第三次試験。
全高400メートル程の刑務所の屋上からの脱出。制限時間は72時間。
最初に壁伝いに降りようとした男が居たのだが、その途中で変な怪鳥に襲われて餌になっていった。
何と言うか、周囲に危険を説明する為にやったとしか思えない、そんな死に様だった。
さて、試験開始から1時間が経過。
確実に少しづつ、屋上から人が消えている。既に何人かは隠し扉から移動をしたようだ。
俺はどうしようか?
確か、ゴンやキルアが隠し扉を五つ見つけて入って行き、最後にトンパが入ってくる事になってる筈だ。
それに便乗し、トンパの代わりに5人目のメンバーに成ってしまおうか?
だがそうすると、俺は手加減をする気はないからな……。
そうなるとあの服役囚達との対戦も、恐らくストレート勝ちでさっさと終わってしまうだろう。
ならわざと負けるか? いやいやそれは有り得ない。
もう散々天空闘技場で負けてきたのだから、これ以上わざと負けるのは精神的に嫌だ。
いっその事飛び降りるか?
『不思議道具』を外して念を解放すれば、多分無事に降りられるだろうし……。
俺が空を仰ぐようにして思考していると、
「ねぇラグル。実は隠し扉を見つけたんだけど……」
ゴンとキルアが声を掛けてきた
来た。
なんとま律儀な事だ、出会って間もない俺なんかに声を掛けてくるとは。
でもまぁ……悪いがコレは断ろう。妙に関わって後々の事が変わりすぎても困るからな。
「偶然見つけたんだけど、数が一杯あってさ」
「……」
「全部で6つあるんだ」
「……はぁ?」
全部で6つ? 5つじゃなくてか?
これは一体如何いう事なのだろうか? ……確か、彼らが行くのは多数決の道の筈。
なのに6つという事は……一つは原作で言っていた通りに、本当に外れなのかも知れない。
若しくは……
(俺が居る事での変化か? 若しくは俺の持ってる知識なんてのは、所詮ただの知識でしかないという事かもしれないな)
ゴンとキルアが『他にレオリオとクラピカにも教える積り』と言っている。
まぁ、どう云った事か解らないが、折角6つ有るというならそれに乗ってやろうじゃないか。
逆に俺が行かない事で皆が失格――なんて事になったら嫌だからな。
「解った、案内してくれよ」
俺はゴン達に連れられてその場所へと移動をした。途中でレオリオとクラピカに事情の説明をし、二人もそれに入るとの事だった。
「それじゃ行くぜ……」
『3』
『2』
『1』
※
落ちた場所は同じ部屋、掲示板に書かれている事も同じく『多数決の道』とあった。
違う所は只一つ。
『君達は6人でチームを組み、多数決で進んで行かなくては為らない……』
といった言葉が、部屋の隅のスピーカーから聞こえてきた事だ。
だがコレは問題だろう。
同じ様にクラピカも問題だと思っているらしく、
「質問がある。――多数決を行うのに数が偶数とは如何いう事だ? コレでは半々に分かれてしまう可能性がある」
と質問をした。
『当然それも考えられる。その場合は5分後に再び多数決の機会が与えられる……』
「5分後?」
『そうだ。その間に考えを纏めるなり、説得をするなり自由にしてくれて構わない』
レオリオが「へぇ……随分と優しい仕組みだな」といっていたが。
これは、可能な限り参加者の意思をまとめ上げ、尚且つ迅速にクリアをする必要が出てくる。
その上、『説得する』という事は、相手の意見を踏み潰す事に他ならない。
つまり、下手をすれば仲間内での不和を招く原因にしかならないのだ。
コレに気付いてるのはクラピカと俺……だけか?
