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[8083] 目覚めてみれば(HUNTER×HUNTER 2次創作) 再び各話を修正します
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2011/04/14 21:38



 皆様がたゴメンなさい~~ッ!!

 各話の修正を暫く続けていこうと思ってますので、暫くこまめな修正アップが続きます。
 可能なかぎり話は変わらないようにして行きますので、どうかご了承ください。









 本作品はHUNTER×HUNTERの二次創作作品です。
 オリ主にオリキャラそれと一部のキャラ崩壊が存在しますが、そんなものは関係無いと言う方のみお読み下さい。

 オリ主は一応強キャラです。

 当初、テスト版にてどの程度の文章量になっているのかを調べようと載せたところ、読まれた方がいらっしゃった様で本当に有難う御座います。
 現在文章の見直しと、誤字修正、加筆修正を行っています。少しづつ投稿をして行きますので生暖かい眼で見てくれれば幸いです。


 4/27 加筆分を載せて行きます。
 5/27 『呪念錠』の効果に、若干の修正を加えました。
 5/30 朝になって読み直したら、重大な失敗に気付いた為修正・・・・・・

 2010/1/4
 連載再開を期に、1話だけ投下。

 2011年4月9日 各話修正



[8083] 第1話 目覚め×ゴミ山×記憶喪失?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2011/04/09 10:33



 目を覚ましたら其処は別世界でした……。

 ハンター×ハンター(トリップ再構成物)





 瞼の上からでも眼球に届く強烈なお日様の光、それと周囲に立ち込める強烈過ぎる異臭により俺は目を覚ました。

 目を開けると其処は外、見渡す限りのゴミの山……。
 そこには「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「粗大ゴミ」「生ゴミ」と幅広く捨てられており、
 何故か知らないが不発弾のようなものまでもが捨てられている。
 幾らなんでも本物という事は無いだろうが……しかし、こんな場所で寝ていた俺は一体何処の勇者なのだろうか?

 さてさて、こんな場所で目を覚ました俺には当然、幾つかの疑問が浮かぶ。

 一つ、このゴミ処理場は、一体何処の自治体が管理しているのだろうか?
 こうして軽く見渡すだけでも、余りにも乱雑に多種な物が捨てられすぎている。

 一つ、俺は何故こんなゴミ処理場のような所で寝ているのだろうか?
 幾ら何でもこんな辺鄙な――イカれた場所で寝るような趣味は無いと思うのだが。

 一つ、何故こんなにも俺の視線が低いのだろうか……?
 もう少し高い所に視線が有ったような気が――

「……ん……臭い」

 思い立った疑問に対して思考を巡らせようと思ったのだが、俺はこの場所の異常とも言える臭気に根負けして移動をする事にした。
 コレでは、並みのゴミ処理場はフローラルな花畑に思えてしまう。

 さて移動しながらではあるが、此処で俺の事を少しだけ話しておこう。

 俺の名前は『■■■■■■』コレは変換ミスとか人には発音出来ないとかではなくて、単純に思い出せないだけ……。
 所謂、記憶喪失の状態なのだろうか?
 自分のかつての体験や状態なども含めて、それらが一切合財思い出せないのだ。
 まぁ、その変わり……というのも変な表現だが、どうやら知識については色々と持っているようで、そこら辺に落ちている物の名称や効果、有効な使用方法などは『知っている』物が多い。
 まぁ流石に明らかな武器等になるとサッパリだが、日常生活で使いそうな物に関しては特に問題無さそうだ。

 今の俺の状態は、どちらかと言うと記憶障害に近いのかも知れないな。
 ――嘗ての俺には、何か逃避したい事でもあったのだろうか?

「はぁ……はぁ……はぁ」

 さて、移動を始めた事で自分の身長の低さが浮き彫りになってきた。歩幅が狭すぎるのだ。
 30分ほど前にゴミ山の切れ端、つまりは終点を視認したのだが。それから未だ半分も進んでいない気がする。

 目算だが、周囲の物のサイズと自分の手足の大きさを比べるに、如何やら俺の今の身長は120前後。
 大体7歳程の平均身長という事になる。
 という事は……もしかして俺は7歳児なのだろうか? となるが、それもどうも怪しい。
 自分で言うのもなんなのだが、俺の知っている7歳児はこんなに聡明では無い筈だ。

 まぁ一瞬、『ルルーシュなら違うかな?』とか考えたのだが、それで自分に漫画知識がある事に驚いてしまった。




 ※




 小さい身体で頑張ること小1時間。
 ようやっと臭いの元から脱出できた俺だったが、今度は自分の臭いに眩暈を感じてしまう。
 あんな場所で寝ていたのだから、それも仕方が無いと言えば仕方がないのだろうが……。

 まぁ、取り敢えずそれはさて於いて、そんなコンナデ「如何しよう?」と、再び思考を開始する。
 自分が誰だか解らないのは……まぁ良い。
 『解らない』事をいくら悩んでも仕方が無いからだ。
 悩む事で解消するなら幾らでも悩むが、実際これはそう云うものでもないだろう。

 なので自分については一先ずは保留……問題はこれからの自分についてだ。

 先ず問題として、此処が何処だか解らない事。
 次点として、この場所が安全であるか解らない事。
 そして最後に、俺は着の身着のままである事が挙げられる。

 最悪前の二つは良いが、それでも最後の一つは戴けない。
 着の身着のままという事は、金も何も持ち合わせて居ないという事だからだ。
 普通、どんな場所でもお金という物は無いとかなり困る物だ……と、俺は認識している。

 いざと成ったら、せめてその日の食い扶持だけでも手に出来るように働かなくてはならないのだが

「子供でも、ちゃんと仕事に雇ってくれる所って有るのかな?」

 俺は首を傾げながらそう口に出して呟くと、その瞬間

 『ゾクリッ!!』

 と、突如全身に悪寒が走り抜けていった。
 よく言う『背骨に氷柱を差し込まれたような感覚』が、俺の身体を襲ったのだ。

 ガタガタと足が震える。
 体全体の感覚が痺れて麻痺していく。
 呼吸も侭ならず、視界がぼやけ始めた。

 何だというのかこの感覚は? 猛獣の檻の中に入れられたら、こんな感覚なのだろうか?

 立って居られない、意識が遠のく――ッ

「ハァ、ハァ……ハァ……」

 俺は膝をついて倒れこみ、何とか両手で体を支えている状態だ。『何故急にこんな事に?』いや、そんな事はどうでも良い。
 現在これほど体調が悪いというのに、それは一向に収まりそうになく……それどころか更に悪化していくのだ。

 動悸が際限なく早まる。頭が痛い。力が抜ける。

(もう、駄目だ………こんなの……)

 俺はこの状態についに根負けし、意識を手放す事にした。
 こんな状態で起きていたら気が変になる……そう思ったからだ。
 そうして意識を楽にして、堪えていたモノを解き放つように投げ出すとだんだん瞼が重くなっていった――。

 ――ザッ

 遠のく意識の中、何かが地面を擦るような音が耳に入って来る。
 俺は最後に其方の方へと視線を向けると、額にバンダナを巻いた男が其処に立っているのが視界に入った。
 ――だが俺に出来たのは其処まで、次の瞬間には視界と意識が黒く染まっていくのだった。




 ※




 俺が次に目を覚ました場所はゴミ山の上では無く、柔らかいベットの上だった。
 知らない天井に、壁、ベット、そして部屋。
 視界に飛び込むのが知らない風景である事に変わりは無いが、それでも前回の目覚めとは天と地の差がある程の快適さだ。

 俺はムクリと体を起こして自分の体を見つめてみる。

 ……気絶前と同じ貧相な体だ。

 まぁ身長が120程では仕方が無いのかも知れないが……。

 それにしてもだ、此処は一体何処だろうか?
 俺が倒れたゴミ山とは違う、何故ならこの部屋からは臭いがしない。
 あの鼻が曲がるような嫌な臭いが全くしない。
 ついでに言えば生活臭もしないのだが、コレは別にどうでも良いことだろう。

 しかし、一体何処の物好きがあんなゴミ山から俺の事を拾ってきたのだろうか?
 そしてもう一つ、気絶前よりも遥かに体調が良いのはどういう事か?

 次々と湧き出す疑問に頭を悩めるが、残念な事に一つとして答えは出てこない。
 まぁ……元から考えたからといって答えが出ることではないのだが、どうやらコレは俺の性分らしい。

 俺は一先ず考えるのを後回しにして「もう一度寝るかな?」と考えた所で「誰か来る?」と無意識に呟いた。
 それに併せるように

 ガチャッ――

 っとドアが開くと、何者かが部屋に入ってくる。

「おっ――目が覚めたようだな?」

 部屋に入ってきた人物は、荷物片手に俺にそう言葉を掛けてきた。人好きするような笑顔を向けて。
 だが俺は、相手が笑顔とか荷物を持ってるとかは正直どうでもよかった。

 肝心なのは、入ってきた男の様相ではなくて人相。
 自分のこともよく覚えていない俺ではあるが、その人物には心当たりがあった。
 その顔は、それも俺の脳内の知識が正しければだが……ある一人の男の事を指し示す。
 それは――

「先ずは自己紹介をしておこうか。俺の名前はクロロ……クロロ・ルシルフルだ」

 本当かどうかは解らない、だが目の前の男は俺にそう名乗ったのだった。

 『HUNTER × HUNTER』のあのキャラクターの名前を……。




 ※




 さて、二度目の目覚めから1時間。
 俺を介抱してくれたらしいクロロが言うには、この街は『流星街』と言って、世界から認識されていない街らしい。
 偶々この街に戻ってきていたクロロは、ゴミ山のほうで『念』の修錬を開始した所に俺が倒れていたのを発見し、そのまま拾って部屋に運び込み寝かせたのだ――と言っていた。

 何で態々助けるような事をしたのかを聞いてみたが、
 如何やら俺が倒れたのはクロロの念が原因なので、放って置くのは後味が悪い……という事らしい。

(成る程……スジは通すって事か)

 俺の持っている知識でも、この人やその仲間達である幻影旅団の面々は『一応』のスジは通す人達だと認識している(例外もいるが)。

 因みに、俺がこれ等の情報を得る前にクロロからかなり怖い尋問をされた。
 俺にはそんなモノを感じるスキル無いと思ってたのに、こんなにガクガク震えるほどの殺気を感じてしまった。

 尤も、俺がクロロに話せる内容などたかが知れている。
 何せ俺は『何も知らない』のだから。自分の名前も、出身も、果ては年齢だって知らない。
 クロロに其れを言うと

「そうか」

 と軽く流された。
 如何やらこの街では良くある事らしく、この街は本当に『何でも』捨てられてくるらしい。
 その為クロロは俺の事も捨て子の類だと思ったらしく、それ以上深く追求してくる事は無かった。

「あの、クロロさん――」
「――クロロで良い」

 俺の言葉にクロロが訂正を加えてくる。良い奴では無さそうだが、相容れない訳では無さそうだ。
 俺は一呼吸間を置いて、「それじゃあ」と前置きをしてから顔を向けた。

「じゃあクロロ、お願いがあるんだ……。俺に、その『念』ってのを教えて欲しい」
「……何だと?」

 何故記憶の無い俺が、漫画として『知っている』HUNTER × HUNTERの世界に存在するのかは理解不能だ。
 転生? 生まれ変わり? 憑依? 誇大妄想?そのどれが正しいのかは解らない。
 だが、俺はこの世界がHUNTER × HUNTERだと理解した時点で、生きていくために必要な事は何で有るかを考えた。
 その結果、最重要な事は『念能力』だ。
 この世界で命を繋ぐには、絶対に必要な必須技能となる。それに――

 メインキャラ達とも関わってみたいからな。

 俺の提案(願い)に、クロロは少しばかり沈黙すると溜息を一つ吐いて

「――実のところ、お前は既に念の解放自体は出来ている」
「えっ!?」
「目を凝らして俺を見てみろ。霞掛かったモヤのような物が見えるだろう?」
「ジッ……」

 言われたとおりにクロロに視線を向けて凝視してみる。
 ……すると成程、確かに靄のようなモノが薄っすらと見えている。

「……うん、見えるよ」
「それが『念』だ。本来は『精孔』を開くのに修練を積む物だが、お前は俺の念に当てられて無理矢理それが開いたんだ」
「それじゃあの時感じた不快感は、その精孔が無理矢理開けられたから?」
「あぁ、まぁそうなるな。本来ならあの侭だと、オーラが吹き出して憔悴死するんだが……運がいいのかな? お前は」

 無意識でオーラの調整を行った……ということか?
 それとも単純に、倒れている俺にクロロが何かをしてくれたのか?
 後者のほうが確率は高そうだな。

「念を教えろってことだったな? コレはその後始末になる。其れを扱う為の基本的な事なら、教えてやろう」
「ほんとにっ!?」
「あぁ……だが基本だけだ、後の事は自分で何とかしろ」

 と、返答してくれた。
 それが喩え、自分の不始末の後始末であったとしても俺からすれば関係ない。
 これは作品どおりの世界なら、必ず必要になる能力だ。

「……そう言えば。お前、名前が無いんだったな?」
「あ、うん」
「なら俺がお前の名付け親だ。今日からお前は『ラグル』と名乗れ」

 その日、俺は新しい……かどうかも解らないが、名前を手に入れたのだった。






[8083] 第2話 スパルタ教育×生き死にの手前?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2011/04/09 10:35





 さて、鏡に映る俺の姿は正真正銘普通の子供だ。
 黒い髪の毛に黒色の瞳………。全身の肌は色白だが血色は良い。

 これが『今の』俺の容姿か。

 クロロとの出会いから次の日の朝。
 目覚めと同時に洗面台へと向かい、備え付けられた鏡を覗き込んだ俺は、初めて自分の顔を知ったのだった。

 さて、一夜明けてからは早速『念』の修業であった。
 そして最初の修練で、俺は『纏』と『錬』を叩き込まれる事になる。

 修練内容としては、『出来なければ殺す……』といった授業風景だ。
 しかも本当に殺気を乗せて言ってくるのだから、正直涙が止らない。
 何とか初日の内にその二つを扱えるようになった俺は、そのまま水見式による特性判断を行った。

 結果は『特質系』水見式に使用した水の温度が変化したのだ。

 クロロがその結果に「成程……やはりな」と呟いていた所を見ると、どうやらある程度予測をしていたらしい。

 それから次の日には、基本の四大行である『纏』『絶』『錬』の練習に加え、
 応用である『凝』『陰』『周』『円』『堅』『硬』『流』の練習を毎日にのように続けていった。

 実際には毎日のようにでは無く毎日続けたのだが……。

 そしてその合間をぬって、ひたすら戦闘訓練やその他の知識、暗殺技術、毒物に対する耐性、電気刺激への耐性等々……
 およそ、表の世界で生きて行くのには不必要である知識と技術を叩き込まれていった。

 『何故こんなモノまで?』と、一度クロロに疑問をぶつけて見たのだが、返ってきたのは

「――直ぐにわかる」

 との答えだった。
 その時の俺はその答えに納得できずに居たのだが、答えの意味を1年後に知る事となった。

 ……簡単に言うと、旅団の仕事を手伝わされたのだ。

 盗みは勿論として殺しの手伝いもした。
 自分で手を下す事も当然のようにやった。
 どうやら物事の知識はあっても記憶が無い分抵抗が薄いようで、
 『殺める』という事に対して、それほどの抵抗を感じなかった事は幸いだった。

 まぁ、『後ろで見ている連中が怖かった』……というのも、理由の一つではあるがな。

 一応言っておくと、俺は実力不足なため団員ではない。なので仕事の手伝いと言っても2ヶ月に一回程度の割合だった。
 それ以外は基本的に、家で留守番の毎日である。
 殺しに対して抵抗を感じないだけで、喜んで殺す程狂っちゃいないからな。
 留守番が多いのは正直良かったと思う。

 さてさて、話題を現在の事に移すとしよう。
 どういう訳か? どうした事か? 何故か今日は部屋にマチさんが居て、午前中から部屋には静かすぎる沈黙が流れ続けていた。
 朝になって目を覚まし、朝食を取っている時に、何故かマチが部屋に乱入してきたのだ。
 そしてその後、何も言わずに勝手に人の家(重要)の冷蔵庫を漁って食事を取り、

 「ラグル、片付けしておいて」

 と俺に一言言うと、居間のソファーにドカッと座って雑誌を読み始めたのだった。

 やり難い。

 非常にやり難い。

 普段なら既に、念の修行と筋トレを始める時間なのだが……。
 無言の圧力とでもいうのだろうか? マチから感じる雰囲気の所為か、どうにもやり難くて仕方が無いのだ。

 マチ以外の他のメンバー達は結構気さくだったり、こちらの事を気に掛けてくれる人達(別にマチが気に掛けてくれない訳ではない)なのだが、
 そんな団員の中でも、俺はフェイタンとマチの事を苦手としていた。
 フェイタンは何を考えてるのか良く分からないから……というか、妙にキレやすいから。
 この前も「何でそんな喋り方なの?」と聞いたら、

「如何やら命いらないようたね……」

 と言って襲い掛かってきた。まぁ、それもフィンクスが言うには――

「アレはじゃれてるだけだ」

 って話だけど……あんな生命に関わる様なじゃれ方は、本気でやめて貰いたい。

 逆にマチの方はというと……彼女は妙に硬い気がする。

 比べてみると団員達にはそうでも無い様だが、何故か俺に対しての態度は妙に硬いような気がする。
 最初は「俺が子供だからか?」と思ったのだが、マチの仕事中を見るにそんな事は無さそうだ。
 基本的にマチは、老若男女問わずに『仕事』をこなしてるからな。

 なので、これまたフィンクスに聞いたが――

「アレは、どう接すれば良いかが解らずに照れてんだ」

 と教えられた。
 ツンデレの一種なのかな? と前向きに考えなくも無いが。もしこれがデレなのだとしたら哀しすぎる。

 まぁ少々脱線をしたが、そんな訳で団員メンバーの中でも特に苦手なマチが来訪中なのであった。

 食器を片付けた俺は、横目でマチの事を見ながら渋々鍛錬を開始する。
 やり難いからといって、やらない訳にも行かないからだ。

 最初はひたすらに筋トレを続ける。
 腕立て、腹筋、背筋、スクワット、ランニング等、それらを重りを乗せた状態で行っていく。
 恥ずかしい話なのだが、俺の身体能力を周りと比べるとこれまた非常に低いのだ。

 コレでは、何時までたっても団員達からすれば足手まといにしかならない。

 ……いや、別に入団したいとかそう云った事では無いのだがね。
 ただ、現状では仕事に連れて行かれるたび誰かが俺のお守りする事になる。
 俺は単に、其れが忍びないと思っているというだけだ。

 因みに……だ。
 仕事を手伝って思った事だが、俺の身体能力は一般的に見れば決して低くは無い。
 ただ周りがモンスターばかりなだけである。

 俺は午前中の筋トレを終えると、直ぐに昼食の用意に取り掛かった。
 今日は二人分用意する必要がある。
 冷蔵庫の中身と相談し、手早く料理を用意して食事を摂らねばならない。
 俺が作った料理をテーブルに並べ終えると、まさか匂いに釣られたのだろうか?
 居間の方からマチが移動してきて無言で席に着き、これまた無言で食事を食べ始めた。
 何と言うか――

 や、やり難い……

 黙々と進む食事の時間。
 俺がこの雰囲気を如何したものかと思案していると、徐にマチの方から声をかけてきた。

「――ラグル、アンタいつもあんな訓練してるの?」

 と。
 普段の俺は目を覚まして朝食を摂った後、重りを使った肉体トレーニングを午前中に行い、
 そして午後の時間は念を使った訓練に当てるようにしている。
 雰囲気を何とかしたいと思っていた俺とって、マチの方から話しかけて来たのは好都合。
 ――なので俺はそれに乗っかって会話を進める事にした。

「そうだけど……なにかマズイの?」
「別にマズクは無いよ。ただ随分と地道な事をしているって思っただけさ」

 マチの言葉に俺は軽く苦笑で返す。

 地道な事に成るのは仕方がない。
 少なくとも俺の周りには、『超神水』みたいな物は置いてないのだから。
 まぁ、喩えそれが有ったとしても飲むかどうかは別問題だが。

「それじゃあ、午後の予定はどうなってるんだい?」
「午後? 午後は念の修行だよ。応用の『凝』『陰』『周』『円』『堅』『硬』『流』をスムーズに出来るようにするんだ」

 と……、俺が言ったのを聞いてマチの目が怪しく光ったように感じた。
 俺はこの時こう言った事を、後になって激しく後悔したのだった。

「なら、午後は私が実戦形式で相手をしてやるよ」
「へ?」
「なんだ、嫌なのかい? ちゃんと手加減してやるけど?」
「(ブンブンブン)全然そんな事無いです」

 俺の間の抜けた返事に、若干不満そうな顔色を浮べるマチ。俺はすかさず首を左右に振って、否定の意を示した。
 だがまぁ、相手をしてくれると言うなら実際有り難い事だと思う。
 基本的に俺は自主錬が殆ど、実戦と言っても偶に手伝う仕事で、明らかに自分より弱い相手を始末するだけ。
 コレでは自分がどの程度の実力が有るのか? ちゃんと強くなっているのか解りにくい。
 それを実戦形式の組み手を、明らかに強い相手のほうからやってやると言っているのだ。

 コレに乗らない手は無いだろう。

「是非、是非お願いします」

 そう俺は頭を下げてお願いした。


 ※

「ゲハッ!!」

 鳩尾を蹴り上げられ、続けて足刀を叩き込まれた俺は十数メートル程吹き飛ばされた。
 俺は無様に土埃を巻き上げながら地面を転がり続ける。

 確かに手加減してくれてはいるのだろう。
 俺の身体の上と下が、未だちゃんとくっついてる所を見るとだが………。

 マチが言うには、『オーラの攻防力の移動や凝の習慣づけを憶えるのには、実戦をやった方がずっと効率が良い』って事らしい。
 確かに練習をして積み重ねてもいいだろうが、そんな事よりも死ぬような目に会ってみたほうがヤル気も増して習得が早い――と言われたのだ。

『俺を殺す気なんですか?』
『手加減をするって言ったよ』
『でも死ぬような目に会わせるんでしょ?』
『死なない程度にちゃんとするよ』
『……』

 と云った、嫌な会話のやり取りが有った。だが……成る程、確かに殺す気は無いらしいがスパルタだ。
 最初の内はやたらとゆっくりした動きから始まった修行だが、今では互いにそれなりの速度で動いている。
 まぁ、俺の攻防力の移動に合わせて動いているから全開の速度と比べたら断然に遅いのだが、それでも俺には大変な速度だ。

 食後に組み手を開始してから既に3時間。先程のように『堅』を使った組み手と通常の『纏』を用いた組み手を交互に行い、
 時折マチが使う陰で隠した念糸の攻撃を『凝』で確認してかわす等の訓練もしている。
 最初に「俺に対して念能力を見せて良いのか?」と尋ねたら、「団員は皆が知ってる能力だから構わない」との事だった。

 と言うか……。

 手加減をしてるんだろうが……死ぬぞこれは。

 既に数箇所の亀裂骨折が出来てるし、念を維持し続けるのも困難になってきた。このままでは『良くない結果』に成りそうな気がする。
 だが、仮にこっちから中止を訴えかけても止めてはくれないだろう。
 逆に「がっかりだよ……」とか言って殺されかねない。

 ならいっその事やってやるか……限界ギリギリの勝負を

「どうしたんだい? もう終わり?」

 マチがゆっくりとした歩調で此方に足を進めてくる。――こうなったら一か八かだ。

「!?」

 俺は残った力を搾り出すように『堅』を行った、そして一気に急加速を行ってマチの方に走りよる。

(思い切りは良いけど、正面から?)

 マチの怪訝そうな表情が眼に入る。

 この3時間、俺は一度も攻撃を入れることが出来ないでいる。
 つまり明らかに格下なんだ……だが、だからこそコレが通じるかもしれない。

 正面に走って迫まり、マチの射程の若干外側に達した時に――

「ズァッ!!」

 掛け声と同時に腕を一閃。
 俺は地面を叩いて土埃を巻き上げ、一瞬で『絶』を行って気配を消した。
 確かウヴォーギンが、クラピカと戦ってる時にやった事だ。
 そのまま間髪いれずに、俺はすかさずマチの背後に向かって――

「甘いっ!」

 マチが僅かな空気の流れに反応し、右腕で高速の裏拳を放って背後に攻撃を仕掛けてきた。

 ザンッ!

 と、何かを裂くような音を出して裏拳が目標を『切り裂く』。

「な!?」

 マチの驚きの声が上がり、其の切り裂いた物の一部が宙を舞った。
 其れは俺が着ていた上着だ……俺自身は、

(未だ正面……貰ったっ!)

 『絶』から一瞬で『堅』に戻し、俺はほくそ笑みながらマチの脇腹へと拳を叩き込む!――

 ドゴンッ!!!

 ――事は出来なかった。

 左の脇腹へと放たれた俺の拳に併せ、マチはそのまま身体を回転させて攻撃を滑らせたのだ。
 そして今の打撃音は、回転と同時に出されたマチの肘が、俺の頭部に直撃したときの音だった。

「ふぅ――良い手だったよ。格下だと舐めてたって事もあって、かなり有効な手だった。尤も、『堅』の発動がまだまだ遅い。
 それがタイムラグになって私の反撃に繋がったんだ……もっと精進するんだね」

 ガクッと俺の身体が崩れ落ちる。
 何だかマチが何かを言ってるが良く聞き取る事が出来ない。
 如何やら意識が飛んでいる……よう……




 ※




 目が覚めると、俺は部屋のベットに寝かされていた。
 他に気配は無い、どうやらマチは帰ったようだ。

 身体のあちこちに痛みを感じているが、動けないという訳じゃない。
 どうやら寝ている間に治療がされていたようだ。

 まだまだ……だな。
 全力でやってあの程度じゃ先が思いやられる。

「――っつ!」

 知らず知らずの内に握り締めていた拳から痛みが走った。
 はぁ……憂鬱だな……明日の為にも『絶』を使って治療に専念しなくてはいけない。

 ふと台所に目をやると、テーブルの上に作った覚えの無いシチューと書置きが置いてあった。
 如何やらマチが置いて行ったらしい。

『全体的に念の使い方が雑で、アレでは使い物にならない。もっと速度を高める修行をするんだね。
 ……だが最後の策は良い出来だ。二度と通じないが、頭を使って戦う事を憶えな。
 それから、私に無理に敬語使わなくて良い。今度あったときに直ってないようだったら――殺すよ』

 ゾッとした……そんな事で殺されては堪らない。
 次回からは呼び捨てにして、敬語も止める事にしよう

『追伸、しっかり食べて寝ろ』

 俺は其れを読み終えると、テーブルに置いてあったシチューを皿によそってスッと一口食べてみたのだが。

「ッ……何でシチューが苦いんだ?」

 思わぬ所で追加ダメージを受けた俺だった。

「これは……やっぱり食べ尽くさなくちゃ駄目なのかぁ?」

 無論それに答えを返してくれる者など居らず、残した場合の恐怖が俺を襲うのだった。




 ※




「よぉ。如何だったよマチ、ラグルの奴は?」
「フィンクス?」

 何だってこんな所に居るのだろうか? 私は突如目の前に現れた同僚に視線を向けた。

「面白かっただろあのガキ? 教えりゃ直ぐにモノにしてよ、……団長が面倒を見るのも解る気がするぜ」

 妙に笑顔でそんな事を言ってくる。

 だが、確かに大した成長振りだった……。
 組み手をしてる間にもどんどん進化していく。
 あれで子供だと言うのだから、この先成長したら、一体どうなるのか気に成ってしまう。

「フン……、何だいフィンクス。態々世間話をする為に私に会いに来たの?」
「いぃや、別件のついでだ。……今日お前がアイツの所に言ったのは、団長にそう言われたからだろ?」
「……」

 そうだ、元々は団長に言われたから行って来た。
 どう考えても蜘蛛の為になるとは思えなかったが、暇であった事が後押しした。
 別の場所で余暇を過ごすと思えば良いだろうと考えたのが、結果とんでもない休暇になってしまった。

 一寸した気まぐれで相手をしてやったのだが土産を貰う事になり、最後は馴れない料理まで作る事になるとは。

「確かに、今日ラグの所に行ったのは団長に言われたからだけど……次は自分から行っても良いかもね」

 と、不意に私の口からそんな言葉が漏れた。
 その言葉を聴いたフィンクスは、何故だか目を丸くして驚いている。

「……へぇ~、どういう風の吹き回しだ? お前、アイツの事嫌ってただろ?」
「別に嫌ってなんかいない、ただ扱いに困っていただけさ」

 それが今日の出来事で、多少は受け入れても良いかな? と思えるようになっただけの事。

「ふぅ~ん……まぁ良いや。お前もしっかり養生してよ、早くその怪我ぁ治せよ」
「――っく。解ってるよ」

 見抜かれてたか……。
 最後の一撃、受け流す事は出来たが防いだわけじゃなかった。
 多少のダメージは覚悟していたが、まさか肋骨をやられるとは思って無かったよ。

「ん?…フィンクス、お前の別件ってのは何なのさ?」

 私はふと疑問に思った事をフィンクスに問いかけた。
 そもそも此処は流星街、お宝が有る場所でもないのに別件の仕事とは何なのだろうか?

「あぁ、単純な話だ。明日は俺がアイツの所に行くんだよ」

 ニヤっと笑みを浮かべながら、そう返して言うフィンクス。
 半ば想像をしていた内容だけに、私はラグルの身が持つかどうか若干心配になったのだった。






[8083] 第3話 巣立ち×捕食者×またピンチ
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2011/04/09 10:39




 マチに凹にされた日をのを皮切りに、どういう訳か次々と団員達の顔を出す頻度が増えていった。
 更に困った事に、皆が皆で俺の事を凹にしたがると言うのはどういう事なのだろうか?
 流石に「二日置きという頻度で殺されかけては堪らない!」と一度皆に行った事があったが、

『情けねぇ……』とか
『根性か、たりないネ』とか
『気合が足りねーんじゃねぇか?』とか
『そんなに高頻度で死会い出切るなんて……幸せな野郎だな』等々

 この体育会系馬鹿共は何だというのだろうか? 因みにさっきのは上から、フィンクス、フェイタン、ウヴォーギン、ノブナガである。

 結局はクロロとフランクリン、それと率先して俺を凹にしていたマチが何故か説得に回ったので事なきを得たのだが……。
 というより、何故こんなにも俺のところに顔を出すのだろうか? 何処かで仕事をしてれば良いのに。

 さて、俺がマチに凹にされた日から約1年。
 ゴミ山での目覚めから、既に2年の月日が流れていた。

 そう2年間だ、既にそれだけの月日が経過したのだ。
 偶に顔をあわせる団員達に命の危機を覚えたりもしたが、どうやら俺はそれなりに気に入られてはいるようで……。

 少し前なんかは「旅団のメンバーにいれねぇか?」などと、ノブナガがクロロと話しているのを聞いたことも有った。
 その時のクロロは「まだまだ力不足だ……」と一蹴していたが、出来れば俺を入団させるなんて一生思わないで欲しい。

 そういえば、最初の頃にパクノダが俺の記憶を読んでみたのだが、上手くいかずに失敗している。
 パクノダが言うには、「記憶喪失である可能性が濃厚、若しくは記憶が存在しない『記憶消失者』である場合がある」との事だ。
 因みに、俺の持っている『知識』が読まれたりしないかが気に成ったが、如何やらパグノダが見るのは『知識』ではなく『記憶』らしい。
 経験としてハンター×ハンターを知っている訳ではないので大丈夫だった様だ。
 ……まぁ、随分と肝を冷やしたけどな。

 さてさて、現在の俺は何をしているのかと言うと……3時間前から読書中である。『堅』をしながら。

 本のタイトルはゼノ・ゾルディック著『誰でも出来る暗殺技術』だ。

 基本的に、念能力は総量と最大使用量に依存するとクロロに教わった。
 俺は出来れば、制約と誓約をなしに『発』を扱えるように成りたいのだ。
 その為にも常日頃は『纏』の状態で過ごし、合間に『堅』を入れる。
 そして修練の時は必ず『堅』で行うようにしているのだ。

 尤も其れは自主練の時だけで、クロロや他のメンバーが居る時は普通に『纏』にしている。
 「入団を薦められるのが嫌だったから」と、言うのがその理由だ。
 まぁもっとも、この程度の実力ではまだまだ足りないのだろうがな……。

 因みに前の訴えが効いたのか、月一とは行かないまでもクロロを含めて団員達が顔を出すのは隔週くらいの頻度に抑えられるようになった。
 2日置きに死に掛けてた事を考えるとかなりの待遇改善だと思う。
 しかしその為か、顔を出した時に其々が何らかの課題を俺に出し、その成果を再び来た時にテストする――といった、
 何とも奇妙な状態にシフトしてしまったが……。

 そうそう、一応『発』についての構想は既にあるが、未だ其れは実現できそうに無い。
 制約と誓約を付ければ出来るだろうが、俺は其れ無しで行う事が目標だからな。
 もっとも、仮に出来たとしてもクロロの前で其れを行う気になれそうもない。
 確かに鍛えて貰った恩は有るが、能力を奪われたくはないからな。

 しかしこの本……今の俺なら多少は理解できるのだが、普通の人にはこの内容で理解なんぞ出来ないぞ?
 ……あぁそっか、だから少数発行の絶版本なのか。
 だが、肉体改造が必要ない技術に関しては後で試してみるのも良いかもしれないな。

 俺がそんな事を考えながら『堅』を使って読書を続けていると、不意に扉が開きクロロが部屋に入ってきた。
 今回は確か『大規模戦闘で少し大仕事になる』と言っていた(その為俺は置いて行かれたのだが)が、
 まぁこうして帰ってきたという事はどうやら其れも一段落したようだな。
 クロロの顔を見るのは大体2ヶ月ぶりくらいだろうか? 帰ってきたクロロに俺は、

「お帰り」

 と軽く声を掛けたが、クロロから返ってきたのはポンっと放り投げられた小さな荷物と――

「今日で、お前ともおさらばだ」

 といった決別の言葉だった。

「……は?」

 俺は訳がわからず困惑していると、クロロからの説明が始まる。

 まぁ、要約するとこういう事らしい。

 クロロが俺の面倒を見るようになって早2年……
 念に関して言うならば、そろそろ実力的には準団員と言っても良いほどの実力が俺にはあるらしい。
 だが、全体的に経験不足と身体能力不足は否めないので、其れは自分で埋めて行け……って事で――
 更に簡単に言うのなら、義理は果たしたから後は好きにしろって事らしい。

 まぁ確かに、当初の予定であった基本は教わったからな。
 俺としては目的を達成している……とも言えるので、出て行くことに反対する理由は特にない。

「解った、今まで世話になったよ。有難うクロロ」

 と、俺は頭を下げて感謝の言葉を告げた。
 特に感慨深い物など何も無いが、感謝をしてるのは本当である。
 何せ見ず知らずのガキに過ぎなかった俺を、態々鍛えてくれたのだから。

 将来的に、ある程度の恩返しをしても良いかもな……。

「良いかラグル、お前はまだガキだ……。だから後は、ガキなりに努力して強くなれ」

 餞別として携帯電話に金、それと偽造パスポートを渡してくれた。名前はラグル・ルシルフル。
 ……本当に身内には優しい人だと思う。

 だがこれ等の事を要約すると、『お前をそのうち、蜘蛛に入れるぞ』と言われている様に取れなくも無いのが痛いところだな……。



 それで今は飛行船の中……。
 まぁやる事は、天空闘技場に行って金を稼ぐ事になるんだけどな。
 大体180階前後をウロウロするようにしよう。

 そういえば、別れ際にクロロが言ってた台詞だが。

「何か困った事が有れば手伝ってやる――有料でな」

 との事だ。
 まぁ、一応暇を見ては携帯で連絡をするようにしよう。

 因みに貰った携帯には既に番号が登録されていて、
 『00クロロ 01ノブナガ 02ウヴォーギン 03パクノダ 04フェイタン 05フィンクス 06マチ 07シャルナーク 08フランクリン』
 と、登録されていた。

 それに対して俺は、ほんの少しだけだが、

「登録されているのが皆A級賞金首というのは如何だろう?」

 と心の中で思ったのだった。




 ※



 1997年
 クロロと分かれてから2年が経過した。
 俺の見た目はそこそこ成長し、今では大体12歳位には見えるだろうか?
 成長期に入って、身長も伸びた。
 153くらい?だな。

 俺はあの後、直ぐに天空闘技場へと向かい戦いの日々を送っていた。
 やはりと言うか何と言うか、子供の参加者は珍しいらしく、俺以外に子供は何処にも居なかった。
 もっとも、元々友達を作る積りでこの場所に来たわけでは無いので、特に問題はない。

 で、天空闘技場での日々をどうやって過ごしているかというと。

 実際は修行に関して言うならば前と然程変わらない。

 基本的に筋トレ等の時はオーラ垂れ流し状態で行い、それ以外の時は堅か纏で過ごすようにしている。
 お蔭でかなり念の総量が上がっており、2年前とは既に桁が違う。
 因みに、試合中はずっとオーラ垂れ流しで行っている。
 中には念を使って来る奴らも居るが、そんな連中にはある程度相手をした後に降参する事にしていた……。目立ちたくないからな。

 戦えば恐らく勝てるのだろうが、特にその必要性がないからだ。
 良い具合で負けるのが下層をウロウロする為のコツだな。

 そうして俺は、適度に負けて適度に勝ってを繰り返し、150階~199階の間を行ったり来たりしてひたすら金を稼いでいた。
 手にしたファイトマネーは貯金をし、必要な物以外は使わないように節約している。
 そんな訳で俺の現在の貯金は120億程になっているのだ。
 多分このまま行けば、そのうちグリードアイランドも一つくらいは普通に手に入るのでは無いだろうか? と思う。

 時々は旅団の仕事の手伝いに呼ばれたりもするが、それとは別に暇を見ては団員達と連絡をとる事も忘れない。
 そうそう、前にウボォーギンから聞いた話だが、シズクやコルトピ等のメンバーが入団したとのことだ。
 どうやら少しづつ原作に近くなってきているようで何よりである。
 ――そう言えば、電話を切るときに『何だか変な奴が入団した』とか言ってたけど……誰の事だろうか?
 俺からすれば団員は皆がみんな変な奴なのだが……。

 だが、ウボォーギンとも後2年程でサヨナラかと思うと、少し寂しい気がするな。

 因みに、連絡をやり取りする頻度はシャル、ウボォー、マチ、フィン、ノブ、フランク、パグ、クロロ、フェイの順番で並んでいる。
 ノブナガ辺りまでは結構高頻度で連絡のやり取りをするのだが、フランクリンから下になると一気に頻度がガタ落ちになる。
 嫌っている訳では無いのだが、どうにも会話が続きにくいのだ。

 想像して欲しい……陽気に会話をしているフェイタンを。
 有り得ないだろ?

 連絡頻度の第三位にマチが入っているのも、実は驚きの一つだ。
 シャルやウボォーギン等は何か有ると、しょっちゅう自分から連絡をしてくるが……
 時々ではあるが、マチも何故か連絡をしてくる時があった。
 とは言え其の内容は世間話程度のもので、大抵は現状報告を行い最後に決まって――――

『そんな所に居たって強くなれないだろ? そんな事してる暇が有るなら、仕事を手伝う位したらどうなの?』

 といった内容を言ってくる。
 マチってこんなに保護欲の強い人だったかな?
 それとも単純に、自分達(幻影旅団)に関係の有る人物が、こうしてダラダラ生活しているのが気に入らないからだろうか?

 後者の方かな……多分。

 さて、そんなこんなで今日も頑張って稼いでいくか! と、気合を入れて闘技場に足を運んだ俺だったのだが……。

 いざ番号を呼ばれ試合場に登ると、先に来ていた対戦相手をみて俺は口が開いたままになってしまった。

 何で奴が此処に居るんだ?

「ふーん……君が僕の相手か。宜しくね……♣」

 そこには、ニッコリ笑顔で言葉を掛けてくる団員ナンバー4番『ヒソカ』が立っていた。
 何で此処にコイツが居るのだろうか?
 この頃にカストロと戦ったのか?
 俺の疑問を他所に笑顔を向け続けるヒソカ、なので「仕方ない」と口にして俺もヒソカに習い

「(ニコ)宜しく」

 と、応える事にした。

 俺の言葉に眼を細めて、まるで値踏みでもするような視線を向けてくるヒソカ。

 さて、如何するか?

 如何するかというのは、逃げるか戦うか……ではない――――どう戦うかだ。

 念を使うか使わないか。
 元から逃げるという選択肢は存在しない。
 下手をすれば……もしかしたら殺されるかもしれないが、旅団クラスと戦ってどうなるか知っておきたいと言う気持ちがあるのも事実。

 正直嬉しいのだ、ヒソカと戦う事が出来るのは。

 この天空闘技場での生活は、最初の1年程は良かった……充実していたとも言えるだろう。
 色々な技術を団員から叩き込まれてきた俺だが、それでも2年という短い期間ではおのずと限界がある。
 当然知らない技術や知らない技が数多く存在するのだ。

 しかし、此処ではそういった『知らない技や技術を使う連中が沢山居た』。
 その為、最初の1年間は『そう云ったモノ』を習得する事に専念することが出来たのだ。

 まぁ、それも直ぐに飽きてしまったのだが。

 怪しい歩方や動き等は為になった、攻撃をする際の身体の動かし方も為にはなった。
 だが元々それなりには実力の有る俺だ、それらを存分に試せる相手が居ないのだ。
 偶に居る念能力の使い手に、『本気を出してみようか』と考えた事も有ったが、
 恐らく――――いや、確実に全力で殴ったら相手は死ぬだろうからな。

 だからこそ、今回の組み合わせは僥倖なのだ。
 旅団クラスの人間ならば、喩え俺が思いっきり殴ったとしても死にはしないだろう。
 身体はモンスターだし……念もあるしな。


 現在の会場は、結構な盛り上がりを見せている。

 まぁ、それもそうだろう。
 ヒソカは圧倒的な強さを見せつけ、破竹の勢いで昇ってきた新人選手。
 片や俺は2年前にデビューをした、一応馴染みで此処ではそれなりに有名な選手である。
 掛け率もいい感じに4:6くらいになっているからな。

『それでは!ヒソカ選手対ラグル選手の試合を始めまーすッ!!』

『ワァァァァァァァァァァーーーッ!!』

 観客達の声が周囲に響き、空気を震わせている。

「……ん?……ラグル?……ふぅーむ♦ そうか、君が……君の事は他の団員から聞いてるよ。
 何でも、仕事を手伝った事も有るんだって?」
「『他の団員』?――――って事は、ウヴォーギンが言ってた新人ってヒソカの事?」
「そ、当たり♥」

 『ニヤリ……』と口端を吊り上げて笑い掛けてくる。成る程、嬉しそうな顔をしているな。

「みんなの話だと、結構な腕らしいじゃないか? なのに、何だってこんな所にいるんだい?」
「小遣い稼ぎ」
「小遣い?……ククククク、成る程……確かに、確かに此処は小遣い稼ぎには良いかもね♦」

 俺の言葉に、面白いとでも言うような反応をヒソカは返してくる。だが――――

 ふとヒソカの雰囲気が変化した。

 先程までの状態が嘘のように、今ではまるで暴風雨に晒されているみたいだ。

「……皆から、君の話を聞いた時から期待してたんだ。君はどんな果実なんだろうって♠」
「まだまだ青くて酸っぱいと思うよ」
「フフフ、でも―――――」


「それならそれで楽しめるさ♦」

 こうして俺とヒソカの戦いが始まった。




 結果だけを述べよう――――先ず俺は念を使わずに戦い、そして俺はヒソカに負けた。其れはもうボロボロにだ。
 現在は、鼻骨、右肋骨7、8、9番、右前腕両骨、左上腕骨、左下腿両骨、両膝蓋骨を折られて療養中だ。
 まぁ絶を使えば2週間程で動けるようになるだろう。
 試合自体は、途中まで良い勝負が出来ていたと思うのだが……如何せん経験の差が大きすぎた。
 攻撃の読みや運び方などでは丸っきり歯が立たず、結局こんな状態になって敗北したのだ。
 まぁ向こうは腕一本へし折ってやったから痛み分けだと思いたい。思いたいのだが――――

 俺はチラリと、自分の部屋にあるソファーへと視線を向けた

「~~~~~~♪」

 其処には一人の奇術師が、鼻歌交じりで林檎を剥いている姿がある。

「――――で、今日もお前は此処に居るんだな」
「ん?……まぁ細かい事は良いじゃないか♦ 僕も君に腕を折られちゃったからね、その所為で試合を組んで貰えずに暇なんだよ♥」

 まぁ別に居なくなれって分けじゃないから良いけどね……。

「はい♥ 林檎剥けたよ」
「……ありがと」

 俺はヒソカが剥いた林檎を頬張っていく。
 しかし念を使ってるとはいえ、良くもまぁ片手で……しかもトランプで剥いたものだなと感心する。

 あの試合から、もう直ぐ1週間が経とうとしていた。
 試合の後、気絶をしてしまった俺を運んだのはどうやらヒソカらしい。
 駆けつけた救護班に、

『この子は僕のお気に入りだからね……。丁重に扱わないと殺しちゃうよ♦』

 とか言っていたらしい。
 まぁ未来のゴンと同様に気に入られて『今はまだ……』という事なのだろうがな。
 で、試合の後から、何故かヒソカがこうして部屋に入り浸るようになってしまった。
 特に害が有る訳じゃないから良いけどね。

 する事と言えば……俺の方は絶を使って治療に専念。
 ヒソカの方はトランプタワーを作っては崩すといった、何とも奇妙な遊びをしている。……人の部屋で。
 後は偶にヒソカとの世間話と、トランプゲームで勝負をする程度。勝率は7:3でヒソカが上だ。何だか負けっぱなしだな……。

「――そういえば、ラグルはこれから如何するんだい?」

 俺が最後の林檎を食べ終わった頃、タワーを作りながらヒソカが質問をしてきた。

「怪我が治ったらだけど、また小遣い稼ぎを再開するよ。そうだな……それでもあと1~2年位かな。
 んで、その後はハンター試験でも受けてみるつもり」

「ふーん、それだけ強いのに勿体無いなぁ……。今でも十分、団員クラスの実力は有ると思うよ?」

「……別に入団するつもりないから」
「そうなの?」
「そうなの……確かにあの人達に恩は有るけど、だからって、団に入って恩返しなんてする積もりは更々無いよ。
 偶に何かを手伝うって言うなら別だけど、あそこって基本的には団長命令は絶対の組織だから――――正直、割に合わないよ」

 一呼吸置いてそう締めくくると、ヒソカは肩を震わせて哂っている。

「ククククク……やっぱり、君はおもしろいなぁ♠」
「よく言われてた」

 そう言って俺は、ベットにボスンと身を投げるのだった。

「それにしても1~2年後のハンター試験か……。僕も気が向いたら受けてみるとしようかな♣」

 と、その日の帰り際にヒソカが決意表明をしていた。

 その後は、骨折の完治したヒソカが楽しそうに哂いながら対戦相手を病院送りにし続け、あっという間に200階へと登りつめた。
 で、俺はと言うと、前と同じようにひたすら修行と小遣い稼ぎを続けている。

 そしてヒソカとの初顔合わせから数ヶ月後。
 どうやらクロロに呼び出されたらしく、ヒソカは天空闘技場後をにしていった。去っていく前に

「今度はハンター試験で会おうね♥」

 と言われたので、取り敢えず何もなけばな。とだけ返事を返すのだった。






[8083] 第4話 久しぶりのお仕事(前編)
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/09 10:40





「今回の仕事は単純だ……この写真に写っている『カリナン・ダイヤモンド』それとその他宝石類を奪ってくる事。それだけだ」

 クロロは向い合って立っている、俺、マチ、フェイタン、フランクリンの4人に、『今回の仕事の説明』をしている。

 どうやら今回の仕事は大して難しいものではないらしく、呼ばれた人間も団員の3人と非団員である俺の計4人のみ。
 もっとも、先日ヒソカに凹にされたばかりの俺としては、少なからず団員達に気後れしてしまうので多少居心地が悪い。

 天空闘技場でヒソカと戦い。結果として全身に重度の負傷を被った俺は、自分の能力の低さを痛感した。皆と別れて早2年……。
 多少は団員達とやり合えるくらいの身体能力が付いたのでは? と思っていたのだが……如何やら甘い考えだったようだ。

 ヒソカは『――――団員クラスの実力は有ると思うよ?』と言っていたが、俺自身それは言い過ぎだろうと思っている。
 せめてヒソカの腕を2本くらい潰せれば、少しくらいは前向きに成れたのかもしれないけどな。

 本来なら仕事の手伝いなどせず、早急に修練を行って強くなる為に努力をしたい所なのだが、現在は休養明け。
 全治~ヶ月の怪我の為、動けるように為っても試合を組んで貰えずに割かし暇であると云う事と、
 それに加えて少し前に製作依頼をした、修練用の奥の手である品物が未だ俺の手元には届いていない事も相まって、
 今回の手伝いをする事にしたのだ。

 しかしこれは如何いう人選なのだろうか?まるで小規模戦闘を考慮に入れてるとしか考えられないような人選だ(フェイタンとフランクリン辺り)。
 尤も、俺は『発』を未だに使えないし、マチの能力もどちらかと言えば戦闘向きの能力ではない。
 何か有った時の為に、戦闘向きの二人をつけたとも考えられるか……。まぁ団員レベルの人間なんてのはそうそうお目に掛かるものではない、
 俺は暇を潰す程度の感覚で参加をする事に――――――

「今回は、ラグの事を存分に使ってやれ」
「は?」

 クロロの信じられない一言が俺の耳に届いた。
 存分に使ってやれと言ったのか?まさかな、存分に遊ばせてやれ?これなら無理が無いだろう。

「……クロロ、念の為に聞くけど俺も普通に仕事をするの?」

 俺が確認の為にそう質問をすると、

「その通りだ。いい加減にオマエも、自分一人である程度の事は出来るようになったんだろ?
 今回の仕事ではそれを生かせ……」

 これはアレだろうか?『旅団にいつでも入団出来るように準備をしておけ』と、暗に言っているのだろうか?だとしたら笑えない。
 現在は、メンバーがしっかりと埋まっていて空きが無いからそんな事は無いと思うが……。
 いや、もしかしたら「そろそろ蜘蛛の脚を増やすか」何て事も言い出しかねないか?

「団長、俺達はそれでも構わねぇが。ラグが仮に足手纏いになったら如何するんだ?」
「―――その時は好きにして良い」

 ……………………は?
 フランクリンの言葉にクロロが妙な事を口走る。

「好きにして良いてのは、具体的にはどうね……」
「言葉のままだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「……了解」

 この連中は――――――

「―――クロロ、何故に俺の扱いがこうも酷いんだ?」

 俺にとっては当たり前である質問に、クロロが溜息と共に『やれやれ……』と云った態度で返答した。

「オマエは仮にも今回の仕事を『手伝う』と言ったんだ。
 それは仕事に関しては『団員達と同列で扱う事』に『同意』していることになる」
「――――――む」
「……さて、そこで質問だ。旅団にとって尤も重視しなくてはいけない事は……分るな?」
「……旅団の存続」
「その通りだ。オマエ一人が下手を打って、自分の身を危険に晒すのは一向に構わない。
 だがその結果、他のメンバーに飛び火したり損失を出すようならそれ『相応の事』をする必要が出てくる」
「だから好きにしろ?」
「―――理解が早くて助かる」

 要は『旅団に損失が出るようなら処分しろ』…………という事だ。
 今まで面倒を掛けて来た事は認めるが……急にこう云った扱いをされてもそれは困るぞ。

 クロロと俺のやり取りに、フランクリンとフェイタンが「ニヤ……」と笑ったような気がした。
 俺はその事に多少心がざわつくのを感じ、眉間に皺を浮べたのだった。
 そんな時に―――

 ポン――――と、頭部に僅かな重みが掛かる。

「ラグ……。精々頑張って仕事をしな」

 と、俺の頭に手を置いてマチがそんな事を言ってきた。……まぁ兎も角、出来うる限りの事をやってみるとしようか。
 俺がそう考えていると、マチが俺の頭を撫でながら(結構力を込めているようで、首が痛い)クロロに言葉を投げかけた。

「団長、私も質問があるんだけど?」
「なんだ?」
「……高々石ころを奪うにしては、この人数は大げさなんじゃないの?」

 グルッと周りを見渡しながらマチがそう言った。
 確かに大げさかもしれない。美術館の品物全てを頂くと言うなら別だろうが、獲物はダイヤとそのた宝石類が数点。
 それだけの為に団員3人は幾らなんでも多すぎる。武装した私兵がゴロゴロ居て、念能力者が大量に警護をしているなら兎も角として、
 普通の美術館なら俺だけでも出来そうな仕事内容だ。

 マチの質問にフェイタンやフランクリンも同じ気持ちなのか、2~3度首振るとクロロに視線を向けた。

「今回の仕事の目標は確かにこれだけだが。……この『カリアン・ダイアモンド』は近日中に展示されている美術館から売却され、
 マフィアン・コミュニティーに所有権が移動する事になっている。
 その為に、現在はコミュニティーから大量の警備員(武装私兵)と念能力者が送り込まれているんだ……」

 ……俺じゃ難しい内容だったみたいだな。

「そういう事なら了解。確かに一人でやるには少し面倒みたいだね……」

 俺が出来ないと思う事でも『面倒』で済んでしまう……。やはり未だに団員との力の差は激しいな。
 しかし待て・・・。カリナンダイヤモンドってのは確か昔からこの美術館に置かれていた物の筈だ。それを何故今更? 

「クロロ質問……なんだってこの時期まで放って置いたの?」

 単純に盗むだけならもっと前から盗みに入れば良かったではないか?それを何故、態々危険な時期になってから手を出すと言うのか?
 俺の質問に周りの3人も頷いている。『何故今なのか?』

 その質問にクロロは少しだけ間を置いてこう説明してきた、

「――スリルが有った方が面白いだろ?」

 ……と。


 ※



『正面でフェイタンとフランクリンが暴れて、その隙に私とラグが中に入って仕事をこなす』

 それがマチの考えた案だった。安全策だ、大雑把では有るが特に問題の無さそうな案である。俺は多少は強くなったとはいえ、
 未だ団員と比べると格下(ヒソカと戦って凹にされた経験上)である。
 近接戦闘能力の高いフェイタンに、派手に暴れる事の出来るフランクリンの二人が正面で暴れるのは良い作戦だと思う。

 フランクリンの『俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)』による攻撃を合図に美術館の中に潜入をする。
 障害は任意に排除。

 因みに、クロロは別件でこの仕事には関わっていない。向こうは向こうで仕事をし、こっちはこっちでという事なのだろう。

 しかしあれだな……。
 修行用の道具が製作されたら、俺は当分仕事には参加できそうに無いからな。アレを付けながらでは、確実に足手纏いになるだろうし……。
 だから後々にストレスを残さないように、今日は出来る限り楽しめると良いんだけどな………。

 俺はマチの方にチラリと視線を向けた。

 妙にニコニコしているのが見て取れる。俺と同様で、何かしらのストレスを発散できるのが嬉しいのだろうか?
 確か、マチの仕事は伝令が基本になっている。団員に言伝を伝える為に、世界中を行ったり来たりしていると聞いたことが有る。
 一何処に留まれないのは俺だったら御勘弁だな、考えるだけで充分なストレスだ。
 携帯を使っての連絡では駄目なのだろうか?



 『ドガガガガガガガガガ――――!!』

 俺の思考を遮るように、耳に念弾によって起こる破壊音が響いてきた。

 俺とマチは其々頷き会って、裏口からゆっくりと館内に侵入していく。
 マチと二人で現場に回されるのは、別段に珍しい事じゃない。………何時ごろからだったか。
 恐らく団員達に凹にされ始めた頃から、こうしてマチと組まされる事が多くなった気がする。だからある程度の事は慣れたもので、
 歩幅や歩調も何となくだが分る。まぁ、思い込みの部分も有るのだろうけど・・・。

 廊下を渡り、部屋を抜け。警備システムを黙らせて………問題などなにも無く、目的の展示室まで移動する事が出来た。

「………これが目標物ね」
「しかし、随分と警備が手薄だった。此処に来るまで大して人に会わなかったし………」

 此処に到着するまでに出くわしたのは、ほんの5~6人程度。
 如何やら大抵の者達は表に駆けていってしまった様で、中には殆ど人が残されていなかったのだ。

「外でフランクリン達が上手くやってるんだろ?さっさと頂いて帰るよ」

 マチは警報が鳴るのも構わずに、バリン!とショーケースを割る。警備システムを黙らせて有ると言っても、
 防音ではないのだし何が原因で追っ手が来るのか解らないのだから、もう少し慎重に事を運んで欲しいものだ。尤も皆に言わせれば、
 『何が原因になるか解らないのだからビクビクしても仕方が無い』と言うのかも知れないけどな………。

 俺の心配を他所に、マチはケースの中から件のダイヤを取り出――――――

 『ズニュ!』

 ―――した所で、突如ダイヤから無数の『節足(外骨格に覆われた節のある脚)』が生え出したのだった。

「む、虫?」
「うわぁ!!」
「あ、ちょっ!?」

 急な事で驚いたのか?
 凄まじいまでの勢いでダイヤを放り投げてしまったマチだったが、なんと『ソレ』は華麗に着地をして見せたのだった。

「ちゃ、着地した?」
「な、ナンなんだいアレは……?」

 恐らく敵の念能力だろうが……見たところ対象に脚を生やして――

「あ、逃げるぞ!」
「追うの……アレ?」

 移動させる能力?

 『カサカサカサカサ――』と擬音を発しながら、ダイヤは高速で走り出していくのだった。



 思いのほかすばしっこくトリッキーに動くダイヤを追ってきた俺達は、正面玄関のホールに到着した。
 見ると何故かタキシードを着込んだ髭面の男が立っており、歩いているダイヤを回収している。

「よーし、良く連中を連れてきたな、良い子だ………」

 掬い上げたダイヤを撫でながら男そんな事を言っている。気色悪い・・・男の指の動きに併せて動く節足が更にソレを増している。

「誰だい、アンタ?」

 俺とマチは其々前に進み、目の前の男に視線を向ける。

「美しいお嬢さん、本来なら答える義務は無いのだが、それでは余りにも味気ない………。
 故に御答えしよう、私の名前を――――」

 尋ねたのはお嬢さん(マチ)では無くて俺だ………。

「私はこの美術館の警護する為に急遽雇われたナイスミドル………プロハンター『ジャック・J・リモン』と言う」

 クルクルと回転をしながら自己紹介、最後にビシッと腕を挙げてポーズを決めている。
 俺は結構色々な『変人』を知っているが(主に旅団関係)、コイツはまた一風変わった変人だ。
 まぁ解りやすい変人で有る分対応しやすいのだが。

「マチ、ハンターがマフィアに雇われてるの?」
「結構良く聞く話だよ。契約ハンターとかって奴さ」
「ふーん」

 金が欲しければ闘技場に行けば良いのにな………。

「さっきダイヤに脚が生えたのはアンタの仕業なの?」
「その通り。これは私の能力でね【多目的な脚(ランナーズ・ハイ)】と言う能力だ。
 対象に節足……まぁ大抵は虫の脚のような物だが、ソレを生やして操作する能力だよ。……ほら」

 そう言ってジャックは懐から万年筆を取り出すと、それに脚を生やして見せた。
 ソレを『ポイっ』と放り投げると、床の上をカサカサと移動し始める。
 成る程、見た目はアレだが其れなりに便利な能力な気がする。
 具現化系は放出系が苦手な筈なのに、此処まで運んでこれたって事はそれなりの使い手と言う事なのだろうか?
 でも――

「何で、自分の能力をわざわざ教えるんだ?」
「ふふん、聞かれたからね♪」

 満面の笑顔で、さも当然だとでも言いたげな態度でそういって来る。
 コイツはもしかして馬鹿なのだろうか?それとも何か他にも能力が有って、それを隠している。
 この態度は俺達に対する揺さぶり効果を狙っての事とか?

「ふふふん♪」

 馬鹿なだけな気がするな。

 相手の得意満面の顔に溜息を吐き、俺はマチの方に向き直った。

「……マチ、如何する?」
「如何するも何も……。奴からダイヤを取り戻さなくちゃいけないだろ?私が――」

 ザァーーーッ

 マチが一歩を踏み出すと、待っていたと言わんばかりに脚の生えた美術品が集合してきた。
 統制の取れた動き、まるで数年間の訓練を受けた軍隊のようだ。 

「見ててやるからオマエがやりな。私はもう片方(その他宝石類)の仕事を片付けるから」
「マチ……虫苦手?」
「……」

 俺は溜息と一緒に「わかった」と告げ、一歩、二歩と踏み出して前に出る。何人もの念能力者なら兎も角、
 一人ならば『発』の無い俺でも何とかなるだろう。

「って訳だから、俺が相手をするよ」
「ほう……二人掛りでなくて良いのかね?」

 旅団員が戦ったら一瞬で殺されるぞ?
 相手がどの程度なのかいまいち解り難いが、こうして相対しても旅団員レベルと到底思えない。
 俺はグッと脚に力を込め――

「――こっちにも事情が在る」
「!?」

 一気に加速して相手の背後へと回り込んだ。そして頭部に飛び回し蹴りを入れ――

「甘い!」

 ガヅンッ!!

 ――る事は出来なかった。即座に反応して見せた男は、俺の蹴りを片腕でしっかりと防いでいる。

 其の侭お返しと言わんばかりに蹴り返して来たのを俺は両腕をクロスさせて防ぐが、空中に居る為踏ん張りが利かずに其の侭後方に弾かれた。
 腕の方をチラリと確認するがダメージは無い。腕をぷらぷらと動かすが其れも問題ない。ガードはしっかりと出来ている。

 しかし少しだけ驚いたな、それなりの速度で踏み込んだのだがよもや反応してくるとは思わなかった。
 今まで格下過ぎる連中とばかり戦ってきたせいか、力の出し方が今一つだ………。
 プロハンターというのは伊達では無い様で闘技場の下層レベルとは明らかに違っている。
 尤も、ヒソカに比べたら明らかに弱いけど。

 だがそれでも、

 『これなら多少は動いても平気かもしれない』

 俺は少しだけ、ほんの少しだけ心が沸き立つ感覚を覚えて動き出すのだった。








[8083] 第5話 久しぶりのお仕事(後編)
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/09 10:40





 拳を入れては捌き、蹴りを入れては防ぐ。
 一進一退の攻防とはこう云うのを言うのだろうか?ヒソカと戦っていた時の事を思い出す。
 あの時とは違って、俺の方にはかなりの余裕がある為やられたりすることはない。
 この相手は良い意味(練習相手という意味)で強い奴だ。
 ただ――

「フハハハハハ、まさか君のような未だ幼い者がこれほどの力を誇るとはな!世の中は何が有るか解らないから面白い!」

 相手は非常に不可思議な動きをしてくる。
 自分の能力である【多目的な脚(ランナーズ・ハイ)】を使って自身の足に節足を生やし、
 壁だろうと、天井だろうと、柱だろうと所構わずに足場として利用し、そのうえ移動速度の上昇までさせている。
 正直な所、大変気持ちが悪い………。が、ソレはソレ、コレはコレだ。

 見た目は兎も角、非常に面白い使い方だと思う。やはり念は奥が深い。
 俺にはこんな使い回しの聞くような能力は創れる気がしないな。

 だがそろそろ良いだろう。もうしばらく動いてみたいとも思うのだが、生憎と時間がそんなにある訳じゃない。
 その内地元の警官やらハンターやらが出てくるだろうから、ソレよりも早く消えなくてはいけないのだ。
 戦ってみた所、相手もまだ余力を残しているようだが……まぁ、およそ7割といった所だろうか?
 其れ位出せば『念』無しでも始末できる。
 戦いはじめて其れなりに時間が経過している、流石にそろそろ潮時だろう。

「オッサン。そろそろ時間無いから終わりにするよ」
「ム?」

 俺はゆっくりとした動きから緩急を付けて動き、相手の視覚に虚像を残す動き――
 『肢曲』を使って間合いを詰めていく。コレはゼノ・ゾルディック著『誰でも出来る暗殺技術』に載っていたモノだ。

「こ、コレは……!?」

 残像を残したまま一瞬で相手の懐に入り込み、腹部に右拳の一撃を加える!!

 ズドンッ!!!!

 ――が、この感触。『硬』?
 俺が拳に感じる感触に面を食らっていると――

「―――ハハッ。捕まえた………【多目的な脚(ランナーズ・ハイ)】!!」

 男は俺の腕をガシリと掴み、念能力を発動してくる。俺は力任せに男の腕を振り払ったのだが、如何やら遅かったようだ。
 見る見るうちに、俺の腕から数本の節足が生えてきて拳の方へと伸びていく。
 自身の意思では如何にもならず、それは『ワサワサ』と動いていて背筋にゾワゾワとした感覚が這い上がってくる。

「……私が君よりも身体能力で劣っている事など気付いていたよ。その年でその能力、実に大した物だ。
 先程の妙な動きを見た時は驚いたが、だが経験が足り無さすぎるな。動きも多少は読めるし、何より先程の一撃だ。
 こうまで予測した所に忠実に打ち込んでくるとはね……」

 得意満面で男がそんな事を言ってくる、だが俺はそれ所ではない。奴の能力によって、右腕から蜘蛛の脚の様な物が数本生えているからだ。
 『ワサワサ』と蠢くソレは、ハッキリ言って非常に気色が悪い。

「ッ。こんな物を付けた位で何だって言うのさ?
 こんなのが有ったて、俺にダメージが与えられるわけじゃ――無いッ!!」

 今度は『肢曲』など使わない。ただ思いっきり踏み込んで反応する間も無く殴り殺す――!!……が、
 奴の身体に俺の拳ではなく、腕から生える脚が先に触れる。その瞬間――

 『グニャン』

 妙な感触を腕全体に残して、俺の拳は相手に届く事も無く空中に浮いている。

「無駄だよ♪その腕は充分な衝撃吸収能力を持っているんだ。ただ動くだけの能力では無いよ……。
 そしてもう一度――【多目的な脚(ランナーズ・ハイ)】!!」
「クッ!?」

 何とか飛び退がるが、やられてしまった……今度は左腕に右腕同様の脚が生えてきている。

「コレで私の勝ちは決定的だ……」

 男は一転して、今度は自分の方から攻撃を開始した。両手での攻撃が封じられたからといって何だというのか?
 『奴の繰り出して来た拳を横に捌いて蹴りを入れる……』
 そう動こうとしたのだが。

「ッ!?」

 ドガッ!!

 突如腕の動きが制限されて捌きが出来ず、男の攻撃を直撃で受けてしまった。

 ガッ! ゴヅッ! バギッ……!!

 その後も男の攻撃に反応し、受けに徹しようとするが侭ならずに直撃を受け続けている。

「……ぐっ」

 受けが上手く行かないのはこの『脚』のせいだ。
 腕を動かそうとすると、服や身体に絡み付いて邪魔をしてくる。無事な脚を使って何とかしようとしても、
 身体に絡みついた脚がに引っ張られてバランスを崩す。……迷惑この上ない。

「その君の腕についている脚は、私の意志で向きを変える事も、多少の伸び縮みをさせる事も可能だ。
 腕を身体から離すと云った程度ではどうしようもないぞ」

 引きちぎろうにも結構な強靭さで難しく侭ならない。なら取れる行動は……
 俺は打開策を考えていると、周囲に感じる気配が増えているのを感じて視線だけ其方にを向けた。

(ゲっ……)

 やはりフェイタンとフランクリン、それにマチも……いつの間にか合流をして観戦モードに入っている。
 しかも何やらフェイタンが「ニィ」笑っているのが見えた。コレはいい加減何とかしなければ、俺の命に関わる事柄のようだ。

「……やれやれお仲間かね?なんとも無粋な事だ」

 男も新たに増えた気配に気が付いた用で、視線を向けながら呟くように言っている。
 俺を倒した後の事でも考えているのだろうか?

「気にしなくていいよ、どうせ俺が殺られる迄は見物してるだろうから。
 それに、アンタは連中を気にする必要は無い。――次で終わりだからな」

 考えは纏まった。
 フェイタンとフランクリンの二人を確認した事で、ようやく腹も決まった。
 後は行動に移すだけだ。

 俺は再び相手に向かって駆け出し――

「無駄だと解らんのかね?」

 飛び込む俺を迎撃しようと相手は身構えるが、今回は正直に飛び込んだりはしない。

「なッ!?」

 相手までの距離約3m程の場所で、俺は『左腕を振るって自身の右腕を切断した』。

 血が飛び散る。

 腕が千切れ飛ぶ。

 ――だが、コレで少なくとも右半身は使える!!


 相手の驚きの声が聞こえるが、そんな事は気にしない。
 噴出した血と千切れた腕を目晦ましに、俺は勢いを殺さずに相手の懐に入り込んだ。
 半ば恐慌状態に入っている相手が拳を繰り出してくるがソレは『凝』で固めた額で受け止めた。

 『ゴギリ……!!』

 と嫌な音が聞こえたが、ソレが俺の身体から聞えたのかそれとも相手からなのかは解らない。
 だが俺は目の前の『好機』ソレを逃さない為に、前のめりになっている相手の顎をただ蹴り上げるのだった。

 グゥバァン!!

 脚に感じる確かな手応え(脚応え?)に、俺は顎を砕いたのだと確信したのだった。



 ※



「――で、首尾の方はどうだったんだ?」

 仕事の終えた俺達は、急場のアジトに引き返してクロロに報告をしていた。
 最後に放った一撃により、俺は見事相手の意識を刈り取る事に成功していたのだ。

「目的のブツはしっかり手に入れたよ。土産も持って来たしね。後は――」
「フム……」

 小さく一つ頷いてから、クロロは俺の方へと視線を向けてきた

「ラグが怪我をした位か」

 現在の俺は、切断した腕をマチに繋いだもらった状態になっている。切断面を綺麗にしておけば、
 ほぼ100%元に戻してくれる事は解っていたのだが。

「凄く痛いよ」

 俺は右腕を挙げながらそう口にした。
 解っていたとはいえ、やはり痛いものは痛い。
 完治するまで1週間ほどだろうか?ヒソカにやられた骨折が治ったばかりだと言うのにまた怪我をしてしまった。

「マチ、ラグの容態はどうなんだ?」
「相手にやられたのは如何って事無いね。1~2日で綺麗に治るよ。一番の重症は自分で切り落とした右腕だね」

 そうなのだ、奴に殴られた所は大した事は無い。念でガードをしたし、ほんの打ち身程度のダメージだ。

「ラグ、どうしてこんな無茶をしたんだい? オマエならこんな事しなくたって、充分上手くやれたと思うけど?」
「確かに力任せに戦っても、多分何とか出来たと思うけど……。
 途中でフェイタンとフランクリンの二人が合流してただろ? だから、『そろそろ時間が拙いのかな?』って思ったんだよ。
 さっさと片付けるには、奴に念を掛けられた腕が邪魔だったし。それにマチが居るなら大丈夫かと思って――」
「――それでバッサリか?」
「馬鹿たね」
「あぁ、馬鹿だな………」

 散々な言われようだ。
 俺がこんな決断をしたのも全て、お前達3人が事前にしていた会話が原因だと言うのに……。
 そもそもだ、合流したフェイタンのあの顔は頂けない。あの顔が行動を起こす引き金になったと言っても過言ではないのだから。

「あの時の私達は、『暫くはラグにやらせて置くか』って事で見守る積りだったんだよ」

 ……は? 何だと?

「それを勝手に勘違いして、腕を切り落としたんだ……オマエは」
「やはり馬鹿たね……♪」
「――だが、被害は出なかった。ソレは良しとして良いところだろう。……良くやったな」

 今ひとつ真意の読み取れない顔を向けて、クロロが俺の頭に手を置いた。

「なぁクロr―――」
「むーーーーーむ!むーーーむ!!」

 と、俺達の会話を邪魔するように、部屋の隅のほうから呻き声が聞こえてきた。
 『顎を砕いた』と言うのに元気なものだ。
 
「ジャックさん、良くそれだけの元気がありますね? ……顎割れてるんでしょうに」

 そう、騒いでいるのは少し前まで俺が相手をしていた『ジャック・J・リモン』
 普通は外科手術なりで砕けた骨片をワイヤーで固定したりする必要が有るはずなのだが、
 今の彼は何故だか元気一杯に、猿轡の下で呻き声を上げていた。

「そいつの顎は仮止めしてあるんだよ、私の糸でさ」
「わざわざ喋れるようにしたの?」

 俺は疑問をマチにぶつけた。
 そもそも何故コイツを連れて来たのだろうか?
 俺は奴の顎を砕いた後に止めを刺そうとしたのだが、それを止められて何故か一緒にアジトに連れてくることになった。
 まさかとは思うが、コイツを旅団のメンバーに推薦でもする積りなのだろうか?
 だとしたらとんでも無い。
 俺はすぐさまにでもコイツを殺すぞ。

 俺の考えが表情に出たりしたのだろうか?
 マチが『ポンっ』と俺の頭に手を載せて、ゆっくりと何度か撫で付けてきた。

「お前が何を考えてるのか知らないけど……。コイツを喋れるようにしたのは団長への土産だよ」
「土産?」

 ダイヤじゃなくて?

