まどかの動向を監視しつつ魔女を狩り続ける。
そんな日々が数日続いたある時、ほむらは病院近くに展開されていた魔女の結界へと足を踏み入れた。
甘ったるい匂いの漂う、好きになれそうもない場所だ。
巨大なショートケーキが積み上げられ、地面にはポッキーが突き刺さり、至る所にお菓子が散乱している。
佐倉杏子辺りならば喜びそうな場所だが、ここまでお菓子まみれだと胸焼けがしそうだ。
これだけでも充分だと言うのに、この結界の主は余程お菓子が好きなのか使い魔達は飽きもせずにせっせとお菓子を運んでいる。
赤い斑点模様のついた黒い卵のような胴体の中央に、青い渦巻き模様が描かれた白い顔が付いている。
頭に被っているのは小さなナースキャップだ。
「間違いない、この結界は……」
こんなお菓子だらけの結界を作り出す魔女など一体しか存在しない。
お菓子の魔女シャルロッテ。
その性質は執着。
お菓子を無限に産み出す能力を持つが大好物のチーズだけは自ら生み出せないという奴で、そして巴マミを殺し得る数少ない存在である。
「早く合流しないと」
ソウルジェムが輝き、ほむらを光が包む。
ブーツ、ソックス、服が一瞬で切り替わり左手には盾が装着される。
変身も慣れてしまえば早いものだ。ほむらのそれは巴マミなどの既存の魔法少女よりも効率を重視しており、瞬き一瞬の間に全工程が完了する。
まだ戦っていなければいいのだが。
ほむらはマミとまどかの無事を祈りつつ、その場から全速力で駆け出した。
*
巴マミは、いつも独りだった。
魔法少女になった事を後悔するつもりはない。あそこでキュゥべえと契約していなければ今の自分はなかっただろう。
だがそれでも彼女はまだ中学生に過ぎない。怖いと思う心も、弱さも、その全てを克服できたわけではない。
自分は誰かの為に戦っている。自分が戦う事で救われる人がいる。
その事だけを心の支えとし、今にも崩れてしまいそうな弱い己を必死に繋ぎとめている。それが彼女の誰にも見せない本当の姿だ。
だがそれでも独りになれば部屋の中で涙し、枕を濡らす。
誰か側にいて欲しい。この擦り切れそうな心を温めてくれる優しさが欲しい。
隣に立っていて欲しい、と。
「マミさんはもう独りじゃないですよ」
差し出された小さな手を見る。
鹿目まどか。魔法少女の才を持つ後輩。
彼女がくれた言葉が何よりも嬉しかった。
差し出してくれた手が、泣きたくなる程に尊いものに見えた。
「私なんかじゃ頼りないかもしれないですけど……私も一緒に戦っていいですか?」
断る事など出来るはずもない。
何故なら、これこそ本当に求めていたものなのだから。
ようやく解放されるのだ。
やっと、自分は独りではなくなるのだ。
差し出された手を強く掴み、マミは涙を浮かべて微笑む。
「勿論よ。魔法少女コンビ、結成ね」
ああ、もう私は独りじゃないんだ。
もう暗い部屋の中で泣かなくてもいいんだ。
なんだか今が夢のようで、幸せな気持ちで胸が一杯になる。
そこに水を差すようにキュゥべえの声が響いた。
『マミヘルプ! グリーフシードが動きだした!』
「ええ、わかったわ」
全く無粋な魔女だ、と勝手な事を思いつつもソウルジェムに手をかける。
今日はこれからまどかの願い事を決めなくてはいけないのだ。
チマチマと戦っている暇などない。
「オッケー、それじゃあ今日という今日は即効で終らせるわよ!」
黄金の光に包まれ、マミの姿が変わる。
スカートが切り替わり、ブーツとソックスが変化。
続けてスカート、服が魔法少女のものになっていき、頭にはちょこん、と帽子が乗る。
最後に胸元をリボンが締め、変身完了。
変身時間一秒半。手には銃が現れ、クルクルと回す。
そしていざ出陣、という所でそこに第三者の声が割り込んだ。