視線を他のメンバーに向けると、キルアは妙に面倒臭いといった顔をしているし、
ゴンはワクワクしっぱなしだ……余り深く考えてないのだろう。
まぁ、5人が6人に為ったとしても、基本は多数決の道だからな……俺が選択を失敗しなければ大丈夫な筈だ。
タイマーを装着してから約2時間後。6人目のメンバーとしてトンパが加わった。
コレでようやっと先へと進む事ができる。正直待ちくたびれた。
俺達は遅れて入ってきたトンパに先の試験官らしき声とのやり取りを説明し、意気揚々と出発をしていった。
多数決の内容は変わらず、『扉を開けますか?』や『右へ行きますか? 左へ行きますか?』と云った内容が殆どだ。
途中レオリオがトンパに絡んでいたが、それも知識のままなのでスルーする。
そうして数時間ほど彷徨っただろうか? 俺達は三次試験の目玉である、服役囚との対戦の場所へと到着したのだった。
試験官の簡単な説明の後、囚人の中の一人が細かい説明をしてくる。
『一人づつ戦い、先に4勝した方の勝ち』
『対戦方法は此方が提示する対戦方法で行う』
『仮に3対3になった場合は、もう一度誰かが再試合を行う』
『但し、再試合の場合は持ち時間を10時間減らす事になる』
と言った内容だ。
此処で再び『対戦しますか? しませんか?』との質問が有ったが、一応は満場一致で対戦を受諾。
さてどう云った変化が起きているのか……少しだけ楽しみだな。
ほんの少しだけワクワクしながら、俺は事の成り行きを見守ることにした。
・
・
・
・
楽しみなど何も無かった!!
1戦目 トンパの即降参で黒星。
2戦目 ゴンの機転により白星。
3戦目 キレたクラピカの拳で相手が気絶、白星。
(この時に、「旅団員がそう簡単に捕まるようなヘボの訳無いだろうに……」と呟いたのをキルアに聞かれてしまったが、「昔見た事がある」といってごまかした)
4戦目 レオリオ賭け事勝負、黒星。
ニコニコ笑って女の身体を真探り、その上ジャンケン勝負にもアッサリと負けたレオリオ。
「こうして実際に体験すると――かなり頭にくるな……」
レオリオのあの爽やかな笑顔をみると、もう無性に殴りたくなってくる。
「すまねぇ……。賭け事には自信が有ったんだが」
アレでか? クラピカじゃないが本気でそう思うぞ。
俺やキルアの冷ややかな視線もなんのその、そう言ってのけたレオリオは真面目な表情の中にやり遂げた男の顔が垣間見える。
「だがこれで2勝2敗。レオリオの負けの分も入れると、既に引き分け再試合は出来ない。此処を抜けるには此方の2連勝が不可欠だ……」
冷静さを失わないクラピカがそんな事を言ってくる。言ってくるが――多少は頭にきてるのか? 拳を握り締めて『プルプル』と震わせている。
俺なんかはこうなる事は解っていたから少しはマシだが、クラピカは随分と寛容なんだな。
「こっちに残されたのは……」
クラピカの言葉にバツの悪そうな顔を浮かべたレオリオは残り時間、対戦成績を見た後に俺達を見てから口を開く。
それに対して残された人員である俺とキルアは
「俺と――(ラグル)」
「オレだね(キルア)」
と、互いに顔を見合わせた後にそう言った。
だがそんな俺達にレオリオが返した返事は――
「な――っ!?」
といった、ある種絶句のような言葉だったのだ。
キルアはその感情を隠すでもなく、若干不機嫌そうな表情を作って「……なんだよ?」と言う。
「なんてこったぁ!!」
レオリオが此方をチラリと見るなり、大声でそんな事を言った。
存外に失礼極まる男だ。
その後も「俺が勝っておかなくちゃ駄目だったんだ!」とか「こっちは残りが子供二人だなんて!!」
「クラピカ! ゴン! 済まんッ!!」とか騒いでいた。
何でこうもテンションを下げるのだろうか?
「ゴン…コイツすげームカつくぞ……」
「まぁまぁ……」
「俺も同感だ……一遍シメるか?」
「ラグルも落ち着いてよ…」
不機嫌顔になっている俺とキルアを、ゴンが宥めるようにしている。
……俺やキルアの反応は至って普通だと思うんだけどな。
「大体、敵の姿とか戦い方とかも判らないうちから諦めんなよな。そりゃ、暗算対決とか言われたらお手上げだけどさ……」
「あー、そしたら俺がやるから問題ないよ」
「んだよ、ラグルって暗算得意なのか?」
「多分人並みにはな…」
「限りなく薄い自信だな……」
そうこうしている内に、服役囚の一人が闘技場の中央に移動をして5戦目の説明を開始した。
今までとは違い、未だ布を被って顔を隠している。ん?『解体屋ジョネス』じゃないのか?
