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[15685] フォンフォン一直線 (鋼殻のレギオス)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2011/02/14 10:25
この作品は、鋼殻のレギオス再構成物です。
しかし、原作1巻分は漫画版の方から来ています。それから、漫画は『Missing Mail』です。
さらに、最初の部分は説明と言うかなんかそんな感じですので、漫画をSSにした感じになっています。
それから、この作品はレイフォン×フェリです。
レイフォン×フェリの作品を俺が自分で読みたいと思ったんですが、探したらほとんどがリーリンとかだったりするのでフェリもので書きたいと思いました。

レイフォンがヤンデレです。そしてフェリも……
それから、レイフォンに廃貴族が憑いてとんでもないことになっています。
そんな作品ですが、どうかよろしくお願いします。


2月22日、その他に移動しました。

※ 稀に本編にない番外編を入れることがありますが、その時は生暖かい目で見守ってくださると嬉しいです。



[15685] プロローグ ツェルニ入学
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/02/20 17:00
「なんでこうなってしまったんだ……」

少年、レイフォン・アルセイフは養殖科、羊の柵を前にして絶望したようにつぶやく。
エアフィルターと言うもので汚染物質から守られたこの世界、レギオスの中で。

レギオス。
汚染された大地に生きる事を許されない人類は、自律型移動都市(レギオス)の上で生きている。
そして、この汚染しつくされた世界の頂点である種族が、汚染獣(おせんじゅう)。人類が頂点に君臨していたのは、遠い昔の物語である。
そしてここは、そんなレギオスのひとつ、学園都市、ツェルニ。
学園都市と呼ばれる都市には、必要最低限の大人しかおらず、そのほとんどが学生で構成されている。
この都市で彼、レイフォンはやり直そうと思って、故郷の槍殻都市グレンダンから出てきたのだが……

「なんで……僕の過去が知られてしまっているんだ?」

そんな遠くから来た彼のことを知る人物が、ここ、ツェルニにはいた。
レイフォンはグレンダンから出てきたと言うより、『追い出された』と言うほうが正しい。
そしてそんな彼に、『一般教養科』としてこの学園に入学してきたレイフォンに、入学式初日でそれを知る人物、生徒会長のカリアン・ロスはこう言ったのだ。

『武芸科に転科してほしい……いいね?』

「よくないってば!!」

レイフォンは思考の中だと言うのに、それを大声で否定しながら怒鳴る。

武芸科。
武芸者と呼ばれる者達によって構成された学科。
この世界が汚染獣と言う人類の脅威にさらされる中、まるで天からの贈り物かのように強力な力を持った人類が生まれた。
それを武芸者と言い、彼らは一般にはない器官によって剄と呼ばれる物を扱い、それを駆使して都市を守る。
剄には身体を強化したり、または剄を弾の様に放出して戦うなど多種多様な使い方がある。

そんな武芸者で構成される武芸科に、一般教養科で入学したレイフォンに転科しろと言うのだ。訳がわからない……
嫌、レイフォンの過去を知っているのだからこそ、当然と言えるかもしれないが……

「ていうかあの生徒会長怖い、怖すぎ!何あの目。マジ怖かった、逆らえないってあんなの」

そして当然断ろうとしたが、カリアンはそれを許さなかった。
嫌、許す許さないではなく、彼の視線が断る言葉を言わせなかった。
それほどまでにレイフォンが、彼の目によって圧されていたのだ。

「…………ああ、もう……!!なんで断れなかったんだ僕は。弱虫……弱虫!」

レイフォンは柵を乗り越え、側にいた羊の毛に顔をうずめる。
だけどその一番の原因は、レイフォンだ。
いくらカリアンの視線が鋭かったとは言え、それを彼ともあろう者が断れなかったのだ。
もっともある意味彼らしく、へたれや、優柔不断と言った言葉が似合う故かもしれないが。
そもそもこうなったのだって、普通に学生生活を送ると決めたのに、入学式で暴れる武芸科の新入生2人をあっと言う間に投げ飛ばし、喧嘩を止めてしまったからだ。
それで目立ってしまい、カリアンに呼び出される口実を作ってしまった。

「僕はもう戦いたくないんだ!フツーに掃除して、ご飯作って、普通の人になるって決めたのに!なんで初日で!!」

今日をやり直せるなら、やり直したい。
そう思いながら、レイフォンは羊を抱きしめる。嫌、それは抱きしめるというよりも抱きつくの方が正しいかもしれないが。

「貯金して、およめさんもらって、一戸建てたてて……わかるだろ、お前なら。なあ、フリーシー!!」

愚痴をこぼしながら、養殖科にいた羊に勝手に、命名までするレイフォン。
彼は気づいていない。嫌、普段の精神状態なら気づいていたかもしれないが、今まで気づけなかった。彼女の接近に。
そして、それほどまでに色々ありすぎて精神的に参っていたと言うのだろう……

「……!」

そして気づいた。彼女の存在に。
フリーシー(仮)に抱きついていたレイフォンをじっと見つめていた、長く綺麗な銀髪の少女の存在を。

(き、聞かれたよな……?は、はずかしーーーー!!)

レイフォンは悶えたくなる気持ちを抑えつつ、じっと見つめている少女へそおっと視線を向ける。
その少女は、とても小さかった。

(下級生……?って、僕が1年生だよな)

今日、レイフォンが入学式だったために、1年生の彼より下の学年の生徒はここには存在しない。
だとすると、見た目、15のレイフォンより幼く見える少女は、

(じゃあ同い年?)

当然、同級生と言う事になる。

(まるで天才が創った、人形みたいな……)

そして彼女は美しかった。
まるでこの世の物とは思えない、あったとしても溢れ出さん限りの造形美を持った少女。
その美しさに、レイフォンは一瞬で目を奪われていた。

「ん?」

そこで、レイフォンは背後がやかましい事に気づく。
美しい少女から視線を逸らし、抱きしめていたフリーシー(仮)から視線を逸らして後ろを向くと、そこには……………羊による津波。

「え……」

津波のように襲ってくる羊の群れ。羊の突進。
まさに津波のようなこの光景は、レイフォンと少女に向って突っ込んできた。

「すみませんー!!とめてくださいーー!!」

「うわわわ」

おそらく養殖科の生徒であろう人物の声が聞こえてくるが……無理である。
いきなりの事態でフリーズしたレイフォンの思考。
そして、倒すとか殺すならばレイフォンとしてもできるかもしれないが、そんな選択肢を取れるわけがない。
もっとも、取れたとしてもレイフォンはやらないが。
結果……

「いったぁ……」

突っ込んで来る羊に轢かれ、倒れ伏すレイフォン。
柵は破壊され、羊はどこか遠くへと走り去って行った。

「うわー、また先輩に叱られるーー!!!」

養殖科の生徒はレイフォン達に謝罪する暇もなく、逃げる羊を追いかけて言った。
まぁ、状況が状況なら仕方がないが……
そんな訳で、放置されたレイフォンはと言うと、

「…………」

訳がわからない現状にいた。

「………」

もっとも、それはレイフォンを見ていた少女も同じらしいが。
わかりやすく言うと、レイフォンを載られていた。
羊に撥ねられ、地面に倒れたところ、先ほどいた少女も羊に襲われ、その影響でレイフォンの上に倒れてしまったのだろう。

「………」

「………」

そんな訳で、地面に倒れるレイフォンの背に載る(座る)少女の姿が作り出されたのだが、会話が続かない。
訳がわからないレイフォンはともかく、少女まで何も話そうとはしないのだ。

「…………養殖科の学生でしょうか」

そんな空気に耐えられなくなり、レイフォンが何かを話題に出そうと、とりあえずわかりきったことをつぶやくのだが、

「……そこ、どいていただけませんか?」

初めて喋った少女により、冷たく斬り捨てられる。
だけどそんなことよりも、冷たくされた怒りよりも、レイフォンはある事に驚いていた。
それは、彼女に関する事。

(人形が喋った……!)

何を言っているのか、自分でも凄く馬鹿らしい。
確かに彼女は人形に見えるほど美しい。まるで神が創ったかのように造形美が溢れ出している。
だけどそれが実は人間だったと言うだけで、別におかしなことではないのだが。
それよりもだ、

「……………それ、僕のセリフだと思うんですけど……」

倒れているのはレイフォンで、その背に載っているのが少女なのだ。
この状況では当たり前だが、少女がどくべきである。

「………」

間があり、

「そう……言われれば……そうかもしれませんね」

ゆっくりと少女が立ち上がる。
そういわれればとか、考えるまでもなくそうなのだが……
それはともかく、どいてくれてよかったような、それとも少し残念な思いを抱きながら、レイフォンも立ち上がった。
そして……





「なんでついてくるんですか?」

特に話す事もなく、レイフォンと少女はそれぞれ自分の家、と言うか寮、部屋に帰る事にしたのだが、少女の後をついてくるように歩くレイフォンに視線を向け、尋ねてくる。

「イヤ、僕の寮もこっちなんで!」

だが、レイフォンからすれば当然ストーカーをしているのではなく、ただ偶然、帰る方向が一緒なだけだ。
彼からすれば、彼女が自分の前を歩いているとしか感じていない。

(なんかこの人、調子狂うな……)

「………」

あまり喋らず、明らかに無口な方で、喋ったかと思えば会話が噛み合わず……
そんないらいらするような状況だが、不思議とレイフォンは頭にはこなかった。
この少女と一緒にいると……………なんと言えばいいのかわからない感覚と言うか、言いようのない不思議な雰囲気が流れてくる。
もっとも、不思議な雰囲気があるのは彼女の振る舞いを見れば一目瞭然だが……

「………いいですね、のどかで。こんな世界もあるんですね」

「……え」

まただ。会話が噛み合わないと言うか、付いていけない。
無口な人かと思えば、いきなり話しかけてくる。

「そ、そうですね……汚染獣との戦いなんて、遠いことのように思えますよね」

それに合わせようと、レイフォンは少女に語りかける。
確かにこの光景はのどかだ。
ここは養殖科と言うこともあるが、羊などの愛らしい動物がさっきまでいて、とても和んでいた。
さきほどの羊の津波には流石に参ったが……
それから、現在天気は快晴。
夕暮れ時ではあるものの、汚染物質の舞うエアフィルターの外の空も透き通っており、赤い夕暮れに雲が美しい。
本当にのどかで、汚染獣の脅威に怯える生活を忘れてしまいそうだ。

「あなたも、嫌いなんですか?戦いが」

また、会話が噛み合わない。
嫌、これは先ほどレイフォンが愚痴っていたときのことを言っているのだろうか?
何にせよいきなりの話題で、そしてレイフォンは気づく。彼女の格好に。

(武芸科の制服……)

ここは学園都市だ。それ故に、制服を着るのは当然。
だけど学科ごとに分かれている制服、彼女の格好はレイフォンと同じ武芸科のもの。
もっとも、レイフォンのこの格好も、カリアンによって無理やりさせられたものだが……

「あなたもって事は……もしかして……あなたもあの生徒会長にムリヤリ……?」

そして彼女の言葉、『あなたも』に、『嫌い』、『戦い』などと言う発言から、レイフォンは予想を立てる。
この人も、カリアンから無理矢理武芸科に入れられたのではないかと。

「……ええ、まあ……」

それを肯定する少女。

「僕のほかにも被害者がいたなんて!なんて横暴な……!あんな奴がどうして生徒会長なんだ」

やっと会話が噛み合い、そして先ほどまでの愚痴、不満もあってか、かなりカリアンのことを悪く言うレイフォン。

「さあ……噂では酷い手で、対立候補を追い落として、生徒会長の地位を手に入れたとか……」

「やっぱりそういう奴なんだ!ああ、むざむざと従った僕がバカだった!」

「………」

「権力に笠に着て!許せない!」

愚痴、同調したところがあったのか、少女に同意、煽るように言うレイフォン。

「………」

だけど少女は、それを聞いても何も答えない。

「もしもし、聞いてます?」

それを不安に感じてか、レイフォンは少女に質問した。
調子に乗って言い過ぎたとか、あまりにも一方的に話して敬遠されたとか。
だけど、

「なんで牛がいなくて、羊ばかりなんでしょうね」

それは違った。と言うか、また会話が噛み合っていない。

(この人……もしかしてちょっとヘン……?ずれてるし……天然?)

「………」

自分も人のことは言えないかもしれないが、そう感じるレイフォン。
彼女といると、本当に調子が狂う。だけど、嫌ではない……そんな感じだ。



「生徒会長のこと、恨んでますか?」

「え……」

また、会話がいきなり振られた。
もう、養殖科の敷地は抜け、学園都市の都市部分まで歩いてきたところで、少女はレイフォンに問う。

「恨むってそんな、大袈裟な……」

いきなりの話題に戸惑うレイフォン。
確かにいきなり武芸科に転科させられ、頭にはきたのだが……
恨むほどカリアンと接点はないし、それとはちょっと違う気がする。

「私は恨んでます」

だけど少女は言った、ハッキリと、恨んでいると。
カリアンに向けて、明確な敵意を向けているようだった。

















(なんだったんだ……?)

寮の自分の部屋にて、レイフォンは1人考え込む。普通は2人部屋だが、運良くレイフォンは1人で使えている。故に、この部屋にはレイフォン1人しかいない。
あの後、少女とは会話らしい会話をせずに別れて、今は自分で作った夕食のシチューを前にし、レイフォンは考えていた。

「恨む……か」

その内容はやはり、あの少女の事。名前すら聞いていない、不思議な少女の事だ。

「……そりゃ、僕だって腹は立つけどさ」

どうも恨むとは違う気がする。
カリアンのことはハッキリ言って好きじゃないし、どっちかと言うともちろん嫌いだし、頭にはきている。
だけど……流石に『恨む』なんて言う深いものではないと言うか、生徒会長という『都市』を統べる、支配する立場からすれば確かにレイフォンの力は魅力的で、彼を利用したいと思う考えは理解できる。
もっとも自分は、その期待に応えるつもりはないのだけど……

「レイフォン・アルセイフ!」

そんな時だ。扉がノックされ、返事も聞かずに中に人が入ってきたのは。
その人物はレイフォンと同じ武芸科の制服を着ていた。

「さっき、ガトマン・グレアーがここでお前を呼んでたぜ。うるせーのなんのって……」

「え……?」

そして、言われた言葉のわけがわからない。
レイフォンはその『ガトマン・グレアー』と言う人物に呼ばれていたらしいが、当然そんな人物は知らないし、名前も聞いた事がない。

「厄介な奴に目をつけられたな。何をしたんだ?」

「何って……僕は何も……」

しかも、何故か目をつけられているらしい。
本当に訳がわからない。

「お!うまそう」

そんな武芸科の人物は、レイフォンの部屋にあるシチューの鍋を見てそんなことをつぶやく。
ノックして返事も聞かずに開けたところや、そのまま入ってきて、鍋の中身を見た事もかなりずうずうしい正確かもしれない。

「あ、それ、僕が作ったんだけど、よければ食べる?僕、料理はできるんだけど量とかの加減が下手なんだよ」

「マジで?じゃ、遠慮なく」

せっかくだし、そのまま夕食に招待する事にした。
リーリン、孤児院で育ったレイフォンの姉妹のような人物で、幼馴染の女性だが、このことは彼女にも注意された。
レイフォンは料理ができ、それもかなりの腕前なのだけど、栄養バランスや量の調整がどうも下手だ。
偏った食事を作ったり、量を多く作りすぎたりするのは日常茶飯事であり、今回も夕食にしてはかなり多い量のシチューを作ってしまったのだ。
そんな訳で皿によそい、武芸科の人物に差し出した。

「サンキュー。取り合えず自己紹介な。俺の名は、オリバー・サンテス。武芸科の2年生だ」

「あ、うん、僕は……って、知ってますよね。一応……武芸科の1年生です」

取り合えずは自己紹介。
オリバーと名乗る人物を向かいの席に座らせ、レイフォンは本題へと入る。

「それで……そのガトマン・グレアーがどうしたんですか?」

「ああ、そうそう……」

2年生と名乗ったので、ひとまず敬語で話すレイフォン。
そしてオリバーが、シチューを食べながらガトマンについて語りだした。

「あいつは危険だぜ。あいつの気に入らない生徒が、いつの間にか学園から消えると言う事件が何件も起こってるんだ」

「え……」

話を聞けばわかる。そのガトマンと言う人物の危険さが。
つまりはそういう噂が耐えない、危険人物だと言うのだ。
もしかしたら、彼は気に入らない生徒を……

「ま、5年だから後2年逃げ切れば、命は助かるさ。しかし、ホントにうまいな、これ」

「ちょ……待ってくださいよ、なんですかそれは!?」

気楽に、他人事の様にシチューを食べながら言うオリバーだが、レイフォンからすれば当然そんな場合ではない。
最も、オリバーからすれば他人事なのだろうけど、レイフォンは動揺しながら尋ねる。

「知らねーよ。ホントに何やったんだ、お前?」

だけどオリバーも詳しい事情までは知らず、ただ、ガトマンがレイフォンを呼んでいた、目をつけられた事しか知らない。
故に、どういうわけかはこちらの方が知りたいのだ。

「そんなこと、僕が知るわけ……あ……もしかして、あれか?」

『知らない』、そう言おうとしたのだが、レイフォンにはひとつの仮説が思い浮かぶ。
仮説と言うか、アレは忠告のような物だったのだが……カリアンに呼び出され、武芸科への転科を命じられた時の事。
レイフォンを呼びに来た秘書の女性が、彼に言っていた言葉だ。

『入学式で退学になった生徒のお兄さん……もしかしたらあなたを逆恨みして、何かするかもしれません。注意した方がいいですよ』

レイフォンがカリアンに目をつけられた出来事。
入学式で暴れていた武芸科の生徒を、とっさに投げ飛ばして止めた事だ。
それが原因で入学式は中止となり、問題を起こした生徒は退学となった。
もちろんレイフォンは、仲裁しただけなのでお咎めはなし。
その代わりと言うか……武芸科には転科させられてしまったのだが、何にせよそんな経緯があり、退学となった生徒の兄から逆恨みを受けてしまったらしい。

「ああ、何かと噂になってたが、ありゃお前だったのか。そりゃ、災難だな」

それを聞いたオリバーは、相変わらず他人事の様に言う。

「まあ、なんだ……無事に逃げ切る事を祈ってるよ。そんな訳で、ごっそさん」

シチューを食べ終え、からとなった皿を置いて立ち去るオリバー。
そんな彼の背を見送りながら、レイフォンは再び思った。
今日をもう一度、やり直したいと……


















「なんだレイとん、お前武芸科だったのか?」

「いや、これは……後で返しに行こうと思って……」

結局あの後、一晩考えてレイフォンの出した結論は、カリアンに掛け合って一般教養科に戻してもらう事。
色々と重なってしまったトラブルだが、まずは身近なものからひとつずつ解決して行こうと考えるレイフォン。
だから制服を返し、カリアンにもとの学科に戻してもらおうと言うのだが、その途中でナルキに出会った。

「どういうわけか知らないけど、似合ってるのに。レイとんなら武芸科でもやっていけるよ」

「うんうん、それに、ミスター・ツェルニコンテストがあったら、絶対に票が入ってたよ」

正確には、ナルキとミィフィ、メイシェンの3人組とだが。
昨日、レイフォンが暴れる武芸科生徒を止めた時、そのつもりがあったとかではなく過程として結果的にメイシェンを助けたために仲良くなった3人の女の子。
ナルキとミィフィ、メイシェンは昔からの幼馴染らしく、ミィフィの弁ではナッキ、メイっち、ミィちゃんなどと言う愛称があるらしく、レイフォンにもレイとんなんて言う、どこぞの英国紳士のような愛称をつけられたのだ。
それはさて置き、レイフォンが武芸科に転科したのは、彼女達といる時に呼び出されてからなので、レイフォンの武芸科の制服を見るのは初めてな彼女達。
その格好に、もともとのレイフォンの美形も加わってかなり似合っているのだ。
もっとも、本人には自覚がないのだが……

「どんなコンテストだ……」

レイフォンはミスターツェルニと言われ、そんなものが存在するのかというように呆れたようにつぶやく。
だけどミィフィが不敵に『ふふ』と笑い、一枚のポスターを取り出した。

「ミスターはないけど、ミスはあるみたいよ」

「ミスコン……?」

それは、『MISS ZUELLNI CONTEST』と書かれたポスター。
要するに、ミスコンの宣伝をしているものだ。
そして、そこにはミスコン候補の美女達の顔写真が映っているわけなのだが……

(昨日の女の子………!)

レイフォンの瞳が釘付けになる存在、昨日出会った不思議な少女の写真があった。

(フェリ・ロス。武芸科2年生……先輩だったのか………!)

記載されている彼女の名前、学年、学科を読み、意外そうな表情をするレイフォン。
美しくもあの幼い容姿から年下……は自分が1番下の1年生だからなくとも、同じ1年生だと思っていたのだが、予想が外れてしまった。

「やっぱり、レイとんも興味があるんだ。しかも、1番人気のフェリ先輩かー」

「え……?」

男ゆえに女性に興味があるのは当然だろうが、レイフォンの釘付けとなった視線をそう取るミィフィ。
しかし、レイフォンはそういうつもりで見ていたのではないのだけど、ミィフィはそのまま続けた。

「ミスコン最有力、優勝候補だよ、その人」

(6万人の一番人気……!?)

だけど、そういうつもりではなかったとは言え、ちょっとは興味はある。
そしてフェリは、約6万人が生活するこの学園都市で、ミスコンではあるけど1番人気の少女らしい。

(僕、上に乗られたよな!?学園のアイドルに!?)

そして昨日の事なのだけど、不可抗力とは言え彼女に上に乗られた事を思い出し、今更だけど心臓がドキドキと脈打つレイフォン。
本当に今更だが、それほどまでにフェリは美しかった。

「キレイな上に、小隊員に選ばれるほどの実力者。こんな人、いるんだねぇ」

「すごいな、2年で小隊員って。いいなぁ、才色兼備のお嬢様」

「……小隊員って?」

ミィフィとナルキがフェリを褒めるなか、『小隊員』と言う言葉を知らないメイシェンが問いかけてくる。
レイフォンも、その言葉を知らなかった。

「武芸科のエリート集団だな。小隊バッジは栄光の証とでも言えばいいのかな?」

「襟のところにバッジをつけてるでしょ?ⅩⅦって言う。第十七小隊ね」

2人の、短いけどわかりやすい説明。
つまりは武芸科のエリート生徒で、都市を守る時なんかは要となって戦う存在らしい。

「ま、話しかけるにも恐れ多いって感じ?」

(そんな雲の上の人だったんだ……)

そんな人物に、自分のような存在、一応武芸科ではあってもただの一生徒の自分が、そんな彼女と昨日会話をする事ができたのは、ちょっとした幸運なのかもしれない。

(もう、接点ないよな……)

それも不思議な、疑問の残ったまま会話は終わってしまったし、もう会うことはないだろうと思うレイフォン。
『私は恨んでます』、どうせならこの言葉の意味を彼女に聞きたかったのだけど、もう接点は築けないだろう5と思ったレイフォンにはどうでも良い事だった。

「あれ……」

「あ……!」

「ん……?」

だから、予想外もいいところだった。
こんな展開など。

「あの……レイフォン・アルセイフさんですよね?」

「は、はい……」

その彼女、フェリがレイフォンを尋ねてくることなんて。

「レイとん……!名前知られてるよ……!!なんで!?」

驚くミィフィだが、それはこっちが知りたい。
レイフォンはさっきまでフェリの名前を知らなかったし、自分も名乗った覚えはないはずだ。

「話があります。一緒に来ていただけますか?」

そして、フェリからかけられたこの言葉。
彼が運命、分かれ道だったのかもしれない。
この選択でレイフォンは、彼自身が望む生活とは逆の運命を歩む事になるなど……まだ知らなかった。
















(学園のアイドルから呼び出し……?もしかして、まさか……!?)

レイフォンは初めての出来事にドキドキしながら、メイシュン達と別れてフェリへとついていった。

「きょ、今日は暑いですね」

相変わらずフェリはあまり喋らないので、レイフォンは無理にでも話題を作ろうと必死だ。

「また会えるとは、思ってませんでした」

だが、無理に作ろうとしたのがいけなかった。
顔が真っ赤になる。

(バカッ、これじゃ下心ありありみたいじゃないかーーー!!)

自分で自分を罵倒し、ひとまず冷静になろうとするレイフォン。だけどできない。
美少女、学園のアイドルからの呼び出し。
そして、それについていくという選択。
それから想像できる出来事は……多少妄想も入るが、男なら一度は考えるかもしれない出来事、告白。

(落ち着け僕!落ち着くんだ)

もしかしたら告白されるかもしれないなんて考え、さっきから心臓が喧しい位に高鳴るレイフォン。冷静でいられるわけがない。
だけど、そんなレイフォンを冷静に戻したのが……

「……………」

「……………」

フェリの無表情な、そして冷たい視線だった。

(アホだな。んなワケないだろ)

またも自分で自分を罵倒し、落ち着いたレイフォン。

(そうだ)

そこで彼は、せっかくの機会だし、一晩悩んだ事、先ほどの事をフェリに話すことにした。
無理矢理武芸科に入れられ、カリアンを恨んでいるらしい彼女に向けて。

「僕、生徒会長に掛け合って、もう一度一般教養科に戻してもらうように、お願いしようと思うんです。制服を返して……」

「……………」

「だから」

「……………」

レイフォンの言葉に、フェリは無言だった。
そして、無表情だった。

「あ、あの……フェリ……先輩?」

聞いているのか心配になり、レイフォンがフェリに質問を投げかける。
だが、

「もう……遅いんです」

帰ってきたのは、レイフォンの言葉を否定するフェリの返事。

「え……?」

「着きました」

その言葉の意味を聞き返そうとするレイフォンだが、今更だがフェリの言葉で目的地に着いた事を知る。
そこは、1年校舎より更に奥にある、少し古びた感じの会館だった。
広いはずのその会館は大きな壁に仕切られ、レイフォンが入った部屋には教室2つ分のスペースくらいしかない。
それでも十分広いかもしれないが。

「ここは……?」

「私達の小隊の練習場所です」

レイフォンの問いに、そう答えるフェリ。
予想外だ。
そして……どうしてこうなってしまったのだろう?

「レイフォン・アルセイフだな」

入ってきたレイフォンにかけられる、フェリとは違う女性の声。

「私はニーナ・アントーク。第十七小隊の隊長を務めている」

「はぁ……」

取り合えず相槌を打つレイフォン。
肩の辺りでそろえた金髪の、少し気は強そうだけど、綺麗な女性である。

(また怖そうな人の呼び出しか!!)

十分に美人と言える彼女だが、どうやら自分はフェリを使って彼女に呼び出されたらしく、先ほど抱いていた妄想を粉々に打ち砕かれて肩を落とす。

「レイフォン・アルセイフ。貴様を第十七小隊の隊員に任命する」

「え……」

だがそんなことよりも、たった今、聞き捨てならないことをニーナに言われた。
レイフォンを、小隊に入れるというのだ。

「小隊とは武芸大会の際に、中核を担う重要な部隊だ。小隊員に選ばれると言う事は、武芸科に所属する学生の中で、特に優れた武芸者と認められた証だ。大変、栄誉な事と思っていい」

レイフォンの返事も聞かず、次々と言葉を投げかけてくるニーナ。
レイフォンは、一言も喋る間をもらえなかった。

「それでは、これから貴様が我が隊において、どのポジションが相応しいか、その試験を行う。レストレーション」

錬金鋼(ダイト)と呼ばれるものの、記憶復元による形質変化。
錬金学によって生み出されたそれは、『レストレーション』と言う言葉と共に重量まで復元して武器となる。
それは鉄鞭と呼ばれる、二刀流の武器である。

「さあ、好きな武器を取れ!」

壁に立てかけられてる武器を指し、命じるニーナ。

「ま、ま、待ってください!」

ここまで来て、流石にレイフォンを反論する。
本当にどうしてこんな事になったのだろう?
なんでこうなってしまったのか……小隊に入りたいわけがない。

「僕は、戦いなんて好きじゃないんです!」

ニーナから視線を逸らし、そういうレイフォンだが、ニーナは関係なしとばかりに近づいてくる。
それに耐えられず、レイフォンは後ろを向いて走った。

「逃げるな!」

すると当然、追いかけるニーナ。

「ぶわはははは」

そうなると、ここでは鬼ごっこが始まってしまう。
そんな子供っぽいやり取りに、今更だがここにいた1人の男が笑い声を上げる。
一見軽そうな、男なのに長い髪をした人物だ。
そして彼とレイフォンを呼んだフェリのほかに、ここにはツナギを着た男もいる。

「シャーニッド、笑うな!」

笑い出す軽そうな男に、怒ったように怒鳴るニーナ。
レイフォンは今のうちに外に出て、ここから逃げようとするが……先にニーナがドアに回りこみ、退路を塞いだ。
これでは、逃げられない。

「入学式でお前を見た。小隊員に値する実力があると思った」

またもレイフォンの話を聞かず、ニーナが語りだす。
レイフォンからすれば、また入学式が原因かと肩を落とすのだが、ニーナはそれに構わず続けていく。

「レイフォン・アルセイフ。貴様は私達、第十七小隊の一員になるんだ」

「そんな……」

「拒否は許されん!これは既に、生徒会長の承認を得た、正式な申し出だからだ」

嫌がるレイフォンを徹底的に無視し、そう宣言するニーナ。

(生徒会長……!!あいつ……!僕が戻りたいって言うよりこんなに早く手を回して……)

これを企てたカリアンに、もはや殺意すら湧いてくるレイフォン。
彼の脳裏には、嘲笑うかのようなカリアンの表情が浮かんでくる。
その傍らには、何故かフリーシー(仮)がいるような気がした。

「何より武芸科に在籍する者が、小隊員になれる栄誉を拒否するなどと言う軟弱な行為を許すはずがない」

確かに、ニーナの言う事はもっともだ。
武芸科の学生とは、つまり武芸者。武芸者とは、都市を守るために存在する者。
そんな人物が戦いを拒否するなど、普通は許されない。
だけど、

「僕は……無理矢理転科させられて……だから返しに行くんですよ、この制服は……」

レイフォンはカリアンにより、無理矢理その武芸科に入れられたのだ。
だからひとまずは武芸科の制服を着ているが、これを返そうと思っている。
そして、返した後に着る一般教養科の制服を、レイフォンは今、持っていた。

「あーーーーー!!何するんです!」

だがそれを取り上げ、ニーナはゴミ箱へと投げ捨てる。
それに当然文句を言うレイフォンだが、ニーナに謝る気などない。
むしろ、レイフォンに対して説教をしていた。

「あのカリアン・ロスに、そんな手は通じない」

冷たく、言い放つように、断言するように。
確かにあのカリアンに、そんなことを言っても受け入れるとは信じられない。

「実現不可能な事を思い続けるのは、ただの未練だ。ずっと抱えていても害にしかならない。ならば今ここで、きっぱりと決着をつけるべきだ」

なら、どうすればいいのか?
ニーナは力強く、レイフォンに語りかけた。

「逃げるなレイフォン。逃げるから災難が向こうからやってくる。立ち向かえ!」

「………」

この声が、レイフォンに届いたかどうかはわからない。
だけどここは、拒否しても逃げても無駄だと理解した。

「……剣を」

そうつぶやき、それを聞いたシャーニッドが立てかけられた武器から剣を選ぶ。

「ま、入学式でお姫様(女の子)を助けたのが運の尽きさ。観念しな、王子様、ほらよ!王子様はやっぱり、剣だよな」

そして、それをレイフォンに向けて放り投げる。
レイフォンはそれをキャッチし、ニーナと向かい合った。

「私は本気で行くぞ」

既に構えを取り、準備万端のニーナ。
そして、ニーナは突っ込んだ。
いきなりだ。間の計り合いも何もなく、いきなりニーナが飛び込んできた。
右手の鉄鞭がそのまま、レイフォンの胸の辺りを襲う一撃を繰り出してくる。
それをレイウォンは身体をひねってかわした。すると今度は左手の鉄鞭が、スキを見せたレイフォンの背を襲うように放たれた。
しかしそれを、レイフォンは剣を背に回して受け止める。
とても重たい一撃だ……とても女性が放ったとは思えないほどに、重たい一撃。

それから距離を取り、レイフォンは鉄鞭の届かない距離へと脱出する。
ひとまず、少し間を取っての仕切り直しだ。

「ははっ、ニーナの初撃を受けきった奴を初めて見た」

シャーニッドからもれた言葉に構わず、レイフォンとニーナは対峙していた。
今の状況は……互角。
ニーナが一方的に、レイフォンを攻めていた。
そう……レイフォンは先ほどから受けているだけで、一度も『攻撃をしていない』のだ。
彼からは、攻めていない。

(すごい!一瞬も迷わず、突っ込んでくる美しい動き。眩しい剄。そして……)

ニーナの攻撃を捌きながら、レイフォンは思う。
自分にはなくて、彼女にあるものを。

(なんだろう、この熱は?ひたむきさは?)

それがわからない。
鋭いニーナの攻撃を捌くレイフォンだが、理解できない。

『実現不可能な事を思い続けるのは、ただの未練だ』

ニーナはこう言っていた。
そして逃げるな、立ち向かえ!と……

(どうして、こんなに真っ直ぐなんだ)

それは素直に凄いと思うし、正直レイフォンも憧れる。
そういう風に生きたいとも思う。
だけど……

「外力系衝剄は使えるか?」

ニーナの質問に、レイフォンはこくりと頷く。
その瞬間、ニーナが笑った。

「ならばよし」

笑顔のままに、胸の前で鉄鞭を交差させる。
大きな音と振動が、床を振るわせた。

「受け切れよ」

楽しそうに、そして酷薄に笑ったニーナの顔が、気がつけば間近にあった。
遠くなって行く意識の中、レイフォンは思う。

(だけど先輩。僕には……何か立ち向かうほどの熱は、どこをさがしてもなくて……どこかに置き忘れてきたのかな。それとも、僕には初めからなかったのかな……)

ニーナの一撃を受けたレイフォンは、そのまま気絶した。



[15685] 1話 小隊入隊
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/08/25 10:24
(冷たい手……)

気絶から冷めたレイフォンの視界には、1人の少女の顔がある。
フェリの顔だ。
そして、自分の額に触れられた、、冷たい手の感触……

「フェリ……先輩?」

寝ぼけながらなんとなく、本当になんとなくレイフォンはその手を取る。
するとその手は、

「おはようダーリン♪」

シャーニッドの手であり、そのシャーニッドがからかうような笑顔でふざけて言う。

「うわっ!?」

驚き、手を放すレイフォン。
フェリならばともかく、いくらシャーニッドが美形でも男にやられては、ハッキリ言って気持ち悪いだけだ。

「うわって……先輩にそれはないだろ~?傷ついちゃうなあ、俺」

「キャー、シャーニッドさまあ」

「私達が癒して差し上げますわ……!」

どうやらここは、保健室らしい。
そして自分は、ベットで眠っていた。
そして何故か、外にはシャーニッドのファンらしい少女達がいる。
まぁ、軽そうだが、アイドル並みに美形なシャーニッドならば、こういうのがいても可笑しくはないだろう。

(うわ……!僕、気絶してたのか……みっともない……)

少し手を抜きすぎたと反省しつつ、レイフォンはまだ呆然としていた。
あの後どうなったのか、気絶していたために当然わからない。

「言ってなかったな。俺はシャーニッド・エリプトン。4年、狙撃手だ」

そんなレイフォンに、自己紹介をするシャーニッド。
名はニーナに聞いたというか言っていたが、自己紹介はこれが初だ。

「まぁ、難しく考えるなよ。小隊メンバーになっておけば……」

シャーニッドは結果的に小隊に入れられ、これから不安であろうレイフォンにアドバイスを送る。
とてもわかりやすく、真っ直ぐなアドバイスを。

「女にモテる」

だけど凄く邪だった。
そんなシャーニッドに、フェリは拳骨を落とす。

「酷いなぁ……」

少し嘘泣きをしながら、フェリに不満そうに言うシャーニッド。

「それで動くのは、あなただけです」

相変わらずフェリは冷たく、そして無表情だ。

「……それに……あのガトマン・グレアーに追われているんだろ?」

「………!なんでそれを……」

だが、こっちが本題だ。
軽かったシャーニッドも、これを言うときだけは真剣味を持っていた。

「まぁ、有名人だしな。武器を持っておかないと、本当に死ぬかもしれないぜ」

逆恨みでレイフォンを敵視しているらしい、ガトマン。
実際に彼の気に入らない生徒が何人か行方不明になっているらしいので、悪い意味で有名なのだ。
そんな人物に目をつけられれば、せめて武器がないとヤバイのだけど、基本、今の1年生に帯剣の許可は出ていない。
それは入学式の時みたいに暴れるやからが、喧嘩などで錬金鋼なんて言う危険な物を持ち出さない配慮だ。
だけど小隊員だけは別で、1年生でも錬金鋼の所持を認められている。
もっとも、1年生でいきなり小隊入りする者はまずいないが……

何にせよ、そんな訳で小隊に入るのは悪くないと言うシャーニッド。

「女(ニーナ)にしごかれるか、ヤロー(ガトマン・グレアー)に殺されるか……俺なら女の子の方を選ぶね」

「………」

だけど最後はそっけなく、そう言って部屋の外へと向っていく。
彼のファンである少女達が待つ廊下へと。

「ま、訓練はサボるけどな」

締まらない言葉を残しながら、そのままシャーニッドは去っていった。
少女達と共に。

「……………」

「……………」

そして取り残された、レイフォンとフェリ。
再び無言で、何を話していいのかわからない。
そんなレイフォンに、フェリのほうから話しかけてきた。

「帯剣許可証と、バッジを預かっています。でも……」

それは、第十七小隊として事務的な会話。
だけどそれを、バッジをレイフォンの制服の旨のところにつけながら、無表情でも彼女の想いがつまった言葉を投げかける。

「これをつけたからといって、何も変える必要はありません。

「え……」

「あなたは、今のままのあなたでいいんです」

(それはどういう……)

意味がわからない。
どういうことなのか、嫌、フェリが何を知っているのかレイフォンは知りたかった。
少なくとも何かしら、フェリはレイフォンについて知っているらしい。
それを聞きたかった。だけど……

「貴様、レイフォン・アルセイフだな」

それを阻止する、野太い男の声。

「……いきなりなんですか、あなたは?」

フェリが不機嫌そうに尋ねるが、男はレイフォンの襟首をつかみ、そのままフェリを無視して続けた。

「入学式では、弟が世話になったようだな」

「………!!!」

体躯のしっかりとした、ごつい男。
180~90cmはありそうな大柄な男で、以下にも傲慢そうだ。

「それはあなたの弟の自業自得でしょ?ガトマン」

(ガトマン・グレアー!?)

フェリの言葉を聞き、レイフォンはもう嫌になる。
噂をすれば影と言うか、次々と襲ってくる最悪の展開。
自分が何か、悪いことをしたと言うのだろうか?

(……したかもしれない)

後悔はしていないが、それをしたためにレイフォンはグレンダンを追い出されたのだ。

「貴様には関係ない!用があるのは、こいつだけだ!!」

フェリに怒鳴り返し、ガトマンはレイフォンを睨む。

「お陰で弟は退学だ。せっかく武芸科に入って、親を安心させてやれると思っていたら……」

「僕は知りませんよ」

悪いのは入学式で暴れた弟であり、レイフォンに非はない。
だけどそれを理解できる輩なら、まず、逆恨みなんてことはしない。

「一般教養科のなりをしていたくせに、本当は武芸科だったとは……!?」

そこで、ガトマンは気づく。
レイフォンの武芸科の制服もそうだが、彼の襟首をつかんでいた時に見た、バッジの存在に。

「貴様……まさか……まさか小隊員に……」

「彼はまだ、錬金鋼を持っていません」

フェリがフォローするが、ガトマンは聞いていない。

「ハハハハハ!こいつはやりがいがあるってもんだ。レストレーション」

「うわっ」

「ガトマン!」

錬金鋼を復元させ、斬りかかってくるガトマン。
咎めるようにフェリが言うが、ガトマンはレイフォンしか見ていない。

「うわっ」

ガトマンの使う錬金鋼は、刃は小さくも一応剣に分類される物。
折りたたみ式のサバイバルナイフにも見える形状で、それに剄を込めて斬ってきたためにかなり斬れ味が鋭い。
背後の硝子、カーテン、壁までも斬り、錬金鋼を持たず、戦いたくなかったレイフォンの取った行動は単純な事だった。

「逃げる気か貴様!」

「逃げるに決まってんだろ!」

逃げる事。
ガトマンは先輩だが、こんな暴挙をされて当然敬語を使うなんてわけなく、レイフォンは全力で走った。

「ガトマン!」

フェリがガトマンに止まるように言うが、レイフォンと共に遠くへと走り去っていく。
あっと言う間に、フェリの前からガトマンとレイフォンの姿は消えた。

「あの陰険眼鏡……」

そんな彼らの背を見送り、フェリは言いようのない怒りを『陰険眼鏡』、生徒会長へと向ける。
大丈夫とは思うが、万が一のことを考え、レイフォンの無事を祈りながら……























「そりゃ、災難だったな」

何とかガトマンから逃げ切った後、自室にて、夕食を食べるレイフォン。
もう既に夜と言うこともあり、今日はひとまずあきらめてくれたらしい。
そんな訳で、自室で夕飯を取るレイフォンだったが……

「で……オリバー先輩。なんで僕の部屋にいて、普通に一緒にご飯を食べてるんでしょうか?」

「ん、おいしいから」

昨日同様、オリバーがレイフォンの部屋にいて、ずうずうしくも一緒に夕食を食べている。
もちろん、レイフォンが作った物である。

「答えになってません」

「まぁまぁ、いいじゃねーか。どうせまた、多く作りすぎたんだろ?」

「それはそうですけど……」

また加減がわからず、多く作りすぎてしまったレイフォンなのだが、多かったら多かったで、明日の朝食に回すのも手ではないかと思う。
そうすれば、朝は朝食を作る時間帯、ぐっすりと寝ていられるから。

「で、小隊入りおめでとう」

「めでたくなんかないですよ……ああ、なんでこう、災難ばかり立て続けに……」

レイフォンを素直に祝福するオリバーだが、本人からすれば今日は厄日以外のなんでもない。
そんな彼を、多少哀れに思わなくもないが、オリバーは今日も他人事の様にシチューを口の中に頬張るのだった。

「なんでこんな事に……ああ、一般教養科に戻りたい……」

「あの生徒会長がそんなこと、認めるもんかねぇ」

そんな会話を交わしながら、夜はあっと言う間に明け、ガトマンに追われる1日が始まるのだった。

















「あのさ、レイとん……」

先ほどからキョロキョロと視線を配るレイフォンに呆れるように、ミィフィは言う。

「お昼食べる時くらい、落ち着こうよ!!」

「いや、だってさ……」

時間はあっと言う間に昼。
レイフォンは朝からこんな感じで、落ち着きがまったくないのだ。

「色々あるんだよ……」

「あー、なんでもう、そんなかなあ!」

ガトマンの事が一番大きな理由だが、色々あって暗いレイフォン。
そんなレイフォンを見て、ミィフィは呆れたように言う。

「入学式でヒーロー扱いされ、生徒会長に目をかけられて武芸科に転入の上、奨学金もAランクを用意された最恵国待遇!さらに!1年でなんと小隊メンバーに!!て話でしょ?人生ばら色じゃん?普通」

確かにミィフィの話を聞けば、レイフォンはとてもついているように見える。
入学式では何かと話題になり、確かに生徒会長に目をつけられて武芸科に転科した。
その報酬として奨学金もAランクの高待遇を受け、しかも小隊員入り。
これで文句を言えば、バチが当たるだろう。
だけどレイフォンからすれば、そんなことは願っていないのだ。
彼としてはただ……平穏に暮らしたいだけ。

「まあ、あのガトマン・グレアーに目をつけられたのは災難だと思うけどさ、5年生だし、2年間逃げ切ればいいわけよ」

「2年て……簡単に……」

言うのは簡単だが、以下に都市とは言え周りを汚染物質に囲まれたレギオスで、2年間も逃げ切れというのは無茶な話だ。
言うだけなら気楽で簡単ではあるが……そんな『長いようで長い』考えなど、最初から実行できるとは思っていない。
無論……それができれば理想的なのだが……

「念威操者(ねんいそうしゃ)がいれば、逃げ切るのは楽なのにな」

「ねんいそうしゃ、って?」

ナルキの言葉と、メイシェンの疑問。
ナルキは弁当、と言うかおやつの中からポテトチップスを取り出し、メイシェンに説明した。

「念威、は知ってるだろ?端子を飛ばして、遠方の事を見たり聞いたりする能力。こんなのとか」

端子はポテトチップスで代用するが、基本はこんな形状。
他にも花びらの様に例えられたりする。

「武芸科にはそういった能力を持った、念威操者も集まってるんだ」

と言うか、小隊にも必ず1人はいる。
汚染獣なんかと戦う時には、空中に舞う汚染物質などで視界がハッキリしないためにそれを補う視覚、聴覚として念威操者が存在するのだ。
もっとも、他にも念威の使い道はあるが、これがもっとも基本的である。

「第十七小隊の念威操者は?」

「さあ……聞いてないし……」

「……フェリ先輩」

で、第十七小隊の念威操者はミィフィの調べでは、フェリらしい。

「じゃあ、フェリ先輩に守ってもらうって事で!解決!」

「いいなー、レイとん」

「なんで!」

そしてどんなわけか、そんな軽口を叩く彼女達。
だが、守ってもらうとはちょっと違う気がする。
彼女達は知らないが、そもそもレイフォンがその気になれば守ってもらう必要はないし、念威操者は能力は特殊でも、肉体的には一般人とそんなには変わらない。
そもそも女性であるフェリに守ってもらうのは……どうも情けないと言うか。
メイシェン達はただ、昨日の出会いとかフェリの容姿を見て、ちょっとした憧れのような物を持っているだけなのだろう。

「レイとんが小隊員になったというのが、またアレかもねー」

ミィフィは持っていた本、彼女のメモ張を閉じ、レイフォンに言う。
新聞記者を目指す彼女にとって、こういう情報を集めるのは趣味のようなものだ。

「ガトマン・グレアーは、小隊員になれる強さがあるのに、素行が悪くてなれないんだって。だから余計に逆恨み?ていうか、ただの嫉妬?やだねー、男の嫉妬は」

確かにガトマンが噂のような人物なら、小隊員になれないのは頷ける。
だが、だからと言って、レイフォンを恨むのはお門違いだ。

「それじゃあ僕が、一般教養科に戻れば……」

そうすれば少なくとも、小隊にはいった事に関するガトマンの嫉妬はなくなるのではないか?
そう思ったレイフォンだが……

「え……」

いきなり飛んできた、投げナイフによってその思考は中断される。
投げナイフはレイフォンの顔の近くを通り、背後にあった気の幹に命中する。

「きゃああ!」

「逃げろ、レイとん!」

メイシェンの悲鳴と、ナルキの声。
狙いはレイフォンだから、彼女達は襲われないとは思うものの……

(ガトマン・グレアー!)

彼の姿があり、レイフォンは逃げ出した。

(こんなの……絶対理不尽だ)

レイフォンは逃げる。
追いかけてくるガトマンから全力で。

(やっぱり、生徒会長に会いに行って、一般教養科に戻してもらおう。小隊員なんて、なりたくてなった訳じゃないんだ)

そんなレイフォンが思い浮かべる言葉は、ニーナの言葉。
逃げるな、立ち向かえ!と。

(そうだ、ニーナ先輩もそう言ってたし、一石二鳥じゃないか)

だから逃げずに、生徒会長のところに行って武芸科を辞めると宣言しようと思うレイフォン。
この時、ニーナがここにいればこう言うだろう。『違う、そういう意味じゃない!』と……





「死ぬってば!マジで」

「レイとん!!」

ガトマンから逃げる時、まるでダーツの様に短剣を投げつけられ、それをギリギリで避けるレイフォン。





「どこだ!」

「フリーシー、頼む……」

逃げる経路で、養殖科の近くを通ってフリーシー(仮)や、飼料である草の下になって隠れたり。





「くそっ、買い直さなきゃダメかな、制服。高いのに……」

下水道の中を通り、汚れた制服を見てそうつぶやくレイフォン。
それでも追いかけてくるガトマンを見て、レイフォンは確信した。

(これ、ホントに殺される!!)

だからレイフォンは決意した。
生徒会長のところ、カリアンの元へ乗り込もうと。





















「面会は、正面からお願いしたいんだがね」

ツェルニで一番高い塔の部屋。
そこがこの学園の生徒会長、カリアン・ロスのいる生徒会室である。

「セキュリティを強化しないとな……まあ、君だからこそできたんだろうけどね」

その部屋に、窓の外から入ってきたレイフォン。
地上、十数階と言う高さからレイフォンは、中に入ってきたのだ。
だけどそれに、カリアンは驚いていない。彼ならば、レイフォンならばできて当然なのだ。
カリアンはその顔に、薄い笑みを張付けながらレイフォンを呼ぶ。

「ヴォルフシュテイン」

レイフォン・アルセイフには含まれない呼び方。
だけどその呼び方はレイフォンには馴染み深いもので、忘れられない物だ。
もっとも、彼自身は今、その呼び方で呼ばれることを嫌うが……

「……その名前は」

レイフォンはそれをやめさせようとするが、

「「やめてください」」

カリアンがからかうように、先を読んでいたというように、レイフォンの声に合わせて言う。

「ハハハハハ!」

「表からの面会を、何日も断るからですよ」

可笑しそうに笑うカリアンだが、レイフォンはそれに取り合わない。
それどころか無視し、先ほどの返答をする。

「おや、それはすまなかったね。役員が勝手にやったことだ。先客があったものでね」

レイフォンに謝罪するカリアンだが、その心理はどうも読めない。
だけどこの部屋には、確かに先客があった。

「フェリ先輩!」

カリアンが指す先にあったのは、フェリの姿。

「なんでここに……」

尋ねかけると言うか、実際に声に出したレイフォンだが、あることを思い出して言葉を止める。

『恨んでいます』

フェリの言葉。
カリアンを、恨んでいるという事。

(もしかしてフェリ先輩も……?)

自分と同じように、カリアンに武芸科を辞めさせてもらえるように頼みに来たのか?
そう思った。

(心強いな)

確認したわけでもないのに、同じ思いがあってここにいると思っているレイフォンは、何処となく嬉しくなる。
そして、しっかりとカリアンに言おうと思った。

「しかし、ちょうどよかった。そろそろ来る頃かと思っていたよ」

だけど最初に口を開いたのは、カリアンのほうだ。

「ほら、武芸科の制服の替えだ。ひとつじゃ、何かと汚す事も多いだろうしね」

「……!」

差し出される新たな武芸科の制服。
だが、それはレイフォンの望む結末ではない。
だからこそ、しっかりとカリアンに言う。

「……僕には必要ありません。これも返します……僕を、一般教養科に戻してください」

制服の上着を脱ぎ、それをカリアンに差し出すレイフォン。
だが、カリアンはその言葉を聞いても『クッ』っと小さく笑っていた。

「何を……」

何を考えているのか?
何が可笑しいのか?
レイフォンはそれをカリアンに尋ねようとする。
だが、

「奨学金はDランクからAに変更しておいたよ。もう振り込まれてるだろ?いや、礼はいいよ。話はそれだけかい?」

有無を言わせない。
レイフォンに選択肢はない。これは決定だと言っているのだ。

「変えて欲しいと思っているのは僕だけじゃありません。ここにいるフェリ先輩だって……ムリヤリ武芸科に転科されたって聞きました。そんな……」

レイフォンの言葉を聞いていたカリアンが、いつも張付けているようなその薄い笑みを解き、レイフォンに視線を向けた。
どこか冷たい、余計なお世話だという視線を。

「妹と僕の事に、口を出さないでもらいたいね」

(妹……?)

そのカリアンの言葉を聞き、レイフォンの思考が止まる。
カリアン・ロス。フェリ・ロス。
確かに2人とも、同じく『ロス』がつく。
なるほど、気づかなかったのはともかく、どうして疑問にすら思わなかったのだろう?

「兄さん……!」

その言葉を言ったカリアンに、フェリは怒鳴るようにカリアンに言う。
初めてではないか……フェリが、声を張り上げたように話すのをレイフォンが聞くのは。
だけどそんなこと、今のレイフォンにはどうでもよかった。

「もう行きましょう。話しても無駄です」

だが、それ以上、フェリはカリアンに何も言わない。
話しても無駄だと言って、レイフォンを連れてこの部屋を出て行く。
そんなレイフォンとフェリ、妹にカリアンは何も言わず、無言で見送っていた。

(兄妹……!?)

その事実を知ったレイフォンは、言いようのない感情を抱く。
それはまるで裏切られてしまったかのような、喪失感であった……



















「フェリ……先輩」

あの後、生徒会室を出て、フェリについていくように歩いていたレイフォン。
そんな彼らは養殖科の牧場のとこまで来て、やっとレイフォンが口を開いた。
よく見れば、ここはレイフォンとフェリが始めてであった場所だ。
だけどそんなこと、今は凄くどうでもいい。

「僕は、てっきり……」

レイフォンは頭を抑え、先ほどのことを思い浮かべる。
フェリとカリアンは兄妹。
ならばフェリがレイフォンのことを知っているようだったのは当然出し、兄とぐるで自分を利用しようとした。
そう考えて、レイフォンは目の前が真っ暗になるようだった。

(勝手に勘違いして、アホだ、僕は……)

「兄には逆らえません」

だから今のレイフォンには、フェリの言葉は聞こえていない。

(そうだ。小隊にだってこの人が迎えに来たんじゃないか)

「あの人は、自分が勝つためならなんだってします。そういう人です」

(生徒会長に言われたから。それだけだったのか。そうだよな。僕なんて……)

「あの」

(ただの……)

「ちゃんと聞いてください」

自分の話を聞かないレイフォンに、フェリは必死に話を聞いてくれと言う。
その時だ、フェリの長く、綺麗な銀髪が光り輝いたのは。

「!?」

その光景に、レイフォンは瞳を丸くする。
彼女の髪は、青い燐光をまとい、ほのかな光を振りまいている。
念威だ。

「その、力は……」

しかもかなり強力な物だと、レイフォンは理解する。

「ああ……制御が甘くなっていました」

(制御が甘く!?一部分を光らせるだけでも凄いというのに……制御が甘くなって、無意識でだって……!?)

念威によって髪が光ると言う現象は、レイフォンも見た事がある。
だがそれは意識してであり、しかもできても髪の一部程度。
それを無意識で、しかも髪全部を光らせるなんて見た事がない。
それほどまでに、フェリの念威操者としての才能は大きいらしい。

「この力のために、私は幼い頃から将来を決められていました」

汚染獣と言う脅威から身を守るため、この世界では武芸者と言う存在はとても重要だ。
そしてフェリのような才能があるのなら、念威操者になる、目指すのは当然の選択。

「でも、私は本当は、何にだってなれるんです」

だけど、フェリはその道が嫌だった。
才能があるが故に、周りはフェリを念威操者にしようとして、それ以外の道を選びたかったのに……兄のカリアンに無理やり武芸科に入れられて……

「私が念威操者以外の人生を夢見ることは、間違ってますか」

フェリの叫びを聞き、レイフォンは思う。

(ああ……この人は僕と同じなんだ)

そして、自分の都合で裏切ったと思ったことを。
自分はアホだ、馬鹿だと罵倒する。
何にも悪くない彼女を、裏切り者だと感じたことを。

(強すぎる力を与えられたばかりに、思うように生きられなくて……)

レイフォンがそう考えていた時。
またも、その思考が中断される。

「こっちだ」

聞き覚えのある嫌の声と共に、フェリへと向かって飛んでくる短剣。

「危ない」

それを、レイフォンはフェリを突き飛ばしてかわさせる。
だが、

「ぐっ……」

「あ……」

「大丈夫、かすり傷です」

完璧にかわしきれず、フェリに怪我はないが、自分の足を切ってしまった。
だが、少し出血は酷いが、かすり傷なので走る分には何の問題もない。

(ガトマン・グレアー。またこいつか!)

いい加減しつこい人物、ガトマンに敵意を向けながら、レイフォンは短剣の飛んできた方角を見る。

「女の前で、いいザマだな」

そこにはガトマンと、取り巻きだろう2人の武芸科生徒がいた。

「フェリ先輩、逃げますよ」

レイフォンはフェリの手を取り、一気に走り去っていく。

「なっ……待て貴様!」

(待ってたまるか)

するとガトマンが追ってくるが、当然待つ気はない。
そのまま一気に走り、養殖科の牧場から都市内へと入って行く。
今は夜も遅いせいか、人の姿はない。
そこを走りながら、唐突にフェリが口を開いた。

「2年間ずっと、逃げ回るつもりですか?」

逃げないでいいのならそれが一番だが、ガトマンが追ってくるならそれしか道はない。

「……できると思いますか?」

……あまり思わない。
オリバーやミィフィが言った言葉には、どうも現実味がない。

「逃げましょうか?」

どこへ?

「一緒に、この学園の外に。そしたら、私達は自由に」

(先輩と一緒に……?)

フェリがそんな言葉をつぶやき、それがとても魅力的なように聞こえた。
そうだ、逃げてしまえばこんな悩みとはおさらばできる。
レイフォンは一瞬、そう考えていた。

「いたぞ!」

「……っ、ガトマンか……!」

だが、そんなこと考えている暇はない。
ガトマンから逃げるために、フェリの手を引く。

「こっちに!」

だが、まだツェルニに来て日が浅いために、レイフォンは選択を誤った。

「行き止まり……」

レイフォンが走っていった先は裏路地になっており、そこは行き止まり。
逃げ場はない。

「もう逃げられないぜ、レイフォン・アルセイフ」

しかも運が悪い事に、ガトマンが既に追いついていた。
打つ手なし。将棋で言う詰み。
そんな状態で、レイフォンは己の不幸を嘆く。

(ツェルニに来てから、こんなのばかりだ。勝手に決められて、何処にも逃げ場がなくて)

カリアンに無理やり武芸科に入れられ、ニーナに無理やり小隊に入れられ、フェリに先ほど逃げようといわれたが、何処に逃げればいいのかなんてわからない。

(いったい、僕は何処へ行けば……)

もう嫌になった。
と言うか、自分を襲うだけならまだいいが、フェリと一緒にいるところを襲い、危うくフェリに攻撃を思想になったガトマンにいい加減頭にきた。
それから皮肉にも、無理矢理小隊に入れてくれて迷惑な隊長の言葉を思い出す。
逃げるな、立ち向かえ!と。


「やっと観念したか」

レイフォンは逃げる気はもうせず、ガトマンと向かい合う。

「……行きます」

「武器が何も……!」

その『行きます』と言う言葉から、フェリはレイフォンが何をする気なのか理解する。
だが、レイフォンは錬金鋼を持っていないのだ。
相手は、ガトマンはサバイバルナイフのような剣。
そして後2人は、ヌンチャクのような物と、棒術に使う棒のような武器を持っている。

「武器など必要ありません」

だけどこの程度の敵相手に、レイフォンは武器を使う必要がなかった。

「生意気な!」

その言葉に激昂し、レイフォンを取り囲む3人。
なるほど、ガトマンの取り巻きだけあって連係はなかなかのようで、素早くレイフォンを取り囲む。
だけどその程度では、レイフォンは倒せない。

ガトマンがまず突っ込み、レイフォンに斬りかかる。
だけどそんなもの、レイフォンは軽々と跳躍してかわした。

「ちぃっ」

その事に舌打ちを打つが、

「何っ」

レイフォンを見て、ガトマンは驚愕した。
そう、レイフォンは軽々と跳躍してガトマンの攻撃をかわした。
軽々と跳躍し、5階はあるであろう建物の屋根の上まで跳んだのだ。

「口ほどにもない」

そして、レイフォンはそこからガトマン達を見下し、左手を振りかざす。
その左手の掌に集まるのは剄。
破壊力としてのエネルギーである外力系衝剄。
それに技と言う形を与えず、ただ放出しただけ。
それだけでレイフォンの発した剄は砲弾となり、下にいたガトマン達を襲う。
一撃だ。たった一撃でレイフォンは、ガトマン達3人を戦闘不能へと追いやった。

そして、レイフォンは建物の上から飛び降りる。
武芸者であるレイフォンからすれば、この程度跳ぶ事も、飛び降りる事も何の問題もない。

パチパチパチ、と、手を叩く音がした。
降りたレイフォンが見てみると、そこには当然フェリがいる。
当たり前だ。さっきまでここに一緒にいたのだから。

「22秒……お見事です。やっぱり……隊長と戦った時は、本気ではなかったんですね」

「……あ」

そこで今更だが、レイフォンは気づいた。
実力を隠していたというのに、仕方がなかったとは言えフェリの前で使ってしまった事に。

「……う……」

わけがあって実力を隠すレイフォンからすれば、この状況は非常にまずい。
フェリがニーナやカリアンに、このことを話さないか危惧するレイフォンだったが……

「………大丈夫です。私は何も見なかった。そういうことです」

「……え?」

どうやらその心配は、不用だったらしい。

「今日の事は、2人だけの秘密です」

「……………」

笑顔で自分の口の前で人差し指を立て、『内緒』と言うように笑顔で言うフェリ。
無表情なフェリの笑顔を初めて見たレイフォンにとって、そんな彼女の笑みは、とても魅力的だった。
顔を赤面させ、思わず頷いてしまう。

「あ……でも、さっきのあれは冗談ですからね」

「えっ……?」

いきなり否定さてた、『さっきのあれ』
レイフォンには色々ありすぎて、いまいち覚えていない。
『さっきのあれ』が何なのか、レイフォンにはわからなかった。



[15685] 2話 電子精霊
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/01/21 14:33
グレンダンで12人しか存在できない天剣授受者。
都市を汚染獣から護る、圧倒的な強さを持つ武芸者。
レイフォン・アルセイフは史上最年少、10歳という若さでその地位についた。

だから、これでもう、金に困ることはないと思った……





それから5年後。
ツェルニ機関部にて、

「いいか、新入生諸君」

レイフォン・アルセイフは、機関掃除の学生就労(バイト)をしていた。
ツェルニに新しく入った新入生に説明するため、ここの責任者であろう学生が集まった労働者、主に1年生を対象に注意を促す。
それをレイフォンは、夜遅くと言うこともありながら眠そうで、欠伸をしながら聞いている。

「機関部では電子精霊にセルニウムを届け、ツェルニを動かす。ここの手入れをただの掃除と舐めてもらっては困る」

なにやら大事な話をしているらしいが、レイフォンからすればあまり興味はなく、うとうとと立ったまま舟をこぎ始める。
本当に眠いのだ。

「そこ!聞いてるのか!」

そんなレイフォンに向け、怒声と容赦なくバケツが飛んでくる。

「……いったぁ」

確かに居眠りしそうに、と言うかボーっとしていたのは悪いかもしれないが、何もバケツを投げつけなくてもいいだろうと思うレイフォン。
バケツがぶつかった頭をさすっていると、そんなレイフォンを周りがくすくすと笑っていた。
責任者の学生が『笑うな!』と注意するも、どうも恥ずかしい。
もっとも、いつもならともかく今回はカリアンが視察に来ているので、責任者の学生が厳しいのは当然かもしれないが。

「生徒会長の視察中にたるんでるぞ!」

早速、その事について聞き覚えのある声に注意される。
と言うか、この声は……

「ニーナ先輩!?」

第十七小隊隊長、ニーナ・アントークの声だ。
普通、武芸者、しかも小隊隊長なんて人物はまずここ(機関部)の掃除なんてバイトはやらない。
武芸者は都市を守るのが仕事だし、そのために学園都市なんかでの奨学金の保証なんかもしっかりしている。
だから、給金はいいけど夜中にやる、きついこの仕事をやる武芸者と言うのはほとんど存在しない。
レイフォンは元々、一般教養科に入るつもりだったからここにいるのだが……
カリアンにAランクの奨学金を振り込まれてはいるものの、どうもあの男は信用できないし、いざと言うときのためにお金を稼いでおく必要があると思い、ここにいる。
だからニーナがここにいるなんて、レイフォンからすれば予想外だった。

「作業は2人組みでやってもらう」

そんなレイフォンの思考など知らず、責任者の学生が仕事の説明を続ける。

「ああ、レイフォン君は余裕みたいなので、1人でも大丈夫かな」

「!!」

だが、カリアンがレイフォンをからかうかのように、嫌がらせでも言うかの様にそんなことをつぶやく。

「E17地区。一番大変なところだがね」

(この陰険眼鏡……!!)

敵意を通り越し、殺意すら覚えてくるレイフォン。
今度、暗殺でもしてみようかと半分本気で考えていると、

「私がペアになります」

「えっ!?」

突然ニーナがそんなことを言い、レイフォンは驚く。
ハッキリ言ってニーナのことは苦手だ。
出会い方が悪かったし、美人ではあるものの、怖い先輩だとレイフォンは思っている。

「……なんか今、物凄く嫌そうな顔をしなかったか?」

そして、それが顔に出てしまったのか、不機嫌そうに尋ねてくるニーナ。
怒気すら含んでいそうな表情だ。

「いえ!とんでもない!!ありがとうございます!!」

それを否定するレイフォンだったが、彼の表情が引き攣っていたのは仕方のないことだろう。
そんな風にレイフォンが悩んでいる中、その原因を作った陰険眼鏡はというと、

「カリアン様」

カリアンを呼ぶ女性、生徒会秘書がカリアンに近づき、何かを耳打ちしていた。
レイフォンはそれどころではなかったために、気づいていない。

「これが……!やっと手に入ったか」

そして、秘書に渡された封筒のようなもの。それを受け取り、カリアンは欲しかった玩具が手に入った子供のような表情をする。

「レイフォン君、またあとで会おう」

「はぁ……」

カリアンはそのまま、その封筒を持って機関部から立ち去って言った。
そんな彼の背を見送りながら、レイフォンの心の内は『二度と会いたくない』と言う感情だった。





「~~~~~」

夜中の事。ロス宅にて。
ここはカリアンの住むマンション(寮)であり、妹であるフェリもここに住んでいる。
そして、夜中という事で既に眠っていたフェリだが、それは騒がしく帰ってきた兄によって起こされた。
何か急いでいるようで、乱暴に玄関の扉を開け、これまた乱暴に閉め、子供の様に走って自分の部屋、書斎へと向っていく。

「兄さん……」

そんな物音で起こされたフェリは、寝ぼけたまま枕を持ち、寝間着姿の格好でカリアンの下に来ていた。

「静かにして、ください。寝不足はお肌の大敵です……」

苦情を兄に伝えるために。
だけどその兄は、椅子に座って、新聞を広げていた。

「フフフ、そうか……そういうことだったか……」

「……?」

そんな兄が何を考えているのか、フェリにはわからない。

「……いや、いいものを手に入れたんだよ。グレンダンで、こんなことがあったとは、ね……」

不思議そうなフェリに、相変わらず薄い笑みでカリアンが答える。
その新聞は、秘書が渡した封筒に入っていたもの。
それはグレンダンの、とある事件を取り上げられた新聞だった。



















(やっぱり、掃除は良いな。無心に身体を動かしてればいいから……)

レイフォンは料理の他にも、掃除が結構得意である。
と言うか、数少ない彼の趣味といってもいいかもしれない。
単純作業は嫌いではないレイフォン。その間、何も考えないで住むからだ。
そういえば、孤児院にいた時から気づけば掃除をしていた。
それは、天剣授受者になってからもだ……

「レイフォン、休憩にしよう」

レイフォンの方をポンと叩き、声をかけるニーナ。
彼女と2人っきりでこの地区を担当する事になったので、他には誰もいない。

「今日は奢ってやる」

夜中の仕事であり、体力も使うということで、休憩時間は夜食を取ることが多い。
そんな訳でニーナの言葉に甘え、夜食をご馳走になる事にしたレイフォン。
正直、ありがたい話だ。


通路にある、ちょうどいい高さにあったパイプに座り、ニーナから弁当を渡される。
弁当の中身は、サンドイッチだった。
それを口にするレイフォン。すると、サンドイッチの具である鶏肉と野菜と、辛味のあるソースがうまい具合に混ざり合う。

「美味いですね」

「だろう!人気の品だからな。配達時間を把握しておかないと、手に入らない……」

レイフォンの言葉に、嬉しそうに頷くニーナ。
彼女は水筒を取り出し、それもレイフォンに渡そうと注いでくれる。
その水筒の中には、温かいお茶が冷めずに入っていた。
だが、

「うあちっ!」

「せ、先輩、大丈夫ですか」

冷めていないからこそ熱く、それが手にかかって熱がるニーナ。
そんな彼女から受け取ったお茶を見て、レイフォンはニーナに尋ねる。

「これも配達か何かで?」

「いや、こっちは自前だ。ここの飲み水はまずいからな。次からは自分で用意しておけ」

意外な言葉に驚き、そして忠告を受けながらレイフォンはお茶を飲む。
ニーナが用意したお茶は、これまた意外にも美味しかった。

(なんか……イメージと違うな……)

出会い方が悪かった故に、どちらかというと苦手だったニーナの印象。
だけどこうしてみると、ニーナは意外にも面倒見が良く、優しそうにも思えた。

「なんだ?そんなに見られてると、食べ辛いぞ」

「あ、すみません。ちょっと意外で……」

そんな風にニーナを見ていたレイフォンに、彼女が困ったように言ってくる。
それを謝罪しながら、レイフォンは気になった事を漏らす。

「先輩が機関部掃除をしているなんて、思ってなかったですし……」

「私のような貧乏人には、ここの高報酬はありがたい」

その言葉を聞き、レイフォンは意外そうな顔をする。
比較的、例外も存在して本当に比較的だが、武芸者には裕福な家庭と言うのが多い。
まぁ、レイフォンはその例外のうちに入るのだが、ニーナの立ち振る舞いや喋り方などからして、上流階級の様に見えていたニーナから語られるこの言葉は意外だった。
しかも、小隊の隊長となる人物がだ。

「意外か?まあ、実家が貧乏なわけじゃないが……」

レイフォンの表情を見て、聞きもしてないのに語りだす。
まぁ、確かに興味がないといえば嘘だが……
ニーナは自分のことを語りだした。

「親が学園都市に行くのを反対してな。半ば家出の様にここに来た。だから実家からの仕送りはない。だが、それでも……」

そんな訳で学費などの援助を親にはしてもらえず、ニーナはここで働いているらしい。
それに、彼女には願いがあった。

「私は自分の目で、外の世界を見てみたかったんだ」

確かに故郷で暮らせば、生きるのに何不自由生活を送れる。
だが、それをニーナは籠の中の鳥と感じてしまう。自由のない、鳥のようだと。
だからこそ外に出て、故郷とは違う都市に来たのだ。
それがニーナの、ツェルニに来た理由。

「お前はどうしてここに来た?」

そしてレイフォンに、少しわくわくしながら尋ねるニーナ。
彼はどんな思いでこの都市に来たのかと。
だけど、レイフォンの来た理由は……

「しょ……奨学金の試験に合格できたのが、ここしかなかったんで」

これなのだから。
近場の都市で合格できていれば、わざわざ遠いツェルニにではなくそっちに行っている。
嫌、案外、彼を知らない遠くの都市に行く事が正解なのだろうが、このツェルニにはカリアンがいた……

それとは関係なく、レイフォンの言葉に失望した表情をするニーナだったが、

「孤児なんで、お金ないんですよ」

続けられたこの言葉に、彼女の表情は罪悪感でいっぱいになる。

「……そうだったか、すまない」

「いえ、いいんです」

ニーナに気にしてないといい、レイフォンは続けた。

「僕は……武芸以外の道を見つけたくて、ここに来たんです」

そして、これも理由。
学園都市で、何か他の道を見つけるために来たレイフォン。

「ふむ……それは見つかったのか?」

「そんな簡単じゃありませんよ」

ニーナの問いに、そう返すレイフォン。
そんな簡単に見つかれば、苦労はしない。

「なぜ武芸ではダメなんだ?」

そう答えたレイフォンに、ニーナは尋ねる。

「正直、お前の実力はかなりのものと思っているが……」

レイフォンの実力を確かめたニーナだからこそわかる。
今は原石のような物で、研けば必ずその才能は光り輝くと。

だけどニーナは何も知らない。

「武芸ではダメなんです。それはもう、失敗しましたから」

それはレイフォンには、触れて欲しくない話題である事。
そして、既にレイフォンは天すら焦がすほどに光り輝く実力を持っている事……

「……失敗?」

「……もう、昔の事です」

ニーナの問いに、レイフォンは追求を拒む。
もう、これでこの話は終わり……そう訴えるように。
その時だった。

「おい、この辺りで見なかったか?」

通路を走り、やってきた上級生の就労者。
そんな彼の問いに、レイフォンは『何を?』と返そうとしたが、それよりも早くニーナが口を開く。

「またか?」

「まただ、悪いな、頼む!」

そう言い残し、去っていく就労者。
レイフォンにはまるで、訳がわからない。

「やれやれ」

「あの、何が?」

「都市の意識が逃げ出したのさ」

「……は?」

ニーナに尋ねるレイフォンだが、それでもわからない。
と言うか、更にわからなくなった。

「まあ、いいからついて来い」

ニーナに言われ、後をついていくレイフォン。
その道中、ニーナが説明してくれた。

「都市の意識というものはな、好奇心が旺盛らしい」

「はぁ……」

「汚染獣から逃げ回るという役割もあるが、それ以上に、世界とは何かという好奇心を止める事ができずに動き回る……」

都市の意識とは、電子精霊の事だ。
その電子精霊が都市を動かし、汚染獣から逃げる。
それが、逃げ出したという事だ。

そして、ニーナは説明が終わると足を止める。
そこは落下防止の柵が行く手を阻んでおり、そこから仮想には、プレートに包まれた機械があった。
そこでニーナは、名前を呼ぶ。

「ツェルニ!」

この、学園都市の名を。
だけど、都市を呼んだのではない。

「これが……都市の意識?」

呼んだのは、少女の名だ。
その少女は空を飛び、ニーナへと飛びついてくる。
赤ん坊の様に小さな子供で、長い髪が足まで届きそうな少女だ。
そして、その少女の体が光り輝いている。
それが……ツェルニという電子精霊。

「はは、相変わらず元気な奴だ。整備士達が慌てていたぞ」

ツェルニを抱きしめ、優しい笑顔で微笑むニーナ。
そんな彼女の姿も、レイフォンには意外で新鮮だった。

「ちゃんと動いてやれよ。お前が手を抜くと、整備士達が調整だなんだと、走り回らなくてはなくなるからな」

レイフォンは唖然としながら、ツェルニとニーナを見つめている。
そうしていると、ツェルニとレイフォンの目が合った。

「ああ、これが新入生だ。紹介してやろう。レイフォン・アルセイフ。なかなかに強い奴だぞ。レイフォン、これがツェルニだ」

ニーナはツェルニにレイフォンを紹介し、今度はレイフォンにツェルニを紹介する。

「……これが?」

「そう、この子が都市そのものだ」

ツェルニがレイフォンへと近づいてくる。
そんな彼女の頭に少し触れ、なでてみる。
するとなでられたツェルニは、気持ちよさそうに目を細めた。

「ほう、気にいられたようだな」

押し殺したようなニーナの笑い。
その笑みの裏には、何かを隠しているようだった。

「気に入らない相手だと、このこの身体を構成している雷性因子が相手を貫くからな」

「っ!?」

今更な事を言われ、慌ててツェルニから身を引くレイフォン。
ツェルニは訳がわからないように首をかしげ、そんなツェルニを抱き寄せ、ニーナは悪戯が成功した子供の様に微笑む。

「ツェルニ、酷いお兄ちゃんだねー」

それでいて、母性も感じさせる笑み。

(ニーナ先輩、凄いなぁ……)

電子精霊になつかれるニーナを見て、素直に感心するレイフォン。

「レイフォン」

そんなレイフォンに、ニーナは真面目な口調で話しかけてきた。

「学園都市対抗の、武芸大会は知ってるよな?」

最初、レイフォンも知らなかったが要はアレだ。
2年周期で行われる、レギオス(都市)同士の戦争。
そして、教育機関の学園都市であるレギオスで殺し合いはまずいと言うことで、武芸大会と銘打たれている試合(戦争)の事だ。

「この大地を作った、昔の錬金術師が何を考えたのか知らないが、都市は2年ごとに縄張り争いを始める。学園都市は学園都市と」

その戦う都市は惹かれ合うもの、似た物らしいので、学園都市は学園都市としか戦わない。
間違っても、学園都市とグレンダンなんて構図は起こらないのである。

「武芸大会なんて体裁を繕っても、実際には普通の都市で行われるのと同じ……戦争だ。都市の動力源、セルニウム鉱石が採れる鉱山を賭けて争う」

レギオスを動かすのに必要な物質、セルニウム。
これがなければレギオスは朽ち果て、都市は死を迎える。
それ故に、鉱山を賭けて戦うのがこの戦争。

「ツェルニも昔はいくつも鉱山を保有していたが、現在の保有数はたったひとつ。つまり次で負ければ……今期の武芸大会で負ければ、鉱山を奪われ」

鉱山の数は0になり、

「ツェルニは死ぬ……この子は死ぬ。この大地の草木は枯れ果て、エアフィルターが切れて、汚染物質が都市に入り込む」

何も、都市が滅びるのは汚染獣の襲撃だけではない。
こういう滅び方だってあるのだ……
グレンダンで育ってきたレイフォンは、圧倒的な戦力を保有する故にそのどちらの深刻な問題を特に意識しないグレンダンの者では、その問題については今まで考えた事もなかった。

「私達は幸いにも、都市を護るための能力を授かったんだ。だから……」

それが武芸者。
天からの贈り物の様に、特別な力を手に入れた者達。
そしてニーナは、この都市を護りたい。

「一緒にツェルニを護ろう」

レイフォンの手を取り、そう宣言する。
そのために、ニーナは小隊を立ち上げたのだから。

(ニーナ先輩……)

そんなニーナを、レイフォンは本当に凄いと思う。
憧れるくらいに、眩しいくらいに。

だけど、レイフォンは……



























「思ってたのと、全然違ってた……」

それは、ニーナのイメージ。
彼女は優しくて、とても強い。武力的なことではなく、心、精神的なものだが。

(怖いだけの人じゃなかった。ニーナ先輩も一生懸命なんだ)

レイフォンはバイトが終わり、自室に帰る道中もそんなことを考えていた。
ツェルニを護ると宣言した、強い女性の事を。

(だけど、僕は……)

「お、今、バイト終わりか?」

「あ、オリバー先輩」

考え事をしながら寮に入り、自分の部屋を開けようとしたところで、同じく今頃帰ってきたのであろうオリバーと鉢合わせをした。

「オリバー先輩もバイトですか?」

「まあな。俺はバーのバイトだから、後片付けもして今上がりだけど……お前は機関掃除だっけ?」

「はい、そうです」

ここは学園都市だが、6年制であるために最上級生は21歳にもなる。
そんな訳で普通に酒場なども存在し、生徒でもお酒は飲めるのだ。
もっとも、年齢制限は当たり前にあるが。

「俺も一時期、金が入用で機関掃除やった事あるんだけどさ、あれはきついよな……」

「そうですね」

確かにあの仕事はきつい。
レイフォンは体力があるほうだから問題ないが、普通の人があれをやるとかなり体力を使う。
だが、給金が良いのは嬉しい事だ。

「で……ツェルニには会ったか?」

「……オリバー先輩も、あるんですか?」

突然振られた、この会話。
オリバーが何かを知っているのか、この会話には何の意味があるのかと。
だが……

「ああ、バイト中に偶然な。かわいいよな、アレ。なんていうかさ、こう、抱きしめたくなるって言うか」

ただの世間話であった。

「こう、なんて言うの?小さい子こそ正義みたいな?いいよね、アレ。お兄ちゃんなんて呼ばれたい!あ、そういえばツェルニってしゃべれんの?」

しかも、かなり危ない人らしい。

「でさ、そのバイトのときに一度、思いっきり抱きしめてみたんだけど……その時は雷性因子で貫かれて、大変だったよ。まぁ、照れたんだろ……」

そんなオリバーを無視し、レイフォンは自室に入って扉を閉める。
明日も学校だ。早く寝てしまわないと辛い。
故にロリコンは放っておき、レイフォンは布団にもぐりこんで目を瞑るのであった。


















「レイフォン君!!」

翌日、寝不足のレイフォンは通学路で出会った人物により、とても不機嫌になる。

(陰険眼鏡!!)

カリアンに会った所為で、朝から最悪の気分だ。

「折り入って、君にお願いがあるんだが」

フェリと兄妹だと言うのに、まるで正反対な薄い笑み浮かべながらレイフォンに語りかけてくるカリアン。

「昨夜は機関部で、ツェルニを見つけてもらったみたいだね。どうもありがとう」

「……はぁ」

お願いと言う割には、世間話のようなことを言うカリアン。
だけどここからが本題で、この話はそれに十分関係する事だった。

「君は……あの子を死なせたくないと思わないか?」

「……!」

遠まわしにカリアンが言う。
それはつまり、鉱山を奪われないようにしろと言う事。

「それには武芸大会で勝つのは勿論だが、まず、学内の小隊戦に勝ちたまえ。第十七小隊の強さを見せて、武芸大会でいいポジションに配置できるようにするんだ」

「……………」

小隊戦と言うのは、武芸大会前に行われる腕試しのこと。
カリアンの言うとおりポジション決めをしたり、優秀な成績を残せれば作戦など、指揮を取る事ができるために何かの重要なイベントなのだ。
だがもちろん、そんなこと、レイフォンの気が乗るわけがない。

「気が乗らないようだね。じゃあ、こういう交換条件はどうかな?」

ならば、カリアンには秘策がある。

「君の過去の過ち、私は偶然知ってしまったんだがね。もし君が小隊戦で勝てば、それを秘密にしておいてあげよう」

陰湿な手である。

「どうして……もう、放っておいてください」

もう我慢できない。
レイフォンはカリアンに向け、敵意を向けた視線で怒鳴る。
武芸科に転科させられ、小隊にも入れられた。これ以上、カリアンはレイフォンに何を望むと言うのだろうか?

「僕は僕の道を見つけるんです。フェリ先輩だってそうです!」

自分の道は自分で決める。
フェリだってそれを願っていると言うレイフォンだが、

「僕は、やると言ったらやるよ」

カリアンは、聞いてはいなかった。

「勝手に言いふらせばいいでしょう」

「ニーナはどう思うだろう。君の過去を知ったら?」

「……………」

強がるレイフォンだが、カリアンの言葉に表情が強張る。
昨夜のニーナのことを思い出し、レイフォンは無言となった。

「フェリは君の過去を知っても、変わらず接してくれるだろうか?君の同級生達は?寮の人達は?」

カリアンの言葉が、レイフォンを追い詰めていく。

「期待を裏切られた時、人がどんな反応をするか、君は身を持って知っているはずだ」

知っている……良く知っている。
痛いくらいに……知っている。

「ただ、金が欲しいばかりに君は……」

全てが、カリアンの掌で踊っているようだった。

「可哀相だね、君は」

だけどこれは、カリアンも、当然レイフォンも知らない。
フェリは知ったのだ。
カリアンがレイフォンのことを知るために、グレンダンから取り寄せた新聞を、兄の目を見て盗み読み、知ってしまった。

「好かれたくて迎合して生きているのに、仮面が剥がれると裏切り者扱いされるんだ」

レイフォンの過去を。
その事を、レイフォンもカリアンも知らなかった……





















あとがき
正直、オリバーに関してはやってしまいました(汗
彼はロリコンです。



[15685] 3話 対抗試合
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/04/26 19:09
「うわあっ!?」

夜中だと言うのに、夢に魘されて目を覚ます。

「夜中にうるせぇぞ!レイフォン」

「す、すいません……オリバー先輩」

隣の部屋のオリバーが起きてきて、苦情を訴えてきた。
寮の壁という物は案外薄く、少し騒げば音が隣に聞こえるのだ。
当然、叫び声を上げたレイフォンの声はオリバーの睡眠を妨害する。

「まったく……悪夢って奴か?いい歳して夢に魘されてんじゃねーよ」

「はい……」

オリバーの言葉に頷くレイフォン。
そう、まさに悪夢なのだ。
カリアンに弱みを握られ、それをばらされたくなければ小隊戦に勝てと言われた。
それはまごうことなき脅迫であり、レイフォンの悪夢はそれをばらされた時の事。
レイフォンの過去の行いをフェリやニーナ、この学園中の生徒にさらされた時の悪夢だ。

『レイフォン、あなたを軽蔑します』

フェリにそんなことを言われる夢を見た。

『卑怯者』

ニーナに罵倒される夢を見た。

『もう、話しかけないでください』

メイシュンやナルキ、ミィフィに見放される夢を見た。
その他にも、ツェルニ中の学生から非難される夢を見た。

「おい?どーした、レイフォン。大丈夫か?」

「あ……はい、大丈夫です……」

こうして自分の心配をしてくれたり、気軽に話しかけてくれるオリバーもいるが、彼も事実を知ったらレイフォンを批判するのだろうか。
嫌、おそらく批判する。自分を罵倒する。
レイフォンは、そう思っていた。

「そうか?じゃ、とっとと寝ろ。明日も学校だろうが」

「はい……すいませんでした」

知られるわけには行かない。誰にもだ。
だが、だからと言って小隊戦に勝利してどうする?
自分が本気を出し、試合に勝つこと事態は可能だ。簡単過ぎる。
だけどそれで勝ってしまえば、次は生徒会長は何を要求してくる?
レイフォンを無理矢理武芸科に転科させ、小隊に入れたカリアンは次に何を望む?
ずっと弱みを握られ、レイフォンは脅され続けるのか?
そんなことはごめんである。

だが……ならばどうする?どうすればいい?
レイフォンにはわからない……わからないまま、その日は来た。
第十七小隊の初の試合。対抗試合の日は。























『やってきました対抗試合!天気はもちろん快晴。本日は4試合が行われます』

エアフィルター越しだと言うのに、透き通るほど青い空。
スピーカーから司会役の運営委員解説が、会場、野戦グランドへと響く。
観客席は、既に歓喜へと包まれていた。

『注目はなんと言っても3戦目。第十六小隊と第十七小隊!!早くも人気の第十七小隊、初試合です!!』

レイフォンの所属する第十七小隊は、その3戦目。
今までは小隊定員の4人が揃っていなかったために、今日が第十七小隊自体の初陣なのである。


『いよいよ注目の、第3試合が始まります!』

そして、その時は来た。
グラウンドへと続く狭い通路を歩きながら、尚もレイフォンは考え込む。

(負けるか、勝つか……)

答えは出ない。どうすればいいのかわからない。
誰も彼の疑問に答えてはくれない。誰にも相談する事はできない。

『十七小隊隊長、ニーナ・アントーク。最年少の美人隊長!初の試合でどれだけ健闘するか注目されます』

司会がニーナの紹介をする。
彼女からすれば、この試合にはどうしても勝ちたいのだろう。
ツェルニを護ると誓ったから、そのために強くなると誓ったから。
そんな彼女の想いは、訓練の時から良くわかっている。それに、それは彼女との付き合いが長いハーレン・サットンから聞いた事でもある。
レイフォンの錬金鋼を調整する時に聞いたのだが、ニーナがツェルニに来た時は幼馴染である彼の協力を得たらしい。

『続いて隊員。4年、シャーニッド・エリプトン。狙った獲物は必ず落とす!ツェルニ屈指の色男。客席から花が飛びます!』

そして、良くわからないのがシャーニッド。
訓練をよくサボるなどしてやる気はないが、実力は結構高いらしい。
美形であり、取り巻きと言うかファンクラブのような物まで存在する。
現に今も、客席にいるファンの女性からは、声援と花束が投げ込まれている。

『2年、フェリ・ロス嬢!今年のミスコンで、1位間違いなしと予想されます!』

しかし、人気だったら彼女も負けてはいない。
レイフォンと同じようにカリアンに無理矢理転科させられ、小隊に入れられたフェリ。
彼女もかなりの美少女であり、ファンクラブも当然の様に存在する。

『おおっ、親衛隊のフェリソングが!』

しかも歌を作られるほどに。
だけどフェリの表情は、いつもどおりに無表情で無関心だった。

『そして……1年ながら小隊員にスカウトされた期待のルーキー、レイフォン・アルセイフ!……おおっと、早くもファンが!』

そしてレイフォンの紹介。
だが、彼には余裕なんてなかった。
客席から少数の歓声が飛び、それを司会が煽るものの、レイフォンにはそんなことを気にする余裕はない。

(満席のグランド……真っ青な空……何もかも、あの日と同じ……)

酷似している。
今のこの状況が、レイフォンが起こした事件と似ている。

(負ければ過去を暴露される。脅しに屈して本気を出したら、ずっと生徒会長の奴隷だ。負けても、勝っても……僕に未来はない)

その事がレイフォンを追い詰める。
過去をさらされるのか、カリアンの狗となりさがるのか。その違いしかないのだ。
そのどちらに転がったとしても、レイフォンに明日はない。

「レイフォン!どこに行くんだ!」

その重圧に耐え切れず、レイフォンは今来たばかりの通路を戻って行く。
それを止めようとするニーナだが、レイフォンは奥へと行ってしまった。

「おいおい、あんなんで大丈夫かよ」

その光景を着て、試合前の挨拶に訪れた十六小隊の隊長が口を開く。

「タレント合戦やるんじゃないんだぜ。勝敗は人気投票でなく、実力が決める。よろしく、美人隊長さん」

皮肉を込めた言葉で、手を差し出してくる相手。

「……実力でも、負けないつもりです」

取り合えずレイフォンは放っておき、ニーナも多少皮肉そうに返しながら手を取り、握手を交わす。
始まる前から既に両者は、異様な雰囲気に包まれていた。



















「オッズ、33対1とか初めて見たぜ!」

レイフォンが多少でも気持ちを落ち着けるために、蛇口をひねって顔を洗っていると談笑が聞こえてくる。
それもかなりの大勢だ。

「こんな試合、やる前から結果は出てるじゃんか」

「十七小隊って、この間出来たばっかだろ?」

「おまけに人数も少ないしなあ」

その会話から察するに、どうやら賭け事らしい。
真正な試合で、しかも学生同士のもので賭け事をするのは普通はご法度なのだが……それでも賭ける者は多数おり、あくまで公認はされておらず、都市警にも黙認状態とされているのだから。
もっとも、この会話を聞いたからと言って、別段咎めようとしたり、怒ったりしないレイフォン。
そもそも、賭け事に関してはレイフォンには咎める資格すらない。

それに、十七小隊のこの評判も仕方のないことだ。
先ほども言ったが、出来たばかりの小隊だし、ニーナやシャーニッドも前はそれなりに有名だった小隊員らしいのだが、フェリはやる気がなく、加えてレイフォンは注目されていても、所詮は1年生。
それに人数も、定員ギリギリの4人しかいない。
小隊の上限は7人までであり、十六小隊の人数は5人。
たった1人の差ではあるものの、こういう試合ではその1人すら侮れないのだ。

だからこそ、この評価は当然。
賭ける人達は皆、十六小隊へと賭けていた。

「私、十七小隊に賭けるよ」

周りが少し唖然とする中、十七小隊に賭けると宣言した少女の声が響く。
レイフォンも少し興味が出てそちらの方を見てみると、その人物はミィフィであった。

「……そうだな……万が一勝つかも知れん」

賭けを仕切っていた人物が、万が一と言うことも考えてそうつぶやく。
可能性は低いが、確かに負ける可能性は0ではない。勝つ事だって、十分にありえるのだ。

「ニーナだって、シャーニッドだって前から小隊員だったわけだし……」

「フェリ先輩だって生徒会長の妹でしょ。なんか凄そうじゃん?」

「そうだな!」

「そうそう!だから十七小隊、応援しようよ!」

ミィフィの言葉に乗せられるように、何人かの学生は十七小隊に賭けたり、応援したりしてくれようとしている。

(ミィフィ……)

そんな彼女を見て、レイフォンは少しばかり気が楽になった。

(そうだ……僕が強くなかったって、十七小隊は勝つ可能性があるんだ)

蛇口を逆さにし、水を飲む。
レイフォンには活路が見出されたように思え、少し落ち着いていた。

(そうか……!本気を出さないで勝てばいい。僕は目立たず、十七小隊を勝たせればいいんだ)

実力を見せずに、試合に勝てばよい。
それがレイフォンの出した結論。
カリアンはそれで諦めるかどうかわからないが、少なくとも達成できればましな現状になると思う。
取り合えず、今を誤魔化せればいい。レイフォンはそう思っていた。

「レイフォン」

そんなレイフォンに、背後から声がかかる。

「フェリ先輩……」

「……行きますよ」

その人物はフェリで、試合がもうすぐ始まるために呼びに来たらしい。
レイフォンはフェリについて行き、再び狭い通路を通っていった。


「今まで通りでいいんです」

その途中で、フェリが口を開く。

「レイフォン、私達は普通の人間です。たまたま才能があるからって……力を出すか出さないかなんて、私達の自由なんです」

それはレイフォンに言っているのだろうが、自分にも言い聞かせているかのような言葉。
だが、どこか重みのあるその言葉に、レイフォンは何故だかわからないけど少しだけ気が楽になった気がした。
そして……レイフォンは再び、グランドの土を踏む。

『戻って来ました、レイフォン・アルセイフ!』

司会が戻ってきたレイフォンの名を呼び、現在は試合前の作戦会議だ。

「いいか、こちらが攻めで、向こうが守り……私とお前が囮。シャーニッド、フラッグの狙撃は任せたぞ」

「おう」

ルールは単純で、攻め側は守り側のフラッグを落とせばいい。または、相手を全滅させれば勝利となる。

守り側はと言うと、時間内フラッグを守りきるか、相手の司令官、つまりは小隊隊長を潰せばいいのだ。

もっとも錬金鋼は安全装置、刃止めをされており、それで斬られるなんて心配はないし、シャーニッドのような狙撃手もゴム弾などを使うために、死人なんてものはまず出ない。
それでも怪我人などは多少出てしまうが、それは仕方のないことだろう。

『さあ……試合開始です!』

「行くぞ!」

試合が始まる。
典型的で堅実的な作戦。
もっとも、人数の少ない十七小隊にこれ以上の作戦はないかもしれないが……

グランドに植えられた樹木の間をニーナと共に走りながら、レイフォンは考える。

(どうすれば勝たせられる……)

自分が目立たずに、十七小隊を勝利に導くにはどうすればいいのか?

「フェリ、敵の位置は」

『敵のフラッグの側に5つ』

ニーナが念威操者であるフェリに、端子越しに位置を確認させる。
すると相手は、自分の陣の前で十七小隊を待ち構えるように構えていた。

「いたぞ」

声を出来るだけ小さくし、レイフォンに伝えるニーナ。
だが気配を殺したり、殺剄を使ったりはしない。
自分達は囮で、撹乱が目的なのだから。
相手はそれを迎え撃つ気だ。ならばどうする?

(こっちは隊長を倒されれば負ける。5対2でどうすれば……)

5人全員を、1人で倒す事は可能だ。
だが、それでは間違いなく目立ってしまうし、カリアンの思惑通りだ。
だから単純で、最も簡単なこの手は使えない。
ならば……

「ニーナ先輩、上!」

「えっ?」

レイフォンは気づいた。罠の存在に。
罠は守り側にだけ設置を認められており、迎え撃つ気だった十六小隊には当然設置されていた。
それに気づいたレイフォンはニーナの視線を上に逸らし、誰にも気づかれないように素早く、一瞬で剄弾を放つ。それは、司会や観客などにも気づかせない速さで。

この場には土で出来た山、がけのような物が存在し、ロープが切れると発動するタイプの罠が仕掛けられていた。
レイフォンの剄弾はそれを切断し、罠を発動させる。
そうする事により崩れる崖。
その土砂により、下にいた十六小隊隊員が犠牲になった。

(やった!)

「なんだ……!?敵が……勝手に……」

思惑通りに行った事に、安堵の息を漏らすレイフォン。
だが、ニーナからすれば十六小隊が自分の罠にかかり、自爆したようにしか見えない。

「シャーニッド、今のうちに走れ!」

『任せときなって』

だが、それは間違いなく好機であり、シャーニッドに今のうちに狙撃位置まで走るように命じるニーナ。
自爆したとは言え相手は武芸者だ。
あの程度の土砂崩れでは仕留めることなんて出来ない。
と言うか、自分の罠で仕留められるなんてまぬけな話だ。



だが、次々とそのまぬけな展開が十六小隊を襲う。
だが、彼らがドジなのではない。何故なら原因は、レイフォンなのだから。

走り、相手を撹乱しながら罠のトリガーである仕掛けを壊す。
基本がロープを切ることで発動する罠が多く、スキをついてレイフォンはそれを切る。
また、ちょっと押したり、足を引っ掛けたり、地面を誰にも気づかれないように叩いて落とし穴を発動させ、十六小隊の隊員をはめる。

(このまま上手くいけば……)

相手のミスに見せた、レイフォンの見事な手際。
だが、それは撹乱をする事は出来ても、武芸者である敵を倒すには至らなかった。
一般人より身体の丈夫な武芸者。罠はほとんど足止めのようなものであり、如何にレイフォンが原因とは言え罠の自爆で敗退するほど、十六小隊は弱くないのだ。


















「きゃっ」

「また崖崩れ!」

この試合を観戦していたメイシェンが音に驚き、小さい悲鳴を上げる。
ミィフィは双眼鏡片手に、再び崩れる崖を見ていた。

「十六小隊ボロボロだな……トラップに自爆なんて、初歩的なミス……」

武芸科であるナルキは、剄による視力の強化で双眼鏡なんて使わなくとも見ることは出来る。
もっとも、試合会場に取り付けられているモニターを見ればいい話だが……何にせよ、まだ1年生で未熟ながらも武芸科であるナルキでさえ、レイフォンの行動には気づいていない。
そもそも、果たしてこの中の何人がそれに気づいているのか?
あるいは、誰も気づいてすらいない可能性もある。それほどまでにレイフォンの手際は速く、見事だった。

「もしかしてレイとん達、勝っちゃう!?」

友の応援、または先ほど賭けた試合のオッズを考え、そう漏らすミィフィ。
正義感の強いナルキに賭けた事は叱られたが、都市警も黙認しているわけだし、別に犯罪ではない……多分。
そしてこの状況から、十分、十七小隊の勝利もありえるのではないかと思うミィフィだったが……

「また!」

会場に、先ほど発生した崖崩れよりも大きな轟音が鳴り響く。
するとその映像はモニターにも流れており、爆発に巻き込まれるニーナとレイフォンの姿が映し出された。

「レイとん!」

またも、メイシェンが悲鳴を上げる。

「レイとんが死んじゃう……」

「隊長さんを庇って、地雷を踏んだんだねぇ。まー、平気でしょ。武芸者はあれ位、日常茶飯事」

「剄脈があって、普通の人と違うからな。剄で戦うだけでなく、肉体を強化してるし」

「でも……」

確かに一般人ならば大怪我必至の光景だったが、剄で強化できる武芸者に取ってはあの程度、特に問題ではない。
それに怪我をしても、武芸者ならば一般人よりもはるかに早く怪我は完治する。
それは彼女の友人、ナルキも一緒なのだが。

「レイと……」

だからと言って友人がやられているところを見て、メイシェンが無関心でいられるわけがない。
と言うか、誰だって心配はするだろう。怪我すればいたいのだし、優しい人なら当然だ。

更に、地雷を踏んだレイフォン達はまだ気を失っておらず、当然、今まで散々罠にかかった十六小隊の隊員達も戦闘続行は可能だ。
今の罠で流れを変えるべく、スキをついて1人が接近し、レイフォンに攻撃を仕掛ける。
それは本気のレイフォンなら楽に避けられるが、今のレイフォンには避けられない。

「きゃあああああああ」

攻撃を受け、メイシェンが悲痛な叫びを上げた。
だけどその叫びは、レイフォンには聞こえない。

(満席のグラウンド。歓声が聞こえる)

レイフォンは地面を転がった。攻撃を受け、何度もごろごろと転がる。
立ち上がろうとするも、そんなスキは与えないとばかりに追撃をかけられた。
向こうではニーナが、隊長格とやり合っている。
レイフォンには1人が攻撃を仕掛け、なかなか倒れない事からもう1人が援軍で来て、さっさとレイフォンを仕留めようとしていた。

(青い、青い空。そうだ、試合だっけ)

刃止めされているとは言え、何度も攻撃を受けていい加減、意識が朦朧とし始めた。
打撃を何度も受け、頭からは血が流れている。

(勝って金を手に入れないと……負ける……)

そう、意識は朦朧としている。
だからレイフォンは、これが対抗試合だなんて思っていなかった。

(だめだ、倒れたら……せっかく、うまく行ってたのに)

止めを刺そうと、相手が2人同時に攻撃を仕掛けてきた。
得物は剣と根。それをレイフォンに振り下ろす。

(こいつを倒さないとおしまいだ。勝て!)

それをレイフォンは剣で、ハーレイが設定した青石錬金鋼で受け止めた。2人の攻撃を同時にだ。
そして、そのまま一閃させる。

「なっ……」

正確には、一閃ではない。
まず一撃で両者の武器を弾き、1人に追撃をかけて吹き飛ばす。一瞬による二連撃。
それを受けて吹き飛ばされ、1人は背後に下がってしまった物の、武器を弾き飛ばされただけのもう1人が驚愕する

「消えた!?」

何故なら、レイフォンの姿がないからだ。
今までは、本当についさっきまでは目の前にいた。そこにいた。
そこにいて、自分達を攻撃したのだ。
だと言うのに……レイフォンの姿がない。

「いないぞ」

「どこに……」

吹き飛ばされた者は立ち上がり、ニーナの相手をしていた隊長もレイフォンを脅威と感じる。
お陰で、いい具合に3人が3人とも固まった。
機動力を売りとする十六小隊は、失態を犯してしまった。
そして、3人とも気づいていない。レイフォンはもちろん消えたのではなく、ただ上空に跳んでいただけ。



そして、今度こそ一閃。
着地する間もなく、レイフォンは空中でそのまま剣を振った。
一閃、一撃なのだ。その一撃で、レイフォンは十六小隊の隊員3人を、まとめて弾き飛ばした。

「はあっ……」

着地した後、ひと安心し、ため息をつくレイフォン。
彼の意識は、未だに朦朧としている。少し、頭を打ちすぎたのだ。
そして、既に3人はレイフォンにより、戦闘続行は不可能な状態へと陥っていた。
十六小隊に残っているのは、身体能力が一般人とあまり変わらない念威操者と、接近戦が得意ではない狙撃手だけ。これでは、実質的な全滅と一緒だ。

「おまえ……」

隊長に苦戦していたニーナは、気絶などはしていないために十七小隊の負けはない。
だけど今の光景が、レイフォンがやった事が信じられずに呆然としている。
ニーナだけではなく、会場までもが静まり返っていた。

『フラッグ破壊。勝者、十七小隊』

静まり返った会場。審判の声がその静寂を打ち破り、十七小隊の勝利を告げる。
シャーニッドが作戦通り、狙撃でフラッグを打ち抜いたのだ。
そして、レイフォンが成した事に静まり返ってしまった会場だが……

「「「「「ワアアアアアアアアアア!!!」」」」」

盛大な歓声が響いた。

「スゲッ……今のなに!?」

「速すぎ。見えねェって!!」

「大穴来たー!!」

口々に感激し、感心し、驚愕していく観客達。

「……あ」

その大声援に、朦朧とした意識が戻ってきたレイフォンは気づく。

(しまった)

己の失態に。

「見たか。止めは俺様の一撃だ!!」

シャーニッドが自慢げに宣言するが、そんなことはレイフォンにはどうでもいい。
自分は、やってしまったのだ。

(どうして……いつも、こんなことに)

朦朧とはしなくなった意識だが、遠くなっていく意識。
頭を打ちすぎ、少しだけ血を流しすぎた。

(もう、終わりだ……!)

薄れ行く意識の中、レイフォンは絶望を味わいながら意識を手放すのだった。



























『十七小隊、目標撃破ーーーーーッ!!狙撃手は4年、シャーニッド・エリプトン』

「ここ、いいだろ!」

暗幕の下ろされた薄暗い部屋で、シャーニッドはスクリーンに映ったフラッグを撃ち抜く自分の姿を指差す。

「俺だよ、俺様。やっぱりカッコいいねえ!」

自分をアピールしながら、偶然この場にいたかわいい少女、メイシェンに声をかけるシャーニッド。
『お嬢ちゃん、今晩どう?』なんていっている辺り、ナンパである。
普段ならニーナでもいれば、注意するなり制裁を入れるなりするのだが……ニーナはこの場にはいなかった。
せっかくの、『第十七小隊』初勝利と言う祝賀パーティだと言うのに。
周りには、彼女達十七小隊の友人達がせっかく、お祝いに来てくれたというのに。

「もっかい!レイフォンが倒す所リプレイ!」

「……………覚えてろよ」

せっかくいい雰囲気(シャーニッド的に)でのナンパ中だったと言うのに、空気を読まずにハーレイが画面を操作する。
巻き戻しし、レイフォンが十六小隊の3人を倒した場面に戻したのだ。
さっきのシャーニッドの映像は、その後に彼がフラッグを撃ち抜いた為に必然的に流れた映像である。

「うわ、スゲー!!」

「かっこいー!」

そして、再び流れるレイフォンの映像。
上空に跳び、着地すら待たずに小隊の3人を瞬殺する姿が映し出される。

「どうやってんのコレ?衝剄のワケないよな……手品?」

「すっごいねえ……」

何度見ても、嫌、映像だが何度も見たからこそわかる。
レイフォンは凄いと言う事が。
あの動きが、人間離れしているしていると言う事が。

「途中まで空気だったのに、こっから超人だよね」

「どんだけ強いんだか、アイツ……」

ミィフィとナルキも感心したり、呆れたりしながらこの映像を見る。
だけど、

「ところで、レイとんは?」

「さあ……」

「まだ保健室?」

主役であるはずのレイフォンの姿が、レイフォンの姿もなかった。
ニーナだけではなくレイフォン、そしてフェリもだ。
結果、せっかくの十七小隊初勝利と言うこの祝賀パーティには、十七小隊のメンバーはシャーニッドとハーレイしかいない、かなり寂しいものとなっているのだった。
























「レイフォンは何処だ!?」

祝賀パーティに参加していないニーナは乱暴に保健室のドアを開け、怒鳴るように言う。
彼女の言葉どおり、探しているのはレイフォン。
そして彼には、聞きたい事がある。

「ここにはいませんよ。私も探しているのですが……」

そんなニーナに答えたのは、何故か保健室にいたフェリだ。
レイフォンは試合の後、意識を失ったために保健室へ運ばれたのだが、もう既に意識は戻ったらしく、怪我も大した事ないらしいのでここから姿を消していた。
祝賀パーティにも出ずに、現在もニーナ達から姿を隠しているのだ。

「あっ」

そんな彼女達を、逆に見つけ出す人物。

「いたいた、隊長のニーナさんと、アイドル、フェリ嬢!」

その人物はカメラを手にしており、方には大きめのかばんをかけている。
まるで記者のようないでたちだ。

「週刊ルックンです。十七小隊の番狂わせ、勝利インタビューを……あれ、レイフォンさんは?」

まぁ、実際に記者だったが。
それも、この学園都市ツェルニで、一番売れている雑誌、週刊ルックンだ。
その記事の内容はやはり、レイフォンの活躍や十七小隊の勝利に関してらしい。
自社が出版している雑誌を片手に、記者がニーナに質問をしてくる。

「今、忙しい」

だと言うのに、ニーナの反応は冷たい。それどころか、恐ろしい。
確かに取材されるなんて光栄だし、下馬評をひっくり返しての十七小隊の勝利は嬉しい。
だけど、今はそんなことよりも重要な事があった。

「帰れ」

記者が持っていた雑誌を取り上げ、握り締めながら『帰れ』とだけ告げる。
殺気すら含み、睨みを利かせてだ。

「ま……またきますぅ」

武芸科でもない一般の生徒であろう記者は、ニーナの殺気を恐れて一目散に撤退をした。
その時、彼が持っていたであろう写真が落ちる。それをフェリが拾った。
その写真は、試合が始まる前に撮った十七小隊の集合写真である。

「……一体」

だが、ニーナはその写真にすら気づかない。
それよりも気になるのは、先ほどの試合の事。
レイフォンの事。

「あいつの、あの異様な強さはなんだったんだ……!!」





















そのレイフォンは、住宅地の人気のないところで膝を抱え、体育座りをしていた。
時間帯は既に夜。そして、レイフォン自身は見るのも明らかなほどに落ち込んでいる。

(対抗試合で僕は、途中からつい本気を出してしまった。敗北寸前だった十七小隊は、一気に逆転勝利。そして僕は……)

悩むのはやはり、あの試合の事だ。

「なんでやっちゃたんだろう……」

やってしまった。
あの事件と酷似していた状況ので、レイフォンは朦朧とする意識の中で……

「カリアンは……」

だが、試合には勝ったのだ。
まず、カリアンがグレンダンでのことをばらすなんて事はしない……はずだ。
これからも脅され続ける可能性は捨てられないが。

「でも……派手にやっちゃったし……ニーナ先輩は……強いのバレただろうな……何言われるんだろ……」

そしてニーナは、彼女だからこそレイフォンの事を問い詰めてくるのだろう。
強いレイフォンの事を。そして、なんでその実力を隠していたのかと言う事を。

「ニーナ先輩も、あなたを探していましたよ」

頭を抱えて悩むレイフォンにかけられる声。
その声に頭を上げると、

「フェリ先輩……」

そこには、フェリがいた。
あの時、フェリはニーナに嘘をついていた。
確かにレイフォンのことは探していた。だけど念威操者であるフェリがその気になれば、彼をすぐに見つけ出すことなんて容易い事なのだ。

「さっき、生徒会室にすごい剣幕で駆け込んでましたよ」

気づかないニーナもニーナだが、それを彼女に教えなかったのは、フェリがレイフォンに話があるから。
出来ればニーナには聞かれたくない、レイフォンにとっては重要な話。

「約束もあるから、兄も全部は話さないでしょうけど、いくらかは知ってしまうでしょうね」

「約束って……全部って……」

その言葉をフェリから聞き、レイフォンには嫌な汗が流れてくる。
前にニーナに伸された時、保健室でフェリが言っていた言葉を思い出す。
思えばフェリは、あの時から何かを知っていた感じはした。
全ては知らなくとも、何かを知っている感じがした。

「どうして私が、いつもこんな役を……」

フェリは兄からの伝言などや、レイフォンを小隊に入れる時にはニーナにそういう役割を押し付けられ、今回のこの経緯からも多少不満らしい。

「それ……」

そんな文句を言っていた彼女が、持っていた写真にレイフォンは視線が行く。

「週刊誌の記者が落としていきました。あなたを探していましたよ」

説明を受け、その写真を渡されるレイフォン。
写真には試合が始まる前の、十七小隊のメンバーの姿が写っている。

(これを撮った時は、まだ試合前も始まる前で、やり直せるはずだったのに……)

それはもしも、IFの事でしかない。
わかっている……後悔しても無駄だと言う事は。
けれど、今のレイフォンには、後悔する事以外できなかった。

「……どうして、本気を出してしまったんですか?」

無言となったレイフォンに、フェリが声をかける。
今日の試合の事について、尋ねる。

「話さないと、私がせっかく約束したのに……」

『2人だけの秘密です』と、ガトマンを倒した時、確かにフェリはそう言った。
あの時はレイフォンは救われた気がして、また、初めてフェリの笑顔を見て少し癒された。
あの時以来、またもフェリの笑顔を見れていないが……なんにせよ、フェリは話さないと誓ってくれたのだ。
それを、レイフォンは無駄にしてしまった。

「どうして……だろう」

だけどその理由は、自分でもわからない。

「僕はいつも失敗ばかりで……」

朦朧とした意識の中で、ついやってしまった。
それに、いつもそうだ。
レイフォンは肝心なところで、失敗したり、間違えたりしてしまった……

「力を隠しているのは難しいものです。でも……」

確かに力を隠すのは難しい。
フェリとしても自分の才能なんて、欲しくもなかったし誇れるものではないと思っている。
それでもその力を、つい使ってしまう。
便利だからと、外の世界が見てみたいからと。
だけど、それでも……兄の思惑通りに戦ったり、念威操者となったりするのは嫌だった。

「フェリ先輩」

続けようとするフェリに、レイフォンは彼女の言葉を止めて尋ねる。
前からずっと思って、気にしていた嫌な予感……

「あなたはもしかして、全部……」

「ええ、知っていました」

それは最後まで言い終わらずに、現実だと理解させられた。

「グレンダンにいられなくなったことも。兄に脅されていたことも。賭け試合のことも……」

フェリは全て知っている。
全てを知ったのはつい最近だったのだろうが、前々から少しは知っていた。
それを告げられ、レイフォンの視界は周りの夜の闇よりも真っ暗になった気がした。

(終わった……)

終わった。終わってしまった……
もうレイフォンに、先(未来)はない。
持っていた写真を握り締め、レイフォンは絶望した。

「レイ……」

「そう、僕はそういう人間です」

フェリの言葉を遮り、写真を放り捨ててから立ち上がる。
フェリを避けるように、遠ざけるように。

「だからあなたも、もう関わらない方がいい」

それだけを言い残し、レイフォンは足を進めた。
フェリから逃げ出すように。



(全部終わった)

当てもなく歩きながら、レイフォンは足を進める。
どこに行けばいいのかなんて、まるでわからない。

(ニーナ先輩も、じきに真実を知るだろう)

夢で見たように、ニーナたちがレイフォンを非難する姿が思い浮かぶ。
先ほどフェリから逃げたのだって、そうなるのが嫌だったからだ。

「レイフォン!」

だけどフェリは、そんなレイフォンを追いかけてきた。

「待っ……」

レイフォンを止めようとするが、彼も止まらない。
いつの間にか養殖科、レイフォンとフェリが初めて会った羊の柵のところまで来て、フェリがレイフォンの手を取ろうとして腕を伸ばす。

「あっ」

だが、地面にあった石に躓き、

「きゃ……」

小さな悲鳴を上げ、転んでしまう。
そうする事により、地面にぶちまけられてしまったフェリの荷物。
かばんがちゃんと閉まっていなかったと言うこともあり、ノートやら筆記具、ハンカチまでもが当たりに散らばっていた。
その散らばったハンカチを、柵の向こう側から首を伸ばして噛み始めるフリーシー(仮)。

「~~~~~」

その出来事に情けなさそうな表情をするフェリと、流石に足を止めるレイフォン。
この時、少しだけだが情けなさそうな表情に変化したフェリを、レイフォンは不覚にもかわいいと思ってしまった。

「……黙っていたのは謝ります。兄にも、何も言えなくて」

それでも、フェリとしては真面目に、地面に倒れたままだけどレイフォンに述べる。
せめて、話だけは聞いて欲しいから。

「あの人、昔はあんなじゃなかったのに……」

フェリは兄には逆らえない。
そしてフェリも、現在の兄を恨んではいるものの、昔の兄は好きだった。
変わる前の兄は……でなければ、いくら兄妹だからって、寮で一緒に生活なんてしたりしない。

「違うんです」

レイフォンはハンカチを噛むフリーシー(仮)から、そのハンカチを取り上げながら答える。

「僕が全部悪いんです。あなたが、気にする事はない」

フェリのノートを拾い上げる。
フェリは関係ないと、何も悪くはないと。彼女は気にする必要はないと。
今でも後悔はしていなくて、やった事は間違いではないと断言できる。
だが……悪いのは自分なのだと。

「……もう、いいのではないですか?」

「……え?」

そんなレイフォンに向けて、フェリは真剣に問いかける。

「あなたは充分頑張った。それでもう、いいでしょう。ガトマン・グレアーに追われて、兄には脅され……それでも、力が勝手に出てくるのは自然で、力を抑えているのが大変なのか私もわかります。一緒ですから」

「フェリ先輩……」

何度目だろうか?
彼女の言葉に、救われたように感じるのは。

(ゆるして、くれる……?)

そしてフェリは、なんで本気を出したのかとは尋ねてきたものの、レイフォンを責めてはいない。
事情を知っていても、彼を責めてきたグレンダンの人達とは違う。
リーリンの様にわかってくれて、彼を責めないで、許してくれた。
それがどうしようもなく、本当に嬉しかった。

「なんだかあの時と一緒ですね。ガトマン。グレアーに追われて、一緒にここを走った……」

幼馴染で兄妹の様に育ったリーリンとは違う感覚をフェリに感じながら、レイフォンは彼女の手を取って言う。
転んだフェリを立ち上がらせるために取ったその手だが、その時、ガトマンに襲われたときにフェリが言った言葉を思い出した。

『一緒に、逃げましょうか……?』

「……他にも……学園都市はある……」

そうだ、そうすればよかった。
多少手間はかかるが、ここにいるよりはずいぶんましな方法。
そして運の良い事に放浪バス、汚染物質にまみれたこの世界を渡る方法、レギオスの間を移動する不定期な乗り物は現在、ツェルニに訪れている。

「……そうだ。その方がずっと簡単じゃないか」

「レイフォン……?」

様子の変わったレイフォンに、フェリは疑問を感じる。
だけどレイフォンからすれば、どうしてこの事に気づかなかったのかが不思議だ。

「フェリ先輩、僕はツェルニを去って他の都市に行きます。1年遅れるかもしれないけれど、どこかで傭兵でもやって、学費を稼いで、きっとなんとかなります」

戦うのは本来嫌だが、ここに残るよりはいい。
それに、自分は汚染獣の退治を専門にやってきたのだ。
グレンダンはちょっとした例外だが、汚染獣の退治はかなり高額の報酬が得られる。
グレンダンでもかなりの額だったそれは、他の都市だとどれくらいになるのだろうか?
毎週の様に、毎日の様に汚染獣と遭遇していたグレンダンの様には行かないかもしれないけれど、それでも学費なんかは余裕で稼げるはずだ。
それに、何処の都市も優れた武芸者を欲しがっている。
レイフォンほどの実力があるならば、十分にやっていけるはずなのだ。

だが、それはツェルニを離れるという事で、実質的には別れをフェリに告げるレイフォン。
だから、

「私も行きます」

即答で答えた彼女の言葉が、レイフォンにはあまりにも意外だった。

「何を……」

何を言っているのか、わかって言っているのかと思ってしまう。

「ちょうど私も、行こうと思っていたんです」

「そんなこと、できるわけないでしょう。フェリ先輩はここに、生徒会長もいるし……」

動揺する。
まさか、フェリがこんな事を言うなんて思っていなかったし、フェリにも友達は……たぶんいるだろう。
それに家族であり、兄のカリアンがいる。
それだと言うのにこの都市を出て、レイフォンについて行くと言うのだ。

「僕はここに一ヶ月しかいなかったんです。だから、なんのしがらみもない」

「大会が始まれば、バスが来なくなる。出るのなら今です」

「フェリ先輩!」

「そうと決まったら、早い方がいいです」

「だいたい逃げるなら、別々の方がずっと安全です」

「すぐ支度してきます。1時間後にここで待ち合わせしましょう」

フェリを説得しようとするレイフォンだが、フェリはまったく聞いていない。
どうやら本気で、彼女もついてくるつもりらしい。
半ば呆れ、頭に手を置くレイフォンだったが……

「レイフォン、はい」

そんな彼に、先ほどレイフォンが放り捨てたはずの写真を差し出すフェリ。

「私の生写真なんて、めったに手に入らないんですから大事にしてください」

フェリは小さく笑い、そう言った。
ミスコン1位であり、彼女の容姿もあって人気の高いフェリ。
そんな訳で、彼女の笑顔の写真なんかはかなり高額で取引されるらしい。
そんな訳で盗撮しようなんて輩もいるわけだが、念威操者であるフェリがそんなものを見破れないわけがない。
そんな訳で、実際にかなり貴重なフェリの写真。
十七小隊のメンバーとまとめて撮られているが、十分価値のあるものだった。

「……ありがとう」

それを受け取り、感謝の言葉を漏らすレイフォン。
再び見た彼女の小さな笑みは、レイフォンの荒んだ心を少しだけ癒してくれた。


























(でも一体、どうやってフェリ先輩と逃げ出す気だ?)

荷物を取りに寮に戻る中、レイフォンは一抹の不安を孕んでいた。

(あの、陰険眼鏡に捕まるに決まってる。手に手を取って逃避行だなんて、バカげている)

あのカリアンが、みすみすレイフォンとフェリをツェルニの外へと逃がすだろうか?
放浪バスで都市の外に出るには、簡単だが書類を書かねばならない。
その書類が集まり、目を通すのは学園都市の上である生徒会、つまりはカリアンが長を務める組織である。
偽名でも使う?そんな簡単に書類を偽造でき、なおかつ検問を騙せるなら苦労はいらない。
レイフォン1人なら何とかなるかもしれないが、ミスコン1位として有名で、カリアンの妹であるフェリは大丈夫なのか?
半ば放浪バスに乗れたとしても、追っ手などを送られたりはしないのか?
そんな不安が、レイフォンにはあった。

「だけど……」

このままここにいられないのは事実。

「これ以上、悪くなることなんてない、さ……」

それにこの結果以上、悪いことにはならないだろうと思ってレイフォンは部屋へと入る。
グレンダンから持ってきた少ない荷物をまとめ、軍資金となる通帳を眺める。

「当面は大丈夫……これだけは陰険眼鏡に感謝だな」

皮肉にカリアンが施した、Aランクの奨学金により、多少の余裕はある。
今まで散々な目に合わされたレイフォンだが、これには素直に感謝した。

(そういえば、オリバー先輩はまだ帰っていないのかな?)

ずうずうしいが、少しはお世話になったお隣のオリバー。
彼は何でも、現在は友人が所属する別の小隊の祝勝会に参加しているらしく、まだ帰っていない。
出来れば今は、誰にも会いたくないレイフォンにとってはありがたい事ではあるが……

「なんだ……?」

トランクに荷物をまとめ、反対の手にはグレンダンから着てきたコートを持ち、この寮を去ろうとしたレイフォン。
だが、部屋に入るときには気づかなかったのだけど、閉める時に自分の部屋のドアノブに紙袋がかかっているのに気がついた。

(とりあえず、持って行くか)

それを手に取り、レイフォンは少ない荷物でフェリとの待ち合わせの場所へと向う。
その時、彼の脳裏にはたった一ヶ月の事だが、この寮で過ごした日々の事を思い出の様に思い出していた……























「こうしてトランクを持って、ここに来たのはたった、一ヶ月前なんだな……」

養殖科の羊の柵を背にし、レイフォンは月夜を眺めながら一ヶ月の間の出来事を思い出す。
今日は綺麗な三日月だった。

『立ち向かえ!』

フェリに渡されたくしゃくしゃとなった写真を見て、レイフォンはこの小隊の隊長、ニーナの言葉を思い出す。
ニーナは自分にこう言ったが、自分は何をしている?
まさに間逆の事、逃げているのだ。

(僕は、ニーナ先輩みたいな人種とは違うんだ。あんな風には生きられない)

あれは、ニーナのような人物だからできる事だと思う。
自分には無理な事で、そう結論を下し、諦めていた。

(あ……そういえばさっきの)

ここに戻る事を優先したために、先ほど見つけた紙袋の中を見ていないレイフォン。

「なんだ……?」

それを手に取り、中身を空けてみる。
すると中にはクッキーと、簡素な手紙で誰が作ったものかを示されていた。

「メイシェン……」

仲の良い3人組の友人の1人。
料理が、お菓子作りが大好きな少女。
彼女達は、レイフォンがツェルニから出て行ったら心配してくれるだろうか?

(そんなわけはない。僕の過去が知れて、それで軽蔑して、じきに忘れるだけだ)

それを否定する。
最初こそ心配はしてくれるだろう。何故なら彼女達は、とても優しいから。
でも、それでも、レイフォンの過去がカリアンにばらされたりすれば、グレンダンの人達みたいに自分を軽蔑する。
あの時だって、仲が良くって家族同然だった者達だってレイフォンを軽蔑したのだ。
それを許してくれたのはリーリンと……フェリだけ。
だからそれはないと、レイフォンは否定した。

「お前ともお別れだな。元気でやれよ」

近くにいたフリーシー(仮)の柔らかい毛にふれ、なでながら別れを告げるレイフォン。
そのふかふかした毛が、本当に心地よいくらいに触り心地が良い。
いっそのこと、この毛に顔をうずめて眠りたいくらいだ。

「ほら、食べろよ」

「ムー」

そんなフリーシー(仮)に、餞別だというようにメイシェンの作ってくれたクッキーを1枚差し出す。
だが、草食動物であるフリーシー(仮)がクッキーなんて食べるはずもなく、首をそむけていた。

「………」

仕方がないので、自分で食べる。
そのクッキーは、とても甘かった。

「美味いなぁ……」

甘い物が苦手なレイフォンだけど、それがとても美味しく感じる。
心に染みるほどに、切なくなるほどに……
何がしらがみがないだ。
後悔まみれで、未練まみれではないか……

(……やっぱり駄目だ。フェリ先輩にこんな思いをさせるわけにはいかない)

こんな思いをフェリにはさせたくないと、レイフォンは決意する。
これは、彼なりの優しさ。
自分のような男と来るより、ここに残った方がフェリの幸せだと思ったからこその行動であった。



























(1人で行こう)

そう決意し、レイフォンは放浪バス乗り場へと向った。

「発車まで後1時間です。お土産の買い忘れなどないよう、ご注意ください」

放浪バスの運転手であろう人物が、そう宣言する。
学園都市と呼ばれるこの都市に生活するのは、必要最低限の大人を覗けばほぼ全てが学生である。
だが、放浪バスによって旅をする者達や商人などもおり、そんな彼らが宿泊する施設がこの辺りに集中している。
そんな訳で、そんな人物によって賑わう放浪バス乗り場。
当然、学生はレイフォンだけだ。ツェルニの学生が卒業などではない限り、都市の外に出るなんて事はまずありえない。
レイフォンのような事情がない限りは……

そのレイフォンは、後1時間だと聞いたにもかかわらず、時計を確認する。
時間を潰すように、ツェルニとの別れを惜しむように……
彼は、独りだった……

「レイフォン」

今までは、だ。
レイフォンにかけられる声。
その声がした方向に彼が振り向くと、そこにはまた……フェリの姿があった。
また、念威で探って来たであろうフェリが大きなトランクを持ち、レイフォンの側へと駆けてきた。

「……フェリ先輩」

レイフォンは、フェリを連れて行きたくはなかった。
哀しい思いをさせたくなかった。
なのにどうして?

「どうして……………こんなに手間取らせるんです」

走ってきたので、荒い息をつきながら恨めしそうにレイフォンに言うフェリ。
念威操者であるフェリは、体力はあまり一般人と変わらないためにこの程度の運動でも、少し辛かった。

本当にどうして?
フェリはここに来た。レイフォンは連れて来たくなかった。
これは本心だ。

「一緒に行くと決めたら行くんです!」

フェリは怒鳴るようにして文句を言う。
置いてけぼりにされそうになった彼女からすれば、当然の権利だ。

「フェリ先輩……」

どうして?

「これではまるで逆です。私が……」

フェリは更に文句を言おうとするが、その言葉は途中で止められてしまった。
本当にどうして?

「すいません……フェリ先輩……」

フェリが来てしまったというのに、どうしてこんなにレイフォンは嬉しいのか?
どうして、レイフォンは泣きそうになっているのか?

「レイ…フォン……?」

フェリは驚く。驚いたのだが、動揺はせずにどうしたのかと思う。
レイフォンは泣きそうな顔をし、トランクとコートを地面に落とし……そして、フェリを抱きしめた。
真正面から近づき、フェリが抱きしめられたと気づくのに少し時間がかかってしまう。
小柄なフェリはレイフォンの胸板に頭を押し付けられ、どうすればいいのか一瞬、思考が止まってしまった。

「ごめんなさい……フェリ先輩を、悲しませたくなくて……」

その一瞬をつき、レイフォンが語り始める。そして、謝罪した。
レイフォンはただ、フェリに自分みたいな思いはして欲しくなかったから。
そう思ったから、フェリを置いて行こうとした。

「レイフォン、痛いです……」

「あ、すいません……」

ちょっと力強く抱きしめられていたので、痛みを訴えるフェリ。
それに気づき、レイフォンはまたも謝罪して放れる。
少し……フェリは残念な気がした。

「バカですね」

「ぅ……」

そして次に、レイフォンを罵倒する。
この時レイフォンが、少しだけ表情を強張らせた。

「今も言ったでしょう?一緒に行くと言ったら、一緒に行くんです!それともなんですか?あなたは私に、あの鬼畜な陰険眼鏡に一生耐えて生きろというんですか?どんな拷問ですか?」

「はは……」

言われても仕方がないとは言え、こうまでボロカスに言われるカリアンに苦笑せざるおえないレイフォン。
そんなレイフォンを見て、フェリも少しだけ微笑んだような気がした。

「まったく……慌てて出てきたので、化粧道具を忘れてきてしまったじゃないですか」

「化粧道具?フェリ先輩が?」

「悪かったですね!お肌の手入れは重要です」

「あ、そんな訳じゃ……すいません」

他愛もない話をし、苦笑し、怒ったり、謝ったりする2人。
こういう風にフェリと話した時、癒される感覚からしてレイフォンは確信した。

(ああ……そうなんだ……)

置いて行くはずだったのに、ここに来てくれたことがどうしようもなく嬉しかった。
リーリンと同じように、自分を許してくれた。
色々と支えてくれた。
自分に、笑いかけてくれた。
その笑みや会話に癒される。
だからレイフォンは……

「いいですか?勝手な事はしないように。すぐに取って、戻ってきます」

「はい」

フェリはレイフォンにそう言い残し、トランクを置いて化粧道具を取りに行った。

『今度は端子を置いていきますから』

ご丁寧に、念威端子まで置いて。
仕方がないといえば仕方がないが、もうレイフォンには、フェリを置いていく気なんてなかった。

(フェリ先輩……)

心の底から嬉しく、笑みがこぼれる。
自分の気持ちに気づいたのだ。
リーリンに鈍感なんて言われた過去があるが、そうではないとこれで確信できた気がした。
もっとも、自分の気持ちだけでフェリの気持ちはわからないのだけど……

「まず、交通都市のヨルテムだな……」

放浪バスの目的地を確認し、予定を練るレイフォン。

カリアンが邪魔をしたり、連れ戻しに来たりするならばすればいい。

「そこで職を探して……」

その時は、全力で自分が相手をしよう。
誰だろうと、邪魔はさせない。
来れば全力で退ける。必要とあらば都市すら制圧しよう。
汚染獣が相手でも、邪魔するならば屠るまで。
そう決心した。ただ、フェリを何が何でも護ると。
どんな困難からも救い出すと、そう決意した。

「レイフォン」

そんなレイフォンを、背後から呼ぶ声が聞こえる。
一瞬、もうフェリが戻ってきたのかと思った。

「何をしている」

だけどそんなわけがないし、実際に違っていた。

「そのトランクはなんだ」

その人物は、レイフォンを探していたと言う十七小隊の隊長、ニーナ・アントーク。
彼女はレイフォンの持っているトランクを指差し、レイフォンを問いただした。











あとがき。
さて、ついにレイフォンが動き出しました。
次回からレイフォンの頭のネジが、1本か2本ぶっ飛んでいます。

それにしてもオリバーが意外に好評ですねw
やっぱりロリか……
さて、そんな彼ですが武装もなんも考えてないんですよ(苦笑
それに小隊員でもありませんし。
が、汚染獣来たらナルキも戦ったので、彼も当然戦うわけでして……
なわけで武装、技なんかを募集したいと思います。気が向いた方は応募してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします。


しかし……いまさらなんですけど、メイシェンをメイシュンと素で間違えてた俺……
修正が大変です(汗



[15685] 4話 緊急事態
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/04/11 22:29
「なんで……ここが……」

予想外の人物の登場に、レイフォンは冷や汗を流しながらあとづさる。
だけどこれは、案外予想できていたかもしれない。
さっき、フェリが言っていた。ニーナをレイフォンを探していると。

「生徒会長に聞いた」

そう言い、ニーナはレイフォンに詰め寄ってくる。
だが、ニーナはレイフォンの質問に答えたわけではなく、また、カリアンもレイフォンがこの場所にいるのを知っていたわけではない。
ニーナがカリアンに聞いたのは、あの事についてだ。

「なぜ、あれだけの強さを隠していた?私はお前を訓練すれば、小隊員として使えると思った。だから十七小隊に入れた。ところがどうだ!使えるどころじゃない。お前は私よりずっと強い。いや、おそらくこの学園の誰よりも」

そう宣言し、ニーナは尋ねる。

「ヴォルフシュテイン。この名前はなんだ?」

その質問、その名前を聞き、レイフォンの表情が強張る。
だけどニーナは追求をやめずに、レイフォンの襟首をつかんで聞き出そうとする。

「お前に直接聞けと言われた。聞かなくても自分で調べられるとも」

「……………」

「お前の口から聞きたい。なあ、話してくれ」

「……………」

ニーナの問いに、レイフォンは無言のままだ。
だけど『聞きたい』などと言っているが、これはもはや願いなどではなく強制。
ニーナは、何が何でもレイフォンに口を割らせようとしていた。

「話せないか」

答えないレイフォン。
ニーナはそんな彼の周りを飛んでいた、フェリが残していった花弁のような念威端子を握りつぶす。

「なあ、レイフォン。私はお前を、そんな卑怯な奴だと思いたくない」

ニーナの言葉には何か願望のような物、願いが込められているような気がした。
嘘であって欲しいと言うような。一言レイフォンが嘘だといえば、ニーナは納得するのだろうか?
嫌、おそらくはしないだろう。
そしてレイフォンも、もう隠せはしないと理解した。

「想像の通りです。僕は卑怯な男だとみんなに言われてきた」

レイフォンは語りだす。
自分の過去を、己がやったことを、失敗を……

「僕は10歳で陛下に剣の才能を認められ、天剣授受者に選ばれ、ヴォルフシュテインと呼ばれるようになりました。英雄の誕生です」

天剣授受者。
グレンダンの最強の武芸者、12人に与えられる地位と称号。グレンダン女王の、12本の剣。
汚染獣の脅威から民を護る、それこそ『英雄』と言う言葉がふさわしい存在。
故に、天剣授受者は民にとって憧れの的だ。
レイフォンは、その1人(1本)だった。

「しかし英雄とは言え、公式の報酬は多くはなかった。僕は金が欲しかった。非合法の賭け試合に出て、金を稼ぎました」

1人で生きていくのならば、あるいは普通の家族を養うのならば、それは十分すぎる報酬が得られていただろう。
だけどレイフォンには、大金が必要な理由があった。

「だけど賭け試合に出ていることを、脅す奴がいた。僕は考えた。そいつの口をふさぐ方法を……」

この話を聞き、先ほどから良い顔をしないニーナ。
当然だ、彼女は真っ直ぐで、武芸者であることを誇りに思っている。
故に、その誇りを汚す賭け試合に出ていたレイフォンの事を許せないのだろう。
しかし、その表情はレイフォンの次の言葉を聞いて更に硬くなった。

「試合で消すのは、口をふさぐいい手段でした」

「消す……?」

その言葉の意味が理解できずに、ニーナはつぶやく。
だけどそんな彼女に、レイフォンは容赦のない現実を叩きつけた。

「そう……あいつが邪魔だった。だから僕は、殺す事にしたんです。公式試合を使って合法的に」

その言葉を聞いて、ニーナの頭の中は真っ白になったような気がした。
嘘だと願う。だけどレイフォンは、冗談などと言う表情をしてはいない。

「人を……殺めた……だと……?」

震える。怒りでだ。
賭け試合に出ていたこともそうだが、レイフォンは公式試合で人を殺そうとさえした。
そんな事、武芸者として許される事ではない。

「己の利益のために、神聖な公式試合を使って……!?」

レイフォンの肩をつかみ、ニーナは激しく問いかける。
だけどレイフォンはその方の手を振り払い、冷静に答えた。

「あいつが邪魔だった。だから殺す事にした。それだけです」

レイフォンは孤児院の出身であり、故に貧しい生活を送っていた。
満足に食べられず、飢えと戦う日々。
その戦いで敗れた人物が、何人も死んでいくのを見ていた。
だからこそ、レイフォンは孤児院を、家族を助けたかった。
天剣授受者として手に入れた報酬を、そのほとんどを孤児院の生活支援へと使った。

だけどグレンダンには孤児が多い。貧しい孤児院がいくつもあるのだ。
その全てを、レイフォンにとって仲間で家族の人達を助けるにはそれでも足りない。
だからこそ、高額な報酬の出る試合に出た。

「それで、闇試合に手を染めた……」

ニーナのつぶやきに、レイフォンは頷く。
だけどそれが原因で、奴にかぎつけられた。

「あいつは天剣を譲れと、天剣争奪戦の試合で負けろと、僕を脅迫しました」

賭け試合、闇試合で儲けるためには、天剣と言う看板はまさにうってつけだった。
人目を惹き、だからこそ報酬も多かった。
故に、レイフォンは天剣を失うわけにはいかなかった。
奴の口をふさぐ事にした。

「あの日の天剣争奪戦。空の青さを、今でも覚えてる」

だから失敗もした。
覚えていたから今日、酷似した状況でつい本気を出してしまった。
だからこんな破目になってしまったのだ。

そして、レイフォンはその時、一撃で決めるつもりだった。
口をふさぐために、容赦なく殺すつもりだった。
だけどそれは相手の腕を切り落とすだけに終わり、相手の試合続行不可能と言うことで幕を閉じる。

「あいつは僕を告発し……そして僕はグレンダンを追われました」

まるで笑い話、童話のようである。
英雄は一晩で、犯罪者になってしまったのだ。
今でも、この事を思い出すのは辛い。
出来れば、あまり人には話したくない過去である。

「……それが全てです。先輩、僕を卑怯だと思いますか?」

「……………」

レイフォンの話を聞き、呆然としていたニーナに尋ねる。
おそらく彼女は、レイフォンになんと言えばいいのかわからないのだろう。
だけどそれでも、何かをレイフォンに伝えようと言葉を探し出す。
考え、考え抜いたあげく、

「お前は……卑怯だ」

レイフォンを否定し、拒絶する言葉を選んだ。

(こんなのは、痛くもなんともない。予想していた通りじゃないか)

過去を気にし、苦しんでいたレイフォン。
だけど今は、こんなことを言われても前ほど心を痛めない。
所詮、ニーナもレイフォンを裏切った孤児達と同じだという事だろう。
嫌……もしかしたら、裏切ったのはレイフォン自身かもしれない。

「ええ、卑怯なんでしょうね。そう思ってもらって結構です。そんなこと、当に自分で理解しています」

「な……」

悪い事をしたとは思っている。だけど後悔はしていない。
家族だと思っていた孤児達にも避けられたのには流石に傷ついたが、そんな彼を許してくれた人達がいた。
リーリンとフェリだ。

「わかってくれなんて言いませんよ。確かに、僕は許されないことをした。そんなことはわかっているんです」

だけど、この2人は自分を許してくれた。それだけで、十分だ。
そしてフェリは、こんな自分と一緒に行こうと言ってくれた。
だからこそ決めた、彼女を絶対に護ると。

「だが……お前は……」

ニーナが何かを言おうとする。
だけどその言葉は、ある異変によって粉砕された。

揺れる。激しく揺れた。
視界がぶれ、放浪バス乗り場にいた客達がパニックになる。

「なんだ……これは」

「都震です!」

同じくパニックになりかけたニーナに、レイフォンが答える。
幸い、揺れは案外すぐに収まった。

「都震?」

「谷にでも足を踏み外したのか……!」

要は地震。
だが、レギオスではこのような事は非常に稀で、地盤を踏み抜いたのか、または谷に足でも取られたのかしたのだろう。
だけど、そんなことはどうでもいい。
レイフォンは、それがどうでもいいことのような異変に気がついた。

(まさか……)

「待て!レイフォン」

レイフォンは脱兎のごとく走り出す。
この異変の正体を確認するために。

「何処へ行く!」

ニーナも追ってくるが、説明はせずにひたすら走った。
目指した場所は、都市の心臓部である機関部だ。

(この都震は……)

機関部にたどり着き、レイフォンは確信する。
そこには電子精霊、ツェルニがおり、幼子の姿をしていた彼女は怯えていた。
恐怖に凍りついたように、地の底を見つめている。怖くなって狭いところに隠れるように、身体を丸めていた。

「最悪だ」

昔、何度も経験した出来事。
ツェルニにはほぼ学生しかいないと言うのに、備えが全くと言っていいほどないのに、まさかこんな事になるだなんて……

「ツェルニ……?どうした………何をそんなに怯えている……?」

追って来たニーナが、ツェルニの異変を見てそうつぶやく。
理解していないのだろう。グレンダンなら、勘のいいものなら気づくと言うのに。

「すぐにでも逃げなければ……」

「逃げる……?何を、言っている……」

「シェルターに急いでください。事態は一刻を争います」

「だから、何を言っている!?」

急ぐと言うのに、理解できずに問い返してくるニーナに焦りを覚える。

(なんて平和さだ!)

ニーナは知らない。
グレンダンならば、こう言えば誰でも理解すると言うのに。
しかし、ニーナは違う。おそらく、他の学生達もそうなのだろう。
気づく人物は、一体どれくらいいるのだろうか?

「レイフォン!?」

怒鳴られ、焦りで苛立っていたレイフォンはとりあえず落ち着く。
そしてわかりやすく、誰でもこのピンチがわかるように、理解できるような言葉を短く言い放った。

「汚染獣が来ました」



























「状況は?」

会議室にて、カリアンを筆頭とした生徒会役員幹部、そして武芸科を取り仕切る武芸長のヴァンゼ・ハルデイの姿もあった。
そして、この緊急の会議の内容は現在、起こっている異変についてである。

「ツェルニは陥没した地面に足の三割を取られて、身動きが不可能な状態です」

「脱出は?」

「ええ……通常時ならば独力での脱出は可能ですが、現在は……その、取り付かれていますので」

身動きの出来ないこの状況。
それを狙ったかのように取り付くもの、汚染獣。
その絶望してしまいたい状況の中、カリアンはヴァンゼに視線を向ける。

「生徒の避難は?」

「都市警を中心にシェルターへの誘導を行っているが、混乱している」

「仕方ないでしょう。実戦の経験者など、殆どいない」

学園都市なんて言うが、この都市は学生故に未熟者の集まりなのだ。
武芸者とは言え汚染獣と戦闘をした経験がある人物なんているわけないし、そもそも汚染獣との遭遇は非常に稀であり、しかもツェルニには備えが殆どない。
このパニックも、当然の事態だ。

「全、武芸科生徒の錬金鋼の安全装置の解除を。各小隊の隊員をすぐに集めてきてください。彼らには中心になってもらわねば」

カリアンの指示に、武芸長のヴァンゼは頷く。
頷くが……やや青ざめた表情で、カリアンに問いかけた。

「できると思うか?」

「できなければ死ぬだけです」

その言葉に、カリアンは冷たく言い放つ。
だけど、覆しようの無い真実。

「ツェルニで生きる私達全員が、全ての人の……いや、自分自身の未来のために、自らの立場に沿った行動を取ってください」

カリアンの冷たく迫力のある言葉に、その場にいる全員が黙って頷いた。































「……汚染獣だと?」

その言葉を聞いたニーナが震え、顔を青ざめていく。

「馬鹿な、そんな事が……都市は汚染獣を回避して移動しているはずだ」

「都市が回避できるのは地上にいるものだけです。それにしても限界はある。おそらく、地下で休眠していた母体でしょう」

信じたくないのだろう。
だけどレイフォンは、非情な事実を、そして自分の推測を伝える。

「卵が孵化して幼生が生まれてくる。餌を求めて……」

「えさ……まさか……それは……」

更にニーナの表情が青ざめる。体が震えている。
恐怖したのだろう。だが、ならばこそ都合がいい。

「だから、すぐにでもシェルターに避難を……」

そこまで、レイフォンが言いかけた時だ。

「馬鹿を言うな!」

ニーナがレイフォンを罵倒した。

「ふざけるな!避難だと?逃げるだと?そんあことが許されると思ってるのか!」

一気にまくし立てるニーナを、レイフォンは呆然と見つめた。
立派な言葉だ。本当に立派だ。それが羨ましい。
だけど彼女は、汚れを知らずに純真すぎる。

「……やはり、お前は卑怯だ。飢えたことの無い私は、お前を完全に理解できないだろう。だが、それだけの強さがあれば他の事ができたのではないか?もっと大事なものを……お前が救おうとした仲間達の心を救えたのではないのか!?」

(何を……わかった風なことを……)

ニーナの言葉が、レイフォンの心に突き刺さる。
天剣授受者だった自分を見る、孤児院の仲間達の目。尊敬するような、誇りを持っているかのような目だった。
そうでなくなった自分を見る、孤児院の仲間達の目。軽蔑するような、レイフォンを卑怯だと言ったニーナのような目をしていた。
天地が逆さまになったようなその豹変に、誰もレイフォンを理解していないのだと思った。裏切られたと思った。
唯一それを許してくれたのは、たった2人だけ……

ニーナの言葉は奇麗事だ。
だけど、確かに何か、別の方法も探せばあったのかもしれない。
だけどそれを見つけるには当時のレイフォンはあまりにも幼く、そして安直な方法を取ってしまった。
そのことをしてしまったこと事態には、後悔はしていない。
それが当時の、最良の手だと思っていた。
現にそれで、少なくとも暮らしは楽になったのだ。
陛下もレイフォンの財産を没収はしなかったので、今までレイフォンが稼いだ分は孤児院に残っていて暫くの暮らしは大丈夫なのだろう。
だからこそ、あの行動事態は間違いじゃないと思う。そう思いたかった……
孤児院の中間達に軽蔑されたのには、酷く傷ついたが……

「私は行くぞ!」

「待ってください!」

ニーナを、レイフォンが止める。
今行って、どうするのか?
確かにニーナは凄い。それはレイフォンも認める。
だけどそれは生き方、彼女の真っ直ぐさであり、実力ではない。
確かにニーナは3年生で小隊隊長を務めるほどの実力を持っている。
だけどそんな肩書きなど、汚染獣の前ではなんの役にも立たない。

「今戦わずして、いつ戦うのだ!」

ニーナが叫ぶ。

「私達武芸者が普段優遇され、尊敬されているのはどうしてだと思う。奨学金を貰い、いい物を食べているのは剄や念威を天から授かったからではない」

真っ直ぐだ。彼女は何処までも純真で強く、汚れを知らずに真っ直ぐと前を見ている。

「どんな事があっても、命を賭けて護るとみんなが信じていているからだ……!」

凄いとは思う。羨ましいとも思う。何処までも真っ直ぐなニーナのことを。
だけど命を賭けて、何が何でも護ろうと思った孤児院の仲間達に軽蔑されたレイフォンにとって、それはわからない事だった……


























汚染獣が出たらそれと戦うのは、武芸者としての義務なのだろう。
だけどレイフォンは、もう武芸者ではない。
剄があろうとも、武芸者の立場を捨てた彼にその義務は無い。
今、武芸科にいるのだってカリアンに無理矢理入れられたからなのだ。
自分は……もう、戦いたくは無い。

「はぁ……」

大きなため息をつく。
気がつけば、既に機関部を出ていた。
サイレンが鳴っている。おそらく、一般生徒達の非難が行われているのだろう。
そして、武芸科の生徒達は汚染獣を迎え撃つ準備をしているのだろう。
レイフォンには関係ない。関係ないのだが……

「フェリ先輩……」

今は、フェリのことを思い出す。
嫌、フェリだけのことを考えていた。
自分には関係ない。都市がどうなろうと、誰が死のうと武芸者ではない自分には関係ない。そう思おうとしていた……
だけど、どうしても1人だけそう思えない人物が、何が何でも護ると決めた人物がいた。
汚染獣が責めてくれば当然……
思わず、腰に下げたままの錬金鋼に手が触れる。

「レイフォン君、ちょうどよかった」

そんなレイフォンにかけられる声。
レイフォンは、声の下方向を振り向く。

「……生徒会長……」

そこには余り会いたくない人物、カリアンがいた。

「もう、脅しても無駄ですよ」

脅しは意味が無い。もう、ニーナは知ってしまった。自分が話した。
そもそも、全ては話してないというが、ニーナにある程度の事情を話したのはカリアンだ。
レイフォンはもう、彼の言うことを聞く必要はない。

「そんなことを言っている場合ではない。6万人の命が懸かっているのに戦わないというのか?」

「あなただって、自分の命が惜しいだけでしょう?」

カリアンは言うが、それをレイフォンは冷ややかに返す。
建前としては立派だ。だからこそ、死にたくないからレイフォンを戦わせようとしている。
正直な話、カリアンに利用されるのは気に食わない。

「誤解しているようだね。私はこの学園を愛しているんだ。だから助けたい」

それが本心かどうか、レイフォンにはどうでもいい。

「何を白々しい事を……!あなたのかわいい妹だって、ここから出て行こうとしていたんだ」

「自惚れるのはよしたまえ。君などいなくても、どうとでもなる。為政者には想定外などない。打つ手は常にいくつもある。それが政治家というものだよ。君はコマのひとつに過ぎない」

強がりだろうか?
おそらく強がりだろう。
そんな手が、このツェルニにあるわけが無い。どんな手で、汚染獣を撃退するというのだ?
レイフォンほどとは行かないが、汚染獣を駆逐できる実力を持った武芸者がこの都市にいるというのか?
そんなことありえない。未熟者が集まる学園都市に、以下に強くとも1人でこの危機を何とかできる人物なんているわけが無い。
そう……レイフォン以外は。

「お手並み拝見……と、行きたいところですが……」

観戦するのは確かに面白そうだ。
正直気に入らないカリアンが、慌てふためく姿なんて見ものだろう。
だけど、そういうわけには行かないし……正直、気も進まないし気に入らない。

「これ、お願いできますか?安全装置の解除と、設定を2つ作りたいんですが」

錬金鋼をカリアンに投げ渡し、そういうレイフォン。
本当に気に入らない。だけど……この状況では、こうするしかない。

「レイフォン君……?」

錬金鋼を危なげな動作で受け取ったカリアンは、疑問符を浮かべてレイフォンを見る。
だけどレイフォンは、そんなことどうでもよさそうに続けた。

「別にあなたのためでも、このツェルニのためでもない。ただ僕は、僕のためだけに動くだけです」

それは、個人の我侭。
人のためとも言えなくも無いが……それは自分がそうしたいと思っただけで、結果的には我侭なのだ。
自己満足であり、己のエゴ。

「それから、都市外装備の準備も。念威操者も集めてください」

「レイフォン君!」

レイフォンの言葉に、さぞカリアンも喜んでいる事だろう。
結果的には自分のために行動を起こそうとするレイフォンだが、結果的にはカリアンの思惑通りに進んでいるのだ。

「先ほど、フェリにも声をかけた。こういう状況なら妹も協力してくれるだろう。なにせ、あの子は……」

相変わらず安っぽい笑みで、カリアンがそこまで言いかけた時だ、

「汚染獣以外にも、あなたは僕を敵に回したいんですか?」

「っ……!?」

レイフォンが殺気すら込めて、カリアンを睨む。
その殺気に当てられ、カリアンは冷や汗を流していた。
青ざめ、少しだけ震えている。それでも笑みは崩さず、平然を保とうとしているのは立派だ。

「もう一度言います。都市外装備と、念威操者をお願いします。くれぐれも『無理強い』はしないでください」

それはどういうことか、殺気すら含んで理解させる。
何故なら彼女は、念威操者として自分の力を使いたがらないから。

「少しの間僕は用があるので、はずしています。それまでに準備をお願いします。それと、錬金鋼の設定値ですが……」

それだけを言い残し、レイフォンは跳ぶ。
屋根の上を足場に、もはや飛ぶように跳ぶ。
空中を駆けながら、レイフォンは彼女の元へと向った。























「フェリ先輩!」

上空からフェリを見かけた。
着地し、彼女の前に降り立つ。
この都市で一番高い塔、生徒会塔の入り口前にフェリはいた。
おそらく、先ほどカリアンが言っていたように話をしていたのだろう。
フェリに、念威操者と戦うように。

「レイフォン……もう少し早くバスに乗っていればよかったですね。そうすればこんな……」

「それは、本当に魅力的な話ですね」

現在、汚染獣の襲撃で放浪バスは止まってしまっている。
故に、この都市を脱出する手段なんて何処にも無い。
フェリとの逃避行は本当に魅力的な話だが、それはできない。

「生徒会長と何か?」

「あなたには関係ないでしょう」

カリアンとの会話の所為で、機嫌が悪いのだろう。
レイフォンとの会話を振り切り、フェリはどこかへ去ろうとしていた。

「フェリ先輩」

そんな彼女の手を、慌てて取るレイフォン。

「……なんですか?」

そんなレイフォンに、フェリは不機嫌そうに返した。
兄の時もそうだが、この次に彼がなんと言うのかなんとなく予想して。
だけど、

「汚染獣は僕が倒しますから、今すぐ安全なところに、シェルターの中にでも逃げてください!」

レイフォンはフェリの予想を、いろんな意味で裏切った。

「……正気ですか?」

「はい」

フェリの問いに、レイフォンは真剣に答える。

「何でそんな危険を冒すんですか?あなたは戦いたくないのでは?あなたが戦わないので滅びるのなら、それはそういう運命じゃないんですか?」

わからない。あんなに嫌がっていたレイフォンが、今、戦おうとする理由がわからない。
何でこんな危険な事をするのか、戦いたくないのに戦おうとするのかわからない。
そもそもレイフォンが強いとは言え、彼1人が戦ってどうにかなるとは思えない。
レイフォンが戦わないで滅びる都市なんて、それこそ弱い都市の宿命、自然の摂理、運命なのかもしれない。
弱肉強食。弱い存在は、この世界では生きてはいけない。

「確かに危険な事をするのは嫌ですし、戦うのも正直嫌です。でも、僕ならできるんですよ。嫌、僕にしかできない」

傲慢とも取れる言葉だが、これは事実。
その気になればレイフォンは、1人でこの都市を壊滅させる事が可能なのだ。
そんな彼ができなければ、この状況を誰もどうする事はできない。

「それに、僕は我侭ですから。僕が何もしなかったから誰かが死ぬなんて嫌ですよ」

さっきは、どうなってもいいと思った。
どうせ自分の過去を知れば、孤児院の仲間達の様に裏切られるのだろうと。
だから正直、関係ない人達が死ぬのにはなんとも思わない……はずだった。
でも、仲良くなった友人達、メイシェンニナルキにミィフィ達が死ぬのは悲しいし、接点を持った人達がいなくなるのは嫌だ。
関係ないと思ったはずだ……だけど自分は、どうやら未練を捨て切れていないらしい。
それに……そもそもこう思った理由だって個人の我侭。

「それがフェリ先輩なら、なおさらです」

彼女を護ると誓った。何が何でも。
たったそれだけ……それだけの理由。
汚染獣が攻めてきて、レイフォンが戦わなければこの都市は滅ぶ。
そうすれば結果的にみんな死ぬ。
メイシェンもナルキも、ミィフィも小隊のメンバーも、当然、レイフォンにフェリだって。
それだけはごめんだ。だから、レイフォンの我侭。
彼女を護るために、レイフォンは戦う。

「先輩……ですか」

「そんなわけでフェリ先輩、今すぐ安全なところへ……」

『逃げろ』と言うレイフォンに、フェリは何かを考え込んでいる。
そして、

「なんかそう呼ばれるのは嫌ですね。別の呼び方を要求します」

「え……?」

いきなり、そんなことを言ってきた。

「な…なんですかこんなときに……」

訳がわからずに問い返すレイフォンだったが、フェリは余り変化しない表情のままレイフォンに言い返す。

「私が協力してあげようと言うんです。別にそれくらいしても、バチは当たらないと思います」

「え……?」

またもや間の抜けた声を出してしまう。
それほどまでに、フェリの言葉が信じられなかった。

「だって、フェリ先輩は……」

念威操者として力を使う事が、戦う事が嫌なはずなのに……

「もちろん嫌です。でも……我侭言えない状況だってわかっています。それに……私も死にたくはありません。まだ、やりたいことも見つけていませんから」

念威操者以外の道を探しているフェリ。
武芸以外の道を探そうとしていたレイフォンと似ている。
そして、それ故に生きたい。誰だって死ぬのはごめんだ。

「あくまで……今回、だけですよ」

「はい!」

正直ありがたい。
カリアンに念威操者を用意するようには言ったが、正直、グレンダンほどの補助をしてくれるとは思ってもいなかった。
だけどそれでも、無いよりはましだと思っていたのだが……まさかフェリがやってくれるなんて予想外だ。
正直な話、彼女を余り戦わせる事はしたくないのだが……今回は非常事態と言うこともあり、彼女の許可もある。
それに、フェリのサポートを受けて迅速に汚染獣を倒したほうが彼女の危険も少ない。

「ですから、別の呼び方を要求します」

「う……」

その分の報酬も、ちゃんと要求された事だし。

「えっと……フェリちゃん?」

「小さい頃から言われ慣れてます。創造性の欠片もありません。却下」

「フェリっち」

「馬鹿にされている気がします。却下」

「フェリちょん」

「意味あるんですか?却下」

「フェリやん」

「私は面白話なんてしません。却下」

「フェリりん」

「私に笑顔を振りまけと?却下」

「フェッフェン」

「奇怪な笑い声みたいです。却下」

「フェルナンデス」

「誰ですか?却下」

「フェリたん」

「死にますか?」

「……………」

ダメ出しをこれでもかと言うほどされ、どうすればいいのかレイフォンにはわからなかった。
と言うか、『フェリたん』と言ったときのフェリの顔が怖い。相変わらずの無表情というのに、何故か悪寒がした。
そもそも呼び方、愛称と言うのは名前を縮めたり、少し変形させたりしてつけるのだけど……『フェリ』と言う名前では少しばかり難易度が高いし、短すぎる。
無理に縮めたら『フェ』になり、何がなんだかわからなくなった。

「……すいません、降参です」

「試合放棄は許しません」

ならばどうしろと、どうしようかと思う。

「ほらほら、どうしますか?」

「……フェリ」

半ばやけに言ってみる。
と言うか、短縮も変形もせず、愛称というよりも素の名前だ。
だけどフェリ曰く、『創造性の欠片もない』レイフォンには、これが精一杯の言葉。

「……ふむ……」

(あれ?)

フェリの表情が変わる。無表情だったのが、どこかはっきりとしない表情になった。
わかりにくいのに、わかりやすい表情の変化。

「創意工夫の欠片もなく、捻りもなく、先輩に対する敬意もなく、私に対する親愛の情もない」

(これもだめか……)

ないない尽くしで、ついでに容赦もない言葉。
その言葉に、レイフォンはならばどうするかと次の言葉を考えようとしていたが、

「仕方ありません。これでいいです」

「え?」

この言葉には、レイフォンは驚いた。

「ただし、もっと親愛の情を込める事……もう一度言ってみてください」

どうやら、気に入ってくれたようだ。
そして、今度の要求は簡単だった。
何故ならレイフォンは……

「……フェリ」

「……結構です」

これ以上ないくらいに、親愛の情が含まれた言葉がフェリにかけられる。
彼女の表情が少しだけ緩み、またも笑ったように感じた。
実際に微笑んでいる。レイフォンを優しい顔で見ている。
その表情が、何処までもレイフォンを癒す。

「では、約束です。帰ってきたらちゃんと、その名前で呼んでください」

「……約束します」

彼女の笑みに答えるように、レイフォンは愛しい人と約束を交わした。
絶対に戻ってきて、もう一度彼女の名を呼ぶと、そう決意して彼は戦場へと赴く。





















あとがき
アレ?もうちょいレイフォンが病んでて、ぶっ飛んだ感じになる予定でしたが……どうもうまくいきません。
すでにぶっ飛んでますかね?

それはさておき、次回はついにレイフォン無双!
そしてオリキャラ、オリバーの活躍は……
武装はどうしましょう?
紅玉錬金鋼の銃で化錬剄(電気)でレールガンとかw
しかし、俺はまだ小説8巻までしか読んでないんですが、化錬剄で電気とか出せますかね?
シャンテが確か炎出してたんで、いけるかな、なんて思っていますが……

それでは、今回はこれで~



[15685] 5話 エピローグ 汚染された大地 (原作1巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2010/05/01 20:50
「はは、今すぐにも逃げたいです、エリプトン先輩」

「そうか、俺もだ。だが、まぁ、女の子を護るためには退けんのよ。明日はデートだしな」

迫りくる汚染獣の群れ。この光景こそまさに津波。
前にレイフォンとフェリを襲った羊の津波とは比べ物にならない、この世界に海というものがまだ存在していた時代、古い書物に記述されていた津波を思い出させる。
何百、何千か、それとも何万とも思わせるほどの大群。
実際には何万はありえないのだろうけど、一向に数が減らず、人が人形のように見える巨体からすればそれ以上に見えてしまう。
その巨体に比べてあまりにも小さな頭部。複眼を赤く光らせたその下で、小さな口が開かれていた。顎が伸びて、四つに分かれた牙のようなものが蠢いている。
その様は、もはや汚染『獣』と言うよりも『虫』。甲虫の様な姿をしていた。

空を飛び、ツェルニへと攻め入ってくる汚染獣の群れ。
シャーニッドやオリバーなど、狙撃部隊が剄羅砲に剄を込めて汚染獣に向けて狙いをつける。錬金鋼なんかの狙撃では、あの巨体には豆鉄砲の様なものだ。
故に、対汚染獣用の巨大な大砲で狙いを定める。
その巨大な砲弾により、汚染獣が次々と落とされていく。
だけど数は減らない。地に落ちた汚染獣は地を這い、ツェルニへと攻めてくる。
そもそもこの幼生と呼ばれる汚染獣は、生まれたばかりで飛ぶことはあまり得意ではないのだ。
甲殻の中に翅を収め、地を這ってくる。
その大群を、地上にいた武芸者達が迎え撃つ。
だけど彼らは、汚染獣の中では比較的軟らかい部類に入る幼生体の甲殻すら打ち破ることはできなかった。

「剄羅砲も駄目!接近して、小隊員クラスの武芸者が直接ぶっ叩いても駄目!!これでどうしろというんですか!?ああ、死にたくねぇ!まだ女ってもんを知らないのに、死んでたまるか!!」

倒すことはできた。だけどそれは物凄く少数だ。
間違いなく数は減っているのだろうが、減ったようにはまるで見えない。
それどころか、増えているのではないかと思ってしまう。
3人1組で1人が囮になり、その隙を突いて甲殻に何度も攻撃を入れたり、全身を覆う固い殻の隙間をついて、軟らかい内部に攻撃を叩き込んだりして倒す者達もいる。
なるほど、安全で確実で、とてもよい手段だ。
だけど明らかに人手が、戦える人物が少ない。
3人1組で時間をかけて1匹の汚染獣を倒すために、なかなか数が減らない。
実際は周りには少なくない汚染獣の死骸が転がっているのだが、減っているとは思えないほどに汚染獣が多い。
これではそのうち、その数に押されてしまうことなど目に見えていた。

「はは、このピンチを救ったら俺達ヒーローだぜ!何なら、これが終わったら女の子を何人か紹介してやるよ。もっとも……生き残れたらの話だがな」

「マジですか!?」

剄羅砲に剄を込めながら、軽薄な笑みを浮かべたシャーニッドが言う。
その言葉にやる気を出し、オリバーは銃身を上空の汚染獣へと向けた。

「お、やる気が出たねぇ。ちなみにどんな子が好みだ?できる限り期待に答えてやるぜ!」

シャーニッドが砲弾を撃ち出しながら尋ねる。
その言葉に、オリバーは活き活きしながら答えた。

「もち、小さい女の子!年齢は6~12歳くらい!!あ、ここ学園都市か。なら15歳位からしかいないし……できるだけ未発達で、かわいい子をお願いします!!」

「……………」

その答えを聞き、白けた視線をオリバーに向けるシャーニッド。
案外、汚染獣と一緒に駆除してしまったほうが世の為ではないのかと思ってしまうのだった。

「って、隊長!!」

再び意識を戦いの最中に戻し、シャーニッドは剄で強化した視力で見た光景に叫ぶ。
射撃部隊として後方に待機していた彼は、前方で汚染獣を正面から迎え撃つ人物、陸戦部隊のニーナに向けて通信機越しに、腹の底から大声を上げて叫んだ。



































ニーナは突進してきた1体の角を掻い潜り、鉄鞭で頭部を潰す。
頭部を潰されたというのに、汚染獣の突進は止まらない。
それに轢かれないように、ニーナは転がって退避した。だが、その退避した先に別の1体、1匹が待ち構えている。
その突進を半ば反射神経で、ニーナは衝剄を放ち、その反動で汚染獣との距離を稼ぐ。
すぐさま立ち上がって鉄鞭を構え直し、頭部へと強烈な一撃を打ち下ろした。甲殻に覆われた部分では、比較的に頭部のほうがもろく潰しやすい。
だが、狙いがそれて汚染獣の左前足を攻撃、粉砕してしまう。
前足を失った汚染獣は、バランスを崩して突進が左へとずれた。
左足を粉砕するように攻撃したニーナは、そのそれた突進の先へといる。

その連続の危機。その突進を無事に回避した故に、ニーナの気が緩む。

「って、隊長!!」

通信機越しに叫んだのはシャーニッドだったか?
だけどそれはどうでもよく、確かめる間も無くニーナを汚染獣が襲う。
背後からの攻撃。角からの突進がニーナの肩を裂き、衝撃で浮いた体が回転する。
視界も回転したままニーナは地面に叩きつけられる。傷ついた肩から落ちて、傷口が地面にこすり付けられる激痛に耐えながらニーナは起き上がった。

(まずい……)

傷ついたのは左肩だ。
肉がごっそりとえぐられ、肩に力が入らない。
溢れ出すように流れた血液が服を染め、感覚が麻痺していく。

(まずいまずいまずい……)

傷の所為で満足に剄が煉れず、今までの疲労が一気に襲ってくる。
体が満足に動かず、そんな彼女を待ってくれるわけがなく汚染獣が突進して来た。
何十、何百という数の汚染獣がニーナの視界を多い尽くす。

(もう駄目なのか?生きる術はどこにもないのか?)

動けと体に命じる。だけどそれは立っていることすら困難な状態で、体が命令を受け付けない。
ただ突っ立ち、鉄鞭を持っていることすらできない。それすら維持できずに、今すぐにも倒れて気を失ってしまいそうなほどだ。

(このまま死ぬのか?汚染獣に喰われて、何も護れずに……)

瞳から涙が流れてくる。悔しい、何もできない自分が。
ツェルニを護ると誓ったのに、何も出来ずにここで果てようとする自分の有様が。

剄羅砲ではない、通常の射撃錬金鋼から剄弾がニーナに迫ってくる汚染獣達に乱射される。
それを撃っているのはシャーニッドだ。だけど、数匹の頭を撃ち抜くのはともかく、すべての汚染獣を倒すのは不可能だった。
それは、隣で同じように乱射しているオリバーも同じだ。
むしろ、小隊員でもない彼の剄弾では汚染獣の頭部すら撃ち抜けない。

(何が隊長だ。もっと強くなければ……もっと、もっと……)

悔しさで視界がかすむ。
自分はこの都市を、ツェルニを護りたい。だと言うのに体が動いてくれない。
ここで朽ち果てようとする現実が、どうしようもなく悔しい。
だが、いくら悔やめど血と共に流れていった活剄は戻っては来てくれない。
その出血と共に、ニーナの思考能力も低下していく。

だからだろう。次に起こった出来事を、ニーナはすぐには理解できなかった。

汚染獣が、自分達が今まであれほど苦戦していた相手が、動きを止めた。
何が起きたかなどわかるはずがない。ただ、なんとなく、絶対零度の凍気が舞い降り、全てを凍結させたのかと思った。この世界そのものを。
冷気と間違うほどの闘気、殺気。

そのすぐ後だ。汚染獣がズレた。斜めに体が落ちていく。
丸みを帯びた巨体が上と下に斜めに落ちていき、上半分が地面に落ちた。次々と、次々と。
甲殻に隠されていた内部がさらされ、臓物と体液が噴出してくる。むっとした濃い緑の臭いが辺りに広がった。

一瞬、それこそ瞬きしたかのような間。
たったそれだけで、ニーナの周りにいた汚染獣が同じ光景をさらす。汚染獣達の群れの一角が、この一瞬で空白地帯へと化してしまった。
それを、ニーナは最前列の特等席で見せつけられる。

「なにが……起こった?」

なにが起きたのわからない。
自分達が死に物狂いで戦っても破れなかった甲殻を、この光景は嘲笑うかのように切り裂いていった。
信じられない。これは夢なのかと疑ってしまう。
だが、肩を襲う激痛が堅実だと彼女に教える。
ならば、どうやってこの光景は起きた?
誰によって起こされた?

その答えだと言うように、上空から都市外戦闘用の装備をまとい、剣身のない剣を持った少年が降りてくる。
ヘルメットはまだつけていないため、顔は確認できる。その人物を、ニーナは知っていた。

「レイ、フォン……?」

その人物は自分の部下で、武芸者としてはあるまじき行動をした人物。
自分が卑怯だと言い捨て、軽蔑した男だ。
だが、本当に彼なのかと疑ってしまう。

(……こいつはなんだ?)

このありえない光景を作り出した人物が、一体『誰』で『何』なのかを……

「ニーナ先輩」

「なん……だ、これは……?」

「鋼糸です」

ニーナの疑問に、レイフォンは答える。
レイフォンが持つ、剣身のない剣にはちゃんと剣身があった。
ただ、見えていないだけなのだ。

「剣身を分裂させて復元します。幼生の汚染獣程度なら瞬時に倒せますし、移動の補助に使ったりすることもできます」

実際は剣身となる部分が幾多にも、細く、長く分裂して振るわれる鋼糸。
これが、汚染獣達を切り裂いた物の正体だ。
だが思う、そんなこと、本当にできるのかと。
だけどレイフォンは、本当に実行した。
ニーナが、このツェルニの学生が束になってもできなかったことを、レイフォンは1人で成した。

「ただ、錬金鋼の微調整ができないので、コントロールが甘いのが難点ですが……」

圧倒的な強さによって。

「そんなわけで、絶対に防護柵の向こう側に退避させてください。間違って切り殺してしまうかもしれませんから」

そう言って、レイフォンは再び跳び上がってどこかへと行く。

「待て!」

ニーナが呼び止めるが、返事は返ってこなかった。
そんな彼が向った先は、この都市を全て見下ろせる、一番高い塔の天辺であった。
























遡る事少し前。

「準備はできましたか?」

「ああ、レイフォン君。都市外装備と錬金鋼の用意はできているよ。それから、念威操者なんだが……」

「それはいいです。フェリ先輩が手を貸してくれる事になりました」

「あの子がかい!?」

会議室前にて、レイフォンとカリアンが会話を交わす。
設定の終わった錬金鋼と都市外装備を受け取りながら、レイフォンは準備を始める。

「ええ、あくまで今回だけです」

「そうか……」

とりあえずは今の現状を何とかする事を優先し、レイフォンが都市外装備のヘルメット以外を着用したのを見計らい、彼らは会議室へと向う。
この汚染獣の襲撃対策を練るため、生徒会の幹部達の集まった場所へと。



「作業は単純です。汚染獣は全て僕が倒します。まず、念威操者のサポートを得て、ほとんどの幼生を一気に切断します。ただ、コントロールがあまり利かないので、生徒まで切り裂いたりしないよう、確実に生徒を退避させて頂きたいんです」

幹部達に説明をしたレイフォンの策は、もはや策とは呼べない単純な手段。
その手段を聞き、幹部達にはざわざわと同様が走る。

「……どういうことだ?」

「彼は幾度も汚染獣を退治した経験があります。素人の我々は彼に従いましょう」

幹部達を宥めるために、カリアンが説明を入れた。

「冗談じゃない!生きるか死ぬかがかかっているんだ。こんな1年坊主に任せられるものか」

だが、だからといってそう簡単には納得できるものではない。
文字通り、本当に命がかかっているのだ。
今現在、ツェルニの武芸者が束になってもどうにもならないと言うのに、いくら経験があるとはいえ彼1人でどうにかなるなんて到底思えない。

「退避させて駄目だったらどうするんだ!」

「何もできず死ねと!?」

当然の様に反論があがる。
だが、

「では代案があると言うのか!」

カリアンがそれを治める。

「このままではいずれ死ぬ。時間がないのだ」

確かに、どの道このままでは死しか手段はない。
先ほどレイフォンに言ったことだって、本当はブラフなのだ。
だからこそ、今では少しでも高い可能性に賭けるしかない。

「最終決定権は私にある。責任は全て私に……」

もう、カリアンに逆らおうとする者はいない。

































そして、時間は現在へと戻る。

『全、武芸科の生徒諸君に告ぐ。これより、汚染獣駆逐の最終作戦に入ります』

念威端子により、カリアンの声がツェルニ中へと響き渡る。

『繰り返します。これより、汚染獣駆逐の最終作戦に入ります。全、武芸科生徒諸君、私の合図と共に、防衛作の後方に退避』

カリアンの言葉に、怪我した武芸者を無事な武芸者が支えながら下がって行く。
中には医療科の者により、担架に乗せられている者もいた。
ニーナもしつこく乗せられようとしたが、それを断ってこの光景を見ている。
この場の責任者である彼女が、そう簡単には下がれないと言うプライド故だろう。
それに、全員が無事に退却するのを見届けなければならない。
レイフォンがこれから、何をする気なのかも。

『カウントを始めます』

作戦が開始された。



「……全部で、982匹も」

フェリが念威によって探った汚染獣の数。
念威操者のフェリは、脳裏に汚染獣達の生体反応としてレーダーの様に、赤い光点として浮かんでいる。
その余りの数に、苦々しい表情でつぶやいた。

「少ない方だよ。グレンダンにいた時には、万を超える幼生に囲まれたことがある」

対して、レイフォンは落ち着いている。
この程度、何の脅威にもならないと言うように。
そして、そう思えるほどにフェリの念威が強力だという事。
都市中の光景が、全ての汚染獣の姿がレイフォンには手に取るように見えた。
グレンダンでも、これほどの念威補助はなかなか受けられない。グレンダンでも、念威の才能だけならば天剣に匹敵、凌駕するほどに。それほどまでにフェリの力は素晴らしい。
カリアンが無理矢理武芸科にフェリを入れた気持ちが、少しだけ理解できた。

(でも……フェリ先輩は戦いたくないんだ……)

今回は仕方がないとは言え、本来ならそんな彼女を戦場へは送りたくないレイフォン。
一瞬だけ瞳を閉じ、決意する。
目を開けた時には、己の意思をはっきりと思い浮かべた。

(何が何でも、僕はフェリ先輩を護る!)

そんな彼の目は、何処までもまっすぐと前を見ているのだった。



この都市で一番高い塔、その天辺には学園都市であることをを示すツェルニの旗が立っており、その柱の横にはレイフォンが立っている。
暗闇の現在では、その姿は人影程度にしか判断できない。
だからフェリは、レイフォンとの連絡用のために彼の周りを飛んでいた念威端子から、その姿を自分に送る。
今のレイフォンの表情は、彼女の知るいつものレイフォンとは違っていた。
フェリの知るレイフォンは、いつも戸惑っていてどこか頼りない感じがする。落ち着きなく視線を動かし、自分のいる場所に違和感を隠す事もなく垂れ流しているのが普段のレイフォンだ。
それは、フェリが無表情の中に押し込んだものと同じだ。ここではないどこかを探している、何も定まっていない人間の姿だ。
それなのに、今のレイフォンはどうだ?
まるで何かを決意し、確信したかのように真っ直ぐと前を向いている。
念威操者以外の道を探し、未だにそれが見つからない彼女にとってはそんなレイフォンが羨ましかった。

(いいな……)

なんとなく、思う。

「フェリせんぱ……フェリ。見つかりましたか?」

「……まだです。それから、次は言い間違えないように」

レイフォンの言葉に我に返り、なんとなく頬が熱くなる。
先輩とつけようとしたレイフォンを咎める事で誤魔化し、フェリは仕事に戻る。
レイフォンの顔を見て、自分は何を考えていたのか?
羞恥心をかなぐり捨てるように破棄し、フェリは再び汚染獣の捜索を続けるのだった。
































『8』

カリアンのカウントが、8となった時。
後8秒で、作戦が開始される時だ。

「生徒会長!大変です!カウントを止めてください」

白衣を着た学生が大慌てで、扉を破るようにして会議室に飛び込んで来た。
おそらく、技術科の生徒だろうか?
そんな彼の手には、資料の束が握られている。

「君、後にしたまえ」

「資料が見つかったんです。汚染獣はあれだけではないのです」

現在立て込んでいるので、後にしろと言うように咎めてくる役員。
だが、彼からすればそんなことはどうでもいい緊急事態のため、抑止を振り切って報告を続けた。

「外縁部で戦闘中の汚染獣達は、幼生と呼ばれています。あの幼生達を生んだ巨大な母体が近くにいるはずだと、調べていたらそういった資料が……」

その言葉に、会議室の空気が凍る。
つまり、あの幼生と呼ばれる汚染獣だけでも厄介なのに、その親となるさらに巨大な汚染獣がこの近くにいるというのだ。

「……しかし……今のところ何も仕掛けてきてないじゃないか。小隊からは報告が上がっていない」

だから、何も問題はないだろうと言う幹部の1人だが、その考えは否定される。

「いいえ、母体は休眠しているので今は危険はありません。しかし、あの幼生達を全部殺すと、母体が救援を呼ぶのです……!」

むしろ厄介なのは、母体なんかではなく救援に駆けつける汚染獣。
その言葉を聞き、会議室にいた者達全ての野表情が真っ青になる。

『……………7』

カリアンも例外なく表情を青く変化させたが、それでもカウントはやめない。

「救援に来るのは幼生とは限りません」

「……つまり、レイフォン君が幼生を倒したら、もっと恐ろしい汚染獣がツェルニに来ると……」

最悪の未来が予想され、会議室は静寂に包まれた。

『6』

「会長……!」

その静寂を打ち破るかのように、カリアンはカウントをやめない。































『3……2』

「見つけました」

カリアンのカウントが2にいたった時、フェリの念威越しの通信がレイフォンに届く。

「1305の方向。距離、30キルメル。地下、12メル。進入路を捜査します」

その言葉が終わり、カウントが0となる。
それが合図だ。その合図と共に、汚染獣の生体反応が次々と消滅していく。
鋼糸の刃が次々と汚染獣を切り裂いていった。

「何が……!?」

「汚染獣が全部……!」

武芸者達には、この光景が現実とは思えない。
実際に戦ったからこそわかる。相手の厄介さに。
あの甲殻の硬さと、数の多さ……
だと言うのに目の前の光景は、先ほどの自分達の戦闘を一蹴するかのような光景。
これが夢でないのなら、性質が悪すぎる。

「レイフォン……!」

ニーナ自身も、この光景には目を疑っていた。
先ほど実際に見たとは言え、やはり信じがたい現実だ。

「エリプトン先輩……これは夢ですか?俺、疲れてんですか?」

「はは、そーだな。どーやら俺も、かなり疲れているらしい……幻影が見えるぜ……」

オリバーとシャーニッドも、この光景には唖然とするしかなかった。
































『第三小隊です!突然……汚染獣が……』

『第十二小隊から報告です。このあたりの汚染獣は全滅したもようです!』

『第七小隊です。汚染獣が次々と勝手に落ちていきます』

「おお……」

「あの1年生、何者だ……」

会議室には小隊からの報告が届き、歓喜が湧き上がる。
今まで手も足も出なかった汚染獣が、次々と殲滅されていくのだ。

「ヴォルフシュテイン………」

それは役員の誰かが言った問いに答えるためか、またはレイフォンの活躍に改めて感服しているのか、カリアンがそうつぶやく。
この間も、汚染獣は次々と数を減らしていた。

「生徒会長!」

そんなカリアンに、技術化の生徒が再び叫ぶように言う。

「早く……彼を止めてください……!幼生を殺したら、母体が近くの汚染獣を呼び寄せてしまう!」

悲痛な叫びだ。
先ほども悲痛だったが、まさかこんなにも早く汚染獣を倒していくとは思わなかった。

『第十七小隊です。北西地区の探知可能な全ての汚染獣の生体反応が消えました』

「カリアン様……」

ニーナからも報告が入り、より現実的な危機に歓喜がやみ、役員や幹部達が不安そうにカリアンをみつめる。
だが、彼にはどうする事もできない。

「だからといって、幼生をあのままにはしておけない。情けないが、彼に頼るしかない。これが我等がツェルニの実態だよ」

打つ手はない。何もする事ができない。
レイフォンが何とかできなければ、ツェルニは滅ぶ。

「……フェリ、レイフォン君に……」

藁にも縋るように、カリアンはフェリに通信をつないでくれと頼むが、

『大丈夫です』

念威端子越しに、フェリにそう言われた。

『母体は既に見つけました。母体が目覚めて救援を呼ぶまでに、30分はかかります』

今度はレイフォンの声が念威端子越しに聞こえる。
彼は元々知っていたのだ。汚染獣との遭遇が異常なほどに多いグレンダンだからこそ、この程度の知識は当然ある。

『その前に倒します』

『只今、進入路を調査中です』

「なんと……!」

「……フェリ……」

この言葉に、再び会議室が歓喜に沸く。
だから心配はないと言うように。
そもそもレイフォンは、確かに念威のサポートがないと厄介だが、この程度をたいした危機には感じていなかった。

223……198……157……102……66……

「なんて力……」

当初は982匹もいた汚染獣が、ついに2桁までに減らされていた。
しかもこの短時間で……まさに圧倒的。
この世のものとは思えないほどにレイフォンの力は凄まじかった。
だが、汚染獣が0になる前に、光点が全てなくなる前に母体を見つけなければならない。
どこだ?

56,55,54.

ツェルニの地底にもぐらせた念威端子にフェリは意識を集中させる。
残り50を切った辺りだろうか?
歪な地下の空洞、ねじけた通路の奥深くで、ついにフェリは見つけた。
幼生によって腹部を食い破られてはいるものの、未だに息のある母体の姿を。

『進入路を見つけました。誘導します』

「ありがとう」

レイフォンはヘルメットを被り、塔の上から姿が消えた。
いや、実際には飛ぶ。飛んでいるように見えた。
外縁部の端にかけた鋼糸の1本を引っ張っているのだろう。それに加え、活剄で強化した脚力も合わせてまさに飛びながら、レイフォンは外縁部へと向った。
その間も絶え間なく鋼糸を操り、2桁になった汚染獣は1桁になり、そして0となった。

レイフォンは言った。

『僕が何もしなかったから誰かが死ぬなんて嫌ですよ』

それが彼の動く理由なのだろう。
だけど、だからと言ってどうしてこんな危険な事に身を置けるのか?
都市外装備をしているとはいえ、汚染物質の舞う外に出るのは危険な行為だ。
汚染物質遮断スーツが少し破れただけで致命傷になりかねない。
そんな危険な事にどうして……フェリにはわからない。
才能があるからか?
それができるだけの才能……

「望んだわけでもないのに」

レイフォンには聞こえないよう、ポツリとつぶやく。
人のため、それが自分のためになる。フェリにはそれが理解できない。
だけど……

『それがフェリ先輩なら、なおさらです』

こう言ったレイフォンの言葉は、本当に嬉しかったなと少し頬を染める。
無表情なまま、だけど頬は赤くなる。

「死なないでくださいね」

通信は介さず、フェリは外縁部からエアフィルターを突き抜けていくレイフォンの姿を念威端子で見ながら、そうつぶやいた。




























エアフィルターを抜ける瞬間は、何時だって汚染物質によって粘り付くような感覚がする。
都市外装備をしている故に問題はないが、やはりいい気はしない。
視界もフェリの念威の補助により良好。
暗闇で汚染物質の舞う大地でも、昼間の様に良く見える。

レイフォンはそのまま、目的地である母体を目指す。
駆けるように落ちて行き、鋼糸でブレーキをかけたり、補助したりして降りて行く。
そうやって慎重に、だけど30分と言う制限時間もあるので少し急ぎながらレイフォンは降りていく。
そして、

「そこを曲がれば、すぐです」

フェリの指示に従って横穴に入ったレイフォンは、ついに見つける。
鋼糸を解き、錬金鋼を待機状態に戻す。
そこには、巨大な汚染獣の母体がいた。

体の三分の二を構成する腹は裂け、円錐のような胴体には殻に守られていない翅が生えている。
そして、幼生に比べてはるかに大きな頭部と複眼。
これが母体の姿だ。

「レストレーション01」

その母体を前にし、レイフォンは再び錬金鋼を復元する。
青色錬金鋼の剣だ。

「生きたいという気持ちは同じかもしれない」

剣を構え、レイフォンが歩み寄る。

「死にたくないと言う気持ちは同じかもしれない」

剄を込め、剣身が光り輝く。その光が、この空間を照らしていた。

「それだけで満足できない人間は、贅沢なのかもしれない」

汚染された大地に適応し、生きる汚染獣達。
本来ならこの世界の王者は、彼等なのだろう。
その昔、人間が頂点に立ち、世界そのものの主として振る舞っていたかのように。

汚染獣がレイフォンの存在に気づいてか、彼の接近に対し、仲間を呼ぼうとする。
だが、それよりも早く、

「でも、生きたいんだ」

そうつぶやいて、レイフォンは剣を振り上げる。
見つけたのだ、やっと……自分がどうしたいのかと言う思いを。単純な事だが、とても大事な事。
決めたのだ、何が何でも、絶対に彼女を護ると。

「詫びるつもりはない」

そして剣を振り下ろす。



































「最終作戦……完了」

会議室には、これ以上ないほどの歓喜が響き渡る。

『武芸科生徒の諸君、ご苦労様でした。ツェルニ付近の全ての汚染獣排除が確認されました』

その歓喜は、都市中ヘと広がって行く。

「やったぜ!俺たちは生き残れた」

「汚染獣を撃退したんだ!!」

生き残れた事が嬉しく、皆が大騒ぎし喜んでいる。
嬉しい、今、生きている事が。

「だけど……」

だが、疑問は残った。

「一体誰が?」

誰がこの状況を作り出したのか。























「はぁ……はぁ……」

フェリは走っていた。
汚染獣が倒されるところを確認した後、フェリは外縁部へと一目散に向う。
だが、念威操者であるフェリは、身体能力がそんなに高くはない。
故に息を切らせながら走る。
そして、外縁部までまだ半分はあるだろうと言う距離で、

「ただいま戻りました」

上空からかけられた声に、フェリは足を止めた。
そして、彼女の前に降り立った声の主は、ヘルメットを取って笑顔で、

「フェリ」

彼女の名前を呼ぶ。
そんな彼に答えるように、フェリも小さな笑みを浮かべて彼の名を呼んだ。

「お疲れ様です、レイフォン」

そして、ゆっくりとレイフォンに近づいていき、飛び込むようにしてレイフォンの腰の辺りに抱きつく。
それをレイフォンは受け止め、苦笑を浮かべていた。
そんな彼等を照らす朝日、長い夜の終わりを告げる光が、何処までも眩しく感じられるのだった。
































あとがき
祝!1巻分完結!!
いや~、これはレイフォン×フェリの作品なんで、見事にニーナ関連のフラグはブチ折っておりますw
いや、都市外装備着てますし、ニーナの胸で気絶なんてイベントは起きないわけでw
と言うか、ここのレイフォンも基本は鈍感なんですが、フェリに関しては別って感じなのでこんな風に。
それにしても長かった……
やっと1巻分が終わって一安心。
さて、次回からの2巻分はどうしましょうか?

それにしてもオリバーのレールガンの案は、実行する事事態はできても能力や殺傷云々の問題ですか……
対汚染獣の秘密兵器とかなら有りかもしれませんが、確かにあれは殺傷力高そうですよね。
レールガンといえばブラックキャットを思い浮かべる俺ですが、実際のシロモノは反動が凄いとか。
友人に相談したら、オリバー反動で死ぬなんて言われましたw
と言うか、実物ってかなり大きいんですね……
アレを小型化しても、反動とかで錬金鋼ぶっ壊れて、オリバーは大怪我しそう……
ハイアみたいに紅玉錬金鋼になんか頑丈な錬金鋼を合成させればいけるかな、なんて思いつつ……と言うか、これはもはや複合錬金鋼では?
しかし、やはり問題は反動……
と言うか、レールガン撃てるほどの電力をオリバーが出せるのかも謎ですよね。
化錬剄は難しいらしいので……

前途多難なロリコン野郎ですが、応援の程よろしくお願いします。
しかし、前回オリバーの武装応募したんですが、誰も書いてくれなかった(泣
何か良い意見、面白い案があったら書き込んでくださると嬉しいです。

そして、次回の2巻編からもどうかよろしくお願いします。



[15685] 6話 手紙 (原作2巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/02/07 15:20
こうして手紙を書くのは何度目だろうか?
僕は元気です。そっちはどうですか?
ツェルニが汚染獣に襲われて、僕は再び剣を取りました。最初はどうしようかと迷ったり、これでいいのかと思いもしたけど……護りたい、大切な人ができたから剣を取りました。
でね、リーリン。君は僕に送った手紙に嘘をつくなと言ったよね?
僕がすぐに他人の人と仲良くなれるわけがないとか、普通の人と一緒に、普通の学園生活なんてできないって。
……………酷いね。これでも一応、嘘はついていないんだよ。入学式の日に会ったメイシェンやナルキ、ミィフィは本当に良くしてくれているよ。その他にも隊長や先輩達もいい人だから。
まあ、本当のことを言わなかったりはしたけど。
実は、小隊というものに入れられてしまいました。僕の過去を生徒会長が知っていて、無理矢理ね。
しかもその生徒会長、陰険眼鏡は自分の妹が嫌がるのを無視して武芸科に入れたらしいんだ。酷いよね?
ツェルニには鉱山が残りひとつしかなくて、それを護りたいって気持ちは理解できるけど、それとこれとは別な気がするんだ。

で、その入れられた小隊なんだけどさ、隊長が凄く真っ直ぐでみんなをガンガン引っ張って行く人で、このツェルニを護りたいって真剣に思っているんだ。
前に言ったよね?ツェルニの電子精霊に出会ったって。隊長のニーナ先輩は、その電子精霊に凄くなつかれているんだよ。本当に凄いなって思った。
そんな隊長率いる小隊は……まあ、訓練を良くサボる人が2人ばかりいるんだけど、なんだかんだでうまくいっていると思います……たぶん。

それから君は、よく僕のことを鈍感だって言っていたよね?それはたぶん、違うと思うよ。
みつけたんだ、僕が何をしたいのかと言う思いと、大切な人を。
その人を護りたいと思ったから、僕は剣を取りました。何が何でも護ると決めたから。
天剣はないけど、一度失敗しちゃったけど、もう一度武芸を始めてみようと思います。その人を護るために。
今度は後悔しないように、間違えないようにこの道を行こうと。僕は、ツェルニに来て本当に良かったと思います。

いつか君にも、こう思える人ができますように。君のこれからに最大の幸運を。

親愛なるリーリン・マーフェスへ。

レイフォン・アルセイフより





「…………………………」

「リーリン……?」

その手紙を読み、リーリンは表情を変えた。
だが、その顔は手紙はリーリンの正面で持たれているためにリーリンの友人、シノーラ・アレイスラには見えない。
手紙を読んで何かあったのだろうと思うが……今はチャンスなので、とりあえずリーリンの胸を揉もうとした。
したのだが……

「………リーリン?」

リーリンが持っていた手紙に余りに力が入りすぎ、真っ二つに裂けてしまう。
そして、さらされるリーリンの表情。その表情を見て、シノーラは冷や汗を垂れ流していた。
リーリンは笑っていた。
威圧感のある笑みで、額には青筋を浮かべていて、静かなる怒りを抱いているような気がした。と言うか、実際にそうなのだろう。
こうなってしまった理由はもちろん……

「レイフォンの馬鹿あああああ!!」

鈍感な幼馴染の所為である。
そして、リーリンの返信した手紙はと言うと……





はい、元気にしている?
こちらも忙しく学校生活しているけど、君に比べたら全然平凡だよ。
この前手紙を送ってから、何通かまとめてこちらにやってきました。この手紙がレイフォンにいつ届くのかわからないけど、できるだけ早く届けばいいな。
レイフォンが武芸を捨てなくて、私は嬉しいよ。色々悩んで、それで解決したんだね。
本当に色々と……

友達ができました。面白い人だけど、一緒にいるとすごく疲れるのが玉に瑕かな。
園の方は相変わらず賑やかです。父さんですが、道場を開く事になりました。今まで見たいな、園の子供達を相手にするだけじゃない、ちゃんとした道場です。
グレンダンで道場経営は大変だけど、近所の人達が通ってきてくれているのでとりあえず収入にはなっています。あと、政府からの支援金の申請もしていますので、こちらの心配はあまりないかもしれません。
レイフォンがお金を稼いでくれていた時ではないにしても、何とかやっていけると思います。
そっちはどうですか?病気とかはしていませんか?食事もちゃんとしている?レイフォンは余り栄養の事とか考えないので、偏ってないか心配です。

それはそうと、レイフォンには友達がちゃんとできているみたいで良かったね。そっちは安心しました。
その上で言わせてもらいます……この鈍感。
そもそも、どうして女の子ばっかりなのかな?それが気になります。
もしかして、レイフォンって凄いスケベだった?それは知らなかったよ。
そっちの意味では本当に不安です。そして、今でも思います。あの時、ツェルニに行くのをもっと強く反対していればと……

まぁ、これは冗談と言う事にしておいてあげる。今は、一応は、ね。
いつか絶対に問い詰めるから、その時はちゃんと答えること。じゃないと……

そうそう、これも一応。一応、言わせておいて。
レイフォンが武芸を捨てなかった事は嬉しいよ。でもそれは、グレンダンでいた頃のレイフォンでいて欲しいというわけではないからね。
武芸に打ち込むレイフォンの姿はかっこいいし、羨ましいと思ったけど、天剣授受者でいた頃のレイフォンは余り好きではないよ。
この区別、わかってくれるよね?

手紙が一度に来た事で、面白い話を聞けたよ。もしかしたらレイフォンをびっくりさせられるかもしれない。
なにかは教えない。
ちょっとしたびっくりになればいいんだけどね。
それじゃあ、また手紙を送ります。

病的なまでの鈍感王、親愛なるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフへ

リーリン・マーフェス





「で、できた……」

ほぼ徹夜で、何度も書き直しながらやっと出来た手紙。
大分抑えたのだが、今まで書いた不満や恨み言をばかりの手紙は、とても口汚くてレイフォンには送れない。
言い足りないし、不満は残るのだけど……リーリンはこの手紙ではどこか納得できないと思いながらも、レイフォンへと郵送した。



























『大逆転!いやさ十四小隊の作戦勝ちか!?前回の十六小隊との試合ではまさかの大逆転を演じた期待の新小隊が、今度はベテラン十四小隊に逆転負け!十四小隊、チームワークの差を見せ付けましたぁぁぁぁぁっ!!』

司会の甲高い声が、歓声で喧しいグランドに響く。
その声を、十七小隊隊長のニーナは呆然と聞いていた。

(負けた……?)

本気を出していないとは言え、それでも他の武芸者を軽く凌駕するレイフォンがいるのに負けた。
それだけではない。
練習は不真面目だが、自分の仕事はちゃんとこなすシャーニッド。
そして、ニーナ自身も3年生ではあるが、小隊の隊長を張れるほどに才のある人物なのだ。
フェリのやる気云々はともかく、攻撃だけならこの小隊はなかなかのものだろう。
今回の敗因は司会も言っているが、やはりチームワーク、連携……
出来たばかりの小隊ゆえに、こればかりは早々簡単に手に入るものではない。

いや、それだけではない……

「やれやれ……しんどかったな」

今まで、ニーナと激しく打ち合っていた十四小隊の隊長、シン・カイハーンが武器を下ろして言う。
この人物はニーナが以前、十四小隊に所属していた時にお世話になった人で、その彼の表情には作戦が成功した事への安堵と、してやったりと言うような笑みが浮かんでいた。
シンとの戦いに夢中になる余り、自分は隊員に対する指示を忘れていた。
隊長である自分が、周りを意識する事を怠っていたのだ。

「まぁ、そういうことだ」

シンに肩を叩かれ、ニーナは我に返る。

「あいつは確かに強い。強いが……それだけならなんとかなっちまうんだ」

それはレイフォンのことだ。レイフォンは強い、理不尽なまでに。
彼はツェルニにいる全武芸者を一蹴出来るほどに。
だけど試合では……シンの言うとおりだ。

「1対1の決闘じゃないからな、これは……」

「はい……」

ついさっきまでは相手として、敵として、鋭い視線で武技の限りを尽くしあっていたシンの顔は、今は先輩としての顔になっている。
レイフォンは強いだろう。だが、強すぎるのだ。
強すぎる故に並みの武芸者では並べず、連携が取れない。
彼と連携を取るには、十七小隊が強くなるには……自分が強くなるしかない。
弱い自分が、もっと強く……少なくともニーナは、こう思っていた。

「まっ、強くなるための課題なんていくらでもあるってことだ。じゃあな」

そんなニーナにフォローするようにか、シンはそのような言葉を投げかける。
だけどニーナが、これを理解しているのかは怪しい。

「あ、ありがとうございました!」

それでもニーナは、去っていくシンの背に向けて頭を下げる。
地面を見つめ、悔しさに唇を噛み締めながら……



































「あれ?」

故郷の両親、仲の良かった友人から送られてきた手紙に混じって、異なる1通の手紙があった。
メイシェンはそれを手に取り、宛名を見る。それはレイフォンへの手紙だった。その事実を知り、息を呑んだ。
誤配だとすぐに気づいたが、彼女が想いを寄せる人物への手紙がここに来るなんてどんな偶然だろうか?
そんな不思議な思いを抱き、話しかけるきっかけが出来たと喜ぶが、それはすぐに打ち消される。確認した、差出人の名前が原因だ。

『リーリン・マーフェス』

それが差出人の名。

(リーリン……女の子の名前だよね?)

気になってしまった。
気にしなければ良かったかもしれないのに、気になってしまった。

(どういう関係なんだろう?友達かな?……恋人だったりしたらどうしよう)

倫理観が指先を震えさせる。
勝手に人の手紙を見るなど、当然悪いことだ。

(でも……)

気になるのだ。とてもとても気になって仕方がないのだ。
もしもこのリーリンという人物が、レイフォンにとって大事な人物ならばどうすればいいのだろう?

その答えが手紙の中にあることを考えるだけで、恐ろしい。
だけどこのままだったら確実に、今日は眠れないだろう。

(だめ……でも……やっぱり……)

震える指先が、糊付けされた封に触れる。
破れないようにそっとはがし、中の手紙を……読んでしまった。

(ああ……)

後悔する。悪いことだと思った。
読んだ後に感じたのは自己嫌悪……そして、対抗心だった。

この手紙の内容からして、リーリンという人物はかなりレイフォンと仲が良いらしい。
罵っている所がある辺り、恋人とは行かないのだろうが……それでも、1番レイフォンに近い人物なのではないかと思った。

だけど、手紙のように現在のレイフォンの食事の管理を出来るのは自分だけなのだと思って気が楽になったり、メイシェンの知らない時間を一緒に過ごしただろうリーリンに嫉妬したりもした。
だが、罪悪感と自己嫌悪は残ったので、レイフォンのために弁当を作るのを決めると同時に、ちゃんと手紙を返そうと決意した。したのだが……






























「あれ?フェリ先輩……ひょっとして、おいしくなかったですか?」

「いえ……弁当『は』美味しいです」

なんでこうなってしまったのだろう?
レイフォンは良くメイシェン、ナルキ、ミィフィの3人と良くお昼を食べるが、そのほとんどが外食や買って来たパンという感じだ。
だからこそメイシェンが弁当を作ろうと決意したのだが……

「そうですか、よかった。一応本も読んで、栄養管理も勉強したんですよ」

そんなことを笑顔で言うレイフォン。
そしてメイシェン達の他に、この場所にはフェリがいた。
そのフェリはいつもの様に無表情だけど不満そうに、と言うか不機嫌そうにレイフォンの作ってきた弁当を食べている。

「レイとん……料理できたんだね」

「あ、うん。前までは機関掃除のバイトがあったから朝はギリギリまで寝ていたかったんだけど、安上がりにもなるし作ることにしたんだ」

真意はどうあれ、給金は良いが、きつい機関掃除のバイトをしているレイフォンは今まで朝はギリギリまで寝ていた。
だと言うのに、どういうわけか今日から弁当持参である。
その上、フェリまで交えてこの場にいる。ちなみに弁当は、レイフォンとフェリの分2つを用意していた。
さすがにこの展開は予想外と言うか、想定外だったメイシェンは涙目ものだ。

「あ、うん。メイシェンのお弁当も美味しいね」

「あ、うん……ありがとう……」

せっかく作った弁当だが、レイフォンが作って来たために余ってしまう。
そのために皆でつまめるように、地面に敷かれたシートの上にそれぞれの弁当が置かれているのだが……

(……美味しい)

レイフォンの弁当は美味しかった。それはもう、自分が用意なんてする必要がないほどに。
そして、本を見て勉強もしたと言っているが、そのとおりに栄養バランスの心配もない。
完璧に計算された弁当の内容。

「あ、その揚げ物は自信作なんだ。それから、デザートも作ってきたんだけど」

おかずやデザートのゼリーなど、どれを取ってもハイレベル。
是非ともお嫁さんに欲しいようなスキルを、レイフォンは無駄に惜しげもなく発揮していた。

そんな想定外のことがあった故に、勇気も出なかったことから、メイシェンは授業中にその手紙を渡すことは出来なかった……



































「いや、何してんの!?」

錬金鋼の設定途中に、昼のことをハーレイに話すと、そう突っ込まれてしまった。

「え?でも、弁当は持ってましたし」

「いや……そうじゃなくてね……」

ため息をつくハーレイの心理がわからずに、レイフォンはフェリに視線を向ける。

「弁当は美味しかったですよね?フェリ先輩」

「ええ……とっても」

フェリは同意するものの、やはりどことなく不機嫌そうだ。

「どうしたんでしょ?」

「知らないよ……はぁ、僕も彼女欲しいなぁ」

さらにハーレイはため息をつき、作業を続けていく。
放課後、ある程度の本気を出すことになったレイフォンに合わせての錬金鋼の調整だ。
なんせ、普通の錬金鋼にレイフォンが全力の剄を注ぎ込むと、あまりの剄の量に錬金鋼が耐え切れずに壊れてしまうのだ。
だが、だからと言って現状では何も出来ないので、少しはマシにしようと言う事でこの作業が行われている。
今にして思えば、昔、レイフォンが使っていた天剣は凄い錬金鋼だったのだと理解できる。

流石は天剣授受者、12人にのみ与えられるグレンダン秘蔵の錬金鋼だ。
今欲しがっても、自分には手に出来ない、手にする資格がないだけに少し残念ではある。
だけどまぁ、それはレイフォンが天剣になる前にもした苦労だし、並みの相手ならなくても十分だろうと思っていた。

「ところで、これ……なんです?」

レイフォンは復元した錬金鋼の剣に、ずっと剄を送り込んでいる。
その剣にはケーブルやコードなどがついており、ハーレイの手には計器が握られていた。

「ああ、ちょっと確かめたいことがあってさ」

「はぁ……」

良くわからないまま、レイフォンは剄を剣に送り込む。
その剣は、剄を注がれて淡い光を放っていた。

「剄の収束が凄いなぁ。これだと白金錬金鋼の方が良かったのかな?あっちの方が伝導率は上だし」

「そうですか?」

良くはわからないが、確かにそっちの方が今使っている青石錬金鋼より不満は感じない。

(そう言えば、あれも白金錬金鋼だったけ?)

その関係で同じ材質の天剣をまたも思い浮かべるが、あれと比べるのは間違っている。
あれは汚染獣と戦うためだけに作られたものなのだから。

「この間のあれが使えるのも、これだけの剄が出せるからだね」

鋼糸。
この間ツェルニに汚染獣が襲ってきた時、レイフォンが次々とそれを使って幼生体を撃退したのだ。
カリアンにその設定を頼んだが、生徒会長であるカリアンが錬金鋼の設定なんて出来るはずがなく、それは専門である人物、同じ小隊所属の技師と言う事でハーレイによって行われていた。
だからこそわかる。指示通りに設定したのだが……その錬金鋼の異常に。

「あれ、封印されたの残念だったね。あ、もういいよ」

そう言ってレイフォンに剄を流すのを辞めさせ、ハーレイは続ける。
いくらレイフォンの鋼糸が凄いとはいえ、そんな危険なものを対抗試合で使われては勝負にならないと、生徒会長と武芸長によって封印されることになった。

「まぁ、要は対抗試合はって事で、別に汚染獣相手や武芸大会では禁止されてないからいいですけどね」

レイフォンは苦笑する。
最初の汚染獣はないことを切実に願うが、その戦いで鋼糸封印なんて状態で戦闘をすることなんてまずない。
と言うか、そんなことをするのは間違いなく馬鹿だ。
汚染獣にはどんな時でも全力で臨まなくてはならない。
でなければ……命を落としかねないからだ。

そして武芸大会。
封印されたのはあくまで『ツェルニの対抗試合』であり、本番の武芸大会では封印も禁止もされたりはしていない。
本来、鋼糸と言うのは要するにただの糸だ。
そんなものに殺傷力を持たせることが、なおかつ汚染獣を切り裂けるものとなるとレイフォンと、その師であるリンテンスくらいなものだ。もっとも天剣最強と呼ばれる彼なら、その技量はレイフォンを軽く凌駕するが。
まぁ、話はそれたが、つまりは殺さなければどうとでもなる。
そして整備し、ちゃんと調整された錬金鋼ならば、レイフォンの技量だとそんな細かい操作も楽勝である。

「どっちにしても、対抗試合では使う気はありませんでしたけど」

「そうなのかい?あれがあれば、試合なんてすぐに勝てるでしょ?」

「そうですけど、それで勝っても仕方ないじゃないんじゃないですか?」

「そうかな?」

レイフォンの言葉に、ハーレイは疑問符を浮かべる。
もっとも、使えないから仕方はないのだが……なんでレイフォンは楽な手段を使おうとしないのだろう?

「そうですよ。それに、そんな勝ち方、隊長が認めますかね?」

「ああ、確かにね」

それを聞いて、ハーレイも納得する。

「彼女は、他人の力だけで勝っても嬉しくないだろうね」

ニーナは自分の力で、ツェルニを護りたいと思っているのだ。そのために小隊すら立ち上げた。
他力本願での勝利など、彼女の望むものではないのだろう。

「ですよね」

レイフォンはうなずき返し、構えて剣を振るった。
剄をあれだけ走らせると、どうしても動き出したくなる。
武芸者としての性なのだろうか?
一時期はこの道を捨てようと思っただけに、どうも微妙な感覚がする。

ただ無心に、上段から振り下ろす。
剣に残っていた剄が、青石錬金鋼の色を周囲に散らし、掻き消えていく。
剣を振る動作から体の調子を確認し、調整。納得する動きへと持っていく。

そして、次第に集中していく。
今まで細かいところを、それこそ神経の1本1本まで気にしていたが、それが気にならなくなった。
まるで、自分がただ剣を振る機械にでもなったかのような感覚。
この感覚こそが幼いころから戦ってきたレイフォンの、戦闘に優れた意識なのである。
余計な感情を省き、戦いにのみ集中する。レイフォンのような15の子供が、嫌、天剣になったこと、なる前を考慮してそれよりも幼い10歳以下の子供が出来ることではない。

自分が完全に虚になったような感覚の中、意識の白さに無自覚になると、大気には色がついたような気がした。
その色を、斬る。
剣先が形のない大気に傷をつける。それを何度も繰り返した。
だが、大気は傷つけられてもすぐにその空隙を埋めてしまう。それでもレイフォンは、大気を斬り続ける。
そしていつの間にかそれが追いつかず、空気中に真空のような存在が出来た気がした。
こればかりは、すぐには修復しない……

それをレイフォンは確認すると、剣を止めて息を吐いた。
取りあえずはこれで一息、終わりである。

「はは、たいしたもんだ」

パチパチと、あまり熱心ではない拍手が響く。
シャーニッドだ。いつの間にか彼が出入り口付近に立っていた。

「斬られたこともわかんないままに、死んでしまいそうだな」

「いや、さすがにそこまでは……」

「凄かったよ!最初は剣を振った後に凄い風が動いていた。その時間差も凄かったけど、最後の一振りで、その風の流れがピタッと止まったんだ。もう……ビックリするしかないよ」

シャーニッドの言葉に謙遜するレイフォンだが、それに興奮気味なハーレイが言葉をかぶせる。
まるで大喜びした子供のような反応だ。
それを見て、レイフォンは苦笑しながらこめかみを掻く。
そんなハーレイの興奮にシャーニッドが水を差す。

「ハーレイ。あれ、頼んでた奴、出来てるか?」

「ああ……はいはい、出来てますよ」

その言葉と共に、ハーレイがなにやら2本の錬金鋼を取り出した。
それは復元前で、炭素棒の様なもの。
放出系と呼ばれる、外力系衝剄が得意なシャーニッドの使う錬金鋼となると……

「銃ですか?」

「こんだけ人数が少なかったら、狙撃だけってわけにも行かないからな。まぁ、保険って奴だ」

同意し、説明するシャーニッドの言葉を聴き、レイフォンはつぶやく。

「ごついですね」

普段、シャーニッドの使う軽金錬金鋼の銃とは違い、撃つよりも打つことに重点を置いた作り。
そのためだろうか?
頑丈な黒鋼錬金鋼で作られている。ニーなの鉄鞭と同じ素材だ。

「注文どおりに黒鋼錬金鋼で作りましたけど、やっぱり剄の伝導率が悪いから射程は落ちますよ」

「かまわね。これで狙撃する気なんてまるきりないしな。周囲10メルの敵に外れさえしなければ問題ない」

ハーレイの言葉を軽く流し、シャーニッドは手になじませるように銃爪に指をかけ、くるくると回す。

「銃衝術ですか?」

「へぇ……さすがはグレンダン。よく知ってんな」

なんとなくたずねたレイフォンの言葉に、シャーニッドが口笛を吹いて返す。

「銃衝術ってなんだい?」

聞いてきたハーレイに、レイフォンは説明する。
用は銃を使った格闘術であり、銃は遠距離なら便利なものだが、剣やナイフを使った近接ならば不利になる。
それを克服するための技、格闘術が銃衝術なのだ。

「へぇ……そんなのシャーニッド先輩が使えるんですか?」

「ま、こんなの使うのは格好つけたがりの馬鹿か、相当な達人のどっちかだろうけどな……ちなみに俺は馬鹿の方だけどな」

ハーレイの言葉にそう答えて、シャーニッドはニヤリと笑う。
だが、真意はともかく、これで少しは戦力の幅が広がるのではないかと思う。
思ったのだが……

「そういえばニーナは?」

「そういや……遅いですね」

隊長のニーナが来ていない。
フェリもレイフォンと同時にと言うか、図書館に本を返しに行って少し遅れたようだが、割とレイフォンのすぐ後にここに来ていた。
少なくともシャーニッドよりは早かったのだが、今は図書館で新たに借りた本を読んでいる。
後来ていないのは、彼女だけなのだ。

「な~んか、ニーナがいねぇとしまらねぇな」

シャーニッドが欠伸をしながらそうつぶやき、暫し待つ。
だが、なかなか現れなくって、フェリが来ないなら帰っていいかと尋ねると、ハーレイがもう少し待ってみようよと宥める。
そして、もう少し待った時だ、

「すまん、待たせたな」

やっと、ニーナが来た。

「遅いぜ、ニーナ。何してたんだ?寝そうだったぜ」

シャーニッドが欠伸をしながら言う。
ちなみにどうでもいいことだが、シャーニッドは4年でこの小隊では1番の年長ゆえにニーナを名で呼ぶ。
まぁ、非常時や作戦中なんかは隊長なんて呼ぶ時もあるが、普段ではこうだ。

「調べ物をしていたら、遅くなってしまった」

そういいながら、ニーナは訓練室の真ん中まで歩いていく。
その時だ、音に、レイフォンが疑問を持った。

(ん?)

ニーナの腰の剣帯で2本の錬金鋼ガカチャカチャと鳴る。
それが違和感の原因だ。
いつもとは違う音……つまりは歩き方が違う。
どこか怪我をしたのかと思ったが、体をかばうような動作はしていない。
本当にどうしたのだろうかと疑問に持つ。

「遅くなったので、今日の訓練はいい」

「「「は?」」」

その言葉に、レイフォンとシャーニッド、ハーレイは素っ頓狂な声を上げる。
フェリ自身も、瞳を見開いて驚いていることがわかる。
それほどニーナがこんなことを言うのが意外なのだ。

「そりゃまたどうして?」

誰もが気になる中、シャーニッドが尋ねた。

「訓練メニューの変更を考えていてな。悪いが今日はそれを詰めたい」

「へぇ……」

「個人訓練をする分には自由だ、好きにしてくれ。では、解散」

それだけを言い残し、ニーナは去って行く。
レイフォンはわけがわからないまま、そんなニーナの後姿を見送っていた。

































「どうにも、おかしいですね」

帰り道の道中、フェリがレイフォンに向けてそうつぶやいた。

「確かにそうですね」

それにレイフォンは、素直に同意した。
話の内容はやはりニーナだ。
彼女は一言で言うならば、熱い。
それはもう、熱血漫画のように、少年漫画の主人公のように。
レイフォンを小隊に無理やり入れたのだって、ニーナなのだ
そんな純粋で真っ直ぐで、熱い人物である彼女が、訓練を休むだなんて考えられない。

「まぁ……それはいいんですけど……」

実際は何かを企んでいそうでですっきりしないが、それはまぁいい。
フェリには関係のないことだし、訓練事態が休みなのはいい事だから割り切ろう。
問題は……

「料理……できたんですね」

「は?」

今日のお昼のことだ。
フェリはレイフォンの弁当をご馳走になり、今はなんともいえない表情で彼を見ていた。

「ああ……孤児院の時は皆でご飯を作ってましたから。ただ、僕の場合は栄養バランスを考えるのが下手で、分量の調整も苦手だったのでよくリーリンに叱られていました」

確かに、今日のレイフォンの弁当は2人分にしては量が多かった。
故にメイシェン達を交えて、3人で昼食を取ったのだが……おいしかったからいいものの、食べ終えた時は少しお腹が苦しかった。
だが、そんなことよりもフェリには聞き覚えのある、嫌、見覚えのある名が気になった。

「リーリン……ですか?」

「はい。あ……孤児院の幼馴染で、兄妹みたいな関係ですね。なんて言うか、良く叱られていて……頼りになるお姉ちゃんって感じでしょうか?」

フェリの問いに、レイフォンは素直に答える。
歳は一緒だが、しっかりしていたために頼りがいがあり、なんだかんだでレイフォンを心配してくれた。
彼からすれば兄妹、姉、妹の様な存在であり、大切な肉親の様なものなのだ。
肉親であり、それに恋愛のような想いは抱いていない。まったくの皆無である。

それを聞き、フェリは少しだけほっとした気持ちになった。
その理由がわからない。

「それはそうと、そのリーリンから手紙です」

「え?」

この言葉には、レイフォンが驚いた。

「実は、偶然拾いまして」

図書館から訓練室に来る時、その扉の前にはメイシェンがいたらしい。
何をしているのか声をかけてみれば、何故か彼女は慌てて逃げ出したようだ。
そして落として行ったのが、どうやらこの手紙らしい。

「どうやら誤配でしょう。彼女はおそらく、それを届けに来たんですね」

「そうですか……ちゃんとお礼を言っておかないとなぁ」

フェリから手紙を受け取り、レイフォンはそれを見る。
グレンダンから届いた、リーリン(幼馴染)の手紙だ。

「……………」

「どうしたんですか?フェリ」

その手紙をじっと見てくるフェリに、レイフォンは尋ねる。
人前ではフェリ『先輩』と呼ぶが、2人で歩いている今の状態ではフェリだけだ。

「いえ……ただ少し、その内容が気になったもので」

そう言った。言った時に、すぐさま後悔する。
自分は今、なんと言った?
手紙が気になると?それではまるで、見せてくれといっている様なものではないか、
そもそもなぜ、自分がレイフォンの手紙なんて気にする?
幼馴染の手紙だというのに……嫌、幼馴染だからこそか?
なんにせよこう言ってしまったために、フェリの表情はわずかに赤面する。
言わなきゃよかった……そう後悔する。

「う~ん、見てもあまり面白くないですよ。そうたいしたことも書いてないでしょうし」

苦笑しながら、レイフォンは言う。
フェリの顔は赤く、それを誤魔化すように俯いていた。
そんなフェリを見てもう一度レイフォンは笑い、現在は養殖科の柵の辺り、羊以外に誰もいないことを確認した。
流石に大勢の人前でやるのは気が退ける。

「なになに……『はい、元気にしてる?』」

そのまま、フェリに聞こえるように手紙を朗読し始めた。










「……………」

「……………」

手紙を読み終わり、レイフォンは疑問を持つ。
フェリも無言だ。

「……鈍感王ってどう言う事でしょ?」

「知りません」

即答で返され、さらにレイフォンは首を捻る。
そんな様子を見て、フェリはため息をついた。

ようくわかった。手紙の内容を聞き、リーリンは少なからずレイフォンに好意を持っていることを。
だけど鈍感王、レイフォンはそれをまったく理解していない。
まったく……どう言う事だろうか?
その他にも、今日昼食を一緒に取り、手紙を渡そうとしたメイシェンも気があるのは明らかだ。それにすら気づいていない。
なんで……なんで自分は……こんな鈍感なレイフォンに惹かれているのだろう?
それにこの鈍感王が気づくかどうか……かなり怪しい。

「それはそうと、レイフォン」

「はい?」

その考えを振り払うように、と言うか、今まで忘れていたことを思い出してレイフォンに言う。

「兄が……あなたに用があるそうです」

「会長が?」

レイフォンの表情が硬くなる。
自分では気づかず、変化は小さいのだろうが、おそらく似たような感じだろう。
生徒会長、陰険眼鏡、フェリの兄であるカリアン。
そのカリアンをレイフォンとフェリは共に苦手にしており、あまり良くは思っていない。
フェリに関しては、彼を恨んでいると宣言すらしているのだ。

「何の話かは聞いてませんが、大切な話だと言っていました」

「では、これから生徒会長のところに?」

方角は逆になってしまうが、あれでもこの学園都市の長だ。
彼に呼ばれれば、行かないわけにはいかない。
だが……

「いいえ」

それをフェリが否定する。

「内々に話したいことがあるそうで……私の部屋に、と」

「……は?」

その事実に、レイフォンは呆けてしまった。

「夕食の買い物をしないといけないので、付き合ってください」

そんなレイフォンに向けて、フェリは続ける。
そして、行動を取ってみる。この鈍感王に向けて。
メイシェンが出来て、そしてレイフォン自身に出来ることが自分に出来ないはずがないと。
昼からの不機嫌を発散するかのようにそう決意し、フェリは自宅近くのスーパーへとレイフォンを連れて向かった。





























あとがき
キングダムハーツが面白い!
そして新しいバイトが土曜から……
更新速度が落ちることが予想される武芸者です(汗

さて、今回のSSですが……ニーナはですね、嫌いじゃないですよ、うん。
だけどフラグが立たない……いや、この作品はレイフォン×フェリですから案外これもありなのかもしれませんが……
いや、なんていうか……ニーナファンの方すいませんんでした(土下座)

……さて、オリバーに関しての武装はいろいろとご意見、本当に感謝です。
現在考えているのは、剄羅砲の様に剄を限界まで込める、または動力源(レイフォン)に剄を込めてもらい、単発式バズーカー。

次に散弾銃。
剄弾を無数に発射し、化錬剄により操作による誘導。
だけど操れるのは技能的に無数の弾丸の1発のみ。
ゴム弾や麻痺弾でも、それは可能。

最後に、武芸はてんで駄目と言うか並。
だけどラウンドローラーの腕は、『今お前に命を吹き込んでやる』状態のほどテクニシャン。

なんて考えてますが……どうでしょう?




それはさておき、最近ですね、とあることを考えたんですよ。
いや、レイフォンとフェリのフラグ立ったら(付き合い始めたら)、記念にXXX板挑戦してみようと思ってたんですが(ぇ!?)
あのですね、原作9巻まで読んで、8巻に出たメイドの女王様がかわいくてですねw
いや、性格的にもノリ的にもかなり好きなキャラなんですが、それでXXX板やってみるか?なんて無謀な考えを出すね……
だって、8巻の押し絵見ました?
あれは萌えちゃうでしょ。そして女王様は婚約者に逃げられ、天剣と結婚することも可なんて書いてあったので、年齢もある程度操作できるならレイフォン相手とかありかなって……
いや、妄想です!
かなりぶっ飛んでて設定無視な話……ご都合主義ですね。ネタばれになりますから詳しくは言いませんが……
やばっ、書きたくなった!?

書くべきですかね?と言うか、書いていいですか!?
いや、女王様はリーリンの胸大好きですが、男もいけると思うんですよ(苦笑

やば……少し頭冷やしてきます(汗


そして最後に、思うんですが2巻目に入ったんで、そろそろタイトルつけてその他に行こうかなと思うんですよ。
しかしそうなるとタイトルが……まぁ、何か考えようと思いますが、皆さんはどう思いますか?



[15685] 7話 料理
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/10 18:36
「荷物、こっちに持ってきてください」

「はい……」

ずっしりと重たく、何日分買い込んだのかと思うほどの食料を持ち、レイフォンはフェリの部屋へと来ていた。
いや、フェリの部屋と言うよりも、フェリとカリアンの部屋だ。
最初こそカリアンが用があるのに、なんでフェリの部屋で話すのかと思ったのだが、フェリとカリアンは兄妹である。故に、2人が一緒に暮らしていても可笑しくはない。
可笑しくはないのだが……この部屋、寮を見て、レイフォンは貧富の差と言うものを感じてしまった。

もはや寮と言うよりもマンションであり、とても立派な建物だ。
ガラス張りの瀟洒なロビーを抜け螺旋状の踊り場にはソファまで置かれた階段を2階まで上がると、フェリの部屋へと着く。
意匠の凝らされた扉を開けると、広い玄関が広がっている。
真っ直ぐに廊下が伸び、その先にはまたも広いリビングへと繋がっている。
そこから更に扉があり、各部屋に繋がっているらしい。
豪華だ……
おそらく、トイレや風呂も共用ではなく個室にあるのだろう。
2人部屋を1人で使えると喜んでいたレイフォンなのだが、それがとても安っぽい事の様に思えた。

「夕飯を作っていますので、あっちで待っててください」

食料を持ってキッチンへ行くと、そのキッチンだけでレイフォンの部屋と同じだけの広さがあるのだ。
それだけでなにやら微妙な気持ちになりつつ、食料を置いてリビングのソファに座る。
そして、レイフォンは考え込んだ。

(それにしても、内緒の話ってなんなんだろう?)

それはカリアンの用件。
ぶっちゃけた話、レイフォンはカリアンのことを好きではない。
嫌い……というわけではないと思うが、どちらかと言えば苦手と言える。
一時期本気で殺気を抱いてしまったほどで、フェリはそんなカリアンのことを恨んでいるらしい。
このツェルニの事を想っているのは良くわかるし、根は悪い人とは思わないが……出来ればレイフォンもあまり会いたくはない。
あの薄い笑みは、どうも苦手だ。

(まぁ……聞けばわかる話だし、これ以上考えても仕方ないか)

そう結論付け、レイフォンは待つ事にした。
どちらかと言えば、今の心はちょっと、いや、かなり楽しみである。
フェリが夕食を作ると言い、カリアンの話に同席する事となったレイフォンは当然、それを共に食べると言う事だ。
フェリの手料理。
リーリンの料理も美味しく、夕食時はわくわくしながら楽しみにしていたが、それとは違う期待感。
はたしてどのような物が出てくるのかと思いながら、キッチンから聞こえてくる物音に耳を傾ける。
買い物袋の中身を整理していた音も絶え、今はキッチンナイフで材料を切る音が……


トン……ト、ン……トン……


音が……


トトン……トン………ト……トン……ト……


「こわっ!」

不規則で、まるで心霊現象のような音に思わず声が出て、レイフォンはキッチンの様子を伺いに行く。
妙な不安感を覚えて……

「あの、フェリ……なに作って……」

「今……話しかけないでください」

フェリは真剣な表情でキッチンナイフを片手に、芋と戦っていた。
でこぼこの丸い芋をボードの上に置き、震える指先で危なげに固定して、ゆっくりとキッチンナイフで半分に切る。
隣に置かれたボールには、そうやって切られた芋が大量に置かれていた。
音が不規則だったのは、これが原因らしい。

「ときにフェリ……」

「……なんですか?」

こちらを振り向きもせずにフェリは応える。
プルプルと震えながら芋を切っているが、その姿には鬼気迫るものを感じた。

「料理をしたことは?」

「あります……あるにきまってるじゃないですか」

「そうですか」

その答えを聞いて、レイフォンは笑顔になる。
嘘だと思った。だけど微笑ましい。

「……なんですか?」

切った芋をボールに移して、フェリがようやくこちらを見た。
額にじっとりと汗を滲ませたフェリに、レイフォンは更に笑みを深めた。

「な、なんですか?」

不満そうに、不安そうにレイフォンに尋ねるフェリ。
もう、笑うしかない。だけど絶対に顔では笑わずに、レイフォンは微笑ましい表情のまま思う。
なんなのだろう、このかわいい人は?

「ええっとですね、一応です。一応、アドバイスをした方がいいと思ったので言わせてもらいます」

「だから、なんですか?」

「まず、皮を剥いてから切った方が、後々やりやすいと思うのですが」

皮を剥いていない芋を指しながら、レイフォンが言う。
その言葉に、フェリは瞳が大きく見開いていた。







で、結局どうしたのかと言うと……

「じゃあ、フェリ。鳥肉を切って貰えますか?」

「……はい」

結局、2人で作る事にした。
レイフォンの期待するものとは違う結果になってしまったが、これはこれでアリだ。
フェリは不満そうな表情をするが、ちゃんとレイフォンの指示通りに調理をしてくれている。
だけど気は抜けない。
少し目を離した隙に余分なものを入れようとしたり、砂糖と塩を間違えようとしたり、野菜を洗う時には洗剤で洗おうとすらしていた。
それをレイフォンが止めつつ、なんとかできた。
フェリが切った芋を大量に使った、芋と鳥肉をトマトソースで煮込んだものと、魚の切り身ときのこと芋をバターで蒸し焼きにしたもの。
後は買ってきたものだが、パンを置いて完成である。これが夕食だ。

「すまない。少し、生徒会の仕事で遅くなってしまってね」

ちょうどカリアンも帰ってきた。
そのため、この料理を食卓に並べて、3人はそれを食する事になった。





「……フェリが?」

なったのだが、カリアンの表情が硬くなる。
ポーカーが強いであろう、カリアンのいつもの軽薄な笑みがなくなり、真っ青な表情をしている。
ガタガタと震え、寒そうだ。
そして、レイフォンは理解する。フェリが言った事、料理をした事があるというのは嘘ではなかったのだと。
その犠牲にあったのは、カリアンだと言うことを……

「兄さん、食べてください」

フェリの言葉に、カリアンはビクッと震えた。
まるで何かに怯えるように、汚染獣の脅威にでも怯えているような反応だ。
そんなカリアンの目の前には、レイフォンとフェリが作った料理が並んでいる。
テーブルに置かれ、レイフォンとフェリは既に椅子に座っているが、カリアンだけは座っていない。座れないのだ。

「いや……せっかくレイフォン君が来ていることだし、出来れば近くのレストランで……それはまたの……」

機会にと続けようとした。だが、続けられない。
彼の周りには、念威端子が舞っていたから。

「……フェリ……先輩?」

カリアンの前だからレイフォンは慌てて先輩をつけるも、今のカリアンにはそれどころではないので気づいていない。
フェリはと言うと、彼女の長い銀髪が美しく輝いている。念威の制御をせず、垂れ流しているのだ。
復元鍵語もなしに、念威だけで錬金鋼を復元させたのだろう。
彼女の手には、重晶錬金鋼が握られていた。

「その才能を別の場所で、いかんなく発揮してくれると大変嬉しいのだけどね」

「食べてください」

カリアンの言葉を無視し、フェリはテーブルの上の料理を指差す。
それを視界に入れ、カリアンは思考した。

(大丈夫だ……落ち着け。アレは料理だ。うん、見た目も前とは違ってまともじゃないか。アレも一応市販されてる食べ物で作られてるんだろう。って、前もそれで味覚を破壊されかけたような……)

カリアンは冷や汗をかきながら料理を見る。
ハッキリ言って受け付けないが、そういうことを言っている余裕はない。
フェリは早く食べろと言わんばかりに、無表情に見える顔でカリアンを睨むように見ていた。
そして……カリアンも覚悟を決める。

(……ええい!)

気合を内心で入れるが、おそるおそる料理を口へと運ぶ。
鳥肉をナイフで切り、口の中に運んだ。運んで……

「……え?」

驚いた。
それはもう、心の底から。
レイフォンも驚く。と言うか、どうでもよいことなのだけど、こうもカリアンがコロコロと表情を変えることから彼も人間なのかと理解する。
まぁ、当然の事だが、いつも薄い笑みを浮かべているカリアンしか知らないレイフォンにとって、彼の表情はとても新鮮だ。
正直、男のそういう一面を見ても余り嬉しくはないが……

「凄いじゃないか、フェリ」

「……………」

カリアンはフェリを褒めるも、フェリは微妙な表情をする。
レイフォンと一緒に作ったとは言っても、それは彼の指示通りにやったことであり、どちらかと言うと手伝ったと言うよりも邪魔をしてしまったと言う方が正しい行動をしていた。
そのレイフォンは隣で、ニコニコとしながら料理を口に運んでいる。
そんな彼の表情を見て、フェリは少しだけ料理の勉強をしてみようかなと思った。





「さて、本題なんだが……」

食後、フェリが皿を片付け、お茶を用意してくれている中、カリアンがレイフォンを呼んだ理由を話し始める。
カリアンがそれと同時に差し出したのは、1枚の写真だ。

「この間の汚染獣襲撃から、遅まきながらも都市外の警戒に予算を割かなくてはいけないと思い知らされてね」

「いいことだと思います」

それは当然の事であり、他の都市では普通に行われていることだ。
だけどそのことに気づかないほど、今までのツェルニは平和だったらしい。
学園都市と言うだけに、電子精霊も細心の注意を払っていたのだろう。

学生による学生だけの都市。

聞こえはいいようだが、悪く言ってしまえば学生と言う未熟者達の集まりでしかないのだ。

「ありがとう。それで、これは試験的に飛ばした無人探査機が送ってよこした映像なんだが……」

カリアンがレイフォンに渡した写真の画質は、まさに最悪だった。
全てがぼやけ、ハッキリ写っているものがまるでない。
これは、大気中に広がる汚染物質のためだ。
無線的なものはこの汚染物質に阻害されてしまい、短距離でしか役に立たない。
唯一何とかなるのは念威操者による念威端子の通信だが、それでも都市と都市を繋ぐには無理がある。
それにこの写真には、見てわかるように念威操者は関わっていないのだろう。

「わかりづらいが、これはツェルニの進行方向500キルメルほどのところにある山だ」

カリアンにそう言われて、レイフォンもこれが山だと言うことを理解した。

「気になるのは、山のこの部分」

カリアンは写真を指差し、その部分を指で囲む。

「どう思う?」

それ以上は何も言わない。
レイフォンが先入観を抱かないようにとの配慮だろう。その上でこのツェルニではもっとも知識のあるであろうレイフォンに聞きたかった。
できれば自分の思い過ごしで、間違いであって欲しいと願いながら……

レイフォンは何も言わずに、写真を見る。
写真を離したり、目を細めたりして何度も確認した。
確認し、何度も確認し、そして目が疲れたのか、その目を揉み解しながら確信した。
お茶を入れてきたフェリが、邪魔をしないようにレイフォンが持っていた写真を覗き込む。

「どうかね?」

「ご懸念の通りではないかと」

「ふむ……」

カリアンの願いを打ち砕く事実を。

「なんなのですか、これは?」

理解できないフェリが、レイフォンに問う。

「汚染獣ですよ」

その言葉を聴き、フェリは瞳を丸くして驚いた。
驚いたが……すぐさま視線をカリアンへと向け、先ほどよりもきつく睨み付けた。

「兄さんは、また彼を利用するつもりですか?」

「実際、彼に頼るしか生き延びる方法がないのでね」

フェリの睨みに動じず、カリアンは淡々と答える。

「なんのための武芸科ですか!?」

都市を護る役目を持つのが武芸者、武芸科に存在する学生であり、そのために高待遇を受けているのだ。
それを、自分もそうだが無理やり武芸科に入れたレイフォンに頼むなど筋違いではないか?
他の武芸科の生徒で対応させろと思うフェリだが、

「その武芸科の実力は、フェリ……君もこの間の一件でどれくらいのものかわかったはずだよ」

「しかし……」

ツェルニの武芸者は……弱い。
学園都市ゆえに未熟者しかおらず、この間は汚染獣の中で最弱である幼生体にすら歯が立たなかったのだ。
あの時、レイフォンが居なかったら……彼が戦わなかったらと思ったら、今でもぞっとする。

「私だって、できれば彼には武芸大会のことだけを考えて欲しいけどね、状況がそれを許さないのであれば諦めるしかない。で、どう思う?」

本心を漏らしつつ、真剣にレイフォンに問う。
今のツェルニには、レイフォン以外に頼れる人物がいないのだ。

「おそらくは雄性体でしょう。何期の雄性体かわかりませんけど、この山と比較する分には一期や二期というわけではなさそうだ」

汚染獣には生まれ付いての雌雄の別はなく、母体から生まれた幼生はまず、一度目の脱皮で雄性となり、汚染物質を吸収しながらそれ以外の餌……人間を求めて地上を飛び回る。
その脱皮の数を一期、二期と数え、脱皮するほどに汚染獣は強力なものへとなっていくのだ。
その上で繁殖期を向かえた雄性体は次の脱皮で雌性体へと変わり、腹に卵を抱えて地下へと潜り、孵化まで眠り続ける。
それに襲われたのが、前回の汚染獣襲撃である。

「あいにくと、私の生まれた都市も汚染獣との交戦記録は長い間なかった。だから、強さを感覚的に理解していないのだけど、どうなのかな?」

「一期や二期ならそれほど恐れることはないと思いますよ。被害を恐れないのであれば、ですけどね」

「ふむ……」

それを聞き、ひとまずは安心するカリアンだが……次のレイフォンの言葉には、流石にそうは行かない。

「それにほとんどの汚染獣は、三期から五期の間に繁殖期を迎えます。本当に怖いのは、繁殖することを放棄した老性体です。これは歳を経るごとに強くなっていく」

「倒したことがあるのかい?その、老性体というものを?」

「3人がかりで。あの時は死ぬかと思いましたね」

その言葉を聞き、カリアンとフェリが息を呑む。
圧倒的な強さを持つレイフォンが死を覚悟したほどの老性体。
その事実は、2人は怯えさせるには十分だった。



































「恨んでますか?」

「なんかそれ、前にも聞かれましたね」

話を終えた後、レイフォンは部屋を出て寮へと帰ろうとした。
見送りで螺旋状の階段のところまで来てくれたフェリに、レイフォンは苦笑で返す。

「冗談で言ってるんじゃありません」

「わかってますよ」

その苦笑を冗談だとして捉えているのかと思い、フェリが怒ったように言う。
それにレイフォンが頷き、フェリは真剣に問いただした。

「あなたがグレンダンの、元とはいえ天剣授受者だったことはほとんどの人が知りません。兄だって広めるつもりはないでしょう。無視はできるはずですよ?」

当初、カリアンはその秘密を回りに漏らすとレイフォンを脅していた。
だけどもう、ニーナはもちろんフェリも知っているし、それもあまり意味がない。
むしろ不用意に漏らして、またもレイフォンとフェリが逃避行未遂をされては困るのでその手は使えない。
故に、レイフォンの過去もそうだが、この間の汚染獣を撃退したのがレイフォンだと言うことをほとんどの者が知らない。
知っているのはカリアンと、あの時生徒会室にいた幹部陣、そして、十七小隊の人間だけだ。
他の者達には報告をぼかしている。

「どうして嫌だと言わないのですか?本当は武芸だってやめたいのでしょう?」

「最初は……そうだったんですけどね」

フェリの言葉にレイフォンはこめかみを掻きながら、罰が悪そうに答える。

「結局、汚染獣の事にしても、武芸大会の事にしても、知らないが通せないじゃないですか。だからですよ」

最初は無関係でいたかった。できれば、今でもそうだ。
だけど汚染獣にしても、武芸大会にしてもレイフォンが戦わなければ死んでしまう人が出るかもしれない。
それはいい気持ちはしないし、どちらかと言えば嫌なことだ。

「バカですね……」

「そうなんでしょうね」

フェリの言葉に、苦笑しながら同意するレイフォン。
確かに自分は馬鹿だ。馬鹿だからこそ間違え、天剣を剥奪された。
それでグレンダンを追い出され、自分は今ここにいる。
とても……とても辛く、哀しいことだった。
だけど……このツェルニに来たこと自体には、とてもよかったと思っている。

「それにですね、もう後悔するのは嫌なんですよ」

グレンダンにいたころは後悔の連続だ。武芸をやめようとさえ思った。
もっとも、他の道を探すのを諦めたと言うわけではないのだが……武芸という道をもう一度歩んでもいいのではないかと思った。

「犠牲を考えなければ恐れる相手ではないって言いましたけど、その犠牲で誰かが死ぬなんて嫌なんですよ。それがもし、仲の良い人だったら僕は絶対に後悔します」

流石に無関係の人まで積極的に救おうとは思わない。レイフォンは聖人ではないのだから。
それでもそういうのはあまりいい気分ではない。救える力があるのなら、それを使おうと思う。
それにもし、犠牲が出たら……それがもし、武芸者ではあるものの、念威操者で戦闘力のないフェリだったらと考えると、それだけで恐ろしくなってしまう。
戦いたくなく、戦ったとしても後方支援だから危険は少ないだろうが、0ではない。
だが、もしその低い確率が現実に起こったとしたら……レイフォンは絶対に後悔する。

「それに、やれる人がやらないでいいことにはならないと思います」

確かにやる義務はないのかもしれない。
だが、できるのだし、本来なら武芸者は都市を護るのが役目で義務だ。
本意、真意はともかく、それが当然の事。

「……………」

「……すいません」

だが、フェリはそれが嫌で、念威操者以外の道を探している。
レイフォンは彼女の気持ちもわかり、応援したいとすら思っている。
だからこそ今の言葉は彼女に向けたのではなく、自分に向けたものなのだ。

「いいです。私がやれるけどやらないでいる類の人間なのは理解しています」

レイフォンの謝罪を受け流すも、フェリが真剣に言う。

「でも、私はそれを卑怯だとは思いません。自分の意思です。自分の選んだことです。これで他人にどう思われようと、死んだとしても後悔をするつもりはありません」

その言葉には、強い想いを感じた。ニーナとは違う、強い意志。
欲しいと思ったわけではない自分の才能で、自分の人生が左右される。
それに真っ向から立ち向かう。できているわけではないが、それでも強く願っている。
それもまた、選んで悪い道ではないと思う。
だが、

「死なせませんよ」

「え?」

悪い道ではないと思う。
だけど絶対に、そうはさせない。フェリは死んでも後悔しないといったし、その道をレイフォンも応援したいと思う。
だけど絶対に、それだけはさせない。

「フェリがその道を進みたいのなら、僕は全力で後押しします。もし、あなたに危険が迫るのだったら、それを僕が排除します。だから絶対に、それはさせません。あなたを死なせません」

「レイフォン……」

真っ直ぐと、真剣な瞳でレイフォンは言う。
その言葉に、フェリは少しだけ顔を赤くしてレイフォンの名を呼んだ。
気づかないほどの、小さな表情の変化でレイフォンの名を呼んで……

「レイ、フォン……」

「はい、フェリ」

呼んで……

「不公平です」

「はい?」

考えたことを口に出した。

「私だけだとフェアじゃありません。あなたの呼び名も考えましょう」

「ええ……?べ、別にいいですよ」

いきなり呼び名の事で話題を振られ、レイフォンはそんな事はどうでもよいと述べる。
だけどフェリはそれを無視し、呼び名の候補をいくつか出した。

「レイ、レイちん、レイ君、レイちゃん、レイっち……どれがいいですか?」

「え?もうその中で決定ですか?」

「他に何か候補がありますか?」

「いや、自分で自分の呼び名を考えるのは恥ずかしいですって」

「では、レイちんにします」

「……ちょっと、考えさせてください」

いきなりの話の流れで戸惑い、しかもレイちんはないだろうと思うレイフォン。

「なんでですか?かわいいじゃないですか、レイちん」

「いや、できればカッコイイのが希望というか……」

抑揚のない声でレイちんとか言われると、凄く変だ。
というかぶっちゃけ、とても恥ずかしい。

「じゃあ、閃光のレイとかにしますか?毎日、会うたびに『おはようございます閃光のレイ』『こんにちは閃光のレイ』『おやすみなさい閃光のレイ』と、おはようからおやすみまでそれ以外でも私に名前を呼ばれる状況では、常に閃光のレイと呼ばせるのですね?」

「……………」

なんだそれは……
子供ならカッコイイと言って喜びそうだが、レイフォンのように15にもなってそう呼ばれるとレイちんよりも恥ずかしい。
なんと言うか……軽く悶えたくなる。

「恥ずかしいですね」

「わかってるなら言わないでくださいよ!!ていうか、なんで閃光?」

「閃光以外を希望ですか?」

「そういう問題でもないですが」

「わがままですね」

「嘘っ、僕がわがままなんですか!?」

疲れる会話をフェリと交わしながら、レイフォンは内心では笑っていた。
こういうフェリとの会話は疲れるが面白いし、こういう時間は嫌いではない。
もっとも……呼び名がそういう変なのになってしまうのはかなり嫌だが。

「では、フォンフォンにしましょう」

「うわっ、大逆転!なんですかその珍獣みたいな名前は!?」

流石にこれには冷や汗を流し、苦虫を噛み潰したような表情をするレイフォン。

「いいじゃないですか、フォンフォン……お菓子食べます?」

だが、フェリはどうやらこれに決定したらしい。
ご丁寧に先ほどの買い物の時、おやつにでも買ったスティックチョコをポケットに入れていたのか、それを取り出してレイフォンの口の前に差し出す。

「……ペット扱いじゃないですか」

苦笑しながらレイフォンがそのチョコスティックを食べ、フェリに言う。

「ペットで十分です」

「うわぁ……」

だけどこの言葉には、流石に笑みが消えてしまう。
幾らなんでもひどすぎると思いつつ、

「あなたはペットで十分です。だから、そんなに力むことはないです」

「え?」

フェリの言葉に驚いた。
どういうことかと、レイフォンはフェリに問い返そうとした。
だが、

「おやすみなさい、フォンフォン」

問い返す暇すら与えず、そう言い残してフェリはレイフォンに別れを告げる。
その背を呆然と見送りながら、レイフォンは今頃気づいたようにつぶやくのだった。

「というか……もうそれで決定なんですね」



































「おう、レイフォン。作ってくれたか?」

「はい、できてますよ、オリバー先輩」

「サンキュー」

翌日、レイフォンは今日も早起きをして弁当を用意し、それが終わったころに部屋に入ってきたオリバーにそのひとつを渡す。

「んじゃ、これ、約束のな」

「あ、はい」

それと引き換えにオリバーから金を受け取り、レイフォンはそれを仕舞う。
実はレイフォンが弁当を作るついでということで、オリバーも金を出すことで作ってもらっているのだ。
レイフォンからすれば加減が苦手で作りすぎてしまうので、その程度なら何の問題もない。
さらには食費を出すからと言うことで、オリバーは夕食もレイフォンに作ってもらったりしている。
朝食は食べたり食べなかったりと不健康ではあるが、たまに食べる時ももちろんレイフォンが作ったものだ。

「いや~、お前がこの寮に入ってくれて助かったよ」

「いえ、気にしないでください」

苦笑し、笑いあう2人。
レイフォンからすれば自分とフェリの分のついでだし、金も貰っているから文句は何もない。
オリバーとしても安くてうまい食事ができるので、とても喜ばしいことだ。

「それはそうと、エリプトン先輩に言っといてくれよ。そろそろ女を紹介してくれって」

「はは……言っておきます」

この間汚染獣襲撃のときに交わした約束を思い出し、オリバーはレイフォンに言伝を頼んでからバックにレイフォンの作った弁当を押し込む。

「そうそう、それと俺は今日、遅くなっから夕食はいらねぇや」

「え、珍しいですね?」

その言葉に首をかしげると、オリバーはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「ま、お前になら話してもいいか。実はな、俺、機械いじりが趣味なんだよ」

「はぁ?」

その言葉にそれがどうしたと感じはするが、それにかまわずオリバーは続ける。

「で、実は機械科や技術科に入りたかったんだけど、まぁ、金の関係でそれは断念することになっちまってよ。剄脈もあるから奨学金貰って、武芸科に入ってんだ」

「そうなんですか」

「どこぞの傭兵団みたいに自分の放浪バス持って都市を旅するのが夢で、今はバイトをしながらその資金を集めてるってわけだ。もっとも、その金はほとんど学費で消えちまうがな」

夢……正直な話、ロリコンであまり関わるのもどうかと思う先輩だが、それを語る姿は学生らしいというか、素直にカッコイイと思う。
そういう生き方にはレイフォンも憧れているので、正直な話し応援したいとも思った。

「でな、去年、偶然見つけたんだよ。ツェルニにある老朽化した、放浪バスの停留所。そこには同じく老朽化して放置された放浪バスが置いてあってな、今はそれを改造中というわけだ」

「それは面白そうですね。ところで……許可は取ってるんですか?」

「もちろん無許可だ」

「……………」

応援したいとは思うが、これはどうなのだろうか?
正直な話、犯罪かもしれない。

「いいんだよ、どうせ放置してあるんだし。再利用したほうがこの世のためじゃん。ま、そんなわけで数ヶ月かけて、その放浪バスを1台俺が修復、改造しているわけだ。まだテストはしてないけどちゃんと乗れるぞ」

「え、凄いじゃないですか!?」

犯罪臭くはあるが、1人でそこまでやったと言うオリバーには驚くしかないレイフォン。
これは素直に凄いと思い、彼の技術はなかなかのものなのだろう。

「そんなわけで、今日もそこに行くわけだ。だがな……そろそろテストってことで外を走ってみたいんだけどよ、さすがにそこまでは無許可ってか、内密に事を進められねぇんだ……どうしよ?」

「……知りませんよ」

放浪バスがこのツェルニ、レギオスを出るにも入るにも、当然だが決められた出入り口から入るしかない。
だが、そこを通るのに流石に無許可、内密というわけには行くわけがなく、オリバーはそれで頭を悩ませているらしい。
夢を想う気持ちとその行動力には憧れるものの、こればかりはどうすればいいのかレイフォンにもわからない。

「やっぱ……生徒会長に許可貰うしかねぇよなぁ……さて、あの眼鏡をどう説得するべきか?」

「まぁ……がんばってください」

そんなオリバーを見送り、レイフォンも学校へと行く準備をするのだった。





































あとがき
今回はちょっと、やってしまったかもしれません……オリバーです。
いや、彼の夢と言うか目的ですが、実は機械いじりと言うか、ラウンドローラーや放浪バスいじりが趣味。しかもロリコンと言うキャラに……
作中に出てきた放浪バス停留所ですが、これは漫画版『CHROMESHELLEDREGIOS』に出てきたもので、それを元にオリジナルで書いてみました。
ちなみに、とある事件の伏線だったりします。
いや、やはりロリコンは幼女の為にがんばってもらわないとw
もはや戦闘面に関しては諦めかけています。

ちなみにこれは、別の意味でも伏線ですね。つまりはフリーで放浪バスが使えるわけです。
そしてオリバーは、カリアンにお願いがあるわけです。取引しだいでは……
さらにこう見えてオリバー、運転得意という設定にします。もうあれですね、どこぞのエース並みに。
これはこれで面白そうと思う作者ですが、皆さんどうでしょうか?
場合によっては修正、削除も考えています。


さて、次回の更新は明日からバイトが始まるので遅くなる予定……できるだけ早く帰ってきます!