「ダイヤは旅団の宝だ。捌いた金は均等に分配する、勿論お前にもな」
「なぁ団長、ラグは知らねぇんじゃねぇのか?」
「ん――そうか、そう言えば見せた事は無かったな。ラグ……俺は他人の念能力を盗む事が出来るんだ」

 『あーそうだったな』といった、随分と軽い口調で言うクロロ。
 相変わらずな性格である。

 とは言えそれは知っている。
 他人の念能力を盗む【盗賊の極意(スキルハンター)】その秘めたる能力は無限にして絶対!
 と、知識の中では言っている。

 その後、ジャックに対するクロロ達の拷問が始まった。まぁ、それをしたのは主にフェイタンだったが……。
 ジャックを適当に痛めつけた後で念能力についての質問をし、能力について喋らせてクロロは奴から念を奪っていった。

 念能力を奪われたジャックは拷問のショックと相まって気絶しているが、後ほど人目につく所に置いておくらしい。
 何でも、元々の持ち主が死んでしまうとその能力は使えなくなってしまうらしい。
 だから死なない程度に痛めつけ、直ぐに治療に専念できるように取り計らうらしいのだ。

「――さて、今回の仕事はコレで終わりだ、何かあればまた連絡をする。
 それからラグ。一応繋げたとはいえ、その腕はまだ完治している訳じゃない。無理に動かすとすぐに離れて落ちるから気をつけろよ」
「解った……」
「大丈夫だよ、団長。暫くは私が一緒に居るから」
「は? 何で?」
「そうか……それが良いかもな。暫くは旅団として動く事も無いだろうからな」

 俺の素朴な疑問は周りからすれば大したことでは無いらしく、クロロなどは簡単に納得している。

「私の糸は、本体から離れれば離れるほど弱くなるんだ。逆に近ければ近いほど強度は増す……忘れたのかい?」
「……憶えてる」

 勿論憶えている。
 昔、あの糸には随分と酷い目に合わされたのだから。あれで何度死に掛けた事か……。
 だがまぁ、マチが近くに居ると言うなら多少は動かしても平気だという事だろう。
 帰ったら程無くして試合を組まれると思うし、そう考えれば丁度いいだろう。

「それじゃあ、解散って事で良いね? ……良いかいラグ、しっかりと安静にするんだよ?
 なんだ、その……暫くは私が面倒を見てやるからさ」

 と、ぎこちない笑みを浮べながら、マチがそう言って来るのだった。
 俺はその笑顔を見て、かつて食べた『苦味の走るシチュー』の味を思い出し、心中複雑な気持ちになるのだった。





[8083] 第6話 突入、本編開始?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/09 10:45




 さて、ヒソカとの戦いから1年10ヶ月の月日が流れた。
 現在の俺は、ハンター試験に参加する為にザバン市に来ている。

 なぜって?
 それは勿論、元々287期のハンター試験に参加して、原作キャラ達と大いに関わっていく積りだったからだ。
 普通に旅団の仕事をしているのも良いけれど、ゴン達と知り合いになって関わっていくのも面白そうだからな。

 だが、それに際してネックとなるのが念の修行だ。
 俺はなるべくなら試験中も念の修業を続けたいと思っていたのだが、
 とはいえそれをしていると、目的の一人であるキルアに警戒される可能性が非常に高い。

 なにせキルアの家族は念使いの集団だからな。
 喩え今のキルアには見えないとしても、その雰囲気だけは感じ取れるはずだ(天空闘技場のズシの時が良い例)。

 知り合いになる為に試験に参加しようというのに、それが原因で警戒をされたら元も子も無いだろう。

 さてさて、そんなこんなで俺がこれらを解決するために取った方法は何か? と言うと。
 それは『念』関係の『不思議道具』の装着をすることだった。

 つまり『念を利用した道具で何とかできないか?』 と考えたのだ。

 頭の中に漫画知識の有る俺は、同じ作者の作品である『幽々白書』からそのヒントを得た。

 あの作品では確か、主人公が修行の一環として『霊力を最大にしていなければ、それぞれがガッチリと引き寄せ合ってしまう』
 と言う、『呪霊錠(じゅれいじょう)』といった術を使っている場面が有った。

 俺はその事を思い出し、似た様なものを『念』を使った道具で再現しようと考えたのだ。
『呪霊錠』ならぬ『呪念錠』である。
 まぁ、霊力ではなく念と言う違いはあるが、実際そんな事は大した問題ではないだろう。

 俺は闘技場でヒソカと分かれた後に、直ぐにその為の行動を開始していた。

 闘技場の試合で得た金を元手にし、その手の物を作れる能力者をシャルナークに探して貰って『それ』を作らせたのだ。
 まぁ、シャルナークへの探索料と相手への製作料とで、
 その時の貯金が半額ほどになったが……(それでもその後稼いだので130億はある)それほど気にしてはいない。

 その程度の金額は、必要経費だと考えれば安いものだ。

 現在、俺はその道具――リストバンドとアンクルバンドの形をした二つを付けているが効果は一緒。
 それぞれ『装着すると互いに強烈に引き付け合う』という念が掛けられているのだが、
 この作用を押さえるには常時『堅』を行い、顕在可能オーラ量のほぼ全てを当てる必要が有る。
 また機能として『周りからの見た目では、オーラを垂れ流しにしているようにしか見えない』という優れものである。
 その上、使用者の念の強さに応じて重量を掛けるという親切設計。

 もう少し解りやすく説明すると。

 【不思議道具 呪念錠(じゅねんじょう)】

 ●装着→念発動1段階目 其々が強力に引き付けあう。単純な力だけで引き離すのは、ほぼ不可能。
 ●『堅』を行う→念発動2段階目 引き付け合う力が弱くなり、代わりに放出されるオーラ量によって体感重量が変わる。
 ●堅発動と同時に念発動3段階目 使用者のオーラの状態を垂れ流しのように見せかける。
  コレは一定量を越えると、見た目が変化し始める。

 といった所だ。

 此れをつけて修行する事で、実際どれ程の成果が上がるのかは判らないが、
 少なくとも『総量が変わらない』や『強くならない』という事は無いだろう。

 依頼製作に半年、製作終了からこっちは着けっぱなしで生活をしている。
 再び天空闘技場に行くまで外す積りは無いが、いざ外したらどうなっているのかワクワクしてしまうな。

 食堂『メシヤごはん』

 ザバン市にあるちょっと……いや脚色は止めよう。

 かなり大衆向けな、『ただの食堂』といった趣のある食堂だ。
 そりゃ誰だって、こんな所がハンター試験会場への入り口だなんて思いもしないだろうな。

「すいません、ステーキ定食1人前。弱火でじっくり」
「……奥の方へどうぞ」

 カウンター越しに注文をした俺は、店員に促されて奥の別室へと通された。

 そうして通された奥の部屋は、その部屋全体がエレベーターになっているようでそのまま地下に向かって移動している。
 ゴミ山で目を覚ましてから既に6年、か……。

 今でもそうだが、よくもまぁ修行ばかり続けてきたものだよ。
 記憶を失う前の俺は、もしかして体を鍛える事が好きだったりしたのだろうか?

 エレベーターの扉が開くと、俺は巨大な広間のような場所に出た。
 既にかなりの人数が集結しており、皆が一様に殺気立っている。

(ん……皆が皆で殺気を放ってるようだけど、今までの経験の問題かな? どうにも子犬に見つめられてる様な気分しかしない)

 もし口に出して言えばトラブルの元にでもなってしまいそうな事を考えながら、俺はニコニコを向けて周囲を見渡した。
 だが目の合った連中は、何故か必ずと言って良いほどに睨みで返してくる。

 もっとも、それが今の俺にはまるで子犬が仰向けに寝て、そして助けを求めているようにしか見えないのだ。
 どうやら俺自身、良い具合に変人に成りつつあるような気がするな。

 周囲を見渡しながら、俺はこの試験に参加しているであろう知人探しを始めた。
 確かに人は多いが、アイツはかなり目立つ。
 だから直ぐに見つかると思うんだけど――

「ぎゃぁぁっぁぁあああああ!!!」

 広場内に木霊する絶叫。
 この試験でこんな騒ぎを起すのはアイツしか居ない。

「あー……居た」

 声のした方へと視線を向け、俺は目的の人物がそこに居るのを確認した。 
 俺はニコニコと笑顔を向けたままに、叫び声のした方へと足を進めるのだった。


「あら不思議、腕が何処かに行っちゃった♪」

 『クックックック……』と、笑いを抑えているヒソカ。俺はそのヒソカに近づいて声を掛けることにした。
 しかし……相変わらず楽しそうに人を壊す奴だ。

「や、ヒソカ。なんだか相変わらずみたいだね?」
「ん? ……あぁ♣ ラグルじゃないか。随分と久しぶりだねぇ♥ 元気だったかい?」

 と、ヒソカは俺の挨拶に、まるで友人に会ったかのような笑顔で返事を返してきた。
 俺はそんなヒソカの言葉に「ぼちぼちかな」と曖昧な返事を返す。

 何と言うか……嫌いな奴じゃないが、相変わらず読みにくい奴だ。

「ところで――♥ 酷いじゃないかラグル。1~2年後って言うから、ボクなんか去年の試験を受けたのにさ♦」
「嘘は付いてないだろ? 2年後の今回はちゃんと受けてる」
「うん……まぁそうだね♣ でも前回は途中でイライラして、ついつい殺っちゃってさ。お陰で失格になっちゃったよ♥」

 そう言うと、ジィッとヒソカの視線が俺のつま先から頭の先までゆっくりと移動する。
 なんだコレは? 品定めって所だろうか?

「ふーん、あの頃から比べると随分良くなってるね……凄く美味しそうに育ってるよ」
「――!?……その表現は止めろ」

 ヒソカの発した言葉に、俺は思わずピクッと反応してしまった。

 正直、これは驚いた。

 俺はこのような事態を回避する為に、『オーラが垂れ流しに見える』といった機能を付加して貰ったと言うのに。
 何だろうか? 真性の変態にのみ備わった察知能力か何かだろうか?

「前に会った時と比べると、オーラが随分と落ち着いてるからね♥。腕を上げてる証拠だよね♪」

 成る程、オーラの流れ方か……それは考えてなかった。
 確かに俺の昔の状態を知ってる奴なら、その事に気付くかもしれないか。
 でも何だかこうも簡単に看破されると少しだけ頭に来るな。

「まぁ、あれから1年以上経ってるんだ。多少なりとも成長はするさ」
「ふーん……多少ね♥」

 何か含んだ物言いをしてくるヒソカ。
 多分、俺に興味津々と言ったところなんだろうけど、ココでやるのは嫌だな。
 普通に殺されそうだ……。

 とは言え、今のところは精々『気持ちが昂ぶってきた』程度の事だろうから、対して問題ではないのだろうけど。

 ジロジロとこちらを眺めていたヒソカだったが、急に何かを思い出したように『ポン』っと手を叩いた。

「あ、そうだ。……そういえば君に聞こうと思ってた事があったんだ」
「聞きたいこと? 何か嫌な感じだな……」
「そんな目をするなよラグル……♥ そんなに難しい事じゃないんだ……ただ、
 前に僕と戦った時は『念』を使わなかったよね♦。 何でだい?」

 ジッと眼を細め、俺の顔を覗き込むようにしてくるヒソカ。
 どういう訳か? ヒソカから漏れ出してる念の雰囲気が変わってきているな。

 言葉にするなら、ねっとりと絡みつくような……そんな感じだ。

「――まさか2年近く前の事を、わざわざ今になって聞いてくるとは思わなかったよ。
 まぁ、その位なら答えるけど。
 ……理由は簡単、念を使わなかったのは単純にドカドカやりたかったから。
 それに、元々あそこでは使わないって決めてたからね」
「へぇ、そうなんだ。
 ……それじゃあ、念を使える奴と戦う時はどうしてたんだい? 偶にそういう奴も居るだろ? あそこはさ」
「普段は、ある程度相手をしてから降参してた。下の階に下りるのにも丁度良かったから」

 俺の答えに笑みを絶やさず「ふぅ~ん……」と答えるヒソカ。
 そして

「それなら、如何して僕の時は簡単に降参しなかったのさ?」

 ワクワクする子供のよう表情を浮かべて、ヒソカは俺にそう問いかけてきた。
 まぁ、当然の質問だとは思うけどな。
 他の雑魚の時は降参して、明らかに強いヒソカとは戦ってるんだから。

 もっとも、俺からすればそれほど大きな理由が有ったわけではないのだ。

「一言で言うなら……憂さ晴らしかな?」
「憂さ晴らし?」

 俺の正直な気持ちを口にすると、ヒソカは一瞬眉をピクリと動かしてこちらを凝視してきた。
 もっとも、俺はそんなこと気にもしない。

「……ほら、俺は基本的に小遣い稼ぎであそこに居ただろ? だから目立ち過ぎないようにして、
 適度な強さで、適度に勝って、そして適度に負ける。そういう事をしてたんだけど……」
「けど?」
「それでストレスが溜まったんだよ。
 ヒソカだって解るんじゃないの? こうしようと決めてもさ、その所為でストレスが溜まるっていうの」

 そう言うと、ヒソカは自身の口を指筋でなぞりながら考え込み始めた。
 そして少しそうしていると、「うん、それは確かに♣」と頷いた。

「毎日毎日ストレスと戦う日々を、2年近くも送っていた訳だけど……
 まぁあの日は丁度、ヒソカが相手になったから『これなら本気で殴っても大丈夫だろう』って思ってね」

 そう笑顔を向けて言ったのだった。
 笑顔を向けたのは楽しそうだとかそういった事ではなく、それとは別のちょっとした嫌味的な理由からだ。
 俺の言葉と表情に一瞬キョトンとしたヒソカだが、直ぐに肩を上下に震わせ哂い始めた。

「クククククク――全く、酷い奴だな君は♥」

 と、楽しそうに言う。
 ……笑いながら俺の骨を折った奴に『酷い奴』とは言われたくは無い。

「まぁなんだ、ヒソカ。折角のハンター試験なんだ……先ずは楽しもうよ」
「フフフ、そうだね……その意見には賛成だ♥」

 俺とヒソカは、共に負けないくらいいい笑顔をしていたと思う。




 ある程度の会話の後、俺はヒソカと一先ず別れる事にした。
 近くに居てはどんな気まぐれを起こすか解らないし、こんな所でヒソカと真剣バトルは遠慮したい。
 第一、俺がハンター試験を受けるのはヒソカと遊ぶためではないのだ。

 いや、まぁそれも面白そうだとは思うが、ソレは別の機会だ。

 そういう訳で、俺は今度はゴン達を探す事にした。
 ゴン達に接触するのが、この試験に参加した一番の理由だからな。
 確か入り口の近くに居ると思ったんだけど――「発見」

 エレベーターのある入口付近を見てみると、視界の端にソレらしい人物を見つけた。
 子供の参加者は珍しいだろうから、きっと間違いないだろう。
 周りには金髪の人物と、サングラスに背広の男……多分、クラピカとレオリオだな。

 もう一人近くに居るのはトンパだろうか? 如何やらトンパに絡まれるイベントの最中らしい。

 わざわざ乱入してトンパと遊ぶことも無いだろうと考え、やり取りを遠巻きに眺めていると、
 トンパがゴン達から離れるのを待って声をかけた。無論ゴン達の方にだ。

「こんにちわ、初めまして。……俺はラグルって言うんだ」

 さっきのトンパの影響だろうか? それともヒソカと一緒に居る所を見られたのだろうか?
 明らかにレオリオとクラピカは怪訝そうな顔をしている。

 それならそれでも良いか、と、俺は構わず口を開いていった。

「俺はちょっと前に着いたんだけど、あんまり年が変わらない様に見えたからさ……よろしく♪」

 顔面の筋肉を動かして、満面の笑みを浮かべながら俺は声を掛けた。
 俺は昔の生活環境の問題か、それとも育ての親の問題か、こうして表情を作るのは得意なのだ。

 これが結構便利なもので、この顔芸が有ると大抵はすんなりと受け入れてくれるのだ。
 その証拠に

「オレはゴン、こっちこそよろしく♪」

 と、ゴンはにこやかに返事を返してきた。……何と言うか、凄く純粋な良い子だと思う。
 俺は一瞬キョトンとしてしまったが、直ぐに持ち直してゴンの後ろにいる二人――クラピカとレオリオに視線を向けた。
 すると二人は、どうやら不承不承といった感じだったが自己紹介をしてきた。

 ……如何やらヒソカと話していた所を見られた訳ではないらしい。



「ラグルも試験は初めてなの?」
「あぁ。実はな、俺は少し前まで修行ばっかりやっていてさ……。
 その所為って訳でもないけど、外の世界ってのもあんまり出た事も無いんだよ」
「へぇ……じゃあ俺と同じだ。俺も今回の試験に参加するまで島を出た事が無かったんだ」

 で、俺はゴンと世間話をしていた。
 最初は年齢から始まって、趣味とか遊びとか……後は道中での話を聞いたりもした。
 その話の中で、来る途中でどんなハンターを目指すのか? といった話をしたらしく、其れに対してゴンは今ひとつ良く分からないと言っていた。

「ラグルは如何なの? どんなハンターを目指すの?」
「……特に考えていなかったからなぁ。何となく面白そうだからこの試験だって受けたんだし」
「面白そうだ~~?」

 と、横で聞いていたレオリオが、急に口を挟んでくる。
 『一体なんだろう?』 と、俺は首を傾げてレオリオの方へと視線を向けた。

「そうだけど……何かマズイ?」
「ったく、コイツもか……。良いか、よく聞けよ小僧。ハンターってのはな――」

 と、レオリオのハンター講座、『お金とハンターについて』が開始されてしまった。

 そういえば知識の中のレオリオは、過去にあった出来事から金に対して非常にシビアな考え方をしている。
 まぁ根は悪い奴ではなく、俺とは違って善悪の区別もしっかり付いている奴だから、なおの事この手の事に厳しいのだろう。

 とは言え、ソレを俺に言われても困るのだが……。

「―――なんだぞ。……判ったか?」
「……まぁ、レオリオがハンターに対して並々ならぬ思い入れが有るって事だけは、良く判った」

 と、俺は辟易した態度で応えた(殆ど聞き流したが)。実際問題として、天空闘技場で稼ぎ続けた俺は億万長者。
 金には困っていないし、必要ともしていない。

 そもそも、金儲けが目的でハンター試験に参加している分けではないのだ。

 その理由は偏に『原作キャラに関わりたい』というのが大まかな理由だが、まぁ更にわかり易くいうなら『楽しそうだから』だ。
 こういう快楽主義的なところは、旅団のメンバーに似たのかもしれないな……。俺がそんな事を思考していると―――

『ジリリリリリリリリリリリリ!!!』

 広場中に鳴り響くベルの音。如何やら1次試験が始まるようだ。

 広場に現われた試験官は『サトツ』と言った。
 試験内容は『ついて来る』事。
 何でも、『此れから2次試験会場まで移動するから、遅れずについて来る』のが1次試験らしい。
 俺はゴン達に「頑張ろうな」と声を掛けて一緒に走り出した。

「さしずめ持久力試験って所か」

 と、レオリオが呟く。
 持久力試験? とんでもない。
 これはそんな優しいものではない。仮にもハンターになるんだ、持久力なんてのはあって当たり前。
 この試験はそれ以外のところも関係してくるものだ……

 と、ちょっと考えてみはしたものの、本当にそんな事まで考えて試験が作られているのかどうかは知らない。

 もっとも、そういう側面が出てくるだろうとは思うけどね。
 チラリと横を見ると、如何やらクラピカはそう思っている様で眉間に皺を寄せている。
 ゴンは深く考えておらず、ただ楽しくて仕方が無いといった感じだ。

 因みにこの1次試験だが、俺はこの程度なら問題なくクリア出来るだろう。
 無駄に数年間鍛えていた訳ではない。

 ガーーーーーー

 とローラー音が聞こえ、スケボー(+少年)が一台通過していく。

(キルアか……)

 銀色の外はね髪の毛、暗殺一家ゾルディック家の人間『キルア・ゾルディック』。
 ゴンにとって最も大切な友人になり、そして相棒となる人物である。

 レオリオがキルアに対して原作どおりに喚いているが……まぁ、放って置くとしよう。

 レオリオの言葉をスルーしたキルアが、俺やゴンと並走するように横にやってくる。
 そして、チラッとこちらに視線を向けてきた。

「ねぇ、そっちの『二人』……」
「「?」」

 と、急にキルアがゴンと『俺』に話しかけてきた。
 俺はそれに少しだけ驚いてしまう。
 何で俺に声を掛けるんだ? 此処はゴンに声をかける筈なのに。

「二人は年、いくつ?」

 幾分ぶっきらぼうに聞いてくるキルアに、俺は得心がいった。
 成る程、俺も年が近いからな……それで興味を持ったって事だろう。

 俺とゴンは一度互いに顔を見合わせると、

「俺は今度14」
「もう直ぐ12」

 と、それぞれ年齢をいった。
 しかし12……12か。
 今の俺よりも2つ年下、身長は一応俺の方が大きいが……。
 これから先、アッサリと追い抜かれないと良いのだけどな……。

「ふーん(同い年と二つ上か)……やっぱ俺も走るわ」

 バッと、乗っていたスケボーから飛び降りるキルア。
 そうして今度は、俺達と普通に並走する。

「俺キルア」
「俺はゴン」
「そっちは?」
「ラグル」
「そっか……二人ともよろしくな」

 と、笑いながらキルアが言ってきた。
 この見た目だけでは、暗殺を生業にしていたなんて誰にもわからないだろうな……。



 さて、6時間程は走っただろうか?
 途中レオリオが脱落しそうになっていたが、根性で持ち直して走り続けている。
 通路はいつの間にか平坦な道なりから上り階段へと変わり、それに伴って次々と脱落者が増え始めていた。

 階段を上っている最中に、再び「何でハンターになりたいのか?」といった質問が始まった。
 多分キルアが一団に加わったからだとは思うが、このまま別の人間と交流を持つ度に聞いて回ったりはしないだろうか?
 と、少しだけ気になってしまった。

 さて、先程の『なんでハンターに~』とのそれぞれの答えだが、

 クラピカは「幻影旅団を捕らえるため」
 レオリオは「金のため(俗物的な意味ではなく)」
 ゴンは「親父に会うため」
 そしてキルアは「難関だと聞いたから受けてみた」と答えた。

 俺を除いた面々がその理由を口にすると、キルアは「ふーん」と口にした。

「皆それぞれ目的があんだな……。なぁ、ラグルは何か無いのかよ?」

 キルアが俺に会話を振ってきたのだが、とは言え、正直にゴンやキルア達にあいに来たとは言えない。
 なので俺は、どうして会いに来たいと思ったのか? の理由を言う事にした。

「特に無いなぁ。基本的に面白そうだから参加してるだけだし」
「本当か~、嘘付いてるんじゃないだろうな~♪」

 とキルアが言っていたが、実際面白そうだからというのは嘘でも何でもないのだから他に答えようが無い。
 何度かキルアが俺に「本当の事を言ってみろ」とか言いながら突っついてきたが、俺は苦笑を浮かべてかわす事しか出来なかった。

 あれだな、恐らく同じ理由に聞こえたんだろうな。

「いつの間にか一番前に来ちゃったね?」
「うん……だってペース遅いんだもん。こんなんじゃ逆に疲れちゃうよなぁ?」

 キルアはそう言いながら、同意を求めるように俺とゴンに視線を向けてきた。

 まぁ実際のところ、俺やキルアは息切れ一つ無いしゴンもまだまだ余裕が有りそうだ。
 この世界で普通の子供(主に流星街)の能力を見ていると、この二人の身体能力はズバ抜けていると思う。

 俺なんかも高いとは思うが、それはキルアに勝るとも劣らない酷い環境で鍛えられたからな……その賜物だろう。

 そう言えば、2年前のヒソカは全力で戦ったのだろうか?
 俺を『団員クラス』だと言ってくれたのは嬉しいが、それでも負けているのでは意味が無い気がする。


 階段を上りきった所で試験官の事で一悶着有ったが、その後も試験は続いていく。

 『ヌメーレ湿原』
 前を走る人影さえ霞んでしまう程の、強力な濃霧が立ち込める場所だ。
 知識で知っているのと実際ではかなり違うようで、俺はこれ程の霧に初めての遭遇という事もあって思わず口元が綻んでしまう。

(面白そうだ……)

 長距離走はまだまだ続く。
 俺がこの状況を楽しんで走っていると、一瞬だが背筋がゾクッとした。
 如何やらヒソカが動き出すようだ。
 一瞬だけ意識を後方へとやると、知らず知らずのうちに口元がニィっと釣り上がった。

「ゴン、ラグル……二人共もっと前に行こう」
「ん……あぁ」
「試験官を見失うとまずいもんね」
「……そうじゃないよ、ゴン」
「え?」

 ゴンが頭に疑問符を浮かべて聞き返してくる。
 俺はどうにも笑顔が止められず、ゴンにそう言った。

「へー、ラグルは判るんだな?」
「……そりゃね、ヒソカだろ?」
「そ、アイツ殺したくてウズウズしてる」

 不思議そうな顔をしているゴンに、キルアが「猫を被ってるから」等の自虐台詞を吐いていたが、
 どうやらゴンのほうは良く分かっていなかったみたいだ。

 しばらく其のまま走っていた俺達なのだが、
 その後聴こえてきたレオリオの声に反応してゴンは走っていってしまい、その場には俺とキルアだけが残される形となった。

 キルアはしきりに「あのアホ」とか「あの馬鹿」とか文句を言っている。

「――あっそう言えばさ、ラグルは行かなくても良かったのかよ?」

 思い出したようにキルアが声を挙げて俺にそう聞いてきた。
 なるほど、確かに普通の奴は気になったりするよな………しかし

 行く『理由』が特に無いからな……。

「行かなくて――って、助けにって事?」
「あぁ……」
「出会ってまだ1日も経ってない連中だからな……。
 『手伝ってくれ』って言うなら手伝いもするけど、そうでないなら助ける義理は無いだろ」
「……ふーん、お前の考え方って、少しだけ俺に似てるな」
「そう?」
「あぁ♪」

 と、嬉しそうな顔をキルアがしている。

 ……ふむ、年相応な所もちゃんとあるな。
 きっと似た所のある人間が近くに居て嬉しいのだろう。

 その後、ゴンの心配をしているキルアに『ゴンはヒソカに気に入られる性格だから大丈夫』と説明をした。
 勿論、『何でそんな事解るんだよ?』と聞かれたが、それにはついては、前に天空闘技場で戦った事があることを話して納得して貰った。
 その際に右腕、左脚、肋骨を折られた話をしたら盛大に笑われることになったけどな。
 まぁヒソカの腕を折ってやった事を話したら驚かれたけど……。

 で、そのままキルアとは取り留めのない話、家族の事や天空闘技場での話を聞いたりしている内に二次試験会場に到着し、
 俺は半ば当然に一次試験に合格したのだった。





[8083] 第7話 二次試験からお休みまで
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/09 10:45




 美食ハンター『ブハラ』『メンチ』

 二次試験の会場に到着した俺達を待ち受けていたのは――もとい、只管に待たせ続けたのはこの二人だった。
 この2人が指定する『料理』を作る事が、二次試験の内容。

 最初にブハラの要求する料理を作り、それが出来た者が次の課題に進む。
 そして、前半の試験官であるブハラの課題は――

「豚の丸焼き。俺の大好物♪」

 『豚の丸焼き』を作る事だった。
 現在地である、ピスカの森に生息する豚なら何でも構わない……らしい。
 でもまぁ、確か此処には世界最強の豚しか居ないらしいから、それで結構な人数が落とされるのだろう。

 周りの皆よりも若干遅めに森の中に入ってみると、豚の集団に追われている人の集団と、豚の集団を追い駆けている人の集団の2種類が見えた。
 周囲に視線を向けてみると、豚にやられて呻き声を上げている人間も居るようだ。

 こんな事で時間を掛けるのも面倒なので、さっさと豚を捕まえて下処理、捌いて内蔵抜いて骨抜いて、
 串に刺して焼きムラが無いようにジックリ焼いていく……。
 そして料理屋に出しても文句の出ないような、『火考乳猪(子豚の丸焼き)』もどきが出来上がった。

「時折、自分の知識が怖くなるな……」

 俺は出来上がった『豚の丸焼き』を見ながらそう呟いた。

 もっとも、料理の知識は兎も角として、腕前の方は自分で料理をしていたから出来る様になったものだ。

 幾らなんでも、出来る事と出来ない事は存在する。
 知識だけで何でも出来たら、それこそ職人なんて居なくなるからな。

 さて結果だが、当然の如く俺は最初の課題を合格した。
 何せ『豚の丸焼き』を作った全員が合格したのだ、失格になる筈がない。

 ……ただショックだったのは、他の只の丸焼きと同じ様にアッサリ食べられた事だ。
 出来ればもう少し味わって欲しかった、付けダレ(山葵醤油)も作ったのに……。

 まぁ、とりあえず落ちないで先に進んだんだから良しとしておこう。
 俺の落ち込みを他所に試験は続く。二次試験の後半戦だ――

「私の試験は寿司よ!寿司を作って貰うわ!!」

 2次試験のもう一人の試験官、美食ハンター『メンチ』は声を大きくそう言った。
 正直なところ、その課題を聞いた他の受験者達の心の声が聞こえてきそうだ。

『スシって何?』と。

 まぁ、俺は寿司を知ってるから問題なく取り掛かるけどな。記憶は無くとも知識は有るのだ。
 問題はここが海の近くではなく、森の中だという事なのだが……まぁ『アレ』なら何とかなるだろう。

 俺はチラリとキルアやゴン達の方へと視線を向ける。
 やはり如何すれば良いのか解らない様子で、疑問符を浮べながら米を只握ったりしている。
 因みに、ゴンやレオリオは原作どおりに『ヌメーレ湿原』から戻ってくる事が出来た。
 俺が余計な介入をしなければ、基本は知識と同じ様に進むようだ。

 俺は一先ず調理場を後にして、川の方へと向かった。
 理由は『ニジマス』を捕まえる為である。

 『チャンチャカチャカチャカチャンチャンチャン~~♪』

 目的の魚(に近いデザイン)を捕まえた俺は、早速調理に取り掛かった。。
 捕まえた虹鱒(もどき)の内蔵を抜いて3枚におろし、骨をとり皮を剥ぐ。そして小骨も綺麗にとって塩でシメる……と。
 大体30分経って水分が出なくなったら、酢で洗い流して酢と砂糖で漬け込む。
 その後、薄く刺身大に切って握る、……『秘儀・空洞握り!!』出来ないけどな。

「はい、お待ちどう!」

 俺は出来上がった『鱒寿司(もどき)』を持って、試験官であるメンチの前に差し出した。
 鱒寿司を目の前に出されたメンチは、ヒクヒクと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。

「へぇ~この匂いは鱒寿司……もどきか。とは言え、良く知ってたわね?」
「無駄に、知識だけは持ってるものですから」

 俺は緑茶を淹れながら返事をした。
 漂ってくる緑茶の香りに「お、気が利くわね♪」と、メンチが言う。
 まぁ、空洞握りなんてのは実際に出来ているか知らないが……ネタの仕込み自体には問題など無いはずだ。

 用意した一貫の寿司(握り二つ分)を、メンチは一つ二つと口の中に放っていく。
 そうして口の中のそれを、味わうようにゆっくりと咀嚼し呑み込んでいった。

「……ふむ、ねぇあんた。虹鱒をシメるのに使った塩とかさ、漬けるのに使った砂糖や酢なんだけど、それって何処原産のやつを使ったの?」

 メンチの問いかけに、俺は「え?」と言葉を漏らす。
 単純に目についた物を使っただけで、特にどこの物かを気にしたりはしていなかったからだ。
 だが、素直にそう言うのはマズイような気がする。

 俺は「実はですね」と前置きをし、間を作ってから口を開くことにした。

「自分でも情けない話ですが、俺にはその手の知識は全く無いのですよ。
 なので今回使った調味料は使用前に一つ一つ味見をして、使えそうな物を選んで使用しました。……まぁ、要は適当なんですがね」
「ふぅ~ん、成る程ね……まっ良いでしょう。はい合格~~~第1号♪」

 と、いう事で合格1番乗りを果たしたのだった。

 自分で作って提出しておいて何だが、まさか合格できるとは思っても居なかった。
 この二次試験は、普通に不合格に成るとばかり思っていたからな。
 もしかしたら、今まで一番知識が役に立った瞬間かもしれない。
 しかし、鱒寿司とか『火考乳猪(子豚の丸焼き)』を知ってる俺は……もしかしたら嘗ては料理人だったりしたのだろうか?

 ……無いな。うん、絶対に無い。
 あれだきっと、『将○の寿司』とか『鉄鍋○ジャン』とかからの流用だ。多分。

 因みに俺が虹鱒(もどき)をシメてる間に、レオリオが大きな声で「魚~~!!」と叫んだのを切っ掛けに、受験生達が一斉に川へと飛び出していった。
 まぁ……皆が皆、途轍もなく珍妙奇天烈なオブジェを作っていたから合格には届かなかったが。
 んで、途中でハゲ忍者ハンゾーの失言を皮切りに、全員が寿司らしき形をした物を用意してきて其れを食べ続けるメンチ。
 味やら何やら気に入らないらしく次々とやり直しを要求し、ついに――

「お腹一杯になっちゃった♪」

 と言って二次試験が終了してしまった。

 こうして失意のままに、第287期ハンター試験二次試験は終了し、合格者406番ラグル・ルシルフルただ一人……となってしまったのである。




 とまぁ、流石に何て事には勿論ならず、ちゃんとネテロ会長がやってきてその場を丸く治めた。
 二次試験は内容を変更。
 断崖絶壁から飛び降りて、その先にあるクモワシの卵を摂って来る事が条件となった。
 一応とは言え既に合格していた俺はやらなくても良かったのだが、クモワシの卵がどんな味なのか興味が有ったので同じ様にダイブしたのだ。

 結果としてはかなりの美味で、出来る事ならお土産に幾つか欲しい所だった。
 だがクモワシは非常に孵化率の低い鳥であるらしいとの事。
 もう一度摂りに行こうとした所で後頭部をメンチに叩かれて、散々説教のようにクモワシの生態について聞かされた。

 キルアなんかはそんな俺を「バッカだな~♪」とか言いながら笑ってみていて、
 逆にゴンは興味があるのか一緒になって聞いていた。

 まぁ、大まかに説明すると二次試験はこのような形で終了したのだ。
 直接疲れる試験ではなかったが、それでも百人近くの脱落者が出る試験だったな。




 ※




「オレん家、暗殺家業なんだよね……家族ぜーーーんぶ」

 現在は飛行船に乗船し、次の試験会場に向かって移動の真っ最中。

 俺はキルアやゴン達と一緒に行動をしていて、互いの身の上話の中でキルアがそんな事を言ってきた。
 自分の生い立ちや、家族の事、そしてこれからの事……『家族全員捕まえて、賞金~』とか言ってたが、正直無理だろうと思う。

 キルアは表面上明るく言ってはいるが、やはり辛い事が多かったのだろう。
 少しだけだが、俺もその気持は解る気がする。

 話の途中で、俺も自分の育て親(?)について多少の話をした。
 まぁ内容は『裏の人達に育てられた』と軽く説明しただけなので、流石に其れだけでは旅団の事がばれたりはしないだろう。

 キルアは俺の境遇に共感し、ゴンは目をキラキラさせて「二人とも凄いなぁ」と本気で感心していた。

 思うのだが……キルアは兎も角として、ゴンは本当に純粋すぎるのではないか? と思う。
 別にキルアが濁ってるという事ではないが、こうも真っ直ぐに育つのは如何してなのだろうか?

 少なくとも、俺にはこんな瞳は一生涯出来そうに無い。
 濁ってるからな。
 キルアも、そんなゴンを心底羨ましそうに見ている。
 きっと俺と似たような事を考えているのだろう。

 ――さて、結構話し込んだな。

 予定ではそろそろ、会長からのアプローチが有る筈なんだけど――ッ!?

 背後から強烈な気配を感じる。

 それに反応してキルアとゴンの二人が後ろを振り返るが、
 振り返るという動作以上の速度で、会長は俺達の正面に移動をしてきた。

 成程……化物だ。

「こっちだ、二人とも」

 とは言え、一応は眼で追えるか。
 まぁ、ネテロ会長も全く本気ではないからなのだろうが……。

「素早いね年の割りに……」

 キルアは冷や汗を流しながら、ひょうひょうと笑っている会長に言う。
 少しだけだがイラついているようだ。

 だが会長はそんなキルアの状態を知ってか知らずか

「今のが? ちょこっと歩いただけじゃよ。……現にそっちの彼は見え取ったじゃろ?」

 なんて言ってくる。
 ジッと見つめてくる会長に、俺は小さく溜息を吐いた。

「まぁ……『一応』はね」
『ピク……』

 瞬間、キルアが反応をしたのが解る。
 会長……キルアの視線が痛いので、出来れば此方には振らないで欲しい。

 ネテロ会長が此処に来た理由は、「時間つぶしをしないか?」って事だった。
 自分の持っているボールを取ることが出来れば、その場でハンター資格をくれるって事らしい。

 舐められてるな……と思うが、それも仕方がないとも思う。

 一番手はキルア。
 上手く『肢曲』を使って攻めるが失敗。
 とは言え、流石は本職だけあって俺よりも『肢曲』の扱いは上手いかもしれない。

 二番手はゴン。
 真っ直ぐ行くと見せかけて、不意を付いて奪おうとするがあえなく撃沈。

 二人は諦めずに何度も挑戦をしていくが、その都度撃退され失敗をしている。
 俺はそんな様子を、壁にもたれ掛りながら見学していた。

(会長の念の使い方は参考になる……)

 長い間独学のような事を続けてきた俺にしてみれば、
 この遊びの中で、ネテロ会長が行うオーラの使い方を見てるだけでかなりの勉強になった。

 基本は『纏』
 だがキルアやゴンの動きに合わせて『堅』に変えたりもしているし、場合よってはオーラの移動なんかもやっている。
 しかもその速度は一瞬。
 気付いた時にはそうなっている。

(俺もアレくらい出来るようにならなくちゃな……)

 俺はチラリと時計の方に眼を向けた。
 針は既に0時を回っていて、時刻は深夜へと突入している。

 明日の事を考えるとそろそろ寝たい所だが――何もしないのは癪に障るよな……。
 俺は余裕綽々で二人の相手をしている会長をジッと睨み付けた。

 その瞬間、同じように会長も俺の方へと視線を返してくる。

(――やれやれ……抜け目無いな)

 視線の先にいる会長は、ゴンとキルアの2人を相手にしながらも此方への注意を怠らない。
 あの2人を見据えながらも意識はしっかりと『3人』を捉えているのだ。

 まぁそれでも、向こうは制限付きで相手をしてるみたいだし……――本気を出せば出来なくもないか?
 俺は少しだけ、ほんの少しだけ遊び心が鎌首を擡げるのを感じていた。

 後のことは、後で考えよう。

「ほれほれ如何した? 此れでは埒が明かんのー。いっぺんに掛かって来ても良いぞ?」
「じゃあお言葉に甘えて……」
「!?」




 ※




 《キルア視点》

 一瞬だった……。
 ほんの一瞬だけの事だったんだ。

 いきなりラグルの居た所から、廊下で爺さんに感じたような気配が放たれたんだ。
 俺がそっちに顔を向けた時には当然のように誰も居なくて――で、すぐさま爺さんの方に視線を戻したんだ。

 そうしたら其処では、ラグルと爺さんがとんでもない速度で動いてボールの奪い合いをしていた。

 はっきり言って速すぎる。

 目まぐるしい速度で動く二人に、俺は正直歯噛みした。
 ……きっと、あそこに俺が入り込んでも邪魔にしかならないだろう。

 でも、だけど見ることなら出切る。

 二人の速度に身体は付いて行かなくても、見ることなら可能だ。

 右、左と、フェイントを織り交ぜながら攻めるラグルの動きを、爺さんが左手で捌いている。一瞬で十合近くやり合い、
 爺さんが右足を軸にして移動し距離を取ろうとすると、ラグルもすかさず移動をし追撃を掛ける。

 速い……本当に速い。
 もしかしたら兄貴より……
 
 上手く捌き続けて未だボールを死守している爺さん、しかしラグルの速度の方がほんの僅かだが速い……。
 ラグルは動きもトリッキーだし、その速度も相まって見切るのは難しい。
 逆に爺さんの動きは単調で、結構読みやす――

「―――!?」

 俺は二人の動きを見ていて気が付いた。
 なんてボケ。
 その動きの差に、今の今まで気が付かなかったなんて……。

 俺がその事に気が付いたのとほぼ同時に、二人の動きが止った。
 二人の攻防は時間にして僅か数分位だっただろうか?

「ふぅ……俺はもう止めとく」

 ラグルがイラついたように、突然そう言ったのだった。




 ※




 向こうは制限付きで動いている、ならば何とか為るのではないか? と踏んで参加したのだが……駄目だった。
 ゴンやキルア同様、良いように軽くあしらわれている。

 開始から10分。
 本気でやってないとはいえ、ネテロ会長の身体能力を舐めすぎたか?
 しかしこっちは生身なのに、バリバリ念を使うのは卑怯だと思う。

 まぁ……『不思議道具』の効果でひたすらに重くなってる身体だ、それでコレだけ動けるなら一先ずは『合格』で良いだろう。
 (体感重量なのでどの程度の重さか解らないが、3桁なんて優しい重さではない)
 これ以上続ける事にメリットは無いな――と、俺はそう判断し

「ふぅ……俺はもう止めとく」

 寝る時間の事も考えて3人にそう告げた。
 このまま続けてたら『呪念錠』の影響で、明日は疲れて身動きが出来なくなる可能性が高いからな。
 俺が中止の意思を告げると、キルアも同じ様に「止める」と言ってきた。
 キルアの場合は俺とは理由が違い、『ネテロ会長が本気になっていない』事が原因で、其れをゴンに説明していた。
 俺はその説明が終わるのを待ってから、キルアと一緒に部屋を後にした。

 ゴンは、まだ続けるらしい。
 ボールを取るのは無理だろうが、是非とも頑張って欲しい所だ。

 因みに、俺は結構イラついている。

 自分にも制限が付いていたといえ、同じ様に制限付きの会長に良いようにあしらわれたからだ。

 絶対に勝てるとも思わなかったが、だからと云って『負けて気分爽快』な訳もない。

 隣を歩くキルアも同様な用で、額に青筋を浮べている。
 まぁいい……時間は未だ有るからな。
 G・I編の頃には今の倍以上の強さになってやるさ。

 途中空いてる部屋をキルアと探している時に、とある二人組みに肩がぶつかった。
 ぶつかってきた事に対して不遜な態度を取る二人組みだったのだが……

「……チッ」
「……」

 イライラしていた俺とキルアは、腕を振り払うようにしてその二人を処分した。
 後で手を洗って置かないと……。

 キルアにやられた方は災難だったな。
 何せ首を切断されてるんだ、助かりようがない。首を切られた人間が、どんな事を思って死ぬのかなんて知らないが、
 多分、何も考えるまもなく死ぬのだろう。

 逆に俺がやった方だが、こっちは軽く殴っただけなので……まぁ運が良ければ(脳漿が飛び出してたが)生きてるだろう。
 尤もあの状態じゃ『傷を瞬間で治す』能力者でもいないと、どの道助からないだろうがな。

 途中キルアが、俺と会長の動きを凄かったと言い、如何すればそれだけ動けるようになるのかと? と聞かれたが。

「自分を追い込んで修行をしろ」

 とだけ言っておいた。キルアは納得しなかったようだが、俺としてそれ以外に言いようがない。
 そうこうして居るうちに空き部屋を見つけた俺達は、互いに「お休み」と言って、取敢えずの休息をとる事にしたのだった。






[8083] 第8話 試験官の元チャンプ
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/09 10:46




 第三次試験。
 全高400メートル程の刑務所の屋上からの脱出。制限時間は72時間。

 最初に壁伝いに降りようとした男が居たのだが、その途中で変な怪鳥に襲われて餌になっていった。
 何と言うか、周囲に危険を説明する為にやったとしか思えない、そんな死に様だった。

 さて、試験開始から1時間が経過。

 確実に少しづつ、屋上から人が消えている。既に何人かは隠し扉から移動をしたようだ。

 俺はどうしようか?

 確か、ゴンやキルアが隠し扉を五つ見つけて入って行き、最後にトンパが入ってくる事になってる筈だ。
 それに便乗し、トンパの代わりに5人目のメンバーに成ってしまおうか?

 だがそうすると、俺は手加減をする気はないからな……。
 そうなるとあの服役囚達との対戦も、恐らくストレート勝ちでさっさと終わってしまうだろう。

 ならわざと負けるか? いやいやそれは有り得ない。

 もう散々天空闘技場で負けてきたのだから、これ以上わざと負けるのは精神的に嫌だ。

 いっその事飛び降りるか?
 『不思議道具』を外して念を解放すれば、多分無事に降りられるだろうし……。

 俺が空を仰ぐようにして思考していると、

「ねぇラグル。実は隠し扉を見つけたんだけど……」

 ゴンとキルアが声を掛けてきた

 来た。
 なんとま律儀な事だ、出会って間もない俺なんかに声を掛けてくるとは。
 でもまぁ……悪いがコレは断ろう。妙に関わって後々の事が変わりすぎても困るからな。

「偶然見つけたんだけど、数が一杯あってさ」
「……」
「全部で6つあるんだ」
「……はぁ?」

 全部で6つ? 5つじゃなくてか?

 これは一体如何いう事なのだろうか? ……確か、彼らが行くのは多数決の道の筈。
 なのに6つという事は……一つは原作で言っていた通りに、本当に外れなのかも知れない。
 若しくは……

(俺が居る事での変化か? 若しくは俺の持ってる知識なんてのは、所詮ただの知識でしかないという事かもしれないな)

 ゴンとキルアが『他にレオリオとクラピカにも教える積り』と言っている。
 まぁ、どう云った事か解らないが、折角6つ有るというならそれに乗ってやろうじゃないか。
 逆に俺が行かない事で皆が失格――なんて事になったら嫌だからな。

「解った、案内してくれよ」

 俺はゴン達に連れられてその場所へと移動をした。途中でレオリオとクラピカに事情の説明をし、二人もそれに入るとの事だった。

「それじゃ行くぜ……」

『3』

『2』

『1』




 ※




 落ちた場所は同じ部屋、掲示板に書かれている事も同じく『多数決の道』とあった。
 違う所は只一つ。

『君達は6人でチームを組み、多数決で進んで行かなくては為らない……』

 といった言葉が、部屋の隅のスピーカーから聞こえてきた事だ。
 だがコレは問題だろう。
 同じ様にクラピカも問題だと思っているらしく、

「質問がある。――多数決を行うのに数が偶数とは如何いう事だ? コレでは半々に分かれてしまう可能性がある」

 と質問をした。

『当然それも考えられる。その場合は5分後に再び多数決の機会が与えられる……』
「5分後?」
『そうだ。その間に考えを纏めるなり、説得をするなり自由にしてくれて構わない』

 レオリオが「へぇ……随分と優しい仕組みだな」といっていたが。

 これは、可能な限り参加者の意思をまとめ上げ、尚且つ迅速にクリアをする必要が出てくる。
 その上、『説得する』という事は、相手の意見を踏み潰す事に他ならない。

 つまり、下手をすれば仲間内での不和を招く原因にしかならないのだ。

 コレに気付いてるのはクラピカと俺……だけか?
 視線を他のメンバーに向けると、キルアは妙に面倒臭いといった顔をしているし、
 ゴンはワクワクしっぱなしだ……余り深く考えてないのだろう。

 まぁ、5人が6人に為ったとしても、基本は多数決の道だからな……俺が選択を失敗しなければ大丈夫な筈だ。

 タイマーを装着してから約2時間後。6人目のメンバーとしてトンパが加わった。
 コレでようやっと先へと進む事ができる。正直待ちくたびれた。
 俺達は遅れて入ってきたトンパに先の試験官らしき声とのやり取りを説明し、意気揚々と出発をしていった。

 多数決の内容は変わらず、『扉を開けますか?』や『右へ行きますか? 左へ行きますか?』と云った内容が殆どだ。

 途中レオリオがトンパに絡んでいたが、それも知識のままなのでスルーする。
 そうして数時間ほど彷徨っただろうか? 俺達は三次試験の目玉である、服役囚との対戦の場所へと到着したのだった。

 試験官の簡単な説明の後、囚人の中の一人が細かい説明をしてくる。

 『一人づつ戦い、先に4勝した方の勝ち』
 『対戦方法は此方が提示する対戦方法で行う』
 『仮に3対3になった場合は、もう一度誰かが再試合を行う』
 『但し、再試合の場合は持ち時間を10時間減らす事になる』

 と言った内容だ。

 此処で再び『対戦しますか? しませんか?』との質問が有ったが、一応は満場一致で対戦を受諾。
 さてどう云った変化が起きているのか……少しだけ楽しみだな。
 ほんの少しだけワクワクしながら、俺は事の成り行きを見守ることにした。

 ・
 ・
 ・
 ・

 楽しみなど何も無かった!!

 1戦目 トンパの即降参で黒星。

 2戦目 ゴンの機転により白星。

 3戦目 キレたクラピカの拳で相手が気絶、白星。
 (この時に、「旅団員がそう簡単に捕まるようなヘボの訳無いだろうに……」と呟いたのをキルアに聞かれてしまったが、「昔見た事がある」といってごまかした)

 4戦目 レオリオ賭け事勝負、黒星。

 ニコニコ笑って女の身体を真探り、その上ジャンケン勝負にもアッサリと負けたレオリオ。

「こうして実際に体験すると――かなり頭にくるな……」

 レオリオのあの爽やかな笑顔をみると、もう無性に殴りたくなってくる。

「すまねぇ……。賭け事には自信が有ったんだが」

 アレでか? クラピカじゃないが本気でそう思うぞ。
 俺やキルアの冷ややかな視線もなんのその、そう言ってのけたレオリオは真面目な表情の中にやり遂げた男の顔が垣間見える。

「だがこれで2勝2敗。レオリオの負けの分も入れると、既に引き分け再試合は出来ない。此処を抜けるには此方の2連勝が不可欠だ……」

 冷静さを失わないクラピカがそんな事を言ってくる。言ってくるが――多少は頭にきてるのか? 拳を握り締めて『プルプル』と震わせている。
 俺なんかはこうなる事は解っていたから少しはマシだが、クラピカは随分と寛容なんだな。

「こっちに残されたのは……」

 クラピカの言葉にバツの悪そうな顔を浮かべたレオリオは残り時間、対戦成績を見た後に俺達を見てから口を開く。
 それに対して残された人員である俺とキルアは

「俺と――(ラグル)」
「オレだね(キルア)」

 と、互いに顔を見合わせた後にそう言った。
 だがそんな俺達にレオリオが返した返事は――

「な――っ!?」

 といった、ある種絶句のような言葉だったのだ。
 キルアはその感情を隠すでもなく、若干不機嫌そうな表情を作って「……なんだよ?」と言う。

「なんてこったぁ!!」

 レオリオが此方をチラリと見るなり、大声でそんな事を言った。
 存外に失礼極まる男だ。

 その後も「俺が勝っておかなくちゃ駄目だったんだ!」とか「こっちは残りが子供二人だなんて!!」
 「クラピカ! ゴン! 済まんッ!!」とか騒いでいた。
 何でこうもテンションを下げるのだろうか?

「ゴン…コイツすげームカつくぞ……」
「まぁまぁ……」
「俺も同感だ……一遍シメるか?」
「ラグルも落ち着いてよ…」

 不機嫌顔になっている俺とキルアを、ゴンが宥めるようにしている。
 ……俺やキルアの反応は至って普通だと思うんだけどな。

「大体、敵の姿とか戦い方とかも判らないうちから諦めんなよな。そりゃ、暗算対決とか言われたらお手上げだけどさ……」
「あー、そしたら俺がやるから問題ないよ」
「んだよ、ラグルって暗算得意なのか?」
「多分人並みにはな…」
「限りなく薄い自信だな……」

 そうこうしている内に、服役囚の一人が闘技場の中央に移動をして5戦目の説明を開始した。
 今までとは違い、未だ布を被って顔を隠している。ん?『解体屋ジョネス』じゃないのか?

「5戦目の説明をする、対戦方法はパンチ力測定だ!!」

 そう言うと、3戦目にクラピカと戦ったマジダニ(確かそんな名前だった)が、ガラガラと固定式のパンチングマシーンを引っ張ってきた。

「ルールは単純明快、より強い数値をたたき出した方が勝ちだ! ……解りやすいだろ?」

 『バッ!!』

 闘技場の中央に立っていた服役囚が一気に布を取り払うと、中から筋骨隆々のトランクス男が現れた。
 薄暗い火の光に照らされた、黒光りする肉体。……正直その見た目にはかなり引いた。

「あぁーーーーーーーッ!! アイツは!!」
「知ってるの、レオリオ?」
「何言ってんだオマエ!アイツは元ボクシング世界ヘビー級の統一チャンプ、マグナル・マグネナルドだぞ!?」

 と、ゴンの質問に興奮したような声でレオリオは言う。しかし――

「誰?」
「さぁ?」

 俺は知らない、どうやらキルアも知らないらしい。

「ゴンは?」
「俺、島のこと意外は知らない事の方が多いから…」

 『にはははは』と笑いながら答えるゴン。少なくとも半数は知らないぞ?
 俺を含めた三人に『知らない』と言われ、レオリオは妙な唸り声を出して閉口してしまう。
 説明をして貰おうかと"クラピカ"に視線を向け――

「アイツは、ボクシングの世界では史上最強とまで言われた男だ。ただ非常に女癖が悪くてな。
 婦女暴行や傷害、それに殺人までやって捕まっちまったんだよ」

「「「へぇ~…」」」

 トンパが相手の事を説明してくれた。
 だがクラピカやレオリオの様子を見ていると、如何やら結構有名な話しではあるらしいな。

 説明に「ふむふむ」と唸っていると

「さぁ如何した!誰が相手をするんだ!!」

 闘場の中央で仁王立ちをしているマグナルが馬鹿みたいに大きな声でがなり立てた。
 囚人だと言うのに随分と元気だな……と思う。

 俺は溜息を一つ吐きながらキルアの方へと身体を向けて――

「…キルア」
「うん?」
「ジャンケン――」
「え、あ…」

『ポン』

 と、不意打ちに成功。俺が『グー』でキルアが『チョキ』。

「って事で俺が行くから♪」
「キッタネー!」
「聞こえないねー」

 俺はさっさと移動をして、闘技場の中央へと移動した。
 正面には元チャンプのマグナルが、先程と変わらず仁王立ちをして構えている。

「小僧、オマエが俺の相手か? ……ふふ、まぁ良い。――良かったな小僧? デスマッチじゃなくて」
「俺は別に、デスマッチでも良かったんだけどね。その方が楽だし」
「ふふふ、強がりを言いおって」

 元チャンプがニヤニヤと厭らしい顔をしながら言ってくる……。
 何と言うか、相手が口を開くたびに強烈な口臭が漂ってくる。
 ……此処じゃまともに歯を磨かないのだろうか? 流星街のゴミ置き場に匹敵するような臭いだ。

「……ふぅ。良いから早く始めてくよ。こっちは時間が無いんだ」

 これ見よがしに溜息を一つ。
 俺の心底うんざりした様な態度に、多少なりとも気分を害したのか。
 マグナルは「フンッ……」と鼻息を一つ鳴らすとマシーンの方へと向き直った。

 そして距離を確かめるように何度か脚を前後に行ったり来たりさせると、拳を眼の高さまで持ち上げた。

「良く見ていろ小僧……」

『早くやれ馬鹿』

 と口に出したい気持ちをグッと押さえ、事の成り行きを静観する。
 元チャンプはタイミングを計っているのか何度かステップを踏んでいる――そして、

「うりゃぁあッ!!」

 ドゴン!

 自信満々な笑顔と共に右の拳をマシーンに叩きつけ、はじき出された数値は『1,853』。

「チッ1,8t止りか……まぁ良いやな。ほれ小僧、オマエの番だぜ?」

 マグナルはいやらしい笑みを浮べながら、クイッと顎をしゃくってくる。こういうのは本当に嫌だ……。

 見下ろすような、ニヤニヤした視線が堪らなく気持ち悪い。

 俺はさっさとやる事を済ませようと、マシーンに向かって歩きだそうとして――止った。
 その前に確認することが有ったからだ。

 此処に居る連中は仮にも犯罪者、他人を陥れることに何の呵責も感じないような連中だ。……まぁ俺が言えた事じゃないけど。
 少なくとも、疑って疑いすぎるという事は無いだろう。
 要は、『もしかしたらこのマシーン自体に細工が施されているかも知れない』という事だ。

「――やる前に質問。仮に同じ数値だったらどうなる?」
「お前舐めてんのか? お前みたいな小僧が、俺と同じ数値を出す積りかよ?」
「念のためだよ」
「……チッ、もし同じ数値だったらやり直しだ。ちゃんと決着が付くまで繰り返しな」
「ふーん……。ならもう一つ、機械が何らかの理由で『壊れて計測出来ない』時はどうなるの?」
「(ニヤ)その場合はルール変更だ、デスマッチでケリを付ける」

 マグナルがニヤニヤしながら告げてきた。

(成る程ね……)

 壊れた場合の話になったら妙に嬉しそうに……。
 やはりと言うか、恐らくは初めから壊れるようにしてあるのだろう。
 このマシーンは言わば体裁を整えているだけの事。
 『仕方なく相手をした』という体裁が欲しい、元チャンプとしての安っぽいプライドの為なのか……。

 結局はただ暴れたいだけって事だろうな。



 ※



「拙いな……アイツのあの口ぶり、もしかしたら初めから壊れるように出来ているのかも知れない」
「はぁ? どういう事だよ?」

 クラピカの言葉にレオリオが反応する。

「所詮アイツは、暴行殺人の服役囚だという事だ。何だかんだで、デスマッチで相手を叩きのめしたくて仕方が無いのだろう……」

 クラピカはもしかしたらの話を説明する。あのマシーンは実は壊れているのかもしれない……と。
 奴の態度から、そうなる様に仕向けているかも知れない……と説明した。

「な!?ラグル!」

 『最悪だ』レオリオはそう判断してラグルに対戦の中止を伝えるべく声を挙げた。
 だがそれを横からゴンが手を引き行動を留まらせる。

「何してんだゴン! こんな事やってる場合じゃ――」
「大丈夫だよ……」
「ゴン?」

「もしそうなっても、多分ラグルは負けないと思うから……」
「ま、そうだろうな」

 ゴンの言葉にキルアも同意を示す。二人は昨夜の出来事を思い出しながら「心配ない」と言ったのだった。
 そんな二人の態度にレオリオとクラピカは同時に顔を向ける。

「二人とも何か知ってるのか?」

「「まぁね♪」」

 クラピカの問いに、キルアとゴンは笑いあうのだった。



 ※



「――じゃあ、やるか」

 俺はマシーンの前に立ち、グッと拳を握り締めた――どの程度の力で殴れば良いのか?

「グフフフ(どうせ機械は壊れるようになってる、デスマッチでボロボロになるまでタコ殴りにしてやるぜ)」

 俺はチラリとマグナル――元チャンプの方に視線を向けたが……本当に嫌な笑い方をする奴だと思う。
 こういう奴は、一度くらい痛い目に会ったほうが良いんだろうが。
 ふむ……普通に相手をするよりもこっちの方が良いかもな。

「すーはー……」

 俺は大きく息を吸って吐き、そして正面を見つめた。
 握った拳を振り上げ、思いっきりにマシーンを殴り飛ばす。

 ボッ!!!!!!!

 見ていた者達は一様に驚いた事だろう。
 なにせその場所に有ったモノが、言葉のとおり粉微塵になって消し飛んだのだから。

 周囲に機械の部品らしき物が散乱する。それらが耳障りな音を立てながら落下する中、俺は相手の元チャンプに問いかけた。

「―――さてと。装置は『不慮の事故』によって壊れたから……その場合はデスマッチだったけ?」
「ひぃッ!?」

 ニコッと笑いながら言う俺に、情けない声を出して後ず去る元チャンプ。
 本当に嫌な顔をする。
 俺はニコッと微笑みながらそう思うのだった。

 その後の展開を説明すると

 当然というか当たり前というか……相手はすぐさま降参をし、5戦目は俺の勝利と成った。
 憂さ晴らしに一発殴っておいたが、それでも手を抜いて殴ったので死にはしないだろう。
 皆のもとに戻るとゴンやキルアは普通に迎えてくれたのだが、レオリオやクラピカ、それにトンパ等は驚いた表情で固まっている。
 俺は「やれやれ」と言葉を漏らし、肩を竦めてみせた。

 少し経って、「お前ボクサーで食っていけるんじゃねーの?」とレオリオが言ってきたが。
 「ハハハ、無理だって。試合の度に対戦相手を墓場送りにしてたら、相手が居なくなるからね」と笑いながら言ったら黙ってしまった。
 冗談の積りだったのだが通じなかったらしく、ゴンは「そっかー、それは問題だもんね……」と同意をし、
 レオリオ、クラピカ、トンパの三人はドン引きして引きつった笑みを浮べていた。

 尤もキルアにはツボだったらしく大爆笑していたがな……。

 その後は特に問題なく『解体屋ジョネス』とキルアの対戦が始まり、キルアが相手を瞬殺(言葉どおり)。
 俺達は何とか4勝を上げる事が出来たのだった。





[8083] 休憩01
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2011/04/14 21:35
 休憩



『この部屋で50時間過ごしてもらえば、先に進めるドアが開くので待っていたまえ』

 スピーカーからの声に従い、俺達はレオリオの負けた時間分を別室で過ごす事になった。
 一応それなりの物が揃っており、トイレにシャワールーム、テレビ、ゲーム、本、食料等々、それなりの物が用意されている。

 まぁ食料は日持ちのするカップ麺か缶詰ばかりだが、無いよりは遥にましだ。
 今日は鯖の味噌煮缶を食べることにしようか。

 ……しかし、ジョイステーションか。何世代前の機種だったかな?
 俺が部屋に置いてあるゲームソフトを物色していると、床に座っているクラピカがキルアに質問をし始めた。

「――キルア、さっきの技はどうやったんだ?」
「……ん? 技って程のモンじゃない、ただ抜き取っただけだよ。ただし――、ちょっと自分の肉体を操作して、盗みやすくしたけど」

 そう言うと、『ビキッ』と音を立ててキルアの指が変質した。
 俺はソレを見て、昔読んだ本の内容を思い出した。

「『肉体操作』か、確か昔読んだ本に書いてあったよ」
「本?」
「あぁ……『誰でも出来る暗殺技術』って本に載ってた。
 書いてある事が裏の専門知識とかだったり、表現が抽象的だったりで、理解するのにかなり苦労したんだよな」

 クロロに世話になっていた時から愛読している本だ。今でも一応持っている。
 因みにクロロに家を追い出された時に、俺は家に在った幾つかの品物を『戴いて』来ている。――まぁ勝手になんだけどな。

「誰でも出来る暗殺技術だ~~~? 人をおちょくった様な題名の本だな」
「でも信用は出来る。著者名は何と『ゼノ・ゾルディック』なんだからな」
「あ、爺ちゃんが書いたんだ」
「何だと!?」
「オレ、『キルア・ゾルディック』んで爺ちゃんが『ゼノ・ゾルディック』」

 キルアの説明を受けて、レオリオが言葉を失っている。
 まぁ、ゾルディック家といえば、表でも結構有名な名前だから当然と言えば当然か。

「キルア、なんなら少し読んでみるか?」

 俺は懐から本(誰でも出来る暗殺技術)を出して「ホイ……」っと、キルアに手渡した。
 キルアは其の本をパラッ……パラッと捲って眺めている。

「おぉ……本当に爺ちゃんの名前が書いてある。えっと……ハハッ、これじゃ何言ってるのか、さっぱり解んねぇーー♪」
「だろ? それを翻訳するのには随分と骨が折れたよ……」
「はははは♪ 爺ちゃん駄目駄目じゃんか♪」
「――ちょっと俺にも見せてくれよ」

 俺とキルアのやり取りに触発されたのか、レオリオは本の内容に少し興味が出てきたようだ。

「あ、俺も見たい♪」

 と、一緒になってゴンが言ってくるが――――

「ゴンは……見ても良いけどハッキリ言って一つも理解できないと思うぞ?」
「見てみなくちゃ判らないよ」

 いや、見なくてもどうなるのか予想が付くのだが……。

「まぁ、見ても良いけど実践しようとか思うなよ?」
「――?、わかった」

 意味が分からないといった顔を浮かべたゴンだったが、直ぐ様元のにこやかな顔に戻ってキルアの所に行ってしまった。
 ま、使えて困るものでも無いし、使えなくて困るものでも無いからどうでも良いのだがな……。
 一応、原作では会長が念を押していた事の筈だからな。俺もそれに倣っただけの事だ。

 俺は再びゲームソフトの物色を開始して物色し始める。
 そして手に取った一つのゲーム。

 『銀太郎電鉄7』

 サイコロを振って目的地を目指し、金を稼ぐゲームだ。
 この手のゲームは一人でやっても面白くはない。大抵は多人数プレイをする為のものだ。
 俺はそれをプレイするためにザッと部屋のなかを見渡す。手が空いてるのはクラピカとトンパか……。
 この組み合わせなら声をかけるのは――

「クラピカは如何する?」

 俺は『銀太郎電鉄7』を片手に部屋の隅で座っているクラピカに声を掛ける事にした。

「私は遠慮しよう。あの手の事を覚える積りは無いからな」

 と、何やら妙な事を言ってきている。どうやら先程の本の事を聞いていると思っているらしい。

「いや……あれを一回読んだだけで覚えられたら、そいつは本当に天才だから」
「……それほどなのか?」
「それほどなんだよ」

 クラピカはその言葉に目を丸くしている。まぁ除いてみれば解るさ。

「そんな事よりも俺と――」
「なら少しだけ見てみようかな」

 と、俺が『銀鉄(銀太郎電鉄)』に誘うよりも早くクラピカは本の方へと行ってしまった。
 必然的にその場に残される形となった俺は、唯一手の空いているトンパとプレイをすることにしたのだった。


「へへへ、目的地に一番乗りだぜ」
「馬鹿な!キング・ボ○ビーだと!?」


 チラリとゴン達の様子を見ると、頭から煙を吹いたゴンが寝かされているのが見えたのだった。
 だから理解出来ないと言ったのにな……。

 しかし、何故俺がトンパと二人でプレイをしなくてはいけないのだろうか?
 正直、途轍もなく悲しい気分になってくるぞ……。






[8083] 第9話 狩る者も狩れずに投げられた
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/04/27 12:47


 結局の所、三次試験はあれ以降変わった事もなく(途中当然のように道に迷い、レオリオとトンパが衝突したが)終了し、
 俺達は続けて四次試験を受ける事になった。

 第四次試験、狩る者と狩られる者。
 ようはくじを引いて書かれた番号のプレートを取って来るか、別のプレートを3枚集めれば合格(但し自分のプレートを持っていれば)。
 自分のプレートは3点、ターゲットのプレートも3点、それ以外は1点。試験終了までに6点持っていれば合格という事だ。

 船に乗って、試験場であるゼビル島へと移動中、ゴンやキルアに其々のターゲットを伝えておいた。
 もし途中で手に入れる事になったら協力すると伝えて。
 ただ、ゴンは「自分の力でやりたいから・・・」と、俺からの協力を拒んだ。まぁ、もし俺がゴンの手伝いをして、
 44番(ヒソカ)のプレート奪取を手伝ったら、真剣バトルが始まりそうだから遠慮したいと思う。





 で――――――





「相手の力量くらい分るようになれば良いのにな・・・」

 俺の目の前に縛り上げられ、地面に転がされているアモリ?が居る。

「くっ、まさか俺のターゲットのお前がこれ程のやり手だったとは・・・。だが、必ずや俺の兄弟達が―――」
「五月蝿いよ(ゴキン!!)」

 騒がしいので眠って頂き(殺しては居ないのであいからず)、俺は一先ずプレート(197)を一枚手に入れた。
 尤もコレは俺のターゲットではないのでちゃんと別のプレートも探さなくてはいけない。因みに俺のターゲットは(198)イモリ。

 この頃ならキルアを付けてる筈だからな・・・・・・場所が分ればいいんだが、
 仮に『円』を使って探すにしても、流石に島全体を覆う程の円は作れないと思うし・・・・・・。

 俺は地面で安眠(?)しているアモリを目覚めさせ、弟であるイモリの居場所を聞き出した。最初は随分と渋っていたアモリだが、
 ヒソカの真似をして脅しかけたら直ぐに喋ってくれた。今後も一般人に使うには良い技かも知れない。




 さて、情報をくれたアモリをもう一度安眠させ、俺は教えられた方角へと走って行った。
 奴の話だと、走って30分と言っていたからな・・・俺の脚なら直ぐに――――――居た!!

 周囲にはアモリ3兄弟の二人が立ちすくんでいる。
 如何やら既にやり合った後らしく、丁度キルアがプレートを右手で『ポン、ポン・・・』と弄んでいる所だ、

(投げたりはしてないようだな。・・・如何やら198番の番号が俺のターゲットだと言って置いたのが―――)

 俺が安堵して速度を緩めると、キルアが大きく振り被って・・・・・・

「え、ちょっ!待っキル――――!!」

 ブン投げた!!!!

 それはもう盛大に大きくギューーン・・・・・と。

「ぁぁぁああああああああ!!」

 俺の叫び声が辺りに木霊した。その声で気が付いたのか、キルアが俺の方に顔を向けてくる。

「あれ、ラグルじゃん?一体どうし・・・て・・・・・・あぁ!?198番ってラグルの!」

 と、いま思い出したようで「しまった!」と云った顔をしている。
 俺は幽鬼のようにユラっと立ちながらキルアに一言

「キルア・・・・・・言いたい事とか一杯あるが、それは後回しにしよう・・・。先ずは今のを追い駆ける!!」
「わりぃ・・・」

 と言葉のやり取りをしてプレートの飛んで行った方向へ全速力で走っていった。






 俺はプレートの飛んで行った方角へ走っていた。本当なら今頃は、落ち着いて修行を始めてるか、若しくはフルーツでも食べながらゆっくりしてるか、
 そのどちらかだった筈なのに・・・。

「キルアは貸し1だ・・・」

 俺からキルアに何かしてやった分けでは無いが、この仕打ちはそれに値するだろう。将来的にキルアに対して何かしらの事をするとしよう。

「あの感じならそろそろだと・・・・・・あ!?」
「む!?」

 道行く先に現れたのは・・・・・・自称忍者のハンゾーだった。その手には俺のターゲットである198番のプレートが握られている。

「話がある・・・・・・実はそのプレート俺のターゲットなんだけど、譲ってくれないか?」
「成る程・・・コイツがあればお前は合格できるって事か。・・・・なら断「交換条件として」―――へ?」
「交換条件として俺が持ってる余計なプレートを譲渡する。仮にそれがお前のターゲットならお前は合格し、違っていても点数は変わらない・・・・・・」
「・・・・・・」
「如何する?」
「お前を倒して、お前のプレートも含めて両方奪うって選択肢もあると思うが・・・?」

 そう言ってハンゾーが眼を細めてきた。少しづつハンゾーの気配が強まっていく。

「・・・・・・ふーん、ヤル気なんだ?俺は別にそれでも良いけどね」

 俺が此処でハンゾーを倒してしまい、彼が試験に落ちる事となっても大した問題ではないと思う。
 彼は基本的にはサブキャラクターだからな・・・・・・。

 そう判断して俺はヤル気を上げる。『基本は穏便に、それが駄目なら無理矢理奪え』クロロが俺に教えた言葉だ。
 ハンゾーは確かに強いが、それは一般レベルの事。俺からすれば今のアイツの実力など、それこそ一般人と変わらない。

 動き出したら"殺る"・・・・・・。

「・・・・・・分った、そっちの条件を飲もう」
「・・・・・・・・・・・・」
「そう怖い顔で睨みなさんな。確かに、お宅の余分なプレートが俺のターゲットなら両者万歳だしな。無駄に争う必要はないだろ?」

 ハンゾーがそう言いながら気配を弱めていく。ヤル気はもう無い様だな・・・。
 ・・・ふと、俺は今し方の自分について少し考えた。

(考え方が旅団の人間、それかヒソカに近いな・・・・・・。まぁ育った環境があぁでは仕方が無いか)

「ほら、コレが俺の持ってる余分なプレート197番だ」
「197番!?」

「何だよ先に言ってくれよな♪それ俺のターゲットだぜ」
「わぁそりゃよかったー(棒読み)」

 俺とハンゾーは其々プレートを交換し合い点数を手に入た。コレで6点。
 後は残った日数を優雅に、そして有意義に過ごして終わりだ。因みにハンゾーはプレート渡した後で、
 お詫びだといってフルーツの取れる場所を教えてくれた。しばらくは其処に居ついている事にしようと思う・・・。

 あぁ・・・そういえば。キルアにどんな事をしてやるかも考えて置くとしよう。


 ※

 ハンゾー視点

 俺のターゲットがあの3兄弟だという事は分かっていた。
 そしてその内の一人があの少年を尾行している事に気付いた俺は、ばれない様に二重尾行をしていた。
 『その内に俺のターゲットと遭遇するのではないか?』そう考えたからだ。

 まぁ結果としてはそれは無かった。現れたのはもう一人の兄弟の方で、俺のターゲットではない。
 少年は瞬く間に奴らからプレートを奪い、思いっきり放り投げた。俺はそれを摂り合えずという事で追い駆ける事にしたのだ。

 追い駆けて手に入れたプレートは198番。俺のターゲットの1番違い。
 これでも一応点数にはなる、と。半ば自分に言い聞かせる形で平静を保っていた俺だったが・・・・。

「――――――あッ!?」
「む!?」

 突如背後から聞こえた声に反応し身構える。馬鹿な・・・・・俺が此処まで接近を許すなんて。

 其処には一人の少年が立っていた。

 コイツの事は知っている、二次試験で寿司の事をしっていた奴だ。しかも俺と違ってちゃんと合格していやがった。

「話がある・・・・・・」

 ―――奴が言ってきた事はプレートの交換をしないか?って事だった。確かに奴の持っているのが俺のターゲットなら、それで万々歳。
 違っていても点数は減る事は無く損は無い。
 双方にとって良い条件だろう。だが――――――

「お前を倒して、お前のプレートも含めて両方奪うって選択肢もあると思うが・・・?」

 俺はそう言って身構える。俺が持ってるプレート、相手の持ってるプレート2枚。これでも充分合格基準に達する。
 すぐさま動き出せるように、俺は視線をジッと目の前の相手に向けた・・・・・・

「・・・・・・ふーん、ヤル気なんだ?俺は別にそれでも良いけどね」

 その瞬間空気が変わった。今まで何も感じなかったのに、身体に纏わり付く嫌な空気が奴から放たれている。
 云うならば、『泥沼に全身が使っているような感覚』だ。
 そしてあの眼・・・・・・。
 ニコッと笑っているが、「動けば殺す・・・」そう言っている様な眼だ。しかもあの年で俺よりも実力は・・・・・・

「・・・・・・分った、そっちの条件を飲もう」
「・・・・・・・・・・・・」
「そう怖い顔で睨みなさんな。確かに、お宅の余分なプレートが俺のターゲットなら両者万歳だしな。無駄に争う必要はないだろ?」

 俺は相手の提案を受ける事にした。こんな事で散りたくは無いからな・・・・・・。
 試験自体の時間はまだある、それまでにターゲットを見つけるか別のプレートを手にすれば良い・・・。
 そもそもさっきのコイツは44番に近い雰囲気を出していた。

 また別の奴を探さなくちゃな・・・・・・そう思っていたが、奴の持ってるプレートが197番。なんと俺のターゲットだった。

 戦わずに、提案を受ける選択をして本当に良かったと思うぜ。これで両者共に万々歳だからな・・・・・・。
 だが、出来ればこいつとは戦いたくはねぇな・・・。
 もしやれば確実に殺される気がする。準備期間を設けて不意をつくってなら考えなくもねぇが、少なくとも正面からやり合うのはゴメンだ。

 最後に『お礼』として、途中でみつけた各種フルーツ盛り沢山な場所を教えておいた。

 成るべくなら敵にならないで欲しいものだぜ。




[8083] 休憩02
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/27 13:34


「・・・・・・コレは苔桃か?」

 自分に問い掛けるように呟きながら、俺は枝からぶら下がる紅い果実を手に取った。
 自然の物を自然に活かして最高に美味くする。調理器具があればやっても・・・・・・在ってもやらないな。
 そのまま食べた方が早いし、俺は料理人じゃないから其処までの拘りは持って無いからな。

 ハンゾーに教わったこの場所に着いてから既に2日、周辺の探索を多少は済ませ水も食料も困らないだけ確保できることが判明した。
 問題としては見つかる食料がフルーツではなくて、木の実に分類されるものばかりだと云うことくらいだろうか?
 ・・・・ハンゾーの生まれ育ったところでは、これら(木の実)をフルーツ(果物)と言うのだろうか?
 まぁ果物は『木に出来る果実』らしいから、木の実も大雑把に分ければ果物と言えなくも無いとは思うが・・・。

「少し騙された気分だな・・・」

 まぁ、とは言っても食料が取れる事に変わりない。俺は取り敢えず苔桃、木苺、桑の実などを取って帰る事にしたのだった。




 俺は両手一杯に木の実を取って戻ってきたのだが、
 川沿いに焚き火を炊いて作っておいた自分の拠点に『見知った』人影が鎮座しているのを見て眉間に皺を寄せてしまった。

「・・・・・・・・・・・・・」
「わーい、デザートだー♪」
「・・・・・・・・・舐めてんのかヒソカ?」

 戻ってくると其処にはヒソカが居た。しかもご丁寧に俺が捕まえた魚を食べつくして・・・。

「有り得ないよな?この仕打ち・・・」
「・・・いやぁ、405番のゴン君って知ってる?彼とちょっとした事が有ってさ♠
 ついつい欲情してエレクトしてたんだけど、それを食欲で誤魔化そうとしたら良い香りがしてきてさ・・・♦
 それで誘われるままに来てみたら、なんと『丁度良い具合に焼けてる魚』があったんだよね♥・・・・・・本当にビックリ♪」

 ニコニコ笑顔を向けながらそんな事を言ってくるヒソカ・・・。

「俺は勝手に人の物に手を出すお前にビックリだよ・・・・・・」
「仕方ないよ・・・だってボク『盗賊』だからね♥欲しい物は盗むのが基本だよ・・・」
「はいはい、そうだったな・・・」

 コイツは№4のメンバー(仮)だったな・・・。

 俺は摂ってきた木の実をヒソカに見せて、「食べるか?」と聞くと「いやぁ悪いねぇ♠」と言って食べ始めた。
 こう言ってはなんだが、まるで餌付けをしている気分だな・・・。
 決して懐かないだろうけど・・・。



「―――所で」
「ん、なんだい?」

 桑の実の果樹液で口元を赤黒く染めながら、ヒソカが此方に視線を向けてくる。・・・・・・子供には見せられない顔だな。

「さっき言ってた、ゴンとちょっとした事っての・・・アイツにプレートを取られたのか?」
「あぁ、そう言えば君は彼等とそれなりに仲が良かったっけ♦
 ククククッ・・・そうなんだよ。ボクもまさか取られるとは思って無くてさ・・・♥」

 と、ヒソカが笑いながら事の顛末を語り出した。
 こうなる事を知ってはいた事だが、実際にこうして聞いていると本当に凄い事だな・・・。
 今の俺でも其処まで手際よく出来る自信は無い。

「ふーん、本当に大したもんだな・・・・・・」

 知識で知っていることと、実際に体験するのでは天地の差がある。
 こうしてヒソカと向かい合って話をしていると、作品以上にコイツの異常さと凄さが伝わってくるのだ。
 そのコイツから、不意を付いたとはいえプレートを奪ったゴンの働きは、正直驚嘆に値する。

 キルアもそうだが、あの二人は今の段階でもほんの少し手ほどきをしてやれば一気に化けるか?
 まぁその役目はウィングやビスケに任せる事にして、俺は見ていることにするけどな・・・。

 ジィ・・・

 不意に視線・・・・・・と言うよりも殺気に近いモノをヒソカからを感じたので視線を其方に向ける。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・なんだよ」

 先程までの軽い瞳ではなく、正真正銘"本気の眼"だ。

「彼・・・ゴンはボクの獲物なんだよ♠横取りするようなら君でも容赦しないよ?」

 ――――成る程、そういう事か。なら勘違いだな

「別に、今の所その積りは無いな・・・。
 ――――俺は・・・そうだな、どちらかと言うと見てみたい。如何いう経験をして如何いう事をするのか・・・」
「そう?・・・・・・ならコレはボクの杞憂なのかな♠」

 そう、少なくともゴンに対して何かをしようなんて気は起きない。将来的には分からないが、今の段階ではそういった興味の対象外だからな。

「でもまぁ、乞われれば多少の手助けをしてやりたいとは思うけどな。例えば――――――『ヒソカと戦えるように鍛えて欲しい』とか・・・」

 俺は小さく笑みを浮べてそう言った。
 前述したとおりそんな積りは更々無いが、ただヒソカの反応が見てみたかった。

「―――ククククっそれは面白そうだね♥是非やって貰いたい所だ♠
 でも、君はそんな事はしないんじゃないかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・(ム?)」
「まぁ、本当に乞われればどうかは分からないけど、少なくとも自分から何かをしてやろうって気は無いだろ?
 何方かと言えば、自分から行動を起こしたりはせずに『起させる』事の方が好きそうだ・・・♠」

 御明察・・・・・・ただし、将来的にはそうなりたいと思っているだけだ。
 もっとも――――

「もっとも、今の君じゃそうもいかない事の方が多いんだろうけどね♠」
「・・・・・・・・・・・・」

 またまた当たり。今の俺は上手く人を動かす術に長けてはいない。それを出来るだけの繋がりも持ってはいない。
 そういう事も含めて、クロロの所で学ぶべきだったな。

「どうにもお前はやり難いよ・・・。本当に」

 俺のこの言葉に、ヒソカは「ククク・・・♥そうかい?」と返事を返すのだった。

 イラツク・・・

 いつかヒソカを顎で使える位になってやるさ。
 その場合は殺し合いが始まるような気がするけどな・・・。

 その後、俺はヒソカと何度かトランプ勝負をする事にした。
 今回はいつもとは違って食料を賭けての真剣勝負だったのだが、
 俺は何時ものように負け越した為に負け分として俺が摘んできた木の実を全て持っていかれてしまった。

「有難う♠ちゃんと美味しく頂くからね♦」

 との言葉を残して。

 これでまた食料探しに行かなくてはいけなくなったな・・・。





[8083] 第10話 4次試験最終日
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/28 12:47


「もう直ぐ終了時間か・・・・・・」

 俺は桑の実を頬張りながらそう呟いた。
 4次試験、『狩る者と狩られる者』が始まってから随分時間が経過した。
 俺はハンゾーとプレートを交換した後、奴に教えられた場所を拠点にして只管修行を続けていた。
 修行と言っても何時もの様に筋トレを行った後に、今回は円を伸ばす練習をしていただけだから特別凄い事をしていた訳ではないが・・・。

 確かそろそろゴン達がレオリオのプレートの為にスタート地点付近に移動する筈だ。
 実の所、俺は一寸した修行の為にゴンたちと合流したいと思っていたのだ。

 俺は一先ず『円』を広げられるだけ広げ、スタート地点に向かう事にした。因みに『現在』の俺の円の全開は半径100m程だが、
 オーラを紐状にして周囲に振り回すようにすれば500mはカバー出来るだろう。それで、3人一組になって行動しているグループを見つければ良い。

「それじゃあ行くか・・・」

 残った桑の実を口の中に放り込み、俺はゴン達を探す為に駆け出したのだった。


 『円』纏と練の応用技。一般に自分の体を中心にオーラを半径2m以上広げ、1分以上維持するものをいう。
 幅は個人の技量によるが、オーラの中へ進入した物などは瞬時に察知できる・・・・・・。

 が、コレは思ったよりも疲れるな・・・。

 身体から1本のオーラを出し、其処から葉脈のように枝分かれさせたオーラを縦横無尽に振り回して進んでいる。
 これなら一振りでかなりの範囲が捉えられると考えて実行中なのだが・・・・・・思いの他、身体への負担が大きい。
 走りながらやる物ではないかも知れないな・・・・・・少しフラフラする。
 だがそのお蔭で3人一組で行動しているグループを捉える事が出来た。俺は疲れる円を仕舞い込み、反応の有った方角へと全力で走った。

 ――――――ハハ・・・これでアモリ3兄弟とかだったら笑うな・・・。






「――――で、どうして本当にオマエ達なのかな・・・・・・?」

 途中捉えた3人組の反応は、本当にアモリ3兄弟のものだった。
 出会った瞬間イモリやウモリが襲い掛かってきたので、しっかりと安眠(死んではいない)してもらっている。一緒にいたアモリには、
 『今度はちゃんと教育をしておくよう』に告げておいた。

「所でアモリさん?この辺で洞窟とか知らない?」
「洞窟?」

 発想の転換。ゴン達がみつから無いなら、現れる場所に行けば良い。その方が手っ取り早いと言うものだ。
 偶然にもアモリは洞窟がある場所を知っており、俺はその場所を教えてもらう事にした。その後は再び安眠して貰う事にしたのだがな・・・。







 目的地の洞窟に到着した所、未だ周囲に人影は無くゴン達は未だ到着していないらしい。
 念の為に『円』を使用して調べてみたが、周囲には誰も居なかった。
 ――――まぁ良いだろう。元々ゴン達と合流しようとしたのは物のついでだからな・・・。
 俺は此処にきた目的を遂げる為、一人で洞窟の中に入る事にしたのだった。


 洞窟内は思ったよりも深く、広い。
 光も余り届かず視界は悪いが、まぁ実際に本当の暗闇だとしても問題なく歩く自信はあるので問題無い。

 中に入ると光源が一つに人型が二つ・・・・・・。その内、人間が一人に死体が一つか・・・。
 如何やら本当にゴン達が来る前のようだな。

「誰?」

 生きている一人、ポンズの方が俺の姿を視界に捕らえて声を掛けてくる。

「・・・406番のラグル・ルシルフル、此処には昼寝をする為にきた」
「昼寝!?・・・・・・・・・そ、そう、私と同じ受験者か。アンタも運が無いわね」

 と言葉を初めて、此処が如何いった状況なのかを説明してきた。『此処にターゲットのバーボンが入っ行くのが見えたから、ガスを使って眠らせた』
 『その後一寸した事で、バーボンは死んでしまった』『バーボンの蛇が周囲を固めている』『此処を出ようした者に襲い掛かる』
 『当のバーボンは既に死んでいて、蛇の解除が出来ない』と言った内容だ。

「私は、今回の試験はもう諦めたわ。・・・・・・知ってる?受験生のプレートって発信機になっていて、何処に受験生が居るのか逐一把握されてるのよ?
 残りの試験期間も後1日だし、私はこのまま救助が来るのを待つことにしたわ」

 蛇の数は・・・・・・数えるのも馬鹿らしいくらいの数が、周囲に密集している。

 まぁ―――

「――――如何でも良い事だけどな」
「は?」

 俺は一歩二歩とバーボンに向かって脚を進める。シュルシュルと周囲から蛇が集まってくるのが見て取れた。

「ちょっちょっと、アンタ何をする積りよ!?」

 オーラを体中に集めながら『発』を使う準備をする。
 まぁこれが『やりたかった事』なのだ。

「――ッ!!」

 !・・・!!!!

