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[14185] BLOODY CHAOS
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/12 19:58
どうも初めまして。SINです。以後お見知り置きを。

小説投稿は今回が始めてなので、いろいろと不備があるかもしれませんが、よろしくお願いします。

さて、本作品は
出血 暴力
等の表現が含まれておりますのでご了承ください。
また、「小説家になろう」にも投稿しています。

投稿速度はかなり遅い方だとおもいますが、気長にお待ちいただけるとありがたいです。読んで気になる点などがあれば、どんどん申してください。

それでは、どうぞお楽しみください!!



[14185] 序章 [月光に舞う狂気]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/12 21:02
2052年 4月25日 深夜3時 
 日本 東京都 渋谷 高級住宅街

「ようこそ我が館へ……」
 年配のタキシード姿の小太りの男が、サングラスをかけた茶色のスーツ姿の男を自室に迎えた。
 部屋はかなり広く、奥には窓が一つある。さらに天井には円形の天窓がある。 窓際にはベッドがあり、部屋の中央には、向かい合うように置かれたソファーが2つ、その間には長方形型のテーブルがあった。
「どうぞ、おかけになってくだされ。遠くからおいでになったのです。お疲れでしょう?」
「……有難う御座います」
 二人は向かい合うようにソファーに座った。スーツ姿の男は、手に持っていたアタッシュケースをテーブルに置き、それを開けた。
「……フフフ。計画通りですな」
 中には多くの一万円札の束があった。一束50枚ぐらいだろうか。その金は、 この男がスーツ姿の男が所属するアメリカンマフィアに送る麻薬との交換金であった。
「麻薬の方は、後日にそちらへ渡しますので、少々お待ちを」
 小太りの男が、不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
部屋には照明はついておらず、代わりとなっていたのは、天窓からの月光である。その月光が小太りの男の笑みをより一層恐ろしく見せた。

 だがその時……
 
 ガッシャーン!!!

 突如、天窓が派手な音を出して割れ、その直後に銃声が鳴る。スーツ姿の男の脳天から鮮血が吹き出る。
「うぐぉっ……!」
 スーツ姿の男がソファーにもたれかかったと同時に、ガラスの破片とともにテーブルに何かが降ってきた。
「……少年!?」
 男が見たのは、少年だった。
 身長は165cmぐらいで、普通の体格をしている。黒いシャツ、黒いズボン。その上には、黒いロングレザーコートを身に纏っている。少年の髪は黒色のショートヘアで、天窓が割れたことで強くなった月光が、それをより一層際立たせた。
 一番気になる点は、その少年の右目だった。左目は黒であるのに対し、右目は鮮やかなルビーのような真紅色である。
「オッドアイ!? まさか貴様、『BLACK WALTS』の……!!」
「……大当たり」
 少年は悪魔のように微笑むと、両手に持っていた黒と白の自動式拳銃を、小太りの男の頭に突きつけた。
「賞品は鉛球だ、クズ」
「ちょ、待っ――」
 男の言葉が終わらないうちに、少年は引き金を引いた。男が頭から鮮血を撒き散らしながら、後方にぶっ飛んだ。
 少年は二丁の拳銃を腰についているホルスターにしまい、ズボンのポケットから黒色のケータイを取り出す。フリップを開き、ケータイを耳に近づけた。
「こちらキース。対象殺害。修羅、周囲の状況は?」
「OK、キース。先程の銃声を聞いて、ガードマンがそちらに向かっている。かなりいるぞ」
「……少し夜更かしになりそうだ。先に帰っててくれ」
「えっ!? おい、ちょっと待て!! キ-ス――」
キースという少年は、仲間の修羅という者の言葉を最後まで聞かず、フリップを閉じた。
 キースの表情は、密やかに微笑んでいた。目は笑っていない。そして、部屋の出口の扉に向かい、左目を片手で押さえながら呟く。
「……さぁ、パーティーはこれからだぜ……」



[14185] 第1章 [Encounter of alteration]  1-1 [歴史]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/04/13 12:40
西暦2044年、エネルギーが限界に近づいたこの年、最後のエネルギー資源地、モザンビークの争奪戦が全国で起こった。
 当初、各国代表が円卓会議を開き、激しい論戦が繰り広げられたが、結局決められぬままでいた。
 2045年、ある人物により、会議中に一発の銃弾が走った。それを引き金に、会議は決裂、全面戦争へ突入した。
 飛び交う銃弾。
 砕け散る大地。
 焼け焦がれる街。
 そして……積み重なる……死。
世界に戦いの逃げ場はなかった。人々に残された選択肢は、わずかだった。
 戦うか、逃げ続けるか。
 ただ、「終わり」を願って人々は生き残り続けた。だが、「人間」が朽ち果てるのは、時間の問題だった……。
 だが、そのとき「希望」が舞い降りた。
 2049年、「SAVIORS・ARK」と名乗る組織が突如として現れた。彼らはどの国にも属しなかった。一人の創設者と、幾多の傭兵で構成された組織の願いは……「戦いの終わり」。
 仮面で顔を隠した創設者は、高らかにそう告げた。それを引き金に、各地の戦闘地域で彼らの介入行動が始まった。当初、世界は組織を見下していた。
 彼らだけで終わらせられない。
そう感じていたのだ。だが、事態は急変した。
 各地で起こっていた戦闘が、ことごとく停止していった。原因は、「SAVIORS・ARK」。数々の彼らの勝利の要因……未知のエネルギー技術。その技術は世界のどこでも研究されていないものであり、しかも、彼らはそれを難なく兵器に転用していたのだ。それらは当時の最新兵器を遥かに上回る性能を持ち、各国にその力を見せ付けていた。
 だが、「SAVIORS・ARK」はそれをあくまで「象徴」として扱わず、不殺を掲げていた。
「万物の消失は負への誘導にしかならない」
創設者は、敗北者にそう言い聞かせた。
 そして、活動開始2ヶ月後……最後の戦火が消えた。わずか2ヶ月で、4年間続いた争いは終わった。信じられない現実が、世界に響いた。
 望んだ「終わり」は来た。だが、何もなかった。生きる糧がなかった。
 だが、「SAVIORS・ARK」はその時、その名通りの「救世主」となった。
 彼らは、最新技術を世界に解き放ったのだ。それまで眠り続けた、「力」を……。
 荒廃した世界は再生した。以前よりも高度に、巨大に、強力に。
 再生した世界は、同じ過ちを閉ざすために、世界恒久平和維持機関「LURER」を設立。世界全体の親交を促し、恒久平和維持を目指した
 それほどまでに発展させた根源――未知に溢れた青い液体状のエネルギーは、人々から「S・E(SAVIORS・ENERGY)」と名づけられ、その後の世界の発展に利用された。
――――――だが、「救世主」である「SAVIORS・ARK」は、「S・E」提供後に創設者が姿を消したため、自動的に解体した。
――――――多くの「抗体」を残して。




[14185] 1-2 [遭遇]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/13 19:34
2052年 4月25日 午前7時
 
(……眠い、な……)
 窓から自分に射しかかる朝日の光を浴びながら、キース・オルゴートは半端目を開けた。左手首に付いている腕時計を見ると、7時丁度だ。ロッキングチェアに背を再び身を任せ、天井を見上げる。天井は何故か穴だらけだった。
(昨日の依頼で夜更かしし過ぎたからな……もうちょっと寝よう……)
 そう決めて、また目を閉じた……が
「おい!! キース!! 起き――」

              ドガン!

 ロッキングチェアの後ろのドアから、どでかい声を出しながら、茶髪のショートヘアの少年が出てきた。服装は、白い半袖Tシャツと黒いジーンズ。キースを起こそうと出てきたんだろうが、それは彼にとっては迷惑極まりないことであった。今彼が右手に持っている、天井に向けた白銃がそれを示している。
 白銃は、H&K―USPにキースが改造を加えたもので、連射性の向上と、衝撃の減少が成されている。少年は眉を潜めてキースを睨んでいた。
「騒ぐな、修羅……眠いんだよ……」
「自業自得だ! ドアホ!! ……あーあ、また穴が……」
 少年――桐宮修羅は天井を見上げながら嘆いていた。
 これで一体何発目だろうか。
「……105発目か……」
「いい加減にしろ!!」
 自嘲気味に言い放ったキースに、修羅は容赦なく食い掛かる。
「ほら起きろ!仕事だ、仕事!」
「後5時間寝かせろ。そしたら行く……」
「んなに待てっか!!」
 外から聞こえる小鳥の声が遮られるほどの騒ぎが、静かな朝に響いた……
 最も、これこそ日常茶飯事なのだが

 キースたちが今いる事務所は、キース率いるVIPH集団、「BLACK WALTS」のアジトである。
 VIPH(vip hunter)とは、依頼人から頼まれた要人の殺害、捕獲などを実行し、報酬をもらう裏職業(アンダージョブ)だ。いわゆる、便利屋といったところだ。集団とはいえ、キースと修羅だけなのだが。
「……で、依頼人は誰だ?」
 カップに注がれたコーヒーを口に運びながら、パソコンに向かってキーボードをいじっている修羅にキースは尋ねる。
「かの有名な兵器開発企業、『フォート社』の社長さんからだ。内容は護衛。」
「社長を、か?」
「いや、その娘だ」
 修羅は頭を横に振りながらいい、左手でカップを口につけ、コーヒーを一気に飲み込む。
「大方、テロリストに狙われているから、そいつ等から守れ……に飽き足らず、並びに全員殺せとでも言うんだろう?」
 キースは分かりきったかのような口調でそういうと、修羅は鼻で笑った。同感、とでも言っているようだった。
「ま、詳細は会社で話すっていうから、飯食ったら行こう」
「ああ……そう言えば、昨日取ってきた札、どうだった?」
 思い出したかのようにキースが聞くと、修羅は一枚の札をポケットから出し、それを傍にあったライターで燃やした。札から赤い炎……否、緑色の炎が出た。炎は偽造された札を喰らっていく。
「偽だな」
「そう言うこった。一枚残して他のは燃やしといたから、それも証拠に出すといい」
 燃えていく札を落とし、それを踏みにじりながら修羅はパソコンの電源を落とす。
「フッ……名案だな」
 鼻で笑いながらキースがそう言うなり、修羅は朝食作りにキッチンへ、キースは支度をしに自室に向かった。

        今日も、いつもの一日が始まった……


 8:10 東京都 新宿

「マズイ、マズイ!! 遅刻しちゃうよー!!」
 一人の少女が新宿の市街地を全力で走っている。今日の新宿も、いつもと変わらず通勤者の足音と熱気で賑わっている。少女もその一人である。
 ほっそりとした体格で、栗色の長髪が風でたなびいている。彼女が着ている青混じりの黒い学制服は、最近有名になっている東京都帝学園の制服である。
 帝学園は大手企業の社長の息子、娘――いわゆる『金持ち』が通う学園である。そのような学園に少女が通っているということは、よほどの金持ちなのだろう。ルックスもかなり良く、顔立ちからも凛々しい印象を与える。
 だが、それらは彼女の第一印象ではない。彼女の瞳……蒼色の左目、翠色の右目のオッドアイ。両目が見せる鮮やかな色彩が、彼女――桐原 華奈が与える第一印象であった。
(うう……寝坊して遅刻なんてヤダよ~……)
 見ての通り、彼女は今学園に急いでいる。授業が始まるのが8:45であるが、現在の時刻を見ようと華奈が腕時計に目をやると……
          
          8:15

 着くまで走って、あと30分程。1秒を争う状況だった。
「わぁぁぁぁぁーーーーーー!! 遅刻するーーーーー!!」

            ボフ!!

 何かにぶつかった。その反動で華奈は後ろに倒れ込む。ぶつかった方向に振り向くと、一際体格がでかい男一人と、その後ろに体格が様々な男が四人いた。全員黒い学制服をだらしなく着ている。見たところ、でかいほうに当たったらしい。
「よー、御嬢ちゃん。なーにそんなに急いでいるんだい?」
 でかい男――このグループの親玉らしい者が、華奈に顔を近づけて低い声で聞いた。華奈は立ち上がりながらそれに応じる。
「あ、あの……学校に遅れちゃうので急いでたんです……す、すみません!失礼します!!」
 戸惑った声でそういうなり、華奈は男たちを抜けて走り出したが……腕が掴まれる感触と共に、停止する。振り返ってみると、親玉の大きな右手が、細い華奈の腕を掴んでいる。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺たちと遊びに行かないかい?」
「なっ……離してください!」
 振りほどこうと華奈は腕を振るうが、親玉の握力はとても強く、逆にボスのほうへ体を引き寄せられた。
「学校なんかサボってさー、な?」
 他の男がそう言う。華奈は抵抗し続ける。
「嫌です!離してください!!」 


 同刻 東京都 新宿

「ふぁぁぁーーー……眠い……」
 欠伸をしながらキースは呟いた。そんな呟きは、朝の新宿を行き交う人々の足音で消えていき、誰にも聞こえないだろう・・・と思ったが。
「おいキース。そこら辺に寝転ぶなよ?通行人の迷惑だぜ?」
「しねぇよ……」
 隣を歩く修羅の冗談に、キースは不機嫌そうに応えた。
今二人は、依頼主のいるフォート社に向かっている。そのため、2人は今『商売道具』を持ち歩いているわけだが……流石に街中で銃などを裸で見せるわけにはいかないので、トランクなどで隠してある。修羅は銃類が入っているトランク一つ、キースは棒状の何かが入った細長い青い布袋を片手に持っている。
「ったく、こんな時に仕事なんか入れやがって……」
 キースは修羅を睨むが、修羅は歯を見せて笑う。
「しょうがないだろ?ウチは生活を立てるだけで精一杯なんだからよ」
「それで十分――」
「離してください!! 急いでるんですから!!」
「……あ?」
 突如割り込んできた女性の大声に、キースはおもわず言葉を途切らせてしまい、代わりに間抜けな声を出してしまった。
 声のした方向を見ると、
「騒ぐんじゃねぇ!!」
「早く連れていきましょうや」
「嫌ぁ!! 誰か助けて!!」
 でかい図体した男一人と様々な体格の男四人―――高校生の不良風情が一人の少女に絡んでいた。運悪く八つ当たりなどに遭ってしまったのだろう。集団がちょうど歩道の幅全体に陣取っており、キースを含めた周りの人々の邪魔になっていた。
「……あいつら……」
「ん? どうしたきー――っておい!?」
 突然のキースの反応に修羅は疑問を持ったが、それを口に出す前にキースの行動が早かった。布袋を腰に差し、不良たちの方に歩きだしたのだ。
「キース! 何しやがる気だ!?」
 呼び止めるが、キースは止まろうとせず、代わりに右手を振った。
「なーに、ちょっとした子遣い稼ぎだ。そこで見てろ」
 そう言うなり、キースは集団に近づき――
「どけ、通行人の邪魔だ」
 最前列にいた男の後頭部に手刀を喰らわせた。男は直後に倒れ、数秒間痙攣し――意識が飛んだ。それを機に、騒ぎは止んだ。
「……ったく、あの馬鹿……」


「……なんだぁ、てめぇ……?」
 親分の低い声とともに、華奈の腕を掴んだ手を離す。華奈は後ろに下がり、子分を殴り倒した少年を見る。
黒いズボン、黒いシャツの上に、黒いロングレザーコートを身に纏い、それに加え黒の短髪。全身黒ずくめ。その一言こそが第一印象でありそうだったが、それよりも印象に残るものがある。
(……片目が赤い……)
 そう。少年の右目は薔薇の赤色のように赤いのだ。色だけじゃない。その目つきそのものも、少年の年齢――おそらく自分と同い年だと思うが――に不相応な険しさをもっている。まるで、獲物を睨みつける獣のようだ。
「なんでもねぇよ。お前たちにとっても、その娘にとってもな」
「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
 少年の茶化すような声に反応するように、少年に近かった子分が少年に殴りかかってきた。
「あっ……!」
 咄嗟のことだったので、拳は少年の顔面に当たると思ったが……
「……おいおい、こんなんじゃ骨一本も傷つかないぞ?」
「く、あ……!!」
 少年は拳を止めていた。自らの右手で。子分はいくら力を出しても押し進まないことに動揺しているのか、その場から動けずにいる。
「屯すんなら……他所でやれ」
 そう言った直後、少年は掴んでいた子分の拳を前に押し出し――直後、骨が折れる音が微かにした。子分の痛覚が声として出る前に、少年は拳を捻り、子分の腕の関節部分に肘を打ち込んだ。襲いかかる痛みに耐えきれず、少年はその場に倒れる。
「――! ――!! 」
声にもならない叫びで、子分は痛みを訴える。
「て、テメェ!!」
 残りの子分二人が、少年に殴りかかる。が、少年は頭を後ろに倒したため、子分のフックは空を切る。直後にまた拳が向かってきたが、少年は難なくそれを右手で掴み、硬直した子分の腹に蹴りを喰らわせた。子分は後ろに吹き飛び、腹を抑えながら呻いた。
「あっ・・・ひっ!!」
 もう一人の子分は両肩を少年に掴まれ、少年と向かい合い――力一杯込められた頭突きを喰らった。直後、少年の意識は飛び、白目をむいたが、すぐに意識を取り戻し、頭を上げたが――
「大人しく寝てな……」
 飛んできたストレートを受け、今度こそ子分の意識は飛んだ。少年は肩を離し、子分のやられ様を見ていた親分に目を向ける。
「……!」
 先程の態度が嘘のように、親分は怯えていた。少年の強さ――否、少年の瞳が放つ威圧感に。
「……夏目 力也。お前を強姦容疑で“捕獲”する……」
 直後、少年は親分に駆け寄り、助走によって生み出された力を右拳に込め、腹にぶち込んだ。
「ぐっ、はっ……!!」
 親分は腹を抑えながら後ずさるが、後ろにある衣服屋のショーケースのガラスによってそれは阻まれる。
「……さっさとくたばれ、餓鬼」
 残身を解き、再び親分に駆け出し――ジャンプして足を揃え、見事なツインドロップキックが顔面部に直撃した。
 親分の体は反動で後ろに吹き飛び、うしろのガラスを割りながらショーケースに倒れ込んだ。数秒の痙攣の後、親分の意識は飛んだ。
「……」
 一部始終を見ていた華奈は、恐怖と混乱で立ち尽くしていた。
 何故助けてくれたのか
 何故ここまでやるのか
 疑問が渦巻く中、華奈は少年を見つめていた。学校に遅れることさえも忘れるほどに……
「……あ~皆さん。もうすぐ警察が来るんで、ここを空けておいてください。」
 少年はそういうなり、周りの人々は彼を見つめながら先程のように歩き出し、その場を後にした。
 だが、華奈は動じず少年を見つめていた。
「……そこの君」
「は、はい!?」
 突然声をかけられたので、華奈は少し動揺してしまった。構わず少年は続ける。
「大丈夫か? 何かされなかったか?」
「え、ええ……ありがとうございます、助けてくれて……」
「礼には及ばない。当たり前のことをしただけだ」
 あれが当たり前なのかと疑問に思うが、それを言うのはあまり良くないだろう……いろんな意味で。
「君、帝学園の生徒?」
「ええ――ああっ!?」
 華奈は学校のことを思い出すなり、思わず声を上げてしまった。
(ヤバい!遅刻するよ~!!)
「その様子だと、遅刻のようだな?」
 この少年、とても勘がいいのか、華奈が焦っている理由を簡単に突き止めてしまった。華奈は渋々、「はい……」と頷く。
「……ちょっと待ってろ」
 そう言うなり、少年は傍に止まっていた黄色のタクシーに駆け寄り、車に寄りかかっている中年の男性――運転手に声をかけた。何か話しているようだが……
「……君! このタクシーに乗れ!」
 相槌を打ち、少年は華奈にそう呼びかけた。
「え? でも……お金が……」
「金なら払った。さぁ、遅れるぞ」
 少年は華奈に寄り、右腕を掴んで無理やりタクシーに連れて行く。
 いくらなんでも滅茶苦茶だ。
「ちょ・・・とても悪いですよ! 助けてもらったついでにタクシーまで……」
「細かいことは気にしなくていい」 
 そう言うなり、少年は華奈の背中を押し、後部座席に座らせた。
「あっ、ちょっと待ってください! せめて、名前だけでも……」
 華奈は少年を見上げ、そう言う。少年はドアを閉めようとしていたが、華奈も呼びかけに反応し、その手を止める。
「……さっきのことは忘れろ。俺の事もだ……」
 微笑みながら少年はそう言い残すと、少年はドアを閉めた。
「あっ……」
 華奈は再度、少年を呼びとめようとした。が、車が動き出し、周りの景色が流れ始めた。少年も含めて……

