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[26360] 【チラ裏より】リリカルスポットライト(リリなの オリ主)
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:16069ab9
Date: 2011/04/09 23:52
挨拶
作者のタピです。またお世話になります。


注意
この作品には以下の要素が含まれています(また可能性があります)。

・オリ主
・ネタ
・独自設定
・ご都合主義
・再構成

これらに注意してお読みください。


・初投稿 3/5
・とらハ板へ移行 4/9



[26360] ─第1話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:16069ab9
Date: 2011/04/15 23:00
 空知大気の朝は普通だ。
 何が普通かって起きる時間が普通だ。
 7時ちょうどに彼は起きる。必ずその時間に起きる。
 規則正しい生活は、規則正しい起床から始まるのだ。


「今日もいい天気だ」


 う~んと言いながら限界まで背を伸ばす。
 これがなかなかに気持ちよく、何度もしたくなるが、やるのは必ず一回だ。一回だけやることに意義がある。
 カーテンと窓を開ける。
 心地のよい冷たい風が部屋に入り込む。
 大気はその風を受け少し目を覚ます。
 その後、まだ少し寝ぼけた頭で一回にある洗面所に向かい、歯磨きと顔を洗う。
 リビングに行くと、そこには朝食が並んでいて母親と二人でのお食事。
 父親は今日は帰ってきてはいない。泊り込みで仕事のようだった。
 大気は母親と二人で目を瞑り、心で会社でがんばっている父親にエールを送りいただきます。
 今日の朝食は、スクランブルエッグだった。

 それから幼稚園の制服に着替え、バスが来るのを待つ。
 どうせ来ないだろうなと思いつつも待つ。
 隣では母親がウォーミングアップを始めた。

 7時15分、バスの迎えが来る時間であるが、未だ来ず。
 まだだ、まだちょっと道が混んでるとか前の人で手こずってるとかあるかもしれない。隣で母親はストレッチを始めた。イチ、ニー、サン、シー。

 さらに五分が経過する。
 まだだ、まだ来る途中に事故に巻き込まれたとかいう稀にみる可能性が残ってる。隣で母はブラジル体操を始めた。イチ、ニー、サン、ニー、ニー、サン。

 さらに五分が経過。
 今日もバスは来なかったか、と大気は落胆する。隣では完璧にウォーミングアップが完了した母親が自転車を引いてやってきた。


「乗るかい?」
「お願いします」


 大気は母親がこぐ自転車に乗りながら考える。
 一年前に比べスピードが段違いだ、と。

 母さん最近は自転車でのツーリングが趣味だって言ってたしなぁ。
 新しいツーリング用の自転車も買ってたし。

 今の母親には速さが足りないなんてことは全くなかった。
 むしろ、今も成長真っ盛り。近い将来が楽しみである。

 大気は未来の母親を想像した。
 ずっとペダルをこぎ続けるによって鍛えられた下半身の筋力。
 力強くハンドルを握るため鍛えられた握力と、それを長く持ち続けるために鍛えられた腕力。
 後ろの重荷(大気)と自転車のバランスを取るために鍛えられた腹筋と背筋。
 数年後、マッチョになった母親を想像する。

 ……ちょっと嫌な気分になった。
 母親がマッチョにならないためにも、苦労をかけないためにも早く一人で自転車に乗れるようになることを密かに決意した大気だった。
 それでも母親は自転車を無情にもこいでいく。こがなければ幼稚園に辿りつかない。
 必死にこぐ母親は背でかなり微妙な母の将来像を想像していることなど夢にも思わず、ひたすらこぎ続ける。

 自転車を全力でこげば幼稚園には30分程度で着く距離だが、その全力というのは時速30km程度のスピードである。
 ママチャリではありえない速度ではないが、それをキープし続けること自体は非常に困難なことである。
 まして、大気が乗っており重さやバランスともに高速度を保つには厳しい条件下だ。よって、幼稚園に辿り着くには45分以上の時間を用する。
 一般的に考えればちょっとした遠出レベルの時間を使って幼稚園に行くわけだから、筋肉がつくのもうなずけるという話だった。

 空知大気は母にそんな苦労をかけてまで、私立遠見第一幼稚園に通っていた。
 この幼稚園は比較的裕福な家庭が行くような幼稚園である。
 もちろん、この幼稚園に行けるからには空知家はそれなりに裕福であるということだ。
 母親は専業主婦のため、収入源は全て父親である。




 
 空知大気の父親は基本的に親馬鹿だった。
 彼はバニングスグループの数ある会社の内の一つの社長であり、かなり多忙な人である。
 家に帰る頻度は週に一・二回しかない時だってあるほど、忙しい身だった。
 それだけに家族愛に飢えている、とでもいうべきなのだろうか。
 忙しいため休みは不定期、祝日休日に休みが普通に重なるときもあるが、平気で平日に入る時もあった。
 平日に入ってしまうと、折角の休日なのに大気と遊ぶことが出来なくなる。
 父親はそれが悲しい。
 どうしようもなく悲しいから……母親に黙って大気を連れ遊びに行ってしまった。

 平日で幼稚園があるというのに、父親は家族の誰よりも早く起き、誰よりも素早く行動する。
 母親が起きる前に大気を起こし、遊びにいくぞと一言。
 反対するものは今、眠っている。チャンスだった。
 大気は遊びにいくという言葉に反対するはずもなく、言われるがままに遊びに行った。

 例えば動物園。
 大気があれ見たい、これ見たいと言う前に、父親はあれがいいぞ、これがかっこいいぞと先導する。

 例えば遊園地。
 父親は迷わず二人乗りの出来るものを選び、乗った。
 ゴーカートでは、大気を膝に載せ楽しんだ。父親が。

 一番楽しんでいたのはもちろん父親だった。

 父曰く「だって遊びたいんだもん」

 初めの数回は優しく微笑み「子供か」と突っ込みながらも見逃していた母親だったが、それを懲りずに何度も行う父親を見て「いい加減にせい」と突っ込んだ。
 しかし、父親は諦めきれずこっそり内緒で、止せばいいのに大気を連れ出して遊びに行った。
 楽しく遊んで汗だくになったところを母親に見つかって、その汗がいつの間にか冷や汗と変わってしまうなんてこともあった。挙句に大気との添い寝禁止令を出されて密かにトイレで泣く父親の姿があったとかなかったとか。

 こんな親馬鹿な父親のおかげで大気は良い幼稚園へと通っているのである。


 母親が苦労しつつも、どこか満足気な顔をしながら幼稚園まで見送られ、幼稚園へと入る。
 外で待つ先生に大気は自分から挨拶の声をかけると、先生はやや驚いた顔をしながらも心地良く挨拶を返してくれる。
 その後教室に入ると、比較的すぐに出席の点呼が始まる。
 当たり前だが五十音順に名前が呼ばれるため、大気は大体真ん中の方に呼ばれるはずなのだが、


「佐藤さん」
「はーい」
「園前君」
「はい」
「月村さん」
「あの……先生、また空知君が」
「あっちゃー、ごめん、また忘れてた。空知君」
「先生またー?」
「あははは、どうも私にとって空知君は死角のようだよー、ごめんね。んじゃ、もう一回、月村さん」
「はい」


 このようなやりとりが毎朝起きていた。
 大気はバスだけでなく、出席の時も忘れられがちのようだった。
 ここまでくるとどうもたまたまとは思えないのだが、先生がわざと行っているようには思えないので、ある種この扱いにはもう慣れていた。
 
 これでも前よりはいい方だったりする。
 以前は、後の人も大気のことを気づかずそのまま出欠の確認が終わることがよくあったりもした。
 今は、一回目は忘れられているとはいえ毎朝欠かさず名前が呼ばれるので、大気はちょっと嬉しかったりもしていた。


「月村さんいつもありがとうね」
「ううん。気にしなくていいよ。それに──」


 大気が毎回名前が呼ばれる要因になっているのは、次に名前の呼ばれる月村すずかのおかげであった。
 月村すずかは紫に輝く綺麗な長い髪を持ち、内気な性格からか非常にやんわりとした雰囲気を持つ、その年代の子からは少々飛び抜けた美を持つ少女だった。
 その容姿からか、よく男子に悪戯の類のちょっかいをかけられるが、内気の性格のため嫌と言えずにいることがよくあった。
 いい意味でも、悪い意味でもこの幼稚園で注目を浴びる存在だった。

 そう、注目を浴びる存在だったのだ。
 そのちょっかいをだされ注目されている光景を見つけた大気はすぐさま割り込んだ。
 それは善意からではない。


「ねえねえ! なにやってるの!? 一緒に混ぜてよ!」


 いつもみんなからも忘れられがちで、なかなかみんなに構ってもらえない少年の人一倍目立ちたいという欲望からの素直な行動だった。


「わっ! い、いきなり現れるなよ! ビックリしたじゃないか」
「ずっと側にいたけどね……」
「どうでもいいよ、ていうか大気は一人で砂場で遊んでろよー」
「えぇー、一人じゃつまないじゃん。それより月村さんとなにしようとしてたのー?」
「別に、何も」
「何も? え? 暇なの? じゃあさドッチやろうぜ、ドッチ!」
「ああ、分かった、分かったよ」


 結果的にいやがるすずかを助けた形になることがよくあっただけの話。
 ただそれだけの話。
 大気にとってすずかとは、よく教室で注目されて羨ましい人であった。


「──私もよく助けられてるから」
「ん? 何のこと?」
「ううん、なんでもないよ」


 とっても微妙で些細な持ちつ持たれつの関係を大気とすずかは確立しつつあった。





◆  ◆  ◆





 月村すずかにとってこの私立聖祥大学付属幼稚園はあまり居心地のいい場所ではなかった。
 その内気な性格からか、滅多に自分でなにかをしようと動くことはなく、いつも流されるままであった。

 活動的ではない彼女は他の子からするとどうも異端に見えるらしく、ちょくちょく思い出したかのようにちょっかいを出される日々であった。

 友達はいない。

 すずかはそれでもいいと思って今まで生きてきた。
 たった四年程度生きただけで彼女はそう思い始めていたのだ。
 
 月村家は上流階級と十分に言える家柄である。
 すずかの家は邸と言えるに足る豪邸であったし、資産も相当なものだ。
 そんな家に生まれた彼女は四歳よりももっと小さい時から、少し大人の世界を味わっていた。
 それは所謂社交界などのことであるが、そういった場に顔を出すと必ず同年代の子が彼女に近づいてきた。
 少々黒い理由を添えて。子供にその気はなくても親にその気があるということを知っていた。教えてもらった。

 すずかはそれがたまらなく嫌だった。

 だからこそ、本来であれば私立聖祥大学付属幼稚園に行く予定だったが、それを避けたのである。
 だが、それは逆に仇と成り彼女に返ってきた。

 結局、この幼稚園でも黒くはないとは言えちょっかいは消えなかったのだ。
 しかしそれも年少までだったのが、大きな誤算だった。

 空知大気の存在である。

 惚れたわけじゃない。
 惚れる要素がない、訳ではなかったが、惚れたわけじゃない。

 空知大気はよく見れば確かに美形と言える骨格はしているが、可能性は秘めているが、今はそれほどでもない。
 目は一重だし、髪はその辺の泥を被って楽しんでいる少年のボサボサヘアーと一緒、下手したら普通以下である。

 そして何より……目立たない。

 すずかだって同じクラスになるまで知らないどころか、最初の席順で前にいたのに全く意識が向かなかった。
 知ったのはいつも出席の時、名前を忘れられるという印象から。
 覚えたのは明るい性格と目立とうとする行動からだった。

 どうやら最近は前に比べたら諦めた感のある雰囲気を感じるが。

 すずかは年長になってもちょっかいをかけられていた。
 内気な彼女はそれを嫌とも言えず、なわなわになりながらも必死に抵抗していたが、それはどうやら相手に伝わっていないらしい。
 手加減の知らない子供のため段々激しくなり周りが注目し始め、そろそろ先生に気づかれるというときに、その声はかかった。


「なにしてるの?」


 興味津々というのは体で表現し、ギランギランに目を光らせている大気の声だった。
 
 一瞬、誰かが助けに来てくれたのかと期待したすずかだったが、その大気の姿を見て絶望した。
 なまじ期待しただけにショックは大きかった。

 誰も私を助けてくれないんだよね。
 知ってたよ。
 うん、知ってたから。
 ……もう、いい加減にして欲しい。

 すずかが抵抗を諦めた。
 
 だが、この後いろんな意味で彼女の心境は複雑になる。


「みんなに注目されて羨ましいな、月村さん」
「え?」
「え?」


 少年の鶴の一言で場が凍る。

 大気の予想外の言葉に、度肝を抜かれたのはすずかだけじゃなく、すずかにちょっかいを出していた少年もだった。
 この後、大気による一人は寂しい、忘れられるのは寂しいよの語りにちょっかいを出していた少年は、自分が何をしていたのかさえ忘れ。
 すずかはなにを考えて、何をされてたのかさえ忘れた。

 


「ああ、もういいよ! 分かったから! じゃあドッチやろうぜ、みんなで!」
「え? いいの?」
「いいよな、みんな」
「あ、ああ! やろうぜ! やろうぜ!」


 結果的に大気がすずかを救う形となった。
 大気は気づかず、すずかのみは後になって、ドッチやろうと思ったのに大気が外に出た瞬間雨が振りしょぼくれて帰ってきた大気を見て気づいた。

 このやり取りがループする。
 すずかに誰かがちょっかいを掛ける、注目を浴びる、大気が感づいて接触、流れ解散。

 すずかは大気に無意識とはいえ助けられたのを、事情を説明して大気に理解させた上でお礼を言おうと何度も思ったが、朝に大気の名前が呼ばれ忘れ、それを先生に告げ、大気が感謝するその姿を見て何度も諦めた。

 すずかは思う。

 こんな関係があるなら、案外この幼稚園も悪くない、と。





──すずかと大気はまだ友達ではない



[26360] ─第2話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:16069ab9
Date: 2011/04/15 23:01
 陰が薄いからか、忘れられやすいからか、空知大気には凡そ友達といえる人は少なかった。
 それでも決して零ではなく、小さいながらも彼もコミュニティを持っていた。

「にしても、大気の空気度というか影の薄さって異常よね。普通じゃ考えられなくない」
「でも、実際そうなんだし……」
「何弱気になってるの。そんなんだからあんたはいつまでも空気なんて呼ばれるのよ!」
「そんなんって、アリサは俺の何を知ってるのさ」
「何を? 何も知らないわよ! でも、これだけは分かるわよ。あんた昔から気弱で一人称が僕だったくせに、今は俺に変えて目立とうとしていることぐらいはね」
「うっ、なんでそんなことを」
「はあ、いつからこうやって一緒におしゃべりしているか忘れたの?」
「確か、お父さんが偉くなってからだから」
「一年よ、一年。私たちのたった四年という人生の四分の一を占める月日よ」


 大気は週に一度のバニングス邸でのお話会に来ていた。
 会と言っても、アリサと大気だけの──バニングス家と空知家だけのお話会である。ただの交流会という方が正しいかもしれない。
 大気とアリサはアリサの家でただ遊ぶだけである。
 バニングス家……つまり大気の父親の務めるグループの長とも言えるべき人の家との交流。
 いくら大気の父親がグループの中の会社の一つの社長といえども、それは数あるバニングスグループの一つに過ぎず、普通ならこうやってプライベートで一社長一家と一番お偉い人一家とが気軽に話すことなど無い。
 このお茶会はバニングスグループの長であるデビットの意向だった。





 デビットは大変多忙だ。
 本社ではなく日本のいくつもある分社の一社長ですら忙しくて中々家に帰れないのだから、その総取締役とも言えるデビットはさらに忙しかった。
 家に帰るのは多くて週一程度、少ないと月一すら無理な状態だった。
 その多忙な状態なせいで、愛しの可愛すぎる娘に会うことすらままならなかった。
 それはデビットにとっては悲しいことであり、またアリサにとっても辛いことであった。

 デビットは家に帰る度に、アリサに謝罪を言う。


「ごめんよ、アリサ。私が忙しいばかりに寂しい思いをさせて」
「ううん、気にしないでお父様。私は一人でも大丈夫だから」


 アリサはその言葉を聞くたびに、健気に微笑んでみせて、デビットの頭を撫でた。
 デビットにはその娘の姿が天使のようだった。
 天使に心を癒されたデビットはそっと天使の頭を撫で一緒に眠る。
 月にそう何度もない快眠をすることが出来た。

 デビットはアリサが心配で仕方がなかった。
 健気に自分の前では元気な振りをするアリサだったが、執事の鮫島の話からアリサに友達が出来ていないことを知り、アリサが傷ついているのを知っていたからだ。

 なんとかアリサに友だちができないものか。
 出来れば女の子友達がいい。
 男友達は……紳士的なやつなら許してやらないこともないが。

 デビットの辞書に変態紳士という言葉はなかった。普通はない。
 
 デビットはアリサの友達探しを始めた。
 アリサの通う私立聖祥大学付属幼稚園はあまり期待が出来ない。
 そもそもそこで友だちができるならこうやって苦悩することはないのだ。
 
 友達探しは難しい。
 忙しいデビットに公園で一処にアリサと遊び、地域の人と交流を深めるということはできない。
 階級の違いからも子供は近づくが、親がそれを拒もうとするのは眼に見えることだった。
 
 俗に言う会談デビューはダメ。
 次にデビットが目をつけたのが会社の関係者だった。
 まずは親類に目を当てたが、同じくらいの年齢の子どもを持つ者は少なく、居たとしても海鳴市とは離れた所に住んでいるため、候補にはならなかった。
 
 見つからない。全然見つからない。

 デビットは困惑した。
 一体どうすればいいのかと、どうすれば最善を選べるのかと。
 彼はいつだって最善を選んで生きてきた。
 彼のその目はいつだって先を見て、最善を見つけ出し、そうやって富を築いてきたのだ。
 しかし、娘のこととなるとどうも空回りしているようだった。
 いつも出るアイディアが思いつかない。最善が分からない。 

 そんなデビットの努力が、何らかの因果か叶ったのか、唐突に目的のもの出来た。
 思わぬ形で、最善に近い形で。
 それは顔を真赤にしながら照れてるのか怒ってるのか分からないアリサの独り言から知ることとなった。


『なんなのよ、あいつ! 何!? 忍者のつもりなの!?』


 アリサの親じゃなければ分からない様なアリサの態度だったが、デビットはすぐに察することが出来た。

 ああ、なにも私が与えなくてもアリサはもう自分で見つけることができるようになったのか。
 なんだか、嬉しいような、悲しいような、そんな気分だよ。

 『友達は作るものじゃない、勝手になってるものだ』という言葉を真に理解したデビットだった。


「そういえば大気君は遠見第一に通っているようだが、ふむ……あそこに通えるということは来年は十分にうちの行くところにも行けるだろうな」


 デビットに秘策あり。





◆  ◆  ◆





 空知大気は目の前の少女に圧倒されていた。
 常に、いつも、毎回圧倒されていた。

 圧倒されている理由は様々だが、その中の一つに彼女の美貌という物がある。

 日本人は黄色人種と言われ、黒髪黒目が基本的である。
 たまに、ちょっと変わった髪色や変わった瞳の色をしているものもいるが、さすがにアリサほどの異色さは放っていない。
 そう、アリサ・バニングスは完全には日本人ではない。
 もちろん国際色豊な血統をしているという訳でもない。
 紛れもなく彼女は外国人である。