 俺は右腕を振るって襲い掛かる蛇を次々に叩き落していく。四方八方から襲い掛かる蛇を叩いて落とし、
 触れた瞬間に覚えたての『発』をほんの少しだけ使用する。力加減を間違え無いように細心の注意をはらってソレを行っていった。

 俺の発を受けた蛇は、身動きできずに転がるか縮こまってしまうかの何方かになっていく・・・・・・。良い感じに仕上がっているようだな。
 思いの他、細かい調整も上手く出来ている。
 一応念のために言っておくと、喩え噛み付かれたとしても『念』でガードしてあるので蛇の牙が通る事は無い、
 仮に通ったとしてもこんな蛇の毒程度なら、前にクロロに教育された御蔭(所為)で先ず効きはしないだろう・・・・・・。

「・・・・・・思ったよりも面白いなコレは」

 叩いた衝撃で蛇を殺さないように、
 其れでも速度は遅くならないように、
 相手に一噛みもさせないように腕を振るっていく――――ちょっとしたゲーム、スポーツのような感覚だな。

 俺はそうしてある程度迎撃作業を行ってから後方に2~3歩退ると、集中的に襲ってきていた蛇たちは一斉に攻撃を止めて退って行った。
 一応、この後ココに来るであろうレオリオの為に、残った左手でバーボンの懐から№プレートを取り出して置くことも忘れない。
 (プレートはポンズに見られないように、直ぐに懐にしまってある)

 一呼吸してからチラリと地面を見ると、何匹かを残して叩き落した蛇たちも徐々に動き出し始め、再び洞窟の隅の方へと引っ込んで行く。
 まだまだ完全には細かい制御が出来ない能力である為、力加減に失敗して『凍死』した蛇が地面には残っているのが見て取れた。

 俺の使う一つ目の『発』【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】
 簡単に説明をすると、熱運動エネルギーの低下や加速を行って自由に燃焼、凍結を行う能力である。
 今回はほんの少しだけ蛇たちに対してそれを使用し、強制的に半冬眠状態にしたのだ。
 尤も、上手く制御が出来ずに死んでしまったものも居るが、いづれ想いのままに細かい制御が出来る様にするつもりだ・・・。

 そもそもこの能力は他の能力のカモフラージュ・・・云わば間繋ぎの為の能力なのだから、練度が低くては目も宛てられない。

 (もう少し回数を重ねて錬度を上げる必要があるか・・・・・・)と、俺が思案していると、

「な、なにを・・・・・・あんた一体何をしたのよ?」

 と、ポンズは怪訝そうな、怯えたような顔を向けてきている。
 まぁ、当然の反応か・・・。
 凍死した蛇に対しての質問なのか、蛇を叩き落した動きに対しての質問なのかは解らないがな。

「何を?」
「蛇にした事に決まってるでしょッ!!」

 俺が首を傾げて聞くと、ポンズは声を荒げて俺にそう言ってきた。
 ・・・・・・洞窟内で大声を出すのは止めてもらいたいな。

 俺は溜息を一つ吐き、

「何で俺がそんな事を態々教えてやr―――――」

 と、そこまで言いかけたところで俺はふと思い立ち、一度言いかけた言葉を飲み込んだ。

 そういえば、こいつの念の系統は一体何なのだろうか?

 考えてみたら、ポンズの念の系統は全く判らなかった。
 『キメラ・アント』に襲われて死んだという事は知っていたが、それ以外はサッパリだ・・・。

「教えてくれるの?」

 俺が言葉を区切ったのを好意的に解釈したのか、ポンズは期待に満ちた瞳を俺の方へと向けてくる。

(まぁ良いか・・・・・・)

 もしかしたら、念に目覚めることで何か凄い能力を発現できるように成るかもしれない。
 流石に一から十まで教えるとなったら面倒でしかないが、
 そうなる前に天空闘技場に現れるウィングさんに、断れない様な状況を作って丸投げすれば問題は無いだろう。

 俺が将来的に何かをしようとした時に、もし使える能力であれば上手く引き込めば良いし、そうでないなら放っておけば良い・・・。
 面倒事ではあるが、こう云う下積みが何かの役に立つ日が来るかもしれないからな。

「――――一応、俺も人から触り程度に教えてもらっただけだから、全部を全部説明することは出来ないけど・・・。
 簡単な説明くらいなら俺にも出来る、それでも良いなら試験が終わった後にでも説明するよ」
「――――って事は、何かしらの道具を使ってるとかじゃ無いようね・・・。もし道具を使ってるだけなら一言で済むでしょうし」

 ・・・・・・思ったよりも頭が回るな。これは少し気を遣って言葉を選ぶ必要があるか。

「単純に教えたくないから、こう言ってるだけかもしれないよ?」
「あら?それじゃあさっきの『教える』って言うのは嘘だったの?」
「・・・(教えるとは一言も言ってない。説明はすると言っただけだ)いや、こんな事で嘘を付こうとは思わない。つく意味もないしな。
 ただ、そう簡単に教えられるものじゃないんだ、少し準備が必要だからな・・・。出来れば連絡先を教えてほしいのだけれど・・・・・・」

 勿論嘘だ。教えようとすれば何処でも教えられるし、なんならこの場で無理やり『精孔』をこじ開けるようにしても良い。
 ただそれを遣らないのは死体がもう一つ出来上がる可能性が高いことと、一重に面倒だと云うことが絡んでくる。

「わかったわ。・・・・・・・・・・・・ハイ」

 と言って、名刺のような物を俺に差し出してきた。表には名前とアドレスが書いてある。
 お返しにと、俺は携帯のアドレスを口頭でポンズに伝えた。名刺なんて高尚な物は持っていないからな・・・・・・。
 その後、俺はポンズに渡された名刺を懐にしまってからふと思いたった。『賞金首以外』のアドレスを初めて手にしたことに。

(一般の知り合いというのも良いだろう・・・)

 俺はほんの少しだけ唇の端を吊り上げてそう思ったのだが、直ぐ様自分の顔が綻んだ事に疑問を感じて首を傾げたのだった。




「それにしてもラッキーだったわね」

 今迄座り込んでいたポンズが急に立ち上がり、服に付いた埃を払いながらそう言ってきた。

「何の事?」

 ・・・・・・まぁ、大体の考えている事は分かるが

「貴方が居れば、私も此処からの脱出が出来るって事でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」

 確かにそうだろうが、俺にはそのつもりは更々無い。
 別にレオリオに恩義が有る訳では無いので、ポンズに協力してレオリオが試験に落ちても一向に構わないが、
 それが元でヨークシン等で妙な展開になられても困る。
 可能な限り自分が楽しめる状況にはしたいが、余り早いうちから手を加えて先が見えなくするのは問題だ。
 その為にも、ポンズには此処で失格に成って貰わなくてはならないからな・・・・・・

「確かに俺は此処を出て行けるが、一緒に連れていくような面倒なことはしない。・・・・・・出たければ自分で出るんだな」

 なので切り捨てる事にした。

「ちょっちょっと!なによそれ!!」
「・・・・・・当前の事。
 何だって俺が、そんな面倒まで見てやらなくてはならないんだ?このまま此処に居ても、別に死ぬわけでも無いだろうに」
「うくッ・・・・・・」

「それに、そもそも自分以外にもう一人カバーしながら動くなんて真似(面倒で)出来ないからな」

 俺はそこまで言うと、『昼寝をするから起さないでくれ』と言ってから横になった。

 レオリオが来るまでの僅かな時間だろうが、俺はその間に休息をとる事にする。
 慣れない『発』に、細かい制御までした所為で多少の気付かれも感じるし、どうせこの後にレオリオが来るのだから、
 其れまで待っている事にしよう。

 まぁ、横になったとしても、『呪念錠』の影響があるのでそうそう体力が回復するわけでは無いのだけどね・・・。





 【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】

 【能力者の系統】 特質系

 【能力系統】   特質系

 【能力の説明】
 ●対象の熱運動エネルギーを加速、または低下させる事で自由に燃焼、凍結を行う能力。
 ●直接触れて発動をする方が、より少ないオーラ量で対象に効果を及ぼす事が出来る。
 ●使い方としてオーラを伸ばして対象を捉える方法、念弾を生成して放り投げる方法がある。
 ●凍結速度、燃焼速度は対象の念の防御力と使用者の念の込め方に依存する。
 ●炎を作り出したり、冷気を作り出したりをしている訳ではない。(熱伝播は可能)

 【制約/誓約】
  特になし




[8083] 第11話 4次試験最終日 02
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/09 12:33





 俺は横になりながら、今頃『皆』は何をしているのだろうか?と考えていた。

 勿論、『皆』というのはゴン達の事ではなく『幻影旅団』の面々の事だ。
 長い事『旅団』のメンバーに会っていない事に、今更ながらに気が付いたのだ。一応、連絡のやり取り程度の事はやっていたのだが、
 『カリアン・ダイヤモンド』の時に、クロロ、フェイタン、フランクリン、マチの4人に会った以外、他の連中とは会っていない。
 単純に仕事のお呼びが無かった事も理由の一つではあるが、前回の仕事の後にマチにたっぷりと看護(?)をされた俺が、
 暫くの間は団員に会いたくないと思っていたのも大きな理由の一つである。

 ハッキリ言って、『非常に疲れる看護』だったとだけ言っておこう。

 マチはあんなに保護欲の強い人間だっただろうか?

 と、俺は心の中で旅団員の連中の事を考えながら、頭を悩ませたのだった。

 これは休めてないな・・・・・・。

 俺が目を閉じてそんな事を考えていると、ジャリっと小石を踏む音が耳に聞こえ、俺とポンズは揃って出口の方に注意を向けた。

 ――――どうやら来たようだ。

「――――!?ラグル?」
「・・・・・・レオリオ」

 と、俺は少しだけ身体を起して、顔を向けながら気だるそうに言った。
 俺の事を視界に捉えて一瞬気を抜くような雰囲気になったレオリオだが、洞窟内の状況を一瞥すると、
 何を考えたのかナイフを取り出して構え、『俺』に対して臨戦態勢に入ろうとする。

 まぁ、恐らくポンズと一緒に居るものだから、組んでいると思われたのかも知れないな。
 俺は盛大に溜息を吐きたいのを堪えつつ、何とか笑顔を引っ張り出してレオリオの誤解を解くことにした。

「落ち着いてくれレオリオ・・・。今はそんな事をしている場合じゃないんだ」
「あん?」

 と、何故かレオリオは俺に対してガンをつけてくる。
 このチンピラめ・・・・・・

「先ず最初に言っておくと、俺はレオリオの敵じゃない」
「・・・・・・証拠は?」
「と、聞かれても答えようが無いけど。俺が此処に居るのは昼寝をする為だったから」
「昼寝だ~~~~ッ!?」

 いちいち大声を出さないで欲しい。

「――――目を凝らして、耳を澄ましてみろ。部屋中に居る蛇が分からないか?」

 俺はイライラを抑えながら石ころを一つ手に取り、出口に向かって『ポーン』と放る。
 すると待っていたと言わんばかりの数の蛇たちが一斉にその姿を表すのだった。

「なっなんじゃこりゃ!?」
「蛇使い、バーボンの罠よ・・・」

 俺に対して行った説明を、もう一度ポンズはレオリオにしている。それを聞いているレオリオは次第に顔色を変えて、青ざめるのだった。

 まぁ、こんな風に説明をしてやっても――――

「クラピカ!ゴン!!来る――――(ゴギン!!)――――な・・・・・・」

 ――――無駄だと分かってたけどな。

 大声を出しながら、出口に走り出したレオリオを、背後から一撃を加えて眠ってもらうことにした。
 レオリオが倒れる前に襲い掛かってきた蛇は、振り払うようにして処分する。
 折角無傷でいるというのに、態々死にかけられたのでは堪らないからな・・・・・・。

「・・・・・・あ、アンタ容赦無いわね・・・。そいつは知り合いなんでしょ?」

 崩れ落ちるレオリオと、そうなる原因を作った俺を交互に見つめ、半ば呆れたような表情を作ってからポンズはそう言ってきた。

「知り合いだから助けてやったんだよ。・・・・まぁ――――」

 俺はポンズの事を一瞥すると、何者かが凄まじい勢いで、この洞窟内に入り込んでくる足音が聞こえてきた。

「レオリオ!!」
「レオリオ無事か!!」
「――――コレも余り意味が無かったかな?」

 と、俺は他の知り合い達が来たのを確認して、そう言葉を繋げるのだった。
 中に入ってきた二人は、その場に居る俺たち(むしろ俺)に視線を向けて驚きの表情を作っている。

「ラグル!?」
「何故、君が此処に?――――ッそうだ、そんな事よりレオリオは?」

 二人は一先ずの疑問を他所に置く事にして、地面に倒れ込んでいるレオリオに駆け寄った。
 クラピカとゴンが、其々何事もないかを気に掛けて調べている。
 なので、

「レオリオは、気絶してるだけだ。人の忠告も聴かずに危険な事に身を投じようとしていたからな、俺が黙らせた」

 と、俺はレオリオの容態が問題ないことを教える事にした。
 この説明に、二人は一瞬『は?』と言って目を丸くしていたが、クラピカは直ぐに表情を正して 
 「・・・・・・詳しい説明をして貰えるのだろうな」と、聞いてきたのだった。

 俺はポンズの方へと視線を向けると、『説明してくれ』といった顔を向けて其れを促した。
 正直説明が面倒だ・・・・・・。

「はぁ・・・さっきも説明したばかりなんだけどね。――――全部は蛇使い、バーボンの罠よ」

 そう言いながらポンズは、面倒臭そうに床に転がる一欠けらの石を拾って、出口に向かって放り投げた。

 ザザッザザザザ――――

 すると直ぐ様に蛇の群れが集まりだして此方を威嚇してくる。

「これは――――!」

 と、驚いているゴンやクラピカに、ポンズは溜息を吐いてから本日3度目と成る説明を始めるのだった。







 ポンズの説明が終わると、ゴンは感謝の言葉を俺に向けてきた。

「有難うラグル・・・。レオリオの事を助けてくれて」
「別に良い。そんなに褒められる事でもないからな」

 そもそも今回の事(レオリオの保護)だってほんの一寸した気まぐれのような物だ。
 自分の立ち位置を安定させる。ゴン達に『何で此処に居るのか?』等の疑問を有耶無耶にさせる為にした程度なのだが・・・・・・

「――――ラグル・・・・・・私からも礼を言わせてくれ。――――有難う感謝する」

 まぁ、偶には感謝をされるのも悪くないだろう。

「しかし、問題は此れからどうやって此処を脱出するかだな?」
「そーだね」

 クラピカとゴンは蛇に視線を向けながら、知恵を出そうと必死になっている。 
 まぁ、元々の流れに乗れば、なんら問題なく先に進めるから良いのだがな。
 暫くは成り行きに任せる――――――

「ちょっちょっと、あんた達此処から脱出する積りで居るの?」
「うん」
「当然だな。でなければ失格になってしまう」
「無理よ!さっきの蛇の事を見てなかったわけ?潔く救助を待った方がずっと賢いやり方だわ!
 少なくともコ――――」

 チラリと俺の方に視線を向けつつ話すポンズの言葉を、俺は慌てて遮る事にした。

「――――方法が無い事も無い。ポンズが持ってる『催眠ガス』・・・・・・。これを使って蛇達を眠らせて、その隙に脱出する」

 ――――成り行きに任せるわけにも行かなかったな。コイツ・・・・いま余計な事を喋ろうとした。
 この段階の二人に『念』の事を知られると厄介になると言うのに。
 特に、クラピカにはあまり情報を与えたくはない。ゴンと違って頭が回るし、強さに繋がるモノなら何としても欲しいと思うだろう。
 いくら俺でも、将来的に敵になる可能性が高い人物にわざわざ戦う力をくれてやる程、酔狂な人間じゃない。

 まぁ別に、クラピカの事が嫌いな分けでは無いけどな・・・。

 人を上手く制御するというのは、本当に厄介な事だ。

 俺の心の苦悩を他所に会話は続いていく。

 要約していくと俺の言った『催眠ガス』を使用して蛇を眠らせ、その隙に洞窟から抜け出す。
 ただその場合、ガスが完全に効果を表すのに約5分。
 その間は息を止め続ける必要が有るが、流石に普通の人間にはそれ程の時間を無呼吸で済ませられる筈がない。
 「オレ、出来るよ」と言うゴンだが、一人でポンズ、レオリオ、クラピカ、俺の4人は無理かも・・・。との事に対しては、
 俺もその程度なら息を止めていられる事を告げたので問題なく済んだ。

 途中ポンズが、

「でも、私があんた達に其処までしてやる義理は無い――――」

 等と言って来た為、其処は懐に仕舞ってあるバーボンのプレートをちらつかせ

「ギブ&テイクで行こう」

 と言ってクリアーした。

 受け持ちは、俺がポンズを運び、ゴンがクラピカとレオリオを運ぶ事に成った。
 最初は俺の方が身体が大きいのから、レオリオは俺が運ぶ積りだったのだが、ゴンがいち早く

「オレがクラピカとレオリオを運ぶから、ポンズさんをお願いね」

 と言って来たので、俺は其れに倣う事にした。
 多分何も考えていないのだろうが、特に指摘をして変更させるほどの事でもないからな。










「フー・・・。ちょっとだけ危なかったね」
「・・・・・・そうだな」

 俺とゴンは、背中に乗せていた荷物(ポンズやレオリオやクラピカ)を其々地面に横たえて一息ついていた。
 最初のうちは背中に乗せずに脚を持って引きずって運ぼうとしたのだが、ゴンが其れを見て噴出しそうになり、危うくガスを吸いそうになったのだ。
 何とか持ち直したゴンだが、その後俺に対してかなり渋い顔を向けてきたため、仕方なく背中に背負って運ぶ事にしたのだった。


「でもラグルって凄いよね♪オレ、自分と同じくらい息を止めていられる人って初めてだよ♪」
「そうか?・・・・・・まぁ、俺も知り合い(幻影旅団)の中には同じくらいの事を出来る人は結構居た(というより皆出来る)けど。
 まぁ、それ以外では俺も初めてかもしれないな・・・・・・」

 幻影旅団は泥棒ではなく盗賊なので、自分の身体一つで強引に事に及ぶ。
 その為、団員達は己の身体を馬鹿みたいに鍛えているのだ。

 俺も強く成ろうとはしたが、それ以上に無理矢理鍛えさせられた口だ。
 

「所でラグル・・・・その――――」
「―――ホラ」

 と、俺はポンズのプレートをゴンに投げて寄こした。
 ゴンは其れを受け取って、目をパチクリしながらプレートと俺の顔を交互に見ている。

「良いの?」
「良いも悪いも・・・・・・。ソレが無いとレオリオが困るんだろ?」
「うん・・・・・・だけどポンズさんはラグルの仲間なんじゃ?」
「は?・・・・何を言ってるんだ?全然違う」

 何処を如何見たらそんな結論に達するのだろうか?
 正直な所、仮にポンズが如何なったとしても『下積みに失敗した』と思うだけで、俺としてはは一向に構わないのだが・・・・・・?
 だがゴンはいまひとつ腑に落ちないと云った表情をしている。
 どうも一般人との考え方に齟齬がでるな・・・。

「俺があそこに居たのは偶々偶然だよ・・・・。レオリオが入ってくるほんの少し前に、俺もあの洞窟に入ったんだからな」
「そーなの?」
「しつこいな・・・・・・。何だ?ゴンは俺にプレートを奪うのを邪魔して欲しいのか?」

 俺が少しイラ付いたように言うと、ゴンは「ゴメン」っと素直に頭を下げてきた。


「でもさぁラグル。オレが言うのも何だけど・・・・・・勝手に持って行っちゃっても良いのかな?」
「良いだろ。ちゃんと俺は約束どおりバーボンのプレートをプレゼントするし・・・・・・。
 ――――まぁ、言葉遊びみたいな物だけど、俺が"運び賃"としてプレートを貰って、レオリオにプレゼント(貸し1)したって事で良いんじゃないのか?」
「・・・・・・そっか、それなら問題ないかも」

 と頷きながら、ゴンは納得をするのだった。
 しかし、こうも簡単に俺が言った事(詐欺)を受け入れてしまうとは・・・・・・。
 ゴンはもっと、物事を深く考えるクセをつけた方が良いだろうな。尤も、其れは俺が教える事でも無いので見てるだけに留めるけどな。

 なんだか少しでつストレスが溜まってるな・・・・・・。










[8083] 第12話 最終試験にて『まぁ、だからって――――』
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/09 22:36



『注目しているのは405番と99番。戦いたくないのは44番と301番だ・・・』

 個人面談で、俺はそう回答した。
 これは最終試験の参考にするもので、直接合否に関係があるものでは無い。なので、誰を選んでも良かったのだが、
 ゴンとキルアに注目(将来性に期待)しているのは本当だし、ヒソカやイルミと戦いたくないと言うのも本当だ。

 仮にヒソカやイルミと対戦になった場合、その時の状況にもよるがさっさと負ける事にしたいと思う。



 最終試験の内容が発表され、皆がそれに一喜一憂している。
 内容は『勝ち抜けトーナメント』勝ち抜きではなく勝ち抜けである。

 ようは、勝った人間から抜けて行き、最後に残った者が失格。勝った者はその場で合格といった内容である。
 トーナメント表は非常に歪な形をしており、対戦回数の多い者と少ない物がはっきりとしている。コレは会長曰く、
 『ハンターに相応しい者』、『ハンターの資質を感じる者』にはより多くの対戦チャンスが与えられるようにしてあるとの事・・・。

 俺は第2試合、ポックルとの試合か・・・・・・。

「ゴン、お前は第1試合だな・・・。まぁ頑張って来い」
「うん!!」

 ゴンが俺に力強い返事を返してきた。・・・・・・まぁ、頑張っても実力差がハッキリしてるので勝てはしないだろうが、
 それでも、頑張る事自体は無駄では無いからな。

「なぁゴン。オマエは試験に合格して、プロのハンターになった後、・・・・・・その後はどうするんだ?」
「へ?」

 俺の質問に対して、ゴンはキョトンとした表情を作ると腕を組み、天井を見上げ、頭を抱えて唸り始めた。
 もしかして考えていなかったのか?
 この後のゴンは、ゾルディック家に行ってキルアを攫い、天空闘技場でヒソカと戦い、クジラ島で休んだ後に、
 ヨークシンに行くことになっている。俺はただ、キルアの事が無かったら何をしていたのか?――――といった興味からこの質問をしていた。

「・・・・・・えっと、合格したらミトさんに報告して――――――――ジンを探す!」
「ジン・・・・・・父親か」

 そう言えば、ゴンは元々その為にハンターに成った様なものだったな。
 少なくとも俺が持っている知識の中では、未だ出会えてはいないようだが・・・・・・。

「ミトさんって?」
「ミトさんは俺の母親代わりの人で、叔母さんに当たる人なんだ」

 こうまで真っ直ぐに育ったんだ。単純に知識としてある以上に、ゴンの事を愛して育てたという事だろう。

 ふむ・・・。俺にとっての母親代わりとは誰に成るのだろうか?
 家族は多分『幻影旅団』だろうな。其処に『愛』が有るかと聞かれれば甚だ疑問だが、少なくとも家族みたいな物であるのは確かだろう。

 という事は父親役は団長であるクロロで良いとしても、母親役は・・・・・・マチかパクノダ?
 いや・・・・・・どちらかと言うとマチは姉役か?
 と、其処まで考えた所で

 ――――――――有り得ないな。

 という結論に至った。というか、もしそんな事を本人達に言ったとしたら間違いなく半殺しの目にあう気がする。

 俺は2~3度頭を左右に振ってその考えを他所にやる事にした。

「まぁ父親探し、頑張れよ・・・」
「うん!絶対見つける!」

 現在、ジンが生きているのか死んでいるのかもゴンは知らない筈である。それなのにこうまで真っ直ぐに言えるとは・・・・・・。
 馬鹿なのか強いのか・・・・・・。

「ハンゾー、ゴン、両者此方へ・・・・・・」

「あ、早速始まるみたいだ・・・。行ってくるね」

 と、ゴンは笑顔で向かっていった。
 やれやれ、元気がいいのか相手の力量が分らないのか・・・・・・

 ふと横を見ると、歯噛みしながらトーナメント表を見つめているキルアが居た。
 如何やら『ハンターの資質』という所が気になってるようだな。

 俺はキルアに声を掛けようと歩み寄った。
 瞬間ギタラクル(イルミ・ゾルディック)から強い視線を感じたが、ハンター資格を欲しているギタラクルは今の状況では俺をどうこうすることはない。
 なので、俺はギタラクルからの視線は無視することにした。

「――――キルア」
「ん、あ・・・ラグル」

 俺が声を掛けると、キルアが生返事を返して此方の方に視線を向けてくる。

「余り気にするな。会長が言ったのは客観的に見てという事だ、実際が如何なのかは解らない」
「ん・・・・・・まぁそれは解ってるけどさ」

 理解はしても納得は出来ないのだろう。キルアは再度トーナメント表を睨みつけると「ムカつく・・・」
 と言うのだった。













 ゴン対ハンゾーの試合が始まって既に3時間、いい加減、退屈に為って来たな・・・・・・。

 闘場では未だ、ハンゾーがゴンに対して拷問を続けている。

「降参するか?」
「絶対しない!!」

 ゴギッ!!

 これの繰り返しだ。この試験の厄介な所は、相手が参ったと言わなければ勝利と認められない所にある。
 しかも殺しは御法度。気絶しようがボロボロになろうが、相手が敗北を口にしなければ試合は延々と続くのだ。
 まぁ逆に、敗北を口にすれば1合も打ち合わなくて良いルールではあるんだがな。

 確かクラピカはヒソカが直ぐに敗北を宣言して合格するんだったか?

 どっち道、趣味の悪い試験内容なのは変わらないか・・・・・・。

「――――くっそ。ゴンの奴、何考えてるんだ!どう考えたって相手の方が強いんだ、さっさと降参しちまえば良いのに」

 目の前でゴンが甚振られている光景に、キルアも心なしか苛付いているようだ。

「・・・・随分苛付いてるなキルア?」
「だってあんなに意地張ってさ、どう考えたって非効率だぜ?常識的に考えて、早く降参して次に繋げた方が絶対に良いのに!
 何だってああも意固地になってるんだよ?」

「ゴンのアレは、『逃げたくない』って事だと思うぞ」
「『逃げたくない』?」

「常識とか効率とか・・・・・・そういうのを考えないで――――いや、考えたとしても受け容れないんだろうけど。
 兎に角、負けを認めるって事が自分の事を否定するような、取り返しの付かない事のようで嫌なんだろう」
「でも、それで本当の意味で取り返しが付かなくなったら如何しようもないぜ?」
「それは――――――――」

 と話そうした時、視界の端に不穏な空気を醸し出す二人が見て取れた。クラピカとレオリオである。


「クラピカ止めるなよ・・・。あの野郎、これ以上何かしやがったらゴンにゃ悪いが抑え切れねぇ・・・」
「止める?私がか?大丈夫だ恐らくそれは無い・・・」

 ゴンのやられ様を見ていた二人がルールを無視して乱入をしようとしている所のようだ。
 俺は溜息を一つ付いて、キルアに「ちょっと行って来る」と言って二人の下へと移動した。



「――――――レオリオ、クラピカ二人共動くな」

「「――――――ッ!?」」

 背後から俺が威圧するように二人に言葉をかけると、二人は一瞬ビクッと身体を震わせて此方の方へと視線を向ける。

「お前達が乱入したらゴンが"失格"になる」
「そんな事は百も承知だ!」
「私達はこれ以上、このような事を見ていることは出来ない・・・」

 と、二人は今の憤りを俺にぶつけて来た。

「見ていられないなら部屋から出れば良い。この試合に乱入するという事は、『諦めていない』ゴンが失格する事になる」
「だがこのまま続けたら取り返しの付かない事に―――」
「―――そうなったら、それはゴンの選んだ道だ」
「「!?」」

 先程、俺がキルアに言おうとした事がコレだ。
 本人が納得して決断してとった行動なら、その結果がどんな事であれ、横から人が入って其れを邪魔するべきではない。
 俺はそう思っている。

「そもそも二人は何を勘違いをしてるんだ?「止めろ」だ「諦めろ」等と・・・・・・こういう時に言うべき事はこれだろ?」

 俺はゴンの方へと向き――――

「ゴン!気合を入れろ!!まだまだ身体は動くだろうがッ!!!」

 と声を挙げた。
 俺の激を聞いたゴンが「ニコ」と笑顔になる。

「うん・・・まだ動く!」

 と言って、動きが再び活発になった。突然の事にハンゾーは面を食らって一撃浴びてしまう。

「心配だって言うなら、応援してやらないで如何する?」
「ッ!?・・・そう・・・そうだ!私達が出来るのはゴンを信じてやる事だけだ!」
「クッ・・・・・・・・・ゴーン!負けんな!!」

 クラピカが結論を出し、レオリオが声を出して応援をし始めた。
 俺は二人の其々の行動を確認した後、キルアの横に戻って再び試合観戦をするのだった。







「ラグル、さっき一瞬とはいえ本気だったろ?」
「・・・・・・何が?」

 隣に戻って来た俺に、キルアはそう声を掛けてきた。

「レオリオとクラピカに声を掛けた時・・・・・・もしあの二人が構わずに乱入したら殺る気だっただろ?」

 と・・・・・・。そう思われていたか、其れは少し問題だな。
 場合によっては其れも已む無しだが、初めからその積りで居るわけじゃない。

「まさか・・・『少し痛めつけようか?』くらいには考えたけどな」

 短く其れだけを伝えると、キルアは「ふーん・・・・」ととだけ返事を返してきた。

「大体さ・・・・・・」
「ん?」
「そもそも本人がやるって言っているんだ。其れを邪魔をするのは"変"だろ?」

 俺の言葉にキョトンとした表情で、キルアは目を丸くしている。

 そして

「――――ハハ♪"変"って、どっちがだよ♪」

 と数瞬の間を開けてそう笑顔で言うのだった。

「んでラグル。・・・・・・ラグルはなんだってあの二人を、『ああする様に』仕向けたの?」

 キルアは親指をクイッと声援を送っているレオリオやクラピカの方に向けて、俺に質問をしてくる。

「理由・・・・・・理由か。特に深く考えた訳じゃないけど・・・何となく『そうしてやれ』って思ったからじゃないか?」

 口元に手を当てながらそう答える。
 キルアは相変わらず不思議そうな顔をしているが、特に意味を求められても答えようが無い為、こういう答えになってしまうのは仕方がない。

「――――まぁ、だからって今のゴンがハンゾーに勝てる訳じゃないんだけどな」
「・・・・・・そうだよな」

 と、横に居るキルアが、俺に相槌を打つのだった。

 まぁ案の定結果的には何も変わらず、ハンゾーがゴンを気絶させて自ら敗北を宣言。
 ゴンが合格第1号となりそのまま医務室に運ばれる事に為ったのだった。




[8083] 第13話 ポックル戦にて――――
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/11 22:02


「第2試合、ラグルVSポックル!!」

 部屋の中央に居る黒服から声が掛かる。
 俺はキルア、レオリオ、クラピカの3人に「言ってくるよ・・・」と告げて移動をした。
 まぁ、ポックルが相手なら本気になる必要も無いだろう。

「君なら心配は無いと思うが、何が有るか分からない。頑張って来てくれ」

 クラピカが声援を送ってくる。

「負けんなよラグル!ゴンの弔いだ!!」

 ゴンは死んでないし、相手はゴンを痛めつけたハンゾーでもない・・・・・・。

「ラグル~・・・そいつに勝たせてさ。その後で俺とやろうぜ~」

 キルアに関しては声援ですらないな・・・。
 まぁ、気持ちは解ら無くも無い。此処で俺が勝ったら、次はハンゾーとポックルの試合。ポックルは間違いなくハンゾーに敗北するだろうから、
 ほぼ必然的にキルアの対戦相手はポックルになる。

(まぁ、楽しめる相手では無いからな・・・・・・)

 と、俺も目の前のポックルをチラッと見ながらそう結論を出す。まぁ、だからと言ってイルミやヒソカと戦いたいとは思わないがな。
 何せ面倒だ・・・。勝つにしても負けるにしても、やり合ったら『痛い』では済まないかも知れない。









「両者宜しいか?勝敗は相手に『参った』と言わせたほうが勝者となる・・・」

 黒服を着た、審判係が俺とポックルの中間に立つようにして説明を始める。
 早く終わりにしたいな・・・・・・。

 念は使わない・・・本気も出さない・・・・・・。
 しかし、どの程度の力で叩けば良いものか?ポックルの実力は、天空闘技場だとどの辺りなのだろうか?
 150~190クラスなら『魅せる』戦いも出来そうなのだけど・・・・・・。

「開始!!」

 (兎も角、先ずは様子見だな・・・・・・)

 合図と同時にポックルはナイフを抜いて、身構える。はて?コイツはナイフが得意なのか?
 まぁ狩人もどきの様なキャラだからな、若しかしたらそれなりには使えるのかもしれないな。

 ジリ、ジリっと少しづつ、すり足を使ってポックルが距離を詰めてくる。
 俺は一先ず自分からは行動せずに、相手の動きを見定める事にした。

 ジリ・・・ジリ・・・と距離を測るようにして前進してくる。
 俺は試しとばかりに一歩踏み出すと、同じように一歩脚を退がらせる。
 如何やら俺との距離を一定に保った状態を維持し、自分のタイミングで仕掛けたいようだ
 ポックルは一瞬の隙も逃すまいと鋭い視線を向けてきているが・・・・・・。

 俺は逆にやる気を失いかけてきた。

「・・・・・・・・・・・・(コレは駄目だな)」

 ポックルから感じる気配は闘技場では良いところ100階前後の実力だろう。
 最後の試験でストレス爆発かなコレは・・・

 俺は目を細めて相手を睨み付けた。

 『始末しても良いだろうか?』

 ただ殴る、蹴る、引き裂く、圧し折る、握りつぶす――――

 恐らく、そのどれをしたとしてもポックルの生命活動を止められるだろう・・・。

 でも拙いよな・・・殺しちゃ駄目だ。そんな事をしたら即失格だったからな。
 大体それではまるで俺が危ない奴(ヒソカ)みたいじゃないか。

 しかし、だったら如何するか?
 『相手に参ったと言わせる』・・・・・・というのは、ただ殺すよりもずっと骨が折れる。
 俺は一先ず殺る気を他所に置くことにして、対戦相手であるポックルに提案を持ちかける事にした。

「ポックルさん、話が在るんだけど・・・・・・」
「――――?」
「双方にとってかなり有意義で、それでいて将来的にも明るい提案だよ」

 俺は一呼吸置くようにしてから咳払いをして
 相手にも、そして部屋中にも聞こえるように通った声で話した。

「負けてくれないかな?」
「・・・・・・は?」

 提案、
 『相手に降参を促す』。

 この試験は、戦う事自体が目的ではなくて、相手に『参ったと言わせる』事が目的な試験だ。
 本来ならば相手の心を折る事が重要になるのだが、其れをしないで済むならばそれに越した事は無いだろう?

「何を言って――――」
「――――3秒以内に返事して。3・・・2・・・1・・・」
「・・・・・・・・」
「――ゼロ・・・」


 シーンと、部屋の中に静寂が流れた――――。


「――――やっぱり駄目か・・・・・・」
『当たり前だろーーーがッ!!』

 外野からレオリオの叫び声が聞こえてくる。
 俺としてはそれなりに真面目な提案だったのだが、如何やらそう上手くは行かないようだ。

「なら仕方がないかな・・・・・・。死なない程度に痛めつけるか」

 俺は天井を見ながら呟いて、その後真っ直ぐに正面を見据えた。
 兎にも角にも、先ずはヤルとしようか。

 脚に力を入れ、床を思い切り踏みしめる。
 瞬きにも満たないような一瞬のうちに、俺はポックルの懐に踏み込んで――――

 叩く。
 

 パシン・・・・


 と、小さな音が鳴り響いた。俺がポックルの頬を叩いた音だ。

 当のポックル(部屋中の人間)は突然の事に呆気にとられているようだ。

 俺は今度は逆側の手を使いもう一度――――

 パシン・・・・

 と、再びポックルの頬を叩いた。
 其処までやって如何やら反応を始めたようで、ポックルは手に持っているナイフを横薙ぎに振るって、俺に攻撃を加えようとしてくる。

 その動きに併せて俺はほんの少しだけ身体を後方に反らして『ヒョイ』っとナイフをやり過ごし、

 パシン・・・・

 再び頬を叩く。

「――――――ッ!!」

 これで3回目。
 そしてまたしても頬を叩かれたポックルが攻撃をおこなってくるが――――

「クソッ!!」

 ヒョイ   パシン・・・・

「ガァーーッ!」

 ヒョイ   パシン・・・・ッ

「グゥッ!!」

 ヒョイ   パシン・・・・ッ!

 その都度、攻撃を避けて頬を叩くといった事を、俺は繰り返していく。徐々に叩く強さを増しているのだが、ポックルは気が付いているのだろうか?

 ヒョイ   パン・・・・ッ!パ!パン!

 今度は3連打

 相手も時折、攻撃の中にフェイントを交えようとしているのだが・・・・・・、ハッキリ言ってレベルが違いすぎる。
 どれが『本物』で、どれが『偽物』なのかは直ぐに判断が付いてしまう為、フェイントはその意味を成さない。
 押しては引き、引いては押して『叩く』

 ヒョイ   パンッ!

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

 そうして何回ほど叩いただろうか?
 数を数えていないので判らないが、ポックルの両頬が紅く染まり、肩で息をするようになったきた。
 足元もおぼつか無くなり、フラフラと身体を揺らしている。

「こんな・・・・・・こんな惨めな――――」
「・・・・・・」

 如何やらポックルの心は決壊寸前と言った所のようだな。
 もう一押しといった所か?

「うあぁぁぁぁあああああッ!!」

 声を大きく出しながら、ポックルが俺に向かって駆け込んでくる。

 ゴッ!!!

 今度は避けて叩くではなくて、正面から拳で殴りつけた。
 その衝撃で、ポックルは数メートル後方に吹き飛ばされて転がっていく。

「ハハ、転がってる・・・・・・♪」

 俺は仰向けに倒れているポックルの元に一歩一歩とゆっくりとした歩調で歩いていく。
 少しだけ生きているか心配になったが、荒い呼吸音と嗚咽が聞こえる、死んではいないし気絶もしていないようだ。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
「・・・・・・まだ、続けるか?」

 返事も無く、荒い呼吸をしている。
 俺はギュゥッと拳を握りながら、ポックルに向かって話しかけた。

「返事が無いならこのまま攻撃を――――」
「・・・・いい」
「ん?」

「・・・・・・もう・・・良い・・・俺の・・負けで」

 と、掠れる声でポックルは敗北を口にしたのだった。

「――――そう♪・・・・・・って事で審判」

「あ、あぁ・・・勝者、ラグル!」

 審判役をしていた黒服が、俺の方に手を挙げて勝利宣言をしてきた。
 それを聞いてから、俺はニコッとポックルに微笑んだ後で、キルアの元に退る事にした。
 其処にはレオリオやクラピカも一緒に並んでいる。
 キルアは残念そうに、レオリオは呆れたように、クラピカは・・・・・・少し怒っている?

「ただいま」

 キルアやレオリオは兎も角、クラピカの雰囲気の意味が分からないが、
 一応挨拶をしておこうと思いそう言った。

「・・・・・・ラグル、なんで勝っちゃうんだよ?」
「いや、負ける理由が無いからな」
「オレとやろうって言ったのにさ・・・」

 悪いが其れは、その内に機会が有ればな・・・・・・。
 今の段階でお前とヤルと、お前の事を溺愛している家族に狙われる可能性も有るからな。

「お前、えげつねぇ戦い方するよな・・・・・・」
「・・・・・・何処が?」

 両者共に、五体満足で無事に試合を終えたというのに何がいけないのだろうか?
 それともやはり、当初の予定通り、指を一本づつ潰していく位の事をやった方が良かったか・・・?

 俺がそんな事を考えていると、


「――――ラグル、君の戦い方はハッキリ言って残酷だ。相手の心を酷く傷つけるやり方だぞ!」
「心?」

 何故かクラピカが俺に対して苦言を向けてきた。
 しかし心を傷つける?――――クラピカは何を言っているのだろうか?・・・・・・そもそもコレは心を折る試験だぞ?
 俺なりに相手の身体の事を気遣って、今回のような戦い方にしたと言うのに・・・。

「相手だって、あんな負け方をしては次の試合に影響が出る。・・・・・・君ならもっと別の勝ち方が出来た筈だ」

 俺はその言葉に思わず笑ってしまう。

「ハハハッ別のって・・・。ハンゾーがゴンにやった様に、ちゃんと痛めつけてやれって事?」
「そうじゃない!相手の心も多少は汲んでやれと言っているんだ!!」

 また訳の分からない事を言ってるな・・・・・・

「悪いけど、クラピカの言ってる事の意味がオレにはサッパリ解らない・・・・・・何を言おうとしているのかも理解不能だ」
「・・・・・・なんだと?」

 スッとクラピカの雰囲気が剣呑なものへと変化する。
 俺は顔をそちらに向けて、クラピカの視線を正面から受け止めた。
 『一触即発』とは言わないが、目の前のクラピカが怒りを顕にしているのは良く分かる。



 そんな雰囲気を嫌ったのか、レオリオが間に入ってきて仲裁をしようとしてきた。

「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着けよ。な、な?」
「俺はいたって冷静だよ。落ち着きが無いのはクラピカの方だ」


「これは相手の心を折る試験だ。圧倒的な力の差を見せ付けて勝とうが、俺が今回やったように相手を弱らせて勝とうが結果的には変わらない。
 むしろ大して怪我をさせなかった分、褒められて貰っても良いくらいだ」
「――――君は、君はそれで良いと本当に思っているのか!?」


「さっきから何を・・・・・・はぁ・・・。
 良いと思ってるからやっているんだ。クラピカもそんな下らない事ばかり気にしてると、一族の敵討ちなんて一生涯実現しなくなるぞ?」
「――――!?」

 俺のその一言に、クラピカは沸点が過ぎたように俺に挑みかかろうとしてくる。
 其れをいち早く反応したレオリオが、クラピカを羽交い絞めにする形で何とか押さえ込んでいた。

「ストーーップ!!止れクラピカ!落ち着け!!」
「離せレオリオ!」

 クルタ族の事となると、随分と血の気の多い事で・・・・・・。
 まぁ、実際の所は、クラピカの復讐はある意味大成功を収める事になっているのだがな・・・。
 ウボォーギンは殺られるし、クロロは念を封じられ、パクは心臓を貫かれて死ぬ事になる。

 ん・・・・・・・・・・・・?
 何で俺は、態々クラピカを挑発するような態度を取ったのだろうか?
 俺は別に、クラピカの事は嫌いでは無いのだけどな・・・。



「あのさー・・・」

 俺達(クラピカと俺)が揉めているのを横で見ていたキルアが、言葉を挟んできた。

「俺も大方は、ラグルの意見に賛成。クラピカは相手の事を汲んでやれなんて言うけど、
 ラグルと相手の実力差って、『大人と赤ん坊』ってもんじゃないぜ?下手に戦おうとしたら、其れこそ生死にの話になってるよ。
 そうじゃなかったら、どの道この後の試合にだって支障が出るような怪我するぜ。
 其れを考えれば、ラグルのとったやり方はこの上無く優しい方法だと思うぜ?」

「キルアッ――――クッ」

 クラピカはキルアに何かを言おうとしたようだが、頭を振って壁際へと移動してしまった。
 「やれやれ・・・・・・」と言ってレオリオもそれに倣う様にクラピカの所へと移動して行った。

 俺は其れを見やってから、形だけとはいえ「悪いなキルア」と感謝の言葉を掛けて、盛大に溜息を吐くのだった。







[8083] 第14話 ゾルディック兄弟
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/13 18:54




 俺の試合が終わってからも試験は当然の如く続いている。
 続いて行われたクラピカとヒソカの試合は、予想通りに暫くの戦闘の後、ヒソカがクラピカに囁いて敗北を宣言。
 ハンゾーVSポックル。
 身体は元気でも、ポックルとハンゾーでは元々実力に差が有る為、負ける事に成ってしまった。
 これでクラピカに何か言われるのかとも思ったのだが、二人の実力差は知っていたようで、特に何も行ってくる事は無かった。
 本当にただ、あの時の戦い方が気に入らなかったと言うだけのようだ。
 これ以上関係がこじれる様な事が無くホットした。

 ボドロVSヒソカ。
 これはヒソカが一方的にボドロを痛めつけ、最後にボドロの耳元で囁いて終了。ボドロが負けを認めた。

 キルアVSポックル。
 開始直後に――――

「悪いけど、アンタとは戦う気がしないんでね」

 と、キルアが敗北宣言をしてポックルの勝利となった。

 そして、遂にキルアとイルミ(ギタラクル)の試合へと進んでいったのだった。



 この後はどうせコレまでの展開上、「ゴンと友達になりたい」とキルアが言って、イルミが多少怒りを覚えるといった展開に成るのだろう。
 その事に関しては特に問題は無い。有るとすれば俺の立ち位置の問題だけだ。
 俺がゴン達に関わりを持つと決めた理由は、基本的には『面白そうだから』という事が最初に来る。
 まぁ、何を如何する等とは全く考えていないのだが、『程よく関わり、程よく影響を与える』といった方向で行こうと思っている。

 ここら辺で、少しは干渉をするのも良さそうだな・・・・・・。

 と、俺は試合開始前にキルアに声を掛けておく事にした。


「――――キルア、お前は死ぬ覚悟があるか?」
「・・・・・・は?」

 素っ頓狂な声を挙げて、キルアは俺の方に視線を向けてくる。
 行き成りそんな事を聞かれたら、大抵はそうなるだろう。俺はキルアの反応を、半ば他所に置くような形で話を続ける事にした。

「まぁ、今になってこんな事を言うのはどうかとも思ったんだけど・・・・・・。
 お前じゃアイツには勝てないよ。アイツ――――ギタラクルは今のお前よりも遥かに強い」
「・・・・・・」
「才能って事に限定するなら、多分お前のほうが優れてるんだろうけど・・・・。
 この時点でのお前の勝ち目は万に一つも無い」
「――――だから?」
「ん?」
「だから何が言いたいんだよ?」

 とキルアは少し眉間に皺を寄せてそういってくる。
 俺はトンっとキルアの頭に手を当ててニコッと笑って言葉を続けた。 

「それでもやるなら、ちゃんと覚悟を決めたほうが良い・・・・・・って、そういう事」

 キルアは何だか分からないと言った表情だったが、「良く分からないけど――――」と言って試合場へと移動していった。
 俺は歩いていくキルアに、笑顔で「頑張れ」と伝えて一先ず応援をする事にした。

 そう言えば、俺がキルアの頭に触れた時に、イルミが面白い反応をしてくれた。
 無意味に挑発するの事も無いので、此処は無視をしてやり過ごす事にするが。
 これが噂の『歪な家族愛』の片鱗だろうか?

 あぁ、しかし直接触った御蔭で、大体の場所を把握する事は出来たな。
 イルミがこの後余計な事をしなければ、何時でもキルアを束縛している針を取り除く事が出来る。
 尤も、俺からそれをしてやる積りは今の所無い。針が刺さってる状態のキルアの方が、行動の予測を立て易いからな。
 仮に元知識に無い出来事が起きても、それは当てはまる。

 まぁ、コレも『何かの役に立つ時が来るかも知れない』といった程度の事だ。


 俺が試合場を眺めながらそんな事を考えていると、試合開始の合図が聞こえてきた。

 一先ずは意識をそちらの方に戻して、俺は事の成り行きを見守る事にする。




「久しぶりだね・・・・・・キル」
「あ、兄貴・・・」

 自分の顔や頭部に刺さっていた針を抜きさり、『元』の顔へと変貌していくイルミに、
 キルアは驚きと恐怖の混ざったような顔でそう言った。

 そしてイルミは、少しづつ自分の周りのオーラを増しながら、威圧するようにしてキルアに話を始めた。

 『お前はハンターには向かない、お前の天職は殺し屋なんだから』
 『お前は何も欲しがらず、何も望まない』『人の死に触れた時にだけ喜びを抱く』『お前はそう作られた』

 等々だ。だがまぁ、それが理想の殺し屋の姿だと言うなら、俺は向いてないな。
 俺は殺しに関してどうでも良いとは思うが、殺したときに喜びなど抱かないし勿論達成感だって湧いて来ない。
 『息をするのと同じ』と迄は言わないが、『落ちてるゴミをゴミ箱にしまう』くらいの感覚でしかないからな。

 と言うことは、ゼノ・ゾルディックも殺し屋には向いてないと言うことになるのだろうか?
 あの人は、殺しなんて仕事でなければやりたくないと言っていたし・・・。

 喜びを感じると云うことなら、ヒソカなんかは最高に殺し屋向きと言えてしまうのだが・・・・・・。

 俺はチラリとヒソカの方に視線を向けると、それに気づいたヒソカに笑顔で「ハーイ♥」と手を振って返された。

 ――――ヒソカは特定の決まったターゲットを狙う仕事には、絶対に向いてなさそうだな。主に性格的な問題で・・・・・・。
 俺は『暗殺者に向いてる奴』といった内容事に対してはそう結論し、試合場へと視線を戻すことにするのだった。


「だけど、・・・俺にだって欲しいものくらい有る」
「ないね」
「ある!今望んでる事だってある!!」
「ふーん、言ってごらん。何が希か・・・・・・」

 イルミの視線がキルアに突き刺さる。
 あんな無機質な目を向けられるのは誰だって嫌だろう。俺だって嫌だ。昔のクロロである程度は慣れたけど・・・。

「・・・・・・」
「どうした?本当は希なんて無いんだろ?」
「違う!!」

 イルミの言葉に汗を流しながら、キルアは一度俺の方へと視線を向けてきた。
 俺はそれに少しばかりの疑問を感じたのだが、深く捉えずに微笑んで返す事にした。だが、キルアはそれで踏ん切りが着いたようだ。

「オレは・・・・・・ゴンと『ラグル』の二人と友達になりたい。
 もう人殺しなんてウンザリだ。普通に、二人と友達なって普通に遊びたい」

 キルアの心からの願いという奴なのだろう。
 その独白に周りも言葉を失くして聞いている。が――――イルミに関係が無かった。

「・・・・・・無理だね――――」


 ――――キルアの言葉にイルミが反論をしていくが、その言葉は俺にはどうでも良かったので特に耳に入っては来なかった。
 そんな事よりもまさか、キルアの口から俺の名前が出てくるとは思わなかったな。
 確かに俺は、この試験の間キルアとそれなりに親しく接してはいたけど、まさか其処まで気に入られるとは・・・・・・。

 しかし『普通に遊ぶ』か・・・。俺と友達になっても、『普通に』ってのは無理だと思うが・・・、
 というか、それくらい考えたら分かりそうなものだけどな・・・。
 試験中に、俺を育てたのは裏家業の人間だと説明をしたし、ゴンのように真っ直ぐに振舞ってはいないと思うのだけど・・・。

 ・・・・・・まぁ良い、まぁ良いだろう。
 元々仲良くする積りなんだ。どの程度好かれていようと、それが50か100か程度の違いだ。
 だったら俺は自分の手でそれを100に成るようにしようじゃないか。

 レオリオがこの後に言う台詞、アレを少し――――な

 俺は息を吸って、試合場にいるキルアに対して声を掛けた。

「キルア!・・・・・・俺もゴンも、お前とはとっくに友達だよ(ニコ)」っと

「!?」
「ラグル・・・」

 俺のその言葉に一瞬イルミが言葉を失い、その隙にとレオリオも言葉を続ける。

「そうだぜキルア!!ゴンだって絶対にそう思ってる筈だ!!お前らとっくに友達同士なんだよ!!」

 こういう時のレオリオは本当に役に立つな・・・・・・。
 クラピカも頭をコクコクと上下に振って、レオリオの言葉を肯定している。


「・・・・・・ふーん、そうか友達だと思ってるんだ」

 俺たちの言葉にイルミは少しだけ考えるような素振りを見せると、
 見た目には変わらず、しかし『見える者』には解るように、より一層迫力を増しながら口を開いてきた。

「――――よし、二人を殺そう。殺し屋に友達なんて要らない、邪魔なだけだから」

 ヒュンッ!

 という風邪きり音と同時に、俺に向かって針が数本投げられてきた。
 俺は顔面に向かって飛んできたそれらを、弾いて捌く。

 この程度ならまだ何とかなるレベルだ。
 投擲された針の全てを防ぎ、いつでも動き出せるように体の力を抜きながらイルミの方へと睨みつける。

「ふむ・・・・・・コッチは少し骨が折れそうだな。――――仕方ない、ゴンを先に殺すか」
「なッ!?」

 イルミが審判役の黒服に針を突き刺してゴンの居場所を吐かせ、試合場を離れて出口に向かおうとすると、
 多数の黒服とクラピカ、レオリオ、ハンゾーが遮るようにして立ち塞がった。
 一応は俺も立ち位置を変えて、その中に参加をする。

「参ったな・・・・・・。仕事の関係上、俺は資格が必要なんだけどな・・・・・・
 ここで彼らを殺しちゃったら、俺が落ちて自動的にキルが合格しちゃうね。
 ・・・・・・あ、いけない。それは此処でラグルやゴンを殺しても同じ事か。
 うーん・・・・・・そうだ!合格してから二人を殺そう」

 まるで『良いことを思いついた』とでも言いたげな態度で、イルミは言っている。
 まぁ「確かにそれならルール上は問題無い」と、試験委員会のお墨付きな提案なのだけどね。

 だがこの手のノリに耐性が無いレオリオは、どうやら我慢の限界が来てしまったようだ。

「構う事はねぇ!!やっちまえキルア!どっちみち、お前もゴンも殺させやしねぇ!!」

 レオリオはキルアにイルミを倒せと言っているが、俺はそれが不可能だと知っている。
 この段階のキルアでは、絶対にイルミに戦いを挑まない事も知っている。

 それに、キルアの精神状態ではどう考えても戦闘は無理だろう。だから――――俺は戦えとは言わない。

「そいつの事は何が有っても「レオリオ」――――ッ!?」

「少し黙れ」
「――――な!?」

 俺はクロロの真似事、少しばかりの怒気を込めてレオリオの言葉を遮った。

「・・・・・・キルア、正直になって構わない。
 戦うのが嫌なら負けを認めろ。俺はその事も含めて『覚悟を決めろ』って言ったんだ。
 それで、そいつが俺達に何かをして来るようならその時は仕方が無い。――――俺が何とかしてやるさ」

 俺はそう言いながら、現時点で表に出す事が出来るオーラを限界まで膨れ上がらせた。
 こんな所でゾルディック家と敵対したくは無いが、それ以上にキルアに俺の事を印象付ける事を優先させる。

 近くに居るだけのクラピカやレオリオそれにハンゾーも、俺の身体から感じるオーラによる圧迫感に言葉を失くして冷や汗を流している。

 ハッキリ言って、これはただのハッタリだ。俺はこの段階でイルミが動き出さないと確信があるから、こんな態度に出ている。
 まぁ、人のする事だから100%とは言えないが、多分大丈夫だろう。
 それに仮に戦闘になったとしても、今の状態でイルミに勝てるか分からないが、隙を見て『呪念錠』を外せば・・・・・・


「ふーん、成・る・程・ね♠それならボクもこっちかな♦」

 スっと横から予期せぬ援軍(ヒソカ)がやって来て俺たちの側に加わった。
 どういう事だ?確かヒソカはこの出来事を、ただ見ているだけにしていたはずなのに・・・。

 俺は疑問に思いヒソカに注意を向けると、ヒソカが俺の事を見ながら舌舐めずりをしているのが解った。

 何てことは無い。
 俺がオーラを出したのを見て、『美味しい果実』として認定されただけの事だ。


「44番ヒソカ・・・・・・君もかい?」
「あぁ♣405番、彼もそうだけど♣コッチの彼も、ボクにとっては大切なお気に入りなんだよね・・・・・・♥」

 パラパラパラ・・・・・・とトランプを弄りながらヒソカはイルミに言葉を返す。
 まぁ動機はアレだが、ヒソカの加入はハッタリとしては申し分ない。
 尤も気を抜くことは出来ないが、イルミも実際は本気に成りかけているだけで、本当に殺るつもりはまだ無さそうだけどな。

「・・・・・・やれやれ、一気に難易度が上がっちゃったな・・・。
 コレは二人の始末は後回しにして、試験が終わった後にでも『親父達』に手伝って貰った方が良いかな?」
「!?待って兄――――」
「動くな」
「!!」

 『親父達』この言葉に反応して動き出そうとしたキルアを、イルミが手をあげてそれを制した。

「分かってるだろキル。俺達一家は、『殺ると決めたら必ず殺る』それが俺達にとって邪魔なものなら尚更だ」

 キルアの心に響かせるように落ち着いた声でゆっくりと話しかける。

「如何するキル?此処で俺と戦って、万に一つも無い勝利を目指して戦うか?あの二人を助ける最低条件は、少なくとも俺を倒す事だよ」

 一歩づつキルアに向かって足を進めていく・・・。
 恐らくキルアにはどうしようもなく恐いモノが迫ってきてるように見えているのだろう。

「勝ち目の無い敵とは戦うな・・・・・・俺が口をすっぱくして教えたよね?」

 ズイっと、イルミの手があと30cm程でキルアに触れるところまで来て動きを止めた。

「・・・・・・なら、分かりやすい制限を付けてやるよ。今からキルが少しでも動けば、それを戦闘開始の合図とみなす、
 同じく俺の身体が触れた瞬間から戦闘開始の合図とみなす」

 ゆっくり・・・ゆっくりと、イルミの手がキルアに近づいていく。

「もう一度言うね。・・・・・・殺し屋に友達なんて要らないんだよキル」

 これが止めだ。
 キルアの瞳を覗き込むように発したこの言葉に、キルアは俯いて正面を見ることも出来なくなってしまい

「――――まいった、オレの・・・・・・負けだよ」

 と呟くのだった。


「あー良かった♪
 はっはっは、嘘だよキル、あの二人を殺すなんて嘘さ。お前をちょっと試してみたのだよ。
 ――――でも、これでハッキリした」

「お前に友達を作る資格は無い。その必要も無い」

 ポンポンと、キルアの肩を上機嫌で叩くイルミは、最後にそう言ってから試合場から退がり、壁際へと移動するのだった。
 その際に、俺に対して殺気を飛ばすことを忘れないあたり、
 プロ根性というかネジ曲がった『家族愛』といったモノを感じずにはいられなかった。

 俺はその後に戻ってきたキルアに声を掛けたが、キルアからはただ一言

「ゴメン・・・・・・」

 と、俯いて謝罪の言葉が帰ってくるだけだった。
 何についての謝罪なのか?俺にわからなかったが、
 俺はキルアの言葉に「・・・別に良いさ」とだけ返しておくことにした。

 俺からすれば、この結果はそのまま予定通りの展開に収まったという所だ。
 キルアにどの程度、俺が印象づけられたのか分からないが、少なくとも唯の知り合い程度では無くなっただろう。

 しかしやれやれ、これで間違いなくイルミには目を着けられることになったな。
 なるべくなら、ゾルディック家とは友好的かつ親密な関係を保ちたいと思っていたのだけど、
 これが元で不可能なんて事にならなければ良いんだけどな・・・・・・。








[8083] 第15話 試験後の出来事
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2009/05/18 22:53




 ハンター試験は終了した。
 違った所といえばポックルと俺が試合をした事と、キルアが友達になりたいと言った時に、ゴンの他に俺の名前を同時に挙げた所くらいだろう。
 (当然その後イルミに睨まれたが・・・・・・)

 最終試験に関しては、結局キルアが『レオリオVSボドロ』の試合に乱入し、ボドロを殺害しての失格で幕を閉じる事に成った。
 俺は其れを止めずにただ見ていたわけだが、キルアが暗く沈んだ表情をしていても俺に何かしらを訴えるような顔をしていても、
 俺の心には何も響く事は無かった。
 これからの物語に必要な通過儀礼のようなモノだ、何かを感じ入る筈が無い。
 唯一、事が住んで部屋からキルアが退出する際に、キルアが俺の方をチラリと見たときの表情。
 その時の顔が俺の視線に怯えるような顔をしてしていた事は強く印象に残っている。

 俺はその時一瞬だけ、
 ほんの一瞬だけ心が嫌な方に『ザワツク』のを感じたのだった。


 さて、その後一夜明けてから合格者達への説明会になった訳だが。
 レオリオとクラピカがキルアの失格に異論を唱えたり、目を覚ましたゴンがイルミを相手に喧嘩腰になったり、
 ポックルがクラピカに難癖を付けたり等の一波乱が有った。まぁ結局は会長が全てを上手く纏める結果になったので特筆する事は何も無い。

 在るとすれば、途中クラピカの『キルアは操られていた』との発言に、一瞬だけイルミの様子が変わったのが見て取れて。
 其れを見ていた俺が『内容を知っているというのは、それだけでも面白いな』と笑みを浮べた程度だろうか?




 試験も説明会も無事に終了。周りでは一般組みのハンゾーやポックルが、ゴン達と連絡先のやり取りし、
 反一般組みのイルミとヒソカが話し合いをしている。

 俺は離れた場所で『一人』、その光景を眺めていた。
 俺はもしかして嫌われてるのか?
 ハンゾーはゴン達との話が終わると、俺の事を一瞥した後にそそくさと去って行ってしまったし。ポックルも俺の視線に気が付いた後に、

「・・・・・・じゃ、じゃあな」

 と言って居なくなってしまった。

 ――――別に良いけどな。携帯にアドレスを増やす事を趣味にしてる訳でもないし・・・。

 因みに現在は00から08は昔と変わらず旅団メンバー、09に仮メンバーのヒソカが加わり、10に一般人のポンズが入っている。
 ある意味凄い交友範囲と言えるが、相変わらず極端に範囲が狭い交友範囲だ。
 クロロの所から放り出されて既に4年以上が経過しているのに、未だ9割がA級賞金首ってのはどうだろうか?

 そのうえ着信履歴なんてシャルかウボォーかマチが殆どだし・・・・最近はマチの回数が多いかな。

 ・・・・・・・・・・・・少し凹んだ。後で旅団の連中に、俺が嫌われてるのか如何かを直接聞いてみるか。

 俺がそんなとりとめも無い、如何しようもない事を考えていると。
 ゴンが元気一杯な声で、俺に声を掛けてきた。

「――――ラグル。ラグルも一緒に行くよね?」

 と。俺は思考を切り替えて、ゴンの質問に答える事にした。

「一緒にって、キルアを『迎え』に?」
「うん!」
「・・・・そりゃ行きたいとは思うけど・・・・・・」

 俺は言葉を詰まらせ、チラリとクラピカの方に顔を向けた。
 最終試験で少なからずとも揉めたクラピカが一緒である。俺は少しくらいは遠慮したフリをした方が良いだろう。

 何せクラピカは良い奴だからな。そうすればきっと――――

 クラピカは俺の事をジッと見てくると、頭を2~3度振ってから息を吐いた。そして――――

「私の事なら気にしないで良い。試験の時は私も熱くなりすぎたからな」

 と言ってきたのだった。
 これはクラピカの正直な気持ちなのだろうか?
 俺はクラピカの事は嫌いではないから、実際そう言ってくれるのは本当に有り難いのだが・・・。

「――――いや、俺の方こそゴメン。人の意見にも耳を傾けるべきだったよ」

 と、俺は笑顔で返し、そしてお互いに「ゴメン」と言って握手を交わす事にした。

 ガシッと握手を交わし合う。

 そうして、一先ずはわだかまりを解消したのだった。



「よし!それじゃあコレで仲直りって事だな♪」

 と其れまで横で見ていたレオリオが、右腕を俺の肩に、左腕をクラピカの肩に廻して引っ付いてきた。
 正面から見ると、左から俺―レオリオ―クラピカといった具合だ。

 なんと言うか・・・その

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・暑苦しい。

「レオリオ・・・凄く暑苦しい」
「同感だ・・・」

 ギュゥッ・・・・・・・・・・!×2

「イデデデデデッ!!」

 俺とクラピカは其々レオリオの右手左手を抓って、そのハグもどきから逃げ出した。

 しゃがみ込んで痛がっているレオリオに、思わず口元が緩んでしまう。
 「――――ハハ」と小さな笑い声が聞こえてくる、如何やらクラピカも笑っているようだ。

「おーイテ・・・・・・あーとにかく上手く纏まった所でよ、確か『ククルーマウンテン』だったか?お前らその場所に心当たりってあるのか?」
「いや、私は分からないな」
「ゴンは――――」
「分からない!」
「・・・・・・だよな。って言うか、自信満々に言うな!」

 レオリオの突っ込みにゴンが笑って返す。
 このノリは・・・・・・旅団の連中も、特定の仲間内ではこんな感じだったな。ウボォーとかノブナガとかフィンクスとか・・・・・・


「――――パドキア共和国のデントラ地区に有る、標高3722mの山だよ」

 電脳ページをめくって調べるかとの話が出始めたところで、俺は3人に向かってそう言った。
 その言葉に動きを止める3人の顔が面白い。

「お前知ってたのかよ!?」

「裏の世界じゃ有名なんだよ。地元じゃ観光名所に成ってるくらいだし・・・・」
「観光名所・・・・・・」
「暗殺者の家がか・・・・・・狂ってやがる」

 まぁそう思うよな、俺だってそう思う。
 俺に言い換えれば、『蜘蛛のアジト』を一般公開しているようなものだからな。

 ・
 ・
 ・
 ・

 さて、その後の話はトントン拍子に進んで行き、電脳ページを使って飛行船のチケット予約する事になった。
 俺が3人に『今回の代金は俺が持つよ』と提案すると、流石にクラピカは渋っていたが、ゴンと真性のケチ王レオリオは二つ返事で感謝の言葉を言ってきた。
 レオリオは如何なのかは知らないが、ゴンは既に殆ど所持金が無くなり掛けていたらしい。
 クラピカは中々に頭を立てに振らなかったが、最後に俺が

 「じゃあ貸しだと思って、今度飯でも奢ってくれればそれで良いよ」

 といった事で、渋々では有るが了承してくれる事になった。


 ※


 飛行船のチケット予約をゴン達に3人に任せ、俺は一人でロビーに置いてあるソファーに座りながらコレから先の事について考えていた。

 ゴン達にも行くと言ったが、先ずはゾルディック家に向かう。コレは何があっても譲れない、絶対だ。
 キルアに会いに行く事も大切だが、それに平行して大切な事が有る。なにせあそこには『ゼノ・ゾルディック』が居るのだから。
 馬鹿らしいと思われるかも知れないが、俺は是非とも『誰でも出来る暗殺技術』に直筆のサインが欲しいのだ。
 確かに翻訳が必要なほど難解で、良く解らない本ではあるが・・・。それでも俺が愛読している数少ない本なのだ。
 その著者であるゼノ・ゾルディックの家に行く事が出来るのだ、サインの一つ二つくらいは貰ってきても良いだろう。
 それと、一緒に写真でも撮ってもらえたら、ちょっとした記念になりそうなんだけどな・・・・・・。

 その後は天空闘技場だな。面倒な事だがポンズとの『約束』もあるし、ウィングさんにポンズを会わせる必要があるからな。
 ポンズの事を無理矢理に押し付けられるような状況を作る為の一番簡単方法は、あそこの200階まで上げてしまえばそれで良いんだけど・・・・。

 俺はポンズの原作での行動と、前回会った時に感じた大体の強さ等を思いだしながら、
 『もしも天空闘技場で戦ったら?』をシミュレートをしてみることにした。

 ――――が、
 俺は直ぐに溜息と同時に頭を振った。

 結論――――
 200階はどう考えても無理そうだ。
 帽子に仕込んである蜂や、携帯しているであろう薬品等を使えば行けるだろうが、あそこは200階に上がるまでは己の身体一つで行かなくてはいけない。
 とてもでは無いが、俺にはポンズに200階まで昇りきる実力がある様には思えない・・・。

 これは筋力増強トレーニングをする必要があるかな?

 ゴンも格闘技に関しては素人だった筈だ、それが結局は力技、『ただ思い切り押す』といった方法で200階まで行っている。
 ならばポンズも同じ用に力を鍛えさせれば行けるはずだ。今現在、ポンズにどの程度の筋力が有るのかは知らないが、
 それでもまだまだ改善の余地は有るだろう。それに、強い念能力を使うには、強い身体は不可欠だからな。

 ――――仮にゴン達が200階に上がる時に追いつかなければ?