       いつもとは違う形で、今日は始まった


「……成程、強姦容疑の高校生か。これはいい『売り物』じゃないか」
 周りに倒れ込んだ男たちを避けながら、修羅はキースに駆け寄った。
 キースは未だに少女を乗せたタクシーを見つめ続けていた。
「……惚れたか?」
 修羅は悪戯っぽくニヤニヤしながら、キースの背中を叩く。
「……馬鹿言うな。行くぞ」
 キースはぶっきらぼうにそう言うなり、再び歩き始めた。依頼主の下に向かって。
「待てよ、冗談だって」
笑いながら修羅も続く。

           ……今日は始まった……




[14185] 1‐3[依頼]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/04/13 12:41
 
 大戦が終了した今でも、昔と同じく戦争は続いている。これは人類……いや、地球上に存在する全ての生物にとって、止めることができないことなのかもしれない。
 戦いを止めるために、兵士を集め、兵器を作り、人々はずっと抗い続けてきた。それが戦いそのものを拡大させるとは知らずに……
 旧世代の大量殺戮兵器が北極の『永久凍土庫』に封印されている今でも、人々は兵器を作り続けている。自国の防衛のために作り続けている。世界最大兵器開発企業『フォート社』も、その愚行を利益のために行う企業であった……


 フォート社 日本支社 午前9時30分 社長室

「で、俺たちに何を頼みたいんだ? 社長さん」
 腰に手を当て、キースは目の前のデスクの前に座る男に尋ねる。
3,40代といったところだが、まだ顔立ちは若い。茶色のスーツを着ており、ネクタイもちゃんと絞めている。
「……簡単なことだ。まず、これを見てくれ」
 そう言うと男はデスクの引き出しから一通の手紙を取り出し、それをキースに渡した。
「これは?」
「テログループからの犯行予告だよ……」
「ご丁寧なことですね」
 キースは手紙を開き、修羅も冗談をいいながらそれを見る。


 桐原 半蔵へ
 現在開発中の最新兵器の開発を中断せよ。
 最新兵器の完成は、我々の敗北だけでなく、祖国の崩壊を招く。
 今すぐに中断しなければ、貴公の娘を殺す。
 4月25日に連絡する。


「……ッハハハ……在り来たりな宣告だな、そろそろ見飽きたぜ」
 キースは手紙を読むなり、苦笑する。修羅も、同感だ、と言いたげに鼻で笑う。
「で、娘さんの護衛及びテロリストの殲滅……ってところですか?」
修羅は手紙をキースの手から取りながら前の男――桐原半蔵に聞いた。
「まぁ、そう言うことだな……もう1つ、頼みたいことがある」
「最新兵器の防衛か?」
と、そこにキースが割り込んできた。先程より、声を低くして。
半蔵が微かに、眉を顰めた。
「聞きたいことがある……最新兵器とは何だ?」
「……企業秘密だ」
声の調子、表情を変えずに半蔵はそう返す。だが、キースは1歩詰め寄り、片手をデスクに叩きつけた。
「……依頼遂行に必要な事項だ。場合によっては、銃の使用を控えなければならない」
「企業秘密にそんなに触れたいのか?」
 半蔵の言葉に、キース一層眼光を強くする。それに抗うが如く半蔵もキースを睨む。
数秒間、沈黙が続いた。
「……銃の使用は許可する。娘の護衛を最優先だ」
「……了解した」
 キースは渋々後ろに下がり、元の位置に立つ。一部始終を見ていた修羅は、別段そんなに動揺はしていなかった。
「任務をもう一度言う」
 半蔵が切り出したのと同時に、2人は半蔵に向き直る。
「私の娘の護衛、及びテロリストの殲滅が依頼だ……テロリストは皆殺しにしてくれ。1人たりとも、我が社の情報を持ち帰られたくない。更なる詳細は夕方に伝える。以上だ」


「まぁ、こうなることは分かってたよ。お前のことだしな」
「保護者みてぇなことをほざくな……お前も知っていたのか?」
 ベットに座り、拳銃の弾倉を見ながらキースは修羅に問いかける。一方修羅は、椅子に座って膝の上にノートパソコンを載せて何かを調べている。
半蔵との面会の後、二人は居住区の一室に案内された。娘が帰るまで待って欲しいとのことだった。このビルは、業務区、工場区、居住区の3つに分かれている。全50階、地下6階の内、地下全階と10階までが工場区、11階から30階までが業務区、それより上が居住区となっている。
「いや、勘さ……おっ、これこれ」
 目当てのサイトに辿りつき、修羅はパソコンの画面をキースに向ける。キースも弾倉から目を離し、画面を見る。
「全部英語だが、イギリス出身なら読めるだろう?」
「当たり前だ……やっぱな、道理で怪しいと思ったんだ」
 画面を目を細めて見ながら、キースは呟いた。
 画面に映っているのは、軍事関連の情報を公開しているサイトであり、英語で書かれている記事であった。タイトルには、「フォート社、S・E兵器開発に着手か」と記されている。
「……フォート社は先月、新兵器の開発を発表。コンセプトは発表せず、あまり多くを語らずに記者会見を閉じた。S・E兵器開発はあくまで噂であり、本当である可能性が極めて低い。それ以前に、S・E自体を入手することは、国際条約上不可能である……ところが、できるんだなこれが」
 記事を一通り読み、最後の一行に訂正を加えたキースは、修羅に目を向けた。修羅もそれに反応し、パソコンの画面下にあるタスクバーの一部をクリックし、再びキースに見せる。
「アメリカのS・E貯蔵庫の記録を探ったんだが、二か月前に盗難に遭っている……もちろん、公式に発表してないが」
「ドラム缶10缶分か……兵器開発には十分な量だな。VIPHの仕業か?」
「いや、詳細は不明。事件当時は夜に乗じて決行したと推測されている。痕跡は指紋一つ残ってなくて、組織、団体の特定は困難を極めているようだ」
「……そうか……」
 事件の状況を聞いたキースは、複雑な表情をしながら画面に映る文章を目で辿り続ける。
(……またか)
 それを見た修羅は、目を細めた。
 組み始めた時からそうだったが、いつもS・E絡みの話になると、難しい顔をして黙りこむ。そして、無闇やたらとそれを詮索しようとする。最初はS・Eに何か思い入れがあると片付けていたが、組んでから2年、それが続いている。
 ……何か不審だ……
「そろそろ話してくれないかな?」
 修羅がゆっくりと、だが、いつもの口調で切り出す。
「何のことだ?」
文章を読みながら、キースが応える。
 「S・Eに何の因果があってそんなにこだわるんだ? 今回の任務だって、最新兵器は直接関わっていない。それなのに、どうして――」
「修羅、お前には無関係だ。余計な詮索はするな」
最後まで話を聞かず、キースは顔を上げて修羅を見据え、淡々とした口調で告げる。無関係、という言葉に不快を感じ、修羅は少しいきり立って反論した。
「無関係って……俺たちはパートナーだろ? なら、お互いに秘密はなしだ。でなきゃ、不公平だ」
「……」
 黙り込んだ。沈黙した空気が一瞬、周りを包み込む。
 白状するか
 そう思ったのも、束の間だった。
 キースの目つきが――『狂気』に変わった。そして、修羅を睨みつける。赤く輝く右目が恐怖……否、それだけじゃなく、それ自身の概念を超えそうな『何か』を修羅の内側に打ち付けていた。
「……お前をくだらん理由でくたばらせたくない」
 言葉が静かに響く。何も考えられない。ただ、恐怖に耐えるのみ。
「それだけだ……」
 その言葉が合図のように、『何か』が消える。全身の力が、無意識に抜けた。体から魂が抜けたような感覚に襲われる。
「……おい、大丈夫か?」
「!?」
 肩を叩かれ、自制を取り戻した修羅は、キースに顔を向ける。
――さっきの目つきではなかった。
「……すまん、いきなりビビらせっちまって……」
 さっきの調子から覇気がそのまま剥がれたかのように、いつもの聞きなれた口調で心配してくる。
「あ、ああ……こっちもすまない……」
 怖気が少し残っていたため、動揺気味に修羅は返事をした。
「……とにかく、今は任務に集中しよう。
修羅、偽造IDを使ってテロネットワークに入って、ターゲットの情報を収集してくれ。俺はここの構造を調べてくる。」
「……分かった」
 修羅の返事を聞くと、キースは部屋を足早に出て行った。
その姿を、修羅は見つめていた。それが疑惑か、それとも畏怖か。どちらの思惑が込められていたのか、それは修羅自身でも分からなかった。
(まだ、あいつに関しては分からないことが多い。もしかしたら、あいつの事を俺自身が知らないだけなのかもしれない。だが――)
再びキーボードを叩き始める。『隊長』の指示をこなすために。
(俺はあいつを信じる。あいつのパートナーとして……だから、話してくれるだろう。いつか、あいつの目的を……)

信頼を心に持ち、何を見るのか

その答えは、誰も知ることができない
        
                 神でさえも・・・



[14185] 1-4[preparations]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/12 21:42
 午後5時30分 電車内

 現在の東京も、大戦前とはあまり変わらない。
 以前のように、昼は都心が出勤・通学者でごった返し、夜になると皆都外へと帰っていくといったドーナツ化現象が絶えず起こっているなど、以前とは全く変わらない、『平和』な街であった。
 霧原華奈も、それと同じく、変化のない生活を送り続けてきた。いつものように、この電車に乗って学校に行き、友人と他愛のない話をしたり、一緒に勉強したりして、夕日が照らすオレンジ色の都会を歩き、家に帰る……そんな日常のサイクルに1つ、『特異点』が混ざった。
(……あの人……どうして私を……)
 今朝、華奈を不良たちから助けてくれた、あの少年である。あれから華奈は、その少年について考え込んでいた。
 どうして自分を助けてくれたのか。
 あそこまでやる必要はあったのか。
 治安維持軍の者でもなさそうだったし、何よりもあの若さ……自分とほぼ同年齢だろう。しかし、どこかの学校の制服を着ていなかった。何か事情があって学校にいけないのかと思ったが、それにしては懐に余裕があった。
(……一体、何者なんだろう……)
「カナっち、どうかしたの?」
「!!」
 突如声をかけられ、思考を中断する。そして、声がした隣の席……同じ制服を着た少女に顔を向ける。
「おおっ!? どしたの?」
 華奈の反応に驚き、少女は思わずみじろぐ。
「え!? あっ、いや……ちょっと考え事してたんだ! それで、ボーっとしちゃって……」
「そう? なら良かった。てっきり、具合が悪いかと思ったよ~」
「あはは……心配ありがと、李那」
 華奈はそう言って、少女――千秋楽 李那に微笑み、李那もそれに笑顔で返す。
 千秋楽 李那は、幼少時代から華奈と親しくしてきた者である。幼稚園のころに会い、ふとしたきっかけで友達になった。口調から分かるように、とてもアグレッシブな性格であり、学校では男勝りなその性格が理由で有名である……なおかつ、少し天然なところもあり、彼女はそれに気付いていないようであるが。
 男寄りな性格は、やはり、家が剣道で有名であり、その後継ぎであるせいだろう。その実力は、全国大会に名を馳せる程である。
「華南はおとぼけさんなんだから、気をつけないと転ぶぞ~」
「私よりも、自分の事を心配しなよ~。私よりも天然だよ?」
 返答とともに、華奈は苦笑する。「そんなことないよー」と、李那はそっぽを向く。
(……まぁ)
 華奈は後ろを向き、窓の外から見える街並みを見つめた。
 夕日がビル群を照らし、オレンジ色の光が煌めいている。いつもと変わらない風景。
 それが今も見られるということは、今、自分が日常にいることの証拠……あれは偶然の出来事なのだ。
(……今日の事は忘れよう……)
 そう思い、あの出来事に関しての思考は止めた。
 そうすることで、すこしは気持ちが楽になると思ったから……


 午後6時半 フォート社

 いつもなら、新宿のマンションに帰るのが、霧原華奈の日常なのだが――今日は厄日なのだろうか――今日は父親に、事情があるということで、会社に呼ばれたのだ。
 会社には居住区があり、生活には困らない。今日はすでに遅く、一晩ここに過ごすことになるのだが……
「父さんに、会いたくない……」
施設の目の前に来て、小さく呟く。
 昔からそうだが、物心ついた時から父のことが嫌いであった。いつも仕事優先で、華奈の面倒を見る気が全く無い。それだけでなく、家庭の方も放棄する、いわば、無責任な最低の男だ。
「……行くしか、ないか……」
 そう自分に言い聞かせ、華奈は施設の自動ドアへと入って行った。
 前にもここに来たことがあるが、大半は父に『雑用』を頼まれたためである。だが、今回は用があるといった。書類を取るなどの事ではなく、単に用があると言っただけだった。
 エレベーターに乗り、父のいる社長室がある、最上階へと向かう。最上階まではまだかかる。その間、華奈は壁に寄りかかり、目の前に広がる渋谷の夜景を眺める。エレベーターは、外方向がガラス張りの円錐型であり、街を見渡せるようになっている。
 所々で煌めくライト、車のライトが作り出す光の川・・・

            綺麗

 華奈が感じる感情は、その一言に限った。
 この世で美しいもの。それは自然が作り出すもの。人工物が作り出す偶然。意志的には作り出せないそれらは、この夜景のように汚れのない純粋なものだ。どんなものでも敵わない……人間の心ですらも。汚れきった人間の心など、溝水にすら及ばないほどだろう。
 父だけでなく、この世界に生きる人間は。皆、心の全てが美しいわけではない。きっとどこかに、負の感情を抱いている。憎しみ、怒り、欲望……醜いそれらを持つものを、綺麗、といえるだろうか。そういうと、華奈もその対象に入るから、そう考える自分自身も嫌になる。
「……歪んでるな、私も」
 そう呟いた直後、エレベーターの扉が開いた。もう着いたようだ。
 気を取り直し、華奈は煌めく光を背に、エレベーターを出た。
 社長室はエレベーターを出てすぐ目の前にある。ドアの前に立ち……すこし躊躇って……静かにドアをノックした。
 「入れ」と事務的な口調の父――霧原半蔵の返事を聞き、ドアを開く。 
「ただいま、父さ……えっ!?」
 部屋には半蔵だけがいると思っていたが、客が来ていた。少年が2人。どちらも華奈とは同い年くらいだろう。
 片方は黒いジーンズと白いTシャツ、その上に、首元に白いファーが付いている茶色のジャケットを着ている。茶髪のショートヘアで、強いて言えば、休日の若者の姿だ。
 そしてもう片方は……黒いズボン、黒いシャツ、黒いロングレザーコート、黒の短髪。そして……赤い右目。
「君は今朝の……」
 そう、今朝華奈を助けた、あの少年だ。
 しかし、何故ここに?考える前に口が動いた。
「ど、どうしてここに?」
「……成程、君が霧原華奈か。今日、御父さんから仕事を頂いてな」
「仕事……?」
 状況を掴めないでいる華奈は、奥にいる半蔵に目を向ける。
「……実はな、華奈・・……」
 半蔵が少年2人に目を向ける。2人はそれを察したかのように、ドアへと歩を進めた。
「後でまた話そう」
 黒ずくめの少年がそう言い残し、部屋を静かに去った……


「まさかあの子が娘さんだとはな~、偶然にしてもびっくりだぜ」
 ベットに寝転びながら、修羅は感嘆の声を上げた。
 確かに、あの子が半蔵の娘――霧原華奈であることには、内心キースは驚いていた。あんな同い年の子が、テロリストに狙われるとは……
「まぁ、な……それより修羅、情報は入ったか?」
「あー……駄目だ、昼間と同じ」
 キースが言うなり、修羅は気のない返事をする。
「他のテロネットワークにも入ってみたが、それらしきグループが見当たらない。国際防衛機関、自衛隊、国連、さらにはLURERのリストにも載っていない……どこにもいないんだ。隠密工作をしているにしても、ここまで隠し通すのは不可能だ」
 修羅が言ったように、ここに襲撃するテロリストの情報は、現時点で掴めていなかった。何しろ、噂すら出てこないのだ。情報が出ないのも、無理はなかった。
「……何か変だ。嫌な予感がする」
 窓から見える、渋谷の夜景を眺めながら、キースは呟いた。
「止せよ。お前の勘、妙に当たりやすいんだからよ」
「……この依頼、少々手こずりそうだな……」
 目を細めながら、キースはため息をつく。
 テロリスト戦、ましてや室内戦となれば、相手の出方を読む必要がある。どのような配置で、どのように侵入、制圧するのか。様々な情報を収集しなければ、いくら実力の差があろうと、数で殺られるのがオチだ。
(……さて、どうしたものか……)
 コーラの缶を一気に呷り、ベットに置いてある弓袋を取り、それの紐を解く。袋に対して短いそれを出す――日本刀だ。黒い鞘に、赤い桜が描かれており、ゆっくりと刀を引き抜くと、禍々しく輝く黒い刃。

              残毀閃(ざんきせん)

 刀の名だ。この刀は、キースがこの仕事を始めるよりも前から持っているものだ。このご時世で、剣を戦闘で振るう者はいないとは思われるが、ちゃんとした理由がある。
「刀を使うのか?この状況で……」
「だからだよ。狭い室内なら、一気に接近戦に持ち込める……俺の魅せどころってやつだ」
 室内での戦闘。接近戦を主としているため、一秒一秒が重要になる。リロードさえも惜しまれる程だ。銃では隙ができるため、負傷しやすい。だがナイフのような近接武器なら、銃よりも早く攻撃できる……つまり、銃よりも優位に立てるということだ。
「お前も銃の手入れしておけ。ジャム起こして直している内に、脳みそが吹っ飛ぶぞ?」
「ハッ、死ぬなら棺桶の中だけと決めてるがな」
 キースが刀を布で拭きながら修羅を茶化すが、修羅は笑いながら返す。
 不安はあるものの、悩んでいても仕方ない。やるべきは一つ。