PS それから前回のあとがきで言っていた作品ですが、半分ほど出来ていたりして……いや、なに書いてるんでしょ、俺……
一時のテンションが悪いのかな……
………………………………読みたい、ですか?

PS2 原作を読んでると、なんか学生同士でも結婚できるらしいですね。
というか、オール・オブ・レギオスでは学生以外にもそうして生まれた子供とかすんでるらしいですし。
ということは……

それからタイトルがまだ思いつかないので、その他以降も見送ることにしました。
こんな作品ですが、これからもご贔屓にしていただけたら幸いです。
では



[15685] 8話 日常
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/18 15:23
「ふっ!」

短い呼気が聞こえる。
レイフォンはそれに合わせ、正面から蹴りを放ってきた人物と相対する。
ブーツの靴底が、レイフォンに迫った。

「わ……」

突きの様に放たれた蹴りを腰を落とすことでかわし、前のめり気味に突進して相手の懐に入った。
だが、そうはさせないと蹴りを放った人物はそのまま踵落としに変化させ、レイフォンの背中を狙った。背骨の辺りである。
だが、レイフォンは怯まず、それどころか速度を上げて蹴り足の膝関節を裏から抑え、胸に手を置くと、相手の軸足を自分の踵で払った。

「うわ……」

相手は赤い髪を跳ね散らしながら、緩衝材の入った床に背中から倒れ、派手な音が体育館の中に響いた。

「大丈夫?」

倒れた相手に、レイフォンが手を差し伸べる。

「つぅ……今のはうまく行くと思ったんだがな」

「うん、危なかった」

「よく言う。ギリギリで速度を上げただろう?あれのお陰で計算がずれた」

レイフォンの謙遜が気に入らなかったのか、相手だったナルキは少し不満そうに言った。
だが、それよりも、乱れてしまった自分の髪を直しながらナルキは、レイフォンをからかうような表情を向ける。

「それにしてもレイとん……お前はあたしが女だと忘れていないか?」

「え?」

つぶやき、首を傾げるよりも早くレイフォンは思い出す。
今の戦闘で、ナルキの胸に触れた事を。

「確かに、あたしは小さい方だと自認しているが、何も感じないというのは流石に女として、な……」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだよ。ただ、体が勝手に流れを作っちゃって、それで……」

恨めしげに睨んでくるナルキに、レイフォンは慌てて弁解をする。
いや、正直な話、こういう状況は男としてはかなりラッキーなのだろう。
ただ、残念なのは本当にレイフォンが真面目に戦闘をしていたので、そういうつもりはなかったのと感触を堪能できなかった事だ。
それを考え、レイフォンはいやいやと首を振る。
何を考えているのだろう、自分は?
これがもし、フェリにでも知られたらどんな冷たい視線を向けられてしまうのか……
想像しただけで、かなり憂鬱になってしまった。

「冗談だ、わかっているさ」

「ひ、ひどいな……」

そんなレイフォンを見て、ナルキが悪戯の成功した子供の様に小さく笑う。

「まぁ、しかし……女性の胸に触ったのなら、それなりに何かあって欲しいと思うな。それは男の礼儀だ」

だけどこれだけは譲れないと言うように、ナルキはレイフォンに忠告をした。

「そういうもんかな?」

そんな礼儀聞いた事もないと思うが、

「ものだ。まぁ、だからといって簡単に触らせてやる気もないが……」

女性のナルキが言うのなら、そういうものなのだろう。
そして当のナルキはと言うと、辺りを見渡していた。
レイフォンもその視線を追う。

現在、武芸科の格闘技の授業中。
1年生と3年生の合同の授業であり、あちらこちらで向かい合う1年生と3年生の姿があった。
そして、まだ1年生では3年生を倒すのが難しいのか、蹴られたり、打たれたり、床に叩きつけられる1年生の音が響いている。
1年生が勝っている姿など、何処にも見られない。
そして、レイフォンはというと、1年生で小隊員ということもあってか、誰もが組むのを敬遠している。
故に、ナルキと組んでいるのだ。

「レイとんの隊長殿は、どこか悪いのか?」

ナルキの視線が止まった先は、3年生で十七小隊隊長となったニーナだ。
レイフォンも同じくニーナに視線を向けると、彼女は2人の1年生の相手を同時にしていた。
果敢に攻めてくる相手を、ニーナは冷静にあしらっている。

「そう見える?」

「見える。なんていうか、心ここにあらずと言う感じだな」

「やっぱり」

レイフォンもそう思っていたらしく、同意する。

「なにか、心当たりでもあるのか?」

「この間の試合ぐらいしかないんだけどな」

「ああ……負けたのは、確かにショックだろうな」

彼女はただ隊長となり、名声が欲しかったために小隊を立ち上げたのではない。
自分の力でツェルニを護りたいと、自分の手で勝利を収めたいと思っているからこそ小隊を立ち上げたのだ。
故に、何も出来なかった先日の敗北はニーナにとって、ショックだったのだろう。

「うーん」

レイフォンもそうだと思う。思うのだが……

「なんだ?違うのか?」

「いや、そうだとは思うんだけど……」

ナルキの言葉に頷き、自分もそうだとは思うのだが、どうもそれだけだとは思わない。
だが、それがなんなのかわからないという曖昧な感覚で、レイフォンには答えを導き出すことは出来なかった。

「おいそこ、真面目にやれ」

「あ、すいません」

授業中に考え事をして、それを注意される。
反射的に謝ると、そこには3年生がいた。だけど何か可笑しい。
たかが考え事の注意で、3年生が3人いた。
そして周りからは、1年生が視線を送っている。
好奇の混じった視線だ。

「なにか御用ですか?」

「そっちの、十七小隊のエース君にあるかな」

質問したナルキを見もせずに、3年生の1人がレイフォンを挑発するような視線を向ける。

「はぁ……」

気のない返事を返しながらも、レイフォンはこういう視線を良く知っていた。

「用件は……3人でですか?」

「む……」

悪意と挑発と見下し……そして隠された嫉妬。
こういった視線は、レイフォンは本当に良く知っている。むしろ、慣れていた。
グレンダンで天剣授受者となる前、そしてなった後も。
幼いレイフォンへの侮り、勝てるのではないかという見下し……そして、そんな子供に追い抜かれているという嫉妬。

「別に、僕は構いませんけど」

「レイとん……?」

ナルキが訝しげに言葉をかけてきたが、察したのかレイフォンから距離を取る。

「君、剣持ってないけど、いいのかな?」

3人のうちの1人が、引き攣った笑みでレイフォンに問う。

「かまいません。今は格闘技の授業ですし、なくて当たり前です」

だがレイフォンは、それが当然だと言うように返した。

「たいした自信だね」

「自信とか、そういうのではないですよ。授業です、これはあくまで」

「それは、自信じゃないのかな?」

態度、言動はともかく、上級生として紳士的な態度を取ろうとしていた3年生達だがもう限界らしい。
当のレイフォンもそんなことは気にせず、まるで機械の様に感情を面に表さないで、淡々と述べる。

「自信ではありません。事実です」

「……わかった」

3年生達の悪意ある視線が、怒気へと変化する。
野次馬の1年生達は静まり返り、3人はレイフォンの正面と左右に移動する。
それに対してレイフォンは、1歩だけ下がって3人を視界に収める位置へと移動した。

「では……」

正面の1人、先ほど話していた3年生がそうつぶやいた時、既に左右の2人がレイフォンへと接近していた。

「いくぞ」

内力系活剄による肉体強化。
その速さにより残像すら残して、接近してきた2人が拳と蹴りを放ってくる。
しかし、弾丸の様に繰り出された拳と、大鎌の様に空を薙いだ蹴りはレイフォンに当たる事はなかった。
ただ、空しく空を斬る。レイフォンの姿も、残像だったのだ。

「ちぃっ!」

3人がレイフォンを探す。だけど見つけられない。
この時、レイフォンがデビューした対抗試合を思い出した人物はどれくらいいただろうか?
あの時と同じように、レイフォンは上空にいた。だが、あの時よりも高い。
レイフォンは宙で回転しながら、高い体育館の天井へと足を向ける。
そのまま張り巡らされた鉄筋を蹴り、一気に降下した。
緩衝材の入った床に、重々しい衝撃音が響く。

「なっ!?」

レイフォンは正面にいた3年生の目の前に着地した。
だが、3年生が驚く暇もなく、レイフォンは着地の衝撃を緩和するために曲げた膝を伸ばし、立ち上がる。

「ぐぅっ……」

その動作の流れのひとつで、正面にいた3年生の鳩尾に拳を埋めた。
崩れおちていく3年生には見向きもせずに、倒れる途中の3年生の背後に回る形で、残りの2人へと向き直る。
その2人はレイフォンの着地音で振り返り、倒れる仲間を見て驚愕する。
レイフォンはやはり構えない。倒れる3年生を見ることもなく、残った2人をただ見ているだけ。

倒れた3年生を、床が受け止める音がした。瞬間、レイフォンが消える。
今度は残像すら残さずに、視認すら出来ない速度でレイフォンは動いた。
文字通り、消えたとしか思えない。
当然、2人が反応できているわけがない。
レイフォンはそのまま接近し、順番に2人の鳩尾に拳を埋めた。

「がふっ」

「ぐっ……」

短く息を吐いて、2人が倒れる。
その光景を見て、周りの野次馬達がわっ、っと歓声が上がる。
レイフォンは息を吐き、無表情となった顔を緩めた。

































「あれは、少し感心しないな」

「え?」

今日も昼食は、いつもの3人組とフェリ、そしてレイフォンの5人で取っている。
レイフォンの自作した弁当を前にし、相変わらずフェリはどこか不機嫌そうな無表情でそれを食べている。
悔しいのだが、本当に美味しいのだろう。食する手が止まる事はなかった。
そしてミィフィが1人でしゃべりまくってるところで、ナルキが口を挟んだのだ。

今日の授業は昼までであり、5人は少し遠出をして一般教養科上級生の校舎が近くにある食堂に来ていた。
この食堂にはテラスがあり、そこは養殖科の利用する淡水湖が見渡せる位置にある。
席料としてジュースを注文した後、並べられた弁当をそれぞれがつまんでいく。
絶景ともいえる景色を眺めながら食事をしていたところを、いきなりナルキが思い出したように言ってきたのだ。

「体育の授業での、3年生達への態度だ」

「ああ……」

「ええ?別にいいんじゃない?」

耳ざといミィフィは、レイフォン達が話すよりも早く体育館のことを知っていた。
それをメイシェンとフェリに話しているところで、ナルキが言ったのだ。

「だって、どう考えたってやっかみじゃん」

「それはそうだ。別に先輩なんだからやられてやれなんて言うつもりはない。だが、少しは顔を立ててやるぐらいの配慮は必要だったろうな」

「ん~?例えば?」

ナルキの言葉に、ミィフィが尋ねる。

「3人同時ではなくて、1人ずつにするとかな」

「そう……かな?」

その答えを聞いて、レイフォンが首をかしげる。
あの3年生達が、1人ずつで勝負をしただろうかと。

「え~、そんなの受けるわけないって。だって、小隊の人とかじゃないんでしょ?」

ミィフィの言葉に、ナルキは頷く。
そもそも小隊の人物だったのなら、このような嫉妬は起こさないだろう。

「受けなかったかもしれないがな。3人いっぺんに片付けるにしても、向こう側からそう言わせるようにすればよかったな。あれでは、レイとんの方が悪者のようだぞ」

「あ……」

そう言われればそうかもしれない。
悪いのは、喧嘩を売ってきたのは向こうの方だが、だからと言ってレイフォンのやり方は容赦がなかったかもしれない。

「レイとんにとって他人の風評はどうでもいいかもしれないがな、周りに居るものは多少、困るかもしれない」

ナルキがそう言って、メイシェンを見る。

「……わ、私は気にしないよ」

それをメイシェンは慌てて否定するが、レイフォンは確かにそうだと思う。

「うん、ごめん。考えてなかった」

だから素直に、謝罪をするレイフォンだったが、

「別に良いのでは?」

今まで殆ど話さなかったフェリが、レイフォンに言う。

「実力もないのに、他人を僻む奴なんて放っておけばいいんです」

無表情で、冷たい言葉。だけど興味がまるでないかのように言っていた。

「そもそもツェルニの武芸者が頼りないのがいけないんですよ。そうでなければ……」

フェリは兄のカリアンに無理やり武芸科へと転科されてしまったために、カリアンを恨んでいる。
そしてそうなる原因となった、セルニウム鉱山が残りひとつと言う崖っぷちの状況まで負け続けた武芸者である、武芸科の生徒達のことを良く思っていない。
その上、弱いくせにプライドだけは、嫉妬をレイフォンに向けるほど高い。
彼等がだらしないから、自分とレイフォンが武芸科に入れられたと言うのにだ。
だからそんな奴は、放っておけばいいと言うのがフェリの考えだ。
レイフォンが気にする必要などない。

「フェリ……先輩?」

レイフォンはフェリの名を呼び、慌てて先輩をつけてから何か聞き出そうとしたが、

「フォンフォンもそう思うでしょ?」

「ぶっ!?」

そんな考えは、今のフェリの発言で吹っ飛んだ。噴出し、レイフォンは目を白黒とさせる。
幸いなことに、飲み物や食べ物を口に含んでなくてよかった。含んでいたのなら、間違いなく吐き出していただろう。
その惨劇は起こらなかったが、メイシェンが驚いている。ナルキが固まっている。ミィフィはニヤニヤと面白そうな顔をしている。フェリは無表情。
レイフォンは……頭を抱えて悶えたくなった。

「それ……本気で決定なんですね?」

「はい」

嫌そうなレイフォンに、フェリが当たり前だというように頷く。

「できれば、周りには人がいない時がいいなぁ、なんて……」

「それでフォンフォン、あなたはどう思うんですか?」

妥協点も、それが答えだというように拒否されたように返された。
レイフォンは本当に頭を抱え、あ~、う~、などと言って悶えている。

「何それ、レイとん。ちょ、フォンフォンって!」

「ぷ、くっく、あはははは!!」

ミィフィとナルキが、もはや爆笑と言うように笑っていた。
唯一それに付いていけないメイシェンが、自分はどうすればいいのかと悩んでいる。
この光景を前にし、レイフォンは大きなため息をつくのであった。




































「そういえばさ……」

話が見事に脱線してしまい、散々ミィフィとナルキ、というか主にミィフィに笑われた後、そのミィフィが話題を変えるように話してくる。

「今日はまた、なんでここにしたわけ?いや、私もいつかはここに来るつもりだったけど……」

今日、この場所に来ようと言い出したのはナルキだ。
養殖科の近くにあるこの場所は景色もいいことから、女生徒への人気が高い。
だからそれを調べたミィフィが、いつかこの場所に行こうと放していたのはレイフォンも知っている。
だけど今日、ナルキがいきなりそこに行こうと言い出したことにはレイフォンも疑問に思っていた。

「いや、実はな……フォンフォ……っ、レイとんに頼みごとがあってな」

先ほどの会話を思い出し、思わずフォンフォンとレイフォンを呼んでしまおうとしたナルキ。
思い出し笑いの様にナルキは小さく笑うが、後の言葉は笑えずに、言い辛そうに口を開く。

「っ……わざわざここで?」

ミィフィも小さく笑いながら、ナルキに問い返した。
レイフォンは頭を押さえながら、ナルキの話に耳を傾けていた。

「うん。ここでなければ駄目と言うわけではないんだが、承諾してくれれば、そのまま話を持っていけるから……な」

「……大変な事なの?」

「大変な事もあれば、ただ暇ばかりの時もある。疲れる時もあれば、まったく疲れない時もある。でも、時間だけはキッチリと過ぎる」

「まるで謎かけだね」

「そうだな。こんなのはあたしらしくないな」

レイフォンの言葉に苦笑しながら、ナルキはため息をつく。

「……もしかして、ナッキのお手伝い?」

「ああ、そうだ」

メイシェンの言葉に、ナルキは苦笑したまま答えた。
ナルキの手伝いと言うのは、彼女がバイトをしている都市警の仕事だ。

「僕が?」

意外な話の流れに、レイフォンが疑問符を浮かべる。

「別に小隊から引き抜きをしたいわけじゃない。入ったばかりのあたしに、そんな権限あるはずもない。ただ、武芸科には都市警への臨時出動員枠というものがあるらしい。あたしも入ってから知った。その出動員が今、定員を欠いているらしくてな」

何でもレイフォンとナルキが知り合いだと言うことを上司に知られ、聞いてみてくれと頼まれたらしい。
だがレイフォンは、小隊員の訓練の他に機関掃除のバイトまでもしている。故に多忙だから、ナルキも無理はしないでいいなんて言っていた。
だが、ナルキの困ったような表情には何かあるのではないかと思ってしまう。

「解せませんね」

そんな中、フェリが疑問をつぶやいた。

「確かに臨時出動員枠と言うものはあります。ですが何故フォンフォンを?その上司と言うのはフォンフォンが小隊員だから目をつけたようですが、普通、小隊員がそういうことをしないのを知っているのでは?」

武芸者のプライドとしての問題だろうか?
本来、小隊員(エリート)の者は都市警なんて雑用染みた仕事は請けない。
だと言うのに、何故レイフォンにそれを言ってくるのか?

「大方、1年で何も知らないフォンフォンを利用しようと思っているんじゃないんですか?」

「……そうなの?」

「……………」

フェリの言葉にメイシェンとミィフィが、ナルキへと問うような視線を向ける。
ナルキは、申し訳なさそうな視線で下を向いていた。

「わかった、やるよ」

だが、レイフォンのこの発言には全員が驚く。
事情を知ったと言うのに、フェリの言葉をナルキが否定しない事から事実だとわかるのに、それをレイフォンは承諾した。

「……馬鹿なんですかあなたは?」

「酷いですね」

フェリの言葉に苦笑しながら、レイフォンは言葉を続ける。

「いや、ナッキは友達ですし。そのくらいならいいかなと思いまして」

「ホントにいいのか?自分で言っておいてなんだが、フェリ先輩の言ってる事は本当だぞ。小隊員(エリート)はこんなことやらないし、言いたくはないがあたしの上司だってそんなつもりかもしれないぞ」

今の話を聞いて受けるとは思ってなかったので、この言葉にはナルキも意外そうな顔をする。
だと言うのにレイフォンは、意外そうな表情で言う。

「それはおかしなことだよ。力は必要な時に必要な場所で使われるべきだ。小隊員の力がそこで必要なら、小隊員はそこで力を使うべきだよ」

実際、ほとんどは汚染獣との戦いに借り出される天剣授受者でも、治安維持のために警察機関に出動を要請される時もある。
中にはどうしようもないくらい、汚染獣にその力を使うしかない人物もいたが、それ以外はよほどのことがない限り受けていた。
レイフォンにとっては、小隊員のように権力に与する武芸者が力の使いどころの好き嫌いを語るのは、とても違和感のある話だった。

前のレイフォンの場合は、権力のある武芸者そのものをやめたがっていたし、今では武芸者と言う道を再び歩いてもいいかなどと思えてるから、たいした問題ではないが。

「……いいのか?」

「うん、ナルキにも……もちろん2人にもよくしてもらってるし、僕に出来ることがあるんなら、なんでも」

「いや……ここまで来てあたしが言うのもなんだが、2,3日考えてからでもいいんだぞ。それでも遅くはない」

「大丈夫だよ。機関掃除の仕事とか、小隊のこととか、そこら辺をちゃんと理解してくれるんだったら問題ないと思うよ」

「そういうのはあたしが何とかするよ。あたしが頼んでいるんだからな」

「うん。なら、この話はここまで」

まだどこか申し訳なさそうなナルキに、レイフォンは手をたたいてこの話は終わりだと言うように切った。

「どうしようもないお人好しですね」

「そうなんですかね?」

「馬鹿ですよ」

「いくらなんでも酷くないですか?」

フェリがジュースを飲みながらレイフォンに向ける冷たい視線が、どことなく彼に突き刺さるのだった。


































話は受けたが、まさかその日から出動要請を受けるとは誰か思っただろうか?

「すまんな」

「いいよ」

そんな訳でレイフォンは、ナルキにつれられてその上司へと会いに行く。

「養殖科の5年、フォーメッド・ガレンだ。すまないな、よろしく頼む」

小柄だが、大工か鍛冶屋でもやっているのかと言うがっしりとした体格の男がレイフォンに言う。その話はこうだ。

都市外から訪れるキャラバンや旅人たちが寝泊りするビルに宿泊する流通企業、ヴィネスレイフ社に属するキャラバンの一団がいた。
碧壇都市ルルグライフに所属する彼らは、確かに取り決められた商業データの取引、都市を潤すための外貨の流入をしていた。
だが、そこでの取引は正当に終わらなかった。
不法な手段によるデータの強奪、今だ未発表の新作作物の遺伝子配列表の窃盗。連盟法に違反する犯罪行為。
その疑いをかけられ、ヴィネスレイフ社のキャラバンに疑いがかかっていた。
そして、証拠もちゃんとある。監視システムを沈黙させはしたみたいだが、目撃者と言う間抜けなどじを踏んだ。

故に公証人が交渉に向かうが、最悪のタイミングで放浪バスが来た。
犯罪者が異邦人の場合、たいていは都市警の指示に従う。
無駄な抵抗をして死刑や、都市外への強制退去……すなわち、剥き出しの地面に投げ出されるよりははるかにいい。
二度とその都市に近づかなければ、罪は消えてなくなるのだから。

だけど退路があるならば、向こうも当然逃げ出そうとする。
穏便に済むのならそれに越したことはないが、十中八九相手は強攻策に出るだろう。
レイフォンはその時のため、キャラバンに対抗するための戦力だ。


「しかし……本当にいいのか?」

「ぜんぜん大丈夫だって。ちゃんと給金も出るし、ナルキが気にすることじゃないよ」

未だに納得がいかず、困惑するナルキを宥めながら、レイフォンとナルキは潜んでいた。
いつ、キャラバンの連中が出てくるのかわからない。
だから気を張って、そんな会話を交わしながらもレイフォンとナルキが会話をしている中、

『本当に気が良すぎです』

「……フェリ、先輩?」

背後から念威端子越しの音声が、レイフォンに届けられる。
その人物はフェリであり、レイフォンはナルキの前だというのに呼び捨てで呼んでしまいそうになった。
だが、ナルキはいきなりした背後の声に驚いていたのか、レイフォンの言いそうになった言葉を気にはしていない。

「取り合えず……ご苦労様です」

念威端子が現れてから少しして、そのフェリが姿を現す。
その手には自販機で買ったであろう缶ジュースと、そして小さな包みを持っていた。

「これは……差し入れです」

「フェリ先輩が?」

差し入れと称されて出された缶ジュースの他、小さな包みのそれはお菓子だった。
おそらくクッキーだろう。意外にもまともな外見のそれに、取り合えずレイフォンは安心する。
だが、油断は出来ないかもしれない。
この間フェリと料理を作った時にも思ったが、フェリは料理が下手だ。。
それは……あの時のカリアンの反応を見れば十分に理解できる。
だが、彼にとって、フェリの差し入れを、おそらく手作りであろうお菓子を無碍にすることなど出来なかった。

「じゃ……頂きます」

おそるおそるだが、覚悟を決めてお菓子をかじるレイフォン。
噛み砕き、舌の上で転がしてみて……

「あ、美味しい……ですね」

どこかほっとしたように言うレイフォンの顔は、長くはもたなかった。
いきなり表情が引きつる。

「ぐっ……」

「どうし……」

フェリが言いかけるも、青を通り越して紫色になるレイフォンの顔を見て息を呑む。
隣ではナルキが、心配そうにレイフォンを見ていた。
と言うか、慌てて缶ジュースを開け、それをレイフォンへと差し出す。

「ぐっ……げ、げほっ、ぐふ……ん、んんん……」

だが、意地でもそれは受け取らない。
意地でも耐え、体を折り曲げながらも飲み込む。
レイフォンが息を吐き、顔を上げた。

「お、美味しかったですよ」

「嘘を言わないでください」

血色の良くない顔を小刻みに震わせながらの笑みが、全てを物語っている。
そしてナルキは、そんなレイフォンに缶ジュースを今度こそちゃんと渡した。

「……得意でないことくらい、わかっています」

「う……」

拗ねられたように言われ、レイフォンは気まずげに息を呑んだ。

「兄で練習はしたんですが……」

ポツリと漏らされたフェリの言葉に、カリアンの安否を本気で心配してしまう。
苦手なカリアンではあるが、死なれるのは後味がかなり悪い。

そして良く見ると、フェリの手には絆創膏が巻かれていた、

「すいません……迷惑をおかけしました」

レイフォンやメイシェンに出来ることなら、自分にも出来るだろうとは思ったのだが……どうもうまくいかなかったらしい。
結果は見てのとおり、大失敗だ。
そのことにため息をつきながらも、謝罪をして立ち去ろうとする。

幸いにしても差し入れとして持ってきた缶ジュースは、レイフォン達の渇いた喉を潤すにはちょうどいいだろう。
そう思って、

「あ、フェリ先輩」

去ろうとしたら、レイフォンに呼び止められた。

「簡単なお菓子でいいなら、僕作れますんで、今度一緒に作りましょう」

この間の弁当ではデザートにゼリーを作り、孤児院のおやつを主に担当していたレイフォン。
作りすぎてリーリンには怒られたりもしていたが、スペックは本当に高い。
そんな彼の誘いにフェリは不機嫌そうなまま、そっぽを向き、

「……機会があれば」

その申し出を、受け入れた。

「じゃあ……」

レイフォンが続きを言おうとした時、爆発音が響く。


「始まったか……」

動き出したキャラバンの連中達。
騒がしい光景を確認し、レイフォンは錬金鋼を復元させた。

「それじゃフェリ先輩!僕は仕事ですから」

「はい、がんばってください、フォンフォン」

「……もういいですよ」

フォンフォンと呼ばれるのに慣れ、気落ちしながらもレイフォンは戦場へと跳んでいく。
そんなレイフォンと、自分を見て先ほどから困惑したような表情を向けるナルキに背を向け、フェリは帰路へとついた。
なぜこのようなことをしたのかと、自分の行動に理解できないまま、疑問に思いながら。
大物取りが行われる騒がしい光景を背にしながら、歩んでいった。



























あとがき
日常編ってことで一丁。
オリバーは出てきません。そしてレイフォン×フェリと言う事で、フェリを絡めて見ました。
しかし、ちょっと違和感があるかな?
少し心配なこの作品(汗
次回はニーナの出番、描写を書けたらいいなと思います(苦笑

PS それからあとがきで言ってた話ですが、XXX板にプロローグ書いたらかなりの感想が来ました。
え、マジで!?なんて思いました……
ご都合主義の設定を無視した話だったのに……そして調子に乗り、1話を書き上げる始末。
なんというか……調子に乗りすぎました(汗


PS2 そして、試作タイトルといいますか、取り合えず予定案、『フォンフォン一直線』に決定w
いや、まだ本格に決定ではなく、試作という感じですが……
フェリ一直線なレイフォンと言う事で、フォンフォン一直線にw
どうでしょう?
このあたりもご意見をいただけると嬉しいです。



[15685] 9話 日常から非日常へと……
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/02/18 10:29
その夜、ニーナは1人でモップがけをしていた。
機関掃除のバイトであり、本来ならレイフォンと一緒にするはずだった仕事。
だが、この場所にレイフォンはいない。
責任者である班長の話によれば、レイフォンは都市警の用で休みと言う。
都市警の用と言うことは、臨時出動員になったと言う事だろうか?
こんな、機関掃除と言う重労働を抱えているというのに、更にそんな時間が不定期になる仕事を抱えたと言うのだろうか?
思わず、レイフォンの体について心配してしまう。

(あいつが体を壊してしまったら……)

十七小隊はどうなる?
ただでさえ、いつ空中分解してもおかしくない隊だ。
これで、主戦力であるレイフォンが倒れてしまったら……

(いや……それはおかしいな)

都合のいい話だ。最初は、数合わせのような感じで、鍛えれば使えるというのがレイフォンの評価だった。しかも自分は、レイフォンの過去を知ってそれを糾弾している。
だと言うのに、今のニーナはレイフォンの力を期待している。
彼は強いのだ、圧倒的に。ニーナの想像を超えるほどに。
期待する、あるものは使う。その姿勢には間違いがあるとは思わない。

(最初は、私が何とかするつもりだったはずだ)

だが、ニーナは自分の力で何とかしようとしていた。
シャーニッドにしろフェリにしろ、能力はあるのだが士気が低い。
そんな2人に過剰な期待をする事は、それこそ無駄な努力ではないのかと思うほどに。
それを補うように、自分自身が強くなれば言いと思った。
だが……そこにレイフォンが現れた。

(あの強さは……)

武芸で有名なグレンダン、その最強の12人である証の、天剣を授けられて事がある少年。

(とても怖かった……)

その強さには、ニーナすらも恐れた。
先日の事件で、ニーナは膨大な数の汚染獣に呑み込まれると思った。
自分はここで死ぬのだろうと思った。
何も出来ずに、ツェルニを護るために小隊を立ち上げたと言うのに、その目的が達成できぬままここで果てるのかと思った。

それを、レイフォンが覆した。
たった1人で汚染獣の幼生体を全て屠り、母体を潰した。
強い、強すぎる。そして怖かった。本当に人間か?などと思った。

だが、なんにしても、レイフォンが強いと言う事は、十七小隊はニーナの望むものへとなるのだと思った。
武芸大会で勝利をツェルニに導ける、強いチームになるのだと。

(それでも……負けた)

先日の対抗試合で、十四小隊に負けた。
隊長のシンは、レイフォンが強いだけでは駄目だといった。

(じゃあ……どうすればいいんだ?)

ニーナは迷う。
十七小隊の勝因はチームワークだ。では、それを手にするべきか?
だが、息の合った連携は十七小隊には望めない。それは今までの訓練で、わかっているのではないのか?

(どうすれば……)

わからない……自分には。
ニーナは思考の海に沈み、これからの十七小隊について考えていると……

「ん……?」

ニーナの短い髪が引っ張られ、その考えを中断させられる。
いつの間にかモップを動かす手を止めており、首の後ろと両肩にわずかな重みを感じていた。
髪を引っ張った何かに手を伸ばすと、その手を柔らかい何かがつかむ。

「なんだ、お前か……」

「~~~♪」

背中に腕を回し、肩に乗っかっているものを前にやる。

「まったく……また抜け出してきたのか?」

呆れたような笑みをニーナが向けると、それは無邪気な笑みを返してきた。
この都市と同じ名前の、ニーナが護ると決めた存在、電子精霊であるツェルニだ。
そのツェルニの手が、ニーナの頬に触れる。
無邪気そうに笑うツェルニの顔を見ていると、ニーナの表情も自然に緩んでいた。

「お前は……どうしてそんなに私に懐く?」

尋ねても、その答えが返ってくるとは思わないが、ニーナはつぶやく。
思ったとおり、ニーナの言葉がわからないのか、ツェルニはニコニコとしているだけだ。
もし、言葉が理解できていたとしても、ツェルニはしゃべれるのだろうか?
少なくとも自分は、しゃべっているところを見た事がない。おそらく、しゃべれないのだろう。
まぁ、今はそんなこと、どうでも良い事だが。

「そうだな。そんなことは特に考えるまでもないのだろうな」

この子は、ツェルニは、この都市に住む皆が愛しくて、愛しくてたまらないのだ。
その中でニーナが特別と言う事はないのだろう。ただ偶然、ニーナが簡単にツェルニを受け入れてしまったから、ツェルニはニーナに会いに来てくれるのだろう。
もっとも、それが誰にでも出来る事ではないと思うが……

「お前に出会えたことは、私の人生で一番の幸運だ。お前に出会えたからこそ、私はお前を護りたくなった」

機関掃除のバイトを始めてすぐのころに、ニーナはツェルニに出会った。
故郷でも見たことはあるが、電子精霊の姿が、こんな幼子だとは思いもしなかった。

「お前がその姿でいてくれたからこそ、私はこの都市を愛する事が出来た。冷たい奴だと笑わないでくれよ。心の狭い奴だとは思ってくれてもいいが……こうして触れて、表情を読み合って、一緒に笑えると言うのは、私にとってはとても驚きで新鮮で、そしてとてもとても嬉しい事だった」

だからこそ護りたいと思った。
自分の手で、自分の力で。

「そうだ……そうだな」

ツェルニを抱き寄せ、頬を摺り寄せる。
ツェルニはくすぐったそうに身悶えし、ニーナの髪に鼻を押し付けてきた。
ツェルニの小さな鼻が耳たぶに触れるが、息は触れない。
これが、人間と電子精霊の違い。ツェルニ(電子精霊)は、呼吸をしていないのだ。

「私は、自分の手でお前を護りたいんだ」

そのために目指す、求める。強さを、力を。
身近に圧倒的強さを持つ人物を知っている。少なくとも、人間はあそこまでいけるはずだ。
そう……妄言とも取れる目標を抱いて、

「私は強くなるぞ。ツェルニ」

ツェルニの耳に、そっと囁く。
意味がわからないのか、ツェルニは首をかしげていた。



































「よくやってくれたっ!」

大物取りは既に終わり、周りの物が唖然とするなか、その沈黙をフォーメッドが打ち破った。
だが、未だに信じられない。
5人のキャラバン達を、それもかなりの腕前だった武芸者の集団をレイフォンは1人で、圧倒的な強さで制圧して見せたのだ。
その手腕に魅せられる中、フォーメッドが指示を飛ばしている。

そして彼等が持っていたトランクからは、盗まれたであろう未発表の新作作物の遺伝子配列表が記録されているデータチップが、おそらく入っていた。
おそらくと言うのは、彼らの持ち物か、または同じように盗まれたであろうデータチップが大量に入っていたからだ。

「ありましたか?」

「さてな。全部確認してみないとわからないが、まぁ、間違いないだろう」

レイフォンの問いにそう答えて、フォーメッドはニヤリと笑った。

「これだけのデータチップ、はたしてどれだけの値が付くかな?」

その言葉に、レイフォンは目を見張る。
とても警察関連の職に付く者の言葉には聞こえない故に。

「何だその目は?これをあいつらが商売で手に入れたのか、それとも盗んで集めたのかは知らないが、どちらにしても元の持ち主への返却なんて不可能だからな。ならばせいぜい、ツェルニの利益に貢献してもらうのが正しい形だと言うものだろう?」

この言葉は正しく、もっともだとは思う。
この閉ざされた都市では、それが最良の手段なのだろう。
感心すると同時に、そういうことを臆面もなく言ってのけるフォーメッドに、レイフォンは呆れていた。

「富なんていくらあっても足りないぞ。このツェルニにいる学生達を食わせていくことを考えたらな」

「はぁ……」

規模を考えれば違うが、そういう事については理解する事ができるレイフォン。
だからこそレイフォンは、現在このツェルニにいるのだ。

「ま、アルセイフ君も今日はお手柄だからな。報酬に多少は色をつけさせてもらうぞ」

そう言うと、フォーメッドは仕事へと戻っていく。
取り残されたレイフォンの肩を、ナルキが叩いた。

「すまんな、ああいう人なんだ」

「いや……うん。悪い人ではないと思うよ」

レイフォンはそういうが、ナルキは顔をしかめていた。

「そうなんだが……あの、金へのこだわり方と言うか、それを隠さない態度と言うのは、良い事なのか悪い事なのか、いまいち決めにくい」

「どうなんだろうね」

なんとなく、フォーメッドの気持ちがわかるレイフォンは苦笑した。
あれは潔さなのだろう。
開き直りだとも取れるが、フォーメッドはあのような行為を卑しいとは思っていない。
いや、実際は卑しく取られていても、気にはしていないのだろう。
それが事実なのだと言い切る自信があり、悪い事だとは思っていない。
孤児院のためへと、金儲けに走ったレイフォンに似ている。
ただ、レイフォンの場合はギリギリまで隠していたが。隠していたと言う事は、負い目があるからだったのだろう。
だから今でも……自分は刀ではなく剣で戦っている。
もう一度武芸を始めてみようと思っているのに、だ。

(ああいう風になれていれば、僕も少しは違ったのかな?)

思わずそう考えてしまったが、もう過ぎ去ってしまった事だし、どうする事も出来ない。
考えるだけ無駄な行為だ。どんなに考えても、過去は取り戻せない。

(でも、まぁ……ツェルニに来て、良かったとは思うし)

今まで体験できなかった事を体験できたし、仲良く話せる友人がいる。
そして、護りたいと思うような人物も出来た。
だからこそ、取り戻せない過去よりは、今(未来)を目指して行こうと思う。
それが、今のレイフォン・アルセイフとしての生き方だ。

(さて……明日も弁当を作らないといけないから、帰って寝よう)

そう決意し、報酬は指定の口座に支払われるらしいから、レイフォンはナルキやフォーメッドに一言言い、帰路へとつくのだった。



































「さて、問題はタイヤだよな……」

放浪バスと言うものは、ゴムのタイヤと、レギオスなどに使われる多数の足で地を歩く。
速度的にはタイヤが優れるのだが、ならば何故足を使うのか?
簡単な問題だ。荒れ果てた大地では、ゴムのタイヤでの走行は長時間もたないからだ。
荒れ果てた地に磨り減り、すぐにパンクなどをしてしまう。
だからこそ足を使い、速度を犠牲にしてでも長時間の移動に耐えられるようにしたのだ。
タイヤを使うのは都市に入る直前くらいのものだ。

「ゴム製のタイヤで耐えられないんだったら、他の材質ならどうだ?……例えば金属とか」

子供の発想のような、現実味のない案を出してみる。
だけどその案は、自分1人で考えるのならばありではないかと思えてしまう。
ゴムで耐えられないというのなら、頑丈で丈夫な物をタイヤとすればどうだろうか?
だが、金属などでタイヤを作れば重くなるのはもちろん、間違いなくブレーキの利きも悪くなるだろう。
ゴムではなく金属であり、スリップがしやすい。これでは、曲がる時ですら苦労しそうだ。

「無理……だな」

故に、この案は却下。
やはりタイヤでの走行は奥の手で、基本は多足での移動になりそうだ。

「んじゃ、次は燃料。ランドローラーにしても動力は電気なんだし、ここはやっぱ発電が出来ればいいよな……」

昔は、とは言っても想像も付かないほどはるか昔の話だけど、その時代には石油と言うものを加工して乗り物などの燃料にしていたらしい。
だが、今では、ラウンドローラーを例えで出すと、これはバッテリー、つまりは電気で動いている。
都市(レギオス)を動かす燃料はセルニウムだが、電気で動くとなれば発電さえ出来れば燃料の心配はない。
文献などではソーラーカーなどと言う、陽光をエネルギーとして動く車を見た事があるから、これは十分に可能だろう。
ただ、こればかりは専門の知識と、それなりに資金がかかりそうだが……

「やっぱ……一朝一夕に改造はうまくいかねぇか……」

ため息をつく。
ここは放浪バスの停留所。だが、老朽化して現在は使われていない。
そこにランプの粗末な明かりを頼りに、作業に没頭する者の姿があった。
レイフォンの隣の部屋の住人、オリバーである。
彼は油仕事で汚れてもいいような服、ツナギを着ており、眠そうに欠伸をしながら作業に一段落を置く。

「だが、まぁ……これで普通に走る分には問題ねぇだろ」

改造はそう簡単にはいかなそうだが、走る分には何の問題もないほどに仕上がった放浪バスを見て、オリバーは満足そうに頷く。
彼の実家は工場を経営しており、その手伝いを小さいころからしていたオリバーはこういうのが得意なのだ。
ちょうど良い事に、ここには老朽化で破棄された放浪バスがいくつもあることから、部品には困らない。
いろんな都市を見て回りたいと思い、親の反対を押し切って学園都市に来たために仕送りが殆どないオリバーにとって、これほど嬉しい事はない。

「冒険は男のロマンだ。なんでそれがわからねぇかな……うちの親は」

心配などと言うのもあるが、親としては実家の跡継ぎがいなくなるのは困るのだろう。
本来、都市は武芸者を外へは出したがらないものだが、一般人の家庭で突如生まれた武芸者のオリバーは、そこまで才能があるわけではない。
だからやはり、親がわかってくれなかったのは跡継ぎの問題だろう。心配だと言うのなら、それはそれでありがたいことだし、嬉しいことではあるが。

「ま、親が考えてんことはわかんねぇけど……ふわぁっ……もうこんな時間かよ?」

再び欠伸を、今度はとても大きなものをし、オリバーは持っていた時計を見る。
デジタル時計の数字は、既に朝の9時を指していた。とっくに授業の始まっている時間である。
地下にあり、薄暗い停留所にいたために気づかなかった。

「ねみィし、腹減った……レイフォンの奴、もう学校に行ってるよな?朝飯どうしよ……つーか、昨日は夕飯すら食ってねぇし、寝てねぇ……」

作業に没頭しすぎて、寮に帰っていないオリバー。
レイフォンには夕食はいらないといったが、昨夜はもちろん朝食も食べていないために腹ペコである。
眠いのは武芸者だから、内力系活剄でもすれば問題はないが、正直めんどくさい。

「午前中はサボるか……で、レイフォンに飯たかって午後の授業に出よう」

だるいので眠る。
空腹よりもそちらを優先し、風呂にでも入って寝ようと寮へと向う。
数時間眠ればましだろうし、レイフォンに昼食をたかれなくとも、その時はどっかの食堂やレストランで食べるか、弁当を買おうと思う。
レイフォンが作るのより美味しくはなく、少し値が張ったりするが、そこは仕方がないだろう。
欠伸を噛み殺しながら、オリバーはそう決意する。
その昼の事だった、オリバーが運命的な出会いをするのは……











































昼休み。
学生達が昼食を取ったり、休憩などをして午後からの授業の英気を養う時間。
いつもどおりのメンバーで、レイフォンはフェリとメイシェン、ナルキとミィフィの5人で昼食を取っていた。

「……理不尽です」

「はい?」

その席で、フェリが相変わらず不機嫌そうな無表情でそんなことをつぶやく。
だが、レイフォンにはその意味がわからない。
フェリは現在、レイフォンが作った弁当のおかずを口に運び、そして本当に機嫌の悪そうな声で、レイフォンに言った。

「こんなに美味しいなんて、理不尽です。あなたに苦手な事はないんですか?」

「そう言われましても……」

料理が美味しい……美味しいのだが……自分に出来ない事をそつなくこなすレイフォンに劣等感を感じるフェリ。
顔良し、スポーツ万能、武芸の腕は言うまでもなく、料理上手で家庭的な上、一般人からすれば憧れの小隊員に1年生ではいるほどの実力者。
そんな彼に苦手な物はないのかと思ってしまう。
勉強が苦手らしいが、そんなものは愛嬌のひとつでどうとでもなってしまう。

「でも……本当にレイとんの料理、美味しいよね」

「ありがとう、メイシェン」

ナルキとミィフィ、レイフォン以外の人物とは人見知りの気が激しいメイシェンだが、フェリの場合はいつも一緒にいるので慣れてしまったらしい。
先日彼女が、レイフォンが少しだけ席を外した隙に、レイの落としてしまった手紙の事をフェリに聞き、それをフェリがもう渡したと答えたのがこうなった原因かもしれない。
メイシェンはフェリに感謝し、一安心したようだった。
そんな訳で現在では、フェリの前でも比較的普段どおりに振舞えるメイシェン。
レイフォンの料理を褒め、素直に感心する。

「いやいや、本当にな。これなんか特に美味だ」

「え?」

そんな時だ。いきなりレイフォンの背後から声がして、彼が姿を現したのは。
顔は平均以上、美形と言っても問題ない程の作りをした、金髪の少年。
武芸科の制服に身を通した彼が、レイフォンの弁当から肉団子をつまみ上げ、口へと放り込んでいた。

「殺剄までして、何してるんですか?」

いきなりの事でメイシェンが、ナルキが、ミィフィが驚いているなか、気づいていたレイフォンは呆れたように言う。
フェリは気づいていたのかいなかったのかは知らないが、表情の変化はなかった。

「飯たかりに。帰んの遅くなっちまって、昨日の夜から何も食ってねぇんだよ。弁当、あるか?」

「一応ありますよ。オリバー先輩が見当たらなかったら、後で僕が食べようと思ってましたけど」

「うおっ、マジで?サンキュー。じゃ、これはいつもどおりの」

オリバーと呼ばれた彼は、レイフォンとそんな会話を交わした後、いくらかのお金を支払って、レイフォンのかばんから取り出された弁当を受け取る。
そしてそのまま地に座り、弁当のふたを開くのだった。

「なぁ……レイとん。その人は誰だ?」

「ん、ああ、オリバー先輩だよ」

レイフォンが先輩と呼んでいたし、剣帯のラインからして2年生である事がわかるオリバー。
彼についてナルキが質問をし、レイフォンがついでだから有料で弁当を作ってる寮の隣の住人だという事を説明する。

「ま、そう言う事」

それに相槌を打ちながら、オリバーは弁当を食していた。

「オリバー先輩って、レイと……レイフォンと仲がいいんですか?」

好奇心の塊のようなミィフィが、オリバーに質問を投げかけてくる。
最初はレイとんと呼ぼうとしたが、ニックネームだから伝わらないだろうと思って呼びなおし、同姓の友人が少ないと言われるレイフォンの交友関係を聞き出そうとする。
スキャンダル紙などと呼ばれるミィフィがバイトをしている週刊ルックンでは、期待の1年生小隊員であるレイフォンの人気が高いために彼に関する記事を追っていたりする。
もっとも、それは美形や実力派の小隊員なら誰にも言えることだが、ミィフィは出来れば記事にしようと思って尋ねた。
尋ねて……

「ん……」

オリバーの視線が、ミィフィに向く。

「……んん!?」

好奇心の塊であり、元気の良い彼女。
ツインテールにした栗色の髪と、かわいらしい容姿を持つ。
それはまさに突然……オリバーの頭に、電流のようなものが走った。

「結婚を前提にお付き合いください」

「へ……?」

瞬間、告白、プロポーズ。
場の空気が固まる。
ミィフィはいきなりの出来事で状況が把握できず、気の抜けた声を漏らす。

「完璧だ!あなたのような女性は見た事がない!!もう一目惚れです。俺と付き合ってください!!」

「えええええええええええ!?」

再び告げられたオリバーの想い。
その言葉に好奇心は吹き飛び、顔を赤くして叫びを上げるミィフィ。
それも当然だろう。目の前でいきなり告白されれば、誰でも驚く。
しかも彼は、初対面の人物である。

「あ~……なんだ?おめでとう」

取り合えず、友人を祝福するナルキ。

「えっと……その……」

メイシェンは、状況についていけていない。

「……………」

レイフォンはオリバーの性癖を知っている故か、視線がやけに白けている。
いや、言ったら彼女は怒るだろうが、確かにミィフィならオリバーの好みに合うかもしれない。
好みだというならばフェリも入りそうではあるが、もしそうだったらたぶん、レイフォンはオリバーを殺すかもしれないと思いながら……

「……………」

そしてフェリ自身も、表情の変化はない。
だけど、少しだけ興味はありそうだった。

「これぞまさに運命!あなたのような人を、見た事がありません」

「そ、そんな……」

顔を赤くし、恥ずかしそうだが、ミィフィは満更でもなさそうだ。
褒められたり、真剣に告白されたりするのはやはり人として嬉しいし、オリバーは顔も結構良い。
それに、ミィフィもかわいい部類に入る容姿だが、こういう展開を経験した事のない彼女にとってはとても喜ばしい事である。
それに応えるかどうかは別の話だが。

「幼く、かわいらしい顔!小さく、かわいらしい体!!」

「へ……?」

オリバーの褒め言葉。
彼からすれば褒めているのだが……

「どれを取ってもいい!その未発達な体こそが、本当に魅力的だ!」

それは……ミィフィにとってのコンプレックス(タブー)である。
わなわなと体を震わせ、怒りを蓄えるミィフィ。

「お嬢さん、お名前を!そして俺と即刻入籍を……」

「するかぁぁぁ!!」

「はぶっ!?」

怒りが爆発し、強烈なアッパーをオリバーに叩き込むミィフィ。
そんな彼女を見て、レイフォンは一般教養科だよなと思いつつ、幸せそうな顔をして意識を失っていくオリバー(ロリコン)を眺めているのだった。














































それは、思わず笑いを誘うほどに大きかった。

「で、これはなんなんだ?」

シャーニッドはそれを見て、苦笑しながらハーレイに尋ねる。
今のところ、練武館にはレイフォンとハーレイ、そしてシャーニッドの3人しかいない。
フェリはまた図書館に行って来るとかで、少し遅れてくるらしい。ニーナはまだ来ていない。
前回に引き続き、今日もニーナは遅刻である。
フェリはまぁ……いつもの事だが。

「うん、この間の調査の続き」

手押し車で運ばれてきたそれは、剣だった。
大きな、とても大きな剣。
剣と言っても木剣であり、剣身の部分にはいくつも鉛の錘が巻きつけてあり、レイフォンの身長ほどの大きさがあった。

「レイフォン、これ使える?」

「はぁ……」

その馬鹿げた大きさに呆れるレイフォンだったが、ハーレイに促されて柄を握る。
片手だけで剣を持ち上げ、ずっしりとした重量が手首にかかった。

「どう?」

「ちょっと重いですけど、まぁ、なんとか……」

言って、レイフォンはハーレイとシャーニッドを下がらせてから剣を振った。
正眼に構え、上段からの振り下ろし。
もともとの重量に遠心力が合わさり、振り下ろした後で剣に振り回されるようにバランスが崩れる。

「ふむ……」

それを理解し、一度深呼吸をして、内力系活剄を走らせる。
肉体強化。全身の筋肉が膨張したように、または空気にでもなったかのように体が軽い。
その状態で再度、剣を振る。
前回の様に、普段の様に大気を割く事が出来ない。
重量故に、その大きさ故に大気を引き千切る。

「わぷっ!」

その余波で突風が起こり、ハーレイが声を上げる。
だが、その声を最後にレイフォンは、外界の状況を意識から追いやる。
更に下段からの切り上げ、左右からの薙ぎ、突きと、様々な型を試す。
鼓膜を支配する風を引き千切る轟音を聞きながら、レイフォンはしっくり来ない感覚を味わう。
遠心力に振り回されるような感じがし、武器の使い方が違うのだと理解する。
だが、この場所でそれをやるには狭すぎる。

「ふう……」

仕方がないので動きを止め、体内に残っている活剄と熱の残滓を息と共に吐き出す。

「……満足しましたか?」

その息を、冷えた声によって飲み込みそうになりながらレイフォンは振り向く。
そこには、フェリがいた。今来たのだろう。ドアの前に立っている。
眉を歪め、冷ややかな視線がレイフォンを突き刺していた。

「この髪、ですけど……」

「あ、はい……」

ハーレイとシャーニッドは、自分は関係ないと言うようにドアから一番離れたところへと避難している。
しかも、シャーニッドの場合はわざとらしく口笛を吹いていた。
いや、実際にシャーニッドは関係ないが、ハーレイまで逃げ出しているのはどういうことかと……

「……聞いてますか?」

「もちろん」

一瞬、思考にふけってはいたが、フェリの言葉はしっかりと聞いているレイフォン。
彼女が怒っている理由は、男の自分でも嫉妬してしまいそうなほどに美しい髪。それがレイフォンの起こした暴風によって乱れているからだ。

「そうですか……この髪なんですが、けっこう、毎日のブラッシングが大変だったりするんですよね。ええ、それはもう……とてもとても」

「そ、そうなんですか……大変ですね」

「ええ……大変なんです」

「は、ははは……」

確かにフェリほどの美しい髪なら、その手入れすら大変なのだろう。
責任の半分はハーレイにあるとは言え、このような事をしてしまったことに罪悪感もある。
だが、レイフォンからは乾いた笑いしか出なかった。
それ以外に出す物があるのか?
ありません。
そんな断言が出来そうなほどだ。
いや、やはりある。

「……ごめんなさい」

「許しません」

誠心誠意、心からの謝罪をタメもなく、一刀両断する勢いで返されてしまった。

「ま、まぁまぁ、それぐらいでいいんじゃないかな?ほら、レイフォンも反省してるんだし」

「……どう見ても、あなたが持ち込んだものなんですけど?」

「……ごめんなさい」

レイフォンをフォローしようとしたハーレイだが、元凶その1である。
と言うか、レイフォンはハーレイに言われてやったのでその殆どがハーレイの仕業と言ってもいい。
そんな訳で一瞬で撃沈され、ハーレイも頭を下げる。

「もういいです。それよりも、そこで隊長と会いましたが、野戦グランドの使用許可が下りたそうなので、今日はそちらに移動だそうです」

フェリがため息をつき、そう言う。

「おや、急な事で」

「私だって知りませんよ」

もういいなどとは言ったが、機嫌を直した様子のないフェリは、そのままドアの向こうへと消えていってしまった。
レイフォンとハーレイは緊張から開放され、そろってため息をつくが、

「先輩……」

「ん?」

野戦グランドと聞いて何かを思いつき、レイフォンはハーレイへと耳打ちをする。

「ああ、やっぱりそうするしかないかな?まぁ、後で聞いて見るよ」

「お願いします」

そんな会話を残し、レイフォンは機嫌が悪そうに出て行ったフェリを追って行く。
その背後を興味深そうに見送りながら、シャーニッドはハーレイに尋ねた。

「何の話してんだ?」

「あれのことでちょっと」

「はぁん……」

それを聞いて興味をなくしたように、シャーニッドは手押し車の上に戻された剣を見た。

「しかしまぁ……なんだってこんな馬鹿でかい剣を作ったんだ?」

「うーん……基礎密度の問題で、どうしてもこのサイズになっちゃう計算なんですよね。一度完成しちゃえば、軽量化も出来るんでしょうけど」

「はん、新型の錬金鋼でも作ってんのか?確かハーレイの専門って開発じゃなかったろ?」

「そうですよ。だからこれは、うちの同室の奴が考えたんです。まっ、データ集めて調整するのは僕の方が上だし、開発自体が、そいつだけじゃなくてうちの3人での共同が条件で予算がおりちゃったから」

「ふうん、めんどくさそ」

「あ、ひどいなぁ」

シャーニッドはハーレイの説明にそんな反応を示し、ハーレイは傷ついたように漏らす。

「お前さんを馬鹿にしてるんじゃなくて、俺には無理だって話だよ」

パタパタと手を振って出て行くシャーニッドを追う様に、ハーレイも野戦グランドへと向うのだった。
































あとがき
ロリコン始動!
ですが、原作のイラストを見てふと思ったこと。
メイシェンよりミィフィのほうが背が高い!?
いや、ミィフィは胸がでかくないですし、体系的ハンデもありそうですから十分オリバーのストライクゾーンではありそうですが……しかしまぁ、これから先どうなる事やら……
フェリがターゲットになった場合、レイフォンと殺し合いが発生するのでそれはありません。
まぁ、あったとしても一方的な殺戮になりますが……

しかし今回は、レイフォンやフェリよりもオリバーメインと言った感じでしょうか?
まぁ、彼が今後どう物語に関係するのかは追々語るとします。
さて、次回はそろそろ日常と言うかこの準備期間も終わり、ニーナメインの話になる予定。
つまりはぶっ倒れますね。
そこを書いたら汚染獣戦予定!

タイトルはもう、フォンフォン一直線で決定しようかと思います。
それから次回の更新で、ついにその他へと移行予定!
しかしまぁ……ハイア死亡フラグを予想する方がいましたが、シャンテにも同様にフラグ立っているんですよね……
原作3巻あたりのアニメ版のゴルネオは漢だと思ったんですが、そこはどうでしょう?

2巻の終わりも見えてきました。これからもがんばります!!



[15685] 10話 決戦前夜
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/02/22 13:01
野外訓練はいつもどおりに終了した。
レイフォンが入隊したころに比べれば、現在の十七小隊の動きは良くなったように思える。
後方から火力支援を行うシャーニッドの視線を感じる事が出来るようになったし、フェリもやる気があるようには見えないが、それでも情報の伝達が遅れると言った事はなかった。
自動機械との模擬試合を三度行い、3戦全勝。終了までの時間も申し分なかった。
だけどニーナは、浮かない表情でどこか満足していないようだった。

「では、これで終了だ」

「ん、お疲れ~」

「お疲れ様です」

ロッカールームに戻っての反省会もそこそこに、ニーナが終了を告げる。
すぐにシャワールームに移動していくシャーニッドと、やる気がないためにたいした汗もかかず、荷物を持って出て行くフェリの姿はいつもどおり。
レイフォンもいつもどおりに、練武館に戻ろうとした。
それは、隊内でも緊密な動きを求められる前衛だからと言うことでニーナと始めた居残り訓練であり、それが終わった後に図書館や読書などで時間を潰していたフェリと一緒に帰るのが日課だったが……

「レイフォン」

そのいつもどおりの日課を行おうとしたレイフォンに、ニーナが声をかける。

「はい?」

「今日は、このままあがっていいぞ」

「え?」

「しばらく、2人での訓練は中止だ」

「どうしてです?」

「必要ないだろう」

あっさりとニーナは言い切る。その言葉に、レイフォンは絶句した。
いつものニーナからは考えられない言葉であり、さっきの模擬試合でも一応形にはなっていた連携だが、それはあまりにも無骨な形だったのだ。
お互いの咄嗟の動きが食い違わないだけで、コンビネーションや連携と言うには程遠い。
故に、ニーナの『必要ない』と言う言葉が信じられなかった。
彼女の求めているものは、そのコンビネーション、連携、チームワークだと思っていたからだ。

「とにかく、訓練は中止だ。あがっていいぞ」

そう言ってレイフォンに背を見せるニーナは、まるで拒絶しているかのようだった。

「ニーナ……」

そんなニーナを咎めるように声をかけるハーレイ。
だが、レイフォンは案外すんなりと、

「じゃあ、失礼します」

そう言って、ロッカールームを出た。
本当にあっさりして、たいして気にしてないような反応だった。





「何をしているんだろうな、私は?」

あっさりと、たいして気にした風もなく返事をし、レイフォンによって閉じられた扉の音はニーナにとって、まるで関係性そのものを閉じられたようで、乾いた音が胸を突いた。
その痛みを、ニーナは首を振って追い払う。
わかってはいる。わかってはいても、こんな言葉を吐かなくてはならない自分はどうなんだろうか?

「迷うな」

出口の見つかりそうにない思考の迷路に入り込みそうになり、ニーナは思考を止めた。
未来は推測する事が出来ても、予言する事は出来ない。絶対に、確実にわかっていることは、どんな人間でも死ぬと言う事実だけだ。
それだって何時、どうやって死ぬのかはわからないが……

(そして私の未来は、今だ推測すらも怪しい段階だ)

ならば、今は自分が正しいと思ったことをやる。
ただそれだけだった。

「さて、練武館に戻るか……」

あれだけ言ったのだから、レイフォンはいないだろう。
……いたのなら、場所を変えるしかない。
そう思って、ニーナは歩き出した。




































夜が訪れ、そして深まる。
レイフォンは再び、野戦グラウンドへと来ていた。
夜だと言うのに照明の点いていないグラウンドは暗く、植えられた木々に潜む虫の声が微細に夜の気配を教えていた。
レイフォンの手には、ハーレイによって持ってこられた練武館で使っていた大きな剣が握られている。
その不恰好な剣を握り締め、夜の幕に覆われて滲むようにしか見えない風景に目を慣れさせていく。

「ふっ」

呼気をひとつ。
内力系活剄を全身に走らせ、レイフォンは動いた。
まずは練武館でもやった基本の型。風のなかったグラウンドに、強風が巻き起こる。
剣の重さがレイフォンの重心を揺さぶり、それに合わせて重心の位置を修正していく。

剣の重さが起こす体の揺れを力任せに御すのではなく、その重さによる体の流れを制御する、利用する。
やがて、レイフォンはその場に止まるのではなく、グラウンドのあっちこっちに移動しながら剣を振った。
重さに引かれた方向に従って、グラウンドを無秩序に移動していく。やがて、その動きをコントロールしていく。
無秩序に、あっちこっちに移動していたレイフォンがグラウンドを、真っ直ぐと進んでいく。

そのころには、レイフォンの動きは最初のころとまったく違っていた。
剣を使う基本的な動作ではなく、剣を降ると同時に地面から足が離れ、体が浮く。
宙で体を回転させ、剣の重さを利用して一撃を放つ。
その一撃で起こる力の流れを、即座に次の一撃のための流れに変化させる。
それを繰り返しているうちに、レイフォンの足は殆ど地面には着いていなかった。

「………」

地面に剣を叩きつけ、レイフォンは動きを止めた。
今の一撃で砕かれた土砂を降らせる中、レイフォンは足に活剄を収束させる。


内力系活剄が変化、旋剄


脚力を強化し、真上に跳躍する。
宙に舞い上がったレイフォンは、更に剣を振る。
剣が起こす力の流れが、レイフォンをあっちこっちに移動させながら落下する。
着地、すぐさま跳躍。
何度もそれを繰り返していくうちに、滑空時間が少しずつ延びていく。
剣の重量により、力の流れを制御して空中で移動するのは、地面にいるよりも遥かに難しい。
だと言うのにレイフォンは、何度も繰り返す事でコツをつかんでいく。
それはまさに、飛んでいるかのような光景だった。

十数回目の着地で、レイフォンは跳ぶのをやめた。
長く息を吐き、剄を散らす。
終わりを察したのか、グラウンドに照明が点った。

「なんかもう……なんてコメントすればいいのかわからないね」

やって来たハーレイが、そうつぶやく。
その隣には、フェリとカリアンがいた。

「どうだい、感触は?」

ハーレイの言葉にレイフォンは、素直な感想を口にする。
それにハーレイが頷きながら、メモを取っていた。
その会話が一段落すると、カリアンが尋ねてきた。

「開発の方は、うまくいっているのかな?」

「そっちはまったく問題ないですよ。元々、基本の理論はあいつが入学した時から出来てたんだし、後は実際に作った上での不具合の有無。まぁ、微調整だけです。こんなものを使える人間がそうそういるなんてはずないから、作れる機会なんてあるとは思ってなかったんですけどね」

最初は研究者として嬉しそうに話していたハーレイだが、声が沈み、表情が曇る。
汚染獣の接近、正確にはツェルニが接近しているのだが、それは現在、今のところ秘密と言う事になっている。
だが、それは開発者達にまで秘密と言うわけにはいかないので、ハーレイ達開発陣には知らされていた。
その他に知っている人物といえば、生徒会幹部と、武芸長であるヴァンゼの所属する、ツェルニ最強と呼び声の高い第一小隊くらいだろう。
彼らには万が一の時のために、ツェルニの最終防衛ラインをやってもらう。
もっとも、それはレイフォンが敗北した場合の話であり、レイフォンが敗北した相手に彼等が勝てるとは思えないが……

なんにせよ、事が広がっては問題なので、知っているのはこれらの少数だ。
十七小隊の他の隊員、とは言ってもニーナとシャーニッドだけだが、彼らにもこれは打ち明けられていない。
レイフォンからもハーレイに、秘密にしてもらえるように頼んでいた。
ニーナなら絶対に付いて行くと言いそうな上、汚染獣戦においては足手まといにしかならないからだ。

「これも都市の運命だと、諦めてもらうしかないな」

「……そうですね、来て欲しくない運命ですけど」

ため息をひとつ吐き、ハーレイは無理やり表情の曇りを払った。

「そういえば、基本理論を作ったと言う彼は、見に来なくて良かったのかな?」

「あいつは変わり者なんで。鍛冶師としての腕と知識はすごいですけど、極度の人嫌いですからね」

「職人気質と言う奴なのかな?」

「そういうものなんですかね?変な奴で十分だと思いますけど」

「ははは、酷い言い方だ」

「会えば、きっとそう思いますよ」

カリアンとハーレイがそんな会話をしてグラウンドを出る途中、施錠をするためにカリアンと別れ、出口に着いたところでハーレイが先ほどの会話に出た『あいつ』が研究室にいるだろうからと、まだ名前も聞いていない開発者に会うために1人で錬金科にある研究室へと向った。
そんな訳で、街灯以外に光のないグラウンド前の通りで、レイフォンとフェリはカリアンを待っていた。

「フォンフォン……」

「なんですか?フェリ」

もうこの呼び名には、すっかり慣れてしまった。
フォンフォンと聞いたシャーニッドは爆笑し、ニーナは微妙そうな表情をしていたが、今ではもう殆ど気にならない。

「フォンフォン……」

「なんですか?」

またその呼び名で呼ばれ、レイフォンは疑問を浮かべる。
フェリは何を言えばいいのか、どんな言葉を出せばいいのかわからないような表情で、心配そうにレイフォンを見ていた。
とは言っても、彼女の表情の変化は小さく、とてもわかり辛いが……それをレイフォンはなんとなく理解する。

「怖く……ないんですか?」

そして、やっと繰り出されたフェリの言葉は、たったそれだけの事。
だけどそれで理解し、レイフォンは苦笑しながら応える。

「そりゃあ……怖いですよ。汚染獣戦では一歩間違えば、かすり傷ひとつ負うだけで死ぬかもしれないですから」

汚染獣に対する恐怖。
汚染獣の脅威は今更語るまでもなく、最弱と言う幼生体がツェルニを襲ってきただけで、ツェルニは滅びかけた。
幼生体の甲殻すら破れず、圧倒的な数に押され……敗北しようとした。
今でも思う。もし、レイフォンがいなければと……
その時は自分は、ツェルニ中の人間は全て汚染獣の餌食となっていただろう。

そのレイフォンすら厄介だと言う、今回の汚染獣。
彼が昔使っていた天剣と言う武器があるのなら問題はないらしいが、雄性体は他の武芸者なら間違いなく脅威だ。
雄性体1匹に、ツェルニのような未熟な武芸者ではなく、熟練した武芸者数人、数十人がかりで相手をしなければ勝てないだろう。それを、レイフォンは1人でやると言うのだ。
しかも、かすり傷ひとつ負えば、汚染物質遮断スーツが破ければ、汚染物質で果てるかもしれない都市外でだ。
そんな状況で、恐ろしくないはずがない。

「だけど僕は、そういうのをグレンダンで何度も経験してきましたし、倒す自身もあります」

だがレイフォンは、幼いころからそんな状況に身を置き、天剣授受者と言う最強の称号を与えられたほどの実力を持っている。
そんな彼だからこそ、いや、ツェルニと言う未熟者が集まるこの都市だから、彼以外には出来ない。

「大丈夫ですよ、絶対にツェルニは……フェリは僕が護りますから」

都市と同等に、またはそれ以上にフェリを見て、レイフォンは笑いかける。
武芸をやめたがっていたレイフォンだが、今では『剣』を振る事にはそれほどの迷いはない。
決めたのだ、絶対に、何が何でもフェリを護ると。そのためになら、剣を取ろうと。
そう……例え刺し違えてでも、汚染獣を倒すと。

「……フェリ?」

「……………」

そんな決意を込めて言ったレイフォンの服の袖を、フェリは無言でつかんだ。
変化の少ない表情だが、どこか哀しそうに、今にも泣いてしまいそうに……

「フェリ?」

「……そんな顔、しないでください」

もう一度尋ねたレイフォンの声に、痛烈な声でフェリは言う。
レイフォンは笑っていた。とても優しそうな視線をフェリに向けていた。
だけどそれはどこか儚く、目の前からいなくなってしまいそうな雰囲気があった。

「フェリ……」

「フォンフォン、約束です。絶対に帰って来てください」

「帰るも何も、グレンダンにいられなくなった僕はここ(ツェルニ)以外に帰る場所なんてないんですけどね」

おどけたように、冗談でも言うように苦笑して答えるレイフォン。

「そう言う事ではなく……」

それを否定するようにフェリはつぶやき、考え、次に出した言葉は……

「……そうですね、言い方を変えましょう。ちゃんと帰って来れたら、私と一緒に遊びに行きましょう」

「え……?」

その言葉に、レイフォンは少し意外そうな顔をする。
あのフェリが、まさか自分からレイフォンを誘うなんて思いもしなかったのだ。

「ちょうど、観たい映画があったんです。ですから約束です。ちゃんと帰って来て、私と一緒にそれを観に行きましょう」

これではまるで、デートみたいではないか。
女の子と2人っきりで出かけると言う経験はリーリンとならあるが、幼馴染や兄妹のような感じだったし、そもそも2人ともまだ幼く、そう言う異性を意識していなかった時の話だ。
それがフェリなら、レイフォンが好意を持っている人物となら、話は当たり前だが変わってくる。

「……それは大変ですね。絶対に帰ってこなけりゃいけなくなりました」

またも苦笑し、だけど嬉しそうにレイフォンは笑う。
その笑みを見て安心したのか、小さい表情の変化でフェリも笑っていた。
グレンダンにいた時からは考えられない、そしてこのツェルニに来て本当に良かったという日々を過ごしていくうちに、レイフォンは変わっていた。
自分でも自覚出来るほどに、だからこそこんな日常を護りたいと思えるほどに。



「……兄が来ました」

フェリの笑みが消え、フェリがこちらにやってくるカリアンへと視線を向ける。
レイフォンもそっちに視線をやると、相変わらず薄い笑みを浮かべたカリアンがいた。

「いや、待たせたね。と言うよりも待っているとは思わなかったよ」

「待たなくていいとも言われませんでしたけど?そもそも、あなたは弱いんですから夜道の1人歩きは危険です」

「そうですよ、ずいぶん恨みを買うような事をしているらしいですから、無理やり武芸科に転科させられた生徒が夜道を襲うかもしれませんよ」

「ははは、酷い言われ方だ……と言うか、レイフォン君?冗談……だよね?」

フェリの毒を含んだ言葉に苦笑するカリアンだが、便乗したレイフォンの言葉には流石に笑えない。
もしレイフォンがそれを実行したなら、このツェルニにおいて彼を止められる人物など存在しないのだ。
と言う事は、確実にカリアンは死ぬ。

「さあ?どうなんでしょ?」

冗談を言うように表情がニヤけるレイフォン。
その隣では、フェリも可笑しそうに小さく笑っていた。
少しだけ、いや、かなり変わってきたレイフォンとフェリを見て、カリアンは喜ばしい事か、または恐ろしい事かと本気で悩んでいた。

「その、だね……待っていてもらって悪いけど、実はまだ片付けなくてはいけない事があってね、これから生徒会の方に戻らなければいけないんだ。君達だけで帰ってくれ」

「そう言う事は先に言ってください」

冷や汗を流しながら言うカリアンに、フェリは不機嫌そうに答える。

「まったく、これは私の不注意だったな。すまない。そうだ、レイフォン君は運動して腹が減っているのではないかな?こんな時間までつき合わせたのはこっちの都合だ。フェリ、どこか美味い店に連れて行ってやってくれ」

そう言い、カリアンは数枚の紙幣を財布から取り出すとフェリに渡し、こちらが何かを言う暇もなく学校へと向って行った。

「儲けました」

フェリがレイフォンに向き直り、紙幣を両手で握ってつぶやく。

「では、せっかくですから雰囲気のあるバーにでも行きましょう。夜景を眺めながら2人でグラスを傾けます。ちゃんとホテルのキーを用意してくださいね」

「いや、それは魅力的な話ですが……まだ酒精解禁の学年じゃないですし」

フェリの言葉に、もっともな突っ込みを入れるレイフォン。
それに本当に魅力的な話ではあるが、レイフォンにしろフェリにしろ、そういう雰囲気が似合うようには思えない。
レイフォンはそんな場所が似合うようには思えないし、フェリの透明感のある美しさは、そういう大人の雰囲気とはまた違う。
しかし、では何処が似合うのかと言うと……

(家族向けのレストランかなぁ……)

子供連れの家族がやってくるようなレストラン……
美しさと言う点を考慮しなければ、フェリはませた子供の様にも見える。
文句を言いながら、会計の横にある玩具売り場を気にする……

(うわっ、似合いすぎてるかも)

思わずレイフォンは吹いた。
フェリは美人だし、かわいいと思うが、この光景が意外にも似合ってるように感じた。
いや、フェリだからこそ似合うのだろうか?
だが、どちらにしても、学園都市であるツェルニにそういう家族向けのレストランはない。
学生のうちに結婚し、生まれた子供も少数ながらこのツェルニにはいるらしいが、それでも小数故にない。
玩具屋がないわけでもないが。

「……何か失礼な事を考えていますね」

「とんでもない」

即答したが、レイフォンは吹いていたし、フェリの疑いの眼差しは消えていない。

「まぁ、いいです。家の近くに良く行くレストランがあるから、そこにしましょう。遅くまでやってますし」

不機嫌そうだが、取り合えずフェリは決定事項のように言う。

「はぁ、でもいいんですか?奢ってもらうのはなんだか、悪い気がしますけど」

「いいんですよ。私のじゃなくて兄のお金です。好きなだけ食べてください」

「はは……」

そんな会話を交わしながら、レイフォンとフェリはレストランへと向うのだった。









































重くなった鉄鞭をだらりと垂らし、ニーナは止まらない息に窒息してしまいそうだった。
場所は都市外縁部。夜遅くに暴れても咎められずに、誰も見ていない場所。
そこでニーナは荒い息をつきながら、それを落ち着かせていく。
呼吸は剄の大本だ。乱してはいけない。体にも急に休息を与えてはいけない。
ゆっくりと体を落ち着かせていく。

「……よしっ」

呼吸を整え、ニーナは再び鉄鞭を持ち上げた。
疲れ果て、本当は持っていることすら辛いが、内力系活剄を走らせればまだいける。そのために呼吸を整えたのだから。
汚染獣が攻め入り、それをニーナ達が迎え撃った場所、そして苦戦していた汚染獣の群れをレイフォンが瞬殺したこの場所で、ニーナは1人、鉄鞭を振り続けた。

どうすれば、自分はもっと強くなれるのか?
そう思いながら鉄鞭を振り続ける。
基本の型から、応用技の素振りへと持っていく。
何度も何度も繰り返し、反復練習を続ける。
少なくともこれだけで、多少なりとも身体能力は上昇するだろう。
身体能力が上がれば、それだけ動け、戦闘力が上がる。

「ふっ……はっ、はっ、はっ、はっ……」

またもや荒くなった息を整え、少しだけ休憩を取る。
そばに置いてあったかばんからタオルを取り出し、ニーナは汗を拭う。
入学式の前まではまだ寒く、訓練などで熱した体をすぐに冷やしてくれたのだが、今は夜でも過ごしやすい。徐々に暖かい土地にツェルニが移動しているのだろう。
それだけに、体から熱が逃げてくれない。

吹き出た汗を鬱陶しく思いながら、ニーナはエアフィルター越しに夜景を眺める。仰向けに地面に倒れ、見上げるように。
硬い地面が冷たく、とても心地よい。
夜空には半欠けの月が浮かんでおり、後は底なしの闇が広がっている。
その月に、手が届いてしまうのではないかと思ってしまう。
復元状態の鉄鞭がニーナの左右に転がり、手は空いている。だけど、その手を夜空に掲げるなんて事はしない。
そんなメルヘンチックな事をするには気恥ずかしさを感じるし、届くわけがないとわかっている。

「……遠いな」

だから、そうつぶやいた。
届きそうで、届かない。錯覚と現実の狭間に月がある。
思わず手が届くのではないかと思うが、実際には何億キルメルも離れているのだ。
手を伸ばした程度で、届くわけがない。だが、届かなければいけないとニーナは思う。
手を伸ばすだけで届かないなら、宙を駆け上がってでも……

「ふっ……」

自分の非現実的な考えが可笑しく、ニーナは思わず笑ってしまった。
宙を駆け上がるなんて出来るはずがないし、そんな妄想に意味はない。
意味があるのは、情けないと思うのは、そんな非現実的な手段でしか届かないと思っている自分の弱気だ。

「これでは……だめだ」

今やっていることや、日々の訓練は無駄だとは言わない。それに意味がないとは言わない。
確実に自分の成長に繋がっていると思う。
だが、こんな訓練は今までずっとしてきた。だから続けても、成長はするかもしれないが同じことだ。
足りない……強くなれない。
一足飛びに、劇的に強くなれる方法はないのか?
それこそ妄想、妄言、非現実的な考えだと言う事は理解している。それでも、そう思わずにはいられない。

「くそっ」

今のままでも、十分に強くなれると思う。
時間をかければ、いつかはレイフォンに追いつくことも可能だと信じている。
だが、それにはどれだけの時間がかかる?
1年?2年?まさか……
10年かかるか、20年かかるか、あるいはそれ以上。想像もつかないような膨大な時間が必要だろう。
だが、このツェルニには1年と言う時間すらないのだ。
武芸大会は今年、あと数ヶ月先と言う状況だ。

「間に合わない」

必要なのは未来の可能性などではなく、現在の、今そこにあるものなのだ。
余りにもアンバランスになってしまった十七小隊の均衡を取るために、ニーナは強くならなければならないのだ。
それを出来るのは自分しかいない。ツェルニを護ると決めた自分しか……

「間に合わないのか……」

片手が、ゆっくりと月に伸びる。
メルヘンチックだとか、気恥ずかしいなんて思ったが、あまりにも哀しくなり、思わず手が伸びてしまった。
大気をなでる指先が、視界の中で指に触れる。
空想の中での接触。
幻想の中だけの到達。
そんなものに意味はないとわかっているのに……

「悔しいな」

滲む月を見上げて、ニーナは腕を下ろした。
今にも挫けてしまいそうだ。
諦めてしまいそうだ。
自分には無理だと思い、終わってしまいそうだ。
だが、

「終われるか」

ニーナは挫けない。
ニーナは諦めない。
ニーナは無理だとは思わず、終わらない。

汗を拭い、勢いをつけて起き上がる。

「こんなところで、終わるわけには行かないんだ」

疲労も、想いも、全て振り払ってニーナは起き上がり、鉄鞭を拾い上げた。
夜はまだまだ長い。時間は有限だが、間に合わないわけではない。
そう信じて……

「はっ!」

ニーナは再び鉄鞭を振った。







































次の対抗試合が、今度の休日だと決まった。
だが、やる気のある者が少ない十七小隊はいつもどおり……いや、いつもならやる気と気合十分なニーナの元気がない。
そのことを多少気にしつつも、レイフォンは錬金鋼のレプリカのテストや、カリアンや他の錬金科の技術者を交えた打ち合わせをしていた。
その後にカリアンの奢りで夕飯を何回かご馳走になったが、金を出したのがカリアンというだけで、一度もそのカリアン本人と食事をした事がない。
つまりはフェリと2人っきりでの夕食だったのだ。
そのこと自体は正直嬉しいし、レイフォンも不満はない。
だが、やはり……ここ最近、様子の可笑しいニーナが心配ではある。

「レイフォン、今日は夕食の分も作ってくれ。金はちゃんと出す」

「また行くんですか?最近毎日ですね」

「まぁな」

だけどいつもどおりの生活をし、朝食の準備と弁当を用意していたレイフォンに、オリバーがそう要求をしてくる。
ここ最近、夜遅くまで放置された停留所に通っているオリバー。
そんな彼の分の弁当もついでに、有料で準備をしながら、レイフォンはいつもどおりの朝を迎えていた。

「商業科の知り合いから使わなくなったコンロをもらってな、現在それを取り付け中だ。これだと、放浪バスん中で生活が出来るぞ」

放浪バスというのは、長い間大勢の乗客が都市間の移動中の間を過ごし、ある程度の生活ができる空間がある。
当然1人辺りのスペースは小さいが、オリバーの改造では数十ある座席を取り外し、広いスペースを取る。
その中にガスコンロやら生活用品を詰め込み、設置していくのだ。
放浪バスにはその上シャワーやトイレまでついているので、まさにキャンピングカーとでも言うような代物。
放浪バスで都市間の旅を目指すオリバーにとって、まさにこれ以上ない改造だ。

「それは凄いですね」

「だろ?ところで……レイフォン」

世間話の様にそのことを話していたオリバーだが、何か決意をしたように、真剣にレイフォンを見つめていた。

「頼みがあるんだが」

「なんですか?」

その視線に何事かと思うレイフォンだが、その答えはすぐさま彼によって語られる。

「ミィフィさんの趣味とか好きなものとか、聞き出してくれないか?」

「断られたのに、諦めてないんですか?」

「もちろん!」

ミィフィに一目惚れ、即刻告白、プロポーズをしたオリバー。
自分の気持ちを馬鹿正直に伝えたために、ミィフィに殴られて断られたものの、オリバーは全然諦めていなかった。
むしろ更に燃え上がったかのように、その想いを更に強固なものへとしていた。

「恋はいつも突然!ああ、こんな気持ちはツェルニに会った時以来だ!ツェルニは電子精霊だから諦めてたけどさ、ミィフィさんは生身だよ、人間なんだよ!!あの未発達な体を、俺の思い通りに出来るって想像しただけで……たまらん!」

「……………」

なんだろう?
この危険人物は友人のためにも、ここで息の根を止めた方がいいのだろうか?
半ば本気で、そんなことを思うレイフォンだった。

「まぁ、冗談はさておき、そろそろ俺は行くか」

「ホントですか?」

思わず剣帯に伸びた手を引っ込め、レイフォンは問う。
オリバーはホントだと苦笑しながら答え、レイフォンの用意した弁当をかばんに詰める。

レイフォンも学校に行く準備をし、いつもどおりに学校へと向う。
ただ、この日ばかりはいつもどおりには行かなかった。
汚染獣への接近はもうすぐ。
そして今夜、あんな事が起こるのは予想外だったからだ。




































「またやっちまった……」

夜も遅い。と言うか、殆ど朝だった。
今はまだ暗いが、あと2,3時間もすれば日も昇るだろう。
だが、時間的には、個人の感覚的には夜。
そう思いながらオリバーは、いつもの様に放浪バスの修繕、改造を終えて帰路へとついていた。

「こりゃ、今日もサボるか?一眠りしてなんかつまんだ後、適当に授業受けて……」

独り言をつぶやくようにオリバーは思考し、歩く。
放浪バスの出来は中々で、いつ外を走っても大丈夫だろうと思う。
出来れば許可などを取って、テスト走行をしたかったのだが……まぁ、そこら辺は追々考えるとする。
しかし、今現在の問題と言えば……

「やっぱ、資金不足だよな……」

部品などは同じく放置された物を使っているとは言え、やはり改造にはそれなりの費用がかかる。
オリバーは週3,4日くらいバーでバイトはしているのだが、その給金は殆ど学費や生活費で消えてしまう。
だからたまに、自分の知識を生かして格安の機械メンテナンスのバイトをやったりもするが、格安故にその収入は多くはない。

「金の入りがいいし、機関掃除でもやるかな?だけどあれはきついし……だが、ツェルニに会えるんだったらいいかな?」

そんなことを考えながら、オリバーは歩く。
すると、それは偶然だった。

「ん……ありゃぁ……?」

暖かくなっているとは言え、夜は寒い。
だと言うのに何も羽織らず、武芸科の制服だけの姿をし、スポーツバックを持った彼女を見たのは。

「確か……エリプトン先輩とレイフォンとこの小隊の……隊長?」

確か、ニーナ・アントークとか言ったか。
こんな時間、彼女は一体何処に行くのだろうか?

「ま、俺には関係ねぇか。帰って寝よう」

そう思い、オリバーは気にせずに寮へと戻る。















はずだったのだが……

「何してんだ俺?これじゃストーカーじゃねぇか。ちっちゃくてかわいい子を追うならともかく、ホントに何してんだ俺?」

後半の場合も何をしているのか問い質したくはなるが、ニーナの後を何気なく追いかけるオリバー。
殺剄すら使わない粗末な尾行だが、それでも小隊隊長であるはずのニーナは気づかない。
それにも不審に思ったが、それよりもオリバーが不審に思ったのはニーナの疲労具合だ。
機関掃除のバイトの後と言うこともあるのだろうが、どうやらそれだけではないような気もする。
なんと言えば言いのか、すごく隙だらけだった。

「どこ行くんだ?」

ニーナはずっと、都市の外側へと歩いていた。
外縁部へ向い、一直線に歩いていく。
最初はそちらに住居があるのかと思ったが、だんだんと人気のない場所へと進んでいく。
怪しいと、オリバーが思っていると、ニーナは建物が一切ない、広場の様になっている外縁部へと辿り着く。
そこに着きニーナは、スポーツバックを地面に置いて錬金鋼を復元した。

「おいおい、こんな時間に自主トレかよ?小隊隊長ともなると真面目だねぇ……」

活剄を走らせ、素振りをするニーナを見て、オリバーはそうつぶやく。
どこか鬼気迫ったように、まるで芸術でも見ているかのように思えるニーナの動き。
型をやり、あらゆる攻め、あらゆる防御の動きをする。
これでもオリバーは武芸科である。だからこそわかる、彼女の動きの凄さが、美しさが。
流石は3年生で小隊隊長を勤める、美しき才女だ。
まぁ……美しいとは、美人とは思うが、オリバーの好みではないのだが……
しかし魅せられる。
なんで自分がここにいるのか、ニーナを尾行しようと思ったのかを忘れ、観ていた。
一流の舞い手が世界全てを観客にして踊っているような、狂ったような戦士が世界全てを敵にして戦っているような、そんな矛盾した感想を抱きながら。

「すげーな……」

だと言うのにオリバーは気づかない。
鬼気迫るその動きに魅せられ、その悲しさに。
がむしゃらなニーナの動き。だけど彼は気づかない……
オリバーは武芸者だが、ニーナが何を考えているかなんて知らない。考えもしない。
ニーナが何を考えていようがオリバーには関係ないし、彼女が悩んでいるという事すら知らない。
今日、偶然ニーナの姿を見て、ただ気になったから後を追いかけてきただけなのだ。

「あ……」

だから、気づけるわけがなかった。

「え、まじ?ちょ、大丈夫ですか!?」

ニーナの動きに魅せられ、舞い手の踊りが止まるまで……狂った戦士が戦いをやめるまで……ニーナが倒れるまで……
オリバーは気がつかなかった。







































あとがき
今回はフェリ成分、そしてニーナの心境を真面目に書いたつもり(汗
しかしニーナが倒れたところを目撃したのは、オリバーです。
いや、ですがオリバーにフラグは立ちませんよ。立つのはもちろんレイフォンです。
まぁ、レイフォン×フェリなこの作品ですので、簡単にバキボキと折れますがw

次回は主人公にニーナとのフラグを立ててもらって、汚染獣の討伐へGoですね。
レイフォン無双は見られるのか?
フェリのために生きて帰る気満々のレイフォン!その戦果は!?



[15685] 11話 決戦
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/03/09 12:56
「案外早かったな」

「隊長は!?」

倒れたニーナを病院へ運び込んだオリバーは、その後レイフォンに連絡を入れていた。
そしてレイフォンはと言うと、同じ寮のレイフォン以外の連絡先を知らないオリバーの代わりに他の隊員達に連絡を入れ、すぐさま病院へと駆けつけたのだ。

「剄脈の過労だとよ。たっく……教科書にも載ってるそんな初歩的な倒れ方を、まさか小隊隊長がやるとはな」

「そうですか……」

オリバーにニーナの容態を尋ね、彼は先ほど医師から聞いた話をレイフォンに説明していく。
つまりは、無茶な訓練や内力系活剄をしていたので、体にガタが来ていたらしい。
幸い重症ではなく、しばらくは動けないだろうが、何日かでちゃんと治るし、後遺症などは残らないらしい。
ただ、流石に次の対抗試合は無理だそうだ。

「……仕方ないですね」

「ん、口の割にはそこまで残念そうじゃないな」

「まぁ、対抗試合と言っても本番ではないですし、ハッキリ言ってどうでもいいですから」

こう言ったらニーナは怒るだろうが、レイフォンにとっては腕試しの対抗試合なんてどうでも良い。
大事なのは本番、武芸大会の試合なのだ。
当初はツェルニを護ると言う事に意義を感じられないと言うか、そもそも武芸をやめようとさえ思っていたが、現在はこのツェルニでの生活を気に入っている。
ツェルニをと言うよりも、フェリや友人達との生活を、だが。
だからこの都市が滅びるのは困るので、大事なのはツェルニの存続が懸かる武芸大会。
そして、その武芸大会はレイフォンがその気になれば1人で、速攻で片付けられる。
故に、学内で行われる対抗試合にそこまで興味を持っていないレイフォンだった。

「ま、お前がどう思ってようと関係ねぇけどさ、後1時間ほどしたら鍼を抜くとよ。そしたらもう、大丈夫らしい」

「あ、そうなんです……かぁ!?」

オリバーに言われて、気づく。
ここはニーナの病室であり、レイフォンが中に入ると当然ニーナと、ここまで彼女を運んで様子を見てくれていたオリバーがいた。
ニーナはベットにうつ伏せに寝かされ、その背中に、手の甲、足の踵といたるところに治療用の鍼が刺されている。
鍼治療と言う奴なのだろう。剄脈と言う、未だ人体で解明されていない器官の治療法でポピュラーなものだ。
だが、彼女の着ている病院着と言う服は薄く、証明に照らされて透ける白い下着が見え、レイフォンは思わず頬を赤くしていた。

「初心だな。たかが透けて見える下着でその反応かよ?」

「そう言うオリバー先輩はなんで平気なんですか?」

鈍感などと称されるレイフォンだが、こう言うのにはあまり耐性がなかったりする。
そんな彼を見て嘲笑うオリバーで、レイフォンの問いには平然としたまま答えた。

「小さい子以外に興味はねぇ。そして、今時下着くらいじゃそこまでの反応はしないだろ」

後半はともかく、前半はどうなのかと激しく思う。
この男、本当にどうにかしなければいけないのだろうかと。

「あ、でも、ミィフィさんの下着は見たいかな」

冗談を言うように笑うオリバーを見て、レイフォンは本当にどうするべきかと思っていた。

「ニーナは?」

その時だ、ニーナの幼馴染であるハーレイが病室に入ってきたのは。

「今は眠ってます」

「そう……大丈夫かな?」

「医者が言うには心配ないみたいです。ただ、次の試合は無理だそうです」

「それは仕方ないね」

「僕が言うのもなんですが、残念じゃないんですか?」

「大事なのは本番じゃない?」

「ですね」

レイフォンに説明を受け、ハーレイはひとまず安堵の息をつく。
次の対抗試合に出れないのは残念だが、何事も健康が第一だ。
体を壊しては元も子もないし、本番ではない対抗試合で体を壊して、本番の武芸大会で試合に出られなければ本末転倒だ。
だからその程度なら、残念ではあるけど何の問題もないだろう。むしろ、この程度で済んでよかったと言える。

「……シーツとか、かけられないのかな?」

「いや……かけたら鍼が……」

「だよね……」

そしてハーレイも、ニーナの姿を見て赤面する。
視界の隅ではオリバーが小さく笑っているが、ニーナは言うまでもなく美人である。
そして透けて見える下着と、うつ伏せに寝ているために自分の体と、ベットの間に挟まれている胸がなんと言うか……少し官能的な魅力を放っていた。

「さて、サットン先輩も来た事だし、俺はそろそろ帰るか。いい加減……もう眠い」

「あ、オリバー先輩、ありがとうございます。お世話になりました」

「なんのなんの、これくらい気にすんな」

そう言って、オリバーは席を立つ。
時間も明け方、しかも昨夜からの放浪バスの修繕や改造で徹夜をしていたので寝ていない。
帰ったらすぐに寝ようと思う。

「ま、礼なら今度の弁当、一食分くらいはサービスしてくれると嬉しいがな」

「そのくらいなら喜んで」

「ホントにありがと、オリバー」

「いえいえ、サットン先輩も今度いい部品を見つけたら、俺に教えてくださいよ」

「わかったよ」

そう言い残し、オリバーは去って行く。
どうでもいい事だが、彼はハーレイとも面識があった。
オリバーの夢や、たまにやる副収入的バイトの関係で技術者であるハーレイと知り合い、あれこれと相談したり、談笑したりするらしい。
そんな彼が出てしばらくすると、控えめなノックが病室の扉を叩いた。

「……何してるんですか?」

オリバーと入れ違いになる形で入って来たフェリが漏らしたのは、そんな言葉。
それはニーナを見ないように壁を見ている2人の男に、冷たく投げかけられた。
そして、彼女の問いに答えられないレイフォンとハーレイを放って、フェリはニーナの様子を伺う。
無事らしいのを確認し、更に彼女の横顔に顔を近づけた。
まるで、本当に眠っているのか確認するように。

それが終わると、横目でフェリとニーナの様子を見ていたレイフォンに近づき、フェリは彼の正面に回る。
そして無表情なまま、どこか冷たい視線のまま、思いっきりレイフォンの足に蹴りを入れる。ご丁寧に脛を狙って。

「いたっ!?」

「スケベ」

「見てませんよ……」

「その返事が出るあたりが、スケベです」

「そんな理不尽な……」

蹴りを入れられた事にレイフォンが不満を漏らすと、フェリは不機嫌そうなまま言う。
レイフォンがニーナの姿を見たと思ったのだろうか、その視線がかなり冷たい。
いや……アレは冷たいと言うよりも怒っている方が正しい。
不機嫌そうなのも、どちらかと言うと焼いているのだろう。
もっともその意味に、レイフォンが気づく事はなかったが。

「まぁ、そんなことはどうでもいいです……それよりも」

不機嫌なままハーレイも含めて、フェリはかばんから大きな書類封筒を取り出した。

「兄から預かってきました」

封筒ごと渡され、レイフォンはそれを確認する。
大体、中身を空ける前に予想はついていた。
そして、ニーナが狸寝入りなどをしていないかとフェリは確認したのだろう。
封筒の中に入っていたものは、写真だった。

「昨夜、二度目の探査機が持ち帰ったそうです」

写真の写りは良くないが、写しているものはこの間と同じだ。
前よりも綺麗に写っているのは、それだけ都市が近づいたのだろう。
こうなれば、見間違えたりはしない。汚染獣だ。
おそらく雄性体の……何期かまではレイフォンには判別できないが、このまま行けば確実に遭遇する。

「都市は……ツェルニは進路を変更しないんですか?」

都市は汚染獣を発見した場合は、それを避けて移動する。
グレンダンの場合はその真逆をしているのかと思うほどだが、世界中にあるレギオスが通常はそうするのだ。
だが、フェリは小さく首を振って答えた。

「ツェルニは進路を変更しません。このまま行けば、明後日には汚染獣に感知される距離になるだろうとの事です」

明後日……休日で、しかも試合日だ。
どっちにしても、対抗試合は棄権しなければいけなかったらしい。
カリアンに何か言えば何とかしてくれるかもしれないが、どの道ニーナがこのような状態なら意味はないだろう。
それはさておき、写真を封筒に戻し、レイフォンはフェリに返した。

「複合錬金鋼(アダマンダイト)の方はもう完成したから、いつでも行けるよ」

「戦闘用の都市外装備も改良が終わったそうです。兄は出来るなら、明日の夕方には出発して欲しいと」

「わかりました」

ハーレイとフェリの報告を聞き、レイフォンは頷く。
前から実験していたあの武器は、複合錬金鋼と名づけられたらしい。自分が使うというのに、今まで知らなかった。
自分の命を預ける武器にそのような感情を向けるのはどうかと思うが、レイフォンは刀ではなく剣を握った時からそんな感じなのだ。
武器に無頓着と言うか、そこまで興味がないと言うか……無論、そんなことは口にしないが。

「フォンフォン……」

「なんですか?フェリ先輩」

名を呼ばれ、レイフォンはフェリを見る。
彼女の無表情に近い、とても心配そうな顔を見て、レイフォンは気丈に振舞った。
フェリの表情の変化は小さいが、最近ではフェリがどんな表情をしているかは理解できる。
ただ、流石に心の内まではわからないが。と言うか、わかればエスパーである。

「約束……ですよ?」

レイフォンはエスパーではないが、今、彼女が何を言いたいのかはわかる。
約束……無事に帰って来て、フェリの観たがっている映画を一緒に見に行くと言う事。

「わかってますよ。破るわけないじゃないですか」

レイフォンは笑いかけ、フェリに言う。
とても優しい、柔らかい笑み。
その笑みに少しだけ、フェリも安堵を感じてくれたらしい。
ここがニーナの病室だという事も忘れ、ハーレイが居心地が悪そうに側にいることも忘れ、2人は小さく笑い合った。

































「ここは……?」

呆然とした声に、レイフォンは水を替えた花瓶から目を離した。
声の主は、鍼を抜かれてシーツに包まって寝ていたニーナだ。
時刻はもう夕方。未だに意識がハッキリしていないニーナに、レイフォンが答えた。

「病院ですよ」

「病院……?」

「覚えてませんか?」

「……いや……」

思考がしっかりとし始め、ゆっくりと何があったのかを思い出していくニーナ。
そして思い出したのか、ニーナは小さいため息をついた。

「そうか、倒れたんだな」

「活剄の使い過ぎだそうです」

オリバーに受けた説明を、その後別に、同じ小隊のメンバーだからと詳しく医者に受けた説明をニーナにするレイフォン。
その言葉を聞き、ニーナは皮肉気に言った。

「無様だと、笑うか?」

「笑いませんよ」

別に自主トレ自体は悪いことではない。まぁ、確かにやり過ぎで倒れてしまうのは洒落にならないが。
だが、レイフォンはそう言う事を嘲笑う性格ではない。

「私は、私を笑いたいよ」

だが、ニーナは苦々しい表情のままつぶやく。

「無様だ……」

「僕は、そうは思いませんよ」

「なぜ?」

レイフォンの言葉に、苛立ちを混ぜながらニーナは問い返した。
それにレイフォンは、淡々と答える。

「冷たい言い方かもしれないですけど、死にかけないとわからないこともあります。それは誰に助けてもらう事も出来ないものかと」

「そしてこれか?」

自嘲気味な言葉に、レイフォンが頷く。
そもそも、レイフォン自身も似たような経験はしていた。
先日の汚染獣襲撃の時、幼生体に猛威を振るっていたあの鋼糸。
あれはレイフォンがまだ天剣になったばかりのころ、同じ天剣であり、その中でも最強と呼び声の高いリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンに教わったものだが、一時期調子に乗って、ニーナと同じような経験をしたのだ。
それで腕を切り、入院もした。その傷は今でも残っている。あの時は、リンテンスに酷い罵倒や罵りを受けたのだ。
だが、それ故に笑わないし、笑えないわけでもある。
先ほど言ったとおりにレイフォンの性格もあるが、笑えば自分を馬鹿にしているようなものだ。

「……次の対抗試合は、棄権する事になりました」

「……そうか」

話を進めるために述べたレイフォンの言葉に、ニーナは落ち込んでいるようだが、最初からわかっていたと言うように頷く。
このような状況で、対抗試合に出られるわけがない。

「無駄な時間を過ごしたのかな……私は?」

「無駄でしたか?」

どんな訓練や練習にも、無駄はない。
短い時間でもちゃんとためになるし、実を結ぶ。
それが開花するかどうかは本人しだいだが、無駄ではないとレイフォンは思う。

「勝ちたいから、強くなりたいんだ。なら、無駄じゃないのか?」

だが、ニーナは違うらしい。

「たかが予備試合に出場できなくって、負けなんですか?」

「そんなわけがない!」

オリバーやハーレイ達にレイフォンも言ったが、それは彼女も同意見らしい。
勢いよく半身を起こして、ニーナは怒鳴るように言う。
だが、彼女を全身の筋肉痛が襲い、表情を歪め、そのままベットに倒れこんだ。

「……それでも、私は勝ちたいんだ。強くなりたいんだ。こんなところで立ち止まってて、本番で何も出来なければ話しにならない」

「そうですね」

「じゃあ、無駄じゃないか」

ニーナはこちらを見ない。いや、最初からだ。
病室の窓を向き、室内に入り込む夕日を見ていた。

「……最初は、私の力が私の力が次の武芸大会に勝利するための一助けになればいいと思っていた」

レイフォンに視線を向けないまま、ニーナがつぶやく。

「だが、少しだけ欲が出た。お前が強かったからだ。単なる助けでなく、勝利するための核になれると思った。何の確証もなく、十七小隊が強くなったと思ったんだ。笑ってくれ」

皮肉に言い、自暴自棄に言うニーナ。
それをレイフォンが、笑えるわけがなかった。

「だが、負けてしまった。当たり前の話だし、負けて逆にありがたいと思った。私の間違いを、あの試合は正してくれた。だが、その次で私は止まった……なら、勝つためにはどうすればいい?」

小隊が強くなればいい。
簡単で単純な答えだが、レイフォンはそれを口にはしない。
ニーナがそこでどう思ったか、なんとなくわかった。だから彼女は、あんな無茶な訓練をしたのだろう。
小隊戦(集団戦)の強さとは、そのままチームワークが現している。
個人が強くても、その強さを活かす土壌がなければ意味がない。それを、この前の試合で見せ付けられた。

「私は、私が強くなればいいと思った。お前と肩を並べる事が出来なくても、せめて足手まといにならないぐらいには強くならなくてはと思った。だから……」

だから強くなろうと思った。だから個人訓練を増やした。
その訓練を目撃したオリバーに聞いた話だが、ニーナは機関掃除の後にその自主トレをしていたらしい。
学校に行き、授業と武芸科での訓練。更に放課後には小隊の訓練があり、おそらくその後もニーナは個人訓練をしていたのだろう。
さらに真夜中の機関掃除のバイトをして、それが終わってから自主トレをすれば……一体、いつ寝ていたのか?
確かに内力系活剄をすれば何日か眠らなくても平気だが、そんなことをすれば当然、体に負荷がかかる。
それを続ければ確実に体を壊す。だからこそ、ニーナはこうなってしまったのだ。

「だが、それもやはり無駄な事だったかもしれないな」

ニーナは、そう締めくくる。
まるで、愚かな自分を笑ってくれと言うように。
いっその事、そのほうが楽だと言うように。
だが、レイフォンは笑わない。

「……剄息の乱れは認識できましたか?」

「ん?」

そんなニーナに、強くなりたいと言う彼女に言えるのはこれくらいの事だ。

「剄息です。自主トレ中、苦しかったんじゃないんですか?」

「あ、ああ……」

いきなりの話題の変化に、返事をするニーナに戸惑いがあった。
だけど、それに構わずレイフォンは続けた。

「剄息に乱れが出るということは、それだけ無駄があるって事です。疲れを誤魔化すために活剄を使っていれば、乱れが出るのは当たり前なんです。普通に運動する時に呼吸を乱してはいけないのと同じです。最初から剄息を使っていれば、常にある程度以上の剄を発生させるようになります。剄脈は、肺活量を上げるのとは鍛え方が違います。最終的には活剄や衝剄を使わないままに、剄息で日常の生活が出来るようになるのが理想です」

「レイフォン……?」

「剄を形にしないままに剄息を続けて、普通の生活をするのは結構辛いですけど、出来るようになったらそれだけで剄の量も、剄に対する感度も上がります。剄を神経と同じように使えるようにもなる。剄息こそ、剄の基本です」

剄息こそ剄の基本。
それは武芸科生徒用の教科書の、最初の方に載っている説明だ。
だが、教科書に載っていない事も言っている。剄息のまま日常生活を送れなんて、教科書のどこにも書かれていない。
そしてこれから、レイフォンが言う事も。

「剄脈のある人間が武芸で生きようと思ってるのなら、普通の人間と同じ生態活動をしてることに意味はないんです。呼吸の方法が違うんです。呼吸の意味が違うんです。血よりも剄に重きを置いてください。神経の情報よりも剄が伝えてくれるものを信じてください。思考する血袋ではなく、思考する剄と言う名の気体になってください」

淡々と、レイフォンが告げていく。
ニーナは黙ったまま、その言葉を聞いていた。

「武芸で生きようと思っているのなら、まず、自分が人間であると言う考えを捨ててください」

一般人と、武芸者は違う。
武芸者は化け物だ。一般人を殺そうと思えば簡単に実行できるほどに。
汚染獣と言う脅威と戦うための強大な力を持った、人の形をした怪物なのだ。
だから、強くなりたければその考えを捨てなければならない。
だけど、その事を忘れてもいけない。

「僕が先輩に伝えられる物があるとすれば、これだけです」

今はその意味は伏せて置き、レイフォンは無理やり作った笑みでニーナに言う。
無理やり作った笑みだから、たぶん強張っているだろうと思って頬が気になった。

「気づいています?シャーニッド先輩が新しい錬金鋼を用意してるの」

「え?」

その言葉に、ニーナが驚く。
レイフォンも今ならばわかる。シャーニッドもニーナと同じように、何か思うところがあったのだろう。

「シャーニッド先輩は銃衝術が使えるみたいですね。実力の程は知りません。それは後で先輩が確認してみてください。でも、もしかしたら戦術の幅が広がるかもしれませんね。全員が前衛って言う超攻撃型の布陣を敷く事も出来るし、逆に先輩を後ろに配置させる事も出来ます。戦術の方は、僕は頭が悪いんでこんな事ぐらいしか思い浮かばないし、それが正しいのかもわからないので、先輩に任せますけど」

「……………」

「僕は自分1人での戦いは心得てますけど、集団戦はまるで駄目です。すぐ側にいる誰かを気にしながら戦うのは苦手です。正直、野戦グラウンドは狭いと感じるぐらいです」

「レイフォン……」

今まで天剣として、たった1人で戦ってきたレイフォンだからこその悩み。
戦場では独りだった。
汚染獣の、老性体六期なんて言う化け物と戦った時は天剣3人がかりだったが、共闘したのはそれくらいである。
故に、集団戦と言うのはどうも苦手だ。

「指示をください。その指示を、僕は出来る限り忠実にこなしてみせます。シャーニッド先輩も、先輩なりに何か考えてるみたいです。フェリ先輩は……がんばりましょう」

最後ばかりは、誤魔化すように笑う事しか出来なかった。
フェリはやる気がないし、別にそれをレイフォンは責めようとは思わない。
彼女には彼女の考え、思いがあるのだし、念威操者以外の道を探している彼女からすれば当然なのだろう。
レイフォンはそれを、心から応援したいと思っている。

「僕達が最強の小隊になれるかどうかは、先輩しだいです。それとも……僕達は必要ありませんか?」

「馬鹿な……そんな事……」

言いかけて、ニーナは口をつぐんだ。
ここ最近の、自分の行動を思い出したのだろう。
自分1人で強くなろうとして、一切部隊を省みなかったのだ。そう取られてもおかしくないし、隊長として失格とも言える。

「そうだな……反論のしようもないな」

「先輩が強くなりたいのには、何一つ反対はしません。僕に出来る事があるならばします。僕がやった剄息の鍛練方法を教えるぐらいですが……それ以上の事は僕から盗めるものだけ盗んでください」

言って、レイフォンはその気恥ずかしさに思わず笑ってしまう。
自分は一体何様なのかと。だが、自分がニーナより強いのは事実だし、これが自分に出来る最善の方法だと思う。
それ以外の方法を考えるには、レイフォンの頭には荷が重すぎた。

「そうだな……私はぐらついてただけなんだな」

ニーナがつぶやき、レイフォンが考えを止める。

「私達は仲間なんだ。だから、全員で強くなろう」

その言葉を聞き、レイフォンは笑顔のまま頷くのだった。







































「まるで、遺言みたいでしたね」

「え?」

レイフォンは闇の中、荒れ果てた大地をランドローラー、2輪でゴムタイヤの乗り物に乗り疾走していると、都市外装備のヘルメットに接続されている念威端子からフェリの声が聞こえた。
彼は現在、都市の進路の先にいる汚染獣を目指して走っていた。

「病室での言葉……盗み聞きしました」

あっさりとした自白だ。
盗み聞きは当然褒められる事ではないが、レイフォンは別に怒りは感じないし、むしろ苦笑するように返した。

「遺言なんかじゃないですよ」

フェリの言葉を、笑い飛ばすように。

「でも、そう取られてもおかしくないシチュエーションでしたよ?」

「そうかな?」

「そうです」

だが、フェリは笑えない。
おそらく、本当にレイフォンのことを心配しているのだろう。
だが、レイフォンはもとより遺言になんてするつもりはない。

「約束したじゃないですか、ちゃんと帰ってくるって」

フェリとの約束。行く前にも病室で、ちゃんと確認した事だ。
帰って来て、フェリと一緒に映画を観に行く。
だからこそレイフォンは、死ぬつもりなんてない。

「絶対……ですよ?」

「絶対に絶対です」

念威端子越しなので見えないが、おそらく不安そうな表情をしているであろうフェリに向け、レイフォンは見えなくとも柔らかい笑みで、安心させるような言葉で答えた。
固く決意し、約束を交わして、レイフォンは戦場へと赴く。







































カチャリと音を立てて、病室のドアが開く。

「よっ、ニーナ。元気?」

「病人に尋ねる質問ではないと思うが?」

「まったくもってその通り」

軽薄な笑みを浮かべて入ってきたのは、シャーニッドである。
その後にハーレイも続いていた。
ニーナは手にしていた本を傍らに置き、シャーニッド達に視線を向ける。

「なに読んでんだ?って、教科書かよ。しかも『武芸教本Ⅰ』って……なんでんなもんをいまさら」

「覚え直さなくてはいけない事があったからな」

「はは、ぶっ倒れても真面目だねぇ」

入学当初使っていた古い教科書を見て、シャーニッドが呆れたように肩をすくめる。

「それよりも、今日は試合だろう?見に行かなくていいのか?」

「気になるんなら、後でディスクを調達してやるよ。こっちはいきなりの休みで、デートの予定もなくて暇なんだ」

ならば試合を見に行けと言いたいが、シャーニッドがそういう性格ではないことをニーナは知っている。
しかし、それよりもニーナには気になる事があった。
シャーニッドの言葉に苦笑を浮かべるハーレイが、その笑みが何故か精彩を欠いている様な気がしたからだ。

「しっかし、過労でぶっ倒れるとはね。しかも倒れてなお、真面目さを崩さんときたもんだ。まったくもって我らが隊長殿には頭が下がる」

「……すまないとは思っている」

シャーニッドの言葉に項垂れようとするニーナだが、当のシャーニッドはいやいやと言う。

「いまさら反省なんざしてもらおうとは思ってねぇって。そんなもんはもう、散々にしてるだろうしな……それにな、今日は別の話があって来たわけ。悪いけど、見舞いは二の次なのよ」

「別の話?」

その言葉に、ニーナが疑問を浮かべる。
シャーニッドは、何のつもりかわからないが2丁の錬金鋼を抜き出した。

「一度は小隊から追っ払われた俺が言うのもなんなんだけどな……」

手に余るサイズの錬金鋼を器用に、両手で回しながらシャーニッドは続ける。

「隠し事ってのは誰にでもあるもんだが、どうでもいいと感じる隠し事とそうじゃないってのがあるんだわ。どうでもいい方なら本当にどうでもいいんだが、そうでもない方だと……な」

早業だった。一瞬の出来事だった。
この場にいる誰にも反応できない速度で戦闘状態に復元させた錬金鋼を、2丁の銃の片方を背後にいたハーレイに向けたのだ。

「シャーニッド!」

ニーナが叫ぶ。一体何のつもりなのかと。
このような暴挙を行っているシャーニッドは、代わりのない笑みを浮かべたままだ。
ハーレイは、いきなりの事態に硬直していた。

「そんなもんを持ってる奴が仲間だと、こっちも満足に動けやしない。背中からやられるんじゃないかと思っちまう。例えば今だと、こいつが暴発すんじゃないか……とかな」

シャーニッドの目が、ハーレイの額に押し付けられた鎌金鋼へといく。
これでは、まるでハーレイに疑いを持っていると言う様なものだ。

「馬鹿な」

それをニーナが否定する。

「ハーレイは私の幼馴染だ。こいつが私を裏切る様な事をするはずがない」

「俺だってこいつの腕を疑っているわけじゃない。裏切るとか思ってるわけじゃない。だがな、たぶん、仲間外れなのは俺達だけなんだぜ」

「なに?」

話の流れがわからず、ニーナはハーレイを見た。
ハーレイがニーナ達を裏切るはずがない。それは本当だろう。
だが、何かを隠しているのは確かなようだ。
錬金鋼を突きつけられ、強張った表情のハーレイには、どこか諦めの様な色が混じっていた。

「ハーレイ?」

「……ごめん」

ニーナの問いかけに、ハーレイは観念した様に謝罪する。

「お前がこの間からセコセコと作っていた武器、あれはレイフォン用なんだろ?あんな馬鹿でかい武器、何のために使う?」

シャーニッドの言葉を聞き、ニーナはいまさらながらハーレイが大きな模擬剣を練武館に持ってきていたことを思い出した。
しかも、今、シャーニッドに言われるまで疑問すら抱かなかった。
それほどまでに自分は、小隊の事を気にしてもいなかった。
レイフォンに必要ないのかと聞かれたが、これではそのように取られても仕方がないと、改めて再認識してしまう。

「馬鹿っ強いレイフォンにあんな武器持たせて、何するつもりだ?大体の予想はついているし、だからこそフェリちゃんもそっち側だって決め付けてんだが、出来ることならお前の口から言って欲しいよな」

「ごめん……」

シャーニッドの促しに、ハーレイは再び謝罪し、唇が閉じられた。
その様子を、ニーナは黙ってみていることしか出来なかった。
そのハーレイの唇が開かれ、その内容を聞く。
それを聞いて……ニーナはこんなところでじっとしているわけにはいかなくなった。

「エリプトン先輩。いきなりの呼び出し、何ですか?ひょっとしてこの間の話の女の子を紹介してくれるとか?あいにく、現在は心に決めた子がいまして……出来れば、その子とのデートのセッティングを手伝ってくれると嬉しいんですけど……」

そんな時だった、シャーニッドが呼び出したオリバーが、ニーナの病室に入ってきたのは。

「んじゃ、やる事は決まったな。足も確保した事だし」

「は?」

「行くか」

事情を知らないオリバーを無理やり連行し、シャーニッド達はレイフォンの元へと向かった。









































丸1日走り、仮眠や、携帯食の味気ない食事を済ませた後、レイフォンは何もない大地に立っていた。
汚染され、荒れ果てた大地。
唯一あるのは、荒れ果てた岩山と、戦わなければならないだろう相手。
胴体がわずかに膨らんでいるが、頭から尻尾まで蛇の様に長い。胴体には二対の昆虫のような翅が生えている。
とぐろを巻いた胴体のあちらこちらに足が生えているが、それはかなり退化しているのか、足としての意味を成していないものだった。
頭部の左右に目をやる。汚染獣は、複眼の目をしていた。白い膜の様なものがかかっていて、うすらぼけていた。
レイフォンと言う、汚染物質よりもはるかに高い栄養価の餌がすぐそこにあると言うのに、汚染獣は反応を見せない。まるで死んでいるかのように。
それがもし、事実だったらどんなに幸運なことだろうか?
だが、それを現実が、死んでいる様に見える、動かない汚染獣から放たれる存在感が否定する。

「どうですか?」

フェリの声が耳に響いた。
ついていない、本当についていない。
生きようと思ったのに、ちゃんと帰ると約束したのに、最悪な気分だ。

「四期か五期ぐらいの雄性体ですね。足の退化具合でわかります」

「そういうものなのですか?」

「汚染獣は脱皮するごとに足を捨てていきますから……あ、雌性体になるなら別ですよ、あれは産卵期に地に潜りますから」

なるほど、その時に足で地面を掘って地に潜るのだろう。
それは理解した。だが、そんな事はどうでもよい。
フェリは何故か、とても嫌な予感を感じていた。

レイフォンは2本の錬金鋼を取り出し、右手で複合錬金鋼を握った。

「老性体になった段階で足は完全に失われます。この状態を老性一期と呼んでいます。空を飛ぶ事に完全に特化した形になります。もっとも凶暴な状態でもあります。そこから先、老性二期に入ると、さらに奇怪さを増します。姿が一定じゃなくなる」

「フォンフォン?」

フェリは隠せない不安を抱きながらレイフォンに尋ねる。
そのレイフォンは焦らずに、ゆっくりと活剄を流し、体に慣れさせていく。
いまさら焦っても、意味はない。

「姿が一定でなくなるのと同じ様に、強さの質も同じではなくなります。本当に気をつけるべきなのは老性二期からです。そこまでなら、今までと同じ方法で対処できる」

「どうしたのですか?」

フェリの言葉に戸惑いが含まれる。
不安で、今すぐにでも泣いてしまいたいほどだ。
だが、それを無視してレイフォンは続けた。

「滅多に出会えるものじゃない。だから気をつける必要なんてないのかもしれない。気をつけようもないのかもしれない。でも、知っているのと知らないのとでは違いがある。知っておけば何か出来るかもしれない。老性二期からは、単純な暴力で襲ってこない場合もあるって言う事を」

「フォンフォン……何を言っているんですか?」

「遺言になるかもしれない言葉です」

「なっ……」

その言葉に、フェリは怒鳴りそうになった。
ふざけるなと叫びたかった。
約束をしたのにと、問い詰めたくなった。
だが、それは戸惑われてしまう。

汚染獣が動き出した。
ピシリと言う空気に皹でも入ったのかという音が聞こえ、汚染獣の鱗の様な甲殻が割れていく。いや、剥げていく。

「報告が入りました……ツェルニがいきなり方向を変えたと、都市がゆれるほどに急激な方向転換です」

「やっぱり……」

フェリから入った報告は、想像通りのものだった。
なぜ、今までツェルニが方向を変えなかったのかもはっきりした。
気づいていなかったのだ。おそらくは、既に死んでいると思ったのだろう。
そうではないと気づいて、急な進路変更を行ったのだ。

「フォンフォン……これは……」

「脱皮です。見たのは初めてだけど、間違いない」

「ツェルニが方向を変えたのです……逃げてください!」

フェリが悲鳴を上げる。だけどそれを、レイフォンは無視した。

「いまさら遅いですよ。こいつは待ってたんです。脱皮の後は……汚染獣としての本能から変質させる脱皮は、おそらく普通の脱皮よりも腹が減る。だから、餌が近づくまで脱皮をギリギリまで抑えていたんだ。老性一期が凶暴なのは、とても腹が減っているからだ。僕が逃げたら、こいつは空を飛んでツェルニに行きます。そうなれば……僕には何も出来ない」

だから逃げられない。
レイフォンの実力なら逃げることは可能だが、それでは汚染獣がツェルニに行く。
そうなってしまえば、この怪物をツェルニの武芸者が相手にするしかない。
汚染獣最弱の幼生体に苦戦した学園都市が、それよりもはるかに強いこの怪物を……

「老性一期……覚えておいてください。都市が半滅するのを覚悟すれば、勝てるかもしれない敵です」

「……………」

レイフォンの言った言葉は、熟練者のそろった普通の都市での話しだ。
グレンダンならば天剣授受者が1人でも出れば事足りるが、他の都市ではそんな多大な被害が出る。
それを、学園都市の生徒が撃退できるわけがない。
ならば元天剣授受者のレイフォンならば可能かと思うが……彼にはその天剣がない。
彼が全力で扱える武器が、彼の全力に耐えられる武器が……ここには存在しない。

「なんで……なんであなたばっかりがこんな危険なことをするんですか!?」

「僕にしか出来ないことだからです……安心してください。ツェルニは、フェリは絶対に僕が護りますから」

フェリの叫びに、レイフォンは覚悟を決めて汚染獣と向かい合う。
右手には複合錬金鋼を握り、左手には青石錬金鋼を握り、復元する。

決めたのだ、絶対にフェリを護ると。
だからこそレイフォンは戦う。例え刺し違えても、ここで汚染獣を倒すと。

「ふざけないでください!!」

だが、フェリはその言葉を拒絶する。
レイフォンの考えを否定する。
彼女の顔は見えないが、明らかに怒っており、泣いてしまいそうな声で。

「約束したじゃないですか!なのに遺言って……ふざけているんですか!?ちゃんと帰ってくるって、フォンフォンは言ったじゃないですか!」

「……もう少し、遺言らしかった方がいいですかね?」

「そんな事は言ってません!」

フェリは怒鳴る。
レイフォンからは考えられない軽口にも怒鳴り返しながら、フェリは泣きそうに言う。
そしてレイフォンは、彼の表情もまた、見えないのだけど、とても優しい声をかけてくれた。

「ツェルニがなくなっちゃったら、約束自体が守れないじゃないですか?」

「それは、そうですけど……」

「だから僕はツェルニを護るんです。約束を守るためにも、そのためにも戦います」

「あなたが死んでも……その約束は守られません」

「ですね」

レイフォンの声は笑っている。
フェリの声は泣いている。
そんな彼女を説得するように、慰めるようにレイフォンは言った。

「フェリ……」

「……はい」

彼女の返事を聞き、レイフォンは決意する。
もう、時間はない。汚染獣は今までの休眠状態で硬くなった体を慣らしている。
この時に攻撃できればいいのだが、天剣ではない武器であの硬い体を切り裂くのは難しい。
だから、時間にもう少しだけ余裕がある中、レイフォンは何気なくつぶやいた。

「あなたを、愛してます」

「え……?」

フェリの思考が固まるほど、自分の頬が思わず赤面するほどの言葉を、何気なく。

「あなたは、僕の過去を知ってそれを許してくれた。こんな僕と一緒に行こうと言ってくれた。僕に、笑顔を向けてくれた」

レイフォンは武芸をやめようと思っていた。
だけどそれをカリアンが許さず、レイフォンを無理やり小隊に入れ、戦わせようとした。
だが、色々な、本当に色々な経緯があり、レイフォンは今、自分の意思でここに立って戦おうとしている。

「そんなフェリの事が大好きだから、僕は剣を取ってここにいます。あなたを護りたいから、死なせたくないから」

今、フェリはどんな表情をしているのだろうか?
それが非常に気になり、彼女の表情を見れないのがとても残念だ。

「あなたは絶対に、僕が護ります」

だが、案外それでよかったかもしれない。
自分の頬が赤くなるほどの、恥ずかしさで悶えてしまいそうな表情を、フェリも見ることが出来ないのだ。
あるいは、念威端子越しだからこそ出来た告白。

「……………嫌いです」

その告白に対し、フェリの返事は……

「大嫌いです!」

レイフォンを拒絶する、嫌いという言葉。

「……そうですか」

その言葉に落ち込み、少しだけ悲しくなってしまうが、レイフォンのやる事は変わらない。
目の前の汚染獣を、例え刺し違えても倒すだけ。
フェリには嫌いだと言われてしまったが、それでもレイフォンがフェリを好きだという事実は変わらない。
彼女を護りたいという事実は変わらない。
だから、レイフォンは戦う。

「約束も守らず、相手の目を見ずに告白する意気地なしなんか……だいっきらいです!」

また、嫌いだと言われてしまった。
レイフォンはその事に苦笑しながら、今一度汚染獣を見る。
もう、準備は終わったのだろうか?
翅を広げ、今にも飛び立とうとしている。だが、そんな事をさせるわけには行かない。

「ですからフォンフォン……ちゃんと帰って来て、私の前でもう一度、さっきの事を言ってください」

「え……?」

汚染獣に接近し、走るレイフォンの耳に、そんな言葉が聞こえた。
戦闘となれば集中し、周りの騒音などを一切排除するレイフォンだが、この言葉だけは排除できなかった。
そして次の、フェリの言葉も。

「何ですか?相手の目を見て告白する勇気すらないんですか?そんな意気地なしは、大嫌いです。でも……フォンフォンの事は大好きです。私も愛しています」

その言葉に、レイフォンは赤面した。
戦闘中だと言う事も一瞬忘れるも、左手に持った青石錬金鋼で鋼糸を操り、汚染獣の翅に巻きつける。
だが、飛び出そうとする汚染獣の翅の高速運動によって弾かれる。
リンテンスなら翅ごと切り裂けるだろうが、レイフォンの技量では無理だった。
だが、今はそんな事はどうでもよい。

「絶対に、絶対の絶対に約束ですよ、フォンフォン。絶対に帰って来て、絶対に私の前に来て、絶対にさっきと同じ事をもう一度言ってください……絶対ですからね?」

しつこいくらいに絶対という言葉を多用し、レイフォンに確認を取るフェリ。
その言葉に、レイフォンは小さく笑った。
嬉しいのだ、内心からどうしようもない嬉しさが込み上げてくる。

「それは困りました……死ねなくなっちゃったじゃないですか」

「それでいいんです」

体から、力が漲って来る。
調子が良い。こんな気分は初めてだ。

レイフォンは辺りの岩山や、汚染獣の体に付着して蜘蛛の巣のようになる鋼糸の上に着地し、疾走する。
疾走し、翅へと向かっていく。

「レストレーション、AD」

複合錬金鋼に剄が流され、巨刀へと姿を変える。
その超重量の武器を操り、レイフォンは振りかぶる。
狙いは翅だ。切り落とし、地へと落とす。

汚染獣の羽ばたく翅が、それを阻止するかのように暴風を起こすが、脚力を強化した旋剄を使って切り抜ける。
そのままレイフォンは巨刀を振り上げ、斬線を斜めに走らせた。

赤の虹が散る。汚染獣の翅の色だ。
汚染獣は翅を散らし、バランスを崩しながら落ちていく。
地面が爆発するような音を立てて汚染獣が墜落し、レイフォンはそれに巻き込まれないように避難している。
汚染獣の巨体からかなりの量の土煙が上がり、その中から汚染獣が顔を出した。
目が怒りで真っ赤に血走り、レイフォンを捉えた。
食事を邪魔した、小さな生き物を凝視した。
凶悪な飢餓感と怒りが凝縮されたその視線は、それだけで心臓が止まってしまいそうな殺意となる。

だが、そんな瞳にレイフォンは怯まない。悠然と、立ち向かう。

「翅が再生するのにどれくらいかかる?2日か?3日か?それだけあればツェルニも十分逃げられるだろうな……だけど、僕も戻らないといけないからそこまで付き合うつもりはない」

汚染獣にも匹敵する殺意を抱き、レイフォンは巨刀を汚染獣に向ける。

「……行くぞ」

そう宣言し、レイフォンは汚染獣に向かって駆け出した。




































あとがき
なんというか、恋愛描写は難しいものです(汗
今回はレイフォンとフェリの会話に何回書き直し、修正を入れたことか……
変じゃ……ないですかね?
なんにせよレイフォンは、これで本気の本気、全力全開で戦闘開始。
この先どうなることやら?

ちなみにこの作品でレイフォンが使っている巨刀ですが、これは刀と言う字が使われてますが刀ではありません。
と言うか、原作でもこう表現されていますしね。
どちらかと言うと大剣に近いのではないでしょうか?
原作イラストでも刀には見えませんでしたしね。

この先レイフォンが刀を使う場面で、どう表現しようかと思うのが悩みの種ですw

まぁ、今はとにかく、次回かその次位で終わる2巻編の構成を練らなければ……



[15685] 12話 レイフォン・アルセイフ
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/03/21 15:01
病院でハーレイから話を聞いたニーナは、その足でカリアンの元へと行った。
訳のわからないオリバーは、ハーレイと共に準備をしているらしい。
いわゆる、最終チェックと言う奴だ。
生徒会室でカリアンは、いつもの様に執務をこなしていた。そんな彼は、まったく悪気のない表情でニーナとシャーニッドを迎える。

「どういうことですか!?」

「どうもこうもない、戦闘での協力者をレイフォン君自身がいらないと言ったんだよ。私は、彼の言葉を信じた」

ニーナの怒りを押し殺した声も、カリアンに平然と受け止められる。
だが、だからと言って彼女も退く気はない。

「信じるのと放置するのは違うでしょう!」

ニーナは机を思いっきり叩く。怒りを隠さずに、カリアンを睨む。
机を叩いた衝撃でわずかに書類が浮き、ペン立てが揺れる。机のすぐ側に置かれたペンが転がった。

「……近づかせるな、とも言われたのでね」

「え?」

転がり落ちそうになるペンを拾い上げ、カリアンは指で器用に回しながら言った。

「汚染獣との戦いは相当に危険なものだそうだ。どう危険なのかは武芸者ではない私には理解が及ばないが、安全と言うものを求めた瞬間に死ぬのだそうだ。そんな戦場に、安全地帯で控えてる者など必要ないと、彼は言った。汚染獣と都市外で戦う時は、無傷で戻るか、それとも死ぬかのどちらかしかないと、そう思っておいた方がいいと……」

ニーナは息を呑んだ。呑むしかなかった。
そんな場所にレイフォンは1人で……
机に叩きつけたままだった拳を握り締める。
筋肉痛の名残はまだある。正直、健常とは言い難い。剄を出そうとすれば腰の下辺りが激しく痛むので、武芸者としてはまるで使い物にならない。。
そんな状態で、何を口走ろうとしている?
でも、止められない。

「私を行かせてください」

たとえ断られても行く。だからこそ準備をしているのだ。
そんな強い意志を眼に宿し、ニーナはカリアンに言った。

「行ってどうするのだね?」

カリアンの質問は妥当なものだ。
どう考えてもニーナの言葉は無茶苦茶だし、正直、理解に苦しむ。

「君の体調は知っている。知っていなくても、そんな青い顔をしている生徒を危険な場所に行かせようなんて、責任者として許可できるものではないが?」

「あいつは、私の部下です」

ニーナは即答した。

「そして仲間です。なら、共に戦う事は出来なくとも、迎えに行くぐらいはしてやらなくては……」

なにができる?そんなことはわからない。こっちが聞きたいくらいだ。
だが、ニーナに部下を、レイフォンを見捨てるなんて事は出来ない。

「ふむ……いいだろう」

言っても無駄だと理解したのか、カリアンは呆れたようにつぶやく。

「ランドローラーの使用許可を出そう。誘導の方は妹に任せよう」

「ありがとうございます」

許可を出し、その事にニーナは感謝する。

「ありがとうございます、生徒会長。だけど、ランドローラーの方は結構です。その何倍もいいもんがあるんで」

「ん?」

シャーニッドの言葉を聞き、カリアンが疑問符を浮かべるものの、今はそれよりも優先すべき事、若く、愚直なまでに真っ直ぐな小隊長に忠告するのを忘れない。

「ただし、生きて帰りたまえ。無理だと判断したなら逃げたまえ」

「……逃げません」

本当に頑固だ。自分の事は考えない、いや、自分の理想、信念しか考えず、真っ直ぐに進むと言った方が正しいか?
なんにせよ、自分の考えに絶対の自信を持って突き進むニーナ。

「この学園を生かすために、君たちは必要な人材だよ」

そういう人物だからこそ、このツェルニには必要なのかもしれない。

「レイフォンもそうです」

それは、レイフォンもだろう。
これ以上の問答は無用と判断し、ニーナとシャーニッドは生徒会室を出て行った。
その背を見送り、カリアンは軽薄な笑みのままため息をつく。
確かにそうだ。レイフォンもこのツェルニに必要な人物だ。
むしろ、彼には武芸大会でツェルニに勝利を導く人物として、ニーナよりも重要な人物と言えるだろう。
そんな彼だからこそ、戦闘面に関しては心配していない。戦闘において、ツェルニにいる誰よりも信頼できる。
だからこそカリアンは、レイフォンの判断を信じた。
確かに、ニーナの言うとおり信じるのと放置するのは違うが、カリアンは信じた。
ちゃんと、レイフォンは帰ってくると。

「ただ、最近レイフォン君が前向きなのは嬉しいけど、あの子の兄としては少々複雑な気分だね……」

そして、軽薄な笑みが苦笑へと変わる。
カリアンはレイフォンを信じた。彼ならちゃんと帰ってくるだろうと。ツェルニのために、何よりフェリのために汚染獣を倒して。
異性にはまったくと言っていいほど興味を持たなかったフェリが、レイフォンにだけは別人の様に接しているのだ。
まるで恋する乙女とでも言うべきか、無表情なフェリが少なからず笑い、変わってきている。
その変化には、兄として素直に嬉しい。レイフォンもどうやら、満更ではない様だし。
ただ、その犠牲としてフェリの料理を味見させられるカリアンからすれば、たまったものではないが……

「柄でもないな……」

また苦笑し、それだけでこの考えは切り替え、カリアンは再び執務に没頭するのだった。



































そんな訳で現在、ニーナ達は放浪バスの中にいた。
オリバーが放置されていた物を修繕、改造した物。それが荒れ果てた大地を彼女達を乗せて疾走していた。

ニーナは考える。何が出来るのだろう?
この疑問は今でも頭の中にある。1人で突っ走って自滅した自分に、自分達がいると言ったのはレイフォンなのだ。
つい先日の事だと言うのに……
それなのに、レイフォンはただ1人で、何も言わずに汚染獣との戦いを続けていた。
そんな彼に自分は何が出来るのだろう?

実力が違う。経験が違う。
小隊の事と、汚染獣の事は違うのかもしれない。きっと、そうなのだろう。
命の危険がない小隊の、学園都市の試合など、命がけの汚染獣戦においてはお遊びのようなものだろう。
それでも、何も知らないままに過ごす事は出来ない。
シャーニッドが言ったではないか、隠し事には気になるものとならないものがある、と。
これは気になる隠し事だ。
なら、知らなくてはいけない。知られたくない事ではないはずだ。

「どういう経緯かは知りませんが、俺としては放浪バスの性能を試せていいんですけどね……どれだけ走らせる気なんですか?ってか、いい加減何処に向ってんのか教えてくれませんか?」

放浪バスの最終チェックをやり、仮眠も休息もなく、フェリの念威を通した指示に従い放浪バスを走らせるオリバー。
ニーナからすれば、フェリがこんな長距離でも正確に念威を操れるとは知らなかった。
それだけ、ニーナが隊員のことを把握してなかったと言う事だ。
フェリの場合はこの力を隠していたから仕方がないが、ニーナは自分の無能さに嫌になる。

「なーに、ちょいと汚染獣退治にな」

「あー、そうなんですか」

ここに来て、シャーニッドがオリバーの問いに答える。
それを聞き、オリバーは納得した。
だから今まで内緒にしていたのかと。だから、都市外装備や錬金鋼なんて物騒なものを放浪バスに積み込み、医療器具なんてものも用意したのかと。
納得し、理解し、

「Uターン!!」

ハンドルを思いっきり切り、今まで走ってきた方向とは逆を向く。
車内が大きく揺れたが、そんな事は気にしない。
そしてアクセルペダルを思いっきり踏もうとしたが……

「ストップだ。もう1回Uターンしてもらおうか?」

シャーニッドがオリバーの頭に、こつんと錬金鋼を突きつけていた。

「……正気ですか?汚染獣最弱の幼生体ですら、あれだけ梃子摺ったってのに?」

シャーニッドの取った行動にではない。これから汚染獣のところに向うと言った彼の言葉に、オリバーは正気かと尋ねたのだ。

「その正気を疑われそうな事を、うちのエースは1人でやってるんでね。先輩として、行かない訳にはいかないんだよ」

「はぁ!?」

その言葉にオリバーは絶句する。
シャーニッドの言う『うちのエース』とは、言うまでもなくレイフォンの事だ。
1年生にて十七小隊のエースとして、各小隊から要注意人物として注目されている。
そんな彼が、そんな彼だが、だからと言って1人で汚染獣の討伐に向うなんて無茶な話だ。

「馬鹿なんですか?十七小隊の方々は馬鹿なんですか!?」

叫びたくなるような気持ちを抑え、オリバーは問う。
当然だろう。これから汚染獣のところに向うから、自分に運転しろと言われて冷静でいられるわけがない。
汚染獣の脅威は、この世界では何よりも恐ろしい事なのだ。

「ひでぇな……でも、まぁ、否定も出来ねぇか」

軽く笑いながら、シャーニッドが言う。
確かにこの状況からすれば馬鹿とも取られるだろう。
自分に何が出来る?
最弱の幼生体にすら苦戦していた自分が、都市を半壊させるほどの力を持つ老性体相手に何が出来るのかと。

「だがよ、俺達は武芸者だ。都市の危機だってんなら、護る為に戦うべきだろ?」

自分でも柄でもない事だと思いながら、シャーニッドが言った。
だが、それは事実である。
都市の戦争、そして汚染獣が現れたらそれから都市を護るのが武芸者なのだ。
そのために優遇され、日々、武技を研鑽している。
もっともシャーニッドの場合は、最後に『男なら女の子を護るのは当然だろ』なんて、付け加えてはいたが。

「たっく……この貸しはでかいですよ?」

呆れたように、諦めたようにため息をつき、オリバーは今すぐにでも泣いて逃げ出したい気持ちを抑えながら、ハンドルに手をかけてUターンをする。
そしてアクセルに足をかけ、全力で踏み抜いた。

「おう、お前の言ってた子とのデートのセッティング手伝ってやるからよ」

「約束ですよ?」

荒れ果てた大地を疾走しながら、彼らは戦場へと突き進む。






































戦場。
そこでは、巨大な化け物と、それに比べればあまりに小さく、貧弱な存在の人間が戦っていた。
だが、戦況ばかりは見た目の様には行かない。

「くそっ」

丸1日戦い続け、流石にレイフォンも疲れていた。
内力系活剄で何日でも戦い続けられるとは言え、レイフォンも1週間戦い続けた経験があるとは言え、レイフォンは一応生身の人間だ。
呼吸もするし、汗もかく。
いくらレイフォンの着ている汚染物質遮断スーツが新型で、通気性が良いとは言え限界がある。
汗が蒸気となって、自分を取り囲んでいる。
だけど、

(調子がいい……この空すら斬れそうだ)

レイフォンの調子は良かった。今まで感じた事がないほどの絶好調だ。まるで羽がはえた様に体が軽い。
汚染獣の、老性体の体は硬い。現在、レイフォンの持つ装備では少しずつ削るようにして倒すしかないほどに。
ならば、少しずつ同じ場所を削り、そこを突いて倒せば良い。

「はは……」

何故か笑みが零れる。
緊迫した危険な戦場だと言うのに、一歩間違えれば死ぬと言うのに、まったく怖くない。まったく負ける気がしない。
今のレイフォンは本当に、絶好調だった。

汚染獣が接近してくる。
小さいレイフォンに、その巨体を生かした真っ直ぐな突進。それだけで人を殺傷するには十分な威力を持っている。
だが、それに掠る事すら許されない。汚染物質遮断スーツが少しでも破れれば、汚染物質に体を侵されるからだ。汚染獣の牙が、レイフォンに迫った。
それをレイフォンは鋼糸を使ってかわす。
岩場に伸ばし、引き寄せてから汚染獣の攻撃を回避した。
そして、隙だらけとなった汚染獣の額に、一撃を叩き込んだ。
空中で回転し、威力を増して巨刀を振り下ろした一撃。
両手を襲う硬い感触。その感触が意味するのは、汚染獣の額を割ったと言う事実だ。
吹き上げる血飛沫と苦痛の咆哮が上がる中、レイフォンは汚染獣から離れた位置に着地して距離を取る。

「ひとつ、折れた……」

自分の武器、複合錬金鋼を見てレイフォンがつぶやく。
レイフォンが持つこの武器は、錬金鋼の長所を完全に残す形で作られた錬金鋼だ。
だが、決定的な短所も存在し、復元状態での基礎密度と重量が軽減できなかったというのが問題だ。
レイフォンの手には今、四つの武器が握られているに等しい。
普通ならその重さに翻弄されているだろう。

だが、レイフォンはそれでも身軽に動き回り、汚染獣の肉を削り、額を割った。
先ほどは硬い頭蓋骨にも攻撃を入れたので、それに耐え切れず四つの内ひとつの錬金鋼が折れ、煙を吹いている。
スリットからその錬金鋼を抜き出し、破棄する。
ひとつの錬金鋼が駄目にはなったが、これで勝機が見えてきた。

(後一撃……もう一度あそこに一撃を叩き込めば……)

今の一撃で鱗を削り、頭蓋骨も半ばほど割った。
汚染獣の脅威は並外れた再生力もあるが、鱗がすぐさま再生するわけではない。頭蓋骨だってすぐに治るわけではない。
ならばそこに巨刀を突き刺し、衝剄を放てば……

問題はどうやってあそこに巨刀を突き刺すかと言う事だ。
あのあまりにも巨大で、動き回る化け物にどうやって巨刀を突き刺す?
一瞬でも動きが止まれば容易いが、それはとても難しい。
だと言うのに、レイフォンには失敗する理由が見つからない。
根拠とか、そう言うものはまったくないのだが、何故かそう思う。

(約束したんだ)

フェリと約束した。ちゃんと生きて帰ると。
そして……彼女の前でちゃんと告白すると。
だからこんなところで負けるわけには行かないし、死ぬつもりなんかない。
そんな考えは、フェリのおかげで吹き飛んでしまった。

「はああああああっ!!」

咆哮を上げ、レイフォンは汚染獣へと向かって行った。







「なんだこりゃ……」

最初に異変に気づいたのはシャーニッドだった。何が出来るかわからないが、汚染獣との戦闘もありえるので車内にいるわけにはいかず放浪バスの外に出て、その屋根の上で錬金鋼を復元して立っていた。
同じく何が出来るかわからないニーナも、現在は剄が使えない故にシャーニッド以上に役に立たない彼女も、じっとしている事は出来ずに同じく屋根の上に立っている。
その車上から、進路のはるか前方で、もうもうたる砂煙が舞い上がっていた。
オリバーも含めた3人の中で、一番内力系活剄による視力強化に優れているシャーニッドだからこそ、一番に気づいた。
現在、内力系活剄を使えないニーナは気づけなかった。だが、次第に近づいていく事で、肉眼でも視認出来る距離へとなる。
その砂煙を突破したところで、一同はこの光景に言葉を失った。

大地がかき回されている。
荒れ果てた大地を目の粗い鑢で、無秩序に削り回したように、そこら中に巨大な溝が出来ていた。辺りに漂う砂煙は、その削りカスと言う訳だ。
その中にポツンと黒い影が転がっている。
嫌な予感がし、心臓がぎゅっと握り締められた気がして、ニーナは胸に手をやった。
オリバーが放浪バスを操り、速度を落として黒い影へと近づくと、それはランドローラーだった。
サイドカーの外されたもので、考えるまでもなくレイフォンが乗って来たものだろう。
それだけだ。レイフォンの姿はない。

「どこにいる……?」

撒き散らされた砂粒が視界を悪くしている。それでも、何とか見渡してもかき回された荒野が延々と広がっているだけだ。
ニーナには、シャーニッドには、オリバーにはわからない。
目の前に、かつて汚染獣が張り付いていた岩山があった事を。
それが今や、何処にも姿がない事を。

「フェリ、レイフォンはどこにいる?」

「……………」

ニーナの問いに、フェリは沈黙で返した。
心配なのだ、不安なのだ。既に1日近くもレイフォンに遅れているのだ。
それでレイフォンは無事なのか?

「答えろ!あいつは無事なのか!?」

怒鳴るようにニーナが尋ねる。
その返答は、フェリの返事は、

「無事です」

レイフォンの生存を知らせる報告。
その言葉に内心でホッとするのもつかの間、次の言葉にニーナは苦々しい表情をする。

「ただ……」

「ただ……?なんだ?」

「それ以上は近づくな。もっと後方に退避しろだそうです」

「なんだと!?」

レイフォンからの忠告。
その言葉に怒りすら覚えるニーナだが、その時、遠くで何かの爆発する音が響いた。
そして、次の瞬間にニーナが見たのは、空の一転を塗りつぶす黒い影。
宙に舞った巨岩が、ニーナ達の頭上に落ちてこようとしていた。



































「うわっ……」

思わず、声が漏れる。
レイフォンは確かに汚染獣の額を割った。割ったと言うのに、汚染獣はその額からレイフォンに向けて突進してきたのだ。
いくら割れた額でも、それが直接レイフォンに当たれば何も問題はなかっただろう。
だが、レイフォンはそれをかわし、汚染獣の巨大な胴体がすぐ側で轟音を立て、大地をめくり上げながら横切っていた。
鋼糸を汚染獣の尻尾に飛ばし、巻きつかせる。
突進の勢いを大地に受け止められ、割られた額もあってかその痛みに尻尾を暴れさせる汚染獣。
割れた額であのような突進をすれば当然の結果だと思いながら、レイフォンは暴れる尻尾の勢いに乗って宙に飛び上がる。
飛び上がり、複合錬金鋼の重量を利用し、レイフォンは空中で独楽の様に回転した。
回転し、その反動を利用して汚染獣から離れた位置に着地する。
そしてすぐさま距離を取り、痛みに鳴き叫ぶ汚染獣と相対する。

地面から汚染獣が頭を抜き、怒りと殺意を持った視線でレイフォンを睨んでいた。
だが、レイフォンはそれでも怯まない。
どうやって汚染獣の額にもう一撃入れる?
それが出来れば、この勝負はレイフォンの勝ちだ。
現在、汚染獣のあちらこちらにある鱗が剥げ、そこから血が零れている。
レイフォンが隙を作るために、何度も切りつけた結果だ。
だが、それでも決定的な隙はなかなか出来ず、その血も大半は止まり、乾いており、黒っぽい塊が瘡蓋となってところどころに岩の様に張り付いていた。
残っていた翅もレイフォンとの戦闘で半分失い、もう飛ぶことは不可能だろう。
今や、地を這う巨大な蛇と言ったところか……それでもランドローラーよりも早く地を這い、そのあまりにも巨大な体が厄介だが。
それから、左目をつぶした。潰れた眼窩からは未だに血が溢れているが、それも最初のころよりは少なくなっている。
傷口が既に埋まろうとしているのだろう。
視力まで回復するかは知らないし、確認する気もないが、現在はそこが死角になっているはずだ。
そこを突き、汚染獣の額を狙う。
レイフォンそう決意した時、汚染獣の視線が、レイフォンから逸れた。

「………?」

「フォンフォン、いいですか?」

それを疑問に思うレイフォン。その疑問と同時に、フェリのためらいがちな声が届いた。
彼女の声を、久しぶりに聞いたように感じた。

「ああ……どれくらい経ちました?」

「1日ほどです」

「そうですか……」

水分が取れないのは辛いが、フェリの声を聞いただけでどことなく元気が湧いてくる。
彼女のためにも、まだ戦える。水がなくともあと2日は大丈夫だとそんなことを考えながら、汚染獣へと目を向ける。
一体どうしたのかと思いながら、だが、好機だとレイフォンが攻め込もうとした時、

「あの……隊長達のことですが……」

フェリの言葉と同時に、汚染獣が動いた。
しかし、レイフォンにではない。レイフォンとは真逆の方向に、まるで逃げるように。

「っ!?隊長?隊長がどうかしましたか?」

鋼糸を使い移動しながら、レイフォンがフェリに問う。
先ほどまで戦闘に集中していたために、彼女が何かを言っていたなんて気づかなかった。

「……先ほど、連絡しました。隊長達が来ていると。フォンフォンは、すぐに後方に下がるようにと言いましたが……覚えていませんか?」

汚染獣を追いながら、そう言えばそんな事を言っていたかと思い出す。
今も戦闘中のために多少上の空だが、レイフォンは追いながら答えた。

「ああ……すいません、覚えてないです。それで、下がりまし……」

その答えを聞く前に、レイフォンの思考は止まった。
もはや呆れてしまったと言っていい。だが、体はまるで条件反射の様に、自然に動いた。

遠くに、内力系活剄で強化しなくとも、肉眼で見える遠くに、砂煙を裂いてこちらに向ってくる物体があった。
それは放浪バスだ。一瞬、この近くを都市間を移動するのが目的な放浪バスが通ったのかと思った。だが違う。
その証拠に、本来なら汚染獣を発見したら止まってやり過ごすか、一目散に逃げ出すというのにあの放浪バスは、こちらへと向ってきている。
そしてその車上、放浪バスの屋根には都市外装備に身を固めた2人の人物が乗っており、錬金鋼を持っていた。
汚染獣は当然、その放浪バスへと向っていた。
普通の放浪バスならまずそんな行動は取らないし、フェリの会話からして大体の見当はつく。
問題はどうやってあの放浪バスを調達したのかだが、あれは間違いなくニーナとシャーニッドなのだろう。

だが、そんなことは汚染獣にはどうでもよく、己の傷を癒すため、そしてどうしようもない飢餓が、レイフォンへの怒りを、脅威をかき消して即物的な餌へと走らせたのだ。
レイフォンは呆れ、ため息をつきながらも、すぐさま戦闘へと意識を向け、巨刀に剄を走らせる。






「うわぁ、来た来た来たあああああっ!!だからレイフォンの指示に従って逃げればよかったのに……」

オリバーは悲鳴を上げながら、放浪バスを汚染獣へと向けて走らせる。
先ほどの巨岩を見事な腕前で回避したオリバーだが、流石に今度ばかりは泣きたくなった。怖くなった。
今すぐにでも尻尾を巻いて、逃げ出したくなった。
目の前には、彼が進む進路の前には、圧倒的質量の地を這う蛇、死と言う言葉を連想させるには十分すぎる脅威があったのだから。

「ここまで来て、その選択は今更だろ!?」

シャーニッドの軽く、だけど大きな声がフェリの念威端子を通して聞こえる。
シャーニッドは現在、目の前の汚染獣に向けて銃撃を浴びせているが、効果は薄い。
片目から血を垂れ流し、ところどころに傷があると言うのに、シャーニッドの攻撃では汚染獣にダメージを与えることすら出来なかった。

老性体……フェリからの報告である程度の事は知っていたが、まさかこれほどとは。
レイフォンは、こんな怪物にたった1人で向かっていたと言う事だ。
その事に呆れながら、そしてレイフォンの並外れた戦闘力を再確認する。

「これが、あいつの見ていた世界か……?」

汚染獣の脅威に、その大きさに、ニーナはかすれたような声を漏らす。
それは、この間ツェルニを襲ってきた幼生体の比ではない。
圧倒的な存在がニーナへと迫ってくる。彼女に突き刺さる視線すら、牙が生えているのかと思うほどに鋭い。
汚染獣に比べてあまりにも小さなニーナの体が、シャーニッドが、オリバーがあの無数の牙で噛み砕かれるのを想像せずにはいられない。
腹を牙が貫き、溢れた内臓が舌の上を転がる様を想像する。
想像して、その恐怖に身震いする。
レイフォンはたった1人で、この凶悪な生物に立ち向かっていたのだ。
今の自分は汚染獣の姿に恐怖し、足が震える。体が動かない。剄が使えない。
シャーニッドの様に、汚染獣に攻撃する事が出来ない。例え出来たとしても、何が出来たかわからないと言うのが、人間と汚染獣の決定的な強さの差なのだろう。
都市すらを半壊させる脅威に、ツェルニならば間違いなく全滅させられる脅威に、ニーナは苦々しい表情で歯を食い縛る。
自分は何も出来ず、無力だと嘆きながら。





その時だった。視界を素早い影が遮ったのは。
しかも、ひとつやふたつの話ではない。
数十、数百と言う影が汚染獣を取り囲み、巨刀を、『刀』と言うにはあまりで巨大であり、無骨である、どちらかと言えば大剣と表現した方が正しいそれを、体をひねり、まるで背に隠すように構えた影が汚染獣へと向って行く。
レイフォンだ。その影の人物全てがレイフォンだと、何故かニーナは思った。
そしてそれは正しい。

活剄衝剄混合変化 千斬閃

天剣、サヴァリスの使うルッケンスの秘奥、千人衝を真似、自分なりにアレンジした技だ。
サヴァリス本人ならその技の名の通り、千人に増えての攻撃を可能とする。
だがレイフォンは、対人戦ならば数十人、汚染獣戦などの本気で戦う場合なら、出せて数百人と人数は少ない。
だけど彼もまた、その名の通り一瞬で千にも及ぶ斬撃を繰り出す事が出来るのだ。
そして更に、この構え。
体をひねり、巨刀を背に隠すような構えは、レイフォン独自の技だ。
レイフォンが天剣授受者となって編み出した、自分だけの技。

天剣技 霞楼

刀身に膨大な剄が凝縮し、それをレイフォンは振るう。
刀身に凝縮された剄がその瞬間、消失した。
言うなればそれは、浸透斬撃。
一閃として放たれた斬撃は、その刃から放たれた衝剄は目標の内部に浸透し、目的の場所で多数の斬撃の雨となって四散する。
それは、斬撃によって織り成された一瞬の楼閣の如く、敵の間合い内に回避不可能な斬撃の重囲を築き上げる。

その千にも及ぶ斬撃を受け、汚染獣が全身から血を吹き出しながら悶える。
傷の深さ、出血共に多少の再生力があったとしても、確実に致命傷クラスの一撃。
残った片目も切り裂かれ、汚染獣の視界は闇に染まった。
だが、それだけでは終わらない。
レイフォンが本気をなかなか出さないのは、出せないのは、彼の膨大な剄に耐えられる錬金鋼が存在しないからだ。
天剣を例外とし、それ以外の錬金鋼にレイフォンが全力で剄を注げば、錬金鋼はその負荷に耐え切れずに崩壊する。
それはあらゆる錬金鋼の性質を併せ持った複合錬金鋼でも同じだ。

レイフォンは後先を考えずに、これで決めると全力で技を放った。剄を放った。
放った後、錬金鋼を痛みに悶え、暴れる汚染獣の額に突き刺す。そしてすぐさま、青石錬金鋼の鋼糸を使って汚染獣から離れた。
結果、爆発。剄の負荷に耐えかねた複合錬金鋼が爆発し、それが汚染獣の額で起こったために一段と汚染獣を暴れさせる。
だが、その動きはだんだんと弱々しくなって行く。
霞楼に全身を切り裂かれ、目は潰され、額と頭蓋骨は割られ、その頭蓋骨も突き刺さった複合錬金鋼の爆発により完璧に砕け、脳まで衝撃は届いた。
爆発は脳を破壊し、その結果がこの状況を作る。
汚染獣の動きは次第に小さくなり、ついには動かなくなってしまった。

「……………」

その光景に、ニーナは絶句した。
シャーニッドも彼女の隣で、同じように固まっている。
放浪バスが止まった。
放浪バスの屋根の上からは見えないが、おそらく運転席にいるオリバーも、ニーナ達と同じように絶句して、固まっているのだろう。
自分達の目の前では、先ほどまで絶対的な死を予感させた汚染獣が倒れている。死んでいる。
それを成した人物に、レイフォンの姿に、彼女達はなんとも言えない表情をしていた。



レイフォンは息を吐き、安堵する。
何とか倒せた。複合錬金鋼は壊してしまったが、それでも汚染獣を倒す事が出来た。
フェリからの念威による確実な報告を聞くまでもなく、頭蓋骨を割られ、頭部を爆発された汚染獣は死んでいる。
自分は生き残ったのだ。生きて、この場に立っている。
これで、フェリとの約束が守れる。自分の気持ちを、彼女へと伝えられる。
そう考えると嬉しい。本当に嬉しく、思わず表情がにやけてしまう。
今すぐにでもフェリに会いたい。彼女の顔を見たい。
ツェルニに帰って、まずはなんと言おう?
そんな事を考えながらも、ひとまずその思考は中断して、レイフォンは視線を死んだ汚染獣から逸らす。

「さて……」

視線を、冷たく、怒っていますと言うような視線を、放浪バスへと、運転席とその屋根に乗っている人物へと向け、レイフォンはもう一度息を吐いた。
今度はため息である。







































「本当にスゲーな、お前……」

「それはどうも……と言うかオリバー先輩、なんで先輩達をここまで運んできたんですか?」

「オィオィ、俺は被害者だぜ。そう言う文句はエリプトン先輩に言ってくれ」

放浪バスはツェルニへと戻る。
レイフォンにより汚染獣は無事撃破したが、ランドローラーは先の戦闘で破損したために、現在はレイフォンもオリバーの運転する放浪バスに乗って帰路へとついていた。
大半の座席を取り外され、4人には広すぎる空間の中で、レイフォンは不機嫌そうな視線をシャーニッドへと向ける。

「そういう視線はないんじゃないか?結果はどうあれ、俺達はランドローラーがなくなったお前を迎えに来たんだ。むしろ感謝して欲しいね」

その視線を、軽く笑いながら受け流すシャーニッド。
まぁ、確かに、こうして無事に帰路へつける事がありがたくはあるが……それでも、このような行動を取った彼らを褒められるわけがない。

「隊長も何を考えているんですか?相手は汚染獣なんですよ。僕が倒したからいいものの……一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていたんですからね」

レイフォンは怒っている。彼らしくない気もするが、その怒りは当然で、ニーナ達のことを心配していたからだ。
カリアンに近づかせるなと言ったのに、協力者はいらないと言ったのに、それでもニーナ達は来てしまった。
その事に呆れながら言うレイフォンに、ニーナは苦々しい表情で返答した。

「言っただろう、私達は仲間だと。お前は私の部下で、仲間なんだ。だから私には、仲間を見捨てると言う事は出来なかった」

「見捨てるって……」

ニーナの言い分には少し嬉しい物を感じるが、そもそも1人で戦うと決めたのは自分なのだ。
こう言っては何だが、ニーナ達が戦場にいても足手まといにしかならない。
いや、このツェルニにおいてレイフォンと方を並べて戦える者は存在しない。それ故にレイフォンは1人で戦っていたのだ。

「それともなんだ?私達は必要ないのか?」

「そんな事……」

レイフォンがニーナの言葉を否定しようとして、後半が掻き消える。
確かにこの戦闘においてはニーナ達は必要なかった。
だが、そうではなく隊長として、仲間としてニーナは必要かと聞いてきたのだ。
それに答えようとしたレイフォンだが、自分の行動を振り返れば否定できない。

「反論のしようがないか?」

してやったりと言う小さな笑みを浮かべ、ニーナがレイフォンに言う。
これでは、ニーナが病室にいた時と立場が逆だった。

「なぁ、レイフォン。今回は倒せたからいいが、こんな事は二度とするな」

ニーナは小さな笑いを消し、真剣な表情でレイフォンに言う。
彼のことを本当に心配しており、仲間で、大切な部下だと思っているから、隊長としてしっかりと忠告する。

「グレンダンには、お前の代わりがたくさんいるのだろう?天剣授受者と言うのは12人いるそうじゃないか。なら、少なくともお前の代わりが出来る人間が11人いる計算だ。それなら、お前が倒れてもどうにでも出来る。だからこそ出来たあの戦い方だ。ツェルニは違う。お前の代わりなんていない。グレンダンとツェルニは違う。グレンダンのやり方と私のやり方は違う。お前は私の部下だ。私は部下を見捨てるような事はしない」

「隊長……」

「なぁ、レイフォン。私は何も出来ないのはもう嫌なんだ……どうすれば、強くなれる?どうすれば、お前の代わりとは行かないまでも、お前の側で戦う事が出来る?」

ニーナの強く、だけど弱くもある言葉。
生徒を導く先生の様に言うが、それでいて教えを請う生徒のような言葉。
気丈に振舞っていたが、彼女は悔しかったのだろう。
だからこそ強くなろうとしたが、あのやり方は間違っていた。ならば自分はどうすればいい?
レイフォンが教えて剄息以外にも、何か方法はないのか?

「……そうだ、隊長に……ぴったりの技が……」

自分が教えようと、強くなれるように何か技を教えようとレイフォンは決意する。
ニーナは言った、『全員で強くなろう』と。
ならばと思い、まずは彼女の願いに答えようとしたレイフォンだが、答えきる前に視線がぶれる。
景色が揺れ、頭ががくんと下がる。
遠くなって行く意識の中、レイフォンは消えそうな声で言った。

「金剛剄って……言って……」

「お、おい!?」

そのまま座席に倒れるレイフォンを見て、ニーナは慌てて叫ぶ。
だが、そんな彼女の心配は、次の瞬間には吹き飛んでいた。

「ぐー……」

レイフォンの寝息を聞いて。

「……寝たのか?」

会話の最中に寝始めたレイフォンを見て、ニーナは呆れるように、脱力してつぶやく。
だが、よっぽど疲れていたのだろうし、無理もないと思う。
汚染獣の、それも老性体なんかと丸1日やり合っていたのだ。心身共に疲れていても可笑しくはない。
そんなレイフォンの寝顔を見てニーナが苦笑し、そして気づいた。
シャーニッドと、オリバーが運転をしながらこちらを向いている事に。

「なんだ?と言うかオリバー、前を見て運転しろ」

「いや、前を見ろもなにも、前方には荒れ果てた大地で何もないから前方不注意も何もありませんが……それよりエリプトン先輩、ねぇ」

「ああ……随分とご執心みたいだから、もしかして隊長殿は年下が好みなのだと思っただけさ」

「まさか……」

オリバーとシャーニッドの言葉を、自分でもらしくないと思いながら笑って流す。
そんな彼女から返された返答は、2人にはまったくもって面白味のないものだった。

「こいつは部下で、仲間。それ以上でもそれ以下でもない」

「つまんねぇ話」

「まったくです」

2人が肩をすくめ、オリバーはそのまま前を向いて運転に集中していた。
シャーニッドも暇なため、座席に横になって眠り始めている。
ニーナはもう一度レイフォンの寝顔を見て、

「……それだけだ」

何故か胸に痛みのような物を感じながらも、小さくつぶやくのだった。


































あとがき

はい、レイフォン無双ですw
と言うか、戦闘描写がやはり難しい。いや、対人戦も難しいですが、人対人外の戦闘はやはり、普通の描写とは違うので……そこが厄介でした。
それにしても、うまく描写できてますかね?自分では、これってレイフォン強すぎじゃね?なんて思いながら、汚染獣が弱すぎるように見えないか心配です(汗
ですが、これだけは言います。愛の力は偉大だ!死亡フラグすらブチ折ってやりましたw
しかし、千斬閃に霞楼はやりすぎたかな?
千斬閃においては独自の解釈が入ったりしております(汗

更に、ニーナ達は見事に無駄足(滝汗
いやね、レイフォンがですね……まぁ、フェリのおかげで暴走しましたから(爆
ならニーナ達いらないとも言われそうですが、そこはまぁ、展開やフラグ的に……
そのフラグもフェリ関連で完璧にブチ折れますが……
そう言えば、今回はフェリ成分が皆無!?
これはいかん……エピローグで回収を!
まぁ……かなり短いですが(苦笑

それにしても今週はバイトが忙しかった……
そんな訳でこの作品は2,3日前には出来ていましたが、上げるのが今日になってしまったしだいです。
更にXXX板の『ありえないIF』の物語は、なんつぅかこの、難産でして……
更新予定はありますが、乗りでレイフォン&アルシェイラ(シノーラ)VS第一小隊&第十七小隊の試合をするんじゃなかったなぁ、と思っています。
勝てばレイフォン小隊長になりますので、ニーナの心境とかが難しいです……
あと、XXX要素とか……
あまり期待せずにそちらの更新も待っていて下さい。

それでは、エピローグで!



[15685] 13話 エピローグ 帰還 (原作2巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/03/09 13:02
放浪バスがツェルニに着き、目を覚ましたレイフォンは一目散にある場所を目指した。
それは場所と言うよりも人が正しい。だけどそんな事、今のレイフォンにはどうでもよかった。
ただ、一刻も早く彼女に会いたかった。声をかけたかった。声を聞きたかった。

都市外装備を脱ぎ捨て、着替え、ハーレイに使った複合錬金鋼の報告すらせずにレイフォンは走る。
もし、剄を全開で流したら複合錬金鋼が負荷に耐え切れず爆発したと言ったら、どのような顔をするのか?
そう思いながら、そんなどうでも良い思考は即刻排除する。
本当に今はどうでも良い。それよりも、その何倍も重要な事があった。

彼女の念威の誘導に従い、レイフォンはとある場所に辿り着いた。
そこは、養殖科の牧場であり、羊の柵が近くにあった。
ここにはフリーシー(仮)がおり、そして何より、彼女と初めて出会った場所だ。
その事を懐かしく思いながら、レイフォンは視線の先にいた人物に声をかける。

「フェリ」

彼女の名前を呼ぶ。
たったひとつだが年上なのに呼び捨てで、だけどとても親愛を込めた声で、最愛の人に送るような声で、レイフォンは彼女の名前を呼んだ。

「フォンフォン……」

彼女もまた、レイフォンの事を同じように呼ぶ。
だけど親しさと言う点ならば、愛称でレイフォンの事を呼ぶフェリの方が少し上だろうか?
だけど、気持ちでは負けるつもりはない。
自分はフェリを、心から愛しているのだから。

「フェリ……」

もう一度彼女の名前を呼び、レイフォンはゆっくりと近づいて行く。
さて、なんと言おう?

愛しています?

大好きです?

付き合ってください?

結婚してください?

さまざまな考えが脳裏に浮かび、流石に最後のは早すぎるなと小さく笑う。
なんと言えばいいのかはわからない。だけどひとまずは、赤くなる頬を掻きながら、レイフォンはフェリに微笑むように言った。

「ただいま」

ちゃんと、自分は帰って来た。
約束を守り、ここにいる。彼女の顔をまた見て、声を聞いている。
何気ない事だが、先ほどまで戦場にいたレイフォンにとってはとても重要で、とても嬉しい出来事だった
そんなレイフォンを見て、無表情なフェリの表情が崩れ、少しだが確かに笑みが浮かぶ。
誰から見ても嬉しそうな表情で、誰から見ても美しいと思える表情で、フェリは言った。

「お帰りなさい」

レイフォンを迎え入れる、何気ない言葉を。
だけどこの2人には、とても、とてもとても重要な言葉だった。



















あとがき

短っ!!
以上、エピローグでした(汗
なんにせよ、これで原作2巻分のSSは終了!次回は3巻分です。
して……予定ではリーリンやガハルトの部分は大幅カット予定。
いや、だって、主役はレイフォン×フェリですし、ぶっちゃけてそこのところは原作とあまり変わりませんし。
ただ、手紙の内容は変わる予定。
レイフォンはフェリと付き合う事になったので、手紙を受け取ったリーリンはそれはもう、この作品の2巻分の冒頭みたいに……

まぁ、何にしても、3巻分を書く前に間に外伝を何話かいれようと思います。
フェリが喫茶店でバイトする話とか、漫画版レギオス(深遊先生の書いたもの)に出てきたツェルニに似た少女を見て、オリバーが暴走する話とか、何気に大好きなレオを出してみようかなんて予定があったりします。
もはや外伝ではなく中編?なんて話になるかも……(汗

未だに原作は12巻途中まで、しかしクラリーベルは出て来た!な、状況の作者です。
早く読まねば……しかし、ゲームが……誘惑に負けてしまいそうな作者です。
最後に一言。かなりどうでもいいですが、今週のジャンプを読みました。
そして思った事、死ねや黒ひげぇぇ!!

……関係ない事を言い、申し訳ありませんでした。それでは。



[15685] 14話 外伝 短編・企画
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/25 19:21
汚染獣の襲来。
数百体の異形の者達に混乱する都市。
小隊による、この学園都市ツェルニに在籍する武芸科の生徒による抵抗空しく、彼らはその力に、その数に押しつぶされようとしていた。

己の非力に憤りながら、彼女は諦めさえ感じていた。
もう駄目なのか?
自分はここで死ぬのか?
ツェルニを護れずに終わるのか?

その考えが、汚染獣と共に切り裂かれる。
なにが起こったのかわからない。
これは現実なのか?まるで夢でも見ているような感覚がした。
だが、これは現実だ。次々と、次々と汚染獣が切り裂かれている。
なにが起こった?
誰が三桁にも及ぶ汚染獣を切り裂いた?

その答えを彼女、第十七小隊隊長、ニーナ・アントークが知った時。
彼女は圧倒的な力で汚染獣を塵殺(じんさつ)し、都市を救った部下の事を恐ろしいと思った。
部下は、彼は強い。この都市に存在する何者よりも。
最弱の汚染獣、都市を襲った幼生体だけではなく、老性体と言う都市すら半壊させる怪物と戦い、1対1で屠ったのだ。
その部下の名は……レイフォン・アルセイフ。

































「何がいいかな?美味しい物がいいのは確かだけど、栄養管理も考えて……フェリは甘い物が好きだから……」

「……………」

そんなレイフォンなのだが、現状の彼を見ればとてもそうとは思えない。
現在料理雑誌片手に、緩んだ表情で明日の弁当の事を考えているこの少年こそが、第十七小隊隊員のレイフォン・アルセイフだ。
彼は自分で昼食の弁当を作っており、ついでにフェリの分まで用意していると言う。
それをニーナも知っている。だが、レイフォンはさっきからニーナが呼びかけている事に気づいていないのだ。

「レイフォン、聞いているのか。おい!!」

「あ、先輩」

再三の呼びかけに、やっと気づいたレイフォン。
その事に呆れながらも、その用件をレイフォンへと告げる。
ここは、いつも第十七小隊が利用する訓練室。そしてこの場には、ニーナとレイフォンの他に見慣れない、1人の少年がいた。



「へぇ、入隊テスト……やってたんですか?」

「ああ、あいにく不合格だったがな」

その少年が訓練室を出て行き、扉が閉まるのを見送りながらレイフォンが尋ねる。
それに同意するニーナだったが、レイフォンからすればかなり意外だった。

「ウチの小隊、戦績で言ったら下位なのに、入隊希望者なんているんですね~」

現在、第十七小隊の戦績は1勝2敗。
当初は第十六小隊を破り、派手なデビューを果たした第十七小隊だが、次に対戦した第十四小隊には作戦負け。そして次の試合ではニーナの負傷による棄権と言う形で、2連敗となっているのだ。
故に、成績は下位となっているわけで、そんな隊に入隊希望者がいることは意外だった。
そもそも、レイフォンが入るまで規定人数を満たしていなかったのがこの第十七小隊であり、ニーナが人数集めに苦労していたのだから尚更だ。

「お前がいる所為もあるんだぞ!」

「へ?」

だが、レイフォンの言った言葉に頭にきたのか、ニーナがレイフォンを指差し、怒鳴るように言う。

「対抗戦の戦績はそこそこだが、隊員数は規定ギリギリの少人数。加えて専任のアタッカーが入学したての1年生(オマエ)1人だ……ならば、自分でも入隊すれば活躍出来るのではと考える、浅はかな輩が寄って来るのだ!!」

そう言われて理解する。
確かに人数の少ない小隊で、向こうとしても戦力が増えるのは喜ばしいと思われる第十七小隊。
成績は下位だが、小隊員がエリートであることには変わりないのだ。
故に、武芸科には小隊に所属したい者はたくさんいる。そして第十七小隊ならば活躍出来ると考える者は少なくないのだ。
さっきの少年も、そう言う者だったらしい。

「……でも、それは連帯責任のような……」

だが、納得は出来ない。
むしろ、連帯責任とは言わずどこにレイフォンの責任があるのか?
理解はしたが納得はいかないレイフォンで、ニーナに問い質そうとしたが……

「……なんでもないです」

彼女に睨まれ、沈黙する。
もっとも、そこまでむきになって否定する事でもないし、ハッキリ言ってどうでもいいことである。

「まぁ、この俺の美しさに憧れてくる奴の気持ちも、分からんでもないがな」

「珍しく時間通りに来たな。さぁ、無駄口叩かずに訓練を始めるぞ!」

いつの間にか時間内に来ていたシャーニッド。
だが、ニーナは彼の戯言を流し、訓練の開始を宣言する。
フェリが遅れるのはいつもの事だから、先に始めるのだ。

「ヒデーな隊長。そんなフェリちゃん並みのつれない反ノウッ!?」

「シャーニッド先輩、邪魔です」

だが、そのフェリも今日は珍しく時間内に来ており、悪口を言うシャーニッドに背後から蹴りを放つ。
バランスを崩して床に倒れたシャーニッドだったが、

「ふげっ!?」

「あ、すいません」

更にレイフォンに踏みつけられた。
謝罪しているが、悪気がまったく感じられない言葉。
しかも歩いていて偶然に踏んだのではなく、ドンと言う音を立て、踏み込みの様に踏んでいた。

「みんな揃ったな。着替えようか」

その光景を流しながら、ニーナが訓練着に着替えようと提案する。
それに従い、ロッカー室へと向かって行く十七小隊メンバー達。

「てめっ……レイフォン……」

「自業自得です」

「お前……なんか最近変わった?いい意味で。そして悪い意味で」

「そうですか?」

多少の憤怒を感じながらも、そんな会話を交わしながらロッカー室へと向うシャーニッドとレイフォン。
他、ニーナとフェリなどを合わせて5人。

「……ん?」

そう、ロッカー室に向っているのは5人。
第十七小隊のメンバーは、4人。
錬金鋼のメンテナンスを行うハーレイがたまに出入りするが、彼は現在自身の研究室にいるはずだ。
つまりは、

「1人多い!!」

「わああ!?」

第十七小隊に無関係の者が、この場にいる。
そしてその人物は驚き、慌てて背後へと下がる。
だが、気を取り直し、冷静になり、背筋をビシッと伸ばした。

「は……初めましてっ。僕はレオ・プロセシオ。武芸科1年です。今日は憧れの第十七小隊の皆さんに、お尋ねしたい事があって参りました!!」

礼儀正しく、自己紹介をするレオと名乗った少年。
彼はとても真っ直ぐで、そして輝いていた。それはもう、眩しいほどに。

「うおっ!!何だこの夢と希望に溢れた爽やかオーラは!!ヒイイ、浄化される~~」

レオの存在に、軽く、いい加減なシャーニッドはとても眩しそうに彼の登場に動揺した。
言葉どおりの雰囲気を纏い、周りにはいない人種のタイプにシャーニッドは驚いたのだ。

「もしかして君も入隊希望者か?だったら……」

「いっ、いえ!!」

先ほどと同じ、入隊希望者かと思うニーナ。
ならばテストをしようとしたが、どうやら違うらしい。

「……僕を、十七小隊の練習に混ぜて欲しいんです!」

だが、その違いがニーナには分からない。
練習に混ぜろと言う事は、つまりは第十七小隊に入れてくれと言う事ではないかとニーナは首をひねる。

「……だからな、それにはまず入隊テストを……」

「いえ、入隊とかそう言う事ではなく……ただ横で見ているだけと言うか……強くなるための方法を探りたくて、あの、その」

互いに話が通じる、レオはあたふたと動揺している。
何が言いたいのかニーナには理解が出来なかったが、シャーニッドにはなんとなく予想が出来た。

「用は俺らの訓練見学して、それ参考に自分で練習したいって事?」

「は、はいっ、そうです!!ご迷惑はかけません!!」

理解したが、シャーニッドからすれば彼みたいなのは苦手なタイプらしい。
目を細め、そして眩しそうに視線を逸らしていた。

「見学って事ならいいんじゃないんですか?」

「小隊員になりたいと言うわけでもなく、ただ参考にしたいというのが分からんな」

「……邪魔です」

取材などもたまに来るから、別に構わないのではないかというレイフォン。
それでもあまり納得のいかないニーナ。
フェリは、とても正直にボソリと漏らした。

「……僕がいた都市は、過去に一度も汚染獣との接触がないんです。その所為か武芸に対する関心が低くて、限られた人しか専門の訓練を受けていません」

「では、君も……」

「はい。剄の基本的な使い方くらいしか指導されていなくて」

レオから語られた言葉に、グレンダン出身のレイフォンは内心でかなり驚いていた。
ツェルニの平和さにも驚いたが、レオの出身の都市はそれよりも平和なところだったらしい。
都市戦の時はどうしていたのだろうと思いながらも、レオの話は続く。

「でも僕だって、武芸者として自分の都市を護れるくらいの力は持ちたい!!今はまだ小隊員なんて程遠いけど、少しでも早く近づけるように頑張りたいんです!!」

彼は真っ直ぐだ。シャーニッドが眩しいと思うほどに。
そしてニーナは、こういうのが嫌いではない。
むしろ共感するし、好ましくすら思う。
そんな訳で、


「では、始めるぞ」

「まぁ、こうなるんだろうな」

「シャーニッド。余所見するな!」

レオの見学を受け入れ、いつもどおりの訓練が始まる第十七小隊。
ある程度の間隔を取り、床には硬球がばら撒かれている。
その上に乗り、ニーナは片手に持った硬球を、本来なら二刀復元する鉄鞭の片方で打った。

「はい、フェリちゃん」

ニーナから打たれ、飛んできた硬球をシャーニッドが銃衝術の錬金鋼でフェリに向けて打つ。

「フォンフォン」

「はいっ」

続き、フェリ、レイフォン、そして再びニーナへと打ち返されていく。
それはまるでキャッチボール。または軽業のような光景だった。
凄いとは思う。今の自分には出来ないと思う。

「……………」

だが、レオには何の訓練をしているのか分からなかった。

「あ、あの」

分からないのならば聞く。
硬球の打ち合いがひとまず終了し、一息ついたニーナにレオは問う。

「これはどう言う訓練なんですか?あのボールは一体……」

「アレはただの硬球だが、この上で運動する事で活剄の能力が高められる。ボールを打ち合っているのは基本的な肉体強化にもなるが、衝剄を使って打てば同時にそちらも鍛えられる」

「はぁー」

ニーナの説明に、納得したように息を吐くレオ。
だが、これは全てレイフォンからの受け売りだ。
前回のニーナの入院、そして汚染獣戦を境に、全員で強くなろうと決意した第十七小隊。
フェリのやる気はともかく、レイフォンの提案した訓練方法を取り入れ、この硬球もレイフォンに言われて、予算をおろして買ったものなのだ。

「さぁ、もう一度行くぞ!!」

なんにせよ、再び訓練が再開した。
もう一度、さっきのを順番を変えて行う。
レオはそれを見ずに、近くに転がっていた硬球に乗ってみた。
慣れないために危なげなく、フラフラとしている。
だと言うのに、更に剣まで持っていた。
だが、新入生は小隊にでも所属しない限り、半年は錬金鋼の所持を禁止されているためにあれは模擬剣。
彼個人の持込で、練習用のものだろう。

「よ、よし。このまま素振りを……」

それを使い、素振りまでしようとした時……

「って、わああ!?」

当然の様に足を滑らせ、転んでしまうレオ。
その時、彼の握っていた剣がすっぽ抜けてくるくると回転しながら飛んで行く。

「あ!剣が!!」

それはレイフォンへと、真っ直ぐに飛んでいった。
レオは危ないと言おうとしたが、

「ふっ」

レイフォンは容易く自分の剣でレオの剣を弾き飛ばし、難を逃れていた。

「あ!!」

だが、その弾き飛ばした剣は力みすぎたためか、そのまま天井まで飛ばされる。
そこはちょうどレオの真上の辺りで、体育館の様に高いここの天井には鉄骨などが使われているのだが、レイフォンの弾いた剣はそれすらを破壊していた。

「いかん!」

「隊長!!」

それを見て、レオが危ないと彼をその真下から連れ出そうと押しやったニーナ。
だが、

「ボールが!!……行きましたよ」

現在、訓練中でボールを飛ばしあっていたのだ。
そして次がニーナの番であり、シャーニッドが彼女の方に向けて打ったのだが反応できるわけがない。
硬球のボールがニーナの顎に直撃した。

「な、何をする!!」

「いや、パスしたんだけど。あっ、それより天井が……」

シャーニッドに怒りを向けるニーナだったが、それどころではない。
ニーナはレオを庇うために、彼を押し出したのだ。
そして現在、彼のいたところにニーナはいる。
つまり……

「隊長ーー!!」

彼女の頭上に、破壊された天井、鉄骨やら瓦礫などが降り注ぐ。
それに押しつぶされ、埋もれるニーナ。
そのアクシデントに、一同が呆然とした。

「たたた、隊長さんが!!僕の所為で、うあああ」

「早く瓦礫どけろ!!」

「掘り出せ」

慌てふためき、ニーナを救出しようとするレイフォンとシャーニッド。

「何、これしき……」

「奇跡の生還!!」

だが、ニーナは不死身だった。
自力で起き上がり、瓦礫を押しのけて立ち上がる。

「全然大丈、グフゥ」

「やっぱり駄目か……」

だが、流石に無傷とは行かなかった。
大丈夫と言うおうとしたが、吐血し、項垂れるニーナ。
それに慌てながら治療の容易をするレイフォン。

「あ、あの、あの、僕、やっぱり迷惑を……」

この原因を作ったレオは、とても申し訳なさそうにニーナに謝罪した。

「何を言う。強くなりたいのならば、これしきの事で臆するな!」

「は……はいっ」

が、ニーナは気にするなと言うようにレオに声をかける。
自分も第十四小隊に所属していたころは迷惑ばかりかけていたのだし、しかも吐血はしたがこの程度たいした怪我ではないと自己完結してから言う。
その言葉に慰められ、勇気付けられたレオの返事を聞き、ニーナは満足そうに微笑んだ。
……だが、この日の訓練は中断と言う事で、レイフォンとシャーニッドによってニーナは医務室に連行されるのだった。


そう、臆しないのはこの程度ならの話だ。
『この程度』なら。
翌日、翌々日とレオは第十七小隊の訓練に顔を出すのだが、2日目、レオの弾いた硬球がニーナの顔面に直撃する。
この程度なら医務室に行くほどではないが、彼女は鼻を強打し、鼻血を垂れ流していた。

3日目、またもやすっぽ抜けたレオの剣が、今度はニーナへと飛んで行く。
幸い当たりはしなかったが、彼女の真横を飛び、背後の壁へと剣が突き刺さっていた。
この日は怪我はしなかったのだが、ニーナは死を覚悟したらしい。





「鈍くせぇな、その1年」

「はは……」

「そうですね」

レオが訪れて4日目。
だが、小隊の訓練中ではなく、まだ授業中であり武芸科の1,2年の合同訓練。
合同とは言っても、要は自主トレであり、1年生が2年生にアドバイスを聞いたり個人的な訓練を行うと言ったものだ。
そんな訳でオリバーは、放り投げた空き缶を銃で撃ち抜きながら話を聞き、話していたレイフォンは苦笑し、フェリは随分ストレートにつぶやいていた。
オリバーは自主トレ、レイフォンはそもそもアドバイスを受ける必要がなく、そしてフェリはやる気がない故にこの面子で集まっている。
さっきまではナルキがいて、2年生にではなくレイフォンにアドバイスを受けていたのだが、それを実践すると言って適当な相手を探しに行った。

「だー……駄目だ!外した」

「え、外したって……全部命中しましたよね?」

自主トレ中のオリバーだが、彼が放り投げたひとつの空き缶を3発の銃弾が撃ち抜く。
だと言うのに外したと言うオリバーに、レイフォンは首を傾げて尋ねた。

「良く見ろ。缶に穴が2つあるだろ?だから外れだよ」

オリバーが撃ったのは、3発の銃弾だ。そして缶に開いている穴は二つ。
正確には貫通したために、その裏側と併せて四つあるわけだが、なんにしてもそれだと数が合わない。
3発撃ち、当たったのならば3発分の穴が開いていないと可笑しいからだ。
そしてレイフォンは、気を抜いてはいたが確かに3発全部が当たるところを見た。
つまり……

「なんと言うか……凄い命中精度ですね」

「まだまだだろ?剄も少なく、肉弾戦が苦手な俺は何かひとつ、強力な武器がねぇとな。それが、精密射撃って訳だ。こればかりはしくじる訳にはいかないんだよ」

ひとつの穴に、もう1発の銃弾を通す技術。
1発は外れたのだが、その精度には素直に感心してしまう。
オリバーの弁では肉弾戦、つまりは活剄が苦手らしいが、天剣の中には銃を使い、尚且つ身軽な人物がいたなと思い出す。
そして、威力不足で悩むなら修得や使いどころは難しいが、化錬剄を使えば面白い事になるのではないかと思う。
本来銃と言う武器は、使っているタイプで上限が決まるもののそれでも剄が多いに越したことはない訳で、オリバーの様に命中精度が高く威力が低い場合は、銃弾に変化を持たせればいいのではないかと?
極端な話、炎に変化する弾、氷に変化する弾、または電撃に変化する弾。
はたまた誘導性なんてものを持たせてもいい。化錬剄ほど応用に利く剄技はない。
その分、さっきも言ったとおりに修得は難しいが。

「それにしても、何時までやってるつもりなんだそいつ?」

「え?」

「さっき、話に出てきた1年生だよ」

「ああ」

オリバーは自分の訓練を続けながら、話題を変え、レイフォンに尋ねた。
それにレイフォンがうなずく。

「確かに格上の者の訓練を見たり、参考にしたりするのは悪くねぇ。だけど訓練つうのは、見てるだけじゃ上達しないし、自分にあったもんじゃないと効果が薄いだろ?ま、小隊員じゃない俺が言っても仕方ないけどな」

確かにそう思う。オリバーの言っている事はもっともだ。
参考にするだけではなく、自分なりに応用しなければ意味がない。
例えば全体をバランス良く鍛えたり、オリバーの様に何か一点を伸ばしたり。

「でも、オリバー先輩の場合はその精度なら、小隊員にもなれると思うんですけど」

「うまい事言うね。お前に言われても嫌味にしか聞こえないけど」

「そんなつもりはありませんよ」

「はっ、わかってるよ」

軽く笑い、苦笑するレイフォンとオリバー。
オリバーもまた、前回の汚染獣戦でレイフォンの過去を知る事となってしまった。
だが、オリバーは元々そんな事を気にしないと言うか、彼の存在、趣味自体がちょっと性質の悪い犯罪っぽいものだったり、別に武芸を神聖視していない事から話すつもりはないと言ってくれた。
なんだかんだで、オリバーとレイフォンはこれまでどおり、またはこれまでよりも親しくやっていけそうである。




































4日目。

「す……すいませ……」

仏の顔も三度までと言うか、前科があるために始終レオを警戒していたニーナ。
その視線に睨まれ、レオはとても申し訳なさそうに謝罪している。

「よし!今日はここまでだ!」

結局、この日の訓練は何も起こらず、平和に終わったのだが、ニーナ自身の訓練は手付かずと言う感じで終わってしまった。

「ニーナ先輩。おっ、お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ様」

今回は平和に、何事もなく終わった訓練。
だが、ニーナとしてはどこか不完全燃焼だったらしく、また頃合だろうと言う事でひとつの提案をレオにしてみた。

「そろそろ君も慣れて来ただろう。どうだ、軽く組み手でもしてみるか?」

「ええっ、いえっ、そんな僕なんてまだまだっ。無理ですよ」

「しかし……」

「ほ、本当に結構ですから」

「ム……そうか……」

手合わせを提案するが、レオは頑なに拒否する。
それに押し切られ、どこか漠然としないまま納得するニーナ。
そしてこの日の訓練は、これで終了したのだが……



「レイフォン?まだ帰ってなかったのか」

「あ、隊長」

いつもなら早々にフェリと帰宅しているレイフォンだが、今日は珍しく1人で残っていた。
まるでニーナが着替えを終えるのを待っていたかのように。まさにその通りであり、レイフォンはニーナに話があったのだ。

「何時まで彼に構っているつもりですか?」

「彼……レオの事か?」

「はい」

レイフォンの話は、レオに関する事。
だが、どうやら内容は世間話のようなものではない。
どこか棘があり、まるでレオを邪魔者の様に思っているのかとさえ取れる言い方だ。

「確かに多少騒がしくもあるが……彼がいる手前、シャーニッドやフェリも真面目にやっているし、そう迷惑と言うわけでもあるまい?」

確かに、見学者がいるのといないのとでは違うのか、シャーニッドやフェリもめんどくさそうではあるが、訓練はちゃんとやっている。
このあたりではレオが見学している点でのプラス要素だと思い、また、自分の考えをレイフォンに述べた。

「何より、強くなろうとする後輩を我々が応援してやらんでどうする!」

強くなろうと努力をするレオ。
ニーナ自身も強くなりたいと願い、このツェルニを護りたいと思っている。
だからこそレオに共感できるし、彼の力になりたいと思った。
何よりそれが、この学園都市での小隊員として、先輩としてのあり方だと思ったからだ。
切磋琢磨。この言葉は、そのためにあると。

「彼は、小隊員にはなれませんよ」

だが、レイフォンから語られる言葉はそれを真っ向から否定するもの。

「基礎もなければ、剄量も突出してるわけじゃない」

「……だからああして我々のところに……」

「他の武芸者だって毎日訓練して強くなってるんです。あんな事してても追いつけるわけありませんよ」

淡々と、冷酷に言うレイフォンの言葉に、ニーナはどこかくらい雰囲気で尋ねる。

「……才能のない人間が、今更あがいても無駄だと言いたいのか」

「そうでなくて。僕達の真似をしてもあまり意味がないと……あのままじゃ何も……」

レイフォンは淡々と、冷酷に事実を言うだけ。
だが、その事実は、話の途中で壁を殴ったニーナによって止められてしまう。

「……お前に何がわかる」

「え?」

我慢の限界だった。
強くなろうと思っているレオを否定され、同じように強くなりたいと思っている自分自身を否定されたようで……

「幼くして故郷グレンダンで、最強の武芸者の証を手にするほど天賦の才に恵まれたお前に……お前に、持たざる者の気持ちがわかるのか」

怒り、レイフォンを睨みながらニーナは言う。
レイフォンは天才だ。そんな事は分かりきっている。
だから自分はそれに追いつこうとして、無茶な訓練を続けて体を壊しもした。
今はそんな無茶をするつもりはないが、それでも今の言葉の様に、その人なりの努力を無碍にする言葉は許せなかったのだ。
だが肝心のレイフォンは、彼の表情には悪気すら浮かんでおらず、相変わらず淡々とした表情をしていた。
その表情で、視線で見つめられ、ニーナは気づいてしまう。

「あ……いや……」

レイフォンはあくまで真実を言い、自分は八つ当たりをしているのだと。

「……すまん、先に帰る!」

それを誤魔化すように、ニーナはまるで逃げ出すようにこの場を去って行った。
それを見送りながら、レイフォンは自分の頬をポリポリと掻く。
そしてさっきまでは淡々とした表情をしていたが、それを崩し、少しだけ苦々しい表情をしていた。

「言い方がまずかったかな?」

「いいんじゃないんですか」

そんなレイフォンの元に、フェリがやって来る。
いつもなら早々と引き上げるのだが、今日は珍しく彼女も残っていたらしい。

「オリバー先輩も言ってたじゃないですか。どの道このままだと、意味はありません」

「それはそうですけど……」

だから忠告したのだが、それは余計なお世話だったのかと思ってしまう。

「あなたが気にする必要はないんですよ。それよりもフォンフォン。今まで待っていたんですから、今日は帰りに甘い物でも食べに行きましょう」

そんな思考は、今更気にしても意味がないし、フェリによって拡散された。

「僕は甘い物……苦手なんですけど?」

「いいんです。私が食べるんですから」

「わかりました。じゃ、どこに行きましょうか?」

気を取り直し、どこか機嫌が良さそうにレイフォンは問う。
レイフォンはフェリを引き連れ、そのまま甘味所へと向った。




































(何をしているのだ……みっともない……!!)

ニーナは街中をやや早足で走りながら、先ほどのレイフォンとの会話を思い出す。
自分の言った言葉に対する、後悔を深く感じながら。

(弱さをひけらかして八つ当たりなど……最低だ!!)

レイフォンには自分達の気持ちが分からないと、ニーナは言った。
だがそれは、自分達の都合であって、事実ではなかったのかと。
分かってはいる。レイフォンは武芸における天才であり、本人もそれを自覚している。
傲慢ではなくそれは事実で、レイフォンはそのありのままの事実を受け止めているだけだ。
そんな彼から語られた事実は、武芸の事となると容赦のないレイフォンだからこそ、本当のことなのだろう。
それは分かる。理屈としては十分に分かるのだが……

(……だが……いや……だからこそ、腹が立つ)

事実を真正面から告げられ、自身を否定されたような怒りは拭えない。
容赦はないが、ハッキリ言って人付き合いが苦手なレイフォンはそうやって嫉妬や妬みなどの負の感情を募らせたのではないかと思う。
現にレイフォンは、1年生で小隊員と言う事もあって上級生にそういう風に見られているのだ。

(普段はアレの癖に……)

そんな事を考えても仕方がないと、ニーナはただ歩いていた時、偶然見つけた公園のベンチに腰掛けてため息をつく。
普段のどこかボーっとした、締まりのない表情をしたレイフォンからは予想もつかない事だ。

そんな風に考えていた。思考していた。
その思考を切り裂く、ヒュッ、っと言う風切り音が聴こえてくる。
それはとても鋭い音だ。いや、一般人からすればそうなのだが、いつも訓練をしている武芸者からすれば聴き慣れた音で、その基準で言えば酷く弱々しい。
その聴き慣れた音、剣を振るう音を聴き、ニーナがそちらへ視線を向けると、

「こんなところで自主トレか」

そこには、レオがいた。
模擬剣を使い、素振りをしていた。

「あ!!ニーナ先輩!!お疲れ様です!!」

「ああ、いや、構わないでくれ」

シャーニッドではないが、相変わらず眩しく、爽やかで、そして元気が良くて真面目だと思う。
トラブルは起こすが、彼の真面目さと心意気には好感が持てるとニーナは思っていた。
それは今でも変わらない。

「いつもやっているのか?」

「え?ええ。皆さんの見よう見真似ですけど……」

ニーナの問いに、レオは照れ臭そうに答える。
確かに彼には好感が持てる。だが、そこで、レイフォンが言った言葉を思い出した。

『真似をしても意味がない』

薄々は感づいていた。
だからこそ今日、組み手を提案してみたのだが、レオはそれを拒否した。
確かに、このままじゃ意味がないかもしれない。

『彼は小隊員にはなれませんよ』

だが、この言葉は否定する。
人間に不可能はないはずだ。努力すれば、いつかは報われる。
少なくともニーナはそう信じている。

「………レオ」

「はい!」

ニーナは腰の剣帯の錬金鋼に触れ、強制するように言った。

「私と勝負をしてみろ」

その言葉に、レオの表情が強張る。

「な、何を言ってるんですか!そんな事をしたって、結果は目に見えてるじゃ……」

確かにニーナとレオが勝負をすれば、結果はどうなる加など分かりきっている。
それでも、この勝負は絶対にやらなければならない。

「もちろん手加減はする。拒めば明日から練武館には入れんぞ」

「そんな……な、何のために……」

レオを追い詰めるように言い、ニーナは錬金鋼を復元させる。
もちろん彼女が愛用する武器、鉄鞭だ。

「お前の力を試したいのだ。全力で来い。私が受け止めてやる」

「……………」

だが、レオは動かない。
怯えたように、表情が引きつっている。
声すら出せず、剣すら構えずに、思わず後ろに後ずさっていた。

「どうした、剣を構えろ」

「……だ、だって僕は……小隊どころか一般武芸者としても未熟なのに……小隊長のあなたと勝負なんて……せめてもう少し、力をつけてから……」

レオは尻込みし、ニーナとの勝負を避けようとする。
だがそんな事、ニーナは許さない。

「……お前は、ある日突然汚染獣が襲って来ても、そう言い訳する気か?」

前回の汚染獣戦。
都市外で行われた老性体戦ではなく、このツェルニが襲われた幼生体戦の話だが、都市警に勤めている者ならともかく、錬金鋼を持たない1年生の者は一般人と同様にシェルターへと避難していたのだ。
故に、レオは未だに知らない。本物の汚染獣の脅威を。

「ちっ」

「そんな甘い考えで強くなりたいと言っているのか?」

『違う』と言おうとした。
だが、それを遮りニーナは続ける。

「我々の練習に混ざっているのもだ。隊員達を横で眺めて、自分も強くなっていると錯覚して安心しているのではないか?」

レイフォンが何を言いたいのか、やっと理解できたような気がした。
これを言いたかったのではないかとニーナは思う。
このままだと本当に意味が無いし、変わらなければいけない。

「そっ、そんな事、ありません!!」

「違わんだろう!現に自分の力を試されるのを避けているではないか!弱さをさらけ出すのがそんなに怖いか!臆病者め!!」

ニーナの言葉が、深くレオに突き刺さる。
突き刺さり、レオは震えていた。
それは怒りだ。いいように言われ、臆病者とまで罵ったニーナに向ける怒り。

「あ……あなたはっ……自分が強いからそんな事が言えるんですよ!!」

わかっているのだ、自分が弱い事など。
だが、この怒りだけは抑えきれない。
震える手でしっかり模擬剣を握り締め、ニーナに向けて振りかぶる。

「弱い者の気持ちなんて分からないんだ!!」

怒りに任せて振り下ろした一撃。
その一撃には、彼の切ないほどの想いが込められていた。
それをニーナは彼女自身も切なそうな表情をし、鉄鞭で攻撃を受け止める。

「わかるぞ」

レオの気持ちは、自分でも良く理解できる。
レイフォンに感じていた気持ちこそが、まさにそれなのだ。
彼の圧倒的な力を見せ付けられ、似たような気持ちを抱いていた。

ニーナは鉄鞭で模擬剣を弾き、それと同時にレオの体も背後へと飛ぶ。
背中から地面に着地したレオを見つめ、ニーナは続けた。

「強い人間に対する嫉妬、羨望、劣等感……よく分かるぞ」

地に倒れたレオが、そんなニーナを見上げている。
彼女の表情は、言葉は真っ直ぐにレオを見ていた。

「だが、そこで立ち止まっていてはいかんのだ。弱さを言い訳ではなく糧として前進せねば!!」

少なくともニーナはそうしてきた。

「……それだって、強い人間だけが言えるセリフですよ!!そんなの簡単にできるわけ……」

だが、それは自分には出来ないと、怒鳴るようにレオは言う。
その手に模擬剣を持ち、もう一度ニーナへ向かおうとした。
だがニーナは、真正面から、どこまでも真っ直ぐに言う。

「お前にも出来る」

鉄鞭を振り上げ、それを振り下ろした。

「誰だって、前に進めると私は信じている」



































(……嫌な気分だ……)

ニーナは自室でため息を吐き、ベットに仰向けになりながら愛用のぬいぐるみであるミーテッシャを抱きしめる。
実家を家出同然に出て来たニーナだが、そんな実家から持って来た数少ない私物がこのツートンカラーの白黒、熊のようなぬいぐるみである。
ぬいぐるみだが、幼いころから共に過ごした物であり、彼女にとっては親友なのだ。

「なあ、ミーテッシャ。お前はどう思う?」

ぬいぐるみが答えるわけが無いとわかっているが、ニーナは思わず尋ねてしまう。

「あのような高圧的な方法ではなくても、他にやり方があったのではないか?しかし厳しく当たらねば、彼はあのまま足踏みをしていただろう……」

考える彼とは、言うまでも無くレオの事だ。

「ただ、あのまま立ち上がれなくなってしまったら……」

レオに向けて鉄鞭を振り下ろした。
だが、いくらなんでもそれを当てるほどニーナも馬鹿ではない。
ちゃんと外し、彼の真横へと振り下ろしたのだ。
だが、地面にたたきつけられた彼女の鉄鞭は、レオの戦意を消失させるには十分なものであり、見事に粉砕されたレオが武芸を辞めてしまうのではないかと危惧する。

「だが、あの程度で挫折するようでは今後……いや、しかしもっと他にやり方が……」

ミーテッシャを抱きしめ、ああだこうだと思案するニーナ。
唸り、悩む。真剣に考え、とある結論を出した。

「剄の量だって決して少ない訳ではないし、今からきちんとした訓練メニューを組んでこなしていけば、卒業までに小隊員クラスの力だって身につけられるハズだ」

レイフォンが剄の量が突出しているわけではないと言ったが、別に少ないわけでもない。
小隊員としては少ないだろうが、鍛えれば当然多くなるだろうし、何も戦闘は剄の量だけで決まるものではないし、それなりの技術などを身につければ十分に強くなれる。
そう重い、結論を出したところで、ニーナは思う。

「もしやあの時……レイフォンはそう言いたかったのか?」

思い出す。レイフォンは確かに、レオに小隊員にはなれないと言った。
だが、こうも言ったのだ。自分達の真似をしていても意味がないと。ニーナもそれには気づいた。
だが、さらに続けられた言葉を聞かずに、ニーナは去ってしまった。

『あのままじゃ何も』

この言葉に続く言葉はなんだったのか、今ならば予想できる。
あのままでは何も変わらないのなら、自分にあった訓練をすればいい。
そうすれば実力は比較的に伸びるだろうし、小隊員を目指すことも可能だろう。
現実に小隊員を目指すにはやはり才能などが要るだろうが、頑張り、努力をすれば不可能ではないと思う。

それを理解し、ニーナの内心には嫌なものがもやもやと漂っていた。

「あいつは……なんでああも平然としていられるんだろうな?言った相手に対しての遠慮や罪悪感は無いのか?」

自分とレイフォンの違いに悩みながら、ぐるぐると巡る思考に苦い表情をしながら、夜は更けていく。
また日が昇り、いつもの日常が始まった。
授業を受け、訓練をすると言う日常。








「えっと……今日は隊長、どうかしたんでしょうか?」

「知りません。また、馬鹿みたいな事で悩んでいるんじゃないんですか?」

翌日、訓練が始まるにはまだ時間があるが、既にニーナの他にレイフォンとフェリが来ていた。
シャーニッドはまだ来ていないが、時間にはまだ余裕があるので遅刻ではない。
そしてレイフォンとフェリの話題の中心になっている彼女はと言うと、何故か元気が無かった。
とても落ち込んでいるようで、声をかけづらい。
その事に心配をするレイフォンと、また馬鹿な事、隠れて訓練などをして悩んでいるのではないかと言うフェリ。
それは当たらずとも遠からずと言うべきか、どちらにしよ、その悩みは意外に早く払拭されるのだった。

「ニーナ先輩!!」

レオがいつものように、訓練室へと入ってくる。
いや、どこか違った。強い意志が感じられ、真っ直ぐにニーナの元へと歩み寄ってくる。
ただ訓練を見学し、手合わせを拒否していた彼とは違う。

「レ、レオ……」

昨日の出来事があり、彼に気後れしてしまうニーナ。
だが、レオからはそんな事は感じさせずに、45度に腰を折った。

「短い間でしたが、お世話になりました!!」

ペコリと頭を下げる。
ニーナには一瞬、訳が分からなかった。

「もう皆さんの邪魔はしません。これからは、自分なりの方法で鍛錬を続けます!」

「……そうか……」

昨日、あんな事をしたのだ。当然の結論だろう。
このままの日々が続くとは思っていなかった。
だけど、どこか寂しく思うところがあるのも確かだった。

「でも」

だが、それは違った。レオの意思は違った。
少なくとも彼は、変わっていた。

「諦めた訳じゃありませんよ。僕はあなたより強くなってみせる!覚悟していてください」

その瞳に、強い意志を宿していた。

「失礼します!」

そう言い残し、去っていくレオ。

「ど……どうしたんですか、彼……」

その変貌に驚きつつ、半ば呆けたようにレイフォンが尋ねる。

「前へ……進んだんだ」

「前?」

それに答えるニーナだが、レイフォンにはその意味が分からない。
そして、ニーナには詳しく説明するつもりはなかった。

「さぁ、訓練始めるぞ。ボーっとするな、レイフォン、フェリ!!」

「熱血なら、1人でやってください」

熱く、燃え上がっているニーナ。
先ほどの落ち込んだ暗い雰囲気がどこかに吹き飛び、とても清々しい笑みを浮かべていた。

「早くせんとレオに追い抜かれるぞ!」

「何の話ですか?」

「ありえませんね、絶対に」

「おーー、今日はいつにもまして熱いなー」

談笑のような口論をしていると、何時の間にやらシャーニッドも来ていた。
そして何時もどおりに訓練が始まる。
それぞれが強くなるという想いを秘め、切磋琢磨をしてこの学園都市ツェルニの武芸者は腕を磨いていくのだ。






























翌日。

「たのもー!!」

「来るのはええよ!!」

速攻でニーナに再戦を申し込んできたレオ。
だが、結果は言うまでもなく返り討ちだった。
こうして、レオが再戦に来ては返り討ちにあうという日々が、1週間ほど続くのだった。































あとがき
いかがでしたか?今回の話は、深遊先生の漫画版レギオスの2巻を元にしたSSです。
個人的にはこのレオが好きなんですよね、と言いつつ、今回はフェリ要素が……今回のはニーナが主役ですね。
そこ(フェリ成分?)はまぁ、『おまけ』辺りで……

それはさて置き、原作の話では本来レイフォンが武芸者以外の道を探してて、そのために多数のバイトを掛け持ちして倒れる描写がありますけどこの話では、レイフォンは現在武芸者を続けることに不満は持ってないので、そこはカットです。
フェリのおかげですねw

ちなみにオリバー。彼は精密射撃が得意ですね。制度で言えばシャーニッドに匹敵、凌駕するほどに。
しかし、剄の量が少ないんで、威力不足だったり殺剄がそこまでうまくなかったりします。
銃は殺剄に向く武器らしいですが、苦手な人が居てもおかしくはないですよね?

さて、それでは今回は『おまけ』を!








おまけ

「……フェリと」

「シャーニッドの」

『なぜなにレギオース』

「……何をしているのだ?」

なにやら奇妙な事を始めようとしているシャーニッドとフェリ。
机を用意し、その上にネームプレートを2人分置いてある。
それには『しゃーにっど君』、『ふぇりちゃん』などと書かれていた。

「このコーナーでは、第十七小隊のメンバー達が」

「ズビッっと、ズバッと回答いたします!!」

「勝手に進めるな」

カンペを持ち、ローテンションなフェリとハイテンションなシャーニッド。
それに突っ込みを入れるニーナだが、シャーニッドは相変わらず軽い乗りで答える。

「何だよせっかく、隊員同士の親睦を深めようと企画立ててんのに」

「そう言う事なら……」

軽いが、もっとものような意見。
それにニーナが承諾し、この企画は始まった。

「えー、それでは最初の質問。フェリちゃんの今日の下着の色は……」

シャーニッドが質問ペーパーを持ち、そこまで言う。
言って、彼は……



『しばらくお待ち下さい』



「えー、いきなりですが司会を変わりました、レイフォン・アルセイフです」

「アシスタントのフェリ・ロスです」

「葬られた!?」

何故かアシスタントが変わり、そして先ほどシャーニッドが持っていた質問ペーパーをレイフォンがびりびりに破いている。
床にはシャーニッドが倒れており、そのそばには剣が転がっていた。
刃引きはされたもので、どうやらそれで切られ(殴られ)たらしい。

「それはさて置き、最初の質問です」

清々しい笑みを浮かべたレイフォンが、最初の質問を出す。

『Q 隊員達の趣味は?』

「趣味……訓練か?筋トレとか……」

「期待はしてねぇが、色気の無い答えだな……」

「案の定」

「うっ、うるさい!!」

ニーナのつまらない返答に、復活したシャーニッドとフェリがつまらなそうに言う。

「ま、俺はデートっつーか、ナンパっつーか、あ、これは趣味ではなく俺の人生における……」

「レイフォンは?」

シャーニッドの趣味は聞き流し、フェリがレイフォンに尋ねる。

「僕ですか?そうですね……」

「そういや、コイツが一番謎だよな」

「確かに……」

シャーニッドとニーナも、どこか気にしたようにレイフォンの趣味を聞こうとするが、

「掃除ですかね?後最近は、料理なんかを」

ある意味予想外で、そしてつまらない返答だった。

「なんつーか、似合わねえ……」

「と言うかレイフォン、料理できるのか?」

「あっ、はい。孤児院では当番制でやってましたし、最近は弁当も自分で作ってますからあれこれと試行錯誤を。これが案外、やってみると楽しいんですよ」

レイフォンの答えを聞き、意外だと思うシャーニッドと、何故か負けたと項垂れるニーナ。
フェリは既に知っていることではあるが、やはりレイフォンに料理で負けるのは少し悔しそうだ。

「それでは、次の質問を……アレ?質問ペーパーはもうないんですか?」

次の質問を読もうとしたレイフォンに、シャーニッドが新たな質問用紙を持ってそれを読み上げる。

「フェリちゃんと隊長のスリーサイズを教え……」

シャーニッドがそこまで言いかけ、レイフォンは再び剣を握る。
そして……



『もう一度、もうしばらくお待ち下さい』



「シャーニッド先輩は体調が悪いそうなので帰りました。さて、質問ですが以上のようですね」

「ひとつしかやってないな……しかも趣味だけ」

「無駄な時間を過ごしました」

シャーニッドが消え去り、この場から去っていく3人。
そんな訳で彼らが部屋を出た後……

「アレ?みんないないのかな」

ハーレイが先ほどまで、レイフォン達のいた部屋へと訪れる。

「ぐぉぉ……レイフォンの野郎……」

「どうしたんですかシャーニッド先輩!?」

そこで、何故か血だるまとなって倒れているシャーニッドを発見し、焦るハーレイ。

「ふ……このコーナーでは質問、疑問などを募集して、俺達がお答えします。開催日は未定ですが、皆さん奮ってご参加を。感想のついでに質問などをそえて書き込んでいただければOKです。ただ、感想と質問、疑問などの違いが分かるように明記してください……ぐふっ」

「何を訳の分からない事を……って、シャーニッド先輩!?」

皆さんのご参加、お待ちしております。


『フェリの趣味。 読書、人間観察』







あとがき2
フェリ成分……出せてねぇ……
今回、ネタに走ってしまった気が非常にあります。
やばい……後悔しそうです(涙

次回は予定では、フェリのアルバイトかツェルニに似た少女の話。
本編にいくかとも考えてますが、そっちの可能性は低いかな?
フェリのアルバイトだとレイフォン暴走しそうで、ツェルニに似た少女の話だとオリバーが……
うん、次回が書く前から怖いです。



[15685] 15話 外伝 アルバイト・イン・ザ・喫茶ミラ
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/04/08 19:00
その日、レイフォンは珍しくもなんともないごく普通の日常を過ごしていた。
朝起きて、学校に行き、夕方までの授業を滞りなく消化して、小隊の訓練を済ませた。
ツェルニに入学して早々、波乱万丈の渦に巻き込まれたレイフォンだが、これといって特筆すべき事のない日常だった。
小隊の訓練もいつもどおりに終わり、これまたいつもどおりにフェリと帰宅すればそれは本当に特筆すべき事のない、平和な日常だった。

だけど、そうはならなかった。
フェリは今日は珍しく、何故か1人で帰ってしまった。レイフォンを置いて、まるで急ぐかのように。
それに疑問を持つ暇もなく、いつもなら一番最初に帰るはずのシャーニッドがレイフォンに、ニヤニヤした表情で話しかけてくる。

「よう、今日はバイトないよな?なしに決まってるよな、当たり前に」

「いや、あの」

確かにバイトはない。
それに、機関掃除の給料日がつい最近だったので、バイトのない今日はフェリを誘って何か食べに行こうと思ったのだが、そのフェリは早々に帰ってしまった。
だからどうしようかと思ったら、シャーニッドに声をかけられたわけである。
何故かわからないが、非常にハイテンションだ。

「ないよな?こんな日に仕事だなんて言ったら、ちょっとお前さんのアンラッキーぶりを笑わないといけないぜ、腹抱えて、三回転半ひねりぐらいできそうな勢いで」

「……よくわかんないテンションはやめましょうよ、先輩。バイトないですけど……」

「よし、ならお前はラッキーメンだ。共に今日と言う日の愉快を共有しに行こう。俺が男を誘うなんてかなり特別だぞ」

肩をがっしりとつかまれ、有無を言わされずに連れて行かれるレイフォン。

「なんなんですか、一体……?」

「それはついてのお楽しみだ」

シャーニッドの腕から何とか離れたレイフォンに、当のシャーニッドは楽しそうに笑いながら先を歩いていく。
レイフォンは訳がわからないまま、その後を追いかけた。




































「ここだ」

自信満々なシャーニッドに連れてこられたのは喫茶店だった。
レストランと名乗ってもいいような大きな店舗で、入り口前に置かれたメニューにはがっちり食事できるものも並んでいるのだが、看板には『喫茶ミラ』と書かれているから喫茶店なのだろう。
確か、クラスメートのミィフィが、可愛い制服を着たウェイトレスが売りだと言っていたような気がする。

「あー……先輩って、こういうのも好きなんですか?」

男性客にはとても人気だが、女性客には不人気らしいこの店。
持ち前のマスクと、飄々とした性格でいろんな女性と遊んでいるシャーニッドにとって、このような店は逆に雰囲気が合わない気がした。

「可愛い女の子は世界遺産だぞ。残せないけどな」

自分の冗談に笑いながら、シャーニッドが店内に足を踏み入れる。
それを追うように、レイフォンも店内に入った。

「いらっしゃいませ!」

黄色い声で出迎えられてレイフォンは一瞬、心の中で仰け反った。
ピンク色でフリフリの制服を着た女の子達が、店内に入って来たレイフォン達に連鎖的に声をかけてくるのだ。

「おお……」

「お二人様ですか?ご案内しますね」

レイフォンが呆然としている間に、はきはきとしたウェイトレスに案内されてテーブルに辿り着く。
先にレイフォンが席に座るが、シャーニッドは座らずにウェイトレスに耳打ちしていた。
くすくすと笑みを零してウェイトレスが頷き、メニューを置いて去っていく。
シャーニッドも席に座った。

「なんですか?」

「お楽しみは秘めてるからいいんだよ。それより、奢ってやるから好きなの食べな」

「はぁ……」

妙に上機嫌なシャーニッドを気味悪く思いながら、メニューを見る。

「て言うか、お前さんも真面目だよな。やんなくても十分強いだろうに」

シャーニッドがメニューを見ながら、暇つぶしに訓練の話を始めた。

「真面目と言うつもりはないですけど、考えるよりは体を動かしている方が楽ですから。後、なんだかんだで幼いころからの習慣ですね」

一時期は武芸をやめようとさえ思ったが、立て続けに起こった汚染獣戦や訓練をやってて思う。
やはり、武芸は自分の一部であって、切っては切れないものだと。
流石に全てが吹っ切れているわけではないが、必要があるなら迷いなく自分は『剣』を取るだろう。
何が何でも彼女を護ると決めたのだから。

「そういう性分、わからんでもないけどな。まっ、対抗試合なんて結局お遊びだよな。本番の武芸大会に比べりゃ」

「確かに」

ぶっちゃけ、レイフォンにとってはその武芸『大会』ですらお遊びに過ぎないのだが、そこは空気を読んで濁す。
次の武芸大会に負ければツェルニは滅ぶのだが、要は対抗試合に連戦連敗でも、本番の武芸大会で勝てばいいのだ。
逆に対抗試合で連戦連勝でも、武芸大会で負ければ意味はないが。

「先輩は前の時には、参加してたんですか?」

「一応な。だけどあの頃は小隊にいなかったからな。末端の兵士で、のんびりと後方支援させてもらってたさ……次の本番で勝てないとシャレにならないから、どこの小隊も結構マジにやってるけどな。その分色々と面白い試合が起こって、俺の懐もなかなかあったかい」

「……賭け事してるんですね」

「真面目だけじゃ、世の中楽しくないって」

普通の武芸者なら賭け事は許されないことだが、シャーニッドは気にしないし、レイフォンも人の事を言えた義理ではない。
だから聞かなかった事にし、レイフォンはメニューを閉じる。

「お、決まったか?んじゃ、おーい」

シャーニッドが手を振って、ウェイトレスを呼ぶ。

「で、結局、なんでここに来たんですか?」

「そりゃ、もうすぐわかるって」

ニヤニヤ笑って、答えようとしないシャーニッドに、レイフォンは視線のやり場もなく窓から外を眺めていた。
すぐに、人の気配がレイフォン達のテーブルにやってくる。

「注文を……」

入り口で迎え入れてくれたウェイトレスとは、明らかに違うテンション。
それはもはや不機嫌そうな声で、とてつもなく陰気で怒りに満ちたその声に、レイフォンは聞き覚えがある気がした。

「あ……」

「……む」

振り返ると、そこにはとても見知った顔があった。
訓練以外の時は流したままの、白銀の長髪は後ろで、大きなリボンによって束ねられている。
線の細い顔に、どこまでも整った目鼻が乗っている。
長い睫が震えているのは、きっと怒っているからに違いない。
だが、そのような不機嫌そうな顔でも、怒っているような表情でも、彼女はレイフォンの視線を釘付けにするほど美しかった。

「フェリ……先輩?」

「ご注文は?」

呆然としながらつぶやいた言葉は、鉄壁の拒否に跳ね返される。
だが間違いない。彼女はフェリだ。
そもそも、彼女のような特徴的な美少女が他にいるはずがない。
表情の変化が少なく、無表情で不機嫌そうな顔をしている彼女だが、そんな彼女が今、目の前でフリフリのピンクの服を着てウェイトレスをしている。
胸には研修中の文字と共に、『フェリ・ロス』と書かれた名札がついていた。
似合っている、美しい、可愛らしいとレイフォンは素直に思った。
それは事実であり、10人中10人が頷くだろう。

「……ご注文はお決まりでしょうか?」

「……………」

フェリの言葉が耳に入らない。
おそらく、いや、間違いなくレイフォンは見惚れていた。
フェリが首を傾げてもう一度注文を取るが、レイフォンは無言のままだ。
シャーニッドは期待していた反応と違ってがっかりしているが、これはこれで面白いとニヤニヤしてレイフォンを見ていた。

「ご注文はお決まりですか?」

もう一度フェリが尋ねてくる。
その問いに、やっとレイフォンが声を出す。

「なんと言うか……凄く似合ってますね、フェリ」

とても素直で、本心からの感想だった。




































事の発端は、フェリが就労情報誌を読んでいるところを、シャーニッドに見つかったからだろう。
無表情だが、わずかに赤くなる頬を何とかしようと思いながらあの時の事を思い出す。
念威操者以外の道を探すフェリとして、その第一歩としてのバイト探しなのだが、それを見たシャーニッドにこのお店を紹介されたのだ。
手っ取り早くお金になり、怪しい仕事ではなく合法で、料理をぱぱっと運ぶだけの仕事と言われたのだが……まさかこんな服を着せられるとは思わなかった。
ピンクでフリフリの、可愛さを優先されたその服。自分には似合わないと思っていた。正直、少し恥ずかしいと思っていた。
だと言うのにレイフォンは、とても素直で純粋に、似合っていると言ってくれた。
その事が素直に嬉しく、そして頬が熱くなる。
だが、ずっとこうしているわけにも行かないので、フェリはすぐに思考を切り替えてレイフォン達が注文したオーダーを厨房へと告げるのだった。





「シャーニッド君のおかげで、助かったわぁ」

レイフォンは引いた。
フェリの格好にではない。フェリの格好は似合っている。美しく、とても可愛らしかった。
では、何に引いたのかと言うと、悪夢にだ。それはまさに悪夢で、ピンクのフリフリという奇々怪々なスーツを着た、女性的な言葉を使う男にだ。
本当に引いてしまう。見ると食欲がなくなるので、その男を見ないようにレイフォンは食事を続けた。

「最強だろう?」

「最強よう。うちは最初にああゆう制服を作っちゃった事もあって、胸を強調するのを選んじゃう子ばっかりになっちゃったけど、だからこそあの子のクール&ロリは映えると言うものだわ。今から新しい制服をデザインしたいぐらいね」

確かにレイフォンはフェリを見て、最強だと思った。そこは否定しないし、男とシャーニッドの言葉に同意する。
だが、男の方がまさに最強だった。いや、最恐か?または最狂か、最凶。
なんにせよ、かなり刺激が強い。何故か……吐き気がしそうだ。

「レイフォン、こいつはな、1年の時の俺のクラスメートで、今は服飾に進んでるんだ」

「ジェイミスよ、よろしく。気軽にジェイミーって呼んでね」

「はぁ、どうも」

この男はジェイミスと言い、この店の店長だ。

「普通に服の店をやるのはつまらんからって、この店を始めちまってな。大当たりして今じゃ、大繁盛だ」

「ちゃあんと、ここでデザインした服をベースに普通の店もしてるけどね」

「そっちはぼろぼろだろ?」

「そうなのよねぇ。世の女の子はあの可愛さが理解できないのかしら?」

わかるようなわからないような……
レイフォンは確かにフェリの格好が似合っていると思い、それは本心だが、あれは普段着には向かないと思った。
確かに可愛くはあるが、着るには勇気のいる服だと思う。
そんな事を思いながら、レイフォンは2人の会話の聞き手に徹する。

「おかげであっちの店を維持するためにこっちをがんばらないといけなかったりで、色々と大変なのよ。ライバルなんかも増えたり、その所為かバイトに来てくれる子も減ったり、引き抜かれたりして……シャーニッド君が助けてくれなかったら危なかったかもしれないわね」

「……さっきから話題になってるのって、やっぱりフェリ先輩のことですよね?」

なんとなく、レイフォンにも裏が見えてきた。
確かにフェリの格好は似合っていたが、彼女が自分からこの店でバイトするとはとても思えないからだ。

「そうそ、あいつがバイト探してたんでな、俺がここを紹介したわけ」

「はぁ……」

おそらく彼女は、とても説明不足の状態でここに連れてこられたのだろう。
そんなフェリに同情しながらも、彼女のあのような姿を見れたために内心でシャーニッドに感謝する。

「とにかく、おかげでライバル店から一歩リードした感じよね。彼女には隠れファンも多いって話しだし。売り上げ1位はうちのものよ」

「何の話をしてるんですか?」

ある程度の話は読めたが、ライバル店や売り上げ1位と言う言葉の意味がわからない。
まるで何かと競っているような言い方だ。

「ん?ああ……最近、この辺りに似たような店が集中しすぎてな。客の食い合いでどこの店も収益が落ちてんのさ」

「ほんと、うちが出来るまではどこにもそんなのなかったのよ。それなのに人気が出たとたんにこの有り様。やるなら別の場所でやればいいのに近場で集まっちゃってさ。迷惑ばっかりなのよ」

「まっ、この手のが好きだって客層がたくさんいるわけもないと思うがね。そういう意味では一箇所に集まってんのは正解だと思うけど……どっちにしてもこのまんまだといろんなところが共倒れしちまう」

「競争も過度になっちゃうと不健康な経済を生んでしまうしね」

「そう言う訳で商業科から調停が入ってな、次の一週間の売り上げ勝負で何件かの店は売り上げ上位の店に吸収されちまう事に決まったんだ」

「本家の意地として、ここはトップを取りたいのよね。けど、今のままだとちょっと押しが足りなくてねぇ。他のところはうちを見本にして色々と趣向を凝らしてるから、どうしてもあとひとつが足りないのよねぇ。衣装を短期で総替えする作戦でとりあえずはなんとかなってるし、来週は毎日衣装を替えるって告知してるからそれなりにお客は呼べると思うんだけど……」

「まっ、作戦だけでどうにかならないところは、人的パワーで押し上げようって訳さ」

「それで、フェリ先輩ですか」

「そういうことだ」

納得した。そして、これ以上ない助っ人だとも思う。
フェリは言うまでもなく美少女だし、可愛いし、あの衣装だって本当に似合っていた。
取り合えずレイフォンは、来週は毎日通おうと決意して、料理と一緒に注文したジュースを飲んだ。
だけど、同時にどこか不安でもあった。
確かに格好は似合っているが、このような仕事はハッキリ言ってフェリのイメージから大きくかけ離れていたりする。
無表情で無口な彼女が、ウェイトレスと言う仕事をちゃんとやれるのか心配なのだ。

(大丈夫かな?)




































レイフォンの不安は的中し、あまり大丈夫ではなかった。

「ご注文は……」

「あ、えと……ハンバーグセットを」

「ドリンクはいかがいたしましょう?」

「はい……アイスティーで」

「一緒にお出ししましょうか?食後がよろしいですか?」

「食後でお願いします」

「はい、少々お待ちください」

淡々と、周囲のピンクの空気を超越した無表情さに、客の方が恐縮しまくっていた。
フェリはそんなことお構いなしにテーブルから去っていく。
フェリの去ったテーブルで、緊張が抜けて思いっきり息を吐いてる客の姿があった。

「フェリちゃん、笑顔よ笑顔」

厨房に注文を通したところで、店長にそう言われる。

「笑顔……ですか?」

「そう。お客様に最上のスマイルをお見せして」

「笑顔……」

「そう。別に心からの笑みでなくてもいいのよ。でも、愛想笑いとかでも駄目。作り笑顔でもいいから、あなたを歓迎しますって感じの笑顔。ほら、他の子達を見て」

促されて、店内で働く他のウェイトレス達を見る。
明るい雰囲気で、笑顔を振りまく姿がそこら中にあった。
同時に、それを見て照れた様子になったり、鼻の下を伸ばしたりする男の姿も見えたりする。

「……………」

なんと言えばいいのか、そう言うのは生理的に受け付けない。

「客を見なくてもいいのよ。歓迎しますが駄目なら、私の可愛さを見せ付けてあげるわ、でもいいわよ」

フェリの視線を追ったのか、店長が言葉を付け足してくる。
だが、逆に難度が上がってしまった。フェリにそう言うものを求めるのは、かなり難しい。

「うちは別に、肩肘張った接客はしなくてもいいから。どっちかと言うとフランクな方がいいくらいよ。明るい感じで友達に接するようにね」

「フランク……」

「駄目?」

フェリの反応に、店長も不安になってきたらしい。

「笑顔は、苦手なんです」

「あら、あなたのお兄さんとか笑顔のうまい人じゃない。あの作り笑いは見事よね」

「なに考えてるかわかりません」

カリアンが例えに出てきた事に、フェリは嫌そうな顔をする。
兄に負けているような気がしていい気がしないし、兄の嫌な笑いを思い出して皮肉気につぶやいた。

「腹の底でなに考えているかなんてどうでもいいのよ。笑顔の方が印象がいい。それを知っているから、あなたのお兄さんは笑っているのよ」

「はぁ……」

「じゃ、笑う練習してみましょう。あの子達を参考にして、いらっしゃいませって言ってみて」

半ば強引に、店長に押されるようにしてフェリは作り笑いをする。

「……いらっしゃいませ」

「うう~ん。笑ってない。もう一回ね」

「いらっしゃいませ」

「だめだめ、もっと頬の力を緩めて」

「いらっしゃいませ」

「今度は目が笑ってないわね」

「いらっしゃいませ」

「硬いのよねぇ」

「いらっしゃいませ」

「まだまだね」

「いらっしゃいませ」

「もう一声」

「いらっしゃいませ」

「あなたなら出来るから」

練習は延々と、一時間ほど続いた。
そして、

「……ちょっと、休憩しましょう」

先に店長が音を上げる。

「あ、あなたの強情ぶりもなかなかのものね」

「……強情のつもりはないんですが」

これはフェリの素であり、別に笑いたくないから笑わないと言う訳ではない。

「笑った事とか、ないの?」

笑顔がうまく出来ないフェリに、店長は不安そうに言う。
実際、フェリは無表情だけど、笑わないわけではないし、悲しいときに悲しまないわけではない。
ちゃんと笑うし、泣くし、怒ったりもする。だが、念威の天才である彼女からすれば、念威で集積した膨大な情報に肉体がいちいち反応していたら、処理に時間がかかってしまうのだ。
だから、反射的反応が起きないように脳から外への神経の流れを制限してしまう。
それを繰り返す事で、今のフェリが出来上がってしまっている。
笑う事も、悲しむ事も、怒る事も脳内で片付けてしまうから、フェリは無表情なのだ。
まるで機械やパソコンみたいだが、それが念威操者と言うものだ。実質念威操者は、感情を面に出すのが苦手だったりする。
もっとも、それは訓練しだいでどうにでもなるらしい。

「こう……ですか?」

そしてフェリは、最近笑った時の事を思い出す。
その時は、いつもレイフォンがいた。

初めての対抗試合で本気を出してしまい、落ち込んでいたレイフォンを励ますために小さく、本当に小さくだが笑顔を向けた。

逃避行もどきをして、これまた小さく笑った。

汚染獣がツェルニに攻めてきて、それをレイフォンが撃退した。
そして無事に帰ってきた彼を見て、その時もフェリは笑っていた。
そう言えばそれからだ。レイフォンが2人っきりの時は、『フェリ先輩』ではなくフェリと呼んでくれるようになったのは。

ツェルニが進路を変えずに、汚染獣へと接近している事があった。
それを自宅で知ったその日、今度はレイフォンの呼び名を考えたりもした。
『フォンフォン』と決定し、レイフォンは嫌そうな顔をしていた。ペット扱いじゃないかと。
その時もフェリは、内心で笑っていた。

約束をした。汚染獣を倒しにレイフォンが都市外に行く事になり、ちゃんと帰ってくるように約束をして、ちゃんと帰ったら、休みの日に映画を見に行く事にした。
まだその映画には行っていないが、あの時も笑っていた。

都市外で約束を、レイフォンが破ろうとした。遺言すら残そうとしていた。
それにふざけるなと怒った。泣きそうにすらなった。
そんなときに彼が言った。フェリを愛していると、告白をした。
その事に顔が熱くなり、赤くなり、そして嬉しかった事を思い出す。
レイフォンには見えていなかったのだろうが、その時もフェリは笑っていた。

汚染獣を下し、レイフォンが無事に帰ってきた。とても嬉しかった。
彼がただ、目の前にいると言う事が本当に嬉しくって、安心できた。
そして彼が言った『ただいま』と言う言葉に、不覚にも泣いてしまいそうになった。
そして笑って、レイフォンに『お帰りなさい』と言った。
そして、レイフォンがフェリに想いを真っ直ぐに伝えてくれた。
念威越しではなく、真正面から言ってくれた。
その言葉が嬉しくって、今まで感じた事がないほどに幸せに感じて……頬が引き攣るくらいに、痛くなってしまうくらいに笑っていた。


思い出し、そして理解する。
自分が笑った時には何時も、レイフォンが側にいたと。

「……………」

店長がぽかんと口を開けた。驚いている。
フェリの表情を見て、とても驚いていた。

「やれば出来るじゃないの!それよ、その笑顔!!とっても魅力的じゃない」

高いテンションで店長が褒める。
うまく出来た事と、褒められた事に嬉しさを感じるが、店長のこのテンションには若干引いてしまいそうだった。

「その笑顔に私のデザインした服が加われば……いや、もしもの時に考えていたクール&ロリの制服も捨てがたいような……どうせなら2つとも用意しちゃいましょうかしら?」

そして、本気で引いてしまう。
店長に笑顔を見せたのが、失態の様に感じた。

「なんにせよ、来週は制服もあなた専用のものを用意するわ。ふふふ……久しぶりに面白くなってきたじゃない」

「いえ、あの……」

本気で失態だった。失敗だった。
とても今すぐ逃げ出したい気持ちになる。

「そうと決まったらこうしてはいられないわ。1日2着……うふふ、鬼になるわよぉ。うふふふふふ……」

なる必要はなく、既に鬼だと思った。
思って、不可思議なステップを踏んで去っていく店長を、フェリは止める事が出来なかった。









































売り上げ競争が、今日から1週間始まる。
だが、その初日からフェリはテンションが下がりまくった。
正直、辞めたい。
別にお金に困っているわけではないし、この仕事を魅力的だとも思わない。
この仕事をどうしてもやりたいわけじゃない。ただ……レイフォンに似合っていると言われた時は、本当に嬉しかったが。
店長は今週もフェリが働いてくれるように、今週分の給料を前渡したりしていた。だが、それを真正面から店長の顔に叩きつけて逃げ出したい。

「あ~~~~~~~~~~~~っ!!」

いや、本当に。
あっちの世界に行っている店長を見てそう思う。

「もう!もうもうもうもうもう!!天才!私天才!!超天才!!天は私にこれ以上ない才能をお与えになったわ。むしろ私が天?失われた信仰は私の下に集ったりする?」

奇声を上げて悶える店長から逃げられるのなら、本当にそうしようかと思った。

「そう、神よ。私は神なのよ。そして私はこう言うのよ。可愛さよあれ。可愛いは正義。そして……私は可愛いの下に召されるであろう」

「どうでもいいですから正気に返ってください」

「あ、ああ、ごめんなさい。想像以上の出来に、ちょっと違う世界に行っちゃったわ。気にしないでね、よくあるみたいだから」

「……よくあるんですか」

未だに興奮の余韻で体を震わせている店長から数歩距離を取り、改めてフェリは自分の着ている服を見下ろした。
変わって……いるんだろう。デザインは確かに他のウェイトレス達が着ているフェア専用日替わり制服とは違う。
だが、ピンク色である事は間違いないし、フリフリである事も否定できない。
色がどピンクからピンクに変わったと言うのが、何とかフェリに表現できるギリギリのラインだ。

「あなたに1番に会うのは、やっぱり青とか黒なんじゃないかとも思うんだけどね。でも、それに素直に従うのはやっぱりどうかと思うのよ。あなたの世界も広がらない。私の才能も広がらない。何より私のこだわりが敗北すると言うのも許せないものね。可愛さを目指すものよ、汝ピンクを目指せ」

「そんな格言は作らないでください」

「でもこれは、私の譲れないものなのよねぇ。困った困った」

まったく困った様子もなく、制服の出来に満足している店長を見ていると、何も言えなくなってしまう。
こだわりとか言っているが、クール&ロリ路線では黒色の、侍女風の制服を用意していたりするのだが……あれはやっぱりフェリが着なければ駄目なのだろうか?
はっきり言って、嫌だったりする。

店長はそんな事お構いなしに開店前にウェイトレス達を集め、宣言するように言う。

「さあ、みんな。今日から1週間がんばってちょうだい。あなた達は可愛さ至上主義を守るために選ばれた戦士。世界の可愛さを守るため、勇気と希望を胸に精一杯の笑顔をお客さん達に振りまいてあげてね。あなた達の大切なものを守るために。大切なもの、それはなに?」

「もちろんお給料!!」

ウェイトレス一同の答えに店長が泣きつつ、その涙と共に売り上げ競争が始まった。



































「すいません……注文いいですか?」

「はい……」

オーダーを受け、フェリが客の座るテーブルへと向う。
一応笑う事は出来るが、それはレイフォンの事を想い、思っての表情のために接客には向かない。
故に、店長も残念そうに思いながら、現在はクール&ロリのために作られた黒の侍女風の服を着ているフェリ。
彼女自身は嫌そうだったが、それはとても似合っていた。
周りとは違う制服、色が目を引き、そして彼女の持つ特徴的な美しさが男達の視線を釘付けにする。

そんな彼女に声をかけ、注文を取る男。その男は、とても怪しかった。
まるで不審者と言う言葉が、その男のためにあるのではないかと思える格好。
サングラスにマスク、それから最近暖かくなってきたと言うのに、厚手のコートを羽織っている、まさに典型的な不審者だった。
そして、そんな男の長く、綺麗な銀髪には見覚えがある訳で……

「紅茶とケーキセットを……」

「なにをしてるんですか?兄さん」

「いや、その……」

注文しようとし、フェリに指摘をされてうろたえる不審者、もとい生徒会長のカリアン。
カリアンがうろたえ、何かを言おうとしたが、彼が何か言うよりも先にフェリの蹴りが飛び出した。

「たぁっ……」

テーブルの下にあった足、脛を蹴られて痛みに喘ぐカリアン。
そんな彼を軽蔑するような視線で見下し、フェリは注文を確認する。

「紅茶とケーキセットですね?少々お待ちください」

そう言い残し、フェリは厨房へと向っていった。
冷たい妹の反応を見て、サングラスがずれたカリアンは苦笑するように、そしてどこか悲しそうにつぶやく。

「フェリちゃん……痛い」

「何をしてるんですか?あなたは」

そんなカリアンにかけられる声。
見るとそこには、武芸科の制服に身を通した少年が立っていた。

「レイフォン君。君も来ていたのかい?」

「はい。ところで……なんで生徒会長がここに?」

「なに、ちょっとした査察にね。これも生徒会の仕事のうちだ」

カリアンの言葉に、レイフォンは『そうなんですか』と頷くが、その視線がどこか冷たかったりする。
レイフォンはそのままカリアンと同じ席に座り、近くにいたウェイトレスにハンバーグセットとコーヒーを注文した。
本来ならフェリに注文したかったが、厨房にオーダーを通した後、他の客に捕まったので仕方がない。

「それはそうと、この間は本当に助かったよ」

「別にあなたに礼を言ってもらう必要はありません。こっちも死にたくはないし、どの道戦わなくちゃいけませんでしたから」

世間話の様に交わされたこの言葉は、先日の汚染獣戦の話だ。
都市外にレイフォンが赴き、汚染獣の老性一期を討伐した事の感謝をカリアンが告げ、レイフォンはどうって事ないかのように言う。

「しかし信じられないね。最初は無理やり君を戦わせようとしたのだが、最近の君は積極的に武芸に励んでくれる……私としてはとても喜ばしい事で都合はいいが、君はそれでいいのかい?」

「今更ですね?元はと言えば、あなたが望んだことじゃないですか」

レイフォンがこのツェルニに来た時、カリアンは無理やり武芸科に転科させたのだが、最近のレイフォンは積極的に武芸に取り組んでくれているようで、元からそれが目的だったカリアンからすれば嬉しい事だ。
だが、予定通りになっていると言うのに、喜ばしいと言うのに、レイフォンはそれでいいのかと思ってしまう。
現状が現状だけに仕方がないのかもしれないが、本来ならレイフォンには普通の学生としてツェルニで学生生活を送って欲しかった。彼の様に事情があり、グレンダンを追い出されたのなら尚更の話だ。
それは念威操者以外の道を探しているのに、無理やり武芸科へ転科させたフェリにも同じ事が言える。
その事に関しては、カリアンは本当に申し訳なく思っているのだ。

「それでも、まぁ……最近では確かに抵抗はありませんね。武芸を辞めようとしたけど、やっぱり僕は武芸者なんだなって思います。別に武芸を神聖視するつもりはありませんけど」

シャーニッドにも言い、思ったが、武芸はレイフォンにとって切っても切れないものだ。
そして彼女のためならなんだってするし、そのためになら剣すら取る。
そう決意したからこそ、今のレイフォンに迷いはない。

「そうか……君はこのツェルニに来て、最初のころとは大分変わったね」

「ええ、ツェルニに来て本当に良かったと思います」

そんな、他愛のない話をしていると注文した料理が運ばれてくる。
まず、カリアンが注文した紅茶とケーキが届き、少し送れてレイフォンの注文したハンバーグセットが運ばれてきた。
紅茶とコーヒーの香りと、ハンバーグを熱する鉄板のじゅうじゅうと言う香ばしい匂いが鼻をくすぐる。

「それはそうとレイフォン君。こっちが本題なんだけど、最近あの子と随分仲が……」

料理を前にし、カリアンが『仲がいいんだね』と続けようとした。
だが、その言葉は店内に響く雑音によってかき消された。





ガシャン……と、フェリの前に料理がぶちまけられた。
トレイの上に合った料理だ。パスタが床の上に広がり、ミートソースが更に広範囲に飛び散る。
料理を失った皿とトレイが、カラカラと音を立てて回転している。
店中のウェイトレスが失礼しましたと連呼する中で、フェリは背後を振り返った。
誰かがフェリの背中を押した。それでバランスを崩して料理を落としてしまったのだ。
しかし、振り返ってみてもそこには誰もいなかった。

(やられた?)