 その白く透き通った肌、金色の長く綺麗な髪、若干五歳にしてすでに整っている顔、そのどれもが日本人離れしていている美しさだった。
 もちろん、外国人ならみんなこうというわけではなく、その外国人の中でもとりわけ彼女は輝いていた。

 大気はそんな彼女の容姿と、彼女の纏うギラギラの雰囲気に押されているのである。
 光ってる雰囲気? そんな甘いモノじゃない、するどいナイフのような、そうジャックナイフのような雰囲気だ。
 アリサを一目見ての大気の感想が「怖い」だったということからも、それは想像できるだろう。
 ただ、その怖いという発言を心の中にしまっとけばいいのに呟いてしまったのはよくなかった。
 その言葉を敏感に察知したアリサが、大気を一睨み、一言、


「なにか言ったかしら? 大気君?」


 アリサ怖い。君付けというのは恐怖でしかない。
 後にアリサの黒歴史となる出来事だった。

 されど大気は恐怖の他にもアリサに思うことがあった。
 それは存在感に対する畏敬の念である。

 アリサの圧倒的な威圧感にはビビったが、むしろちびるぐらいだったが、存在感も同時に感じさせた。
 というか、存在感なくして威圧感だけ感じたらそれは心霊現象だ。
 アリサ・バニングスは幽霊ではない。

 大気はアリサに憧れを抱いた。


「……じゃあ、よんぶんのいちって何?」
「えっ、そんなのも知らないの?」
「幼稚園じゃ習わないよ」
「ええとね、四分の一っていうのはね、半分の半分ということよ」
「半分の半分?」
「そう、例えばケーキを四人で分けるとしたらどうやって分ける?」
「ショートケーキを四人で分けるって、随分貧乏なんだね。ひもじぃよ~お姉ちゃん」


 大気が小芝居らしく、泣く真似をしながらアリサに縋りつく。
 アリサの袖をくいくいと引っ張りながら涙目でみる。
 アリサはそんな大気の髪を優しくお姉さんらしく撫でながら、悲しそうに言う。


「ごめんね、お姉ちゃんの出稼ぎじゃこれが限界なのよ……じゃなくて! 丸くてデカイヤツを想像しなさいよっ!」
「アリサのそのノリノリなところ好きだよ」
「えっ」
「切り方、だっけ。まずは縦に半分に切って、次に横に半分にして四つに分ける」
「……そうよ。つまり四分の一っていうのは」
「分かった! ケーキの切り方か!」
「違うわよ! あ、間違ってないけどちょっと違うわ。切り方そのもので、四分の一はその四つに切り分けたケーキの一つのことを指すの」
「あーなるほど、分かったよ。教えてくれてありがとう、アリサ」
「別に大したことじゃないわ。いずれは大気も習うんだから、遅いか早いかだけよ」


 大気とアリサでは受けている教育が違う。
 アリサはゆくゆくはバニングスグループを背負って立つ人物になるのだから英才教育を受けていた。
 自身も引き継ぐ気は満々で、父のその期待に答えようと必死に勉学を幼いなりにも学んでいた。
 その為、ちょくちょく大気との会話では学力の違いからか、大気では理解出来ない事柄や言い表し方があった。
 その都度、大気は理解出来ないということを素直にアリサに告げ、アリサも懇切丁寧に教えていた。
 アリサは幼いから大気の理解できることと理解出来ないことの境が曖昧ながらも、理解出来ないことを侮蔑するでもなく、また自身が知っているということを高慢に自慢することもなく、むしろ分からないなら教えるという面倒見の良さ。まさに姉御肌だった。

 大気はそんなアリサにやはり憧れを抱く。
 自分の知らないことを知っている頭の良さという憧れが。
 さらには自分にも別け隔てもなく教えてくれる優しさという憧れ。

 そして何よりも、


「アリサって色々やたらと目立つよね?」
「それは何? 褒めてるの?」
「ええと……こういう時はなんていうんだっけ?」
「ノーコメント?」
「そうそう、ノーコメント!」
「へぇ~、大気のくせに私に皮肉を言うとはねぇ~」
「えっ? あれ?」
「大気、教育の時間よ!」
「ええと、洗剤だよ!」
「洗剤での拷問がいいってこと?」
「は、ははは、アリサの冗談って面白いねー」


 友達というよりもまるで姉弟のようだった。





◆  ◆  ◆





 アリサ・バニングスは一人公園にやってきていた。
 海鳴市の名所の一つでもある海の見える公園──『海鳴臨海公園』に一人でやってきた。
 理由は言うまでもなく、遊ぶためである。
 
 アリサが年相応の精神年齢でもなく、非常に大人びた少女ではあるが、それでもやはり少女である。公園で遊びたくなることはある。
 
 彼女は普段は広大な家で犬と戯れながら庭で遊んでいる。
 だが、そこにいては友達は出来ないのだ。
 聡い少女は父が今現在、自分のことで思い悩んでいることを察していた。ほとんど理由もなく、なんとなくではあるが感じ取っていた。

 大好きな父様。
 私が父様に迷惑をかけちゃダメ。
 だから、心配されないためにも友達を作らなくっちゃ。

 父様のためと気負いつつ一人で公園へと進む。
 背後に忍び寄る影──執事の鮫島が見守ってることも知らず。

 公園へと向かう途中、道行く人に興味の視線を受けつつ、それらを無視しつつ進む。
 アリサにとって興味の視線、異物を見るかのような視線はもう慣れっこだった。
 
 公園にたどり着く。
 砂場では子どもがトーテンポールを砂で作り、親は大人同士ベンチ寝転がりながら談笑、ちょっと髪の毛の寂しいおじさんは太極拳をしている。
 異様な光景に見えるかもしれないが、海鳴市ではよくあること。
 

「な、なんのよ、これ」


 アリサは公園に着くなり驚いた。
 公園のレベルの高さにあっけに取られたのだ。


「この中に混じれって言うの? ……そこはかとなく嫌だわ」


 どうしようか、もう帰ってしまおうか。というか、帰っていいよね? 
 アリサはいち早くこの公園から出て家に帰ってしまいたかった。
 だが、そこにジレンマが襲う。

 ここで帰ってしまったら父様の悩み事を解決できないと。
 安心して仕事をさせることができないと。

 父様のために。

 もう一度強く思い、そしてもう一回、公園に入って行こうとしたその時だった。


「で、できたー! トーテンポール一号!」
「よし、次は小田原城作ろうぜ!」
「いやいや、ここは名古屋城でしょ!」
「いや、ここは平山城でしょ!」
「「「どこだよ!?」」」


 アリサは頭を抱えた。
 そして一言、


「Ohh...Crazy!!」


 父様、私は屈してしまいました。
 東京都日野市にある、日野市民ですら知らない城の名前が出てくるハイレベルすぎる子とはお友達になれそうにないです。
 せ、せめて片倉城だったなら、まだなんとかなったかもしれないけど。

 アリサはそのハイレベルすぎる子たちからいち早く、逃げたくなった。
 決して学力で負けたからではない。
 城跡しか無いのにどうやって城を作るんだとか色々疑問はあったが何よりも、砂場でそんなハイレベルなものを作ろうとする子供とはうまくやっていける自信がないからだ。
 アリサが出来ることはせいぜい砂場で山を作って「トンネル開通」ぐらいである。
 平凡レベルと言えるだろう。平和な光景だ。

 アリサは思う。
 そもそもトーテンポールが作られた時点で見切るべきだったと。
 ついでにそのトーテンポールの高さは一m以上はあったわね、と回想する。

 アリサはトーテンポールを背にして走り出した。
 逃げたのだ、目の前の現実から。
 
 公園からしばらく息が切れるまで走った。
 

「ハァハァ、も、もう二度とあの公園には、ハァ……ハァい、行かないわ」
「え? なんで?」
「ハァ、ハァなんでって、決まってるでしょ! あんな奴らと一緒に砂遊びなんてでき、な……い?」
「うーん、確かにあの棒みたいのって顔が怖いから嫌だよね」


 え? なんで私の隣に男がいるの?

 アリサはあまりの出来事に、息切れすらも忘れてしまう。
 さっきまでずっと一人で走ってたはずなのに、ちゃんと信号を渡るときは東西南北を確認して渡ったのに、気づいたら隣に少年がいたのだ。
 当然ながら驚く。


「え?」
「うん?」
「なん……ですと?」


 執事も驚いた。
 ずっとアリサの後を静かに見守って、奇異の目線を送る奴らに睨みを効かしていたのに気づいたらアリサの隣を奪われている。


「ははは……やっぱり気づいてなかったんだ」





──これが敏腕執事の目すらも欺く少年とアリサの出会いだった





 ちなみに、大気はアリサに俺という一人称についてさんざん似合わないと言われたので結局戻したというエピソードがあった。



[26360] ─第3話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:16069ab9
Date: 2011/04/15 23:02
 大気は良くも悪くも純粋に近い子であった。
 それはひとえに両親の宝物のように、否我が家の宝だと言われて、決して甘やかされたわけではないが、大切に大事に育てられてきたからである。つまり両親の努力の賜物であった。
 そういう意味では純粋、というよりは歳相応に無垢な子という方が正しいかもしれない。
 無垢で無邪気なために、周りに影響されやすく、朝の読書の時間が作られたことから、今幼稚園ではちょっとした読書ブームであった。
 大気は自分があまり目立たないという認識を持っており、ならせめて周りに合わせて少しでも話題に付いて行きたいと思っている。

 みんながあれをやってるから自分もやりたい。
 みんながあれを持ってるから自分も欲しい。

 なんてことはない。普通に好奇心旺盛で、周りのあるものを欲しがる普通の子どもである。
 読書ブームということもあり、大気も自分の本を欲しがった。
 父親におねだりしたところ、読書ということであれば教育にも良い為、特に断る理由もなく買ってやるぞとむしろノリノリで答えた。
 しかし、そこに待ったの声がかかる。


「買ってやるってそんな簡単に言わないで。大気、どんな本が欲しいの?」
「ええと、特に決まってない」
「そう、なら一度図書館とか、幼稚園の図書室に行って興味の持った本を読まないとね?」
「なんで? 買えばいいじゃん」


 大気の何も考えなしの買えばいい発言に母親はやれやれといった表情をする。そして、そのまま父親に目線を向ける。
 大気は何のことだか、よく分からないがとりあえずいきなり本を買うというのは良くないということをなんとか理解し、じゃあどうすればいいかと考える。

 本は欲しい。みんな持ってるから。
 でも、ダメなんだよね。じゃあ、どうすればいいのかな?
 読みたい本ってお母さんは言ったけど……う~ん、あんまり思い浮かばない。

 大気は幼い頭をフル回転してどうすればいいか考えるが、いい案は思い浮かばない。
 思い悩み困った顔をしながら、どうすればいいのという意思を込めて父親と母親に向ける。
 

「そうねぇ……どういうのが大気にあってるかしら。図書館に行って探すと言ってもどう言うのがいいか分からなければ難しいし」
「分からん。俺は本は読まんからな。そもそも活字はあまり好かん。そもそも活字といえば新聞だが、あれはだめだな。虚実が入り交じって──」
「はいはい、さて……あ、いいこと思いついた」


 にやりと母親は笑い、言った。


「同年代の子に聞けばいいんじゃない。そう、例えばアリサちゃんとか」


 父親と大気は二人してなるほどと感心する。
 哀しいかな父親とその息子は同レベルのようだった。


「全く誰に似たのかしら」


 母親の独り言は二人の耳には届かない。

 善は急げということで、早速アリサへと大気は電話する。
 大気はまだケータイは持っていなかったが、アリサはすでに持っており、そのケータイ番号も大気は知っていた。
 アリサ曰く「私のケータイ番号知ってるのあんたと父様だけなんだから感謝しなさい」とのこと。
 大気は思わずアリサって友達いないんだねとツッコミそうになったが、これはなにか危険だと第六感が働き、言うことはなかった。


『ふーん、それで大気が読書ね。意外』
「意外って、なんで?」
『いや、てっきり大気って考えるより先に行動が来るタイプだと思ってたわ』
「行動力があるってこと? 褒めないでよ、照れるじゃないか」
『……まあ、それでいいわ。それで私のオススメよね。そう……最近だったらハーバード大学の──』
「ストップ! 大学って、それ難しい本じゃないの?」
『大したことないわよ。結局正義の定義付けはないって結論だから』
「大学って正義について勉強したりするんだ」


 大気は内心驚いた。
 大学という雲の上のような存在に感じる学校なのだが、そんな学校で正義について勉強するという事実。
 きっと、あれは良い事で、これは悪い事ってのを決める学校なのかなと大気は思った。
 ちょっとだけ大学が可愛く見えた。


『あーでも、ページ数が多いから朝読書には向かないわね。それじゃ──』


 その後もよく分からない本のタイトルが次々に挙げられた。
 経済、心理学、法律、帝王学、広辞苑。
 大気は頭がパンクしそうになる中これだけは分かった。
 アリサと自分では超えられない壁が存在しているのだと。
 
 アリサからの情報収集に大気は失敗し、通話を終えた大気に母親はどうだったと聞かれたが、大気はただ首を横に振るのみだった。
 母親はその様子を見て自分の妙案が失敗したことから悔しそうにしながらも、また考える素振りをする。
 大気からすれば彼女以外の友達と言えるような人はあまりいなく。
 あまりいないためアリサにしたような誰かにおすすめを聞くという同じような手段を取ることができない。
 これもすべてあまり友達がいないのが原因のため、あまりいないことを悔やむ。

 せめて普通程度の存在感があったら。

 悲痛な叫びだった。


「そうか、友達がダメならネットとかで聞けばいいんだ!」


 大気はこの程度じゃへこたれない、強い子であった。
 慣れっ子とも言うが。

 すぐに父親が持っているパソコンの許可を父親に求める。
 もちろん快く承諾され、父親も一緒に探すこととなった。


「ええと、『本 オススメ』で検索っと」


 そう打つと約11億件の検索結果が出た。
 多すぎる為、大気は自分の年齢を打ち込み絞り込みを開始する。
 今度は約9千2百9十万もの検索結果が出た。
 

「うーん、検索結果が多いなぁ」
「そうだな。でも、とりあえず一番上ぐらいのは確認したほうがいいだろう。人気サイトってことだし」


 父親がマウスを動かし一番上のサイトのページを開く。
 そこにはいくつかのおすすめの本が掲示されているが、どれも絵本ばかりだった。
 
 先生は確か、絵本ではなく是非とも文字のある本をおすすめするとか言ってたよね。

 先生の言葉を思い返すと、絵本ではどうやらダメなようだった。
 となるとこのサイトではいささか物足りなかった。
 ネットはあまり頼りにならないかもしれないと大気は思ったので父親に意見を求めるように、顔を向けると父親がなにかブツブツしゃべっているのに気づく。


「BL出版……なんかすごく興味有るが、ちょっと見るのが怖いな。でも、タイトルは犬の物語だし普通の出版社なのか。いやいや、しかし……」


 どうやら考え事をしているようだったので、大気は空気を読んで触れずに、パソコンをシャットダウンした。
 
 朝読書は明日から始まるけど、とりあえず明日は家にある本を持っていって、みんなの持ってる本を見てから考えようかなぁ。
 もしかしたら、おすすめ教えてくれるかもしれないし。

 今決定するということはやめ、先延ばしして保留することにした。
 善は急げといったものの急がば回れということもあるのだ。

 翌日、いつも通りに母親に自転車で幼稚園まで送ってもらい、幼稚園へと着く。


「では、皆さん自分で持ってきた本を15分間ちゃんと読んでくださいね。分からないところがあったら先生に聞いてね」


 先生の言葉を合図に読書が始まる。
 みんな持ってきている本は様々であった。
 ハードカバーのこれ幼稚園生が読む本じゃないだろうと思えるようなものを持ってる人から、絵本を持ってきている人。漫画を持ってきて先生に注意されてる人など。
 大気が持ってきたのは家にあった一冊の単行本だった。
 自分ものではなく母親が以前持っていたものである。
 特にこれといって興味が有るわけではなかったが、まあもってこいと言われたから一応の緊急処置だった。

 うーん、あまり、だなぁ。

 なんとなく内容は理解できるが面白いとは思えない。
 15分という時間が長く感じる。
 ページが進まない。

 それでも、周りを見渡してどんな本を読んでいるのか確認しながら読んでいるとようやく15分が経つ。
 初めての朝読書は本をほとんど読まずに終わってしまった。

 はぁ、これからの朝読書の時間がつまんなくなりそうだよ。

 大気はすでに朝読書に苦手意識を持つようになってしまった。
 朝読書が終わり自由時間になると、先程の読書の疲れを癒すために机の前にぐでーっとなる。
 その様子を見ているものが一人だけいた。


「大気君どうしたの? さっきの読書の時間キョロキョロしてたみたいだけど?」


 月村すずかだった。
 

「え? あー、あのね、本を買ってもらおうと思ったんだけど、読みたい本がなくてさ」
「うん、それで?」


 すずかに話を促されながら、大気は昨日の母親との話と事情を説明する。
 話をしながら大気はそういえば、幼稚園ですずかを見るといつも一人で本を読んでいたことを思いだす。
 

「そういえば、月村さんって本好きなの?」
「うん、読書は結構好きかな」
「図書館とか行ったりする?」
「今日も行く予定だよ。それで……あ、そっか。うん、いいよ」
「え?」
「一緒に行こうっていうデートのお誘いだよね?」
「え、いや、ちがっ」
「ふふ、冗談だよ」


 すずかは楽しそうに微笑んだ。
 それにつられて、大気も笑う。
 途中デートとか言うちょっと聞き捨てならない言葉があった気がするが、それはとりあえず記憶の彼方へ飛ばし笑って誤魔化す。

 いや、月村さんとならむしろ本望だけど。
 いやいや、そうじゃなくて!