「待ちなさい、巴マミ」
静かで、冷たい声だ。まるで感情というものを感じさせない、まどかとは正反対の氷のような声。
それはつい最近共闘したこの町にいるもう一人の魔法少女のもの。
出鼻を挫かれ、少々気分を害したようにマミはそちらを向いた。
「暁美さん、あなたも来てたの?」
「ほむら、ちゃん……」
どうやら今日は前回と違い変身しているらしい。
まどかはその姿を見て小さく息を呑んだ。
それはあの夢の中で見た彼女の姿そのものだったのだ。
「今回の魔女は私が狩る」
ほむらの言葉にマミは眉をひそめる。
「暁美さん。貴女とは確かに同盟を組んでいるけれど、獲物の横取りはお行儀が悪いんじゃなくて?」
「今回の魔女は今までとはわけが違う」
火に油を注ぐ、とはこう言う事を言うのだろう。
ほむらのその言葉が逆にマミの自尊心を刺激してしまい、見るからに不機嫌そうな顔となってしまった。
「それは私じゃ勝てない、と言いたいのかしら?」
「……貴女は強い。でも、その貴女でも危険な相手よ」
低く見られたものだ、とマミは思う。
これでも自分は魔法少女の中ではベテランだし、数多の戦いを潜り抜けている。
音に聞く“ワルプルギスの夜”ならばともかく、そこじょそこらの……それも、産まれたての魔女になど負けるものか。
「随分過小評価されているわね、私も。
いいわ、ならその心配が杞憂だって教えてあげる」
ついてらっしゃい、と言いそのままマミは歩き出す。
それにまどかも慌ててついていき、ほむらも小さく溜息を吐いて同行した。
「それじゃあ気を取り直していくわよ!」
病院の集中治療室のような“手術中”と書かれた扉を潜り、中へと踏み込む。
そこは今まで以上に甘ったるく、一面生クリームで構成されているのではないか、と言いたくなる場所だった。
マミは使い魔達の前へ躍り出るとマスケット銃を周囲に召喚。
向かってくる使い魔達を片っ端から撃ち抜いた。
右手で銃を取り、撃ち、投げると同時に蹴り飛ばして当てる。
左手も銃を取り、撃ち、投げ捨てる。
クルクルと回りながら全方位に対して攻撃と防御を行い、時には蹴り飛ばす。
自分でも信じられないくらいに身体が動く。敵の動きが止まって見える。
まるで負ける気がしない。
──身体が軽い。
「出番はないわよ、暁美さん!」
今の自分は一味違う、とマミは確信する。
思えば今まではいつだって、恐怖と向かい合いながらの戦いだった。
心のどこかに暗いものがあった。
今はそれがない。
まるで心に羽でも生えたかのように、自分は満ち足りている。
──こんなにも幸せな気持ちで戦うなんて、初めて。
両手に大砲を装備して一気に左右を吹き飛ばす。
銃を次々と呼び出し、数百の使い魔を殲滅させる。
舞うように、踊るように。それでいてマミは掠り傷の一つすら負わない。
怖いくらいに絶好調だ。
今ならばたとえワルプルギスの夜が来たとしても返り討ちに出来そうな気すらする。
もう恐れるものなど、何一つとしてない。
──もう何も怖くない!
──だって。
巨大な注射器の上に乗り、そこに巣食っていた使い魔達を撃ち落とす。
足をかけて高く跳躍。
数十メートル下へのダイブを行い、数百のマスケット銃を召喚、落ちながら一斉総射!
弾丸の嵐が場を支配し、蹂躙し、駆逐する。
そして着地した時、すでにその空間に使い魔は一匹として存在していなかった。
ソウルジェムを見る。
思わず笑みが浮かんだ。
ここまで戦ったというのに、ここまで暴れたというのに、ソウルジェムには濁り一つない。
心が満ちるとここまで強くなれるのか。
今の自分はもう魔力消費すら克服している!
マミは確信する。
今の自分に敵はない。今日の私は無敵だ、と。
──だって、私もう独りじゃないもの……!