後ろからぶつかるようにして背中を押した誰かは、フェリの意識が落ちる料理に向っている間に、そのまま移動してしまったようだ。

(わざと?誰?)

「おい、一言もなしかよ!?」

いない誰かを探していると、フェリに怒声が叩きつけられた。
それはすぐ側にあったテーブルにいた客で、制服のズボンには飛び散ったミートソースが点々と染みを作っていた。

「ぶっかけといて無視かよ。どんな接客だ」

モップを持ってきたウェイトレスが、立ち上がった客を見て足を止めた。
武芸科の制服を着ていたその男には、怒りがはっきりと浮かんでいたからだ。
つまり、この客は武芸者だと言う事。もしこんなところで暴れられたら危険なので、彼を刺激しないように店内がシンと静まり返る。

「申し訳ありません」

フェリはすぐに頭を下げる。

「謝ったらこの汚れが取れんのかよ」

下げた頭にかかってきた言葉に、フェリはすぐに客の男が本気で怒っていないことに気がついた。怒っている演技をしているだけだ。
そうと気づいて、フェリはすぐに腰の感触を確認した。バイト中のため、当然剣帯はない。もちろん、錬金鋼を隠し持っているわけもない。
懲らしめてやろうと思っている自分に気づいて、フェリはすぐに自分が今なにをやっているのか思い出した。

(接客をしているのだから、それは駄目)

「おい、何とか言ったらどうだ?」

「申し訳ありません」

頭を下げたまま、フェリは同じ言葉を繰り返す。
それ以外に言う言葉が思いつかない。

「まぁまぁまぁ!申し訳ありません、お客様」

ギスギスとした空気を振り払うような甲高い声と共に、店長が現れてさっとフェリの前に立った。

「申し訳ありません。クリーニング代はお出しします。料理の方も無料で構いませんので、許していただきませんでしょうか」

「そう言うのが聞きたいんじゃないんだよ」

「えっ、あら、なにを……あれぇぇ」

客は演技の様に悲鳴を上げる店長を押しのけて、フェリの前にやってきた。

「来た時から気に入らなかったんだよ。澄ました面しやがって、客に愛想笑いひとつ出来ないのがむかつくんだよ」

それは至極妥当な発言の様に思えた。が、そう言う冷静な部分を押し分けてずきりとした痛みを感じさせる言葉だった。
笑顔をうまく作れないのは自分でも気にしている。店長との練習の時は何とか出来たが、それはレイフォンを想って、思っているときだけだ。
普段からは出来ないし、こういう接客業では向かない。

「申し訳、ありません……」

それがかなりショックで、自分には接客業は向かないのかと思った。
念威操者以外に、道はないのかと思った。
レイフォンで考えてみる。レイフォンは今でこそ、武芸者としてある事にもう迷っていないようだ。
だけどその前までは、武芸以外の道を探していた。
機関掃除のバイトをやり、料理もうまいし、何かと多才だ。
不器用なところもあるが、彼ならば他の道でも何とかやっていけるのだろうと思った。
自分とは違って……それが本当に、ショックだった。

フェリが謝罪するが、男は相変わらずフェリに罵倒を浴びせてくる。
それにショックを受けながらも、フェリはまたも謝罪する。
シンとする店内。だけどそんな店内の雰囲気を無視し、男とフェリの下へ歩いてくる者がいた。
その手には注文したハンバーグセットが握られており、出来立てなので未だに鉄板が熱い。
それを持ち、静寂の中を関係なしとばかりに歩いてくる。
そして、フェリと男の間に入り込み……

「何だお前……がっ!?熱、熱つ……!?ソースが目に……」

ハンバーグセットを男の顔面に叩き付けた。
熱い鉄板に悶え、ハンバーグにかかっていたソースが目に沁みる。
ソースが垂れ、フェリが男にかけたズボンの染みとは比べ物にならないほどの汚れが男の制服、上着へとかかった。
その出来事に、店内が唖然となる。ざわざわと騒ぎ出す。
だけどそれも関係ないとばかりに、この暴挙を行った人物はフェリと男の間に突っ立っていた。

「フォンフォン……?」

その人物を見て、フェリは愛称で呼ぶ。
フォンフォン、レイフォンの事を。さっきまで、考えていた人物の事を。

「なにをす……」

男は、『なにをするんだ』と怒鳴ろうとした。
だが、その言葉が尻すぼみに消えていく。
今度は店内ではなく、男が沈黙した。
何故ならその人物は、男と同じ武芸科の制服を着ていたからだ。
そして襟にはバッジが、ⅩⅦと言う数字が刻まれていた。つまりはエリート、小隊員の証だ。
さらに、この人物はやばかった。武芸科なら当然知っているだろう。一般人でも、殆どのものが知っている。
成績は下位だが、十七小隊に1年生で入隊したレイフォン・アルセイフ。
そして彼自身の戦闘力はかなり高く、まだ3試合、内1試合は棄権で実質2試合しかしていないと言うのに、ツェルニでも屈指の実力者として名高いレイフォンだ。
一般の武芸者が小隊員(エリート)と戦うなど、結果は目に見えているようなものだ。
もっともこの男の場合は、更に焦っているようにも見える。

「店内でごちゃごちゃと……うるさいですね」

感情を感じさせない瞳で、レイフォンは淡々とつぶやく。
感情は感じ取れない瞳だが、彼がなにを考えているのかはすぐに理解できた。
怒りだ。完璧に切れており、怒り狂っている。
その怒気に当てられ、男は腰を抜かしてしまいそうなほどに怯えていた。

「ひっ……で、でもよ、そいつが俺のズボンに……」

「似合ってるじゃないですか?ソースの汚れがあなたを男前にしてますよ」

無茶苦茶な理論だ。だが、有無を言わせない。
睨みひとつで男を黙らせ、後退させる。今すぐにでも逃げ出したいが、それをレイフォンは許さない。

「あなたはなんて言いましたか?接客がなってない?最初から気に入らなかった?マナーがどうとか言う人が、店内で騒いだり、店長を突き飛ばしたりしますか?それと、奇遇ですね。僕もあなたが気に入らない」

レイフォンは怒っている。切れている。
この男はフェリを罵倒した、悲しめた。
許さない。ならばどうする?

「武芸者同士、気に入らないのならこういうのはどうです?」

カチンと音が鳴る。見れば、レイフォンの指が剣帯の錬金鋼を叩いていた。
カチン、カチン、カチン……一定のリズムが店内に響く。

「な、何を……」

「知ってます?武芸者同士だと決闘が出来るんですよ。ちゃんと生徒手帳にだって載ってますよ。そりゃ、公共の場所で行えば色々と学則違反になりますが、きちんと手順を踏んでやる分には問題ないんです。で、僕はあなたに決闘を申し込みます。断りませんよね?決闘の申し出を断るのは、武芸者にとって恥ですよ」

武芸を神聖視、またはプライドが高い武芸者にとって、決闘の申し出は絶対に受けなければならない。
無論、断る事も出来るが名誉が傷つけられるし、そんな事をすれば臆病者と罵倒され、末代までの恥だ。
例え相手が格上だとわかっていても、決闘は受けなければならないのだ。
レイフォンは冷たい声で言いながらも、未だに錬金鋼を叩いている。
カチン、カチンと言う音が冷たく店内に響いた。

「ま、ま、ま、待ってくれ。俺は本当は武芸科じゃないんだよ。この制服は、ちょっと着てみただけでよ。決闘とか勘弁してくれよ」

だが、それが武芸者でないなら話は別だ。
そして明かされた事実に、店内がざわざわとざわめく。

「それは大変だね。立派な校則違反だ。『制服は、生徒自らが自分の証明を示す身分証明の一部であり、理由なく所属を別にする制服を着用した場合、これを罰する』これもしっかり、生徒手帳に書いてあるよ」

更に店内がざわめく。
生徒会長、カリアンの登場に店内が騒然とする。

「決闘をやるよりはましだ……ましです!」

男は青くなり、悲鳴を上げるように制服を脱ぎ捨てる。
それを見て、レイフォンは錬金鋼を叩くのをやめた。
カリアンもふむ、とつぶやいて笑みを向ける。

「それで、なんであなたは武芸科の制服を着てたんですか?」

レイフォンは表情はそのままで、男に問いかけた。

「へ、だから……ちょっと着てみただけで……」

「嘘はいいんですよ。なんでです?」

嘘は許さない。そういう雰囲気を込めて、レイフォンは再び問いかける。
もしまた嘘を言えば、校則とかには関係なく錬金鋼を抜き、切ると言う雰囲気を纏っていた。

「ひぃっ……頼まれたんだよ、そいつに!」

もはや泣き叫びながら、鼻水を垂れ流してウェイトレスの1人を指差す。
指差されたウェイトレスはとても苦々しそうな表情をし、男を睨んでいた。

「ちょ、あんた、何言って……」

「この制服を見て、こいつに因縁をつけろって!それで一番人気のこいつが辞めればミラの売り上げが落ちるからって。そうすればギャラが貰えるんだと」

ウェイトレスが否定しようとするが、もう遅い。
男は全てをぶちまけ、叫んでいた。
ちょっと調べればわかることだし、ここにはカリアンもいる。
この学園都市で一番の権力を持つ彼がいる故に、この後の後始末など容易な事なのだ。
未だに唖然、騒然とする店内の中、やっと表情を元に戻したレイフォンはフェリへと振り返った。

「大丈夫ですか?フェリ」

とても優しい笑顔で、彼女へと笑いかける。
さっきまでの表情と雰囲気が、まるで嘘のような顔だ。
その顔を見て、フェリは少しだけ、嬉しそうに笑った。
レイフォンが、自分のために行動をしてくれたのは嬉しい。
男の発言にショックを受けたのだが、今はあたふたと慌てる男と元凶のウェイトレスを見て、ざまあみろなんて思っている自分がいたりする。
だけど、だけど……レイフォンは何をしているのだろうか?
兄も一緒になって、半ば悪乗りをしている。
これは少しだけ、懲らしめる必要があるのだろう。
自分のためにやってくれたのは本当に嬉しいが、店内でこのような騒ぎを起こしたのはいただけない。
フェリは小さな笑みで、そして少しだけ息を吐いて、レイフォンとカリアンの脛に向けて足を振りかぶった。





































もう、すっかり夜も深まってしまった。
バイトの時間が終わり、フェリは店から出る。
すると出口には、見知った顔があった。

「お疲れ様です、フェリ」

レイフォンだ。
自販機で買ったジュースをフェリに渡し、笑顔で出迎える。
そして何故か、彼の周りにはカメラの残骸があった。

「……もしかして、ずっと待ってたんですか?」

「はい。ついでに、ちょっとしたゴミ掃除を」

「?」

フェリには意味がわからない。
レイフォンは、フェリの笑顔を写真に取ろうとしたファンクラブのメンバーやシャーニッドなどを撃退していた事を、彼女は知らない。

「さっきはすいません……そして、ありがとうございました」

「え……?」

共に夜道を歩き出した2人。
レイフォンの隣で、フェリがポツリとつぶやく。

「ああ、別に気にしないでください。それとすいません、僕も騒ぎを起こしてしまって……」

あの後、カリアンがしっかりと後始末をしてくれた。
あのような事を企てたミラのライバル店を探り、その店はミラに吸収合併される事が決まっている。
ただ、そのきっかけとなった騒動で、フェリはレイフォンの脛を蹴った事を、そしてレイフォンは騒ぎを起こした事を謝っているのだ。

「では、お互い様と言う事で……」

「そうですね」

2人して苦笑する。
まただ……あんなに苦労した笑顔が、レイフォンの前だとこんなにも自然に出てくる。

「フェリ」

「なんですか?」

一緒に歩き、フェリを自宅へと送りながら、レイフォンは言った。

「制服、とっても似合ってましたよ」

「……ありがとうございます」

レイフォンの言葉にどうしようもない嬉しさを感じ、フェリはまたも小さく笑う。
笑いながら、レイフォンとフェリは帰路へとついた。
































あとがき
原作、クール・イン・ザ・カフェのお話。
レイフォンとフェリが付き合っている故に、こんな話に。
と言うかカリアンとレイフォンがw
アニメの要素も、ちょっとぶっこみました。カリアンがまさにそれですねw
何してんだろ、俺……

原作でも多少、暴走してた(個人的見解で)レイフォン。
この作品では更に暴走しました。
うん、でもまぁ……これでも制御した方?
ここのレイフォンは、原作のニーナ以上にフェリに依存しています。

それはそうと、原作13巻を読んだんですけどね……なんなんでしょ、あの話?
いや、面白かったといえば面白かったんですが、あの展開はどうかと思ったんですよ……
なんかニーナが天剣みたいなの使ってますし、そもそもゼロ領域がどうとかこうとか、そんな訳がわからない用語が出てきて……
しかもなんか、レイフォンの強さが天然ものではないかなんとか、これってどうなんでしょう?
なんにしても一番、これってどうなんだって思ったのが、ニーナがチート化したことですかね。
廃貴族で剄が増幅、しかも天剣なんて……下手したらレイフォンより強いんじゃないんですか?
そんなの、隊長じゃない……
やばい、ニーナは嫌いじゃないのに、嫌いになってしまいそうです……
まぁ、話は14巻を読んでからと言う事になりますが、バイトや執筆で忙しいので、時間をかけて読んでみようと思います。

しかし、クラリーベルはいい性格してますね、かわいいです。
感想などで、なんだかんだで評価が高いのも納得です。まぁ、この作品は相変わらずレイフォン×フェリをコンセプトにしますから、クラリーベルの出る可能性は低いですが……
ですがね、レイフォン容赦ねぇって思いました……腕飛ばしますか、普通……
なんだかんだと突っ込みどころが多かった、13巻です。


……………あれ?あとがきのはずが原作の感想、愚痴に?
いや、面白かったんですけどね、原作は。
まぁ、なんだかんだでこんな感じに、今回はこれまで。次回もがんばります。
次回は原作3巻スタート……ではなく、たぶん隊長とロリコンが暴走します。
レイフォンとフェリも活躍できるようにがんばりたいです。



PS それはそうと、前回の話は色々と賛否両論でした(汗
いや、一応漫画そのままになったのは自覚してて、これ、いらなくないとも思ったんですが、レオを登場させるにはやっぱり必要かなと思いまして(苦笑
ここのレイフォンはフェリ一筋な訳でして、レイフォン×ニーナフラグが立つなんてありえないわけなんですよ。
故に、ニーナ関連のフラグなら彼かな?なんて思い、色々と再登場シーンを考えたりしたわけで……なんだかんだで、レオみたいなキャラは好きですw

ちなみに、レオはオリバーと同室だったりします。
会話では『あの1年生』、『この1年生』ってな感じで、名前を出していなかったので十七小隊に通っていた1年生がレオだって事を知りませんでした。



[15685] 16話 異変の始まり (原作3巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/04/15 16:14
「ふう……」

思わずため息が漏れる。
無数のざわめきがどんなに下から湧き上がってこようと、ここは静かだからこそ目立つ。
リーリンは自動販売機で買った紙コップのジュース片手に、背もたれのないベンチに腰掛けた。
グレンダン上級学校にある、休憩室は吹き抜けになった二階構造だ。
昼間などは、この二階部分にも生徒達がやってきて賑やかなのだが、放課後の今では一階部分だけで事足りる。
休憩室はここだけではないし、飲み物などを求めてやってくる運動部連中などは、もっとグランドや体育館に近い場所に行く。
それゆえに図書館に近いこの場所は、割合静かだ。
上級生達の一団、おそらく文科系クラブの連中が一階に集まっていたが、彼らの話し声はこちらに届いては来るものの、ここまで届く頃には意味のない音の塊となっている。背景の一部と思ってしまえばうるさくもない。

「ふう……」

もう一度ため息をつく。
憂鬱だ。これ以上ないほどに、そして何もやる気が出ないほどに。
気だるく、全ての行いがめんどくさいとすら思う。
全然手のつかないレポートを図書館に放置し、リーリンは紙コップのジュース、熱く、甘いココアに口をつける。

『都市間交流における情報更新の意義と経済効果』

教授がいきなり、リーリンにこのテーマのレポートを押し付けてきたのだ。
提出期限は一週間後で、まだ時間があるといえばそうなのだが、そもそも上級学校に入ったばかりのリーリンにこなせる課題ではない。
それっぽい専門書をひとつ紐解いてみても、そこには意味不明の専門用語が並び、それを理解するために別の本に手を伸ばし、そしてまたその本の内容を理解するために別の本も引っ張り出さないといけない。

「……うう、基礎知識そのものが足りてないのよね。そもそもの数字が理解できないんじゃ意味がないじゃない。まったくもう……どうしろって言うのかしら?」

それがこの最悪で、憂鬱な気分の原因のひとつではあるのだが、それよりもリーリンを憂鬱にさせるものがあった。
それは、ツェルニから届いた幼馴染の手紙だ。普段ならとても喜ばしく、嬉しい事なのだが……今回ばかりは憂鬱となってしまい、リーリンをどす黒い雰囲気が包み込む。
制服の胸ポケットにしまっていた手紙を取り出し、リーリンはそれを読む。
その内容は、次のようなものだった。



元気かな?こちらはやばいくらいに元気です。
いや、元気と言うより、自分でも引くくらいにテンションが高いです。
どうしようリーリン?なんと僕に、彼女が出来ました。
いや、その、本当にどうしよう?こんな事相談できる人といったら君しか思いつかなくて……

小隊には入れられたのは前に言ったよね?
その人はそこのひとつ上の先輩で、フェリって言うんだ。
とっても綺麗な、長い銀髪をしていて、先輩にこんな事を言ったら失礼なんだろうけど、小さくてとても可愛い人だよ。今度、写真を送るね。
なんにせよ、僕はどうしたらいいのかな?
武芸しかやってこなかった僕には、どうすればいいのかわかりません。
こんな僕に出来る事といったら……やはりフェリを護る事。これでも、一応天剣授受者だった僕だから、そんじょそこらの相手には負けないという自負もあります。まぁ、それ以外に出来ることがあるとは思わないけど……
はは、自分で言ってて、少し悲しくなります。君にはよく脳筋なんてたし、自分でもそうなんだって思ってるんですけど……

それはさておき、今度そのフェリと映画を観に行く事になりました。どうしよう?
こんな事は初めてで、どうすればいいのかわかりません。本当にどうしよう?
……なんだか僕、どうしようばかり言っているね。それほどまでに悩んでいると言う事です。
女の子と2人で映画を観に行く、いわゆるデートというものを経験した事のない僕にはどうすればいいかなんてわかりません。
リーリン、何かいい案ないかな?
あ、でも、都市間を行き来する不定期な手紙だと聞いても間に合わないかもしれません。
最悪、この手紙が届く前にフェリとのデートの日を迎える可能性が……むしろそっちの方が高いね。
……本当にどうしよう?



ここまで読んで、リーリンは手紙を読むのをやめた。
後半には汚染獣がどうだとか、レイフォンの身の回りのことも書いてあるのだが、ここまで読んで読む気が失せてしまった。
手紙の前半で盛大に惚気るレイフォンに向け、行き場のない怒りを抱く。いや、もはや殺意さえ感じていた。
手紙をくしゃくしゃになるように握りつぶし、リーリンの眉はヒクヒクと痙攣している。

「うん、レイフォンは元気でやってるみたいだね……それは別にいいんだけどさ、いや、よくないけど……」

元気そうな幼馴染に安心するようなセリフと、後半は意味のわからないことを言うリーリンだが、彼女の心境はかなり複雑だった。いや、単純なのかもしれない。
怒り、殺意、敵意、悪意。そう言った憤怒の感情。それ故に単純で、真っ直ぐに、ここにはいないレイフォンへと向いている。

「女の子と2人で映画を見に行くのが、デートが初めて?前に私と2人で出かけたことはあったけど……それは数に入ってないんだ。へぇ……」

更にどす黒い感情がリーリンに芽生え、レイフォンに向ける憤怒が更に増幅する。
確かにあの時は、レイフォンと映画やら甘味などを食べに行った時はお互いにまだ幼かったし、そう言う事を意識していなかったと思う。
だけどリーリンだって女の子、しかもかなりの美少女だと言う事で、手紙だとはいえ眼中にないようなことを言われては傷つく。
いや、今のレイフォンには本当に眼中にないのだろう。それほどまでに現在はフェリと言う女性に夢中で、そして自分はレイフォンに恋愛の対象として見られていなかったと言う事だ。

「ああ、まったくもう……」

鈍感すぎる、デリカシーもない幼馴染の事にリーリンは悪態をつき、更にレポートをやる気が削がれてしまう。
脱力し、気だるい。もういっそのこと、このままベンチで不貞寝してやろうかと考えてると……

「クッ……」

「?」

かすかな、声を押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
誰もいないと思っていたのに、誰かいた。

「え?」

振り返ると、リーリンの背後、壁際のベンチに1人の青年が腰掛けていた。

「や、失礼」

リーリンはその青年の出現に、と言うか、さっきからそこにいたのだろうが……なんにせよ、みっともないところを見られたと頬が熱くなる。
手紙を握りつぶし、何度もついたため息。
そして憤怒などの負の感情で歪んでしまった表情。
どれを取っても人には良い印象を与えないだろう。
だが、それでも未だに笑っている青年の姿を見て、流石にむっとして睨んだ。
長い銀髪を後ろでまとめた青年で、女性でも嫉妬してしまいそうなほど綺麗な髪をしている。薄着になるにはまだ寒いというのに、両腕が剥き出しになった薄地の服を着ている。
誰も彼もが好感を持てるような甘いマスクで、笑い方にもどこか品があった。
だが、笑われているのが自分自身では好感なんて持てないし、ハッキリ言って怪しい。

「……どなたですか?この学校の人には見えませんけど」

むき出しとなった両腕は、びっしりとした筋肉が皮膚を押し上げている。
学生という雰囲気ではない。その逞しい腕から予測するに、おそらく武芸者なのだろう。グレンダンを歩いていれば武芸者なんて珍しくもないし、生徒にも武芸者はいるのだけど、この青年が上級学校の生徒には見えない。

「うん、君の言うとおり、ここの学生ではないよ」

青年自身も肯定し、笑みの余韻を残しながらも笑いで体を震わせるのをやめた。

「じゃあ、何か御用ですか?それなら事務局は……」

「やっ、この学校に用はないんだ」

さっさと消えて欲しい。そう思って事務的に物を言おうとしたリーリンを、青年は制する。

「用があるのは君になんだ、リーリン・マーフェスさん」

「へ?」

その言葉にリーリンは唖然とするが、次の青年の言葉に呆れてしまう。

「あ、言っておくけど、これはナンパの類ではないからね」

「……なんでわざわざそんなことを言うんですか?」

「うん、なんでだかわからないけど、僕が女性に声をかけるとそういう風に受け取ってしまわれる場合がとても多いんだ。だから、一応念のため」

「自信過剰ですね」

確かに、この青年に声をかけられるとそういう風に夢想してしまうかもしれない。
変なところを……レイフォンの手紙を読んで、どす黒い感情を抱いて唸っているところを見られたり、笑われたりしていなかったらリーリンだってそう思っただろう。
もちろん、その場合は丁重にお断りするつもりだが。

しかし、こんな前置きまでされてしまうと、その容姿とあいまって嫌味だ。本人にそのつもりがなさそうなところが特に。
故に、リーリンはどこか棘がありそうに返した。

「そんなつもりはないんだ。僕は本当にそんなつもりはないんだよ?」

「そう言う事が聞きたいわけではないです」

青年はおそらく、理解が出来ないのだろう。そんな気がした。
邪気がまるでなく、そういうところが子供っぽい。
だけどそれはリーリンには関係なく、彼の要件と言うものが気になる。
……怪しいし、あまりいい予感はしないのだが。

「それで、一体何の御用なんですか?私、これでも忙しいんですけど」

片付ける気力の湧かないレポートも、こんな時は良い断りの材料だ。
武芸者は基本的に高潔な人が多いけど、だからといって武芸者の犯罪が存在しないわけではないし、武芸者でなかったとしても、見ず知らずの男性に用があるといわれてほいほい付いていくつもりはまるでない。

「うーん、その忙しい理由ってもしかして、ランディオン教授のかな?それなら、もう何もしなくていいよ」

「え?」

「僕が教授に、学校に残ってくれるように取り計らってくれって頼んだんだ。『リーリン・マーフェスは優秀だから、簡単な用ならすぐに片付けてしまう。よし、ちょっと無理なレポートでもやらせてみよう』なんて言ってたから、もしそれなら、しなくてもいいよ」

「……なんですか、それは」

どういう風に驚けば良いのかわからず、リーリンは脱力した。
あの難物の教授にそういう頼み事が出来る青年も謎だが、そんな理由であんな難題を押し付けられたとわかると、なんだか色々と、情けなくなってくる。

「それこそ、事務局にでも行って、呼び出すなりなんなりすれば……」

脱力したままそう言うと、青年は平然としたまま答えた。

「出来るだけ隠密に片付けたかったんでね……レイフォンにも関わる問題だし」

「え?」

その答えに、一瞬リーリンの時間が止まった気がした。

「うん。まぁ、そこまで気にする事でもないのかもしれないけど、レイフォンが関係するとなると、色々敏感になっちゃう人達もいると思うんだ。だから、内緒で君に会いたかったんだ」

「あなた……一体」

「君にとっては不快な話かもしれないけれど、これもまぁ、なにかそう言う……うーん、運命?そういうようなものだと思ってくれるとありがたいんだけど」

「……はぁ」

空返事をしながらも、リーリンはもう理解していた。
この青年が何の目的でリーリンに近づいたのか……それはまったく理解できないのだけど、この青年が何者なのかは理解できた。
教授が青年の頼みを聞くはずだ。
彼らの頼みごとを無視できる人間なんて、このグレンダンでは陛下くらいのものだろう。
そして理解してしまえば、この青年の名前も浮かんでくる。

「それで、私に……」

どこかおそるおそる、リーリンがそこまで言ったところで……

「ひゃっ!?」

いきなり、引っ張られた。
視界が急激に溶けていく。静から動への変化の過程がまるで認識できなかった。
薄暗い休憩室の光景が溶けて線になって、あとはもうなにがなんだかわからない。
リーリンは凄まじい勢いでなにかに引っ張られていた。

「ああもうっ!」

すさまじい勢いで引っ張られているリーリンの横を、青年が駆けている。
全ての景色が溶けている中で、青年の姿だけが普通に見る事が出来た。
つまり、リーリンが引っ張られる速度と同等に動いていると言う事で、流石は武芸者と驚愕に値する動作だが、そんな事をリーリンが気にする余裕はなかった。
休憩室の外にまで引っ張り出されたリーリンは、そのまま宙を舞った。上に引き上げられたのだ。
無理な力が加わった痛みはなく、リーリンはただ、なんだか良くわからない力に覆われたように感じながら空へと放り出される。

「きゃっ」

屋上にまで引っ張り上げられたリーリンは尻餅をついたものの、そこでようやく人心地つけた。
学校の周辺を見渡せる屋上には、既に先客がいた。いや、おそらくは彼がここまでリーリンを引っ張ってきたのだろう。
何故ならリーリンは彼を知っているし、レイフォンから話を聞いている。
なんでもレイフォンの、鋼糸の師匠らしい。リーリンを引っ張った物も、おそらくそれだ。
その師匠はぼさぼさの髪に無精髭の、むさくるしいコート姿の男だ。
何が気に入らないのかと言うぐらいに鋭くした瞳は、リーリンではなく屋上からの風景を睨み付けていた。

「なんでこんな力業をしますかね、あなたは」

悠々と屋上に辿り着いた青年が、非難がましい目をコートの男に向ける。
それでも、コートの男は風景を睨み続けていた。が、青年に対する返答はする。

「お前の話は無駄に長い。イライラする。いったい俺を何万日ここで待たせておく気だ?そこの娘と結婚式を挙げるまでか?」

「いたいのなら何日でもどうぞ。あなたはどこにいたって陛下の用をこなせるのでしょうし」

「笑えんな。陛下の用など、俺は生まれてから一度も聞いた事がない」

「あなたがそう思ってないだけでしょうに、リンテンスさん」

「汚染獣を何億匹虐殺したところで、それは陛下の命ではなかろうが」

「この都市を護る事こそが、陛下が僕達に与えてくださった最大の命ですよ」

「お前とは幾星霜話しても平行線だな」

「そうですね、僕もこれ以上人生の無駄遣いはしたくありません」

つまらなそうにコートの男……リンテンスが鼻を鳴らし、青年も肩をすくめた。

「……それで、ですね」

緊迫しているのか、和んでいるのかイマイチ判断のつかないやりとりに言葉を挟んで、置いてけぼりを食らったリーリンは2人を見た。
なんでこんな事になったのだろう?そう思いながら。

「えーっと、サヴァリス様とリンテンス様ですよね?なにか御用ですか?」

リーリンは2人の武芸者を、グレンダンの誇る12人の天剣授受者、レイフォンが抜けたので11人だが、その内2人を見つめながら、そう問いかけた。









































「4番、レイフォン」

「……フェリ、歌います」

「曲は、ヤサシイウソ」

マイクを握り、レイフォンとフェリの歌声が店内に響く。
学園都市ツェルニには、商店の集まる通りがいくつかある。中でも一番栄えているのは放浪バスの停留所があり、放浪バスに乗ってやってくる都市の外の人間が泊まる宿泊施設もあるサーナキー通りだ。
そのサーナキー通りにあるミュールの店にレイフォン達はいた。
半地下の、カウンターとわずかばかりのテーブルしかない店では普段はアルコールが振舞われているのだが、今夜ばかりはそれらの瓶のほとんどがカウンターの奥で留守番させられ、普段はつまみなどの軽いものしか並ばないテーブルでは、大皿にここぞとばかりの大量の料理が盛り付けられていた。

「へぇ……レイフォンもフェリちゃんも歌がうまいんだな」

感心したように、麦酒の入ったコップに口を付けてシャーニッドが言う。
この店内には本来歌うための機材はないのだが、客の誰かが持ち込んだらしいカラオケの機材で現在レイフォンとフェリが歌っていた。
現在、この店内にいる客は第十七小隊のメンバーと、その友人達ばかり。
ここ最近好調で、連勝を続ける第十七小隊の祝賀会と言う事でこの店を貸しきっているのだ。
本来なら、フェリはこう言うのがあまり好きではないから1人で帰ろうと思ったのだが、レイフォンがいるわけだし、そして彼に誘われたので渋りはしたが、一緒に歌うこととなった。
そんなわけでこの構図、デュエットする2人が出来上がっていた。
そしてこの2人、本当に歌がうまい。
レイフォンとフェリの声が合わさり、透き通るような歌声が店内に響き渡る。
しかもレイフォンとフェリも絵になるような美形であり、それこそまさに芸術品の絵画のようであり、その姿は店内の客達の視線を集めていた。

「エリプトン先輩は歌わないんですか?」

「歌は勘弁。俺の歌は大衆に聞かせるもんじゃないんでね」

この店でバイトをしているオリバーが、カウンター席に腰掛けるシャーニッドに問う。
その返答は、少々キザったらしかった。

「あら、じゃあどんな時に?」

今度はバイト先のオリバーの上司であり、カウンターの奥に立つ店の主人らしい女性がシャーニッドに問う。

「誰かさんと2人っきりになった時」

「ふうん、その誰かさんは今夜は誰なわけ?」

「きついね」

シャーニッドはそれで会話を中断し、BGMのように店内に響くレイフォンとフェリの歌声に耳を傾ける。
本当にうまい。2人ともそのまま歌手としてやっていけるのではないのかと思うほどだ。
そもそもフェリの場合は去年のミスコンで1位を取ったこともあり、また、ファンクラブが出来るほどの人気からして芸能関係の道に進むことも可能なのだが、それはフェリの性格からしてありえない選択である。
ただ、そう言う道も可能だと言う事だ。

それはさておき、ついには2人の歌が終わる。
終わると、今まで2人の歌が響いていた店内が急激に静かになった。
その静寂さに、レイフォンは何か失敗したのかと思ったが、

「すごかったよ、レイとんとフェリ先輩」

「ホントにうまかったな」

ミィフィとナルキの言葉を合図に、遅れて湧き上がる歓声。
先ほどの静寂がうそのように、今度は店内を歓喜が包み込む。

「どうも……」

「……………」

照れくさそうに、頬を掻くレイフォンと、相変わらず無表情なフェリ。
だけどここ最近、レイフォンにしかわからないほどだが表情を変化させ、嬉しそうにしているのは気のせいではないだろう。
今度はミィフィが対抗意識を燃やしてきて、先ほど歌ったばかりだがまたもマイクを取っり、ハイテンションに歌い始める。
それに苦笑し、レイフォンとフェリはカウンターへと向かった。
歓喜に包まれた店内も落ち着き、皆、それぞれの場所で会話を再開する。

ナルキはメイシェンと一緒にいて、何故か落ち込んでいる彼女を励ますような事を言っているようだったが、ニーナに声をかけられて困惑している。
騒がしい店内故によく聞こえないし、レイフォンも対して気にせずにカウンターに座り、ジュースの入ったコップを口に付けた。
隣ではフェリが、レイフォンと同じものを飲んでいる。

「それはそうと、フォンフォン。明日……ですよね?」

「はい」

フェリから告げられる話題。
それは約束だ。この前の汚染獣戦の前に、今度の休みの日、2人で映画を観に行くと約束をした。

「フェリが言ってた、観たい映画ってのはなんです?」

「秘密です……観てのお楽しみと言う奴です」

それが今から、とてつもなく楽しみだ。
柄にもなく、まるで子供のようにわくわくしていた。
レイフォンも、そして表情には出ていないがフェリもだ。

「お2人さん、最近はずいぶん仲がいいね」

「シャーニッド先輩?」

そんな2人に、ニヤニヤした表情のシャーニッドが語りかけてくる。
まるで面白いものを見つけたと言わんばかりの、玩具を見つけた子供のような表情だ。

「前回のミラん時からそうだったけど、いつから呼び捨てで呼び合うようになったのかな?まぁ、お前の場合は前々からフォンフォンなんて呼ばれてっけど」

「あ、そういえば最近人前で先輩って付けるの忘れてたような……ま、いっか」

「あり……?」

ニヤニヤしていたシャーニッドだが、そっけなく答えるレイフォンに肩透かしを喰らってしまう。
うろたえるレイフォンの姿を予想したのだが、予想を裏切るレイフォンの反応。
最近、本当に変わったと思うレイフォンだが、この反応はシャーニッドからすれば面白くはなかった。
前回、フェリの笑顔の写真を撮ろうとしてレイフォンにカメラを破壊されたので、その恨みとして思う存分からかおうと思ったのだが……

「なんつうか、ガチなわけねぇ」

「へ?」

「なんでもねぇよ」

からかう要素などまるでなく、本気でフェリに好意を寄せているらしいレイフォン。
これを知ったらニーナや、レイフォンに好意を寄せている、メイシェンと言う同級生の少女は落ち込むだろうなと思いつつ、自分には関係ないとばかりにシャーニッドは麦酒に再び口を付ける。
この鈍感君はもう少し周りを見るべきだと思いつつ、ある意味鈍感じゃないからフェリとこのような関係になったのか?などと思案する。
レイフォンの隣では、フェリが不機嫌そうにシャーニッドを睨んでいた。
別にお邪魔虫をするつもりはないので、シャーニッドは早々に引き下がる。が……

「盛況だな」

空気の読めない人物は存在するらしく、店の扉が開く音と共に、ミィフィの歌声にまぎれて声が聞こえる。
その声を聞き、レイフォンは入り口を見た。

「フォーメッドさん?」

「よう。調子はどうだ、エース」

フォーメッド・ガレン。都市警察強行警備課の課長は厳つい顔に似合わない笑みを浮かべてやってきた。

「そう言う呼び方はやめてくださいよ」

「なに、本当のことだろう。ツェルニでお前さんに勝てる奴はいないんじゃないかって、もっぱら噂になってるぞ。本人はどう思う?」

当たり前のようにレイフォンの隣に腰を下ろすと、女主人に飲み物を頼みつつ、置かれていた料理に手を伸ばしていた。
その遠慮のない態度に、フォーメッドの反対側のレイフォンの隣に座っていたフェリが、かなり険悪な表情をしていた。
表情の変化は小さいが、雰囲気でなんとなくわかる。

「そういうのはどうでもいいですよ。ただ強いだけじゃ、肝心なことは何も出来ませんから」

「ふん、他人のことは言えんが、お前さんは歳の割に達観しているみたいだな。痛い目にもあったことがあるようだ」

そんな雰囲気は露知らず、レイフォンとフォーメッドは会話を続けていた。
レイフォンはフェリに好意を寄せ、フェリもまたレイフォンに好意を寄せている。
そして告白し、現在は恋人同士という関係にあるのだが……やはりレイフォンはレイフォンで、根の部分は鈍感らしい。
シャーニッドは巻き込まれたらたまらないとレイフォンから距離を取り、女主人とオリバーもフォーメッドの飲み物をカウンターに置いてすぐに退避する。
そんな周りの動作に気づかずに、レイフォンは続けた。

「で、今日は何かの急ぎの用事ですか?ナッ……ナルキならあそこにいますけど」

愛称で呼びそうになったので呼びなおし、レイフォンはニーナの隣で困り果てた顔をしているナルキを示す。

「やれやれ、世話になった人物の祝い事に駆けつけたと思われんのが、寂しいところだな」

そうは言ってるが、フォーメッドは不快な様子は一切なく、逆に楽しそうに笑っている。
だが、フォーメッドのその笑いにフェリの表情はさらに険悪になる。
祝いはいいから、さっさと帰れと無言で語ってくるようだった。

「まぁ、お前さんにお出向き願うような事件はそうそうないんだがな……まぁ、もしかしたら頼むかもしれん事がひとつある」

「はぁ……」

はっきりしない物言いに、レイフォンは生返事をするしかなかった。
フェリは相変わらず、フォーメッドとレイフォンを睨みつけている。

「それほど急を要する事ではないんだが……」

ちらりと、フォーメッドの視線がレイフォンの飲み物に注がれた。

「酒じゃないですよ?」

「そのようだ。俺が言うのは立場的に問題があるようだが、こういうときは酒を飲んだって問題ないと思うぞ」

「あまり、そういう気にはなれないんですよね」

「ま、堅苦しくない程度に真面目なのはいいことだ……お前さんのとこの大将は真面目が過ぎるようにも見えるがな」

フォーメッドの視線がニーナに向き、レイフォンもそちらを見た。
まるで真面目が服を着ているような人物、それがニーナだ。

「いい人ですよ」

ニーナを見ながら、レイフォンは言った。
確かに硬いが、ニーナ個人としてはいい人物と取れるだろう。
善人過ぎ、愚直なほどに真っ直ぐではあるが……

「前回の武芸大会は、確かにあまりに惨めな負け方だったからな。お前さんのとこの大将のような人間が出てくるのは、ツェルニ(うち)にとってはいいことだろう」

フォーメッドもそう言って頷く。
そして、今の言葉を聞いて前から思っていた疑問を尋ねた。

「前の大会はそれほど酷かったんですか?」

前の大会、それは言うまでもなく2年にごとに行われる都市の戦争、都市戦のことだ。
都市の動力であるセルニウムが発掘される鉱山を賭けて戦うのだが、現在このツェルニにはその鉱山がひとつしかない。
故に負けられないので、現在ツェルニの武芸者達は気合が入っているのだが、1年生のレイフォンは前の都市戦の事を知らない。

「ああ、あれは酷かったな」

思い出したのか、フォーメッドが渋面な顔を浮かべた。
それほどまでに、前の都市戦は酷かったらしい。

「まったく手足も出なかったんですよ。やることなすこと全て先読みされて防がれて、作戦なんてあったもんじゃありません。おまけにこちらの動きは筒抜けで隙を突かれて……優秀な念威操者でもいたんじゃないですか?」

フォーメッドが答えようとしたが、フェリが制するように先に言う。
彼女の学年からして武芸大会に直接参加し、見たわけではないのだが、その辺りはカリアンにでも聞いたのか、5年生ではあっても武芸科ではないフォーメッドよりは詳しく知っているようだった。
その話を聞き、レイフォンは『そうですか』と頷く。その頷きを見て、フェリはどうだと言わんばかりの視線をフォーメッドに向けていた。
相変わらず、表情の変化は小さいので一見無表情に、不機嫌そうに見えるのだが。

「それはそうと、グレンダンの武芸者ってのは、皆お前さんらぐらいの才能が要求されるものなのかねえ?」

不意に、フォーメッドがそう尋ねてきた。
その言葉に、フェリの表情がさらに不機嫌になる。

「……いえ、そう言う訳でもないですけど、どうかしましたか?」

「いや、な。グレンダンの生徒ってのはお前さんの他には今日対戦した第五小隊の隊長くらいなんだが、その2人ともが小隊員だ。こう言っちゃ何だが、都市の外に出られる武芸者なんてたかが知れてるって言うのが、偏見かもしれないが俺の感想だ。その感想からしたら、『たかが知れてる』でこんなのだから、本場のグレンダンってのは化け物ぞろいなんだろうなと思ってな」

「はぁ……」

否定はしない。少なくともレイフォンクラスの化け物が、グレンダンには12人は存在する。
正確にはレイフォンが抜けたので11人だが、それに加えてその11人を普通に圧倒するとんでも女王様がいるので、やはり12人だろう。
そんなことを考え、あいまいに頷きながらレイフォンは思ったことを尋ねた。

「ゴルネオ・ルッケンスはグレンダンの出身ですか?」

今日試合をした、第五小隊隊長のゴルネオ・ルッケンス。
ルッケンスの家名、そして彼の姿に……とは言っても、髪の色くらいしか似てないのだが、とある人物を思わせる。
天剣授受者であり、元同僚の彼の姿を。そして彼と同じく、化錬剄と体術を得意としていたことから、さらにそのイメージは鮮明になる。

「ああ、そのようだ。なんだ、知り合いだったか?」

「いえ、直接は知りませんけど、ルッケンスという家名に覚えはあります」

「ほう。それならいいとこの子なのだろうな」

フォーメッドの言い様に、レイフォンは微笑した。

「あの人がどうしてここにいるのかは知りませんけど、僕やあの人にだって自分の実力にそれなりに自信を持ってますし、ツェルニに来られる歳までに何度も試合をこなしています。化け物ももちろんいますけどね」

その化け物の1人が自分だったとは、流石に言えないが。

「それを聞いて安心した」

冗談めいた笑いを浮かべるフォーメッド。
ただ、そんな彼に突き刺さる鋭い視線。

「……用件は、以上ですか?」

底冷えしそうな声で、フェリが睨むように言った。

「あ、ああ……その、なんだ。せっかくだから俺はゲルニに挨拶して来るとするか……じゃあな、アルセイフ君」

「あ、はい」

ついにはその視線に耐えられなくなったのか、むしろ今までよく耐えたと言うべきだが、フォーメッドが席を立ちナルキの元へと向かっていく。
そして、フェリの険悪の雰囲気を恐れてか回りには人が近づかなかったために、やっと2人だけの空間が出来上がる。

「一体、どうしたんですかフェリ?」

そしてやっとフェリの異変に気づいたのか、レイフォンが彼女に声をかけた。

「……鈍感」

「え……?」

そんなフェリからつぶやかれた言葉に、レイフォンは納得できないというように声を漏らす。
何故かフェリが不機嫌そうで、いきなり鈍感などと言われたのだ。レイフォンにはその理由が理解できない。

「駄目……ですか?あなたを独占したいなんて思うのは」

「フェリ……」

小さく、本当に小さな声でつぶやかれたフェリの言葉。
だけどそれはレイフォンにははっきりと聞こえ、彼の服の袖をフェリがつかむ。

「私がここにいるのは、フォンフォンがここにいるからです。じゃなければ歌なんて歌いませんし、最初からここにもいません。あなたと一緒にいたいから……」

酒も飲んでいないと言うのに、フェリの顔が赤い。
か細い声だが、だけどハッキリと言う彼女の言葉に、レイフォン自身も真っ赤になってしまいそうなほどだった。

「あなたは、私だけを見てくれればいいんです……嫌、ですか?駄目ですか?」

「フェリ……」

強制はしないのだろうが、フェリの小さな我侭。
それを聞いて、なにを今更と思ったのだが、フェリはさっきは寂しかったのではないかと思う。

「それに……いつまたあんなことを言うかわかりませんしね。フォンフォンは嘘吐きで、無茶をしますから」

「あはは……」

フェリの言葉に苦笑し、レイフォンはまたも頬を掻く。
あんなこととはもちろんこの間の汚染獣戦に関することで、その時に言った遺言もどきがフェリをそうさせるのだろう。
あの時レイフォンは嘘をつき、約束を破ろうとした。
だからこそフェリはそのことで怒っており、レイフォンが無事に帰ってきてもどこか怒っているようで、そして不機嫌そうだった。
まぁ、それがフェリの元からの表情で、それ以上に嬉しいこともあったから気のせいとも取れるのだが、なんにせよフェリの言葉に、レイフォンは心から笑えなかった。

「まったく……あなたは本当に。明日の約束を破ったら絶対に許しません」

「破りませんよ」

フェリが小さく笑い、呆れたように言う。
即答で返し、レイフォンは微笑む。





































「ヴァンゼ、これを見てくれ」

「どうしたんだカリアン?」

場所は変わり、生徒会室。
その部屋では主であるカリアンが、武芸長のヴァンゼに1枚の写真を渡していた。

「現在、汚染獣感知のためにツェルニの周りに探査機がばらまかれているのは知っているね?その1機が持ち帰った映像なのだが……」

「まさか!?」

また汚染獣かと、ヴァンゼの表情に緊張が走る。
だが、それを悟ったカリアンが首を振り、その考えを否定した。

「そう言う事ではないよ。画像は汚染物質で粗いが、それは汚染獣ではない」

そう言われ、ヴァンゼは一安心しながらも穴が開くように写真を見つめる。
真剣に見つめ、そして気づいた。

「これは……」



































あとがき
アニメ版レギオス、全24話見ました!
やっとです、DVDや動画なので……
で、サヴァリスが悪役を見事に演じて……最後、どうなったんでしょう?
そしてバーメリン、声がよかったなと思いつつ、レギオスの声は声優さんが皆よかったです。
最初、リーリンが高橋さんで大丈夫かと思って当初は違和感すらあったんですが、後半からはリーリンの声は高橋さんで定着しました。
リーリン、かわいいよぉw
いえ、このSSでは普通にフェリがヒロインなので。くどいようですが一応言っておきます。
しかし声優さんといえば、レイフォンととある科学の一方さんは同一人物らしいですね。
ただ、共通点はあるのか?
『学園都市最強』なんて言う共通点が。性格は真逆ですけどw

まえがきはともかく、今回は久々の原作ストーリーだったので感覚が……
次回はついにレイフォンとフェリのデートなので、楽しみにしていてください。
ちなみにこの作品では、フェリが祝勝会に参加したために探査機にアレを発見してもらいました。
最後のほうでのカリアンとヴァンゼの会話はそれです。



[15685] 17話 初デート
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/20 16:33
「うぉっ、すげーいい匂いだな」

朝、共同のキッチンから漂う匂いに鼻腔をくすぐられ、オリバーはキッチンへと向かう。
そこでは彼より早く起きていたレイフォンが、フライパンと食材片手に格闘していた。

「あ、おはようございます、オリバー先輩」

「弁当か?今日は学校休みだろ?」

調理しながらオリバーに挨拶するレイフォンだが、オリバーは休みの日に朝早くから調理していたレイフォンに疑問を抱く。

「今日は遊びに行くんで、そのお弁当を」

「なるほど、デートか?」

「ええ、まぁ……」

その答えを聞き、オリバーの立てた推測にレイフォンは照れくさそうに頬を掻く。
その動作に微笑ましく感じながらも、そういう相手がいないオリバーは敵意のようなものをレイフォンに向けた。

「はぁ……いいなぁ。俺にもそういう相手が欲しい。ってか、エリプトン先輩はいつになったら俺とミィフィさんの間を取り持ってくれるんだ?」

「はは……」

オリバーのつぶやきに苦笑で答え、レイフォンはフライパンで炒めた料理を弁当箱に盛り付けていく。
キッチンには香ばしい匂いが充満し、オリバーの食欲を刺激した。

「うまそうだな」

「あ、おかずの残りならありますけど、食べます?」

「もちろん」

弁当のおかずの残りを食卓に並べ、それがレイフォンとオリバーの朝食となった。







「フェリ……何をしてるんだい?」

「見てわかりませんか?料理です」

「そうかい……」

朝早くからキッチンに立つフェリ。
その光景に、カリアンの胃がキリキリと締め付けられていた。
今までフェリの料理の実験台にされ続けていたカリアンにとって、それは警戒するには十分すぎる理由。
妹が料理に関心を持ち、その練習をすること自体は喜ばしいことで、何も言わないが……その犠牲に自分があうことは承認できない。

「さて、兄さん。味見をしてもらえますか?」

錬金鋼を復元させて問う妹を目の前に、カリアンに拒否という選択肢は存在しなかった。





































「待ちましたか?」

「ぜんぜん、今来たところです」

待ち合わせ場所、路面電車の停留所にてお決まりの会話を交わすフェリとレイフォン。

「ずいぶん早いですね」

「それはフォンフォンもです。待ち合わせは9時半ですよ」

現在、時間は9時。
本来ならフェリの言うとおり9時半に落ち合い、10時から始まる映画を見に行くと言うプランだった。
だと言うのにフェリもレイフォンも、時間にはずいぶんと余裕を持ってここにいる。

「昨日から楽しみだったので」

「考えていることは同じですか……」

苦笑し、微笑みあう2人。
暫し笑い合っていたが、それを中断し、レイフォンはフェリに提案した。

「行きましょうか?」

「はい」

ちょうど路面電車も来た。
レイフォンとフェリはそれに乗り、映画館へと向かった。





フェリの観たかったと言う映画は、環境映画と呼ばれる部類に入るものだった。
環境問題を背景に取り上げたり、環境問題をテーマとする映画作品の総称だが、この映画は自律型移動都市(レギオス)が存在する前、汚染物質がなく、汚染獣がいない世界を描いたものだった。
海があり、山があり、どこまでも青い空と白い雲がある。
そんな世界に住む人間と、動物達の話。
当然このような映像が本物であるはずがなく、CGなどと言った技術なのだろうが、映像に写る環境、その大自然はとても美しくて壮大だった。
そしてその内容は、とても面白かった……と思う。

「いやぁ……面白かったですね」

「寝てたのに良くわかりましたね?」

「あ、あはは……」

フェリの不機嫌そうな声がレイフォンに突き刺さる。その声を聞き、レイフォンは乾いた笑いを上げる。
途中までは覚えてる。壮大で美しい大地は、レギオスでは絶対に見れない光景だ。
CGと言う偽りの映像のそれでさえ、とても美しく印象に残っていた。
だが、いつの間にか眠っていた。どこで意識が途切れたのかも思い出せないくらいに、綺麗に落ちてしまっていた。

「せっかく誘ったというのに……」

「ホントにすいません……」

不機嫌そうなフェリに、レイフォンは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
だが、確かに自分は寝てしまったのだけど、途中まで観たあの映画はなかなか良かったと思う。

「フェリは、ああいうのが好きなんですか?」

「はい」

レイフォンの問いに即答し、フェリは少しだけ楽しそうに語った。

「憧れるじゃないですか、あんなに綺麗で空気の澄み切った世界。生身のままで都市の外になんか出れば5分で肺が腐って、そうでなくとも汚染物質で肌を焼かれます。人は世界を感じることなんて出来ない。世界は人を拒否している。だからこそ、私は外の世界に憧れるのでしょうね」

汚染された大地。この狭い世界、レギオスの中でしか生きられない人間達。
だからこそフェリは外に憧れ、そういう理由からここの手の映画が好きだったりする。
例えフィクションの話でも、それには夢があるから。趣味の読書でも、フェリはそういった本を好む。

「知ってますか?フォンフォン。汚染獣以外存在できないと言われる外ですが、ちゃんと他にも生命体はいるんですよ」

動物や昆虫と呼ぶのもおこがましい微生物だけど、その哀れなほどに小さい生き物達が大地の奥深くで汚染物質に負けずに生きている事を、生命の雄大さをフェリは知っている。

「知っていますか?夜のエアフィルターの外には、無数の綺麗な星が夜天に浮かんでるんですよ。それは都市の照明なんかより、とっても綺麗なんです」

フェリだからこそわかる、理解できる。
人が生きていけない大地を、レギオスの外を感じることの出来る力、念威がある。
それらを問うしてフェリは見て、聴いて、感じる事が出来る。念威操者であるフェリだけの特権。
そんな世界を知る彼女だからこそ、憧れもまた強い。

「おかしな話ですね。あんなに嫌悪した才能だと言うのに、私はこういうくだらない事に念威を使ってしまいます。あんなに嫌悪した才能だと言うのに、念威を使わずにはいられないんです」

その気持ちは、少しは分かる。
レイフォンは今でこそ武芸に迷いはないが、武芸を辞めようとした時にはどうにも落ち着かなかった。
幼いころから当然の様にやってきた事を辞め、違和感のようなものを感じていた。
おそらくフェリもそれと同じなのだろう。レイフォンと同じように、当たり前のことを辞めようとするのに違和感を感じるのだ。

「少し、話しすぎましたね……そろそろお昼にしましょう」

話題を打ち切り、フェリが言う。
映画を観たのが10時からなので、時間はもう正午を過ぎていた。
時間的にはちょうど良いので、レイフォンとフェリは昼食を取る場所を探すのだった。


































「じゃ、食べましょうか」

「はい……」

錬金科近くの公園を訪れ、レイフォンとフェリはベンチに腰掛けて弁当を広げる。
最近は自分の分とフェリの弁当を作っているレイフォンだけに、やはりその弁当は見事だと言うべきだろう。
ただ、今日は何時にも増して気合が入っているようで、豪勢に見える。
なんと言うか……自分が用意したものを出すのを戸惑わせるほどに。

「あの……一応私も作ってきたんですが……」

「フェリが?」

それでもせっかくなので、同じように並べる。
弁当の内容はレイフォンほど立派ではなく……正直歪だったが、それでもフェリとしてはがんばったし、進歩もあった。

「フォンフォンの言いつけを守ってちゃんと作りましたし、毒見は兄にさせました。兄も食べて無事でしたし……ただ、味にそこまで自信がないと言うか……あ、嫌なら別に食べなくていいです。フォンフォンがせっかく美味しいお弁当を用意したんですから、そっちを食べましょう」

たまにだがレイフォンに料理を教わり、そして自宅でも1人で練習をしたりしていた。
カリアンを実験台にし、再起不能にしたこと多数。だけどそれでも、今日は何とか食べられる物を作り上げた。
だが、いざレイフォンを目の前にし、こんな物を食べさせるのは戸惑ってしまう。
レイフォンの料理とは比べるのもおこがましいほどの差があるわけで、フェリは慌てて弁当を引っ込めようとするが、

「嫌なわけありませんよ。遠慮なく頂きます」

「あ……」

レイフォンはそれを制し、フェリの作った弁当に手をつける。
フェリの表情に緊張が走り、普段から無表情な顔は更に表情をうかがわせない。
レイフォンがおかずを、エビフライをかじる。その動作に息を呑み、感想を待つ。

「うん……随分うまくなりましたね、フェリ。おいしいですよ」

「本当ですか?」

レイフォンの答えに一安心しつつ、フェリも自分の作った弁当に手をつける。
一応毒見はカリアンにさせたし、自分でも味見はした。
それで改めて食べた自分の弁当なのだが……おいしいのだろうか?
食べられる、それだけで少しは腕が上がったのは理解できる。
前に作ったものなんか食べただけでカリアンが意識を失い、レイフォンは苦しそうに無理やり飲み込んでいた。
少なくともこれならばそういう必要はないが……可もなく不可もなく、要するにおいしくなければまずくもない。そんな感じだ。
特徴がないと言うか、味もない。そんな無個性な、微妙な味。
それでも食べられると言うのは事実なようで、レイフォンは次々と料理を口に運んでいく。

「……………」

フェリはレイフォンの作ったおかずを取り、食べた。
相変わらずおいしい。自分の作ったものと比べるのもおこがましいほどに。

「フォンフォン……おいしいですか?」

「はい」

不安そうにフェリが問い、それにレイフォンが笑顔で答える。
だが、おそらく嘘なのだろうと理解する。文句ひとつ言わないレイフォンに感謝しながらも、フェリは正直な感想を聞かせて欲しいと思いつつ、またレイフォンの弁当に手をかける。
美味しい……悔しいほどに。
自分の料理の才能のなさに嘆きながら、フェリは目の前の弁当をレイフォンと共に片付けていくのだった。





「デザートにアイスでも買いましょうか?」

弁当も片付き、食後のデザートにとカラフルな屋台を見る。
それはアイスを売っている屋台らしい。

「いいですね……それじゃ、私はストロベリーにします」

フェリも承諾し、屋台の前に立って商品を選ぶ。
本来なら甘いものが苦手なレイフォンだが、ヨーグルト味のアイスに興味を持って注文した。
無論、ここはレイフォンの奢りだ。
デートと言うこともあり、やはりフェリ(女性)に出させるのには気が引けたし、奨学金Aランクで機関部掃除をしていることから金銭的にも余裕はある。
映画代に関しては、フェリが前売り券を持っていたためにそれで支払われていたが。

「結構甘いですね……フォンフォン、大丈夫ですか?」

「はい、これは結構美味しいですよ」

ストロベリー味のアイスが甘く、甘いものが好きなフェリとしてはちょうどいいのだが、苦手なレイフォンとしてはどうなのかと尋ねる。
それにレイフォンは美味しいと答え、実際にヨーグルト味のアイスはレイフォンの好みに合っていた。
コーンに載せられたアイスを食べながら2人が元のベンチに戻っていると、人の姿があるのに気がついた。
2人組みで、片方は車椅子に乗っている。そしてもう1人には見覚えがあった。

「……あ」

「あ……」

車椅子の傍らのベンチに座り、アイスを食べていた見覚えのある男と目が合い、レイフォンと2人そろって声が漏れる。

「こんちは、奇遇だね」

ハーレイだ。今日は休日だと言うのにいつものツナギ姿で、薄汚れた格好をしている。
ハーレイは咥えていたコーンを一気に口の中に放り込むと、ベンチから立ち上がってレイフォン達に手を振った。

「こんにちは、今日も研究室に?」

レイフォンはハーレイの格好を見て、そう見当する。

「そ、どっかの誰かさんに付き合ってね。今は頭に糖分入れて、休憩してたとこ。ああ、そうだ」

そう言ってからハーレイは車椅子の後部にある握りをつかみ。ぐるりとこちらに回転させた。
後ろを向いていた車椅子に乗っていた人物は、それまでこちらを見向きもしなかった。
美形で目付きの悪い青年。線の細い顔立ちに、不健康な白い肌をしている人物だ。
美形故に女性などの人気が高そうだが、目付きの悪さがそれを台無しにしている感じだ。

「こいつ、キリク・セロン。同じ研究室なんだ」

「なんだ?お前の知り合いならお前だけで片付けろ」

その人物は迷惑そうに後ろにいるハーレイを睨みつけるが、ハーレイは気にせずに続ける。

「片付けろって言ってもね、ほら、彼がレイフォンだよ」

「……なんだと?」

ハーレイを睨みつける視線が、そのままレイフォンへと向かった。
その視線に対し、フェリの睨むような視線がキリクに向けられる。

「お前か、俺の作品をぶっ壊してくれたのは?」

「作品?」

作品と言う言葉の意味がわからないレイフォンに、ハーレイが説明を入れる。

「複合錬金鋼の開発者ね、こいつ」

「ああ……」

この間の老性体戦で使った錬金鋼の開発者が彼だと言う。
あの時は人嫌いだからと理由で会う機会がなかったのだが……

「複合錬金鋼が負荷に耐え切れず爆発したってホラ吹いたのはお前か?本当は壊して捨ててきたんじゃないんだろうな?」

「おいおい……」

まさかこんなにも口が悪いとは思わなかった。

「フォンフォンは嘘をついてませんし、ちゃんと報告もしたはずですが?そもそもフォンフォンの剄に耐えられない鈍らを用意したのはそっちじゃないですか」

「何だと!?」

フェリも口が悪く、と言うか不機嫌そうに毒を吐く。
それに対しキリクが眉を吊り上げ、今度はフェリを睨んだ。

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。複合錬金鋼がレイフォンの剄に耐えられなかったのは事実なんだから、改良すればいいじゃない?やっぱり複合状態だと密度が圧縮しているせいで熱がこもりやすいんだ。熱膨張で硬度が落ちたり、形状が変化したりするから壊れやすくなるって。だからもう少し青石錬金鋼か白金錬金鋼の比率を増やして、連鎖自壊しないように安全装置的な反作用逃がしの構造をもう少し考えてさ」

ハーレイが2人をなだめつつ、キリクに専門的な意見を言った。

「待て、それだと今度は刀身の強度が下がる。こいつの全力の力と剄で振り回したら、数回振り回しただけで折れるぞ」

「いくらなんでもそんなに貧弱じゃないよ。そもそも、レイフォンの剄に錬金鋼が耐えられないのが問題であって……」

「だからそれについては……」

「……………!」

「……………!」

それにキリクが反論し、ハーレイも反論する繰り返す。
飛び出す専門用語にレイフォンとフェリは付いていけずに、白熱した2人から少し距離を取って観察することにした。

「……放って置いていいんでしょうか?」

「好きにさせたらいいんです。それよりフォンフォン、アイス溶けますよ」

「あ、そうですね」

そんな会話を交わし、レイフォンとフェリは我関せずと言った感じで手に持ったアイスを片付けることに専念する。
なんとなくだが、ハーレイとキリクは当初の問題から離れたところで議論しているようにも見える。
2人が息を荒げながら議論を止めたのは、レイフォンとフェリがアイスを食べ終えた頃だった。

「くそっ、喉が渇いたぞ」

喉を押さえ、キリクが呻く。

「せっかく補給した糖分が無駄になったじゃないか」

ハーレイも額に浮かんだ汗を、ツナギの袖で拭っている。
レイフォンが複合錬金鋼を持ち帰っていればこの議論ももう少しは楽に、そうはならなくとも参考にはなっていたかもしれないが、剄に耐え切れずに爆発してしまったためにない。

「よしっ、もう一度補給して、さっき挙げた問題の再検討だ。ストロベリー」

だが、そんなことはお構いなしに続ける気満々だ。

「望むところだ。チョコにしよう」

喧嘩をしてるのか、アイスをどれにするか決めているのかわからない会話をして、2人がそっぽを向く。
ハーレイが屋台へと向かい、キリクの分と合わせてアイスを購入しに行った。
そのためハーレイが居なくなったことによりキリクの視線が、睨みがレイフォンへと向けられる。

「……なんだ?まだいたのか?」

どうやらレイフォン達の存在を忘れていたようで、意外そうな言葉を漏らす。

「いや、なんて言うか……あなたの作品を壊してしまって、すいませんでした」

「別に謝る必要はありません。鈍らをつかませたあっちが悪いんですから」

レイフォンがキリクに謝罪するが、それをフェリが制する。

「口が悪いな。まぁ、俺もあまり人のことは言えないが」

キリクはそんなフェリに苦笑するも、すぐに元の悪い目付きへと戻る。
だが、視線はレイフォンからそらしてキリクは言った。

「……別に怒っちゃいない。単なる愚痴で嫌味だ。道具なんて壊れるために作られるもんだ。だけど、出来るならそれは有意義な壊れ方であって欲しい。使い手の剄に耐え切れずに壊れたなんて、技術者にとっては屈辱だ」

相変わらずレイフォンから視線をそらしたまま、そして不機嫌そうなままキリクはレイフォンに問う。

「……あれは、あんたの役に立ったのか?」

「もちろんです。確かに壊れてしまいましたが、普通の錬金鋼だけならあの状況は切り抜けられなかったかもしれない」

それは本心だ。そもそも普通の錬金鋼なら剄に耐えられる時間も、強度も複合錬金鋼よりもたなかっただろう。
あの時の戦いは、複合錬金鋼だからこそ切り抜けられたのだ。
天剣があれば話は早く、もっと楽だったのだが……無いものねだりは出来ない。

「……そうか」

キリクはそれを聞くと満足そうに、車椅子のタイヤに手を伸ばして自分で向きを変え、レイフォンに背を向けた。

「次はもっと役に立つのを作る。お前はそれを活かしてくれよ」

「……はい」

その言葉にレイフォンが返事をし、フェリに促されて公園を後にする。
視界の端では、2つのアイスを持ったハーレイが早足でキリクの元へと戻る姿が見えた。











































「この後どうしますか?」

映画を観て、昼食を取った。
フェリとの約束は映画を観ることだったのでそれは果たしたのでここで分かれてもいいが、時間にはまだ余裕がある。
それに、このまま分かれてしまうのはどこかもったいない気がした。

「そうですね……どうせなら買い物にでも行きますか?服を見てみたいと思ってたんです」

「いいですね、付き合いますよ」

そんな訳でショッピングに決め、2人は洋服屋へと向かうことにした。

「それじゃあ、行きますよ」

入った店は比較的近くにあり、そして外装の可愛らしい店だった。
だと言うのに店内には客が少ないようだったので、フェリはその店に入る。
彼女としては混雑した店、人の多いところは苦手なためにそこにしたのだろう。
フェリが入ったと言うことは、当然その後にレイフォンも続く。
するとそこでは……



「いらっしゃいませ~♪あら~、フェリちゃんにレイフォン君。久しぶり」

悪夢再び。
ピンクのフリフリという奇々怪々なスーツを着た男、喫茶ミラの店長、ジェイミスが出迎える。
そう言えば服屋もやってると言っていたことを思い出し、レイフォンは笑顔でこちらに話しかけてくる悪夢から視線をそらした。
隣にいるフェリは、ものすごく表情が引き攣っている。
今すぐ回れ右をして、この店を後にしようとしたのだが……

「まさか来てくれるなんて思わなかったわ!ぜひ見ていってちょうだい♪あ、オーダーメイトも受け付けているわよ」

回り込まれてしまった。
いつの間にかレイフォン達の背後に回り、出入り口をふさぐように立っている。
そしてその手には、注文を聞く前から複数の服が握られていた。

「これなんかどう?当店のお勧め。それとこれとこれとこれ。どうせなら試着していく?フェリちゃんなら大歓迎よ♪」

「……フォンフォン」

どれもフリフリで、それでいてピンクなどの明るい色をした服だ。
それを目の前にし、フェリはまるでさびたブリキ人形のようにギギギとレイフォンのほうを向き、助けを求める。
だが、こういう状況でレイフォンはどうすればいいのかまるで見当が付かない。

「試着室はあっちよ!さあ、行きましょう」

フェリはジェイミスに連れられ、試着室へと連行される。
その姿をレイフォンは呆然と見送ることしか出来なかった。



「……………」

「あ~~~~~~~~~っ!!」

フェリの表情は明らかに不機嫌そうだ。
無表情だが、まるで汚物でも見るかのようにジェイミスを睨んでいる。
そのジェイミスと言えば、奇声を上げながらあっちの世界へと行っていた。

「もう最高!私最高!!フェリちゃん最高!!そして私は天才!もはや神!!そう神なのよ!!」

狂ったように奇声を上げるジェイミスが用意した服は、いわゆるゴスロリ。
ピンク、白、黒といろいろな服を用意していたが、ジェイミスのお気に入りは白のゴスロリ服らしい。
現にその服は、フェリの長く綺麗な銀髪と合ってとても綺麗で、そして可愛らしかった。

「ピンクもいいんだけど白もいいわ!可愛さは白もあり。ああ、私の可能性が、世界がさらに広がる!そう、私はこの世界の可愛さをつかさどる神!!新世界の神はこの私よ!!」

テンションの高いジェイミスに、フェリはうんざりとした表情をしていた。
そのことに苦笑しながらも、レイフォンはフェリを見る。
いや、見ることならさっきからしていた。それから一度も視線をそらしてはいない。
ただ見ていた、見続けていた。その姿に、フェリの格好に視線が釘付けとなる。

「フォンフォン?」

首をひねるフェリに、レイフォンは我に返って苦笑しながら言う。

「とても似合ってますよ、フェリ」

「……ありがとうございます」

その言葉にフェリも素っ気無く返すのだが、顔がわずかに赤くなっているのは気のせいではないだろう。

「さあ、フェリちゃん!次はこれよ。こうなったらうちの店の服全部着てみる?フェリちゃんなら全部似合うわよ」

「……………」

相変わらずテンションの高いジェイミスに、フェリは心底嫌そうな表情で、そして心情で睨みつける。
だけどそれでもジェイミスは止まらず、新たな服をフェリへと手渡すのだった。








「……大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるんでしたら、眼科へ行くべきです……」

結局、全洋服とは言わないまでも、数十着の服を試着させられたフェリ。
その姿を見るたびにジェイミスが奇声を上げ、店の広告に使うからと何枚か写真を撮っていた。
そのお礼として無料で服を何着かくれたのだが、それを着る機会など日常生活ではまず無いかもしれない。
その服をレイフォンが持ち、すっかり暗くなった夜道を歩き、フェリを送っていた。

「でも、楽しかったですね」

レイフォンが苦笑し、フェリは相変わらず不機嫌そうな表情をする。
それほどまでにジェイミスの店での出来事が嫌だったのだろう。

「本当に似合ってましたよ」

「普段、着る機会はありませんが」

学園都市故に、基本は制服。
休日などには私服も許可されるが、それでもこのような服を着る機会はないし、着るつもりもない。
それでもレイフォンに似合っていると言われたのが嬉しいのか、フェリは少しだけ不機嫌そうな表情を緩めた。

「残念です。フェリになら絶対に似合うと思うんですけど」

「似合ってはいても……恥ずかしいです」

「それは確かに……」

レイフォンは残念そうに言うも、フェリの返答に苦笑する。
そんな会話をしながら歩いているうちに、フェリの寮へと辿り着く。
螺旋状の階段を上り、フェリの部屋の前にまで荷物を運ぶ。
玄関の前に立ち、フェリがレイフォンから荷物を受け取って言った。

「今日はありがとうございました。最後はあれでしたけど、楽しかったです」

「いえ、こちらこそ」

その言葉にレイフォンも頭を下げて返し、頭を上げてから微笑む。微笑にフェリもつられるように小さく笑った。

「また今度、こういう機会があったら付き合ってください。それまでに兄を実験台にして料理の腕を磨きますから」

「ええ、楽しみにしてます」

それで会話が終わり、レイフォンが頭を下げてこの場から去ろうとする。
フェリも部屋に入ろうとして、扉に手をかけた。
だが、扉に手をかける前にその扉は開き、中から出てきた人物にフェリは嫌そうな表情をする。

「ああ、お帰りフェリ。レイフォン君?何で君がここに……だがちょうどいい。君を呼ぼうと思っていたんだ」

「生徒会長?」

ここはフェリの部屋だ。その部屋には、兄であるカリアンも一緒に住んでいる。
それは別にいい。十分に納得できる理由だ。
だがカリアンが帰ろうとしたレイフォンを見つけ、彼に話があると語りかけてきたのだ。
またこの兄はレイフォンに面倒なことを押し付けるのかと思いつつ、フェリは今日の出来事が全部台無しになってしまったかのような心境でカリアンを睨み付けた。




































あとがき
デート編、完。
今回は難しかったです。メイシェンフラグが風前の灯で、フェリとのデートになっているためにキリクとはフェリが一緒のときに出会いました。
それと映画の話だけでは物足りないので、最後にあの人登場w
しかしデート編と言う割りにボリュームがこんなもので良いのかと思いつつ、なんだかんだで難産だった今回の話。
なんか最近難産ばかりですね……スランプと言う奴なのか……

次回は廃都編にてあの人がついに登場!果てさてどうなることやら。
そして今回はひとつおまけを。






おまけ

「……………」

フェリは不機嫌そうに、隣で眠るレイフォンを睨む。
場所は薄暗い映画館。始まって10分ほどで眠りに落ち、いびきを掻いているレイフォンに呆れ、小さなため息を吐いた。

「まったく……せっかく誘ったというのにフォンフォンは」

レイフォンはとても安らかな表情で眠っており、まるで起きる気配がない。
フェリはそのことに呆れ果て、映画を観ることに集中しようと思ったが……

「ん、んん……」

「ちょっ、フォンフォン?」

レイフォンの首が、体が傾き、隣に座っていたフェリに寄りかかるように倒れてくる。
そのことに驚きつつ、それでも起きないレイフォンにフェリはもはや何も言えなかった。

「起きてくださいフォンフォン。重いです」

レイフォンを起こそうと、軽く揺さぶってみる。だが、それでもレイフォンが目覚める気配はしない。
何度も揺さぶり、小さく呼びかけるのだが、まるで効果がない。

「フォンフォン……まったく」

そのうちフェリも諦め、またもため息を吐く。
レイフォンはフェリに寄りかかったまま、安らかな寝息を立てていた。

「……寝顔は結構かわいいですね」

レイフォンの寝顔を見てそんな事をつぶやきながら、フェリは眠るレイフォンの頬を突いてみる。
だが、それでもレイフォンは起きずに眠っていた。

「こうまでして起きないとは、ある意味感心します……ですが、軟らかいですね」

もう一度、フェリはレイフォンの頬を突いた。
それでもレイフォンは起きない。

「ん、んっ……」

うめきを上げ、一瞬起きるのかと思ったがそう言う事はなく、それ幸いとさらにフェリはレイフォンの頬を突く。

「まったく……」

呆れながらもフェリはレイフォンの頬を突き続け、結局は映画よりそっちの方に集中してしまうのだった。












あとがき2
まぁ、要するに映画館の中でのレイフォンとフェリのやり取り。
大体こんな感じでした。しかし開始10分で寝るって……
まぁ、リーリンとの映画でもレイフォンは寝てましたしねw
さて、次回はどうするかと構想を練りつつ、ありえないIFの物語を執筆しようかなと思っています。

それにしても最近、ロミオとシンデレラと言う曲にはまってしまいました。神曲ですね、本当にw
皆さんはこういうお気に入りの曲、アニソンなんかありますか?
俺は最近初音ミクの曲にはまったり、リリなののOPやEDは全てお勧めだと思ったりしますが。
リリなの好きです。あととらハ。
恭也やクロノ、そしてフェイトが大のお気に入り。SSなんかで恭也やクロノ魔改造はともかく、オリ主や転生はどうなんだろうと思うこのごろ。皆さんはどう思いますか?
って、オリバー(オリキャラ)出してる自分が言うことではないですねw

しかしレギオスのアニメ、今見れば多数突っ込みどころが……
天剣で飛べるんですかね?普通に飛んでましたよね、サリンバン教導用兵団とかも。
しかもオリジナル展開とか、メイシェンの性格とか、なんでハーレイが都市外出ているのかとか。
最後はそんな戯言で締めくくってみました。



[15685] 18話 廃都市にて
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:89281f63
Date: 2011/04/07 17:12
「だりぃ。昼まで寝ているつもりだったのによ」

早朝、都市下部の外部ゲートに最後にやってきたシャーニッドが、めんどくさそうに不平を漏らした。
後ろでまとめた髪には寝癖が残っていて、あっちこっち跳ねている。
明らかに寝起きと言った格好だ。

「お前……今日は休日じゃないぞ。何をしていたんだ?」

「イケてる男の夜の生活を想像するもんじゃないぜ」

「なんでもいいから、もう少しまともな生活をしろ」

シャーニッドの言葉に呆れ、ニーナは怒るのも疲れたという感じで言う。
そんな光景を眺めつつ、フェリは不機嫌だった。
その理由と言うのが、今回の任務についてだ。
なんでも現在ツェルニは、セルニウムの補給のために唯一所持している鉱山へと向っているらしい。
その進路上に都市があったのだが、それは探査機からの写真でもわかるほどに破壊されており、おそらく汚染獣に襲われたのではないかと言う話だ。
故に都市の偵察のために、フェリ達が借り出されたというわけだ。
人使いの荒い兄にフェリは殺意を抱きつつ、ニーナと遅れてきたシャーニッドのどうでもいいやり取りを眺めていた。

「ふむ、確かに軽いな」

新型の汚染物質遮断スーツを着て、ニーナがそう漏らす。
この間の老生体戦でレイフォンが着ていたものであり、それは普段の戦闘衣の下に着られる上に、着た後もすぐに慣れるのではと言う違和感しかない。
せいぜい、服を1枚余分に着たくらいの感覚だ。

「これはいいな」

「へぇ、これがこないだあいつが着ていた奴か」

シャーニッドが自分用に用意されたスーツを興味深げに眺め、

「……ふむ」

「なんだ?」

今度はニーナに視線を向け、どうでもよさそうにニーナとシャーニッドを見ていたフェリを見て、とても真面目な顔で言った。

「……エロいな」

「さっさと着替えて来い、馬鹿者が」

「へーい」

ニーナに投げつけられたスーツを持ち、シャーニッドはだらだらと更衣室へと向う。
そんなシャーニッドを冷たい視線で見送りつつ、フェリは向こうの方で話し合っている3人、レイフォンとハーレイ、オリバーへと視線を向ける。

「しかし、なんで俺が……まぁ、会長が資金援助してくれるようになったんで、こっちとしては文句ないんですけどね。ですが流石に、前回のような化け物と遭遇するのはゴメンですよ」

文句はないのだが、偵察などと言う危険な役割に巻き込まれたオリバー。
もっとも送迎と言う役割だけだが、この間みたいに老生体なんてものが出てきたら涙目ものである。

「まぁまぁ、会長もこの辺りに汚染獣の反応はないって言ってたし、フェリの念威も汚染獣を感知してないから大丈夫だよ」

「そうですよ。そもそも老生体は珍しいので、グレンダン以外なら一度会えばもう二度と会う機会はありません」

「汚染獣を一対一のガチで倒すバケモンが言うと、無駄に説得力あんな」

レイフォンを見て呆れたように言うオリバーは、そろそろ出発なので最終点検のために放浪バスへと向う。
ハーレイも錬金鋼のチェックのために、レイフォンの元から去った。

「今度は一体、あの腹黒眼鏡は何を考えているのでしょう?」

「あはは……」

そんなレイフォンにフェリが、いつもの様に兄の事で愚痴をこぼす。
相変わらず妹に信用がなく、嫌われているカリアンに苦笑しつつ、レイフォンはフェリをなだめるように言った。

「でも、まぁ、これも一応大切な役割ではありますし、また汚染獣に襲われても困るじゃないですか」

「それはわかってはいるんですけど……はぁ、いっそのこと革命をするのもいいかもしれませんね。その時はフォンフォンに革命軍の尖兵になってもらいます。旗は私が持ちますね」

「はは、それはいいですね。フェリが後ろにいるならまるで負ける気がしません。フェリが望むなら、その革命を1日で終わらせてみせます」

「頼もしいですね」

冗談のはずが冗談に聞こえない会話を交わし、逆になだめだれているレイフォン。
何気にカリアンが大ピンチだったりするが、2人はそんなこと微塵も感じさせないように小さく笑っていた。

「ん?」

不意にだ。背中を刺すような視線を感じ、レイフォンは振り返る。
少し離れた所で第五小隊が準備をしている。
今回のこの任務は、第十七小隊と第五小隊の合同任務だ。
その第五小隊は不平を漏らすこともなく、隊長のゴルネオの下、順調に準備が終わろうとしていた。
だから気のせいなのかとレイフォンが視線を逸らすが、再び背後に視線が突き刺さる。

(また……?)

最初はゴルネオなのかと思った。
彼のルッケンスと言う姓には覚えがあるし、多少の因縁もある。
それ故に彼なのかと思ったが、ゴルネオは隊員達に何か話をしている。こちらに背を向けているのだ。

(あれ?)

視線の主はゴルネオではない。
隊長である彼は貫禄を見せ付け、隊員達に何かを言い聞かせている。
視線を向けていたのは、レイフォンを睨むように見ていたのは、その隊員の1人である赤毛の少女だった。

シャンテ・ライテ。
第五小隊の副隊長であり、5年生。ツェルニで5年生と言うことはもう20歳になるはずなので、正確には少女とは言えない。
だけどフェリよりは高いが、それでも小さな背に童顔では、レイフォンと同い年と言われてもまるで疑わない。
なんと言うか、オリバーが好きそうな女性であり、彼女の猫科の動物のようにきつい瞳が、真っ直ぐとレイフォンを睨みつけていた。

(え?え?)

てっきりゴルネオだと思っていたので、これには慌てる。
不意打ちのような敵意にレイフォンが怯むと、シャンテがぷいと視線を逸らす。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ……」

フェリがレイフォンの視線の先を追って、第五小隊の方を向く。
すると再びこちらを向いたシャンテが、『いーっ』と歯を剥いていた。

「……小生意気ですね」

「ははは……」

レイフォンが乾いた笑いを浮かべていると、ハーレイが錬金鋼のチェックを終えて戻ってきた。

「この間の試合を引きずってるのかな?」

その様子を見ていたようで、ハーレイが口を開く。

「そうなんですか?」

「十七小隊(うち)は武芸科以外には人気があるからね。それを気に入らないって人はたくさんいるだろうし」

「はぁ……」

本来なら4年生から勤める小隊長なのだが、第十七小隊の隊長は下級生、3年生であるニーナだ。
その上、その隊がここ最近、良い成績を残している。
このことは他の小隊員、武芸科の上級生からすれば当然面白くないことである。

「華々しいデビュー戦の上に、隊員は全員下級生。隊長は美人だし、アタッカーは目立つし、客の目から見れば面白いだろうね」

その言葉にどこか納得しつつ、レイフォンはハーレイから受け渡された錬金鋼をいじる。

「……こんな急じゃなかったら、新しい複合錬金鋼を渡せたんだろうけどね」

複合錬金鋼が用意できなかったのか、今回レイフォンが使うのは青石錬金鋼である。

「……昨日、何か言い合いしてませんでした?」

「ああ、あれは……汚染獣用の話だよ」

レイフォンの言葉に、ハーレイが声を潜めて言う。

「念威の報告からもわかったけど、汚染獣と戦うには従来の錬金鋼だとどうしても耐久性に不満が出てくるのがわかったからね。戦いの途中で武器が折れるなんて勘弁して欲しいでしょ」

「それは確かに……」

出来るだけあんな無茶をするつもりはないが、確かにそれは事実だ。
天剣ならば何の問題もなかったのだけど、ツェルニでそれをを求める訳にはいかない。

「まぁ、今言ってるのはそれとは関係ないけど、対人用とでも言えばいいかな?軽量化の代償に錬金鋼の入れ替えが出来なくなってるタイプなんだけど、こっちはもうすぐ出来上がりそうだったんだ。また、レイフォンにテストを頼もうと思ったんだけど。さすがに、ぶっつけ本番を何回もやりたくないでしょ?」

「確かにそうですね」

前回、老生体戦に使った複合錬金鋼は開発に時間がかかったため、実際に使ったのはあれが初めてだった。
あんな思いを、何度もしたいとは思わない。

さて、そうこう話しているうちに準備も終わり、シャーニッドが着替えてハーレイから錬金鋼を受け取る。
とっくに準備を済ませいた第五小隊の面々に冷たい視線で見られながら、レイフォン達は点検の済んだ、オリバーの運転する放浪バスへと乗り込む。
この方が多くの荷物を詰め込めるし、移動の負担や疲れも少なく済むからだ。
前回の老生体戦での活躍と呼べるほどの活躍でもないが、大勢の武芸者と多くの荷物を運べると言うことで、ある程度の予算を出してくれるようになったとオリバーは喜んでいる。
最もこういう時には借り出されるので、一概にも良いことばかりとは言えないが……

なんにせよ、外部ゲートが開かれて都市の外への道が開かれる。

「幸運を。そして良い知らせを期待しているよ」

カリアンの言葉が通信機越しに届き、放浪バスは荒野を疾走した。




































「ところで、レイフォン……お前ってさ、シャンテ先輩となんかあんの?」

「いや、まったく……皆目見当も付きません」

運転席に比較的近い位置に座っていたレイフォンに、オリバーが小声で尋ねる。
だが、レイフォンはその質問に答えることが出来ない。

現在、放浪バスの中はかなり険悪な雰囲気で満たされていた。
その理由は簡単で、シャンテがレイフォンを睨んでいるからだ。
シャンテの隣に座っているゴルネオがなだめようとするも、それでもシャンテは直そうとしない。それどころかたまに、そのゴルネオ自身もレイフォンにはあまり好意的ではない視線を向けてくる。
ゴルネオには覚えがあるものの、シャンテについてはまるでない。皆無である。
もしかしたらゴルネオに自分のことを聞かされているのかもしれないが、それでもあそこまで露骨に睨みつけてくる理由がわからない。

「それにしてもシャンテ先輩って、もう少しあの野生児的な雰囲気どうにかなんないのか?いや、元気の良い子は好きだけど、あまりにも野生的過ぎるって言うか、ねぇ?」

「何の話ですか?」

いきなり話題を変え、オリバーは運転をしながらレイフォンに言う。

「いやさ、見た目はかわいいと思うよ。で、笑って、かわいい服でも着てれば凄く似合うんだろうけどさ、シャンテ先輩は本能のシャンテなんて呼ばれているように行動が獣じみてるんだよ。そういうのはあまり好きじゃないなって……あ、見た目は凄くタイプだから」

「だから何の話ですか?」

ロリコン趣味全開のオリバーに呆れつつ、レイフォンはため息を付く。
オリバーの趣味、好みに文句を言うつもりはないが、これを聞くと何故だか悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

「まぁ、要するに何が言いたいかって言うと、シャンテ先輩のお守りはゴルネオ先輩が適任だって事だ」

「どうだっていいですよ、そんなこと……」

もう一度ため息をつきつつ、レイフォンは放浪バスの座席に揺られた。





放浪バスは半日ほど走り続け、目的地に何の問題もなくたどり着いた。

「こいつは、よくもまぁ……」

シャーニッドの驚きの声が響く。
行く前に見せられた都市の写真でも酷かったが、実際に目にするのとはやはり違う。
レイフォン達のすぐ真上には折れた都市の足の断面があり、そこは有機プレートの自然修復によって苔と蔓に覆われている。その蔓の群れは今にも雪崩落ちてきそうなほどだ。
エアフィルターから抜け出た場所が既に枯れきっているので、更にそう見える。

「汚染獣に襲われて、ここまでやって来たって言ってたか?」

「推測だがな」

「会長様の推測か……まぁ、外れちゃいないんだろうが」

現状に息を漏らすシャーニッド。
念威で探査を行っていたフェリが、報告を行った。

「外縁部西部の探査終わりました。停留所は完全に破壊されています。係留索は使えません」

「こちら第五小隊。東側の探査終了。こちら側には停留所はなし。外部ゲートはロックされたままです」

「あーらら」

「上がる手段はなしですか……じゃあ、俺はここまでですね」

第五小隊からの報告が入り、落胆するシャーニッドとオリバー。

「ワイヤーで上がるしかないですね」

「そうだな」

レイフォンの提案にニーナが頷く。
第五小隊にワイヤーで上がると連絡を入れ、第五小隊も東側から調査して上がるらしい。
合流する時は再び念威で連絡を入れるそうだ。
その報告を最後に、通信が切れる。

「先行します」

錬金鋼を復元し、鋼糸を都市へとかける。

「フォンフォン、一緒に上げてください」

「わかりました」

レイフォンはフェリの言葉に頷き、右手で錬金鋼を持ち、左手でしっかりとフェリを支える。
その時にシャーニッドが軽く口笛を吹き、フェリが少しだけ頬を染めたが、ヘルメットをつけているために表情が読めない。
なんにせよ、そのまま鋼糸を引き寄せてレイフォンは都市へと上がる。
エアフィルターを抜ける粘液のような感触を受け、地面に辿り着いた。
ほぼ崩壊しているこの都市だが、エアフィルターは問題なく作動している。
おそらくこの都市が崩壊してまだ日が浅く、未だに生きている機関なども存在するのだろう。
そう理解し、レイフォンはヘルメットを外した。

「それじゃ、俺はこれで」

念威を通しての連絡がオリバーから入り、彼はツェルニへと帰っていく。
ツェルニは現在鉱山を目指しているので、予定では明日の夕方にこの近くを通るはずだ。
その時にまた、オリバーが迎えに来る手筈である。

それからレイフォンに遅れ、ニーナとシャーニッドも上がってくる。

「どうだ?」

「今のところは死体ひとつありません」

ニーナの問いに、フェリは涼しい顔で答える。
重晶錬金鋼は既に復元されて、分散した念威端子が都市中を飛び回っている。
このままここにいるだけで、そう時間も掛からずにフェリが都市中を調べつくしてしまうだろう。

「よし、なら近くの重要施設から順に調べていこう」

だと言うのにニーナは、直接出向いて探索すると言うのだ。

「都市の半分ぐらいなら1時間ほどで済みますが?」

「そうだぜ、楽に済まそうや」

「フェリの能力を疑うわけではないが、それでは納得しない連中もいるだろう?」

「……はい」

ニーナの言い分はわかるが、フェリ自身が納得していないようにつぶやく。
正直な話、めんどくさいからだ。

「……機関部の入り口は見つかったか?」

「いえ。どうやらこの近辺にはなさそうです」

「そうか」

「ですが、シェルターの入り口は見つけてあります」

「なら、まずそこからだ。生存者がいればありがたいが」

「期待は薄そうだけどな」

シャーニッドのつぶやきにニーナは一睨みし、フェリの案内でシェルターへと向った。





「こいつはひでぇ」

そこで見た光景に、現状に、シャーニッドが口と鼻を手で押さえ、もごもごとつぶやく。
シェルターの天井には大穴が開いていた。
天井から落ちた瓦礫が放射状に広がっている。
その瓦礫のふちを、赤黒く染まった血が染めている。
幸運なのは、天井の大穴のおかげで臭いが、腐臭がある程度拡散されているという事ぐらいだろう。

シェルター全体に漂う腐臭に、レイフォンとニーナもシャーニッドと同じように鼻と口を押さえる。
フェリだけはシェルターに入るのを拒否し、端子だけで入り口に待機していた。

「生存者はいるか?」

「いません」

一縷の望みをかけたニーナの問いは、フェリの冷たい声によって切り捨てられる。

「くそっ」

苛立ち、ニーナは床を蹴った。

「それにしても、ここにもやっぱり死体はなしかよ」

シャーニッドが額にしわを寄せてつぶやく。
腐臭がするのだ。血の跡があり、血の臭いもする。
だと言うのに死体がひとつも、その一部さえもない。

「まるで誰かが片付けたみたいだ」

今度はレイフォンがつぶやく。
汚染獣にこの都市が襲われたことは、この現状を見れば明らかだろう。
だが、汚染獣がこの都市の住民を死体ひとつ、一部すら残さずに食い尽くしたかと言えば首をひねらずにはいられない。
汚染獣のあの巨大さで人間を食べようとすれば、食い残しは必ず出る。だと言うのにそれがひとつもない。
エアフィルターが生きている以上生存者がいる可能性もあるが、フェリの念威には未だに人間レベルの生体反応は見つかっていない。
あったとしても、食料用の家畜や魚ばかりだ。

「こないだツェルニに来た奴って線はないのか?」

シャーニッドの疑問に、レイフォンは首を振る。
確かにあれだけ大量の幼生体に襲われれば、死体なんて残らないかもしれない。
しかし……

「それなら、都市の壊れ方がおかしいですよ。見る限り、殆どの建物が上から潰される感じで壊されてる。幼生の大軍ならもっと横から押し倒す感じで壊れていないと」

この都市に汚染獣は、きっと空から来て、空から去ったはずだ。
1匹ではなかったかもしれないが、飛ぶのが苦手な幼生体が大群で攻めてきたと言う感じではない。

「なら、何者かがここの死体をきれいに片付けたと言う事か?」

「……………」

ニーナの問いに、レイフォンは無言になるしかなかった。むしろ、自分の方が問いたい気分だ。
わからない。汚染獣に食べられたのでないとすれば、一体誰が死体を片付けたのか?それがわからない。
無駄だとわかっていても、ニーナ達はシェルターの隅々を確認してから地上へと上がる。
レイフォン達の目的は生存者を見つけることではなく、この都市に危険がないかを調べる事なのだ。
何時までもシェルターを調べるわけには行かないし、わからないことを考えても仕方ない。

「くぁ、たまんね」

先に出たシャーニッドが大きく息を吐き、レイフォンとニーナも大きく深呼吸する。
地上にも腐臭は漂っているが、シェルターの内部に比べればはるかにましだ。

「この都市はどうなってしまっているんだ?」

落ち着いたニーナが、そう疑問をこぼす。

「汚染獣反応はありませんから、危険ではないと思いますが?」

「汚染獣の危険はないかもしれんが、この不可解さを放置しておけば後々問題になるかもしれないだろう」

目的はこの都市の安全を確認する捜査であり、今のところそういう危険がないと言うフェリだったが、それでもニーナは納得しない。
だが、彼女の疑問も最もであり、この現状はかなり不自然である。

「ま、とりあえず今日はここら辺にしようぜ。日も落ちるし、明るいうちにあちらさんと合流した方がいいんじゃね?」

既に日が暮れようとし、シャーニッドがそう提案する。
すると図っていたかのように、第五小隊からの連絡が届いた。

「第五小隊からの連絡です。合流地点の指示が来ました」

「そうだな。では、今から向かうと伝えてくれ……移動するぞ」

フェリが座標を言い、ニーナ達は移動を開始する。
後方を歩いていたレイフォンはふと足を止め、何かを考えていた。
むせ返る腐臭の中にいたせいか、それともあまりに都市が静か過ぎるためか、舞い降りる夜の闇と共に、更に嫌なものが都市に舞い降りようとしているように思えた。






































第五小隊が見つけた合流地点、泊まる場所は都市の中央近くにある武芸者の待機所だった。

「電気はまだ生きてたんだな」

「機関は、微弱ですがまだ動いています。セルニウム節約のために電力の供給を自立的に切っていたのではないかと」

ニーナの言葉に返答しながら、フェリは天井から静かに流れてくる空調の風を体に浴びせていた。
証明よりもありがたいのがこの空調だ。都市中を侵食していた腐臭も、フェリ達が辿り着いた頃には建物の外へと追い出してくれた。

そんな中、空調に当たっていたフェリが第五小隊からの通信を受ける。

「隊長、ルッケンス隊長から部屋割りのことで話しがあると」

「わかった、行って来る」

ニーナを送り出すと、フェリは1人になった。
レイフォンはここに来る途中に発見した食料品店から何か使える食材を探してるために、現在ここにはいない。
シャーニッドは周囲の安全確認をもう一度行っている。
端子でも飛ばしてレイフォンの様子を確認しようかと思いながら、フェリが空調を浴びていると誰か入って来た。

「あ……」

入ってきたシャンテがフェリを見て嫌そうな顔をし、フェリもまた、瞳を冷たく、細くした。
シャンテもシャーニッドと同じように、周囲の確認をしてきたのだろう。
だが、それでどうしてフェリを睨んでくるのかがわからない。だが、不快なのでフェリもシャンテを睨むような無表情で見て、視線を交錯させる。
無言だが、火花がはじけ飛んでいるのではないかと思うほどの睨みあい。
何故こうなっているのかわからないが、悪意を気楽に流してやるほど自分が出来た人間だと思ってないフェリは、真っ向から受けて立つ。
シャンテはフェリを睨みながら、彼女の横を通り抜けようとするが、

「おい」

真横に来た時に足を止め、声をかけてきた。

「お前、あいつがどんな奴か知ってんのか?」

その言葉が、フェリの体を強張らせる。

「何の事でしょうか?」

「……本気で言ってんの?それとも、知らん振りか?あの1年生がどんな奴か知ってんのかって、あたしは聞いてんだ」

フェリの耳元にだけ届くように声を潜めているけど、そこに宿った怒りは隠しようもない。
あの1年生……第十七小隊に1年生は1人しかいない。言うまでもなくレイフォンだ。
つまり、シャンテが怒りを向けているのはレイフォンにと言う事だ。

「……………」

「ふん、知ってて使ってんだ。だとすると、当たり前に会長もだな」

フェリの無言を肯定と取ったのか、更にシャンテは怒りを向けてくる。

「なんのことかわかりませんが?」

惚けてみるが、シャンテは更に怒りを向けてくる。

「あんな卑怯者を使うなんて……そこまで見境なくやらないといけないくらいあたしらは信用がないって言うのか!?」

それはもはや殺意。
見えない殺気の刃がフェリの喉元に突きつけられているようだった。
シャンテの赤い髪とあいまってか、それは燃え盛る炎のようなイメージが付きまとう。
だと言うのにフェリは、氷のように冷たい、絶対零度の視線でシャンテを見据えていた。

「なんだよ?」

「……2年前の自分達の無様を棚に上げて、他人をどうこう言うのはやめた方がいいですよ」

「なっ!?」

剣帯に手を伸ばしたシャンテを、フェリは変わらぬ絶対零度の視線で見つめ続けた。
そもそも弱いからいけないのだ。ツェルニの武芸者が弱くなければ自分は一般教養科のままで念威以外の道を探せ、そしてレイフォンは今でこそ武芸に前向きだが、武芸科に転科する必要はなかった。

「あなた達が弱くなければ、あの人は一般教養科の生徒としてツェルニを卒業することが出来たのです。それが出来ない今が、あなた達の未熟さの証でしょう。守護者たりえない武芸者なんて、それこそ社会には不要です。顔を洗って出直してきなさい」

「なっ、こっ……て、てめぇ……」

シャンテが怒りでぶるぶると震え、その手が錬金鋼を抜き出す。
それでもフェリは表情を変えない。それがどうした?むしろ望むところだ。
フェリは重晶錬金鋼をこの都市に来てから常時復元状態で、念威端子はこの待機所を中心に散らばっているが、防衛用に数個は常にフェリと共にある。
それだけあれば、シャンテとやり合うには十分だ。念威操者の能力はただ情報を収集、解析するだけではない。
未だに錬金鋼を復元していないシャンテならば、錬金鋼を復元する前にやれる。
起動鍵語を言ったが最後だと言わんばかりに、フェリは冷たい表情のまま言う。

「逆に問います。あなたになにがわかるんですか!?知ってるんですか?フォンフォンがなにを考えて、なにを想ってあんなことをしたのか!?フォンフォンの気持ちが、彼の考えが!プライドばかり高くて、傲慢なあなた達にわかるんですか!?」

だが、言葉が荒くなる。思考が熱くなり、声が大きくなる。
自分でも驚くくらいに腹を立て、叫んでいるのだ。その事に内心で戸惑いながらも、フェリはシャンテを睨み続けた。

対するシャンテは我慢の限界だと言うように、復元鍵語をつぶやこうとする。
それを確認し、フェリは念威端子に指示を送ろうとする。
だが、それよりも早く2人を抑止する存在が現れた。

「フェリ」

「そこまでにしろ」

「フォンフォン?」

「ゴルっ!?でもっ!」

持ってきた食材を投げ捨て、慌ててフェリの元へと駆け寄り、彼女を後ろから抱きしめて抑止するレイフォン。
同じく廊下側から駆け寄り、シャンテを止めに入るゴルネオ。
レイフォンの登場によりシャンテが更に表情を怒りで歪めたが、ゴルネオによって制される。

「ここで諍いを起こすな」

「でも……」

「出発前にも言っただろうが!」

「むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

ゴルネオに注意され、振り上げた錬金鋼をたたきつけるように剣帯へと戻すと、シャンテはゴルネオの太い足を殴りつけて奥へと歩いていった。
その一撃を平然と受け止めつつ、ゴルネオはレイフォンには視線を向けずにフェリに詫びた。

「すまんな、うちの隊員が迷惑をかけた」

「まったくです」

「ちょ、フェリ!?」

フェリの正直な物言いに慌て、レイフォンは彼女の名を呼ぶがフェリはそれを無視する。
さっきの怒りが、まだ収まりきっていないのだ。
それを気にせずに、ゴルネオは相変わらずレイフォンを見ないようにしたまま続けた。

「だが、あれは隠さざる俺の疑問だ。あいつは、俺の疑問を代弁したに過ぎない」

「ならばあなたにも言ってあげます。あなた達が頼りないから私もフォンフォ……レイフォンも武芸科に入らなければならなくなったんです。幼生体ですら退けられない無様なあなた達が悪いんです」

「ふぇ、フェリ……」

フェリの言葉に冷や汗を掻きつつ、引きつった表情でおそるおそるゴルネオへと視線を向ける。
だが、当のゴルネオの反応はシャンテとは違い大人で、それを冷静に受け止めた上で返答した。

「それは認めよう。確かに俺達は未熟だ……だが、だからと言ってこいつを認めることは出来ん」

今度はちゃんとレイフォンを見つめ、冷静だがシャンテ以上の怒りをその瞳に宿して言う。
その視線を受け止めつつ、レイフォンは苦々しい表情で質問した。

「やはり、あなたもグレンダン出身なんですね……」

「そうだ。ゴルネオ・ルッケンス。言うまでもないが、天剣授受者、サヴァリス・ルッケンスの弟だ」

「そうですか……では、ガハルド・バレーンはご存知なんですね?」

予感が的中したことを理解しつつ、レイフォンは何でそこまでゴルネオが自分に怒りを向けるのか、ルッケンスと言う武門から立てた予測の人物の名を出す。
その名を聞いて、ゴルネオは殺意すらレイフォンに向けたがあくまで冷静に答える。

「兄弟子だ」

それだけ答えると、怒りを隠したまま背を向け、ゴルネオはシャンテを追っていった。

「……不快です」

そんな背を見送りつつ、フェリはレイフォンにしか聞こえない声で小さくつぶやいた。





すっかり夜の闇に覆われ、どこで寝るかなどの部屋割りを決め、ニーナと簡単な打ち合わせだけを済ませると、第五小隊のメンバーはそれきり第十七小隊に関わろうとはしなかった。
割り当てられた部屋も、彼らとはだいぶ離されている。
だが、そんなことはお構いなしに、第十七小隊が使っている応接室には、食欲をそそる匂いが漂っていた。

「いや、しかし、レイフォンが飯を作れてよかった」

熱い茶を飲み干し、シャーニッドが満足げにソファに背を預ける。
電気も使え、火も使えたのでレイフォンは食材を探し出し、調理したのだ。

「イモ類はともかく、青野菜系は全滅でしたけどね。後は養殖場の魚が生きてたからよかったです」

簡単に済ませたのだが、冷たい携帯食料を食べるぐらいならばと用意したのが意外に好評なようで、レイフォンも自然と表情がほころぶ。

「ふむ……これなら、問題ないかな?」

「なにがです?」

レイフォンの疑問に、ニーナが返答する。

「鉱山での補給は早く見積もって1週間はかかるだろう。その間は学校も休みになる。これを機会に強化合宿をやりたいと思っていたんだ」

「へぇ、合宿ねぇ」

休みの日に合宿をやるとの事で、シャーニッドが乗り気ではなさそうに言う。
だが、それに構わずニーナは続けた。

「これまでの対抗戦で報奨金もいくらか貯まったからな。隊の予算に余裕が出来たのもある。生産区域にいいところがあるそうだからな。そこでじっくりとやるつもりだったんだが、食べ物が問題だったんだ」

「あそこら辺じゃ、店もないか」

「ああ。あいにくと私は作れん」

「俺も無理」

「……………」

フェリは無言で、何も言わない。
だけど、前のように人体に有害なものではなく、少なくとも食べれるようなものを作れるようになったフェリなら、下拵えの手伝いなどは大丈夫ではないかと思う。
実質、フェリの家で一緒に作ったときはレイフォンの指示通りでちゃんとしたものを作れたし、今回も少しだけ手伝ってもらっていたりする。

「そう言う訳で、誰か料理の出来る友人に頼もうと思っていたんだが、レイフォンが出来るのなら問題は解決だな」

ニーナがほっとしたようにカップに入ったお茶を飲む。
最近は弁当を作るために栄養管理の勉強もし始めたので、特にレイフォンとしても不安はない。
おそらく訓練では体力を使うだろうから、高カロリーで消化が良いものがいいだろうと考えていると、不意にニーナが口を開く。

「そう言えばレイフォン」

「はい?」

「その、だな……お前の同級生にナルキと言う人物がいただろう?レイフォンから見てどれくらい使えると思う?」

「ナルキですか?」

突然出された彼女の名前に、レイフォンは首をひねる。

「ああ、お前の目から見てどうなのか、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」

何でそんなことを聞くのかと思いつつ、とりあえずレイフォンは問われたことに答える。

「そうですね。1年生の中では実力はある方だと思います。衝剄よりも活剄の方が得意で、そちらに偏りすぎてるとは思いますけど、その分、動きに関しては1年生の中では抜きん出ているものがあります」

「そうだろうな」

それを聞き、ニーナはニコニコと嬉しそうな表情をする。

「おぃおぃ、ニーナ。もしかして小隊に誘うつもりか?」

「そのつもりだが、何か不満でもあるのか?」

「いんや。ただ聞いただけで、俺としては女の子が増えるなら大歓迎だ」

ニーナに疑問を投げかけつつ、その返答に軽く返すシャーニッド。
そんな彼をニーナは睨むが、そのまま話を続ける。

「人数がいればそれだけで戦力になるからな。何も少数精鋭を気取るつもりはない。しかし現状、今の武芸科には小隊員になれそうな成績の持ち主はいない。なら、素質のありそうなのをこちらで育ててしまったほうが早いかもしれない。そう考えて彼女に目を付けたんだ」

「そうだったんですか」

その他にもニーナは、幼生体戦の時に活躍するナルキの姿を見て彼女に興味を持ったのだが、その事をレイフォンは知らない。

「まぁ、なんだ。とにかく、彼女を誘ってみるつもりだ。その時は頼むぞ」

言われたレイフォンは、頼むと言われてもなにをすればいいのかと考えつつ、カップに入ったお茶を飲み干すのだった。



































「フォンフォン、いいですか?」

「フェリ?はい、どうぞ」

仮眠室故に広くはないが、数はたくさんあったために1人1部屋と割り当てられた部屋割り。
そのレイフォンの部屋に来訪者、フェリが訪れる。
レイフォンの返事を聞き、彼女は部屋に入ってくる。
部屋に置かれているのは2つの二段ベットだけ。
その片方にレイフォンが腰掛けており、その対面側のベットにフェリも腰掛ける。

「あの人達にも困ったものですね」

そして口を開いたフェリに、『あの人達』と聞いてニーナとシャーニッドのことかと思ったが、違う。
それは夕食前にもめた、ゴルネオとシャンテのことだ。

「都市外のいざこざを持ってきてはいけないと校則にも書いてあるのに、あの2人はそれすらも守れていません」

「悪いのは、僕ですし……」

不満そうに言うフェリに、レイフォンは苦々しい返答を返す。
だけどその答えに、更にフェリが不機嫌になった。

「ガハルド・バレーン……確か、レイフォンが闇試合をやっていることを脅し、天剣授受者になろうとした人物でしたね?」

「……はい」

レイフォンが口を封じるために試合で殺そうとし、だけど結局は片腕を切り落とすだけに終わった人物。
彼はレイフォンを告発した後、剄脈に異常が出て意識不明となっているらしい。
その人物を兄弟子に持つのが、ゴルネオである。

「まったくもって自業自得じゃないですか。フォンフォンがそこまで気にすることではないと思いますが」

「そう……なんですかね?」

ガハルドは自分の欲のためにレイフォンを脅して、天剣授受者と言う地位を手に入れようとしたのだ。
普通に恐喝と言う犯罪である。

「まったく……フォンフォンは何でもかんでも1人で解決しようとするからいけないんです。なんで周りに相談とかしなかったんですか?頼れる人がいなかったんですか?」

「それは……」

何でと言われても、レイフォンには答えることが出来ない。
ただ、一言で言うならばレイフォンは強すぎたのだ。
強すぎる故に大抵の事なら何でもうまくいき、汚染獣も1人で倒すことが出来た。
この力があったからこそ天剣授受者になれ、その報奨金で、賭け試合でお金を稼ぎ、孤児院を潤すことが出来た。
そう、たった1人で出来ていたのだ。1人だけでどうにか出来ていたのだ。
だから1人だけで解決しようとして、失敗して……

「あなたは1人じゃないんです。だから……もう少しは周りを頼ってください。少なくとも私は、なにがあってもあなたの味方なんですから」

「フェリ……」

ツェルニに来ても、レイフォンはまた間違えようとした。
1人で無茶をして、老生体相手に天剣もなしにガチンコを挑むなんていう暴挙を行った。
結局は勝てたものの、あれは危なかった。フェリに心配をかけてしまい、レイフォンもあんな無茶はもうごめんだと思った。
そう、レイフォンは1人ではないのだ。グレンダンにいたときは気づかなかったけど、回りにはレイフォンの力になってくれる人達が存在した。
それにレイフォンは気づけなかった。グレンダンにもツェルニにも、レイフォンの力になってくれる人は存在する。

「ありがとうございます」

「別に……礼を言う必要はありません」

レイフォンはフェリに微笑みかけ、フェリはそっぽを向く。
そうだ、レイフォンが周りに相談すれば、結果はもっとましなものになっていただろう。
だけど、その生き方は変えなければと思うが、今までの出来事をやり直したいとは思わない。

もし天剣授受者になって、闇試合に参加していなければ。
闇試合に参加してても、ガハルトに脅され、それを誰かに相談できていれば?
あの時の試合で、ガハルトを殺そうとしなければ?

そんなIFには興味ない。その日に、あの日に戻れたらなんて幻想は抱かない。興味ない。
家族達に拒絶され、グレンダンを追い出された時は悲しかったが、ツェルニに来て本当に良かったと思える日々がある。
彼女に会えて、本当に良かったと思っている。

「フェリ、僕もなにがあっても、あなたの味方ですからね」

「それはずいぶん頼もしいですね。あなたがいれば、兄を簡単に亡き者に出来ます。出発前にも言いましたが、本当に革命を起こすのも面白そうですね。それであの2人を、ゴルネオとシャンテをツェルニから追い出してやりましょう」

「ははは……冗談ですよね?」

「どうでしょう?」

乾いた笑みを浮かべるレイフォンに、フェリは怪しい笑みで返答する。
いつもは無表情な彼女が、レイフォンにだけ向けてくれる笑み。
その笑顔を、レイフォンは護りたいと思った。
そして誰にも渡したくなく、自分だけのものにしたいと思った。

「フェリ……」

レイフォン・アルセイフは、フェリ・ロスをこの世の誰よりも愛している。
例えこの世界の全てが敵に回ろうとも、彼女を護ろうと誓った。

「フォンフォン……」

フェリ・ロスもまた、レイフォン・アルセイフのことを愛している。
例えこの世界の全てが敵に回ろうとも、彼を支えることを誓った。

「……っ」

「ん……」

どちらから求めただろう?
だが、そんなこと関係ない。いつの間にかレイフォンの隣に座っていたフェリが彼に近づき、それを抱き寄せるようにレイフォンも近づく。
触れ合う唇と唇。ただそれだけの、軽い口付け。
だと言うのに心臓がありえないほど大きく、速く鼓動し、レイフォンとフェリの顔は一瞬で真っ赤に染まる。

「……フェリ」

「フォンフォン……」

未だに心臓がドキンドキンと脈打つ。
柔らかい唇の感触になんとも言えない充実感を感じた。だけどまだ足りない。更に欲しい。
互いに互いを求め、レイフォンとフェリはもう一度唇を重ねる。

「んっ……っは……」

「んむっ……ん」

舌で口を抉じ開け、口内に侵入させる。
舌を交え、水音が当たりに響く。
ただ舌が交じり合っているだけだと言うのにそれが心地よく、このままずっと続けていたいほどだ。

「んっ……フォンフォン」

「フェリ……」

唇を離し、もう一度互いの名前を呼ぶ。
顔なんかどちらも真っ赤に染まりきっている。
まるで熱でも出たように頭が朦朧とし、覚束ない意識でも互いになにを求めているのかはわかった。
レイフォンの手が、フェリの服に伸びる。
フェリも拒まずに、それを受け入れる……

















はずだった。

「フェリ?」

フェリがはっと顔を上げ、それにレイフォンが疑問を抱く。

「外、南西200メルに生体反応。家畜ではありません……」

「……………」

雰囲気が飛散する。
探索のために飛ばしていた念威端子だが、フェリはそれを切らなかったことを後悔した。
そしてレイフォンは、なんとも言えない表情でフェリに尋ねる。

「えっと……やっぱり行かないと駄目なんですかね?」

「……でしょうね」

「はぁ……」

フェリの答えにため息をつき、錬金鋼を剣帯から引き抜き、内力系活剄を走らせる。

「すぐに片付けてきますので」

笑顔でフェリに言うが、レイフォンの心中は穏やかではない。
初めてだ。これほどまでに正体不明の敵、おそらく人ではない何かに殺意を抱くのは。
いや、おそらく人が相手でも殺意を抱くだろうなと思いつつ、レイフォンは現場へと疾走した。




































あとがき
今回の作品について……あえて何も言いません(汗



それはそうと、新作15巻買いました!
けど、14巻まだ読み終わってない。あと少しなんですが……

刀語が大好きなこのごろ。悪乗りでSS買いてしまった……なにをしてるんでしょうか俺は?
しかし、アニメでも錆白兵の扱いの悪さには泣きました。まさか台詞すらないとは……

それはさておき、最近はフェリほどではないですがクララとバーメリンがかわいいと思うこのごろ。
外伝的作品でこの2人のSS書きたいななんて思ってますw
……本編遅れるからやめとくべきかな?などと思いつつ、今回はこれで失礼します。



[15685] 19話 暴走
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:8aa92727
Date: 2011/02/13 20:03
フェリの指示に従い、向った場所にいたのは山羊だった。
黄金の牡山羊。
それは幻想的であり、圧倒的威圧感を放っている。
大きく、あまりにも立派な角は無数に枝分かれし、夜の闇を黄金色の光が照らしている。
しかもその牡山羊は大きく、足から角までの高さでレイフォンと同じくらいはある。
この異様な雰囲気からして、家畜ではない事など明白だ。フェリも言っていたではないか。家畜ではないと。
そしてこの牡山羊から発せられる威圧感。それは汚染獣の威圧感にも匹敵し、凌駕するほどだ。
だが、この牡山羊が汚染獣、こういう姿をとっていると言う事は老生体の二期以降だとしても、餌である人間を前にした時の食欲が感じられないのを変に思う。
だが、そんなことはどうでもいい。

「……お前は違うな」

牡山羊が低い声で、なにかを言った。
だけどそんなこと、心底どうでもいい。

「この領域の者か?ならば伝え……」

牡山羊がなにかを言いかけた。だけどそれ以上言わせない。

「はあああああああっ!!」

青石錬金鋼の剣に剄を込め、全力で牡山羊を切りつけた。
正確に言えば、錬金鋼の限界もあるから全力ではないだろう。だが、まさにその限界ギリギリ。
錬金鋼が崩壊する一歩手前まで剄を込めた。

「無駄だ。我は道具故に何者でもなし。何者でもなきものは切れまい?」

確かに牡山羊の体をレイフォンの剣が切ったはずだと言うのに、それでも牡山羊はしゃべり続ける。
平然と、牡山羊は未だにレイフォンの前に立っている。

「しかと伝えよ。我が身は既に……」

「死ねぇぇ!!」

だが、関係ない。レイフォンは再び牡山羊に切りかかる。
今ので駄目だった。ならばどうする?
単純な結論だ。全力で叩く。幸いにも、前回の老生体戦の影響もあり、予備の錬金鋼なら持ってきている。

「む……」

牡山羊が目を見張る。
動物故にその変化はわかりづらいが、驚いているのは間違いないだろう。
レイフォンの姿が増え、数十、数百と言う数のレイフォンが牡山羊を取り囲んでいる。
そして皆、同じ構えで牡山羊へ剣を向けていた。

活剄衝剄混合変化 千斬閃及び、天剣技 霞楼。
先日、汚染獣の老生体すら退けた一撃が牡山羊を襲う。
数十、数百の浸透斬撃。その斬撃のことごとくが牡山羊を切りつけたのだが、それでも牡山羊からは血が溢れ出ない。彼の体を傷つけない。
だけどどうした?

外力系衝剄の変化 轟剣。

赤熱化するほどに錬金鋼に剄を込める。
錬金鋼はどの道、今の霞楼で持たないだろう。ならば遠慮はいらない。

「はああああああああっ!!」

跳び、上空から全力で投擲した。
剄を込められた剣が牡山羊に投げつけられ、それが牡山羊を貫通する。
更には貫通した剣が地面に接触した瞬間、錬金鋼が剄に耐え切れずに爆発する。
その爆発は、轟剣と言う技は牡山羊だけではなく、この都市そのものを震撼させたほどだったが、それでもレイフォンは気を緩めない。
爆煙を睨みつけつつ、獰猛な、肉食獣のような表情をしていた。

「……見事」

声が聞こえた。
だが、その事にレイフォンは驚かない。手ごたえがなかったのだ。
霞楼も轟剣も、確かに牡山羊に命中した。だと言うのに手ごたえがまるでない。
牡山羊は爆煙の中におり、その姿を幻の様に霞ませながらも言葉を続ける。

「我が認識の間違いか?汝、炎を求める者か?」

牡山羊がなにかを言っているが、レイフォンは聞いてもいない。
錬金鋼がなくとも、衝剄を放とうと素手でも振りかぶる。

「我が身は既にして朽ち果て、もはやその用を為さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さしめんがための主を求める。汝、我が魂を所持するに値する者なり。我は求める、汝の力を。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん」

レイフォンの牡山羊へと向ける敵意。
微妙に違うところもあるが、それは牡山羊にとって、まさに求めているものだった。
牡山羊が求めるのは都市を護る志を、極限の意思を持った人物だ。今のレイフォンの意志はまさに極限の怒り、敵意。
更に彼は、別に都市自体はどうでもよいかもしれないが、何が何でも護ると決めた少女が存在する。
存在すると言う事は、汚染物質に囲まれたこの世界だ。過程はどうあれ、そうなれば必然とレギオス(自律型移動都市)を護ると言う事につながる。
レイフォンの実力にしたって、牡山羊にとっては都合が良い。
ならばこそ求める。狂った牡山羊は、レイフォンと言う強者を。
だがレイフォンは、牡山羊など求めてはいない。
それが答えだと言わんばかりに、無手のレイフォンから放たれた衝剄が牡山羊を撃ち抜く。

「我は汝を求める……機を見、再び現れよう」

撃ち抜かれた牡山羊はそれだけを言い残し、霧の様に、空気に溶ける様に消えていった。
後に残ったのは静寂。静かな闇の中に、レイフォン1人だけが取り残される。

「……逃がしたか」

舌打ちを打ち、苦々しくレイフォンがつぶやく。
せっかくのところで中断されたために、怒りで半ば冷静さを欠いていたが……なんにしても時間が経ち、少しは冷静になる。

「フォンフォン……フォンフォンっ!」

極めつけはフェリの声だ。
念威端子越しに聞こえた彼女の声が、レイフォンの意識を通常の状態へと戻す。

「フェリ……あれはどこに行きましたか?」

「わかりません……いきなり反応が消えました」

「逃げた?いや……去った?」

落ち着き、冷静になったからこそ理解する。
こちらが一方的に攻撃を仕掛けただけで、あの牡山羊には最初から敵意がなかった。
攻撃を仕掛けても反撃などしてこなかったことから、おそらく最初から戦う気はなかったのだろう。
いくら個人的私情で怒り狂っていたとはいえ、先ほどの牡山羊は人語までしゃべってレイフォンに語りかけてきたのだ。
普通に考えたらありえない状況だったが、それでも話を聞かずに一方的に攻撃した自分は悪者なのだろうかと思ってしまう。
まぁ、怒ってなかったら怒ってなかったで、あんな状況で冷静でいられるわけないだろうが……

「すぐに隊長達がそちらに着きます」

フェリの報告が聞こえ、思考にふけっていたレイフォンはふと我に返る。
遠くから聞こえてきたニーナ達の足音を聞きつつ、それでも頭の片隅にはあの牡山羊のことが残っていた。





































翌日も調査は続けられた。
フェリと第五小隊の念威操者が都市中を探査したが、レイフォンが見た昨夜の牡山羊を見つけることは出来なかった。
だが、その代わりに別のものが見つかった。

「まさか、本当にこうしていたとは……な」

吐息に混じった複雑なものを感じながら、レイフォンもニーナと同じものを見る。

「これは、そうなんでしょうね」

レイフォンもこれ以上は何も言えなかった。
それは墓だ。
生産区の巨大な農場にその墓があり、決して上等なものとは言えない、墓と言うにはあまりにも貧相な作りだ。
作りだどうだと言う以前に、穴を掘って死体を入れ、それに土をかぶせたという雑なものだ。
広大な畑の一画、その至る所にその雑な墓、土の小山が無秩序に配置されている。
おそらく、この都市の人々の屍がそこには埋まっているのだろう。

「……痛ましいな」

ニーナがそうつぶやく。
いつも軽口を叩くシャーニッドも、ただ無言で小山の列を見つめるだけだった。
レイフォンも小山の列を眺める。これだけの数の墓を作るのに、どれくらいの時間がかかったのだろう?
都市中の死体を捜し、運び、穴を掘り、そして埋める。
都市中に充満する腐敗臭から、相当な時間がかかっている事がわかる。
それだけの時間を、死体と向き合って過ごすのはどんな気分になるのだろう?
レイフォンにはとても想像できない。

「……おいっ、なにをしてる!」

声を上げたのはニーナだった。
レイフォンは想像をやめ、そちらを見ると、第五小隊の面々がどこからか見つけてきたスコップで小山を掘り返そうとしていた。

「掘り返して調べる」

ゴルネオの返答に、ニーナの表情が引き攣る。

「何だと?そんな事をする必要がどこにある?」

これは死者の冒涜だ。
土の中で永遠に眠る者達を掘り返すなんて、正気の沙汰ではない。

「……これが墓場だと決まったわけではない。それに、墓だとすれば誰が埋めた?」

「それは……」

だが、ゴルネオの言葉も正論だ。
自分達はツェルニに危害が及ばないよう、この都市の安全を確認しに来たのだ。
ならばこそ、調べなければならない。これが墓だとすれば誰が作った?
昨日、そして今日の調査で、家畜や魚以外の生命反応が見つからなかったのにだ。

「昨晩見たとか言う獣だとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。獣がそんなことをするものか」

ゴルネオのもっともな意見。
それに乗るように、シャンテが鼻で笑った。

「大体、その話だって本当かどうかわかんないじゃん。見たのも察知したのもそっちだけ。うちで確認できなかったんだから」

彼女の指定席である、ゴルネオの肩に座ったまま言い放つ。

「貴様……」

シャンテの言葉に、自分達の、部下の報告が嘘だと思われたのが心外で、怒りを込めてニーナが身を乗り出す。それには理屈はわかっていても、ゴルネオへの怒りも多少は込められていただろう。
レイフォンはそんな彼女を止めようとしたが、それよりも早くシャーニッドがニーナの肩をつかんで引き戻す。

「ゴルネオさんよ。雁首揃えて野良仕事なんてする必要もないだろ?うちは他所を回らせてもらうぜ」

ニーナに先んじて口を開いたシャーニッドを、ゴルネオは胡乱そうに見つめた。

「……勝手にしろ」

「そうさせてもらう……まっ、夕方には迎えが来るんだし、晩飯が肉料理でないことを祈らせてもらうわ」

シャーニッドの軽く、皮肉交じりの一言に第五小隊の面々が苦々しい表情を浮かべる。

「んじゃっ、そう言う事で。行こうぜ」

シャーニッドに促され、レイフォン達はその場を離れた。
先を歩くシャーニッドの隣にはニーナがいて、何か会話を交わしている。
それにおどけ、肩をすくめるシャーニッド。その反応を見て、レイフォンは彼がいてくれてよかったと思える。
シャーニッドのような対応など、レイフォンには無理だ。当然、ニーナやフェリにも無理である。
もし、シャーニッドがいなければあの言い争いはどんな風に発展していたのだろうかと思った。

「フォンフォン」

「なんですか?フェリ」

そんなレイフォンに、フェリが何かを思いついたように語りかけてきた。

「ちょっと屈んでください」

「はっ?」

「いいから」

フェリに強く言われ、分けがわからないままレイフォンはその場に屈む。

「もっと低く」

背中も押さえつけられ、膝も曲げる。殆ど体育座りに近い格好になった。

「……肩が狭いですね」

「いや、普通だと思いますけど」

「……仕方ないですね」

分けがわからないまま、なにが仕方ないのか考える暇もなく、

「え?」

背後に回ったフェリが、レイフォンの両肩に手を置いた。ぐっと肩と背中に体重がかかる。
背中に硬い感触……膝か?
ぬっっと、白いものが視界の両端に現れた。

「って……なにしてんですか!?」

フェリの全体重が両肩にかかって、レイフォンは意味がわからないまま叫んだ。

「仕方がないじゃないですか、肩車です」

「……なにが仕方がないんだか、まるでわからないんですけど」

「いいから行ってください」

……時々、フェリの事がわからなくなるのは自分が悪いのかと思いつつ、レイフォンはゆっくりと立ち上がる。

「ふむ……こんなものですか」

なにやら満足げに頷くフェリに、レイフォンはどこか納得したような気がした。
もしかしてシャンテにでも対抗意識を持ったのだろうか?
ゴルネオの肩に乗るシャンテを見て、自分も乗りたくなったのか?
だが、平均的な身長であるレイフォンの肩には乗れず、仕方がないから肩車などと言っているのだろう。
これがもし、ゴルネオのような巨体だったら?
レイフォンはなんとなく、ゴルネオの肩に乗るフェリを想像して……

「……………」

何故か強烈な殺意をゴルネオに抱いた。
まぁ、想像しただけで本当にフェリがそんなことをするとは思わないが、なんにせよ彼女は今、レイフォンの両肩に乗っているのである。

「フォンフォン、揺らさないでください」

「無理ですよ。子供にするのと違って、やっぱりバランスが……」

呆れたようにため息をつき、レイフォンは先に行ってしまったニーナ達を追うために早足となる。
だが、そのために少しゆれ、レイフォンの肩に乗ったフェリは思わずレイフォンの髪をつかむ。

「わっ」

「ぃたたたたっ!髪引っ張らないでくださいよ」

「だったらもう少し静かに歩いてください」

「隊長達があんなに先に行ってるんですよ?」

「あの人達が行くところなんて把握できます」

念威で簡単に追えると言うフェリに、レイフォンは再びため息をつく。

「とにかく、もう少ししっかりつかまってください」

「わかりました」

「むっ」

「なにか?」

レイフォンの言葉にうなずき、フェリが『しっかり』とつかまる。
その動作に、感触に、レイフォンの顔色が変わった。

「あ、い、いえ……」

「……顔が赤いですよ」

「そ、そうですか?」

惚けてみるが、レイフォンは平常心ではいられず、顎の下に当たる感触にレイフォンは内心で狼狽していた。

(し、しまった。迂闊……)

フェリが両足を使ってレイフォンの首を挟んでいるので、太ももの感触が首と顎辺りに当たるのだ。
しかも彼女はスカートで、、それはレイフォンの頭の後ろでめくれている。
特殊繊維のストッキングを穿いているが、それはかなり薄い。
ストッキングの冷たい感触と、太もものふくよかな感触がダイレクトにレイフォンに伝わり、レイフォンの心臓は喧しいくらいに鼓動している。
落ち着けと内心で何度も言い聞かせ、これ以上そんな迂闊な場所に触らないようにとブーツ越しに足をつかむ。

「あ……どうやら地下施設に行くことが決まったようです。隊長達は先に行くと」

「えっと、どっちです?」

「あちらへ……わっ」

どこに行けばいいのか、レイフォンはフェリに指示を仰ぐ。
ニーナ達は先に行ってしまったようで、姿が見えない。
そしてフェリが方向を指差すのだが、その動作の途中でバランスを崩した。

「ととと……」

「フォンフォン、ちゃんと支えててください」

「いや、そんなこと言われても……」

「だいたい、そんな足の先なんか持ったってバランスなんか取れるわけないじゃないですか。ちゃんとしてください」

「いや、違うんですよ。これには色々と深い理由が……」

「それはきっと、とてつもなく浅くて邪なものだから破棄してください」

「……………」

「そもそも、昨日あそこまでしておいて、今更その反応ですか?」

レイフォンの考えなど、フェリにとってはお見通しだった。そもそも、そう言われては反論のしようがない。
フェリのそっけない対応に落胆しつつ、レイフォンは顔を赤くしたままニーナ達を追う。
レイフォンは気づかない。いや、気づけない。
両肩に乗っているフェリもまた、顔が赤くなっている事に。

「……………」

「……………」

レイフォンとフェリは無言のまま、地下施設へと向うのだった。



































「……いいぞ、埋めなおせ」

どこかうんざりとした声で、命令を下すゴルネオ。
それに従い、第五小隊の隊員達が掘った穴を再び埋めていた。
小山の中にはやはりと言うか、死体が埋まっていた。そのどれもが五体満足ではなく、残骸のような肉片と骨ばかり。
どう考えても、これはこの都市の人達の死体だろう。
ちゃんとした埋葬とは言えなかったが、やはりこれが限界のようだ。

「問題は、誰がこれをしたか……か?」

残された問題となると、まさにそれだ。一体誰が死体を埋めた?
それがわからない。まさかとは思うが、本当にレイフォン達が言ってた牡山羊が埋めたとでも言うのだろうか?
ありえないと首を振り、その考えを否定する。時間はもう昼を回っていた。
夕方にはツェルニが到着して、迎えが来るので、それまでに原因を探っておきたいところだが……

「……ん?」

作業が終わり次第休憩を取り、それから年をもう一度調べなおさなくてはと思った。
そう思い、気づいた。逆になんで今まで気づかなかったのかとも思った。肩が軽い。

「そう言えば、シャンテはどこに行った?」

ぐるりと辺りを見渡してみるも、赤毛の副隊長の姿はどこにもない。
小山を掘り返している途中に肩から降りてどこかへ行ったのだが、そういえばそれから戻ってきていない。
隊員達に尋ねても、誰も居所を知らなかった。

「……まさか、あいつ」

嫌な予感がした。
ゴルネオは隊員達に作業を続けるように命じ、活剄を走らせて生産区から出た。














携帯食で昼食をとり、一休みした後レイフォン達は機関部の入り口の扉を開ける。

「やはり、電力が止まっているな」

何度スイッチを押しても動かない昇降機に、ニーナは仕方ないとつぶやく。

「ワイヤーで降りるしかないな。念のために遮断スーツを確認しておけ。フェリはここに残ってサポートを頼む」

「了解しました」

ここに着く前にレイフォンの肩から降りていたフェリが頷き、念威端子がフェイススコープに接続される。
それを確かめると昇降機の床に穴を開け、レイフォンは鋼糸を使い、ニーナとシャーニッドはワイヤーを使って下へ降りていく。
機関部の電力が止まっている故に、照明はない。当然真っ暗であり、フェリの念威のサポートがなければここは暗闇が支配していただろう。
暗視機能により、青みを帯びた視界が広がる。
あたりには太いパイプがいくつも巡り、その隙間を縫うように人間用の通路が設置されているのはツェルニに似ている。
似ているとは言え、まったく同じと言う事ではなさそうだ。
入り組んだパイプの密度はこちらの方が上で、まるで迷宮の様に見える。
ツェルニの機関部の通路もそうだが、これはそれ以上だ。
腐敗臭がここにはなく、その代わりと言っては何だが、オイルと触媒液の混ざった臭いに、かすかな錆の臭いが溶け合っている感じがした。

「空気がおもっくしいねぇ。お前ら、よくまぁこんな所で働けるもんだ」

機関部掃除のバイトをしているレイフォンとニーナを見て、シャーニッドは渋面を浮かべながら感心するように言った。

「明かりがあればもう少し広く感じられるんだろうがな」

「機関部で照明弾撃つわけにもいかんだろ。なんに火がつくかわかりゃしない」

「そう言う事だ。フェリ、何か異常はあるか?」

「現在のところは何の反応もありません」

フェリの返答に、ニーナが小さく頷く。

「そうか、ならばしばらくうろついてみるか。昨夜の反応の主、隠れているとすればもうここしかないだろうからな」

「隊長は信じてくれるんですか?」

レイフォンは意外そうにニーナを見た。
牡山羊を見つけたのはフェリだが、確認したのはレイフォンだけだ。
第五小隊のメンバーはレイフォンの発言を信じている様子はなく、レイフォンだって冷静に考えてみれば、あれが現実のものとは考えづらい。

「当たり前だろう。2人の言葉を信じない理由がどこにある?」

「……まぁね。お前らがそういう嘘をつくキャラとも思えんし」

ニーナの言葉にシャーニッドも同意する。
確かにレイフォンもフェリも、そういう嘘をつくタイプではない。

「それに、私には当てもある」

「え?」

続けられたニーナの言葉に、レイフォンが首をひねった。

「この都市がまだ『生きている』のなら、いてもおかしくないのがひとつあるだろう?」

「あ……」

そう言われて、レイフォンの頭の中にツェルニの姿が思い浮かぶ。
もちろん、都市そのものではなく、童女の姿をした電子精霊のことだ。

「お前達が見たのはこの都市の意識。私はそう考える」

「なるほど……」

その言葉に納得し、とても近い答えだと思った。

「まずは機関部に辿り着くことが先決だな。二手に分かれるか。私とシャーニッド、レイフォンは1人で大丈夫か?」

ニーナの言葉に、レイフォンは黙って頷く。

「何もなければ1時間後にここに集合だ。行くぞ」

その言葉を最後に交わし、レイフォンは1人でパイプの入り組んだ迷宮を進んだ。








「なにかありましたか?」

「いえ、なにも」

「こちらも何の反応もありません」

静まり返った機関部の闇の中を進むレイフォンに、緊張の混じった声で念威越しにフェリが問いかける。
都市の調査を始めたころは、自分の念威による調査で納得しないニーナに不満を持っていたのに、今はそんな様子を見せない。
昨夜のことは、フェリにとってそれだけ衝撃的なことだったのだろう。

「正直に言うと、あれが本当に実在したものなのかどうか自信が持てません」

弱音をハッキリと形にするフェリに驚きつつ、レイフォンは励ますように言った。
もしかしたら今のフェリの心境は、かなり深刻なものかもしれない。

「大丈夫ですよ、僕は信じます。僕自身も見ました。隊長達だって信じてくれたでしょ?」

「それはそうですが……フォンフォンは、あれが隊長の言う都市の意識だと思いますか?」

「ツェルニ以外を見たことがないので、なんとも言えないですね。ツェルニがしゃべったところを見たことありませんし、当然戦ったことも、敵として前に立ったこともない。ですが、可能性としては否定できないと思いますよ」

「……私はツェルニだって見たことがないんですよ。確信なんてもてません」

「でも、フェリが見つけたものが幻でもなんでもないのは、僕が保障しますよ。僕はこの目で見たんです。僕の目まで疑いますか?」

「……そんなことはないですけど」

それでも不満なようで、フェリの言葉にはどこか力がない。
そんなフェリに向け、レイフォンは平然と答えた。

「誰も信じなくても、別にいいじゃないですか」

「え?」

レイフォンの答えが意外だったようで、念威越しのフェリの声が呆気に取られていた。

「僕だけは信じます。フェリのおかげで僕は二度の汚染獣の戦いを潜り抜けてきたんです。今更疑う要素なんてどこにもありませんよ。フェリのおかげで僕は生きてられてるんです。例え誰も信じなかったとしても、僕は信じます」

「……言いくるめられてる気がします」

「でも、本心ですよ。僕はあなたを信頼してますから」

拗ねたように言うフェリに苦笑しつつ、レイフォンは先へと進む。
パイプの数はツェルニよりもはるかに多く、遠くを見渡すことも困難だ。
機関部の調整をしていた技師は、きっとこの迷路に苦労していたんだろうな、などと考えていると、

「あ……」

「どうしました?」

フェリがなにやら異変を感じたようだ。
すぐに通信を第十七小隊の全員へとつなげる。

「反応がありました」

「どこにだ?」

ニーナが尋ねる。

「待ってください、座標を……」

突然だ。

「フェリ……どうした?返事をしろ」

フェリの声が途切れ、ニーナの言葉に雑音が混じる。

「おい、なんか変だぞ」

シャーニッドの声が雑音の中、遠くから聞こえるように響き……

「……え?」

通信が切れた。視界が完璧に闇に染まる。

「フェリ、どうしたんですか?フェリっ!?」

レイフォンが声を張り上げるも、返答はない。
彼の叫びがただ、闇の中を木霊した。





































悪い予感が当たった。それはとてつもなく苛立たしい。

「……っ、えぇい」

機関部の入り口近くにある木陰に人影が倒れているのを見つけて、ゴルネオは舌打ちをして駆け寄った。
倒れていたのは第十七小隊の念威操者のフェリだ。
レイフォンを武芸科に引き込んだ恥知らずの会長の妹と嫌悪するが、今はそれどころではない。
首筋に手を当て、脈をとり、安堵した。
生きている。気絶しているだけだ。

「そこまで無茶はしないか」

シャンテがフェリと言い争いをしているところを見ただけに、そのことが心配だった。

「まったく、いい歳をして!」

ゴルネオは再び舌打ちを打つ。
どこか獣の雰囲気を宿しているシャンテは、いざというときに武芸者らしい行動を取れない。それがゴルネオの悩みの種だった。

突発的誕生型のシャンテは、孤児であった。
その上不幸なことに、彼女は人に育てられたのではない。
都市のほとんどが森林だと言う森海都市エルパの出身であり、そこは牧畜産業を主体としている。
繁殖力が強く、良質な肉と毛皮、その他、様々に有用な家畜の品種改良を行ってはそれらの遺伝子情報を他都市に売るエルパには、様々な動物がいる。
その数はあまりに膨大であり、管理者の目から外れ、野生化して森の奥深くに生息している種もおり、その種にシャンテは育てられたのだ。
それは猟獣種の獣であり、その獣に拾われたシャンテは母親について狩をしていたらしい。
本来なら人と獣の間には圧倒的に身体能力の差があるが、武芸者であるシャンテは剄の力でその差を埋めていた。つまり、彼女は誰にも剄について教わりもせず、独学でそれを身に付けたのだ。
なんにせよ、調査団の報告によって派遣された武芸者が彼女を保護し、彼女にはライテの姓が与えられ、人並みの教育を受けることになった。
だが、生まれてすぐに獣と共にあった彼女がいきなり人間社会に適応できるはずもなく、また人としてのなにかが決定的に足りなく、持て余した施設から放逐されるような形でツェルニへとやってきた。

なにが足りなかったのか、ゴルネオにはすぐにわかった。
シャンテは猟獣種と共に育ったのだ。狩をすることでその日の食べ物を直接的に確保するのが当たり前で、彼女には働き、報酬を得ることでその日の食べ物を購うと言う間接的な概念にうまく馴染めなかったのだろう。
入学してから5年。何の不運かゴルネオはシャンテの世話をすることになってしまい、最近になってようやく、考え方に少しはまともなものが見えてきたところだった。
それもまた、シャンテの中にある狩猟本能を小隊による対抗試合で解消させるという代償行為があってこそだが
シャンテを育てた獣は群れで狩を行ったと言う。小隊単位での戦いは、彼女に通じるものがあったのだろう。
だが、そんな彼女だからこそゴルネオは後悔する。

「くそっ、あいつに話したのは迂闊すぎたか」

フェリを木陰で寝かせなおし、ゴルネオは機関部入り口に駆け込んだ。
昇降機の床に穴が開けられており、それに飛び込む。ワイヤーを使うなんてのんきなことはやっていられない。シャンテもまたそうしたのだろう。
ゴルネオの言葉で、シャンテはレイフォンを敵と認識してしまったのだ。ゴルネオは止めていたが、彼女はずっとレイフォンを狩る機会を窺っていたのだ。
狭く、移動がままならない機関部は、森を駆け回っていたシャンテにとって得意な場所に違いない。そこならレイフォンを狩れると思ったのだろう。

「くそっ」

それは甘い、甘すぎる。
幼いころから獣と共に育ったシャンテの動きは俊敏で、予測が付きにくい。
それに加えてゴルネオが化錬剄を教えたので、彼女のその適正も合わさった変幻自在の動きを捉えるのは並みの武芸者では不可能だ。
シャンテの境遇がなければ、彼女は都市から出してもらえない才能ある武芸者だろう。だが、それはあくまでも並み。

「その程度のことで討てるものか」

レイフォンに、元とは言え天剣授受者になる男には通じない。
知っているのだ。天剣授受者になるような武芸者がどんなレベルにいるかを。
生まれた時から天剣授受者になる男の側で育ってきたゴルネオは誰よりもそれを理解している。

「くそっ、死ぬなよ」

祈りながら、ゴルネオは闇の中を降下した。








フェイススコープを外し、レイフォンは走った。

「くそっ、くそ!ふざけるな!!」

悪態をつき、全力で走る。
戻る道は理解している。鋼糸を先行させながら戻ればなんら問題ないが、それをやっている時間すら惜しいと錬金鋼を剣の状態にしたまま、全力で走る。
闇の中を全速力で走るのには恐怖を感じるが、そんな恐怖よりもレイフォンは怖い。
フェリを失うことのほうがその何倍も、何十倍も、何百倍も怖い。急げと体に命令を送る。
1秒でも速く、0,1秒でも速く、彼女の元へと駆け寄る。
ニーナが昨日言っていた『少数精鋭を気取るつもりはない』という言葉が重くのしかかった。
だが、それについて悔いる暇も、考え込む暇もない。レイフォンはただ、ひたすらに走る。

「フェリ……」

願うのはフェリの無事。それ以外はどうでも良い。
ただそれだけを考える。それ以外は考えられない。
だと言うのに、急ぎたいと言うのに、レイフォンは足を止めるしかなかった。

「……邪魔をするな」

向けられてくる殺気。
それに対し、レイフォンは同じく殺気を込めて言い返す。
遊んでいる暇はない。今は少しでも早くフェリの元へ行かなければならないのだ。

「……見えてるのか?」

殺気の主は驚いたように問いかけてくるが、それでもその殺気を引っ込めようとはしない。その声を聞いて、レイフォンは相手が誰なのかも理解した。
そもそもこの状況で攻めてくる人物なんて、あの牡山羊を除けばそれ以外思いつかない。
先を急ぎたいレイフォンにとってもどかしく、そして敵意がわいてくる。

「……ひとつ聞きます」

「なんだよ?」

レイフォンが質問を投げかけるが、拒否は許さないと言った感じで問いかける。
だが、相手はあっさりと問い返してきた。
それでも彼女、シャンテ・ライテは不意打ちを台無しにされたのと、余裕のありそうなレイフォンの言葉に不貞腐れたような反応をする。
だが、レイフォンには余裕なんてものは存在しない。

「フェリの念威が止んだんですけど、あなたの仕業ですか?」

「そうだよ」

あっさりと認めた。その返答に、レイフォンの中に黒いものが沸きあがる。

「こんな暗いところじゃ、あんたらは物が見えないんだろ?だったら、見えるようにしているあいつは邪魔だからな。なのに……なんであんたは見えるんだよ?」

それだけで?
たったそれだけの理由でフェリに危害を加えた?

「は……っ」

レイフォンが小さく息を吐く。
それと同時に、とても乾いた声が漏れた。

「まぁ、どっちでもいいや。あんたはどの道ここで死ぬんだ。あんたはゴルネオの敵だ。なら、あたしの敵だ!」

そうだ、敵は自分のはずだろう?
憎いのは自分のはずだろう?
恨んでいるのは自分のはずだろう?
だと言うのになぜ、フェリに危害を加えた?

「は、ははっ……」

レイフォンから再び息が吐かれた。
それはもはや声。笑い声だ。

「なにがおかしい!?」

暗闇の中、シャンテが怒鳴る。
だが、それにかまわずレイフォンは笑い続けた。

「はは……ははははっ!あはははは、ははははははは!!ははははははははははははははははは!はははははははははははっ!!ははは……」

それは狂ったような笑いだ。
笑っていると言うのにレイフォンの瞳は笑っておらず、暗く、虚ろなものとなっていた。
それでもレイフォンは笑い続ける。狂い、発狂したように乾いた笑い声を上げる。

「はは……はははははっ!あはははは、ははははははははは!!はははははははははははははははははははは!はははははははははははははっ!!ははは……」

殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

その想いだけを込めて、レイフォンは笑い続ける。
身体を一刀両断にして殺す?
剣で串刺しにし、内蔵を掻き乱して殺す?
頭部を砕いて殺す?

否、簡単には殺さない。少しでも苦痛を与え、生まれて来た事を後悔するように殺す。
全身の骨を砕いて殺す。
手足を1本ずつ切り落として殺す。
耳をそり、鼻をそり、目を抉り取って殺す。
殺してくれと自分から願い出るほどに痛めつけ、最終的に殺す。

「はは……ははははっ!あはははは、ははははははは!!ははははははははははははははははは!はははははははははははっ!!ははは……はは……ははははっ!あはははは、ははははははは!!ははははははははははははははははは!はははははははははははっ!!ははは……」

レイフォンは笑い続け、錬金鋼をシャンテへと向けた。






































あとがき
……………作者、レイフォンと共に暴走した!?
つか、やりすぎました!?
……どうしよう、感想が怖い(汗
場合によっては修正も……

それはさておき、前半で変なフラグ立ちましたw
でも、思うんですよ。原作6巻でレイフォンがツェルニにいなかったら、ツェルニ滅びね?なんて……
そもそもそこで幼馴染と戦闘狂と一足早い再会しますし……
うむ、オリジナル要素が混ざりまくる展開になりそうです(汗


リリカルなのはが好きです。まぁ、前にも言いましたがw
コンプエースに載ってるvividのヴィヴィオ、そしてコロナとリオがかわいいですw
SSみたいんですが、少なくて残念。そんなわけで兄(糖分の友、理想郷での名はかい)のSSを心より応援するこのごろ。
しかし、一時期リリなのと刀語のクロスSSを書いてて、黒歴史となった時期が……
その時は糖分と名乗っていた、忘れ去りたい過去の日々……
そんな黒歴史が、皆さんにはありますか?

リトバスの一八禁止なPCゲーム買いました。やばっ、面白すぎる!!
更新遅れないように、適度にプレイしたいと思います。しかしあの日常と言うか、ギャグが良いw



[15685] 20話 エピローグ 憎悪 (原作3巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/05 22:52
「なにが起きた?」

「そんなの俺が知りてぇ」

突然途絶えたフェリの念威。ニーナとシャーニッドは暗闇の中に取り残されていた。
その異変を疑問に思うも、このままここでボーっとしているわけには行かない。

「シャーニッド、お前はフェリのもとへ行け。私は一応大丈夫だとは思うが、レイフォンの所へ行く」

「おぃおぃ、マジか?」

行動を取ろうとするニーナに、シャーニッドが呆れたように言う。

「確かにレイフォンやフェリちゃんも心配っちゃ心配だが、分かれるってのはまずくね?こんな暗闇で、正体不明の襲撃者だ。ここはむやみやたらに動き回らず、まずは2人で……」

2人で行動するべきだと言いかけるシャーニッドだったが、そこでふと、何か思いついたように問いかける。

「前々から思ってたんだが、お前ってやっぱレイフォンに気があるんだよな?なに、別に隠すことじゃねぇよ。第一、そんなことしてっとフェリちゃんに取られちまうぜ。いや、もう手遅れなのか?だが、何にしたってだな……あれ、ニーナ?」

いつもの様に軽口を叩き、気をそらしてニーナを冷静にさせようとするシャーニッドだったが、そのニーナが既にいない。
遠くからは、床を蹴るカンカンと言う音が響いていた。

「……うわ、俺って間抜け」

シャーニッドはため息をつきつつ、とりあえずは彼女の指示通りにフェリの元へと向った。







































「っ……!?」

シャンテはすぐさま背後へ飛んだ。
それはまさに本能。獣と共に育ってきたシャンテだからこそ敏感に反応し、己の本能に従ってレイフォンから距離を取る。

「あ、ああ……」

ヤバイ、あれはヤバイ。本能がシャンテに告げる。
暗闇であり、自分に有利な地形。しかもある程度の間合いを取り、槍と剣のリーチからしてこちらの攻撃範囲で、レイフォンから攻撃しかけても反応できる距離、安全圏にいたシャンテ。
だが、それが一瞬で崩壊する。レイフォンが狂ったように笑い出し、その恐怖にあてられてシャンテは後退した。
逃げろと本能が叫ぶ。自分が安全圏だと思っていた所は危険地帯。

何故今まで気づかなかった?あれは決して喧嘩を売ってはいけない存在だ。
対抗試合の経験から不意を突けば何とかなると思っていたが、その考え自体が甘すぎた。
ゴルネオに手を出すなと忠告され、それを一笑していたが、今ならわかる。ゴルネオの言っていた事は本当なのだと。
レイフォンがその気になれば自分は一瞬で殺られる。そしてレイフォンはその気になった。

「う……ぅ、うわああああああああああっ!!」

だが、シャンテは逃げない。
殺す、殺す殺す殺す。
あいつは、レイフォンはゴルネオの敵だ。ならば自分の敵でもある。
シャンテはゴルネオの事が好きだ、大好きだ。
そんな彼を悲しめるレイフォンを、シャンテは許せない。この場でレイフォンを殺し、ゴルネオに褒めてもらうのだ。彼の笑顔を見るのだ。
そう決意し、本能のシャンテは本能に逆らった。それがあまりにも愚かな選択だということを知らずに。
だが、それもある意味仕方がない。獣に育てられたと言うシャンテだが、ここ最近は人に混じって暮らしていたので、野生の勘が鈍ったのかもしれない。
そもそも、シャンテを育てたという獣、猟獣種は常に狩る側にいた。
だから知らなかったのだ。狩られる側の恐怖を。獣の中で上位の強さを持っていたために命の危機、恐怖について鈍感なのだ。

「うらああああああ!!」

「レストレーション02」

シャンテが突っ込み、槍から突きを繰り出してくる。
それをレイフォンは鋼糸を復元させ、シャンテの突きの軌道をそらした。
それでもシャンテは怯まず、更に連続して突きを放ってくる。
レイフォンは変わらず、鋼糸で突きをそらし、流し続けていた。
シャンテは気づいていない。レイフォンの鋼糸が地を這い、至る所に敷き詰められている事を。
シャンテは気づかずにいったん後退して、もう一度突きを放つ。
その瞬間、矛先で赤い光が爆発する。化錬剄だ。
炎に変じた剄が、矛先で爆発した。
だがそれでもレイフォンの鋼糸を抜く事は出来ず、レイフォンに攻撃は届かない。
レイフォンはその場から一歩も動かず、狂ったような笑いもいつの間にか止まり、冷ややかな視線でシャンテを見つめている。

「無茶をする。引火したら、あなたも死にますよ」

「知るかっ!」

自暴自棄にしか取れない叫びを上げ、シャンテが突進してくる。
本当に無謀だ。このパイプの中には、少なからずとも液化セルニウムが残っているはずである。
もしそれにシャンテの炎が引火でもしたら、レイフォンどころか彼女までも死にかねない。
それでも構わないとばかりに、シャンテはレイフォンに攻撃を続ける。
本当に無謀だ。彼女の行動もそうだが、何よりも一番無謀なのはレイフォンに戦いを挑んだ事だ。
そのあまりにも無謀なシャンテの攻撃が、10秒ほど続いただろうか?
10秒、そう、たった10秒だ。
だけどこの10秒で決着がつく。

「え……?」

今まで猛攻を続けていたシャンテが、なにが起こったのかわからないといった表情で攻撃が止まる。
体中に鋭い痛みが走り、力が抜けていく。わからない、わからない。レイフォンはその場から一歩も動いていないというのに、なんで攻撃をし続けていた自分が倒れる。
これはなんだ?体を貫く、無数の針のようなものは?

「死んでませんよね?まぁ、別に死なれても構わないんですが、それじゃ僕の気がすみませんので」

レイフォンは淡々とした声で告げる。
場所は大体わかっていた。
シャンテの殺気、気配、動き回って風を切る音。
更にはあれだけ声を出していれば、どこにいるかなんて容易に予想できる。
もし予想外の攻撃を取られたとしても、この広範囲を覆うこの攻撃なら簡単に仕留められるだろう。

操弦曲 針化粧

天剣授受者、リンテンスの技だ。
鋼糸を地を這うように敷き詰め、それが一斉に天を突くというだけの技。
リンテンスの様に一瞬でこの技を発動させる事はレイフォンには出来ないが、それでも10秒あれば余裕で発動できる。
その発動した針化粧が、その名の通り鋼糸を針へと変換させ、一斉にシャンテを貫き、串刺しにしていた。
対抗試合や武芸大会などのお遊びではない。殺傷力を存分に持った武器での攻撃だ。

「あ、ああああああああああああああ!!」

呆けていたシャンテだが、全身に走る痛みに我慢が出来ず叫び声を上げる。
指を、掌を、腕を、腹を、肩を、足を、太ももを、体中の至る所を貫く激痛にシャンテは表情を歪ませ、泣き叫ぶ。
幸い急所は外れていたが、それでも痛い。あまりの痛みにより、このまま意識を手放してしまいそうなほどだ。
だが、それは許されない。

「うるさい」

「がっ……!?」

蹴られた。
鋼糸が体中に突き刺さったまま、レイフォンがシャンテの腹に蹴りを入れる。
その衝撃に若干白目になりつつ、シャンテは恐ろしい激痛に悶える。
鋼糸に貫かれた状態であらぬ方向に力を入れられたのだ。
例えるなら突き刺さった針でぐりぐりと傷口を弄ばれるのと同じだ。それが数が数なだけに、あまりの激痛で気を失う事すら許されない。
だが、レイフォンに蹴り飛ばされた事によってシャンテの小さな体は宙を舞い、鋼糸の針から開放された事がせめてもの救いだろう。
鋼糸は抜けたが、それでも激痛が残り、体中から血が溢れてくる。動く事すら出来ないシャンテ。
そんな彼女に、レイフォンは更なる追撃をかける。

「がっ……」

右肩を踏まれた。踏み砕かれた。
力を、剄まで込めて踏まれたために、簡単にシャンテの右肩の骨が砕ける。
それでもレイフォンの表情は淡々としてて、いつの間にか剣へと戻していた錬金鋼を持っていた。

「別に僕を目の敵にするのも、殺そうとするのも構わないんですよ。それだけのことを僕はやってきたのだから、僕は恨まれて当然なんです。だけど……フェリは関係ないじゃないですか?それなのにあなたはフェリに危害を加えた」

「っ!っぁ!?」

その剣を今度はシャンテの左肩に突き刺し、そのままひねる。
骨が断たれ、砕ける音が響いた。
シャンテはもはや声にならない悲鳴を上げる。

「楽に死ねると思わないでください」

レイフォンの声は恐ろしいほどに淡々としている。
痛みに悶え苦しむシャンテを冷ややかな目で見下ろしながら、レイフォンは右肩から剣を抜き、今度は耳へと向ける。

「耳を落として、鼻を剃ります。そして今度は目を抉ってあげますよ」

もはや正気ではない。
怒りに満ち溢れた表情で、レイフォンはシャンテの耳を切り落とそうとする。

「シャンテっ!」

だが、レイフォンの行為を止める野太い声が割り込んできた。

「ご、ごる……」

激痛に苦しむシャンテが、とても弱々しい声でゴルネオの名を呼ぶ。
レイフォンは冷ややかな視線のまま、どうでもよさそうにゴルネオを見ていた。
ゴルネオは化錬剄を使って掌に炎を浮かばせていた。ぼんやりとした炎が暗闇を照らし、レイフォンの姿を捉える。
そんな彼の足元で倒れ伏し、体中から血を垂れ流しているシャンテの姿を捉える。
その姿を見て、ゴルネオの中から憎悪が浮かび上がってくる。

「シャンテ……貴様ァ!!」

その憎悪をレイフォンへと向けた。
敵意を、もはや殺意となったそれをレイフォンへと向けてくる。
本能のシャンテ、理性のゴルネオなどと呼ばれているが、さすがにこの状況で理性を保っていられるほどゴルネオは出来ていない。
わかっている、天剣授受者の実力は。規格外の兄を持っているために、そのことはよく理解している。
だが、ゴルネオは止まれなかった。怒りに燃え、レイフォンに殴りかかる。
無謀だ、無謀すぎる。自分で自分を笑いたくなりながらも、全力でレイフォンに殴りかかった。

結果は当然返り討ち。
拳を避けられ、剣で胸を切り裂かれる。
今更だがここはツェルニではない。危険があるかもしれないこの廃都市に来るのに刃引きされていない錬金鋼を持ってくるはずがない。
当然レイフォンの錬金鋼には刃がついており、ゴルネオの胸から血が飛び散る。

「がっ……」

膝を突き、呻き声を上げるゴルネオ。
それでも倒れず、敵意ある視線をレイフォンに向け続ける。
だがレイフォンは、そんなゴルネオの視線を意にも介さずに流した。

「死にたいんですかあなたは?それなら殺してあげますよ、この人を殺した次に」

怒りが、ゴルネオ以上の憎悪が宿った瞳でレイフォンは言う。
その瞳にゴルネオは戦慄さえ覚えた。狂っている。その狂気は戦闘狂である兄、サヴァリスに匹敵し凌駕するのではないかと思わせるほどだ。
だが、ゴルネオは引けない。

「させん……」

レイフォンは言った。この人を、シャンテを殺すと。
それが冗談ではないことは、狂気に染まった瞳と、彼の行動を見ればわかる。

「それだけはさせん!お前は俺からガハルドさんを奪って……シャンテまで奪おうと言うのか!?」

絶対にそれだけはさせない。
ゴルネオの兄弟子であるガハルドをレイフォンは殺した。
死んではいないが意識不明の重態であり、剄脈が壊れている。レイフォンは武芸者としてのガハルドを殺したのだ。
これが事故だったらゴルネオも諦めがつく。だが、そうではない。
ガハルドはレイフォンの賭け試合を告発しようとして、その口封じにレイフォンに殺されかけた。ゴルネオはそう聞いている。
その怒りを、憎悪をレイフォンへと向けている。

「ガハルド・バレーン……」

「忘れたとは言わせないぞ……」

レイフォンがガハルドの名をつぶやき、ゴルネオが追撃するように言ってくる。
その言葉にレイフォンは、あっさりと返答する。

「忘れるわけがないでしょう。あの卑怯者のことを」

「なっ……!?」

そのあっさりとした返答に、ゴルネオの殺意がいっそう強くなる。
それでもレイフォンは淡々と続けていく。

「まぁ、僕も人のことは言えませんし、僕のことが許されないことだとは理解しています。それでもガハルド・バレーンがやったことが正しいとは思わない。あの人は僕に匹敵する卑怯者で、人でなしなんですよ」

「戯言を!お前はガハルドさんの口を封じるために殺そうとしたんだ!賭け試合に出ていることをばらされたくがないために!!」

「ええ、それは認めます。ばらされたくないから殺そうとしました。ですが……」

ゴルネオの怒りを流し、レイフォンは一度息を吸って憂鬱そうにつぶやく。

「賭け試合のことで僕を脅して、試合に負けるように言ってきたから自業自得だとは思うんですけどね」

「な……に……?」

その事実が意外だったのか、ゴルネオが目を見開く。
そんな彼の反応に、今度はレイフォンが意外そうな表情をしていた。

「あれ、知らなかったんですか?考えてもみてください。そもそもガハルド・バレーンが賭け試合に出ていた僕のことを許せなかったら、試合前にそのことを公表してしまえばよかったんじゃないですか。それをしなかった。それは何故か?答えは単純。僕を脅し、自分が天剣授受者になりたかったからだ。弱いくせに、その実力もないくせに」

レイフォンは語る。怒りに染まりきり、冷酷で毒を含めた言葉を吐く。
別にガハルド・バレーンにそこまでの恨みはない。天剣を剥奪されたのは自分の未熟さと至らなさが原因だったし、もしガハルドを何とかしていても、第二、第三のガハルドのような者が現れていたかもしれない。
確かに孤児達に、家族に責められた時は辛く、悲しかったが、ある意味ガハルドに感謝するべきとも思った。
あの騒動が原因でレイフォンはツェルニに来て、フェリと出会えたのだ。それは今までの不幸を取り払うのに十分すぎる幸運。
だが、その幸運を奪うと言うのなら、レイフォンは容赦はしない。

「嘘だ!ガハルドさんがそんなことをするはずない!!」

「本当です」

「嘘だ」

「しつこいですね、本当なんですよ」

「嘘だ……」

ゴルネオが叫ぶ。尊敬する兄弟子がそんなことをするとは信じられないのだろう。
ゴルネオはそれを否定しようとするが、レイフォンの瞳は決して嘘をついているようには見えなかった。

「それから、あなたはこの人を奪うのかって言いましたよね?この人がなにをしたか知っているんですか?」

シャンテがなにをしたか?
都市の調査という任務中だと言うのに、味方であるはずのフェリを襲い、レイフォンを殺しに来た。
それだけで十分問題行為であり、返り討ちにあっても文句は言えない。
だが、そんなレイフォンの声などゴルネオにはもう聞こえていない。

「嘘だ……嘘だ……」

膝をつき、手を床につけてゴルネオはポツリポツリとつぶやく。
それほどまでに、レイフォンから突きつけられた事実が信じられないのだろう。
だが、そんなこと、レイフォンには関係ない。

「ごる……ごる……」

「人の心配をしている暇はありませんよ」

とても弱々しい声で、シャンテがゴルネオの心配をしている。
だが、今の彼女は自分自身の心配をするべきなのだ。
レイフォンの刃が、シャンテの命を刈り取ろうと振りかぶられる。

「さようなら」

言って、レイフォンが剣を振り下ろす。
シャンテは弱々しい声のままゴルネオの心配をし、ゴルネオは嘘だとつぶやきつけている。
そんなことはレイフォンには関係ない。シャンテを殺し、ついでにゴルネオを殺す。

「レイフォン!!」

だが、そう決意して振り下ろされた剣を止める声。
その声に反応し、レイフォンの剣がシャンテの首筋ギリギリで止まった。

「お前……何をしている?」

「隊長?」

現れたのは第十七小隊の隊長、ニーナ。
彼女はレイフォンの事が心配でここに来たのだが、何故こんな事になっているのか理解できなかった。
ゴルネオとシャンテがここにいるのもそうだが、なんでシャンテは血だらけで倒れている?
なんでゴルネオは膝をついている?
なんでレイフォンは剣を持ち、それをシャンテに向けている?
なんで?なんで?

「邪魔をしないでください。今からこの人を殺すんですから」

「なっ……」

そして今、なんと言った?
殺すと言った。いつものレイフォンからは想像できない雰囲気を放ち、底冷えしそうなほどの冷たい表情でニーナに言う。
狂っている。そうとしか思えなかった。
ニーナに向けられた今の言葉だが、レイフォンの視線はシャンテに向けられたままだ。彼女の姿すらレイフォンは見ていない。

「お前は何を言って……」

「フェリからの念威が途絶えましたよね。それは彼女が原因です。都市の調査という任務中にフェリを襲って、僕を殺すと言って仕掛けてきたんですよ。返り討ちで殺されても、誰も文句は言えないはずですが」

「だからって……」

やりすぎだ、ニーナはそう続けようとした。だが、続けられない。
射殺さんばかりの視線を、レイフォンが向けてくる。
その殺気に、ニーナは言葉が詰まった。

「うるさいですね。それ以上邪魔をすると言うのなら、いくら隊長でも……」

その先の言葉を、レイフォンが言う事はなかった。
彼が言おうとした矢先に、別の人物の声が乱入したからだ。

「何をしてるんですかあなたは?」

「フェリ!?」

念威端子越しに聞こえるフェリの声に、レイフォンの表情と視線から冷たいものが消えた。
浮かんでくるのは安堵。フェリの声を聞けた事に安心し、表情に柔らかいものが感じられた。
さっきのレイフォンとはまるで別人だ。

「無事だったんですね?怪我はありませんか!?」

その安堵の表情も一瞬だったが、今度は心配そうな、フェリを気遣うような表情で問いかける。
とても優しそうなその表情は、どちらにしたってさっきのレイフォンとは別人だ。

「ええ、気を失っていただけで、特にたいした怪我はありません。ところでフォンフォン、私の事で怒ってくれるのは嬉しいんですが……やりすぎです」

「う……すいません」

ニーナの言葉ですら止まろうとしなかったレイフォンを、フェリは念威越しの言葉で押し止め、謝罪させる。
そんな説教を受けているレイフォンを見て、ニーナには複雑な思いが浮かぶ。

「取り合えず、今からすぐに行きますので少し待っていてください」

「おい、レイフォン!」

フェリの説教もある程度終わったのか、そういってレイフォンはすぐさまフェリの元へと向う。
ニーナが抑止しようとするが、意にも返さずに全力で彼女の元へと向った。

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」

「う、ぁぁ……ゴル、ごる……」

虚ろな目で呆然とするゴルネオと、傷だらけでもゴルネオの心配をするシャンテと共に、ニーナは取り残された。






































違和感によってリーリンは目を覚ます。
場所は寮の自分の部屋。そしてベットで眠っている。
そのこと自体は可笑しくない。可笑しくないのだが……自分はどうしてここにいるのだろう?
そして、もうひとつの最大の違和感は……

「……………あ」

「……………なにしてるんですか?」

四つんばいで、覆いかぶさるようにリーリンの上に乗っている女性、シノーラの存在だ。
何故かパジャマ姿のリーリンの、パジャマのボタンを上から順に外している。

「やぁ……やっぱ、ブラしたままだと寝苦しいかな~?と思って」

「余計なお世話です」

「だってこのブラ、がっちりあれであれする補正物じゃないの。リーちゃんったら普通でもそんなのが必要ないくらいにあるのに、こんなのしてたら苦しいでしょうに」

「だから……余計なお世話ですから」

シノーラを押しのけて起き上がり、リーリンはパジャマのボタンを止めなおす。
大北ボタンが四つあるだけのパジャマで、そのうち二つが外されていた。白いブラがハッキリとあらわになっており、リーリンは赤くなりつつため息をつく。

「まったくもう……」

そういって冷静になり、何かを思い出した。自分がここにいる理由は知らないが、その前になにがあったのかを。
ここ最近、何かが可笑しかった。
天剣授受者であるサヴァリスとリンテンスが現れ、誰かに狙われているからと言う事で内密に護衛を受ける事となった。
その理由も知らされずに、ただレイフォンに関係あるとだけ聞かされた事実。
その事に疑問を持ちつつ、リーリンが日常を過ごしていると……襲われた。
養父のところにいて、その襲ってきた人物はレイフォンがグレンダンを出る原因となった相手、ガハルド・バレーン。
だが、彼の様子は明らかに可笑しく、リーリンにはよくわからないが変だった。
どう説明すればいいのかはわからないが、養父であるデルクは『人を捨てた』などと言っていた気がする。
そんなガハルトに襲われて……デルクは倒れて……
混乱してうまくまとめられない記憶の中に、何故かぶらを外そうとしたシノーラの姿が思い浮かぶ。

「先輩……父さん……は?」

聞こうとして、言葉が何故か尻すぼみに消えていく。
頭の中に浮かんだのは最悪の結果で、もしそうなっていたら……

「大丈夫だよ」

今にも気を失ってしまいそうな気分のリーリンに、シノーラが優しく笑いかけた。

「リーちゃんのお父さんは病院にいる。大丈夫、時間はかかるけど、治るよ」

「……よかった」

いつの間にか全身にこもっていた力が抜け、浮いていた腰がベットに落ちた。
安心すると、今度は目頭が熱くなる。

「本当に……よか……」

言葉にならず、喉が痙攣するように震える。
涙が目から溢れ、嗚咽を手で押さえた。
止まらない涙に両手で顔を追ったリーリンを、今度はふざけたりせずに優しくシノーラが抱きしめる。
リーリンは我慢できずに、シノーラの胸で盛大に泣いた。
また失うと思った。また、リーリンの前から大切な人がいなくなるのかと思った。
そうならなかった事に安心し、緩みきったこの感情を抑えきれない。
リーリンは泣き続け、やがて泣き疲れたようにシノーラの胸の中で眠りに落ちた。



「……あの子を、外に出したのは失敗だったかな?」

眠りに落ちたリーリンをベットに戻し、シノーラは部屋を出た。
間違ってもリーリンには聞かれないように、声を潜めて廊下に流す。

「でも、他にどうしようもなかったのよね。ごめんね」

か細いため息と共にリーリンに詫び、シノーラは休日が明けた時にいつものリーリンに合えるように祈りながら扉を閉めた。






































夜となり、暗闇が辺りを支配する。
調査から戻った第十七小隊と第五小隊。
建て前的には事故と片付けられ、第五小隊副隊長のシャンテが重傷で入院している。
こうなった原因はレイフォンにあるのだが、任務中に味方を襲って、更にはレイフォンを殺そうとしたとなれば、返り討ちにあっても文句は言えない。
非はシャンテのほうにあり、むしろシャンテのための処置と言ってもよい。
そして、第五小隊隊長のゴルネオだが、彼からはなぜか覇気が消えていた。
彼も胸を切り裂かれると言う怪我を負ったが、それでもシャンテに比べれば随分マシで、目に見えるまでに気落ちするほどではない。
今のゴルネオは落ち込んでいる。悩み、苦悩している。
そんなゴルネオの心境とは正反対の、降るような、綺麗な星空の下に、二つの都市が並んでいた。
ツェルニと、結局は名前すらわからなかった廃都。
その都市はまるでツェルニの影の様にたたずんでおり、それを一望できる外縁部にはひとつの光がある。
街灯などがもたらす光ではなく、黄金色だった。その光は淡く、闇を優しく押しのけるように浮いている。
その光の正体は、童女だ。自分の身長よりも長い髪をたらした、裸身の童女。
都市の意識。電子精霊と呼ばれるこの都市の自我、ツェルニ。
普段なら機関部の中を出ない彼女が、都市の外にいる。
ツェルニの大きな瞳が、どこかぼんやりとした様子で空を見上げていた。
そのツェルニの前に新たな光が現れ、ツェルニはそこに視線を下げた。

そこにいたのは、黄金の牡山羊。その姿を見て、ツェルニの瞳には悲しみの色が宿る。
牡山羊はただ黙って、ツェルニの前で首を振った。
そこでどんな会話がされたのか……それは決して人間の聴覚では聞き取る事が出来ないものだった。
ほんのわずかな遭遇。それだけのやり取りを終え、牡山羊は姿を消す。
ツェルニは名残惜しそうに宙で何度か回転すると、機関部を目指して飛び去っていった。
後に残ったのは、変わることのない学園都市の夜だけだ。





























あとがき
突っ込みどころ満載ですが、取り合えずこれで原作3巻分が終了~!
そしてシャンテの不人気ぶりに吹きました(汗
いや、確かに自業自得と言うところもありますが、シャンテはもう死んでいいみたいな意見に作者が唖然とするほどでw
いや、展開的にもまさか殺すわけにはいかず、とりあえずは重傷ってことで……
ですがこれでシャンテ、レイフォンには強烈なトラウマを持ちました。

ふぅ……ヤンデレレイフォンを書く事に気を取られ、今回の話にはまったく構成が出来ていませんでした。故に難産。何度書き直したことか……
ゴルネオもゴルネオでショック受けてるので、今は絶賛落ち込んでいます。今頃、グレンダンに向けて手紙を書いてるころでしょう(苦笑


しかし、レイフォンに廃貴族が憑く案は素直に受け入れられたようで一安心ですw
一度オリジナルの電子精霊も出すかなんて考えましたが、ここのレイフォンなら別に憑いても可笑しくはないと思いましてw
あぁ……ますますニーナがいらん子に……
問題は原作6巻の場面。果てさて、どうなる事やら……



それはそうと、うちの地域、地元の熊本では漫画や雑誌、コミックの発売日が遅れるんですよ。
コンプエースで例えるなら26日発売のがこちらでは28日くらいになったり。間に土日が入れば更に遅れて……
そんなわけで、前回上げた時にはまだ読んでなかったんですけどね、いやぁ、個人的にはvividと恋姫無双が面白いです。
華琳が可愛かったですねぇ。っつか、一刀ォ!!
あの展開はかなり羨ましかったです。ぶっちゃけ、最寄の店に恋姫の在庫があったら、リトバスではなくそっち買ってました。
いや、リトバスはリトバスで面白いので、別に後悔はしてませんが。来々谷さんが好きです!

さて、そんなこんなで今回はこれで。
では~



[15685] 21話 外伝 シスターコンプレックス
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/05/27 18:35
この作品は本編にあまり関係なかったりします。それとフェリ成分が薄いです。それでも見ますか?
















































































分かりました、ならば止めません。先に言っておきます、ギャグです。
それでは、始まります。



























「君達を呼んだのは他でもない……彼らが動く」

「なに?」

カリアンは生徒会室にヴァンゼ及び第一小隊のメンバーを呼びつけ、神妙な表情で言った。

「既に彼らは何度か行動を起こしていてね。今までは傍観してきたが、さすがにこれからもそういうわけには行かない……これは、ツェルニの未来に関わることなんだよ」

「それほどのことか……」

カリアンの言葉、そして今まで見たことも無いような真剣な表情にヴァンゼは息を呑み、このことがそれほどまでに重大なのかと思い知らされる。

「今まで後手に回るしかなかったんだけど、流石に私としてもこれ以上放っておくつもりはない。私はね、護りたいんだよ、この都市を。ツェルニを愛しているんだ」

「その志は俺達も同じだ」

「そうだね……今回の任務はそれを成すにはとても重大なことだ。単純な戦力ならば第十七小隊が最強かもしれないが、私は小隊としての最強は第一小隊だと思っているよ。経験、チームワーク、これらは第十七小隊にはないものだ」

「確かに……第十七小隊は個人の戦力に頼りきっているところがあるからな。エースさえ抑えれば付け入る隙はある」

「頼もしいね」

他愛の無い会話を交わし、カリアンが少しだけ笑うが、その表情はすぐに引き締まる。

「今回の任務では期待しているよ」

「ああ、まかせろ」

「決行は明日だ。今日はしっかりと休み、明日に備えてくれたまえ」

ヴァンゼにそう告げて、カリアンは退室を促す。
それに従い、ヴァンゼが生徒会長室を出たところで、今まで無言だった第一小隊副隊長に語りかけた。

「……ひとついいか?」

「なんです?隊長」

副隊長の顔を正面から覗き込み、ヴァンゼは真顔で尋ねる。

「彼らって……誰だ?」

「知らないんですか!?」












































「フォンフォン、待ちましたか?」

「いえ、今来たところです」

「そうですか」

待ち合わせ場所にて遭遇するレイフォンとフェリ。
今日は休日。場所は都市の繁華街。。
今日は2人してショッピングの予定なのだ。

「それじゃ、行きましょうか?」

「はい」

レイフォンとフェリは頷き合い、休日で賑わう繁華街の人ごみの中へと消えていく。





「動いたか、追うぞヴァンゼ」

「ちょっと待てぇぇぇ!!」

そんな2人を背後から観察し、追いかけようとする人物。
フェリの兄であり、生徒会長のカリアンだ。そんなカリアンに向け、ヴァンゼから鋭い突っ込みが入る。

「なんだね?私は急ぐんだよ。でなければ見失ってしまう」

「お前、なにィィィ!?彼らってあれか?要するに妹の彼氏と言うことか!?」

「ふ……ヴァンゼ、何を言っている?確かに最近、レイフォン君とフェリは仲が良い。私としてもフェリの幸せは望むことで、2人が幸せならいいんだ。だがそれとコレとは違う。お兄ちゃんはまだ、レイフォン君がフェリに相応しい彼氏などとは認めていない!!」

「黙れ!俺はお前が生徒会長であることを認めん!!」

強烈な脱力状態になりつつ、ヴァンゼは真顔なカリアンに呆れ果てた視線を送る。

「お前確か……この件は都市の未来を左右するみたいなことを言ってたな?」

「言ったとも。あの2人はツェルニ最強の武芸者と、ツェルニ最高の念威操者だよ。まさにこの都市の行く末を左右していると言ってもいいじゃないか」

それはレイフォンとフェリを当てにし、他の武芸者を当てにはしてないとも取れる言葉。
実際にその通りなのだろうか?
腹立たしいが自分達に力が、実力が無いことは事実であり、それはツェルニを襲った幼生体を撃退できなかったことからも理解できる。
情けない話だが、あの時レイフォンがいなければ間違いなくツェルニは滅んでいただろう。
そのことに苦虫を噛み潰しつつ、ヴァンゼはカリアンに問う。

「つまりお前は、そんな屁理屈で執務をサボり、俺達第一小隊を呼びつけてデートの監視をしろと?付き合ってられん」

「おぃおぃ、ヴァンゼ君。私をみくびって貰っては困るよ。まず、執務なら昨日のうちに全て終わらせた。だから私は今日はフリーだ。そして目的だが、監視ではない。いや、まぁ……監視でも間違いではないが、私がレイフォン君はフェリに相応しくないと判断したら……抹殺だ」

「出来るかァァ!!」

二重の意味で突っ込む。
対面的にもそんな理由でレイフォンを抹殺するわけには行かないし、そして何より戦力的に不可能だ。
レイフォンがその気になれば、彼1人でこの都市は滅ぼされる。

「私は考えたんだ。そりゃ、レイフォン君は良い人物だ。顔も良く、武芸も強く、しかも料理が出来て家庭的。その上優しいと来ている。本当に好物件でフェリを任せてもいいと思えるほどに。だが、彼の周りには彼に好意を寄せる人物がいるじゃないか!もし彼がフェリを捨てたりして悲しませるようなら……私は全権力と力を使ってレイフォン君を排除するよ!」

「色々考えすぎだ!ギャングかお前は!?」

「妹のためならば神にでもギャングにでもなる。それが兄と言うものだよ」

暴走気味なカリアンに盛大なため息をつきつつ、ヴァンゼは第一小隊の隊員達に命じる。

「帰るぞ。時間を無駄にした」

「待ちたまえ!」

だが、そうはさせない。
カリアンががしっとヴァンゼの肩をつかみ、一般人とは思えない威圧感を放ちながら言う。

「君はコレほどまでに力説しているというのに私の気持ちが分からないのか!?」

「分かりたくもない!」

「つれないなぁ……私と君の仲じゃないか」

「金輪際縁を切ろう。お前と俺は無関係だ!」

「はぁ……わがままだねぇ」

「どっちがだ!?」

ため息をついて首を振るカリアンに殺意を抱きつつ、ヴァンゼは疲れ果てた表情で肩を落とす。

「む……ホントにやばいな。行くぞ君達!」

「話を聞けぇ!!」

原因のカリアンは既に遠くとなったレイフォンとフェリを見て、焦りながら追いかけていく。
その様子に一際大きなため息をつきつつ、ヴァンゼは第一小隊の面々に伝えた。

「お前らは帰っていいぞ。あいつの面倒は俺が見る」

「はぁ……隊長も大変ですね」

「まったくだ」

本来なら放っておきたいところだが、あのカリアンを放ってはどんな暴走をするかわからない。
それとは別に、自分はカリアンとは長い付き合いだがいやいやながらも面倒を見ることにした。

「それでは」

「ああ」

ヴァンゼは隊員達を見送り、何度目か分からないため息をついてカリアンを追いかけるのだった。




































「服、見に行きますか?またジェイミスさんのお店とか」

「絶対に嫌です」

「そうですか……」

どこか残念そうなレイフォンだが、フェリと楽しそうに会話を交わしながら2人で歩いている。
フェリは無表情だ。表情の変化が小さく、分かりにくい。
だけど家族だからこそ、兄だからこそ分かる変化。
レイフォンの前で比較的楽しそうな表情をするフェリに。カリアンは頬が引き攣った。

「仲がいいじゃないか……」

「落ち着けカリアン。その程度のことで動揺するな」

「そうだね……この程度のことでは……」

深呼吸をし、落ち着くカリアン。
この程度でレイフォンにジェラシーを感じてはいけない。
いくら自分の前ではフェリはそんな顔をしないとはいえ、フェリが楽しそうなのは兄としても嬉しいことだ。
息を大きく吸って、吐きながらカリアンは落ち着こうとする。


「じゃあ、どこ行きましょうか?」

「そうですね……そういえばフォンフォン、新刊が出るらしいので私は本屋に行きたいんですが」

「わかりました。それじゃ、まず本屋に行って、その後に何か食べますか?」

「いいですね。甘いものがいいです」

「う……」

「そういえば、フォンフォンは甘いものが苦手でしたね」

何気ない会話。
だが、その会話でフェリが笑った。
小さく、苦笑するような笑みだが、それでも無表情ではなく確かに笑った。
念威操者故に感情表現の苦手なフェリだが、レイフォンの前では、レイフォンの前だけでは笑えるのだ。

「行けヴァンゼ!」

「行かんわ!!」

それにジェラシーを抱いたカリアンがヴァンゼに行くように言うが、当然ヴァンゼはそれを拒否。


「それはそうと、早く本屋に行きましょう」

「そうですね。フェリ……」

「……はい」

今日は休日ということもあり、人が多い。
人ごみの多いこの場所で、小柄なフェリとはぐれないようにレイフォンは彼女へと手を伸ばす。
フェリはその手を取り、レイフォンと共に本屋へと向けて歩みだした。

「もういい、私が行く!」

「落ち着け!!」

そんなカリアンを羽交い絞めにして止めるヴァンゼ。
いつも余裕のある笑みを浮かべている彼からは想像も出来ない奇行に、付き合いの長いヴァンゼも引いてしまう。





本も選び終え、軽く何か食べようと言う事で喫茶店へと入るレイフォンとフェリ。
レイフォンはパスタを注文し、フェリはケーキセットと紅茶を注文した。

「このケーキ、おいしいです。甘さが抑えてあっておいしいですよ」

「そうなんですか?じゃあ、食べてみようかな?」

「フォンフォン、あーん」

「……フェリ?」

「あーん」

「……………」

「あーん」

レイフォンの口の前にケーキの切れ端を持ってくるフェリ。
それになんとも言いがたい顔をするレイフォンだが、結局はフェリに押し負けて口を開ける。
そこに放り込まれたケーキを噛み締め、レイフォンは口内に広がる甘味を感じた。

「あ、確かに。甘いですけど、これはおいしいです」

「でしょう」

満足そうに頷くフェリ。

「……殺そう」

「1人でやれよ」

引き攣った表情で、実現不可能なことをつぶやくカリアン。
もはやヴァンゼは、真面目に取り合うつもりはなかった。
付き合うのも馬鹿らしくなり、何でここにいるのかと思いながら帰ろうかとさえ考えている。















「……フォンフォン、気づいてますか?」

「へ?ああ、会長と武芸長がつけてきていることですか?」

「そうです」

喫茶店を出て、2人してまた街中を歩く。
その途中で、不意にフェリがレイフォンに尋ねてきた。

「と言うか、気づいてたんなら何で言わないんですか?」

「いや、偶然かなって……敵意とかは感じませんでしたし」

「そんなわけないでしょう。まったく、いつからつけて来たのか……」

ため息をつくフェリ。
何と言うか、レイフォンはこういった事には鈍いと思う。
フェリとしても不満があるわけではないが、もう少ししっかりして欲しい。
そしてレイフォンは気づいていない。敵意なら、カリアンがビンビンに送っていたことを。

「……とりあえず」





「む……これは?」

「念威端子だな……」

カリアンとヴァンゼを取り囲むように浮かぶ念威端子。
まるで逃げ場を奪うようなその羅列にカリアンとヴァンゼは冷や汗を掻く。

「念威爆ら……」

嫌な予感はあった。そしてその予感は現実となる。
念威爆雷。
念威端子を爆弾へと変え、2人を爆発が包み込む。





「これでいいでしょう」

その結果に満足そうにつぶやくフェリ。

「行きましょ、フォンフォン」

「あ、はい……」

呆けるレイフォンを引き連れ、デートを再開するのだった。





「ふっ、ふふ……ばれていたのか」

「カリアン。ひとつだけ言っておく……次は絶対にお前の言うことなど聞かないからな」

ある程度手加減された爆発のため、そこまでの被害はないカリアンとヴァンゼ。
だが、2人ともボロボロで、ヴァンゼは二度とカリアンには付き合わないと心に誓うのだった。




















あとがき
原作3巻分が終わったので、前に書いてた短編を。
壊れです、ギャグです。本編にはあまり関係ありません。
既に何度かデートしている設定。落ちが弱かったかなどと没にしようと思いましたが、折角なので上げることにしました。
書いてこのネタ振りで銀魂を思い出しました。
コミック8巻のあの場面ですね。まぁ、お遊びでやった今回の話ですから、次回は4巻を編を始めたいと思います。
その前にありえないIFの物語第二部を上げるかな?そろそろ再開したいと思っているこのごろ。
まぁ、どうなるかは予定は未定ですが。



で、雑談ですがリトバスは現在来々谷唯湖を攻略中。1番手に姉御ですw
現在ちょびちょびやってて、やっと野球の試合のとこまで進めましたが、キャプテンチームつえっ!!
つーか、鈴が打たれすぎ!あれでどうやって勝てと……
エラーも多いんですよね……

恋姫の在庫が手に入らないこのごろ。ネットオークションってのはどうもやり方がわからないと言うか、やるのが怖いと言うか、そんなこんなでそれを利用する気にはならないんですよ。
戯言はこれで締めつつ、次回も頑張ります。



[15685] 22話 因縁 (原作4巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:94f0c2a6
Date: 2010/05/08 21:46
開始のサイレンと同時に、停止していた空気が爆発したように動き出す。
その空気の中で1人、シャーニッドは激流の様に動き出す気配の隙間を抜け、慎重に、素早く移動する。
手にした軽金錬金鋼の狙撃銃が音を立てないように気をつけ、走る。

音を立てないこと、他人に自分の存在を知られないこと……これがこの時のシャーニッドの役目だ。
おそらく対戦相手の小隊、特に念威操者は必死になってシャーニッドを探していることだろう。その監視の目をくぐって進む事に、シャーニッドは腹の奥に塊が出来るような緊張感を覚える。
慎重に行動しなければならないと言うのに、焦れて暴走したくなる。
もしここで、大きな声でも出せばどうなるか?
そういう、馬鹿な想像が頭の中をよぎっていく。
全てを台無しにしたい……そんな未来への懸念を絶対的に無視した、現在だけの欲求を弄びながら、シャーニッドが作戦位置に辿り着いた。
敵の武芸者や念威操者に見つからないように、静かに活剄の密度を上げて視力を強化する。
念威操者のサポートのみでも敵を捉える事は出来るが、どうしても察知から行動までにワンアクション、余計な過程が入ってしまう。
武芸者同士の戦いでは速度が重要だ。削れるものは削ったほうがいい。
そのワンアクションを削るため、シャーニッドはソリッドになる。
この瞬間、シャーニッドは弾倉に放り込まれた弾頭に注がれる剄の境地になる。
弾倉の中にジャラジャラと詰まった固形麻酔薬の弾丸。そのひとつ、バネ仕掛けで薬室に運ばれた弾丸に剄を纏わせる。
引き金を引くと薬室内に一点だけある紅玉錬金鋼が弾丸を覆う剄の一部を変化させ、火炎化、膨張、爆発し火気を纏った剄弾を撃ち出す。
それら一瞬で行われる過程を感じる事が出来る。後はその瞬間を待つだけ。

野戦グラウンドの中央では戦いが起きている。
中央を貫く黄金の奔流を見つめる。奔流の正体はシャーニッドの仲間だ。
ダルシェナ・シェ・マテルナ。
巨大な突撃槍(ランス)を突貫するダルシェナの姿は、氾濫した河川のようでもあり、同時に一筋の矢のようでもある。
黄金の河川の氾濫。無数の螺旋を描く彼女の金髪を見ていると、そう思ってしまう。泡立つ奔流を引き連れて行進し、あらゆる敵を薙ぎ倒し飲み込んでいく。

その氾濫を止めさせないためにシャーニッドが、そしてもう1人、ディン・ディーがいる。
シャーニッドが奔流を遮ろうとする堰に穴を穿つ役目ならば、ディンの役目は穴を押し広げる事だ。
引き金を引く。念威操者からの情報を自分の目で確かめ、剄弾を放つ。
フラッグに向って突貫するダルシェナを止めようと、横から強襲しようとした敵小隊員を狙撃したのだ。
3人いた敵小隊員のうち1人が倒れる。出鼻をくじかれ、怯む小隊員に影の様に接近したディンが襲い掛かる。
そのディンに援護でもう1発撃つと、シャーニッドは場所を変更するために立ち上がった。
味方の念威操者が、こちらに接近してくる気配を伝えてきたからだ。
そうでなくとも、射撃位置がばれては命中率が落ちる。

移動する前に、シャーニッドは止まることなく直進するダルシェナを見た。直に陣前で防衛する小隊員との戦闘となる。
その時こそダルシェナの最大の攻撃力を発揮する瞬間で、その場面で何も出来ないような事になってはいけない。
彼女を最大の効果が発揮できる場所へ連れて行く。それがシャーニッドとディンの役目だ。
移動を急ぐ必要があるのだけど、シャーニッドはダルシェナの背中を見つめた。

(今日は勝つな)

フラッグから視線をそらさず、一直線に突き進む彼女を見ていると、シャーニッドはそうかんじる事ができ、移動を急いだ。

そうかんじたあの日から、1年が過ぎた。






































「あたしは嫌だからな」

「へ……?」

朝一番、図書館前の芝生で仮眠を取っていると、ナルキに胸倉をつかまれてこう言われた。
ツェルニは現在、セルニウム鉱山での採掘作業もあって休講となっていた。
生徒会の発表では、発掘作業は1週間ほどかかるらしい。
実際の発掘作業は重機を扱える工業科の生徒と、肉体派の有志達によって行われるのだが、他の科も彼らをさまざまな面で支援するので、下級生達の授業を行う上級生の数が足りなくなる。
そのための休講、休みであり、代わりに課題が出されるのだ。

レイフォンは機関掃除のバイト後、急いで寮へと戻って昼食を用意し、スポーツバックを枕に眠っていた。
前日に、メイシェン達から休暇中の課題を片付けてしまおうと提案され、いつも昼食を取る5人で図書館に集まる事にしたのだ。
そのまま部屋で仮眠を取ると寝過ごしてしまいそうだったので、ここならばメイシェン達が来れば起こしてくれるだろうと図書館の開園時間まで眠る事にした。
それで、レイフォンはその思惑通りに起こされた。
ただ、予想と違っていたのはレイフォンを起こした人物、歩み寄ってきたナルキがいきなりレイフォンの胸倉をつかんだことだろう。

「え?え?」

胸倉をつかまれたまま、レイフォンはわけがわからないまま辺りを見渡した
ナルキは、なんだかとっても怒っていた。その後ろで、ミィフィとメイシェンも困惑している。彼女達もわけがわかっていないのだろう。

「朝からいきなり、なんなんですかあなたは?」

既にフェリも来ており、ナルキの暴挙に不機嫌そうな無表情で疑問を投げかける。

「レイとんだろう、隊長さんにあたしの事言ったのは。それともフェリ先輩ですか?」

「は?」

「へ?」

だが、わけがわからずにレイフォンとフェリは同時に首をかしげた。

「なんて言ったのか知らないけど……あたしは絶対に嫌だからな」

「……ごめん、まったく事情が飲み込めないんだけど」

「説明を要求します」

「……レイとん達じゃないのか?」

レイフォンとフェリの言葉に困惑した様子で、ナルキは胸倉から手を放す。

「だから、なに?」

姐御肌で、いつも落ち着いた雰囲気のあるナルキなのだが、今は何故だか取り乱している。

「だから、隊長さんだよ。隊長さんがあたしのところに来たんだ。昨日の晩、署の方に」

「……あ、ああ」

「……………」

その言葉にレイフォンが引き攣った表情で頷き、フェリは無表情のまま頭を押さえる。
そのしぐさにナルキが反応した。

「やっぱり、レイとんだな!?」

「違うよ、僕は何も言ってない。いや、言ったかな……?あ、待って待って、言ったけど、それは隊長に意見を求められたからだよ。隊長は最初からナルキに目をつけていたんだって」

再び胸倉をつかまれそうになって、レイフォンは慌ててナルキを止めた。

「なんでだ?」

「知らないよ」

ナルキが『むう』と唸る。レイフォンはすっかり目が覚めてしまった。

「えーと……まるきり事情が飲み込めないんだけど」

それまで黙っていたミィフィが手を上げて質問する。
メイシェンも何事かと気になり、無言でこくこくと頷いていた。

「なにがどうなってんの?」

「……レイとんとこの隊長さんにスカウトされた」

「……ええっ!?」

苦々しい顔で答えるナルキに、2人が驚きの声を上げる。
つまり、ニーナがついに行動を起こしたと言うことだ。
前回の都市の調査中にも言っていたが、ナルキに目をつけており、3日後に予定している合宿前に彼女をを入れたいと考えたのだろう。
少数精鋭を気取るつもりはないと言っていたし、前回の調査の時にも隊員(人手)がいればどうにかなっていた危機があった。
特にレイフォンはそのことを痛烈に実感したために、隊員を増やすという考えに反対はない。むしろ賛成である。
だが、ニーナがナルキにどこで目をつけたのかまではわからない。話題には出ていたので、いつかナルキに話がいくと思っていたのだが、それが昨日だったらしい。

「いい迷惑だ」

図書室の自習室でレポートを取りながら、ナルキがはっきりと言う。

「あたしは、小隊員になるつもりはないからな」

「うん、まぁ、そうだろうなぁとは思ってたんだけど……」

だが、それでニーナが諦めるとは思えない。
第十七小隊の弱点ははっきりしている。人数不足だ。
戦闘要員が最大7人まで許されていると言うのに、最低数の4人しかいない。
対抗試合で攻撃側に回ればまだやりようはある。隊長のニーナが倒れない限り負けではないので、その間にレイフォンやシャーニッドがどうにかすればいい話である。
だが、防御側に回ると人数の差の問題がはっきりと出てくる。
護らなければいけないのはまるで動かないフラッグで、単純計算で隊員全員が1人ずつ足止めしたとしても、最大7人の小隊相手なら3人が自由に動けることになるからだ。だから隊員は1人でも欲しい。
だが、隊員になれそうな実力の生徒は既に他の小隊に取られているし、またいたとしても、比較的低学年層で構成されている第十七小隊に入りたがる上級生はいない。
そんなわけでニーナは、1,2年生の中で将来有望そうな生徒に声をかけることにしたのだ。それがナルキである。

「あたしは都市警で働いていたいんだ。レイとんやフェリ先輩には悪いけど、小隊員なんてやっている暇はない」

「うーん、それは僕もわかってるんだけどね」

「本人の自由ですし、それについては何にもいいません。むしろ問題なのは隊長のほうです。まったく、困った人ですね」

ナルキの気持ちはわかるが、だからと言ってどうにかできるわけではない。
ニーナは一度思い込んだらまっすぐに突き進む。それは凄いと思うが、他人からすれば迷惑だと感じることもある。
一度こうと決めたら曲がれず、止まれない。そんな猪みたいな性格をしているのだ。

「いいじゃん、なっちゃえば」

課題に飽きたらしいミィフィがペンを投げ出し、気楽に言う。

「気楽に言うな」

「えー、どうしてよ?レイとんだって小隊にいて機関掃除のバイトもしたりしてるじゃん。隊長さんだってレイとんと同じバイトだし、出来ない事はないと思うよ?」

一番きついと言われる機関掃除のバイトをやっているレイフォンとニーナ。
そんな彼等が小隊に所属しているのだから、ナルキも都市警に所属しながら出来るのではないかと言うミィフィ。

「出来る出来ないなら、そういうやり方もあるだろうさ。だけどあたしは半端な真似をやりたくないんだ。あたしはレイとんほど器用じゃないし、実力があるわけでもない」

「実力はともかく、フォンフォンが器用だと言うのは語弊が生じます」

「なんか酷くないですか?フェリ」

ナルキの言葉にフェリが突っ込みを入れ、それにレイフォンが苦笑いをする。
レイフォンは器用ではない。普段の行いからもそう取れるところもあり、そして不器用だからこそグレンダンでは天剣を剥奪されて追放されるなんて結果になってしまったのだ。
しかも、当初は武芸を辞めるつもりだったのに現在は第十七小隊の1年生エース。
武芸に関しては開き直りつつあるものの、とても器用な行動を取っての結果とは思えない。

「とにかく、レイとん。あたしが嫌だって言うのをちゃんと伝えておいてくれよ」

「……がんばってみる」

ナルキに念押しで言われ、レイフォンは困ったような表情でうなずくのだった。





































そんな話をしていたので、課題にはあまり集中できずに、朝食を取った後も雑談ばかりしていた。
時間が来て解散となり、レイフォンとフェリはメイシェン達と別れて練武館へと向う。
最近暖かくなってきた。
夜の肌寒さもなくなり、昼間は制服をキッチリと着ていると汗ばむ事もある。
都市が暑い地域に入りだしたのだ。
今はセルニウムの補給で足を止めているが、再び移動を開始すれば温度はまた上がってくるのかもしれない。
強くなってきた日差しを浴びながら、レイフォンとフェリは練武館へと入った。

本来なら、練武館の内部はひとつの膨大な空間なのだが、それをパーティションでいくつもの部屋に分けられている。
防音効果のあるパーティションを揺るがす訓練の音がひしめく中を進み、第十七小隊へと割り当てられた部屋へと入った。
他の部屋から聞こえる音に比べ、ここは静かだった。
比較的、静かだった。

「おはようございます」

ドンドンと言う音が間断なく部屋の中で鳴り響いている。
最初に来るのがニーナだと言うのが、いつもの事だ。
そのニーナは、パーティションの立てかけられた板に、両手に持った黒鋼錬金鋼の鉄鞭で無数の硬球を打ち込んでいる。

「む……」

板から跳ね返ってくる硬球を鉄鞭で打ち返すニーナだが、レイフォンからかけられた声に反応し、盛大に空振りをする。
それをレイフォンは、すぐさま青石錬金鋼の剣を復元させ、まとめて打ち返す。
それはニーナを避けるように板へと向い、再び跳ね返ってきた硬球を気を取り直したニーナが再び打ち返す。

「ナルキに声をかけたんですね」

「……ああ」

「僕が怒られたんですよ」

言いながら、活剄を全身に流して体の調子を上げていたレイフォンに向けて硬球を打ってきた。
跳ね返ってくる硬球の全てをだ。
レイフォンは再び剣で、全てそれを打ち返す。

「あそこまで嫌がるとは思わなかった」

ニーナが意外そうな口調で言い、レイフォンに打ち返された硬球を打ち返す。
そのまま、レイフォンとニーナは硬球を打ち合い続ける。

「相手の都合を考えないのが悪いんですよ。そもそも、なんで署にまで押しかけたんですか?」

「む……」

フェリの吐く毒に苦い顔をしつつ、ニーナは口を開く。

「目を付けていたのは前に言ったな?そろそろ期限だと思ったからな」

「期限?」

その言葉に、レイフォンが首をひねる。

「武芸大会……都市との縄張り争いは、何時始めますなんて告知はないだろう?」

「ああ、そうですね」

武芸大会と銘打たれ、それは学園都市連盟に管理されているとは言っても、都市は基本、自らの意思で歩き続ける。
それを管理し、何時武芸大会を始めるかなんて誰にも定める事は出来ない。

「学連の審判員がまだ来てないのは気になるが、審判なしで試合が始まる例はよくあることのようだから、余りそれは当てにならない。私はそろそろ本番が始まるような気がするんだ」

「どうしてです?」

「セルニウムの採掘だ。試合の後、もし負けたらする事が出来ない補給だからな。やるなら今のうちだろう?」

「ああ、なるほど。そうですね、戦うなら、補給はしっかりしておいた方がいいでしょうね」

「そうだ。本来ぶつかり合わない都市がぶつかると言う事は、普段の移動半径から外れた場所を進むという事だ。そういう意味でも補給は必要だ」

ニーナの言葉に、レイフォンは武芸大会が近づいて何時のだと理解する。
今現在、ツェルニに残っているのは採掘作業をしているこの鉱山だけ。
この鉱山を失えば、ツェルニは緩やかな死を迎えるしかない。
ツェルニを出ればそれで済み、やり直しが出来るかもしれないが、レイフォンはこのツェルニで過ごしたかった。
フェリと出会い、仲の良い友人達が出来た。
小隊に入り、ニーナやシャーニッド達とも出会った。そんな場所が、ツェルニが好きになったから、レイフォンは武芸を続けようと思ったのだ。
その一番の理由は、フェリを護ると言う強固な気持ちなのだが。

「新人を入れるなら、今がギリギリだろう。実力的には追いつかなくても、自分の役割にそった動きを覚えさせるなら、今からでも遅すぎるぐらいだ」

そこで話が再びナルキに戻る。
硬球を打ち合い続けるレイフォンとニーナ。
そんなニーナに、フェリが再び毒を吐いた。

「なんにせよ、隊長に交渉ごとは向かないようですね」

「む……」

フェリの言葉に心外そうな顔をするニーナだが、それに構わずフェリは続ける。

「ナルキがあんなに怒っていた事もそうですし、そもそもフォンフォンの時だって交渉や話し合いではなく、強引に呼びつけて無理やり小隊に入れたじゃないですか。隊の長として、それはどうかと思いますが?」

「それはそうだが……そもそも、武芸科に在籍する者が、小隊員になれるのは栄誉ことでだな……」

「ご自分の価値観に他人を巻き込まないでください。迷惑です」

「むぅ……」

容赦のないフェリの言葉に、ニーナは困ったような表情をする。
その様子に苦笑し、レイフォンはニーナにフォローを入れた。

「まぁまぁ、フェリもそれくらいで。僕は別に十七小隊に入ったことは後悔してませんから。むしろ良かったとすら思ってますよ」

「レイフォン、それは……」

レイフォンの入れたフォローは本心だったのだろう。
第十七小隊に入ったのは後悔していないし、入って良かったとすら思っている。
それは間違いなく本心だ。だが、ニーナは疑問を抱き、それをたずねようとしたが思わず口を閉ざす。

「……いや、やはりなんでもない」

「?」

レイフォンが首をひねった。
自分でもなにを言っているのかと疑問に思った。
レイフォンが第十七小隊に入って良かったと言う理由。それにはフェリが関係しているのではないかと思ったからだ。
前回の都市の探索中に感じたことだが、レイフォンはフェリの事を特に気にかけている。いや、それはもはや依存していると言ってもいいかもしれない。
フェリの念威が途絶え、ニーナがレイフォンの元へ駆けつけると、そこではレイフォンがシャンテとゴルネオを殺そうとした。
当然、それを傍観する訳には行かないのでニーナは止めた。なにをしているのかと尋ねた。
レイフォンはそれに何の迷いもなく殺すと答え、それでも抑止しようとするニーナに言ったのだ。

『うるさいですね。それ以上邪魔をすると言うのなら、いくら隊長でも……』

この先の言葉を想像しただけで、ニーナは戦慄する。
普段のレイフォンはどこか頼りなく、優柔不断と取れるところもあるが、性格は基本的に優しい。
誠意には誠意で答えるし、前回の老生体戦の経緯からニーナに金剛剄と言う剄技を教えてくれた。
そんなレイフォンのことを、ニーナは部下として誇りに思っている。そして、どこか頼っている。
そんな彼なのだが、あのときのレイフォンはニーナを見ていなかった。いや、見ていたのかもしれない。
だが、その視線は鬱陶しそうに、邪険そうに……
その言葉と表情に、ニーナは恐怖すら覚える。
そんな彼の気持ちと感情を独占していたのは、フェリの存在。
ニーナが止めようとしても聞き入れる気がなかったレイフォンが、念威越しに聞こえたフェリの声で止まり、表情が、感情が元に戻った。
ニーナの言うことは聞かなかったのに、フェリの言うことには拍子抜けするほどあっさりと従った。
その事実に、ニーナは何か思うところがあった。しばらくレイフォンとはまともに顔も合わせず、そして考え込んでしまう。

だけどレイフォンはいつもどおりなのだ。
あんなことがあったと言うのに、ニーナにいつもどおりに接している。
シャンテに重傷を負わせ、なにがあったかは詳しくは知らないが、ゴルネオの心を折ったと言うのにまるで気にせず、普段どおりにすごしている。
普段どおりにどこか頼りなく、普段どおりに優柔不断で、そして普段どおりに優しい。
だけどそんなレイフォンが見ているのは、フェリだけではないのかと思ってしまう。
レイフォンはフェリがいるからこそ第十七小隊に入り、そして隊長である自分のことなど気にもかけていないのではないかと思った。思ったが……そんな馬鹿な考えは早々に破棄する。
気にもかけていないなら、そもそもニーナに剄技を教えるなんてことはしないだろう。語りかけることすらしないだろう。
だけどレイフォンはいつもどおりで、そして優しい。それで十分ではないか。
確かにあの時のレイフォンはおかしかったが、それは頭に血が上っていただけの話なのだろう。
自分も冷静にはいられず、他者の主眼からは人のことは言えないらしいが、そういうものではないかと思った。
そう考え、無理やりに納得する。そのときに胸にわずかな痛みが走ったが、ニーナはそれを無視しようと、忘れようとした。
いい加減立ち直らなければいけない。レイフォンはいつもどおりだというのに、隊長である自分がいつまでもうじうじとしているわけには行かないのだ。

そう考えているうちに、ニーナはまたも硬球を打ちもらす。
先ほどレイフォンに声をかけられて気をそらし、そして今の失態にニーナは思わず舌打ちをする。
打ちもらした硬球はニーナの背後へと飛び、

「おいーっす」

ちょうどドアを開けて入って来たシャーニッドの顔をめがけ、真っ直ぐと飛んでくる。

「おっと」

シャーニッドはかがんで硬球を受け流し、硬球は廊下の壁を打って跳ね回る。

「まぁた、そのゲームか?好きだねぇ」

言いつつ、シャーニッドははね続ける硬球をつかんで部屋の中に投げ込んだ。

「シャーニッド、フェリ。お前らも入れ」

思考を切り替えようと、気合を入れ直す様にニーナが言った。

「地獄絵図の再来かい?」

「負けたら夕食。あの賭けに乗ってやるぞ」

「いいね」

珍しいニーナの挑発的な発言に、シャーニッドは意外そうな顔をしたが、すぐに乗ってきた。
剣帯にある3本の錬金鋼のうち2本を抜き出して復元する。
黒鋼錬金鋼の拳銃であり、命中精度よりも打撃の威力を重視した銃衝術専用の錬金鋼だ。

「負けるのは隊長か先輩のどちらかと思いますけど」

無表情のまま呆れたように言い、フェリも重晶錬金鋼を復元する。
辺りに舞う念威端子は念威爆雷と呼ばれる移動する爆弾を操る攻撃方法もあり、また、ある程度の防衛能力も持ち合わせている。
これで飛んで来る硬球を跳ね返すくらいなら、わけなくこなすことが出来る。

そして地獄絵図、これから行う訓練と言うのが一種の遊びで、ただボールを相手に向けて打ち合うだけ。
自分のところに飛んで来た硬球を打ち返せなかったら1点。見当違いのほうに打ち返した場合も1点とカウントして行き、制限時間までに点数が多かった者が負けとなる。
ちなみにその制限時間というのが、今から訓練が終わるまでの時間だ。

「およ、そんな事言ってていいのかな~?」

「そうだ、お前ら2人に負けてばかりはいられん」

シャーニッドとニーナがそう言い、それぞれの手に5個の硬球が渡される。
レイフォンとフェリも持ち、4人で合計20個の硬球だ。

「さて、覚悟しろ?」

ニーナの言葉を合図に、20個の硬球が暴れまわる地獄絵図が展開された。



































シャーニッドはゲームだと言っていたが、これは立派な訓練だ。
この訓練を提案したのはレイフォンだ。ニーナはレイフォンの提案で隊の予算を使い、硬球を大量に購入した。
硬球を床にばら撒き、その上で動く練習は活剄の基本能力を高める。
そして今日のようなボールの打ち合いは、反射神経と共に肉体操作の錬度を高める。
より高度になっていけば硬球に衝剄を絡め、硬球に絡まった衝剄をまた新たな衝剄で相殺すると言う事もしたりする。
それはつまり、衝剄の基本能力を高めることにつながるのだ。

活剄と衝剄を使った技は様々あるが、やはり技と言ったものは基本が出来ていると生きてくる。
限られた時間で新しい剄技を覚えるより、基本の、現状の能力の底上げ。
それがレイフォンの提案した意見であり、ニーナも納得したことだった。
そして訓練が終わり、夕方。

「次こそは……」

レストランのテーブルでメニューを睨みつけながら、ニーナが悔しそうにつぶやく。
ゲームの結果はレイフォン0点、フェリ3点、シャーニッド12点、ニーナ13点と言う、僅差でのニーナの敗北となった。

「……半分、出しましょうか?」

「いらん」

レイフォンの提案に、ニーナはムキになったようにそれを拒否する。
だが、奨学金がどうなっているのかは知らないが、家出同然にツェルニに来たニーナは機関掃除のバイトで生活費を稼いでいるので、この出費は痛いだろう。

「レイフォン、敗者に情けは禁物だ」

シャーニッドが痛ましげな表情でレイフォンの肩を叩く。
だが、その口元には勝者の余裕がひくひくと浮かんでいた。

「くっ、1点違いのくせに……」

「その1点で勝敗は決してしまうんだなぁ。世界は厳しい」

「本当にねぇ。あ、僕これにしよう」

ニーナの負け惜しみに、余裕の笑みを浮かべるシャーニッド。
それに同意するように、ニーナの隣でメニューに集中したハーレイが相槌を打つ。

「……待て、お前にまで奢るとは言ってないぞ」

「え?そうなの?」

「当たり前だろう。嫌なら勝負しろ」

「いや、武芸者の勝負に僕が勝てるわけないじゃん」

「ならだめだ」

「ちぇ、まぁいいや」

大人気ない、けち臭いニーナの発言を気にした風もなく、ハーレイはレイフォンに向けて語りかける。

「レイフォン、この間のあれ、簡易版の方ね。一応完成したから明日にでも来てくれないかな?最終調整するから」

「あ、はい」

「あ~、なんだっけ?この間の馬鹿でかい奴か?」

その会話を聞き、シャーニッドがこの前老生体戦でレイフォンが使っていた巨刀を思い出す。

「複合錬金鋼ね。重さ手ごろの簡易版が出来たから」

「レイフォンがどんどん凶悪になっていくわけだな」

「そう言う事だね」

「いや、凶悪って……」

シャーニッドとハーレイの言い様に苦笑するレイフォンだが、2人からすれば当然の意見である。

「凶悪だろう。普通考えねぇぞ、汚染獣に1人で喧嘩売ろうなんて」

「そうかもしれないですけど……」

「おかげで、こっちはちょっと無茶なものも作れてありがたいけどね」

「まぁ、あんな無茶は二度とやらせない」

その会話に釘をさすように、ニーナはレイフォンの方を見て言った。
そんなこんなで全員の注文が決まり、料理がテーブルに並ぶ。

「そう言えばよ、あの硬球の訓練ってレイフォンが考えたわけ?」

「いえ、あれは……園長が、つまりは養父さんが……」

シャーニッドとレイフォンがそこまで言ったところで、がやがやとした音が近づき、会話が途切れた。

「……お?」

「……ん?」

シャーニッドが顔を上げ、近づいてきた集団も顔を上げた。

「よう、ディン」

「……活躍しているようじゃないか」

シャーニッドの言葉に、戦闘を歩いていた禿頭の男がそう言った。
痩せすぎた肉体をしているが、それはとても鍛えられている。
余分な筋肉と脂肪はない見事な体つきをしていた。

(えーと、確か……)

胸元にはⅩと刻まれたバッジがあり、ディンとシャーニッドが呼んでいた。
そのことからニーナに覚えさせられた小隊員の名前、ディン・ディーを思い出す。
彼の連れも全員バッジをしていた。隊員なのだろう。

「まぁね。俺様のイカス活躍を見てくれてるのかい?」

「ムービーで確認している。相変わらず一射目は見事だが、二射目からリズムが同じになる癖は直ってないな」

「厳しいご指摘だ」

仲が良さそうとも取れる会話。
だが、少なくともディンの雰囲気はそれとは程遠い。

「……お前がいなくなって、こっちはずいぶんまとまりがよくなったよ」

「ははは、そいつは重畳だ。シェーナのご機嫌はいいってか?」

「……シャーニッド」

ディンがテーブルに手を付き、シャーニッドにぐっと顔を近づける。

「もう、お前は俺達の仲間じゃない。気安く呼ぶな」

「そいつは悪かった」

ディンの怒りを、シャーニッドは飄々と受け流す。
そんな彼に、ディンが舌打ちするのをレイフォンは見逃さなかった。

「次の対戦相手はお前達第十七小隊だ。シャーニッド、第十小隊にお前の居場所なんてなかったって事を、その体に叩き込んでやる」

「がんばってくれ」

シャーニッドがひらひらと手を振り、ディンが早足で去っていく。
怒りのためか、ディンの禿頭の後頭部が真っ赤に染まっていた。

「……相変わらずのタコっぷりだ」

「ぶっ」

その背を見ながらのシャーニッドのつぶやきに、ハーレイが口の中に含んだドリンクを吹き出しそうになり、むせた。





「シャーニッドは、去年まで第十小隊にいました」

レストランの帰り道、フェリがそう教えてくれた。
いつもどおりの日課。寮の方向が同じと言う事もあるが、レイフォンはいつもどおりに恋人を家まで送る。

「シャーニッドにディン、それに今の副隊長のダルシェナ。同学年と言う事もあったのか、彼ら3人の連携は全小隊でナンバーワンの攻撃力を誇り、第一小隊を超えるのは第十小隊だと言われたほどです」

「でも、先輩は抜けたんですよね」

それはフェリに聞かなくとも、シャーニッドが現在第十七小隊に所属している事から理解できる。

「ええ。対抗試合後半に、突然のことでした」

「どうして?」

「それはわかりません。ですけど、それで第十小隊の戦績は一気に下がり、結果的には中位程度のランキングになってしまいました」

3人の連携ができなくなったとか、隊員の数が1人減ったと言うだけの問題ではない。
それだけの連携が可能なほどの信頼関係の崩壊。それが第十小隊の戦力低下の最大の原因に違いない。
そしてその結果が、先ほどのシャーニッドとディンのやり取りなのだろう。

「3人の間に何かあったことは確かですけど、それが何かは知りませんし、知らなくていいことなら知らないままでいいと思います」

「そうですね」

フェリの冷静な意見にレイフォンは頷いた。
なにがあったのはわからない。だけど、知らなければならない時が来ればシャーニッドは教えてくれる気がする。
普段は飄々としてやる気があるかどうかもわからないシャーニッドだが、重要なところで、決めるときに決めるのが彼なのだ。
それは言葉だけでなく、対抗試合でのシャーニッドの戦い方を見てもそれはわかる。
殺剄によって戦場から気配を消し、来て欲しい場所に来て欲しいタイミングで一撃を撃ち出す。
戦い方にも人間性が出てくる。狙撃手と言うポジションを完璧にこなそうとするシャーニッドの姿こそ、本来のものに違いないと思う。
そこには普段感じられない生真面目さが宿っている。

「そうですか?」

だが、フェリの意見はレイフォンとは違うらしい。

「腕が確かなのは認めますけど、性格はどうしようもないと思います」

「そんなことはないですよ。先輩が後ろにいると、背中が自由になった気がします」

シャーニッドの腕は間違いなく良い。
剄の量においては熟練された武芸者には及ばないが、命中精度においてはベテランの域に達するほどの技術を持ち、精神面に関しても落ち着いている。
いつもは飄々とした態度を取っているが、狙撃にとってはその精神面、平常心でいられることが重要なのだ。

「……私もいますけど?」

「フェリの念威の感触は違いますよ」

シャーニッドを褒めるレイフォンに、フェリはどこか拗ねるように言った。

「どんな感じですか?」

「感覚が広がる感じです」

「当たり前じゃないですか、私は念威操者です」

更にフェリが拗ねた。
念威操者の役割は、戦場中の情報を集め、必要なものを隊員達に伝えることだ。
そこには隊員同士の音声の伝達も含まれる。

「目を与え、耳を与えるのが念威操者です。そうじゃなくて……どうかしましたか?」

「あ、いえいえ、なんでもないです」

フェリが更に拗ねる。表情が小さく、不機嫌そうになった。
レイフォンが笑っていたからだ。

「気になりますね……」

「別にたいしたことじゃないですよ。ただ、フェリがかわいいなぁ、って」

「なっ……」

フェリの表情が赤く染まる。
その表情を見て、更にレイフォンが微笑ましそうな笑みを浮かべた。

「からかわないでください!」

「別にからかってませんよ。本心ですから」

「……………」

顔を赤くしたままそっぽを向くフェリに更に微笑ましい視線を向けつつ、レイフォンは黙って彼女の言葉を聞く。

「私には……それくらいしか出来ませんから。戦場で戦うフォンフォンを念威でサポートすることしか……」

当然だが、フェリは念威操者であり、直接的な戦闘力は持ち合わせていない。
念威爆雷なんて攻撃方法はあるが、それは威力がお世辞にも高いとは言えず、とても微々たるものである。
汚染獣戦において、罠に用いる位しか使い道はない。
だからこそもどかしい。レイフォンが戦場で戦っているというのに、自分は念威でそれをサポートすることしか出来ないのかと。
最初はこんなことなど考えられなかった。念威操者をやめようと、それ以外の道を探そうとしたのに、いつの間にか自分のこの力を使っている。
念威操者として生きるのは嫌なのに、レイフォンのために使えることを喜ばしくもある。
むしろ、それ以上の力を望んでしまう。レイフォンのために、彼が戦うのに不自由なく、そして念威以外にも何か自分に出来ることがないのかと。
我侭なのだろうか?
念威の才能に十分恵まれているというのに、それ以上を求める。戦場で共に戦える存在を、ニーナやシャーニッドのことを羨ましいと思うのは?

そんなフェリの言葉に、今度はレイフォンの顔が赤くなる。
本当に何なのだろう、この人は?
可愛過ぎる。もう、持ち帰っていいのではないかとすら思えた。
レイフォンにとって、天剣授受者にとっては念威のサポートだけで十分だ。
念威のサポートさえあれば、例え1対1でも老生体すら退けられる。
フェリの才能溢れる念威だと、更にその精度も感覚も広がる。
それで十分だと言うのに、レイフォンに尽くそうと、力になろうとするフェリのことが本当に可愛らしく、愛おしい。

「フェリ……」

レイフォンはフェリに声をかけ、このまま部屋に誘おうかとすら思ったが……




































「なんでこんな時に……」

どうして自分はここにいるのだろう?
そんな疑問と共に、呼び出したフォーメッドへと理不尽な怒りを向ける。
なんでも今回は、違法酒絡みの事件らしい。
偽装学生と言う不正にツェルニに侵入した輩が、剄脈加速薬、『ディジー』を密輸、販売しているらしいのだ。
違法酒は剄や念威の発生量を爆発的に増大させると言う御礼があるが、それには当然副作用が存在する。
剄脈に悪性腫瘍が発生する確率が80パーセントを超え、違法酒を使用した多くの武芸者や念威操者が廃人となったのだ。
それ故に武芸者の激減が恐れられ、合議するまでもなく各都市でそれらは製造、輸入共に禁止された。
だが、全ての都市がそうなったわけではなく、中には未だに製造し、販売する都市も存在する。
そして偽装学生にまでなって密輸した彼らは現在、多くの都市で大人気のウォーターガンズと言うスポーツのボードを売る店に潜伏している。
その上、なにやら武芸者まで潜伏しているらしく、しかもかなりの手練だ。
潜伏していると言うのに剄を隠そうとすらせず、こちらを挑発すらしてくる。
学園都市の武芸者では、小隊員ですら相手にならないほどの使い手だ。

「課長……包囲完了しました」

伝令役をやっていたナルキが、フォーメッドにそう伝える。

「よし、では……」

「……来る」

フォーメッドの言葉の途中で、レイフォンがつぶやく。

「え?」

唖然としているナルキの背後で、爆発が起こった。

「ぬあっ!」

その爆風にフォーメッドがたじろぐ。
シャッターが爆発で飛び、こちらに向かって飛んでくる。
ナルキがフォーメッドを庇うように素早く移動するが、

「調子に乗るなよ」

剣帯から錬金鋼を抜き出し、復元し、剣で一刀両断にする。
そのシャッターの陰に、いた。

「っ!」

「ひゃはははははっ!いい目してるさ~」

陰から飛び出した襲撃者の落とすような斬撃を受け止め、弾き返す。
剄の主はその勢いを利用して空中を回転しながら、笑っていた。
片刃の剣、刀を使用している。その姿に一瞬、養父であるデルクの姿が浮かんだが、その思考をすぐさま破棄する。
バンダナで鼻から下を覆って、顔を隠す赤毛の襲撃者、レイフォンとそう歳の変わらなそうな少年を見つめ、レイフォンは決意した。

とりあえず半殺し。
八つ当たりだが、骨の1本や2本はもらう。

「逃がすかっ!」

レイフォンは殺意を振る巻き、街灯を蹴って、飛ぶように頭上を跳んで行く少年を追う。

「くそっ、突入!突入!!」

背後でフォーメッドの喚きが聞こえた。
だが、それも破棄する。
行き場のない怒りを少年へと向け、レイフォンはどこかやるせない気持ちで後を追った。





































あとがき
4巻、プロローグ完成!
そしてついにさ~坊の登場w
アニメ版では無駄に声優さんの声がかっこよかったなと。
もう少し、さ~坊はイメージ的に子供っぽいほうが良かったと思いつつ、あれはあれでよかったです。
それにしてもIFの物語の方とか、そっちも更新しなければ……
まぁ、近いうちにしますので気長に待っていてください(汗

そして恋姫のアニメを見ているこのごろ。
言いたいですね、一言。一刀の出番はなしかい!!
これはあれなんでしょうか、番外編?それとも一刀が来る前の様子をアニメにしたものなんでしょうか?
まぁ、あれはあれで見る分には面白いかなと思ったり。
見てて思ったんですが、華琳はおもいっきりレズなんですねw
まぁ、コミックでも知ってましたが、アニメだと、ねぇ……

それにしても、本当に恋姫が欲しい。
新作も出るらしいんですが、ああいうゲームは高すぎるんですよねぇ。
とりあえずはアニメは8話まで見たから、その先も時間があったら見ようと思いつつ、リトバスをやりながら執筆をがんばろうと思います。

PS. それから、最近戯言シリーズに興味を持ったんですが、あれの1巻って、クビキリサイクルでいいんですかね?



[15685] 23話 それぞれの夜
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:e71f3f84
Date: 2010/05/18 16:46
レイフォンは少年を追いかけた。
道路を駆け、屋根を跳び回る少年。
その動きに無駄はなく、速い。

「ちっ」

このままでは追いつくのに時間がかかる。
そう理解し、レイフォンは足に流している活剄を凝縮させた。

内力剄活剄の変化 旋剄

爆発的に増した速度で一気に背後に迫り、剣を叩きつける。
まずは利き腕の肩。砕いて、武器を使えなくしてから捕獲する。
それでも抵抗するようならば、嬲って戦意を喪失させる。
そのつもりだった。

「なっ!?」

避けられた。少年はレイフォンの頭上にいる。
旋剄は爆発的な速度の代償に、ほぼ直線にしか移動できない。そのタイミングを読まれたのだ。

(しまった)

旋剄の勢いを殺している間に逃げられる。そう思った。

「危ないところだったさ~」

だが、その予想は違った。
頭上で剄が膨れ上がるのを感じる。
レイフォンは勢いのまま中へと跳び身を捻って少年へ向き直る。
少年は空中で刀を構えており、そんな彼の体に剄が走る。
宙にいたまま近くの壁を蹴った少年の姿が、いきなり消えた。
同時に左右、そして真正面から、攻撃的な気配のみがレイフォンに迫る。

「っな!?」

内力系活剄の変化 疾影

レイフォンはこの剄技をよく知っている。
ゆえに驚きながら、レイフォンは右の気配に剣を振った。
金属同士の澄んだ音と、重い衝撃がレイフォンの腕を打つ。
旋剄の勢いを殺しきれていないレイフォンは、受け止めきれずに後方へと飛ばされた。

「さすが、読まれる」

バンダナに隠れていない少年の瞳が、とても楽しそうに輝く。
そのまま連続で襲ってくる刀を、レイフォンは剣で捌く。
少年はレイフォンに旋剄の勢いを殺させないつもりだ。少年は押し流すように、レイフォンへ向け、何度も武器を交錯させる。
その一撃一撃が重く、打ち合うたびにレイフォンはその方向に進路を変えられていた。

「はっ!」

「っ!」

下段からの斬撃。その攻撃を剣で受け止めるが、衝撃によりレイフォンの体が上空へと飛ばされる。
上昇の限界点へと辿り着き、ようやく旋剄の勢いが死んだ。
空中でレイフォンは現在地を確認する。
場所は、まだ郊外。ツェルニの外周をなぞるように移動したのだろう。
建築科の建設実習区画。夜の間なら人は少ない。辺りは、ほとんどが壊れても構わない建物ばかりだ。

(よし)

体内を走る活剄の密度を上げる。
下から追撃してくる少年に向け、レイフォンは剣を振り下ろした。

外力系衝剄の変化 渦剄

剄弾を含んだ大気の渦が少年を飲み込む。
それに対し、少年の刀が素早く閃く。
大気の流れに沿って飛び交う剄弾を破壊し、レイフォンの攻撃を凌ぐ。
剄弾による爆発が連続で轟く中、レイフォンは衝剄を利用してその中に飛び込んだ。

「甘いさっ!」

爆発を潜り抜けた少年が、レイフォンの一撃を受け止める。
剄がぶつかり合い、錬金鋼が衝突して火花が散る。
二つの閃光が少年の顔を明るく照らし、その時バンダナに隠れていない左半面に刺青が走っているのが見えた。

「ヴォルフシュテイン……この程度かさ?」

ささやくように少年の声が聞こえる。
同時に、剣を握る手に違和感が走った。

「ちっ!」

少年を蹴飛ばし、高速移動すると同時に気配を凝縮させた剄を分散して飛ばし、先ほど少年が使用した剄技を使う。

内力系活剄の変化 疾影

一気に地上へと降りたレイフォンは、右手の剣を確かめた。
剄の走りが鈍く、見れば、剣身に細かい皹がいくつも走っていた。

外力系衝剄の変化 蝕壊

武器破壊の剄技だ。
とっさに剄を放って対抗したが、遅かった。

(これでは……もう)

十分に剄が走らない。
油断した。熱くなりすぎて気づかなかった。
夜の闇で、剄技に気づくのに遅れた所為もある。

「本気?……でやってるわけないよな~、まさか、元とはいえ天剣授受者がこんなもので済むはずないさ~」

囮の気配に惑わされなかった少年が、屋根の上からレイフォンを見下ろす。

「……グレンダンの武芸者か?」

レイフォンの問いに答えるように、少年はバンダナを取った。

「ハイア・サリンバン・ライアって名前さ~」

顔の左半面を覆う刺青が露になる。
肩出しのシャツから露になった左腕にも、似たような刺青が刻まれていた。

「……サリンバン教導傭兵団」

レイフォンの言葉に、少年、ハイアは刺青のためか、左半面の表情が引きつったように見える顔で答えた。

「そうさ。三代目さ~」

残り右半面は、挑発的な笑みだ。

サリンバン教導傭兵団。
グレンダン出身の武芸者によって構成された傭兵集団だ。
専用の放浪バスで都市間を移動する彼らは、行く先々の都市で雇われ汚染獣と戦い、また都市同士の戦争に参加する。
時にはその都市の武芸者達を鍛える役目、教導なども行ったりする。
天剣授受者と言うグレンダンで最上位の名声、それはあくまでも都市内でのものだ。その力は、噂は、隔絶されたレギオスでは外に流れては行かない。
故に、槍殻都市グレンダンの名をもっとも有名にしたのが、都市間を放浪するサリンバン教導傭兵団だ。

「まさか、違法酒の売り歩きをしているとは思わなかった」

そんな傭兵団が、まさか犯罪行為に手を貸しているとは思わなかった。

「あんなのはどうでもいいさ~。ここに来るために利用させてもらっただけで、手伝う気もないし」

「じゃあ、なんのために……?」

ハイアの言葉に疑問を抱きつつ、会話を交わしながら次の一撃のために剄の密度を上げていく。

「なんのためにもなにも、商売を抜きにして俺っち達がやることがあるとしたら、それはひとつしかないさ。廃貴族さ~」

「廃貴族だって……?」

聞いたことのない単語にレイフォンが眉を寄せると、ハイアも同じような表情をした。

「おや?知らない?ああ……あんた、そんなに長い間、天剣授受者やってなかったっけ?おや?そうじゃないかな?あれ?秘密だったけか?」

嫌な奴だ、そう思う。
あれだけおどけていても、ハイアの内部の剄は密度を損なうことがない。

(それよりも……)

問題なのはやはり剣だ。
剄の走りが悪すぎるし、次の一撃に耐えれるかもわからない。

「まぁいいさ、そんな事はどうだって。俺っちが今興味あるのはあんたで、あんたの使う技だ。あんたの師匠は俺っちに教えてくれた二代目と兄弟弟子だったそうじゃん?俺っちとあんたは従兄弟みたいなもんなわけだ。技の血筋が形成する一族ってわけさ~」

「初耳だね」

本当に初耳だ。だが、それだと納得もいく。
ハイアが疾影を使ったこともそうだし、鋼鉄錬金鋼の刀も同様だ。
レイフォンの師匠であり、養父のデルクは通常の剣により押しつぶす感じに斬るよりも、もっと切り裂くことに特化している。
そのための刀で、そのための鋼鉄錬金鋼だ。
斬撃武器として最も繊細な調整が出来、巧みの技を反映させやすいのが鋼鉄錬金鋼だ。
本来なら、その弟子であるレイフォンも武器は刀のはず。だが、持っているのは剣だ。

「なんであんたが刀を使わないのかが気になるけど……まぁいいさ~」

次の瞬間、ハイアが動いた。
レイフォンの眼前へと移動し、刀を振り下ろしてくる。レイフォンはそれを跳躍してかわす。

「本気にならないなら、こちらもそれなりなやる気でやるだけさ」

距離をとったレイフォンに、戸惑いなく、猛然と襲い掛かってくる。

(それなり……かっ!)

剣で受けないよう、かわすことに集中しながら、レイフォンはハイアの動きに内心で舌打ちをする。
グレンダンで天剣授受者となるまでに、試合などで何人もの武芸者と戦ってきたレイフォンだが、ハイアほどの実力者とぶつかったことはない。
それほどまでにハイアは強く、こんな奴がグレンダンの外にいたのかと感心してしまうほどだ。
もしかしたらデルクに匹敵し、凌駕するかもしれない。

だが、世界は広いのだから考えてみれば当たり前の気もするし、突き詰めてみればハイアもグレンダンの人間なのだろうが、それでも驚きを隠せない。
レイフォンは、自分のことを天才だと認めている。だけど、世界で一番強いなどと自惚れてはいない。
グレンダンの天剣授受者達はレイフォンよりはるかに経験も多く、苦手な相手もいる。
何より女王、アルシェイラ・アルモニスには勝てる気さえしない。

「ほらほら、どうしたい?もっとやる気を見せてくれさ~」

それでも、自分達が特別な枠組みの中にいると感じさせられてしまう。
天剣授受者と他の武芸者の実力者が、例えグレンダンの中でも明確に分けられてしまうからだ。

「まさか、天剣授受者って、こんなもんで終わりって程度じゃないだろうな」

徐々に速度を上げてくるハイアに、レイフォンは剣を振り下ろした。
剄の込められた剣と刀がぶつかり合い、衝剄が衝突し、余波が空気を振るわせる。
その振動に乗るように、か細い金属の悲鳴が走った。
レイフォンの剣が砕ける。その結果に、ハイアが会心の笑みを浮かべた。
だが、ハイアは後悔するべきだろう。よりにもよって、機嫌の悪いレイフォンに戦闘を挑んだことを。

内力系活剄の変化 疾影

「またそれさ~?」

気配を凝縮させた剄を複数放ち、即座に殺剄を行い移動することで相手の知覚に残像現象を起こさせるこの剄技。
だが、ハイアにこの技は通じない。
自分でも使える技だ。対処法は、師に仕込まれている。

「右さ~!」

気配を読み、左右上下から襲ってくるフェイントに騙されず、ピンポイントでレイフォンの姿を発見するハイア。
錬金鋼が破壊され無手のレイフォンに向け、刀を振り下ろそうとするが……

「なっ!?」

驚愕し、その手が止まった。
確かにレイフォンは右にいた。だが、それだけではない。
上下左右、ハイアを取り囲むように数十人のレイフォンがいた。
逃げ場など見当たらない。

活剄衝剄混合変化 千斬閃

「かぁぁっ!」

内力系活剄 戦声

空気を振動させる剄のこもった大声を放つ威嚇術だ。
これにより、少なからずハイアの動きが鈍った。
そんな彼に、千斬閃で分身したレイフォンが襲い掛かる。

「かっ!?」

蹴りが放たれ、それをハイアが腕で防御する。
だが、数が多すぎて捌ききれない。
脇腹に蹴りを喰らい、鈍い嫌な音がした。もしかしたら肋骨がいったかもしれない。
苦悶の声を漏らすハイア。
だが、レイフォンの動きは止まらない。
次は拳打だ。それを避けるハイアだが、回り込まれていた。

「ぐげっ……」

自分でも情けない声を上げる。
首筋をつかまれ、持ち上げられてしまった。
首は人体の急所。そうでなくとも剄を練るには剄息、呼吸が重要であり、この状態では剄すら練ることが出来ない。

「最初から本気を出さないのが間違いでしたね」

レイフォンの冷たい言葉が響く。
彼の言うとおり、油断した。
予想外に手ごたえのなかったレイフォンに油断し、剣を砕いたことから心に隙ができた。
その結果がこの有様だ。
抵抗すら間々ならないこの状況で、ハイアは苦々しく引きつった笑みを浮かべていた。

「さすがはヴォルフシュテインさ~……侮りすぎていたさ……」

「元ですよ。今の僕はただの学生です。それと、これは忠告なんですが……」

打開策を練るハイアに、レイフォンは冷めたままの声で続ける。

「あなたがなにをしようと僕には関係ありませんが、もしツェルニに、僕の知り合いに危害が及ぶようでしたら容赦しませんよ?このまま、首を折ってしまうことすらできるんですからね?」

忠告と言う名の挑発的な言葉に、更にハイアの表情が引き攣る。
そして彼の軽薄そうな笑みが、更に濃くなっていた。
瞬間、レイフォンはハイアを投げ捨て、その場から飛び退く。
すると今までレイフォンがいた場所に、剄弾が飛んできた。
剄を矢の形にした剄弾だ。
狙撃手が、弓を武器とする者が放ったのだろう。そして間違いなく、ハイアの仲間だ。
傭兵団の人間か?

レイフォンが思案する中、投げ捨てられたハイアは一目散に逃げていく。
最初は追うかと考えたが、やめた。錬金鋼のないこの状況では不利だ。
ハイアを追い詰めたのは相手が油断したからであり、ハイアほどの実力者ともう1人を相手にするのは危険すぎる。

「……なにをする気なんだ?」

ハイアと、去っていく狙撃手の気配を見送り、レイフォンは『廃貴族』と言う単語に嫌なものを感じていた。







































レストランでレイフォン達と別れたシャーニッドは1人、繁華街に足を向けた。
特に何か目的があったわけではない。なじみの店に顔を出し、顔見知り達と他愛もない話をして時間を潰していく。
夜は長い。それがシャーニッドの悩みだ。
長いと感じるなら部屋に戻り、ベッドに潜ればいい。何度もそう思う。
だが、何故かそういう気にはなれない。眠れないのだ。

不眠症だとか、睡眠薬の世話にならねばならないとか、誰かと約束とかをしているわけではない。
ただ、時間を潰す。
時間を潰すことに意味なんかあるはずもなく、ただ、ここにいることに意味がある。
意味があるのだろうと思う。

なじみの店から出て、路上ミュージシャンが演奏をしているのを見つけた。
ミュージシャンを囲むファン達の群れから少し離れ、閉店した店のシャッターに背中を預け、目を閉じてなんとなく曲を聴き入る。

こう言う時、シャーニッドは特に目立とうとは思わない。
対抗試合のおかげで顔が知られていることもあって、学校ではよく女の子達に捕まるし、捕まろうと思って捕まっているところもあるが、こう言う所では声をかけられない。かけさせないのだ。
自然と、自分の気配を消してしまう。

路上ミュージシャンを囲むファン達。
自作のアンティークを売る者。
それを見るカップル。
打ち込みと生演奏が半々のミュージシャンの曲。
マイクを通さない生の声が、声量で演奏に少し負けている。
そんな中で、シャーニッドは目を閉じて時間の流れを見つめる。
耳を済ませて、その時を待つ。今日は、その時が早く来た。

カツカツと足音、ヒールの音が響く。
リズムを刻んでいるかのように規則正しく、小気味良い音にシャーニッドが閉じていた目を開けた。
暗かった視界に光が飛び込む。アーケードを包む照明が眩しく、目が痛い。
過ぎ去っていく人の中に、先ほどまでシャーニッドと話していた顔見知りもいた。だが、シャーニッドに気づいた様子もなく去っていく。
シャーニッドはゆっくりと目に光を慣らしながら、その時を待った。
目の前を、黄金が過ぎ去ろうとする。
長い金髪だ。螺旋のように渦巻いた髪が、彼女の歩みによって揺れている。
研ぎ澄まされたナイフのように鋭い顎先。小ぶりの唇を硬く閉じて、前を、前だけを見つめている。
シャーニッドの前をそのまま過ぎ去っていく。視線も合わない。
呼びかければ、彼女は止まるだろうか?
おそらく止まるだろう。だが、彼女の歩みを止めて、シャーニッドはどうするのだろうか?
答えはある。だが、その答えを実行するにはためらいがある。
プレイボーイを気取っておきながら、自分の優柔不断さをあざ笑い、シャーニッドは背を預けていたシャッターから起き上がり、彼女の後を付けていく。
ストーカーみたいだと内心で苦笑しながら、まっすぐな足取りで繁華街を抜けていく彼女を、第十小隊副隊長のダルシェナを追った。
夜の人並みから外れても、歩調を緩めることはない。行く場所が決まっているようだ。

(おや?)

繁華街を抜け、人通りの絶えた道を怯える様子もなく進む背中に、シャーニッドは内心で首をかしげた。
いつもは人の多いところを歩き回っている。サーナキー通りからケニー通り、リホンスク通りと流していくのが彼女の日課で、今夜はその日課を外れた場所を歩いている。

(まさか……)

嫌な予感がし、緊張が走る。
シャーニッドはシャッターに寄りかかっていたときからしていた殺剄を、更に慎重に維持した。
一定の距離を保ったまま、ダルシェナを追いかける。
辿り着いたのは、郊外。建築科の実習区画がすぐ近くにある。
入学した手のころはここらにも店があったが、場所が場所だけに人は少なかった。が、隠れ家的な雰囲気を楽しめるとかでそれなりに人気もあった気がする。
結局はそれらも次々と閉店し、ほとんどが残っていない。
1年ごとに人が入れ替わる学園都市では、流行の興廃が激しいと言うことだろう。

ぼんやりとそんなことを考えていると、いきなり爆発音が響いた。
先を行くダルシェナが、足を止めて身構える。音はまだ遠い。
シャーニッドは建物の陰に身を隠して殺剄を続けた。
頭上を凄まじい気配が駆け抜けていく。

(レイフォンか?)