 それでも内心穏やかではなかった。
 一瞬、まるで心覗いたかのようにすずかが大気を見てにやりと笑い、目が光ったがそれに大気は気付かなかった。

 幼稚園が無事にいつも通りに終わると、今日はバスで家まで送ってもらうのではなく、すずかの送迎の車へと乗った。
 ちなみにこの幼稚園で送迎の車は珍しくないが、自転車での見送りは珍しかったりする。

 すずかの送迎の車はさすがにリムジンではなく、普通の軽自動車であった。
 出迎えたのはファリンという月村家のメイドであった。


「すずかお嬢様がいつもお世話になってます」
「え、いえ、特にこれといって……」

 大気はお世話になっているかどうか過去の記憶をたどったが、何一つすずかをお世話した記憶はなかった。
 むしろいつも助けられているような、今もこうして助けてもらっているような、そんな気しかしない。


「すずかお嬢様がまさかこうやってお友達を誘って図書館に行く日が来るとは、ファリン……感激です!」
「もう、ファリン。大袈裟だよ~」


 自己紹介を含め軽い談笑をしていると車は図書館に着く。


「それではすずかお嬢様。私は一度車を置いてからまた戻ってきますが、その間になにかあったら私をすぐに呼んでくださいね」
「うん」
「送ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、これもお仕事ですから」


 それでは、と言うとファリンは消えるように去っていった。


「それで大気君は本を探してるんだよね?」
「そうなんだけど、何を読めばいいか分からないんだよね」


 困った困ったと肩をすくませながら、スマブラのドンキーコングのアピールポーズを取る。
 その様子にすずかは一度うーんと声に出しながら考える。


「ええとね、もし私のオススメでよかったら紹介するよ?」
「え? ホント!? じゃあ、教えてもらってもいい?」


 人のオススメはアリサの時にすでに失敗したが、すずかならアリサと違うから大丈夫という確信に似た感情を抱く。
 この信頼度の違いはもしかしたら日頃の行いからかもしれない。 
 アリサが悪いとは言わないが。


「うん、それじゃこっちにきて」


 すずかはそう言うとそそくさとわりと早歩きで奥の方へ向かっていく。
 大気は慌てて、すずかについて行こうとしたが、ドンと何かにぶつかった。
 固い何かだった。


「あ、すみません」


 咄嗟に大気は謝り、ぶつかった相手を見ると、なんとぶつかった何かとは車椅子だった。


「いや、大丈夫です。ええと、それより君は大丈夫?」


 どことなくイントネーションがおかしい。
 関西出身の子なのだろうか。

 車椅子の少女は大気がぶつかったにも関わらず、むしろ大気よりも低い姿勢で大気の安否を気遣った。
 大気はやさしい子なんだなとありふれた感想を抱きながら、大丈夫と答える。
 お互いが大丈夫なのを確認して、大気は用事があるのでといい、すずかの後を追った。

 ただ去り際、


「全く気づかへんかった。まるで空気みたいやった。にしてもなんでやろ、私と同じ匂いがするのは……」


 という声は聞かなかったことにした。
 
 すずかの居る本棚を見つけると、すでにすずかが何冊かの本を手にとっていた。
 それはどれもかなり分厚い本で、一目見た限りじゃとても大気には読めるようなものじゃなかった。
 
 大気は内心、すずかもダメだったかと落胆し、自らの人を見る目を疑った。

 すずかはある程度まとめて本をとると、近くの席に持っていった。


「この本が私のオススメだよ」
「う、うん。どれも分厚いね」
「見た目で騙されて本を読まないなんてしたら、読書は楽しめないよ? とりあえず、最初の部分だけでいいから読んでみて」


 大気はすずかに言われがままに一冊手にとってみる。
 
 分厚い本だ。
 見るからに読み気が失せ始めていたが、駄目元でチャレンジしてみる。

 しかし、大気の予想を裏腹に物語へと吸い込まれていく。

 サッカー、サーカス、吸血鬼。

 ある程度まで読むとちゃんと栞の紐を自分の呼んでいたページに挟んでから本を閉じる。
 そして、一言。


「すんごく面白いね!」
「気に入ってもらえて良かった。ね? 読んでみるまで分からないでしょ」


 これを機に大気は読書をよくするようになり、もっと影が薄くなった。



[26360] ─第4話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/15 23:05
「君のその能力、ぜひ我がチームで活かしてくれないか」


 幼稚園を卒園するちょっと前の出来事。
 それは……サッカーチームからのスカウトだった。





◆  ◆  ◆





 大気の幼稚園での生活は年長になり、大きく変わっていった。
 その最たる理由には月村すずか、彼女の存在が大きい。
 
 大気の趣味の一つ、というよりも大気にとっては体を動かすということ以外での新しい趣味となった読書だが、それの直接的な要員にはすずかが居たからである。
 すずかにオススメしてもらった本は、全てが大気の嗜好に合うものというわけではなかったが、一つの基準にはなり、彼の読書への関心興味の手助けとなった。

 読書をする息子を見て、母親はきっと将来は学者になるのねと大きく夢を広げ、父親はなんだか自分には及ばない遠い存在になってしまったと嘆いた。
 遠い存在だと感じた理由には、もともと大気は母親似で、せめて性格ぐらいは自分に似て欲しいと思いを含め、趣味が自分とはかけ離れたものになり、どうも親近感を覚えられなかったからだ。

 このままでは、大気との距離が遠ざかってしまう。

 大いに慌てた父親であるが、だからといって読書を止めることは出来ない。
 読書が大気の悪影響を及ぼすとは考えにくく、子供を一番に考える親としては阻害するのは見当違いだからだ。
 されど、父親の心は複雑であった。

 何よりも!
 自分と遊ぶことよりも読書を優先されるということが最近しばしば起きており、それに不満を覚えているのが一番の原因ではあるが。

 父親は口々に言う。


「これが『親の心子知らず』か」


 哀愁漂わせ、恐らく大切な何かを背負っている彼に突っ込むものは誰もいなかった。

 そんな父親のどうでもいい心情など大気は知るはずもなく、知る必要もなく、彼は一心不乱に読書をした。
 
 本の中に広がる世界は素晴らしい。
 芸術だ。
 なにより空想というのがいい。
 いや、魔法もいい、あれはいいものだ。

 大気がもっぱら好んで読むものはSFファンタジーものや、現代ファンタジーものだった。
 所々ではあるが、理解出来ない文や、主人公の感情、行動などもあるのだが、そういう時こそ読書お醍醐味である、『感想』を大気はすずかに言う。


「この展開はちょっとよく分からないんだよねー。ここが分かればもっと楽しめると思うんだけど」
「うん、ここはね実は時系列がこう繋がって……」
「あ! なるほど! それで物語が繋がるんだ。やっぱり月村さんすごいね」
「ううん、私も気づくのに何回も読み直したから。むしろ、一回目で変って気づく大気君がすごいと思うよ、私は」
「そういうもんなの?」
「そういうもんじゃないかな?」


 図書館で行われるちょっとした評論会、見様によっては答えを確かめあってる仲の良い男女の姿にも見える。
 実際、あの図書館以来、二人の仲は急接近していた。
 大気とすずかは幼稚園が終わると、陽気なメイドさんに送られて図書館へと行き、本を読む。
 もちろん、本を読んでいる間はお互いに一言もしゃべらないが、お互いに読み終わると小説の感想を言い合ったり、または本を交換したりなどして。有意義な時間を過ごしていた。

 その様子をやや離れたところで、見守る二つの影があった。


「どうですか、あのお二人の姿」
「うん、やっぱりお友達って必要よね。すずかにもようやく発情──じゃなくて、思春期が来て、お姉ちゃんはうれしいよ」
「友情通り越して、愛情なんですか!?」
「何を言ってるのファリン。あたりまえだよ?」
「はぁ~、最近の子供は早いんですね」
『すみません、図書館ではお静かにお願いします」
「「あ、ごめんなさい」」


 月村すずかの姉とそのメイドは静かに──ではなく、喧しく見守る。
 だが、この二人の会話は実はすずかの耳に届いており、大気を送り届けた後、珍しくすずかが怒った。
 しかし、姉曰く「そんな……すずかが怒るなんて……お姉ちゃんは嬉しいよ!」という言葉にすずかはどうしてこなったと呆れるばかりだった。

 大気にとっての読書とはつまるところ趣味以上のもっと大切なものである。
 一つに大切な友達が出来たきっかけであるということ。
 
 月村すずかがこうやった関係を築くことが出来なければ、大気にとって幼稚園はただ自分の存在感を頑張って示す場所程度のものに過ぎなかったであろう。
 否、築いた今もそれは大して変わらないが、なにより希望が持てた。
 友達とはある種、相手の存在を認めるということに繋がっていると大気は考える。

 言葉の通りで深い意味はないが、ただ単純に大気に友達がいれば、その友達が大気自身に目を向けてくれる人になるということだ。
 その為、無理に目立つ必要はなくなるわけだ。

 だが、その前段階。
 友達を作るという前提においてある程度の存在感や目立つことをしなければ、友達は出来ないのだからやはりアピールは必要なものだ。
 大気はそれを怠るつもりはない。
 だからこそいつもドッチボールをやろうと、よくすずかに絡む男の子を誘ったりするし、ドッチボールをやる際は、一番目立つように最初にやられる。やられにいくのだ。
 目立つ、という観点においてだったら、最後まで残るということでも十分にありなのだが、大気は理解している。
 自分が群を抜いて身体能力が高くないことを。

 運動神経いいね、とはすずかの評価だが、だからといって圧倒的という訳ではない。
 ましてドッチボールを含む、スポーツにおいては事故というのが起きやすく、最後まで残ろうとした結果、途中の一番だれてる時にリタイア。
 誰の記憶に残らないなど論外。

 だから大気は絶対に目立つようにして、撤退するのだ。
 これが本当の戦略的撤退である。
 絶対に自分が当たらない方向にボールが飛んできて、わざとあたりに行ってアウトになることなどよくあること。

 あの時のみんなの驚いた顔と、集まる視線がたまらない。

 大気はやみつきになっていた。

 一方、すずかはと言うとドッチボールには参戦していなかった。
 自由時間に行われるドッチボールなら、当然のことながら室内で読書をしているし、先生主催や幼稚園主催の大会などにおいて、いの一番に外野を選択。
 この幼稚園でのドッチボールのルールは初期は外野が二人、外野が復活できるのは一人までというものなので、一度外野に行けば、自己主張をしたがる坊やたちがたくさんいるのですずかが内野にいることはない。
 つまり事実上はやっていないのと同義であった。

 すずかの幼稚園での態度はだいたい我関せずという感じであった。
 しかし、変化が訪れたのはある意味当然のことであり、その変化が大気の存在だった。
 そして、それは大気とて変わらない。
 お互いに、お互いが、影響しあって、いい関係になり、持ちつ持たれつの関係で二人は卒園したのだった。

 



◆  ◆  ◆





 幼稚園卒園の少し前に、大気は進路を決めるという人生の岐路の一つに立たされていた。
 高校受験や大学受験、会社面接に比べれば人生の中ではビックイベントというには少々物足りないが、それでも十分に小学校は将来を左右する大切な選択である。
 例えば、小学校選びを失敗し、選んだ小学校で引きこもり生活になってしまえば、その子の将来は必然と暗い物になっていってしまう可能性が高い。
 大気は軟弱者ではないが、そうなり得る可能性だって零ではないのだ。限り無く零ではあるが。
 もっとも、引きこもるなら空気と言われている現状ですでに引きこもりになっているだろうし、それにへこたれず一所懸命に前を向く大気は、確かにポジティブと言われる人種であった。

 また、彼は馬鹿でもない。
 大気の友人関係から知れるところであるが、アリサ・バニングスという一大才女。
 月村すずかという文学少女(仮)の二人がいるのだから、勉学という面では冷遇どころか、素晴らしい環境だ。
 これ以上を望んだらバチが当たるという物。

 多少大袈裟ではあるが、アリサとすずか、この二人が居る限りおそらくは大気の人生は暗いものではなく、明るいということは確約されているようなものだ。
 もちろん、それは経済面という現実的な見方を含めであるが……

 大気は出来れば今いる友だちと同じ小学校へ行きたかった。
 それはすずか然りアリサ然りである。
 今のところこの二人が唯一無二の友達だと大気は信じているため、当然の成り行きではある。

 大気はそのことを包み隠さず母親に相談した。


「やっぱり今いる友だちと一緒の学校へ行きたいな」
「今いるねぇ。やっぱりすずかちゃんとアリサちゃんかしら?」
「うん」
「なら、その事を二人にも言ってみたら」
「え? ……そうだね。聞いてみる」


 まずはアリサに電話でさりげなく聞いてみると、答えはすぐに帰ってきた。


『私の幼稚園は形だけの入試こそあるけど、エスカレーター式よ?』


 大学附属なんだから当然の話だった。
 しかし、次の言葉は大気にとって予想外だった。


『で、でもそうね。あ、あんたがどうしても一緒がいいって言うなら他の小学校でも──』
「そっか、教えてくれてありがとう。じゃね」
『え、ま──』


 アリサはそのまま進学かぁ。
 ええと、確か学校は聖祥大の小学校だっけ?
 ウチからだと少し遠いなぁ。

 大気の家はアリサの通う予定の小学校がある海鳴市の隣町の遠見市。
 小学校に電車で通うというのは珍しいことではないが、大気としてはやはり楽がいい。
 手っ取り早い話、地元で進学したかった。
 この気持は結構な時間をかけて自転車で送ってくれる母の背を見て少しずつ育まれたものだ。
 それだけに根が深かった。

 アリサがその学校の行く、というだけのメリットでは大気は決めきれない。

 ならばと思い、次はすずかへと電話する。


『小学校? 私はどうかなぁ。まだ決めかねてるけど、大気君はどうするの?』
「僕? 僕は……同じだね。他の友だちが聖祥大の小学校に行くっていってるけど、ちょっと遠いからどうかなって思ってる」
『他に友達いたんだ……』


 あれ? 今さりげなくひどいこと言われた気がする。
 でも、月村さんに限ってそんなことはないよね。

 大気はすずかの性格上幻聴だと決め付ける。
 彼がすずかの本性を知る日はまだ遠い……別に腹黒じゃないけど。


『たぶん、私も聖祥大の小学校に行くことになると思うよ。本当だったら、幼稚園もそこだったし』
「へぇ、そうなんだ」


 アリサだけじゃなく、すずかまでもが私立聖祥大学付属小学校に行くと聞き、グラリと心が揺れる。
 楽に進学するべきか、友をとるべきか。
 まさに、大気は岐路に立たされていた。
 せめて、もう一押し、もう一押しがほしいところであった。

 そういえば、と大気は思い出す。

 初めてはまったあの本では、最初で最後の友達との別れ。
 今生の別れであったが、アレのせいで友達とは食い違い、最後には敵対し殺し合うなんてことがあった。
 吸血鬼というイレギュラーな要素が含まれる作品ではあったが、しかし、なるほど参考にはなるかもしれない。
 
 これはもしや友人と別れてはいけないという作者からのメッセージじゃ。
 あ、でも他の作品だと、別れがなければ出会いがないとも言ってたし……難しい。

 本で得た知識をうまく活用しようとしてより一層深みにはまった。
 
 小学校程度、されど小学校侮るなかれとは、この時の大気の心情である。

 その苦悩をそっと近くで見守る父。
 相談されるのはいつだって母親で、自分はいつも扉の向こうからハンカチを噛みながら見守ることしか出来ない。
 いっそ、自分から救いの手を、と思うものの彼は虚空に思いをつぶやいた。


「少年よ大いに悩め」


 ちょっと偉そうな父親にどついた母親は悪くない。

 母親は父親とは打って変わって、大気へ救いの手を差し伸べる。
 

「何をそんなに悩んでるの?」
「うーん、現実と理想のギャップに……」
「どこの政治家よ……楽に通学したい、でも友達はそこにはいない。片方をとると片方が成り立たないってことよね?」
「なんだ、分かってるじゃん」
「大気のお母さんだもん」
「そうだよね、お母さんだもんね」


 あはは、うふふ、ははっ……ショボーン。
 ショボーンが誰のリアクションかは言うまでもない。


「それじゃ、試しに行ってみたら?」
「え?」
「一人で聖祥大の小学校 行ってみなさいと言ってるの。そうね、言うならば……」





◆  ◆  ◆





 『初めての通学大作戦』
 母親がそう名付けた作戦の概要は、実際に一人で学校に行ってみれば? それで楽かどうか、いけそうかどうか決めて見なよ、という至って平凡な作戦だった。
 しかしその反面、大気はなるほどと納得し、今現在体験中である。

 海鳴市へ行く方法は幾つかある。
 バス、電車、タクシー、自転車、徒歩、競歩などなど、考えられる手段は沢山あるが、実際に行くとなれば電車通学になるだろう。
 とは言うのもののたった一駅、5分でつく距離だ。

 物は試し、百聞は一見にしかずとはよく言うものの、それを大気は生身で味わっている。

 なんだ、幼稚園に行く時より時間がかからないじゃないか。

 海鳴市の駅からは私立聖祥大学付属小学校行きの専用バスが出ている。
 バスに乗って約20分程度で小学校へ着く。

 つまり、家から駅まで10分、駅から駅へ5分、駅から学校へ20分でざっと35分程度着く計算になる。
 幼稚園の頃よりも10分以上に早いことになる。

 大気は一体どれほど苦労するかと身構えていたのだが、こうやって現実を見てみれば拍子抜けだった。
 何も悩む必要なんてなかった。
 最初からアリサやすずかなんかと一緒の学校へ行けばいいだけの話だった。
 もちろん、その際には入試という非常の面倒なものがあるが、大気にはアリサがついている。
 落ちることはまず無い。


「あ、そういえば海鳴市といえばおいしいシュークリーム屋さんがあったような」


 一安心して大気は余裕が出てきたのか、この間のテレビの話を思い出した。
 テレビで見たそのお店のシュークリームは非常に魅力的で、そりゃもうたまらんというものだった。
 そのテレビを見ながら家族で、いつか食べたいねなんて話をしたばかりであった。

 大気は自分の財布の中身を見る。
 中にはいってるのは、親が交通費として多めにくれた千円札から行きの交通費分を引いた分。
 あとはお小遣い分で、300円程度。
 テレビで見たシュークリームの値段は200円程度だから、十分に買えるという結論が出る。
 ここまでの計算、約3秒。
 早いのか遅いのかいまいち分からない。
 しかし、そこからの行動は早かった、近くのお兄さんを引っ掛けて一言。


「すみません、おいしいシュークリーム屋さんを知りませんか? 確か『翠屋』って名前だったんですけど」


 後ろから話かけたのが悪かったのか、声をかけた瞬間、本当に瞬間的にそのお兄さんは大気と間を取り一気に振り返った。


「この俺の後ろをとる……だと?」


 表情は困惑と驚き。
 セリフは若干危ない人だった。
 
 お兄さんは急に大気を警戒するが、大気はそれ以上に警戒した。
 だって、ほら……セリフが、ね。


「なんだ、ただの子供か……いや、君すごいな。まるで気配を感じなかった」
「あ、あははは」


 大気にとってそれは褒め言葉じゃない。
 というか、褒め言葉になる人はいるのだろうか。


「『翠屋』だったか? ちょうど俺も帰るところだったから、ちょうどいいな」


 知らない人について行ったらいけません、と家に出る前に母親に注意されたばかりであるが、しかし大気はそれが実行できない。
 なぜだか、逃げれる気がしなかったからである。
 
 大気は言われるがままに、着いて行くという選択肢しかなく。
 結局ついて行ったのだが、どこかに誘拐されるのではないかという大気の不安は的外れだったことが、翠屋について分かる。