 その場合はいっその事、本当に俺が一撃入れて無理矢理目覚めさせてしまうか?
 元々面倒事の一つでしかないのだから、喩え失敗しても諦めも直ぐに付くだろうし・・・・・・・・・・・・。
 それに、喩えそうなったとしても、ポンズの場合は死ぬ場所が若干変わるだけの問題だからな。それ程大した事じゃない。

 取り敢えずは『チケットの予約に1枚追加』だな。
 携帯を使ってポンズの呼び出しと、それからチケットの購入をさせなくては・・・・・・。

 俺がポンズに『筋トレ』をさせる方向で考えを纏めると、ポケットの中の携帯電話がブルブルと震えだした。
 基本的に俺は常にマナーモードにしている。着信音とかは苦手だ。
 携帯のディスプレイを見てみると、『マチ』と書いてあった。
 試験終了から程なくして掛かって来るとは・・・・・・。俺は携帯を操作して電話に出る事にした。

 Piッ!

「――――もしもし、久しぶりだねマチ。・・・元気だった?」

 と、俺は努めて明るく言葉を掛けた。
 マチの事は嫌いじゃない。昔は苦手でしかなかったが、流石に知り合ってから既に7年近く経っているのだ。
 苦手意識など当に無くなってるし、前に腕を切り落とした時に世話になってからは、
 団員の中でもかなり好感を持っている人物だ(連絡をとる頻度が高いのもその理由の一つだと思う)。

 因みに、久しぶりだと言っても十数日前、つまりは試験の少し前に連絡をとってはいる。
 殆ど世間話などでの連絡をしないフェイタンなんかに比べれば、かなりの高頻度でやり取りをしてる事になる。
 最後にフェイタンと会話をしたのは・・・・・・半年以上前か?

『あぁ、久しぶりだね、私の方は特に問題ないよ。それを元気だって言うなら元気なんだろうけど・・・・・。
 ところで――――聞いたよ、ハンター試験に合格したそうじゃないか?
 ・・・・・・まぁ、ラグなら簡単だとは思ってたけど、一応は『おめでとう』って言っておくわね』

 今回のマチの連絡理由は、如何やら祝いの言葉のためらしい。
 しかし――――

「・・・・・・有難う。でも、何だってこんなに早く結果を知ったの?電脳ページにだって、まだ載って無い筈なのに。
 そもそも試験を受ける事だって、俺は言ってなかった筈だけど?」

 今回の試験に関して、俺は団のメンバーには一言も言ってはいない。例外としては、昔ヒソカに『1~2年後のハンター試験・・・・』
 と言ったくらいだ。
 後々になってからハンターライセンスを見せようと思っていたのに・・・・。

 俺のこの疑問に対して、マチはかなり軽い口調で、

『ん?ヒソカが教えてくれたよ?』

 と、答えてくれた。
 ヒソカ・・・・・・こんな所でポイント稼ぎをしてるのか・・・・。
 しかし、何処までヒソカが本気なのかは分からないけど、きっと一生実る事は無いんだろうな・・・。

『――――で、そんな事よりも。今回連絡をしたのは、単に労いの言葉を言うだけの為じゃないんだよ。
 ラグ、アンタ試験が終わってからは暇なんでしょ?だったら――――』
「――――暇ってほどじゃない・・・・・・。俺はこれからパドキア共和国に行く事になってるんだ」
『パドキア共和国?行く事になってるって・・・それって如何いう事なのさ?』
「ゾルディック家に家宅訪問するんだよ」

 正確には息子の拉致と、サインを貰いに行くのだが・・・。
 しかしマチは『ゾルディック』という単語を聞いて閉口してしまっている。そして、

『・・・・・・流石に、ゾルディック家に盗みに入るのは関心しないね』

 と、口を聞いたかと思えばとんでもない事を言ってきた。

「いやいやいや、違うから!別に盗みに入ったりはしないって。
 ちょっとだけ会いたい人がゾルディック家に居るってだけで・・・・・・」
『ふーんそう・・・・・・』

 と、何やら気の無い返事を返してくる。
 ある意味息子を連れ去る(盗む?)手伝いをするのだが、直接何かをする訳ではないので問題は無いだろう。
 ――――と言うよりだ、何でもかんでも旅団的な考えで物事を括るのは良くないと思うぞ?・・・・・・俺が言えたギリでも無いとは思うけど。

『で?・・・・・・その家宅訪問にはどれくらい時間が掛かるのさ?』
「多分1週間から・・・・・・1ヶ月くらいか?一応は其れくらいを目処に――――」
『1ヶ月!?そんなに時間を掛ける積りなの!?』
「まぁ、人付き合いなんかも有るから――――」

 ザワ・・・・!

 俺がそういうと、少しばかり電話の向こう側の雰囲気が変わった気がした。
 何だろうかこの感覚は・・・・?

『へぇ、人付き合いね・・・・・・。ならその後なら『やっと』暇になる訳だ?』
「いや、その後は天空闘技場に行こうかと・・・・」
『・・・・・・へぇ、何でだい?もう充分に其処では稼いだんだろ?』

 非常にゆっくりとした、丁寧な発音でマチが語りかけてくる。
 あれ?何だか昔みたいに少し怖い・・・・・・。

「えーと――――その『発』の人体実験をしようかと・・・・」
『とうとう『発』を作ったんだ?
 でもそれなら、そこら辺のマフィアにでも殴り込みを掛けて、そこで実験なりなんなりすれば良いじゃないか?』

 無茶を言わないで欲しい。
 俺は指名手配になる積りはまだ無いのだから。

「普通の人間じゃなくて、念能力者に試したいんだ」
『・・・・・・そう、そういう事なら仕方が無いかもね』

 理解してくれた様だけど、何だか怒ってる気がしてならないな。

『――――それなら暇を見て、私も天空闘技場に行く事にするから』
「・・・・・・えっと、ソレは4月ごろ?」
『?・・・いや、暇が出きたら直ぐに行くつもりだけど?』
「なんで?」

 現在は1月下旬。
 マチが天空闘技場に顔を出す事になってるのは『ヒソカVSカストロ』の試合の日で、あれは4月の筈。
 そんなに早く来て如何するというのだ? 
 
 いや、会うのが嫌だとかそういった事では断じてない。
 先程も言ったが、俺はマチの事を好いているのだから会う事自体は別に良い。
 ただ、俺に会う為だけに元知識から外れるような事をするのだろうか?

『・・・・・・嫌なのかい?』

 俺が一人悩んでいると、『なんで?』といった俺の言葉に対して、マチがそう言ってきた。

「嫌なんて事は無い。むしろ会えるのは嬉しいけど・・・、もしかしてマチは暇なの?」
『・・・私の仕事は伝令だって忘れたの?仕事をしてない時は、団長から連絡が無い限り暇なんだよ』
「――――納得」

 思い出した。だからこそ昔、マチが俺を凹にする機会も非常に多かったんだ・・・・・・。俺は空いてる手で腹を擦った。
 何だか昔蹴られた腹がシクシクと痛む気がする。

『・・・・・・久しぶりにお前の顔も見たいからね。コッチの方が一段落したら会いに行くから』
「『一段落?』って・・・・何か揉め事でもあるわけ?」
『大した事じゃないよ、只の仕事さ』
「あぁ其れを『手伝え』って言う積りだったんだ?」
『まぁそうだよ。でも大した仕事でも無いし、コッチはコッチでやって置くから気にしないで良いよ』

 まぁ、旅団は基本的に化け物揃いだから、俺一人くらいは居ても居なくても関係ない。

『あと・・・・・・そうだ、団長からの伝言が有るんだった。『8月31日、暇な奴はヨークシンに集合』『お前も暇なら来い』ってさ』

 暇な奴は集合?・・・・・・あぁそうか。確か後になって『暇な奴あらため全員集合』に変わるんだったな。

「了解、暇だったら行くって言っておいて」
『・・・・・・暇だったらなんて言わずに必ず来なよ』
「・・・・・どうして?」

 本当に『どうして?』だ。俺が居なくても仕事には何も問題無いだろうに。

『――――た、偶には・・・一緒に仕事したって良いじゃないか?』

 いや、比率で言うと。マチが一番一緒に仕事をしてると思う。大体8割以上は一緒に仕事をしてる。

『それに新しく入ったメンバー達にも顔くらい見せても良いだろ?』

 それなら理解できる。コルトピとシズクとボノレノフだったか?結局この3人とは、まだ一度も顔を会わせてないからな。
 まぁ、あの3人と上手くコミュニケーションが取れるかどうかは分からないけどな・・・。

 しかしまぁ、どの道ヨークシンには行く積りだったので、特に断る理由も無い。
 何か問題が有るとすれば、ゴンやキルア達をヨークシンで如何するかだな・・・・・・。
 それに関しては何か上手い事を考えるか、それとも流れに任せて放置するかどっちかにするしかないだろうが・・・・・・。

「それじゃ、前向きに考えておくって事で」
『――――まぁ、一先ずはそれで良いよ。・・・じゃあ、私はさっさと仕事の準備に取り掛かるから』
「分かった。それじゃあマチ、また後で――――」

 ・・・・・・Piッ!

「ハハ・・・・・・」

 携帯電話を切って、俺は天井を仰ぎながら笑みを零していた。

「マチは相変わらずだな・・・・・・」

 マチは俺のことを何故か良く気に掛けてくれる。
 有ったばかりの頃などは一方的に避けられていた記憶しないのだが、・・・・・・いつの間にかという奴だ。
 まぁ、恐らく今は『弟分として可愛がってる』っていうのが一番それに該当しそうな状況か?

 ・・・・・・今回のように旅団のメンバーと偶に話をしたりしてると、ただの気の良い連中位にしか感じなくなるから不思議だ。
 やってる事を一つ一つ見ていけば、間違いなく賞金首に相応しい連中なんだけどな。
 ま、其れは俺も同じようなものか・・・。





 あ、ポンズにチケットの予約をさせなくちゃな・・・・・・。








[8083] 第16話 飛行船で移動中、暇つぶし?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/22 13:01




 パドキア共和国デントラ地区
 其処に暗殺一家『ゾルディック一族』が居を構えているククルーマウンテンが存在する。

 ゴンがハンターライセンスの使用を渋った為、この国に滞在できる期間は僅か1ヶ月。
 ・・・・・・まぁ、『ハンターではない人間』も一緒なので、ビザの関係でどの道1ヶ月しか無理なのだが・・・・・・。
 兎に角、『それ以内にキルアに会って、取り戻す?』と云うのが、一応今回の目標になっている。

 ――――ま、其れは現地についてからの話だ。
 其処に付くまではゆっくりと船(飛行船)旅を楽しむ事にした方が無難だろう。


 ・・・・・・つまり、今はまだ飛行船で空を飛んでいる真っ最中だ。

 俺は何をするでもなく、ただ窓の外をゆっくりと流れていく雲をボーっと眺めていた。
 飛行船に搭乗して今日で二日目。一応このまま天候が安定していれば、遅くとも明日中にはパドキアに着く事になっている。

「楽しむ事にした方が無難だな――――――――か、しかしこうも刺激が少ないと流石に暇でしかない・・・」

 最初のうちは其れなりに気持ちが前向きになっても居たのだが、その前向きな気持ちも昨日1日で使い果たした。
 現在レオリオは部屋で寝て過ごし、クラピカは読書に励み、ゴンは食堂で食事を取っている。

「こうまで暇だと流石に辛くないか?」
「・・・・・・だったら私とした約束を、さっさと済ませたら?」

 俺が横に居る人物に声を掛けると、その人物は若干の苛立ちを言葉に乗せながら返答をしてきた。
 それは今にも頭から蜂が飛び出てきそうな人物、ポンズである。
 俺からすれば放って置いても問題のない事なのに、律儀に『念の説明をする』といった言葉を実践する為に、
 こうしてゾルディック家訪問に連れて来ている。

 まぁそれよりもだ

「――――余り人前で『その事』を言わないように・・・・そう言った筈だけどな?」

 俺は目を細め、強い視線をポンズに向けてそう言った。

 周囲に、俺達の他に人が居ない事は良く分かっている。だが、だからと言って軽々に口に出して欲しくは無い。
 ポンズを呼び出した時に一つの条件として、『あの時に俺がやった事に関しては何も喋らない事』と条件をつけた。
 何故ならゴンやレオリオ、それにクラピカに『念』の存在がばれてしまうと、その説明が面倒にしかならない。
 そもそも今回のパドキア行きに際しても、ゴン達3人にポンズの事を聞かれて辟易してるのだ。
 その上、『念』の説明までさせられては堪ったものじゃない。

 因みに、ゴン達には散々関係を聞かれた際に、『ポンズは来年の試験の為に、俺に弟子入りをした』と言っておいた。
 本人にしてみても、コレは嘘にはならないだろう。
 その答えにゴンは特に疑いもせずに信用し、レオリオは特に考えもせずに

『まぁ頑張れよ♪』

 と言った事で

『アンタ等がプレートを持って行ったからでしょうが!!』

 と、ポンズの不興を買っていた。
 クラピカは『俺の説明』に対して多少は訝しんでいたようだったが、試験中に俺の実力を見ていたので深く追求してくる事は無かった。


 さて話を戻そう。
 要はあの3人に、この段階で『念』の存在を知られたくは無いのだ、俺は。だからポンズには迂闊な言葉は控えて貰うし、
 それを徹底して貰う、そういう事だ。

「――――ご、ごめんなさい」 

 俺の先程の言葉に、慌ててポンズが謝罪の言葉を向けてきた。

 まぁしかしだ、ポンズがこう言って来る理由も分かる気がする。なぜなら

「でも、私としても不安なのよ。急に呼び出されて『パドキアに向かうから着いて来い』って。
 結局其処で何をするのか説明してくれないし・・・・・・」

 そう、俺は碌な説明をしては居なかった。
 『例の約束の為にパドキアに着いて来るように』と言っただけだ。
 ・・・・・・ゾルディック家(暗殺者の家)に行くと言ったら着いて来そうに無いからな。

「先ずは其処で身体を鍛える事から始めるんだよ。『例のヤツ』は、最低条件として強い肉体が必要だからな・・・・・・。
 パドキアの何処に行くかは・・・・・・、まぁ現地に着いてからのお楽しみって事で良いんじゃないのか?」
「・・・・・・はぁ、『お楽しみ』か。パドキアってだけで嫌な気分に成りそうなんだけどね・・・。あの国には『ゾルディック一族』が居るし」

 ポンズが溜息と共に言った一言に、俺は少しだけ賞賛を贈った。

 良く知ってるな・・・クラピカでも知らなかったのに。
 まぁ、クラピカも裏の事に関しては旅団の事しか興味が無さそうだったけどな。

「まぁ少なくとも、今から行く所は身体を鍛えるには最高の環境だよ。『どれくらい力が付いたのか?』直ぐに調べる事も出来るからな」

 主に『試しの門』でな。
 最低でも1の門くらいは開けられるようになって貰わないと困る。そうすれば天空闘技場の200階迄ノンストップだからな・・・・・・。
 尤も、喩え開けられるようになったとしても、俺から見ればまだまだ弱過ぎるのだがな。

「ねぇ、ちょっと気に成ったんだけど・・・・・・私ってそんなに身体が弱いかしら?
 これでもハンター試験では上位に入ってるし、結構鍛えてると思ってるんだけど」

 と、ポンズは自分の身体を『ペタペタ・・・、ムニムニ・・・』と触りながら聞いてきた。
 『ムニムニ』の時点で、筋肉など有って無いようだと思うのだが?

「――――まぁ一般人レベルで言うならそこそこ凄いと思うよ。・・・・・・ただ――――」

 言いながら俺は動き、

「これじゃな・・・・・・」ムニ・・・ムニ・・・

 ポンズの腹部に手を当てて押しながらそう言った。

「な――――ッ!何すんのよ!!」

 ブンッ!!ヒョイ・・・

 激昂と同時にポンズの繰り出した拳をヒョイっと避ける。

 ポンズは自分の身体を抱きしめる様にして、俺から距離を取っている。

 何だ?怒ってるのか?

 パクノダにはやった事無いが、数年前にマチにやった時は平気だったのに。
 もっともマチの場合は、『ムニ』ではなく『グッ』としかならなかったけど・・・。
 アレは力を入れていたのか?

 今回のポンズの反応と含めて、天空闘技場にマチが来た時にでも聞いてみるか。

「・・・い、いぃぃ行き成り何するのよ!」

 そう言って、ポンズは頭(帽子)から蜂を出し続けていく。

 ブブブブブブ――――ッ!!

 次々と現れる蜂の羽音が周囲に木霊する。このままでは一般人が餌食になる可能性も有るな。
 もしかして頭に血が上って考えが行かないのか?
 だが、仮にこれで怪我人が出たとして、それでその責任を取らされるなんて事に成ったらかなりの大損だな・・・・・・。

「――――ポンズ、分かった。いや、本当は良く分からないが取り合えず分かった。だから蜂を仕舞え。
 それ以上だし続けるようなら、『それなりの対処方法』をする事になる」

 それなりの対処方法。
 『蜂と巣の両方を殺処分』する事。
 一応言っておくが、この場合の巣とはポンズの事ではなくて、帽子の事を言っている。
 流石にこんな所で人死にが起きたら、大騒ぎになるからな。

「今度触れるときは前もって言う事にする・・・・・・それで良いだろ?」

 ポンズを落ち着かせるために俺はそう言ったのだが、

「――――・・・・・・はぁ、やっぱり分かってないわ」

 ポンズには溜息で返された。まぁ、一先ずは落ち着いて蜂を仕舞ってくれているので良しとしよう。

 30秒後、ようやく全ての蜂が収納完了。其れを待って、俺は再びポンズに話しかけることにした。

「落ち着いたか?」
「・・・・・・落ち着いたわよ」

 若干まだ怒っているようだが、其れを言うと蒸し返す事になりそうなので止めておこう。

「・・・・・・話をポンズが暴れだす前に戻すが、ポンズは自分で思っている以上に貧弱だ」
「ひ、貧弱・・・・・・」
「どれくらい貧弱なのか分かりやすく言うと。・・・・・・俺からすれば蟻と変わらない程度の実力だ」
「・・・・・・」

 正面からやりあった場合、労力としては大体同じくらいだ。

「だから最低でも、今のレオリオと同程度の力は付けて貰いたい」
「レオリオって私のプレートを持っていった奴ね?・・・・・・アイツってそんなに強いわけ?」

 当然の反応だな、コレくらい強く成れって言っておいて、其れがどの程度なのか分からないんだから。

「まぁ、そういうと思ってた・・・・・・だから――――――――」


 ※


「――――腕相撲だ」
「オーーー♪」

 俺の台詞にゴンが声を挙げて合いの手を入れてくる。
 その後ろで、3人が其々冷ややかな視線を向けてくるのが、正直戴けない。

 現在の場所は俺の部屋。
 其処に5人の人間が集まっている・・・・・・。今更だが場所を変えたほうが良かったかも知れない。
 一応広めの部屋を取っているが、それでも5人は少し窮屈だ。
 念の為に入っておくと、5人とは俺を含めたゴン、クラピカ、レオリオ、ポンズの5人だ。

 俺は部屋に引き篭もっていた二人と、食堂に居たゴンを引っ張り出して『腕相撲勝負』をする事にしたのだ。
 主に退屈凌ぎと、ポンズに己の力の無さを解らせる為に・・・・・・。

 まぁ、退屈凌ぎの割合が強いのは否めないが・・・・・・(約8割は退屈凌ぎの為)。

 俺が『腕相撲勝負』の話をすると、ゴン以外は正直面倒臭そうにしていたので、レオリオには勝ったら賞金を出すと言い、
 クラピカにはヒソカに付いて話をすると言ったら乗ってきた。
 二人とも良い反応の仕方をしてくる。クラピカの反応の仕方なんかは、見ていて微笑ましい限りだ。

 因みに、ポンズには「仮に全員を倒せたら『例のこと』を教えてやる」と言って参加させた。
 ついでに「逆に1勝も出来なければ黙っていう事を聞いているように」とも約束をさせている。

 まぁ今回のこの勝負、俺は情報と賞金を用意した事に成っているが・・・・・・
 実際は初めから意味の無い商品ではある。・・・・・・なにせ俺も参加するからな。



「今回のコレは退屈しのぎの側面も有るが、
 本当の目的はポンズに『自分の力がどの程度有るのか理解させる』為に行うんだ。
 ただそれで全員に無理矢理時間を割いて貰うのは大変申し分ない、だから各自勝った場合に商品を用意しているので、
 其れを目指して頑張ってくれ」

 俺のその言葉を合図に、4人は其々組んで勝負をしていく。

 予想では、レオリオ>クラピカ>ポンズ>ゴンなのだが・・・・・・。

 バンッ!

「ハァッ!!」
「んがぁあーーー・・・・・・」

 ダンッ!!

「勝ちッ!!」
「そんな!?子供に負けるなんて・・・・」

 予想を大きく裏切った。一番力が強いと思ったレオリオがクラピカに負け、左腕を負傷しているゴンにポンズが負けた。
 まぁ、ある意味予想通りにポンズが俺のいう事を聞くことが決まったのだがな・・・・・・。

 それにしてもレオリオめ・・・・・・アッサリと負けすぎだ。
 これは心の置き方の問題か?

 クラピカからすればヒソカは『蜘蛛』について知ってる人間だ。
 それに関する事を知れると成れば、それだけ『蜘蛛』に近づけることに成るからな・・・。

 ――――て、続いてポンズとレオリオの試合。
 コレは描写する事も無くレオリオの勝ち。試合前に『3位までは賞金を出す』と言ったら元気一杯にポンズを倒していた。
 非常に現金な奴だと思うよ・・・・・・本当に。

 クラピカVSゴン

「貰った!!」
「負けたーーー!!」

 俺は心密かにゴンを応援していたのだが、どうやら駄目だった様だ。
 5分ほどお互いが粘った末、クラピカが勝利を収める事に成ってしまった。

 ゆらりと幽鬼のようにクラピカが立ち上がり、俺の方へと視線を向けてくる。
 何やら若干興奮しているようで、瞳の色が変わりつつあるような気がする。

「ラグル、これで私が賞品を得る権利を得たわけだな?」
「・・・・・・いや、最後に俺に勝ったらね」

 と俺はクラピカを制して、卓に腕を置いた・・・。
 初めからすんなりと賞品をやる積りなんて更々無い。それじゃあ俺が面白く無いからな。

「オイオイ、ラグル。そりゃ幾らなんでも卑怯だぜ?クラピカは2連戦をやってるんだ。
 それで疲れてるところを勝負だなんてのは戴けねぇな」

 横からレオリオが非難の声を挙げてくる。
 この段階のクラピカなら、疲れていようが元気だろうが一切関係ないんだけどな・・・・・・。
 まぁ、俺だってこのまま始める積りは無いさ。

「分かってるよ、だから――――クラピカの前に全員と勝負をしようじゃないか」

 ニィっと笑ってゴン、レオリオ、ポンズの3人に視線を向けた。
 レオリオポンズなどは戸惑っているようだが、ゴンはワクワクが止らないといった表情だ。
 ならもう一押し――――

「なんなら、3人同時でも構わない」

 この言葉に火を着けられたのはゴンだった。

「じゃあ俺からやりたい!」

 と大きく挙手して言ってきた。


 お互い右手を使い『れでぃー・・・・・・ゴー!』

 バン!!

「痛っちぃ・・・」

 先ずは1勝・・・・・・

「次は俺――――」

 バン!!

「う、腕が・・・・・・俺の腕が・・・・」

 これで2勝・・・・・・


「最後は私か・・・・・・」

 ボソッと呟くようにポンズの声が聞こえる。
 レオリオとゴンの瞬殺ぶりに少しばかり及び腰になってるようだ。

「まてポンズ。ラグルは既に2度戦ったのだ、条件の上では私と同じだ。ならば今度は私が相手をすべきだろう」
「――――ヤル気満々だなクラピカは・・・・・・これで俺に勝てそうか?」
「さあ、如何だろうな・・・・・・だが、私はやるなら『正々堂々』が良い。そう思っただけだ」
「へぇ・・・・・・ならやろうか」

 俺は一際強く、肘をテーブルに打ち付けてクラピカとの勝負をする事にした。
 本人がヤル気なんだから、俺も相手をしなくてはな・・・。

 しかし、『正々堂々』ね・・・・・・。

 俺とクラピカがお互いの手を握り合い、勝負の準備は整った。
 其処にレオリオが自らの両手を被せ、俺達のに其々視線を向けてくる。『準備は良いか?』といった所だろう。

「私の準備は出来ている」
「俺のほうも・・・・・・何時でも良い」

「分かった、それじゃあ行くぜ!レディ・・・――――――――――――ゴーッ!!」

 ギュンッ!!

 レオリオの掛け声と共にクラピカが力を込め、俺の腕を倒そうとしてくる。
 俺は其れに倒されないように、ただ耐える事にした。・・・・・・自分から倒そうとはせずに、『ただ倒れないように』するだけ。

 俺は、クラピカの顔を正面から見つめた。

 本当はアッサリと終わらせる積りだったのだが、クラピカのこのヤル気の元にに少しばかり興味が湧いたのだ。
 その考えや思想に、
 旅団に恨みを持ち、俺の一言でこの腕相撲に参加する事にしたクラピカの思いに。

 腕を組み合っているクラピカには、俺との力の差が分かる筈だ。なのに、何故こうも頑張れるのだろうか?
 『絶対に勝てないのに』何故だろう?其れ程までに、一族の仇を討つというのは重要な事なのだろうか?
 俺も旅団の仲間が死ぬと、そう感じるのだろうか?

 一頻り悩んでみたが・・・・・・まぁ・・・如何やらどれ程悩んだとしても、今の俺には分かりそうに無い事みたいだな。
 目の前の人間がいずれ旅団のメンバーを殺す。ウボォーを殺し、パクが死ぬ。
 そう判っていても特に心は動かない。動いてくれない・・・・・・。

 俺は、

「やっぱり分からないな・・・・・・」

 と呟き――――

 グンッ・・・・・・バン!!

「グッ・・・」
「俺の勝ちだな」

 組んでいた腕に力を加えて、クラピカの腕を卓に叩き付けた。
 負けてやる必要は当然感じないし。クラピカの思いは、やはり理解する事は出来なかった。
 ならこれ以上勝負を長引かせる理由は無いからな・・・・・・決めてしまっても良いだろう。
 退屈凌ぎとしては十分だったしな。


 さて、最終戦に関しては、元々の腕相撲を始めた理由から少しばかり外れる事になったが、それ以外は問題なし。
 予定通りに、ポンズが自分の腕力の無さに落ち込んでいる姿が見て取れたので良しとしよう。
 まぁ、問題として挙げるならば、『腕相撲ランキング』が俺の予想から外れたことが少し以外だったくらいか?
 一応クラピカとゴンには其々2万ジェニーと1万ジェニーの賞金を出す事にした。
 レオリオが「あれ?俺には無いのか?」と聞いてきたので、

 1位、俺
 2位、クラピカ
 3位、ゴン

 と、ジッと目を見つめながら優しく説明した所、かなり理不尽そうな顔をしていたが納得をしたようだ。
 まぁ、多少変則的なやり方だったとは思うが、この順位で概ね間違いないだろう。

 その後、夕食の時間になるまで再び解散をする事になり、俺たちはまたバラバラに散っていく事になった。
 腕相撲に使用した卓等を其の侭に、レオリオとクラピカの二人は部屋へと引き下がってしまった。
 企画した俺が片付けるのは、ある意味スジなのだろうが・・・・・・、
 こうもアッサリ置いて行くというのは如何だろうか?
 一応、ゴンは善意から、ポンズは落ち込んでいる所を無理矢理に働かせる事で労力を得た。

 まぁ、やる事なんかは卓を片付けるだけなので大した事では無いのだが・・・・・・。
 そんな撤収作業の最中に、ゴンとポンズの二人が揃って俺に質問をしてきた。

 内容は、

「あんたの全力ってどれくらい有るのよ?」
「ラグルの全力ってどれくらいなの?」

 と聞いてきたので、冗談半分に

「――――そうだな、多分ヒソカと同じくらいだ」

 と言ったら、ゴンはやたらとキラキラした眼差しを此方に向け、ポンズは青褪めた表情を向けてくるのだった。
 まぁ、ヒソカの全力がどれ位なのか実際の所は分からないし、俺の全力が今どの程度なのかもサッパリなんだけどな・・・・・・。





 ※

 小話


「――――クラピカ」
「ん?ラグルか・・・・・・」

 私が部屋に戻ろうとしていると、背後からラグルに声を掛けられた。
 先程の腕相撲、私が勝ったら『ヒソカについて知っている事を教える』。彼にそう言われて参加したものだったが・・・。
 私は自分の力の無さに、正直落胆していた。彼が強い事は、ハンター試験の内容から知ってはいた。
 実際に戦っている所も目にしたし、その力も目の当たりにしている。
 だがそれでも、もしかしたらという思いも有ったのだろう。まぁ、『賞品の魅力』に負けて後先を見なかったとも言えるがな。

「何にか用か?夕食までは少し休みたいのだが・・・・・・?」

 私の半ば拒絶するような言葉に、ラグルは小さく笑みを返してこう言ってきた。

「クラピカ、敢闘賞をやるよ」

 と・・・・・・。

「敢闘賞?」
「そう、クラピカは俺の予想を裏切って頑張ったからね・・・・。だから賞品の一部をプレゼントする」

 賞品の一部・・・・・・。
 普段の私ならそんな物は要らないと突き放している事だろう。
 だが、この賞品は若しかしたら『蜘蛛』に繋がるかもしれない賞品だ。私が、咽から手が出るほど欲しがっている賞品・・・・・・。

「・・・・・・教えてくれ、ヒソカの事を。奴は一体――――」

 私の言葉にラグルは頷くと、ただ一言だけこう言ってきたのだった。

「――――ヒソカは、変態だ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「は?・・・えっと、其れだけか?」
「それだけ」

 私は頭が混乱してきた。
 コレだけ?本当にコレだけなのか?

「・・・・・・ちょっと待ってくれラグル。『そんな事は私だって知っている』!!他に何か無いのか!?
 ――――例えば『何らかの集団』に属しているとか・・・」
「・・・・・・仮にそうだとしても、その事について、俺が知ってると思う方が変だとは思わないか?」
「む、それは・・・・・・」

 確かにその通りだ。
 ラグルは確かに色々と『怪しく』はあるが、だからと言って『蜘蛛』について知っていると考えるのは早計過ぎた。
 しかしそれなら――――

「ラグル、何故私にヒソカの情報を持ちかけたんだ?」

 そうだ、何故私にその事を持ちかけた?
 ヒソカと何かしらの繋がりがあり、私との会話を聞いたのではないのか?

「最終試験の時に、試合の最中にヒソカが耳元で何かを囁いていたからな。
 ヒソカの事と言えば乗って来てくれるか?と思っただけなんだが・・・・・・」

 ラグルは随分と澄んだ瞳でそう言ってくる、とても嘘を付いているようには見えない。
 と、いう事は・・・・・・。
 単純に私の勘違いで、それで力を目一杯に出したという事か?

「――――はぁ・・・・・・・・・・・・全く、君という奴は―――」

 馬鹿らしくて怒る気にも成れない。
 というよりもそもそもが私の勘違いだからな・・・。怒るというのもお門違いか。

 私は一頻り笑った後、ラグルに感謝の言葉を告げて部屋の中に戻っていった。
 蜘蛛を忘れた訳ではないが。
 少なくとも今はキルアの事に集中しよう。そう思えるようになった。

 その日、私はヒソカの言葉『9月1日ヨークシンシティで待ってるよ♦』
 との言葉に悩まされる事無く、久しぶりの安眠をとる事が出来たのだった。




 ※

 今回の腕相撲ランキング


 1位 ラグル
 2位 クラピカ
 3位 ゴン
 4位 レオリオ
 5位 ポンズ




[8083] 第17話 ゾルディックのお膝元
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/27 20:29



『え皆様、本日は号泣観光の山景巡りの定期バスをご利用くださいまして、え誠に有難う御座います。
 早速ですが、デントラ地区が生んだ暗殺一族の紹介からしていきましょう――――』

 パドキア共和国に到着した俺達は、現在観光バスに乗ってククルーマウンテンを目指している。
 観光地になっている事は知っていたが、思ったよりも一般の客が多い事には少しだけ驚いた。

 添乗員がマイクを使い、独特の口調(言葉の頭に『え』をつける)でゾルディック家についての一般知識を説明していく。

 無論俺は、そんな物は左から右で聞き流し、何も考えずに窓の外を流れる景色を見つめていた。
 バスの走行に併せて景色は目まぐるしく変化していくのだが、生憎とそんなモノに心を動かすような趣味は持ち合わせては居ない。
 同乗者であるゴンなんかは楽しそうに外を眺めてはいるが、俺には退屈な道行きでしかないな。


「(おい見てみろよ。普通の観光客に混じって、明らかにカタギじゃねーよーな奴等が乗ってるぜ)」

 窓の外をボーっと眺めていた俺に、レオリオが小さな声で囁くようにして言ってくる。

 例の二人か・・・・・・。

 チラリと視線を其方に向けると、その先には非常に眼つきの悪い二人組みが座っている。
 成る程、あれが今回の『餌』か・・・・・・。
 『試しの門』を間違った方法で越え、ミケのおやつになる二人だ。名前は・・・・・・・まぁどうでも良いか。

 俺がその二人組みに視線を向けていると、

 トン、トン・・・・・・

 と、横合いから脇腹を突付かれているのを感じた。

「・・・・・・何かようかポンズ?」

 俺を肘で突付いてきている人物、ポンズに視線を回して俺はそう聞いた。

「・・・・・・コレは一体どういう状況なの?」
「・・・・・・何が?」
「だから、今のコレはどういう状況なのかを聞いてるのよ・・・・・・!」
「・・・・・・観光バスに乗ってる」
「そうじゃなくてッ!!!」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・その―――えっと」

 大声と共に勢い良く立ち上がったポンズは、周りからかなりの視線に晒される事になった。

『――――お客様、何か御座いましたでしょうか?』
「あ――――、いえ、すいませんでした」

 添乗員に声を掛けられてすぐさま座りなおすポンズ。
 ゴンは「如何したの?」なんて聞いて来ているが、
 クラピカやレオリオなんかは他人の振りをして、此方に視線を向けないようにさえしている。

 念の説明をするなんて言わなければ良かったか?

 そんな俺の心情などを他所に、ポンズは先程同様・・・・・・いや、先程以上に眉間に皺を寄せて声を掛けてきた。

「・・・・・・何でククルーマウンテン行きのバスに乗ってるの?」

 今更何を言ってるんだ?確かに最初呼んだときは、目的地の詳しい話をしていなかったが、
 ゴン達の会話を聞いていれば判りそうなものだろうに・・・・・・。

「俺達はキルアに会う為にパドキアに来たんだ。
 で、ポンズには『最高の環境が整った訓練所』に行く為に着いて来させた・・・・・・。今更なに言ってるの?」
「え・・・・と、あなた達の友達のキルアって子・・・・・・フルネームは?」

 あぁ・・・・・・そういう事か。ゾルディックは知っていても、あの一族のフルネームや顔なんかは一般には知られて無いからな。
 それでククルーマウンテンに結び付かなかったのか・・・・・・。

 まぁ、俺は成る程なと思いつつも、説明の面倒臭さから溜息を漏らして短くこう伝えた。

「キルア・ゾルディック」

 と・・・・・・。
 すると面白いようにポンズの表情が変化していくのが見て取れた。

「そ、それじゃあ最高の環境って・・・それって・・・・・・それってもしかして」
「ゾルディックの家」
「いぃぃ・・・・いやぁあああああ!!」

 と、再び大声を出して立ち上がったポンズは、周囲の視線に晒される事になったのだった。

 ――――――――今度はゴンまで他人の振りをしている。

『――――お客様♯』

 バスの添乗員が、優しい口調で(殺気を飛ばしながら)にこやかな笑みを向けてくる。
 ポンズはその迫力にさっさと負けて、早々に席に座って頭を下げるのだった。

 しかし、ただゾルディック家に行くというだけでこんなに大騒ぎをすると成ると、
 仮に俺の交友範囲を本人達を交えて教えたとしたら、一体どれ程の騒ぎになるかな?

 まぁ、その時はポンズの教育も粗方終わってるだろうけど・・・・・・。



 山道を進む事数十分。うず高くそびえる塀と言うには大きすぎる壁と、巨大な大門。
 ゾルディック家の正門、通称『黄泉の門』へと到着した。

 この場所に到着してすぐさま、例の二人組が守衛(ゼブロ)から鍵を奪ってミケの餌に成り行ったのには、
 結果が分かっているとは言っても「ハハ」と笑ってしまった。

 仮にも伝説暗殺一家に挑もうと言うのだから、少しくらい調べてから此処に来れば良いのにな・・・・・。

 その後悲鳴も挙げずに白骨体になって放り出されてきた二人組みに、同じバスに乗っていた一般の客はパニックを起し、
 添乗員は慣れたもので解説を続け、レオリオとクラピカは驚きの表情を見せ、ゴンと俺は其々ドアから覗いたミケの腕に感嘆の声を挙げ、
 ポンズは・・・・・・まぁ、ひたすら怯えていた。

 少しだけ思うのだが、この短時間でどうやってあんなに綺麗に食べたんだろうか?


 一般客を乗せて街へ戻ろうとしているバスに視線を向けると、何故か見知った人物が乗り込もうとしているのが見えた。

「何してるんだポンズ?」

 俺はその人物、ポンズに話しかけて動きを止める。
 やっと目的地に到着したと言うのに、何故帰ろうとするのか?

「こ、こんな所で何するって言うのよ!あんな化け物が居るような所で訓練なんて正気の沙汰じゃ――――」
「化け物・・・・・・。アレはゾルディック家で飼っている、ただのペットだぞ?」
「あんなのを、ペットにしてるってだけで充分に異常だわ!」
「なら、新種の幻獣だと思えば良いだろうに」
「思えるわけ無いでしょ!!」

 ――――何故だ?

「兎に角、私はこんな所からさっさと――――」
「・・・・・・全く」

 ビシィッ!!

 『フッ』と背後に回り込み、首筋に手刀の一撃加えてポンズを気絶させた。
 本当に何を考えてるのやら・・・・・・。最高の環境だって言ったんだけどな・・・・・・言い方が甘かったか?

「おーい・・・・・・ラグルー・・・それはちょっと・・・・・・」

 レオリオのか細い声が何やら耳に届いてくる。
 今度は一体なんだ?
 俺は苛立ちを抑えながらレオリオに視線を向けた。

「・・・・・・こんどはレオリオか?」
「あ、いや・・・。何でもねぇ」

 俺がそう言うと、言葉少なく引き下がる。
 ・・・・・・レオリオも何がしたいのか分からない奴だな。

 俺は力なくぐったりとしているポンズを担いで、バスの添乗員に「行っていいですよ」と伝えた。
 もし待っているのなら意味がない事だからな。
 しかし、添乗員は何やら言いたげな顔をして此方を見ている。コッチもか?

「あの・・・・・・」
「――――行け」

 何かを言ってこようとした添乗員にそう強く言って、俺はバスを街に引き返させたのだった。

 ・・・・・・まぁ何と言うか。一般人との付き合いは、非常に疲れることが良く分かった。




 その後気絶したポンズを守衛室の壁に寄りかかるように放置して、ゼブロさんに此処に来た目的などについて話をする事にした。
 一応は、急に逃げ出さないようにゴンの釣竿から釣り糸を出して縛り上げている。
 ゴンがかなり嫌そうな顔をしていたが、どうにか黙認して貰った。

 で――――、

「成る程ねー、キルア坊ちゃんのお友達ですかい。嬉しいねぇ、わざわざ訪ねてくれるなんて」
「正確には訪ねてきたのは俺達4人で、そっちで伸びてるのは此処で身体を鍛えに来たんだけどね・・・・・・」

 と俺は未だ気を失っているポンズを指差しながらそう言った。

「此処に身体を鍛えにかい?そりゃ変わってるねぇ・・・・・・今迄そんな人は居なかったよ。
 皆が皆、『ゾルディック一族を殺って』名前を売ろうって連中ばっかりだったからね」

 それはそうだろう。
 普通は、暗殺者の家で身体を鍛えようなんて奴は居る訳が無い。
 そんな事を前提にしてここへ来るのは、俺のような『特殊』な人間だけだろう・・・・・・。
 ・・・・・・そもそも、普通は居住地が一般に知れ渡っている暗殺者というのが先ず居ないものだと思うのだけどな。

「鍛えるか・・・・・・。そう言えば、道中もそんな事を言っていたな。どういう事なんだラグル?」

 クラピカが口元に手を当てながら質問をしてきた。
 『鍛える』=『強くなる』事には貪欲だからなクラピカは・・・・・・。

「簡単な理由だよ。あのデカイ門の方が本当の出入り口だって事だ・・・・・・。
 俺が此処にポンズを連れてきた本当の理由は、最低でもあの門を開けられるように成って貰う為だからな」
「あの門が開くってのかよ・・・・・・」
「開きますよ。鍵はかかっていませんから」
「どれ――――」
「まぁ、レオリオじゃ開けられないけどな・・・・・・」

 駆け出して扉を開けに行こうとしたレオリオに、俺が小さな声でそう言うと、

「・・・・はぁ?どういう事だよ?鍵は掛かってないって言ってるんだぜ?」

 と、訳が分からないといった表情で返してくる。

 俺の言葉をちゃんと聞いておいて欲しいものだ。俺は『最低でもあの門を開けられるように・・・・・・』と、言ったんだけどな。
 そんなレオリオの言葉に、俺は『やれやれ』と肩を竦める。
 妙に前方(レオリオ)からの視線が強くなった気がするが関係ない。俺は正門の方を指差しながら簡単に説明をした。

「それは『重い』んだ。途轍もなく」

 俺なら開けられるだろうが、全開は確実に出来そうに無い。
 ・・・・・・誰か出来る奴とか居るのか?

「――――君は若いのに良く知ってるね?――――まぁその通り。彼の言うとおり、この門は凄く重いんですよ、それはもう途轍もなく。
 其処の上の所に数字が入っているでしょう?1の扉は片方2t、両方で4tの重さがある。
 扉の数字が増える毎に重量が倍に増えていくんですよ。
 その上、この扉は押す力によって開く扉の数が増えていく仕掛けになってるんです」

 だから、此処で訓練を積ませる。1の門が開けられるかどうかは、わかり易いパラメーターだからな。
 まぁ、俺の場合は此処での特訓なんかよりも、ゼノ・ゾルディックに会う事の方が重要に成る・・・。
 今更50~200kg程度の重りで身体を鍛えても仕方が無い。

「ちょっと待てよ!片方2tだぁ!?そんなの普通の人間には開けられるわけ――――」
「私は開けてますよ。尤も1の扉だけですがね」
「そもそも、ここから入るしかないと言っているだろうに・・・・・・」
「むぐッ・・・・・・」

 ゼブロさんの言葉に続いて俺もレオリオに言うと、閉口して口を閉じてしまった。
 俺はゼブロさんに『手本を見せて下さい』と視線を送ったのだが。次にクラピカの発した言葉によって、それは遮られる事になってしまった。

「――――それなら、君は如何なんだラグル?
 三次試験の時、パンチングマシーンを粉々にした君なら開けられるのではないか?」

 ・・・・・・正直な所、その窺うような視線は止めて欲しい。

「おぉ、成る程!確かにオマエなら明けられるかも・・・・・・って、流石に4tは無理じゃねぇか?」
「・・・・・・」

 俺はそれに対して何も言わずに肩を竦めてみせた。
 放って置いてもゼブロさんが開けてくれるのだから、無駄に体力を使わなくても良いだろう・・・・・・
 特に何もせずに静観をしていようと思った矢先――――

「大丈夫だよ二人とも、ラグルなら絶対開けられるよ♪」

 と、何故かゴンがそんな事を言ってきた。
 しかも、何やら期待をしている。

「――――なに言ってるんだゴン?」

 俺は少しだけ眉間に皺を寄せてゴンに問いかけた。何故そんなにもワクワクしたような顔を向けてくるんだ?

「だって飛行船に乗ってる時に、ヒソカと同じ位に強いって言ってたじゃん♪」

 ・・・・・・余計な事を覚えてるな。
 確かに言ったが、今それを言わなくても良いだろうに・・・・・・。
 ここでそんな事は言ったら、レオリオやクラピカに要らない嫌疑を掛けられてしまう。

 俺としては、『ほんの一寸だけ変わった奴』といった位置づけで行きたいというのに・・・・・・。
 二人の視線が鬱陶しい。
 まぁ、上手く言い逃れる言葉が思いつかないため、ゴンの期待に応えるしかないようだけどな・・・・・・。
 俺は溜息を吐きつつ、守衛であるゼブロさんにキルアについて質問をすることにした。

「・・・・・・守衛さん。キルアは此処に戻ってきた時、幾つまで扉を開けた?」
「?・・・・・・キルア坊ちゃん?坊ちゃんは3の扉まで開けていきましたよ」

 やはり、3の扉か・・・・・・。こういった所は変わりがないようだ。
 しかし本当に大した身体能力だよ。
 キルアは俺より約2歳若い筈だから・・・・・・ふむ・・・・・・2年前の俺はコレを3まで開けられただろうか?

 ・・・・・・・・・・・・微妙なところだな。
 今なら当然3以上開ける自信は有るが、2年前だとギリギリ開けられるかも知れない・・・・・と言った所か?


「敷地に入るだけでもコレだ・・・・・・まぁ住む世界が違うというか――――」
「――――キルアが3なら、せめて同じくらいは開けないとな・・・・・・」
「え、あ・・・・・・ちょっと君」

 ゼブロさんが何かを言いかけるがそれを手で制して歩き出す。
 俺は扉の前まで脚を進め、ジッと正面を見つめた。
 こういう時、クロロなら如何するのだろうか?ウボォーなら嬉々としてやりそうなんだけどな・・・。

 一呼吸置き、俺は扉に向かって両手を突き出して、『開け過ぎないように』『念を押す力に回さないように』気を付けながら力を込めていった。

 あぁ、馬鹿らしい・・・・・・。

 ギィゴォォオオオオ・・・・・・

「「「「!?」」」」

 耳障りな音を出しながら、扉が徐々に開いていく。・・・・・・思ったよりもずっと重いな・・・・・・。
 まぁ押す力で、開く扉が変わる仕掛けらしいから仕方が無いと言えば仕方がないんだけどな。
 顔を少しだけ上に向け、開いている扉を数えてみる。
 下から順に1・・・2・・・3・・・4・・・まぁこんなもので良いだろう。

「こりゃたまげた、驚いたよ・・・・・・まさか本当に開けてしまうとは・・・・・・しかも本当に3以上・・・・・・4の扉まで・・・
 私よりも小さいその身体の、一体何処にそれだけの力が・・・・・・」

 小さいなんてのは大きなお世話だ、俺だって理想としては後10cm程は身長が欲しいと思ってるんだ。
 まぁ、恐らく今の俺は成長期だろうから、まだ成長の余地はあるのだろうけど・・・・・・。
 ・・・・・・しかし4か。周りは驚いてくれたが、数字は半分を越えても重量は半分も行ってないのだけどな。
 4の扉で32t、7の扉は256tだからな・・・・・・。
 本気では無かったとはいえ結果がこれという事は、喩え『呪念錠』を外して本気でやったとしても全開にするのは無理そうだな。

 まぁ、別に全開にする積りなんか無いけどな。

「お望みの通りに開けたぞ・・・・・」

 ゴン達に視線を回しながら俺はそう言った・・・・・・が、

「4って事は・・・・・・全部で16t?」
「・・・・・・32tだよゴン」
「・・・・・・あははは」

 聞いてないな・・・・・・。
 ゴンのボケで流されてしまった。

 俺がその光景を眉間に皺を寄せながら見ていると、『ポン』っとレオリオが俺の肩を叩いてきて申し訳無さそうな表情を向けてきた。

「その・・・・・・凄ぇなラグル」

 その優しさが返って俺を苛立たせる原因になるが、それを表に出すほど子供でもない。

「いや、それ程でも・・・・・・」

 まぁ、そう言うのが精々だったけどな・・・・・・。

 気を取り直して、俺はゴン達に向き直って質問をする事にした。
 このままでは話がまともに進まないし、ゴンが暴走しようとするだろうからな。
 それに、ココから先の皆のプランを聞きたいというのもある。

「――――で、俺は元々この正門から入って行く積りだったけど、皆は如何する積りだったんだ?」
「――――――――ム」
「それは・・・・・・」
「まさか正面から会いに行って、すんなり通してくれるとか考えてた訳じゃないよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 返事が返ってこない・・・・・・・・・・・・正気かこいつ等は?
 確かに作品では触れられていなかったが、まさか本当に何も考えていなかったとは。
 試しの門の事は知らなかったようだから置いておくとして、それ以外の所まで考え無しだったのか? 

「・・・・・・ゼブロさん。出来ればで良いから、暫く此処に俺達を置いてはくれませんか?
 なんならアルバイト扱いで。賃金は要りませんから」

 レオリオ辺りから只働き扱いかよ・・・・。と聞こえたが気がするが・・・・・・まぁ気のせいだろう。

「ん~~~~そうですね。皆さんはキルア坊ちゃんの友達との事ですしね、私としても便宜を図ってやりたいですから――――」

 如何やら余計に揉めずに済みそうだ。
 この人は基本的には『良い人』のようだからな・・・・・・。

 因みに、俺の中の基準では『ゾルディック家』も『幻影旅団』も、どちらとも『悪い人』ではない。
 ただ、周りと比べるとほんの少しだけストレートに行動しているだけだと思う。
 かと言って『良い人』かと聞かれるとそうとは言えない。微妙なところだな・・・・・・。
 まぁ、『敵か味方か?』には分類できるだろうが・・・・・・。


 その後、俺たちはゼブロさんの好意により、暫くの間アルバイトといった形で使用人の家に置いて貰える事となった。
 当然の如くゴンが『友達を試すなんて変だよ!』と文句を言って、塀を越えようとしたが、
 ミケ(ゾルディック家のペット)の危険性と、それをした場合のゼブロさんの命の危機を説明したところで納得した。

 説明中に何度溜息を吐き、何度実力行使にでようとするのを堪えたことか・・・・・・。
 俺も昔はこうだったのかな?
 と、ゴンを見ながらそう思った。

 事が済んだ後にゼブロさんが、

「彼は良い子ですね・・・。人の為に私怨を納める優しさを持っている」

 と、俺に言ってきた。まぁ、それには俺も同意する。
 もっとも、ゴンのそれ(優しさ)が適用されるのは関係の有る人に限定されるようだけどな・・・・・・。

 ゴンはきっと理解していないから、自分の感覚に反った事に怒りを覚え、沿った事には同意するのだろう。
 多分根っこの所を見るならば、キルアよりもゴンのほうが確実に俺や旅団に近い・・・・・・そんな気がする。

 まぁ、だからって今のゴンが旅団に入る可能性はゼロだけどな。確実に入りはしないだろう。

 そう言えば、執事室に連絡するイベントが起きなかったな・・・・・・。
 まぁさして大した事でも無いだろうから、如何でも良いか。







[8083] 休憩03
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/27 13:34




 何だか知らないうちに(気絶をしてる内に)、ゾルディック家の敷地内で生活をする事になってしまった。
 私は『いつ命を散らされるか?』という恐怖と、能天気な旅仲間たちに対する呆れによる溜息を今日も漏らしていた。

 今にも逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、そういう訳にも行かない。私にだってプライドが有る。
 ここで生活する事を聞かされた時、ラグルが言った言葉に少しだけ、いや、正直に言うとかなりカチンと来た。

『嫌なら帰っても構わない。此処まで引っ張って来てなんだが、俺からすれば面倒ごとが一つ消化される程度の事だ。
 もしかしたらポンズには凄い才能が有るかとも思ったが、まぁ本人がこの程度の事で根を挙げると言うならば仕方が無い。
 縁が無かったという事か・・・・・・。今年の試験は失格、そのまま来年も失格だなコレは・・・・・・。
 帰るなら出口は向こうだぞ、気をつけて帰るんだな』

 とか言われて、あの大きな門を指差された。あの時の妙に見下したような顔にはかなり頭にキタ。
 絶対に見返してやるわ。

 ――――と、意気込んだのは良いんだけど。

 特訓という名の苛めは、次の日から始まった。
 私達を横一列に並べ、アイツ・・・・・・ラグルはこう言って来た。

「全員、上下50kgの重りをつけて腕立てを200回、腹筋、背筋を150回、スクワットを200回やれ・・・・。
 3セットずつで、インターバルは5分間」
「は?」

 本当・・・・・・。「は?」って反応が適切な言葉だったと思う。

 私達は今、人間一人分に近い重量を身に付けてるんですけど?

「本当はジックリやりたい所だけど、まぁゴンもポンズも時間が無い事だし・・・・・・。
 一応それなりに押さえた条件で限界ギリギリのトレーニングをやって行こう」

 巫山戯てる・・・・・・。
 どう考えても人間の限界を超えているでしょ?コレは新手の虐めなのかしら?
 でも、周りを見てみると、

「しょうがねーなー」

 とか

「よし!頑張るぞー!!」

 とか言っていて、『出来ない』なんて言葉は出てこなかった。
 ・・・・・・やっぱり、私って貧弱なんだろうか?

「待て、ラグル。私たちは兎も角として、ポンズは女性だ。急にこれだけの量をこなすのは無理があるだろう?」

 一人心の中で葛藤をしていると、横にいたクラピカ君からそんな言葉が挙がってきた。
 私にはこの時、彼が救世主に見えたわ。

 ・・・・・・でも

「クラピカ・・・・・・。ポンズには、あの門を最低でも1つは開けられるようになって貰わなくちゃいけない。
 コレは俺が、飛行船の中でやった腕相撲を元に考えた最低ラインの回数なんだ。
 これが出来ないようなら『1ヶ月で』なんてのは到底出来はしない。
 ・・・・・・それとも、クラピカが代わりに効率的な方法でも提示してくれるのか?」

 ラグルのこの言葉でクラピカ君は言葉を失ってしまい、

「ポンズ・・・・・・共に頑張ろう」
「えぇ、まぁそうなるような気はしてたんだけどね・・・・・・」

 救世主は意図も簡単に敗北していきました。・・・・・・・・・・・・・はぁ。

 その後ラグルの監視の下、地獄のような訓練が続いていった。

 回数は勿論酷いが何よりも酷いのが、『私』が少しでも気を抜いたりすると何処からか取り出したナイフを投げつけてくる所だ。
 これは『私』がというところがミソ。他の3人には1度も投擲していないのだ。
 一度問い詰めたんだけど、

『ポンズはあの3人と比べると才能が無いから』

 と、それだけを言われて突き放された。これも"カチン"ときた理由の一つになった・・・・・・。


 投げつけられるナイフに怯え、身体に圧し掛かる重量に耐え、プルプルと震える脚を何とか奮い立たせてスクワットの最後1回が終了した。
 この時の私は、遂に訪れるであろう休息に心を躍らせたわ・・・・・・

 まぁ、休息なんか無かったけれど・・・・・・。

「それが終わったらペアを組んで、お互いに相手を押し合うように。押し負けた方は腕立て200回で勝った方は100回」

 ・・・・・・ラグルはサドだわ。
 もう絶対確実に。疑いようも無くそうだと言えるわ。
 『コイツをこんな風に育てた親の顔が見てみたい』。私はこの時、本気でそう思った。







 あっ――――という間に1週間が経過してしまった。今や私達が身に付けている重量も、当初の倍以上に増量している。
 訓練自体は回数も増しているので楽にはならないが、日常生活で使っている湯飲みやスリッパ、布団などの重量が苦にならなくなって来たのは、
 素直に驚いている。

 湯呑み20kg、スリッパ片方20kg、掛け布団200kg・・・・・・

 こんな物を使っていて苦に成らなくなるなんて・・・。つくづく人は慣れる生き物だと痛感した。
 まぁそれ以上に、私の身体が弱弱しかったって事なんだろうけど・・・・・・。


 ――――で、1週間たったその日の晩。

 此処では唯一の女性の為、最初にお風呂に入る権利を獲得(?)していた私は、早々に昼間の疲れと汚れを洗い落とし、
 使用人小屋のそとで夕涼みをしていた。少し物思いにふけると言うか、考え事をしたいと思ったのだ。


 此処に来てから7日程しか経っていないが、それでも自分の身体能力が上向いているのは良く分かる。
 ハンター試験に合格する為、自分では一杯一杯にトレーニングを積んでいたつもりだった。
 言い古された言い方なんだろうけど、でも本当につもりなだけだったなんて。

「コレは『例のこと』を除外しても、ラグルには感謝すべきかもね・・・・・・」

 力が強ければ合格できるとは思わないけど、あって困るものでもないだろうし・・・・・・。
 たった1週間でコレなら、仮に1年間鍛えて貰ったらどれ程自分が上に行くことが出来るのか?それが気になって仕方が無い。

 スッと視界の端に、ミケに餌をあげに行っていたラグルが見える。
 如何やら今日も、かなり疲弊しての帰宅らしい。時々思うのだけど、どうして餌をあげるだけなのに、あんなにも疲れきって帰ってくるのだろうか?
 やはりあのペットは、最初に見たときに思ったとおり、凶悪な気性をしていて襲われてしまうのだろうか?

 まぁ、私が直接餌をやりに行くわけではないから深く悩んでも仕方の無い事なんだけどね。
 私等に地獄を見せている分、その皺寄せが来てるんでしょ。

「・・・・・・おかえりなさい」
「ただいま」

 短い言葉のやり取りをしてラグルは小屋の中に入って行く。

 そういえば。いつも疲れてはいても汚れたりなんて事は無かったのに、今日は服が汚れていたようね・・・・・・。
 どうしてかしら?





[8083] 第18話 餌をやりに行ったら
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2009/05/30 09:33



 新しい生活を始めて1週間が経過した。

 朝目を覚ましたら顔を洗い、歯を磨く。この家に有る物は何から何まで重く作ってあるので少しだけ面白い。
 ゴン達は最初の内は苦労していたようだが徐々に慣れてきているようだ。
 スリッパや湯飲みが20キロあるらしいからな。一体どんな物質で出来ているのか?少しばかり興味は有るな・・・・・・。

 使用人小屋に泊り込み、暫くの間身体を鍛える事にしたゴン達一行は、現在それぞれ上下併せて100kg程の重りを着て生活を送っている。
 最初は上下併せて50キロからのスタートだったが、1週間ほどでコレだけの成長をする辺り、まぁ環境が人を変えるという奴なのだろうか?

 でもまぁ、これ等はある意味予想通りの結果だ。
 あと十日ほどで、3人共1の門を(レオリオは2の門まで)開けられるようになる筈だからな。

 問題は・・・・・・いや、問題では無いのだが、予想を裏切る形と成ったのがポンズだ。
 よもや『理想』どおりに成長をしてくれるとは思わなかった。態々ナイフを使ってまで脅しを掛けたのが功を奏したようだな。
 これなら、天空闘技場に行く頃には押し出しのポンズに成れそうなので一安心といった所だ・・・・・・。

 さて、基本的に4人の1日は掃除洗濯を手伝い、その合間に筋トレを行うといった内容を過ごしている訳だが、俺はそんな事はしていない。
 ・・・・・・違うな。掃除洗濯はしているが、筋トレをしていないが正しいな。
 4人の筋トレの監督をしながら『円』を伸ばす練習。それが終わってから身体強化の訓練をしている。

 但し問題が一つ。

 掃除洗濯を手伝って、その上ゴン達の訓練を監督しているのだ。正直、余り身体強化に費やす時間は無い。
 監督などしていないでゴン達と一緒になって訓練をすれば良いのかもしれないが、それでは余りにも芸が無い。
 どうせならもう少し変わった事を、そして出来れば身体全体を使うような事が好ましい・・・・・・。

 其処で思いついたのが追いかけっこだ。

 ・・・・・・・・・・・・ミケとの。

 俺は時間を決めて、ミケとひたすら追いかけっこをする事にしたのだ。やり方としては、ミケの餌を持って俺が逃げ回ると言ったやり方だ。

 まぁ、正直かなり疲れる。ミケの餌は単純なドックフード等ではなく、大抵は『牛の半身』だったり、
 豚一匹丸々だったりするので持って逃げるのは一苦労だ。(別に重い訳ではなく、大きい為持ち運びが困難)
 それに思っていたよりもかなり俊敏に動くので驚いてしまった。しかしまぁ、この追いかけっこは全身強化に繋がるので止めるつもりは無い。
 『追われる』といった適度な緊張感も与えてくれるからな。

 ゼブロさんやシークアントさん(ゼブロの同僚)に、餌をやりに行ってから帰ってくるのが遅い理由を尋ねられた時にその事を話すと、

「いやいや・・・・命知らずだね・・・・・・」

 と言われてしまった。俺からすれば、喩え噛みつかれたとしても無傷で済ます自信が有るからやっているのだけどな。



 さて、本日の4人の訓練が終了し、俺は今日も餌(牛の半身)を片手にミケの元へと向かって行った。
 最近は時間を覚えたのか、俺が行く頃には既にミケが座って待ち構えている。
 尤も、俺に対して何か親愛の情などが有る訳では無いようで、俺から何かを言ったとしても無反応なのは変わらないがな。


 俺がいつもの所定の場所付近に到着すると、

「先客?誰だ?」

 ミケの他に人影が見える。俺はその影に気が付いて、独り言のようにそう呟いた。
 ジッと良く目を凝らす・・・・・・。
 キルアと同じ色をした紫掛かった白色の髪の毛、その体躯は決して大きくは無いが、存在感は充分すぎる程ある。
 
 この人は・・・・・・もしかして『あの人』だろうか?この容姿ならその可能性が一番高いが・・・・・・。
 しかし仮にそうだとしても、何故本邸から遠く離れたこんな場所に居るのだろうか?
 放浪癖・・・・・・が有ったとは思えないし、ボケが始まったわけでもないだろう。

 分からないな。分からないが・・・・・・。

 こうやって試してみれば分かるだろう。それはもう確実に・・・・・・。

 俺は息を小さく、それこそしていないのと変わらない程のモノに切り替え『思考』をも切り替える。
 最近のゴン達との行動中には、表に出さなかった『感覚』だ。

 『仕事』をする時のこの感覚は嫌いじゃない。

 俺は餌を担ぎ直してから『暗歩』を使い、足音をゼロにしながらゆっくりと件の人物の背後から近づいていった。

 コレで気が付かないようなら――――


「――――誰じゃ?人様の背後に、足音を消して近づこうとする不届き者は?」

 不意に目の前の『爺さん』が俺の方へと身体を向けてそう言ってきた。
 距離にして6m。充分に反応可能な距離か・・・・・・。狙った様にこういった距離で声を掛けたって事は、もっと前から気付いてたって事だろう。
 『この距離まで引き入れてやった』って所かな?

「お主・・・・・・随分と変わった格好をして居るな」
「・・・・・・・・・・・・」

 俺は爺さんのその言葉を聞き、ミケの餌を地面に横たえた。
 ・・・・・・やはりアッサリと気付かれた原因はコレだな、牛は担がないで置いておけば良かった。
 いや、どの道ミケが匂いに釣られてやって来るだろうからその時点で失敗か・・・。

 しかしまぁ、如何やらこの人は本物らしい。俺は仕事用から日常用に思考を切り替えて、目の前の人物に声を掛けることにした。

「・・・・・・・・・俺は、最近バイト扱いで使用人小屋で寝泊りしてるんだ。
 そういう爺さんは・・・・・・ひょっとしてゾルディック?」

 俺は、分かりきった質問を相手にする。
 仕方が無い、見ず知らずの相手に名前を呼ばれていい気のする奴など居ないからな。

「なんじゃ、ワシの事を知らんのか?・・・・・・まぁ確かにワシはゾルディックじゃよ。名前はゼノと言う」

 まぁそうだろうな。
 幾らなんでもこんな爺さんが大量に、しかもこんな限定された場所に居るとも思えないしな。
 同じ爺さんでも、『マハ・ゾルディック』はハゲていた筈だしな。

「ところで小僧。最近のバイトは、雇い主の寝首を掻こうとするものなのかのぉ?」
「・・・・・・見慣れない人影があったから不審者かと思って」

 俺は笑顔でそうゼノに返した。
 まぁ、場合によってはそれもアリかな?と思ったのは事実だけどな。
 もっとも、こうして正面から見ている感じでは、とてもでは無いが寝首を掻くのは無理そうだ。
 本気でやったらどうかは知らないが、今の状態では高確率で返り討ちにあうだろうな。

「俺は仕事(ミケに餌やり)で此処に来たけど、ゼノ爺さんはこんな所で何をしてるんだ?家はずっと向こうでしょ?」
「ゼ、ゼノ爺さん?
 ・・・・・・・・・・・・・・・まぁええじゃろ。ワシは単なる散歩じゃよ。家の中に引き篭もって居っては身体が鈍るからのぅ」

 散歩ね・・・・・・。どう考えても、老人の散歩なんて距離じゃないだろうに。
 まぁ、ゾルディック一族にしてみれば如何って事無い距離なのかもしれないけど・・・・・・。

「ミケが運動不足に成らんように、一緒に散歩でもしようかと思って来たんじゃが・・・・・・。
 ふむ・・・・・・、如何やらその必要は無さそうじゃの」
「俺が此処に来てから、ミケと毎日追いかけっこしてるからな・・・・・・」

 俺はそう言いながら、ミケに餌をあげる事にした。
 いつもは此処で餌を片手に持ちながら走り出すのだが、今日は別の客が居る。
 折角会えたのだから其方の方を優先したい。

 俺は力一杯に牛の半身を森の奥へと放り投げ、ミケをそちらの方へと追いやった。
 一直線に森の奥へと飛んでいく餌を、凄まじい速度でミケが追跡していく。

 今日は追い駆けっこは中止だな。

「・・・・・・ミケと追い駆けっこか。
 ――――お主、さっきの『暗歩』といい・・・ミケと勝負する所いい、・・・・・・まともな人間じゃないのぉ」
「・・・・・・・・・・・・暗殺者の爺さんには言われたく無い」
「そりゃそうじゃな」

 思ったよりも一般向けな人柄だ。
 少なくとも、イルミよりは話の通じる人物のようだな。これなら俺の目的(直筆サイン)もすんなり果たせるか?と思ったのだが――――

「――――で、小僧。此処からは冗談は無しじゃ。――――『ここ』には何をしに来よった?」

 気配が変わった。

 好々爺に見えていたゼノ・ゾルディックの雰囲気が一変した。

 成る程、コレは確かに人殺しだ。
 俺や旅団の連中とはまた違う種類の人間だ。コレが仕事で殺ってる人間か・・・・・・。

 ゼノ爺さんの言っている『ここ』とは、当然『ゾルディック家に――――』という事だろう。

「・・・・・・一つは、お宅の孫のキルア・ゾルディックに会いに」
「キルにじゃと?」

 ピクっとゼノの肩眉が跳ね上がった。
 まぁこの爺さんが、キルアにどれだけの思いを持っているのかは知らないが大切に思っているのは確かだろう。
 知らない人間がそれに会いに来たと言うのだ、警戒するのは当然だ。

「もう一つ――――」
「――――待て、その前にお主の名前を教えろ」

 俺がもう一つの・・・・・・というよりも、本命の方を話そうとすると、突然、ゼノが俺の名前を聞いてきた。
 ・・・・・・あぁ、そう言えば名前も名乗っていなかったな。
 

「――――ラグル・ルシルフル」
「・・・・・・ほう、お主がイルミの言っておった――――小僧かッ!!」

 ゼノは自分の言葉の最中に、飛ぶようにして俺の目の前に踏み込み貫き手を放ってきた。
 俺は間一髪でそれを避けるが、ゼノの強襲はまだ続く。
 続けざまに繰り出される拳戟が、俺の身体をめがけて飛んできた

 コレは・・・・・・・・・避けるだけでは追いつかないな。

 俺はゼノから繰り出されるそれを、両の腕を使って『受け』と『捌き』で対応していく。

 ・・・・・・正直かなりツライ。

 よくもまぁクロロはこんな爺さんとその息子(シルバ・ゾルディック)を相手に出来たものだな。
 俺は受けに徹して幾つかの攻撃を捌いていたのだが、速度も数もとんでもない。
 受ければ芯に響くし、捌けば肌を削られる・・・・・・。

 コレではいずれ捌ききれ――――

「!?」

 ミシッ――――!!

 ――――無くなった。
 正面からではなく、不意に横方向からの攻撃に対処が追いつかなかった。
 フェイントを入れてのサイドステップ、その後に出された中段蹴りを受けて俺は数m弾かれて地面を転がされてしまう。
 追撃を防ぐ為、直ぐに身体を起して身構えるが左腕に上手く力が入らない。
 何とか念を回した腕でガードはしたのだが、蹴られた場所から腕全体に痺れが広がっている。

 俺は転がされて距離が取れた所で、キッと相手に視線を向けた。

 全く、こんな状況は想定外もいい所だ。この爺さんは『仕事以外での殺しは真っ平』ではなかったのか?
 そもそも、何故この俺が襲われなければならないんだ?

「行き成り何をするんだ、爺さん?」
「・・・・・・イルミから聞かされておってな、『キルにとって危険な人物』としてお主の名前を挙げておった」
「ハハ、危険人物?・・・・・・冗談」

 全く、ここでも余計な事をしてくれる奴が居たのか・・・・・・。
 コレはもう少し、自分というものが周囲に与える影響について、真面目に考える必要が有るかも知れないな・・・・・・。

 しかしこれで理解した。
 この爺さんは、殺さないまでも適度に痛めつけて、俺をキルアから遠ざけようとしているようだ。

 『だから手を抜いてる・・・・・・』

 本当にそうなのかは解らないがな・・・・・・

「爺さんの雰囲気から、子供教育には大らかだと思ったんだけどな・・・・・・?」
「あいつ等の父親を育てたのはワシじゃぞ?」
「・・・・・・納得」

 さて如何する?・・・・・・現在の身体能力は向こうが上。
 余りやりあって、使用人小屋に居るあいつ等に気取られても厄介だ。
 あの連中の性格だと、

 『俺が襲われてる』→『助けなくちゃ』→『何も考えずにこの爺さんに突撃』→『殺される、もしくは病院に運ばれる』

 等と成りかねない。
 まぁ・・・・・・一部例外(ポンズはきっと、助けようとは思わない)も居るがな。


 俺は堪らず溜息を漏らした。
 元々適当に日数を費やしたら、目の前にいる爺さんに会う為に正面から本邸に出向く積りだったが・・・・・・。
 まさか、その目当ての本人からこんな事をされる事になるとは露にも思わなかった。

 まぁ、もしもの場合に対する危機意識が、少し足りなかったかもしれないというのは有るけどな・・・・・・。

 しかしまぁ、今更そんな事を言っても仕方が無い。
 それらの事は今後の課題として受け止める事にして、先ずは目の前の爺さんとまともに会話を出来るような状態を作る事が先決だ。

「・・・・・・悪いけど、こんな突発事故みたいなもので怪我する気は無いんでね」

 俺はオーラを身体から出し、能力・・・・・・『発』を使う。
 すると身体から現れるオーラに反応するように、右手の親指、人差し指、中指の第一、第二関節に掛かるタイプの指輪が現れる。

「・・・・・・具現化系能力か?」

 呟くようなゼノ・ゾルディックの声が聞こえる。

 コレは俺の二つ目の能力【指輪で覗く向こう側(スピリティドゥ・アウェイ)】

 はっきり言うと、これ単体では敵にダメージを与える事はほぼ不可能な能力だ。
 もっとも本来の使い方とは異なるが、平和的かつ迅速にこの場を収めるにはこの能力しかないだろう。

 ・・・・・・全く、友好的な関係を築きたい思っていたのに、どうしてこんな事に成るのだろうか?

 互いに睨みあい、一寸した膠着状態と成っている。
 長時間この状態を続けるのは、俺にとって『不利』でしかない。俺は自分から行動を起そうと脚に力を――――――

 入れようとした所で、ゼノ爺さんから感じる雰囲気が柔らかくなった。そして、

「――――ここまでじゃ。・・・・・・ワシはこれ以上はやらん」

 などと言って来た。
 冗談――――という訳では無さそうだ。ゼノ爺さんから感じる雰囲気が、先程の好々爺に戻っている。
 身を守る必要が無くなるのは素直に嬉しい事だ、嬉しい事だが、
 これから動こうとした所に肩透かしを喰らった気分では在る・・・・・・・・・・・・・・・これは『やり逃げ』だぞ?

 ――――それに、俺のこの中途半端な感情はどうやって処理をすれば良いんだ?

 俺はやりきれない思いを乗せて、強めの視線をゼノ・ゾルディックに向けて飛ばした。

「そう睨むんじゃないわい。・・・・・・そもそもワシがお主を殺る気が無い事くらい分かっておったじゃろうが?」

 それは理解している。
 この爺さんが本気で殺ろうとすれば、制限つきの今の俺くらいは殺せそうだからな。
 というより、その場合は最初の段階で重篤な怪我を負うことに成ってる筈だ。

「適当に痛めつけて、キルアから遠ざけようとした訳じゃないの?」
「なんじゃ?そうして欲しいのか?」

 ゼノ爺さんは、「変わった奴じゃな・・・・・・」といって溜息を吐いている。
 変わってるのはアンタだよ・・・・

 だが痛めつける事が目的じゃないという事は、『イルミが言っていた奴がどの程度のものか?』とか、そういった理由だろうか?
 そんな興味本位だけで襲われたのでは堪ったものじゃないんだが・・・・・・。

 ・・・・・・まぁ、他には、ただ運動不足を解消しようとしただけという可能性もあるか。

 俺は溜息を吐いて、具現化した指輪を消す事にした。
 まぁゼノ爺さんの思惑が如何であれ、長時間の睨み合いなんてものに成らなくて良かったのは確かだ。
 自分から攻めたとしても、短時間で動きを封じる事が出来たかどうかは分からないからな。

「――――それで、『その積りは』無いみたいだけど、イルミの言うとおりに俺がキルアにとって危険人物だったら如何するんだい?」
「その時はその時で良いじゃろう。必要ならシルバの奴がヤルわい。
 ワシは、仕事以外での命のやり取りはゴメンなんじゃよ」

 ・・・・・・ゾルディック一族。
 クラピカの感情と同じ位に分からない一族だ。『自分たちに近い』と言うのは分かるのだけどな・・・・・・。

「そう言えばじゃが・・・・・・小僧。
 あの『暗歩』は誰に習った?気配を消すのはまだまだじゃったが、技術だけは大したものじゃった」

 気配?・・・・・・あぁ、コレ(呪念錠)を着けてるからな。
 そうか、牛じゃなくて『絶』を使わなかったからアッサリとばれたのか。
 背後から――――なんて時は、コイツを外すようにした方が良さそうだな。

「特に誰にも習っていない。俺は――――この本で勉強したんだ」

 そう言って、俺は懐から例の本『誰でも出来る暗殺技術』を取り出した。
 ゼノはそれを見るや否や、両の目を見開いて表情が一変させてきた。

「お、お主、それを読んだのか!?」
「あぁ、勉強になったよ」

 読解力や認識力の強化も含めてな。・・・・・・とは、流石に著者の目の前では言わない。

「よもや、その本の読者に出会う日が来ようとは・・・・・・」

 何やら、感慨深そうに遠くを見つめているゼノ・ゾルディック。

 まぁ、好き好んで暗殺者に会いに来る奴なんて誰も居ないだろう・・・・・・。
 その上この本は、やたらと数が少ないうえに難解すぎるからファンも付きにくいだろうからな。

「俺がさっき言いかけたもう一つの理由が・・・・・・ゼノ爺さん、アンタに会う為だよ。
 コイツに直筆のサインを貰おうかと思ってね」

 俺は更にサインペンを取り出して、本と一緒に持ちながら手を動かしてそう言った。
 ゼノ爺さんはそれに対して、呆けたような表情を向けてただ一言――――

「やはり変な奴じゃの・・・・・・小僧」

 と言ってきた。
 ・・・・・・あんた等ゾルディック一族には負けるよ。

 その後、ゼノ爺さんは

「特別じゃぞ・・・・・・」

 と言って、俺の持っていた本に直筆でサインを書いていった。
 妙にサラサラと描いていった所を見ると、影で練習とかをしていたのかも知れないな・・・・・・。

 書き終わって本を渡されると、其処には達筆なハンター文字で『ラグル君へ、ゼノ・ゾルディックより』と書いてあった。
 ・・・・・・正直、普通に名前を書いてくれればそれで良かった俺としては、

『コレはちょっとな・・・・・・』

 と声に出して言いたい所だった。
 其処までやってから、ゼノ爺さんはクルリと俺に背を向けるて山に向かって歩き出していった。
 最後に小さい声で『小僧、気が向いたら遊びに来い』と聞こえたのは気のせいだろうか?