あの気配には覚えがある。一瞬だけレイフォンの姿を確認したが、気配と姿はもうひとつあった。
その気配には覚えがない。そして気配は、レイフォンと共にすぐに消えてしまった。
シャーニッドはすぐにダルシェナへと視線を戻す。
ダルシェナもレイフォンともうひとつの気配には気づいたようだが、それ以上の注意は払わず、音の方へと活剄を走らせ、駆けていた。
シャーニッドも殺剄をやめ、活剄を走らせてダルシェナを追う。
建物の屋根へと上り、走る。そうやって着いた場所は、先ほど思い出した店があった辺りだ。
ウォーターガンズのボードを売っていた店はシャッターが吹き飛び、都市警の武芸者達が突入していた。
視覚を活剄で強化し、月明かりで真昼のような明るさを得たシャーニッドは状況を確認した。

都市警に囲まれている武芸者が1人いる。だが、その武芸者はあっさりと都市警の包囲網を脱出して逃げていた。
追いかける中に、レイフォンのクラスメート、ニーナが小隊に入れたいと言っていたナルキの姿を見たが手助けはしなかった。
それよりも、逃げていった武芸者のほうに視線を向ける。女だ。レイフォン達と同い年くらいだろう。

(……違う)

あれは、ダルシェナが見てはいけないものではない。
安堵し、緊張が解けていく。故に油断し、背後に接近していた気配に気づかなかった。

「なぜ、ここにいる?」

質問と同時に、背中に硬い感触が当たる。
追っていた相手に背中を取られるほど間抜けな事はない。
自分の失態に苦笑し、それほど動揺していたのかと思いながらシャーニッドは言う。

「夜の散歩が趣味なんだよ、お前さんと一緒でな。今日は面白いもんが見れた。なかなか刺激的な夜だ。そう思わないか?」

「思わないな。騒がしい、不快な夜だ」

シャーニッドの言葉を否定し、ダルシェナは敵意を向けてくる。
シャーニッドは両手を挙げ、敵意がないと示すように肩をすくめた。そのまま振り返ろうとし、背中を突かれる。

「動くな。安全装置がかかっているとは言え、この距離ではただではすまないぞ」

それでもシャーニッドは振り返る。
だと言うのに貫かれはしなかった。脅しだったのだろう。
ダルシェナが握っていたのは、白金錬金鋼の突撃槍。
不快さの塊のような視線をシャーニッドに向け、睨んでいる。

「なぜ、ここにいる?」

再び同じ質問が投げかけられた。

「夜の散歩が趣味って言ったぜ?シェーナ」

「お前にそんな風流があるものか」

愛称で呼ばれたことで、ダルシェナは更に不機嫌そうな顔をする。
昔の仲間とは言え、今のシャーニッドにシェーナと呼ばれる筋合いはないと言うように。

「……シャーニッド、お前は気づいているのか?」

「なにを?」

深刻なダルシェナの問いを、シャーニッドは飄々と受け流す。

「………」

「何度も言うけどよ、俺は散歩してて、偶然ここに来たんだ。それだけだよ。シェーナもそうなんだろ?」

「……そうだ」

「だろ。なら、ここで俺達が鉢合わせしちまったのは、あの馬鹿騒ぎの所為ってだけのことさ」

ダルシェナは納得しきっていないようだが、突きつけていた突撃槍を下ろす。

「さて……馬鹿騒ぎも無事に終わりそうだ。俺はこれで帰るぜ」

「シャーニッド」

見れば捕り物も終わったようなので、シャーニッドはそう言って歩き始める。
だが、その足をダルシェナが止めた。

「どうして、私達の前から去った?」

なぜ?
どうして?

そんな言葉は、シャーニッドが第十小隊を抜けた時に何度も聞いてきた言葉だ。
シャーニッドはそのたびに飄々と受け流したり、誤魔化したりしていた。
その態度にディンは怒り、ダルシェナも怒っていた。そして、戸惑ってもいた。

「わかんねぇかな?」

「わからないから聞いている!」

「本当に……?」

「……………ああ」

ダルシェナを見る。
一度だけ見せた怒りがみるみる内にしぼんでいく様子に、シャーニッドは笑った。
笑ったが、何も言わなかった。

「どうしてだ……あの時に誓っただろう。私達は、3人でツェルニを護ろうって誓ったではないか。忘れたのか?」

ダルシェナが、弱々しい口調で責めてくる。

「忘れちゃいないさ」

「なら……」

「俺は俺なりのやり方で、あの時の約束を護るさ」

「第十七小隊がそうだと言うのか?」

「そういう事になるんだろうな」

シャーニッドの言葉に、ダルシェナは納得がいかないように言ってくる。

「私達といるよりも、第十七小隊にいるほうが約束を守れると思ったのか?」

「それは、わかんねぇ。ただ……」

「ただ……なんだ?」

「シェーナ。なにもかもを手に入れようと思ったら、なにもかもを失っちまうはめになるんだ。そう言う事ばっか言ってると、俺みたいになっちまうぜ」

「なにを、言っている?」

ここで会話を切るべきだった、それが正しい選択だろう。
だが、魔が差してしまった。やめろと理性が抑止する。だが、止まれない。
同時に、馬鹿馬鹿しくもあった。正直になれずに、想いを告げることすらせずに逃げ出した自分に。

「それでも聞くか?」

「……ああ」

一瞬戸惑ったようだが、それでもダルシェナは問うてくる。
その事に苦笑しながら、シャーニッドの脳裏にはレイフォンとフェリの事が浮かんでいた。
どこまでも一直線に、相手の事を想い続けている2人。
前回の都市の調査中に気づいたのだが、ああいう直向さ、一途な心意気は自分にはないものだ。
プレイボーイを気取ってはいるが、自分の本性は心底惚れた女に自分の気持ちを伝える事が出来ずに、恐れて逃げ出す臆病者だと言う事だ。
レイフォン達の事を羨ましく思いつつ、やめろと理性が制御しつつ、それでもシャーニッドは止まらない。

「それはな、俺がシェーナに……ダルシェナ・シェ・マテルナに惚れちまったからさ」

「なっ……」

ダルシェナの表情が驚愕に染まる。
シャーニッドはいつもどおりの軽薄な笑みを浮かべていたが、その内心は自己嫌悪で一杯だった。
自分の想いを伝えたと言う達成感がある。
だが、それはとても苦々しく、卑怯だと思いながらも後悔はない。

「ふざけるな!」

「別にふざけちゃいないさ」

頭に血が上り、ダルシェナが叫ぶ。
それに対し、相変わらず飄々とした態度で流すシャーニッド。
そこで、気づいた。気づいてしまった。
いつもどおりの軽薄な笑みを浮かべるシャーニッドだったが、目が笑っていない。
顔は笑っているが、瞳だけはそうではない。そして、仮にもシャーニッドは昔の仲間であり、付き合いが長い。
だからこそ気づいてしまう。その言葉に嘘がない事に。

「だが……ならばどうして?お前が私のことを好きだとしても、なんで私達の元を去る必要があった?」

動揺して、自分でもわけがわからないままに問うダルシェナ。
その言葉に苦い表情をし、シャーニッドは頭を掻きながら言いづらそうに言う。

「お前が、ディンのことを好きだからだ。後は……言わなくてもわかるだろ?」

後悔はない。
だが、絶句するダルシェナの顔を見て罪悪感が生まれた。
真っ直ぐ突き進むのが彼女の魅力だと言うのに、自分がその魅力を壊そうとしている。

「わかっているはずだ、シェーナ。俺達の誓いは借り物で、偽りのものだってな。俺があのまま第十小隊に残っていたって、関係が壊れるのは時間の問題だった」

罪悪感から逃れるように、シャーニッドが歩みを再開する。
ダルシェナは、今度は止めなかった。
呆けたように、唖然としたように、ただ突っ立っている。

「別に借り物なのが悪い訳じゃねぇ。最初はそうでも、何時かは心からそう思えるようになるかもしれねぇんだしな。ただ、悪いと思っちゃいるが……俺は間違った事はしてないと思うぜ」

そう言い残し、今度こそシャーニッドは去っていく。
自分の行いが酷く滑稽で、次に会った時には今の言葉の返事を聞かせてもらいたいと思いつつ、シャーニッドは舌打ちを打った。

「ああ……まったく」

今夜はなおさら、眠れる気がしなかった。










































あとがき
今回は原作基準の話で、フェリ要素皆無の回……次回こそは!
そして、シャーニッドはダルシェナに自分の気持ちを伝えました。
なんか、展開的にじゅっさんのSSとかぶってるような……
ちなみにこの作品では、シャーニッドはバカップルに感化されて心境を暴露しています。
前回のことで気づいてるんですよね、シャーニッド。レイフォンとフェリが付き合っていること。
ただ、ニーナはまだ気づいていません。
ちなみにこれだけは言いたい。ネルアはシャーニッドの嫁w
そして来々谷は、姉御は是非とも嫁に欲しいと思うこのごろw
リトバス最高だと思いつつ、まだ来々谷ルートと小毬ルートしかやってないので早くクリアーしたいなと思ってます。
次はクドだ!

そういえば、クドに関しては新作が出るとか。兄が投稿してる某サイトの広告で知りました。
姉御ので新作は出ないのかと本気で思うこのごろ!
個人的にはうたわれるものにも新作出てほしいなぁ、なんて思っていますw
そのときは是非ともカルラを本妻に!!

戯言でしたw
しかし、戯言シリーズなんかで出てくる戯言使いと言う単語、あれってどういう意味なんでしょう?
小説読むの遅いんで、つーか、クビキリサイクル読むのを途中で投げてる作者です。
早く読まねば……でもリトバスがぁ……バイトがぁ……執筆がぁ……
なわけで、なにをすればよいのかわからないこのごろです(汗



[15685] 24話 剣と刀
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d033edfe
Date: 2010/06/03 19:11
夜が開け、レイフォンは朝一番に錬金科を訪ねた。
昨夜の戦闘で破損した錬金鋼をなんとかしてもらうためにだ。

「これはまた……派手に壊れたねぇ」

朝食の菓子パンを齧っていたハーレイは、レイフォンの持ってきた錬金鋼を見て目を丸くする。

「見事に粉砕されている」

錬金鋼は戦闘中に壊れたため、復元状態のままだった。
実際、ここまで壊されてしまっては基本状態に戻すことは出来ない。
錬金鋼は、粉砕部分を指でつつくと、脆い石の様に簡単に剥落してしまう。

「修復は無理だね。新調した方が早いよ」

「ええ、お願いします」

「ん、了解。データは残っているから、すぐに作れるよ。管理部とかの手続きはこっちでしとくから」

「あ、すいません」

なにからなにまで世話になり、申し訳なさそうに言うレイフォンにハーレイが苦笑した。

「いいよ。これでも第十七小隊の装備担当だからね。それに、複合錬金鋼のほうで登録の手続きとかもしないといけないし……もうさ、キリクがこういうの全然だめでさ。全部僕がやるはめになるんだよね」

肩をすくめるハーレイだったが、不意に『そうだ』と手を叩く。

「あれの調整、今やっちゃおうか?」

「いいんですか?キリクさんいないですけど」

あれとは、複合錬金鋼の簡易版の事だ。
これを作るために、レイフォンはハーレイやキリクに嫌と言うほどデータを取られた。

「いいよいいよ。最終調整は殆ど僕がやるんだし。それにおっつけ来るでしょう」

そういうと、ハーレイは研究室の奥の棚から錬金鋼を引っ張り出した。
それを手渡されると、ずっしりとした重さが腕に伝わってくる。
密度が高いのだろう。軽量化が出来たとは言え、普通の錬金鋼の三倍はありそうだ。

「カートリッジ式を排除した分、この間よりも断然頑丈に出来ているよ。ただ、一度配合を決めてしまうと、もう他の組み合わせを使えないって弱点もあるけどね。レイフォンみたいにいろんな剄が使えるタイプにはそっちの方がいい気もするんだけどね。形なんかもそれぞれの錬金鋼に記憶させといて、用途に合わせて変えることも出来るし……ただ、これでも流石にレイフォンの全力の剄には耐えられないけど……」

「でも実際、そんなに器用には使えませんよ」

「そうかな?うーん……」

「それに、剄の問題に関してはすぐにどうにかできるとは思ってませんでしたし。僕が前に使っていた天剣が異常すぎるんですよ」

そんな事を話しながら、復元鍵語の声紋と剄紋の入力を済ませる。
剄紋はひとつだけ。鋼糸は入っていない。

「本当は二種類記憶させたかったんだけどね。錬金鋼の組み合わせで形態と性質を変化させるのが複合錬金鋼の長所でさ、簡易版を作る時に、どうしてもその設定に手が出せなかったんだ。出したら、もうバグだらけになっちゃって」

「いいですよ。青石錬金鋼があるんだし」

実際、鋼糸が対抗試合で使えないのに、複合錬金鋼にそれを求めても仕方ない。
ないことを祈るが、ハーレイ達が対汚染獣用のものを開発しているのでそれに期待である。

「じゃあ、ちょっと復元してみて」

ハーレイに促され、復元する。
手の中野錬金鋼が熱を帯び、一瞬で形を変える。

「……え?」

だが、その形にレイフォンは驚愕した。

「これ……刀ですよ」

「そうなんだよ」

それはレイフォンがいつも使う剣ではなく、刀の形だった。
ハーレイが、首を傾げるように言う。

「キリクがその形にしちゃったんだ」

「……変更、出来ませんか?」

「駄目だ」

ハーレイではなく、不機嫌そうな声に否定された。
レイフォンは振り返った。気配には気づいていた。
彼のやってくる特徴的な音、車椅子の音もハーレイよりも早く聞こえていた。

「それは、その形がもっとも相応しい」

キリクは不機嫌そうに、レイフォンを睨みつけていた。
彼もまたフェリと同じように、無表情ではなく不機嫌そうな顔がデフォルトなのだろうが。
それでも、レイフォンの言葉に多少の苛立ちは感じていたのかもしれない。

「キリク、珍しいね」

「こいつの仕上げには立ち会うと決めていたからな」

そう言ってキリクは、散らかった部屋の中を器用に車椅子を進めていく。

「分類としては剣も刀も同じになるかもしれないが、その働きは大きく違う。剣は叩き切り、刀は切り裂く。切ると言う行為は同じでも、そのために必要な動作が違う。お前の動きは切り裂く方だ。この間の汚染獣戦において、あれは巨刀と言う刀の形をしていたが、その刃は剣をベースにしていた。今度は違う。完璧に切り裂くためのものにした」

レイフォンの持つ錬金鋼を見ながら、キリクは淡々と言う。
そのためにレイフォンから、膨大な量のデータを取ったのだ。

「こいつには実家に秘蔵されている名刀のデータを入力した。通常の錬金鋼ではその威力を再現できなかったが、こいつならそれに近い物は出来るだろう。お前を最強にするための最高の道具だ。それを手に入れる事が、不満か?」

「そう言う訳じゃ……」

「なら、なにが不満だ?」

煮え切らないレイフォンの反応に、キリクの表情が更に不機嫌そうになった。
だが、レイフォンは答えられない。

「お前は、武芸者達全てが望む領域に立つことが出来る人間だ。なのにそのための道具を拒むというのが俺には腹立たしい」

車椅子がギシリと鳴る。看れば、キリクが車椅子についている車輪の握りを硬く握り締めていた。
その体にはわずかだが、剄が走っている。だが、その走りは鈍く、レイフォンが見た剄の色も濁っている。
剄脈に異常をきたしているのだろう。死に至るほどではない。だが、足が使えないことに関係しているかもしれない。
足が使えなくなるような事故に合い、そのために剄脈が異常をきたしたのか、それとも剄脈の異常のために足が使えなくなったのか……それはレイフォンからは気軽に聞けないし、キリクも話そうとはしない。
だが、元は武芸者だったであろう彼は、その事を本心から悔しがっている事がわかる。

「この場所で、学園都市でお前が本気を出す必要もないだろう。だが、それならどうして汚染獣の戦いでもそうした?お前にとっては、それすらも本気になる必要のない相手か?」

そんな訳がない。老生体との戦いは、レイフォン自身死ぬかもしれない可能性と隣り合わせの戦いだった。
だからこそ本気で戦った。なにがなんでも生き残るつもりだったから、必死で。
それでも、刀は使わなかった……

「……どうして、そこまで刀を拒む?」

「拒んでなんて……」

「いいや、拒んでいるな」

弱々しいレイフォンの反論を、キリクは跳ね除ける。

「お前は剣を握る事を選んでいる。刀で戦う事がお前の本質にもかかわらず、だ。その事がお前が刀を拒んでいる事の証明でなくて、何だと言うんだ?」

昨夜、戦闘を行ったハイアがいった言葉を思い出す。

『なんであんたが刀を使わないのかが気になるけど……』

デルクの兄弟弟子に育てられたと言う、傭兵団の団長。
その実力は、若くして団長を務めるのに相応しいものだった。
そして、鋼鉄錬金鋼の刀。動き共にデルクと、デルク・サイハーデンと同じものだった。
疾影からの高速攻撃はデルクが得意としていた攻撃パターンだ。
故に、グレンダンにいたときの記憶をいやでも思い出させてしまう。
ツェルニに来た事に後悔はないし、良かったと思っている。だが、グレンダンでの出来事はそう簡単には割り切れない。
天剣なんてどうでもよかった。名誉なんてどうでもよい。
だが、グレンダンに残してきた養父と家族達については簡単には割り切れない。割り切れるわけがない。

刀で戦う事が自分の本質。そうだ、その通りだ。
初めて手にした武器が刀だった。木で出来た模擬刀で、それで何度も打ち込みの練習をした。
それが、レイフォン・アルセイフの武芸者としての原点だ。
武芸を続ける事に迷いはない。なにがなんでも護りたいと決めた人がいるから。
だが、刀は、刀だけは……その事については5年前に結論付けたはずだが、レイフォンの中には未だに靄がかかっているように渦巻いていた。




































「どうしたんですか、こんなところで?」

「え……?」

いきなり、声をかけられる。
ボーっとしていたレイフォンにかけられた声の主は、フェリだった。
時間は現在昼休み。そして場所は、練武館の訓練室。ボーっとしていたレイフォンが、気づかないうちにここまで歩いて来たらしい。

「何時まで経ってもフォンフォンが来ないから、あの3人が心配していましたよ」

「あ……」

フェリに言われ、レイフォンは口を開く。
昼食はレイフォン、フェリ、メイシェンとナルキ、ミィフィの5人でとるのが日課だ。
故に、来ないレイフォンを心配して、フェリが探しに来たのだろう。

「一応、昼休みは有限だからあの3人には先に食べておくように言いました。ですが、私の場合はフォンフォンが持っているので、まだ食べていません」

「あ……」

更にレイフォンが大きく口を開く。
ここ最近のフェリの弁当を作っていたのは自分であり、当然自分がいなければフェリは食べられない。
その事を失念しており、レイフォンはすぐさま謝罪する。

「すいません……」

「それはいいですから、早く食べましょう。昼休みが終わってしまいます」

時間的にはまだ余裕があるが、フェリに言われてレイフォンはバッグから弁当を取り出す。
移動するのも面倒なので、訓練室で食べる事にした。
弁当を広げ、そういえば昼食を2人で食べるのは初めてだと言う事を今更考える。

「で、どうしたんですか?」

「え?」

そんなレイフォンに、フェリは弁当を食べながら再び尋ねてきた。

「何か悩んでいたようですので。それとも、体調でも悪いんですか?」

「いや、別に体調は悪くないんですけど……って、フェリ!?」

体調の事について否定するレイフォンだったが、フェリの行動に驚愕する。
フェリが弁当を食べる手を中断し、レイフォンに顔を近づけた。
触れるレイフォンの額と、フェリの額。
互いの呼吸が触れるほどの至近距離に、レイフォンは顔を赤くしたままおろおろとしている。
フェリは無表情だが、やはり、多少は動揺しているようで真っ赤とはいかないが、顔は赤かった。

「……熱は、ないみたいですね。こう言う時には、こうやって確かめるとよいと前に本で見ましたから」

「そうなんですか……」

額を離し、誤魔化すように言うフェリと、まだ顔の赤いレイフォン。
さっきまでは熱はなかったが、別の意味で発熱しそうである。

「では、やはり悩み事ですか?」

「まぁ……たいした事じゃないですが」

「そうは見えませんけどね」

食事を再開しながら、フェリが尋ねる。
その言葉に、レイフォンは再開した手をすぐに止めた。

「フェリには敵わないなぁ……本当にたいした事じゃないんですが、まぁ……少し」

「よかったら……話してはくれませんか?力になれるかどうかはわかりませんが、話すだけでも気は楽になるものですよ」

「はぁ……つまらない話ですが」

レイフォンはため息をつき、フェリに話す。
錬金鋼の修復に行き、キリクに刀を使うように言われた事を。それをレイフォンが拒んだ事を。
話したのは、彼女がレイフォンにとってとても信頼できる人物だから。
何より、彼女に言うだけで本当に気が楽になってきたから。
だからこそレイフォンは、フェリの言葉に素直に答えた。

「話でもわかりますが、フォンフォンはやはり刀を拒んでますね。どうしてです?」

「それは……」

キリクには答えられなかったが、不思議とフェリには言える。
自分の過去を知っているし、何より彼女に隠し事をするのは後ろめたかった。

「僕が闇試合に出ていたことは知っていますよね?」

「……ええ」

孤児院を潤すため、金を稼ぐためにレイフォンは非合法の賭け試合に出ていた。
それがグレンダンを追放されたきっかけになるのだが、その事についての後悔は今でもない。

「それに出るまでは、天剣授受者になる前までは刀を使っていたんですよ。僕の養父さん、デルク・サイハーデンに刀を、サイハーデン刀争術を教わり、その刀には誇りを持っていました」

レイフォンの武芸者としての始まりで、グレンダンでも数少ない良い思い出。
孤児だった自分に名を与えてくれ、我が子として育ててくれたデルク。
彼には感謝しており、そして教えてくれた技、サイハーデン刀争術には誇りを持っていた。
だが、その誇りがある意味問題だった。

「でも、僕は賭け試合に出ることを決めた。その事自体は後悔はないですし、孤児院を養うために必要なことだった。だから天剣と言う名誉を利用してお金を稼いでいたんですけど、それはやはり武芸者としては許されないことで、育ててくれた養父さんを裏切る行為です。だから僕は……刀を捨てました」

それはけじめ。
レイフォン・アルセイフは刀に、サイハーデン刀争術に誇りを持っていた。
だからこそそれを汚したくはなく、天剣になり、闇試合に出るようになってから刀を使うのをやめた。

「結局は闇試合のこともばれて、ガハルド・バレーンの件もあって、僕はグレンダンを追放されました。けど、だからと言って、だからこそいまさら刀を握るわけにはいかないんです。僕は、養父さんを、家族を裏切ったから……だから……」

痛ましそうに、辛そうにレイフォンはつぶやく。
それほどまでにデルクの事が、サイハーデン刀争術が好きだったのだろう。

「……フォンフォン。あなたは結局、どうしたいんですか?」

「え……?」

「刀を拒む理由はわかりました。ですので、ひとつ聞きます。あなたは刀が、サイハーデン刀争術が嫌いなんですか?」

「嫌いなわけ、ないじゃないですか……」

「なら、あなたは刀を持つべきだと思います」

フェリの言葉に、レイフォンは息を呑む。
冗談なんかで言っているわけではない。もとよりフェリにそういった趣味はないし、レイフォンの話を聞いた上での、真剣な意見だ。

「どうして……ですか?」

フェリの言葉に、レイフォンはとても緊張したように問う。

「フォンフォン、あなたは刀を持った方が本来の力を引き出せるんですよね?」

「それは……でも、そんなのは些細なものですよ」

別に武器を剣から刀に変えたところで、レイフォンが劇的に強くなるわけではない。
剣と刀に関する武器の性能の違いに関しては、それが生まれた当初ならともかく、現在の技術ではそれほどの違いはない。
形状的な理由で剣より刀の方が切ることにおいて優れているのは確かだが、だからといって刀の切れ味を剣で再現できないと言うわけではない。
これこそが技術の進歩であり、だからこそレイフォンは剣を使っていたが、天剣授受者として幾多の汚染獣を屠る事が出来たのだ。

「それでも、です」

だが、刀を持った方がいいのは確かである。
劇的には変わらないだろうが、それでもレイフォンは強くなる。
死の可能性が隣り合わせな汚染獣戦において、生き残る可能性が増える。

「私は、あなたを失いたくはありません。例え百分の一でも、億分の一でも強くなれるのなら、生き残る可能性が上がるのなら、私は刀を持つべきだと思います」

その言葉が、どうしようもなく嬉しかった。
フェリが自分のことを想って、言ってくれた言葉。
その言葉にとても暖かいものを感じつつ、それでもレイフォンを動かすには至らない。

「でも、僕は……」

考えるのは養父のこと、家族のこと。
レイフォンは家族を裏切った。そのことに負い目を感じ、刀を使うことを禁忌としている。
フェリの自分を想っての言葉は嬉しい。
だが、レイフォンは……

「怖いんですよ……僕は、みんなを、兄妹達を裏切った。リーリンは庇ってくれたけど、みんなには裏切り者と、卑怯者と言われました。養父さんは何も言いませんでしたよ。僕を叱る言葉も、もちろん慰めの言葉も。はは、なにを期待してるんでしょうね?僕がやったのは許されないことですから、仕方ないことです。それが原因で、武芸をやめようとさえしました……でも、でも、僕は……」

恐怖していた。
武芸を続けると決めたレイフォンに、養父達がなにを今更と思ったりしないか。
その上刀など、どの面を下げて使えるというのか?
フェリを護りたいから、フェリと出会ったこのツェルニを、知り合った人達を護りたいと思ったから、レイフォンは武芸を続け、剣を取った。
だが、刀は取れない。怖い、恐いのだ。
レイフォンは今にも泣いてしまいそうな表情で震えている。
また養父に拒絶されるのではないか?
突き放されてしまうのではないか?
フェリのためなら例え、この世界の全てを敵に回してもかまわないと考えるレイフォン。
だが、自分のことに関してはそうはいかない。恐怖し、みっともなく震えている。

そんな、今にも泣いてしまいそうなレイフォンを抑えるように、震えを止めるように、フェリは優しく抱きしめた。

「ふぇり……?」

「大丈夫ですから……フォンフォン」

心臓がドキンと高鳴る。
フェリの小さな体が、レイフォンの体を包むようにまとわりついている。
頬にはフェリの頬が触れ、声が耳元に響く。
彼女の熱い息遣いが、耳に当たった。

「すいません、少し深入りし過ぎました。でも、これだけは覚えて置いてください。私は、なにがあってもあなたの味方なんですから」

泣きそうな子供を慰めるようにフェリが言う。
その言葉がレイフォンを癒していく。内に渦巻いていた気持ちが落ち着いていき、今は気恥ずかしさだけを感じていた。

だが、ドキドキと心臓が鼓動し、今度はどうすればいいのかと感情が渦巻く。
これはあれだろうか?このまま押し倒してしまっていいのだろうか?
しかしここはあれだ、一応訓練室だ。誰かが来るなんて思えない。
今は昼休みだ。シャーニッドは遅刻魔だし、ハーレイは結局レイフォンが刀を拒んだため、新しい青石錬金鋼を作るために遅くなると言っていた。
ニーナが自主練で来る可能性もあるが、それはあくまで可能性で、流石に昼休みまでは来ないだろう。
これはなんだろう?やれと言う事か?
理性が否定し、冗談だと笑いたい気分だが、フェリの息遣いがどこか荒い。
そして自分の心臓が更に速く脈打つ。
高ぶってくる自分の感情。

「……………」

その感情に思いっきり水が差される。
訓練室の扉がノックされ、レイフォンの感情が一気に冷やされる。
フェリも離れ、どこか寂しさを感じながら『どうぞ』と促す。

「もういてくれたな、よかったよかった」

「フォーメッドさん?それに……」

「やぁ、レイとん……」

扉を開けて入って来たフォーメッドを見て、もう殺っちゃっていいだろうか?などと冷ややかに思いつつ、レイフォンはいかにも嫌々と言う感じでフォーメッドに連れてこられたナルキを見る。
どうやら昼食後、ナルキはフォーメッドに呼ばれたらしい。

「悪いが、少し時間をもらえるか?それから、隊長さんも呼んでくれると助かるんだが」

フォーメッドの言葉にいぶかしそうな表情をするも、フェリが念威端子を飛ばしてニーナを呼んだ。






「急な申し出、すまないな」

「いえ、それよりもお話というのは?」

「あまり大っぴらにしたくないからな、手短に用件を話そう」

現れたニーナに、フォーメッドは申し訳なさそうに言いつつ、背後のナルキをちらりと見た。
ナルキはやはり不機嫌そうで、不満そうだった。

「あ~まず、この間の隊長さんの申し出だが受けさせてもらう」

「本当ですか?」

「え?本当にですか?」

申し出と言うのは、ニーナがナルキを勧誘するために都市警の本署まで出向いたあの話だ。
それを受けるという言葉に、レイフォンとニーナは驚きを隠せない。
フェリはどうでもよさそうだが、ナルキを見ればこの話が彼女の本意ではないのは明らかだ。

「まぁ、条件が付くのだがね」

「やはりそうですか」

うまい話とは早々転がっているものではない。
そういうことだとニーナも、レイフォンも容易に想像することが出来た。

「そこらへんの事情を飲み込んでもらわないと、悪いが入隊の件は完全になしだ。そもそも本人にやる気がないからな」

「……彼女を欲しいのは事実ですが、当人にやる気がなければそれは逆に戦力低下に繋がります」

フォーメッドの言葉にニーナがハッキリと言う。
ぶっちゃけ、やる気がないことには間違いなく全小隊で1位の第十七小隊を率いてるだけに、無駄に説得力がある。

「うむ、それはわかっている。だが、うちの頼みを聞いてくれるなら、こいつもやる気は出してくれるだろうと信じるさ。それでも、もしそちらの判断で駄目だと思った時はクビにしてくれ。これからいう話もチャラにしてくれていい」

「課長っ!」

フォーメッドの言葉に、ナルキが怒鳴るように言う。
だが、フォーメッドはむしろ当然のように言った。

「当たり前の話だろう?いいか、警察の仕事には潜入捜査というものもある。十分にこなせなければ命にかかわるような仕事だ。学園都市でそこまで危険な捜査があるわけがないが、お前が将来、この都市を出た後も警察関係の仕事をしたいと思っているのなら、やってみて損はない仕事だ。潜入したら潜入先での自分の役目をこなす。やる気を出せと言われればやる気を出せ。出来なければそれで終わりだ」

叱るように言われ、ナルキが項垂れる。
いつもは姉御肌な彼女がこういう風に叱られるのをレイフォンは意外そうに見ていた。

「……さて、話を戻そうか」

咳払いで気を取り直し、フォーメッドはニーナに向き直った。

「で、話というのは?」

「ああ、まずは昨晩の話だ。レイフォン、昨日は助かった」

「逃がしてしまいましたけど……」

頭を下げるフォーメッドに、ハイアを取り逃したレイフォンは気まずそうに視線をそらす。

「まぁ、それは仕方ない。それに本来の目的の偽造学生は捕らえたし、品もある程度は抑えることが出来た」

「なんだ、また都市警の仕事をしたのか?」

ニーナの疑問に答えるように、彼女とフェリにフォーメッドが昨晩の捕り物のことを説明する。

「あの後、そんなことが……で、その違法酒の話が今でると言うことは、これからする話もその違法酒絡みなんですね?」

「そうだ」

いぶかしむフェリの言葉に、フォーメッドが頷く。

「まさか……小隊の生徒がそれに手を出したと考えているのでは?」

はっとした顔でたずねてくるニーナに、フォーメッドが重々しく頷いた。

「そのまさかだ」

「馬鹿馬鹿しい。小隊の生徒がそんなものに手を出すなんて……」

「考えられないか?今のこのツェルニの状況を考えても」

「む……」

ニーナの否定に対し、フォーメッドは隙を突くように言った。

「今掘っている鉱山を失えば、ツェルニはお終いだ。その水際が今年の武芸大会だ。小隊所属者には愛校心の強いものが多いし、ましてや自分達にのしかかる責任の重さを感じていれば、つい、手を出してしまう者がいてもおかしくはない」

フォーメッドの言葉に対し、レイフォンは納得する。
剄脈加速薬と言うのは、本来そういう時のために存在する。
例え自分を犠牲にしようと、負けられない戦いに勝つために使用する都市もあるのだ。

「……それは、予測でしかありません」

だが、ニーナはそれを認めたくないようだった。
だけどフォーメッドは、ニーナの言葉を否定するではなく、むしろ同意した。

「そうだな、予測だ。もしかしたらそこら辺の成績不振な武芸科の生徒が手を出したのかもしれん。剄脈加速薬の副作用が自分には来る筈がないという、確証不能な自身だけを頼りに手を出した馬鹿者がいるかもしれん。どちらもただの予測だ。だが。どちらの可能性が高いかといえば、俺は前者を押すがな」

「……小隊員が違法酒に手を出しているかもしれない可能性に、裏付けとなるものがあるんですか?」

それでもどこか会話に棘があり、認めたくなさそうなニーナだ。

「……品の進入経路を調べた時、ひとつの確証を得た。放浪バスにそのまま荷を積んで来たのでは、こちらのチェックを逃れられるわけがない。だが、それは商売用の話だ。そうではなく、個人への荷なら、しかもそれが少量ずつならチェックは甘くなる。偽装学生証が騙せるのは人の目だけだ。コンピューターまでは騙せん。なら、ここだけは本物の学生の住所を使っていたはずだ。本物の学生に荷を送り、それから偽装学生の元に集める。ここ1年間の個人宛の手紙、荷、全ての記録を調べ、頻度の多いものを調べていった。上位に記録されていたのは6人……」

そこまでしゃべり、フォーメッドはため息と共に言葉を止めた。

「ここから先は、話を受けてもらわなければ流石に駄目だ。ナルキの第十七小隊入り。そして目的の小隊を調べることの黙認と協力」

「受けよう」

フォーメッドの言葉に即答するニーナ。
そのあまりもの早さに、拍子抜けしたようにフォーメッドが尋ねる。

「いいのか?もう少しぐらいなら考える時間を……」

「必要ない。確証があるなら協力する」

その言葉に、フェリが小さく『めんどくさい』とつぶやいた。
それを流しつつ、一番の疑問をフォーメッドがニーナへ問いかけた。

「もしも、相手がこの都市を護るために違法酒に手を出していたのだとしたらどうする?守護者たるべき武芸者の意地が彼らをそうさせているのだとしたらどうする?やっていることは違法ではあっても、所詮それは危険であるからという理由で違法とされたに過ぎない。後がないというのならば使うべきだと言う考えだったらどうする?ツェルニには確かに後がない。彼らの自己犠牲がこの都市を救う可能性だったとしたら、どうする?」

どうしてここまでフォーメッドがニーナに問うのか?それがレイフォンには分からない。
ならばなぜ、その話を第十七小隊に持ってきたのだと思った。
だが、よくよく考えてみれば予想は出来る。おそらく、フォーメッドはいずれ来るに違いない葛藤に早い段階で決着を付けさせておきたかったんだろう。
都市のため……剄脈加速薬に手を出したであろう小隊員も結局はツェルニを護りたいがための行動なのだ。
手段は違えど、志は同じ小隊員同士。そんな彼らを前に、ニーナたちがどんな行動を取るのかを問うのだ。

「……何かを救うのに自分を犠牲にする。例え話なら美しいが、そんなものは独善に過ぎない。目の前の困難に手軽な逃げの方法を選んだだけだ。私は、この都市全てを護ると決めた。誰かを犠牲にしようなんて思わない。私自身を含めて、全てを護る」

ニーナはどこまでも真っ直ぐな言葉を、この場にいる全ての人物に向けて言い放った。

「……ここまで我侭な言葉は聞いたことがないな」

やれやれと、フォーメッドが首を振る。

「詭弁です。馬鹿です。現実的ではありません。それから、前回無茶をして倒れた隊長が言わないでください」

「うるさいぞフェリ!」

フェリの冷ややかな視線と言葉に、罰が悪そうにニーナが言い返す。
だが、フェリはその言葉を流しつつ、もしかしたら自分までこの捜査に巻き込まれるのではないかと1人見当違いな思考をしていた。

「だが、ここまで気持ちのいい言葉を聞いたのは初めてだ。改めて協力を願おう」

「……了解した」

未だにフェリの言葉に不機嫌そうだったが、とりあえずフォーメッドと握手を交わす。

「それで、相手は……」

「……6人。これは言ったな?そのうちの5人の名前は……」

フォーメッドがその5人の名前を挙げていく。その名前を聞いて、ニーナの表情が強張った。

「まさか……」

「5人への荷の送り元は全て同じ都市だ。だが、その都市は5人の故郷ではない。6人目の故郷だ。その6人目の名前は……」

レイフォンも、そしてフェリにもその名前に覚えがある。
小隊員だ。そして彼の名を、レイフォンはフェリによって聞いている。当然、ニーナも知っていた。
フェリも表向きには変化のない表情をしているが、何か考え込んでいる。
相手が小隊員なのは話を受ける前から分かっていた。だが、よりによって……

「ディン・ディー」

シャーニッドが所属していた第十小隊隊長、禿頭の青年の顔がニーナ達の脳裏に浮かんだ。





























「……………」

第五小隊隊長、ゴルネオ・ルッケンスは見るからに元気がなく、重たい足を引きずるように自分の寮の部屋へと向かう。
その原因はやはり、前回の第十七小隊との合同任務の廃都市探索である。
『事故』によるシャンテの負傷。そのために彼女は入院し、現在第五小隊の士気は落ちている。だからセルニウムの発掘のために、現在対抗試合が中断されているのはありがたかった。
ゴルネオ自身も『事故』により負傷したが、シャンテに比べでば軽傷であり、通院程度で済んでいる。その通院程度の傷、胸を切り裂かれた怪我も今はほとんど完治し、生活に支障はない。
ただ、シャンテの場合はそうは行かなかった。頭、胸部以外を針のようなもので無数に貫かれ、腹部を蹴られたために肋骨が数本折れ、両肩の骨を砕かれ、断たれていた。
更には出血多量と言う、かなり人為的な『事故』にあったため、現在も病院のベッドで絶対安静という始末である。
大人しくする事が不得意なシャンテだが、流石にあの『事故』で体力を大幅に失ったのと、『事故』が原因で心に負った傷、トラウマにより不気味なほどに大人しくしているらしく、看護師などに迷惑はかけていないようだと一安心するゴルネオ。
今日も見舞いに行ってきたのだが、あんなシャンテ、今まで見たことがないという風に大人しかった。
ただ、帰ろうとするゴルネオを全力で引き止めたのはいただけなかったが……恐怖心により、1人で眠ることすら出来ないらしい。
流石にゴルネオが病院に留まる訳にはいかず困っていたところ、当直の看護師である女性がいつものように添い寝をするとかどうとかで話は決まった。
シャンテは野生的な行動、そして外見から女性の人気が高く、可愛い、飼いたいなどという理由から愛玩動物のように見られている。
そんなわけで迷惑ではないと言う看護師に感謝しつつ、ゴルネオは自分の部屋の扉を開けた。
開いて、気づく。
開くまで気づかなかったことに内心で自分を罵倒しつつ、ゴルネオはゆっくりと扉を閉める。だが、鍵はかけない。
カード型の錬金鋼を抜き出し、リストバンドに装着していつでも復元できるようにする。
油断しすぎた。ゴルネオはシャンテのこと、そして廃都市で知った驚愕の兄弟子の事実に気落ちし、ここ最近自分で言うのもなんだがまさに腑抜け状態になっていた。
そのことで確認の手紙を故郷のグレンダンに送り、今か今かとその返事を待っている。
あの言葉が、嘘であって欲しいという儚い願いを抱きながら。

だが、そんな状態だったからとして、自分はこの気配に気づいただろうか?
今まで気づかなかったことからも、相手の実力が只者ではないことが理解できる。
魔の巣窟であるグレンダンでも、天剣ほどではないがそれでも上位に入るほどの強さだ。

「誰だ?」

息を呑み、活剄を高め、いつでも戦闘体制に入れるようにして、ゴルネオは部屋の中に声をかけた。

「……ま、合格ラインさ~。出来ればドアを開ける前に気づいて欲しかったけど」

声はリビングからした。

「誰だと聞いている」

リビングの照明が灯った。ゴルネオは慎重に廊下を進み、リビングに入る。
リビングのソファには少年が座っていた。
少年の前にあるテーブルにはファストフードの包み紙が散らばっており、今もスナックをつまみながらストローでジュースを飲んでいる。
顔の左半面を覆う刺青を見ながら、ゴルネオは図々しい不審者だと思った。

「事情を説明するからさ。まぁ、楽にしたらいいさ~」

「ここは俺の部屋だ」

「あんまり大きい声は出さないで欲しいさ~。活剄を走らせてだいぶましになったとは言え、折れた肋骨に響く」

赤髪の少年は平然とした、飄々とした態度に敵意はない。
だが、だからといって警戒を解いていい理由にはならない。ゴルネオはその場に立ったまま、少年を見下ろした。

「それに、キッチンに隠れている女。出て来い」

「……あ」

「出て来いってさ」

少年に言われ、リビングから続くキッチンの陰から少女が出てくる。
少年と同い年くらいの少女だ。金髪で線は細い。わずかにそばかすが残る鼻に、大きなメガネが乗っていた。
その手に握られていた大きな弓が、復元状態を解かれて縮まっていく。

「ミュンファの殺剄はまだまだ甘いさ~」

「……すいません」

「気配を消せないってのは射手として色々とやばいから、日頃から練習しろって言ってるんだけどな~。誰かをストーキングしてみるとかで」

「そそそ、そんなことできません」

少年の言葉に、ミュンファと呼ばれた少女はぶんぶんと頭を振った。

「気になる男でも見つけてやってみればいいさ~。そいつの1日も観察できて訓練にもなる。一石二鳥さ~」

「そんな……そんなこと……」

顔を真っ赤にして頭を振り続けるミュンファを、少年が楽しそうに眺めている。
今まで無視されていたゴルネオは、かなり不機嫌そうに口を開いた。

「……それで、貴様らはいったい何者だ?まさか、こんな茶番を俺に見せ付けるためと言う訳ではないだろうな」

「ん~、それだけだったら、ずいぶんと楽しいさ~。だけど、残念ながら違うんだな俺っちの名前はハイア・サリンバン・ライア」

刺青では気づかなかったが、セカンドネームを聞けばグレンダンの人間なら誰だって気づく。
ゴルネオもすぐに理解し、警戒をより強めた。

「サリンバン教導傭兵団か」

「三代目さ~。で、こっちがミュンファ。俺っちが初めて教導する武芸者って訳さ」

「よ、よろしくお願いします……」

「む……」

ぺこりと挨拶をする彼女に毒気を抜かれつつ、ゴルネオは視線を少年、ハイアへと戻した。

「……傭兵団が学園都市に何の用だ?まさか、生徒会長に雇われたとか言うのではないだろうな?」

「それもありさ~……て言うか、その方が良かったかな?う~ん、ちょっと後悔。ま、これぐらいなら後で取り返せるさ~」

暢気なその言い方は、ゴルネオの癇に障る。
いつまでたっても本題に入らないハイアに、流石のゴルネオも頭にきていた。

「それで、何の用なんだ?」

「ここには商売をしにきたわけじゃないさ~。で、あんたには協力して欲しくて来たんだ。元ヴォルフシュテインは俺っち達の事情を知らなそうだったから、あんたのところに来てみたのさ~」

「協力?それに事情だと……?」

ヴォルフシュテインと言う名に顔をしかめるゴルネオだったが、ハイアの言葉に首をひねる。

「協力ってのは情報提供さ~。都市の事情はその都市に住んでいるもんが一番詳しい。当たり前の話さ~。で、事情ってのは……あんたは知ってると踏んだんだけど、どうさ~?グレンダンの名門ルッケンス家の次男坊だから、知っていてもおかしくないと思ったんだけどさ~?傭兵団の創設秘話って奴さ~」

「……まさか」

「おっ、知ってたさ~」

ゴルネオの反応に、ハイアが嬉しそうに言う。

「本当にいたというのか……?廃貴族が」

信じられないと、ゴルネオはハイアを見た。
ゴルネオがその話を聞いたのは、兄が天剣授受者となった時だ。
祖父が兄に話していたのを横で、おまけとして聞いていた。

「壊れた都市が生む狂える力……」

祖父はそう話していた。
サリンバン教導傭兵団は、その力を探すために都市の外へと出たのだと。

「与太話だと思っていたが……」

「本当に与太話だとしたら、初代もこんな苦労しなくてすんださ~」

だが、それでも信じられない。

「まさか、本当にいたというのか?」

「疑い深いねぇ。ま、いたのはツェルニにじゃなくて、お隣にあるぶっ壊れた都市さ~。俺っち達はあっちに潜入して捜査したんだけど見つからなくてさ~。こっちに移動したと踏んで、来たのさ~」

「あの都市に……」

そこまで話を聞き、嫌なものも思い出したがふと、記憶に引っかかるものを感じた。

「……そう言えば、第十七小隊の念威繰者が何かを見つけていたな」

「お?」

その言葉に、ハイアが興味を示す。
あの時は第五小隊(こちら)の念威繰者が何も感じられず、発見したのがレイフォンのいる第十七小隊だと言う事もあって本気にはしていなかった。
しかしもし、あれが本当に廃貴族なのだとしたら。

「都市を失ってなお存在する狂った電子精霊……まさか本当に実在するとは」

「本当にいるんだから仕方がないさ~。まっ、俺っちだって半信半疑だったし、どうやって見つければいいかなんてまるで見当付いてないんだけどさ~」

「あの……団長」

ゴルネオとハイアの会話に、今までずっと黙っていたミュンファが発言の許可を求めた。

「なにさ~?」

「その……第十七小隊?の念威繰者さんですか?その方に協力をお願いするのはどうでしょうか?フェルマウスさんでも大まかな方向しか見つけられなかったんですし、なにより、フェルマウスさんがここに来るのは無理だと思うし……」

「それは良い案さ~。それでゴルネオさん、その念威繰者ってのは誰さ~」

「……忠告だが、お勧めはせんぞ」

勝手に話が進み、第十七小隊の念威繰者に協力を求めようとするハイア。
その言葉に当然の選択とは言え、正気かとゴルネオは思ってしまう。
あの廃都市の出来事もあり、出来ればあまり彼女には関わりたくない。

「いいから教えるさ~」

「……俺は関係ないからな。フェリ・ロス。ここの生徒会長の妹だ」

「生徒会長……って事は、実質この都市の支配者ってこと?」

「そうだ」

「ますますやりやすいさ~」

にやりと笑うハイアを見て、ゴルネオには言いようのない不安が生まれた。
そんなゴルネオをよそに、ハイアはあれこれとツェルニの情報を聞き出していった。








































あとがき
レイフォンが既に刀を使ってるなんて思っている方がいましたし、老生体戦においても巨刀を使っていたので仕方ないとは思いますが、老生体戦に使った巨刀は上でもあった説明どおりです。
レイフォン、刀を拒んでます。その事を、今回は素直にフェリに相談と言う事で。
しかし、フォーメッドはいつか死ぬかもしれない……いや、彼は悪くないですがタイミング的に……
その上ニーナイベントは完璧に折れまくって……
ぶっちゃけると、ハイアとの戦闘にニーナが気づいて駆けつけるという描写も入れようとは思ったんですが、原作となんら変わらないですし、この作品はレイフォン×フェリだから別にいらないか、みたいな感じで抜きました。
そもそもこのレイフォン、刀関連以外においては迷いがありませんからね。フェリ第一です。
その刀自身も、フェリのピンチだったら迷わず使いそうですがw



そして、いまさらですがなのはのポータブル買いました。
まだストーリーに関してはやってませんが、コンピューター対戦は何回か。
そしてクロノ君が好きなので使ったのですが……白い悪魔が倒せない(汗
これどうなってんの!?フェイトやザフィーラ、シャマルなんかは倒せたのに白い悪魔は別格!?
流石は未来の魔王様……
まぁ、俺のゲームの腕が未熟なのと、まだ操作方法になれてなかったのも関係するんでしょうが、戦慄を覚えたこのごろです。



[15685] 25話 第十小隊
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:acebd00e
Date: 2010/05/25 19:24
ナルキをシャーニッドとハーレイに紹介し、明後日から強化合宿が予定されていたのだが、その中止をニーナが告げる。
理由はもちろん、都市警の捜査に協力することになったからなのだが、極秘にしなければいけないためにシャーニッドやハーレイには告げられていない。
故に適当な理由で誤魔化したのだが、おそらくニーナはシャーニッドには言いたくなかったのだろう。
かつての仲間が、違法酒に手を出したと疑いをかけられているなどと。

どんな理由にせよ、ナルキが第十七小隊に入隊したのは事実で、いつもどおりに訓練が始まる。
初日と言うこともあって、ナルキは苦戦していたがレイフォンのアドバイスなどもあり、なんとか乗り切った。
訓練後、かなりダウンしていたナルキだったが、

「おまたせ~」

機嫌のよいハーレイの声が、ナルキを休ませてはくれなかった。

「どうかしたんですか?」

「どうしたもなにも、新人さんがいるんだから僕の出番がたくさんあるじゃないか」

うきうきとしたハーレイの手には、武器管理課の書類が握られている。

「ナルキさんの武器を用意しないと」

「あ、いえ……あたしはこれで十分……」

ナルキは都市警で普及された打棒の錬金鋼を見せようとしたが、ハーレイが首を振った。

「それは都市警のでしょ?都市警マークの入った武器なんて試合で使えるわけないじゃん」

「あ、でも……」

「いいからいいから、お望みのならなんでも作るから。行こう」

目をキラキラさせながら、ハーレイはナルキの手をつかんで研究室へと引きずっていく。
その姿はとても活き活きしていた。

「どんなのがいいかな?やっぱ打棒系がいいの?それならニーナよりも短くて取り回しが利く方がいいよね。あ、そう言えば腰に巻いてるそれなに?取り縄?ふーん、捕縛術ねぇ。それって面白そうだねぇ」

津波のごとく押し寄せられてくる質問に圧倒されつつ、ナルキはハーレイに連れ去られていく。
ナルキはレイフォンに助けを求めるような視線を向けてきたが、レイフォンには『ご愁傷様』と言う以外に出来ることはなかった。

「さて……」

ナルキの恨めしそうな視線を忘却しつつ、レイフォンは訓練室のベンチに座って本を読んでいたフェリをの方を見る。
フェリは本を閉じ、立ち上がった。

「面倒ですがやりますか」

フォーメッドの依頼。
ナルキはハーレイに連れ去られ、ニーナの姿はもうない。おそらく帰ったのだろう。
残ったのはレイフォンとフェリの2人だけで、必然的に2人がやることになる。
フェリが念威端子を飛ばし、レイフォンは殺剄で気配を消した。





(さて、どうしよう……)

殺剄で気配を消したレイフォンは、練武館正面入り口の屋根で時間を潰していた。

「第十小隊は、まだ訓練をしているようですね」

念威端子越しにフェリの声が聞こえる。
ドアを開ければ流石に気づかれるので中の様子までは見てないが、聞き耳を立てると微かにディンの声が聞こえた。
また、訓練中故にそれらしい物音も聞こえている。
訓練が終わり、出てきたらそのまま尾行するのがレイフォンとフェリのプランだ。
そうする以外、良い方法が思いつかない。
フォーメッドが欲しいのは、ディンが違法酒であるディジーを持っているところ。
あるいは明確に使用したと分かる証拠だ。

(そんなの、どうやって見つければいいんだろう?)

ディンの部屋に潜入できれば話は早いのだが、そんな泥棒となんら変わらない手段を取ってしまってもよいのだろうか?

(部屋に入るだけなら簡単なんだろうけどな)

プロの泥棒のように針金ひとつで鍵を開けるなんてことはできないが、今のように気配を消してドアの鍵を剣で切ってしまえば簡単だ。後は無事に証拠が出てくれば大成功。
……だけど、出てこなければ余計な警戒を招くことになるのは分かりきっている。
ならばどうするか?

「フェリ、何かいい案はありませんか?」

「そうですね……」

こういう考えることが苦手なレイフォンは、困ったようにフェリに助けを求める。
頭の良い彼女なら、何か良い案を出してくれるだろうと期待して。

「めんどくさいですから、もういっそのこと、強攻策に出るのはどうです?フォンフォンならディンを伸して、証拠を探ることは簡単なのでは?」

「いや、確かにその方が手っ取り早いかもしれませんが、色々まずいですよ、それ……」

フェリの案に苦い笑みを浮かべ、レイフォンは悩んだ。
どうも自分にはこういったことは向かない気がする。出来たとしても、フェリが言った様に強攻策で腕っ節を披露するぐらいのことだ。
グレンダンでは警察関連の仕事を手伝ったことはあるが、まさしくそれしかやったことがない。

「あ、出てきましたよ」

となれば、後はフェリの機転に頼るしかないのだが……果たして大丈夫なのかと本気で考え込むレイフォンだった。





ディンは小隊員を連れ、練武館から出てきた。
ディンを入れて7人。第十小隊全員がそこにはいた。
武器を扱って動くように訓練された人間には独特の動きがあり、その動きから見ておそらく最後尾の人物が念威繰者なのだろう。
そして先頭に立っているのがツェルニでも珍しい髪形をした、と言うか毛根を除去したのかと思うほどに髪がない禿頭の男、ディン。
そんな彼の斜め後方に、この間レストランでは見かけなかった美女がいた。

(彼女が副隊長の?)

ダルシェナ・シェ・マテルナ。
大人の女性と言うよりも、何かそういった彫像のような美しさを宿しているように見えた。
そして、髪が綺麗だ。輝く金髪はもちろんのこと、螺旋の如く渦巻いた髪が本当に美しい。
思わず目が奪われてしまいそうなほどだ。

「不快です……」

「え、どうしたんですかフェリ?」

「なんでもありません」

レイフォンの視線を追ったのか、フェリが不機嫌そうに言う。
ひょっとして焼餅かと思ったが、もしそうだったらかわいいなと思わず苦笑する。
フェリの髪だって、ダルシェナに劣らず十分綺麗なのだ。
輝く、長くて綺麗な銀髪。
フェリ曰く多少クセ毛らしいが、ストレートに流された髪は十分に美しい。
レイフォンとしては、むしろそっちの方が好みだ。
いや、好み以前の問題に、ハッキリ言ってフェリ以外の女性に興味はない。
ダルシェナに目を奪われたのも、ちょっと綺麗だなと思っただけでそういうつもりは一切ないのだ。

「……なにを笑っているんですか?」

「なんでもありませんよ」

それでもレイフォンの返答、苦笑が気に入らないように問い詰めるフェリ。
誤魔化すようにまた笑うレイフォンだが、それが更にフェリを不快にさせる。
どこか拗ねたように、もう一度問い詰めようとしたところで……

「あれ、隊長?」

「……なにをしてるんですか?あの人は」

ディンが出た後、間を置いて、正面玄関から出てくる人影。ニーナだ。
訓練の後に何も言わなかったし、さっさとシャワーを浴びに行ってしまったからもう帰ったと思ったのだが、そんな彼女は殺剄を使って第十小隊の後を付けている。
レイフォンほどではなく、シャーニッドほどに精緻にその場の空気に溶け込むほどではないけれど、それでも一応、気配は消している。

「今は大丈夫みたいですけど、このままだと遅かれ早かればれますね……」

だが、仮にも相手は小隊員だ。
自分やシャーニッドならともかく、ニーナのレベルの殺剄ではばれる確率が高い。

「ですが、言って隊長が止まりますか?」

「それは……」

だからと言って、止めて彼女が言う事を聞くとは思えない。
今までの経験上からも、それはわかる。何より、止めようとして言い合いになってしまえばそれが原因でディン達にばれてしまうおそれが出てくる。

「隊長を背後から殴って気絶させ、そのまま放置するという手段はどうです?」

「いや、それは流石に……」

「半分冗談です」

「半分なんですか?」

「ええ、最終手段です」

「はぁ……」

フェリの発言に苦笑いを浮かべながらも、いざとなればそうするしかないのかと考えるレイフォン。
一抹の不安を抱き、思考を巡らせながら、ディン達とニーナを追うために屋根から飛び降りた。





ディン達第十小隊の面々は路面電車を使うこともなく、徒歩で移動をしていた。
そして現在、その後をニーナが付け、その後ろをレイフォンとフェリの念威端子が付けるという奇妙な状態になっている。
なんだかとても間抜けな構図だと思いながらディン達の方を見ていれば、彼らは他愛のない会話をして歩いているようだった。
隊員の誰かが砕けた事を言い、それに誰かが乗っかり、笑いが起こる。
第十七小隊でも行われるような。ごく普通の馬鹿話だ。

本当に第十七小隊の会話風景と、何も変わらない。
ただ、予想と違ったのはニーナの様に顔をしかめる役はディンがしている。なんとなくだが、その役目は副隊長のダルシェナがしている気がしたのだ。
身にまとう空気はどこかニーナに似ていて、そしてニーナよりも洗練されている。
上品と典雅を身にまとった麗人……そんな様子で、まさしくその通りだと思うけど、時には隊員達の冗談に下品にならないように笑い、口元を崩して言い返していた。
なんだか、その時の雰囲気がどこかシャーニッドに似ている気がする。
フェリに聞いた話だが、ディン・ディー。
ダルシェナ・シェ・マテルナ。
そしてシャーニッド・エリプトン。

かつて、第一小隊に迫る実力を持っていたという第十小隊の連携を作っていた3人。
言われてみれば、確かにシャーニッドとは気が合いそうなように見えた。
だが、だからこそわからない。どうしてシャーニッドは小隊を抜け、今は不仲の間柄になってしまったのか?
そんな事を考えていると、気づいた。
ダルシェナは時には笑い、時には言い返したりして、楽しそうに第十小隊の面々と会話を交わしている。
だが、時たま心ここにあらずと言うか、稀にどこか熱っぽい視線でディンを見つめている。
レイフォンも不審だと思うぐらいだから、当然第十小隊の面々も気づいているようだ。
そんな一同を代表して、ディンがダルシェナに尋ねたようだが、当のダルシェナはなんでもないと言うように首を振っていた。
何かあったのだろうかとレイフォンが思っていると、そんな第十小隊に解散の兆しが見える。
1人、また1人と別の道へと分かれている。
おそらく、それぞれの寮やアパートに向けて分かれているのだろう。
最後にディンとダルシェナも分かれ、ディンだけが残った。
ニーナは迷わず彼を追い、レイフォンとフェリの念威端子もそれを追う。

主犯格は間違いなくディンだとフォーメッドも言っていたし、彼の出身は彩薬都市ケルネス。
違法酒を禁じていないどころか、現在も生産をしている数少ない都市だ。
入手する方法があるとしたら、ディンしかいない。

このまま真っ直ぐ自分の部屋に戻るのか……1人歩くディンを見ながらそう思っていると、動きがあった。
だが、ディンにではない。動いたのはニーナだ。

「ディン・ディー」

いきなり殺剄を解いて呼びかけるニーナに、レイフォンは慌てた。
止める暇なんてなかった。

「隊長が暴走しました。場合によっては最終手段を」

「……本当にやるんですか?」

なんとか殺剄を維持しつつ、レイフォンはいつでも距離を詰められるように構える。

「ニーナ・アントーク?第十七小隊がなんの用だ?」

ディンの態度は友好的とは程遠い。むしろ、嫌悪すら感じた。

「話がある」

「こちらにはない。聞く価値があるとも思えん」

「大事な話だ」

立ち去ろうとするディンを止めるように、ニーナは強引に話を進める。

「違法酒に手を出すのをやめるんだ」

「……なんの話だ?」

そして、重要キーワードがニーナからもれる。
その言葉を聞いて、ディンが立ち止まり、ニーナに振り返った。

「最終手段です」

「あぁ、もうっ!」

頭を抱えつつ、レイフォンは殺剄を解いて活剄を走らせる。
ディンやニーナに反応させる暇は与えない。一瞬で蹴りをつける。

「都市警……がっ!?」

「!?」

言葉の途中でニーナが倒れた。
嫌悪すら抱いていたディンだが、流石にこの状況には驚愕し、固まる。
レイフォンは一瞬で距離を詰め、ニーナを背後から殴った後、地に倒れ伏す前に受け止め、半ば自棄で言った。

「あれ、隊長どうしたんですかいきなり?こんなところで寝たら風邪引いちゃいますよ。まったく……しょうがないなぁ。あ、失礼しました」

凄く棒読みなセリフだ。
そんなセリフを吐きつつ、気絶したニーナを肩に担ぎ、レイフォンはディンの前から一目散に立ち去る。
そんなレイフォンの背中を見つつ、ディンは未だに呆然としていた。

「なんだったんだ……一体?」

呆然とはしていたが、ある程度の理解は出来た。
ニーナの言葉といい、言いかけた都市警といい、おそらく自分達が違法酒を使っている事に関しての根拠を得たのだろう。
だが、まだ決定的な証拠をつかんでいないからこそ、おそらくは都市警に協力を要請されたニーナかレイフォンが後を付けていたのだろうが……結果はこの通り。全てニーナが台無しにしていた。
普通なら、このまま証拠を処分し、ニーナの言うとおり違法酒に手を出すのをやめるべきだろう。そうすればディン達は罪には問われない。
証拠不十分で、容疑をかけられても無罪放免だ。

(それがどうした?)

だが、そう言う訳にはいかない。
今更、立ち止まるわけにはいかないのだ。
決めたのだ、誓ったのだ、この都市を護ると。シャーニッドがいなくなったとはいえ、それでも残った者達でこの約束を果たす。
そのためには力が、発言力が要る。武芸大会で作戦などを考え、決めるのは武芸長のヴァンゼや、成績上位の小隊長だ。
そのために第一小隊に勝つ。試合でも、総合成績でもだ。
自分の作戦を通すために、この都市を、ツェルニを護るために。
だからこそ、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。




































「なんで邪魔をする!?」

「それはこちらのセリフです。馬鹿なんですね。馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、隊長は本当に馬鹿ですね」

気絶から目覚めたニーナを前に、フェリはとても冷たい視線を彼女に向けていた。
レイフォンはどうしていいのかわからず、オロオロしてフェリとニーナの会話を見守っている。
ぶっちゃけ、それ以外何も出来なかった。

「だがな……」

「だがもなにもありません。調査に協力しないのならともかく、ディンに情報を流してどうするんですか?彼はなんだかんだで兄も認めるほど鋭いですからね……ひょっとしたら全部気づいたかもしれません。そうでなくともこれは立派な犯罪幇助です。あなたは第十七小隊を潰すつもりですか?」

「っ……そんなつもりは……」

「つもりはなくとも、結果的にはそうなる可能性だってあります」

フェリには容赦がない。
呆れたように、もはや疲れ果てたようにため息をつく。
それでも自然体、無表情なままのこの言葉にはある意味怖さを感じた。
素敵な笑み……とは程遠い表情だが、その裏に潜んでいる怒気はとても恐ろしいものだろう。

「第十七小隊がどうなろうと関係がありませんが、私は兄に無理やり小隊に入れられました。おそらく、第十七小隊が解散しても兄はフォンフォンと共に私を別の小隊に入れるでしょう。そうなると訓練をサボれないじゃないですか。第十七小隊なら、隊長を無視してサボる事は容易なのに」

「フェリ……」

そして、色々と台無しだった。今度はニーナが呆れている。
前線で戦おうとするレイフォンのために、常に最高の念威のサポートを勤めようとするフェリだが、それ以外、小隊の訓練などには乗り気ではないフェリ。
最近はレイフォンと共に行動するので、遅刻と訓練の欠席は減ったのだが、それでも訓練中に本を読んでいたりなど、あまり乗り気ではない。

「だが、私はどうしてもああしなければならなかった。ディンがああなってしまったのには、理由がある」

「理由って、シャーニッド先輩ですか?」

レイフォンの言葉に、ニーナは頷く。

「私は1年の時から小隊に入っていた。所属していたのは第十四小隊。それほど強い小隊でもなかったが、当時は一隊員だった今の隊長が気持ちのいい人だった。隊員達の仲はとても良好で、あらゆる作戦に柔軟に対処できるだけの信頼関係の下地は十分だった。武芸大会には、間に合わなかったが……」

第十四小隊。以前に試合をして、負けた小隊だ。
そのころを思い出しているのか、ニーナは過去の記憶を呼び寄せるように目を細める。

「翌年の対抗試合で第十小隊と戦った。ディン・ディー。ダルシェナ・シェ・マテルナ。そしてシャーニッド。ひとつ上の3年生。第十小隊は6年生が多く、殆どが卒業してしまったとはいえ、いきなり3年生を3人取り込むのは大胆な起用だった。誰もが第十小隊は弱くなったと思った。しかし、強かった。ダルシェナの嵐のような攻撃、ディンの変幻自在さ、そしてシャーニッドの精密な射撃。それらが重なり合ってお互いの弱点を埋めながら突き進んでくる。圧倒的とさえ思ったし、正直、憧れた。彼らだけが戦闘衣を改造して独自の物を使っていて、それを同級生達は苦々しく思っていたようだが、私達からすれば新しい時代を運んだ旗手の様に思えて、本当に眩しかった」

そこで、ニーナは一旦言葉を切った。
この先の話はレイフォンとフェリも知っていた。
レイフォンはフェリに聞いたのだが、対抗試合の後半に、いきなりシャーニッドが小隊を抜け、それによって3人の連携によって支えられていた第十小隊も瓦解してしまった。

「ディンの怒りは凄まじかった。シャーニッドに決闘を申し込んだくらいにな。シャーニッドはそれを受けたが、一度も抵抗をしないままだった。ボロボロにやられていたな。審判が止めに入らなければ、シャーニッドは後遺症が残る怪我を負っていたかもしれないほどだ。そうならなくて、本当に良かったと思っている」

ニーナはひとつ息をついた。
心に残っている重荷をゆっくりと引きずり出すような間合い。
レイフォンもフェリも、黙ってニーナが話を再開するのを待った。

「対抗試合が終わってすぐ、私はシャーニッドに会いに行った。自分の隊を作ろうと思ったんだ。あのまま第十四小隊にいても、強く慣れたかもしれない。だが、私の欲は深かった。深くなってしまった……出会ってしまったからな」

それはツェルニのことだろう。
この都市の意思である電子精霊に出会ったから、ニーナはこの都市を護りたいと、強くなりたいと思った。

「私はシャーニッドに声をかけたんだ。小隊を作りたい、協力してくれと。最初は渋っていたが、あいつは最終的には協力してくれることになった。ハーレイにも声をかけ、隊を新設したい旨をちょうどそのころ、選挙で会長になったカリアン先輩に伝え、フェリを紹介してもらった」

第十七小隊はこうして始まった。
翌年の入学式でレイフォンが現れ、ようやく小隊として最低限の人数をそろえる事が出来た第十七小隊の始まりの話。

「……私が、第十小隊からシャーニッドを奪ったようなものだ」

「それは、違うんじゃぁ……」

それが、ディンが抱いていた嫌悪の原因なのだろう。
だが、ニーナの言い分は違うと思う。

「事実はそうだが、彼らの感情はそうはいかなかった。許せなかったはずだ。どんな事情かは知らないが、シャーニッドがあのまま、ただの武芸者の生徒でいるだけならこうはならなかったはずだ」

確かに、恨みを持った人物が視界に入るのすら鬱陶しく、邪魔だろう。
その上、自分達から離れて小隊として戦おうとする姿は無視しようとしても出来ない。
第十七小隊が弱ければまた、話は違っただろう。
だが、第十七小隊は強かった。強くなってしまった。
レイフォンが加入し、戦力が劇的に増加し、ニーナは本来の自分の役割、防御と指揮に集中できるようになった。
それでも前衛に出たがると言う困った癖を持っているが、シャーニッドが状況に合わせて自分の役割を変えられる柔軟さを手に入れた。
本業の狙撃と、銃衝術による白兵戦だ。
やる気のなかったフェリも、今もやる気はないが、念威のサポートは前よりも真面目にやってくれている。
少なくとも、レイフォンは不満を感じない。
それほどまでに第十七小隊は強くなり、無視できないほどの戦力を要しているのだ。
都市を護りたいカリアンやニーナからすれば喜ばしいことだろう。だが、ディンにとっては違う。
その事実は許せない。自分達を裏切ってシャーニッドが入った第十七小隊が強いという事実。
それは、信頼を裏切られた怒りだ。
恨みや嫉妬がないと言えば嘘になるかもしれないが、少なくともそれは簡単に割り切れるものではない。

「妄言は以上ですか?」

「なんだと?」

そこまで話を聞いて、こんなことを言えるフェリにレイフォンはある意味凄いと思った。
彼女の言葉にニーナが腹立たしそうに言い、怒りに肩を震わせているように見えた。

「だからと言って違法酒に手を出していい理由にはならないのでは?ディンの怒りは分かりますが、別に隊長がああする理由はなかったでしょう?所詮は自己満足、偽善です」

「なに!?」

それでもフェリはまったく意に返さず、冷ややかな視線と言葉をニーナに浴びせる。
その言葉に腹を立てるニーナだが、フェリが言っていることは冷たくとも正しかった。

「あなたには一度、自分の行いを振り返ってみて欲しいものです。自分では正しいつもりなんでしょうが、あなたの暴走に付き合わされるこっちの事情も考えてください」

「……そんなに酷いのか?」

「ええ、迷惑です」

フェリの容赦ない説教を受け、もはや怒ると言うよりも自分の落ち度を指摘され、不安になるニーナ。
そんな彼女に慈悲すら与えず、フェリは断言した。
その隣でレイフォンは口を挟んでいいのかすら分からず、だけど否定できないフェリの言葉にニーナをフォローすることも出来ずに、苦い表情をしたまま話を聞いていた。








































「まったく、隊長にも困ったものです。あの人の思ったらすぐ行動は長所でもありますが、間を置き、もう少しじっくりと考えて欲しいものです」

「まぁまぁ、フェリもそれくらいで」

ニーナの説教を終え、帰路につくレイフォンとフェリ。
フェリをレイフォンが送るのはもはや日課で、当然2人して並んで歩いている。

「そもそも、今更ですがなんで私がこんな事をやっているのでしょう?別に第十小隊や第十七小隊がどうなろうと構わないんですが」

「うわっ……ぶっちゃけましたね」

フェリの発言に苦笑しつつ、何気ない会話を続けていくレイフォン。
何時もどおりの日常。何時もどおりの会話。
その何時もどおりがフェリと一緒にいるだけで楽しくて、レイフォンを幸せな気分にさせる。
だからだろう。

「あんたが、フェリ・ロスさんかい?」

その何時もどおりを邪魔してきた相手に、殺意を覚えるのは。

「忠告しましたよね?『あなたがなにをしようと僕には関係ありませんが、もしツェルニに、僕の知り合いに危害が及ぶようでしたら容赦しませんよ?』って。死にたいんですか?」

その声を聞き、背後から聞こえてきた声にレイフォンは後ろすら振り向かずに返答する。
だが、何時でも戦闘に入れるように、フェリを庇う位置に立ち、錬金鋼をすぐに抜けるように構える。

「おっと、勘違いしないで欲しいさ~。こっちとしては危害を加えるつもりはないし、もちろん敵意もないさ」

語尾にさの付く独特なしゃべり。そして声。
振り返るまでもなく、この人物が誰なのかレイフォンには理解できた。

「フォンフォン?」

「大丈夫です、フェリ」

首を傾げるフェリに一言言い、レイフォンは振り返る。
そこにいたのはやはりと言うべきか、サリンバン教導傭兵団三代目、ハイア・サリンバン・ライアだった。

「ならばなんの用だ?つまらない話じゃないだろうな?」

「つまらない話で邪魔をするつもりはないさ。人の恋路を邪魔して、馬に蹴られたくはないからさ~。ただ、こっちにも事情があるのさ」

ハイアの言うとおり、今のところ敵意はないのだろう。
軽薄な笑みを浮かべてはいるが、両手を挙げて敵意がないことを示している。錬金鋼も剣帯に納められたままだ。
それでもレイフォンは何時でも錬金鋼を抜けるように構えたまま、ハイアに問う。

「廃貴族のことか?」

昨日聞いた、気になる単語。
意味はわからないが、ハイアが言っていた目的がこれなのだから、取り合えず確かめてみる。

「覚えていたか?そう言う事さ~。ちょっとその事で、フェリ・ロスさんにはご協力を願いたいと思ってさ。ちゃんとヴォルフシュテインにも事情は説明するさ~」

「丁重にお断りさせていただきます」

「はやっ!」

だが、フェリの返答はつれなかった。
即断即決で頭を下げ、ハイアの申し出を断る。

「いくらなんでも早すぎるさ~。せめて、話を聞いてからでも……」

「あなたの話を聞くと、ロクな事にならない気がします」

「うわぁ……なんだかもう、あんた、俺っちの苦手な人さ~」

頭を掻きつつ、ハイアは困ったように言う。

「ヴォルフシュテイン。よくこんなのと付き合えるさ~」

「元です。それと、フェリを侮辱してるんですか?殺しますよ」

「ちょっと待つさ!そんなつもりはないさ~。失言だったさ。すまないさ~」

軽薄な笑みのままだが、失言に気づいてすぐさま謝罪する。
敵意はないし、交渉の席で今のセリフはなかったとハイアは慌てた。
だが、だからと言って殺すと言う言葉は穏便ではないと思う。

「まいったさ……あんた達2人は、どうも苦手さ」

困ったように今度は頬を掻くハイア。
そんな彼らの元に、人の気配が近寄ってくる。
人数は3人。内2人は、レイフォンとフェリも良く知る人物だった。

「フェリっ!」

叫んだのはカリアンだ。
生徒会長である彼は、武芸長のヴァンゼを引き連れ、レイフォン達の前に現れる。
もう1人は見覚えのない、眼鏡をかけた金髪の少女だ。

「ああ、やっと来たさ~」

ハイアが胸をなでおろす。
そんな彼に、カリアンが咎めるように言った。

「困るな。先に行ってもらっては」

「商談は早いに越したことはないと思ったのさ~。だけど、あんたの妹は硬いね。元ヴォルフシュテインもそうだけど、まるで気難しい猫みたいさ~」

「レイフォン君はともかく、フェリは人見知りするんだよ」

その言葉に、フェリはカチンときたようだ。

「……いったい、この人達はなんなんですか?」

「生徒会長、説明を」

フェリの言葉に合わせるように、レイフォンも説明を求める。
何でここにハイアがいるのか?
しかも商談と言っていた。その内容は何か?
疑問に思いながら、不審に思いながら、2人はカリアンの答えを待った。
































あとがき
フェリがいたので、暴走したニーナには有効(?)な対処法をw
しかし、ディンは鋭いので気づきました。
一応カリアンに認められるほど、頭の回転は速いですからねぇ。
しかし、こうなるとナルキはどうしようかなどと悩みます。

ちなみに、フェリとハイアの遭遇シーンでは今回、レイフォンも混ぜました。
そこで一触即発のバトルもよかったんですが、ハイアも一応交渉で敵意もありませんでしたし、レイフォンも直接的な危害を受けてはいないので警戒はしても、ヤンデレ化はしませんでした。
でも、4巻はなんとか無事でも、7巻ではマジでやばいですよね、ハイア……
さて、この先どうなる事やら……



ちなみにリトバスについて。
面白いですが、憂鬱だ……
現在、来々谷と小毬、クドと攻略して今度は葉留佳をやってるんですが、このルートは……
まだ途中なんですが、個人的にはクドルートより憂鬱です。
なにこれ、凄く空しい……
いやぁ、面白いですし、最高だとは思いますよ、リトルバスターズ!EX
でもなんて言うんだろうか……明るく、悩みのない子だと思っていたら、本当に……
まぁ、個人の感想で、まだ最後まで行ってないので感想は変わると思いますが、皆さんはこういう経験ありますか?
漫画やゲームなどで憂鬱だと感じた経験。
憂鬱と言うのとはちょっと違うかもしれませんが、個人的には面白いと思っていた漫画をジャンプが速攻で打ち切るのには凄く空しくなります。
オーバータイムとか、新世紀アイドル伝説 彼方セブンチェンジなんて好きだったんですが。
セブンチェンジのあの終わり方はなかったと思います……
さて、次はジャンプ、なにが打ち切られるのかな……

なんか無性にスポーツがしたくなります。憂鬱だったり、気が滅入ると。
野球がやりたいですが、18人集めるのは大変で……久しぶりにパワプロやるかな?
それとも、バッティングセンターに行こうかな?

それから、レイフォンについては感想で、ヤンフォンとかヤンデレイフォンなんてニックネームがついてる始末w
そんなに内のレイフォンはヤンデレですか?
光栄ですねw
ヤンフォンのこれからの活躍、楽しみにしていてください!



[15685] 26話 戸惑い
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:89281f63
Date: 2010/12/07 15:42
「廃貴族……」

「そう言う訳であんた等と言うか、フェリ・ロスさんには協力を頼みたいのさ~」

場所を移し、生徒会室へと移動したレイフォン達。
そこでハイアに説明を受け、商談と言う名の交渉をしていた。

廃貴族。
都市を失ってなお存在する狂った電子精霊。

ハイアはそれだけしか言わなかったが、この廃貴族を捕縛するためにツェルニに来たらしい。
それは、現在セルニウムの採掘作業をしているツェルニの隣にある廃都にいたものだそうだ。
それを聞き、レイフォンとフェリの脳裏にはあの都市にいた奇妙な生物を思い出させる。
黄金の牡山羊。

「まぁ、直接目撃したのが元ヴォルフシュテインってなら、一応あんたからも話は聞かせて欲しいさ~」

「僕はもう、天剣授受者じゃない」

レイフォンは睨むようにハイアに言う。

「知ってるさ~。だからたま~に、『元』って付けてたさ。今も付けていただろ?あんたはただの一般人、しかも学生さ~」

その視線を、ハイアはニヤニヤした表情で受け流す。

「そもそも、商談以前にお前は違法酒の密輸に加担してたんじゃないのか?」

「それはなかった事にするって、会長とは交渉済みさ~。ってか、お前ってなにさ?天剣授受者じゃない、ただの学生なら、少しは年上に対する礼儀ってものを身に付けたらどうさ~、レイフォン君?」

「……今度は容赦しない」

「上等さ~。今度はこっちも油断はしない。刀も使えない腑抜けなサイハーデンの技が俺っちに通用するか、試してみたらいいさ~」

場の雰囲気が凍りつき、今すぐにもレイフォンとハイアは剣帯に手をかけようとしていた。
一触即発の雰囲気。

「やめたま……」

それをカリアンが、悲鳴を上げるような叫びで止めようとするが、

「落ち着きなさい」

「あいたっ!」

「っ~~!!」

その前にフェリが動き、レイフォンとハイアの頭を軽くはたく。

「あなたは商談に来たのでしょう?それなのに、発言が軽率過ぎではありませんか?」

「もっともな話さ。あんたの機嫌を損ねて、協力してもらえないわけにはいかないさ~」

頭をさすりつつ、苦い笑みを浮かべて言うハイア。

「フォンフォンも落ち着きなさい。挑発されたとは言え、簡単に乗りすぎです」

「すいません……」

ハイアと同様に頭をさすりつつ、申し訳なさそうに言うレイフォン。

「随分気が強いさ~。レイフォン君、あんたはどうやら尻に敷かれるタイプらしいさ」

「それがどうした?」

ハイアの言葉をレイフォンが流しつつ、商談は再開される。

「ハイア君の言ったとおり、違法酒には傭兵団は関わっていなかった。それが公式の発表だ。同時にハイア君には、違法酒に関する情報を全て提示してもらう事になっている」

「そう言う事さ。もっとも、密売組織が俺っち達を騙し、契約破棄の上に用心棒をやらせようなんて馬鹿にしてたから、ぶっ潰しておいたさ。これでここには、しばらくは密輸されてくる事もないさ~」

ハイアが独特の、間延びした声で言う。
どこか呑気さの漂う殺伐とした答えは、カリアンに息を呑ませた。

「それが商談の、交渉の場を作ってもらう条件で、あんたら、レイフォン君には廃貴族の話をしてもらい、フェリ・ロスさんにはあの都市で廃貴族を発見した時にした感覚を感じたら、俺っち達に教えてくれるだけでいいさ。それを俺っち達が捕縛し、グレンダンに持ち帰る。別にいいだろ?廃貴族があってもこの都市に良い事はないさ。あれは、強い者に不幸をもたらすさ~」

ハイアに言われた『強い者』と言う言葉。それはフェリにとってはレイフォンだ。
元天剣授受者、グレンダンで最強の12人の一角。
幼生体、老生体の汚染獣を1人で屠った人物。フェリだけではなく、このツェルニでレイフォンを知るものなら誰でもそう思うに違いない。
だからこそ、最初は嫌な予感しかしなく、断ろうと思っていたフェリも考えを改める。

「その報酬として、俺っち達サリンバン教導傭兵団は1年、この都市を汚染獣の脅威から護ることを誓うさ。良い話だろ?そこの会長の話じゃ、レイフォン君がいなきゃ幼生体にも苦戦する未熟者が集まる学園都市なんだからさ~」

軽い物言いだが、それは事実であり、そしてハイアの言うとおり良い話だ。
だが、そこが逆に不気味に映る。ツェルニにとっての損失がまるでない。美味すぎる話だ。

「なにを企んでいる?」

「別に。そもそも廃貴族の探索、捕縛がサリンバン教導傭兵団に与えられた使命で、創設された理由、つまり王命さ。俺っち達はただそれを果たすだけさ~」

レイフォンすら知らなかった、初めて知った事実。
だから彼らは廃貴族を求めるのかと理解し、だけど油断ならない表情でハイアを見る。
相変わらずなにを考えているのか分からない軽薄な笑みを浮かべ、そしてなにを隠しているのかも分からない。

「……協力するのは、本当にそれだけでいいんですね?」

「フェリ?」

そんなハイアに向けたフェリの言葉に、レイフォンは意外そうな表情をする。

「もちろんさ。簡単だろ?」

「わかりました。では、廃貴族の気配を感じたらあなたに連絡を入れます」

頷くハイアにフェリはそう返答し、後は数個の質問を投げかけてきたハイアにレイフォンが返答し、この場はお開き、解散となった。





「フェリ。どうして協力しようと思ったんですか?」

その帰り道、レイフォンはフェリに対して質問を投げかける。
なんでハイアに協力する気になったのか?
フェリの性格ならば、めんどくさいなどと言う理由で断りそうなのだが、話を受けたフェリに疑問を持つ。

「別に深い意味はありません。ただ、廃貴族がツェルニにいると厄介な事になりそうですから、サリンバン教導傭兵団がその厄介ごとを引き受けてくれると言うのなら、少しくらい協力してもいいでしょう」

「それはそうですけど……どうにも腑に落ちないんですよねぇ……」

「確かに、ハイアは何か隠しているでしょうね」

レイフォンの不安そうな言葉に頷き、フェリは少しだけ考えるしぐさをするが、

「ですが、そんな事をいちいち考えていたらきりがないじゃないですか。なにを隠しているのかわからない、なにを企んでいるのかわからないのは兄で慣れています」

客観的に、すぐにどうでもよさそうな返答をした。

「でも……」

それでも、レイフォンは不安を拭いきれない。

「うじうじと男らしくないですね。もし、なにか危害が及ぶようだったら、フォンフォンが護ってくれるんじゃないんですか?」

「それはもちろん」

そんなレイフォンを見て、フェリが問いかけてくる。
その問いに、レイフォンは即答で答えた。

「なら安心です」

悪戯っぽい笑みを浮かべるフェリに、レイフォンはすっかり毒気を抜かれる。
悩んでいたのが、考え込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

「まったく……フェリには敵いません」

レイフォンは苦笑しながら、フェリと共に帰路へとついた。




































ニーナがディンに接触した翌日。
ディンは重々しい雰囲気で、第十小隊に割り当てられた訓練室に入る。

都市警が自分達に目を付けた。
この都市を護るために選んだ選択だが、いつかはこうなると思っていた。だから予想外と言う訳でもない。
だが、状況は確かにまずい。違法酒に関しての事がバレれば、自分達はツェルニを追放されるだろう。
しかし、都市警はともかく、生徒会側はおいそれとこの事を公開するわけには行かないだろう。
この時期、武芸大会前に武芸科が不祥事を起こすのはまずい。
ツェルニの場合は、前回の武芸大会の事もあり、上級生達の武芸科に対する目は冷たい。
ツェルニが滅べば、卒業間近な彼等がここで得られるはずだった資格や学歴が無駄になるからだ。
不祥事を起こし、そういう上級生達からの糾弾を受ければ、現武芸長のヴァンゼが責任を取らされて武芸長を辞任する可能性もある。
この時期に頭がすげ変わるのは、色々とまずい。
だからこそ、いくら生徒会でも自分達にそう簡単には手を出せないと言う確信もあった。

そうでなかったとしても、今更止まるわけにはいかない。
誓ったのだ、この都市を護ると。
ディンを、ダルシェナを、そしてシャーニッドを小隊に誘ってくれた先輩のために。
だからこそ立ち止まれない。止まるのは、この都市を護ってからだ。
例え違法酒によりこの身が果てようと、ディンはそれでも走り続ける。



「シェーナ、どうしたんだ?」

そう決めたと言うのに、肝心の、第十小隊の戦力の要であるダルシェナの様子が可笑しい。
昨日からだ。昨日の訓練から、ダルシェナの動きに繊細を欠いている気がした。
心ここに在らずと言うか、たまにボーっとし、稀にディンに熱っぽい視線を向けてくる。
なにを考えているのだろう?
そう思い、ディンは嫌な予感がした。

まさかばれたのか?
違法酒の事に関しては、彼女には、ダルシェナだけには秘密にしていた。
使用しているのは第十小隊全体だが、ダルシェナだけには秘密にし、使用などさせていない。
ダルシェナは才能に恵まれ、違法酒など使わなくてもよいと言う思いがあったと共に、違法酒の副作用の危険から、彼女を気遣っての事でもある。
事実を知ったら、ダルシェナは反対するだろうとも思っていた。だからこそ言えなかった。
だが、それがばれたのではないかとディンは冷や汗を掻く。
そんなディンに向け、ダルシェナは小さくため息をつき、言っていいのか悪いのか迷いながらも、言った。

「一昨日の事になるのだが……シャーニッドに会った」

「っ!?」

その言葉にディンの表情が険しくなり、緊張が走る。
自分達を裏切った男が、ダルシェナに何か至らないことを吹き込んだのかと殺意が芽生えてきた。
だが、違った。

「何故第十小隊を去ったのか……その理由を教えてくれたよ」

その言葉に、ディンは一瞬訳がわからなかった。
呆けてしまい、何を言っているのだろうと思った。
シャーニッドが自分達の前を去った時、なんでか当然ディン達は尋ねた。
決闘すら挑み、ディンが一方的にボコボコにしたと言うのに、それでもシャーニッドは語らなかった。
その事を、シャーニッドが小隊を抜けた理由を、ダルシェナが聞いたと言う事にディンは耳を疑った。

「なんだったんだ……?」

その理由が知りたい。
だからこの問いは、当然のことだった。
自分がいくら尋ねても、問うても、シャーニッドは決して答えてはくれなかった。
その答えを、ダルシェナは知っている。だから、尋ねるのは当然のことだ。

「それはな、ディン……シャーニッドが、私のことを好きだったらしい。そして……私はディン、お前のことが好きだ。無論、異性として……」

「は……?」

言われて、呆気に取られたような声を出すディン。それ以外に言葉が思いつかなかった。
頭の中が真っ白になり、それでもダルシェナに言われたことをゆっくりと脳内で理解していく。
シャーニッドがダルシェナのことを好きで、そのダルシェナは自分のことが好きだと言う。
正直、こんな自分のどこが良いのか分からなかった。
ダルシェナは美人であり、見た目の、そして内面から溢れる気品にしても人気は高い。そんな彼女なら、相応しい男はいくらでもいるだろうと思った。
シャーニッドの場合、彼の性格には多少の問題があるかもしれないが、あれはツェルニでも屈指の色男だ。
それなのに、なんで自分のような禿頭の男に好意を寄せてくれているのか?

いや、今はそんなことなどどうでも良い。肝心なのは、自分のことだ。
シャーニッドはダルシェナが好きであり、ダルシェナは自分が好きだ。ならば自分は?
ディン・ディーは誰が好きなのか?
そう考え……ディンの脳裏には1人の女性の姿が思い浮かぶ。
もう、ツェルニにはいない、元第十小隊の隊長の姿が……

「なんてことだ……」

崩壊した第十小隊の連携。
だが、それは遅いか早いかの事であり、ディンは理解する。
彼の優秀な頭脳は、それがどういうことを意味するのかを。
最初はこの都市のために、元隊長の意思のために交わされた約束。言わば借り物。
その真意は、本当の物は、ディンは隊長のために、ダルシェナはディンのために、シャーニッドはダルシェナのために、そんな、いつ崩壊してもおかしくはない関係。
むしろ、今まで続いてきたほうが不思議なほどに脆く、はかない関係だった。
だからこそシャーニッドは、このままゆっくりと壊れていくくらいなら、いっそのこと修復不能なほどに、完璧に壊してしまおうとしたのではないか?
自分だけが悪者となり、ある意味第十小隊を守ろうとしたのではないか?

だが、それはあくまで憶測であり、そしてハンパに壊れただけに、こういう形になってしまったが……

「俺は……俺は……」

頭を抱え、ディンはつぶやく。
自分はどうすればいい?
この怒りを、誰に向ければいい?
第十小隊の連携が、関係が崩壊した原因は間違いなくシャーニッドだ。
だが、それは遅かれ早かれ起きていたこと。しかも、もっと最悪な形でだ。
シャーニッドが憎いことには変わらない。
だが、彼だけが一方的に悪いのではないとディンも理解する。

「ディン、私は……」

「言うな!」

ダルシェナの言葉を、ディンは遮る。
今は何も聞きたくない。どうすればいいのか、どうするべきなのか分からない。
今は少しでも、考える時間が欲しい。

「すまない……」

ダルシェナが謝罪し、ディンに罪悪感が芽生える。
余裕のない自分に、頭の中がぐるぐるして考えがまとまらない自分に、ディンは自己嫌悪を感じていた。

「だが、これだけは言わせてくれ……」

ダルシェナが願うように言い、ディンも無言で頷く。
それを承諾と取り、ダルシェナは言葉を続けた。

「お前がなにかをしていることは知っている……」

その言葉に、ディンは息を呑んだ。
ダルシェナは気づいていた。確信ではないがなにかに気づいている。
冷や汗が流れ、そして思わずディンはダルシェナから視線をそらしてしまった。
それでもダルシェナは目を細め、優しそうな、気品のある笑みをディンに向けた。

「特になにかを言うつもりはないさ。ただ……無理はしないでくれ。私は、ディンのことが好きなんだ。大事なんだ。だから……」

ダルシェナの言葉が、ディンの耳に響く。
無理をするな……それは違法酒を使用しているディンには無理な話だ。
副作用として、剄脈に悪性腫瘍の出来る確立が80%以上のとても危険なもの。
廃人となる可能性が高く、今すぐにでもやめるべき代物だ。
だが、自分は止まれない……ここで止まってしまえば全てが無駄になり、終わってしまう。

「ディン……」

ダルシェナが自分の名前を呼んだ。
だが、どうすればいい?
そんなこと、ディンにはわからない。わからない、わからない。
誰か助けてくれ。誰か答えてくれ。誰か教えてくれ。
自分はいったい、どうすればいい?









































「それで、私にどうして欲しいのかな?」

良く言うと、無言でフェリはカリアンを睨む。
用件は既に知っているだろうに、カリアンはニーナに説明をさせた。
昨日、騙されていたとは言え、密輸に加担していた傭兵団を公表しないとカリアンは言っていた。
それをレイフォンとフェリは、しかとこの耳で聞いている。
そんなフェリの視線を受け流しつつ、シャーニッドが言った。

「この時期に問題を起こしたくないのは会長も同じはずだ。出来れば内密の処理を頼みたい」

どうしてこうなったのか?
理由は単純だ。シャーニッドも既に違法酒のことに気づいており、このままにしておくわけにはいかないと思った。
このまま放って置いても、都市警が尻尾をつかみ、ディンを逮捕することになるだろう。
だが、先の武芸大会のこともあり、現在武芸科の生徒に対する上級生の視線は厳しい。
そうなればヴァンゼが責任を取らされ、武芸長を辞めさせられる可能性も出てくるのだ。
それはまずいと判断し、ならばこの都市のトップ、生徒会長のカリアンに相談に行こうということで、現在十七小隊の面々は生徒会室に来ていた。
これは、建前なのだろう。シャーニッドとしても、少しはましな結末をディン達が迎える事が出来るように願っているのかもしれないし、実際にそうなのだろう。

「内密に、ね。警察長からまだ話は来てないが、まぁ、事実関係はあちらに確かめればいいことだろう……事実だとして、確かにこの時期にそういう問題はいただけない。かと言って、厳重注意程度では済まない話でもある。上級生達からの突き上げや、ヴァンゼの罷免なんてのもそうだ。かと言って彼らを見過ごし、このまま放置したとして、一番に問題になるのは武芸大会で使用してしまった場合、だ。その事実を学連にでも押さえられれば、来期からの援助金の問題にもなる。最悪、打ち切られでもしたら……援助金の方はどうでもなるとして、学園都市の主要収入源である研究データの販売網を失うことにもつながるからね」

すらすらと今後の展開、最悪のパターンを予想していくカリアンの表情は、軽薄そうなものから次第に厳しいものへと変わっていく。

「では、どうするか?と言う話だね?」

「そうです」

確認するようなカリアンの言葉に、ニーナが頷く。
その反応を見て、カリアンはにこりと微笑んだ。

「なら、話は簡単だ。警察長には私から話を通して、捜査を打ち切らせる」

「しかし、それだけでは……」

「もちろん、それだけではないさ。君達にも働いてもらう。むしろ、君達の働きが最も重要になる」

「……なにをしろと?」

カリアンの含みのある言葉に、ニーナが疑問を持つ。
フェリはあからさまに嫌そうな表情をし、カリアンを睨む視線を更に鋭くした。

「もうじき、対抗試合だろう?君達と第十小隊との。そこで君達に勝ってもらう」

「試合で全力を尽くすのは当たり前です」

「君はそうだね。いや、武芸科の生徒なら皆そうだろう。1人を除いて、ね」

カリアンの言葉と共に、カリアン以外の者の視線がレイフォンに集まった。
見つめられたレイフォンは何も感じさせない瞳で、カリアンに尋ねた。

「……殺せ、とでも言うんですか?」

レイフォンが言った瞬間、フェリとニーナの表情が強張る。
レイフォンがグレンダンを去るきっかけとなった事件を知っている彼女達は、そのことを思い出したのだろう。レイフォンもそのことを思った。
だが、腹が立つということはなかったし、同時に慌てると言う事もなかった。
なぜか、とても冷静にその可能性を考慮している自分に驚いたぐらいだ。

「会長、それは……」

「面白い話です。ディン達より先に、私はあなたを殺したくなりました」

ニーナの言葉、そしてフェリの殺意すら含まれた言葉にカリアンは手を振り、否定する。

「いやいや、そんなことをしたら今度はレイフォン君の方が問題になる。試合中の事故による死亡と言うのは、ツェルニの歴史の中でも前例があるし、その後の一般生徒の動揺は問題ではあるけれど、1人ぐらいなら不問にするのは簡単だよ。だが、隊員全員と言うのはどうやったって事故で片付けられるものじゃない」

「では……」

ニーナの問いに、カリアンは用意していたような返答を返す。

「要は、彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいい。足の一本、手の一本……全員でなくてもいい。第十小隊の戦力の要である人物が今年いっぱい、少なくとも半年は本調子になれないだけの怪我を負えば、第十小隊は小隊としての維持が不可能になる。そうすれば会長権限で小隊の解散を命じることも可能だ」

「それはつまり、ディンとダルシェナを壊せって事か?」

言ったのはシャーニッドだ。
ツェルニの医療技術を持ってすれば、ただの骨折を治療するのに1週間もかからない。その程度では第十小隊が潰れることはないだろう。
なら、治療に時間のかかる神経系の破壊を行うしかない。だが、それはハッキリ言って難しい。武芸者の神経と、剄脈から流れる剄を通す道、いわゆる剄路と呼ばれるものは近い位置にある。
神経は剄路から流れる剄によって自然に護られる形にあり、簡単には神経系の問題は起きない。

「頭とか撃って(打って)半身不随にするか?それだってあからさまだ」

シャーニッドが怒りに任せ、吐き捨てる。
頭や首への打撃となれば、一般人では大事故だ。肉体的強度が一般人より上の武芸者でも、それは変わらない。
人体の構造上、頭部への一撃は一歩間違えれば即死となる。
そうでなくとも脳の重要な部分がダメージを受ければ、重度の後遺症を残す事だってある。
そうなってしまえば、ツェルニの医学で治すことは不可能だ。

「だが、それをやってもらわなければ困る。そうでないのなら、冤罪でも押し付けて彼らを都市外に追い出すしかないわけだが……退学、都市外退去に値するような罪なら十分に不祥事だよ。それに、ディンと言う人物は、そんな状況になってまで生徒会の決定に従うと思うかい?」

「無理だね。こうと決めたら目的のために手段を選ばないのがディンだ。地下に潜伏して有志を募って革命……ぐらいのことはやりそうだ」

カリアンの言葉に、苦々しくシャーニッドが言った。

「そうだろうね。実際のところ、私の次に会長になるのは彼かもしれないと思っていた。頭も切れる、行動力もある。そして思い切りもいい。良い指導者になれるかもしれない。使命感が強すぎるところが問題かもしれないとは思っていたけど、副隊長のダルシェナには華があり、人望もある。彼女のサポートがあれば……あるいは彼女を会長に押し立て、実権を彼が握ると言う方法が最善かもしれないと考えていた。残念でならないよ」

「ああ……あいつらなら似合いそうだな」

カリアンの理想に、シャーニッドは同意したようにもらす。

「その中に君がいれば、もっと良かったのだけれどね」

「俺に生徒会とかは無理だね」

「そうかな?彼らに出来ないことが、君には出来る。それは、彼らにとってとても大切なことだと思うけど?」

「そんなのはないね」

いい捨て、シャーニッドはそのまま、このことで話すことはないというように顔をそらした。

「まぁ、そのことを今言ったところで、どうにもならない訳だけれど、話を戻そうか。問題なのはレイフォン君、君にそれが出来るかどうか……と言う問題だけれど、出来るのかい?」

「……………」

カリアンが話題を変え、レイフォンに問いかけてくる。
それにどう答えるべきなのか、レイフォンは迷った。

「神経系に、半年は治療しなければならないほどのダメージを与えることができるかい?」

「……レイフォン」

カリアンの他に、ニーナも問いかけてくる。
出来ると言うべきか、出来ないと言うべきか……
どちらの選択も選ぶことができる。

「レイフォン、出来ないのなら出来ないと言え」

答えを促してくるニーナ。
だが、その言葉は『出来ない』と言えと願っているようだった。
自分達で決めてカリアンに相談を持ちかけたとは言え、実際にカリアンの冷静な判断を前に迷っていることがわかる。そうなってほしくないという気持ちが伝わってくる。
ならばそう答えるべきなのか?
自らも、そう答えることを望んでいる。

「出来るさ~」

未だに迷うレイフォン。
当然、今の返答はレイフォンではない。
ドアの向こうから聞こえてきた声に内心で舌打ちを打ち、レイフォンは殺意を覚えた。

「盗み聞きとは感心しないな。お前には関係ないことだろ?」

「ん~、それは悪かったさ~。だが、まったく関係ないというわけでもないさ。同じサイハーデン刀争術を修めし者として」

レイフォンの言葉に、声の主はニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべたまま近づいてくる。
その後ろには金髪で眼鏡をかけた大人しそうな少女、昨日の商談で紹介されたミュンファがいた。

「貴様……何者だ?」

明らかにツェルニの生徒には見えない人物の登場に、ニーナは警戒心をあらわにする。

「俺っちはハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団の団長……って言えばわかってくれると思うけど、どうさ~?」

「なんだって?」

グレンダンの名をあらゆる都市に広めた高名な傭兵団。
当然そのことをニーナも知っており、驚愕しながら戸惑ったような視線をレイフォンに向ける。
グレンダン最強の12人の1人、天剣授受者でありながらグレンダンを追放されたレイフォンを。
彼を気遣ってのことだろうが、レイフォンはそんなこと気にしていない。

「どうして、出来ると思うのかな?」

カリアンがため息をつきながら、ハイアに答えを促す。

「サイハーデンの対人技にはそう言うのもあるって話さ~。徹し剄って知ってるかい?衝剄のけっこう難易度の高い技だけど、どの武門にだって名前を変えて伝わっているようなポピュラーな技さ~」

「それは……知っている」

突然現れたハイアに未だに動揺しながら、ニーナは頷く。

「だが、あれは内臓全般にダメージを与える技だ。あれでは……」

神経系にダメージを与えることは出来ない。
そう言おうとしたニーナだが、ハイアは悪戯小僧のようにニヤリと笑う。

「そっ、頭部にでもぶち込めば、それだけで面白いことになるような技さ~」

「それでは死んでしまう」

だが、その発言はカリアンにとって面白くない。
顔をしかめ、苦々しく言う。

「まぁね、それに徹し剄ってのはそれだけ広範囲に広がってる分、防御策も充実しちまってるさ~。まぁ、レイフォン君が徹し剄を使って、防げる奴がここにいるとは思えないけどさ~」

「なにが言いたいんだね?」

カリアンが先を促す。
レイフォンは苦々しい表情をしていたが、ハイアはそんなことなど気にも留めない。

「さっきも言ったが、俺っちとレイフォン君はサイハーデンの技を修めている。俺っちが使える技を、元天剣授受者であるレイフォン君が使えないはずないさ。戦うことに創意工夫してきた技は人に汚染獣に、普通の武芸者が戦って勝利し、生き残るにはどうすればいいかを、真剣に考えた武門さ~。だからこそ、サイハーデンの技を使う連中がうちの奴らには多い」

ハイアがレイフォンを見る。
その視線を受け、レイフォンは剣帯に入っている錬金鋼が重さを増した気がした。
剣帯には二つの錬金鋼が収まっている。
ひとつは青石錬金鋼の剣。
もうひとつは簡易型の複合錬金鋼の刀。
せっかく作ったのだから、使わなくとも持っておけとキリクに命じられたそれだ。
刀が、簡易型複合錬金鋼(シム・アダマンダイト)が重い。

「あんたは、俺っちの師匠の兄弟弟子、グレンダンに残ってサイハーデンの名を継いだ人物から全ての技を伝えられているはずだ。使えないなんてわけがない。使えるだろう?封心突(ほうしんとつ)さ~」

「封心突とは、どのような技なのかな?」

答えようとしないレイフォンに、この場を代表してカリアンが聞いた。

「簡単に言えば、剄路に針状にまで凝縮した衝剄を打ち込む技さ~。そうすることで剄路を氾濫させ、周囲の肉体、神経に影響を与える。武芸者専門の医師が鍼(針)を使うさ~。あれを医術ではなく武術として使うのが封心突さ~」

(余計な事を)

それがレイフォンの素直な感想だった。
もう、出来ないとは言えない。
出来ないと言えば、養父であるデルクがレイフォンにサイハーデンの技を伝えなかった事になる。それは武門の名を継いだ者に対する侮辱だ。
全ての技を余すことなく後世に伝える事が武門の名を継ぐもの、指導者の使命だ。
デルクがそれを怠ったなんて思われるのは、例えグレンダンから遠く離れたツェルニでも許せない。
自分に、もうそんな事を言う資格がないにしてもだ。

「だけど……」

ハイアが更に何かを言おうとし、レイフォンもそれに察しが付く。

「やめろ!」

だから、思わず叫んでいた。
いきなりの大声にニーナ達が驚いたようにレイフォンを見る。
だが、ハイアは止まらない。

「だけど、剣なんか使ってるあんたに、封心突がうまく使えるかは心配さ~。サイハーデンの技は刀の技だ。剣なんか使ってるあんたが、十分に使える技じゃない。せいぜい、この間の疾剄みたいな足技がせいぜいさ~」

「それなら、刀を握ってもらえば解決……なのかな?」

カリアンが問うて来るが、そんな言葉など既にレイフォンには聞こえない。

(誰も彼も……)

誰も彼もがずかずかと、人の内面に踏み込んでくる。
沸きあがる怒りを抑えきれず、レイフォンは震えていた。
怒りで、ふつふつと煮え滾ってくる。
キリクもそうだ。ハイアもそうだ。
外面だけを見て、わかった気になって言葉を押し付けてくる。
だが、自分がこんな事を言う資格がないと言う事もわかっている。
デルク達をああも裏切って、なにを今更とも思う。
だが、それでも、それでも……この怒りはどうすればいい?

「なら……試してみるか?」

「おい、レイフォン!?」

レイフォンはいつの間にか錬金鋼を復元し、それをハイアに向けて言った。
ニーナが抑止しようとしたが、そんな声など届かない。

「見せてやる、封心突を。別に剣で出来ないわけじゃない。応用技になるが、それでも使える。それをお前自身の体で教えてやる」

レイフォンほどの卓抜した技量を持っていれば、剣でもその技を使うことは出来る。
だが、刀と剣を使うなら刀がいいのは確かだ。
剣の場合だと失敗する可能性があるが、使い慣れた刀ならば絶対に成功させる自身がある。
だが、だからと言ってそう簡単に刀を使う気にはなれない。

「お前ならば万が一失敗して、死んでしまっても後悔はしないだろうな」

「へぇ……言ってくれるさ」

ハイアがにやりと笑い、彼もまた錬金鋼を復元する。
もちろん刀。それをレイフォンに向け、ハイアは更に不敵な笑みを深めた。

「なら、見せてみるさ~。その封心突もどきが俺っちに通じるかどうかを」

走り抜ける緊張。
この場は一瞬で、弱者は何も言えぬ空間へと変わった。
レイフォンとハイアの2人から発せられる剄に圧倒され、一般人であるカリアンはもちろん、ニーナもシャーニッドも何も言えない。
ミュンファはおろおろと、心配そうにハイアとレイフォンに交互に視線を向けていた。
この場で発言が出来るのは、彼らに匹敵する技量の持ち主。
または……

「フォンフォン、落ち着きなさい」

彼女の様に、フェリの様に、剄の威圧すら押しのけるほどに相手の事を想っている人物。

「フェリ……」

その言葉に不満そうなものは混じっていたものの、以外にもあっさりと引き下がろうとするレイフォン。
その様子にハイアがつまらなそうに舌打ちを打つが、今度はフェリがハイアに厳しい視線を向けた。

「あなたもいい加減にしないと、昨日の話はなかったことにしますよ?」

この殺伐とした、異様な空間に響くフェリの声。
この空間で発言できるフェリにハイアは感心しながら、ニヤニヤした笑みのままで答えた。

「それは困るさ~。わかった、すまなかった。こっちも調子に乗りすぎたさ~」

言いながら錬金鋼を基礎状態に戻し、剣帯に収める。
それに習うように、レイフォンも剣帯に錬金鋼を仕舞った。

「困るよハイア君。うちの学生への無礼は控えてもらおうか」

「いや、ホントにすまなかったさ。俺っちも反省してるさ~」

カリアンの言葉に、誠意を感じない謝罪をするハイア。
なんにせよ剄の威圧と殺伐とした雰囲気もなくなり、ようやくニーナ達が発言できる状況となった。

「フェリ……話と言うのは何だ?」

だが、ニーナがまず発言したのは、ハイアを咎める言葉ではなく、レイフォンを気遣う言葉でもない。
フェリの言った言葉、ハイアとなんらかの取引をしたような言葉に反応した。

「隊長には関係の無い事です」

「むっ……」

フェリはそれをぴしゃりと遮断する。
そのことに不満そうな表情をするニーナだが、

「悪いけど、これは内密な話でね。話も終わってないし、不本意ではあるが……退室してもらえないか?ああ、レイフォン君とフェリには残ってもらうよ」

「しかし……」

「先ほどのことを実行するにしても、考える時間は必要だろう?時間的にもそんなに余裕はないが、答えは次に来たときでいい。それに、さっきも言ったがこれは内密な話だからね。部外者には聞かせることは出来ないよ」

「私は2人の隊長です」

「それでも、だ。これは命令だよ、ニーナ・アントーク」

「……………」

生徒会長であるカリアンに言われては、もはやどうすることも出来ない。
不本意ながらも退室を促され、シャーニッドと共に部屋を出て行く。
その姿を見送り、カリアンはハイアに視線を向けた。

「で、一体なんの用なのかな?」

「廃貴族に関する情報さ~。昨日言い忘れていた事、補足説明。あと、廃貴族は戦いの気配に敏感さ~。だから、対抗試合の日になんか起こるだろうと思って、一応忠告に来たのさ~」

ハイアの説明を聞き、作り笑いを浮かべているカリアンだったが、色々と問題の起こりそうな対抗試合に、カリアンの内心はとてもしょっぱかった。













































「珍しいですね、ディー先輩。俺になんの用です?」

「……頼みがある」

オリバーは意外だった。
サーキナー通りにある、ミュールの店。
そこでバイトをしていたオリバーを尋ねて、第十小隊ディンが現れたのだ。

「なんです?金なら貸しませんよ」

「そんなことじゃない」

「わかってますって」

軽く冗談を言うオリバー。
カウンター席にディンが腰掛け、その正面でオリバーが酒を注ぐ。
ディン以外に客はいない。いるのはディンと、オリバーだけだ。
ここの主人である、店の女店主は現在、奥で雑務をこなしていた。

「オリバー……第十小隊に入る気はないか?」

そんな中で、ディンが不意打ちの様に言う。

「冗談……じゃ、ないんでしょうね。一度お断りしたはずなんですが、なんで俺なんです?俺は射撃しか取り柄がありませんよ?」

「それが欲しいからだ」

小隊への勧誘。
その言葉に頭を掻きながら、オリバーは困ったような顔をする。

「これも前に言いましたが、俺はエリプトン先輩の代わりになれません。俺がやるのは射撃で、狙撃じゃない。そりゃ……狙撃手も出来ない事はないですが、エリプトン先輩なんかと比べられちゃ、素人同然ですよ」

「こっちもシャーニッドの代わりを求めているわけではない。お前の技能を、お前にしか出来ない事を求めている」

グラスの中の酒を呷り、ディンは答えた。

「……取り合えず、まずは話を聞かせてもらいましょうか?」

酒のお代わりを注ぎながら、オリバーは言った。




































あとがき
え~、まず、なんだかんだでハイアはおもいっきりレイフォンに喧嘩売ってます。
これがレイフォンの事に関してならいいけど、フェリに関してなら死ぬんだろうなぁ、と思いつつ、今回は原作同様に封心突についての場面。
オリジナル面ではディンの心境の変化。そしてオリバーに白羽の矢が……
次回、オリバータイム!?
乗りや、今回の4巻編ではまだオリバー出ていないなと思いつつ参戦。
前回も前回で、パシリだけの登場でしたからね(汗
取り合えず4巻編は、後2.3話で終わればいいなぁ、と思ってます。



ちなみに、兄や友人達に聞いてみた。

Q レギオスで一番魅力的なヒロイン?(女性)ベスト3は?

武芸者「1フェリ、2クラリーベル、3アルシェイラ」

かい。または糖分の友。つまり兄「1アルシェイラ、2フェリ、3バーメリン」

友人A「1バーメリン、2カナリス、3フェリ」

友人B「1クラリーベル、2フェリ、3カナリス」

となりまして、ニーナやメイシェン、リーリンが入ってませんでした。
いや、上げられた女性陣も十分に魅力的なんで、可笑しくないっちゃおかしくないかもしれませんが(汗
それにしてもフェリ、全員のベスト3入りとは強いですねぇw



Q2 魔法少女リリカルなのはで好きなキャラベスト3(男女含め、とらハもあり)

武芸者「1フェイト、2なのは、3クロノ」

兄「1恭也、2フェイト、3すずか」

友人A「1リンディ、2桃子、3フェイト」

友人B「1フェイト、2クロノ、3ヴィータ」

兄のSSの関係や、なのはのポータブル買った関係で取ったアンケートですが、フェイト強いですね。
クロノも人気が結構高いようでベスト5に入ってました。そして、クロノはなのちゃんの婿だとか。
魔王や白い悪魔ではなく、なのちゃんですよ。そこ重要w
でも、クロノ×なのはのSSは好きだと言う全員。
主にネタに使われるなのはですが、可愛いですもんね、なのはw


今月のコンプエースにおいて。ネタばれが嫌な人は戻るをお勧めします。




しかし、vividは今更言うまでもなく大好きな話ですが、最近のリオの可愛さが以上ですw
大人版リオ、可愛すぎますよ本当にw
と言うか、アインハルトは可愛くて強っ……
魔力弾投げ返すってありですか!?
そして次回はヴィヴィオのママとの一騎打ちw
覇王は魔王を打ち破れるのでしょうか?
正直、終わったとしか感想が思いつかない……

では、長々と今回はこれで失礼します。



[15685] 番外編1
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:99427c3d
Date: 2011/01/21 21:41
今回は、タイトルの通り番外編です。
本編にはまったく関係ないので、読まなくても展開には何の関わりもありません。
それでも良い人は下に進んでください。

注意事項

・チョイ役ですがオリキャラがたくさん出ます。

・乗りで書きました。

・フェリ成分は……どうなんでしょう?

なんにせよ、始まります。















































番外編 我らフェリ・ロス親衛隊







「お前ら、気合を入れろォ!!」

「「「おおおおおおおおおっ!!」」」

対抗試合の行われる野戦グランド。
そこは熱かった。熱気がグランド中を支配している。
だが、この熱気の発生源は今から試合を行う第九小隊でも、第十七小隊のものでもない。
熱気の発生源は、観客席からだった。

「LOVE!」

「「「フェーリ!!」」」

「LOVE!!」

「「「フェーリ!!!」」」

フェリ・ロス親衛隊。
完全無欠、無口だがクールなフェリの隠れファンは多く、もはや隠れてはいない熱狂的なファンが彼らだ。
野戦グランドの観客席の5分の1を占拠し、500人で応援に駆けつけた精鋭。
彼らはファンクラブを設立しており、その数はツェルニ人口の12分の1である5000人にも達すると言われている。
眉唾物の情報だが、それほどまでにフェリの人気は高いのだ。ミス・ツェルニの名声は伊達ではない。
そんな彼女を応援するフェリソング、フェリ・ロス親衛隊オリジナルの曲が流れていた。



「相変わらず凄いな、フェリちゃんのファン」

グランドから観客席の様子を覗き、そう漏らすシャーニッド。
彼もまたファンは多いが、あれとは比べ物にならない。

「どうでもいいです」

試合前だと言うのに、肝心のフェリはどうでもよさそうに本を読んでいる。
やる気がないフェリだが、実力と才能は確かであり、最近は自分の仕事はきちんとやっているのでニーナも文句は言わない。言えないのだ。

「フェリ、そろそろ始まるぞ。本を仕舞え!」

だが、試合開始時間が迫っており、ニーナにせかされてフェリは本を閉じる。
めんどくさそうにため息をつき、フェリを含めた第十七小隊のメンバーはグランドへと散った。






「「「うぉぉおおおおおおおっ!!!」」」

盛り上がるフェリ・ロス親衛隊。
第十七小隊のエース、レイフォンの活躍により第九小隊のフラッグが落ちたのだ。第十七小隊の勝利である。
当然、応援していたフェリ・ロス親衛隊のメンバーは盛り上がり、歓声を惜しみなく送る。
それでもフェリは興味なさそうに、試合終了と共に通路へと消えて言った。

「最高だよ!」

「フェリちゃん、ナイスサポート!!」

「また勝った!最近の第十七小隊、調子いいな」

熱気が静まり始めた野戦グランド。
今は次の試合に向けての準備が行われ、整備されていく。
既に第十七小隊も、第九小隊の姿もない。
それでもフェリ・ロス親衛隊の熱気は未だに下がらなかった。

「今日はこの後どうします?」

「もちろん反省会だ。ブラスバンド、音程ずれてたぞ!」

「す、すいません」

熱気を保ったまま、フェリ・ロス親衛隊隊長、エドワード・レイストは演奏していた奏者を怒鳴る。
フェリ・ロス親衛隊は大組織である故に、規律や規則が厳しいのだ。
それを取り締まるのが彼、エドワード。
武芸科の5年生であり、小隊員になれるほどの実力を持っていながらも、フェリ・ロス親衛隊の活動を優先するために小隊には所属していない。

「よしっ、じゃ、一旦グランドを出て……」

第十七小隊の試合が終わったので、もう用はない。
そのために帰り支度を始めるよう、エドワードは命じようとした。
だが、そんな彼の言葉を遮る声が響く。

「大変ですエドワードさん!!」

「ん、お前は……」

フェリ・ロス親衛隊の末席、トロイ・アレット。
主に情報収集などを担当する、一般教養科の2年生だ。

「これ見てくださいよ、これ!」

「おっ、週刊ルックンじゃん。そういえば、今日発売か。なに、フェリちゃんが表紙だと!?」

ツェルニ一の発行部数を誇る週刊ルックン。
いわゆる情報誌であり、さまざまな記事を取り扱っている。
その表紙が、なんとフェリなのである。

「おぃ、てめぇら!今すぐ書店から今週のルックン買い占めて来い!!」

「「「おお!!」」」

その表紙自体は対抗試合の前にでも取ったのか、戦闘衣姿で、そのうえ周りには第十七小隊の面々が写っている。
それでもフェリが表紙なのには変わりなく、フェリ・ロス親衛隊は今週のルックンを買い占める事にした。

「そうじゃなくて!それよりも重要な事が……これを見てください!!」

トロイはルックンのとあるページを開き、そこに載っている記事をエドワードに見せた。

「ん、なになに?」

その記事と言うのは、

『特大スクープ!ミスツェルニに熱愛発覚!?お相手は第十七小隊エースの1年生』

なんて言う煽り文と共に、フェリと第十七小隊エース、レイフォンの写真が載っていた。
2人で買い物をしている様子やら、アイスを食べている様子など、数枚の写真が載っている。
その現実を叩きつけられ、

「グフッ……」

エドワードは絶望し、吐血した。








































その日の夜。
某所にて、怪しい集会が行われていた。

「お前達ィ!フェリ・ロス親衛隊第一条を言ってみろ!!」

「「「抜け駆け厳禁!裏切り者には死の制裁を!!」」」

「そうだ!じゃあ、こいつは何だ!?」

「「「我らの敵です!!」」」

「ならばどうする!?」

「「「殺せ!殺せ!!殺せ!!!」」」

「そうだ!!」

張付けられたポスター大のレイフォンの写真。
それをエドワードが指し、フェリ・ロス親衛隊の面々から殺せコールが巻き起こる。
一丸となったフェリ・ロス親衛隊。彼等が望むのは、レイフォン・アルセイフの死。

「ならば我こそはと言う者、レイフォン・アルセイフを殺して来い!!」

「「「……………」」」

その言葉に、一同が視線をそらす。
別に殺しが犯罪だからとか、そう言う理由で視線をエドワードからそらしたのではない。
何も殺さなくてもいいし、二度とフェリに近づかないように半殺し程度にすればよいだけの話だ。エドワードも比喩で言っているのだろう。
だが、問題なのはレイフォン・アルセイフと言う人物。
彼は1年生で小隊に入るほどのエリートで、第十七小隊のエースと呼ばれている。
その実力はツェルニでも屈指で、第五小隊のゴルネオとシャンテのコンビネーションを1人で退けてみせたのだ。
下手をすればツェルニ最強と呼ばれるヴァンゼより強いかもしれない。
そんな人物に喧嘩を売りに行くなど、誰もしたくはない。

「なんだ?だらしないな……こうなったら俺が……」

ここにいる大多数が一般人のため、それは仕方がないと思う。
だが、フェリ・ロス親衛隊には武芸者も存在するのだ。
そんな彼等が志願しない事にため息を付きつつ、エドワードが自分でやろうと宣言しようとすると、

「何も隊長が出向くほどじゃないでしょう。俺に任せてください」

自ら立候補する者が現れた。
レオン・アレイス。武芸科3年生の、フェリ・ロス親衛隊特攻隊長。
主に荒事を取り仕切るのが彼だ。
先日、ツェルニを襲った汚染獣の幼生体を1人で3体倒したと言う実績を持つ。
第六小隊所属。

「レオンか……いいだろう。1人で大丈夫か?」

「問題ありません。必ずやよき戦果を」

「期待しているぞ」





時刻は真夜中。もはや早朝と言うべき時間。

「やっと終わった……」

レイフォンは機関掃除のバイトを終え、欠伸をしながら寮へと帰る。

「レイフォン・アルセイフだな?」

「……あなたは?」

その道中、怪しい人影、言うまでもなくレオンが行動を取った。

「恨みはない……わけないが、と言うか恨みだらけだが、そんなわけで死んでもらう」

「ちょ、いきなりどういうことですか!?」

いきなり物騒な事を言われ、動揺するレイフォン。
だが、そんな事に構わず、レオンは錬金鋼に手をかけた。

「レストレーション」

得物は剣。
それをレイフォンに向け、構える。

「本気……なんですか?」

「冗談でこんなことはやらない。死にたくなければ、錬金鋼を抜け!」

そう言い、襲い掛かるレオン。
レイフォンはそれに対し……………瞬殺した。





「隊長!特攻隊長がやられました!!」

「なにィ!?」

その知らせが、フェリ・ロス親衛隊に一夜にして知れ渡る。
特攻隊長を名乗るだけはあり、レオンの実力はこの中でも屈指のものなのだ。
それが敗れるとは、流石はツェルニ最強と噂されるレイフォンと言ったところか。

「やっぱり1人じゃ分が悪いか……こうなりゃ、卑怯な手だが数にものを言わせて……」

「その役目、俺達に任せてもらおう」

「お前らは!?」

考えるエドワードに話しかける、複数の人影。

「俺達、フェリ・ロス親衛隊四騎士が、必ずやレイフォンアルセイフを討ってみせる!!」

フェリ・ロス親衛隊四騎士、または四天王。
連携に長けた4人組であり、先の汚染獣戦では4人で15体もの幼生体を屠った。
レオンではダメだったが、彼らならばと言う期待がフェリ・ロス親衛隊を包み込む。

「よし、ならば任せたぞ」

「「「「おうっ!!」」」」

エドワードは、四騎士に期待を込めて送り出した。





「レイフォン・アルセイフ!かく……ごふっ!?」

四騎士の1人、武芸科4年生のレイ・アルフは顎に強烈なアッパーを喰らい、

「レイ!?がっ!?」

武芸科5年生のスタン・ガレットは蹴りを腹部に入れられ、

「先輩っ!!ちっくしょぉぉ!!」

武芸科2年のイアン・マルコフはレイフォンに特攻をかけるも、見事にカウンターを決められ、

「このっ、バケモンがァァ!!」

イアン・マルコフの双子の弟、武芸科2年のイワン・マルコフがレイフォンに蹴りを放つ。
だが、それをひょいとかわされ、強烈な拳を叩き込まれた。
こうして、フェリ・ロス親衛隊四騎士は全滅した。



「四騎士が全滅した?レイフォン・アルセイフは化け物か!?」

「どうします隊長?」

報告を受け、エドワードは苦々しい表情をする。
まさか四騎士でもレイフォンに歯が立たないとは思わなかったのだ。
ツェルニ最強と噂されるレイフォンだったが、ひょっとしたら彼の実力はそんな甘っちょろい言葉で済まされるものではないのかもしれない。

「こうなったら直接、俺が出向く。なぁに、真正面から挑むなんて馬鹿な真似はしねぇよ」

不敵に笑いつつ、今度はエドワード自ら出陣することにした。






































「最近、どうも可笑しいんですよねぇ」

「どうしたんですか一体?」

とある休日。軽食を取るためにオープンカフェに入るレイフォンとフェリ。
レイフォンは軽く食べられる物を、フェリはケーキセットを注文し、レイフォンは最近起こった異変について考えていた。

「いや……このところ何故だかわからないんですけど、襲撃を受けるんですよ。適当に相手をして伸してますけど」

「それは穏便ではありませんね。フォンフォン、何か狙われる心当たりはないんですか?」

「それがまったく……一体どうしてでしょう?」

ため息をつきつつ、レイフォンはパスタを口にする。
甘酸っぱいミートソースが美味だった。

「それ、美味しそうですね」

「はい、美味しいですよ。食べます?」

「では……少しだけ」

レイフォンはパスタの入った皿とフォークをフェリに差し出すが、フェリは不満そうな顔でレイフォンに言った。

「食べさせてください」

「え……?」

「ですから、この間私がやったみたいに、食べさせてください」

つまりは、『あーん』だ。
それを促すように、フェリは無表情なまま小さな口を開けている。
それに呆れつつ、苦笑しながらも、レイフォンはフォークでパスタを巻きながら、フェリの口の中に入れた。

「確かに、これは美味しいですね。では……お返しです」

パスタを噛み、飲み込んでからフェリが言う。
今度は彼女がケーキを差し出し、レイフォンの口の前に持ってくる。

「僕は甘い物、苦手なんですけど……」

苦笑しつつ、レイフォンはそれを飲み込んだ。
口内には甘ったるい味が広がるが、それはそれで結構美味しかった。

「甘すぎる気もしますが、美味しいですね」

「でしょう。ここのケーキは私のお気に入りです」

苦笑し、笑い合う。
そんな二人の光景を、100メル先から覗き見る人影があった。



「……殺す」

100メル先、建物の屋上。
そこでは殺剄を使い、銃の錬金鋼を構える人物がいた。エドワードだ。
殺意を抱き、引き金に力を入れそうになる。
今まで、真正面から出向いたのが間違いなのだ。
レイフォンは強い。実力的に、白兵戦ではまさにツェルニ最強だろう。
だが、狙撃ならばどうだ?
離れたところから、手も足も出ない距離から銃で撃たれて反応できるわけがない。

「死ねやァァ!レイフォン・アルセイフ!!」

嫉妬に狂いながら、エドワードは引き金を引く。
麻痺弾なのが恨めしい。安全装置を解除し、剄弾をレイフォンの脳天にぶち込みたいところだ。
だが、それでも当たれば痛いし、麻痺で動けなくなったところを襲撃すると言う手もある。
取り合えず今は後先を考えず、怒りに任せて発砲した。

「なにっ!?」

だが、放たれた弾丸は当たらない。
はずれたのではない。狙いは完璧だったはずだ。避けられたのだ。
気づかれた?
気配は殺剄で殺していたはずだ。だと言うのに気づき、レイフォンは避けた。
いくら殺剄と言えど、銃を撃つ瞬間まで気配を殺してはおけない。銃に剄を通し、引き金を引く瞬間に剄が、気配が漏れる。
それに気づいたのか?
レイフォンの姿はオープンカフェのテーブルにはない。
どこだ?どこに行った?

「いきなり発砲するって、非常識じゃありませんか?」

「っ!?」

声は背後から聞こえた。
すぐさま振り返ると、そこにはエドワード達の憎き敵、レイフォンの姿がある。

(今の一瞬で背後まで回った!?一体どんな身体能力だ……)

あそこからここまで、距離にして100メルはある。
そんなに遠くもないが、決して近くもない距離。
その距離を一瞬で詰め、自分の背後に立っている。
レイフォンの技量に、身体能力に、活剄の密度に、エドワードは驚愕する。

「で、何のつもりなんです?ひょっとして、ここ最近襲ってきた人達の仲間ですか?僕としては、恨まれる覚えはないんですけど」

良く言うと、エドワードは内心で舌打ちを打つ。
言うなれば存在自体が憎い。
フェリとデートして、『あーん』なんて恋人イベントを行っていること自体が憎悪の対象だ。
殺したい、今すぐにでも。
いけしゃあしゃあと言うレイフォンに殺意を抱きつつ、銃をレイフォンに向ける。
近距離での戦闘には向かない銃だが、レイフォンは素手。剣帯に錬金鋼は入っているものの、復元すらされていない。

「こっちには恨みなんて腐るほどあるんだよ!取り合えず死ねやァ!!」

ならばこちらのほうが速いはず。
そう確信し、再び引き金を引こうとするも、

「あー、もうっ!何なんですか本当に!?」

半ば自棄になり、訳がわからないままにレイフォンが反撃をする。
錬金鋼を抜くまでもなく、エドワードが引き金を引くよりも速く、レイフォンの蹴りが決まった。
錬金鋼を取り落とし、崩れ落ちるエドワード。

「どうしたんですか?フォンフォン」

「あ、フェリ」

エドワードを仕留めたレイフォンに、フェリの念威端子が語りかけてくる。

「さっき言ってたじゃないですか?襲撃を受けているって。これがそれの犯人、または関係者なんですよ。どうしましょう?」

レイフォンは倒れているエドワードを指差し、困ったように返答した。

「捨て置きましょう。それよりフォンフォン、この後はどうしますか?」

「そうですね……レジャー施設にでも行ってみます?僕がグレンダンに居たころは、そういうところに行った覚えがないんですよ」

話題をデートの事に切り替え、エドワードは放置する。
なぜならこの会話の方が、その何倍も有意義だからだ。

「私はそういった、人が多いところは苦手です……」

「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか」

他愛のない話をしながら、レイフォンとフェリは去って行った。
気絶から目覚めたエドワードは、仰向けとなって空を見上げ、エアフィルター越しに見える太陽を見てつぶやく。

「ああ……眩しいなぁ……」

その姿はとても、哀愁が漂っていた。








































「だがな、諦めないぞ!諦めてなるものか!!」

見事に負け犬の遠吠えを叫びながら、エドワードは、フェリ・ロス親衛隊は一致団結する。

「レイフォン・アルセイフは俺達の何だ!?」

「「「敵!憎むべき相手!!殺意の対象!!!」」」

「ならばどうする!?」

「「「殺せ!殺せ!!殺せ!!!」」」

「戦闘力で勝てないからって諦めるのか!?」

「「「ノー!殺せ!!殺せ!!!殺せ!!!!」」」

「ならば呪え!全身全霊をかけてレイフォン・アルセイフを呪い、地獄へ叩き落せ!!」

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

言うや否や、一斉に藁人形と釘、金槌を取り出して打ち続ける親衛隊メンバー。
彼らの憎悪はその藁人形に、レイフォン・アルセイフに向いていた。
だが、彼らは知らない。人を呪わば穴二つと言う言葉を。
レイフォン・アルセイフと敵対することの危険さ、愚かさを……彼らは知らなかった。
























あとがき
えー、書いてみて、相変わらず落ちが弱いから没にしようと思ったんですがせっかくなので上げました。
なんなんだこれは?
乗りと乗りと乗りで書かれたこの作品……いかがだったでしょうか?
うん、やはりレイフォンに喧嘩を売るのはまずすぎますね(汗



[15685] 27話 ひとつの結末
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/06/15 22:52
レイフォンは迷う。刀か?剣か?
生徒会室で交わした会話を思い出しつつ、憂鬱な気分で練武館の視聴覚室に向かっていた。
明日は試合だ。未だにその結論を下すことが出来ないまま、レイフォンはシャーニッドがいる視聴覚室へと足を向ける。
練武館には視聴覚室がいくつかあり、試合や訓練の映像を見ることが出来る。
その視聴覚室の扉をノックすると、中から声が返ってきた。

「よう、悪いな」

シャーニッドの声だ。
レイフォンはその声に返答するように中へ入り、視聴覚室の内部を見渡す。
この部屋の存在は知ってはいたが、入ったりするのは初めてだったりする。
レイフォンは今まで相手の小隊の戦いを見て、分析しようとは思わなかったからだ。
実戦で、戦場で会う相手のほとんどは初見。だから下手に見て、知って、その感覚で慢心や油断をしないようにと言うのが一応の理由だ。
グレンダンのような訓練が出来ないツェルニでの、レイフォンなりの戦闘意識の維持の仕方である。

この部屋、視聴覚室はそれほど広くもない。
大きめのモニターと機材、他にはホワイトボードとパイプ椅子がある程度だ。
その部屋でシャーニッドはパイプ椅子を二つほど使い、寝そべるようにしてモニターを見ていた。
モニターには、おそらくニーナが撮ったのであろう、第十小隊の試合が流れていた。
素人が撮ったものだから、画面が何度も揺れている。
だが、ダルシェナの勇壮な突撃が良く撮れており、アップで映っていた。
武芸者の速度を一般人ではカメラやビデオに収めることは出来ないので、その辺りは流石と言える。

「ああ、やっぱりだ」

しばしの沈黙があった。
レイフォンが刀と剣のどちらを使うのかと言う迷いもあったが、シャーニッドの親友と言っても過言ではなかった2人を、レイフォンは場合によっては切らなければならないのだ。
殺すわけではないが、それでも正々堂々とは言えない手で、少なくとも半年は戦場に復帰できない体にしなければならない。それで陽気に会話を交わせるわけがない。
そんな重たい沈黙を、シャーニッドが打ち破る。

「シェーナは、やっちゃいないな」

「え?」

「違法酒だよ……」

「まさか……」

その言葉に、レイフォンは意外そうな顔をする。
ダルシェナと言う女性のことは知らないが、違法酒を密輸し、使用していると疑いをかけられているのは隊長のディンだ。
必然、レイフォンは第十小隊の全員が違法酒を使用していると思っていた。

「じゃあ、この人は知らないんですか?」

レイフォンの疑問に、シャーニッド静かに首を振った。

「んにゃ、知ってはいるだろうな。俺よりも最近のディンを知ってんだ。ディンの変化に気が付かない訳がない。まったく……」

シャーニッドは舌打ちを打つ。
淡々とした声で、いつもの飄々とした雰囲気はなく、明らかに不機嫌そうだ。

「まったくお人好しだ。公正無私がモットーだ、イアハイムの騎士とはそういうものだとか偉そうなことを言ってるくせに仲間の不正には二の足を踏んでこの様だ。調べるつもりで無駄に歩き回って、それで調べたつもりになって済ます。情けねぇ弱虫だ」

声が淡々としていたからこそ、シャーニッドが苛立っているのが余計にわかる。
自嘲するように、嘲笑うようにシャーニッドは淡々としたまま言った。

「聞いてくれよ。俺たちはよ、1年の時に知り合った。クラスは別だったが、武芸科の授業で班別対抗戦をやって同じチームになった。そん時からの仲だ。馬鹿みたいに気が合った。そん時に目をかけてくれたのが前の第十小隊の隊長だ。いい人だったよ。俺達はあの人のためにがんばろうなんて、青春染みた事を考えていたさ」

それが始まり。借り物から始まった約束。
それが悪いとは言わない。ただ、このままではいけなかったのだ。

「……武芸大会で負けた時、あの人は悲しんだ。自分の大好きな場所のために何も出来ないまま卒業していくのが悔しくて泣いていた。その姿を見て、俺達は誓い合ったんだ。俺達の手でツェルニを護るってな」

シャーニッドがため息をつく。
ツェルニを、この都市を護ると言う気持ちは武芸者なら当然のものだ。
ただ、その理由、想いの持ち方は人によって違い、シャーニッド達はその先輩から始まり、レイフォンはただ、フェリのために戦うだけ。
大切な者のために戦うその気持ちに、何の違いがあるのだろう?

「だけどな、そう誓い合ってた頃にはよ。もう、俺達の仲は壊れかけてたんだよ」

乾いた笑いがシャーニッドから漏れる。
それが酷く切なくて、そして悲しかった。

「簡単な話さ。ディンは隊長さんを、シェーナはディンを、そして俺はシェーナを……ねずみが尻尾を食い合っているみたいなくだらねぇ恋愛模様だ。ディンは隊長のために、シェーナはディンのために、俺はシェーナのためにそう誓い合った。俺はその時にはもう、俺達の関係がどんなもんなのかを知っていた。それでも何とかなるだろうと思っていた。自分達の感情を誤魔化し合ってたのさ」

笑うなら笑えと言う雰囲気で、シャーニッドは言う。
だけどレイフォンには笑えない。笑えるわけがなかった。

「押し殺して誓いで蓋をして、そうやって自分らの感情を騙してやってきた。3年になって第十小隊に入って、対抗試合にも出た。うまく動いていたさ。それぞれがそれぞれのために動いていたんだから、そりゃ、うまくいくさ。だけどな、俺は狙撃手なんだよ。戦場を遠くから見ちまう。客観的に今の状況を考えて、結局いつかは崩れるだろうって予感していた。誰かが我慢できなくなる。ここにはいない人間のことを考えているディンはまだマシだったかもしれねぇが、俺とシェーナはそうはいかない」

そして、シャーニッドは実際に我慢が出来なかった。
先日、罪悪感に蝕まれながらもダルシェナに自分の想いを告げた。
いまさら遅すぎる気もするが、これで何か変わるのではないかと言う淡い希望を抱いて。
だが、それは無駄だった。遅すぎる。遅すぎたのだ。
ディンもダルシェナも、もう引き返せないところまで来ている。

「……これは、あいつ自身がずるずると先延ばしにした弱さが招いた結末だ。そして、俺が半端に壊しちまったせいでもある。俺達はもっと派手に壊れないといけなかった。修復不能なぐらいに、それが出来なかったのがあの時の俺の失敗だ」

苦渋の表情を浮かべ、シャーニッドはレイフォンに言う。

「レイフォン……決まったのか?」

剣か刀か?
ディンとダルシェナを切るのか?

「もし、やるってんなら……シェーナは俺に任せてくんねぇかな?」

切なげなシャーニッドの言葉がレイフォンの耳に残り、第十小隊との対抗試合の日はあっという間に訪れてしまった。





































セルニウムの補給も終わり、今は撤収作業が行われている。
予定では2,3日後にそれも終わり、ツェルニも移動を再開するだろうと言うのが生徒会の発表だ。
そして、久しぶりの対抗試合と言う事で熱気が凄い。
ここ、野戦グランドの観客席からの熱気は、選手達が控える控え室にも届くほどだ。

「大丈夫?」

「……あまり、大丈夫じゃないな」

その熱気に当てられ、レイフォンの問いにナルキは力なく答える。
本来ならニーナに都市警としての仕事を邪魔され、その上何らかの理由によって違法酒の捜査を打ち切られてしまったために彼女がここにいる理由はないのだが、この件について見届けると言う事で今回は第十七小隊の隊員として対抗試合に臨むこととなった。
ナルキとしては不本意なのだろうが、今はそんな事を考えている余裕はないらしい。
緊張で表情が硬く、重たいため息をついた。

「結構緊張している。こういうのは大丈夫だと思ってたんだが……」

ナルキを励ましたいレイフォンだが、彼だってそんな余裕はない。
別にナルキの様に緊張しているからと言う理由ではなく、試合においてディンを切らなければならないからだ。
ダルシェナはシャーニッドに任せるとしても、やはり気が重いのは変わらない。
殺さず、半年ほど病院のベットで大人しくさせるだけでいいとはわかっている。
だが、それには刀を握らなければならない。サイハーデンの技を使わなければならない。

剣でも出来る事は出来るのだが、刀でやったほうが成功率が高いのは当たり前で、万が一にも失敗して、ディンを殺すわけにはいかない。
それに、今回の事はこの都市のためにもしなければならない事だ。しかも、レイフォンしか出来ない。
ディンのやったことはそれほどまでの問題行為で、今更黙認する事はできないのだ。

『力は必要な時に必要な場所で使われるべきだ。小隊員の力がそこで必要なら、小隊員はそこで力を使うべきだよ』

いつか、ナルキに言った言葉だ。
その言葉をふと思い出し、レイフォンは苦々しい表情をする。
今、レイフォンの力が必要とされており、ここで使うべきなのだ。
だからこそ、試合前に自分も納得し、カリアンにその旨を伝えたはずだ。
だというのに、重い。剣帯に入っている二つの錬金鋼、青石錬金鋼の剣と、簡易型複合錬金鋼の刀がとてつもなく重かった。

「フォンフォン……大丈夫ですか?」

そんなレイフォンに、フェリが心配そうに声をかける。
レイフォンに直接理由を聞いたので、なんでそんなに刀を拒むのかを知っている。
だからこそレイフォンを気にかけたフェリだが、そんなフェリの顔を見てレイフォンは苦い笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、フェリ」

一応笑ってはいるが、どこが大丈夫なのかと問い正しくなる。
それほどまでにレイフォンの笑みは苦々しく、引き攣っていた。

「覚悟は……出来ましたから」

ポンと、フェリの頭の上に優しく手を置く。
認めよう、この言葉は嘘で虚勢だ。覚悟なんて決まっていないし、納得もしていない。
だが、フェリのこんな心配そうな表情を見るくらいなら、自分は喜んで泥をかぶろう。
大丈夫だと一言言って、安心させよう。それが今の、自分に出来る精一杯のことだ。

「生意気です」

「あいたっ!」

だが、それをフェリは気に入らなかったらしい。
自分の方が年上なのにレイフォンに子供のような対応を取られたからか、それともレイフォンの付いた虚勢がわかりやす過ぎ頭にきたのか、なんにせよ、レイフォンの脛に向けて蹴りを放った。
思わず痛いと漏らしたレイフォンだが、実のところそんなに痛くはない。武芸者故の耐性と、フェリの力はそんなに強くないためだ。
だが、それでも痛かった。なぜだか知らないが、フェリが怒っていることに心が痛い。と言うか、怖い。

「わかりきった嘘はつかなくていいんです。このやり方が気に入らないなら、いっそのこと本当に革命を起こせばいいんですから。兄を亡き者にして私が生徒会長となり、フォンフォンが武芸長です。これで好き放題できますよ。独裁政治の始まりです」

だが、それも一瞬で、相変わらず表情の変化は小さいが、悪戯好きな子供のような笑みを浮かべるフェリ。
その表情に、今度はまったく苦々しくない苦笑、小さな笑みをこぼし、レイフォンは言った。

「それはとても魅力的なことですね。ですけど、お断りします。武芸長なんて大役、僕には務まりそうにないです。フェリがやれって言うならやりますけど」

「それは私もです。生徒会長なんて仕事、ハッキリ言ってめんどくさそうです。フォンフォンが望むならやりますけど」

再び、小さく笑い合う。
そんなたいそれたことを、軽い冗談のように言う2人。
実際にやることは可能だが、面倒だからやらない。
そんな馬鹿な話をしながらも、少なくともレイフォンの心は落ち着いていた。
剣か、刀かの迷いはまだある。それでも、先ほどの苦悶がまるで嘘のように晴れていく。
その幾分か楽になった気分で、レイフォンはフェリと共に野戦グランドへと向かった。





「……シャーニッド」

「ディン?……お前から声をかけるなんて珍しいな。なんの用だ?」

それは偶然だった。
本当に偶然、ばったりと2人は遭遇する。
野戦グランドの控え室をつなぐ廊下。そこでかつての第十小隊の仲間、ディンとシャーニッドは顔を合わせた。

「……話は、シェーナに聞いた」

「そうかい」

苦悩するようなディンの言葉に、シャーニッドは自分でも驚くほどにあっさりと頷いてみせた。
ダルシェナに話した時から、この話はディンの耳にも届くだろうと理解していたからか?
それでも、自分があれだけを告げるのに長い時間を要したと言うのに、ダルシェナはディンにその話を、おそらくは自分がディンのことを好きだと言うのを伝えたのだと理解する。
そして同時に、自分の情けなさに内心で笑った。
好きな女1人に自分の気持ちを伝えずに逃げ出して、やっとの思いで先日伝えたら、今はディンと対面している。ハッキリ言って気まずい。本心は逃げ出したくていっぱいだ。
だけどそう言う訳にはいかず、シャーニッドは飄々とした雰囲気でその気持ちを押さえつけ、ディンを見ていた。
これは自分の失態だ。だからこそ、蹴りをつけなければいけない。いまさら逃げ出すわけにはいかない。

「お前が正しかったとは思わないが……理由があったことはわかった。だがな、俺はそう簡単にはお前を許せない」

「だろうな」

理由はどうあれ、シャーニッドが第十小隊の連携をズタズタにし、関係を崩したのは事実だ。
今更理由を知ったとは言え、簡単に割り切れる話ではない。

「だが、これは俺の意思の問題であり、理性はまたこれとは違う……つまりだ、話がしたい、シャーニッド」

「へぇ……」

それでも、必死に割り切ろうとするディンに、シャーニッドは意外そうな顔をする。

「この試合が終わったら……第十小隊の訓練室に来てくれ。なに、前回のような一方的な決闘にはならないさ」

「はは、それなら寄らせてもらうか。また顔を腫らしたら、女の子に逃げられちまうからな」

ぎこちないながらも、互いに冗談を交えて言うディンとシャーニッド。
試合前の会話はこれで終わり、後は試合後だと言うようにディンが背を向ける。
その背を見送りながら、シャーニッドは小さく舌打ちを打った。

「遅すぎるんだよ……バカヤローが……」

これからディンに起こる出来事を思い浮かべ、シャーニッドには悪態をつく以外出来なかった。





「は……?」

「へ……?」

試合開始前、渡されたメンバー表を見てレイフォンとニーナは驚愕する。
その様子に何事かとナルキもメンバー表を覗き、同じように驚愕した。
何故なら第十小隊のメンバー表には、レイフォン達の知り合いであるオリバーの名があったからだ。

「ディンの奴、オリバーを引き入れたのか……?まさか、奴にまで違法酒を使わせてねぇよな?」

シャーニッドがいぶかしみ、冗談にしては性質が悪い予想を立てる。

「何でオリバー先輩が第十小隊に入ったのかは知りませんけど……結局やるのは、ディン先輩だけでいいんですよね?」

重々しい口調で、確認を取るようにレイフォンが尋ねた。
それに対し、ニーナも重々しく、『ああ』と頷く。
第十小隊にオリバーが入隊したとは言え、ナルキと同じ新規での介入だ。
しかも2年生と言う事で、第十小隊に重要な人物ではないだろう。今回の目的は、ディンやダルシェナを仕留める事により、第十小隊を継続できないようにすることなのだから。

「そろそろ、始まるな」

シャーニッドの言葉に促され、レイフォン達は野戦グランドに散る。

『さぁ、注目の第十小隊と第十七小隊の試合!今年の武芸大会だけではなく、2年後の武芸大会も担う若き選手達の熱き戦いが今始まります!!』

第十小隊が攻めで、第十七小隊が守りだ。
それぞれのポジションにつき、司会のアナウンス、サイレンと共に試合は始まった。











「……可笑しくないですか?」

「ああ……」

始まり、すぐに異変に気づいた。
レイフォンやニーナだけでなく、観客席からもざわざわと疑問のざわめきが巻き起こる。
第十小隊の戦術と言えば、それは突撃だ。
それはもはや戦術とは言えない単純な戦法だが、単純故に威力が、突撃力がある。
この戦法により、第十小隊は小隊でも屈指の攻撃力を誇っているのだ。
ダルシェナの突撃。
突撃槍を持って突っ込むダルシェナを護るようにディンが後に続き、更には他の第十小隊のメンバーが続く。
これが第十小隊の必勝パターンなのだ。今回の作戦を実行するために、第十小隊のメンバーはレイフォンやフェリ以外は何度もビデオで確認し、対策を練った。
だが、その必勝パターンを今回は第十小隊がしてこない。
いつもは先手必勝とばかりに突撃を仕掛けてくるのだが、今回はそれが無い。

「フェリ、第十小隊の動きは?」

「陣の前より動きがありません。現在、念威端子だけを操ってるようです」

ニーナの問いに、淡々とフェリが答える。
自軍の陣から動かず、念威端子で様子を探っている。
予想とは違う第十小隊の動きに不審に思いつつ、ニーナは思案する。

こちらから攻めるか?
だが、第十小隊が攻めであり、第十七小隊が守りだ。
不用意に攻めるのは避けたいところだし、ここは様子を見るべきなのだろうか?
第十小隊はディンをやられたら当然負けだが、時間内にフラッグを落とせなくとも負けなのだ。となれば、必然的に相手は攻めてくるはず。
第十七小隊の隊員を全滅させると言う勝利条件もあるが、フラッグを落としたほうが効率的であり、容易であるはずだ。
そもそも、主力となりえるのがダルシェナ1人の第十小隊では、幾ら人数で勝っているとはいえ第十七小隊を全滅させるのは難しいだろう。
ならばここは、待つべきだ。

「来ます」

そしてその選択は、どうやら正しかったらしい。
第十小隊は最初の数分こそを念威での探索に当てたが、すぐさま攻めに転じてきた。
第十小隊お得意の、『ダルシェナによる突撃』である。
罠すら恐れない、旋剄を使った真っ直ぐな突撃。幾房も螺旋を巻いた豊かな金髪が風に乗せ、改造した戦闘衣姿で戦場を駆ける。
赤地に白のラインが走った上着の裾は長く、コートのようだ。その姿はとても美しい。
野を駆ける獣のような、王者の風格を纏った美しさを持つ。
例えるならばライオン。例えるならば豹。
絶対的王者は独りで、優雅に、強烈な突進で敵陣に乗り込む。

「なっ!?」

そう、独りなのだ。ダルシェナ1人。
他の第十小隊のメンバーが、ディンがいない。たった1人でダルシェナはこちらへと突っ込んでくる。
その無謀さにニーナは驚愕した。一応、第十七小隊は守り側故に罠を仕掛けている。
いつもの第十小隊の戦法ならディンがワイヤーでダルシェナを護るように罠を退けるため、その効果は薄いだろうと思っていた。だが、そのディンがいなければ罠は効果的だ。
先ほどの念威で罠の位置を探っていたとしても、ダルシェナは罠を避けないといけないから直線的に突っ込むわけには行かない。それはお得意の突撃の威力を殺ぐことつながるのだ。

その上、第十小隊は主力であるダルシェナを1人で突っ込ませている。
これではまさに、狙い撃ちにしてくださいと言っているようなものだ。
戦術も先方もない、愚直としか思えない行動。
そのダルシェナは敵陣を駆け抜け、最初の罠を踏もうとして……

「え……?」

罠が破壊された。銃声が響き、撃ち抜かれる。
その光景にニーナが驚く暇も無く、ダルシェナの突進。それに続く数発の銃声。
次々と罠が撃ち抜かれ、破壊されていく。
その光景に唖然、呆然としていると、ダルシェナからかなり離れた背後から突進してくる人影があった。

「よっと」

その手には軽金錬金鋼で出来た拳銃の錬金鋼を右手に持ち、左手に持ったゴム弾を一瞬でリボルバーに補充させているオリバーの姿があった。
そして連射。弾丸は再び、ダルシェナの進路上にある罠を撃ち抜く。そのまま突進しながら、弾丸の補充。
この動作の最中、オリバーは一瞬たりとも速度を落としてはいない。
それでもダルシェナの全力の突進にはついていけないようで、

「マテルナ先輩!速すぎ、速すぎだから!!もうちょい速度落として!」

などと声を張り上げ、先を行くダルシェナに抗議をしている。
それでも、先を行くダルシェナの進路上の罠を撃ち抜くオリバーの技量には目を見張るものがあった。

「敵、来ます。左方より接近」

だからと言って、ダルシェナだけに注意を払うわけにはいかない。
誰かがダルシェナとオリバーを迎え撃ち、数で勝る残りの第十小隊のメンバーも相手をしなければならないのだ。

第十小隊はまず、正面からフラッグを狙うダルシェナとオリバーの突撃。
ダルシェナはシャーニッドがやるとの事なので、これに加えて1人付けたい。

そして、左方から突っ込んでくる戦力。
第十小隊の残りの戦力は、ダルシェナとオリバーを抜いて残り5人。
その内、念威繰者を除くディンを含めた4人が第十七小隊の陣に突っ込んできたのだ。

二手に分かれて旗を攻める。それが第十小隊の作戦なのだろう。
それに対し第十七小隊は、予想していた試合展開とは違うが、予定通りに動くことにした。

ディンはレイフォンが討つ。
そのついでに、残りの3人もまとめてレイフォンが相手をする。
無謀とすら思えるかもしれないが、レイフォンの実力ならばそれは十分に可能だ。

シャーニッドに付き、ダルシェナとオリバーの相手をするのはニーナ。
基本的にはシャーニッドがダルシェナを相手取るため、ニーナの相手はオリバーになるだろう。

フェリは念威繰者のため、後方支援。
残るナルキには、相手の念威繰者を叩いてもらう予定だ。
第十小隊の面々に動きを理解されては困るので、これはとても重要なことだ。
そして、そのための仕掛けは既に発動していた。

「なんだ!?」

瞬間、爆発が巻き起こる。
その爆発にオリバーが驚愕するも、爆発した場所はダルシェナやディン達の進路上ではなかったために念威繰者でもみつけることが出来なかったのだ。

「被害はない。進めっ!」

念威越しにディンの叫び、命令が響く。
だが、この爆発は第十小隊の足を止めるために起こったのではない。
盛大に土煙が舞い上がり、野戦グランドの半分を覆った。
明らかに異常すぎる量の土煙。それらは観客の目から戦場を隠し、念威で操作されたカメラも役に立たなくなり、モニターには土煙以外映らない。
つまりは大規模な煙幕だ。
カメラはともかく、念威のサポートを受けている自分達に何の意味があるのかと思いつつ、警戒しながら突き進む。
シャーニッドは試合返しと同時に殺剄で気配を消した。だから狙撃に気を配ったのだが、相手は狙撃ではなく、単身で乗り込んできた。

「エースのお出ましか……」

レイフォンだ。
レイフォンが単身で現れ、ディン達の前に姿を現す。
その手には錬金鋼は握られていない。
青石錬金鋼、簡易型複合錬金鋼共に剣帯に納まったままだ。
その様子にいぶかしみつつ、しかし油断はせずに、だけど4対1と言う根拠を持ち、ディンはレイフォンと相対した。





「シャーニッド……どういうつもりだ?」

ダルシェナの困惑、そして怒りすら混じった声が響く。
どういうつもりなのか?
シャーニッドの姿を見て、ダルシェナは問う。
それはシャーニッドの格好。ダルシェナのものによく似たコートのような戦闘衣を着ている。
それは第十小隊に入った時、3人のために作られた戦闘衣だ。

今更ふざけるなと言いたかった。どんな理由があるにしろ、第十小隊を抜けた者がそんな格好をするなと。
仲直りを示すやり方には、他にもあるのではないかと叫びたくすらなる。
だが、それよりもダルシェナが疑問に思ったのは、シャーニッドの対応と武器だ。
ダルシェナの目の前にシャーニッドが現れていたのだ。明らかに狙撃手のいる位置ではない。
しかもその手に握っているのは、シャーニッドお得意の狙撃用の銃ではなく、銃衝術用の二丁の錬金鋼だ。

「小手先の技で私を迎え撃つ気か?」

舐められている。そう思った。

「小手先かどうかは、自分の体に聞いてみな」

両腕に持った2丁の銃から、弾丸が放たれる。
それは剄弾であり、通常の衝剄では考えられない速度でダルシェナに迫った。
それをダルシェナは、上に跳躍して剄弾をかわす。

外力系衝剄の変化 背狼衝

ダルシェナの背から衝剄が爆発的な音を立てて放たれ、その反動を利用してダルシェナは矢と化してシャーニッドに迫った。
シャーニッドはそれを後退してかわす。
彼女の突撃槍は地面を砕き、更に土を舞わせた。

「くっ!」

先ほどから感じていた違和感。
舞う土煙を鬱陶しく感じつつ、普段の野戦グランドの湿気を含んだ土ならばこうはならないことを理解する。

「っ!土を変えさせたな!!」

砂煙が、砂の粒が目に入らないようにしながら、ダルシェナが叫んだ。
ニーナがこの日のために、陣前ののあちらこちらに乾燥した砂の袋を埋めておいたのだ。
これがダルシェナの攻撃で宙にばら撒かれ、視界を塞いだ。
あたりは既に乱れ飛ぶ衝剄で気流が乱れに乱れ、そう簡単にはこの砂煙は納まらないだろう。
それは、野戦グランドを覆う土煙、砂煙にも同じことが言える。
つまり、ここで何をしようがシャーニッド達の姿は、観客達には見えないのだ。

「くっ」

砂煙に気を取られ、ダルシェナはシャーニッドの姿を見失った。
気配を探っても見つからない。殺剄だ。一瞬でシャーニッドは姿を消し、攻撃の隙を窺っている。

「どこだっ!?」

目を凝らそうにも周囲に舞い散る砂粒が邪魔で、満足に開けることすら出来ない。
それでも目を凝らし、突撃槍を構えてその場に止まる。
目を凝らした。視界の端で、その姿が動く。

「そこかっ!」

右側面。そこを目掛けて、全力で突撃槍を横殴りに振った。

「ちっ」

舌打ちを打ちながら、シャーニッドが下がる。
銃を撃つ瞬間まではどうやっても殺剄を続けられない。例えそれが天剣授受者であろうと無理な話だ。
そこを突かれて、ダルシェナに発見された。

「流石にそこまで甘くねぇか」

「舐めるなよ」

ダルシェナが突撃槍で突いてくる。
それにシャーニッドは引かず、逆に懐に突っ込んできた。
右の銃で突撃槍の軌道をそらし、左の銃をダルシェナに向ける。
引き金を引く瞬間、ダルシェナは身を捻る。それにより放たれた剄弾はダルシェナの服を掠めるだけに終わった。
このままではまずいと判断したのか、ダルシェナは突撃槍を引いて下がろうとする。
だが、そうはさせないとシャーニッドは右手に持った銃で突撃槍に吸い付かせるように追う。
そのまま突撃槍を弾くように激突し、剄のぶつかり合いもあって青い火花が飛んだ。
シャーニッドが左の銃を再び向ければ、ダルシェナは何も持っていない右手で銃口の向きを変えようとする。密着したこの距離だ。少し手を伸ばせば、十分可能。
もつれ合うように、そんな攻防を2人は繰り返していた。

「どう言う事だ、シャーニッド!」

もつれ合いながら、ダルシェナが問う。
この状況の事。そして、なぜシャーニッドが剄弾を使っているのか?
武芸大会、その練習でもある対抗試合では剄弾の使用は禁止し、ゴム弾や麻痺弾を使用する。
それは極力死人を出さないための学園都市らしい配慮であり、対汚染獣に使うような弾を試合で使うわけには行かないからだ。
それでもシャーニッドは、剄弾を使っている。小隊付の技師が独断でやれることではない。
それを使用するには、当然ながら上の許可、生徒会の許可が必要だと言うことだ。

「お前が馬鹿だからさ」

その言葉に、ダルシェナの前進に嫌な予感が走った。

「わかっててなにもしないのは、馬鹿だろう」

ダルシェナの顔が引き攣る。すぐに何のことだか理解したのだろう。

「では、この仕掛けは……」

グランドを覆う大規模な煙幕。
それは第十小隊に対する罠だけではなく、観客にこれから起きる事を見せないためでもある。
先ほどの予感が、生徒会が関わっている予想が、より濃密になった。

「そういうことだよ」

「どうして止めなかった?」

「お前がそれを言うか!?」

シャーニッドが頷き、ダルシェナが怒りを込めて言う。
それに対し、シャーニッドも声を張り上げながら問い返した。

「どうしてこんなことになったと思っている?シャーニッド、お前が第十小隊を抜けたからだ!!」

ダルシェナが全身から衝剄を放ち、シャーニッドはそれから逃げるように距離を取る。
そのままダルシェナを見据え、シャーニッドは諭すように言った。

「それは確かにな。否定も出来ないような事実だ。だが、だからと言ってディンが正しいわけじゃない」

「黙れ!」

ダルシェナが突撃してくる。全身を使った突貫に、シャーニッドは地面を転がって避けた。
そしてすぐさま起き上がり、ダルシェナへと銃を向ける。
だが、ダルシェナはそのままシャーニッドを無視して突き進もうとする。
シャーニッドを攻撃しようとしたのはフェイクであり、そのままディンと合流するのが彼女の目的だったのだろう。

「させるか」

シャーニッドが引き金を引く。狙いは足だ。
狙撃銃なら余裕で当てられる距離だが、シャーニッドが今持つ銃は打撃を重視した黒鋼錬金鋼だ。
剄の伝導率が悪く、シャーニッド愛用の銃のように精確な射撃が出来ない。
引き金を引きまくり、連射された剄弾はダルシェナの足元で爆発した。命中はしなかったが、ダルシェナの足を止めることは出来た。

「行かせるかよ」

素早くダルシェナの前に回りこみ、再びもつれ合うように近接戦が再開する。

「シャーニッド!貴様は本当にこれでいいのか!?」

「いいもなにも、あいつが選んだ結末だろうが!」

ダルシェナが振り回す槍を跳んで避け、シャーニッドはそのまま宙から銃撃を降らせながら叫ぶ。
ダルシェナは納得できずに言い返した。

「ディンは、都市のことを本当に考えている。確かに、始まりはあの人のためだった。それには誠実さがない、それは認めよう。だけど、ディンはこの都市の将来も本気で考えている!!」

「そんなことはわかっているさ」

ダルシェナの言う言葉は正しい。シャーニッドにだってわかっている。
ディンは馬鹿が付くくらいに生真面目だ。始まりは確かに恋愛感情だったかもしれないが、それを許せなくなり、真剣にこの都市のことを想うなど目に見えている。
生真面目だからこそ1人でなんとかしようと想ってしまうほどに。

「なら、どうして邪魔をする?」

「やり方が間違っているからだ」

だからこそ、どんどん歪んでいく。
1人で抱え込み、使命のように感じるからこそ、想いが暴走して歪む。
そんな姿は、孤児のためにグレンダンを追放されたレイフォンにも似ている気がした。

「間違っているとどうして言える?気持ちに実力を追いつかせようとすることを、どうして間違いだと言い切れる!?」

ダルシェナの悲痛な叫びに、シャーニッドは顔をしかめる。
ディンは正しくあらねばならない……そんな信仰のような、妄言のような思いがダルシェナの言葉にはまとわりついていた。
そう考え、その一瞬、シャーニッドは油断した。足が止まったのだ。動きを止めてしまったのだ。
ダルシェナの突撃槍がそんなシャーニッドを薙ぎ払う。
とっさに銃を盾のようにして防がなければ、そのまま頭を打たれて気絶したかもしれない。
シャーニッドはその衝撃で地面を滑りながらも、すぐさまディンの元へ駆けつけようとするダルシェナへと銃を撃ち続けて足を止める。

「……あいつが間違ってないって言うなら、どうしてお前に違法酒のことを言ってない?」

一番ディンの近くにいたダルシェナだからこそ、一番最初に気づいたことだろう。
そんな彼女に、何でディンは何も言わなかった?
シャーニッドは立ち上がりながら、言葉を続ける。

「なんで、お前に違法酒を使わせない?」

その言葉に、ダルシェナの顔が再度引き攣る。

「……黙れ」

ダルシェナが言うが、それでもシャーニッドは言葉を止めない。

「なんで、違法酒のことを知らせない?自分のやっていることに後ろめたさがないなら、どうして黙っていた?」

「黙れっ!」

叫びと共にダルシェナが突撃槍を地面に突き刺した。
今ならばシャーニッドの隙を突き、ディンの元へ行けたかもしれない。それなのに地面に突撃槍を突き刺した。
そのことに何の意図があるのかシャーニッドにはわからない。だが、なんにせよダルシェナの動きは止まった。
おそらくはシャーニッドの減らず口を、止めなければ気がすまないと怒りに震えているのだろう。

(それでいい)

表情には出さず、内心で微笑む。予定通り、これでいいのだ。
ダルシェナがディンと合流してしまえば、シャーニッドにはもう止めることができない。レイフォンがディンと共に片付けてしまうからだ。
そうさせてはいけない。そうさせたくはない。これはディンが迎えなければならない結末で、ダルシェナは関係ない。
ディンがそう望んでいるのだ。

無論、その考えはシャーニッドの願望で、少なくともそう思っている。
ディン自身が気づいていなかったとしても、ダルシェナを意識的に違法酒の輪の中に引きずり込まなかったことがシャーニッドにそう思わせた。

「後ろめたいから、シェーナには言わなかった。そう言う事だろう?」

「……黙れと言ったぞ」

ダルシェナが静かに言い放ち、突撃槍の握りを捻った。
石突の表層がボロボロと崩れ、その中から細身の柄が姿を現す。

「おいおい……」

シャーニッドの見ている前でそれを握り締め、引き抜く。地面に突撃槍を突き刺したのはこのためだったのだろう。
ダルシェナの手に優美な、細身の剣が握られていた。

「実力を隠していたのが、お前だけだと思うなよ!」

言った瞬間、細身の剣を構えたダルシェナがシャーニッドに襲い掛かる。
速い。突撃槍での攻撃も速かったが、これはそれ以上だ。
突撃槍は『突撃』と言う直進的な速さだったが、大きな槍を使う故にその技は必然的に大降りになってしまう。
だが、この細身の剣にはそれがない。小回りの利いた、速い刺突が、斬撃がシャーニッドに襲い掛かる。
それをシャーニッドは銃で受けるものの、それは一方的で、防戦一方に追いやられてしまう。

「ディンは間違っていない!」

攻撃を続けながら、手を緩めずにダルシェナが叫ぶ。
その続けられた言葉に、シャーニッドは表情を変えた。

「その証拠にディンは……今回の試合に、違法酒を使ってないんだ!」

「なに……?」

シャーニッドは耳を疑った。
それはつまり、ディンは違法酒の使用をやめたのか?
だが、なぜそのことをダルシェナが知っている?いや、『一番ディンの近くにいたダルシェナ』だからこそ知っているのか?
なんにせよ、それは喜ばしいことだ。正しいことだ。

「ちぃっ……」

それなのにシャーニッドは舌打ちを打つ。
それでも、遅すぎた。遅すぎてしまったのだ。
何でもう少し早く違法酒をやめなかった。何で今日に限って使っていない?
その考え自体は正しい、間違いではない。
それでももう遅すぎて、今日の試合でディンはレイフォンによって切られる。
死にはしない。ただ、半年ほど病院のベットにお世話になるくらいだろう。
それでも、やはりこう思わずにはいられなかった・

(なんで、もっと早く……)

苦々しい表情をしたまま、シャーニッドはダルシェナを先に進ませないように奮闘した。





































ナルキに与えられた任務は、相手の念威繰者を黙らせることだ。
レイフォンがディンを含む4人を相手し、シャーニッドがダルシェナを足止めしている。
故に彼女は順調に念威繰者の元へと向かっていた。作戦を、これからやることを第十小隊の隊員に知られては困るからだ。

だが、レイフォンが4人を相手し、シャーニッドがダルシェナを、これで合計5人。
そこに念威繰者を加えても6人。対抗試合で投じれる人数は7人であり、第十小隊にはもう1人の隊員がいる。
ならばそのもう1人はどこだ?

「行かせるか!」

「くっ……」

その1人であるオリバーが銃を乱射する。
その銃撃を走り抜けることによって避けるナルキだが、オリバーの正確無比な射撃はどんどん彼女を追い詰めていた。
距離を詰めれば、近づくことさえ出来れば剄の量はそんなになく、格闘が苦手なオリバーと渡り合うことは出来るだろう。だが、問題は得物だ。
拳銃故に狙撃ほどの距離は取っていないが、それでも十数メートルは離れて一方的にナルキを攻撃してくる。その距離では、ナルキの攻撃はオリバーには当たらない。
そんなわけで、逃げ惑うナルキを追い掛け回しながらオリバーが追撃をかけているが、

「邪魔だ!」

それを阻止するニーナ。
鉄鞭でオリバーを迎え撃ち、その攻撃にオリバーは後ずさる。
銃撃が止み、ナルキが開放された。

「今の内だ、そのまま突っ走れ!!」

「はい!」

ニーナの指示に頷き、ナルキが駆けていく。
オリバーがそれを追おうとするが、ニーナがそれを許さない。

「まったく……参りましたね。それはそうとアントーク先輩、ディー先輩を狙うんじゃなく、念威繰者を狙うなんてなに考えているんですか?」

格上のニーナを前にし、オリバーが困ったように尋ねる。
だが、彼の疑問はもっともであり、倒せば勝利であるディンを狙うならまだしも、なぜ念威繰者を狙うのか?
指揮系統をつかさどる念威繰者を下し、第十小隊を混乱に陥れる?
だが、自軍の奥で引き篭もっている念威繰者を潰すより、前線に出ている隊長のディンを仕留めた方が容易く、早いはずだ。
それなのになぜ?

「作戦を敵に漏らすと思うか?」

「まぁ……確かに」

オリバーの問いにそう返答するニーナだったが、彼女の表情は明らかに気乗りではなかった。
おそらくは第十七小隊が用いているこの作戦は、ニーナの発案ではないのだろう。ならば誰の発案だ?
第十七小隊の隊長であるニーナを差し置いて、誰が作戦なんてものを発案できる?
考え、このグランドと第十小隊の現状を理解し、オリバーは確信する。

「なるほど……生徒会が動きましたか」

「オリバー……お前?」

知っているのかとニーナが尋ねる。
よくよく考えれば、いや、考えるまでもなく、現在の第十小隊にオリバーが入隊し、いきなり選手として試合に出ているのだ。
違法酒のことを知っていてもなんらおかしくはない。それどころか、オリバー自身が使用している可能性だってありえる。

「知っているならばなぜ、第十小隊に協力している!?」

「なぜ……ね。まぁ……ディー先輩に頼まれたからと言いますか」

オリバーは苦々しい表情を浮かべ、ニーナの問いに返答する。
頼まれたからと言って小隊に入り、違法酒を使っているのかと憤るニーナだが、オリバーは飄々と、苦笑したように口を開いた。

「そりゃ、ディー先輩達がまずいことをしてるのは知ってますよ。ええ、それはいけないことなんでしょう……ですけど、それが間違っていることだとは思いません」

「なっ……」

その発言に驚愕するニーナだったが、なぜだか今度はオリバーが取り乱し始めた。

「いや、違うな。法律的にはもちろんまずい、やっちゃいけないことだ。でも、俺の感情的に……あれ、俺ってひょっとしてやばい?犯罪に加担している?うわっ、やべ……どうしよ!?いや、あれだよな、セーフだよね?別に違法酒のことは知ってて第十小隊に入ったけど、違法酒使ってないし」

「待て、それはどういうことだ?違法酒を使っていないだと?」

「使いませんよ。副作用が怖いし、俺にそんな度胸はありませんよ。80%で廃人なんて絶対ヤですよ。っつか、そもそも今回の試合に第十小隊の誰も違法酒は使ってません」

「……なんだと?」

オリバーの発言には驚愕しぱなっしだ。
ニーナが耳を疑い、オリバーは苦笑するように説明する。

「まぁ、言葉の通りなんですけどね。確かにディー先輩達は今まで違法酒を使っていました。ですがこの試合で、正確にはこの試合から違法酒は使いません。そのための俺で、新しい第十小隊の戦闘スタイルなんです。今回はマテルナ先輩の突撃と、ディー先輩達の突撃がフラッグを落とすはずだったんですけどね。こっちは大変でしたよ、俺がディー先輩の本来の役目をしなくちゃいけないんですから。念威で罠の位置はわかっても、それを走りながら撃ち抜くんですよ。マテルナ先輩も全力で走るし……少しはこっちの都合も考えて欲しいです」

大半に愚痴が混じっていたが、オリバーはようやく本題を繰り出した。

「要するにそんなわけだから俺は第十小隊に協力しています。違法酒使うなんてやばい話なら、絶対に断りますけどね。でも、その考え自体は間違ってないと思うんですよ。現在、このツェルニは崖っぷちなんですよ。セルニウムの鉱山があとひとつだけです。それを護るためにと言う考えに、俺は好感すら持てます」

確かにディンの行動には問題があったかもしれないが、それは正しくはなく、それは正しいのだと思う。
法律的には違法なのだろうが、それでも大切なもののために何かを犠牲にして護ろうとする意思は素晴らしい。
だからこそ人々の間や、物語などではそういう意思は美談として存在する。
例えるなら愛しい人のために体を張って護り、その願いを叶える。典型的な、王道的な美談だ。
オリバーにはそれが出来る実力も根性もないが、それに同意することは出来る。

「俺はこのツェルニに来てまだ2年目ですけど、ここは気に入ってるんですよ。学生達によって成り立つ学園都市。こんな世界があるなんてここに来るまでは知らなかったですし、優しい先輩達や馬鹿やってて楽しい同級生に、かわいい後輩達。まぁ、中には人間やめてるとしか思えないバケモンの後輩もいますけど、それなりに楽しいんですよ。それに一目惚れもしましたし、ツェルニも死なせたくありませんし、ええ、俺はここを護りたいと思いますね。俺にはその覚悟はないですけど、そのために自分を犠牲にするのが間違ってますか?」

自分勝手な物言いだと言うことはわかる。へたれで、情けないセリフだと言うこともわかっている。
それでも、オリバーはこの学園都市が、ツェルニが好きなのだ。
最初は外の世界を見て回ると言う好奇心で訪れたが、ここで過ごすうちに大切なものが出来ていった。
ずっとこのままならばいいのにと思うほどに。

「だが、それは間違っている!何かを救うのに自分を犠牲にする……それは独善だ。目の前の困難な手段に逃げの方法を選んだだけだ。その気持ちには私も同意できる。私はこの都市は、ツェルニを護りたい。私は、この都市全てを護るんだ。自己犠牲なんて許さない。私は、私自身を含めて全てを護る」

強い意志。
ニーナの叫びにオリバーは呆気に取られるも、やはり凄いと思った。
真っ直ぐだ、本当に真っ直ぐだ。
その言葉は力強く、本当にこの都市の全てを護るのではないかとすら思える。
だが、それだけではどうにもならない。想いだけではどうにもならない。
力のない想いや願いなど、弱肉強食のこの閉ざされた世界では簡単に吹き飛ばされてしまう。

「それは……レイフォンがいるからですか?」

「なに?」

レイフォンと言う強者がいるから、ニーナはそう思っているのか?

「護るための力がなければ、その場合はどうなるんですか?訓練して強くなる?武芸大会までもう時間もないのに?それにもし、武芸大会を乗り切ったとしてもまた汚染獣が攻めてきたらどうするんですか?」

その考えは、レイフォンと言う強者がいるからこそなのか?
1人で都市を圧倒できるほどの力を持っている。
1人で汚染獣を退け、老生体とやりあえるほどの力を持っている。
凡人の努力を嘲笑うことの出来る実力者がいるからこそ、ニーナはそんな妄言とすら取れるほどの真っ直ぐな意思を持っているのか?
ならば、それを知らないものはどうする?
持っていないものはどうする?

そんな者達に言うのか?
レイフォンと言う強者がいるから、お前達の努力は無駄だ。
だから、無駄な努力はやめてしまえと。

「力なんて求めてもそう簡単には手に入らない。だからって努力や鍛錬が無駄だとは言いません。日々の積み重ねが大事なんです。でも、時間は待ってくれない。武芸大会は、汚染獣は待ってくれない。ツェルニは弱いんですよ、先日の幼生体戦ですら苦戦するほどに、レイフォンがいなければ滅ぶほどに。前回の老生体戦だって、レイフォンがいなければこの都市は滅んでいた」

レイフォンがいればどうにかなる。確かにそうだろう。
だが、それで本当にいいのか?
彼1人に任せてしまっていいのか?

「あなたの台詞は立派だ。正しい。真っ直ぐだ。理想だ。だけどそれは、力がなければ叶わない。あなたにはそのための力が、レイフォンがいる。だからこそそんな発言が出来るんじゃないんですか?」

「違う!」

オリバーの言葉を、ニーナが力強く否定する。
そんなつもりは一切ないと言うように。

「確かにそう思ったこともあった。最初は、私の力が次の武芸大会に勝利するための一助けになればいいと思っていたが、単なる助けでなく、勝利するための核になれると思った。何の確証もなく、第十七小隊が強くなったと思った。だが、今は違う。レイフォンは仲間なんだ。第十七小隊の一員だ。だからあいつにだけ頼るのではなく、私達は、第十七小隊は全員で強くなるんだ」

先日の老生体戦前、ニーナが失敗して、倒れた時にレイフォンにそう諭された。
それ以前にレイフォンはニーナの部下だ。だからこそレイフォン1人に頼らないし、任せきったりはしない。
レイフォンは仲間なのだから。

「やっぱりアントーク先輩は凄いですね、強いですよ。戦闘力と言うより、その意思が。それには素直に憧れます」

いい加減話しすぎたと思いながら、オリバーは銃を構えつつ、もうひとつ錬金鋼を復元する。
2丁の拳銃。それはシャーニッドの銃衝術を思わせた。
だが、違う。ひとつは射撃用の軽金錬金鋼の銃。
そしてもうひとつは、鋼鉄錬金鋼の銃。
銃身には刃物がついており、シャーニッドの銃衝術用の黒鋼錬金鋼とは違い打撃ではなく、斬撃に特化した物だろう。
剄の伝導率は軽金錬金鋼よりよくはないから、射撃用のものではないだろう。だが、これが、オリバーの近接戦闘用スタイルである。

「でも、誰もがそんなに強い想いを持つことは出来ない。真っ直ぐ突き進む事はできない。どこかで歪んで諦めて、間違って進んでしまうこともあるんです。そんなディー先輩を、あの人の全てをあなたは否定するんですか!?」

「全てを否定するわけではない。この都市を護ろうとするディンの気持ちに共感は持てる。だが、やり方が間違っているんだ!」

「そんなことはディー先輩だって薄々気づいていた!だからこそ今回の試合では違法酒を使ってはいない」

オリバーの構えを見て、ニーナが突っ込んでくる。
鉄鞭を振り下ろし、オリバーに攻撃を仕掛けた。
それを鋼鉄錬金鋼の拳銃で受け止めるオリバーだったが、重量的にも、威力も、剄の量もニーナには及ばない。
故に簡単に弾き飛ばされ、オリバーは大きく姿勢を崩す。
だがそのまま、もう片方の手に持った軽金錬金鋼の拳銃をニーナに向け、乱射した。
ニーナはそれをすぐさま後退して避けた。

距離を取りつつ、だけど銃を使うオリバーの有利にはならないように一足飛びで仕掛けられる距離で、ニーナは構えを取る。

「でも、だからと言って許されるわけじゃないのはわかる……それでも、俺はディー先輩達には世話になってるんで、力になりたいんですよ」

感情的にはなるが、それは理解している。
違法酒の使用をやめたからといって、それまで違法酒を使用していた事実と、密輸の罪は消えたりしない。
今更やめたからといって、それは遅すぎたかもしれない。
それでもディンはオリバーにとって、世話になった尊敬できる先輩なのだから。
彼だけではない。ダルシェナも、シャーニッドだってそうだ。

「だから……敵わないまでも、俺はあなたの足止めをさせていただきます」

そう決意を固め、オリバーはニーナの前に立ちはだかった。










































あとがき
予定より更新に時間がかかってしまいました。すいません。
データを間違って消してしまい、1から書き直すという作業に参ってしまうこのごろ。
なんだかんだで結構きつかったです(汗

それにしても、オリバーがどことなく説教臭い?
特に意識したわけじゃないんですけど、ちょっと調子に乗りすぎましたかね?
感想の反応により修正やらなんやらしたいと思うんですが、いかがでしょうか?

後1,2話で4巻は終わらせる予定。問題の廃貴族は次回出てきます。
しかし、4巻は基本的に第十小隊の話なんで、フェリ成分を割り込ませるのが至難です……
原作での後半はもろシリアスですからねぇ……



ちなみに、とある魔術の上条について。いや、もはや上条さんですねw
ああいうキャラ、個人の趣味なんですが士郎とかみたいに自分の偽善を振りかざすキャラは苦手で、上条さんについてもアニメ5話でギブアップしたんですが、漫画版のとある魔術のを読んで考えが180度変わりました。
かっけぇですよ上条さんw
アニメをまた見てみたい、もはや原作を読みたいと思うほどに。
でも、原作って確か20巻越えてますよね?
流石に手がでないな……

ただ、納得できないのが一方さんの敗北。
上条さんの性格には好感持てますが、一方さんが本気なら、ってか、遠距離で攻撃してたら傷ひとつつかずに勝ってたんじゃないかと。
何も上条さん相手に拳で殴りあう必要はないんですよねぇ。
そんなわけで、一方さんは最強なんだと思います。



それから、リトバスにおいてRefrainなるものを見ました。いや、更新が遅れたのはリトバスをやりこんでいたからではありませんよ……すいません、嘘です。やりこんでました(土下座
泣いた、マジで泣いた。なんですかあのゲームは!?
もはや最高です、面白すぎました。完成度たけぇと絶叫したくなりましたw
ちなみにRefrainの後は佐々美を攻略してみたんですが、何この子、めちゃくちゃかわいい!!
鈴と喧嘩ばかりして、謙吾一筋なんてイメージありましたが、なんていうかめちゃくちゃよかった。リトバス真のヒロインは彼女では!?
などと思いつつ、来々谷(姐御)、佐々美、鈴の順に好きです。
EXにおけるエロさでは姐御ですら越えた!?
それほどまでにリトルバスターズ!EXは最高でした。マジでお勧めです。





関係ないことをつらつらとすいませんでした。
今回はこれで失礼します。では~



[15685] 28話 エピローグ 狂いし電子精霊 (4巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:cc434be1
Date: 2010/06/24 16:43
フェリからの報告が入った。ナルキが念威繰者を下したらしい。
シャーニッドはダルシェナの相手をし、ニーナはオリバーと戦闘中だ。
ならば、後は自分の仕事を全うするだけだ。

「……なんだお前は?」

レイフォンは錬金鋼すら抜いていなかった。
そんな彼にディンを除いた3人が連携を駆使し、猛攻を仕掛けるもレイフォンはそれを素手で捌く。
ディンは後方から、ワイヤーを使って絶妙なタイミング、隊員達をフォローする攻撃を仕掛けてくる。
それでもレイフォンには当たらず、それどころか返り討ちにあっていた。
3人の隊員達の急所にレイフォンの拳が埋まり、地に倒れる。
それはまさに一瞬。ディンにすら何が起きたのかわからない。
自分の作戦は間違っていなかったはずだ。違法酒を用いていないが、それでも自分達に出来る最高の作戦を選んだはずだ。

第十七小隊には、新規に入ったナルキを加えても5人しかいない。
ダルシェナを突っ込ませ、本来なら自分の役目である罠や障害物の破壊をオリバーに任せる。
彼女自身の突撃、攻撃力は脅威であり、真正面から受け止められるのは第一小隊のヴァンゼか、第五小隊のゴルネオくらいだと思っていた。
故にそちらに戦力を割くべく、最低でも2か3人はダルシェナとオリバーの方へ戦力を割くだろうと読む。
その計画通り、ダルシェナにはシャーニッドが、オリバーにはニーナが向かった。
入ったばかりのナルキに念威繰者を撃破され、指揮系統が狂ったのは予想外ではあったが、相手が1年生の新人とは言え直接的な戦闘力を持たない念威繰者では仕方がない。
それらを踏まえても、状況はこちらが有利だと思っていた。
自分達の進路を塞いだのは、第十七小隊のエース、レイフォン。
第十七小隊では最も警戒するべき相手ではあるが、こちらはディンも含めて4人もいるのだ。故に心の奥底で油断し、勝利を確信していた。
確かに彼は油断できず、デビュー戦で第十六小隊の3人をまとめて倒したと言う実績を持つが、その注目度故に色々と対策を練られ、警戒されている。
もちろん、第十七小隊と戦うにおいて、ディンもその状況を想定した。警戒し、対策を練った。
その結果がこれだ。

「なんなんだお前は!?」

ディンは我が目を疑った。
残るはディン1人。3人の隊員はレイフォンにより一瞬で倒されてしまった。
その程度ならばまだ良い。驚愕はするだろうが、第十六小隊も一瞬でレイフォンに3人倒されてしまったのだ。
だが、今のレイフォンは素手。錬金鋼すら抜かずに3人の小隊員を一瞬で倒したのだ。
そんなことが、普通の学生武芸者に出来るわけがない。その事実が、レイフォンの実力が尋常ではないことを示している。

「今は、あなたの結末です。それ以外ではないです」

気取ったつもりはないが、うまい言葉も思いつかなかった。
とっさに出てきたのは、シャーニッドが言っていた『結末』と言う言葉。
ただ、疑問に思うこともあった。違法酒を使っているというのに、思ったよりも手ごたえがない。
多少剄の量が上がってもレイフォンには敵わなかっただろうが、それでも弱すぎる。
いぶかしみながら剄の流れを見てみるが、剄の流れは意外にもスムーズだった。
本来、違法酒を使えばほとんどの場合は剄が乱れる。
剄の量が劇的に増え、衝剄や活剄などの剄技で消費しきれなかった剄が体外に垂れ流されてしまうためだ。
剄脈を自分の意思で操りきれないために起こるこの症状だが、ディンにはそれがまるでない。
レイフォンが感じる剄の量からしても、小隊員としては平均的なものにしか感じない。

(もしかして……)

違法酒を使っていないのか?

そんなことを考えながらも、だけど自分にはどうすることも出来ないと理解する。
この試合では確かに違法酒は使っていないのかもしれない。だが、今更だ、遅すぎた。
使っていないからと言って、その罪が消えるわけではない。今回の作戦を、今更なかったことにするわけにはいかない。
自分はただ、計画通りに実行するだけ。そうすることで、自分の意思でやっているというのではないある種の逃げで、レイフォンは簡易型複合錬金鋼を、刀を復元する。
復元し、刀を握って、レイフォンの胸に鈍い痛みが走った。
それは後悔。裏切り、技を汚すと言う罪悪感にレイフォンは表情を歪める。
それでもこの選択を、やると決めたのは最終的に自分だ。カリアンの計画に頷き、今ここで刀を握っている。

想いが拒絶しているのに、罪悪感が浮かぶと言うのに、刀を握ることでなぜかレイフォンは落ち着いていた。
今まで外れていた何かが、すっぽりと収まったような感覚。
それもそうだろう。今のレイフォンの始まりが刀であり、サイハーデン刀争術なのだから。
元の鞘に収まり、自分でも驚くほどの安心感と安定感が宿る。だが、すぐにまたこの感覚から去らねばならないのだ。
それが非常に残念であり、悲しい。

「行きます」

「ぬっ、おぉぉぉぉっ!」

レイフォンの宣言に、ディンは雄叫びで応えた。
レイフォンが走り、それをディンがワイヤーで迎え撃つ。レイフォンの鋼糸に似ているが、あれよりもっと太く、数なんかは比べるまでもなく少ない。
先には尖った錘が付いており、それがレイフォンに迫るがその攻撃は虚しく宙を駆けるのみだった。
当たらない。当たったと思った瞬間、レイフォンの姿が掻き消えた。残像だ。
レイフォンはさらに速度を上げ、ディンに迫る。
速度の緩急によって相手の感覚を狂わせ、内力系活剄 疾影により気配のみを四方に飛ばして混乱を助長させる。
ワイヤーの隙間を縫って、レイフォンはディンの前に立った。あえて正面だ。
学生武芸者のレベルで反撃できるとは思わないが、あえて反撃を受ける危険がある、真正面に立った。

(結末に後ろから忍び寄られるなんて、最悪だ)

甘いと思いつつ、レイフォンは正面から向かい合って刀を振り下ろす。
刀身を剄が覆い、流れる水を切ったように弾け、ディンに降り注ぐ。それは針だ。無数の針となり、弾けた剄はディンの体の各所に突き刺さった。

外力系衝剄の変化 封心突

「くぁ……ぁ……」

ディンが呻きながら、その場に膝をついた。ワイヤーが力なく地面に落ちる。
実際に技を受けてみるというやり方で教わったので、その感触は知っている。痛みはそれほど激しくないが、全身から力を吸い取られたかのような嫌な虚脱感がディンを襲っていることだろう。
レイフォンが剄を制御しつつ、このまま数分封心突を解かなければ、予定通り半年は剄が使えなくなるはずだ。それまで、このままじっとしていればいい。

周囲を見れば、砂煙は未だにグランドの半分を覆っている。荒れ狂った剄が未だに気流を乱しているのだろう。
だが、このままじっとしていればおそらく、レイフォンが剄を解く時には砂煙は収まっているだろう。

「ぬぅ、うぅぅぅぅ」

「あまり、無理をしない方がいいですよ」

封心突が決まったというのに、それでも立ち上がろうとするディンに驚きながらレイフォンは声をかける。

「無理をしたら、剄脈が壊れます」

今回の試合で違法酒を使っていないとは言え、今までの使用で既に剄脈はボロボロのはずだ。
そんな状態で封心突を受け、剄脈を活動させようとすれば壊しかねない。
例えるなら水路だ。堰き止められている水路に無理に水を流せば、堰を壊すだけでなく、水路を壊す事にも繋がる。

「今更……止まるわけには……」

それでもディンは、それすら構わないと言うように立ち上がる。
剄脈が壊れようと知った事ではないと言うように、ディンは己を奮い立たせる。

「こんなところで止まるわけには行かないんだ!!」

動かない体を無理に動かそうとし、ディンの顔は興奮で真っ赤に染まっている。
その姿と、ディンの言葉の強さにレイフォンは僅かながらも押されていた。

「決めたんだ……この都市を、ツェルニを護ると!始まりは確かにあの人だった。だが、今では俺の本心だ。シェーナと出会い、シャーニッドと出会ったこの都市を失いたくない!!だから俺は止まれない。この都市のためにも、あの人のためにも、シャーニッドのためにも、こんな茶番に協力してくれたオリバーのためにも……なにより、こんな俺を好きだと言って、信じてくれてるシェーナのためにも、俺は……」

実力は比べるのもおこがましいほどにレイフォンが上だと言うのに、ディンに押されている。
その雰囲気に、威圧に、レイフォンは思わず怯んでいた。
だが、感じるのは恐怖ではない。感じるのは、想いの強さ。
ディンの想いに、叫びに押され、思わず共感してしまいそうな心境を抱く。

(この人は、そこまで……)

この都市を想う気持ち。
大切な人達を想う気持ち。

レイフォンとしても、数々の大切な人達と知り合ったツェルニを護りたいと言う気持ちは分かるし、大切な人を護りたいと言う気持ちは痛いほどに共感できる。
もっとも、レイフォンの場合はその人、フェリのためだったら他はどうなろうと構わないと思う反面、その依存度が違うだろうが、基本は一緒だ。

ディンはこの都市を護りたい。それは、確かにあの時の誓いが始まりだったのだろう。
だが、それはディンの中では本心へと変わり、大切な者達のためにもこの都市を護りたいと願う。
だからこそ、こんなところで立ち止まれない。立ち止まる暇などないのだ。

「お前にはわからんだろう」

ついには立ち上がり、ディンはレイフォンを睨みつける。
刺さった剄の針は悲鳴を上げ、信じられないと思いながら破壊されないようにレイフォンは剄を送る量を増やした。

「己の未熟を知りながら、それでもなおやらねばならぬと突き動かされるこの気持ちは、お前にはわからん」

ハッキリと断言されたその言葉に、レイフォンは僅かに顔をしかめた。
わかるはずがない。レイフォンのような圧倒的実力者に、天才に、ディンのような凡人の気持ちなど、力が及ばぬ者の気持ちなど、分かるはずがないと言う叫び。
だが、確かにレイフォンは天才で、それは傲慢でも驕りでもなく、事実として認識しているレイフォンだが、その気持ちは理解できた。

「……僕だって、人生の何もかもがうまく言ったわけじゃないですよ。むしろ、失敗したからこそここにいるんです」

レイフォンのような実力者が何故学園都市にいるのか?
理由を考えれば単純である。自分の都市にいられなくなった理由、何かがあるのだ。
レイフォンの場合、確かに武芸の才能は、実力は他者を圧倒するほど素晴らしいものを持っていた。
だが、レイフォンの場合は、己の感情を制御する力が、心が未熟だった。

「強いからうまくいくなんてわけじゃない。うまくやれなかったから失敗するんです。それで僕は失敗しました。だけど、後悔はしてません。この都市で僕は、大切な人に出会いましたから。その人を護りたいから、その人と出会ったこの都市を護りたいと思うから、あなたのその気持ちは分かります」

知らず知らずのうちにレイフォンは、ディンを自分の姿へと重ねていた。
想いで暴走し、失敗した自分。
失敗しようとしているディン。
その姿を重ね、思わず封心突を解いてしまいそうな気持ちに襲われる。
だけど今更止まれるところに、後戻りできぬところに来ているディンを見て、その選択を選ぶわけには行かない。

「ですが、あなたもうまくやれなかった。最悪の選択肢を選んだんだ。なら、この結末はまだマシな方ですよ」

マシだとは思う。
孤児達に、家族だと思っていた者達に罵倒されるわけではない。
都市を追放されるわけではない。
ただちょっとだけ、半年ほどだけ病院のベットで寝ていればいいだけなのだ。
生徒会もこの件は不問とするようだし、それだけでディンは許されるのだ。
だからこの結果は、マシなはずだ。

「……それは、誰が決めた?」

「え?」

だが、ディンは納得できなかった。
立ち上がってはいるが、それでも歩く事すら困難だと言うのに、ディンは右足を一歩前に出す。こちらへと、歩んできた。

「俺の結末を誰が決めた?お前か?ニーナ・アントークか?生徒会長か?俺の結末を他人に決めさせはしない。俺の意思はそこまで弱くはない……」

また一歩、足が踏み出される。
更には、剄の針に皹が入るのを感じた。

「嘘だろ!?」

その光景に、レイフォンが思わず叫ぶ。
それほどまでにこの光景が信じられなかった。
ディンの威圧感が増し、気流が再び激しく動き始める。剄が荒れ狂っているのだ。
封心突をしていると言うのに、ディンがそれを破ろうとしている。
信じられない。レイフォンの技量は、既に養父のデルクを超えていると言ってもいい。
久しぶりに刀を握ったからブランクはあるかもしれないが、それでも学生武芸者ごときに破られる技ではない。
確かにディンの剄脈からは剄が激しく溢れ出してはいたが、それだけではこの技は破れない。気流もこんなには乱れない。
まるで、空から災いが落ちてくるような……
ふと、レイフォンは思う。この感覚を、どこかで感じた覚えがあると。

「俺は止まらんっ!」

四肢に剄を流し、ディンが吠えた。
その瞬間、更に気流が乱れ、ついには剄の針が砕ける。

「お前は……」

ディンの背後には、黄金の牡山羊が立っていた。





































ハイアの申し出を、当初は断るつもりだった。
兄のカリアンが連れてきたとは言え、怪しかったし、フェリからすれば信用もできなかったからだ。そして何よりめんどくさい。

だと言うのに何故、話を受けたのか?
理由は簡単だ。レイフォンが絡んでいたからだ。
ハイアが言ってた、強いものに不幸をもたらすと言う言葉。
その言葉を聞いたからこそ、このツェルニでは一番強いレイフォンの害になりそうな廃貴族をハイア達に押し付けようとした。
グレンダンに連れ帰るのが目的なら、好きに連れ帰ればいい。自分とレイフォンの周辺に害が及ばないなら、それ以外は知った事ではないのだから。

自分は、あの廃都で廃貴族を発見した時の感覚を感じたら、それをハイアに教えるだけでいいのだ。
フェリがやるのはそれだけだが、いつ現れるのかはわからない。
ただ、ハイアは戦いの気配に敏感だから、対抗試合でなにか起こるかもしれないとハイアが言っていた。しかし、まさかこのタイミングとは誰が予想しただろうか?

レイフォンが封心突を決め、ディンを追い詰めたその時、廃貴族が現れた。
本来ならこれで試合は終わっていたはずだ。隊長のディンを仕留め、第十七小隊の勝利のはずなのだ。
第十小隊の違法酒の不祥事も、ディンの戦線離脱、第十小隊の解散で幕を閉じるはずだった。
だと言うのに……

「まさか……」

廃貴族の出現に、その少し前に感じたあの時の不可解な反応を感じ、フェリは戸惑った。戸惑いながらも、フェリは反射的にハイアに廃貴族発見の報を送っていた。
それは意識的ではなく、条件反射だ。念威繰者というのは無数の情報を一度に処理しなければならないので、能力を使っている際に無意識で、反射的にこれらの事を済ませてしまうのだ。
フェリもそうしてしまった。自分の意思とは関係なく無意識で、反射的に。
そうしながら、レイフォンに何かあるのではないかと心配したが、幸いなことにレイフォンは無事なようだ。
一安心したのも束の間、廃貴族の反応はレイフォンから距離を取っている。念威越しの反応では、まるでディンに重なっているように見えた。

その瞬間、フェリは脳裏で火花が散ったような感覚を覚えた。
閃いた、気づいてしまった。推測でしかないが、様々な情報を処理するための思考の高速化が、フェリにひとつの推理を組み立てさせた。

ハイアは何かを隠しており、それをフェリ達には言わなかった。そのことを客観していた自分に失念を感じつつ、ハイアが隠していたことは何なのかを考える。
例えば、フェリが手伝おうと思った理由、『強い者には不幸』と言う言葉。
この強さが単純な腕力、戦闘力の話ではなかったら……それが精神力、意思や思想の強さだとしたら?
もしそうだとしたなら、ディンの意思はまさに好都合だろう。
この都市を護ると言う気持ち。己を犠牲にしてでもと思う強さ。『強き者』を求める廃貴族にとって理想的だ。

もしそうなら……ハイアはこの試合を利用したのではないか?
違法酒の密売組織を利用して、ハイアはツェルニに潜伏していた。
それはつまり、違法酒を利用している武芸者がツェルニにいると知っていたのだ。もしかしたらそれがディンだとハッキリ知っていたかもしれない。
学園都市連盟と言う大きな相互扶助組織に所属する学園都市と言う性質上、不祥事はなるべく避けなければならない。
揉み消しを図るには、今回の様に違法酒で強化された武芸者より強い実力者がいる。レイフォンがツェルニにいる節があった以上、レイフォンが出てくると読んでも可笑しくない。
なにより、レイフォンを戦わせるように促し、サイハーデンの技を明かしたのはハイアなのだから。
全てが計画通りと言う事か?

「騙しましたね」

思わず、言葉が口に出た。
念威端子は繋がったままだったので、その言葉はハイアにも聞こえていた。
そのハイアは、笑っていた。

「そんなつもりはないさ~。ただ、出やすそうな状況になるようにはさせてもらったさ」

つまり、フェリの推測はあながち間違いではないらしい。
それを知り、ハイアの独特な間延びした話し方が癇に障る。

「じゃ、約束どおりにもらっていくさ」

その瞬間、フェリは野戦グランドの中に無数の反応が現れたのを感知した。





いずれまた、これとは対峙することになるかもしれない。
ハイアの目的を聞き、そう感じてはいた。だが、このタイミングで、こんなに早く現れるとは思わなかった。
しかも、ディンになにかをした。

「……なんのつもりだ?」

封心突が破られた瞬間に、レイフォンはディンから距離を取っていた。
その判断は正解だったのだろう。ディンに何かをした牡山羊に視線と問いを投げかけるも、返事は返ってこない。
ディンの周囲にはすさまじい量の剄が溢れていた。
それはもはや違法酒、剄脈加速薬どころの話ではなく、明らかにディンの能力をはるかに上回っている。
今のディンの剄の量だけなら、天剣授受者に匹敵するのではないかと思うほどだ。
通常でこんな状態になれば、あっと言う間に廃人になるだろう。だが、ディンの表情には逆に精気が漲っていた。

(廃貴族……とか言っていた)

この廃貴族が、ディンになにかをしたのは一目瞭然だ。
そしてわからない。ハイア達の目的だ。
この廃貴族をグレンダンに持ち帰るのが彼らの、サリンバン教導傭兵団の目的らしいが、それに何の意味があるのか、サリンバン教導傭兵団が1年もツェルニを護るほどの価値があるのか、レイフォンにはわからない。
わからないまま、もう一度尋ねた。

「なんのつもりだ?」

ぶっちゃけて言えば、レイフォンはこの廃貴族のことをあまり良く思っていない。
状況が状況なだけに仕方がないが、それだけではないのだ。
最初の遭遇では、廃都でフェリとのいい雰囲気な場面を邪魔され、今回は後一歩でディンの事について終わらせる事ができたのに、それを廃貴族は邪魔した。
もはや狙っているのかと問い質したくなり、ディンになにかをしたのと、今回は嫌々ながらも刀を使ったのにと言う行き場のない怒りよりも、前回の廃都での事を思い出す。
やはり一度、この山羊は駆逐するべきではないのかと考える。

そして、二度目の問いかけに廃貴族は答えた。

「我、汝を求める。が、この者も我を所有するに足る炎を求める者なり。ならば試そう、どちらがより相応しいのかを」

その返事と共に、ディンのワイヤーがレイフォンに襲い掛かる。
不意を打つ攻撃だったが、レイフォンは回避した。
回避し、ワイヤーの間を縫うようにディンに接近する。だが、狙いはディンではない。ディンの背後にいる廃貴族に向けてだ。

「はああっ!!」

接近し、そのまま一刀両断。
だが、廃貴族にはあの時の様に効果はなく、手ごたえがない。
切ったのに、切れていないのだ。

「ちっ……」

舌打ちを打つ。
廃貴族は切りかかられたと言うのに、それに怯まずディンからの攻撃が迫る。

(ディンを操っている?)

それをかわしながら、レイフォンは考える。
廃貴族ではなく、レイフォンに攻撃をしているのはディンだ。
顔は精気に満ちているが、その瞳に表情らしきものはなかった。まるでなにかが乗り移ったような目をしている。
廃貴族が操っていると見て、間違いないだろう。
予測や推測ではあるが、剄の大幅な増大から見て信憑性は高い。

「レイとん……なんだこれは?」

そこに現れたのがナルキだ。
自分の役目を終え、この不可思議な気配に反応して来たのか、呆然とした彼女の言葉にレイフォンは回避と攻撃をやめ、即座にナルキの元へと駆けつける。

「つっ!」

ワイヤーがナルキと、後退したレイフォンに襲い掛かる。
レイフォンの頬にはワイヤーが掠り、皮が切られ、僅かに肉を抉られたがそれに構わず、レイフォンはなる気の前に辿り着くと刀を使ってワイヤーを払いのけ、ナルキを脇に抱えてワイヤーの攻撃範囲外に出た。

「な、なんなんだ……」

突然の事態に狼狽するナルキだったが、レイフォンの頬から垂れる血を見て息を飲んだ。

「僕だって詳しくは知らないけど……」

「……あれはなんだ?」

攻撃範囲外でレイフォンはナルキを降ろし、刀を構える。
ナルキにも見えているらしい廃貴族。これで幻覚の類でないことは証明された。
非現実的な光景だが、ハイアの言うとおり、狂った電子精霊とやらなのだろう。

(廃貴族は切れなかった……ならば)

これからどうするのか?
廃貴族はおそらくディンを操っている。だが、廃貴族に攻撃を仕掛けても通用しない。
ならば、攻撃してくるディンを仕留めればいいのではないか?
何も殺しはしなくてもいい。ただ、安全装置が施された錬金鋼で切れ(殴れ)ばいいのだ。
そして気絶でもさせれば、廃貴族はディンから出て行くのではないか?
そんな推測を立て、

(切る)

レイフォンはディンを倒そうと刀を振り上げるが、

「それは俺っち達の獲物さ~」

間延びした声がレイフォンを制止させた。
声と同時にレイフォンの周囲で気配が湧く。殺剄で気配を消し、砂煙を利用して接近してきたのだろう。
いくら目の前の廃貴族に気を取られていたとは言え、レイフォンに気づかれずここまで接近するとは流石サリンバン教導傭兵団と言ったところか。

「ハイアっ!」

「廃貴族は俺っち達がもらう。そういう約束さ~」

団長であるハイアの声と同時に、周囲から無数の鎖が放たれた。
廃貴族を宿したディンはそれから逃れようと跳び、宙へと逃げる。
だが、砂煙の中から飛び出したハイアが即座に追いつき、そのままディンを蹴落とした。
剄で操られた鎖は、地面に落ちたディンを素早くがんじがらめにする。
そう、ディンの背後にいた廃貴族には目もくれず、ディンを捕縛したのだ。

「どう言う事だ?」

なぜ、ディンを捕まえる?
目的は廃貴族ではないのか?

辺りにいるサリンバン教導傭兵団の者達に警戒しながら、レイフォンはハイアに問いかける。
問われたハイアは軽薄な笑みを浮かべたまま答えた。

「どう言う事も何も、廃貴族を捕まえたのさ~」

「それは、あそこにいる奴だろう」

レイフォンは廃貴族、黄金の牡山羊へと視線を向ける。
ディンが捕らわれたと言うのに、廃貴族はその場から身動きもしない。

「あれはいくら俺っちでも捕まえられないさ~。いや、元天剣授受者のレイフォン君にだって無理さ。我らが陛下にだってきっと無理に違いないさ~」

「なんだって?」

その言葉に、レイフォンは驚愕する。
ハイアや自分でも無理。そして、最強の武芸者だと断言できる陛下、グレンダンの女王、アルシェイラですら無理と言う言葉が信じられなかったからだ。
だが、あの廃貴族がアルシェイラより、自分達より強いとは到底思えない。
確かに廃貴族が何かしてディンの技量は上がったが、それでも容易く捕らえられてしまった。
ならば単純な力の問題ではなく、何か理由があるのか?
廃貴族ではなく、ディンを捕らえるべき理由が?

「だけど、宿主を見つけたのなら話は別さ~。その宿主を捕まえちまえば、廃貴族は何も出来ない。汚染獣に都市を好きに荒らされても何も出来ないのと同じさ~」

その理由は、ディンが廃貴族の篭だと言う事だ。
廃貴族がディンに取り付いているのなら、ディンを抑えれば廃貴族は何も出来ない。
都市を汚染獣に襲われても、何も出来ない電子精霊と同じだ。
結局は、あの廃貴族は、牡山羊は電子精霊なのだから。

「……こいつはなにを言っている?」

ナルキが話しに付いていけないと言う様につぶやくが、レイフォンにはなんと答えればいいのかわからない。
ダイアだってナルキが眼中にないのか、答えようとすらしない。
無視をしながら、話を続ける。

「学園都市に来てくれたのは幸いだったさ~。志が高くても実力が伴わない半端者ばかり。廃貴族の最高の恩恵を持て余して使い切れないのが関の山。本当なら俺っち達なんて近づけもしないだろうに、この様さ~」

「グレンダンに連れて行って、どうする気なんだ?」

「そんなこと、グレンダンに戻れないレイフォン君には関係ないさ~」

ハイアの言葉に自分でも驚くぐらいに冷静で、疑問を投げかける。
それでもハイアは得意げに笑い、答えようともしない。
だけどレイフォンは冷静なまま、思考にふける。こんなに冷静にいられるのは久しぶりに刀を握ったからか?
そうも考えたが、実際のところ、自分やフェリに危害が及びそうになかったからだろう。
不安要素の大きい廃貴族の問題を解決してくれるなら、サリンバン教導傭兵団のやろうとしていることに異論はない。
ただ、ディンには同情できる半面と、彼の想いを知ったからこのまま連れて行かせたくないと言う気持ちがあるものの、実際のところレイフォンにどうすればいいのかわからない。
逃げたともとれるが、実際にグレンダンに帰ることが出来ないレイフォンにはハイアの言うとおり関係ないのだ。
サリンバン教導傭兵団は、グレンダンの王命で動いているのだから。
むしろ、追放されたとは言え、レイフォンはそれを手伝うまではしなくとも黙認するべきではないのか?

「まぁ、ヒントぐらいはいいかもさ~。グレンダンがどうしてあんな危なっかしい場所に居続けているか?それの答えと同じところにあるさ~」

「どうして……?」

迷いながらも、ハイアの言うヒントに首を傾げるレイフォン。
グレンダンが危険な場所にいる、そんなことはとっくに気づいている。
異常なほどの汚染獣との遭遇。多い時では毎週のように汚染獣が襲ってくる。
だが、そこで育ったレイフォンにとってはそんなことは当たり前で、そんな異常な場所にいるからこそ、汚染獣を容易に屠れる天剣授受者がいる。当たり前で、当然のことだった。
おかしいなんて思ったことは、ツェルニに来るまでなかった。

(グレンダンがあそこに居続ける理由?)

本来、都市と言うものは汚染獣を回避するように進むべきなのに、なぜグレンダンはああも汚染獣の多い地域を歩いているのか?
ツェルニに来た現在でも、考えたことすらなかった。

「じゃ、もらっていくさ」

ハイアは一方的に会話を閉じる。
レイフォンは相変わらず考え、どう行動すればいいのかわからない。
廃貴族を捕縛してグレンダンに運ぶのは、ハイアが当初からカリアンに言っていたことだ。
ならばこれは、カリアンも承知の事ではないのか?
そのためにディンを生贄にするのかと疑問を持つが、あのカリアンなら都市のためにと生徒の1人や2人は犠牲にするかもしれない。
レイフォンだって無理やり武芸科に入れられたので、思わずそう思ってしまう。
これがもし、フェリだったりするならば問答無用でレイフォンは阻止しただろうが、そうではないために思考にふけったままだ。
優柔不断、へたれだと自虐的に苦笑しながら、とりあえずはフェリに念威の通信を頼み、カリアンに確認を取ろうとしたところで、

「待てっ!」

いつの間にかやってきたニーナが、ハイアを抑止させるように叫んだ。

「ディン・ディーは連れて行かせないぞ」

ディンの連衡を阻止しようとするニーナ。
そんなニーナの登場にもハイアは余裕で、ニヤニヤと笑いながら言った。

「はっ、たかだか一生徒の言葉なんて聞けないさ~」

それでもニーナはひるまず、敵意すら向けて問い詰める。

「貴様ら……ディンをグレンダンに連れて行って、どうする気だ?」

「さあね」

レイフォンと同じ質問に、ハイアは薄ら笑いを浮かべた。
ニーナもまた、ハイアには眼中にないのだ。
それでもニーナは鉄鞭を構え、ハイアに立ち向かう。

「ディンは確かに間違ったことをした。だが、それでも同じ学び舎の仲間であることには違いない。貴様らに彼の運命を任せるなど、私が許さん」

鎖でがんじがらめにされたディンが、グレンダンに連れて行かれてまともな扱いをされるとは思えない。
そもそも、どんな理由があろうともハイアの思い通りにはさせない。
そう決意して、ニーナは宣言した。

「ディン・ディーを放せ」

「……未熟者は口だけが達者だから困るさ~」

ニーナ達とはそれほど年齢も違わないはずだが、ハイアはそんなことを言う。
だが、間違いではない。ハイアは若くしてサリンバン教導傭兵団の団長を勤めるほどの腕前だ。
一度剣を交わせたからこそレイフォンにはわかるが、その技量はニーナのような学生武芸者とは格が違う。
ハイアからすれば、ニーナは十分未熟者なのだ。

「放さなかったらどうするつもりさ?やり合うつもりか?俺っち達と?ここにいる本物の武芸者達と?宿泊施設に待機してるのも合せて43名。サリンバン教導傭兵団を敵に回すって?」

数多くの汚染中と戦い、これまた多くの人同士の争いにも関わって来た傭兵団だ。
数そのものはツェルニにいる武芸者よりもはるかに劣るが、その技量や経験には天と地ほどの差がある。
ハッキリ言って、たかが幼生体に苦戦する学生武芸者など相手にすらならない。

何よりツェルニの学生武芸者には心構えが出来ておらず、不意を打たれると弱い。
それは人ならば誰でもそうだが、ツェルニの武芸科の生徒とサリンバン教導傭兵団では技量が違いすぎる。
故にサリンバン教導傭兵団の熟練の武芸者に不意を撃たれれば、ツェルニの学生武芸者達はなす術もなく殺されてしまうだろう。
ハイアたちはその混乱にまぎれて、悠々とツェルニを去ればいい。乗ってきた放浪バスも自前のものだ。足止めを恐れる必要もない。
そして何より、絶対に負けないと言う自信がハイアの顔に張り付いていた。

「ディンを放せ!!」

だが、それでも無謀にも、勇敢にもハイアに飛び掛る黄金の影があった。
ニーナではない。影の正体は同じ金髪ではあるが、ニーナよりも圧倒的なボリュームを持つダルシェナによる突撃だ。
その手には愛用の突撃槍ではなく細身の剣を持ち、ハイアに向けて振り下ろす。
それをハイアはにやけた表情のまま、刀で容易くダルシェナの攻撃を受け止める。

「やり合うってか?こっちは別にそれでも構わないけど、ハッキリ言ってそれは自殺行為さ~」

ニヤニヤしたまま、ダルシェナを挑発するように言うハイア。
だが、ダルシェナはそんな挑発関係ないとばかりに、最初から怒り狂って細身の剣を振り回す。
剣を引き、今度は刺突。細身の剣故に切ることよりも刺突に特化しており、鋭い刺突がハイアを襲う。
だが、いくらダルシェナが小隊でトップクラスの実力を持っているとは言え、所詮は未熟な学生武芸者。
熟練者ぞろいの、本物の武芸者の団長であるハイアには通用しない。

「本当にいい度胸さ~。先に仕掛けたのはそっちさ」

失笑し、ハイアはダルシェナの刺突を避けて刀を振りかぶる。
その刃には安全装置などかかっていない。想像されるのは両断されるダルシェナの姿。
ハイアがその気になれば、それは容易く実現されただろう。そもそも殺すつもりはなくとも、ダルシェナは大怪我を負ったはずだ。
だが、ハイアが刀を振り下ろすのを中断し、背後へと後退する。それによりダルシェナは無事だったが、ハイアのニヤニヤとした笑みが濃くなり、攻撃を中断させた存在に視線を向ける。

「どうやら、とことんやり合うつもりってか?それはそれで面白いさ」

中断させたのは銃声。ハイアに向けて放たれた銃弾。
それを放った人物、シャーニッドに視線を向けつつ、ハイアは宣言するようにこの場にいる武芸者達に言った。

「そのつもりだ。例えサリンバン教導傭兵団だろうと、ディンを連れて行かせたりはしない!」

それでも怯まず、敵意をハイアに向けるダルシェナ。
彼女の決意は固く、例え高名なサリンバン教導傭兵団相手でも、愛しい人を連れて行かせはしないと目が語っていた。

「ディンは私達の仲間なんだ。貴様らの勝手にはさせん」

ニーナもまた決意し、ハイアを睨み付ける。
彼女達の決意は固く、相手がサリンバン教導傭兵団だろうと退くつもりはない。

「そう言うこった。ディンを開放してもらおうか?」

「あはは……何つう無謀な真似を。今すぐ逃げ出したいですね、裸足で。ですけどあれですよ、男には引けない時がありゅんですよ……噛んだ」

それはシャーニッドやオリバーも同じだ。銃を構えつつ、ハイアに敵意を向ける。
その姿に苦笑し、失笑し、ハイアは刀の切っ先をニーナ達に向けた。

「あんまり俺っち達を舐めるなよ。見せてやるさ、サリンバン教導傭兵団の実力を」

そこまで宣言したところで、

「ぐほぉっ!?」

ディンが呻き声を上げ、吹き飛んだ。

「は……?」

その光景に、目が点になるハイア。

「ディン!?」

「な……」

ダルシェナは絶叫するように吹き飛ぶディンの名を呼び、ニーナもハイアと同じように目が点と化す。
ディンは強烈な一撃を入れられ、彼を縛っていた鎖ごと砕かれながら上空へと跳んだ。
鎖で縛られていたディンにその一撃をかわすことが出来るはずがなく、また吹き飛ばされたことにより意識を刈り取られ、なす術もなく上空に十数メートルほど飛んでから、そのまま重力にしたがって落ちてくる。
そんな状態で受身も何も取れるわけがなく、ぐしゃっ、と嫌な音を立ててディンは頭から着地するのだった。

「これでよし」

そんなことを言う、強烈な一撃を入れた犯人、レイフォン。
ディンが気を失ったのを見て、満足そうに頷いていた。

「「「「な、何をしている(さ)んだお前(貴様)はぁぁぁ!!?」」」」

この時、ハイアとダルシェナ、ニーナとシャーニッド、オリバーの心はひとつとなる。
到底理解できない行動を取ったレイフォンに向け、怒鳴るように突っ込みを入れる。
吹き飛ばされ、頭から地面に着地したディンはピクピクと痙攣しており、口元からなにやら泡のようなものを吹いている。
生きてはいるだろうが、このままでは死ぬのではないかとすら思ってしまう。

「なにをって……廃貴族を追い出したんですよ」

「「「「「は?」」」」」

だが、レイフォンのさも当然のような言葉に、ハイア達は首をひねった。
だが、事実、ディンの背後にいた黄金の牡山羊、廃貴族は音もなく姿を消している。
その瞳がレイフォンを見つめているようだったが、なんにせよ廃貴族が消えているのだ、去って行っているのだ。
これで、サリンバン教導傭兵団にディンを捕まえる理由はなくなったと言う事だ。

「どう言う事さ!?」

この光景にハイア自身が目を疑い、何をしたと言う敵意をレイフォンに向けてくる。
だが、答えたのはレイフォンではなく、彼らの前を飛んでいた花弁の念威端子だった。

「どういうことも何も、あなた自身が言ってましたよね?『志が高くても実力が伴わない半端者ばかり』と」

その声の主はフェリだ。
淡々とした声で、現状の説明を始める。

「つまり、廃貴族が取り付く基準は思想的なものと推測できます。暴走した電子精霊が廃貴族とのことですから、その思想は都市を守護する、それに類似すること」

だからこそ廃貴族はディンを選び、取り付いたのだろう。
己を犠牲にしてでも都市を護ろうとし、違法酒の使用はやめてもそれでもその気持ちは色褪せなかったディンを。

「その上、ディンは極限状態にありました。レイフォンによって敗北した時点で、ディンの心理は自分が都市を守護しなければならないと言う使命感を露にしました。その瞬間に、廃貴族が取り付いたわけです」

汚染獣に都市を破壊された電子精霊が、使命感を折られようとしたディンに共鳴したわけだ。
ディンの都市を護ろうと言う使命感は以前からあっただろうが、それが最も強くなった瞬間に廃貴族はディンに取り付いた。

「それなら、後は話は簡単なんだよ。彼の心を物理的に、簡単に折ってしまえばいい」

ここからカリアンの声に変わる。
どうやらフェリの念威端子はカリアンへと通じてもおり、現状の相談や、その上でこの計画を発案したのはカリアンのようだ。

「レイフォン君により再び敗北し、物理的に心を折るんだ。都市を護る意思、使命感を戦闘によって直接ね」

確かにそれが手っ取り早いだろう。
使命感を、力を宿しても、それを上回る圧倒的な力によって粉砕する。
荒っぽい手で、廃貴族により強化された武芸者より強い者でないと意味がないが、確かに効率的で簡単な手段だ。

「やってくれるさ……」

「困るね、ハイア君。そのような手段は生徒会長として許可するわけにはいかないよ」

皮肉気に言うハイアと、淡々とした声で言うカリアン。
ツェルニを治める長として、ツェルニの生徒であるディンを見捨てるようなことは出来ないのだ。

「なら、交渉は決裂さ~。だが、俺っち達だってそう簡単に廃貴族を諦める事は出来ない。これは忠告なんだけど、あれは、あんまり長く放置しておかない方がいいさ」

ハイアはアイコンタクトで周りにいる部下達に指示を送り、引き上げだと告げる。
廃貴族が消えた今、ここで戦闘を行う理由はない。

「どれだけ強力だろうと、あれは滅びを知っちまった故障品さ。メンテナンス出来る奴がいなけりゃ、滅びの気配をばら撒き続ける。そう言うものだって聞いてるさ~」

「待てっ!」

そう言い残し、ハイアは去って行った。
ニーナが抑止しようと声を駆けたが、それを無視し、一瞬でハイア達の姿は掻き消える。
後に残ったのは砂煙の余波と、静寂。
それから彼らの残した意味ありげな言葉に、ニーナは言いようのない不安のようなものを感じていた。
まるでツェルニに、これからよくないことが起こるような不安……

「あの~……隊長」

そんなニーナに向け、レイフォンが気のない声で語りかける。

「どうした、レイフォン?」

「いえ……とりあえずは担架を」

「はっ!?」

その言葉にわれに返り、ニーナは現状を把握した。
ディンがレイフォンによって伸され、大変危険な状態なのだ。
錬金鋼には安全装置がかけられていたとは言え、ある程度本気で切られたのだ。
その上、頭から地面に着地していたのだから、ここは一刻も早く病院へ連れて行くべきだ。

「担架だ担架!急げ!!」

「ちょ、ディー先輩、生きてますか!?」

「ディン!!」

なんにせよ、こうしてこの一件については間抜けだが、意外にもあっさりと幕が下りるのであった。
だが、彼らは知らない。これから訪れる、ツェルニの危機について。






































デルクが先日、ガハルドに寄生した汚染獣に襲われて怪我を負い、その治療を高額な最先端の技術で施してくれた王家にお礼をと言う、建前的な謁見の翌週、リーリンはデルクに従って墓地へと来ていた。
その理由は、謁見の時に女王に聞かされた、サイハーデン刀争術のデルクの兄弟子、リュホウ・ガジュの死。
その遺品を納める墓が出来たので、養父の付き添いで付いて来たのだ。

リュホウ・ガジュ。
リュホウ・サリンバン・ガジュと名乗っていたらしいが墓碑にはそう記されており、その名をリーリンは何の感動もなく読んだ。
まったく知らない人物だから、それも当然だろう。だが、それ以外の理由もある。
謁見した女王、アルシェイラ・アルモニスは言っていた。サイハーデンの技を受け継いだ人間は都市の外へと出て行く運命にあるようだ、と。デルクから技を習ったレイフォンもそうだと。

その言葉を否定したかった。だが、目の前では異郷の地で戦って死んだデルクの兄の墓がある。
それを見て、そうなのかもしれないと思ってしまいそうで、たまらないほどに切ない。
だけど、レイフォンはツェルニでは楽しくやっているようで、そのような手紙や写真が送られて言い様のない気持ちを感じたりもした。
送られてきたレイフォンの彼女だとか言うフェリの写真は、幼く見えてもきれいな人だなと印象を受け、なぜかとてつもない怒りをレイフォンに抱く。これが切ない理由のひとつなのかと思いつつ、リーリンはデルクの長い黙祷が終わるのを黙って待ち、それが終わるとデルクに従って墓地を出た。
その帰り道、

「リーリン」

普段は口数の少ないデルクが口を開き、そのことに驚きながらもリーリンは足を止める。
デルクも足を止め、振り返って来たからだ。そのデルクの手には、布に包まれた木箱がある。墓地に来たときから、ずっとデルクはそれを持っていた。
最初はリュホウと言う人物の形見だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。それをリーリンに差し出してきた。

「これをレイフォンに渡してくれないか?」

「え?」

渡された木箱には覚えのある重さがあった。ちょうど、錬金鋼のような重さだ。
リーリンは武芸者ではないので自分の錬金鋼などは持っていないが、デルクとレイフォンが武芸者なのだ。触る機会は何度もあった。
だが、なぜこれを渡されるのか?
そしてレイフォンに渡してきてくれと言うのはどう言う事なのかと思いつつ、デルクに視線を向けた。

「それは、レイフォンに渡すために用意しておいたものだ。サイハーデンの技を全て伝授した証としてな」

デルクが遠い目をして、そうつぶやく。

「教えることがなくなるのは早かった。そのときに渡しても良かったのだが、出来ればもう少し成長してからと思っていた。渡す機会は失ってしまったがな」

自嘲気味に笑い、それはレイフォンがグレンダンを追放されたからではないかと思った。
だが違う。本来なら天剣授受者になった時に渡すつもりだったのだろう。
だけどそうしなかった。それはなぜか?

(剣を持ったからだ)

レイフォンはデルクから教わった刀ではなく、剣を武器として選んだ。
天剣は剣の形を選び、刀を選ばなかったのだ。だから渡す機会を逃してしまった。

「あいつ自身が継ぐのを拒んだ。天剣授受者となって増長したか……そうも思ったが、違ったな。あいつはわしを裏切ったから贖罪のつもりで継がなかったんだ」

闇試合とそれにまつわる顛末。
先日のガハルドとの件もあり、そのことがリーリンの胸にこみ上げてくる。

「あいつは生真面目だ。きっと、今でもわしの伝えた技を使わずにいることだろう。あいつには許しが必要だ。誰のものでもない、自分自身で許さなければならん」

「養父さん……」

「お前は、レイフォンと手紙のやり取りをしていたな。あいつの居場所も知っているのだろう。渡してくれ。郵送でもかまわんが、直接渡しに行ってもいいぞ」

「……え?」

レイフォンと会う。その大義名分が出来た。
そのことに一瞬だが、リーリンは喜んだ。正直嬉しい。
だが、リーリンはすぐに首を振る。

「できないよ。学校があるもん」

レギオスという隔絶された世界では、都市の位置が悪ければ長期の間学校を休まなければならなくなる。
最低でも半年、最悪で1年や2年に延びてもおかしくない。それほどまでに都市の外に出るということは大変なのだ。
そんなに学校を休むことは出来ないし、さらには旅となればそれなりの出費がいる。

「レイフォンが残してくれたお金を、そんなことには使えないよ」

都市を追放されてまでもレイフォンが残してくれたお金。
それは孤児院のために使うべきであり、こんなことに使うわけには行かない。
そう言ったリーリンの頭に、デルクは手を置いた。

「……養父さん?」

「お前もレイフォンも、わしの悪いところばかりに似たな。生真面目すぎる。生真面目さで自分を殺してもいいことは何もないぞ」

「でも……」

「わしだって、リュホウと共に都市の外へと出たかった」

渋るリーリンだったが、デルクは目を細め、どこか寂しそうに言った。

「しかし、わしの生真面目さがそれを許さなかった。わしらの師匠はあの当時、汚染獣との戦傷が原因で余命いくばくもなかった。後を継ぐ者が必要で、それが出来るのはわしかリュホウしかいなかった。故郷を捨てて外へ出たいと願うのは、成熟した武芸者にとってはわがままだ。そのわがままを押し通したのがリュホウで、わしには出来なかった」

自分の気持ちを押し殺して、正しいと思うことをする。
その部分で、デルクとレイフォン、そしてリーリンは似ているらしい。

「あの時の選択が間違っていたとは思わん。レイフォンと言う才能を育てることが出来たのは、武門の主として最高の誉れだ。だが、それでも……」

デルクは一度ためらいがちに言葉を止めながらも、リーリンの頭をなでて続けた。

「あの時に責任感も真面目さも捨てて、都市の外へ出てみたいという欲に従えばどうなったか……それを知りたかったという気持ちも捨てられない。お前達にそんな未練は残させたくない」

「養父さん……」

「学校や旅費のことを心配しているのなら、それは余計なことだ。行きたいと思うなら、行け。このままレイフォンを待って心をすり減らすことが、お前にとって良いことになるとは思えん。このまま切り捨てるか、それとも改めて確かめるか、それを決めろ」

そう言うとデルクは、最後に錬金鋼の入った木箱を惜しむように触れ、そのまま背後を向いて歩き出した。
リーリンに来いとは言わない。彼女には必要なのだ、考える時間が。

「レイフォン……」

デルクの提案は正直な話、とても魅力的だ。
レイフォンに会えるかもしれない。会って、話したいことや伝えたいことがある。
兄妹として育ってきて、大好きな幼馴染。
だけどリーリンは思う。デルクの言う、自分の本当にしたいことがそれなのか?
確かに会いたい。だけどそれでいいのか?
立ち尽くしたままリーリンは答えを見つけられず、その手にある木箱の重さにただ戸惑っていた。































「えっと、その……元気ですか?」

「元気な奴が入院してると思うか?」

そりゃそうだとレイフォンは思う。
この台詞はなかったなと反省しつつ、病室のベットで横になるディンを見て沈黙した。

結局ディンはあの後、早急に病院へと運ばれて治療を施された。
容態は肋骨を数本骨折したものの、それ以外に目立った外傷はない。
ただ、それは外傷と言う話であり、剄脈は今までの違法酒の使用で既にボロボロとなっており、さらには廃貴族などと言う反則的なものに取り付かれてしまったので、医者の見立てでは半年どころではなく1年は寝たきりになってしまいそうだ。
それでも完治はするらしいので、要は結果オーライと言う奴だ。
廃人になったり、最悪死ぬよりはずいぶんマシと思える結末。
ディンのような問題を起こして、これで追放もなく、罪に問われないのは破格の条件だ。

「だが、まぁ……感謝はしている。なにやら大変なことがあったみたいだからな」

「はぁ……」

ディンは廃貴族に取り付かれていた間のことを覚えてはいない。そのためにサリンバン教導傭兵団との騒動を覚えていないのだ。
だが、都市を護ろうと言う気持ちは本物らしく、現在は気丈に振舞ってはいるものの、剄脈の異常で入院し、何も出来ないことに心底悔しがっているようだった。
ディンがこのような状態になったため、第十小隊は予定通りに解散。
さらにそのことを悔やむディンだったが、今の自分に何も出来ないことは理解している。

「お前は言ったな……俺の気持ちがわかると」

「はい」

大切な人達のためにもツェルニを護りたかったディンと、大切な人達のために、何よりもフェリのためにこの都市を護りたいと思うレイフォン。
ぶっちゃけた話ではフェリが第一であり、フェリと都市を天秤にかけるなら断然フェリではあるのだが、この隔絶された世界で生活をするには都市を護る必要があるためにディンの気持ちは僅かだがわかる。
フェリを優先する傾向にはあるものの、小隊で知り合った者達や、メイシェン達だってレイフォンにとっては大切な人達なのだから。

「ならば誓え、ツェルニを護ると。次の武芸大会で勝つと。お前なら出来る」

それは、レイフォンの実力を実際に感じたからの台詞だろう。
何も出来ない自分に対し無力感を感じつつ、その無念を晴らせるだけの力を持ったレイフォンに向けて悲願するようにディンは言う。
情けないと思う。都合の良い話だということもわかる。それでもディンは、大好きなのだこの都市が。
それが例え他力本願な願いでも、絶対にこの都市を失いたくはない。第十小隊の前隊長のために誓い、大切で、大好きな仲間達と共に出会ったこの都市を。

「どこまで出来るかはわかりませんが……がんばります」

レイフォンは当たり障りのない、どこか頼りない言葉でディンに頷く。
その姿にディンは苦笑するように笑い、ふと気が付くと、病室の外が騒がしいのに気が付いた。

「よぉ、生きてるかディン?」

「シャーニッド、不謹慎だぞ!」

お見舞いの品を手に、病室に訪れたシャーニッド。
花瓶の水を換えて来たダルシェナが鉢合わせをしたのか、シャーニッドを咎めつつ一緒に病室に入ってくる。

「ディン先輩、元気ですか?こんなときには飲みましょう。バイト先から酒持ってきたんです」

さらにはオリバーまでもが現れ、『酒』と言う多少皮肉っぽいものを持ちながら病室に入ってくる。

「ここは病院だぞ。酒なんて何を考えている!?」

「まぁまぁ、別にいいじゃねーか。少しくらいよ」

「シャーニッド!」

オリバーとシャーニッドを咎めるダルシェナだったが、その様子を見てディンは笑い、そして少しだけ楽しそうに言った。

「そうだな、少しくらいいいか」

「ディン?」

「お、話がわかるね。じゃ、飲もうか」

そんなことを言うディンにダルシェナが驚きつつ、調子に乗ったシャーニッドが酒を注ぐ。
楽しそうなその光景を眺めつつ、レイフォンはこっそりと病室から出る。
このままあそこにいては、自分まで酒を飲まされかねないからだ。
レイフォンはまだ15で、酒を飲める歳ではないのだから。

とりあえずは解決し、一時の平穏が戻ってきたことを今は喜ぼう。
ハイアが言っていた言葉も気になるが、今からそれを気にしていても仕方がない。
そんなわけで病室を去っていくレイフォンだが、彼は知らない。酒でどんちゃん騒ぎをするシャーニッド達が、この後看護婦に大目玉を食らうことを。
とりあえず今は、短くとも楽しいひと時を応化しようと思うレイフォンだった。


















































あとがき
まさかまさかのレイフォンVSハイア戦カット。
ですが廃貴族が既にディンの中から出てるので、戦う理由はないかと思ってこんな展開に。
うぅ、反感が怖い……
これでハイアの手紙がグレンダンに行って、それで手に負えないと判断されて天剣、サヴァリスはこないのかと思われるかもしれませんが、それはありません。
そもそも報告の手紙は書くでしょうし、油断しててもハイアは一度レイフォンに痛い目にあわされております。
さらにはサヴァリスがツェルニにくるのも、基本はリーリンの護衛と言う意味がありますので。廃貴族はそのついでみたいな感じで。

さらにディンは無事です。まぁ、1年ほど病院のベットにお世話になりますが。
剄脈は今までの違法酒の使用でボロボロでも、試合前に違法酒は使用していなかったのと、レイフォンが物理的に心をへし折ったんで比較的早く廃貴族を追い出せたのが原因です。
レイフォンに廃貴族が憑くのは、予定では5巻編の終わりごろです。

なんにせよこれで4巻編は完結。次回は5巻編、と行きたいんですが、バンアレン・デイ編で行こうと思います。
時期的にはこのころ、たぶん5巻の前らへんですからね。今回は皆無だったフェリ成分を、次回で挽回したいと思います。
さらには、ついにフォンフォン一直線のXXX板化!?
番外編でXXX板に、ハトシアの美を使ったXXXな話を……書けたらいいなぁ(汗
ありえないIFの物語もそろそろ更新しなければと思いつつ、次回の更新もお待ちください。



それから、ここからは毎度毎度の雑談ですが、リトバスにおいて沙耶ルートをやりました。
そして救われねぇ!救われませんよあの展開!
最初の出会いは敵対と言うことで何だこいつ、みたいな感じでしたが物語が進むにつれて……あれは泣きます。
ラストにおいては切な過ぎる……
理樹とりきは同一人物なのかと思い、もしそうならいいなと思うこのごろ。
しかし、理樹の女装が普通にかわいかった件について。
なにあの子!?あれが男の娘!?
あんなにかわいい子が男なわけがない!!
って、一応理樹はリトルバスターズ!EXにおいてエロゲーの主人公なんですけどね……





さて、今回はこれでとお別れしたいところですが、ふと今思いついた外伝を。
所要時間10分。
暇つぶしの気まぐれ、書きたいことをそのまま書いただけなのですが、暇でしたら目を通してください。





















「……なんだここ?どこだよここ!?外!?エアフィルターがない!?汚染物質は!?レギオスじゃないのか!?」

それは偶然。奇跡とも、幻とも思える偶然と光景。
オリバーは気が付けばありえない場所に居て、ありえない光景を目にする。
それは海。既に干上がったレギオスの外の大地では、決して見ることの出来ない光景。
さらには透き通った大気。エアフィルターや汚染物質などは存在せず、一目でここが自分の居た世界(場所)でないのがわかった。

この世界は地球、場所は海鳴市。
1人のロリコンが何の因果か、異世界へと渡った。



「少女のピンチに俺参上!なんだこのバケモンは!?汚染獣か!!?」

「あなたは……?」

「レストレーション。なに、心配するな!君みたいな少女は必ず俺が護る。そしてその後、ぜひとも俺の嫁に」

「えええっ!?」

自称、ごくごく普通の小学3年生と出会い、とある事件に巻き込まれるオリバー。
これが、事の始まり。




「お義父さん!是非とも娘さんを俺にください」

「誰がお前みたいな奴にやるか!!どうしても欲しいなら、この俺を倒すことだな!」

「上等!……って、ごめんなさい!いたい、マジ痛い!死ぬ、マジ死にますから!!」

少女をめぐり、その父と死闘を繰り広げ、一方的にぼこぼこにされたり、




「ここは天国?それとも理想郷!?もう俺、死んでもいい!とりあえずアリサちゃん、すずかちゃん、俺の嫁にならない?」

「ならば本当に死になさい!」

「ぐふっ……パンツ見えた。白か」

「本当に死・に・な・さ・い!!」

出会った少女の友人、アリサに強烈な蹴りをくらったり、踏まれたり、




「少女を性的な目で見るのは二流、三流のロリコン。確かにそうだ。そして俺は三流なロリコンだ。少女を性的に見て何が悪い!?かわいいのが正義なんだ!俺は変態と言う名の紳士ではなく、変態の真正のロリコンなんだ!!だがな、絶対に無理やりはしない。口説いて、落として、合意の上でやる。無理やりなんてやっていいわけないだろう!!少女が好きだから、少女の泣く顔なんか見たくないんだよ!!それからな、一度やった少女は大人になってもちゃんと責任は取るから安心しろ。ってなわけで、今すぐ式を挙げよう」

一度捕まった方がいい事を宣言したり、




「時空管理局だかなんだか知らないが、少女をいじめる奴は敵だ!俺が成敗してやる!!」

時空管理局なる組織と揉め、

「公務執行妨害で逮捕する」

「え……マジで?」

本当に逮捕されるロリコン。




「ここは……どこなんでしょう?フォンフォン」

「わかりません……さっきのも汚染獣じゃなかったようですが」

「それに、さっきの化け物が落としていったこれは……石?」

「ジュエルシードを渡してください」

「あなたは?」

どう言う訳か、最強のヤンデレとその彼女もこの世界に訪れ、ジュエルシードを集める少女と出会う。






『魔法少女リリカル レギオス』 始まるといいなぁ……と言うか、誰か書いてくれないかなぁ……








え~……お遊びです。それ以外の何物でもありません。
ただ、なのはってロリキャラの宝庫だよなと思いつつ、暴走するオリバーが思い浮かびましたw
まぁ、もっとも、彼自身の戦闘力はそんなに高くないので、暴走しても主役はレイフォンやフェリに奪われそうですが。
ふと思いついたお遊び、短編なので気にしないでください。
ただ、実際に書きたいという方がいらっしゃったら本当に書いてくださってもかまいませんよw
むしろお願いします。まぁ、こんな設定の作品を書こうなんて物好きの方はいらっしゃらないでしょうし、俺も90%以上の冗談でやってますのでw
それでは、ありえないIFの物語や、フォンフォン一直線、それと『もしも』の物語もそろそろ1話を上げようかなと執筆作業に入ります。
こんな作者ですが、これからもよろしくお願いします。



[15685] 29話 バンアレン・デイ 前編
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:6f6282ee
Date: 2010/07/08 21:07
バンアレン・デイ。
そのイベントが近づくに連れ、ツェルニの生徒達は浮き足立っていた。
そのバンアレン・デイと言うイベントは他所の都市の風習で、実のところツェルニには何の関係もないのだが、製菓関連の店を経営している者達がそれをしり、去年合同でキャンペーンを行ったのだ。
それが見事に成功し、今年から恒例行事と化した。
そのバンアレン・デイの内容なのだが、気になる異性にお菓子を贈ると言うものであり、それは贈った相手が好きだと告白するのと同じでもある。
元となった都市では料理となっているが、情報が歪み、また製菓関連の者達によるキャンペーンと言う事からツェルニでは手軽なお菓子となっているのだ。
なんにせよ、恋愛や色恋沙汰に一番興味のある年代が集まっている学園都市では、バンアレン・デイは熱狂的なまでの盛り上がりを見せていた。

「お菓子ですか……フォンフォンは甘いもの、苦手でしたよね?」

「はい、そうですね。でも、食べられないと言うわけではないですし。あ、でも、疲れた時はよく養父さんと砂糖を舐めていました」

「なんですかそれは?気持ち悪いです」

「うわっ……酷いなぁ」

そして、本来ならこういったイベントには興味を抱かないフェリも、レイフォンと言う人物がいるからこそ興味を持ち、何気ない会話でそのことを話題にする。
最近では随分マシになり、少なくとも人体に有害なものを作らなくなったフェリだが、料理の腕は比べる事すら愚かなほどにレイフォンが上だ。
そんな相手にお菓子を贈ると言う事に戸惑うものの、それでもフェリは決心したように言う。

「取り合えず、明日は期待していてください。甘さ控えめで、フォンフォンでもおいしく食べられる物を準備します」

「ホントですか?嬉しいです」

本当に心から嬉しそうなレイフォンの顔を見て満足しつつ、自分でハードルを上げて思いっきり後悔するフェリ。
そんな彼女はレイフォンに材料の買出しを手伝ってもらい、料理の本を片手に最近はよく使用するようになったキッチンに引き篭もるのだった。




































「丁重にお断りします」

フォーメッドの頼みを、話も聞かずに即答で拒否するレイフォン。
明日はバンアレン・デイだと言うのに、相変わらずこのような厄介ごとを持ってきたフォーメッドに対し敵意を持ちつつ、それを感じさせない清々しいほどの笑みを浮かべていた。

「そこを曲げて頼まれてはくれないか?いかんせん、今回の件は奇妙だが、深刻な問題でもあってな」

それでも引き下がろうとしないフォーメッドに苛立ちと殺意を抱きつつ、レイフォンは一応話だけでもと耳を傾ける。
フォーメッドが言う、深刻な事件と言うのは盗難事件のようだ。

「食料庫に泥棒?」

「と言うよりも強盗未遂……か?」

説明をするフォーメッドには困った表情が張り付いており、言葉を選びながら説明する。
別に盗難などの犯罪がツェルニにないと言うわけではないが、ここは学園都市だ。
それ故にこの都市に住むのが学生達であり、貧富の差は生まれるものの救済策がある。
何らかの形で財産を失い、破産宣告を行った者には生徒会から援助金が出るのだ。
もちろんこれは在学中に返済しなければならず、出来なければ卒業資格を与えられない。
中には在学中に返済できず何年も留まる者もいるが、そんなのはごくわずかだ。
なんにせよそのような制度があるため、ツェルニに在学中は金に困るようなことはあっても食べられなくなると言うことはない。
そのために学生による盗難は少なく、食料となるとさらに少数、皆無と言ってもよい。

「どうして、食料庫に押し入るなんて……」

レイフォンも疑問を口にする。
ツェルニに来てまだ1年もたっていないレイフォンだが、この制度のことはよく知っている。
孤児院と言う環境の出身故に仕送りがなく、またレイフォンの過去からしてもそう言うことが出来ない状況故に、そう言った制度は入学金制度と含めて調べたからだ。

「情報盗難の話ならわかりやすかったんだがな」

「それはそうですけど、結局は食料の盗難でしょう?それのどこが深刻な問題なんです?」

確かに盗みは盗みでも、外部からの反抗である情報盗難なら話は早く、わかりやすかっただろう。
だが、被害にあったのは食料庫だ。しかもその事件のどこが深刻な問題につながるのか、レイフォンには理解できない。

「結局は、何が盗まれたんですか?」

「いや、盗まれたわけではない……さっきも言ったが、未遂なんだ」

「は?」

確かに最初、フォーメッドは強盗未遂と言っている。
ならばこそわからない。レイフォンのような実力者に、今回の事件の解決に協力を求める理由が。

「襲われた倉庫の中身が問題でな」

「中身?」

「お前も知っているだろう?明日はバンアレン・デイだ」

「はい、知ってますけど……」

明日はバンアレン・デイ。だからこそフォーメッドの依頼には気が乗らないのだ。
理由は言うまでもなくフェリである。明日は授業が終わればフェリと過ごす予定なのだ。
フェリからお菓子を貰い、その後はバイトの給料も入ったから、どこかいい店で2人で食事でもする予定なのだ。
つまりはデートである。だからこそそんな話を受けるつもりはないし、誰にも邪魔をさせるつもりはない。
だからこそ嫌々ながら話を聞いているレイフォンだが、返す返答は既に決まっていたりする。

「それがなにか?」

それでも一応、最後まで話を聞くのはあくまで礼儀、年上を敬ってのことだ。

「商業化の働きかけで、生産区でもこの日のための材料が数種類、新たに作られていてな。襲われたのはそれが入っていた倉庫のひとつだ」

「はぁ……」

おそらくはお菓子の材料として生産されたのだろうが、それでもレイフォンにはしっくりと来ない。
もう帰っていいかなどと考えつつ、明日のフェリとの予定を思考する。

「倉庫に入っていた材料をそれぞれ調べてみた。種類が結構あったからな。調べるのに時間がかかったが、知っている人間がいたので助かった。狙われたのは、おそらくハトシアの実だ」

「ハトシアの実?」

話半分に聞いているレイフォンだが、聞き覚えのない果実の名に首をひねる。
それを見てフォーメッドが頷き、説明を続けた。

「リンカと言う製菓店の注文で生産されてな、今日の昼にそちらに搬入される予定だった果実だ。リンカでは目玉商品として使いたかったようだがな」

「それがどうして?」

「もともと、バンアレン・デイの原型は森海都市エルパの風習でな。ハトシアの実を使った料理は許婚同士、あるいは夫婦同士でしか食べることを許されないもの。つまり、ハトシアの実の料理を食卓に出すと言うことは異性に対して、結婚を申し込むのと々意味があると言う事だ。その風習が他都市に流れた時にハトシアの実がなくなり、好意的な異性に料理を作る事になり、そしてお菓子になった……と言う流れらしい」

「なるほど」

「それで……だ。どうしてエルパでは、ハトシアの実を使った料理は夫婦同氏で、あるいは結婚前提の者同士でしか食べてはいけないか、わかるか?」

「いや、そんなこといきなり聞かれても……」

「興奮作用があるんだそうだ。使い方しだいではアレの時にとても便利、と言う事だ」

アレの意味がわからないほどレイフォンも野暮ではなく、困ったように苦笑を浮かべるレイフォン。
だが多少、ハトシアの実に興味を持ち、フェリと一緒に食べたいななんて内心で思っていた。

「もちろん、そうするには特別な調理法がいるそうだがな。酒や蜜漬けにしたぐらいでは、渋みのある甘い果実と言うだけのことらしい」

レイフォンの反応ににやりと笑みを浮かべたフォーメッドだったが、ここから表情を改める。
どうやら真剣な話になるようだ。フォーメッドの顔が固く引き締まる。

「だが、それは一般人ならと言う話だ。武芸者なら別の使い方も出てくる」

それはつまり、武芸者ならアレの時に使用する以外、使用方法があると言う事だろう。
フォーメッドの反応を見るに、どうやらロクでもないことらしいが……

「闘争心をかきたてることで剄脈への異常加速を起こさせる。他にも神経を過敏にさせ、五感を鋭くさせるなど……この前のディジーより強力な剄脈加速薬となる」

「……そう言う事ですか」

レイフォンが呼ばれた理由を理解するが、流石に驚きは隠せずにレイフォンはつぶやく。
先日、ディンの件で違法酒騒ぎがあったばかりだと言うのに、続けざまにこんな事件がおきれば驚かない方が可笑しい。

「リンカの背後関係は現在までの調べではおかしなところはない。それに、ハトシアの実にそんな効果があることはそれほど知られてはいないようだ。これを狙った者がなにを考えているのかわからんが、こんな危険な物を放置しておくわけにもいかん。出荷は禁止したが、問題はその後の処分だ。レイフォン、その時まで警護してくれ」

話はわかったし、事の重大さも伝わった。
だけどレイフォンは暫し考え込み、数秒ほど経ったが考えるだけ無駄だと判断し、最初の笑みと同じくらいの、またはそれ以上の清々しさを浮かべ、フォーメッドに言った。

「お断りします」

「む……一応、理由を聞いてもいいか?」

苦々しい表情を浮かべつつ、立場上そう簡単には引き下がれないので、その理由を求めるフォーメッド。
そもそもレイフォンはたまに捜査に協力するだけで、正式に都市警に所属しているわけではないので強制はできない。
そのレイフォンは、清々しいままの笑みで返答した。

「理由も何も、明日はバンアレン・デイで予定がありますから」

「なるほどな……お前さんもお前さんで青春してると。恋も勉強も学生の本分だ。そう言う事情があるなら配慮しないわけにもいかない。俺達は基本、学生なんだからな。だが……予定は明日で、今夜は暇だろ?ならばせめて、今夜くらいは警護をしてくれると助かるんだが……」

「それならまぁ……いいですよ」

意外にもフォーメッドには理解があるようで、苦笑しながらもニヤニヤとした表情で納得しつつ、それでも状況的にはレイフォンの手を借りたいので、譲歩して警護を依頼した。
それに対し、レイフォンはそれならばよいと頷き、今夜は食料庫の警備に加わることとなった。







































放課後、いつもどおりに訓練を終え、練武館のシャワールームで汗を流し、フェリを送った後にレイフォンはその足で食料庫のある倉庫区へと向った。
倉庫区内には専用の車両があり、それが近くの路面電車まで荷物を運ぶ。
更に専門の貨物運搬用の路面電車があり、これが荷物を都市のいたるところに運ぶのだ。
その専用車両は現在、倉庫前の駐車場に疎らに置かれ、人の姿はない。
それも当然の話だ。そもそもこの区画が賑わうのは早朝であり、その時間帯に車両が走り、荷物が運ばれていくのだから。

レイフォンはフォーメッドに指定された番号の倉庫の前に辿り着くと、そこにはナルキが待っていた。

「どう?」

「動きはなしだ」

レイフォンの問いに首を振って返し、倉庫正面、シャッターの脇にある扉を開けた。
その先には狭い上りの階段があり、ナルキに案内されてその階段を上がるとそこには警備員の休憩所らしき空間があった。
そこにフォーメッドと、都市警の者であろう人物が数人いた。

「よく来てくれた」

警備についてはいるが、未だに襲撃はなく時間を持て余していたようなフォーメッドが椅子から立ち上がり、レイフォンを休憩所の窓際に手招きする。

「あれが例の倉庫だ」

窓の外、他と変わりのない倉庫のとある列を指差し、フォーメッドが言う。
D17と印された倉庫で、その倉庫のシャッターが何故か大きくひしゃげていた。

「食料は都市の大事な生命線だからな、倉庫は頑丈に作られている。シャッターもな。爆発事故が起きても大丈夫なように出来ているのにあの有り様だ」

フォーメッドの話を聞きながら、レイフォンはシャッターの様子を観察した。
別にあの程度の倉庫、自分なら跡形もなく消し飛ばすのは簡単だが、フォーメッドが言うとおり一般人がシャッターをああもひしゃげさせることは不可能だろう。
重機などを使うと言う手もあるが、そうすれば確実に目立つし、そもそもあのシャッターのひしゃげ方からして素手で殴ったような跡だった。
拳でもたたきつけたかのように中央が小さく窪み、それを中心にクレーターのようにへこんでいる。まるで殴って壊そうとしたような跡だ。

「武芸者でしょうね、やったのは」

「それしかないだろうな」

こんなことが出来るのは武芸者しかいないだろうと判断し、フォーメッドも確信したと言うように頷いた。これもレイフォンが呼ばれた原因なのだろう。
それはさておき、レイフォンは未だにその窪みの観察を続けていた。
レイフォンの膨大な剄で強化された目は、この場からでも詳細に殴打の跡を見ることが出来る。
その窪みは手の形がハッキリわかるほどの一撃で、まるで型でも取ったかのような跡だった。

(小さいな)

その跡、手の大きさがレイフォンは気になった。大人や学生の手にしては小さめだ。
小柄な男性と言う可能性もあるが、それよりも女性と考えた方がすっきりする。
次に、レイフォンはシャッターの前の地面に視線を移した。あの一撃なら地面に踏み込みの跡が刻まれてもおかしくないからだ。それほどまでに強く、強力な一撃でシャッターはひしゃげたのだろう。
だが、その踏み込みの跡は見当たらなかった。となると、長距離から跳躍して一撃を入れたのだろうか?
もしそうだとすれば、犯人は物凄く身軽な人物と言う事になる。

(身軽で小柄な女性の武芸者)

そう結論付け、レイフォンは倉庫から視線を外した。

「しかし……」

そのタイミングを見計らってか、レイフォンの正面にいたフォーメッドが疑問を零す。

「犯人はシャッターを壊そうとして失敗。その後に防犯ベルの音で逃走したと言う事だが、少し間抜けすぎやしないか?」

事件の詳細を聞き、レイフォンは確かにと納得した。

「なにか、まっしぐらと言う感じですね」

ナルキも同意を示して頷く。

「策も何もあったものじゃないな。そこまで焦らせるものがあったか……物が物だけになんともおかしな感じがするな」

そんなやり取りを聞きながら、レイフォンはソファに座って瞳を閉じることにした。
夜は長いので、少しだけ仮眠を取ることにした。





そして、変化は夜が深まったところで起きた。
仮眠を取ったレイフォンは、ハトシアの実が保管されている当の倉庫の屋根の上。
屋根の上から足を投げ出して座っており、目を閉じていた。殺剄で気配を断ったレイフォンは敏感に辺りを観察し、空気の流れを読んでみる。

そして乱れを察知して、レイフォンは閉じた目を開けた。だが、殺剄は維持したままだ。
錬金鋼も剣帯に収めたままだ。復元しようとすれば、その剄で殺剄が解けてしまう。
気配を察知されないように注意しながら、いざとなれば素手で対応するべく、両手の指を解す。
レイフォンは立ち上がり、気配のするほうへと視線を向けた。
その気配は、倉庫の正面からやってくる。そして、レイフォンの姿を見て、都市警の者達も準備を始める。
レイフォンが立ち上がったその時が、作戦開始の合図なのだ。その作戦に気づいた様子もなく、気配の主は真っ直ぐに近づいてくる。
レイフォンの予想通り本当に身軽で、倉庫の屋根を跳ねながらこちらへ近づいてくる。
一応はある程度気配を隠してはいるようだが、見つかった場合のことを気にしている様子はない。現にレイフォンにはバレバレなのだが、気配の主はこちらへと接近してくる。
もっとも、気づかれたことに気づいていないのだろうが。

(この位置からなら)

もし相手が方向を転じて逃げようとしても、この位置ならば追いつける。
レイフォンは錬金鋼を抜いた。だが、殺剄を解くことはしない。復元もしない。
まだ、都市警の仕掛けが残っている。まだレイフォンが動くべきではない。
気配の主は倉庫の近くまで来て地面に降りた。そこから倉庫は一本道。そのまま直進し目的の倉庫へと走ってくる。
それを狙い、レイフォンのいるD17倉庫の前方にある左右の倉庫に隠れていた都市警の面々が立ち上がると、一斉に手にしたものを地面に放り投げた。

それは網だ。しかもただの網ではない。
網の端には錘が付けられており、その錘は蓄電池でもある。
それが網に電流を流しており、人を行動不能に、気絶させるのに十分な電圧を持っていた。
その網が道路一面を覆いかぶさるように、気配の主の逃げ場を塞ぐように覆いかぶさろうとする。

(捕らえた)

レイフォンも確信し、これは自分の出る幕はないと思った。
いくら気配の主が身軽でも、あれは避けられない。
だが、その時、

「なんだっ!?」

屋根に待機していた都市警の者の悲鳴に、レイフォンは確信を捨て殺剄を解除し、錬金鋼を復元した。
いきなり突風が吹き、それが網の落下を遅らせたのだ。その遅れた時間は気配の主が罠を突破するには十分で、そのまま真っ直ぐ倉庫へと向ってくる。
レイフォンはそれに対し、全身に剄を満たして迫る気配の主を威嚇した。

「へ……?」

すると自分でも驚くほどに、拍子抜けするほどに気配の主は180度向きを変え、逃走を始めた。
そのあっさりとした行動に、流石に廃都の調査の時はやりすぎたかと思いつつ、レイフォンは慌てて後を追った。
気配の主は速いが、レイフォンからすれば追いつけないほどではない。剄で強化した目で気配の主の姿を捉えながら、レイフォンは追いかけた。

だが、先ほどの突風の事も気になる。先ほど、罠の妨害をした突風は自然のものではない。おそらくは剄技、化錬剄だ。
それはつまり協力者が、最低でも1人、武芸者がいると言う事だ。

(もう1人、どこかに隠れている)

気配を探ってみると、気配の主の他に確かに1人いる。
正確な位置まではわからないが、気配の主と自分を追いかけるように背後にいた。
もっとも、化錬剄と気配の主からしてある程度の予想はついてはいるが……

(このまま行ったら……)

気配の主が向かう方向を見て、レイフォンは思考する。
食料庫は生産区に隣接する形で作られており、視線を前に向けて視力を強化。すると先の方には低い木々が並んでいるのが見える。果樹園だ。

(人気がない場所を選んだ……?)

