み、みんな!?」


今度は黒服たちの背後からカミナを筆頭としたダイグレン学園が参上して黒服たちを打ちのめす。


「シモン! テメエの男気は見せてもらったァ! 安心しろ! テメエの男気で切り開いた恋の道、誰にも邪魔ァさせねえよ!!」


「やり過ぎだと思ったけど、私たちはやり過ぎぐらいが丁度いいのよね!」


「おうよ、そして過ぎても過ぎ過ぎることはねえ! どんどん過ぎちまえばいいんだよ!」


「そうだァ!!」


「過ぎろ過ぎろ過ぎろ!」


「見せてやるわ、鉄(くろがね)の三姉妹の力!」


「ちげえよ、見せてやるのはダイグレン学園の力だよォ!」


待ってましたとばかりに颯爽と登場して次々と黒服を蹴散らしていくダイグレン学園。

どうやら彼らもまた、滾った血を押さえられずに好き勝手に大暴れしていく。


「まったく・・・・・・何で僕まで・・・・っというか、何でヴィラル、君まで居るんだ! 君はテッぺリン学院の生徒だろう!?」


「ふっ、細かいことを言うな、ロシウ。俺は初めて理事長の命令ではなく、この血の滾りでやるべきことを見つけたのだ! あんまり悩むとハゲるぞ?」


「ぼ、僕はそのようなこと断じて気にしてないぞ!」


「ふっ、その通り。男は抜け毛も展開も気にしない! 後先気にせずやり通す! さすがはダイグレン学園! 今日の貴様は輝いて見えるぞ!」


「それはデコか? デコですか!? 獣みたいに頭髪が痛んだあなたに言われたくない!」


「何を言う! 俺はツヤめく美髪のヴィラルサスーンだ!」


普段はダイグレン学園のノリについていけないような素ぶりを見せるロシウだが、やはり彼もダイグレン学園の生徒。しっかりとノリについていく。

そして本来敵であるはずのヴィラルも己の心に従い、ダイグレン学園と共に戦うことを選んだ。


『こ、これはッ!? ロージェノム氏の部下の登場に絶対絶命かと思われたシモン選手とニアさんに援軍がッ!? って、私は普通に解説してますけどこれは一体どうすればいいのでしょうかァ!?』


さらに・・・


「おお~、なんかまだ終わんねえのか! いいぞーー、がんばれーー!」


「やれやれーー! がんばれー、ダイグレン学園!」


「こうなったら、私たちも参戦しますわ! お二人の愛の道を切り開くのですわ!」


「いいんちょーーー!? うわ~~、・・・ええーーい、こうなったら私も行くよォ!」


「まき絵、私も行くよ! このユウナ☆キッドがシモンさんとニアさんのために一肌脱いじゃうにゃ~」


「じゃあ、私たちチァリーディング部は、この友情に熱いおバカさんたちの応援よ!」


「麻帆良ドッジボール部、黒百合! 私たちの戦友の援護に行くわ!」


「行くぞ、麻帆良軍事研究部! 偉大なライバルのために活路を切り開く!」


観客は声援を送り、中にはシモンとニアのためにダイグレン学園に続けとばかりに飛び出すバカたちでリングの上は溢れかえっていた。


『ここ、これは、一体どうなって・・・・って、ちょっと待てええええ! 何か知らんけど大乱闘が始まってしまいましたッ! もう、収集つかないんすけど!?』


こうなってしまえば、朝倉一人でどうにかできる問題ではない。


『これはどうなるのでしょう、解説の豪徳寺さん・・・・あれ・・・豪徳寺さん?・・・』


『俺も援護するぜーーー! 兵隊どもをぶっとばせえええ!』


もはや大会どころの話ではなかったのだった。

ネギやアスナたちの目は点になっていた。


「ちょっ、いいんちょたちまで・・・ど、どうする?」


「いや・・・その~、僕たち一応この後大会があるんですよね? そりゃ~、シモンさんに今日は頑張って欲しいってずっと思ってたんですけど~・・・一応今日は、僕もタカミチと戦うためにいっぱい特訓したんですけど・・・」


「私も坊やの成果を見るつもりだったが・・・もう大会どころではないではないか!?」


「み、見事にぶち壊したね・・・」


「はは・・・もう、喧嘩が駄目とかそういうレベルじゃないよね・・・」


見事に大乱闘に乗り遅れてしまった大会参加者たちは、もはや呆れて苦笑を浮かべるしか出来なかった。

だが、しかし・・・


「ははは・・・・本当に皆さん・・・」


「ネギ君?」


「メチャクチャに・・・素敵な人たちです」


ネギはどこかスッキリしたような顔つきになった。そしてネギはそれだけでなく、軽く柔軟をしながらリングへ向かう。


「ちょっ、ネギ・・・どこ行くのよ?」


「生徒を応援するのも、教師の仕事ですから」


ネギまでもがついに動き出した。


「ああ~~もう、じゃあ、私も行くわよ! シモンさんは友達だしね!」


「そうですね。では・・・・」


「ちょっ、神楽坂アスナ、刹那、貴様らもかァ!!」


次々と入り乱れる会場に、超鈴音はガックリと肩を落として泣きたくなった。


「何故・・・こんなことになるヨ・・・フェイトさんにザジさん、あなたたちまでカ? これは空気的に私も乱入しないとまずいのカ?」


もう何が何だか分からぬ展開と、メチャクチャになってしまった大会に頭を抱えて項垂れる大会主催者の超鈴音だった。


『ああ~~~、もう私は知りません! こうなったらとことんバカやってもらいましょーーーう!!』


とにかく乱闘は最早止まらない。


「押せーー! 押しまくれ!」


「誰一人、シモンとニアに近づけるなーーー!」


「壁です、二人を囲うように壁を作るのですわ!」


「黒百合! トライアングルディフェンスよ!」


「全力で俺たちのダチを死守しろーー!」


押し寄せる黒服たちを蹴散らしては、シモンとニアを守るように防波堤のように密集する乱入者たち。

しかも会ったことも話したことも無い連中までいつの間にかシモンとニアをダチ呼ばわりしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? ど、どうしてこうなってるの!? これじゃあ、俺は何のために戦ったか分からないじゃないか!?」


展開にもはや混乱するしかないシモン。これぞ正に・・・


「これじゃあ、今までのは全部骨折り損じゃないかア!? っていうか、みんなーーー、あんまりもう騒ぎを大きくしないでくれよォーーー!」


全身何箇所も骨折してまでしてがんばったのに、何かあんまり意味が無かったような展開になり、シモンは泣き叫んだ。


「はっーはっはっはっ、何言ってやがる、シモン! 骨折り損なんてこの世にねえ! 男は骨が折れたら更に強くなって帰って来るんだよ! 折れた骨の分だけお前の男気が、こいつらの骨の髄まで染み渡ったんだよ! そうだろ、テメエらーーーー!!」


「「「「「「「「「「おう! 俺たちのダチを守れええええ!!」」」」」」」」」」


「だから問題を大きくしないでってばァ!?」


「みなさん・・・・・・私とシモンのために・・・・」


「黒ニアも感動している場合じゃないってば!?」


リングの上の大乱闘は、シモン本人よりも熱くなっており、原因でもあるシモン自身が混乱するということになってしまった。


「ふふ・・・とうとう伝染してしまいましたね・・・彼の気合が・・・」


クウネルだけはおかしそうに笑っていたのだった。


「へっ、祭囃子が騒がしくなってたぜ! おもしれえ!」


リング内で盛り上がるこの光景にカミナが笑うと、その前にロージェノムが現れた。


「ぬう~~、やはり立ちはだかるか、カミナめ~~!」


傷だらけのロージェノムを前に、カミナは笑った。


「はんっ、ハゲ髭胸毛親父が! テメエはもうシモンに負けてんだ! 往生際が悪いんじゃねえか?」


「負けてはいない! 負けず嫌いで往生際の悪さも男の強さの一つ!」


「何言ってやがる! テメエのは負けず嫌いなんかじゃねえ! 現実逃避して現実から目を逸らした臆病者よォ!」


リング中央にて、シモンに対する援軍に舌打ちするロージェノムの前でカミナは叫ぶ。


「行け、シモン! ここは俺らに任せろ! テメエの作った道を二人で進んでいけ!」


「アニキッ!?」


「カミナ」


「シモン! ニアと黒ニア、全部まとめてテメエが責任もって連れて行け!」


カミナは道を示す。

シモンが切り開いた道。


「そうだ、行ってこーーい!」


「お二人の愛の邪魔はさせませんわ!」


気づいたら様々な生徒たちが一直線上に並んで、武道会のリングから外へ通じる道へ向けて人間アーチを作っていた。

邪魔しようとする黒服たちを押しのけて作った道は、まるで二人の愛を祝福するかのように拍手喝采で築いていた。


「ちょちょちょ、何これ!?」


「皆さん・・・ありがとうございます・・・・私・・・・幸せになります!」


「えええええーーッ!?」


シモンそっちのけで盛り上がり、熱くなり、そして感動するニア。もう、シモンもどうにでもなれと思った。



「させんぞおおおおおおお!」



だが、そんな二人の旅立ちを邪魔せんと駄々ジェノムが拳を振り上げて向かってくる。

まだまだ元気なようだ。

だが・・・



「はあッ!!」



「ぬっ、き、キサマは!?」



一人の少年が、その重たい拳を正面から受け止めた。


「せ、先生!?」


「先公ッ!?」


「ネ、ネギ先生!?」


「な、あのバカいつの間に!?」


ネギが、ロージェノムの拳を受け止めた。


「なんのつもりだァァァァ! ワシの娘が不良に攫われようとしているのだぞ!? 教員の分際で家庭の事情に口を挟むなァァァァ!!」


「それでも・・・」


「何?」


「それでも僕は口を挟みます」


「こんのガキがアアアアアアアアア!!」


「人にどれだけ言われても怯まず二人は道を選んだんです! そんな生徒が進もうとする道を、僕は全力で応援します!」


ロージェノムに対して、ネギは一歩も引かない。

だが、そんなネギや抵抗するカミナたちに、駄々ジェノムは最後の手を使う。



「ふん・・・くだらぬことを~~、ワシが本気を出せばダイグレン学園そのものを廃校に出来るというのに!!」



「・・・・・えっ!?」



「・・・んだと?」



その時ロージェノムは不敵に笑い、ネギとカミナの表情が変わった。

そしてロージェノムはこの大乱戦の中でも会場中に聞こえるほどの声で叫んだ。



「そうじゃ、ワシが本気を出せばダイグレン学園そのものを廃校にすることが出来る! これはもはや委員会でも、学園長の近衛近右衛門も了承済みじゃ!」



「なっ!?」



「えっ!?」



「「「「「「「「「「な、・・・・・なんだとッ!?」」」」」」」」」」



その時、ダイグレン学園も他の生徒も関係なく、リング状に居たすべての者の動きが止まった。



勿論、この光景をパソコンから学園長室で眺めている学園長も、ビクッとなった。



そして僅かの静寂が徐々に・・・・



「ど・・・」



「どう・・・・・!」



「「「「「「「「「「どうなってんだコラァァァァァァ!!!!」」」」」」」」」」



爆発的な怒号となって返ってきた。


「ダイグレン学園が廃校になるだァ! テメエに何の権限があってんなことするんだよッ!?」


「テメエ、いい加減にしろよ!」


「いかにテッぺリン財団総帥といえど、私、雪広あやかを始めとする雪広グループが黙ってませんわ!」


ロージェノムの言葉に怒ったのはカミナ達だけではない。これまでダイグレン学園を白い目で見て来た本校の生徒たちも一斉になってロージェノムの言葉に噛みついた。


「ど、どういうことなのよ、ネギ!?」


「ぼ、僕もそんなこと何も・・・タカミチ!?」


「・・・確かにそういう話は・・・しかし学園長も既に了承済みだとは・・・」


難しい顔で唸るタカミチの表情が、ロージェノムの言葉が嘘ではないということを感じ取り、ネギたちも取り乱した。

しかし混乱と怒号が飛び交うリングの上でロージェノムは堂々と叫ぶ。




「黙らんかァァァァ! いくら言ってももう遅いわァ! 嫌ならニアを返すのだ! 大人しく返すのだ! そうすれば廃校は学園長にはワシから直接言って取り下げても良い!」




「「「「「「「「「「んだそりゃああああああああ!?」」」」」」」」」」




『うわっ、ちょっ、最悪だァああああああ!! ここに来てこの親父は大人の権力を取り出したァァ! しかも開き直ってます! もう、誇りも微塵も無い最低だァァァァ!』




「最低で構わんわァァァ! ニアの居ない日々に比べたら何て事無いわァァ!! それにこれはもうワシや学園長を始め、教育員会でも大きく取り上げた問題だから、どうしようもないんもんねええええええええ!!」




『うわああああ、もう、ダメです! こいつはダメです! 誰かァァァ! この駄々ジェノムを誰かぶっとばしてくださああああああい!!』




開き直った駄々っ子ほど手に負えないものは無い。

あの拳の語り合いは何だったのだと言いたくなるほどの権力乱用に麻帆良生の怒りが燃え上がる。

ニアを返せば、元通り。

ニアを返さなければ、ダイグレン学園は廃校。

それこそがニアが父親に大人しく従った理由だった。

黒ニアは拳を握って悔しそうな表情を浮かべ、無言のまま抱きついたシモンから離れようとした。

だが・・・


「どこ行くんだよ・・・妹分・・・」


「・・・カミナ・・・」


離れようとした黒ニアの前にカミナの背中が立ちはだかった。



「カミナァァァァァ!! キサマを退学にするぐらい~」



「ふざけんな。ダチを見捨ててまで残った学校で、俺たちは何を学べばいいってんだよォ!」



それがどうしたとばかりにカミナは叫んだ。

一瞬呆然としてしまったネギだが、カミナの言葉に頷いて、一緒に前へ出る。



「その通りです! 生徒一人と引き換えに存続するような学校で、僕は誇りを持って仕事をすることは出来ません!!」



「俺たちダイグレン学園に教室も黒板も校舎も必要ねえ! 教師と俺たち生徒が居りゃあ、そこが俺たちの学校だ!」



「一度クラスを受け持った以上、教師は一人たりとも生徒を見捨てたらダメなんです! だから、あなたの言葉には従えません! 脅しに屈するような教えは、ダイグレン学園ではしないことになっているんです!」



ネギとカミナ、二人が先頭となってニアが一度は諦めたロージェノムの脅しに正面から歯向かった。



「「それが、教育ってものだろうが(でしょう)!!」」



ロージェノムの超絶パワーを正面から受け止めるネギの力とカミナの叫びに全員驚くどころかむしろテンションが上がった。



「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」



そうだ、二人を守れと皆が叫んだ。

そしてその時だった。


「お、おい・・・アレを見ろ!」


「巨大映像だ!」


唐突に空に巨大な人の顔が映し出された。



「おじいちゃんやッ!?」



「「「「「「「「「「学園長!?」」」」」」」」」」



正に絶妙なタイミングで、・・・というか、学園長は一部始終この大会を見ていたため、相当空気が悪いと判断して、自らが映像を通して顔を出した。


そして学園長は少し俯きながら・・・



『ダ・・・ダイグレン学園は・・・永久に不滅じゃ! 絶対に潰させはせん! カミナ君、ネギ君、グッジョブじゃ!』



「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」



親指を突き立てて学園長は断言したのだった。

勿論これに我慢ならないのはロージェノム。


「き、汚いぞ、近右衛門!? 手のひらを返すとは!? 貴様もダイグレン学園を潰すことには賛成だったではないかァ!!」


『そんなことは知らん! 問題児を追い出してどうなるのじゃ? 問題児を導いてこそ真の教育じゃ! (こ~でも言わんと、ワシが危ないじゃん?)』


「せ、せこいぞ貴様ァ!?」


何か知らんが、どうやら心配は無いようだ。

泣きたくなるぐらいうれしくなったニアは、シモンに振り向く。


「さあ、シモン。行きましょう!」


「い、行くって言われても~・・・俺、もう体が・・・」


黒ニアはシモンに手差し出す。しかしシモンは全身がボロボロで、根性論ではなく既に肉体は動けなくなっていた・・・


「大丈夫です」


のだが・・・


「クウネル・サンダース!?」


「シモンさんの怪我はもう治しましたから♪」


いつの間にか背後に居たクウネル・サンダースがシモンに触れ、気づいたらシモンの怪我が治っていた。


「え・・・えええーーッ!? なんでッ!?」


「ふふ、気合です♪」


クウネルはニッコリとほほ笑んだ。


「あなた・・・何故シモンの怪我を・・・何者です?」


「おやおや、睨まないでください、黒ニアさん。私は涙が出るほどうれしのです。20年も待った甲斐があったと感動しているのです。だから、これは私の好意として素直に受け取ってください♪」


うさんくささMAXだが、シモンの怪我を治したのは事実。黒ニアも大して追求せずに、完治したシモンの手を引っ張って起した。

そして黒ニアは周りを見渡しながら、シモンの手をぎゅっと握る。


「シモン・・・とにかく行きましょう。皆さんもそれを望んでいます」


「・・・ああ・・・もう、それしかないな」


「はい。しかし気を付ける必要があります。お父様のことです。恐らくここから逃げても、学園内の至る所に部下を配置している可能性もありますから」


「それでも行くしかない。そうだろ?」


「ええ」


ここから出ても無事な保証はない。

しかしそれでも行くしかない。

それが二人の道なのだから。


「ヤレヤレ・・・こうなったらとことん行ってもらうしか無いネ」


「超ッ!?」


「部活の仲間として、そして面白いものを見せてもらったお礼に、二人には好きにしてもらおう」


走り出そうとするシモンの背後に、大荷物を抱えた超がどこか諦めたかのような表情で立っていた。

そして手に持っている大荷物を全てシモンに差し出した。


「超・・・これは?」


「走って逃げるのも限界があるヨ。これは、空を自由自在に飛行できる私が直々に開発したブースター。その名も・・・グレンウイング! それと、ハンドドリルもついでに渡しておくヨ。何とかこの二つで逃げ切るネ」


「超・・・」


「は~~、二人にはもうまいったヨ。それにこんな風に大会をメチャクチャにしてくれた・・・こうなったら意地でも幸せになってもらうヨ」


そして超は苦笑しながら指をさす。生徒たちで作り上げた人間アーチだ。


「さあ、二人とも。行ってくるネ!」


「・・・・・・ああ!!」


シモンはグレンウイングを背中に装着し、ニアをお姫様だっこで抱えて、低空飛行で人間アーチの真ん中を通って行く。



「ニア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!?」



飛び立つ二人に向かって泣き叫ぶロージェノム。するとシモンに抱きかかえられながら、黒ニアではなくニアがシモンの肩越しから叫んだ。



「お父様! 私は、シモンと一緒に明日へ向かいます! しかし、それでも私がお父様の娘ということに変わりはありません!」



「ニアーー! パパを置いていかないでくれええええ!!」



「お父様! 今度お会いする時は・・・その時は・・・・一緒にプリクラを撮りましょう!!」



「ッ!?」



シモンとニアは人間アーチを通り、そして天高らかに空へと飛んだ。

もう誰の手も届かない。

二人はロージェノムの檻から飛び出し、完全なる自由を手に入れた。



「「「「「「「「「「うおっしゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」」」」



旅立つ二人に大歓声で送りだす生徒たち。

拍手やハイタッチ、知らない生徒同士で笑いながら肩を組んだりと、会場は一つになっていた。



「う・・・・ううう・・・・ううう」



そんな中、リングの中央で空へと消えた娘を見上げながら、ロージェノムは震えながら涙を流していた。



「ハゲ髭胸毛親父・・・」



「ロージェノムさん」



その背中には、娘を嫁にやった父親のような寂しさが漂っていた。



「ワシの娘が・・・ワシの娘が居なくなってしまった・・・・」



みっともなく鼻水まで流して涙を浮かべるロージェノム。

だが、そんなロージェノムの背中をポンと軽くたたき、ネギは笑った。



「何を言っているんですか、ロージェノムさん」



「うう・・・子供教師・・・」



「あなたは、娘さんが居なくなるどころか、とっても素敵な息子さんまで手に入れたじゃないですか」



「・・・うううう・・・・うおおおおおおおおおおん」



ポンポンと優しく背中を叩くネギ、そして無言でロージェノムの肩に手を回して一緒に空を見上げるカミナ。



『会場中の皆様、本当にお疲れ様です! 魂のぶつかり合いから何故か観客を巻き込む大乱闘にまで発展し、私も途中かなり取り乱しましたが、私の心はとても満たされております! それは皆さんも同じことでしょう!』 



澄み渡った蒼空の下、朝倉のコメントを聞きながら皆が頷き、そして次々と歩き出した。


「お疲れだったね、ザジ」


「フェイトさん・・・あなたもです」


「は~~、私も疲れたネ」


戦いは終わった。


「私たちもがんばりましたわ!」


「まさか委員長たちまで出てくるとわね~」


「軍事研の方々もやるじゃない」


「へっ、ドッジ部も中々だったぜ!」


お疲れさまと健闘をたたえ合うダイグレン学園や本校の生徒たち。


「あ~、疲れた。もう、これっきりにしたいわね~」


「何言ってんだよ、ヨーコ。俺はいつでも大歓迎さ」


「だが、今日は流石に疲れました。そろそろ帰りましょうか?」


「そうだな、思う存分暴れまくった」


とことんまで燃え上がった戦いは、会場中全てを巻き込み、そして今終わったのだった。


「おい、ハゲ髭胸毛親父、さっさと来いよ。一杯奢ってやる」


「うう~~、カミナ~~」


泣き止まないロージェノムの肩を抱きながら、カミナは苦笑しながら手を叩く。


「おっしゃあ、テメエらケガ人は保健室に運んで、元気なヤツはついて来い! 弟分と妹分に手を貸してくれた礼だ! 番長喫茶出血大サービスでおごってやる!」


「そこの黒服たちも来なさいよ。喧嘩が終われば皆仲間よ!」


「「「「「「「「「「おおおおおおーーーーー!!」」」」」」」」」」


「どうする、ネギ?」


「勿論行きますよ! アスナさんや刹那さんたちも行くでしょ?」


「ふふ、ではカミナさんたちに奢ってもらいましょうか?」


「ネギ先生! 私たちも行きますわ!!」


「うわー、ダイグレン学園の奢りだって!」


「私たちも行くーー!」


祭りはまだ終わっていないのに、まるで一つの祭りが終わったかのように皆が笑顔だった。



『命懸けの愛! これに勝るものはなし! シモン選手、ロージェノム選手、ニアさん、そして偉大なバカやろうたち! この大会が成功したのは皆様のお陰です! ありがとうございました! では、またの機会にお会いしましょう! それでは皆さん、ごきげんよう!』



未だに熱気と興奮が冷め止まぬ中、まほら武道大会は幕を閉じるのであっ・・・・・・た?