 俺はそのまま、爺さんが見えなくなってからもその場所で立ち尽くしていた。
 思いがけずゼノ・ゾルディックとのパイプが出来た事は幸運だと言えるのだろうが、俺が襲われたのは、完全に『やられ損』な気がして仕方が無い。

「腕が痛いな・・・・・・」

 俺は蹴られた場所を擦りながら、
 いずれ、ここではない何処かで『やり返す』事を心に刻み、使用人小屋へと戻る事にした。

 兎も角、この煮え切らない感情は明日の訓練中にでも晴らすとしよう。

 あぁ・・・・・・しかしあの爺さん。
 仮にクロロと二人掛かりでやったとしても、能力は盗めそうにないな・・・・・・。







[8083] 休憩04
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2009/06/05 21:16




 ギィ・・・・・・

 金属の軋むような音が耳に入り、オレは眠っていた状態から覚醒した。
 また『躾』が始まるのだろうか?
 オレは今、家にある独房の中で鎖に繋がれ吊らされている。理由は、『反省を促す為の躾をする為』。
 この家に帰ってきてから毎日のように繰り返されている、豚君(ミルキ)からの躾。
 ツライとは思わないが、『何で自分はこんな事をしてるのだろう』と、時折不思議になる。
 オレはゆっくりと瞼を開けると、其処に居たのは豚君じゃなかった・・・・・・。

「起きとるかキル?」
「爺ちゃん?」

 目の前にやって来たのはゼノ爺ちゃんだった。
 何だろうか?オレが帰ってきてから余り話をしなかったけど・・・・・・。

「随分とミルにやられたみたいじゃの・・・・・・」

 爺ちゃんはオレの身体を見渡すと、一言そう言ってきた。
 『オレが心配で様子を見に来た?』・・・・・・まさかね、そんな事ある訳ないか。

「どってこと無いよ・・・コレくらいならさ」
「反省したとか言うわけじゃ無さそうじゃな・・・」

 反省?する訳ねーじゃん・・・。
 確かに心配かけたのは悪かったって思うけど、オレは暗殺者になんてなりたくないし・・・・・・。
 それに、強制的にアレをやれコレをやれって言われて、それで喜ぶ奴なんて居ないぜ?

「ちゃんと悪いとは思ってんだ。でも――――」

 オレは自分の思っている事を爺ちゃんに言おうかと思った。でも、言えなかった。
 確かに爺ちゃんの事は優しくて好きだけど、それでもやっぱりゾルディックだから・・・・・・。

「ふむ・・・・・・まぁそれも仕方ないじゃろうな」

 オレが言葉に詰まっていると、爺ちゃんはオレに背を向けてしまった。
 きっとガッカリしてるんだろうな・・・・・・。一族中が、何故かオレに期待してるのは知ってる。
 でも、だからってオレはそんなの嫌なんだ――――。だから『ゴメンなさい、もうしません』なんて言えない・・・・・・。

「おっと・・・そうじゃった、キル――――」

 そのまま部屋から出て行くかと思った爺ちゃんが、突然クルリと向き直って俺の方へと身体を向けてきた。
 今度は何だろうか?

「恐らく4~5人程じゃが、使用人小屋にお主に会いたいと言っておる奴等が来ておるぞ」
「オレに?」

 オレに会いに来るなんて・・・・・・。そんな奴居る訳――――・・・・・・いや、もしかしたら・・・
 もしかしたらあの『二人』なら会いに来てくれるかもしれない。

「臨時でアルバイトを雇いたいと報告が入っておったのが先ず一つと、そのアルバイトの一人が『お前に直接会って話したい』と言って居ったからな。
 恐らく、臨時のバイト連中みんながそうじゃろ・・・・・・」

 ・・・・・・此処は暗殺一族ゾルディックの敷地。
 そんな所で態々『バイトがしたい』なんて酔狂な奴等はそうそう居ない。でも、もしかして――――

 ゴン、それにラグル・・・・・・もしかしたらあの二人が・・・・・・。
 もしあの二人が来てくれたんだったら、スゲー嬉しい。あんな別れ方をしたのに、こんなオレに会いに来てくれるなんて。
 ・・・・・・4~5人ってのが解らないけど。

 ――――でも、もしそうだとしたら危険だ・・・。

 此処はハンター試験の会場じゃない。
 兄貴(イルミ)が行動を止る理由も無い。
 それに、もし兄貴じゃなくて親父や爺ちゃんが動いたとしたら?
 その時は・・・・・・確実に殺される。

 確かにラグルはオレよりも強い。でも親父達に狙われて、それで生きていられる姿なんて思い浮かばない。

 如何すればいい?そうならない為にも、
 オレは――――

「爺ちゃん・・・・・・そいつ等――――」

 オレは恐る恐る爺ちゃんに声を掛けた。
 『もしかしたら、爺ちゃんなら話せば大丈夫かもしれない』と縋る様な気持ちで。ハッキリ言って馬鹿だと思う。
 兄貴を育てたのは親父で、親父を育てたのは爺ちゃんなんだ。似た考えを持ってるのは当たり前の筈なのに・・・・・・。

 でも何とかして貰わずには居られなかったんだ・・・。

「まぁ、キルが連中の事で気に病む事も無かろう。理由も無く、アイツ等を殺させるような事はワシがさせんわい。
 なにせ、ワシの『ファン』じゃからの」
「は?ファン?」

 爺ちゃんが『殺らせない』と自分から言ってきたのは予想外だったけど、ラッキーだった。
 ――――だったけど、・・・・・・『ファン』?

 オレが訳が解らずに呆けた顔をしていると、爺ちゃんがそれに気が付いたようで声を掛けてきた。

「ん?キルの知り合いでは無いのか?イルミが言っておった・・・・・・ラグル・ルシルフルとか言う名前の・・・」
「――――知ってるけど・・・そっか・・・・・・ラグル。アイツ爺ちゃんにあったんだ・・・・・・」
「あぁ。しっかりとサインをしてやったわい」

 そう言う爺ちゃんは、心なしか嬉しそうな顔をしているように感じる。
 まぁ、あの本じゃファンなんかつかねぇよな・・・・・・。オレなんかは面白いとは思うけど。

「それにの、キル・・・・・・。
 あの小僧は仮に殺るとしてもちと骨が折れそうじゃわい。・・・・・・仕事で依頼が来たとしても、『割に合わん仕事』になるくらいにの」

 と、天井を見ながらそんな事を言ったきた。
 なんだよそれ?もしかして何か・・・・・・

「心配せんでも、アヤツには怪我などさせとらんわい」

 爺ちゃんはオレの雰囲気を察してか、最後にそう付け加えて部屋から出て行ってしまった。
 どうやら何かしたのは間違いないみたいだ・・・・・・。

 にしても、あの爺ちゃんに『あんな台詞』を言わせるなんて・・・・・・もしかしたら本当に兄貴より強いかもしれないな。






[8083] 作中説明
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/05/27 14:10
 【不思議道具 呪念錠(じゅねんじょう)】

 ●装着→念発動1段階目 其々が強力に引き付けあう。単純な力だけで引き離すのは、ほぼ不可能。
 ●堅(顕在可能オーラ量の約9割を放出する)を行う→念発動2段階目 引き付け合う力が弱くなり、
  代わりに放出されるオーラ量によって体感重量(本人にしか感じない)が変わる。
 ●堅発動と同時に念発動3段階目 使用者のオーラの状態を垂れ流しのように見せかける。
  コレは一定量を越えると、見た目が変化し始める。

 例:9割1分ならば許容範囲でオーラの状態を垂れ流しに見せるが、2分になるとオーラが膨れ上がり、
   3分を越えた所で『纏』5分を越えた所で『錬』または『堅』の状態になる。
   また、9割2分辺りまでは呪念錠がオーラを戴く(呪念錠に使用する)事に成る為、周りに対する影響は現れない。



 【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】

 【能力者の系統】 特質系

 【能力系統】   特質系

 【能力の説明】
 ●対象の熱運動エネルギーを加速、または低下させる事で自由に燃焼、凍結を行う能力。
 ●直接触れて発動をする方が、より少ないオーラ量で対象に効果を及ぼす事が出来る。
 ●使い方としてオーラを伸ばして対象を捉える方法、念弾を生成して放り投げる方法がある。
 ●凍結速度、燃焼速度は対象の念の防御力と使用者の念の込め方に依存する。
 ●炎を作り出したり、冷気を作り出したりをしている訳ではない。(熱伝播は可能)

 【制約/誓約】
  特になし



[8083] 第19話 コイン捌きで・・・・・飽きちゃった
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:df22bd4c
Date: 2009/06/05 22:09



 ゾルディック家の使用人小屋で寝泊りを始めて20日後。
 ゴン、レオリオ、クラピカ・・・・・・そしてポンズの4人は、見事試しの門を開く事に成功した。

 ・・・・・・一応ギリギリではあったが、ポンズもその合格ラインに到達する事が出来たのは幸いだ。
 これで天空闘技場では、余程の事が無い限り200階まで一直線に進めるだろう。
 俺がナイフを投げていた事も、満更無駄では無かったという事だ。

 全員が門を開けられるように成ったのを待って、俺達は本邸を目指して山に向かう事にした。
 その際にポンズが大騒ぎをしたので、『明日の朝までに戻らなければ帰って構わない』と言って、使用人小屋で待機をさせている。

 まったく・・・・・・少しはこの環境にも慣れれば良いのにな。

 門を越え、森を抜け、現在俺達が居る場所は『執事室』。
 此処に来るまでは動きの殆ど無いような出来事ばかりだったので、正直な所かなり退屈だった。

 俺がした事といえば、途中で執事(クソ見習い?)の持つ杖によってゴンが殴打されるのを、欠伸を噛み殺しながら眺め、
 例の二人(キル母とキル弟)が茂みに到着した時に、軽い笑顔で手を振ったり・・・・・・まぁその程度だ。
 まぁ、手を振って直ぐに殺気を放ってきたのは『流石はゾルディック』といった所だ。
 尤もゼノ爺さんに比べれば圧力も感じないし、俺としては口元が綻ぶ程度の『心地良さ』だったのだけどな。

 ――――――――で、

「許せねェ・・・・・・キルア様が来るまでに結論を出す。
 オレがオレのやり方で判断する。文句は言わせねェ・・・・・・」

 俺達に茶を振舞っていた執事長?(ゴトー)の提案による、コインを使ったゲームが行われていた。
 背後に控えていた執事たちが刃物を抜き、其々が俺達を威嚇してくる。

 まぁ如何でも良いか・・・・・・好きにやっていてくれ。

 俺は溜息を一つ吐き、目の前に用意された紅茶を一口啜る。
 ・・・・・・・・・・・・良い茶葉を使っているようだ。俺が昔住んでいた街(流星街)ではお目にかかれないような物だろう。
 まぁそれと同時に、淹れ方の方も上手いのだろうけどな。残念な事に、俺には『美味しいお茶の淹れ方』に関する知識は無いからな・・・・・・。
 もっとも、たとえ知っていたとしてもそれを使う可能性は無かっただろうが・・・・・・。

 俺自身が、好き好んで茶を愛でる性格でもないし、周りに居た人間達もそんな事には興味の無い連中だったからな。
 興味が有るのは"お宝"だけの連中だったし・・・・・・。

 ・・・・・・ふむ、お茶請けが欲しいな。

「――――良いか?一度間違えばそいつはアウトだ。
 キルア様が来るまでに全員がアウトになったら――――キルア様に、皆は先に行ったと伝える。2度と会えない所にな・・・・・・」

 その言葉を合図に、何故か俺の首に強く匕首(あいくち)が押し当てられ、ティーカップを口元に運ぶ邪魔になる。
 俺は『一体何の積りか?』と視線を正面の執事に向けた。

「・・・・・・お前、ラグル・ルシルフルって言ったな?」
「(ピク)」

 名前をフルネームで呼び捨てにされ、俺は若干の苛立ちを感じて口元に運んでいたティーカップをソーサーに戻した。

「オマエの事はゼノ様からお聞きしている。なんでもゼノ様とやり合ったらしいな・・・・・・」

 ざわ――――

 執事のその言葉に、レオリオとクラピカが驚きの表情を見せる。 

「ゼノ様・・・・って。『ゼノ・ゾルディック』の事か?」
「『殺りあった』って・・・・・・お前・・・」

 全くこの執事・・・・・・何も今そんな事を言わなくても良いだろうに。
 それにしても『やり合った』・・・・・・か。

 ゼノ爺さんは、一体どういった説明をこの執事にしたんだ?
 アレはやり合ったなんて内容じゃなく、ただ一方的に爺さんが俺に攻撃を加えてきただけだろうに。

「正直、テメェは一番の危険人物だ・・・・・・。妙な動きをすれば、その瞬間にいかせて貰う」
「・・・・・・・・・はい、どうぞご自由に」

 俺は少しばかり間を空けた後、肩を竦めてそう言った。

 まぁ『殺りたければ』『殺ってみれば良いさ』
 手にしてる刃物がどの程度の代物なのかは知らないが、まともに『念』も籠もっていないような道具では、俺を殺る事は不可能だからな。
 尤も、俺に匕首を押し当てているコイツはその事に気付いているようで、
 手に持つ匕首が僅かに振るえ、呼吸が若干乱れているのが解る。

「ちょっと待って、キルアは――――」
「黙れ・・・・・・。テメェらはギリギリの所で生かされてるんだ。オレの問いにだけ馬鹿みてぇに答えてろ」

 何かを言おうとしたゴンの言葉を遮って、執事はコインを頭上へと放った。
 落下してくるコインに対して両の手を素早く動かしいく。
 ・・・・・・まぁ、大した物だと思う。フェイタンに比べればスローモーションと変わらないけどな。

 それでもまぁ『面白そう』だという事に変わりは無い。
 俺はその光景を見ながら右手を軽く握り締めた・・・・・・。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 コインがどちらの手に有るか?
 わざわざどういった順番だったかを知識から引っ張り出すまでも無い。
 見ていれば全部解るからな・・・・・・。相手側が詐欺紛いの事をしてこなければ、なんら問題なく答えられるだろう。
 ただ、コレでその侭に答えるのでは些か芸が無い。何故なら俺は、『楽しむ為』にゴンと一緒に居るのだから・・・・・・。

「当たりは左手・・・・・・これで残りは2人だ」

 既にレオリオは失格になっており、クラピカも今し方行われたゲームで失格になった。
 残っているのは俺とゴンの二人。

「いくぜ・・・・・・」
「ちょっと待って」
「何だ?時間稼ぎなら一人ぶっ殺すぞ」

 続けてゲームを続行しようとするゴトーに、ゴンが声を掛けてゲームにストップを掛けた。
 此処でゴンがレオリオにナイフを借り、瞼を切って血抜きをするイベントを行った。
 片目だけでは視界も遠近感悪くなるからな。

 これで残りは確か2ゲーム。それが終わるまでは大人しく静観していよう・・・・・・なんて気は、流石にちょっと起きそうにない。
 このまま進んだら、何一つ面白い事なんか無いからな。

 ゴンの準備が終わるのを待ってから、ゴトーはコインを親指で弾いて頭上に放る。
 そして落下してきたコインに向かって幾度も両腕を振っていく。
 俺はコインの動きを眼で追い、その腕の動きに併せて『右手を握り締めた』。

 縦横に飛び交っていた執事の腕が不意にその動きを止め、ギュッと両の手の平を握りこんだ瞬間――――

「!?」

 正面の『執事(ゴトー)』が一瞬驚愕の表情を見せ、直ぐに俺に向かって視線をぶつけて来る。俺はそれを、口の端を吊り上げながら眺めていた。
 横に座っているゴンは、執事の左手を凝視している。

 後の二人は・・・・・・まぁ、見えなかったんだろうな。
 確かこの段階ではレオリオは勿論、クラピカもこの速度には目が付いていかなかった筈だからな。
 もっとも、後になって二人の動体視力がどうなってるか解らないが・・・・・・。

 まぁどの道、今回に限り『見えていても、見えていなくても関係ない』けどな。

「・・・・・・・・・・・・・・・何をしやがった?」

 執事はより一層視線を強め、言葉にドスを効かせてそう言ってきた。
 俺はそれに対して笑顔を返し、意味を理解していない周囲の人間(ゴン達を含む)は頭に疑問符を浮べている。

「『何を?』『どっちだ?』って聞くんじゃないんだ?」
「チッ・・・・・・」

 舌打ちを一度鳴らし、ゴトーは自らの両の手の平を開くと、其処には何も無い手の平が現れた。

『!?』

 ゴンもレオリオもクラピカも・・・・・・周りに居る使用人達でさえも、その顔に驚きの表情をだした。
 出していないのは、俺と他の者達よりも早く『それを知った』ゴトーだけだ。

 俺は笑い出したい気持ちをしっかりと押さえ込み、ゆっくりと自分の両の手の平を開けていった。
 その瞬間、部屋中の視線が其処に集中し、部屋中の人間が息を呑んだ。

「――――コインを持ってるのは『俺の』右手だ」
『!!!!』

 開かれた右手の中には、しっかりとコインが納まっている。此処で働いている執事達、そしてゲームを仕切っていたゴトーには、
 それが今正に使用していた物である事が解る筈だ。
 驚くだろう、それはもう当然に。
 何故なら俺は、座っている場所から一歩も動いてはいないのだから。

「俺は『妙な動きをすれば、その瞬間にいかせて貰う』・・・・・・そう言った筈だぜ?」

 ゴトーがクイっと眼鏡を直しながら、変わらぬ強い視線と口調で聞いてくる。

 本当に良いものだな・・・こういう感覚は。
 この刺す様な視線を感じると、ゾクゾクとした感覚が身体を駆け抜ける。本当に自分が楽しんでいるという事が良く解る一瞬だ。

「確かにそう言ったな・・・・・・。
 けど・・・・・・・・・果たして貴方には、俺が何か妙な動きをしたように『感じた』のかな?」
「・・・・・・・・・・・・」

 その言葉に、ゴトーは言葉を失い押し黙ってしまう。

 俺はその反応に満足して、またまた口元が緩みそうになってしまう・・・・・・。
 今度は――――――――天空闘技場に行ったら、何か変わった事でもしてみようか?

「俺は、一応そちらのルールに則っているんだけど・・・・・・。
 そう言えば、どちら側の手にも――――――――いや違うか、それは正しくないな・・・・・・。
 『そちら側の人間以外の手にコインが廻った場合』、どうなるんだ?その場合のルール説明が足りないようだけど?」

 俺は首を傾げながらそう言って、ギュッ・・・とコインを持った右手を握り締めて、その手を何度か『ニギニギ』と動かした。

「・・・・・・まぁ『こういうのは無しだ』って事なら、俺は失格でも構わないけどな」

 スッと右手を開き、豆粒ほどの大きさに歪められたコインが、音を鳴らしてテーブルの上に落ちていった・・・・・・。
 ここで最初は、指で弾いて正面に向かって飛ばそうかと思ったのだが、
 仮にそれで殺傷沙汰に発展したら事だと考えて、テーブルに落とす事にしたのだ。 

 向こうから直接的に喧嘩を売られているなら兎も角(殆どが振りだと知っているため)、自分から売るのはちょっとな・・・・・・。
 ・・・・・・コレも売ってるようなものかな?

 まぁ、この程度の事は如何でも良いか。
 もしこれで戦闘に発展するようならそれでも・・・・・・。

 俺はニコッと微笑んでから再びティーカップを手に取りに、残った紅茶を飲み干した。

 やはり美味いな・・・・・・。

 こんなのは一寸したお遊びだが、周りの反応はそれなりに面白かった。
 後は普通にゴトー辺りに進めて貰って、それでゴンに――――

「凄い!!」
「――――は?」

 俺が気を抜いて観戦していようとした時に、何故か横にいるゴンが俺に向かってそんな事を言ってきた。

 ・・・・・・さて、ゴンは状況が解ってるのか?
 勝手に動くと『ソイツの首を掻っ切れ』とか言ってくるぞ?

「凄いよ!あの執事さんの左手に入ったと思ったのに。ずっと見てても、何時ラグルの手に入ったのか全然解らなかった♪」

 ゴンの『執事さんの左手』の所で、ゴトーの片眉がピクリと動く。ゴンは、本当にちゃんと見えていたようだな。
 実際コインは、ゴトーが左手で掴もうとした事は紛れも無い事実。
 全力でやっていた訳ではないとしても、しっかりと自分の手の動きを見られていたという事だからな・・・。

 それにしても『何時ラグルの手に入ったか解らなかった』・・・・・・か。
 それはそうだろう。
 再度言うが、俺は此処から動いていないし、『コインが此方に飛ばされて来たわけでも無い』のだから。
 逆に解ったらその方が問題だ。

「ねぇラグル、今のどうやったのか教えてよ♪」
「はぁ?」

 犬?のようにはしゃぎながら、ゴンが俺に向かってそう言ってくる。
 そのゴンの言葉と表情に、俺は自分の顔がほんの少しだけ緩むのを感じた。
 尤も、直ぐにそれに気が付いたので、周りに気付かれる前に対処出来たと思うが・・・・・・。

 俺は少しだけ間を開けて、

「・・・・・・・・・・・・それは秘密だ」

 とだけ言った。
 こんな所で、わざわざ種明かしをする積りは無い。・・・・・・と、言うよりもだ。
 恐らく『念』を知れば、俺が『それを使って何かをやった』と、そのうち理解できるようになるだろう・・・・・・多分。

「そんな事よりもだ、ゴン。今はそっちの方に視線を向けた方が良い。
 何やらご立腹の様子だ」
「・・・・・・あ」

 オレがゴトーを指差してそう言うと、ゴンは『忘れてた』とでも言いたげな表情を作り、

「ゴメンなさい執事さん!」

 と、勢い良く頭を下げるのだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・えっと、もしかして失格とか?」

 頭を下げた後も無言のゴトーに、ゴンは多少の不安を覚えてそう口にする。それが切っ掛けになったのか――――  

「フ、フフフフ・・・・・・ハハハハハ」
『ハハハハハ――――』

 ゴトーの笑いを皮切りに、周囲の執事達も一緒になって笑い出した。

「いやーー、毒気を抜かれましたなこれは。――――ゴン君、君はとても良い素直さを持っているんですね」

 ニコッと、先程までの強面はなりを潜め、今は穏やかな表情を向けている。

「悪フザケが過ぎましたね、大変失礼いたしました。しかし、時間を忘れて楽しんで戴けたでしょう?」

「ゴン!ラグル!!」

 ゴトーがそう言うのと殆ど同時に、キルアが大きな声でオレとゴンを呼びながら部屋へと入ってきた。
 ・・・・・・多少は怪我をしてるようだが、みんな掠り傷程度のようだな。

「ゴン!!ラグル!!・・・・・・それとあと、えーーーと、クラピカ!リオレオ!」
「ついでか?」
「レオリオだ!!」

 ゴンはキルアに、キルアはゴンに合えたのが余程嬉しいのか、二人とも笑顔で喜び合っている。
 俺はその二人前に歩いていき、正面から其々の顔を見てこう言った。

「しかし・・・・・・酷いツラだな。キルアもゴンも」

 キルアはミルキに拷問された為、ゴンはカナリア(執事見習い)に殴られた怪我の為、大小様々な傷が付いている。
 流石に血抜きを行ったので瞼の腫れは軽くなっているが、それでも酷いツラであることに変わりは無い。

「なに言ってんだよラグル。絶対にゴンの方がヒデー面だって♪」
「えー!絶対キルアの方が凄い顔だよ♪」

 俺達を傍目に、二人で『あーだ、こーだ』と言い合っている。何と言うか・・・・・・仲が良い事だな。
 その後キルアがゴトーに『付いて来るな』と伝え、ゴトーはゴンにコインのトリックを見せて注意を促していた。

 しかしまぁ、これでゾルディックでのイベントは一先ず終了だろう。
 ゼノ爺さんに襲われるといったアクシデントが有ったものの、それ以外は良好で有ったと言っても良いだろう。
 サインは手に入れたし、ポンズも扉をクリアーした。

 ゴン達とも多少は友好を深める事が出来ただろう。
 まぁ、この関係が後々になって得になるかどうかは今の所良く解らないが、少なくともマイナスになることは無いだろう。

 ・・・・・・・・・・・・あぁ、そうだ。
 街に行く前に、ポンズを回収していかないとな。







[8083] 第20話 天空闘技場編
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/06/19 15:47




「凄い人の数ね・・・・・・」

 ポンズが周囲を眺めながらボソッと呟いた。
 周りに居るのは何かしらの格闘技をかじった事のあるであろう人、人、人・・・・・・まぁ、暑苦しい連中が長蛇の列を作っていた。

 そう、此処は天空闘技場。
 俺は約2ヶ月ぶりに、この場所にに帰ってきたのだった。



 前回、ゾルディック家でキルアと合流した俺達は、続いて使用人小屋でポンズと合流をし、
 街へと戻って『ヨークシンで会おう』と、言葉を交わして現地解散(レオリオ、クラピカと別れた)をした。

 因みに、ポンズと合流した際に『誰このネーチャン?新しい使用人か?』とキルアが聞いてきたので、
 少しばかり簡単な説明(『ポンズは俺の弟子』と言っただけ)をし、逆にポンズにもキルアの非危険性を説明した。
 まぁキルアの性格も相まってか、ポンズがあまり怯える事無く受け容れたのは僥倖と言える。

 で、

「これから如何する?」

 との、ゴン、キルア、ポンズの其々の質問に対して、

『ポンズはこれから有る意味での仕上げに入るため、天空闘技場に付いてきて貰う』
『ゴン、お前は修行をしろ』
『どうせならキルアも一緒に行かないか?』

 と、其々に言った所、全員が天空闘技場行きを決意する事になった。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 俺達は現在、闘技場内の1階フロアーで試合の順番を待っていた。
 因みに、俺は200階以上のクラスに上がってはいなかった為、
 ハンター試験とゾルディック家訪問であけた2ヶ月間の間に前回の登録を消されてしまい、再び一番下からやり直しとなっている。

 しかしコレは、200階の登録を拒否すると参加資格が無くなるのか、
 それとも他の階でも同じ様に登録が消されると参加資格を失うのか・・・・・・。一体どっちなんだ?

 ・・・・・・まぁ、別に如何でも良いか。

 将来的に此処に住み着く積りが有るわけでも無いからな。

 しかし・・・・・・

 俺は視線を動かし、周囲を観察する。懐かしくも在るが、同時に詰らなくもあるな・・・・・・。

 正直な所、俺は天空闘技場での事には余り期待をしていない。
 一応は『発』を200階以上の人間相手に試してみるといった目的があるのだが、
 それは一寸した作業のようなものなので、とてもでは無いが楽しめる内容には成らないだろう。

 今日から試合を始めて、ゴン達が200階に到達するのは最速で8日。
 いっその事8日後に200階に上がったら、今もこの階の何処かに居るであろうウィングさん・・・・・・もうウィングで良いか、
 ――――ウィングに3人(ゴン、キルア、ポンズ)を任せ、暫くの間(準備期間一杯)何処か旅にでも出てしまおうか?

 ・・・・・・・・・それも悪くないかもしれない。
 そうすれば、少なくとも気は晴れる。

 しかしそうした場合、仮にポンズが『優秀な念能力者』になった場合の取り込みに失敗するかも知れない。
 引っ張るだけ引っ張って、実際は他に丸投げでは流石にそうなるだろう。
 せめて『精孔』はウィングに、それで後の面倒を少しは見る。と、いった様にした方が良いだろうか?
 だがそうすると、今度はキルアやゴンが俺に習おうとするかも知れないな・・・・・・。
 二人を、上手く言いくるめる方法も考えなくては。

 ――――まぁ結局の所は、天空闘技場から長期間離れる訳にもいかず、楽しめるイベントは起きそうも無い・・・・・・という事か。

 考えるんじゃなかったな、ストレスが溜まりそうだ。



「いやー、懐かしーな。ちっとも変わってねーや」
「そう言えば、キルアは此処に来た事があったんだよな?」

 キルアの言葉に俺が返事を返す。
 確かキルアは此処に、・・・・・・6歳?だったか?それくらいの時に父であるシルバ・ゾルディック連れられて、
 ここでの挑戦を余儀なくされたんだったな。

「まぁね――――つっても6歳の時だけど。そん時は此処の200階まで行ったな」
「へーー」
「6歳って・・・・・それって修行でってことかしら?」
「そ、親父に無一文で放り投げられて『200階まで行ったら帰って来い』ってさ。そん時は2年かかった・・・・・・」

 キルアの発した2年という言葉に、ポンズもゴンも閉口してしまう。
 コレは『子供が200階まで行くなんて凄い』という意味での沈黙か?
 それとも『キルアが2年も掛かるなんて・・・』という意味での沈黙なのだろうか?

 まぁ恐らくは前者がポンズで、後者がゴンだろう。

 俺の意見としては、8歳で200階まで行ったのは充分凄い事だと思う・・・・・・。
 何と言っても、俺が8歳の時は仕事を手伝わされ始めた時期だったからな。

「子供のときとはいえ、キルアが2年も掛かった場所・・・・・・」
「ゾルディック家ってのは随分と過激なのね」
「じゃなかったら、暗殺者なんてやってられねーよ」

 と、少しばかり、キルアが自虐的な言葉を口にする。

 キルアは幾分一般的なのかも知れないが、温和な性格をしていたら裏側の世界じゃ生きていけないだろう。
 物事の考え方としては、キルアの家族の方が正しい捉え方をしている。

 ・・・・・・ん?
 そういえば、キルアが6歳から8歳まで此処に居たって事は、かろうじて俺が居る時期と被るな?
 まぁ一度も会わなかったという事は、入れ違いで俺が此処に来たという事なのだと思うけど。

 俺がそんな事を考えていると、視界に写っていたキルアの顔が一瞬『ニヤ』っと変化するのが見えた。

「――――オレだけじゃなくて、確かラグルも此処に居た事有るんだよな?」
「え!?そーなの?」
「それは初耳だったわね・・・・・・」

 言ってないのだから当然だ。と言うよりも、知っていたらそれは逆に『怖い』。

 ゴンとポンズの興味の視線が俺に向けられている。
 面倒になりそうだな・・・・・・。

 俺は溜息を吐いて一呼吸置き、ゆっくりと口を開く事にした。

「・・・・・・俺は大体4~5年くらい前から、ハンター試験を受ける少し前までずっと此処に居たんだよ。
 用事が有る時以外は入り浸りの状態だったから、ある意味では家みたいなものだったのかも知れないな」

 と、そこまで言った所で、俺は一つの事に気が付いた。それは『自分の家が無い』という事だ。
 今まで考えなかったが、まさか自分がホームレスだったとは。
 それに加え、俺は『ホームコード』も持ってない。レオリオが言うには、ハンター三種の神器の一つらしいが・・・・・・。
 まぁなくても良いか、携帯だけでも。
 どうせ、当分は一箇所に留まる積りなど無いのだからな。

 ゴンとポンズの表情を窺うと、どうやら先の言葉だけでも満足したのか、軽く「へー・・・」だの、「そうなんだ」などと言っている。

 まぁ、どうやらキルアはまだまだ満足してなかったようで――――

「(ニヤリ)確か、ここでヒソカと戦った事が有るって言ってたよな?」

 と、余計な事を言ってくれた。
 ゴンのワクワク度合いが強さを増し、ポンズの視線がより一層・・・・・・何と言うか、『良くない』ものを見るようなモノに変わる。

「ヒソカと!本当に!?いつ戦ったの!?」

 ・・・・・・ふぅ、やれやれ。

「2年くらい前に一回だけな。
 ・・・・・・・・・・・・期待してるようなところ悪いが、俺はヒソカにボコボコにされて負けてるぞ」
「えぇっと・・・・・・それってどれくらい?」
「鼻骨、右肋骨7、8、9番、右前腕両骨、左上腕骨、左下腿両骨、両膝蓋骨を折られ――――」
「うぇ・・・・・・」
「――――しかも、その時のヒソカはニコニコ笑ってたな」

 そこまで言った所で、全員が暗く沈んだ鎮痛の面持ちになる。
 どうやらその光景が簡単に頭の中に浮かんだようだ。

 恐らく皆の頭の中には、鼻や口から血を流し、四肢があらぬ方向に折り曲がって地面に倒れこむ俺と、
 それを上から見下ろして『クククク・・・♣』と笑っているヒソカが思い描かれた事だろう。

 インパクト強いからなヒソカは・・・・・・。

「まぁ、そういう事だから。当時の事を聞いてもヒソカ攻略の参考には成らないし、・・・・・・正直余り話したくは無い」

 結果を話すだけならまだしも、内容を思い出す事はしたくない。
 別段、ヒソカの事は嫌いでは無い。旅団を騙している事も知っているし、ヨークシンで暗躍(少なくとも旅団にとっては)する事も知っている。
 だが少なくとも、クラピカやレオリオと同じ程度には好いている。

 ただ、だからと言ってあそこまで良いようにやられたのは気分の良い物では無いのだ。
 そんな内容を一々思い出していたら、ストレスで如何しようもなく何かに当り散らしたくなるからな。

「そっか・・・・・・ゴメン、ラグル。でも、ヒソカが本当に強いって事はよく解った。
 ラグルを其処まで『ボコボコ』に痛めつけるくらいなんだ、ちょっとやそっと位の修行じゃ追いつかないよね?
 よしッ!頑張るぞー!!」

 ・・・・・・別に良いのだけど。
 そう軽々にやられた事を言わないで貰いたい。少なくとも、今ならそう簡単にやられる積りは無いのだから。

『・・・・・・2055番の方Eのリングにどうぞ』

 言いかけた俺の言葉を遮るように、ゴンを呼ぶ放送の声が聞こえてくる。
 因みに番号は、2053が俺、2054がキルア、2055がゴン、2056がポンズとなっている。

「あ、オレだ。う~~~、キンチョーしてきた」

 番号を呼ばれたゴンは顔を顰めながら唸り声をあげている。
 俺はキルアの肩を指でトントンと叩いてから、ゴンの方へと指を差した。

「あぁ、解った。・・・・・・あのなゴン、ちょっと耳貸せ――――」

 一瞬で理解をしたキルアは、俺に軽く言ってからゴンに耳打ちをし始めた。
 まぁ俺としては、たとえ周りに聞かれたとしても全く問題のない内容だと思うんだけどな。

 さて、

 向こうはキルアに任せるとして、俺は――――

『2056番の方――――』
「あ、今度は私だ・・・・・・」

 ポンズの相手をするとしようか。

 放送による呼び出しを受けて、ポンズは簡単な柔軟運動をしている。
 俺はそれを見ながら、何とアドバイスをしようかと考えていた。確かキルアがゴンに言った事は、
 『思い切り押せ』
 だった筈だ。なら俺は何と言うべきだろうか?

 流石に『殺れ』では直接過ぎるだろうし・・・・・・。

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど?」
「・・・・・・?」

 俺がどの様な説明をするかを悩んでいると、不意にポンズの方から話しかけてきた。
 何だろうか?まさか自分の方から、俺に助言を聞きたいという事だろうか?

「今更だけど・・・・・・私がコレに出場する意味って何なの?」

 ・・・・・・それ以前の問題だったか。
 眉間に皺を寄せながら聞いてきた事は、そんな内容だった。
 よもや此処まで来てそんな台詞を言われるとは思わなかったぞ・・・・・・。

 まぁ『仕上げをする』と言って連れて来て、『試合に出ろ』と言うのだから仕方ないか。
 もっとも、だからと言って本当の理由『直接教えることが面倒だから、丸投げできる人材を探してる』とは、流石に言えないからな。

「・・・・・・まぁ、試験だと思えば良いんじゃないか?」
「試験?」
「納得のいく結果が出せれば『教える』って事だろ・・・・・・(多分)」

 俺がそう言うと「・・・・・・・それなら仕方が無いか」と、ポンズはアッサリと納得してしまった。


「――――ポンズ、一つだけアドバイスをしておく。
 ・・・・・・細かい事は考えず、一度だけ相手の事を思い切り蹴り飛ばしてみろ。面白い結果になるから」
「?・・・・・・良く解らないけど、思い切りね。やってみるわ」

 首を傾げながら試合会場に向かうポンズを見ながら、俺はニコニコ笑顔で送り出した。
 その後、程なくして俺の番号とキルアの番号もアナウンスで呼ばれ、俺たちは軽い言葉を交わして試合場へと移動をしたのだった。




 対戦相手を正面に見据え、横では審判が説明を行っている。
 俺は既に経験している事なので、今更聞くことでも無い。そのため、早々に始まらないかと言葉を聞き流していると。

 ドゴン!!

 強烈な衝撃音と共に、目の前を一人の大男が『飛び去って行き』客席とを隔てる壁に直撃した。
 俺が男の飛んできた方角に視線を向けると、蹴り足を上げた状態で、眼を丸くして固まっているポンズが見て取れた。

「まさか、本当に思い切り蹴り飛ばすとは・・・・・・」

 自分の身体が現在どうなっているのか、多少は解ってると思ったのだが。何と言うか――――

「素直な事だな」

 俺は溜息混じりにそう言葉を漏らしたのだった。




「二人ともやり過ぎだって・・・・・・」

 試合後、合流したキルアがポンズと俺にそう言っていた。
 試合内容は、キルアが手刀、ゴンが押し出し、ポンズが蹴り、俺は投げを使った。
 ・・・・・・まぁ、投げといっても相手の腕を掴んで放り投げただけなのだが。壁に向かって。

 ハンター試験を受ける前まで俺は確かに此処に居たのだが、その時の俺はかなり力を抑え、
 試合も『そこそこの実力である』と、周囲に思わせるような戦い方をしていた。
 そんな戦い方をしていた理由としては、俺が強い事を周囲に知られないようにする為だった。
 あの頃は小遣い稼ぎに躍起になっていたし、200階に上がろうとも考えなかったからな。だが、今回は少し違う。
 自分から200階に上がろうとしているので、それ程手を抜く積りも無い。
 ・・・・・・まぁ、その所為でついつい力加減に失敗してしまったのだが・。・・・・・

 恐らく、一番ダメージが少なかったのはキルアの対戦相手だろう。で、一番酷かったのは俺かポンズの相手だ。
 次からは、もう少し軽めに投げるとしよう。

「ちッ違うのよ!私はその・・・・・・ラグルが『思い切り蹴り飛ばせ』って言うからその――――」
「まさか、本当に思い切りやるとは思わなくてな・・・・・・」
「何よそれ!!」

 俺が眉間に皺を作りながら言うと、ポンズが噛み付かんばかりの勢いで声を挙げてくる。
 正直なところ、ポンズが『あぁする事』に期待はしたのだが、まさか本当にやってくれるとは思わなかった。

「まぁとりあえず、人死にが出なくて良かったな。200階より下での殺しは即失格になるからな・・・」
「フォローじゃないよね・・・それ?」

 ゴンの言葉に俺は口をつぐみ、一呼吸おいてから「まぁ、今後は気をつけような?」と言って纏めるのだった。



 俺達4人は、揃って50階へ行くようにと言われてエレベーターに乗っている。
 隅の方を見てみると、胴着姿の少年(まぁ、俺も少年だが)が乗っているのが見える。如何やらこの子がズシ?のようだ。
 10階、20階、30階と、階が進む毎に乗っていた人数は減っていき、
 50階に到着した時には俺達とズシだけになっていた。如何やら、50階行きを言われたのは俺達だけらしい。


「押忍!」

 エレベータを降りた所で、胴着の少年ズシが俺達に挨拶をしてきた。
 キルアとゴンは軽く手を挙げて返事を返し、ポンズも簡単に言葉を交わしている。

 俺達は其々簡単に名前を教えあい(1対4で教えあうというのも少し変な気がするが)、揃ってファイトマネーを受け取りに行く事にした。

「皆さんの先ほどの試合を拝見しました。いやー凄いっすね!」
「何言ってんだよ。お前だって一気にこの階まできたんだろ?」
「そうそう、一緒じゃん」

 一緒ではないんだけどな。
 ズシは技を使って50階に来たのであって、俺達のように力技で来た訳じゃないからな。

「いやいや、自分なんかまだまだっすよ。因みに皆さんの流派なんすか?自分は心源流拳法っす」

 再び『押忍!』とでも言いそうな雰囲気で、ズシが俺達に尋ねてくる。

「別に・・・・・・ないよな?」
「え!?」
「強いて言うなら、力任せか?」

 まぁ、本当に力任せなのはゴンとポンズだけで、俺とキルアはちゃんとした(?)下地が出来ている。
 もっとも、それは流派などと言えるモノではないので、こういった答え方になってしまうだが・・・・・・。
 無理矢理に流派を名乗るなら、キルアが『ゾルディック流暗殺術』で、俺が『幻影旅団流戦闘術+ゾルディック流暗殺術』といったところか?
 かなり無理があるような気がするが・・・・・・。

「自分はまだまだっす・・・・・・誰の指導も無くあの強さだ何て」

 ガクっと頭を垂れてショックを表すズシ。何と言うか、感情表現の激しい奴だ。

 パチパチパチパチ――――

 丁度、廊下の曲がり角に差し掛かった時、向こう側からずぼらな格好をした一人の男性が、拍手をしながら歩いてきた。
 コレがウィングだろうか?

「あ、師範代!押忍!」

 ペコリと頭を下げるズシ。如何やら間違いないようだ。

「ズシ、良くやった。ちゃんと教えを守っていたね」
「押忍!光栄です」

 その後続けて、「師範代寝癖が・・・」「シャツが・・・・・・」等と言われてそれを慌てて治していく。

 俺はその様子をジッと眺めていた、ジッと眺めて見るに・・・・・・成る程、確かにオーラが綺麗に流れている。
 如何やら師範代というのも伊達ではないらしい。
 もし、仮に今やり合ったらどうなるだろうか?少なくとも詰まらないなんて事は無さそうだ。
 そういった力強さを感じる事が出来る。

 俺の視線に気が付いたのか、一度「コホンッ」と咳払いしてからウィングは俺達の事を尋ねてきた。
 それに対して、ズシが俺達の名前をウィングに紹介していく。

「初めましてウィングです。まさか、ズシ以外で子供が居るとは思わなかったよ。君達はどうして此処に?」
「えーと、まぁ強くなる為なんだけど・・・・・・」
「どうせなら小遣い稼ぎも兼ねてって事で、此処に」

 キルアの言葉に俺が続けてそういうと、ウィングは「そうか」と小さく頷き、

「ポンズさん、如何やら貴方が年長者のようですね?」
「へ?・・・・・・えぇまぁ」
「此処まで来るくらいですからそれなりの腕なのでしょうけど・・・・・・。
 くれぐれも相手と自分、相互の身体を気遣うように。彼らの事をしっかり見ていて下さいよ?」
「は、はぁ・・・・・・」

 と、困惑顔のポンズに伝え、ウィングは去って行ってしまった。
 横を見ると、心なしかキルアが笑いを堪えているようにも見える。今の会話で何処かに笑い所が有ったのだろうか?

 ポンズに宜しくと言ったところか?







[8083] 第20・5話 夕飯時
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/06/27 10:58




 50階での試合の後――――

「ラグル、俺達最上階を目指すぜ」

 と、キルアが宣言してきた。ズシの念を肌で感じてそう考えるようになったのだろうが、
 態々その事を俺に言わなくても良いと思うのだが・・・・・・。

 で、そういった話を聞いた後、俺達は天空闘技場を後にして本日の宿泊先を決める事にした。
 1泊1万ジェニー程の安宿だが、別に文句など無い。雨風をしのげれば御の字だ。

 荷物を各自自分の割り当てられた部屋に置き(ゴンの釣竿やポンズの蜂の巣など)、俺達は揃って夕食を摂りに外に出かけたのだった。

 目的地は焼肉屋。

 まぁ、特に何でも良いと俺自体は思っていたので、すんなりと焼肉屋に決まり、現在俺達は鉄板を挟んで向かい合っている。

 ゴンとキルアが横に並び、俺とポンズが横並び。
 其々が熱せられた鉄板の上にある肉や野菜を突付いていた。

 注文した肉は、摂り合えずメニューに載っている物全て。
 ゴンとキルアの食欲は凄まじく、それらを悉く食い尽くしていく。俺も無くなる前に食べなくては。

「んぐんぐ――――ところでさ、キルアが感じた嫌な感じって何なのかな?」
「何の事よ、嫌な感じって?」

 自分の取り皿に残っていた肉を平らげて、ゴンは思い出したようにそう言ってきた。
 何も食事中にまでそんな話をしなくても良いだろうに・・・・・・。
 大体、焼肉を食べてるんだぞ?集中しないと焦げ付くだろうが。
 ・・・・・・牛タン塩が焼けたな。
 牛タン塩は、ひっくり返すとネギが落ちちゃうからな。片面焼きが基本だけど、その分見極めが難しい。

「そっか、ポンズさんやラグルには言ってなかったよね?」
「俺が、50階で戦った相手がズシだって事は知ってるだろ?
 んで、戦ってる最中に、アイツから俺の兄貴とかヒソカから感じるような、そんな嫌な雰囲気を感じたんだよ」

 ズシの念ね・・・・・・。知識の中だけなら特に気にもしなかったけど、ズシの念はそれほどの量は無かったな。
 まぁ、念の使えない人間には脅威になるようなレベルではあったけどな。
 ・・・・・・サラダ、サラダ。

 キルアの説明に、ポンズが顔をしかめて聞き返す。

「あの子が、其れほど強かったって事?」
「全然。・・・・・・才能は有ると思うし将来的には強くなると思うけど、今の俺から見たらてんで隙だらけだった。
 やりたい放題だったよ」

 それはそうだ、ズシは念が使えるといってもそれ以外の能力が低いのだから。
 身体能力ではポンズよりも下だろうし・・・・・・。
 一撃も喰らわないように注意すれば、このメンバーは全員勝てるのではないだろうか?

 ・・・・・・この豚トロってグレートスタンプか?

「――――でも、倒せなかった。
 本当は内緒にしておこうかと思ったんだけど・・・・・・。オレ、ズシの事を一発だけ本気で殴っちゃったんだよ」
『!?』
「何度倒しても起き上がってる来るもんだからさ、イラってきて・・・・・・、
 正直な話、『殺っちまった』って思ったけど・・・・・・、アイツはそれでも立ち上がってきた」

 キルアが悔しそうな口調でそう言った。

 まぁ、悔しいってのは少しだけ解る。
 俺も明らかに格下の相手を倒そうとして倒せなかったら、イライラすると思うし・・・。
 ・・・・・・この店、肉美味いな。

「オレが最上階を目指す気になったのは、コレが――――――――って、ちゃんと話し聞けよなラグル!!」
「・・・・・・聞いてるよ。食事に夢中だっただけで、ちゃんと聞いてる」

 俺は鉄板の上の最後の肉を食べてから、食事の手を休めてキルアの方に顔を向ける。
 鉄板から掬ったのが最後の一枚で、既に肉は全て食べつくしてしまった。

 ここで俺が言える事なんて、たいして無いんだけどな・・・・・・。

「ようは、ズシのあの打たれ強さの秘密を解けば更に強くなれるかも知れないって、そう思ったんだろ?」
「いや、まぁそーなんだけどさ・・・・・・。もっと真面目に聞いてくれよな」

 俺は箸を置いて一息つく事にした。
 さて、俺は基本的に200階に上がるまで、念については伏せておく積りだ。
 まぁその事自体に意味は無い。
 正直な所、ここで俺が念についての説明をしたとしても、特に大差は無いだろう。念を覚える時期が、一週間ほど速くなるだけだ。
 ・・・・・・いや、もしかしたら前もってウィングに詰め寄ったら、

『瞑想をしなさい』

 見たいな事を言われるかも知れないな・・・・・・。
 アレはキルアの事が有ったからこそ、あぁ云った裏技的な方法をとったのだろうし。
 念を覚える正しい方法は、禅や瞑想を行ってオーラの存在を感じ取り、少しづつ精孔を開くようにする・・・・・・らしいからな。

 ウィングは強化系だから、
 その性格上、何も無い状態で行けば『ゆっくりやりなさい』としか言わないかもしれない。

 それならまぁ、200階まで待ってた方が良いかな?

「御待たせいたしましたー!」

 俺が考え事に一応の決着を付けると、丁度店員が追加の肉を持ってやって来た。
 今回は、先程まで話し合いをしていたゴンとキルアも食事に集中をする。

 鉄板の上で焼けた肉が、次々と無くなっていく。
 因みに、今の俺は肉を焼く係りで、ゴンとキルアは食べる係り、ポンズは野菜を焼く係りにいつの間にか成ってしまっている。

 別に良いけどな、さっきまで殆ど一人で食べていたんだし。
 追加で頼んだ肉もあっという間に食べつくされ、俺は近くを通った店員に肉の追加を再度注文すべく視線を廻した。

 その時、俺は視界の中に見知った人物を見かけたのだった。
 紫色の髪の毛を後ろで縛ったジャージ姿の女性。
 その女性と俺の視線がぶつかり合い、俺は眉間に皺を寄せた。

 ・・・・・・・・・・・・マチ?

 こんな所(焼肉屋)に、一人で何やっているのだろうか?食事に来た?焼肉屋に一人で?

 ・・・・・・そう言えば、マチが天空闘技場に来ると言ってたな。すっかり忘れていた。
 しかし、この街だって大都市と言うほどでは無いが大きい街だ、外から来る人間も住んでいる人間も随分と多い筈なのに、
 こんなにも簡単に俺の事を見つけるなんてな・・・・・・。

 ――――いや、それはそんなに難しくはないか。
 そもそも、俺が天空闘技場に行く事は分かってたんだから、其処で張ってれば探すのは難しい事じゃない。
 でも、それならどうして俺に声を掛けてこなかったんだ?

 ゴンやキルアが居るから?
 関係ない人間と接触をして『蜘蛛』である事がばれない様に注意を払った・・・・・・とか?

 可能性は低いような気がする。
 大体、普通にしていれば旅団の話なんか出てこないだろうし。仮に出てきたとしても、マチなら簡単に流す事くらい出来るだろう。
 なら理由は何だ?
 本当に、偶々同じ店に来ただけだと言うのだろうか?

 ・・・・・・駄目だな。上手く考えが纏まらない。
 心なしか、マチの視線がキツイような気がする。

「しょーがないか・・・・・・」
「?」

 俺の言った言葉にキルアが疑問符を浮べたが、その事に構わず俺は懐から財布を取り出し、
 中から金を出してポンズにそれを渡す。
 意味が解らないといった表情を向けてくるポンズに、俺は

「悪いけど、ちょっと気分が悪くなってきた。
 気分転換を兼ねて散歩して来る。調子が戻ったらホテルの方に戻るから、この金で会計しておいてくれ」

 と、俺は手をヒラヒラと動かして告げた。
 このまま食べ続けるにしても、渡した分以上に食べるなんて事は無いだろう。・・・・・・まぁ多分だが。

「・・・・・・大丈夫、ラグル?」
「ん?・・・・・・、多分直ぐに良くなると思う」

 心配でもしたのだろうか?ゴンのその言葉に、俺は軽く流す程度に受け答えをする。
 席を立った俺は、ついでに通りかかった店員に肉の追加注文をした。

 無いとは思うが、もし付いて来ようとした場合の事前策だ。
 真面目なゴンの事だ、食事が用意されていれば、それを放って席を立つような事をしないだろう。
 仮にキルアが俺を追い駆けようと促しても、肉を優先する筈だ。

 ま、キルアもこの程度の事で、態々探りを入れようなどとは思わないだろう。

 俺は足早に出口へ向かって歩いて行った。 

「気分が悪く・・・・・・ね」

 去り際に、キルアがそう言っていたのが微かに耳に届いていたが、・・・・・・まぁ良いだろう。






[8083] 第21話 追尾してみた・・・・・・
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:1b9c28a0
Date: 2009/06/27 11:00




「あ、其処のねーちゃん、さっきの注文取り消してくれよ」

 ラグルが店を出てから直ぐ、オレは近くを通った店員に注文の取り消しを伝えてから、
 緩みそうになる顔を抑えてゴン達の方へ顔を向けた。

「キルア?なんで注文止めちゃうのさ?」
「へっへっへっへっへ・・・・・・ゴン、お前ラグルが何処に行ったのか興味湧かないか?」

 ゴンから些か不満とでも言いたそうな顔で咎められたのを、オレは含み笑いを浮べながら答えを返す。
 まぁこういった所がゴンの良い所だよな?

「?・・・・・・何処って、散歩に行ったんじゃないの?」

 オイオイ・・・・・・ポンズもかよ。
 しっかりしてくれよな、仮にも年長者なんだからさ。
 オレは心でそんな事を思いながらも、表には一切出さずに言葉を続けた。

「さっきのラグルの顔を見て、本当に気分が悪いって思ったのかよ?ありゃ絶対に何かをやりに行ったんだぜ?」
「・・・・・・そーなの?」
「え、いや・・・さぁ?私に聞かれても」

 まぁ、オレも実際は半信半疑だけど、さっきのラグルの行動の仕方なんかは、絶対に怪しいからな。
 店の中を見渡して、少し動きが止った。
 その後店を出てから、同じ様に『視線の先に居た』女が席を立った。
 何やらムーディーな雰囲気を感じるじゃん。

「――――絶対にそうだって。んでさ、俺たちも付いていって見ようぜ」
「・・・・・・ちょっとだけ興味有るかも」
「だろ!」

 やっぱりゴンは良い奴だ。
 正直な所、断られたら如何しようかと思ったけど、いらない心配だったみたいだ。
 でも――――

「私はパス。・・・・・・バレた時が怖いから」

 と、オレのヤル気に水を差すような事をポンズが言ってきた。
 だけどまぁ、初めから其処まで期待してなかったから良いけどさ。

「あ、そ。まぁ別に良いけどさ」

 だから、オレも素っ気無い返事を返す。
 ポンズの事を嫌う理由は無いけど、同時に好きになる理由も無いからな。

 オレは「よッ」と声に出しながら席を立ち、ゴンの腕を掴んで出口に向かって歩き出した。

「じゃあ早く行こうぜ、ゴン。――――此処の支払い宜しくな、ポンズ」
「はいはい、行ってきなさい。精々見つからない様にね」

 完全に店を出る前に、少しだけ顔を覗かせてポンズに声をかけた。
 何だか本当に年長者みたいな返事をしてきたので、少しだけ笑った。



 店を出てから、オレは周囲を見渡した。
 先に店をでたラグルは見つからないかも知れないけど、その後に出たあの『女』なら見つかるかもしれない。
 そう思って、あのある意味かなり特徴的な格好をしていた女を視界の中から捜す。

「えっと・・・・・・あぁ、居た居た」

 周りを見渡して直ぐに、オレが当たりをつけた女が見つかった。距離は其れほど離れてなくて、大体60m前後。
 その距離に、髪の毛を後ろで縛ったジャージ姿の女が見える。

「あれ?ラグルの事を追い駆けるんじゃないの?」

 オレの視線が何処に向いているのか察したらしく、ゴンがオレに質問をしてくる。
 それに対して、オレは人差し指を立てながら説明をした。

「追い駆けるにしても、ラグルが何処に居るのかもう解らないだろ?見えないしさ。
 それでどうやって追い駆けるかって事なんだけど、実はあのジャージの姉ちゃん、さっきまで同じ店の中に居たんだよ。
 んで、あの姉ちゃんの顔を見てからラグルは急に店を出て行った・・・・・・」
「って事は、何かしらの関係が有る?」
「ピンポーン。そう考えるのが妥当だろうな」

 言いながら、俺達は細心の注意を払いながら尾行を開始する。
 目標の『女』を見失わないように、一定の距離を保つように心がける。
 本当は嫌だけど、こんな能力を身に付けられた教育に感謝だな。

「(・・・・・・ゴン、気付かれんなよ)」

 ある程度尾行をした所で、俺はゴンに小声で話しかけた。
 正直、気の廻しすぎかとも思ったけど、どうせなら本気でやってみたい。

「(大丈夫だよ。オレだってこういうのは慣れてるし)」
「(は?慣れてる?)」

 小さな声でのやり取りで、オレはゴンの返答に少しばかり驚きの表情をしてしまった。
 だって普通の子供ってのは、オレやラグルみたいなのとは違って『そーいうの』とは無縁の筈だろ?
 なのにゴンはそれに慣れてるって言うんだぜ。

「(クジラ島に居た時は、よく山の獣を追い駆けたりしてたから。
 自分の気配を消したりするのは得意なんだ)」

 あー・・・・・・そっか、確かレオリオが言ってたな。
 ゴンの事を野生児だって。オレとは違う意味で、ゴンはエリートなんだな。

 ・・・・・・馬鹿にしてるわけじゃないからな?

「(っと、話してる場合じゃねーや)」
「(キルア、あっちの方に行ったよ)」

 追跡している『女』が路地裏に入ったのを確認してから、オレ達もそれに続くように足を進めた。
 そしてビルの間の路地に入ろうと、角を曲がった所で――――

 『ヤバイかも』

 此処に来て、急にオレの感覚が警報を鳴らす。
 背中を虫が這うような、嫌な感覚が伝わってきた。

 路地裏の見えない奥の方から、嫌な圧迫感を押し付けられる。

「ねぇ、キルア」
「・・・・・・・・・・・・」

 オレがこの感覚に冷や汗を流してると、ゴンが同じ様な(多分)モノを感じたのだろう。
 頬に汗を垂らしながらオレに声を掛けてきた。

 でも、今のオレにはそれに返事を返す余裕が無い。
 心の奥から湧き上がる、『逃げ出したい』って気持ちを押さえるので精一杯だ。

「あの女の人とラグルって、どういう関係なのかな?」
「・・・・・・解らない」

 オレがゴンの質問にまともに答えられず正面を見据えていると、不意にさっきまで感じていた圧迫感が消えてなくなった。
 これにはゴンもオレも互いに首を傾げることになったけど、一拍置いてから意を決してその路地に入っていった。

 路地は長いが一本道。それなりに広いけど、精々2~3m程で、途中に曲がれる場所なんかは存在しない。
 つまり、身を隠せる場所は無いのだから、二人の気配を感じたらギリギリ目視できそうな所で待機する。

 オレ達は足音に気を付けて慎重に進んで行った。けど――――

 俺達は何にも遭遇する事無く、『行き止まり』に到着してしまった。

「居ないッ!?」
「確かに此処に入っていったのに!?」

 視線の先はビルの壁。
 左右も壁に挟まれていて、人が通れるだけの隙間なんか何処にも無かった。
 だってのに――――

「・・・・・・もしかして上、かな?」

 ゴンが呟くようにそう言い、オレはつられて上のほうに視線を向けた。
 勿論その先には人影なんかは見える訳も無く、暗い夜の空が辛うじて見えるだけだった。






 路地裏から表通りに戻って、オレ達はホテルに帰ろうとしていた。
 この街は大きすぎはしないけど、決して小さな街じゃない。
 一度見失ったら、再度見つけ出すのは殆ど不可能だと思ったからだ。

「ねぇ、キルア。あれってどーゆー事なんだろ?」
「ん?何がだよ?」

 不貞腐れながら歩いていたオレに、横からゴンが何かを尋ねてきた。

「だってオレ達、あの女の人が角を曲がるのを確かに見たよね?
 なのに何処にも居なかったし・・・・・・」

 オレは少しだけ頭を働かせて見る。
 路地に入ってあの場所にオレ達が行く前、一寸した妨害が有った。アノ『嫌な感覚』だ。
 其れを感じてほんの少しだけ躊躇している間に、その感覚は感じなくなった。

 多分その間に何処かに消えたんだろうけど、方法や経路なんかはサッパリ解らない。

「どうやって居なくなったのかは、オレにも解らないけどさ。
 少なくとも、鼻っから付けられてる事に気付いてたんだろうな。んで、俺達は良いように遇われた・・・・・・」

 付けてるのには気付いていた筈だ。
 でなかったら、あのタイミングでの妨害は考えられない。
 ・・・・・・でも、そう考えると『助かった』と思う感情が浮かんでくるから嫌になる。

「お前も感じたと思うけど、路地裏に入る前の圧迫されるようなあの感覚・・・・・・。
 ズシのそれを、かなり凶悪にしたような感じだった・・・・・・」

 だから、なるべくなら関わらない方が良い。少なくともあの女には。
 そういう積りで言ったんだけど――――

「それじゃ、ラグルはあの圧迫感の正体を知ってるかもしれないって事かな?」

 ――――ゴンには伝わらなかったみたいで、そんな事を言ってきた。
 オレはそれに対して少しだけ苦笑してしまう。
 でもまぁ、考えてみりゃ確かにその通りだ。なんで、そんな簡単な事に気が付かなかったんだろう?

 オレは一瞬考える素振りを見せてから口を開いて、ゴンに言った。

「・・・・・・成る程な、確かにそう考えるのが妥当かもしれない。――――にしてもさ、ゴン。
 お前って、本当に前向きな性格してるのな?」
「?」

 オレの言葉の意味が解ってないのか、ゴンは不思議そうな表情を返してきた。

 まぁ良いか。

 ラグルの尾行には失敗したけど、その代わりに良い情報が手に入った。
 ゴンの言うとおり、オレが最上階を目指す理由になった『何か』をラグルが知っている可能性は高い。
 ホテルにラグルが帰ってきたら、今日にでも問い詰めてみるとしよう。


 ・・・・・・帰ってくるのか?

 ほんの少しだけ『もしかしたら』という考えが頭をよぎって、ラグルの事が心配になったけど、
 よくよく考えれば、あの短い時間でラグルをどうにかして、
 その上オレ達に気付かれないようにして姿を消すなんて出来ないだろう。
 つまりあの二人は知り合いだと考えられる。
 それならどうやったかは解らないけど、手際よく姿を消したのにも納得できるからな。

 でもそうしたら、今度は別の意味で今晩帰ってくるのかが疑問になった・・・・・・。






[8083] 第22話 おでん屋さん
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:ed250cb3
Date: 2009/08/03 22:08




 ラグル・ルシルフル。
 今日、2年ぶりに会った私達旅団の仲間(?)。
 最後に直接顔を合わせたのは2年前の仕事の時にラグが怪我をして、その看護を私がしていた時だ。
 ラグは私達"蜘蛛"の初期メンバーにとっては可愛い弟分の様なもので、やはりそれなりに付き合いが長い。
 なにせもう7年に成るのだ、新しく入ってきたメンバー達と比べても如何しても気に成ってしまう。

 まぁそれも全て、2年前を境に一度も直接顔を見せて居なかったからだと思う。

 コレはラグ自身が『暫く旅団の仕事に係わらず修行をしたい』と言って来たからだ。確かに当時のラグは強くはあったけれど、
 私達の中では?と聞かれると、脅威になるような力は無かった。将来的に何らかの係わりを持つのなら、ラグ自身強くなる事に問題は無い。
 むしろどんどん成って貰いたいくらいだ。

 私も其れは理解し納得したが、まさか『それじゃ、2年ほど引篭もるから』と言われるとは思わず、また団長が其れを認めるとも思わなかった。
 まぁ自分の経験上、念というのは簡単に育つような物じゃない事は重々承知している。
 解りやすい例を挙げるなら、『纏』と『練』の応用技である『堅』の持続時間を10分延ばすには1ヶ月掛かると言われている。
 しかもこの10分と言うのは平常時での10分であって、戦闘時や何らかのストレス(精神面だけの事では無い)が掛かっているときの10分では無いのだ。
 それ程までに念の成長とはし辛いもの。
 あの時のラグがどれ程の使い手だったのか正確には解らないが(ハンターを倒していたのだからそれなりの実力は有ったのだろう)、
 2年程度ならば顔を会わせるのも『我慢』しようと考えたのだ。

 そして今日、ラグが来ると言っていた天空闘技場でその姿を確認した時に2年間で若干伸びた身長に驚かされたが、
 遠目からでも解るラグ独特の雰囲気に私は年甲斐も無く興奮してしまった。
 『コレ』は何だろうか?可愛い弟分が成長している事をこの目で確認する事が出来た喜びの表れなのか?

 ジッと見つめてみると、ラグの身体を覆っているオーラが淀みなく流れいるのが解る。どうやらこの2年間は無駄ではなかったらしい。
 私も構ってやりたいのを我慢して待っていたのも報われたという物だ。

 と、この段階での私はそう思ったのだが、直ぐにその考えを改める事になった。


「何だい・・・・・・アレ?」

 私が一人呟く言葉に返事を返すものは勿論居ない。
 自分だって返事を期待して言葉にした訳では無いので、そんな事は如何でも良い。問題は私がそんな事を口にする事になった原因の方だ。

 原因:ラグが他の人間(知らない『女』)と一緒に居るのだ。

 しかも誰だろうか?あの女は。何やら腹を立てている様で怒りに任せてラグに文句を言っている。
 残念な事に内容は上手く聞き取れないが、少しばかりラグが心配だ。
 やはり前言撤回。2年も放って置いたのは失敗だった。

 コレは、直接ラグと話をした時に色々と聞く必要が有るかもしれないね・・・・・・。









 店を出てからすぐ、俺はその脚で人気の無い方を選んで進んで行った。人ごみを抜け、脇道に入り、裏路地へと入る。
 着いた先は左右をビルの壁に囲まれた袋小路。俺は其処で『人』が来るのを待っていた。
 まぁ、ここで待っている『人』と言うのは勿論ゴンやキルアの事ではなく――――

「――――ちゃんと会うのは2年ぶり・・・・・・かな、マチ」

 俺の後を追うようにしてやって来た人影――――『マチ』に、俺は声を掛けた。

「そうだね、こうして会うのは随分と久しぶりだよ」

 俺の声に一瞬だけ表情を緩め、マチが笑顔を向けてくる。
 尤も、ソレは直ぐに引き締められていつもの鋭い眼差しに戻ってしまったが・・・。

 2年前の仕事を境に、俺は旅団の連中に顔をあわせる事無く生活を送っていた。
 連絡のやり取りはしていたが、こうして面と向かって会うのは本当に久しぶりだ。
 コレが普通の関係であるのなら、昔話にでも花を咲かせるのだろうが。
 生憎と、俺達は『普通の関係』では無い。

 ・・・・・・しかし、

 俺はマチの格好を一瞥する。・・・・・・今日はジャージ姿か。
 相変わらず、マチは自分の服装に関して余りこだわりを持っていないようだな。
 まぁ、俺が言えたことではないけど。

 俺は正面に居るマチに視線を向けながら、ちょっとした懐かしさを感じていた。

 マチの方も、店で感じた剣呑さが薄れているように思う。・・・・・・まぁそれでも機嫌が良いとはお世辞にも言えないのだが。

「久しぶりに会った事だし、積もる話も有るけど――――先ずは場所を変えようか?」
「そうだね。・・・・・・ラグと一緒に居た連中、どうやら付けて来てるようだしね」

 笑みを浮かべながらそう言った俺の言葉に、マチが後方に『念』を向けながら返事をしてきた。

 俺はマチのその言葉と行動に、『・・・・・・やっぱり付いて来たのか』と半ば納得をした。
 恐らく、発案者はキルアだろう。
 如何やら、肉の追加注文も意味がなかったようだ。まぁ、元々期待はしていなかったんだけどな。

「それで雰囲気がピリピリしてるわけか?」
「・・・・・・それだけが理由じゃ無いけどね」

 ほんの少し間を置いてから言うマチの眉間に皺がよっている。
 後を付けられた事以外にも何か有るのか?難儀な事だな・・・・・・。
 もしかして、前に電話で話していた仕事で何か有ったのだろうか?まぁ、俺と違ってマチは団員としての仕事や各人との繋ぎ役など、
 何かとストレスの溜まりそうな仕事をこなしているからな。
 それが此処に来て、ピークに達していると考えられなくも無い。考えられなくも無いが・・・・・・

 ・・・・・・まぁ、良いだろう。

 『ソレ』は俺の考える事じゃない。
 俺が何かしらの原因でストレスを作っているのなら兎も角、まともに接点の無かった俺がその原因に成る筈も無い。
 仮にソレが深刻な事で、マチの手に余るような事であるなら相談に乗るなり、解決に尽力するなりしても良いが、
 ・・・・・・まぁまず間違いなく、マチの手に余るような事など有りはしないだろう。
 何故ならマチは、俺とは違って正真正銘の"蜘蛛"だ。多少の問題ごとなど力技で乗り切るだろうし、
 仮にストレスによる物だとしても俺が自分からどうこうする様な事ではない。


 俺はニコっと笑いながら人差し指を上に向け、マチがそれに頷いたのを確認してから一息に飛び跳ねた。

 左右のビルの壁を交互に蹴りながら、ビルの屋上に向かって上昇していく。
 勿論、その際に『暗歩』を使って足音を経つ事も忘れない。

 丁度俺たちの足が屋上の淵に掛かった時に、

『居ないッ!?』
『確かに此処に入っていったのに』

 と、下のほうから微かに声が聞こえてくる。
 まぁ此処から更に全力で移動をすれば、流石にあの二人も付いては来れないだろう。

 俺は声のした方に一瞥し、マチに向かって『何処か店に行こうか?』
 と、促してから移動を開始する事にした。








「――――――――で、いつから俺の事を張ってたの?」

 現在いる場所は、何故か屋台の『おでん屋』。
 屋台に用意されている長椅子に、横並びになって俺達は座っている。一応言っておくと、別に『おでん』を食べに来たわけではない。
 ついさっきまで焼肉を食べていたのだから、少なくとも俺には新しくカロリーを摂取する積り等は更々無い。
 ・・・・・・まぁ、マチは違うようだが。
 因みに此処を選択したのは単純に、『最初に目に入ったから』だ。

 ついでに、今の台詞を言うまでの間に其々この2年間の間にあった大まかな出来事のやり取りを行った。
 俺の方からは特に大した話は無かったが(基本的に引き篭もりだったため)、マチの方はそうでもなく、
 例えば『何月何日○○○○へ、××××を盗みに行った』といったなどと事細かに聞いたり
 (これは本人は行った事は覚えているが、内容は良く覚えていないらしい)、
 団員達の其々の現状を、わかる範囲内で教えて貰ったりもした。

 その中には腕相撲ランキングの事や、俺が未だに会った事の無いシズク、ボノレノフ、コルトピ等の事も含まれる。
 他にも『クロロが盗んだ能力の中で、こんな物が有った』といった事まで教えてくれた。

 まぁ尤も、それら教えられた事の中で一番の驚きだった事は、ウヴォーギンの髪型がアフロではなくなった事だろうか?

「天空闘技場でオマエが試合をしてる時からだよ。・・・・・・気付かなかったのかい?」
「・・・・・・全くね」

 ちくわぶを箸で突付きながら言ってきたマチの言葉に、俺は肩を竦めておどけた様にして返事を返した。
 その俺の態度が悪かったのか、マチは眉間の皺を強くして溜息を吐く。

「・・・・・・少し見ない内に弛んだんじゃないの?」
「ム・・・・・・」

 俺はそれに唸りで返した。

 弛んだ・・・・・・か、如何なのだろうか?会わなかった2年の間に多少は強く成ったが、
 もしかするとその分緊張感は無くなったのかもしれないな・・・・・・。

 何かと戦うにしても、温い相手が多かったのが現実であるし・・・・・・。
 それでも強くなってるのは確かだと思う。でなければ、俺はククルーマウンテンで死んでるだろうからな。

「そう言われてもね・・・・・・マチだって気付かない時は気付かないものでしょ?
 それに、もしも俺に危害を加えようって奴なら直ぐに気付くさ。マチはそうじゃないから、逆に気付けなかったんだよ」

 これもまた正直な話。
 元々、俺はそれほど感覚が鋭い方ではない。解りやすい敵意でも向けられれば別だろうけど、そうでなければ気付きにくいのだ。
 まぁ敵意が無い相手に攻撃をされたとしても、やられるまで気が付かないなんて事は流石に無いとは思うけどな。

「私は、喩え『絶』を使われたとしても張られてる事くらいは気付く」
「あっそ・・・・・・・・・・・・親父さん、卵」

 ・・・・・・そう言えばそうだったか。
 確かヨークシンでキルアとゴンが『絶』を使って尾行する時も、ノブナガと揃ってしっかりと気づくのだったな――――

 ――――だがまぁ何だ、と言うかだ。

 そんな、常に気を張ってるような状態の時と、特に何も考えずに居る時を比べないで貰いたいものだ。

 『はい、お待ちどう』と、俺が八つ当たりと言うか勢いで注文をした卵が目の前に出される。
 熱く火の通ったソレを、箸を使って解体するかの用にばらしていく。自分で言うのもなんだが、非常に子供っぽいことだ。

 俺が何も発せずに卵と格闘をしていると、ちくわぶを処理したマチが俺の方へと視線を向けて口を開いてきた。

「――――ところで、ラグは今日ここに着いたのかい?」
「そ、午前の便でね」
「ふーん・・・・・・、一緒に居た連中が、パドキアに行った『成果』か何かって事?」

 あの3人の事を思い出しているのだろうか?マチの苛立が、ほんの少しだけ増したように感じるな。
 どうやら『ここら辺』の事で、マチはピリピリしているみたいだな。
 さっきも『それだけじゃない』とは言っていたが、キルア達が付けて来たことに苛立っていたようだし。

 俺は出来るだけマチを刺激しないように、言葉を選んで話をしようと決めて口を開く。

「『成果』と言うのは如何かと思うけど、一応はそうなる。
 ・・・・・・俺と一緒に居たウチの一人、髪の毛が外跳ねに成ってる奴が居たでしょ?あれは『ゾルディック家』の子供なんだよ」
「へー・・・・・・見えないけどね」
「まぁ、普段は猫被ってるからね。でも、その気に成った時は結構良い雰囲気を出す」

 と言っても、現時点ではたかが知れているけどな。
 そういえばキルアの弟のカルトは確か後々旅団に入ることになっているが、この段階では念能力を使えたりはしたのだろうか?
 仮に既に使えるとしたら、キルアだけが教えられていないという事になるのだろうけど・・・・・・。

「それじゃあ、パドキアにはゾルディック家を味方につけに行ってたって事?」
「まさか、逆に一族から危険視されてるよ。『ウチの子供をかどわかすのは、何処のどいつだ!!』って所かな」

 これはイルミやその母親の雰囲気から先ず間違いは無いだろう。末っ子のカルトまで睨んできていたからな。
 むしろ、俺の滞在期間中に何もアクションが起きなかった事に驚きだ。ゼノ爺さんの『仕事以外で――――』とか言うのが効いているのだろうか? 

「俺がパドキアに態々行ったのはさ、元々サインを貰う為なんだよ」
「・・・・・・そー言う事、サインね。あの時言ってた『会いたい人』ってのはそっちの事だったわけだ」

 俺の言ったサインと言う言葉に一気に興味が無くなってしまったようで、マチは溜息を付いて頬杖を付いている。
 元々マチは、俺が例の本を読んでいることを知っている。
 まぁ多分、初期の団員達は皆知っているだろう。で、俺がサインを欲しがって居た事も、皆が知っている事だ。

 きっとマチからすれば、サイン云々と言うのはどうでも良い事に入るのだろう。

 俺からすれば、一寸した収集欲みたいなものだと思うのだが・・・・・・。

「――――まぁ、後はそのまま此処(天空闘技場)に来て、マチが見ていた通りだよ」

 俺は『他に聞きたい事は?』と言外に込めて言葉を締めくくった。
 尤も、後はたいして聞くことなんか何も無いだろうが――――

「・・・・・・それじゃあラグ、アレは何なの?」
「・・・・・・は?」

 突然マチの言ってきた不明瞭な質問に、俺はマヌケな返事を返してしまう。
 アレとは何だ?

 俺はもしかしたらマチが何かを見つけたのでは?と思い、視線を周囲へと向けたが・・・・・・何も無いな。

 首を傾げてマチに顔を向けると、何故か鋭い視線を向けられた。
 一体なんだと言うのだろう?

「マチ?」
「何だい・・・・・・」
「・・・・・・アレって何?」

 俺は正真正銘真面目に真顔で、マチの言ったアレについて質問をする。
 幾らなんでも、アレでは何の事なのかサッパリ理解出来ない。

「・・・・・・お前と一緒に居た、あの『女』のことだよ」
「あの女?」

 って、ポンズの事か?
 何だってゴンの方ではなく、ポンズの事を聞いてくるのだろうか?
 もしかして、俺には見えないようなモノがマチには見えているのだろうか?何かしらの才能のようなモノが・・・・・・。

「一応・・・・・・俺の今後に深く関わってくるかもしれない奴で――――」

 ベキィ!!!!

 小さな破砕音に耳を向けると、如何やらマチが持っていた割り箸を握り潰したようだ。
 そう言えばさっき、マチは腕相撲ランキング6位でクロロやノブナガよりも強いって言っていたな。
 密かにかなりの力持ちだという事か・・・・・・。しかしまぁ――――

「マチ、行き成り何を――――!?」

 と、其処まで言いかけて声を出せなくなった。
 視線の先に見えるマチの表情が、見る間に不機嫌の其れへと変わっていたからだ。

 何だ?俺は何かしたか?