人ごみ等に紛れ込まれるよりははるかにましだが、気配の主になんの意図があってどんな考えがあるのかレイフォンにはわからない。
もっとも本能で行動している方が可能性は高いかもしれないが、レイフォンは逃げる気配の主を追うためにさらに加速する。

「ちっ」

そう思った途端、背中を押すように気配が近づいて来た。背後にいた人物がレイフォンを威圧したのだ。
仕掛けて来る気かと思い、レイフォンは思わず舌打ちを打つ。
逃げる気配の主。そして背後からの敵意。
いくらレイフォンでも両方を同時に相手することは出来ない。

(どうする?)

レイフォンが迷うと、最悪なことにもうひとつ気配が現れた。前方だ。
その気配に、そして前方から放たれたものにレイフォンは驚愕する。
なぜなら、その人物は背後にいると思っていたかだ。

「ええいっ!」

動揺を隠すように叫び、前方から放たれたもの、衝剄に剣から放った衝剄で弾き落とすレイフォン。
爆発が起き、爆音と爆煙が空中に散る。レイフォンはその音と煙に混じるように向きを変えた。狙うは背後の人物。
その人物が誰かなんて予想もつかないし、逃げる敵よりも迫る敵のほうが捕まえやすいのは当たり前。そう思って背後の人物を追撃するのだが……

「……え?」

その人物があっさりと向きを変え、逃亡を開始する。
その事実と呆気なさに一瞬呆然とするレイフォンだったが、すぐさま正気に戻る。

「逃がすか!」

レイフォンは速度を上げ、背後の人物を追いかける。
その姿はすぐに捉えることが出来、活剄で強化するまでもなく肉眼でその姿を確認する。
顔までは夜と言うこともあって見えないが、月明かりで格好はわかった。全身黒ずくめで、フードをかぶった人物だ。
その姿を怪しいと思いつつ、レイフォンはさらに速度を増して追いかける。このまま追いかければ追いつくと確信し。
だが、黒ずくめの人物は慌てる様子もなく、背後から追ってくるレイフォンに何かを投げつける。
レイフォンはそれに対し、再び衝剄を放った迎え撃った。が、すぐに失敗したと理解する。
衝剄で弾いたもの、それは閃光弾だ。実害はないが、激しい爆発音と光が夜を切り裂き、視界を焼く。

「しまっ……!」

追撃をやめ、レイフォンは反撃に注意して身構える。
視界は焼かれたが、目が見えなくても気配や空気の流れで相手できる。だが、来ない。
黒ずくめの人物は絶好のチャンスだと言うのに、そのまま真っ直ぐと退いていく。
視界が回復したレイフォンはすぐさま追いかけようとしたが、遅すぎた。
黒ずくめの人物だけではなく前方にいた2人も、既にレイフォンの感覚の外にいる。逃げられたのだ。

「やられた……」

がっくりと項垂れ、レイフォンはフォーメッド達の元へと戻っていく。





その後、レイフォンは襲撃者を捕らえられず、悄然としたフォーメッド達に別れを告げるも、真っ直ぐと寮には戻らなかった。
明日はバンアレン・デイと言う事で早く帰って寝たかったのだが、レイフォンは寮とは明らかに別の方向に向かって歩いていく。
月は厚い雲に飲み込まれており、足元を照らすのは街灯しかない。
レイフォンは無言で歩いていると、街頭のオレンジ色の明かりに影が現れた。

「そっちから姿を見せてくれるとは思わなかった」

意外そうに、レイフォンは現れた影へと視線を向けた。

「気づかれなかったと思えるほど、自惚れてはいないからな」

街灯に映し出された巨躯が身じろぎをしてそう答えた。

「どういうことなんです?あれは……」

「言うな」

巨躯の主、ゴルネオは表情を歪めて言う。

「でも……」

「お前には関係ない」

「そうですか……それじゃ、僕はあなたを都市警に突き出すだけです。明日は用事があるんで面倒なことは今日の内に終わらせたいんですよ」

レイフォンが錬金鋼を復元し、顔を無表情にして言う。
どういう意図があるのかは知らないが、なんにせよこれで事件が進展するというのならレイフォンにはどうでもよい。
明日はバレンタイン・デイであり、その邪魔となる可能性があるのならただ排除するだけだ。

「だが、そうも言ってられんか……わかった、話すから錬金鋼を下せ」

ゴルネオの言葉にはどこか苦々しさが混ざっており、錬金鋼を構えたレイフォンに冷や汗を流しながら先ほど自分が言った言葉を取り下げる。
ゴルネオはレイフォンに兄弟子のガハルドを再起不能にされたという恨みがあり、それ故に感情的になってしまったが、今回の件に関しては完全にこちら側に非がある。
そして、ガハルドのことに関してはゴルネオは知らず、確認のための手紙をグレンダンに送ったのだが、レイフォンがガハルドを再起不能にしたのは脅迫されたからであり、無論レイフォンが無実と言うわけには行かないが、自業自得でああなったと言う事をこの間の廃都で聞かされていた。
嘘だと耳を疑ったが、あそこでレイフォンが嘘をつく理由がない。いや、そもそも嘘だとは思えなかった。
完全に怒りで我を見失っており、激情に任せてゴルネオやシャンテを殺そうとしたのだ。あのような場面で、感情で言った言葉が嘘だとは到底思えない。
そのことに気を落とし、ここ最近本調子ではなく、ハッキリ言ってレイフォンには関わりたくなかったゴルネオだが、今回ばかりはそう言うわけには行かないのだ。

「じゃあ、やっぱりあの襲撃者は……」

「そうだ、あれはシャンテだ」

D17倉庫の上にいたレイフォンは、襲撃者の姿を強化した目でしっかりと確認していたのだ。
あの小柄な体躯と、篝火のような赤い髪、そして獣のような身軽な動きを見間違うはずがない。

「どうして?」

「俺にもわからん」

レイフォンの問いに、ゴルネオが悔しそうに首を振る。

「数日前から部屋にも戻っていない。探した末がこれだ、まったく……」

と言うことは先ほどのレイフォンへの攻撃、都市警の罠を妨害したのは計画通りとか、シャンテと画策していたわけではないらしい。
シャンテは現在も絶賛行方不明中で、ゴルネオにも手に負えないのだ。

「僕の後ろから来た、あれは?」

前方に現れた気配がゴルネオだった。それはレイフォンを攻撃した剄技でわかる。
では、背後から追ってきたあの黒ずくめの人物は誰だったのか?

「そのことだ。俺の手引きではない」

ゴルネオの手引きの者かと思ったレイフォンだが、ゴルネオは否定し、レイフォンもそれを信じる。

「手慣れた動きだったように思えたけど」

そもそも小隊員になれる者は確かにツェルニではエリートだが、所詮は未熟な学生武芸者なのだ。
黒ずくめの男も目立つほどの強さは感じなかったが、レイフォンがシャンテを捕まえられると判断した上で妨害しようと動いていた。
前に現れたのがゴルネオだと気づいたレイフォンは、不意をつく形で背後に方向を転じたと言うのに、黒ずくめの人物はレイフォンに固執することもなくあっさりと退いたのだ。
学生武芸者ならば間違ってもレイフォンから逃げ切るのは不可能。それに、黒ずくめの人物が使った閃光弾のこともある。
音と光で相手の感覚を狂わせる武器を、一般生徒や普通の武芸科の生徒が簡単に入手できるとは思えない。
小隊員であったところで、対抗試合や武芸大会の罠のために使用することは出来ても、厳重な管理を誤魔化して野戦グラウンドの外に持ち出すことは出来ない。

「他都市から来た影働きの武芸者。そう考えるのが妥当だな」

ゴルネオはそう断じる。
グレンダンの部門であるルッケンス家は、2人の天剣授受者を輩出した隠れなき名家だ。
グレンダンの歴史と共にあるルッケンス家に生まれたゴルネオは、都市同士の表に出来ない暗闘に天剣授受者だったレイフォン以上に通じている。

「シャンテが狙いってこと?」

「そこがわからん。育ちは特殊だが、あいつは孤児だ。狙われるような何かがあるとは思えないのだがな」

「シャンテの生まれは?」

「森海都市エルパだ」

確かに理由はわからない。だが、ゴルネオからシャンテの出身都市を聞き、レイフォンはフォーメッドから聞いた話を思い出す。
そのことを、ゴルネオへと説明した。

「ハトシアの実か……聞いたことはないが、シャンテがあれに固執する理由はそれだろう。剄脈加速の方に興味があるとは思えんが、なんらかの関係はあるはずだ」

話を聞いてそう結論付けるゴルネオに納得しつつ、レイフォンは別の疑問をゴルネオに向けた。

「普段から、ああなのかな?」

それはシャンテの性格。
まるで獣のような立ち振る舞いや行動。さらには普段からこのようなことをやるのかと言う疑問。

「生まれてしばらく獣に育てられたと言うからな。ハトシアの実に本能の部分で引かれているのかもしれん。だが、それだけではあいつらの理由がつかめん」

「これは、都市警察に知らせておいた方がいいかもしれない」

あいつら、黒ずくめの人物の目的がわからず、どちらにせよ個人でこの問題を片付けると言うわけには行かない。
こういったことは専門家、都市警に任せるのが筋だと思うレイフォン。

「だが、そうすればシャンテが犯人だと言うことが知られてしまう。そのことを隠して話をするわけにもいかないだろう」

シャンテが倉庫襲撃の犯人と言うことになれば、シャンテ自身が退学と言う処分を受けるだけではない。
隊長であり、シャンテのお目付け役であるゴルネオの責任問題にも発展し、第五小隊が空中分解してしまう可能性もある。
前回の第十小隊に続きツェルニトップクラスの小隊が解散と言うのは、ツェルニとしても、生徒会長のカリアンとしても望まないだろう。
武芸大会が迫っているこの時期に、そう言う事は出来るだけ避けたい。

「どちらにしてもこのままだとばれるのは時間の問題だし。シャンテが本能でやったにしろ、利用されたにしろ、フォーメッドさんに事情を話して協力してもらった方がいいと思う。空気は読まないし、たまに殺意は湧くけど、基本は話せる人だし、仕事が出来るいい人だよ」

「……貴様、どうしてそこまでうちの心配をする?」

レイフォンの言葉にゴルネオは警戒心を抱きつつ、尋ねる。
ガハルドの因縁の件もあり、この間はシャンテとゴルネオを殺そうとすらした。
故に油断も、信用も出来るわけがなく、疑わしそうな視線でゴルネオはレイフォンを見ていた。

「ぶっちゃけると、第五小隊がどうなろうと僕には関係ないし。それに明日は用事があるから、第五小隊の問題は第五小隊に解決してもらおうと思って。明日は僕、協力できないからフォーメッドさんも喜ぶと思うよ」

「……それが理由で、今のお前か?」

心情を暴露するレイフォンにため息をつきつつ、ゴルネオは頷いた。
フォーメッドとしても悪い話ではないだろう。
レイフォンの変わりにゴルネオ、第五小隊の手を借りられ、さらには貸しを作る。
いざと言う時に小隊員の力を借りられるのは大きく、むしろ大歓迎のはずだ。
それを理解した上でレイフォンはもう一度フォーメッド達の元にゴルネオと共に訪れ、話をつける。
話をつけ終えた後、帰ると時間は既に明け方へとなっていた。
今夜はそんなに眠れないなと欠伸を噛み殺しつつ、レイフォンはわずかでも睡眠を取ろうとベットに潜り込む。
明日、いや、もう当日となったバンアレン・デイを楽しみにしつつ、レイフォンは期待を胸に眠りに落ちた。












































あとがき
ちょっと長くなるかなと思って、バンアレン・デイ編は前編後編に分けました。今回はその前編です。
しかしフェリ成分を濃くする予定だったんですが、フェリの出番が少ない……後編でがんばります(汗
ゴルネオにハトシアの実の件を押し付け、レイフォンは学校に。これでフェリ成分が濃く書けなきゃ嘘ですよw
しかし、もしそのバンアレン・デイを邪魔する何かがあったら、レイフォンはヤンデレイフォンと化しそうですね(苦笑

しかし、前回はXXX板なんて言いましたが本当に書けるかな?
書いてると楽しいんですが、やはり話を作ると言うのは難しいものです。



ちなみに毎度の雑談に入りますが、俺は毎週ジャンプとサンデーを購入しているんですよ。
そして今週、7月7日現在の水曜日ですが、ついにメジャーが最終回を迎えました。
今まで長く続いたなと思いつつ、いざ終わってしまうとどこか寂しいものです。
しかし、これはすごくどうでもいいことなんですが五郎の義理の母さん、確か字は桃子?でしたっけ。
若いですよね?五郎がもうメジャーで何年もやってて、結婚して、子供いて小学生で、つまりは2人の子供のお祖母ちゃんですよ。それであの外見って……実際何歳なんだろう?
これは『桃子』つながりで、なのはのお母さんみたいに不老なのだろうか?
うん、メジャーは桃子さんがヒロインでも違和感ないw
ってか、連載当初は桃子さんが広いんだったんですよね、メジャーって。

そう言えば、メジャーを見て思いましたが今日は七夕か……
短冊に願いを書くなんて行為、最近やっていませんね。
皆さんは何か願い事なんかありますか?せっかくですので、暇でしたら教えてください。
俺は……なんでしょう?どうも色々ありすぎて、何をお願いすればいいのかわかりませんw
まぁ、現実的な話現金?
夢も希望もなくてすいませんでした……



さて、せっかくのバンアレン・デイ編なのでおまけを。
レイフォンとフェリの話ではありません。











「よう、元気かディン?」

「シャーニッドか」

ディンが入院する病室に、両手に持ちきれないほどの紙袋を持ったシャーニッドが入って来る。
その中に入っているのはお菓子。綺麗にラッピングされ、今にも溢れ出さんほどのお菓子が紙袋には詰まっていた。

「そうか、今日はバンアレン・デイだったな」

「そうそう。ホラ、俺ってモテるからこんなに貰っちまったぜ」

「それはよかったな。で、今日はその袋の中身を自慢するために来たのか?」

「おぃおぃ、そんなわけねぇだろ。せっかくだから親友の見舞いに来てやったって言うのに、悲しいこと言うんじゃねぇよ」

「それは悪かったな」

険悪な中だったディンとシャーニッドだが、先日の違法酒騒ぎが発端で和解することが出来、たまに皮肉めいた軽口は叩き合ったりするものの今では仲良く、昔のように馬鹿話が出来る関係へと修復していた。
そして、見舞いに来たというシャーニッドは紙袋の中から適当にお菓子を取り出すと、それをディンの前に差し出す。

「ホレ、中身はクッキーだそうだ。お茶請けにでもして食べな」

「シャーニッド……これはお前が貰ったものだろ?貰ったものを見舞いとして出すな」

「いや、確かに送ってくれた女の子には悪いと思うが、こんなにあっても食いきれなくってよ。腐らせちまうよりいいと思ってな。まぁ、ディンも俺を助けると思って協力してくれ」

「それが本音か?」

シャーニッドの言葉に苦笑しつつ、ディンはお菓子の包みを開ける。シャーニッドに送った女の子には悪いと思いながら、ディンは中に入っていたクッキーを齧る。
どうやら手作りらしく、形は店頭に並ぶものと比べれば歪だが、それでも見栄えは良く、齧るとサクッっとした感触に口内に広がる甘味が美味で、とてもおいしかった。
味だけならば店頭に並んでもなんらおかしくないその出来栄え。それに感心しつつ、ディンは次のクッキーを手に取った。
その様子を眺めながら、シャーニッドは不意に思ったことを口にする。

「しっかし、小隊には大抵ファンクラブなんてもんが存在して、女の子達がキャーキャー喚くもんだけどよ。お前はそう言うのとは無縁だよな」

「別にそう言った事に興味はない」

「はっ、硬派を気取ってんのか?まぁ、ディンの場合は顔は悪くないと思うから、ヅラでも被ったらどうだ?んな茹蛸みたいな頭じゃ女の子が逃げちまうぜ」

「言っておくがこれは剃ってるんだ。別に禿げてるわけじゃない」

「んなことは知ってるっての。しかし、ニーナの場合は傑作だったぜ。かわいい後輩達に囲まれて、お菓子なんて渡されてたんだ」

「そう言えば……去年はシェーナも貰っていたな」

「え、そうなのか?それは初耳だぜ」

「ああ。なんだかんだでシェーナは後輩達に人気があるからな」

「へぇ……で、ディンはどれだけ貰ったんだ?」

「……聞くな」

悪口とも取れる軽口を交わしながら、だけど楽しそうに笑い合うディンとシャーニッド。
そんな彼らが馬鹿話を続けていると、ディンの病室の扉がノックされ、先ほど話題に出た人物が入ってくる。

「ディン……なんだ、シャーニッドもいるのか?」

「おぃおぃ、なんだよシェーナ?その俺がいちゃ邪魔だって言いたそうな視線は?」

「言いたそうではなく本当に邪魔だ。今すぐここから出て行ってくれないか?」

「うわっ、ひで……それが親友に対する言葉か?」

シェーナことダルシェナ。
彼女の手には包装された包みが握られており、シャーニッドの軽口に冗談を返しながらディンの前に歩み寄る。

「その、だな……ディン。今日は何の日か知っているか?」

「ああ、バンアレン・デイだろ?今まで、シャーニッドとそのことで話しをしていた」

「そうか……」

ならばちょうどいいと、一度視線を手元の視線に移し、迷うダルシェナだったが意を決したように手に持った包みをディンに差し出した。

「ならば話は早い。これはその、なんだ……つまりはバンアレン・デイのお菓子だ。お見舞いのついでにと言うことで……作ってみた」

「……シェーナ」

顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうに言うダルシェナ。
ディンはディンでどこか照れ、これまた恥ずかしそうにその包みを受け取った。
前回の対抗試合前のやり取りが原因で、互いにどこかぎこちない2人。

「お、いーな。シェーナ、ディンだけなのか?俺にはねーの?」

「貴様には渡すまでもなく、既にたくさん持っているだろう」

「いやいや、やっぱり量より質ってもんだぜ。そりゃ、たくさんの女の子に貰うのも嬉しいけど、一番愛しい君に愛のこもったお菓子を貰うってのが何よりも嬉しい」

「一度死んで来い」

そんなぎこちなさを見て、シャーニッドは面白くなさそうに、そして冷やかすようにダルシェナに声をかけた。
だが、ダルシェナの切り返しに肩をすくめ、今度は羨ましそうな視線をディンに向ける。

「ディン、俺にも少しくれ。さっきクッキーやっただろ?」

「食べきれないと言ったのはお前だろ。これは俺がダルシェナに貰ったものだ。お前には一欠けらたりともやらん」

ディンの返答にシャーニッドは軽い舌打ちを打ち、つまらなそうに自分が貰った分のお菓子の包みを開けてお菓子を齧る。

「さて、早速頂くと……」

取りあえず、貰ったからには食べるのが道理。
ダルシェナも急かすような視線を向けて来たので、ディンは包みを開く。
その中に入っていたもの、お菓子はと言うと……

「……なんだこれは?」

「……………」

黒焦げだった。とても歪な形で、もはや炭と化してしまったような形状。
果たしてこれが食べ物なのだろうかと疑問を抱く。
ディンは冷や汗を流し、シャーニッドは無言で視線をずらす。

「その、だな……少し失敗して、な……だが、見た目は歪かもしれないが味は悪くない、と思う。食べてみてくれ」

「いや、食べろって……」

シャーニッドはディンを哀れそうな瞳で見つめながら、そう言えばダルシェナは料理が出来なかったと言う事実を思い出す。

「………」

ディンは表情が引き攣っている。
その表情がとても見れたものではなかったので、

「さて……」

立ち上がり、病室を後にしようとするシャーニッド。

「待て、シャーニッド!どこに行く!?」

「いや、お2人の邪魔しちゃ悪いだろうと思って、そろそろ帰ろうかと思ってな」

言いながら、シャーニッドはディンの耳元に顔を近づけて小声で言う。

「ちゃんと食べてやれよ、ディン」

「み、見届けないのか……?」

「見届けない」

ぶっちゃけ、この後の展開が予想出来すぎる。
それでも男として、ここは食べるのが礼儀でけじめだと言うことで、一応シャーニッドは忠告しておく。
だが、流石にディンとてこのお菓子と言う名称の炭をそう簡単に食べる気はしない。

「……やっぱり、食べなくていい」

「「え?」」

未だに迷うディンを見て、ダルシェナがどこか悲しそうに言う。

「私は、武芸しか能がないからな……今更このようなことをしたところで、駄目だと言うことはわかっていた。一応練習はしたんだが……いいんだ。ディン、迷惑だったらそのまま捨ててくれても構わない」

その言葉に意外そうな表情を浮かべるシャーニッドとディンだが、続けられるダルシェナの言葉になんとも言えない表情になる。
いくらなんでも、このような展開でディンにこのお菓子もどきを捨てることは出来なかった。

(ディン、食え)

(俺に死ねと言うのか!?)

(人はそう簡単には死なねぇよ)

アイコンタクトでシャーニッドとディンは会話を交わし、ディンは戸惑いつつも意を決したようにお菓子もどきを口に放り込む。

その後のディンがどうなったのか?それをシャーニッドは知らない。
ただ、病院を出る時にディンの絶叫が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。思いたかった。
ディンの無事を祈りつつ、シャーニッドは帰路を歩む。
バンアレン・デイ。それは乙女達の戦いでもあるが、男も覚悟を決めなければならない日なんだろうなと思いながら。

































あとがき
えー……ダルシェナファンの方ごめんなさい。ダルシェナの料理の腕が酷いことに……
まぁ、彼女が料理を出来ないのは、確か公式でもそうだった気がします。
果たしてディンは無事なんでしょうか?
まぁ、現場が病院なだけあとの処置は楽でしょうがw
ちなみに、俺はディン×ダルシェナ派です。シャーニッド×ダルシェナもいいですが、どちらかと言うよりシャーニッド×ネルアの方が好きですね。
一途で真っ直ぐなタイプが個人的には好きですw

さて、今回のところはこれで。
後編もがんばります。今度こそフェリ成分を!!



[15685] 30話 バンアレン・デイ 後編
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/07/21 21:09
理不尽だ。あまりにも理不尽だ。
ゴルネオ・ルッケンスはシャンテを追いながらそう思う。
別に今回の件においては完璧にこちらに非があり、シャンテの尻拭いをするのは当然のことだ。
故にバンアレン・デイ当日は、所用で警護に加われないレイフォンの代わりを務める。それは別にかまわない。

だが、この理不尽さには流石に泣きたくなった。
自分は、シャンテを追っているはずだ。いや、追っていたはずだ。
なのになぜ、今は逃げている?

「ゴルネオ・ルッケンス……死んでください。今すぐに」

そしてなぜ、所用で外しているはずのレイフォンに追われている?
なぜ命を狙われている?そもそも、用はどうした?
わからない、あまりにも理不尽だ。
元とはいえ天剣授受者に命を狙われる絶体絶命の状況。
ゴルネオは思う。一体どうしてこうなった?







































「フォンフォン、お菓子です」

「ありがとうございます、フェリ」

昼休み、フェリにお菓子を渡されてご機嫌なレイフォン。
早速食べてみたのだが、ちょっと甘いと思いはしたものの、そこそこおいしく、フェリの料理の腕も本当に上達したのだと思った。
なんにせよお菓子を貰えて満足し、この後は放課後にもどこかに出かけようと言う手はずだった。そう、デートである。

「ところでフォンフォン、お願いがあるのですが」

「はい、なんですかフェリ?」

だからこそ上機嫌で、そもそもフェリからのお願いをレイフォンが断るはずもなく、快く承諾の意を示す。
内容を聞くまでもなく、即答で。

「ゴルネオ・ルッケンスに用があるのですが」

「は……?」

即答はしたが、意味は理解できなかった。
何故ゴルネオに用事があるのか?
そんなレイフォンの疑問に答えるように、フェリが言った。

「何でも、お菓子を渡すらしいです」

その言葉がレイフォンの表情を険しくさせる。
それはフェリが、ゴルネオにと言うことだろうか?
冷静に考えれば違うとすぐにわかるし、そもそも『渡すらしい』と言う物言いからフェリ本人ではないことなど明白だ。
ただレイフォンはご機嫌だった心境に水をさされる形となり、そしてゴルネオの名前が出たことから冷静さを失いつつあった。

「わかりました。ゴルネオ・ルッケンスをここに連れてくればいいんですね?」

「はい」

フェリの言葉に引き攣った笑顔で確認を取り、レイフォンは言った。

「それでは、引きずってでも連れてきます」

手段は選ばず、なにがなんでもゴルネオを連れてくる。
そう、生死は問わずに。

「あの……大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫ですよ、フォンフォンは頼りになりますから」

活剄を走らせ、建物の屋根を跳びながら去っていくレイフォンの背を見送りながら、フェリとその友人であるエーリが言う。
友人とは言っても先ほど初めて話したばかりのフェリのクラスメイトで、エーリは艶やかな黒髪の持ち主で、外見も結構良く、美少女と言ってもなんら遜色のない少女だが、クラスでは少し浮いていた。
それは他人と必要以上に会話をしないフェリにも言えることかもしれないが、エーリの場合は普段からどこか暗く、必然的にクラスから浮いてしまうのだ。
そんな彼女が何時にも増して、何時も以上に暗く、負の感情と挫折感をまとっていたことから、思わずフェリは話しかけてしまった。
で、そのエーリの負の感情と挫折感の正体なのだが、なんでもバンアレン・デイのために作ったお菓子を失くしてしまい、それで暗くなっていたらしい。
普段は暗く、控えめなエーリだったが、今日だけは積極的になり、お菓子を渡して告白しようと決意したのだが、そのお菓子を失くしてしまったのだ。

そんな彼女を放っておけず、フェリは思わず協力を申し出てしまった。
自覚はないのだが、最近のフェリは変わりつつある。その理由はやはりレイフォンで、恋人と言う存在が出来たからなのだろうが、最近では稀に笑い、クラスの者達ともたまに会話を交わす。
故に、勇気を振り絞ろうとしてもそれが折れてしまった彼女を放っておけず、フェリは申し出た自分でも驚いたが協力をする事にした。
もっとも、それ以上にエーリの告白する相手がゴルネオだと言う事に更に驚いたが、なくしたものは仕方なく、大事なのは気持ちだと言う事でお店でお菓子を購入し、それをゴルネオに渡す事にした。

そして、肝心のゴルネオの居場所だが、場所はフェリの念威で特定できる。
ただ、ゴルネオとの接点がエーリにはないし、いきなり押しかけるのもエーリにとっては大変だろうから、直接ゴルネオにこちらに出向いてもらう事にした。
この時、ゴルネオへの迷惑などは考慮しない。なにせ、前回の廃都で迷惑をかけられたのはこちらなのだから。
レイフォンが暴走してシャンテとゴルネオを殺そうとしたものの、アレはあっちが悪いし、重傷だったシャンテもとっくに退院していたので特に気にしない。
ならば後は力技と言う事で、レイフォンにお願いして引きずってでもこちらに連れてきてもらう事にした。
そしてレイフォンは、やる気満々でゴルネオの元へと向う。





































「止まってください、でないと殺しますよ。まぁ、止まっても殺すんですが」

「ならばどうしろと言うんだ!?」

そして話は冒頭へと戻る。
確かにレイフォンはやる気満々だった。そう、『殺る気』満々だった。
レイフォンはゴルネオを追い、必死に逃げるゴルネオ。
昨夜、レイフォンの代わりに都市警に協力し、ちょうどシャンテを追っていたゴルネオ。
だが、今の暴走状態のレイフォンがそんな事を配慮するはずがなく、殺る気でゴルネオを追っていた。

「何時までも逃げ切れると思ってるんですか?仮にも、天剣授受者だった僕が少し本気を出せば……」

「!?」

その逃走劇も、呆気なく終わろうとしていた。
そもそも、今までゴルネオがレイフォンから逃げられていた事が奇跡なのだ。
ゴルネオは確かに格闘技を主体とした化錬剄を使い、身体能力は優れているが、それでもシャンテには及ばない。そして、剄の量が並外れ、天剣授受者だったレイフォンにも遠く及ばない。
気がつけば既に、レイフォンはゴルネオの真後ろへといた。

「では、死んでください」

レイフォンが素敵な笑顔を浮かべ、蹴りの動作に入る。剣ではなく、蹴り。だがそんなもの、何の慰めにもならない。
活剄で強化されただけだが、元でも天剣授受者の本気の一撃。そんなものを受ければ、いくらツェルニで実力がずば抜けているゴルネオでも無事ではすまない。余裕で絶命することが出来るほどの一撃だ。
冷や汗をだらだらと垂れ流し、死を予感したゴルネオだったが……

「……誰ですか?」

レイフォンの蹴りがぴたりと止まり、辺りを囲むように現れた気配へと言う。
いや、誰かはわかっている。だがレイフォンの言葉には、彼らの名前はと言う意味も含められていた。
その人物達は武芸者。現れたのは1人だが、気配からして回りに数人隠れている事が理解できる。
黒ずくめの戦闘以とフード、奇怪な獣の仮面、おそらくは狼を模ったその仮面には対閃光弾用だろうグラスがはめ込まれており、腰には剣帯の他にそれらの弾薬がぶら下がっていた。
問うまでもなく昨夜、シャンテを追うのを妨害してきた奴らだ。

「狼面衆(ろうめんしゅう)」

その誰かは音声変換された、機械的な声で狼面衆と名乗り、剣を構える。
その剣は刃が鋸のようになっており、切れば肉ごと抉り取るのが目的なのだろう。そんな剣を構え、狼面衆はレイフォンと向かい合う。
ゴルネオを仕留めようとしたレイフォンだが、狼面衆にはゴルネオと共にシャンテを追っているように見えたのだろうか?
どちらにせよ、狼面衆にとってレイフォンは邪魔な存在になるに違いない。
また、この閉鎖されたレギオスと言う都市から出るには放浪バスを使わなくてはならない。その時、レイフォンのような強者の存在が邪魔になるからだろう。
どんな理由にしろ、狼面衆としては障害となるレイフォンを片付けたいらしい。

「グレンダンの天剣授受者の実力、見せてもらおう」

「元……だよ」

ゴルネオを追っている時、天剣授受者と言う単語は自分で漏らしたが、まさかそれを聞かれたのだろうか?
いや、確かに天剣授受者とは言ったが、グレンダンなんて都市名は一言たりとも言ってはいない。
つまりは、あの狼面衆と言う人物はグレンダンの天剣授受者を知っており、そしてレイフォンを知っている。
そのことに多少驚きながら、レイフォンは剣を構える。
狼面衆も剣を水平に構え、片手突きの構えを取る。あの鋸刃は、肉をえぐるだけでなく相手の武器を折るのにも使えそうだ。

周囲の気配がレイフォンに圧力をかけてくる。今、目の前にいる狼面衆を退けたとしても彼等が仕掛けてくるかもしれない。
そんな事を思っていると、狼面衆が動いた。
狼面衆が鋸刃の剣を握って突っ込み、レイフォンはそれに反応しようと剣に力を入れる。
だが、狼面衆のその動きはフェイク。剣を握っているのとは逆の方、左手で腰にぶら下がっていた弾薬を掴み取り、レイフォンに放り投げた。
閃光弾だ。その数個の閃光弾から発せられる光と轟音がレイフォンと狼面衆を包み込む。
狼面衆は自分でやったことだし、その対策として仮面にグラスをはめ込んでいるのでそれで視界を焼かれると言う事はない。
昨夜はこの手で狼面衆を取り逃してしまったレイフォンだが、こんな明るい昼間に、いくらフェイクを混ぜていたからといって気づかないわけがない。同じ手など、二度も通用しない。

閃光と轟音がレイフォンを包む前に目を閉じ、襲ってくる殺気、気配にだけ反応しレイフォンは剣を振り下ろす。
確かな手ごたえが腕に伝わる。確かに狼面衆は学生武芸者と比べればたいした腕前だが、それでもレイフォンから見れば弱すぎる。例え目を瞑っていたとしても対応できるほどに。
そして、周囲の気配が異変を見せる。威圧するだけだった殺気の主達が、急速にレイフォンを囲む輪を縮めた。おそらくは先ほど突っ込んだ狼面衆に合わせて彼等が仕掛けるつもりだったのだろう。
レイフォンは目を開けると、倒した狼面衆と同じ格好をした彼ら、狼面衆達がいた。
狼面衆と言うのは個人を示す名ではなく、おそらくは彼ら全員を指すのだろう。その狼面衆達はレイフォンの目が焼かれていないのに気づいたようで、動揺を見せる。
不意を突けば倒せると思ったのだろうが、そんな考えは元とは言え天剣授受者にとって甘すぎた。

「やるか去るか、好きな方を選べ」

「……………」

レイフォンの言葉に沈黙する彼らだったが、すぐさま気絶した狼面衆を担いで、すぐさまその場から姿を消した。遠のく気配にレイフォンは剣を下ろす。
シャンテの気配は既に消えており、レイフォンでも感知できない場所にいる。
去った二つの気配。だがもとより、レイフォンの目的はこの三つ目の気配だ。

「さて、あなたは逃がしませんよ」

「……………」

この状況に唖然としていたゴルネオだが、自分に襲い掛かる危機を思い出し、すぐさま逃げ出そうとしていた。
だけどレイフォンは逃亡を許さず、一足飛びで先回りしてゴルネオの前に立つ。

「覚悟はいいですね?」

「いいわけないだろう!!」

「まぁ、よくなくても殺りますけど」

訳がわからず、このような危機故に思わず声を荒らげるゴルネオ。
だけどそのようなことはどうでもよく、レイフォンはゴルネオを殺害するための動作に入ろうとする。

「あの、フォンフォン……なにをやってるのですか?」

が、それは宙を舞うフェリの念威端子によって抑止された。

「フェリ、見てたんですか?」

「ええ、その上で聞きます。あなたはなにをやろうとしててんですか?」

「いや……ゴルネオ・ルッケンスを連れて来いとの事だったんで、面倒ごとがないように殺して連れてこようかと」

「明らかにそっちの方が面倒ごとになりますよね?と言うか、あなたは馬鹿ですか?」

「でも、フェリが……」

レイフォンとしては、フェリがゴルネオに用があると言うのが気に入らない。と言うか、彼的にありえない。
フェリがゴルネオにお菓子を渡すなど、あってはならない事実なのだ。
だが、それは勘違い。レイフォンの早とちりである。

「一応言っておきますが、ゴルネオ・ルッケンスにお菓子を渡すのは私の知り合いです」

「……え?」

ここに来て、初めてレイフォンは内容を理解する。

「普通に考えてありえないでしょう。私がフォンフォン以外の人物にお菓子を渡すなんて。そもそも、ゴルネオ・ルッケンスのようなごつい男はまったくのタイプではありません。私が好きなのはフォンフォンだけなのですから」

「え、え!?」

その言葉に嬉しくなり、思わず表情が緩むレイフォンだったが、そういうことはつまり、どういうことだと理解する。

「えっと……あれ?要するに勘違いですか?」

「どうしてこうなったのかは知りませんが、まさしくその通りですね」

つまりは勘違い。
フェリに指摘され、レイフォンは引き攣った笑顔をゴルネオに向ける。

「えっと……とりあえずすいません」

「状況はいまいちわからんが……」

訳がわからないが、とりあえずは助かったらしいゴルネオが安堵の息を漏らす。
が、普段は体躯の割りに愛嬌のあるその顔が、怒りに染まった。

「勘違いで命を狙われてはたまらんわっ!!」

もっともだと言う意見に苦笑しながら、レイフォンはゴルネオに向けて謝罪した。







































結局、ゴルネオへの要件は後にする事にして、レイフォンは迷惑をかけたお詫びとして再度捜査に協力することとなった。
その時、いっそ、与えてみたらどうか?などと言う意見を出し、今に至る。

その発言には意味があり、まず、シャンテはどうやってハトシアの実の存在を知ったのか?
狼面衆と名乗る集団が教えたのかと思ったが、狼面衆の目的がシャンテの捕縛にあるとしたらその時に捕まえればいいだけの話だ。
狼面衆の実力からしてシャンテを捕らえるのは容易いし、接触の機会も拉致の機会もいくらでもあっただろう。故にこの案は却下される。

ならば、シャンテが自らの嗅覚でハトシアの実を感知したのか?
彼女は獣に育てられたことから、嗅覚を含めた五感、身体能力が並み外れている。視覚については光もない闇を見透かすほどだ。
倉庫区から流れるかすかなハトシアの実の匂いを嗅ぎつけ、存在を知ったのだとしたら?
本能のシャンテと呼ばれる彼女が、その臭いに引かれて本能的に、今の考えなしの襲撃が行われているのだとしたら?
だとすれば、シャンテがハトシアの実を求めているのは個人的な理由、あるいは本能的理由で、悪用する可能性は低いのではないか?

「で、結果がこれですか?」

その要因からあえてシャンテにハトシアの実を与え、その後を追うために呼び出したフェリだったが、彼女の出番はなく、この場で呆れたようにつぶやいていた。

「にゃんにゃん♪」

荷台に積み込まれた袋が破られ、路上にはハトシアの実が転がっている。
その場でシャンテは、転がって敷き詰められたハトシアの実の上でご機嫌そうにゴロゴロと転がっていた。

「にゃんにゃんにゃん♪」

その姿を、ゴルネオやフォーメッド達は唖然と見つめていた。

「にゃんにゃんにゃんにゃん♪」

「なんか、別のですけど、こう言う愛玩動物がいたような気がするんですが」

「……いたな、そう言うのが」

ナルキが脱力してつぶやき、フォーメッドが同意する。
『にゃんにゃん』と言っているし、本当に今のシャンテは猫のようだ。
そこに捜査員らしき都市警の生徒がやってきて、フォーメッドに耳打ちをした。

「そうか……で、リンカの方はどうだ?」

「店はこの時間になっても開いていません。それに、店主に事情聴取に向ったのですが見つからず……」

「ふむ……」

「何の話ですか?」

事務的な会話を交わすフォーメッドに疑問を持ち、レイフォン達も眉間にしわを寄せるフォーメッドの方を見た。
リンカとはハトシアの実を注文した店のことだが、その他に何かわかった事があるらしい。

「彼女だがな……」

フォーメッドはシャンテの方を見て、苦々しく言う。

「発情期だ」

「「「は?」」」

その発言に全員がきょとんとし、フォーメッドはため息をつきながら報告に来た生徒に促した。

「はい。ええ……シャンテの育ての親となった獣ですが、特殊な条件下でしか発情しないらしく。それがハトシアの実なんです。もともと生殖機能に問題があるため、ハトシアの実の興奮作用を利用しなくては、そう言う気にならないと言う……」

ハトシアの実の上でもだえるシャンテをちらちらと見ながら、都市警の生徒はなんとも言いにくそうに説明をする。
その後を、フォーメッドが引き継いだ。

「獣に育てられたとは言え、その体質まで獣に染まることはないと思うがな……本来なら」

だが、シャンテは年齢の割にあまりにも体が小さい。また、その五感が武芸者も含んだ通常の人間よりもはるかに優れている。それはまさに、獣並みだ。
人と言う形のまま、武芸者と言う才能のままに、育ての獣の性質と本能を引き継いだ、人の形をした生命体。
亜人(あじん)とでも呼ぶべき枠がシャンテには相応しいのかもしれない。

「つまり、そう言うことか」

「そう言うことですね」

「まったく……」

ナルキとフォーメッドが頷き合う中、ゴルネオは長いため息をついた。

「迷惑をかけた末がこれか……シャンテっ!」

ゴルネオが大声を上げてシャンテに怒鳴る。
すると、ハトシアの実の上で悶えていたシャンテが動きを止め、彼女の鋭い視線がゴルネオに突き刺さる。
次の瞬間……

「うう……シャアアアアッ!」

「なっ、うおっ!」

シャンテが吠えた瞬間、その場を囲んでいた者達が押し飛ばされ、地面に転げた。
衝剄だ。シャンテは雄叫びと共に衝剄を放ち、フォーメッド達を吹き飛ばす。
レイフォンはフェリを護るように前に立ち、衝剄をいなして、何が起こったのかと砂粒の舞う中で目を細く開いた。
シャンテの一番近くにいたゴルネオは、尻餅をついただけでその場にいた。

「……へ?」

だが、その目の前にシャンテがいなかった。
シャンテがいない代わりに、別の女性がいる。髪はシャンテと同じで赤いが、その長い赤毛を背中に垂らした、肉感的な大人の女性だった。
なぜ肉感的かと言うと、その理由は簡単だ。女性は服を、それどころか下着すら着ていない。裸なのだ、全裸なのだ、一糸纏わぬ姿で裸体をさらしているのだ。

「何を見ているんですか!」

「へっ……って、目がァァァ!!」

服の残骸らしきものが辺りに散らばり、地面に四つんばいのまま伸びをする女性。
羞恥心のないその行動にレイフォンが呆けていると、顔を赤くしたフェリが怒ったようにレイフォンの目を塞いでくる。しかも、ご丁寧に目潰しでだ。
呆気に取られ、呆けていたレイフォンはその目潰しをまともに受け、痛みによって悶えながら地面をごろごろと転がる。
そんなレイフォンを不服そうに、どこか怒りを含んだ視線で見ながら、今度は赤毛の女性へと視線を向けるフェリ。
その姿を、裸体でこれでもかと見せつけるたわわな二つの果実を見て、フェリは小さく舌打ちを打った。

「っ……フォンフォンの馬鹿」

こんな痴女のどこがよいのだろう?
やはり胸か?大きいほうが良いのかなどと思いつつ、あまりにも小さい自分の胸を見つめてやるせない気持ちになるフェリ。
だが次の言葉、尻餅をついたままのゴルネオがつぶやいた言葉にフェリは耳を疑った。

「シャンテ……か?」

「え?」

その言葉の意味がわからず、にわかには信じられなかった。
だけど、そこにいたはずのシャンテがいなくなり、代わりに全裸の女性がいることの理由が手品や魔法などと言う摩訶不思議な方法以外だとしたら、その結論しかない。
ただ、巨躯とは言えゴルネオの肩に乗るほどの小さなシャンテが、彼に並ぶほどの長身でスタイル抜群の美女に変化した物理的現象が納得できない。
出来ることなら教えて欲しい。特に胸に関して。
そう考えているフェリだったが、ふと、目を潰された痛みから復活したレイフォンがつぶやく。

「シャンテの剄脈は……普段は制限がかかってる?」

「……どういうことだ?」

ゴルネオの疑問に答えるように、レイフォンが言う。
もしシャンテが発情期だとするのなら、確かにあの体だと子作りがしやすいだろう。
そして、ハトシアの実は剄脈加速薬と言う側面を持っている。特殊な加工をしなければならないらしいが、そのために必要な成分がハトシアの実の中にあることは確かだ。
通常のままでは常人には効果を及ぼさなくとも、シャンテの鋭敏な感覚がそれを受け入れ、剄脈を加速させたとしたら……

「今のシャンテからは、剄脈加速薬特有の無茶な剄の流れは感じない。と言うことは、シャンテにとってこの状態は異常なことじゃないんだ」

剄脈の制限が外れたことによって、副産物的に止まっていた肉体の成長が促進されたとしたら?

「つまり、シャンテのあの状態が異常だったと……?確かに、あの歳であの体格は異常だが……」

ゴルネオがうなりながらシャンテを見ようとして、目を背けた。如何にこの女性がシャンテであろうと、全裸の女性故に直接見ることができないのだろう。
レイフォンも今度は目を潰されなかったが、フェリによって目を塞がれて見る事が出来ない。

(もしかして、あいつらはこのことを知ってた?)

だからシャンテを狙ったのか?
この不可思議な現象がシャンテの遺伝子にあるのだとしたら、そうとしか考えられないが、それを知っている者がいたら狙ったとしてもなんらおかしくはない。
フェリに目隠しをされ、そこまで考えたところで……

「ふうっ!」

レイフォンには見えないが、シャンテがすぐ側にいるゴルネオに気づいたと思ったら、爛々と目を輝かせた。

「お、おい……」

「フシャアァァァァァァァァッ!!」

「え、なんです?何が起こったんですか!?」

いきなり、だ。
シャンテがゴルネオに飛び掛り、ゴルネオの服の奥襟を咥えて跳躍した。
だがその姿は、現在進行形で視界を塞がれているレイフォンには見えない。

「ぐふっ!」

襟で首を絞められたゴルネオの呻きを最後に、2人の姿は倉庫区の奥、果樹園の方に消えて行った。
あまりの出来事に未だに周囲にはぽかんとした沈黙が続いていた。

「まとめると……」

フォーメッドがやる気をなくし、疲れたようにつぶやく。

「ハトシアの実を使って発情期に入ったシャンテが、好意を持つ相手をひっ捕まえてどこかに行ったと……」

「そう言うこと、でしょうね……」

流石にフェリも呆れ、レイフォンの目から手を放す。

「これって、追いかけないといけないんだろうか?」

「いいんじゃない?人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬって言うし」

ナルキの問いに、半ば本音とこれ以上はめんどくさいと言う気持ちで言うレイフォンだったが、

「いいわけありません!」

それを否定する、女性の声。エーリだった。

「エーリさん」

「いいわけないじゃないですか!大体なんですかあれは!?あんな訳がわからない女にゴルネオさんを連れていかれて……それも発情期?そんなこと許せません」

もはや誰だと思う口調で、彼女本来の暗い雰囲気など吹き飛び、怒りで怒鳴るエーリ。
彼女が好きな人物はゴルネオであり、それ故に相手がシャンテだろうと引くつもりはないらしい。

「まぁ……うちとしてもこのまま放って置くわけには行かないからな」

「仕方ありませんね……フォンフォン、私が念威で探しますから捕まえて来てください」

「わかりました。生死は?」

「無論、生きてです」

「……フェリが望むのなら」

フォーメッドとしてもこのまま放って置くわけには行かず、フェリの指示で2人の後を追うことになったレイフォン。
レイフォンはどこか不服そうなままシャンテを追い、フェリのサポートを受けて網で捕獲した。
大人の女性へと姿を変えたシャンテだったが、それも翌日には元の大きさに戻ったようで、事実を知った医療科と錬金科の者達がこぞってシャンテの体を調べようとしたが、今のところ彼女を捕まえることに成功した者はいないらしい。





































「今日は大変でしたね」

「無駄に疲れました……」

そしてバンアレン・デイの夜、夕食はどこかの店で取ろうと思ったレイフォンだが、結局は自身が手料理を振るうことにした。
場所はフェリの寮。
もはやマンションとしか形容できない部屋だが、今夜はカリアンが生徒会の仕事で帰るのが遅くなるとのことなのでここを訪れ、買ってきた材料で次々と料理を作って行く。
初めてここに来たときに作り、好評だった芋と鳥肉をトマトソースで煮込んだものと、魚の切り身ときのこと芋をバターで蒸し焼きにしたものを作り、さらに野菜たっぷりのとろけるようなシチュー。メインとして七面鳥の丸焼き。
パンは買ってきたものではなく自作で、オーブンで焼き、たっぷりと使われた卵とミルクの匂いが食欲をそそる。
デザートにはとある果実を使ったゼリーを用意し、まさに文句の付け所がない豪華な夕食だった。
最近では料理をするようになったフェリだが、やはりレイフォンと比べれば腕は天と地ほど違う。

「出来ましたよ、フェリ」

「……おいしそうですね」

少し悔しそうに、だけどレイフォンが自分のために作ってくれたのを嬉しく思いながら席につく。
レイフォンも座り、手を合わせて『いただきます』とつぶやいて2人は食べ始めた。

「どうですか?」

「……おいしそうではなく、本当においしいですね」

その味はやはり、そのままレイフォンとフェリの技量差を表しているようでかなり悔しい。
いや、おいしいのだが、レイフォンの方がこうも料理がうまいと言うのは、女性としてフェリからすればかなり屈辱的なのだ。

「ならよかったです」

そんなことは気にせず、笑顔で食事を続けるレイフォン。
武芸者としての実力だけでなく、ルックス、家庭的な面を合わせて彼に苦手なものはないのかと思いながら、食事はあっという間に終わる。
残ったのは、レイフォンが用意したとある果実のゼリーだ。

「これは……渋みがありますが、甘いですね」

「珍しい果実らしいですからね。僕も初めて食べましたけど、結構いけます」

レイフォンの言う、珍しい果実。
それは今日の事件で、少々失敬してきたハトシアの実だ。
ハトシアの実には剄脈加速薬の効果もあるが、興奮作用もある。
つまりは媚薬でもあり、フォーメッド曰く『使い方しだいではアレの時にとても便利』らしい。
それをゼリーに入れたレイフォンは、まるで悪戯小僧のような笑顔を浮かべ、内心でドキマギしながらそのゼリーを食する。

そして、食事が終わり、後片付け。
作ったのはレイフォンだし、客に後片付けをやらせるわけにはいかないと言う事からフェリが食器を片付け、レイフォンはソファに座っている。
その最中、レイフォンの胸がドキドキと脈打つ。
これは……少し強力過ぎやしないだろうか?
自分で食べておいてなんだが、思ったよりの効果に顔が熱くなる。
熱っぽく、頭がくらくらしたような感覚に襲われ、思考が鈍ってしまった様だ。
ボーっと、まるで風邪にでもかかったような虚脱感を感じていると、台所からガシャンと食器が割れる音が響いた。

「フェリっ!?」

そこでレイフォンはふと我に返り、すぐさまフェリの元へと駆けつける。
半ば悪戯で仕込んだハトシアの実だが、まさかここまで効果があるとは思わなかったし、自分がこの状態にあると言うことはフェリも同じ目にあっているはずだ。
このような状態で後片付けなど出来るはずもなく、慌ててフェリのいる台所まで足を運ぶ。

「フォンフォン……」

そこには予想通り食器を割り、顔を真っ赤に染めて床に膝をついているフェリの姿があった。

「フェリ、大丈夫ですか?怪我はありませんか!?」

悪戯が過ぎたと思いながら、レイフォンはフェリに怪我がないかどうかを確認する。
だがフェリはそれに答えず、ボーっとしたまま、熱に魘されているようにレイフォンに近づき、彼に抱きついた。

「フェリ……」

やばい、これはやばい。
フェリの、女の子特有の甘い香りがレイフォンの鼻をくすぐり、フェリの熱がダイレクトに伝わってくる。
熱い、とても熱い。
さらにはフェリの心音が、ドキンドキンと言う高鳴りが聞こえてくる。
こんな状態で抱きしめられ、未発達だがフェリの膨らみかけの胸を体に押し付けられ、レイフォンが冷静でいられるはずがない。

「体が熱いんです……フォンフォン」

フェリの切なそうな声が今度はレイフォンの耳を貫く。
耳元で囁かれたこの言葉と、熱いと息がレイフォンの耳にかかり、今にも暴走してしまいそうだ。
これは反則だ、反則過ぎる。
ハトシアの実を料理に入れた自分も反則だっただろうが、その効果とフェリのかわいさがもはや反則だ。

「フォンフォン……」

「フェリ……」

初めては廃都でのことだ。
そして今、ここで、フェリの寮の台所にて再び唇が合わせられる。
体が高鳴り、熱っぽく、相手を求めるように口づけが交わされる。

「んっ……むっ、んっ……」

「っ……んむっ……っは」

熱に魘され、相手を貪る様な強引な口付け。
レイフォンはフェリの舌を、唾液を吸い尽くすように吸う。
それは先ほどのハトシアの実のゼリーにも負けないほどに甘く、さらにレイフォンの欲望を掻き立てるほどに熱く、興奮を高める。

「んっ……フォンフォン」

「フェリ……いいですか?」

口付けを終え、互いに顔が赤いままに言葉を交わす。
これでは足りない。ここまで高まった興奮は、この程度では鎮まらない。
さらに先を求め、レイフォンはフェリに確認を取る。

「……はい」

それにフェリが頷き、レイフォンはすぐにフェリの服に手を伸ばそうとした。

「待ってください、フォンフォン……出来れば場所を変えましょう」

「あ……そうですね」

いくらここがフェリの寮、家とは言えこの場所、台所でやるわけにはいかない。
遅くなるとの事だったが、カリアンが最中に帰ってきたら気まずいどころの話ではない。

「私の寝室にしましょう。ふふ、私の部屋に入る男性はフォンフォンが初めてですよ」

「それは光栄ですね」

含み笑いをもらし、レイフォンとフェリは寝室へと向かう。
高鳴る心音を押さえ込みながら、フェリの部屋にて、この日、レイフォンとフェリは深く、深く交じり合うのだった。
それは2人の絆も深くし、何があろうともこの絆が壊れることはないだろう。





































あとがき
さて……俺は何をしているんでしょう!?
最初はフォンフォンが勘違いで暴走してますが、後半ではものすごい暴走を……
なに書いてんだ俺!?っつか、このSSはなに!?
確かにレイフォン×フェリ一直線で始めたSSですが、なんなんだこれは!?
ああ、もう……最近書いてて自分のテンションについていけません。

この続きをXXX板で書こうかなんて思ってましたが、はてさて……
こういう短編は入れずにとっとと5巻編をやるべきでしたかね?

なんにせよ、これで次回の『フォンフォン一直線』は5巻編。
廃貴族が憑くのは終わりの方ですが、第十七小隊の合宿編ですね。
この話、原作ではメイシェンがかなり重要な役割を担ってましたがこれだとどうだろう?
確かにメイシェンの出番はありますが、どうやったってフェリに勝てねぇよ!フェリ強すぎるよ!!
一体どうすればいいのやら……

こんな作品ですが、これからもフォンフォン一直線にお付き合いいただければ幸いです。



[15685] 31話 グレンダンにて (原作5巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/08/06 21:56
『郵送でもかまわんが、直接渡しに行ってもいいぞ』

授業中だと言うのに集中しきれず、リーリンは祖父の言った言葉を思い出す。
渡すものは養父に渡された木箱で、サイハーデンの刀技を全て修めた証となる錬金鋼のことだ。デルクはそれをレイフォンに渡してきて欲しいと言った。
郵送でもいいと言われ、ならばそうするかと思ったのだが、なぜかそれすらも出来ずに既に一月が過ぎている。
もったいないと思ったのだろう。何せ、レイフォンに会いに行けるチャンスがあると言うのにそれを郵送で済ませるなんて。
だが、だからと言って気軽にツェルニまで行けるわけがない。
そのまま悩みながら、既に一月。

(送る?行く?)

教師が白板に書いた内容を教鞭で叩く音で我に返り、慌ててそこを写すがリーリンはまたも思考に耽る。
行きたいと言う気持ちはある。だけど、行けば学校を休まなければならない。グレンダンからツェルニへ、都市の外へ出るのだから当然のことだ。
レイフォンがツェルニに旅立った半年前ならば片道一月ほどで行けたが、今はどうだろう?
都市は常に移動する。故にその距離も常に変わる。
だからこそ都市の間を唯一わたる方法、放浪バスでの移動は常に遅く見積もるべきだと誰かが言っていたし、それは当然の見解だ。そうなると片道で三ヶ月ほどと考えるべきか?
そうなると往復で半年以上かかり、確実に学校の出席日数が足りなくなるので、来年、同じ学年をやり直すことになってしまう。
一年も時間を無駄にするということも問題だが、学費を一年余分に負担させてしまうことも問題だ。レイフォンが闇試合に手を出してまで稼いだお金を、だ。
それはレイフォンに対して、とても申し訳ないし、自分のような孤児がこのような学校に通わせてもらっていることから、学費を無駄にするというのは極力避けたい。
だが、デルクは簡単に言っていたし、それぐらいの余裕は今のデルクにはあるのかもしれない。
それでもリーリンは、そう簡単に決断を下すことは出来なかった。

それは、レイフォンがああなってしまった原因をリーリンは察することが出来るからだ。
何しろ幼馴染で、レイフォンとは常に同じ時間を生きてきたから。ずっと側にいたから。
そしてその原因は、レイフォンがああなってしまった原因は、レイフォンがまだ天剣授受者になる前にあった食糧危機だ。
グレンダンの生産プラントで原因不明の病気がはやってしまい、食料の生産力が一気に落ちてしまったのだ。
全ての都市は自給自立で成り立っている。この隔絶させられた都市は輸入やら貿易は実質不可能であり、故に緊急の際に他の都市などから食糧を輸送してもらうということも出来ない。だからこそ自給自足は当たり前で、レギオスならば当然と言える。
だが、もしそれが出来なくなったら?
このように事故で、食料の生産力が落ちてしまったら?
他都市からの援助を頼れず、対処がとても難しい。不可能と断言してもいいほどに。

あの時は多くの餓死者が出た。
食料は配給制となり、なるべく全ての市民に回るようにはしたが、やはり無理があったのだろう。
都市を護る武芸者に優先的に配給されるようにもしたため、あちらこちらで市民の暴動が起きたりもした。
だが、多い時には月に何回も、それこそ毎日のように汚染獣と遭遇するグレンダンにとってこの対応は当然とも言える。
武芸者が空腹で戦えなければ、それこそこの都市は全滅してしまうのだから。

そして、デルクは武芸者だったが既に前線を退いており、配給される食糧は少なかった。孤児院の子供達、それも武芸者でもない者達に配給されるものなど言わずもがなだ。
レイフォンの場合は天剣授受者になるほどの武芸者であり、周りにも期待されていたために貰える食料は多かった。
それらのことが原因だったのかもしれない。レイフォンのあの優しい性格で、自分だけがこのような待遇を受けることに負い目のようなものを感じていたのだろう。
それでも、一番苦しかった半年が終わり、グレンダンの食糧不足は何とか持ち直してきた。レイフォンが天剣授受者になったころには、元に戻っていた。
だが、流通が再会したころにはまだまだ物価が高く、孤児院の経営が苦しかったのも確かだ。
デルクが経営に無頓着だったこともあり、そのことからレイフォンはあのようなことをしたのだろう。
闇試合にまで出て、食料に困ることがないようにお金を稼ぐという。
あの事件はそれほどまでにレイフォンの心に、なにかを植えつけたのだ。
そしてそのころのレイフォンを知っているからこそ、リーリンはレイフォンのことを想うのだが……

(ああ、うじうじしてる)

自分でもわかっている、会いたいのだ。
レイフォンに会いたい、今すぐに。とてもとても会いたいのだ。

(でも……レイフォンのお金で通ってるのに)

だが、その考えはすぐに冷めてしまう。
そんな理由でこの一年を、お金を無駄にしてしまっていいのか?
なにより……

(そんなことして、レイフォンがどう思うかな……?)

本当に、ずっとリーリンが気になっているのはこのことだった。
喜んでくれるのか?
行って、迷惑じゃないのか?
そんな心配と共に、レイフォンは自分のことを忘れてやいないかと不安になってしまう。
いや、物理的に忘れるとか、そういったことではなく、そうでなければ手紙のやり取りはしないだろう。
リーリンが心配していることとはその手紙に書かれた女性、レイフォンの彼女であるフェリ・ロスについてだ。
レイフォンから来る手紙には必ずフェリのことが書かれており、その手紙を読むたびにリーリンの胸の内に黒い何かが宿る。
レイフォンは向こうで楽しくやっている、それは十分にわかった。わかったのだが……どうしてこのように不安になるのだろうか?
どうしてこんなにもツェルニに行きたいと思うのか?
どうしてこんなにもレイフォンに会いたいと思うのか?
そんなことを考え、思い、リーリンは教師やクラスメートにばれないようにこっそりとため息をつく。

(レイフォンの……馬鹿)

ここにはいない、鈍感すぎる幼馴染のことを想いながら……






































届けられた手紙をテーブルの上に広げ、シノーラはめんどくさそうに頬杖を付きながら眺めている。

「いかがなさいます?」

そう問うのはシノーラの隣に控える女性だ。
黒髪で、女性にしては長身の美女。ソファでめんどくさそうに手紙を眺めているシノーラに似ている。いや、似すぎている。
それも当然だろう。問いかけたこの女性は、カナリス・エアリフォス・リヴィン。
整形までしたその顔で女王の代わりを務める影武者であり、グレンダン王家に絶対の忠誠を誓っている。
そして、グレンダンの誇る12人の天剣授受者の1人、最強の一角。
その彼女は、自分の主であるシノーラの返答を待った。

ここは槍殻都市グレンダンの中央に位置する王宮。その王家が暮らす区画の一室だ。
シノーラ・アレイスラ。リーリンの先輩であり、高等研究員に通う院生と言うのは仮の姿。
その本名はアルシェイラ・アルモニス。その正体は12人の天剣授受者の頂点に立ち、グレンダンを支配する女王。
その力は、例え天剣授受者が束になろうとも敵わない。まさにグレンダン最強の人物。
いや、この全世界でもまさしく最強の人物。人類最強と言う言葉は、彼女のためにある。
そんなアルシェイラことシノーラは、気だるげなままの瞳で手紙を見つつ、唇は柔らかく閉じて、沈黙を続けていた。

「ツェルニで発見された廃貴族。グレンダンに招くのが得策だと思いますが?」

カナリスが促すように口を開く。
手紙の送り主はハイア・サリンバン・ライア。先代サリンバン教導傭兵団団長が死亡したために後を継いだ、若き三代目だ。
送り元はツェルニ。かつて、自らが都市外退去を命じた天剣授受者、そしてシノーラの可愛い後輩であるリーリンの想い人がいる都市。
そこで廃貴族が発見されたと言うのが文面の内容だ。

「廃貴族の力を存分に操れる者など、グレンダンの外にいるとは思えません」

カナリスの言葉は淡々としており、それだけグレンダンの武芸者に絶対的な自信を持っているのだろう。
それも当然のことで、廃貴族を存分に操れる者がグレンダン以外にいるとは思えない。
あれは滅びを呼ぶ。だからこそグレンダン以外での制御には骨が折れるはずだ。
それが今はツェルニにいると言う。未熟な者達がそろう学園都市ではさらに手におえないだろう。

「………」

シノーラはそれでも沈黙を保つ。
頬杖を付いていた手で、自分の髪を指に絡ませながら。

「陛下……」

カナリスに促され、シノーラは吐息を混ぜて唇を開いた。

「……………め」

「もしかして、『めんどくさい』とか言うつもりじゃないでしょうね?」

「……駄目じゃん。先にそういうこと言っちゃ」

が、言葉を先回りされ、言うことがなくなったシノーラは唇を尖らせて抗議する。

「駄目でも何でもありません」

それを冷ややかに見下ろしながら、カナリスは言った。

「天剣が12人揃わない以上、手に入れられるものは手に入れておくべきです」

レイフォンが天剣を剥奪されてから幾度か武芸者の試合は行われており、また汚染獣の襲来に武芸者が借り出されてはいるが、その姿に天剣授受者となれるような実力者の姿はない。
シノーラの従妹が現在のところ天剣に最も近い実力を持つと言われているが、要は今のグレンダンで天剣を除いて一番強いと言うことで、天剣授受者になるには遠く及ばない。
歳はレイフォンとはあまり変わらないのに大した技量を持つが、それでも天剣授受者に絶対的に必要なもの、剄量が足りない。
通常の錬金鋼では耐え切れない、天剣と言う特殊な錬金鋼を扱い切れる膨大な量の剄がない。
それ故に彼女が天剣授受者に選ばれることはなく、また彼女の祖父で、天剣授受者の1人でもあるティグリス・ノイエラン・ロンスマイアも孫娘のことをまだまだ未熟だと思っている。
なんにせよ、依然、天剣が一振り空いている状態が続いているのだ。

「レイフォンが天剣を持った時には、ああ、ついに来たのかなって思ったけど、もしかしたらそうじゃなかったのかもね」

「陛下、その時がいつ来るかなど、誰にもわかりません。過去にも天剣が12人が揃った時がありました。しかし、その時には現れなかった」

「このハイアってのはどうだろう?なれないかな?」

「陛下……問題を先送りにしようとしてますね」

「だってめんどくさいんだもん」

再び唇を尖らせるシノーラ。
その態度に怒るでもなく、カナリスは宣言するように言った。

「我ら天剣授受者、陛下の言葉とあれば命も捨てます」

「……レイフォンはたぶん、そうは言わないよ」

その重すぎる言葉に呆れながら、シノーラはため息を付く。

「だからこそ、あれは天剣を捨てざるを得なくなりました」

「だといいんだけどね」

気負いこんだカナリスの返事を、シノーラは頭を掻きながら聞き流した。
だが、シノーラもカナリスも知らない。現在レイフォンに、そう言う相手がいることを。
それこそその人物のためなら、簡単に命を捨てるだろうという相手が。

「……陛下がお決めにならないと言うなら、私達で勝手に選びますが?手紙にあるよう、学園の生徒を利用したやり方ではレイフォンを敵に回す可能性があります。そうなれば傭兵団では経験不足」

サリンバン教導傭兵団の報告では、廃貴族の宿った学生を捕らえようとしてツェルニの学生達を敵に回したらしい。
当然サリンバン傭兵団が学生武芸者に負けるなどと言うことはありえないが、それが原因で捕捉した廃貴族を逃がしてしまい、現在目下捜索中との事だ。今回の手紙はその報告書。
直接にレイフォンとの戦闘はなかったようだが、それでも元とは言え天剣授受者が相手となれば、サリンバン教導傭兵団には荷が重い。

「リンテンスはあれとは縁がありすぎますので外すとして、他の者ならば……」

ならば、天剣授受者には天剣授受者。
そう言う結論を下し、カナリスは天剣授受者をツェルニに送ろうという考えに至った。

「……私の許可もなく、天剣を扱おうと言うのかい?カナリス」

だが、それはタブー(禁句)だ。シノーラを前にして、言ってはいけない言葉だった。
シノーラはソファの背もたれに体を預け、仰向けにカナリスを見上げていた。

「い、いえ……そのような」

頬を緩ませたシノーラの視線に怯え、カナリスは震えていた。
まるで空気を失ったように喘いでいる。
そこまで怖がらせるつもりはなかったので、シノーラはその笑みと共に威圧を少しだけ緩め、柔らかく、言い聞かせるように言葉を続けた。

「確かに、私がここにいない間の執政権は君に預けているけどね。うん、君はとても役に立っている。ありがたい存在だ……だけど、天剣をどう使うか、それを決めるのはあくまで私だよ」

「もうしわけ……ありません」

謝罪を聞き、シノーラは威圧をやめる。

「わかってくれて嬉しいよ」

ニッコリと、優しくて美しい笑みを投げかけ、体を起こして視線を外す。
隣ではカナリスが崩れ落ちる音がした。
膝をついて震えるカナリスを横目で見て、シノーラはソファに置いていた鞄をつかむと立ち上がる。

「さて、私は研究室に行って来るね」

「へ、陛下。お待ちを……」

震えながらも諦めないカナリスに、シノーラは苦笑した。

「ま、おいおい考えておくよ」

そう言い残すと、シノーラは部屋を出た。





部屋を出て、王宮の廊下を歩く。
この廊下は王宮の主要部分から外れた場所のため、警護の武芸者の姿はない。
シノーラが移動しやすいように、わざと人を置かないようにしているためでもある。
あまり使われないことを示すように、証明も最低限しか灯されていない。太陽の位置が悪いらしく、窓からの日の光も弱い。
そんな薄闇の廊下の端に、1人の姿があった。

「何か用かい?」

シノーラに声をかけられ、気配の主は窓の前に移動して、身にまとっていた影を払った。
男なのに長く、綺麗な銀髪。後姿だけなら女性を思わせるかもしれないが、逞しく鍛え上げられた肉体がその考えを吹き飛ばす。
その鍛え上げられた肉体を使い、化錬剄と格闘技を得意とする天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスだ。

「陛下においては、ご機嫌もよろしく……」

「やれやれ、今日は忙しい日だよ」

型どおりの挨拶をして礼をする見た目、好青年に、シノーラはため息を吐きかけた。

「……よろしくはなかったようで」

「まったくね。今日は珍しく頭を使ったんで機嫌が悪いんだ」

「それは大変ですね」

くっくっと笑いをこぼすサヴァリスに一睨みするも、サヴァリスは動じなかった。

「ご不快の原因は、手紙ですか?」

差し出された言葉に、シノーラは瞳を引き絞るように細めた。
なぜそのことを知っている?
王宮に自分の手駒でも潜ませているのか?
もしそのようなことをしているのなら、サヴァリスは見た目どおりの笑顔のように調子に乗っているのだろうか?
さらに不機嫌そうな表情を浮かべるシノーラに、サヴァリスは満面の笑みを浮かべていた。

「……ルッケンスの家は、少し調子に乗っているのかな?それとも天剣授受者全員が調子に乗っているのかな?だとしたら、少し引き締めてやらないといけないね」

「とんでもない!陛下に捧げた僕達の忠誠に、一片の曇りもありません」

慌てて後ろに下がるサヴァリスを冷ややかに見つめる。それが、一度自分を暗殺しようとした奴の言うことかと。
もっとも、その時は容易く返り討ちにしてやったが。

「ツェルニの一件を知ったのは偶然です。弟があちらにいますもので……」

サヴァリスの釈明をシノーラは黙って聞いた。
弟、ゴルネオ・ルッケンスがツェルニの武芸科に所属していること。
小隊と言うツェルニの制度の中で、小隊長の1人となっていること。

「つい先ほど、そのゴルネオから手紙が届きましてね。あちらでの事態を知りました。おそらく、傭兵団は陛下にも手紙を送っているだろうと推測しまして。知らなければそれはそれで、陛下にお伝えしなくてはとここで待っていたんですよ」

その弟から送られてきた手紙なのだが、移動する都市間を結ぶ大変不定期なもののため、ゴルネオが前に出した別の手紙と同着で届いた。
その手紙の内容は、ガハルドがレイフォンが追放される原因となった試合で、天剣を得るためにレイフォンを脅したのが本当かと言う内容の手紙だった。
それに対し、サヴァリスは本当だとそっけなく返信してやった。さらには、兄としての親切心でガハルドが死んだ事も。
結果的には自分が殺したのだが、それは彼が汚染獣に体を乗っ取られていたからであり、仕方のないことだった。
なんにせよサヴァリスはガハルドを殺した事をまったく気にすらしておらず、建て前的には汚染獣戦での戦死と手紙に書き記し、まとめて返信をした。
その事に関してはシノーラに言っておらず、またプライベート、兄弟間でのやり取りであるため言う必要もないが、何にせよサヴァリスはツェルニにいる廃貴族のことを知っていた。

「カナリスに言えばいいじゃない」

そう言う事は自分ではなく、執政権を任せているカナリスに言えと言うシノーラだが、

「僕は彼女に嫌われていますからね。それに、僕が忠誠を誓っているのは陛下御一人にです。カナリスでもなければ、グレンダンと言う都市にでもない」

サヴァリスはどこか軽い調子で言う。
シノーラを暗殺しようとした者の1人がどの口でそのようなことを言うのかと思ったが、今更そのようなことで咎めるつもりはないし、そんなことは当の昔に不問にしている。
ただサヴァリスの言葉が、自分に忠誠を誓っていると言う言葉がどうにも信じられないだけだ。

「それで、どうなさるおつもりです?」

「……私が不機嫌だといってる意味、わかってる?」

「ははぁ、その様子だとカナリスとやりあったようですね」

シノーラの言葉にまた笑うサヴァリスを、シノーラは一睨みで怯ませた。

「おっと……できましたら、僕を使っていただければと思って参ったのです」

「行きたいの?」

サヴァリスがシノーラの前に現れた理由は志願。
カナリスにはああ言ったが、廃貴族を放っておくわけにはいかない。
気は進まないが、グレンダン王家として廃貴族を回収するのも立派な勤めだ。
だが、そうなればやはり傭兵団では荷が重い。ここはやはり、だれか天剣授受者を送るべきなのだが……

「向こうには弟もいますし、協力者と言う点では他の誰よりも勝っているかと。それに、レイフォンとやり合うようなことにでもなった場合、他の連中だとツェルニが壊れてしまいますよ」

確かにサヴァリスは適任かもしれない。
協力者と言う点もそうだが、レイフォンとやり合う場合リンテンスはカナリスの言うとおりに除外したとして、間違ってでもルイメイ・ガーラント・メックリングでも送ってしまえばツェルニは崩壊するだろう。
もっともサヴァリスの場合は、見た目は好青年な彼だが、その好戦的な性格が災いしないかと言う不安もある。
そして、彼が行きたがる理由の一端として、ふと思いついたことをシノーラは尋ねる。

「もしかして、レイフォンを殺したい?」

「何故です?」

サヴァリスは相変わらず、ムカつくほどに清々しい笑みを浮かべたままだ。
だが、その表情の温度が下がったのは確かである・
殺したいとは行かなくとも、好戦的な正確から戦いたい、殺し合いたいと思っているのかもしれない。

「この間囮に使ったのって、確かレイフォンにだめにされたルッケンスの門人だったよね?アレの恨みとか」

「アレは、ガハルドが未熟だっただけです」

そっけない返事が、シノーラの推測は的外れだと告げている。

「それなら……なんだろうね?」

「陛下……僕は別にレイフォンを憎んではいませんよ。ただ、廃貴族には強い関心があります」

「欲しいんだ」

「欲しいですね」

シノーラの問いにサヴァリスは即答し、その笑みが濃くなる。

「陛下に並ぶその力、使ってみたいとは思います」

その笑みは狂気。
強さだけを求めた、禍々しく冷たい感情。

「天剣授受者はただ強くあればいい。陛下が常々、仰っている言葉です」

「ま、一般常識は欲しいけどね」

「それはもちろん」

「ふうん……ま、考えておくよ」

言い捨てると、シノーラは歩き出した。
サヴァリスは道を譲り、禍々しくも美しい笑みで言う。

「楽しみにしています」

「はいよ」

振り返る事もなく、シノーラは手をひらひらと振ってそれに答えた。




































雄性一期。
幼生体からの成り立てであり、比較的弱い部類に入る汚染獣。
だからとは言えその1体を1人で相手にするのは難しい。本来なら数人の武芸者でかかり、安全確実に倒すのが最良の手段だ。
だが、それは通常の都市での話。固体としてそんなに強くないとは言え、通常の都市では汚染獣は恐ろしい脅威なのだ。
だが、それがグレンダンなら、汚染獣を逆に襲うように遭遇する都市ならば、その基準は違ってくる。
グレンダンにとって、雄性一期は若い武芸者の初陣の相手としてはちょうど良いのだ。
そして例に漏れず、グレンダンの王家、ロンスマイアの少女が初陣として戦場に立つ。グレンダンでは初陣の際に熟練の武芸者が後見として見守る決まりごとのようなものがあった。
だが今回の後見人は、少女とはひとつしか違わない少年。当時11歳だった少女に対し、彼は12歳だった。
だけどこの少年は史上最年少で天剣授受者となった天才、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
それ故にレイフォンの実力は噂で聞き、自分と歳もそれほど変わらない事からどこか意識していた。
幼くして天剣となった少年。そう言った憧れと共に、自分でも不可能ではないと思う若い武芸者はいくらだっているのだ。少女だってその1人だ。
だからこそ、突如少女の後見人となったレイフォンに驚きはしたものの、その内心は高揚し、戦意が駆り立てられた。
レイフォンの前で無様な姿は曝せないと意気込むと共に、彼を後見人に指名した祖父のティグリス・ノイエラン・ロンスマイアに感謝する。
少女の名はクラリーベル・ロンスマイア。
天剣授受者、不動の天剣ことティグリスの孫だ。



「っ……」

汚染獣の巨大な尻尾が振り下ろされ、それをクラリーベルがかわす。
相手は雄性一期。
トカゲのような体躯のそれは、昆虫のような翅を羽ばたかせて上空にいる。
かわしたクラリーベルは活剄の密度を上げ、跳躍する。
空を飛ぶ汚染獣。故に狙いはその昆虫のような翅を切り、地に落とす。

武芸者の汚染獣に対するアドバンテージは速度。
仮にも人間である武芸者が、体力や力で人外である汚染獣に敵うはずがない。そんな事ができるのは、それこそ膨大な剄を持つ天剣授受者くらいだ。
故にその速度を生かし、鈍重な汚染獣の翅を瞬く間に切り裂く。
翅を切られた汚染獣はなすすべなく地に落ち、体をうねらせていた。
これにより相手の制空権を奪う。だが、油断はできない。
地に落ちたとは言え、巨大なのはそれだけで武器だ。汚染獣の体躯はそれだけで脅威なのだ。
周囲に渦巻くのは汚染物質。都市外装備に身を包んでいなければ肺が5分で腐る死の世界。
そんな場所でかすり傷ひとつでも負ってしまえば、そこから肌を焼かれる。時間制限を突きつけられ、全力では戦えなくなってしまう。
だからこそ汚染獣の攻撃を受け、かすり傷すら負わないようにクラリーベルは避ける。
避け、隙をついて反撃する。

次に厄介なのが、汚染獣の防御力、生命力だ。
半端な一撃は通らず、そのあまりにも硬い甲殻によって守られている。
如何に相手が雄性一期とはいえ、その甲殻、鱗は新人武芸者にそう簡単に破れるものではない。
かわし、少しずつ切り刻んで行く、削り取って行く。
そして甲殻を剥ぎ、そこに大技を叩き込む。

「……まだ生きてますか」

削り取った汚染獣の鱗に衝剄を放つも、未だに汚染獣は生きている。痛みに身を悶えさせ、飢餓と怒りをクラリーベルに向けてきた。
その視線に怯むことなく、胡蝶炎翅剣(こちょうえんしけん)と名づけられた、クラリーベル考案の紅玉錬金鋼製の奇双剣が振られる。
この錬金鋼が紅玉錬金鋼製と言う事からもわかるが、クラリーベルは化錬剄を得意とする武芸者だ。
天剣授受者であるトロイアット・キャバネスト・フィランディンに指示し、その技を学んだ。
錬金鋼に剄を通し、クラリーベルはその化錬剄により汚染獣に止めを刺そうとするが……

「あら……?」

体が言う事を聞かない。
錬金鋼を持った腕がだらりと下がり、猛烈な気だるさがクラリーベルを襲う。

(うそ……嘘!?)

体に動けと命じるが動かない。
これには流石に慌てて、クラリーベルは冷や汗を流す。
原因はわかっている、剄脈疲労だ。意外に汚染獣との戦闘が長引いてしまい、スタミナ配分を間違えてしまったのだ。
この程度、普段の鍛練や試合などではまだまだ大丈夫と思っていたのだろうが、実際に汚染獣の前に立って戦うのと試合は違う。
傷ひとつついたら終わりの状況で神経をすり減らしつつ戦うのは、鍛練や試合なんかとは比べ物にならないほど消費するのだ。

(まずい……)

これでは戦えない。ならば生き残るために逃げようとするが、それすらも体が言う事を聞かずに地に倒れてしまう。
いくら戦闘中だったとは言え、ここまで消耗していた事に気づかなかった自分を罵倒する。
大丈夫だとは思っていたのだが、考えではまだ行けたのだが、思考に体がついていけずに動けない。
このままではまずい、非常にまずい。目の前には止めを刺し切れていない汚染獣。
クラリーベルの運命など、その汚染獣の餌となる以外道はない。そう、ここにクラリーベル以外の人物がいなければの話だが。

「………あ」

その光景は、あまりにも鮮烈だった。
いや、鮮烈だどうとか言う以前に何が起こったのかすら理解できなかった。
ただ気がつけば、自分の目の前にいた汚染獣の首が飛び、辺りには汚染獣の体液が飛び散っている。
それをやった人物が誰かなんて、そんなことは考えるまでもない。
天剣を復元させた後見人、レイフォン以外にありえないのだから。

「ご苦労様です、レイフォンさん」

「はい」

蝶のような念威端子から老婆の声が聞こえる。
天剣授受者唯一の念威繰者、デルボネ・キュアンティス・ミューラの声だ。
その念威越しの会話にうなずき、レイフォンは天剣を剣帯に仕舞った。

「惜しかったですね、クラリーベルさん。ですが、初めてにしては筋がよかったですよ。次はきっとうまくいきます」

「はい……」

デルボネに慰められるが、クラリーベルの心ここにあらずと言った感じで、呆然としたように言葉に覇気が無い。

「大丈夫ですか?クラリーベル様」

「あ、大丈夫です、レイフォン様……」

レイフォンにとって、クラリーベルはグレンダン王家の跡取り。
クラリーベルにとって、レイフォンは天剣授受者。
故に互いに敬語を使いながら、クラリーベルはレイフォンによって差し出された手をつかんで立ち上がろうとする。

「あ……」

だが立ち上がれない、体に力が入らない。
あまりの気だるさに体が言う事を聞かず、筋肉痛のような痛みが鈍く走る。
これではとてもグレンダンまで戻ると言う事は出来なさそうだった。

「少し失礼しますよ?」

「え……って、きゃあ!?」

それに気づいたレイフォンは一言クラリーベルに謝罪し、クラリーベル自身も自分でも驚くほどに甲高い悲鳴のような声を上げる。
レイフォンがクラリーベルの背と足に手を回し、抱え上げたのだ。
これは俗に言う、お姫様抱っこである。

「あらあら」

その光景を念威越しに見て、デルボネの微笑ましい声が聞こえる。
都市外装備をしているために顔は見えないが、クラリーベルの表情は赤面していた。
だが、それをまったく意に返さずにレイフォンはクラリーベルをランドローラーのサイドカーに乗せる。
自分はそのまま、何事も無かったかのようにランドローラーにまたがり、クラリーベルに言った。

「それじゃ、帰りましょうか」

これが、レイフォンとクラリーベルの出会い。
だが、レイフォンはこのことを覚えているだろうか?
彼にとっては、幾度と無く戦った戦場のひとつとしか認識していないのだろう。
だが、クラリーベルは覚えている。今でも鮮明に思い出せる。
レイフォンにはなんともない戦場でも、クラリーベルにとっては忘れることのできない思い出深い戦。
自分にはあのようなことが出来るのか?
今は出来なくとも、将来できるようになるのか?
たった一太刀で、一撃で汚染獣を倒すことが出来るようになるのか?

たまらない。その日から、レイフォンの事ばかりを考えるようになってしまった。
1日たりともレイフォンの事を忘れることが出来なくなってしまった。
何時だって思う。そして、3年経った今だって思う。
レイフォンを超えたくて仕方が無い。超えて、自分を認めて欲しい。
そのためには腕を磨いた。3年前に比べて、比べ物にならないほど強くなったという自覚もある。
グレンダンでは、天剣や女王を除いて自分に勝てる者はいないだろう。
だが、だと言うのに……その想い人、超えるべき相手がいない現状に、クラリーベルは深く、切ないため息を付くのだった。







































「油断大敵」

「………っ」

鍛錬中、師であるトロイアットに隙を突かれ、クラリーベルの敗北が決定する。
現在、軽い組み手と言った感じで対峙していたクラリーベルとトロイアット。
決着は一瞬だった。無数のトロイアットの幻がクラリーベルを囲み、あっという間に間合いを詰められて投げ飛ばされる。
その投げ飛ばした動作の後、トロイアットの右腕がクラリーベルの胸の小さい果実をしっかりと揉んでいた。

「鍛錬中に考え事とは感心しないな。それにしても……相変わらず小さいな」

鍛錬中に思考にふけっていたのは確かに悪かったと思う。
そもそも、本来天剣授受者とは強さにだけ固執する者が多く、トロイアットのように弟子を取る者は少ない。
そのトロイアットも、弟子入りを志願したのが女性だったからこそ受けたのであって、そんな境遇で弟子入りした身とあっては師の指導を聞き流すなんて失礼に当たるだろう。
だがこれは、流石にいくらなんでも……

「言いたい事は……それだけですか?」

セクハラを働いた師に殺意を抱き、体をプルプルと震わせる。
師の実力は尊敬しているが、人としては女王と同様、最低だと思うクラリーベルだった。





「そういや、さっきカナリスがなんか泣いてたな。また我らが陛下にいじめられたのかね?」

「知りません」

鍛錬を終え、師と弟子の何気ない会話。
だけどクラリーベルは不機嫌そうで、その会話に棘がある。
もっとも、あのようなことをされれば当然だろうが。

「なんだよ……ちょっとした冗談じゃねぇか」

「トロイアットさん。女性にあのような冗談は感心しませんよ」

「デルボネ……」

開き直ったように言うトロイアットに、蝶のような念威端子から咎めるような言葉がかけられる。デルボネである。
彼女の念威は膨大で、常にグレンダン中に端子が飛び交っているらしい。
つまりは、彼女にはグレンダンで起こっていることが手に取るようにわかるらしい。
かなりの高齢で、ほとんどを病院のベットで寝て過ごしているらしいが、このように念威での会話は可能だ。

「まったく、トロイアットさんはその女癖の悪さを失くせばいい人なんですけどね」

「これは俺の生き様だからな」

重度の女好きであり、幾多の女性に手を出しているトロイアット。
師のその部分を軽蔑しつつ、クラリーベルは小さくため息を付いた。

「それはそうと、デルボネならカナリスが何で泣いてたのか知ってんじゃないのか?」

話をそらすように、何気なくトロイアットがした質問。
その質問に対し、蝶のような念威端子から返答が返ってきた。

「なんでも、廃貴族が見つかったらしいですよ。それも学園都市ツェルニで」

「ツェルニ?ツェルニっていや確か……」

「ええ、レイフォンさんのいる都市ですね」

その言葉を聞き、クラリーベルがピクリと反応する。
レイフォンと言う名を聞いて、この話に興味を持ったのだろう。

「それでもし、レイフォンさんを敵に回した場合を考えて天剣授受者を1人向かわせるらしいですが、どうやらサヴァリスさんに決まりそうですね」

「そんなことか。まぁ、俺にはどうでもいいことだけどよ」

サヴァリスが志願していたと告げるデルボネだったが、自分には関係ないともう興味を失いつつあるトロイアット。
その様子に呆れたように微笑むデルボネだったが、クラリーベルがポツリと口を開いた。

「先生……先生は志願する気、ありませんか?」

「ないね。放浪バスなんて狭っ苦しい乗り物に篭ってられっかよ。その移動が無けりゃ、新しい女の子を求めて行ってみるのも面白いけどな」

「聞いた私が間違いでした」

問いかけたことを後悔し、再びため息が漏れる。

「なんだ、意中の相手にでも会いに行きたいってのか?」

「あらあら、そうなんですか?クラリーベルさん」

その様子を見て、トロイアットとデルボネがクラリーベルをからかうように言ってきた。

「ええ、会いたいですね」

「へぇ……」

「あらあら」

だが、あっさりとしたクラリーベルの返答に2人は拍子抜けするも、それはそれで面白い答えだと感嘆の声を漏らす。

「私がどれだけ強くなったのかも気になりますし、レイフォンに強くなった私を見てもらいたいです。そして、私はいつかレイフォンを超えてみます」

が、あくまで予想通りというか、サヴァリスほどとは行かなくとも戦闘中毒者な弟子に呆れつつ、トロイアットは言った。

「別にクララがどうしよーかは勝手だが、そこまでする必要あんのか?グレンダンを追放されて学園都市に行って、すっかり骨抜きになっているかもしれないぜ」

レイフォンがグレンダンを出て、もうずいぶん経つ。
しかも彼は武芸を続ける意味を失くし、武芸をやめようとすらしていた。
そんなレイフォンが学園都市というぬるま湯に浸かり、腕が落ちたのではないかと危惧するトロイアット。
だがクラリーベルは、そんな事どうしたとばかりに言ってのけた。

「そうなっていたら、そうなっていたです。行ってみないことにはわかりません。ですが、レイフォンが本当にそうなっているでしょうか?」

それは希望、もはや願望だ。
レイフォンにはそうなって欲しくないと願い、強いままの、あのころのレイフォンのままでいて欲しいと願う。
自分が憧れ、超えたいと思うレイフォンのままで。
そして自分は、そんなレイフォンに会いたい。

「ま……お前がどう思っていようと勝手だけどな」

そう言って、トロイアットは立ち上がって去って行く。
今日はデートだからと言っていたので、どこぞの誰かは知らないが女性に会いに行ったのだろう。
どうでもいいことだと思考を破棄しつつ、クラリーベルはレイフォンの事を想った。

「レイフォン……あなたは今、どうしていますか?」






























あとがき
見事にレイフォンとフェリが出てきませんでした(汗
そんなわけで今回はグレンダンサイド。いかがだったでしょうか?
うぅ、自分でも思いますがフェリ成分が足りない……それはまぁ、次回?
書けるかな……?

それはさておき、クララが原作に比べて比較的早く登場。
しかし、クララが書くの難しい……
せりふやら心境やら。
今回、たびたび赤面してますがクララも女の子です。そして陛下にセクハラされて怒っていたりもしました。
だからこんな場面があってもいいではないかと思いますが、いかがでしょう?

さて、ところで今後の展開ですが、別にクララが介入してもいいですよね?
マイアスいっちゃってもいいですよね?
ツェルニ行っちゃってもいいですよね?
ぶっちゃけると、リーリンよりクララの方がフェリに対しては強敵です。
もっとも、フォンフォンはフェリ一直線なので勝率は低いですが……
はてさて、今後はどうなるのか?
XXX板が進まないと嘆くこのごろです。



[15685] 32話 合宿
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/08/24 17:35
「本当に1人で来てくれたんですね」

「……はい」

放課後、錬金科の近くにある公園で2人の少女が向かい合う。
1人は、銀髪に整った容姿の小柄な少女、第十七小隊念威繰者で生徒会長の妹、2年生のフェリ・ロス。
もう1人は黒髪で、おどおどとした態度が小動物を思わせる可愛い系、一般教養科でレイフォンのクラスメイト、メイシェン・トリンデン。
互いにある少年に想いを寄せており、ここ最近は一緒に昼食を取る仲、友人と言う関係の彼女達なのだが、その雰囲気はとても殺伐としたものだった。
いや、殺伐としているのはフェリだけで、メイシェンはびくびくと怯えているのだから。

どうしてこうなってしまったのだろうと、メイシェンはこれまでの経緯を思い出す。
考えるまでもない。自分が、正確にはミィフィが天剣授受者について尋ねたからだ。
誤配で送られてきたリーリンの手紙に『天剣授受者』と言う単語が書かれており、メイシェンはそれが気になったのだ。
自分が知らないある少年、レイフォンのこと。
想いを寄せる相手のことなら知りたいと思うのは当然だし、知って、もっと近づきたいと思った。
自分の知らないレイフォンのことを知っているリーリンのことを妬み、その存在を恐れ、知らないと言う差を埋めるためだけに知りたい。
そんな自分でも呆れるほどに醜い理由でレイフォンのことを知りたがり、ミィフィの週刊ルックンの取材に付いて来て、天剣授受者がなんなのかと聞いてしまった。

だからこそ、今、このような状況に置かれている。
朝、学校に来ると机の中にフェリからの手紙が入っていたのだ。
『2人だけで話したい事がある』と書いてあり、時間と場所が指定されていた。
それ故にメイシェンは1人でここに来た。念威繰者であるフェリに嘘なんてつけるはずがない。
その気になればこの公園の虫の数を正確に数える事ができるのが念威繰者だ。ナルキやミィフィがそんな念威繰者(フェリ)相手に隠れていられるわけがない。

「……もしかしたら、来てくれないかもしれないと思っていました」

「本当は、そうしたかったです」

手紙を机の中から出した時点で、ナルキとミィフィにはばれた。
それ故に手紙の中身は3人で読み、その結果、ここにメイシェン1人で来る事に決まったのだ。
ミィフィは付いていこうと最後まで言っていたが、それをナルキが反対した。

「瀬戸際だよ。ここで約束を守らなければ、手を伸ばすこともできなくなる。そういう気がする」

ナルキの言うとおり、それは瀬戸際だった。
実際、教室で会ったレイフォンはいつもどおりに振舞っていてはくれたが、明らかに無理をしている雰囲気が伝わってきた。それが辛い。
手を伸ばす事ができなくなるのは嫌だ。これでレイフォンとの関係が終わってしまうのは嫌だ。
あの背を見ていたい。

そして何より、フェリを前にして逃げ出すわけには行かない。
たぶん、ツェルニで一番レイフォンに近い女性。
いつの間にか一緒に昼食を取る仲となり、知人とも、友人とも言えるが、メイシェンにとって一番の強敵。
ミス・ツェルニであり、週刊ルックンでは一度レイフォンとの仲を取り上げられたこともあるほどだ。
そのことにショックを受けたメイシェンだが、ナルキと、記者であるはずのミィフィもルックンは根も葉もない噂を記事にするからと慰められていた。
レイフォン本人とフェリには確認を取っていない……答えを聞くのが怖かったからだ。

「単刀直入に言います。昨日のあの言葉は、忘れてください」

昨日、取材の時にミィフィが天剣授受者と言った瞬間、気温が一気に下がった気がした。
ミィフィの質問は爆弾だった。その爆発は巨大な亀裂を作り、明確に第十七小隊とメイシェン達を分けた。
フェリ達は知っている。天剣授受者がなんなのか、それがレイフォンとどう言う関わりを持っているのかを。
メイシェンは知らない。
その差が、この瞬間にはっきりとわかってしまった。それがとてつもなく悲しく、そして悔しい。

「……どうして、ですか?」

「あなた達には関係のないことですし、フォンフォンに余計な負担をかけたくないからです」

「……でも」

知りたい。レイフォンに近づきたい。そう思ってしまう。
フェリの言う言葉ももっともだが、忘れる事でレイフォンに近づく事ができるのか?
それは違う。よりいっそう距離が離れてしまう。そんな気がする。

「興味本位で他人の過去を暴くのが楽しいですか?」

それを言おうと、口を開こうとした瞬間に、フェリにそう言われてしまった。

「……違います」

「でも、あなた達がしていることはそういうことです。知る必要のない他人の過去を暴いて、自分の気持ちだけを満足させる。それで一体、その先でどうするつもりなんですか?」

そんなことはわかっている。自分がどれだけ醜いことを考えているのかなんて。
レイフォンの秘密を知っているリーリンやフェリ達のことが羨ましく、その差を埋めたいがために自分は知りたいと思っている。
レイフォンに対する迷惑なども考えずにだ。自分でも嫌になるくらいに醜く、自分勝手だ。

「……満足できると思っているわけじゃないです」

でも、それでも、

「それでも、知りたいんです。知ればどうなるかなんてわかりません……考えると、怖いです。なんで、そんなに秘密にしてるのか、それを考えるととても怖いです」

知りたい。引きたくない。忘れたくない。

「……どうしてですか?」

フェリの問いかけにメイシェンは思う。
知れば気持ちが変わるかもしれない。メイシェンの中にあるレイフォンへの気持ちが変わるかもしれない。
それが怖い。怖くて怖くて仕方がない。
掌を返したように自分の気持ちが変わったとしたら、メイシェンはもっと自分が醜くなってしまったように思うだろう。
今のままでも、嫉妬でたまらなくなる。自分の知らない事を、第十七小隊の面子は、フェリは知っている。知っていて、その上でレイフォンのことを仲間だと思っている。
そのことが悔しい。

今では武芸を続ける事に迷いのないレイフォンだが、当初はその武芸をやめようとすらしていた。
武芸科ではなく、一般教養科としてこのツェルニに入学したのだ。
何故、レイフォンは武芸をやめようとした?
あんなに強いのに。小隊員最強と呼ばれるほどに、ナルキの話では熟練の武芸者相手に圧倒できるほど強いと言うのに、なんでレイフォンは武芸をやめようとしていた?
それは天剣授受者と言う言葉に関係があるのか?
もしそうだとしたら、メイシェンはレイフォンの未だに癒えていない傷に触れようとした事になる。

「どうして、それでも知りたいんですか?」

「私は……」

それでもメイシェンは引かない。
おそらくレイフォンには気軽に人には話せない、重たい過去がある。
それを知った上で、第十七小隊の者達はレイフォンを仲間として扱っている。守ろうとしている。
それがとてつもなく悔しく、妬ましい。
まるで、レイフォンの輪の外側に弾き出されてしまったようだから。

「私は……」

声が震える。
だが、それは嫌だから、輪の外側に弾き出されるのが嫌だから、メイシェンは言い切る。

「……私は、レイとんが好きなんです……好きでいたいんです」

メイシェンはレイフォンのことを知りたい。
だけど知ってしまえば、現状の関係性が壊れてしまいそうで怖い。
教室で何気ない会話を交わしたり、一緒に昼食を取れなくなるのが怖い。
だが、だからこそこの気持ちは自分の中だけで終われない。レイフォンが関わってくる。
だけどレイフォンには一方的なことで、自分の我侭でしかいない。
確かにリーリンやフェリ達との差を埋めたいと思った。だが、レイフォンの過去を知ろうとするのは、レイフォンのことを深く知りたいからではない。
そんな気持ちもあるのだろうが、メイシェンは試したいのだ。レイフォンの過去を知っても、自分はレイフォンを好きでいられるのか?
醜くないのかを。
壊れる事に怯えながら、それでも自分の気持ちが真正のものなのかどうかを知りたい。

「そうですか……試さなければ自分の気持ちに自信が持てないんですか?」

「……はい」

レイとんが、レイフォンの事が好きだと言い、好きでいたいと言ったメイシェンに厳しい視線を向けつつ、フェリは尋ねる。
その問いに、メイシェンは何とか頷いた。

「……おっかなびっくりにつま先で地面を確かめながら歩くようなやり方ですね。一歩先のことしか考えてない。その先になにがあるのかまるで考えてない。賢いやり方ではありませんね」

「……う」

知ろうとする事でレイフォンがメイシェンをどう思うか……フェリはこのことが言いたいに違いない。
そして、その結果が今日のレイフォンだとしたら……

「これは忠告です。昨日のあの言葉は、忘れてください」

もう一度同じ言葉を、フェリはメイシェンに言う。
冷め切った声で、刺すような視線をメイシェンに向けた。

「あなたがどうなろうと構いませんが、結果的にフォンフォンを傷つけるようなら……私はあなたを許しませんよ」

メイシェンが知ろうとしていることは、そう言う事だ。
一歩間違えれば、レイフォンを追い詰めかねない。傷つけかねない。
そんなこと、フェリは許さない。させるわけには行かない。

「……………」

メイシェンは答えられなかった。
視線を落とし、俯く。『嫌です』と一言言うだけでいい。
レイフォンを傷つけるつもりはないが、だからと言って引くつもりは、忘れるつもりはない。
だと言うのに言えない。フェリの顔を正面から見ることが出来ない。
ただ黙って、下を向いていることしかできなかった。

「いいですね?」

そう言って、フェリは背を向けて去って行く。
その様子を見送る事ができずに、メイシェンは地面を見つめているだけだった。






































「到着」

「ありがとうございます、オリバー先輩」

「なに、気にすんな。第十七小隊には前回の件では世話になったからな」

大荷物を積み、技術科から借りてきた、オリバーの運転する車は農地の一区画を訪れていた。
果樹園を抜け、養殖湖が近くにある農業科の扱う農地。だが、今は農閑期で使用はしていないらしい。
そんな辺り一面、平野の大地にポツリと建っている一軒家がある。本来は農業科の者達が泊り込めるように設けられた宿舎だ。
今回、レイフォン達第十七小隊はこの土地と宿舎を利用する。

「すまんな、オリバー」

「いえいえ、これくらいならお安い御用ですよ」

車に詰まれた荷物を宿舎に運ぶ中、ニーナに声をかけられてなんともないようにオリバーは返答する。
オリバーやレイフォンにて室内に運ばれているものは、訓練の機材や宿泊用の衣類、食材などだ。
その理由、目的は合宿。
色々あり、正式にナルキも加入したためにニーナの提案で合宿を行うことになったのだ。
そのこと自体は廃都の調査のころから計画し、セルニウム鉱山での補給期間中を予定していたのだが、前回の違法酒騒ぎで中止となってしまったのだ。
そのため、本来なら文武両道が主義のニーナは授業をサボるのをよしとしないが、次の試合相手はツェルニ最強と名高い第一小隊。
さらには、正確にはわからないが武芸大会も間近へと迫っている。
それ故に、是非とも合宿を行いたい。
授業についてもニーナが事務課で申請し、第十七小隊は授業の一環として合宿が出来るようになったために授業をサボらなくともよい。
ただ、日程は二泊三日で休日をはさんでいたため、なにやらシャーニッドが愚痴っていたがニーナはそれを無視した。

なんにせよ、そう言った経緯でレイフォン達はここにいる。
荷物を運び込み、まずは準備をしていた。

「それにしても、大きいですね」

「ああ。ここは農業科の人達が泊り込むときに使う場所だからな。20人くらいは寝泊りできるようになってる」

「凄いですね」

「ここら辺一帯でツェルニの食糧を賄っているんだからな、広くもなるさ。こういう施設は生産区のあちこちにある……こっちだ」

かなり大きな宿舎に驚きつつ、レイフォンはニーナの説明と案内でキッチンへ向かい、持って来た食材を冷蔵庫へと仕舞う。
その作業後、レイフォンは持ってきた荷物を割り当てられた部屋へと運ぶ。
一応、1人一部屋を与えられており、レイフォンは荷物を置いた後オリバーの元へと向かう。

「おう、レイフォン。これはどこに置けばいいんだ?」

「あ、それは外にでも出しててください。どうせすぐに訓練で使いますし」

「了解、っと」

練習機材を運び、レイフォンの指示通りの場所に置く。
その作業で一段落を付き、汗を拭ってオリバーは小さく息を漏らした。

「ふぅ……それにしてもお前達も大変だな。合宿って言うが、お前みたいな奴が合宿で学ぶようなことなんてないだろ?」

「そうでもないですよ。やっぱり集団戦で一番大切なのはチームワークですからね。こうやって一緒に練習するだけでためになりますし、こういったことはグレンダンにいたころ体験したことがなかったので、結構楽しみなんです」

チームワークや連携の建て前はさておき、レイフォンは合宿などと言った事をしたことがない。
武芸は養父であるデルクに教わったが、そもそも孤児院で経営ギリギリの道場が合宿などと言う金がかかるイベントを行えるはずがなく、また天剣授受者になってからは、合宿などせずとも最高の鍛練場を与えられる。
それに、天剣授受者が皆揃って合宿をやると言うのも、シュール過ぎてあまり意味はない。
例外を除けば天剣授受者が共に戦う事はなく、基本は単騎なのだ。
中にはコンビを組んで戦う天剣授受者もいるが、それは例外の部類である。
レイフォンも例外として、老生六期の汚染獣に天剣授受者3人がかりで挑んだ事はあるが、アレとて到底連携やらチームワークと言った言葉は程遠い。

なんにせよ、少々本題がずれたが合宿はレイフォンにとって初めてであり、どこか期待し、わずかに胸を高鳴らせていた。

「まぁ、それはいいけど……ところで、ミィフィさんは来ないの?」

「来ませんよ。今日は普通に平日じゃないですか。って言うか、オリバー先輩は授業に出なくていいんですか?」

「いいんだよ、サボったから。ってかマジ!?ミィフィさん来ないの?ああ……授業出ればよかった」

「いやいや、最初からそうしてください」

休日を挟んで行うこの合宿だが、今日は本来なら授業の日程だった。
第十七小隊の面々はニーナが手を回し、ナルキも正式に第十七小隊に入隊したので参加、メイシェンは料理を担当してくれると言うことなのでこれもニーナが手回しをし、合宿に参加できるようにしたのだ。
いつもミィフィと一緒にいるこの2人が参加するとのことなので、必然的にミィフィもくると思ったオリバーはだからこそ無断で授業をサボり、無償で手伝ってくれたのだが、当てが外れてがっくりと肩を下ろす。

「でも、手伝ってくれて助かりましたし、隊長も後で話を通してくれると思いますから」

「そんなことはどうでもいいんだけどさ……」

オリバーが手伝うと申し出たのは当日であり、いきなりだったのでニーナも話を通す暇はなかったが、後日、こう言う理由で授業を休んだと報告すれば欠席にはならないだろう。
だけど、オリバーは普段から徹夜作業などで授業をよくサボるのであまり意味はなかったりする。

「ま、せっかくだし今日は最後まで付き合うか。バイトは休みだから暇なんだよ」

「あ、ありがとうございます……」

ならば授業に出ろと思いつつ、笑顔を引きつらせ、レイフォンは苦笑するようにオリバーに礼を言う。

「レイとん、ちょっといいか?」

「あ、ナルキ。なに?」

レイフォンはナルキに呼ばれ、彼女と共に去って行く。
おそらくは、合宿の荷物を運び込むための手伝いに呼ばれたのだろう。
取り残されたオリバーは少し休憩をしようと、ロビーに当たる部屋に置いてあったソファに腰掛ける。

「さてと、一休みしたら作業を再開するか」

伸びをし、独り言を漏らしながら宣言した。












































「今……なんて?」

合宿の3日ほど前、メイシェンはナルキによってとんでもないことを聞かされてしまう。
ここは彼女達が暮らす寮のキッチンだ。
3LDKで、それぞれの部屋の中央に位置するようにロビーがあり、その奥にキッチンがある。
そのキッチンで夕食の支度をしていたメイシェンは、ナルキに確認を取った。

「うん、昨日言ったけど小隊で合宿があるんだ。そこで料理の担当にメイを推したから。もう決定かな?」

「ま、待って……」

ナルキは当たり前のような顔をして野菜の皮むきをしているが、メイシェンにはそれどころではない。
要は店も何もないところで合宿を、つまりは自給自足をやるのだが、料理を担当するレイフォンも合宿に参加するため、大変だろうからとナルキはメイシェンを推薦した。当初はニーナの友人がやるはずだったらしいが、それが駄目になったらしい。
その旨を聞かされ、メイシェンはエプロンの胸の辺りをぎゅっとつかんだ。

「私が……?」

「他に誰がいるのさ?ミィを呼んだって話にならない」

話題に出たミィフィは、現在部屋にこもってバイト先で任された記事を書いている。
そもそも小隊の食事を任されるほどの腕を持つのは、子の3人の中ではメイシェンしかいない。
ナルキも簡単な料理はできるが、メイシェンとは比べるまでもない。

「でも……」

「授業の方は隊長さんが話を付けてくれるらしいから、欠席にはならないそうだぞ」

「あう……」

逃げ道を封じられ、メイシェンは呻くように肩を落とした。

「なんで?こういう機会は滅多にないと思うぞ?」

メイシェンの態度に、ナルキが首を傾げる。
確かにメイシェンを推薦したのはレイフォンが大変だろうと思ったからでもあるが、別の狙い、意図がある。
それは彼女の親友、メイシェンが想いを寄せる相手、レイフォンのことだ。
レイフォンが参加する合宿に、メイシェンも連れて行こうというナルキなりの気遣い。合宿と言うイベントによって2人の距離が縮まるとはいかなくとも、触れ合わせようという考えがある。

「でも、だって……いきなり……」

「いきなりって……別にレイとんと2人っきりになるわけでもないんだし」

「それは。そうだよ」

2人っきり……ナルキにそういわれたとたん、メイシェンの頬が熱くなる。
それを誤魔化すように、メイシェンは否定するように言った。

「まぁ、2人っきりになるチャンスはあるだろうけどね。レイとんは料理ができるからな。それにあの性格だ。絶対に手伝うって言うね。他の連中は駄目らしいし……」

「え……うあ……」

ナルキはそう言うと、スティック状に切った野菜を1本取って齧った。
対するメイシェンは、顔を真っ赤に染め上げる。

「だから、そんなに上がる必要はないって」

「でも、でも……」

「大丈夫だって。何も一日中一緒なわけじゃないんだから。訓練もあるし」

内気なメイシェンは慌てふためき、それをナルキが宥める。
それが効いたのか、メイシェンは少しだけ冷静になれた。

「でも、いいのかな?邪魔じゃない?」

「邪魔じゃないからこうして言ってるんだ。料理をメイに担当してもらえるなら、レイとんも助かるだろうし、食事のことをあたしらが心配する必要もなくなるわけだし」

「そっか……」

だんだんと、メイシェンの中で自分の立ち位置がハッキリしてきた。
料理を作る。ただそれだけのことだ。そして、何時もやっていることだ。
それでレイフォン達の合宿の手伝いをすればいい。それだけのことで、何か特別なことをするわけではない。
ただ、心の準備がまだできなかった。

「ご飯を作ればいいんだね?」

「最初からそう言ってるじゃないか」

確認を取り、心の準備をするメイシェンにナルキが苦笑して頷いた。

「あまーいっ!」

が、そこに乱入者が現れる。

「ミィ……話がややこしくなるから、大人しく待ってろ」

「うわっ、ひど!なにその扱い?断固抗議します」

乱入者にうんざりして、めんどくさそうに言うナルキ。
その扱いにミィフィは頬を膨らませて文句を言った。

「いいから。これやるから、大人しくしてろ」

「子ども扱い!?でももらう……そうじゃなくて」

しっかりとナルキにもらった野菜スティックを齧りつつ、ミィフィは叫んだ。

「それだけで終わらせてどうするのよ?思いっ切りチャンスじゃん」

「チャンスがって、なにがだ?」

「天剣なんとかってのこと」

ミィフィが言ったその言葉に、メイシェンは胸が締め付けられた。
思い出されるのは先日の出来事。
フェリとの相対。そして、いつもどおりではいてくれたが、どこか無理をしていたレイフォンのこと。
ミィフィの言う天剣なんとか、天剣授受者と言う話題は、気軽に聞いていい類の話ではない。

だが、それでも気になる。
天剣授受者と言うのは、武芸者としての称号か何かだろう。
都市によっては、優れた武芸者にそういった称号を贈ることがあるし、それはメイシェン達の故郷である交通都市ヨルテムにも、交叉騎士団という称号、地位があった。
その交叉騎士団に入ることが優れた武芸者の証明で、ヨルテムの武芸者はみんなそれを目指す。
おそらく、天剣授受者もそれと同じようなものなのだろう。
レイフォンのことを強いと思っているメイシェンにとって、そんなだいそれた称号を与えられていても驚かない。いや、メイシェンだけではない。
ナルキだって、ミィフィだってレイフォンが学生武芸者に比べて圧倒的に強い事を知っている。
実際にナルキは見ているのだ。熟練の武芸者5人をレイフォンが圧倒するところと、この間の対抗試合で小隊員4名を瞬殺するところを。
それ故にレイフォンの強さは知っている。だけど、それならどうしてレイフォンはツェルニにやってきたのか?
優れた武芸者と言うのは、汚染獣の脅威に怯える都市としては外に出したがらない。
いくら武芸の本場グレンダンとはいえ、天剣授受者と言う称号を持つかもしれない人物を都市の外に出すとは考えられない。
ならばどうして?

一度その事を、天剣授受者の事について聞き出そうとしたメイシェン達だが、言うまでもなく結果は失敗に終わった。
あの時はこれでレイフォンとの関係が終わってしまうのかと不安になったが、そうはならなかった。だけど、あの時と々失敗はしたくなく、ずっと聞けないでいた。
それに、フェリからの忠告もある。

「そのことはもういいだろ」

うろたえるメイシェンを庇うように、ナルキが顔をしかめて言った。

「誰だって話したくないことのひとつやふたつあるだろう?話しても構わない事なら、レイとんはもう話してくれるはずだ」

「それも一理あるね。けどさ……そうやって内緒ごとにされてるの知ってて、これからもうまく付き合えるわけ?」

「む……」

ミィフィの言葉に、ナルキが唸る。
確かにナルキの言葉には一理あるだろう。
話さないと言うのは、レイフォンが話したくないと思っているからだ。気軽に話せることではなく、秘密にしたいからだ。それを無理に聞き出すのはよくはない。
だが、ミィフィのその言葉にも一理はあった。
秘密を持ったままで、これまでと同じようにやっていけるのか?

「知ってんだよ。この前の試合が終わった後さ、ナッキはなんか考えてたよね?あれって、レイとんが関わってんじゃないの?」

「そんなことはない。それに、もしそうならあたしはそれを言わないとミィ達に信用してもらえないのか?」

言葉では否定するが、流石は付き合いの長い幼馴染だと内心で感心する。
ナルキが考えていたのは、前回の第十小隊との試合の事。
廃貴族などと言う訳が解らず、そう簡単には話せない内容のことや、サリンバン教導傭兵団。
そして直接の戦闘はなかったが、学生武芸者を未熟と言っていた傭兵団の団長、ハイアがどことなく意識していたレイフォンのこと。
この時、ハイアはレイフォンにこう言ってはいなかったか?

『元天剣授受者』

『グレンダンに戻れない』

このふたつの単語を。そしてハイアは、間違いなくレイフォンのことを知っている。
もっとも、それはグレンダンと深い関わりを持つサリンバン教導傭兵団だから、グレンダン出身で、特別な地位を持っていたレイフォンのことを知っていてもなんらおかしくはないのだろうが。

「話せることなら話しているでしょ」

「ほれ見てみろ。それを、どうしてレイとんにも適用できない?」

「そんなの当たり前じゃん。私とナッキと、私とレイとんじゃ、関係性の土台が違うもん」

「なにが違う?」

深くを聞いてこないミィフィに感謝しながらも、それを何でレイフォンにもできないのかナルキは尋ねる。
それに対し、ミィフィは当然の様に返答した。

「私は、ナッキがおもらしして泣いてることとか知ってるもん」

「なっ!」

いきなりの言葉に、ナルキが昔のことを思い出してか顔を真っ赤に染め、うろたえていた。

「な、泣いてなんかいないぞ!それに、そもそもあんなことは1回だけで……」

「泣いてました~。全身プルプルさせて泣くの我慢していただけじゃん。目にびっちり涙溜めてさ。ああ、今でも鮮明に思い出せる。あの時のナッキは……」

「やめんか!」

怒鳴るナルキと、それをおちょくるミィフィ。
メイシェンにはそれを見ていることしか出来ず、あうあうと唸っていた。
ナルキに捕まり、首を締められたミィフィは、締めている腕を叩きながら叫んだ。

「って言うか!そんなことを言いたいわけじゃなくて、私らはそれぞれ、ちっさい時から知ってるわけじゃん。そんなんなのに今更隠し事のひとつやふたつされたって、根っこを知ってるから信じられるわけ。でも、レイとんは違うよね。レイとんのことを私らは知らない。ツェルニに来る前の事とか、全然。だから知りたいんじゃないわけ?気になるんじゃないわけ?」

「む……」

その言葉にナルキが反応し、動きが鈍る。その隙にミィフィは腕から逃げ出した。

「とにかく、レイとんのことを知りたかったらグレンダンでのレイとんも知ってないといけないんじゃないのって言いたいわけ。以上、終了!お腹が空いた!」

言いたいことを言い、ミィフィはそのままキッチンを出て行った。

「……まったく、あいつは好き勝手なことを言う」

その言葉に思わず納得してしまいそうになったが、それを口から出たでまかせだと判断し、ナルキは未だに顔を赤くしながらリビングに消えて行ったミィフィへと視線を向ける。

「メイ、気にしなくていいんだからな」

「……うん」

だけど、ミィフィが言う言葉も正しくはあった。
ツェルニに来てまだ半年ほど。レイフォンと出会ってまだ半年しか経っていない。メイシェンはまだ、半年分のレイフォンのことしか知らない。
レイフォンが育ったグレンダンのことなんて、何も知らないのだ。

だからこそ気になる。そして知りたい。
その時間を共に過ごしたであろうリーリンという女性に嫉妬し、事情を知っているフェリ達に嫉妬する。
なぜなら自分はレイフォンのことが好きなのだから。好きだからこそ、その相手のことをもっと知りたい。

(でも……これってわがままなのかな?)

だけど、その不安が拭い去れない。
自分の我侭で、都合によってレイフォンの過去を暴こうとしている。このことにおいては、先日フェリに忠告されたばかりだ。
フェリは言った。『あなたがどうなろうと構いませんが、結果的にフォンフォンを傷つけるようなら……私はあなたを許しませんよ』と。
別にレイフォンを傷つけるつもりはない。だが、結果的にそうなってしまうのだとしたら?
でも、それでも……

考え事をしながら調理をしていたメイシェンは、その所為か夕食の味付けに少し失敗した。
ナルキやミィフィは気づいていたようだが、特に何も言わなかった。

(これは信頼?それとも同情?)

よくわからなくなりつつ、メイシェンは力のないため息をついた。

そんなやり取りがあり、メイシェンは今、ここにいる。
建て前では料理の担当として合宿の手伝い。
ただ、ミィフィの言うとおりに天剣授受者について聞くかどうか……それについて頭を悩ませていた。





































初日と言う事もあり、その日の訓練は簡単に済んだ。
錬武館のような訓練室はないので、当然野外での訓練になる。
日が沈めば辺りには建物から零れる電灯以外に、照明になるものはない。故に暗闇での乱取りを暫くして、終了となった。
その日の夕食、

「うめっ!」

「マジうまっ!!」

メイシェンが用意した夕食は好評であり、シャーニッドとオリバーががっついている。
授業をサボったオリバーも訓練に協力したため、そのまま夕食をご馳走になっている。
明日は休日だし、このままここに泊まる予定だ。

「あの……お代わりもありますからたくさんたべてくださいね……」

「お代わり!」

「は、はい……」

おどおどとしたメイシェンに言われ、さっそくオリバーが食べ終えた食器を差し出す。
その声量に驚いたメイシェンだが、返事を返してオリバーの食器に料理をよそった。
人見知りをする彼女なのだが、おいしそうに料理を頬張るオリバーや他の一同の姿を見てほっとする。
そして何より、レイフォンもおいしいと言ってくれたのが嬉しかった。

「お代わり!」

「いやはええって。お前どんだけ食うんだ?」

再びお代わりを要求するオリバーにシャーニッドが軽く突っ込みつつ、シャーニッド本人も空になった食器をメイシェンに差し出す。
そんな風に、騒がしくも楽しい夕食は終わった。





「Bの6周辺に念威端子」

その後は大広間で暫く雑談し、今はニーナとシャーニッドが指揮官ゲームと言うボードゲームをしている。
なんでも戦術思考の育成のために武芸科が開発したものらしい。
それをなんとなく、レイフォンとフェリは眺めていた。

「残念、な~んにもなし」

「なんだと?くそ……終了だ」

このゲームはマスで分けられた盤上に駒を配置し、敵の駒の動きを読みながら自分の駒を動かし、敵の指揮官を倒すゲームだ。
それぞれに独自の盤があり、相手の盤上が見えないように作られている。
背中合わせにニーナとシャーニッドは座り、床に置かれた盤上にそれぞれの駒を配置し、動かしていた。

「んじゃ、俺ね。Eの3に念威端子」

「……Eの2に前衛1体」

念威端子と言うのは念威繰者の駒の能力であり、相手の盤を探索することができる。
念威端子を飛ばした近辺に敵がいなければ無駄に終わるが、この様に発見できれば有利にゲームを進められる。

「ういさ、狙撃……っと」

シャーニッドとニーナがお互いに六面ダイスを振り、結果を言い合う。
狙撃が成功するかどうかは、ダイスの出た面によって決まるのだ。

「よし、かわしたな」

「甘い、もう一回狙撃」

「なっ…………くそっ」

その結果、かわした事に安堵するニーナだったが、今回シャーニッドとやっているゲームは駒の構成自由(フリールール)。
一度狙撃をかわしたからと言って、念威繰者2,3体、残りは全部狙撃手と言う現状油断はできない。
あまりに極端で偏ったシャーニッドの構成だが、それが驚くほどにはまり、まさにやりたい放題。
再びのダイスの振り合いの結果、ニーナは渋い顔をして盤上から前衛の駒を外した。

「うい……終了」

「私だな。なら……」

2人は駒を動かし、念威端子で相手の駒を探し出し、狙撃、または近くの駒で攻撃をしていく。
が、主に攻撃をしているのはシャーニッドだけで、面白いようにニーナは狙撃で駒を潰されていく。
そのまま、始終シャーニッドの優勢でゲームは進み、シャーニッドの勝利に終わった。

「えーい……くそっ」

「だ~から、フリールールで通常構成の小隊組んだってしかたねぇって言ったろ?念威繰者が2か3、残り狙撃手でやりたい放題ができるんだから」

盤上を睨んで次の作戦を考えているニーナに、シャーニッドはダイスを弄びながら悠々と声をかけた。

「うるさい、ちょっと黙ってろ」

「次はちゃんと構成決めてやろうぜ」

「いや、もう一度同じ構成だ」

「そっちが勝つにはダイス運に頼るしかないぜ?」

それに反発するニーナに、シャーニッドはやれやれとボヤキながらも駒を並べる。
むきになったニーナが頑固で、人の話を利かないのをよく知っているからだ。
そしてもう一度、先ほどと同じ構成で戦い、当たり前のようにシャーニッドが勝った。
それが後2回ほど続いた。結果はもちろん、シャーニッドの勝利だ。

「ここまで負け続けるとは……隊長が隊長でいいのか、本当に不安です」

「うるさいぞフェリ!」

ゲームとはいえ、戦術思考を育成するためのゲームにこうもボロ負けするニーナを見てフェリが辛辣な言葉を吐く。
正直な話、これは隊の長としてどうなのだろうか?
こうも連敗が続けば、駒となる隊員として隊長に付いていっていいのか疑問が生まれてしまう。
故に、このフェリの言葉は無理なからぬものだった。

「もう少しなんだが……」

「もう止めようぜ、いい加減だるい」

今まで付き合わされていたシャーニッドがうんざりとつぶやき、駒を放って両手を挙げた。

「む……そうだな、もうこんな時間か。風呂に入って引き上げるか」

「あ、風呂があるんですか?」

時間ももう遅いので、ニーナは意外にもあっさりとシャーニッドの言葉を受け入れる。
そのニーナの返答に、ナルキが反応した。

「ああ、大きな風呂がある……が、そうかしまった、湯を入れる暇がない」

もっとも、それは当然のことだろう。
ここは農業科の生徒20人以上が泊まれる宿舎なのだ。そのため当然風呂もあり、大浴場となっているのだ。
だけど、今までゲームに夢中になってすっかりそのことを失念していたニーナ。
時間はもう夜遅く、風呂を入れている暇はない。

「すまんな、今日はシャワーで済ませてくれ。明日は湯を張ろう」

「まったく……なんでそんな大事なことをもっと早く言わないんですか?ゲームに夢中で忘れていただなんて、子供じゃあるまいし」

「ぐっ……悪かったとは思っている」

またも辛辣な言葉をフェリに吐かれ、ニーナは表情を歪める。が、正論故に反論することすらせず、渋い表情のままシャワーの準備を始めた。

「あ、風呂なら俺が沸かしてきましたよ」

「ホントかオリバー!?」

「はい」

だけどそこで、オリバーが会話に割り込んだ。
その内容は彼が浴室を発見し、せっかくだから風呂でも沸かすかと言うことで沸かしてくれたらしい。
ニーナに一応報告しようとも考えたのだが、ゲームに夢中になっていたために見送ったのだとか。

「えっと……余計なお世話でした?」

「そんなことはない。助かったぞオリバー」

ニーナはオリバーに感謝し、それならばと女性陣を引き連れ浴場へと向かった。
この宿舎の風呂場に男女の区別はなく、とりあえずは先に女性陣が入ることになったのだ。
風呂を沸かしたオリバーに先に入るかとはたずねたが、本人が後でゆっくり入ると言ったからその言葉に甘えることにした。
そして、オリバーとシャーニッド、レイフォンの3人の男性は風呂場へと向かう女性陣を部屋で見送っていた。

「ナイスだオリバー!」

「いやぁ、それほどでも……」

女性陣が去った後、シャーニッドがオリバーを褒めちぎり、それにオリバーが照れ臭そうに相槌を打つ。
なぜかテンションが高い2人にレイフォンはついていけず、とりあえずはフェリに風呂上りのデザートでも用意しようかなどと考えながら、キッチンに残っていた食材を思い出す。
その思考の片隅で、確かにレイフォンは2人の会話を聞いた。

「となればすることはひとつ……」

「ええ、もちろん……」

楽しそうに何かを企む2人の会話を。









































「大きいですね……」

「そうだろう」

そして場所は風呂場。
やはり20人以上が寝泊りすることを考えれば風呂も大きくなり、見事な大浴場だ。
湯気が充満する室内で、タオル1枚に身を隠す少女達の裸体が露になる。

「ふむ、いい湯加減だな」

湯船に触れ、最初にニーナが湯に浸かった。

「あ、本当ですね」

その後にナルキが続く。

「メイもホラ」

「う、うん……」

ナルキに呼ばれ、メイシェンもおどおどとしながら湯船に浸かるために歩みを進める。
その姿を、フェリはどこか含みのある視線で見つめていた。
視線は主に胸に集中する。集中して、今度は自分の胸へと視線を落とす。
そしてまた、メイシェンの胸へと視線を向けた。そして再び自分の胸へと視線を落とす。

「……………」

言いようのない感情が胸の奥底から湧いてくる。
服を纏わず、あまりにも凶悪で大きなそれが纏っているのは1枚のタオルのみ。
それ故に見せ付けられてしまう。彼女の、メイシェンのあまりにも強大で凶悪な兵器に。
それは自分にはないものであり、それを持っているメイシェンが妬ましかった。
レイフォンは別に胸の大きさなんて気にしないと言って、愛してはくれたが、それでもやはり女性として胸の大きさは気になるものである。

「大きい……ですね」

それは浴槽ではなく、もちろんメイシェンの胸に実るふたつの果実。
それを忌々しげに見つめながら、フェリは湯船に浸かった。








「絶対にヘマすんじゃねぇぞ。ニーナにばれたらどぎつい制裁を喰らうからな」

「だからってやらないと言う選択肢はありませんね」

「当然」

声を潜め、浴場へと向かうシャーニッドとオリバー。
殺剄までも使い、気配を完全に消していた。
そんな彼らの目的は言うまでもなく、

「風呂と言えばもちろん、女の子同士の裸の付き合い、思わぬタッチアクシデント……それを覗く俺達!」

「いいですね、最高ですよ。これでこそ来た甲斐があった!!」

覗き。
ハイテンションな2人は、目的の理想郷を目指して互いに足を進める。

「で、お前は誰が狙いなんだ?俺はニーナも悪くはねぇと思うが、やっぱりメイシェンって言うナルキの友達かな?あの顔であの胸は凄いね、うん。どんな果実が隠れているのか楽しみだ」

「俺はもちろんフェリちゃんですね。無表情なのが玉に瑕だけど、最近は稀に笑うし、その笑顔が可愛いし、何よりあの幼い体付き!容姿はもう完全に俺のストライクゾーンですよ!」

互いの獲物を、目的の少女を口にし、シャーニッドとオリバーは胸を高鳴らせていた。

「今日はもう遅いですよ。そろそろ寝ましょうか……永遠に」

その2人に、冷酷で絶対零度の視線と声が降り注ぐ。

「へ……ぶらべらっ!?」

瞬間、オリバーが飛んだ。
顔面を強打され、言葉にならない呻きを上げながら数メートルほど吹き飛ぶ。
それも当然だろう。よりによって彼の前で、フェリに目的があると言ったのだから。

「は……?」

シャーニッドが呆気に取られる中、この原因を作った人物は冷たい笑みを浮かべながら今度はシャーニッドへと錬金鋼を向ける。
刃引きが施された剣ではあるが、それで思いっ切り強打されれば簡単に死ねるだろう。

「次はシャーニッド先輩の番ですね。安心してください、永遠に安らかな眠りへと案内しますから」

もっとも本人からすれば、レイフォンからすれば最初からそのつもりだ。
永眠させる気で錬金鋼をシャーニッドに向け、その威圧感に当てられてシャーニッドの表情が引き攣る。

「待て、待て待て……悪かった、俺が悪かった。なんだ、そんの事に興味なさそうなツラして実際はあるんだな?お前を誘わなくて悪かったよ。だからさ、その物騒なモンを仕舞え」

「そう言う事じゃないんですよ。それに、覗きだどうだかでとやかく言うつもりはないんですけどね……普段なら」

レイフォンは感情を感じさせない声で、ゆっくりとシャーニッドへとにじり寄る。

「ただ、フェリも入っていると言うなら話は別です。徹底的に、容赦なく殺りますよ?」

「おぃ、落ち着けレイフォン!」

半ば悲鳴を上げるように、シャーニットは後退しながら言う。

「別に俺はそこで寝てる変態とは違うからよ。別にフェリちゃんに狙いがあるわけじゃねぇ。それにはホラ、もう少し成長しないと」

だから見逃せと言うシャーニッドだったが、

「……それはフェリを侮辱してるんですか?知りませんでしたよ、シャーニッド先輩が自殺志願者だったなんて」

「ならなんて言えばいいんだよ!?」

余計にレイフォンの怒りを煽ってしまい、まさに絶体絶命のピンチを迎えていた。

「くっ……こうなりゃ戦略的撤退!!」

即逃げの一手。
悔しいが、汚染獣とガチで戦って打倒する後輩に勝てるわけがない。
それに、今のレイフォンはヤバイ。なんだか瞳が濁っている。
感情が感じ取れず、まるでどこか病んでいる感じだ。
そんなのを相手にしたくなく、また命も懸かっているために懸命に逃げだすシャーニッドだったが……

「どこに行くんです?」

回り込まれてしまった。
それも数十を越えるレイフォンによって。

活剄衝剄混合変化 千斬閃

分身し、シャーニッドを取り囲む。
そして、その分身全員が体をひねり、剣を背中に隠すように構えていた。

天剣技 霞楼

それは、老生体すら退けたレイフォンの連携技である。
剣身に集まる剄が、これでもかとシャーニッドを威圧していた。

「ちょ、待て……それは洒落になら……」

シャーニッドは一瞬で悟る、これは避けられないと。
そして考える、どうしてこうなったのかと?
剄の圧力を受けつつ、これって生きていられるのかとまるで他人事の様にも考えていた。

「それでは、さようなら」

レイフォンのこの言葉を最後に、シャーニッドの意識は深い闇へと沈むのだった。




































あとがき
ゲームはやっぱりパワプロだよなと思うこのごろ……
実況パワフルプロ野球2010をやってて更新が遅れました(滝汗
しかも9月の15日は新作のポケモンが出るとのこと。やりたいゲーム、そしてバイトと大忙し。
大学が夏休みとはいえ、更新が難航しそうです(汗

合宿に突入の5巻編。
原作の5巻ではメイシェンのイベントが目立ちましたが、この作品はフェリが既にレイフォンの恋人と言う設定ですからね。次回は激突必至、修羅場となる予定です。
とはいえ修羅場や激突も、ただ一方的なものとなるかもしれませんが……ここのレイフォンはなによりフェリ一直線ですからね(苦笑
とりあえず……シャーニッドとオリバーは次回生きているのでしょうか(爆



相変わらず雑談しますが、やはりリリカルなのはは最高ですねw
管理局アンチ系SSも多いですが、そういう作品が多いと言う事はそれだけリリカルなのはが人気のある作品と言う事なのでどこか嬉しくもあります。
まぁ、だからと言ってそういうSSが面白いかどうかは別ですが。度が過ぎるのも引いてしまうんですよね……

最近では前回巻末に書いたお遊びのおまけの影響か、レギオス(この作品の設定)とのクロスのアイデアが……
やはり、ロリバーが動かしやすいからでしょうかw
一度真面目に構成ねって、外伝やろうかなって。その前にありえないIFの物語や、刀語や、1話で放置してるなのはSSやれって感じですが……
こう、創作意欲だけ次々湧いてきて、書くスピードがそれに追いつかなくて大変です(汗

まぁ、色々言いましたが、これからも更新をがんばります。
そう言えばなのはSSと言えば兄が……
なんか最近はテンションが上がらないとのこと。やはり作家と言うのは感想を頂くとテンションがあがり、やる気も出ますからね。
人を選ぶ作品でもありますが、一度目を通してやってください。

よし、宣伝バッチリ(爆
いい加減余計なことを言いすぎたので、今回はこれで失礼します(笑



[15685] 33話 対峙
Name: かい◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/11/20 20:20
早朝、耳に届くかすかな音でレイフォンは目を覚ました。
睡眠は十分に取り、足りている。さわやかと言うほどでもないがベットから降り、カーテンを開いて窓を開け、朝日と新鮮な空気によって残った眠気を飛ばす。
最近暖かくはなってきているが、朝はまだ肌寒いと思いながら、レイフォンは顔を洗いに行く。
洗って、音の方向を目指した。場所は大勢の食事を作れるキッチン。
そこには、1人の少女の背があった。

「メイシェン、早いね」

「わっ……レイとん?」

その背の主、鍋を抱えたメイシェンが、レイフォンの声に驚いて振り返った。

「あ、ごめんね。朝ご飯、まだだから……」

「ん、いいよ。手伝う」

「え?でも……」

「いいからいいから、なんとなく目が覚めたし」

そういうと、レイフォンはテーブルに並んだ野菜を洗っていく。
その予想外の、朝食で使う分にはかなり多い量の野菜に少し驚いた。

「結構な量だね」

「あ、うん……ついでに夕食の仕込みもしちゃおうと思って」

そう言って、メイシェンはふたつ目の鍋を準備している。
仕込みをすると言う事は、スープ系かシチューを作ろうとしているのだろうか?
ああ言うものは煮込めば煮込むほどおいしくなる。

「ふうん。あ、野菜は僕がやっちゃうから、他のしてていいよ」

言って、レイフォンは野菜の皮むきを始める。

「……でも、他のは冷めてもいけないし」

「あ、そうだね」

食材を買うのに付き合ったので、何を作るかは大体予測がつく。
だからその言葉に納得し、先に野菜の皮むきを済ませてしまおうと2人で並んで皮むきを行った。

「レイとん……うまいね」

「そう?」

レイフォンが自炊をし、料理をできるのは知っているが、野菜の皮を剥くその速さに驚く。
極限まで皮を薄く、無駄なく剥いているのだ。最も、それはレイフォンの育った環境なら当然の事かもしれない。

「小さいころから料理の手伝いはしてきているからね。下拵えの早さには自信があるよ」

「そうなんだ」

孤児院と言う環境故、大勢の料理を作る。
その上、皮を限界まで薄く剥く事により少しでも多くの量を確保し、無駄をなくす意味もあった。
経営自体が重苦しかった孤児院故に、高がその程度と馬鹿にできないからこそ研かれたスキルだ。
その上手元の芋の形を指で覚え、その形に合わせて刃が当たるように芋を動かしているため、目を向けずとも、会話を交わしながらでも手を止めずに皮むきを続けている。

「でも、メニューを考えるのが苦手でね。最近は気をつけているけど、栄養とかバランスとか考えないで作っちゃうから、良く怒られていたね」

「……そうなんだ?」

「うん、リーリンにね」

「え?」

レイフォンの言葉に相槌を打つメイシェンだったが、不意に出たリーリンと言う名に、思わず手元を狂わせてしまいそうだった。

「あ、リーリンって言うのは僕の幼馴染でね……」

リーリンについてレイフォンは説明し、彼女との料理に関する、なるべく他人が笑えそうな思い出を話した。
その話を、メイシェンはニコニコと笑顔で聞いていた。

らだ、レイフォンは気づかない。ニコニコと笑っているメイシェンの笑顔が、その表情のまま、話が終わるまで一切変化しないと言う事実に。





「おはようございます」

「あ、おはようございます、フェリ。昨日はゆっくり眠れましたか?」

「ええ」

ちょうどリーリンについての話が終わったころ、フェリがキッチンに入って来た。
フェリの挨拶に頬を緩めて返答するレイフォンだったが、メイシェンはびくっと肩を震わせて強張っていた。
そんな彼女の反応にレイフォンは気づかず、フェリは気づいたが特に追求もせず、レイフォンとメイシェンの前に置いてある野菜へと視線を向ける。
もう半分は皮を剥き終わったようだが、まだ半分残っていた。

「……手伝いましょうか?」

「え?いいですよ別に。フェリはゆっくり休んでいてください」

フェリの申し出を断るレイフォンだったが、フェリは半ば強引に、それを無視するような形でキッチンナイフを手に取り、皮むきを始める。

「あの……フェリ?本当にいいですから」

が、その作業がどうにも危なっかしい。
確かにここ最近、フェリは料理をするようになって努力もあってか上達はしている。
だけどキッチンナイフの扱いがどこか覚束なく、プルプルと手が震えている。
前回のバンアレン・デイのお菓子作りの場合は、材料を混ぜて型を取るだけでよかったのだが、フェリの場合はキッチンナイフの扱いが、しかも野菜の皮むきと言う作業が苦手なのだ。

「っ……!?」

「ああ、だから言ったのに……」

レイフォンの心配どおり、フェリは危なっかしい手つきで自分の人差し指を切ってしまった。
半ば呆れつつ、レイフォンは皮むきを中断してフェリが切った左手の人差し指を取る。

「あっ……」

その人差し指を口に含み、流れる血を吸う。
唾液と言うのは除菌効果もあるし、唾を傷口に塗る事によってある程度血を止める事もできる。

「まったく……後でちゃんと消毒してくださいね?それから、皮むきは僕達がしますからフェリはゆっくりしててください」

レイフォンはそんなことを応急処置と言う名目で行い、多少苦笑いしながら、咎めるようにフェリに言う。
ただ、その向ける視線がとても優しく、フェリを心配しているのだと言う気持ちは十分に伝わっていた。

「……はい」

フェリはそれに頷き、渋々とキッチンを出て行く。
レイフォンは苦笑して皮むきを再開した。

「ん……どうかした?メイシェン」

「……え、あ……ううん、別に……」

「そう?」

その行いを、一部始終見せ付けられたメイシェン。
彼女は呆けており、レイフォンの呼びかけに我に返ったが、その表情はどこか沈んでいた。
その真意が、訳がわからず、またわかろうとすらせずにレイフォンは作業を続ける。
そんなレイフォンを見ているだけで、メイシェンの胸はキリキリと締め付けられるのだった。





































「ああ……生きてるって素晴らしい」

「また朝日拝んで、朝飯が食えるとは思わなかったな……」

「大袈裟だな、シャーニッド、オリバー。昨日の訓練はそんなにきつかったか?」

朝食の席で生の実感を噛み締めるシャーニッドとオリバーに、ニーナは首を傾げて問う。
だが、2人が今ここで生きて、ご飯を食べている事に喜びを感じているのはそんなくだらない理由ではない。

「昨日……地獄を見たんですよ、物理的に……」

「まさか、また起きられるとは思わなかったぜ……」

「?」

訳がわからないと更にニーナは首を傾げる。
だが、シャーニッドとオリバーの言葉は的を射ていた。
永眠するかと思ったのだ。意識が闇に沈み、そのまま永遠に眠り続けるのかと思ったのだ。
それが今、ちゃんと目覚めて朝食を取っている。
そんな当たり前のことが、どうしようもなく嬉しかった。

「これに懲りたら次からは気をつけてくださいね?次は本当に永眠してもらいますから」

「「ういっす(はい)……」」

地獄を見た元凶にニッコリと冷たい笑みを向けられ、シャーニッドとオリバーは肩を震わせる。
生を噛み締めながらも生きた心地がせず、喜びながらも怯えながら、絶対にレイフォンには逆らわないと心の中で誓うのだった。





朝食が終わり、訓練となった。
2泊3日の内、初日である昨日は準備などで時間を取られ、簡単なものしかできなかった。
明日も最終日で、片付けなどでたいしたことはできないだろう。
故に2日目、今日1日が合宿の本番と言える。
入念なストレッチで体をほぐした後、ニーナが集合をかける。

「今日は試合形式で行う」

ニーナの手には2本のフラッグが握られていた。
対抗試合とは多少ルールが違ってくるが、要は旗の奪い合い。
これを取られた方が負けと言う事だろう。

「って、ちょい待った」

だが、待ったをかけるようにシャーニッドが手を上げた。

「なんだ?」

「試合ったって、うちの人数じゃ満足にできないだろう?オリバー入れたって6人だぜ。3対3じゃ最定数の4人すら満たしてねぇ」

「え、俺も参加するんですか!?」

試合をするには第十七小隊ではあまりにも人数が少なすぎる。
オリバーに手伝ってもらったとしても3対3であり、小隊を結成するのに最定数の4人にすら達しない。
それでは連携訓練はロクなのができないし、何よりオリバー自身あまり乗り気ではない。
それに、同数ではレイフォンと言う存在がネックになる。レイフォンの実力はもはや反則。
3対3と言う状況では、レイフォンがいる方が圧倒的に有利だ。

「それなら、簡単だ。レイフォン」

「はい?」

ならば、均衡を取ればいい。

「お前1人と、残りだ」

しかし、それは数の問題ではない。実力での均衡だ。
レイフォン1人対、残りの十七小隊メンバー4人。オリバーは参加を拒否したが、これである程度の形にはなる。

「ちょっと待ってください」

だが、それは片方だけの話。傍から見れば、レイフォンに圧倒的に不利だ。
ナルキが思わず声を上げる。

「そんなので本当にいいんですか?」

レイフォンの強さは第十小隊の試合や、今まで手伝ってもらった都市警の仕事などで十分理解しているつもりだ。
だが、それでも流石に4対1で、総力戦ならともかく試合形式で負けるとは思わない。

「まぁ、やってみればわかるさ」

その考えを読み取ったニーナが意味ありげに言い、レイフォンにフラッグの片方を投げて渡す。
最初に疑問を抱いたシャーニッドもそれ以上は何も言わず、準備を始めた。
ナルキだけは不満そうなまま、同様に準備を始める。



最初はレイフォンが防御側に回る事になった。
ナルキ達はニーナが指定した位置にフラッグを差し、その場で開始を待っている。
レイフォンが自分に与えられた陣地に移動する前に、ニーナが呼び止めて、何かを耳打ちしていた。
レイフォンは微かに怪訝そうな顔をしていたが、すぐに頷いた。
そして現在、作戦会議と言う名目でナルキ達は集まっている。

「さて、どう攻める?」

ナルキに投げかけられた質問。
それはつまり、ニーナはナルキの言った通りに攻めるつもりなのだ。

「1人ですよ?2人で足止めして、その間にもう1人が取りに行けばいいじゃないですか」

だが、ナルキは投げやりに答える。
それでも単純な案だが、相手が1人だと言うならばこれ以上効果的な案もなかなかないだろう。
ナルキの言うとおり相手は1人なのだ。こちらは念威繰者であるフェリを除いて3人。2人ほど足止めに送れば、残りの1人で悠々とフラッグを落とせる。そのはずだ。

「では、そうするか。基本は私がフラッグに向う。ナルキは囮、シャーニッドは足止めだ。フェリは私のサポート」

ニーナの言葉にそれぞれが配置につく。
そこから少し離れた場所にオリバーが待機し、その手には銃の錬金鋼が握られていた。

「そんじゃ、始めますよ?」

確認を取り、それを真上へと発砲する。
弾丸は空砲。乾いた銃声が響き、開始の合図が告げられる。
その合図と共に、ニーナ達は行動を開始した。

「十歩左に、大きく湾曲する形で向ってください」

念威端子越しのフェリの指示に従い、ナルキは大きく湾曲を描いて走った。その隣をニーナが走る。ナルキの右側で、よりレイフォンに近い位置だ。
フェイントのつもりなのだろう。

「私に攻撃してきたらそのままフラッグに向え、お前にならそのまま私が向う。シャーニッドになら2人でそのまま行くぞ」

「はい」

ニーナが距離を開け、それに合わせるようにナルキは速度を上げた。
レイフォンはフラッグから数歩離れた場所に悠然と立っている。未だ、錬金鋼すら復元していなかった。
遮る物はないまっ平らな地だ。レイフォンがこちらから丸見えの様に、レイフォン自身もこちらの動きが丸見えだろう。
だけど、あちらは1人でこちらはフェリも入れて4人。対処のしようはないはずだ。
そう確信し、ナルキ達がフラッグまでの距離を半分まで走破したところで、レイフォンが動いた。だが、その動きが見えなかった。レイフォンの姿が消えたのだ。
無論、そんなことは物理的にありえないのだろうが、レイフォンの姿は確かに消えている。レイフォンが元いた場所には、土煙が渦を巻いていた。
まさか視認すら難しい速度で動き、視界から消え失せたというのか?
そんな馬鹿なと思いつつ、

「来ます。0400」

「後ろ?」

フェリの声に反応して振り返った。
0400とは数字による暗号。つまりは後ろと言う事だ。
ナルキは走るのを中断し、足に剄を込めて地面を削りながら振り返ろうとする。

「足に剄が足りないよ」

振り返りきる前に、その声はすぐ側でした。
振り返りきると、目の前にレイフォンがいた。来ると言われた次の瞬間に、ナルキの背後にいる。

(なんて速度!)

その速度に驚きながら、ナルキは未だに走っていた勢いを殺せずに地面を削りながら、滑りながらレイフォンに向けて打棒を振る。だが、打棒は空しく空を切るだけに終わった。
またレイフォンの姿がナルキの視界から消えたのだ。
どこだと、視線をさ迷わせる。
だが、次の瞬間には腹部に何らかの感触が走る。その感触と共にナルキの視界はあっと言う間に回転し、背中から地面に叩きつけられた。
なにが起こったのか理解できない。レイフォンが腹部に当てた肩を起点に投げ飛ばしたのだが、ナルキには理解できず呆然としている。

その間、ナルキが呆然としている隙にレイフォンがニーナを追う。
これもすぐに追いつかれ、ニーナも投げ飛ばされて宙を舞った。

次に、ナルキは射撃音を耳にする。その瞬間に、宙で小さな爆発が起こった。
射撃音と言うのはシャーニッドの狙撃だろう。ならば何故、それで小さな爆発が起こる?
ナルキは理解できない。フラッグを目掛けて放たれた弾丸が、レイフォンによって衝剄で打ち落とされた事など。
そしてシャーニッドもレイフォンに投げられ、宙を舞った。
フェリは無抵抗。レイフォンもフェリへと視線は向けず、悠々とフラッグを目指して行く。
もう、戦える者は誰もいないのだ。

「負けた……?」

信じられないものを見る目で、ナルキはレイフォンの背中を見つめていた。





「さて、次はどう攻める?」

2回目、今度もレイフォンが防衛側に回った。
ニーナが楽しそうに声をかける中、ナルキは未だに信じられない気持ちでいた。

(あれが……レイとん?)

ナルキ達と授業を受けたり、話をしている時はどこかフラフラして頼りない感じなのだが、今さっきの、自分達を退けたレイフォンはどうだ?
いや、武芸者としてのレイフォンがとても強いのは知っていた。その姿を見てきた。
強いのはわかっていることだ。普段はあんな感じだが、レイフォンはとても強いのだ。

だけど、そのレイフォンを実際に相手するのと見るのではまるで感じ方が違う。
武芸科の授業で何度か相手をしてもらったが、それとはまったく違う。あの時はナルキに合わせた動きをしてくれたのだ。

だがこれは、今の試合形式の訓練は、圧倒的に負けた。
負けた上で、それでも解るのだ。手を抜かれたと。
何しろレイフォンは剣帯から錬金鋼すら抜いていなかった。素手だったのだ。素手でナルキ達を倒し、勝ってみせた。
それだけではない。その素手で殴るわけではなく、あくまで投げにこだわっていた。
そんなことができるほどに、ナルキを含めた4人とレイフォンの間には実力差があったという事になる。
ニーナ達が新たに作戦を練っている間、ナルキはそんなことを考え、また怒りが湧いてきた。
別にレイフォンの圧倒的実力に嫉妬などをしているのではない。ただの意地で、実力を隠し、本人にはそんなつもりはないのだろうが、傲慢とすら取れるレイフォンのあの態度をどうにかへし折ってやりたいと思った。

「では、それで行くぞ」

ニーナが作戦を説明し終え、ナルキがそれに頷く。
そんな彼女を見て、ニーナはにっと笑みを浮かべた。



























「これまた……随分手酷くやられましたね」

「……笑いたきゃ笑え」

「はははははははっ」

「ぶっ殺すぞロリバー」

「ロリバーってなんですか?俺はオリバーですよ。そもそも笑えって言ったのはシャーニッド先輩でしょ?」

メイシェンが作ってくれた昼食を食べ終えた後も、この試合形式の訓練は続けられた。
だが、攻守を変えて何度も繰り返されたのだが、結局一度もレイフォンに勝つ事はできなかった。
見事にボロ負けし、プライドをズタズタに引き裂かれる。

そして、シャーニッドとオリバーのやり取りはさておき、空が赤く染まったために試合形式の訓練は終了し、後は自由訓練となった。
ここで、今まで錬金鋼を使用していなかったレイフォンは錬金鋼を復元する。復元し、1人で打ち込みを始めた。
ニーナも同じく打ち込みを始め、フェリは念威端子を開放し、どこか遠くに飛ばしていた。

「うし、投げろオリバー」

「行きますよ!!」

シャーニッドは硬く固めた土球を何個も用意し、それをオリバーに投擲させる。
何個か連続で、高く上空へと投擲し、落ちてくる土球を素早く銃で撃ち抜く。それを何回も繰り返していた。

ナルキは疲労で暫く動けなかった。
地面に仰向けに寝転がり、荒い息を吐いている。そんな彼女にメイシェンがスポーツドリンクを持って来てくれた。
そのメイシェンは夕飯の準備があるからすぐ戻ってしまったが、ナルキはようやく起き上がり、スポーツドリンクを飲みながらレイフォンを見た。
次第に深まっていく夕闇の中で、レイフォンは青石錬金鋼の剣を振り回している。
もちろんそれはただ振り回しているわけではなく、型をやっているのだろう。
活剄が満ちた体を動かし、剣が勢いよく振られる。この動作ではあまりの剣速に風が唸りでも上げそうなものだが、思ったより静かで音は小さい。
まるで最小限で最大の効果を、研ぎ澄まされ、空間を切り、真空でも作っているかのような見事な太刀筋だ。
まるで完成されたなにか。『なにか』まではよくわからないが、それは学生武芸者が気軽に踏み込める領域ではない。
レイフォンの近くではニーナも打ち込みをし、やはり小隊員と言う事もあって型がきれいだが、それが霞んでしまう。子供のお遊戯レベルにまでレベルを落としてしまう。
それほどまでに圧倒的、それほどまでに美しく、そしてそれほどまでにどこか、哀しかった。
夕闇に青い斬撃が走るたびに、胸を打つものを感じてしまう。アレは一体なんだ?

美しく、胸を突き、哀しい動き。だけど物凄く力強くもあり、その剣技にはなんらかの固い決意、信念のようなものまで感じられた。
矛盾するが、あの動きのひとつひとつに今までのレイフォンがあるようにも思える。
普段は気弱で、どこか頼りないと感じるレイフォンだが、そんな彼に一体どんな過去があったのかと思ってしまう。

(ああ、そうか……)

ナルキは納得した。メイシェンが惹かれたのは、たぶんこれなんだなと。
無論、主な原因はあの入学式の出来事であり、その一件で何かを感じていたのだとしても、それを理解しているかどうかも怪しいが。
ナルキの上司、フォーメッドも言っていた。

『あれは、歳に見合わない人生を歩いている。あいつを見て、その深さが知れるようになるといいな』

その言葉が、ナルキを第十七小隊に残らせた原因でもある。
フォーメッドが読み取った深さとはなんなのだろうか?
今、目の前にあるアレのことだろうか?
たぶんそうなんだろう、ぐらいにしか答えはわからない。直接本人に聞かねば、確信は得られないだろう。
フォーメッドも何かを感じ取っただけで、レイフォンの過去を知っているわけではない。
レイフォンに対する興味を抱きながら、ナルキは起き上がって錬金鋼を構える。
こんなところでのんびりしていては、何時まで経ってもお荷物のままだ。それは武芸者としてのナルキのプライドが許さない。
気合の声を上げ、ナルキも打ち込みの練習を始めた。











































「たまんねぇな、こりゃ」

「たまんないですね……」

夕闇が去り、本当の闇に空が染まる。
そこでニーナが訓練の終わりを告げ、クタクタな体でシャーニッド達はキッチンへと入る。
そこには胃を誘惑する匂いが満ちていた。メイシェンが朝から仕込んでいたシチューだ。
朝のさっぱりした野菜のスープとは違い、時間をかけて肉と野菜に味を染み込ませた濃厚で、食欲を刺激する香りに思わずシャーニッドの腹が鳴き、オリバーが同意する。

「……た、たくさん作りましたから」

「お、そりゃありがたいね。たくさん頂くとしよう」

シャーニッドがいち早く席に座り、ニーナとフェリもそれに倣う。
レイフォンとナルキは配膳を手伝った。

「あ、すまん。私達も……」

「手伝いましょうか?」

「いいですよ。こういうのは後輩に任せてください」

立ち上がろうとする2人を、レイフォンはやんわりと止める。
その間にも、次々と料理が食卓に並んだ。
メイシェンが作ったシチューの他に、サラダと鳥肉の香草蒸し、それにパンが人数分置かれ、レイフォンも席についた。

「んめぇな」

「ホントですね」

そして食事が始まり、その味にオリバーとシャーニッドが舌を巻く。
メイシェンの料理は匂いによる期待を裏切らない味をしており、朝から運動しっぱなしだった第十七小隊のメンバーは、最初のシャーニッドとオリバーの会話以外は美味さと空腹の相乗効果でほぼ無言で食べ続けた。
その無言の空気に最初は不安そうなメイシェンだったが、おいしそうに料理を頬張る姿を見てほっとしたように眺めていた。
そんな夕食も終わり、一息付く。この時間は基本的に自由行動であり、昨夜同様ニーナとシャーニッドは指揮官ゲームを始めていた。
オリバーは再び湯を張るために、浴場にいるはずだ。

「フェリ、デザートはいかがですか?」

「貰います」

そんな中、レイフォンとフェリはと言うと、読書するフェリにレイフォンはデザートを準備していた。
フルーツをカットし、磨り潰してシャーベット状にしたものだ。
それをフェリが受け取り、スプーンを手に取る。

「お、なに食ってんのフェリちゃん?うまそう。レイフォン、俺には?」

風呂の湯を張ってか、オリバーが戻ってくる。
そしてフェリが食べているシャーベットを見て、自分も物欲しそうに視線をレイフォンに向けた。

「冷蔵庫に余りが入ってますからご自由に」

「って、なんだか扱いぞんざいじゃないか?なんにせよサンキュー」

不満を漏らしつつ、オリバーはデザートを取りにキッチンへと向かう。
レイフォンは後片付けや、明日の準備を今夜の内に済ませてしまおうと部屋を出たところで、

「レイとん、ちょっといいか?」

声をかけられ、そこにはナルキがいた。そのそばにはメイシェンもいて、広間の外に出るように言ってきたのだ。
いつかはこんなことが来るとは思っていた。いや、ついに来たと言うべきか。
天剣授受者のことをどう言う経緯で知ったのかは知らないが、これからも隠し通せるとは思ってもいなかった。
いつかこんな時が来るとわかっていて、だからこそ自分でも驚くほどに冷静でいられる。
レイフォンは頷き、黙ってナルキの後を付いて行った。





「……………」

レイフォンがナルキと共に宿舎を出る気配を感じ、ニーナは盤上から視線を上げる。
彼女もまた、こんな時が来るのではないかと理解していた。
ナルキが第十七小隊に所属する以上、このことを隠し通すのは難しいだろう。
いずればれるというのなら、誰の口からでもなく、レイフォン本人が話すべきだと考えていた。考えてはいたが、最後に決断するのは自分自身だ。
これはニーナの考えであり、結局はレイフォンの問題なのだから。ニーナに出来るのは、このように心配することぐらいだ。

「ま、なんとかなるんじゃねぇの?」

そんなニーナをなだめるように、シャーニッドが掌でダイスを弄びながら言う。

「ナルキは都市警に入りたがるくらいに道徳心が強い。そこが、やはり心配だな」

「堅物のお前さんがどうにかなったんだから、大丈夫だろ」

「私はそこまで堅物じゃない」

「わかってないのは自分だけってか?」

そう言って笑っていると、フェリは本を閉じて部屋を出て行く。
おそらく、いや、間違いなくレイフォン達の後を追うのだろう。

「ニーナは行かないわけ?」

「行かん」

シャーニッドの問いに短く答え、ニーナは盤上を睨みつけた。

「ま、今更どう動いたって、勝ち目なんかないんだろうけどな」

それはこのゲームか、はたまた別のなにかか。
シャーニッドは苦笑してダイスを転がした。




































ナルキ達に呼ばれ、レイフォンは素直に後を付いて行く。
合宿所の外に出て、月夜と星以外照らすもののない夜道を歩く。
不安そうなメイシェンを引っ張るように、ナルキが手をつないで歩いている。
その間も無言。外に出てから一言も会話が交わされず、外縁部近くまで来てしまった。
風除けの樹林が農地を仕切るように走り、まるで黒い壁のようだ。

そこで、メイシェンが足を止めて、続いてナルキも立ち止まる。
レイフォンもそれに合わせる様に歩くのをやめ、前方にいる2人へと視線を向ける。
振り返ってメイシェンとナルキはレイフォンに視線を向けた。が、暗闇故に表情まではわからない。
シルエットは、人影は見えるので何をしているかは十分にわかるのだが、そこにどんな表情が隠れてて、何を考えているのかなんて見当もつかなかった。

「この場にミィもいれば、それなりに形も整うんだけどな……仕方ない」

口火を切ったのはナルキだ。
ここにミィフィがいないのを少し残念そうにしながら、真っ直ぐとした視線でレイフォンを射抜く。

「レイとん、私たちはお前のことをもっと知りたいと思ってな」

「うん……」

ナルキの言葉は武芸者らしく、端的だった。
それにレイフォンが頷き、またも沈黙が流れた。
何をしゃべればいいのか?
なんと言えばいいのか?
なんと言うべきなのか?
その暫しの、1分とも1時間とも錯覚できる短くも長い沈黙を打ち破るようにナルキが言う。

「……ただの好奇心じゃない事は承知して欲しい。私達とレイとんは、この半年間うまくやれたと思う。都市の外に出たって言う心配だけじゃない。私達は3人でいすぎたところもある。だから、その中にレイとんとフェリ先輩が入った事に本当は驚いている。もっとも、フェリ先輩はレイとんが連れて来たがな」

一旦言葉を区切り、ここからが本番だと言わんばかりにナルキの声が真剣味をおびる。

「だけど、このまま私達とレイとんって言う関係のままにしたくない。レイとんも含めて私達って言いたい。だから聞きたいことがあるんだ」

メイシェンが身じろぎをするように震えた。小さな、息を呑むような音も聞こえる。
この言葉の続きは予想できる。前に練武館でミィフィが言った言葉だ。

「……天剣授受者って何だ?」

問いや説明は、全部ナルキから発せられた。
リーリンからの手紙が誤配でメイシェンの元へ届き、その中身を読んでしまったこと。
前にフェリが、メイシェンが落としただろうその手紙を拾ってくれた。その時のことだろうと理解し、ナルキの説明の間も無言で震えているだけだったメイシェンに視線を向ける。
そのメイシェンがやっと発した言葉は、

「……ごめんなさい」

謝罪の言葉。
今にも泣いてしまいそうなのをこらえ、心から謝っている事が伝わってくる。
だからレイフォンも特に攻める気にはなれず、『いいよ』と笑って済ませた。
だがこれからの話は、流石に笑って済ませるわけには行かない。

「天剣授受者……だったね」

その言葉を口にし、レイフォンは深いため息をつく。
やはりそう簡単に決められるものではなく、こうなる事は予想できてもいざとなれば戸惑ってしまう。
どうするべきか?
話すべきなのか?
話さないべきなのか?

「フォンフォン、ここにいましたか」

そんな風に思考するレイフォンに、ナルキでもメイシェンでもない少女の声がかけられた。

「フェリ!?」

その声の主はフェリだ。そもそも、レイフォンのことをフォンフォンと呼ぶのは彼女しかいない。
彼女は自然体である無表情で、心なしか怒っているようにも見えるしぐさで、何事もないようにレイフォンの元へと歩いてくる。
そんなフェリの登場にナルキが気まずそうに、メイシェンはびくりと肩を震わせた。

「こんなところでどうしたんですか?明日も訓練があるんですから早く戻りましょう」

「え、フェリ?ちょ……」

フェリはそんなことお構いなしに、淡々と言いながらレイフォンの手を取る。
それに戸惑うレイフォンだが、それも無視した。

「待ってください、フェリ先輩」

そんな彼女を、ナルキが呼び止める。

「今、レイとんとは大事な話をしていて……」

「大事な話とは、興味本位で他人の過去を暴くと言う事ですか?」

フェリは返答こそ返すものの、その言葉と視線はとても厳しく、責めるような目でナルキ達を見ていた。

「違います。そう言うのじゃ……」

「違いません。知りたいと言うのは興味と好奇心。いかなる理由があろうと、その事実や本質は変わりません。ですが、いささかそれらが高過ぎはしませんか?フォンフォンがその事を語りたくなかったのは、前回の取材の時に理解できたでしょう?」

否定するナルキだが、フェリはそれを認めない。
どんな理由があろうとナルキ達がレイフォンの過去、天剣授受者に興味を持ったことは事実であり、それを知りたいと思った。それはまごうことなき興味と好奇心。
ナルキ達がどんな思いで天剣授受者のことを知りたがったのかは知らないが、結局のところそれは変わらない。

「それは……わかっています。レイとんがこの事について語りたくないだろうってことは。だけど、私達はレイとんともっと親しくなりたいんです。ここまで半年はうまくやれました。ですが、これで終わりたくはない。もっとレイとんと話をして、もっとレイとんと仲良くなりたい。そう思うことが間違っていますか?」

それでも納得してもらおうと、ナルキは心から訴えるように言う。
だが、その言葉もフェリには届かない。
彼女の視線は、ナルキではなくメイシェンに向いていた。

「あなたの意見はどうなんですか?」

問いかける相手もナルキではなく、メイシェンにだ。
先ほどから無言で、レイフォンに対する謝罪しか言葉を発しなかったメイシェンに向けてフェリは問う。

「先ほどから何も言ってませんよね?天剣授受者のことや、手紙の事にしたって先ほどからしゃべっているのはナルキだけです。あなたはただ謝っただけ。一番フォンフォンのことを知りたいと思っているのはあなたじゃないんですか?」

更にメイシェンが肩を震わせた。
フェリは知っている。彼女が、メイシェンがレイフォンに好意を寄せている事を。
それは彼女の振る舞いを見れば明らかだが、あの取材後、直接本人からその気持ちを聞いている。
だからこそフェリは、ここで退いたり、追撃の言葉を緩めるつもりはない。

「自分はだんまりで、言いたいことはお友達が全部言ってくれるんですか?美しい友情ですね」

「そんなことは……」

「あなたには言ってませんよ」

皮肉気に言うフェリに、ナルキが否定するが、それを遮る。

「誰かに依存しなければ、頼らなければ会話ひとつ満足にできない。そう言うのは見ていてイライラします」

「ちょっ……フェリ」

流石に言いすぎだと思い、今度はレイフォンがフェリを止めようとする。
だけどフェリは止まらない。

「そんな弱いあなたに、1人じゃ何も出来ないあなたに、私は一切負ける気がしません」

自分だって、レイフォンのことが好きなのだから。
それを、自分1人では会話すらまともにできない彼女に負けるつもりはさらさらない。
聞きたいことがあるのに、好きな相手のことを知りたいというのに、『お友達』に頼って自分はだんまりな彼女なんかに。

「わ、私は……」

メイシェンは肩を震わせながら下を向き、声すらも震わせながらつぶやく。
フェリの言うとおりだ、自分は弱い。
ナルキやミィフィがいなければ、レイフォンとまともに会話が出来ないほどに。
こんな事なんて、天剣授受者とはなんなのかなんて到底聞き出せなかっただろう。

「私は……私は……」

それでもメイシェンは退きたくない、負けたくない。
何故なら自分は、レイフォンのことが好きだから。

「私は、レイとんのことが好きなんです!だから、レイとんのことが知りたいんです!!」

「え、ええっ!?」

「メイ……」

メイシェンは叫んでいた。
その叫びは、自分でも驚くほどだ。
レイフォンは突然の告白に驚愕し、ナルキもあの人見知りをするメイシェンが、気弱な幼馴染がこうもはっきりと自分の気持ちを言う姿に驚いていた。
こんな事、今までに一度だってなかったのだ。

「私はレイとんが好きだから……好きでいたいから、レイとんのことがもっと知りたい……それって、間違っていますか……?」

「間違ってはいませんね。正しいとも思いませんけど」

震えるような声で自分の気持ちをあらわにするメイシェンに、フェリは多少驚きながらも、ほぼ無表情で告げる。
好きな人に興味を持ち、その人のことを知りたいと思うのは別に間違いではない。誰だってそう思うことだ。
だが、隠したがっている過去を無理やりにでも聞きだすのが正しいとは思えない。
納得はしたが同意はせず、フェリは続けるように口を開いた。

「だけど、あなたがフォンフォンのことを知りたがっても、好きでも、それは関係ありませんし、無意味な事です」

「え……?」

フェリの言葉に、メイシェンは疑問を浮かべる。
それを無視するようにフェリはメイシェンから視線をそらし、後ろを振り返る。
そんなフェリの視線の先にいるのは、レイフォン。

「え、フェリ?」

レイフォンも首を傾げるが、そんなことは関係ない。
フェリはレイフォンに近づき、背伸びをした。
密着するほど近く、両手を伸ばしてレイフォンの頬を固定する。
レイフォンが顔を赤くして何か言っていたので、その口を塞いでやった。
自分の唇で、レイフォンの口を塞ぐ。

「っ……」

その光景を見て、メイシェンは胸が締め付けられるような激痛が走った。
今までとは比べ物にならず、とても痛い。息苦しく、呼吸がまともにできない。
ナルキも唖然として、フェリとレイフォンを見ていた。

交わされる唇と唇。それが何を意味しているかなんて、考えるまでもない。
薄々は感づいていた。そもそもフェリをメイシェン達のグループに連れて来たのはレイフォンだったし、そんなフェリと親密そうな光景をナルキとメイシェンは何度か見ている。
だから、そういう可能性があることもわかっていた。だからこそ早く行動をしなければと言う焦りもあり、自分の気持ちを伝えた。
だが、それでも、メイシェンの告白は、あまりにも遅すぎた。

「ふぇ、フェリ!?」

交わった唇が離され、レイフォンが真っ赤な顔でフェリを問い質す。
だけどフェリは、その視線を今度はメイシェンへと向け、無表情で。だけど、どこか勝ち誇った表情で言った。

「言ったじゃないですか、あなたには負ける気が一切しないって。何故なら、私もフォンフォンが好きで、フォンフォンは私が好きだからです。だから、あなたがフォンフォンのことを知りたがっても、好きでもそれには意味がありません」

その事実を告げられ、メイシェンは今にも泣いてしまいそうな顔をしている。
彼女の表情に浮かんでいるのは、どうしようもない敗北感のみ。

「メイシェン……」

とりあえずは落ち着いたのか、顔はまだ赤いが、レイフォンが気遣うようにメイシェンに声をかける。
その声音と表情には、申し訳なさが宿っていた。

「その、メイシェンが、こんな僕の事を好きだと言ってくれるのはとても嬉しいよ。だけど、フェリの言うとおり、僕はフェリのことが好きなんだ。だから……君の気持ちに答えることができない。ごめん」

発せられた言葉は謝罪。
告白を断るだなんて行為は初めてだと場違いで贅沢な事を思いつつ、レイフォンは自分でも思ったよりあっさりと、この事について区切りをつけていた。
告白と言うのは思ったより重たいもので、告白する方にも勇気がもちろんいるのだが、告白される方も相手が真剣だったら、その分悩み、苦悩し、受けるに慕って、断るにしたって勇気がいる。そのどちらもが、気軽に出来ることではないのだ。
だけどレイフォンの場合、告白を断った事による申し訳なさは確かに少しはあるが、それは当然のことであり、当たり前のことだと思っていた。
いくらメイシェンが自分に好意を抱いてくれているとはいえ、自分がフェリを好きだと言う気持ちは変わらないし、変わるわけがない。
だからレイフォンは申し訳なく思っても、後悔などは一切していない。

「……………」

メイシェンは蒼白な顔をし、何を言えばいいのか、なんと答えればいいのかなんてわからない。
ただただ、絶望したような表情と視線で、虚空を眺めているだけだった。

「メイ……」

親友の、勇気を精一杯に振り絞った告白。
だけどそれは玉砕に終わり、ナルキはいたたまれない気持ちでメイシェンを見ていた。
メイシェンのレイフォンへの想いは、メイシェンにとって初恋だった。
故郷では人見知りが激しく、異性と話をする事すらまともにできなかった彼女だ。
その彼女がツェルニに来て、レイフォンに興味を持って、惹かれて、好意を持って……そんな初めてづくしの恋を、ナルキやミィフィは応援したいと思っていた。
だけど、レイフォンにはフェリがいて、フェリにはレイフォンがいた。
そんな彼らの間に入り込めるはずがなく、また、行動があまりにも遅過ぎた。その事実が、メイシェンの初恋の終わりを告げる。
今にも泣いてしまいそうなメイシェン。これでは天剣授受者がなんなのかなんて聞く事はできないし、また、その意味すらも見失ってしまった。
いまさらどんなにレイフォンのことを知りたがろうが、探ろうが、レイフォンがメイシェンに傾くと言う事はない。
いくらメイシェンがレイフォンのことを好きでも、レイフォンがそれに答える事はない。

「メイ……」

ナルキはなんと言えばいいのかわからない。なんと慰めればいいのかわからない。
例え、ここにミィフィがいたとしても、彼女だってなんと言えばいいのかわからないだろう。
今のメイシェンを癒せるものはない。今は、長い時間が必要なのだろう。

「え?」

そんなナルキの思考が、いきなり吹き飛んだ。
地面が揺れ、視界がぶれる。なにやら嫌な予感がし、汚染獣の幼生体と戦闘した時の恐怖に匹敵した悪寒がナルキに走る。
思えばあの時も、始まりは『揺れ』だった。

「ナッキ!」

レイフォンが叫んだ。どうやら彼も、今の揺れで嫌な予感を感じ取ったのだろう。
フェリの手を取り、ナルキに叫びながらメイシェンの腕を取ろうとする。
その瞬間、足場が崩れた。
地面がいきなり崩れ、足元に大きな穴が開く。
崩れ、崩壊した足場。その結果により、4人は重力に囚われてしまった。

(落ちる)

自然の法則に従い、落下する以外に選択肢はない。

「レイとん!」

ナルキが反応し、剣帯から錬金鋼を取り出す。ハーレイによって調整された、鎖の取り縄型の錬金鋼だ。
その先を上に投げ、何か硬い物に巻きつく音が聞こえた。おそらくは木だろう。
なんにせよこれで、ナルキの落下は止まる。後はレイフォン達だ。
ナルキが手を伸ばし、レイフォンの手をつかもうとするが……そのレイフォンの手にはフェリとメイシェンがいる。
両手が塞がれ、ナルキの腕をつかむなんて事はできない。

「ちっ……」

ナルキが舌打ちを打ちながら、レイフォンの体へと腕を伸ばすが……届かない。
その間にも、レイフォンたちは重力によって落ちていく。

「ナッキ!」

レイフォンが叫んだ。
右手でしっかりとフェリを抱き寄せ、落ちながらも左手で押すように投げる。
この際、多少の怪我は仕方がないと割り切り、できるだけ優しくナルキに向け、左腕にいたメイシェンを押すように突き飛ばした。

「レイとん!!」

突き飛ばされ、落下から一瞬だけ開放されたメイシェンの腕を、間一髪でナルキがつかむ。
これにより、メイシェンは助かった。だが、レイフォンとフェリがまだだ。
重力に従って、2人は落ちていく。もう既に、ナルキの取り縄が届かない範囲に。
絶望的な状況の中、自分にはどうすればいいのかなんてわかるわけがない。できるのは、ただ落ちていくレイフォン達を見ていることだけだ。
何もできない無力感にさらされながら、ナルキは歯を食い縛った。





「フェリ、大丈夫ですからね。しっかりつかまっていてください」

「はい……」

レイフォンは落ちながら、右手でしっかりとフェリを抱きしめながら耳元でつぶやく。
その言葉に頷き、フェリはしっかりとレイフォンに抱きついた。
レイフォンは空いてる左手を剣帯に伸ばし、錬金鋼を引っ張り出す。そしてそのまま復元。
剣身に星の光と月光を反射させ、瞬間的に視界を確保する。
鋼糸が使えれば楽だったが、普段は封印されているために使えない。だからこの剣一本で、状況を打破しなければならないのだ。

フェリを庇いながら、不自由な姿勢で土砂を掃っていく。上からは土砂の塊が落ちてきていたのだ。
例え柔らかい土砂でも、大質量となれば人を殺せる。それを防ぐため、振るった剣先から放つ衝剄で土砂を破壊する。

だが、それだけではなかった。大量の土砂に混じって、金属同士が擦れ合う嫌な音が響いてくる。
耕地を支え、都市を、このレギオスを守る無機プレートを支える鉄骨だ。
これが土砂に混じって落ちてくると言う事は、無機プレートや有機プレートまでもが崩れていると言う事になる。
だが、今はそんなことを悠長に考えている暇などない。いくら武芸者とは言え、直撃すれば簡単に死ねる大量の凶器がそこにはあるのだ。
冷や汗を掻きつつ、剣を振りながら土砂や鉄骨を弾く。

(僕はともかく……)

レイフォン1人ならどうとでもなる状況だが、今は片手にフェリを抱えている。
動きは大きく制限され、剣を振るうだけではなく、レイフォンが本気で動いた時に生じる速度と衝撃にフェリは耐えられないだろう。
武芸者とは言え、身体能力が一般人とあまり変わらないフェリでは体と神経がそれに耐えられない。だからこそ全力では動けない。

「フォンフォン……」

「大丈夫、ですから!」

フェリの心配そうな声に返答を返しながらも、レイフォンは迫り来る土砂と鉄骨に向けて剣を振り続けた。だが、余裕はない。
フェリを左手に抱えなおして、利き手である右手に剣を持ち返ると言うわずかな時間すら惜しい。次々と襲ってくる土砂や鉄骨に対し、レイフォンは衝剄で弾き、あるいは薙ぎ払いながら落ちていく。
弾かれた土砂の粒が肌を打ち、金属を叩いた鈍い反響音が響き、その衝撃により火花が散る。

(また壊すかも)

こんな状況だ。動きを制限され、斬線は無様で、纏わせた衝剄によって薙ぎ払い、砕いているのが現状だ。
今の状態が剣にいいわけがない。

(もってよ)

祈りながら、レイフォンは落ちてくる土砂を払い続ける。

「フォンフォン、下です!」

すると、突然フェリが声を張り上げた。
見てみればフェリの髪が淡く輝き、周囲には念威端子が浮かんでいる。復元鍵語も唱えずに重晶錬金鋼を復元したのだろう。
暗闇に支配された空間に光が宿り、感覚が広がったような気がした。
念威によるサポートを受け、レイフォンはフェリの言葉の意味を理解する。
下には既に先客の土砂や鉄骨が山を作り、最悪の足場となっていた。このまま落下していれば、その最悪な足場によってバランスを大きく崩していた事だろう。
だが、わかれば問題はない。レイフォンはフェリのサポートにより剣で土砂を払いつつ、足場に気をつけて落下物が降りしきる半径から脱出しようとする。

あと少し、あと少しでその半径から脱出できたところで……

「なっ……」

「フォンフォン!」

剣が折れた。
既に限界だったのか、鉄骨を弾いた衝撃で青石錬金鋼の剣身が折れる。
今までこの剣によって落下物を防いできたのだ。その剣が使えなくなれば、レイフォンに土砂に立ち向かう手はない。
ならばと思考を切り替え、すぐさまレイフォンは剣を投げ捨て、両手でしっかりとフェリを抱えて走る。
落下物が降ってくる半径から、逃れる事さえ出来ればどうとでもなる。額からこめかみに瓦礫が激突し、激痛が走ったがそれにすら構わず走る。

「がっ……」

今度は鉄骨が背中に激突した。だが、耐えられない痛みではない。
一瞬息が詰まり、その大質量の衝撃に意識を失いかけたが、こんなところで立ち止まるわけには行かない。立ち止まれば、落下してくる土砂に押しつぶされて死ぬ。
自分だけならともかく、この腕の中にはフェリがいるのだ。だから気を失うなんてことは死んでもできない。フェリを失うくらいなら、自分が死んだほうがマシだ。
だからこそ自分の体すら省みず、レイフォンは全力で走る。跳躍し、土砂が落ちてくる半径から抜けた。

着地し、もう、頭上に迫る気配はない。
今も落ちてくる土砂の物音はするが、それも少なくなってきている。
今は、それよりも都市が足を動かす轟音の方が大きく聞こえた。
レイフォンは念押しにもう少しだけ先に進み、足を止めた。

「フェリ……大丈夫ですか?」

「ふぉ、んふぉん……」

レイフォンの問いかけに、フェリの声が震えている。
その声音に心配になり、レイフォンはもう一度フェリに確認を取る。

「どうしたんですか?どこか怪我でもしたんですか?」

「ふぉんふぉん……フォンフォン」

フェリは今にも泣いてしまいそうな声で、レイフォンの名を呼ぶ。
それに焦ったレイフォンは、フェリを下ろして怪我がないかを確認する。
視界はフェリの念威によるサポートで問題はなく、昼間の様に良く見えた。
フェリの服は土埃や赤い汚れで汚れてはいるが、怪我はないはずだ。そのことに安心しながら、レイフォンは安堵の息を吐く。

「それにしても、こんなところがあるなんて知りませんでしたね」

自分でも驚くほど冷静で、レイフォンはうろたえるフェリを落ち着かせるように言う。
地下には空間があった。都市の地下は機関部と下部出入り口があるだけだと思っていたのだが、それだけで地下の全てが埋まるわけがない。
都市の足が動く音が聞こえるので、その足を動かす機械がここにはあるのかと思いつつレイフォンは辺りを見渡す。

「しゃべらないでください、フォンフォン!」

いつも無表情で、落ち着きがあって、クールと言う言葉が似合うフェリが取り乱している。
その事をどこか可笑しく感じながらも、レイフォンは再びフェリへと視線を向けた。
視線を向けて、気づく。フェリの服に付いた汚れが、赤い汚れの正体が、血によるものだと。

「フェリ、やっぱりどこか怪我を……」

「すぐに隊長達が来ますから!だからあなたは動かないでください。しゃべらないでください」

フェリを気遣うレイフォンだが、それが更にフェリを取り乱させる。
一体どうしたのかとレイフォンが思っていると、

「あれ?」

視界が反転した。

「フォンフォン!」

フェリの声がどこか遠くに感じる。
遠くなって行く意識の中、レイフォンは見た。自分の服に付着した、粘着質のある赤い液体に。
これがフェリの服に付着した汚れの正体なのだろう。このような暗闇でも、念威繰者のフェリならば良く見える。それは、見たくないものにしても言えることだ。

レイフォンの体から流れる血。
その血がレイフォンの体力を奪い、体温をも奪う。
フェリの悲痛な叫びを耳にしながら、そのままレイフォンの意識は闇へと沈んだ。





































あとがき
えー、久しぶりに自作品を更新し、弟についでに、指を折る前に完成させていたSSを更新してくれと頼まれたかいです。
ですが弟の指はまだ完治しておりませんので、感想の返信などや書き込みはできません。
それらは治ったらまとめてするとのことなので、それまでお待ちください。ご迷惑、ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。



[15685] 34話 その後……
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/09/06 14:48
「んっ……」

レイフォンは、腹部に感じた違和感で目を覚ます。
場所は病室。まずは白い天井と壁が目に入り、視線を違和感の原因の元へと落とす。
ベッドに寝ていたレイフォンの腹部には、うつ伏せになって眠っているフェリの姿があった。

「……フェリ?」

「面会時間が過ぎても帰らずじまい。君が目覚めるまでずっと傍にいたのさ。愛されてるな」

目覚めたレイフォンに声をかけたのは医療科の上級生であり、ニーナの時に主治医となった男性。
その苦笑した視線を点滴の管へと向ける。

「フェリは……フェリは大丈夫だったんですか!?」

「おぃおぃ……そんなにまでなって、自分のことよりまず彼女の心配か?君自身もずいぶんな入れ込みようだな。大丈夫、無傷だよ。君が命がけで守りぬいたからな」

「よかった……」

主治医の説明に安堵の息を漏らし、レイフォンは視線を下へと下げ、自分の腹部の上で眠るフェリの頭を起さない様に、優しくなでる。
その様子に咳払いしつつ、主治医はとりあえずは現状をレイフォンに報告した。

怪我は額からこめかみへかけてと、背中の裂傷。それから気づかなかったが、右肩もやられていた。
他にも大小の傷があちらこちらにあるが、気絶するまで出血した原因は主にこの三つだ。

「あの事故で、この程度の怪我で済んだのは運がよかったな。ただ、一番の問題は背中だ。背骨の一部が割れて、破片が脊髄に進入している。手術で除去しなければならないが……」

主治医は、一度ためらって言葉を切った。
その切り方が気になり、レイフォンは不安そうに主治医に尋ねた。

「後遺症が残りますか?」

「残らんよ。除去手術に失敗したって、再生手術をすれば元に戻る。脳か剄脈が壊れない限り、死ぬ前に設備の整った病院に入れれば大抵の病は治る。それが今の医学だ。いっそ除去手術ではなく、脊髄の取替え手術のほうが気楽なぐらいだ」

「じゃあ……?」

ざっくばらんにそう言われ、ならばどうして言葉を切ったのかと思った。

「取替え手術だと、体力の回復とリハビリに時間がかかる。除去手術の方が術後の回復は早いさ……だが、次の対抗試合には出せられんな。ドクターストップだ」

「ああ……なるほど」

だから言葉を切り、言いにくそうだったのかとレイフォンは理解する。
その反応がそっけなく、主治医は拍子抜けしていた。

「驚かないんだな?」

「二度目ですし」

以前に、ニーナが倒れた時も不戦敗になったし、レイフォン自身は対抗試合にあまり興味を持っていない。
だが、試合に出れないのは多少なりとも申し訳なく思っていた。

「でも……僕の所為でって言うのは、ちょっときついですね」

「君の所為ではないだろう。あれは事故だ」

事故……レイフォン達が巻き込まれたあの崩落事故は、都市部を支える土台の老朽化が原因だろうとの話だった。
詳しい検査は今も続けられており、それと並行して建築科の上級生達によって全域の土台調査が行われているらしい。
そのことを主治医に聞き、そうですかとレイフォンは相槌を打つ。

「今はゆっくり休め。病人の仕事は早く元気になることだ。それから……」

主治医が検査を終え、レイフォンに言い聞かせる。
だが、これだけはとしっかりと忠告した。

「病室であまりいちゃつくんじゃないぞ」

「え……?」

眠っているフェリの頭をなで続けているレイフォンは、何の事だかさっぱりと言った表情で疑問を浮かべていた。
そんな反応にため息をつきつつ、主治医は病室を出て行く。それと入れ替わるように、ニーナが病室へと入ってきた。

「だいじょうぶ……そうだな」

今病院にやって来たらしいニーナの手には、見舞いの花束が握られている。
だが、現状を、レイフォンの腹部の上で眠るフェリと、そんな彼女の頭をなでているレイフォンの姿を見て呆れたように脱力した。

「すいません、試合には出れないようです」

「そんな事は気にしなくていい……が、こいつは何をやっている?授業をサボってまで病院に入り浸って……まったく」

「あれ?授業と言えば、隊長はいいんですか?」

レイフォンの腹部で眠っているフェリに呆れたような視線を投げかけるニーナだが、それを聞いてレイフォンも疑問を感じた。
今日が何日かはわからないが、休日で無ければ普通に学校がある時間帯のはずだ。
その時間帯に、ニーナがここにいる理由がわからない。

「む、それはだな……お前が心配だったからだ。その、なんだ……お前は私の部下だからな。隊長として、部下の容態を確認するのは当然の事だ」

「授業をサボってまでですか?」

「ええいっ、うるさい!」

「へぶっ……」

本気で疑問そうに首をかしげるレイフォンに、ニーナはイライラして買ってきた花束をレイフォンの顔面に投げつける。
顔面にぶつかっても、所詮は花なので別に痛くはない。
だが、このようなことをされては流石にレイフォンも理不尽に感じてしまう。

「何をするんですか?」

「黙れ!お前が悪い!!」

「どうしてですか?」

本当に理不尽だと思いながら、レイフォンはため息をつく。
ニーナは顔を真っ赤にしながら椅子に腰掛け、現状の説明をした。
レイフォンが意識を失ってから、つまりはあの事故からもう3日も経っているそうだ。
フェリが念威で助けを呼び、すぐさま助け出されたそうだ。
つまりはその3日の間、フェリは学校をサボり、寮にも戻らずにレイフォンの傍にいたと言うことだ。
そんなフェリの健気な行動に思わず嬉しくなり、僅かに頬が緩む。
だが、心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながら、眠っているフェリの頭から頬を優しく、愛おしそうにレイフォンはなで続ける。
その間もレイフォンとニーナの会話は続き、話は次の対抗試合の事となっていた。

「私の時にお前は言ったじゃないか。これは本番じゃない」

「そうですね」

気丈に言うニーナだが、一番このことを気にしているのは彼女自身ではないのかと思ってしまう。
合宿をするほどに今回の第一小隊との試合に意気込んでいたため、その空回りに気落ちしてしまったのではないのかと。

「それに、試合を投げたりはしない」

「え?」

だからこそ、この言葉がレイフォンには意外だった。

「お前に教えてもらった訓練法は決して無駄じゃない。私達だって強くなった。このまま試合を投げるには惜しいと思うぐらいにな。シャーニッドとナルキとも話し合って、試合は棄権しないことにした」

「そうですか、よかった」

「だから、お前はゆっくり体を休めることを考えてくれ」

意気込むニーナに励まされ、レイフォンは微笑をもらす。
だが、それがどこと無く寂しいと言うか、少しだけ空しくもあった。

「なんだか……少し寂しいですね。自分がいなくともなんとかなるだなんて」

「バカ」

それを思わず口に出し、ニーナによって罵倒される。

「なんとかなるのではなくて、なんとかするんだ……お前がいたほうがいいに決まっているだろう」

視線をそらして言い切るニーナの顔は、レイフォンには見えないが真っ赤に染まっていた。







「んっ……」

「目が覚めましたか?フェリ」

ニーナが帰り、しばらくの時間が経った。
今まで眠っていたフェリの眼が覚め、そんな彼女の頭を、レイフォンの暖かい手がくしゃりとなでる。
髪に伝わる感覚に目を細め、ボーッとしていたフェリだが、次第にその意識が鮮明になっていった。

「フォンフォン!」

「はい、フェリ」

柔らかい笑みがフェリに向けられる。
その視線が、確かにレイフォンがここにいることを示していた。

「フォンフォン……フォンフォン……」

「はい、フェリ」

最初は、このまま目を覚まさないのではないかと思ってしまった。
レイフォンは今まで死んだように眠って、それが不安で怖かった。
今でこそ医者に容態は回復したと言われたが、もう少しで出血多量で死ぬところだったと言われたのだ。
だからこそ、余計に不安が頭をよぎる。
だけど、レイフォンはちゃんと目を覚ました。
優しそうな視線を、フェリに向けてくれる。
暖かい手が、彼女の頭を慰めるようになでてくれる。
それがどうしようもなく嬉しくて、そして心地よかった。

「うぅ……フォンフォン……フォンフォン」

「フェリ……泣いてるんですか?」

フェリは泣いた。その姿に、流石のレイフォンも驚愕する。
フェリは普段から表情の変化が小さく、それでいてクールなところのあるフェリだ。
そんな彼女が表情を歪ませ、ボロボロと涙を流し、誰にでも泣いているとわかる顔をしているところなんて初めて見た。
それほどまでに意外であり、それほどまでに驚いた。

「心配……したんですよ」

「……すいません」

その泣いている理由が、フェリを悲しませた理由が自分だと知り、言いようのない罪悪感にレイフォンは支配される。
泣いているフェリにできることが思いつかなくて、ただただ、彼女の頭をなでるだけだ。
その手に感じる彼女のきれいな銀髪の感触が、とても心地よくも感じられた。

「すいません……フォンフォン。もう少し、このままで……」

「……はい」

泣きじゃくるフェリを慰めながら、レイフォンは僅かに微笑むのだった。












































「よぉ、シェーナ、ディン」

「シャーニッド?」

「なんだ、どうした?」

同じころ、シャーニッドはレイフォンの入院する病院にいたが、レイフォンのいる病室には訪れず、1年生の時からの親友であるディンの病室を訪れていた。
そこには見舞いに来ていたのか、同じく親友のシェーナこと、ダルシェナの姿がある。
だが、どちらかと言えば、シャーニッドはディンよりダルシェナのほうに用があった。

「ん、ちょっとシェーナに用がな」

「またデートのお誘いか?それならお断りだ」

「話を聞く前に却下かよ。だが、まぁ……今回の用件はそうじゃねぇんだよな」

「ほう、珍しいな。ならばなんだ?聞くまでもなく、あまりいい予感はしないがな」

素っ気無く、辛辣な言葉にもめげずにシャーニッドは相変わらず軽い口調で語りかける。

「実はな、うちの隊の奴が先日の崩落事故で入院してな」

「ああ、その話は聞いている。あの曰くありげな1年生エースだろ?」

「そうだ、レイフォンだよ」

事故から3日と言うこともあり、この話は既に都市中を流れている。
それが第十七小隊のエースで、全小隊が注目しているレイフォンならばなおさらの話だ。

「なら、そっちのほうの見舞いに来たのか?とてもそうは見えないが」

レイフォンの見舞いだと言うのなら、そもそもこの病室に来る意味がわからない。
ついでに顔を見せに来たと言うのだろうか?

「見舞いは明日にでもするさ。どうせ今頃、フェリちゃんといちゃついているだろうからな。邪魔でもしたらぶっ殺される」

「それで暇つぶしにこちらの様子でも見に来たのか?そんなわけないな。シェーナへの用件が関係してるんだろ?」

「まぁ、そう言うことだな」

シャーニッドの軽口の奥に隠された真意をディンが読み取り、シャーニッドに指摘する。
それに同意したことから、ダルシェナ自身もそんな予感はしてたと言う様に言った。

「まさか、怪我したエースの代わりをしろ、とか言うんじゃないだろうな?」

「悪い話じゃないと思うぜ?それに代わりじゃなくて正式に入ってくれたっていい。うちはまだ空きがあるからな」

「確かに悪い話ではないな」

「ディン!?」

ダルシェナの予感は当たり、シャーニッドは彼女の勧誘をする。
それにあまりいい顔をしなかったダルシェナだが、予想外のディンの言葉に瞳を見開いた。

「何もそんなに驚くことじゃない。俺達の第十小隊はもう解散したんだ。ならばいつまでもそれに囚われず、新しいものを見つけるのも手だと思うが?それにシェーナは俺と違って健康そのものなんだ。その力を求められていると言うなら、小隊に入るべきだと思うぞ」

「いいこと言うな、ディン」

ディンの言葉に同意するシャーニッドを睨みつつ、それでも戸惑ったような視線を今度はディンに向ける。

「しかし、私は……」

「シェーナ、お前が悩むのもわかる。だが……俺達が元通りに戻ると言う事は不可能なんだ」

第十小隊は解散し、シャーニッドは今や第十七小隊の重要な狙撃手。
ディンは違法酒の副作用で入院中。
何もかもが壊れ、到底修復できぬ状態へとなってしまった。
例えシャーニッドが第十七小隊を辞め、ディンが全快したとしても、それは決して元通りにはならず、ごまかしでしかない。
一度壊れたものは、決して元に戻らないのだ。
その原因を、きっかけを作ったのはシャーニッドだった。
だが、それはいつか必ず起こることだっただろうし、遅いか早いの違いでしかない。
だからこそ誰が悪いと言う事ではないし、シャーニッドを一方的に責めることも出来ない。後悔することすら無意味だ。
もう、第十小隊は終わってしまったのだから。

「ならば前を見て、他の道を探すと言うのも手じゃないか?小隊に入らなくて何が出来るかなんて、2年前に嫌と言うほど理解しただろう?」

「あれは……まだ未熟だったからで……」

2年前、ディン達が2年生の時に訪れた武芸大会。
その時の彼らは小隊に所属しておらず、一兵卒として戦い、そして敗北を経験した。
前第十小隊隊長はこの敗戦を気にかけており、それが誓いの始まりでもあった。
だからこそ、小隊に入ることの意味をディンとシャーニッドはよく知っているつもりだ。

「意地を張るな、シェーナ。お前だってそのことはわかっているし、本当は第十七小隊に入りたいんだろ?」

「そんなことは……」

「俺のことだったら気にしないでいい。むしろ、俺のことで立ち止まるな。俺が望むのは、ダルシェナ・シェ・マテルナが前を見て突き進むことだ。シェーナには、それがあっている」

それでも渋るダルシェナに微笑みかけ、ディンは言う。
自分には出来ないことをできる彼女に、想いを託すために。

「俺には出来ないから……シェーナがこの都市を護ってくれ」

「ディン……」

勧誘に来たシャーニッドを蚊帳の外にし、この日、ダルシェナ・シェ・マテルナは第十七小隊へと入隊した。








「やぁ、元気かね?」

「まさか、生徒会長自らが俺っちを訪ねて来るとは思わなかったさ~」

爽やかな挨拶と、暢気そうな返答。
だけれど、その場にいて、そんな2人の会話を聞いていたミュンファは思わず小さく縮こまる。

「こんなところに来るなんて、生徒会長も案外暇そうさ~」

「そうでもないんだけどね。ただ、どうしても君には聞きたいことがあったんだ」

ここはサリンバン教導傭兵団の宿泊している宿泊施設。
その場にカリアンは、武芸長であるヴァンゼを引き連れて団長のハイアの元を訪れていた。
前回の廃貴族騒ぎでは敵対しかけたと言う事もあり、ヴァンゼの表情には緊張が走っている。
だけど会話を交わす人物、ツェルニの生徒会長のカリアン、サリンバン教導傭兵団団長のハイア、この2人の長は平然と、淡々とした会話を交わしていく。

「実を言うと、こちらも結構大変でね。都市の老朽化がいきなり発覚するとか、大切なエースが負傷するなど、頭の痛い問題が山積みしているのさ」

カリアンのメガネの奥にある笑みが一瞬だけ消し、ハイアは不敵な笑みを深める。
そのやり取りが生み出す緊張にミュンファは泣きそうになり、ヴァンゼは息を呑んだ。

「言っとくけど、俺っちはやってないさ~」

「信じるよ。私と君は一度は手を取り合った仲だ。友情と信頼が育まれていれば良いと願っている」

「友情は大切さ~」

「まったくだ」

2人の間で笑みが交わされる。
だが、その取り合った手はおじゃんとなっているし、笑い合う2人だが、そのどちらもそんなことは微塵たりとも信じていないと言う雰囲気がありありと浮かんでいた。
冷たい空気のあまり、ミュンファは体を震わせる。

「せっかくここまで来てもらったし、俺っちとあんたの友情に免じて、いくつか情報を提供をしたいなぁって思っちまったさ」

「ほう、それはありがたい……だけど、それは置き土産なのかな?私の聞きたいことと言うのは、君の部下達がなにやら支度をしているとのことだったのでね」

「まさかさ~。俺っち達の目的は廃貴族。それを手に入れてないのに、この都市から出て行くわけがないさ~」

「そうかい?こちらとしては、うちの生徒を利用するやり方なら諦めて欲しいのだがね」

「それは出来ない相談さ。それにこれは助言、あんたらのためにもなる話なんだけど……廃貴族さ~。あれは、あんまり長く放置しとかない方がいいぜ」

「ほう、なぜ?」

重々しい、威圧の混じった会話にミュンファが胃を痛めていると言うのに、カリアンとハイアは平気そうに会話を続けていく。

「どれだけ強力だろうと、あれは滅びを知っちまった故障品さ~。メンテナンスできる奴がいなけりゃ、滅びの気配をばら撒き続ける。そういうものだって、聞いてるさ~」

だが、その話を聞いて、カリアンが眉間にしわを寄せた。
それはもしや、先日の崩落事故のことを踏まえての発言なのだろうかと。

「なるほど、気をつけなければならないね」

「うちによこしてくれりゃ、どうとでもするのにな」

「……それは、グレンダンの女王陛下ならば方法を知っているということかい?」

「そこまで詳しいことを知るわけないさ~。俺っちはグレンダン生まれじゃないさ。陛下なんて顔すら見たことない」

「それはそれは……それにしては、ずいぶんと天剣授受者に思い入れがあるようだけれどね」

ハイアの発言に情報を得ようとするカリアンだが、当のハイアは失敗したような表情をする。

「話しすぎたようさ」

「おっと、情報はいくつか、だろう?」

話を切ろうとしたハイアだが、カリアンに笑みを投げかけられて切れない。
ハイアは言ったのだ。『いくつか情報を提供をしたい』と。
その言葉を思い出し、にやりと笑った。

「記憶力が良い奴は好きさ」

「私も好きだよ」

「ほんと……俺っち達は気が合うさ~」

笑いながら、ハイアがもうひとつの情報を口にする。
その情報を聞いて、ヴァンゼどころかカリアンの表情が徐々に強張っていく姿を、ハイアはとても楽しそうに眺めていた。











































あとがき
ギブスをして2週間弱……昨日、ついに取れましたァァ!!
一応完治しましたが、医者にはあまり無理をするなと言われました。
それでいて更新しましたが、今回はいつもより短いですね。
いつもはワードで22~30くらいなんですが、あとがき抜けば15の途中ですね。
なんにせよ、指の調子はすこぶる良いので、これからがんばって行きたいと思います。

それから、本来ならもう少し様子を見ようとか、もう少しページがたまってから更新しようと思ったのですが、どうしても更新したい理由が。
それは……おめでとう、ハッピーバースデー俺!!
今日が自分の、二十歳の誕生日だったりします。これで酒が飲める歳に。
しかし、7月に親戚の結婚式で飲まされて、ビールとはあまりおいしくなかったなと思うこのごろ。
飲めなくはないんですが、苦さが口当たり的に……
何か飲みやすく、おいしいお酒と言うものはないものでしょうか?
などといいつつ、指のこともありますので今回はこれで。
皆様には大変ご迷惑をおかけしました。



[15685] 35話 二つの戦場
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:514fb00e
Date: 2010/09/01 10:48
ここ最近、空気がおかしい。
そう考えるのは自分だけなのだろうかと、ニーナは考え込んでいた。
機関部の清掃中、ニーナ以外の清掃員などはいつもどおりに作業をしている。ならば彼らは、ニーナが感じる違和感を感じていないということだ。

(気のせいなのか?)

例の崩落事故が原因で、現在は機関部の総点検を行っている。
その音の所為だろうかと思い、我が感覚ながら自信が持てない。
こういう時、誰かと話したりすれば気が紛れるのだが、生憎といつも機関部掃除で組んでいるレイフォンは入院中だ。
そのほかの清掃員、武芸者ではない一般人にニーナの速度について行けるはずがなく、効率を重視して今は1人で掃除をしている。
そんなニーナの元に、息を切らせながら走ってくる男性の姿があった。

「ニーナ!」

彼は整備責任者の上級生だ。
彼の慌てよう、そして自分が呼ばれた理由を考え、ニーナは予測をつける。

「もしかして……」

「そのまさかだ、頼む」

ニーナの予測どおりだと頷くと、そのまま上級生は走り去って行く。
ツェルニがまた、どこかに行ったのだ。見れば整備士達が忙しそうにあちらこちらを走り回っている。
整備士達が忙しそうなのはいつものことだが、今日のそれはいつもと様子が違っていた。

「そうか、それでか……」

それに気づかないとは、やはりニーナはどうかしているらしい。
ニーナはツェルニを探すためにモップを置き、この不調の原因を考え始めた。

(やはり、レイフォンが倒れたことが原因だろうか?)

それ以外考えられない。
あの時、ニーナは合宿所でレイフォン達の帰りを待っていた。
夜も更けていて、照明の少ない生産区だが、危険と呼べそうなものはそれほどない。フェリも出て行ったし、まさか暗さで迷子になるだなんて思いもしなかった。
となれば、唯一危険となりそうな存在は、牧場から逃げ出して野生化してしまった動物ぐらいだろうが、森海都市エルパならともかく、学園都市ツェルニのそういった動物の数は少なく、また、危険な類のものは皆無に等しい。
もし、突然変異で巨大化した鶏の親子が出たとしても、ナルキならともかくレイフォンがいればどうにでもなる。

だから、誰が自分達の地面に大穴が開くなんて思うだろうか?
最初、激しい揺れがニーナたちを襲った時、また汚染獣の巣穴に飛び込んでしまったのかと思った。
焦り、嫌な汗が背筋を冷やす。
そのすぐ後に、念威越しでもわかるほどに取り乱したフェリが伝えた事実に、ニーナは汚染獣の襲来以上に驚いた。
全身から血の気が引き、思わず足元がふらついてしまった。そんな大事故なんて、ニーナは今まで生きてきて見たことも、聞いたこともない。

(あいつの人生は荒れていなければ気が済まないのか?)

呆れるが、同情もしてしまう。
グレンダンで最強の称号、天剣授受者を得るものの、賭け試合に出てそれがばれ、都市を追放される。
このツェルニに来てからも、小隊に入れられ、汚染獣と戦い、様々な事件や事故に巻き込まれる。
そんな波乱万丈な毎日が、レイフォンには付きまとっていた。
それに、今でこそ武芸に前向きなレイフォンだが、当初は武芸を辞め、一般人として生きようとしたのだ。
もちろん、武芸者としての利益だけを享受することはできない。都市に危険が迫れば、その矢面に立たなければならないのが武芸者だ。
汚染獣との戦い、セルニウム鉱山を賭けた都市同士の戦争。武芸者は自身の命を懸け、都市の為に戦わなければならない。

だが、レイフォンは決してそれらの危険に尻込みし、恐れたわけではない。
それどころか、そういう場面に直面した時、自分1人だけで戦おうとする。自分だけで片付けようとする。

(あいつを引き止めてしまったのは、私か……)

カリアンに知られてしまったという不幸もあるが、その不幸にニーナは甘えていたのかもしれない。
当初は嫌がるレイフォンを無理やり、強引に勧誘して第十七小隊に入れたのだ。
そうしなければ第十七小隊を存続させることができないという理由もあったが、それは決して褒められるやり方ではないはずだ。
だけどレイフォンの強さに、最近では武芸に前向きな様子から、ニーナはレイフォンに頼り切っていた。
頼らないように努力はしている。そのために体を壊したこともあった。それでもレイフォンは一緒に戦おうと言ってくれた。
だが、レイフォンの実力が圧倒的で、ずば抜けていると言う事実だけは覆せない。その証拠に、自然と第十七小隊の戦い方、戦法はレイフォンに比重を置いたものになっている。

『あなたの台詞は立派だ。正しい。真っ直ぐだ。理想だ。だけどそれは、力がなければ叶わない。あなたにはそのための力が、レイフォンがいる。だからこそそんな発言が出来るんじゃないんですか?』

第十小隊との試合で、オリバーがニーナに言った言葉を思い出す。
あの時はすぐさま否定したが、今考えればまさにそのとおりではないかと思ってしまった。
自分には、自分達第十七小隊にはレイフォンがいる。他の隊にはない、圧倒的な力(戦力)がある。

(あの時、私はなにを考えた……?)

あの事故の時、フェリに知らされてニーナはシャーニッドとオリバーと共に、すぐさま救出に向かった。
そこで血塗れのレイフォンを見て、ニーナは自分の心臓が止まるのではないかという衝撃を受けた。
だが、一番の問題はその衝撃がある程度落ち着いた後……

(なにを、考えた……?)

自問するまでもない。次の試合のことを考えたのだ。
レイフォンが怪我をし、重傷を負ったと言うのに、いや、だからこそだが次の試合のことを考えた。
レイフォンが次の試合には出れないと言うことを医師から聞き、ニーナはショックを受けていた。
1人しかいない前衛が抜ける。それだけでも十分痛いが、事実はただそれだけではない。第十七小隊が完全に機能しなくなるとさえ思ってしまった。

(そんな訳はない)

それをニーナは全力で否定する。戦い方は他にいくらでもある。
シャーニッドはレイフォンの代役を見つけてくると請け負ってくれたが、例えいなくともなんとかなる。
攻めだとしたら、ニーナとシャーニッドかナルキのツートップで、どちらかに自分のサポートをさせることができる。
守りならば今のポジションを動かす必要はないだろう。
そんな考えで、そんな手で勝てるとは言わない。だが、うまくやれるはずだと今なら思う。

(それなのに、どうして?)

だと言うのに、あの時はどうしてレイフォンが抜けただけで全て終わったと思ったのだろうか?
暗闇の中、ニーナの持つ懐中電灯によって映し出されたレイフォンの姿。
血塗れで、青白い表情で目を閉じているレイフォンを見て、本当に全てが終わった気がしたのだ。
ニーナの想いも、希望も、その全てがボロボロと音を立てて崩れ落ちたように感じてしまった。
レイフォンには『なんとかする』と言ったが、その中身はこんなにも脆く儚い。
だが、怪我をしたレイフォンにこんな情けない姿を見せるわけにはいかない。だからこそ、虚勢でもあんな事を言い、それを真実にしようと決意した。

「情けない」

だからこそ嫌と言うほど自覚もした。
今まで頼りっきりになっていたと言うことなのだ。
レイフォンが武芸者として遥か上の領域にいることを受け入れ、その技を盗めるだけ盗んで強くなろうと思っていたはずなのに……

「くそ……」

あの血塗れの姿を見た衝撃が未だに抜けきらない。
見舞いに行った時にもその姿が頭に浮かんで、目を正面から合わせることができなかった。

「こんなことでは、駄目なのに……」

そんな風に、考え事をしながらさまよっていたためだろう。ふと我に返った時、ニーナは一瞬どこにいるのかわからなかった。
辺りを冷静に見渡してみると、そこは機関部の中心付近のようだ。
そこにはプレートに包まれた小山のようなものがあり、あのプレートの中に本来なら電子精霊が、ツェルニがいるのだ。
だが、そのツェルニが、電子精霊があのプレートの中で何をやっているのかはわかっていない。
なにを使って、どのようにして都市を動かしているのかもわかっていない。鉱山から積んだセルニウムをどうやって液状にし、エネルギーとしているのか、どうやって危険(汚染獣)を察知しているのかも知らない。
整備士や技術者達が触れるのは、中心から伸びるパイプやコードにつながれた機械だけだ。
過去に錬金術者達によって造られたレギオス(移動都市)の図面や知識は失われ、わからないことだらけなのだ。だから内部には、うかつに手を出すことすらできない。
そんな場所の近くに、ニーナは来ていた。

「まったく……どこにいるんだ?」

心ここに在らずだった状態を誤魔化すように、ニーナはわざと明るい声を出して辺りを見渡す。
そして探している存在、この都市の意思、電子精霊の名を呼んだ。

「ツェルニ!」

障害物などで見通しが悪い機関部内を、ニーナの大きな声が反響して響く。
その声に反応してか、パイプの隙間を縫うようにして遠くから光の玉が飛んできた。ツェルニだ。
その姿は裸体の小さな少女で、ニーナへと近づき、彼女の胸へと飛び込んだ。

「懲りない奴だな、お前は」

ツェルニを抱きしめ、呆れたように注意するニーナだが、楽しそうに笑うツェルニの顔を見るとなぜだか全てを許してしまいたくなる。

「今日はなにを見ていたんだ?」

ツェルニの長い髪をなでながら、ニーナは問いかけた。
だけどそれにツェルニは答えず、そもそも答えることができるのか、今までしゃべっているところを見たことがないが、ニーナの腕から抜け出し、背中へと回った。
ニーナの頭に抱きつき、顎を乗せる。髪が引っ張られたので、ニーナは思わずそちらの方を振り向いた。

「ん?こっちか?」

その方角は、ツェルニが向いている方角だ。
ツェルニはなにかをニーナに見せたいのだろうか?
だが、その視線の先にはなにもない」

「なにもないぞ?」

あるのはパイプと通路で入り組んだ機関部の風景だけ。
それ以外なにもなく、不自然に感じるようなものはない。

「ツェルニ?」

問いかけるが、ツェルニはニーナの頭の上でただ一点を眺めているだけだ。
それがなにをしているのか、なにがいるのかなんてわからない。

「……………」

ただ、言いようのない不安にニーナは包まれる。
それは先ほど感じた違和感。おかしな空気と同じだった。
だけどそれが何なのかは理解できず、ニーナは暫しツェルニと同じ方向を見つめているのだった。




































意識を取り戻してから1週間。
背骨の損傷は未だに残っているが、怪我もだいぶ良くなったと言うのにレイフォンは未だにベッドから出ることを許されてはいない。
フェリが毎日見舞いに来てくれてはいるが、やはり1日中ベッドの上と言うのは退屈なものだ。

「フォンフォン……あーん」

「またキッチンナイフを使ったんですか?危ないからそういうのは僕がやりますよ」

「病人にこんなことをさせるわけにはいかないじゃないですか。それだと看病の意味がありません」

フェリがキッチンナイフで果物の皮を剥き、その切れ端をレイフォンに差し出す。
フォークに刺された歪な形の果物を見て言うレイフォンだが、フェリは頬を膨らませて拗ねたように返答した。
そのしぐさに苦笑しながら、レイフォンは口を開けてフェリの『あーん』に応える。
口内に果物が運ばれ、それを齧った。しゃくりと言う音がし、甘酸っぱい味覚が広がる。
その様子を満足そうにフェリが眺めて、次の果物にフォークを突き刺した。

「あーん」

「あーん」

再び、レイフォンがフェリに運ばれた果物を齧る。
果物がなくなるまでそれは続き、一息ついたところで、レイフォンはため息を吐いてフェリに尋ねた。

「メイは……まだ気にしているんですかね?」

「さあ?ナルキの話だと、最近は学校にすら行っていないらしいですが」

フェリのそっけない返答に、それはモロに気にしているのではないかと思ってしまう。
それほどまでに告白が玉砕し、あの事故がメイシェンとしてはショックだったのだろう。
レイフォン自身、ぜんぜん気にしていないとは言えないのだが、やはりメイシェンのことが心配ではある。
ちなみに、あれからナルキが見舞いに来てくれたのだが、レイフォンの傍には常にフェリがおり、彼女の刺すような視線に言いたいことも言えずに帰るというのが何度かあった。

「あなたが気に病む必要はありません。あれは事故ですし、原因があるとしたらあの場所に呼び出したナルキ達です」

誰もあんな事故が起こるなんて予想できなかっただろうし、呼ばれ、ただ付いて行っただけのレイフォンに落ち度はない。
だから気にする必要はないというフェリだが、レイフォンはそうは思っていなかった。

「でも、僕が隠し事をしてたからあんなことに……」

「フォンフォン……」

フェリがレイフォンにそれ以上言うのを止めさせる。
レイフォンの瞳を正面から見つめ、半ば呆れたようにフェリは言った。

「あなたは本当にお人好しです。誰にだって人には言いたくない隠し事なんて一つや二つは持ってます。ただ、フォンフォンの場合はその隠し事が大きすぎ、重すぎるだけ。それ以外はなんら他の人とは変わりません。ですから、そのことを責めたりするのは間違ってます」

「フェリ……」

「それにですね、もうグレンダンでのことは終わったことなんです。天剣を剥奪され、都市を追放された。それでフォンフォンの罪はお終いです。十分咎は受けましたし、ガハルド・バレーンのことに関しては自業自得。それに関して恨んでいたゴルネオ・ルッケンスですが、彼に関しては都市外の問題を持ち込んだ校則違反です」

フェリはレイフォンの手に触れ、優しい視線を向けた。
表情の変化が乏しい彼女が、誰にでもわかるように微笑んだのだ。

「だから、あなたはなにも気にする必要はありません」

その笑みにレイフォンは癒される。
こういった彼女の笑顔を守りたかったからこそ、レイフォンはあの時、命を張ってフェリを護ったのだ。
それを護れて、レイフォンは満足している。また笑いかけて、彼を癒してくれる。
それだけで、レイフォンは幸せだった。

「ですが……」

が、次の瞬間にフェリの表情が険しいものへと変化した。

「あんな無茶をしてどういうつもりですか?もう少しで死ぬところだったんですよ」

「ふぇ、ふぇり!?」

頬を左右から引っ張られ、レイフォンは引き攣った表情で彼女の名を呼ぶ。
えらくご立腹なフェリは、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように続けた。

「今までは怪我も治りきっていませんでしたし、フォンフォンが私を助けてくれたことからあまり言いませんが、これだけは言わせてもらいます。馬鹿ですかあなたは?」

「ふへぇ、はふぁいふ」

「なにを言っているのかわかりません」

何を言っているのかわからないのはフェリが頬を引っ張っているからなのだが、フェリはあえてそれを無視した。

「もう少しで、出血多量で死ぬところだったんですよ」

「ふいまふぇん」

フェリに睨まれているが、頬が引っ張られて表情が引きつっているために、レイフォンの顔に締りがない。

「あなたなら、もっとうまくできたんじゃないですか?」

やっとフェリが手を離し、レイフォンの頬は開放された。
ひりひりと痛む頬をさすりながら、レイフォンは困ったように言う。

「あれが限界です。あの状況で全力は出せませんでした。剄の余波で大変なことになりますから」

「……それで、あなたが大怪我ですか?」

「まだまだ未熟ってことですね」

レイフォンが笑った。
誤魔化すような、引きつった笑い。
だけどフェリは、レイフォンのその笑いを正面から見ることができない。

「すいません……」

「……フェリ?」

さっきまで怒っていたと言うのに、今度は謝罪をした。
その挙動に不自然さを、違和感を感じ、フェリのことが心配になる。
今のフェリはとても弱々しく、心底申し訳なさそうに声を震わせていた。

「私の所為でフォンフォンに怪我をさせてしまって……私が、あの時なにもできなかったから……」

あの状況、レイフォン1人ならどうとでもなった。当然、無傷で切り抜けることだってできた。
だけど、それはできなかった。フェリがいたからだ。フェリがいたからレイフォンは全力を出せず、重傷を負ってしまった。
自分の所為でレイフォンが傷ついた。その事実が、フェリの胸をぎゅっと締め付ける。

「私は念威繰者なのに、咄嗟のことで念威のサポートが遅れて。一度は念威繰者以外の道を探そうと思いましたが……この力が及ばずにフォンフォンが傷ついたというのは、とても悔しいです」

フェリはあまりにも大きすぎる才能により、念威繰者として周りに期待され、自分の意思に関係なくその道を歩ませられようとした。
それが嫌で、それ以外の道を探したくてツェルニにきたのだが、今ではその念威の才能が及ばずに悲しい。
レイフォンは武芸者を続け、自分を護るためにその力を振るってくれる。
そんな彼を助けたいから、サポートしたいから、せめて自分にできる念威で補助しようとするも、前回の崩落事故ではその補助が遅れてしまった。
せめてあの時、レイフォンが全力を出せなくとも自分の補助がもう少し早ければ、レイフォンは怪我をしなかったのではないかと思ってしまう。
念威以外なにもできないのだから、せめてその念威で役に立ちたかったと言うのに……

そんな、今にも泣いてしまいそうなフェリを、レイフォンは優しく、包み込むように抱きしめた。

「フェリは悪くないですよ。大体、あんな状況で冷静にいられる人なんてそうはいません。僕自身、あの時は無我夢中でなにがなんだったのかわかりませんでしたから」

フェリの小さな体を自分の胸板に押し付け、レイフォンは甘い声でつぶやく。
この健気で優しく、愛しい恋人を慰めるように言い聞かせた。

「僕は怪我したことはなんとも思ってません。フェリに心配をかけて、試合に出れなくなったことは悪いと思いますが、それ以上にフェリが無事でよかったです」

この身が重傷を負おうが構わない。
何が何でもこの人を護ると決めた。
そのためなら、例えこの身が朽ちようとも構わない。
そう決意したからこそ、レイフォンはフェリのためならばどこまでも強くなれる。
フェリのためならばどこまでも優しくなれる。
だからレイフォンは、彼女を慰めるために笑った。

「それに、フェリは僕をちゃんと助けてくれたんですよ?あの時は足元のことにまで気が回りませんでしたから。念威でサポートしてくれたから、あの程度で済んだんです」

胸元から離し、今度はフェリの瞳を見つめる。
涙ぐんで潤んだ瞳が切なく、だけど美しかった。
フェリの美しさ、かわいらしさに思わず息を呑み、レイフォンはわずかに緊張した。
愛しい女性。誰よりも大切な人。
彼女の悲しそうな顔なんて見たくないから、レイフォンは笑い続ける。

「ですから、ありがとうございます。そして、あなたが無事でよかった。それだけで僕は十分です。本当によかった」

「フォンフォン……」

フェリはいつもレイフォンの傍にいてくれた。
フェリはいつもレイフォンを支えてくれた。
だからこそそれを失うのが怖く、失わなくて良かったとレイフォンは安堵の息を付く。
そんな優しい、緩みきった笑顔に、フェリは安心した表情で返す。

「フェリ……」

レイフォンはフェリの頭の後ろに手を回す。
彼女の小さな体と頭部を固定するように、そのまま引っ張るように抱き寄せ、顔を近づける。
あの時、メイシェン達の前ではフェリからしたが、今回はレイフォンから仕掛ける。
フェリも拒まず、その行為を受け入れた。

互いの息遣いが感じられるほどの至近距離。
既に何度も交わっているが、やはりこれは何度やっても胸がドキドキと脈打ち、落ち着きがない。
それでも心地よく、やれば幸せな気持ちになるのだからやめられない。
もはや癖になり、一日中やり続けていたいほどだ。

交わされる唇と唇。所謂キス。
互いの唇の感触を感じつつ、レイフォンとフェリは唇を交えた。
触れるだけの優しく、甘い口付け。
その最中……

「やぁ、元気……かね?」

ノックの音がし、扉が開かれる。
それに反応するのが遅れ、レイフォンとフェリの唇は交わったままだ。
それを目撃する、長い銀髪の男性。
フェリの兄であり、この学園都市の生徒会長、カリアン・ロス。
彼が目的したのは、妹が異性とキスをする姿。
その光景に思考が止まり、彼のいつも何を考えているかわからない不気味な笑顔が固まる。
思考が真っ白となり、頭の中が空っぽとなった。
これほどショッキングな光景は、彼にとって生まれて初めてかもしれない。

「……………」

「……………」

気まずい。
唇を離したレイフォンとフェリだが、もう遅すぎる。
カリアンにはばっちりと目撃され、言い訳も弁解も意味はない。
と言うか、それすらをする必要はないのかもしれない。
言い訳や弁解以前に、レイフォンとフェリは恋人同士で付き合っているのだ。
だから兄であるカリアンにはいつかばれるだろうと思っていたし、いつかは話すべきことだとも思っていた。
それが早いか遅いだけのこと。だが、こういったタイミングでばれるとは流石に思わなかったが。

「……………」

無言のまま、カリアンは病室の隅にある椅子へと視線を向けた。
そのまま椅子へと近寄り、足の部分を持ち上げる。

「死んでくれたまえ、レイフォン君!!」

椅子を振り上げ、すぐさま振り下ろす。
妹に手を出す害虫を殴打しようと、全力でだ。

「落ち着かんか!」

「ぐぇっ……」

だが、それは同席していたヴァンゼによって阻止された。
椅子を取り上げ、カリアンを背後から絞め落として気絶させた。
よく気絶させるには鳩尾や背後の首筋や頭部を狙うといいと言うが、あれは難しく、できるのは達人級の腕を持つ人物の話。
だから、ヴァンゼのやった絞め技はある意味安全で、一番効果的な方法でもあった。

「さて……」

ぐったりしたカリアンをそこら辺にあった椅子に座らせ、ヴァンゼは気まずげに咳払いをする。
カリアンと共に訪れたヴァンゼも当然あの光景を目撃しており、気まずさは拭えない。
それでも、これだけは言おうと口を開いた。

「仲が良いのはいいことだが、あくまで学生なんだ……節度は守れよ」

「す、すいません……」

「善処します」

未だに気まずい雰囲気の中、カリアンが気絶しているのを放置しつつ、ヴァンゼは今回訪れた用件をレイフォン達に告げた。







































対抗試合の日が来た。
観客席から聞こえる声援には、いつも以上に熱気が宿っていた、
今日の試合で対抗試合の全日程が終了する。それは、小隊ごとの順位が決まると言う意味もあった。
観客達にとって、純粋にどこの小隊が一番強いのかを知りたいがための熱気だろう。
特に、今日の試合内容によって首位の順位が入れ替わるため、観客達も最後まで試合から目を離せない。

「結果によりゃ、うちの小隊が首位に立つことも可能か?」

シャーニッドの気楽な、だけどどこか緊張した声が控え室に響いた。
首位争いをしているのはヴァンゼ武芸長率いる第一小隊、ニーナが以前所属していた、シン率いる第十四小隊だ。
第一小隊とはゴルネオ率いる第五小隊に破れ、第十四小隊は第一小隊に1敗しており、敗戦数が1と並んでいる。
第五小隊は一時期、セルニウムの補給後に調子を落としてしまったため、格下の小隊に痛い1敗をしてしまった。
そのために第十七小隊に敗北した分も合わせて現在2敗。順位は3位となっている。
第十七小隊はそれと同一で、現在3位。首位に立つ可能性は低い。
だが、首位に立つ可能性は低いというだけで、僅かにある。

第十七小隊の相手は第一小隊。
第十四小隊の相手は第五小隊。

第一小隊に第十七小隊が勝ち、第五小隊が第十四小隊に勝てばこの4つの隊が2敗で並ぶ。
自力優勝の可能性は消えているのだが、他力本願、結果次第では首位に立てる。
ただ、第一小隊が勝って、第十四小隊も勝てばこの2つが同率首位。
どちらか一方が勝って、どちらか一方が負ければ、勝ったほうが首位となる。
故にこの試合、気が抜けなかった。先に試合のあった第五小隊が、第十四小隊を破ったために余計にだ。

「こうもうまく展開が進むとはな」

先ほども言ったが、現在は第十四小隊と第五小隊は2敗。
第一小隊が1敗だが、第十七小隊は2敗のため勝てば並ぶ。
4つの隊が首位に立つのか、第一小隊が単独の首位に立つのか、観客達の注目度がさらに高まる。

「この試合、絶対勝つぞ!」

ニーナにも欲が生まれ、試合に勝つと意気込む。
隊の状態がレイフォンを欠いて万全ではないとはいえ、勝てば首位。しかも相手はツェルニ最強と名高い第一小隊。
レイフォンなしでの勝利は、第十七小隊の成長を示すこれ以上ない機会だ。

それに以前、週刊ルックンと言うツェルニで一番売れている雑誌で、各小隊の隊長のインタビューが取り上げられたことがある。
その時、第五小隊のゴルネオが言っていた。
第一小隊に勝てないと言うことは、以前にツェルニが敗北した時代から何も変わっていないに等しい。
ニーナだって同じ考えだ。その時代から第一小隊は頂点として君臨していた。ならばその頂点を妥当しなければ、ツェルニは変われない。
なにより、レイフォンが抜けた穴が埋められないとは思いたくない。観客ではなく、レイフォンにだ。
『なんとかする』と言ったのだから、実行してみせないといけない。
レイフォンに、自分達がちゃんと強くなっているところを見せなければならない。

「気合十分だな。ま、俺もいつになく張り切ってんだが」

軽い物言いだが、シャーニッドだって今回の試合がどれほど大事なのか理解できる。
錬金鋼の調整を念入りに行っていた。
次にニーナはダルシェナへと視線を向ける。
彼女は控え室の端で瞑目したまま動かない。あれが試合前の、彼女なりの集中方法なのだろうか?