         目の前の敵は、全て殺す

 たったそれだけの、単純なことだった。それを改めて再認識したキースは、思わず笑みをこぼす。
「……歪んでいるな、俺も……」
「あ? 何だって?」
 キースの呟きに、拳銃――SIG/ザウアーの点検をしている修羅が疑問の声を上げる。
 キースはただ、刀を鞘に収めながら、「何でもない」と言った……

「……」
「……華奈、大丈夫か?」
 大丈夫なわけがない
 そう言いたい華奈だったが、あまりの驚きに口が動かせなかった。

             殺される

              私が

 その単純かつ、明快なワードを、容易に受け入れられなかった。只の女子高生――只の女の子が、見ず知らずの者に殺される。
 ふざけたことだ。
 嘘だと思いたい。
 だが、父親は本当だと言っている。
「……嘘よ……私が……」
「だが心配することはない。あの2人を、お前のガードマンとして雇った……なんでも、凄腕の者らしい」
「……父さん、一つ聞いていい……?」
「……何だ?」
 目を背け、華奈は戸惑いの表情を見せる、が、すぐに口を開く。
「機密兵器と私……どっちが大切?」
「何?」
 突然の質問に、半蔵は疑問の声を上げる。構わず続ける。
「分からないの……父さんは兵器と私、両方を守る方法を考え付いた。それは私にとっても、父さんにとってもありがたい……だけど、それだと、どっちを大切に思っているのか、分からなくて……」
「……」
 華奈の疑問に、半蔵は戸惑った。
 自分が殺されるよりも、このことが華奈にとって気になるところだった。仕事主義の父が、仕事と娘の安全をとることなど、思いも寄らなかったのだ。

       ……やはり、状況が状況か……

「……華奈」
半蔵が歩み寄り、呼びかけるのを聞いた華奈は、俯いていた顔を上げた。
 すると、半蔵は華奈の頭の上に手を置き……撫でた。
「私が、お前を捨てると思うか?」
「え?」
 思わぬ展開に、戸惑う。
「確かに、お前から見れば最低な父にしか見えないのかもしれない。仕事に打ち込んでばかりで、家族の事は考えない父など、最低だろう……その所為で、お前につらい思いをさせてしまった……私は、お前を愛している。娘として……だが、私はここの社長……仕事を壊すわけにはいかないのだ。だからこの状況になってしまった……」

              驚き

 今の華奈は、その感情に揺らされていた。
 あんな態度を取りながらでも……自分を愛していた……
「本当に……許してほしい……」
 悲しげに、そして許しを請うその言葉が、静かに華奈に染み込んだ。

         私は馬鹿だ

 そう思う他に無かった。
 相手のことも知らずに、自分は父を最低扱いにしてしまった。
 罪悪感が胸を刺す。
「とう…さん…」
「泣かないでくれ、私まで悲しくなる……」
 泣いているのか。
 半蔵の言葉でそれを認識する。
「さぁ、部屋に行きなさい。いつでも逃げられるように、準備しておくといい」
「……うん」
 両肩に両手を置かれ、華奈は頷いた。
「私も……ごめんなさい……父さん……」
 やっとの思いでそう言うと、華奈はドアに向かって歩き出した……父の愛を噛み締めながら……


「……行ったか……」
 半蔵はそう言うと、デスクの上にあるウェットティッシュを一枚取り、右手――華奈を撫でた手――を念入りに拭いた。左手も、同じように。
「ふん、あいつも御人好しだな……馬鹿め……」
 椅子に座り、静かに毒づいた……



[14185] 1-5[NIGHT FIRE] 1/2
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/13 00:27

夜――それは1日の終点であり、1日の、死の瞬間。1日が終わるこの瞬間は、どうしてこんなに暗く、恐ろしく、そしてまた、切ないのだろうか。
 人間が誕生した時から、夜は人間に畏怖される現象となり、それは今でも同じだ。明かりで気を紛らわしているだけで、本心では皆恐れているのだ。そうして夜を過ごすのと同じように、人間は何かに縋らなければ存在を維持できない。
 親に、友に、師に、そして神に縋り、人々は生き続けた。
 だが、一部の者は全てに抗い続けてきた。夜に、権力に……神にも。
社会という巨大構造体の陰に溶け込み、今日もまた、彼らは全てに抗う……


 午後8時40分 フォート社屋上 

「……妙だな」
 光の煌めきが盛り上がり始めた街を見下ろしながら、キースは呟いた。夜景の鑑賞――ではなく、双眼鏡を使って街やその周辺を見回していた。
 ここに張り付いたのが7時50分。しかし、この50分間で敵の動きを確認出来ないのだ。廃工場、廃墟、港の倉庫……近辺の拠点となりそうな場所を見てみたが、人一人すら見当たらない。
 おそらく、テロリストはまだ、ここには……
「来てないようだな……まさかあの手紙、只の悪戯だったりしてな……」
 冗談交じりにそう呟き、コーラを少し飲む。
 もしそうだとしたら、悪い冗談この上ない……いずれにせよ、依頼を受けた以上、今晩は張り付いていなければならない。
 何が来ても来なくても、大金がもらえる。こんなでかい会社を持っているくらいなら、その程度の『損』は、苦でもないだろう。
「フッ……あのいけ好かねぇキツネ面が崩れるのも、悪くない……」
「誰が、いけ好かないっていうのですか?」
「!?」
 突然、後ろから聞き慣れない声がし、キースは反射的に振り向いた。
 常時、護身用に二丁銃を腰のベルトの左右につけている。右手を左腰にあるUSPに伸ばし、引き抜こうとしたが……
「霧原、華奈……?」
そこには、黒い制服とは打って変わって、蒼いパジャマの上に白いコートを被った少女――霧原華奈がいた。いきなり振り向いたせいか、華奈は後ろずさった。
「あ、驚かせてごめんなさい!えっと――」
「キース」
「え?」
 しどろもどろになっている華奈に、キースは自分の名前を言った。実際、名乗っていなかったので、適当に言って和ませようとした。
「キース・オルゴートだ……お前と同じ17歳の『便利屋』だ」
 キースは言い終わると、コーラを一気に呷った。ぷはぁーっ、という声とともに缶を置き、ゆっくりと立ち上がった。
「あと、敬語は結構。堅苦しいのは好みじゃない」
「う、うん……キース、君……」
「君付けも、どうかねぇ……?」
 少々呆れ気味な口調でキースは呟き、頭を掻く。その仕草に、華奈は「え?ええ?」とまた混乱している。
「なぁ――」
「はいっ!?」
 混乱状態から未だに抜けられない華奈に、キースは声をかけたが、変な声を出してまた混乱した。どうやらこの華奈という少女、かなりの『ドジっ子』らしい。
 キースはフェンスに寄りかかり、華奈に目を向ける。
「ここからの夜景、綺麗だな」
「えっ……う、うん。そうだね……」
 キースに倣うようにフェンスに寄り、フェンスの隙間から夜景を覗いた。
「……ここから見る夜景は、いつも綺麗でね、会社に来るといつもここに来て、夜景を見てるの」
「親父さんとは別居なのか?」
 キースは華奈の横顔を目で見ながら聞き、華奈がこくり、と頷くのを確認すると、また視線を夜景に戻す。
「……話は聞いたよ……」
「そうか……」
 静かに、声が響く。キースは傍に置いてあるレジ袋―――先程修羅が買ってきてくれたもの――から、コーヒー缶を1つ取り出すと、華奈に「おい」と声をかけ、それを手渡す。
「ありがとう」
微笑みながらそう言うと、華奈はプルタブを引き上げる。プシュッ、という音とともに、ほんのりと甘いコーヒー豆の香りが、微かにキースの鼻孔をくすぐる。
「……今夜は安心して眠れ。明日の朝には、全て終わってる・・・そんでもって、いつもの日常に戻れるだろう」
「うん、お願いね……それと――」
 華奈はそこで口を止めてしまった。
「どうした?」
 具合でも悪くなったのかと思い、キースは声をかける。
「……死なないでね」
 夜景を見下ろしながら、華奈は静かに告げた。真剣な表情で。
「これだけは、本当にお願い――」
「ッハハハハハ!」
 キースは突然笑い出した。
 華奈はそれに「ふぇ!?」と素っ頓狂な声を出しながら、きょとんとした顔でキースを見ていた。
「あの……何で笑って……?」
「いや、俺たちのようなろくでなしに、死ぬな、なんて声かけてくれる奴がいることが、少しおかしく思えてな」
 キースは笑い交じりの声でそういい、顔を伏せた。微笑みながら。

 誰かが心配をかけてくれる?

 こんな俺に?

 『クズ虫』の俺に?

 『人殺し』の俺に?

            ……滑稽だ……

 そう思う他になかった。
 ましてや、人殺しに心配をかけるなど……馬鹿らしかった。
「……どんな仕事をしてきたかは知らないけど、あなたは生きてるんだよ? どんなことをしていたとしても、生きてるんだよ?」
「……」
 口を閉ざす。構わず華奈は言葉を繋ぐ。
「私は、周りの人が理不尽に死ぬのは、絶対に嫌なの。それが、どんな罪人でも、憎い人でも……だから、死なないで」
「……」
 キースはレジ袋を持ち、フェンスから離れ、屋上の出口に向かった。無視された、と思ったのか、華奈は顔を俯かせた。ドアの前に来て、キースは立ち止まった。
「……その『わがまま』、依頼の内に入れてやる」
「え?」
 キースの返答を聞いて、華奈はキースに振り向く。キースは背を向けたままだ。
「1つ、良いこと教えてやる」
 ドアを開け、華奈に横顔を見せる。
「この世には、死ぬべき人間が存在する。裁く者と、罪人……『俺たち』は前者であり、後者だ……お前の理想論は、俺にとっては『お気楽』過ぎる……」
 微笑みながらそう告げ、屋上を後にした。


 午後10時50分 居住区

 依頼内容:霧原 華奈の護衛、及び、テロリスト殲滅
 報酬金:1000万
 備考:午後11時までフォート社からの連絡をテロリストは待ち、11時になると同時に活動開始予定。

「……寝たか?」
 部屋から出てきたキースに、修羅はさり気なく問いかけた。キースはUSPと黒色の銃――デザートイーグルを両腰から取り出し、器用な手つきで遊底を引いて弾を送り込み、壁に寄りかかった。
「自分が殺されそうなんだ……寝てられるものか」
「そうか……」
 修羅もSIG/ザウアーの遊底を引き、壁に寄りかかって一息つく。
「……あれから進展は?」
 キースがため息交じりに聞く。
「全くだ。奴らの尻尾すら見えねぇ……ガセネタ、かもしれないぞ?あの予告は」
「かもな。周囲にも動きが無かった……空襲でもするつもりか?」
「たかが1人殺すのに、そんな大掛かりなことはしないだろ?」
「……ああ、1人、ならな」
そう言い、キースは目を閉じて天井に顔を上げた。
(……予習していたか……?)
 キースたちが昼、テロリストのネットワークを調べていたのと同様に、テロリストがVIPHの活動を探ることも可能である。
 ただ、VIPHのセキュリティは、テロリストのそれよりも遥かに厳重である。相当の技術を持つハッカーでなければ、パスワード、ID照合だけならず、マトリクスの解読、設定等も必要とするセキュリティを突破することは不可だ。
「……奴ら、俺たちがここにいるのを知ってるのか?」
「そう考えるのが正しいかもな……時間だ」
 キースは顔を下ろし、腕時計を見る。そろそろ11時をさすところだった。キースと修羅はドアの左右に立ち、キースが右、修羅が左を警戒する。
2人は自身の『得物』を構え、『獲物』を待った……

      そして――
             カチリ
                 ――11の数字を、短針がさした

           ガッシャーン!!

 突如鳴り響くガラスの破壊音。反応した2人は即座に周りを見るが・・・
「……敵が来ない……?」
「……まさか!」
 キースは今気づいたように声を上げ、ドアを思いっきり引き、部屋に駆け込む。修羅も慌てて続く。
 部屋に入ると居間があり、そこから街を見渡せるように、大きな窓ガラスが張ってあったが、今その窓には、真ん中に大きな穴が空いていた。その傍では、音を聞いて寝室を出てきた、華奈が立ちすくんでいた。
「華奈!大丈夫か!?」
「キース!これ……!」
 華奈は、傍に横たわっているブリーフケースを指さしながら、怖気づいた声を出す。
 おそらく、それがどこからか飛び込んできて、窓ガラスを破ったのだろう。
「下がってろ」
 華奈にそう言い、キースはブリーフケースに近寄った。持ち手の方を見ると、鍵穴が付いており、特定の鍵で開ける物だった。見る限り、開けるのは無理なようだ。
「……何か聞こえないか?」
 キースは耳を澄ませながら2人に聞いた。だが、2人は首を横に振った。
 だが確かに聞こえる。何かの、信号音のような……
(信号音?……!!)
 キースは思い出したかのようにケースを持ち上げた。
 見た目とは裏腹にかなり重い!5㎏は有るだろう。
 だが、キースはそれをものともせず持ち上げ――外に放り投げた。
「キース!?」
「伏せろ!!吹っ飛ぶぞ!!」
 華奈の声を掻き消すほどの声でキースは叫び、黒銃――デザートイーグルを構えた――放物線を描いて落ちる、ケースに向けて。瞬時にケースの下部をリアサイトに捉え、引き金を引く。
 銃声とともに、修羅は華奈の両肩を両手で掴んで、一緒に床に倒れる。キースも瞬時にしゃがみ、レザーコートで自身を庇う。
 弾丸がケースの中心を貫いた直後――ケースは煌めき、間を置かずに赤い炎が漏れ出し、爆散した!
「くっ!!」
「うぉぉ!?」
「きゃぁぁ!!」
 爆風が窓ガラスをさらに吹き飛ばし、ガラス片とケースの破片が飛んでくる。
 幸いにも、破片は3人に飛んでくることはなく、爆音は音と共に間もなく止んだ……
「……ったく、手荒い御挨拶だな!クソっ……!」
「……」
 修羅は華奈に肩を貸しながら立ち上がり、声を荒げた。キースも、コートにかかったガラス片の破片を払いながら立ち上がり、割れた窓から身を乗り出し、辺りを見渡す。
 やはり屋上の時と同様に、敵が見えない。
(じゃあ、どこから爆弾が!?)
「誰か来るぞ、キース……!」
「っ……!?」
 先程の爆発が合図だったかのように、辺りから不規則な足音が聞こえてきた。足音は段々大きくなっていた。キースは出口に向かって二丁銃を構え、向かってくる者たちを待つ。修羅もそれに従い、SIG/ザウアーを構える。2人はその状態で、華奈の盾になるように立った。
「何人いると思う?」
目配せもせず、キースは修羅に問いかける。
「6人ってとこか?」
「いや、もっといるだろ?10ぐらい」
「100円賭けるか?」
「金じゃなくてコーラ1つ奢れ……来るぞ」
 キースは微笑みながらそう言い、再び集中を出口に向ける。数当ては賭けごとに変わり、景品までも決めてしまったが、最も、これはいつものことである。
「……!?」
 やがて、足音の『元』が部屋に駆け込んできた。が、テロリストでは無かった。
 午後7時ぐらいから配備されていた、黒い特殊防弾着を着た、フォート社直属の部隊だった。
 彼らの担当は下の階だったはずだが……
(どうして直属部隊が持ち場を離れてここに……)
「!?」
 隊員は5人入ってくると、キースたちの前方を取り囲むように半円状に並び、手に持っているM4アサルトライフルを向けてきた。
「おい!どういうつもりだ!?」
「え……ええっ!?」
 修羅は苛立たしげに声を上げ、華奈は動揺を隠せずにいた。

        ここにいては、殺される

 それだけは、キースには分かっていた。言われずとも、直感で感じ取ることができる。
 流れる空気、威圧感、そして、彼らの『虚ろな目』……
 それらが『今』を物語っていた。
「……修羅、どうやらこの賭け、引き分けのようだな」
 キースは修羅に目をやり、それを見た修羅は頷き、ジャケットのポケットから小さな筒状の物を取り出す。キースは銃をホルスターにしまい、静かに華奈に耳打ちをする。
「飛び降りるぞ」
「え……きゃっ!?」
 キースは華奈の腕を掴み、駆け出した――
「降りるって……窓から!!?」
 ――割れた窓に向かって!
 直後に修羅は筒を直属部隊に向けて投げ、キースを追った。

 バン!!