 『視れば』マチの身体から漏れ出すオーラが、密度の濃いモノへと変化していく。
 突如急変しつつあるそんな場の雰囲気に、俺は知らず知らずの内に冷や汗を流し始めていた。
 そんな事など露知らずと、おでんの火加減を見ている屋台の親父が恨めしい・・・・・・。

「――――どうやらラグとは、後で少し"お話"をする必要が有るようだね・・・・・・」

 ボソッと小さな声で、マチが呟いた言葉はしっかりと俺の耳へと届いている。
 何が原因でそう思い立ったのかは知らないが、正直心の底から遠慮したい。

 俺は小さく咳払いを一つして、マチの方へと顔を向けて説明をする事にした。

「何を考えているのか今ひとつ解らないけど、俺は何か怒りを買うようなことはしてないと思うのだけど・・・・・・?」
「・・・・・・怒ってなんかいないよ」

 そう言いながら、マチはそ知らぬ顔で新しい割り箸を割って大根を食べ始める。
 本人が怒っていないと言うのなら、それ以上何かを言うような事はしないけどな・・・・・・。
 "お話"の内容に付いては余り考えたくない。

「・・・・・・それ程面白くは無い関係だよ。
 一緒に居た他の二人の内、一人は俺と同じでハンターに成ったばかりの子供で、マチが気にしてるもう一人が――――」
「――――もう一人が?」

 動かしていた箸を止めて、ズイっとマチが体ごと此方へ向けてくる。

 ・・・・・・近い。

「もう一人は単に、『念』を教える"約束"をしたってだけの相手だよ」
「・・・・・・・・・・・・そう、違うんだ」

 俺がそう言うと、体を離して溜息を一つ付き呟くようにして言っている。
 その後に何やら『でも、やっぱり』とか、『ラグは抜けてる所が』とか、『本人がこう言っていても向こうは』等と呟いている。
 何だ?旅団の情報でも流されると思ったのか?だとしたら少しショックだな・・・・・・。

 まぁ、皆が其々自分達の能力の情報を大切にしている事は良く知っている。
 何故なら念能力は相性があるからだ。これは単純に習得する場合も関係してくるけれど、戦闘に使う場合もコレが当てはまる。
 ・・・・・・要は対戦する相手の能力と、自分の能力が噛み合うかどうかだ。
 大抵はそれ程気にする様な事では無いのだが、中には"クラピカ"の様なタイプも居る。
 鍛えているから問題ないとは言えないのが、念の恐ろしい所だな・・・・・・。

「――――それにしてもラグ、何でまたそんな面倒な事をしようとしてるのさ?」

 一応の信は取れたのか、一人呟いていたマチは一息付くと目を細めてそんな事を言ってきた。さて、なんて答えを返すべきか・・・・・・。
 俺は自分の口元に手を当て、考えるような素振りを見せた。まぁ、実際考えているのだけど。

「・・・・・・元々は唯の興味かな。単純に、どんな能力を持つようになるのか見てみたいって事が一番の理由かもしれない」

 楽しむ為には多少の刺激が必要だ。解りきった事をなぞるだけでは、直ぐにその結果に飽きる事になってしまう。
 だから、ゴンやキルアに俺から『念』を教えようなんて気にはなれない。
 系統も解っているし、その後どんな能力を作るのかまで解っていては、楽しさなど半減どころではないからな。

 まぁ、逆に色々と誘導をして『全く違う能力』に仕立て上げるのも良さそうだけど・・・・・・。
 キルアは兎も角、ゴンは少し無理かな?性格的な問題で。

「・・・・・・・・・それで、何かしら厄介な能力になったらどうする積りなの?」
「厄介って事は、『使える能力』って事だろ?・・・・・・その時は当然(俺の)仲間に引き込――――」
「――――反対だね」
「・・・・・・・・・反対?」
「あぁ、反対だ」

 まさか反対をされるとは思わなかったな。しかも正面から。
 別に、俺が言う事を無条件で全て受け容れて居くれるとは思っていなかったが、こうもアッサリと反対されるとも思っていなかった。

 俺が首を傾げて疑問を向けていると、マチは視線を強くして・・・・・・いや、むしろ睨むようにして俺の事を見つめてきている。


「――――いや、別にラグがあの女に念を教えてやること自体は構わないよ。でもその後、仲間にってのは認められない」

 別に旅団の仲間に引き入れる積りが有る訳では無いのだが、今の状態で其れを言うと、話が拗れる可能性があるので言わないで置こう。

「ラグ、そもそもあの女とは何処で知り合ったのさ?」
「・・・・・・ハンター試験の最中」
「だったらアイツはハンター志望って事だろ?・・・・・・ラグ、解ってる?私達は"蜘蛛"なんだよ?」

 ソレは知っている。と言うよりも、忘れるわけが無い。

「だから?」
「だから――――」
「――――だから『アレは仲間になんてならない、敵になる可能性が高い』ってこと?」

 らしくないな・・・・・・。何だってそんな程度の事を気にするのだろうか?幻影旅団はケチな『泥棒』ではなく、力で押し通る『盗賊』じゃないか。
 其れをこんな程度の事で気にするなんて、如何したと言うのか?
 それとも、もしかして俺の心配でもしてくれていると言うのだろうか?・・・・・・・・・まさかな。
 俺は数瞬ほど時間を置いてから、此方に強い視線を向ける マチにニコッと微笑みながら言葉を返した。

「マチ、大丈夫だよ。アレは如何転んでも『敵になんてならない』から」
「・・・・・・?」
「そうならない様に上手くやる積りだし、そう出来ない様にも上手くやる。まぁそれでも仮に失敗したら――――」

「――――その時はちゃんと自分で『ケリ』をつけるからな」
「!?」

 言葉を少しだけ区切り、強い口調でもって続ける。
 これは冗談でもなんでもなく、俺は本気でそう思っている。仮にポンズに何の才能も無く、『唯の能力者』程度で終わるのなら放って置いても良い。
 だが仮に『面白い能力』、『使える能力』を発現させるようなら『俺』の仲間に成るように仕向け、成らなければ『処分』する。

 俺は臆病な所も有るからな・・・・・・。

「大体『ハンターだから駄目だ』なんて言っていたら、俺は勿論シャルだって駄目だろうに」

 引き締めた表情を戻しながらマチに笑顔を向けて言う。同じ様にハンター資格を持っているヒソカの名前を此処で挙げなかったのは、
 アレは本当に駄目だからだ。

「・・・・・・ラグ、お前は偶に団長に雰囲気が似てる時があるね」
「そう?・・・・・・・・・念の系統が同じ特質系だから、性格も似てくるんじゃないの。
 と、まぁ兎に角そういう訳だから、俺の見てない所で勝手に殺したりしちゃ駄目だからね?」
「解ったよ。ラグが自分で『最後まで面倒』を見るならこれ以上は言わない」

 ・・・・・・何だか、ペットを飼うのを許可したような言い方だな。内容はそんなにほのぼのした物では無いが・・・・・・。


「そう言えば、ヒソカには会った?」
「・・・・・・?別に会ってないよ」
「あれ、そうなの?・・・・・・てっきりもう来てるのかと思ったんだけどな」

 という事は、ヒソカが来るのはもう少し後って事か?
 まぁゴン達が200階に到達するにはまだ1週間程あるから変と言う訳ではないが・・・・・・。

 俺の言った『ヒソカ』の名前に、マチは心底どうでも良いと言いたげな顔をしている。

「此処(天空闘技場)にヒソカが来るのかい?」
「マチに会いにね」
「・・・・・・へー、私が此処に居るってラグが教えたの?」

 短い言葉の後に

 ベキィ・・・・・・

 と、二度目の箸の圧し折れる音が聞こえてくる。

「・・・・・・いや、冗談だからね?」

 何もこんなに不機嫌に成らなくても良いと思うのだが・・・・・・。今の段階では仮にも仲間なのだし。
 それとも、特に不快感など感じない俺が変なのだろうか?

 ヒソカ・・・・・・面白いと思うんだけどな。

「試験が終わった時に、『暫く天空闘技場(此処)で時間を潰す』って言ってたんだよ。だからてっきりもう来てるのかと思ったんだけどね」

 と、俺はちょっとした嘘を付く。試験が終わった後には顔を併せてないし、話もしていない。また、連絡も何も無い。
 ヒソカの方から何もアクションが無いのは多分目下の興味の対象が、俺からゴン達に変わっているからだろう。

「別に、アイツの事なんか如何でも良いよ。あんな奴、何時死んだって構わないしね・・・・・・。
 団長も、何だってヒソカの事を放っておくんだか・・・・・・」

 するとマチは、ヒソカについての文句を言い始めた。
 眼つきが如何とか、雰囲気が如何とか・・・・・・・・・正直コレこそ俺にとっては如何でもいい事だったのだが、
 其れを口にしてはマチが落ち込むと考えて自重する。

 まぁ何だ、ヒソカとマチがくっ付く可能性は極端に低いという事は良くわかった。







[8083] 第23話 帰ったら其処には――――
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:ed250cb3
Date: 2009/08/21 23:02




 マチと再会してから色々と情報交換を行った。
 終わってみると、情報交換の時間よりもマチのヒソカに対する愚痴の方が多かったような気がする。
 会話終了後、マチが俺の泊まっている部屋に暫くの間泊めて欲しいと言ってきたのだが、
 其れをしてはキルアやゴンがマチと面識を持つ事になってしまう。
 それはそれでヨークシンでのことが面白くなりそうだが、
 どうせ面識を持つのならもっとあの二人(キルアやゴン)にとって強烈なインパクトを与えるような場面の方がいいだろう。
 まぁ簡単に強いインパクトと言ってもそうそう思いつかないが・・・・・・。
 ――――兎も角、俺はそんな事を思いマチの頼みを却下、遠慮をしてもらった。

 俺が断りの言葉を言うと、

『なら仕方が無いか・・・・・・』

 とやけにアッサリと引いて行ったのだが・・・・・・まぁ何か問題の有るような事をする訳でも無いだろう・・・・・・。



 一泊1万ジェニーの安宿。
 本日の・・・・・・と言うより、100階以上に上がるまでの宿泊先へと到着すると俺は一直線に部屋へと戻る事にした

 時刻は間も無く日付が変わろうかと言う時間。明日へ疲れを残さない為に(日中に呪念錠に手足を引っ張られない為に)も、
 俺は早々に眠ってしまおうと思ったのだ。

 一階ロビーのエレベーターに乗り込み指定の階へ・・・・・・俺の部屋は其処からさして離れておらず少し進んで角を曲がった所にある。
 ・・・・・・在るのだが。

 俺は目の前の光景に少しだけ唖然とした。
 部屋のドアノブが『無くなっている』のだ。良く見てみるとそれ以外、ドアの外枠も『歪んで』しまっている。

 ・・・・・・何考えているんだアイツ等は?

 と、少しばかり溜息を漏らした。
 こんな事が出来るのは早々・・・・・・居なくも無いが、この場所に限定されれば出来るのは限られる。
 俺は目の前のドアの修繕費用の事を考えながら、正面にある変形をしてしまったドアを押し開いて部屋の中に入っていった。

 動かすドアが喧しい金切り声を上げ、耳に響く。
 その声に気づいたのか、部屋の中に居る訪問者?・・・・・・侵入者?は一様に此方へと視線を向けてきた。
 其処には困ったような顔が二つと、ニコニコと笑った笑顔が一つ。
 俺はそれらの顔を見ると、少しだけ息を吐いて声を掛けることにした。

「人の部屋に勝手に入るなって、家の人に教わらなかったのか?」

 部屋の中にいる3人に、俺は少しだけ呆れたように声を掛けた。
 それに対して三者三様の答えを返してくる。

「教わらねーよそんなの」
「う、俺はミトさんに教わった・・・・・・」
「わ、私は・・・・・・この二人に連れられて仕方なく――――」

 といった具合に、キルア、ゴン、ポンズは言葉を返してきた。
 全くどういう事だろうか?何か俺に用があると言うのだろうか?・・・・・・あぁそれにしても――――

「一応、鍵を掛けておいた筈だけど?」

 俺は数時間前に見た時とは形の変わってしまったドアを思いそう口した。
 こういった物の修繕とはどうやるのだろうか?などと、ほんの少しだけずれた考えもしてしまう。
 そんな俺の考えなど知らず(当然か)、キルアは相も変らぬ笑顔のままで答えを口にした。

「ん?捻ったらとれた」

 ・・・・・・そりゃ、キルアの力で捻ったらドアノブくらい捻じ切れるだろうさ。
 特に意味も無かったが、自分の考えていたドアノブ捻じ切り犯人が正しかった事を確認してから、
 俺は部屋に備え付けられているベットに腰を落とした。流石にフカフカとまではいかないが、
 それなりの弾力を持ってマットレスが俺の体重を押し返してくる。

「はー・・・・・・――――で、一体何のようだ?態々こんな時間に。夜更かしはいけませんって家の人に――――」
「だから教わらねーっての」

 語気を強めた返答をキルアが返してくる。
 俺はそれに――――

「それもそうか・・・・・・俺も教わった事無かったからな」

 と相槌を打った。今までもフィンクス等に『早く寝ろ』といった事を言われた事はあったが、夜更かし云々などとは言われた験しが無い。
 まぁどうでもいい事だが・・・・・・。

「――――ラグル、随分と長い散歩だったな?」

 気を取り直したのか、キルアは俺の顔を正面に見つめながら口を開いてきた。
 その顔には何かしらを窺おうという色が見え隠れしている。

 ・・・・・・あぁ成る程。
 つまりマチの後を付いてきたキルアは、あの路地裏でマチが出していた念を肌で感じ、
 それをズシやイルミが放ってきたものと同じものだと当たりをつけてきた。
 そして、その場所に居たであろう俺にその詳細を聞き出そうと・・・・・・そういう事だろうか?

 それを直接聞いてこないのは、恐らく俺の口から何かしらのボロが出るように言葉巧みに誘導して情報を得やすくする――――又は、
 それ自体を教わろう・・・・・・といった所か?

 流石はキルアだ、良く頭が回る。――――でもまぁ、余り意味無いけどな。 

「・・・・・・あぁ、散歩は嘘だ。知り合いを偶然見かけたから久しぶりに話をしようと思ってな」

 キルアの問いに少しだけ間を空けてから、顔の前で手の平をヒラヒラとさせて返答を返す。
 すると、「へ?」と妙な擬音を口にしながらキルアが(良く見るとゴンもだが)唖然とした顔をしている。

 俺はその反応に、驚いたと言うような態度を出して(実際は驚いてなど居ないが)言葉を続けた。

「――――何だ?そう思ってたから付いて来たんじゃないのか?」
「「ッ!?」」

 続けて言う言葉にゴンとキルアは目に見えて表情を変化させる。
 本人達は細心の注意を払って追跡をしていたのだろう。

「・・・・・・気づいてたのか?」
「まぁな」

 実際に気づいていたのはマチだが、こう言っておいても問題は無いだろう。幾らなんでも、
 『円』も何も使っていない状態で追跡してくる人間に気づくのは無茶だからな。
 ・・・・・・もう少し地力を付けたら、そういった感覚方面の修行でもすべきか?

「ねぇキルア、それなら正直に言ったほうが良いよ」
「ゴン・・・・・・・・・そうだな。下手に言葉で絡めとろうとしても煙に巻かれそうだしな。・・・・・・ポンズもそれで良いだろ?」

 キルアは同意を求めるようにポンズに声を掛けると、当のポンズは『訳が解らない』とでも言うように眉間に皺を寄せている。
 俺はキルアの言葉に、既にポンズにも話が通っている物と思っていたのだが、なにやら違うようだ。

「ゴメン、ハッキリ言ってあなた達がなんの話をしてるのか解らないわ」

 と一言。
 これにキルアとゴンは――――

「は?」
「あれ?」

 奇妙な返事で応えた。
 ポンズ自身は真面目顔で、ゴンもキルアも本気で頭に疑問符を浮べている。

 俺は3人の其々の反応から意味が解った。
 ・・・・・・何と言うか二人とも(ゴンとキルア)うっかりだな・・・・・・。

「・・・・・・えっと、キルア言ってなかったの?」
「いや、オレはてっきりゴンの方から話してると思ってたからさ・・・・・・」

 二人で顔を見合わせながら確認しあう二人。
 それを横目に俺は欠伸を噛み殺す。・・・・・・そろそろ寝たいな。

「え、だって・・・・・・あれ?それじゃあ何でオレ達に付いてこの部屋に来たんだよ?」

 訝しげな視線を投げかけながら、キルアはポンズに指を突きつけて聞いてくる。
 それにポンズは少しだけ慌てた様子になる。

「アナタ達が『行く』って言うから、とりあえず保護者として付いて行こうかなって・・・・・・」

 自分で言って恥ずかしかったのか、頬を少しだけ赤らめ段々と小さくなっていく声でポンズがそう言うと更に微妙な空気が流れ始める。
 ゴンは兎に角申し訳無さそうに、キルアは目を細めてポンズを見つめ、小さな声で『変な奴』と呟いている。

 俺も『変な奴』と言った言葉には賛成。
 何だろうか?ポンズは一人だと寂しいとか、そういった傾向のある人間なのだろうか?
 ・・・・・・知識を元に考えてみるが、どうにも彼女は元々出番の少なかった人物だからな・・・。
 『性格的にどういった所があるのか?』という事には余り参考に成らないか。

 まぁそれでも、昼間にウィングの言っていた『年長者~』といった言葉を実践したと捉える事はできる。
 そういった事も踏まえて考えれば、ポンズは非常に『良い人』なのだろう。

 俺は3人のやり取りの中でそう結論付けをし、未だ照れたようなバツの悪そうな表情をしているポンズに言葉を掛ける事にした。

「・・・・・・ポンズって本当に『良い奴(騙されやすそう)』だな」

 正直に思った事を口にしたのだが――――

「そ、そうかしら?・・・・・・・・・ありがとう」

 と、何を如何勘違いしたのかポンズが笑顔を取り戻した。
 自分としては皮肉を言った積りだったのだけどな・・・・・・。

 何故か調子の戻ったポンズを尻目に俺が首を傾げていると、表情を正したゴンとキルアが俺の正面に立って視線を向けてきた。
 少しばかり強い瞳の色をしている。

「ねぇラグル。オレ達が後を付けてた事を知ってるなら、遠まわしな言い方をしないで聞くね」
「ん?」
「――――オレ達が後付いていったときに、途中で路地裏に差し掛かったんだよ。それで其処に入って行こうとした時に『例の感覚』を感じたんだ」
「・・・・・・」

 成る程、マチがピリピリしてた時のやつか。あの時、確かマチが後方に向かって念を送っていた(少し語弊があるが)から、
 それを丁度キルアとゴンは感じる事になったんだろう。

「『例の感覚』って、夕食の時に言ってたヤツのこと?」

 キルアの言葉にポンズが

「あぁ・・・・・・で、ラグル。オレが聞こうとしてる事解ってるんだろ?」

 ジッと正面から俺の事を見つめながらキルアは尋ねてきた。
 その表情は真面目で、ちょっとした誤魔化しも見逃さないとでも言うような感じだ。

「『あの場所に俺(ラグル)が居たのなら、自分達が感じたあの感覚についても知ってる筈だ。』って所か?」
「うわぁ!?良く解ったねラグル」
「ゴン、茶化すなっての」

 声を挙げたゴンを制するようにしてキルアが一歩前に踏み出してくる。

「なぁラグル、知ってるなら教えてくれても良かったじゃ・・・・・・・・・いや、そうだよな。よくよく考えてみれば元々が少し変だったんだ」

 ふと、キルアは俺に向けていた問いかけを引っ込めて自問を始めた。
 俺はその反応に眉を顰めた。
 何か変な態度でも取っていただろうか?と。

「ラグルが強いのは認めるし疑ってもいないけど、
 『感覚』の話をしてる時も妙に達観してるって言うか・・・・・・今思えば『そんな事は知ってる』って感じの態度だった」

 ・・・・・・確かにそんな事は知っているが、どちらかと言うとあの時は『如何でも良い』といった気持ちが強かったのだが。
 周りから如何とられるのか解らないものだな・・・・・・。

「もっとちゃんと観察してなかったオレにも問題が有ったって事か・・・・・・」

 幾分的外れな意見を言っているが、俺はその答えに少しだけ口元を緩めた。
 別にキルアの思考に感動したとか、成長が楽しみだ・・・・・・と言ったような感覚からではなく、単純に的が外れてる所から来る緩みだ。

 俺は其の侭表情を笑顔に変えて、視線の先に居る3人を見据えてから口を開いた。

「悪かったなキルア。別に騙そうとか、内緒にしようとか考えてた訳じゃないんだよ。
 唯単に聞かれなかったからさ、『自分達』で何とかしようと考えてるのかと思ったんだよ」
「・・・・・・オレ聞かなかったけ?」
「あぁ、『ちゃんと聞け!』とは言ってきたけどな」

 俺の言葉にキルアは閉口して、『しまった』といった感じで言葉を失っている。
 ゴンは逆に納得いかないようで、少しだけ眉間に皺を寄せていた。

「――――まぁ、遅かれ早かれ今週中には教える積りではいたんだよ。此処(天空闘技場)の200階に上がる前にな」
『!?』

 コレには如何やら、キルアだけでなくゴンもポンズも驚いたようだ。
 俺は其処から淀みなく言葉を続けていく。

「・・・・・・正直な所、俺達は余程の事が無い限り200階まで一直線で昇って行けると思う。
 ただ200階に上がってその後、無事に試合を終えられるのは、今の段階ではこの4人の中で俺だけだろうからな。そうなる前に――――」
「ちょっと待って、それって如何いう事?200階に上がるとそれだけ急に強くなるって事なの?」

 ゴンが俺の言葉を遮って、疑問を口にする。
 まぁ当然の疑問だと俺も思う。『念』を覚えてなかったら当然そう思うだろう事だ。

「・・・・・・いや、直接に相手をした事が有る訳じゃないから正確には解らないけど、技量として考えるのなら190も200も大して差は無いよ。
 余程上の連中(フロアマスター)なら解らないけど、キルアどころかゴンやポンズの足元にも及ばない連中が殆どだと思う」
「――――だったら何で」
「それが、『例の感覚』の秘密って事だろ?」

 黙って聞いていたキルアが不意に言葉を挟んできた。
 何か嫌な事でも思い出したのか、その顔には冷や汗が浮かんでいる。

「技も力も此方が上でも、そういったモノを全部引っくり返せるような『モノ』。
 ・・・・・・要は200階クラスの連中は全員がそれを使えるって事なんだろ?」

「――――正解」

 まぁ低い確率でそうで無い奴も居るかも知れないが、そんなのは居るとしても極々稀だろう。

「ついでに言うと、俺がポンズに教える約束してたのはコレの事だから」
「え!?そうなの?」
「・・・・・・まぁ『念』って言うんだけどな」

 『念』
 体からあふれ出すオーラとよばれる生命(精神)エネルギーを自在に操る能力のこと。
 自分で使っていて何だが、こうして改めて言葉にすると何とも胡散臭いことだな。 

「でも、私が始めてみた時はこの子達が言ってる様な『感覚』なんて何も感じなかったわよ?」
「それは、俺がポンズに対して何も警戒していなかったからだろうな」
「それって信用してたって・・・・・・あれ?・・・・・・何か違うような」

 一瞬良い方に捉えようとしたポンズだが、直ぐに当時の事を思い出して疑問を浮べる。
 単純に、襲われたとしても虫を払うようなものだと認識していただけだ。そもそも、あの段階ではそんな事を言うような関係では無かっただろうに。

 考え込むポンズに俺は苦笑を漏らすと、ゴンは先ほどのポンズの言葉に興味を持ったのか目を輝かせた。

「ねぇポンズさん、その時の事を詳しく教えてよ」

 ゴンが尋ねてきた言葉にポンズは一瞬口を噤んで唸って見せた。ポンズの反応は、恐らくパドキアに行く前に俺が言ったことが原因だろう。
 この状況でもちゃんと守る気が有るようで感心した。

 その後ポンズが俺の方へと視線を向けてきたので、

「別にもう話しても構わないよ」

 と了承する事にしたのだった。

「細かく話すと大変だからある程度は省くけど、ゴン君は4次試験の時の事覚えてる?」
「あの洞窟でのこと?」
「・・・・・・そう。寝てる私からプレートを持って行ったあの洞窟の事よ」
「あう・・・・・・」

 ジロっと睨むようにして言って来るポンズに、ゴンは汗を流して閉口する。
 全く良い大人(?)が何時までもネチネチと・・・・・・。

「――――まぁ過ぎた事はもう良いわ。で話を戻すけど、あの洞窟にレオリオが来る前にラグルが入って来たんだけど、
 その時のラグルのとった行動に私は心底驚いたわ。
 何と・・・・・・周囲から襲い掛かってきた蛇を全部叩き落してたのよ!!」

 多少勢いをつけて説明をしたポンズだったが、それとは対照的に周囲(俺たち)の反応は下降気味だった。
 俺は自分のやった事を強く言われても妙な気分に成るだけだし、言葉として聞いているとそれ程凄すぎる事をした訳でもないので――――

「へー」
「ッて言うかさ、その程度ならオレだって出来るぜ?」

 と、ゴンやキルアの反応もいまいちだった。
 俺の事は兎も角として、ゴンやキルアの反応にポンズは不思議そうな顔をする。

「あれ?・・・・・・・・・・あぁ!そうじゃないの、ラグルがやったのはそうじゃないのよ。――――叩き落された蛇達は皆『凍死』してたの!」

 自分の言ったことが不明瞭だったと気づいたポンズは、慌ててそれを修正してくる。何故にこんなにも力一杯に語るのだろうか?
 誰かに話したくて仕方が無かったのか?

 流石に『凍死』なんて事を聞かされては驚いたのか、ゴンもキルアも表情に変化が見られる。
 驚きの中に、憧れのようなものもチラチラと見え隠れしているが・・・・・・。

 アッサリとポンズに話す事を許可した俺だが、実際の所は念能力を他人に知られる事は余り良い事ではない。
 内容が知れればそれだけ対策を立てやすくなるし、相性の悪い能力者なども出てくる事になるかもしれない。
 また、人によっては制約を逆手に取られて不意を突かれることが有ったりと、いい事は何も無いと言っても良い。
 でもまぁ、俺の【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】に関して言えば、特に面倒な制約は無いし使用法も基本は触れた時が殆どだ。
 仮に何らかの方法で防ぐような事が会っても大した問題にはならないだろう。

「一応言っておくと、俺がやった事は間違いなく『念』だけど、3人が『念』を覚えたとしても同じ事が出来るとは限らない。
 と言うか、確実に出来ないと思う。まぁ理由については追々話すけど、
 まぁ兎に角『念』を覚えない事にはキルアはイルミを越えられないし、ゴンはヒソカに絶対に届かない事だけは確かだ」

 そう言い終えてから、俺はゴン、キルア、ポンズの3人へと眠い目(特に比喩でもなんでもなく事実眠い)を向ける。
 3人は其々俺の視線を受けて一考―――― 

「如何する?なんて聞かないでくれよなラグル。それが無くちゃ同じ土俵にすら上がれないんだろ?」
「だったら、オレ達はそれを身に付けたい・・・・・・身に付けなくちゃいけない」

 することも無く返事を返してきた。

 しかし『念』を覚えたくらいじゃ同じ土俵にすら上がれないんだけどな。
 RPGで喩えるなら、『念』を覚えることでやっと旅立ちの許可を得られたような状態だ。
 しかもあの二人(イルミとヒソカ)は物語序盤に登場する中ボスではなく後半に登場するような相手に相当する。

 まぁそんな事を言っても、きっと無駄にヤル気を出すだけだろうから言わないけどな。

 因みにワンテンポ遅れたが、ポンズも「私は元々教わる積りだったからね」との事だ。

 それにしても何時になったらこの3人は部屋を出て行ってくれるのだろうか?

 いい加減に就寝したいと俺の脳みそが言ってるのだけどな・・・・・・。
 俺は未だ目の前で『念』についての期待に胸を躍らせている3人に視線を向けながら、そんな事を思うのだった。








[8083] 第23.5話 更に相応しい
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:ed250cb3
Date: 2009/08/21 23:04




 翌日


「それまで!勝者ラグル!!」

 審判役の声が上がり、ついで観客達の歓声が響いてくる。
 現在俺は70階闘技場での試合が始まって終わった所。所要時間1~2秒といった所か?
 試合開始とほぼ同時に俺に腕を掴まれて放り投げられた対戦相手は、未だ客席の壁に飛び込んだ状態のままでいる。
 今回は前回とは違い、幾分手加減が出来たのでは無いかと思っている。何せ直撃した壁が崩れずに残っているからな。
 ・・・・・・多少のヒビくらいは入ったが――――

 ――――あ、崩れた。

 ・・・・・・まぁ良いだろう。そんなことは些細な事だ。
 俺はそれらの様子を一瞥してから試合場を後にして、ゴン達との待ち合わせの場所へと向かったのだった。


 昨夜、ホテルに帰った俺を待っていたのは捻じ切られたドアノブと変形したドア枠。
 それと3人からのちょっとした追求だった。・・・・・・まぁ、追求といっても何か問題が有るわけでも無かったのだが。
 ただ、何かしら問題が有ったとすれば『念』を教えろとしつこく食い下がってきた事だろうか?

 ポンズは如何なのかは解らないが、少なくともゴンもキルアも多少の危険(死ぬかも)ならば問題なく挑戦するとの事だ。
 其処まで言われたらやってやっても良いのだが、如何せんどの程度の力で『念』を叩き込んでやれば良いのか検討が付かない。
 強すぎたら死ぬか身体欠損、弱すぎたら『精孔』が妙な開き方をしてしまう・・・・・・まぁコレは俺の感でしかないが。

 ポンズだけならそれをしても良かったのだが、流石にキルアとゴンにはな・・・・・・。
 俺が行動した事で、メインの人間が潰れてしまったら興ざめだ。・・・・・・いや、それなりの場面で潰すのならそれも良いのだが、
 この場所、この場面ではどう考えても楽しめない、楽しくない。
 物語が多少変わる程度なら別に良い、それに俺が係わって行くのなら尚素晴らしい。だが小さな事で大きな損失を出しては面白くない。

 そこで俺は3人に真実を含めて説明をする事にした。

『確かに今すぐ教える事は出来るが、その場合危険が伴う』
『俺よりも確実に上手く教えてくれるであろう人物、ウィングに教えを請う方が良い』
『但し、素直に教えを請いに行くと、はぐらかされるか遠回りな方法を教えられる可能性が高い』

 といった事だ。
 上記二つは兎も角、最後の遠回り云々について3人は其々疑問を口にしてきたのでそれも説明。
 本来は座禅やら瞑想やらを繰り返して行い覚える物で、才能のある人間でも3ヶ月はかかる。
 また、才能の無い奴は一生かかってもその方法では覚えられない。
 俺がポンズにやろうとした事は、半ば無理矢理な方法だが確実に身に付けることが出来る方法。
 だがその分危険を伴うので、ポンズには身体を鍛えて貰っていた。

 と、伝えた(幾分誇張して)。

 そしてハンター協会の会長であるネテロが師範を務める『心原流拳法』の師範代であるウィングならば、
 俺がそれを行うよりも確実に安全に行ってくれるだろうと言うと、3人はそういう事ならと納得した。
 そこで俺は『流石に今日はもう遅いので、明日になったら行くとしよう』と提案して皆を解散させ、俺は眠りにつく事が出来たのだった。

 去り際にキルアが『はぐらかされないで済む方法はちゃんと有るのかよ?』と心配をしていたが、
 恐らくゴンやポンズが余計な事を言わなければ大丈夫だろう。

 因みにキルアが壊したドアは、やはり泊まっている俺が弁償をする事になった。キルアが『小遣い稼ぎしたら後で返すよ』と言っていたが、
 コレはキルアの浪費癖の一部なのだろうか?





 集合場所
 俺達が集合場所に選んだのは天空闘技場50階受付前。
 此処で今日も試合をするであろう、ズシの捕獲に来たのだ。因みに、既に午前中の内にズシが40階で勝利している事は確認済みだ。

「あ、ラグル!こっちこっち!!」

 受付の方へと足を進めていると、俺の姿を見つけたゴンが声を掛けてくる。
 俺はそれに苦笑を漏らして近づいていった。

「声が大きいよゴン。――――で、どうだった試合は?」
「どうもこうも、全員晴れて80階行きが決定してるけど――――」

 俺の問いにキルアが答えてくるが、言葉を途中で区切ってポンズの方へと視線を向ける。
 つられて見ると、何やら酷く落ち込んでいるようである。

「如何したんだアレは?」
「いや・・・・・・オレも詳しくは解らないんだけどさ」

 と、今度はチラリとゴンを見る。
 どうやらゴンは何かしら理由を知っているようだ。

「・・・・・・今日の試合の相手に気絶しない程度に手加減をしたらしいんだけど、
 そうしたら『ゴリラ女』って言われたんだって」
「うぅ・・・・・・・」

 ゴンの説明に、より一層ポンズは落ち込み具合を増していく。
 あぁそういう事か・・・・・・。確かに、一般人からするとそんな台詞を言われてしまいそうな力だろうな。
 でも如何だろうな?今の腕力は恐らくシズクにも劣るだろうし、当然マチと比べればかなり弱い分類に入るだろう。

「・・・・・・まぁ何だ。一般人からすればそう思われても仕方の無い力だとは思うが、見た目的にはそんな事は全くと言っていいほどない。
 対戦相手の言ってる事も、所詮唯のやっかみだから気にする事ないんじゃないのか?」
「うぅ・・・・・・そうかな?本当にそうかな?」
「あぁ(少なくとも上には上が居る)」

 俺は一先ずこうも落ち込まれていては話がしづらいので、簡単なフォローを入れておく事にする。
 まぁ、将来的に他の『怪物』に出会えば自分の事を非力だと思うようになるだろう。


「ゲッ!?」

 俺がポンズにフォロー(に成るかどうか微妙)をしていると、不意にキルアが声を挙げてきた。
 何だろうか、何か良くないモノでも見たか?・・・・・・例えばヒソカとか。

 ゴンはそんなキルアに声を掛けて何事かと問いただす。

「如何したのキルア?」
「いや、ゴン。ちょっとモニター見てみろよ。そっちの二人も」

 焦った・・・・・・とは違うか。いい表現が思い浮かばないが、まるで『UFOでも見つけたかのような』慌て振りだ。
 しかしモニターは試合を写すだけのもの

「・・・・・・何だか試合場の地面が丸々割れてるみたいだけど?」
「画面に映ってるあの女が砕いたんだよ。・・・・・・素手で」

 その言葉に俺は視線をモニターに向けて見る。
 すると其処には確かにキルアやゴンの言葉どおり、一杯一杯に割れた試合場と一人の女が映っている。
 女は紫がかった青色の髪をしており、後ろ手に一つに纏める・・・・・・所謂ポニーテールの髪型をしていた。
 目元はサングラスで隠しているので見えないが、その顔立ちから女が容姿に優れているだろう事が窺える。
 服はその『スレンダー』な体型がより映える、紅いチャイナドレス(この世界に中国は無いが、便宜上そう呼ぶ)を身に付けている。
 画面の下のほうにはテロップが流れていて、本日1階から50階に上がりなお勝利した新人選手『キヌイ』と紹介されていた。

 俺はその映像を、半ば口を半開きにして見つめていた

 映っている人物の顔は見えない・・・・・・・顔は見えないが・・・・・・

 何をしてるんだマチ?

 一応は顔をサングラスで隠し、髪型を若干変え、服装をガラリと変えてはいるが、あれは間違いなくマチだろう。
 身長や見た目の雰囲気、何より体型がマチ本人であると強く物語っている。名前は『絹糸』からとったのか?
 俺は画面に映る(何故かカメラ目線)お仲間に、少しばかりの嫌な予感と眩暈を感じてしまった。


 因みに、落ち込んでいた筈のポンズは、画面に映るマチを見て

「私なんかより、遥かに『あれ』に相応しい人が居るんだ・・・・・・」

 と呟いていた。







[8083] 第24話 お願い事
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:ed250cb3
Date: 2009/09/07 21:40




「師範代にっすか?」
「あぁ、ちょっとだけ頼みたい事があってさ」

 試合を終え、受付に戻ってきたズシを捕まえて俺達はお願いをする事にした。交渉役は面倒ではあるが俺がする事になっている。
 因みに、モニターに映っていたマチの事は一先ず保留。ウィングに、この3人の精孔を開かせる事を優先する。
 マチの事は後で直接話しを聞く事にした。正直問いただすのが怖い気がするが・・・・・・。
 まぁ、幾らなんでもコレが原因でマイナスになる事は・・・・・・無いと思いたい。 

 俺がズシに『ウィングにお願いが~~』と話をしていると、後ろに待機しているゴン達は小さな声で話し合いをしている。

『ねぇキルア、大丈夫なのかな?』
『大丈夫・・・・・・だと思うぜ。一応ラグルは勝算が有るみたいだし』
『私は何だか気が進まないけどな・・・・・・』
『だったらポンズは瞑想から始めるのかよ?才能の有る奴で3ヶ月だぜ、やってらんねーよ』
『オレも騙すってのは気が引けるけど、直ぐにでも強くなりたいし・・・・・・』
『地道な努力も必要だと思うけど・・・・・・』

 といった具合だ。
 ポンズ、安心して良い。これから先は地道な努力の連続だからな・・・・・・。
 仮にそれをしないで居るようなら直ぐにでも死ぬ事になるだろうし。

「自分は全然構わないっすよ。それに師範代なら自分の紹介がなくてもそろそろ自分のほうから――――」
「あ、ウィングさん!」

 と後ろに待機していたゴンが声を挙げる。
 俺はそれにつられる様に後方へと振り向くと視線の先には確かにウィングの姿があった。
 シャツの裾をはみ出させた姿ではあるが・・・・・・。

「やぁ、これは皆さん昨日はどうも。順調に勝ち進んでいるようですね?今日の試合、拝見しましたよ」

 俺達の姿を確認したウィングが、ニコっと笑いながら声を掛けてくる。
 てっきりホテルで待っていると思ったのだが、どうやらズシの試合を生で見ていたらしい。
 面倒見の良い事だ、と俺は少しだけ口元を緩めた。

「師範代・・・・・・」
「あぁズシ、貴方も良く頑張りましたね。どうなるかは解りませんが、明日はコレで60階クラスですよ」
「押忍!恐縮っす。ところで師範代、シャツが・・・・・・」
「あーっと済まない」
「師範代、あと寝癖が・・・・・・」

 昨日の今日で同じ様な事をしている二人。
 俺たちは、その二人のやり取りが有る程度収まるまで待つ事にした。
 といっても、ウィングが寝癖とシャツを直すだけなので大した時間は掛からないが・・・・・・。
 一瞬、本当にこの人に任せても良いのだろうか?と不安になったが、他に出来そうな人間で此処(天空闘技場)に居る人物となると、
 マチとヒソカ位しか知らない。

 流石にあの二人に頼む気にはなれないからな・・・・・・。

 寝癖を撫でつけシャツを整え終わったウィングは、再びニコっと微笑みながら俺たちの方へと向き直った。
 俺はウィングの準備(身支度)が終わるのを待ってから本題に入る事にした。

「ウィングさん、実は俺の方からお願いが有りまして、この後宿泊先のホテルをお尋ねしようと思っていたんですよ」
「お願い?私に・・・・・・ですか?」

 ウィングは『何でしょうか改まって』と俺の言葉に耳を傾けてくる。
 俺は心原流がとっている基本的な考え方、

『念は危険なものなので、余り一般人には知られないようにしましょう』

 を考慮に入れた話し方で口を開いた。

「はい。実は少しだけウィングさんの力をお借りしたいのです。・・・・・・俺が自分で後ろの3人に『それ』をやっても良いんですけど、
 もし失敗したらと考えると易々とやってしまう訳にも行かないし――――」
「――――ちょ、ちょっと待ってください・・・・・・いや、待ちなさい」

 俺の言葉を遮るようにして、ウィングが言葉を挟んできた。
 俺はその反応に嬉しくて微笑みそうになる。流石は師範代だ・・・・・・と。

「貴方・・・・・・ラグル君でしたね。君のそれは、もしかして『ネン』の事を言っているのですか?」
「はい。『念』の事を言っています」

 此処での俺の言っている『念』と、ウィングの言っている『ネン』は同じものだろうか?
 まぁ仮に此処でウィングが俺の事を煙に撒く積りだとしても意味がない事は直ぐに理解できるだろう。
 何故なら俺は『失敗したらと考えると――――』と言っているのだから。

「何処でそれを――――とは聞かないでおきましょう。確かにこれは、一般には秘匿されるべきモノではありますが、
 限られた者にしか出来ない訳では無いのですからね」

 ウィングは困ったような素振りを見せながらそう口にしてくるが、ハッキリ言うと――――目はこちら側、俺のことを強烈に睨んでいる。
 ・・・・・・どういう事だ?何か気に障ることでも言っただろうか?

「良いでしょう。まぁこんな場所で話すような内容では有りませんから、何処かで腰を落ち着けて――――」
「それなら俺達の泊まってるホテルに行こうぜ。此処から直ぐだし、何か有っても俺達の方で上手く処理するからさ」

 ウィングの言葉にキルアが提案をする。・・・・・・何だろうか?今のキルアが言っていた『俺達の方で上手く処理~~』と言うのは?
 何も無いように態々ウィングに頼んでいるんだが・・・・・・。
 いや、もしかしてアレか?何かが壊れる事を想定して言っているのか?
 だとしたらそれは――――

「解りました。そういう事なら皆さんの泊まっているホテルにしましょうか」

 俺がほんの少しだけ悩んでいる内にウィングはさっさと了承してしまい、ポンズの案内で移動を開始してしまった。
 確かにウィングは『念』の説明をする為に壁を壊す筈だが、幾らなんでも他人の泊まってる部屋の壁を壊すなんて事はしない・・・・・・よな?









「――――コレが彼が言っていた『念』という物です」

 甘かった。
 強化系を舐めていた。ウヴォーギンという知人が居るにも係わらず舐めていた。
 ホテルの部屋(何故かまた俺の部屋)に到着するなり(変形したドアにウィングとズシは閉口していたが)、
 ゴンとキルアは「早速お願いします」と意気込んでいたのだが、
 ウィングはそんな二人を制して『念』についての講釈を始めた。

 曰く、『念』とは生命エネルギーを自在に操る事。
 基本は身体に『纏』わせる事。それをする事で身体はより頑強になり、また若さを保てるようになる。
 またオーラを『絶』つ事で、気配をゼロにする事も、
 オーラを『練』ってより強く出す事も出来る。

 ・・・・・・まぁ、念を使う人間からすれば常識的なことを説明していた。
 途中で『若さ~~』云々の所で、ポンズがピクリと反応をしたのは少しだけ面白かったが・・・・・・。

 ウィングが『錬』を使って体外に出すオーラ量を増加させると、ゴンとキルアはそれを感じ取ったのか「圧迫感がある」との感想を述べていた。
 ついでにポンズにも聞いてみたのだが、「何だか暖かい感じかしら?」との事だ。
 まぁ、この反応が才能にどう直結するのかは解らないけどな。

 さて、問題はその後だ。

 ウィングが「実演して見せましょう」等と言ってきたのだ。俺はその言葉に数瞬間ほど思考停止をしてしまった。
 此処に来る前にも思った事だが、まさか『他人』の泊まってる部屋で破壊活動をするとは思わなかったのだ!
 俺や旅団のような人間なら兎も角、仮にも一般人の分類に入るはずのウィングが。

 そうして――――

 ビシィッ!!

 俺の泊まっている部屋は、ドアに続いて壁までも破壊されたのだった。

 その後、特に問題など無いと言わんばかりにウィングは講釈を続けていった。
 内容は『ゆっくり起すか』『ムリヤリ起すか』といった内容になっている。ウィングが言うには『ゆっくり起す』方が正道、
 ムリヤリなんてのは邪道だという事だ。・・・・・・この世界に、瞑想や禅をする事で念に目覚めた人間が何人ほど居るのか少しだけ気になったな。

「ウィングさん、俺はその『無理矢理』をやって貰いたいんですよ」 
「・・・・・・ラグル君、先ほども言いましたがコレは邪道だ。身体にも相応の負担が掛かるし、未熟な者や悪意のある者が行えば死ぬ可能性もある」
「――――でも」
「・・・・・・?」
「ウィングさんは未熟でもないし悪意も無い・・・・・・でしょ?」
「・・・・・・」

 後ろで黙っていたゴンが言葉を挟み、ウィングはそれに小さな溜息を吐いた。
 俺からすると丁度真後ろなので詳しくは解らないのだが、どうやら随分な意気込みをその瞳に見せているのだろう。
 背中越しに感じるゴンの雰囲気が、俺にそう教えてくれている。

「ウィングさん。・・・・・・仮に此処で断ったとしても、その場合は俺が代わりにやる事に成るだけですよ?」
「私に話を持って来た事から解ってはいましたが・・・・・・やはり君も使えるのですね?」
「えぇ、今年で7年目でしょうか」

 笑顔で答える俺に、ウィングは表情を固くして威圧してくる。
 恐らく俺の事を『良くない――――』とでも思っているのだろう。

「皆が望むなら、俺は今すぐにでもムリヤリな方法をやっても良いと思ってる。
 ただ俺は『どの程度の力なら~~』といった加減が出来ないかもしれない、だからウィングさんにお願いをしてるんですよ」

 俺は首を傾げるようにしながら言うと、ゴンもキルアも一歩足を踏み出して意思をウィングに伝えようとする。
 唯一、ポンズは多少の尻込みをしているのか覇気が感じられないが・・・・・・。

 だがゴン達の覚悟は充分な意味があった様で、睨むようにして此方を見ていたウィングの表情が、毒気を抜かれたように軟化する。
 そして――――

「・・・・・・良いでしょう。それならば幾つかの条件を貴方達が飲むと言うのなら、その役目を引き受けましょう」

 と、条件付ではあるが了承の言葉を口にしたのだった。
 まぁそう言って来るだろうとは思っていたけどな。大方3人の教育は私が行いますとでもいった内容だろう。
 正直な所、ウィングは念の事を軽々しく話している俺の事を、余り好意的に見てはいないだろうからな。
 そんな俺に任せていたら問題だ、とでも考えるだろう。
 まぁ喩えそうなったとしても、ゴンとキルアに関しては何ら問題は無い。
 元々この二人はウィングに師事する筈だったのだから。

 だがポンズは困る。

 俺がポンズに『念』を教える気になったのは、確かに興味があったからが一番にくるのだが、
 それでも仮に使える念能力者になった場合は『仲間』に引き入れる為という事もある。

 だが此処でウィングに全部任せてしまうと、俺はポンズにとって唯の案内係となり、後々に影響を与えづらい事となる。
 ハッキリ言ってそれは面白くない。
 もし本当にそんな事を言ってきても上手く言いくるめる自信はあるが、相手は予想を超えた反応をしてくる強化系だ、
 場合によっては多少強く出たとしてもポンズの事は俺が見るように仕向けなくてはな。

「条件?」
「授業料を払えとかじゃないよな?金なんか無いぜ俺達」

 と、ゴンとキルアは疑問顔でウィングに尋ねている。
 しかし、金が無いとは言えないと思うが・・・・・・。昨日と今日の勝利で、少なくとも30~40万は持っているだろう。
 まぁ、ゾルディックの価値基準では無いに等しいのかも知れないが。

「――――条件は一つ、『君達』が此処(天空闘技場)に居る間、貴方達全員は『念』に関する事は私の師事に従うという事です」

 あぁ、やっぱりそう言ってきたか。チラリと後ろを見ると、ウィングのその言葉にゴン達3人は多少表情を曇らせている。
 若しかしたら俺に何かしら義理立てでもして、『悪い』とでも思っているのだろうか?
 だとしたら気にしすぎだと言ってやりたいが・・・・・・

 俺は三人から視線をウィングの方へと戻して一息つく。

「ちょっと良いですか?」
「・・・・・・何ですかラグル君」

 三人からの返事を待っているウィングに、俺は言葉を掛けた。
 このままでは『それじゃあ宜しくお願いします』となりそうだったからだ。

「俺からの急な・・・・・・失礼なお願いを聞いてくれる事には素直に感謝しますが、
 それはこの3人の『念』の修行は全部ウィングさんの指導の下で行うという事ですか?」
「概ねその通りです」

 俺からの問いに対して、ウィングは表情一つ変えずに返答してきた。
 俺が何か言って来るのは初めから予想通りとでも言うのだろうか?・・・・・・だとしたら面白くないな。

「実はもう一つだけお願いがあるんです」
「?・・・・・・なんでしょうか?」
「三人の修行には基本的に俺も参加させて貰いたいんです。一応断っておくと、別に教えを請いたいという訳ではありません。
 俺は基本の四大行は勿論、応用についても知っていますし実践できますから。
 ただ・・・・・・そうですね、友人達の手伝いをしたいって、そう思うんです。だから――――」

 チラリと、ウィングの顔を盗み見るようにして表情を窺う。
 ウィングは基本的に『良い人』だ、それもかなりのレベルでの『良い人』だ。俺が半ば脅しと取れる様なお願いをしたにも係わらず、
 『精孔』開けを引き受けるくらいだ。これがフィンクス辺りなら「知るか、勝手にやってろ」とでも言われて終了だろう。
 まぁそんな頼み方を旅団仲間にする積りは無いが・・・・・・。

 話が少しずれた。
 要は、ウィングは真面目なお願いなら聞き入れるだろうという事だ。
 『念』についてオープンにしてしまった俺のことは許せないだろうが、友人達を思う俺の事は無下に出来ないだろうと予想したのだ。

 もっとも、俺の行動は全くの意味が無かったことだと、直ぐに知る事になったのだが。

「ラグル君、一応言っておきますが私は『貴方達全員』と言ったのですよ?勿論貴方もその中には含まれて居ます」
「は?」

 ウィングの言葉に素っ頓狂な返事を返してしまう。
 つまりはそういう事だ。俺はウィングがこの後渋々『仕方ないですね・・・・・・』等と言いながら了承してくると思ったのだが、
 ウィングの方は初めから俺のことも込みだったらしい。
 しかしそうすると解らない事がある。
 何だって俺の事も面倒を見るなどと言うのだろうか?俺は暗に『念が使えますよ』と言ってきた積りだったのだが?

 俺が理解不能とでも言いた気な顔していると(多分そう見えたのだろう)、ウィングはニコニコと笑顔を称えた顔で説明をしてきた。
 何やら腹の立つくらいサッパリした笑顔だ。

「別にラグル君に私が教えようと言う訳ではありませんよ。
 ・・・・・・基本は皆さんの修行を手伝う――――要は私の助手のような事をしてくれれば結構です。
 まぁ、君が言った『友人の手伝い』ですね。それをやって貰いたい。ゴン君達だって彼が協力してくれた方が、気持ちが楽でしょう?」

 そう言ってきたウィングに、ゴンやキルアは笑顔で感謝の言葉を言い、俺はこの三人(一応ズシも入るので四人)の修行を手伝う事になった。
 概ね俺が考えた妥協案と同じになったが、正直話の運びに関して言えば面白くは無い。
 もう少し良いように動かしたいと思っていたというのに・・・・・・。

 その後、俺の心中などお構い無しにウィングの手によってゴン、キルア、ポンズの3人は、順番に『精孔』を開いていった。
 因みにゴンとキルアはその場で『纏』を身に付けてウィングを驚かせ、ポンズは辛うじて身に付けたものの気を失ってしまった。
 俺は自分も最初の時は気絶した事を思い出して、ゴンとキルアが前もって心の準備をしていたとは言え、
 アッサリと『纏』を身に付けたことに、少しだけ苦笑いを浮べてしまった。

 結果は解ってた事の筈なんだけどな。

 因みに、いざ『精孔』を開こうかという時に、若干ポンズが顔をしかめていたような気がするのだが、気のせいだろうか?
 まぁその本人は現在気絶中なので尋ねる事は出来ないのだが・・・・・・。
 目を覚ました後でもそんな素振りを見せるようなら、一応確認を取っておいたほうが良さそうだな。

 何やら、妙に疲れるような出来事ばかりが頻発して起きている気がするな。
 マチも急に闘技場に参加してきたりと訳が解らないし・・・・・・どうせ起きるなら面白い事件でも起きれば良いのにな・・・・・・?







[8083] 第25話 思いの他に――――
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2009/11/13 12:57




 深夜2時過ぎ、草木も眠るなんとやら。そんな時間に私は目を覚ました。
 最初は何処に居るのか解らなかったが、直ぐに此処が自分の泊まっているホテルの一室である事に気づく。

 あぁそうか、私は気絶をしてしまったのか……。

 最後に残っている記憶を呼び起こし、私はそう小さな声で呟いた。
 途端にちょっとだけ、本当にちょっとだけ私は自己を嫌悪した。

 『精孔』を開ける。

 それが如何いう事なのかウィングさんはしっかりと説明をしてくれた。
 勿論ラグルもそれなりでは在るが、前以て説明をしてくれていた。……でも私の結果は散々だと思う。

 確かに軽く考えていた所はあった、それは認める。ラグルが使えると言っていたし、最近知り合ったズシ君も使えると言っていた。
 それに加えてゴン君とキルア君の二人、あの二人もあっさりとモノにしたのだ。
 ならば自分も――――と、そう考えてしまった。

 でも結果は付いてこなかった。

 先の二人はさっさと成功させたのに、私はギリギリでの成功。
 体から噴出すオーラを身体に留める『纏』を行った所で、直ぐに気絶をしてしまったのだ。

 何と言うか、情けなさで一杯になってくる。

 私は10分ほどだろうか?ベットの上で悩んだ後、気分転換を兼ねて外出をする事にした。
 このまま眠って朝を迎えても、良い顔で挨拶を出来そうに無かったからだ。






「何処に行くつもりだ……ポンズの奴」

 俺は、自分の知っている気配(ポンズ)が部屋を抜け出して外に出て行くのを感じた。
 時間は既に午前2時を回っている。普段の俺ならば確実にもう寝ている時間だが………。
 まぁ、なんでそんな時間に起きているのか?と聞かれれば、単に小腹が空いて眼を覚ましただけなんだけどな。

 さてさて、本来なら明日のためにもさっさと寝なくてはいけないのだが、俺はポンズが何処に行こうとしているのかに若干の興味を持ち、
 出来うる限り静かに、分かりにくく、堂々と後を付けることにした。

 ホテルの外に出ると、ポンズは大きな溜息を付いてトボトボと歩いていく。
 ジッと見てみるに何やら呟いているようだ。コレでもし、俺が途轍もない聴力を持っているならばポンズが何を言っているのか解るのだろうが、
 残念なことに俺の耳は人よりも若干優秀といった程度、ゴンのように犬猫並みの聴力は持ち合わせては居ない。
 まぁ、念で強化することでもしかしたらそれ並みの聴力を得られるかもしれないが、
 その場合周囲の雑踏まで拾ってしまうことになるのできっと聞き分けることは出来ないだろう。

 話が若干ずれたな。
 前を行くポンズは、溜息を吐きフラフラとふら付きながら歩いているが、不思議なことに今の所誰にもぶつからずに歩き続けている。
 コレは知らず知らずの内に円でも使っているのか?とジッと眼を細めてみてみるが、
 特にそんな事はなくオーラはポンズの身体に纏の状態で漂っている。

 俺はその様子を「覚えたばかりなのに器用な奴だな………」と感想を述べながら追跡していった。



 『天空闘技場』――――格闘馬鹿の聖地と呼ばれる場所だが、
 一応は一つの街の中にソレがあると言うだけで、街全体が格闘馬鹿の為のものではない。
 その為、結構普通に一般的な公共施設なども存在しているわけだが、ポンズはそんな公共施設の中でも取り分け治安の悪い場所――――

 『聖プレア公園』に入っていった。

 まぁ治安が悪いと言っても、近所の悪ガキ連中が溜まっていると言うだけで命の危険に晒されるような事はまったく無いのだが。
 しかし――――と、俺はちょっとした安堵と言うか、ガッカリ感と言うか、何とも形容し難い微妙な感覚になった。
 これはつまりこういう事だろう、わざわざ向こうの方から因縁をぶつけて来るような場所に来たのは、
 ポンズの奴は『早く念を試したくて仕方がなかった』という事なのだろう。
 確かに、此処にいるような連中ならば直ぐに手を出してくるだろうから簡単に正当防衛が成立する。

 そんなに早く試したいのならば言えば良いのにな、ゴンやキルアよりも抑えが効かないとは恐れいった。

 俺はそんな事を思うと、ゆっくりと公園の中に入っていくのだった。





 深夜の街中をトボトボと歩き、気が付くと変な公園に来ていた。
 私はここの地理に詳しい訳ではないので、狙って来たわけではない。気付いたら此処に居たのだ。
 公園に備え付けられているベンチの腰を下ろして、私はまた溜息を吐いた。

「はぁ……そりゃ、自分よりも凄い人間が世の中一杯居るって知ってはいたけど、流石に凹むわよね」

 最初、ゴン君とキルア君はアッサリとソレを身に付けていた。ズシ君だって出来るって言っていたし、ラグルだってやっている。
 だったら私にも出来るだろうって簡単に考えていたんだけど………結果はついて来なかった。
 私は何とか成功をさせたもののアッサリと気を失ってしまったのだから。

「やっぱり私って………ハンターの才能ないのかな」

 何度目かになるか解らない溜息を吐いてから、私は小さな声でそう言うと――――前方から近付いてくる気配に視線を向けた。
 見ると嫌らしそうな顔をした現地の男達が四人、私の事をまるで品定めでもするかのようにして見つめている。

 人が落ち込んでいる時に何だと言うのだろうか?

「おねぇさ~ん。俺らと――――」

 どうでも良いような文句だったので省くけど、要は私をナンパ?でもしようとしているらしい。
 と言っても、相手の雰囲気は『楽しくお茶を――――』という風ではなく、犯罪者予備軍か既に犯罪者といった感じに見える。
 ブラックリストハンター志望の奴等なら、こういう時は嬉しいのかも知れないけど、私はどちらかと言うと幻獣ハンター志望だ。
 このような荒事は得意では………得意では………………無かった筈なんだけどね。

 チラリと正面に眼を向けると、本当に嫌らしそうな笑みを向けている男が全部で三人――――あれ三人?

「どーしたの?おねぇさん?」

 ムニュ――――

 私が目の前の人数に首を傾げたのと同時に、背後から伸びた無遠慮な手が『私の胸を揉みしだいた』のだった。

「……………い、きゃあ――――ぐむ!!」

 驚いて声を挙げようとする私の口元を、男達が塞ぎに掛かってその手を押し付けてくる。
 確かに私はハンターを目指していて、並の人間よりも鍛えている自身がある。それでも私は所詮『か弱い女』だ。
 男に力任せに襲われたら私なんて…………

 私は怖くなって、そして、そして――――力一杯に脚を蹴り上げた。
 




「何やってるんだアイツ?」

 俺は目の前――――と言っても結構距離は離れているが――――の光景を眺めながら言った。
 ポンズが地元の若者に絡まれているのである。いや、それは別に良いんだ、俺の予想通りの展開ではあるからな。
 ただ、どうしてポンズはさっさと何かしらの行動(主に、殴るや蹴る等)に出ないのだろうか?

 一人の男に抱きかかえられ、右往左往するようにしている。何故何もしないのだろうか?今のポンズの力ならばアッサリと解けるだろうに。
 それとも俺の予想とは違って、本当にただ落ち込んでいただけなのだろうか?だとしたら――――

「………面倒臭いな。本当に」

 流石にこのまま放って置くのは寝覚めが悪い気がする。見ず知らずの人間だったら――――いや違うな。
 知っている人間でも本来なら放って置いても良いのだが、今のポンズは残念な事に唯の知っている人ではない。
 なのでポンズを助けなくてはいけないのだろうが、その労力やその後の事(元気付けたり等)もしなくてはいけないのかと思うと気が滅入ってくる。
 ………いっその事もう諦めて捨てておくか?
 でもそうすると、今度はゴンの方に良くない影響が出たりするかも知れないな(キルアは問題ないだろうと予想)。

 俺がそんな事を考えて溜息をついた時――――

 ドゴン!!

 と、大きな音が耳に飛び込んできたのだった。

 見ると一人の男が宙に浮いており、そのまま重力にしたがって落下した。
 俺の視界の先には潰れるような形で倒れている男と、唖然としている男が三人。そして、息も荒く脚を上に上げたポンズが居る。
 どうやら今のはポンズが相手の事を蹴り上げて発生した音らしい。

「――――ははっ。何だ、やれるじゃないか」

 俺はその光景に、さっきまでの『面倒臭い』と言った感想など忘れて、笑顔で現場に移動するのだった。




 仲間の一人を上空に蹴り上げられた男たちは、あまり愉快と言えないような表情をしていた。
 まぁ、人間一人が空を飛ぶような光景など、そうそう眼にするような物でも無いだろうからな。

「や、ポンズ。こんな時間に散歩か?」
「ラグル………君?」

 俺は『たった今此処に来ましたよ?』といったニュアンスを出しながら、未だ混乱している様なポンズに話しかけた。
 その表情はキョトンとしていて、何が何だか良く解っていないといった感じだ。
 何だかな………と俺は思う。
 遠目で見た時は『ヤル気になったのか?』と思ったのだが、どうやらそんな事は無いようで………
 もしかして、ポンズはこういった突発的な出来事に今まで遭遇した事が無かったのだろうか?
 仮にもハンターを目指していると言うのに、コレでは問題では無いか?――――まぁ良いか。今回の出来事で多少の耐性が出来るかも知れないし、
 『念』の事で悩んでいるようなら少し話をしてやれば何とかなるだろう。

「――――で、こっちの連中は知り合いか?」
「そんな訳無いでしょ!!」

 ポンズの声に、同じ様に固まっていた周囲の連中も反応したのか『ビクッ』と身体を震わせると俺やポンズを囲うように移動をし始めた。
 連中のその動きにポンズは多少の警戒心を顕わにしたが、俺はそんな事は気にせずに地面に倒れこんで(潰れて)いる男の様子を確認する。

 ――――酷い顔だな。

 多分顎を蹴られたんだろうが、まぁ人間一人を上空に跳ね上げるような力を浴びたんだ。
 こうして『生きていられる』だけでも良しとすべきなのだろうか?しかし――――

(コレもう直ぐ死ぬな――――)

 俺は其れを見ながらそう結論付けた。
 確かに今はまだ生きている、でも其れも『今は』だ。無意識でポンズが手加減したのか、それとも力が乗らなかったのか判断しかねるが、
 中途半端に力が入った所為で死ぬまで時間が掛かっているといった状態だな。

 俺は横で(周囲の状況に)不安そうな顔をしているポンズと、周りの連中を見渡してから、倒れている男の脚を掴んで公園の奥に向かって歩き出した。

「――――アンタ達、このままじゃ納まりつかないだろ?侘びとかも兼ねて話をしたいから着いて来てよ」

 突如現れ、そして自分達の仲間をじっと見ていた俺の行動に連中は多少驚いていたようだが、
 『侘び』と言った言葉に気を良くしたのか「――――そういう事ならしかたねぇな」と言ってゾロゾロと動き出した。
 恐らくこのままポンズの相手をするのはゴメンだと判断したのだろう。

「ポンズ、『ちょっと』この連中と話をしてくるから。『5分程度』で戻るから周囲に気を配りながら其処で待っててくれ」
「え、ちょ、ちょっと!?」

 疲れるなぁ………

 ポンズの居た場所から見えない様な所まで移動していき、周りを見渡してから引きずっていた男の脚を手放した。
 すると着いてきていた男達も揃って足を止め、俺の周りを囲むようにして陣取ってくる。

「おいおいやっとかよ?いい加減歩きつかれたっての――――って言うか、並みの『侘び』じゃ納得しねーぞ?」
「そーそー何てったって、一人ヤラレちまって………何してんだ?」
「ん?ちょっと待ってくれる?」

 俺は引きずってきた男に手を当てて、一気に『超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)』を発動させた。

「――――――――ッ!?」

 男達の息を呑む声が聞こえる。念の防御も何も無い一般人、そのうえ死にかけているような相手だ。
 面白いように効果は現れ、一瞬で氷像のような姿に変わっていった。

「な――――ッ」
「騒がないでくれない?」

 スッと踏み込み、一人一人の口元に一瞬だけ手を当てて『超高温絶対零度』の能力を使っていく。
 但し、今度は凍らせるのではなくむしろ逆、温度を高める方向へと能力を使って其々の気管と肺を焼いてやった。
 突然の事と、急に身体の中の物を焼かれた痛み、そして呼吸をする事もままならない様な激痛で、男達は次々と声も出せずに次々と倒れていった。

 動けば痛み、呼吸をすれば激痛が走る。咽を焼かれた男達は涙を流して訳の解らない状況にパニックを起している。

 そんな地面に這っている男達に対して、俺は出来るだけ解り易く、簡潔に、そして『優しく』伝える事にした。

「――――悪いな。本当はさ、ポンズが如何にかするのを見ている積りだったんだけどな、
 どうにも『念』に目覚めたばかりで情緒不安定と言うか何と言うか――――兎に角、俺の思った通りには成らない様な気がしてさ。
 でも、だからって突発的にとはいえ、『一般人に怪我を負わせた』とかウィングに知られると何かと面倒になるんだよ。
 元々其れほど乗り気じゃなかったとは言ってもさ、態々こんな所まで連れて来て目標の第一段階が終わった所なんだよな。
 だからまぁ――――何て言うか、残念だったよな?実際の所、ポンズが俺の思った通りに行動したとしても、アンタ等は此処まで何だよな」
「――――――――ッ!?」
「本当に運が無かったよな?」

 俺はそう言ってから、その場に居る全員を文字通り消していったのだった。
 『超高温絶対零度』を使って超々低温にまで持って行き粉々に砕く。
 こうした使い方は初めてだったが、パラパラと飛んでいく破片が月に反射して思いの他に綺麗だと思った。

 合計4人分、事が済んでから俺は一息ついてポンズの居る場所へと戻っていった。まぁ死体を完全に処理した訳では無いので、
 調べれば解るのかも知れないが、少なくとも一見、二見――――百見したとしても解らないだろう。
 戻ってみると、ポンズは先程よりは冷静さを取り戻したのか眉間に皺を寄せながら周囲を睨みつけていた。

 そして俺が戻ってきた事に気が付くと、その両眼を見開いてこちらの方へと近付いてくる。

「ラグル!?――――その……大丈夫だった?」

 ポンズの的外れな(少なくとも俺にはそう感じた)言葉に俺は首を傾げてしまった。
 仮に、単純な平和的な方法を取ったとしても『金』で解決出来たし、平和的ではない方法を取ったとしても、
 どう考えても一般人に如何こうされたりする訳が無い。ポンズの中の俺はどれ程貧弱な設定に成っているのだろうか?

「何とも無いよ。ちゃんと後腐れなく『平和的』に解決したし」

 俺は手をパタパタと動かして、ポンズの質問に答えた。
 その言葉に安心したのか、ポンズは大きく溜息をつくとその場にガクッとうな垂れた。

「――――正直、私自身あんなに打たれ弱いとは思わなかったわ」

 恐らく、さっきまでの無様な様を言っているのだろう。――――まぁ確かに、俺もポンズがあそこまで精神的に崩れやすいとは思わなかった。
 でもまぁ――――

「それも仕方が無いと思うぞ?『念』に目覚めたばかりなんだし、多少は情緒が不安定になり易いのもさ」
「そうなの?」
「あぁ………………それにお前さ、ゴン達と自分を比較して落ち込んだだろ?それは比較対象が間違ってるからな。
 あいつ等は天才だよ……。少なくとも俺より才能は有ると思う。俺だって『精孔』を開けられた時は気を失ったからな」

 俺はポンズを励ます?為に用意しておいた言葉を並べていった。
 尤も、少なくとも嘘は付いてはいない。自分が気を失った事は事実だし、ゴン達が天才だというのも事実だろう。
 まぁだからと言って闘って負ける積りは無いが………。

「うそ?」
「俺が気絶した事に関しては嘘じゃない。それ以外の事も嘘じゃないが――――」
「私だけじゃ無いんだ………」
「ウィングさんの言葉を聞いてなかったのか?………死んでしまう人だって居るって言ってただろ?」
「――――うん」

 其処まで言うとポンズはバッと立ち上がり、「ゴメンなさい!」っと頭を下げてきた。突然の事にあっけに取られていると、
 ポンズは続けて「帰りましょう?」と言ってズンズンと歩いていってしまう。

 俺は暫くその様子を眺めていたが、その後溜息を吐いてからホテルへと戻る事にした。
 何が何だか解らないが、ポンズは多少は吹っ切る事が出来たのだろうか?
 流石に今日のような事は、天空闘技場にいる間は起さないで貰いたいと思うのだが………。あぁでもアレだな、
 如何しようも無いような能力に目覚めるようだったら、後は如何でも良いか。

 早い所、自分だけの能力に目覚められるように無理矢理にでも鍛えていくとするか?

 ホテルに帰る道すがら、俺はそんな事を考えていた。







[8083] 第26話 マチへの依頼?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/01/04 20:37


 天空闘技場に到着してから今日で3日目、俺達三人は無事100階クラスに到達し、天空闘技場内の宿泊施設に居を移した。
 まぁ当然であるかのように、俺は部屋の修理代を払わせられたのだが………。

 昨日『精孔』を開けたばかりのゴン達ではあるが、疲れなどは殆ど見せず(ポンズは若干疲れ気味)に今日の試合を消化していった。
 尤も元々他の選手との地力の差が有り過ぎたのだ、多少の疲れ程度では負けたりはしないだろう。
 因みに今朝方、目を覚まして直ぐにポンズの様子を窺ってみたのだが、特に変わった様子は見られなかった。
 まぁ、昨日の事が元で立ち直ってくれるのなら万々歳だろう。

 さて、試合が終わった後の俺達は、揃ってズシとウィングが宿泊しているホテルへと移動した。

 昨日は『精孔』開けをした訳だが、ゴンやキルアと違ってポンズは気絶をしてしまった。
 本来なら二人は其の侭修行を開始しても良かったのだが、
 逸るキルアに『どうせなら皆で一緒に始めようよ』とゴンが説得をしてその場はお開きになった。

 善意からゴンそう言ったのだろうが、1000万人に一人の才能(ウィング談)を持つ『子供』であるゴンとキルア、
 それと、どの程度の才能を持っているのか今一つ解らないが、少なくともゴン達以上ではないポンズだ。
 『コレ』が後々どうなるか若干見ものではあるな………。



「では皆さん、今日から『念』についての修行を始めていきます。ゴン君、キルア君、ポンズさんの3人は一つ一つの事に大いに励み、
 ズシは先達だからといって気を抜かずに全力で取り組むようにしてください」
「「「押忍!!」」」
「はい!」
「………………」

 修行を始める前にウィングが全員に向かって言葉を掛け、それに対してそれぞれが返事を返した。
 言わなくても分かると思うが、上からゴン、キルア、ズシの3人。そして真ん中がポンズに一番下が俺だ。
 半ば自分でやると言ったものの、いざこうしてその時がくると面倒に感じるものだな。

「さて、まず最初は『念』についての説明を詳しくやっていきましょうか。
 ズシやラグル君にとっては解っている事になるでしょうが、まぁ復習を兼ねてと言う事で――――」

 何処から持って来たのかホワイトボードがあり、マジックを片手に持ったウィングがニコッと微笑んだ。

 その後は座学の時間だった。「テンを知りゼツを覚え、レンを経てハツに至る」との言葉から始まり、
 それぞれの言葉の意味を説明していった。途中キルアが強くなるためにはどうすれば良いのか等の質問をしていたが、
 それには地道な基本の反復が大切だと、俺とウィングが口を揃えて説明をした。

「一気に強くなるって訳にはいかないのか………やっぱり」
「地道にやろうよキルア」

 『チェッ』と口に出して言うキルアに、ゴンが笑顔でそう言って来た。
 しかし一気に強くなる方法ね………そんな方法が有るのなら逆に教えて欲しいくらいだけど。………いや、『発』を上手くすれば出来るか?
 後で少し考えてみるか。口元に手を当てて俺が考えていると『パン、パン』と手を叩く音が聞こえた。

「それでは、座学この辺にして実際に『念』の修行に移行しましょうか」

 ニッコリと笑っているウィングが、周りを見渡しながらそう言って来る。まぁ、初心者達の『念』の修行といったら取敢えずは『纏』だろう。
 だったら俺は要らないな。今のうちに話しを聞きに行くとしよう。

「ウィングさん、俺はちょっと出かけてくるから。『纏』を見るだけなら一人でも大丈夫でしょ?」
「おや?見ていかないのですか?」
「一時間位で戻りますよ」

 俺はそう言ってドアへと向かう。
 その際に、キルアが何か言っていたみたいだったが聞こえない振りをして出て行ったのだった



 オープンテラスの喫茶店。其処で俺は適当に紅茶を頼んでから人を待っていた。
 『話を聞きに行く相手』というのは勿論『マチ』の事だ。
 どういう訳か予想よりも2ヶ月ほど早く天空闘技場へとやって来て(理由は俺に会いに来る為だと言っていた)、
 その後も何故か闘技場の選手として登録している不思議な状態。会いに来る云々は別如何でも良いのだ、実際。
 本来なら居ない様な自分が此処に居る為、その結果として何らかの変更が出るのは当然のことなのだ。ただ――――

「何で闘技場に参加してるのかね………?」

 確かヒソカとカストロの試合があるのは4月中。
 本来ならその時にマチが現れてヒソカの腕を繋ぎ、そして伝言を伝えて他の団員の所に行く予定に成っている筈だ………。
 単純にクロロからの変更司令がまだ来ていない為、暇つぶしの意味を込めて参加したのか?

「――――待たせたねラグ」

 まぁ本人に確認してみれば良いか。
 声のした方へ視線を向けると其処には闘技場で闘うチャイナドレスの『キヌ』さんが――――ではなく。
 何時もと同じ、和服にスパッツという服装をしたマチが立っていた。
 マチはそう言うと、俺の前の席に腰を掛けて近くを通ったボーイにオレンジジュースを注文した。

「良いよ、俺が急に呼んだんだし」
「そ、――――で?何だって急に私の事を呼び出したりなんてしたんだい?」
「何でって、そりゃ『どうして闘技場に参加なんてしてるのか?』って聞くためだよ」
「(ピク)」

 何だろうか?何でもない質問の積りだったのだが、マチの片眉が一瞬だけだがピクッと動いた。
 答え難いような質問をした積りは無かったのだが………。

「………それはまぁ何だ、私にも色々有るからね。――――と言うより迷惑かい?」
「?………全然。むしろ怪我しても良い分だけ得だと思ってる。ただ、今まで2年間も顔を会わせてなかったからね、少しばかり戸惑ってるのは事実だよ」

 歯切れの悪い言い方をするマチに疑問を感じはしたが、問われたので俺は思った事を答えて言った。
 もっともその俺の答えに納得はいかなかったのか、マチは一瞬だけ眉間の皺が取れたものの即新しい皺をその場所に刻む事に成っていた。

「――――まぁ、仮にラグが迷惑だと思っても関係ないけどね………。とは言え、私が闘技場に参加してるのは大した理由が有る訳じゃないよ。
 単にヨークシンに行くまでは暇だし、団長からも何かをするように言われていないからね……。単純に『余った時間を潰すのに参加してる』ってだけのことさ」

 取り立てて面白くも無い回答だが、納得できる内容ではある。
 だが、当初の予定であった『久しぶりに俺の顔を見る』は既に終わったのだから、何処か別の所にでも行けば良いのに。と、思わなくも無い。
 何せ、此処に居るとかなりの高確率でヒソカと顔を合わせる事に成るとからな………。
 マチはヒソカが嫌いじゃなかったのか?