「待つネエエエエエエエエエエエエエエエエエ!! まだ本戦一試合も終わってないヨォォォォ!!?」





クラスメートも初めて見るほど、大慌てした超鈴音の声が響き渡った。



『あっ・・・すんませええええん、まほら武道大会本戦を忘れてましたァァァ!!? 皆さん、急いで会場に戻ってくださーーーい! つうか、参加選手も帰らないでくださーーーい』



とにもかくにも、予定より大幅に遅れたが、何とか大会は再開できたようだ。











「うう~~、すごいことになっちゃったな」


ニアを抱きかかえながら、学園の空を飛ぶシモン。


「ええ、凄いわ! 私たち、空を飛んでいるもの!」


「い、いや・・・そっちじゃなくて・・・・・まっ、いいか」


これからどうすればいいのだろう。しかし、二人に不安は何も無い。


「どこまで行こう・・・」


「ふふ、決まってるわ。シモン、私たち二人なら・・・」


「・・・・うん・・・」


この二人なら、もう大丈夫だ。




「「どこまでも!!」」




手にした明日への道を、シモンとニアは二人で進むのだった。







後書き

宮田とランディーの試合をやりたかった。

とにかくこれでひと段落ですが・・・・



最終回じゃないぞよ。もうちびっとだけ続くんじゃ



[24325] 第14話 凄い場所に駆け落ちしたな・・・
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:276b91fe
Date: 2010/12/26 01:38
少年と少女は飛び立った。


立ちふさがる壁は殴って壊し、二人は二人の道を進んだ。


大勢の仲間たちに見送られて空の彼方へと飛び立った二人が消えた武道会のリングでは、ようやく武道大会の本戦という本来の企画が行われていた。


「さて・・・僕はもう行っても良いかい?」


観客席に居るフェイトはまるで本戦に興味を示さずにそう述べた。


「おいおいフェイ公。もうすぐ俺らの先公があの高畑と戦うんだぞ? 生徒として応援すべきじゃねえのか?」


立ち去ろうとするフェイトをカミナが止める。しかしフェイトは首を横に振る。


「いや・・・所詮は知れている。憤怒の渦を巻いて容赦なくシモンを叩きのめそうとしたロージェノム氏とは違い、高畑・T・タカミチは本当にただの試し合いをする気だ・・・そんなものに興味は無いさ」


「あん? ・・・良く分からねえな~」


「手加減だらけの茶番に興味は無いということさ」


フェイトは席から立ち上がり、この場を後にしようとする。


「ちょっと、フェイト・・・あんたホントに行っちゃうの?」


「まあね。・・・まあ・・・もしネギ君が勝ち上がりあのアルビレオ・・・いや・・・クウネル・サンダースというものと戦うのであれば・・・また戻ってくるよ」


フェイトは一度リングを見下ろして直ぐに背を向けて歩き出し、ザジの前を通り過ぎざまに声を掛ける。


「ザジ・・・僕は行くよ。超もシモンもニアもあの様子だし部活もクラスの出し物も無いだろうから、好きにさせてもらうよ」


そう言って立ち去ろうとするフェイトに対し、ザジは一言つぶやいた。


「・・・それならシモンさんとニアさんの様子を少し・・・」


その呟きにフェイトは足を止めた。


「様子を見て来いと? あの二人なら大丈夫だろ?」


「それでも・・・追っ手が・・・」


「・・・そうか・・・まあ、超が渡した道具もあるし、シモンなら大丈夫だと思うけど、気に掛けておくよ」


そう言い残してフェイトは立ち去っていく。

後に残されたダイグレン学園の生徒とザジは、ネギの試合を応援しないフェイトを少し薄情だと思う一方で、シモンを気に掛けたりと相変わらず掴みどころの分からない奴だなと感じていた。


すると、その時だった。




「ほう・・・ここの席は見やすいな」




フェイトが立ち去って空いたザジの隣の席に、誰かが不意に座った。


「ッ!?」


その人物を見た瞬間、ザジは驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。



「座らせてもらうよ・・・・」



ザジのそんな顔は初めて見る。

だが、ザジが驚いた人物をカミナたちも見てみると、確かに驚くのは無理が無いほど怪しい人物だった。


「な、なんだ・・・こいつは?」


今日は学園祭ゆえに派手な仮装をしているものたちは多い。しかしこの人物の怪しさは際立っていた。


「め、珍しい仮装ね・・・」


「いや、怪しさ大爆発だろ・・・全身黒ずくめで・・・」


「黒のタートルネックに黒いズボンに黒い皮手袋に黒い靴・・・おまけに・・・黒い目出し帽を顔まで被ってやがる・・・ただの強盗にしか見えねえぞ!?」


そう、全身黒ずくめの謎の人物。怖いもの知らずのカミナたちも、ここまで見るからに怪しい人物は初めてだった。

だが、呆気に取られるダイグレン学園たちの傍らで、ザジだけは全身が硬直して固まっていた。


「・・・なぜ・・・ここに・・・」


ようやく搾り出せたのはその言葉。


「んだよ、ザジ公。こいつはテメエの知り合いか?」


「・・・・・・・・」


「おい・・・」


ザジは答えない。

一体この怪しい黒ずくめの男とザジがどういう関係なのかは知らないが、常に無口で無表情の謎に包まれたザジが珍しく動揺していることから、只者ではないことをカミナたちは感じ取った。

そして黒ずくめの男はザジの問いかけに答えぬまま、何かを取り出し膝の上に置いた。

思わず身構えてしまったカミナたちだが、黒ずくめの男が取り出したソレを見た瞬間、目が点になった。



「ここは飲食大丈夫だったね。先ほどの乱闘に目を奪われて昼食を食べてなかったのだよ」



黒ずくめの男が取り出したのは一枚の紙皿。その上には大量の麺が乗せられていた。



「あの~・・・ちょっと聞きたいんだけど・・・」



たまらずヨーコが口を開いた。



「何かな?」



「それ・・・何なの?」



ヨーコが恐る恐る黒ずくめの男の膝の上にある料理を指差した。すると男はさも当たり前のように答えた。





「あんかけスパゲティだよ」





「「「「「はあっ?」」」」」





「名古屋の名物・・・私の大好物なのだよ」




そしてその男は何のためらいも無く紙皿の上に盛り付けられた、あんかけスパゲティを割り箸ですすっていく。



「何なんだ~、この怪しい黒ずくめのアンスパ野郎は?」



そんな光景を見てカミナたちがようやく搾り出せたのはその一言だけだった。


「しゅるるるるる、うむ・・・うまい」


「・・・・・・・・」


「どうした、ザジ・レイニーデイ、お前も食べたいのか?」


「・・・・・・・・・」


「遠慮することは無い。どれだけ抗おうと運命は変わらぬ。生命は食欲という欲望には勝てずに己の欲望のままにメシを食らう。どれだけ制御しようともその先に待つのはただの空腹だけ。それが生命の限界。それが生命の真実だ」


動揺するザジにアンスパ野郎は何かわけの分からないことを言い出した。

要するに腹が減ったら食うと言いたいのだろうが、話が遠回り過ぎてカミナたちは首を傾げるだけだった。

だが、話についていけないカミナたちには聞こえぬぐらいの声で、あんかけスパゲティを食らうアンスパ野郎はザジに向かってボソッと呟いた。


「そう・・・このままでは運命は変わらぬのだ」


「・・・えっ?」


「研究機関がどれだけ計算しても、何もしなければ後10年足らずであの世界は崩壊する」


「ッ!?」


「君の姉も既に諦めている・・・どうやらもう動いているかもしれない」


あんかけスパゲティを食べながら何かを告げるアンスパに、ザジは言葉を失った。そして僅かに顔を俯かせて拳をフルフルと握った。


「希望は・・・無い?」


ザジが呟いたその言葉。

だが、アンスパは食べる手を止めて顔を上げてザジを見る。


「さて・・・それはどうかな?」


「・・・えっ?」


そしてハッキリと呟いた。


「研究機関の計算でも・・・決して計算しきれぬことがこれから起こり始める。計算で導き出せるものではないのだよ、希望も・・・そして愛とやらもな」


「それは・・・一体・・・」


「道理どおりにいかぬイレギュラーが変えるかもしれぬ・・・何かをな・・・20年前の魔法世界で・・・あいつが私を変えてくれたようにな・・・」


アンスパは空を見上げた。そしてシモンとニアが飛び立った方角を眺めた。



『さ~~て、お集まりの皆様、まもなく注目の一戦が始まります!! 片や不良たちの間では知らぬものなき恐怖の広域指導員、高畑.T.タカミチ!! 片や昨年度から麻帆良学園に赴任してきた噂の子供先生、ネギ・スプリングフィールド!! このような公の舞台に姿を現すのは初めてです!!』



アンスパとザジの会話などアッサリと打ち消すような大歓声が会場に上がる。

テンションの高い朝倉の言葉で、一度は燃え尽きかけた会場の熱気もどうやら再び取り戻されたようだ。

カミナたちも立ち上がって声援を送る。

舞台には子供の授業参観のような気分のタカミチと、少し緊張気味なネギが立っていた。



「さあ、見せてみろ・・・私を変えたシモン・・・そのシモンが尊敬すると言った君の力をな・・・」



大歓声が響く会場で、アンスパは小さくそう呟いたのだった。









さてその頃・・・

会場から飛び出して自由となった二人は・・・


「居たぞーーー! お嬢様と例のシモンだ!」


「捕まえろーー! 捕まえただけで7桁の賞金がもらえるんだからな!」


黒服たちに未だに追いかけられ、愛の逃避行を繰り広げていた。


「うう~、しつこいな~、でも、グレンウイングで飛んで逃げても戦闘機で追いかけられるし」


ニアをお姫様抱っこしながら、シモンは祭りの中を逃げ回っていた。

ロージェノムの追っ手はしつこく二人を追い掛け回し、中には賞金に目がくらんだ生徒たちも混じっている。

もっとも、大半の生徒たちは先ほどまでの武道大会のシモンとニアの愛の姿に感動し、逃げる二人に声援を送ったり冷やかしたりしているために、追いかけてくる生徒はごく一部だ。

しかしそれでも後を耐えぬ追っ手に、ニアは可愛らしく頬を膨らませた。


「まったく、どうして皆さんは私とシモンの邪魔をしたいのかしら?」


シモンの腕の中でニアはプンプンと怒った。


「それはやっぱり・・・ニアはお嬢様だもん」


「違うわ、シモン」


「えっ?」


ニアは人差し指でシモンの鼻先に触れながら、ニッコリと笑った。


「私はお嬢様じゃない、あなたのニアよ」


そうほほ笑んでくれるニアに、シモンは疲れも吹っ飛び、思わず抱きかかえる手に力を入れた。


「ニア!」


「ええ!」


ニアを抱きしめて力が漲る。今のシモンに怖いものなど何も無く、人一人を抱えているとは思えぬほどのスピードで追っ手たちを引き離していく。


「な、何てスピードだよあの小僧!? お嬢様を抱えながら・・・」


「くっ・・・あれが噂の合体か・・・」


決して追いつけず、そして引き離せない二人の愛。

あまりにも引き離されてしまい、黒服や他の生徒たちも次第に足を止めてしまったのだった。


「シモン、すごいわ! みんな諦めたのかしら?」


「分からないよ。でも、油断は出来ない。それに昼間はさっきの武道大会の所為で目立ちすぎるから直ぐに見つかっちゃうよ」


後続を引き離したものの、少し気になって何度もチラチラとシモンは心配そうに振り返る。

それにシモンの言うとおり、先ほどまでの武道大会の所為でシモンは今では学園で知らぬものは居ないほどの有名人になってしまったため、外を歩けば直ぐに騒がれてしまう。

このままウロチョロしていて大丈夫なのかと、少しシモンは考えた。


「なら、どこかに隠れたらどうかしら?」


「えっ?」


考えるシモンに、ニアはアッサリと告げる。


「夜になれば目立たないから、夜になるまでどこか静かな場所で隠れるのはどうかしら?」


「でも、せっかくの学園祭だよ? ニアも色々と見たいんじゃ・・・」


するとニアはシモンの首に両手を回し、頬をシモンの肩に乗せた。


「ええ、そうね。でも、夜の方がとても素敵でロマンチックなイベントもあるし、何より私はシモンと一緒ならそれだけでいいの」


「え・・・」


「それともシモンは違う? お祭りを楽しみたいの?」


答えなんて分かりきっているというのにニアは聞いてくる。恐らくはシモンの口から直接聞きたいのだろう。

シモンの告白を受けてからは更に甘えるようになったニア。

彼女に対し、ロージェノムと戦って気恥ずかしさを捨てたシモンは、少し照れながら答えた。


「き、決まってるよ・・・俺だってニアと一緒なら・・・むぐっ」


全てを言い終わる前にニアがより一層抱きついてきた。


「ええ、そんなの分かってるわ。私とシモンは一心同体だもの」


その時、気づいたら周りがし~んとしていることにシモンは気づいた。


(あっ・・・)


そうだ、一応ここは天下の往来だ。

ましてや今では自分もニアも有名人だ。

恐る恐るシモンが顔を逸らすと、周りの人たちはコーヒー飲んだまま固まったり、フランクフルトにかぶりつきながら呆れていたり、クスクスと笑う生徒たちや写メを撮る人たちの視線を一身に受けていた。


「あ・・・あの・・・その・・・」


「どうしたの、シモン?」


「ニア・・・その・・・皆が見てるけど・・・」


「それはいけないことなの?」


「えっ・・・いや・・・そんなことはないけど・・・」


だというのにニアは一切気にしていない。


「ん~~、シモン~」


それどころかよっぽど今の態勢が好きなのか、とても心地よさそうにシモンに抱かれていた。

そんな光景を見ては周りの野次馬もキャーキャー言い出す始末だった。

そうなれば、以前よりは恥ずかしがらなくなったシモンも普通に恥ずかしくなってきた。


「ニ、ニア~・・・その・・・うれしいけど・・・やっぱちょっと恥ずかしいよ・・・」


「私は恥ずかしくないわ?」


「お、俺が恥ずかしいんだよ・・・その・・・ちょっと今はさ・・・」


視線に耐え切れず、シモンは少し申し訳なさそうに照れながらニアを下ろそうとする、だがニアはムッとしてシモンの首に回した両手を離さない。


「嫌、私はもう二度とシモンとは離れないの」


「うっ!?」


シモンはそんなの反則だと心の中で思った。

好きな女にそこまで言われてしまえば最早苦笑するしかなかった。



「居たぞーーー! こっちだ!」



「お嬢様ァ!!」



「囲め囲めーー、取り囲めーー!」


そんな二人の空気を壊すかのように、黒服たちの追っ手が次々と現われてきた。


「まあ」


「あっ・・・・うう~~~くっそ~~~!」


シモンは再びニアを抱きかかえて走り出した。


「し、知らないからな~、ニア!」


「?」


走りながらシモンはニアに叫ぶ。


「ほ、本当にこの先何があっても離さないよ? そ、それでいいだな?」


もうやけくそとばかりに叫ぶシモンの声は、周りの野次馬たちにもしっかりと聞こえている。

そんな叫びに対してニアはシモンの胸に顔を埋めて小さく頷いたのだった。



「・・・・なんだ・・・・・・・ラブラブじゃないか・・・・」



二人の愛の逃避行を建物の屋上から見下ろすのはフェイト。ザジに言われたように、本当にシモンとニアの様子を見に来たようだった。


「ザジに言われて探しにきたけど・・・これなら心配いらないね」


追っ手には追われているものの、どうやら要らない心配のようだと判断し、フェイトはその場を後にしようとした。

だが・・・


「ん?」


その時、シモンがニアを抱えて逃げている方角に、フェイトはあることを気づいた。


「あの先は図書館島しか・・・」


シモンとニアが逃げている先にあるのは、湖の上に浮かぶ巨大な建物。

麻帆良図書館島。


「まずいね・・・あそこへの通路は一つ・・・」


図書館島は湖に浮かび、巨大な橋で繋がっている。そのために橋を封鎖されれば逃げ場所は無い。

それに気づいた瞬間、フェイトは大きくため息をついた。


「・・・はあ・・・世話が焼ける・・・」


何故自分がここまでしなければならないのか分からない。

別にほっておいてもシモンとニアなら大丈夫な気がしていた。

だが、どうしてもこのまま二人を無視していくことが出来なかった。

少なくともこの時は、何か嫌な予感がしたのだ。

そしてその勘は正しかった・・・










麻帆良図書館島


明治の中ごろ学園創立と共に建設された世界でも最大規模の巨大図書館。


大戦中の戦火を避けるべく世界各地から様々な貴重書が集められ、蔵書の増加に伴い地下に向かって増改築が繰り返され、現在ではその全貌を知るものは居なくなった。


地下何十階と続くこの広大な図書館は、最早一種のダンジョンと化していた。


この巨大図書館の全容を知るために、この学園では図書館島探検部などというものが発足されているぐらいだ。


「どこだーーーー!」


その図書館島の壁をシモンは・・・


「くそーー、この穴の中にも居ない・・・って言うかこんなに穴だらけだとどこに逃げられたか分からん!」


その図書館島の壁をシモンは容赦なく掘りまくった。

とにかく壁に穴を開けて手当たり次第に進みまくった。

この図書館島はダンジョンゆえに途中で罠があったり道が途切れていたりと困難な道が続いている。

しかしそこは、穴掘りシモン。

正規のルートではなく、壁に穴開けて地中をドリルで掘り進みながら逃げていた。


「こんな所で超がくれたドリルが役に立つなんて・・・」


図書館島の地中をハンドドリルで掘り進むシモン。その傍らにはニアがいた。


「でも、随分逃げてきちゃったな・・・時間を見てちゃんと帰らないとな・・・」


「ふふふ、そうね。きっとその頃にはお父様の追手の人たちも諦めてるわ」


今頃は地上ではお祭りで学園中が賑わっているというのに、気づけば自分たちは地中の中に居た。



だが、それを苦だとは思っていない。



それは二人の表情が物語っていた。



そう、二人なら大丈夫。



例えどこへ行こうとも、どこに居ようとも、二人なら大丈夫。



そうこの先何があっても・・・






「あれ?」



「どうしたのシモン?」



「・・・空洞が・・・」


地中を闇雲に掘り進んでいたシモンのドリルの刃先が、何かを貫いた。そう、穴が貫通したのだ。



「ッ、ニア!?」



「えっ?」



下へ下へと掘り進んだドリルは、何と地下にある巨大な広場を掘り当ててしまった。

広場の天井の真上から床に落下するシモンとニア。少し天井からの距離があったが、シモンはニアを抱き寄せ、何とか着地に成功した。


「ニア、大丈夫か?」


「え・・・・ええ・・・・でもシモン・・・ここ・・・一体何かしら?」


「・・・ああ・・・」


シモンとニアは不思議そうに掘り当てた巨大な広場を見渡した。

図書館島は広大で地下何十階へと続くほど広いと聞いていたために、これぐらいの広場が地下にあってもおかしくは無いのだが、シモンとニアはこの空間に奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。


「何で・・・図書館島だよな・・・」


「ええ・・・何故本棚どころか、本が一冊も無いのかしら?」


そう、図書館島が地下何十階へと続くのは、膨大な量の蔵書を保管するためである。だからこそこの広場もそのうちの一つだと思った。

だが、ここには本が一冊も無い。

あるのは、妙な遺跡のような岩とサークルだけだった。


「何だろうここ・・・この遺跡も・・・この空間も・・・何だか不気味だな・・・」


「でも、何かしら・・・このサークルのようなもの」


広場の中心地点まで移動し、改めて部屋全体を見渡す二人。


なんだか不気味な感覚が拭い取れず、自然と二人は手を繋いでいた。


ここは一体何なのか?


ここは一体どこなのか?