 爆竹のような音を出した直後、眩い光と耳障りな音が鳴り響く。閃光音響弾だ。
「華奈!しっかり捕まってろ!!」
 音響にも負けない大声でキースは叫び、2人は窓を飛び出した!
 地面へと引きつける重力と吹きつける風が襲う!
「!!」
 キースは華奈を抱きかかえ、地上に背を向けるようにくるりと回る。すかさずコートの裏側から、先端にミサイルのような大きな棘がついた銃を取り出し、それをビルの壁に向かって撃つと、先端からワイヤーが出てきた。修羅も同じくアンカーを撃ち、2つとも同じ高さに着弾した。
「窓からまた失礼するぜぇ!!」
 ワイヤーの振り子運動に身を任せ、2人は窓に向かって飛び込んで行く!
「「うおおおお~~~!!!」」
 2人は飛び蹴りの姿勢を取り、ガラスの壁を一気に突き破る!!
 先に修羅がアンカーを捨て、床に転がりながら着地した。
 キースはアンカーを手放し、華奈の膝の裏に手を入れる――俗に言う、お姫様だっこの姿勢を取り、床に足を深く折り曲げて着地する。
「……到着だ」
 どれ程の力を入れたのか、足は僅かに床にめり込んでいた。



[14185] 1-5[NIGHT FIRE] 2/2
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/02/15 11:35
 フォート社 30階 会議室

「っ痛ぅ……おい、大丈夫か、キース?」
「ああ、全然変わりない……華奈?」
 修羅は起き上がりながらキースの安否を確認し、キースは静かに応えた。抱き抱えている華奈を見る。
 と、突然キースの胸に顔を押し付けてきた。
「……っ……っ……!」
「……」
 顔こそ見えなかったが、泣いていた。体を小刻みに震わせ、まるで、体感した恐怖を訴えているかのようだった。キースは何も言わず、華奈の肩をポン、ポンと叩きながら辺りを見る。
 キースたちは先程、40階から落ちた。落下している間に見た窓の数は10枚……つまり、今いるのは業務区30階、会議室だった。会議室は広く、中央には長方形状に折りたたみ長デスクが並んでいた。
「……!?」
 と、状況をさらに確認する間もなく、騒がしい足音が聞こえてきた。
「これはどういうことなんだ!?何で奴らは俺たちを狙う!?」
 修羅は立ち上がり、デスクを縦に倒してバリケード状にしながら怒鳴る。
「……誘導だ」
「なっ……誘導!?」
 修羅はバリケードに身を隠しながら聞き返す。キースは無言で頷いた。
「おそらくこの依頼は、俺たちを誘き寄せ、殺すための罠だったんだ」
「そんな馬鹿な! 何のために!?」
「それは分からん。ただ、あいつ等の目、正気じゃなかった……『BD』を投与されている」
「『BD』!?」
 『BD』……正式名称『brain director』。その名の通り、脳の中枢神経を麻痺させ、組み込まれた人口遺伝子の情報の通りに行動させる投与剤だ。主に、尋問用に軍が使っている薬品であり、一度投与すると、組み込まれた情報を終わらせない限り、自我を取り戻すことができない。いわゆる、『洗脳薬』である。
「どこからそんなものを……」
「フォート社の軍事ネットワークは世界トップクラスだ。金さえ出せば、軍も薬ぐ
らいは譲る……華奈」
 キースは言い切ると、華奈に声をかける。少しは落ち着いてきたのか、華奈は顔を上げる。
 両目には涙が残っており、顔が微かに赤くなっていた。
「……ごめん、なさい……つい……」
「いいんだ、気にするな……立てるか?」
 うん、と答え、華奈はキースに肩を貸しながら立ち上がり、修羅の隣に座る。
「……修羅、足音が近づいてきた。もうじきこの階に着くだろう……」
 キースは立ち上がり、バリケードをジャンプして乗り越える。腰からデザートイーグルを取り出し、ベルトに差してある刀、「残毀閃」をゆっくりと抜いた。黒い刃が禍々しく光っている。
「お前はここで華奈を守れ。俺は『狐ジジィ』に会ってくる……多分、あいつが主犯格だ」
 キースは目で修羅が頷くのを確認すると、ドアに向かって歩き出した……が
「待ってよ! 1人で、戦うつもり!?」
 華奈がゆっくりと立ち上がり、キースに問いかけた。
「ああ」
 振り向きもせず、応える。
「無茶だよ……死んじゃうかもしれないんだよ……?」
「これまでもそうだった」
「怖くないの?死ぬことが……」
「……」
 キースは歩を進め、ドアの前に立つ。
「……もう、怖く『なくなった』」
「え……?」
「憎まれることも、殺し合うことも……死ぬことにも」
 最後の一言を微かに強調し、キースはドアを開け、去って行った…… 


 足音が近い。もう来ている!
 キースはやや広めの廊下を駆け出した。前方は右に曲がっており、昼に見た地図を思い出すと、そこの角を曲がればエレベーターがある。
「……くっ!」
 角から、黒の集団……特殊部隊が5人出てくる。キースに気付いた5人は、無言
のままM4を構える。
「邪魔だ! 木偶人形!!」
 キースは咆哮すると同時に体を後ろに倒し、助走力を利用してスライディングの体制をとる。体制を取る直前に引き金を引いたため、M4の銃弾は空を切った。
 滑りながらデザートイーグルを構え、一番手前の敵の頭を狙い、引き金を引く。もう一度引く。さらにもう一度!
 銃弾は敵の脳天を貫き、さらに顔と首に銃弾がめり込む。頭と口から血が溢れ、倒れる。
1人

 さらに滑り続け、手前の敵の足を蹴り倒す。真上に浮いた敵をキースは見逃さず、刀を横に振るい、胴を切り裂く。

                 2人

 残りの3人がキースに銃口を向ける。が、それよりも早く、キースは刀の切っ先を奥の敵に向けて――投げつけた!
 刀は肩を貫き、敵はM4を手放し、倒れた。左右にいた2人は、刀に気を取られて後ろの隊員に目がいってしまった。
「余所見してていいのか?」
 2人はその声に反応し、即座に振り向く。が、遅かった。
 もうすでにキースは、空いた手でUSPを抜いている!
「言わんこっちゃねぇ」
 直後、2人の後頭部から、赤い液体が飛び出した。
                 4人
「っく……はぁ……はぁ……」
 隊員はゆっくりと立つキースを見ながら、落としたM4を拾おうと手を伸ばし、視線が銃にいった直後――
「……!!っおおおぅ!!!」
 腕を踏みつけられ、さらに、肩に刺さっていた刀が押し出すように引き抜かれる。骨が、切れた。
 そしてそのまま、キースは刀の切っ先を敵に向け、上段に構える。
 敵が叫ぶ。
 だが、そんな声は無視し、躊躇わずに刀を頭に突き刺した。
                 5人
「軍も腕が落ちたものだ……」
 刀を抜きながら静かに呟き、刀を斜めに振るって血振るいをする。白い壁に、赤い点が生まれ、爛れた。
 角を曲がると、すぐ近くにエレベーターがあった。周囲を確認し、呼び出しボタンを押したが……
「……電源がカットされている?」
 上のランプどころか、押したボタンさえも点滅していなかった。
 このビルの電力供給は、内部にある電力制御室によって制御されている。手動で動かせば、エレベーターだけの電力供給を止めることも可能だ。
「チッ、面倒なことをする……」
 舌打ちをし、苛立たしげに愚痴りながら、電力制御室のある25階に向かって駆け出した……


 どうして、こうなってしまったのだろう
 私は、一体何をしたというのだろう
 何の因果でこんな――
 突然訪れた、日常の崩壊。それは、日常を生き続けてきた華奈にとって、衝撃的な暴力だった。虚ろな目で、目の前に広がる夜景を見つめる。だが、明かりは以前よりも少なく、光が消え去ろうとしていた。まるで、華奈の中から、何かが消えていくように……
「……わかった、終わったら連絡してくれ」
 隣で携帯で誰かと話している――おそらくキースだろう――修羅はそう言って携帯を切り、華奈に向く。
「華奈」
「……」
 反応しない。頭が真っ白になり、修羅の声が耳に入らなかった。修羅はため息をつき、華奈の肩を軽く叩く。
「!」
 いきなり肩を叩かれて驚いたのか、華奈は、びくっ、と身震いし、修羅に顔を向けた。
「大丈夫か?」
「う、うん……ごめん……」
 すでに自己紹介は済ませていたので、修羅とも普通に話せた。修羅はそんな華奈を見て、苦笑する。
「まぁ、いきなりあんなことがあれば、誰だってそうなるよな……俺も『そう』だったし」
「そう……だった……?」
 最後に付け加えた一言が気にかかり、思わず華奈は疑問の声を上げた。
「いや、こっちの話だ……それよりも、キースからの報告だ」
 と、さっきまでの真顔に戻り、ドアを警戒する。
「奴等、エレベーターの電源を切ったらしい。キースは今、制御室に向かっている。電源が戻り次第、キースと合流する。いいな?」
「うん……わかった」
 華奈の声は未だに生気がなかったが、やっと出せる声で応える。
 そしてまた、先程のように夜景を見つめる。
(……父さん……)


 フォート社 25階 管理スペース

 25階は、ビル全体の電力等を行っているスペースだ。普段なら、作業プログラムが調整をし、人出の少ない場所だったが、今、『鉄の音』のオーケストラが行われていた。銃の発砲音、空薬莢の落ちる音。そして――斬撃音。
「ブラボー15!援護射撃を――」
「遅ぇ!」
 と、銃撃をしていた敵のM4を、キースは刀で腕ごと切り上げ、そのままの体勢で斜め下に胴を斬り裂く。心臓の表皮が裂け、血が溢れる。叫び声を聞く間もなく、キースは死体となった敵の喉を握り『絞め』、右斜め上に向ける。すると、死体に何発かの銃弾が当たった。上の階からの攻撃だ。
 25階から28階までは繋がっているため、キースの今いる所から見上げると、28階の天井が見える。27階の中央を走る通路に3人、敵がいる。さっきの攻撃は、その3人によるものだった。
 死体で銃撃を防ぎながら後退し、3人の視界の死角にある柱の裏に隠れる。死体を捨て、柱から顔を出して辺りを警戒する。
 騒がしい足音がする。
 先程降りた階段を見てみると、下の階から10人、ホールに雪崩込んできた。
敵は素早く動き、柱に隠れてキースを警戒する。

       このままでは、囲まれる

 素早い対処を要求された。
 キースは状況を確認すると、刀を振るい、ベルトについている小さな筒――先程修羅が使った閃光音響弾と同じ型――3つ全て取り出し、口で1つずつ、筒に差しこまれているピンを抜く。全部抜くと同時に、筒を敵に向けて投げる。
 筒が床にぶつかると同時に破裂し、濃い白煙が辺りに広がった。
 いきなり広がった煙幕に、敵は一層警戒を強める。

「Are you ready to die?(逝く準備は整ったか?)」

 呟きと同時に、キースは柱を飛び出し、煙幕に駆けていった!
 煙幕に入ると、キースは刀を腰だめに構える。駆けながらその体制で……刀を振るう!

               ザシュッ……

 肉が切れる音と共に、血潮が白煙を染める。構わずさらに突き進み、刀を突き出す……微かに見える影に向けて!
「がぁ……っ……!!」
 突き刺したまま進み、刀をそのまま引っ張り、腸と骨を切り裂く!
 すかさず次の影に向かい、左手を伸ばして首を掴み、敵を持ち上げる。そのまま近くの影に走り、掴んだ敵を放り投げる。ぶつかり合って影が重なる。その影に向けて、刀を突き出す。刃は心臓部を貫き、後方にいた敵のそれも貫く!手首を捻ると、刀もそれに従い、横に振り『斬る』。
 キースは煙幕の中を駆け回った。そして、黒い閃光が辺りを走る!
 ある者は心臓に穴を空けられ、ある者は両手を斬られた揚句、胴を真っ二つにされ、ある者は首を斬られ、頭を飛ばされた。
 そして、最後の1人の首を突き刺し、息が切れるのを確認して刀を引き抜く。煙幕は未だに広がっており、上の階にいる敵はキースを視認することができないでいる。
「降りてこいよ。仲間が『あそこ』で待っているぜ」
 キースは死体の傍に転がるM4を拾う。そのM4には、銃身の下に大きなバレルが付いていた。取り付け式のグレネードランチャーだ。
 キースはスイッチを切り替え、銃口を上の通路に向けて撃った。直後、通路が爆発し、轟音を上げながら落ちて行った――敵ごと。
 瓦礫は煙幕を吹き飛ばし、辺りの視界が戻った。キースは死体のベルトからグレネード弾を取り出し、装填する。そして、瓦礫に向く。
 瓦礫に足を潰されて、動けない敵が1人いた。他は瓦礫の下だろう。
「出してほしいか?今すぐ出してやるよ。そら」
 最後の一言と共に、引き金を引く。グレネード弾が放物線を描いて飛び、瓦礫を敵ごと吹き飛ばした。
「……どうだ?『あの世』に出られたか?」
 ため息交じりにそう言い、M4を投げ捨てる。黒に紛れて刃が赤く染まった刀を、力強く振るい、血を払った。
「……さて、制御室は何処だ?」
 陽気に呟き、奥に見える扉を見てみると、上のボードに『電力制御室』と書かれている扉があった。キースはそこに歩き出し、制御室に入る――はずだったが、隣の扉の方に向かい、扉の上を見上げる。

             『監視室』

「…………あいつの馬鹿面を見られそうだ」
 キースは苦笑しながらそう言い、中に入った。
 室内は、特に注目すべきものはない、何十ものモニターとその計器だけが置かれている平凡な監視室だった。
 キースはモニターを見渡し、ふと、1つのモニターに目が止まる。
「……半蔵……」
 それは社長室の監視カメラであり、部隊員に何かを指示している、霧原半蔵が写っていた。
 キースは計器を操作し、そのモニターの音量を上げる。
『もうすでに、隊員の3分の2が奴に殺されました! これ以上の戦闘は不可能です!』
『何を言っている!? たった1人に25人程も殺されたというのか!? あり得る物か、こんなこと……!』
『現に、生体信号も途絶えています! 間違いなく、奴は怪物です!! 至急、地下に避難して下さい!!』
『馬鹿を言うな! たった1人殺すぐらい、なぜ出来ん!?』
 どうやら、薬剤投与をしていない部隊長と口論になっているらしい。
 これではっきりした。
 この依頼はやはり、キースの想像通り、『誘導』するためのものだった――自分たちを、殺すための。
「そこで待ってろ、ジジィ。今すぐ会いにいってやるよ……」
 呟きながらキースは携帯を取り出し、修羅へと電話をかけた。
 その声に、微かな怒りをのせて……


 フォート社 50階 社長室

 何てことだ
 デスクから立ち、窓に拳を叩きつけている半蔵には、そう思うことしかできなかった。
 この計画のために直属部隊を40人配備し、2人の男を殺そうとした。が、その結果、2人どころか、たった1人の少年に部隊の過半数が殺されてしまった。
(ありえん……ありえん……!!)
 確かに、あり得ないことだった。
 だが、現実に目の前で起こっている。
「このまま、ここに来たら……」
「……!? 奴だ! 全員、攻撃か――ぐわっ!!」
「!?」 
 予感が当たったが如く、『少年』は来た。
 部屋の前には、残りの隊員全てを配備させていた。
 15対1なら、勝てる。
 半蔵はそう信じていたが、実際、ドアの向こう側は悲惨だった。
「うわぁっ!ごあっ……!!」
「ああああっ!! あああああっ!!! あああああ――――」
「く、来るな、来ないでく――うがぁっ……!!」
 銃撃音と、時たま聞こえる斬撃音……それらが外の状況を教えていた。
 そして、最後の1人の断末魔が聞こえた。
 直後、ドアが音を発てて倒れる。
「よぉ。元気だったか、ジジィ」
 そこにいたのは、全身黒尽くめ、右手に刀を持つ少年……
「ったく、面倒なことしやがって……」
 顔を返り血で赤く染め、その赤に負けじと、『紅く』染まった右目……
「さぁ、Game Overだ……霧原半蔵」
 微笑みながら、キース・オルゴートは半蔵に向けて切っ先を向けた。


「……何故俺たちを狙う?目的は何だ?」
「な、何のことだね?私はただ部隊に、『テロリスト』を殲滅しろといっただけで――」
 半蔵は笑顔を無理やり作り、どもり気味に言い訳をした。
 それを見たキースは、呆れ気味にため息をつく。そして、刀を下ろす代わりに、素早くUSPを抜き、半蔵の頭部を捉える。
「!!」
 引き金を引く。銃弾は半蔵に方に迷いなく進み――半蔵の頬を掠った。半蔵の右頬に、赤い筋が生まれる。
「恍けても無駄だ。この依頼は、俺たちを誘導するための『餌』だった……『テロリスト』など、元からいなかった……違うか、『狐』」
「……フッ、フハハハハハハ!」
 半蔵は、まるで勝ち誇っているかのように笑い出した。
(気でも触れたか)
「そうだ、その通りだ! この依頼は『嘘』だ!! お前たちを殺すための『餌』に過ぎない……!!」
「……言え、目的は何だ?」
 キースはUSPのリアサイトに半蔵の頭を収めながら、静かに問う。
「良いだろう、どうせ結果は見えている……お前が疑った通り、我が社が開発している兵器は、従来の兵器の概念を覆す、『S・E兵器』だ!!」
「……やはり、な。アメリカの『S・E』を奪ったのも、お前たちか」
「そうだ。極秘裏に奪取した『S・E』を、我々は兵器に転用し、世界各国の軍に市販するつもりだった……だが、障害がそこで生じた!」
 半蔵はデスクに手を叩き、キースを睨みつけた。
「我々がそんなことをすれば、いずれか他の軍事企業がここを潰しに来るだろう……それを予測した私は、VIPHを叩くことにした。ただのVIPHではない……上位クラスの君たちを殺すことにしたのだ」
「……なるほど、そういうことかい」
 キースは半蔵の計画を聞くと、嘲笑の笑みを浮かべる。
「聞いたか、修羅?」
『ああ、一言一句漏らさず、な』
 キースはここにいない相棒の名前を呼ぶと、エコーがきいた声が部屋に響く。
半蔵は「なっ……!?」と声を漏らし、部屋を見渡した。
『なーにキョロキョロしてんだよ、ジジィ。俺はそこにいねぇぞ?』


 フォート社 25階 監視室

「修羅……父さんと話をさせて」
 華奈はモニターの計器をいじっている修羅に、静かにそう言った。
「……いいぜ」
 修羅はマイクを華奈に譲り、華奈はモニターを見つめた。
「父さん……どうしてそんなことを……?」
 さっきの話は華奈も聞いていた。
 ――正直、信じられなかった。
 父親が、仕事のために人殺しをしようだなんて。
「それに、私もそれに巻き込んで……死にそうだったんだよ?私……」
 涙こそ流していないが、泣き声交じりに訴える。
「あの時言ったよね……?私を大切しているって……」
 華奈はそう言いきると、半蔵の返事を待った。
 モニターに写っている半蔵の顔が、こちらに向く。気付いたようだ。
『……フン、私は他人に情を持つような甘い男ではない……
 ましてや、他人の娘などな!!』
「!?」
 華奈は半蔵から出た言葉を真に受け、大きな衝撃を受けた。まるで、鉄骨が上から降ってきたような感じに襲われる。
「どういう、こと……!?」
 言葉が、うまく出なかった。
『お前は『あの女』が拾った、赤の他人なのだ!!私の娘ではない!!お前は拾い子だったのだ!!』
「『あの女』って……母さんのこと……?」
『そうだ……私があいつと結婚する前から、あいつは赤ん坊のお前をすでに拾っていた……その所為で、あいつが死んだ今でさえも、お前の世話をしなければならなかった……はっきり言って、『面倒』だったよ、お前の世話は!!』
 怒りを全てぶつけるが如く、半蔵は華奈を睨みつけ、怒鳴る。
『だから思いついた……どうせなら、お前も巻き込んで殺せばいい、とな!!』
私を……殺す……?
誰が……?
親……?
 いや、そんなものはいない。
 今さっき、この男は言ったのだ。
 自分は、あの男の娘ではないと。
 自分の、親でないと。
 じゃあ私は誰を信じればいい?
 誰に縋ればいい?
 誰に?
 誰に?誰に?
 誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰にだれにだれにだれにダレニダレニダレニ!!!
「…………」
「半蔵……てめぇ……!!」
               ドン!!