 大気はお兄さんにお礼を言おうとしたら、中でちょっと待っててくれと言われて、店内で一人席につき待つ。
 大気はこういった雰囲気の場所、所謂喫茶店は初めてで、そわそわしながら緊張しながら、待ってるとやがてエプロンをつけた若い男の人がやってきた。
 その男は自分の名を高町士郎と名乗り、言った。


「君のその能力、ぜひ我がチームで活かしてくれないか」


 翠屋JFCという地元サッカーチームのスカウトだった。



[26360] ─第5話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/03/24 01:20
 長所が時に短所と成り得るように、短所もまた長所と成り得る。逆に言うならばその特徴が良き点になるか、悪しき点になるかは本人の気構えと心持ち次第というところが大きい。
 いかにいい長所を持っていても、悲観的に思ってしまえばそれは本人とって長所となることはない。例えそれが他者からは長所だと思われていてもである。こちらも同じく、逆のことも言える。

 これは意外と当たり前のことだが、しかし大気にとっては盲点だった。
 自分が前々から思ってたちょっと存在感薄いこと、いや、個性が足りないだけだという欠点を欠点だと思ってたからこそ、活かす術を考えることはなかった。
 
 それでサッカーでの活用というのはさすがに発展しすぎだが、しかしスポーツにその影の薄さの利用は大気にとって望むところであった。
 サッカーというスポーツに限るわけではないが、大気はもともと体を動かすのは比較的好きな方だった。
 読書という実にインドアな趣味も一緒に持つわけだが、それはそれ、これはこれ。


「よし、せっかくサッカーやるんだから予習しとかなくちゃ!」


 大気は図書館にあるサッカーの本に手を出した。
 が、しかし


「サッカーの歴史を知ってどうするんだ……」


 結果は散々に終わった。
 
 こんな出来事もあったが、大気は翠屋JFCへの入団を士郎からスカウトされたその場で即決。
 二人の固い握手のもと契約が成立した。

 翠屋JFCは小学校1年から6年までの小学校の期間のみのクラブチームである。その為、まだ小学校へ入学していない大気は、仮入団として練習に参加することとなった。
 練習日は土・日の基本週二回制で、祝日がある日はその日も練習である。偶数週の土曜は練習なし。二週間に一度は試合があるという絶妙なバランス感覚の練習日程だった。

 チームの方向性は、勝つというのが最終的に目標ではあるが、チームプレイを大切にみんなで仲良くという、どちらかというと協調性を大切にする。
 これが中学、高校と本格的になったり、プロサッカークラブのジュニアチームなら何がなんでも勝つという方向性になるが、こういう所が地元チームらしい生温さだった。
 その為チームの雰囲気は緊迫したものではなく、ほんわかとした温かいものであった。

 監督は大気をスカウトした高町士郎。なお、チームのオーナーも兼ねている。
 その他にも士郎の知り合いの親御さんなどがボランティアで協力してコーチをしている。
 
 
「翠屋JFCはすごくいいチーム。僕もこのチームの一員として頑張っていきたい」


 大気は入団するに当たって、そう発言した。

 サッカーの練習もさることながら、大気は私立聖祥大学付属小学校の入学試験に備えて勉強をした。

 勉強は思った以上にはかどっていた。
 大気の頭が元来悪くないということなのか、それともアリサの今までの教育、及び今の家庭教師としての賜物かは分からないが、順風満帆であった。
 一を教えて十の理解は流石にできないが、3、あるいは5程度は理解できる優秀さを誇っていた。

 父親はこのことを知ると、「さすが我が息子、うむ、俺の血のおかげだな」と言い、母親がすぐさま高学歴だけが取り柄なんだから、と突っ込んだ。それでも父親は突っ込まれながらも息子を誇った。母親はアリサに感謝した。
 
 たった一ヶ月という短い勉強期間ではあったが、大気の努力が報われた結果か、難なく試験は合格することが出来た。時期同じく、大気のもとにすずかの朗報も届いた。

 大気はついに自分にも運が向いてきたと喜んだ。
 二年前までの空気の薄さが嘘のようだ。
 そう、まるで自分が主役かのような……っ! そんな気分になっていた。
 例え、合格通知がまとめて貼られている掲示板で、大気の番号だけがかすれていようが、大気は確かにその時限りは物語の主役だった。

 この受験合格祝いに、両親からは携帯電話のプレゼントが送られた。
 大気はそれを大喜びし、その横で一番に電話帳登録をするのは私だ俺だと争う両親の姿があったとか。
 結果的に一番に電話帳登録したのはその貰った場に居合わせていた、漁夫の利をついたアリサであった。
 アリサが一番、すずかが二番、三時のおやつは文明堂。

 こうして、無事に大気は私立聖祥大学付属小学校への入学を果たしたのである。





◆  ◆  ◆





 アリサにとってこの小学校、私立聖祥大学附属小学校への入学は思ったよりは良いものとなった。
 幼稚園の頃に立てた自身の予測では、この小学校も幼稚園と大して変わらず退屈なものになると考えていただけに、自分の弟分とも言える大気の入学は予想外の出来事であった。
 とは言うものの、アリサにとって大気とは、ちょっといじめると可愛い時もある弟、もしくは小生意気な友達程度のものなので、いてもいなくてもまあそんなに大して変わらない事もないようなあるような、とても微妙な存在であったりする。
 そう、微妙な存在なのだ。

 アリサは言う。大気に存在感を感じたことも、感じさせられたこともない、と。

 これは良い意味でも悪い意味でもない。
 だがこの言葉をもし大気に向かって言ってしまったら、大気が消えてしまうような感覚に襲われたので言葉には出さないが、内心では結構大気のことを好き勝手言っていた。

 大気が消えるというのはしゃれにならない。
 なんだか本当に物理的に消えそうだから。
 そんなことはありえないとアリサは思っていても、そう感じてしまうのだからしょうがない。

 だが、もし大気が自分の目の前から消えてしまったら、とアリサはちょっと真面目に考える。

 まず自身の利益に関して、と考え始めたところでふと頭によぎる。


「……居なくなっても気づかないかもしれないわね」


 意外とありそうでアリサは自分の発言に戦慄を覚えた。
 同時に大気にある種の恐怖を覚えた。

 ここまで人が人為的に自身の存在感を消すことが出来るのか。
 そもそも、大気の場合はそれを無意識に行なっているではないか。
 これは本当にそれ相応の理由がないと考えられない。
 
 大気がいきなりアリサの頭上に現れて「実は忍者の末裔だったのさ!」と言われても、驚かない自信がアリサにはある。
 現れるという行為には驚くが、忍者発言には驚かないという意味だ。
 でも、さすがに目の前で物理的に消えてしまったら……驚きは隠せないだろう。


「まあその時は幽霊かと突っ込んでみせるわ」


 それほどの影の薄さを誇る大気だが、アリサはその影の薄さ自体には別に不快感はない。
 むしろ、影の薄さは大気の長所であるという捉え方をしていたため、その長所をまるで短所かのように扱う大気に若干ながらアリサは苛立っていたというのが事実である。
 だからこそ、彼がサッカーを始めるといったときは、そのプラス思考に思わず抱きつくほどの賞賛を大気に送ったアリサだった。

 後から考えるとあの時の自分の行動に顔を赤らめてしまうあたり、アリサには外国人の血が通っているといえど、日本人気質を感じる一面だった。
 それでもやはり彼女は外国人であり、日本人にはないガツガツと自分の言いたいことを言うという面もあった。

 言いたいことを言いたいように言う彼女は、自分の言いたいことを言えない人のことが理解できないでいた。
 アリサはそういうウジウジしてる奴とかマイナス思考の奴とかが嫌いである。
 大気は幸いにも、自分のその特性に関してはマイナス思考だが、それをなんとかしようとする一所懸命さに免じて、私の友達であるのを認めるというレベルだった。

 そんな端から自分を高いところに置いてしまいがちなアリサは、当然のごとく大気と同じように友達が少ない。
 本人からすれば、それは大したことではないのかもしれないし、そもそも今では大気という友達の存在もあるので、これ以上は望まないという所に落ち着いていた。


──そんな時にアリサは小学校へと入学したのであった。


 刺々しい雰囲気と圧倒的な存在感を周りに纏っての入学式。
 周りにも数多く目立つ子は多けれど、アリサほど目立つ人物はいなかった。
 目立たない人物筆頭は言うまでもない。

 あ! あいつの名前飛ばされてるわね。
 なーに泣きそうな顔してるのよ、全く見てられないわね。

 名前を言うまでもない。
 実際に言われてもいない。
 こんな些細なことなど気にしないかのように入学式は進んでいき、最後の閉会の言葉によって約一時間ほどの入学式は終わった。
 
 この一時間はアリサに限らず、誰にとっても退屈な時間だったが通過儀礼としてそれは諦めざるを得ない。
 親のためという点もある気がするが、そんなことまで入学式中に入学式について考え出すのはアリサぐらいだろう。
 その入学式も終わった今、アリサ達入学生はそれぞれの教室へと戻った。
 クラスは入学式前に張り出されており、一度教室にも入っていることから、入学式の緊張もあってかあまり騒がず皆それぞれの教室へと入っていった。

 教室、その教室の中でもやはりアリサの存在感は別格だった。
 当たりまでが、その金色の髪が目立たないはずがないのだから。

 しかし、アリサはあまり嫌な視線は感じなかった。
 普通の学校であれば異質であるアリサはこれでもかと注目をあびるのだが、この学校は大学附属であり幼稚園からのエスカレーター式のため、アリサのように幼稚園からそのまま上がる人が少なくない。
 そういった意味でも、やはりアリサにとってこの小学校への入学は予想外の幸運が多かった。
 
 アリサは知らないことだが、もちろんデビットはこれを計算した上でこの大学附属に入園、入学させていた。
 全ては娘を思う父親の掌の上ということを、アリサはまだ知らない。
 
 ここまで幸運に恵まれていたアリサだったが、ここで一つ予想外だったことがある。
 
 それはクラス編成、つまり……大気とは違うクラスだったのである!

 こうまで幸運なら一緒だろうと都合よく予想していたアリサだが、いやはや世の中そう上手くいかないものだった。
 アリサはそのことを「ま、どうでもいいけど」の一言で一刀両断したが、内心では友達と別れちゃってちょっと寂しいくらいの気持ちはあった。
 だのにその気持ちを顔にも出さず、大気には「私と違って残念だったわね」と大口を叩いたりもした。
 だが、大口を叩いたことは少し後悔もしていた。
 
 あの時の大気の捨てられた子犬のような目というか、今にも消えそうなその雰囲気に今頃になって罪悪感を感じていた。
 あの消えそうな存在感というか、儚気な雰囲気は反則だろうとアリサは思いながらも、その発言について謝ることは考えてはいない。
 考えてはいないが、今日の帰りに公園でたい焼きをおごってあげるぐらいならしてあげようと思っていた。
 
 ふふ、私がおごるんだから私の指定に文句は言わせないわ。
 味は……あの新作とか言うブルーチーズ味を食べさせてやるわ。

 最近、公園で異様な匂いがすっる原因になってる物を食べさせるとアリサは決めた。
 
 後に幻の味となるたい焼きだった。
 幻になった理由はご近所さんからの苦情だが……

 罰ゲームをアリサが思案している間も初日の授業は進み、考え終わる頃には先生の自己紹介と学校の最低限の説明が終わり、授業が終わった。
 さようならの挨拶をし、放課後になるとまっさきにアリサは大気の教室へと向かった。
 
 教室へと向かうアリサの顔はなんだかとても楽しそうだった。





 三ヶ月もすればクラスメイトの特色が分かるには十分な月日だった。
 そうなると気に入った奴や気に入らない奴が出てくるのは当然で、アリサにも気にいる奴と気に入らない奴が出来始めていた。

 『月村すずか』いつも自己主張せず本を読み、なにか周りに言われても自分の意見を全く言えないいけ好かない奴。
 もちろん、他にも何人も居るが一番気に食わないが、そんなすずかの友達に大気がいることである。
 すずかだけじゃない、大気にも若干怒っていた。
 
 なぜ、私以外に友だちがいることを黙っていたのか、と。
 だが、それはいい。
 百歩じゃ足りないから百五十歩ぐらい譲っても大気は許すが、月村すずかてめーは駄目だ。
 私の友達の友達にウジ虫が居るのがなんだか許せない、アリサはそんな気持ちだった。

 我儘というよりは独占欲、独占欲というよりは器量の狭さからくる気持ちであった。
 
 アリサから言わせれば友達の友達にウジ虫がいたら私までウジ虫と思われるといったもので、とても幼稚な感情だった。
 一部の分野ではとても聡い少女であったが、同時に歳相応の感情ももちろん持ち合わせていた。
 
 三ヶ月、それは彼女の限界の時でもあった。
 アリサは武力行使に出る。


「あんたみたいな! あんたみたいなウジ虫が私は嫌いなのよ!」


 キンッ──と響くような金切り声でアリサは言った。
 同時に、手を出した。

 すずかは──いつも通りやられる一方だった。
 流されるまま、されるがまま。

 すずかの目は虚ろな目でどこかを見ていた。
 
 その姿に一層アリサの怒りは膨れ上がり、過激化する。

 アリサは誰も見ていないからこそ暴力を振るっていた、しかしここで予想外の事態が起きる。
 アリサがパシンッと頬を叩かれたのだ。
 
 茶色い髪の少女が、アリサを叩いたのだ。
 そして言った、


「叩かれたら……叩かれた人はこんなにも痛いんだよ! それに心もすごく傷つくんだよ!」


 その後は茶色の少女とアリサの罵り合いの叩き合いと化した。
 叩いては叩かれ叩き返して、言っては言われ言われ返してが続く。

 いつまでこの状況が続くのか分からなくなってきた時、すずかが叫んだ「やめて!!」と。
 普段、出さないような大声ですずかは叫んだ。

 すずかのその声で、二人の叩き合いはフリーズした。

 この後誰が呼んだのか先生が来て、この場は収められた。
 アリサは家に帰ったあと、学校の報告で慌てて帰ってきた両親に説教をされてる中、考えていた。
 
 今までだって気に入らなかった奴はたくさんいたのに、なぜすずかの時だけ爆発してしまったのだろうか、と。
 今考えれば、あれほどアホな行動はなかった、バカじゃないか自分は、と。

 悪い事……よね。
 紛れもなく私が全部悪かった。
 謝らなくちゃ、ね。
 許して……くれないわよね。普通は。

 ……それに最後のあの子の言葉…………すごく、響いた。

 そして、最後に気づいた。
 なんでだろうか、あんなにいけ好かないと思っててすずかのことを考えるのも嫌だったのに、今すずかのことを考えるのは別に嫌じゃなくなってることに。

 そうだ、あの途中で割って入ってきた子にも謝らないと。
 あの子の言った通りすごく痛かった。
 でも……はあ、あの子も許してくれないわよね。

 今回の件でアリサは少し自己嫌悪に陥っていた。





◆  ◆  ◆





 
 大気がそれを全て垣間見ていた。
 だが、声を掛けることが出来なかった。
 男なんて肝心なときには役に立たないもので、女同士の問題なんてその最たるものだろう。

 大気はそれを見ていて、ヤバい、ヤバイよ、どうしよう、なにをすればいいの、とパニック状態だった。
 普通の人ならそんな様子の男子が側で見てるのであれば誰かしらが気づくのだが、大気なのが災いとして誰も気づかなかった。
 アリサでさえ叩くのに夢中なのか気づいていなかった。
 だが、すずかの声で正気に戻り、仲介する勇気はなかったので慌てて先生を呼びに行ったのである。

 大気は先生の仲介を見届けた後、自分の行動力の無さを悔やんだ。
 もし、自分がパニクらず仲介すればあんなに酷い事にはならなかっただろうと思ったからだ。
 自身を不甲斐なく思い、だけど大気は決心する。
 
 このままじゃダメだ!
 僕の友達、すずかとアリサと後知らない子だけど、ケンカしたまま終わるのは駄目だ。
 僕が……僕がなんとかみんなを仲良くさせないと!

 大気は大気なりに三人の中を持ち、みんな友達になれるよう努力することを決意する。

 翌日、早速行動にしようと思ったが、肝心なときに大気は踏みとどまった。

 あれ? どうすればいいだ。

 やり方が分からなかった。
 出鱈目だと仲が悪化する可能性があるから、行き当たりばったりもダメ。
 ならば、しっかり作戦を考えるべきじゃないかと思い当たった。

 そうなるとこの日は棒に振るしかなくなり、さらに翌日、翌々日と良い作戦が思いつくまで行動できない日が続く。
 一週間が経ち、このままじゃダメだ! 兎に角行動をと思った矢先の出来事である。
 アリサからバニングス邸への呼び出しをくらい、そこに行くと、


「紹介するわ。こっちは知ってると思うけど、月村すずかね」
「大気君、一週間ぶりくらいかな?」
「で、こっちは高町なのは」
「初めまして。高町なのはです! なのはって呼んでね」
「二人とも私の友達よ」


 仲良く三人でティーを嗜む姿を見たのであった。

 大気は思う。
 なんだか物語的に重要な場面で空気だった気がする、と。



[26360] ─第6話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/15 23:09
 小学校三年生とはいわゆる一つの節目と言える。
 例えば、一・二年生の間は生活というとても曖昧な科目だった教科が社会と理科に分かれたりする。
 これは勉学的な一つの節目と言えるだろう。
 
 大気にとってもそれは変わらず三年生になって、一つの節目になっていた。
 学校では入学以来初めてのクラス替えがあって新しい環境になったりするし、サッカーでは通称団子サッカーから、個人技や戦術が見え隠れするようなチームプレイが中心となってきた。
 団子サッカーではみんなボールに集中してしまうため、大気が簡単に空気になれ、こぼれたボールを拾ってゴールなんて展開が何度も続いたが、これからはそうは言ってられなくなるだろう。

 運動神経は悪くないので、今後も努力次第ではチームを背負って立つ選手に慣れるかもしれないが、全てはこれから次第なので、どうなるかは分からない。
 ただ単純な足の速さとかキック力ではチーム内ではトップクラスだった。

 大気のポジションはフォワード。
 影の薄さを利用してゴール前でこぼれ球を拾う、声を出していきなり意表をつくというのが今までのプレイスタイルだった。
 もちろん、三年生になったこれからはもっと違うプレイスタイルに変わっていくことを余儀なくされるが。

 サッカーでは比較的目立てるポジションのフォワードを手に入れていたが、学校のポジションは見事なまでに空気という名ポジションを確保していた。
 だが、これについては大気も想像通り、否、予想通りであった。
 名前を言ってもらえないことなど分かりきっている。

 だからこそ、大気はずっとその対策について考え考え、考えた末にアリサから助言をもらって一つの策に打って出た。

 空気で無視されるなら、無視できないポジションにいけばいい。
 ……そうだ、学級委員になろう。

 学級委員、今はまだ低学年のため生徒会といった重職には着けないが、クラスのまとめ役の象徴たる学級委員なら十分に目立つことができる。
 それどころかいなくてはならない存在となって、空気扱いできないだろふはははと大気は一人自分の部屋で高ぶったりもした。

 空気脱却。
 それは大気の永遠の夢であり希望であり目標であった。
 小学校でもその目標を達成すべく動き出したに過ぎない。

 だがしかし、それで上手くいってるなら、今現在空気のポジションを手に入れることもないわけで、結局は失敗したのである。
 理由は至極簡単、学級委員は女子と男子の二人制であったことだ。
 
 失策だった。
 いつも頼られているのはその女の子で、大気は女の子に頼まれてようやく仕事を手に入れることが出来た。
 これではあまりにも地味だった。
 大気は学級委員という目立つことが可能な場所に居ながら、同じ学級委員のサポート役という地味なポジションで留まっていたのだ。
 無論、これで諦めることが出来ず、ならばさらに上をと学級委員長に立候補したがあえなく落選。
 当選した人は、先生からの推薦でいつも頼られる翠屋JFCのゴールキーパーの子だった。キャプテンでもある。

 大気にとっての敵は味方にいたのである。
 ちなみに大気の相方の女の子はそのゴールキーパーの彼女だったりする。

 
「でも、まだだ、まだ諦めるには早い! 小学校はまだ半分以上あるんだから!」


 三年生になった朝、新たな決意をする希望を捨てない大気の姿がそこにはあった。

 もう作戦は全然思いつかないけど大丈夫。
 僕にはなんてたってアリサという心強い味方が居るんだからね!