少し不安で二人の口数がなくなった頃、誰も居ないと思っていたこの空間に、声が響いた。



「まったく・・・ザジに言われて探してよかった。とんでもないものを掘り当てたね」



「「ッ!?」」



やれやれといった口調で現われたその人物は、二人の良く知る人物だった。



「フェイト!? どうしてここに!?」



「フェイトさん! ・・・・・・・どうして泥だらけなのですか?」



フェイトは膝や髪の毛に土がかかって、そのことについて尋ねると不機嫌そうに怒った。


「君たちを追いかけて穴の中を這って進んだからだよ」


どうやらシモンたちが開けた穴を通って追いかけてきてくれたようだ。


「そうか・・・でもよく分かったな。一応追っ手を誤魔化すために色々なところに穴を開けたのに・・・」


「ふん、常人には聞こえないかもしれないが、僕の耳なら君のドリルの音を聞き取れるからね・・・まあ、それはいい。問題はここだよ」


フェイトは少し冷たい瞳をしている。

まるで初めて会ったときと同じような瞳でシモンとニアを見ていた。



「シモン、ニア・・・今すぐこの場から立ち去ろう。ここは君たちが関わっていいものではない」



広場の中心に居る二人に向かってフェイトは告げた。


「な、何だよ・・・お前はこれが何か知っているのか?」


「・・・・・・」


「フェイト!」


「・・・・知る必要のないことだよシモン・・・」


それはまるで壁だ。

見えない壁だ。

フェイトが転校してきて、少しずつ溶けてきたかに思えたフェイトとの壁がここに来て強固になったような気がした。

まるでフェイトが居る世界に、シモンとニアを絶対に入れさせないかのような拒絶の壁。


「何でだよ・・・ここはただの図書館島の地下にある広場・・・それだけじゃないのか?」


「・・・・・・・」


「フェイト・・・そんな風に俺たちと壁を作るような、そんなところなのか?」


フェイトは全てを知っている。そしてその真実からシモンとニアを遠ざけようとしている。

シモンにはそれが寂しかった。


「何を隠してるんだよ・・・フェイト・・・」


別にこの場所が何であろうと、フェイトが帰ろうといえば普通に帰っただろう。

ここがどんな場所であろうと、無理して調べようとするほどのことでもなかった。

シモンにとって寂しかったのは、明らかに重要なことを自分たちに隠して、何も言わずに遠ざけようとするフェイトの態度だった。

だがフェイトもまた、シモンのその瞳に思わず顔を背けながら、小さく呟いた。

まるで懇願するように・・・



「頼む・・・何も聞かないでくれ・・・そしてここで見たことは全て忘れるんだ。シモン・・・ニア・・・僕を友だと思ってくれるのなら・・・この場所のことだけは忘れて・・・!?」



だが・・・・



「・・・えっ?」



その時だった!



「見て! 何か光っているわ!」



「な、何だよこれ!?」



空間に異変が起こった。



「バ、バカな・・・」



フェイトが全てを言い終わる前に、空間が・・・いや、今自分たちが両の足で立っている地面が光り輝きだし・・・



「どういうことだ!?」



空間に巨大な紋様が浮かび上がった。

それを見たフェイトは取り乱したように叫んだ。



「バ、バカな!? このゲートはもう作動しないはず! 20年前に封印されたはずでは!?」



「フェ・・・フェイト?」



「いや、いくら破棄されていないからといって・・・! そうか! 世界樹の魔力! 今年は22年に一度の大発光の時期! その巨大な魔力の影響を受けて、封印されたゲートに影響が!?」



フェイトはシモンとニアでは理解できない言葉で何かを叫んでいる。


「し、しかも何だ・・・この魔法陣は・・・アレはただの転送用の陣ではない・・・妙な複雑な術式までかかっている・・・どういうことだ!?」


いつも冷静なはずのフェイトのこの取り乱しようから、何か尋常で無い事態が起ころうとしていることだけは分かった。

更に・・・


「・・・シモン・・・あなたの背中も何か輝いているわ?」


「えっ、うそ?」


「そのグレンウイングよ。グレンウイングから光が・・・・あれ? 何かしら・・・グレンウイングの窪みに時計が挟まって、それから光が漏れているわ」


超がくれたグレンウイングからも光が漏れだした。

シモンが慌ててグレンウイングを外して光の原因を見ると、ニアの言うとおり、グレンウイングに装着されている懐中時計のようなものから光が漏れていた。


「本当だ、こんなところに時計が・・・こんなの気づかなかった・・・でも・・・何だろう・・・これ」


「見せてくれ!」


シモンも何がなんだか分からず首をかしげているところにフェイトは割って入り、問題の時計を見る。

そしてフェイトは目を見開いた。


「これは・・・この時計からも妙な魔力が・・・シモン、これを一体どこで!?」


乱暴にシモンの胸倉を掴むフェイトの表情は本当に切羽詰っていた。


「えっ? これは超がくれたグレンウイングだけど・・・」


「超だと? 彼女は一体何を・・・いや、・・・いや、この懐中時計の魔力もゲートに共鳴して光っている! まずい・・・急いでこの場から離れるんだ! 速く!」


「えっ?」


その瞬間、天井に浮かび上がった巨大な紋様から光の柱が降り注ぎ、シモンとニアとフェイトを包み込んだ。


「こ、このままじゃ・・・シモン! ニア! 急いで僕の手を掴むんだ!」


フェイトは必死に二人に向かって手を伸ばす。

シモンとニアも言われるがまま、とにかくフェイトに向かって手を伸ばす。


「急ぐんだ! 魔法陣が複雑に歪んでいる! このままではどこに飛ばされるか・・・・・!」


だが、時既に遅し。

シモンとニアがフェイトの手に触れようとした瞬間、完全に三人を包み込んだ光の柱がその手を阻み、三人は光の中に消えた。



「シモン! ニア!」



そしてフェイトの叫びを最後に、シモン、ニア、フェイト、この三人の姿は麻帆良学園から完全に消えたのだった。






















「ここは・・・・・・・・・」



自分は先ほどまで図書館島の地下に居たはずだ。


だが、巨大な光の柱に包まれたと思ったら、次の瞬間シモンは大草原の上に立っていた。


空は暗く日は既に沈んでいる。


こういうのを黄昏時というのだろう。


しかし先ほどまで地中の中に居ると思っていたのに、これはどういうことだ?


「どこなのかしら・・・」


隣にニアが居ることにようやく気づいた。それほどシモンはこの状況に戸惑っていた。


「ニア!?」


「私たち手を繋いでたから離れなかったのね・・・でもここ・・・どこなのかしら? 私たちさっきまで図書館島に・・・」


「ああ・・・それに・・・フェイト!? フェイトが居ない!?」


最後の瞬間を思い出す。必死にニアと一緒に伸ばした手は、フェイトの手まで届かなかった。


「まさか俺たち・・・はぐれて・・・いやいや、そもそも一体何がどうなっているんだ?」


フェイトが見せていた態度を思い出す。

フェイトなら恐らく何がどうなっているのかを分かっているのかもしれない。

その何かを知られたくなくて自分たちを遠ざけた。そこまではいい。

しかし、さっきまで地下世界に居たはずの自分たちが一瞬で地上に居るなど・・・


「こんなの・・・まるで魔法みたいだ・・・」


どれだけ考えても何がなんだか分からぬシモン。


「ねえ・・・シモン・・・アレは学園祭の出し物なのかしら?」


考え込むシモンの服の裾をニアが引っ張った。


「ん?」


「ホラあれ。お空に大きな鯨がたくさん飛んでいて、大きな人が歩いているわ」


「えっ・・・何を言ってるんだよ、ニア・・・・・・・・って!?」


ニアののほほんとした声に振り返り、ニアが指差す方角を見たシモンは、次の瞬間絶叫した。



「なななななな、何だよあれエエエエ!?」



そこにはシモンの人生でこれまで一度も見たことの無いものが、景色を埋め尽くしていた。

山に匹敵するほど巨大な鯨が空を飛行し、さらに巨大な人どころではなく、正に巨大な巨人の怪物を吊るしている。

そして鯨は次々と吊るしていた巨人を地上へ落とし、巨人はその巨大な両の足でズシンと大地を揺るがし広大な森林の木々を踏み倒しながら歩き始めたのだ。


「まあ、すごい! 一体どこのクラスの出し物なのかしら?」


ニアは相変わらず能天気に目を輝かせているが、シモンは震えていた。

シモンとて目の前に広がる光景が何なのかは分かっていない。ただ、全身の細胞が告げていた。


(あれは・・・学園祭の出し物なんかじゃない!? それにここ・・・麻帆良学園でもないぞ!?)


それは直感だった。だが、本能でヤバイと感じ取ったシモンは慌ててニアの手を掴んだ。


「ニア、急いでここから逃げるぞ!」


「えっ?」


「ここはなんだか知らないけど、とにかくヤバイぞ! 逃げるんだ! ここがどこなのかの問題は後だ!」


シモンはグレンウイングの翼を広げ、再びニアを抱きかかえて飛び立った。

それはロージェノムや黒服たちから追いかけられているときの逃亡とはわけが違う。


(こんなの・・・こんなのまるで・・・)


それはまるで戦争から命惜しくて逃げ出すのと同じようなものだった。


「シモン・・・・・・・・・・ここは・・・・・麻帆良学園ではないわね」


「黒ニア!?」


「状況は全て見ていたわ。だけど・・・これは一体何がどうなっているのかしら・・・・」


シモンの腕の中でニアの人格が黒ニアに変わった。こういう言い方は少し変かもしれないが、こういう時は冷静で頭の良い黒ニアの存在はありがたかった。

だが黒ニアも目の前に広がる光景を見渡しながら黙り込んでしまった。


「黒ニア・・・黒ニアにも分からないのか?」


「・・・・ええ・・・フェイトなら何かを知っていると思うけれど・・・・」


「やっぱりフェイトが・・・」


だがここにフェイトは居ない。

まったく何も分からぬ場所でシモンたちはどうすればいいのか分からなかった。

だからこそ、空を飛んでみたもののどこへ行けばいいのかも分からない。


「とにかくあの巨人や鯨・・・あれから遠ざかるように逃げて、人を探すのよ。まず誰かから話を・・・・・・・・」


その時、辺りをキョロキョロ見渡していた黒ニアの首が、ある方角を見たまま固まった。


「黒ニア?」


「シモン・・・・・・・・あれを・・・・」


黒ニアはある方角を指し示した。それは巨人や空飛ぶ鯨が目指している方角の直線状に存在していた。


「塔?」


そこにあったのは、巨大な巨人の大きさに匹敵するほどの塔だった。


「明らかに人工的に作られたもの・・・ならば・・・」


「そうか、あそこになら誰かが居るんじゃないか!?」


「ええ! でも・・・まずいわ、あの巨人・・・ひょっとしてあの塔を壊そうとしているんじゃ・・・」


そう、黒ニアの言うとおり、明らかに巨人は塔を倒そうと手を伸ばそうとしている。

そして良く見れば他の巨人や鯨も、その塔を破壊しようとしているのではないかと感じた。

だからこそ・・・


「ああああーーー! ま、まずいじゃないか!? もしあの塔に誰かが居たら・・・」


「急ぎなさい、シモン!」


そこに誰が居るかは知らない。大体危険すぎる。

だが、気づけばシモンは飛んでいた。

そこに誰がいるかは分からないが、いるかもしれない誰かを助けるために飛んでいた。


「見て、シモン! あの塔のてっぺん!」


「ああ、人がいる! 何か変なローブみたいなのを羽織っているけど、確かにアレは人だ!」


塔に近づくにつれてシモンとニアは塔の頂上に人の存在を確認することが出来た。

そして目に入った瞬間、余計に力が入った。

巨人が容赦なく拳を振り上げて頂上に居る人ごと塔をなぎ倒そうとしている。

そんなことはさせない。


「黒ニア! 絶対に俺から離れないで!」


「今更何を言っているの、シモン! 何があっても離れないわ!」


グレンウイングを加速させ、シモンはハンドドリルを構えて、ニアを抱えたまま塔をなぎ払おうとする巨人目掛けて飛んでいく。








「おい・・・・・なんだアリャ?」





そんなシモンとニアの飛行を、少し離れた草原の上から三人の男たちが眺めていた。



「さあ、分かりません。何者かがあの鬼神兵に突撃しようとしているようですが・・・」



「おい・・・よく見るとまだ若いぞ、あの二人!」



「ちい、早まりやがって! おい、俺たちも行くぞ!」



三人の男たちも駆け出した。シモンとニアの後を追いかけ、塔を目指して猛スピードで駆けていく。


「シモン・・・あの巨人ですが・・・」


「大丈夫! ただのデカブツだ! あんなにデカクても・・・いや、デカイからこそ掘るべきポイントが分かりやすい!」


武道大会で穴掘りシモンとして覚醒した今のシモンは、この見知らぬ世界に戸惑っていたものの、ドリルを構えた瞬間に自信に満ちた表情になった。

そして、不安に感じないのはそれだけではない。


「それに、今の俺には超のドリル・・・そして、お前が居る!」


今は自分の傍にニアが居る。何も不安に感じることなど無い。


「ええ! 私たち二人なら、宇宙が敵でも最強です!」


黒ニアも真剣な眼差しで頷いた。



「何がなんだか分からぬ壁も!」



「二人の愛なら、壊せぬ壁などあるものか!」



ドリルを回転させ、シモンと黒ニアは雄叫びを上げながら巨人に突進する。



「「俺(私)たちを誰だと思ってやがる!!」」



突進する二人の体を緑色の光が包み込む。

まるでロージェノムと戦ったときと同じように、いや、今はその時以上の力強さを感じ、溢れ出している。

それはニアが居るからなのか、ドリルがあるからなのかは分からぬが、二人の愛の叫びの特攻は、二人の何十倍もの質量のある巨人の腕を跳ね飛ばした。


「よっし!」


「流石ね・・・・いえ、まだね・・・」


巨人の腕を弾き飛ばした二人だが、巨人はバランスを崩されただけで、直ぐに態勢を立て直した。


「くそ・・・やっぱりでかすぎる・・・」


「大丈夫。私たちの愛のほうが大きいわ」


「はは・・・そうだな・・・・」


残念ながら巨人を倒すどころか、目に見えるダメージも無い。当然といえば当然かもしれないが、それでもシモンとニアの目には不安は無い。

ここがどこだか相手が何なのかはまったく分からなくとも、自分たちを誰だと思ってやがると巨人に、空飛ぶ鯨に、そしてこのわけの分からぬ世界に飛ばされて自分たちの心に襲い掛かった不安に向かって二人は叫んだのだった。

すると・・・



「何者だ、お前たちは!?」



シモンたちの背後に聳え立つ塔の頂上から人の声が聞こえた。


「良かった・・・やっぱり人がいた・・・・」


シモンと黒ニアが振り返ると、塔から数名のローブを羽織った者たちが姿を現して叫んだ。

声からして少し年配の男といったところだろう。

そして男たちもまた動揺しているのか、口調が荒かった


「な・・・いや・・・それよりもそなたたちはどこの国の者だ!? どこの組織の者だ!?」


「えっ・・・国? 組織?」


「寝ぼけるな! 何ゆえ我々を助けた! 言え、何が目的だ!?」


せっかく助けたというのに随分と酷い言われようだった。

だが、何で助けたかなど言われても困る。


「だって・・・危なかったじゃないか・・・」


シモンも少し困ったような表情になりながら、黒ニアを抱えながらゆっくりと塔の頂上に着地しようとする。

だが、その瞬間ローブの男たちは掴みかかってきた。


「な、き・・・貴様ら、神聖なるこの場所に足を踏み入れるな!」


「ええ、一体何なんだよーーー!?」


「あなたたち・・・ここがどこなのか、あなたたちが誰なのかは知りませんが、シモンに僅かでも危害を加えるようであれば・・・・・・・・えっ!?」


シモンに掴みかかった男に黒ニアは殺気を滲み出した冷たい瞳で睨もうとしたが、次の瞬間黒ニアは表情を変えた。


「・・・・・あ・・・・・・えっ?」


「く、黒ニア?」


「・・・・・・・・・・・・・」


黒ニアは体を震わせながら、歩き始めた。


「き、貴様、何を・・・「邪魔です」・・・なっ!?」


勝手に歩き出した黒ニアの前に他のローブの男たちが立ちはだかろうとするが、黒ニアは強引に彼らを掻き分けて、この空間の中心の前で足を止めた。


「あっ・・・・あなたは・・・・」


黒ニアが足を止めたそこには、一人の少女が手足を鎖に繋がれて座っていた。


「どうしたんだよ、黒ニア?」


明らかに様子がおかしい黒ニアにシモンも駆け寄った。そして少女が目に入った瞬間、シモンも固まった。


「アッ・・・・あれ・・・君は・・・・」


「シモン・・・これを・・・どう判断しますか?」


シモンと黒ニアの目の前には一人の少女が鎖で繋がれていた。



「え・・・・ええええッ!?」



エキゾチックな民族衣装に身を包んでいるし、自分たちの知っている少女とは年齢が違う。

自分たちの知っている少女はもっと大きい。

しかし目の前に居る鎖で繋がれている少女は、二人の知る人物と顔が酷似していた。



「君・・・名前は?」



恐る恐る尋ねるシモン。

すると少女は無機的な表情、無機的な声でその問いに答えた。



「アスナ・・・」



「・・・えっ?」



「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・・」



少女の言葉に、シモンと黒ニアは口をパクパクさせて互いを見合う。



「・・・シモン?」



「いや・・・いや・・・た、確かに顔は似てるけど、全然雰囲気も背丈もあの子とは違うじゃないか!?」



「そ、・・・そうね・・・・ただの偶然・・・・」



黒ニアですら口元が震えている。シモンが動揺しないはずがない。


「こら、貴様ら! 黄昏の姫巫女に近づくな!」


「えっ・・・黄昏の姫巫女?」


ローブの男たちが焦った声でシモンとニアをアスナという少女から引き離そうとする。


「そうだ、貴様らまさか黄昏の姫巫女を攫いに来たのでは・・・」


「な、何だと!? まさか完全なる世界(コズモエンテレケイア)の手先か? それともメガロメセンブリアの間者か!?」


「お、おい、何をやっている、外を見ろ! 敵がまだまだ来るぞ! 防御結界を早く!」


「おのれ~~」


もう何がなんだか分からない。

アスナという少女から自分たちを引き離そうとする者たちも、攻めてくる巨人や大軍に焦っているものたちも、そして最早シモンと黒ニアも含めて全員テンパってた。




「ああああ~~~~もう、一体何がどうなってるんだよオオオオオオ!!??」




頭を掻き毟りながらわけが分からずに叫ぶシモン。


だが、そんなシモンたちの前に、更なるわけが分からぬ事態が襲い掛かった。






「オラアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」







「「「「「ッ!?」」」」」






それは正に衝撃的だった。



「おいテメエ。さっきの特攻は中々だったぜ。後は俺たちに任せな!」



雷のような轟音を響かせて、巨人が両断された。

シモンのドリルでもバランスを崩すだけで精一杯の巨人を、その男はまるでテーブルの上の料理をなぎ払うかのように容易く巨人を蹴散らした。

その男はシモンのようなグレンウイングもないのに空に浮き、杖のようなものを持っている。

白いマントを靡かせて、塔にいる自分たちを守るかのように襲い掛かる大軍の前に立ちはだかるその男は、アスナという少女同様に自分たちの良く知る少年と同じ髪の色をしていた。



「お、お前は一体・・・・」



「ん? 俺様を知らねえのか? ちった~有名人になってるかと思ったのによ」



自分たちに振り返るその男はまだ若い。まだ、少年のような幼さを持ち、シモンと近い年齢に見えた。

そしてこれまた自分たちが良く知る10歳の少年の顔と似た顔立ちをしていた。


「な・・・・!」


「どういう・・・こと・・・」


その男の顔立ちを見た瞬間、シモンとニアは衝撃を受けてしまった。


「お、おおお!」


「お前はまさか、紅き翼(アラルブラ)・・・千の呪文の!?」


口を開けたまま固まってしまったシモンと黒ニアの傍らで、ローブを羽織った老人たちが現れた男を見た瞬間声を上げる。


「何だ・・・やっぱ有名じゃねえか」


男は老人たちの言葉にニッと口元に笑みを浮かべて、自信満々な少年のような笑みを浮かべて叫んだ。




「そう! ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!!!」





そう、これが全ての始まりだった。



「えええええええええええ!? ス、スプリングフィールド!? でもナギって・・・ネギじゃなくて!? えっ・・・でもまさか・・・あの人、先生の・・・」



「・・・ええ、あの顔つき・・・まさかネギ・スプリングフィールドの兄弟? いえ・・・それとも親戚か何かでは・・・」



シモンとニアのテンパリ具合は半端ではない。

しかしそんな二人を置いてきぼりに現われたナギという男、そしてそのナギという男に続いて現われた二人の男。

一人はローブを羽織、一人はメガネをかけた剣士まで現われ、三人で次々と怪物たちを蹴散らしていく。



「安心しな、俺たちが全部終わらせてやる」



正に圧巻だった。

自分たちと同じ人間とは思えぬほどの圧倒的な力で三人は次々と敵を蹴散らしていく。

まるで映画を見ているような光景だった。

しかしシモンは少し震えながら黒ニアの手を握ると、動揺しながらも黒ニアもしっかりと手を握り返してきた。

そう、この温もり・・・やはり夢でも幻でもない。

目の前で繰り広げられている光景は、紛れもなく現実だった。


「おう、どうしたんだよお前ら。安心して気が抜けたか?」


「えっ?」


敵の手が一段楽したのか、ナギと二人の男が塔の中まで入ってきた。


「それにしても・・・お前らスゲーな。ドリルで鬼神兵に突っ込む奴なんざ初めて見たぜ。・・・名前は?」


「えっ・・・名前? 俺は・・・シモン。この子はニアだ」


「へえ、シモンとニアか。しかしその格好を見る限りオスティアの人間でも無さそうだな・・・お前ら一体誰なんだ? それにさっきのドリルは魔法じゃ無さそうだが何だったんだ? それに何でこいつらを守ったんだ? 死ぬかもしれなかっただろ?」