「作戦は……隊長?」

その姿勢のまま、ダルシェナが口を開いた。
この場にいる全員の視線がニーナに集まる。

「私とナルキが左翼より先行、ダルシェナは右翼で待機してください。シャーニッドはフェリと協力して狙撃ポイントを目指す。開幕はこれで行きます」

ニーナの作戦を聞き、ダルシェナが疑問を抱く。

「今回はこちらが攻め手だ。隊長が敗れれば負けるが、それでいいのか?」

その疑問は、隊長であるニーナが自ら先行する危険を指摘するものだった。
だが、この程度の指摘は予想の範囲内で、この作戦を変えるつもりはない。

「私の心配は無用でお願いします」

ニーナには金剛剄がある。レイフォンに教わった防御技だ。
グレンダンの天剣授受者、リヴァースの使う技で、これならば並大抵の攻撃を防ぎきると言う自身がある。

「なら、私は行ける時に行けばいいんだな?」

「はい」

「了解した」

作戦を確認し、それが終わるとダルシェナは再び瞑目を続けた。
正直な話、ニーナは隊長としてダルシェナをどう使えばいいのかわからない。
やはり一番の問題は、ダルシェナが第十七小隊に加入して日が浅いと言うことだ。
連携の問題もそうだし、ビデオなどで第十小隊の試合は確認して分析はしたものの、それはダルシェナ個人ではなく第十小隊としての姿だ。
第十小隊はダルシェナの突貫力を最大限に利用した戦法を取っていた。今まで形の違った、あの第十小隊にとって最後の試合でも例外ではなく、ダルシェナの突貫力はとても重要なものだった。
その戦法をニーナの脳内で応用はできても、現在の第十七小隊の戦法に反映させるのは難しい。やはり、時間が足りなさすぎた。
だからこそ、前衛にダルシェナと言う優秀な駒がいても、指揮官であるニーナはその駒をどう扱えばいいのかわからない。
無難な、彼女の突貫力を活かす作戦を考えたつもりだが、本当にこれでいいのかとやはり不安は拭えない。

だが、だからと言って試合を諦めるとか、投げるなんて選択肢はもちろんない。
これは悩みぬいた末に考え付いた、最上の作戦なのだ。
この試合に勝つと意気込み、レイフォンに頼らなくとも大丈夫だと証明するための作戦。
ニーナが固く決意を固めていると、隊員のそれぞれの錬金鋼をチェックしていたハーレイが、最後にニーナの番だと歩み寄ってくる。

「レイフォンの手術、今日だってね。もう終わったかな?」

「どうかな?医術のことはわからない」

そのチェックの最中、ハーレイがレイフォンの心配をしてつぶやく。
奇しくもレイフォンの背骨の手術は今日行われる。
脊髄に刺さった背骨の破片を抜き取る手術だ。医術や医学が専門外とはいえ、その手術がどれだけ大変で、繊細なものかは予想できる。
だからこそニーナも心配で、試合前だと言うのにそのことを考えてしまう。

「無事に終わるといいね」

「そうだな」

言って、今気づいたと言うようにハーレイが疑問を上げる。

「そう言えば……フェリは?」

「なに?」

ハーレイに言われ、ニーナは辺りを見渡す。
ここにいるのは、ニーナとハーレイ、ダルシェナとシャーニッド、そして首位が懸かっているために緊張でガチガチとなっているナルキ。全部で5人。
レイフォンは現在手術中だから当たり前でいないが、それでも1人足りない。言うまでもなくフェリである。

「どこに行ったあいつはァァ!?」

「ってか、今日ってフェリちゃん、最初からいなくなかったか?」

むしろ、何で今まで気づかなかったのかと嘆く。
大事な試合前だと言うのに、第十七小隊の念威繰者であるフェリの姿がない。
いつも静かで、隅で本ばかり読んでいたから、それで気づくのが遅れたのかもしれない。

「ちょ、どうするの!?」

「私が知るか!ハーレイ、探して来い!!」

「どこを?」

「いいから早く行け!」

ハーレイをけしかけ、自分も探しに行こうとすぐさま支度をする。
だが、ニーナ達が行動に移る前に、控え室であるドアがトントンとノックされた。

「どうも~」

「お前は……」

現れたのは、武芸科2年のオリバー。

「応援と、助っ人を連れてきたぞ」

「ディン!?」

オリバーはディンが座った車椅子を押し、室内へと入ってくる。
その背後に、

「えっと……その、よろしくお願いします」

元第十小隊の念威繰者の姿があった。





































「フェリ、いいんですか?試合の方は」

「試合どころじゃなくなったじゃないですか。そもそもフォンフォンの方こそいいんですか?手術が終わったばっかりだと言うのに、こんな無茶をして……」

「はぁ……ですが、僕以外にはできませんから」

「……つくづく、ツェルニのレベルの低さには呆れ果ててしまいます」

「それは違いますよ」

そのころ、当のフェリは手術を終えたレイフォンと共にある場所に向かっていた。
レイフォンの手術自体は簡単に、あっという間に終わったのだ。
場所が場所だけに細心の注意を払い、計画が練られたが、後はその決められたとおりにやればよかったらしく、一度の手術で全てが終わった。
何度かに手術を分ける必要がなく、背中の傷口を縫った糸は回復に合わせて解けて消えるタイプらしく、抜糸の必要もない。
背中には細胞充填薬(さいぼうじゅうてんやく)と言う薬が塗られたシップが貼ってあり、活剄で回復の手助けをすれば今日にでも傷口は塞がるだろうとのことだ。
ただ、手術による体力の低下だけはどうしようもなく、今のレイフォンは万全ではない。
だと言うのにこれから、ある場所に出向かなければならないのだ。
それがフェリにとっては心配なのだ。

「ここは学園都市です。きっと、これが普通なんですよ」

「馬鹿ですかあなたは?これが普通だと言うのなら、とっくに学園都市は全て滅びています」

「それもそうですね……」

確かに学園都市の武芸者は未熟者の集まりだ。
故に戦力的には通常の都市より劣り、電子精霊も汚染獣と遭遇しないように細心の注意を払う。
武芸大会と言う名目を取っている以上、また何らかの理由で都市を出る以上、レイフォンのような例がない限り学園都市同士の戦力など、どこもそんなに変わりはないはずだ。
だが、今のツェルニは明らかにおかしく、普通ではない。
レベルだとか、そんな話ではなく、このようなことが立て続けに起これば都市は普通ならば滅ぶ。例外はグレンダンだけだ。
レイフォンがツェルニに来て、三度目の危機。その事実に渋い顔をしながら、2人は目的地へと辿り着いた。

「一応準備はできているが……使う気はないんだろ?」

「はい……」

場所はツェルニの下部ゲート。
そこには車椅子に座った、色白の男性が待ち構えていた。
本来は美形なのだが、彼の目付きの悪さがそれを台無しにしている。
ハーレイと同じく錬金科に在籍しているキリクだ。彼の傍に置かれているテーブルには、錬金鋼が乗せられていた。

「お前の強情さにはうんざりするな」

「すいません」

キリクの不機嫌そうな表情に、レイフォンは頭を下げる。
2人の視線は、テーブルの上にある錬金鋼へと向いた。

「お前のために作ったんだ。それを、使わないと言われてはこいつがあまりに惨めだからな」

一際大きな錬金鋼と、特製の皮ベルトに収められたスティック状の錬金鋼。
新たにキリクが開発した、複合錬金鋼とその媒体達だ。
この媒体の組み合わせにより、複合錬金鋼は様々な形状を取ることができるのだ。

「現状では剣、糸、槍、薙刀、弓、棍への変化が可能だ。剣のバージョンはいくつかある……お前の願いどおり、刀への変化は除外した」

「はい」

「まったく……」

刀を使わないレイフォンに呆れつつ、レイフォンが都市外戦闘用の装備をしたのを確かめ、複合錬金鋼について説明を始める。
それを黙って聞いていたレイフォンだが、背後から躊躇なく声が割り込んできた。

「へぇ、面白いもん持ってるさ~」

ハイアだ。彼の発言に、レイフォンは顔をしかめる。

「機密事項だ。失せろ」

「へーい」

レイフォンが何か言うよりも先にキリクに睨まれ、ハイアはあっさりと下がっていく。
下がったハイアが向かった先には、数台のランドローラーが並んでいた。
さらには10人ほど、武芸者が待機している。彼らは皆、ハイアの部下。
つまりはサリンバン教導傭兵団の武芸者達なのだ。
どうしてこのようなことになったのか、レイフォンはあの日、病室を訪れてきたカリアンとヴァンゼのことを思い出す。








「実は都市に異常が起きている」

「遺言はそれでいいですか?」

「フェリちゃん……これは一応真面目な話だから、それは仕舞ってくれると嬉しいな」

「嫌です」

復活したカリアンは状況をレイフォンに説明しようとするが、えらくご立腹なフェリによって表情が引き攣る。
その理由は、カリアンの周囲をぐるりと囲む念威端子。
それらがバチバチと嫌な音を立てている。念威爆雷だ。
これらがいっせいに爆発でもしたら、カリアンは無事ではすまない。故に表情が引き攣る。

「……まぁ、いい。これは傭兵団からもたらされた情報だが……」

その言葉に、嫌でもハイアの顔が浮かび上がり、レイフォンの表情が歪んだ。
どうにも彼は苦手なのだ。
あの試合後もまだ廃貴族を狙っているらしく、今もツェルニに滞在しているようだ。

「ああ、そんな顔をしないでくれたまえ。彼らにはまだ使い道がある」

「どんなですか?」

問い質したのはフェリだ。
フェリ自身、印象が最悪だったのか彼女もハイアを毛嫌いしている。
さらにはこの兄がまた、何か良からぬ事を考えているのではないかと、さらに険悪な雰囲気で睨み付けていた。

「対汚染獣の戦力として彼らの実力は捨てがたい。また、あの廃貴族とやらを処分してもらうためにも、彼らにはいてもらわなければならない。もちろん、前回のような手段以外で、だがね」

そんな都合のいい方法があるとは思えないが、汚染獣については本気なのだろう。
今更言うまでもないが、ここの学生武芸者達は未熟だ。
戦闘経験も無く、汚染獣を見たのだってあの幼生体戦が初めてだったのだろう。
グレンダンならば初陣の前に熟練の武芸者の戦闘を見学するのだが、そういった経験も無いようだ。
今まで気づかなかったがやはりグレンダンが異常で、他の都市は比較的平和らしい。

「それで……」

ここで話題を戻し、サリンバン教導傭兵団のもたらした情報が何なのかと確認を取る。

「ああ。彼らだが……彼らのところの念威繰者が汚染獣を発見した。都市の進路上だ」

「え……?」

「進路上?」

カリアンの言葉にフェリが訝しみ、レイフォンは困惑した。
都市はグレンダンと言う例外でもない限り、汚染獣を回避して進むものだ。
だが、なぜ都市は回避行動をしない?念威繰者が察知できる距離にいると言うのに。

「おかしな話だ。最初は疑ったよ。もちろん察知した念意繰者も疑ったようだ。ハイア君への報告を遅らせて、数日間観察したようだからね」

そこで、カリアンは一呼吸置いた。
話の内容が重く、心労のためか眼鏡の奥で瞳が鈍く光る。

「しかし、都市は進路を変えなかった。依然、同じ方角に向かって進み、汚染獣もまたその場所から動いていない」

「私はその話を聞いていませんよ。言われれば、確かめるくらいはしたんですが?」

「距離がずいぶんとあったからね。あれぐらいになると念威端子を飛ばすよりも探査機を向わせた方が早い。結果は昨日来た」

カリアンは鞄から書類封筒を取り出すと、レイフォンへと渡した。
こんなことは前にもあった。予想通り中に入っていたのは写真だ。
汚染物質の為に写りは悪く、無限に広がる荒れ果てた荒野の光景が広がっている。
その中心には、無数の影が写っていた。レイフォンにとってよく見覚えがあり、最悪な影。
休眠中の汚染獣『達』の影だった。







「兄の人使いの荒さには殺意を覚えますね。本気で屠ろうとすら思いました」

「本気……ですか」

あの後、カリアンはフェリによる念威爆雷で黒焦げになっていた。
入院中のレイフォンを迎撃に向かわせると言われ、フェリが切れたのだ。
その結果、今度はカリアンが入院したりしている。
その上、カリアンとヴァンゼを脅迫して今回の汚染獣討伐に同席したのだ。
日程が対抗試合とかぶってしまったが、そこは無理を通した。生徒会長と武芸長、都市の権力者である2人。この2人を使って通せないことなどない。
そんなわけで出場できないフェリの代わりに、第十七小隊には急遽、代わりの念威繰者が向かっているはずである。

「ああ、そうだ。紹介しとくさ~」

キリクの説明が終わり、レイフォンがフェリと話しながら複合錬金鋼とカートリッジを腰に納めていると、ハイアが声を上げ、ランドローラーの周りにいた部下の1人を呼び寄せた。

「こいつが汚染獣を察知した念威繰者さ。俺っち達のサポートもすることになってんだが、そっちは自前の念威繰者を使うってことでいいのか?」

「そうです」

フェリが答え、ハイアの背後に控えた長身の人物に視線を向ける。
レイフォンもその視線を追ったが、そこに立っている人物はどうにも奇妙だった。
頭から全身をすっぽりとフードとマントで隠している。フードから覗く顔には硬質の仮面をかぶり、手には皮手袋をはめている。
仮面では覆いきれない首の部分にまでマフラーのように布を巻いており、徹底的に地肌を隠していた。

(この人が……)

探査機を飛ばさなければならないような遠距離にいる汚染獣を、誰よりも早く発見した念威繰者。
その実力が本当なら、フェリよりも凄い念威を持っているかもしれない。

「フェルマウスさ。声帯が駄目になってるんで、通信音声以外ではしゃべらないさ~」

「よろしくお願いします」

ハイアの言うとおり、頭上にある念威端子から機械的な声が聞こえてくる。
性別と感情を感じさせない、淡々とした声だった。

「こいつは念威の天才なんだけどさ、他にも特殊な才能があってさ~。それのおかげでこんな格好をする羽目になったのさ」

「特殊な才能?」

自分の手の内、部下の能力を簡単に晒そうとするハイアを不審に思うレイフォンだが、黙ってレイフォンは続きを聞く。
なぜならハイアに何の企てもなく、まるで自慢したがる子供のように見えたからだ。

「汚染獣の臭いがわかるのさ~」

「臭い?」

だが、その内容は到底信じられなかった。
汚染物質の舞う外に出てしまえば、臭いを嗅ぐ余裕なんてない。都市外装備を着なければ、汚染物質であっという間に全身を焼かれてしまう。
嗅覚なんてものは真っ先に麻痺するだろう。

「お疑いでしょうが、臭いの判別はできます」

そんなレイフォンの疑問に、機械的な声でフェルマウスが答えた。

「ヴォルフシュテイン……あなたは数多くの汚染獣を屠ってきた。あなたの体に未だ残っている臭いからそれはわかる。余人にはわからないかもしれないが、私にはわかる。あなたはここにいる誰よりもたくさんの汚染獣を屠ってきた。そんなあなたと戦場を共にできることは光栄だ」

「あの……もうその名前は……」

「そうでした。失礼、レイフォン殿」

素直に、丁寧に謝罪し、頭を下げるフェルマウスに嫌味などと言ったものは感じず、あまりの礼儀正しさにレイフォンの方がかしこまってしまった。

「おいおい。こないだ俺っちが痛い目に遭わされたってのに、おべっかなんて使う必要はないさ~」

第十小隊との対抗試合の時は激突はなかったが、レイフォンとハイアは初対面でいきなり戦闘を行った。
その時、レイフォンは相手を違法主の密輸に加担したと思って、また、私情により若干虫の居所が悪く、ハイアの肋骨を数本折っていた。
そのことを言うのだが、フェルマウスは刺すような視線を向けてきた。

「あれは団長が悪い。目的のために手段を選ばないのは初代から続く方針だが、前回のことではヴォルフシュテイン……失礼、レイフォン殿を挑発する行動はまったく必要ではなかった。むしろ廃貴族の危険性をきちんと説明し、協力を仰ぐべき相手を敵に回すなど、リュホウがいれば愚か者と言われても仕方のない行為だ」

「先代(おやじ)のことを言うなさ~」

「いいや、言わせてもらう」

ハイアがうんざりとしながらフェルマウスに叱られている。
その背後では傭兵団の連中が朗らかに笑っていた。
妙に親近感が沸く複雑な心境で、レイフォンはハイア達を見ていた。

「そろそろ本題に入ってもらえますか?」

「いいこと言うさ!」

「む……これはすみません」

フェリに冷たく突っ込まれ、ハイアは嬉しそうに、フェルマウスは相変わらず感情を感じさせない声で言う。

「……まぁ、すぎたことはこれ以上言っても益はないでしょう」

「いや、これ以上は勘弁して欲しいさ~」

ハイアはぐったりと床に座り込み、フェルマウスがレイフォン達へと向き直る。

「私のことでしたね。話を戻しますが、私は確かに汚染獣に対して独自の嗅覚を持っています。その臭いとは汚染物質を吸い寄せる際に発する特殊な波動です。都市の外がほぼ常に荒れた風に覆われているのは、汚染獣達が汚染物質を動かしているためです」

「は、はぁ……」

汚染獣が大気を動かしていると言う話をされても、レイフォンには理解できずに唖然としている。
フェリ自身も訝しみ、胡散臭そうに話を聞いていた。

「私の嗅覚は、その波動に乗った汚染獣の老廃物質の臭いを感じ取ることができます」

「ですが……」

その言葉に、2人は未だに説得力を感じない。
汚染獣が大気を動かすなんて信憑性もないし、突拍子もなさすぎる。
胡散臭いし、そして何より、レイフォンとフェリが疑問を感じているのは……

「ええ、わかります。汚染獣の臭いを感じるにはエア・フィルターの外に生身でいなければならない」

「……はい」

どうして臭いを感じることが、エア・フィルターの外に生身でいることができるのかだ。
フェルマウスの右手がゆっくりと上がり、尚も話が続けられる。

「汚染物質に長時間生身で晒されれば、人は生きていけない。その体は焼け、腐り、崩れ落ちていく。私の体もその苦痛の縛から逃れることはできない。また、そんなことを何度も繰り返しているのなら除去手術が間に合うはずもない……」

除去手術と言うのは、体内に侵入した汚染物質を取り除く手術だ。
先代サリンバン教導傭兵団団長も、この手術が失敗して命を落とした。
それほどまでに汚染物質は人体に有害な物質なのだ。

そして話の最中、上げられたフェルマウスの右手が、仮面の顎の部分をつかんだ。

「しかし、私にはもうひとつ異常な体質があった。あるいは耐性ができたのかもしれない。私は汚染物質の中にいても死ぬことはない、特殊な代謝能力を手に入れることに成功した。私の体を調べれば、あるいはもしかしたら、人は汚染物質を超越する日が来るかもしれません」

フェルマウスが仮面をはずした。
フェリが息を呑み、ぎゅっと服の裾をつかんだ。
レイフォン自身も言葉が出ず、僅かに開いた口が開きっぱなしになっていた。

「しかし、その代償は私のような者になることかもしれませんがね」

墨を塗ったような黒い肌があり、その上を赤い血管が走っている。
鼻梁は崩れ落ち、鼻だった穴が二つあるだけ。
瞼なんてなく、白く濁った眼球が剥き出しで露出していた。
唇は裂け、その隙間からは対照的に白い歯が覗いている。
除去手術が間に合わないほどに汚染物質を浴び続け、そして現在も生きている人間の顔がそこにはあった。仮面やフードなどは、これを隠すためのものだったのだろう。

「私の感覚を、どうか信じてくださいますよう。陛下に認められし方よ」

仮面をかぶりなおしたフェルマウスは、再びレイフォンへと頭を下げた。




































あとがき
もう指は完璧ですね。
ワードで30ページほど。指はぜんぜん痛くないですw

さて、今回の話は対抗試合前で切ってます。
そして、フェリは対抗試合よりこちらの方を優先させました。
それから、この作品ではゴルネオが精神的に追い詰められ、シャンテ負傷で第五小隊が+1敗しております。そんな訳で第十七小隊にも首位に立つ可能性が出ました。
と言うか、むしろあんな大打撃を受けて、よく第五小隊はここまで暗い付いたなと思います(汗

なんにせよ、この作品は展開のノリで書いているので、作者自身次回がどうなるのかわかりません(汗
ただわかっていることは、廃貴族は絶対にニーナには憑かないってことです。まぁ、読者の方々は誰に憑くかなんて既にバレバレでしょうがw



最近、黒執事には待っているこのごろ。
影響され、療養中にノリで携帯にSSメモってたと言う始末。
代執を兄に頼み、リリなの×オリジナルキャラのSSなんて書いてました。
ただ、その悪魔の設定上XXX板にあります。そろそろ2話を書こうかなんて思っているこのごろ。
完全に趣味で、書いててめちゃくちゃ楽しかった作品なんですが、思った以上に好評なようでよかったです(苦笑
批判や批評がくるかななんてびくびくしたもんですが、案外わからないもんですねw

さて、雑談はこの辺にして、今回はこれで失礼します。
では!



[15685] 36話 開戦
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a2606ba
Date: 2010/10/18 20:25
突然のメンバー交代。
第十七小隊はレイフォンだけでなく、念威繰者のフェリまでもが欠場し代わりの者が出ていた。
当初は訝しむ当事者や観客達だったが、これが生徒会や武芸長から正式に許可が出ていると知れば従うしかない。
故に不本意ではあったが、試合は代行で行われることになった。

「がんばってくださいね」

「お前は出ないのか、オリバー。どうせなら助っ人と言わずうちに入らねぇ?まだ空きがあるから大歓迎だぜ」

「冗談でしょう?俺に小隊員は向きませんよ。前の試合じゃ、ディー先輩にどうしてもって頼まれたから協力しましたけどね」

オリバーはシャーニッドの誘いを断る。
フェリの代わりである元第十小隊の念威繰者、エル・スカーレットを連れて来るのが彼の役目だ。
それ以上干渉するつもりはない。
そもそも、小隊員としてやっていくには剄が足りないことなど、自分自身で理解している。

「フェリの奴……いったいどこに?オリバー、お前は何か知ってるのか?生徒会長や武芸長までかかわっているなんて、ただ事じゃないぞ」

「知りませんよそんなこと。俺はただ、上(生徒会)に言われたから、ディー先輩とスカーレット先輩を連れてきただけなんですから」

ニーナはニーナで、姿を現さないフェリのことを気にしていた。
だが、そのことはオリバーも聞いておらず、生徒会に言われたので今回はエルを呼んだだけである。
ディンはそのおまけ。今は客席でこの試合を観戦しているはずだ。

「まぁ、確かに気になるけどよ……試合がもうすぐ始まんぜ。今はそっちのほうに集中しようや」

「む……それもそうだな」

疑問や不本意は打ち消せないが、この試合がどれほど大事なのかはニーナも理解している。
そもそも、先ほどはレイフォンに頼らなくとも大丈夫だと言うことを証明すると決意したし、フェリ自身もかなりの才能と実力を持つ念威繰者だ。
そんな天才2人がいなくとも、第十七小隊は十分に戦える。それをここにいる観客達に、何よりレイフォンとフェリに知らしめてやるのだ。
そう決意し、ニーナは戦場に立った。

「相次ぐトラブルで主力を失った第十七小隊!首位を懸けたこの試合で、スケットがどこまで活躍できるかに期待です!!」

アナウンスの声が野戦グランド中に響き渡る。
その直後に、試合開始を示すサイレンが鳴った。

念威繰者を除けば、実際に野戦グランドで動き回る人数は第十七小隊が4人なのに対し、第一小隊が6人。
数で負けていることになるが、第一小隊としては陣前で防衛する者を残さなければならないからこの戦力差はほぼなくなると言ってもいい。
実質、エルが探査した結果では、陣前に2人待機していた。念威繰者を除いた残り4人は、第十七小隊一同を迎撃するために進んでいる。

第十七小隊は、左翼からニーナを先頭にナルキとのツートップで攻めて行く。
今回は第十七小隊が攻撃側だ。故に隊長であるニーナが倒れれば即座に負けとなる。
だから第一小隊は、そのニーナを仕留めようと人員を割いてくるだろうと読んでいた。
実際に、ニーナの前には3人の人影が現れた。その中にはヴァンゼの姿もある。

「無謀な……」

ニーナの作戦を理解し、隊長自らが前衛に出てきたことをそういい捨てるヴァンゼ。
ニーナに巨躯を利用して立ち塞がったヴァンゼは、手にした長大な棍を振り回し、剄の暴風を起こす。

「無謀かどうかは……終わってから言ってもらいたい!」

ニーナが叫び、ヴァンゼによって振り下ろされた棍を鉄鞭で受け止める。
重量のある衝撃がニーナを襲い、堪えるが、足が地面に沈み込んだ。
それでも衝剄で棍を弾き飛ばし、ヴァンゼの懐に飛び込む。
槍にも言えることだが、棍と言う武器の性質上、その長さから超至近距離では振り回しづらい。
だから、ニーナが飛び込むことでその威力は半減すると読んだ。
結果は読みどおり。それを阻止しようと、2人の隊員がニーナを引き剥がそうと左右から攻めてくる。
だが、それを阻止しようと後方にいたナルキが牽制し、右側の隊員が持っていた剣に取り縄を巻きつけることに成功した。
これにより、右側の隊員の動きが止まる。剣を放せば自由に動けるが、だからと言って武器を捨てるなんて愚かな真似はできない。
武器を抑えられているために、両者とも睨み合いながら、じりじりと間合いを詰める。

ナルキが片方の足止めに成功したが、それでもニーナ側は2対1。まだまだ彼女の不利な状況だった。
ヴァンゼとニーナの実力では、ヴァンゼの方に分がある。
最上級生と言うこともあるが、その間に経験した対抗試合や武芸大会などのツェルニ内の試合であれば、ヴァンゼはニーナよりも豊富に経験している。
故に経験、実力、底力ではニーナはヴァンゼに及ばないと理解していた。
だが、ニーナとヴァンゼの戦いに第一小隊の視線を釘付けにし、その戦いの勝敗のために動くように仕向ければ、控えているダルシェナが動きやすくなる。
倒されれば負けだが、隊長自らを囮に使ったのだ。自分が倒れるのが先か、ダルシェナがフラッグを落とすのが先か。

対するヴァンゼは、確かに棍の一撃の威力は落ちたのかもしれない。最初の豪快で力任せな攻撃は打てなかった。
だが、巨躯を小さく見せるような構えで、ニーナの超至近距離戦を防ぐ。
棍と言う武器は、何も先だけが攻撃する部分ではない。
柄を使い、最小限の動きで相手の攻撃を逸らしたり、できた隙に攻撃などを仕掛けたりする。
それはまさに棒術。棍は殺傷力こそ低いかもしれないが、使いようによっては何だってできる。
突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀。汎用性が高く、猛攻によってヴァンゼの懐から追い出されたところを、背後に移動していた隊員に打ち込まれる。
ニーナはその場でしゃがみ、左手の鉄鞭で相手の剣を押し流したところで、今度は立ち上がった。
隊員はバランスを崩され、倒れるようにニーナの肩に乗る。
その過程と威力を利用し、ニーナはヴァンゼに向けて隊員を投げ飛ばした。

「うわっ!」

投げ飛ばされた隊員を避け、ヴァンゼは距離を詰めてくる。
ニーナはそのまま投げ飛ばした隊員に向けて衝剄を放ち、その反動すら利用して背後へと飛んだ。
ヴァンゼは衝剄を受けた隊員には目もくれず、ニーナへと一直線に迫る。
巨体が風を切り、棍は最長の攻撃範囲を誇る突きの形に構えられた。
ニーナは衝剄によって飛んだため、体は宙にある。空中で構え直しはしたが、踏ん張りが利かず、避けられない。

ヴァンゼの体が一瞬だけ、縮んだように見えた。脇を締めて棍を引き込んだのだ。
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで棍が放たれる。
弾くために動かしたニーナの鉄鞭は2本とも跳ね返され、胸を強烈な衝撃が襲った。
その衝撃によりニーナが吹き飛ぶ。

「隊長っ!」

その姿に、ナルキの視線が奪われた。
その隙を、瞬間を見逃されることはなく、剣を抑えられていた隊員は動く。
一瞬、たった一瞬だけナルキの取り縄が緩んだのだ。その緩みを見逃さず、剣を取り縄から抜き取る。
ナルキが視線を隊員へと戻した時には、既にその姿は目の前にあった。

「なっ!」

「甘いぞ!新人!」

「ぬあっ!」

ナルキは衝剄に全身を打たれ、地面に突き飛ばされる。起き上がろうとしたが、全身が痺れて思うように動かない。
そうしているうちに審判により判定が下り、ナルキは行動不能となってしまった。
これにより退場、試合に復帰することはできない。誰もがヴァンゼに吹き飛ばされたニーナにも同じ判定が下り、第十七小隊の敗北だと思った。
だが、そうはならなかった。

「ぬっ!」

ニーナが吹き飛んだ先には土煙の幕がある。その幕が晴れるよりも早く、中から人影が飛び出してきた。
言うまでもなくニーナだ。ヴァンゼの攻撃の直撃を受けたと言うのに、平気そうに飛び出してくる。

内力系活剄の変化、金剛剄。

レイフォンから教えられた防御技だ。
まさか今のを受け切るとは思っていなかったヴァンゼは、反射的に受けの構えを取る。
ニーナはそのまま、ヴァンゼに全力の一撃を叩き込んだ。
上段に来たその一撃を受け止め、反撃しようとするヴァンゼだが、衝突点を起点にヴァンゼの頭上を飛び越え、ナルキを倒した隊員に襲い掛かる。
ヴァンゼと交戦していたニーナがいきなり自分の方を襲ってきたので、不意を突かれて隊員は一撃で倒された。
そしてそのまま、衝剄を当てた隊員に止めを刺す。
戦闘不能の判定が2人に下った。これで残りは5人。ナルキはやられてしまったが、人数的にはずいぶんとやりやすくなった。
観客席からは大歓声が響き渡り、ニーナを後押しする。

「……まだ、勝負は終わっていないぞ」

「強くなったな……」

棍を構えなおすヴァンゼに動揺は見られなかった。
ニーナはゆっくりと鉄鞭の構えを変えながら動く。

「あの男の影響と言うことか」

「頼り切るのは、私の性分ではない」

対峙しながら、ニーナの放った言葉に、ヴァンゼが口元を緩めた。

「なるほどな。あいつの思惑は、とりあえずは良い方向に動いているということか」

レイフォンの過去を知っていたのはカリアンだ。
彼が一般教養科に入学したはずのレイフォンを武芸科に転科させ、第十七小隊に入れるように仕向けた。
ニーナの決意にカリアンの思惑が重なったのが、第十七小隊の本格的な始まりと言える。
第十七小隊の設立を後押ししたのは何よりカリアンなのだから。

「会長には感謝している……だが、ここから先は私の道だ」

「いい返事だ」

剄を滾らせるニーナに、ヴァンゼも激しい剄の滾りで応える。

「存分に付き合ってやろう……そう言いたいのだがな」

だが、ヴァンゼの言葉には残念そうな響きが宿っていた。

「これで終わりだ」

「なっ……!?」

ヴァンゼの言葉と共に第一小隊の陣前で異変が起きた。
視界を焼くほどの光が一面を支配し、続いて歓声を飲み込むほどの轟音がグランドを蹂躙する。
轟音と衝撃に、ニーナは身構えた。

「状況は!?」

ヴァンゼが目の前にいるというのに、そのことを一瞬忘れ、ニーナは念威端子に向けて声を張り上げる。

「わ、わかりません。念威爆雷!?でも、念威の流れを感じなかったのに……ダルシェナ先輩がやられました!」

「ちぃ……」

思わず舌打ちを打つ。
フェリの代わりとして助っ人を務めるエルだが、彼の念威から伝わってくる情報は遅かった。
それは情報処理の速度に関係するのだが、それでも彼は現状を把握していない。
フェリなら不意を打たれたとはいえ、現状を把握することは出来ただろう。それだけフェリとエルの実力には差があるということだ。
最近では念威を使うことに戸惑いのなくなったフェリの実力を、今更ながらに再認識する。

だが、そんなことは今はどうでもよい。
一番の問題はダルシェナがやられたと言う事だ。
エルの報告ではダルシェナは観客の歓声に押し出されるように動いたそうだ。それならば先ほどの爆発のタイミングに合う。
タイミングが合うと言う事は……

「……爆発で視覚を封じられ、その隙を突かれました」

ダルシェナがやられ、ニーナの作戦が破られたことをエルが伝える。
念威爆雷の威力そのものはそんなにたいしたこともない。直撃さえしなければダルシェナが一撃でやられるとは思えない。
だが、大量の、しかも不意打ちの念威爆雷の光と音。
目や耳を封じられても仕方がないし、その隙を突かれて攻撃を受けたら、成す術なく沈んでしまう。
これで残りはニーナとシャーニッドとエルの3人。
ナルキと、主力であるダルシェナを失ってしまった。
だが、まだ……

「そして俺がお前を抑え。その間にシャーニッドと念威繰者を叩く……その間ぐらいは付き合ってやろう」

ニーナ以外は念威繰者と狙撃手。ポジション的に動き回れるのはニーナのみだ。
もはや打つ手はない。

「お前の負けだ。ニーナ・アントーク」

まだ勝てる。
心でそう念じているのに、それを力として鉄鞭を握ることが出来ない。心を折られてしまった。
棍を構えるヴァンゼの巨体が、ニーナには必要以上に大きく見える。





































試合後、控え室にて、視力を回復したダルシェナの視線にニーナは思わず視線をそらしてしまいそうになった。
この室内には、荒れ狂うダルシェナの怒りの気配が充満していた。

「っ!」

声もないまま、ダルシェナの怒りが暴発する。
強烈な破壊音。暴発と共にダルシェナの蹴りが飛び出し、罪もないロッカーに向けられた。
まさに八つ当たり。その一撃が並べられたロッカーのひとつを盛大に折り曲げ、床の上を跳ねた。

「落ち着けよ、シェーナ」

「……落ち着け、だと?」

疲れ果てた声で、ドア側の壁に避難したシャーニッドが言う。
だがダルシェナは、その言葉にも怒りを抱いて睨みつけてきた。

「私は……ここまで無様な試合をしたのは初めてだ」

あまりの怒りに声を荒げることすら出来ず、反って冷静に、あまりにも冷たい声で言った。
結局、あの後もニーナとヴァンゼの一騎打ちは行われなかった。
ヴァンゼの攻撃が来ると思った瞬間、ニーナは狙撃されたのだ。
シャーニッド達に小隊員を向けるという言葉自体フェイクで、隊長であるニーナを倒せば試合は第一小隊の勝利で終わる。
武芸長の迫力に押され、周囲への注意を怠ってしまった結果だ。
しかもニーナは、ダルシェナに自分のことは心配無用だと言っておきながらこの様である。
試合終了のサイレンを、ニーナはグランドに倒れたまま呆然と聞くしかなかった。

「くそっ!」

ダルシェナが怒りに任せ、もうひとつロッカーを破壊した。
流石にこれ以上は放っておけないと、シャーニッドは忠告する。

「いい加減にしとけよ」

「だが……っ!」

睨み返してくる威圧的な視線に、シャーニッドは顔をしかめた。

「回りに頼ってばっかで周囲の注意を怠ったろう?もう前だけ見てりゃいいなんてことはねぇんだぜ」

「っ!」

その一言でダルシェナの顔が引きつった。
唇が僅かに開き、怒鳴ってくるかと思ったが、ダルシェナは何も言わないままに唇を閉じて、噛み締めた。

「くっ……」

「ダルシェナ先輩!」

閉じられた唇から舌打ちのようにそれだけを零すと、その後は無言で控え室を出て行く。
その後姿を、エルは見送ることしか出来なかった。

「ま、後はディンがなんとかするだろ。お前さんも気になるってんなら、行ってきな」

「ですが……」

「気にしなくていいっての。お前さんはよくやってくれたぜ。ただ、作戦負けってだけだ」

「はぁ……」

「いいからシェーナを追ってやれ」

「すいません……」

シャーニッドに促され、エルが後を追っていく。
本来は自分が追いたかっただろうが、シャーニッドにはそれよりも優先するべきことがあった。

「……ま、俺はうまくやれた方だと思うがね」

ニーナのフォローだ。
だが、シャーニッドの言葉はニーナには慰めにしか聞こえなかった。

「……どこがだ?」

だから思わず、刺々しく反論してしまった。

「無様な試合だったのは事実だ」

皮肉気に、自嘲するようにニーナは言う。
それに頭を掻きながら、気まずそうにシャーニッドは続けた。

「ま、それはそうなんだけどな。ヴァンゼの旦那の作戦勝ちだ。シェーナの弱点をこれでもかってくらい正確に突いてきた。念威爆雷の仕掛けようなんて見事だっただろ?」

ダルシェナを無力化した念威爆雷の仕掛けだが、あれは試合前に念威端子を土中に埋め、念威での接続を断っていたようだ。
そうでなければエルも念威の流れを読むことが出来ただろうが、ギリギリで念威を通して爆雷として使用したために気づくことが出来なかった。
念威などを使うことがない汚染獣相手にするなら必要のない技術だが、対人戦では効果的な技術だ。
フェリだって全力を出さず、初見ならば騙されたかもしれない。もっとも、二度目はないだろうが。

「まぁ、なんだ。ニーナもレイフォンに技を教えてもらったみたいだが、それひとつで何でも切り抜けられるようなもんでもねぇだろ?第一小隊は甘くなかった。そういうこったろ?」

「だがっ……!」

シャーニッドの言っていることはわかる。だが、それだけでは納得できなかった。
レイフォンが怪我をして試合に出られないと知って、全てが終わってしまったとさえ思ってしまった。そんな自分が許せない。
レイフォンがいなければ何もできないなんて、認めたくはない。
勝ちたかったのだ。今回は、今回だけは、いい勝負だったと言う言葉で終わらせたくはなかった。
実際には、いい勝負にすらならなかった。
これで、病室で待つレイフォンになんと報告すればいい?
打ちひしがれるニーナに、シャーニッド達はなんと声をかけるべきなのかわからなかった。





「負けましたか……まぁ、仕方ないですね」

「フェリ!?」

突如降り注いだ言葉に、ニーナはがばりと視線を上げる。
その声の主は、第十七小隊念威繰者のフェリだ。
そこにはフェリの念威端子が浮かんでおり、ニーナ達に向けて語りかけていた。

「お前、いったいどこに……」

「まず、試合を無断でサボったことはすいませんでした。ですがこちらにも事情がありまして」

「事情、だと?」

ニーナの問いは何故、試合に来なかったのかだ。
それに対し素直にフェリは謝罪し、その事情とやらを念威越しに語る。

「ツェルニを汚染獣が襲撃しています。いえ、正しくはツェルニ『が』汚染獣『を』襲撃しています」

「な、に……?」

その事情に、ニーナは口をあんぐりと開けて呆ける。
最初は対抗試合、しかも首位を懸けた試合以上に大切なものがあるのかと思った。
だが、この事実を聞いてニーナは呆けるしかない。呑気に試合をやっている場合ではなかったのだ。
フェリに知らされた事実を未だに非現実的に感じながら、ニーナはハーレイを睨む。

「ぼ、僕は今回関係ないからね!」

試合後、ダルシェナが怒り狂ってから今までずっと、何食わぬ顔で全員の錬金鋼をチェックしていたハーレイは慌てて無罪を主張する。

「て言うか……え?もしかしてそう言う事なの?あ……そう言えば今日、キリクが研究室にいた気がする。ああ……あれってもしかして……うわぁ、ずるっ!」

が、思わず本心を口にして、ハーレイは更にニーナに睨まれた。

「そう言う問題じゃないだろ……まったく。おい、フェリ!」

今度はフェリを怒鳴り飛ばすニーナだが、フェリは相変わらずマイペースに対応した。

「事情は説明しますが、詳しくは兄に聞いてください。今、通信をつなげます」

事情はフェリよりも、都市の責任者であるカリアンの方が詳しい。
ニーナもレイフォンに汚染獣の討伐を命じたであろうカリアンに連絡がつながるのを待っていた。

「あの……どうなってるんですか?それに汚染獣って……」

今まで黙っていたナルキが、戸惑いながらシャーニッドに質問する。
事情がさっぱりわからない。それに先ほど出た単語、汚染獣。
都市の存続が懸かるほどの脅威に、ナルキはあの幼生体戦のことを思い出しながら戦慄した。

「あいつが無茶をしてる、つぅことさ」

「え?」

あいつとはレイフォンのことだ。それくらいはナルキにもわかる。
だが、いったい何をしているのだろう?
そんなことを考えていると、念威端子越しにカリアンとの連絡がつながった。

「やぁ、知ってしまったようだね」

「知ってしまった……ではない!」

流石に苦味のこもったカリアンの言葉に、ニーナは感情のまま怒鳴りつける。

「どうして、レイフォンをそんな危険に巻き込む?」

「できるなら、私だって彼には武芸大会に集中して欲しいと思っているよ」

ニーナの非難に対し、カリアンはそう返す。
それは彼としても本心なのだろう。現在、ツェルニは崖っぷちなのだ。
残るセルニウム鉱山はひとつだけ。レイフォンにはその現状を打破するために武芸科に入ってもらったのだから。

「だが、状況がそれを許さない」

「いったい今度は、何が起こったんです?……フェリが言ってた、ツェルニが汚染獣を襲撃しているとは?」

カリアンの低い声に、まずニーナは冷静になる。
怒りに身を任せても話がこじれるだけだ。まずは事情を聞かなければならない。

「言葉のままの意味だ。都市が暴走している」

「なんですって?」

「だから、都市が暴走しているんだよ」

わけがわからず問い返すニーナだが、カリアン自身も状況を整理できていない。
声には苛立ちが混じっていた。

「汚染獣の群れに自ら飛び込むような真似をしている……そんなこと、誰かに簡単に明かせると思うかい?」

確かに、一般生徒に知られれば混乱になるだろう。
本来なら、ニーナ達にだって黙っておきたかったはずだ。

「しかし……」

「もうひとつ……この間の幼生体との戦いで十分身に染みたと思うのだけどね。我々は、やはり未熟者の集まりなんだよ。幼生体との戦いでさえ、あんなにも苦労した。いや、レイフォン君がいなければ、彼らの餌となっていただろう」

その言葉に言い返せず、ニーナは唇を噛んだ。
確かに、ニーナ達学生では汚染獣とまともに戦うことはできない。
あの硬い殻を、学生達は破ることができなかった。殻の上から打撃を与えて、少数だが何とか倒せはした。
だが、それでは数に追いつかないし、殻を破るほどの一撃が繰り出せればもっと楽に戦えたはずだ。
その後の老生体戦なんてまさにお手上げ。レイフォン1人で倒してしまった。いや、レイフォンしか倒せなかった。
策を考えることくらいはできるだろうが、その作戦を学生が達成できるのか?
幼生体より遥かに強く、硬い殻を持つ老生体をレイフォン以外に屠ることのできる武芸者がいるのか?
そんなもの、いるわけがない。
この未熟者が集まる学園都市は、レイフォン・アルセイフと言う個人に頼る以外道がないのだ。

「彼でなければ解決できない。これは、動かしがたい事実だ」

「くっ……」

その事実に、レイフォンに突き飛ばされたような気がした。
実力差なんてとっくに理解している。そう簡単に届くことのできない高みにいるのがレイフォンだ。
それに追いつこうと努力しているのに……まるで追いつくことを許されないような気分になった。

「だが……」

カリアンの声が、沈みかけたニーナを引き上げた。

「君達が来ることを望めば、行けるように準備をしておいてくれと頼まれている」

「え?」

老生体戦の時は黙って、連れて行こうとしなかったレイフォンがそういっているのだ。
戦闘において、ニーナ達は足手まといにしかならないと言うのに。
その真意が気になった。

「どういうつもりなのかは、彼に直接聞いてくれたまえ。で、どうする?」

気になるが、カリアンに返す返答は決まっている。

「もちろん、行く」

「やはりね」

即答し、それにカリアンが頷く。

「君ならばそう言うと思っていたよ。準備は既に整っている。すぐに下部ゲートに来たまえ」

「了解した」

カリアンの指示に従い、ニーナはすぐさま準備を始める。

「まったく……あいつは何を考えてんのかね?」

「さあな。だが、放って置くわけにはいくまい」

「まぁな」

「あの……一体何が?」

シャーニッドとニーナの会話に付いて行けず、ナルキは再び質問をした。
先ほどのカリアンとの話を抜粋すると、なにやらレイフォンが汚染獣の討伐に向かったらしい。
だが、それを聞いても事実として受け止めることはできない。レイフォンが強いとは理解しているが、いくらなんでも1人で汚染獣を倒すなんて無茶すぎる。
とても信じられる話ではない。

「なに、見ればわかるって。シェーナも呼ぶか?」

「そうだな、彼女も今では第十七小隊の一員だ。手早くな」

「おおよ」

ダルシェナも呼び出し、第十七小隊はすぐさま下部ゲートへと向かうのだった。





































ランドローラーを4時間も走らせると、その場所に着いた。

「あそこさ~」

ハイアに促され、岩場の影でランドローラーを降り、そこから活剄で視覚を強化してみる。
その視線の先には乾いた荒野の景色と、すり鉢状に陥没している地面があった。
最近、地盤沈下か何かがあったのだろう。その斜面には、その原因であろうものが半ば埋まった状態で動いていた。
汚染獣達だ。

「一期か二期……」

「そんなところだろうさ」

レイフォンのつぶやきにハイアが頷く。
おそらくはあの地下で母体が幼生体を産んだのだろう。
都市が近寄ることはなく、既に母体は幼生体の餌となったはずだ。
その後も共食いを重ね、成体となったのがあの汚染獣達だ。

「数は12体ですね」

「前情報通りさ」

念威でフェリからの報告が入り、それに満足そうにハイアが頷く。
現在休眠中だった汚染獣達だが、都市と言う最高の餌場が近づいてきていることを感じ、休眠状態から目覚めようとしていた。

「もうちょい遅かったら、都市に直で来られてたさ」

言いつつ、片手で指示を出しながらハイアは背後にいる部下を配置につかせる。

「さて……うちが受け持つのは半数の6体。そう言う契約さ」

「知ってるよ」

そっけなくレイフォンは頷き、剣帯から複合錬金鋼と青石錬金鋼を取り出す。
柄尻同士を組み合わせることができるのは前の錬金鋼と同じだ。
そうしておいて、スティックの錬金鋼を教えられた組み合わせに従ってスリットに差し込んでいく。

カリアンに事情は聞いていた。
サリンバン教導傭兵団は言葉どおり傭兵集団だ。
金によって都市に雇われ、汚染獣の討伐や、都市同士の戦争に参加する。
カリアンも汚染獣対策のため、彼らと交渉した。
だが、ハイアの提示した金額は到底ツェルニに支払えるものではなかった。
学園都市の主な収入源は研究や新技術、あるいはそれを開発するための実験、検証のデータの売却によるものだ。
学園都市が未熟者でアマチュアの集まりとはいえ、やはりそこは『学園』都市。学ぶための場所であり、上級生となれば各都市で研究員になれるくらいの知識は身に付く。
そこで研究や開発されたデータは、専門分野において直接的な発見や新技術の土台となることもあるが、そこで行われた実験や検証のデータそのものもまた、他の都市の研究機関には意味を持ってくる。
そういうものを売ることによって学園都市は利益を生むのだ。

ただ、学園都市であるために利益を利益のみを追求しない。生じた利益は主に学生達の援助、様々な保障制度のために使われる。
それらを踏まえてハイアの要求する金額は、ツェルニの財税事情からして支払えるものではなかったと言うことだ。
そこでカリアンとハイアの間で妥協案が上げられ、締結した。
支払える金額をカリアンが提示し、その数で動かせる傭兵の数をハイアが提示する。
動員できる傭兵の数で一度に相手できる汚染獣の数が決められ、その残りをツェルニの戦力で対処する。
つまりは、レイフォンが対処することになったのだ。

「半分はくれてやる。好きに狩ればいいさ」

「……むかつく物言いさ」

正直な話、雄性一期や二期の12体ぐらい、レイフォン1人で十分だ。それが例え病み上がりだとしても。
そんな物言いのレイフォンにハイアは気分を害するが、本人はもう聞いてはいない。

「やめておけ。天剣を持つことができる武芸者とは、そういうものだ」

ハイアの怒りをフェルマウスが宥める。

「天剣を持つことができると言うことは、すなわち他者の追随を許さぬ実力を持つと言うことだ。戦場に何人の味方がいようとも常に1人。それが天剣授受者。隣に立つことが許されるのは、同じく天剣授受者だけだ」

「けっ」

宥めたフェルマウスに対し、都市外でなければ唾でも吐いていたであろう顔でハイアは言った。

「結局、協調性がないってことさ~。俺っちが天剣を握ることになっても、そんなことにはならないさ」

「まず、あなたが天剣になれるかどうかが疑問ですが」

「うるさいさ!」

フェリにそう突っ込まれ、ハイアは怒鳴り返す。
その様子をフェルマウスは感情を感じさせない機械的な声だが、雰囲気的に微笑ましそうに言った。

「期待している。私も、リュホウもな」

意味深なそのせりふに興味を持ったが、レイフォンは自分から尋ねることはなかった。
それよりも準備だと、スリットにスティック型の錬金鋼を入れ、剄を流す。

「レストレーションAD」

復元鍵語に反応し、複合錬金鋼が形を変える。
爆発的に増加した重量が腕にのしかかった。

「……あの人は」

だがその形に、復元された剣の形状を見てレイフォンは顔をしかめた。
人のことを強情だとか、頑固だと言いながら、自分はどうなのかと思った。
手にした剣は、確かに剣ではあった。片刃でほんの僅かに曲線を描いてはいるが、一応剣だ。
刀のようではあるが、刃の部分でそれがわかる。切れ味よりも頑丈さを優先している刃には、刀特有の透明感はなかった。

(まぁ、これぐらいなら、前のだってこんな形だったし)

それに、汚染獣の硬い甲殻を切るにはこの形がやりやすいのも確かだ。

「さて……」

「おい、もうちょい待つさ。寝ぼけてる時より起きてる時の方がやわいさ~」

レイフォンが行こうかと、剣を構える。そこでハイアが待ったをかけた。
休眠状態の汚染獣は、甲殻の密度に変化でも起きているのか、非常に硬い。
起きた時、行動する時には動きに支障が出るためか、多少は柔らかくなる。
休眠中に同類に共食いされないためだと言われているが、果たしてどうなのか……
近づいてくるツェルニの存在を既に感じ取っているであろう汚染獣達は、地面に半ば埋まったままで、身悶えをしているだけだ。
おそらくは殻の硬度を下げて動きやすくしているのだろう。そうなった方が、ハイア達としてはやりやすいようだ。
だが、レイフォンからすればなんら問題はない。硬いとは言っても老生体ほどではないのだ。所詮は雄性一期と二期。その程度ならば容易に破れる。

「……僕の分だけ片付けても別にいいけど」

「むかつく。お前にチームワークの素晴らしさを教えてやるから、黙って待つさ」

そこらにあった巨岩の上にどっかりと腰を下ろしたハイアを、レイフォンは無視して汚染獣に仕掛けようとしたが……

「まぁ、もうしばらく待ってください」

念威端子からのフェルマウスの声で足を止めた。
ハイアを見るが、フェルマウスの声が聞こえている様子はない。

「今は、あなただけに話をしています」

「どうしてです?」

接点が今までなかったフェルマウスの申し出に、レイフォンは平常を装いながら声を潜める。

「ハイアはあなたに興味があったのですよ。リュホウはよく、兄弟弟子(デルク)の話をしていましたからね。その弟子であるあなたが天剣授受者になったことを、我がことのように喜んでいました」

機会音声のような声なのに、その言葉には懐かしさが感じられた。
この人は、フェルマウスはデルクを、養父を知っているのではないかと仮説を立てる。

「あなたは……」

「私は、リュホウとは小さなころからの馴染みでしてね。まぁ、歳はリュホウの方がずいぶん上なんですが、デルクとも面識があります……今の私を見て、彼が私を認識できるかどうかは謎ですがね」

案の定知っていたようで、この発言から仮面に隠れたフェルマウスの素顔を思い出した。
元の顔は知らないが、ああも変わり果ててしまえば確かにわからないだろう。

「あなたには、私も会いたいと思っていた。ですが、グレンダンに帰る予定は今のところなかったので、諦めてはいたのですがね。まさか、こんな形になるとは思いませんでした」

「そうですね、僕も思いませんでした。だけどこれでよかったと思いますし、後悔はしてません」

「む……」

どこか気まず気に言ったフェルマウスだが、レイフォンの割とあっさりとした返答に呆けてしまう。
レイフォンの発言の根拠はやはりフェリだ。彼女に出会えたからこそ、過去のことはあまり気にしていない。

「それはそうと……陛下は、廃貴族をどうするつもりなんですか?」

だが、これは気になってしまう。
ハイアには聞けない、と言うか答えないだろう質問をフェルマウスに向けてみた。
よくわからないが、廃貴族がいたから今のような危機になっているらしい。
いなくなるならそれが一番いいのだが、持ち去る先がグレンダンとなれば気楽には考えられない。
あそこには、リーリンやデルク達がいるからだ。

「さて、どうするつもりなのか……私も知りたいですね。ただ、サリンバン教導傭兵団とは、廃貴族を探し、持ち帰るために結成された集団です。代替わりしても命令に変更がないということは、当時の陛下にではなく、王家になにか、利用法が秘されているのでしょう」

サリンバン教導傭兵団を結成したのは、先代のグレンダンの王だ。
それが現在の王、アルシェイラになっても命令が変更されないと言うことは、まさにそう言うことだろう。
もっとも彼女の場合、めんどくさいとか言う理由がありそうだが……

「ずっと、陛下の命令を守って探していたんですか?」

「さて……初代が生きていたころは使命感のようなものがあったような気もしましたが、リュホウの代になってからは、ずいぶんとそれも薄くなったような気がします。そもそも、リュホウはそんなことがしたくて傭兵団に入ったわけではありませんから」

「え?」

「リュホウはただ、世界をもっと見て回りたかっただけですよ」

意外な答えに、レイフォンは言葉を失った。
なんと言うか、それだけの理由でサリンバン教導傭兵団の団長になったのかとも思う。

「そのために、デルクには不自由な思いをさせたと、よく漏らしていました……そんなデルクの弟子から天剣授受者が生まれたと聞いて、リュホウは本当に喜んでいましたよ」

「……………」

だが、その弟子はデルクの顔に泥を塗るような真似をした。
賭け試合に出たことを後悔していないとは言え、やはり育ての親から教わった刀技を汚したのは心苦しい。
それ故にレイフォンは、今でも刀を握れないのだ。

「だから、ハイアはあなたのことが嫌いなんですよ」

「どうして、ですか?」

聞くまでもない。
師に教わった流派を、サイハーデンの名を汚したからだろう。

「そうではありません」

レイフォンの思考を読んだのか、フェルマウスは否定する。

「ハイアはグレンダンの生まれではありません。雇われた都市で孤児だったのを、リュホウが拾ったのです。拾った時には生意気盛りのひねくれた子供でしたが、リュホウの強さに心服していましたし、そうしているうちに親の情のようなものもできてきました。親が、他人の子供を手放しに褒めているところなんて、見たくないでしょう」

「……よくわかりませんよ」

言葉に詰まる。レイフォンだって孤児であり、本当の親の情なんて理解できない。
だが、デルクが他の弟子を褒めていたりしたら確かに面白くはないだろう。
そんなことを考えながら、フェルマウスの言葉に耳を傾ける。

「ハイアは、廃貴族を手に入れてグレンダンに帰りたいんですよ。その理由は天剣を手に入れるためです。デルクの弟子にできることが、リュホウの弟子にできないわけがないって、証明したいのですよ」

フェルマウスが笑った。機械的な声で、押し殺した笑い声を表現する。
それがとても奇妙ではあるが、妙にくすぐったい気もした。
なんと言うか、とても微笑ましそうな雰囲気だった。

「今まで黙って話を聞いてましたが……子供なんですね」

「まさしくそのとおりです」

話にフェリが割り込んできて、それにフェルマウスが同意する。
その姿はやはり、親のようでもある。と言ってもレイフォンは、本当の親がどういうものかは知らないが。

「そんな理由でちょっかいをかけられるこちらとしては、堪りませんね」

「申し訳ありません。ハイアにはきつく言い聞かせておきます」

「ええ、先ほど以上の説教を頼みますよ」

「ははは……」

何気にフェルマウスとフェリは意気投合した。
ハイアと言う、共通のいじる対象を見つけたからだろうか?

「それはそうとフォンフォン、撮影の準備は終わりました。隊長達にも連絡を入れ、今、こちらに向かっています」

「そうですか、ありがとうございます」

「いったい何を?」

「こちらの話です。あなたには関係ありません」

「む……」

が、フェリのフェルマウスへの対応はどこかそっけない。
今の会話は、この汚染獣戦を映像に記録する準備が終わったと言うことだ。
ニーナ達を呼んだのも、実戦を見てもらうためだ。
レイフォンの戦い方は個人技で、圧倒的な技量と剄があるからこそできることだ。その戦い方は一般の武芸者には真似できない。
だが、傭兵団の戦いならば参考になる。
集団戦を得意とし、熟練した彼ならばニーナ達が学ぶべきことは山ほどあるはずだ。
そもそもグレンダンでは、初陣の前に後見人とは別に熟練の武芸者と汚染獣の戦いを見せる習慣がある。
戦場の空気を感じ取り、汚染獣の恐ろしさを肌身で感じさせてから戦わせるのだ。
その方が覚悟もしやすいし、事前に自分の中で戦い方を模索させやすい。
汚染獣と頻繁に遭遇するグレンダンだからこそある習慣だ。

「それにしても、あなたはかなりの念威の才能をお持ちだ」

「褒めても何も出ませんよ」

「いやいや、そう言うことではなく……」

それでもフェルマウスは話題を変えて交流を図ろうとするが、フェリは相変わらず冷たかった。

「さ~て……」

ここで、巨岩に座っていたハイアがのそりと立ち上がる。
汚染獣達は休眠状態から抜けきったようで、体を震わせ、翅を広げていた。

「そろそろ行こうか」

ハイアのつぶやきに合わせ、各所でのんびりと待機していた傭兵達から静かな剄の高まりを感じた。
汚染獣を刺激しないように配慮された剄の高まりだ。

「さて、僕も行きますか」

「フォンフォン……無茶はしないでくださいね」

レイフォンを剄を高め、戦闘態勢を取る。その様子を見て、フェリが心配そうに声をかけた。
それも当然だろう。なんたってレイフォンは病み上がり。万全ではない状態で戦うのだ。
それで心配でないわけがない。

「大丈夫です。調子は悪くないです。むしろ、絶好調ですよ」

気分が高揚している。肉体的コンディションは良好とは言えないが、精神は高まっていた。
フェリが後ろにいる。フェリを護るために戦う。
それだけで、レイフォンが戦場に立つには十分な理由だ。

「スタートのタイミングだけは合わせろ、1匹でもツェルニに向かわれたら厄介だ」

「誰に言ってるさ」

皮肉のようなレイフォンの言葉に、ハイアも戦闘前と言うことで高揚した状態で言う。
余計なお世話だとでも言うように。

「俺っち達は戦場の犬さ~。噛み付き方を他人に教えられるような子犬と一緒にすんな」

「能書きはどうでもいい」

レイフォンは複合錬金鋼の大剣を肩に担ぐように構えた。
ハイアも同じように、鋼鉄錬金鋼の刀を肩に担ぐように構えている。

「1匹も逃さず刈り取れ」

瞬間、レイフォンから衝撃波が走った。衝剄をそのまま解き放ったのだ。
前方に、ただ無作為に放たれた衝撃波は地面を砕き、土煙が渦を巻きながら汚染獣達を飲み込んだ。

「狩りの時間さ!」

ハイアが叫び、一足先に土煙の中に飛び込んでいく。
その後を追うように、傭兵達も動き出した。

「レストレーション02」

レイフォンは青石錬金鋼を鋼糸に変える。
土中の中から飛び出してきた1体に目を付けると、足に集中させた剄を解放した。

内力系活剄の変化、旋剄

足場の巨岩を踏み砕き、高速で飛び出す。
土煙から出てきた汚染獣は、蛇に似た体躯をうねらせ、翅を震わせて大気をかきむしるように上昇していた。
だが逃さないし、飛ばせはしない。距離を詰め、下からむき出しとなった汚染獣の顎に向けてレイフォンは大剣を振り下ろした。
硬い甲殻をやすやすと切り裂き、それでも先ほど行った旋剄の威力は落ちていない。
振り下ろす動作の過程でレイフォンは汚染獣の顎から胴体の半ばをすり抜け、大剣の刃はその体躯を切り裂いた。
斜めに分断されて崩れ落ちていく汚染獣を尻目に、着地する。
旋剄の勢いがまだ死んでいなかったのでそれを殺しながら、柄尻つなげていた錬金鋼を外す。
未だ土煙が周囲を覆っていたがフェリのサポートがあるために不自由はない。
と言うか、休眠状態から目覚めたばかりのところを衝撃波で混乱させるために衝剄を放ったと言うのに、それで後先考えずに土煙で惑わされるようなら情けない話だ。
念威繰者がいるから、フェリがいるからレイフォンはこの行動を選択した。

倒すべき汚染獣は残り5体。
勢いを殺しながら鋼糸を伸ばす。5体全てに鋼糸が巻き付いたのを確認し、レイフォンは青石錬金鋼を手から離した。
その結果、鋼糸に結ばれて汚染獣達による引っ張り合い。
まずはこの土煙から抜け出そうと飛び上がった汚染獣達だが、その結果がこれだ。
鋼糸でつながり、互いに四方に飛び上がろうとしているためにうまく飛べない。
勢いを殺され、バランスを崩したために汚染獣達は地面へと落ちて行く。

「次だ……っ!」

そうつぶやき、体内で充填させていた活剄を爆発させようとしたところで、レイフォンの背中に激痛が走った。
その痛みに思わず膝を突く。

「フォンフォンっ!」

「心配いらないです。ちょっと、背中の傷が開いただけで」

「それはちょっととは言いません」

フェリの説教を受けつつ、レイフォンは苦笑した。

「ちょっとですよ。痛みますけど、別にスーツが破れたわけじゃない」

都市外装備、遮断スーツが破れ、制限時間を与えられて戦うよりは遥かにマシだ。
活剄を爆発させ、膝を突いた姿勢から宙に飛ぶ。
土煙を裂いて、諦めずに空を飛ぼうとあがいている1体の頭の上に着地した。

「止まれない場所にいるんです。止まる時は死ぬ時だ」

ここに立った以上、自分の体の状態など言い訳に過ぎない。
汚染獣を倒しきれなければ、死ぬのは自分だ。
痛みによって止まってしまえば、その隙を突かれて殺られるのは自分だ。
殺らなければ殺られる。

大剣を振り下ろし、汚染獣の首を切り下ろす。
大剣の切れ味に申し分はない。前回の時のようにすぐに熱がこもることもない。
生み出す斬線に揺らぎがないことも原因のひとつだろう。肉体のコンディションは万全とは言えないのだが、精神的には最高だ。
崩れていく汚染獣の上で、レイフォンは空を見上げた。
汚染獣と戦っている時に見る空はいつも錆びたような赤色をしている気がする。
汚染物質の濃度がそれだけ高いと言うことだろう。もしかしたら、フェルマウスの言っていたことは本当のことなのかもしれない。

「調子はいいんですよ……今日は、この空だって斬れそうだ」

前回の老生体戦のことを思い出す。あの時と同じくらい調子は良かった。
天剣なしで老生体を屠れるとは思わなかったし、今はあの時の老生体と比べれば遥かに弱い汚染獣が相手だ。
全然、微塵も負ける気はしない。

「そんなことはどうでもいいですから、さっさと終わらせてください!」

「わかりました」

フェリに叱られ、レイフォンは苦笑する。
落ちて行く汚染獣の頭部を踏みつけ、再び宙を舞って次の獲物へと襲い掛かった。





































あとがき
さて、次回はいよいよエピローグになるかなと思うこのごろ。
予定、あくまで予定ですが、次回で5巻編は終わる予定です。
さてさて、廃貴族は一体どうなるのでしょうか?

それから、前々から書くと言っていたフォンフォン一直線のレイフォン×フェリの18禁バージョンですが、先日上げました。
バンアレン・デイの夜のお話。興味のある人はXXX板を訪れてみてください。
更に、同じくXXX板の方の黒メイドもお願いしますw



最近、『真剣で私に恋しなさい』を購入したこのごろ。
そして面白いですね、あれ。すげー良かったです。
そして京とワン子かわいいよ~!
一番手に京で、次にワン子を攻略しました。しかしあのPCゲーム、なんと言うのかエグい。
いや、面白かったんですが腹立たしい場面や、むかつくキャラが多いこと多いこと……
とりあえず2-Sの着物女と、歴史教師のマロ?は、死んでくんないかなと本気で思いました。
それからクリスは本当に空気読めと……
それはさておき、本当に声優が豪華でした。ってか、キャストに山口勝平って……
この名前を見た時は本当に驚きました。何してるんだウソップw
犬夜叉やL、工藤新一など様々な役を演じる声優さんがまさかエロゲーに出るなんて……まったく予想できませんでした。
それにしてもほうでん亭センマイさん、なんだか銀さんの声に似ていたなぁ……

しかしまぁ、あのゲームは本当に面白かったです。
つーか、百代姉さんのキャラが最高と言うか、最強と言うか……執筆すっぽかして、はまってしまいそうで怖いです(汗
とにかく、次回もがんばります。では~



[15685] 37話 エピローグ 廃貴族 (原作5巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:1cfdc991
Date: 2010/09/21 16:46
レイフォンが倒すべき残りの汚染獣は4体。
宙を跳んでいたレイフォンだが、その足下を汚染獣が通り過ぎていった。
ようやく敵対者を、レイフォンと言う脅威の存在を見つけたようだ。
兄弟だった汚染獣の頭を噛み砕きながら、その汚染獣は方向転換をしてレイフォンに襲い掛かってくる。
大剣の重さを利用し、空中で回転したレイフォンは上下を逆転させ、大剣の峰の部分を張り巡らされた鋼糸に当てて、跳び上がる勢いにブレーキをかけた。
鋼糸の先では、束縛から逃れようと汚染獣が暴れていた。鋼糸で自由を奪っているとはいえ、今は柄を持っておらず剄を送れない。
これでは長時間の束縛は無理なので、大剣を鋼糸に滑らせるようにして柄の所へ移動しようとしたのだが……

「ちっ!」

間に合わなかった。
長時間手を放していたために、剄が途切れて鋼糸が切れる。
レイフォンはバランスを崩し、それでも柄をつかんだが上空で暴れていた1体と、もう1体が束縛から逃れて自由となる。
何とか柄はつかんだが、力のバランスが片方に傾き、そちらに引っ張られる。
だからレイフォンは勢いにそのまま乗り、放物線を描きながら飛ぶ。
鋼糸による拘束を諦め、残りの2体も解放すると、錬金鋼を柄尻でつなげ直した。

「レストレーション01」

鋼糸が瞬時に束ねられ、青い剣身が左手に生み出される。
飛んだ先にいるのは2体の汚染獣。2体は身を翻し、もつれるようにしてレイフォンに襲い掛かってくる。
だがレイフォンは慌てず、複合錬金鋼のスリットからスティックを抜き出すと、剣帯から別のスティックを取り出して差し込んだ。

「レストレーションAD」

再復元。
柄がレイフォンの身長ほど伸び、その先で三日月の形をした刃が生まれる。薙刀と呼ばれる類の武器だ。
柄尻に青石錬金鋼の剣を付け、レイフォンは剄を走らせ、爆発させた。

外力系衝剄の変化、餓蛇(がじゃ)

薙刀とともに自らを巻き込むように回転し、片方の汚染獣に突っ込む。
円を書くように回転した薙刀の刃が汚染獣の顎に触れ、そのまま巻き込むように汚染獣の顎の周辺を食い千切る様に抉り取った。
天剣授受者カウンティアの技だ。汚染獣の顎を削り消し、やり過ごしたレイフォンは武器の重量を利用し、更に回転を速める。
刃の半径を広げ、破壊の回転となって汚染獣の体を寸刻みに抉り取っていく。
ズタボロとなり、最後に翅を片方もぎ取られた1体は飛行が不可能になり、もう1体を巻き込んで落下していく。
それをレイフォンは衝剄の反動を利用し降下、追いかける。
柄尻にある青石錬金鋼を下に向ける。狙いは無事な方の汚染獣。

外力系衝剄の変化、爆刺孔

剣が汚染獣の胴体に突き刺さり、そのまま奥深くまで食い込む。その突如に汚染獣の体内で爆発。
指向性のある、爆風を汚染獣の腹部から解放し、貫通する。
大穴を開けた汚染獣を蹴り、再び宙に舞ったレイフォンは複合錬金鋼を大剣に、青石錬金鋼を鋼糸に変え、周囲にばら撒く。
ズタボロとなった汚染獣は地に激突し、そのまま絶命した。
胴体に穴を開けられていた汚染獣は既に事切れている。残り2体。

そのうちの1体は、すぐそばでレイフォンを待っていた。
大きな口が、巨大な牙の列が迫ってくる。
左右に開く巨大な牙のような顎の奥には空洞があり、その中にはびっしりと小さな牙が並んでいた。
顎で引き千切り、その口腔で吸う。吸い込まれた物体は小さな牙でズタズタに引き裂かれ、消化器官に放り込まれることになるだろう。
つまりは噛まれたが最後、激痛を伴う最悪な死が待っている。
だが、そうはならない。宙に浮いていたレイフォンの体が、物理的法則を無視していきなり降下する。
解き放っていた鋼糸を地面につなげ、それを引き寄せたのだ。
頭上を、汚染獣の長い胴体が高速で駆け抜けていく。
殻に包まれて節くれだった足がレイフォンをつかもうとするが、それは大剣を振るって弾き返し、あるいは斬り飛ばすことで対処した。

急降下で突進を避けたレイフォンは、汚染獣の胴体に鋼糸を巻く。
その動作で再び空中で静止したレイフォンに、もう1体の汚染獣が襲い掛かる。この汚染獣は、持ち前の異様に長い口を開いた。
粘液を引きながら開かれた口は、レイフォンを飲み込もうとしている。
それに対しレイフォンは、またも2本の錬金鋼の噛み合わせを解く。頭上の汚染獣に引っ張られ、鋼糸がピンと張った。
体を捻り、別の場所に足場としてばら撒いていた鋼糸に着地。柄部分に足を引っ掛け、複合錬金鋼を大振りに構えた。

外力系衝剄の変化、閃断(せんだん)

上段から一気に振り下ろされた複合錬金鋼の剣身から、凝縮された巨大な剄が斬線の形で放たれる。
大口を開けた汚染獣はその衝剄を真正面から受け、成す術もなく両断されていく。
メリメリと音を立て汚染獣は分断され、レイフォンを中心に大きな体は2つに別れ、内臓を零しながら通り過ぎ、地へと落ちていった。

その瞬間、鋼糸の足場が力を失った。
地面につなげていた鋼糸だが、もう1体の汚染獣の引っ張る力に地面が耐えることができず、地面が削れてしまったのだ。
一瞬、宙に放り出されたレイフォンだが、再び鋼糸状態の青石錬金鋼の柄をつかんで落下を防ぐ。
そのまま勢いをつけ、振り子の要領で飛び上がり、鋼糸を巻きつけていた頭上の汚染獣の上に移動する。
またも錬金鋼を噛み合わせた。だが、これが最後だ。
錬金鋼をひとつにすると、今は足元にいる残りの1体の汚染獣の胴体を薙ぐ。
先ほどの汚染獣は縦に両断されたが、これは横に両断された。
レイフォンが着地した腹部が先に地に落ち始め、羽の付いている胴体部分は翅が未だに羽ばたいていたために宙に浮いていたが、それも次第にゆっくりとなり、やがては止まった。
絶命し、成す術もなく汚染獣の体は地へと落ちていく。

これで全部、レイフォンが倒すべき6体全てが片付いた。
落下する汚染獣に巻き込まれないよう、レイフォンは再び汚染獣を蹴って跳躍し、距離を取る。
かなりの高さだったが、レイフォンは複合錬金鋼の重量を利用し、落下の勢いを左右に散らして着地した。
レイフォンは深く息を吐き、体内で高まった活剄を静めていく。だが、未だに傭兵団は汚染獣と交戦しており、戦いが完全に終わったわけではないので剄は止めない。錬金鋼も復元したままだ。

「お疲れ様です……フォンフォン、無茶をしすぎです」

「すいません」

念威越しに届いたフェリの労いに対し、レイフォンは苦笑してヘルメット越しだが頭を掻く。

「……何回見てもすげぇな、お前は」

「まったくです。相変わらず人間やめてるな……」

シャーニッド達が着いたのか、フェリが通信を開き、シャーニッドの感嘆の声が届く。
それと同時にオリバーの声も聞こえた。
彼が運転する放浪バスで、この場所まで来たのだろう。

「自分の目で見ても、信じられない」

ナルキの声だ。
レイフォンが強いとは感じていたが、まさかここまで圧倒的とは思わなかったのだろう。

「……これは夢か?」

この声はダルシェナだ。
レイフォンは対抗試合のために彼女を第十七小隊に引っ張り込んだと聞いてはいたが、ここに来るとは思わなかった。

「確かに凄い……が、何をしてるんだお前は!?」

これはニーナだ。
レイフォンを咎める怒声を向け、レイフォンは冷や汗を流す。

「いや……僕の方はいいから、あっちを見てくださいよ」

色々と誤魔化すように、レイフォンは傭兵団の方を示し、視線を向けた。
そこでは、傭兵達を率いたハイアが戦っている。
ハイア達の戦いは、完全に役割分担されていた。
6体の汚染獣の行動が一致しないよう、あるいは戦場から離れて都市に向かわないよう、攻撃を分断させ、陽動をかける。
それに並行して、ハイアが1体ずつ、確実に仕留めていく。
ハイアの錬金鋼は愛用の、鋼鉄錬金鋼の刀だ。衝剄の乗った刃が汚染獣の殻を容赦なく切り裂いていた。
だが、一度に扱う剄の量がレイフォンより少ないためか、刃の範囲外の斬撃ができず、一撃で倒すことはできない。
何度も斬撃を入れ、ようやく1体を仕留めていた。

「見事なものだ」

ニーナがつぶやく。

「ああ、お前が見せたいって言ったもんってのはなんとなくわかるな」

これはシャーニッドだ。
要はチームワーク、連携。学生武芸者でもあのように動ければ、汚染獣を倒すことは不可能ではないはずだ。

「だが、あんなもの……」

そうつぶやいたのはダルシェナだ。
その発言ももっともだろう。確かに傭兵団は凄い。
だけど、レイフォンのあんな戦いを見た後では、それすらも霞んでしまう。

「僕を目指すのは不可能だなんて言うつもりはないですけど、それが在学中に可能だと思いますか?」

「む……」

レイフォンの言葉にダルシェナが唸った。
正直な話何十年、いや、一生懸けたって一般の学生武芸者がレイフォンの領域、天剣クラスの領域に立つことができるとは思えない。
それほどまでにレイフォンは、はるか高みの領域にいる。
その領域に、学生である内に辿り着くなんて天剣を馬鹿にするにも程がある。
ダルシェナ自身も、在学中に辿り着けるなんて思わなかった。一生懸けても無理だと思った。

「本来の、汚染獣を相手にした時の武芸者の戦い方はあっちです。あっちの方が戦術として絶対的に正しい。僕のは無能な馬鹿がやってることと同じです」

ハイアの戦い方を見る。
やはり傭兵団の長だけあり、その技量には目を見張る部分があった。同じ流派を修めていると言う事もあり、戦闘スタイルも似ている。
サイハーデンの技を知り尽くしているだろうハイアとやりあえば、レイフォンだって苦戦するだろう。
フェルマウスが言ってた。ハイアは天剣授受者になりたいのだと。なれるか?
レイフォンの目から見れば、剄の量に不安が残るが、それ以外の部分では問題はないと思う。
ハイアだって、やろうと思えば成体になりたてのような汚染獣6体を1人で相手にすることは可能だろう。
だが、ハイアはそれをしない。部下の傭兵達にサポートさせることで、安全確実に、自分が死ぬ可能性を最大限に減らしているからだ。

「僕の戦いは、一歩間違えれば即死です。ひとつのミスがそのまま死につながる。誰もそのミスを取り返してくれる相手がいないから……」

今回の戦闘においても、確かにレイフォンの圧勝だっただろう。
だが、それは当たり前だ。汚染獣戦において、無傷で勝つ以外に生存する方法はないのだ。
都市外装備が破れでもしたら、汚染物質に焼かれて時間制限を受け、場合によっては死んでしまう。
それに、先ほどの戦闘ではレイフォンが少しでもバランスを崩したり、隙を見せたりしていたらやられていたことだろう。

「だから、見て欲しかった。今すぐではないにしても、次には、次が駄目でも次の次には、一緒に戦って欲しいから」

「結構ヘビーなこと言うなぁ、お前さんは」

「すいません」

シャーニッドがレイフォンの要求に対し、苦虫を噛み潰したように言う。

「……だけど、お前に頼られるってのは悪い気分じゃない」

だが、何でもかんでも1人で片付けようとしていたレイフォンがこう言ったのだ。頼ろうとしたのだ。
それに応えなければ先輩として面目が立たないし、何より本当に悪い気はしない。
むしろ自分の力を求められているようで、嬉しくもある。

「言うまでもない。レイフォン、お前は私達の仲間なんだからな」

「あたしでも、お前の力になれるって言うなら」

「ありがとうございます」

ニーナとナルキの言葉に、レイフォンはお礼を言う。
この言葉が、とても嬉しかった。

「俺には関係ないよな?第一、第十七小隊所属じゃないし。ってか、無理!」

「オリバー先輩はオリバー先輩でがんばってください。と言うか、何度も言いましたがオリバー先輩なら小隊にも入れるんじゃないんですか?」

「俺も色々と忙しいんだよ。就労とか、学業とか、放浪バスの改造とか」

オリバーの言葉に、レイフォンは苦笑した。
彼も色々と大変ではあるだろうが、学業においてはほぼサボっていることを知っている。
成績は大丈夫なのだろうかと、的外れな心配をしていた。

「シェーナ、これが第十七小隊だ」

「ん?」

「悪くないだろ」

「ふん」

念威越しに伝わってくる声に、今、ダルシェナがどんな顔をしているのかレイフォンにはわからない。
だけど、シャーニッドの押し殺したような笑いだけはよく聞こえた。
その笑いが止み、シャーニッドが軽い調子で口を開く。

「となると、我らが隊長さんは合宿の続きとか言い出すよな、絶対」

「当たり前だ。第一小隊に敗北したから、今一度見つめ直す必要がある」

「あ……負けたんですか」

「む……まぁな」

その過程の会話でレイフォンに対抗試合の敗北が知れ、ニーナは言葉に詰まった。
だけど嘘を言う必要はないし、ばれることなので頷く。
悔しくはあるが、今はこの結果を受け入れ、精進するしかない。

「だが、次はこうは行かない。本番までに力を蓄え、ツェルニを勝利へ導く!」

「そうですね、頑張りましょう」

真っ直ぐと突き進むニーナに、レイフォンは微笑んだ。
それでこそ彼女らしい。そんな彼女達なら、何時か自分と同じ戦場に立てるかもしれないと思って。

「フォンフォン、傭兵団の方も片付いたようですから戻ってきてください。帰ったら覚悟するように」

「……わかりました」

ハイア達の戦闘が終わったようで、レイフォンは錬金鋼を元に戻し、帰還の準備をする。
無茶をしたためかフェリのどこか怒ったような声に苦笑しながら、ランドローラーを隠している場所へと向かった。
これで終わりなら、全てが片付いたならどんなにいいことだろう?
だが、問題は汚染獣だけではない。場合によっては、レイフォンはもう一戦しなければならないのだ。
都市の暴走。それがツェルニを危険に晒した。ならばその問題を片付けなければならない。

廃貴族。

傭兵団、サリンバン教導傭兵団が欲しがる電子精霊の成れの果て。
滅びを呼ぶ存在。レイフォンの攻撃がまったく通じない存在。
どうすればいいのか、それと言った解決案も思い浮かばず、レイフォンはランドローラーに乗り、ツェルニへと向かった。





































「医者の経験がそんなに長いと言うわけじゃないが、それでも退院したその日に、手術した傷を開いて来るとは思わなかったぞ」

「すいません……」

「まぁ、状況が状況だから仕方ない、か」

病院にて、レイフォンは開いた傷口を再び縫っていた。
手術したばかりだと言うのに、その日のうちに傷口を開いて病院へとやってきたレイフォンに医者は苦い表情を浮かべ、咎めるように言う。
だが、状況が状況だったために仕方ないかと無理やり納得もした。
手術したばかりで退院と言うこともあり、その理由は当然医者にも伝わっている。
そもそも生徒会長からの指示を、ただの医者である彼が逆らえるはずがない。

「言っとくが、今度こそ絶対に安静だ。また傷口が開いたら、麻酔なしで縫うぞ」

本来なら絶対安静で、対抗試合すらドクターストップをかけた医者だ。
だけどそれよりもはるかに激しく、はるかに危険な汚染獣戦を行ったレイフォンに対し、医者は極太の釘を刺す。
だがレイフォンは、苦笑しながら頬をポリポリと掻いた。

「すいません……まだ、終わっていないんですよ」

「なに?」

レイフォンは制服を着なおし、剣帯に錬金鋼を差す。
これから行うことに対し、準備しているのだ。

「君は確かに強いんだろうな。会長が頼りにしていることや、このありえない剄の値からも想像はつく」

医者は呆れ果て、診察時に記入した数値を見ながらレイフォンに言う。

「だが、どんなに強くても君は人間だ。あまり無茶をすると……取り返しがつかないことになるぞ」

「肝に銘じておきます」

医者の忠告に曖昧な返事を返しながら、レイフォンは次の戦場へと向かう。
都市が、ツェルニが暴走している。それを止めるためにはツェルニに、この都市の電子精霊に会わねばならない。
おそらく、そこには廃貴族もいるはずだ。
だからこそこれからレイフォンが向かう先は、都市の中心、機関部。









「で、隊長達にはあんなことを言ってましたが、結局はまた1人ですか?」

「どんな危険があるかわかりませんからね」

機関部内を、レイフォンはフェリの念威の誘導を頼りに歩いていく。
時間は夕方くらいで、清掃員はまだいない。機関部を管理している作業員達にしても、この時間は控え室にいることがほとんどだ。
だから全力の戦闘は機関部内を破壊する可能性があるから出来ないが、それでもある程度は遠慮なく行動を取ることができる。

レイフォンはニーナ達にばれないように病院を抜け出してきた。現在、ニーナ達はレイフォンの治療が既に終わっているとも知らずに待っていることだろう。
あの時、『次には、次が駄目でも次の次には、一緒に戦って欲しいから』なんて言ったレイフォンだが、この『次』はいくらなんでも早すぎる。
そしてニーナ達の実力ではあまりにも無謀だ。
この先にいるのはおそらく廃貴族。過去に二度も対峙したレイフォンだからこそ1人で、ニーナ達には無理だと判断して先へと進む。
だが、自分に何かできるのかと言う不安もあった。廃貴族には何度か攻撃を仕掛けたのだが、そのことごとくが効かなかったのだ。
いくらレイフォンが強くとも、斬れない相手を斬ることはできない。
本当にこの選択でよかったのかと思いつつ、レイフォンは先へ進んだ。

「この先……ですね」

フェリに言われて立ち止まり、レイフォンはプレートの前に出来上がった小山を見つめる。
本来ならあの中にツェルニがいるらしい。そしてフェリは、あの中から廃貴族の反応を感じていた。
あの廃都で感じた汚染獣の反応。今まで幾度となく念威で探し、見つけることは出来なかったが、今ははっきりとその存在を念威で感じることが出来る。
もはや廃貴族に隠れるつもりはなく、来るなら来いと言うように。

「……行きます」

フェリの指示通りの場所のプレートに、レイフォンは手をかける。
そこはガコンと音を立て、動いた。どうやら隠し扉のようになっているらしい。
中は急な斜面になっており、暗闇が広がっている。だが、扉を開けた時の音が反響しなかったことから、そんなに深くはないだろう。

「レストレーション02」

レイフォンは鋼糸を復元し、ゆっくりとその斜面を降って行った。
下へと辿り着き、辺りを見渡す。その先には暗闇が広がっていると思っていたが、予想外にもあまり暗くはなかった。
上からは見えなかったが、室内には淡い光源が広がっている。
この部屋、空間はそんなに広くはないので、その光源で十分に照らされていた。フェリの念威による視界のサポートは要らないほどにだ。
黄金と青の淡い光が鼓動のように順に放たれ、周囲の闇を緩やかに押しのけては引いていく。
目眩がしそうな光の繰り返しに、レイフォンは高鳴る気持ちを抑えきれずに先へと進んだ。緊張しているのだ。

「あそこ……ですね?」

「はい。廃貴族とは別に、もう1体似たような反応を感じます」

「おそらくツェルニ、この都市の電子精霊ですよ……」

ニーナと一緒に見た幼子の姿をした電子精霊を思い出し、ゆっくりとレイフォンは歩み寄る。
この空間はあまり広くない。だから、すぐに中心で光を放つものの正体を確認することが出来た。

「ツェルニ……?」

「あれが……そうなんですか?」

そこにあったのは大きな、機械で出来た台座に乗せられた宝石だった。
台座の高さはレイフォンの腰より少し低い程度。台座の周辺は大人が4,5人手をつなぎ、円を作ったくらいの大きさだろう。
乗せられているのは宝石とは言っても、カットされたものではない。まるで掘り出した原石をそのまま置いてあるようなものだった。
台座の設置面からは数本のパイプが生え、外に向かって伸びている。黒ずんだ石があちらこちらに付着した状態のままの宝石は、静かな水面のように透明だった。だからこそ中身が良く見える。
その中にツェルニがいた。だが、ツェルニだけではない。

「やはり……か」

確信はしていた。だからこそ自分でも驚くほど冷静に現状を受け入れる。
焦点の合っていないツェルニの瞳は虚空を見つめている。内部がどうなっているのかはわからないが、その中でツェルニは手足を投げ出すように浮いている。
まるで死んでいるかのように、ピクリとも動かない。
だがレイフォンの視線は、そんな彼女ではなく、ツェルニの背後に控えている存在へと向いていた。
黄金色の豊かな毛皮、複雑に枝分かれした巨大な角。
黄金の雄山羊、廃貴族。
それが死者のように身動きしないツェルニと共に、宝石の中に収まっていた。

「予想はしていたが、何でお前がここにいる?」

錬金鋼を復元する。だが、攻撃は仕掛けない。
どう見てもあれが機関部の中心だ。あれに攻撃を仕掛けでもしたら、ツェルニを、都市そのものを破壊しかねない。
だからこそあえて落ち着き、冷静になる。感情的になれば、破滅しかない。
だが、一体どうすれば……

『この時をどんなに待ち望んだか……』

「っ……!?」

突然、レイフォンの頭の中に声が湧いて来た。
廃貴族の言葉は何度か聞いたことがある。だがやはり、何度聞いてもなれるものではない。
この状況であれば、警戒するには十分な理由だ。

『我が身は既にして朽ち果て、もはやその用を為さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さしめんがための主を求める。汝、我が魂を所持するに値する者なり。我は求める、汝の力を。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん』

かつて、廃都でレイフォンに言った言葉を廃貴族がもう一度言う。
それがなんなのかはレイフォンにはわからない。だけど廃貴族は自分だけ理解したように、視線を真っ直ぐとレイフォンに向けていた。

『我を受け入れよ。さすれば、汝は更なる力を手に入れるだろう』

「今度はディンではなく、僕に乗り移ると言うのか?お前の目的は何だ?それにツェルニまで巻き込むと言うのなら、容赦はしない」

レイフォンの底冷えしそうな声にも怯まず、廃貴族は淡々と続けた。

『我が魂を所有するにたる者を得るため、我は行動を起こした』

「……なに?」

『状況が人を変革させ、成長させる。そして汝は、我を所有するにたる炎と力を見せ付けた』

「……………」

先ほどの汚染獣との戦いを、廃貴族は見ていたのだろうか。
なんにせよ廃貴族は、レイフォンに対し興味を抱いている。

『状況が人を変革させ、成長させる。その中でも汝は最高のものを持っていた』

「フォンフォン……一体?」

「わかりません……奴は何を?」

わけがわからず、レイフォンは必死であまり優秀ではない頭脳をフル回転させる。
変革、成長……状況と言う単語を抜き出し、レイフォンにはひとつの仮説が浮かんだ。
その仮説はグレンダン。そしてハイアは、前回の第十小隊との試合で言っていた。
『グレンダンがどうしてあんな危なっかしい場所に居続けているか?それの答えと同じところにあるさ~』と。
もし、レイフォンの考えが正しければ……

「まさか……お前はそんなことのために都市を暴走させ、汚染獣の群れに突っ込ませたのか!?」

「フォンフォン……一体どういうことですか?」

フェリの疑問に答えるように、レイフォンが説明する。
戦いを強いられれば、人はそれを乗り越えるために強くならざるをえない。強くならなければ、戦いで生き残ることが出来ないからだ。
汚染獣との遭遇が異常なほどに多いグレンダン。だが、そんな場所だからこそ、天剣授受者なんて化け物並みな武芸者が生まれ、必要とされる。
だが、もしグレンダン以外の都市が電子精霊による加護を失い、都市自らが汚染獣のところへ赴くようになってしまえば……

「最悪です……都市が滅びますよ」

フェリの声から、怯えのようなものがハッキリと感じ取れた。
それほどまでに理解に苦しみ、この現状を正気とは思えない。
廃貴族はやはり、都市の害にしかなりえない存在ではないのか?
そう思ってしまう。

『我を所有するにたる者が現れれば、それに数倍する人類がイグナシスの塵より救われるだろう』

「無茶苦茶だ……」

もはや絶句し、レイフォンは何も言えない。
そもそもイグナシスがなんなのかわからないし、この廃貴族はツェルニが滅んでも構わないと言った。
ツェルニを護ろうとしたディンに取り憑いたと言うのに。

『汝、我を受け入れよ!』

「なんだ?」

「一体、何をするつもりです?」

宝石の中で、廃貴族がゆらりと揺れた。
レイフォンには何がなんなのかわからない。
フェリにも理解が出来ない。
身の危険を感じたレイフォンが、とっさに防御の型を取った。だが、それは無意味だった。
宝石の中から、廃貴族の姿が消える。

「なんだ、いった……い!?」

レイフォンが疑問を更に深めるが、それはすぐさまどうでもいいものへと成り果てた。
体に異変が走る。

「フォンフォン!?一体どうしたんですか?」

「まさ、か……?」

フェリが心配するが、レイフォンにはその問いに答える余裕はない。
無理やり押し入るように、自分にもどこにあるかわからない胸の空洞に、液体が急激な速度で満ちていく感覚が襲い掛かる。
まるで溺れているような息苦しさの中で、レイフォンは意識が遠くなっていた。

(まさか……これは!?)

ディンに取り憑いたように、今度は自分に取り憑こうとしているのだとしたら?
そんな最悪の状況を思い浮かべ、レイフォンは叫んだ。

「やめ、やめろぉぉ!フェリ、フェリっ!!」

「フォンフォン!?どうしたんですか?フォンフォン!」

拒否する叫びと、最愛の人の名を呼ぶ。
それでも次第に遠くなっていく意識。
レイフォンの異変に、フェリも焦りだした。

「フェリ!フェリ……ふぇ……り……」

それでもレイフォンはフェリの名を呼び続けた。
だがそれも次第に弱くなり、消えていく。

「え……?」

空間を反響したレイフォンの叫びだが、それが完璧に消え去る。
フェリにはわけがわからなかった。理解が出来なかった。

「なんで?どうして!?」

突如として念威が届かなくなり、レイフォンとのつながりが切れる。
レイフォンの存在が感じられない。レイフォンの存在が消えた。
その事実に、フェリは顔を真っ青にした。

「フォンフォン!フォンフォン!!」

念威端子を更に飛ばす。一心不乱にレイフォンの事を呼ぶ。
だが、反応がまったくない。

「フォンフォン!!フォンフォン!返事を……返事をしてください!!」

それが更にフェリを焦らせた。普段の彼女からは考えられないほどに取り乱す。
表情は涙で歪み、ただでさえ色白の肌を持つ彼女は、蒼白となった顔で更に青白い。
何度もレイフォンを探し、名を呼んだが、それでも彼を見つけることは出来なかった。
フェリはすぐさまカリアンに連絡を入れ、機関部に人をやるように伝える。だが、それでもレイフォンの姿は見つからない。

この日、この時、レイフォン・アルセイフの姿は、学園都市ツェルニから完全に消え去るのだった。




































「どうしても、行っちゃうの?」

どこかで聞いた台詞を聞きながら、リーリンは目の前の女性に視線を向ける。
わざとらしく瞳をウルウルとさせた美女、シノーラに脱力し、呆れていた。

「なにしてるんですか?」

その場に座り込み、リーリンは足元に置いていたトランクケースに額を押し当て、唸った。
あの台詞を言ったのは他でもない自分自身だ。レイフォンがツェルニに行く時、どうしても行って欲しくないからああ言った。
そんな過去の自分を思い出してしまい、恥ずかしさで死ねそうだった。

「失礼な、別れを悲しんでるのに」

そのことを知っているのか知らないのか、シノーラは芝居をやめ、胸を張って言った。
だが芝居だとしても、リーリンが男ならシノーラのような美女にああ言われたら残っていたかもしれない。
それほどまでの破壊力が、あの姿にはあった。

現在、リーリンは放浪バスの停留所にいた。
錬金鋼を郵送するか、直接渡すか。
レイフォンに会いに行くべきか、行かないべきか。
悩み抜いた末に、結局は会いに行くことにした。
そう決めた原因は、背中を後押ししてくれた人物は、他でもないシノーラ、彼女自身だ。

悩んでいたリーリンに対し、シノーラはリーリンを励まし、元気付けてくれた。
リーリンが行こうか行くまいか戸惑ったのは、レイフォンにはフェリと言う女性の存在がいたからだ。恋人、自分がなれなかった存在になり、レイフォンを支えている人物。
悔しかった。だからこそ行っても無駄なのではないかと足踏みし、決意できないでいた。
そんなリーリンに、シノーラは言った。

『じゃあさ、諦めることができるの』

レイフォンを諦めることができるのか?
好きな人に好きだと言う気持ちも伝えず、祝福することが出来るのか?
振られるにしたって、祝福するにしたって、自分の気持ちにけじめをつけずにそのままにしておくことができるのか?

リーリンにはできない。
諦めることはできない。けじめをつけないままでいることはできない。
この気持ちに決着を付けたい。レイフォンに会いたい。
レイフォンに好きな人がいるとはいえ、レイフォンはリーリンにとって初恋であり、大切な人なのだから。
だからこそリーリンは、レイフォンに会いに行こうと決意をした。

思い定めたら行動は迅速に。
学校に休学届けを出し、寮にもその旨を伝える。
後は荷造りをすると、既にグレンダンにやって来ていた放浪バスへの乗車手続きを行った。
ある意味運がいい。グレンダンは汚染獣との遭遇が頻繁に起こるために、放浪バスの数が少ないのだ。
これに乗れなければ、後どれくらい待たされていたことだろう?

出発前にリーリンはデルクの家で一泊し、ツェルニに行くことを伝え、そこからここにやって来た。
デルクは家の前までしか見送ってくれなかったが、それがまた養父らしいと苦笑した。
だけどまさか、シノーラがここまで見送りに来てくれるとは思わなかった。

「なんで、ここにいるんですか?」

「ま、可愛い後輩を見送りに着て何が悪いって言うの?」

「いや、いいですけど、いいですけども……」

シノーラにはこのことを、一昨日の晩に報告した。
そのまま彼女の行きつけの酒場に連れて行かれ、しかも偶然居合わせただけの客を巻き込んで、派手な壮行会が行われた。
あの時は自分が祝われる、送られる側だったと言うのに、肩身の狭い思いをしたものだ。
なんにせよ、あれでシノーラの見送りは終わったと思っていたのだが、まさかここにまで来るとは思ってもいなかった。

「ま、行って来なさい。早く帰れとは言わないけど、元気に帰ってきなさいね」

「……はい」

シノーラに優しい目でそう言われ、リーリンは自然に口元をほころばせた。

「あ、でもできれば早く帰ってきて欲しいな。最近の私ってば1日リーちゃんの胸に触らないと落ち着かないのよね」

だが、色々と台無しだった。
シノーラらしい言葉にリーリンは呆れ、ほころんだ表情は既にどこかへ行ってしまった。

「知りませんよ」

「禁断症状が出ない内に帰ってきてね?」

「……なるべく遅く帰ります」

指を咥えて子供っぽさを演じるシノーラに頭痛を覚え、リーリンはこめかみを押さえる。
すると覚えのある甲高い笛の音が、リーリンとシノーラの会話を打ち切った。
レイフォンを見送る時にも聞いた、発車の合図の音だ。

「じゃ、行きます」

「はい、いってらっしゃい」

先ほどの態度はどこへ行ったのか、シノーラはちょっとしたお出かけを見送るかのように気楽に手を振っていた

(私は、こんな気にはなれなかったな)

その姿を見て、思わずレイフォンの見送りの時を思い出してしまう。
だが、この場合は二度と会えないかもしれないという気持ちと、そうでない気持ちの違いだろうか?
シノーラの感覚は他人と違うと言うか、どこかずれているから参考にはならないだろうが、そう思わずにはいられなかった。
ずれて、騒がしい人ではあるが、リーリンにとっては大切な友人であるシノーラに乗降口でもう一度手を振り、車内へと入って割り当てられている座席へと向かう。

「えっと……ここね」

目当ての席を見つけた。
長い時間座っていなければならない場所だけに、1人当たりに割り当てられた空間は結構広い。横になって眠ることができるくらいにだ。
荷物を入れる場所は席の頭上にあった。

「よっ……とと!?」

リーリンはそこにトランクケースを入れようとするが、バランスを崩してよろけてしまう。

「大丈夫ですか?」

「す、すいません」

それを背後から受け止め、トランスケースを支えてくれる人物がいた。

「お手伝いしますね」

「あ、ありがとうございます」

その人物の声は女性で、軽々とケースを持ち上げて頭上のスペースへと仕舞った。
それに対してリーリンはお礼を述べ、手伝ってくれた女性の姿を見る。
女性は、未だに少女と言った方が正しい。歳はリーリンとはそんなに変わらないだろう。
少女は少年のような格好をしていた。スカートではなく短ズボンのような服を好み、そこから覗く足はすらりと細く、肌は白く輝いている。
癖のない長い髪は奇妙な色合いをし、サイドポニーで纏められていた。その髪はほとんどが黒いのだが、一部が白い。別に染めたわけではなく、彼女は生まれ付きそうなのだ。
そしてその顔は美しかった。間違いなく美人であり、美少女と言える。
その姿に、同性であるリーリンも思わず息を呑み、綺麗だと思った。

「荷物はこれだけですか?女性なのに少ないんですね。まぁ、私もあまり人のことは言えませんが」

「あ、はい……これで全部です。ありがとうございます」

少女の声に我に返り、リーリンはもう一度お礼を言う。
少女も自分の少ない荷物を頭上のスペースに入れ、リーリンの隣の席に座った。ここが彼女に割り当てられた場所なのだろう。

「初めまして、クラリーベル・ロンスマイアと言います。あなたは?」

「あ、リーリンです。リーリン・マーフェス」

まずは自己紹介。
隣の席になり、歳も近いと言う縁があり、互いにぺこりと頭を下げて挨拶をする。

「え……ロンスマイア?」

その名前に聞き覚えがあったのか、リーリンが疑問を浮かべる。

「はい、クラリーベル・ロンスマイアです。ご存知とは思いますが、天剣授受者、ティグリス・ノイエラン・ロンスマイアは私の祖父です」

「ええ!?」

疑問に答えてくれたクラリーベルに、リーリンは驚愕の声を上げる。
ティグリス・ノイエラン・ロンスマイア。
天剣授受者であるのはもちろん、ロンスマイアはグレンダン三王家のひとつである。
つまりティグリスは王家の人物で、その孫であり、ロンスマイアの名を持つクラリーベルも王家の人物と言う事だ。

「な、なんでそんな方が都市の外に……」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。少し、知り合いに会いに行くだけです」

リーリンの驚きはもっともだが、クラリーベルはあっけらかんとそう返答した。
リーリンは未だに納得できていなかったが、予想外の事態がまたも襲ってくる。

「あれ?クラリーベル様」

「サヴァリス様」

「え、ええ!?今度はサヴァリス様!?」

もはや理解不能だ。
今度は都市を守護するべき存在である、天剣授受者ご本人が現れた。

「しっ。僕の名前はあまりここでは言わないようにして欲しいな」

リーリンとクラリーベルに言い聞かせるように、サヴァリスは声を潜めて言う。

「な、なんでここに……?」

「うん、ちょっとした極秘任務で他所の都市に出かけないといけなくなったんだ。それで、君とクラリーベル様はどうして?」

「私はちょっと学園都市ツェルニに。私用でレイフォン様に会うためにですね」

「ええ!?」

何度目のリーリンの驚愕だろうか?
またも声を上げたリーリンに、乗り始めた乗客達が視線を向けてくる。
周りから集まる視線に居心地悪く感じながら、リーリンは落ち着きのない様子で顔を赤らめ、下を向いた。

「で、君は?」

「え?ええと……」

今度はリーリンの番だ。
サヴァリスに話を振られ、素直にレイフォンに会いに行くと答えていいのか悩む。
だが、クラリーベルは素直に答えたので、いいのではないかと思った。
それよりも、何故彼女がレイフォンに会いたいのか?
何故レイフォンを『様』付けで呼んでいるのかも気になった。

「ま、いいや。長い旅なんだから、仲良く行こう」

だけどサヴァリスはリーリンが答える前に興味を失い、座席へと座った。
運転手が出発を告げ、放浪バスが発車する。
天剣授受者が放浪バスにいる。これで旅の安全は保障されたはずなのに、色々ありすぎてリーリンの中には不安が渦巻いていた。

「いや~、都市の外って初めてなんだ。楽しみだね~」

「そうですね。まずはどんな都市に着くんでしょう?武芸の強いところだったらいいです。武芸者と手合わせなんてできますかね?」

隣の席と後ろの席で楽しそうに会話をしているクラリーベルとサヴァリスを見て、リーリンは憂鬱なため息で応じた。










放浪バスを追いかけて、停留所から外縁部を延々と歩いていたが、どうやらこの辺りが限界のようだ。この先はエアフィルターがある。これ以上外に出ることはできない。
シノーラは足を止めると、腰に手を当て、地平線の向こうへと消えていく放浪バスを見つめていた。
常人なら既に視認できない距離だが、シノーラには……いや、天剣授受者を従える最強の女王、アルシェイラ・アルモニスにはまだ見ることができる。
放浪バスを見ながら、アルシェイラはポツリとつぶやいた。

「さて、どうなることかな?」

アルシェイラが考えているのは、そのほとんどがリーリンであり、僅かにその他のこと。
サヴァリスを送り込むのを決めたのはアルシェイラだが、そんな彼のことは微塵も考えてはいなかった。
サヴァリスの心配をする意味はないし、もし道中で死んだとしても気にはしない。所詮はそれまでと結論付ける。
アルシェイラが天剣に求めるのは強さもそうだが、運も重要だ。サヴァリスが死者として帰ってくるのならば、運がなかったと言うことになる。
もとより、超絶的な才能を持つ天剣授受者を12人集めることが運なのだ。いくらアルシェイラが最強でも、こればかりはどうすることもできない。
ましてや、アルシェイラと言う人物そのものが生まれたのも運でしかないのだ。

「ねぇ、どう思う?」

バスから目を外し、アルシェイラは自分の足元を見た。
その他のこと、廃貴族のことについて尋ねたのだ。

「さて……な」

アルシェイラの足元には何時の間にか、その場所に寝転がる獣の姿があった。
普通の養殖される類の獣ではなく、もちろん飼ってあるものではない。
犬に似た体躯を長い毛で包み、何より地面に伸ばした4足の足の先は人間の指によく似ていた。
耳は羽のような形をしている。答えたのはこの獣だ。

「どう?グレンダン。あなたの同類、ここに来てくれると思う?」

「来なければ滅びを撒くだけだ。そして狩られる……かつての我のようにな」

グレンダンの声には、突き放したような冷たさがあった。

「昔の話しだねぇ」

アルシェイラのつぶやきに、グレンダンは鼻を鳴らして顎を地面に付ける。

「まぁ、どのようになるかわからないけど、リーちゃんが無事ならそれでいいやね」

それ以外興味が無いようにアルシェイラが笑うと、グレンダンがまた鼻を鳴らす。
既に視界から完全に消えた放浪バスの先を見ようとして、グレンダンは長い羽のような耳を動かして、つぶやいた。

「……鶯が鳴いたな」

「え?」

聞いたことのない名にアルシェイラが尋ね返したが、グレンダンはそれには答えず、大きな欠伸をして黙り込んだ。

この時、アルシェイラは知らなかった。あの放浪バスには、自分の従妹が乗っていることを。
デルボネに知らされるまで知らず、今はロンスマイア家で大騒ぎになっていることなど、アルシェイラは微塵たりとも知らなかった。




































あとがき
5巻分、完結!
いやぁ、相変わらずここまで長かったです……
そしてついにレイフォンと廃貴族の遭遇。次回からオリジナル展開が多大に入りそうですw
そしてもはや開き直りつつある俺w
6巻編ではオリキャラ出して、オリジナル展開で、ロイに救済あってもいいんじゃないかと思うこのごろ。
いや、ニーナいないし、クララいるし、原作どおりの展開にはどうやってもならないわけで……それなら開き直ります。
そして自分を慕ってくれる幼馴染の少女なんていたら、それはいいものじゃありません?
なんにせよ、6巻分の構成はある程度出来ております。
問題はツェルニですね。さて、これからどうなることやら……
ゴルさんとか、ヴァンゼとか、ニーナやシャーニッド、オリバーにその他にがんばってもらうかな?
なんだか、フェリがやばいことになりそうです……

構成は出来ても、展開は変わるかもしれない以上、作者自身どうなるのかわかりませんが、とりあえずこれで5巻編は完結です。
ここまで付き合ってくださった読者の皆様方、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



さて、毎度ながら雑談なんですが、最近黒執事にはまっております。
主従と言うのはいいですね。それにシエルの女装とか、アニメの黒執事Ⅱでのアロイスの女装とか、悪魔と契約した者の女装が似合いすぎる件について。
なんですかあれは?もはやあっちの世界に行くところでしたよw
男の娘ってのもなかなかに……まぁ、さすがに本番やる気は起きませんが、かわいいのは正義だと言っておきますw

そんな黒執事に影響され、俺得で始まって『書くのは』楽しい黒メイドと言う作品が、XXX板にあります。
黒執事は設定だけと言うか、悪魔でメイドを出したかったんであんな感じに。リリカルなのはにオリキャラを登場させております。
そんな作品ですが、そちらのほうもなにとぞよろしくお願いします。

さて、次回はいよいよ6巻編!その前に番外編が入る『かも』しれませんが、これからもよろしくお願いします。



[15685] 38話 都市の暴走 (原作6巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:1a3caba9
Date: 2010/09/22 10:08
学園都市へ来たのは今回が初めてではない。ミュンファ・ルファは主の隣に立ち、ぼんやりと考えていた。
都市間を雇われながら放浪するサリンバン教導傭兵団だが、学園都市は自分達にとって上客にはなりえない。
何故ならば学園都市はそれほどお金を持っておらず、ほとんどが学生を援助するための施設や制度を維持するために使われるからだ。だからこそ前回のように、交渉し、譲歩して、半々で汚染獣を倒すということになった。
また、地図を作って確認したわけではないが、学園都市の移動範囲の周囲には必ず強力な武芸者がいる。
または、そんな武芸者を生む土壌のある都市が存在している。
そうすることによって、汚染獣が学園都市に接近する可能性を下げているのだ。
ひとつの都市で生活するにはわからないが、レギオスを造った錬金術師は、レギオスの配置にはそれなりの計算をしていたようだ。

(こんなこと、傭兵団に入るまでは考えもしなかったけど)

それでも時折、傭兵団は学園都市に訪れる。サリンバン教導傭兵団の『傭兵』としての役割ではなく、『教導』と言う役割でだ。
学生武芸者と言う、半端で未熟な立ち位置にいる武芸者にこそ、実戦の臭いを感じさせるのが正しい教導であると、先代団長は言っていた。例えそれが、残り香だとしてもだ。
もっとも、他の傭兵達は学園都市を訪れることを、休暇だなんて言っているが。

ミュンファ自身、そろそろ学園都市を訪れる回数は両の手の指では足りない。その中には移動途中の補給も含まれているが、それだけの回数、学園都市を訪れ、それだけの回数、長いこと傭兵団に所属していたと言うことだ。

7年。ミュンファがサリンバン教導傭兵団に拾われてから、それだけの年月が経った。
実力がなく、あまりにも役立たずなため、未だに一人前とは認めてもらえず、まともに戦場に立たせてもらったことがない。
それでも、7年と言う月日を死ぬこともなくこうして生きていられたことは凄いことだと思う。
それもまた、都市から都市へ放浪するようになってから思ったことだ。

「幼生体、探査範囲に全補足完了。数500、こちらに気づいたな」

不意に性別不明の機械音声が響いて、ミュンファは物思いに耽るのを止めた。
ここは学園都市ツェルニの外縁部。放浪バス停留所のひとつだ。
ミュンファ達は自分達の、サリンバン教導傭兵団専用の放浪バスの屋根の上にいた。
他の放浪バスよりも遥かに大きい傭兵団専用車は、一見すれば動く砦のように見えなくもない。おかげで停留所の係留策を3台分も使用している。
だが、サリンバン教導傭兵団の人数は現在、武芸者43名と技師等数名。
彼ら最低限の生活空間と、錬金鋼を整備する空間、予備物資などなどを考えればこれぐらいの大きさは必要になる。

そんな場所から目を凝らしてみるも、そこから見えるのは騒音を撒き散らしながら稼動する巨大な都市の足と、その向こうにある荒れた大地の光景だけだ。
だが、ミュンファの右隣にいる機械音声の主、フェルマウスには別のものが視えている。

「動きはどうさ?」

問うたのは左隣でどっしりと腰を下ろしている人物だ。
ミュンファの主にして、サリンバン教導傭兵団の現団長である少年、ハイア・ライアだ。

「既に捕捉している。私からすれば非効率的な端子の配置だが、才能と言う名の壁はやはり厚いと言うことなのだろう。発見は私よりも早い」

ミュンファを拾ってくれたのはフェルマウスだ。
その時から7年世話になっていたのだが、最近になってようやく、仮面と機械音声に包まれたフェルマウスの感情が、なんとなくわかるようになった。
フェルマウスは純粋に、自分より早く幼生体を発見した念威繰者に感動している。
確か、その念威繰者はフェリ・ロスと言っていた。

「戦ったらどっちが勝つさ~?」

「そう言う、子供の力比べ的な、幼稚な予想は好かないな……だが、仮定して手ごまの実力が五分、いや、四分六分ほどの劣勢なら私が勝てるだろう。能力に頼りすぎている面が強すぎる。ヴォルフシュテインほどに研ぎ澄まされてはいないからな」

「あれも今じゃ、錆び付いてるさ」

ハイアがそう吐き捨てる。
彼は団長になった今でも、歳相応の子供っぽさを隠そうとしない。
それがヴォルフシュテイン、レイフォン・アルセイフの前では更に強く表に出ている。
その理由はよく知っている。拾われた当初から同年代と言うことで一緒に扱われていたから、ハイアのことは大体わかっている。
しかし、そんな2人の関係も、団長と教導される見習い武芸者と言うハッキリとした溝ができてしまった。
その溝をさびしいと思う反面、傍にいて良い理由にもなって嬉しいと思う気持ちがある。

「もし本心でそう思うなら、お前の目は節穴だな」

「……………」

フェルマウスの冷たい言葉に、ハイアは唇を尖らせて沈黙した。
レイフォンは錆び付いているどころか、むしろ更に研ぎ澄まされている。
グレンダンを追放され、こんな学園都市にいると言うのにだ。
ハイアは皮肉で言ったが、それがわからないほどに彼の目は節穴ではない。

「かつてヴォルフシュテインと言う名の剣だったあの少年は、持ち主を選ぶほどの名剣だった。それは今も変わらない。むしろ、陛下よりも相応しい持ち主を選び、更に研磨されている」

槍殻都市グレンダンで結成されたサリンバン教導傭兵団だが、この3人の中でグレンダン出身なのはフェルマウスしかいない。
残りの傭兵達にしても、半分以上が都市間を放浪しているしている内に仲間になった者達で、もはや教導専門となった引退間際の高齢者や、放浪中に生まれた二代目だったりする。
フェルマウスのようにグレンダンを知りながら、現在も戦場に立つような人物は希少だ。
天剣授受者の強さを知っているのは老人だけであり、若い者達は老人達の言葉を美化された、あるいは誇張された過大評価として聞き流していた。
その考えはどこも同じだろう。武勇伝などと言うのは、少なくともそうだ。だからミュンファも正直、グレンダンの最強を担う天剣授受者がそれほど凄いものだとは思っていなかった。
凄いとしても、ハイアに勝てる武芸者なんていないと思っていた。
それが、いた。ハイアを倒し、更には汚染獣6体を1人で圧倒する少年、レイフォン・アルセイフ。
グレンダンで生まれ、グレンダンから放逐された元天剣授受者。その実力は、傭兵団の若者達が認識を改めるには十分すぎるものだった。

「だが、その剣は一体どこに行ったのか……」

だと言うのにその名剣は、汚染獣が攻めてきたと言うのに戦場で振るわれるということはなかった。
つぶやいたフェルマウスの言葉に、どこか寂しさのようなものが感じられた。

「それはさておき、何人死ぬかな?」

ハイアの笑えないジョークに、フェルマウスは暫し思考して、冷静に答えた。

「何人か筋のいい者達もいた。案外、無事に乗り切るかもしれないな」

「そもそも幼生体如き、退けないのがおかしいさ。これだから学園都市のレベルは低い」

厳しい物言いだが、ハイアの言葉は正論だ。
迫ってくる脅威は、その中でも最弱。この程度の敵を退けられずにどうするかと言うように、短い間だが教導した者達の初陣を見守る。
見守るとは言っても、ハイアのその瞳は余興でも眺めるかのような瞳だった。




































「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……」

「これから暴走でもすんのか?オリバー」

「したいですね、暴走。それでこの現実から逃避できるなら……」

軽口を叩くが、余裕なんてものは一切ない。
ランドローラーを走らせ、目的地に着いたシャーニッドとオリバー。
彼らだけではなく、この場にはツェルニの武芸者達が出揃っていた。
彼らの目の前には地を割って溢れ出してくる汚染獣、幼生体がいる。汚染獣最弱の存在だが、彼らの顔は緊張で強張り、青い顔をしている。

「同反応の総数は500。地下の母体、その他幼生体の残骸らしきものから生命反応はありません」

フェリの念威の報告により、数は先日ツェルニを襲った汚染獣の半分ほどしかいないことが知れ渡る。
母体は幼生体に食われ、共食いで半数近くが食われたと言うのだろう。
だからと言って安心はできない。汚染獣は脅威であり、最弱の幼生体とはいえ学生武芸者(未熟者)にとっては強敵なのだから。

「いいな、絶対に固まるな。分散し、陽動をかけろ!」

武芸長であるヴァンゼの指示が響く。
フェリが記録したサリンバン教導傭兵団の映像を見て、対汚染獣戦の予習はバッチリと行った。
だが、それでもやはり不安は拭えない。皆、緊張でガチガチと体が震えている。
これが武者震いならば格好も付くが、それは恐怖。汚染獣に対し怯え、前回の戦いを思い出しているのだ。
まったく歯が立たなかった。圧倒的な数に押され、追い詰められる。
その時のことを思い出し、誰もがこれからの戦闘に対し恐怖していた。

「怯むな!退くな!!私達は武芸者だ。都市を護るのが役目だ!そんな私達が戦いを前にしり込みしてどうする!?」

ニーナの檄が飛ぶ。その声が怯えていた彼らの心を奮い立てる。
武芸者としての役目、都市の守護者としての勤め、それらを思い出し、震える体に鞭を打つ。
武芸者としての誇りが、退くことを許さない。

「隊長は流石だね」

「ええ、今のでかなりの武芸者が覚悟を決めましたよ。それでもまぁ、少数は震えてますが……」

「お前もその1人ってか?」

「はは……」

殆どの者達はランドローラーから降り、戦いの準備をしていると言うのに、オリバーはランドローラーにまたがったままだ。
その後ろにはシャーニッドが乗っており、錬金鋼を復元していた。
本来ならあるはずのサイドカーを外し、ある程度の小回りが利くようにしている。
オリバーが運転で、その後ろにはシャーニッドが乗っていた。

「それはそうと、なんで男と二ケツを……これがかわいい女の子とだったらな。シェーナとか、ニーナとか」

「それはこっちの台詞ですよ……後ろにはミィフィさんを乗せたかった」

震えを抑えきれないオリバーだが、シャーニッドと軽口を叩き合いながらそれを誤魔化す。
都市外装備に身を包み、かすり傷ひとつが致命傷となりかねない現状。それを誤魔化すように、馬鹿な会話を続けていた。

「聞いてください、エリプトン先輩。俺、生き残ったらミィフィさんにプロポーズしようと思うんです。既に給料3ヶ月分で婚約指輪買いました」

「お前、死ぬぞ。つーか、今の会話のどこにそういうことを言う余地があった?」

「死にませんよ、童貞のうちは。俺はですね、ミィフィさんで童貞捨てると決めてるんですよ!」

「まぁ……がんばりな」

「はい!」

シャーニッドが呆れたように笑う。
それに頷くオリバーだったが、もうこんな会話を続ける余裕はない。
汚染獣が、迎撃予定ポイントに達したのだ。

「突撃!!」

ヴァンゼの怒号が響く。
それに合わせ、武芸者達が突撃した。

「俺達も行くか」

「この後、絶対にミィフィさんを押し倒す!!」

シャーニッドの声に頷き、オリバーは別の方向に気合を入れながらランドローラーのアクセルを回す。
フルスロットで突っ込む。並みの武芸者を越えた速度で汚染獣の群れに突進し、オリバーは叫んだ。

「ちゃんと狙ってくださいよ!」

「任せろ」

シャーニッドの錬金鋼、狙撃銃から放たれた剄弾が汚染獣に襲い掛かる。
まずは乱射し、頭部を撃ち抜いた。幼生体の頭を撃ち砕き、1体が戦闘不能になる。
それでも数はまだまだ499体。こんなもの、微々たる物だ。だが、それでいい。

「しっかりつかまっててくださいよ!」

オリバーが動かなくなった幼生体を確認し、ランドローラーの車体を持ち上げる。
ウイリー走行と言う高等技術。曲芸染みた動きで汚染獣に突撃し、頭を撃ち砕かれた汚染獣の体に乗り上げる。
前輪が汚染獣の体に密着し、後輪も噛み合わせるように付く。そのまま更にアクセルを回し、跳び上がった。
汚染獣の巨体をジャンプ台とし、宙に浮いたのだ。

「初っ端から無理はしたくねえ、10秒だ。行くぜぇ!」

飛び上がったのと同時に、シャーニッドが下に銃口を向けた。
彼の右目とその周辺が剄の光を放ち、剄が膨れ上がる。

内力系活剄の変化、照星眼(しょうせいがん)

照星とは銃の照準を合わせるために使われる部品の名であり、遠距離射撃をする武芸者がまず覚えるべき活剄の基本技だ。
視力を選別強化するこの技なくして、正確な狙撃は難しい。
そして照星眼とは、それから一歩先に進んだ技だ。遠くの相手を鮮明に見据えるだけでなく、標的の致命的部分を確実に見抜く。
その目は標的を捉えるのと同時に、瞬時に相手の表面上の打撃的弱点部位を精査するのだ。
後はその部分に剄弾なり、矢なりを当てれば即死となりうる一撃となる。
無論、見抜くだけではなく、瞬時に、正確にその場所を撃ち抜く技量がなければ話にならないのだが、シャーニッドは父親に教わった緊急時のやり方で剄力を上げている。
活剄によって肉体や視力を強化し、普段から使っている照星眼の精度を上げたのだ。
撃ち抜かれた汚染獣は、着弾点を中心に甲殻に皹が走り、そのまま自壊していた。

「ははは、最高ですよエリプトン先輩!その技、俺にも教えてください」

「やめとけ、あんまり使い勝手のいいもんじゃねぇよ。親父に習ったんだが緊急用、逃げる時以外に使うなって話だ。時間制限さえ守れば問題ないが、あんまり長く使えるもんじゃねえ。違法酒飲んでんのと変わんねえよ」

10秒間宙で銃を乱射し、オリバーが勢いを殺しながら着地する。
車体が激しく揺れたがそれはしょうがない。シャーニッドは思わず銃を落としそうになったものの、気合で持ち直す。
今ので、20体ほどの汚染獣を屠れた。

「しゃあ、俺も行きますよ!」

オリバーも錬金鋼を復元する。拳銃だ。
片手でランドローラーのアクセルをしっかりと握り、操縦しながら汚染獣の群れへと再び突っ込んだ。





「炎剄将弾閃~ん!」

「シャンテ!あまり突っ込みすぎるな」

シャンテに忠告をしながら、第五小隊隊長、ゴルネオは落ち着いて戦場を見渡す。
いや、落ち着けるはずがなかった。だが、戦場で焦りは禁物だ。
グレンダン出身とはいえ、ゴルネオ自身はまだまだ未熟者の武芸者だ。最弱とはいえ幼生体の汚染獣を前にし、恐怖を感じている。
無理やりにでも落ち着き、冷静になろうとする。
そうすることによって、戦場の状況を把握するのだ。

やはり幼生体とはいえ、その硬い甲殻を破れずに苦戦している。
だが、一度戦闘の経験があるだけに、それがどういったものかと認識しているのだ。
認識しているのとしていないのでは、やはり事情が違う。
梃子摺ってはいるが、数人でかかり、1体ずつ確実に潰している。
だが、やはり500と言う数は多い。このままではあの時同様、数に押されてしまいかねない。
ならばどうする?

「くそっ」

打開策も思いつかないままに、ゴルネオは剄を放つ。

外力系衝剄の変化、流滴(るてき)

ゴルネオから放たれた衝剄は甲殻の隙間を縫って細胞内に浸透し、内部からの破壊を行う。
汚染獣は内部から体のあちらこちらを崩壊させ、動かなくなった。
そのまま次の汚染獣を屠ろうとしたが……

「ちっ」

舌打ちを打つ。
幼生体は飛ぶのがあまり得意ではないと言うのに、何体かが翅を広げて飛び上がろうとしている。
当然だが、超人的な力を持つ武芸者だって人間だ。汚染獣や鳥のように飛べるわけがない。
一応都市には防衛として何名か武芸者を残してはいるが、ここで迎え撃とうと主力がこちらに集中している。
だから飛んで都市へと向かわれれば、とても厄介だ。

「飛ばせるな!」

ヴァンゼが大声を張り上げる。
だが、あまりにも汚染獣の数が多い。飛ばせまいと衝剄や剄弾で汚染獣の翅を狙うが、それで落とせたのは少数。
100体近くの汚染獣が翅を広げ、空へと飛び上がっていた。

「逃がしません」

そうつぶやいたのは、端子越しに聞こえたフェリの声だ。
辺り一面に、汚染獣を包囲するように散りばめられた大量の念威端子。
それらが一気に爆発した。念威爆雷だ。
フェリの膨大な念威により爆発した端子は汚染獣達を包み込み、翅を焼き切る。
100体近くの汚染獣を絶命させるには足りなかったが、翅を、足を崩壊させながら全て地へと落ちていった。

「……………」

その光景にゴルネオは唖然とする。
本来念威爆雷にはそこまでの威力はないのだが、こんなことができるのは彼女の念威が強力だからだ。
才能だけなら自分の故郷の天剣授受者、念威繰者であるデルボネに匹敵する。
そんなことを思いながら、ゴルネオは地に落ちた汚染獣を殴り飛ばした。





「やるな……フェリ」

ニーナは鉄鞭で汚染獣の甲殻を砕きながら、フェリの成した偉業を褒め称える。
レイフォンに言われて剄息を毎日続け、日々練磨してきたこの身。
あの時とは違い、汚染獣の甲殻を破ることができる。手足が出なかったが、今は出せる。
そのことに、自分が成長していることに歓喜しながらニーナは汚染獣に止めを刺した。そして次の汚染獣へと向かう。

「下がれ!」

が、ヴァンゼの指示が響き、ニーナだけではなく汚染獣と対峙していた武芸者が一斉に下がりだす。
これらは計画されていた動きであり、合図と共に一条の光が汚染獣達を薙ぎ払った。
強大な剄による砲弾、剄羅砲だ。

「まさか、これほどとは……」

数十体の幼生体を薙ぎ払った剄羅砲にニーナは感心する。
度重なる汚染獣の襲撃により、追加した防衛予算で仕入れた新たな剄羅砲だ。
その規模を通常のものよりも遥かに大きくしたに過ぎない。大型故に、都市からこちらを狙って撃ってきたのだ。
だが、あまりにも巨大で、威力が高い分、充填には最低でも100人の武芸者が必要になる。そのために使い易い兵器とは言えない。

「おっと……」

今は戦闘中だと言うことを思い出し、ニーナは物思いに耽るのをやめる。
剄羅砲の余波がなくなったところで再び汚染獣の群れに突っ込み、鉄鞭で1体ずつ確実に倒していく。
こんな時、レイフォンならば鋼糸で、一瞬で幼生体の汚染獣を殲滅させるのだろうなと思った。

「いかんいかん……」

だが、その思考は余計なものだ。今はこの戦場に集中しなければならない。
思考を振り払い、ニーナは幼生体の甲殻を砕く。
レイフォンには、彼ばかりには頼れない。これは、この程度の危機は自分達で片付けなければならない。
頼りっぱなしで、自分達が何もできなかったから、あんなことになってしまったのだ。





あの日、レイフォンが汚染獣の討伐で開いた傷口の手当てが終わるのを待っていた時のこと……

「遅いな、レイフォンの奴」

「確かに……」

何時まで経っても戻ってこないレイフォンにシャーニッドは首をかしげ、ニーナもそれに同意する。
いくら傷口が開いたとはいえ、要はそれを縫うだけなのだ。
だと言うのにもう1時間もここで待たされている。
もしかしたら退院当日に戦場に刈り出されたので、その辺りで無茶をして検査などを受けているのかと思った。
だが、もう1時間待ってもレイフォンは戻ってこない。
それどころか、医師や看護婦からの報告すらない。本当にここにレイフォンがいるのかとさえ思ってしまった。

「おかしいな……」

「ああ」

いくらなんでも時間がかかりすぎだ。
かかるにしたって、何らかの報告や話があってもいいはずだ。それがまったくない。
流石に不審に思っていると、ニーナ達がレイフォンを待っている待合室に、訪問者が現れた。

「やあ、少しいいかな?」

「会長?それと……フェリ?どうした、おい?」

その人物はカリアンとフェリの2人。
一体何の用だと思ったが、そんな考えはフェリの表情を見て吹き飛んだ。
普段はいつも無表情な彼女だが、その顔が悲愴に満ちていた。今にでも壊れてしまいそうで、儚くて、決壊してしまいそうな表情。
彼女の白い肌は更に青白くなっており、明らかになにかがある。
対するカリアンも、いつもその顔に張り付いている、何を考えているのかわからない笑みがない。
深刻に、重々しく、その理由を述べた。

「ここで待っていても、レイフォン君は来ないよ。彼は現在、行方不明だ」

「なんです……て?」

「何度だって言おう。レイフォン君は行方不明だ」

その言葉が理解できずに、ニーナはもう一度聞き直した。
それに対し、淡々とカリアンが事実を述べる。
都市の暴走。問題はおそらく廃貴族だ。
その反応が機関部内に現れ、レイフォンは病院を抜け出してそれの対処に向かった。
だが、廃貴族に遭遇したのはよいものの、その後の連絡が途絶えてしまった。
レイフォンのフォローはフェリがしていた。まるでこの世の終わりだと言う表情をしていたフェリが、ポツリポツリと口を開く。

「……機関部に入り、中枢に辿り着くまではフォンフォンの行動を捕捉していました」

「見失ったのか!?」

ニーナの怒気すら含まれた声に、フェリは小さく頷いた。

「中枢に辿り着き、廃貴族と遭遇したところで、フォンフォンの反応が消失しました。すぐに周辺を捜索しましたが、見つけることが……できませんでした」

「そんな……」

フェリは今にも泣いてしまいそうなほどに弱々しい。
ニーナは愕然とし、この事実を未だに受け入れることができなかった。

「中枢内部に侵入したと言う可能性もある。あそこは我々も手を出せない最重要機密(ブラックボックス)だ」

フェリの後を引き継いで、カリアンが口を開いた。

「だが、それ故に内部に侵入したのだとしたら完全なお手上げだ。あの場所には手を出せない。何が原因で故障になるかわからないからね。都市の足を止める危険を冒すわけにはいかない」

その言葉に、事実に、ニーナは言葉が見つからない。
カリアンの言うことはもっともだ。大昔に錬金術師が造ったと言われるこのレギオス。
その技術や知識は今では大半が失われており、都市の修復などは不可能なのだ。
整備員などがいるとはいえ、彼らがやるのは機関部の調整くらい。もしレギオスが足を止めたとして、彼らにそれを直す知識も技術もない。
だからこそお手上げ。その事実にニーナは絶望しつつ、なんとか言うべき言葉を探し出す。

「フェリ!お前がいながら……」

見つかったその言葉は安直で、怒気が含まれた感情的な言葉。
責めるようにフェリの胸倉をつかみ、ニーナは叫んでいた。

「おい、ニーナ」

「黙れ!」

シャーニッドが抑止しようとするが、ニーナは怒鳴りつける。
どうすればいいのかなんて彼女自身にもわからない。今はただ、感情に任せて叫ぶことしかできなかった。

「ごめん、なさい……」

「フェリ、ちゃん?」

ニーナに胸倉をつかまれたフェリは、涙を流しながら弱々しく謝罪する。
その姿に、様子に、いつもの無表情さやクールさは欠片も見られない。それほどまでにまいっていると言うことで、その姿にはいつも軽いシャーニッドすら驚き、深刻そうに見ていた。

「泣いて済む問題か!!」

だが、ニーナにはそれが腹立たしく、更に怒鳴り声を上げる。

「ごめんなさい……」

だけど、フェリはどうすればいいかなんてわからない。
念威でレイフォンをサポートしていたと言うのに、肝心なところでそれができず、レイフォンが行方不明になってしまった。後悔以外、謝罪以外することなんて思いつかない。
自分が何もできなかったから、自分の力が足りなかったから、レイフォンはいなくなった。

「泣くなと言っているだろうが!!」

泣いているフェリに腹が立ち、ニーナは感情に任せて右腕を振りかぶる。
狙うのはフェリの頬。怒りのままにそこを殴打しようとするが、

「本当に落ち着けよ、ニーナ」

「放せ!!」

シャーニッドがニーナの右腕をつかみ取り、その行為を止める。

「放すのはお前だ。フェリちゃんを解放しろ」

「しかし!」

「彼の言うとおりだ。とりあえず落ち着きたまえ」

「くっ……」

シャーニッドとカリアンに諭され、ニーナはフェリの胸倉から手を放す。
だが苛立ちは抑えきれずに、何もない床を蹴った。

「もちろん都市警にも連絡を入れ、大規模な捜索を行う予定だ。もっとも、フェリの念威でも見つからなかったんだ。それで見つかるとは到底思えないが……」

カリアンが虚空を仰ぐ。
まさに絶望的状況だ。フェリの顔はその絶望に染まりきっている。
対するニーナには、苛立ちがあった。フェリに対する、八つ当たりの苛立ちではない。
無力で、レイフォンに無用だと思われた自分に対する苛立ちだ。

レイフォンは先ほどの汚染獣戦で、ハイア達傭兵団の戦いを見せながらこう言った。『だから、見て欲しかった。今すぐではないにしても、次には、次が駄目でも次の次には、一緒に戦って欲しいから』と。
だと言うのにレイフォンは1人で行き、自分達の力を必要としなかった。
例え自分達がいたからと言って、何ができたかなんてわからない。役に立てなかったかもしれないし、足を引っ張っていたかもしれない。
それでも、レイフォンが自分達を頼ってくれなかったことが悔しい。
できることはなくても、せめて声をかけることくらいはして欲しかった。
そして妬ましくもある。自分は何もできないと言うのに、フェリには念威と言う特別で強大な才能があるから、いつもレイフォンを支えることができると言う劣等感。
だからこそニーナは取り乱し、フェリに八つ当たりのようにあたっていた。

「くそっ……」

もう一度悪態を付く。
先ほどの気持ちも、ある程度は落ち着いてきた。それでもまだ完全には癒えない。
後悔する以外やることは思いつかず、それでもこのツェルニには、次なる危機が迫っていた。


「数は多いが、初陣にはちょうどいいのがきたさ。相手は幼生体」

その危機を、傭兵団のハイアは気軽に言ってくれた。
本来なら彼らに汚染獣の討伐を依頼したい。だが、前回での報酬額を考えると、汚染獣を求めるように暴走しているこの現状では迂闊に依頼できない。
その金額をツェルニには到底支払えないからだ。
だからこそ傭兵団にはあくまで切り札として、もしもの時のために取っておくとして、ツェルニの戦力、小隊員に戦わせなければならない。
そのための彼ら、サリンバン『教導』傭兵団だ。教官を頼み、教導してもらう。
そのことを傭兵団は快く承諾してくれて、汚染獣の討伐と比べれば遥かに格安で応じてくれた。

「安全な仕事だから、当然のことさ~」

と、ハイアは言っていたが、それが真実かどうかはわからない。
なんにせよ、傭兵団によってここ最近、ツェルニの小隊員、武芸者は厳しい訓練を受けていた。それでも明らかに期間が短く、まだまだ連携すら間々ならない状況で初陣を迎えてしまった。
都市にはミサイルなどと言った質量兵器が存在し、それが直撃すればいくら硬い汚染獣の甲殻や鱗でもただでは済まないだろう。
だが、それらはもう既に尽きている。流石に期間が足りなかったので、初陣の前にツェルニに接近していた汚染獣、いや、ツェルニが接近した汚染獣に対しミサイルで迎撃したのだ。
しかし、ミサイルなどの質量兵器の使用による都市内資源の損失は痛かった。
今あるものを使うのは構わないが、再度それを生産する時に使われる資源が馬鹿にならないのだ。
ミサイルなどに使われる金属や燃料は、都市にとって貴重な資源であり、一度使えば再利用することができない。
ある程度の鉱物資源は都市が移動中に採取し、またセルニウム鉱山で補給できるとは言え、一時的に資源が枯渇してしまっている。ミサイルが、尽きてしまっている。
だからツェルニには、武芸者で汚染獣を倒すと言う道以外残されていない。




「切がない!」

迎撃は順調に行き、決して少なくはない汚染獣を屠り続けている。
だと言うのに武芸長のヴァンゼは、忌々しそうに舌打ちを打った。
数が多すぎる。あの時の半数ほどではあるものの、やはり500と言う数は多い。
戦闘も長期戦となり、まだまだ半数以上が残っていた。

「くそっ……」

溜まる疲労。
ここまで誰1人脱落者は出ていないが、長時間戦闘を続ければそう言うものが出てもおかしくない。
ヴァンゼが棍で汚染獣を殴り飛ばしていると、ついにそういった者達が現れだした。

「うわあっ、防護服が……」

「腕が!腕がぁ!?」

都市外装備を破られた者、汚染獣の攻撃を受け、腕の肉をごっそりと削ぎ取られた者。
腕が食い千切られなかっただけましだが、都市外装備に穴が開き汚染物質に焼かれる。
その激痛に襲われ、彼らは戦闘どころではない。溢れ出る大量の血液は、彼の戦意を奪うには十分すぎる。

「怪我人は都市に戻れ、5分以内だ!汚染物質に焼かれたいか!?」

ヴァンゼの指示が飛び、すぐさま彼らは都市へと退避する。
汚染物質に晒されて限界なのは5分間。それ以上外にいれば、肺が腐って死ぬ。
だから迅速に行動しつつ、退避する彼らに汚染獣が向かわないようにフォローする。

「このままではジリ貧だ……」

だが、このままではまずい。ヴァンゼの言うとおり、善戦はしているがこのままだと数に押されかねない。
汚染獣が大量に群がり、津波のように押し寄せてきた。

「危ねぇ、ヴァンゼの旦那!!」

その1体が、ヴァンゼの死角から襲い掛かった。
それにヴァンゼは反応が遅れたが、汚染獣に対して突撃する影。
オリバーとシャーニッドの乗るランドローラー。それが激突し、汚染獣を吹き飛ばす。

「すまん、助かった」

「油断大敵だぜ?」

「それよりもエリプトン先輩……マジでやばいです」

「ん?」

ランドローラーの衝突により吹き飛んだ汚染獣に対し、オリバーとシャーニッドは剄弾の雨を降らせる。
それによって蜂の巣となり絶命した汚染獣だが、オリバーは冷や汗をタラタラと流しながらつぶやいた。

「前輪が今のでいかれました。エンジンもかからなくなったし……もうコイツを足として使えません」

「マジか!?」

移動砲台として活用していたランドローラー。
オリバーの運転技術と、シャーニッドの狙撃によって汚染獣を屠っていたのだが、これではもう使えない。

「シェーナやニーナの方も苦戦しているみたいだし……やべぇな」

シャーニッドは一瞬、ちらりとダルシェナがいる方向を見る。
ナルキら、他の武芸者数名を連れてダルシェナが乱戦をしているが、やはり数が数だけに苦戦しているようだ。
ニーナも最初こそ勢いはあったが、長期戦によってだいぶ削がれている。

「うわあああああっ!?」

「ぎゃああああ!!」

更に悲鳴が上がる。また怪我人が出たのだろう。
この戦果に業を煮やし、戦場の責任者であるヴァンゼは決断を下した。

「カリアン……」

「ああ、わかっている。彼らも準備は整ったようだ。しかし痛いね、この出費は……」

「すまない……」

「なに、君達は十分頑張ってくれたよ。後は専門家に任せよう」

念威越しにカリアンと言葉を交わし、今度は戦場に散らばる念威端子を使い、武芸者全員に響くようにヴァンゼは大声で言った。

「撤退!!」

撤退の合図。
戦闘を中断し、狙撃手の援護射撃を受けながら撤退する武芸者達。

「くっ……」

ニーナは苦虫を噛み潰した表情をするが、一小隊の隊長である彼女が武芸長の決定には逆らえない。
彼女の他にも、何人もがヘルメットの内面を悔しさで歪めつつ、撤退していた。



「あの程度も退けれないなんて……教導が甘かったさ。後でみっちり扱く必要がある」

戦局を見て都市外装備へと着替えたハイア達、傭兵団は既に出陣の準備を終えていた。

「残りの幼生体……約200か。数は多いが成体じゃないし、あの程度なら前回の半分でいいさ」

「もう少しまからないかね?」

「そうだな……これからもよろしくってことで、1割引ってのはどうさ?」

「あまりよろしくはしたくないが、それで手を打とう」

「交渉成立さ~」

念威越しで商談を済ませ、カリアンは切り札を投入する。
サリンバン教導傭兵団。
本来ならこの程度の相手に使いたくはなかったが、怪我人が多数出ている中でそうは言ってられない。
学園都市と言うのは、人材を育成する場所だ。
確かに武芸者は一般人を護るために戦い、悪く言えば消費される。汚染獣との戦いは危険であり、その戦闘の後には少なからず死傷者が出るからだ。
だが、ここは学園都市。先ほども言ったが、人材を消費するのではなく育成する場所なのだ。
だからこそ、学生が死ぬのは最大限回避しなければならないし、そのためならば金はかかろうとも切り札を使うべきだ。
だが、この手はそう何度も使えるものではない。

「教導の方も、しっかりと頼むよ」

「まかせるさ~」

次は自分達の手で乗り越えられることを願いながら、カリアンは傭兵団の連中を戦場へと送り出した。







「終わりました」

「そうか……」

そして、やはり学生武芸者は未熟なのだと思い知った。
数こそ残り200くらいだったものの、傭兵団はその数を短時間で殲滅して見せた。
汚染獣最弱の幼生体。そんな存在に苦戦するのが、今のツェルニの現状だ。
負傷者、重傷者多数。それでも死者や、再起不能になる怪我を負った者が出なかったのは救いだろう。

「次の反応はどうだい?」

「このまま直進で、1週間ほどの距離に反応があります。探査機に運ばせた端子を中継してでの情報ですので、念威濃度の不足による情報精度の問題がありますが、3日ほど距離を縮めれば詳細な情報が手に入れられるでしょう」

「そうかい……」

フェリから入った報告に、カリアンは絶望したように上を見上げる。
次……本来なら汚染獣を避けるように移動する都市だと言うのに、暴走は今も続いている。
汚染獣に突進するこれ以上の危機はないと断言しつつ、カリアンは疲労が感じ取れるフェリを労うように言った。

「とりあえず、今はゆっくり休んでくれ。後は3日後だ」

「では、それまでは自由ですね?」

「ああ、だから……」

本当に、休んでくれ。
そう願うが、フェリは言う事を聞かないだろう。
都市外の、しかも1週間以上の離れた距離を探査できる念威繰者は、ツェルニにはフェリしかいない。
いや、一般の都市にも彼女ほどの実力を持つ念威繰者はまずいないだろう。
そんな彼女だからこそ、汚染獣の探査に酷使してしまう。更に彼女は、ツェルニ中を、機関部内を念威で丹念に捜索しているのだ。
寝る間すら惜しみ、休む暇さえ惜しみ……原因は言うまでもない、レイフォンだ。
行方不明となった恋人を捜し続け、無駄だとわかっているのに何度も調べたところを探査する。
都市警などが大規模な捜索を行っていると言うのに、フェリは自身でも探しに赴いたことが何度もある。
休めと何度も言った。だけどフェリは聞き入れようとしない。

ニーナは感情に任せ、フェリに言った。『フェリ!お前がいながら……』と。
まったくだ、自分が念威でレイフォンをフォローしていたと言うのに、肝心なところで役に立たなかった、見失ってしまった。
自分が無能だから、何もできなかったから……
後悔以外湧いてこない。探すのをやめれば、諦めてしまえば今にも狂ってしまいそうだ。
レイフォンが、大切な人が、愛しい人がいない。そんな事実が、認められない。
だからフェリは、カリアンが休めと言ったにも関わらず、念威端子を都市中に飛ばす。目的はもちろんレイフォンの捜索。

「フォンフォン……」

一体どこにいるのだろう?
無事なのだろうか?今は何をしているのだろうか?

「フォンフォン……」

もしものことなんて考えられない。考えたくもない。
もし考えてしまえば、壊れてしまいそうだ。
切ない、胸がキリキリと締め付けられる。

「フォンフォン、フォンフォン」

レイフォンの愛称を呼ぶ。
そうでもしなければ、フェリは自我を保てない。
傍にいてくれるのが当たり前だった。一緒にいてくれるのが当たり前だった。
お弁当を作ってくれて、それを一緒に食べるのが日課だった。
自分を、誰よりも大事にしてくれるのがレイフォンだった。
そんなレイフォンのことが好きで、一緒にいるだけで幸せだった。
だと言うのに、レイフォンが傍にはいない。ここにはいない。
その事実が、フェリの精神を追い詰める。

「どこに……いるんですか?」

彼女の心は、今にも壊れてしまいそうなほどに儚く、脆かった。




































あとがき
マイアスサイド、つまりはレイフォン側も書く予定だったんですが、思ったより長くなったんでプロローグとしてツェルニサイドです。
レイフォンは次回出ます。

そしてフェリがかなりやばいことになりつつ、これからどうなることやら?
ツェルニは瀬戸際ですね。シャーニッド、早くも切り札使ってますし。
そして戦闘描写は、やはり難しいと思うこのごろ。SSは書いてて楽しいですが、やはり書き上げるのは大変ですね(苦笑

次回は黒メイドの方を上げようと思いつつ、ありえないIFの物語もやらないとなんて思うこのごろ……
大学もそろそろ始まりますし、これからが大変です(汗



[15685] 39話 学園都市マイアス
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:6e7fefb5
Date: 2010/10/08 13:32
放浪バスの席は広めの空間を取ってあるとはいえ、やはり長時間座っている分には狭く感じてしまう。
そんなわけで久しぶりに放浪バスから降りて、広い空間で伸びをしていると……

「動くなっ!」

「へっ?」

ドタドタと激しい足音が廊下で響き、ドアを乱暴に開けられたかと思うと、いきなり鎮圧銃の黒い銃口を向けられた。
そんないきなりの事態にわけがわからず、リーリンは呆けた声を出すことしかできなかった。

「都市警察機動部隊だ、動くな」

戦闘衣を着込んだ、一般人らしきリーリンと同年代の少年達。その1人が硬い声で告げてくる。
動くなと警告されたリーリンは、伸びをした格好のまま手を上げていた。

「悪いが、ロビーに移動してもらう」

 顔はヘルメットで見えないが、どうやら隊長らしき少年がそう言い、1人をこの部屋に残すと、部下を連れて出て行った。
廊下では未だに騒々しい足音が響き、悲鳴や怒声が聞こえてくる。
それと同じくらいによく聞こえるのが、都市警察機動部隊と言う名前。その名が出れば、悲鳴や怒声も沈黙した。
リーリンも逆らうことなく、残された部下に背中を押される形で廊下へ出る。
ドアを潜れば、悲鳴や怒声は聞こえなかったが騒がしかった。
それも当然だ。皆、このような事態に混乱しているのだ。宿舎全体が混乱の渦に巻き込まれている。
ここは、放浪バス停留所と同じ区画にある来訪者宿泊施設のひとつ。

「やあ、さっそくおかしなことに巻き込まれましたね」

「一体何事なんでしょう?」

にこやかに話しかけられて、リーリンはそちらの方を見た。
サヴァリスとクラリーベルだ。彼らは特に気にした様子もなく、銃口を押し付けられても平然と歩いている。

「どうします?撃退しますか?」」

「それも面白そうですが、ここはあの運転手の言葉に従っておとなしくしていることにしましょう」

「それもそうですね」

背中を無言の威圧に押されて返事をする余裕のないリーリンに比べて、サヴァリスとクラリーベルは暢気なものだ。
いや、暢気どころの話ではなかった。物騒なことを言い、銃口を突きつけている彼がヘルメット越しでもわかるほどに気まずそうな反応をしている。
このような状況で撃退するとか、それが面白そうだと発言する2人に対し、反応に困っているのだろう。
クラリーベルは美人で、とてもかわいらしい少女だが、武芸者である。
サヴァリスももちろん武芸者で、見た目は好青年だが、グレンダンでは最強の一角、天剣授受者。
その肉体はよく鍛え上げられており、それだけで武装しているとはいえ一般人の彼を怯えさせるには十分だ。
だが、レギオス内で他都市の人間は滅多なことでは逆らわないだろうと、無理やり安心する。

ここに来る時の放浪バスの運転手は、気さくで話し好きな人物だった。あるいは都市外と言う保護のないところを行く圧迫が彼を饒舌にしていたのかもしれない。
が、なんにせよ親切な人であり、彼はことあるごとにこう忠告してくれた。

「いいかい、旦那さん、奥さん、お坊ちゃん、お嬢さん……乗客の皆さん方。もしかしたら、もしかしなくてもこの中には生まれた都市から出るのが初めてだって人がいるだろうが、そんなあんた方が他所の都市でやってくのにどうしても守らなくちゃいけないことがある。それは、他所の都市の政府には、例え不条理だと感じようが逆らっちゃ駄目だってことだ。当たり前だって?確かにそうだ。お上に逆らっちゃいけないよ。だけどね、他所の都市には自分達がびっくりするような法律だとか、習慣だとか、取り決めだとかがあったりするもんだ。それはその都市がおかしいって話じゃない。もしかしたらお客さん方の都市がおかしいのかもしれない。そんなことは誰にもわからない。だけど、その都市ではお客さん方がおかしいって思われるんだ。なぜなら、それでその都市はうまく動いている。その事実を無視しちゃいけないってことさ。わかるかい?わからなくても、わかってもらわなくちゃならないんだ。そう、これがまず、最初の不条理って奴さ」

とにかく、よくしゃべる人だった。
そんな運転手から解放されたのが今朝のこと。
停留所を降りて、最寄の役所で列に並んで滞在許可証をもらい、指定の宿、つまりは先ほどリーリンが伸びをした部屋に着いた時には昼食の時間になっていた。
そんな時に彼らが、都市警察機動隊と名乗る集団が現れたのだ。
その突然の訪問に騒いでいた宿の人達だが、彼らが大人しくなったのは運転手の言葉を覚えていたからだろう。
運転手はこうも言っていたのだ。

「お上を怒らせちゃいけないよ。都市の外から来た犯罪者は拘置所になんて滅多に入れられない。なぜかって?めんどうだからさ。余所者はあくまで余所者、同じ場所に長く置いておいたって得することなんてなにもないからさ。放浪バスが来ていたら拘束衣でがんじがらめにされて罪科印を押されてポイだ。だけどさ、あんまり酷い犯罪者は俺達運転手だってお断りさ。こっちも乗客の皆さん方を守らないといけないからね。それに、もし俺達が断ったり、放浪バスがすぐに来ないなんてことになっていたら都市外強制退去……つまりは問答無用に都市の外へポイ……さ」

都市の外、つまりはレギオスの外。汚染物質の舞う、荒れ果てた大地。
そんな場所に生身で放り出されれば、人はもう死ぬしかやることがない。
それは都市外撤去と言う名前で誤魔化された死刑なのだ。

(こんなところで死んでたまるもんですか)

運転手の長い話を思い出し、リーリンは体を震わせた。
ツェルニに行くと、レイフォンに会いに行くとああも悩んで決めたと言うのに、こんなところで果ててなるものかと。
リーリンは廊下を抜け、エレベーターを使わせてもらえなかったので延々と階段を下り、宿泊の際に滞在許可証を提出したフロントのあるロビーに出る。
そこには既に何人もの宿泊者がいた。知らない顔もたくさんある。きっと、リーリンたちが乗ってきた以前の放浪バスでやってきたのだろう。
目的地に、あるいはそれにより近い都市に向かう放浪バスが来るまで辛抱強くその場所で過ごし、時には以前に訪れた都市に戻ることもやむなしとするのが旅人達だ。

(そう……)

この後訪れる放浪バスに乗ることができれば、ツェルニに辿り着くことができるはずだ。
レイフォンの、片想いの相手がいる学園都市に。
だからこそ、

(こんなところで、足止めなんてされてたまるもんですか)

強く強く、リーリンは心に誓って、ロビーに集う人の群れの中に混ざった。





この都市の名はマイアスと言う。
ロビーに集まったリーリン達宿泊客は、武装した都市警察に囲まれながら、事態を黙って見守っていた。それ以外にできることなんてない。
サヴァリスやクラリーベルなら強行手段を取ることもできるが、今は大人しくしている。リーリンも大人しくし、都市警察を名乗る少年達の姿を観察していた。
都市警察とプリントされた上着を着込んだ彼らは、どれもリーリンと同年か、少し上程度にしか見えない。

「本当に若者達だけで運営してるんですね」

「実際に見るまで、信じられませんでした」

隣に立つサヴァリスとクラリーベルが、どこか呆れたようにそうつぶやく。

「学園都市というのは奇妙なところだね。熟練者不在で、よく都市運営が成り立っているものだと思いますよ」

サヴァリスの言うとおり、ここは学園都市。学園都市マイアス。
レイフォンのいるツェルニと同じく、学生によって運営されている特殊な都市だ。

「武芸者のレベルも低いですし、学園都市が汚染獣に襲撃される危険性が低いと言う噂は本当なんでしょうね」

「その代わり、もし襲撃されたらこの都市は滅びるでしょうね」

サヴァリスとクラリーベルが、まったく笑えない言葉を交わしている。
リーリンにはわからないが、都市警察の服を着ている少年達の中には武芸者も交じっているらしい。
それは、一体どういうことなのか?
都市警察として、マイアスでは普通の対応なのか、それとも武芸者がいなくては対応できない事件がおきているのか……
グレンダンの例に当てはめて考えようとするリーリンだが、それは無理だと小さく首を振る。
グレンダンの都市警察がどういうことをするかなんて、一般人であるリーリンには予想も付かない。

「それにしても、一体これは何なのか……そろそろ状況説明を願いたいところですが」

サヴァリスがそう言っていると、先ほどリーリンの部屋にやってきた隊長らしい少年が前に出てきた。
ヘルメットを外し、その素顔を晒す。

「宿泊客の皆さん、こちらの指示に黙って従ってくださったことにまず感謝いたします」

よく通る声だった。
顔立ちはよく、どことなく品もある。それは彼が裕福な家庭で育ったからだろう。
だが、そんな彼の目にも、今は厳しいものが宿っていた。

「現在マイアスでは、盗難された重要情報を奪還するために厳戒態勢がしかれています。宿泊客への皆さんへは、それぞれに事情聴取をさせていただいた上で荷物の検査をさせていただきます」

丁寧さを保とうとしていたが、彼の厳しい目は有無を言わせぬ硬さがあった。
この都市の秩序である彼らを前に、宿泊客達に拒否権はないのだ。

「手荷物のチェックは事情聴取と同時にやらせていただきます。部屋に置かれているものに関しては、これからやらせていただきますのでご了承を」

その瞬間にいくつかの悲鳴のような声が上がったが、彼が視線をめぐらせるとすぐに静まった。
あの運転手の言葉もあってか、強引だとわかっていても逆らうことはできない。

「重要情報ですか……なるほどなるほど」

「重要情報?それにしても……」

サヴァリスが頷く横で、リーリンはもう一度都市警察の少年達を見渡した。
情報の大切さをリーリンは学校の授業で十分に教えられ、都市警察が盗まれた情報を取り戻すために強硬な態度を取ると言うのは納得できる話だ。
だが、それにしては……」

「どうかしましたか?」

「いや、それにしてもあの人達、凄く緊張しているように見えるなって……」

「ふむ?」

クラリーベルの問いにリーリンが返答し、サヴァリスも一緒になって都市警察の人達の顔を眺め回した。
ヘルメットと一体となった遮光ゴーグルに覆われた少年達の顔の変化はわかりにくい。
だが、その口元がときおり引き攣るように震え、あるいは落ち着きのない様子で頭を動かしているのがわかる。
それだけではない。サヴァリスのようにどんな危険でも眠りながら対処できそうなずば抜けた実力者、またはクラリーベルのように天剣には届かないまでも突き抜けた実力者ならば逆に鈍感になるかもしれないが、宿泊客を囲む少年達の輪には必要以上の緊張感があり、それがリーリン達を締め付けるように充満していた。

「なるほど、そうかもしれないね」

「なんでしょう……?」

「まぁ、それがわかったとしてもこの問題が解決するとは思えませんが」

愛も変わらず、サヴァリスとクラリーベルは気楽そうだ。
好奇心に水を差されたリーリンは少し不満を感じながら、事情聴取が始まって順番待ちをする人達の列に並んだ。

長い時間、待たされた。

宿泊施設はこの場所以外にも、いくつかある。そこもここと同じように調査しているのだとしたら、人員不足となっているのだろう。
手際の悪さの理由を想像しながら時間を潰していると、ようやくリーリンの順番が回ってきた。
ロビーにあった喫茶室が急遽、事情聴取の場所となっており、並んでいたテーブルは撤去され、5つだけ残されている。リーリンは端のテーブルに案内された。
そこには、あの隊長らしい少年がいた。

「初めまして、僕は都市警察強行機動部隊、第一隊隊長のロイ・エントリオです」

「リーリン・マーフェスです」

リーリンは促されるままに椅子に座る。
退院らしき他の少年がリーリンの荷物と共に、書類を1枚持ってきた。

「ふむ……」

それをざっと読み、ロイはリーリンを見る。

「これから、いくつか質問をさせてもらいます。面倒なことに巻き込まれたと思っているでしょうが、諦めてください」

「はぁ」

先ほどの演説のときと比べれば口調は優しくなっているものの、事務的で断定的なところは変わらない。
もしかしたら、これが彼の素なのかもしれない。

「出身は?一応、住所もお願いします」

「グレンダンです。住所は……」

住所まで聞かれ、リーリンは首をかしげた。
マイアスにいると言うのに、グレンダンの住所を知ってどうするのかと。

「結構です」

書類を見て頷くロイに、リーリンははっとした。

(あ、そうか。本人確認だ)

荷物の中にはグレンダンでのリーリンの身分を証明するものも入っている。
荷物の検査をしたと言うことは、それも見られたということだ。

(う、と言うことは下着も?)

ふとその事実に気づき、リーリンは愕然とした。
放浪バスには人1人が十分に眠れるスペースが確保されている。しかし、やはり乗り物は乗り物だ。完璧な居住条件が備わっているわけがない。
リーリンが一番難儀に感じたのは、洗濯ができないと言うことだ。
簡易型のシャワーがあるが、その水はエンジンの冷却水を使用したもので、湯温もエンジンの熱を利用したものだから快適とは言えなかった。それでも、あるだけマシだった。
だが、体は洗えるが、服を洗う余裕なんてあるはずがない。また、毎日シャワーが使えるわけでもない。乗客達と順番を決めて使うのだ。
服に付いた臭いは……嫌だが仕方ないものと思える。他の乗客達もそうなのだから。
下着は……まぁ、我慢しよう。
だがそれは、放浪バスにいたからこその話だ。使用後の下着は専用の袋に入れ、臭いが外に出ないように密封していたとはいえ、検査なのだからそれを開けられたという可能性もある。

(うう……)

「どうかしましたか?」

「……いいえ」

目の前のろいはずっと事情聴取をしていたのだろうからそんなことをする暇はないだろうが、他の誰か、例えばさっきここに荷物を持ってきた隊員がそれをしたのではと考えると、とんでもなく恥ずかしい。
そして、恨めしかった。

「では、次の質問です」

リーリンの前に、今まで何人もの宿泊客を相手したロイは少し疲れた様子でリーリンの態度を流し、事務的に質問を続けていった。
正直、どうでもよい質問ばかりされていた気がするけれど、そのあまりの数にリーリンは疲れてきってしまった。

「ご苦労様です」

ロイがそうつぶやいた時、これで終わったのかと心底ほっとした。

「これで、とりあえず皆さんにお聞きしている質問は終わりました。最後に……あなたにはひとつ質問が加えられます」

「え?」

言うと、ロイはおもむろにリーリンの荷物に手を伸ばすと、それを取り出した。

「あ……」

壊れないように何重にも布でくるんで荷物の奥に入れてあったはずのものがロイの手につかまれ、テーブルの上に置かれる。
布は既に一度解かれたようで、乱暴な包みになっていた。
養父であるデルクに渡されたもの。レイフォンに届けるもの。錬金鋼だ。
ロイは布を丁寧に開くと、錬金鋼が入った木箱の蓋を開けた。

「これは、あなたのものですか?」

「……一応は」

どう答えていいのか一瞬悩み、リーリンはそう、曖昧に答えた。

「一応、と言うのは?」

ロイの目が鋭く光った。
その視線にリーリンが呑まれているうちに、ロイはわざとらしい仕草で書類に視線を向ける。

「あなたは一般人という登録で放浪バスに乗り、ここにやってきた。そんなあなたがどうして錬金鋼を所持しているのですか?」

虚偽報告して武芸者が蜜入していると思われているのだろうか?
リーリンは萎縮した気持ちを落ち着かせ、改めてロイの瞳を見た。

「……預けられたもので、これを届けるために私は都市を出ました」

「なるほど。届け先は?」

「ツェルニです」

「ここと同じ学園都市ですか。あいにく、うちとの交戦記録は長い間止まっていますから、現在のツェルニのことはよくわかりませんが。どなたに?」

「それは……」

関係と言われ、リーリンはどう答えるべきなのか悩んだ。
兄弟と言うのは別に間違った言い方ではないと思う。同じ孤児院で育ったのだし、それでも構わないはずだ。
だが、養父であり、当時の孤児院の長だったデルクは、親のわからないリーリン達を自分の養子にするでもなく、別々の姓を与えて戸籍登録した。
だから戸籍的には兄弟ではない。

(幼馴染?)

それが一番妥当なのだろうか?

「どうしました?」

「……幼馴染です」

「……ただの幼馴染のために、放浪バスに乗って危険な旅を?」

「それは、あなたには関係のないことです」

「失礼しました」

ぴしゃりと跳ね除けると、ロイは鼻白んで謝罪した。
これはリーリンにとってあまり突っ込まれたくないことだ。
確かに、ただの幼馴染のために放浪バスで危険な旅をするのは少し変だろう。これが恋人とかならまだ話はわかる。
リーリンだってレイフォンは特別な存在なので、できればそう言いたかった。
だけど肝心のレイフォンは鈍感で、リーリンのアピールにはまったく気づかない。挙句の果てにはツェルニで恋人を作っている。
そんな事情があり、リーリンとしてはあまりこのことに触れて欲しくはない。

だが、それでも、腹を立てながらもロイの事務的な態度を崩したことに、僅かながらもしてやったりな気分になった。
空調をどれだけ使っても回避できない、汗臭い放浪バスの車内からようやく解放されて、1人の部屋でのんびりできると思ったところでこの騒動なのだ。
のんびりと手足を伸ばして風呂に入れると喜んでいたところで、ロビーに集められて、荷物をあさられて、洗濯をしていない下着を見られるという屈辱を味わわされたのだ。
これぐらいの意趣返しは許されてもいいと思う。ただ、そんな微々たる満足感も、次の瞬間には見事に瓦解してしまった。

「申し訳ありませんが、この錬金鋼はしばらく預からせていただきます」

「どうして!?」

表情を元に戻したロイに呆気に取られつつ、リーリンは悲鳴のような声を上げた。

「現状の状況は説明したと思います。あなたを犯人と疑っているわけではありませんが、危険物と認定できるものは全て、一時没収させていただいてますので」

「……ちゃんと返してもらえるんですか?」

「事件が解決し、あなたの無罪が確定すればすぐにでも」

それは結局、リーリンを犯人、そうでなくとも容疑者には考えていると言うことだろうか?
その不満を隠せずに、リーリンはロイを睨んだ。

「逮捕の目処は立っているんですか?」

「捜査情報においては秘密です」

涼しい顔でそういうが、このような非効率的な事情聴取などをしていることそのものが、捜査の進展具合を示している気がする。
感情そのままに、『冗談じゃない!』なんて叫ぼうとしたが、リーリンは何とか踏み止まる。
じゃあ出て行く、なんて言えれば楽なのだが、そうすることはできない。
放浪バスは現在マイアスにはないし、あったとしても都市警察の連中が足止めしてくるだろう。
故に耐えて、その言葉は飲み込む。だが、苛立たしさまでは飲み込めるわけがなかった。

「それで……これで私への質問は終わりですか?」

「ええ、お疲れ様でした。自室に戻ってくださって結構です」

「そうですか……なら、一刻も早い犯人逮捕をお願いします。あなた達にできるかどうかは知りませんけれど!」

精一杯の嫌味を吐いて、リーリンは立ち上がった。
苛立ちながら人ごみを掻き分け、自室へと戻るのだが、やはり元の疑問が頭の中に浮かんでくる。
どうして、マイアスの人達はこんなにあせっているのだろうか、と言う疑問が……




































飄然と見下ろす。そこにあるのは見知らぬ町並みだ。
グレンダンにあるどこか無骨な雰囲気は薄く、建物の並びひとつひとつ、その並びを見ても伸びやかに、そして無秩序に広がっているような印象を受ける。
あらゆる都市から集まった、この都市そのものをあらわしてるようにも見える。
まだ、何者にもなりきれていない半端者の集まり、だが、それだけに何者かになりうる可能性を捨てきれない者達の集まり。

学園都市

武芸者に関しては、生まれた都市が外に出ることを許すような二流三流の才能の持ち主ばかりだが、そこから化けないと言う保証はない。

「なかなか、新鮮なものですね。まぁ、当たり前なんですけど」

見慣れない町並みを見下ろしながら、サヴァリスはつぶやく。
彼がいるのは自分達が泊まっている宿泊施設、その屋上だ。この建物自体はそこまで高くはない。
むしろ、宿泊施設が立ち並ぶこの区画にある建物は皆高く、サヴァリスがいる屋上は低い方だ。
実際には都市中央部の建物から見下ろされている形になるのだが、そんな細かいことをサヴァリスは気にしない。

「そう言えば、うちの弟も学園都市にいるんでしたね」

サヴァリスの弟、ゴルネオ・ルッケンスはこれから向かう学園都市、ツェルニにいる。そのことを理由にアルシェイラにツェルニへ向かう優位性を説いたと言うのに、放浪バスに乗っている間はそのことをあっさりと忘却していた。

「あの甘えん坊も無事に育っていればいいのですけどね。まさかホームシックになんてかかってないでしょうね」

そうつぶやいてはいるが、サヴァリスに心配そうな気持ちは一切感じられない。
血のつながった弟ではあるが、サヴァリスは天剣授受者となった時からそんな考えを放棄し、自らの強さのみを追及し続けているのだ。兄であろうとも、そんな自分に心配する権利はないし、するつもりもない。
これはサヴァリスの考えがおかしいのではなく、天剣授受者と言うのはそんなものなのだ。
弟のことを考えるのをやめ、サヴァリスは再びぐるりとマイアスの町並みを見渡した。

「グレンダンの外と言うのは驚くぐらいに平和だと聞いたけれど、そうでもないようだ」

そこには町並みに相応しい空気はなかった。
どこかギスギスとしていて、不自然なほどに物静かだと言うのに、いつ爆発してもおかしくない緊張感が充満している。
それはこの都市の現状をあらわしているが、ツェルニにも言えることだろう。今はどうなっているかは知らないが、ツェルニには現在平和とは程遠いはずだ。
それを建前では何とかするために、サヴァリスが向かっている。
本来ならサヴァリス、彼はグレンダンの最強の一角、12人に与えられる最高峰の武芸者の称号、天剣授受者の1人。本来なら守護するべき都市から出るということはありえない。
だが、サヴァリスは女王のアルシェイラからツェルニにいる廃貴族を持ち帰るように命じられて、今、この場所にいる。もっとも、その命令はおまけのようなものではあったが。

廃貴族がツェルニにいる。
その報告を女王へもたらしたのは、遥か昔にグレンダンから旅立ったサリンバン教導傭兵団。
そして、サヴァリスにそのことを伝えたのは弟、ゴルネオからの手紙。

「己の大地を失った電子精霊の狂気。それが武芸者を超常的にまで強くする」

興味がある。女王に言った言葉に嘘はない。
その興味の内容は、強さだけ。それ以外にはない。
武芸者として、天剣授受者としてその考えは正しいのだが、サヴァリスの場合は行き過ぎている部分がある。
彼は武芸者なら当たり前の、都市を護ると言う事を使命感とはしていない。
汚染獣に襲われれば、そして戦争ともなれば全力で戦うが、それは鍛錬によって高めた力と技を実戦で試しているに過ぎない。
修行し、修正し、研磨する。そうやって戦いを繰り返して、研ぎ澄まさせた末の強さにしか興味がない。
廃貴族と言う存在、その圧倒的な力は磨き上げると言う意味ではサヴァリスの好みから外れている。
本来ならそんな力があったとしても、サヴァリスは見向きもしないだろう。彼にとっては剄脈加速薬のようなものだ。
だが、グレンダンの力の順列と言う現実は、サヴァリスにそれを無視させない。

「だけどまぁ、試してみたいよね」

あの力が、自分達天剣授受者3人を圧倒するあの力が、本当に借り物でしかないのか……

「楽しくなりそうだよ、本当に……」

サヴァリスはいずれ来る時を思って、肩を振るわせた。
だが、その前に片付けなければならない問題もある。

「困ったね」

現在、サヴァリス達宿泊客は、都市警察によって宿泊施設からの出入りを禁じられている。
本来ならここにいることさえ違反なのだが、宿泊客の1人1人を監視するほど都市警察に人員は余っていない。それ故に要所に監視を置く程度の警備なのだが、そんなものサヴァリスにとってはないも同然だ。
だが、流石に監視の目を誤魔化してのんきに観光をする雰囲気でもないようだ。
リーリンには鈍感だと思われ、確かに都市警察の少年達の落ち着きのなさを見逃していた。
いや、それは正しくない。見る気がなかった、興味がなかった。
彼らは結局、危険な状況であると認識した事実に怯えているに過ぎない。そんなことは、サヴァリスにとって気づくに値しない。
不穏な空気は、もっと別なところからやってきている。例えば……
サヴァリスは振り返り、それを見た。

「困った。でも、なかなか面白いことになりそうでもあるね……」

彼の視線の先にあるのは、巨大な足。まるで天を突くほどに巨大なレギオスの足だ。
その1本を見つめ、大変な事態だと言うのに楽しそうに、小さく笑う。

「あの音が消えているのを誤魔化すのは、無理だよね」

身じろぎすらしない都市の足を眺め、そうつぶやいてサヴァリスは屋上から去った。
そろそろ、監視で残された都市警察が巡回に来る時間だ。





































あれから2日が経った。
リーリンの怒りは未だに収まらず、逆に状況が未だに進展しないことに苛立ちが増している。

「もう、なんなのよ」

「荒れていますね。まぁ、無理もありません」

罪のない枕に八つ当たりをして、リーリンはため息を吐く。
その様子をクラリーベルはもっともだと言うように眺めていた。
彼女も愛用の錬金鋼を没収され、鍛錬すら儘ならずに結構参っているのだ。
これでも凄腕の武芸者であるり、部屋を抜け出すのにわけはなく、暇なので同じ都市出身で、年齢の近いリーリンの元へと遊びに来ていた。
だが、一般人であるリーリンは部屋から抜け出すことすらできない。
部屋から出るのを許されるのは食事の時だけであり、定められた朝食の時間に食堂へと赴きお、それが終われば今度は昼食の時間まで部屋から抜け出すことはできない。その次は夕食までだ。
まるで息が詰まってしまいそうな生活。だが、異邦人であり、緊急事態である以上、我慢しなければならないのだろう。それでも腹の虫は収まらないが。

事情聴取が終わった後は怒りながら返してもらった荷物を確かめ、汚れた服を部屋の風呂場で洗濯して干す。
それで1日目はやり過ごすことができた。が、2日目からは本当にやることがなくなった。
観光なんて無理な話で、暇つぶしのために持ってきた本は放浪バスの中で何度も読んだ。今更ページを開こうなんて気にはなれない。
開いたとしても、頭の中に錬金鋼を取り上げたロイの顔が浮かんできて、文字を追う気にさせない。
集中力を欠き、リーリンは何かをする気にはなれない。
それでも大量に時間が余っており、現在暇なのだ。
だからこうして、クラリーベルが部屋にいてくれるだけでもありがたい。

「いっそのこと、錬金鋼を取り返しましょうか?私なら簡単に忍び込めますし、リーリンのもついでに取ってきますよ」

「それは、やめた方がいいんじゃ……」

その案は一瞬、リーリンも考えた。
何か行動を起こさなければ、物事は解決しない。
錬金鋼さえ取り返せれば、とりあえずは腹の虫は収まるだろう。
だけど泥棒をしたとなれば、それを理由に捕まってしまうかもしれない。逆に余計な疑いをもたれるかもしれない。

「私物を取り返すんですから、別に泥棒ではないと思うんですけど……では、事件そのものを解決しますか?そうすれば何の問題もなく錬金鋼は帰ってきますよ」

「無理です」

クラリーベルの言葉に、リーリンは即答で断言する。
まず、事件がどんなものかがわからない。
重要情報が盗まれたと言う話だけど、それをそのまま鵜呑みにしていいのかもわからない。
都市警察の少年達の緊張は、都市の権益に関わる情報を盗まれた、と言うには緊張の濃度が濃すぎた気がする。

「なんでしょう?何が盗まれたら、あんな風になるんでしょうか?」

都市にとって情報は重要だ。
都市内部で生み出される様々な研究成果、あるいは発見、新開発されたもの……それらは都市を、より効率的に稼動させるために欠かせないものだ。
また、レギオスの性質上、都市同士の公益に物資を運ぶことは事実上不可能だ。
移動に費やす時間が不透明だし、都市外の移動に大規模な輸送手段は使えない。この都市の間を行き来できるのは、放浪バスだけなのだから。
それにもし使えたとしても、集まった人々の臭いを嗅ぎつけて汚染獣がやってくるだろう。それはあまりにも危険すぎる。
だからこそ、都市同士の交流には情報が用いられる。情報の代価は希少金属を使用した都市間通貨の場合もあるが、殆どが情報との物々交換だ。
情報を商売とする者達は、元の都市に戻って利益を得るのだ。都市を、そして個人を富ませる意味で情報は大切だ。
だが、だからこそ、あれほど少年達を怯えさせる情報とは何だろう?

「情報そのものが嘘かもしれませんね」

「確かに……」

もしも情報が嘘だとしたら?
クラリーベルの言葉に、リーリンが首を捻る。

「……兵器?」

「なるほど、それなら確かに納得できます。ですが、そんなものを学園都市が作りますか?」

危険な兵器、例えば毒ガスとかならあの緊張感も納得できる。
そんなものを開発していたと言う情報が他所の都市に流れれば、その都市は完膚なきまでに人間の手によって滅ぼされてしまうだろう。もし都市戦などで使われれば堪ったものではないからだ。
少なくともグレンダンならそうする。法律として明文化されているのだ。
しかし、毒ガスとは一歩間違えば自分達の都市を滅ぼしてしまいかねない危険なものだ。それを学園都市が作るとは思えない。
兵器なら本体であっても、情報であっても盗まれたのなら大変なことだが、学園都市でそんな事件が起こるとは想像できない。

「やっぱり、違いますよね」

映画の観過ぎだとその考えを却下し、リーリンは頭を掻いた。

「なんにしても、早く解決して欲しいものです」

「そうですね」

この現状を早く何とかして欲しいと思いつつ、ここで一旦会話が途切れた。
やはり相手が王家の人物と言うこともあり、リーリンはどこか緊張しているのだろう。
クラリーベルにしても今まで武芸一筋だったために、同年代の少女と話せる共通の話題を持っていない。
それでも順応力は高く、リーリンとは席が隣だったためにここまでの旅でずいぶん仲が良くなった。

「ところでクララ」

「はい?」

クラリーベルはリーリンと呼び捨てに、リーリンはクララと愛称で呼び合うほどにだ。
そんな彼女にだからこそ、また、暇だからこそ、リーリンはクラリーベルに尋ねた。

「レイフォンに会いに行くって話ですけど……どうしてですか?」

それは彼女の目的。
放浪バスの中ではサヴァリスや他の乗客の目があったので、この機会に尋ねてみる。
何故、彼女はレイフォンに会いたいのかを。

「唐突ですね」

「すみません。ですが……わざわざ王家の人がなんで、レイフォンなんかに……」

幼馴染を、孤児院で育った兄弟のような存在であるレイフォンのことを悪く言いたくはないが、彼はグレンダンでは犯罪者である。
闇試合に出て天剣授受者の名を汚し、そしてなにより、天剣争奪戦と言う都市中の視線が集中する場で、武芸者の恐ろしさを民に知らしめてしまった。
そんなレイフォンに、なんでクラリーベルが会いに行くのだろうか?

「そうですね……やはり、目標だからでしょうか」

「目標?」

「はい。そもそも、リーリンは勘違いしているかもしれませんが、私はもちろん、三王家の者達、天剣授受者の方々は、レイフォンの事を嫌悪したりしていないのですよ」

「え?」

呆気に取られるリーリンに、クラリーベルはにこやかな顔を使って答える。

「皆さん、レイフォン様がどうしてあんなことをしたのか理由は知っているんですよ。それでも情けをかけられなかったのは、彼が天剣を持つものの力量がどれだけ恐ろしい存在かを、都市民達に知らしめてしまったからです。彼らはそれを知るべきではなかった。だから許すことはできず、放逐しました」

「それって……」

「リーリンはレイフォン様とご一緒に育ってましたから、わかるんじゃないんですか?彼は強すぎるのですよ」

天剣授受者と言うのはもはや化け物だ。
数を無にする、たった1人で一般の都市を壊滅させることのできる存在。
武芸者が束になっても止めることができない。
天剣授受者を止められるのは、同じ天剣授受者か、それよりも強い力を持つ女王、アルシェイラだけだ。
そしてアルシェイラを、彼女を止めることは誰にもできない。
それほどまでに彼らは、彼女達は圧倒的な存在で、人の道を外れた化け物の集団なのだ。

「ですから、それを民に教えるべきではなかった。もし、都市の守護者たる武芸者が牙を剥いたら、ただの人間に対抗する術がないことを。例えばですね、リーリン。私はあなたを、今ここで簡単に殺せるんですよ」

にこやかな笑みのまま、クラリーベルが冷酷な言葉を告げる。
それでもリーリンが恐れたり、取り乱したりしなかったのは真剣な話で、クラリーベルが例え話、冗談で言っているのが理解できているからだ。

「武芸者と言うのは本来、強力な道徳観念で民を律している高潔な存在だと思わせなければならない。まぁ、グレンダンに、天剣授受者の中にそんな武芸者は殆ど皆無ですけど、それでも犯罪は起こしません。もちろん、稀に犯罪に手を染める悪い武芸者もいますけど、そんな武芸者は異端で少数で、例えいたとしても悪者は武芸者がやっつけてしまうと思わせなければならない。天剣授受者は正義だと思わせなければならない。武芸者達が守らなければいけない律は法律なんかとはわけが違うのです。気づかせてはいけない、そんな異端が天剣授受者の中にいるだなんて。もしそんなことになったら、天剣授受者ならば並の武芸者なんて何の障害にもなりません。女王や同じ天剣授受者以外、誰も止めることができない。では、そういう天剣授受者が他にもいたら?もし、女王が暴走したら?そうなったり、気づかれたりしたらその都市は終わりですよ。汚染獣や戦争ではなく、人の暴走によって都市は滅びます」

人は弱い。そして、強力な力を持つ武芸者だが、彼らもまた弱い。
武芸者なくして人は汚染獣や戦争の脅威から逃れることはできないが、人なくして武芸者は社会を維持できない。
だからこそ人と武芸者は、人間は群れる。その共存が壊れてしまえば、待つのは滅びしかない。
だからこそ許されなかった。同情ができなかった。レイフォンが幼いという理由では済まされなかった。

「まぁ……要はそんなところです。民達にとっては許されないことなのですよ。でも、先ほども言いましたが、私達は特に気にしていませんから……さて、そろそろお昼ですね。巡回も来るころでしょうから、私はいったん部屋に戻ります」

「あ……」

そう言って、クラリーベルは自分の部屋へと戻ってしまった。
先ほどの話を聞き、リーリンは考え込む。
レイフォンが追い出された理由。武芸者が人とは違う、化け物だと言うこと。
そのことについては、一緒に育ったリーリンにはいまいち理解できない。
なぜならレイフォンはレイフォンなのだから。兄弟で、幼馴染で、自分の想い人。
それ以外の何者でもない。

「そういえば……」

ここに来て、リーリンは思い出す。
レイフォンの話で忘れていたが、結局、クラリーベルがレイフォンに会いに行く理由を聞けなかったことを。




































「それはそうと……最近、眠った気がしなくって」

「それは大変ですね。環境が変わった所為でしょうか?」

「どうなんだろう?」

朝食の時間となり、再びリーリンとクラリーベルは合流した。
そんなリーリンの表情は浮かない。未だに腹が立つというのもあるが、最近は寝ても疲れがまったく取れないのだ。まるで眠った気がしない。
クラリーベルの言うとおり、環境が変わった所為かと思いながら、リーリンはビュッフェ(取り放題・立食)形式の食事を自分の皿へと載せる。
リーリンの隣にいるクラリーベルは、流石武芸者と言うべきか、見た目には不釣合いなほどに大量の食事が大皿に盛り付けられていた。

「よく、そんなに食べられますね」

「これくらい普通ですよ。サヴァリスさまだって、ホラ」

「う……」

この食堂にはサヴァリスもおり、彼はクラリーベル以上の料理を大皿へと載せていた。
そしてリーリン達の存在に気づいたのか、それとも最初から気づいていたのか、皿を手にしながらこちらに歩み寄ってくる。

「やあ、ゆっくり休めたかい?」

「いいえ……どうも疲れが取れなくって」

サヴァリスの言葉に苦笑で答えながら、リーリンは彼の大皿を見る。
やはり凄い。レイフォンも孤児院では武芸者と言うこともあって結構食べていたが、強い武芸者と言うのはみんなこうなのだろうか?
そんなことをリーリンが考えていると、サヴァリスが首をひねって尋ねた。

「おや、それだけかい?それじゃ足りないだろ」

その原因はリーリンの食事。
簡単な料理と、フルーツジュースだけと言う、小食でもそれはあまりに少なすぎる量だ。

「体力だけはつけておいた方がいいよ。見知らぬ土地で倒れても話にならないからね」

「それは、そうですけど……」

だからと言って、サヴァリスやクラリーベル並みに食べる気にはなれない。太るから。
もっとも、そんなに食べられないと言うことでもある。リーリンは一般人なのだから。
だが、今のままでは少ないことは確かだ。運動量が少なくなっていることを考慮しても少ない。
リーリンはもう1皿追加して、席へと座った。

「それにしても、いつまで続くんでしょうか?」

食事をしながら、リーリンは食堂を見渡した。
今、食堂にいるのは宿泊客と都市警察から派遣された監視員だけだ。宿泊施設の料理人達はこの場に料理を並べると去っていった。
なくなった料理は追加されることもなく、遅れてきた人達は仕方なしに残っているものから選んでいた。
あまり関係ないが、孤児院育ちのリーリンからすれば、残り物が少ないと言うのに好感が持てた。
更に辺りを見渡していると、監視する都市警察の中にロイの姿があった。
彼の周りには常に人がいて、話しかけられている。それに対しロイが指示を出しているようだ。
隊長と名乗っていたのだから当然だろうが、きびきびとした様子からとても頼られているようだ。

「犯人が捕まるまででしょうね」

「それがいつか、私は知りたいんですけど」

ロイから視線を外し、わかっていて言っているサヴァリスを睨む。
グレンダンにいたころはできなかったことだが、今までの旅でずいぶん遠慮がなくなってきた。

「これでも一応、都市警察の仕事を手伝ったことがあるから、彼らの今の行動の理由がわかりますが」

そう言うと、サヴァリスは熱いお茶に息を吹きかけ、少しだけ飲んだ。
どうやら猫舌で、熱いものが苦手なようだ。

「情報の盗難なんてものは、基本的に都市の外から来た者しか行わない。都市内部の研究機関の組織的な対立と言うのは滅多に起こらないしね。都市のためになる物を開発するのが彼らの最上課題ですから。犯人はここにいる誰かで確定しているんですよ」

「それは、なんとなくわかりますけど……」

だからこそ、リーリン達はここで見張られているのだ。

「しかし、おそらく……今回は事情が少し違うと思いますよ。宿泊施設にいる人達の荷物を総ざらいして見つからないと言うことは、犯人は別にいると言うことだから」

「だったら……」

何で自分達はこんな目に遭っているのか?
そう言おうとしたリーリンだが、サヴァリスの次の言葉に遮られる。

「あるいは、彼らが探しているものが情報、それが入っているデータチップでないのだとしたら、話は別になるけれど」

「え?」

それはつまり、盗まれたのは情報なんかではないと言うことだ。

「リーリン、どうやら先ほどの話は冗談になりそうにありませんね」

クラリーベルの言った言葉に、思わずリーリンは頷いた。
流石に兵器はありえないだろうが、盗まれたものが情報である可能性は限りなく低い。
ならば、それは一体なんなのだろうか?

「彼ら自身、盗まれたことはわかっているのだけれど、それが一体どんなものなのか、それがわからないから困っている。なんだかそんな感じが僕はしますね」

「なんなんです?」

「なんなんだろうねぇ」

「……………」

「……………」

思わせぶりな台詞を言いつつ、悠然とそんなことを言うサヴァリスにリーリンと、クラリーベルも呆れたようだ。
サヴァリスだって錬金鋼を没収されているのだろうに、まるで困っている様子はなかった。

「とにかく、さっさと捕まえて欲しいです。これで次の放浪バスを逃したりなんてしたら……」

自分でつぶやいた言葉だが、それを考えてリーリンはぞっとした。
次の次に来る放浪バスが、ツェルニに向かってくれるとは限らないのだ。そうなれば、更に待たされることとなる。
それはいくらなんでも避けたかった。

「はぁ……お茶のお代わり、取ってきます」

「あ、それじゃ僕も行こうかな」

気を紛らわせるためにリーリンが席を立ち、サヴァリスもお茶を飲み干したので新しいものをとりに行くために立った。
決められた食事の時間が過ぎれば、強制的に部屋に戻され、またも暇な時間がやってくるのだ。
だからサヴァリスはともかく、リーリンは今のうちに広い空間と、他の人達と一緒の雰囲気を楽しみたいと辺りを見渡す。キョロキョロと視線を巡らせていた。
昼食時と言うこともあり、この場には宿泊客の殆どの人達が集まっている。
老若男女まさに様々で、リーリンはそんな彼らに視線をさ迷わせていた。

「ん?」

そのさ迷わせていた視線を、今度は戻してみる。そこには、誰もいなかった。
だが、先ほどは誰かいた。いや、いた気がするのだ。
見覚えのある人物だった気がするが、自分の勘違いかと首をひねる。

「サヴァリス様、今、あそこに誰か……」

隣にいるサヴァリスに、誰かいなかったかと尋ねてみる。
自分が見逃していても、彼ならば見ているのではないかと思って。

「あれ?」

だけど、そのサヴァリスもいなかった。
リーリンはもう一度視線を巡らせ、今度はサヴァリスを探す。だけどその姿は、食堂のどこにもない。
席に戻ったのかとそちらの方に視線を向けてみるが、席に座っているのはクラリーベルだけだ。

「どこにいったんだろう?」

リーリンはまたも、視線をさ迷わせ、見覚えのある人物のことを忘れてサヴァリスを探すのだった。




































「びっくりした……本当にびっくりした。何でこんなところにリーリンが!?ってか、ここどこ!?僕はツェルニの機関部にいたはずなのに……?」

先ほど食堂にいた人物、茶髪のボサボサした頭で、だと言うのに容姿の整った少年は食堂の外の廊下で息を吐き、驚いた様子で辺りを見渡していた。
その腰の剣帯には錬金鋼が差してあり、彼が武芸者なのがうかがえる。
だが、宿泊客は武芸者にしろ一般人にしろ錬金鋼は没収されているので、それでも錬金鋼を持っているということは少年は学生なのだろう。
歳は十代半ばくらいで、彼が着ている服は確かに学校の制服のようなものだった。
だが、その制服はこの都市、マイアスの学生達が着る服とは作りが違う。
胸には図案化された少女と、ペンの紋章が画かれている。まるでこの都市以外の、別の学園都市の生徒のような出で立ちだ。

「なんでこんなことに……?」

「理由はわからないけど、なんだか大変そうだね。お茶でも飲むかい?」

「あ、ありがとうございま……」

戸惑う少年に優しい声がかけられ、少年は声をかけてくれた人物からお茶の入ったカップを受け取る。
だが、その声をかけた人物の姿を直視し、その声を思い出し、少年は言葉を失った。
リーリンがあそこにいるのも驚いたが、彼がここにいるのには更に驚いた。
なぜならこの人物はグレンダン最強の一角であり、都市を守護するべき存在だからだ。かつては自分もその1人だった。
一瞬、ここはグレンダンかと思って辺りを見渡す。だが、その景色に覚えはない。
グレンダンの全てを知っているわけではないが、窓から見える景色も、グレンダンの景色とは程遠い。
あの都市は、無骨でシンプルな建物が多かったからだ。

「なんで……あなたがここにいるんですか?」

「それは僕の台詞だね。君はツェルニにいるはずだろう?」

長い銀髪を束ね、鍛え上げられた肉体を持つ、見た目は間違いなく好青年の人物が少年の問いに答える。
だが、少年自身も、何故自分がここにいるのかは理解できていなかった。
自分はツェルニに、その機関部にいたはずなのだ。それなのにこの場所にいる。
未だに混乱している思考の中、とりあえず少年は青年へと視線を向け、どこか嫌そうに彼の名を呼ぶ。

「お久しぶりです、サヴァリスさん」

「ああ、久しぶりだね、レイフォン」

天剣授受者と、元天剣授受者。
圧倒的力を持つ、強力無比な武芸者2人はこうして遭遇した。





































あとがき
新作のポケモンにはまり、SSやマジ恋がぜんぜん進んでいないこのごろ……
やはりポケモンは俺の青春ですねw
初めてプレイした小学校1年生の時を思い出します。あれからもう14年近く……時が経つのは早いものです。
そして今日もポケモンに明け暮れて……
なんにせよ、更新がんばります(汗

前半部分は原作どおりの展開なんですけど、後半からついに彼が現れて……
まずは戦闘狂との遭遇。はてさて、この先どうなることやら。
それにしても、前回の番外編が好評で驚きました。クララの人気は凄いものですねw

それはさておき、行きつけの本屋でドラゴンマガジンなるものが置いてあったので購入したこのごろ。
レギオスの番外編!?そしてシンが変態あつかいされている!なんて内容が。
途中からだったんで、どういう状況下まるでわかりませんでしたが、あれには笑いました。
しかし、シンは何したんだろう……?
クラリーベルは第十四小隊に入ったようですね。しかもフェリと共になんか二つ名ついてますし。
レイフォンは閃光のレイなんてw
さてさて、前回のドラゴンマガジンがものすごく気になります。ああ、早くあの短編単行本化されないかな?
しかもおまけ漫画で深遊さんの漫画が……あれには笑いましたw
しかし、ニーナ誘き寄せつためにフェリを人質に使用なんてしたら、この作品なら間違いなくフォンフォンに殺されますねw
ええ、シャンテ編の比ではないでしょう。そしてハイアはまだ何にもしてないのに、死亡フラグがかなり凄いことになってます。
この作品、果たしてどうなるのかと思いつつ、今回はこれで失礼します。
では!

しかし、レイフォンサイドと言うより、もはやマイアスサイドなこの回。
次回はもっと出番増やせたらいいなと思います……

PS そう言えば、クララSSと言えば、あまりの可愛さに俺が一撃でノックアウトしたSSがありました。ええ、あれは凶悪です。
興味がある人は『クラリーベル 勝負用』と検索するとトップに出てくるはずですよ。
何が勝負用かって言うと……まぁ、面白すぎるんですよ。俺は読んですぐ感想書き込みましたw



[15685] 40話 逃避
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:bc62b363
Date: 2010/10/20 19:03
今回はちょっとやりすぎたと言いますか、人によっては憂鬱な展開を含みます。それでもいいと言う方はどうぞ。




































「なんで君がここにいるのかなんて理由はまったくわからないけど、そんなことは僕にはどうだっていいんですよ」

「はぁ……僕からすれば大問題で、今すぐツェルニに帰りたいんですが……ってか、ここ、どこです?」

実際に他人事だが、サヴァリスの他人事のような言葉に呆れながらもレイフォンが疑問を投げかける。

「学園都市マイアスさ」

「マイアス……」

サヴァリスの返答、学園都市マイアスと言う都市の名。
聞いたことはないが、学園都市と付くあたり、やはりツェルニと同じなのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。問題なのは、何故レイフォンがここにいるのか?
そして、どうすればツェルニへ帰れるのかと言うことだ。

「それよりも、せっかくの再会だ。どうだい、僕とやらないかい?」

そんなレイフォンにお構いなしに、サヴァリスが拳を握り締めてレイフォンに問いかけてくる。
清々しいほどの純粋な笑みを浮かべ、サヴァリスは戦闘意欲を全面的に放出していた。

「相変わらず、そんなことばかり考えているんですか?」

「これは天剣授受者として当然の考えだと思うけどな、僕は」

サヴァリスの戦闘狂っぷりに呆れるレイフォンだったが、彼の言葉はもっともだ。
天剣授受者は強くなければ務まらない。女王が求めるのは強さのみ。
だからこそ強さや戦いを求めるのは間違いではなく、サヴァリスの考えは正しい。
だけど彼はあまりにも極端で、度が過ぎていることもあった。
どちらにせよ、金のために天剣授受者となり、戦っていたレイフォンにはわからない話だ。
今のレイフォンだって、フェリのことしか考えていない。
彼女のために戦う。彼女のために武芸を続ける。彼女を護るためだったら何だってする。ただ、それだけだ。

「それに、錬金鋼を3つも持っているなんて面白そうじゃないか」

「え?」

ニヤリとした笑顔を浮かべるサヴァリスに、レイフォンは疑問を感じて剣帯を見下ろす。
確かに、レイフォンは複数の錬金鋼を使っている。その方が状況に合わせて臨機応変に使えるし、鋼糸を使うに時に都合がいいからだ。
だが、レイフォンが使う錬金鋼は複合錬金鋼と鋼糸用の青石錬金鋼の2つだ。3つ目の錬金鋼など存在しない。

「これは……」

だと言うのに、3つ目の錬金鋼が存在した。
本来なら複合錬金鋼に組み合わせるための媒体、スティック状の錬金鋼を入れる場所に見覚えのない、だけどとても馴染みの深い錬金鋼がひとつ。
レイフォンはこの錬金鋼を初めて見た。だと言うのにこれは、この錬金鋼は、まるで自分のためにあるかのように思えてしまう。

「僕は君と戦えれば満足なんだよ。しかし参ったね、今は錬金鋼を没収されてて、手元にはない」

「そうなんですか。ならばやめませんか?」

「しかし、素手で君に勝負を挑むのも面白いかもしれない。如何に僕が天剣授受者とは言え、錬金鋼持ちの元天剣授受者に素手だなんて自殺行為もいいところだが、それはそれで面白そうだ」

「僕は全然面白くありません」

サヴァリスは更に笑みが濃くなり、レイフォンとの戦いを求めていた。
そんなレイフォンは面白いはずがなく、こんなわけのわからない状況で例え素手とはいえサヴァリスと戦うのはごめんである。
彼には確かに錬金鋼はないが、ルッケンスは体術基本の武門である。
錬金鋼なしでも使用できる咆剄殺に千人衝、そのどれもが厄介な剄技だ。

「だが、まぁ……錬金鋼があった方が更に楽しいのも事実だ。レイフォン、少し待っていてもらっていいかな?ちょっと忍び込んで、錬金鋼を取ってくるよ」

「嫌です」

「ふふ、楽しくなりそうだ」

レイフォンが即答で断るが、サヴァリスは話を聞かずに背を向け、錬金鋼を取りに向かった。
その後姿はまるで無邪気な子供のようで、これから起こるイベントに胸を高鳴らせているようだった。

「……………逃げよう」

そしてレイフォンは、当たり前だが待つわけなかった。
サヴァリスとの戦闘などやってられるわけがなく、こんなわけのわからない状況では尚更だ。
即断即決で行動を決め、レイフォンは廊下の窓を開けて外へと飛び出すのだった。





「さて、どこにあるのかな?」

サヴァリスは没収された荷物が保管されている部屋へと忍び込み、自分の錬金鋼を探していた。
その探し方は乱暴で、他人の荷物をひっくり返したり、放り投げたりしながら探している。
もちろん、散らかったからと言って、それを元に戻すはずがない。

「あった」

物が散乱している中、目的のものを見つけてご満悦の表情を浮かべるサヴァリス。
まるで失くした玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべ、錬金鋼を手にする。

「何があったんです?」

だが、そんなサヴァリスに向けて声がかけられる。
とても好意的には聞こえず、また、サヴァリスがやっていたことからして当然の反応。
荷物をあさり、一歩間違えれば泥棒とやっている行為は変わらないのだ。それ相応の対応として、声の主は錬金鋼を構えてサヴァリスに敵意を向けていた。

「殺剄はまるでなってないけど、なかなか気配を消すのがうまいね。一瞬、そこにいるのがわかりませんでしたよ」

「それは感知はしたけど、あえて気づかない振りをして荷物をあさっていたと言う事ですか?」

「そのほうが面白そうだろう?」

サヴァリスは慌てずに、余裕すらうかがわせてゆっくりと振り返る。
そんな彼の視線の先にいたのは、長い金髪をポニーテールに括った少女。歳はリーリンと同じか、少し上くらいだろう。また、剄の流れを感じることから間違いなく武芸者だ。
美麗な顔立ちと、髪と同じ綺麗な金色の瞳をした美少女が刀を手にしている。その芸術的なほどに美しい刀身が、かなりの業物なのだろうと告げていた。
彼女もまた都市警察の者のようで、都市警察を示す服を着ている。
ただ、女性と言うことでスカートを穿いているのだが、その下には足を隠すように長ズボンを穿いている。
サヴァリスはファッションに疎いが、下着を隠すためにスカートの下に短パンやスパッツを穿く場合があるが、それでも長ズボンは珍しいはずだ。

「面白そうって……あなたの目的は何なんですか?」

「僕の望みは戦いだね。血が沸きあがり、肉踊る戦い。好みを満足させてくれる戦いこそがこそが僕の求めるもの。だから、これが必要なのさ」

錬金鋼を手にし、サヴァリスは少女に言う。

「泥棒ではないと言うことですか……確か、サヴァリス・ルッケンスさんでしたよね?」

「そう言う君は、確か、僕の事情聴取をした子だったかな?」

少女はサヴァリスの事情聴取を担当した人物で、確か、シェル・ファイムと言う名だった。
シェルはサヴァリスの名を確認し、錬金鋼を構えたまま忠告する。

「申し訳ありませんが、このマイアスは緊急事態なんです。ですので、危険物の所持は認められないんですよ。錬金鋼は元の場所に戻してもらえませんか?」

「それは困るな。僕としては錬金鋼が必要なんですよ。それに、確かにこの都市は緊急事態ですね。だから、もし、汚染獣が襲って来た時用に錬金鋼が欲しい。この都市は今、足が止まっているんでしょう?」

「なっ……!?」

だが、サヴァリスが忠告なんて聞くはずがなく、むしろ諭すようにシェルに言う。
本来なら汚染獣から逃げるように移動する都市、レギオス。
だが、この都市は現在、足を止めていた。それでは汚染獣から逃れることはできない。
人間の臭いを嗅ぎつけ、汚染獣がやって来たら戦わなければならないのだ。

「このことが宿泊客達に知れたら、大パニックだろうねぇ」

「なんであなたがそれを知っているんですか!?」

ニヤリと笑うサヴァリスに、シェルは怒鳴り声に近い声量で問う。
宿泊者達の部屋は、窓から都市内部しか見えないところしか使用しておらず、食事の時意外は部屋から出るのを禁じている。だと言うのにサヴァリスはこの都市の危機を、この都市が足を止めていると言うことを知っていた。
完全に取り乱しているシェルの疑問に対し、サヴァリスは笑みを浮かべたまま答える。

「あの程度の監視で僕を見張れるとは思わないで欲しいな。実際にこの目で見てきたんですよ、都市が足を止めているのを。それに、あの音を誤魔化すのは無理な話でしょう?」

そうだ。サヴァリスは食堂にも見張りがいるはずなのに、それも抜け出して今、ここにいる。
それだけ殺剄に優れており、優秀な武芸者だと言うことだろう。シェルがサヴァリスを見つけたのだって、彼が乱暴に部屋を探索していたからだ。
その物音がなければ、この部屋に入ろうとすら思わなかったはずだ。
それにサヴァリスの言うとおり、都市が足を止めていることにより、本来なら聞こえるはずの音が聞こえない。足が大地を駆けるはずの音が。
だから長時間誤魔化すのは不可能で、勘の良いものなら気づくだろうとも予想はしていた。
サヴァリスは勘もよく、そして実際にその目で確認もしてきた。ただ、それだけの話だ。

「……ですが、だからと言って例外は認められません。汚染獣が攻めてきたら、私達マイアスの武芸者が迎撃します。ですから錬金鋼は……」

「御託はいいですから、やり合いましょう」

忠告を続けるシェルに対し、サヴァリスは挑発するように、煽るように笑顔を浮かべ、くいくいと手招きをする。

「貴方も、結構楽しませてくれそうですね。暫く放浪バスでじっとしていたし、まともな鍛錬もできなかったからレイフォンと戦う前の錆び落としにちょうどいいかもしれません。僕と遊んでくれませんか?」

「……これはとんだお誘いを受けてしまいました」

「で、どうします?」

楽しそうなサヴァリスに比べ、シェルは天を仰ぐようにしてポツリとつぶやく。
本来ならこんな経緯で戦いをするのはごめんなのだが、だからといって危険物の持ち出しを許すわけには行かない。

「こちらファイムです。保管庫に侵入者が。至急、応援を頼みます」

無線機を使って短く連絡を入れ、シェルは刀を構える。
見逃すなんて考えはない。だが、自分1人で相手を倒せるとは思っていない。例え倒せたとしても、念のために救援を要請しておく。
自分の役目はサヴァリスの確保。だが、無理をする必要はない。最低限、応援が駆けつけるための時間、数分ほど足止めをすればいいのだ。

「すいません、見逃したとなればロイ君に怒られちゃうんで」

「ロイって言うのは、確か隊長だったね。ずいぶん親しげに呼ぶけど、恋人かい?」

「こ、恋人!?……幼馴染です」

「そうですか」

ククク、と小さく笑うサヴァリスに苛立ちを覚えつつ、顔が赤いままにシェルはじりじりと距離を詰める。
サヴァリスも応援を呼ばれたので、のんびりはできないと構えを取った。
最も、彼ならばその応援ごと打倒するのは簡単だし、そちらも面白いかと思った。
だが、制限時間以内にシェルを倒すのも面白そうだ。何より、今は早くレイフォンと戦いたい。
そう決意して、まずはサヴァリスから動く。

「いきますよ」

正拳突き。
錬金鋼すら復元せずに、サヴァリスはまずは拳を突き出す。
体術や格闘技において基本の突きだが、それをサヴァリスが行えば話は違ってくる。まさに必殺。
一応手加減はしているのだが、学生武芸者にとってそれはまさに必殺技の域。まともに喰らえば意識が飛ぶには十分すぎる一撃。

「へぇ」

その一撃を、シェルは華麗な足運びでかわす。
その動作に感心し、サヴァリスが思わず声を漏らす中、シェルは手に持った刀を勢いよく振り下ろす。
薪を斧で一刀両断するかのような一撃。それがサヴァリスの脳天へと向かって振り下ろされた。
これが通常の刀で、直撃すれば容易に人を真っ二つにできただろう。だが、学園都市で使用される錬金鋼には基本的に刃引きがされており、刀や剣などで人を斬ることはできない。せいぜい、鈍器で殴ったようなダメージを与える程度だ。
それでもその一撃は強烈で、まともに当たれば気絶させるには十分だろう。
そう、まともに当たればの話だが。

「なかなかいい動きをするね。才能ならうちの弟よりありそうですよ」

「っ!?」

サヴァリスは平然と、その斬撃を受け止めていた。
真剣白刃取りを片手で成している。指でがっちりと刀身をつかんでおり、シェルが刀を引くがびくともしない。
まるで万力にでも締め付けられたような圧迫感だ。

「……どんな握力してるんですか!?」

「さて、次はどうするのかな?」

冷や汗を垂れ流すシェルに対して、サヴァリスは心底楽しそうな笑みを浮かべる。

「調子に乗るなぁ!!」

その余裕の態度が癇に障り、シェルはあっさりと刀を持っていた手を放し、サヴァリスへと向けて思いっきり上段回し蹴りを叩き込んだ。
まさか自分の得物をこうもあっさりと放棄するとは思わず、僅かながら拍子抜けしてしまう。
だけどその程度のことでサヴァリスが蹴りを喰らうはずがなく、頭部を狙ったシェルの上段回し蹴りは刀を投げ捨てたサヴァリスの腕によってあっさりと防がれた。

「これはこれは……」

シェルの上段回し蹴りを防ぎ、頭部には喰らわなかったのだがサヴァリスは驚きの表情を浮かべる。
みしみしと腕がきしみ、骨が悲鳴を上げ、ボキリと言う鈍い音も聞こえていた。折れたのだ。
如何に武芸者、天剣授受者とは言え所詮は人間。汚染獣を1人で圧倒するとは言え、人の身でありながらそれに値する強度を持っているわけがない。
金剛剄などの防御用の剄技を使えば話は別だが、油断していたサヴァリスはそんなもの使用していなかった。
シェルの蹴りを素手だと思い、サヴァリスは同じく素手で、腕で彼女の蹴りを防御した。これが流石に錬金鋼だったらそんな愚かな行為はしなかっただろうが、サヴァリスは結果的にそんな愚かな行為を、錬金鋼を素手で受け止めてしまったのだ。

「なっ!?」

「驚きました。その足、錬金鋼なんですね」

すぐに足を引こうとしたシェルだが、それよりも早くサヴァリスが無事なほうの手でシェルの足をつかむ。
ズボンの布越しだが、手に伝わる金属の感触が素足ではないと告げていた。

「僕の故郷には140まで生きた天剣授受者、まぁ、高名な武芸者がいましてね。彼は生涯現役だったんですよ。脳と剄脈以外を全て取り替え、骨を錬金鋼に変えてまで肉体の維持を努め、脳死するその時まで戦場にいた武芸者だ。貴方はそれと似ていますね」

足の代わりとなる錬金鋼。それは義足でありながら、彼女の武器である。彼女が穿いていたスカートの下の長ズボンには、それを隠す意味があったのだ。
油断をしていたサヴァリスは腕の骨を折られたと言うのに、痛みに悲鳴を上げることもなく、苦痛に表情を歪めることもなく、笑みを浮かべたまま値定めするようにシェルに語りかけた。

「道理で学生武芸者にしてはかなりの剄を持っていると思った。それに殺剄がなってないはずだ。これが足の代わりだというのなら、錬金鋼を復元し、動かさなければならないから常に剄息をしている状態となるわけですか。だから剄を潜めることができない。ですが、動きを見る限り、日常生活には苦労していないようですね?」

「……それはどうも。特注品の錬金鋼なんですよ。数年前に、本物の足は汚染獣に食い千切られましてね……」

「それはそれは、災難ですね」

足をつかまれているために、シェルは動けない。
サヴァリスに足をつかみ上げられ、股を開いてる姿を見せ付ける形となり、忌々しいほどに情けない体勢だ。だけどサヴァリスはそんなことにはまったく興味がなく、むしろシェルに向けて講義するように言う。

「だけど、せっかくの素晴らしい足だと言うのに今の蹴りはいただけませんね。腰がまったく入っていません。しっかり入っていれば、僕の腕は完璧に粉砕されていたでしょうに」

「うわっ!?」

サヴァリスはシェルの足を放り投げるように放し、いきなりの出来事にシェルはバランスを崩してよろめく。

「いいですか?こうするんです」

そして実演を兼ねるように、腰を入れ、シェルには視認すら不可能な速度で上段回し蹴りを放った。

「がっ!?」

視界が高速でぶれ、蹴られたのだと気づかずにシェルは吹き飛ぶ。
こめかみにピンポイントで叩き込まれた蹴りに、シェルは成す術もなく意識を手放した。

「手加減はしましたが、今のが本物の蹴りです。蹴りもそうですが、基本は何事も下半身が大事ですよ……って、聞こえてませんね」

講義を続けていたサヴァリスだが、あれでは聞こえないだろうと理解して頬を掻く。
やりすぎてしまったと少しだけ反省しながら、廊下から聞こえてくる足音に耳を傾けた。

「おっと、そう言えば応援が来るんでしたね。ここはひとまず退散しますか」

窓を開け、そこから外に出ようとするサヴァリス。
ちらりとシェルへ視線を向けたが、彼女は完全に気を失っており、サヴァリスの散らかした荷物の中に埋まっている。
そんな彼女が折った自分の腕に、今度は視線を向ける。

「まったく、やってくれますよ。数日ほど活剄を治療に向ければ完治するでしょうが、これではレイフォンと戦うのは無理ですね。まぁ、手負いでと言うのも面白そうではありますが」

それだけをつぶやくと、サヴァリスは窓の外へと飛び出した。
活剄で強化した聴力では、部屋に入ってきた都市警察の者達がシェルを心配する声が聞こえてくる。
だけどすぐさま興味を失い、サヴァリスはマイアスの街並みへと姿を消すのだった。




































ツェルニの暴走は止まらない。それはつまり、汚染獣との攻防戦が止まらないことも示している。
都市の外には、予想よりも遥かに多くの汚染獣がいるようだ。あるいは、ツェルニが汚染獣の群れを探し出して突進しているのか?
あるいは、汚染獣の群生地へと迷い込んでしまったのか?

「事情はどうあれ、ツェルニが未だかつてない危機にあると言うのは、覆せない事実だ」

生徒会会議を終え、会長室に戻ったカリアンはつぶやく。

「しかし、どうやってそれを改善する?問題が本当に機関部の中枢にあるのだとしたら、我々ではどうしようもないぞ」

「そうだね……」

カリアンは両手を組んで考えに浸る。
ツェルニの暴走。その原因が都市の意思である電子精霊にあることは、もはや疑いようの無い事実だ。
都市の移動に人の手が介在することはなく、電子精霊が自ら汚染獣の存在を探知し、回避するように動くのが普通だ。
それが真逆の行動を取り出したのだから、そう考えるのが妥当だ。
レギオスが生み出されたのは遥かなる過去、今の都市主体の人類形態以前の錬金術師達の手によってだ。
現代の人類は都市の機械部分の修復を行うことはできても、中枢部分には手を出すことすらできない。そのための技術は、既に失われてしまったのだ。

「やはり、廃貴族が今の状況を生み出している……そう考えるのが妥当だね」

廃貴族。元は電子精霊だったのだが、汚染獣によって都市を滅ぼされ、それに対する怨念によって狂った存在。
それが武芸者を飛躍的に強くする力も持っているらしく、言わば汚染獣に対して敵対意思を持つエネルギー型の知性体と言うことだろう。
その敵対意思が、この都市をおかしくしたのかもしれない。

「ディン・ディー1人の犠牲で済むなら、そちらの方が安かったか?」

その廃貴族を引き取ろうとして現れたのがサリンヴァン教導傭兵団だ。
廃貴族は武芸者に寄生するため、それを利用してディンごと廃貴族を連れ去ろうとハイア達は企てた。
だけどそれを生徒会長として容認できるわけがなく、カリアンはレイフォンに指示を出してそれを阻止した。

「いや……」

それに後悔はしていない。カリアンはゆっくりと首を振った。

「誰かの犠牲を元に都市を護ると言うやり方は間違っているよ。少なくとも、学園都市ではね」

「だが、こちらの方が多くの人が死ぬかもしれん」

少数の犠牲で多くを救うなんて詭弁はよく聞く話だが、そういったことを言う人物は自分が犠牲のための少数に入ることを考えない者が殆どだ。
それに学園都市という性質上、学生全てが護るべき存在であり、犠牲にするなんてもってのほかだ。

「それとこれでは問題が違うよ。こちらは、今の世界に生きる我々の、逃げられない宿命と言うものだ」

それに、汚染獣の脅威と言うのはこの世界では決して逃れられぬ存在だ。
だからこそ、汚染獣の襲撃による犠牲の責任を1人の人間に押し付けることなんてできない。

「そうかもしれんがな」

今のところツェルニに犠牲者は出ていない。
重傷者はたくさん出ているが、死者はいないと言うことだ。
これはやはり、サリンバン教導傭兵団の働きによるところが大きいだろう。
ピンチとなれば彼らを投入し、今までやってこれたのだ。
だが、彼らも慈善事業やボランティアではない。傭兵と言うのは商売であり、故に報酬を請求される。
正直な話、もうツェルニにはその報酬を払える余裕がなかった。完璧なる崖っぷち。
次に汚染獣が襲撃してきたら、自分達だけの力で撃退しないといけないのだ。例え死者が出ようと、もう彼らの手を借りることはできない。

「もう、頼れるのは自分達の力のみだ。ヴァンゼ、教導の方はうまくいっているのかい?」

「ああ、安心しろ、連携の課題はクリアできた。もうこの前のような無様はやらかさないさ」

「そうかい、頼んだよ」

これで会話は終わり、本来ならカリアンは山積みとなった案件の処理をしなくてはならない。
だが、彼にはそれよりも優先すべきことがある。都市の責任者としてはあまり正しい行動とはいえないが、それでも彼はまだ20代前半の若者だ。
それにこの程度の案件なら、期限までに片付けることは十分に可能である。
今は生徒会長としてではなく、1人の少女の兄として準備をする。

「見舞いか?」

「まぁ、ね。私だって血が通った人間だ。肉親は可愛いよ」

「それは知っている……お前の暴走に付き合わされたことがあるからな」

シスコンとも呼べるカリアン。
前にレイフォンとフェリのデートの後を付けさせられ、フェリの念威爆雷によって酷い目に遭ったことがあるのだ。
普段は清ましているが、カリアンはフェリのこととなると人が変わるのをヴァンゼは知っている。
あれはあれで新鮮だったが、そんな彼の暴走に付き合うのは二度とごめんである。

「それじゃあ、行って来るよ」

そう言い残して、カリアンは病院へと向かった。
ヴァンゼはそれを見送り、自分の仕事を成すために会長室を後にするのだった。






フェリが倒れた。考えてみれば当然の話である。
フェリには常に汚染獣の探査をしなければならないのだ。でなければ、万が一の時に都市内部への侵入を許してしまうかもしれないからだ。
そうなればまず、一般人が危ない。避難が間に合わないかもしれないし、戦闘で都市内部の施設や建物が破壊されてしまうかもしれない。
だからこそ、長距離に念威を飛ばすことができるフェリに汚染獣の探査をしてもらわなければならなかった。
その上、武芸者を戦場へ誘導、念威による視界や感覚などの補助、それらは一体どれだけの負担を彼女にかけていたのだろうか?
更には私用ではあるが、フェリは常にレイフォンを探していた。何度も念威で探して、その足でもツェルニ中を歩き回ってレイフォンを探していた。それでもレイフォンは見つからない。
今のフェリは肉体的にも精神的にも、一体、どれほどの疲労を蓄積しているのだろうか?

「……兄さん?」

「やあ、目が覚めたかい」

剄脈疲労により倒れ、今まで寝ていたフェリは目を覚ます。
その視線の先にはカリアンがおり、その手には購入してきた見舞いの花束が握られていた。
カリアンは一旦それをベット脇のテーブルへと置き、フェリに優しく笑いかける。
その笑みは生徒会長としての腹の底を伺わせない笑みではなく、妹を心から気遣う、兄としての微笑だった。

「……錬金鋼は?」

だと言うのに妹は、兄の心配を他所にそんなことを言う。
カリアンは少しだけ表情をゆがませ、だけどすぐに優しい笑みに戻して、優しく語りかける。

「医者が預かっているよ。フェリは今までがんばってくれたからね。とりあえず今は、ゆっくりと休むといい」

「そんなわけにはいきません……」

「フェリ」

聞き分けのない妹にも怒鳴らず、優しい声音でカリアンは彼女を案じた。
今のフェリは儚く、そしてとても脆い。
今すぐにでも壊れてしまいそうで、ただでさえ白い彼女の肌は、病的なほどに青白かった。
フェリは言うまでもなく美少女で、良く人形のように綺麗だと言われる。だけど今の彼女は本物の人形よりも人形らしい顔で佇んでいる。
その姿は兄として、胸が締め付けられるほどに心配だった。

「フォンフォンは……見つかりましたか?」

縋るように、フェリが尋ねてくる。
フォンフォンと言うのはレイフォンの愛称だ。フェリがレイフォンのことをそう呼んでいると知った時にはなんとも微妙な表情をしたカリアンだったが、今は別の意味で微妙な表情を作る。
ここで嘘さえつけば、フェリは少しでも休んでくれるのだろうか?
だけどフェリに嘘が通じるとは思えないし、ならば会わせろと言われればお手上げだ。
妹の僅かな希望を踏みにじるようで罪悪感が芽生えるが、カリアンは正直に答えた。

「レイフォン君は、未だに行方不明だ」

「そうですか……」

言葉には力がないが、フェリはそこまで落ち込んだようには見えない。
聞いてはみたが、わかっていたのだろう。レイフォンがまだ見つかっていないことを。
都市警察があれほどまでに必死で捜索し、フェリ自身も隈なくレイフォンを捜したのだ。そう簡単に見つかるはずがない。

「なら、錬金鋼を……」

「フェリ」

ならば今一度、自分で捜す。
そう決意し、錬金鋼の返却を求めるフェリだったが、それをカリアンが名前を呼ぶことで制する。

「今の君には休息が必要だ。生徒会長として、何より君の兄として、それは認めることができない」

「ですが……」

一瞬だけ硬くした表情をすぐに戻し、カリアンは優しくフェリの髪をなでる。兄が妹を慰める行為だ。
普段のフェリならば嫌がり、この手を払い除けそうだが、今の彼女は色々と溜まった疲労でそんな気力もないようだった。
武芸科に無理やり転科させたのは自分とはいえ、ここまでフェリを酷使してしまったことに罪悪感を覚える。

「フェリ……君はその念威の才能を嫌悪していたんだろう?念威繰者以外の道を探していたはずだ。だから、もういい。もういいんだ。この件が終わったら君は好きにしていい。だから、今は休んでくれ……」

この都市を、ツェルニを護るためにフェリの念威の才能が必要だと思った。
フェリのためにカリアンなりに考えての選択でもあったが、カリアンだって生徒会長の前に兄だ。
家族は大切だし、妹は可愛い。だからこんなフェリは見てられず、彼女が嫌がると言うのなら武芸に関わらせるのをやめさせたっていい。
ツェルニを護りたいと言う気持ちは本物だ。だけどそれは、妹をここまで追い詰めてまでしたいものではない。
もう彼女は、限界なのだ。

「ならば、今、好きなようにします」

だけどフェリは、そんなカリアンの言葉を、自分にとっては都合のいいはずの言葉をよしとはしなかった。
どこか虚ろな瞳をしていたが、その眼には固い信念のようなものが宿っている。
それは前まで、彼女にはなかったものだ。

「確かに私は、兄さんの言うとおりこの才能が嫌で、念威繰者以外の道を探していました」

幼いころから圧倒的な念威の才能を持ち、周りから念威繰者になることを期待されていた。
だけどフェリは、自分の将来をこんな才能のために決められるのは嫌だった。欲しくもなかった才能のおかげで、念威繰者以外の道を歩めないと言うのが。
だから一般人として、普通の少女として、それ以外の、念威繰者以外の道を探していた。
だからこそツェルニには、一般教養科として入学したのだ。

「ですが、最近の私は念威に嫌悪を抱かなくなった。嫌だったこの才能が、嫌ではなくなった。それどころか、もっともっと研磨したいとさえ思っているんです。何故だかわかりますか?」

それはフェリの才能を知る者としては嬉しい言葉だろう、彼女が念威繰者としての道を歩もうとしているのだから。
だけどカリアンには、それを素直に喜ぶことができなかった。

「フォンフォンがいたからです……私は、フォンフォンのためだったら何だってできます」

その理由はレイフォンだ。レイフォンはフェリの支えとなっており、彼がいるからこそフェリは念威繰者となることを嫌がっていない。むしろ最近では、積極的に念威の力を使っている。
レイフォン自身も武芸をやめようとツェルニに来たのだが、最近では武芸に前向きだ。
そんな彼を支えたいからこそ、フェリは必然的に、その身にある念威の才能を磨いた。

「私には、念威でフォンフォンをサポートすることしかできません。ですが、それだけはできるんです。だから私は、この才能を磨きたいと思った。フォンフォンの役に立ちたいと思ったんです」

フェリには才能がある。天才と呼ぶにふさわしい才能がだ。
念威繰者と言う才能。念威繰者は知識的に優れている。だからこそ勉学には優れ、努力らしい努力をしたことがない。
裕福な家に育ち、暮らしに苦労したこともない。その才能故に、成しえることができない辛さもしらない。
そんな彼女だからこそカリアンは手放しで外には出すことができず、両親もカリアンがいるツェルニにフェリの入学を許した。
そんな考えがあったからこそ、ツェルニの現状もあってカリアンは武芸科にフェリを入れたのだ。

だけどそのフェリは、既に目的を定め、努力をしている。
料理にまったく興味を持たなかった彼女が、必死になって料理の練習をしていた。その実験(味見)に何度も付き合わされて地獄を見たカリアンだったが、今では上達して食べられるものを、美味しいと思えるものを作れるようになった。
それはとても良い事のはずだ、フェリが1人で巣立とうとしている。兄として、家族として、喜ばしいことなのだが、カリアンは表情を暗くする。

「だから私は……」

「フェリ……」

フェリの言葉を遮るように、カリアンは彼女の名を呼んで手を握る。
ぎゅっと、力強くフェリの手を握った。自分の手が柄にもなく震えているのがわかる。
何故ならカリアンは、そんなフェリの支えを壊さなくてはならないからだ。

「本当はわかっているはずだ……レイフォン君はツェルニにいないと」

「……何を、言っているんですか?」

フェリにはカリアンの言っていることがわからない。
ここはレギオスだ。いや、どこに行こうとも結論は変わらない。
汚染物質に覆われ、隔絶された世界。それが自立型移動都市、レギオスなのである。
人は都市の中でしか生きられない。汚染物質に晒されれば5分で死ぬからだ。大地は乾き、荒廃した世界。そんな世界を唯一移動できるのが放浪バス。
だが、暴走と言うこの現状、ツェルニには放浪バスが訪れていない。なのにどうやってレイフォンは都市の外に出たと言うのだ?
レイフォンがこの都市にいないはずがない。

「君は優秀な念威繰者だ。それだけじゃない。都市警察だって必死になってレイフォン君を捜したさ。それでも彼は見つからない」

いや、違う。理解できないのではない。本当は理解したくなかった。
カリアンの言っていることがわからないのではなく、考えたくもなかった。
レイフォンが殺剄まで使って本気で隠れれば、如何にフェリとはいえ発見は困難だろう。
だけどそんなことをする意味がないし、こんな冗談にしては性質が悪すぎることをレイフォンがするとも思えない。
考えられるのはやはり事故だが、それならその場を動けないはずだ。だと言うのに何故発見できない?

「現実から目を逸らすな。レイフォン君はこの都市にはいない。これは事実だ」

ならばどこにいる?どうすれば会える?
外は汚染物質に覆われた死の世界。出ることは不可能のはずだ。
なのに?

「彼は……」

「っ……!?」

その先は聞きたくなかった。自分の耳を押さえ、ガタガタとフェリは震えている。
最悪の想像をしてしまった。幾度となく考えそうになったが、無理やり考えないようにしていたことを考えてしまった。
最悪の結末、レイフォンの死と言う想像。
そんなことを考えてしまい、フェリの瞳からは涙が溢れて来る。

「そんな、そんなことは……」

ボロボロと、決壊したようにフェリの瞳からは雫が流れてきた。
カリアンは自分自身を忌々しく思いながら、慰めにもならないことを口にする。

「だが、死体が見つかったわけでもない。だけど間違いなく、レイフォン君はこの都市にはいない。だからひょっとしたら、生きている可能性だって……」

そんなわけがなかった。この都市にはいない。移動する手段の放浪バスも訪れてはいない。
ならば都市の外に出て、どうやって生きることができる?
この死の世界で、どうやって他の都市に渡る?
ここまでやって発見できなかったのだ。レイフォンはもう……

「フェリ……」

「……………」

フェリは泣いている。カリアンの呼びかけに答える余裕なんてない。
彼女を泣かせたカリアンは罪悪感に押しつぶされそうになるが、こうしないわけにはいかなかった。
フェリが希望を持つ限り、事実を受け入れない限り、何度だってレイフォンを捜そうとするだろう。
無駄だとわかっているのに、またも念威を酷使する。そうすれば今度は彼女の身が危ない。
今でも十分にドクターストップの域だ。剄脈疲労とはいえ、無茶をすれば剄脈を壊して障害が残る可能性がある。場合によっては、命を落とすかもしれない。
だからこそカリアンは、フェリに諦めさせる必要があった。無駄だと、はっきり言う必要があった。
強引すぎる手だったが、これでフェリが少しでも休んでくれるのなら悪魔にでもなろうと決意した。その結果、フェリが泣いている。
泣くどころか表情の変化が乏しかった彼女が、レイフォンがいなくなってこうも涙脆くなってしまった。
そんな彼女にかける言葉が見当たらず、カリアンはテーブルの上に置いた花束へと視線を向ける。

「花を生けてこよう。フェリ……」

フェリに声をかけるが、カリアンの言葉にはまったく反応しない。
それも仕方のないことだと思いながら、カリアンは花瓶と花束を手に部屋を出る。
今は少しの間でも1人にするべきだと思ったのだろう。
花瓶に水を入れるべく、カリアンはフェリの病室を後にした。




「フォンフォン……」

信じられなかった、信じられるわけがなかった。
だけどカリアンが言ったことの信憑性は高い。自分でも何度もそう考えそうになったが、その度にことごとく否定してきた。だと言うのに、今は否定できない。

「フォンフォン、フォンフォン……」

ここにはいない、愛しい人の名を呼ぶ。
いつも自分に笑いかけてくれて、自分を護ると決意してくれた強くて優しい恋人。

「フォンフォン……」

声を聞かせて欲しかった。姿を見せて、抱きしめて欲しかった。
そうしてくれれば、この不安はすぐさま飛散するだろう。だけど、それは無理な話だった。レイフォンはここにはいないのだから。

「うっ、う……」

涙が止まらない。思考が麻痺してくる。
どうすればレイフォンに会える?
どうすればこの悲しみと不安から解放される?
フェリは視線をさ迷わせ、テーブルの上の果物と果物ナイフへと視線を向けた。

「フォンフォン……」

フェリのお見舞いの品だ。
そういえばとフェリはレイフォンが怪我で入院した時のことを思い出す。あの時、自分が剥いた果物を差し出したらレイフォンは呆れていた。
料理の腕は上達したフェリだが、未だに不器用で野菜や果物の皮剥きで、指を切ってしまうことがある。
だから危ないからと、そういうことはあまりレイフォンがやらせてくれなかった。
そんなことを思い出しながら、フェリはその手に果物ナイフを手に取る。

「フォンフォン……フォンフォン……」

果物ナイフを見つめる瞳はどこまでも虚ろなものだった。
レイフォン以外のことを考えられずに、そして最悪の想像から思考は鈍り、冷静な判断など下せるはずがない。
どうすればレイフォンに会えるのかを考え、どうすればこの悲しみと不安から解放されるのかを考える。

「こうすれば……会えますか?」

そんなフェリが考えた結論は……






「フェリ」

カリアンがノックし、病室の扉を開ける。
その手には生けてきた花がある。
病室が静かで、泣き声が聞こえなかったことから少しは落ち着いたかと考えるカリアンだったが……

「え……?」

この光景を見て、カリアンは絶句した。
持っていた花を落とし、花瓶の割れる音が響き、花と水、花瓶の破片が床にぶちまけられる。
だけどそんなことを気にする余裕はなく、カリアンの瞳はベットで横たえるフェリの姿を捉え、寸分たりとも視線を逸らさせない。
何故ならフェリは右手に果物ナイフを握り、それで左手首を……

「うわああああああああっ!?」

カリアンが絶叫を上げる。
すぐさまフェリの元へと駆け寄り、左手首を確認した。
手首は切り裂かれ、血がどんどんと溢れて来る。それはベットのシーツと、フェリの服を赤く染めていた。
フェリは未だに意識があるようで、虚ろな視線をカリアンへと向けてくる。

「フォンフォン……」

カリアンの姿を見て、そうつぶやいた。
まるで、レイフォンが本当にここにいるかのように。

「フォンフォン、フォンフォン、フォンフォン、フォンフォン、フォンフォン」

一心不乱にレイフォンの名を呼び、フェリはカリアンに抱きついてくる。
カリアンの服も赤く染まるが、そんなこと気にしている余裕なんてない。
今のフェリは、幻覚を見ている。ここにレイフォンがいる幻覚を。

「いったいどうしたんです……きゃああ!?」

看護師が花瓶の割れる音と、カリアンの絶叫を聞きつけて病室へやってきて、すぐさまカリアンと同じような絶叫を上げる。取り乱し、慌てて走って医者を呼びに行った。
カリアンは自分に抱きついてくる、虚ろな瞳の少女を見て理解した。

「フェリ……」

もうフェリは手遅れだった。そして自分が、止めを刺してしまった。
彼女はレイフォンに依存してて、もはやなくてはならない存在となっている。そんなレイフォンがここにはいない。ならばフェリは壊れるしかない。

「フォンフォン……」

フェリは安心したのか、ゆっくりと意識を失っていく。その瞳には、ここにはいないレイフォンの姿を映して。
そんなフェリを、カリアンはただ抱きしめることしかできなかった。




































あとがき
フェリが壊れました(滝汗
ヤンデレと言う以上、こういう展開は前々から考えてたんですけど、どうなんでしょう?
個人的にヤンデレを勘違いしてないかな、なんていう不安がありつつ、こんな展開に。
次回はレイフォンサイドを予定してますが。ついにあの、アニメに出た意味はあったのかと言われている卒業生の方が登場する『予定』です。
あくまで予定なので、場合によって変わるかもしれませんが……

そしてオリキャラ出しちゃいましたw
オリキャラはなんだかんだで書くの面白いですね。ロリバーとかも個人的に書いてて面白いんですが。
しかし、錬金鋼の義足とかありなんでしょうか?
作中ではサヴァリスの言っているとおり、ティグリスの前の天剣授受者が骨まで錬金鋼にしてたから可能だとは思うんですが……
そんなことを不安に思いつつ、これからも更新を頑張りたいと思います。では!



[15685] 41話 関われぬ戦い
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:11a76631
Date: 2010/10/14 10:35
「これは……色々とまずいよね」

ポリポリとレイフォンは頬を掻く。その原因はこの惨状。
ここは都市の食糧をまかなっているであろう、農地の一区画。現在は農閑期なのか誰もいなく、そして何もなかった。
どことなく似てるからか、合宿をしたことを思い出しながらレイフォンは辺りを見渡す。だけどその似ていた光景は、すっかり変わり果てているのだった。
大地は抉れ、大穴がいたるところに開いている。
周りには果樹園があり、樹木が植えてあったがそれは薙ぎ払われたように折られていた。
まるで汚染獣が大暴れでもしたかのような惨状。だけどこれは人の手、レイフォン1人によって行われたのだ。

「剄が大幅に上がっている……それにこの錬金鋼……」

天剣授受者となるだけあり、元からレイフォンの剄の量は多かった。それは通常の錬金鋼では耐えられないほどだ。
だけど今は更なる剄の増量と、それに耐えられる錬金鋼の存在。
今のレイフォンは間違いなく強くなっている。1歩間違えれば都市ごと破壊してしまいかねないほどに。それが不気味で、不思議だった。

持っていた2つの錬金鋼と、見覚えのない3つめの錬金鋼。
複合錬金鋼は剄が増量したことに気づかず、いつもの要領で剄を込めて戦闘中に大破してしまった。
残るのは青石錬金鋼と、3つ目の錬金鋼。
試しに復元したのだが、その形状は刀だった。自ら禁忌とし、けじめとして捨てたはずの刀。
その形に戸惑うレイフォンだったが、この刀は鋼糸への変化もできたのでそちらの方で戦った。
それはまさに天剣だった。まるで自分のためのようにある錬金鋼であり、どんなに剄を流しても壊れる気配がない。
自分の手にこれでもかと言うほど馴染み、まるで自分の一部のような錬金鋼。
故に捨てるのももったいなく、今もなんとなく持っている。ただ、やはり刀と言う形状故に、レイフォンは悩んでいた。

「それよりも……」

いや、確かにそのことに関しても悩んでいたが、今はそれよりも重大な問題がある。
むしろそっちの方が大事で、自分のけじめやら刀のことなどはその前では霞んでしまう。

「どうやって帰ればいいんだ?」

今のレイフォンの一番の問題は、どうやったらツェルニに帰れるのかということだ。
サヴァリスの言ったとおり、ここは学園都市マイアス。どう見てもレイフォンがいたツェルニではなく、別の都市だ。
どうしてこの場所にいるのかは今更だし、考えても仕方がないので置いておく。問題は帰る方法。
都市を唯一渡る方法は、放浪バスだけのはずだ。ならばレイフォンは放浪バスに乗った覚えはないのに、何故ここにいるのかと言う話になるが、話が進まないのでそれも無視する。
現在、この都市にはその方法である放浪バス来ていない。ならばツェルニへと行く放浪バスを待つしかないのだ。
何時来るかわからない不定期な乗り物、放浪バスを。来たとしても、ツェルニへ行くとは限らない放浪バスを。
どれくらい待てばいい?1日か?2日か?1週間か?1ヶ月か?それとも数ヶ月?ふざけるなと叫びたくなった。
ここにはフェリがいない。レイフォンの支えとなり、最愛の人がいない。
フェリに会いたかった、今すぐにだ。だから、そんなに待てるわけがない。

「ああ、もう……まるで夢の中に放り込まれたみたいだ!何かをしなければいけない気がするけど、そんなもの……」

使命感のようなものが思考の片隅に根付いている。
だけどそんなもの、レイフォンには関係ない。知ったものではない。
彼はツェルニに帰りたいのだ、今すぐ。そして会いたい人がいる。
それが、今のレイフォンがもっとも優先するべきことである。

「なのに、なんなんだこいつらは?」

わけがわからずに頭を掻き毟る。
この惨状を作り出す原因となった存在、レイフォンに襲い掛かってきた者達。
レイフォンは容易に返り討ちにしてみせたが、それ故に苛立ち、気が狂いそうだった。
襲ってきたのは狼のような仮面をかぶった者達。バンアレン・デイの日にも、レイフォンの前に現れたあの集団だ。
狼面衆と名乗る彼らに一撃を入れ、確かに意識を刈り取った。
ただ、場合によっては廃貴族と戦うために錬金鋼の安全設定を解除していたので、襲ってきた狼面衆を打破するために勢いあまって殺してしまったかもしれない。人を斬った、嫌な手ごたえもその手に感じていた。
正当防衛だったし、ああしなければ自分がやられていたのかもしれないから、レイフォンは殺してしまったかもしれないことに後悔はない。
生憎人とはいえ、襲ってきた存在に罪悪感を覚えるほどレイフォンは繊細ではない。むしろ大切な者を傷つけようとする存在なら、レイフォンは迷わず殺すことだろう。だからガハルドも、最初は殺そうと思えた。結局のところ、寸前で迷って失敗してしまったが、今はそんな迷いなどない。

そう、確かに打破し、倒したはずなのだ。だけどここには、レイフォン以外誰もいない。
気を失った狼面衆も、斬られて死んだかもしれない狼面衆の死体も、ここには存在しなかった。
彼らは消えてしまったのだ。まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消えてしまった。

「何なんだ一体?」

まったくわけがわからない。理解が追いつかない。
レイフォンがここにいる理由も、狼面衆が何なのかも。本当に気が狂ってしまいそうだった。

「そんなもん持ってるって事は、今更忘れろなんて言えるわけないな」

「……さっきの奴の仲間ですか?」

わけがわからないからこそ苛立つ。
いきなり現れた人の気配だが、レイフォンは冷酷なほどに冷静で、研ぎ澄まされた殺気を向ける。
その殺気を受け、声の主は飄々としつつ、苦笑したように口を開いた。

「俺をあんな奴らと一緒にすんな。むしろあいつらとは敵だ」

「……そうですか」

だけどレイフォンは警戒を緩めない。今は気が立っているのだ、それも当然だろう。
そして何より、いきなり現れた正体不明の者に馴れ馴れしくするほどレイフォンは愚かでも、お人好しでもない。
現れた人物は男性だった。
身長が高く、モデルのように足が長い。10人中10人が認めるような美形であり、レイフォンもあまり人のことは言えないが、少し手入れをサボっているような癖のある赤髪をしていた。
そんな彼の瞳には何かが宿っている。決して油断のできない、何かが……

「俺の名前はディクセリオ・マスケイン。まぁ、ディックと呼んでくれ」

「……あなたは、ツェルニに帰る方法を知っていますか?」

だけどそんなことは、レイフォンにとって心底どうでもいい。
相手が有益な情報を持っているなら話は別だが、それ以外はどうでもよかった。
今のレイフォンが求めるのは、ツェルニに帰還する方法。
この都市にはリーリンやサヴァリスがいたが、何故いるのかには興味が無いというより気にしている余裕がなく、今は帰る方法を探すことが最も優先すべき行動だった。

「思ったとおりだ。その制服、見覚えがあると思ったが、やっぱりツェルニの学生か。俺もなんだよ、卒業生だ」

ディックが飄々と口を開く。見てみれば彼も武芸者のようで、腰には剣帯が巻きつけられ、錬金鋼が差してあった。
その剣帯の色にしたって、ツェルニ最上級生である6年生のものだった。
どうやらツェルニを卒業したとはいえ、その装備が気に入って未だに愛用しているようだ。

「それがどうしたんですか?」

だけどそんなことも、ディックと名乗る男性がツェルニの卒業生であることなど、レイフォンにとって関係ない。

「……つれないねえ。卒業したとはいえ俺は先輩で、お前は後輩なんだ。もう少しコミュニケーションってもんを取りたいもんだが」

ディックは苦笑いをしながら頭を掻く。
その動作にもレイフォンは興味が持てない。
だがディックは、レイフォンにとってもっとも気になるべき情報を知っていた。

「まぁ……心当たりがないわけでもないが」

「それはなんですか?」

「お、喰い付いて来たな」

ツェルニへ帰還する方法。
レイフォンは問い質すような視線をディックへと向け、向けられたディックはニヤリと笑った。




































「珍しいですね」

「本当」

リーリンに与えられた部屋に、今日もクラリーベルは訪れていた。
10日も経ったと言うのに事件はまるで進展していない。要は暇なのだ。
リーリンの部屋で暇を潰してた2人は、ノックするような音が窓から聞こえたのでそちらの方を向く。
するとそこには小鳥がいて、小鳥はくちばしで窓を叩いていた。
手のひらに乗りそうな小さな小鳥だ。褐色のくちばしで窓ガラスをコツコツよ叩いていた。

「野生かな?それともペット?」

「かわいいですね」

暇だったことから2人はすぐさま小鳥へと興味を持った。
グレンダンでは鳥をあまり見ない。
空に放すとエア・フィルターを突き抜けてしまい、すぐに死んでしまうからだ。
エア・フィルター内を飛び回るように習性付けることは可能らしいが、少なくともグレンダンでは実行されていない。

「入るかな?」

「どうでしょう?」

リーリンが驚かさないようにゆっくりと、少しだけ窓を開けると、小鳥は跳ねるように移動して、部屋の中に入ってきた。
小刻みに羽ばたき、天井付近を一周するとベッドサイドにあるテーブルへと足を下ろした。

「おいで……」

リーリンは手を伸ばしてみる。小鳥はリーリンの指を暫く眺めていたが、すぐに彼女の手へと乗った。
どうやら人懐っこい性格のようだ。

「そんなにお人好しだと、捕まって食べられちゃうわよ」

冗談を言いながら笑いかけると、小鳥は首を捻るように羽の手入れを始めた。
その姿は愛らしく、リーリンは今までの鬱屈が晴れていくような気がした。

「そうですね……焼き鳥は美味しいですよね。鳥の唐揚げも好きですが」

「!?」

そんなクラリーベルの発言に、思わずリーリンは鳥をかばうように引き寄せる。
鳥は動じずにリーリンの手の上に乗っていたが、リーリン自身はクラリーベルに鳥が食べられてしまわないか心配だった。

「冗談ですよ。本気にしないでください」

「で、ですよね……」

クスクスと笑うクラリーベルに冷や汗を流しながら、リーリンは手のひらの中の小鳥を見る。
全体は茶褐色だが、顔から胸の辺りに白い毛が混じっている。尾が長く、頭にはまるで冠でもかぶっているかのような金色の長い羽毛が突き出ていた。
暫く手の上に居座る鳥の姿を楽しみ、リーリンは窓を全開にして外に手を出した。
見れば、宿泊施設のある区画を仕切る塀の向こうに、似たような鳥の群れがいた。

「仲間のところにお帰り」

小鳥は暫し窺うように外の様子を眺めていたが、すぐに羽を広げて飛んでいった。
そんな姿を見送りながら、リーリンはこれまでの日々を思い出す。10日も経ったと言うのに未だに宿泊施設から出られない日々が続いていた。
部屋と食堂へ往復だけの毎日は、まるで自分が犯罪者にでもなって、牢屋に入れられているような気分にさせられる。
クラリーベルは隙を見てたまに抜け出しているらしいが、リーリンは出られないので退屈な日々を送っていた。

「どうなるのかしら……?」

鳥の群れを目で追って楽しんでいたが、思わず口から漏れた言葉にため息を抑えることができなかった。
事件が解決する気配はまるでない。更には、徐々にだが、リーリンの胸には嫌な予感が募っている。
最初は気のせいだと思っていたが、どうもそうではない。そんな不安を他の宿泊者達も感じ取っているようで、唯一の交流の場である食堂で辺りを窺うように視線を交錯させたり、ひそひそと話している人達が増えてきた。
それを監視する監視員の学生達にも余裕はなく、不安を感じているようだった。
ただ、これがどういう予感なのか、リーリンにも、他の宿泊者達にもはっきりとわかってはいない。
なんだか妙に落ち着かず、何もないのにそわそわし、眠りも浅くなる。そんな変化が起こっていると言うのに、原因はまったくわからない。
事件が解決に向かっていないと言うことは、動きを止められた宿泊者達は次の放浪バスを逃すかもしれない。それだけで十分に嫌な予感だとは言えるだろう。リーリンにとっては大問題だ。
だが、これだけではない気がする。それ以上の嫌な予感があった。

事情も状況もわからないのだが、それでも宿泊者をずっととどめておくことはできないはずだ。
次の放浪バスが無人で来ることなど、まずありえない。人が増えれば宿泊施設を圧迫するし、食糧の問題も出てくる。
輸入や輸出が絶望的なレギオスでは、食料は基本的に自給自足。そうでなければ都市として成り立たないからだ。
そもそも、今でさえ都市警察には監視などの人手が足りていない。これで更に人が増えれば、彼らには手が回らないだろう。
だからこの拘禁はそう長くは続かない。食堂で知り合った識者らしい人は悠然と語っていた。
だが、その人物も今は落ち着きのない様子で監視の学生達を窺っている。
この、妙な不安感の原因は何なのだろうか?
理由を、原因を、外の情報を誰もが欲しがっている。

「この都市は今、大変なことになっていますから、それが解決するまではこのままじゃないでしょうか?」

「え……?」

その情報を、クラリーベルは知っていた。
考えてみれば当然の話だ。彼女は隙を見て外へと抜け出していた。だからこそ知っている。
むしろなんで今まで言わなかったのか、自分が尋ねなかったのかを疑問に思う。

「今……どうなっているんですか?」

だが、今はそんなことはどうでもいい。情報が欲しく、それを知っているらしいクラリーベルについて尋ねる。
クラリーベルは退屈そうにベットに横になっていたが、ベットから起き上がると、リーリンに向き直って口を開いた。

「この都市は、足を止めているのですよ」

「え?」

クラリーベルの言葉に、まさに『え?』としか言いようがない。汚染獣の猛威から逃れるためにレギオスには足があり、世界を放浪しているのだ。
それが当然であり、当たり前。だからその足が止まっていることなど、リーリンには信じられなかった。

「疑うのも仕方がありませんね。宿泊者のいる部屋は、全て都市側を使われているようですから」

「嘘……」

今更だが、リーリンのいる部屋は都市の内側の様子しか見えない。
だが、まさか全ての宿泊者の部屋がそうだとは思わなかった。それは何のためか?
都市が足を止めているのを隠すため?