 大気はアリサのことを心の中では自身の参謀だと思っている。
 数少ない友達でありブレインであるのだ。
 相談役は自他共に認めるすずかである。
 
 ある事件をきっかけに晴れて友だちになったなのはという存在もいるが、大気はいまいち距離を掴めないでいた。
 友達の友達というのがなんとも言えない壁を感じてしまっているからだ。
 今のところ、なのはに共感するような部分はあまりなく、共通する部分は翠屋JFCぐらいだろう。
 何度か喫茶翠屋で見かけたことはあったが話しかけたことも、話しかけられたこともない。
 試合のゴールを入れる前後ぐらいしか存在感を感じないのだから当たり前の話ではあるのだが。


「へぇ、大気くんってそうやって色々頑張ってるんだ」
「中々上手くいかないけどね」
「でも、それすごいよ! うん! わたしも応援してるよ! 一緒に頑張ろ!」
「え、あ、うん」


 大気の手を握り、大気の目をしっかり見て、熱く言うなのはの姿には大気もタジタジだった。
 慌ててアリサに救いの手を求めるが、そういう奴だから諦めろと言い、すずかは微笑むだけだった。
 大気は「頼むから相談役は相談に乗ってくれ」と言いたかったが、すずかのそのいい笑顔の前では何も発することは出来なかった。

 それからというもの毎日のようになのはから応援のメッセージが届いたりしている。
 共感して応援してくれるのはありがたいと思うが、これもなのはといまいち上手くやっていけていない理由の一つだった。

 三年生になった朝も当然のごとくメールが来る。
 しかし、今回は応援メールではなく一斉送信で送られてきたメールだった。


『おはようございます。今日からみんな三年生だね! 初めてのクラス替えはすごくドキドキするね! みんな一緒に慣れるといいね』
「みんな一緒って結構難しいよねー」


 夢見がちだが、根では現実的な大気だった。
 日々、空気脱却、存在感をと謳ってるくせに心では若干諦めかけてる大気らしい発言だった。
 

「でも、それはそれさ。『みんな一緒だといいね』送信っと」


 「希望は捨てないさ」が口癖になりかけている大気でもあった。

 だが、当然のごとく大気に運命の女神は微笑まなかったのである。





◆  ◆  ◆





 大気は見てはいけないモノを見てしまう、ということが比較的よくあった。
 その見てはいけないというのは色々なものがあるが、公園でのアレやコレというのが代表的なものだろう。
 いくら大気がそれらについての知恵をあまり持っていないとしても、その光景はあまりにもあんまりだった。
 気づかれない、という事自体にも腹を立てるがそれを偶然垣間見てしまったことによるショックのほうが大きかった。
 知りたくなかった大人の世界を知ってしまったよう、そんな感覚に近いものを大気は味わった。

 幼い大気にはそれが少しトラウマのようなものになり、ある一定の時間帯からはあまり外出ということをしたくはなくなっていた。
 無論、今も小学三年生という身では深夜遅くに外に出るという行為自体が稀。
 あってもそれは両親の付き添いでの買い物だとか、星を見るだとか、初詣に行く程度しかない。
 いずれにせよ、たった一人で外にうろつくなんて行為はとてもじゃないが出来なかった。

 同じく、人目につかない公園も一人で行けない。
 そんな理由があったから、いつもわざわざ隣町にある大きな公園、臨海公園に遊びに行っていたのである。

 公園には表と裏の顔があるというのが大気の主張だった。

 しかし、大気は今公園にきていた。

 この公園はアリサたちがよく近道と称して通りがかる小学校近くの公園である。
 時間も遅く、すでに日が完全に沈んでいた。
 今日の大気はサッカーの練習があったため、帰宅時間がこんなに遅くなってしまったのである。
 サッカー自体が終わったのは19時と日は沈んでいるがそこまで遅くない時間だったが、そのあと大気は自主トレをしていた。
 
 今まではレギュラーでなんとか試合に出ていたが三年生になってからレギュラーが怪しくなったからである。
 
 サッカーで活躍できなくなったら、それこそ僕の立場がッ!

 大気にとってサッカーとは一種の心の拠り所となりかけていた。
 ゴールを決めたときのあの注目がたまらない。
 普段決して集まることのない視線がこちらに集まるのが嬉しい。
 あのどこから沸いてきやがったと言わんばかりの敵の表情がいい。

 へっ、影が薄いとバカにするからだ!

 だから失うわけにはいかなかった。
 自主トレをして何がなんでもレギュラーに食いつきたかったのだ。

 本来この自主トレが見つかれば、子ども好きの士郎に夜遅くまでやるなと言われ注意されてしまうが、幸い大気は影が薄く、バレることがなかった。
 勘づかれてる一面はあるが確信がないため、みんなにすぐに家に帰るように促したりするだけで終わっていた。
 この自主トレは秘密のトレーニング。

 もっと上手くなってみんなに目に物を見せてやる!
 それに、極秘のトレーニングって何だかかっこいいよね。
 すごくうまくなりそうな予感がするよ。

 大気はやる気に満ちていた。

 練習場所は公園というのが基本。
 学校が開いていれば学校がいいのだが、もちろん開いてるはずもなく、大気は渋々夜の公園で練習をしていた。
 公園を照らす街灯の光は弱いもののリフティングやドリブルなど簡単な練習をするにはそれでも十分だった。
 自主トレの時間は気が済むまでだが、一人でやれることは少なく、また親も心配すると思ってか1・2時間程度で切り上げていた。

 自主トレのことはもちろん親に知らせていない。
 親には練習が終わるのを本来終わってる時間より遅い時間であると告げてある。
 両親もいざという時はケータイもあるのでそれほど心配もしなかったため、大気は一所懸命に自主トレを励むことが出来た。

 しかし、今日はいつもと違っていた。


「あれ……ボールが見つからない……」


 リフティング中、思わずボールを強く蹴ってしまいボールが彼方へと飛んでいってしまったのである。
 未熟な内ではよくあることだが、いかんせん今は時間帯が悪い。
 辺りは街灯の光だけで暗く、草の中を探すとなると見つけるのが非常に困難な状況だった。
 それでも、ボールを無くしたと親に言って怒られると思うと、なんとしても探して帰らざるをえない。
 そんな心情が大気を縛り付けていた。


「駄目だ、全然見つからない」


 大気の頭にふとよぎるのは、『探し物は探してる時には見つからない』という言葉。
 なんだか、アリサが得意げに話していた記憶があるが、あまり覚えてない。
 それでも、辛うじて覚えているのは最後のアリサとの会話。


『ま、ようするに探して見つからなければ、探さなければいいのよ』
『え? それじゃ、どうすればいいの』
『諦めなさい』
『え?』
『諦めなさい、以上』
『え? そんなー!』


「……諦めなくちゃいけないのか?」


 時計はすでに10時を回っていた。
 今まで探すので夢中だったが、ケータイを見ると着信が大量に入ってきていた。
 両親だけじゃなく、友人たちの名前もいくつかあった。
 両親が心配をしてそこら中にかけまくっていた証拠のようなものだった。


「……これはどっちにしろ怒られちゃうよね」


 怒られないためにボールを探したのに、探してたせいで怒られてしまう。
 大気は自分の行為が裏目裏目に出てしまったことを思うと、ため息をして後悔した。
 
 ボールを無くしたので怒られて、帰るのが遅くなって怒られるのか……
 失敗しちゃった……
 
 悔やんでももう遅い、そう思ってとぼとぼと親にメールを返しながら帰りだす。
 もしかしたら、もう自主練出来ないかもしれないと思いながら。

 だが、そんな時だった。
 轟音が公園へと鳴り響く。


「え? なに!?」


 現れたのは、影のような物。
 形の定まらない赤い目を持つ、とてもじゃないがこの世のものとは思えないおぞましい化物がそこにはいた。
 その化物は辺りをキョロキョロと見渡す。
 
 ひっ!

 一瞬、目があったかのように見えて声にならない悲鳴をあげた。
 しかし、化物は全く大気には気付かない。

 び、びっくりしたぁッ!
 な、なんだよあれ!

 心の中で精一杯叫ぶ。
 だけど、身体は化物気付かれないように草陰へと忍足で進もうとする、だがその草陰が非常に遠く感じた。
 大気は草陰は諦めて近くの木の影に隠れることを選択する。

 空はまるで閉鎖された空間のように赤かく何かを囲んでいるように見えた。

 化物は大気に気づかずそのまま茂みへと消えいく。
 大気もこの隙に、と逃げ出そうと思うものの動けない。
 怖さのあまり硬直してしまったようだった。

 こんな時だが、唐突に大気は思った。
 こんなことならあの時の士郎さんのお誘いも承諾するべきだった、と。
 士郎さんの声で蘇る。
 『君ならいろんな意味で逸材と慣れるだろう』という誘い文句が。
 
 動けずにいるとやがて、その化物がいた場所に一人の少年が現れた。
 金髪の、物珍しい服装をした少年だった。
 なにやら呪文を言ってるらしいということは大気の耳にも聞こえたが、何を言ってるかまでは分からなかった。
 呪文がさらに大気に恐怖を与えた。

 再び化物が現れる。
 だが……大気はその時、その瞬間恐怖に耐えかねてついに

 む、無理!
 こんなの絶対無理だから!

 草陰から飛び出し背を向けて逃げ走っていた。
 
 大気は思う。
 これはきっと帰るのが遅くなった罰とボールを無くした罪なんだ、と。

 大気は家に帰って泣いて両親に謝罪した。





◆  ◆  ◆





「変な夢を見たの」


 なのはは夢をみた。
 悪夢のような変な夢だった。
 だが、そこにはいたはずの逃げ走る少年の姿は無かった。

 まあ逃げ走る少年の姿があったら、それはそれでさらに変な夢である。



[26360] ─第7話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/03/27 22:00
 海鳴市に何かいる。
 その何かは人間ではなく、まして動物の類ですらない。
 もっと恐ろしく、恐怖の塊のような、人の不安を煽り、それを主食とするような畏怖の体現のよう何かかもしれない。
 ただ、大気にも分かっていることはそれは確実に人間ではない、ということだけだった。

 普通の人間の目は赤くならない。
 そんなまさか漫画や小説の中の世界の人物じゃあるまいし吸血鬼なんてもっての外だ。
 そんなものは普通は存在しない。

 大気はもう小学三年生だ。

 立派にそれ相応の知識はあるから夢と現実ぐらいは見分ける事はできる。
 昔は、すずかにからかわれて吸血鬼なんて虚空の存在を信じていたこともあるが、ありゃー嘘だ。
 この世界には天使も悪魔もいなければ、吸血鬼やワーウルフなんてものもいない。
 まして暗殺者なんていう闇の仕事なんてあると思えないし、サンタクロースなんていう夢の仕事もない。

 だけど、あれは一体なんなんだ。

 大気はそんな今まで否定、というかつい最近否定し現実を見たのに、またなにか悪い夢を見させられてる気分になる。
 信じていたものが崩れる感覚。
 今にも翠屋でたま働いてる天使のような声を出す店員さんに「私は天使です」と言われて、「そんな……そんなの嘘だ!」と叫びたくなるような感覚。

 その感覚には未知という恐怖があった。
 その感覚には未知という好奇心もあったが、それは全て恐怖に負ける。

 僕は、僕はまた見てはならないものを見てしまったのかもしれない。

 かつて見てきた見てはいけないアレやコレとは桁が──次元が違うけれど確かに見てはいけないものだったのかもしれない。
 だから公園に行くのは嫌だったんだと大気は悪態をつく。
 こんなに嫌な気分になる朝は初めての経験だった。


「しかも、帰ったら泣くほど怒られたし……」


 記憶に新しい母と父の涙を流す姿。
 泣きながらの説教は顔を真赤にして怒鳴り散らされるよりも辛いものだった。

 そんな説教をされた後の学校。
 気分が良い訳がない上に昨夜の出来事がトドメと言わんばかりに、大気の精神を圧迫する。
 もし、またあれが現れたら、なんて考えると大気は海鳴市にとても行きたくなくなる。
 学校も今日ばかりは休んで……と思案してしまうほどに。


「違う、まだあれが夢だったという可能性もあるッ!」


 その可能性は夢じゃなかったときに致命的になることを大気は知らなかった。
 
 昨日のことは夢、幻想、空想だったんだ。だから大丈夫。僕は大丈夫。と昨夜のことを無理矢理割り切り、自身を鼓舞する。
 その様はとても必死だった。

 朝食、家族みんなでの朝御飯。
 大気は出来る限りの笑顔を振りまく。

 学校登校中、嫌なことは考えない。楽しいことだけを考えよう。
 そうだ、今回初めてみんなと一緒のクラスになった、これでまた空気脱却に一歩前進。
 頑張れる、まだまだ僕は頑張れる。

 大気は手を強く握った。

 バスの中、アリサ達三人を一番後方の席で大気に気付かず楽しく談笑中。
 大気に気づいたのは翠屋JFCのキャプテンとマネージャーだけ、大気はサッカーやっててよかったと感動。

 バスを降りると、なのはが真っ先に大気に気づき、いつもの笑顔でおはようと挨拶。
 それに気付いたアリサとすずかも挨拶を交わし、共に教室へ行く。
 大気はなんだか泣きそうになる。

 ああ、これが一緒に登校するって言うやつなのか。

 大気にとって今までの現実はとても冷たかった。
 だけど、今、この時はとても温かいと大気は実感していた。
 家族の温かみとは違う温かみに大気は多少困惑しながらも受け入れた。
 そして、この時ばかりは神様という奴に祈った。

 どうせなら……どうせなら一緒のクラスにしてくれてもッ!

 大気は意外と欲張りな性格だった。

 目先の幸福だけでは満足しない!
 もっと、もっと高みを目指す!
 今の段階で踏みとどまらない!

 向上心に猛る大気の心だった。 

 しかし、大気の夢心地の時間はあっという間に消えてなくなってしまう。


「それじゃ、私たちはこっちの教室だから。大気、いつまでも空気でいるんじゃないわよ」
「もう、アリサちゃん。ええと、色々頑張ってね大気君」
「わたしは隣のクラスから応援してるよ!」


 じゃあねー、とみんなと泣きそうにながら手を振って大気は自分の教室へと入る。
 でも、涙は見せない。
 大気は男の子であり、そしてもう慣れたことでもある。

 トイレで泣いてた昔が懐かしいと大気は幼なかった頃の自分を振り返った。
 今でも嘆くことは多いけれど、そこに嘗ての悲しき現実に打ちひしがれる大気の姿はない。
 あるのは未だ叶わぬ目標と夢を追い続ける健気で悲壮感漂う大気の姿だった。

 いつかきっと必ず。

 大気はまだ儚いという文字の書き方を知らない……

 大気は授業中も気が気ではなかった。
 昨夜見た化物がいつ襲ってくるかと怯えていたからだ。
 いくら頑張って割り切ったといえども、やはりふと考えると昨夜のことばかりだった。

 あれは夢だった。
 現実じゃないと必死に否定したところで、昨日のあの緊張感は、生命の危機を自ずと悟った本能はそれを否定してはくれない。
 幼いがゆえに真っ正直に見たものを信じてしまってるということも否めない。
 それでも強引にそんなものはなかったと封じ込む。

 大気の化物の常識といえば、それに近いのがやはり妖怪などの夜の生き物。
 ならば昼間の、ましてや大勢人がいる中には現れるはずがないと大気は切に願う。

 切に願うのだが、それでも恐怖は完全には消えてくれない。

 昨日は助かったが今度はないかもしれない。
 もしかしたら、自分はいつでも食べれるから後回しにされただけかもしれない。
 考えれば考えるほどドツボに嵌っていき恐怖は減るどころか、増すばかり。

 もう……無理、限界……

 大気は今、この空気という名の孤独に耐え切れなくなっていた。
 いつもなら我慢できたはずの忘れられるという孤独感が、恐怖と重なり一人でいることを困難とさせた。

 一人は怖い。

 お昼時間になると一目散に教室を出て走った。
 走って目指した場所は、屋上。
 そこにいるのは……


「い、いたっ!」
「ん、大気どうしたの?」
「いや、なんでもないんだけどさ」
「大気君が自分から此処に来るの珍しいね、どうしたの?」
「うんと、ちょっと、ね」
「なにか困りごと? それだったらわたしが相談にのるよ!」
「いや、大丈夫。……だけど、今日は一緒にお昼食べていいかな?」


 さすがに男の子の大気には一人が怖くなって、友人たちに会いに来たとは言えなかった。
 怖くなった理由も話せなければ、話したら話したらでアリサに馬鹿にされそうだと思ったからでもある。


「私は構わないわよ。というか、いつも誘ってるじゃない。二人も別にいいわよね」
「大気君なら大歓迎だよ」
「もちろん!」


 友人とはいいものだ。
 大気は心の底から自分を気遣ってくれる友人の存在に感謝した。


「ところで、何の話をしてたの?」


 いつもの大気はアリサ、すずか、なのはの三人が勢揃いしているときには自分から話しかけることはない。
 聞き役に徹し、横や後ろでうんうんと頷いたり時々相槌を入れる程度だった。

 ちょっとした壁を感じるのが一歩引いた感じになってる理由だった。

 それもそのはず、大気以外は女子三人。
 みんな幼いとは言え小学三年生といえばそろそろ女の子、男の子という壁が生まれ始める頃である。
 アリサ、すずか共に幼馴染とは言え、やはりこうやって揃っていると大気はなんとなく話しかけづらかった。

 しかし、今日の大気は一味違った。
 少しでも誰かと話してないと不安感や恐怖感にに飲み込まれそうだった。


「うーん、将来のお仕事の話、かな」
「え? そんなのもう考えてるの」
「当たり前じゃない」
「あ、当たり前なの!?」


 衝撃的な事実だった。
 大気は今、目の前の恐怖と戦っているというのに、アリサはもう先を見通しているのだから明確な壁がそこにあるようだった。
 
 あ、アリサはほら家が家だし、その……うん、しょうがないよね!

