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政府が福島第一原発の原子炉の安定化に全力を傾けるのは当然だ。しかし、事故の影響を被る住民の生活への目配りは、とても満足のいくものではない。東京電力の清水正孝社長が記者会[記事全文]
東日本大震災の被災地再建に向け、補正予算案の検討が進んでいる。仮設住宅の建設をはじめ、道路や学校、病院など日々の生活に欠かせない基盤を整える復旧が主な狙いで、総額は約4兆円になる。[記事全文]
政府が福島第一原発の原子炉の安定化に全力を傾けるのは当然だ。しかし、事故の影響を被る住民の生活への目配りは、とても満足のいくものではない。
東京電力の清水正孝社長が記者会見し、避難住民に賠償金を仮払いする方針を表明した。
着の身着のままでふるさとを離れさせられ、いつ帰宅できるかもわからぬ不安を抱える人たちに、当座の生活資金を用立てるのは東電が早急に果たすべき最低限の義務だ。
しかし、清水社長は金額や支払い時期について明言を避けた。まだ取締役会で決定していないことや、株主代表訴訟への懸念からとみられるが、この期に及んで身内の論理を優先させるのだろうか。
海江田万里経済産業相はすでに「1世帯100万円」を示している。政府は東電と事前に調整し、足並みをそろえて、被災者へのメッセージを発するよう指導すべきではなかったか。
避難指示区域の外で暮らす住民の不安にも、きめ細かな対応が必要だ。特に、放射線の影響を大人より受けやすいとされる子どもたちのことを、何より大切に考えなければいけない。
福島県は新学期が始まる前から、学校生活の安全基準をつくってほしいと文部科学省に再三求めてきたという。
ところが、文科省は「放射線量の再調査をしている」。助言すべき立場の原子力安全委員会は「文科省の方針が示されてから我々に要請がくるはず」。責任の押しつけあいではないか。
安全委の委員が唐突に、学校生活の目安に言及。新しい避難区域設定の年間被曝(ひばく)量の基準である20ミリシーベルトの半分程度と示した後、撤回する騒ぎもあった。
丁寧に、迅速に、求められている基準を示さなくてはならない。体育の授業は校庭でやっていいか、放課後の外遊びは控えるべきか。屋外活動の指針がないまま数値の案を示されても、学校現場は困惑するばかりだ。
東京で対策を検討する人たちは、現地で子育てをする人たちの身になって考えてほしい。
風評被害に悩む農家への補償も同様だ。ある国会議員が仮払金について問い合わせると、農水省は「経産省の所管」、経産省は「東電の責任」、東電は「国と相談して」と、たらい回しにされたという。
これら数多い課題について、政府のチームは十分に機能を発揮していない。縦割りを排し、何よりも被災者に寄り添って、迅速に対策を打てるよう体制を強化しなければならない。
東日本大震災の被災地再建に向け、補正予算案の検討が進んでいる。仮設住宅の建設をはじめ、道路や学校、病院など日々の生活に欠かせない基盤を整える復旧が主な狙いで、総額は約4兆円になる。
被災者支援の第一歩として、一日も早く補正予算案を成立させるべきだ。これには野党も異存はないという。
ところが、すんなりとは行かない。またぞろ、政治的な駆け引きが始まった。
焦点は財源である。
2次、3次の補正予算編成もにらむ政府は、今回は新たな国債発行を避けようと、今年度の当初予算を見直してまかなう考えだ。大震災の発生後、日本のさらなる財政悪化への懸念から、国債市場が不安定な動きを見せているからだ。
見直し案には、公共事業や政府の途上国援助(ODA)の削減に加え、実施を見送るメニューが並ぶ。高速道路の無料化実験や3歳未満を対象とした子ども手当の増額などだ。民主党が看板政策の一部で妥協した格好だが、自民党は満足せず、高校無償化や農家の戸別所得補償制度も加えた「4K」政策の撤回を突きつけた。一方、民主党内ではマニフェスト重視派から反対が噴き出している。
菅さん、ここは考えどころだ。少子化対策として子ども手当は大切だ。農業を強化するには戸別所得補償制度も欠かせない。ただ、現行の制度はバラマキ色が強い。自民党など野党の主張にも耳を傾け、思い切って見直してはどうか。
補正予算案の財源の核となっているのは、独立行政法人などの「埋蔵金」から基礎年金に充てるはずだった2兆5千億円の流用である。
流用は年金積立金の取り崩しを招き、いずれ国民負担で穴埋めすることになる。当面の国債発行を避けるための先送り策は、菅政権の看板である「税と社会保障の一体改革」への不安感を高めかねない。
大震災対策に伴う政府の支出は、復興へと段階が進むにつれて膨らんでいく。少子高齢化による歳出増も待ってくれない。被災地を国民全体で支え、世代間の支え合いも保っていくには、家計や企業の負担増の議論が避けられない。
「いまこそ、国民の生活が第一。」。民主党のスローガンだ。その理念を貫くためにこそ、被災者支援に向けて、マニフェストに掲げた個別の政策を見直すことが必要ではないか。野党を巻き込み、大きな課題に取り組む。今がその時だ。