「え・・・え~~っと」


ナギは次々と質問してくるが、既に混乱気味のシモンにも黒ニアにも答えられるはずもなく、既にオロオロしていた。


「こらナギ、威嚇するな」


「ああ~? 何だよ、詠春! 威嚇なんかしてね~よ、ただちょっとこいつらが気になっただけだ」


質問攻めしてくるナギの頭を掴んで落ち着かせるのは、メガネを掛けた剣士。こちらの人は見たことない人だった。


「えっとシモン君にニア君だな? こいつが失礼をした。私の名は近衛詠春だ。それでこっちはナギ」


「えっ・・・は、はあ・・・・ン? 近衛ってまたどっかで聞いた事があるような・・・・」


ナギとは違い随分と落ち着いた大人の物腰の男は詠瞬と名乗り、雰囲気からして話が通じそうな気がした。


「おやおや、二人とも、どうやら敵の手はまだ終わっていないようですよ?」


そしてナギと詠春に続き、ローブのフードを被っている男が外を見ながら呟いた。


「ん? ちっ、ゾロゾロと来やがって。だが、上等だ。全部まとめて蹴散らしてやらァ!」


外には先ほどナギたちが相当の数の化け物たちを倒したというのに、未だに敵がゾロゾロ集まりだした。

それを見てナギは一度舌打ちをするが、これだけの大軍を前にして臆するどころか自信満々に叫んだ。

そしてナギは振り返り、鎖で繋がれているアスナの傍へ行き、腰を下ろして微笑んだ。


「よう、嬢ちゃん。名前は?」


「・・・また?」


「はあ? また?」


「・・・・・・・・・・・・・アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア・・・」


「おお、長げえな・・・だが、いい名だな、アスナ」


そう笑ってナギは立ち上がる。


「おう、シモン、ニア! 俺らはちょっくらあの雑魚共蹴散らしてくる。それまではこのアスナを頼む。テメエらのほうがこのジジイ共より信用できそうだ」


「え、えええ!?」


「じゃあ、頼んだぜ! そんじゃあ、行くぞ! 詠春! アル!」


勝手にシモンたちにアスナを任せて、返答を聞かぬままナギは二人の仲間を引き連れて歩き出した。


「やれやれ」


詠春は少しため息をつきながら刀を抜き、


「はいはい」


もう一人の、アルと呼ばれた男はローブのフードを取り、ナギに続いて進みだした。

だが・・・


「え・・・・・・・・・」


アルと呼ばれた男がフードを外した瞬間、その男の顔を見てシモンは目を疑った。

ナギやアスナ姫とやらと違い、他人の空にとかいうレベルではない。

今日出会ったばかりだが、そこに居た人物は、紛れもなく自分が武道大会で会った人物そのものだったからだ。


「ク・・・ク・・・・ク・・・」


「ん? どうしたました? シモン君でしたね? 私の顔に何かついてますか?」


微笑むその男は、最早間違いない。




「クウネル・サンダース!? な、何でお前がここに!?」




そう、そこに居たのは間違いなくクウネル・サンダースだった。

だが、その男はシモンに言われた瞬間、首を傾げた。


「クウネル? 何ですかその名前は・・・私の名は、アルビレオ・イマですよ?」


「な、何言ってんだよ、どっからどう見てもクウネルじゃ・・・・」


「ふむ・・・しかし、クウネル・サンダースですか・・・・ふむ、詠春が以前言っていたフライドチキンの人の名前に似ていて、尚且つ・・・食う寝る
・・・ふふふ、実に素敵な名前ですね、気に入りました♪」


「いや、そうじゃなくてお前は!?」


クウネルはまるで自分を初めて見た人物の様に接してくる。

いや、様にではない。本当にクウネルは自分の事を知らないのだ。

それどころか、武道大会ではあれほど誇らしげに名乗っていたクウネルという名ではなく、アルビレオ・イマと名乗っている。


「おい、アル! さっさと行くぜ!」


「あっ、はいはい。それでは私にはやることがあるので、話はまた後でゆっくりと」


「ちょっ、待って!?」


「では♪」


ナギ、詠春、クウネル・・・いや、アルの三人は大軍へ向かって飛び出した。

そして再び先ほどと同じような圧倒的な力で戦場を駆け抜けていく。

だが、今のシモンたちには最早それに驚くことすら疲れてしまった。



「もう・・・・・・何が何だか分からない・・・・」



ようやく搾り出せたのはそれだけだった。










「バカな・・・・・どうなっている・・・・どうして・・・」


そんなシモンたちと少し離れた場所で、フェイトは目の前に広がる光景に唖然としていた。

本当は、フェイトはシモンとニアの存在に直ぐに気づいた。

少し離れた場所に飛んでしまったが、意外と近くにフェイトも居たため、急いで合流しようとした。

だが、目の前に広がる光景に衝撃を受け、フェイトはその場から一歩も動けずに居た。



「封印されていたゲートが起動してしまった・・・しかしそれは世界樹の大発光の影響による誤作動だと考えればいい・・・だからここが魔法世界(ムンドゥス・マギクス)なのは構わない・・・しかし・・・どういうことだ・・・?」



フェイトはワナワナと震えていた。



「図書館島のゲートはオスティアに繋がっていた・・・だからここが・・・オスティアの遺跡であるのならば僕も納得する・・・なのに・・・何故こんなところに僕が居る! 何故・・・何故彼らがここに居る! 紅き翼(アラルブラ)が・・・何故この時代に!?」



フェイトもまた混乱していた。

だが、何もかもが分からぬシモンとニアと違い、フェイトの頭には一つの仮説が浮かんでいた。



「まさか・・・まさか・・・・」



それは信じられないこと。

しかしそうでもないと納得できないこと。



「僕たちは・・・20年以上前の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)に・・・タイムスリップしてしまったのでは・・・・」



そんな時間跳躍などというものを、フェイトも直ぐには信じることが出来ず、未だにシモンとニアに合流できずに呆然としていたのだった。







そんな彼らの状況をまったく知らずに、武道大会の大会主催者席で、超は一人あることに絶叫していた。





「ああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! ・・・シモンさんにグレンウイング渡したとき・・・間違えてカシオペア付けてた私のをあげちゃたヨ・・・あ、アレが無いと私は未来に帰れな・・・いや、後ですぐ返してもらえれば・・・しかしもしシモンさんが作動させてしまったら・・・・いや、シモンさんは魔法使いじゃないから大丈夫だと・・・・」




とにかく言えることは、大丈ばなかったということだった。




そう、間もなく始まる。



歴史に語られることのなかった伝説の話を。



異界の過去へと飛ばされてしまった、シモン、ニア、そしてフェイト。



愛と友情の逃避行の果てにたどり着いてしまった世界の時代から、三人は果たして戻って来れるのか?



だが、どうなるかは分からないがとにかく言えること・・・



それは・・・



この三人は何かをするということだった!





後書き

やっちまった・・・・・・・・

うん・・・・もうちびっとだけ続けます。


しばらくネギ君出てこないので、ネギファンの方は注意してください。




[24325] 第15話 全部受け入れてやる!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:276b91fe
Date: 2010/12/30 23:12
「バカな・・・そんなことがあるはずねえ・・・デタラメ言ってんじゃねえよ!」


「デ、デタラメなんかじゃないよ・・・」


「嘘だ! んなこと信じられるかよ!」


先ほどまでは轟音、爆音、雷音が響き渡った戦場も今では静まり返っている。

辺りには巨人や鯨の飛行船の残骸が死屍累々と積み重なっている。

ナギを先頭とする紅き翼(アラルブラ)と呼ばれた男たちの戦果は、敵の脅威にさらされた小国を見事に救いだし、周りでは年老いたじいさんたちが浮かれていた。

だが、そんな中でナギはシモンの胸倉を掴んで詰め寄っていた。

その後ろでは真剣な表情で黙りこんでいるアルに詠春。

そして鎖から解放されて自由になったアスナ姫と手をつないで、こちらも無言のままのニアが二人のやり取りに口を挟めないでいた。


「嘘だ・・・なあ、嘘だって言えよ・・・・・」


ナギは瞳に涙を浮かべていた。


「本当・・・だよ・・・もう、随分前の話だよ・・・」


ナギに胸倉つかまれながら告げるシモンの言葉に、ナギは絶望の表情を浮かべて、自分の体重を支えられないぐらいよろめいた。


「なんてこった・・・・・そんなことが・・・」


ナギが知った衝撃の事実。それは・・・



















「アラレちゃんが終わっていたなんて・・・・・・・」



大好きな漫画が終わっていたことだった。


「うん・・・でも、終わったのは本当に20年以上も前の話だよ? 本当に知らなかったの?」


「ああ・・・日本に行くたびに毎回楽しみに読んでいたのに・・・アニメも楽しみだったのに・・・そんな・・・畜生、Dr.スランプを終わらせるなんてなってねえぜ! 日本ではドガベンまで終わったみたいだし・・・日本を代表する漫画が終わった・・・日本の文化も、もう終わりだぜ」


ナギはこの世の全てが終わったかのような表情を浮かべてそのまま地べたに腰を下ろした。

あれほどの圧倒的な力で巨人たちを倒した男が、とても情けない顔をしていた。


「え・・・ええ? 今の漫画の代表作はワンピースにナルトにブリーチだよ? それにしてもドラゴンボールじゃなくてアラレちゃんだなんて・・・それにドガベンは今でもやってるよ? プロ野球で」


「な、なにい!? まさか、山田や岩鬼がプロ野球を舞台に暴れているのか!? く~~、見て~~!」


最初は落ち込んだものの、シモンの言葉ですぐに目を輝かせるナギ。


「しっかし、ワンピース? ナルト? ブリーチ? ドラゴンボール? 全然知らねえけど、それは面白いのか? 俺が知ってるのは、うる星やつらとか、キャプテン翼とかなんだが・・・」


「キャプテン翼は今でもやってるよ! 翼も日向も若林も海外のプロチームでプレーしてる」


「なんだと!? へへへ、あの三人なら日本のサッカーを変えると思ってたぜ! 俺、日本人じゃねーけどな」


相当な日本通なのか、シモンも漫画やアニメの情報に通じているためにナギとの会話は何故か盛り上がった。


「しかし君たちが旧世界の麻帆良学園の生徒で、事故に巻き込まれて気づいたらこの世界に居た・・・そこまではとりあえず信じるけど、まさか・・・未来から来たなどと言うとは・・・しかも2003年の人間とは・・・」


漫画談義でシモンと盛り上がるナギの横から詠春が首をかしげながらシモンに訪ねる。


「うん、俺もおかしいとは思うけど、詠春さんやナギ達が、今の地球の西暦を1982年って言うんだったら、そうとしか考えられないよ」


「う~む・・・しかしそれを証明出来るのが漫画だけというのも・・・」


シモンとニアは自分たちの身に起こったこれまでの経緯をナギ達に詳細に話した。

詠春が日本人であることが幸いし、思いのほか会話が簡単に成立し、自分たちが今いる場所はファンタージーの極みとも言うべき異世界だということまですんなりと納得することが出来た。

しかしその際、シモンとニアが知っている日本や流行などの話に食い違いが生じ、試しに今の地球の西暦を聞いてみると、自分たちの居た時代から20年以上も前の時代ということが判明した。


「しかしシモン君もニアさんも・・・やけに簡単に現実を受け入れましたね。普通はあなたたちのように魔法の知らない一般人は、夢だとか幻だとか言って受け入れようとしないのですが・・・」


「クウネルさん・・・あっ、いや、アルだった・・・・まあ、俺もそう簡単には信じられないし、冷静に考えれば異世界とかタイムスリップとかとんでもないこと言ってると思うけど、あんな空飛ぶクジラとか巨人とか、それを生身で倒しちゃう人たちを目の前で見ると、何だか何でもアリのような気がして・・・」


ある意味、中途半端な魔法の知識がない分、魔法というものが存在し、巨人が存在し、人間が生身で倒せ、異世界まであるのだからタイムスリップぐらいあるだろうというのがシモンとニアの見解だった。

対して詠春やアル達は魔法の世界と深くかかわっているために異世界への漂流者というものを信じても、時間跳躍というものだけは簡単に信じられなかった。

それを信じてもらうための未来の知識として漫画の話になったのだが、ナギはその話を聞いた瞬間にショックで落ち込んでしまった。


「う~ん・・・私は漫画には詳しくないから何とも・・・そうだ、ならばあれはどうなった! ノストラダムスの大予言は!?」


他に何か未来を証明できるものは無いかと思った詠春はパッと思いついたことを訪ねてみる。


「う、うん・・・恐怖の大王は出てこなかったよ」


「何、本当か!? そうか、それは良かった。いつの日か恐怖の大王と戦う日が来るのかと不安だったからな! なるほど・・・うん、他には! 他には何か未来の情報はないかい?」


「えっと・・・詠春さんたちの年代からだと・・・そうだ、サッカーのワールドカップに日本は出場してるよ? 海外の有名なプロチームでプレーしている日本人はたくさん居るし・・・」


「な、なにィ!? サッカー後進国とまで言われた我らが日本が!? 何と・・・そうか、それが先ほどのキャプテン翼の影響か?」


「うん、日本のサッカー競技人口が野球に負けないくらいに増えて、今では日本にプロサッカーチームがいっぱいあるよ」


するとシモンの答えに興奮したのか、クールな剣士かと思いきや、身を乗り出して目をキラキラ輝かせてシモンに詰め寄った。


「・・・・・・・・・どうやら本当みたいですね」


「あなたは信じるのですか、アルビレオ・イマ」


未来について語り合うシモンたちの横で、一歩引いた場所から苦笑しながらアルは黒ニアに話しかける。


「まあ、ありえないことがあるのも、また現実。因みに、私のことはアルで良いですよ。アスナ姫もよろしく」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぷいっ」


「おやおや、嫌われているのですかね?」


黒ニアの背中に隠れてアルから顔を逸らすアスナ姫。


「他に未来を証明するような物は無いのかい?」


「う~んと、それなら携帯電話とか・・・」


「なにっ、携帯電話? あの、電話線が無くても使えるトランシーバーか?」


「うん、俺の居た時代では子供でも一台持つのは当たり前の時代だから・・・ほらこれだよ」


ポケットから携帯電話を取り出して詠春に見せるが、詠春も自分の知識とはまったく形状の違う携帯電話というものにうろたえた。

ナギも興味を持ったのか、詠春の肩越しからシモンの携帯電話のディスプレイを覗き込んだ。


「スゲーじゃねーかよこれ。こんなに小さいのか? 確か俺の知ってるものはもっとでかかったが、未来ではこんな風になってるのかよ。俺らは念話が出来るから必要ねーけど・・・」


「しかし画面が綺麗だ・・・ん? シモン君、このデーターフォルダというものは?」


「ああ、それは音楽とか写真とか動画とか入れる場所だよ。例えばこの携帯電話についているカメラで撮ったものがこの中に保存されるんだ」


「写真に音楽まで? す、凄い機能だな・・・未来ではカメラもラジカセも必要ないのか・・・じゃあこの中に松田聖○の音楽とかも入れられるのか・・・写真もすごい綺麗だし・・・」


「はは、そのお陰で未来では一日中携帯ばっか弄ってる人たちや、携帯が無いと生きていけないという人たちも居るよ」


「は~ん、そらまた・・・便利になってるようで変な風にもなってるんだな~」


シモンに渡された携帯電話を弄くりながら、遠い未来のことを頭の中で想像していくナギと詠春。


「ん・・・・」


だがその時、携帯を弄くっていた詠春の手が止まり・・・


「おっ!」


「ぶふうううう!?」


ナギが目を輝かせ、詠春は顔を真っ赤にして噴出した。


「えっ・・・二人とも・・・どうしたの?」


自分の携帯電話を見て、妙な反応を見せる二人。シモンも少し嫌な予感がした。


「シモ~ン・・・この携帯電話ってのは本当にスゲーな!」


「えっ?」


「これなら親に隠れてコソコソ家のビデオデッキ使ったり、夜中こっそり起きて寝静まった両親との攻防戦とかね~んだろ?」


ナギは何だか携帯のディスプレイを見ながらニヤニヤしている。


「ななな、何と破廉恥な・・・シモン君・・・君はまだ学生だろ! これはどういうことだ!」


その時シモンは思った。「ああ、やばい」そう思った。

詠春とナギが答えを見せる前に、二人が何故このような反応を見せたのかが直ぐに理解できた。

多分アレだ。シモンの携帯電話のデーターフォルダの中に入ってるアレを見てしまったのだろう。

シモンもやはり学生だ。

そういうことにも興味あるし、カミナとかキタンとかとつるんでいれば、そういう話で盛り上がったりするのも思春期の少年ならではだ。

それはニアという死ぬほど可愛い彼女がいても、ソレはソレ、コレはコレなのである。

自宅にあるソレ系の本やDVDはどれだけ隠してもニアというより、黒ニアに見つけられて処分されるため、シモンの残る手段はパソコンと携帯電話しかない。

自宅のパソコンのハードディスクの中にあるソレ系のものは、カモフラージュのフォルダに入れて誤魔化したり、何重ものファイアーウォールで守護している。

しかし携帯電話だけはそうもいかない。

シモンの失敗は、未来の知識や技術を見せることばかりを考えて、黒ニアの前でそれを無造作に見せてしまったことだった。



「ほう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



冷え切った少女の声が、場に響いた。

その瞬間シモンも、そして一騎当千の強さを見せたナギや詠春も思わず寒気がして、ガタガタ震えながら後ろを振り向くと、黒ニアが無表情のまま、まるで汚物を見るかのような目でシモンの携帯電話に流れている画像を見ていた。


「おやおやこれは中々の鮮明な画像で・・・」


「・・・・・・・・・・・・変態・・・」


「はうあ!?」


いつの間にか一緒に携帯の画面を覗き込むアルにアスナ姫。とくにアスナ姫の言葉はグサリとシモンの胸に突き刺さった。

だが、落ち込んでいる暇などない。

背後に猛吹雪と黒い影を身にまとったニアがシモンに近づき・・・



「・・・・・・シモン・・・・・」



「ち、違うんだよ、ニア! こ、これは迷惑メールで一緒にくっ付いてきたのが自動的に!?」



「ふふ・・・ふふふふふふふふ」



「ア・・・あう・・・あ・・・あ・・・・・・・」



黒ニアさんのOSHIOKIDABE~のため、少し話が中断されました。



「こえ~な・・・シモンの嫁さん。俺はゼッテー結婚するなら女王様タイプはダメだな・・・」



「おやおや、未来はどうなるのか分かりませんよ、ナギ」


















「んで? オメーらは結局これからどうするんだ?」


シモンへのお仕置きが一通り終わったのを見計らって、少し顔を引きつらせながらナギが聞いてきた。


「どうとは?」


「だって旧世界に帰すことは何とかしてやれるが、流石に21世紀まで帰すことは俺らにも出来ねーからよ。俺らはドラえもんじゃねえからよ」


「・・・そうですね・・・」


ナギに問われてようやく本題に入る。

ナギたちもどうやらシモンたちが未来からの漂流者ということは信じてくれたようだが、次の問題はどうやって帰るかだ。


「・・・実は・・・私たちのほかにもう一人仲間がいるのです・・・転移をする際にはぐれてしまったのですが・・・」


黒ニアはあごに手をやりながら呟いた。

そう、忘れてはいけない。

この世界に来たのはシモンとニア、そしてフェイトである。


「おや、お仲間がもう一人?」


「むう、それは危険だ・・・その人が君たちと同じ旧世界からの一般人なのだとしたら、今のこの世界は危険すぎる。早急に探す必要がある」


まだ遭難者がいることを聴いた瞬間、アルも詠春も表情を変えた。

そう、もしこの世界のように巨人やら化け物やらが居る世界に無力な人間が放り込まれたら一たまりもない。


「しょうがねえ。俺らも協力してそいつを見つけてやるよ」


「ナギ! いいの?」


「あたりめえだ、シモン。俺たちはもうとっくにダチだろうが? ダチのダチなら見捨てるわけにはいかねえよ!」


ニッと笑うナギからは同じぐらいの年齢とは思えぬほどの頼もしさを感じ、シモンもうれしくなる。


「よっし、ちなみにそいつの名前は何て言うんだ? どんなやつなんだ?」


「うん、そいつの名は・・・・」


ナギたちという心強い仲間を得て、さっそく離れ離れになった友を探そうとシモンも意気込み、フェイトのことをナギたちに教えようとする。

だが・・・





「そこまでだ・・・・・・・・・」




「「「「「ッ!?」」」」」




巨大な石柱が紅き翼(アラルブラ)たちの前に降り注ぐ。



「なっ!?」



「敵ですか?」



「ちっ、誰だ!! シモン、ニア、無事か!」



素早い反応で襲い掛かってきた石柱から避けるナギ、詠春、アル。さらにナギはアスナ姫まで抱えてその場から飛びのいた。



「うん、無事だよ!」



「問題ありません」



石柱は明らかにシモンやニアではなくナギたちだけに降り注いだ。ゆえに、二人が巻き添えを食らうことはなかった。

とっさのことでアスナ姫は守れたが二人を助けられなかったと思ったナギは、シモンとニアの声を聞いてホッとし、すぐに目つきを変える。


「けっ、どこのどいつか知らねえが。随分と乱暴な挨拶じゃねえか。しかも並みの使い手じゃねえ。・・・いいぜ、上等だよ。どっからでもかかってきやがれ!」


強力な新手が襲ってきたのだと思ったナギはすぐに杖を持って身構える。

だが、石柱が降り注いだことによって巻き起こる砂塵が、やがて更なる大きさになり、自分たちに襲い掛かってきた。


「ん、なんだこりゃ?」


「これは・・・砂?」


「気をつけるのです、ナギ、詠春! 相当のやり手だと思います!」


砂塵が視界を阻む。これを見るだけでナギたちには敵が相当な実力だと理解し、警戒心を高める。

だが、この術者の狙いはナギたちではない。



「さあ、今のうちに行くよ」



その者は砂塵にナギたちが気をとられている隙に・・・


「えっ・・・?」


「あなたは・・・」


シモンとニアの二人を掴み、素早く転移魔法でその場から姿を消す。


「なっ・・・なにッ!?」


「これは・・・」


「シモン君・・・ニアさん・・・・」


その間わずか数秒。

追跡のための痕跡も残さずに、砂塵が晴れたナギたちの前にはシモンとニアの姿が消えうせていたのだった。














「ふう・・・危ないところだったね・・・・」


転移魔法でシモンとニアを連れてきたその男はホッとため息をついた。


「あれはお前がやったのか? フェイト・・・」


「うん。君が僕の名前を彼らに教えようとしていたからね」


二人を連れてきたのは逸れていたフェイト。


「何であんなことしたんだよ? ナギたちはみんな良い奴で、俺たちのことも助けてくれたんだぞ? それなのにあれはないじゃないか!」


「うん・・・まあ、そうなんだけどね・・・」


「それにフェイト。さっきのアレ、やっぱり魔法っていうやつなのか? お前の正体はナギたちと同じ魔法使いなのか?」


シモンは少し怒り気味である。黒ニアも無言のままそれを止めない。

いきなりナギたちを攻撃して強引に自分たちを連れてきたフェイト。そしてその正体。シモンは少し口調を荒くしながらフェイトに問い詰める。


「シモン・・・・」


対してフェイトは無表情だが、少し答えにくそうにしている。


(いくらフェイトという名前を出しても、アーウェルンクスの名を出すわけにはいかない・・・それに近衛詠春とはいずれ京都で会うことになる・・・妙なことで歴史を狂わせるわけにもいかないしね・・・・)