「今まで足音が聞こえなかったはずですよ。まぁ、私もいつも都市の足音を気にしているわけではありませんから、気づくのに少し時間がかかりましたけど」

「あ、だから……」

眠りが浅かったり、妙な気持ちになったりする原因はこれだ。
あって当然のものがないことで、体が変調をきたしていたと言うことだろう。

「でも、足が止まるなんて……」

レギオスの足が止まる。そんなこと、考えたことも予想したこともない。
彼女にとって、それは当たり前で当然なのだから。

「その気持ちはわかりますが、事実は事実です」

クラリーベルはそう言いながら、自分の考えを述べる。

「とりあえずこれで、情報が盗まれた件については嘘だと確定しましたね」

「どうしてですか?」

「考えてもみてください。情報を盗まれたくらいで、都市の移動に支障をきたすような、そんなものを取り付ける必要がありますか?それが物品だとしても、故障した時の代替品を用意していないのは変です」

「な、なるほど」

リーリンは納得し、更にクラリーベルの推測を聞く。

「学生達に余裕がないのは、都市が足を止めているから。それはまず、間違いありません。これが機械的な故障なら、都市警察はあそこまで慌てないでしょうし、私達宿泊者を拘禁する意味がありません。情報が嘘でも、仮に盗まれたものがあるとするならば、それはこの都市の人間にはどうすることもできないものです」

「それは……?」

「わかりませんか?」

息を呑むリーリンに、クラリーベルは少しだけ間を取り、答えを述べた。

「電子精霊ですよ」

「あ……」

つい最近までは、その言葉を特別に意識したことはなかった。
都市を動かす電子精霊。その言葉と存在を知ってはいたが、実物を見たことはない。
だけど、レイフォンの手紙に会って、少しだけだが興味を持った。
レギオスの意思であり、現在の人類では都市衣状に再現が不可能な謎の存在。
それが盗まれたとなれば、この状況も理解ができる。

「ですから、この都市は……」

ベットに腰掛け、窓の方にいたリーリンに向けてクラリーベルは話していた。
その会話が、言葉が止まる。まるで何かに、リーリンの背後の光景に驚いているようだった。

「どうした……の…………?」

それにつられて、リーリンも振り向く。
クラリーベルの視線の先、窓の外の光景を見て、彼女も凍りついた。

「あれは……?」

「え、ええ!?」

クラリーベルとリーリンは、信じられない光景を見ていた。
先ほど見かけた鳥の群れ。そこには更に鳥が集まり、大量の小鳥が集団で飛び回っていた。
それはまるでひとつの巨大な生き物のようであり、うねり、もがくように暴れている。

「………なに?」

その光景だけでも異常だったが、それだけではない。
その周りに、細い稲光のような走り抜けている。
周りがざわめき、宿泊者達から悲鳴が上がる。
嫌な予感がした。グレンダンで何度も感じた、嫌な予感。

「なんとも間が悪い。まぁ、都市の足が止まっている以上、こういう可能性もありましたが……」

クラリーベルがつぶやく。
それを示すかのように、聞き覚えのある刺々しいサイレンの音が宿泊施設に響き渡った。

「汚染獣に見つかった!」

ドアの向こうで、誰かがはっきりと叫んだ。





































「邪魔をするな!」

「邪魔なのはお前達だ!僕は早く用事を済ませてツェルニに帰るんだ。その邪魔をすると言うのなら……果てろ!!」

動揺する者と、敵意を振り撒く者。
イヌ科の動物、おそらくは狼を模したであろう仮面をかぶった集団は、たった1人の少年によって圧倒されていた。
一撃を加えることすら、触れることすらできずに1人、また1人と仮面の集団は倒されていく。
その者達の集団の名は狼面衆。またもこいつ等だと少年はため息を付く。
その狼面衆を圧倒する少年はレイフォン。
わけのわからないままにマイアスを訪れ、ツェルニへ戻るために奮闘している。
あの怪しい男、ツェルニの卒業生だと言うディックに言われ、レイフォンはこの都市の問題を解決するために尽力している。
ディックの話ではレイフォンが呼ばれたのには理由があり、その理由を、レイフォンが成すべき事を成せばツェルニに戻れるかもしれないらしい。

訝しみ、信用していいのか迷うレイフォンだったが、他に当てもないのでとりあえずは行動を起こす。
この都市の異変。それは本来なら動いているはずの都市が足を止めていること。
それを解決するには、やはり電子精霊だ。都市の意思であり、都市を動かしているのが電子精霊である。それに異変があると見て、まず間違いない。
ならばそれを解決すればいい。そのために行動を起こそうとしたレイフォンだが、そんな彼の前に現れたのが狼面衆だ。またも彼らが現れた。
レイフォンの行く手を遮り、目的達成の邪魔をしてくる。
だが、レイフォンには手も足も出ずに刀で両断され、鋼糸で切断されながら狼面衆達は還っていく。
真っ二つにされ、手足や首を切断されたと言うのに死体は残らない。血は流れない。
何の痕跡も残さず、倒された狼面衆達は消えていった。

「くっ……」

「本体を討たなければ倒したことにならないのか?切がないな。だが、どれだけ数がいようと僕を倒せると思うな!」

レイフォンの青石錬金鋼の剣が狼面衆を切り裂く。また1人還った。
真正面から攻めるのは無駄だと悟ったのか、狼面衆達はレイフォンを取り囲むように散る。
こちらは複数なのだ。囲み、一斉に攻め込んで、反撃の好きすら与えずに打破する。そう考えたのだろう。
だが、狼面衆達は気づいていない。
彼らの足元に、鋼糸が地を這って敷き詰められていることに。レイフォンは狼面衆が一気に攻め込んでくる時こそ、一網打尽にしてやると考えていることに。

「くたばれ」

狼面衆達が攻めて来て、レイフォンは一言つぶやく。
それが合図であり、地面に敷き詰められた鋼糸は一斉に天を突いた。

操弦曲 針化粧

天剣授受者、リンテンスの技であり、鋼糸が複数の狼面衆達を串刺しにしていく。
手足や体を貫通し、狼面衆達は身動きが取れなくなった。その姿は、蜘蛛の巣に捉えられた餌のような光景だ。
だけど狼面衆達は体を貫かれた痛みに悲鳴を漏らすでもなく、またも何事もなかったかのように消えていく。
その様子に特に何も感じずにレイフォンは視線を逸らし、レイフォンは上を見上げた。
そこには膨大な数の鳥の群れ。まるで1匹の強大な生物のように見える。
その中心が稲光のように光っており、そこに目的のものがあるのだと確信した。

「あの中に電子精霊が……」

早く問題を片付け、ツェルニへと帰る。
そう決意したレイフォンだったが……

「やっと見つけた」

「……………」

背後から聞こえた嫌な声に、レイフォンは油の切れたブリキ人形のように後ろを振り向く。
そこにいたのはやはりと言うべきか、とても楽しそうな顔をしているサヴァリス。
まるでこれからお祭りでもあるのかと言うくらいに浮かれた表情だった。

「待ってくれって言ったのに、逃げるなんて酷いじゃないか。おかげで結構捜したんだよ」

「待つなんて一言も言ってないんですけど……」

「おっと、そういえばそうだったね。浮かれていて気づかなかったよ。だけど今はこうして対峙しているんだ。嫌でも付き合ってもらうよ」

「迷惑な話です……」

戦闘狂サヴァリスとの遭遇。
早く目的を片付けたかったレイフォンにとって、これ以上迷惑な存在はない。
サヴァリスに狙われてからは殺剄を維持して隠れていた。彼がデルボネやフェリ並みの念威繰者でもないかぎり、殺剄をしているレイフォンを捜すのは非常に困難なはずだ。
それは事実であり、今まで気配を察せられずに潜伏することは可能だった。
だが戦闘によって、レイフォンが発する膨大な剄によってサヴァリスに場所を知られてしまった。
前回の狼面衆との戦闘、ディックと遭遇した時は何故か気づかれなかったが、今回は気づかれた。見つかるなら前回の時に見つかっているはずだと不思議に思ったが、サヴァリスとの相対がそんな思考をどうでもよいものへと変える。

「それにしても、さっき君が戦っていたのはイグナシスの下っ端かい?」

「いぐ……なしす?」

サヴァリスは笑顔のまま、レイフォンには理解のできない言葉をつぶやく。
彼は知っている。レイフォンが知らない、狼面衆のことを、この事態の現状を。

「初代ルッケンスが狼面衆と名乗るものと戦ったことがあるそうです。我が家では、初代は既に英雄譚の人間ですからね、脚色された武勇伝のひとつだろうと思っていましたが、どうしてどうして、我が家は意外にも無駄が嫌いだったようだ」

サヴァリスの瞳が、レイフォンを凝視する。
彼の笑顔が、段々と狂気に侵食されていった。
嫌悪を覚えるほどの禍々しい剄を、サヴァリスから感じ取った。

「そして、そう言うことですか。流石の僕もなんで君がここにいるのか不思議だった。だけど、そうなんだね?この世界には僕達に関係していながら関われない戦いがある。初代の言葉に嘘はないと言うことだね」

サヴァリスの体が震えていた。恐怖?そんなはずがない。
あれは歓喜、武者震いによるものだ。
サヴァリスは悦んでいる。心の底から、狂ってしまいそうなほどに。

「天剣授受者同士の闘いはなかなか経験できないからね。それだけでツェルニへ行く価値はあると思った。まぁ、それはおまけで、本当の目的は他にあるんだけど」

天剣授受者との対決。これも楽しみだったが、一番の楽しみが一緒になってやってきた。
しかも足止めを喰らい、退屈だと感じていたこの都市、マイアスでだ。
これで悦ばずして、何時悦ぶ?
しかも、最悪で最高な形で現れてくれた。サヴァリスは今、これ以上ないほどの歓喜によって支配されていた。

「君の中にいるんだろう?廃貴族が」

サヴァリスの言葉に、レイフォンは無言で息を呑む。
あの時、ツェルニの機関部でレイフォンに憑り付いてきた存在、廃貴族。
こちらとしては心底迷惑な話だが、レイフォンの剄の大幅な増大はこれが原因なのだろう。
ディン・ディーの時と同じだ。だが、その廃貴族は現在レイフォンの中で大人しくしているようで、ディンのように自分を操る様子はない。
今のレイフォンは、あくまで自分の意志で動いている。

「役立たずの傭兵に変わって僕が来たのさ。廃貴族をグレンダンに持ち帰るためにね」

「……どうして、グレンダンは廃貴族をそんなに欲しがるんですか?」

廃貴族は滅びを呼ぶ。それがハイアの弁だ。
それなのにどうしてグレンダンはそんな厄介なものを欲しがる?
サヴァリスを、天剣授受者を寄こしてまで。どうして?

「う~ん、正直な話、陛下はそこまで廃貴族を欲しがってはないんだ」

「へ……?」

そう思っていたからこそ、このサヴァリスの発言には盛大な肩透かしを喰らってしまった。

「そこまで興味が無いと言うべきか、あったらいいなって程度の認識なんだよ、陛下は。むしろ廃貴族の確保はおまけみたいなもので、他に目的があるみたいなんだ」

「……それは、なんです?」

「元同僚とはいえ、流石にレイフォンにも言えないな。それに、僕は口先だけで会話を交わすより、早く戦いたいんだ」

今まで雄弁に語っていたサヴァリスだが、それすらをもどかしく感じ、構えを取る。
サヴァリスの性格を理解しているレイフォンはため息を付き、これ以上有益な情報を引き出すのは不可能だと判断して構えを取った。

「わかりました、お相手します。ですが……」

知り合いだとか、元同僚なんて考えは破棄する。
サヴァリスは殺すつもりで自分を襲ってくる気だし、レイフォンはそこまで感慨深くない。
ただ、サヴァリスを敵だと判断し、冷酷な口調で宣言した。

「間違って殺してしまっても、恨まないでくださいよ」

天剣授受者と元天剣授受者の戦いが始まった。






































ドアを開けると、そこは避難するべく、荷物を持った人達でいっぱいだった。
リーリンも慌てて部屋へ戻ると、いつでも動けるようにまとめていた荷物をつかんで廊下へ飛び出す。
汚染獣が現れたのなら、すぐにシェルターへ避難しなければならない。
ましてやここはグレンダンではなく、しかも学園都市なのだ。サヴァリスやクラリーベル曰く、武芸者の質がかなり低いらしい。
汚染獣に攻められたら、すぐに滅んでしまうかもしれない。

「ご安心ください!汚染獣には我々、マイアスの武芸者が全力をもって対応いたします。皆さんは落ち着いて、迅速にシェルターへ移動してください!それが我々への助けにもなります!」

この混雑の中、響くロイの声は宿泊者達に安心を与えているのか、移動に生じる乱れは殆どなかった。
やはり隊長と言うこともあり、気に食わないがこのカリスマ性は流石だとリーリンが思っていると、背後からクラリーベルに声をかけられた。

「リーリン」

「はい」

「シェルターまであなたを送りますね。本当はサヴァリス様の役目なんですけど、なぜかここにはいませんし、付き合いは短いですが、友人となったあなを放ってはおけませんし」

「え?」

リーリンが理解する暇も与えず、クラリーベルはリーリンの荷物を奪い取り、更にリーリンを軽々と肩に担いだ。

「え?え?」

流石は女性とはいえ武芸者だ。
リーリンが困惑しながらそんなことを考えていると、クラリーベルは凄い勢いで走り出した。

「ちょ、クララ……」

「喋ると舌を噛みますよ」

「そんな……ことっ!」

これ以上喋ることなんてできなかった。そんな余裕は消え失せた。
クラリーベルはリーリンを担いだまま走る。廊下をではない。壁をだ。
廊下は避難する人達で溢れており、走るなんてことはできない。だが、だからと言って壁を走ろうなんて考える一般人はいない。
リーリンは一般人なのだ。そしてクラリーベルは武芸者。そんな彼女にとって、誰もいない壁を走るのは最も効率的な手段だった。

「……………っ!」

声を出せなくとも、リーリンの口は悲鳴を上げようとしている。リーリンは行った事はないが、娯楽施設などにある下手な絶叫マシーンよりも恐ろしい光景だった。
クラリーベルは壁に対して斜めになるように走り続ける。下にいた宿泊客がその光景を見上げて、唖然と口を広げていた。
会談に差し掛かっても降りない。曲がり角をそのまま曲がりきり、一気にロビーまで辿り着いた。

「みなさん、落ち着いてください!シェルターまでの道は確保されていますっ!」

ロビーでは必死にロイが叫んでいた。
そんな様子をいい気味だなんて思う余裕はない。
リーリンは思わぬ体験に腰を抜かしかけていた。

「だらしないですね。レイフォン様にこんなことはされていませんでしたか?」

「……いませんよ」

「え……、そうなんですか?」

クラリーベルに忌々しそうに返答するリーリンだったが、意外そうなクラリーベルの言葉に興味を持つ。
ポリポリと頬を掻き、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。
まるで、自分はそのような経験があると言っているようでもあった。

「私は、あるんですが……」

「え?」

そして、それは事実だった。
クラリーベルは未だに頬を掻きながら、リーリンに説明する。
幸い、ロビーでは混乱が酷くならないように都市警察が必死になり、順番で分けてシェルターへ誘導しようとしている。
話をする時間は十分似合った。

「後見は知っていますか?」

「はい」

グレンダンでは初陣の際に熟練の武芸者が後見として見守る決まりごとのようなものがあり、そのことはリーリンも知っている。
レイフォンやデルクといった武芸者の家族を持っており、何よりレイフォンの後見はデルクが努めたのだから知らないわけがなかった。

「それで、私の場合はレイフォン様が努めてくださったんですが……少々失敗しまして、危ないところをレイフォン様に助けていただいたんですよ。で、汚染獣はレイフォン様が倒してくれたんですが、私は剄脈疲労で動けなかった状態なので……所謂お姫様抱っこと言う奴ですか?それで運んでもらって……」

「へ、へぇ……そ、そうなんですか……」

自分の失態を思い出し、僅かに頬を染めるクラリーベル。
それに対してリーリンの表情は引き攣り、ここにはいない、鈍感すぎる幼馴染へと怒気が向く。
正直な話、レイフォンはもてた。
闇試合に出たことでグレンダンを放逐されたが、それまでは史上最年少の天剣と言うことでグレンダンでは注目の的だったのだ。
そんなわけで色目を使う女性がおり、その好意のことごとくを受け流してきた鈍感なレイフォンそれは幼馴染であるリーリンに対しても同じだと言うのに、クラリーベルに対して無自覚であるだろうがお姫様抱っこをし、落としかけていることにリーリンは怒りを向ける。
そして理解した。だから、クラリーベルはレイフォンに会いに行きたかったのだと。
それは恋心。本人がちゃんと気づいているかどうかは怪しいが、クラリーベルは間違いなくレイフォンに興味を持っていた。
それは、やはりリーリンとしてはあまり面白くない。

「私語は慎んでください!急いでください!!」

そうこうしているうちに、リーリンとクラリーベルの順番が回ってきた。
都市警察の服を着て、スカートの下に長ズボンを穿いた、長い金髪をポニーテールにした少女がリーリン達を誘導する。
彼女の誘導で久しぶりに外に出て、その光景を眺める。入り口は外縁部に面していたため、すぐにわかった。

「本当だ……」

「だから言ったじゃないですか」

リーリンのつぶやきに、クラリーベルがそう返す。
都市はクラリーベルの言ったとおり、足を止めていた。だが、この混雑だ。
汚染獣の襲撃と言う危機。宿泊者達は殆どの者がその事実には気づかないだろう。

「それにしても、あれはなんなのでしょうか?」

クラリーベルが、先ほど部屋から見た小鳥の群舞へと視線を向ける。
その周囲にはやはり、稲光のようなものがあった。

「なにをしているんですか!?早くしてください!」

「申し訳ありません。少し、あの鳥が気になったもので」

「鳥?」

リーリンたちを誘導していた少女が、余所見をする彼女達に声を張り上げて忠告する。
素直に謝罪をするクラリーベルだが、少女はクラリーベルが視線を向けていた方向を見ると、怪訝そうな表情で言った。

「確かに飛んでいる鳥は他の都市では珍しいかもしれませんね。ですがマイアスではこれが普通です。あの鳥達はおそらく汚染獣に怯えているんですよ。獣の本能と言う奴です」

「は……?」

その言葉に、今度はクラリーベルが怪訝そうな顔をする。リーリンも同じだった。

「だって、あんなに変な光が」

リーリンが主張した言葉に、少女の方が変な顔をして首をかしげた。

「そんなものはどこにもありませんが?」

「え?」

少女に言われて、リーリンは小鳥の群れを見た。
奇妙な光の筋が小鳥の周りを走っており、小鳥はそれから逃れるように飛んでいる。
だが、光は小鳥の行く手を遮るように先回りし、逃さないようにしているようだった。

「なるほど……そういうことですか」

「クララ?」

疑問を抱くリーリンだったが、クラリーベルはむしろ納得したようにつぶやく。
この異常事態だというのに落ち着き、冷静に考え事をしている。
その様子に、避難誘導をしていた少女が声を張り上げる。

「いい加減にしてください!早くシェルターに急いで!!」

だけどクラリーベルはその言葉に構わず、小鳥達の群れを見てこうつぶやいた。

「あの中に電子精霊がいるんですね。それから、この都市の異変には狼面衆が関わっているんですか。まさかグレンダン以外でも彼らを見ることになるとは……」

「え?」

「へ?」

クラリーベルの言葉に、少女とリーリンが疑問の声を上げる。
まるで何かを理解したようなクラリーベル。だけど少女とリーリンには、まるで理解できていないのだ。

「ちょ、あなた。何を知ってるの?今、電子精霊って……」

この都市は今、足を止めている。それは紛れもない都市の危機。その結果、こうして汚染獣に感知されてしまったのだ。
そして、クラリーベルの予想が正しかったのか、電子精霊と言う言葉に少女が喰い付いて来る。
やはり、この異変は電子精霊の身に何かが起きたと見ていい。だからおそらく、この異変は電子精霊を何とかすれば収まるはずだ。
クラリーベルが、そう考えていた時……

「今度はなに!?」

「これは……」

新たな異変が都市中を走り抜けた。だが、一般人は殆ど気づかなかっただろう。リーリンも気づかなかった。
それは強大な剄の波動。あまりにも大きすぎる剄が激突している。
少女やクラリーベルよりやや遅れて、都市警察所属の武芸者達も気づいたようだ。
学生とは比べ物にならない、熟練の武芸者でも足元にも及ばない、圧倒的なほどの剄によるぶつかり合いを。
それは本当に人が成しているのかと思った。こんなもの、人が発せる剄ではない。それほど強大な力は、現在、あの小鳥の群れのした辺りでぶつかっている。

(サヴァリス様!?)

だが、クラリーベルは知っている。これほどの剄を放出できる存在、天剣授受者を。
それ故に一方の剄の主はサヴァリスだと理解した。
だけど、剄はぶつかり合っているのだ。もう一方、その剄の持ち主がわからない。
ぶつかり合うほどの、天剣授受者に匹敵するほどの剄の持ち主を、まさかこんな学園都市で感じるとは思わなかった。
確かに天剣には他都市出身の者もいるが、それでもクラリーベルは信じられない。

(まさか……これは!?)

それほどの実力者がグレンダン以外にいることもだが、その者の剄がひょっとしたらサヴァリスを超えるほどに強大だと言う事実にだ。
いや、ひょっとしたらどころではない。間違いなくサヴァリスの剄を超えている。
サヴァリスとは顔見知りであり、彼の剄の波動は覚えている。故に、覚えのない強大な剄の波動がサヴァリスを上回っていることにクラリーベルは自らの感覚を疑った。
だからこそ気になる。この剄の持ち主が。サヴァリスと戦っているのが、どんな者なのか。

「すいません、この子をお願いします」

「ええ!?ちょ、あなた……」

クラリーベルはリーリンを少女へと押し付け、自らの活剄の密度を上げて跳ぶ。
一瞬で建物の屋根へと飛び移り、そのまま跳ねるように小鳥の群れへと向かっていった。

「もう!本当に……こうなったらあなただけでもシェルターに」

少女はリーリンへと手を伸ばし、彼女を早くシェルターへ移動させようとした。
だけどそれを避けて、リーリンは走り出す。

「ごめんなさい。私も行きます」

「ちょ、行くって……さっきの子は武芸者みたいだったけど、あなたは一般人じゃ……って、ちょっと!ああもう!!」

先へと進むリーリンに少女が頭をかきむしり、その後を追おうとするが、

「シェル!持ち場を離れるな!!」

「だってロイ君!あの子達が列を離れて……」

隊長であるロイに咎められて、シェルは忌々しそうに背中を向けるリーリンを指差す。

「今は宿泊客を避難させる方が先だ。あっちは僕が追う。お前はこっちを頼むぞ」

「うん、わかった……」

確かに宿泊客を避難させる方が先決だ。たった1人2人のために、宿泊客達の避難を滞らせるわけにはいかない。
ロイは自分に任せろと言って、リーリン達の後を追っていった。
そんな彼の背中を見て、シェルは小さくつぶやく。

「今度は大丈夫だよね……ロイ君」




































あとがき
さてさて、次回はフォンフォンとサヴァリスが激突します。
ですが廃貴族でパワーアップしたフォンフォン……サヴァリスと言えど、勝負になるかどうか……
ディック先輩出すと前回言ってましたが、冒頭だけ。なんだかんだで出しづらいですね。
マイアス編で、今後彼に出番があるのかどうか……

クラリーベル参戦!ですが、現在錬金鋼を没収されている状況……
この状況でどうなるのか、さてさて?
いくらクラリーベルでも流石に天剣同士の争いには手が出せませんからね。次回はどうなることやら?
執筆頑張ります。

最後に、凄くどうでもいいことですが、クララがアニメに出てたら皆さんはどんな方が声優さんだったと思いますか?誰にやって欲しかったですか?
俺は個人的な趣味で水樹奈々さんとかにやって欲しかったなと思います。皆さんのご意見を聞かせてくれると嬉しいです。

それにしても今更ですが、レジェンドとか聖戦のレギオス読んでないので、狼面衆やらディックのこと、リグザリオやイグナシスがよくわかりません。
どこかおかしくないですよね?
外伝買おうかなと、本気で思うこのごろです。でも、読む時間が……



[15685] 42話 天剣授受者VS元天剣授受者
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:750f3f46
Date: 2011/02/22 15:16
鋼糸が舞う。
数百を超える鋼の糸がサヴァリスを襲う。それをサヴァリスは見極め、後退しながら避けていた。
だが、完璧にかわしきることはできないのか、頬や腕には小さな切り傷がある。
そこから垂れる血だが、サヴァリスは腕に付いた血を舐めて笑みを深める。

「リンテンスさんに教わった鋼糸の技ですか。ここまで再現するなんて流石はレイフォンだ。グレンダンでもこの技を実戦で使えるのはリンテンスさん本人しかいないからね」

会話をかわしながらもサヴァリスは避ける。
鋼糸を操っているレイフォンの僅かな隙を突いて衝剄も放ってくるが、レイフォンはそれを容易く回避した。
サヴァリス自身、当てられるとは思っていない。あれはあくまで牽制である。

「だけど気に入らないね。それが君の全力じゃないでしょう?リンテンスさんに教わったのは、その程度の技だったのかい?」

レイフォンの鋼糸の技量は、リンテンスには及ばないがそれでも何千、何万と言う数の糸を操ることができる。
故に、この数百と言う数はあまりにも少なすぎるのだ。
それでも並みの武芸者ならば、近づくことすら叶わずにこの鋼糸の刃に切り裂かれるだろう。

「あなた程度に、本気を出す必要はないと思っただけですよ」

「はは、面白いことを言ってくれる」

挑発的なレイフォンの発言に、サヴァリスの笑みが濃くなる。
彼に挑発は意味を成さない。それを正面から受け止め、自分のできることを、強力な技を冷静なまま放ってくるからだ。
戦闘狂などと呼ばれるサヴァリスだが、その本質は意外にも冷静で、戦略性も兼ね備えている。彼はただ好戦的であり、戦闘に対する執着が誰よりも強いと言うだけだ。

「なら、少しだけ本気を出させてあげますよ」

活剄衝剄混合変化、ルッケンス秘奥、千人衝

数百の鋼糸の間を走り抜け、レイフォンへと向かうサヴァリス。
その姿が突如2人に増えた。4人に増え、8人に、16人、32人、64人、128人……倍々に数が増えていき、その名が示すとおり千人を超えるのにそんなに時間はかからなかった。
レイフォンが使う千斬閃の元となった剄技だ。
ツェルニにいた時は千と言う割には出せて数百ほどだったが、やはり本家が使うとなると話は違う。
千を越えるサヴァリスがいつも浮かべている、何を考えているのかあいまいな笑みではなく、壮絶な、興奮しきった凶暴な笑みを浮かべていた。
そんな顔のサヴァリスが千人もいるのだ。はっきり言って怖い。
レイフォンは鋼糸を操り、数十人のサヴァリスを切り裂く。だが、その中に本体はいなかったらしく、残りの千人近いサヴァリスがこの隙にレイフォンを囲んだ。
それと同時に、彼らの口が開く。

(まずい……)

その動作、剄の動きを見てレイフォンは直感した。
すぐさま回避行動を取ろうとするが……間に合いそうにない。
千人近くのサヴァリスの口元から剄の光が溢れた。

外力系衝剄の変化、ルッケンス秘奥、咆剄殺

秘奥に秘奥を重ねる。
彼らの口からは、分子構造を崩壊させる振動波が放たれた。
周囲の建物すら巻き込み、辺りが振動によって震える。窓ガラスが割れ、逃げ場のない一斉射撃がレイフォンに襲い掛かった。

「かあああっ!!」

それに対し、レイフォンも口を開いて対応した。

内力系活剄の変化、戦声

剄のこもった大声で大気を震えさせる威嚇術。
振動波に対し、大気を震えさせることで無力化を図ったのだ。
だが、千にも及ぶ咆剄殺全てを無力化することは不可能であり、その何発かがレイフォンに襲い掛かる。

「くっ……!?」

レイフォンの着ていたツェルニの制服はズタズタに裂け、袖は跡形もなく飛び散る。
制服の下に来ていたシャツは血に染まるが、傷は深くなかった。
身体に異常がないことを確認し、レイフォンはすぐさま構え直す。何発かは直撃を喰らったはずなのに、思ったよりも軽傷だった。

「咆剄殺の振動波を威嚇術で抑えたのか。流石は師弟。考えることは一緒と言う事ですか」

「養父さんと戦ったことがあるみたいな口ぶりですけど、どういうことですか?」

1人に戻ったサヴァリスが感心したように言い、その言葉にレイフォンの視線が鋭くなる。
サヴァリスの言葉、それはつまり、咆剄殺を使える者がレイフォンの師、デルクへ向けてそれを放ったと言うことだ。
咆剄殺とは初代ルッケンスの秘奥。それを放てる者の数は少なく、もしかしたらサヴァリスがデルクを襲ったのではないかと考える。
もしそうならば許さないと、レイフォンは怒りに染まった視線を向けた。

「それもそれで楽しそうですが、残念ながら僕じゃない。ガハルドだよ」

「ガハルド・バレーン!?」

レイフォンがグレンダンを去る切欠となった人物。
腕を切り落として再起不能になったはずだが、まさか復活して逆恨みでデルクを襲ったのかと考える。
だが、おかしい。彼の実力では、咆剄殺を放つなんてことはできなかったはずだ。あまりにも彼は弱すぎる。

「寄生型の汚染獣に乗っ取られてね。自我を無くして暴走。逆恨みでデルクを襲ったんだ。でも、汚染獣に乗っ取られただけあって技量は上がってたけど、僕の敵じゃなかったね。デルクは怪我を負って入院しましたが、もう完治していますよ」

「そ、そんな……」

レイフォンの瞳に動揺が走る。
寄生型の汚染獣、おそらくは老生二期以降のものにガハルドは襲われたのだろう。
正直な話、ガハルドが教われて汚染獣ごと討伐され、死んだってどうってことはない。
ツェルニに行く切欠となり、そこでフェリと出会えたことについては感謝してもいいが、それ以外は興味はサラサラないのだ。
それよりも逆恨みとは言え、養父であるデルクに迷惑をかけてしまったことに胸に痛みを覚える。
大したことがなかったとはいえ、そのことを流せるレイフォンではないのだ。

「まさかこうも動揺するとは、失敗したかな?僕としては万全な君と死合たいんですが」

「……ふう、すいません、落ち着きました」

だが、今は戦闘中。気を抜く暇など存在せず、すぐさまレイフォンは心を静める。
その瞳からは感情の色が消えていく。昔からの癖であり、戦闘で大事なのは平常心。
だからレイフォンは戦いの中で不必要な感情を次々と排除し、こういう瞳をするようになった。

「もう一度確認しますが、養父さんは……デルクは無事だったんですね?」

「さっきも言いましたが、もう完全に完治しています。だから、何も心配は要りませんよ」

「そうですか」

レイフォンの瞳からは、完全に感情の色が消えた。
その場所にはレイフォンの幼馴染であるリーリンもいたが、彼女は怪我を負っていないし、そんな余計なことを言ってレイフォンの感情を掻き乱すのはよくないと判断してサヴァリスは黙っていた。
吐露して感情任せのレイフォンとやり合うのも面白そうではあるが、今は真剣勝負をしたい。力と力の真っ向勝負。
流石に天剣を都市外へ持ち出すことは許されなかったので、この手にあるのは通常の錬金鋼である手甲と脚甲である。
だが、条件は同じはずだ。レイフォンの天剣は剥奪され、今はグレンダンに空席として存在している。レイフォンだって自らの全力の剄に耐えられる武器を持っていない。そのはずだ。
だと言うのに……

「それはそうと、面白い錬金鋼を使ってますね。本来の流派は刀だって話ですから、当然と言えば当然なんでしょうけど」

サヴァリスが、レイフォンの操る鋼糸へと視線を向ける。
刀身から分裂した鋼糸。普通の錬金鋼のようにも見えるが、何かが違う。何か、特別なものだとサヴァリスは直感で感じていた。
そして何より、剣身ではなく刀身が鋼糸として分裂しているのだ。
自らの戒めとして、けじめとして刀を捨てたはずのレイフォンが刀を使っている。斬るための斬撃武器ではなく、牽制用の鋼糸が気になるところではあるが、レイフォンが刀を手にしているのだ。

「サイハーデンの技、是非とも見せて欲しいものです」

サヴァリスは歓喜する。

「今のところ使うつもりはないですし、あなた程度に使う必要があるとも思えませんが」

鋼糸としては使っているが、マイアスに来たと同時に持っていたこの錬金鋼に戸惑いつつ、レイフォンはサヴァリスと相対する。

「ならば使わせるまでですよ」

その表情が凶悪な笑みに染まり、サヴァリスはレイフォンに向けて突っ込んだ。




































「なるほど、やはり出てきましたか」

クラリーベルの行く手を阻むように現れた狼の仮面をした集団、狼面衆。
彼らのいきなりの出現はむしろ予想通りだと納得し、クラリーベルは構えを取る。

「ならば、この湖蝶炎翅剣で……あら?」

錬金鋼を抜こうとしたクラリーベルだが、あることに気が付いた。
本来なら錬金鋼が納まっているであろう剣帯に、錬金鋼がないことに。

「そういえば……没収されていましたね」

危険物は拘禁されている間、マイアスの都市警察が没収しているのだ。
こんなことになるんだったら保管されている部屋に忍び込み、自分の錬金鋼を抜き取っておくべきだったと後悔する。

「まぁ……今更考えても仕方がないですね。あなた方程度、徒手空拳でお相手しましょう」

だがすぐに切り替え、あまり得意ではないがクラリーベルは素手での戦闘を試みる。
基本は奇双剣を使った戦い方をするが、武芸者と言うのは活剄で強化された肉体そのものが凶器と化す。その拳や蹴りは、鈍器で叩いたほどのダメージを与えることが可能だろう。
相手も武芸者とはいえ、当たり所によっては骨を折るか砕き、または内臓を破裂させることも可能なはずだ。
もっとも、相手が狼面衆の場合は倒しても元の場所へ還るだけだろうが。

「いきますよ」

問題はリーチ。素手のクラリーベルに比べて、相手はカタールと言われる剣を使用している。
素手と剣では当たり前だが攻撃範囲が違い、短いクラリーベルの方が不利だ。しかも相手は集団。
だが、こんなにも不利だというのにクラリーベルは負ける気がしなかった。
むしろ、徒手空拳の、集団戦の良い練習になるとしか考えていない。
意気込み、構えを取るクラリーベルだったが……

「はぶっ!?」

「……え?」

空から何かが落下してきて、それが狼面衆の1人に着弾する。
落下してきたものは狼面衆を踏み潰し、何事もなかったかのように空を見上げていた。

「こんなにも心躍る戦いは初めてです。もっと楽しませてくださいよ」

「サヴァリス……様?」

「やあ、クラリーベル様」

それは人であり、長い銀髪をたなびかせたサヴァリスだった。
そんな彼の突然の出現に、狼面衆達は動揺しつつもすぐさま取り囲んだ。

「……天剣授受者か?」

「すいませんが、今はあなた方を相手している暇はないんですよ。邪魔はしないでいただけます?」

狼面衆の問いかけに、サヴァリスは忠告して黙らせる。
こんな雑魚の相手をしている暇はない。なにせ、今は滅多にお目にかかれない大物が網にかかっているのだから。
捕食者である自分が、逆に捕食されかねないほどの大物が。
これほど戦闘狂として、心躍る戦いはない。

「戯言を」

「覚悟」

言葉をつむぎ、狼面衆が攻撃を仕掛けてくる。
サヴァリスを最大の脅威とみなしたのか、クラリーベルを無視してまでもサヴァリスに襲い掛かる。
だが、サヴァリスは慌てず、鬱陶しそうにしながらも冷静に対処した。

「は……?」

「飛んでください」

斬撃をかわし、まずは狼面衆の1人の手首をつかむ。
つかみ、そのまま上空へ向けて投げ飛ばした。

「なっ!?」

まるでボールのように放り投げられ、狼面衆は宙を舞った。

「がっ……」

今度はその体が両断される。
投げ飛ばされた先には人影があり、その人影が剣で狼面衆を切断したのだ。
死体は残らず、血も流れずに狼面衆は還っていく。
その光景を見て、サヴァリスはその笑みを更に濃くした。

「次、いきますよ」

「なっ!?」

「うぉ!?」

「ひっ!」

手足を取られ、次々と狼面衆達は宙へと投げ飛ばされる。それはまさに、人間の砲弾。
その砲弾は宙にいた、先ほど狼面衆を切断した人影へと一直線で向かっていた。

「がっ……」

まずは先に飛んできた狼面衆を踏みつけ、その勢いで空へさらに跳ぶ。
踏まれた狼面衆は成す術なく落下し、頭から落ちて還っていった。
人影が跳んだことにより、本来なら当たる軌跡で飛んでいた狼面衆達の砲弾は外れ、そのまま背後にある建物へと頭から飛んでいった。
壁に突き刺さり、そのまま還っていく。冗談とか、悪夢としか思えない光景。

「そう来なくちゃ」

サヴァリスは更に狼面衆を投擲し、宙を舞っていた人影は剣で、はたまた彼を取り囲む細い糸のようなもので切り裂きながら落ちてくる。
その距離が縮まり、投げるべき狼面衆がいなくなったところで、

「弾切れか」

サヴァリスがそう言って、落下してくる人影に襲い掛かった。
自ら同じ高さまで跳び上がり、鋼糸の隙間を潜り抜けて人影へと強烈な蹴りを放つ。
それを体を捻ることでかわした人影は、その手にもった剣の峰でサヴァリスの横腹を打った。

「ぐっ……!?」

その一撃を、サヴァリスは間に腕を入れることで防ぐ。だが、受けたその腕から鈍く、嫌な音が響いた。
攻撃を受けた勢いですぐさま距離を取り、サヴァリスは地面に着地する。
人影の主も、警戒したように地面に着地した。

「流石ですね……今ので腕がいったようです」

横腹への一撃は防いだ。だが、そのために剣を受けた腕、左腕を犠牲にしてしまう。
折れたようで腫れ上がり、肘から先の感覚がない。
笑みを浮かべているサヴァリスだがその笑みがどこか引き攣り、脂汗を掻いていた。どうやら無理やり笑っているようだ。

「片腕では不利でしょう?ここら辺でやめるべきじゃないですか?」

「まさか。こんな楽しい戦いをこの程度でやめるわけがないでしょう」

「そうですか……」

サヴァリスが人影と会話を交わす。

「え……?」

その人影の姿を確認して、クラリーベルの思考が一瞬止まった。
何故なら彼女は、その人物に会うために故郷のグレンダンを出てきたのだから。
だからこそツェルニに向かっていた。
そう、本来ならここにはいないはずの人物。

「行きますよ、レイフォン!!」

「1人でどこにでも行ってください!」

レイフォン・アルセイフ。
現在、ツェルニで学生をやっているはずのレイフォンが、このマイアスにいる。
そして今、目の前でサヴァリスとやり合っている。
サヴァリスが接近して蹴りを繰り出す。それを避け、レイフォンは剣ではなく蹴りには蹴りをと反撃の蹴りを放った。

サヴァリスが再び距離を取ってかわし、衝剄を放つ。
それに対してレイフォンも衝剄を放ち、弾くどころか押し返していた。
迸る膨大な剄。天剣授受者と、それ以上の剄のぶつかり合い。荒れ狂う剄は衝撃波を呼び、強烈な風が舞い起こる。
その強風に髪をたなびかせながら、この戦闘にクラリーベルは見入ってしまった。

天剣授受者と元天剣授受者同士の戦い。
並みの武芸者では決して立ち入れぬ、まるで災害のような争い。
剄の余波で辺りの建物が震え、窓ガラスがガタガタと音を立てている。何枚か罅割れ、破片が降ってきていた。

「……………」

クラリーベルは息を呑む。
決して手出しできぬ戦い。そしてするべきではない。
レイフォンにこの実力を認めてもらいたいと思った彼女だが、だからこそ理解もできる。
この戦闘は自分にも手出しできない、立ち入れぬ戦いだと言うことを。
自分との実力差を、荒れ狂う剄とその中心で攻防を行う2人の存在が教えてくれる。

それでも思った。我慢しようと耐えるが、この鼓動を抑えることができない。
心臓がドキドキと高鳴り、冷静な感情を塗りつぶしていく。

交ざりたい

この争いに交わり、レイフォンやサヴァリスと共に戦いたい。
こんな時に錬金鋼がないのが悔やまれる。だが、先ほど考えたように徒手空拳で乱入するかと思い悩む。
格下相手ではなく、圧倒的格上に錬金鋼なしでの乱入。
これは死ぬかもしれないと思いながら、クラリーベルは視線を逸らさずにこの戦闘を眺めていた。

「くくっ……実は学園都市なんかに行って、弱くなってないかなんて心配したんですよ。君は大切なものを護るために戦い、その悪行がばれて護るべきものに拒絶された。一度心が折れた君は。学園都市で同じ失敗を繰り返してしまうのか、犯してしまうのかってね」

サヴァリスが無事な右腕で突きを放ち、そのまま流れるような動きで蹴りへと連動した攻撃を仕掛ける。

「もう失敗するつもりはないんですよ。護りたい人ができた。誰よりも大切な人が!だから僕は、早く用事を済ませてその人の元へ帰るんだ!!」

レイフォンはサヴァリスの攻撃を避け、あるいは剣の柄の部分で受け流す。
攻撃を捌かれたことによってできたサヴァリスの隙を突き、今度はレイフォンが薙ぐような蹴りを放った。回し蹴りだ。
まるで死神の鎌のような蹴りを、サヴァリスは宙に跳んで回避する。
だが、宙に跳べばその分行動が制限される。

「そうですか。だから君はこうも研ぎ澄まされているんですね。廃貴族による強化を抜きにしても、君は強くなった。それでこそグレンダンの外に出た甲斐があると言うものです」

宙に浮き、隙だらけのサヴァリスに向けてレイフォンが衝剄を放った。
だけど、サヴァリスだってただ宙に跳んだわけではない。彼も衝剄を放ち、その反動を利用して背後に跳ぶ。
またも取られた距離。だけどレイフォンは一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろした。

「だからこそ僕は思うんです。君が再び失敗したら、どうなるのか?例えば僕が、君の大切な人を壊したとしたら?君はどうなるのかな?」

獰猛な笑みに染まるサヴァリス。
剣の一撃を避け、またも距離を取ってから衝剄を放とうとする。
だが、放てなかった。サヴァリスは決して言ってはならぬ禁句を言ってしまったのだ。

「その時は、潰しますよ」

「がっ!?」

加速。レイフォンは先ほどよりも速い速度で踏み込み、サヴァリスのがら空きだった腹へ強力な蹴りを叩き込む。
いくら鍛え上げられた肉体を持つとはいえ、レイフォンの足が腹筋に突き刺さったのだ。
サヴァリスは僅かに苦悶の表情を浮かべ、強烈な吐き気に襲われた。
鈍い痛みと共に、口から血が漏れてくる。
肋骨が何本か折れ、内臓も破裂したかもしれない。

「いっそのこと、そんなことができないようにここで消しましょうか?」

そんなサヴァリスに向け、レイフォンは既に追撃の準備を終えていた。
鋼糸として使っていた錬金鋼は既に剣帯へと収められており、青石錬金鋼の剣を両手で構えていた。
体をひねり、剣を背に隠すような構え。それは天剣技。
強大な剄が、青石錬金鋼の剣身へと凝縮し、それが一瞬で消失した。振り抜いたのだ。

天剣技 霞楼

それは浸透斬撃。
一閃として放たれた斬撃。その刃から放たれた衝剄は目標の内部に浸透し、多数の斬撃の雨となって四散する。
それは斬撃によって織り成された一瞬の楼閣の如くであり、回避不可能の斬撃の重囲を築き上げた。
サヴァリスはかわすことすらできず、斬撃を全身に受ける。
レイフォンは技を放ち終わると、そのまま青石錬金鋼を宙へと思いっきり投げ捨てた。
彼の剄に耐え切れなかった錬金鋼は宙で爆発し、錬金鋼の破片が降り注いだ。

「がはっ……」

その身に刻まれた幾多もの切り傷。溢れ出す血。衣服はボロボロとなり、サヴァリスは膝から地面に付いた。
息を荒らげ、今度は腕を付く。四つん這いとなった状態で、顔を上げて何とか言葉を発する。

「まさか……これほどとは。本当に本気を……出していなかったと、言うことですね?」

「自分でも驚くほどに剄が増大してましてね。不用意に本気を出せば、ルイメイさんみたいに都市そのものを破壊してしまいかねませんでしたから」

感情を伺わせないレイフォンの言葉に、サヴァリスはどかっと、仰向けに寝転がる。
下が地面だとかは気にならず、このボロボロの体ではむしろ気にする余裕はなかった。
腕と肋骨が折れ、破裂したかもしれない内臓。更には体中に刻まれた切り傷。
天剣技で死ななかったのはレイフォンの手加減が絶妙だったからだろうが、これではレイフォン相手に戦闘続行は不可能な話だ。体中から力が抜け、動くことすら辛い。

「もういいですね?」

「やれやれ……終わってしまいました、か。せっかくだから……もう少し楽しみたかった、んですけど……」

レイフォンの言葉に、サヴァリスは笑顔のまま残念そうにつぶやく。
この戦闘は楽しめたが、まだまだ物足りない。未だに不完全燃焼のまま、いうことを聞かない体に活剄を流した。
幾分かは楽になったが、やはりレイフォンとやり合うのは無理そうだ。

「で、どうしてここにいるんですか?」

「それは……ですね」

レイフォンの問いに、サヴァリスが答えようとする。
だがその瞬間、このタイミングで、レイフォンに闘気が向けられた。
それと同時に放たれた手刀。素手とはいえ、武芸者の放つ手刀は凶器となる。
その気になれば人の体は貫かれ、首を薙ぎ落とす事だって可能だ。

「……………」

レイフォンはそれを無言でかわす。
その手刀があまりにも鋭く、前髪の毛先が何本か削れていた。髪が宙を舞うも、レイフォンは冷静にその手を取る。
そしてそのまま、流れるような動作で投げ飛ばした。

「かはっ……」

手刀を放った人物は女性で、受身も取れずに背中から地面に叩きつけられて苦悶の表情を浮かべる。
歳はレイフォンと同じくらいの少女だったが、それでも容赦はせずに地に叩きつけられた少女に向け、レイフォンは今度は足を振り下ろす。

「っ……」

「今度は誰ですか?」

顔の真横、少女のサイドポニーに纏められた髪を踏みつけながら、レイフォンは問いかける。
顔面を踏み潰されるかと思った少女は僅かに息を呑みながら、それでもすぐに立ち直り、頬を高揚させてつぶやいた。

「不意打ちだったんですが……やっぱり、あなたは最高です」

その言葉に、レイフォンは疑問を浮かべた。
この少女はレイフォンのことを知っているようだが、レイフォンに覚えはない。
マイアスに、いきなり不意打ちを仕掛けてくるような知り合いはいないはずだ。
一瞬誰だかわからなかったが、冷静に少女を見て、彼女の髪に混じった一筋の白髪を見て、レイフォンはある人物の名が浮かんだ。

「クラリーベル、様……?」

「はい。覚えていてくれて、嬉しいですわ」

地面に叩きつけられ、髪を踏みつけられているというのに少女は、クラリーベルはにこやかな笑みを浮かべている。
耐えようと思っていたが、決着が付いた瞬間に我慢ができずに飛び出してしまったのだ。
結果は相手にもされずに、このように投げ飛ばされてしまった。
そのことを悔しく思いつつも、クラリーベルはレイフォンの強さに触れられてどこか嬉しそうだった。

「なんで……ここに?」

サヴァリスにも思った疑問。何故、王家であり、ティグリスの孫であるクラリーベルがここにいる?
それだけではない。この都市、学園都市マイアスにはレイフォンの幼馴染であるリーリンまでもがいた。
どうして、グレンダンにいるはずの彼女がこんな場所にいる?
その理由がわからない。疑問が尽きない。
戦闘もひと段落したので、レイフォンがそのことについて尋ねようとしたが……

「レイフォン……?」

「……リーリン」

その幼馴染が、息を切らせながらレイフォンの前へと現れた。




































あとがき
今日はいつもより短いですが、ここまで。サヴァリス戦で燃え尽きました(汗
やはり戦闘は難しいですね。ですが番外編を淹れますので、それでご勘弁を……
しかし、なんだかんだでシェルが結構人気ですねw
俺もロイは嫌いなキャラではないんで、救済と言う案を企ててみましたw
まぁ、今回は出番なかったですが、この幼馴染が次回はどう動くのか?
次回、フォンフォンがリーリンに対して取る行動は?

1 逃げる

2 逃亡

3 逃走

一体どれ!?



[15685] 43話 電子精霊マイアス
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/11/03 10:08
一瞬、頭の中が真っ白になった。
ここにいるはずのない幼馴染が、今、目の前にいるのだ。
彼に会いに行くために、故郷のグレンダンを出てきた。
目的地であるツェルニへと向かうため、現在はこの都市で放浪バスが来るまで足止めされている。
そんな時、このような事件に巻き込まれたのだ。盗難事件の容疑者の1人として宿舎に拘禁され、錬金鋼すらも没収されてしまう。
それに対する行き場のなかった怒りさえも忘れ、今が汚染獣の襲撃を受けている非常時だと言う事も忘れて、リーリンは彼を見る。
幼馴染のレイフォン。同じ孤児院で育った兄弟。
レイフォンはボロボロのツェルニの制服を着て、そんな彼の近くにはこれまたボロボロのサヴァリスが倒れていた。
クラリーベルも倒れており、そんな彼女を押さえつけるようにレイフォンは彼女の髪を踏みつけている。
まったく状況が理解できない中、リーリンはもう一度幼馴染の名前を呼んだ。

「レイフォン……」

どうしてここに彼がいるのだろう?
疑問がまったく尽きない。だけど、会いたかった人が目の前にいる。
そのことにリーリンは戸惑ったが、今は会えたことによる嬉しさが込み上げてきた。

「レイフォン」

もう一度彼の名を呼び、1歩、レイフォンの元へと足を進める。
話したいことがあった。伝えたいことがあった。
この状況は理解できないが、今はレイフォンと言葉を交えたい、話をしたい。
そう思って、リーリンはレイフォンへと近づく。だが……

「……え?」

レイフォンは逃げ出した。
踏みつけていたクラリーベルの髪から足をどけ、脱兎の如く駆け出す。
武芸者としての身体能力をフルに使い、軽く跳躍しただけで建物の屋根まで跳び上がる。
そのまま全力で走っていき、すぐにリーリンの視界から消えてしまった。

「……………」

取り残されたリーリン。彼女は暫し、呆気に取られながらも状況を理解する。
レイフォンは逃げた、逃げ出したのだ。リーリンの顔を見るなり、全力で。
なんで?どうして?
そんな疑問が、リーリンの頭の中に浮かぶ。
だが、その答えを得るよりも先に、リーリンは幼馴染の名を大声で呼んだ。

「レイフォンっ!!」







レイフォンは走った。
理由は自分でもわからない。ただ、本能でそうしているのだ。
あそこにいては何故かまずい気がした。ただ、それだけの理由。
実際には逃げ出した方がまずいことになるのだが、今のレイフォンはそんなことを冷静に考えることはできない。
ただ感情に任せて、本能に従って、レイフォンは全力で走る。

「なんで?どうして!?」

どうしてここにリーリンがいる?
その疑問は、最初にこの都市に来た時にも思った。
理由を先ほどサヴァリスに聞こうとしたのだが、なんでこのタイミングでリーリンがあそこに現れる?
今は汚染獣の襲撃と言う非常時で、一般人はシェルターへの避難を命じられているはずだ。
当然、リーリンだって避難をしていたはず。だと言うのに何故、あの場へ現れた?
わけがわからないままに走り続けて、どうしてレイフォンは走っているのかもわからない。

そのまま走り続けて、あっと言う間に外縁部にまで辿り着いてしまった。
レイフォンはやっと足を止めると、くるりと後ろを振り返る。
もう結構離れてしまったために、ここからではリーリン達の姿は見えない。
だが、レイフォンは武芸者だ。その中でも最強クラスの実力を持つ、元天剣授受者。しかも今は廃貴族が憑り付いていることにより、剄が大幅に増幅している。
少し活剄の密度を上げれば、視力を強化してーリン達の様子を窺うことができるし、聴力を強化すれば話を聞くこともできる。
レイフォンはこの場所から、リーリン達の様子を見ることにした。














「……なんで?どうしてレイフォン後ここに?その前になんで逃げたの!?」

レイフォンに逃げられたリーリンは呆然とし、唖然とし、呆気に取られて驚愕する。
状況がまったく理解できず、わけがわからない。
レイフォンの姿は既に見えなくなり、残っているのは地に倒れた傷だらけのサヴァリスと、無傷だが同じように倒れていたクラリーベルのみだ。

「レイフォン様、どうしたんでしょうか?」

クラリーベルは起き上がり、背中に付いた砂埃や、踏みつけられたことによって髪に付着した土などを手で払う。
彼女もどうしてレイフォンがここにいるのか気になっていたが、レイフォンとサヴァリスの戦闘を見てそんなことはどうでもよくなっていた。
だが、その興奮も冷め、幼馴染であるリーリンの姿を見て脱兎の如く逃げ出したレイフォンの姿を見れば、彼女が疑問に思うのも当然のことだ。
ここまでの道中で暇つぶしに聞いた話だが、レイフォンとリーリンの仲が悪いと言うことはないはずである。むしろ良い。
グレンダンであのような騒動を起こしたレイフォンを許し、むしろ味方していたのはリーリンなのである。なのにどうして、レイフォンは逃げ出した?

「レイフォン……」

レイフォンの行動の意味が理解できないと、リーリンは嘆いていたが……

「あっ!サヴァリス様大丈夫ですか!?それにクララも、さっきレイフォンに髪を踏まれていたみたいだけど……」

今はこの状況を思い出す。
傷だらけで倒れているサヴァリス。
クラリーベルも目立った怪我こそないが、先ほどまで地に倒れ、レイフォンに押さえつけられるように髪を踏まれていたのだ。
どうしてこのようになったのか?
なんでレイフォンはクララにあんなことをしていたのか?
そんなことを考えながら、リーリンは新たな心配事に囚われる。

「なに、なんともありませんよ……ちょっとレイフォンに敗北しただけです。いやぁ、負けというのも案外清々しいものですね。こんな気持ちは陛下に敗北した時以来だ……くっくっ」

サヴァリスは地に倒れたまま、子供のように無邪気な笑顔で言う。
邪気がまったくない、純粋な笑顔だ。負けたと言うのに、こんなにもボロボロだと言うのに、純粋に、嬉しそうに笑っていた。

「私も大したことはありません。それに、元はと言えば私がレイフォン様に不意打ちしたのが原因ですから」

クラリーベルもどこかにこやかな笑みを浮かべており、女の命とも言える髪を踏みつけられたことなどまるで気にしていなかった。
その感性が、リーリンには理解できなかった。
そんな風に彼女が呆気に取られていると、笑っていたサヴァリスが笑みを止め。不思議そうにリーリンへと視線を向けてくる。

「そう言えばリーリンさん、どうしてここにいるんですか?今は非常時で、一般人はシェルターに避難しているはずですが」

その非常時に何をしているのかと思ったが、リーリンはサヴァリスに言われてはっと思い出す。
彼女がここにきた理由を。
本当は今すぐにでもレイフォンを追いかけたい衝動に駆られたが、今はそんなことをしている場合ではないし、一般人のリーリンが追いかけたところで到底追いつけない。
だから渋々と諦め、リーリンはサヴァリスに現状を説明した。

「大変なんですサヴァリスさん!都市が足を止めているんです」

「知っていますよ。いずれこうなるだろうなとは思ってました」

サヴァリスはむくりと起き上がり、あっさりと言ってのけた。
この態度にリーリンは目を丸くしたが、今更彼の性格についてどうこう言っている場合ではない。
それにサヴァリスも武芸者なのだ。クラリーベルのように外に出て、直接状況を確認したのだろう。

「電子精霊がいないそうなんです。だから、すぐになんとかしないと……」

「……それは、どなたに聞いた話ですか?」

「クララです」

流石に電子精霊のことは知らなかったサヴァリスが、それをどこで聞いたのかとリーリンに尋ねる。
その返答を聞き、サヴァリスは今度はクラリーベルへと視線を向けた。
視線を向けられたクラリーベルは、空を舞う小鳥の群れを指差して言った。

「まず、間違いないでしょうね。そしていなくなった電子精霊は、たぶんあそこにいます」

「どうしてそう思うんです?」

「あの光です。もっとも、サヴァリス様に見えるかどうかはわかりませんが……」

クラリーベルの言葉通り、サヴァリスは奇妙な顔をした。
目を細めたりして小鳥の群れを見つめているが、クラリーベルの言う光を発見できていないようだ。
そう言えばとリーリンは思い出す。避難誘導をしていた都市警察の少女も、あの光が見えていなかったとような反応をしていたことを。

「そんなものはどこにもありませんが?」

「でしょうね。ですがサヴァリス様が見えていないことから、間違いなく電子精霊はあの中にいるのですよ」

「なるほど……先ほど出てきたイグナシスの下っ端がやはり関係しているんですね?」

「あら、そのことはご存知だったんですか。流石はルッケンスの家系といったところでしょうか?」

クラリーベルとサヴァリスは、リーリンには理解できない言葉を交わしている。
会話に置いてけぼりになるリーリン。その会話に介入することすらできず、呆然とする彼女だったが……

「これは……」

「やれやれ、またですか」

この状況で、ゆっくりする時間が与えられるわけがなかった。
どこから現れたのかはわからないが、うじゃうじゃと集まる狼面の集団、狼面衆。
クラリーベルとサヴァリスは会話を打ち切り、現状を理解できていないリーリンを庇うように立った。

「クラリーベル様、リーリンさんとそちらの件に関しては任せてもいいですか?僕はこいつらを殲滅させますので」

「わかりました。確かに錬金鋼なしで相手をするには数が多すぎますね。ですがサヴァリス様は大丈夫ですか?お怪我がずいぶん酷いようですが」

「なに、こんなもの……」

体中に走る切り傷。左手と肋骨の骨折。もしかしたら破裂したかもしれない内臓。
ハッキリ言って絶対安静であり、間違いなく重傷だ。
だと言うのにサヴァリスは口から血を漏らしながらも、気丈に振舞って狼面衆の前に立った。

「掠り傷ですよ!」

宣言すると同時にその姿が掻き消え、一瞬で距離を詰めて狼面衆を蹴り飛ばす。
その速度はあまりにも速く、リーリンにはサヴァリスが何をしているかなんて視認することは不可能だった。

「これは……一体どういうことですか?」

サヴァリスと狼面衆の戦闘に呆然としていたリーリンに、唖然としたような男性の声がかけられる。
その声に、いや、正しくは声の主である男性の気配を感じた瞬間に警戒するクラリーベルだったが、その姿を見てクラリーベルは警戒を緩めた。

「あなたは……」

都市警察に所属している、第一隊隊長のロイだ。
彼は驚きと苦渋で複雑に表情を歪ませ、目の前で行われている戦闘を見入っていた。

「どうしてあなたがこちらに?」

「列から離れていくあなた方が見えましたから、後を追ったんですよ」

警戒を緩めたとは言え、油断はしないでクラリーベルがロイに問いかける。
その返答は一応納得のできるものだったが、クラリーベルの表情はどこか固かった。

「一体、何が起こっているんです?」

「実は……」

ロイの問いに対し、リーリンが早口で、掻い摘んで事情を話す。
いきなり襲ってきた狼面の集団のこと、そしておそらく、あの中に電子精霊がいるのではないかと言う憶測。
それに対してロイは少しだけ考え込み、サヴァリスと狼面衆の戦闘へと視線を向けた。
一般人のリーリンからすればわからないが、クラリーベルから見ればわかる。
レイフォンとの戦闘による傷が響くのか、どことなくサヴァリスの動きが鈍い。
それでも狼面衆を圧倒するには十分で、狼面衆はまるで相手にならず次々と還されていった。
その姿に表情を引き攣らせるロイ。サヴァリスの瞳は狂気で歪んでおり、激しく動いていることから口元、傷口から血が溢れて飛び散る。
血を滴らせながらの乱舞。この光景は、例えロイでなくとも呆気に取られてしまうだろう。

「ど、どちらにせよ……あの人だけにこの都市の運命を任せるわけにはいかない」

ロイは狂気の乱舞から視線を逸らすと、どこかへ向けて歩き出した。

「どこに?」

それに対してリーリンが尋ねる。

「あの中に電子精霊がいると言うのなら、あの群れを閉じ込めている仕掛けを壊さなくては」

「あ、なるほど……」

説明されて納得。ここにいてもリーリンは何もできないので、戦いの音を背にロイの後を追った。
それにはクラリーベルも同行し、ロイには気づかれないようにぼそりとリーリンに向けて囁く。

「リーリン、あまり私から離れないでください」

「え……それって?」

リーリンの疑問にも答えず、クラリーベルはロイの後を追う。
戦闘に巻き込まれないよう、大回りをしてその場所へと向かった。区画を潜り抜ける者を監視する通行所はシャッターが降りて無人となっていたが、ロイが非常用の扉を開けて通してくれた。

「もう、宿泊区画側からはシェルターに入れませんからね。あなた方はは後で別の入り口に案内します」

「あ、ありがとう」

「あなた方のおかげで原因がわかったんですから、当然です」

ロイの事務的な態度は変わらない。
通行所を通り抜けて、堀沿いに進んで目的の場所へと向かう。

「はっ、はぁ……遠い………」

武芸者のロイやクラリーベルには何と言うことのない距離だが、一般人の、しかもスポーツが得意とは言えないリーリンからすれば結構な距離だ。
非常時のため急ぐので、ロイはリーリンに合わせてゆっくりとは歩いてくれない。一応、置いていかないように早足程度だったが、それでもリーリンは走りっぱなしで脇腹が痛くなった。

「大丈夫ですか?」

「……なんとか」

息を荒げてすらいないロイを、リーリンは恨めしげに見上げた。
クラリーベルは自分が背負うかと申し出てくれたが、それを断ってリーリン達は目的の場所へと辿り着いた。
そこはどこまでも続きそうな高い堀と、沿うように伸びる道。風除けの樹林が植えられており、地面には落ち葉が落ちていた。
頭上では小鳥達の群舞が続いている。小鳥達の放つ鳴き声は甲高く、空を引き裂こうとするようだった。
息を整えながら、リーリンは周囲を見回す。

「あなたの言う仕掛けが機械的なものだとすれば、あの鳥達に近いこのあたりに設置されているはずですね」

「そうですね。そうであって欲しいものです」

クラリーベルの言葉にロイが頷き、二手に分かれて探すこととなった。
樹林の中に入りこみ、リーリンとクラリーベルは枯葉を蹴散らしながらそれらしいものを捜す。だが、そう簡単には見つからない。
少し離れた場所で、同じように枯葉を蹴散らしているロイへとリーリンは一瞬だけ視線を向けた。
彼もまた、見つけた様子はない。

(もしかして……)

そんな時、ふっと一瞬だけあることを考えた。
だが、その考えを否定する。ロイは都市警察の人間だ。そんなことがあるはずがない。

(とにかく、探さないと)

今、最も優先すべきことは電子精霊を助け出すことだ。
そんな考えを思考の片隅へと追いやり、リーリンは仕掛けを探し出すことに集中した。

「ありました!」

それから少しして、ロイが叫ぶ。
リーリンが視線を向けると、ロイは堀に沿うようにしてある側溝の蓋を開け、中を覗き込んでいる。
リーリンとクラリーベルが駆け寄り、中を見ると、そこにはリーリンが抱えられるぐらいの大きさの、小型の発電機のようなものが置かれていた
パイプのように太いコードが、側溝に沿って伸びている。

「おそらく、これがあの現象を起こしている機械のひとつでしょう」

「壊したら、全部消えるかな」

「なら、ここは私が……」

「まぁ、待ってください」

機械をクラリーベルが破壊しようとしたが、それをロイが制し、側溝に伸びたコードをつかんだ。

「別に、壊さなくても」

そのまま力任せに、一気にコードを引き千切る。
火花と電気が飛び散り、煙が上がる。小規模な爆発の後、小さな唸りを上げていた機械は動作音を止め、動かなくなった。

「エネルギーの供給を止めてしまえばいいんですよ」

パイプのように太いコードを引き千切るなんて発想、リーリンに思いつくはずもない。
事務的な態度を崩し、どこか子供染みた得意げな顔をするロイを無視して、リーリンは空を見上げた。
小鳥達は大きな羽音を上げ、飛び散るように散開した。
電光が消え去り、小鳥達の行く手を遮っていたものがなくなったのだ。
四方へと散らばった小鳥達だが、離れた場所で再び合流して群れを作った。
その内の何羽かが、疲れ果てたようにリーリン達の周りに降りてくる。

「あ……」

その中に、リーリンの部屋に舞い込んできた1羽がいた。
その小鳥にだけ、頭の部分に冠のような金色の羽毛があるのですぐにわかった。
小鳥は真っ直ぐにリーリンの肩に止まり、羽を休めた。

「マイアス……」

呆然と、ロイが小鳥を見てそう呼んだ。

「え?」

「それが、電子精霊マイアスです」

「この子が……」

肩に止まった、この小さな鳥が電子精霊。
小鳥の群れを電光が覆っていたのだから、もしかしたらとは思ったが、ハッキリ言って意外だった。
リーリンが電子精霊を見るのは、これが初めてである。

「そう、なんだ……」

「そうです。ですから、早くマイアスを機関部に戻さなければ」

そう言って、ロイがマイアスへと手を伸ばす。
次の瞬間……

「っ!」

目を覆う閃光が走り、ロイが伸ばした手を引っ込めた。彼の指先が黒く変色し、裂けた部分から赤黒いものが見え隠れする。
突然、自分の肩で起こったその異変にリーリンは立ち尽くした。
肩の上に乗っていたマイアスが力を失い、落ちていく。リーリンは慌てて両の手でマイアスを受け止めた。

今のは雷性因子。電子精霊がロイを拒否した?

「あなた……」

思考の片隅へと追いやった考えが浮かんでくる。
クラリーベルが今度は確信を持ったように警戒をし、リーリンとロイの間に割って入った。

「くっ、まいりましたね」

痛みに顔を引き攣らせたロイは、忌々しそうにマイアスを見つめていた。

「電子精霊を渡してもらいましょうか」

「嫌よ」

ロイの言葉を一刀両断にし、リーリンは後ろに下がった。
それを護るように、クラリーベルは厳しい視線をロイに向けて言う。

「電子精霊は私達が機関部に戻します。ですからお構いなく」

「……都市外の人間を機関部に案内できるわけないじゃないですか。さあ、早く」

一応筋は通った言葉だ。関係者以外、都市の心臓部である機関部にそう易々と入れられるわけがない。
それでも、ロイに任せるわけにはいかなかった。

「芝居はもういいんじゃないんですか、ロイさん。いいえ、狼面衆」

「っ……」

クラリーベルの言葉にロイが歯噛みをし、焦ったような顔から表情が消えた。
狼面衆と言う、リーリンには理解できない言葉。
それでもロイには通じているらしく、何も感じさせない無表情で問いかけてくる。

「……知ってたんですか」

「血筋的なものです。こういったことについて敏感なんですよ。そしてあなたには、最初から連中と同じ気配を感じていました。一体何をする気なのか傍観していたのですが、なるほど、電子精霊の強奪ですか」

その会話にリーリンはついていけない。だが、ロイが怪しいとは思っていた。
その理由は、小鳥達を囲んでいたあの電光が原因だ。
あれはリーリンとクラリーベルにしか見えておらず、サヴァリスや都市警察の少女には見えていなかったのだ。
それは他の人、宿泊客達も同じだろう。あんなに激しく光っていたのだ。汚染獣に見つかった衝撃のために気づかなかったなんてありえない。
何人かは気づき、動揺の声が上がってもいいはずだ。
つまり、あの電光が見えたのはリーリンとクラリーベルのみ。そして、仕掛けをした当事者達だけ。

「確か、あなた方はグレンダン出身でしたね。なるほど……そう言うことですか。ですが、ひとつ解せない」

ロイは錬金鋼を復元し、構えを取る。
クラリーベルは警戒しながら、ちらりとリーリンへ視線を向けた。
錬金鋼がないとは言え、ロイ自身を打倒することは可能だろう。
だが、今は一般人のリーリンがいる。彼女を護りながら戦うとなると話は違ってくる。
武芸者同士の戦闘、剄のぶつかり合い。その余波で彼女が怪我をするかもしれない。
ならばと、クラリーベルは自分がとるべき行動を決めた。

「リーリンさん、剄脈を持たない、武芸者でも念威繰者でもないあなたが、どうしてこの運命の輪の中にいる?錬金術師達が作り出した、この、閉じた世界の中にいる?ただの人の分際で」

「えっ!?」

リーリンにとって理解できない、まったくわけのわからない言葉。
だけどそれに答える余裕なんてなく、リーリンはその手のマイアスを抱えたまま、クラリーベルに抱えられてしまった。
一瞬で肩と足へと手を伸ばし、所謂お姫様抱っこでクラリーベルはリーリンを抱え上げて跳ぶ。

「きゃあああああっ!?」

リーリンはわけがわからずに悲鳴を上げた。
サイドポニーに結ばれたクラリーベルの髪がたなびく。彼女は活剄で強化した肉体で建物の屋根へと跳び上がり、そのまま飛び石のように駆けていく。
逃走だ。このままロイと戦うわけにはいかない。だから、一時リーリンをどこか安全な場所へと運び、その上でロイを迎え撃つ。
そう決意したクラリーベルだが、

「待て!」

当然ロイは指を咥えて見ているわけがなく、悠長に待ってくれるわけがなく、クラリーベルと同じように屋根を跳びながら追いかけてきた。

「待てと言われて、誰が待ちますか!」

クラリーベルはそう言って、速度を上げた。だが、リーリンを抱えている故に全力は出せない。
武芸者が全力で動いたときに生じる速度と衝撃に、一般人であるリーリンは耐えられないだろう。体と神経がついていかないはずだ。
だからクラリーベルは全力で走れない。そんな彼女との距離を、ロイは少しずつ詰めてくる。

「くっ……」

歯噛みをするクラリーベル。
マイアスの街中で、逃走劇は始まったばかりだった。





































「……………………………え?」

長い間の後、カリアンは首を捻った。
一瞬、何を言われたのか理解できない。いや、一瞬ではなく現在進行形でわけがわからない。

「言ったとおりの意味だ。こういったことは直接本人に告げるのが筋だが、あんなことがあったから伝える機会を失ってしまった。それで兄であり、この都市で唯一の肉親である生徒会長に言ったと言うことだ」

「……冗談、だね?」

「俺は医者だ。こういったことで嘘や冗談は言わない」

カリアンと同じ最上級生の6年生である医者は、事実を認めたくないカリアンの言葉を冷酷に否定する。
フェリが倒れたことにより剄脈以外にも体に不備がないか、健康診断のようなものをして、今回のことが判明したのだ。

「嘘だ……」

「本当だ」

「いやいやいや……ありえない、ありえないよ君!」

「落ち着け」

「ないって、絶対にない。僕がないと言ったらないんだ」

「現実を見つめろ」

盛大に取り乱すカリアンに対し、医者はあくまで冷静だった。
現実を受け止めたくないカリアンに向け、医者は彼にとって絶望的な事実をもう一度告げる。

「ありえない!!」

それに対するカリアンの絶叫。
彼の叫びは、病院中に虚しく響き渡るのだった。








「え……………?」

フェリは病室でこの事実を告げられ、間の抜けた声を上げる。

「こんな時はおめでとう……と言うべきなのか?」

医者の言葉が非現実的に聞こえ、視界の隅では兄であるカリアンが壁に寄りかかってぶつぶつとつぶやいている。
現実を認めたくない、憂鬱そうな悲壮感。そんな雰囲気が滲み出しているが、そのことはフェリには関係なかった。気にする余裕がないのだ。

彼女の左手首には包帯が巻かれており、その下には痛々しい切り傷が隠れている。
生きる気力すら失い、自殺未遂なんて騒ぎを起こしてしまった。その気持ちも今はだいぶ落ち着いてはいるが、今のフェリに覇気はない。
呆然とし、唖然とし、朦朧とした意識で医者の話を非現実的に受け止める。

「だから、自殺なんて馬鹿な真似はやめるんだな。もう、お前さん1人の命じゃないんだから」

自分1人の命ではない。そう言われても実感なんて湧かなかった。
なんとなく、自分の腹部を軽く撫でてみる。そこに芽吹いた新しき命。
それが信じられない。現実味をまるで感じない。

「妊娠一ヶ月。わかるか?お前さんは母親になるわけだ」

妊娠、その言葉の意味を思わず自問してしまう。
自分が母親になる?その意味も自問する。
それは正直……とても嬉しいことだ。子を生すと言う行為。そんなことをした相手はフェリには1人しかいない。言うまでもなくレイフォンのことだ。
母親になると言うことに不安や、自分に子育てがちゃんとできるのかと言う心配がある。それでも大好きな人、愛しい人、恋しい人、その人との間に授かった子供。嬉しくないわけがない。
そのことを素直に喜びたかった。その人と共に笑い合いたかった。だけど今は、その笑い合うべき相手がいない。
一瞬だけ表情が変化したフェリだが、その表情がすぐに暗いものへと変わる。
その表情の変化に、医者がため息を付く。

「なんともまぁ、浮かない顔だな。ショックなのはわかるが、だからって立ち止まっちゃ意味がないだろ?人の親になるわけだ。だから変わらないといけない」

気力のない、覇気のないフェリに向け、医者は言葉を投げかける。
本来ならこのことを言うべき立場である、兄のカリアンは未だに壁に寄りかかってぶつぶつとつぶやいている。

「俺に気の聞いたことは言えんが、とりあえず生きろ。死んでなんになる?考えてもみるんだな。あいつがお前さんに望んでいることを」

医者の言葉が淡々と響く。
自殺をしようとしたフェリ。医者としては見殺しにすることなんてできないし、彼からすれば何を馬鹿のことをと思っている。
活かすのが医者の仕事であり、彼の使命なのだから。
そして何より、フェリの死などレイフォンが望んでいるわけがない。
医者はレイフォンのことをそこまで知ってはいないが、フェリが依存し、子を生すまでに愛し合った人物なのだ。
彼女のことを愛おしい存在と思っているに違いない。でなければ、そんなことなどしないだろう。

「フォンフォン……」

もう一度腹部をなでる。未だに実感は湧かなかった。
だけど、これだけは断言できる。レイフォンは、フェリの死など願ってはいない。
それだけは、断言できた。

「なんにせよ、安静にしているんだな。もちろん念威の使用は認めない。また自殺しようなんて馬鹿な真似をするんじゃないぞ」

そう言って、医者は病室を出て行く。
カリアンは多少立ち直ったのか、戸惑いながらもフェリへと視線を向けていた。
だが、その顔に余裕はなく、明らかな動揺の色が張り付いている。

「フェリ……」

震えるような声で彼女の名を呼び、カリアンはベッドの側に置かれていた椅子に腰掛けてフェリを見つめた。

「兄さん……」

フェリ自身も戸惑いは隠せない。
それでも、その瞳には先ほどのような無気力なものは感じられず、少しだけ気力が回復したようにも見える。
フェリに本当に少しだけだが、覇気が戻っていた。

「びっくりしました……私、母親になるんですね」

「………らしいね」

フェリの微笑み。それはとても弱々しく、儚いものだったが、確かにフェリは笑っていた。
その笑みを見て、カリアンは僅かに安堵した表情を浮かべるも、すぐに不安がぶり返してくる。

「フェリ……君はレイフォン君のことが好きなのかい?」

「ええ、大好きです。愛しています」

カリアンの問いかけに、フェリは即答で返してきた。
そんなこと、聞くまでもなくわかっていたことだ。
だからこそ、そのレイフォンがいなくなり、フェリには支えとなる存在が消えてしまった。
故にフェリは壊れてしまい、止めを自分が刺してしまったと後悔していた。
だと言うのに今のフェリは持ち直し、僅かながらも力のこもった視線でカリアンを見つめてくる。

「だから嬉しいんです。そんなフォンフォンとの子供ができたことが。未だに実感は湧きませんが、私は今、とても幸せです」

その言葉は、自殺をしようとした者の言葉とは思えない。
強さが宿っており、母親になると伝えられて決意が生まれたようだ。
それ自体は良いことで、喜ばしいことだと思うカリアンだったが、妹が子を生すための行為をしていたことに言いようのない寂しさを覚えるカリアン。
フェリを汚したレイフォンに内心で静かな怒りを感じつつ、行方不明となり、フェリに心配をかけている現状に更なる怒りが込み上げてくる。
だが、そのことを責めるのは筋違いだとも理解している。フェリを汚したこと云々に関してはともかく、ツェルニのレベルは低い。
武芸者の質は低く、頼れる戦力はレイフォンだけ。彼がいなければ、汚染獣の幼生体すら満足に追い払えないのが現状なのだ。
だからこそその戦力に頼り、酷使してしまった。そのツケがレイフォンの失踪と言う形で支払われる。
もしもレイフォンの他に頼れる武芸者がいたら?
もしも彼を1人で行かせていなかったら?
そんな今更なことを考えてしまう。後悔してしまう。
それでもフェリは、そんなことを感じさせないように無理やり笑っていた。

「もう……大丈夫ですから。落ち着きました。フォンフォンがいないからって、何時までもこうしているわけにはいきませんね。すいません、兄さん。迷惑をかけてしまって」

「いや……」

フェリは笑っている。だけどその笑顔は、今にも泣き出してしまいそうなほどに脆い。
幸せ、嬉しいと言う気持ちは本物だろう。だが、それと同じくらい、あるいはそれ以上にフェリは悲しんでいる。
それを隠しつつも、フェリは儚げに笑い続けていた。

「本当に、大丈夫ですから」

フェリのそんな笑顔は、見ているだけで辛かった……





































あとがき
今回、後半のツェルニサイドは急展開かな、なんて思いました。
ですが既にレイフォンとフェリはやっちゃってますからね。前々から子供は作ろうなんて考えてました。
出産予定日はカリアンが卒業する日くらいですw

さて、次回はどうなるのでしょうか?
リーリンがツェルニに来たら修羅場必至ですねw
もっとも、フォンフォンは言うまでもなくフェリに一直線なんですが。



[15685] 44話 イグナシスの夢想
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2010/11/16 19:09
頭皮の上に大粒の汗が浮いている。
シャーニッドはそれを拭いたかったが、拭いたくとも拭えない苛立ちにヘルメットをごつりと叩いた。

「あ~、落ちつかね」

この場にいる全員の気持ちを代弁するように、シャーニッドがつぶやく。
既に何度か実戦は経験した。だが、その悉くが自分達の手には負えず、傭兵団の力を借りて汚染獣を追い払っていたのだ。
今回はその傭兵団の手が借りられない。ツェルニにその報酬を払う余裕がない。
故に、自分達の力だけで汚染獣を迎え撃たなければならないのだ。

「そう言えばオリバー。お前、プロポーズするなんていってたけど、どうなったんだ?」

何とか落ち着こうと、近くにいた後輩に声をかけることにした。
だが、その後輩、オリバーからはどんよりとした暗雲が立ち昇っており、答えは聞かなくとも理解できる。

「断られました……」

「まぁ……そうだろうな」

その言葉にシャーニッドは納得する。
オリバーとの付き合いはまだ1年くらいだが、彼の性格と性質はよくわかっているつもりだ。
つまりはロリコンであり、変態なのだ。そんな人物のプロポーズなど、誰が受けるのだろうか?
顔は人並み以上に良いし、武芸者としての実力も一時期、第十小隊に入隊するほどあるのだから、黙っていれば結構もてると思うのだが、彼のその性格と性質が台無しにしている。

「ですが俺は諦めない!熱烈なアタックを繰り返し、いつかミィフィさんにこの気持ちをわかってもらいます。うおお!俺は今、熱く燃えている!!」

「……そうか」

熱血しているオリバーを見て、シャーニッドは少しだけ呆れたように漏らす。
その熱意は本物だろうが、少しは自分の行動を省みる必要があるのではないかと思いもする。
もっともそれは、何度断られてもダルシェナにアプローチをかけるシャーニッドからすれば、人の事を言えた義理ではない。
それでも、オリバーとこんな話をするのは、汚染獣戦と言う緊張から逃れられるひとつの手だからである。
汚染獣との戦いから逃れることはできないが、そのプレッシャーを忘れ、一時の間その恐怖と緊張から解放される。

「何を馬鹿話している?」

そんな会話を交わしていたオリバーとシャーニッドに、ダルシェナの呆れ果てた声がくぐもって届いた。
ダルシェナはオリバーとシャーニッドの近くに控えており、念威繰者の仲介がなくとも届く距離だ。

「馬鹿話とは何ですか!?俺にとっては一生の伴侶を決める、重大な話なんですよ!」

「それが馬鹿話だというんだ……」

オリバーの発言に肩をすくめ、ため息を付くダルシェナ。
シャーニッドは小さく笑いながら、冗談交じりに言う。

「まぁ、そう言ってやんな。戦を前にセンチになってんだろうよ。かく言う俺もそんな感じだ」

「それなら黙って、恋人の写真でも見ていろ」

「手軽に持ち歩ける数じゃねぇからなぁ」

「一度死んだほうがいいと思うぞ。もう何度も言ったが」

「そうですよ、死ねリア充!あ、ちなみにその恋人の中に、俺好みの幼い体付きの女性はいます?いたら是非とも紹介を!!」

ダルシェナのため息と、欲望にまみれたオリバーの言葉。
先ほどの一生の伴侶とか言う言葉はどこに行ったのかと思いつつ、シャーニッドは落ち着かないように錬金鋼の手入れをする。
一見、冷静なようにも見えるダルシェナだったが、そんな彼女も剣帯に納まった錬金鋼から手が離せない様子だった。

「お前達ィ!フェリ・ロス親衛隊第三条を言ってみろ!!」

「「「我らが女神、フェリ・ロスの命は何に置いても優先させる!例えこの身が果てようと、何者からも彼女を護ることを誓え!!!」」」

「そうだぁ!ならば問う!現在病養中のフェリちゃんを護るために俺達がすることは何だ!?」

「「「殲滅!殲滅!!殲滅!!!汚染獣をぶっ殺す!!」」」

「全ては何のために!?」

「「「女神、フェリ・ロスのために!!」」」

そんな空気を払拭するように、一段と濃い集団がシャーニッド達の傍で気合を入れる。
彼らはフェリ・ロス親衛隊。
ツェルニには総勢5000を超えるフェリのファンクラブが存在する。その中でも精鋭、50人を超えた武芸者の集団、フェリ・ロス親衛隊特攻隊。
その中には、数人ほど小隊員としてやれるほどの実力者が存在するも、こちらの活動を優先するために小隊には所属していないと言う者までいる。
もちろん、小隊員の者も何人かこの中には存在するが、その殆どが小隊よりも親衛隊の活動の方を優先していた。

「お前達の命は俺が預かる!我らが女神のため、己の牙を極限まで使い潰せ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」

レオン・アレイス。武芸科3年生の、フェリ・ロス親衛隊特攻隊長。
主に荒事を取り仕切るのが彼だ。第六小隊所属。
精鋭、フェリ・ロス親衛隊特攻隊を、3年生と言う若さで指揮する。

「……なんだ、あの集団は?」

「フェリちゃんのファンクラブの連中だな。相変わらず濃いいな……」

熱気が立ち上る親衛隊へ視線を向け、ダルシェナはヘルメット越しに言いようのない表情を作る。
小隊などにファンクラブが存在しているのは知っているが、ここまで熱血的で暑苦しいものが存在しているとは思わなかった。

「暑苦しいが、俺はいいと思うね。武芸者の意地で戦うと言うよりずいぶんわかりやすい。大切な者、存在のために戦うって事がな。俺なら恋人のためって事だ」

「ならやはり、写真を全て持ち歩くんだな」

「……お前の写真を持てるなら、他のはいらないぜ」

「やはり死ね」

「冷たいねぇ、今生の別れになるかもしれないのによ」

「お前ならゴキブリのようにしぶとく生き残るに決まっている」

シャーニッドの軽口に、ダルシェナは冷たく言い捨てて去っていく。シャーニッドは肩をすくめた。

「俺達は騎士だ!女神、フェリ・ロスを護るために選ばれた精鋭!その誇りに賭けて勝利を誓う!!」

フェリ・ロス親衛隊隊長、エドワード・レイストの檄が飛ぶ。
彼は武芸科の5年生であり、大組織と化しているフェリ・ロス親衛隊を纏め上げるカリスマを持っていた。
そんな彼は誇らしく、声を大にして宣言する。

「俺達は汚染獣と闘いに来たんじゃない!倒しに来たんだ!!殲滅し、全滅させ、女神に平穏を捧げるために!!」

「「「うぉぉおおおおおおおおっ!!!」」」

フェリ・ロス親衛隊の面々は盛り上がり、歓声で応える。
ボルテージとテンションが上がり、エドワードは高々と叫んだ。

「フェリ・ロスに栄光あれ!!」

「「「フェリ・ロスに栄光あれ!!!」」」

この瞬間、フェリ・ロス親衛隊の想いはひとつとなった。

「暑苦しい……が、気合十分ってか?」

シャーニッドは腕の時計を確認しながら、ぼそりとつぶやく。
フェリ以外の念威繰者達が予測した、汚染獣の到着時刻までそれほど時間はない。
新型の都市外装備を着用し、それは通気性がいいはずなのだがとても暑かった。
それはあの暑苦しい光景を見せ付けられたわけではなく、おそらく緊張によるものだろう。喉が渇く。
戦闘中でも水分補給ができるよう、ヘルメットの内部にはストローが付いている。それを咥え、吸えばすぐに水分補給ができるようになっているのだ。
戦闘開始前にそれを飲みたい誘惑にかられるが、何とか堪えた。

「さて……ではご希望通り、しぶとく生き残るために頑張るとしますか?」

「そうですね。俺はしぶとく、もう一度ミィフィさんにアタックするために生き残るとしますか」

無理やりに気持ちを落ち着け、シャーニッドとオリバーがそう囁き合う。
念威繰者の声が、その場に待機していた武芸者達全員に届いたのは、そのすぐ後のことだった。
全員が錬金鋼を復元し、緊張を飲み込むように息を呑む音が小波のように広がる。
戦闘が、始まるのだ。





「は……?」

いざ戦闘となり、空気が一瞬にして変わった。シャーニッドは呆気に取られる。
何がなんなのかわからない。ただ、本能だけが反応を示す。
目の前に現れたのは成体に成りたての雄性一期。それでも汚染獣と言うのは人類の脅威であり、一般の武芸者にとっては脅威に違いない。
だが、そんなものが何の問題にもならない、むしろ可愛く思えてしまう存在が現れた。
目の前の存在、雄性一期に気をとられている中で、一体何人がこの気配に気づいたことだろう?
都市外に待機していたシャーニッド達からすれば遥か後方、都市の上空から現れた絶望的な存在。その姿は、念威繰者の中継によってしっかりと見ることができた。

「なんだよ……これ?」

いきなりツェルニの頭上に現れた存在。その姿に多くの者達は言葉を失い、シャーニッドと同じように呆気に取られていた。
それ以外することが見当たらず、何をすればいいのかなんてわからない。
傭兵団の者達すらこの光景には言葉を失っていたのだ。熟練の武芸者集団だってそうなのだ。故に、学生武芸者を責めるなんてことはできない。

トカゲに似た胴体に太い後ろ足。それとは対照的に短い前足。
長い首の先にあるのは攻撃的な頭部と、天を衝く角。その巨体を空中で支える広大な翼。
全身を覆う、カビの生えた鉄のような色をした鱗。
物語などに出てくる竜、ドラゴンの姿をした汚染獣、老生体。
同じ老生体でも、レイフォンが前に倒した老生一期なんかとは比べ物にもならない存在。あの時感じた恐怖が、冗談のように思えてしまう威圧感。
これがレイフォンの言っていた老生二期以降の、奇怪な変化をした汚染獣。何期かなんて専門知識のないシャーニッドにはわからない。それでも古び、強大なその体躯は、圧倒的存在感を振り撒いていた。

(冗談だろ……)

ただそこにいる。それだけのことで今にも心が折れそうになってしまう。
全身を圧迫され、恐怖に身を震わせる。
武芸者の意地だとか、しぶとく生き残るなんて考えは遥かかなたへと吹き飛んでしまった。

(こんなの倒せる奴なんて……いや、レイフォンでも……)

こんな化け物と遣り合える存在を、シャーニッドはレイフォンくらいしか知らない。
だが、ふと思ってしまう。例えレイフォンでも、この化け物を打破する事ができるのかと。



「人よ……境界を破ろうとする愚かなる人よ。何故この地に現れた?」



更に、信じられない事実が天から降り注ぐ。
その声は、念威を通して戦場にいる武芸者達にもはっきりと聞こえていた。

「はは……汚染獣がしゃべりやがった」

シャーニッドの乾いた笑いが空しく消え去る。
夢か幻かと疑うが、そんな考えを破砕するように、天にいる汚染獣は言葉を続けてきた。

「足を止め、群れの長は我が前に来るがよい。さもなくば、即座に我らが晩餐に供されるものと思え」

深い知性と、激しい怒りを乗せた威厳のある声。
その言葉に人は全身を震わせ、その恐怖に呼応するかのように、都市は足を止めた。
暴走し、汚染獣を求めるようにさ迷っていた都市が足を止めたのだ。
その事実に驚く暇もなく、その光景を見た汚染獣は満足そうに頷く。

「それでよい。使いは、既に向かわせた」

その言葉を最後に、突然現れた汚染獣の姿は、その場から完全に消え失せるのだった。




































「さて、どうしましょうか?」

その手にリーリンを抱え、クラリーベルはまるで人事のようにつぶやく。
現在、彼女は逃げていた。狼面衆の仲間であり、自分達の敵である存在、ロイからだ。
武芸者の身体能力を利用し、建物の屋上を跳ぶように駆けながら逃げる。

「何時まで鬼ごっこを続けるつもりなんです?」

ロイは不敵に笑いながら、クラリーベルとの距離を少しずつ詰めてくる。
やはり、全力で走れないと言うのが痛い。クラリーベル1人なら逃げ切ることは簡単なのだが、一般人であるリーリンを抱えているためにどうしてもそれを気遣ってしまい、全力で走ることができなかった。
もっとも、リーリンがいなければ逃げる必要すらなく、素手でも容易にロイを撃退することができるのだが、現在は武器である錬金鋼がなく、足手纏いとなってしまう存在があるために思うように行かない。
故に、彼女は困っていた。

「このままじゃ埒が明きませんね……」

走りながら、クラリーベルは『むうっ』と唸る。
このままでは間違いなくロイに追いつかれてしまう。だからと言って戦えば、その戦闘によってリーリンを巻き込んでしまう恐れがある。
武芸者同士の戦いに、一般人が巻き込まれればただではすまない。
先ほど行われていた、サヴァリスとレイフォンの戦いに自分が巻き込まれてしまうようなものだ。
これが赤の他人ならばなんとも思わないが、付き合いは短くともリーリンはクラリーベルにとっての友人。護らねばならぬ存在だし、そして何より、彼女の手の中にはこの都市の電子精霊がいる。
使命感などと言うものにあまり拘りを持たないクラリーベルだが、それでもこれを狼面衆達に渡すわけにはいかない。

「これでも忙しい身でしてね。何時までも鬼ごっこに付き合っている暇はないんです、よ!」

「くっ……」

「クララ!?」

思考しながら走り続けるクラリーベルの右肩に鋭い痛みが走る。ロイから衝剄が放たれ、それがクラリーベルの右肩を裂いたのだ。
飛び散る鮮血。苦痛に歪むクラリーベルの顔を見て、リーリンが心配そうな声を上げる。
そんな彼女を安心させるように、クラリーベルは小さく微笑んだ。

「大丈夫です。この程度、掠り傷ですよ。ですが……」

出血は少々派手かもしれないが、この程度なんともない。だが、ずっとこのままと言うわけにはいかなかった。
逃げると言うことは、無防備な背中を相手にさらし続けると言うことだ。故にクラリーベルは攻撃を仕掛けられ、それを避ける事ができなかった。

「ずっとこのままと言うわけには行きませんね……リーリン、覚悟を決めてもらえますか?」

「え……それって?」

そもそも逃げると言うのが性に合わないのだ。
リーリンを巻き込まないようにするために逃げていたが、どの道このままでは追いつかれる。
ならば迎え撃ち、戦闘の余波にリーリンが巻き込まれる前に一瞬で蹴りを付ける。
錬金鋼なしでできるかと思い悩んだが、見るからにロイの技量は自分より格下だ。
この程度の相手、如何に錬金鋼がなくとも一撃で倒せないようなら到底レイフォンには追いつけない。
先ほどのレイフォンとサヴァリスの戦闘。あの領域に立つために、クラリーベルはある建物の屋上で足を止めてリーリンを降ろした。

「おやおや、鬼ごっこはお終いですか?」

「ええ、あなた程度に背を向けるのが馬鹿らしくなってきましたから」

ロイが声を殺したように笑う。
それに対して、クラリーベルは挑発するように言う。

「言ってくれますね。その怪我で、錬金鋼もない素手の状態で、足手纏いを連れている状態で一体何ができると言うんです?」

「あなたを倒すことができます」

「面白い冗談だ」

相手の錬金鋼は剣。こちらは素手なのでリーチ差はあるが、だからと言ってクラリーベルは負けるとは一切思わない。
それは驕りではなく、事実なのだ。

「リーリン、下がっていてください」

「でも、クララ……」

「いいですから」

リーリンを下がらせ、クラリーベルは構えを取る。
既にロイも構えており、剣の切っ先をクラリーベルへと向けていた。

「準備はいいですか?」

余裕の態度でリーリンが下がるのを待っていたロイは、クラリーベルに向けて問う。

「ええ、いつでも」

返って来た返答。
その言葉を聞き、ロイは活剄の密度を上げ、

「一撃で仕留めてあげますよ!」

強化した身体能力を利用し、高速でクラリーベルに向けて襲い掛かった。
踏み込みで地面が砕け、残像が残るほどの高速の突進。
一般人であるリーリンには間違いなく反応できない速度だが、相手はクラリーベル・ロンスマイア。
グレンダンでも上位の力を持つ存在である。

「それは、こちらの台詞です」

「なっ……!?」

クラリーベルへと剣を振り下ろしたロイだが、彼女の姿がぼやけ、剣が空振りする。
幻だ。姿があり、気配があると言うのに実体がない。まるで水面に映した姿のようにぼやけた様子となっており、幻と言うのはすぐに理解できた。ならばどこにいる?
ロイが慌てて辺りを見渡すと、周囲に気配が飛び交った。

「くっ!?」

ロイは思わず歯軋りをする。何故なら、その気配全てがまやかしだったからだ。
気がつけば無数のクラリーベルの幻に取り囲まれており、行き交う気配が本物のクラリーベルの気配を塗り潰す。更には、何もないところで気配が湧いてくる始末だ。
剄技の中には気配だけを飛ばすものがあるが、これは明らかにそれとは違う。通常の剄技で、こんなことができるはずがない。

「貴様……化錬剄使いか!?」

「ご名答」

剄を炎や風などに変化させる技、化錬剄。
習得はは困難だが、その分強力な武器となる。
対人戦において、このような幻惑する戦法は非常に有効だ。

「化錬剄使いは剄をひとつのエネルギーとしてとらえ、それを様々なフィルターを通して変化させ、相手に読ませにくい変則的な戦い方を行います。うちの先生ともなると自分の望む効率的な破壊現象に変化させて一掃したりしますけど、私はまだまだ、そういう境地にはなれていません」

ご丁寧に解説までするが、その声自身も地面や、他の高い建物の壁を利用して反射させているため、クラリーベルの本体がどこにいるのかわからない。
視線をさ迷わせ、あせりに満ちた表情でロイは剣を振り回す。
ただ闇雲に、クラリーベルの幻を薙ぎ払っていた。
だが、それ自体に意味はなく……

「はい、お終い」

「がっ……」

その声が、どこから聞こえたのかすらわからなかった。
気がつけばロイは顔面を殴り飛ばされており、そのまま地面に叩きつけられた。
殴られてことにより口内を切り、口から僅かに血が溢れる。
悲鳴や、苦悶の表情を浮かべるまでもなく、ロイは地面に伏しながらぴくぴくと痙攣していた。
まさに宣言どおり、一撃で決着は付いてしまったのだ。

「たわいのない、この程度ですか」

幻は全て消え去り、クラリーベルは落胆したように吐き捨て、リーリンのいる方向に向き直った。

「それではリーリン、電子精霊を機関部に戻しましょうか」

「え……あ、うん……」

リーリンは呆然としていた。
あっさりとロイを降してしまったクラリーベル。そのことについて実感が持てないのだろう。
そんなリーリンの思考など知らず、クラリーベルは機関部へと向かおうとするが……

「参りました。そう言えば、機関部の場所がわかりません」

「あ……」

言うなればリーリンとクラリーベルは余所者なのだ。グレンダン出身の彼女達がマイアスの機関部の場所を知っているわけがない。
そもそも機関部に入れるのは整備や清掃などを行う限られた者達だけであり、自身の都市の機関部に一度も入った事のない2人にわかるわけがなかった。
手詰まりとなり、どうすればいいのかと2人は思い悩む。
マイアス、この都市の電子精霊である小鳥はリーリンの手の中でぐったりとしていた。
機関部から引き離され、結界のようなものに囚われてエネルギーを浪費し、今は衰弱していた。
これは一刻も早く、マイアスを機関部へと運ぶ必要がある。そうすればエネルギーの補給ができるはずだ。
だが、一体どこに行けばいい?
機関部はどこだ?

「よろしければ……僕がご案内しましょうか?」

「あら?」

「うそ……」

不意に声が聞こえ、クラリーベルは感心したように、リーリンは驚愕したようにつぶやく。
ロイがむくりと起き上がり、口から血を垂らしながらそう言ったからだ。

「思ったよりやりますね。まさか起き上がるとは思いませんでした」

「生憎、これでも隊長なんて職についてましてね……この程度でやられるわけには行かないんですよ」

「そうですか」

会話を交わしながら、クラリーベルはリーリンとの距離を開ける。
戦闘に巻き込まないための配慮だろう。剄が巻き起こす余波の被害が及ばないよう、十分な距離をとった。

「それで、案内してくださるとの事ですが?」

「ええ、して差し上げますよ。もっとも、案内先は……」

ロイが剣を振り上げる。それと同時にクラリーベルは動いた。

「あの世ですが!!」

剣から放たれる衝剄。
クラリーベルはそれを読んでいたようにかわし、そのままロイへと突っ込む。
もう一度殴り飛ばし、今度こそ意識を刈り取るのが目的だ。
接近してくるクラリーベル。だが、ロイは慌てない。むしろ予定通りだと言うようにニヤリと笑い、再び衝剄を放った。
クラリーベルにではなく、リーリンに向けてだ。

「なっ!?」

「隙だらけですよ!」

今、ロイの前に立ちはだかっている少女、クラリーベルは強力な武芸者だ。
相手は素手とは言え、自分では手も足も出ないほどに強力だ。それは認める。だが、何故そんな強力な武芸者は格下である自分からあんなに必死に逃げていた?
戦えば確実に勝てると言うのに、何故?
その理由は簡単だ。無力で、一般人であるリーリンを護るために。
何故護ろうとするのかは知らないが、ならば都合が良い。
もし、自分がリーリンに攻撃を仕掛ければクラリーベルはどうする?
武芸者の放つ衝剄に、一般人であるリーリンが反応できるわけがない。かわせと言うのが無理な話だ。
その結果、答えはすぐさま出た。

「クララ……」

状況がまるで理解できないリーリン。飛び散る鮮血。
先ほど肩に受けた傷とは比べ物にならないほど傷は深く、クラリーベルの体は赤く染まっていた。
リーリンを衝剄から庇い、自ら傷ついたのだ。

「やってくれますね……」

「状況は最大限に利用する。当然でしょう?」

下卑たる笑みを浮かべ、ロイはクラリーベルに言う。
言わば、リーリンはクラリーベルにとっての弱点。彼女を狙って攻撃をすれば、クラリーベルはリーリンを護るために行動しなければならない。それがロイの勝機となる。

「最低ですね」

「褒め言葉として受け取りましょう」

クラリーベルの悪態すら通じず、ロイは笑い続けていた。
出血がかなり酷い。肩を衝剄で切られた時も出血は酷かったが、これはそれ以上だ。
現在着ている服は血で赤く染まっており、完全に駄目になってしまった。
お気に入りの服だったのにと僅かに落胆しながら、クラリーベルは現状を冷静に分析する。
利き腕が死んだ。出血が止まらず、未だに血がどくどくと流れている。骨までには達していないだろうが、それでもこの傷はかなり深かった。
相手が格下とは言え、リーリンを護るために衝剄を錬金鋼もなしに真正面から受けたのだ。金剛剄などの剄技を納めていたのなら話は別だが、あいにくクラリーベルはその手の剄技を納めてはいない。

(これは……正直、まずいですね)

この状況でも、あらゆる手を尽くせばロイに勝利することはできるかもしれない。
だが、それ以前の問題で、今はこの傷の方が不味かった。
激しい出血は体力を蝕み、ただ時間が経過するだけでクラリーベルを窮地へと追いやる。
今すぐ医者に診せなければならないほどの重傷だ。正直な話、これ以上戦闘を続けるのは厳しかった。

「なんで?どうして!?あなた達は、狼面衆は何がしたいの?」

リーリンはこの現状に、傷だらけなクラリーベルを見て悲痛な表情を浮かべ、ロイに問いかける。
ロイ達狼面衆の行っていることは、この都市の死にもつながる暴挙だ。
現在もリーリンの手の中で衰弱していくマイアス。電子精霊の死は、都市の死を意味する。
都市が死ねばレギオスは足を止め、汚染獣から逃げることができなくなる。そんな都市に残された道は、汚染獣の餌となることだけだ。

「あなたが武芸者なら、事は簡単なのですがね」

そんなことを言うロイの手には、何時の間にか仮面が握られていた。
狼面衆のしていた、獣を模したあの仮面だ。

「これをかぶれば、イグナシスの望む世界を見ることができます。イグナシスの夢想を共有することができるのですよ」

仮面を半分だけかぶったロイは、陶然とした表情で言う。

「多くの武芸者が夢想を共有する事ができた時、世界平和が実現するでしょう」

まるで説得力がない。これほど説得力のない顔も珍しいのではないだろうか?
宗教染みた発言をする、薄ら笑いを浮かべたロイからは嘘の空気しか感じられなかった。

「武芸者と汚染獣による宿命的な戦いをこの世から終焉させるために必要なものです。そのためには電子精霊が複数いる仙鶯都市に行かなければならない。その縁をつなぐためにここに来た」

「縁って、何なのよ?」

「電子精霊にのみあるネットワークであり、系譜を示す血脈でもあるのですよ。これによって、電子精霊は他の都市が自分と同種であるかどうかを確認する。シュナイバルとマイアスは同じ系譜に存在する都市です。だから、マイアスを捕らえ、その縁を得なくてはいけない」

「……そのために、この都市がどうなってもいいって言うの?」

「そうですね、必要悪と言う奴ですか」

突拍子もなく、リーリンには理解のできないことだ。
だが、ひとつだけわかった。狼面衆と言うのは、そんな目的のためにこの都市を犠牲にしようとしている。

「あなたは、この都市の住人でしょう?」

「そうですね。それが?」

「……この都市がなくなるかもしれないと言うのに、何も感じないの?武芸者でしょう?」

「……くっ、くくくくくくく……………」

リーリンの言葉の何が引っかかったのか、ロイはいきなり全身を震わせて笑った。
都市を護るために戦う。それは武芸者にとって当然のことであり、当たり前のことだ。
だと言うのにロイは、リーリンの言葉を笑い飛ばす。

「知ったことか」

そして吐き出された言葉。
武芸者としての有り方を否定する言葉。

「あなたは学園都市と言うものをどう考えているのかな?他の都市と同じに考えているのではないかな?そんないいものじゃない。ここは終の棲家ではない。ここに来る誰もが通り過ぎてしまう場所だ。僅か数年間を生きるためだけの場所だ。学習と研究にのみ時間を費やすにはここほど優れた場所もないが、だが、そんなものは他にもある。ここに、護るための価値はない」

「よくもそんなことを……ここには、一般の学生だってたくさんいるのに」

「武芸者の掟かい?そんなもの!」

笑いが、嫌悪へと変わった。
嫌悪に満ちた表情でロイは吐き出す。

「そんなものに何の意味がある?恐怖を!苦痛を!練武の地獄を!全て僕達に任せてのうのうと生きているだけの無力な下種達め!あんな奴らが生きていようと死んでいようと知ったことか!」

ロイの顔は憎悪で更に醜く歪み、興奮していた。
もはや独り言のように、行き場のない怒りを吐き出すように、ロイは大声で叫んだ。

「人の苦労も知らず、結果だけを覗き見て、奴らは!あいつらは!」

誰に向かっての憎悪なのか、誰に向けての怒りなのか、怒り狂い、憎悪に歪みきった表情で喚き散らすロイの顔がもはや人間には見えず、リーリンは思わず後ずさった。
だけど、今の言葉……何かが引っかかる。それを見つけなければいけない。
傷ついたクラリーベルが戦闘を続行するには厳しい状況。だが、見つけることができればそれが打開策になるはずだ。

(武芸者を理解するためには……)

もっとも身近にいた武芸者、レイフォンのことを思い出す。
レイフォンはどうだっただろうか?
ロイは一旦落ち着いたのか、沈黙し、じりじりとリーリンとの距離を詰めてくる。
怪我を負い、蹲っているとはいえ、クラリーベルを警戒しているからだ。
クラリーベルもこの重傷の体で、隙を衝いてロイを打倒するために様子を窺っている。
だが、正直動くのも辛そうだ。血を流しすぎ、肌の色が青白く変色していた。

クラリーベルには頼れない。彼女のことを考えるなら、自分が何とかするしかない。クラリーベルは自分を護るためにあんなに傷ついてしまったのだから。
リーリンはそう決意する。その手の中には護るべき存在、マイアスがいる。電子精霊の死は都市の死そのもの。
それを常に護っているのが、護っていてくれているのが武芸者だ。

(あ……)

その瞬間、リーリンは理解した。
武芸者は何から都市を護っていてくれているのか?
都市同士の戦争がある。それからも都市を、この都市に住む人達を護ってくれる。
だが、一番大事なもの、一番重要なもの……先ほど、ロイ自身も言っていたことだ。

「……なるほど」

ロイが距離を詰め、それから逃れるようにリーリンも後退していた。
だが、その足を止め、リーリンは笑ってみせた。無理やりだったから顔のあちらこちらが引き攣っているが、それでも余裕を見せるために笑った。

「それがあなたの、理由なのね」

「そう言ったでしょう」

「違うわ」

まずは落ち着く。落ち着く、冷静になり、少しずつ自分のテンションを上げていく。
追い詰められているものから、追い詰めているものにならなければならない。この精神状態から、攻守を変えなければならない。

「マイアスを捨てた理由じゃない。あなたが、そんな風に落ちぶれた理由よ」

「貴様っ!」

「リーリン!?」

ロイの張り上げた声には音以上の威力があった。
剄が混じっており、もはや威嚇術となっている。リーリンは強風に打たれたように転がる。
その姿を見て、クラリーベルはすぐさまロイに襲い掛かろうとした。言うことを利かない体に鞭打ち、ロイを仕留めようとした。
だが、すぐさま起き上がったリーリンが手でクラリーベルの動きを制し、笑っていた。
嘲るような笑みだ。その笑みに、クラリーベルは思わず動きを止めてしまった。

「痛いところを突かれて、本性が出たの?弱いものいじめしかできない惨めなあなたの本性が?」

「なっ、く……」

「あなたが言った言葉よ。恐怖、苦痛、練武の地獄……練武の地獄って、訓練の激しさのことでしょう?それは簡単ね。なら、後二つは何なのかしら?恐怖と苦痛。何に対してあなたはそう感じたの?人にわかってもらいたいのなら、あなたはもっとわかりやすく表現したはずじゃないかしら?」

「わかってもいないのに、適当なことを言うね、君は」

「適当?そう思う?」

リーリンは意味ありげに問いかける。
ロイの答えは沈黙。もう、激昂して何かを仕掛けてくると言うことはなかった。
今、ロイはプライドの維持と自分の弱点を突かれるかもしれないと言う恐怖の狭間で揺れているはずだ。
そこを突く事で、ロイが一体どんな反応をするのか?
突いたことで再び激昂し、怒りに身を任せて襲いかかってくるかもしれない。または弱点を突かれ、壊れたように叫んで蹲るかもしれない。だが、どうなるかはわからない。
危険な賭けだとは思う。火に油を注いでしまう可能性だってあるのだ。

(だけど、私の武器はそれしかない)

それに、ある程度の確信だってある。

「苦痛は、もしかしたら練武の地獄にかかっているかもしれないわね。養父さんの道場の稽古は激しくって、最後にはみんな立っていられないくらいになるもの。なら、恐怖って何かしら?武芸者が恐怖と感じるようなもの。同じ武芸者との試合?それも怖いかもしれない。戦争?殺し合いは怖いわよね。でも、都市警察で隊長になれるくらいだし、頼られていそうだったから優秀なのよね?それなら、同じ武芸者同士の戦いにはそんなに怖さを感じていなかったんじゃないかしら?そうなると、残るのは……」

考える仕草で視線をロイへと向ける。
ロイの表情はあからさまに引き攣っており、全身が震えていた。
当たりだと確信し、リーリンは言葉の続きを発した。

「あなた、汚染獣から逃げたわね」

断定的に、責めるようにもう一度言う。

「汚染獣を目の前にして逃げたのよ」

「ひっ……あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

突然、ロイはその場に頭を抱えて蹲った。
取り乱し、一心不乱に頭を掻き毟っている。

「くそっ!くそっ!くそぅぅぅぅぅ!!あいつらめ、あいつらめ!掌を返したように馬鹿にしやがって!あれが……あれがどれだけ恐ろしいかも知らないくせに!見たこともないくせに!」

正解だったようだ。しかもリーリンの予想を超えて、このことはロイのトラウマとなって深く根付いていた。
汚染獣から逃げ出した。おそらくは、汚染獣を迎え撃つ場面でだろう。初めて見る汚染獣に恐怖して、ロイは逃げ出したのだろう。
武芸者として生まれた時から都市を護るために義務付けられ、その見返りとして豊かな生活を保障されながら、ロイは逃げ出した。

(レイフォンは、豊かな生活なんてしてなかったけど)

グレンダンは武芸の本場と言われるだけあり、武芸者の数が多い。
そのため、武芸者として生まれただけでは最低限の保証金しか支給されない。その代わり、実力を示せば保証金の額は驚くほどに跳ね上がっていく。
その保証金を院に回していたため、レイフォンの生活はリーリン達とは変わらなかった。貧しい中で、一緒に育ってきた。
それでも、レイフォンは逃げなかった。
あの強さに誤魔化されてきたけど、本当はレイフォンだって怖かったに違いない。怖い思いをしながら、それでも足りなくて闇試合に手を出しながらもリーリン達を養うために頑張ってくれたのだ。

(それに比べたら、この人は……)

なんて、弱いのだろう。
弱いことが罪だとは思わない。武芸者だって人だ。感情がある。恐怖し、弱さを見せる事だってあるだろう。
だが、その弱さに負けてしまったら、武芸者も普通の人も何も変わらないのだ。

「許さない……」

ロイの声が、地面を這うように吐き出された。

「許さないぞ、女。ただの一般人で、この僕を愚弄するとは……」

次の瞬間、ロイは蹲った姿勢から一気に飛び掛った。
標的はもちろんリーリン。錬金鋼は、武器は必要ない。
武芸者の筋力、そして剄で強化されたその一撃は、容易に一般人を撲殺できるほどに強力だ。
だが、

「させると思います?」

「ぐっ……」

その前にはクラリーベルが立ちはだかる。傷だらけで、既に満身創痍と言っても良いが、彼女に無計画に突っ込むのは愚か者のやることだ。
ロイは歯軋りし、不本意ながら距離を取った。

「黙って聞いてましたが、落ちぶれたものですね。ハッキリ言って惨めです」

「黙れ!」

クラリーベルの言葉にロイは怒りを振り撒き、錬金鋼を構えた。
もはや冷静ではいられない。弱いところを突かれ、怒りと憎悪にてロイは狂っている。

「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!」

何も言っていないのに、ロイは声を張り上げた。
今の彼には幻覚や幻聴、トラウマとなった出来事がフラッシュバックされているのだろう。
怒りに暴走し、ロイはクラリーベルに向けて肉迫してきた。
振り上げられる剣。それが彼女目掛けて振り下ろされるが、ロイの腕をつかんでクラリーベルはロイの攻撃を防ぐ。
剣を振り下ろすには当然腕を振らなければならない。その腕を押さえられれば、剣は途中で止まる。
ロイの腕をつかみながら、正面からクラリーベルは言う。

「修行と称されて、元の都市から追い出されたんですか?汚染獣から逃げ出した武芸者。なるほど、それでは帰ることはできませんね」

「黙れぇぇ!!」

挑発に乗り、ロイが腕に入れる力を上げた。
それを押さえつけるクラリーベルだが、ここに来て彼女に異変が襲う。

「っ……!?」

「クララ!!」

いや、それはもはや異変ではない。当たり前のことだった。
激しい出血をしている状態で、相手を押さえつけるために力めば血が溢れるのは当然だ。
どくどくと血は流れ出し、クラリーベルの体力と体温を奪っていく。その表情は苦痛で歪み、立っているのすらやっとと言う状況だ。

「は、はっは……そうか!そうだよな!?そんな怪我だ。もう限界なんだろう?むしろ、その怪我でよくやったと言うべきですか?」

ロイが勝機に満ちた顔を浮かべる。
確かにクラリーベルは強い。自分では勝てないだろう。
だが、流石に限界だった。血を流しすぎ、体に力が入っていない。
どんなに強者でも、現在の彼女はまさに手負い。手負いの獣と言う言葉があるが、クラリーベルにはもはや抵抗するための力すら残っていない。
それを理解し、ロイは腕に力を入れながら、蹴りを放つ。

「ぐっ……」

足払いのような蹴りだ。それに成す術なくクラリーベルは転倒し、流れる血で地面を赤く染めていく。
荒い息を吐き、もはや立ち上がることもできないようで、ロイはそんな弱りきったクラリーベルを見て笑った。
大声を上げ、爆笑するような笑みだった。

「あはは!あーっはっはっは!!あれだけ偉そうに言っておいて、その様ですか?惨めなのはあなたの方ですよ」

「うっ……」

ロイはクラリーベルの頭を踏みつける。
抵抗すらできないクラリーベルは、苦痛の声を上げるだけだった。

「いい様です。どんなに惨めなんでしょう?ですが、すぐにそれから解放してあげますよ」

またもロイは剣を振り上げる。

「何するの!?」

「慌てないでください。あなたは僕を愚弄した。だから、ちゃんと同じ目に遭わせてあげますよ。いや、この程度では済まさない。まぁ、どちらにせよ、今は黙って見ていてください」

後はただ、一直線に振り下ろすだけ。クラリーベルの首を目掛けて。

「死んでください」

ロイが剣を振り下ろす。

「ダメぇ!!」

リーリンが声を張り上げる。

「……………」

力の入らないクラリーベルが、抵抗することすらできずに目をつぶる。
絶体絶命、まさにそんな言葉がぴったりだろう。
だが、結局は剣が最後まで振り下ろされることはなかった。

「はぁっ!」

「ごふっ!?」

顔面に蹴りがのめり込み、ロイは地面を何度も転がって吹き飛ぶ。
蹴りを入れた人物は着地し、そんなロイの様子を見ていた。

「ロイ君……これ、どういうことかな?」

リーリンと同じくらいの年頃で、金髪の髪をポニーテールにした少女がそう言葉を発する。
避難の誘導をしていた少女、都市警察の一員であり、ロイの部下であるシェルだ。
彼女の瞳には怒りが宿っており、淡々と、冷え切った声を地に倒れているロイへと向ける。

「避難の誘導が終わったから呼びに来たんだけど、どういうことなの?」

かつん、かつんとシェルが歩み寄り、ロイに問いかけた。
今来たので、事情はいまいちわからないが、現状を見れば理解できる。
暴行を行うロイの姿。それに傷つき、倒れた少女。
この都市の電子精霊である、マイアスを抱えた少女。
この少女達が電子精霊を機関部から盗み出したと思えなくもないが、そんな風には到底思えなかった。
あの状況では彼女達ではなく、間違いなくロイの方が悪者だ。

「うる……さい……」

「ロイ君?」

ロイは起き上がり、敵意と殺意により濁った瞳をしている。
その姿に、今まで見たこともない幼馴染の姿に、シェルは戸惑った。
何より、あの仮面は何なのだろうか?
ロイがしている、あの狼面の仮面は?

「お前に何がわかる!?お前に僕の何が!」

シェルの疑問には答えず、ロイは叫んだ。
一心不乱に、何かを吐き出すように。忌々しそうに、シェルを睨んでいた。

「汚染獣と戦い、英雄だと賞賛されたお前に僕の何がわかる!?」

「ロイ君……」

それは嫉妬。ロイは汚染獣を前に逃げ出した。
だけどシェルは、彼女は汚染獣と戦い、両足を食い千切られながらも生き残った。
現在は義足による生活をしているが、戦闘用に改良された錬金鋼製の足を持つ彼女はかなりの実力を持つ武芸者だ。
都市の防衛に必要とされ、本来なら都市が手放したがらないほどの武芸者。
だと言うのにシェルは、ロイを追って学園都市、マイアスを訪れた。

「大体、なんでお前はこの都市に来た!?僕を嘲笑いに来たのか!?惨めな僕を笑いに!?」

「そんなわけ……ないじゃない。私は、私はただ……」

怒りと、冷え切った感情をロイへと向けていたシェルだが、幼馴染の豹変にやはり戸惑いは隠せない。
吐き出すように叫ぶロイになんと言えばいいのかわからず、それでも何とか説得しようと言葉をつむぐ。

「それに、やり直せないわけじゃないよ。確かに、ロイ君は汚染獣を前にして逃げ出した。だけど、だけどね、私達は武芸者なんだよ。戦いでの失敗は、戦いで取り戻そう。ロイ君ならできるよ。だって、ロイ君は凄いんだから」

ずっと傍にいた。ずっと彼を見てきた。
だからこそシェルにはわかる。ロイは優秀で、実力のある武芸者だ。ただ一度、失敗しただけ。
その失敗を取り戻し、彼に根付いた恐怖を克服できれば、元の彼に戻ってくれる。
そう思い、願って声をかける。まだ戻れる。まだやり直せる。そう伝えようとシェルは語りかけた。

「だまれ……黙れぇぇ!!」

だが、その言葉は既にロイには届かない。

「あれは化け物だ!あれに勝てるわけがない!勝つには死を覚悟するしかないんだ!!シェル、あの先頭で何人死んだ?10人だ、10人も人が死んだ。そうしないと勝てない化け物なんだよ!僕は死にたくない。そもそも、なんで、武芸者として生まれただけで汚染獣と戦わなければならないんだ!?あいつらは、僕ら(武芸者)に護られないと生きていけない一般人は、あの恐怖をわかっていないくせに!なのに!なのに……」

「……………」

シェルの言葉はロイには届かない。
一心不乱に首を振り、叫び、喚き、ロイは怒鳴る。
もはや彼は止まらない。自分では既に止まれない。ならば、誰かが止めなければならない。

「そこをどけ、シェル!マイアスを手に入れ、イグナシスの夢想を共有する。そうすれば、もう汚染獣に怯える必要はないんだ!!」

ロイはシェルを前にし、マイアスを手に入れると宣言した。
それはつまり、今回の事件に関わりがあると言うことだ。都市から電子精霊を強奪しようとした犯人の1人が、ロイであると言うことだ。
それは、この現状を見て予想はついていた。リーリンがマイアスを庇うように後ろへと下がる。
クラリーベルは未だに地に倒れているので、到底戦闘は不可能だろう。
それどころではなく、怪我が酷い。今すぐにでも医者に見せないと危険な状態だ。
その他にも、この都市には汚染獣の襲撃と言う危機が迫っている。
だから、今はロイに時間をとられている場合ではない。

「ロイ君……」

「どけぇぇぇぇぇ!!」

錬金鋼を手に、ロイがシェルに襲い掛かってくる。
シェルは剣帯に納められた刀の錬金鋼は抜かずに、足となっている錬金鋼を使用する。
ロイの突進に合わせ、ステップを踏み、彼の顔を目掛けて、手加減抜きで蹴りを放った。

「大好きだったよ……」

その言葉は空しく響くのだった。






「大丈夫ですか?」

「私より、クララが……」

精神的に不安定で、愚直な突進しかできなかったロイを一撃で降し、シェルは己の職務を全うするために我に返る。
リーリンを気遣い、すぐさま重傷のクラリーベルへと視線を向け、通信機のようなものを取り出した。

「こちらファイムです。医療班、大至急こちらへ来ていただけますか?」

汚染獣対策として、戦闘で怪我を負った負傷者を治療するために構成された医療班。
それを呼び、クラリーベルの治療に当たらせるのだ。

「それで、一体どういうことなんですか?」

「実は……」

リーリンも事情を理解できていないが、とりあえず自分が説明する。
怪我を負っているクラリーベルに話させるわけにはいかないので、とりあえず起こったことを一通り、リーリンが理解できる範囲で話した。
流石に幼馴染のレイフォンが何故かこの都市にいて、身内と言うか、一緒にこの都市に来た天剣授受者であるサヴァリスが何故か戦っており、戦闘の余波で都市の破壊活動を行っていたということはぼかしたが、経緯は大方説明し終えた。

「そんなことが……それで、ロイ君はその狼面衆と言う一団の仲間だったんですね?」

「はい……」

「そうですか……」

肩を落とすシェル。
彼女が戦闘中につぶやいていた言葉、『大好きだった』
この発言から理解できるが、シェルはロイのことが好きだったらしい。
だと言うのにそんな人物が悪事に手を染め、こんなことをしていたと知ればショックだろう。
そのことを不憫に思うリーリンだったが、シェルは気丈に振る舞い、宣言した。

「何はともあれ、ここでじっとしているわけには行きませんね。一刻も早くマイアスを機関部に戻さなければ」

その通りだった。正直な話、今は現状を説明している時間すら惜しかった。
マイアスは衰弱しているのだ。一刻も早く機関部へと運び、エネルギーとなるセルニウムを補給させなければならない。
だが、それには問題もある。機関部に向かうということは、重傷のクラリーベルを置き去りにするということだ。

「あ、私でしたら大丈夫ですから、機関部へ向かってください」

だと言うのに、その本人であるクラリーベルはあっさりと、そんなことを言ってのけた。

「でも、クララ……」

「そうですよ。あなたを1人にする訳には……」

「本当に大丈夫ですから。それに現状、あなたといるのがリーリンも一番安全でしょうし」

機関部に一刻も早く、マイアスを戻さなければならない。
ならばシェル1人でマイアスを持ち、機関部に行くと言う手もあるが、それだとこの場に残されたリーリンとクラリーベルは危険だ。
本来、用件が終わったらロイが別のシェルターに案内すると言っていたが、ロイは敵で、しかも今は気絶中。そんなことできるはずがない。
それに、マイアスはリーリンに気を許しているようだし、ならばリーリンとシェルが共に機関部に行くと言う案が生まれる。
マイアスを機関部に送った後、そのままシェルターへと送ってもらえばいいからだ。
ただ、そうなると問題がひとつ残る。クラリーベルが取り残されると言うことだ。重傷で、動くことすら間々ならないクラリーベルが。

「すぐに医療班が来るそうですし、心配はいりません。それに万が一そこに転がっているロイさんが目覚めても、手足を縛られていては何もできないでしょう。それに、早くマイアスを機関部に戻さなくては」

「でも……」

すぐに医療班は来る、それは間違いない。
それにロイは気絶しており、武芸者専用の丈夫な拘束具で縛られている。
急を要する事態なので、確かにそれが一番の手だろう。
納得はできる。だが、心情的に納得はできない。
それでもじっとしているわけには行かず、結論が迫られた。

「わかりました……それでは、私はリーリンさんと共に機関部に向かいます」

「え!?」

「それでいいんですよ」

最も優先されるのは、マイアスを機関部へ運ぶこと。
それを決意したシェル。クラリーベルを置いていくことに動揺するリーリン。それをよしとするクラリーベル。
三人三様の意見。

「行きますよ、リーリンさん」

「………」

シェルがリーリンの手を引く。だが、リーリンの足取りは重く、視線をクラリーベルから逸らせない。
そんな彼女に向けて、クラリーベルは笑みを向ける。

「………行きましょう」

それだけでクラリーベルがなんと言おうとしたのか察した。
短くとも、ここまで濃度の濃い関係を築いてきたのだ。クラリーベルが何を言おうとしたのかは理解できる。
そして何より、ここで行かなければクラリーベルがあそこまで傷ついて自分とマイアスを護ってくれたのに、それが無駄になってしまう。
リーリンは後ろ髪を引かれる思いで、シェルと共に機関部へと向かった。





「さて……」

死ぬかもしれない。血と共に抜けていく何かを感じながらクラリーベルは思った。
出血が止まらないのだ。体力はもう限界。体温も下がり、寒気すら覚える。
襲ってくる強烈な眠気。それが永眠への扉なのかと思いつつ、クラリーベルは考える。
医療班がすぐに来るということだが、それはもう間に合わないだろう。せめてこの出血を止めなければ話にならない。

「はぁ……」

思わず、ため息が漏れた。
こんなところで果てようとしている自分が情けなく、泣きたくなってくる。
レイフォンに会いたかった。会って、戦いたかった。そして、自分の実力を認めて欲しかった。
そんな事を思ってグレンダンを出てきたと言うのに、こんなところで終わりと言うのは聊か酷過ぎる。
リーリンを護るためとは言え、格下相手の攻撃を受けて出血多量だなんて、悔やんでも悔やみきれない。

「はぁ……」

もう一度深いため息を付く。
痛覚が麻痺し、痛みすら感じない。意識が朦朧とし、最期の時が近づいているのではないかと錯覚する。
もはや打つ手はなく、諦めるしかないのかと思っていたところで……

「動かないでくださいね。僕自身、やるのは初めてなんで」

「え……?」

声が聞こえた。
そして麻痺していた痛覚だが、その声と同時に鋭い痛みが走った。
体に感じる違和感。そして焼けるような熱さ。激しい出血により気だるさを感じるが、抜けていく何かの感覚は止まった。
それだけではなく、出血が完全に止まった。
いったい何が起きたのか?
状況が理解できないクラリーベル。そんな、起きるのも辛そうな彼女の顔を覗き込むように、止血をした人物が見下ろしていた。

「大丈夫ですか?それから、リーリンを護ってくれてありがとうございました」

「あ……」

レイフォンだ。クラリーベルの視線の先には、レイフォン・アルセイフの姿があった。
その手に持っているのは、剣身が鋼糸と化した錬金鋼。
それが傷口を縫い、剄の熱で閉じた傷口を焼いたのだろう。これ以上血が流れると言う事はなかった。

「レイフォン……様」

「……それ、やめてくれませんか?僕はもう、天剣授受者じゃありませんし」

クラリーベルの言葉にレイフォンは頬を掻きながら、視線を気絶して縛られているロイへと向ける。
その視線は冷え切っており、憤怒を含んだ表情でロイを見下ろしていた。

「さて、『これ』をどうしましょうか?」

もはや物扱い。『これ』と言い、問いかける視線を向ける。

「そうだね。こんなものに無駄な時間を使うのもどうかと思いますが、暇潰しにはなるかもしれません」

問いかけた人物はサヴァリス。
狼面集を降してきた彼は、玩具を見るような視線でロイを見ていた。

「すみません、クラリーベル様。本来なら僕がリーリンさんを護らなければならなかったんですが……彼があまりにも愚かで拍子抜けしてしまって」

それは今まで見学しており、手を出せたのに出さなかったと言うことだろうか?
そんなふざけた発言をするサヴァリスだが、クラリーベルは特に憤怒を感じず、または感じる暇もなく、失った体力を補充しようと強烈な睡魔に襲われる。
永眠の扉ではなく、疲労による眠気。

「まぁ、彼の始末は僕らに任せてください。教導する義務はありませんが、存分に玩具に……いえ、更正させてあげますから」

そんなサヴァリスの言葉を最後に、クラリーベルは意識を失った。




































あとがき
今回はいろいろと、ごちゃごちゃになっているなと後悔するこのごろ……更新です。
難産でした。凄く大変でした(汗
クララとロイの戦闘をどうするかとなやみましたよ。この場面だけで4日もかかりました。
結局、普通にやればクララの圧勝。だけどリーリンが居たから重傷と、こんな感じに。
クラリーベルファンに怒られないか心配です(滝汗
ロイを救済するとか言って、ロイが下種で更に酷い事になりそうな件について。
次回を待ってください。予定では、次回でマイアス編が終わる予定です。そうすればツェルニ編で1,2話して6巻編は終わりますので。
もうしばしの間、6巻編をお付き合いください。



[15685] 45話 狼面衆
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:89281f63
Date: 2010/11/23 10:31
ロイ・エントリオとシェル・ファイムの生まれた都市は、まさに平和そのものの都市だった。
汚染獣の襲来はロイ達の生まれる前、何十年も前から一度もなく、都市間の戦争だってある年とない年があるほどだ。
それは他の都市と、自分達の都市がかなり離れた場所にあると言うことを意味している。故に放浪バスなどは年に数度しか訪れず、外界の刺激に乏しくはあったが、平和であることが誇りであるような都市だった。
そこでロイとシェルは育った。汚染獣との実戦経験はロイの祖父の代しか持っておらず、汚染獣との戦いなど、既に老人が若者に語る懐古話、武勇伝のようなものへとなっていた。

だが、そんな平和な都市に汚染獣はやってきた。
武芸者達は驚きながらも臨戦態勢を取った。都市外装備に身を包み、都市に近づけないために必死に戦った。
武芸者の誇りとして、大切なものを護るために。
動員された武芸者は100名。死亡者は10名を越えた。
実戦に耐えられない老人達は、戦闘経験を元に作戦を立案し、戦闘経験のない若い武芸者だけで作戦は実行された。
それを考慮すれば、10人の犠牲で汚染獣を撃退できたのは、考えれば軌跡のような、望みうる最大級の戦果だった。

だが、ただひとつ汚点があった。
動員された武芸者は100名。死亡者は10名を越えた。
そして、敵前逃亡者はたった1名、ロイ・エントリオ。
誰もが未経験の脅威の中、全身全霊をかけた。ロイを除いた全員が。
望みうる最大級の戦果であろうとも、都市の防衛を行う大切な武芸者が10名も死んだのは見過ごせない数である。また、死んだ武芸者にも家族がいる。
その中でロイ・エントリオは逃げた。逃げ場のない、生まれた都市へ。他の者達が都市外で汚染獣と戦っていると言うのに。
同年代の中では優秀な部類に入るロイ。彼が普段嘲っていた程度の実力しかない訓練仲間が、必死の特攻で汚染獣の翼に穴を開けて地面に引き摺り下ろした結果、落下した汚染獣の体重を全身に受けて持ち帰ることもできない無残な死に様を見せた横で、ロイは逃げた。
誰からの許しも請うことができないような逃亡を計ったのだ。

それまでロイのことを優秀だ、立派だと称えていた大人達、そんな彼のことを尊敬の眼差しで見ていた訓練仲間達、都市の住民達。
その悉くが掌を返したようにロイを軽蔑した。罵られ、罵倒された。
都市民の殆どの者達に見放されたロイ。そんな彼のことを見放さず、唯一何時までも見ていた少女。
シェルは周りの視線など気にせずロイに接触し、声をかけ、彼を支えようとしていた。周囲の反対も押し切り、故郷である都市を出て、修行と称して都市から追い出されたロイを追ってマイアスを訪れた。
だが、ロイからすればそんなものは余計なお世話だった。慰めにもならず、むしろ自分の都市での失態をばらされるのではないかとびくびくしていた。
彼女が内心で自分のことを嘲っているのではないかと思っていた。
何故ならシェルは最後まで勇敢に汚染獣を戦い、両足を食い千切られながらも衝剄を汚染獣の頭部に放ち、粉砕し、実質的に止めを刺したのだから。
英雄と呼ばれ、都市の者達に称えられた。逃げ出したロイとは違う。立場の違う2人。だからこそ、ロイはシェルのことを正面から見れず、気持ちに気づかず、彼女の本音を知ることができなかった。

ただ、シェルは大好きだった、ロイ・エントリオのことが。
幼馴染であり、家が近所であり、幼いころからいつも一緒だったロイ。
子供のころは気弱だったシェルを色々と気遣ってくれて、同じ武芸者として切磋琢磨してきた仲。切磋琢磨とは言え、ロイが優秀だったからシェルは一方的にアドバイスをされていたが。
飲み込みが悪かったシェルに、ロイは呆れ、嘲ったように馬鹿にしたこともあった。それでもわかりやすく、できるまで指導してくれた。
口は悪く、多少自信家な性格ではあったが、それでもシェルはロイのことが大好きだった。
ロイが汚染獣から逃げ出し、都市の人達から罵られた。武芸者としての恥だと言われた。それでもシェルの気持ちは変わらない。
シェルは信じていたのだ、ロイのことを。
ずっと傍にいたからこそ、近くで見ていたからこそ理解している。ロイの実力を。
未熟者が集まる学園都市とはいえ、そこで都市警察の隊長を務めるほどの実力を持つロイだ。純粋な実力のみの話なら、都市の者達はロイのことを認めている。
だから、汚染獣から逃げたことが武芸者の恥だとしても、ロイならば立ち直ることができると。口が悪く、自信家な彼ならば、その自信を取り戻せばまた戦場に立てると。少なくとも、シェルはそう信じていた。
失敗は何度だってしたっていい。また汚染獣から逃げ出したとしても、その次の機会を頑張ればいい。逃げたことが原因で再び都市にいられなくなったとしても、シェルはそんなロイを支えるために再び後を追うだろう。いつかは彼が立ち直ってくれることを信じて。

それほどまでロイのことを想い、信じていた。
大好きで、ずっと傍で見ていて、これからもそうしていたかった存在。
だけど……

「ロイ君の……馬鹿」

ロイはシェルを裏切った。いや、彼女だけではない。この都市に住む者達全てを裏切り、取り返しのつかないことをしようとしていた。
汚染獣から逃げ出すのならまだいい。別にシェルは今更咎めたりしないし、汚染獣のことがトラウマとして根付いているロイに無理やり戦えと言うのが酷な話だ。
問題なのはロイが電子精霊を強奪した犯人の一味であり、この都市に住む住民達を危険に晒したと言うことだ。
もはや弁解のしようもない裏切りであり、許されざる行為だ。
ロイの言ったイグナシスの夢想。そして、もう汚染獣に怯える必要はないと言う言葉。その言葉の意味が、シェルには理解できない。
汚染獣に怯える必要がない。そんなことが実現できれば、確かにロイからすればとてもよいことだろう。彼だけではなく、汚染獣の脅威に怯えるこの世界そのものを救えるはずだ。
だが、だからと言って、この都市を、マイアスを、そこに住む者達を犠牲にしていい理由にはならない。
どんな理由や詭弁があろうとも、ロイは犯罪者であり、自分はその犯罪者を取り締まるべき立場にいるのだ。

「……馬鹿」

もう一度シェルはつぶやく。
憂鬱、この言葉以外に彼女の気持ちを的確に表す言葉はあるのだろうか?
ロイが犯罪者とはいえ、大好きだった彼を取り締まらなければならないシェルはやりきれない気持ちで一杯だ。
ロイを拘束して放置してきたが、やはりこのことは上層部にちゃんと報告しなければならない。
ロイは犯罪者。ならばこの都市にはいられない。学園都市とは言え、もはや停学で済む問題ではないのだ。
都市の足が止まり、ここに住む住民を危険に陥れた。現に汚染獣が襲撃し、それの対応で武芸者達は戦場に借り出されている。
良くて都市外退去。悪ければ都市外『強制』退去だ。
放浪バスが受け入れなかったり、またすぐに来なかったりすれば、汚染物質の舞う荒れ果てた世界に強制的に放り出される。それは都市外強制退去と言う名で誤魔化された死刑なのだ。
そんなことなど、シェルはしたくない。

「はぁ……」

ため息が漏れる。憂鬱で、やりきれないため息だ。
気分が沈み、やるせない気持ちで一杯になる。自分はどうすればいいのだろうか?
報告はしなければならない。だが、それでも、ロイを死なせたくはない。
いっそのこと事実を隠蔽するか、匿うかと思い悩んでしまう。

『ロイ君……大好きだったよ……』

自分がロイに向けて言った、彼を拒絶する言葉。
それでも完全には拒絶しきることができず、今も心の奥で引き摺っている。

「あの……」

「え……?」

シェルがまたもため息を付こうとしたところで、背後から声がかかった。
機関部へ向かう道中。その背後には、マイアスを抱えたリーリンの姿があった。
それを見て、シェルは自分が仕事中だと言う事を思い出す。

「あ、ごめんなさい。気に障っちゃいました?機関部はもう少し先ですが、少しペースを上げてもいいですか?」

「あ、はい」

シェルは我に返り、それを誤魔化すように今までリーリンに合わせていた速度を少しだけ上げる。リーリンは早足でその後を追う。
気落ちしたシェル。その呟きを聞いたリーリンはなんともいえない表情をしており、なんと言えばいいのかもわからない。
だけど今は声をかけるべきだと思い、捻りも何もないが、素直に自分の気持ちを伝えた。

「あの……元気出してください」

「……………」

励ましの言葉。おそらくはロイのことで思い悩んでいるだろうシェルに対して、リーリンは元気付けるように声をかける。
誰かを想い、好きになると言う気持ちはリーリンにもわかるから。
その気持ちが踏み躙られ、拒絶されると言うのがどんなにショックかと言うのある程度想像がつく。
あくまで想像だが、それでもリーリンはシェルを勇気付けるように言った。

「……ありがとうございます、リーリンさん」

その言葉に僅かだがシェルの気持ちは軽くなり、目的の場所、機関部へと急いだ。





































「はっ……!?」

ロイが気絶から目を覚ますと、そこはどこかの建物の屋上だった。

「目が覚めましたか?」

「お、お前は!?」

そんなロイにかけられる声。その声のする方向に寝たまま、首だけで視線を向けると、そこには2人の男がいた。
長い銀髪の、鍛え上げられた肉体を持つ男と、マイアスの制服とは違う、ボロボロの学生服を着た茶髪の少年。
1人はリーリンやクラリーベルと一緒にこの都市を訪れた武芸者だ。確か、サヴァリス・ルッケンスと言った。
もう1人はリーリンとクラリーベルが、レイフォンと呼んでいるのを聞いた。
彼らは狼面衆達をものともせず、壮絶な戦いを繰り広げていたのだ。その光景はリーリン達と接触する前に嫌と言うほど見せ付けられた。
現在、2人の出で立ちはボロボロだ。だが、それがどうした?
制服の上着がボロボロとは言え、レイフォンはその姿でサヴァリスを圧倒し、サヴァリスはレイフォンとの戦闘で怪我を負いながらも狼面衆を圧倒した。
勝てない、そう断言する。ならば逃げよう。一瞬でそう決めた。

「っ!?」

だが、体が動かない。起き上がり、今すぐ走り出そうとしたロイだが、彼の体はまるで何かに縛られているように動かない。
それどころか手足までも拘束されており、指の1本すら動かせない状況だ。

「あまり動かないでくださいね。下手に抵抗すると、あなたの体が細切れになりますよ」

ロイに向け、レイフォンがサラリと恐ろしいことを言う。
彼の体を拘束しているのはレイフォンの鋼糸だ。
並みの武芸者、学生レベルの武芸者にはまず視認が不可能なほどまでに細く、強靭な糸。この糸は汚染獣の肉体を切り裂くほどであり、本家のリンテンスは老生体の汚染獣相手でもスパスパと体を切り裂く。
もっとも廃貴族憑き、剄が強化されたレイフォンならば技術はともかく切れ味は負けないだろう。
そう確信できるほどに、彼の体は強大な剄で満ち溢れていた。

「……………」

「それでいいんですよ。もう少ししたら解放しますから、それまで大人しくしていてください」

レイフォンの脅しに従い、抵抗をやめるロイ。
冷や汗が垂れてくるのを感じながら、地面に横になったまま辺りを見渡す。
現在地は先ほども言ったが、どこかの建物の屋上。だが、そのどこかは地に伏しているためにわからない。
鋼糸で拘束され、ロイにはここがどこだか知る術がなかった。

「ここは外縁部近くの建物ですよ。彼らはここで汚染獣を迎え撃つようですから」

「ひっ!?」

拘束されているロイの服の襟首をつかみ、サヴァリスはぐいっと引き寄せる。
ロイを起き上がらせ、汚染獣迎撃のために控えている学生武芸者達を見せ付ける。

「あなたを教導する義務など、僕にはまるでないのですけどね。あなたのような社会制度を悪用するしか能のない人間がどういう反応をするのか、見てみたい気がします」

サヴァリスの言葉の途中、レイフォンの鋼糸の拘束が解かれた。
それに気づかないほどにロイは体を震わせ、冷や汗が脂汗へと変化する。

「敵前逃亡の罪は戦うことによって償うのが武芸者としてのやり方だと思いますが、さて、あなたはどうします?」

サヴァリスがロイに言う。サヴァリスとレイフォンの瞳は既に接近している汚染獣の姿を捉えていた。
かなりの速度で近づいてきているので、そろそろ外縁部に控えている未熟な学生武芸者でも肉眼で捉えられる距離だろう。

「到着まで、もうそれほど時間がありませんね」

「う、うわぁ……」

「おっと」

暴れだすロイの襟首を放し、支えを失ったロイは地に落ちる。
そのまま、すぐにでも逃げ出そうとしたロイだが、それよりも早くその背中をサヴァリスが踏みつけ、動きを止めた。

「見せてくださいよ。僕に、心の折れた武芸者が再び立ち上がることができるのか否かを。そこにいるレイフォンを見てください。彼は失敗して、心が折れた。だけど見事に立ち上がり、ここまで僕を楽しませてくれた」

凶悪な笑みを浮かべ、サヴァリスはロイに語りかける。
だがロイは、サヴァリスの足の下でガタガタと怯え続け、話を聞く余裕などなかった。

「別に僕は、サヴァリスさんを楽しませるつもりなんて微塵もないんですけどね」

「まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ。さて、あなたはこの都市の武芸者なのでしょう?人生をやり直した武芸者が同じ失敗を繰り返すのか?そして、失敗してもなお、やり直すために立ち上がることができるのか?」

勝手な言い分だと言うことは、サヴァリス自身わかっている。
だが、どうしても気になる。ロイはどうするのか?
レイフォンは立ち上がった。ならば彼も立ち上がるのか?
それとも無様に失敗を繰り返すのか?

「あなたはついてるんですよ。グレンダンの天剣授受者と、元天剣授受者が同時に後見として付いてるんです。さぁ、恐れずに戦ってください」

「僕ならこんな後見、死んでも嫌ですけどね」

サヴァリスの言葉に呆れつつ、レイフォンは汚染獣へと視線を向けた。
近い。学生武芸者の誰もがもう気づいているだろう。
汚染獣はその翼を羽ばたかせ、高速で接近してくる。

「そろそろ準備を始めないと、間に合いませんね」

ポツリとレイフォンがつぶやく。それに呼応するように、学生武芸者達は慌ただしく準備を始めた。
射撃部隊が剄羅砲に剄の充填を開始した。格闘戦を担当する部隊が緊張で青ざめている。
そこに汚染獣がやってきた。爬虫類のような強大な体躯に、昆虫のような翅を羽ばたかせてやってくる
悲鳴のような号令と共に剄羅砲が火を噴き、凝縮された剄弾が放たれた。汚染獣の表面で凝縮剄弾は弾け、鱗がいくつか弾け飛んだ。
汚染獣が咆哮を上げ、それがマイアス中に響き渡る。
怒りと痛みで目を血走らせながら、汚染獣はマイアスに向かって直進してくる。剄羅砲の剄弾がそれを迎撃する。
砲撃の雨に晒されながらも、汚染獣は突っ込む速度を下げない。血の霧を振りまきながら、汚染獣がエア・フィルターを突き破って侵入してきた。

「ひあ、あ、ああああ……」

ロイが声を上げる。
既にサヴァリスの足はどけられていたが、体が動かない。
彼は情けなく、みっともなく震え、恐怖の声を上げることしかできなかった。

「行かないんですか?あなたはここでは優秀な部類だと思うのですけど?」

「い、いやだ。いやだいやだいやだ!あんなのと戦うなんてごめんだ!」

ロイは手足をばたつかせ、屋上を這うようにして少しでも汚染獣から距離を取ろうと移動する。
その取り乱しっぷりを見るに、もしかしたらサヴァリスが足をどけたことに気づいていないかもしれない。

「やれやれ」

その醜態をサヴァリスはそれ以上見る気をなくした。
レイフォンもそのようであり、鋼糸の先端を針化粧の要領で尖らせ、針と化したその先端をロイの右肩に撃ち込んだ。

「ぎゃっ!?」

ロイがその姿勢と同じくらいに情けない悲鳴を上げる。
レイフォンの撃ち込んだ鋼糸の針はそのまま肩を貫通し、骨を砕いたのだ。

「ぎゃっ!あ、がっ、あああああ!!?」

続けざまに右腕に針が撃ち込まれ、一瞬で針山のような光景が出来上がる。
右腕を数十、数百にも及ぶ鋼糸の糸が貫き、ロイの右腕は完全に死んだ。治療を施せば治るだろうが、現状ではまったく動かない。
ぴくりとも動かず、ロイは脂汗を大量に掻きながら痛みに悶える。

「僕の場合、別に汚染獣から逃げたって何も言わないんですよ。あなたの姿を見て情けないとは思いますが、僕も一度武芸で失敗していますので」

確かにロイの姿は見ていて情けない。
だが、理由や経緯は違っても、レイフォンだって一度武芸で失敗している。だから他人のことをとやかく言うつもりはないし、偉そうに説教する資格もない。
もとよりそんなつもりはなく、レイフォンはロイの醜態とは別に怒りを感じており、その怒りのままに今度は鋼糸の針で左足を撃ち抜く。

「あっ、ああ!?ぐああああああっ!?」

今度は左足が死んだ。
足の骨が砕け、アキレス腱に穴が開く。右手と同じようにぴくりとも動かすことができず、ロイは激痛によって意識を手放しそうになった。
そんなロイのことなどお構いなしに、レイフォンは言葉を続ける。

「ただ、あなたは僕の身内に手を出した。リーリンに手をかけようとし、顔見知り程度ではありますが、リーリンを護ろうとしてくれたクラリーベル様を殺そうとした。そこまでされて黙っていられるほど、僕はできた人間じゃないんですよ」

レイフォンに正義感なんてものはない。良心だったら存在はするが、レイフォンには武芸者の誇りや威厳は存在しないのだ。
だからロイが何をしようが構わないし、自分に関係がないのなら放っておく。
だけど彼はレイフォンの身内、幼馴染であるリーリンに手を出そうとし、面識があり、リーリンを護ってくれていたクラリーベルを殺そうとしていた。ならばロイはレイフォンの敵だ。
レイフォン自ら手を下し、打破する相手である。

「僕は縁を使ってやってきた、仮初めの旅人らしいんですよ。同じ位相にいる狼面衆は倒せましたが、最初からここにいるあなたに手を出せるかどうか心配でしてね。結果はこの通り、何の問題もなかったみたいです。よくよく考えてみれば、そうでもない限りサヴァリスさんと戦えるわけないんですけど」

「はぎゃっ!?」

今度は左手が死んだ。これで残るロイの四肢は右足のみ。
レイフォンは感情を感じさせない冷え切った声で、言葉を続ける。

「流石に殺せはしないでしょうね。殺される夢を見たって、起きれば生き返るのと同じなんですから。ですが、地獄のような夢を見せることなら可能です。あの世の一歩手前を見てみますか?」

「ひっ……」

最後に残った右足。それをレイフォンは砕こうとした。だが、不意にその行為をやめ、視線をサヴァリスへと向ける。

「終わったんですか?」

「ええ、第一期の、しかも成り立てでした。すっかり興が削がれてしまいましたよ」

相変わらず冷めた言葉を投げかけるレイフォンと、つまらなそうに言うサヴァリス。
彼はレイフォンがロイの相手をしているうちに、汚染獣の方の相手をしていた。
跳躍し、汚染獣の頭部へと飛び乗る。そして一瞬で外力系衝剄の変化、流滴を叩き込んで汚染獣を沈め、誰にも気づかれないように素早く退避してきたのだ。
サヴァリスの放った流滴は汚染獣の鱗の隙間を縫って細胞内に浸透し、内部から汚染獣を破壊したはずだ。学生武芸者達は誰もサヴァリスの存在に気づけず、突然汚染獣の動きが鈍ったように見えたことだろう。
その隙を逃さず、剄羅砲の一斉射撃が行われた。剄の爆発が汚染獣の巨体を飲み込む。
轟音が響き渡り、爆煙が汚染獣を包み込む。

その煙が晴れ、轟音の余波がなくなった時には、汚染獣は手足や翅を崩壊させながら地へと落ちていた。
あまりにも呆気無い最後。その呆気無さに疑問を抱く者がいた。
だけど汚染獣を倒したと言う事実に、現実に、爆発したような歓喜が巻き起こる。
その歓声に押しやられるように、その者達の疑問は彼方へと飛んでいった。

「……さて」

レイフォンは激痛と恐怖でのたうっているロイから視線を外し、歓喜を上げる学生武芸者達を眺めていた。
もはやロイに興味は無い。いや、興味なんて最初から存在しなかった。
汚染獣は打破し、これでこの都市への危機、つまりはこの都市にいるリーリンの危機は去ったのだ。
ロイの教導云々はそのついでであり、彼が汚染獣に突っ込もうが逃げようが、レイフォンにはそんなことどうでもよかった。
サヴァリスは暇つぶしではあっただろうが、ロイのあまりものみっともなさにそんな気は失せている。
もはや、これ以上彼のために使う時間がもったい。その考えは、レイフォンとサヴァリス共に一致している。

「機関部に行きますか。場所は調べてありますし、都市警の人がいるとはいえ安心できません」

「そうですね」

四肢の3本を破壊され、のたうっているロイ。
レイフォンとサヴァリスはそんな彼に背を向け、リーリン達が向かった機関部へと急いだ。






































エレベーターで地下へと下り、機関部の中心部へと向かう。
所々にパイプがあり、混雑した複雑な通路を抜け、そこに辿り着いた。

「これが……」

リーリンが声を上げる。
分厚い板のようなものに包まれた小山。あの中に普段、電子精霊はいるのだ。

「そうです。リーリンさん、マイアスは無事ですか?」

「弱っています」

シェルの問いかけに、リーリンは掌のマイアスを見て言う。
マイアスはもはや自力で立ち上がることすらできず、リーリンの手の上で横たわっていた。
一見死んだようにも見えるが、嘴を僅かに動かしているので、生きてはいるのだろう。
だが、嘴以外はぴくりとも動かず、何時死んでもおかしくない状況だった。

「やはりセルニウムの供給を絶たれたからでしょうね。急がないと」

「はい」

リーリンとシェルは急ぎ、中心部のプレートの小山へと向かった。
だが、その瞬間、その時、シェルは嫌な予感を感じる。
それはもはや第六感、勘のようなもの。

「リーリンさん!」

「え!?」

シェルは叫び、リーリンの服の裾をつかんで思いっ切り引っ張る。
いきなり服を引っ張られたリーリンは踏ん張ることすらできず、その勢いで地面へと転がってしまった。

「いたた……」

転び、地面に叩きつけられるリーリン。
状況を理解することができず、転んだ原因となったシェルに何をするのかと怒鳴ろうとしたら……

「え……?」

「ぐっ……」

襲い掛かる刃。それをシェルは、足で受け止めていた。

「良い反応をする」

「それは、どうも!」

刃を向けてきたのは獣の面をかぶった者、狼面衆。
シェルは足に力を入れ、狼面衆の刃を押し返した。
活剄の密度によって筋力の度合いは変わるが、基本的に足は腕の3倍の筋力を持つ。その上、シェルの足は錬金鋼製。力比べで早々負ける気はなく、弾くように狼面衆を吹き飛ばした。

「話は聞いています。あなたが狼面衆ですね?」

「如何にも」

シェルは正体を確認し、剣帯から錬金鋼を抜いて復元する。
それは刀だった。リーリンは一瞬、没収された錬金鋼のことを思い出すが、今はそんなこと関係ないとばかりに距離をとる。
武芸者同士の戦いに、一般人であるリーリンが関われるわけがない。むしろ、近くにいればシェルはリーリンに気を使わなければならないため、不利になってしまう。
クラリーベルのように足を引っ張りたくないので、リーリンはすぐにその場から離れた。
それをシェルは横目で確認し、戦闘態勢を取る。

「あなた達がそそのかしたから、ロイ君があんなことを……」

「あれは本人の意思だ」

シェルの怒りが混じった言葉に、狼面衆は淡々と答える。
そう、淡々と答えた。なんだか、地上で見た狼面衆と雰囲気が違う。
リーリンが見た狼面衆はサヴァリスに瞬殺されていたが、あそこで見た狼面衆には生きた感じがしなかった。
すぐさまどこかに還されていたが、ここにいる狼面衆とは雰囲気が違った。
明白な目的意識を、感情を持っているようで、何かしらの意思を秘めたような仕草でシェルと話をしている。

「そうなんでしょうね。結局、こうなることを選んだのはロイ君。だから、ロイ君が一番悪いのかもしれません。ですが、それじゃあ私が納得できないんですよ」

シェルからも意思が、感情が流れ出す。
溢れるように、元から止めるつもりはなく、感情をむき出しにして狼面衆に言う。

「もしあなた達がいなかったら、ロイ君に接触しなかったら、ロイ君はロイ君のままでいられたんじゃないかって?あんなこと、しなかったんじゃないかって?」

「我らの存在を根本から否定する気か?傲慢だな」

「ええ、私は傲慢なんでしょうね。だから私はあなた達が許せません」

自分は、ロイのことが好きだ。だから、彼が道を外す切欠となった狼面衆を憎む。
傲慢だ、理不尽だ、自分でもそう思わなくもない。だが、感情が納得できずに、理性が利かずに、シェルは冷静ではいられなかった。
ロイが最終的にこの道を選んだ以上、狼面衆を憎むのは間違いかも知れない。それでもシェルは狼面衆が憎く、この衝動を抑えることができない。

「ですので、あなたは消えてください」

「愚かな」

ただ感情に任せ、シェルは狼面衆に飛び掛る。
本当の足ではなく、戦闘のために改造され、改良された錬金鋼製の足で全力で地面を踏み抜く。
シェルの出身都市は外界からくる刺激が乏しく、その分情報や他所の都市から入ってくる技術も少なかった。
故に本来なら、失われた手足も再生することが可能となる現代医学だが、シェルの生まれた都市では医療のレベルが低く、汚染獣に食い千切られた足を再生することができなかった。
そこで、錬金鋼技師である親戚の叔父が、その技術全てを総動員して作ってくれたのがこの錬金鋼製の義足。
シェルが武芸者であることから戦闘面に特化し、頑丈で、超人的なまでの身体能力を手に入れることができた。
叔父の腕は世界でもトップクラスではないのかと思いつつ、戦闘では役に立ち、シェル自身も気に入っているためにこの錬金鋼を使い続けている。
情報が交じり合う学園都市を訪れ、その医療技術を持ってすれば足を再生することも可能だ。だが、それでも叔父の作ってくれた錬金鋼を愛用し続け、シェルはその足で狼面衆へと向かう。
その速度はまさに風の如し。一瞬で狼面衆との距離を詰め、高速の蹴りを放った。

「ぐっ!?」

狼面衆はその蹴りを、カタールと呼ばれる剣で受け止める。だが、シェルの蹴りはそんなもので防ぎきれるほど柔ではなく、狼面衆の防御を押し切り、カタールに皹を入れるほどに強力だった。

「まさかここまで強力になるとは……あの戦闘狂のアドバイスも役に立ちますね。むしろ、戦闘狂だからこそ役に立つのでしょうか?」

錬金鋼を強奪に来たサヴァリスのことを思い出す余裕がありながら、シェルはそのまま宙に飛び上がる。
超人的な身体能力を活かし、獣のように身軽な動きで狼面衆の上を取り、そのまま蹴りを振り下ろした。
蹴りの威力、重力、自分の体重を加えた強烈な蹴り。狼面衆は再びカタールでそれを受け止めようとするが、それよりも速く脳天に蹴りが決まった。

「ぐっ……がっ……」

意識が飛びかける。視界が揺れ、朦朧となる意識。
シェルはその間に地面に着地し、次の攻撃の動作に入っていた。

「まだまだぁ!」

左腕1本での着地。そのまま腕を支えにし、またも蹴りを放つ。
回転の要領で、遠心力を込めた蹴り。それが狼面衆の左肩に決まり、態勢が崩れる。
そこを好機と見たのか、シェルはすぐさま起き上がって右手に持っていた刀で斬りつける。
脳天へと蹴りが決まり、肩にも直撃して態勢が崩れたのだ。誰もが好機とみるだろう。

「舐めるな!」

だが、甘かった。態勢が崩れたのは誘いであり、シェルはその誘いに乗ってしまった。
ましてやシェルの下半身は超人的な能力を持っていても、刀を振るう上半身、腕力は並みのもの。
学生武芸者が相手ならば蹴りと刀のこのコンビネーションは通用しただろうが、狼面衆には通用しなかった。
カタールを構え直し、狼面衆はシェルの刀を弾き飛ばす。

「え……」

弾かれたシェルの刀。右腕1本で握っていたためにあっさりと刀は弾き飛ばされ、くるくると刀は宙を舞う。
狼面衆のカタールもシェルの蹴りで皹が入っており、刀を弾き飛ばすために無理やり振るったのが良くなかったのか、根元から折れてしまっていた。
だが、シェルの気を引くことには成功し、刀を飛ばされて呆気に取られていた彼女の虚を突き、カタールを捨てた腕を彼女の首へと伸ばした。

「がはっ……」

首をつかまれ、シェルの体が宙に浮く。それと同時に刀が地へと落ち、カラカラと転がっていった。

「油断したな」

「シェルさん!」

狼面衆のにやりとしたつぶやきと、リーリンの悲痛な叫びが同時に響く。
シェルは宙に浮いた足をじたばたとさせ、首を押さえつけられた息苦しさにもがいていた。

「このっ……」

「抵抗は無駄だ。楽になれ」

じたばたと暴れるシェルに向け、狼面衆は首を握る力を強める。
もはや呼吸すら困難であり、剄息をすることができず、肉体すら強化できずにいた。
シェルの危機。だが、リーリンにはどうすればいいかなんてわからない。自分が何をできるかなんてわからない。
一般人であるリーリンが、隙を突いたからと言って武芸者を打倒することなんてできない。
ならば隙を突き、マイアスを中心部へ戻すかと考えるが、そんなことをすれば狼面衆はリーリンを襲ってくるだろう。そんなことをされれば、リーリンに抗う手段などなかった。

どうすればいい?
小鳥の姿をした電子精霊、マイアスからは徐々に温かみが失われてきている。
このままここにいれば、時間が過ぎるだけで勝手にマイアスが死んでしまう。それが狼面衆の狙いなのだろうか?
この場で時間を稼ぎ、先に行かせないことでマイアスの自滅を計る。もしそうだとすれば、自分に打つ手などない。
狼面衆を倒すなんて事は不可能。隙を突いて先に行くなんてことも不可能。だが、可能性があるとすれば先に行く方が成功率が高いだろう。

「だめ……」

走り出しそうとする足を無理やり止めて、リーリンは深呼吸した。
その程度のこと、狼面衆も予想しているはずだ。しかも相手は武芸者。
隙を突いたからと言って、一般人の運動能力で逃げ切れるはずがない。相手の思う壺だ。

「でも、急がないといけないのに……」

それならば自分はどうすればいい?どうしたらいい?
解決案が浮かばない。どうすればいいのかなんてわからない。
苦しむシェルの姿。弱っていくマイアス。どうすればいいかなんてわからないリーリン。
そんな彼女の思考を撃ち砕くように、轟音が響いた。

「がっ……」

「きゃっ……」

狼面衆が崩れ落ちる。シェルは解放され、地面へと尻餅をつくように落ちた。
リーリンには状況がいまいち理解できない。それでも情報を整理し、考える暇すら与えられずに、状況は動き続ける。新たな人物の登場と言う形で。
その人物は男だった。身長が高く、モデルのように足が長い。少し手入れをサボっているような癖のある赤髪の、整った容姿をしている男性。
その肩には巨大な鉄鞭が担がれていた。巨大な、もはや金棒の領域に届きそうな打撃武器。おそらくはこの男性が狼面衆に衝剄を放ち、シェルを解放したのだろう。

「また貴様か」

「また俺だ」

起き上がった狼面衆の言葉に、男性が笑みを浮かべて答える。
知り合いなのかと一瞬思ったリーリンだが、とても良好そうには見えない関係。
それもそうだ。そもそも敵対していないのなら、いきなり衝剄を放つなんて事はしないだろう。
間違いなく敵同士。だが、彼が狼面衆の敵だとしても、自分達の味方だとは限らない。
三つ巴なんて言葉があるが、まさにその可能性もある。故に警戒心を緩めず、リーリンは距離をとりながら慎重に状況を見守った。

「また、邪魔をするか」

「また、するのさ」

ピリピリとした雰囲気が辺りを包み込む。肌が痛いほどにピリピリしていた。思わず背筋が震える。
自分には何もできない。この状況を、黙ってみていること以外は。

「お前達がイグナシスとつながっている限り、いくらでも邪魔してやるさ」

「愚かな」

まただ。また、『イグナシス』と言う単語を聞いた。
サヴァリスがイグナシスの下っ端と狼面衆達の事を呼び、ロイもイグナシスの夢想などと言っていた。
それが何なのか、リーリンにはまるでわからない。だけど何かが、何かが引っ掛かっていた。

「我らは無数にして無限。その我らと、ただの個でしかないお前がどう対峙するというのか?」

「どうとでもするさ」

男性は狼面衆へと向け、足を進める。
1歩ずつ、ゆっくりと歩み寄っている。狼面衆は強がってこそいたが、シェルに錬金鋼を破壊されたために、非常に不利な状況だ。
男性は弱者を甚振るような、まるでどちらが悪人かわからないような笑みを浮かべ、狼面衆に向けて宣言する。

「正直な話、俺はこの都市がどうなろうが関係ない。だが、お前達の思い通りになるのが気に入らねぇ」

何が起きているかなんてリーリンにはわからない。
気がつけば男性の姿が掻き消え、一筋の雷光が走っていた。

「それまで、お前達は俺に殺され続けろ」

そして轟音。まるで稲妻でも落ちたかのよう轟音が期間部内で鳴り響き、音が反響する。
鼓膜が破れてしまったのではないかと一瞬思いながら、音と光によって何時の間にか閉じてしまった瞳を恐る恐る開く。
そこには狼面衆の姿はなく、鉄鞭を担いだ男性の姿だけがあった。

「……あなたは?」

とりあえずの危機、狼面衆が去り、残ったのはこの男性だけ。
リーリンは警戒心を緩めずに、ポツリとつぶやくように男性に問いかけた。
シェルも警戒しているようで、男性が狼面衆と会話、戦闘をしている隙に刀を拾ってきて構えている。
敵意とまでは行かないが、油断はせず、慎重に男性を見つめていた。

「名乗ったって意味はないな。どうせ忘れる」

「え……?」

リーリンには、男性のいっている言葉の意味がわからない。ただ気がつけば、男性の右手がリーリンの額に当てられていた。
そしてそのまま、リーリンの意識は闇へと落ちる。

「リーリンさん!?」

シェルがリーリンへと駆け寄る。この瞬間に、男性を敵として認識したのだろう。
完全な敵意を向け、男性へと挑みかかろうとした。
だが、

「知ってても、ロクなことにはならないからな。それに、お前も忘れていたほうが幸せだろ?」

今度はシェルの額に男性の右手が伸びる。
右手を伸ばす男性の姿。その光景を最後に、シェルの意識も闇へと落ちた。









「………………………………………………………………………………………え?」

今、何が起こったのか?

「あれ?ええと……」

思い出そうとしても、うまくいかない。
何かあったはずだ。何か、何かがあったはずなのに、それがまったく思い出せない。

「そういえば……あれ?私、ここに何しに来てるんだっけ?」

リーリンは、なんで自分が機関部にいるのかわからない。
呆然と、唖然としていて、状況が理解できない。

「私は……」

「あ……」

リーリンが混乱していると、少女の声が聞こえた。
シェルだ。彼女の姿を確認し、リーリンは彼女なら何か知っているのではないかと思った。
淡い期待を抱き、そして……

「私は……ここでなにをしているんですか?」

期待は儚く崩れ去った。

「私は、私達は……」

「一体……何を?」

2人揃っての記憶喪失。その事実に薄ら寒いものを感じつつ、リーリンとシェルは辺りを見渡す。
場所は機関部。辺りに広がるパイプの光景を冷静に眺めるが、やはり、何故自分達がここにいるのかわからなかった。

「あ……」

その瞬間、振動音が響く。
視線を上げると、目の前にそびえる小山のようなプレートの下部から伸びたパイプが、青く光りながら震えていた。
その震動は、まるで血液を循環させるようにリーリンとシェルの周囲に広がり、オレンジ色の照明に照らされた地下全体に行き渡っていく。
機関部が機能しだしたのだ。

「機関部が動き出した」

「やりましたね!」

これで足を止めていた都市が動き出す。汚染獣から逃れるため、再び大地を歩み始める。
マイアスの危機は去った。

「あれ……?」

「でも……」

そのはずなのにすっきりとせず、呆然としながら、リーリンとシェルは動き出した機関部を見つめていた。







「面白い剄技ですね」

「遅かったな」

機関部を訪れ、レイフォンは男性、ディクセリオ・マスケインと名乗った人物、通称ディックへと語りかける。
声をかけられたディックは嫌味を言うようにレイフォンへと視線を向け、そんな彼の隣に立つサヴァリスの存在に気づいた。
サヴァリスは無言で、ニヤニヤと凶悪そうな笑みを浮かべている。

「先ほどからいましたが、正直リーリンと顔を合わせたくないんですよ。対面してすぐに逃げ出してしまったから、どうにも気まずくて」

レイフォンがポリポリと頬を掻きながら、苦笑交じりで言う。
いざとなれば鋼糸で狼面衆を切り刻もうと考えていたが、ディックが出てきたためにためらった。
レイフォンは途中から殆ど何もしてないが、なんだかんだでこの都市の問題が片付いたのでよしとする。

「記憶を消す剄技ですか。便利そうですね」

「一応俺の一族に伝わる秘伝の技だ。だから本来なら、おいそれと人様に見せるわけにはいかないんだがな」

リーリンとシェルの記憶を奪ったディックの剄技は、マスケイン家に極秘に伝わる隠密行動のための技だ。
指先にほんのかすかに剄を集中させ、その剄を脳へと叩き込む。物理的に衝撃を与えるような技ではなく、記憶を奪うための技。
脳の記憶を担当する部位に剄を流し込み、直近の記憶を奪い去る。
この剄技が作られた経緯は、盗みに入った家で発見された時、発見者の記憶を消すためと言うしょうもない理由だったりもする。
だが、しょうもない理由で作られた剄技でも、この技が面白く、凄いと言う事実には変わらない。
記憶を操り、消す。そんなことができればどれほど便利だろうか?

「えっと……こんな感じですか?」

そしてレイフォンは、その剄技を二度も目撃した。
リーリンとシェルに使うところを、しっかりとその目で目撃したのだ。
レイフォンは剄技の仕組みを使用者の剄の流れから理解して模倣する特技を持ち、天剣授受者達の剄技を習得し、自分の技としている。
つまり、一度剄技を見れば、技をある程度コピーし、真似ることができると言うことだ。
リンテンスの鋼糸や、化錬剄使いであるトロイアットの剄技は複雑故に完全に真似るのは難しいが、ディックの使用した剄技はもはや完璧に真似ていた。
レイフォンの指の先に集中した僅かな剄。それはマスケイン家に伝わる秘伝の剄技だ。

「おぃおぃ……」

その現状に、流石のディックも目を見開く。
レイフォンはレイフォンで、先ほど見たディックの剄の流れと、自分の指先の剄の流れを見比べながら、

「おっと」

サヴァリスへと手を伸ばした。
サヴァリスはそれに気づき、すぐさま距離を取る。

「ちっ……」

レイフォンは舌打ちを打ち、忌々しそうにサヴァリスを見ていた。

「僕を実験台にするのはやめてくれないかい?こんな面白そうなことを忘れるなんてもったいなさすぎる」

「あなたはそればっかりですね」

凶暴な笑みのまま、楽しそうに言うサヴァリスの言葉に呆れつつ、レイフォンは指先の剄を解いた。
実際に試してはいないが、やり方はこれで間違っていないはずだ。機会があれば適当な人物で試そうと思った。

「一応忠告だが、その技は無闇に使うんじゃねえぞ。記憶障害が起こる可能性もあるからな」

ディックは未だに呆れつつ、レイフォンに忠告を施した。
消せるのは最近の記憶のみであり、無理やりに消そうとするとその相手に記憶障害が起こり廃人にしてしまう可能性すらある。
例えば狼面衆と接触し、戦う程度ならば問題ないが、深く関わり、あちら側を覗いてしまった者には通用しない。
レイフォンもまた然り。廃貴族に憑り付かれ、こちら側に引き込まれてしまった。忘れさせようにもあの錬金鋼まで手渡され、引き剥がすに引き剥がせない状況だ。
もっともディックにはそこまでする義理は存在しない。

「僕としては、あの剄技の方が気になるね。あれはどういった技なんだい?」

サヴァリスは凶暴すぎる笑みをディックへと向け、強大な剄を隠そうとせずに向けてくる。
その歪んだ表情が、楽しそうな笑みがディックに警戒心を抱かせる。そして理解した。

(こいつは、厄介だ)

ディックは内心で舌打ちを打つ。実力差と言うのが、比べるまでもなくハッキリとわかったからだ。

(勝てないな)

少なくとも、今のままでは。
だが、ディックはだからと言って媚を売ったり、下手に出たりするタイプではない。
平然を装い、何事も感じなかったように口を開く。

「面白い技だろ?祖父さんの教えを元に俺が作った技だ。雷迅(らいじん)と名付けた」

「それはそれは。その名に相応しい、雷鳴のような技でしたよ。それで提案なんですが、僕とやりませんか?」

拳を突き出し、サヴァリスが問いかけてくる。
この現状にディックは『やはりか』と、盛大に舌打ちを打つ。
サヴァリスの瞳は狂気に染まっている。戦闘と言う狂気。戦闘狂と言う言葉は彼のためにあるのではないかと思うほどに。
サヴァリスは問いかけるようにディックに尋ねてきたが、ディックに拒否権はない。
例え断ろうとサヴァリスは襲い掛かってくるだろうし、逃げたら追いかけてくるだろう。当然、戦ったからと言って勝てるわけがない。
ならばどうするか?
ディックが、そう思考していたところで……

「あの、ちょっといいですか?」

レイフォンがおずおずと手を挙げ、楽しそうなサヴァリスと、冷や汗を流すディックの間に入ってきた。

「確か、あなたは僕が呼ばれたのには理由があり、その理由を、僕がなすべきことを成せばツェルニに帰れると言いましたよね?」

そして疑問。ディックの使っていた剄技を面白そうだと思い、はたまたこれまでのトラブルで考える暇がなかったが、レイフォンの第一の目的はツェルニへの帰還。
サヴァリスに邪魔をされたのが原因で殆ど何もできなかったとはいえ、そのためにレイフォンは色々と奮闘していたのだ。

「ああ、そういやそんなこと言ったな」

ディックはサヴァリスから視線を外せずに、どこか曖昧に答える。
それも仕方がないことだろう。今のサヴァリスはまさに獣だ。
何時仕掛けてくるか、襲い掛かってくるかなんてわからない。凶暴で凶悪な猛獣であり、油断のできない相手なのだ。

「機関部の問題は解決したようですし、汚染獣もサヴァリスさんが倒しました。それで……僕は何時になったらツェルニに帰れるんです?」

淡々とした、感情を感じさせない声。猛獣がまた1人増えたのだ。
ディックはレイフォンに殺意に近い威圧感を向けられ、ごくりと唾を飲む。
サヴァリスだけでも厄介だと言うのに、それに廃貴族で強化されたレイフォンが加わる。まさに絶望的な状況。
そもそも彼の言うとおり、本来ならこの都市の問題は解決したはずだ。
なのにどうして、レイフォンは未だにこの場所にいるのか?
ディック自身も、未だにレイフォンが帰還しないことに疑問を抱いていると……

「これ、は……?」

急にレイフォンが疼いた。
ドクンと、一際大きな鼓動が鳴り響く。レイフォンは思わず胸元を押さえ、その場に蹲った。
その変化にディックはおろか、サヴァリスすらどうかしたのかとレイフォンの様子を覗き込む。
体中から疼く何か。その正体を知るよりも早く、レイフォンやサヴァリス、ディックの武芸者としての聴覚は、機関部の奥から聞こえた声を拾った。

「え、汚染獣が!?」

通信機越しに、地上と会話をするシェル。
汚染獣に付いての問題は未だに解決しておらず、焦りの混じった声が聞こえる。
そしてこの疼きの正体は、都市を滅ぼされ、汚染獣に狂おしいほどの憎悪を抱く廃貴族によるもの。
マイアスの危機は、未だに去ってなどいなかった。






































あとがき
今回もなんだかんだで大変でした(汗
オリジナル要素入れてみたり、ディックを出してみたりと。
ロイに関してはとりあえずこれにて制裁完了。ですが救済がまだです。今回で終わるはずだったマイアス編ですが、もう1話やっちゃうことになりました(滝汗

リーリンの記憶はディックにより消去ですね。レイフォン、なんだかんだで廃貴族を飼いならしてると言うか、気に入られてるんで特に暴走はせず、そもそもヘタレイフォンはリーリンから逃げてるので、ディック先輩に頑張っていただきましたw
それからあの剄技の習得イベントでもあります。今後、レイフォンがこの剄技をどう活用するのかw
そして何気に、今回の話がニーナの雷迅フラグだったりもするんですよ。バンアレン・デイの日は、フォンフォンフェリとちょめちょめしてましたからw

さて、次回はどうなることやら?
オリジナル汚染獣に挑戦してみようと思う、無謀な作者でした。



[15685] 46話 帰る場所
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:89281f63
Date: 2010/12/01 11:06
巨大なハサミ。
地下から飛び出した脅威は二つの大きなハサミを持っていた。
念威繰者が気づけないのも仕方がない。地面の下を移動していた汚染獣の存在を感知するなんて、並みの念威繰者には不可能な話だ。
それに専念でもしていれば話は別だろうが、まさか汚染獣が地下を移動しているなんて考えもしないだろう。
確かに雌性体は繁殖するために地下へ潜るが、これはその雌性体なんかとは違う。それとは比べ物にならない脅威。都市が半壊しても、勝てるかどうかわからない恐怖。
汚染獣、老生体。これが学園都市、マイアスを襲った怪物の名称。繁殖を放棄した化け物。

「で、でかい……」

「うわぁ……」

そして圧巻なのが、その巨体。
大きいのは汚染獣全般に言えることではあるが、この老生体は先ほどの汚染獣と比べ物にならないほど大きい。
先ほどの汚染獣の優に10倍はありそうなサイズ。そして、見るからに硬そうな甲殻に護られている。
甲殻類の筋足動物に似た体躯をしており、8本の足。それはまさしく蟹だった。蟹をそのまま大きくしたような姿。
その背に翅らしいものはなく、繁殖どころか飛ぶ事すら放棄した汚染獣。
通常の老生体、第一期は足が退化し、飛ぶ事に特化した姿となるが、老生体の中でも年を経たものほど、巨大になり過ぎたものほど翅を捨て、強靭な足を持つことがある。
大きくなりすぎた体躯を空に浮かすための労力を嫌がり、むしろその巨体を支えるための強靭な足を欲しがるのか?
なんにせよ、この汚染獣は奇妙な変化を遂げた、最低でも老生二期以降の汚染獣と言うことだ。
だが、そんなことマイアスの武芸者達にとってはどうでもよかった。そんなことを気にすることはなく、ただ呆然とその巨体を見上げるだけ。
実際に汚染獣を見たのだって、先ほどの汚染獣が最初と言う者が大多数を占めているだろう。そんな彼らが一期やら二期やら、ましてや目の前の汚染獣が何期かなんて気にしている余裕はない。
人類の脅威、自分達の敵。それすらも忘れ去ってしまうほどに、この汚染獣の存在は圧倒的だった。

「ひぃ!?」

誰かが悲鳴を上げる。
都市に降り立ったその巨体は学生武芸者達の身をすくめさせ、飢餓に染まった目は射抜くように貫いている。
勝てない、そう理解する。例え自分達が束になろうと、特攻のような攻撃を仕掛けようと勝てない。自分達は全滅し、この都市に住む者達は皆汚染獣の餌と成り果ててしまうのではないか?
そんな不安に、幾人もの人物が体を震わせている。だが、逃げる者は誰もいない。背中を見せるものは誰もいない。
震えながらも、怯えながらも前を向き、敵を見据え、学生武芸者達は錬金鋼を構える。
未熟な学生武芸者とはいえ、彼らは持っているのだ、武芸者としての誇りを。この都市を汚染獣の脅威から護れるのは、自分達武芸者だけ。
自分達が、一般人が生きるこの場所を護るために自分達(武芸者)がいるのだと言う誇り。
学園都市というものは確かに終の棲家ではなく、誰もが通り過ぎていく場所だ。だが、そんなことは関係なく彼らは立ち向かう。
一般人を護るのが武芸者の使命なのだから。それに、ここは終の棲家ではないからこそ、通り過ぎる場所だからこそ、掛け替えのない出会いと言うものが生まれる。
友人、あるいは恋人など、それは人によって様々だ。そんな人達を護りたいからこそ、彼らは立ち向かう。

「うぉぉおおおおおお!!」

誰かが吠えた。
恐怖を断ち切るように声を張り上げ、無謀にも思えるが汚染獣に肉薄した。
誰しもが恐怖し、戸惑っている中にだ。だが、それが合図でもあった。
次々に咆哮を上げ、気合を上げ、汚染獣を打破しようと立ち向かう武芸者達。
この都市を護るために、大切な人達を護るために、彼らは戦場に立った。







「勝てるわけがない……」

右足を残し、3本の四肢を壊されたロイは建物の屋上からこの光景を眺めていた。
手足に走る激痛。冷や汗と脂汗をべっとりと掻き、かなり気持ち悪い。
こんな状況だと言うのに、風呂に入って汗を流したいなんて思った。

「はっ……」

そんな思考を巡らせることができても、余裕はない。
体が震え、ガチガチと歯が鳴る。悪寒を感じながらロイは動けずにいた。
右手と左手、左足がぴくりとも動かないのだ。無理に動こうとしたら激痛が襲い、這ってこの場から逃げることもできない。
本来なら今すぐにでもこの場所から避難したいのだが、動けないのならロイにはこの光景を見ていることしかできない。
手足を破壊したレイフォンのことを思い出し、ロイは寒気を感じながら舌打ちを打つ。

「終わりだ……僕もこの都市も、もう終わったんだ」

自分が今回の事件に関わっていることが幼馴染にばれた。都市をこれほどの危機に陥れた事件を起こしたのだ。
そのことが広まればロイは今の地位を失うことになるだろう。最悪、都市外強制退去もありえる。
だが、そんなことなど元より関係ないかもしれない。ロイは死ぬかもしれないが、それと同様にこの都市も、そこに住む住民達も死ぬ。都市が滅びる。
あの脅威、汚染獣と言う名の怪物の手によって。
誰も勝てない、勝てるわけがない。ロイは怯えながらも、冷静に戦況を見ていた。
相手は巨大な蟹。その甲殻はまさに蟹のような強固さを誇る。その分動きは鈍重そうだが、学生武芸者達の攻撃などまるで寄せ付けず、衝剄や剣の斬撃、槍の突きなどでは傷ひとつ付かない。
だと言うのに汚染獣の攻撃は強力で、あの巨大なハサミには冗談のような切れ味が隠されていた。
家屋を、建物を鋏めるほどに巨大なハサミ。反撃をしようと汚染獣がそのハサミを使い、本当に家屋や建物を両断したのだ。
引き千切ったり、砕いたりしたのではなく本当に両断。磨かれた石のように滑らかな切り口を残し、建物は崩壊していた。
あんなもので鋏まれでもしたら、人間なんて簡単に真っ二つにされてしまうだろう。

「うわああああああっ!」

「落ち着け!傷は浅い、下がれ!!」

そうこう思っているうちに、あの巨大なハサミで武芸者の1人が両断された。
両断とは言っても、切られたのは腕であるために命に別状はないだろう。だが、決して浅い傷とは言えない。
再生治療を行えば腕は元通りだろうが、戦闘を続けられるわけがなかった。腕と共に握っていた錬金鋼を失った武芸者は、仲間の援護を受けながら下がっていく。
汚染獣はそんな様子に興味を示さず、両断した腕をハサミで器用に挟んで、飛ばされた腕が握ったままの錬金鋼ごと口へと運んだ。

「フシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

飲み込み、獣のような雄叫びを上げる。
食した肉の味が気に入ったのだろう。今度は腕だけではなく、丸ごと頂こうと汚染獣はいきり立った。
今の雄叫びに学生武芸者達が怯む。その隙を見逃さずに、汚染獣はハサミを振り下ろした。

「うわっ!?うわああああああああああああああああ!!?」

今度は足だ。足を切り飛ばされた学生武芸者は悲鳴を上げ、バランスを崩してその場に倒れる。
仲間の武芸者が助け出そうとする目の前で、汚染獣は切り飛ばした足をまたもハサミで挟んで口へと運んだ。
あの巨体の割に口はあまり大きくなく、あの切れ味の鋭い巨大なハサミは相手を切り分けて食するためのものなのだろう。
つまりアレに喰われる時は細かく切り分けられ、少しずつ食されて行くと言うことだ。
その事実に、何人もの武芸者が背筋を震わせた。食べられると言う結果が同じなら、丸呑みの方が痛みも苦しみも少なくて済むからだ。
もっとも食べられるつもりはなく、喰われるつもりはないから彼らは戦うのだが。
それでも、そんな気合や根性論だけではどうにもならないのが事実で、彼ら学生武芸者の攻撃では汚染獣は傷つきもしなかった。
頑丈な甲殻。その身に護られ、汚染獣は次の得物を切り分けようとハサミを振るう。

「あ、あああああああ!?」

また1人、あの巨大なハサミの犠牲となる。
剣を持っていた両腕ごと両断され、腕のない状態で叫び、もがく。
恐怖に引き攣った表情。それに構わず汚染獣は切った両腕を食しながら、もうひとつのハサミを彼へと向ける。
そう、ハサミはふたつあるのだ。切り分け、得物を鋏むためのハサミがふたつ。
そのもう片方のハサミをもがき苦しむ武芸者へと向ける。

「ひぃ……」

苦痛により反応が遅れ、避けようとしても間に合わない。他の武芸者達による助けも間に合わない。
しかも今度は手足などではなく胴体を、死亡確定な場所を汚染獣は切り飛ばそうとしている。
明確なる死の予感。恐怖により体が硬直し、もがき苦しんでいた武芸者は避けようと言う動作すら取らない。絶望し、諦めたのだろうか?
そんな彼に待つのは死の現実。まるで死神の鎌のようなハサミは、彼の命を刈り取ろうとして……

「はあああああああ!!」

突然吹いた突風と衝撃により、武芸者の首を切り飛ばすはずだった軌道を逸らされた。
あの巨体と、それに見合った巨大なハサミ。質量と重量にしてかなりのものを持つはずだと言うのに、その一撃が逸らされたのだ。
その光景を眺めていたロイは、一体何が起こったのだろうかと思考が止まる。が、すぐに何が起こったのかを理解した。

「大丈夫?」

「ファ……ファイムさん」

「ほら、ボーっとしている暇はないよ。大丈夫なら速く撤退する」

ハサミの軌道を逸らしたのはシェルだ。
戦闘面に特化した錬金鋼製の義足だからこそできた荒業。強靭な脚力による蹴りを巨大なハサミへと叩き込み、軌道を逸らしたのだ。
本来なら軌道などではなくあの巨大なハサミごと粉砕したかったのだろうが、それができなかったようでシェルは苦々しい表情を浮かべる。
もがき苦しんでいた武芸者を下がらせ、シェルは都市の脅威と相対した。

「硬……しかも大きい。なにこれ?これが汚染獣!?」

先ほどの汚染獣はリーリンと共に機関部へ向かったために相対しなかったが、出身都市でシェルには汚染獣と戦った経験がある。
だが、その時は雄性体の成り立て、第一期の汚染獣だ。当然ながら老生体と相対するのは初めてであり、あの巨体と言う存在感にあっさりと呑まれてしまった。
だが、それでも気丈に振る舞い、巨体から感じる威圧感に耐え、シェルは構えを取った。
汚染獣のハサミがまたも振り下ろされる。それをシェルは、跳躍してかわした。

「ちょ、あれって反則じゃない!?なにあれ?あんなのあり!?」

巨大なハサミは地面を抉り取り、地盤を割った。
地割れのような亀裂が走り、地面にいた武芸者達が悲鳴を上げる。
跳躍し、建物の屋上まで飛び上がったシェルだが、地上で起きた地割れの影響で建物が大きく揺れ、バランスを崩しそうになる。

「地面も切り裂くって冗談でしょう?」

冷や汗が垂れてくる。通信機で連絡を受け、ここに来るまでに念威繰者から情報を得ていたが、実際に見るのと聞くのでは話が違う。
理屈の通じない化け物。そんなものと相対し、シェルは内心で舌打ちを打った。

「でも……」

だが、汚染獣の動きは鈍重だ。
巨大なハサミを動かす動作こそ速いが、小回りの利かないあの巨体。動作が大きい分ある程度の動きも読め、シェルはハサミを避けながら汚染獣へと接近する。
身軽な動きで構造的にハサミの届かない汚染獣の懐へと入り込み、シェルは強烈な蹴りを放った。

「いっ……!?」

錬金鋼製の足による強力な蹴りだ。最も攻撃力の高い攻撃方法であり、シェルの自慢でもある。
サヴァリスと相対した時の忠告もあってか、しっかりと腰の入った一撃だ。雄性体の一期や二期程度の汚染獣なら容易く甲殻を打ち破り、致命的なダメージを与えることができただろう。
だが、老生体の汚染獣には通用せず、強固な甲殻にはシェルの一撃でも傷ひとつつかなかった。

「こんなのどうやって倒せばいいの!?」

軽く絶望を覚える。だが、1発で倒せないのなら2発、2発で倒せないのなら3発、それでも無理なら倒せるまで、10発20発、100発だろうと攻撃を叩き込めばいいだけの話だ。
幸い、構造的にここには汚染獣のハサミが届かない。シェルはそれをいいことに、この場所から重点的に汚染獣を攻撃しようとしたが……

「え……?」

その瞬間、汚染獣の口から何かが吐き出された。
シェルはまさか汚染獣の口から何かが飛び出してくるとは思わず、呆気に取られて反応が遅れてしまう。それが致命的であり、シェルは完全に避けきることができなかった。

「こ、これは……」

汚染獣の口から吐き出されたのは液体だった。白く泡立ち、粘り気のある液体。
それがシェルの錬金鋼製の義足にかかり、彼女の足と地面を縫い付けていた。
物を溶かす溶液や毒液でなかったのが救いだが、まるで瞬間接着剤のように粘着力があり、シェルの足はぴくりとも動かない。

「え、これって……え、ちょっと!?」

足が拘束され、シェルは焦る。
その間に汚染獣は態勢を変え、ハサミをシェルに振り下ろそうとした。

「シェル!!」

同級生の学生武芸者の叫びと同時に、周りにいた武芸者達からの衝剄が一斉に汚染獣へと放たれる。
だけどそれは意味がない。あの強固な甲殻を打ち破る技量を持つものはこの中にいないのだから。
衝剄の雨を物ともせずに、汚染獣はシェルの足を切り飛ばした。

「嘘……」

錬金鋼製の、頑丈な足を切り飛ばされたのだ。その光景にシェルは唖然とし、軽くなった足を見つめていた。
切り飛ばされたのは右足。左足も汚染獣の粘着力の体液に拘束されているために身動きをとることができない。
汚染獣はあの巨大なハサミを使用し、切り落としたシェルの右足を器用に口へと運ぶ。
ボキ、バキっと言う金属を噛み砕く音が聞こえた。だが、すぐにそれが食べられるものではないと判断したのか、汚染獣はまずそうに噛み砕いた錬金鋼製の義足を吐き出す。
シェルの付近には、無残な姿となった自分の足が転がった。
家屋や建物、果ては自分の錬金鋼すら切り裂く鋭いハサミ。錬金鋼すら噛み砕く、強靭な顎の力。あんな怪物をどうやって倒せばいいのか?
そもそも、自分に打つ手はない。這って逃げることすらできないこの状況。汚染獣の体液によって拘束されたシェルには死と言う覆せない結果しか待ち受けていない。

「あ……」

近づいてくる死の具現、死神の鎌、汚染獣の巨大なハサミ。
それがシェルを切り裂こうと近づいてきた。





「はは……」

ロイの顔は引き攣っていた。
なんでだ?何で自分はこんな気持ちを抱いている?
自分のことなのに、自分の考えがまるで理解できない。
目の前では幼馴染であるシェルが汚染獣と戦い、力及ばずに今、喰われようとしている。
学生武芸者達が阻止しようと衝剄を放ち、剄弾を放ち、または肉弾戦を仕掛けているがそのどれもが効果がない。
あの汚染獣の一際強固な甲殻。アレが学生武芸者達の攻撃を無にしている。汚染獣にまったくダメージを与えることができない。

「なんでだ……?」

何故だ?このままシェルが死んだ方が、何かと自分に都合が良い。
自分の犯した罪を知り、その邪魔をした幼馴染。彼女が死のうと自分には何の関係もないはずだ。
だがその事実を、現実を、ロイの良心がよしとしない。良心なんて、そんなものとうの昔に捨て去ってしまったかと思っていた。
イグナシスの夢想。それを共有するためなら、自分以外なら例え何が犠牲になろうと構わない、そう考えていたはずだ。
なのに、どうして?

「なんで今更……」

シェルは自分の邪魔をした。自分の考えをわかってくれなかった。
イグナシスの夢想、理想的な世界を否定した。ならばロイと彼女は分かり合えないはずだ。
そもそも分かり合えるはずがなかった。自分は汚染獣汚染獣から逃げ出した逃亡者。シェルは汚染獣を仕留めた英雄。
決して分かり合えない、火と油のような関係。ロイはずっとそう思っていたのだ。
だが、それはロイの一方的な思い込みであり、シェル自身はそんな風に思ったことなど一度もない。

「僕は……僕は……」

シェル・ファイムはロイにとってただの幼馴染だ。目障りで、鬱陶しい存在のはずである。
自分の都市での失態を何時ばらされるかと怯え、警戒する存在。だからこそ死んだ方が、いなくなった方がいいとずっと思っていた。
だから、シェルが死のうと、汚染獣に食べられようとロイには構わない。むしろ都合が良い。

「……………」

そのはずなのに、どうして自分はシェルのことばかりを考えてしまう?
幼いころから、ずっとロイの傍にいた少女。気弱で、泣き虫で、同じ武芸者と言うことで切磋琢磨してきたが飲み込みの悪かったシェル。
ロイはそれに呆れ、嘲笑い、馬鹿にしたことも合った。それでも彼女にわかるように、できるまで指導したこともあった。
今ではその武芸の腕に、大分差が付いてしまったかもしれない。逃げてしまった自分を置いて、シェルは遥か彼方へと行ってしまった。そのことを恨めしく思い、嫉妬に似た感情を抱きもした。だからこそ断言する。自分は、ロイ・エントリオは彼女のことが、シェルファイムが嫌いだ。大嫌いだ。ずっと……ずっとそう思っていた。

「シェル!」

だと言うのに今更になって、ロイは納得できない。シェルが死ぬのが、自分の前からいなくなるのが納得できない。
いて当然だった存在、ずっと自分の傍にいた存在。それを汚染獣なんかに奪われるのが納得できない。
シェルは自分が犯した罪を、ロイの失態を知ってしまった。それをばらされたら、ロイの居場所はなくなってしまう。故郷の都市から追い出され、この都市からも追い出されることになるだろう。最悪、都市外強制退去で自分は死ぬかもしれない。だが、それがどうした?

「くっ……」

無理に体を動かそうとして、レイフォンに破壊された手足に激痛が走る。
左足にはアキレス腱に穴が開いており、正直立ち上がることすら厳しい状況だ。
痛みに表情が歪む。なにをしているのだろうと、ふと疑問に思った。だが、そんなことはどうでもよい。何もしなくとも自分は死ぬかもしれないのだから。汚染獣に都市ごと滅ぼされるのか?または都市害強制退去となるのか?
そのどちらにしても、せめてもの悪あがきを見せてやる。そんな意地と共に、ロイはシェルが自分に向けて言った言葉を思い出す。

『ロイ君……大好きだったよ……』

ロイは無理にも立ち上がり、走る激痛に物ともせずに活剄を走らせる。動かない手足を無理やりに動かし、強化した肉体でロイは駆け出した。

「……え?」

シェルの間の抜けた声がロイの耳に響く。
ロイは汚染獣の巨大なハサミがシェルに届く前に接近し、そのまま彼女を抱えて退避した。
ハサミは回避したものの、ボロボロの手足を無理に動かしての救出。汚染獣から少し離れたところでロイは力尽き、シェルを抱えたまま盛大に転倒する。シェルを地面に叩きつけないように咄嗟に自分が下になったが、無理に動かしたためにロイの手足はもう限界だった。

「ロイ、君……?」

片足を失ったシェルは、呆然と自分に下にいるロイを見つめた。
ロイは真っ青な顔でぶつぶつとつぶやいており、その体は恐怖のためか震えていた。

「なんで……何をしているんだ僕は!?」

がちがちと言う体の震えが、振動が抱きかかえられているシェルにも伝わる。
ロイの瞳には涙が滲んでおり、すすり泣く音が聞こえた。
でも、それでも、シェルはそんなロイの姿を見ても、みっともないなどと言う感想は抱かなかった。

「あんなのと戦うのなんて嫌なはずなのに……シェルがどうなろうと構わないはずなのに……どうして?」

ロイは泣き叫ぶように言葉を漏らす。情けなく、みっともない醜態を晒していた。
だが、それでも、ロイはシェルを助けるために汚染獣の前に飛び出た。現にシェルは、ロイがいなければ汚染獣に殺されていただろう。
変わらない。シェルがロイに助けられたと言う事実は変わらないのだ。

「ロイ君……」

シェルの表情に微笑が浮かぶ。情けなく、みっともなく震えているロイだったが、そんな彼が自分を助けてくれた。
怯えながらも汚染獣の前に出てきた。あの時逃げたロイが、今は戦場に立っている。
そんな、武芸者としては当然のことなのだろうが、それがシェルにはどうしようもなく嬉しかった。

「えへへ……」

微笑がニヤつきへと変わる。
シェルは自分の下ですすり泣いているロイのことが可愛く思え、表情が思わず緩んでしまったのだ。
自分の頬が熱く、赤くなるのを自覚しながら、シェルはあることを思い出した。

「って、今はこんなことしてる場合じゃないじゃん!?」

現在戦闘中であり、自分達に迫っている汚染獣の脅威。
汚染獣はその巨大なハサミで、今度こそシェルを刈り取ろうとハサミを伸ばしてきた。

「ちょ、逃げないと!ロイ君!?」

シェルは慌てて、ロイを急かすように声をかけるが、ロイは立ち上がらなかった。
涙目で、顔面蒼白でロイは切なげにつぶやく。

「すまない、シェル……もう限界だ」

「え……って、ええ!?もう既に満身創痍!?何があったのロイ君!?」

ロイの手足には穴が開き、服には血が滲んでいた。
活剄を走らせ、無理に動かしたからかロイの腕はあらぬ方向へと折れ曲がっている。
右足は無事なようだが、左足は既にボロボロで、骨は折れていると言うよりも砕けていた。
立つことすら困難な状態であり、シェルを抱えて退避するなんて不可能な話だ。

「何しに出てきたの!?」

「僕が聞きたい!僕は何をしているんだ!?」

「知らないよ!」

満身創痍なロイに向けて叫ぶシェルと、自分が何故こんな行動を取ったのかも理解しきれていないロイ。
ただ、ロイは思っただけだ。このままシェルを死なせたくないと。汚染獣なんかに、彼女を渡さないと。ただ、それだけのこと。
だが、そんな彼の願いはもう叶わない。シェルは、自分達は今ここで死ぬ。
迫る汚染獣の脅威、あの巨大なハサミ。足が動かせないのだから逃げることすらできない。
自分は何をやっているのだろうと思いながら、ロイは目を閉じてシェルを庇うように抱きしめた。
自分を狂わせ、こんな無謀なことをさせた幼馴染を護るように、今まで傍にいた彼女を護るように、ロイは強く、ボロボロとなった腕で抱きしめた。





「まぁ……及第点くらいはあげますか」

ふいに、そんな声が聞こえた。

「へ……?」

ロイは閉じた瞳を恐る恐る開き、その光景と、声を発した人物を目視する。

「お、お前は……」

その人物は、サヴァリス・ルッケンス。
ロイの手足を破壊したレイフォンの傍におり、リーリンとクラリーベルと一緒にやってきた武芸者だ。
恐ろしいほどの実力を持ち、ロイはそんな彼の出現に心臓が止まりそうになった。一瞬だけ呼吸が止まったような感覚に陥り、言葉を失う。
だが、言葉を失ったのはサヴァリスが現れたからではなく、自分達を襲っていた汚染獣の巨大なハサミが、サヴァリスの拳によって完膚なきまでに破壊されていたからである。

「僕には理解できませんし、する気もないのですが、やはり人と言うのは誰かを護る時が一番力を発揮するのでしょうか?だからレイフォンも研ぎ澄まされていた。ふむ……力が得られるのでしたら、恋愛ごとも悪くないかもしれませんね」

サヴァリスは着用した錬金鋼を休ませながら、そんなことをつぶやいた。
シェルとロイには理解できないだろう、サヴァリスが何をしているかなんて。
自身の剄に耐えられない錬金鋼を休ませなければ爆発し、自壊するなんてことは知らないはずだ。

「あなたは……あの時の戦闘狂!?」

シェルが叫ぶ。
没収した荷物を保管していた部屋に忍び込み、シェルを伸して錬金鋼を強奪していた人物。
都市警察の者達がそれから探し回っていたが、うまく潜伏し、今まで隠れていた人物。
そんな人物を前にし、シェルは皮肉そうに名を呼ばす、『戦闘狂』と言う名称で呼んだ。

「やあ、やっぱり彼は君の恋人だったんだね」

「なあ!?」

サヴァリスはそんなシェルに特に何も感じず、冷やかすような笑みを浮かべて言う。
その冷やかしにシェルは顔を赤くしたが、それにすら構わずサヴァリスは言葉を続けた。

「羨ましいね。恋人を作ると言うのも楽しそうだ。だけど残念ながら、僕は女と言う生き物にまるで興味が持てないんだよ」

「え、それって……」

シェルの赤く染まった顔が、更に真っ赤に染まる。
女に興味がないということはつまりアレだ、要はそれである。
サヴァリス自身はどこに出しても恥ずかしくないほどの美形であり、一部の女性が喜びそうだなとシェルは思った。
シェルにそんな趣味はないが、堂々と宣言したサヴァリスの言葉に思わず意識してしまう。
だが、それを察したのか、サヴァリスは落ち着いて否定する。

「ああ。別に同姓に興味があると言うわけじゃないよ。ただ、性と言うものに僕は何も感じないんだ。検査したことはないけれど、もしかしたら僕に子種はないかもしれないね。性欲と言うものをまったく感じないんだ。だから、僕には戦いしかないんだよ。戦いのみが僕を高揚させてくれる」

サヴァリスに性欲は存在しない。あるのは闘争心のみ。
彼を満たすのは戦い、極上の戦場のみだ。だから、サヴァリスには恋人だとか、恋愛なんて言葉は理解できなかった。
誰かを好きになるなんてこと、サヴァリスにはありえない話だ。

「だから今、僕はとても楽しいんだ。相手は老生体の汚染獣。その体は強固な甲殻に護られていて、そしてあの再生力」

破壊された汚染獣のハサミは傷口から泡立ち、細胞が分裂しながら再生している。破壊されたハサミはすぐに新たなものが出来上がり、汚染獣はその新たな脅威を、今度はサヴァリスへと向けた。

「あんなの本当に、どうやって倒せば……」

強固な甲殻、あの巨大なハサミの切れ味、巨体、再生力と言う脅威を目にし、シェルは絶望したようにつぶやく。
だが、サヴァリスは楽しそうに、嬉々した顔で言葉を続けた。

「肋骨が折れ、内蔵も傷めて左腕はこの通り。まさに手負いですね。おまけに天剣はないときた。そして相手は老生体ときた。いやいや、とことん不利。不利過ぎて踊り出しそうだよ」

勝手に踊り出せと思ったが、サヴァリスは確かに怪我をしているようだった。
天剣が何だかは知らないが、無意識に左手を庇うように戦っているように見える。おそらく本当に折れているのだろう。
サヴァリスの言葉を信じるなら、その他にも肋骨や内臓をやっているはずだ。
更には彼の全身に走る斬り傷。あれはおそらく剣などの刃物で付けられた傷だ。
シェルとは違ってロイはその瞬間を目撃しているが、なんにせよ、サヴァリスが重傷で戦える状態じゃないと言うのは理解できる。
活剄などで怪我の回復を促進出来るとは言え、あんな怪我ではもはや意味がない。戦うなんて無謀な人間がやることだ。
だと言うのにサヴァリスは戦場に立ち、汚染獣の巨大なハサミを回避した。

「ずいぶん鈍いですね。これはひょっとして、少しだけ期待はずれかな?」

ハサミを容易に潜り抜けたサヴァリスは、汚染獣の懐に入り込んで構えを取る。
剄技なんて使わない、使う必要がない。ただ、膨大な活剄によって強化した右腕で、汚染獣の懐を、腹を思いっきり殴り飛ばした。

「えええええええええええ!?」

「……………」

シェルが絶叫を上げた。ロイは唖然とし、呆然とし、放心したように口をパクパクと動かしている。
サヴァリスの行動を見ていた学生武芸者達もおそらく同じ感想を抱いたことだろう。
あの汚染獣の、通常の雄性体の優に10倍はありそうなあの巨体がサヴァリスの拳ひとつで浮き上がったのだ。
それを今度は蹴り上げ、宙に汚染獣の体を打ち上げる。
拳、蹴り、拳の連打。数十発、あるいは数百発の拳と蹴りを汚染獣へと叩き込み、サヴァリスはその強固な甲殻を打ち破った。
汚染獣は宙を舞い、サヴァリスの怒涛の攻撃が止んだところで重力に従って地上へと落ちていく。

響く轟音。
地面が汚染獣を受け止め、都震のような地響きが巻き起こる。
飛び散る甲殻の破片。そのあまりにも呆気ない結果に、サヴァリスは落胆したように顔をしかめる。
堅そうな甲殻。確かにあの強固な甲殻は学生武芸者達では傷ひとつ付けられないほどに堅かった。
だが、所詮は天剣授受者であるサヴァリスの攻撃に耐えられず、天剣がなく、通常の錬金鋼だと言うのにああも脆く破砕してしまった。
堅そうなのは見た目だけであり、強度はそれほどないのだろう。それがサヴァリスの評価であったが……

「肩透かしを喰らった気分になりましたが……思ったより楽しめそうですね」

落胆したサヴァリスの顔が、再び嬉々とした表情に染まる。
あれほどの攻撃を叩き込んだと言うのに汚染獣は立ち上がり、罅割れた甲殻を泡立たせて再生している。
傷口はみるみると塞がって行き、何事もなかったかのように回復していた。
あの汚染獣の武器は、切れ味の鋭いハサミでもなければ、学生武芸者の攻撃すら通さない強固な甲殻でもない。
ハサミを破壊されても一瞬で再生し、致命的な傷からも復活する脅威の再生力。

「がふっ……」

あれを倒すには一撃で刈り取るか、再生するより早く相手を削り取るか、内部から完璧に破壊するか、そのどれかになるだろう。サヴァリスはそんなことを考えながら、口から血を吐いた。
傷ついた内臓。今までの激しい動きで限界が近づき、呼吸すら苦しい。
それでも剄息はやめず、嬉々した、狂気に歪んだ表情を浮かべた。
これでこそ、グレンダンの外に出た甲斐があったと言うものだ。今日1日で、サヴァリスは一生分の楽しみを味わったかもしれない。
元天剣授受者、廃貴族憑きとの戦闘。その戦闘で負った怪我、重傷の身での汚染獣、老生体戦。
相手は脅威の回復力を持っており、サンドバッグとしてこれからもサヴァリスを楽しませてくれそうだ。

「聞こえるかい、レイフォン?これは僕の獲物だ。できれば手出しはしないで欲しいんだけど」

サヴァリスはつぶやく。ここにはいない、レイフォンに向けて。
相手は武芸者だ。天剣授受者の中でも屈指の剄量を誇り、廃貴族が憑いて更に剄の増したレイフォン。
例えどこにいようと、この都市にいるのなら強化した聴力で言葉を聞き取り、そして視力でサヴァリスの存在を認識しているだろう。
レイフォンは都市の中央、学園都市マイアスの一番高い塔に立っていた。
その天辺にはマイアスの都市旗が掲げられており、レイフォンはそこから外延部の様子を、そしてサヴァリスの姿を眺めている。
声も当然聞こえており、手出しをするなと言うサヴァリスに返答するため、レイフォンは言葉をつむいだ。

「そんなこと知りませんよ」

一言の拒否。それと同時にレイフォンはマイアス中に走らせた鋼糸に剄を通し、剄技を発動した。
準備は既に終えていたのだ。都市中に、そして汚染獣との戦闘が行われている外縁部を重点的に鋼糸は地を這うように散らばっており、レイフォンの合図で動き出す。
廃貴族が取り憑いたことによりレイフォンの剄は大幅に増幅しており、難易度の高いリンテンスの鋼糸の技すら力押しで成しえてしまう。
更にはその切れ味すらリンテンスに匹敵し、凌駕してしまうのではないかと言うほどだ。
流石に彼の器用さには及ばないが、老生体の汚染獣を虐殺するには十分すぎる。

外力系衝剄の変化、繰弦曲・魔弾

全方位からの鋼糸による刺突の雨。
鋼糸の雨は汚染獣の体を貫き、動きを拘束する。縫い付けられ、苦痛に暴れる汚染獣。
ここからでもサヴァリスが舌を打つ音が聞こえ、それがどうしたと思いながらレイフォンは鋼糸に更に剄を流した。
これは鋼糸から剄を汚染獣の体内に送り込み、内部から破壊する剄技なのだ。
全身に行き渡るように鋼糸を潜り込ませ、再生すら無意味なほどに内部から破壊する。

汚染獣は激痛に襲われて暴れだしたが、レイフォンの鋼糸の拘束から抜け出すことはできず、だんだんとその抵抗が弱々しくなってきた。
汚染獣の断末魔と、その巨体が地に伏せる音が聞こえる。内部から完全に汚染獣を破壊し、殺しきったのだ。

「これで終わり……ですよね?」

汚染獣を倒したと言うのにレイフォンの表情は冴えず、隣の建物にいたディックへと視線が向けられる。

「ああ、終わりのはずだ。だが、とんでもねえな……」

ディックはもはや呆れ果て、遠距離から汚染獣を惨殺したレイフォンを見つめる。

「その繰弦曲って技を見ると、あの野郎のことを思い出す」

ディックはある都市で共闘し、危うく自分を殺そうとした男のことを思い出す。
いや、あの時は確か殺されたはずだ。首を落とされ、完璧に殺された。
だと言うのにディックは生きている。何故なら彼は、死ねない体になってしまったのだから。
だけどレイフォンにとって、そんなことはどうでもよい。

「こんなこと、二度とごめんですよ」

めんどくさそうにつぶやき、自分の体に変化が起こったのに気づいた。
段々とぼやけ、現実味が失われるように自分の体が消えて行く。

「やっと帰れる……」

「もしかしたらこのまま別の都市に飛び、狼面衆と戦うことになるかもな」

冗談めいて言うディックに、レイフォンは純度の高い殺意を向けた。
その視線を向けられ、ディックは『冗談だ、怒るな』とレイフォンを宥める。
冗談でもそんなのはごめんだ。早いところツェルニに帰り、レイフォンには会いたい人物がいるのだ。
リーリンの心配は既に必要ない。狼面衆も退けたし、汚染獣も倒したのでもう危険はないだろう。
あのまま地上に出てシェルターに移動するより、地下施設の機関部にいた方が安全だと言うことで、今は機関部でおとなしくしているはずだ。

「フェリ……心配しているだろうな」

それよりも今はフェリに会いたい、今すぐにだ。
そのことだけを考えながら、それ以外のことを考えずに、レイフォンはディックに見送られながらこの都市から、マイアスから姿を消した。
だけどレイフォンは考えもしなかった。どうして、この都市にリーリンがいたのか?
サヴァリスの目的は廃貴族とのことだったが、なんでリーリンまでいるのか?
彼女がレイフォンに会うためにツェルニに向かっているなど、このときのレイフォンには考える余裕すらなかった。
だから知らない。これから少しした未来に起こる、波乱万丈な日常のことなど。レイフォンは知らなかった……





































あとがき
難産でした。戦闘が難しいですね。オリジナル展開や、オリジナル汚染獣なんて出すもんじゃないなと思いました(汗
なんにせよ、今回のこれでマイアス編は終わりです。ロイやシェルに関してはエピローグで触れますが、とりあえずこれでマイアス編終わり!
ちなみにシェルは、ディックの剄技で狼面衆、つまりはロイのやったことについてリーリンと共に忘れています。
これで次回はツェルニ編で、やっとのことでレイフォンの帰還です。いや、正直ここまで長かった……

今回の汚染獣、形状は蟹ですが、モデルはバルタン星人です。
ならザリガニにしろよって話ですが、まぁ……鍋の季節なのでw
蟹はうまいですよねえ。

最初は分身させて、サヴァリスと分身対決させようと思いましたが、そうすれば都市は滅茶苦茶壊れそうです。
それに早くツェルニに帰りたいレイフォンが暢気に待つわけありませんし、最後はレイフォンの鋼糸で惨殺しました。ちなみに今回の魔弾、16巻に出てきた剄技です。なんかいいですね、名前が気に入りましたw

最初はまんまだんご虫の汚染獣にしようと思ったり、蜘蛛にしようと思ったり、寄生虫にしようとしたり思いました。
これ、没ネタです。










学生武芸者達が汚染獣を倒したと歓喜に沸く中、それは起こった。
手足や翅を崩壊させ、地へと落ちた汚染獣。皆が仕留めたと疑わず、念威繰者だって汚染獣の生態機能停止を確認していた。
人類の脅威である汚染獣への勝利。学生武芸者達はこの勝利を素直に喜んだ。
未熟な自分達が汚染獣と言う強敵を倒したのだ。呆気なくとも、手応えがなくともその事実は変わらず、この現実を喜び合っていたのだ。

だからこそ、とっさの出来事に対応できなかった。
汚染獣を倒したと思い込み、歓喜で緩み切った緊張感。
いきなりだ。いきなり手足や翅を崩壊させ、首と胴だけとなった汚染獣の死骸が跳ねる。
死んだと思われたもの、生体機能が停止したはずの汚染獣の骸が動き出し、その光景に一同は唖然となった。
念威繰者はすぐさま端子を飛ばし、再び汚染獣を調べた。
汚染獣の特徴で、もっとも厄介だと言えるのが驚異的な生命力と再生力だ。その巨体と、巨体から繰り出される圧倒的力、そして並みの攻撃を通さない堅い甲殻も脅威ではあるが、一番嫌らしいのがこれだろう。
ある程度の傷はすぐさま回復し、その生命力は台所なんかで見るあの黒い虫とは比べ物にならない。あれほどの傷を負ったというのに、汚染獣を殺しきれなかったのかと緊張が走りつつ、念威端子が汚染獣の周りを飛ぶ。
びくんびくんと動き、まるで切れたトカゲの尻尾のように動く汚染獣の胴体。それを隅々まで念威繰者は、その端子は調べるのだが……

「生態活動……完全に停止しています」

汚染獣は確かに死んでいた。手足と翅が崩壊し、もはや頭部と胴体だけになった汚染獣。これで死んでなければおかしいのだ。
汚染獣は確かに果てており、臓器の活動は既に停止している。それを念威繰者は端子越しにしっかりと感じていた。
ならば何故?何故死んだはずの汚染獣は胴体だけとなり、今も動いているのか?

緊張が辺りを支配する。死んでいるはずなのに、動く胴体。
一体、誰がこの展開を予測できただろうか?
確かに、雄性一期の汚染獣は死んでいる。その身はボロボロで、それは見れば明らかである。問題なのは動く胴体。その中には生物が存在し、それが汚染獣の胴体を動かしているのだ。
例えるならば寄生虫。汚染獣の体内にもぐりこみ、内部から養分を奪い取るのだ。
現在は宿主である汚染獣が死んだため、今はそれが外に出ようとしている。念威繰者がこの寄生している存在に気づけなかったのも、汚染獣の体が念威を妨害していたからだ。汚染獣の体内にいる別の生物など、並みの念威繰者が発見できるわけがなかった。

「うわっ……」

そして汚染獣の胴体の中から、今まで寄生していた生物が出てきた。
なにやら鎌のようなもので汚染獣の腹部を切り裂き、青臭い液体と共にずるりと内部から出てくる。今まで見た事がない、そのグロテスクな光景に学生武芸者の何人かが口元を抑えている。この悍ましい光景に吐き気でも催したのだろう。無理もない話しだ。
そしてこの生物の正体。寄生虫と例えたが、こんな大きな虫などいるわけがない。いや、確かに外見は虫のようにも見える。
例えるなら蟷螂と百足が合わさったような姿をしており、細い首と、複眼の顔面を持っている。人で言う腕に当たる部分には2本の鎌のような鋭利な刃物を持っており、それが汚染獣の腹部を掻っ捌いたのだろう。
胴体はまさに百足そのもの。蟷螂の頭部と、百足の胴体を合わせ持っているという言い方がしっくりくるだろう。
100にも及ぶと思われる足を持ち、その奇妙さが悍ましさとグロテスクな外見に拍車をかける。

汚染獣に寄生していた生物、実はこれも汚染獣だ。と言うか、それ以外ありえない。
汚染獣に寄生する生物と言うのは聞いたことがないし、ありえる存在と言えば同じ怪物である汚染獣しかない。
だが、一般的に知られている雄性体や雌性体の汚染獣ではなく、このように奇妙な変化をしている汚染獣となると老生体と言う事になる。
繁殖を放棄し、脱皮を繰り返すことで強力になる汚染獣。奇怪な変化をし、姿や習性、性質は今までのものと大きく異なる。他の汚染獣への寄生と言う習性、性質はその時に得たものだろう。
本来老生体となると、飛ぶ事に特化して足の機能は退化するのだが、この汚染獣はむしろ足が進化している。翅は退化しているようで、背中にそれらしきものが飛ぶことはできそうにない。
老生体の中には脱皮で翅を捨て去り、強靭な脚を持つようになるものもいると言う話だが、まさにそれなのだろう。
体躯は雄性一期の汚染獣の中にいたためそれほどでもないが、人からすれば巨体なのには違いない。大きさは宿主である汚染獣の半分ほど。
むしろ臓器などが存在する中、どうやってあの巨体が雄性一期の汚染獣に納まっていたのかと疑問ではあるが、そんなことを議論しても何の意味はないだろう。
奇妙で、珍妙な変化をとげるのが老生二期以降の汚染獣なのだから。そしてそのことを冷静に判断し、分析できる人物など学生武芸者の中には存在しない。
彼らが理解できることはただひとつ。脅威は未だに去っておらず、自分達は危機に瀕していると言うことだ。



「うわああああああ!?」

悲鳴が上がった。
雄性一期の中から出てきた汚染獣、老生体は俊敏な動きで蟷螂のように巨大な、大きな鎌を振るう。
狙われた学生武芸者はすぐさま退避したが、その背後にある建物に老生体の鎌が突き刺さった。
いや、突き刺さったと言う言葉は適切ではない。老生体の鎌は学生武芸者を切り裂かずに、その背後にあった鉄筋コンクリートの建物を両断した。

「オイ……」

学生武芸者の誰かがつぶやき、冷や汗を流した。
鉄筋が仕込まれており、都市外縁部に近いこの付近の建物は戦争などに巻き込まれてもいいよう、ある程度頑丈に作られている。
汚染獣戦の場合には、このように戦闘地帯になるのだから当然の話だ。
だと言うのに、老生体はその建物を両断した。強大な汚染獣の怪力だ。壊し、破壊することは予測できなくもないが、老生体は鉄筋コンクリートの建物を鋭利な刃物で切ったように両断したのだ。
砕いたりしたような後はなく、滑々で、滑らかな切り口。コンクリートや鉄筋によるざらつきはなく、老生体の鎌がどれほどの切れ味を有しているのか物語っているようだった。
あの老生体の鎌が人に向けて振り下ろされれば、その身どころか錬金鋼だってこのように両断されてもおかしくない。

「なんなんだよこれ!?」

「こんなのに勝てるわけがない!」

歓喜なんてものは当の昔に忘れ去られた。圧倒的な存在感、圧倒的な力を見せ付ける老生体。その存在は次の標的を見つけたのか、唖然とした学生武芸者達が陣取る場所へと視線を向け、複眼の瞳を向けた。

「ひぃ!?」

「来る……」

複眼の瞳は飢餓感に染まっており、老生体は鎌を振るう。その一撃を、学生武芸者はギリギリかわした。
体躯、怪力、防御力、生命力、あらゆる面で汚染獣には及ばない貧弱な人間。そんな人間が、武芸者が汚染獣に勝てることがあると言えばやはり速度、俊敏さ以外ない。
小回りを活かし、隙を突き汚染獣を攻撃し、少しずつ削っていくように相手を倒すのだ。
だが、学生武芸者達にとってはかわすのが精一杯であり、反撃をするなんて余裕のある者は1人たりとも存在しなかった。







書いてて、何だこれはと思いました(汗

しかしレギオス最新刊、ニーナばかり贔屓されすぎだろうと思うこのごろ。
レイフォンが主人公なんですよね?ニーナが主人公じゃありませんよね?
なんて本気で思いつつ、ここはあくまでレイフォンが主人公で行きたいと思います。

最後にひとつだけ。意外に人気のあるシェルですが、彼女が自分の書いている黒メイドと言う作品の使い回しだと気づいた人は何人いるでしょうか?
容姿とかは違いますが、名前は同姓同名なんですよ。



[15685] 47話 クラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペー
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:94f0c2a6
Date: 2010/12/07 11:12
おそらくは老生体だろう。何期かすら分からないほどに古びた体躯を持っており、レイフォンの言っていた通りならかなり強力な汚染獣だ。
グレンダン以外の都市ならば、半壊を覚悟すれば勝てるかもしれない汚染獣。
未熟な学生武芸者しか存在しない現状のツェルニでは、どう足掻いても勝てるとは思えない相手だ。

人語を喋る強大な、強力な汚染獣の存在感はツェルニ中を震撼させた。
カリアンはすぐさま戦闘の中止を命令し、本能で人を襲っているはずの汚染獣も襲ってこず、現在はツェルニの上空を旋回していた。
群れの長、つまりはカリアンの準備が終わるのを待っているのだ。
上空を旋回している汚染獣の後を追い、先ほどの人語を喋る汚染獣のところに行けと言う事なのだろう。
そしてカリアンは、オリバーに目的地への送迎を命じた。

「死んでくれませんか?いや、マジで死んでください、腹黒鬼畜眼鏡」

「生徒会長に向かって、その物言いはどうかと思うよ」

「生徒会長なら学生のことを第一に考えてください。ありえないでしょ?一学生である俺を死地に赴かせるなんて」

「私は死ぬつもりなんて微塵もないのだがね」

震える声で悪態をつくオリバーと、涼しい顔で言い返すカリアン。
放浪バスの運転をしているオリバーは忌々しそうな視線をカリアンへと向け、ため息混じりに言う。

「一体どうする気なんです?この面子であんな化け物に喧嘩売って、勝てるわけないでしょう」

「戦う必要があるのかどうかは、まだ決まったわけではないよ」

現在、汚染獣の先導と言うありえない状況で放浪バスを走らせている。
襲ってくる気配のない汚染獣を追いかけながら、余裕そうなカリアンの言葉に若干の苛立ちを感じつつ耳を傾けた。

「戦うつもりなら、あの瞬間に我々は滅んでいたのではないかな?」

「それはそうかもしれませんが……」

レイフォンのいない現状、あの汚染獣を倒せる者がツェルニにいるわけがない。そのレイフォンですら、本当にアレを倒せるのかと思うほどに強大な存在感。
オリバーは一度、老生体と言う汚染獣を直に見たことがあるが、あの汚染獣はそれなんかと比べ物にならない。
レイフォンが苦労して倒していた汚染獣とは比べ物にならないほど強大で、巨大で、圧倒的な威圧感を放つ汚染獣。
サリンバン教導傭兵団に討伐を頼んでも、彼らでも倒せるかどうか怪しい。そもそも今のツェルニに傭兵を雇うなんて金銭的余裕はなく、それ故に自分達学生の力でなんとかしなければならないのだ。

「何より私が興味深く感じるのは汚染獣の強さではなく、彼らが交渉を申し入れてきたことだよ」

「妹さんが倒れた割には余裕ですね。そんなことを気にするなんて」

「……余裕はないさ。正直、ここ最近眠れなくってね」

涼しいカリアンの言葉に対しオリバーは皮肉そうに言うが、当のカリアン自身に余裕なんてものはなかった。
あの汚染獣に対し興味を抱いているのは事実のようだが、良く見てみれば何時も仮面のように張り付いている笑顔、その目元には隈が浮かんでいる。どうやら、本当に眠れていないのだろう。

「心配なんですか?妹さんのことが」

「心配だね。たった1人の大切な妹だ。無理やり武芸科に入れた所為か恨まれているけど、私には大事な家族なんだよ」

無線として、都市とこの放浪バスは念威でつながっている。
本来ならこのような役目はフェリに回ってくるはずだったが、未だに彼女は回復しておらず、医者からの許可が下りなかったために現在は第一小隊の念威繰者が念威でつないでいた。
だからオリバーは、未だに回復しきっていないフェリのことを心配しているのだろうと結論できる。
確かにカリアンは、そのこと『も』心配していた。だが、オリバーは知らない。カリアンが一番心配なのは、フェリに宿った新たな命について。
ミス・ツェルニがレイフォンに孕まされており、ミセスになっていることなど知る由もなかった。

「まぁ、俺も死ぬつもりはないんで、どうにかして生きて帰りましょう。いざとなったらエリプトン先輩が護ってくれますよ」

オリバーの震えは何時の間にか止まっており、気楽に後部座席に乗っている人物に向けて声をかける。

「そうだね。もしもの時は彼の活躍に期待するとしよう」

カリアンも冗談染みた笑みを向け、視線を彼へと、シャーニッドへと向けた。

「おぃおぃ……責任重大だな」

シャーニッドは後部座席の背もたれを倒し、横になった状態でめんどくさそうにつぶやく。
放浪バスに乗っているのはこの3人だけである。
カリアンはあの汚染獣に呼ばれたので必須で、オリバーは運転手、シャーニッドはもしもの時の護衛としてだ。
かすり傷ひとつ負えば致命傷となりかねない都市外戦。離れた距離から相手を攻撃できると言う強みで狙撃手を、その中でも屈指の腕を持つシャーニッドが選ばれたわけである。
シャーニッドが行くのなら、彼の所属する第十七小隊隊長のニーナが同行を志願してきたが、今回はあくまで交渉と言うことで却下された。相手を刺激しないよう、出来るだけ小規模で、必要最低限の人数にしたかったからだ。
カリアンが行くのは決定であり、運転手としてオリバー、護衛としてシャーニッド。これ以上数をそろえると、相手を刺激する可能性がある。
それに、これは交渉、話し合いなのだ。だからこそ、一直線で突進型のニーナには向かないだろうと判断し、カリアンはあえて外していた。
レイフォンと言う最大級の戦力がいない以上、ツェルニの運命はこの3人に懸かっていると言っても過言ではない。

「でもよ、会長。あれは……どう考えても交渉って感じには見えなかったぜ」

ツェルニの上空で言葉を発した汚染獣。
あれは見るからに居丈高な感じで語りかけてきた。交渉と言うのは、相手と対等だからこそ成立するのだ。
見下され、格下と思われているのなら、交渉はまず成立しない。

「そうだとしても問題はない」

目に隈が出来ているとはいえ、カリアンは揺るがない。
余裕がないと言っていた彼だが、案外余裕を持っているのではないかと思ってしまう。
顔色はお世辞にも良いとは言えないが、カリアンの瞳に迷いはなかった。

「人語を解すると言うだけで、既に交渉の余地があるということさ。後は相手の価値観を早い段階で理解する。それでどういう手札を切ることが出来るのか、決められる」

「はぁ……」

「マジで交渉なんてできんのかね?」

カリアンは本当に汚染獣を相手に交渉するようだ。
正直不安であり、オリバーとシャーニッドはため息を隠せない。
がしゃがしゃと多数の脚が大地を踏みしめる。先導する汚染獣はこちらの速度に合わせるように飛んでいるので、見失う心配はないだろう。
揺れる車内。不安そうな2人に向け、再びカリアンが口を開いた。

「前々から疑問に思っていたのだがね」

「え?」

「汚染物質のみで生きることが出来る汚染獣は、本当に人の肉を必要としているのだろうか?」

「はぁ?」

カリアンの言葉に、シャーニッドとオリバーは間の抜けた声を上げる。
それほどまでに彼の言葉が予想外だったからだ。

「汚染獣の生態は、レイフォン君の話も含めて色々と調べてみたんだ。都市におけるもっとも有益な情報とは、汚染獣への対処法だ。無傷で汚染獣との戦闘を回避することが出来るのならば、それに越したことはないからね」

汚染獣との戦闘には必ず被害が出る。都市外で戦ったとしても、戦闘になれば必ず武芸者の1人や2人は死ぬ。
天剣授受者なんてとんでもない武芸者が存在するグレンダンなら死なない場合もあるが、汚染獣との遭遇が頻繁なその地で、天剣授受者を出ずっぱりにしていては疲弊し、逆に戦力の低下を招いてしまう。
だから、汚染獣との戦闘は避けられるに越したことはないのだ。

「それはそうですけど……」

「汚染獣には、そんなことお構いなしだからな」

「そうだ。何故だろうね」

どこか楽しそうに尋ね返すカリアン。
本当にフェリのことを心配しているのかと思ったが、それを誤魔化すためにわざと明るく振舞っているのだろうか?
それとも暫く寝てなくて、気分がハイになっているだけなのだろうか?
シャーニッドとオリバーには答えが見出せぬまま、首を傾げるだけだった。

「だが、幼生体の共食いが非常手段ではなく、より良き種を残すための通過儀礼を兼ねた捕食行為であるなら、彼らの概念の中に共食い=悪と言う考え方は存在しないはずだ」

「ですが、汚染獣がそんなこと考えるんですか?」

「そう、そこが問題だ。人間だって赤ん坊の時から明確な意識があるわけじゃない。人間と言う手っ取り早い餌があるからそこに群がるんだ。では、成体となった汚染獣は?やはり同じように汚染物質を吸収するよりも手っ取り早く栄養を供給できるからか?そうであったとして、では、その成体には論理的思考が可能なのか?人語を解することはなくとも、他の汚染獣とコミュニケーションを取る事は可能なのか?だとしたら方法は何だ?汚染獣語と言っても過言ではないほどに複雑緻密なコミュニケーション方法を獲得しているのか?」

「はぁ……」

どことなく白けてきたオリバー。
シャーニッドも話についていけずに、もはや聞き流しているように見えた。
カリアンはかなり興奮しているようで、話を続ける。

「それらの疑問が解消された時、汚染獣問題に新たな解決方法が見出されることになるかもしれない」

「会話で解決ですか?俺が思うに、汚染獣は飢えた獣ですよ。そんなもの相手に、食べ物はやれないなんて言って通じます?」

現実的ではないカリアンの言葉。
オリバーは首をかしげ、カリアンの解釈に意見してみた。

「幼生体に対しては武力で応じるしかないかもしれないがね。だが、成体が基本的に交渉可能な知性を持っているのだとしたら可能かもしれない」

「どうやってですか?」

「彼らが都市を襲う理由だよ。純粋に人の肉でなければならないのか、それとも動物が基本的に持つたんぱく質等の、諸々高い栄養素なのだとしたら、彼ら用の食糧を生産しておけばいい。その上で都市に生じる食料資源の損失を都市外にある鉱物資源等を運ばせることによって補填させるのだよ」

「ありえない。現実的じゃないですよ」

オリバーは首を振って、カリアンの言葉を全面否定した。
それはつまり、汚染獣相手に商売をすると言うことだ。
鉱物資源、つまりはお金の代わりとなるものを持って、都市に買い物にやってくる。
それを想像するだけで、馬鹿馬鹿しい絵ができあがった。

「だが、やってみる価値はある。それに……」

カリアンが上空の汚染獣を見上げる。それにつられてオリバーも上空を見上げた。
汚染獣の飛ぶ速度が緩んだのだ。

「あの老生体が問答無用に都市を襲うことなく、群れの長を来させろと言った理由も気になるからね」

「……………」

確かにそれはオリバーも、シャーニッドだって気になっていたことだ。
わざわざこんなことをしなくとも、汚染獣なら都市を襲えばいい。せっかくのご馳走が目の前にあるのだから。
それをしない。はたして、あの汚染獣の目的はなんなのだろうか?

放浪バスの速度は変わらないのに、汚染獣の速度は更に緩やかになった。
おそらく、目的地が近いのだろう。

「さて、汚染獣の集落なんて前人未到ではないかな?」

「生徒会長、あんた凄いですよ」

未だに好奇心を保つことの出来るカリアンに呆れながら、オリバーの体は再び震えだした。
それは恐怖。汚染獣の集落、巣に向かうことに怯えを感じ、緊張で硬くなる。
確かにあの汚染獣は話し合いを望んでいるようだが、何時気が変わって襲われるかわかったものではない。
オリバーは慎重に放浪バスを運転し、先へと進む。

「え……?」

そして不意に、景色が変わった。

「なんだ?」

オリバーがブレーキをかけたのだ。急停止した放浪バスに、カリアンが疑問を浮かべる。
シャーニッドも何事かと起き上がり、放浪バスの車内を見渡した。

「冗談?応答してください」

オリバーが無線越しに呼びかける。だが、いくら呼びかけても返答は返ってこない。
念威が通じないのだ。

「ちょっとちょっと、妹さん以外のツェルニの念威繰者ってこんなにレベルが低いんですか?勘弁してくださいよ」

「いや、もしかしたら念威が遮断されてんのかもしれねーぜ。気をつけろ」

取り乱すオリバー相手に、シャーニッドは冷静に対応する。
警戒し、放浪バスの車内にある窓から辺りを見渡し、錬金鋼を抜こうとする。
だが、それをカリアンが制した。

「待ちたまえ、我々は交渉に来たのだ。こちらから相手を刺激するような真似をしてはいけない」

「まだそんなこと言ってるんですか?」

何を暢気なことをと思うオリバーだったが、カリアンの瞳は真剣だった。
既に先導していた汚染獣の姿はない。置いていかれたのだろうか?
周囲には変わらず荒れ果てた大地が広がっており、辺りには何も見えない。だが、空気に滲む色が酷く透明な気がした。
車内から空を見上げる。汚染獣が出る時は、汚染物質の濃度の関係で錆びたような赤色の空をしていると言うのに、ここでは都市の中にいても滅多に見ることの出来ない、透き通った水面のような空がどこまでも続いていた。
明らかに、今まで走っていた場所とは違う。

「空間全体にホログラムをかけているとか、そういうことなのかな?」

「そんな技術力が……」

ありえないとオリバーはつぶやく。
確かめるように辺りを見渡すが、放浪バスの中ではそんなこと判断できない。
だからと言って外に出るわけには行かず、見渡すだけでは本物と偽者の区別は付けられなかった。

「おや……?オリバー君、シャーニッド君、あれはなんだい?」

ふいにカリアンが指差す方向を、オリバーとシャーニッドが活剄で強化した視力で覗いた。
放浪バスで少し走る距離だが、尖った岩山が牙のように並ぶ向こうに何かある。
岩山の列が邪魔をして良く分からず、オリバーは目を細めて詳細を確認しようとする。

「なんだあれ……?エリプトン先輩、分かります?」

だが、遠すぎてオリバーの活剄では視認できない。
困ったようにオリバーはシャーニッドへと視線を送るが、シャーニッドは驚愕に染まった表情でぽつりとつぶやいた。

「……マジか?」

「どうしたんですか?」

「オリバー、出せ!」

シャーニッドに言われ、オリバーは放浪バスを再び動かした。

「何があったんですか?」

「行けば分かる」

オリバーの問いかけに対し、一言だけの短い返答。
カリアンも問い質しはしなかったので、オリバーは渋々と諦めて放浪バスを走らせ続ける。
暫く走らせると、その場所に辿り着いた。近づくにつれ、全容が明らかになったためにオリバーの表情が引き攣っている。

「これは……」

一般人であるカリアンにも、それがなんなのかわかったようだ。
ありえない光景。想像を絶する景色。

「外に出るなら一応これを。用心するに越したことはないですからね」

オリバーが都市外装備を取り出し、それにカリアン達は着替える。
今すぐ外に飛び出したい気持ちだったが、そういうわけにもいかない。
着替える手間がもどかしく感じつつ、着替えを終えるとすぐさま外に飛び出した。
それと同時に、ヘルメットを振るわせる激しい水音がカリアン達を出迎えた。

「湖……それに滝?」

牙のような岩山が取り囲む中に、広大な湖が広がっていた。
更に対岸には幅の広く、高さのある巨大な滝があり、濛々たる水煙と轟音が湖を覆っている。

「ホログラムではないようだね」

やや呆然とした声で、カリアンがヘルメットの表面をなでてグローブを確かめた。
放浪バスの窓にも水滴が付着しており、オリバーやシャーニッドの視界にも、いくつかの水滴が張り付いている。
更に湖の周辺には青々とした草が生え、可憐な色をした小さな花がそこらじゅうに群生している。
大地の全てが汚染物質によって乾き、汚染獣以外のあらゆる動植物が絶滅したと思われていた。だと言うのに、汚染獣に導かれてこんな場所に来るなど、誰が予想しただろうか?

「汚染物質の影響を受けていないのかな?ここは?」

「まさか、そんなこと……」

カリアンの言葉に、ありえないとオリバーは首を振る。
だが、そのありえない光景が辺りに広がっている。
口数の多いシャーニッドだって、先ほどから言葉を失って見入っていた。それほどまでに衝撃的な光景なのだ。

「持って帰って調べてみないと分からないけどね。それにしても、ここに住む汚染獣は私達の認識を裏切ってばかりいるね」

カリアンはそこにある草を土ごと掘り返すと、腰に吊るしたバックに収めた。

「さて、見せたいものは見せてもらえただろうし、そろそろ姿を現してはもらえないかな?」

「ほう、気づいていたか」

「うわぁ!?」

カリアンの言葉と、返ってきた返答。
その声と共に、ツェルニの上空に現れた汚染獣が湖上に現れた。
オリバーは驚愕し、相変わらずシャーニッドは無言。言葉を失い、なんと言えばいいのか分からないのだろう。
姿を消していたのだろうか?
それとも、いきなりツェルニの上空に現れたように、何か瞬間移動のような能力を使っているのだろうか?
判断することは出来ないが、汚染獣はまるでさきほどから会話に混ざっていたかのように語りかけてくる。

「群れの長に相応しい見識を持っているようだ」

「恐縮です。ですが、あなたがたの真意までは分かりませんが」

冷静に応じるカリアンに、オリバーはもはや感心するしかなかった。
思わず錬金鋼に手をかけてしまったが、なんとか抜くことだけは堪える。
出来るとは思えないが、カリアンは交渉するといっていた。交渉の席で錬金鋼を抜き、発砲してしまえば全てが台無しになってしまう。
隣では、同じようにシャーニッドが固まっていた。

「ほう……」

「ところで、あなたに固体名と言うものはあるのでしょうか?」

圧迫するような巨体。巨体故に巨大な瞳によって見つめられていると言うのに、カリアンは怯えた様子すら見せずに尋ねる。

「長らく使っていなかったが、人はかつて、我をクラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペーと呼んだ」

「では、ハルペーと呼んでも構いませんか?」

「好きにするがいい」

汚染獣、ハルペーは長い首で頷く。

「では、ハルペー。私が推測するに、あなたが私達をここに呼んだ理由はこうです。一つは、人が汚染獣と呼ぶあなた方が、人とコミュニケーションを取ることが可能であると示すため。二つ、現在の人類にとって脅威である汚染獣だが、この世界と言う広い視野から見た場合、別の役割を持っていることを示すため。三つ、あなたが人との戦闘を望んでいないため。以上です」

カリアンは一息で言い切ると、ハルペーの返答を大人しく待つ。
ハルペーからは、笑い声と共に言葉が返ってきた。

「くくく、最初の二つはともかく。我が人との戦闘を望んでいないと思ったのか?」

「ええ。そうであるなら、あの瞬間にツェルニは滅んでいたでしょう。そうでなかった以上、あなたは人との戦闘を望んでいない。そして、レギオスがこの領域に来ることを望んでいない」

鼻を鳴らしたハルペーは、目を細めてカリアンを見つめていた。
オリバーの心臓は早鐘の如く脈打っており、生きた心地がしなかった。

「ずいぶんと頭の回る長だ。よかろう。別種の生命体と腹の探り合いをしたくて呼んだわけではない。話すべき真実を話し、聞くべき事実を聞くとしようか」

「有益な交渉は私の望むところです」

ハルペーの言葉に、カリアンは満足げに頷いた。

「では、まずこちらから質問させてもらおう。何故、あの都市はこの領域に足を踏み入れた?正常な都市であるなら、この場所に立ち入るような真似はせぬはずだ」

ハルペーの質問に対し、カリアンは素直にツェルニの事情を話した。
廃都との接触、廃貴族の侵入、そして機関部を占拠されて現在は暴走状態にあると言うことを。

「廃貴族……壊れた電子精霊か。ふむ、なるほど……我らに対する憎悪か」

ハルペーは長い首を曲げ、胴体にある短く、細い前足で顎を掻いた。

「システムを侵食されての都市の暴走と言うわけか」

「ええ、ですからこの場所に来たことは私達の、ひいてはツェルニの電子精霊の意志ではありません。そのことは留意していただきたい」

「よかろう。我が領域への不当な侵入に対しては不問とする」

「ありがとうございます」

あっさりと話が進んだのを、オリバーとシャーニッドは信じられない思いで見守っていた。
実質、自分達にはそれ以外できない。この交渉を、会話を見ていることしかできないのだ。

「だがそれは、あの都市がこれ以上の進入をしなければの話だ。今は足を止めているが、廃貴族とやらがこれ以上の進入を強行しようとするのならば、我らは全力で排除する」

「……承知しました」

この言葉には流石のカリアンも冷や汗を流しつつ、それを承諾した。
解決策は未だに見つかっていないが、このハルペーと戦闘になったとして勝てる自信がないので、ここは頷くしかない。

「では、次はこちらの話だな。お前達があの乗り物でしていた話は聞いている」

「それは……」

ハルペーの姿はなかったと言うのに、走行中、しかも車内で行われていた会話を聞いたと言うのか?
信じられない言葉に疑問を抱くカリアンだったが、ハルペーは堂々と宣言した。

「我はクラウドセル・分離マザーⅣ。我が領域で起こることを全て知ることができる」

「恐れ入りました」

「うむ。では、お前の言っていた取引だが、実現は不可能だ。我が制御下にあるものであればその取引に応じることも不可能ではなかろうが、それ以外の領域にいるもの達を制御することは既に不可能となっている。そして、この領域に足を踏み入れる都市は存在しない」

「残念です」

堂々と宣言したハルペーは本当に話を聞いていたようであり、彼の言葉にカリアンは本心でがっかりする。
そんなカリアンに向け、ハルペーは言葉を続けた。

「早急に解決すべきだな。行動限界と生存能力の低い人間では、世界に満ちた同種達を相手にし続けるのは難しいだろう」

「まさしくその通りです。そこでお尋ねしますが、ハルペーは廃貴族に対して有効な手段となりうる情報をお持ちではないでしょうか?」

「ない。我はクラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペー。我が目的は地の果て、オーロラ・フィールドを監視し、守護すること。人類保全プログラムの管理者情報は有していない」

オーロラ・フィールド、人類保全プログラム。
オリバーやシャーニッドはもちろん、カリアンですら聞いたことのない言葉が並ぶ。

「……なるほど、わかりました」

そのことを疑問に思ったが、カリアンは相手を刺激しないように会話を切り上げることにした。
そもそも、オーロラ・フィールドや人類保全プログラムがなんだろうと関係ない。今は廃貴族の問題を解決する方が何よりの優先事項だ。

「では、都市に戻って現状を打開する方法を探すことにしましょう。ハルペー、できればその間はこの領域にいることをお許しください」

「……その必要はない」

カリアンの言葉に、ハルペーが長い首を持ち上げて答えた。
視線は空を突き、折りたたんだ翼を広げる。

「お前達の都市は我が領域の外へと動き出した。急いで戻るが良い」

「動いてだって!?」

ハルペーが飛び立つための風圧でよろけるカリアンをシャーニッドが支え、疑問をつぶやく。
ハルペーの言葉に従って足を止めたとしだが、それが再び動き出したのか?
しかも、この領域の外に出る動き。それはつまり、汚染獣から逃げていると言うことだ。
つまり、都市は正常に動いている?