 アリサの次元が高すぎるだけ自分が低いわけじゃない、と大気は必死に自分を擁護する。


「す、すずかも考えてるの?」
「うん、さっきなのはちゃんたちには言ったけど、私は機械系が好きだから、工学系で専門し──」
「は、はぁ……」


 それから先の言葉は大気の耳には入らなかった。
 大気の頭の中は、「こうがくけい? え、なにそれ?」というところで止まっていた。
 
 将来の仕事がもう決まりかかってるなんて、訳がわからないよと大気は人知れずつぶやいた。

 ま、まだ完全に負けたわけじゃない!

 大気は最後の希望にすがりついてみる。
 

「それじゃ、なのはは!?」
「わ、わたし!? ええと……にゃはは、ごめん。わたしはまだよく分からないんだ」
「分からない……決まってないってこと?」
「そういうことになるのかな?」
「な、仲間だ!」


 大気はここにきて初めて親近感を覚えた。
 なのはと友達になれた気がする、そんな瞬間でもあった。
 
 そんなどうでもいいような、なんかすごく重要なようなお話をしてお昼の時間は終わった。

 友人たちとのこのお昼の一時は大気に潤いと安らぎを与えられ、癒しも得た。
 そのおかげで大恐怖で固まっていた大気の心は解きほぐされ、午後の授業に集中して勉強することが出来た。
 午前中の憂いも嘘のように晴れていた。

 人は一人では生きていけない。
 今日一日の大気の教訓だった。

 学校も終わり、放課後を迎えると大気は昨夜無くしたボールを探しに公園に寄ることにした。
 両親はボールは新しいのを買ってあげると大気に言っていたが、大気はそれは最終手段だと考えていた。
 
 あのボールには特別な思い入れがあった。
 
 初めて買ってもらったボール、である。

 とても単純な理由だが、大気にとってはかなり重要なことだった。
 だからこそ簡単に諦めるようなことはしたくなかった。
 それに念のためということもである。

 昨日の見たアレが幻だったかどうかも確認しなくちゃ。
 
 いるかどうか分からないし、いたらいたで困るが、いた痕跡ぐらいなら見つかるかもしれないという魂胆だった。
 
 恐怖はあった。
 だが、今は好奇心のほうが恐怖を上回っていた。
 理由は至極簡単で、ようするに大気は、


「男ならやっぱ、そういう不思議とか未知とか憧れるよね!」


 もしかしたら、これをきっかけに自分の中の未知なる力がッ!
 自分を主人公とした物語がッ!

 そう思ったら居ても立ってもいられなくなった、という裏事情があったりもした。

 だから、比較的ノリノリで公園へと足を運んだ。

 鼻歌を口ずさみながら、早足で公園へと近づいていくと、なにやら声が聞こえる気がしてくる。
 それは公園に近づけば近づくほどハッキリと聞こえてくるではないか。
 ずっと聞こえるわけではないが定期的に聞こえてくるその声に、大気は耳を澄ましなんて言ってるか解読しようとすると一回だけ、ハッキリと声が聞こえた。

 その声は、必死に訴えかけていた。


──助けて、と


 大気の足が止まる。
 目をつぶりしばし思考する。
 そして、走りだす。

 大気は一般的にいういい子の分類に当てはまる。
 それは大人の言うことをよく聞くだとか、正義の心があるとかではなく、単純に悪いことと良いことの境界線をしっかりと見極めることが出来るということである。
 それは思考から来るのではなく直感的に。
 あれはダメで、これは良くて、あの程度は平気で、ここまでくると怒られる……かもしれない。
 といったふうに見極めていた。

 いつも正しく分けられる訳ではないが、周りに賢い同級生が多い中で大気も自然と身についたものだった。

 人助けは良いことの分類ということはもちろん直感的に考えるまでもなく分かっている。
 だから、大気は走りだした。
 一心不乱に駆ける。
 風の如く、早く、早く走った。

 目指す先はもちろん声が聞こえた──


──逆方向


 学校だった。


「い、今ならまだバスが出てるからバスのほうが安全だよね!」


 幻聴なんて冗談じゃない。
 化け物がいるかも知れない場所に変な声が聞こえるとか、もう怪しすぎる。
 助けを求める声?
 そんなの罠に決まってる!

 大気はアンコウという魚を知っていた。
 だからこそ察することが出来た。
 この幻聴は大気を、しいては聞こえてきた人を誘う罠だと。


「もしかしたら、他の人もこの声に騙されるかもしれない。でも……ぼ、僕じゃ助けられないよ」


 無理なものは無理といえる日本人。
 
 無事にバスに乗ることができると一安心し、もう二度とあの公園には近づかないと決めた。
 死地に自ら望んで赴くのは戦闘狂と馬鹿だけで十分。
 大気はそのどちらにも当てはまらない。

 あえていうならヘタレだった。

 大気は家に帰って、いつもより早めに今日は眠ることにした。
 布団にくるまってる中もなぜか『助けて』という声が聞こえたが、それはきっとあまりにも公園での声が印象的に残っているせいだ結論づけた。


「聞こえない、聞こえない。僕は何も聞こえない!」




















{若干スランプ気味……orz}



[26360] ─第8話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/05 23:56
 大気の放課後の時間はたいていはサッカーの練習に当てはめている。
 中には友達と学校の校庭で遅くまでワイワイガヤガヤと遊びでやることも多いが、その遊びの中でもどこかしら問題点を見つけて課題に取り組むといった真面目さ。
 生来運動が苦手でもなく、むしろ体を動かすのが好きだった大気にとっては全く苦ではないことであった。

 アウトドアに勤しむ日もあればインドアの日もある。
 学校や公園でのサッカーとは打って変わって、時には図書館で読書という日も多分にあった。
 割合的には6:4程度でやや図書館に行く日は少なくなっているが、今の大気にはそれで十分だった。
 図書館は学校と市、市でも海鳴市と遠見市、合わせて三つの図書館を使い分けている。

 市の二つの図書館で使い分ける意味は本に先約があった場合における、カバー的な意味が大きいが、意外と揃ってる本が違ったりするという意味でも十分に意義があった。
 市の図書館二つもあれば、大抵の本はその二つで補ってしまえるため、学校の図書館の本の量から見ればわざわざ学校で借りる意味はない、と思われるが、学校で借りられれば手間が省けるというもの。
 大気だって無駄に動きまわるよりは楽をしたい。
 時間をあまり無駄にはしたくないのだ。

 よって大気の放課後の行動範囲は、学校から図書館と公園というとても小さな範囲。
 距離にしては、遠見市と海鳴市の二つの市跨るのだからあるように思えるが、プレイスペース自体は固定化されているので大気の世界は狭いものだった。

 イベント的な面を見れば、神社でのお祭り、サッカーでの遠征、家族旅行ともっと広がるが所詮一時的なものに過ぎず。
 大気の行動範囲は依然小さいものに変わりない。
 総じて言えば、「幼稚園の頃よりは広がったけど、そんなには……」というものだった。

 だから必然と大気の放課後の選択肢は限られたものになる。


「さて、今日はどうしようかな」


 大気は放課後を目の前にした帰りのHRで思い悩んでいる。
 
 いつもならここで、「サッカーしようぜ!」と周りのクラスメイトが言ったのに便乗してサッカーをしたりする。
 無論、誘われることは滅多にないので(誘うのはいつもキャプテン)自分から積極的に参加する。
 だが、今日に限って──最近に限ってはどうもそう安々と学校にとどまる気が出ない。

 学校があるのはここ海鳴市。
 あの怪物がいつでるかわからない場所である。

 幸いにして、昨日の夜聞いた幻聴以外はこれといって異常を感知していないが、大気にはむしろそれが怖かった。

 何も無いとこれはこれですごく怖いよ……

 目の前で異常が起きるのはおぞましい、だからといって目の前以外に異常が起きるのもいつ自分の身に降りかかるか心配になるし、無けりゃないで逆に怪しい。
 疑心暗鬼状態。

 大気は異様に怖がっていた。

 でも、テレビのニュースとかにはなってないからやっぱりあれは嘘だった、とか?

 それならば救い。
 縋りつきたい希望というものだった。

 大気は誰かに言ってほしい。
 「あれは幻だった。現実ではなかったよ」と、その言葉を聞くか、事実を確かめるまでは大気に安らげる時間はなかった。
 一時的な癒しを得られても恒久的にはそれは無意味に等しいこと。
 気を紛らわすや多少の精神安定程度の効果しかない。


「あまりこっちには居たくないけど……」


 いつまで怯えてればいいんだ。
 終りの見えないこの恐怖に果たして、終りが来るのか。
 
 その疑問が解ける訳も無く、大気は放課後を迎えた。


「いつまでも怯えてちゃダメ、だよね?」


 時には勇気を持って動け、とは監督の士郎の言葉だった。
 

「よし、なら今日こそは探索をしてみるぞ」


 今度こそ未知なるものを目指して!
 ちょっとした冒険気分だった。





 大気がまず最初に向かったのは例の公園だった。
 昨日は結局逃げてしまったので、ボール探しすら途中で投げ出した状態である。
 それに可能性があるとすればここが一番怪しい。
 『犯人は犯行現場に戻る』という言葉を信じ、大気は公園にたどり着いた。


「声は……聞こえない」


 この間の幻聴は完全になりを潜めている。
 この分なら安心して公園内を歩けそうでホッとするが、しかし手がかりがないという事を考えると複雑だった。


「ま、安全なら文句はないよね!」


 無理に見つける必要はないんだから、と心の保険。
 目的の化物は見つからなかったが、それで終わりでもなく、今度はもう一つの目的であるボールを探すことにする。
 とりあえず、あの日リフティングした辺りの草木を掻き分けて捜す。


「駄目だ、見つからない」


 他の人に拾われてしまったのかもしれない。
 もしかしたら警察に届けられているかもしれない。
 
 いや、さすがにないか。

 ボールが警察署にあってもそれを渡す方も渡すほうだが、貰うのも恥ずかしすぎる。
 それを考えたら大気は思い出の品と言っても諦めざるを得なかった。

 人間諦めが肝心だよね。

 新しいのも買ってもらえるしね、なんてすでに考え始めていた。
 あっさりと思い出の品を諦めるあたり飽きやすい子供らしさとも言えた。
 
 次なる目的地に向け歩きだす。
 特にあてもないが、全く検討がつかないというわけではなかった。
 海鳴市にはいくつかの大きな公園がある。
 その中でも海沿いにある臨海公園がこの海鳴市では最も大きな公園となる。
 先程までいた公園は街の中ほどにある、どちらかというと遊び場というよりは散歩道に使われるタイプの公園だった。
 これから臨海公園まで行くと帰るのが遅くなってしまうので今日の探索ではいけない。
 
 化物が潜んでいる──潜みやすそうな大きな公園を候補から外すと、他には何があるかと大気は考えた結果、ホラー物の定番神社に思い当たる。
 
 神社、といえば色々な怪談話のモチーフにされる建物で、そういったものが集まりやすいという性質がある。
 過去に大気は海鳴市のお祭りで一度だけ神社に行ったことがある。
 その時には当然ながら違和感も感じず、純粋にお祭りを楽しむことが出来た。


「そういえば、可愛い子狐がいたような……」


 狐といえば神社の象徴に扱われることもしばしばある神聖な生き物。
 その狐を大気は海鳴にある名も知らない神社で見たことがあったような気がした。
 気がしたが、まあ関係の無いことだと切り捨てる。狐なんていなかった。
 
 事態がややこしくなることを辛うじて避けた大気は、神社への通り道の途中に図書館に寄ることにする。
 何も神社が怖くなったとか、狐で思い出したけどこっくりさんが怖いだとかではない。
 ちょっと暇つぶしがてら、そう、何かのヒントが得られるかもしれないと思って図書館へ入ったのだ。

 図書館の中は喧騒な外とは違う異空間だと大気はいつも思う。
 それは隔壁された空間のように感じるし、癒しの空間のようにも感じていた。
 いうなれば、安全地帯。
 ここにいれば危険である世界から解放されたかのような気分になれ。自由に羽を伸ばすことが出来た。

 大気はこの空間がたまらなく好きである。

 侵されない絶対領域というのだろうか、そういったものを直感で感じてるからこそ図書館にいると安心できていた。
 ここ以外に安らげる場所といえば、他に思いつくのがこの町では自宅か……


「士郎さんの家だよなぁ」


 どことなく雰囲気で、安全そうな気がする。
 あくまでそんな気がするだけ。
 雰囲気の原因と思われるのは異質とも取れるあの住宅街には珍しい道場があるからかもしれない。
 住宅街に普通は道場はないのだ。英語教室ならあるかもしれないが。

 小休憩がてら図書館に寄った大気だが、これといってやりたいことはなかった。
 とりあえず、水分補給をしていつも読む小学館の文庫本コーナーを適当に眺める。
 ここにある本は比較的分厚いもので連載ものが多い。
 かの吸血鬼が主役の小説と同じ作者の悪魔が出る小説とか、不遇の待遇されるが後に魔法使いになる本などがあった。

 どれも一度は読んだことのあるものだった。

 同じ本を何度か読むということは大気はあまりしなかった。
 できれば色んな本をたくさん読んでみたいと思っていたからだ。
 だが、今現在は特定の読みたい本がないのでとりあえず一冊既読済みの本を手にとった。

 前に読んだことあったけど、ま、いっか。

 もう一回読むことで理解出来ることが増えたり、世界が増えたりするかもしれない。
 そんなことを考えつつ注意深く読む。

 が、半分ほど読んだ時ふと顔を上げる。


「あ、小休憩だった。危ない、危ない。本来の目的を忘れるところだった」


 まだまだ日が高く、空が青いことからそんなに時間が経っていないようで安心する。


「久しぶりに読んだけど、また読みたくなっちゃったな。……借りるか」


 熱が入ってきたので、ここで借りていくことにする。
 この思考の何処かに、本の分厚さから鈍器にならないかなって思っていたことは否めない。
 この本が血だらけになるのはちょっとおぞましいがなんだかお似合いな気がするとか思ったりもしていた。

 図書館で武器(本)を借りると、いよいよ矛先──歩先を神社へと向ける。

 神社は翠屋に比較的近い場所に位置する場所にある。
 図書館からならそれほど距離があるわけではないが、駅からは多少遠ざかってしまう。
 行くのはそんなに苦労しないが、帰るのに多少時間がかかりそうだった。

 大気はそのことを多少気にしつつも、何もなければ帰るのもそんなに遅くならないので大して問題としていなかった。
 もとより、歩いたり散策が好きでこれは趣味の分野に当てはまるのだから、嫌なはずがなかった。
 強いて言うなら、道に迷わないか心配だったり、帰りが遅くなって怒られる可能性があるのが心配なだけだ。

 道を確認しつつ神社へと向かう。
 すると5分少々で目的地だと分かる鳥居と階段が見つかる。


「おー、懐かしいな。よく二段上がって三段降りる遊びを……あれ? 逆だっけ?」


 思い出を掘り起こしながらも、階段を登っていく。
 登っていると、ふと思いついたのが階段トレーニング。
 この階段を使ってサッカーのトレーニングが出来ないか、ということだった。


「体力と筋肉のトレーニングの可能性がありそうだけど」


 ここまで来るのが面倒だな、と一蹴。
 だが、せっかく来たのだからついでと言わんばかりに階段を駆け上る。

 ももを胸近くまで上げ!
 階段は飛ばさず!
 えっさ! ほっさ! と掛け声かけて!


「んー、飽きた」


 二十段で諦めた。
 二十一段目はなく、二十二段目がやってきた。
 つまり一段飛ばしだった。手抜きである。


「さすがに、この圧倒的な段数見たらやる気が起きないなぁ」


 先程までのやる気は蒸発してしまったようだった。

 努力はする。
 それは自主練をしてることからもわかることができるが、だからといって努力が好きというわけじゃない。
 朝早く起きて走り込みなんてもってのほかで、見るからにやる気を失わせる物量を目の当たりにする努力も嫌だった。
 つまり、校庭十周とかそういう類の先は見えるが遠い練習は嫌いだった。
 大気にとって自主練は必要なことであると同時に、どこか趣味のようなものだったから続けることが出来ているだけだった。

 怠慢、というわけではない。
 ただ飽き易いだけ、それだけだった。
 校庭十周とか考えただけで飽きそう、というだけの話だ。

 大気は階段を丁寧に一段飛ばして登っていく。
 徐々に頂上が見えてくると、自然と頬がゆるみ、笑みが浮かぶ。
 それほどの苦行というわけではないが、頂上にたどり着くという達成感が良かったからだ。
 
 大気は知っている。
 この神社からの眺めは良く、街を一望できるというわけではないが中々の景色であることを。
 過去、夜にこの神社でのお祭りに来たときに見た光景は、美しいという言葉を知らない当時幼い大気でさえ感嘆の声を上げたほどだった。
 直感的に、人間の感性に直接訴えかけるようなそんな景色だった。
 今も深く、それは脳に焼き付いていた。

 自然と足早になった。
 早く景色を眺めたいと思うと、耳に痛く響く轟音も気にならない。


──轟くような獣の声も気にならなかった。


「え……な、なにこれ」


 気付いた時にはすでに遅い。
 
 目の前に広がるその光景は、大気が望んでいたものとは全く違うものだった。

 居るは獣、化物。
 追い求めていたのとは違うが、追い求めていたはずのこの世ではありえない物。

 戦うは子、少女。
 どこかで見知っている、だが謎の力を行使している現実ではありえないことをしている者。

 大気に選択肢は一つしかなかった……



[26360] ─第9話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/15 23:12
「もしさ、目の前に化け物が現れたらどうする? 信じる、信じない?」
『ちょっと難しいなぁ、その質問。でも、うん、目の前にいたら信じるかも』
「見たものは信じると?」
『というより、吸血鬼も化け物だから、吸血鬼以外の化け物がいてもおかしくないよね、って感じかな?』
「へ、へえ、吸血鬼っているんだ」
『実は私がそうだったり?』
「……か、かっこいいね!」
『ありがとう。大気君は優しいね』


 大気は不敵に笑うすずかに少し身の危険を感じた。

 先程までの神社での出来事をいつも通りやり過ごした後、切羽詰まる表情で慌てて家に帰り、すずかへと相談した。
 この手の話はアリサに相談できないことは常識だった。
 もし仮に、アリサにこの手の事を相談すれば、馬鹿にされ、辱められ、哂われて、このよに生まれたことを公開させられるのは明白だからだ。
 だからこそ、大気は迷わずにすずかへと電話で相談したのである。