フェイトが考えているのは、どこまでを答えることが出来るのかだった。


(しかしアスナ姫やサウザンドマスターとシモンが会ったのは予想外だが、よくよく考えればアルビレオ・イマは学園祭で会ったとき、僕やシモンのことを知っているようだった・・・ならば、僕たちはこの世界で面識が・・・? ・・・ということは、現在麻帆良学園の武道大会に居るアルビレオ・イマは過去にタイムスリップしていた僕たちと会ったことが? ならば、僕たちがタイムスリップしてしまったことは、時の流れを捻じ曲げる行為ではなく、正しい時の流れとして起こっていることなのか・・・・)


だが、考えれば考えるほど深みにはまっていく。

正直フェイト自身もタイムトラベルなどというものを経験したことはない。

だからこそ、どこまでがタブーで、どこまでを口にして良いのかの線引きがいくら考えても出来なくなっていく。


「おい!」


「うわっ!? シ・・・シモン・・・」


だが、そんな頭から湯気が出るくらい考えていたフェイトの目の前には、いつの間にかドアップでシモンが覗き込んでいた。


「うわっ、じゃないよ。そんなに考え込んで・・・俺、そんな難しい質問をしたか?」


「い、・・・いや・・・」


「・・・ひょっとしてフェイトはナギや詠春さんのことを知ってるのか? 武道会ではアルのことも知っているようだったし・・・」


「・・・・・・」


「フェイト!」


フェイトは再び黙り込んでしまった。

そう、何より悩むのはそこだ。フェイトは自分と紅き翼(アラルブラ)の関係を言うことが出来なかった。


(・・・僕は彼らと何十年にも渡る因縁を持った完全なる世界(コズモエンテレケイア)の人形・・・彼らの敵・・・世界を破滅に導く悪人・・・・・・・どこまで言えばシモンたちは納得してくれるか・・・いや、納得はしないだろうな・・・・)


感情も心もないはずのフェイトの心を、見えない何かが締め付ける。


(シモンたちだけは巻き込みたくなかった・・・魔法の世界を知らずに時を過ごして欲しかった・・・しかし知ってしまった以上教えるべきなのか・・・いや、危険すぎる・・・だがこれから未来へ帰るに向けて、この世界では極力余計なことをしないためにもある程度のことは教えた方がいいだろう。・・・だが、そうなると歴史の流れを知っている僕・・・そしてサウザンドマスターたちに協力してもらうわけにはいかない事情も語らなければ・・・)


一人ならば考えることはなかっただろう。

昔ならこれほど悩むことはなかっただろう。

いっそのこと全てをぶちまけてしまえば楽だった。だが、今の自分には出来ない。

思ったことを口に出来ない歯痒さでフェイトは思わず唇をかみ締める。

すると・・・


「・・・フェイト・・・・」


「えっ?」


フェイトの両肩をしっかりとシモンが掴んで正面から見つめてくる。


「・・・シモン?」


シモンの目は真剣で、フェイトの瞳をしっかりと見据えていた。


「フェイト・・・じゃあ・・・今はこれだけ答えてくれればいい」


「えっ?」


「フェイトは、魔法使いなんだな?」


真剣な眼差しで見てくるシモンの瞳は、濁りも無く真っ直ぐだ。

フェイトは思わず視線を逸らしたくなる。

だが、シモンの真剣さに押されて、とうとう首を縦に振ってしまった。


「・・・そうだ・・・僕は魔法使いだ」


フェイトは答えた。


「そして僕は先ほどの紅き翼(アラルブラ)と何十年にも渡って対立する組織の幹部だ。さっきの攻撃は、僕の情報を知られたくないから・・・ただ、それだけだよ」


「フェイト・・・」


「どうだい、驚いたかい? しかも僕はただの魔法使いじゃない。その気になれば僕は先ほどの彼らと同等に戦える力を持ち、君たちの首を一瞬で跳ね飛ばすことも・・・世界を滅ぼすことも可能だ・・・」


口をポカンと開けるシモンとニア。

そんな二人の予想通りの反応に、少し胸がズキンしながらも、フェイトは無理やり自嘲気味に笑った。


(これで終わりだな・・・早いところ未来へ帰る手段だけ考えて・・・未来へ帰ったら早急に彼らの前から・・・・)


フェイトはもう諦めた。

嘘や誤魔化しがシモンの前で出来なくなったために、真実を語った。

もう自分はシモンたちと一緒に居ることは出来ないだろう、そう悟ったからこその自嘲だった。


「そっか・・・」


「・・・えっ?」


だがシモンは・・・


「うん、本当のことを教えてくれてありがとな!」


どこかスッキリとした顔でシモンは笑った。


「シモン・・・・何で・・・」


「えっ?」


「僕が怖くないのかい? まさかたったこれだけの付き合いで僕が良い人だとでも思っているのかい?」


「えっ・・・何で?」


「いや、何でって・・・」


シモンの予想外の反応に、フェイトも少し震えた。だが、少し「ん~」と悩んだ末に、シモンはまた笑った。


「ん~、確かにもっと前だったり、フェイトとの付き合いがもっと浅かったら怖かったかもしれないけど、もうフェイトとは友達になっちゃったから今更怖がるとか憎むとかそんなこと全然思いつかないし、・・・それに今も言ってくれてたじゃないか」


「言ってくれた? 僕が・・・何を・・・」


「本当のことをだよ」


「ッ!?」


「それこそ嘘で誤魔化せば良いのに、フェイトはちゃんと答えてくれたじゃないか。ずっと隠してたことを・・・隠していたかった事を教えてくれたんだ。だったらそれでいいよ」


嘘をつかなかった。隠し事をしなかった。


「それがどうした。たったそれだけで僕のことを信じるというのかい!」


たったそれだけで笑うシモンに、フェイトは納得できずに詰め寄る。


「そういう問題じゃないさ」


「・・・なに?」


「もっと単純なことだよ。ナギたちにとってフェイトが敵でも・・・俺たちにとっては、フェイトは敵なんかじゃないってことだよ」


シモンがフェイトに手を伸ばした。


「例え隠し事があったとしても、俺たちと僅かな期間でも一緒にバカやって過ごしていたフェイトは嘘じゃないよ。多分アニキたちもそう言うはずだ。ゴチャゴチャ言ってんじゃねえってね。だから俺も言うよ」


「・・・・・・」


「フェイト、まずは一緒に帰ろう。ゴチャゴチャ考えるのはそれからにしようよ。フェイトはとっくに俺たちの部活でもクラスでも頭数に入ってるんだからな!」


目の前の小さな男が差し出す手は、握ってみればとても大きく分厚かった。


「バカだよ・・・君は・・・たったそれだけで・・・自分がどれほどの凶悪犯罪者を受け入れようとしているのか分かっているのかい?」


「そんなこと言われても分からないよ。だってそれは魔法の世界での話しなんだろ? でも、魔法使いでも何でもない俺が怖くないって言ってるんだから、それでいいじゃないか。それに俺たちがバカなんて、今更言われたって困るよ」


「・・・・・・・・シ・・・モン・・・」


「俺もさ・・・アニキたちと同じで、世界がどうとかそういう頭使うことは分からないんだ。だからさ、思ったとおりに俺らしく生きる。そう教えてくれたのがアニキで・・・ネギ先生で・・・それを忘れてた俺に、そう言って思い出させてくれたのはお前じゃないか」


「・・・僕が?」


「うん。武道大会でお前がそう言ってくれたから、俺は戦えたんだ」


一般的な高校生からすればシモンはとても小柄な体格なのに、その手がとても大きく逞しく、そして温かかった。

フェイトは自問した。

自分たちのように世界を舞台に動く魔法使いたちからすれば取るに足らない日常を送っているシモン。

しかしそれでもシモンはその日常を強く生き、自分の前に立ちふさがる困難から逃げずに立ち向かった。

それがロージェノムとの戦いだ。

その困難は自分やネギやナギたちのようなレベルからすれば大したことがないのかもしれない。

しかしそれでもシモンはシモンなりに懸命に戦った。アレだけボロボロになりながら、血まみれになりながら自分の心に正直に戦った。

そのことがシモンの手の平から改めて分かった。

そう、シモンも己の心に正直に命懸けで戦った男だからこそ、嘘をつかない。

だから、シモンが今口にしている言葉は本心なのだ。


「そうです!」


「・・・ニア・・・」


「私も、フェイトさんのお友達です!」


シモンとフェイトの握った手の上に、ニアもそっと手を添えて微笑んだ。


「三人で、私たちの帰る場所へ帰りましょう! 皆私たちのことを待っています!」


黒ニアではなく、表のニア。彼女もまた決して嘘をつかずに本音しか喋らない。



(あ・・・)



だからこそシモンと同様、ニアも決してフェイトを恐れたり距離を置こうという意思などまるで感じさせなかった。



(ああ・・・そうか・・・どうして今までシモンたちに戸惑っていたのか・・・)



その時フェイトは、これまで心の中で複雑に絡まっていた何かをようやく紐解くことが出来た。



(ようやく分かった・・・これがそういうことなんだ・・・・・そうか・・・・・)



シモンやカミナたちに流され、無視すれば良いのに関わって、無茶するとほっておけなくて、さっさと消えれば良いのに消えずに学園に留まり続けていた理由。



(僕は・・・・シモンたちのことが好きなんだ・・・・)



心がないと思っていたときには理解できなかった感情。

自分の事を理解できるはずがないとカミナに断言してからそれほど日は経っていないというのに、いつの間にか自分は皆を認めていた。


(バカ正直で・・・無知なのにいつも一生懸命で・・・熱くて・・・温かくて・・・心がある。そんなシモンやニアやカミナたちと一緒に居ることが・・・・・でも、計画を実行する時が来れば別れなければいけなくなるから・・・その気持ちに気づかないように、知らないようにしていたんだ・・・・)


自分が今まで知らなかった思い。

それを初めて抱いたからこそ自分は戸惑っていたのだと、フェイトはようやく理解した。


「そうだね・・・帰ろう・・・」


少し顔を俯かせて、フェイトはそう頷いた。


(すまない・・・シモン・・・ニア・・・みんな・・・・未来に帰ったらやはり僕は君たちの前から消える。その想いが余計に強くなった・・・)


そしてたどり着いたのは悲しい決意。


(この世界はやはり滅ぼさなければならない・・・そうしなければ・・・この世界の民との生存を賭けた戦いに地球が巻き込まれてしまう・・・そうなれば君たちに危害が及ぶ・・・当たり前の日々を当たり前のように過ごして、バカばっかやる君たちの毎日が無くなる・・・・そんなことは絶対にさせない・・・・)


それが生まれて初めて抱いた人形の意思。


(主の夢想を叶えるためではない・・・僕は君たちの明日を守るために悪になる・・・それが自分で決めた、僕の意思だ)


フェイトは切ないまでの想いを内に秘めたまま、シモンとニアと共に未来へ帰るための話を始めた。








「まず前提から話し合おう」


「前提から?」


「そう、僕たちがただの異世界への渡航だけでなく、タイムスリップした原因はやはり超の発明品というこの時計にある」


フェイトはシモンのグレンウイングから取り外した懐中時計を弄くりながら断言した。


「フェイトさん、それも魔法なのでしょうか?」


「いや、魔法だけでそんなことは出来ない。恐らく科学の力も混ざっているんだろうけど、こんなものを個人で開発できるとは・・・どうやら超もただの天才というだけじゃなさそうだね」


「そうか・・・でも、何で超のヤツは俺にこれを渡したんだろう・・・」


それはどれだけ深く考えても分かるはずは無い。

何故なら超は間違えてシモンに渡してしまったのだから。


「とにかくどうやらこの懐中時計型のタイムマシンは、使用者の魔力を動力に動くと見て間違い無さそうだ」


「だったら魔法使いのフェイトがそれを使えば直ぐに帰れるんじゃないか?」


「・・・まあ、とりあえず使ってみよう」


物は試しだと思い、フェイトは懐中時計を握り締めて魔力を込める。

だが、ウンともスンとも言わなかった。


「ダメだな・・・何も反応しない」


「えっ!? 何で?」


「・・・多分・・・これが使用できたのは学園祭期間中だったからかもしれない・・・」


「フェイトさん、どういうことですか?」


フェイトも少し考えながらこれまでの情報を整理していく。


「まずは君たちにも理解して欲しいのは、魔法は万能じゃない。火や水を出したり空を飛んだりすることは出来ても、出来ないことは出来ない。死者を蘇らせたり、ましてや時間跳躍などは現在の魔法では不可能だ」


「う、うん・・・」


「しかし超のこの懐中時計はそれを可能にした。だが、出来ないことをやる以上、何らかの条件は必要だ・・・その条件とは恐らくだけど世界樹の魔力が満ちている時・・・世界樹の魔力と使用者の魔力が動力・・・」


「あの~、先ほどから気になってたんですが、麻帆良学園の世界樹って魔法の木なんですか?」


「まあね、神木・蟠桃といって、膨大な魔力を内に秘めている。そしてその魔力は22年を周期に大発光という形で最高潮に達する」


「ええ!? じゃあ、22年に一度の大発光って魔法が原因だったんだ! って・・・それじゃあそう考えると世界樹がないこの世界じゃ未来に帰れないんじゃないか!!」


その通り。

フェイトの仮説を信じるのなら、ゲートの転送と同時にタイムマシンを発動してしまったためにシモンたちは過去の魔法世界に来れたが、世界樹が無いこの世界ではタイムマシンを発動できないということになる。

しかしフェイトは冷静にシモンたちを落ち着かせる。


「大丈夫。ちゃんと手は考えてある」


「えっ?」


「要するに、世界樹の大発光にも匹敵する魔力が満ちる瞬間ならタイムマシンを発動させることが出来るはずだ。その時にゲートを同時に発動させれば僕たちは未来に帰れるはずだ」


フェイトはその頭脳で、既に大まかな計画が頭の中で立てられていた。


「世界樹の大発光の魔力で20年分の時間跳躍を可能にした。それに匹敵する魔力が満ちる瞬間が、この時代にある」


「それって・・・いつなんだ・・・」


「確か僕の知る歴史では、紅き翼がアスナ姫と出会ったのは、西暦に直すと1982~1983年頃・・・だから今から半年~一年以内・・・世界最古の王都、オスティアの墓守人の宮殿という場所で超膨大な魔力が集中する。その瞬間に賭けよう」


フェイトは少し目を細めて遠い空を見つめながら、自分が知る世界の歴史を語る。


(そう、紅き翼と完全なる世界の最終決戦・・・黄昏の姫巫女の力を使い、世界を無にする魔法が発動する・・・その時、オスティアのゲートとタイムマシンを同時に使い、で2003年の6月21日・・・つまり学園祭の武道大会開催日に跳べば・・・)


フェイトはあくまで冷静に計画の内容を話したが、ある一点だけがシモンたちには重大な問題だった。


「は・・・半・・・半年ーーーッ!? そんなのいくらなんでも長すぎないか!? 半年も居なくなったらアニキ達が心配するんじゃ・・・」


そう、半年から一年など長すぎる。

その間ずっとこの世界で過ごすことになると、自分たちは麻帆良学園では行方不明扱いになっているのではないかと、慌てずには居られなかった。

だが、それすらも心配ないとフェイトはシモンとニアを宥める。


「大丈夫だ。例え半年過ごしたとしても、タイムマシンで僕たちがいなくなった直後の未来へ跳べば問題は無くなる・・・まあ、確かに半年は長いから色々と手はこれから考えるし・・・」


その時フェイトは微かに、ほんの微かにだが微笑んでいた。


「二人に何があってもこの世界では僕が守る。安心してくれ」


しかしその微笑みは、どこか悲しげで優しい、初めて見たフェイトの表情だった。


「フェイトさん・・・」


「フェイト・・・お前・・・」


一体どうしたのだと、直ぐに問い詰めることがシモンにもニアにも出来なかった。


「とりあえず今日はもう遅い。近くの町に行って宿を取ろう。今は戦時中だから、あまり外をうろつくわけにもいかない」


その微笑を見るだけで、何故か切ない気持ちになり、まるでフェイトがこれ以上聞かないでくれと懇願しているようにも見えた。


「う、うん。だけど、お金なんて無いよ?」


「大丈夫。急だったからあまり大した物は持っていないけど、いくつか換金できそうなマジックアイテムを持っている。だけどそれほど長い期間を過ごせる分は無いから、何かお金を手に入れる方法も考えないとね・・・」


「えっ・・・ということは、アルバイトですか! それは楽しみです! 私、以前からアルバイトというものをしてみたかったのです! それにお父様に一人前とは自分でお金を稼ぐことが出来てからと言われていますので、どんと来いです!」


「俺は工事現場で少し・・・そう言えば一生働かないかって、親方に褒められたことがあったな~」


「ふっ、それは心強いじゃないか」


これからシモンとニアは、世界の表舞台には決して出ることの無い世界の裏側を見て、そしてたくさんの人々と出会い、絆を育み、そして成長していく。


「なあ、フェイト。明日からさっそくアルバイト探しか?」


「そうだな・・・まずは当面の必要なものを買い揃えたりしたいね・・・」


「お買い物ですか? 魔法の国にはどのようなものがあるのでしょう」


一方フェイトは、己に記録されている歴史には記されていない歴史の裏側を知ることになる。


「でも忘れないでくれたまえ。この世界は過去の時代。僕も大まかな歴史の流れは教えるけど、あまり余計な・・・いや、やめておこう。余計なことをしないでくれと言ってしまえば逆に、君たちは余計なことをしそうだ」


「な、なんだよそれ~。俺たち信用無いぞ!」


「もう、フェイトさん酷いです!」


「ふふ、僕もこの短い期間でそれなりに君たちのことが分かってきたからね」


今はまだ前を向き、上を向き、そして笑顔で過去の異世界を歩く3人。

しかし今回のこの事故が彼らの運命の分岐点となるのは、既に明らかなことなのである。





(・・・シモン・・・ニア・・・君たちは僕が守る・・・この先何があろうとも・・・・だから・・・それが終わったら・・・・・・・さよならだ・・・)






少年は内に秘めた想いを隠したまま、三人の愛と友情の逃避行の初日が終わるのだった。







後書き

火も風もぶっちゃけどうでもいい。楓の命運もどうでもいい。刹那と月詠もどうでもいい。原作よ、早くセク子ならぬフェイ子を出してください!