 もしかしたら自分が居る影響で、何らかの変化が有るとか――――

「ねぇ、マチ。もしかしてヒソカの事が好きだったりする?」
「……………は?」

 間を置いたマチの声が聞こえた瞬間、ゾクリとする様な感覚が俺の背中を駆け抜けていった。
 久しぶりに感じる気当たり。その発生源は当然、俺の目の前に居るマチだ。
 何ともまぁ、ここ数年間ぶつけられた事の無いような強烈な感情(念?)をマチから感じる。

「御待たせしました、ご注文の『オレンジジュース』で――――」

 丁度間の悪い事に品物を運んできたボーイにマチは視線を向ける(一睨みする)と、テーブルを指先でコツコツと叩いて『此処に置け』とジェスチャーをする。
 その仕草にボーイはカクカクと首を動かすと、持って来たグラスをテーブルに置いてそそくさと逃げ出したのだった。

「ラグ………幾らなんでもね、喩え私達の関係であっても、言って良いことと悪い事ってのはあるんだよ?」

 ギッと眼を細めて此方を睨んでくるマチ。照れ隠し――――と言うわけでも無さそうだ。少し怖い……
 少なくとも、照れ隠しでこんな『ヤル気』を当てられたのでは堪ったものじゃない。正真正銘『ヒソカの事が好き』という事だけは無さそうだ。
 まぁ実際、知識の中でもマチはヒソカに対してかなり冷たく当たっていたから良いのだが――――
 でも、コレもコレで少し変な事なんだよな………。

 予想としてはこういう事を言われたとしても、マチの反応としては軽く流すか、冷たく言い放つかのどちらかの様な気がしたんだけど………。

 俺はジッとマチの瞳に視線を向けて、如何いう事なのかを探ろうとする。
 探ろうとするが。

「………何なのさ?」
「ゴメン、何でもない」

 良く解らなかった。一瞬だけ言いよどむ様な感じを受けたが、それだけではマチの考えなんて解るわけが無い。
 まぁ、人生経験の浅い小僧だからな俺は。何でも間でも見透かすなんて事は出来るわけが無いか。

「ヒソカ云々は置いておくとして――――暫くは此処に居るってことでしょ?」
「あぁ、特に何も無ければね」

 マチの素っ気無い返事に、『あぁ良かった』と、俺は内心喜んだ。

 実際問題として困っていたのだ、『叩きのめす役を誰にやって貰うか』で………。
 何事も無く順当に行けば、7月か――――若しくは其れよりも前の日にゴンとヒソカが闘うだろう。
 だからゴンの事は如何でも良いのだが、問題はキルアとポンズの二人だ。
 このままではこの二人は、『自身よりも圧倒的に強い相手』との戦闘を経験する事無くヨークシンに行く事になる。

 勿論、別に其れが悪いという積りは無い。

 実際キルアはキメラアントと闘うまでは、そんな経験をまともにした事が無いはずだ。
 だが逆に考えれば『ここで其れを経験させてみればどうなるか?』………気になる事の一つではある。
 もしかしたら、もっと早い段階でイルミがキルアに刺した『針』を摘出する事に成るかもしれないし、新しい能力に目覚める可能性だってある。

 それにキルアほど期待はしていないが、ポンズにも単に相手に呑まれないように胆力を付けさせると言う意味では必要だと思う。
 キメラアント編に登場した『ノヴ』みたいになられたら困るからな。

「それじゃあさ、俺や他の連れの奴等が200階に上がったらで良いんだけど、一度誰かと相手をして欲しいんだ」
「試合をしろってことかい?」
「そう。一人は――――あぁ、あの髪の毛がツンツンしてる黒髪の奴だけど。アイツはヒソカが狙ってるから除外するとして、
 それ以外の二人の内どっちかを頼みたいんだよ。……と言っても、『死なない程度、後遺症が残らず身体欠損も無いように』って条件だけどね」

 俺のお願いに対して、明らかにマチは難色を示す。
 まぁ面倒だからな、実際。

「私は便利屋じゃ無いんだけどね………」
「でもさ、基本的に旅団は報酬次第では盗み以外もやるんだろ?」
「………まぁ報酬次第ではだよ」

 と、チラリと俺の表情を盗み見るようにしてマチは此方の様子を窺ってくる。
 きっと『報酬の話をしろ』という事だろう。

「だったらさ、金を払えって言うなら言い値で払うし、それ以外なら貸し一って事で……俺に出来る事なら何で言うこと聞くけど?」
「――――へぇ『何でも』かい?」
「………まぁ、命の危険が程々で俺に可能な事なら――――って条件付きだけど」

 言わないとは思うが、『目の前で死んで見せてくれ』等と言われでもしたら困ってしまう。
 残念ながら、俺はこの世になんの未練も無い程達観してはいないし、解脱したような坊主(居るのか?)のような思考回路を持ち合わせてもいない。
 まぁ喩え何か頼みごとが有るとしても、何らかの『力仕事』が基本になるだろうし困るような事には成らないと思うけどな。
 あぁ………でも如何するかな。『言い値で金を払っても良い』と言ってしまったが、それで仮に何千億と払えと言われたら困ってしまうな。

 俺が一人で色々と思考を巡らせていると、マチはマチで考え事をしているらしく「という事は連れ出して――――」とか、
 「いやいや、どうせならヨークシンに行ってから――――」等と呟くように言っているのが聞こえた。
 何かを奪う事でも考えているのだろうか?

「――――解った、そういう事なら引き受けても良いよ」
「おぉ、有り難――――」
「但し、私の相手はあの嬢ちゃんを指名するから」
「『あの嬢ちゃん』ってポンズの事?………別に良いけど?」

 俺からすれば、どっちがどっちを相手にしようと大した違いは無いと思っている。
 それ所か、どうせならキルアと試合をしたいと思っていたのでマチの提案は渡りに船だったとさえ言える。

 しかしまぁ――――

「さて……どの程度に痛めつけるか」

 やり過ぎないでくれると有りがたいな。

 俺は妙にヤル気の出しているマチを眺めながら、冷えてしまった紅茶を一口啜るのだった。

「ところでさ、マチ。他のメンバー連中は、いま何をしてるの?」
「他の団員かい?」
「うん、ウヴォーギンとかシャルナークとかさ」

 ハンター試験に入ってからまともに連絡を取ったのはマチ一人だけ、もう直ぐ(とは言っても数カ月は先だが)会えるとは言え少しは気になるものだ。

 その質問に、マチは口元に手をやって考えこむような素振りを見せる。

「そうだね……。今もそうかどうかは解らないけど……前にウヴォーにあった時は、アイツ『ネットゲーム』にハマってたね」
「は? ネットゲーム? ウヴォーギンが?」

 ウヴォーギンがパソコンの前でマウス片手にキーボードを叩く?
 駄目だ、想像出来ん。

「そ、なんて名前のゲームかは忘れたけど、長いこと外に出て無いのかアフロ頭がボサボサに伸びてたね」
「はぁ……って言うか、まだアフロだったんだ」

 ただの引篭もりに成ってるってことは無いよな?
 まぁ、作品自体が主人公組に焦点を当てて進んでいるからな。他所で何が起きてるのかなんてのは知りようがないし。

 一概にあり得ないとは言えないが――――

「ウヴォーギンがネトゲって似合わねぇ……」
「私もそう思うんだけどね」

 俺たちは二人で揃って溜息を吐いた。

「まぁだからって他のメンバーなら似合うって訳じゃ――――いや、案外フィンクスなら似あうかも知れないな」
「……ん? あぁ、アイツは普段ジャージ姿だからね。そういうイメージが沸きやすいんだろう」
「…………そっか」

 マチも結構ジャージ姿で居る事が多いんだけど、まぁ言わないでおこう。

「シャルは、ヨークシンに行く前に何か一仕事するって言ってたよ。多分他のメンバーにも手伝うように言うのかも知れないけど。
 それと、パク、フェイタン、フィンクス、フランクリン辺りは何処かのアジトに居るのかも知れない。
 もっとも、シズクは買い物に行くって言ったっきり連絡付かないけど。
 あとコルトピとボノレノフは――――良く解らないね」
「そーなの?」
「私も全員の事を常に把握してる訳じゃ無いから、何でも解るって訳には行かないさ。さっきの他の連中の事だって『多分』ってだけだからね」
「それじゃあクロロのことも分からない?」
「団長は尚更だよ。何処に居るのか検討もつかないね。他の連中の正確な位置なら、調べれば直ぐに分かりそうだけど……」
「ふーん、まぁ良いや。大至急知りたいって訳でもないしね」

 それにしても……シャルナークが『仕事』か。
 少しだけ興味があるな……一体どんな仕事をする積もりなんだろうか?

 こっちが一段落したら一度連絡をしてみるのもいいかも知れないな。

 その後、

 俺達は簡単な世間話を続けた後、夕飯を食べに出かけた。
 もっとも、かつてこの街に長期滞在していた俺だが、基本的に天空闘技場の中に引っ込んでいるある種のヒッキーだった為、美味い飲食店など知らない。
 なので、今回も前回に引き続き屋台を利用することになった。

 一応は変化を加えてラーメンになったが。

 ついでに言うと、俺がゴン達の元に戻ったときは予定よりも2時間オーバーした3時間後だった。
 恐らくその為だと思うのだが、帰ってきた俺はしきりに文句を言われることになってしまった。

 しかもウィングには何故か小言付きで、

「良いですかラグル君! 時間に遅れると言うのは社会人として――――いや、一人の人間として」
「……はい、すいません」

 床に正座をさせられて叱られる俺だった。






 因みにマチとラグルが会っていたちょうどその頃、ゴンたちはウィングに六性図を用いた念の系統説明を受けていた。

「オレ達って何系なのかな?」
「さぁ……調べる方法って何か無いの?」

「心原流に、昔から伝わる方法で水見式というものがあります。
 ラグル君が帰ってきたらお手本を見せてもらいましょうか?」

 なんて話をしていた。





[8083] 第27話 受付登録?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:892544cf
Date: 2010/02/24 08:27




 天空闘技場200階

 下の階とは明らかにレベルの変わる、ある意味ではスタート地点とも言える場所。
 此処より上の階にいる人間は、新人で無い限り全てが『念』の使い手だという……。

 現在、俺を含めたゴン、キルア、ポンズの4人は、その200階での登録を行うべく直通エレベーターに乗って移動をしている最中。
 闘技場にやって来てから今日で8日、ゴン達が『念』を覚えてから未だ5日だ。

 まぁそれでも、この後に現れる予定のヒソカの念から身を守る程度の事は出来るだろう。
 因みに、ゴン達はこの5日間で一応ではあるが『錬』を身に付け、自身の念の系統を水見式によって判別している。

 その時の状況――――


「――――ゴン君はどうやら強化系の様ですね」

 水を張り、その上に葉っぱを載せたグラスの水がほんの少しだけ器の外に漏れ出すのを見て、ウィングはそう言った。
 それに伴って、周り(俺を除く)の面々は『おぉ~』と声をあげている。

 『水見式』
 昔の俺もやった事がある。
 まぁ、こんなホノボノとした環境じゃなくて、『出来無ければ殺す』といった環境だったが。

 ゴンに続いてズシ、キルアの順番で行い、其々が予定通りの結果を出して行く。
 まぁ、これで何か変化を起こすようだったら流石に困ってしまうのだが……。
 そしてその後、ついにポンズの順番になった。

 シン……と静まり返る室内。
 ポンズはゆっくりと呼吸を整え、自身の念を解放――――要は『錬』を行った。
 因みにこの錬の感覚を掴むのもポンズが一番遅かったのだが、それでも一般人と比べれば早いと思う。

 ポンズは『錬』を行った状態のまま、ゆっくりとその手をグラスに……早くやってくれないかな?
 おっかなびっくりとでも言うかのように、グラスにそっと手を飾して行くと――――徐々に水の色が変化? した。

 俺はソレを見ながら頭に疑問符を浮かべてしまう。
 色の変化と言うか……濁ってる?

「これは……」

 どうやらウィングも同じように不思議と思ったらしく、その水の変化を見続けている。
 単純に考えれば、色の変化は放出系なのだが……。

「――――ねぇ、ウィングさん。ポンズさんは何系なの?」

 と、俺とウィングが唸ってる横で、ゴンがそんな事を無邪気に聞いてきた。
 ポンズは自分の事だ少しばかり不安そうに、ゴンとズシは興味深そうに、キルアは事の成り行きを『面白そうに』見守っている。

 俺とウィングはその光景に少しばかり眉をしかめたが、其々『うん』と頷くと、同時に答えを口にした。

「具現化系だ」
「具現化系です」

 と。
 一応二人の答えは同じもので、俺は内心『ホッ……』と溜息を吐いた。
 そして溜息を付いたのは当事者であるポンズも同様だったらしく、

「……良かった。さっきのキルア君じゃないけど、私には才能が無いのかもって思ったわ」

 そう安堵の息を吐きながら言うのだった。

「ポンズさんは具現化系か……」
「これで強化、変化、操作、具現化が揃ってる訳っすね」
「でもさ、どうして二人ともさっきは言い淀んでたんだよ?」
「そう言えば……」

 具現化系という結果に、ゴンやズシはホワホワした会話を始めたのだが、キルアはそこから俺達の方へと切り込ん出来た。
 まぁ、とは言えそれ程困るような質問ではないのだけどな。

「――――まぁ、そうだな。
 基本的に水の色が変わるってのは放出系なんだけどな……コレは少し違う」
「……? でも、確かに水の色は変わってるっすよ?」
「ズシ……良く見てご覧なさい。これは『何色』ですか?」

 俺の言葉に疑問を挟んできたズシだったが、ウィングが補足をするようにさっき使ったグラスを皆の前に移動させる。
 ゴンもキルアもポンズもズシも、皆が一様にそのグラスに眼を向けた。

「白っすか?」
「乳白色」
「濁ってる」
「泥みたいな色だな」

 上から順に、ズシ、ポンズ、ゴン、キルアの反応である。

「ポンズとズシはハズレ。ゴンとキルアはある意味当たり」
「よーく見てください。……このグラス、何かが浮いてるように見えませんか?」

 ウィングに促されて、再び4人はグラスを覗き込むように凝視した。

「本当だ……」
「あぁ、小さい変な粉みたいなのがある」
「……お二人とも良く見えるっすね? 自分には無理っす」
「まぁ、その二人は少し特別だろ。 俺だって辛うじて見える――――って所だし」

 年に似合わず、眉間に皺を寄せるズシに俺はらしくはないがフォローをしておいた。
 そして今度は視線をずらし、未だグラスを見つめ続けているポンズに声を掛けるのだった。

「……どうしたポンズ、何か変なものでも見えるのか?」

 俺はそう何の気なしに言ったのだが、思いのほかにこの言葉はポンズの心に響いたらしく

「……どうせ『何も』見えないわよ!」

 と、ポンズの怒りを買うことに成ったのだった。

 ――――とまぁ、そんな感じで4人の系統調べは終わった。

 ポンズの水見式の結果だが、結局は色が変化をしたわけではない。
 微細な粉のような物が水の中に出現したために、色が変わったように感じたのだ。

 そんな訳で、ゴンとキルアは変わらず強化系と変化系、そしてポンズは具現化系である事が判明した。
 これでポンズが放出系だった場合、『使える』念能力になる可能性が一気に下がったところだが、
 結果が具現化系ならば期待をしても良いかもしれない。

 因みに俺も、その際に水見式をやらされそうに成ったが――――

「俺? 俺は放出系だよ。……以上、終り」

 と無理矢理に遮った。
 まぁ、放出系なんてのは大嘘なんだがな。
 とは言え、その後に当然と言うべきか何と言うか……キルアの「じゃあ、どんな風になるのか見せてくれよ」
 との言葉により、調子にのったゴン、ズシ、ポンズ等に流される形で結局やる事に成ってしまった。

 ……結果だけを言うのなら案の定、水の色の変化ではなく水温の変化を起こした。
 だが今回は昔とは違って、グラスの中の水を一瞬で凍らせるに至った。
 俺はその事にほんの少しだけ喜び、その為か周りからの嘘つき呼ばわりも耳に入らなかった。

 チーーン………

 俺が考え事(思い出に浸る?)に一定の区切りを付けたのとほぼ同時、
 ベルのような音が鳴って目的の階である200階に到着したことを告げた。

 俺は周りの3人にザッと眼を向けると其々の様子を確認してみた。
 ゴンは何時もと変わらず楽しそうに、キルアは退屈したとでも言いたげに、そしてポンズは年相応(言ってて変だが)に緊張を顕にしていた。

 開かれたドアからゴンを先頭に一歩踏み出すと、途端に正面から身体に纏わり付く感覚が俺達を襲った。
 先程までの浮かれた感じのゴン達も、コレには流石に面食らったらしく言葉を失っている。

「………何だ、この感じ?」
「…………」
「これって念?」

 三者三様の反応を示し、3人は即座に纏を行って防御を行う。
 すると先程までの感覚が消失したのだろう、直ぐに落ち着きを取り戻していった。

「200階からは全員が念の使い手だから……まぁ『使い手』と言って良いレベルかどうかは別――――」
「――――ククク、確かにその通りだね♥」

 俺は笑顔を向けながら三人に声を掛けたが、俺のその言葉に返事でも返すかのようなタイミングで聞き知った声が聞こえた来た。

「「「ヒソカ!?」」」
「やっ♣」

 その声に驚きの声を挙げる3人と、そしてニコヤカに返事を返してくるヒソカ。
 ヒソカの登場に未だ固まっているゴン達を尻目に、俺はヒソカに向かって歩き出した。
 その俺にヒソカは先程と同様の笑顔を浮かべたまま、俺に向かって話しかけてくる。

「――――ん~ラグル、少し遅かったね? あー……でも、一応は最短って事には成るのかな?」
「天空闘技場に来るのに時間が掛かったが、
 着いてからは全員が負け無しで上がってきたからな……。コレよりも早くってのは無理だよ」

 まるで友人と話でもしているかのような随分と軽い調子のヒソカの言葉に、そしてそれに手をパタパタと振りながら普通に返事を返している俺に
 ゴン、キルア、ポンズの3人は更に混乱を深めていった。
 ……もう少し耐性と言うか、何か無いものだろうか? まぁ、こんな反応も面白いと言えば面白いけどな。

 俺が内心酷い笑みを浮かべていると、ゴンがヒソカを睨みながら一歩前に踏み出してきた。
 そしてそれに倣うと言う訳ではないが、キルアも若干遅れてではあるが同じように足を踏み出してくる。
 まるで「どうだ」と言わんばかりの二人のその行動に、固まっていたポンズもようやく再起動を果たして二人を押し留めようとする。

「ちょ、ちょっと二人ともやめなさいってば!? ヒソカよ! そこに居るのはヒソカなんだってば!!」
「そんな事は解ってるよ」
「大丈夫だよ、ポンズさん。別に此処で何かをする訳じゃないから」
「――――貴方達にその気が無くたって、向こうは……」

 と、言いながらポンズはチラリと視線をヒソカの方へと向ける。
 それに気づいたヒソカは笑顔を向けて返したのだが、それが逆にポンズの精神にダメージを与えたようだ。
 一瞬身を震わせると、二~三歩後ろに退がってしまう。

 だがそれでもゴンとキルアの視線はヒソカに向けられたまま。それを背けるような事はしない。

 まぁ、ヒソカも今の段階では何かをしようという気は無いだろうからな。
 念にも『殺る』という意思を感じないし。

「……ふーん、どうやら念を覚えたみたいだね……? ついでにそっちもか♣」

 ヒソカはマジマジとゴン、キルア、ポンズの三人を眺めながらそう言ってきた。
 そしてそのまま、今度は俺の方へと視線を向けて来る。

「……何だよヒソカ?」
「いや、"ありがとう"って言った方が良いのかなと思ってね♥」

 そう言うヒソカの言葉に、俺は一瞬薄ら寒いものを感じずには居られなかった。
 何故か知らないが、語尾に♥が付いたような気がしたのだが……。

 まぁ、きっと気のせいだろう。
 俺は自分にそう言い聞かせるようにして、ヒソカに返事を返すのだった。

「何か勘違いしてるようだけど、俺は関係ないぞ。ただ一緒に居るってこと以外はな」
「でも、無関係じゃ無いだろう♦」
「…………」

 何故だか知らないが、ヒソカのこの言葉に俺は苛立ちを覚えた。
 見透かされてるからか? いや、こんな感想を抱くだろう事は判りきってたはずだ。
 だったら何でだ?
 ヒソカが嫌い……という訳でもないしな。好いても居ないが。
 しかし――――

「ちょ――――ちょっと待てよラグル! 何だってヒソカなんかとそんな普通に接してんだ!!」
「……何でって?」

 俺が自分の心境に付いての考察を行っていると、不意にキルアから声が挙がった。
 そのキルアの言葉に――――正直、思考を中断させられたのはイラっとしたが、
 首を傾げてから「ん……」と思案すると、幾つかの候補を頭の中で挙げるのだった。
 普通にヒソカと接している理由
 『友人』……違う。
 『仲間』……ある意味ではそうだが言いたくない。
 『知り合い』……前の二つよりは問題なさそうだが、ヒソカの反応が気になる。
 『怖くないから』……いや、確かに恐怖は感じないが怖くない訳ではない。
 なら残されたのは……

「…………メル友だからか?」
「そうだね、メル友だね♦」

 心底嫌そうな顔をしている俺と、笑みを浮かべているヒソカの対比。
 恐らく外から見る分にはシュールに映るんだろうな。
 俺は、自分の頭を指先で何度か叩きながらそう思った。

 まぁ、キルアは先程の答えでは満足出来なかったようで、未だに何かを言いたげだが――――

「オイ! メル友って――――」
「あーはいはい、その言葉の意味なら後で教えてやるから。お前らは先に受付でもしてろ」

 俺はそんなキルアの背後に回り、背中を押して受付の方へと追いやった。
 ついでにゴンとポンズに目配せをしてキルアを連れて行かせてしまう。

「――――ちょ、オイ、ラグル!!」

 俺に向かって声を荒げながら、キルアは遠ざかっていった。
 その様子見ながら俺は『元気のいい事だな』と思うのだった。

「クククッ♠ 賑やかだね?」
「そう思うよ。一応、退屈はしない」

 ある意味この場に残される形に成ったヒソカが、俺と似たような感想を口にした。

「それにしても……ラグル? 確か、彼等には教えないって言わなかったっけ?」
「別に、俺が教えたわけじゃないからな……。後押し程度はしたけど」

 俺は受付の方へ視線を向けながらそう言った。
 視線の向こうでは何やら、『何考えてるの!?』『何でそう無茶ばっかり!』『ラグル君に怒られる――――』等の声が聞こえてくる。
 俺はその声に苦笑を漏らすとヒソカの方へと向き直って

「でもまぁ……多分『此処』までだろうな。――――あぁそうそうゴンがな、ヒソカと闘いたいんだってさ」

 と、笑顔を作ってそう言った。
 ヒソカは俺の言葉に、眼を細めてから受付へとその視線を向ける。

「ふーん……まぁそんな気はしてたけどさ、あの眼をみればね♣」

 そう言うと、ヒソカの身体を覆っている念が渦を巻くようにうねりだした。
 恐らく本人の意識している現象ではないのだろうが、コレを向けられる相手は堪ったものではないだろうな。

 だが俺のそんな考えなど関係ないとばかりに、ヒソカは「あっ!?」と声を出すと、ゆっくりと俺の方へと視線を向けてきた。

「ねぇ、ラ・グ・ル……♥――――君はボクとヤリたいって思わな」
「全っ然思わないな」

 ヒソカの発言に、間髪入れずに俺は否定して返した。
 手を左右にパタパタと振るジェスチャー付きでだ。

 だが、その程度ではヒソカがヘコタレるという事は無いらしい。

「……そうか♣ でも君はボクに借りがあるよね? 前にココでやった時に半殺しに近い状態にした筈だけど?」

 かつての俺の失態を、ヒソカは「悔しくないの?」と詰るようにして言ってきた。
 まぁ確かに、悔しくないと言えば嘘に成るだろうが……。
 だからと言って、いまはあまりヒソカに興味が湧かないからな。

「ボクはね……ラグル。正直相手が誰でも、殺すときは殺しちゃうよ♥ ――――でも、君の事は殺さなかった」

 続けて話し続けるヒソカだが、当時の事を思い出しているのだろうか?
 雰囲気が少しづつ芳しくない方へと傾いていっている。
 俺はその様子に大きく溜息を吐いた。

「――――俺が強く成るのを待ってたんだろ?」
「アタリ♦」

 その言葉を皮切りにして、ヒソカの念が変質をする。
 溜まっていたものを一気に吐き出し始めたとでも言うような、嫌な感覚を俺に感じさせた。
 ……あぁなんとい事だろうか?
 そんな積りなんて無かった筈なのに、もしかして俺は期待しているのだろうか?

「……一応、ココは唯の通路で他の人間の迷惑に――――まぁ、関係ないのかな?」
「そう……関係ないよ♠ 今の僕達にはね」

 こうまで成ってしまったのなら、今更俺が口で止めても無駄なのだろうな。
 既にヒソカはトランプを取り出して、何度も何度もシャッフルを繰り返している。

「まぁ確かに……ヒソカには借りが有るのは事実だしな。此処でそれを精算しておくのも悪くないか」
「ヤル気になってきたね? ククク……♦ そうでなくちゃ」

 俺とヒソカは互いに相手に視線を向け合うと、ゆっくりと相手に向かって歩を進める。
 そして――――

「じゃあ、やろうか♥」

 俺とヒソカの勝負が始まってしまった。













 200階にある通路でヒソカとの死闘を開始してから随分と時間が経った。
 そこには床に両手をついて這いつくばっている俺が居た。

 そして、その俺と向かい合うようにして座っているヒソカも居る。

「ぐ……ぬぅ……また負けた!!」
「マダマダだね♥ 君は……」

 俺は蹲った状態で拳を握り締めた。
 そして無造作に床を殴りつける……。まぁ床が少しばかり『破損』したが、そんな事は知った事ではない。
 俺は視線を二人の間に置かれたトランプの束へと向けた。

「くぅ……何故だ? 何故こうもバーストしてしまうんだ?」

 と呟く。
 床を砕いた手とは逆側には、トランプのカードが計3枚握られている。其々J、9、6……。
 今しがたやっていたのはブラックジャックだ。
 トータルでの勝率は6:4。
 昔よりましになったとはいえ、相変わらず負け越しの成績だ。

「君は欲をかき過ぎるんだよ。もっと相手の表情から色んなものを読み取らなくちゃね……♦」

 ヒソカの表情から読み取る? 何を読み取れるというのだ?
 そんなの俺が知っている人間では、喩えクロロだって出来るかどうか怪しいぞ?

 俺は眉間に皺を寄せて一睨み。そして

「……何か有利になる念能力でも持ってるんじゃないだろうな?」
「さぁ……如何かな?」

 負け惜しみで【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】の鎌掛けをしたのだが、どうやら不発に終わったようだ。
 ヒソカの表情に変化は見られない。
 まぁ、この程度の会話は念能力者同士なら日常的な物だろうしな。

「――――……あぁ、もう良いや。今回も俺の負けだな……仕返しはまた今度にするか」
「何だい? もう止めちゃうのかい?」

 手に持っていたトランプをヒソカに投げて返すと、ヒソカはそれを難なく受け止めた。
 それなりに力を込めたんだがな……。
 と、思ったのはご愛嬌だと思って欲しい。

「今日はもうやらない、それに受付だって済ませて無いからな……早くしないと失格になる」
「そう言えばそうだね♠ なら早くした方が良いよ。時間がなくなるから」

 そう言ってから、今度は懐から時計を出して俺に見せてくるヒソカ。
 すると確かに、そのデジタル時計は既に23時50分をさしていた。

「確か今日中に登録しないと――――」
「また一階からやり直し♥」

 悪びれる様子も無く笑顔を向けてくるヒソカに俺は怒りを覚えたが、今はその事をとやかく言っている場合ではない。
 俺は一度だけ、ヒソカを睨みつけるように視線を向けるとそのまま受付に向かって移動する事にした。

「ラグル、ちょっと待った」
「? ――――ッ!?」

 だが背を向けた俺に声を掛けてくるヒソカ、俺はそれに苛立ちながらも向き直ったのだが。
 直後に放たれたトランプが一枚、俺の顔に目掛けて飛んできていた。
 俺はそれを即座に掴んで受け止める。
 危なくは無いが、良い気はしない。

「ヒソカ……」
「上手い、上手い♠ いや、流石だね」

 手を叩きながら言うヒソカを俺は強く睨みつけるが、当のヒソカは何処吹く風と言わんばかりの笑顔を向けている。

「ラグル……そのカードは君に預けて置くよ」
「預ける?」

 ヒソカの言葉に視線を手の中のトランプへと移すと、そこにはジョーカーの柄――――道化師が描かれていた。

「今回はボクが挑発して君をその気にさせた……次回は君の方から僕へアプローチして欲しいな……♣」
「…………」
「――――それは、その時の為のチケット替わりだよ♦ 有効期限は……無期限」

 そう言って満面の笑みを浮かべると、ヒソカは俺に背を向けた。

「でも……どうせなら此処じゃない所で使って欲しいね。ここじゃ満足にヤリあえない」

 そしてヒソカは「またね♥」と言うとそのまま去っていった。
 俺はよこされたトランプを見つめながら、小さく舌打ちをするのだった。

 手に持っているジョーカーを服のポケットに仕舞った俺は、少しの間その場で立ち尽くしていたのだが――――

「あっ!? 時間!!」

 制限時間が迫っていることを思い出して駆け足で受付へと向かったのだった。
 だが、そこにも俺の行動を邪魔する人間が待っていた。

「ラグル君?」
「……ポンズ?」

 だった。
 その表情は妙に優れない。
 何やら落ち込んでいるような、凹んでいるような……同じ意味か?
 兎も角、余り元気そうな顔には見えない。見えないが――――

「俺は今忙しい」

 現在の最優先事項は、200階の受付をさっさと終わらせる事だ。
 また1階からやり直しなんてのはゴメン被るぞ。
 俺は半ば無視をするようにポンズの目の前を通りず過ぎたのだが……

「待ってってば、大切な話しが有るのよ!?」

 ポンズは『ゾルディック家正門・試しの門』で見に付けた怪力を使って俺のシャツの袖を掴んできた。
 無理矢理に引っ張れば引き剥がせないことは無いのだが、その場合は確実に服が破れるだろう。

 俺の200階登録以上に大切な話しが、今の状態で発生していると言うのだろうか?
 とは言え、此処で簡単にポンズを切り捨てては何のために此処まで連れてきたのか解らなくなる。

 俺は握りしめたい拳をゆっくりと開くと、ポンズに視線を向けてからその言葉を待つ事にした。

「…………」
「…………早く言え」

 見つめ合う形になって無言のままのポンズに、俺はぶっきら坊にそう言った。
 すると、ポンズは慌てたように眼を丸くしながら袖を握っていた手を離す。
 あぁ……今は一体何時くらいだろうか?
 ヒソカの時計を見てから、既に5分以上は経過してる筈だ。

「――――ゴ、ゴメンねラグル君? ただこう言うのは早く言って置いた方が良いと思って」
「……何を?」

 言外に『早くしろ』との思いを乗せて先を促すが、ポンズは中々それを切り出してこようとはしない。
 いい加減に我慢の限界が訪れそうだ……と思い始めたところで、漸く続きの言葉を口にした。

「うん、実はゴン君が――――」
「ウィングの言葉を破って勝手に登録したんだろ?」
「へ……そ、そうだけど。どうして知ってるの?」

 言おうとしたことを先に言い当てられて驚いたのか?
 だがそんな事よりも、これが『早く言って置いた方が良い事』だと言うのか?

 俺は溜息一つ付き、無言で受付へと脚を進める。
 するとポンズが後ろから付いてきた。
 これ以上何だと言うのか?

「ちょ、ちょっと、何をそんなに急いでるの?」
「……俺はまだ、受付を済ませて無いんだよ。早くしないと1階からやり直しになる」

 俺もほとほとバカだとは思う。
 急いでると言いながらも、こうしてちゃんと相手をしているのだから。
 だがこれでもう良いだろう、これ以上の会話をしている余裕は流石に――――

「早くしないとって――――まだ日付が変わるまでは1時間以上有るわよ?」
「……………………は?」

 この時の俺は、恐らくかなり間抜けな顔をしていただろう。
 ポンズの一言に、一瞬だが思考が停止してしまった。
 そして発した言葉が「は?」では格好がつく筈も無い。

 俺は表情を歪めながらポンズの方へと顔を向け、

「……もう一度言ってくれ」

 と、言うと。
 当のポンズは『仕方ないわね』と言いながら、自身のポケットからアナログ懐中時計を取り出してそれを俺に見せてくる。

 確かに短針は10を長針は6を指している。
 という事は?

「何でそんな勘違いをしたのかは知らないけど――――」
「ヒソカの野郎……ッ!」

 アイツが見せたのはデジタル表記の時計だ、そこに【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】で嘘の時間を見せていたのだ。
 騙す方も問題だが、こうもあっさり騙される俺にも問題が……

 兎に角だ――――

「ヒソカの奴……いつか絶対に殴る」

 俺はそう心に決めたのだった。
 まぁそれを聞いていたポンズがかなり微妙な顔をしていたのは、予定調和と言えるだろう。

 大きく息を吐いて、俺は身体の力を抜いた。
 そして不意に思ったことをポンズに尋ねてみる。

「ところで、ポンズはわざわざあんな事をいう為に待ってたのか?」

 との事だ。
 要は俺がヒソカと別れて直ぐに出てきたポンズだが。
 幾ら何でも偶々出会ったと言うことはあるまい。
 ポンズは俺の質問に対して、ほんの少しだけ答えを言い淀んだが直ぐに気を取り直して口を開いた。

「……そうだけど?」
「なら、何故もっと早く言いに来なかったんだ?」
「う……」

 もしヒソカがあんな下らない事をする前に言いに来ていれば、俺はあんな無様を晒さずにすんだだろうに。
 ポンズはそんな俺からの質問に対して、何やらモゴモゴと口を動かしている。
 ……何だ?

「……が……から」
「は?」
「―――ヒソカが怖かったから!」

 思わず聞き返した俺の耳元で、ポンズは大声をそんな事を言った。
 咄嗟に耳を塞いだので然程でも無かったが、何てことをしてくれるのか?

「そんな、怖い何てことを堂々と言うものでもないと思うぞ?」
「うぅ……」

 俺のその一言に、ポンズは顔を赤らめて照れて見せるのだった。
 ただそんなポンズの表情を見ながら、

(コイツ……こんなんで大丈夫か?)

 と、俺はそう思うのだった。







[8083] 第28話 特に変わったことは無い
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/09/25 11:52





 天空闘技場200階
 参加者のほぼ全てが念能力者という、一般的な世界で考えれば極めて不思議な場所。
 それなりのハンター連中からしてみれば、「あっそ……」とでも言うような事ではあるが、
 普通の人間達からすれば恐ろしいモンスター達の寄り合い所みたいなモノだろう。

 さて、そんな天空闘技場の200階への登録を済ませた俺達だったが、
 特に『お話』をねじ曲げる気の無い俺はゴンの行動を特に気にもせず……。

 まぁ要は予定通りと言うか何と言うか……ゴンは次の日にしっかりとギト(独楽を使う能力者)に痛めつけられる事に成ったのだった。

 そんな訳でゴンは現在病院に入院中。
 ついでにウィングに叱られて念の修業を禁止と成っている。
 キルアもゴンに付き合って修業をしないと言っていて――まぁ、そこら辺は普通の流れだろう。
 因みにウィングに修業禁止を言い渡されたとき、

「あ、ウィングさんに教わるのが駄目なら、ラグルに教われば――」

 とキルアが言ったのだが、まぁ当然ウィングに睨まれたため実行には移っていない。
 仮に実行に移されたとしても困るのだがね……。
 なにせ俺には『旅団方式』での教え方しか出来ないからな。

 まぁそれはどうでも良いか、いずれそういう時が来たときに考えれば良いだけだからな。
 そんなこんなという訳で、現在はウィングの元でポンズとズシの二人だけが修業をしている状態だ。

 俺? 俺が他所様の所で修行するなんて有り得ないよ。
 何と言うか……ウィングって物凄く融通が効かなそうでな。俺の修行方法とかにケチをつけられたら堪ったもんじゃないからな。

 あぁ、そうそう。

 実は俺達から一日遅れて、マチ(登録名はキヌ)は200階への登録を済ませていた。
 やはり下の階では旅団メンバーを止められるような人間は居なかったようで、当たり前のように最短で200階に進んできた。
 ルールーの関係上一応殺しはしていないようだが……多分此処までの対戦者の連中は、
 皆そろって『再起不能(リタイア)』に成っていることだろう。

 因みに、マチが天空闘技場に来ていることを知ったヒソカがマチを食事に誘っている場面を見かけたが……、
 多分……いや確実にまともに相手をされず無視されたのだろう。
 ……いや、見かけただけで後は知らないからな。実際どう成ったのかはサッパリ。

 だが後日のマチの精神状態(怒)と、ヒソカの腫れた頬を見る限り上手くは行かなかったのだろう。

 んで、その時のストレスを発散するかの様にマチは200階で連勝中。
 登録から僅か一ヶ月ほどで3連勝中だったりする。
 対戦相手はすべからく見るも無惨な状態になってしまっていて……まぁご愁傷さまといった所だ。
 俺だって幻影旅団と闘うなんて事になったら余り良い気はしないだろうしな。

 続いて4月の出来事。

 ヒソカ対カストロの一戦が行われカストロは死亡、ヒソカは普通に両腕を切断された。
 これも特筆する事ではないが、マチがヒソカの腕を繋げて直ぐに天空闘技場を後にしてしまった。

 何でもクロロからの指令が入ったとか。

 まぁ例の『暇な奴はヨークシンに集合改め、全員集合』とか言う命令を、他の団員に伝えに行くらしい。

 俺の予定では、ゴン達と同じくらい時期にポンズと闘って欲しいと考えていた。
 その為、余り遅く成られても困るので「なるべく早く帰ってきて欲しい」と去り際に伝えている。
 まぁ、一応はマチの方から

「あぁ、成るべくそうするよ」

 との、色よい返事を頂けたのでそこら辺の事はそれ程心配することも無いだろう。

 あとは……そうだな。
 ポンズが『凝』の修業を始めたくらいか?
 まぁこれまた中々に上手く行ってないようだけど、十分に才能のある人間だと言える進み方だろう。
 俺自身が念を使うためによく判るが、凝の説明を受けただけでそれが出来てしまったゴンとキルアは異常だからな。

 5月は――待ちに待った……と言うほどの事も無いが、ゴンやキルア達の試合が行われる月だ。
 ……月末にだけどな。



「――――……一気に解き放つ!!」

 今現在、俺の目の前でゴン、キルア、ポンズの3人は念の基本の一つで有る『錬』をやって見せている。
 ゴンとキルアは流石、ポンズもしっかりと2ヶ月間修業をしていただけ有ってそこら辺はしっかりと身に付けたようだ。

「……良いんじゃないですか? ウィングさん」

 3人の様子を見ながら言う俺に、ウィングは苦笑を浮かべた。

「そうですね。正直なところ、3人ともこれだけの才能を見せるとは思っても見ませんでしたよ」

 ウィングは言いながら視線をゴン達に移すと、一拍間を置いてから話し始める。

「特に君達二人の才は凄まじいの一言です。……とは言え、手放しで褒められるモノでも有りませんが」

 ウィングの言ってることは、恐らく2ヶ月前のゴンの試合の事を行っているのだろう。
 『良いセンスをしている、だからこそ危うい』という事だ。

「ポンズさんも頑張りましたね。ゴン君達と比較しては落ち込むことも有るでしょうが、
 貴方もズシも、紛れも無く稀有な才能を持っていますよ。それを頭に入れて置いてくださいね」
「「はい!!」」

 ウィングがポンズとズシの二人にそう言うと、二人は力強く返事を返した。
 正直な所、この二人が俺と比べてどの程度の才能が有るのか? ――――なんて事は考えたくも無いが、
 少なくとも一般人よりは才能が有るのは確かだろう。

 レオリオよりは有るのかな?
 まぁ、正確には解りかねるけどな。

 しかし――――

 と、俺は考えを巡らしながらゴンとキルアの方へと視線を向ける。

 多少頭に霞がかっていて良く解らないが、ゴン達が蟻と闘うのは今から約1年後くらいか?
 その頃にはキルアもゴンも、其々の『発』を身に付けている事に成る。

 ヒソカは本当に良い目利きをしてるよな……。

「――――早速だけどさ、みんなそろそろ"期限"が近い。……試合の方も考えなくちゃいけないだろ?」

 俺は考えを中断し、皆へと振り返ってそう口にした。
 ゴンもキルアもポンズも、其々が俺の方へと視線を向ける。

「そういや、そうだな……。ゴンはヒソカと闘う条件として、最低一回は勝てって言われてるしな?」
「……うん」

 受付登録の時は、俺が出張ったからそんな会話をしていなかった筈だが……まぁそれ以外の場所で話をしていたんだろう。
 俺は幾分闘士を燃やしつつあるゴンに、ちょっとした言葉を投げて誘導して見ようと考えた。

「なぁ、ゴンはギドと再戦するんだろ?」
「へ?」

 俺の言葉に頭に疑問符を浮かべて、ゴンが返事を返す。
 だが、俺はそこから間を置かずに続けた。

「だって、やられっ放しじゃ居られないだろ? 今戦えば多分ゴンが勝つだろうけど。
 だからって、『負けた』って結果だけ残して別の奴と戦うってのも嫌な感じじゃないか?」
「う……それは確かに」

 俺はわざわざ『負けた』と言うところに力を入れた発音することで、ゴンにその事を認識させるように話した。
 そうする事で、無意識的にゴンの負けん気を刺激しようとしたのだが……いい具合に乗ってくれたようだ。

 何と言うか……この頃のゴンは凄く純粋だな。

 ゴンが俺の言葉に納得仕掛けているのを確認して、続けて追い打ちを掛ける。

「それにだ、俺の見立てだと……ギドの奴は強化系だぞ。 自分以外の同系統能力者ってのも、いい参考になるからな」
「そうなんだ……。だったら、俺の次の試合はもう一回ギドさんが良いかも」

 ニコッと笑顔を向けながら言う俺に、ゴンは返事を返すと俺に対して「色々考えてくれてんだね」と、
 感謝の言葉を言ってきた。

 まぁ……そうだな、『色々』と考えているよ。

 俺とゴンのそんなやり取りを見ながら、キルアは

「ふーん……オイ、ゴン。負けたりするなよな」

 と声を掛け、そしてドン! と肩を叩いた。

「負けないよ、今度は絶対!」
「あー……大丈夫、大丈夫。今なら確実に勝てるよ。……よっぽど変な戦い方をしなければな」

 やたらと活き込んでいるゴンに、俺は手を振りながら軽く言った。

 だってそうだろう? 覚えたてなら兎も角、ゴンやキルアならばあの連中程度に遅れを取るなんて有り得ない。
 それこそ、ヒソカが真人間に成るくらいに有り得ない。

 言い過ぎか?

 いやいや、正当な評価だと思うね。

「ねぇ、変なって……、それって例えばどんな戦い方なのよ?」

 横で俺の説得風景を眺めていたポンズが、そんな質問をしてきた。
 何と言うか、妙なところを気に掛ける奴だな……。

 しかし、変な戦い方ね……。
 考えれば幾らでもありそうだけど……

「例えば――逆立ちして闘うとか、『両手を使わないでやるよ どうだ?』って言ったりとかだな」
「なんだよソレ? 明らかにアホだろソレは」
「そうか? 俺はそういうのに憧れたりするけどな」

 もっともそれが、
 『自分に制限を掛けて戦う』って事を指すならだけどな。

 今現在も制限を掛けている最中だし。

 あーしかしそう言えば……。
 俺自身がすっかりと忘れていたが、最初の頃は『天空闘技場』に来たら、
 手足に付いている制限……『呪念錠』を外す予定だったんだよな。

 でもなぁ……

 俺は200階クラスの試合を思い出しながら、内心で溜息を吐いた。

 実際、200階クラスに登録されている人間の数は、現在で170人以上。

 そのため、毎日――とは言わないが、少なくとも結構頻繁にこのクラスの試合は行われていた。
 大体、2日や3日に一回くらい在るだろうか?

 少なくとも1週間まるまる試合が組まれない等という事は、まず有り得ない。
 つまりは、俺はゴンやキルアが修業禁止の最中に『そういった他人の試合』を観に行っていたのだった。

 その結果として俺が感じたこと……それは、『本当に外さなくちゃ駄目?』と言う事だった。

 フロアマスターとかならどうかは知らないが、少なくとも一般闘士を相手に外す気にはなれなかった。
 ヒソカ、マチ、カストロ……この辺りのレベルの相手ならそうは思わないのだろうが(と言うより、その場合は外さ無いと危険)、
 俺が見てきた連中は精々がギド達と大差ないレベルが殆ど、これは俺だけの所見では無く、一緒に観ていたマチも同じ感想を言っていた。

 ……ん?

 あぁ、そうそう。
 一人で観に行くのも味気ないからな、保護者同伴みたいな感じでマチにも付き合って貰っていた。

 本当、マチには色々と世話になっていると思う。
 流星街で目覚めてから、旅団の皆には世話に成りっ放しだとは思うが、その中でもマチにはダントツで世話を焼かれて――いや、
 世話になっていると思う。

 いつからそう成ったのかは定かじゃないのだがな……。

 しかし一度、本気で恩返しを考えた方が良いだろう。

「ねぇラグル、さっき言った『そういうの』って、逆立ちしてってヤツのこと?」
「はぁ?」

 俺が色々と物思いに耽っていると、なにやらゴンがそんな事を言ってきた。

 その一言に、ウィングとポンズは微笑ましいものを見るような表情を、
 ズシは何と言えないような苦笑いを、
 キルアは『プッ――!』

 と吹き出していた。

 俺は何処に分類されるのかと言うと……まぁ、苦笑いだと思う。

 俺はゴンの肩にポンっと手を置いて、『出来うる限りの普通の笑み』を浮かべた。

「……まぁなんだ、うん。ゴンが天然系の面白い奴だって再認識出来たよ」
「? …………ありがとう」

 皮肉めいた俺のセリフに、多少の困惑顔で返答をしてきたゴン。
 キルアは表情を緩めながら「ゴン、誉められてねーぞ」と言って笑っていた。

 本当に、いつかゴンは悪い人に騙されるのではないか? と思う。
 特に心配はしないがね。

「――で、試合の事に話を戻すけどな。
 どうせならキルアもポンズも、あの『新人狩り』の連中と闘ってみたらどうかな?」
「オレ達も?」

 キルアとポンズは互いに顔を見合わせて、ついで視線を俺の方へと向けてきた。
 俺の方は笑顔を崩さずに、そのまま言葉を続ける。

「連中は長いこと天空闘技場に居るみたいだけど、念の実力的には大したこと無いからな。
 最初の相手には丁度いいと思うんだよ。
 ヒソカとカストロの試合は皆んなも見ただろ?
 200階に居る連中ってのは、大抵は何らかの能力を身に付けた奴等ばっかりだ。
 まぁ、その中の殆どがカストロみたいに系統を度外視した能力を作ってるんだが……。
 とは言え、これから先に念を使っていくとしたら、いずれ自分だけの『発』――詰まりは必殺技を作る時がくるはずだ」

 知らず知らずのうちに念を習得した人間ならばいざ知らず、自分から望んで念を習得したのならば、
 必ず『発』を身につける。俺だって自分だけの『発』を持っているのだ。

 まぁ、形にするのにだいぶ時間がかかったが。

「単純にボカスカ殴るようなのとは違った、そういった『発』を使う奴等と闘うってのも、良い経験になると思うぞ?」

 俺はそこまで言うと、最後に『無理にとは言わないけどな』と付け加えた。
 基本的に、この場所に居る連中は皆が負けず嫌いだ。

 ゴンは解りやすいかも知れないが、キルアもポンズも実際はそうなのだ。
 もっとも、ポンズは大抵は理性でそれを押さえつける傾向にあるみたいだが。

 俺の説明にある程度は納得出来るところが有ったのだろう、キルアは「そうだな」と口にすると俺の方へと視線を向けてくる。

「必殺技って言われてもさ、正直念を覚えたばっかりでパッとしねーけど。でもまぁ、オレは別にそれでも構わねーよ」

 とのこと。
 キルアのその言葉に続いて、ポンズもゴンも了承との台詞を口にする。

「あ、でもさ。俺達があの三人と戦うとしたら……ラグルはどうするの」
「俺?」

 ちょっとばかり気まずそうな表情で、ゴンは俺にそう聞いてきた。
 とは言えだ。
 実際、そんなに気にする事でもないんだけどな。

「俺はまぁ……適当に相手を見繕って試合をするよ」
「それって――――」
「大丈夫だよ。相手がヒソカみたいなのじゃ無ければ負けたりしないから」

 軽く笑みを浮かべながら言う俺に、何かを言いかけたゴンは勿論、
 他の者達も納得したのか特に何も言ってはこなかった。

 まぁ俺の言葉に皆がどう考えたのかは解らないが。
 とは言え、200階という場所は別に試合をしても勝つ必要は無いのだ。
 ただこのクラスに留まるだけならば、単に試合の日程を組むだけで事足りる。

 事実、ヒソカだって単に試合を組んではスッポかす……なんて事をしてるのだ。
 俺が律儀に試合に出る理由は無いだろう?

 まぁ、未だ当初の目的を終えてはいないから試合には出るが。

「ゴン、ラグルは多分大丈夫だって。――なぁ、ラグルは俺達よりもずっと前から念の修行をしてるんだろ?」
「そうだな……かれこれ数年にはなる」

 (何故か)心配そうな顔をしているゴンに、キルアがフォローを口にした。
 ……そうだな、もう6~7年前になるのかな。
 初めてクロロ達に出会ってから。

「要はその数年間って時間の間、俺達よりも長く念に触れてるってことだろ?
 つまりはラグルの目から見てさ、今のオレ達なら彼奴等には負けないって……そう判断したってこと。
 ついでにその経験から、『ヒソカみたいなのに当たらなければ負けたりはしない』って判断してるんだろ?」
「まぁな」

 此処ではそこまで本気になるような事も無いだろうけど、いざと成れば両手足の『呪念錠』を外せば良いし、それに――

「話は纏まりましたか? まぁ……私は正直、もっと慎重に対戦相手は選んで欲しかったのですが……。
 とは言え、ラグル君。君は大丈夫だと判断したのですね?」
「……えぇ」

 俺の思考を中断する形で、ウィングが言葉を挟んできた。
 ウィングは俺に――では無く、他の3人(ゴン、キルア、ポンズ)に対して心配そうな顔を向けている。
 特に俺の事は心配していないと言うことなのか? それとも素でスルーなのか?

 まぁ、前者だとは思うのだが。

 ゴン達に向けていた視線を俺の方へと戻したウィングは、「わかりました」と言うと、小さく溜息を吐いた。

「なら、私からは特に何も言いません。
 試合の日取りを何時にするかは……相手のことも有るでしょうが、
 出来うる限り、ギリギリまで準備期間を取れるようにはした方がいいでしょう。……その為の交渉は――」
「勿論、俺がやりますよ。言い出したのは俺ですから――っと言うか『試合しよう』と言えば、アッサリと乗ってくるんじゃないですか?」
「ふむ……どうでしょうね? 彼等も200階に上がって長いでしょうし、逆に警戒されるかも知れませんよ?」

 ウィングの言い分も尤もだ。
 確かに元知識でも、連中は何かと悪知恵を働かせているイメージがあるからな。
 とは言え、それと同時に普通に『圧力』に弱いというイメージもある。

 ……普通に話を持ちかけて、いざとなれば無理矢理納得させれば良いか?

 俺は軽くそう考えると、ウィングに対して「大丈夫ですよ」と、適当に返事を返すのだった。






[8083] 第29話 試合開始?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/09/25 11:59



 五月末日……。

 この日はキルア、ゴン、ポンズの試合がある日だ。
 対戦相手は当初の予定通り、例の3人がする事に成っている。

 交渉?

 勿論上手くいったさ。
 念を解放しながら誠心誠意お願いしたら、みんな快く引き受けてくれたよ。

 で……まぁ、何だ。
 ゴンとかキルアの試合内容はどうでも良いだろう?
 ハッキリ言って、やってることは元の方と変わらないからな。
 別に気にもならないだろ?
 少なくとも俺は成らなかった。

 誰もが知ってることを、延々と見せられるのは面倒だろうしな。

 ――さて、そういう訳で現在の俺はというと……

「早く始まらないのかな?」
「まぁ、確かに遅いな」

 横に座っているゴンが、俺に尋ねるようにして聞いてくる。
 周囲は他にも人が一杯居て、俺達はそれに紛れて試合場を眺めていて――要は、
 客席で観戦をしているということだ。

 第一試合:ゴンVSギド 第二試合:キルアVSリールベルト 第三試合:ポンズVSサダソ

 といった順番だ。
 俺の試合は組まれていないため、最初からずっと観戦中。
 で、試合のたびに横に居る人間が代わる代わると言うことだ。

 さっき迄はキルアの試合だったのでゴンの反対側にポンズが座っていたが、
 現在は自分の試合の為に控え室に行ってしまっている。
 その内に、入れ替わりでキルアが戻ってくるだろう。

「――ねぇラグル」
「うん?」

 ぼーっと試合場を眺めていると、不意に右隣に座っているゴンが俺に声を掛けてきた。
 俺は『なんだ?』といった感覚でゴンに視線だけを向けた。

「言われたとおりに俺はギドさんと戦って勝ったけどさ、どうしてラグルはギドさんが『強化系』だって解ったの?」
「へ?」
「それにキルアの試合の最中も、リールベルトさんの事を放出系だって言ってたしさ」
「あー……そうだな、確かに言ったな」

 首元に手を当てながら、俺はゴンの問にそう答えた。
 そう、確かに俺はそう言ったのだ。
 前にゴンにギドとの試合を進めた時も、ついさっきのリールベルトとキルアの試合の時も、
 しっかりと相手の念の系統を言い当てている。

 とは言えだ、まぁそれは『元々の知識が――』という事ではない。

 だってそれくらいは――

「それくらいはな、相手の念の量とその時の効果を見れば、大体判断できるんだよ」
「見れば?」
「そう」

 正直に言うと、ギドもリールベルトもサダソも……広く言うならこの天空闘技場に居る殆んどの人間がそうなのだが、
 ハッキリ言ってかなりレベルが低いのだ。
 いや、勿論中には強い奴も居る。ヒソカなんかはいい例だろう。

 だがそんなのは極々一部。
 殆んどは、大した力を持っていない奴らばかりなのだ。

 まぁ……殆んどの選手が200階に上がってからの『洗礼』で念に目覚めた奴らばかりなので、
 それも仕方がないと言えばそうなのだろうが……。

「ウィングに教わらなかったか? 念って言うのは、その量が多ければ多いほど効果を増す。
 つまりだ、連中の使っている使用方法と念の量とを考えて、
 『この系統じゃなければ無理だろう』って言うのを言っているだけなんだよ」
「へー、そういう見方もあるんだ?」
「まぁな……相手の系統を知るって言うのは大切な事だぞ。
 知らない相手と戦うときには特にな」
「覚えておいたほうが良い?」
「多分な。……俺はそう教えられたから」

 ふと、俺は昔々の修行時代を思い出して少しばかり欝になった。
 本当に、よくもまぁ生きていたものだよな。……当時の俺は。

 もし今の状態で殺り合っても、当時と同じような扱いに成ってしまうのだろうか?

 ……あんまり考えたくはないな。

「――なーに辛気臭い顔してんだよ?」
「あ、キルア!」
「……キルア?」

 辛気臭い顔……してたのだろうか?
 俺が昔を『懐かしんで』いると、試合から戻ってきたキルアが笑顔で歩いてきた。
  
「お疲れ、キルア♪」
「おう、っても疲れる程は動いてねーけどな」

 と、ゴンに対してニコヤカなキルア。
 まぁ、それもそうだろう。
 思いのほかアッサリと相手を倒せたし、形だけとは言え念を使った戦い方と言うのが出来たのだろうからな。

 俺も今思い出すと、初めて念を使って『仕事』をこなした時は嬉しかったからな。

「楽しめたか?」
「ん? …………正直言うと全然だな。
 見てたから解ってると思うけど、相手の奴ってば俺より全然格下だっただろ?
 だからやっても勝手当たり前だしさ……どうせならもうちょっとだけ強い相手とやってみたいってのはあるよな」
「強い相手?」
「ゴンは良いよな、その内にヒソカとやるんだろ? 全力でやっても大丈夫そうな相手じゃん。
 でも俺の場合は――全力でやったら殺しちゃいそうだしな」
「ははは……」

 渇いた笑いをゴンが返す中、俺は「ん?」と首を傾げた。
 キルアの言っている言葉の内容に、少しだけ変な違和感を感じたからだ。

「ん? なんだよラグル。何かへんな顔してんな?」
「……いや」

 まじまじとキルアの顔を見すぎたか、キルアが俺にそんな事を聞いてきた。
 俺は少しだけ間を置くように言葉を区切り、そして自分が感じた違和感をキルアに伝える事にする。

「――ただ、キルアが強い奴と闘いたいって……少しだけ意外だなと思ってさ」
「は? なんだよそれ?」

 俺の言葉に反応し、表情を曇らせるキルア。
 だってそうだろう? 確か今の時点では、キルアの頭の中にはイルミの針が入っているんだよな?
 それによって、キルアは強い奴からは逃げるように『操作』をされている筈だ。
 どの程度の強制力が有るのかは正確なところ解らないが、作中の事考えるにかなり強力な暗示だと思われる。

 そんなキルアが、よもや自分から『強い奴と闘いたい』なんて言うとは思わなかったのだ。

 だから素直に『意外だ』と言ったのだが、
 まぁ何だ、俺のこの言い方が悪かったのか、キルアは「ム……」と唸って表情を悪くする。
 少しばかり違う言い方をしておく必要があるか? 

「だって、キルアは絶対に勝てる相手としかやらないだろ? (暗殺の)プロだし」
「そりゃなるべく危ない橋は渡らないようにしてるけどよ、それじゃ逃げてるみたいな言い方じゃねーか」
「…………ふむ(違うのか?)」

 口元に手をやり、俺はキルアの事をマジマジと見つめた。
 その表情からは幾分笑みが消え、俺に対して睨みを聞かせるような雰囲気に成っている。
 まぁ……そうだよな。
 誰だって『逃げてる』等と言われれば多少なりともムッとはくるか。
 たとえ事実とは言え、例えば俺だって、ヒソカとの対戦を逃げているとか言われれば、
 表面上は兎も角としても内心ではイラッと来るだろうからな。

 だが――

「だったら……そうだな、うん」

 俺は頷くように言うと、考えを纏める。
 この流れは、ある意味自然なのでは無いだろうか? と。
 強制するでもなく、不自然でもなく話を切り出せるのではないだろうか?

 そう結論づけると、俺は表情を変えないようにキルアへと向けた。

「今度は俺と試合をしてみるか? 日時は……ゴンVSヒソカ戦に合わせて」
「それって詰まり、ラグルは俺よりも自分の方が格上だって言ってんだよな?」
「そうだな」
「……ハンター試験の時とかさ、あの時は確かにラグルの事『凄い』って思ったけど、今は俺も念が使えるんだぜ」

 胸を張り、キルアは俺に向かって真っ直ぐにそう言ってきた。
 成程。
 キルアは試験中の俺の動きを、『念があるから出来た』事だと思ってるのか?
 いや、そういう所もあるだろう――くらいに思ってるのかも知れないが、とは言えそれは随分な過小評価だろう。

 ジッと視線を向けてくるキルアに、俺は首を少しだけ傾げて見つめ返す。

 なんだろうか? この妙な雰囲気は……。
 少しだけだが、ヒソカの気持ちが理解できるような気がするが……とは言え――

「念を覚えた程度で変わる程度の、そんなヤワな力関係じゃ無いよ」
『ビキッ』

 表情を緩めて、俺はキルアに微笑んで返した。
 瞬間、音が聞こえそうな程にキルアの雰囲気が変化をする。
 ゾクゾク――したりはしないが、偶にはこう言うのも良いかも知れないな。

 変わらず笑顔のままの俺と、そして表情を崩さないように務めているキルア。
 そして、何が何だか解らずにオロオロとしているゴン。
 良い対比だな。

 もっとも、そんな状態が続いたのは精々が数秒ほどのこと。
 キルアはプイッと視線を試合場の方へと向けると

「……分かった。それじゃゴンの試合の日に合わせてやろうぜ」

 とだけ言うのだった。
 俺はそんなキルアに「あぁ、そうしよう」とだけ言って、同じように試合場へと視線を向ける。

 ゴンやキルア達の間に亀裂が入った?
 ――いやいや、全く問題ない。
 別にこの程度で壊れるような――とかではなく、元々それ程の関係ではないって意味でだがな。

「あ、そうだキルア」
「なんだよ」

 ふと、俺は思いついた事があってそれを伝えようと口を開く。
 刺々しいキルアの応対と、そして心配そうな表情を向けるゴン。
 まぁ、安心して欲しい。
 それ程に変なことを言うわけではないのだから。

 俺は試合場に向けていた視線をキルアへと向けると、一言――

「試合までの間……頑張って修行しろよ」

 とだけ、笑顔で言った。
 念を覚えたての人間が、修行をおろそかにしていい理由なんて無いからな。
 俺だって覚えてからこっち、ずっと休みなく続けているのだし。

 言うことを言った俺は、そのままキルアから視線をずらして試合場へと戻したが、

『ビキビキッ!!』

 と言った風に、どうやら隣のキルアはヤル気を漲らせているらしい。
 さて……俺の言った言葉が原因だろうが、一体どれに反応したのやら……。









「準備はよろしいですか?」

 審判らしき人が、そう言って私に同意を求めてくる。
 私は最初、何を聞かれているのか理解もできずに、

「へ? え、あ……はい」

 と、何とも間抜けな返事をしてしまった。
 その時の審判の反応は――よく思い出せない。
 でも、きっと軽く笑いでもしたんじゃないだろうか?

 私の目の前には能面のような顔をした人が居て、そして周囲をグルッと囲うようにして観客たちが居る。
 そう、つまりは試合場だ。
 200階の。

 目の前に居る能面の様な男は、私の大戦相手であるサダソ。

 ラグル君曰く『新人ハンター』の通り名を持っている人達の一人らしい。
 他の『新人ハンター』の人達は、ゴン君とキルア君に負けたギドとリールベルトって人。

 『三人とも同じような実力だから、今のポンズなら問題なく倒せるよ』

 と、控え室に入る前にラグル君に言われたけど……。
 あぁ、それでもやっぱり緊張する。

 サダソはそんな私の緊張を見て取ったのか、笑っているような顔を更に歪めて

「ふふふふ……」

 と言う風に笑っている。
 その顔に私は「うわぁ…」若干顔を引き攣らせたが、直ぐに『それじゃ駄目だ』と思って気合を入れ直す。

 ウィングさんが言っていたことだけど、『念というのは生命エネルギーだがその人の精神状態でもその強さが上下する』らしい。
 変な顔に呑まれて、それで負けでもしたら皆んなに見せる顔が無い。
 何せゴン君やキルア君は、危な気もなく勝っているのだから。
 別に私があの二人と同じレベルの人間だとは言わないけれど、でも年下の子達が勝ってるのに私だけが負けるわけには行かない。

 私は「ヨシッ!」と声に出して言い、表情を引き締めてサダソを睨み返してやった。

 『大丈夫、私は絶対に負けたりしない』

 そう、自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら。

「――ポイント&KO戦、……始めッ!!」

 腕を振り下ろして試合開始の合図を告げる審判。
 そして、途端に騒がしくなる観客席。

 私はバッと両手を上げ、相手の動きにいつでも対応できるように身構える。

「ラグル君の情報だと、確か相手は変化系……。但しそれ程レベルは高くないから、良く相手を見て――」

 事前に教わった対策を、思い出すように口にしていた私だが、それを邪魔でもするかのように突然サダソが走りこんできた。
 思いのほかに動きが早い。
 私は相手の『失っている左腕』に視線を向けると、大きく振りかぶっている其の腕の攻撃を跳んで避ける。

 そして続けざまに襲いかかって来るサダソの攻撃を、私は何度か危なげ無く避けていった。
 でもきっと周りからは――

《あーっと、どういう事でしょうか? 迫り来るサダソ選手に対して、ポンズ選手何やら逃げ惑うばかりです!》

 私は、耳に入ってきた実況(?)の声にちょっとだけムッとする。
 確かに自分から攻めているわけではないが、かと言って逃げ惑っている訳でもないのだ。
 もっとも、念の見えない一般人からすれば、相手が近づくたびに妙な動き方をして逃げているようにしか見えないのかも知れないけど。

 だけど――

 私はもう一度、サダソの無くしてしまった左腕へと眼を向けた。
 そこには事前の情報通り、念で再現された巨大な腕が生えているのだった。

 見た目が妙に見えるような私の動きは、全てその相手の左腕を避けるためにしていることだ。

 何度かそうして避けていると、流石に相手も一本調子では駄目だと踏んだのか、動きを止めてこちらの様子を伺うようにしてくる。
 そして、ゆっくりと間合いを詰めるように私の周りを回りだすと

「成程な、さっきのガキ達もそうだが……随分と鍛えてるようだ。正直、大抵の奴は最初の段階で詰みなんだがな」

 サダソは「ククク……」と、能面顔で笑いながらそんな事を言ってきた。
 もしハンター試験を受けた頃の私だったら、恐らくは今のサダソに恐怖を感じていたことだろう。
 でも……今の私には残念なことに、サダソから恐怖や畏怖を感じるようなことは無い。

 精神的にタフになったのか、それとも思った以上に私が強くなったのか。

 多分答えは――両方?

 ドンッ!!

「――それで詰みになるのは、単純に同じ土俵で戦ってない奴ってことでしょう?」

 一足飛びで懐に入り込み、私の拳が深々とサダソの腹へと突き刺さった。
 そして残った手を使い、掌打でサダソの左の肩口を思い切り打ちぬく。
 それによってサダソは、試合場の床を滑るようにして転がっていった。

 傍らで審判役の男の人が『クリティカル2P――』などと言っているが、今の私には然程関係が無いので無視をする。

 サダソは腹部を抑えながら、ゆっくりとした動きで立ち上がってきた。
 呼吸は荒く、額には脂汗が浮かんでいる。
 私はそんな相手に追撃を掛けることをせず、観察をするようにその場で相手が立ち上がるのをジッと待つことにした。

(相手の念の能力はまだ解らない。捕まるような事は避けた方が良いけど、とは言えその動きは至って短調。
 あの左手も、見ていた限り腕の延長程度の動きしか出来ていない。
 身体能力的には私の方が遥かに上だから、相手に捕まったりしないように上手く立ち回れば……全然怖くはない)

 私はそう結論を出して、小さく笑みを浮かべていた。









「……ちょっと良くないかもな」

 高い位置……観客席から試合をみている俺は、ポンズの様子が変化したのを見てそう口にした。
 俺のその呟きに対して、キルアは「あぁ」と頷き、ゴンは不思議そうな顔をしている。

 試合場では調子を上げているポンズが上手い具合にサダソを翻弄していて、
 飛び込み→攻撃→離脱→飛び込み……といったことを繰り返ししていた。

 傍目にはポンズが一方的に攻撃を加えていて、明らかに相手を虐めているような状態だ。

 とは言え、俺やキルアには……

「調子に乗ってるな……アレは」
「うん」

 と、そう映るのだ。

 『200階は特別』と、最初の内に言い過ぎたのが逆に良くなかったか?
 今のポンズは、自分の力を『凄いモノ』だと勘違いしている。

 現に今の戦い方、左手に捕まらないようにヒットアンドアウェイを繰り返しているのはいいが、
 やろうと思えば、最初の一撃で終らせることも出来たはずだ。
 まぁ、最初の時は様子見で手を抜いたのだとしても、その後も同じような事を繰り返す理由にはならない。

「あー……まただ、オレだったら今ので3回は昏倒させてるぜ」
「ポンズさん、一体どうしっちゃたのかな?」
「だから、さっきラグルが言ってただろ? ポンズの奴は調子に乗ってるんだよ」

 キルアに言われ、ゴンが俺に視線を向けてくる。
 俺はそれに対して、スッと肩を竦めてみせた。

「そうだな……ゴン。お前だって『出来そうになかったことが出来たら』、"もう一回"って思うだろ?」
「うん」
「アレはそういう事なんだよ」

 俺は、楽しそうに場内を飛びまわるポンズを指さして言った。
 そこではポンズが、本当に楽しそうに戦っている。

 単純な実力だけで考えるのなら、少なくともポンズの方がずっと上だろう。
 相手のサダソの雰囲気を見る限り、余裕が在るようにはまず見えない。
 だが、だからこそ今のポンズの状態は危険だとも思える。

 今みたいな精神状態は、簡単に油断に繋がるからな。

「手痛い反撃を食らう前に、しっかりと仕留めれば良いんだがな」

 溜息を吐きながら言った俺の台詞。
 瞬間、その言葉の内容に少しだけ首を傾げた俺だったが、
 『それほど気にする事でも無いか』と捨ておくことにするのだった。

「オイ! マズイぜ!!」

 試合を見ていたキルアが大きな声を挙げる。
 俺はそれにつられて試合場へと視線を向けると

 『あー……やっぱり』

 と、内心で呟くのであった。

 試合場では、両腕を押さえつけられたような格好をしているポンズと、
 そしてそのポンズに向かって存在しない左腕を向けているサダソが居る。

 念を使える人間が見れば、サダソの左腕から伸びた『念の手』が、ポンズの身体を捕まえているのが解るだろう。
 正確には解らないが、サダソの能力はあの念で出来た手で捕らえた物を拘束するものなのだろう。
 原作のズシの台詞から推測すれば、何らかの麻痺効果のようなモノも有るのかも知れない。

 もっとも、その効果が効くかどうかは相手次第だ。
 試していないから絶対とは言えないが、恐らく旅団の皆には通じないだろう。

 今のポンズには……上手くすれば外せるか?

「なぁゴン、俺は少しよそ見をしてたから解らなかったが……どうしてこうなったんだ?」
「そんなに変わった事は無かったよ。ただ単に、跳んで逃げようとしたポンズさんに向かって手が伸びただけ」
「手が伸びた?」
「うん」
「それだけか?」
「そう」

 ゴンの説明に、俺は一瞬目眩がしてしまった。
 少し前にヒソカとカストロの試合を見たのだから、念の伸び縮み程度は予測してると思っていたのに。
 よりにもよって、まさかこんなツマラナイ事で捕まるとは……。

 隣のキルア等は「何やってんだバカヤロー!!」等と、試合場のポンズに向かって文句を言っている。
 その手に何かしらの投票券が握られているのは気のせいだろうか?
 だがそれとは対照的に、反対側のゴンは落ち着いた様子で試合場を見つめていた。

「……随分と落ち着いてるな、ゴン」
「ん?」
「ポンズの事は、心配じゃないのか?」

 ゴンは『熱血少年』といったイメージがある俺からすると、
 仮にも知り合い、仲間とも取れる者がピンチに陥ったら、とても普通では居られないと思っていたのだが。
 それが仮に試合であっても。

 だがゴンは俺の予想とは違って、意外にもアッサリとしているように見える。

 俺が不思議そうにゴンに視線を向けている間も、ゴンは試合場をジッと見つめ続けている。
 そして一言、俺の問に対する答えを口にした。

「 …………でも、ポンズさんは勝つよ。負けるようには感じ無い」

 その言葉に、俺は一瞬呆けたような顔になってしまった。
 確かに、今の状態でも遣り様はある。
 見たところサダソのアレは、相手の動きを封じているだけで念を封じている訳では無いらしい。
 ならば、錬を使って身体の能力を底上げして一気に弾き飛ばす――と言ったことも出来るだろう。
 まぁ、人によっては他の方法もできそうだが、今のポンズに出来る事と言ったらそれくらいか?

 だが、問題はポンズがそれに思いつくかどうかだが。

 どうやらゴンは、俺が考えているような面倒な理屈を抜きにして『ポンズが勝つ』と感じているらしい。

「……へぇ」

 俺はゴンに視線を向け、口元を軽く釣り上げるのだった。






 あとがき

 あー何かえらい疲れた。
 中々筆が進まないわ、頭の中でキャラが喋らないわで大変だった。
 まぁ、ヨークシン編とか書きたいからまだまだ続けますがね。

 ……脳内洗浄がしたいわ。

 とは言え、出来る限りグダグダに成らないように書いていかねばね……。






[8083] 第30話 ちょっとした目覚め……少し早い?
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2011/04/06 18:48




「クッ……!」

 全身を締め付けるような圧力が私の身体に掛かっている。
 ちょっとした油断だったのだ、サダソの伸びる手の間合いを読み違えてしまった。
 距離をとった以上に伸びてきた左手。
 もっとも、私に左手の伸びる限界距離を勘違いさせるため、全開で伸ばしたりはしなかったのだろうけど……。

「……こんな手に引っかかるなんて」

 悔しそうにいう私に対して、サダソはいやらしい笑みを浮かべてきた。

「短い期間でコレを覚えたのは驚いたがな……。とは言えだ、俺は年季が違うんだよ」
「クッ……!」

 ギリギリと絞めつけられる腕の力に、私は小さく呻くような声を漏らす。
 散々『注意しろ』と言われていたのに……コレは私の油断でしか無い。

「どうした? もう何も出来ないだろ? そら!」

 バギッ!

 捉えた私を逃さずに、残った腕を振るって殴りかかってくるサダソ。
 審判はそれに対して『サダソ選手HIT!』等と言っている。

「……本当だったら、此のまま窒息でもさせて終わりにするんだがな。
 先に負けた二人の意趣返しだ……悪く思うなよ?」

 能面の様な顔を歪に歪めながら、サダソは私を殴りつけてきた。
 一度、二度、三度……。

 数えるのも面倒になり、最初はポイントを数えていた審判も顔色を若干悪くして私を見つめていた。
 観客も含めてそうなのだが、周りの人達は『此のままじゃマズイのでは?』と思っているのかもしれない。

 でも、それに反して私は思ったよりも落ち着いている。

「アハハハハハーーーッ!」

 息せき切って拳を振るっているサダソだけれど、不思議なことに私には全く効いていなかったのだ。
 拳がブツかるのは解っているし、その衝撃が私に加わっているのも理解が出来るのだけど、
 それ自体がダメージとなって私に害を及ぼすことはないのだ。
 それが、こんな状態になりながらも冷静でいられる理由だろう。

 なんでだろう?

 私はサダソに殴られながらもそんな事を考えていた。
 見たところサダソの動きは酷過ぎる……なんて事はない。
 それもそうだろう、何せ200階まで昇ってきた人なのだから。それで動きが雑だとか、酷過ぎるなんてことはそうそう無いだろう。
 でも、だったら何故私はこんなにピンピンしてるんだろうか?

 考えられるのは――

「オラァ! …………クク、思ったよりも頑丈な身体している」
「ッ!?」

 頑丈な身体?

 私はその言葉にピンと来た。
 こう言っては何だが、私は撃たれ強いなんてことは全くない。
 格闘技なんてのはずぶの素人なのだから。

 それでもこうして200階に居るのは、ひとえにゾルディック家での特訓のお陰だろう。
 だが、だからと言って殴られても大丈夫なんてことが在るはずがない。

 だったら答えは一つしか無い。

 私はチラッと自分の身体見渡してみる。
 「あっ……」と小さく声を漏らしてしまうが、それも仕方がない。

 私はどうやら勘違いをしていたらしい。
 『捕まったら終わり』『捕らえられたらどう仕様も無い』……そんな風に思い違いをしていた。
 でも実際は違っていて、それは私の身体が頑丈になっていることで理解が出来た。

「……なんだ、出来ることがあるんだ」
「なに?」

 私の呟きに反応したのだろうか? サダソが疑問符を浮かべているが、私はそれを構っている暇はない。
 今の状況から逃げ出すことが第一なのだ。

 ウィングの言っていた言葉を思い出し、そしてゴン君やキルア君とやった修業の一部を思い出した。

 とは言っても、そんなに難しいことをする訳じゃない。
 やることは念の基本の一つ。

 貯めこんで放つ――『錬』だ。

「――はぁッ」

 息を吐き、それと同時に溜め込んでいた念を一気に開放する。
 私はそれに合わせて力一杯に腕を左右に振った。

 バヂンッ!

 と、そんなゴムが千切れるような音が瞬間聞こえる。
 私の身体を包んでいたサダソの『見えない左腕』が破れたのだ。

「クッ……!?」

 まさか破られるとは思わなかったのだろうか?
 サダソは能面のような表情で、呻くような声を挙げた。

「残念だったわね? でもあんな簡単に破られるような能力で勝とうなんて――?」
「――くくく」

 なんだ? 能力が破られて頭がおかしくなったのだろうか?
 いや、違う。きっとなにか違う理由があるんだ。

 なんだろう?
 一体なん――――

「――なっ、え!?」

 急に力が抜けたように膝が落ちる。
 私は立っていられなくなって、思わず膝を着いてしまった。

 何で? 力が入らない。

「俺の能力が、単純に相手を捕まえるだけの能力だとでも思ったのか?」

 得意満面と言った感じでサダソがゆっくりと近づいてくる。
 それじゃあ、これもサダソの能力の一つだと言うの?