 神社での出来事──これはもはや彼一人の手に負えるものではないと判断したからだ。

 親に相談するという手段もあったが、無論、アリサほど酷くないにしろ笑われるのは分かっていた。
 いや、逆に真剣になりすぎる可能性があるからこそ相談できないということもあった。

 でも、アリサならもしかしたら勇気づけてくれる可能性も……

 むしろ積極的に関わって、自分の手で解決しようと乗り出す可能性もあったのに気付く。
 そうなったら今度こそ引き返せなくなる。
 アリサなら何がなんでも解決するか、証拠を見つけるまで諦めなさそうだからである。
 大気はそこまで深く付き合うほどの甲斐性、もとい勇気はなかった。


『なのはちゃんが、ね』
「最近変わったところとかあったの?」


 大気はなのはとはそれなりの付き合いだが、あまり近しい関係ではない。
 なのはからはそれなりに気遣ってもらっているのは分かっていることではあったが、その行為に反して大気はどこか突っぱねた態度をとっていた。
 心の何処かになのはに対する恐怖心、があったのかもしれない。
 いとも簡単に人の領域に踏みはいるようなその笑顔は、大気にとっては猛毒のようなもので空気という最近では、「もしかしてこれが僕のアイデンティティなのかな」と思い始めてる大気にとっては危険なものだった。
 しかし、それとは他に嫉妬という感情も混じっていた。
 
 主人公のようななのはに対する嫉妬。

 脇役が主役に向けるような、そんな感情だった。
 
 大気はいつだって自分が主役となり、舞台のスポットライトを浴びることを望んでいる。
 切に願っている。
 だからこその嫉妬。執着。
 あるいはライバルに同情されたくない、といったものかもしれない。

 苦手意識から嫉妬、ライバル心への変化だった。
 それは今日の光景を見て、より一層育っていった感情だった。

 まるで魔法を武器に悪いものと戦う魔法少女みたいだったよ。

 大気のあの場面での感想だった。


『うん、ちょっとね。大気君には……分からないよね』
「分かる訳ないじゃん」
『なのはちゃんがいると威嚇してる猫みたいだもんね』


 今日のお昼はそうでもなかったけど、と。
 
 いつもそんなふうに威嚇してるつもりがない大気だったが、今日のお昼は確かにいつもと違ったことだけには頷く。
 あの時、あの瞬間だけ大気は、なのはのことを仲間と思ったのだから当然である。


「ね、猫!? それはどっちかっていうと「にゃはは」と笑うなのはじゃないの」
『私からすると、二人ともかわいい子猫ちゃんだよ』


 なんでだろう、今日のすずかの笑いはなんだか怖い。
 大気は身の毛がよだつのを感じた。


『でも、そうだね。なのはちゃんの件は少し気になるね』
「なのはだけじゃなくて、僕の身の安全も気になって欲しいところだよね」


 大気は身一つで危険地帯につい数時間まで身を置いていた。
 たとえそれに到るまでの経緯が多少あれでも、巻き込まれたのはまず間違い無く大気だった。
 誰にも気付かれなくて、その危険地帯にいたので何の危険もなく敵意も向けられず、友達だと思ってた存在に気付かれずとも巻き込まれたのは間違いのないことだった。
 空気でもそれは変わらない。
 いないと同じような存在でもそれは変わらない。


『もうッ! ちゃんと大気君のことも心配してるよ。でも、ほら、大丈夫って言う信頼があるから口に出さないだけだよ』
「納得しきれないけど、そういうことならいっか。ええと、ありがとう?」
『どういたしまして。それで、なのはちゃんのことだよね』
「切り替え早いとなんか、悲しくなるなー」
『今度みんなでお茶会とか開いてみる?』
「それはいいけど、僕に対する扱いがさ」
『信頼だよ? 信頼』
「うん、もういいよそれで」
『そうじゃなかったら、あんな危うい冗談も言えないし……』
「ん? なにか言った?」
『ううん、別になんでもないから。それじゃまた明日学校でね』
「そうだね……うん、学校で」


 すずかの自分に対する扱いってこんなに酷かったっけ、と思いながらもあまり考えないようにする。

 電話を終えると、ぐてーっとベッドに身を預け、深い溜息をし、思いきり、んーっと背伸びをした。
 今日一日は大気にとってあまりにも大変だった。
 多少望んだとは言え、ほんとうにいるとは思わなかった化け物との遭遇。
 そこにまさかのなのはの介入がありき。
 どうして、いつのまにか自分の周りがこうも非日常めいてしまったのだろうと考える。

 非日常を望んだことがあったか?
 ない、といえば嘘になるが特別あったわけではない。
 憧れは……あったかもしれない。

 あればいいなという興味があって、あっても怖いなという恐怖があって。
 でも、それとは別に巻き込まれるのは勘弁という気持ちもあった。

 正直に言えば、今日見たものだってなかったことにして、明日から平然とするという手もあったのだ。
 何も見なかったし、あそこには行かなかった。
 化け物なんて存在しないし、不思議な力なんてありはしない。
 こういう態度を取ることだって出来たのだ。

 見ていたのは大気だけ。なぜあれほどのことが起きて誰も気付かないのかは不思議だったが、それは考えても分かることではないし、分かるとも思わない。

 目撃したのが、大気だけならそれこそ本当に現象自体を無視したって誰も気付かないのだ。
 誰も気付かずにいられる。
 気付かずに全てが終わるかもしれない。
 そんな可能性がある以上、大気は無理をして関わる必要性はないのだ。
 可能性がないとしても関わる義務はない。

 大気は影が薄いところを除けば、それこそなのはではないが極々平凡な小学三年生。
 読書とサッカーだけが生きがいな少年なのだ。
 誰が、そんな異常事態に関われと言えるだろうか。
 大気には目を瞑り、現実から目を逸らすことをしたって誰も怒らないのだ。
 
 だがしかし、大気は関わることにした。


「友達が巻き込まれているのに見て見ぬふりは出来ないよね」


 友達が戦ってるかもしれない。
 自分にとって数少ない友達が困ってるかもしれない。
 苦手とは言え、ちょっと嫉妬があるとは言え、だからと言ってそれが助けない理由にはならない。

 そう……大気は友達を見捨てることが出来ない、情に厚い男だった!
 
 友だちが少ないから割り当てられる情が一人一人に多くなっているに過ぎないが。


「ま、今考えても仕方ないよね。今日は寝よ寝よ。お風呂入ってすっきりして寝よ」


 明日は明日の風が吹くさと言わんばかりに、今日寝ることにする。
 明日こそはいい天気になりますようにと願って。





◆  ◆  ◆





 月村すずかは、恋慕に限らず友情だとかそういった気持ちを抱いたことは生まれてから一度たりともない。とすずかは思っている。
 それは幼さ故、というよりは男の友達がいなかったことが理由になる。
 小学三年生ぐらいの年頃ならば、憧れの先生がいたり、父親を好きになったりするかもしれないが、そういったものさえもなかった。
 どこか大人びているや達観しているといった、子供らしくない子供であったからかもしれない。
 そのせいか、男友達はおろか女友達さえ出来なかった節があった。

 それが変わったのはいつからかすずかには思い出せないが、きっかけだけはしっかりとその胸に、脳の中枢部に刻まれていた。

 初めての友達は誰よりも陰が薄い男の子だった。

 最初は観察対象といった面が大きかったが、最近では気軽に冗談を言える友達というクラスアップを果たしていた。
 これはすずかの中では大出世で、この調子ならいつか本当のことを言えるんじゃないかと期待をしている。
 だが、その本当のことのせいで彼を失う可能性があることも分かっていた。
 

「でも、なんとなくだけど平気そうなんだよね……」


 空気のような存在だし、と独り言をつぶやく。
 この本当のことは本来ではあれば普通の人が知ることのない禁断の内緒話。
 知ってしまったら最後……なのだ。
 しかし、こと大気に知られたとして教えたとしても問題がないような、そんな気がしていた。
 知られても空気なあの子だから、その後どうにでもなるよねという感情もある。


「大気君押しに弱そうだもんね」


 ふふっ、と意味ありげに笑う。
 最近、その笑い方が板についてきたすずかだった。

 その空気よりやや遅れて友達となった二人の少女のことを考える。

 一人、気が強くていつも怒っているイメージがある金髪の少女。
 すずかよりも早く空気と友だちになったという少女、アリサ。
 出会いは、なんとも嫌な感じだったが今ではいい友だち、親友の片割れである。

 アリサとは二人で話すことがかなり多い。
 それは塾が一緒という理由の他に、元からの共通の友人を思っていたからでもある。
 
 初めの頃のアリサとの会話は殆ど愚痴だった。
 とある少年の愚痴だらけである。

 「あいつはあれだから」「そんなんだから空気」「陰が薄い」「存在感がないわ」などなど、出てくるのは悪口の数々。
 でも、それを言ってるアリサの顔は楽しそうだった。
 たぶん……人の悪口を言って楽しんでるわけじゃない……と思う。

 大気君のことが気になるからだよね? ね?

 今となっては真実は闇の中だが、そう信じたかった。
 すずかの気分としては、友達の昔からの幼馴染の惚気話を聞いている気分だった。
 内容は酷かったが。

 もう一人の片割れは先程の議題となっていた、自称極々平凡な小学三年生。
 運動神経はあるようないような、でも空間把握能力は異常!
 勉強で苦手なのは語学だけで、理数は天才クラス!
 これで平凡とか大気が泣きます、という高町なのは。

 頑固で優しくて、すごく芯の強い子。
 すずかにとってはある種の恩人みたいな存在だった。
 もし、あの場になのはがいなかったらと思うと──否、思っても考えられない。
 今ではすっかり三人ないしは四人でいることが当たり前なのだ。
 そうじゃないことなんてすずかは考えられなかった。
 
 考えたくもなかった。


「それにしても、なのはちゃんが化け物と、ね……もしかして私も退治させられちゃうのかな?」


 一抹の不安を覚える、が同時になのは相手ならそれでもいいかなと思うすずかがいた。
 過去何度、死にたいと考えたか分からないすずかだったが、考えた死のパターンでもっとも安楽死に近いものかもしれないと思い浮かべる。
 
 某自殺願望の吸血鬼じゃないが、その死のパターンには焼死もあった。
 もちろん、すごく苦しみそうだし、他所様に迷惑をかけやすい点からすぐに却下したが。

 しかし、今となっては簡単に死ぬわけにはいかないと考える自分がいた。
 
 それは一握りの希望でもある。
 この化け物の自分を許容してくれる可能性のある友達がいるのだ。
 まだ、死ぬわけにはいかないのだ。

 姉に許容できた人が隣に出来たように、それは自分でも不可能なことじゃない。
 すずかは心で何度も、何度も自分自身に言い聞かせる。
 いつかきっと必ず。

 何も人生の目標を持って生きているのは大気だけじゃなかった。
 抱える闇の規模ならすずかも大気に負けていない。


「なのはちゃんのことだから、一人で抱え込みそうだよね…………あ、それはなのはちゃんに限ったことじゃないか」


 なのはもアリサもすずかも大気も、意外と一人で塞ぎこむタイプだ。
 人に相談しないというよりは、何がなんでも自分で解決しようとする。
 大気は少し横道にそれたり逃げたりするが、アリサは正面から真っ直ぐぶつかっていきそう。
 すずかはそれぞれの壁にぶつかったときの対応を想像しながら、小さく笑った。
 
 昔では考えられないような、本当に幸せそうな笑みだった。


「……あ!」


 さて、これから寝ようかという時になにか大切な事を思い出し、声を出した。
 しまったという表情で手を口に当てて、どうしようかと悩む。

 大切なこと、それは……


「大気君をプールに誘うの忘れてた」


 でも、また明日言えばいいかと思い今日はとりあえず寝ることにする。
 数日後、結局誰にも誘われずに、一人虚しく公園で球蹴りをする大気がいたとか。



[26360] ─第10話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/15 23:13
 月村家は日本でも有数のお金持ちである。
 名家ともいえる月村家は大層ご立派な家を持っており、その一つが海鳴市にある。海鳴市と言っても市街地から少々遠い場所に位置しており、そこにわざわざ赴く人間は家の関係者以外ではあまりいない。
 海鳴市にあるその家は、豪邸であり月村邸と呼ぶにふさわしい趣と敷地がある。広大な庭に大きな居住地と、使用人が何人か住み込みをしなければ手入れが行き届かないほどの大きさである。
 
 この家に住んでいるのは、月村家の父と母、そしてご令嬢であるすずかと忍。さらには月村家に仕えているメイドが二人、ノエルとファリンである。
 父親と母親は忙しいため、家にいることは少ないが、その親の愛情が足りない分も二人のメイドが補っている状態だった。また、忍もすずかも年齢以上に物分りが良くて聡明な為、親への心配をあまりかけていなかった。

 忍もすずかも大の猫好きである。
 家にはその広大な庭に野放しにされた猫、子猫たちが自由に羽を伸ばしており、その数は飼っている当の本人たちでも全ては把握しきれていなかった。
 だが、それにも関わらずしっかりと一匹一匹に名前をつけて、それを見分けている所を見ると、非常に猫への愛情を感じることができた。

 実はこの家、防犯設備もなかなかのものである。
 父と母が工業の開発系の仕事を生業としているのも影響して姉妹で、機械を弄るのが大好きである。特に姉の忍はそれが顕著に出て、自称発明家の名を名乗っていたりもするほどだった。
 発明した物の使い道はどうあれ、技術としては十分に実用段階のものが多く、その発明品の中に防犯設備もあったため、この家の防犯が強化されたという背景があった。

 ここ最近の忍の一番の発明は、自動お掃除ロボ兼見回りロボで、ドラム缶のような丸い機体はどこか某学園都市を彷彿とさせた。
 クオリティは……あまり触れないほうがいいかもしれないが。あと、爆発オチがついてまわる。

 それはさておき、大気はこのご大層な家に何度か尋ねたことがある。
 尋ねたほとんどが幼稚園の頃で、すずかにお呼ばれされて行ったものだが、その時の印象はあまりに強く、未だによく覚えていた。
 尤も、その時の思い出で一番覚えていたことは、猫を抱き上げたときに毎回猫が驚く表情をして慌てて逃げようとして引っかかれた痛い思い出だった。
 
 抱かれるまで気づかないって動物としてどうなんだろう……

 猫の警戒心の薄さに大気は猫を案じたが、猫からすれば人間ってこんなに気配消すのに手練れてたっけという話で、きっと、この気配消す高レベルな技は高町の兄さん以来だ、と思っていたに違いない。

 猫に引っかかれようが、気付かれまいが、大気は自然と動物を愛している。
 特に犬と猫などの愛玩動物は素晴らしい、是非とも我が家でも買いたいと思っていた。
 
 だが、現実的に考えて犬や猫を飼ったときに、飼い主のことを忘れられたり覚えてもらえなかったりすると、大気は自分が相当傷つくのを知っているので飼うことが出来ない。
 ネットで見かけたペットが自分よりもお客さんに懐いてしまうという現象を考えみると、どうも踏ん切りがつけられなかった。自分がその例に漏れず、というかほぼその現象に陥ることだろうことを予知したからだ。

 甘い考えなど捨てるべき、現実を見ろ! とは彼の父親のセリフである。
 せのセリフを言った父親は母親の顔を遠くから見ながら、あるいは思い浮かべながら哀しみ背をしていた。
 その後の「あの頃はあんなに可愛かったのに」という言葉が、哀しみを強くさせていた。
 大気は無言で、その背中をさすった。

 父と同じ過ちは繰り返さない。

 空知家男衆の新たな家訓であった。

 
「と、そろそろノエルさんが来るかな?」


 今日は月村邸でのお茶会という名のお遊び会という名のなのはの謎追求日である。
 
 大気の家は他二人に比べ、一番家が遠いのでありがたい事に月村家からわざわざ送迎してもらえることになっていた。
 なんだか偉そうで嫌だな、と大気は小心者ゆえにちょっと心苦しさを味わっていたが、しかし実際行くとなると色々と面倒なのでご好意に授かることにしたのだった。
 
 現在は、ノエルの送迎の車を家の前で待っている所だった。


「あ、来た」


 オープンカーにもなる見間違えることなき、その車にすぐに気づいた。
 家の玄関のすぐ近くに静かに止まる車を見れば、ノエルの車の運転技術の高さに気付くことが出来るだろう。


「大変お待たせいたしました。大気様おはようございます」
「おはようございます、ノエルさん。うん、忘れられず目の前でちゃんと車が停まるのはなんだか嬉しいね!」

 
 懐かしき幼稚園時代を思い出す。
 送迎があるあはずのバスが来ることは稀だった。
 目の前でこうやって送迎がちゃんと来るのは何年ぶりだっただろうか。
 大気は思わず涙が出そうになるが堪える。ノエルの前で無様晒すわけにはいかないという、ちょっとしたプライドだった。

 ノエルはそんな大気の様子を見て、なんとなくだが察した。
 大気の特異体質にもちろんノエルは気づいていることから、今大気が感傷的になっていることの大体の予想が出来ていた。
 この洞察力と予想がノエルがメイドで優秀であることを証明する一部分だった。
 そして、気遣いも忘れず、そんな大気の様子を見ないように気付かないようにした。


「それと様っていらないよ。その……なんだか、偉そうじゃん」


 ファリンはノエルに比べてこう言うとそれ以来フレンドリーに接するようになっていた。たまにふざけて、坊っちゃんとか言い出すほどに。
 その度に大気は苦笑して、ファリンを注意した。
 隣ですずかは静かに微笑んでいた。


「いえいえ、お客様にそういう態度は出来ませんので。……それに」

 
 なんでしたら未来の旦那様がよろしいですか?