さて、文中である通り、6ヶ月とか一年とか本当に魔法世界で過ごすのかと思われた方もいるでしょうが、ぶっちゃ無理です。そこらへんは螺旋力だか気合だか新アイテムだかで誤魔化します。まあ、この時代のこの世界にはいろんな人が居るので・・・


っていうか、フェイトが完全に壊れてしまった・・・

もう、どんなキャラだったか思い出せない・・・



[24325] 第16話 俺の前で女をさらうな!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:28e7e413
Date: 2011/04/10 01:08
一匹の巨大な黒竜が荒野に横たわっていた。

手ひどい傷を負っているが、死んではいない。だが、竜の頭部から生えている二本の鋭い角が、片方へし折れている。

折れた巨大な角の上に座りながら、冷たい瞳をした白髪の少年は呟いた。



「角をへし折るだけで殺さない・・・面倒な依頼だけど、これで完了だね」



自分の体より何倍もの巨体を誇る黒竜相手に、息一つ乱さずに圧倒した男の名は、フェイト・アーウェルンクス。

世界を超え、時代を超え、彼はここに居た。



「20年前の魔法世界に来て、もう4ヶ月か・・・早いものだ」



どこまでも続く空の向こうを見つめながら、フェイトは溜息ついた。



「だが、ついにこの日が来た。一つの大きな歴史の転換期だ。今日を過ぎれば、二人と一緒に・・・オスティアだ」



フェイトは黒竜の角を肩に担ぎながら、その場を後にする。










超巨大魔法都市国家メガロメセンブリア。


それは魔法世界最大の軍事力を擁する、魔法世界有数の大都市である。


巨大な魔力と発達した文明を誇るこの国家こそが、魔法世界の中心的役割を秘め、無私の心で世界の人々のために力を尽くすことを使命としている。


しかし、そんな巨大都市には華やかさだけでなく、薄汚い場所も存在する。



「おい、聞いたかよ。紅き翼の連中の戦果をよ」


「ああ。グレート=ブリッジ奪還作戦だろ? 今じゃ、あの『連合の赤毛の悪魔』率いる紅き翼は、このまま帝都ヘラスを攻め滅ぼす勢いだぜ」




煌びやかで、近代的な建物や文化の誇る首都の隠れた路地裏。


その地域に立つ、一軒の何の変哲もない大衆酒場では、傭兵や軍隊崩れの賞金稼ぎやチンピラのたまり場と化していた。



「あ~あ、英雄様は羨ましいね~。俺も、魔法学校をちゃんと卒業してればな~」


「けっ、テメエがちゃんとしたって、たかが知れてるぜ」


「あん? なんだとコラァ!」



酒と堕落した人間の匂いが充満する掃き溜めの場所。チンピラたちも酔っ払い、ケンカがいつ始まってもおかしくないような環境だ。


だが、ここしばらくは、チンピラたちの大きなケンカは起きていない。


それは、この酒場でアルバイトしている一人の少女の力が大きかった。



「とっても大きな声がしましたけど、何をなさっているのですか?」



薄汚れた酒場には決して似合わぬ、可憐な花。


純白のフリフリのメイド服に身を包んだ、ニア。


彼女は不思議そうに首を傾げながら、胸ぐらをつかみ合っているチンピラたちに尋ねる。


「おおっと、ケンカじゃねえよ~」


「そうだぜ、ニアちゃん。俺たちは仲が良いからよ~」


チンピラは、慌てて互いの肩を抱き合って、笑ってごまかす。


「あら、いつも仲が良くて、とってもいいですね!」


ニアがニッコリとほほ笑む。それだけで、酒場に居た男たちはデレーッと鼻の下を伸ばして、空気が和んだのだった。


「あ~あ、ニアちゃんはいつ見ても可愛いな~」


「しっかし、ニアちゃんがここでバイトを始めて、どれぐらいか?」


「なあ、いい加減、おじさんたちと付き合ってくれよ~」


「ふふふ、ダメです。私には、シモンが居ます」


今では、ちょっとした裏通りのアイドルと化したニア。


「か~、またシモンかよ。あの冴えないガキが」


「いや~、最近アイツも日雇い労働者の間では、穴掘りシモンって言えば、それなりに名の通った有名人らしいぜ?」


「でもな~、ニアちゃんとじゃ釣り合わねえだろ~? せめて、あの白髪の小僧なら、まだ納得できるんだけどよ~」



魔法世界の過去にタイムスリップした。それをどこまで理解しているかどうかは定かではないが、ニアもシモンも逞しく生きていた。


つい最近まで、日本で普通の高校生をしていたニアとシモンが、魔法という異形が当たり前の世界で、さらに戦時中という特殊な環境下で生活するということは、普通では考えられぬことだった。


だが、そんな環境で4ヶ月も過ごしたことにより、二人もすっかりこの世界に順応し始めていた。



「今帰ったよ」



突如、酒場の扉が開いた。入ってきたのは、フェイトだった。


「あっ、フェイトさん、お疲れ様。依頼はどうでした?」


「うん、何ともなかったよ。シモンはまだかい?」


「はい、この間の戦争での復旧作業で、仕事が増えたそうです」


「ふっ、穴掘りシモンは現場から離れられないということか」


微笑しながら、椅子に座るフェイト。その表情はとても穏やかだった。


彼もまた、この4ヶ月の生活で、変わってきていた。


麻帆良学園の学園祭にて、図書館島にあった魔法世界と地球を繋ぐゲートと超鈴音の発明品の誤作動により、20年前の魔法世界にフェイトたちがタイムスリップしてから、4ヶ月。


最初のうちは、フェイトの心休まる時はなかった。


この世界は地球と違い、獰猛で強力なモンスターが多数存在し、世界全体が戦争の渦に巻き込まれている。


そんな時代のこの世界に、フェイトと一緒にやってきた二人の友。つい最近までは平和な日本で暮らし、常識の中で生きてきた普通の高校生だった二人の友を、この世界で守るのは骨が折れた。


ただ脅威から守るだけなら容易いが、この二人は、ワザとかと思えるぐらいに次から次へとトラブルを運ぶは、目を離したスキにとんでもないことをしでかすはで、無表情でクールだったフェイトという人物が、すっかり振り回されてしまった。


しかし、それでもこの二人を見捨てずに、今日までともにあり続けたのは、打算も何もない、フェイト自身の意思によるものだ。


だが、最近では二人の友も、この世界に順応し始め、今ではスッカリこの世でたくましく生きていることは、うれしいことであった。


「おい、フェイ公。テメエは、今日はどんなことしたんだ?」


「荒野のドラゴンを追い払う仕事さ。兵士は戦争に回されるから、人手が足りないらしい」


「ド、ドラゴン!? 涼しい顔してまあ……なんでお前は、士官しねんだ? テメエなら、紅き翼並みの働きをするんじゃねえのか?」


今では、メガロメセンブリアの路地裏の酒場が、フェイトたちの拠点となっていた。


表通りだと、何かと面倒なことになるというフェイトの意見から、日の当たらぬ場所を拠点として選んだ。


当然最初は、子供三人がこんな場所で受け入れられるはずはない。襲われたことや、強盗されかけたことだってある。


だが、それでも居場所を見つけ、ニアは酒場の皿運び、シモンは建設現場で、フェイトは何でも屋のような仕事で生計を立てていた。


その目的は、生活費と旅費を集めるため。



「言っただろ? 僕たちは、オスティアに行きたいんだ。この時代では、オスティアへ行くには相当の手間と資金が必要だから、こういうバイトをしているだけだ」



この世界は、今二つの巨大勢力が争っている。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合。


辺境の僅かな諍いから始まり、世界レベルに発展したヘラス帝国の侵略戦争。帝国の目的は、オスティアという地の奪取。


つまり、オスティアとは、現在の大戦の中心ともいうべき場所なのである。


そのような場所に行くには、当然、手間と資金がかかったのだった。



「オスティア~? 正気かよ。んなところに行ってどうすんだよ」


「知ってっか? 噂じゃあ、あのマフィアの完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)。あの組織とオスティア上層部は繋がってるって噂もあるぐらい、ヤバい場所だぜ?」



彼らにとって、フェイトたちの行動は正気とは思えないらしい。だが、フェイトは涼しい顔で返した。



「知ってるよ。何もかも。たぶん、この世界に居る誰よりもね。でも、それでも行かなくちゃいけないんだ」



少し皮肉めいた口調で答えるフェイト。


「でも、おかしいですね。私たちが、最初に居た場所はオスティアという場所の近くだったのに、どうして遠いメガロメセンブリアに来て、またオスティアに行くのですか?」


「それは・・・まあ・・・色々とあの時期のオスティアは厄介で・・・」


フェイトは口ごもり、視線を窓の外へ移した。

そう、今ニアが言った通り、ニアたちが最初にこの世界に来たのはオスティア近辺だった。

しかし、オスティアは戦争の渦中のど真ん中だ。近隣の村や街も、略奪などの悲劇に晒されている。

そして、それはこの世界のどこにでも言えた。世界を巻き込む大戦中に、素人のシモンとニアの安全を確保するには、どこでもいいというわけにはいかない。

フェイト一人なら何ともないが、シモンとニアが一緒だと危険だ。そう考えると、メガロメセンブリアという巨大都市に身を隠していた方が安全だった。

・・・っというのが、表向きの理由。


(オスティア周辺には、組織の連中があちこちに居る。僕の存在を知られたくないからね・・・)


っというのも、理由の一つだった。


だが、その生活にも、ようやく終わりが見えてきた。


そろそろ、オスティアへ向けて再び動く時期になってきたと、フェイトは考える。


フェイトは、酒場から窓の外を見る。


その視線の先には、メガロメセンブリアの議事堂。



(さて、こちらもそろそろ時間だ・・・3・・・2・・・1・・・)



その時だった。巨大な爆音と、巨大な柱の棘が議事堂内部から飛び出した。



「な、何だこの音は!?」



「議事堂からだぞ!?」



慌てふためくチンピラたち。それは酒場の中だけでなく、都市に居るすべての者たちに衝撃が走った瞬間だった。


「なんなのです?」


「大丈夫だよ、ニア。ちょっとテロリストが、議員に化けて内部に侵入し、議事堂内で会合するはずだった紅き翼を罠にはめただけのことだ」


「えっ!? 紅き翼って・・・確か、ナギさんたちの?」


「そうだよ。歴史上、彼らは罪を被せられて、今日から賞金首になる。でも、安心したまえ。いずれその容疑が晴れて、彼らは英雄になる。今日行われることは、歴史上絶対欠かせない出来事なのさ」


淡々と説明するフェイト。その間に、首都の巨大艦隊がライトを照らしながら、都市を飛び回っている。


「大変。シモンがまだ帰ってきてません!」


「大丈夫だよ。シモンの仕事は、都市郊外だ。このまま黙って過ごしていれば、何の問題もないよ。っていうか、連合が追いかけているのは、紅き翼だから、シモンは何の関係もないよ」


外は今の爆発音で大騒ぎというのに、フェイトは冷静な口調でコーヒーを飲んでいる。

フェイトが冷静でいられるのは、彼が未来から来た人間で、この世界の表と裏の事情を全て把握しているからだ。


(帝国と連合の裏で暗躍している、僕たちの組織。組織と連合の議員が繋がっているという証拠を見つけた紅き翼が、それを連合上層部に報告に行った。だが、その人物は本物に成りすました・・・一番目のアーウェルンクス・・・。一番目に嵌められて、紅き翼は反逆者扱いになって、連合から追われる・・・それが、今日この日だ)


京怒ることは、全てわかっている。




(ついでに、組織の幹部が、秘密裏の交渉に赴いたアリカ姫とテオドラ皇女・・・この二人を揃って攫う日・・・まあ、紅き翼に救出されるけどね・・・)




自分の知る歴史と、一切の違いが見当たらないからこそ、フェイトは落ち着いていられるのだった。



「さあ、ここからようやくスタートだ。墓守り人の宮殿での戦いまで、ゴールが見えてきた」



だが、歴史というのは、ちょっとしたことでいくつもの道に分かれることもある。


また、全てを知った気になっていたフェイトは、今後歴史では語られなかった、知らなかった事態に直面して、頭を悩ませることになるのだった。



「な、なんだったんだ、今のは!?」



「議事堂の方でしたね。ナギとガトウとラカンが行ってますが・・・」



爆音がしたと同時に、その客は酒場に入ってきた。


爆音を聞いて、慌ててその客は外に出ようとするが、その後ろ姿を見て、ニアが声を出す。



「まあ! アルさん! それに詠春さんも!」



ニアの言葉に二人が振り返る。


「ニアさん?」


「おお! こんなところに居たのかい? 久しぶりだね。シモン君は?」


彼らの存在を見て、酒場のチンピラたちは、卒倒した。



「「「紅き翼(アラルブラ)!?」」」



そう、紅き翼の、アルと詠春がここに居た。


「ニア君。君たちは、今までどこに居たんだい? オスティアで、謎の魔法使いに襲撃されて君たちの姿を見失ったが・・・」


「ああ、あれですね。あれは、襲われたのではなく、私たちの友達が、私たちが襲われていると勘違いして、あんなことになってしまったのです」


「友達? なんだ、シモン君以外にも、まだ居たのかい?」


4ヶ月前に出会った紅き翼。


シモンとニアは彼らと行動しそうになり、自分の存在と歴史のゆがみを恐れたフェイトが、無理やり二人を連れ去った。


ニアとシモンの無事を喜ぶ詠春たち。


ニアは、心配をかけた二人に、自分たちの友を紹介しようとする。



「紹介します。こちらが・・・」



この時、フェイトは慌てて酒場のカウンターに姿を隠した。



(な、・・・なんだって・・・)



フェイトは、カウンターの下に隠れながら、汗をダラダラと流していた。



(ど、どういうことだ!? 確かに、紅き翼が首都に居るのは知っていたが、歴史上、ここで僕たちが出会うことはないはずだ!? 僕さえ気を付ければ、広大な首都で鉢合わせになることはないと・・・いやいや、そもそも超VIPの紅き翼が、何で裏通りに? 彼らに絶対に会わないと思ったからこそ、裏通りに拠点を置いたのに、何故? ・・・待てよ・・・そうか、情報収集のためか!)



フェイトは、とある事情から、紅き翼とは会うわけにはいかないのである。


だからこそ、顔を見せるわけにはいかない。


だが、事態はさらに悪化する。



「ここに居たか、詠春! アル!」



「まいったぜ、嵌められた! あの、白髪の小僧が!」



息を切らしながら、酒場に乗り込む、三人の豪傑。



「ナギ! ラカン! ガトウ! これは一体、どういうことだ!?」



「事情は後だ、詠春! タカミチとお師匠は、どこに居るか分からねえが、とにかく逃げるぞ! 俺らは指名手配犯になっちまった!」



「タカミチ少年はゼクトと一緒だ・・・おそらく無事だ。今は、我々がここから離脱することが先決だ!」



ゾロゾロと入ってきた男たちに、酒場のチンピラたちは気絶しそうになった。


そりゃそうだ。


魔法世界最強とも言われている最強チームが、こんな薄汚れた酒場に現れたのだ。声を失っても仕方なかった。



「おおー、ニアじゃねえか! 無事だったのか!」



「はい、友達が助けてくれました!」



「友達?」



「はい、紹介しますね」



フェイトの焦りはピークに達する。



(まずい! タカミチやフィリウスが居ないのは、せめてもの救いだが、今のサウザンドマスターたちは、一番目のアーウェルンクスと会っている! 今の僕が彼らと顔を合わせれば・・・)



フェイトは手に届く範囲を急いで探る。


何か、誤魔化せるものはないか? 


どうやったら、この場を乗り切れる? 


苦悩の末、フェイトが取った、行動は・・・・・・



(こ、この服は!? いや・・・しかし・・・・くっ・・・・・・・仕方ない!)



