 銃声がモニターから響く。
 後から聞こえる、半蔵の苦悶の声。
 華奈は顔を俯かせていたため、モニターを見ていなかった。
 目の前の、現実を見るのが『嫌』で。
『……修羅、映像を切れ。彼女に毒だ』
 キースがそう言い残し、修羅はモニターの電源を切った……


「ああっ!……っ……!!」
 虚しく響く、男の苦悶の声。右肩から出る血を抑えながら、男は見ていた。迫りくる、「死神」を。
 キースは刀を振りかざし、半蔵に振るった……右腕に向けて!
 すかさず、刀を左腕に斬り上げ、静かに納刀する。刀が鞘に納まると、程無くして半蔵の両腕が『落ちた』。
 叫びながら半蔵は倒れる。自身の落ちた腕を見ながら。
 キースはコートのポケットから、ワイヤーを幾重に巻いた筒を取り出し、ワイヤーを少し出した。半蔵の眼前にしゃがみ、それを首に巻く。半蔵が何かを訴えているが、今のキースには聞こえない。ただ、虚ろな目で作業していく。首に5回程巻き、今度は半蔵が座ってた大きな椅子の背もたれにワイヤーを巻く。
 これで、半蔵の首と椅子が繋がる形になった。キースはワイヤーを切り、半蔵の眼前に立つ。
「……1つ聞く。華奈について、何か他に知っているか?」
「たす……けて……たすけ……て……!!」
 怯えきった目で、キースの質問に答えず、ただただ半蔵は助けを求めた。
「……そうか、分かった」
 キースは椅子を持ち上げ、窓の前に立つ。
「じゃあ、『落ちろ』。プライドと共に」
 そう吐き捨て、キースは窓ガラスにむけて椅子を投げた!
 椅子は下に落ちていき、ワイヤーもそれに倣って落ちていく。
 やがてワイヤーのほとんどが落ち、半蔵の首を絞めた。
「がっ! ああああああああああっ!! ヴぁあああああああああ!!!」
 首を絞められながら、半蔵は引きずり込まれていく。
 そんな様子を、キースは眺めていた。蔑みと、微かな怒りとともに。
「……哀れだな」
そう呟いても、半蔵の耳には入らなかった。
「あ゛あ゛~~~~~!!!ヴァ――――――!!!」
 声にもならない叫び。
 だが、ワイヤーは止まらず、ついに半蔵を――闇の底に引きずり込んだ。
 キースは窓から身を乗り出し、落ちていく半蔵を見た。
「Good bye goddamn guy. See you again in hell.(じゃあな、クソ野郎。地獄でまた会おう)」
 そう言い残し、キースはその場を去った……
 


第1章 [encounter of alteration] 終



[14185] 第2章 [Everything is changed] 2―1[空虚]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:a4bb5faf
Date: 2011/04/13 12:40
4月26日 AM1:47 フォート社地下6階

「……やっぱり閉まってるか……」
 エレベーターから降りるやいなや、キースは目の前の閉ざされたシャッターを見てそう呟いた。
 部屋の広さはそんなに無く、電灯は天井に1つしかなかないため、辺りは少々薄暗かった。
 シャッターに近づき、キースは周辺を見回すと、シャッターの右隣りに何かの機器を見つけた。
「カ―ドキー式か……面倒な……」
 げんなりとした声でそう言うと、キースは鞘から『残毀閃』を素早く抜き、シャッターに向かって上段に構え――力強く振り下ろした!
 硬直せずに、刀を左斜め上にシャッターを切り裂き、その勢いに乗せて回転し、左斜め下に傷を作る。
「うぉらぁ!!」
 シャッターに生まれた裂け目に、キースは思い切り蹴っ飛ばした。吹っ飛ぶことはなかったが、シャッターが蹴りの衝撃で折れ曲がり、四角錐状に穴が開いた。
「開店の時間だ。邪魔するぜ」
 そう呟きながら、キースはシャッターを退けて奥に入り込む。
 先程の部屋とは打って変わって広く、例えて言えば、一般の体育館程だった。左右に大きな物置棚があり、大小様々な箱がびっしりと並んでいる。
 特に目を引いたのが、目の前に見える巨大な穴だった。奥の方はとても暗く、何があるのかは見えなかった。が、おそらく長いトンネルのようなものだろう。
「物資とトンネル……パイプラインか? でも、なんでこんなところに……!!」
 と、キースは目に写ったものに反応し、それに向かって駆け寄った。円筒状の――『S・E』 と刻まれたプレートが埋め込まれているそれに。
 カプセルは穴の前に10個置かれており、透明なガラスで出来ているため、中身が見えるようになっているが……
「……どれもこれも、もぬけの空、か……」
 どのカプセルをみても、『S・E』どころか塵1つも残っていなかった。
 キースがカプセルの奥の方をみると、穴から線路が走り、地下鉄のプラットホームのようになっていた。やはり、パイプラインに間違いないようだ。
「ここからどこに……」
 辺りの状況を見る限り、ここは物資の保管所と輸出入の場として機能しているらしい。
 現代では大戦後、貿易に関する条約、規制が改正されたため、大企業が独自の貿易ネットワークを形成してるのは珍しいことではない。
(パイプラインの建設を、よく政府が許したものだ……)
 パイプラインは、国と国を結ぶ1つの線。貿易の独立が許されているとはいえ、パイプラインの建設は土地やコストの要求が厳しく、そもそも政府が簡単には許可をくれはしない。
 キースは近くにあったパソコンを起動し、パイプラインの使用履歴を出した。履歴を見れば、いつ『S・E』を輸送したのかを知ることができる。
「……くっ、やはり消してあるか」
 キーボードを叩き、毒づく。履歴は一部どころか、全て消去されていた。
 相手も警戒心は強いようだ。
「……兵器開発は嘘なのか?」
 半蔵は、S・E兵器開発を暴露していた。なのに、どうして今『S・E』がここには無いのか?
 肝心のそれが無ければ、最新兵器の開発は不可能なのに。
「……これは厄介な犯人探しになりそうだ」
 パイプラインの中に広がる闇を見つめながら、キースはため息をついた……


 フォート社 25階 監視室

 全ては、変えられてしまった。
 気まぐれな神ではなく、悪戯な運命でもない。
 自然と、ゆっくりと、変えられたのだ。
 1人の少女の、日常を。
「……どうして……?」
 華奈は呟き、問うた。誰に対してでもない。それでも、口から出てしまう。嫌でも出てしまう。
「……どうして――」
「どうしてだろうな」
 と、そこに聞き慣れたばかりの声が割り込む。隣で華奈を慰めていた修羅が立ち上がり、キースに歩み寄る。
「無事だったか」
「ああ、余裕でな」
 キースは笑い交じりにそう言い、華奈を見る。華奈は正気を取り戻したらしく、ずっと俯かせていた顔を上げた。多分、今の華奈の顔は、涙で濡れ、頬を赤く染めているに違いない。
「……半蔵は死んだ……俺が殺した」
「!!」
 華奈は目を大きく見開き、だが、すぐにまた下を向いてしまった。
 大体予想はしていたが、実際に死んだと思うと、かなりつらい。
 だが、華奈は心のどこかで、『歓喜』の感情を僅かに感じていた。

        あの男が死んでよかった

 そんな気持ちが、華奈の奥底で唸っていた。
「……嬉しいか?」
「え……!?」
「憎たらしい下種男がくたばって、内心嬉しんじゃないのか?」
 どうして、わかったの?
 そう思う他に、華奈は思考を回せなかった。
「……違う……違う……けど……」
「けど?」
 ひたすら拒否する。だが、それを否定する言葉もでてくる。
「なんで……なんで……人が死んだのに……嬉しいなんて思うの……!?」
 華奈は自分の気持ちを、言葉で出した。
 正直、苦しかった。こんなことを、言葉で表すのは。
「それが人だ」
 目の前の少年は、そう言い放った。冷徹に、だけど、優しく。
「……人?」
「例えどんな綺麗ごとを並べても、人のどこかには『汚れ』がある……お前だってそうだ」
 矛盾した、現実。それをキースはものともせずに淡々と言う。
 そして、華奈は改めて思い知った。自分の心の奥底にある、『汚れ』を。
半蔵が持っていた『欲望』と同じものを……自分も持っていることに。
「……キース、教えて……私はどうすればいいの……?」
 なら、この『汚れ』をどうすればいい?
 どうすれば消せる?
 どうすれば日常に戻れる!?
 華奈はキースに駆け寄り、肩を揺する。そして、問い続ける。
 答えを、この人なら出してくれる。
 そう信じて……
 と、突如右頬に何かがぶつかった。いや、『張った』。手が。
 頬を抑えながら、目で手を辿っていく。
 行き着いたのは、キースの顔だった。だが、その目はいつもとは違った。
「甘ったれんな、雌犬」
 狂気と怒りが満ちた眼差しで、暴言を吐きだす。
 華奈は戸惑い、恐怖で反射的に後ろずさる。それでもキースは、眼つきを変えない。
「どうして、どうして……誰が答える?お前の『先』を、誰かが知っているとでも思ってんのか?いい加減に腹決めろ、クズ」
「!!」
 さっきとは全く違う、暴力ばかりの言葉。華奈は何も言えず、ただ茫然としてしまった。一体、キースはどうしてしまったのか、分からなくて。
「お前自身、これからどうする気だ?」
「……」
 答えられない。ただキースの顔と向き合うだけで、思考が停止していた。
 その目が、怖くて。
「その面から見るに、どうやら決まってないようだな……」
 キースはそういうと、華奈に背を向け、出口に歩き出した。
「まぁ、お前みたいな貧弱な奴がすぐに立ち直るとは思わない……だが、自分で自分の未来を決められないことほど、馬鹿らしいことはない」
 構わず続ける。口調は先程より緩くなったが、厳しいことに変わりはない。華奈は言葉を受けるたびに、顔を俯かせていく。
「今を悩む暇があるなら、自分の未来を決めろ。苦しい現実でも、受け入れろ」
 その言葉を機に、華奈は泣き崩れてしまった。声は出さないものの、涙が止め処なく溢れる。

             未来を、決める?
             
             どうやって?
             
             壊れた日常で

    生きる術が分からない世界で、どうやって決めればいいの?

 キースに聞きたい気持ちが、華奈のなかで溢れだしていた。
 が、悲しみに押しつぶされ、抑圧された自制心は、華奈が質問することを許さなかった。
「……今日はウチに来い。自宅にいたら、野次馬共にいろいろ聞かれるに違いない……」
 優しい口調。それに変わっても、華奈の折れかけた心の痛みは消えることなく、ひどくひしゃげた声で、「はい……」と答えた。




[14185] 2―2  [Hello, New Days.]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:f92d61c1
Date: 2011/02/14 01:42

「半蔵が死んだ?」
「はい。深夜、偽装ペースメーカーの信号途絶が確認されました。間違いなく、殺されました」
「ふむ……若、これをどう思いなさっているので?」
「どうもこうもない、荊部……奴め、毒を持つのもおろか、敗れたか……」
「S・Eは搬入済み……あの男の役目は、もう終わったのでは?」
「馬鹿かてめぇは? そしたら、兵器開発は誰がする? あのジジィ、偽装対策に集中し過ぎて、設計図すら書いてないんだぞ?」
「確かにそうだな。これでは、作りようがない……」
「……どうするつもりなのですか? これから……」
「……半蔵はいずれか殺す予定だった。手間が省けただけで、計画は変わらん。各自、引き続き「ブツ」の捜索と回収を続けろ……さて、リリア。定期報告を頼む」
「はい。『品』の奪取の計画は作成完了。『永久凍土庫』の位置特定は継続中。ですが、現状の機器では特定は難しいかと」
「特定はいい。『足跡』さえ見つければ、後はどうにでもなる……しばらくは『KNOWING』で我慢するよう、情報部に伝えてくれ。ベルとマリーは?」
「順調です。先刻、イギリス大使を拘束。現在逃走中です」
「そうか……1つ聞きたい。半蔵を殺したVIPHは?」
「VIPHナンバー40……『BLACK WALTS』です」
「……各自、奴等の情報を集め、障害になりそうならば排除しろ。もしかしたら、我々に気付き始めているかもしれないからな……」


 4月26日 AM.8:38  BLACK WALTS事務所

「ん……2日連続の夜更かしはきついな……」
 昨日のリプレイのように、キースはロッキングチェアで揺れながら目を開けた。
(そうか……昨日帰った後、すぐに寝て――)
「おいキース!! もう8時半だ――」

               ザクン!!

 ――やはり昨日と同じように、修羅が起こしにやってきた。
 それに対してキースは、銃で天井を撃つ代わりに、傍に置いてあった残毀閃を引き抜き、修羅の横の壁に突き刺した。
 ――顔面ギリギリのところに。
「うおおおおおい!!  俺を殺す気かこのド呆保!!」
「黙れ。起こしに来るタイミングが悪いんだよ、お前は。空気読め、漁船『阿修羅丸』」
「誰が阿修羅丸だ、誰が! 早く起きないお前が悪いんだよ!! この『キス魔』!!」
「てめぇ……今度は脳みそ引きずり出すぞ……?」
「やれるならやってみろや!!お前の大事なふぐ――」
「あの~……2人と……?」
 と、喧嘩が盛り上がり始めたところで、ここでは聞き慣れない声を聞いた。即座に2人は振り向く。
 霧原華奈だった。昨日は事後、そのまま事務所に帰ってきたので、パジャマ姿のままだ。先程の一部始終を見ていたせいか、ドアから半身出し、怯えた目でキースたちを見ていた。
「あの……何か、あったの?」
「いや、単なる言い争いだ。気にすんな」
 キースは修羅の頭を小突くとそう言い、突き刺した刀を抜いて、鞘に戻した。
「それより、大丈夫なのか?……心の方は」
 刀をデスクの上に置き、再びチェアに座りながら華奈に聞く。
「……」
 目を俯かせ、黙り込んでしまう。
 それもそうだろう。何せ、今まで父親だと思っていた者が、自分と血が繋がっていないことを、今になって知ったのだから。母親でさえも、自分を産んだ者ではなかったのだから。事実上、彼女を保護する人間はいない。実の両親の居場所を掴めない、今では……
「……はぁ~……」
 キースはため息をつきながら、再びチェアに座り、デスクに置いてある二丁銃を引き寄せ、マガジンを抜く。そしてそれに、手元に置いてある弾丸を1つ1つ、詰め込み始めた。
「今日は昨日の事件で大騒ぎだろう。外に出ても、野次馬に絡まれるだけだ……今日は学校を休んでここにいろ。飯も出してやる」
 華奈に目をやらず、キースは淡々とした口調で華奈に言った。華奈は顔を上げ、何かを言おうと、口を開け、だが、すぐに閉じてしまう。
「……いいな?」
 マガジンを銃に差し込み、変わらぬ無機質な口調でキースは聞く。一瞬の沈黙の後、「はい……」という、華奈の弱々しい声が聞こえた。


『本日午前3時頃、フォート社新宿支社社長、霧原半蔵氏が何者かによって殺害されました。遺体はビル郊外で発見されています。最上階の社長室に斬られた腕部が発見されたことから、ビルからの落下による死亡と見られています。警視庁は、犯罪組織による犯行とみなし、犯人の迅速な確保に全力を尽くすと述べています。なお、フォート社では次期社長を早急に決定し、2、3日後に事業を再開するとのことです……次のニュースです……』
「犯罪組織、ねぇ……まぁ、間違いはないが……」
「人を殺しているんだ。その扱いは適している」
 昨日の事件のニュースを聞き、修羅はため息をつきながら不満の声を洩らし、すかさずキースも、ハムサンドに喰らいつきながら合理的にまとめる。
 昨日の事件のおかげで、どの局のテレビ番組でもそれで持ちきりだった。フォート社は、殺戮兵器の規制が厳重になった現状の世界において、数少ない貴重な兵器開発企業なのだ。
 日本においては、あの新宿社が唯一の国内での兵器生産工場であり、防衛のライフラインとなっている。それを仕切る半蔵が死んだということは、今後の事業に多少の影響が出ることになってしまうのだ。
「結局、昨日はジジイが裏切ったおかげで大儲けできなかったなぁ……まぁ、キースがぶちのめしたあの不良共の礼金で、食いぶちぐらいは稼げたがな」
「お前は本当、金にだけは目はいいな……せめてそれぐらい空気を読めるようになればいいのにな」
「うるせぇ、どいつが原因だ」
 と、少しむくれて修羅はコーヒーをぐいっ、と飲み干すが、入れたばかりであったため、熱湯に浸した舌を出しながらむせてしまった。キースはそれを笑いながら、コップにボトルの水を注ぎ、「水! 水!!」と叫ぶ修羅に手渡す。
「自分で入れたのに分からなかったのか? ハハハ」
「んぐっ、んぐっ……ハァー……ったく、面白くねぇ……っと、面白い、っていったら……」
 と、修羅は思い出したかのようにジーンズのポケットから1枚の写真を取り出し、皿やカップがある丸テーブルの中央に置いた。
「……またか。今度のは大丈夫なんだろうな?」
「安心しろって。イギリスの大使館からの光栄な依頼だ」
 不審げな目を向けるキースに対し、修羅は陽気にキースをなだめた。キースはやや消極的に、写真を取ってそれを見る。
 男が写っていた。顔立ちはしっかりとしていて、年は3、40代といったところだ。金髪の整ったショートヘアに、白人特有の白い肌。
「アウネス・バリー。イギリス大使だ。今回の依頼は、誘拐されたそいつの救出だ」
「誘拐? 誰に?」
「相手は分からん。誘拐されたのは今日の午前2時ごろ。大使館が襲撃されて、警備隊の大半を始末して逃走したらしい」
「誰かわからなければ、目的もわからないな……」
キースは写真を置き、腕を組んで呻った。
「ああ、言い忘れたが、報酬は500万だ……どうする?」
「……面倒だが、今の食いぶちじゃ苦しい」
 キースは皿の上にある最後の卵サンドを取ってそれを平らげると、食器を重ねて立ちあがる。
「御馳走様……支度するぞ」


「華奈?入るぞ」
 少しほこりっぽい部屋の中、ベッドに寝転がっていた華奈は、キースの声を聞くなり起き上った。
 この事務所で唯一使っていない部屋であったが、1人にはちょうど良い広さだ。中にあるのは、夜置いたばかりのベッド、クローゼット、ミニテーブルと椅子だけだ。会社を出るとき急いでいたため、財布や通学エナメルしか私物はない。
「腹減っただろ?朝食はここに置いとくぞ」
 そう言いながらキースは、片手に持っているプレートをテーブルの上に置いた。プレートの上には、コップに入ったミルク、ベーグルのサラダとハムサンド、メロンパン、コーンスープがある。
「朝食までありがとう。おまけに泊まらせてくれて……」
「気にするな。これは俺たちの中じゃ『決まり』だからな」
「『決まり』?」
「ああ……その『決まり』について話がある。が、その前に……」
 キースは椅子を華奈の方に向け、それに座った。一息をつき、口を開く。
「……あの時引っ叩いて悪かった。少し、やり過ぎた……」
「……ううん、気にはしていないよ。むしろ……ああしてくれなきゃ、今頃もっとひどくなってたと思う」
 華奈は微笑みながら首を横に振り、それを見たキースも、僅かな微笑をこぼし、だが、真顔に戻る。
「……本題に入ろう。まず、俺たちVIPHについて、教えなければならないな……」


 VIPH。正式名称、「VIP HUNTER」。主な仕事は知っての通り、要人の殺害、護衛、捕獲としており、基本、表の社会とは無縁な『裏稼業』だ。そのVIPH全体を統括する、スポンサーが存在する。それが、『CRADLE』だ。
 『CRADLE』はVIPHの依頼の仲介役だけでなく、収入サポート、VIPHの情報管理、事後の処理など、VIPHにとって重要な存在となる役割を担っている。そして、『CRADLE』はVIPHに『規則』を付加している……