 大気は懐かしくもいつも通り過ぎるそのやり取りを楽しみながら、ノエルに怒りながら突っ込みをする。
 ノエルは口調はすごく堅苦しいが、こうやって冗談を言い合える柔軟さがある。大気はそこがたまらなく好きだった。

 旦那様はないよ! と笑いながら言う大気はどこか満更でもなさそうな表情をとるのを見てノエルは内心でホットする。
 まだ、脈アリだ、と。

 挨拶と多少の会話を玄関口ですると、車の窓が開かれる。


「やっほー、おはよう、大気君。久しぶり」
「あ、忍さん。おはようございます。お久しぶりです」


 ヒョコっと開いた車の窓から顔を出したのは、今日も元気そうな月村すずかの姉、忍だった。
 空と同じくらい晴れんばかりの笑顔をしている忍は、今日も絶好調だった。

 大気はノエルと同じくらい久しぶりに会う忍の顔を見て、相変わらずだなと思いながら、丁寧に挨拶をした。
 大気が忍と話したことはそんなにはなかったが、いつもこうやって自ら明るく接してくれるのを見て、嫌な感じはしなかったし、すごくいいお姉さんといったふうに思っていた。
 こんなお姉さんがいればとはこそ思わないものの、自分の中の理想的なお姉さんの分類に入る忍は美人であることも相まって大気にとっては非常に慣れ親しみ易く、また仲良くやっていきたいなと思ってる人だった。


「うん、それじゃいつまでも立ち話じゃなんだから入った入った!」
「あ、はい。失礼します」


 ノエルがドアを開けて誘導してくれる。
 
 玄関から家に向かって、じゃあ行ってくるねと中にいるであろう母親に一言挨拶を言ってから、お願いしますと声をかけ車の中に入る。


「さー大気君、ここに座りなさい。それともお姉さんの膝がいい?」
「し、忍さん! これでももう小学三年生です! さすがにそこは恥ずかしいです。そ、それに……迷惑ですし」
「そ? 別にそんなことないけどなぁ。むしろ嬉しいかもよ?」
「嬉しいって……」
「ノエルー、私弟欲しかったんだ。こんなふうにすぐ照れる可愛い弟が」


 弟って……と、呟く大気を尻目に、忍はテンションをドンドン上げる。
 ここぞとばかりに攻め立てる。


「ねえ、大気君、ここは思い切って弟にならない?」
「へ?」
「ううん、養子って訳じゃなくてね。すずかと結婚してくれたら忍さん的には一石二鳥だなって」
「ちょ、ちょっと忍さん!? そ、そりゃ月村さんとなら嬉しいかもしれないですけど、そうじゃなくて!」
「お、満更じゃなさそうだね。良きかな良きかな。それにしても、まだ名前で呼んでなかったんだね?」
「あ、そういえば」


 今更ながら、大気は気付いた。
 なのはは会った時からなのはって呼べと言われていたし、アリサも同じようなもんだった。それに比べて、すずかに対してはずっと苗字のままだった。
 特に変えてくれとか、そういうのも無かったがために、そのままだった。


「今度名前で読んでみたら? というか、今日名前で読んであげなよ」
「え? でも、それって気安すぎませんか?」
「うーん、そんなことはないと思うよ。むしろ、気付かないかも」
「そういうもんですか?」
「そんなもんだよ」


 実際はそんなことないけどね、と忍は心中で呟く。
 すずかも若干9歳とは言え十分に恋を意識する年頃である。むしろ、幼い頃より聡明で早熟の彼女は、おませさんである可能性が高い。
 その事からも異性から急に名前で呼ばれるようになれば、それ相応に想うものがある。
 忍は自身の経験を含め、それを知っていたが、あえて大気には言わなかった。

 ふふ、私はこう見えても小悪魔的な恋のキューピットなのだよ。

 ノエルもその忍の心中を察していながら言わなかった。
 主従そろっていい性格をしていた。

 大気はそんなことを露知らず、おしゃべりをしながら月村家への過程を楽しんでいた。

 やがて高町家に着き、なのはと忍の婚約者である恭也を回収して、今度こそ月村家へ一直線に向かっていった。
 車の中に居るのは総勢5名と、なかなかの量だが、大気となのはは小学生とまだ小柄なので比較的余裕を持ちつつ、話題が尽きることなく月村家へと到着する。

 しかし、大気はそんな車の中で少し怯えていた。
 何故か、恭也の大気に対する視線が強かったのだ。殺気、というほどのものではないが、明らかに注意をしているのは誰の目にも明らかだった。

 大気はなのはの話から恭也が妹思いなのを知っていたので、知らぬ男に対する妹を守るための視線なのかと思っていたのだが、どうやら違うということを、車から降りて謎のプレッシャーから解放されたときになのはに教えてもらう。


「あのぅ……ごめんね! 大気くん。お兄ちゃんはね、なんか前に大気くんに後ろを取られたことを今も悔しいらしいの。それで、もう二度とそんな事がないようにって、一生懸命注意をしてるんだって。だからごめん! 悪気があるわけじゃないの、ただ、ちょっと不器用なの……」


 妹による必死の弁護だった。
 大気にとってなんのことかさっぱりだったが、きっとこの人にとっては大切な事だったんだろうと、大きな心を持って、なのはに「大丈夫、別に切られるわけじゃないし」と少し苦笑しながら返答した。
 むしろこの程度のことで、なのはなんでこんなに必死なんだろうかとか思ったぐらいだ。

 なのはは切られるわけじゃないという部分に心臓が跳ね上がり、それを誤魔化すように、「そうだよね、き、切られわけじゃないもんね」と言ってにゃははと誤魔化すように笑った。
 なのはは最近必死に剣(真剣)を振るってる兄の姿を知っていたので、内心気が気ではなかったりする。お兄ちゃんに限ってはそんなことは……信頼してるものの、こと剣術になるとどうなるか分からないのでいまいち確証が持てないので怖かったのである。

 なのはとそんなやり取りをしつつ、歩いて行くと先に待っている友人が二人いた。


「もー遅いじゃない! 待ちくたびれたわよ。おはよう、なのは、大気」
「アリサちゃんも早く会いたかったんだもんね。おはよう、なのはちゃん、大気君」
「別にそんなんじゃないわよ。早く、紅茶が飲みたかっただけよ」
「にゃはは、ごめん、おまたせ。おはよう、すずかちゃん、アリサちゃん」
「紅茶くらい先に飲めばいいのに……おはよう、アリサ、すずか」


 大気がすずかといった瞬間、すずかの目がきらりと光ったが、本人以外は誰も気付かない。

 大気は何気なくすずかのことを呼び捨てで、下の名前を言った。
 もちろん、緊張したし、どういう反応が返って来るかと思って、少し心配だった。


「大気君。アリサちゃん、みんなで飲みたいからって言ってたんだよ」
「そういうことか、それならそうと言えばいいのに」
「ば、バカ! すずかは何で言ってもないことを言うのよ!」
「私はアリサちゃんの気持ちを代弁しただけだよ?」
「すーずーかー!」


 すんなりと受け入れられて大気はホッとした。

 なんだ、忍さんが言った通りか。
 なんも気にする必要なかったんだね。

 みんなでアリサとすずかのコントを聞いて笑い、ファリンが危なげ無く届けてくれた紅茶を一口飲む。
 そして、ふとアリサが真面目な顔になって一言、爆弾を投じた。


「じゃあ、なのは、説明してもらうわよ?」
「ふぇ?」
「ユーノの事と、そしてあんたの持ってるその力のことを」
「え、何で魔法の事を!? ……あ!」
 

 一瞬、静寂が訪れる。
 なのはがしまったという表情をする。しかし、時すでに遅し。

 アリサがにやりと笑う。
 すずかがやっぱりと頷き。
 大気がもしかして面倒事じゃないよね、と今更ながらに後悔し始めた。


「にゃ、にゃはは……どうしよう、ユーノ君。バレちゃった……」

















{本板よ、私は帰ってきたー! ということで今後ともよろしくお願いします}



[26360] ─第11話─
Name: tapi@shu◆cf8fccc7 ID:b2d15382
Date: 2011/04/15 23:15
 ユーノ・スクライアという少年は几帳面で責任感が強いという評価を同じスクライア一族にてされている。また、それでいて優秀であり、スクライア家の一番の出世頭になるだろうと一族長には思われていた。
 その実、魔導師としては天才的とは言えないものの、一部の分野、主にサポート面に関しては他よりも優れた能力を持っていた。しかし、一線で戦うにはあまりにも弱い力であり、どう考えても主役をこなせるようなものではなかった。

 敵との一騎打ち。
 ユーノは確実に守りに徹し捕縛のタイミングを伺う。勝つか負けるかで言えば、負けない戦い方をするしか選択肢はない。
 管理局における魔導師の価値は基本的には一騎当千と言っても過言ではない。
 一人で千もの雑魚を倒し、一人で万に匹敵する強敵と立ち向かう。それが理想だった。
 弱肉強食といっても間違いではない。

 では、ユーノは管理局から見ればそれほど優秀な人材ではないのか?
 答えは否であり、彼には他にも評価できる点が数多くある。

 一つは知識。
 若干九歳という幼い年齢にもかからわず、遺跡の発掘現場の責任者となれるほどの膨大な知識を持ち得ていること。
 何も戦うことは汗水たらし、血を浴びて流すことではなく、じっと頭を捻り策を練り、敵を陥れるのも立派な戦いの一つだ。
 ユーノの持っている知識は戦いとは程遠いが、考古学という点では非常に優秀である。からして、彼は責任者となり得た。
 また同様に、成り得るだけの責任感もあった。

 一つは魔導師としての力。
 補助魔導師というのはあまりにも地味な役職にして冴えないと思われがちなものである。
 言うならば──華がない。
 剣を振り回し絶対の一対一の強さを持っているわけじゃない。剣を振り回す者の鮮やかさと鮮烈は補助にはない。
 杖を持ち詠唱を唱え遠距離からの一網打尽とする多絶対的数に対する強さもない。砲撃が放たれ逃げれない絶望感を与えることは補助には出来ない。

 しかし、ユーノは優秀だった。
 ユーノの持っている探索魔法はありとあらゆるものを逃すことなく、必ず見つけ出し。
 ユーノの持っている捕縛魔法は見付け出したものを容赦なく捕える。
 だから彼は味方に入れば必ず心強い味方であり、一人はチームにほしい人間であり、敵にしたら真っ先に潰さないといけない優秀な魔導師だった。

 そんな彼だからこそ今回のジュエルシードに関して言えば何がなんでも自分でなんとかするつもりで地球へとやってきた。
 地球人から見ればユーノは異世界からの訪問者。
 宇宙人、異世界人という言葉当てはまる者。
 これはつまりユーノがこの地球にやってきてジュエルシードどうこうの前に、この地球で生活するに置いてあまりにも不便になることが予想される。
 こういった事故、ないし事件が起きた場合こういった理由から個人が動いてなんとかなるものではないため、管理局が動き出す。

 管理局側とて、何も手を出さずに事件が解決するのならそれに越したことはない。
 管理局は一種の軍隊的な意味合いが強いが、イメージ的には日本でいう警察を思い浮かべれば想像するのは楽になるだろう。
 警察は事件を解決したいが、その事件が起きることをよしとはしないのだ。起きないための次善策を立て、いざ起きたときにすぐに解決する。もしくは、自分たちが関与するべきか否かを判断した上で動き出す。
 管理局もそれと変わらない。
 管理外世界ならなおさら手は出したくないだろう。

 ユーノはそんな管理局の思惑を知ってか知らずか、結局は一人で解決に乗り出した。
 彼にとっては未知の世界であるはずの地球へと、ただ一人。

 ユーノは優秀な魔導師だ。
 本人も自分の出来ることと出来ないことを把握した上で、この案件は自分の身に余る可能性があると知っていたにも関わらず強硬手段をとった。
 どうしても、自分の手で解決したかったのだ。
 それは責任感から来たものか、それとも意地なのか。
 今となってはユーノは自分でも分からない。
 しかし、やはり上手くはいかなかったのだ。

 たった一度のミスでこの世界の少女を巻き込んでしまう結果となり、ユーノは今となって後悔する。
 そして、その後悔はさらに深まることとなったのだ。


「へぇ~、ユーノってしゃべれたんだ」
「しゃべる動物って珍しいね? あ、魔法の世界から来たんだから魔獣とかなのかな?」
「この声どこかで聞いたような……き、気のせいだよね!?」


 金髪の少女、アリサとなのはに紹介された少女が面白そうにユーノをツンツンする。実に楽しそうに笑っている。
 おしとやかな雰囲気を漂わせているすずかと紹介された少女がユーノの実態について考え始めていた。ユーノは寒気を覚えた。
 オロオロしている儚く薄い空気をしている大気と呼ばれた少年がユーノから必死に目線をそらしながらチラ見している。ユーノは魔力反応を感じていた。
 そんな三者三様の反応を示す彼女たちにユーノは心の中だけでため息をする。

 出来れば……ううん、絶対に巻き込みたくはなかったのに。

 なのはの事に関して言い訳を許してもらえるならば、決して巻き込むつもりはなかった。
 助けてもらう予定もなければ、あれっきりの予定だったのに。

 思わぬ魔導師としての素質を持っていたなのは。
 その素質はあまりにも稀すぎるほど有能な才能で、ジュエルシードの回収の協力者としては申し分なかった。
 そして、それがいけなかった。
 頼る理由ができてしまったのだ。
 力がなければ、君には才能がないからと遠ざけることが出来たかもしれない。
 才能がなくてそれでもと懇願されても一度痛い目にあったら、こんなに幼い女の子なのだから、諦めるだろうと思ってた。

 しかし、有り余る才能を持っていた。
 一度助けられてしまったら、予想以上にジュエルシードは簡単に回収できる。
 
 折れない心を持っていた。
 街の被害を自分のせいだと思い悩み、しかしそれでも屈せず立ち向かうその姿。
 きっとこの子ならこの先の苦境でもくぐり抜けていけるだろうと思わせる強い意志。

 だからユーノはなのはを巻き込むことを承知で逆に協力を申し出た。
 なのははそれを小気味良くうんと頷き、頑張ると言った。

 巻き込んでしまったものはしょうがない。
 それなら今度は、一刻も早くジュエルシードを回収してなのはを日常に返してあげなくちゃ!

 苦渋の選択で、険しい道程ではあるが、ユーノはなのはとならなんとかなるのではないかと思い始めていた。
 そんな矢先である。


──にゃ、にゃはは……どうしよう、ユーノ君。バレちゃった……


 あっさりと。あまりにもあっさりと魔法のことが露見してしまったのだ。なのはの友人たちに。
 ユーノはなのはの強い面ばかり見ていて忘れていたのである。

 彼女は強くても所詮は年端も行かない九歳の少女であることを。
 ポロッと口が滑ってしまうような結構なうっかり屋さんであることを。

 結果、アリサによる尋問とも言えるべき質問が次から次へと浴びせられ、色々な情報を提示することになってしまったのだった。
 最後の方になると、魔法が信じられないから魔法を見せろとまで言われるようになってしまった。


「さあ! しっかりと魔法を見せてもらうわよ!」
「あ、アリサちゃん落ち着いて」
「え、えーっと、何を見せればいいのかな? ユーノ君がしゃべったのじゃだめなの?」
「腹話術の可能性があるわ!」
「腹話術!? わたし出来ないよ!?」
「別になのはに聞いてないわよ。ようするに証明できるものを見せてほしいの」
「証明!? うーん……うーん…………うーん、どうしよう?」


 アリサが今にもテーブルに乗りかねない勢いで前へ乗り出すと、慌ててすずかがそれを止める。
 ユーノはその光景を見て、なるほど、確かに良い友人関係だと羨ましく思う。

 なのはが一人でうーんうーんと唸りながら必死に考えて、考えた結果ユーノに助けを求めた。
 あまりいい方法を思いつかなかったようである。

 ユーノも正直口だけの説明で魔法を信じてもらえるとは思っていない。
 魔法のないこの世界ではこういった科学ではない現象が眉唾ものであることは、事前の調査で知っていた。それだけに証明は簡単でも、納得させるのは難しいだろうと思っている。

 でも、なにかしないことにはしょうがないか。
 いっそ信じられないなら信じられないままでもいいような気がするけど、たぶん、それじゃすまないんだろうなぁ。

 目の前で今にも鬼の仮面を被りそうなアリサを見て、一筋縄じゃいかないなと再びため息。
 だが、すぐに証明する方法を模索する。
 いくつか方法が思い浮かぶ、バインドやバリア、探索魔法、結界魔法などなど。しかし、思い浮かぶ物全てが地味なものばかりだった。
 まるでユーノ自身を表しているかのような地味さだった。

 ユーノの見た目は地味じゃなく美少年、下手すれば美少女に間違われるほど派手なのに内面と空気が地味なユーノだった。
 それでも、見た目だけでもいいのは救いである。
 少なくともどっかの少年に比べれば。


「インパクトがあるのがいいわね! できればこう……ドーン、というのが」
「あ! それなら砲撃魔法が」
「なのはは友達の家を更地にする気!?」
「え? ユーノ君それどういう意味!?」
「なのはちゃん、さすがに更地にされたら困るよー」
「なんで自分の家が更地になるほどの砲撃できるって言われてるのに平気な顔してるのよ!? ていうか、なのははいつからそんなに危険なやつになっちゃったのよ!?」
「べ、別に危険じゃないよ! 非殺傷設定だから!」
「その設定はよくわからないけど、それがなかったらどうなるわけ?」
「うーん、どうなるんだろう? ユーノ君?」
「なのははもっと自分の力が怖いものだと知るべきだよ……」
「ふぇ……ええぇぇ!? そ、そんなに危ないの!?」
「うん、そこらへんはまた今度お話しようか」
「……うん、分かった」


 なのはの自分の持っている力の認識の低さにユーノは驚いたものの、これは今話すべき内容からはズレているため、あとでちゃんと話あることにする。
 アリサのインパクトがあるのという参考に叶うようなものをユーノは再び模索するが、どうも先程からなのはの砲撃が頭から離れないでいた。
 確かに、インパクトは強烈だ。
 特にあのディバインバスター(神々しく破壊する者)が焼き付いている。

 仮に頭から離れなくてもユーノには特出した派手なものがないので、インパクトということを重視した場合、その基準に叶うものはないのだが……


「そ、そうね、インパクトは諦めて、それじゃベターに変身とかどうなのよ?」
「アリサちゃん! なんでわたしの顔見てちょっと怯えてるの!?」
「な、なのははもうちょっとおとなしい子だと思ってたのに……」
「なんでそんなに悲しい顔するの!? なんで!?」
「なのはちゃん落ち着いて。別に私はなのはちゃんが魔王でも冥王でも平気だから」
「ん~~ッ! わたし、魔王じゃないもんっ! 魔法少女だもんっ!」

 ユーノはなのはのその反応に驚いた。
 別に魔王じゃないと言ったことに驚いたのではなく、なのはが驚くほど歳相応なところに。
 ユーノが知る限りではいつも歳相応とは思えない言動や意志の強さばかりで、こんなふうにじゃれあってる姿を見たことはなかったのである。

 だが、こういった彼女の面を見ていると、これでよかったような気がしてくる。
 新たななのはの面を見れたこともそうだが、この間までの思いつめた表情が影を潜めていたからだ。


「変身? あ、それなら」
「え? なになになに!」


 ユーノが言った瞬間、変身をした。

 ユーノはこの地球に来てからはほとんどフェレット形態で過ごしていた。
 それは魔力の枯渇を防ぐためと、回復のためである。
 もちろん人型形態で余計な事件に巻き込まれる可能性があるからというのもあるにはあるが、上記の二つが主だった。

 もう、魔力はほぼ回復したし、問題ないしね。

 そう思いユーノは本当の姿を表した。
 
 短く綺麗な金色の髪。
 中性的といえる端正な顔。
 そこに現れたのは間違いなく美少年だった。


「あら、変身できるじゃない」
「え、ええぇぇ!? ユーノ君って男の子だったの!?」
「衣装が独特だねー」


 これまた様々な反応をしている最中、しかし平穏は崩される。


「「「え?」」」


 巨大な猫の乱入により。

















{ユーノにスポットライトが当たりました。主人公のセリフが何回か数えてみましょう!}


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