首都から僅かに離れた場所に位置する広場。



日雇い労働者たちがスコップやツルハシ、そしてドリルを使って、土地を整備していた。



剣や魔法の才もなく、学もない男たちが泥だらけになって仕事をする中に、シモンは居た。



「なんだか、首都が騒がしいぞ?」



首都上空を飛び回る戦艦に、只ならぬ気配を感じ取ったシモンは、作業を中断させて首都へと視線を向ける。



「コラ、シモン! 手を休めるんじゃねえ! いくらおまえでも、仕事をしなけりゃ、ステーキはやらねえぞ?」



「あっ、ごめんよ、シャク親方!」



工事現場の責任者、シャク親方に言われて慌てて作業を再開するシモン。だが、それでも内心では首都が気になるようで、チラチラと視線を移す。


その様子をまた怒鳴られるシモン。周りに居た日雇い労働者仲間は、それを見てこそこそと話す。



「なあ、あの冴えない坊主がやけに親方に気に入られてるが、なんなんだ?」


「ああ、お前は新人か? あいつは、穴掘りシモンっていってな、俺たちのエースだ」


「エース?」


「ああ。固い地盤だろうと、瓦礫の山だろうと、ドリル一つで簡単に穴を開けられる不思議な野郎だ」


その話を聞いて、労働者たちの視線がシモンに集中する。



「うん……そうか……ここを掘れば、柔らかいから簡単に穴が空くんだね?」



シモンは親方に怒鳴られた後、静かに大地に手を置いて、意識を集中する。


「あいつ、一人でブツブツと何をやってんだ?」


「大地と会話してんのさ。あいつは、大地の声を聞きとって、掘る場所をピンポイントに探ってんのさ」


大地と会話する。それを聞いても半信半疑だった労働者たち。だが、次の瞬間、シモンはドリルを一突きして、固い大地にいとも簡単に穴を開けた。

それだけで、「相変わらずだぜ」「あいつスゲー」と言った歓声が上がる。

もう、慣れた光景だが、シモンはゴーグルを深々かぶって恥ずかしそうに穴の中に入って、身を隠した。


「ふう、ここら辺の作業もだいぶ進んだな~。給料もいいし、親方もたまにステーキを奢ってくれるし、一生このままでもいいかもな~」


褒められることは照れるが、シモンはニア同様に、この数か月でたくましく成長していた。


最初はフェイトに全てを助けられていたが、今では職を見つけ、ニアと生活できるぐらいこの世界と順応していた。


魔法だとか異世界とか、そういうことは分からず、元の時代の元の世界に帰る方法はフェイトに任せきりだ。


当然、元の世界にも戻りたいという気もするが、このままでも特に困ることはないと思う自分もいた。


泥まみれの汗水流して金を稼ぐのは、シモンの性に合った。


戦争中ではあるが、亜人や元の世界にはない文化など、新鮮な毎日だった。



「おい、シモン! その作業が終わったら、帰っていいぞ!」



「うん、わかったよ、親方!」



フェイトは、あまりこの世界の人間と深入りすることは良くないと注意している。シモンも何度も説明されて、その理由をなんとなくだが理解していた。


だが、それと同時に気になることもあった。



「親方、それじゃあ、お疲れ」



「おう。美人の嫁さんが待ってるぞ。さっさと、帰りな」



シャクの言葉で、他の労働者たちが身を乗り出す。


「ええ! こいつ、嫁がいんのか?」


「おうよ。ニアちゃんっていう、メチャクチャ可愛い子だ。裏通りの酒場で働いている子だ」


「か~、嫁と二人暮らしかよ。いいな~」


「いや、二人じゃねえよ。フェイ公っていう、ダチと一緒に三人暮らしだ」


そう、気になるのはフェイトのことだ。


フェイトは明らかに何かを隠している。そして、何か裏がある。この世界で暮らしていて、それが感じ取れた。


フェイトが話さないのであれば、無理に聞き出そうとはしない。シモンもニアもフェイトを信じているからだ。


だが、時折一人のフェイトを見ていると、どこか悲しそうで消えそうな雰囲気を感じ取ってしまうことがある。


だからシモンは、元の世界に帰る方法よりも、フェイトが何を背負っているのかが、気になって仕方なかったのだった。



「さて、それじゃあ帰ろうかな」



友を信じると決めた。だが、それでも気になる。その思いを抱えたままこの数か月を過ごしてきたシモン。


その疑問の答えが・・・



「ん!?」



間もなく明かされることになる。


「どうした、シモン?」


帰路に就こうとしたシモンは、荒野の果てをジッと見つめる。


そこには地平線に沈む太陽と岩山しかない。だが、シモンは怖い顔で見つめた。



「この感じは・・・戦ってる・・・いや、襲われてる・・・」



「シモン?」



「大地を伝わって、声が、攻撃の音が、争いの振動が伝わってくる」



「あん?」



現場で作業を続けて身に着けた、シモンの感覚。シモンは、根拠はないが、この世界で仕事をし続けて、大地からあらゆる情報を手に入れる感覚を身に着けた。

その感覚が、シモンに教えている。


「襲われているのは・・・女の人だ! ・・・危ない!」


気づいたら、シモンは走り出していた。


誰かが襲われているような気がする。それだけで、危険を恐れず走り出していた。


半年前なら、カミナの背中に隠れていた。そして恐れて逃げ出していた。


だが、今のシモンは逃げない。一瞬の迷いもなく走り出した。それもまた、この世界に来て成長した部分なのかもしれなかった。














「お逃げくださ・・・姫様・・・」


荒野の果てでボロボロの騎士は、ただその言葉だけを繰り返しながら、意識を失った。


「ふん、うるさい人形どもだ」


倒れた騎士を見下ろしながら、冷たい言葉を浴びせる、真っ黒いローブを身に包んだ仮面の人物。

仮面の人物の前には、女と少女が身構えていた。


「くっ、嵌められたのう・・・」


「下郎が・・・」


二人の女は抵抗する意思を捨てず、仮面の人物を睨みつける。二人に対して、仮面の人物は感嘆の声を漏らす。


「若いとはいえ、流石は国を背負っているだけはある。アリカ姫、そしてテオドラ皇女よ。だが、諦めろ。護衛の兵はこの通り全滅だ」


両手を広げる仮面の人物の後ろには、何十人もの武装した兵士たちが横たわっていた。今この場で立っているのは、仮面の人物と二人の女。

二人の女は、完全に追い詰められていた。


「アリカ姫よ・・・どうするのじゃ? ワシの部下は、あの通りじゃ。このままでは・・・」


「すまぬ、テオドラ皇女よ。まさか、我らの秘密裏の交渉が、完全にこやつらに筒抜けとは思わなんだ」


二人の女。その名は、アリカ姫とテオドラ皇女。ヘラス帝国の王女に、オスティアの姫。秘密裏の会談を行おうとしたときに、彼女たちは襲撃を受けた。


「我らの組織を甘く見すぎだ。そして抵抗しないことを勧める」


「・・・組織・・・完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)か?」


「いかにも」


仮面の男の足元が黒く染まっていく。それは、影。その影から、次々と髑髏の兵士が出現した。

だが、アリカもテオドラも、相手の力に恐れることなく、勇猛に立ち向かう。


「なめるな、テロリストめ。我らは、決して屈しぬ!」


「帝国仕込みの魔力を見せてやるぞよ!」


二人の叫びとともに、荒野に爆音が響く。


「ほう、流石は王家の力。その辺の騎士どもとは違うな・・・だが・・・」


仮面の人物が、手を前にやる。すると、その足元から影が棘のように伸びて、二人の手足に巻きついた。


「ぐぬ!? これは・・・」


「動けぬぞ!?」


「私と貴殿らでは、実戦経験に差がありすぎる。どれほど恵まれた魔力があろうと、それが全てだ」


アリカとテオドラは戒めを解こうとするが、ビクともせず、身動きが取れない。

あっさりと捕まったこと、何より仮面の人物が息一つ乱していないこと、それだけで力の差がハッキリと分かった。


「さあ、大人しくするのだな。二人には今から、私についてきてもらおう」


これまでか? 抵抗すら許されぬ二人の姫が、そう思いかけた時だった。


「うああああああああ!」


「ぬう?」


「「!?」」


勇気と恐れの入り混じった少年の咆哮が聞こえた。

いったい何事かと、三人が空を見上げると、空からドリルを真下に向けた男が降ってきたのだった。


「シモンインパクトー!」


仮面の人物は咄嗟にその場から飛びのき、思わずアリカとテオドラの戒めを解いてしまった。


「なんじゃ?」


「助かったのか?」


解放された二人。そして、二人を連れ去ろうとした仮面の人物は、現れた人物を睨む。


「何者だ・・・紅き翼でも兵士でもなさそうだが・・・」


突如乱入した男に、仮面の男は大して動じてはいなかった。それは、揺るぎない精神力と己の実力への自信からだ。

だが、それほどの男でも、たった今現れた何の変哲もない男の力に、その仮面の下の素顔が、すぐに歪むことになる。



「俺はシモンだ!」 



ハンドドリルを掲げ、泥まみれのシモン。



「女の子を力づくで連れ去るなんて、許さないぞ!」



泥まみれの姿だが、瞳だけはギラついていた。



「誰じゃ? あの、童は?」



後にテオドラ皇女は語る。

これが全ての元凶であったと。



「シモン? ・・・見る限り、騎士団では無さそうだな」



「騎士団じゃない、俺はメガロメセンブリアの日雇い労働者だ!」



「・・・・・・・ふっ」



シモンの言葉に仮面の男は嘲笑した。


「無駄な時間を過ごした」


「いかん! 童よ、逃げるのだ!」


「遅い」


仮面の男が指を軽く動かした瞬間、大地に影が広がり、シモンの足元から這い上がって飲み込もうとする。


「これは!?」


「場違いな舞台に上がろうとするから、こうなるのだ」


「ななな、なんだ!?」


「身の程を弁えよ。木偶め」


シモンの足元から這い上がる影が、シモンを丸呑みしていく。テオドラとアリカが助けようと立ち上がるが、既に遅い。

・・・そう思ったが・・・


「むっ!?」


影がシモンを飲み込んだ。

だが、仮面の男は違和感を覚えた。それは、手ごたえが無かったからだ。人一人を飲み込んだというのに、その実感が伝わってこなかった。

そして何より、音。


「なんだ、この音は?」


仮面の男の足元から聞こえてくる、削掘音。

徐々に大きくなり、それはやがて大地の下から顔を出した。


「いっけーっ!」


「なにっ!?」


ドリルを使って、大地の下から顔を出したシモンは、そのまま仮面の男に向かって突き進む。

仮面の男は直撃すら避けたものの、その漆黒のローブがシモンのドリルにかすって、ビリビリに引き裂かれた。


「ぬおっ! あの童、生きておった!」


「・・・なにものじゃ?」


テオドラとアリカも目を丸くしている。


「キサマ、どうやって・・・」


「どんなに気持ち悪い影だろうと、大地にできたものならば、俺に掘れないものなんてないさ」


「なに?」


「この世界に来て・・・ずっと友達に守られ続け・・・情けなかった自分を少しでも変えようと思って磨き続けた力だ!」


シモンは自分を恥じていた。

この世界の脅威を目の前にして、何もできない自分。そんな自分をニアは見損なったりしなかった。

フェイトは嫌な顔一つしないで、いつも気にかけてくれ、そして自分たちを守ってくれた。

友の重荷。好きな女の子も満足に守れない自分。

そんな現状を少しでも打破しようと思って、少しだけだが逞しくなった。

自分らしさを失わずに、この数か月かけての成長を、今発揮する。


「・・・奇怪な力だ・・・拳、剣、魔法・・・あらゆる戦闘を経験したが、そのような螺旋の武器は初めてだ・・・」


仮面の男は、少しだけシモンを認めたのかもしれない。そんな感じだった。


「だが・・・まだまだ世界を知らぬと見える」


しかし、それでも仮面の男の余裕は崩れない。

それどころか、身にまとうオーラのようなものが、シモンを圧迫し、空気を震わせる。


「教えてやろう。役者が違うということをな」


シモンは、確かに少しは強くなった。

でも、だからこそ相手の力が分かるようになった。


「どうした?」


「え・・・」


「顔が青ざめているぞ? 今さら怖くなったか?」


シモンの手にはびっしょりと汗でぬれていた。

ロージェノムの時とは違い、相手の力が分かるからこその恐怖が身を震わせた。

だが、あの時も勝算があったわけではない。


「ほんとだ・・・・でも、今さらだ。だって俺は、いつだって・・・怖いからな」


「なに?」


「でも・・・」


根拠があったわけでもない。

ロージェノムと殴り合ったときは、そんなことを考えて戦っていなかった。



「俺を・・・」



あるのは、気合!



「俺をッ!」



シモンが走り出す。



「いかん!?」



「ならぬぞ!」



アリカとテオドラは、慌ててシモンを止めようとするが、シモンは言葉で止まらない。


「ザコが・・・」


仮面の男が影を操り、幾重にも黒い影を拳に纏わせ、密度を上げる。


「粉々に・・・消え失せろ」


ハンマーのような巨大な拳がシモンに襲い掛かる。だが、それほどの強烈な拳を前に、シモンは瞼をしっかりとあけたまま、拳を見切る。



「俺を誰だと思っている!」



「ッ!?」



シモンの拳と仮面の男の拳が空で交差し、シモンの拳が仮面の男の仮面を叩き割った。


ロージェノムの時と同じ、クロスカウンターだ。


「ぬおっ!」


「あの童・・・」


テオドラとアリカも驚いている。だが、一番驚いているのは仮面の男だ。



「なんと・・・これは・・・」



割れた仮面の下からは褐色肌の男の顔が露わになった。


砕かれた仮面に少し呆然としながら、男は呟く。



「感情次第で力が上限する・・・これは人間の特徴・・・しかも、ただの人間ではない・・・微かに・・・この世界ではありえぬ文明の匂いを感じる・・・旧世界か・・・」



「・・・・へっ?」


「だが・・・それは困ったな・・・旧世界の人間と・・・殺し合いをするのは我々の間では御法度なのでな・・・」


「ッ!?」


意味の分からない会話。だが、男が戸惑っていたのは、シモンの力でも、思わぬダメージをくらったからでもない。

シモンが人間だということが分かった。意味が分からないが、戸惑っていた理由はそれだった。



「仕方ない。半分だけ殺してから、姫たちを連れて行こう」



戸惑いが終われば、男の素顔とともにあらわになった鋭い眼光が、シモンを威嚇する。



「後学のために知っておけ、旧世界の小僧。腕力が、剣術が、魔力が、戦闘能力がどうとかなど、もはや私の前では既に次元の違う話だということをな」



シモンは一瞬で理解した。



(なんだよ、こいつ!? 次元が・・・・)



次元が違う。

住む世界が違う。

睨みでシモンを震え上がらせるほどの存在感をデュナミスは出す。

テオドラも、アリカも、ポーカーフェイスを保ちながらも、汗をかいていた。



「そうだ・・・どうせ二度と会うことはないのだ・・・私のことを教えてやろう」



「なに?」



「私は、完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の幹部・・・・・名は!」



目の錯覚かと思った。



「な、なにい!?」



「危ない!」



「逃げよ!」



大地を見下ろす真っ黒い巨大な怪物。


山のように大きく、どす黒さを孕んだ化け物が、仮面の男を額に載せながら、シモンたちを見下ろしていた。


そして男は名乗る。



「デュナミスだ」




これが、後世まで語り継がれる、完全なる世界という伝説だった。


そして、ようやく歴史が動き始める。



「隊長! 首都郊外で小競り合いしている奴ら・・・男二人は知らないっすが、女二人は・・・あの、アリカ姫とテオドラ皇女ですぜ?」


シモンとデュナミスたちの争いを少し離れたところから覗き見る、真っ黒いコートに身を包んだ連中。


「くくくく、これはついている」


隊長と呼ばれた男は、欲にまみれた笑みを浮かべる。


「アリカ姫はどうでもいいが、テオドラ皇女は違う。皇女を攫って連合本部に連れて行けば・・・俺たちは一生遊んで暮らせるぜ!」


「うっひゃー! そうっすね!」


「傭兵結社なんかでずっと働いている必要もなくなるぜ!」


ここに居るのは、四人。彼らは、デュナミスとシモンの争いに乗じて、テオドラ皇女を攫おうとしていた。


「しかし隊長・・・あいつら強そうですぜ? 俺たちじゃ・・・」


「バカ野郎! こんな時のために、最強の助っ人を連れてきたんじゃねえかよ! おい、新入り! 出番だ!」


隊長の男が後ろを振り返ると、筋肉隆々で、鋭い角を額から突き出した怪物が立っていた。


「先輩よ~、あんま俺に命令すんなよな・・・殺しちまうぜ?」


どすの利いた声。他の連中はビビって顔を引きつらせる。


「わ、悪かったな。だが、ほれ、あそこに居る連中! あのチビ皇女さえ残してくれたら、あと全員皆殺しにしていいぞ」


「頼むよ・・・あんたならできるだろ?」


腰を引かせながら、新入りという立場の低い存在相手に頭を下げる男たち。だが、それも仕方ない。

この新入りと呼ばれる男の存在は、格が違いすぎた。





「当たり前だ・・・・・・この・・・・・・チコ☆タン様ならなァ!!」




今日この日、フェイトの記憶では、アリカ姫とテオドラ皇女、二人そろって完全なる世界に捕らえられる日となっている。


そしてこれは、歴史上極めて重大な出来事であった。


だが歴史は徐々に、フェイトが知る歴史から、食い違いが現れるようになった。
















「あの・・・フェイ――」



「僕の名前、それは!」



ニアは目をパチクリさせていた。



友の変貌に、言葉を失った。



紅き翼を含めた、酒場の客たちも声を失っている。



だがそれは、あまりの姿に、見とれていたからかもしれない。



その証拠に、酒場のチンピラたち以外にも、ガトウや詠春も顔を赤らめている。


「あの・・・」


「ニア! お願いだ、少し口裏を合わせておいてくれ! とにかく、フェイト・アーウェルンクスという名だけは隠しておいてくれ」


「え・・・」


変身したフェイトは、ニアの耳元で必死に懇願する。


紅き翼に正体を知られたくないフェイトは、酒場のカウンターにあった衣装に身を包んでまで、己の正体を隠し通そうとする。



「フェ、フェイ公・・・おまえ・・・女だったのか?」



「ど、どうりで美形だと思ったんだ・・・」



呆気にとられるチンピラたち。


そう、フェイトは今女装中だった。


酒場のカウンターにあった、ニアのもう一つのメイド服に身を包み、変装用の猫耳としっぽまで装着している。


だが、それは女装しているというより、フェイトはもともと女だったのか? と、誰もが勘違いするほど、カンペキな姿だった。


(くっ・・・なんで僕がこんなことを・・・でも、これなら正体はバレないはずだ。さあ、紅き翼・・・早く帰ってくれ・・・この格好はつらい)



だが、紅き翼たちは、帰るどころか、フェイトの願いをモロに裏切り、むしろ鼻息荒くしてフェイトに向かって駆け出した。



「お、おお、おめー、すげー可愛いな! 名前は!」



「おう、ナギ! テメエには、アリカの姫さまがいるだろうが!」



「ナギ、ジャック! お、お嬢さんが怯えているだろう。かか、顔を近づけるな!」



「う、うちの連中が失礼をした・・・その、お嬢さん・・・・ぽっ・・・」



「おやおや、詠春とガトウまで顔を赤くするとは・・・」



フェイトは、人から見た今の自分が、どういう姿なのかを分かっていなかった。



(なぜ、近寄ってくる!?)



困惑したフェイトは、狼狽える。


だが、その仕草が男たちの心をくすぐった。



(おお、俺は別に女とかどうでもいいが・・・)



(アリカのような冷たい無表情かと思いきや・・・)



(クールな表情が一転して、狼狽えるか弱い仕草・・・)



(真っ白い毛並みの猫族・・・)



(さらに、フリフリのエプロンにミニスカート・・・オーバーニーソとは・・・)



最強クラスの力を持つフェイトも、鼻息荒くした男たちの前には形無しだった。



「ぼ・・・僕の名前は・・・」



「「「「「おまけに、ボクッ娘だと!?」」」」」」



なんか、いろいろバカばっかだった。



「なんなんだ!?」



「この時代を先取りしたような娘は!?」



「ニア君といい、この子といい、世界は広い・・・」



「お嬢さん・・・教えてほしい・・・君の名は?」



フェイトは焦る。


正体がバレるバレないではなく、いろいろまずそうな気がした。だが、とりあえず誤魔化せているようだ。



(少なくとも・・・僕がアーウェルンクスであるとか、組織のメンバーであると疑っているわけではなさそうだ・・・なら、このままやり通すしかない・・・)



このままやり通す。


そう決めたフェイトは、必死に頭を働かせ、偽名を考える。そして、導き出した名前は・・・




「僕の名前は・・・・・・綾波・・・フェイ・・・綾波フェイだ」




「お、おお・・・なんか、ロボットを動かせそうな名前だな」




こうして、少年は神話になった。







あとがき


この 物語はフィクションであり、実在のフェイトやチコ☆タンとは一切関係ありません。

とにかく一言、ごめんなさい。





[24325] 第17話 愛は魔法より強い!
Name: ぶらざー◆79ab137b ID:28e7e413
Date: 2011/04/13 22:42
「うぬう~・・・これは・・・」


荒野を黒く染める、巨大な影の化け物を見上げながら、テオドラは呟いた。

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)という組織の幹部、デュナミスの力は正直桁違いだった。

王族二人に日雇い労働者。この三人でどうにかできるレベルではないと、幼いながらもテオドラは見抜いていた。


(ここは一旦引くべきじゃ・・・しかし・・・)


敵わぬなら逃げた方がいい。しかし、シモンが気になり、それが出来なかった。


「のう、童。助けてもらったことは礼を言うぞ。だが、ここから先は、オヌシの対応できる領域ではない」


「で、でも・・・」


「安心せよ。隙は妾が作るぞ」


「えっ!?」


「気にするでない、童よ。か弱き市民を守れずしては、王家の名が廃る!」


テオドラは、まだ幼い。シモンよりも年齢は年下だろう。その屈託なく笑う笑顔は、少女そのものだった。

だが、笑顔の奥でギラつくオーラは、シモンの住む世界では見ることのできなかった、人の上に立つ者たちにのみ許された輝きがあった。


「付き合おう・・・ヘラス皇女」


「ぬう・・・しかし、アリカ姫よ・・・」


「気を使うな。そなたも皇女であるならば、私の気持ちが分かるであろう?」


「・・・ふっ・・・お人よしじゃの」


アリカも同じだった。

二人は、シモンを守るようにデュナミスの前に立ちはだかる。


「ちょっ、さっきから何を勝手なこと言ってんだよ!?」


女に守られる? それは男にとっては屈辱以外の何物でもない。

しかしそれを感じさせぬほど、二人は女というよりも、シモンにとっては遥か高みの存在に見えた。


「童・・・いや、シモンといったな。私の伝言を、ナギという名のバカに伝えてほしい」


「な、何言って!?」


「必ず迎えに来いとな!」


「ダ、ダメだ! 行っちゃダメだ!」


女は、誇り高かった。


「ふっ・・・その闘志・・・見事と言うほかない」


「素直に受け取っておこう」


デュナミスは、もうシモンの存在など目に入っていないのかもしれない。


「だが、教えてやろう! その誇りも闘志という感情も、所詮は偽りの不純物であるということをな!」


わずか数発の攻撃を打ち込んだとはいえ、シモンとアリカたちとでは、存在価値に差がありすぎた。


「ふはははははは、闇に飲み込まれよ!」


「させぬ! 我らは、必ず世界を照らして見せる!」


今のシモンでは決して届かぬ世界。敵。レベル。舞台。

だが、そんな領域に居る女たちが、小さなシモン一人を気にかけ、逃げずにデュナミスに立ち向かっている。


「どうしてだよ・・・」


シモンは、血が出るほど拳を握りしめた。


「ニアといい・・・二人といい・・・何で強い女は! 男の気持ちをこれっぽっちも分からないんだよ!」


気づけば、ハンドドリル片手にシモンも二人の後を追いかけていた。


「バカ者! 何故逃げぬのじゃ!」


「分かんないよー! でも、もう・・・誰かの代わりに助かるなんて、嫌なんだよー!」


無謀かもしれない。無駄なことかもしれない。でも、シモンは逃げたくなくて、走っていた。


「まだ居たか。モブキャラめ。所詮キサマなど、場違いも甚だしい!」


「知ったことか! たとえ場違いだろうと、舞台に上がったからには演じきってやる!」


勇ましく猛る、シモン。

だが、そんなシモンや二人の女をあざ笑うかのように、無情な闇が降り注ぐ。


「ならば、多少手荒くいく。重傷を負っても、恨まぬことだな」


「ッ!?」


巨大な影の怪物が、ハエ叩きのようにシモンたちを手のひらで押しつぶそうとする。

こんなもん、どうすればいいかなんて分からない。


「くそおおおおおおお!?」


だが、その時だった。




「彼を傷つけることは、許さないよ」




それは、その場に居なかった者の声だった。


「なにっ!?」


巨大な流砂が波を作って、巨大な怪物を丸々飲み込んだのだった。


「な、なんじゃと!?」


「流砂の津波!?」


怪物すら一飲みした巨大な力。


「なな・・・この魔法って・・・確かあいつの・・・ッ!」


自分たちのピンチに表れたその人物は、とてもかわいらしい顔をしていた。



「ああーーーっ!? って・・・えええええーーー!?」



シモンはその人物を見て、二回驚いた。


それは、現れた人物がシモンの心から信頼する友であったことへの喜び。


そしてもう一つは、その友が、何とも珍妙な姿をしていたことだった。



「・・・何という魔力・・・貴様・・・何者だ?」



降り注いだ大量の砂を払いながら、デュナミスは尋ねる。


すると、現れた人物は無表情のようで、ものすごく困ったような表情を浮かべながら、小さな声で答えた。




「あ、・・・綾波フェイだ・・・」




予想外すぎる人物がそこにいた。



「綾波・・・フェイだと?」



変身フェイトの登場だった。



(この巨大な魔力・・・この気配・・・アーウェルンクス・・・あの人形たちと似たものを感じるが・・・この女・・・)



メイド姿の猫耳フェイトを真剣な眼差しで見定めるデュナミス。



(くっ・・・よりにもよって・・・何でこんなことに・・・)



フェイトは、心の中では相当焦っていた。




(シモン・・・なぜ、デュナミスと戦っている・・・それに、アリカ姫にテオドラ皇女まで居るとは・・・しかしまずい・・・デュナミスなら、ひょっとしたら・・・)




(この女・・・)




(まずい!? 流石にデュナミスなら僕の正体に感づいて・・・)




(この女・・・なんと可憐なんだ!?)




(・・・ん?)