「5戦目の説明をする、対戦方法はパンチ力測定だ!!」
そう言うと、3戦目にクラピカと戦ったマジダニ(確かそんな名前だった)が、ガラガラと固定式のパンチングマシーンを引っ張ってきた。
「ルールは単純明快、より強い数値をたたき出した方が勝ちだ! ……解りやすいだろ?」
『バッ!!』
闘技場の中央に立っていた服役囚が一気に布を取り払うと、中から筋骨隆々のトランクス男が現れた。
薄暗い火の光に照らされた、黒光りする肉体。……正直その見た目にはかなり引いた。
「あぁーーーーーーーッ!! アイツは!!」
「知ってるの、レオリオ?」
「何言ってんだオマエ!アイツは元ボクシング世界ヘビー級の統一チャンプ、マグナル・マグネナルドだぞ!?」
と、ゴンの質問に興奮したような声でレオリオは言う。しかし――
「誰?」
「さぁ?」
俺は知らない、どうやらキルアも知らないらしい。
「ゴンは?」
「俺、島のこと意外は知らない事の方が多いから…」
『にはははは』と笑いながら答えるゴン。少なくとも半数は知らないぞ?
俺を含めた三人に『知らない』と言われ、レオリオは妙な唸り声を出して閉口してしまう。
説明をして貰おうかと"クラピカ"に視線を向け――
「アイツは、ボクシングの世界では史上最強とまで言われた男だ。ただ非常に女癖が悪くてな。
婦女暴行や傷害、それに殺人までやって捕まっちまったんだよ」
「「「へぇ~…」」」
トンパが相手の事を説明してくれた。
だがクラピカやレオリオの様子を見ていると、如何やら結構有名な話しではあるらしいな。
説明に「ふむふむ」と唸っていると
「さぁ如何した!誰が相手をするんだ!!」
闘場の中央で仁王立ちをしているマグナルが馬鹿みたいに大きな声でがなり立てた。
囚人だと言うのに随分と元気だな……と思う。
俺は溜息を一つ吐きながらキルアの方へと身体を向けて――
「…キルア」
「うん?」
「ジャンケン――」
「え、あ…」
『ポン』
と、不意打ちに成功。俺が『グー』でキルアが『チョキ』。
「って事で俺が行くから♪」
「キッタネー!」
「聞こえないねー」
俺はさっさと移動をして、闘技場の中央へと移動した。
正面には元チャンプのマグナルが、先程と変わらず仁王立ちをして構えている。
「小僧、オマエが俺の相手か? ……ふふ、まぁ良い。――良かったな小僧? デスマッチじゃなくて」
「俺は別に、デスマッチでも良かったんだけどね。その方が楽だし」
「ふふふ、強がりを言いおって」
元チャンプがニヤニヤと厭らしい顔をしながら言ってくる……。
何と言うか、相手が口を開くたびに強烈な口臭が漂ってくる。
……此処じゃまともに歯を磨かないのだろうか? 流星街のゴミ置き場に匹敵するような臭いだ。
「……ふぅ。良いから早く始めてくよ。こっちは時間が無いんだ」
これ見よがしに溜息を一つ。
俺の心底うんざりした様な態度に、多少なりとも気分を害したのか。
マグナルは「フンッ……」と鼻息を一つ鳴らすとマシーンの方へと向き直った。
そして距離を確かめるように何度か脚を前後に行ったり来たりさせると、拳を眼の高さまで持ち上げた。
「良く見ていろ小僧……」
『早くやれ馬鹿』
と口に出したい気持ちをグッと押さえ、事の成り行きを静観する。
元チャンプはタイミングを計っているのか何度かステップを踏んでいる――そして、
「うりゃぁあッ!!」
ドゴン!