「……その規則の下、VIPHは任務中に発生した被害者を保護することを義務としている。本人の同意があれば、な……」
「……ちょっと意外。てっきり見放すかと思ったよ。」
「人でなしではない、ということだ。で、どうすんだ?」
「えっ? なにを?」
 ベーグルを齧りながら、華奈は首を傾げる。
「身寄りが無くなった今、お前はどうするんだ?」
「それは……」
 少し俯き、華奈は戸惑った。確かに、今は実の親すら分からない状況だ。頼れる親戚も無く、このままだと1人になってしまう……ここに住み込むのも、少し気が引ける。
「……まぁいい。今夜まで考えておけ」
「えっ? 今夜?」
 質問を切り上げ、キースは立ち上がった。華奈は思わず声を上げたが、意に介さず、キースはドアに向かった。
「これから仕事なんだ。戻るのは夜になる。それまではここにいてもいい……答えを、よく考えておくことだ」
 ドアを開け、出ていく前に華奈に横顔を向ける。
「それが、これからの『お前』を決めることを忘れるな」
 単純で、意味深な言葉。それが残され、彼は去った。
「……」
 華奈は閉ざされたドアを見つめ続けた。まるで、今の自分の心の中を見るかのように。
 ミルクが入ったコップを取り、口に注ぐ。半分ほど飲んだところで、「ぱぁっ」とコップを口から離す。
「これから、か……」
 そう呟き、再びドアを見つめた。

       そのドアを、開けるか、開けないか

 それを考えながら――



[14185] 2―3 [Seeking]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:625319de
Date: 2011/02/14 01:51
 
 春の始まりを歓喜するかのように、東京湾の海は眩い陽光を反射し続けていた。空に飛んでいるカモメは、まるで迷い込んだ子供のように泣いている。東京湾の港のいつもの光景であった。汽笛を鳴らしながら、今日もタンカーや輸送船が出入りしている。
 が、1区画だけ他の区画と比べて静かであった。
 大井追悼付近のコンテナターミナルだ。いつもなら、輸送船に運ばれたコンテナを多数の人々が降ろしているはずなのだが、今それらはいない。代わりに存在するのは、その手にAK―47アサルトライフルを持った、統一感のない服装の男たちだった。
 小さな火の花が、密かに開花しようとしていた……


 AM 11:37 東京都 東京湾 コンテナターミナル

「治安維持軍まで出演なんて、聞いてないぞ?」
 不機嫌な表情をしながら、キースは毒づいた。傍にいる修羅も、呆れたようにため息をつく。
 キースたちが今いる場所――コンテナターミナルの入り口ゲート前には、治安維持軍の兵士や装甲車が集結し、封鎖線を敷いていた。このコンテナターミナルに、今回の救出対象である人物、アウネス・バリー氏を連れ去ったテロリストが潜伏しているからだ。情報によると、午前6時頃に軍が到着している。
「チッ、番犬共が。嗅ぎつけることだけは早いな……」
 実際、キースたちVIPHにとって、軍は単なる障害でしかない。VIPHは非公式な組織であるため、『CRADLE』という後ろ盾があっても、表の法には敵わないのだ。ゆえに、軍はVIPHを犯罪グループとして見ていることになる。
「関わり合うのは面倒だ、西側から侵入する」
「同意だ」
 キースはゲート前で固まっている軍を一瞥し、その場から去った。修羅もそれに従い、大きな直方体型のケースを背負ってキースを追う。
 軍はターミナルの中央に展開しており、正面から行くのは難しい状況だ。遠回りになるが、西側から侵入し、アウネスを確保するのが最善の策だろうとキースは判断した。
「修羅、まだか?」
 ターミナルの外周を囲んでいるフェンスに、スプレーを噴きかけている修羅に、周りを警戒しながら聞く。
「もう少しだ……」
 低い声で答えつつ、作業に集中する。一見普通の殺虫スプレーのようにも見えるが、中身は違う。金属を腐食させる薬品が入っており、これで有刺鉄線などの金属製のバリケードを突破することができる。
 スプレーをフェンスに四角形上に噴きつけると、噴きつけた部分が銀色から錆色になり、修羅がフェンスを引っ張ると、バキッ、と音を立ててフェンスが外れる。
「よし、外れた」
「急ぐぞ」
 2人は自身の装備を確認し、フェンスの穴をくぐってターミナルに突入した。コンテナターミナルというだけあって、様々な色、大きさのコンテナが積み上げられ、長蛇の列を作っていた。コンテナの影で暗くなった通路を、二人は慎重に、だが、足早に歩いていく。
 ここはすでに、テロリストによって占拠されている。いつ、どこから出てきてもおかしくない状況なのは確かだが、それにしては静かすぎた。何せ、『音』がない。話し声すらも聞こえないのだ。もっと奥にいるのか、それとも、息を殺して待ち伏せているのか……
 心配するのはそれだけじゃない。軍もそろそろ突撃を開始するはずだ。そうなれば、手柄だけでなく、身柄までも拘束されてしまう。そうなれば刑務所行き。最悪な場合、北方の囚人収容施設にぶち込まれてしまうだろう。それだけは何としても避けなければならない……例え任務を放棄してでも。
「……敵だ」
 波止場の近くのコンテナに身を隠しながら外の状況を確認し、修羅に指示を出す。
 視認した敵は6人。5人が男で、AK-47アサルトライフルを手に持っている。残りの1人は、女であった。黒色の長髪で、少々寝癖が残っているのか、所々に跳ね上がっている部分がある。服装は白のハイヒールに黒ストッキング、そして……白衣だ。科学者や医者が着ている、あの白衣だ。女は自分の目の前に対して何かを言っているようだが、周りの男たちが陣取っていてよく見えない。だが、おそらくは拉致されたアウネスだろう。
「……クルーザーまで用意している。周到な準備だな」
 また、波止場には10人くらい乗れそうな白い小型のクルーザーが一隻停泊している。用が済んだら、それで逃げるつもりだろう。
(奴ら、イギリス大使に何の用があってこんな……)
 今回の事件は、何の要求も明らかにせず、ただアウネスを拉致し、この場所にまで逃げ込むという経過に至った。さらに、1隻のクルーザーも用意してだ。アウネスに目的があったのであれば、すぐにクルーザーでどこかに逃げてしまえばいいものを、軍が到着した現在でも、逃走する気配を見せない。
「……修羅、CODE:W-S-00でいく。そのでかい『ゲテモノ』を用意して待ってろ」
 専用の作戦コードを伝え、頷く修羅を見た後、キースはコンテナの取っ手部分に向かって跳躍した。取っ手を片手で掴み、その勢いで手に力を加えてまた跳躍し、一段上のコンテナの上に降り立つ。
「相変わらずの運動神経だ……感心しちまうよ」
 そんな修羅の呟きを背に、キースは跳躍してコンテナからコンテナへと飛び移っていった。
 敵の近くのコンテナに行くまで、さほどの時間はかからなかった。うつ伏せに倒れ、下を覗く。先程確認した6人ともう1人――金髪のショートヘアーの男がいた。茶色のスーツ姿で、両手を後ろに縛り付けられ、集団の中央に膝をついている。ポケットからアウネスの顔写真を取り出し、確認する。今回のVIP、アウネス・バリーだ。
 確認を済ませたキースはすぐさま写真をしまい、ポケットから棒状の機器――指向性マイクを取り出し、それに差し込んであるイヤホンを耳につけ、マイクを集団に向ける。敵の狙いが分からない以上、むやみに攻撃することはできない。最悪の場合、アウネスが殺されてしまう可能性もあるのだ。
『……さっさと答えたらどう?あたしたちはあんたに危害を加える気はない。ただ教えてくれればいいのよ』
 雑音混じりに、わずかに幼さが残っている声が聞こえた。女の声だ。
『もうB-USBはこの手にあるし、血液もあなたが寝ている間に採ったわ。あとはあなたがパスワードを教えてくれればいいの』
『……どういうつもりだ?』
 アウネスの声だ。怯え混じりの低い声で問いかける。
『あたしたちの目的?』
『国家機密文書のデータが入ったそれを使って、一体何を企んでいる?金か?テロか?それとも国の支配か?』
『それを知る必要は、あなたにはないわ』
『……どちらにしろ、パスワードは言う気はない。例えお前たちに殺されるとしてもだ!』
『あらそう。じゃあ……』
ジャキッ……
 僅かな金属音。聞き慣れた、銃を構える音。
『死になさい』
 その声が合図となり、キースはイヤホンを投げ捨て、コンテナから飛び出した――集団に向かって!
 すかさず二丁銃を取り出し、近くにいる敵兵2人の頭部を撃ち抜いた。数秒よろけ、糸が切れた人形のように倒れる。2人の死亡を確認する間も取らず、右手にあるデザートイーグルをホルスターにしまい、左腰の『残毀閃』の柄に手を置く。こちらにAK-47を『やっと』向けた敵兵に向かって落ちていき――交錯すると同時に刀を引き抜き、敵の喉を切り裂いた。溢れる血の雨。それを頭に浴びながらも、キースは構わず、次の標的に目を光らせる。
 残りは2人。
 AK-47を向けているが、まだトリガーは引いていない。隙を見逃さず、最も近い敵に接近する。一気に間合いは縮まり、敵の顔が目と鼻の先に現れる。左手でAK-47の銃口を下に向け、刀の柄で顔面を殴る。一時的に意識が飛んだの確認すると、USPをもう一方の敵に、『目もくれず』に連射する。腹部、心臓部、左上腕部と、敵の体中に風穴が開いていき、最後の頭部のクリーンヒットをくらって後ろのめりに倒れ、海に落ちた。意識が飛んだ敵が回復したが、遅かった。すでに心臓を黒い刃が貫いていた。刀をゆっくりと引き抜き、横に退かす。先程の敵と同じく、死体は水面に落ちていった。
 残った女に目を向ける。左腕を上げ、USPを構えた。アウネスはキースの後ろにいるため、人質にされることはない。
「……見事じゃない」
 女は怯えた様子もなく、ただキースを褒めた。感心を含めた声で。
 遠くからで見えなかったが、彼女の顔はまるで西洋の人形のような純白の肌で、声だけでなく顔つきにも幼さは残っていた。身長は華奈より少し小さいぐらいだ。
「1人で5人も倒しちゃうなんて……腕利きのVIPHのようね?」
「御卓はいらない。昔から褒め言葉は嫌いなんでな」
 皮肉を言いつつ、キースは少女を睨みつける。少女はそれに構わず、余裕の表情で微笑みを浮かべながらキースを見る。まるで、キースを隅々まで見るかのように。可愛らしい顔とのギャップはかなり大きかった。
「先程の話は盗み聞きさせてもらった……イギリスに喧嘩でも売る気か?」
「いや~? 喧嘩を売る価値もないわ」
「なら何故イギリスの国家機密文書を狙う?」
 さらに睨みつけながら少女に問い詰める。それに比例するように、少女の余裕の表情は顕著になっていく。
 なぜ笑っている?
 なぜそんなに余裕なんだ?
「答えろ」
 疑問を振り捨て、声を荒げる。少女の表情は変わらない。
「言ったはずよ? 知る必要はないって。当然、あんたもその範疇よ?」
「少しは立場を考えろ。あと少しすればその綺麗な顔が吹っ飛ぶぞ?」
「フフッ……」
 少女が突然笑った。含みのある笑みを、キースに向ける。不快感とともに、警戒心が高まる。
「何が可笑しい?」
「立場が分かってないのはあんたよ。だって……」
 一瞬、体中を悪寒が走った。体じゅうがまるで凍りついたかのような気分が、キースに襲いかかる。少女の笑みからのものでもあったが、それだけではなかった。一時、キースは少女から周りに焦点を当てた。そして、それはすぐに見えた。少女の後ろに止まるクルーザーの奥……船の先端部分から見えた、『反射光』。考えなくても、狙いは分かる――自身だと。
「くっ!」
 キースが動いたときに銃声は鳴り響いた。右足のあった場所に火花が飛び散る。もし気付けなかったら、使い物にならなくなっていただろう。キースはさらに迫る狙撃をかわし、アウネスの体ごと、傍にあった防波壁に隠れる。隠れてもなお、銃撃は止まない。
「クソがっ!……!」
 足止めを喰らっているうちに、少女はクルーザーに乗り込んでしまった。このまま身を出せば、死にに行くようなものだ。追うことはできない。
 一際大きいエンジン音が鳴った。クルーザーが動き出した!
 動き始めた後でさえも銃撃は止まない。キースはその場から動くことができず、クルーザーは全速力で海原を駆け出していった。銃撃が止んだころには、クルーザーは遠くに行ってしまっていた。
「……ハッ。本当に分かってないのはお前だ、クソアマ野郎」
 遠のくクルーザーを見ながら、キースは携帯電話を取り出し、修羅に繋げた。
「CODE:A-D-00Q」
 キースはそう告げると電話を切り、再びクルーザーを見つめた。


『CODE:A-D-00Q』
 キースのコードを聞くと同時に、修羅は背中に『ゲテモノ』を背負いこみ、クルーザーを見据える。彼が今持っている、先端部が太い土管のようなランチャーは、FGM-148 ジャべリンだ。
 ジャべリンは、ヘリコプターや戦車の迎撃に用いられる対地空ミサイルだ。一番の特徴として持ちあげられるのが、ロックオン機能だろう。銃身から左に突き出たセンサーで車両をロックオンし、それをミサイルの先端部にある画像赤外線シーカーと内蔵コンピュータが受信し、目標を撃破する。
 弾道を垂直弾道(トップアタックモード)にセットし、センサーでクルーザーをロックする。ピー、と発射準備の完了を表わす機械音が鳴った。
「お気の毒様。会えたら地獄で会おうや」
 お悔やみの言葉を呟き、トリガーを引いた。銃身から巨大なミサイルが飛びだし、間を置かずに後部から火を噴き、斜め上に飛んで行った。空高く飛んだミサイルは斜め下に急旋回し、クルーザーへと向かっていく。
「死に際ぐらい看取ってやるよ……ん?」
 双眼鏡でクルーザーの散り際を見ようと、クルーザーにズームした修羅は、あるものを見つけた。
 船に佇んでいる、1人の女性。
 黒いライダースーツ姿で、長身の体の輪郭をくっきりと色っぽく魅せている。皮膚は雪のような白色、髪も白色のショートボブだ。そしてその手に持つのは、H&K PSG-1狙撃銃のようだが、先端の銃身がなぜか分厚い形をしている。
 女は空を見ていた。無表情のまま、ただ静かに。迫りくるミサイルを見ているだろうか。女は諦め、死ぬのを待つように見えたが――女の目つきが、鋭くなった。
 女はしゃがみ、PSG-1を構え、上空に向けた。
「あいつ、撃ち落とす気か!?」
 どう見てもそうでしかない。彼女は狙撃銃で、ミサイルを撃ち落とそうしているのだ。だが、出来る筈がない。PSG-1の威力では、ミサイルは落とせない……

         そう思えたのは、束の間だった

 突如、PSG-1の分厚い先端部が、『縦』に割れたのだ。割れた部分は、銃身の延長上まである。そして、割れ目が突然光り始めた。その光は眩しさを増し、修羅は思わず双眼鏡から目を離した。そして、上空を見る。
 ミサイルはクルーザーのすぐそこまで来ていた。
 着弾まであと何秒かだろう。
 そう思った矢先――

        ――ズガァアァァアァァン……!!――

 蒼穹の青空に、稲妻と、火の花が生まれた……



[14185] 2―4 [追憶と決意]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:1d635a2f
Date: 2011/03/22 18:31

 AM.10:27 電車内
 
(……失敗したなぁ……これじゃ、まるで不審者だよ……)
 時節振動する電車の中、顔をジャンバーのフードで隠しながら華奈は心の中で呟いた。
 今の華奈の姿は、青いジーンズに白い半袖シャツ、さらにシャツを隠すかのように黒いジャンバーを着ている。その上サングラスとマスクをつけ、長い髪をサイドポニーテールに纏めている。さらに顔をフードで隠しているのだから、不審者と見られても不思議ではない。現に、周りの人間にチラ見されている。
(でも、見つかるのは嫌だしね……)
 華奈は今、昨日の朝までいた新宿のマンションに向かっている。まだキースたちと同居を決めたわけじゃないが、マスコミや警察が昨日の事件を嗅ぎ回っている以上、最低でも住処を変えなければならないため、私物と貴重品を取りに向かっている。この姿をしているのは、警察等の目を欺くためである。今着ている服は、事務所にあったキースたちのお古を勝手に借りてきたものだ。
『次は、信濃町。信濃町です。降り口は1両目、右側ドアです。お降りのお客様は、乗車券をご確認ください……Next station is――』
 次の駅を知らせるアナウンスが、混雑が薄れてきた電車内に行き渡る。それを聞いていないかのように、華奈は外を見る。いつもと変わらぬ、無数のビルが形成する都市、大通りをアリの大群の行進のように歩く人々。本当に、いつ見ても変わりようのない光景がそこにはあった。
「……こんなことになるなんて……」
 昨日まで、今見ている光景の一部に華奈はいた。特にこうといったことがない毎日を送り続けた、あの世界に。
 でも、今は違う。両親がいなくなったことに加え、それらが実の両親ではないことを知ってしまった。身を寄せる場所がない状況に、いきなり投げ出されたのだ。もう、日常に戻ることは叶わないだろう。
「……なんで、私なんだろう……」
 考えることは止めたはずだが、そう思わずにはいられなかった。よりにもよって、何故自分なのか。自分の運命を、深からずとも呪った。
『信濃駅。信濃駅です。お忘れ物がないよう、お降りください……』
アナウンスの声とともに、目の前の景色はプラットホームによって遮られた……