「思ったよりも効きが悪かったんで肝を冷やしたがな、へへへ、オレの左腕にはちょっとした麻痺効果があるんだよ」
「く……なんれころ」

 『なんてこと』と言おうとしたのに、口から出た変な言葉に私はハッとした。
 上手く話すことが出来ない?

 私は確認のために軽く何かを喋ろうとしてみるが、口を出てくる言葉はどれも意味を成さない様な音でしか無かった。

「ははっ、呂律も回らなくなってきたか?」

 恥ずかしい!
 凄く恥ずかしい!!

 まさかこんな醜態を晒してしまうなんて。

 それに情けない。
 この相手は明らかに格下のはずなのに、そんな相手にこうして膝を折ることに成るなんて。
 これじゃあ、私を鍛えてくれたウィングさんやラグル君に申し訳が――

「さぁて、続きと行くか」
「へ――『ゴギンッ!!』」

 痛い。

 サダソの言葉に間抜けな返事をした瞬間、私は奴によって顔を蹴り上げられていた。
 突然の事だったのもあるけれど、先刻よりも断然に威力が高い。

 力の入らない身体で受身も取れず、私は無様に試合場を転がってしまう。

「クリティカルヒット! サダソ!!」

 状況が読めていない審判の声が聞こえる。
 クリティカルとか、今更そんな状況でもないのに。

 私はなんとか腕に力を込めてサダソを見ると、奴は崩れた表情を更に崩し、奇声を上げながら私に向かって駈け出してきた。

「アヒャヒャヒャヒャーー!!」





 第30話 ちょっとした目覚め……少し早い?





 蹴られ、殴られ、叩かれ、投げられ、幾度と無く攻撃を加えられては地味にポイントだけが加算されていく。

 いつ迄こんな状態が続くのだろうか?
 いつ迄こんな風にやられ続けなくちゃならないのだろうか?

 負けるまでかな?

 それは……いやだな。

「アハハハっーーー――ゲホッごほ! 気管に唾液が……!?」

 馬鹿みたいに大笑いしていたサダソが、その大笑いの影響で突然むせて攻撃を中断した。
 私はその様子に

(バカだなぁ……)

 なんて思いながら身体を起こす。
 未だに身体は痺れていて、感覚も少し変だけど……とは言え動けない訳ではない。

 立ち上がった私を見て、むせていたサダソは「まだ起き上がれるのか?」なんて事を言ってきた。
 それは当然そうに決まっている。
 今の私は身体が上手く使えないだけで、それ以外は特に問題はないのだから。

 『纏』を使っての念のガードは出来ている。
 感覚が麻痺しているぶん反応は鈍いが、少なくとも力だって落ちている訳じゃなさそうだ。
 私はチラリと観客席の方へと視線を向けた。より正確には、ラグル君の方へだ。もしかしたら、何か打開策でも思いつくのでは? と思ったから。
 ついさっきまで私も居た場所である、見つけるのは割と容易に……

『ゾクリ――ッ!?』

 視線の先にラグル君を捉えた瞬間、私は背筋に冷たいものが走った。
 直ぐ近くで攻撃を加えようとしているサダソよりも、ずっとずっと遥かに。
 ラグル君の瞳が、今の私には怖い。

 怒られる、叱られる、怒鳴られる

 似たような言葉だが、きっとこんな簡単なことでは済まなそうな、そんな感覚を受ける。
 深くて、暗くて、黒い瞳を――私に向けている。

 『負けたくない』なんて言っては居られない。
 そうじゃなくて、私は『勝たなければならない』。

 怒っているというのも怖いのかも知れないが、今のラグル君の瞳は、まるで興味を無くした玩具を見るような……
 もっと言えば……試験の時に見た、ヒソカと同じような瞳をしていた。

 私は心の奥に感じた感覚に突き動かされるように、目の前ので薄ら笑っているサダソを強く、強く睨みつけた。
 『勝たなければならない』、絶対に。

「ははぁ、まだ構えなんてとるのか?」

 サダソは私が腕を上げて構えたことで警戒したのか、ステップを踏んで間合いを取り始めた。
 私はその動きを可能なかぎり目で追って、相手の初動に備えようとする。

 本当は、一番いい方法は相手を捕まえてしまうことだ。

 たしかに感覚は鈍いけど、それ以外は問題ない。
 捕まえて、力任せに締め上げれば勝つことは出来るだろう。
 でもその場合、捕まえる方法が問題に成る。

 直接追いかけて捕まえる? →NO
 今の状態でそんな事が出来るなら、初めからされるがままに攻撃なんて受けない。

 防御に徹して不意をつく? →NO
 単純な身体能力な私のほうが上だけど、試合の駆け引きとかになるとてんで自身がない。恐らくはアッサリと見極められるだろう。

 だったら他には? 他の方法は何か無いだろうか?
 私はウィングさんやラグル君に教わったこと、教えられたことを少しづつ思い出すことにした。

 たしか――

「アヒャッ!」

 奇妙な声を挙げたサダソが、私に向かって飛び掛ってくる。

 ガッ! ドガガガ!!

 私は咄嗟に両腕のガードを上げて、その攻撃をなんとか防いだ。

 先刻までのされるがままだった時とは違い、今は攻撃を一応は防いでいる。
 審判もそう判断してか、サダソへのポイント追加はされなかった。

 これでいい。

 こうして居れば、少なくとも考える時間は稼げる。
 私の身体を叩き、蹴るサダソの攻撃の中。私は自分の状態と、そしてその打開策を考えるのであった。

 現在の自分の身体に起きている痺れ。
 力は入ることから、脳からの刺激伝達が出来なくなった――と言うわけではなさそうだ。
 それとは逆に、身体の各感覚器からの伝達に乱れが出てる。
 だから肌に触れてる感覚も薄いし、地に足が付いていないようにも感じるのだろう。

 感覚を戻す方法は、通常ならば電気刺激が一番手っ取り早い。
 でも、電流を流すような物は持っていないし、どの程度の強さでやれば良いのかも解らない。
 私的には、特効薬的な薬でも有れば一番助かるのだけど……

「?」

 ふと、サダソからの攻撃が止んでいる事に気が付き、私はそちらの方へと目をやった。
 するとどうした事だろうか? サダソは大きく肩で息をしながら、例の左腕を作り出していた。
 確かラグル君によると、『200階に挙がった頃の洗礼とかで無くしたのだろう――』とか言っていた。

 『無いものを念で創りだした左腕』

「これ以上時間はかけねぇ……。このままもう一度動きを封じて、場外に放り出してやるよ」

 サダソはそう言うと、私に向かってゆっくりとした足取りで近づいてくる。
 恐怖の演出をしているのだろうか?
 だけど、今の私にはそんなのは恐怖になりはしない。

 それに――

「解っちゃった。私」

 そうだ。
 解ったのだ。

 ヒントを出してくれたのは目の前のサダソ。
 そして、考える事が出来たのは――一応はラグル君のお陰。……怖かったから、なんとかしなくちゃって思って。
 無いなら作れば良い……至極当然な事だった。

 私は感覚の薄い手のひらを口元に運ぶと、そこから自分の想像との闘いを始めた。
 手のひら……じゃない。此処にはそれとは別の、もっと違うものがあるんだ。
 眼を閉じて想像をする。
 それが有った場合に感じるだろう感触を、そして匂いを。

 私は具現化系の能力者なんだから。

 思いが念を強くするのなら、そう思うことで私が求める物を作り出せるはずだ。

 絶対に――

「顔を手で覆って、一体なんのつもりだ?」

 間合いの一歩外、サダソがそこ迄近づいたのを感じた私は

「……出来た」

 自分でも驚くくらいに笑顔を向けていたと思う。
 私の言葉に妙な表情を浮かべたサダソだったけど、首を左右に振ると一気に一歩を踏み出してきた。
 それに併せて私は――『大きく後方へと跳んだ』

 私の動きに驚いているサダソ。
 でも、それに構う積りは私には無い。

 開いた距離を助走に使い、

「イケっ!!」

 私は思い切り、サダソに蹴りを入れるのだった。

 ドゴォオンッ!!

 遠慮せずに力一杯に入れた蹴り。
 サダソはそれをまともにくらって、一直線に場外――観客席の壁に飛び込んでいった。
 足の先から『ゴキゴキッ』といった骨の砕ける感触がしたけれど……多分大丈夫だろう。

 私は暫くサダソが飛んでいった方向を見つめながら、濛々と立ち込める土煙を睨んでいたが――

《サダソ選手の戦闘続行不可能とみなし、ポンズ選手の勝利とします!!》

 場内アナウンスが聞こえると

「はぁ……疲れた」

 そう言って脱力をするのだった。
 私は手のひらに残る『粉末』を見つめ、

(上手くいって良かった……)

 とそう思った。




「ポンズさんおめでとう!」

 元気よく声をあげるゴン。ポンズは「あ、ありがとう」と、少しばかり照れたようにして返事を返した。
 正直俺としては、まさかあの状態から勝つことが出来るとは思っていなかった。
 それを勝利に変えることが出来たポンズには、実際本当に驚いている。

 顔に出したりはしないがね。

 とは言え、ゴンの予想通りになったわけだ。

 試合を見ていたところ、どうやらサダソの能力は相手を捕まえて終わり――といった程度ではなかったらしい。
 動行った手順でそうなるのかまでは解らなかったが、捉えた相手の身体能力の低下、もしくは麻痺させるような能力だったらしい。
 俺はそこ迄見ていたときに、少しだけ自分の見識の甘さにイラついたのだが……まぁ、それはいいだろう。

「でもさ、良く勝てたよな?」

 不意にキルアがそんな事を口にする。
 だが、それもそうだろう。
 勝てる可能性は極端に低い……それが観客席で見ていた俺やキルアの感想だった。

 もっとも

「勝てた理由は今なら解るけど……それにしても、こんな土壇場でそれをするってのは驚きだったかな」

 俺はポンズを見ながら答えのような、そうでないような言葉を口にした。
 恐らく……いや、先ず間違い無くポンズは念能力を、『発』を使ったのだろう。
 ポンズの能力系統が具現化系だということは前もって解っていた。ならば、試合中に何かを作ったのだろう。

 効果は『たちどころに身体の不調を治す』か、『元気になる……』とかだろうか?

 まぁ、それはおいおい本人に語ってもらえば良いだろ。

 だが一人納得したような俺の台詞に、当然のようにキルアとゴンは納得が行っていない。

「なんだよラグル、ポンズが何をしたのか知ってるなら教えてくれよな」
「そうだよ、ズルイよ」

 俺は二人の反応に、ほんの少しだけ考える素振りを見せた。
 『仕方が無い、教えてあげよう』といった雰囲気をつくるためだ。

 解かりやすく「うーん……」と唸り、視線を彷徨わせる。そして「解ったよ」と前置きをしてから、俺は二人に説明を始めた。

「詳しい内容までは俺も言えないけど、念の段階の一つ……『発』を使ったんだろう」
「『発』?」

 首を傾げるゴンとは対照的に、キルアは「そういう事か……」と頷いていた。
 聡いな……と、俺は思う。
 キルアは恐らく、今の俺の言葉だけでちゃんと理解をしてしまったのだろう。
 ポンズの能力系統、試合中に顔へと手をやった動き、その後に回復した事も含めて。

 だから俺は

「発って言うのはここ一番……と言う時に役立つ能力でなければならない。だから、喩え仲間内でも秘匿できるものはする必要がある……。詰まりだキルア、ゴン」

 言って二人の正面から顔を見つめ、ジッと互いの瞳を覗き込むようにした。

「あまりポンズに聞いたりして、迷惑を掛けるなよ」
「でもさー、ウィングさんが前に見せた壁壊し……。アレは『発』じゃないのかよ? だったらウィングさんは、俺達に発を見せてることに成るだろ?」
「あぁ、後でラグルが怒ったときのやつ?」

 キルアの言葉にゴンも合わせて口にする。
 嫌なことを思い出させる二人だ。
 たしかにアレは発と言えなくもないけど……ちょっと説明が難しいな。

「これは俺の予想だが、ウィングは強化系だから、本当の意味で必殺技なんてのは無いかもしれない。
 ――こと戦闘に関して言えば、強化系はかなり卑怯なんだ。鍛えればただ殴るだけで必殺技に成る」

 わかり易い例で言えば、幻影旅団に居るウヴォーギンなどがいい例だろう。

「だから強化系は、逆に隠すだけ無駄って考え方も出来るからな」
「へぇ……隠すだけ無駄だってさ、ゴン」
「うぐぅ」

 キルアとゴンが戯れる姿を、俺は軽く苦笑を浮かべながら見つめていた。
 ……こんな所で良いだろうか? 俺は二人の様子からそう判断した。
 これ以上は面倒になったというのもあるが、概ね俺の説明したことに間違いはない。

「まぁ、だからだ。俺やポンズみたいに強化系から遠い系統は、能力を隠す必要がどうしても出てくる。……解ったか?」

 キルアとゴンはその言葉に素直に「解ったよ」や「あー了解」と従ってくれたのだが……まぁ、『ポンズに対してだけ』守ってくれればそれでいいさ。それは。たしかに、先刻説明をした内容に間違いはない。
 念能力は隠せるのなら、隠した方がいいに決まっている。それは事実だ。
 だが、それ以上に俺はポンズの能力を隠しておきたい気分になっていたのだ。
 ポンズの能力……。俺には先があるような気がしてならない。
 もっとも、そもそもがどんな能力なのかもよく解らないのだが、それでもあの試合中の突然の変化は気になっている。

 それがどういうモノで、どう作用したのか? もしかしたら、いい拾い物をしたのかもしれない。

 俺はポンズに『ニコっ』と笑みを浮かべて、

「お疲れ様」

 と、そう労いの言葉を掛けるのだった。






 【滋養強壮粉薬(ファイトイッパツ)】

 【能力者の系統】 具現化系

 【能力系統】   具現化系

 【能力の説明】
 ●飲む事で、疲労回復、栄養補給、滋養強壮、身体の不調を癒す……等の諸効果が有る粉末を作り出す能力。
 ●使用限界量は1日2回で、1度に1.5g。
  それ以上を摂取すると、必要以上に身体が興奮して暫く眠れなくなる。眠れない間も疲れは溜まる。
 ●苺味、ココア味、バナナ味、普通の苦味など多彩な味が有るが、苦いものが一番効果が高い気がする。

 【制約/誓約】
  特になし







[8083] 第30,5話 試合前のやりとり
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:afbe9d7d
Date: 2011/04/13 22:03




「それじゃあ、試合って来るとするか……」

 選手控え室で俺は手をぶらつかせながらそう呟くように言った。
 ――200階クラスに上がって約3ヶ月、ゴン達の試合から1日経った今日は、俺の初試合がある日だ。

 最近はどうにも『丸い生活』が馴染んでいる気がするので、ここらで一つ、楽しめる試合をしたいものだと思う。

「ねぇラグル君……本当に大丈夫なの?」

 ふと、何故か控え室に居るポンズが俺を心配しているのか、そんな変な事を言ってきた。
 200階に上がって直ぐ、知り合いであるゴンが病院送りになったのを目の当たりにしているのだ。
 多分それで不安になっているのだろう。
 正直、そんな心配をされるとやる気が萎えるのだが。

 そもそも、今のゴンを比較対象に持ってこられても困る。
 もう少し成長したゴンなら、多少は話しが変わってくるのだが……。

「今日の試合の相手……。200階クラスで2連勝中って話しよ。
 それまでの試合も負け無しで昇ってきていて、私達とは違って前々から『念』の能力に目覚めている人」

 念のために――『私達』ってのに俺は入ってはいない。

 ……しかし何だな、わざわざ相手の事を調べてきたのか? 少し心配のし過ぎではなかろうか?
 まぁ俺が『念』を使って『マトモ』に戦ってる所など見たこと無いから、ある意味仕方ないのかも知れないが……。

「多分大丈夫だろ。俺の試合、賭けの倍率はどうなってる?」

 ポンズは一瞬「は?」と言葉を漏らしたが、俺の顔を見るとすぐさま「はぁ……」と溜息を付いた。

「倍率は8:2で向こうが有利。
 ラグル君は中々上に昇れずにいて『やっと200階に来た選手』。
 それに対して向こうは負け無しで昇ってきた上に、『現在2連勝中の有望株』……だからね」

 有望株ね……。
 でもまぁ、ヒソカが手を出してない所を見るとそうでも無いと思うんだが。
 まぁ、そこら辺の念使い(主に居ギド、サダソ、リールベルト)よりはマシとでも思えばいいだろう。

「なぁ、ポンズ。そういう事ならさ、俺の口座に有る金を全額『俺』に賭けておいてくれよ」
「……はい? 何ですって?」

 一瞬ポカンとした表情を浮かべて聞き返してくるポンズ。
 一応滑舌には自身が有ったのだが、もしかして聞き取りにくかったのだろうか?

 ……冗談だ。

 大方、俺が言った言葉を一瞬理解できなかったか、それとも呆れているかのどちらかだろう。
 ポンズは俺の言葉に対して眉間に皺を作って聞き返してくる。

 仕方がないと思いつつ、俺はもう一度説明を加えて言い直す事にした。

「俺の口座に入ってる金、134億8300万(端数カット)を、全額『俺』に賭けてくれ――と言ったんだけど?」

 今度は解りやすく、しっかりと聞こえるように正面から視線を向けて言った。
 ふと思ったが、こういった多額の金のやり取りをしているとBBC(ブラック・ブック・クラブ)の事がふと頭によぎった。

 ……幽遊○書に出てくる戸愚呂(弟)の能力は、念で再現可能なのだろうか?

 俺が思考を横道に逸らしていると、ポンズは先程の俺の言葉に対して眉間の皺を更に深く刻み――

「――はぁ。……何だか一人であたふたして、私だけ馬鹿みたい」

 呆れたような表情でそう呟くのだった。

「解ったわよ、全額……ちゃんと賭けておくから。勝てるって事なんでしょ?」

 言いながらも未だ不安が残るのか、ポンズはそう俺に聞いてきた。
 まぁ何だ、世の中に絶対は無いのだが、高確率での事なら特に問題ないだろう。

「相手の実力がヒソカ並でなければ、多分な」

 「ヒソカ……」ポンズはそう口にすると、嫌なものでも思い出したと言わんばかりの
 苦虫を噛み潰したような顔して「うぅ……私もう行くわね」と言ってから部屋を出て行った。
 何ともまぁ、苦手意識をお持ちのようで。
 ……いや、そもそも普通はヒソカのことが問題ないと言う方が珍しいのか?
 という事は、特にそれ程嫌悪感を抱かない俺は、既に普通とは言えなくなってきて……。

 解ってたことではあるが、だんだん自分の常識が普通からずれて来てるみたいだな。
 特に気にしないけど。
 しかし――――

「ポンズって思ったよりも心配性だな……。自分のほうがずっと弱いのに」

 俺はポンズの出て行ったドアを見つめながらそう言った。
 だが何となくだが、あぁやって誰かに心配をされると言うのも悪くはないな。
 何だか久しぶりの感覚だ。

 旅団の連中は基本的に、死んだら死んだで流しそうだからな。碌でも無い連中だし。
 マチなら、少しくらいは気にしてくれそうではあるが……。
 まぁ、今の俺自身が碌でも無い人間の仲間入りをしている訳だから、特に旅団の行動に文句なんて無いけどね。

 俺はそこまで考えると、まだ見ぬ団員であるシズク、コルトピ、ボノレノフ等の事を考えて口元を緩めるのだった。


 【ポンズ】

 現在私は、ラグル君に頼まれて賭けた『勝ち人投票券(?)』を持ちながら観客席に来ている。
 一応、隣にはゴン君とキルア君も一緒。

 私は投票券を買う用が有った為、一緒にではなく直接客席に行く事になったのだけど……
 キルア君は最初、私が持っている大量の投票券を見て、

「ゲッ……」

 なんて声を出してた。
 まぁそうよね。私だって自分と同じ様な、大量の投票券を担いでる人を見かけたら言うでしょうし『ゲッ』って。

 まぁ、キルア君には一応ラグル君に頼まれた事を告げると

「……アイツ、自分が負ける可能性なんか一つも考えてないんだな」

 などと呆れたような、嬉しいようなそんな表情をしていた。
 因みに、私は完全に呆れてる。

「なぁポンズ、それ買ってるときにさ、周りから何か言われなかった?」

 出会ったばかりの頃はそうでも無かったのだけど、最近ではキルア君の口調はこんな感じ。
 私に対して敬語とか丁寧語とか、そういうのを使うことは無くなっている。
 まぁ、それでどうこういう事はしないけれどね。

 それとは対照的に、ゴン君なんかは今でも私を『さん』付けで呼ぶし、一応は丁寧語で話しかけてくる。

 さて、キルア君の質問内容についてだけど。
 正直……私はキルア君の質問に、多少は嫌な顔をしていると思う。

「……散々に言われたわね。『何考えてんだ?』とか『止めとけ譲ちゃん!溝(ドブ)に捨てるようなもんだ』とか……」
「ふーん。まぁ、ある意味仕方が無ぇんじゃねぇの? ……そんだけラグルの奴は、今まで上手く負けすぎたって事だろうからな」

 以前聞いた話しだと、ラグル君は此処で『お小遣い稼ぎ』という名の荒稼ぎをしていたらしい。
 150階~190階の間を行ったり来たり……それを数年間続け、只管に貯金を増やしたのだとか。

 少し無駄使いをしたために貯金が減ったとか言っていたけれど、それでも今回の掛金は目玉が飛び出るほどの金額。

 正直、私もそれなりに小金持ちになってるけど……ラグル君の貯金の額には驚いたわね。

「ねぇ……二人は、ラグル君が勝つと思う?」

 不意に、私はついついそんな弱気な事を聞いていた。
 自分が闘う訳じゃないのに。
 そんな私の問に、キルア君とゴン君はキョトンとした表情をして

「「あははははは」」

 と笑い出す。
 私は二人の態度に「なによ……」と、顔をムッとして言った。

「ごめん、ゴメンなさいポンズさん。でもさ、まさかそんな質問をされるとは思わなかったから」
「そうだよな。よもやそんな質問を」

 未だ表情に笑みを浮かべているキルア君とゴン君。
 二人は言いながら視線を試合場の方へと向けた。私もそれに倣って、同じように試合場へと視線を向ける。

「――さっきの質問だけど、勝つと思うぜ。
 悔しいけど……単純な身体能力でもラグルは俺より上だし、念に関しても俺達より前に習得してたんだろ?
 まぁ、相手がヒソカみたいな奴なら分からないけど、正直そうでないならラグルが負ける姿なんて思い浮かばないよ」

 と、キルア君が溜息混じりに言ってきた。
 ゴン君の方は

「大丈夫だよ。相手の方は、ラグルみたいな感じがしなかったし」

 恐らく私を落ち着かせようとしての発言だったのだろうが、残念ながら私には意味が解らなかった。
 二人の言葉に私は小さく頷き、

「……そうよね、絶対に勝つわよね」

 小さく呟いた。
 キルア君とゴン君は、私と違ってちゃんとラグル君の事を信じている。
 駄目だな……私の方が年上なのに。
 二人の言葉に安堵している自分を感じて、私は少し反省をした。

 私達が世間話(?)をしていると、如何やら試合開始が近づいてきたようだ。
 アナウンスがマイクテストをし始める。

《マイクテス、マイクテス――あ~ぁ、本日は晴天なり……》

「そろそろね」
「あぁ……」
「……」

《……オホン…………さぁ、御待たせいたしました!! 本日もこの娯楽の殿堂『天空闘技場』へようこそ!!
 間も無くメインイベント開始いたします!!
 先ず登場するのは、200階クラスデビューから2連勝中のこの人!
 棍を使わせたら右に出るもの無し!! 棍棒術の達人『リー・タイタ』選手です!!!》

『わぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!』

 アナウンスの紹介を受け、観客達の大歓声が響く中、件のリー・タイタが悠然とした面持ちで歩いてきた。
 厳つい強面にガッチリした体型、辮髪とカンフースーツ、それに棍を肩に担いでいて――

『私は武道家です』

 と、一生懸命に自己アピールをしているような格好。
 場所が場所で無ければ苦笑いの対象に成るような人物で有る。

「何と言うか……知り合いには欲しくないような服装のセンスね……」
「そうか? ハンター試験に居た奴等だって似たようなもんじゃん」

 私の呟きにすかさず言葉を挟んでくるキルア君。
 その言葉に私は試験の事を思い出すと、苦笑いを浮かべて反論することができなかった……。

 そんな私を放っておいて、アナウンスの言葉は続いていく。

《――このリー選手『フロアマスターに最も近い新人』として注目をされている選手です!
 それもその筈、200階に来るまでの間に黒星ゼロ!
 200階に上がってからも、その冴え渡る棒術で対戦相手を全く寄せ付けない強さを見せ付けています!!》

 会場に設置された大型ビジョンに、過去の試合がダイジェストで流され、周囲の観客達が『凄い』だの『強い』だのと言っている。
 確かに凄いとは思うのだけど……

「あんな程度の動き、全然大したことないじゃん。ラグルの方がよっぽど良い動きするぜ?」
「うん。アレなら俺たちでも何とかできそうだよね?」

 ふと隣に居る二人が、呆れたようにそんな事を言ってきた。
 私は――

(ちょっと難しいかな?)

《対するは、本日が200階クラスでのデビュー戦になります『ラグル選手』です!!》

「お、ラグルの番だぜ」
「……」

 アナウンスがラグル君の名前を呼ぶと、
 リー選手とは反対側の出入り口から人影が現れる。

 ラグル君だ。

 でも何というか――

「ねぇキルア。ラグルさ、何だかヤル気が無い?」
「あーそうだな、何だか面倒くさそうにしてる」

 二人の言葉に私も同意。
 そうなのだ。試合場に現れたラグル君は、それはもう――

「何というか……ダルそうな雰囲気ね」

 だった。

『ラグル選手の事も知っている人は多いかもしれません。彼がこの天空闘技場にデビューをしたのは、今から約4年前。
 一進一退を繰り返し、少しづつ少しづつこの200階クラスに上がってきた選手です。
 今回はさしづめ挑戦者と言った所でしょうか? 大方の予想では、リー選手が有利。是非ともラグル選手には善戦して頂きたいものです!!』

 アナウンスの紹介を聞いた観客達は、『下で燻ってた奴だろ?』とか『リーの奴も良い噛ませ犬を貰ったな』とか、
 『これで3連勝だな』などの声が聞こえくる。
 これが今の周りの評価なんだと、少しばかり私は眉間に皺を寄せた……が

「ハハハ、ヒデー言われようだな♪」

 と、隣に居るキルア君はその評価を面白そうに聞いていた。

「200階に来るまでの試合で、私達も結構パパっと試合を片付けてたわよね? それでもこの反応なの?」
「知らねーよ。でもまぁ、『4年前から』ってので判断されたんじゃねーの?」

 私はその言葉に納得をしつつも、内心では少しだけ『ムッ』とするのだった。






[8083] 第31話 200階 初試合
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:afbe9d7d
Date: 2011/04/13 22:05




「ラグル選手、宜しいか? ポイント&KO制、時間無制限一本勝負……」

 審判の呼びかけに反応し、俺は視線を対戦相手の方へと向ける。
 どうやら俺とは違い、相手はヤル気満々といった所のようだ。
 身体に纏っているオーラを見ると解る。今にも動き出したくてウズウズしている――と、言った感じなのだ。

 俺は目を細めて相手を見つめ

(さて、どの程度の力でやれば良いか?)

 そう考えていた。

 久しぶりの、念使いとの戦闘だ。
 相手の念能力者としての実力は……現在のキルアやゴン、それにポンズよりも上。
 単純な身体能力なら、あの3人のそれよりも劣るくらいだろうか?

「……ラグル君」

 俺が観察をしていると、リーの方から声を掛けてきた。なにやら含み笑いのような、そんな感情が見え隠れする表情だ。
 何だろうか? 何か面白い事でも言ってくれるのか?

「君の下の階での戦いを、1度だけだが見せて貰った事がある……」
「だから?」

 「フフン」と鼻を鳴らしながら言うリーの態度に、俺は少しだけだがイラッとした。
 何となく……何となくコイツの言わんとしている事が解る。

「はっきり言おう、君に負ける姿が思い浮かばない」

 と、リーは俺に対して哀れむ様な視線を向けてきた。
 いつの試合を見ての事だろうか? ここに戻ってからの試合? だとしたら見る目の無さに苦笑いを浮かべてしまう。
 仮に昔の試合だとしたら――相手を哀れんで笑みを浮かべてしまう。

 俺は緩みそうに成る表情を無理矢理に押さえ込み、真面目な顔を保つよう心がけた。

「リーさん……」
「ん?」
「知っていると思うけど、俺は今日が200階クラスでのデビュー戦でね。
 だから――今日は、ウォーミングアップの積りで此処に居る」

 引き攣りそうに成る顔の筋肉を必死に抑え、俺は相手に普通の笑顔を向けて言った。

「……ほぅ。俺を相手にウォーミングアップか……大きく出たな?」
「はは、まぁそんなに気を張らないでくださいよ。大丈夫、ちゃんと試合では――」

 『手加減してやるから』最後にそう言って、俺はニコッと微笑んだ。
 するとリーの顔が見る見るうちに怒りで赤く染まっていった。……沸点が低い奴だと思う。

 しかし、コイツは対戦相手が俺だって事に感謝すべきだ。もしもヒソカと試合を組まれていたら、確実に殺されるぞ?
 俺はヒソカのような快楽殺人者ではないからな。
 不必要に殺したりはしない。まぁ、やり過ぎないとも限らないが。

 いや、そもそもヒソカだったら試合に来ないかもしれないけどな。

 こう言っては何だが……俺はチラリとその視線をリーへと向けて様子を伺う。

(余り、戦っても面白そうじゃないんだよな)

 俺が相手に対してそんな事を考えていると、
 
「始め!」

 と、試合開始の声があがった。

 俺はクルリと身体ごと相手の方へと向けると、丁度リーが駆け込んでくるのが見て取れる。

「お命頂戴! ――リィリャリャリャ!!!」

 『お命頂戴!』のフレーズに、俺は一瞬だけ唇が釣りあがるのを感じた。
 1つ 2つ 3つ 4つ――踏み込んできたリーが、その手に持っている棍を振り回してくる。

 俺はそれらを上体を動かして避け、棍の方に目を向けると全体的に靄のようなものが見える。
 意識的にか無意識にかは判断しかねるが、如何やら『周』は使えているらしい。
 とは言え、それだけで新人狩りをしていたギド達よりも格上とは限らないが。

 だがまぁ久しぶりの念能力者との闘いだ、それなりに楽しめそうで何より。

「ふっ! 良く避ける。だが、まだまだぁ!!」

 一向に当たる気配の無い棍だったが、リーは更に突きの速度を増していく。
 さっきまでの攻撃は上段だけ――詰まりは、腰から上にしか突きを放って来なかったが、今回は上段、中段、下段と分けて攻撃をしている。
 流石にそうやって変化を付けた攻撃を、上半身の動きだけで避け続けることは出来はしない。
 俺はそれらを手を使って梳かして、捌いて、避ける事にした。

《リー選手の凄まじい迄の攻撃に!ラグル選手は手も足も出ませーん!!》

 『手も足も出ない』のではなく、『手も足も出さない』だけなんだがな……。

「クッ……如何した? 避けるだけしか出来ないのかっ!!」

 避けるだけ……か。それも面白そうだな。
 俺は『ニィっ』と唇をゆがめて、只管に相手の攻撃を避ける事に専念した。

『避ける避ける避け続けるー!!ラグル選手、未だ手も足も……? ――避け続けています!?
 これ程の猛攻を一度の被弾もすること無く、避け続けています!!』

 動き自体は非常に良い……。
 キルアを2回り程弱くした程度には動けている。今のゴンやポンズなら、多少は手こずるだろうな。

 対戦相手のリー・タイタ、大したものだとは思う。――思うが、此の儘では少しツマラナイ。

 俺はそれ程に戦闘狂ではないのだが、それでも戦いは有る程度は実力が近くないと面白くない。
 自分の実力が実際どの程度なのか知らないが、この程度の相手では全く燃えてこないのだ。
 コレでは試合前に言ったとおり、本当にウォーミングアップにしか……いや、それにすら成らないかもしれない。

 全力で戦えるレベル。
 出来れば『幻影旅団』と同等のレベルと戦ってみたい。

 いっその事、ゴンがヒソカと戦う前に俺がヒソカと戦ってしまおうか?
 ……駄目だな。想像しただけで駄目だってことが直ぐに解る。
 もしそう成ったら、先ず間違い無くアイツは手加減しないだろうから。……『絶対』に殺しに来そうな気がする。

 そしてその場で即エンド……なんて可能性が充分にある。

 勿論、今の状態ではなくて『本気を出す』ようにすれば何とか為りそうだが、その場合は俺の身体が直ぐに対応できるかどうか怪しい。

 実力の近い相手と戦ってみたいが、そんな奴はそうそう居ない。
 近場に居る奴ではヒソカだが、仮に戦うなら生命を護る為『本気を出す』必要が有る。
 だが実際に本気を出して、自分が大丈夫なのか解らない。

(悪循環だなコレは……)

 俺は現状にストレスを感じながらも、リーの棍撃を避け続けている。
 そのまま攻撃を避け続けながら「そろそろ攻撃するかな?」と、思い始めた矢先――

「……?」

 ピタリッ……と、リーから攻撃が止んでしまった。
 俺は何事かと思いながら相手を見ると、リーはその表情を怒りのモノに変えて睨みつけていた。

「……如何云う積りだ、何故反撃してこない!」

 大きく響く声で言ってくる、リー・タイタ。

 当然の言葉だろう。
 俺は奴の攻撃を捌き、避け続けている。
 その中では当然、棍を防ぎ体勢を崩すような事をしたりもしている。
 だから、リーにとっては疑問なんだろう

 だから俺は言ってやった。

「詰まらない事を聞くなよ。最初にウォーミングアップだって言っただろ?」

 ――と。

 そして俺は後方に距離を取るように跳躍して、腕を水平に挙げ『クイ、クイ……』っと指を動かして挑発した。

「――ッ調子に乗るな!!」

 額に青筋を浮べながら、リーが俺の方へと一瞬で駆け込んでくる。先程以上の踏み込みだ。
 そして間合いに入った瞬間、今まで以上の連突きが俺の身体に叩き込まれた。

 スガガガガガガガッ!!

 俺はその衝撃で場外へと吹き飛ばされてしまい、無様に地面にバウンドしながら転げ回った。

『直撃ーーーッ!! リー選手を挑発するような動きをしていたラグル選手ですが!
 一瞬の内に懐へと踏み込んだリー選手の攻撃をまともに喰らい、遥かリング外へと吹き飛ばされてしまったーーー!!!』

「クリティカルヒット!&場外!」

『途轍もない速度で吹き飛ばされてしまったラグル選手!!果たして立ち上がる事が出来るのでしょうか!!!』

 と、アナウンスが失礼な事を言っているのが耳に入る。
 だがまぁ、モチベーションの問題で立ち上がれない……ってのならあるけど。

 いっそのこと、このまま負けてしまおうか? とも考えたが、その場合の損害(賭け金)を考えるとゾッとしない。

「よっと」

『――!?』

 一息に立ち上がって辺りを見渡す。
 俺が何事も無く動き出したのを見て、会場中が言葉を失っている。
 対戦相手のリーも、実況とアナウンスも、揃いも揃って言葉を失っている。
 まぁ、一部の人間は当然のように見ているのだろうけどな。

「……ラグル選手やれるか?」
「もしかして、やれないように見えます?」

 俺はそう言って笑顔を見せると、審判を押しのけるようにしてゆっくりとリングに戻った。

「御待たせ」
「まさか、今ので立ち上がってくるとはね」

 驚きを隠せないと言った表情で、リーが俺にそう言って来る。
 相手のその反応に、俺は心がくすぐられるような感覚を感じてしまう。

「声が震えているな……如何したんだ?」
「――!?」
「ヤル気が削がれるからそんなに怯えないでくれ、大丈夫だ。俺は、『弱い者苛め』はしないから」

 俺の発した『弱い者』といった言葉に触発されて、リーが再び俺のほうに詰め寄ってきた。
 もっと、もっと、俺を楽しませてくれ。

「舐めるな!!」

 棍で突きを繰り出し、俺にダメージを与えようとする。
 俺はその攻撃を、身体を半身にし腕で横に外して賺し、更に一歩踏み込んで――

「フッ!」

 ドガンッッ!!

 胴体を蹴り上げた。
 リーはその衝撃を身体に受けて、自らの得物である棍を手放して遥か後方に吹き飛んでいく。

「うん♪」

 蹴り上げた自分の脚に確かな手応えを感じて、俺は満足して頷いた。

「ク、クリティカルヒット!&ダウン! ラグル!!」

 審判が今の俺の攻撃にポイントを入れる。それと同時に会場が『ワッ』と沸いた。
 俺はゆっくりとリーの方へと歩を進めながら、奴に声を掛ける。

「肋骨が何本か砕けた思うけど……まだやれるだろ?」

 脚に感じた感触では肋骨2~3本と胸骨といった所か? だが、この程度なら幾らでも動きようが有るだろ?
 現に目の前の男は少しもヤル気が削がれていない。

「それとも、武器がないと餓鬼一人相手に出来ないかな?」

 俺は内心から湧き出る笑みを抑える事もせず、相手のリーを哂うようにして言った。
 ……まずいな、コレではまるでヒソカみたいだ。――でも止らない。

「ん?」

 ふと、徐々にリーの右腕にオーラが集まって行くのが見える。……何か面白い事をやってくれるのだろうか?
 俺はそのオーラの動きを目で追いつつ、何が起きるのか『わくわく』して待っていた。

「りゃあ!!」

 一閃

 リーが腕を横に振るい、『念』による攻撃を行ってきた。
 俺はその攻撃を後方に跳躍する事で回避し、リーが現在手に持っているモノを見て呟く。

「オーラで作った棍……念棒か。変化系よりの強化系って所かな? それとも単純に変化系か」

 相手の右手に握られているのは、念で形成された棍だった。
 具現化系のようにしっかりとした形をしていない所を見ると、どうやらオーラに棍としての形と質感を持たせて変化させた物だろう。

「例えその棍が無くとも、俺にはコレが有る! 伸縮自在のこの一撃を受けてみろ!!」

 リーが声を挙げて念棒を振り回している。

 しかし、伸縮自在か。自分で能力をばらして如何するのだろうか?

「イリャーーーーーー!!」

 掛け声とともに走りより、リーは攻撃を仕掛けてくる。
 肋骨を痛めた影響か、幾分動きは鈍くなっているが――

 ドガンッ!!

 振り下ろしてくる攻撃を左側に飛んで回避すると、先程まで居た場所が大きく抉られて粉砕されていた。
 【超破壊拳(ビックバンインパクト)】と比べたら遥かに見劣りするが、それでも一般的に見るなら充分と言えるような破壊力だと思う。
 ……どうせなら初めから使えば良かったのにな?

 リーの攻撃は今度は先程までと違い、突きだけではなく薙ぎや打も織り交ぜている。
 が、俺はそれらを、今までと同じ様に唯かわし続けていた。
 確かに破壊力は上がっているが、怪我を気にして上手く動けていないのだ。速度は随分と落ちている。

 リーの放つ回転横薙ぎを、地面擦れ擦れにしゃがみ込んでやり過ごしてから駆け出す。
 一拍を置く事も無く、俺はリーの目前まで逼迫している。そのまま奴の身体に拳を叩き込もうとした時、リーの唇が僅かに釣りあがり、
 俺の右腕に違和感と共にリーの念が絡みついていた。

「なッ!?」
「かかった!!」

 ガンッ!

 腕に気を取られた隙に頬に拳を見舞われ、数歩ほど蹈鞴を踏んで後方に下がる。
 グッと腕を引かれる感覚、未だ俺の腕には奴の念が絡み付いている。

 ヒソカの使う【伸縮自在の愛(バンジーガム)】とはまた違う。
 コレは付きが甘く、どちらかと言うと巻きついてると言った感じだ。

「……コレは、さっきの能力の延長だな。オマエの能力は単純な念で作った棒では無く――」
「そうだ! 伸縮ではなく曲げ伸ばしをも可能にする多節棍! それがこの能力だ!!」

 グンッ! ……と力強く引かれた俺は、重量差に負けてリーに振り回される事となった。
 思ったよりも力が強い、視界が目まぐるしく回っていく。
 そして

 ドガッ!! ゴガンッ!! ガゴッ!!

 1度、2度、3度と、その後も続けて地面に叩き付けられ続けた。

『こ、コレは如何いう事なのでしょうか!?
ラグル選手がリー選手の動きに併せて振り回され、宙に飛んでは地面に叩きつけられています!!』

 周囲の観客達がざわめき始めている。普通の者達には理解の出来ない現象なのだから当然といえる。
 地面に何度かぶつけられる中、俺は次第に受身を取るのも億劫になってきて力をダラン……と抜いた。

「これで、ラストだーーッ!!」

 バゴォォン!!

 今までよりもより一層強い衝撃をその身に受けたのだった。

『途轍もない衝撃です! この目で見ていた私にも、何が有ったか良くは解りませんが……
 ラグル選手がリー選手の攻撃によって、地面に強かに打ち付けられたのは確かなようです!! ――果たして、無事なのでしょうか?
 因みにこの200階クラスの闘技場では、対戦相手が死亡した場合でも殺人にはならずに事故として扱われ、その時点で死亡した選手の敗北となります!!』

 ザワザワザワ――

『ラグル選手には、せめて生きていて欲しい所で――』

「物騒なルール説明だよ、本当に」

 聞こえてくるアナウンサーの言葉にツッコミを入れるようにして、俺はスッと立ち上がった。
 その際に首を左右に倒して、『ゴキ、ゴキ』と鳴らす。

『た、立ったーー! ラグル選手、あわやミンチかとも思われたと言うのに、何事も無いように立ち上がりました!!』

 ……それも当然だろう。
 元々リーの『周』を使った棍撃に無傷だったのだから、オーラも何も無い物にぶつけられた程度ではたかが知れている。
 そもそも力を抜いたのだって、リーに『終わり』だと思わせる為にやっただけで、別に意識が飛んだわけでも何でもない。

 俺はゆっくりとした足取りで、対戦者のリーに近づいていった。。
 目の前のリーは、わなわなと身体を震わせて、まるで幽霊化何かを見るような目で俺のことを見つめている。

「……何故、何故立ち上がれる?」

(念が籠もっていなかったから)

 口に出したりはしないが、俺は心の中でそう返した。
 とは言え、その事に気が付かない時点でリーの勝利はあり得ない。

「も、もう一度――!?」

 バゴォンッ!

 リーが腕に力を込めようとした所で、俺は自身の左足を地面(闘場)に突き刺して足元を固定する。
 コレで重量負けをする事も無くなるだろう。そして――

「なっ!?」

 俺はすぐさま右腕に力を込めて、逆に相手を『グンッ!』と引き寄せた。
 伸縮自在といっても、その正体は『多節棍』。【伸縮自在の愛(バンジーガム)】程の伸縮性は無い。
 ならば、力で俺がこんなのに負ける道理もない。

「じゃあな、ブルース・リー♪」

 力一杯に引き寄せられたリーは宙を飛び、本人の意志とは無関係に俺の方へと向かって飛び込んでくることに成る。
 俺はそんなリーに小さな声で呟くように言うと、

 ドォン……ッ!!

 周囲にそんな音が響く。
 リーの胸部には俺の掌打が叩き込まれており、その叩き込んだ掌部が半分ほど胸に埋まっている。

「ゴハっ……!?」

 リーは奇妙な声を上げると、口から大量の血を吐いた。この状態、死にはしないと思うが、当分安静にする必要があるだろう。
 だが俺は最後にダメ押しに出力を抑えた【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】を叩き込んでおいた。
 胸元……要は、心臓付近の温度を極端に下げ、その活動を停止させたのだ。

 確かな手応えを感じた俺は、ゆっくりと胸部から掌を引き抜いた。
 それに呼応するようにリーの身体が前のめりに。ドサリと崩れていく。
 俺はその光景を最後まで見納め、リングの外へと歩いて行った。

 そして唖然としている審判に「早く担架を呼んでやった方が良いよ……」とだけ告げて、俺は試合場を後にしたのだった。

「し、試合終了!! 早く担架を持って来い!!」

 大声で担架を呼ぶ審判の声を背中に聞きながら、

「あ、念でガードした上から、【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】を試すのを忘れてた」

 俺はふと、先程の試合に不満を覚えるのだった。







 【ゴン】

 オレとキルア、それにポンズさんの試合があってから1日遅れ、今日はラグルの試合の日だった。
 相手は『200階に上がってから負けなし……2連勝中の新人』って、ポンズさんが言ってたけど……。
 オレはラグルが負ける訳がないって、感覚的に解ってた。
 だってあの相手を見ても、少しも『ゾクゾク』しなかったから。

 でも周りの反応はラグルよりも相手の、リー……名前は忘れちゃったけど、対戦相手の方が有利だって感じだった。
 それでも、賭け率はラグルの方が圧倒的だったけど。それはキルアが言うには

「ラグルの奴、有り金を全部自分に掛けたんだってさ」

 って事らしい。その証拠に、後になってからポンズさんが大量の投票券を持ってやって来た。
 殆んどのお客さんが相手に賭けてるだろうに、それでもこんなにオッズ? が変わるのって、一体どれだけの金額をかければ良いのだろうか?
 ちょっとオレには想像が付かない。

 試合の方は……うん、落ち着いて見ていられたほうだと思う。

 途中で何度か攻撃を受ける場面があったけど、ラグルは特に何でもなかったみたいにピンピンしてた。
 オレはその様子に『凄い』って思ってたんだけど、キルアは何か考え事をしてたみたいだ。

 でも一つだけ、一つだけオレはラグルの事が分からなくなったことがあった。

 試合が終わったときのラグルは何時もと同じ、笑って色々な事を教えてくれるような、そんな感じだったけど。
 試合の最中、オレはほんの一瞬だけ背筋が寒くなった気がしたんだ。
 なんだか、ヒソカと同じ感じがして……。

 ウィングさんも何だか険しい顔をして、ラグルの事を睨んでた。

 そう言えばラグルとキルアが試合をするって話をしてたけど、本当にやるんだろうか?
 オレとヒソカの試合に合わせるって言ってたけど……その場合、オレはどっちを応援すれば良いんだろう。








[8083] 第32話 試合までの日常(?)
Name: ニラ◆fa2f7502 ID:10846e00
Date: 2011/04/14 11:51


 5月30日

 ホテルの一室。
 時間はいい具合に陽が落ちて、窓の外にはきらびやかなネオンが点滅している。
 部屋の中のテーブルには、所狭しと並べられた料理の数々。
 そして向かい合うようにして座り、互いにグラスを傾けあう二人――

「こうして、一緒にまともな食事をするのは初めてじゃないか? ――ヒソカ」
「クスッ……♥ たしかにそうかも知れないね」

 今現在、俺はヒソカの部屋で夕食を摂っている最中だった。
 ヒソカとゴンの試合の日程、それが決まったらしいので、久しぶりに顔見せがてらに食事でも――と言うことだ。

「しかし何だね、お呼ばれしておいてなんだけど」
「ん? なんだいラグル♦」
「こう言った食事って、ヒソカのイメージに合わないなって」

 いや、ヒソカ自体はカナリの男前だから、実際はそれなりの服装をしていればイメージ通りではあるんだ。
 だがしかし、如何せんこの男の場合は普段のイメージが強すぎる。
 その為にどうしても、生肉を貪るような、ただ焼いただけの肉塊を貪るような、そんなイメージがするのだ。

「イメージかい? ボクとしては、それなりに色々と気を使っているんだけどね♠」
「まぁ、俺の感想だからな。あまり気にしなくて良いと思うぞ? 自分で言うのも何だけど、俺は随分と穿ったモノの見方をするし」

 知識に引っ張られてか、俺はどうしても偏ったモノの見方をすることが多い。
 その為、全く知らない未知の物ならばそうでもないのだろうが、元より知っていたモノにはその考えかた――偏見に近いものが絡んでくるのだ。
 もっとも、今のところそれが原因でマズイ事が起きるでも無いので、放っているけどな。

「日取りは7月の10日だったかな?」
「あぁ……彼からお誘いが有ってね♣ 初めて会ってからまだそんなに時間は経ってないのに、本当に面白いよ彼は……♦」
「面白いね……まぁ、それは同感だね」

 他所で見ていてもそうだが、近くで見ていると特にそう感じる。
 ゴンやキルアは本当に面白い。
 不思議なくらい物事を上手く吸収して、不思議なくらいな疾さで強くなってる。

 ヒソカの手前、俺がゴンをどうにかすることは無いだろうけど、最近では少しだけヒソカの事が羨ましく感じる。

「……言っておくけど、近くにいるからって手を出しちゃ駄目だよ」
「睨むな……解ってるよ。ゴンには手を出さない、約束するさ」

 少なくとも今はね。

 俺は料理を口に運びつつ、ヒソカと簡単な世間話を続けた。
 主に2年間の出来事について。
 とは言え、俺は天空闘技場に入り浸りだったし、ヒソカの方も特に面白い相手と戦ったりは無かったらしい。
 あっという間に会話が尽きたため

「8月の末、ヒソカもヨークシンに行くんだろ?」

 俺は、ヨークシンシティでの呼び出しのことをヒソカに振った。
 するとヒソカは目を細めて

「ん~どうだろうね♠」

 なんて、心にもないことを言ってくる。
 俺はそんなヒソカの態度に笑みを浮かべて、

「行くはずさ。何せ、大きな獲物があるんだから」

 と、そう言った。
 瞬間、ヒソカがピクリと身体を震わせたのを見た俺は、内心面白おかしくなっていた。

「大きな獲物? 何か有ったかな?」
「有ったんじゃない。……獲物が来るんだよ。世界最大のオークションにさ」

 世界最大のオークション『ヨークシン・ドリームオークション』
 年に一度だけ開催される大競り市で、開催期間の10日間だけでも数十兆の金が動くとされている。
 そのオークションに、幻影旅団は目を付けているのだ。

 クロロは今回のオークションで、名のある品を扱う地下競売の品を片っぱしから戴こうとしている。
 その戦力として団員達と、そして俺にも招集をかけているのだ。

「オークションか……確かに、何かしらのお宝は有りそうだけどね♣」
「気乗りがしない?」
「ボクは元々、そういったモノにはあまり興味が無いから」

 言いながら、ヒソカはクイッとグラスの中身を口にする。
 俺も釣られるように、グラスの中身を傾ける。

「そう? まぁ、知ってたけどね。ヒソカはさ……戦うことしか興味ないんだってことくらい」
「ひどい言い草だ♣。ボクにも興味の対象くらいはあるよ♥」
「……へぇ、それって――」

 『どんな?』とは、言わなくても理解が出来た。
 ヒソカの瞳は興味深そうに、観察するように俺に向けられていたのだから。
 俺は解りやすいくらいに、大きく溜息を吐いた。

「ヒソカの狙いは、ゴンじゃ無かったの?」

 俺は呆れたようにヒソカに言った。
 今のヒソカからは、殺気が出てるわけではないのでこんな態度もしていられるが、それでもその表情はあまり面白いものとは言えない。

「うん♥ 確かに今一番の興味はゴンだけど。
 でもね……♣ 忘れちゃったのかな? 2年前から、ボクは君に興味を抱きっぱなしなんだよ」

 言いながら、見て解るくらいにヒソカの身体を取り巻くオーラが渦巻いた。
 2年前……確かにそんな印象は受けてはいたけど――

「他の団員を差し置いて、そう思ってもらえるなんて光栄だね」

 俺は心底そう思って口にした。
 自分の限界は解らない。そして、現在の他団員の実力の底も良くは解らない。
 だがそれでも、A級賞金首を差し置いてそう評価してくれるのは、俺としては嬉しいことに思えることなのだ。

「なんなら――どうだい?」

 スッと目を細めて言うヒソカの言葉、詰まり『戦うか?』と言うことだ。
 互いに視線をぶつけ合い、暫く無言で睨み合うようにしていた俺たちだが

「やめておく。どうにもさ、ヒソカの使う『伸縮自在の愛』の対策がまだ出来なくてね。いま闘ったら普通に負けそうだ」

 そう言って俺は力を抜く。
 一瞬、『ヒソカは怒るかな?』なんて思いもしたが、思いの外にヒソカは冷静なようだ。

「前に聞いたときは、『全然思わない』。戦いたくないって言ったのにね♠ 心境の変化でも有ったのかな?」

 ヒソカの言葉に俺は首を傾げた。
 しかし、あー成程。確かにそう言った。

 もっとも、今でも戦いたくないのは同じだ。ただ、それも出来るならって事なだけ。
 俺は臆病なんだ。だから負けるような闘いはしたくない……筈なんだが。

 少しだけ、心境の変化があったのかもしれないな。

 「くくく♠」なんて笑いながら、ヒソカは緊張を和らげた。
 だが不意に何かを思い出したように、「それなら――」と口を開く。

「もう一人の方ならどうかな?」
「もう一人?」
「うん♦ ハンター試験会場から君が連れてきた彼女、居るだろ? あの娘ならどうだい?
 正直に言うと、面白い能力に目覚めそうなんだよね」

 彼女――ポンズの事か。
 ……成る程。
 気になる相手ではなかったが、念を覚えたことで、少しだけ興味が湧いたってところか。だが――

「アイツには手を出すなよヒソカ」

 俺はヒソカに忠告するように言った。
 冗談でも何でもない。今の段階で、ポンズに手を出されたら困る。
 恐らく、自分で言うのも何だが、今の俺は少しだけ真剣な表情をしているはずだ。

 ヒソカは俺の言葉に、軽く笑って返してくる。

「へぇ♣、まさか愛着でもあるのかな?」
「別にポンズ自身にはそんなモノは無い。だけど、その能力は気になっている」
「あぁ……そう言えば、元々能力を見たくて連れ回ったんだっけ?」

 ヒソカの言葉に、俺は黙って頷いて返事をする。
 そうだ、幾ら何でもアレで能力が終わりということは無いだろう。
 まだ後一回、もしかしたら2回は様変わりをするかもしれない。

「アイツの能力は、もしかしたら面白い物が出来上がるかも知れないんだ」

 それがどんな能力に成るのかは知らないし、予想も付かない。
 だけどもしかしたら、それは退屈を無くしてくれる能力に成るかもしれないからな。

 自分でも『なんて理由だ……』と思うが、ヒソカはそれで納得したのだろう。

「なんだ♣ 残念」

 と、そう言うと、続けて「頑張りなよ♦」と言ってきた。

「そうそう、7月10日だけど……」

 ふと、俺は思い出したように口にする。
 もっとも本当に思い出したわけではなく、ただ単にタイミングを測っていただけのことだ。
 俺はヒソカが「なんだい?」と聞いてくるのを待ってから口を開いた。

「いや、その日……俺も試合をするんだよ」

 ヒソカは一瞬、『何だってそんな事をわざわざ言うのか?』と言った表情を浮かべたが、直ぐに「成る程♣」と納得をした。

「そうか……♠ 例のもう一人の彼か。確か――ゾルディックだっけ?」
「あぁ。少しだけ、今ならお前がゴンに感じる感情が解る気がするよ」

 俺とヒソカは互いに笑みを浮かべ合うと

「7月10日」
「うん……♥ 本当に楽しみだなぁ」

 そう言って、残ったグラスを一気に煽るのだった。




 6月1日

 修業の合間を縫って街に繰り出した俺達(ゴンとキルアを含む)は、現在街中のとある洋食屋にて食事中――いや、

「ガツガツガツガツ――っ!」
「ガツガツガツガツガツガツ――!!」

 大食いに興じていた。
 ……より正確には、俺以外の二人が。

 『超盛りチャーハン、20分以内に食べ切れたら無料!!』

 名前の頭に『超』と冠するだけはあって、その量たるや正に山と言うような見た目であった。
 香ばしく、食欲の誘う匂いが辺りに漂うが、俺はその量を見るだけでへこたれてしまう。

 だが例の二人(要はゴンとキルア)はそのチャーハンの前に臆することなく――

『きたきた♪』
『結構量が有るのな。食いで有りそうー』

 と、些かのひるみも見せない。
 俺はその二人の反応に少しばかり辟易しつつ、自分の注文メニューに集中したのだった。



「いやー食った食った♪」
「うん。デザートも美味しかったしね」
「……」

 満足そうに言う二人の後ろを、俺は大して食べていないはずなのに、胸焼けしたような気分で歩いていた。
 大食漢の知り合い(ウヴォーギン)は居るには居るが、それでもよく食う奴等だ……と思う。
 俺はあんなには食べられないからな。

「どうしたのラグル?」
「そうだぜ。何だか飯屋でも元気なかったしな」
「お前らの食いっぷりに当てられて、チョットばかり胸焼けがな……」

 いくら美味そうな匂いを出していても、あの量を食べているところを見せられれば誰だって似たような状態になるだろう。
 俺は『参った』と言うように胸元を押さえて、そういうふりをする。
 だが、ゴンもキルアもその事に対して言ってきた答えは――

「良く言うよ。自分だってかなり食べてたじゃん」
「そうだよな?」

 といった、少々あんまりな言葉だった。
 俺は二人に「む……どこがだ?」と言うと、キルアは「えーと……」なんて言いながら指折り数え始める。

「確か――『チャーハン大盛り』『酢豚』『青椒肉絲』『春巻き』『海老焼売』『焼き餃子』『蒸し餃子』『肉饅』『八宝菜』『乾焼大蝦(エビチリ)』『棒棒鶏』『北京ダック』『麻婆茄子』『蟹肉炒蛋(カニタマ)』『坦々麺』後は――デザートに『杏仁豆腐』だったか?」

 次々と羅列されていく食べ物の名前。
 よくもまぁ覚えているものだと感心するが――

「……そんなに食べたか?」
「食べてたよ……」

 首を傾げて言う俺に、キルアは呆れたように言って返すのだった。
 しかし……言われると確かに、やたらと食べている気がする。

 『食べ過ぎかな?』

 と、少しだけ考え、俺は自分の腹を何度かさすった。
 特に食べ過ぎた感は無いのだけどな……

「キルア、『回鍋肉』が抜けてる」
「あぁっそうだった。全部で……17品目。どう考えても、俺達よりも食べてるっての」

 悩んでいる俺に、ゴンの止めの一撃(品目の追加)が加わり、その上にキルアが律儀に数を教えてくれた。
 と、言うことは……この胸焼けは単純に食べ過ぎの類だろうか?
 意識したら、急に腹が膨れたような気がする。

 ジトッとした視線を向けるゴンとキルアに、俺は『おほん』と咳払いをしてみせた。

「まぁなんだ、俺は成長期だし」
「オレ達だって成長期だっての。なぁゴン?」
「そうだよ。オレ達まだ12歳だよ」

 成長期という言葉に、二人は少なからず反応をする。
 そしてキルアは「せめて後、20㎝位は欲しいよな……」なんて言っている。

「解った、良く解った。俺が悪かったよ。俺達はみんな成長期だ……それで良いだろ?」

 軽く笑って、俺は二人に言った。
 少なくとも後数年は身長も伸びるはずだから、キルアも目標に届く可能性は充分だろう。
 しかし……二人よりも恐らく2歳程年上だと思われる俺の身長が、二人よりも僅かに数cm(約8cm)程大きいだけ……と言うのはどうなのだろうか?
 大丈夫だよな? 俺もまだまだ成長期で、いつかクロロとかヒソカみたいに大きくなれるよな?

 あぁだが――

「ん? なにラグル?」

 視線を向けていることに気付いたゴンが、俺にそう聞いてきた。
 咄嗟に「何でもない」と答えたのだが、俺はゴンの先程の言葉が気になっていた。

『オレ達まだ12歳だよ』

 と言ったことだ。
 12歳……奇しくも俺がヒソカと闘ったときと同じくらいの年齢なのだ、二人とも。
 今の段階のゴンとキルアなら、ヒソカと戦ったときの俺のほうが強い――と、思う。
 身体能力やその他は兎も角、念に関わった期間が二人よりも圧倒的に長いからな。

 それでも俺はヒソカに負けた。

 まぁ、念を使わなかった事も理由の一つだが、それでも初めから勝てるとは思っていなかった。
 『勝てなくても良いからやろう』――が、当時の俺の考え方。
 だが、ゴンの考え方は『勝てないかも知れないけど、絶体に勝とう』といった超が付くほどの前向き思考。

 強化系だから……と言われたらそこまでだが、その考え方は正直尊敬してしまう。
 真似したいとは思わないけどな。

「あ、ねぇねぇ。あそこって何かな?」
「うん? なんだよ?」

 通りを歩いている途中、ゴンが一軒の建物に目を向けた。
 建物からはカコーン! カキーン! パコーン! といった、一種の打撃音が聞こえてくる。
 その様子に触発されてか、キルアも興味深そうにその建物へと視線を向けた。

 俺はというと――

「なんでこんな所にバッティングセンターが……」

 と、唖然としていた。

 そう、ゴンが発見した建物は『飛び交う玉を、金属や木製の棒を使って打ち返す――』バッティングセンターだったのだ。
 俺が零すようにして言った言葉に、ゴンもキルアピクリと反応を示し、グルッとその顔を向けてきた。

「ばってぃんぐせんたー?」
「――って、なに?」

 そう尋ねてくる二人に、俺は「む?」と唸っていた。
 『知らないのか?』と思ったからだ。
 だが良く良く考えてみれば、ゴンはくじら島でずっと過ごしていたし、キルアも基本は家の中のことしか知らない事が多いだろう。
 ならば『野球』を知らなくても仕方が無い。

「アレはまぁ……やってみた方が早いよな」

 俺は説明をしようか――と思ったのも束の間に、二人を連れて店内へと入っていった。
 ……嘘は言わない、単に説明が面倒だっただけである。

 店内に入ったゴン達は其々の反応をする。
 ゴンは初めて見た物への興味で目を輝かせ、キルアは「あー成程」と口にして言っていた。

「キルアは何だか解ったのか?」
「あぁ。これって、『野球』の一種だろ?」

 概ね間違っていないような……極端すぎるような。

「……うん、まぁそれで良いと思う。ただ――」

 キルアの言葉に頷いて見せ、俺はバッティングセンターと野球の違い(要は打つだけと言う事)を説明した。
 最初は「ふーん」なんて感じのキルアだったが、

「へぇ、面白そうだね」

 と、笑顔で言うゴンに触発されて「じゃあ、どっちが多く打てるか――」と言って勝負を始めた。

 カキーン! カキーン! カキーン! カキーン!……

 二人は其々、最高速度のボールを難なく打ち返し何度となくホームランの的にぶつけて行く。
 ……ホームラン賞って、ここでは何をくれるのだろうか?

「クソー……もう少し早いのがあれば良いのにな?」

 カキーン!

「そうだね、コレじゃ、簡単すぎるよ」

 カキーン!

 周りの呆然とした視線も何のその。
 二人は軽く談笑しながらも、飛び込んでくるボールを尽く打ち返していた。

(上手いなぁ……)

 と、俺は思う。
 同じことを俺は出来る――か? よく解らないけど、無理な可能性の方が高いな。
 暫くそうやって二人の事を見ていた俺だが、流石に観てるだけでは暇だった。
 そこで二人を他所に、俺は俺でバットを振ることにする。

 第1球――

「ムン」 ぶんっ!

 空振り。

 第2球――

「フンっ」 ぶんっ!

 やはり空振り。

 第3球――

「見切った!」 ゴバンッ!!

 力強くバットを振り切った際、奇妙な音を立ててボールが消し飛んだ。
 ついつい調子にのって、バットに対して『周』を使ってしまったらしい。

 だが、タイミングを掴んだのも本当だ。 

 その後の俺は、唖然とするギャラリーの視線もなんのその、俺は飛んでくるボールを潰したり、切り捨てたり、消し飛ばしたり……と、

「やってみると、思ったよりも面白いものだな♪」

 少し顔を綻ばせた俺は、足元にボールだった物を積み上げながら、ひたすらに同じ作業を続けていった。
 詰まりは『潰して、切って、消し飛ばす』だ。
 もっとも――そんな状況を店側が許し続けることは無いのだったが。


「もう二度と来ないでくれ!!」

 バッティングセンターの店員――主人か? に言われた言葉を思い出し、俺は「やれやれ」と肩を竦めた。
 どこぞの店側に出禁を食らうのは、結構久しぶりの事だったな。
 旅団の皆と居るときは、結構そういう事多かったけど、その時に頭を下げるのは、何故か最年少のオレだった

「注意書きには、『ボールを壊してはいけません』とは、書いてかなったのにな?」
「いや。……もっと常識的に考えようぜ、ラグルは」

 同意を求めてキルアに言うが、よもやの常識論に言葉を失う。
 そんなに言われるほど、あの行為は非常識だったのだろうか?
 ……まぁ、店側から追い出された次点で、十分に非常識だということなのだろうが。

 その尺度がどうにも分かりにくい。

 キルアのツッコミで言葉を無くした俺は、「非常識か……」と呟いていた。
 すると「でも凄かったよね?」と、ゴンのフォローが入ってきた。
 キラキラした瞳を俺に向けるその表情は、本当に尊敬でもしているような……いや、憧れとかの方が近いのか?
 少なくとも、好意的な視線で有ることは確かなようだ。
 もっとも――

「オレも頑張ってみたけど、ラグルみたいには出来なかったな」
「ゴンも、あんまりラグルのあーいった所は真似すんなよな」

 それもキルアにはダメ出しをされてしまった。
 頑張って真似をしろとは言わないが、そうハッキリと言われるのも傷つく。
 そう感じた一言だった。

「まぁ、別にいいけどな」

 自分があまり常識的ではない事くらい、随分前から知ってるし。

 呟くように言った俺は、『明日の朝御飯をどうするか?』といったことを考えるのだった。




 6月5日

「さてポンズ。ゴンとキルアがウィングのところに行っている間に、お前には聞きたいことがある」

 昼前の時間、ホテルの一室で俺はポンズと向い合ってそう質問をした。
 現在、ゴンとキルアはウィングの元に修行に出かけており、この部屋には俺達以外には誰もいない。

「聞きたいこと?」

 ポンズは俺の問に首を傾げて聞き返してきた。
 まぁ、いきなり「これからの発の修行について話がある」と言って呼び止められたのだ。
 それがポンズでなくとも不思議に思うだろう。

「前回のサダソとの試合のことだ。お前……『発』を使っただろ?」
「コレのことかしら?」

 言葉に答えるように、ポンズは手のひらを上に向けるとオーラを集中させた。
 すると少しづつだが、徐々に小さな微粉末が手のひらの上に集まっていく。

 俺はその様子をジッと見つめていた。

 見た目は白いだけの粉。
 これだけでは効果の程は良く解らないが……。

「具現化系能力だな。効果は試合中のそれを見るに『身体の不調を治す』といったところか?」

 俺はポンズの手に付いている粉末を指で掬ってそう言った。
 オーラの練り方が甘いせいか、それともポンズの顕在オーラ量が少ないことが問題なのか、
 その粉末は本当に微かな量だけがそこにある。

「普通は何かを具現化するにはそれなりに時間がかかる物なんだが、ポンズの場合は状況と、
 そして水見式の結果が上手く作用してるみたいだな」

 本来なら念を覚えた後に、具現化したい物のイメージを身体に教え込む期間が必要になる。
 能力の発動をする為の、鍵に成る物質の想像。
 その為には人によったら何日も――場合によっては数ヶ月も費やす必要がある。

 だがポンズの場合、その作ったものが粉末というのが良かったのだろう。
 元々粉末を作りやすい土台はあった、その上ポンズは薬を使って戦うタイプの人間だったのだ。
 創る物に対するイメージは元から持っており、またそれをしやすい人間だった。

「――詰まりはそういう事だな」
「そ、そう」

 ポンズの能力について、本人に俺の考察を説明すると、ポンズは若干だが引きつったような笑みを浮かべて返事を返した。
 何だ? 何か変なことを言ったか? 俺は。

 ジッとポンズを見つめながら考えてみるが、どうにもそれに該当しそうなことは思い浮かばない。
 俺は心で『変な奴』と呟きながら、説明の続きをすることにした。内容は――

「問題はだ、お前のその能力がそこで止まらないようにすることだな」

 念能力の今後についてだ。
 俺は指先に付いた粉末を遊ぶようにして触り、フッと息を吹いて周りに散らす。

「粉末――薬かな? それを創るってのは、正直いい考えだと思う。大したものだよ」
「そ、そうかな? ……あはは。何だか初めて褒められたような気が――」
「――だが、今の状態では使えない」
「……何よそれ」

 ポンズは一度褒められ、緩んでいた表情を崩して言った。
 まぁ、持ち上げて落とされればこうなるだろう。
 俺も昔は、似たような経験がなんども有るからな……。

 怪訝な表情を浮かべたポンズは、その理由を知りたいのだろう、俺に続きを促してきた。

「理由は三つ。一つ、効果の幅が狭い。『身体の不調を治す』……優しい能力だとは思うが、
 それだけではこの先――ハンターとしてはやっていけない。
 俺もハンターとしては新米だから、これは今までの経験からの意見だが……ハンターが相手をするのは犬や猫なんかじゃない」

 そう、皆が皆そうだとは言わないが、場合によっては旅団のようなA級賞金首が相手になる場合もある。
 昔の俺も、そうやって何人かのプロハンターを殺してきている。
 ……昔に戦った、『ジャック・J・リモン』は、元気にしているのだろうか? ※4~5話を参照。

「それこそ、トラやライオンの方が遥かにマシ――って言うような、そんな化物だって世の中に居るんだ。
 そんな連中に必ず出会うとは限らないが、出会わないとも限らない。
 もしもの場合を考えて、もっと違うパターンの効果も作ったほうが良い。
 例えばサダソじゃないが、『吸引した者を麻痺させる』……とかな」

 どうせなら薬を作る能力ではなく、単純に粉末を作る能力にしてしまえば良いのだ。
 そうすれば、その粉末の効果は後付である程度は自由に出来るからな。

 とは言え、その事はオイオイ理解させれば良い。

 今は他の事、残りの理由を指摘することが先だ。

「次、二つめ。具現化出来る量が少ない。この、有るのか無いのか解らない量。
 まぁそれでも、特効薬的効果が有るのなら一先ずは良いが、だが一度に大勢に使うにはそれでは心許ない」

 実際はどの程度の効果が有るのかは知らないが、それでもこんな眼を凝らして見える程度の量では意味が無いだろう。
 念能力は、それにどれだけのオーラを使うかで効果と範囲が変わってくる。
 ならば効果を上げるのは兎も角、効果を出させるための鍵である『粉末』。これを大量に具現化出来るようにしておいて損はない。

「最後に三つめ。相手にそれを使うには、今のままでは酷く困難。
 直接飲ませるのなら兎も角、自分以外、要は敵対している奴にそんな事をさせている余裕はないだろ?
 水を渡して、『飲んでください!』 って訳にもいかないだろうからな」

 そう、これが一番の問題。
 ナニかとの戦闘中に、どうやってそれを相手に作用させるか?
 例えば俺が使う【超高温絶対零度(パラレルスノーホワイト)】なんかなら、基本的には相手に触れるか、もしくはオーラを飛ばすなどのやり方が出来る。
 だがポンズのように具現化した粉末を媒介にする能力の場合、その粉末をどうにかして相手に摂取させなければならないのだ。

 一番手っ取り早い方法としては

「最初の一つ目に関してはポンズのセンスがモノを言うが、後の二つに関しては理想型が一つある」
「理想型? もしかしてその理想型に則れば、私の能力は華ひらくの?」

 周囲に粉末を拡散させられるようにすることが、ポンズの能力を一番効率よく使うのに適してると思う。
 もっとも、その為には『今のまま』では駄目なんだが……。

「オーラは身体から離れると、途端に力を失う。それは具現化系も同じこと。
 手のひらに乗っている状態ならばまだ良い、基本的には身体に触れてるからな。だが本人から離すと――」

 言って、俺はポンズから距離を取るように移動した。
 するとアッと言う間に

「消えちゃった?」

 思わずポンズが口にする。
 その言葉の通り、俺が指で掬った粉末は消えてなくなったのだ。

「そうだ。他人に使うとなると、これをどうにかする必要が有るだろう。出来れば、最大半径で10mくらいは欲しい」

 10mと言うのは、人によっては一跳びの距離だが、とは言え戦闘中にそれが出来るのならかなり厄介な能力だと言えるだろう。
 まぁ……ポンズがそこまで出来るように成るかは、正直別問題だが。

「でもさラグル君。確か、具現化系って放出系が苦手なんじゃなかった?」
「あぁ、よく覚えてたな? 確かにその通り。だから出来るようにするには、少しばかり苦労をするんだが――」
「……?」
「いや。まぁイザとなれば、それが出来るような裏技を教えるさ」

 元々、具現化系能力者というのは放出系とはすこぶる相性が悪い。
 具現化系能力者が具現化能力をLV10まで使えるとき、放出系能力はLV4までという有様だ。
 だから本来、具現化能力者は己の身体から離さないで使える、そんな能力の方が好ましい。
 つまり、ある意味ではポンズは能力の選択を誤った――とも言えるのだが。

 まぁ、コルトピの使う【神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)】のような例もあるし、一概に選択ミスとは言えないだろう。

 俺の言った『裏技』という言葉に、ポンズは

「そんな裏技が有るのなら、初めからそれをした方が良いんじゃないの?」

 なんて言ったりもしたが、「裏技はリスクが有るから裏技なんだ」と説明をすると直ぐに、

「……私、普通に頑張ってみる」

 と、引っ込んだ。
 俺はそのポンズの反応に、

(堅実なんだろうが、思い切りが足りないな……)

 なんて思っていた。

 因みに。
 その後のポンズのと会話はと言うと――

「さて、肝心の修行方法だが……基本はゴン達と同じで構わない」

 ポンズへの修行方法の提示だった。
 俺の言葉に驚いたのか、ポンズは

「へ? お、同じ? それって、今までと同じ修行をしろってこと?」

 と、目をぱちくりさせて聞いてくる。
 まぁ、何かしら無茶なことを言われるのでは? と思っていた矢先に、『今までと同じで良い』なんて言われたのだから。
 更に俺が「あぁ」と、肯定の返事を返したものだから、ポンズは更に頭を悩ませた。

「何か特別な修行方法がある訳じゃないの?」
「あぁ」
「今までと何ら変りなく、基本をだけを続ける?」
「いいや」

 と、此処で否定の言葉。
 ポンズは「む?」と言いながら、ジッと俺の顔を見つめてきた。
 俺は正面からその視線を見つめ返し「どうした?」と、尋ねると、ポンズは大きな溜息を吐く。

「――ハンター試験の時から思ってたけど、ラグル君って物事をはぐらかして、相手の反応で遊ぶ傾向が有るわよね?」
「そうか? 気のせいだろ」

 言いつつも、俺はニコっと笑みを浮かべている。
 それに反応して顔色を変えるポンズの反応は、また面白いものだった。

「ポンズがすることは基本の『纏』、そして『錬』の二つを、毎日限界まで行うこと。
 そしてその日の最後に、オーラが切れて倒れるまで、例の粉末を具現化し続けることだな」

 単純明快。
 念の底上げをするには、コレ以外の方法は無いだろう。
 だがそんな俺の解りやすい説明に対してポンズは

「じょ、冗談でしょ!? そんな事やってたら死んじゃうわよ!」

 なんて、拒否の言葉を口にするのだった。
 俺は一瞬訳がわからなくなり、「は?」なんて言葉を漏らしてしまう。
 その際にポンズがビクっと身体を震わせたように見えたのだが……それは気のせいだろう。

 俺はポンズのことを宥めるように、出来るだけ優しい声色を心がけた。

「大丈夫だ、死なない」
「だって、オーラは命の源だって言ってたじゃない! それが無くなったら――」
「仮にそうなったとしても死なない。せいぜいが、疲れて動けなくなる程度だ」

 これは俺の経験談だが。
 少なくとも、限界まで一杯いっぱいにやったとしても、それが元で死ぬことは先ず無い。
 ……本当にオーラが無くなるまでやったら死ぬだろうがな。

「本当に限界までやったらマズイだろうが、死ぬまでやれとは言ってない」

 その言葉にポンズは「う~……」と唸るようにすると

「でも、『毎日倒れるまではやれ』って言ってるんでしょ?」
「…………」

 俺は『何を今更?』 と、無言で居たのだが、ポンズはそんな俺の態度に

「嘘でも否定はしてよ!」

 と声を荒げるのだった。

 正直、本当に訳がわからない。――そう思う出来事だった。





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