自信満々な笑顔と共に右の拳をマシーンに叩きつけ、はじき出された数値は『1,853』。
「チッ1,8t止りか……まぁ良いやな。ほれ小僧、オマエの番だぜ?」
マグナルはいやらしい笑みを浮べながら、クイッと顎をしゃくってくる。こういうのは本当に嫌だ……。
見下ろすような、ニヤニヤした視線が堪らなく気持ち悪い。
俺はさっさとやる事を済ませようと、マシーンに向かって歩きだそうとして――止った。
その前に確認することが有ったからだ。
此処に居る連中は仮にも犯罪者、他人を陥れることに何の呵責も感じないような連中だ。……まぁ俺が言えた事じゃないけど。
少なくとも、疑って疑いすぎるという事は無いだろう。
要は、『もしかしたらこのマシーン自体に細工が施されているかも知れない』という事だ。
「――やる前に質問。仮に同じ数値だったらどうなる?」
「お前舐めてんのか? お前みたいな小僧が、俺と同じ数値を出す積りかよ?」
「念のためだよ」
「……チッ、もし同じ数値だったらやり直しだ。ちゃんと決着が付くまで繰り返しな」
「ふーん……。ならもう一つ、機械が何らかの理由で『壊れて計測出来ない』時はどうなるの?」
「(ニヤ)その場合はルール変更だ、デスマッチでケリを付ける」
マグナルがニヤニヤしながら告げてきた。
(成る程ね……)
壊れた場合の話になったら妙に嬉しそうに……。
やはりと言うか、恐らくは初めから壊れるようにしてあるのだろう。
このマシーンは言わば体裁を整えているだけの事。
『仕方なく相手をした』という体裁が欲しい、元チャンプとしての安っぽいプライドの為なのか……。
結局はただ暴れたいだけって事だろうな。
※
「拙いな……アイツのあの口ぶり、もしかしたら初めから壊れるように出来ているのかも知れない」
「はぁ? どういう事だよ?」
クラピカの言葉にレオリオが反応する。
「所詮アイツは、暴行殺人の服役囚だという事だ。何だかんだで、デスマッチで相手を叩きのめしたくて仕方が無いのだろう……」
クラピカはもしかしたらの話を説明する。あのマシーンは実は壊れているのかもしれない……と。
奴の態度から、そうなる様に仕向けているかも知れない……と説明した。
「な!?ラグル!」
『最悪だ』レオリオはそう判断してラグルに対戦の中止を伝えるべく声を挙げた。
だがそれを横からゴンが手を引き行動を留まらせる。
「何してんだゴン! こんな事やってる場合じゃ――」
「大丈夫だよ……」
「ゴン?」
「もしそうなっても、多分ラグルは負けないと思うから……」
「ま、そうだろうな」
ゴンの言葉にキルアも同意を示す。二人は昨夜の出来事を思い出しながら「心配ない」と言ったのだった。
そんな二人の態度にレオリオとクラピカは同時に顔を向ける。
「二人とも何か知ってるのか?」
「「まぁね♪」」
クラピカの問いに、キルアとゴンは笑いあうのだった。
※
「――じゃあ、やるか」
俺はマシーンの前に立ち、グッと拳を握り締めた――どの程度の力で殴れば良いのか?
「グフフフ(どうせ機械は壊れるようになってる、デスマッチでボロボロになるまでタコ殴りにしてやるぜ)」
俺はチラリとマグナル――元チャンプの方に視線を向けたが……本当に嫌な笑い方をする奴だと思う。
こういう奴は、一度くらい痛い目に会ったほうが良いんだろうが。
ふむ……普通に相手をするよりもこっちの方が良いかもな。
「すーはー……」
俺は大きく息を吸って吐き、そして正面を見つめた。
握った拳を振り上げ、思いっきりにマシーンを殴り飛ばす。
ボッ!!!!!!!
見ていた者達は一様に驚いた事だろう。
なにせその場所に有ったモノが、言葉のとおり粉微塵になって消し飛んだのだから。
周囲に機械の部品らしき物が散乱する。それらが耳障りな音を立てながら落下する中、俺は相手の元チャンプに問いかけた。
「―――さてと。装置は『不慮の事故』によって壊れたから……その場合はデスマッチだったけ?」
「ひぃッ!?」
ニコッと笑いながら言う俺に、情けない声を出して後ず去る元チャンプ。
本当に嫌な顔をする。
俺はニコッと微笑みながらそう思うのだった。
その後の展開を説明すると
当然というか当たり前というか……相手はすぐさま降参をし、5戦目は俺の勝利と成った。
憂さ晴らしに一発殴っておいたが、それでも手を抜いて殴ったので死にはしないだろう。
皆のもとに戻るとゴンやキルアは普通に迎えてくれたのだが、レオリオやクラピカ、それにトンパ等は驚いた表情で固まっている。
俺は「やれやれ」と言葉を漏らし、肩を竦めてみせた。
少し経って、「お前ボクサーで食っていけるんじゃねーの?」とレオリオが言ってきたが。
「ハハハ、無理だって。試合の度に対戦相手を墓場送りにしてたら、相手が居なくなるからね」と笑いながら言ったら黙ってしまった。
冗談の積りだったのだが通じなかったらしく、ゴンは「そっかー、それは問題だもんね……」と同意をし、
レオリオ、クラピカ、トンパの三人はドン引きして引きつった笑みを浮べていた。
尤もキルアにはツボだったらしく大爆笑していたがな……。
その後は特に問題なく『解体屋ジョネス』とキルアの対戦が始まり、キルアが相手を瞬殺(言葉どおり)。
俺達は何とか4勝を上げる事が出来たのだった。