 PM.12:25 信濃町 マンション 69号室

「とりあえず、私服はこれだけでいいかな」
 水色のスーツケースに、下着、私服等を詰め込み、グッ、と力を込めてケースを押し込み、ロックを掛ける。
「は~……あとはどうしようかな」
 息をつき、部屋を見回す。部屋にある家具のほとんどはこのマンションが所有するものであるため、持っていくものはそんなに多くはない。女子高校生の部屋にしては、ポスターなどが貼られていない、悪く言えば地味な部屋だった。華奈自身、あまり世間の流行に詳しくはないため、私物の家具はないに等しかった。
 「……あ!通帳を忘れてた!」
 思い出したかのように、華奈はベッドの近くにある白いキャビネットに駆け寄り、小さな引き出しを引いた。
「あ……」
 中には、黄緑色の表紙の通帳と、青いミニファイルがあった。通帳、ではなく、重みのあるファイルを手に取り、それを見る。
「……これも忘れてた」
 そう呟き、ファイルを開く。
 中のクリアフィルターには、多くの写真が収まっていた。どの写真にも、様々な年代の華奈が写っていた。
「母さん……」
 そして、過去に亡くした母――霧原 日和も、華奈と一緒に写っていた。絹糸の様に滑らかな栗色のセミロング、黒真珠のように煌く瞳。豊かな表情がそれらをさらに際立たせている。
 まだ幼くて小さな華奈を抱き、太陽の木漏れ日のように優しい笑顔でいる写真。
 遊園地で一緒に、メリーゴーランドに乗っている写真。
 誕生日に、ケーキの蝋燭を一緒に消している写真。
 中学校の入学式のときに一緒に撮った写真。
 どれもこれも、華奈が日和と一緒に過ごしてきた証拠となる写真ばかりであった。母である日和は、仕事を口実にして子育てに協力しなかった半蔵の手を借りずとも、一生懸命に華奈を育てた。どんな時でも、日和は華奈を支え、また、まるで姉のように接してくれたものだ。
 日和との日々は毎日が充実していて、戦時下においても、生きていることを無意識に感じられた。だが、その日々は突然にして幕を閉じた。
 3年前――第3次世界大戦が終結した直後に、日和は病に倒れ、間もなくこの世を去った。原因は不明。医者が言うには、死因すら掴めない突然死だったらしい。その後も原因究明は続けられたが、結局は死因不明に留まった。
(……でも、母さんの子供では……ないんだよね……)
 半蔵から告げられた言葉。血の繋がりのない親子。自分が孤児であったこと。
 本当かどうかはわからないが、薄々華奈は確信していた。
 自分の生まれたばかりの写真が、ファイルにないのだ。出産直後の、自分が。
 そして、このファイルに写っている写真は、華奈が5歳の時から撮られたものである。ということは、出産直後5年間の間、何かがあったということになる。このことを疑い始めたのは、母を亡くした後であった。今日まで疑問に思っていたそれが、自分の出生に繋がっている可能性があるのだ。
「……でも、私には何もできない……手がかりもこれだけじゃ……」
 そう、何もできない。たったこれだけの手がかりでは、実の両親の所在どころか、この問題が本当なのかどうかでさえも判断できない。
 早くも『詰み』となってしまった。
「……母さん……」
 日和と華奈が写った写真に、1粒の涙が落ちた。もう1つ、また1つ……涙は止まることなく流れ続け、耐えきれない思いを抑えるようにファイルを閉じ、胸に抱える。未だに涙は止まらない。
 嘘であってほしい。
 それが華奈の本音だった。あんなにも大切にしてくれて、育ててくれて、そして何よりも、自分を愛してくれた日和が、自分の母ではないと思いたくなかった。あの日々が、嘘であってほしくない。日和以外の誰を、実の母親というのだろうか?
いる筈がない。そんな人が、日和の代わりになれる人なんて、いる筈がない。
「……もう、行かなきゃ……」
 涙を拭い、ファイルと通帳をショルダーバックに入れ、その他の私物を回収、あるいは処分し、部屋には家具以外何もない状態にした。テーブルの上に、大家さん宛への手紙を置き、華奈はその部屋を後にした――


 PM.4:30 信濃町駅前

『……この電話番号は、現在使われておりません……』
「はぁ~、やっぱ出ないかぁ」
 本日10回目の携帯からの音声を聞きながら、千秋楽 李那は長い黒髪のツインテールを弄りながらため息をついた。
 昨日のことはニュースで見ていた。霧原半蔵の殺害、そして、その娘の華奈の失踪。これの事件が周りの人間に伝わるまで、そんなに長くはなかった――特に、帝学園内は。事件は瞬く間に学園内に知れ渡り、学園からの説明もあった。学園からによると、今日の午前9時に華奈から連絡があり、しばらくの間欠席をすると担任に伝えていた。期間は不明。だが、事故で父を失ったショックは、華奈にとって大きな重荷であるに違いない。
(母さんも亡くなってるし……あの子はもう、一人ぼっちじゃないか……)
 華奈は過去に母親も亡くしており、親しい親戚もいないので、彼女がいられる場所はない。
 学園まで休んで、一体どうする気なのか?
 心配になった李那は今、華奈が住んでいるマンションがある信濃町に来ている。いくらなんでも、家にいないということはないだろう。相変わらず、彼女の携帯にかけても出てこないのが気掛かりだが。
「……ん?」
 マンションに向かっている最中、李那の視界に気になるものが入った。
 李那の視線の先には、大手の物件センターがあった。その中の窓際で1人、物件を探している少女がいた。青いジーンズに白い半袖シャツ、その上に黒いジャンバーを着ている。サングラスとマスクをつけていて、髪型は栗色のサイドポニーテール。
(あのスーツケース……何処かで見たような……?)
 足元にはスーツケースが置いてあり、全体がスカイブルーで、表面の隅っこには、見た目がどう見ても悪者にしか見えない黒色のウサギキャラ『ラビル』のニヤニヤしている顔のシールが貼られている。
 『ラビル』は華奈がすごく気に入っていたキャラだったが、世間ではあまり流行はせず、学園の仲間内でも、華奈ぐらいしか知っている人はいなかった。そしてこの前、華奈と買い物に行ったときに、華奈がかなり悩んで買ったものは、スカイブルーのスーツケースだった。
 スーツケース、『ラビル』、栗色の髪――
 半端な確信を胸に、李那は物件センターに入り、少女に近づいた。
「……華奈?」
「!?」
 声をかけると、少女はびっくりしてこちらに向いた。そして李那をじっと見つめる。
「李那?」
 声を潜めて、李那に問いかける。思った通りだ。
「やっぱり華奈じゃンン!?」
 大きめな声を出そうとしたが、罰が悪いかのように華奈は李那の口を手で塞いだ。そして周りを見回し、小さな声で囁いた。
「……ここじゃまずいわ。人目のないところに移ろう。説明はそれからする」
 サングラスで目が見えないが、真面目な話なのはわかる。李那は何も言わず、ただ頷いた。


喫茶店内

「そんな!本当の両親でないなんて!」
 昨日のことを全て話し、向かい合わせに座った李那からの第一声だった。
 物件センターを出て向かったのは、裏通りにある人気のない喫茶店だった。華奈はここに数回来たことがあったので、特に躊躇いもなく入ることはできた。少し暗い店で、客は華奈たちしかいない。
「本当かはわからないわ。でも、私が生まれた時の情報が何もないのよ。写真も無くて、生まれた病院も不明。母子手帳すらもなかったの」
「そんな・・・日和さんが何処かに隠してるんじゃ?」
「だったら家にある筈。母さんの遺品は全て持ち帰ったの。でも、それらしい物はなかったわ……」
 そう言って華奈はコーヒーを啜り、俯いてしまう。李那も、言葉も見つからないのか、無言で華奈を見つめる。
「……これからどうするの?」 
「住んでいたマンションは空けたわ。住居を変えて、しばらくは学園を休む。野次馬がうろついてることだし」
「両親のことは?」
「……正直、手が出ないわ。手がかりもなくて、どうすればいいかわからないわ……」
 マンションで手に入れた手がかりだけでは、事実の真偽にしか繋がらない。実の両親に関与する情報を手に入れる術も分からない現状では、どうすることもできない。
「……諦めるわ」
 結論を、静かに告げる。それしかない。
 しばらく休んで、また学園に行けばいい。そうすれば、またいつもの日常に――
「逃げる気?」
 と、李那がいきなり立ち上がり、華奈の顔を両手で掴んで李那に向かせる。
「本当の両親に、会いたくないの?華奈を産んでくれた、両親に……」
「手がかりがないのよ……仕方ないわ」
「仕方ない!?そんなこと言えるほど調べた!?」
 突然声を荒げ、李那はさらに迫る。華奈は驚きを隠せずにいた。彼女とケンカしたことは何回かあったが、ここまで本気になる李那を見たことがなかったのだ。
「あんたがそこから抜け出したいのはわかるよ……でも、逃げちゃ駄目だよ。ましてや、両親のことなら、逃げるなんて論外。家族を捨てるなんて、出来る筈がないもの。私の知っている華奈は、そんなことはしない」
 落ち着いている、だが、感情の高ぶりを感じられる口調。
 華奈は李那を見つめる。李那も華奈を見つめる。互いに逃げないように、見つめ続ける。
 いつもそうだ。李那は弱気になる人を見ると、逃げないように催促し、立ち向かわせる癖がある。華奈も、その癖に助けられた1人である。
(そうだ。逃げちゃいけない……)
 日常に戻りたい?
 じゃあ、その日常は何処にある?
 逃げた先に、日常はあるのか?
(ある筈がない……日常なんて)
 いつか思った言葉。だが、その時とは違う意味を持っている。その言葉には、立ち向かう意思がある。現実に、立ち向かう意思が。
「……いつもそうだね、李那」
「え?」
「いつも、あなたに助けてもらってばかり……」
 顔にある李那の両手を取り、優しく両手握る。
「私が馬鹿だったわ……両親を探すわ」
 李那はそれを聞き、安堵の笑顔を見せる。
「華奈……!」
「手がかりはないけど……諦めなければ何かある筈」
 華奈は席を立ち、テーブルに乗り出している李那を座らせる。そして、華奈も笑顔を見せる。
「あたしも、出来る限り協力するから」
「うん」
「でも、1つお願い」
「何?」
「学園には、早めに来てほしいな。友達がいないと、学校も楽しくないし、何よりも寂しいし」
「ふふ……考えとくよ」
 笑顔で李那にウィンクしながら、華奈は席に戻る。
(頼りになるボディガードさんに、保護を願わないとね)
 そう思いながら、残りのコーヒーを飲み干す。
「……あっ、華奈!あるよ!」
 紅茶を口に運ぼうとした李那は、いきなり声を出した。
「え?何が?」
「役に立つか分からないけど……両親を探す手がかりになるかもしれない」
 驚愕。華奈の表情には、まさにそれが表れていた。
「何!?何でもいいから、教えて!」
「う、うん、わかった……私のお母さんが、孤児院で働いているのは知っているよね」
 華奈はそれを聞かれ、頷く。李那の母が埼玉の孤児院で働いていることは、過去に何度か聞かされた。
 それが何に関係しているのか?
「それで、この前過去の名簿表をお母さんが整理していたの。一部を見せてもらったんだけど……あなたかどうかわからないけど、『華奈』っていう名前があったの。漢字も同じよ」
「孤児院に……私の名前が!?」



[14185] 2-5 [後残り]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:f2a204ab
Date: 2011/03/22 22:21
 PM.6:10 新宿 大井町 BAR前

「……どうだった?」
 店から出てきた修羅に、ドアの傍に寄りかかりながらキースは問いかけた。
 このBARは修羅の知り合いが経営しており、裏で情報屋をしている。もちろん、『裏』の。
「『アタリ』はあったぜ」
 キースの傍に置いてあった『ジャベリン』のケースを担ぎ、2人は歩き出す。
「まずはあの『雷』だ。やはりお前の予想通りのようだ」
 コンテナターミナルで最後に見た、一条の雷。それは修羅の放った対地空ミサイルを破壊し、空中で爆散させた。結果、テロリストは海の彼方に消えてしまい、アウネスの身柄は治安維持軍に任せることになった。実質、キースたちがアウネスを救出したこととなるので、アウネス本人の意思に関わらず、大使館から報酬が贈られることとなっている。 
「『レールガン』、か……」
 『レールガン』――物体を電磁誘導によって、高速で撃ち出す兵器である。修羅が見た『PSG-1』の先端には、その装置らしきものが取り付けられており、そこから雷が発射された。
「実現しているとは聞いていたが……実戦投入されたことはなかった筈だ」
「実現したとはいえ、まだ試作段階だ。小型化、初速の改良、オーバーヒートの問題……様々な問題を残しながら、去年にやっと形になったところだ。それに、まだ『据え置き型』だ。俺が見た『手持ち型』にするにはまだ先の話だ」
去年の6月、ドイツで開発された『据え置き型』のレールガン、『GARM-RG-T』――通称『ヘヴィーボルト』は、現時点において最も改善されたレールガンであるが、修羅の言った問題点を未だに解決していない。
「……あいつらが船で逃げるとき、俺は狙撃をくらった。銃声とあの連射間隔から、『PSG-1』だ」
「『手持ち型』ならぬ、『取り付け型』か……しかも、切り替え可能……奴ら、どんだけ頭良いんだよ?」
「さぁな……『女』の方は?」
 キースは気の無い返事をし、今日見た白衣の女について尋ねた。顔は修羅も見ていたので、情報を探るのに手間取らなかった。ジャケットのポケットから写真を取り出し、キースに手渡す。
「……こいつだ」
「以前テレビで見たことがあるぜ、そいつ」
先程買った缶コーヒーを飲みながら、修羅は説明を始める。
「ベル・シュトゥルク。ドイツ出身で、学歴は稀にみる賜物だったそうだ。15歳の時に飛び級でイギリスのケンブリッジ大学の化学科に入学。18歳の時に博士号を取得。大学を卒業後、大手の化学研究所に就職し、単独で研究をしていた。当時その秀才振りは、世界的話題に取り上げられるほどだった」
「なるほど、大した奴だ。頭の良い奴は誰でも善行をするわけではないことが、これでわかったよ……で、その後は?」
「FBIと追いかけっこだ」
「……」
苦虫でも噛んだかの様に、キースは顔を顰めた。また面倒なものを見つけた、とでも思っているのだろう。
「もう、腹いっぱいだ」
「そう言うな、これからがメインなんだから」
顔をそらすキースをよそに、修羅は続ける。
「彼女の研究していたものが、国際法を違反していたんだ。最初はイギリスの警察が追っていたが、彼女は世界中を回って逃走した。そんなわけで、警察はFBIに協力を要請。捜査権も委託してだ。今んとこ、CIAが情報を嗅ぎ回っている所だろう」
「かなりの問題児だな……一体どんなレポートを書いたらそんな事になるんだ?」
「『S・E』の兵器転換」
修羅の言葉を聞くと、キースは顔色を変えた。
 あの時――フォート社の時と、同じ顔だ。
 それを確認しながら、修羅は構わず続ける。
「当初は、『S・E』の日常生活での有効利用という名目で研究だったが、裏で彼女は『S・E』の兵器転用を目的とした研究を行っていたんだ。それを主任が見つけ、警察――今の治安維持軍に追われる身になったのさ」
 第三次世界大戦終結後に締結された国際法においては、『S・E』の兵器転用を一切禁じている。第四次大戦を未然に防ぐことをコンセプトとして作成された国際法では、この事項は要になりうる。それを違反すれば、終身刑、酷い場合は死刑となる。
「しかも、何の偶然だか知らないが、彼女が開発したものは……」
駅の改札口を通過し、プラットホームで電車を待ちながら、修羅はキースに耳打ちをした。
「『レールガン』だったそうだ」
 そのとき、キースの目つきが変わったのを、修羅は見逃さなかった。


 PM.7:30 『BLACK WALTS』事務所

「あ、おかえりなさい!」
 と、この事務所に不似合いな明るい声が響く。気づけば、事務所内の雰囲気が少し変わっていた。床に落ちていた本や紙、机の上のゴミなどが全てなくなっており、全体的に綺麗になっていた。この事務所に住みついている2人は、両方とも掃除嫌いだ。そのため、事務所の散らかり様は本当に悩まされたものだが……
「夕飯できてるよー」
 この状況の原因というべき者――霧原 華奈が、事務所の一室から出てそう言った。彼女の今の姿は、白のセーター、緑と黒のチェックのロングスカート、そしてその上に無地の青のエプロンを着けている。あの部屋はキッチンだったはずだ。
「華奈?どうしてお前、家事なんかして……」
「同居人だからね。このぐらいしなきゃ悪いでしょ?」
戸惑う修羅の問いに、華奈は笑顔で応える。
「……この匂い、カレーだな?しかも中辛の」
 匂いを嗅ぎながらキースは華奈に訊いた。
「すごーい!よく辛みまでわかったね?」
「キースは大のカレー好きなんだ。犬見てぇに匂いだけでわかっちまう」
「犬は余計だ……さ、飯にしよう。仕事も無事終わったことだし、何よりも腹が減った」
そういうとキースは華奈に近づき、肩に手を置いた。一瞬、華奈が、ドキッ、身を震わせた。
「お前の『答え』、確かに聞いた」
それを聞き、華奈は微笑みかけてくるキースに、ぎこちないが、笑顔で答えた。
「ようこそ、『BLACK WALTS』へ。歓迎するぜ」
 笑顔で修羅が、新しい住人の歓迎の言葉を言った。

「ごちっ!」
「ごちそうさん」
「お粗末でした~」
 夕食を終えた3人は、個々別々に夕食の終わりを告げ、食休みを取り始めた。今日新たに加わった仲間……華奈はティーポットのダージリンの紅茶を淹れ、それをテーブルに持ってきた。夕食中に華奈から聞いたことだが、夕食の材料などは全て、華奈が買ってきたものだという。
「……2人に頼みごとがあるんだけど、ちょっといいかな?」
紅茶を注ぎながら、華奈はそういった。
「なんだ?許容範囲なら受け付けるぜ?」
「情報が欲しいの」
注ぎ終わり、席に着くなり訊いた修羅に、華奈は答えた。それを聞いた2人は、目の色を少し変えた。それに構わず、華奈は続ける。
「私の両親に関することよ。修羅は、情報に詳しいよね?」
「まぁ、そうだが……流石に両親の情報まで受け付けてないぞ?」
「手がかりを掴んだの。それを調べてもらえればいいんだけど……」
 そういうなり、修羅は腕を組んで唸った。通常、VIPHで所有、もしくは取得した情報は、外部に対して秘匿である。入手経路も、全てだ。これは依頼などにおいて、外部に情報が漏れるのを防ぐためにある。
 だが、そのVIPHのリーダーの判断で、情報を教えることができる。
「……やはり、両親を捜すのか?」
 そのリーダーであるキースは、華奈を見つめながら訊いた。
「そうよ。私は両親を捜すわ。その上で、あなたたちに情報を提供してもらいたいの」
きっぱりと言い切る。その目はとても真剣な眼差しで、疑いを感じさせなかった。
「……わかった、情報は提供しよう。だが、場合によっては両親に関することでも教えられない時もある。その点は了承してくれるな?」
「わかった。約束する」
 異議はない、とでも言うように表情を引き締めて答えた。どの道、キースたちが依頼の最中に、華奈の両親に関する情報に接触することはないはずだ。あるとしても、無いに等しい偶然である。
「りょーかい。情報のルーツならたくさんある。暇な時なら、いつでも引き受けるぜ」
「ありがとう。じゃあ、早速で悪いんだけど――」