跳躍。空中で後転してまどか達の前に着地し、ほむらを見た。
その顔にはわずかに驚きのようなものが見えた。
きっと彼女も、今の自分がここまで強いとは思わなかったのだろう。
「どう? これでも私が勝てないって思うかしら?」
「……油断は禁物よ」
なかなかに強情な娘らしい。
だが負け惜しみだ。
マミは不敵に笑い、まどかの手を引いて駆け出す。
魔女だろうがワルプルギスだろうが、ゴジラだろうがどんと来い。
今の自分に勝てる存在などいるものか。
「マミさん!」
「おまたせ!」
『相変わらずいいおっぱいだ。走るたびにたゆんたゆんと揺れるのがたまらな……きゅべらっ!?』
ようやく見付けたさやかの元へ駆け寄り、淫獣を蹴り飛ばしてから魔女を見る。
全く無茶をする、と思う。
何でも病院に刺さっているグリーフシードを見付けたから嫌がるキュゥべえと一緒にその場に残り、見張っていたらしい。
何でも幼馴染がそこには入院しているらしく、その為どうしても守りたかったとか。
そこまで必死になるとはもしかして大事な人なのだろうか、とテレパシーでからかったりもしたが、「それはない」とやけに冷めた声で返されたのが印象的だった。
「……あれが魔女ね」
見付けた魔女は……なんというか、拍子抜けだった。
椅子の上にちょこん、と乗ったピンク色のそれはまるで人形だ。
頭は紙で包まれたキャンディのような形状をしており、中央には白い顔。
顔には大きな瞳と小さな鼻、口があり愛らしい。
短い手は服に包まれて隠されており、首には赤いマフラーのようなものが巻きついている。
玩具として売れば小さい女の子に人気が出るだろう。そんな、おおよそ魔女のイメージからはかけ離れた存在がそこにいた。
あんなのに私が負けるわけないじゃない。
心の中で即座にそう結論を出し、マミは弾丸のような速度で飛び出す。
距離を詰めマスケット銃で殴打。
壁に激突した所を狙って両手足を撃ち抜き、最後に頭に銃口を突きつけて一発。
この間、わずか三秒。
続けてリボンで拘束して身動きを封じてから、特大の一発を放つベく最大の攻撃力を誇る大砲を呼び出した。
これが彼女の必勝パターン。
魔法少女となってから今日まで、どんな敵相手にも勝利してきた何よりも信頼に足る必殺の一撃。
これで葬れなかった魔女は一体として存在しない。
「ティロ・フィナーレッ!!!」
轟音が響き、黄金の光が吐き出される。
弾丸ではなく高純度の魔力によって構成されるこの一撃はあらゆる防御を貫く彼女の切り札だ。
シャルロッテもまたその例外ではない。
マミの一撃は容易く彼女の腹部を貫き、ダメ押しとばかりにリボンで更に拘束。
仮に大砲の一撃に耐えても、続くリボンの圧殺に繋がるという隙を生じぬ二段構えだ。
勝った!
マミはこの瞬間に勝利を確信していた。
ずるり、と。
シャルロッテの口から何かが吐き出された。
それは黒く長い何かだ。
大きな目と尖った鼻、そして巨大な口のついたアメコミにでも出てきそうなファンシーなモンスター。
その胴体は恵方巻きのようにも見え、蛇のようにのたうっている。
最初マミはそれが何なのかわからなかった。
だって今ので勝負は終ったはずなのだ。
ティロ・フィナーレは完璧に決まったのだ。
だから、有り得る筈がない。
大きく開かれた口が、今まさに閉じられようとしているなんて嘘だ。
そのまま閉じると、自分の首が噛み千切られる位置にあるなんて嘘だ。
もう、逃げる暇がないなんて……嘘だ。
ここでようやくマミは現状を認識した。
自分はここで、死ぬのだ、と。
嫌だ。
そんなのってない、あんまりだ。
だってこれからでしょう?
これから、ようやく自分は独りじゃなくなる。やっと希望を掴んだ。
なのに、ここでお終い?
嫌だ。嫌だ……嫌だ! 死にたくない!
マミの心に死の恐怖がどっ、と押し寄せる。
思い出さないように蓋をしていた過去の恐怖が溢れ出す。
あの交通事故で味わった、耐えられそうにない死の恐怖。絶望感。
それがどうしようもない形で今、自分に迫っている。
そして口が閉じられ……。
そこに、マミの姿はなかった。
「……え?」
マミは恐る恐る自分の首に触れる。
……繋がっている。まだ首はある。
横を見れば唖然としているまどかとさやかがおり、まだ自分が生きているのだとわかる。
腰に回されている手の感触に気付き、見上げればそこにあったのはほむらの横顔。
彼女は普段とまるで変わらない無表情のままシャルロッテを睨んでおり、マミをまどか達の側へと座らせた。
「選手交代よ、巴マミ。ここからは私がやる」
|:.|
ti |
/)>t
レuソi
r--,
i ̄lj
l l
|==| 炎
.,r‐;;i, ◕‿‿◕人\<こんなの絶対おかしいよ!?
l ,,ヾ≧llヾ=,、
ト、_入__,,斗、_ノ まだやれる! 頭の代わりはいくらでもあるわ!
} ||dli.{
/ }|di{{i
/\/}dl{i人
ほむら「Σ!?」