てっきり正体がバレるかとひやひやしていたフェイトだが、何故かデュナミスは顔を赤らめてそっぽ向いた。

その行動の意味は気になるが、どうしても気にしてはいけない気がしたので、フェイトは言葉を押し殺した。



「フェ・・・フェイ・・・ト?」



状況がまったく飲み込めないシモンは、どう反応していいか分からなかった。



「綾波フェイじゃと? 聞かぬな・・・」



「すごい魔力の持ち主じゃが・・・童の知り合いか?」



フェイトが只者ではないとアリカもテオドラもすぐに気付いた。だが、それ以上のことは分からず、ただシモンとフェイトのどちらかの言葉を待った。


すると、先にフェイトがシモンの目の前まで近づき、安堵の表情を浮かべた。



「助けに来たよ、シモン。・・・怪我は・・・なさそうだね。大丈夫かい? 」



「う、・・・うん・・・」



「すまない。僕が計算違いをした。まさかこんなことになっているとは思わなくてね・・・」



「えっと・・・」



「ああ、ここに僕が来た理由かい? それは、突然いなくなった君を心配した日雇い労働者の親方が店に来たのさ。それで僕が慌てて・・・」



「あ、いや、それもそうだけど・・・そんなことよりもまず・・・」



そう、そんなことよりも気になることがある。



「フェイト・・・その恰好は・・・」



「あっ!? ・・・って、静かに。今の僕は、フェイトじゃなくて綾波フェイなんだ」



「えっ?」



「ほかに名前が思いつかなかったんだ。だから、シモン。今から僕のフルネームは絶対に言わないでくれ。そうしないと、歴史が変わってしまう」



シモンの口を手で押さえ、慌てて事情を説明するフェイト。だが、説明になってない。



「でも・・・何で女装・・・」



「変装用具が他になかったんだ。それに、君が危ないと思ったから、慌てて・・・」



「・・・・・・」



いや、そんな説明で納得できるかよ。そんな顔で、シモンはフェイトを見る。



「・・・シモン・・・信じてくれ。別に僕はそういう趣味があるわけじゃない・・・ただ仕方なく」



「・・・・・・・」



しどろもどろのフェイトの説明では、納得できるわけがない。次第にシモンがフェイトを見つめる目が悲しくなり、フェイトは少し、しなっとなった。



「シ・・・シモン・・・そんな目で僕を・・・いや、とにかく軽蔑しないでほしい・・・き、君に勘違いされたくない・・・・」



「・・・えっ」



シモンは、何故かいきなりドキッとなった。



「お願いだ、シモン。こんな変なことで・・・僕を・・・その・・・君との仲をこんなことでだね・・・」



フェイトは無表情だ。


だから、コミュニケーションが苦手な奴だ。


だが、そんなフェイトが苦手なりに必死に自分を幻滅されないようにと、言い訳している。


するとどうだろう? シモンは少し、ドキッとしてしまった。



(あ、あれ? 俺、どうしたんだろ? フェ、フェイトって・・・こんなに・・・)



ちょっとヤバいことになりそうだった。



「あ、ああ・・・うん・・・・い、いいんじゃないか! ど、どんなことになったって、お前は俺たちの友達だよ! どんなことがあったって、軽蔑しないさ。お前が何者であっても、俺は、俺たちは絶対に受け入れるさ!」



「い、いや、状況が違えばうれしい言葉だが、この状況だと何か勘違いされている気がする。本当に、僕は好きでこんな恰好をしているわけじゃ・・・」



「えっ? 可愛い服を着るのが好きだったからじゃ・・・」



「違う! そうじゃない! ただ、これには事情があったんだ!」



「じゃ、なんのためなんだよ!」



「そ、それは・・・」



事情を言えない。それがこれほど歯がゆいものだとは思わず、フェイトは困った顔をして顔を背けた。だが、ここで、シモンは思った。



(フェイト・・・照れて・・・これって、素直になれない女の子がよく・・・それに、前に俺がメイド服とか良いなって言ったことあったし・・・まさか・・・)



激烈な勘違いをしたシモンは・・・



「まさか・・・俺のために・・・」



とんでもない道を掘り当ててしまった。



「ち、違う! なんでそうなるんだい。少なくともシモンのためなんかではない! 勘違いするな!」



この言葉を言葉通りに受け取るかどうかは、人次第。だが、少なくとも第三者の目から、特にフェイトを女だと勘違いしているものの目から見れば、このようになる。



「貴様ら! 神聖なる戦場で、何をイチャイチャとしている!」



何故か、ものすごく感情の入ったデュナミスが割って入ってきた。



「ち、違うと言っているじゃないか」



「ぬう、どけ、女! 私が相手をしているのは、そこの冴えない男だ!」



「たぶん君はものすごく勘違いしているが、とにかくシモンには指一本触れさせない」



「なっ!? 女に守られるとは・・・恥を知れ、小僧!」



さっきまでは渋くて、戦闘のプロフェショナルのようだったデュナミスだが、今はまるで、嫉妬に狂った情けない男のように見えた。


余談だが、史実ではデュナミスはこの日を境に、女性バージョンのアーウェルンクスがどうのと呟いていたそうだが、フェイトのあずかり知らぬところだった。


とにかく、レベルは高いのだが、戦場が一気にアホらしくなった。



「・・・のう、アリカ姫。妾はそろそろ帰っても良いか?」



「・・・私もそうしようと思っていたところだが・・・」



しかし、一見バカバカしいようで、二人の戦いは目を見張るものがあった。


デュナミスの影を使った攻撃。


フェイトの大地を使った攻撃。


どちらもアリカやテオドラから見ても、最強クラスの戦いだった。


「この女・・・わ、私の動きを・・・読んでいる?」


「すまない。とある事情で、君の力も技も、僕には手に取るようにわかるんでね」


ただでさえレベルが高いのに、フェイトはまるでデュナミスの全てを見透かしているかのように、デュナミスの想像を一歩上回る動きをしている。

デュナミスにやられそうになった、アリカやテオドラも、驚かずにはいられない。

だから、二人の戦いも、この妙な言い合いさえなければ、更に緊迫した戦いに思えただろう。


「キサマ! まさか、この私と渡り合える女がこの世に居ようとは・・・だが、何故立ちはだかる! あのような冴えない男、貴様ほどの女が盾になるほどのものなのか?」


「何を勘違いしているかは知らないが、シモンはそれほどのものだよ」


「なんだと? その男がそれほど大切な存在だというのか!」 


「ああ、僕にはかけがえのない存在だよ」


「なにっ!?」


フェイトは真顔。


「えっ///」


だが、アリカ、テオドラ、そしてシモンは顔を真っ赤にした。

フェイトは自分の胸に手を当てて、自分が今どういう格好をしているかも忘れて、真面目に答えてしまった。



「彼は・・・彼らは・・・空っぽだった僕の器を満たしてくれたんだ・・・初めて・・・誰かを守りたいと思うようになったんだ(注:友達として)」



ちなみに、今のフェイトは猫耳メイド服だ。



「童よ・・・随分と立派なおなごに愛されておるな・・・」



「あ、いや・・・あいつは・・・」



「幸せ者じゃな・・・」



「いや、そうじゃなくて・・・」



慌てて否定しようとするが、何分ニア以外の人にここまで言われたのは初めてだったので、シモンも困惑していた。


「ぬう・・・その言葉に・・・ウソ偽りはないのか?」


「ああ、ないよ」


迷いなく応えるフェイト。

それを友情なのか、愛情なのか、フェイトを女だと勘違いした連中には、どちらだと思ったかは定かではない。

しかし、デュナミスの癇に障ったのは事実だった。


「私は・・・役者違いの組み合わせを、好まぬ。フィクションの舞台にも、それなりの組み合わせは存在する」


「それが何だい?」


フェイトを女だと勘違いしたデュナミスは、あろうことか、本来の目的を忘れてとんでもないことを言い放った。



「その男と貴様は釣り合いが取れぬ。見るに堪えん! 今ここで、その片方を潰してくれよう」



「・・・?」



「穴掘りの小僧! 貴様をこの場で潰す!」



とばっちりだった。



「えっ・・・えええええええええ!?」



確かにシモンはデュナミスと戦っていたのだから、傷つくのは仕方ない。だが、こんな形で攻撃されるのは、なんだか納得ができない。

何故デュナミスが、先ほどまで興味のなかったシモン相手にムキになるかは分からないが、とにもかくにもデュナミスがシモンに迫ってくる。

だが、シモンを大切に思うのは、綾波・・・いや、フェイトだけではない。



「誰が・・・」



「ぬっ!?」



「誰が・・・誰を潰すと・・・?」



冷たい闇のオーラを纏ったその女に比べれば、デュナミスの禍々しい影の化け物が可愛く見えた。



「な、何だきさ・・・ぐおおおおお!?」



それは間違いなく、素手だった。


そして、間違いなく女の細腕だった。



「誰が? 誰を? 潰すとは・・・シモンのことではないですか?」



「きさ・・・ぬう・・・こ、これは!? ぬおおおお!?」



女の細腕が、まるで鞭のようにしなる。


ヒュンヒュンと、音速を超えて衝撃波を放つほどの素手の打撃が、デュナミスを傷つけていく。


デュナミスの纏ったローブをビリビリに破き、その下の地肌を真っ赤に腫れ上がらせ、皮膚を傷つける。


それほどの容赦なくムゴイ攻撃を繰り出すのは、シモンを心から愛する女。



「ニア・・・じゃなくって、黒ニア!」



「なんと! また、知らぬ者が現れおった!」



「何者じゃ・・・フェイとやらも・・・童も・・・そして、この女も・・・」



氷の瞳の奥に、どす黒い憎悪を光らせ、現れた黒ニアは真っ黒いメイド服のコスチュームのまま、デュナミスを傷つけていく。



「バカな・・・たかが打撃で・・・この私が!?」



「愚かな・・・監督気取りで人の配役を勝手に決めるような人物でありながら、随分と無知なのですね・・・」



「な、なに!?」



「どれほど魔力というもので、肉体の強度を上げようと・・・皮膚そのものの耐久力を上げることはできません・・・」



「ッ!?」



「全身に・・・液体のイメージを・・・極限までしならせた打撃は、鞭のごとく。赤ん坊から、大魔王に至るまで、平等にダメージを与えます」



「ぐわあああああああ!?」



初めて食らった打撃なのか、あれほど圧倒的な存在だと思えたデュナミスが、痛みにうめき声をあげている。


両手を交差させ、防御の姿勢を見せるデュナミスだが、その防御の上からも黒ニアは打撃を放つ。



「あれは確か・・・格闘技の漫画で読んだことが・・・・何で黒ニアがあんなもの使えるんだよ!」



恐ろしい打撃を見せる黒ニアに、ただただ驚きを隠せぬシモン。


すると、黒ニアは静かに答えた。



「淑女の嗜みです」



「そんな嗜みがあってたまるものか!」



ゾッとした。

黒ニアだけは怒らせてはいけないと、この場に居た者たちは感じ取ったのだった。



「ぐぬ・・・ぬおおお!」



「ほう・・・さすがにレベルそのものは桁違いですね・・・まだまだ元気そうで・・・」



「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」



防御が無意味だと分かったデュナミスは、強引にその場から離脱し、距離を取った。


これだけ食らってもまだまだ動けるデュナミスに感心しつつも、敵意の一切衰えていない黒ニアの瞳を見ただけで、百戦錬磨のデュナミスはゾクッとなった。



「きさまも・・・何者だ! その、綾波とやらの仲間か?」



「はい・・・フェイの仲間であり・・・シモンの妻です」



「バカな! 貴様まで、そのようなツマらぬ男の女だという――ぶへあッ!?」



黒ニアの妻発言に驚き、シモンを侮辱するような発言をしようとしたデュナミスの顔面は、再び黒ニアの鞭のような打撃を打ち込まれた。


「あ・・・あれは痛い・・・」


「なんという技じゃ・・・」


「童・・・ずいぶんとモテているようだな・・・」


「あんな愛の鞭は嫌だな・・・」


可愛らしい容姿で、大の男を苦痛に喘がせる黒ニアに、フェイトたちはただ背中の寒気が止まらなかった。

そして、黒ニアは言う。



「あなたが誰かは存じません・・・しかしあなたは、このわずかな間で何度私を怒らせるのです?」



「ぐうぬぬ・・・は、鼻が・・・」



「シモンを傷つけたこと・・・侮辱したこと・・・そして何よりも!」



「ぐ・・・な、なにを・・・」



「・・・・・・・・・私までシモンの女と言いましたね? ・・・私・・・まで? ・・・ほかに・・・どなたがシモンの女なのでしょうか?」



・・・その瞬間、デュナミスもアリカもテオドラも、全員フェイトを見た。



「・・・・・なるほど・・・」



皆の視線だけで全てを理解した黒ニアは、ゆらりとフェイトを睨む。



「待て、黒ニア! それは、その男が勘違いしているだけだ! というより、そんな話を真に受けるな!」



「昨日の友が・・・今日の恋敵になるとは・・・まさか・・・あなたが・・・」



「ちがう・・・黒ニアも変な勘違いを・・・」



フェイトは慌てて弁明するが、何故か信用してもらえない。


とんでもない勘違いに、哀れなフェイトだが、そういう勘違いをさせるほどのモノを今のフェイトは持っていたので、仕方なかった。



「私もニア同様、あなたのことは好きです。大切な・・・友達です」



「あ、ああ。そうだ。僕も同じだよ」



「ですが・・・・・・もしあなたの愛が本物なら・・・私はあなたと決着を・・・」



「なぜそうなる!?」



当初の目的は一体なんだったであろう? 目的を見失うほどの異常事態だった。


テオドラとアリカを、政治的理由で誘拐しようとしたデュナミス。


よく事態が分からぬまま、とりあえず救出しに入ったシモン。


シモンを助けに来たフェイト。


シモンを守ろうとする健気なフェイトを見て、何故かデュナミスがシモンにキレた。


シモンを傷つけようとするデュナミスに、黒ニアがブチ切れた。


そして、今になって、黒ニアの矛先が綾波フェイに向いていたのだった。


そして今・・・




「ウガアアアアアア!! ラブコメってんじゃねえ!!」




大地を破裂させるほどの大爆音とともに、またわけの分からない者が割って入ってきた。


「なっ・・・」


「今度はなんだ?」


「あやつは!?」


「確か・・・シルチス亜大陸の・・・魔人・・・」


「ぐぬ・・・なんという・・・この私も予想外であった・・・」


「か、怪物だ・・・」


敵味方がよく分からなくなった6人の戦士たちの前に、存在感抜群の怪物が現れた。



「がはははははははは! ようやく解禁だ! バカ先輩どものお許しが出たことだ! 派手にミンチになってくれよなア!」



現れた怪物は、その場に居たシモンたち全員に向けて、獲物を見定めた野獣のような眼をして、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なんだよ、こいつは! フェイト・・・じゃなくって、フェイ?」


「・・・どうなってるんだ? 過去にこんなことが起こっていたのか? ・・・少なくとも、こんなこと、僕は知らない・・・」


フェイトですら、何が何だかわかっていない様子だった。

ただでさえ混乱している戦場に現れた怪物は、それほどまでに異常な存在だった。



「ぐはははは、カスどもが寄り添って・・・烏合の何タラだな」



「くっ・・・きさまは確か・・・チコ☆タン・・・」



「あ゛?」



デュナミスが、怪物相手にチコ☆タンと呼んだ瞬間、怪物の中で何かが切れた。



「テメエ・・・初対面で気安く俺の名前を呼び捨てしてんじゃねえ!!!!」



「ッ!?」



ただでさえボコボコだったデュナミスの顔面を、力の限りチコ☆タンは殴り飛ばした。



「がはははははは、全員潰れろ! 今からここは、俺の世界だ!」



何メートルも軽々とふっとばされる強者デュナミスを見て、シモンたちの開いた口が塞がらなかった。


「ちょっ・・・ななな・・・」


「つ・・・ついてないの~」


「なんということじゃ・・・」


「シモン・・・私の後ろに・・・あなただけは守って見せます」


そしてその開いた口は、しばらく塞がらない。

黒ニアですら、少し臆していた。

だが、これで終わりではなかった。

まさかこの場において、これ以上の異常事態が発生するなど、フェイトも予想していなかった。




「やれやれ・・・随分と情けない・・・アリカ姫と人間以外は皆殺しにして構わないと言ったはずだよ?」




「「「「「「ッ!?」」」」」」




ふっとばされたデュナミスをその男は空中でキャッチして、冷たく言い放った。



「な、もう、なんなんじゃ!? 次から次へと、どうなっておる!?」




テオドラがそう取り乱すのも無理はない。ただでさえ混乱した戦場をチコ☆タンの所為でさらに乱されたと思ったら、またもや訳のわからぬ人物が登場したのだ。

しかもその現れた男・・・


「あ・・・あれ?」


「あの顔・・・」


シモンと黒ニアは、新たに表れたその男の顔を見て、隣に居るフェイトと見比べた。



「・・・・・・なん・・・ということだ・・・僕に内蔵されていた記憶は・・・どれほどいい加減で、重要な部分が欠けているんだ・・・」



フェイトは頭を抱えて、マジで悩んでいた。



「なんだ~? 随分とスカした男じゃねえか」



「ふっ・・・チコ☆タンか・・・まあ、デュナミスごときでは少々荷が重いかな? だが、君は君で随分と自信過剰だね」



「あ~?」



新手の存在に、血か騒ぐのかゾクゾクと嬉しそうなチコ☆タン。


対して、現れた男は随分と余裕たっぷりで、この人数や、チコ☆タンという化け物相手にも動じていないようだ。


だが、シモンと黒ニアは、別のことが気になった。



(ウソだろ・・・身長こそは・・・こいつの方が大きいけど・・・この顔・・・)



(この顔は・・・フェイトそのもの・・・)



そう、現れた男は、身長こそ違うが、フェイトと全く同じ顔だったのだ。



「どういうことだよ、フェイ・・・」



「・・・・・・・」



シモンがフェイトに聞こうとするが、フェイトは顔を俯かせたまま、何も答えない。


その様子を見て、黒ニアはなんとなく感づいた。



(・・・真面目な話に戻るなら・・・これがフェイトの事情・・・)



フェイトが何かを隠している。シモンもニアも、初めて出会った時からそのことは気づいていた。


まだ、それが何かはまるで何も分かっていないに等しい状態だ。


だが、ようやくその秘密を解くカギが、目の前に現れたことを、黒ニアは確信した。



「ぬ・・・仕事は?」



フラフラになりながら、デュナミスは男に尋ねる。



「終わったよ。紅き翼はしらばく自由に動けない。計画は次の段階に入る」



「そうか・・・。すまぬ・・・大義を見失っていた」



「構わない。運命は僕たちの手の中にあるのだから」



フェイトに似た男。この様子から、この男はデュナミスの仲間なのだろう。


彼らが一体何について話しているかは分からない。だが、この謎の人物の名だけは、次のデュナミスの言葉で分かった。



「すまぬが、今の一撃で動けん。この場を任せても構わぬか? ・・・プリームム」



「やれやれだね」



プリームム。それがフェイトに似た男の名前。



(プリームム・・・ラテン語で確か・・・一番目? ・・・フェイト・・・一体この者とあなたは何の関係が・・・)



黒ニアは、思ったことを中々フェイトに尋ねられなかった。


何故なら、「プリームム」という単語を聞いた後、顔を俯かせていたフェイトの背中が、より一層小さく見え、悲しそうに見えたからだ。


何故それほど儚そうに見えるのか? 何故それほど悲しそうなのか? 



(ふっ・・・初代アーウェルンクス・・・知らなかった・・・こんな・・・僕はこんな・・・)



フェイトはプリームムを見ながら、切なそうにした。



(カミナやシモンたちを見ていたから・・・知らなかった・・・・アーウェルンクスは・・・こんなにつまらない目をしていたんだ・・・)



フェイトの思いは誰にも分からず、そしてフェイトは誰にも語らなかった。


だから、シモンと黒ニアには、何が何だかわからぬまま。



「さあ、かかってきたまえ。アリカ姫だけは連れて行きたいんでね。僕が相手をしよう」



「アホか? ガキ皇女以外は皆殺しにしていいんだ。誰が獲物を譲るかよ!」



「ふっ・・・ならば・・・」



「がはははははは! 来いやア! ぶち殺してやらァ!」



何がどうなっているのか分からぬまま、プリームムという男とチコ☆タンという怪物が、大陸を震わせるほどの衝撃波を放ちながら、ぶつかり合った。


当事者のアリカとテオドラも、どうすればいいのか分からず、逃げずにその場で呆然としたまま。


シモンと黒ニアも、プリームムとフェイトを交互に見ている。


何も分からぬこの状況で、唯一分かったことと言えば、どんなにフェイトが真剣に悩んでいても・・・


フェイトは未だに猫耳メイド服のままだということだけだった。










一方その頃。



「どうしたんです? 師匠は・・・」



「タカミチ君、聞かないで上げてください」



完全なる世界に嵌められて、追手から逃げながら首都から離脱しようとする紅き翼の面々。


首都の追手は戦艦をも用いて自分たちを追い詰めようとしているため、なるべく目立たず、かつ迅速に、彼らは首都から遠ざかっていた。


色々とやらねばならぬことが山済みなのだが、どうも仲間たちの様子がおかしいことに、合流した少年タカミチは首を傾げた。


皆が難しい顔をしたり、ぼーっとした顔をしている。


唯一の例外は、タカミチと行動をしていたゼクトという男と、ニコニコしたままのアルぐらいだった。



「やっぱ女はな~・・・こ~、強いのはいいんだが、あの姫さんは強すぎるからな・・・その点、あのフェイって奴は・・・てっ、はは。こんなこと言ってたら、またあの姫さんに殴られるけどな!」



アリカと誰かを比べて、ケラケラト笑うナギ。



「まだまだガキだが・・・あれは、わずか四年か五年すれば・・・惜しかったな・・・」



少しだけ残念そうに舌打ちするラカン。



「もし彼女が日本に来れば、きっとすぐにスターに・・・」



女に弱い詠春ですら、ブツブツと言っている。


そして極めつけは・・・



「綾波フェイ・・・彼女は・・・とんでもない物を盗んでしまった・・・」



タバコの似合うハードボイルドな男、ガトウは荒野の彼方を見つめながら・・・



「私の心だ」



トンチンカンなセリフを言ったのだった。





後書き。


今週もネギまはなし・・・感想版で、ゴールデンウイーク明けになってからの再開だと教えられて気づきました。コンテナさん、ありがとうございます。

某所の小説では無理ですけど、最初から訳のわからんこっちの小説では開き直って書いてる分、色々な展開が出来るので、原作気にしないでいいのですが・・・

とにかく一言・・・

ごめん、フェイト・・・ではなく、フェイトガールズ。このままでは、栞やら焔たちが、あまりにも哀れだ・・・。でも、何とか頑張って元のかっこいいフェイトに戻してみせる!









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