 PM.10:25 太平洋上空

 雲の塵一つすらない満天の星空で輝く三日月が、夜の太平洋を淡く照らしている。海上には何もなく、微かに立つ波が月光を反射していた。
 その上の空に1機、夜の闇に紛れるかのように、黒の兵員輸送ヘリが飛んでいた。大きさからして、5、6人は乗れる程だ。
「データは入手。B―USBの血液認識は終わっているけど、パスワードは不明よ」
 運転席で無線通信している者――今朝のテロの首謀者、ベル・シュトゥルクは、無線機のマイクに淡々と報告する。
B-USBは、血液認証セキュリティを搭載したUSBだ。基部にある小さな穴に持ち主の血を1滴入れることでセキュリティが解除され、中のデータを閲覧することができる。パスワードと組み合わせることによって二重セキュリティを敷くことが可能だ。まだ一般化されておらず、国の情報の保存用に使用されている。
『……アウネスを殺したのか、ベル』
 無線機からは、ノイズ混じりの少し低い、男性の声が聞こえる。
「いや、お客さんが割り込んできたの。多分、あなたが捜してるVIPHよ」
『何故わかる?』
「動きが尋常じゃなかった。1人で奇襲してきて、あたしが瞼を1回閉じた後には、全員死んでたわ……それに……」
 ベルはそこで止め、そして、にやり、と妖しい笑みを浮かべながら無線機に言った。
「顔があなたに似ていた」
『……』
 その言葉を聞いた男は、黙り込んでしまった――まるで、図星を突かれたかのように。
『……VIPHに関しては現在調査中だ。そいつであるとは限らない……お前たちは一旦こちらに戻れ。パスワードの解析はエディに任せる……それと、1つ注意してもらいたい』
「何よ~?あなたの説教なんて聞かないわよ?」
 むくれた表情でベルは無線機に非難の声を上げた。構わず男は続ける。
『あまり目立った行動はするな。今日東京湾で起きた爆発……言うまでも無くお前たちの仕業だろう?』
「なによ?あのまま吹き飛んでいればよかったとでもいうの?」
『何も『レールガン』を使うまでも無かっただろう?……マリーの腕なら』
「……」
 さらにむくれるが、それ以上ベルは反論しなかった。言い訳し続けるのは、彼女にとって無意味な行動だった。
『今回は命の危険もあったから目を瞑るが……次からは留意してくれ』
「……りょ~か~い」
 気のないベルの返事は、反省する気など毛頭ないことを示すには十分であった。
 『以上だ』という男の声とともに、無線から微かに流れるノイズ音が顕著になり、やがて消えた。
「……周囲に警戒しつつ、本部へ向かって頂戴。国連軍が索敵を行ってるから、索敵領域を迂回して」
 インカムを外しながらパイロットにそう言い残し、助手席から離れる。
 パイロットとベル以外に、ヘリには4人乗っていた。男3人に、女1人。男たちはもう寝ていたが、女はまだ目を開けていた。が、ピクリとも動かない。瞬きすらもしていないように見える。胸元が微かに開いた黒いライダースーツから見せる白い肌はまるで粉雪の様に白く、顔もまた氷のように美しい。だが、その表情は変化に乏しく、人間というより、よくできた人形と言えるだろう。純白の髪が、それをさらに際立たせていた。
「マリー、起きてるの?」
 呼びかけに応じない少女――マリーの隣に、遠慮無しにベルは座った。
「何してたの?」
「……黙祷。今日、死んでしまった人たちの」
 感情が抜けてしまっているかのような声で応じる。
「……あの場にいたのは、過去に罪を犯した囚人たちよ?いずれかは死刑になる運命よ?」
「それでも……せめて、弔いだけでも……彼らにはもう、誰もいないのだから……」
 蚊が鳴く様な声で、だが、一言ずつ、大切にしている物のようにゆっくりと言う。
「……まぁ、どうしようがあなたの自由。あたしが咎めることではないわ」
「…………」
「ところで、『アレ』はどーだった?」
 がしゃっ、と、マリーは隣に立てかけてある、改造されたPSG-1を持ち上げた。
「この銃自体の性能は変わりないわ。精度の改良も良好……でも……」
と、銃身を下げ、先端の装置を展開させる。本来なら、内部は金属で構成され、銃口の先にレールが走っており、銃弾がそこを通るようになっている。
だが、今のその姿は見るに無惨だった。装置の内部の金属は溶けて爛れており、レール部分は、溶けた金属や変形したレールによって所々埋められていた。
「やっぱり1発が限界か……」
「出力は65%。前回は45パーセントで爆発したわ……改良はうまくいっている」
「それでも満足しないのよ、あたしは……」
 先端部の装置の両側面についているロックを外し、ベルはそれを手に取る。
「完璧主義者だからね、あたしは」
 装置を展開したり閉じたりしながら、そう呟いた。


 PM.11:35  『BLACK WALTS』事務所

「そうだ。ベル・シュトゥルクに関する情報を、全て洗い出してほしい。彼女が関連しているソース、全てだ。彼女が今回の件に関わっている可能性が高い……ああ、『S-U-218』のことだ。あの強奪事件と霧原の兵器開発、両方とも彼女に繋がる要素がある」
 小さなランプが1つだけ点いている暗い部屋の中、黒衣の少年――キースは、携帯電話を耳につけ、淡々とそう話していた。
「今回の事件、『KNOWING』はどう判断している?……総動員の可能性は?……わかった。こちらも余裕があれば調べてみる。ああ……なにか分かったら教えてくれ」
 携帯電話のフリップを閉じ、ため息をつく。
 数秒天井を眺めた後、ランプを消し、微かな寝息とともに、静かに目を閉じた――


第2章 「everything is changed」終




[14185] 第3章 [Secret investigation]  3―1[合流]
Name: SIN◆d5840ce4 ID:95038dbb
Date: 2011/04/13 13:44
 
 第3次世界大戦終結後、世界から警察や自警団など、各国の治安維持機関がなくなり、代わりに『治安維持軍』というものが、世界の監視、抑止力となった。
 『S・E』の繁栄によって、世界はより平和となる可能性を見出すとともに、兵器転用などによって、新たな戦争の火種になる可能性も出てきた。そのため、以前よりも強力な治安維持機関を必要とした。その理由から生まれたのが、『治安維持軍』だ。
 警察などに比べて変わった点と言えば、隊員1人に対する武装が顕著である。USPなどの拳銃、警棒などが普及していた警官に対し、治安維持軍の隊員1人の装備は、AK―47、M4などのアサルトライフル、手榴弾など、戦争時の兵士1人分の装備が支給されている。過去の治安維持関係の機関を全て解体し、軍に吸収して組織化したのが治安維持軍であるため、規則や体系などは、基本的に軍に基づいている。装備もその対象だ。
 軍事力や人員が増強されたことにより、各国の治安維持はより強固で、顕著なものになった。だが、同時に上層部が持つ権力も大きくなり、支配的な態度を見せる者も少なくはない。唯一変わらなかったのは、少数の上層部による、強行的な支配であった。


 5月14日 PM.8:00 東京都 池袋 池袋セレモニーホール

「キースだ。そっちはどうだ?」
『異状無しだ。目標も追跡中……似合っているぞ、その姿』
 携帯電話を耳から少し離し、キースは自分の服装を見た。今のキースは、黒のスラックスのズボン、白Yシャツ、その上に黒の袖無しベスト姿であり、肩腕には銀のプレートを抱えている。給仕――ボーイだ。フランス料理が綺麗に盛られた皿を載せた白い丸テーブルと、このパーティーに参加している、清楚、あるいは、派手な服装をした人々が乱立するホールの中、キースはその中にボーイとして紛れていた。
 後ろを振り返る。人ごみを避けるかのように、ホールの隅の柱に寄りかかって携帯電話を耳に当て、キースを見ながらにやけている修羅がいた。修羅もまた、キースと同じボーイ姿をしている。
「まるでチンピラウェイターだな。刈上げて出直してこい」
「手厳しい店長だ。このぐらい許せよ……来たぜ。パーティーは終わりだ」
 と、携帯電話を耳から離し、ホールの奥にある一段高いステージを見る。横の階段から、1人のブラウン色のスーツ姿の男が上がり、スタンドにつけられたマイクの前で止まる。右の頬に深い切り傷の痕が走っており、髪型は黒髪で、短い髪を立ち上げてスポーティーに仕上げている。黒いサングラスを掛けているため、どんな目つきをしているのかは分からない。
「――本日は、『西条会』の20周年記念パーティーにおこしいただき、誠にありがとうございます」
 エコーが効いた低い声が響く。
 キースはズボンのポケットから1枚の写真を取り出し、それに写っている男の顔と見比べる。
「……間違いない。中川 満広だ」
『配置につく』
携帯電話を切り、閉会の言葉を長々と述べている満広を見る。
 中川 満広は、関東地方の頭に相当する極道集団、『西条会』の副会長である。
戦後の極道の組合の間の権力争いは熾烈を極めていた。大戦によって、日本各地の組合のパワーバランスは崩壊し、一部では財産が破綻し、活動が停止してしまう組合もあった。
 『西条会』は、その権力争いを勝ち抜いた組合の1つである。戦前は関東内で2位に当たる存在だったが、戦後、1位だった『吉野会』が組織内での派閥争いによる混乱により、『西条会』にその座を譲ることになったのだ。
 だが、『西条会』が1位になった理由はそれだけではない。急激に力を増していった『西条会』に疑問を持った『吉野会』会長は、『西条会』に調査を入れた。その結果、彼らが『治安維持軍』の一部の上層部から支援を受けていた事が判明した。『西条会』は、極道の宿敵とも言える者を、買収したのだ。その首謀者が、『西条会』副会長、中川 満広なのだ。
 『吉野会』会長は、再び関東の頭の座を奪うべく、『治安維持軍』上層部の不祥事を告発するために、キースたちにその関係者である満広の身柄確保を要求したのだ。証拠となる者を確保すれば、上層部と『西条会』の不祥事を公然に示し、双方の立場を陥れる事ができる。それに乗じ、『吉野会』は関東一の座を奪還するというわけだ。
 『ではこれにて、パーティーは閉会させていただきます。本日はありがとうございました』
 閉会の言葉を言い終え、ステージを降りていく。それとともに、客たちはざわめきながらホールを出ていく。
「……先に帰るみたいだ」
同席していた会長よりも先に、部下を2人連れた満広が客に乗じて帰って行くのを見たキースは、人目につかないよう柱に隠れ、ベストの裏からUSPを取り出し、ロックを外す。携帯電話を取り出し、修羅に繋げる。
「満広が帰る。準備は?」
『万端だ。行くぜ』
 柱から出て、ホールのエントランスに向かって歩き始める。キースとは逆の隅にある柱から修羅が歩き出し、キースと合流する。
「車に乗ったら取り押さえる。修羅は周囲を警戒」
「あいよ……トイレに行くぜ?あいつ」
 満広は外に出ず、エントランスのトイレに入っていった。部下も一緒に入っていく。
「連れションか?」
「そんな餓鬼が極道にいるのか?」
「じゃあなんで部下まで連れていくんだよ?」
「護衛だろ。そのための部下だしな」
 そんな雑談をしているうちに、トイレから満広たちが出てきた。トイレに行ったにしては、早いような気がした。目こそ見えないが、満広はキョロキョロと周りを見回しながら、外の黒のベンツに向かっていった。それを後ろから見ていたキースたちは、満広たちを追い、各々のベストの裏の銃に手を掛ける。
 満広が部下に守られながら後部座席に乗り、ドアを閉めた。歩みを速め、キースたちは車に接近する。
「……?なんだお前ら――」
 キースたちに気づいた部下の2人は、車に近づくキースたちを止めようとしたが、行動は遅かった。部下の言葉が終らぬうちに、キースは部下の顔面を拳でぶん殴った。よろめいた部下は顔をキースに向けたが、今度は腹を蹴られ、倒れる。もう一方の部下は、キースに気を取られている内に、修羅が後頭部に手刀を当て、倒れていた。2人はベストから各々の得物を取り出し、ドアを開ける。
「支払い忘れだ、満広。『吉野会』会長がお待ちだ」
 2人は銃を満広に突き付け、顔を睨んだ。
「わ……わかった……」
 伏せていた顔を上げ、両手を上げる。サングラスは外してあり、いかにもヤクザの風格を見せる目つきをしている。
「……?」
 だが、1つだけ不足している点があった。
 右の頬の傷が、無い。
「……クソっ!!」
 銃を下ろし、悪態をつきながら男の顔面を右ストレートで殴る。微かな呻き声とともに、気絶する。
「おいキース!何を……」
「……偽物だ。頬の傷がない」
 キースは車から離れ、辺りを見回した。が、満広らしき人物はいなかった。
「何処に消えた……」


 池袋セレモニーホール 非常通路
 
 「餌に喰いついたようだな……」
 携帯に送られてきた部下のメールを見て、黒スーツ姿の中川 満広は、にやり、と口を歪めた。
 彼はトイレに行った後、先にいた部下と自分の服装を交換し、変装した部下を車に行かせた。そして案の上、放った餌にまんまと喰いついた訳だ。満広を狙う、VIPHが。
 『治安維持軍』との関係も長くなり、そろそろ周りの組合が嗅ぎまわると警戒していたが――嗅ぎつけるだけでなく、VIPHまで送り込んできた。今日のパーティーは絶好の機会となりうる可能性があったため、万全の策をとっていたが、こうも簡単にかかってくれるとは思わなかった。
 彼らを送り込んだのは、満広を拘束し、『治安維持軍』の不祥事ごと裁判にかけるつもりだったに違いない。
「そろそろ『吉野会』を潰す頃合いか……」
 送り込んだのは、去年関東一の座から降りた『吉野会』に違いない。彼らは今混乱している。関東一の座を手にするなら、チャンスを逃すはずがない。
 非常通路の奥にあるドアを開けると、ホールの裏の関係者用駐車場があった。そこに1台の黒いベンツが止まっていて、傍に部下が1人で満広を待っていた。
「……やはり紛れ込んでいたよ。出せ」
 2人はいそいそと車に乗り、駐車場を出ようとしたが――
「……誰だ?」
駐車場の出口に、1人の男が立っていた。青ジーンズに、半そでの無地の黒シャツ、その上に赤い袖無しのジャケットを着ており、燃える火を思わせる紅色の髪を黒バンダナで上にまとめている。右手には大筒――グレネードランチャーを持っており、左手を腰に当て、こちらを見ている。
「おい!邪魔だ、どけ!」
「まぁそう言うなって。ちぃと話したいことがあるだけだからよ」
部下が窓を開けて男に怒鳴ったが、男はそれをものともせず、こちらを見据える。
「中川 満広。お前さんを『吉野会』会長の所に連れて行かなきゃならないんだが……大人しく来てくれない?」
 余裕を表わしているかのように顔に笑みを浮かべ、満広に問いかける。おそらく、彼もVIPHなのだろう。
 だが、満広は応じる気も無く、部下に顎を動かし、男を指す。部下はそれを察し
アクセルを深く踏み込み、車を動かした――男に向けて。
 男はそれを見ても動じず、迫りくる車に向けて、グレネードランチャーの銃口を向けた。
(俺を殺すことなんてできるはずがないだろう!)
 今ここで満広を殺せば、証拠はなくなり、裁判を起こせなくなる。殺すことは依頼の失敗となる。
「……!?」
 車が近くなるにつれ、男の顔がハッキリと見えてきた。
 目が、笑っていなかった。
 口元を歪めてにやついているのに対し、目だけは明らかに笑っていなかった。別の表現を出すなら――人を殺す時の目だ。
 長年極道の道を歩んできたからこそわかるが、男の眼は明らかにそれとは違った。殺しに対する執着心すらも滲み出ているような威圧感を感じられ、満広はそれに寒気を感じた。
そして、確信する。
こいつは、俺を本気で殺す気だ。
「くっ……!」
 満広はドアを開け、車から飛び出した。
 その直後『ポン……』と、何かの発射音が静かに鳴り、それから間もなく爆発音が響いた。地面に倒れながら、満広は車の方を見た。車は全体に火を纏いながら飛びあがり、男の頭上を飛び越え、その向こうの道路に転がりながら着地した。炎に照らされ、男の顔が一層明るくなる。あの目のままだ。
 何故だ?何故あの男は俺を殺そうとしている!?
 それを考えるのに精一杯で、満広の後頭部に走った衝撃の元すら気付かなかった。混乱した心境の中で、満広は後ろに立つ2人の少年を視界にとらえ、気絶した。


 PM.9:47 池袋総合公園

「……なぁ、バディー?そろそろ許してくれないか?」
「拘束目標を重火器でぶっ飛ばすのは、どうかと思うがな……生きていたにしろ」
木に寄りかかり、キースは苛立ちをそのまま表情に表わしながら、近くで煙草を吸っている男を睨む。
「じゃあなんだよ?あのまま轢かれて、ミンチになってりゃ良かったのか?」
口を尖らせ、男は反論する。
「タイヤをパンクさせるとか、そういった発想はないのか、グレン?」
「精密射撃は専門外だ。爆撃ならお任せだが……ん~、仕事の後の煙草は美味い」
 紫煙を思い切り吸い込み、男――グレンは満足そうな顔をした。紫煙を少し吐き出す。
「煙草は止めろ。匂いが苦手だ」
 渋い顔をしながらキースはグレンに言い放ち、公園の出入り口を見た。車が2台止まっており、修羅が気絶している満広を男たち――『吉野会』の人間に引き渡し、報酬金について話し合っていた。
「会長はお前にも依頼を?」
「満広は隙を見せない男だ。それは会長さんも知っている。お前たちを囮として雇い、満広の目をそちらに向けさせた……あいつがただのヤクザと思っていたのか?あんなトリックに引っ掛かるなんて」
「……今回ばかりは完敗だ。認めるよ」
 キースは肩を竦め、グレンに微笑む。グレンも煙草を咥えながら、屈託のない笑顔を見せる。
「……例の件は?」
 と、キースは声のトーンを下げ、グレンに問う。
「やれやれ、また仕事か……データを入手した。『LURER』のデータベースから引き出したものだ」
「何かわかったか?」
「……報道されていたデータと全く違う。アメリカの保管庫から奪われた『S・E』の量は、ドラム缶10缶分なんてもんじゃない――50%」
「何?」
 最後にグレンが言った数値に、キースは疑問符を浮かべた。
「50%……あそこにあった『S・E』の半分が盗まれていた」
 紫煙を吐きながら夜空を見上げ、グレンはため息をついた。一方、キースは目を大きく見開いたまま、硬直していた。
 何故そんな大事なことを隠ぺいしたのだろうか?
 『S・E』は今や世界に普及している燃料であり、それが無くては電気を生み出すことはできない。それは市民の生活に影響している事であり、もし『S・E』が無くなれば、生活は成り立たなくなる。
「……『LURER』に不穏な動きがあるのは間違いないようだな」
「明日俺はアメリカに帰るが、どうする?」
 『RURER』の本部はニューヨークにある。調べるなら、そこしかないだろう。
「……準備する時間をくれ。1人保護している奴がいる」
「お前が人様を保護するたぁな……変な薬でも盛られたか?」
 フン、とキースは鼻で笑い、再び修羅の方を見る。話し合いが終わったのか、男たちが車からスーツケースを取り出している。
「ああ、そうそう」
「ん?」
「報奨金の件だが……」
 煙草を携帯灰皿に入れてふたを閉じ、グレンは口内に残った紫煙を吐きだした。
「ちゃんと2チーム分、用意してあるぜ」
 静かに去っていく車を背に、2つのスーツケースを両手で掲げながら修羅はこちらに笑顔を見せていた。久しぶりの報酬だから、喜んでいるのだろう。
「全く、あんたはほんとに抜かりがない男だ」
 呆れながらもキースは口元を緩め、微笑んだ。


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