「急ぎますよ生徒会長、エリプトン先輩!俺が改造したんで速度には自信がありますが、都市を追いかけるとなると厄介ですから」

オリバーに急かされ、カリアンとシャーニッドは放浪バスの中へと乗り込む。
気が付けば既にハルペーの姿はなく、気配すらも完全に消え去っていた。
まるで幻のような、今までの対話が嘘のように思えてしまう。

「出しますよ!」

放浪バスの足を仕舞い、速度の出るゴムタイヤで走行することにした。
長い距離を走るのには向かない選択だが、今は一刻も早くツェルニに帰る必要がある。
オリバーは2人が乗ったのを確認すると、全力でアクセルを踏み抜き、放浪バスを急発進させた。
そうやって暫く走っていると、再び景色が変わった。

「どわぁ!?」

「おおっ!」

オリバーとカリアンの叫びが車内に響く。
放浪バスの進む先には、それを見送るような形で汚染獣の成体が並んでいるのだ。

「壮観だね!」

「……本当に余裕ですね、生徒会長」

オリバーの顔が引き攣っている。まるで自分達が人形となり、見下ろされているような気分だ。
だが、壮観だと強がって入るカリアンだが、その気持ちはオリバーと変わらないらしい。
ハルペー相手に堂々とした態度を見せていたが、今の声は若干裏返っていた。
自分達を見下ろす汚染獣の数は数十体。全て、ハルペーと似たような姿をしていた。
幼生体から成体へと変化した時の形は、同じ母体から生まれた汚染獣でも異なるはずだと言うのに、全部の汚染獣がハルペーと似たような格好をしているのだ。

「不気味ですね……」

そう漏らしながら、オリバーは放浪バスを走らせ続けた。

「ところで、方角ってこっちで合ってるんですか?」

オリバーは引き攣った表情のまま、カリアン達にそう尋ねてきた。
放浪バスと言うのは都市(電子精霊)の発する電波のようなものを感知し、どこに都市があるのか察することができる。
だからこそ、この荒れ果てた大地を迷うことなく旅することができるのだ。
だが、この放浪バスは廃棄されるはずだったものをオリバーが修繕し、改造を加えたものだ。未だにその修繕が不完全で、都市を特定する機能に不安がある。
だからこそ念威繰者による通信を行っていたのだが、その念威はこの領域に入ってから遮断されてしまっている。

「駄目だ、まだツェルニとの連絡が復活しない」

「そうですか……たぶんこっちだとは思うんですけど、少しでもずれていれば……」

僅かでも方角がずれていれば、ツェルニに辿り着くことは不可能だろう。
それに都市が動き出したと言うのなら、ツェルニがどう移動するかにもよる。
汚染獣達の姿も見えなくなり、見渡す限りの荒野をただひたすら走っていた。

「おい、オリバー、あれを見ろ!」

3名の中で、一番活剄に優れているシャーニッドがまず気づいた。
シャーニッドの指差す方向にオリバーが放浪バスを走らせ、それを視認する。

「うおお!ナイス、シャーニッド先輩!!」

それは都市の足跡だった。人工的な四角の、大きな穴が開いている。
掘ったのではなく、乾いた大地を割り、大質量で押し潰したのだとわかる穴だ。
このあたりを見渡すと、同じような足跡が等間隔に出来ている。

「しゃあ!これを追えばツェルニに帰れる!!」

「追いかけるだけで大丈夫なのかい?」

憤るオリバーだが、カリアンは不安そうに尋ねる。
都市の速度は、ランドローラーとそう変わらないのだ。念威繰者との連絡がつけば回りこむことが出来るだろうが、現状、それは不可能である。

「問題ないですよ、俺が改造したんですから。速度だけは自慢なんです。レギオスなんて追い抜いてやりますよ」

だが、これはランドローラーではなく放浪バスだ。
サイズはランドローラーより大きいが、4つのタイヤでしっかりと大地を踏みしめ、安定した走りで走ることが出来る。
多少の悪路などものともせず、オリバーの改造によって馬力の上がっている放浪バスは疾走する。

「速いね」

「でしょう?夜までには都市に着きますよ」

流れるように消えていく景色。
感心しているカリアンの言葉に、オリバーは高々と宣言した。
ハルペーがツェルニの上空に現れた時はもう駄目だと思ったが、事は何事もなく収拾しようとしていた。




































「最悪だ……」

夜、本来なら都市に着いていたはずの時間帯、深夜。
オリバーは都市外装備を着て、タイヤの交換を行っていた。

「まだ終わんないのか?」

「文句があるなら手伝ってくださいよエリプトン先輩!結構大変なんですよ、これ」

順調に走っていた放浪バスだが、道中でタイヤがパンクし、現在は足止めを喰らっていた。
武芸者と言う強靭な肉体を持つオリバーだが、都市外で巨大な放浪バスのタイヤを代えると言う作業に悪戦苦闘している。
本来なら何十人と言う人間を運び、ある程度の生活が出来るスペースがあるために、その車体とタイヤはかなりの大きさだ。
オリバーの身長よりも大きいスペアのタイヤを取り出し、今はそれを取り付けている。

「ランドローラーくらいならわかるが、放浪バスのタイヤを代えたことなんてねえよ」

「それでもタイヤを運ぶのくらい手伝ってくれてもいいでしょう!活剄で強化しても、かなり重いんですからね」

ぶつぶつ言いながらも、オリバーは手慣れた手つきでタイヤを交換している。
流石は1人で、廃棄同然だった放浪バスを修理しただけはある。その手際は見事なものだ。

「ところでエリプトン先輩、生徒会長は?」

「今、仮眠を取ってるよ。流石のカリアンの旦那も、あんなデカブツ相手の交渉で心身ともにまいってんだろう」

「ですよねぇ。本当に凄かったです」

タイヤの交換をしながら、シャーニッドとオリバーは他愛のない話をする。
汚染獣相手に一歩も引かない交渉。流石は生徒会長を務め、学園都市を束ねる者だと感心していた。

「腹黒いだけじゃなかったんですね」

「そうだな。ディンの時もあるから、俺はてっきり旦那の腹の中は真っ黒なだけだと思っていたんだがな」

本人が聞いたら怒りそうなことを言いつつ、2人は笑っていた。
タイヤの交換が終わったのは、その会話が一段落し、笑い声が収まったころだった。

「ああ……終わったァ!」

「ご苦労さん」

伸びをするオリバーにシャーニッドが労い、車内で都市外装備を脱いだオリバーは大きな欠伸をする。

「すいません、俺も仮眠取ります。明日の早朝出発するんで、エリプトン先輩には見張りをお願いしてもいいですか?」

「おう、まかせろ。後輩が頑張ったんだ。先輩としてそんくらいはやらないとな」

「じゃあ……お願いします」

オリバーはそう言って、運転席の座席を倒して横になる。
彼の鼾はすぐに聞こえてきて、どうやらぐっすり眠っているようだ。

「にしても、本当にいろいろあったな……」

シャーニッドは車内から夜空を見上げつつ、これまでのことを振り返っていた。
廃都との遭遇から起こった騒動。サリンバン教導傭兵団、そして古巣の第十小隊の事件。
その後は合宿でレイフォンが負傷し、レイフォンなしでの第一小隊戦。あの時は見事に惨敗したなと苦笑し、サリンバン教導傭兵団と共に汚染獣の討伐に出向いたレイフォンのことを思い出す。このときからだ、ツェルニが汚染獣に向かって暴走を始めたのは。
彼のことを本当に不器用な奴だと、シャーニッドは思う。廃貴族の問題すら1人で片付けようとし、その結果失踪。
ニーナはそのことで激怒しており、宥めるのが大変だった。そして何より、レイフォンは大切な人を傷つけてしまった。

「フェリちゃんが泣くのなんて、初めて見たぜ……」

恋人である、フェリのことを傷つけた。
レイフォンとフェリが付き合い始めたのを、シャーニッドはずいぶん前から察している。
一度風呂を覗きに行こうとして、オリバーと共に殺されかけたと言うことも思い出した。あれは本気で死を覚悟したものだ。
どこまでも一途で、一直線に愛し合っている2人。そんな関係を羨ましく思いつつ、シャーニッドはあることを固く決意した。

「女泣かせたんだ。帰ったら一発殴らせてもらうぜ、レイフォン」

再び動き出した都市。しかも正常に、汚染獣から逃げるように。
それはつまり、ツェルニの異変が解決したと言うことではないのか?
廃貴族の件が、何らかの形で解決したと言うことだ。
と言うことは、その時に失踪したはずのレイフォンもツェルニに戻っているはずである。

「歯を食い縛って待ってな、レイフォン」

シャーニッドは小さく笑い、その拳をしっかりと握り締めた。
だが、シャーニッドは、彼らは気づいていない。自分達へと、都市へと迫る新たな脅威に。





































あとがき
次回、いよいよ6巻編が終わる予定です!
年内に終われそうでよかったです、はいw

今回、レイフォンとフェリがまったく出てきませんでした。会長とオリバー、シャーニッドの回です。
個人的には、シャーニッドがかなり男前ではと思ってますw

そして、そしてそして!6巻編が終われば、次は当然7巻ですね!
これはもはや、あの人の死亡フラグが秒読みですね。
なんか、『ハァァァイアくゥゥゥゥゥゥゥゥン!!』なんて絶叫するレイフォンが想像できました。中の人ネタですねw
後、こっから先は一方通行だ、の代わりに『ここから先は地獄への一方通行だ』とかw
なんか自分1人でもりあがっておりますw

なんにせよ、次回でエピローグ。6巻編完結ですので、お楽しみください!



最後にどうでもいいことですが、黒執事のミュージカル2巻見ました。
と言うか、役者さんがマジで女装するとか……それが凄く似合ってましたw
やばい、黒メイドが書きたい!そんな訳で、次回はレギオスを更新する前に黒メイドを更新します!!これ決定!
それから、6巻編が終わればおまけでクララ一直線の続きを書きたいと思ってますので、そちらの方もよろしくお願いします。



[15685] 48話 エピローグ 再会 (原作6巻分完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a2606ba
Date: 2010/12/17 10:45
「ようやく見つけました」

早朝、日が上がるよりも早く、カリアン達は移動を再開した。
都市の足跡を追い続け、既に太陽は真上へと来ている。
既に昼。都市の姿は未だに見えなかったが、念威による連絡が復活した。

「フェリ?」

念威越しに聞こえてきた声は、カリアンの妹であるフェリのものだった。
連絡のついたことに安堵するカリアンだったが、彼女は現在療養中だと言うことを思い出し、すぐに渋い顔をする。

「医者の許可はちゃんと取っているのだろうね?」

「そんなことを言う余裕があるということは、大丈夫だと言うことですね。今朝、ようやく許可が下りました。引き継いだところで兄さん達を見つけたんです。兄さん達を見失ってから、突然あの周囲で念威がきかなくなったそうで、一時は混乱していたんですよ」

医者の許しは得ているようだが、兄としてはやはり心配だ。
しかも、現在のフェリは懐妊の身。正直、無茶はさせたくなかった。

「本当に大丈夫かい。無理はしないでくれ」

「わかってます。それでは、都市と合流できるルートを指示しますね」

「ああ、頼む」

だが、なんにせよ、これで都市を追いかけるよりも早く合流できる。
足跡を追い、逃げる都市を追いかけるよりも、回りこんで合流した方が格段に早い。
これでやっと一息つけるとカリアン、オリバーとシャーニッドが気を抜いたところで……

「っ……!?後方、0420から0840に反応多数」

「はぁ!?」

「なんだって?」

「おぃおぃ……マジかよ?」

緊迫したフェリの声。その声に従い、背後を振り返る一同。その存在は、一般人のカリアンでも捉えられる距離にいた。
絶句し、息を呑む。緩めた気持ちが一瞬にして引き締まり、嫌な汗が背筋を流れた。
汚染獣だ。しかも、1体や2体ではない。数十体にも及ぶ数の汚染獣だ。
それらが真っ直ぐ、こちらへと向かってくる。

「ハルペーとは別の汚染獣かな?」

「見るにあの領域にいた汚染獣だと思うぜ、会長。あんな独特な汚染獣はそうはいねぇよ」

ハルペーの領域にいたのとは別の汚染獣かと思うカリアンだったが、あの姿からしてそれはありえないとシャーニッドが言う。
幼生体から成体へと変化した時の形は、同じ母体から生まれた汚染獣でも異なるはずだ。だと言うのに、あの汚染獣は全て同じ姿をしている。
ハルペーに似た体躯を持ち、こちらへと迫ってくる。おそらく、領域にいたころからずっと潜んでいたのだろう。

「ハルペーの支配も完全ではないと言うことかな」

「んなこと言ってる場合ですか!?え、マジ?マジなんですか!?ちょ、どうするんですかこれぇ!!?」

ため息を付くカリアン。運転席にいたオリバーはパニックに陥っており、面白いほどに慌てふためいている。
だが、そんな姿を他人事のように見ることは出来ない。
後を付けてきた数十体の汚染獣。その数字はもはや絶望的だった。
レイフォンの失踪前、彼とサリンバン教導傭兵団が受け持った汚染獣の数が12体なのだ。軽く見積もってその時の2倍、3倍の数の汚染獣が迫ってくる。
その上、現在ツェルニにレイフォンはいない。サリンバン教導傭兵団に依頼し、あの数の汚染獣を屠らせる金銭的余裕も、今のツェルニにはないのだ。
故に、頼れるのは自分達の力のみ。あの数の汚染獣を学生武芸者達だけで倒さなければならないのだ。

「とりあえず……これ以外選択肢がないと思うんで逃げますよ!」

オリバーは一旦、息を大きく吸って落ち着く。そしてすぐさま、全力で放浪バスのアクセルを踏み抜いた。
逃走。そのまま逃げ切れればいいのだが、如何に改造した放浪バスとはいえ、飛んで追って来る汚染獣を振り切るのは不可能に近い。
それに、

「フェリちゃん!ツェルニまでの到着予定時刻はどれくらい?」

「あなたにちゃん付けで呼ばれると気持ち悪いですね」

「ひどっ!?」

「まぁ、いいです。最速で2時間ほどです」

「2時間……」

そんな短時間では、とても汚染獣を撒くことなんてできない。
更には2時間と言う距離にまで、放浪バスと汚染獣はツェルニへと接近しているのだ。既にそこに住む住人達の、餌の臭いを感知しているだろう。
オリバー達が難を逃れたとしても、汚染獣達は間違いなく都市へと向かう。

「兄さん、あの汚染獣を詳しく調べようとすると念威が乱れます」

「どういうことだい?」

「不明です。ただ、兄さん達を見失ったことと別の理由と言うことはないでしょう」

「未だ領域の中にいる……と言う事ではないだろうね。ハルペーが心変わりした可能性もないではないが、ハルペーと同質の能力を持っていると考える方が妥当だろう。彼は自らの目的を明確にしていた。それ以外の行動で矛盾のない変節はしないはずだ」

更には念威を遮断するらしい能力。
カリアンが冷静に推測する中、シャーニッドはフェリに尋ねた。

「どれくらい使えねぇんだ?」

「遠距離からでは念威の反射率は最低です。私自身がそこに行ければある程度の精度は期待できるかもしれませんが。それは現実、不可能です……もしあなた方があの汚染獣の群れの中に飛び込むと、視覚のフォローはまず無理ですし、もしかしたらあなた方の位置そのものを見失うかもしれません」

「心配しなくても、俺達にそんなこと出来ないから!」

「でしょうね」

フェリの説明に対し、オリバーが絶叫するように言う。
あの数の汚染獣だ。それを個人で殲滅できる戦力なんて、ツェルニではレイフォン以外ありえない。
そのレイフォンがいないために、自分は会長やシャーニッドと共に、こんな危険な場所に赴く羽目になったのだ。

「おそらく、あの汚染獣達は始めて汚染物質以外の食料を感じ取ったのではないかな?目の前にご馳走をぶら下げられて我慢できるほど躾はできていなかったということだろうね」

「配下の躾くらい、ちゃんとしていて欲しかったですよ」

カリアンの言葉に悪態を付くオリバーだったが、誰もどう対応するかなんて聞いてこない。
逃げるしかないのだ。現状、この戦力で汚染獣を撒いたり、殲滅することは不可能である。
ならば都市へと逃げ帰り、そこで学生武芸者達によって迎撃するしかない。
だが、果たして勝てるのだろうか?

「御託はいいから早く戻って来い」

そんな中、フェリの念威端子からいきなり野太い声が響いてくる。

「やあ、ヴァンゼ。聞いていたのかい?」

「当たり前だ」

考えてもみれば、ヴァンゼが聞いているのも当たり前だろう。
彼は武芸長なのだ。フェリがちゃんと医者に許可を取り、カリアン達の探査を引き継いだと言うのなら隣にいてもおかしくない。

「状況は既にツェルニの全武芸者に通達してある。こちらの戦闘準備は直に整う。お前達は何の心配もせずに戻って来い。迎撃はここ(ツェルニ)で行う」

「ふむ、ならば任せたよ」

「ああ、だから死なずに帰って来い」

ヴァンゼの力強い言葉に諭され、カリアンは僅かに微笑む。
そうだ、勝てるかどうかではなく、勝たなければならないのだ。自分達が生き残るには汚染獣と戦い、そして勝つしかない。

「そういうことになりました。都市までの最短ルートを案内します」

「ああ、頼むよ」

話は終わり、フェリの声へと戻る。
彼女の指示に従ってツェルニへと向かう放浪バスだったが、やはり地を這う乗り物と汚染獣の飛行速度では後者の方が上だ。
徐々に距離を詰められており、汚染獣の群れがこちらへと近づいてくる。

「ちょっとォ!来ます、来ますよ!?喰われる、マジで喰われる!?」

「もしかしたら、飢えと共に味見の意味を含めてこちらに来ているかもしれないね」

「冷静に分析してる場合ですかこの腹黒眼鏡!澄ました眼鏡カチ割りますよ!!」

思わず怒鳴ってしまうオリバーだったが、確かに彼の言うとおりそんな場合ではない。
このままでは汚染獣の餌になってしまう。

「エリプトン先輩、このために付いて来たんでしょ!?なんとかしてくださいよ」

「無茶言うな。あの数をどうしろってんだ!?」

護衛と言う立場にいるシャーニッドだが、あんな数の汚染獣を1人でどうにかするなんてことはできない。
数が多すぎる以前に、まず攻撃が通用しない。硬い甲殻、そして脅威の生命力。汚染獣相手に一番厄介なのは、やはりこのふたつだろう。
おそらくは二期や三期の雄性体。あの甲殻を剄弾で撃ち抜くのは、正直難しい。

(いや……)

こうなれば奥の手を使うか?シャーニッドはそう考えた。
父に仕込まれ、緊急時に使えと言われた奥の手。現にシャーニッドはその手を幼生体の汚染獣を迎撃することに使っていた。
数が多い、正直、あまり無理はしたくない。だが、その手を使えばツェルニへ逃げ帰るまでは時間を稼げるかもしれない。

「明日はデートだし、やるだけやるか」

シャーニッドは軽い口調で都市外装備に身を包み始める。汚染獣を迎え撃つつもりなのだ。
なんだかんだ言っても、このまま無様に死ぬつもりはない。

「エリプトン先輩!」

「なんだ?」

着替えを終えたシャーニッドが車内の窓を開けようとしたところで、オリバーが声をかけてきた。

「後部座席の隣にある箱、それを開けてください」

「なんだよ?」

オリバーに言われ、作りのしっかりした、大きくて頑丈そうな箱をシャーニッドは開ける。
その中に入っていたもの、ごつくて物騒なものを見て、シャーニッドは思わず口元を緩めた。

「おぃおぃ……」

「面白いでしょ?俺の切り札ですよ」

入っていたのは銃だ。しかし、ただの銃ではない。それはもはや、小規模な大砲だった。
機関砲。それがこの銃の名だ。
多数の銃身が筒を形成するように並べられ、回転しながら弾を撃ち出す機構のこの銃は、少数ながら銃使いの武芸者が用いることがある。
だが、毎分4000発と言う大量の弾薬を噴出するため、実弾使用ならば都市政府に嫌われ、剄弾使用であれば、射出速度と剄の供給のバランスが崩壊しやすいことで武芸者に嫌われ、使い手はほぼ皆無と言ってもよい。
ちなみにオリバーの持っていたこの機関砲は、実弾使用である。

「ただ、弾薬代が馬鹿にならないんで、1000発しかないんですよ。正直、放浪バスの改造よりもそっちに資金を割きました」

単純計算で、15秒打ち続ければ弾切れとなってしまう。だが、それでもこれがあるのとないのでは大違いだ。
機関砲と、1000発の銃弾を調達するのにかなりの費用を要したが、過去に老生体と言う化け物をその目で見ていたために、最低限の武装としてこのようなものを用意していた。
この荒れ果てた大地を放浪バスで旅したいと思っているオリバーにとって、それは当然のことだ。

「サンキュー、オリバー」

シャーニッドはベルトで固定し、機関砲を持ち上げる。
如何に強靭な肉体を持つ武芸者とはいえ、こうでもしなければかなりの重量を持つこの銃を振り回すことなんて出来ない。
シャーニッドは装備を終え、車内の窓を開け、そこから放浪バスの屋根へと移動する。
汚染物質が一瞬、車内へと入り込んだがすぐさまカリアンが窓を閉めた。
屋根へと上りきったシャーニッドは、自身の錬金鋼と機関砲を構え、感嘆の声を漏らす。

「絶景だな……」

それはこの世のものとは思えない、むしろ夢だったらいいのにと思うほどの絶景だった。
震え上がり、先ほどから嫌な汗が止まらない。
それでもシャーニッドは果敢に立ち向かい、引き金に指をかける。

「さて、しぶとく生き残るために頑張るとしますか」

機関砲が火を噴く。1秒、その間に打ち出された銃弾の数は約66発。
66発の銃弾が1体の汚染獣の翅と体を撃ち抜き、体液を撒き散らしながら落ちて行く。
地面に落下し、のた打ち回る汚染獣。そんな汚染獣に向け、仲間の汚染獣数匹が共食いを始めた。

「本当に絶景だな……」

シャーニッドはつぶやきながら、次の汚染獣へと狙いをつけた。






































結果として、2時間と言う長い逃走劇をシャーニッド達はやりとげた。

「流石にきついぜ……」

既に機関砲の弾薬は尽きており、現在は自身の銃のみで応戦していた。
かなりの体力を消費する奥の手。更には汚染獣から逃れるため、全速力で疾走する放浪バスの上から応戦していたのだ。
揺れる車上から狙いをつけることも大変だったが、落ちないように屋根にしがみついていることも大変だった。
改造でオリバーが足場のようなものを設けていてくれたが、それでも何度落ちそうになったかわからない。

「あと少しです、シャーニッド先輩!」

「いや、もう無理!手も足もガタガタなんだって。生まれたての小鹿のようにプルプルしてる!!」

「頑張ってください!」

念威越しにオリバーの励ましが聞こえる。
都市は、ツェルニはすぐそこ。カリアンの肉眼でも捉えられる距離へと近づいていたのだ。
2時間にも及んだこの長い逃走劇も、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。
だが、シャーニッドはこれまでの応戦でかなりの体力を消費しており、放浪バスの上にしがみついていることさえ限界だった。
そんな状態で汚染獣の応戦が出来るはずがなく、1体の汚染獣が低空飛行でシャーニッド
達へ迫ってくる。

「くっ……」

都市までまだ距離がある。反撃する余裕がない。
迫る汚染獣の牙。正直、詰んだと思った。打つ手がないのだ。
死にたくないし、諦めるつもりなんてない。だが、この状況を何とかする打開策が思いつかない。
それでも考える。どうするべきか?どうすればいいのか?
シャーニッドが答えを得るよりも早く、汚染獣の牙が放浪バスごと噛み砕こうとしたところで……

「は?」

突然、汚染獣が貫かれた。
都市方向から飛来してきたもの、それは矢だった。
幾つもの矢が汚染獣に突き刺さり、翅を撃ち抜き、首を射抜く。
汚染獣は大きな悲鳴を上げ、その場でもんどりうっていた。そんな汚染獣に、更に追加で矢が飛んでくる。
これにはたまらない。体液を流し、汚染獣が地に落ちる。それを、後を追ってきた汚染獣達が襲い始め、またも共食いが始まった。

「助かった……だが、誰だ?」

命拾いをした。そのことに、ひとまずシャーニッドは安堵の息を吐く。
だが、一体誰が今のをやった?自分達を助けてくれた?
おそらく、いや、間違いなく都市から汚染獣を矢で撃ち抜いたのだろう。
だけど、いくら肉眼で捉えられる距離とはいえ都市からこの場所に、正確に狙撃するなんてかなり難しい。ツェルニ屈指の狙撃手であるシャーニッドですら梃子摺るだろう。
それを成し、更には汚染獣の甲殻を撃ち抜く威力で放ってきた。それを成したのは、最低でも小隊員レベルの実力者だ。

「シャーニッド様!!」

「げっ!?」

突如、フェリの念威端子から聞こえてきた甲高い声に、シャーニッドは思いっ切り顔を引き攣らせる。
この声には聞き覚えがあり、そしてシャーニッドを様付けで呼ぶ存在は彼女以外ありえない。
それに、おそらくは汚染獣を矢で撃ち抜いたのは彼女なのだろう。彼女の武器は弓だった。

「危ないところでした。ですが、ご安心してください。このネルアが、汚染獣ごときには指一本も触れさせませんわ」

ネルア・オーランド。第十一小隊の隊員だ。
シャーニッドと同じ4年生であり、大人しそうな外見をしている。幼い外見をしており、よく年下に見られがちだ。
だが、そんな外見とは正反対で強引で、積極的で、一直線で、シャーニッドに対して恋心を抱いている。
そんな彼女のことを、女好きなシャーニッドではあるが少し苦手としていた。

「シャーニッド様の邪魔をするのは、このネルアが許しません」

だが、そんな彼女に助けられたのは紛れもない事実だ。
ネルアの矢を筆頭に、ツェルニ方面から援護射撃が飛んでくる。
剄弾の雨。それらが汚染獣達に降り注ぎ、シャーニッド達の逃走を手助けしていた。

「よしっ!」

車内で、オリバーが思わずガッツポーズを取る。
ついに放浪バスはツェルニに到達した。下部ゲートから乗り上げ、都市の内部に滑り込む。
放浪バスが停車し、それと同時に既に限界だったシャーニッドが放浪バスの屋根の上から滑り落ちる。

「エリプトン先輩!?」

「足が滑っただけだ……」

それを見て、慌ててオリバーが放浪バスから降りてシャーニッドの元へと駆け寄るが、シャーニッドは気丈に振舞う。
それでもその声は弱々しく、顔色も青白いことからとても大丈夫そうには見えない。
かなりの負担がかかる奥の手を使ったからなのだろうか、軽い剄脈疲労を起こしていた。

「戦闘は無理そうですね……」

「まぁ……ぶっちゃけ、休めるなら休みたい気分だ」

待機していた医療班達が駆け寄ってくる。オリバーはシャーニッドを彼らへと任すと、自分も汚染獣に応戦するために戦場へと向う。

「任せたよ」

「こっちも死にたくはないんで、やれるだけやります」

カリアンの激励を聞き流し、オリバーは駆け出した。








「フェリ、本当にこんな所にいて大丈夫なのか?お前は病み上がりなんだ。それに、念威繰者ならばもう少し離れたところから……」

「数も数ですし、今回は速度が重要です。ただでさえ相手は、何らかの手段で念威を遮断していますから。ここが念威を一番通しやすいんですよ」

「そうか……」

フェリに尋ねるニーナだったが、そう言われては何も言い返せない。
念威のことに関して念威繰者であるフェリが詳しいのは当然であり、武芸者であるニーナには反論する余地がない。
フェリがそう言うのならそうなのだろうと納得するが、それでも汚染獣を迎え撃つための最前線にいる彼女のことが心配だった。

「それにしてもどうして私が護衛なんだ?希望者はたくさんいただろう?」

フェリが前線に立つことになり、その護衛として立候補者は大量にいた。その数50人ほど。言うまでもなくフェリ・ロス親衛隊だ。
だけどフェリはニーナを1人だけ選び、彼女を護衛として傍に置いている。
守りよりも攻めの方が好きで、ツェルニを襲う汚染獣をこの手で倒し、護りたいと思っていたニーナとしては、この配役に些か不満ではあった。

「数が増えたらうるさいじゃないですか。正直、隊長1人では不安ではありますが、仮にも小隊長なんですから」

「うるさ……仮だと……?」

あまりの言い様にニーナは絶句する。
そんな彼女に構わず、フェリはさらりと、更にきつい言葉を浴びせてきた。

「自分の隊の念威繰者1人護りきれない隊長など、家畜以下だと思うんですがどうでしょうか?」

「……いいだろう」

挑発だ。だが、ニーナはあっさりとその挑発に乗ってしまう。
自分は家畜以下ではなく、本物の小隊長だと証明するために気合を入れた。

「来ます」

そんなニーナに対し、フェリのあくまで冷静な声が響く。
剄弾の雨を抜け、都市へと接近してくる汚染獣の姿がニーナの肉眼でも確認できた。
ニーナは鉄鞭を構え、迫ってくる汚染獣を迎え撃つ。






「仕事だから真面目に鍛えたけど、あの数はいくらなんでも多すぎるさ~」

ツェルニの学生武芸者達を教導したサリンバン教導傭兵団の団長、ハイアは冷静に戦局を読む。
如何に成体の汚染獣が相手とはいえ、5,6体くらいならツェルニの武芸者でもある程度の余裕を持って倒せるくらいには鍛え上げたはずだ。
だが、それでも、数十体と言う数の汚染獣は多すぎる。サリンバン教導傭兵団でも、少しばかり苦戦するような数だ。
レイフォンの存在しないツェルニに、あの数を相手にして生き残れる可能性は皆無だ。

「どうするハイア?いや、団長」

「どうもしないさ」

フェルマウスの問いかけに、淡々とハイアは答える。
現在のツェルニに、自分達傭兵団に汚染獣の討伐を依頼する金銭的余裕はない。
報酬が貰えないのなら、自分達がこの戦闘に介入するメリットもない。
何もせず、この都市が滅びそうになったら自前の放浪バスで脱出すればいいだけの話だ。

「それに、こんな時だからこそ廃貴族が憑く可能性もあるさ。俺っち達はそいつを捕まえて、グレンダンに持ち帰ればいい」

汚染獣に対し、狂うほどの憎悪を持ったのが廃貴族。
あの時、ディン・ディーのように都市を護りたいと言う強い意志を持つのに、そのための力を持たない者のために廃貴族がまた現れる可能性がある。
その時が狙いだ。廃貴族の憑いた学生を拉致し、グレンダンに持ち帰ればいい。それで、サリンバン教導傭兵団の目的は達成される。

「ただ、ひとつ気になることがあるとすれば……レイフォンはどこに行ったさ?」

都市が暴走していると言うのに、その姿はない。
今回の汚染獣の襲撃に関しても、彼がいなければ確実にツェルニは滅ぶレベルだ。だと言うのに、戦場のどこにもレイフォンはいないのだ。
そんなハイアの呟きなど関係なく、戦場では汚染獣と学生武芸者達が激突していた。









「かかれぇ!!」

銃により、汚染獣の翅を撃ち抜いたエドワードが叫ぶ。

「「「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」」」

フェリ・ロス親衛隊隊長の彼の言葉に従い、重装の戦闘衣を纏った集団が地上に落ちた汚染獣に突貫するように攻撃を行う。
その手には騎装槍が握られていた。騎士式と呼ばれる戦法だ。犠牲を伴わない突撃。
重装で身を固めてはいるが、そんなもの汚染獣の前では気休めにしかならない。都市外でこんな戦法を取れば、すぐに戦闘衣や防護服はボロボロになり、汚染物質に晒されるだろう。
だが、ここはエア・フィルター内だ。ちょっとやそっとの傷で死ぬことはない。
それでも汚染獣相手に突撃するのは命がけであり、怖気づいてしまう者も中に入るだろう。
だが、彼らは怖気づかない。彼らは揺るがない。
その瞳には炎が宿っており、己の命を懸けることになんの疑問も抱いていなかった。

「突撃!突撃ィ!!」

「我ら女神のために!己の命を燃やし尽くせ!!」

「汚染獣を倒せ!殲滅しろ!!」

彼らはフェリ・ロス親衛隊の隊員達。
女神と崇める彼女のために全てを捧げ、死すら恐れない兵達。
彼らは果敢にも汚染獣へと突っ込む。地に落ちたとはいえ、汚染獣は強敵だ。
その巨体で薙ぎ払われ、鋭い牙で喰いついてこようとする。
いくら重装備をしているとはいえ、薙ぎ払われて骨を折る者、その牙で肉をごっそりと抉られ、手足を食い千切られる者も存在した。
だが、それでも多勢に無勢。数十人にも及ぶ突撃に汚染獣は耐え切れず、騎装槍の前にその体を貫かれる。
汚染獣が断末魔の悲鳴を上げ、そのまま事切れた。

汚染獣を倒した、その事実にフェリ・ロス親衛隊の者達は歓声を上げない。そんなものを上げる暇もない。
数名の重傷者が出たというのに、既に次の汚染獣へと狙いを定める。

「我らが女神、フェリ・ロスの命は何に置いても優先させる!例えこの身が果てようと、何者からも彼女を護ることを誓え!!」

フェリ・ロス親衛隊第三条が叫ばれる。その言葉にフェリ・ロス親衛隊は体を震わせた。
犠牲を恐れない。死を恐れない。女神を護るためにこの身が壊れようと構わない。
もはや宗教、洗脳の域に達している。それでも彼らは誰も恐れず、再び汚染獣へと突撃した。





































彼らは、ツェルニの学生武芸者達は奮闘した。
だが、いくら頑張ったからと言って、結果が伴わない場合もある。今回はまさにそれだった。
ネルアを筆頭にした狙撃部隊。逃走を手助けするための援護射撃ならば何とかなったが、数多くの汚染獣相手に苦戦している。
強靭な生命力を持つ汚染獣だ。1発や2発の剄弾の直撃などものともせずにツェルニに突っ込んできた。
だからと言って集中射撃をするには、数十体と言う数は多すぎる。攻撃の手数が、人手が足りずに何体かは都市への侵入を許していた。
それを外縁部で迎え撃つのが前線、白兵部隊である。連携を伴い、決して少なくない数の汚染獣を屠ってきた。

だが、やはり数が多い。フェリ・ロス親衛隊の騎士式と呼ばれる戦法は確かに効果的で、彼らだけで7,8体の汚染獣を既に屠っている。
全体を合わせると、ツェルニの学生武芸者達は既に15体もの汚染獣を屠っていた。
その戦果には、教導した本人であるハイアも予想外だと感心していた。生き残りを懸けた決死の攻防戦。
そしてこれまで、不出来とはいえそれなりの場数を踏んできた経験なのか、学生武芸者達は奮闘していた。
それでも汚染獣はまだいる。15体と言う汚染獣を屠りはしたが、それでもその数は全体の半数以下だ。
未だに半分以上、もしかしたら三分の二、四分の三以上の汚染獣が残っているかもしれない。
念威繰者であるフェリならば正確な数を把握しているかもしれないが、正直それを確認するのが恐ろしかった。
これまでの戦闘で学生武芸者達は既に疲弊しきり、フェリ・ロス親衛隊も死者こそいないが、重傷者は多数。無事なものは1人もおらず、戦闘を続行できるものは数人にまで落ち込んでいた。

「隊長!」

「ハァ……ハァ……」

そして防衛に、フェリの護衛に徹していたニーナも疲労の色を隠すことが出来ない。
肩で息をし、正直、立っているのすら辛い状況だった。
フェリの心配そうな問いかけに答える余裕もなく、熱い体を沈めようとする。
フェリの護衛とはいえ、前線がもはや決壊しており、汚染獣が絶え間なく襲ってくるのだ。
それらを追い払い、フェリを護る。倒しきり、止めを刺すなんて余裕はない。そんな暇などなく汚染獣は襲いかかってくるのだ。

一体この戦闘は、何時になったら終わる?

ふと、そんなことを思った。

「隊長!!」

そんなニーナに、再度フェリの声が投げかけられる。
その声を聞き、気づいた。いや、フェリの念威によるサポートは完璧だ。視界や感覚のサポートは既に受けている。
その存在には最初から気づいていた。だが、あまりの疲労にボーっとしており、気を抜いた一瞬の隙に接近を許してしまった。
体が反応しない。それに歯噛みをしながら、ニーナは地面を転がるようにして避ける。

「ぐっ……」

それでも遅すぎた。汚染獣の足、鋭い爪によってニーナの戦闘衣は破かれる。
それなりに頑丈なもので出来てはいるが、ざっくりと切り裂かれていた。肌も裂かれており、血がどくどくと流れてくる。
赤い液体が溢れ出し、地面を赤く染めていた。

本来なら直撃していただろう。足や爪ではなく、その牙でニーナは食い破られ、今頃汚染獣の腹の中にいたはずだ。だが、そうはならなかった。
フェリの念威爆雷。その爆発を受け、汚染獣は悶えながら宙で方向を変えた。
それに巻き込まれ、結果としてニーナは肩口を切り裂かれたが、それでも食われて死ぬよりはましだろう。
念威爆雷の直撃を受けた汚染獣だが、特に目立った外傷はなく、食事を邪魔したフェリに向けて飢餓の混じった殺意を向ける。
そもそも、念威爆雷には大した殺傷能力はない。相手が幼生体で、比較的脆い翅や足などを狙えば落とすことは可能だろうが、相手は成体。
硬い甲殻に身を護られ、念威爆雷の直撃を受けたとしてもものともしない。

「フェリ!」

地に倒れたニーナが叫ぶ。
汚染獣は、フェリへと狙いを定めて襲ってきた。
眼前に迫る汚染獣。だと言うのに、念威繰者で対抗手段を持たないフェリの表情は平然としていた。
何時も済ましたように無表情で、感情の変化の乏しいフェリ。でもここ最近、彼女は深く傷ついていて、とても脆く、悲しそうな表情をしていた。
そんな彼女が立ち直って、今はこの戦場に立っている。それでも何時もの無表情な顔には、どこか寂しさが隠れている気がした。

絶体絶命のこの状況。だと言うのにフェリは動じない。だと言うのにフェリは恐れない。
無表情な顔だが、ニーナが感じていた寂しさは既に消えていた。
変化の乏しい表情。だが、ニーナは確かに見た。その顔に、口元に、小さな笑みが浮かんだところを。
フェリは感じていたのだ。戦場に張り巡らされた彼女の念威。その念威が、ある人物の存在を捉えていた。
この気配を、感覚を間違えるはずがない。その存在だけで、傍にいてくれるだけで自分を癒し、支えてくれる人物。フェリは緩む口元を抑えることが出来ずに、彼の名を呼んだ。

「……………」

その声は小さく、活剄で身体能力、更には聴覚が強化されていたニーナにも聞こえなかった。
だが、その言葉が合図だった。
フェリを襲ってきた汚染獣は空中で急停止し、動きを止めた。
何が起こったのかニーナには理解できない。だけど、フェリには理解できていた。そして、それをやった人物が誰なのかも。
笑みが止まらない。歩み寄ってくる人の気配。目頭が熱くなってくる。悲しくはない、むしろ嬉しいはずだ。だと言うのに、涙が止まらない。

背後からぎゅっと抱きしめられた。
温かい。自分を抱きしめた人物の体温を感じながら、フェリはそう思った。
空中で停止していた汚染獣が切り裂かれ、地へと落ちて行く。その光景に思わず表情を歪め、他にも言いたいこと、話したいことがたくさんあるはずなのに、フェリは背後の人物に向けて苦々しく言い放った。

「生々しい再会ですね。思わず吐き気がしました」

「すいません。ですが、汚染獣を放っておくわけには……」

フェリの意地の悪い言葉に、彼女を抱きしめた人物が困ったように反応する。
ムードの欠片もない。自分がそうなるように話を振ったとはいえ、もう少し彼にはそこら辺を気遣ってもらいたい。
だけど、気取らない彼のことが好きで、それでもいいかとフェリは自己完結する。

「お帰りなさい、フォンフォン」

今はただ、嬉しかった。
大好きな人が、愛しい人が自分の傍にいる。それだけでフェリは救われた気がした。
混戦する戦場。だけどそんなものは一切なく、レイフォンとフェリのいる場所はまるで別世界のように感じられた。

「レイ、フォン……?」

そんな別世界には、ニーナの声すら届かない。
彼女の存在など視界にすら入っていないかのようにレイフォンはフェリを強く抱きしめ、顎に手を回す。
自分の方を向かせるように持ち上げ、触れるだけのキスを交わした。

「なっ……!?」

ニーナが驚愕しているが、そんなものお構いなしだ。

「っ……フォンフォン!」

こんな状況で何をしているのかと、されるがままだったフェリも流石に怒る。
顔を赤らめ、僅かに頬を膨らませて怒鳴った。
当のレイフォンは、そんな彼女の怒りをさらりと受け流す。急に真剣な表情をし、フェリの耳元で囁くように声を発した。

「フェリ、僕は今、剣を持っていないんでハーレイ先輩に連絡を入れてくれますか?」

先ほど汚染獣を倒したのは、レイフォンの鋼糸だったのだろう。
刀身が鋼糸と化した錬金鋼を持っており、それをレイフォンは操っている。
鋼糸は汚染獣を次々と落としていき、正直剣は必要ないのではと思ったが、フェリは顔を赤くしたまま頷いた。

「……わかりました。話したいこともたくさんありますが、それは後でと言うことで」

「はい、これが終わってから」

レイフォンはそう言って、もう一度フェリにキスをした。
彼女の頬に触れる、軽いスキンシップのような口付け。それにフェリは一段と顔を赤くし、ハーレイへと連絡を取るために念威を飛ばす。

「ただいま、フェリ」

レイフォンは今更フェリの『お帰りなさい』に答えるようにつぶやき、名残惜しそうに彼女を手放す。
だが、その名残惜しそうな表情はすぐさま真剣なものへと変わった。都市へと迫り来る脅威、汚染獣。
それらに視線を向け、レイフォンはフェリを護るために戦場に立った。
それ以外の意味などない。レイフォンにとっては何よりも、誰よりも大切な存在がフェリなのだから。





































何時までたっても放浪バスはやってこなかった。

「どうなってるの?」

ここはマイアス、放浪バスの停留所。リーリンはうんざりしたようにつぶやく。
到着予定はとっくの昔に過ぎ去り、未だに来ない放浪バスにリーリンは苛立ちを感じていた。

「世の中は予定通りにいきませんからね」

その隣ではクラリーベルがつぶやく。服を着ているから目立たないが、その体には痛々しいほどの包帯が巻かれていた。
クラリーベルはなぜか大怪我をしており、その理由をどうしても思い出せないリーリン。そして、何故かクラリーベルも教えてはくれない。
せめてもの救いは、グレンダンほどではないとはいえ現在の医学はかなりレベルが高い。武芸者だが、女性でもある彼女にとって、傷跡が残る怪我にはならなかったと言う事だろう。

「寝てなくていいの?」

「別に病気ではなく、切り傷ですから。輸血はしましたし、大人しくしていれば傷口も開きません」

リーリンの心配そうな問いかけに、クラリーベルは気軽に答える。
ここ最近、毎日停留所にやってくるリーリンに、クラリーベルは律儀に付き合ってくれた。
彼女達2人の他に、この停留所には人はいない。ちらほらと様子を見に来る旅人はいるが、彼らは放浪バスが来ていないのを確認するとすぐさま去っていく。
リーリンだけは購入した双眼鏡を手に、無駄だとわかっていながら荒れ果てた大地を見渡し、放浪バスを探していた。

「ところで、サヴァリス様は?」

「今頃、教導の真似事をしていると思いますよ。何せ、この間はずいぶん暴れ回っていたそうですから」

クラリーベルは少しだけ悔しそうに、リーリンの問いかけに答える。
気を失っていなかったら、自分も汚染獣の討伐に参加していたのにと言う悔しそうな顔だ。
汚染獣相手にはしゃいでいたサヴァリスの姿は、マイアス中の武芸者が注目していた。その姿を、実力を見込まれ、現在はマイアスの生徒会長直々に頼まれて教導を行っている。
錬金鋼を強奪のような手で取り戻し、都市警察に所属していたシェルと言う少女を伸したサヴァリスだが、その実力を買われての無罪放免と、汚染獣を倒したことによる報奨金、そして今回の教導の依頼と言う話が舞い降りてきた。
汚染獣に止めを刺したのは実質的にサヴァリスではないと言う話だが、それでもサヴァリスの実力が並外れていることは間違いない。
今頃は教導と称して、マイアスの学生武芸者達をサンドバックにしているはずだ。

「怪我が治ったら、この間のお礼もありますからロイさんに手合わせをお願いしてみようと思うんです」

お礼がなんなのかリーリンには理解できないが、ロイとクラリーベルの間に何かがあったらしい。
それがなんなのか聞くつもりはないが、どこか黒く笑うクラリーベルを見て、言いようのない不安を感じた。

「それはそうとリーリン、探すのならもっと別のものを探した方がいいですよ」

「え?」

それから暫くして、放浪バスを探していたリーリンにふと、クラリーベルが声をかける。

「例えばあれとか」

振り返ると、クラリーベルはある方向を指差していた。武芸者である彼女は、活剄で強化した目でそれを見ているのだろう。リーリンには何も見えない。
その先を双眼鏡で、倍率を操作しながら確認した。

砂煙を押しのけるようにして移動する巨大な影。それが、リーリンが双眼鏡越しに覗いたものだった。
一瞬、汚染獣かと思い、嫌な汗が背中を伝う。だが、違った。

「もしかして、都市?」

「でしょうね」

「嘘っ、こんな近くに都市なんて……」

「そう言う時期ですから」

クラリーベルの言葉に、リーリンはまたも背筋に嫌なものを感じた。
セルニウム鉱山を懸けた、都市同士の資源戦争。つまり、殺し合い。

「戦争になるの?」

「学園都市同士の戦争は、話に聞くとそこまで激しくはないそうですよ。ルールの縛りが厳しいそうですし、武器も刃引きがなされたものを使うそうですから。それよりも……あの旗、見えます?」

クラリーベルに促され、リーリンは都市の中心にある旗を探した。旗には、都市の名を示す紋章が描かれているのだ。
倍率を変えたりして、リーリンは旗を探す。見つけるのに苦労はしたが、何とかそれを見ることが出来た。
それは図面かされた少女と、ペンの紋章が描かれた旗だった。

「……え?」

その紋章を、リーリンは見たことがある。
グレンダンにまだレイフォンがいたころ、合格通知として送られて来たその手紙にあの紋章が描かれていた。

「もしかして……」

「ロイさんとの手合わせはお預けですね。いえ、この程度のハンデはむしろ当然でしょうか?どちらにせよ、早い方がいいはずです」

クラリーベルの声は、リーリンの耳を素通りしていく。それどころではなかった。
ツェルニがゆっくりとこちらに向かってくるのを、リーリンは呆然と見つめることしか出来なかったのだ。






































あとがき
これで6巻分完結!
ここまで長かった、何気にこれまでで最長の話でした。
レイフォンの帰還、そして迫るツェルニ。7巻編から本当に楽しくなりそうですw

そして前回の一方通行ネタには、皆さん凄い食いつきっぷりw
これは是非ともやらねばならないようです!

次回は短編、クララ一直線の更新をしようと思ってますので、そちらの方も楽しみにしていただけると幸いです。
なんにせよ、6巻編完結!ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これからも更新頑張ります。

さて、それはさておき刀語最終話見ました。
やっぱりとがめ死んじゃったなと思い、それでも1年間楽しみました。
戦闘も見ごたえがあり、とても面白かったです。
そして、皿場工舎はかなり可愛かったですw
でも、一番はやはり姉ちゃんなんだと思いますw
刀語も更新しなければなと思うこのごろ……

とりあえず、最後はこれで締めくくります。

ちぇりお!



[15685] 番外編2
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2011/02/22 15:17
フォンフォン一直線 番外編







「おはよう、リフォン。愛してるよ」

爽やかな目覚めとは程遠い朝。リフォンと言う少女は、少年の声によって目を覚ます。
睡魔によって未だにハッキリしない意識。寝惚けきった瞳を開け、リフォンは横になったまま正面を見つめる。
そこにいたのは声の主、少年である。腰まで届く白銀の髪を後ろで纏め、藍色の大きな瞳をしている。
色素が抜けたように白い肌は女性が嫉妬しそうなほどの美白で、少年には中性的な魅力がある。
女物の服を着て、少し化粧をすれば十分に少女を演じることが可能だろう。それほどまでに整い、魅力的な顔をしていた。
文句なしの美形。だがリフォンは、そんな少年の顔を間近で見てもなにも感じない。
おはようと言う挨拶。その延長のように自然な動作で、少年はリフォンの顔へと自分の顔を近づけていた。
少年の吐息がリフォンの顔に当たる。綺麗な朱色の唇が、リフォンの唇をついばもうと近づいてくる。そんな展開にもリフォンは動じず、近づいてくる少年の顔を手で押さえた。

「おはようございます、レイリー兄さん。とりあえず死んでください」

「がっ!?」

冷たく言い放ち、リフォンは馬乗りの体勢で自分の上にいる少年の股間を膝で蹴り上げた。
思わぬ不意打ちを喰らった少年は顔を真っ青に染め、脂汗を掻きながら蹲る。

「僕の息子が……まだ未使用なのに……リフォンの中に入れてないのに……」

不穏なつぶやきをするレイリーと呼ばれた少年だったが、リフォンは相変わらず動じない。
何も感じさせない冷たい表情で、レイリーに向けて厳しく言い放った。

「再起不能なまでに叩き潰しますよ?それよりレイリー兄さん、いい加減にどいてくれませんか?」

レイリーは馬乗りになった状態で蹲ったため、下にいたリフォンは胸元にレイリーの頭を押し付けられている。
それが鬱陶しく、邪魔なのでレイリーにどくように告げた。
だが、言われて現状に気づいたレイリーは……

「こ、これは!?なんと言う幸運!リフォンの胸が、胸が……未発達とはいえ柔らかな乳が……たまらない!」

頭を、そして顔を更に押し付け、思う存分にリフォンの胸を堪能した。

「……………」

リフォンは動じていない。ため息すら付かず、冷酷で、軽蔑するような絶対零度の視線をレイリーへと向けていた。
レイリーはそんな視線すら無視し、リフォンの胸に頬擦りをしている。お世辞にもあまり大きいとは言えないリフォンの胸だが、彼にはそんなことなどあまり関係ない。むしろ気に入り、次第に行為がエスカレートしていった。
腕が伸び、それがリフォンの胸をつかんだ。少々乱暴に、だけど痛くないように気遣いながら彼女の胸を揉んでいる。レイリーの表情は緩みきっており、とても幸せそうな表情をしている。
だけどリフォンは当に我慢の限界を迎えており、無表情なままもう一度膝でレイリーの股間を蹴り上げた。

「はうっ」

「本当にお願いですから死んでください。と言うか、何を朝っぱらから実の妹に、しかも双子である私に欲情してるんですか?」

股間を押さえ、ベットの上を転げ回るレイリー。
その隙にリフォンは起き上がり、転げまわっているレイリーに追撃の蹴りを放った。

「ちょ、痛い!マジで痛い、洒落にならないくらい痛い!!横腹はやめて!ちょ、ごめ……本当にごめんなさい!」

この身は武芸者だと言うのに、一般人とあまり身体能力の変わらない念威繰者のリフォンに蹴られて痛みに悶えるレイリー。
だが、リフォンは的確にレイリーの弱点を突いてくるために実際に痛い。

「生憎、私はレイリー兄さんに微塵も好意を抱いていません。むしろ嫌悪すら感じています。私が愛しているのはお父様だけです」

「それもおかしくない?ファザコンじゃん!今時15にもなって父親と一緒に風呂に入る娘なんていないよ?それよりも健全に、僕とシスコンブラコンなラブラブの毎日を……」

「どこが健全なんですか?」

「あうっ……」

最後に止め。蹴ると言うよりも踏んだ。
レイリーの股間を思いっ切り踏み潰し、レイリーは切ない呻き声と共に意識を手放した。
ぴくぴくと痙攣し、口から泡を吹いている。如何に強靭な肉体を持つ武芸者とはいえ、急所をこのように何度も攻められてはたまったものではない。

「汚らわしい」

リフォンはレイリーを軽蔑するように見詰め、すぐに興味を失って洗面所へと向かった。
まずは顔を洗う。レイリーとは双子なだけあり、似たような顔立ちをしていた。
膝まで届きそうな髪をストレートに下ろし、藍色の綺麗な瞳をしている。髪は母親似で、藍色の瞳は父親似だ。
リフォンは父と同じ色をした瞳が大好きであり、自慢だった。どうせなら髪も同じ色だったらいいのにと思うが、この白銀の髪が嫌いなわけではない。
むしろ母に似て、綺麗なこの髪は大好きである。ただそれ以上に父のことが大好きで、父とお揃いだったらいいのにと思うだけだ。
顔を洗い終え、身嗜みを整える。髪を櫛でとかし、寝癖を直す。歯を磨き、朝の準備を終えた。
部屋に戻って気絶しているレイリーを無視し、寝巻きから普段着へと着替える。

着替え終わると、そのままキッチンへと向かった。今頃キッチンでは、大好きな父が朝食の準備をしているはずだ。
その証拠にキッチンからは朝食の匂いが漂い、レイリーのおかげで最悪だったリフォンの気分は次第に浄化されていく。

「おはようございます、お父様」

朝の爽やかな挨拶。
フライパンを片手に料理をしていた父は、柔らかな笑みを浮かべてリフォンに挨拶を返した。

「おはようリフォン、今日も早起きだね。もう少しで出来るから、ちょっと待ってて」

「はい」

リフォンとレイリーの父、レイフォン・ロス。
旧姓はアルセイフと言うらしく、婿養子と言う形でロス家にやって来た。
ロス家の家事を完璧にこなし、戦争や汚染獣襲撃の危機にはその武芸の才を惜しみなく発揮する最強無敵の父親である。
母とは学生時代に出来ちゃった婚で既に結婚15年を迎えたが、今でも新婚気分が抜けていない。
常にラブラブであり、父が大好きなリフォンとしては実の母が最大のライバルである。

(でも、お母様は嫌いじゃないし……いっそ親子丼でもいいか)

不穏なことを考えながら、リフォンは大人しくリビングへと向かい、席へと座る。
それから暫くして、話題に出た母が起きてきた。

「早いですね、リフォン」

「おはようございます、お母様」

「おはよう」

リフォンとレイリーの母親、フェリ・ロス。
自分達の元となった白銀の髪はやはり綺麗で、それを誇らしくすら思う。
父とラブラブなのは先ほども述べたが、現在は妊娠6ヶ月。かなり大きくなった彼女のお腹の中には、自分達の弟が眠っている。
だが、リフォンは今更弟や妹が出来ようとなんとも思わない。また、家族が増えるのかと言う認識程度だ。
何故なら……

「おはようございます、お母さん」

「おはよう、レイ」

「おはようございます」

「おはよう……」

「おはぁよう……」

「おはよう、フェレナ。フェルとフェイはまだ眠そうですね。フェンはどうしましたか?」

「……………」

「立ったまま寝ていますね。相変わらず器用なことです」

「ママ、おはよー」

「おはよー」

「はい、おはよう。イリヤ、イリア」

大家族であり、弟や妹なら売るほどにいるからだ。
長男、レイリー・ロス。15歳。
長女、リフォン・ロス。15歳。
次男、レイ・ロス。10歳。
次女、フェレナ・ロス。9歳。
三男、フェイ・ロス。8歳。
三女、フェル・ロス。8歳。
四女、フェン・ロス。8歳。
五女、イリア・ロス。6歳。
六女、イリヤ・ロス。4歳。
合計9人にも及ぶ兄弟達。
今更1人増えたところで、リフォンは特に何も思わない。相変わらず父と母は盛んで、仲が良いということだ。出来ればそれに混ぜて欲しいと思うが、リフォンはそれを決して口には出さなかった。

学生時代に生まれたのがレイリーとリフォンの双子。
それから5年後、母の故郷であるこの都市、流易都市サントブルグで生まれたのが次男のレイ。その1年後に次女のフェレナが生まれた。
更に1年後にはフェイ、フェル、フェンの三つ子が生まれ、その2年後には五女のイリア。更に2年後には六女のイリヤが生まれた。
そして現在は、妊娠6ヶ月と言う新たな兄弟。生まれてくるのは確かに楽しみだが、リフォンからすればそこまで目新しさを感じることが出来なかった。

「ご飯の用意が出来たよ。みんな手伝って」

「「「はーい!」」」

レイフォンの声に従い、兄弟達は朝食を運ぶ手伝いを始める。
兄弟はその殆どが、と言うか全員が武芸者か念威繰者である。数も数だが、武芸者はもとよりかなりのカロリーを摂取するので、朝食の量は1人で運ぶにはあまりにも多すぎた。
もっとも数人がかりで運べば何の問題もなく、大きめのリビングのテーブルには大量の料理が並ぶ。
レイフォンの料理は絶品だ。学生時代から磨いてきた料理の腕はもはや鉄人並みである。
食欲を誘う匂いがリビングに充満し、空腹のお腹が刺激される。

「あれ、レイリーは?相変わらずまだ寝てるの?」

「はい。レイリー兄さんは未だに夢の中ですね。先に食べてしまっていいのでは?」

レイフォンの問いかけに、レイリーを夢の中に招待したリフォンはそっけなく答える。

「そうだね……それじゃ、みんな」

レイリーが未だに夢の中なのは何時ものことなので、レイフォンは家族を促し、手を合わせる。
促された家族達は手を合わせ、次のレイフォンの言葉を復唱した。

「いただきます」

「「「いただきます!」」」

これが、ロス家の朝の風景だった。




































あとがき
短いですが、番外の短編と言うことで一つ。
レイフォンとフェリの子供の話ですね。双子の兄、レイリーはシスコンで、リフォンはファザコンですw
設定ではレイがマザコンで、フェルとフェンはフェイに対してのブラコンであり、フェイは唯一のノーマル。
イリアとイリヤは百合気味なんて言う設定を考えていましたが、設定だけにしました。SSに書こうとしたら収拾つかないんですよ……
そもそもやりすぎたかなと思わなくもありませんが、これはこれで書いてて楽しいんですよね。
何時か都市戦の話とかで大暴れするロス家のメンバーを書いてみたいです。
ちなみに、リフォンとフェレナが念威繰者で、後は全員武芸者ですね。脳内設定ではそんな感じです
カリアンとかも出したかったなぁ……

次にちょっとした雑談を。皆さんって漫画を描く一方さんをどう思います?
いや、新年あたりに記念で書こうと思っている短編の構成なんですが、一方さんの中の人ってバクマン。でエイジをやってるんですよ。そのネタで。
ちなみに上条さんの中の人がサイコー役。これは漫画家一方さん、アシスタントの上条さんで是非ともSSを書きたいw
NHKは本当にやりますね。去年、紅白に水樹奈々さんが出た時から支持してましたが、バクマン。のアニメ化には俺が狂喜乱舞です。
そして声優さんの起用には大変大満足。今年は良い年でした。
後は紅白を見てのんびり過ごしたいです。水樹奈々さん最高です!

さて、これが今年最後の更新ですね。いつも感想ありがとうございます。たくさんの感想、とても励みとなっております。
来年も更新を頑張りますので、応援よろしくお願いします。皆さん、良いお年を。



[15685] 49話 婚約 (原作7巻分プロローグ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2011/01/19 19:27
「マイアスに……?」

「はい」

生徒会室にて、レイフォンはこの部屋の主であるカリアンと対面していた。
理由は言うまでもなく、レイフォンの失踪に関してのことだ。ツェルニから突如姿を消したレイフォンだが、何事もなかったかのように帰還し、ツェルニを襲った汚染獣の殆どを1人で殲滅してみせた。
レイフォンの帰還、危機の脱出、止まったツェルニの暴走。その結果だけを考えれば万々歳だが、だからと言ってこの問題をそのままにするわけにはいかない。
カリアンはレイフォンを呼び出し、事情を聞いていた。

「レイフォン君が嘘を付くタイプじゃないのは知っているし、隠し事や嘘も下手そうだけど……」

それに対して、レイフォンは全てを話した。嘘が苦手と言うのもあるが、別に誰にも口止めをされておらず、自分でも信じられない出来事を今一度整理したかったからだ。
自分がどこにいたのか?
何をしていたのか?
どんなことがあったのか?
どんな人物と遭遇したのか?

気が付けば学園都市マイアスにおり、ツェルニに帰るためにその都市の厄介ごとを解決するために尽力した。
その際に狼面衆と名乗る正体不明の者達と敵対し、更にはグレンダンにいるはずの天剣授受者、サヴァリスと一戦交え、最後に汚染獣を屠ってきたと言う。
レイフォンは嘘を言っていないし、嘘を付く意味もない。そもそもカリアンの言うとおり嘘や隠し事が苦手なタイプであり、そんなことをすればすぐに顔や仕草に出てばれる。
だが、それでも……

「やはり……信じられないね」

「ですよね……正直、僕自身も信じられません」

その言葉には現実味がない。真実とは到底思えない、まるで作り話のような内容だ。
レイフォンの性格からして嘘ではないと思う。だが、だからと言って突拍子のないこの話を信じられるのかと言うと、それとはまた別の話だ。

「それに、廃貴族に関してのことだけど……いるのかい?君の中に」

「………はい」

更に問題が一つ。それは、今回の騒動の原因となった廃貴族のことだ。
それが今、レイフォンに憑依している。

「今のところは大人しく、動きはないようですし、ディン・ディーのように暴走する心配はないと思います」

先日の第十小隊との試合で起こった事件を思い出し、カリアンは背筋を震わせた。
もしレイフォンがディンのように、廃貴族に操られて暴走したら誰にも止めることは出来ないからだ。
ツェルニの戦力ではもちろん、廃貴族を捕らえようとしているサリンバン教導傭兵団でも難しいだろう。

「廃貴族だけを傭兵団に引き渡せればいいんだけどね……レイフォン君、君は廃貴族を完全に従えているのかい?」

「完全にとは言い難いですが……少なくとも、今のところ廃貴族に反逆する意思のようなものはないと思います」

カリアンの問いかけに不安そうではあるが、レイフォンははっきりと答えた。
現状、廃貴族が宿主であるレイフォンに逆らうそぶりを見せない。不気味なほどに大人しく、レイフォンの中で眠っているようだ。
マイアスでは汚染獣の接近に対して過敏に反応して見せたが、ディンのように暴走するほどではなかった。
あくまでレイフォンの意思で戦い、廃貴族に操られていると言う感覚は微塵もなかった。

「……問題は残っているけど、今は事態が落ち着いたことを素直に喜ぼう。レイフォン君、よく無事に帰ってきてくれた」

「いえ……」

カリアンが微笑を浮かべ、それに対して居心地が悪そうにレイフォンは相槌を打つ。
相変わらず何を考えているのか分からず、まったく油断の出来ない微笑だ。
だが、何時もの微笑ではない。同じように思えるが、まったく別の微笑でもある。
何か思うところがあるのか、表情が硬い。だが、それでも平然を装い、カリアンは言葉を続けた。

「話はこれでお終いだけど……レイフォン君には個人的に用件があってね。悪いけど、夜に私の部屋に来てくれないかな?」

「はぁ……」

レイフォンは曖昧に頷く。用があるというのなら、何で今ここで尋ねないのだろう?
わざわざ部屋へと呼び出す理由が思いつかない。
それを察したのか、カリアンは理由を述べた。

「さっきも言ったけど、これは個人的な用件でね、私用だよ。だけど、君にも深く関係している。あまり遠回しな言い方もあれだから素直に言うけど、フェリのことさ」

「……………」

「君とフェリとの関係は理解しているよ。この間は不覚にも取り乱してしまったけど、やはりあの子の兄として、君とは一度話し合う必要があると思ってね。まさか遊びと言う訳じゃないだろう?」

『遊び』と言う単語に、一瞬だけカリアンの視線が鋭くなった気がした。
一般人だと言うのに、熟練の武芸者に匹敵するほどの殺気をその瞳に宿している。
僅かに動揺するレイフォンだったが、カリアンの問いかけにはハッキリと返答した。

「はい」

「ならいい……さて、フェリのことに関してはまた夜にだけど、話は以上だね。廃貴族のことはやはり気になるけど、打開策が思いつかないのだからしょうがない。とりあえず今は、現状維持だね」

「……ですね」

「ご苦労。退室してもいいよ」

「では、失礼します」



そんなやり取りが行われ、現状に至る。



「なるほど、兄に呼ばれたんですか」

「そうなんですよ。あ、フェリ、皿を取ってくれますか?」

「はい」

夕方、カリアンの呼び出しより少し早いが、レイフォンはカリアンとフェリの住むマンションを訪れ、夕食を作っていた。
今日のメインは鶏肉のソテー。フライパンで炒められた肉の香ばしい匂いがキッチンへと広がる。
レイフォンは、フェリの用意してくれた皿に盛り付けをしながら話を続ける。

「前回、生徒会長にはあんな所を見られましたから、何時かこんな日は来るだろうなとは思っていました」

「そうですか……フォンフォン、ひとついいですか?」

「はい?」

フェリの問いかけ。それに対してレイフォンは相槌を打ち、続きを促した。
どこか戸惑いつつも、フェリは口を開いた。

「フォンフォンは私のことを……どう思っていますか?」

「へ……?あの、今更何を?」

その問いかけに、レイフォンはフェリが何を考えているのか分からなかった。
だが、彼女の瞳は真剣であり、どこか深刻そうにレイフォンのことを見詰めている。
そんなフェリの対応に戸惑うレイフォンだったが、ならば自分も真剣に、素直にフェリの問いかけに答えた。

「僕にとってフェリは、とても大切な人です」

「……そうなんですか?」

「そうですよ?」

「……遊び、なんかじゃありませんよね?」

「怒りますよ?」

フェリの不安そうな問いかけに、レイフォンは僅かにむっとした。
カリアンも言っていたが、フェリとの関係が『遊び』なわけがない。レイフォンがフェリのことを愛しく想い、恋しく想うのは何時だって真剣だ。
マイアスにいた間もずっとフェリのことを考えており、ずっとフェリに会いたかった。この気持ちが遊びなんて想いで生まれるわけがない。
レイフォン・アルセイフは本気でフェリ・ロスのことを本気で愛しており、だからこそ、その想いを否定されるようなことを言われればむっとくる。
自分の想いがフェリには通じず、一方通行なのではないかと不安になるからだ。

「フェリは遊びのつもりなんですか?」

「そんなわけありません!」

意趣返しのつもりでレイフォンの言った言葉に、フェリは慌てて否定した。
その反応に思わず驚くレイフォンだったが、フェリの言葉を聞き、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

「ならいいです」

「いえ、あの……そうではなくてですね……」

料理の盛り付けを終え、フライパンを片付ける。
そんなレイフォンの背中を見詰めながら、フェリは困り果てたように言葉を捜していた。

「フォンフォンは私のことを……どこまで想っていてくれてるのか気になりまして……」

「あの、意味が分からないんですが?」

「例えばその……恋人だとか……」

「え、今まで恋人同士だと思っていたんですが、違うんですか?」

「いえいえ、そうではなくて、そうではなくて!け……け、け……」

「け……?」

顔を真っ赤にするフェリを可愛らしいと思うものの、レイフォンにはフェリが何を言いたいのかまったく理解できない。
自分とフェリの関係を問われれば、今のレイフォンは恋人と間違いなく即答するだろう。自分が彼氏であり、フェリが彼女だ。
だが、フェリはそれでは不満らしい。必死に言葉を探し続けるフェリだったが、間が良いのか悪いのか、レイフォンを呼び出した人物が帰宅してきた。

「おや、早いねレイフォン君」

陽気にキッチンに入ってくるカリアンに対し、フェリは小さく舌打ちを打つ。
そんな妹の心境など知らず、カリアンは並ぶ料理に視線を向けた。

「レイフォン君が作ってくれたのかい?悪いね」

「いえ、気にしないでください」

「お礼と言ってはなんだけど、飲み物は私が用意させて貰ったよ。今日はゆっくりして行ってくれ」

レイフォンの作った料理を褒め称えたカリアンは、小脇に抱えていた飲み物の入っているビンを取り出す。
そのラベルに書かれた文字に、レイフォンは思わず首をかしげた。

「生徒会長……それってお酒じゃあ……?」

「そうだよ」

「生徒会長自らが飲酒を勧めるとは、一体どう言う事ですか?」

ラベルには酒と書かれており、酒精解禁の学年ではないレイフォンが飲める代物ではない。
それなのに都市の長であるカリアンが酒を進めることを不審に想い、フェリは刺々しく問い質した。

「私(生徒会長)がいいと言っているんだ。このような話をする時には酒がないとね。それに、せっかくレイフォン君が夕食を用意してくれたんだ。食前酒にはちょうどいいだろう?」

カリアンが何を考えているのか、レイフォンにはまったく理解が出来なかった。
彼のペースに流されるように席に着き、3人は共に食卓を囲む。
カリアンの用意した酒がグラスに注がれ、それがレイフォンの前に置かれた。

「飲みたまえ」

生徒会長公認の飲酒に戸惑うレイフォン。進められるがままに、少しだけ口を付けてみる。
アルコールの匂いが鼻を突き、冷たい液体が喉に流れる。

「………」

「どうだい?初めての人でも飲みやすいように、甘い果実酒を選んでみたんだけどね」

「あ、はい。美味しいです」

「それはよかった」

甘味と、果実特有の酸味が口内に広がり、実際には美味しかった。
まるでジュースのように飲み易く、酒が初めてのレイフォンでも問題なく飲めた。
ちびりちびりと少しずつ飲んでいくレイフォンに対し、カリアンはグラスに注がれた酒を一気に飲み干す。
カリアンは空となったグラスにもう一度酒を注ぎ、またも一気に酒を飲み干した。
そしてまた、カリアンはグラスに酒を注ぐ。

「生徒会長、飲みすぎですよ」

「ああ、悪いね。ただ、これからする話を思うと酔わずにはいられなくてね……」

「はぁ……」

あえて酔い、酒の勢いで何かを言おうとしているカリアンをレイフォンは不審に思う。
フェリは仏頂面でカリアンを見つめ、不機嫌そうにつぶやいた。

「兄さん」

「悪いね、フェリ。だけど私も兄として、家族として放っておくわけには行かないんだ。さて、レイフォン君。君を呼んだわけだけどね……」

フェリを宥めたカリアンは、真剣味を帯びた視線をレイフォンに向けてくる。
思わず、背筋が凍ってしまいそうなほどに鋭い視線だ。何がそこまで彼を本気にさせるのだろう?
レイフォンはそんな事を考えながら、カリアンの視線と態度に息を呑む。
カリアンは酒の所為で赤くなった顔で、重々しく口を開いた。

「生徒会室でも言ったけど、フェリのことだよ。別にフェリも年頃だし、とやかく言うつもりは無いのだけどね」

「その割にはこの間、病室で取り乱していたじゃないですか」

「まぁ、とにかく」

フェリの冷ややかな視線と言葉を受け流し、カリアンは熱気を帯びた視線で言葉を区切る。
新たにグラスに注いだ酒を飲み干して、続きの言葉を吐き出した。

「学生らしい、健全な付き合いだったら何も言わないんだよ。節度を守ってくれれば、私は素直に君達のことを祝福しよう」

「はぁ……」

「だが、君達の関係は健全と言うには程遠いらしいね」

「っ……!?」

吐き出されたその言葉に、レイフォンは息が詰まった。
思い出されるのはバンアレン・デイの夜の出来事。まさかアレがカリアンにばれたのではないかと焦るレイフォンだったが、事態はそれどころの話ではなかった。

「別に舌戦がしたいわけじゃないし、回りくどく言っても仕方が無いから単刀直入に言わせて貰うよ。フェリはね……妊娠しているんだ」

「………え?」

レイフォンは言葉を失う。唖然とし、間抜けに口を開いていた。
放心した状態でフェリの方を向くと、フェリは無言で視線を逸らした。どこか怯えているようで、レイフォンの様子を伺っているような態度だ。
その仕草自体が、カリアンの言葉が真実だと告げている。

「誰の子かなんて言わせないよ。さて、その上での聞かせてもらおう」

もはやグラスに注ぐのが面倒になったカリアンは、ビンに入っている酒をラッパ飲みで飲み干してから問う。
据わった瞳でレイフォンを睨み付けるように見つめ、呂律の回らない口を開いた。

「きみゅは(君は)、ふぇるをどうしゅるつもりなのかな(フェリをどうするつもりなのかな)?」

カリアンは間違いなく酔っている。だけど、その瞳に宿っている真剣味はまるで衰えていない。
カリアンは純粋にフェリの、妹の心配をしており、そのことについてレイフォンに問いただそうとしている。
もしレイフォンが本気になれば、ツェルニでは誰も逆らうことができないだろう。彼の強さの前には、未熟な学生達などなんにもならない。実力行使に出られれば、話術しか対抗手段を持たないカリアンは瞬く間に惨殺される。
だが、そんな事は関係ないとばかりに、カリアンは怒気を含んだ視線でレイフォンをにらみつける。
レイフォンの返答しだいでは絶対に許さないと言う意志を宿した瞳で、カリアンは再び問いかけた。

「きみゅはふぇるのことを(君はフェリの事を)、どうおもっていりゅ(どう思っている)?」

「……………」

レイフォンには、すぐにカリアンの問いかけに答えることはできなかった。
貧困な頭をフル回転させ、どうするべきか、どう答えるべきなのか考える。
子供が出来てしまった。その事実に、レイフォンは思わずやってしまったと後悔した。
レイフォンの育った孤児院でも、自立する生活力を持たない少年少女が子供を作ってしまうと言うことがあった。そうなってしまえば孤児達に子供を育てるなんてことができるはずがなく、下ろすしかない。
そんな光景を間近で見て育ってきたレイフォンが、フェリを妊娠させてしまったのだ。思わず自責の念にかられてしまう。

「フェリ……」

レイフォンの言葉に、フェリの肩が震えた。
今にも泣いてしまいそうな顔で、不安そうに、まるで叱られている子供のような表情でレイフォンに問いかけてくる。

「迷惑だと言うのはわかっています……フォンフォンが不安に思うのも当然でしょうし、私も正直不安です、怖いです。でも、それでも……」

学生の身で子育てなんて出来るわけがない。
確かにツェルニでは学生結婚もでき、少数だがその間にできた子供達がこの都市で暮らしたりしている。
だけど、子育てと言うのはそんなに簡単に、学業との片手間で出来るものではないのだ。親は多大な苦労をすることになるだろう。
だが、それでも……

「私は……産みたいです。せっかく大好きなフォンフォンとの間に出来た子供なんです。私は、私は……」

産みたい。大切な人との間に出来たせっかくの子供なのだ。
愛しい人が傍にいて、愛の結晶である子供がいる。そんなありふれた日常でも、おそらくは誰もが望むであろう幸せな家庭の姿。そんな姿に、フェリ自身も憧れていた。

その反面、怖かった。子供が出来たことに当初は喜んでいたフェリだが、もしもレイフォンが反対したら?
下ろせなんて言われたりしたら?
子供が出来たのが理由で、別れようなんて言われたりしたら?
子育てと言うのは1人では出来ない。夫婦が協力し合ってこそ、子育てというのは成されるのだ。
それなのに拒絶され、別れようなんて言われた日には、フェリは支えを失い、生きる気力すら失ってしまうだろう。
ずきりと、左腕が痛んだ。高い医療技術で傷跡は残らず完治したが、フェリはレイフォンに拒絶されたら再び左腕を切り裂くかもしれない。
それほどまでにフェリは追い詰められており、瞳に涙を滲ませていた。

「フェリ……」

「あっ……」

そんなフェリに対し、レイフォンは抱きしめることで答えた。
この部屋にはカリアンがいたが、そんな事など構わない。今にも泣いてしまいそうなフェリを慰めるために優しく、だけど力強く抱きしめた。
戸惑いはあった、自責の念はあった。だけど、それでも、レイフォンは嬉しかった。
まだまだ学生の身で、これからの事に不安を感じてしまうが、最愛の人との間に子供を授かったことが嬉しくないわけがない。

「正直、僕も不安です。まだまだ学生の身で、僕なんかに父親が務まるのかなんて、今にも不安で押しつぶされそうです」

不安は確かに感じる。レイフォンだって怖い。
子供を養い、育てられる自信はなかった。

「でも……僕は腕っ節(武芸)だけは自信があるんです。これでも、天剣授受者だったんですよ?フェリと子供くらい、十分に養ってみせます」

それでもレイフォンには武芸がある。
このツェルニに来た当初は捨てようとすら思っていたレイフォンだが、今はそんなつもりなどまるでない。
圧倒的な実力を持つレイフォンは、たとえどの都市へ行こうと破格の待遇を受けることだろう。
大切な人を、フェリを護るためだったらレイフォンは戸惑わない。
グレンダンでの失敗もあり、武芸を金儲けに使うのはどうかと思うところがあったが、それは闇試合などに参加しなければよいだけの話で、生活費などを合法的に稼ぐ程度ならば何の心配もない。

「こんな時になんて言えばいいのかわからないんですけど……笑わないで下さいよ?」

決意を固め、レイフォンはフェリを抱きしめたまま、彼女の耳元で囁く。
レイフォンの胸板に顔を押し付けられているフェリには見えないが、レイフォンの顔は既に真っ赤だ。
カリアンやフェリよりも顔を赤くしており、無い頭を必死に回転させて言葉を捻り出した。

「絶対に幸せにしてみせます。世界中の誰よりも幸せにしてみせます。ですから……………僕と結婚してくれませんか?」

「っ………」

捻り出された言葉はプロポーズ。
フェリは瞳から涙をボロボロと零し、レイフォンに問いかけた。

「私……なんかでいいんですか?」

「フェリだからいいんです。他の人なんて考えられません」

悲しくは無い。泣いていると言うのに、全く悲しみなんて無い。

「本当にいいんですか?自分で言うのもなんですが、私は仏頂面で、可愛くなんてありませんよ?」

「フェリは十分に可愛いですよ。僕はそんなフェリに惚れたんですから」

嬉しいから、フェリは嬉しいから泣いているのだ。

「我侭を言って、フォンフォンを困らせるかもしれませんよ?」

「それがどうしたんですか?むしろ積極的に言ってください。僕に出来ることでしたらなんでもやりますから」

涙で視界が滲む。ずっと欲しかった。レイフォンとであって、告白されて、付き合うようになってから、ずっと彼の事が欲しかった。

「私は……念威以外何も出来ませんよ?料理も掃除も洗濯も、家事なんてまるで出来ません」

「全部僕がやります。それに、フェリだって最近は上達しているじゃないですか?」

一生傍にいて欲しかった。共に歩んで欲しかった

「フォンフォン……大好きです」

「僕もです、フェリ」

そんなレイフォンが、一生傍にいてくれると誓ってくれた。共に歩んでくれると誓ったくれた。
その言葉が嬉しくって、フェリは涙を流したままレイフォンへと顔を寄せる。
もはや何度も交わした口付け。それをフェリから行おうとして、苦笑したレイフォンに指で制された。

「フォンフォン……?」

「フェリ、僕はまだ返事を聞いていませんよ」

首を傾げるフェリに向け、レイフォンはもう一度言った。

「僕と結婚してくれませんか?」

「もちろんです」

その言葉に即答し、今度こそフェリはレイフォンの唇を奪う。
多少乱暴にしたので、レイフォンの歯でフェリは唇を切ってしまった。
その痛みに僅かに顔を歪めるフェリだったが、そんな事お構いなしにレイフォンの唇を貪る。
背伸びし、舌を絡め、吸い取るように唾液を舐める。レイフォンはフェリを抱きしめ、彼女の髪をなでる。

「ぷはっ……フェリ、大丈夫ですか?」

「ちょっと痛いです……でも、大丈夫です」

婚約してすぐの口付けは、血の味がした。
レイフォンとフェリは共に笑い合う。だが、ふとカリアンの存在を思い出して気まずそうな顔をする2人だったが……

「すぅ……んん……」

「………あのペースでお酒を飲んでいましたから」

「当然、ですね……」

レイフォンの言葉を聞いて安心したのか、カリアンは寝息を立て、夢の中へと沈んでいた。

「フェリ……幸せになるんだよ……」

酔っ払って眠っていても、真剣に妹の事を案じているようで、カリアンはフェリの名を寝言でつぶやく。
そのつぶやきにフェリは照れ臭そうな表情を浮かべて、ソッポを向きながら言った。

「ですが……感謝はしています。私だけでしたら……きっとフォンフォンには言えなかったでしょうから」

レイフォンは今更ながらに、先ほどフェリが何を言いたかったのか理解する。
『け』と言うのは『結婚』、または『結婚を前提にした付き合い』と言う事だろう。
レイフォンは愛おしい婚約者を抱き寄せ、もう一度耳元で囁いた。

「大好きですよ、フェリ」

その言葉にフェリは照れ臭そうに、だけどとても幸せそうな表情で返答した。

「私もです。大好きです、フォンフォン」

2人は恋人から婚約者へとなり、とても幸せそうに微笑み合うのだった。




































あとがき
前回の更新から結構な時間が……
言い訳をさせてもらいますと、バイト先の飲食店が年末年始で大変忙しかったです。
最近、やっと暇になってきましたが大変でした。それに成人式のイベントなどで……今月は本当に忙しかったです。
更新が滞っていた理由が、決してゲームをしていたからなんてものじゃありませんよ(汗
嘘です、ごめんなさい。ゲームもしてました。ですが、今月が忙しかったのは本当です(滝汗

さて、久しぶりの本編ですが少し短めです。
プロローグですし、婚約辺りを題材にしてみました。今回の7巻編はレイフォンとフェリの関係がキーポイントですからね。
それに区切りが良いという理由で、今回はここまでとなっております。
なんにせよ、今年初の更新。もう18日ですね……(汗

それから本来、とあるの一方さん作品の短編とか載せたかったんですが、忙しすぎて全く準備が出来てません(汗
次の更新辺りにはがんばりますので、それまでお待ちください。

それでは、今回はこの辺で失礼します。今年度もフォンフォン一直線をよろしくお願いします。



[15685] 番外編3
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:568454dd
Date: 2011/02/28 23:00
とある日のリフォン
















リフォン・ロス。
レイフォン・ロスとフェリ・ロスを両親に持ち、優秀な念威の才能を持つ少女である。
大家族であるロス家の長女であり、表情の変化に乏しいところが玉に瑕だが、才色兼備の完璧超人。
実家はサントブルグでも名高い名家であり、所謂お嬢様。

「ロスさん!僕と付き合ってください」

そんな少女故に同年代の少年達から人気が高く、ほぼ毎日のように異性から告白を受けていた。

「一目見た時から好きでした。あなた以外の人なんて考えられません。僕と付き合ってください」

相手はリフォンと同い年の少年である。クラスは違うが、彼女が通う高等部では少女達にかなりの人気を持っていた。それなりに実力のある武芸者らしく、容姿も申し分ない。
文武両道を地で行くとの事などで、それも人気の一端となっているのだろう。

「ごめんなさい」

「なっ……!?」

だが、そんな人物の告白だと言うのに、リフォンは即答で断りを入れた。

「僕のどこが駄目なんですか?嫌なところがあるなら言ってください!すぐに直しますから」

彼女の即答を少年は納得できず、どこが気に入らないのかリフォンに問い質した。
自分で言うのもなんだが、少年は自分に自信を持っている。
学年でもトップクラスの知力と、大人顔負けの武芸の才。容姿にしたって平均以上ではあると自覚しているだけに、あっさりと一蹴したリフォンの言葉に納得できなかった。

「別に不満はありませんよ。ただ、私には既に心に決めた人がいると言うだけです」

「誰なんですかそれは!?」

想い人がいると言うのなら仕方ないと言う気持ちにもなる。
だがその人物が、自分より彼女に相応しいと思えなければ納得できない。
他人がとやかく口を出すべきではないだろうが、どこの馬の骨とも知れない輩が自分の惚れた女性と付き合うのは面白くないからだ。

「その人は……」

「その人とはそう、この僕!レイリー・ロふぅ!?」

想い人の名を言おうとしたリフォンの言葉に被せるように、長い銀髪を後ろで纏めた少年が乱入してくる。
リフォンと瓜二つと言っても良い容姿をした少年、双子の兄であるレイリーだ。
だが、レイリーが名乗りきるよりも早く、リフォンは何時の間にか復元していた重晶錬金鋼でレイリーの頭を殴り飛ばした。

「痛い!物凄く痛い!!頭が割れるように痛いィィ!!って……ぐふっ!?」

「少なくとも『これ』ではありませんので」

「は、はい……」

転げ回っているレイリーの顔を踏みつけ、リフォンは少年に忠告する。
忠告された少年は呆けており、口をぽかんと開けたまま思考が停止してしまった。

「私が好きな人はレイフォン・ロス。お父様です」

「え……?」

だが、止まった思考はすぐに動き出す。
リフォンは冗談の類ではなく、本気で父であるレイフォンが好きだと言ったのだ。
それが意外であり、少年は呆気に取られながらも言葉を吐き出した。

「ちょ、ちょっと待ってください!?お父さんって……リフォンさん、貴方ファザコンなんですか?」

「はい」

「え、ええ!?ちょ、えええ……?」

少年の問いかけに、リフォンはまたも即答する。
明らかになっていくリフォンの性癖に、少年は歪んだ表情で苦笑を漏らした。

「馬鹿げている……父さんが好きだなんて。そんな想い、叶うわけがない!」

「失礼ですね、貴方は。私が誰を好きで、どう思っていようが関係ないじゃありませんか?」

「関係はあります!」

リフォンは少年に興味がない。だから少年を突き放すように、冷たくあしらった。
それでも少年はリフォンを真っ直ぐと見つめ、一途な視線で宣言した。

「僕は本気でロスさんが好きなんです。貴方に他に好きな人がいて、その人が貴方に本当に相応しい人だったら僕は諦めます。ですが貴方が好きなのはお父さんじゃないですか!?そんな叶わない恋を応援するわけには行きません」

「誰も応援してくれなんて頼んでいませんけど?」

「それでも、です!僕はそんな恋愛、認めるわけにはいきません」

「ですから、認める認めない以前に、貴方にはまったく関係のないことでは?」

話がかみ合わず、リフォンと少年の想いは見事に行き違っていた。
それでも少年はリフォンのことを真剣に考えているようで、彼女のファザコンと言う性癖を補正しようとしていた。
それをリフォンが心底迷惑だと思っていても関係ない。少年はそれこそが、リフォンに惚れた自分の使命だと認識する。

「さっきからお前は何を言っているんだ?リフォンは僕とラブラブなんだ……ぶっ!?」

「レイリー兄さん、いい加減にしないと念威爆雷で塵すら残さずに消し飛ばしますよ?」

「すび、まへん(すいません)……」

「さて……」

不穏なことを言おうとしたレイリーの顔をもう一度踏み直し、リフォンは顎に手を当てて考える仕草を取った。
正直、めんどくさい。告白を毎回断ることも面倒に感じていたし、その中でもこういった熱いタイプはリフォンの苦手とするタイプだ。
仮に彼女がファザコンでなかったとしても、彼のような性格の少年と付き合うなんて事はまずありえないだろう。
これで『はい、さようなら』と立ち去っても良さそうだが、付き纏われでもしたら溜まったものではない。
自分に付き纏う変態は、レイリー1人で十分すぎる。

「……わかりました、お付き合いを考えてもいいですよ」

「……え?」

「へぶっ!?」

唐突につぶやかれたリフォンの言葉に少年は驚愕し、レイリーは思いっきり目を見開き、少年以上の驚愕の表情を浮かべていた。
リフォンに踏まれた状態で『レストレーション』と錬金鋼の起動鍵語をつぶやく。使用目的はもちろん、驚愕している少年を惨殺するためだ。
リフォンは冷静にレイリーの手を踏みつけ、錬金鋼を遠くに蹴り飛ばしたところで話を続ける。

「ですが条件があります。貴方がその条件を満たし、私を納得させることが出来たら付き合ってもいいですよ」

「条件……?」

条件と言う言葉に、少年はごくりと唾を飲む。
対するリフォンはどこまでも冷静で、冷酷に、感情を感じられない声音で条件を述べた。

「私がお父様に憧れる理由は、単純に強いからです。あの大きな背中に、私は惹かれるのでしょうね」

「はぁ……」

「そこで、もし貴方の背中がお父様より大きかったら?お父様より強かったら?もしかしたら、私は貴方に惹かれるかもしれません」

「それはつまり!?」

「ええ……」

リフォンは笑った。変化の乏しい表情だが、それでも確かに笑った。
クスクスと、とても冷たく、妖満で美しい笑顔を浮かべていた。

「貴方がお父様に勝てるようでしたら、お付き合いを考えてもいいですよ?」

「それは本当ですね?」

「ええ、私は嘘は言いません」

少年はリフォンの言葉に確認を取り、リフォンはこくりと頷く。
それを確認し、少年はどこまでも熱く、そして真っ直ぐな視線をリフォンへと向けた。

「ロスさん。僕はやります、見ててください!貴方のお父さんを倒し、その目をきっと覚まして見せます!!」

「ええ、頑張ってくださいね」

「うおおお!やってやる!!」

少年は大声で宣言し、全力で去って行った。
おそらくはリフォンの父、レイフォンに挑戦に行ったのだろう。それがどれほど愚かなことかも知らずに。

「……………悪魔?」

「あら、レイリー兄さんはずいぶん酷い事を言いますね?」

クスクスと笑っているリフォンに、レイリーは彼女の足元で戦慄さえ覚えていた。
少年は知らないのだろうか?自分達の父である、レイフォン・ロスの全力を。
確かに少年は、同年代にしてはかなりの武芸の才を持っているだろう。レイリーや他の兄弟達には及ばないまでも、それでもかなりの才能を持っている。
だがそんなもの、あの父の前ではかすんでしまう。本当の本気、全力を出したレイフォン・ロスの前ではかすんでしまう。
敵対すること、相対することすら馬鹿馬鹿しい。あんな化け物を止められる人間など、自分達の母親であるフェリ以外ありえない。

「一応言っておきますが、私はお父様の強いところだけが好きではありませんよ。あの優しさ、あの暖かさ、お父様の声、上げればキリがありませんが、お父様の全てが好きなんです」

「いや、それはどうでもいいんだけどさ……あいつ、一歩間違えれば死なない?」

「お父様が手加減を仕損じる訳がありません。半殺しくらいで済むんじゃないんですか?ついでに静かになってくれると良いんですけど」

レイリーはリフォンの言葉に鳥肌が立った。
圧倒的な力を持つ父のことも恐ろしいと思うが、それ以上にSっ気全開のリフォンの方が恐ろしかった。
先ほどから歯がカチカチと音を立て、気温的には寒くないのに悪寒を感じてしまう。

「だけど、そんなリフォンが素敵なんだよね。小悪魔的で、相変わらず可愛いよ」

「まったく嬉しくありませんが、ありがとうございます。ところでレイリー兄さん、貴方ももしお父様を倒せれば私はお付き合いを考えても良いですけど、どうします?」

「はは……遠慮しときます」

「そうですか。まぁ、レイリー兄さんの場合はまずはお父様よりもレイを超えないといけませんからね。弟に負ける兄なんて格好が付きませんよ?」

「まったくだね……ところでリフォン」

レイリーはリフォンの言葉に適当な相槌を打ち、あることを清々しい笑顔を浮かべながらつぶやいた。

「今日のパンツは白なんだね。うん、純白の白は君に良く似合う。ホラ、僕のここなんて興奮してこんなにおっきく……あ、あああああああああああああああああっ!!?」

実の妹の下着に性的欲求を感じ、体のある一部分を膨れさせるレイリー。
リフォンは膨れたその部分を思いっきり踏み潰し、サントブルグには醜い絶叫が響き渡るのだった。













































あとがき
ファザコンリフォンと、レイリーの変態的な日常の一コマ。
名も無き少年には合唱ですねw
リフォン、お父さん大好きです、レイフォンが大好きなんです。
でもレイリーは嫌い。お兄さん、哀れw
まぁ、彼の場合は変態的な性格を直さないと無理ですね。

ちなみにレイリー、決して弱くは無いんですよ。大体ハイアクラスですね。
でも家族内の実力では

レイフォン>>>越えられない壁>>>レイ>レイリー>>>(その他)

って感じですね。レイフォンがずば抜けてますが、兄妹では次男のレイが最強です。
レイは天剣になった当初のレイフォンクラス。マジで戦えばレイリーに勝ち越します。
最もレイリーの場合、リフォンにはどうやっても敵いませんw



[15685] 50話 都市戦の前に
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:ac0567ae
Date: 2011/01/29 11:46
あれからいろいろあった。
レイフォンがフェリにプロポーズし、婚約者となってから既に一週間以上の時が流れている。
潜入部隊の選考試験を兼ねた小隊同士の紅白戦が行われ、いよいよ近づいて来た武芸大会の準備や訓練に追われる日々だが、現在のレイフォンにはそんな些細なことを気にする余裕はない。
ニーナ辺りが聞けば激怒しそうだが、武芸大会なんてものはレイフォン1人いればどうとでもなる。単騎で敵地に乗り込み、制圧することなど簡単だ。学生武芸者がどう抗おうと、レイフォンを止める事は出来ない。
故にそんなことよりも、レイフォンはこれから先のことについて考えていた。

「全体的に見て、やはり基礎が足りませんね。傭兵団にある程度は鍛えられていたようですが、そもそも短期間で付くものではないので……」

そう言いながら、この言葉を何人聞いているのだろうと思いながらレイフォンは体育館を見渡した。
死屍累々。実際に死んではいないが、50を越える学生武芸者達が地に倒れ伏している。
これを行ったのは、言うまでもなくレイフォンである。

「えっと……それじゃあ、時間は少し早いですけど……今日はこれまでにします」

言うなれば講師だ。学園都市というのは住人の殆どが学生であるため、講師や教師役も学生が行う。
本来なら講師や教師役を上級生が行い、下級生を教えるのだが、レイフォンの場合は逆だ。
レイフォンは1年生の下級生で、上級生をも教えている。
もっとも教えているとは言っても、今回やったのは乱取りだけだ。その乱取りで、大半の者達がレイフォンの手により全滅している。

「次からは基礎訓練を取り入れた方がいいかな?基礎が充実していれば全ての能力が上がるし……それを踏まえてメニューを組んでみようかな?」

今回は最初の授業であり、様子見。レイフォンは次回の授業について考えながら体育館を後にする。
この教師の真似事は、前回の汚染獣戦でレイフォンの実力が武芸科全体に露見してしまったことから始まった。
汚染獣を圧倒する、レイフォンの並外れた実力。それを目の当たりにした学生武芸者はレイフォンの強さに見入られ、訓練をつけて欲しいという者が出てきたのだ。
それも下級生だけではなく上級生も。上級生の数はそれこそ少数だが、それでもプライドの高い武芸者が頭を下げ、レイフォンに訓練をつけて欲しいと頼み込んできたのだ。
それほどまでにレイフォンの実力はずば抜けており、後のないツェルニのために何かしたいと思う学生が多いと言うことだ。

だが、レイフォンは当初、この申し出を断ろうと思っていた。
小隊の隊長であるニーナの仲介により訓練を頼んでくる者もいたが、そんなことレイフォンには関係がない。
フェリと婚約者と言う立場になったために現在のレイフォンは多少、いや、かなりの色惚けをしていた。
廃貴族の所為でフェリとはずいぶん離れていたため、その間の日々を取り戻すようにレイフォンはフェリを求めていた。
フェリもそんなレイフォンを拒まず、むしろフェリ自身もレイフォンのことを求めているために歯止めが利かない。
だからこそ、レイフォンはフェリとの甘く、濃密な日々を削るようなことはしたくなかった。いくらニーナの仲介でも、教導をやるつもりはまったくなかった。
だけど婚約し、結婚するとなれば何かと物入りでもある。フェリの実家が裕福で、カリアンが何か困ったことがあったら支援すると言っていたが、紐と言う立場は男としてどうかと思う。
幸い武芸の腕には自身があるし、学費などはカリアンが施したAランクの奨学金で免除となっている。もともと無趣味で、機関掃除の就労で得た給金も生活費を除いてほぼ全てが貯金されており、レイフォンは経済的に余裕があった。
だが、それだけでは足りない。やはり婚約となるからには指輪は買いたいし、結婚式だって挙げたい。カリアンは既に結婚式のパンフレットを用意し、どれがいいなんてレイフォンに訊ねて来た。
結婚式に掛かる費用の支援はともかく、最低でも指輪と生活費に関しては自分で稼ぎたい。
小隊に入っていることで貰える報奨金と、機関掃除の就労で得る給金。だが、正直言ってそれだけでは心許無い。
子供だって生まれるのだ。お金は幾らあっても困ることはないだろう。
そんな時に来たのが講師の話であり、引き受ければそれなりに報酬も出すとカリアンが言ったためにレイフォンは即答で引き受けた。
給金をもらうからにはレイフォンも真剣で、人に教えるのは苦手だが、それでも一生懸命頑張ろうと決意した。
初日の今日は少しだけやりすぎてしまったが、この反省を次に活かせれば幸いだろう。

「フォンフォン、終わりましたか?」

「はい、終わりましたよ」

次回の教導について考えるレイフォンだったが、かけられた声にその思考は飛散する。
その声の主は今更言うまでもない。レイフォンのことを『フォンフォン』と呼ぶ人物は1人しかいない。

「待たせてすいません」

「まったくです。待ち過ぎてくたびれました」

教導は3日に1回、放課後に行う予定である。
レイフォンとフェリは一緒に帰るのが日課となっているため、ずいぶんフェリを待たせてしまった。

「本当にすいません。帰りにケーキを奢りますから」

「私は子供じゃないんですよ。そんなもので釣られると思いますか?」

「えっと……それじゃあ、どうしましょうか?」

「それを言わせますか?」

困り果てるレイフォンの様子を見て、フェリは含み笑いを浮かべる。
意地の悪そうで、だけどとても優しそうな、矛盾した笑みだ。

「人目は……ないですよね?」

「私は念威繰者ですよ。辺りを探ることでしたらフォンフォンより上です」

察したレイフォンはキョロキョロと辺りを見渡し、フェリに確認を取る。
その答えを聞き、レイフォンはフェリを抱き寄せた。顎を軽く手で持ち上げ、上を向かせる。
既に何度もした行為であり、両者共に動揺はない。最初は互いの気持ちを確かめ合うような行為だったが、もうそんな必要などまったく無かった。
ただ相手を、愛おしい人を感じたい。そのための行為。
唇を重ね、舌を交じり合わせる。唾液が熱く、その熱に中てられたように頭がボーっとする。

「……………」

「………」

熱くなった頭を冷ますように、暫し無言となるレイフォンとフェリ。
その空気を払拭するために先に口を開いたのは、フェリの方だった。

「では、ケーキを食べに行きましょうか」

「え、結局行くんですか?」

「ええ、私は子供ではありませんが、甘いものは大好きです」

「はは……」

レイフォンは苦笑を浮かべ、フェリの要望どおりに喫茶店へ向かうのだった。





































「……………」

その日、ハイアは1日中考え事をしていた。
ミュンファが話しかけても何も答えず、黙々と考え事をしていた。
そんな様子に、ミュンファはそれ以上言葉をかけることができなかった。
普段なら気軽に声をかける他の傭兵達も、ハイアのこの様子には遠慮を感じていた。
傭兵団は職場でもあり、家族でもあった。
独自の放浪バスを使って長い旅をし、どこかの都市に雇われて戦い、そしてまた護ってくれるものの存在しない汚染物質の漂う荒野を進む。
傭兵団はひとつの運命共同体であり、それだけに仲間達の間には家族に似た濃いつながりが生まれてくる。それも当然だ。衣食住共に過ごし、命を懸けて共に戦う。それ故に強固な絆が出来、血はつながって家族と言っても申し分のない関係が出来上がるのだ。
ハイアは若い。先代の団長、リュホウに拾われ、サイハーデンの刀術を学び、リュホウの死後、団長と言う立場を継いだ。
その間、傭兵団のほとんどのものがハイアの成長を見てきた。彼らはハイアに若き長であると同時に、我が子、弟のような感情を抱いていた。
そんな彼らが、ハイアのそんな様子に声をかけることもできないのだ。
ハイアはずっと、放浪バスの屋根の上で座り込んでいた。あぐらを掻き、誰も寄せ付けない。
ハイアは都市に滞在している時、時間があれば何時もこの場所にいた。
都市の用意する宿泊施設を使うことは少なく、好んで放浪バスに残っていた。
何時もはその隣に当たり前のように立っているミュンファも、今日はハイアに近づくことすら出来ずにその背中を見つめていた。

「そっとしておけ」

乾燥した機械音声の言葉を聞き、ミュンファは振り返った。背後にはフェルマウスが立っていた。
この人物は傭兵団の念威繰者にして、リュホウの相棒として戦歴を重ねた古強者であり、ハイアの後見人的立場でもある。

「フェルマウスさん、なにが……」

その人物に、ハイアが不機嫌そうな理由を尋ねてみる。
昨日は機嫌が良かったのだ。未だに続いているツェルニの1年生への教導をミュンファに押し付け、『レイフォンに喧嘩を売ってくるさ~』と笑って言い、帰ってきた時にはフェリとの甘い関係に中てられて戻ってきて、それでも笑いながら、『レイフォンは絶対尻に敷かれるさ~』なんて言っていた。
それなのに、一夜明けてみればハイアはじっと押し黙り、放浪バスの屋根の上から動こうとしない。

「朝早く、本国から手紙が来た」

フェルマウスの言う本国とはグレンダンのことだ。
サリンバン教導傭兵団は都市に金で雇われる武芸者集団だが、何よりも優先しなければならないグレンダン王家からの密命、廃貴族の探索と捕縛だ。
そハイアは廃貴族を発見したと言う手紙をグレンダンへ送り、おそらくその返事が、今朝返ってきたのだろう。

「本国は、なんて言ってきたんですか?」

「わからない」

ミュンファの問いかけに、フェルマウスは仮面で隠した顔を左右に振る。

「読んだハイアが握りつぶしてそのままだ」

手紙を握りつぶしたと言うことは、その内容がハイアに怒りを感じさせるものだったのだろう。
何を考えているのかはわからないが、ハイアが不機嫌なのは間違いなくそれが原因だ。

「少し、時間を置こう」

フェルマウスの手がミュンファの肩に置かれ、放って置くように促す。
ミュンファは後ろ髪を引かれる気分で何度も振り返りながら、ゆっくりとハイアの元を去って行く。
ハイアはずっと都市の外を見つめ続け、その場から動こうとはしなかった。







































「最近さ、やっぱり気まずいよね」

「仕方ないさ……あんなことがあったんだ」

教室で、ナルキとミィフィは深刻そうな会話を交わす。
その内容は、最近気まずい雰囲気が続いているレイフォンのことに関してだ。

「ナッキも辛いでしょ?小隊の訓練で毎日レイとんやフェリ先輩と顔を合わせるしさ」

「別に2人が悪いわけじゃないんだがな……正直辛い。胃に穴が開きそうだ」

「そうだよね、こればっかりは……」

ナルキがレイフォンの過去を問い質そうとし、それをフェリによって阻止された。
その口論の際に、話の流れでメイシェンがレイフォンのことを好きだと言ったが、レイフォンには既にフェリがおり、彼女の気持ちにこたえることは出来なかった。そんな事があったのだ。

だが、それだけならばまだ良かった。失恋のショックは受けるだろうが、それだけならば少しの時間でメイシェンは立ち直ることが出来ただろう。
彼女の目の前でレイフォンとフェリは口付けを交わしたらしいが、それでも今のように落ち込むことはなかっただろう。
問題はその後、レイフォン達を襲った不幸な事故が原因だ。
都市の地盤が急に崩れた崩落事故に巻き込まれ、メイシェンはレイフォンとナルキに助けられて無事だったが、そのレイフォン自身が大怪我を負ってしまったのだ。
ナルキやミィフィがレイフォンのお見舞いに行ったこともあったが、フェリの刺すような視線に耐えられず、話したいことも話せなかった。
そしてメイシェンは、自分自身のことを責め続けていた。

もし、自分がレイフォンの過去を知りたがったりしなければ?
もし、あの場所にレイフォンを呼ばなければ?
そうすればレイフォンは怪我をしなかった。つまり、レイフォンが怪我をしてしまったのは自分の所為だ。
自分の好奇心が、レイフォンを危ない目に遭わせてしまった。
そう思い込み、傷つき、メイシェンは部屋に引き篭もる。学校は休みがちとなり、家から一歩も出ない。
それどころか食事すらまともに取らないようになり、メイシェンは日々やつれていた。
そんな親友の姿を見るのは、とても辛い。

「メイっちはあんな状態だからご飯も作ってくれないし、最近ロクなものを食べてないよ」

「ミィ!」

「冗談だって。そんなに怒んないでよ」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ」

「うん……ごめん」

この辛気臭い空気を払拭するために茶化すように言うミィフィだったが、ナルキの怒りに染まった形相に反省する。
今のメイシェンは、とても家事が出来る状態ではない。ナルキはちょっとした料理なら出来るが、腕は格段にメイシェンより落ちるし、そもそもミィフィは料理なんてまったく出来ない。
最近はレトルト食品や、自分達で作った不恰好な食事が食卓へと並んでいた。

「レイとんやフェリ先輩と会話をする機会もめっきり減っちゃったし、これからどうなるんだろうね?」

「さぁな。だけど、多分……関係の修復はもう無理かもしれないな」

「かもね……」

あんなことがあったのだ。これまでどおりに会話を交わし、一緒に昼食を取るなんてことはできなくなってしまった。
隔たりができてしまい、一緒にいるだけで気まずい雰囲気が絶えない。
レイフォンやフェリのことが嫌いなわけではないし、友人と言う関係が終わってしまうわけではないが、これまでどおりにすごすことは出来ない。それが悲しかった。

「………ごめんね。私が何も考えないであんなことを言ったから」

「いや……フェリ先輩に言われたように、あたしも興味や好奇心があったから……」

メイシェンが知りたいと望んだ。
ミィフィは特に何も考えず、聞いてみればいいと無責任なことを言った。
ナルキも好奇心を隠せず、実際にレイフォンに問い質してしまった。
今更後悔しても、壊れてしまった関係は元には戻らない。どんなに悔やもうとも、事態は解決しない。

「あ……」

「訓練が始まったな」

突如、廊下の非常ベルが鳴り響いた。ナルキの言葉どおり、これは訓練だ。
武芸大会が近づいているとはいえ、何も訓練を行うのは武芸者だけではない。一般の生徒だって訓練を行う必要がある。
それはシェルターへの避難訓練。都市戦は都市のほぼ全てが戦場となるため、一般人は速やかにシェルターへ避難する必要があるのだ。
今まで汚染獣戦で、何度か実際にシェルターに避難する機会はあった。だが対汚染獣戦と対都市戦では対応が違う。
都市のほぼ全てが戦場となるのだ。避難中に誤って自軍の罠に懸かってしまったら笑い話にもならない。
そのためにこの訓練は、とても重要なことであった。

「気を付けろよ」

「訓練なんかで怪我するわけないじゃん」

ミィフィは無理やりにでも笑ってナルキを送り出そうとする。
ナルキは教室の窓を開け、そこから外へ飛び出した。
武芸者の身体能力をフルに使い、屋根から屋根へ飛び移りながら目的の場所へと向かう。
ナルキの他に何人も屋根を跳び、目的地へと向かう武芸者がおり、その光景は壮観だった。

先ほど流れた放送によると、敵都市が外縁部のB区から接近しており、あと1時間で接触すると言う設定らしい。
視界が開けた場所で発見できれば数日単位で余裕が出来るのだが、山岳地帯などが邪魔で発見が遅れてしまう場合もある。今回の訓練はそんな場面を想定している。
武芸者達は接触点であるB区へと向かい、そこで迎え撃つための準備をする。当然ナルキもそこに向かっているわけだが、そんな彼女を追う存在がいた。

「やあ、ナッキ」

「レイとん……と、フェリ先輩ですか」

レイフォンとフェリだ。
そもそもナルキは、1年生でありながら上級生顔負けの内力系活剄を持っている。そんな彼女を追える人物は同年代では限られてあり、その1人であるレイフォンはフェリを抱えながら余裕で付いて来ていた。
レイフォンは念威繰者で、一般人とあまり身体能力の変わらないフェリを拾ってきたのだろう。俗に言うお姫様抱っこと言う抱え方でしっかりとフェリを支え、人1人抱えていると言うのにあっさりとナルキを追い抜こうとしている。
それに意地となってしまい、ナルキは速度を速めた。レイフォンはフェリを抱えているために全力は出さず、ナルキの後を追うように跳んでいた。

「……………」

「……………」

その間、会話はなかった。気まずいが、同じ第十七小隊に所属しているのだ。向かう場所が同じなため、この気まずい雰囲気は道中ずっと続く。
その雰囲気を何とかしたいと願うナルキだったが、彼女にはどうすればいいのか分からなかった。
そんな中、先に口を開いたのは意外にもフェリだった。

「ナルキ……メイシェンは大丈夫ですか?フォンフォンの話だと、最近学校にも来てないようですが?」

「え、あ、はい!?その……正直、あまり大丈夫じゃありません」

まさかフェリに声をかけられるとは思わず、ナルキは呆気に取られながらも素直に返答する。
フェリは無表情だったが、レイフォンには分かった。彼女が、メイシェンのことを気にしている。

「……その、私も大人気なかったです。あの時はつい感情的になりすぎてしまって……」

「いえ、そんな。私達の方こそ、余計な詮索を……」

「それもそうですね……ですが、一応あなたから伝えて置いてください。あの時は悪かったと」

「………はい」

フェリは平然を装っているつもりなのだろうが、レイフォンからは顔を赤くしているフェリの表情が良く見える。
思わずにやけてしまい、レイフォンの表情は緩んでいた。

「フォンフォン?」

「すいません」

フェリに不機嫌そうな視線を向けられ、レイフォンはすぐさま表情を引き締める。
本番はまだ先とはいえ、今は訓練中だ。レイフォンの実力を考えればまず負けることはないが、それでも緩んでしまった気持ちを引き締める。
メイシェンのことは確かに気になる。彼女の想いに答えることは出来ず、フェリを選んだレイフォンだが、だからと言って友人のことをどうでもいいと思えるレイフォンではない。
少なからず負い目や、気がかりを感じていた。

(大丈夫かな?)

メイシェンの心配をすると同時に、レイフォンは見えてきたB区の外縁部に視線を向ける。
今回は訓練のため、都市の姿はどこにもない。
だが武芸大会の日は、ツェルニの命運を懸けた武芸大会はすぐそこまで迫っていた。






































ハイアは1人で、人気のない場所を歩いていた。傭兵団の団員達が心配そうにハイアの様子を窺っていたが、そのような視線などハイアの実力なら簡単に誤魔化すことが出来る。
ハイアは現在、誰にも言わず、誰も連れずに都市をさ迷っていた。

ハイアの頭の中には、今朝届いたあの手紙の内容が何度も繰り返される。
グレンダンの女王、アルシェイラ・アルモニスの署名がなされた手紙には、今までのハイア達サリンバン教導傭兵団の働きを褒め称え、労い、グレンダンに戻るのならば相応の報酬と地位を与えると約束した。
その後に書かれた最後の一文。それがハイアを不機嫌にさせた理由だ。

『そちらに剣を1振り送る。後のこと、その剣に任せよ』

「ふざけるな」

思い出し、ハイアは怒りの混じった声でつぶやいた。
それは、ハイアに廃貴族の捕獲が出来ないと判断されたと言うことだ。だが、その判断がハイアを侮って下されたものだとは考えづらい。
もし、ハイアが手紙を受け取る立場だとしたら、発見の報のみが書かれた手紙を送られたらそう考えるかもしれない。
何時届くか分からない手紙だ。発見と同時に捕獲をするために行動すべきであり、そのためにサリンバン教導傭兵団はグレンダン王家より自前の放浪バスを与えられている。
それなのに、手紙には廃貴族の発見のみしか書かれていない。捕獲に失敗したと取られても仕方がないし、実際にそうだ。
それからツェルニで見つけたと言う事実が、そうなる原因の一つでもあっただろう。
追い出した天剣授受者がどこにいるかなんて、当然王家は把握しているはずだ
レイフォンが阻止する側に回ったと考えられたか?
元とはいえ天剣授受者の、レイフォンの相手は荷が重いと判断されたか?
そして、傭兵団がレイフォンに負けたと判断されたか?
だからこそ、剣を1振り、天剣授受者を1人送ることを決めたのか?

「俺は、負けたつもりはないさ」

何時もの『俺っち』などと言うふざけた言い方はしない。
怒りを露にし、低くつぶやき、拳を握り締める。
確かに一度戦い、ハイアは敗北した。ミュンファが助けに来なかったら少しだけやばかっただろう。
だが、ハイアは生きている。生きているならば負けたわけではない。
それが、ハイアの考え方だ。傭兵と言う立場で、都市から都市に、戦いから戦いに転々とする生き方で培った考え。
ハイアが生きているのは、レイフォンがハイアを殺せなかったのは、彼が甘いからだ。
若くして天剣授受者という、グレンダンで最高位の地位と名誉を得ながら、その甘さが原因で地位を奪われ、汚名を被り、都市を追い出された。
そして、その甘さがレイフォンに刀を握らせない。彼の本領であるサイハーデンの刀技を使わせない。
そんな奴に負けるはずがない。

「そろそろ、遊びの時間は終わりさ」

決着をつけなくてはならない。手紙はおそらく、天剣授受者と同じ時期にグレンダンを発ったはずだ。
同じルートを辿らなかったために逸早くツェルニに届いたのだろうが、それはつまり、天剣授受者がすぐ傍に来ていると言うことでもある。
天剣授受者同士の戦いが起きるのか?
その戦闘を直に見てみたいと思いはするが、そんな考えはすぐにかき消される。
レイフォンと戦うのは、倒すのは自分だ。
廃貴族は譲ってもいい。正直、グレンダンが固執する廃貴族にハイアは何の魅力も感じていない。天剣授受者が来るなら、そちらは好きにすればいい。
だが、レイフォンは駄目だ。あれは自分の獲物だ。誰にも渡さない。

レイフォンを倒す、そのことのみ考える。
そうすることで、胸の奥に燃える炎がすっきりしたものになる気がした。
アルシェイラから受けた侮りに対する怒りの炎が胸元から消え、レイフォンへの敵愾心のみに収束していくからだろう。

(どちらにしたって、気持ちのいいもんじゃないさ)

皮肉げに唇を歪ませる余裕も出てきた。
どちらであろうと、怒りのみで何も考えられなくなっていた時よりも遥かにましだ。
放浪バスの上でじっと動かなかったのは、怒りに任せてレイフォンのところへ殴りこみに行こうとする自分を必死に抑えていたためだ。
あのような精神状態でレイフォンに勝てるとは思えない。怒り狂いながらも、冷静に状況を観察することがハイアには出来る。
だが、その我慢の限界も近づき、時間もないことからハイアは行動に移そうとする。
目的はもちろん、レイフォンの打倒。決着を付ける時がやってきた。
これ以上遅らせれば、グレンダンの天剣授受者がやってくる。そうなればハイアは手出しが出来ない。だから、その前にやる。

「さて、問題はどうやってレイフォンを戦いの場に引きずり込むか……さ」

目の前に出て一騎打ちを仕掛けるのも手だが、それだけであの甘ちゃんが受けて立つのかどうか怪しい。
そもそもレイフォンが刀を使わなければ意味がなく、ハイアはどうするべきか考えた。
だが、その答えはすぐに見つかる。ハイアの脳裏に浮かんだのは、1人の少女。

「ああ、考えるだけ無駄って奴か」

何しろレイフォンは甘ちゃんだ。それだけで事態はハイアの思い通りに動く。

「見つけたぞ。何をしているんだ?」

計画を企てるハイアの耳元で、機械的な音声が聞こえた。
念威端子がハイアの周りを漂っており、それがフェルマウスだとすぐに判断できた。

「ちょうどいいさ。相談があるんだけど」

「……その様子だと、ろくでもないことを考えているな」

念威端子からはノイズのようなため息が聞こえてきた。
ハイアはニヤリと笑う。

「虚仮にされた意地を通すのさ~」

笑いながら、ハイアはフェルマウスに作戦を説明する。
その作戦を聞いたフェルマウスは念威端子越しだと言うのに、機械音声のような声だと言うのに、それでも良く分かるほどに取り乱していた。

「悩んだ挙句に出した答えがそれか……お前は、傭兵団を潰すつもりか!?」

「それは、俺っちがレイフォンに負けると思っているいるのかさ?」

ハイアの言葉に、フェルマウスはもう一度ノイズのようなため息を付く。
そんなフェルマウスのことをまったく気遣う様子もなく、ハイアは話を続けた。

「どちらに転んだって、ここにいる理由はもうない。それなら好きにやらせてもらうさ~」

「手紙の内容がそうなのなら、確かに私達が廃貴族捕獲に奔走する理由はないな。ツェルニの暴走が収まって以来、その行方も知れない。元の傭兵の仕事に戻るのもいいだろう。だが、その前にやらなければならないこともある」

「……何さ?」

「忘れるな。サリンバン教導傭兵団の結成理由を」

「ああ……」

今更言うまでもない。サリンバン教導傭兵団は、初代団長であるサリンバンがグレンダン王家から廃貴族探索の密命を受けて結成された傭兵団だ。傭兵達はみんな、そのことを承知した上で傭兵団に所属している。
彼らが何故それを承知し、その存在すら不確定だった廃貴族を追いかけることに納得しているのかと言うと、廃貴族を発見、捕獲した暁にはグレンダンから破格の報酬を受け取れるからである。
グレンダン出身の武芸者ならばともかく、ハイアのように他の都市から仲間傭兵達からすれば、忠義よりも実利の方が魅力的に映るのは当たり前だ。最もハイアの場合、実利には何の興味もないが。
それはさておき、アルシェイラの手紙には発見の報だけで十分だと言うニュアンスがある。
捕獲までいたっていない分、報酬の額は減らされるかもしれないが、それでもかなりの額になるだろう。
そうなる以上、ここでサリンバン教導傭兵団が手を引くのもいいかもしれない。だが、そうなると傭兵団は結成した理由を消化したことになる。
グレンダン出身の武芸者達は帰還することを望むかもしれない。
報酬を得たほかの連中も、これ以上危険な傭兵稼業を続ける気が失せるかもしれない。

「傭兵団(うち)がなくなるかもしれない、か……」

今更そんなことを言わなくてもいいのにと思いながら、ハイアは恨みの篭った声で皮肉そうに言った。

「まさか、忘れていたとは思わないが、その事実を無視しているようだったからな」

「忘れてるわけないさ。ただ……」

「ハイア……」

フェルマウスの機械的な音声が、ハイアを諭すように響く。

「お前は昔から聡い子だった。こちらの考えを察して動くことが出来た。実力があることは当たり前だが、それがあったからこそ、リュホウはお前に傭兵団を任せたし、私達もそれを承認した。だが、ツェルニに来てからのお前の行動はなんだ?やる気があるとは感じられん」

「やる気ならあるさ」

「違うな」

感情を感じさせないフェルマウスの機械的な声だが、その言葉はハイアの心にぐさりと突き刺さる。

「お前は、心のどこかでそうなることを恐れている。だからこそ、お前はレイフォン
に執着している。嫉妬もあっただろう。だが、何時ものお前ならそれを無視することもできたはず。事実、彼を刺激する必要などどこにもなかった」

「それは……」

都市が暴走を始め、レイフォンと共に汚染獣を打破しに向かった時、あの時もこうやってフェルマウスに叱られた。弁解のしようがない事実だ。

「いや、お前がレイフォンと決着を付けたいと言うのならそれもいいだろう。だが、お前はサリンバン教導傭兵団の団長だ。先を見て動け」

その言葉を残して、フェルマウスの念威端子は離れていく。

「わかってるさ~、そんなことは……」

風に流れるように去っていく念威端子を見送りながら、ハイアは更につぶやいた。

「だけどフェルマウス。あんたはまだ、俺を知らないさ」

ハイアの手は、しっかりと腰の錬金鋼を握り締めていた。






































「……疲れました」

「最近、訓練ばかりですからね」

訓練も終わり、第十七小隊の面々で昼食を取った後に解散となった。
連日で続く訓練に嫌な顔をするフェリだったが、その訓練の期間はもうすぐ終わるはずだ。
後は士気が高いうちに都市が近づいてくれれば、最高の状態で都市戦を行うことが出来るだろう。

「なんか……嘘みたいです」

「え?」

レイフォンは何時ものようにフェリを自宅へと送っている。
その道中、不意にフェリがつぶやいた。

「今こうして、フォンフォンと一緒に歩いていることがです」

フェリの表情は赤く、気恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
表情を変化させることが苦手な彼女だが、レイフォンの前では正直でいられる。自然に振舞うことが出来る。

「告白されて、付き合うことになって、子供が出来て、婚約して……全部が全部、幸せすぎて嘘みたいなんです。フォンフォン、これは夢じゃありませんよね?」

フェリ・ロスは現在幸せだ。だが、幸せすぎて逆に怖くすらあった。
もしもこれが夢や幻の類だったら?現実ではなかったら?
馬鹿馬鹿しい想像だと言うことはわかっている。それでも、そう思うほどに今、この瞬間がフェリにとってはかけがえのなく、とても大切なものなのだ。

「……夢じゃありませんよ」

レイフォンは小さく笑い、手をフェリの頭へと伸ばした。
年齢はフェリの方が年上なのだが、そんなことを言う彼女があまりにも可愛く、まるで年下の少女を可愛がるように頭を撫でる。
溢れてくる笑みを必死に噛み殺してはいるが、頭を撫でられたフェリは緩んだレイフォンの表情を見て、不機嫌そうに頬を膨らました。

「子ども扱いしないでください」

「すいません」

レイフォンは謝罪するが、表情は完全に緩みきっている。
そのことにフェリは更に機嫌を悪くするも、レイフォンに対する嫌悪はまったく抱かなかった。
フェリはなんだかんだ言っても、この状況を好ましいと思っている。

「生徒会長……いや、義兄さんになるんでしたね。義兄さんも祝福してくれましたし、結婚式の準備もしてくれてますし、何よりフェリが僕の傍にいてくれています。これが夢なわけないじゃないですか」

「そう……ですよね」

レイフォンの言葉に、フェリはこくりと頷く。
幸せすぎて、ふわふわして、現実味をまったく感じることができないが、これは紛う方ない現実だ。

「でも、少しだけ急じゃありませんか?武芸大会の初戦が終わって、勝ったら祝勝会と共に式を挙げるだなんて」

「確かに早いかもしれませんね。ひょっとして、義兄さんって前々から準備をしていたんでしょうか?」

「さあ、どうなんでしょう?」

急ピッチで進められていく結婚式の準備。
しかも内密に行われており、都市戦で勝利すればその祝いと共に大々的に発表するつもりなのだそうだ。

「なんにせよ、勝たないといけませんね。ツェルニのためでもありますが、せっかくの式なんですから有終の美で飾りたいですし」

「やる前から強気ですね」

「ええ、見ていてください、フェリ。絶対に勝ちますから」

「期待しています」

互いに微笑み合い、そうこうしているうちにフェリのマンションへと着いた。
階段を上り、扉の前で2人は歩みを止める。

「引越しの準備は順調ですか?」

「ええ、元から荷物は少ないですし」

「そうですか」

数日後には、レイフォンも共に住むことになる部屋。
夫婦となれば一緒に住むのは当たり前で、部屋が広く、空きがあるためにカリアンが一緒に住まないかと提案してくれたのだ。
その分、家事などはこれからレイフォンが担当することになるが、その程度は何の問題もない。
贅沢を言えば、新婚なのでフェリと2人だけで暮らしたかったが、そうすると流石にカリアンが可哀想だ。
どの道カリアンは今年度で卒業するのだし、来年度からはフェリと2人っきりで過ごせる。
そんな未来に思いを寄せ、レイフォンはフェリを抱き寄せた。

「あ……」

「………」

触れるだけの短い口付け。
呆気に取られるフェリを見て、レイフォンはしてやったりと言う笑みを浮かべていた。

「それではフェリ、また明日」

「……ええ、また明日」

フェリはレイフォンの唇が触れた口元を手で押さえ、顔を赤くしながら会話を交わす。
こうやって別れの挨拶を交わすのも、後数日だけだ。数日立てば、レイフォンが共に住むこととなる。
そうなればこのような会話を交わすことがなくなり、少しだけ寂しいと思わなくもなかった。
だけどそれ以前に、これから一緒に暮らせると言う事実に心が躍ってしまう。

「ふふ……」

思わず、笑みがこぼれた。
去っていくレイフォンの背中を見送り、フェリはご機嫌で部屋の扉を開け、中へと入った。
扉の閉まる音が響く。そして電気を付け、その部屋の光景にフェリは絶句した。

「……………え?」

荒れ果てた室内。
テーブルの足が折れ、その上にあったものがあたりに散らばっている。
本棚が倒れ、辺りには本が散乱していた。窓ガラスは割れており、破片が辺りに散らばっている。一体、何があった?
念威繰者として高い知能、そして速い頭の回転を持っているフェリだが、その思考が一瞬、完璧に止まってしまった。

「ふぇ、ふぇり……」

だから気づくのに遅れてしまった。
床に倒れ、割れた眼鏡をかけている銀髪の男性の存在に。

「兄さん!?」

兄、カリアンの元にフェリは駆け寄ろうとする。
だが、カリアンはそれを手で制し、悲痛な叫びを上げた。

「来るな!逃げろ」

「何を言って……」

フェリは状況がまったく理解できない。
そんな彼女の背後で物音が聞こえたかと思うと、フェリが入った出入り口には1人の少年が立っていた。

「やっと帰ってきたか。待ちくたびれたさ~」

その少年には見覚えがある。赤毛の髪、そして顔面に施された独特な刺青。
見間違えるはずがない。サリンバン教導傭兵団団長、ハイア・サリンバン・ライアだ。

「別にあんたらには何の恨みもない。だけど、あんたにはどうしても協力して欲しくてさ」

「くっ……」

重晶錬金鋼を復元させようとするが、ハイアはそんな隙を与えてはくれない。
そもそも念威繰者であるフェリが、傭兵団の団長であるハイアに勝てるわけがなかった。

「悪いようにはしないさ。そっちが大人しくしてくれればの話だけど」

逃げようと考えたが、唯一の出口となる扉はハイアの背中だ。
おそらく殺剄を使って隠れていたのだろう。フェリは部屋に入るまで、まったく気づくことが出来なかった。

「なんにせよ、少しの間寝てもらうさ」

ハイアがゆっくりとフェリに近づいてくる。
フェリは肩を震わせ、縋るような気持ちである人物の名を呼んだ。

「フォンフォン……」

そのつぶやきは、レイフォンには届かない。
フェリの意識はハイアの手により、闇へ落ちた。






































あとがき
ハイア、ついにやりやがりましたw
展開的に原作展開はいくつかカットしましたが、ついに、ついに……
次回からのレイフォンが本当に恐ろしいですね(汗

次回はまたまた番外編になる予定。クララ一直線がかなりの人気なので、予定ではクララ一直線を上げるつもりです。
それとおまけの漫画家一方さんw
あれは書いてて本当に楽しかったです!

それから前回の短編、レイフォンに廃貴族が憑いているのかどうかと言う人がいましたが憑いています。
リフォンやイリヤ達にメルちゃんと呼ばれ、愛玩動物、ペットと化しておりますw
一度は狂った電子精霊ですが、今は子供達の元で穏やかに過ごしている予定です。
電子精霊サントブルクとも良好な関係を築いており、機関部で目撃されることもあるとか。
そんなSSを機会があれば上げたいと思っています。
まぁ、なんですね、サントブルクはとても平和ですw



[15685] 51話 病的愛情(ヤンデレ)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:a5553e4d
Date: 2011/03/23 01:21
「この都市にいるのも今日までですか。長いようで短かったですね」

場所は宿泊施設の食堂。
都市発見の報は既にマイアス中を駆け巡り、食堂に集まった人達はその話題で盛り上がっていた。
勝敗による結果は変わらないとはいえ、学園都市同士で行われる戦争は血が流れない。
凄惨さを伴わない大規模な行事となっており、まるで格闘技の試合が行われるような盛り上がりを見せていた。
そんな雰囲気の中で、クラリーベルは色々あったマイアスの出来事を思い出す。

「サヴァリス様、教導の方はどうですか?」

「人に教えると言うのも案外いいかもしれませんね。そうすることによって違った視点で自分自身を見詰め直すことが出来ますし、何よりストレスの発散になりました。本当に有意義な日々でしたよ」

爽やかな笑みを浮かべて言うサヴァリスに、リーリンは戦慄した。
一度だけ、たったの一度だけ興味本位でサヴァリスの教導を覗き見したことがあり、その光景を思い出すだけで背筋が冷える。
養父のデルクが教えるサイハーデン刀争術もかなりきつい鍛錬を行っているが、サヴァリスの教導はそれの比ではない。
もはや、教導と呼べるものではなかった。彼の言葉どおり、まさにストレス発散。
マイアスの学生武芸者達はサヴァリスのサンドバックと化し、殴られた人が数十メルトル吹き飛ぶ光景なんて冗談にしか思えなかった。
サヴァリスは実戦を交え、体に直接覚えさせると言う教導の真似事をやっていたが、その真似事で果たして何人の学生武芸者が負傷したことだろう?

「ですが効果はありました。まさかあの短期間で、不完全ながら千人衝を習得するとは思いませんでしたよ。良い才能です。こんな平和な都市にいるのは勿体無いと思うほどに」

楽しそうにサヴァリスが笑う。
リーリンには千人衝がなんなのかわからないが、おそらくは凄い技なのだろう。クラリーベルはその事実に目を丸くし、興味深そうにサヴァリスに尋ねた。

「シェルさんのことですか?あの人は確かに面白いですね」

「はい、出来るならグレンダンに持ち帰りたいですね。あれは……良い師を付ければ化けますよ」

サヴァリスはお茶を飲みながら、クラリーベルの言葉に同意する。
シェル・ファイム。一般人であるリーリンには理解できない話だが、彼女はかなりの実力と才能を持っている。
その実力は未だ学生と言うことで未熟ではあるが、それは経験不足や良い指導者の不在から来るものだ。
彼女の出身都市は、汚染獣との交戦が少ない、平和ボケした都市である。そんな都市では彼女に教えることの出来る、熟練した武芸者は存在しない。
学園都市はもはや論外であり、未熟者の集まりであるここでは武芸者としての高みは到底目指せない。
故にサヴァリスは思う。シェルはグレンダンに来るべきだ。そうすれば彼女は武芸者としての高みへと上れる。そう思っているからこそ、シェルがこんな場所にいるのはもったいないと思っていた。

「私がどこにいようと勝手じゃないですか」

「おや?」

シェルのことについて熱弁していたサヴァリスが、本人の登場に驚いたような反応を示す。
最も気配などで後ろにいたことには気づいており、あえてそういう風に振舞っていた。
それとは別に前回の汚染獣戦で破損した彼女の義足だが、現在は予備の義足を付けている。破損したものは出身都市へと送り、修理をしてもらう予定だ。

「都市戦の前だと言うのにこんなところで何をしているんですか?」

「ここは食堂ですよ?昼食を取りに来たに決まっているじゃないですか」

サヴァリスの言葉にそう返したシェルの手には、彼女の分の昼食が握られていた。
シェルはこの都市の学生で、ここは宿泊施設の食堂ではあるが、別に彼女がここで昼食を取ってはいけないという決まりはない。
それに、先日の騒ぎでシェルとリーリンの間には交友が出来ている。その中に順応力の高いクラリーベルも加わり、同年代と言うこともあってか3人は良好な関係を築いていた。

「ロイ君もこっちこっち!」

「あ、う……」

今回はシェルのおまけとして都市警察にも所属しているロイが一緒に来ていたが、彼はリーリン達の姿を見て気まずそうに恐縮している。
何故かリーリンとシェルには記憶がないが、先日の騒ぎの一端を担った負い目からまともに顔を見ることが出来ない。
その上、記憶が消えているのはリーリンとシェルの2人だけであり、サヴァリスとクラリーベルはばっちりとロイがしたことを覚えているのだ。そんな2人がいる場所に、あの空間に入り込むなんて気まずすぎる。

「は~や~く!」

そんなロイの気など知らず、シェルは気楽に、陽気な声でロイを呼びかける。
ロイは冷や汗を流しながら、渋々とシェルの隣の席へと腰掛けた。
そこはサヴァリスの対面の席であり、クラリーベルの隣の席だ。まさに最悪のポジション。

「明日には都市戦が始まるそうですが、自信の程はどうですか?」

「誰かさんがいじめて(扱いて)くれたので、結構やれるんじゃないかと思いますよ」

「それはそれは」

だが、サヴァリスはロイにまったく興味を見せずに、笑顔でシェルに語りかけていた。
そのことに安堵し、ほっと息を吐くロイだったが、隣にいたクラリーベルが他の面子には聞こえないようにぼそりと耳打ちをしてくる。

「あの時のお礼は、しっかりとさせていただきますよ」

「……………全力でご遠慮したいんですが」

「シェルさんに全部話しちゃいますよ?」

「……………」

にこやかな笑みを浮かべ、さらりと脅迫までしてくるクラリーベルにロイは引き攣った表情を作る。
サヴァリスは相変わらずロイに対しての興味を抱かず、背後から聞こえてきた会話に耳を傾けていた。

「どっちが勝つかな?」

「こっちじゃないか?何しろこの間、汚染獣を倒してるんだぞ。それに聞いた話だとツェルニは前回の時には全敗しちまったらしい。武芸者の実力がとことん低いんだよ」

「はぁ、でもよ。もしかしたら有望な新人が現れてるかもしれないぜ。何しろ学園都市だ。 毎年、外から人がやってくるんだからな」

「はっ、将来有望な武芸者を外に出すような馬鹿な都市がどこにあるってんだ?」

「よし、なら賭けるか?」

旅慣れた様子の男が2人、そんな会話を交わしていた。
もしかしたら、都市間で情報を売り買いするのを生業にしているのかもしれない。だからマイアスのこと、ツェルニのことをある程度は知っているのだろう。
だけど、彼らは知らない。ツェルニには本当に有望な新人、レイフォンがいることに。
その気になれば一般の都市を1人で制圧できる、圧倒的実力を持つ武芸者がツェルニにはいる。

「うちの弟は1人で戦局を変える真似は出来ないらしい。嘆かわしいことです」

「弟!?」

だが、その話を聞いていたサヴァリスは、レイフォンには触れずに別のことを口にした。
彼の弟、ゴルネオ・ルッケンス。現在5年生なので、前回の都市戦に参加していてもなんらおかしくはなかった。

「ツェルニにはサヴァリスさんの弟さんがいらっしゃられるんですか!?」

「いますよ。そんなに驚くことですか?」

サヴァリスの弟発言に、過剰な反応を示すシェル。彼女の隣では、ロイがなんとも言えない表情を浮かべていた。
学生達を絶望へと追い込んだ汚染獣を鼻歌交じりで圧倒する、まるで冗談としか思えない圧倒的な実力を持つサヴァリス。そんな彼の弟だ。シェルとロイはゴルネオのことをどんな怪物なのかと思ったのだろう。

「とはいえ、僕と比べれば全然なってませんが。あれでいっそ、才能など欠片もなければよかったのでしょうけどね。身内びいきになるかもしれませんが、才能はあるのですよ。ただ、僕が最初に生まれていたことが、あれの不幸なのでしょうね。まぁ、どうでもいいことですが」

だが、実際にはゴルネオの実力はサヴァリスに遠く及ばない。それは比べるのが可愛そうなほどにだ。
その上、『どうでもいい』と締めくくったサヴァリスの言葉に嫌な説得力があり、リーリンは背筋を冷やした。

「弟さんですよ」

「だから、なんですか?」

非難をこめたリーリンの言葉を、サヴァリスは軽く受け流す。

「天剣授受者に求められるのは純粋な強さですよ。それの邪魔となるのなら、弟どころかルッケンスの武門だって捨ててみせましょう」

言葉と共に、微細にだがサヴァリスの笑みが深みを増した。冗談ではなく、本気で言っているのだ。
その事実にリーリンだけでなく、シェルとロイも言葉を失っている。唯一、クラリーベルだけは平然とし、食後のお茶を啜っていた。

リーリンは孤児だ。血縁は存在せず、無条件で自分を愛してくれる者は存在しない。
だが、だからこそ、家族と言ういて当たり前な存在がどれだけ大切かと言う事実を、リーリンは誰よりも理解しているつもりだ。
それなのにサヴァリスはそんな家族を、そして自分が育ってきた武門を、あっさり捨てると宣言したのだ。

「ああ、僕だけがこんなことを考えているなんて思われるのは心外なので言っておきますけど、天剣授受者はおおよそこんな考え方ですよ」

「え?」

「天剣授受者と言うのはグレンダンでの最高位の武芸者の集団ですが、言い換えてしまえば異常者の集団ですよ。強さと言うものの究極を何を捨ててでも得たいと考えているような連中が殆どです。レイフォンが違ったと言うだけのことです」

サヴァリスの言葉が本当なら、天剣授受者とはリーリンには到底理解できない存在なのだろう。
だが、レイフォンだけは違う。そのことに、リーリンは僅かな喜びを感じた。
サヴァリスの言い様では、異常者の集団にレイフォンが分類されないからだ。

「あえて言わせてもらえば、自らの強さのことだけ考えていれば、ガハルドのごとき愚か者に弱みを握られることもなかったし、グレンダンから離れる必要もなかった」

だが、その喜びは一瞬だけだった。異常者ではなかったからこそ、レイフォンが甘かったからこそ、彼はグレンダンを離れる破目になってしまった。
その事実が、リーリンに重く伸し掛かる。

「えっと……話がまったくわからないんですけど、サヴァリスさんはその、天剣授受者なんですか?」

「ああ、そう言えばあなた方は知りませんでしたね。あまり公言されると困るんですが、僕はグレンダンでは天剣授受者と言う地位についています」

グレンダン出身ではないシェルはサヴァリスの言葉に首を捻り、当のサヴァリスは困ったように苦笑の微笑みを浮かべる。
未だに状況を理解できていないシェルは、次々と感じる疑問を吐き出していった。

「……つまりサヴァリスさんは、武芸の本場と呼ばれているあのグレンダンで天剣授受者と言う最高位の地位についてるんですね?って、何でそんな凄い人がこんなところにいるんですか!?」

「深くは言えませんが、ある任務だと言っておきます。女王直々に命を与えられましてね」

「はぁ……そうなんですか。で、サヴァリスさんの話だと、明日戦うことになるツェルニには天剣授受者……つまりはサヴァリスさんクラスの人がいるように聞こえるんですが……」

「いますけど、なにか?」

「え、ええ~……」

気が抜けるほどあっさりと肯定するサヴァリスに、シェルはなんと言えばいいのかわからなかった。
疑問を感じ、ちゃんとそれには答えてもらっているのだが、また新たな疑問が湧いてくる。

「おかしいですよね?何でそんな人がツェルニに、グレンダンの外にいるんですか!?サヴァリスさんクラスなんでしょう?そんなのいるだけで反則ですよ!!」

「ええ、明日の都市戦は間違いなくマイアスが負けると思いますよ」

「教導した都市の生徒を前に、よくそんなことが言えますね?」

取り乱すシェルに、サヴァリスは『くっくっ』と意地悪く笑っていた。
見た目は好青年の彼がそんな風に笑っている姿は本当に良く似合っているのだが、シェルからすれば殺意以外湧いてこない。

「レイフォンがツェルニにいるのは、グレンダンである問題を起こして追放されたからです。性格、武芸者としての在り方には難がありましたが、実力だけは確かですよ」

「そうなんですか……明日の都市戦、勝てるかな?」

「無理だと言ったじゃないですか?」

「断言しないでください」

あまりにも無神経なサヴァリスの言葉に、シェルは深いため息を付く。
都市戦前の高揚感に包まれているマイアス。だがシェルと、その隣に座っていたロイは不安でいっぱいだった。

「そう言えば、リーリンさんはツェルニに行くのが目的でしたよね?そこにいる幼馴染に錬金鋼を持っていくとか。まさか、そのレイフォンと言う人がそうなんですか?」

「そ、それは……」

「へぇ~」

そんな気分を払拭しようと、ロイは事情聴取でのリーリンとの会話を思い出す。
指摘されたリーリンは顔を赤くし、シェルは興味深そうににやけた笑みを浮かべた。

「つまり、そう言う事なんですね?」

「ちょ、シェルさん!?」

「別に恥ずかしがることじゃありませんよ」

シェルは微笑ましそうにくすくすと笑っていたが、あることを思い出し、少しだけ言いにくそうに頬を掻いた。

「あ~……でも、せっかくツェルニが近くにあると言うのに、放浪バスを待たないといけないってのは残念ですね」

「え!?」

「いや、『え』って……え?まさか移動するつもりだったんですか?戦争中に」

予想外の言葉に驚くリーリンだったが、シェルの言っていることはもっともだ。
ツェルニとマイアスが接近している。それは武芸大会と言う体裁を取っていても戦争である。
そんな場所、戦場を、一般人であるリーリンが移動できるわけがない。

「あ……」

「ああ、しまった」

シェルの言葉にクラリーベルは苦笑いを浮かべ、サヴァリスは感情のこもらない声で天を仰ぎ、頭を下げた。

「すいません、僕とクラリーベル様の基準で考えてました」

「その言い方だと、普通では移動できないってことですか?」

「ええ。戦争経験は僕もそれほどありませんが、勝敗が決した後は例外なくすぐに移動を再開しますね。そうか、リーリンさん達はシェルターにいますものね、知らなくて当然か」

ツェルニが近くにあると言うのに、移動することが出来ない。
その事実にリーリンは、言いようのないもやもやとした感情を抱く。

「どうしましょう?」

放浪バスが来ていない以上、それを利用する手段はない。
だからと言って自分の足で移動するにしても、接触箇所が一番の激戦地になるだろうことは、如何に戦いに疎いリーリンにだってわかることだ。そんな場所を通り抜けるなんて、一般人には不可能である。
なら、戦いが終わった後に改めて放浪バスを待つのか?
もしかしたら都市戦が近いことが、放浪バスが来なかった原因かもしれない。都市戦が終わり、しばらく待てば放浪バスはやって来るだろう。
だが……

(待ってなんていられない)

見てしまったのだ、ツェルニを。レイフォンがすぐそこにいることを知ってしまった。
そんな状態で待ち続けることなど、リーリンには出来なかった。

「まぁ、そこまで心配しなくてもいいですよ」

サヴァリスは気楽な様子でそんなことを言う。リーリンは思わず、サヴァリスをきっと睨みつけていた。
もし、もう少し待てばなんて言おうものなら、リーリンは怒鳴っていたかもしれない。
だが、彼女が怒鳴る必要などまったくなかった。

「あー、もしかして忘れているかもしれませんが、僕とクラリーベル様はまがりなりにも武芸者ですよ」

「そうですよ。移動する方法なら、幾らでもあります」

その言葉に、リーリンはこの2人がどうやって移動するつもりだったのか察した。

「もしかして……」

先日のことを思い出す。
汚染獣が襲ってきた時、避難するためにクラリーベルに抱えられ、壁を疾走したあの出来事だ。

「そこら辺の学生武芸者に察知されるようなへまはしませんよ。あなたを安全にツェルニまで送って差し上げます」

サヴァリスはにっこりと微笑んで保障し、食後のお茶を冷まそうと息を吹きかける。
クラリーベルも笑いながら、デザートのシャーベットを食していた。

「えっと……私達都市警察に所属しているんですけど?サヴァリスさんの言いようだと、都市戦当日はシェルターに避難しないで、ツェルニに移動しようとしているように聞こえるんですけど?」

「そのつもりですけど何か?」

「ええ~~~……私の常識が間違っているんですか?」

都市警察として取り締まるべきか思い悩むシェルだったが、サヴァリスに常識は通用しないと諦め、深いため息を付くのだった。




































残された1枚の手紙。それを読んだレイフォンは、くしゃりとそれを握りつぶした。

「くっ……はは、ははは……」

笑みがこぼれる。渇いた笑い声が部屋の中に響いた。
瞳から感情の色が消えた、底冷えしそうなほどに冷たい笑み。
視線だけで人を殺せそうなほどに、レイフォンの視線は鋭かった。

ここはカリアンとフェリが暮らしている寮だ。フェリの送り迎えはレイフォンの日課と化しており、今日も何時もどおりにフェリの迎えに来た。
呼び鈴を鳴らしても反応がなく、扉の鍵が開いていたので不審に思いながらもレイフォンは中へと入った。次の瞬間、レイフォンは部屋の中の光景に絶句する。
荒らされた室内。まるで強盗でも入ったような跡だった。
次に発見したのは、眼鏡が割られ、床に倒れているカリアンの姿。レイフォンはすぐにカリアンの容態を確認したが、どうやら気を失っているだけだったようで一安心する。
だが問題なのは、レイフォンが一番気がかりなのは、フェリの安否だ。
気絶しているカリアンをソファーへと寝かせ、レイフォンはフェリの姿を捜す。だが、彼女の姿はこの部屋のどこにもなかった。
そんなレイフォンがフェリの代わりに見つけたのは、この部屋に置かれていた1枚の置手紙。
それを読んだレイフォンはこの乾いた笑いが収まると、今度は殺伐とつぶやいた。

「まさか、そんなに死にたかったとは知らなかった」

手紙の内容を思い浮かべる。
あまりにもふざけた内容で、殺したいほどに憎い相手からの手紙。

『フェリ・ロスは預かった。帰して欲しければ明日、一対一(サシ)の勝負をしろ。お前が使うのはもちろん刀だ』

要約すればそんな内容の手紙。
あまりにもふざけすぎて、今すぐにでもハイアを殺したくなってしまった。
手足を1本ずつ切り落とし、腹を裂き、臓器を切り刻む。その上で最後に首を刎ね、殺してやる。
そう思い立つのはいいが、ハイアが指定してきた日時は明日だ。それが何故なのかはわからない。レイフォンは今すぐにでもハイアを殺しに行きたいと言うのに。
しかも、ハイアはレイフォンに刀を使うことを要求している。つまりはレイフォンがけじめとして使うのを拒んでいる刀を、サイハーデン刀争術を使えと言っているのだ。
だが、それがどうした?
確かにレイフォンはけじめとして、罪滅ぼしとは言わないが刀を使うことを拒んでいる。だけどそんなものとフェリ、どちらが大事かと聞かれればレイフォンは即答するだろう、フェリの方が大事だと。
ハイアが望んでいることだし、フェリを助けるために必要だと言うのならレイフォンは迷わない。刀を、サイハーデン刀争術を存分に使い、ハイアを殺す。
養父に教わった技で人を殺める、つまりは再びこの技を汚すことになってしまうが、そんな負い目よりもフェリの方が何倍も大事だ。
フェリのためならば、レイフォンは何度だってサイハーデン刀争術を汚す。そう決意して、レイフォンは剣帯に差してある錬金鋼へと視線を向けた。
マイアスに行った時に手に入れた、自身の剄をどれだけ注ぎ込もうと壊れない天剣並みの錬金鋼。
それを使う。容赦せず、情けをかけず、ハイアを……

殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
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殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

無意識のうちに、レイフォンの体からは剄が溢れ出す。純粋な殺意に満ちた、どす黒い剄。
通常の剄は青光りや金色に光ると言うのに、レイフォンの剄は鈍く、黒い光を発していた。
それはまるで、彼の心境を代弁しているかのように刺々しい。
フェリを助ける、絶対に、確実に。
その後は皆殺しだ。ハイアはもちろん、サリンバン教導傭兵団全員殺す。
そう決意したレイフォンから溢れ出している剄は、天剣授受者であるカルヴァーンの刃鎧(じんがい)のように半物質化しており、まるで翼のような形状を作っていた。
剄による漆黒の翼。その出で立ちは物語などに出てくる悪魔の様だ。

「カリアン!おい、カリアン!?」

玄関から聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。レイフォンの記憶が確かなら、この声は武芸長ヴァンゼの声だ。
この部屋の主であるカリアンは生徒会長であり、おそらく、何時までたっても姿を現さない彼の心配をしてヴァンゼは様子を見に来たのだろう。
若干、ヴァンゼの声には焦りと恐怖を感じている気がした。その原因は、考えるまでもなくレイフォンが発している剄だ。
この刺々しく、禍々しい剄がヴァンゼを警戒させているのだ。だけどレイフォンはヴァンゼがどんな風に感じていようと興味がないし、関係ない。

「開けるぞ!いいな!?」

警戒心を緩めず、緊迫した雰囲気でヴァンゼは今にも扉を蹴破ってきそうだ。
レイフォンはそんな彼に欠片も関心を抱かず、ヴァンゼが開けようとした扉を開け、正面から堂々と出て行く。

「レイ……フォン……?」

レイフォンを見て、あまりにも普段の彼からかけ離れた姿にヴァンゼは硬直する。
恐ろしい……一目見て、そう感じた。
先日ツェルニを襲った恐怖、汚染獣。だがそんなもの、このレイフォンの前では霞んでしまう。
感じるのは明確な死のイメージ。今すぐにでも逃げ出したい。一刻も早くここから離れたい。
恐怖に身を震わせながらも、ヴァンゼは掠れるような声でレイフォンに問い質した。

「カリアンは……どうした……?」

その問いにレイフォンは冷たい視線を向け、ヴァンゼの巨体がまるで小動物のようにびくりと震えた。
そんな反応にすら無関心で、レイフォンは一つの紙くずをヴァンゼへと手渡す。それはレイフォンが握りつぶした、ハイアの手紙だった。

「こう言う事です。僕は用事があるので外しますけど、中では義兄さんが寝ているので後をお願いします」

そしてこれだけを言い残した。

「お、おい!?」

ヴァンゼが抑止の声をかけるが、レイフォンは反応しない。
背を向け、淡々と出口へと向かって歩いていく。
追うかとも考えたが、ヴァンゼにはあの背中を追う勇気はなかった。
もしレイフォンの邪魔をしようものなら、今のレイフォンは何の迷いもなく邪魔者を消すだろう。そう確信できるほどに、レイフォンの瞳は冷え切っている。
ヴァンゼにできることは何もなく、レイフォンに渡された手紙を開き、それを読んで、すぐさま中で気絶しているカリアンの元へ向かうのだった。

























あとがき
ネタ回を本編として上げてしまい、賛否両論が激しかったのでその修正版です。



[15685] 51話 病的愛情(ヤンデレ)【ネタ回】
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2011/03/09 22:34
「この都市にいるのも今日までですか。長いようで短かったですね」

場所は宿泊施設の食堂。
都市発見の報は既にマイアス中を駆け巡り、食堂に集まった人達はその話題で盛り上がっていた。
勝敗による結果は変わらないとはいえ、学園都市同士で行われる戦争は血が流れない。
凄惨さを伴わない大規模な行事となっており、まるで格闘技の試合が行われるような盛り上がりを見せていた。
そんな雰囲気の中で、クラリーベルは色々あったマイアスの出来事を思い出す。

「サヴァリス様、教導の方はどうですか?」

「人に教えると言うのも案外いいかもしれませんね。そうすることによって違った視点で自分自身を見詰め直すことが出来ますし、何よりストレスの発散になりました。本当に有意義な日々でしたよ」

爽やかな笑みを浮かべて言うサヴァリスに、リーリンは戦慄した。
一度だけ、たったの一度だけ興味本位でサヴァリスの教導を覗き見したことがあり、その光景を思い出すだけで背筋が冷える。
養父のデルクが教えるサイハーデン刀争術もかなりきつい鍛錬を行っているが、サヴァリスの教導はそれの比ではない。
もはや、教導と呼べるものではなかった。彼の言葉どおり、まさにストレス発散。
マイアスの学生武芸者達はサヴァリスのサンドバックと化し、殴られた人が数十メルトル吹き飛ぶ光景なんて冗談にしか思えなかった。
サヴァリスは実戦を交え、体に直接覚えさせると言う教導の真似事をやっていたが、その真似事で果たして何人の学生武芸者が負傷したことだろう?

「ですが効果はありました。まさかあの短期間で、不完全ながら千人衝を習得するとは思いませんでしたよ。良い才能です。こんな平和な都市にいるのは勿体無いと思うほどに」

楽しそうにサヴァリスが笑う。
リーリンには千人衝がなんなのかわからないが、おそらくは凄い技なのだろう。クラリーベルはその事実に目を丸くし、興味深そうにサヴァリスに尋ねた。

「シェルさんのことですか?あの人は確かに面白いですね」

「はい、出来るならグレンダンに持ち帰りたいですね。あれは……良い師を付ければ化けますよ」

サヴァリスはお茶を飲みながら、クラリーベルの言葉に同意する。
シェル・ファイム。一般人であるリーリンには理解できない話だが、彼女はかなりの実力と才能を持っている。
その実力は未だ学生と言うことで未熟ではあるが、それは経験不足や良い指導者の不在から来るものだ。
彼女の出身都市は、汚染獣との交戦が少ない、平和ボケした都市である。そんな都市では彼女に教えることの出来る、熟練した武芸者は存在しない。
学園都市はもはや論外であり、未熟者の集まりであるここでは武芸者としての高みは到底目指せない。
故にサヴァリスは思う。シェルはグレンダンに来るべきだ。そうすれば彼女は武芸者としての高みへと上れる。そう思っているからこそ、シェルがこんな場所にいるのはもったいないと思っていた。

「私がどこにいようと勝手じゃないですか」

「おや?」

シェルのことについて熱弁していたサヴァリスが、本人の登場に驚いたような反応を示す。
最も気配などで後ろにいたことには気づいており、あえてそういう風に振舞っていた。
それとは別に前回の汚染獣戦で破損した彼女の義足だが、現在は予備の義足を付けている。破損したものは出身都市へと送り、修理をしてもらう予定だ。

「都市戦の前だと言うのにこんなところで何をしているんですか?」

「ここは食堂ですよ?昼食を取りに来たに決まっているじゃないですか」

サヴァリスの言葉にそう返したシェルの手には、彼女の分の昼食が握られていた。
シェルはこの都市の学生で、ここは宿泊施設の食堂ではあるが、別に彼女がここで昼食を取ってはいけないという決まりはない。
それに、先日の騒ぎでシェルとリーリンの間には交友が出来ている。その中に順応力の高いクラリーベルも加わり、同年代と言うこともあってか3人は良好な関係を築いていた。

「ロイ君もこっちこっち!」

「あ、う……」

今回はシェルのおまけとして都市警察にも所属しているロイが一緒に来ていたが、彼はリーリン達の姿を見て気まずそうに恐縮している。
何故かリーリンとシェルには記憶がないが、先日の騒ぎの一端を担った負い目からまともに顔を見ることが出来ない。
その上、記憶が消えているのはリーリンとシェルの2人だけであり、サヴァリスとクラリーベルはばっちりとロイがしたことを覚えているのだ。そんな2人がいる場所に、あの空間に入り込むなんて気まずすぎる。

「は~や~く!」

そんなロイの気など知らず、シェルは気楽に、陽気な声でロイを呼びかける。
ロイは冷や汗を流しながら、渋々とシェルの隣の席へと腰掛けた。
そこはサヴァリスの対面の席であり、クラリーベルの隣の席だ。まさに最悪のポジション。

「明日には都市戦が始まるそうですが、自信の程はどうですか?」

「誰かさんがいじめて(扱いて)くれたので、結構やれるんじゃないかと思いますよ」

「それはそれは」

だが、サヴァリスはロイにまったく興味を見せずに、笑顔でシェルに語りかけていた。
そのことに安堵し、ほっと息を吐くロイだったが、隣にいたクラリーベルが他の面子には聞こえないようにぼそりと耳打ちをしてくる。

「あの時のお礼は、しっかりとさせていただきますよ」

「……………全力でご遠慮したいんですが」

「シェルさんに全部話しちゃいますよ?」

「……………」

にこやかな笑みを浮かべ、さらりと脅迫までしてくるクラリーベルにロイは引き攣った表情を作る。
サヴァリスは相変わらずロイに対しての興味を抱かず、背後から聞こえてきた会話に耳を傾けていた。

「どっちが勝つかな?」

「こっちじゃないか?何しろこの間、汚染獣を倒してるんだぞ。それに聞いた話だとツェルニは前回の時には全敗しちまったらしい。武芸者の実力がとことん低いんだよ」

「はぁ、でもよ。もしかしたら有望な新人が現れてるかもしれないぜ。何しろ学園都市だ。 毎年、外から人がやってくるんだからな」

「はっ、将来有望な武芸者を外に出すような馬鹿な都市がどこにあるってんだ?」

「よし、なら賭けるか?」

旅慣れた様子の男が2人、そんな会話を交わしていた。
もしかしたら、都市間で情報を売り買いするのを生業にしているのかもしれない。だからマイアスのこと、ツェルニのことをある程度は知っているのだろう。
だけど、彼らは知らない。ツェルニには本当に有望な新人、レイフォンがいることに。
その気になれば一般の都市を1人で制圧できる、圧倒的実力を持つ武芸者がツェルニにはいる。

「うちの弟は1人で戦局を変える真似は出来ないらしい。嘆かわしいことです」

「弟!?」

だが、その話を聞いていたサヴァリスは、レイフォンには触れずに別のことを口にした。
彼の弟、ゴルネオ・ルッケンス。現在5年生なので、前回の都市戦に参加していてもなんらおかしくはなかった。

「ツェルニにはサヴァリスさんの弟さんがいらっしゃられるんですか!?」

「いますよ。そんなに驚くことですか?」

サヴァリスの弟発言に、過剰な反応を示すシェル。彼女の隣では、ロイがなんとも言えない表情を浮かべていた。
学生達を絶望へと追い込んだ汚染獣を鼻歌交じりで圧倒する、まるで冗談としか思えない圧倒的な実力を持つサヴァリス。そんな彼の弟だ。シェルとロイはゴルネオのことをどんな怪物なのかと思ったのだろう。

「とはいえ、僕と比べれば全然なってませんが。あれでいっそ、才能など欠片もなければよかったのでしょうけどね。身内びいきになるかもしれませんが、才能はあるのですよ。ただ、僕が最初に生まれていたことが、あれの不幸なのでしょうね。まぁ、どうでもいいことですが」

だが、実際にはゴルネオの実力はサヴァリスに遠く及ばない。それは比べるのが可愛そうなほどにだ。
その上、『どうでもいい』と締めくくったサヴァリスの言葉に嫌な説得力があり、リーリンは背筋を冷やした。

「弟さんですよ」

「だから、なんですか?」

非難をこめたリーリンの言葉を、サヴァリスは軽く受け流す。

「天剣授受者に求められるのは純粋な強さですよ。それの邪魔となるのなら、弟どころかルッケンスの武門だって捨ててみせましょう」

言葉と共に、微細にだがサヴァリスの笑みが深みを増した。冗談ではなく、本気で言っているのだ。
その事実にリーリンだけでなく、シェルとロイも言葉を失っている。唯一、クラリーベルだけは平然とし、食後のお茶を啜っていた。

リーリンは孤児だ。血縁は存在せず、無条件で自分を愛してくれる者は存在しない。
だが、だからこそ、家族と言ういて当たり前な存在がどれだけ大切かと言う事実を、リーリンは誰よりも理解しているつもりだ。
それなのにサヴァリスはそんな家族を、そして自分が育ってきた武門を、あっさり捨てると宣言したのだ。

「ああ、僕だけがこんなことを考えているなんて思われるのは心外なので言っておきますけど、天剣授受者はおおよそこんな考え方ですよ」

「え?」

「天剣授受者と言うのはグレンダンでの最高位の武芸者の集団ですが、言い換えてしまえば異常者の集団ですよ。強さと言うものの究極を何を捨ててでも得たいと考えているような連中が殆どです。レイフォンが違ったと言うだけのことです」

サヴァリスの言葉が本当なら、天剣授受者とはリーリンには到底理解できない存在なのだろう。
だが、レイフォンだけは違う。そのことに、リーリンは僅かな喜びを感じた。
サヴァリスの言い様では、異常者の集団にレイフォンが分類されないからだ。

「あえて言わせてもらえば、自らの強さのことだけ考えていれば、ガハルドのごとき愚か者に弱みを握られることもなかったし、グレンダンから離れる必要もなかった」

だが、その喜びは一瞬だけだった。異常者ではなかったからこそ、レイフォンが甘かったからこそ、彼はグレンダンを離れる破目になってしまった。
その事実が、リーリンに重く伸し掛かる。

「えっと……話がまったくわからないんですけど、サヴァリスさんはその、天剣授受者なんですか?」

「ああ、そう言えばあなた方は知りませんでしたね。あまり公言されると困るんですが、僕はグレンダンでは天剣授受者と言う地位についています」

グレンダン出身ではないシェルはサヴァリスの言葉に首を捻り、当のサヴァリスは困ったように苦笑の微笑みを浮かべる。
未だに状況を理解できていないシェルは、次々と感じる疑問を吐き出していった。

「……つまりサヴァリスさんは、武芸の本場と呼ばれているあのグレンダンで天剣授受者と言う最高位の地位についてるんですね?って、何でそんな凄い人がこんなところにいるんですか!?」

「深くは言えませんが、ある任務だと言っておきます。女王直々に命を与えられましてね」

「はぁ……そうなんですか。で、サヴァリスさんの話だと、明日戦うことになるツェルニには天剣授受者……つまりはサヴァリスさんクラスの人がいるように聞こえるんですが……」

「いますけど、なにか?」

「え、ええ~……」

気が抜けるほどあっさりと肯定するサヴァリスに、シェルはなんと言えばいいのかわからなかった。
疑問を感じ、ちゃんとそれには答えてもらっているのだが、また新たな疑問が湧いてくる。

「おかしいですよね?何でそんな人がツェルニに、グレンダンの外にいるんですか!?サヴァリスさんクラスなんでしょう?そんなのいるだけで反則ですよ!!」

「ええ、明日の都市戦は間違いなくマイアスが負けると思いますよ」

「教導した都市の生徒を前に、よくそんなことが言えますね?」

取り乱すシェルに、サヴァリスは『くっくっ』と意地悪く笑っていた。
見た目は好青年の彼がそんな風に笑っている姿は本当に良く似合っているのだが、シェルからすれば殺意以外湧いてこない。

「レイフォンがツェルニにいるのは、グレンダンである問題を起こして追放されたからです。性格、武芸者としての在り方には難がありましたが、実力だけは確かですよ」

「そうなんですか……明日の都市戦、勝てるかな?」

「無理だと言ったじゃないですか?」

「断言しないでください」

あまりにも無神経なサヴァリスの言葉に、シェルは深いため息を付く。
都市戦前の高揚感に包まれているマイアス。だがシェルと、その隣に座っていたロイは不安でいっぱいだった。

「そう言えば、リーリンさんはツェルニに行くのが目的でしたよね?そこにいる幼馴染に錬金鋼を持っていくとか。まさか、そのレイフォンと言う人がそうなんですか?」

「そ、それは……」

「へぇ~」

そんな気分を払拭しようと、ロイは事情聴取でのリーリンとの会話を思い出す。
指摘されたリーリンは顔を赤くし、シェルは興味深そうににやけた笑みを浮かべた。

「つまり、そう言う事なんですね?」

「ちょ、シェルさん!?」

「別に恥ずかしがることじゃありませんよ」

シェルは微笑ましそうにくすくすと笑っていたが、あることを思い出し、少しだけ言いにくそうに頬を掻いた。

「あ~……でも、せっかくツェルニが近くにあると言うのに、放浪バスを待たないといけないってのは残念ですね」

「え!?」

「いや、『え』って……え?まさか移動するつもりだったんですか?戦争中に」

予想外の言葉に驚くリーリンだったが、シェルの言っていることはもっともだ。
ツェルニとマイアスが接近している。それは武芸大会と言う体裁を取っていても戦争である。
そんな場所、戦場を、一般人であるリーリンが移動できるわけがない。

「あ……」

「ああ、しまった」

シェルの言葉にクラリーベルは苦笑いを浮かべ、サヴァリスは感情のこもらない声で天を仰ぎ、頭を下げた。

「すいません、僕とクラリーベル様の基準で考えてました」

「その言い方だと、普通では移動できないってことですか?」

「ええ。戦争経験は僕もそれほどありませんが、勝敗が決した後は例外なくすぐに移動を再開しますね。そうか、リーリンさん達はシェルターにいますものね、知らなくて当然か」

ツェルニが近くにあると言うのに、移動することが出来ない。
その事実にリーリンは、言いようのないもやもやとした感情を抱く。

「どうしましょう?」

放浪バスが来ていない以上、それを利用する手段はない。
だからと言って自分の足で移動するにしても、接触箇所が一番の激戦地になるだろうことは、如何に戦いに疎いリーリンにだってわかることだ。そんな場所を通り抜けるなんて、一般人には不可能である。
なら、戦いが終わった後に改めて放浪バスを待つのか?
もしかしたら都市戦が近いことが、放浪バスが来なかった原因かもしれない。都市戦が終わり、しばらく待てば放浪バスはやって来るだろう。
だが……

(待ってなんていられない)

見てしまったのだ、ツェルニを。レイフォンがすぐそこにいることを知ってしまった。
そんな状態で待ち続けることなど、リーリンには出来なかった。

「まぁ、そこまで心配しなくてもいいですよ」

サヴァリスは気楽な様子でそんなことを言う。リーリンは思わず、サヴァリスをきっと睨みつけていた。
もし、もう少し待てばなんて言おうものなら、リーリンは怒鳴っていたかもしれない。
だが、彼女が怒鳴る必要などまったくなかった。

「あー、もしかして忘れているかもしれませんが、僕とクラリーベル様はまがりなりにも武芸者ですよ」

「そうですよ。移動する方法なら、幾らでもあります」

その言葉に、リーリンはこの2人がどうやって移動するつもりだったのか察した。

「もしかして……」

先日のことを思い出す。
汚染獣が襲ってきた時、避難するためにクラリーベルに抱えられ、壁を疾走したあの出来事だ。

「そこら辺の学生武芸者に察知されるようなへまはしませんよ。あなたを安全にツェルニまで送って差し上げます」

サヴァリスはにっこりと微笑んで保障し、食後のお茶を冷まそうと息を吹きかける。
クラリーベルも笑いながら、デザートのシャーベットを食していた。

「えっと……私達都市警察に所属しているんですけど?サヴァリスさんの言いようだと、都市戦当日はシェルターに避難しないで、ツェルニに移動しようとしているように聞こえるんですけど?」

「そのつもりですけど何か?」

「ええ~~~……私の常識が間違っているんですか?」

都市警察として取り締まるべきか思い悩むシェルだったが、サヴァリスに常識は通用しないと諦め、深いため息を付くのだった。




































残された1枚の手紙。それを読んだレイフォンは、くしゃりとそれを握りつぶした。

「くっ……はは、ははは……」

笑みがこぼれる。渇いた笑い声が部屋の中に響いた。
瞳から感情の色が消えた、底冷えしそうなほどに冷たい笑み。
視線だけで人を殺せそうなほどに、レイフォンの視線は鋭かった。

ここはカリアンとフェリが暮らしている寮だ。フェリの送り迎えはレイフォンの日課と化しており、今日も何時もどおりにフェリの迎えに来た。
呼び鈴を鳴らしても反応がなく、扉の鍵が開いていたので不審に思いながらもレイフォンは中へと入った。次の瞬間、レイフォンは部屋の中の光景に絶句する。
荒らされた室内。まるで強盗でも入ったような跡だった。
次に発見したのは、眼鏡が割られ、床に倒れているカリアンの姿。レイフォンはすぐにカリアンの容態を確認したが、どうやら気を失っているだけだったようで一安心する。
だが問題なのは、レイフォンが一番気がかりなのは、フェリの安否だ。
気絶しているカリアンをソファーへと寝かせ、レイフォンはフェリの姿を捜す。だが、彼女の姿はこの部屋のどこにもなかった。
そんなレイフォンがフェリの代わりに見つけたのは、この部屋に置かれていた1枚の置手紙。
それを読んだレイフォンはこの乾いた笑いが収まると、今度は殺伐とつぶやいた。

「まさか、そんなに死にたかったとは知らなかった」

手紙の内容を思い浮かべる。
あまりにもふざけた内容で、殺したいほどに憎い相手からの手紙。

『フェリ・ロスは預かった。帰して欲しければ明日、一対一(サシ)の勝負をしろ。お前が使うのはもちろん刀だ』

要約すればそんな内容の手紙。
あまりにもふざけすぎて、今すぐにでもハイアを殺したくなってしまった。
手足を1本ずつ切り落とし、腹を裂き、臓器を切り刻む。その上で最後に首を刎ね、殺してやる。
そう思い立つのはいいが、ハイアが指定してきた日時は明日だ。それが何故なのかはわからない。レイフォンは今すぐにでもハイアを殺しに行きたいと言うのに。
しかも、ハイアはレイフォンに刀を使うことを要求している。つまりはレイフォンがけじめとして使うのを拒んでいる刀を、サイハーデン刀争術を使えと言っているのだ。
だが、それがどうした?
確かにレイフォンはけじめとして、罪滅ぼしとは言わないが刀を使うことを拒んでいる。だけどそんなものとフェリ、どちらが大事かと聞かれればレイフォンは即答するだろう、フェリの方が大事だと。
ハイアが望んでいることだし、フェリを助けるために必要だと言うのならレイフォンは迷わない。刀を、サイハーデン刀争術を存分に使い、ハイアを殺す。
養父に教わった技で人を殺める、つまりは再びこの技を汚すことになってしまうが、そんな負い目よりもフェリの方が何倍も大事だ。
フェリのためならば、レイフォンは何度だってサイハーデン刀争術を汚す。そう決意して、レイフォンは剣帯に差してある錬金鋼へと視線を向けた。
マイアスに行った時に手に入れた、自身の剄をどれだけ注ぎ込もうと壊れない天剣並みの錬金鋼。
それを使う。容赦せず、情けをかけず、ハイアを……

殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
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殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

無意識のうちに、レイフォンの体からは剄が溢れ出す。純粋な殺意に満ちた、どす黒い剄。
通常の剄は青光りや金色に光ると言うのに、レイフォンの剄は鈍く、黒い光を発していた。
それはまるで、彼の心境を代弁しているかのように刺々しい。
フェリを助ける、絶対に、確実に。
その後は皆殺しだ。ハイアはもちろん、サリンバン教導傭兵団全員殺す。

「ihbf殺すwq……」

ポツリと、言語に成り切れていない言葉がレイフォンから漏れる。
レイフォンから溢れ出している剄は天剣授受者、カルヴァーンの刃鎧(じんがい)のように半物質化しており、まるで翼のような形状を作っていた。
剄による漆黒の翼。その出で立ちは物語などに出てくる悪魔の様だ。

「カリアン!おい、カリアン!?」

玄関から聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。レイフォンの記憶が確かなら、この声は武芸長ヴァンゼの声だ。
この部屋の主であるカリアンは生徒会長であり、おそらく、何時までたっても姿を現さない彼の心配をしてヴァンゼは様子を見に来たのだろう。
若干、ヴァンゼの声には焦りと恐怖を感じている気がした。その原因は、考えるまでもなくレイフォンが発している剄だ。
この刺々しく、禍々しい剄がヴァンゼを警戒させているのだ。だけどレイフォンはヴァンゼがどんな風に感じていようと興味がないし、関係ない。

「開けるぞ!いいな!?」

警戒心を緩めず、緊迫した雰囲気でヴァンゼは今にも扉を蹴破ってきそうだ。
レイフォンはそんな彼に欠片も関心を抱かず、ヴァンゼが開けようとした扉を開け、正面から堂々と出て行く。

「レイ……フォン……?」

レイフォンを見て、あまりにも普段の彼からかけ離れた姿にヴァンゼは硬直する。
恐ろしい……一目見て、そう感じた。
先日ツェルニを襲った恐怖、汚染獣。だがそんなもの、このレイフォンの前では霞んでしまう。
感じるのは明確な死のイメージ。今すぐにでも逃げ出したい。一刻も早くここから離れたい。
恐怖に身を震わせながらも、ヴァンゼは掠れるような声でレイフォンに問い質した。

「カリアンは……どうした……?」

その問いにレイフォンは冷たい視線を向け、ヴァンゼの巨体がまるで小動物のようにびくりと震えた。
そんな反応にすら無関心で、レイフォンは一つの紙くずをヴァンゼへと手渡す。それはレイフォンが握りつぶした、ハイアの手紙だった。

「こう言う事です。僕は用事があるので外しますけど、中では義兄さんが寝ているので後をお願いします」

そしてこれだけを言い残した。

「お、おい!?」

ヴァンゼが抑止の声をかけるが、レイフォンは反応しない。
背を向け、淡々と出口へと向かって歩いていく。
追うかとも考えたが、ヴァンゼにはあの背中を追う勇気はなかった。
もしレイフォンの邪魔をしようものなら、今のレイフォンは何の迷いもなく邪魔者を消すだろう。そう確信できるほどに、レイフォンの瞳は冷え切っている。
ヴァンゼにできることは何もなく、レイフォンに渡された手紙を開き、それを読んで、すぐさま中で気絶しているカリアンの元へ向かうのだった。






































あとがき
レイフォンの心境がやばいです(汗
殺すの連打はシャンテの約2倍……ハイア、大丈夫かな?
ちなみにネタに走ってしまいましたw
中の人つながりで、レイフォンに異変が……黒い翼と言ったらあの人なんですよねぇ。
それでもレイフォンの怒りは本物。フェリを捕らえられたレイフォンは、果たしてどんな行動を取るのやら?
サリンバン教導傭兵団がマジで壊滅してしまいそうで怖いです(滝汗



[15685] 52話 激突
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:a5553e4d
Date: 2011/03/23 01:21
「痴れ者どもがっ!」

病室内にニーナの怒鳴り声が響く。感情と共に剄の波動がニーナから発せられていた。
怒りにより剄脈が敏感に反応したのだろう。それはニーナの剄量が増し、成長した証でもあった。だが今は、そのことを喜ぶ雰囲気ではない。

「落ち着け、ニーナ」

「これが落ち着いていられるか!?」

「ここは病室だ。落ち着かなくてもいいから声を下げろ」

「……すまん」

シャーニッドに宥められ、ニーナはここがどこなのかを思い出す。
ここは病院のとある一室。中央に位置するベットの周りにニーナ達は第十七小隊のメンバーは陣取っていた。とは言っても、その中にレイフォンとフェリの姿はない。
この部屋の主であるカリアンは中央のベットに横になっており、彼の隣には武芸長のヴァンゼが立っていた。

「都市戦を前にして、厄介なことになったね」

ベットに横になっているとはいえ、カリアンの意識は既に覚醒していた。
割れた眼鏡は予備のものに変えてあり、苦りきった表情で言葉をつむぐ。
午前中に都市発見の報が都市中に伝わり、明日には学園都市マイアスと遭遇、戦争になる予定だ。
その前日、つまりは今日、正確には昨日の夜に起きた事件。この都市の長であるカリアン・ロスの襲撃と、妹であるフェリ・ロスの拉致。
犯人はわかりきっている。カリアンは実際に犯人を目撃し、残された置手紙にはご丁寧に名前が書かれていた。
犯人の名はハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団三代目の団長だ。

「目的はなんだ?レイフォンの中にいる廃貴族なのか?」

ヴァンゼは厳しい顔つきで自分の考えを口にするが、カリアンは首を横に振った。

「確かに傭兵団は廃貴族を求めている。だけど、この手紙を見るにハイアはレイフォン君との一騎打ちを望んでいるようだ。それに、彼ら(傭兵団)が廃貴族がレイフォン君の中にいることを理解しているとも限らないしね」

「信じられません」

口調は丁寧だが、吐き捨てるような声がカリアンの言葉を否定する。
言ったのはダルシェナだ。

「目的のためなら他人を利用するのをなんとも思わないような連中です。言葉を額面どおりに受け取ってなんていられません」

傭兵団が目的とするのは廃貴族の捕獲。
その犠牲となり、ディンを拉致されそうになったため、彼女の言葉にはどこか棘があった。

「都市警察に連絡しますか?」

「してもなんにもならん。傭兵団の戦力を考えれば、都市警察程度の戦力では相手にならない。それは俺達、小隊員でも同じことだ」

ナルキの提案に、ヴァンゼは現実を突きつける。
サリンバン教導傭兵団。数多の都市を渡り歩き、傭兵として活躍してきた熟練の武芸者の集団。
そんな彼らに、未熟者の集まりである学生武芸者が勝てるわけがない。

「なら、どうすれば……」

「そんなもの、こっちが聞きたい!」

ナルキの問いに、ヴァンゼは病室の壁を殴ることで答えた。
ドン、と言う鈍い音が室内に響き渡り、ヴァンゼの体が小刻みに震えている。顔は強張っており、怒りを必死に噛み殺していた。
悔しいのだろう、何も出来ないこの現実に。生徒会長を襲われ、妹のフェリが拉致された。
この場合は報復、またはフェリ奪還の作戦を立てなくてはならない。だが、相手はあのサリンバン教導傭兵団。
強大な戦力を前にし、自分達は何も出来ないのだ。これが悔しくないわけがない。
ツェルニでサリンバン教導傭兵団に対抗できるのはただ1人、元天剣授受者であるレイフォン・アルセイフだけだ。

「……そうか」

そこで、ニーナが何かに気がついた。

「ふむ、気づいたかね?」

ニーナの反応に、カリアンは確認するように問い質す。

「ということは会長も?」

それも当然だろう。ニーナはそれなりに頭が切れるが、彼女が気づいたことをこの都市の長であるカリアンが気づけないわけがない。
フェリを拉致されたと言うのにあくまで冷静で、現状をどう打破するべきか考えている。
その落ち着きように、ニーナは思わず舌を巻いた。

「おい、どういうことだ?」

シャーニッドの問いかけに、ニーナは答える。

「ハイアの目的は、手紙に書かれていた通りレイフォンとの一騎打ちだ。最初、私はマイアスと傭兵団が手を組んでいると考えていた。だが、その可能性はかなり低い」

「どうしてだ?」

ダルシェナの問いに、ニーナは自分の推論を続ける。
都市戦は明日であり、ハイアが要求してきたレイフォンとの一騎打ちも明日だ。これが偶然であるはずがない。ならば、レイフォンが都市戦に参加できないようにするためと考えるのが普通だろう。
だが、ハイアからすればそんなことはどうでもいいことで、彼はこの現状を利用したに過ぎない。
ツェルニの最大戦力であるレイフォンを都市戦に参加させないために、マイアスと手を組んだとはまず考えられない。

「例えマイアスに教導の過去があったとしても、マイアスとツェルニが戦うということを事前に察知するなんて真似が出来るとは思えない。それに学園都市同士の戦いに傭兵団と言う第三勢力を絡ませるやり方、証拠をつかまれたら後日窮地に陥るのはマイアスの方だ。例え傭兵団の方から話を持ちかけたとしても、マイアスがそれを受けるとは思えない」

「そうだね。彼ら(傭兵団)はフェリの誘拐に対して、マイアスとの戦いを前にした今の状況を利用したに過ぎないだろう。傭兵団の対処にこちらが力を注げば、それだけマイアス戦が不利になる。何しろ向こうは熟練者ぞろいだ。半端な戦力を向けたところで、返り討ちになるだけだろうね」

ニーナの言葉をカリアンが引き継ぎ、ヴァンゼが悔しそうにつぶやく。

「あいつらの言うことに、従うしかないと言うことか……くそっ、教師面の裏でよくもそんなことを!」

「しかし、考えたもんだ」

「感心してる場合か!」

シャーニッドの言葉に、ダルシェナが怒鳴る。
今は、この状況を打破するために結論を出さなければならない時なのだ。

「聞くまでもないと思うが、どうする?奴らの要求どおり、レイフォンと一騎打ちをさせるのか?」

「それしかないだろうね。生徒会長という立場にいるが、私は妹が可愛くってね。君は感情で命を下す長を軽蔑するかい?」

「するわけがない。もし妹を見捨てると言ったら、その時は存分に軽蔑してやる」

「はは、そんな君だからこそ、私は武芸長として君を望んだんだ」

結論は出た。後は本人にその旨を伝え、当日に実行するだけなのだが……

「で……レイフォン君はどこにいるのかな?」

本人がいない。最後に見たのはヴァンゼで、禍々しい剄を発しながら外へ出て行ったという話だ。
もしかしたらカリアンの結論を聞くまでもなく、フェリを助け出すために準備をしているのかもしれない。

「あいつは……」

まただ、レイフォンはまた1人で事態を解決しようとしている。
二度目の汚染獣襲撃、老生体戦から始まり、傭兵団と共闘での汚染獣の迎撃、そして機関部にいる廃貴族の対応、それらを1人で行い、仲間を頼らず、レイフォンはツェルニから姿を消したのだ。
それがニーナには悔しかった。まるで自分達を軽んじられているようで、仲間として見てもらえていないよう思えるから。

「レイフォンを捜せ!あいつめ……一体何を考えているんだ!?」

悔しさと怒りを織り交ぜた感情で、ニーナは部下達に指示を出す。
またレイフォンが1人で無茶をする前に彼を探し出す。ニーナも指示を飛ばすだけではなく、自らレイフォンを捜すために病室を出て行った。

「……もっとも、フェリのことはレイフォン君に任せれば心配する必要はなかったかな?」

「ずいぶん信頼しているな」

病室に取り残されたカリアンとヴァンゼは、言葉を交えていた。

「私の義弟になるんだ。信頼して当然さ」

「そうか……」

ヴァンゼは既に、レイフォンとフェリの関係を知っている。
むしろ彼らの結婚式の準備を、カリアンによって手伝わされているために嫌でも理解していた。
カリアンに振り回される身としては厄介なことだが、後輩達の幸せは素直に祝福するべきことだろう。だが、その幸せを前にして、2人には今、試練が訪れていた。

「意外にも私はシスコンでね」

「意外でもなんでもない。とっくに理解している」

「そうかい?まぁ、フェリに嫌われてはいても、私はフェリのことが大好きなんだよ。フェリには幸せになって欲しくってね。レイフォン君ならフェリを幸せにしてくれると、大切にしてくれるだろうね。何せ私と同じくらい、もしくはそれ以上フェリを愛してくれているんだ。だからこそ、信頼している」

「……確かにな」

カリアンの言葉に、あの時すれ違ったヴァンゼは同意する。
レイフォンは憤怒していた。フェリを拉致したハイアに本気で殺意を向け、その余波でヴァンゼが恐怖を感じてしまうほどに。
それほどまでに彼はフェリを大切に想っており、フェリを誘拐した傭兵団に敵意を抱いている。
そんなレイフォンだからこそ、フェリを助けるためならば全力を尽くすことだろう。

「だが、それが危険でもある」

「そうだね。きっと彼は名前のない大衆が何人死んでも、心が痛むぐらいの気分にしかならないのかもしれないね」

ヴァンゼが不安に感じるのは仕方がない。レイフォンのことを信頼してはいるが、カリアンも同じだからだ。
天剣を剥奪され、孤児院の者達から嫌われ、グレンダンを追われたレイフォン。そんな彼は今、フェリ・ロスと言う掛け替えのない存在を手に入れた。
誰よりも大切で、誰よりも愛しくって、とてもとても大切な存在。
ありえないだろうが、フェリがもしツェルニの壊滅を望むのなら、レイフォンは迷わずにツェルニを壊滅させるだろう。
もしフェリの身に何かあれば、レイフォンは暴走し、ツェルニを破壊するかもしれない。
もしフェリが死のうものなら、フェリのいない世界に興味はないと暴れまわり、やはりツェルニは再起不能な打撃を受けることだろう。
フェリの意思一つで、レイフォンは敵に変わる可能性が十分にある。

「でも、大丈夫だろうね」

フェリはそんなことは望まないだろうし、フェリに何かあれば、きっとレイフォンが護ってくれる。
そう確信し、カリアンはポツリとつぶやいた。

「我々に出来るのは、彼を信じることぐらいだね」





































フェリは窓越しに、ツェルニの巨大な足が動くのを見ていた。

「困ったことになりました」

ぼんやりとつぶやき、辺りを見渡す。
狭い室内は、今腰掛けているベット以外には小さなテーブルしかない。椅子がないということはベットがその代わりになるのだろう。

「……兄さんは無事でしょうか?最も殺しても死なないような兄ですから、今頃は何かろくでもないことを考えているかもしれませんね……フォンフォンには、心配をかけてしまいました」

独り言をつぶやきながら、フェリは何もない室内に視線をさ迷わせる。
ここは放浪バスの中だ。サリンバン教導傭兵団の保有する大型の放浪バス。フェリはその一室に閉じ込められていた。
昨夜ハイアに襲われ、気を失っている間にここへと連れてこられた。

「さて……どうしたものでしょうか?」

錬金鋼は当然没収され、手足は縛られてはないが、鍵をかけられているために外へ出ることは出来ない。
フェリが武芸者ならば扉を蹴破り、脱出することは可能だったかもしれない。だが彼女は念威繰者であり、一般人とあまり変わらない身体能力では、あの頑丈そうな鉄製の扉を壊すことは不可能だ。
それでもこの状況を打破しようと、フェリは考え込む。思考中、不意にガチャリという音が聞こえた。
鉄製の扉の鍵が開けられた音だ。

「あのう……」

扉を開け、部屋の中に入ってきた人物は眼鏡をかけた少女だった。
彼女の顔には見覚えがある。確か、ハイアと共にいた傭兵団の人間だ。

「……名前を覚えてはいませんが、知ってます。やはり傭兵団の放浪バスですね」

「あ、はい。そうなんです」

ミュンファはどうしていいのかわからない顔のまま、トレイを持って部屋の中へ入ってきた。

「食事を持ってきました。遅くなってごめんなさい」

「いえ……」

フェリが小さく首を振る。
その時、

「どういうことだ!」

「ひゃっ!?」

開きっぱなしになっていた扉の向こうで男の怒鳴り声が響いた。
今まさにテーブルの上に置かれようとしたトレイが音を立て、載せられていた容器の中でスープと水が跳ねた。
もう少し大声が早ければ、トレイに乗っていたものは床にばら撒かれていたかもしれない。

「なんだか、大事になっているようですね」

「あ、ははあは……」

ミュンファは引き攣った笑いを浮かべ、フェリの問いに関する答えを言おうとはしない。

「あの、食事が終わったら言ってくださいね、取りに来ますから。他にもトイレとか、困ったことがあったら言ってください。私、すぐ側にいますから」

「待ってください」

「ふぇ……」

フェリは部屋から出て行こうとしたミュンファの肩をつかんで制止し、止められたミュンファは困ったような顔をする。
それに対して無表情な顔を浮かべていたフェリは、当然のように口を開いた。

「勝手にこんなところに連れてきて1人にする気ですか?暇つぶしに話し相手にでもなってください」

「え?え……」

戸惑うミュンファの答えすら聞かず、フェリはベットに彼女を座らせる。
ミュンファは未だに口論の絶えない部屋の外が気になるようだ。だけどそんなこと、フェリには関係がない。

(今、どうなっているのか……傭兵団が何を考えているのか、探る必要がありますね)

傭兵団の目的は、おそらく廃貴族のはずだ。彼らはレイフォンの中に廃貴族がいると情報をつかんだのだろうか?
ならば自分が捕まったのも納得がいく。自分で言うのもなんだが、レイフォンに対して自分以上に有力な人質はいないだろう。それにフェリは生徒会長の妹だ。これほどの価値がある人質なんて他には存在しない。

(屈辱です。私が足を引っ張るだなんて……)

フェリの身柄と引き換えに傭兵団は廃貴族を、レイフォンの引渡しを要求するつもりなのだろうか?
だが、レイフォンはグレンダンを追放された身であり、グレンダンに帰るなんてことは出来ないはずだ。
廃貴族が憑いたと言う事で例外として帰れるのだとしても、フェリはそんなことをさせるつもりはない。レイフォンと離れ離れになることなど許容できるはずがなかった。

(彼らが何を企んでいるのか探り、この状況を打破する。または隙を見て逃げ出す……大丈夫、私になら出来ます)

無表情な仮面の裏に、フェリは起死回生の策を考えていた。







「どういうつもりだ!?」

フェリのいる部屋の外で怒声を浴びていたのはハイアだった。怒鳴ったのは傭兵団の中で年長の、フェルマウスの次に発言力のある男だ。
その背後には主要な傭兵達の殆どが集まり、この事態に怒りや困惑を示し、ハイアにきつい視線を送っていた。
フェリの誘拐を、他の傭兵達はこのときになって知ったのだ。ハイア以外誰も知らなかった。だからミュンファが食事を持っていくのが遅れた。
ハイアを除く全員が放浪バスから宿泊施設に移動していたため、気づくのが遅れた。

「生徒会長の血縁だぞ。そんなものを誘拐して、何を考えている。しかも生徒会長を襲った?ツェルニを敵に回す気なのか!?」

フェリを監禁している部屋からミュンファの悲鳴染みた声が聞こえ、男は声を落とそうとしたが次第に荒くなってくる。
生徒会長を襲い、その妹を攫ってきた。弁明の余地もない犯罪行為である。

「俺っちが望むのはあいつとの決着さ」

あいつが誰を示すのか、今更言うまでもない。

「ハイア……お前は傭兵団を潰すつもりか?」

男の言葉にハイアは薄く笑った。

「どっちにしたって、もうじき解散さ」

そう答えると、ハイアはグレンダンから送られてきた手紙を示し、その内容を口頭で伝えた。
内容を聞いた傭兵達は動揺する。自分達が傭兵として諸都市を放浪した目的が完遂したと認められ、褒賞を授けるとされているのだ。
それを目的に傭兵になった者も、王家の命として従っていた者も、一様に複雑な顔をしつつもどこか喜びが見え隠れしている。

「後のことは天剣授受者がやってくれるって言ってるのさ。なら、俺っち達はグレンダンに行けばいいだけの話。明日には起こる都市戦が終われば、ここからおさらばするさ。それでここでの問題とはおさらばだ」

「しかし……」

「で、俺っちは別にグレンダン王家がくれる褒賞なんかに興味はないさ」

だが、それでこの問題が都合よく片付くはずがない。
ハイアは堂々と明言するが、傭兵達の不安は払拭されない。

「ここにきて、俺っちが望むのはあいつとの決着さ。それが出来るなら後はどうでもいい。俺っちをここから追い出したいんなら、そうすればいいさ。だが、それは明日の勝負が始まった後でのこと。それまでは誰にも邪魔はさせないさ」

ハイアは笑みを収め、その眼光で傭兵達を威圧した。
傭兵達の中にはハイアを我が子、我が弟に思っている者もいる。先代団長であるリュホウが拾い、リュホウが育てた。この放浪バスの中でハイアは大きくなり、ここまで成長し、他の傭兵達はそれを見届けてきた、
ハイアは自分達を指揮する団長であると同時に、保護すべき家族だった。ハイアがこのような問題を起こすまでは。

「ハイア、何を考えている?」

言葉を詰まらせながら、男は更に尋ねた。
だが、ハイアはもはや何も言わない。その沈黙に、男は苛立ちを感じていた。

「ハイア……今まで俺達はお前のことを家族だと思ってきた。だがこんな真似をしたお前を団長として、家族として見ることは出来ない」

針のように尖った鋭い言葉がハイアに突き刺さる。ここにいる傭兵達の心境を代弁するように、男は宣言した。

「明日なんて悠長なことは言っていられない。今直ぐここから出て行け」

それは決別の言葉。明日だなんて待ってられない。ハイアが何を企んでいるのか知らないが、それらは一切傭兵団には関わりのないことだ。
故に、何か揉め事が起こったとしても傭兵団は一切関知しない。それを示すためにこの件はハイアの独断だとツェルニに弁解し、けじめをつける必要がある。そのけじめがハイアを傭兵団から追放、またはその身柄を引き渡すことだ。
厳しい視線に晒される中、ハイアはまたも薄く笑った。周りの視線に負けないほどに鋭く、厳しい視線で傭兵達を見渡す。それでも彼らは怯まなかった。
今、傭兵達が何を考えているのか、どんな風に考えているのかハイアには理解できる。傭兵達は、彼らは恐れているのだ。レイフォン・アルセイフと言うただ1人の人間を。
彼らの殆どはツェルニにやってくるまで天剣授受者の強さを信じてはいなかった。だが、二度の汚染獣との戦いでレイフォンの強さを存分に見せ付けられ、更には初遭遇の時にハイアがちょっかいをかけた時は返り討ちにあったと言う話しだ。
しかも、誘拐してきたフェリがレイフォンの恋人であることは傭兵団には周知の事実。その怒りの矛先が自分達に向くのは間違いない。
だからこそハイアを追い出し、自分達傭兵団が無実であることをツェルニに、なによりレイフォンに示す必要がある。故にハイアの存在が邪魔であり、今すぐにハイアを追い出したかった。例え、ハイアが家族のような存在だとしても、傭兵達は自分達の命の方が惜しかった。

「……誰に言ってるさ?」

だから気に入らない。傭兵達が保身に走ったことではなく、ハイアは彼らがレイフォン1人に怯えていることが気に入らなかった。
それはハイアが勝負に負け、自分達がレイフォンに殺されると思っているということだ。
グレンダンの名を知らしめた自分達が、最強の傭兵集団であるサリンバン教導傭兵団が、たった1人の学生を恐れている。その事実を情けなく思いつつ、ハイアは自分を追い出そうとする男に向けて殺意にも近い視線を向けた。

「言っただろう、誰にも邪魔はさせないって。明日までは俺っちが団長さ。団長の言うことは絶対。どうしてもって言うのなら、俺っちを倒して止めるさ」

「ぐっ……」

ハイアが男の胸倉をつかみ、ドスの利いた声で宣言する。
子供のような言い分で、我侭だとはわかっている。だが、それでもハイアは止まる気はない。ここまでやって、今更後に退くわけにはいかない。
決着を付ける。必ずレイフォンに勝ってみせる。ハイアはギラギラした瞳で、男を睨みつけていた。






「あなたは、ハイア・サリンバン・ライアのことが好きなんですね」

「ふぇ……あ、その、えっと……………はい」

監禁されている部屋の中で、ミュンファと会話を交わしながらフェリは思う。何でこんなことになったのだろうと。
最初は情報を探り出し、この状況を打破することを考えていた。だけど正直に尋ねても教えてくれるわけがなく、世間話を織り交ぜながら情報を引き出そうとフェリは奮闘していた。
それがどうやったらこのような話題に変化してしまった?
疑問を感じつつも、顔を赤らめて同意するミュンファにフェリは不思議な感情を抱いていた。

(……可愛いですね)

初々しい反応を示すミュンファに、フェリは僅かながら興味を感じる。
フェリにそちらの趣味があるわけではないが、顔を赤くして取り乱し、下を向いてぼそぼそとしゃべり、あわあわと身振り手振りで表現するミュンファはまるで小動物のように可愛らしかった。
彼女は幼い頃からハイアに好意を寄せていたらしく、顔を赤面させながらもこの話題に喰いついていた。

「フェリさんとレイフォンさんは……その、恋人なんですよね?」

「そうと言えばそうですけど、違うと言えば違います」

「え……?」

「結婚することになったんです、私達。ですからフォンフォンと私は恋人ではなく、夫婦になります」

「ええっ!?」

最初は戸惑っていたミュンファも、今ではこの会話をすっかり楽しんでいる。
顔を真っ赤に染めて驚くミュンファを見て、思わずフェリの頬が緩む。

「それに、子供がいるんです。生まれるのはまだまだ先になりますけど」

「わわっ、凄いです!あの、その……触ってみてもいいですか?」

「いいですけど……まだ一月位ですから大きくないですよ?」

羨望の眼差しを向けてくるミュンファにフェリは苦笑を浮かべる。
許可を貰ったミュンファは恐る恐る、丁寧にフェリの腹部をなでた。
ここに新しい命が、レイフォンとフェリの子供がいる。

「凄いです。本当に凄いです!」

「そうですか」

きらきらした表情を浮かべるミュンファに、フェリは微笑ましそうに相槌を打つ。
こんなところに連れて来られ、落ちてしまった気分だが、そんなものが段々とどうでもよくなってくる。
フェリはミュンファの反応を、心置きなく楽しんでいた。

「あ、でも……」

「どうしました?」

不意に、ミュンファの表情が沈んでしまう。きらきらした表情が輝きを失い、申し訳なさそうに下を向く。
フェリは何事かと首を傾げ、ミュンファの答えを待った。

「団長が迷惑をかけてしまって……ごめんなさい」

「そのことですか……」

それは謝罪。フェリはハイアに攫われ、ここへと連れてこられたのだ。その役割は人質。これほど迷惑な話はないだろう。
ハイアに好意を寄せ、彼の幼馴染であるミュンファは、ハイアに代わって深々と頭を下げた。

「別にあなたが気にすることではありません」

「ですが……」

「こちらも兄を襲われて、こんなことになってしまったのでハイア・サリンバン・ライアに対する苛立ちは隠せませんが、あなたに落ち度はまったくないのですから。むしろ、あんな団長を持って気苦労が絶えないでしょう?」

「そうでもないです……今回、この都市に来てからの団長はちょっと変でしたけど、何時もは優しくって、頼りになる団長なんですよ」

多少の皮肉が込められたフェリの言葉に、ミュンファは困りながらもハイアのフォローを入れる。
ツェルニに来て、正確にはレイフォンにあってから様子のおかしいハイアだが、彼は普段ならば本当に頼りになる団長なのだ。
それは傭兵団に所属する誰もが認めている事実である。

「そうですか。あなたは本当にハイア・サリンバン・ライアが好きなんですね」

「ふ、ふぇぇ……」

フェリにからかうように笑われ、ミュンファはまたもあたふたと取り乱す。
彼女をからかうのが癖になってしまうほどに面白い。

「でも、その……こんな目に遭わせてしまった私達が言うのもなんですが、不安じゃないんですか?攫われて、こんなところに監禁されて……私ならとても心細いと思います」

顔を赤くしたまま、ミュンファがフェリに尋ねてくる。
何時の間にかこのような会話を交わしており、誘拐されたことなどまるで気にしていないような反応をするフェリに違和感を感じたのだろう。
フェリは最初こそレイフォンに申し訳なく思い、この状況を打破するべきか考えていたが、今ではかなりの余裕を持っていた。

「そうですね。錬金鋼も奪われた状態で傭兵達から逃げられるとは思っていませんし、この状況では待つしかありませんから」

何を待つのか?
ミュンファの考えを予測し、フェリは当然のように答えた。

「フォンフォンが助けに来てくれるのをです」

フェリは確信していた。傭兵団に攫われた彼女を、必ずレイフォンが助けに来てくれる。
それならば心配する必要はなく、フェリは客観的な態度でその時を待っていた。
レイフォンに対する絶対的な信頼。それをフェリから感じ取り、ミュンファは感心したように息を吐いた。

「はぁ……フェリさんも、レイフォンさんのことが好きなんですね」

「ええ、大好きです」

フェリの堂々とした宣言に今度はミュンファが微笑み、座っていたベットから腰を上げる。

「すいません、そろそろ行かないと……」

「そうですか。呼び止めてしまってすいません、楽しかったですよ」

「いえ」

そろそろハイアたちの元へ戻ろうと、ミュンファは立ち上がって扉へと向かった。

「あの……絶対に悪いようにはしませんから。ですから、心配しないでください」

そういい残して、ミュンファはがちゃりと扉を閉める。
鍵のかけられる音を聞き、フェリは小さくため息をつく。

「面白い子ですね。そしていい子です……まぁ、ハイア・サリンバン・ライアは気に入りませんけど」

僅かな悪態をつきながらも、フェリは微笑ましそうに笑っていた。







「当然の結果だな」

放浪バスの屋根に座っているハイアに向け、フェルマウスは冷めた声をかける。
相変わらずの機械音声で感情を感じ取ることは難しいが、その声は確かにハイアを責めているように感じた。

「あの、フェルマウスさん……一体何が?」

今までフェリの部屋にいたミュンファは、その異質な空気に疑問を持つ。
外に出て何時もとは違う雰囲気に不安を持ち、フェルマウスにその答えを求めた。

「ミュンファか。実はな……」

その異質な空気の正体、それはハイアと傭兵達との決別。
レイフォンとの勝負を望むハイアだったが、レイフォンとは敵対したくない傭兵達はハイアの望みに対して非協力的だった。
勝負は明日だと手紙には書いたが、レイフォンがフェリを取り返しに攻めてくる可能性だってある。見張りとして放浪バスで待機する者、擬態としてこれまでどおりに宿泊施設に待機する者と分かれたが、レイフォンと生徒会長を監視するための人員は割けなかった。
もし見つかりでもしたら、これ以上ないほどにレイフォンを刺激してしまうからだ。正直な話、今すぐにでもハイアを引き渡してこの厄介ごとに蹴りをつけたいと思っている傭兵が殆どだ。
だけど傭兵達にハイアを取り押さえるほどの実力はなく、出来るのは無言の抵抗くらいなものだ。見張りだってレイフォンが攻めてきて、自分達の足である放浪バスを壊されては困るからであり、別にハイアのためではない。
家族の様な関係だった傭兵達は、ハイアの行動一つで他人の様な存在になってしまった。
それがこの異質で、ぎすぎすした空気の正体だった。

「……正直、悪かったとは思っている。だけどこればっかりは俺っちとレイフォンの問題で、口出しはしないで欲しいさ」

「違うな。これはもはやお前だけの問題ではない。ヴォルフシュテインは……レイフォンは必ず傭兵団に報復に来るぞ」

「はっ、むしろ好都合さ。そのために嬢ちゃんを、レイフォンの恋人を攫ってきたんだからな。あの甘ちゃんなら、絶対に来るさ」

フェルマウスの言葉に、ハイアは軽い笑みを浮かべて返答する。
手は尽くした。後はレイフォンを待つだけだ。フェリが囚われたこの状況、レイフォンなら間違いなく条件を飲む。
明日の一騎打ちを受け入れ、刀を使ってハイアと相対することになるだろう。何せ彼は甘ちゃんだ。
ハイアはそう思いながら、笑っていた。

「あの、団長……そのことなんですけど、恋人じゃないらしいです」

「はぁ?どういうことさ、ミュンファ」

笑っていたハイアは、ミュンファの言葉に笑いを止めた。
恋人じゃないと言う彼女の発言に、もしやこの策は失敗してしまったのかとハイアは戸惑う。
だが、これまでのレイフォンやフェリの関係を見るに、これで恋人でなければなんなのかと思ってしまう。
首を捻るハイアに向け、ミュンファは先ほどフェリと話した内容をハイアへと話した。
子供が出来、結婚することとなり、レイフォンとフェリは夫婦になると言う事。
それを聞いたハイアは、口をあんぐりと開けて呆けていた。

「………俺っち、もしかして悪者じゃね?」

「今更過ぎるな」

ハイアのつぶやきに、フェルマウスの冷めた視線が更に気温を下げた気がした。
つまりハイアは義兄を襲い、妻を攫い、必然的に子供までも攫っていた。その事実に今度は乾いた笑みを浮かべるハイアだったが、あえて前向きに考える。

「まぁ、これでレイフォンが来る確実性が増したってことさ。どの道嬢ちゃんを攫った時点で俺っちは悪者さ。今更後には退けない。前に進むしかないさ」

「ハイア、お前は何を考えている?」

「あん?」

そんなハイアに向け、フェルマウスは男と同じ事を尋ねた。
ハイアが望むのはレイフォンとの勝負だ。その舞台にレイフォンを引き寄せる方法に問題があるが、それは別に良い。フェルマウスが問いたいのはその考えにいたった訳であり、自分なりの推測を述べた。

「あの手紙の通りなら、もうすぐ傭兵団は解散だ。だから、他人に壊されるなら自分で壊してしまえと考えたわけではないだろうな?」

「アホらしい」

フェルマウスの推測染みた冗談を、ハイアは一笑した。

「では、どうして先走った?」

「……ここは俺っちの家さ」

腰掛ける放浪バスの屋根をなでながら、ハイアは答えた。

「ここで育ってきた。生まれた都市には良い思いでなんかない。ここが俺っちの家さ」

「ああ、そうだな」

フェルマウスの脳裏に、ハイアを拾ってからの日々が流れた。
孤児だったハイアが傭兵団で暮らすようになり、リュホウに懐き、サイハーデンの技を磨き、団長となった思い出深い日々。
フェルマウスは厳しい視線でハイアを見つめていたが、それはハイアを本当に大切に思っているからこそだ。

「だけど、故郷を持ってる連中にとってはここよりも生まれた場所が、育った家のベットのほうが気持ちいいだろうさ。だけどさ、そのベットが気持ちいいからって、何時までもそこに居座るわけにはいかないさ」

「ハイア……」

屋根をなでる手が止まる。
フェルマウスは理解した。ハイアは独り立ちしようとしているのだ。傭兵団と言う家から、家族から。失われる前に自ら旅立とうとしているのだ。
だが、普通に独り立ちした者には帰る家が残る。独りに疲れた時に迎えてくれる家族がある。
ハイアにはそれがない。傭兵団がグレンダンに戻る時、それはサリンバン教導傭兵団がなくなる時だ。事実がどうなるかはわからないが、ハイアはそう思っている。

「ここを出て、どうするつもりだ?」

「さあ?」

振り返ったハイアは、何時もの顔に戻っていた。

「とりあえずは適当にいろんなところをぶらついてみるさ。流れ者らしくさ~」

「私もっ!」

今まで黙って話を聞いていたミュンファが、不意に大声を上げた。
大声を上げたことに顔を赤くして俯いてしまったが、すぐに決心を固めた表情でハイアを見る。

「私も……一緒に行きます」

「えー」

ミュンファの勢い込んだその言葉に、ハイアは渋い顔をした。

「未熟者のミュンファは邪魔さ~」

「う……」

その言葉に涙目になった彼女を見て、ハイアは思いっ切り笑った。

「あはははは!嘘嘘。好きにすればいいさ」

「え……本当に?」

「俺っちはもう団長じゃなくなるさ。それなら、ミュンファに命令する権利もない。好きにすればいいさ」

「うん……うん」

涙を拭いながら笑みを作るミュンファに、ハイアは肩の力を抜いて笑いかけた。

「ハァァァイア!!」

その瞬間、絶望が舞い降りた。

「……………え?」

ミュンファの胸から刀身が生える。彼女は何が起こったのか理解することができなかった。それはハイア達も同じようだ。誰もレイフォンの殺剄に気づかず、ここまでの接近を許してしまった。
気が付けば血を吐き、意識が遠のいていく。正面に居たハイアの表情が驚愕に染まっていた。

「フェリを攫っておいて、そっちは暢気にラブコメだなんていいご身分だな……殺したくなるだろ?」

冷たい声が聞こえた。ミュンファの背筋にゾクリと悪寒が走った。
彼女の後ろでは刀を突き刺した人物、レイフォン・アルセイフが歪んだ笑みを浮かべている。
その存在を認識し、遅れて現状を把握したハイアは感情の限り叫んだ。

「レイフォォォン!てめぇぇぇ!!」

その感情は憤怒。激情のままにハイアは錬金鋼を復元させ、レイフォンに切りかかる。
対するレイフォンは冷静で、ミュンファを突き刺した刀を抜くと、彼女の髪を乱暴につかんで盾の様に構えた。

「くっ……」

ミュンファを盾にされた以上、ハイアはその手を止めるしかない。
動きの止まったハイアに向け、レイフォンはにやりと笑って強烈な蹴りを放った。

「がっ!?」

まるで大質量の物体に撥ね飛ばされたようにハイアは吹き飛び、地べたを転がった。
腹部から鈍い痛みがする。もしかしたら肋骨が2,3本は折れたかもしれない。

「はっ、愉快な真似をしてくれるさ……」

それでもハイアは立ち上がり、負傷を隠しながらレイフォンへと立ち向かう。
口元がつりあがり、怒りを噛み殺しながら虚勢を張る。

「勝負は明日だと書いてあっただろうが、レイフォン!今まで武芸一筋だった馬鹿は字すら読めないのかさ!?」

「素敵な招待状を貰って、あまりにも楽しみで早く来すぎてしまったんだよ。こう見えても僕は繊細で、ツェルニの入学式の前日は全く眠れなかったんだ」

レイフォンの口元もつりあがっていた。
ハイア同様に、もしくはそれ以上怒りを噛み殺した雰囲気が存分に伝わり、思わず背筋が震える。
今まで何度かレイフォンとはもめたが、ここまで感情的になったレイフォンと対面するのは初めてだ。餌(人質)が良く利いたとハイアは判断し、更に感情を昂らせようと挑発的に口を開いた。

「ふざけた真似をしてくれるさ。そんな事して、あの嬢ちゃんが無事でいられると思ってるのか?」

それはもちろんブラフだ。人質は無事でないと人質の価値は無い。
本来なら要求の日時を破り、ミュンファにこのような危害を加えた時点で破綻しているが、少なからず効果はあるはずだ。

「……は?」

そして効果は、十分すぎるほどにあった、ありすぎてしまった。
ハイアは決して言ってはならないことを、冗談でも口にしてはならないことを言ってしまった。

「レストレーション02」

一言、たったの一言でレイフォンが持っていた刀が姿を変え、刀身が鋼糸へと変化した。
汚染獣戦であの鋼糸の恐ろしさを見せ付けられたハイアは接近戦はやばいと判断し、レイフォンから距離を取ろうとする。
如何に刀に自信があるとはいえ、数百数千、または数万にも及ぶ鋼糸の斬撃をかわしきるなんてことはできない。
鋼糸による遠距離攻撃をされては、ハイアに打つ手はない。
だけど、鋼糸の斬撃はハイアには向かわなかった。

「ぐあっ!?」

「フェルマウスッ!」

鋼糸の先が向かったのはフェルマウス。鋼糸の斬撃は容赦なく、フェルマウスの右腕を切り飛ばした。
宙を舞うフェルマウスの腕。それが地面に落ちた時、ハイアは新たな激情をレイフォンへ向ける。

「レェェェイフォォォォンッ!!」

「やってみろよ、その後でお前が、お前達がこの世に一欠けらでも存在してられると思っているなら!フェリに傷ひとつでもあったら、お前らを一万回殺しても足りないぞ!!」

腕を切り飛ばしただけで、フェルマウスは死んではいない。これはあくまで牽制だ。
その効果は存分にあったようで、ハイアの怒りを煽ることに成功した。
彼が冷静な判断力を失えば、それは何かと都合が良い。
だが、こちらも熱くなっていることに気づき、レイフォンは息を吐いて落ち着こうとする。

「……人質を取っているのはお前だけと思うな。鋼糸が届く限り、そこにいる奴は全員人質だと思え」

「ぐっ……」

レイフォンの言葉に、ハイアは歯噛みをする。
ミュンファは髪を乱暴につかまれて持ち上げられており、完全に意識を失っているようだ。だが、命に別状は無い。
胸を貫かれはしたものの心臓は外れ、肺の辺りを刀身は貫いていた。このまま放っておくのはまずいが、急を要すると言うことはないはずだ。
フェルマウスに関しては右腕を切断されただけだ。出血は酷いが、用兵でも年長組みであるフェルマウスは落ち着いて止血している。
病院に行けば斬られた腕も縫合できるため、焦る必要は無いだろう。
だが、レイフォンの無数の鋼糸から2人を護り切る事はできない。アレはただでさえ厄介だと言うのに、防衛線になってしまえば万に一つの勝ち目も無くなる。

「ハイア!」

「っ!?」

異変を感じ取り、見張りとして散っていた傭兵達が戻ってくる。
レイフォンの存在に気づいた者達は動揺しながらも、錬金鋼を復元して臨戦態勢を取っていた。
その反応を、レイフォンは嘲笑う。

鋼糸が動いた。視認すら難しい凶悪な凶器。
それらが地を走り、傭兵達を取り囲んでいた。

「ぎゃっ!?」

「あ……」

「はっ……?」

次の瞬間、鋼糸が一斉に天を突く。
鋼糸による針の柱がいくつも出来上がり、それが傭兵達の体を貫いた。
どんなに数が増えようと関係ない。リンテンスに教えられた鋼糸の技は、集団を倒すときにこそ真価を発揮する。

「お前達!」

ハイアが叫んだ時はもう遅い。ハイアを除いて傭兵達は皆、鋼糸によって貫かれていた。

「レイフォン!レイフォン!!レィィフォオンっ!!!」

「前に自分の事を戦場の犬と言っていたが、本当に犬みたいに吠えてうるさい。別に殺してはいない、急所は外している」

ハイアの殺気が増してくる。だけどレイフォンはそれをあっさりと受け流し、要求を述べた。

「フェリを返せ。さもないと止めを刺す」

気を失っているミュンファを乱暴に引き寄せ、ハイアを睨み付ける。
つまりはここにいる傭兵、全てが人質だ。レイフォンは鋼糸を操り、一瞬で全員の息の根を止めることができる。
つまり、手詰まりだ。

「てめぇ……そいつらは関係ないだろうが」

「フェリを誘拐したお前が言うのか?早くしろ、僕はあまり気が長くないんだ」

悪態をつくが、全くの正論だ。先に人質を取ったのはこちらであり、言い返すことができない。
ここまで傭兵達を巻き込んで言うことではないが、ハイアが望むのはレイフォンとの一騎打ちだ。
決着をつけ、後腐れなく傭兵団から去るのが目的だ。故にこんな馬鹿馬鹿しいことで、関係の無い傭兵達を犠牲にするつもりは無い。

「……………………わかったさ。嬢ちゃんを連れてくる。それで、こいつらには手を出すな……」

それは苦渋の選択だった。せっかくフェリを攫ってきたと言うのに、レイフォンの脅しに屈してフェリを差し出す。
まるで負けてしまったようだとハイアは唇を噛み締める。

「わかった、フェリが無事に戻ってくるなら僕も文句は無い。その上で受けてやるよ、刀を使ったお前との本気の一騎打ちを」

「………はっ?」

その言葉に、ハイアは呆けてしまう。
レイフォンは刀を使うことを拒んでいたはずだ。それにハイアから見たレイフォンの甘い性格では、勝負を真剣にやらない可能性だってある。
だけど今のレイフォンは、そんなハイアの予想を吹き飛ばすほどに闘志に溢れていた。

「まさかこんなことをして、ただで済むと思っているのか?二度とこんなことができないように、犬を徹底的に躾けてやるよ」

「くっ、はは……言ってくれるさ、レイフォン!」

フェリを誘拐したことがそこまでレイフォンを怒らせていたようだ。
レイフォンはハイアを徹底的に叩きのめそうとしている。だがそれこそがハイアの望んでいることであり、目的だった。
ハイアは溢れてくる笑みを隠せずに、レイフォンを睨み付けた。

「上等さ。やれるもんならやってみろ!」

そう言い残し、ハイアは監禁しているフェリの元へと向かった。






「フォンフォン」

「大丈夫でしたか?フェリ」

レイフォンは笑う。先ほどの不気味な笑顔や、殺伐とした雰囲気は一切なくなっていた。

「さて、要求は呑んだんだ。今すぐ俺っちと戦えと言いたいところだが、マズはこいつらを病院に連れて行かないと……」

ハイアはそんなレイフォンに向け、この場はこれで収めるように促した。
急所が外れているとはいえ、腕を切断されたフェルマウスだっている。早いところ病院へ連れて行った方がいい。

「ああ、ハイア。さっき言った事だけど……」

レイフォンは笑う。意地の悪い、まるで悪人のような微笑を浮かべていた。

「ごめん、アレは嘘だ」

「はあ?」

ハイアが間の抜けた声を上げる。彼が状況を理解するよりも早く、レイフォンの鋼糸が辺りを走り回った。
レイフォンが気がかりだったのはフェリの身の安全のみ。彼女が無事なら、後は何の興味も無い。
傭兵団がいても邪魔なだけなので、この機にまとめて処分する。そもそもレイフォンに躾を行うつもりは皆無であり、二度とフェリにちょっかいをかけないように傭兵団を壊滅させるのがレイフォンの目的だった。
鋼糸の嵐は、地に横たわっていた傭兵達の体を容赦なく切り刻んだ。

「くくくっ、ははは!」

「は、え……?」

レイフォンは笑う。ハイアは何が起こったのか理解できないでいた。
飛び散る傭兵達の手足。その光景を見て、ハイアの表情は青白く染まっていた。

「安心しろ、ハイア。切ったのは手足だけだ。まだ生きている。けど、このまま放っておいたら間違いなく出血多量で死ぬね」

「ふざけろぉぉ!!レイフォンっ!」

ハイアは完全に切れた。何時もの余裕のある態度は完全に吹き飛び、怒りのままにレイフォンに刀を向けてくる。
だけどそれはあまりにも無謀で、あまりにも愚かな行為だ。

「スクラップにしてやる」

レイフォンの宣言と共に鋼糸を刀身へと戻し、ハイアの刀とレイフォンの刀が交錯した。
ぶつかり合う刃と刃。だけど力の差は歴然だった。

「ぐがっ!?」

一撃、たった一撃でハイアが吹き飛ぶ。
あまりにも膨大な剄によって強化されたレイフォンの身体能力。どんなに剄を流しても決して壊れない、天剣にすら匹敵する錬金鋼。
その一撃はもはや人間の限界を優に超えている。

「このっ、化け物が……」

そして気づいた、自分の刀に走った亀裂に。
武器破壊の技である蝕壊を使わずに、純粋な破壊力のみで、力技のみでレイフォンはハイアの錬金鋼を破壊しかけていた。
腕に響いた重い手応えに、ハイアは背筋に冷たいものを感じた。

「よそ見していていいのか?」

「っ……そうか、そう言う事か!レイフォォォォン!!」

追撃をかけてくるレイフォンの姿を確認し、ハイアは確信した。
ツェルニを襲った異変、その終わりと同時に姿を現したレイフォン。
そして何より、彼の背後にいる存在にハイアは絶叫を上げる。

「廃貴族を……」

ハイアは確かに見た。レイフォンの後ろにいた黄金の牡山羊、廃棄族の存在を。
だが、それを確認することはできても、レイフォンの斬撃を確認することはできなかった。

「らあぁっ!」

気合い一閃。レイフォンの叫びと共にハイアの左腕が宙を舞う。
刀は右腕に持っていたから無事だが、ハイアの左腕は完全に使えなくなった。

「達磨の様にしてやる」

「っ!?」

腕を切断された痛みにもだえる暇も無く、ハイアは全身の毛穴から冷や汗を噴出し、すぐさまレイフォンから距離を取る。
絶え間なく出てくる血の存在すら忘れ、レイフォンの新たな姿に目を見開いていた。

「なんだそれ……なんなんだそれはさぁ!?」

レイフォンの新たな姿、それは漆黒の翼だった。
背中から半物質化した剄を噴射し、翼の形状を形作っている。

「絶望しろ」

この宣言と共に、レイフォンの憎悪がハイアに襲い掛かった。



























あとがき
修正版その2です。



[15685] 52話 激突【ネタ回】
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:9a239b99
Date: 2011/03/09 22:37
「痴れ者どもがっ!」

病室内にニーナの怒鳴り声が響く。感情と共に剄の波動がニーナから発せられていた。
怒りにより剄脈が敏感に反応したのだろう。それはニーナの剄量が増し、成長した証でもあった。だが今は、そのことを喜ぶ雰囲気ではない。

「落ち着け、ニーナ」

「これが落ち着いていられるか!?」

「ここは病室だ。落ち着かなくてもいいから声を下げろ」

「……すまん」

シャーニッドに宥められ、ニーナはここがどこなのかを思い出す。
ここは病院のとある一室。中央に位置するベットの周りにニーナ達は第十七小隊のメンバーは陣取っていた。とは言っても、その中にレイフォンとフェリの姿はない。
この部屋の主であるカリアンは中央のベットに横になっており、彼の隣には武芸長のヴァンゼが立っていた。

「都市戦を前にして、厄介なことになったね」

ベットに横になっているとはいえ、カリアンの意識は既に覚醒していた。
割れた眼鏡は予備のものに変えてあり、苦りきった表情で言葉をつむぐ。
午前中に都市発見の報が都市中に伝わり、明日には学園都市マイアスと遭遇、戦争になる予定だ。
その前日、つまりは今日、正確には昨日の夜に起きた事件。この都市の長であるカリアン・ロスの襲撃と、妹であるフェリ・ロスの拉致。
犯人はわかりきっている。カリアンは実際に犯人を目撃し、残された置手紙にはご丁寧に名前が書かれていた。
犯人の名はハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団三代目の団長だ。

「目的はなんだ?レイフォンの中にいる廃貴族なのか?」

ヴァンゼは厳しい顔つきで自分の考えを口にするが、カリアンは首を横に振った。

「確かに傭兵団は廃貴族を求めている。だけど、この手紙を見るにハイアはレイフォン君との一騎打ちを望んでいるようだ。それに、彼ら(傭兵団)が廃貴族がレイフォン君の中にいることを理解しているとも限らないしね」

「信じられません」

口調は丁寧だが、吐き捨てるような声がカリアンの言葉を否定する。
言ったのはダルシェナだ。

「目的のためなら他人を利用するのをなんとも思わないような連中です。言葉を額面どおりに受け取ってなんていられません」

傭兵団が目的とするのは廃貴族の捕獲。
その犠牲となり、ディンを拉致されそうになったため、彼女の言葉にはどこか棘があった。

「都市警察に連絡しますか?」

「してもなんにもならん。傭兵団の戦力を考えれば、都市警察程度の戦力では相手にならない。それは俺達、小隊員でも同じことだ」

ナルキの提案に、ヴァンゼは現実を突きつける。
サリンバン教導傭兵団。数多の都市を渡り歩き、傭兵として活躍してきた熟練の武芸者の集団。
そんな彼らに、未熟者の集まりである学生武芸者が勝てるわけがない。

「なら、どうすれば……」

「そんなもの、こっちが聞きたい!」

ナルキの問いに、ヴァンゼは病室の壁を殴ることで答えた。
ドン、と言う鈍い音が室内に響き渡り、ヴァンゼの体が小刻みに震えている。顔は強張っており、怒りを必死に噛み殺していた。
悔しいのだろう、何も出来ないこの現実に。生徒会長を襲われ、妹のフェリが拉致された。
この場合は報復、またはフェリ奪還の作戦を立てなくてはならない。だが、相手はあのサリンバン教導傭兵団。
強大な戦力を前にし、自分達は何も出来ないのだ。これが悔しくないわけがない。
ツェルニでサリンバン教導傭兵団に対抗できるのはただ1人、元天剣授受者であるレイフォン・アルセイフだけだ。

「……そうか」

そこで、ニーナが何かに気がついた。

「ふむ、気づいたかね?」

ニーナの反応に、カリアンは確認するように問い質す。

「ということは会長も?」

それも当然だろう。ニーナはそれなりに頭が切れるが、彼女が気づいたことをこの都市の長であるカリアンが気づけないわけがない。
フェリを拉致されたと言うのにあくまで冷静で、現状をどう打破するべきか考えている。
その落ち着きように、ニーナは思わず舌を巻いた。

「おい、どういうことだ?」

シャーニッドの問いかけに、ニーナは答える。

「ハイアの目的は、手紙に書かれていた通りレイフォンとの一騎打ちだ。最初、私はマイアスと傭兵団が手を組んでいると考えていた。だが、その可能性はかなり低い」

「どうしてだ?」

ダルシェナの問いに、ニーナは自分の推論を続ける。
都市戦は明日であり、ハイアが要求してきたレイフォンとの一騎打ちも明日だ。これが偶然であるはずがない。ならば、レイフォンが都市戦に参加できないようにするためと考えるのが普通だろう。
だが、ハイアからすればそんなことはどうでもいいことで、彼はこの現状を利用したに過ぎない。
ツェルニの最大戦力であるレイフォンを都市戦に参加させないために、マイアスと手を組んだとはまず考えられない。

「例えマイアスに教導の過去があったとしても、マイアスとツェルニが戦うということを事前に察知するなんて真似が出来るとは思えない。それに学園都市同士の戦いに傭兵団と言う第三勢力を絡ませるやり方、証拠をつかまれたら後日窮地に陥るのはマイアスの方だ。例え傭兵団の方から話を持ちかけたとしても、マイアスがそれを受けるとは思えない」

「そうだね。彼ら(傭兵団)はフェリの誘拐に対して、マイアスとの戦いを前にした今の状況を利用したに過ぎないだろう。傭兵団の対処にこちらが力を注げば、それだけマイアス戦が不利になる。何しろ向こうは熟練者ぞろいだ。半端な戦力を向けたところで、返り討ちになるだけだろうね」

ニーナの言葉をカリアンが引き継ぎ、ヴァンゼが悔しそうにつぶやく。

「あいつらの言うことに、従うしかないと言うことか……くそっ、教師面の裏でよくもそんなことを!」

「しかし、考えたもんだ」

「感心してる場合か!」

シャーニッドの言葉に、ダルシェナが怒鳴る。
今は、この状況を打破するために結論を出さなければならない時なのだ。

「聞くまでもないと思うが、どうする?奴らの要求どおり、レイフォンと一騎打ちをさせるのか?」

「それしかないだろうね。生徒会長という立場にいるが、私は妹が可愛くってね。君は感情で命を下す長を軽蔑するかい?」

「するわけがない。もし妹を見捨てると言ったら、その時は存分に軽蔑してやる」

「はは、そんな君だからこそ、私は武芸長として君を望んだんだ」

結論は出た。後は本人にその旨を伝え、当日に実行するだけなのだが……

「で……レイフォン君はどこにいるのかな?」

本人がいない。最後に見たのはヴァンゼで、禍々しい剄を発しながら外へ出て行ったという話だ。
もしかしたらカリアンの結論を聞くまでもなく、フェリを助け出すために準備をしているのかもしれない。

「あいつは……」

まただ、レイフォンはまた1人で事態を解決しようとしている。
二度目の汚染獣襲撃、老生体戦から始まり、傭兵団と共闘での汚染獣の迎撃、そして機関部にいる廃貴族の対応、それらを1人で行い、仲間を頼らず、レイフォンはツェルニから姿を消したのだ。
それがニーナには悔しかった。まるで自分達を軽んじられているようで、仲間として見てもらえていないよう思えるから。

「レイフォンを捜せ!あいつめ……一体何を考えているんだ!?」

悔しさと怒りを織り交ぜた感情で、ニーナは部下達に指示を出す。
またレイフォンが1人で無茶をする前に彼を探し出す。ニーナも指示を飛ばすだけではなく、自らレイフォンを捜すために病室を出て行った。

「……もっとも、フェリのことはレイフォン君に任せれば心配する必要はなかったかな?」

「ずいぶん信頼しているな」

病室に取り残されたカリアンとヴァンゼは、言葉を交えていた。

「私の義弟になるんだ。信頼して当然さ」

「そうか……」

ヴァンゼは既に、レイフォンとフェリの関係を知っている。
むしろ彼らの結婚式の準備を、カリアンによって手伝わされているために嫌でも理解していた。
カリアンに振り回される身としては厄介なことだが、後輩達の幸せは素直に祝福するべきことだろう。だが、その幸せを前にして、2人には今、試練が訪れていた。

「意外にも私はシスコンでね」

「意外でもなんでもない。とっくに理解している」

「そうかい?まぁ、フェリに嫌われてはいても、私はフェリのことが大好きなんだよ。フェリには幸せになって欲しくってね。レイフォン君ならフェリを幸せにしてくれると、大切にしてくれるだろうね。何せ私と同じくらい、もしくはそれ以上フェリを愛してくれているんだ。だからこそ、信頼している」

「……確かにな」

カリアンの言葉に、あの時すれ違ったヴァンゼは同意する。
レイフォンは憤怒していた。フェリを拉致したハイアに本気で殺意を向け、その余波でヴァンゼが恐怖を感じてしまうほどに。
それほどまでに彼はフェリを大切に想っており、フェリを誘拐した傭兵団に敵意を抱いている。
そんなレイフォンだからこそ、フェリを助けるためならば全力を尽くすことだろう。

「だが、それが危険でもある」

「そうだね。きっと彼は名前のない大衆が何人死んでも、心が痛むぐらいの気分にしかならないのかもしれないね」

ヴァンゼが不安に感じるのは仕方がない。レイフォンのことを信頼してはいるが、カリアンも同じだからだ。
天剣を剥奪され、孤児院の者達から嫌われ、グレンダンを追われたレイフォン。そんな彼は今、フェリ・ロスと言う掛け替えのない存在を手に入れた。
誰よりも大切で、誰よりも愛しくって、とてもとても大切な存在。
ありえないだろうが、フェリがもしツェルニの壊滅を望むのなら、レイフォンは迷わずにツェルニを壊滅させるだろう。
もしフェリの身に何かあれば、レイフォンは暴走し、ツェルニを破壊するかもしれない。
もしフェリが死のうものなら、フェリのいない世界に興味はないと暴れまわり、やはりツェルニは再起不能な打撃を受けることだろう。
フェリの意思一つで、レイフォンは敵に変わる可能性が十分にある。

「でも、大丈夫だろうね」

フェリはそんなことは望まないだろうし、フェリに何かあれば、きっとレイフォンが護ってくれる。
そう確信し、カリアンはポツリとつぶやいた。

「我々に出来るのは、彼を信じることぐらいだね」





































フェリは窓越しに、ツェルニの巨大な足が動くのを見ていた。

「困ったことになりました」

ぼんやりとつぶやき、辺りを見渡す。
狭い室内は、今腰掛けているベット以外には小さなテーブルしかない。椅子がないということはベットがその代わりになるのだろう。

「……兄さんは無事でしょうか?最も殺しても死なないような兄ですから、今頃は何かろくでもないことを考えているかもしれませんね……フォンフォンには、心配をかけてしまいました」

独り言をつぶやきながら、フェリは何もない室内に視線をさ迷わせる。
ここは放浪バスの中だ。サリンバン教導傭兵団の保有する大型の放浪バス。フェリはその一室に閉じ込められていた。
昨夜ハイアに襲われ、気を失っている間にここへと連れてこられた。

「さて……どうしたものでしょうか?」

錬金鋼は当然没収され、手足は縛られてはないが、鍵をかけられているために外へ出ることは出来ない。
フェリが武芸者ならば扉を蹴破り、脱出することは可能だったかもしれない。だが彼女は念威繰者であり、一般人とあまり変わらない身体能力では、あの頑丈そうな鉄製の扉を壊すことは不可能だ。
それでもこの状況を打破しようと、フェリは考え込む。思考中、不意にガチャリという音が聞こえた。
鉄製の扉の鍵が開けられた音だ。

「あのう……」

扉を開け、部屋の中に入ってきた人物は眼鏡をかけた少女だった。
彼女の顔には見覚えがある。確か、ハイアと共にいた傭兵団の人間だ。

「……名前を覚えてはいませんが、知ってます。やはり傭兵団の放浪バスですね」

「あ、はい。そうなんです」

ミュンファはどうしていいのかわからない顔のまま、トレイを持って部屋の中へ入ってきた。

「食事を持ってきました。遅くなってごめんなさい」

「いえ……」

フェリが小さく首を振る。
その時、

「どういうことだ!」

「ひゃっ!?」

開きっぱなしになっていた扉の向こうで男の怒鳴り声が響いた。
今まさにテーブルの上に置かれようとしたトレイが音を立て、載せられていた容器の中でスープと水が跳ねた。
もう少し大声が早ければ、トレイに乗っていたものは床にばら撒かれていたかもしれない。

「なんだか、大事になっているようですね」

「あ、ははあは……」

ミュンファは引き攣った笑いを浮かべ、フェリの問いに関する答えを言おうとはしない。

「あの、食事が終わったら言ってくださいね、取りに来ますから。他にもトイレとか、困ったことがあったら言ってください。私、すぐ側にいますから」

「待ってください」

「ふぇ……」

フェリは部屋から出て行こうとしたミュンファの肩をつかんで制止し、止められたミュンファは困ったような顔をする。
それに対して無表情な顔を浮かべていたフェリは、当然のように口を開いた。

「勝手にこんなところに連れてきて1人にする気ですか?暇つぶしに話し相手にでもなってください」

「え?え……」

戸惑うミュンファの答えすら聞かず、フェリはベットに彼女を座らせる。
ミュンファは未だに口論の絶えない部屋の外が気になるようだ。だけどそんなこと、フェリには関係がない。

(今、どうなっているのか……傭兵団が何を考えているのか、探る必要がありますね)

傭兵団の目的は、おそらく廃貴族のはずだ。彼らはレイフォンの中に廃貴族がいると情報をつかんだのだろうか?
ならば自分が捕まったのも納得がいく。自分で言うのもなんだが、レイフォンに対して自分以上に有力な人質はいないだろう。それにフェリは生徒会長の妹だ。これほどの価値がある人質なんて他には存在しない。

(屈辱です。私が足を引っ張るだなんて……)

フェリの身柄と引き換えに傭兵団は廃貴族を、レイフォンの引渡しを要求するつもりなのだろうか?
だが、レイフォンはグレンダンを追放された身であり、グレンダンに帰るなんてことは出来ないはずだ。
廃貴族が憑いたと言う事で例外として帰れるのだとしても、フェリはそんなことをさせるつもりはない。レイフォンと離れ離れになることなど許容できるはずがなかった。

(彼らが何を企んでいるのか探り、この状況を打破する。または隙を見て逃げ出す……大丈夫、私になら出来ます)

無表情な仮面の裏に、フェリは起死回生の策を考えていた。







「どういうつもりだ!?」

フェリのいる部屋の外で怒声を浴びていたのはハイアだった。怒鳴ったのは傭兵団の中で年長の、フェルマウスの次に発言力のある男だ。
その背後には主要な傭兵達の殆どが集まり、この事態に怒りや困惑を示し、ハイアにきつい視線を送っていた。
フェリの誘拐を、他の傭兵達はこのときになって知ったのだ。ハイア以外誰も知らなかった。だからミュンファが食事を持っていくのが遅れた。
ハイアを除く全員が放浪バスから宿泊施設に移動していたため、気づくのが遅れた。

「生徒会長の血縁だぞ。そんなものを誘拐して、何を考えている。しかも生徒会長を襲った?ツェルニを敵に回す気なのか!?」

フェリを監禁している部屋からミュンファの悲鳴染みた声が聞こえ、男は声を落とそうとしたが次第に荒くなってくる。
生徒会長を襲い、その妹を攫ってきた。弁明の余地もない犯罪行為である。

「俺っちが望むのはあいつとの決着さ」

あいつが誰を示すのか、今更言うまでもない。

「ハイア……お前は傭兵団を潰すつもりか?」

男の言葉にハイアは薄く笑った。

「どっちにしたって、もうじき解散さ」

そう答えると、ハイアはグレンダンから送られてきた手紙を示し、その内容を口頭で伝えた。
内容を聞いた傭兵達は動揺する。自分達が傭兵として諸都市を放浪した目的が完遂したと認められ、褒賞を授けるとされているのだ。
それを目的に傭兵になった者も、王家の命として従っていた者も、一様に複雑な顔をしつつもどこか喜びが見え隠れしている。

「後のことは天剣授受者がやってくれるって言ってるのさ。なら、俺っち達はグレンダンに行けばいいだけの話。明日には起こる都市戦が終われば、ここからおさらばするさ。それでここでの問題とはおさらばだ」

「しかし……」

「で、俺っちは別にグレンダン王家がくれる褒賞なんかに興味はないさ」

だが、それでこの問題が都合よく片付くはずがない。
ハイアは堂々と明言するが、傭兵達の不安は払拭されない。

「ここにきて、俺っちが望むのはあいつとの決着さ。それが出来るなら後はどうでもいい。俺っちをここから追い出したいんなら、そうすればいいさ。だが、それは明日の勝負が始まった後でのこと。それまでは誰にも邪魔はさせないさ」

ハイアは笑みを収め、その眼光で傭兵達を威圧した。
傭兵達の中にはハイアを我が子、我が弟に思っている者もいる。先代団長であるリュホウが拾い、リュホウが育てた。この放浪バスの中でハイアは大きくなり、ここまで成長し、他の傭兵達はそれを見届けてきた、
ハイアは自分達を指揮する団長であると同時に、保護すべき家族だった。ハイアがこのような問題を起こすまでは。

「ハイア、何を考えている?」

言葉を詰まらせながら、男は更に尋ねた。
だが、ハイアはもはや何も言わない。その沈黙に、男は苛立ちを感じていた。

「ハイア……今まで俺達はお前のことを家族だと思ってきた。だがこんな真似をしたお前を団長として、家族として見ることは出来ない」

針のように尖った鋭い言葉がハイアに突き刺さる。ここにいる傭兵達の心境を代弁するように、男は宣言した。

「明日なんて悠長なことは言っていられない。今直ぐここから出て行け」

それは決別の言葉。明日だなんて待ってられない。ハイアが何を企んでいるのか知らないが、それらは一切傭兵団には関わりのないことだ。
故に、何か揉め事が起こったとしても傭兵団は一切関知しない。それを示すためにこの件はハイアの独断だとツェルニに弁解し、けじめをつける必要がある。そのけじめがハイアを傭兵団から追放、またはその身柄を引き渡すことだ。
厳しい視線に晒される中、ハイアはまたも薄く笑った。周りの視線に負けないほどに鋭く、厳しい視線で傭兵達を見渡す。それでも彼らは怯まなかった。
今、傭兵達が何を考えているのか、どんな風に考えているのかハイアには理解できる。傭兵達は、彼らは恐れているのだ。レイフォン・アルセイフと言うただ1人の人間を。
彼らの殆どはツェルニにやってくるまで天剣授受者の強さを信じてはいなかった。だが、二度の汚染獣との戦いでレイフォンの強さを存分に見せ付けられ、更には初遭遇の時にハイアがちょっかいをかけた時は返り討ちにあったと言う話しだ。
しかも、誘拐してきたフェリがレイフォンの恋人であることは傭兵団には周知の事実。その怒りの矛先が自分達に向くのは間違いない。
だからこそハイアを追い出し、自分達傭兵団が無実であることをツェルニに、なによりレイフォンに示す必要がある。故にハイアの存在が邪魔であり、今すぐにハイアを追い出したかった。例え、ハイアが家族のような存在だとしても、傭兵達は自分達の命の方が惜しかった。

「……誰に言ってるさ?」

だから気に入らない。傭兵達が保身に走ったことではなく、ハイアは彼らがレイフォン1人に怯えていることが気に入らなかった。
それはハイアが勝負に負け、自分達がレイフォンに殺されると思っているということだ。
グレンダンの名を知らしめた自分達が、最強の傭兵集団であるサリンバン教導傭兵団が、たった1人の学生を恐れている。その事実を情けなく思いつつ、ハイアは自分を追い出そうとする男に向けて殺意にも近い視線を向けた。

「言っただろう、誰にも邪魔はさせないって。明日までは俺っちが団長さ。団長の言うことは絶対。どうしてもって言うのなら、俺っちを倒して止めるさ」

「ぐっ……」

ハイアが男の胸倉をつかみ、ドスの利いた声で宣言する。
子供のような言い分で、我侭だとはわかっている。だが、それでもハイアは止まる気はない。ここまでやって、今更後に退くわけにはいかない。
決着を付ける。必ずレイフォンに勝ってみせる。ハイアはギラギラした瞳で、男を睨みつけていた。






「あなたは、ハイア・サリンバン・ライアのことが好きなんですね」

「ふぇ……あ、その、えっと……………はい」

監禁されている部屋の中で、ミュンファと会話を交わしながらフェリは思う。何でこんなことになったのだろうと。
最初は情報を探り出し、この状況を打破することを考えていた。だけど正直に尋ねても教えてくれるわけがなく、世間話を織り交ぜながら情報を引き出そうとフェリは奮闘していた。
それがどうやったらこのような話題に変化してしまった?
疑問を感じつつも、顔を赤らめて同意するミュンファにフェリは不思議な感情を抱いていた。

(……可愛いですね)

初々しい反応を示すミュンファに、フェリは僅かながら興味を感じる。
フェリにそちらの趣味があるわけではないが、顔を赤くして取り乱し、下を向いてぼそぼそとしゃべり、あわあわと身振り手振りで表現するミュンファはまるで小動物のように可愛らしかった。
彼女は幼い頃からハイアに好意を寄せていたらしく、顔を赤面させながらもこの話題に喰いついていた。

「フェリさんとレイフォンさんは……その、恋人なんですよね?」

「そうと言えばそうですけど、違うと言えば違います」

「え……?」

「結婚することになったんです、私達。ですからフォンフォンと私は恋人ではなく、夫婦になります」

「ええっ!?」

最初は戸惑っていたミュンファも、今ではこの会話をすっかり楽しんでいる。
顔を真っ赤に染めて驚くミュンファを見て、思わずフェリの頬が緩む。

「それに、子供がいるんです。生まれるのはまだまだ先になりますけど」

「わわっ、凄いです!あの、その……触ってみてもいいですか?」

「いいですけど……まだ一月位ですから大きくないですよ?」

羨望の眼差しを向けてくるミュンファにフェリは苦笑を浮かべる。
許可を貰ったミュンファは恐る恐る、丁寧にフェリの腹部をなでた。
ここに新しい命が、レイフォンとフェリの子供がいる。

「凄いです。本当に凄いです!」

「そうですか」

きらきらした表情を浮かべるミュンファに、フェリは微笑ましそうに相槌を打つ。
こんなところに連れて来られ、落ちてしまった気分だが、そんなものが段々とどうでもよくなってくる。
フェリはミュンファの反応を、心置きなく楽しんでいた。

「あ、でも……」

「どうしました?」

不意に、ミュンファの表情が沈んでしまう。きらきらした表情が輝きを失い、申し訳なさそうに下を向く。
フェリは何事かと首を傾げ、ミュンファの答えを待った。

「団長が迷惑をかけてしまって……ごめんなさい」

「そのことですか……」

それは謝罪。フェリはハイアに攫われ、ここへと連れてこられたのだ。その役割は人質。これほど迷惑な話はないだろう。
ハイアに好意を寄せ、彼の幼馴染であるミュンファは、ハイアに代わって深々と頭を下げた。

「別にあなたが気にすることではありません」

「ですが……」

「こちらも兄を襲われて、こんなことになってしまったのでハイア・サリンバン・ライアに対する苛立ちは隠せませんが、あなたに落ち度はまったくないのですから。むしろ、あんな団長を持って気苦労が絶えないでしょう?」

「そうでもないです……今回、この都市に来てからの団長はちょっと変でしたけど、何時もは優しくって、頼りになる団長なんですよ」

多少の皮肉が込められたフェリの言葉に、ミュンファは困りながらもハイアのフォローを入れる。
ツェルニに来て、正確にはレイフォンにあってから様子のおかしいハイアだが、彼は普段ならば本当に頼りになる団長なのだ。
それは傭兵団に所属する誰もが認めている事実である。

「そうですか。あなたは本当にハイア・サリンバン・ライアが好きなんですね」

「ふ、ふぇぇ……」

フェリにからかうように笑われ、ミュンファはまたもあたふたと取り乱す。
彼女をからかうのが癖になってしまうほどに面白い。

「でも、その……こんな目に遭わせてしまった私達が言うのもなんですが、不安じゃないんですか?攫われて、こんなところに監禁されて……私ならとても心細いと思います」

顔を赤くしたまま、ミュンファがフェリに尋ねてくる。
何時の間にかこのような会話を交わしており、誘拐されたことなどまるで気にしていないような反応をするフェリに違和感を感じたのだろう。
フェリは最初こそレイフォンに申し訳なく思い、この状況を打破するべきか考えていたが、今ではかなりの余裕を持っていた。

「そうですね。錬金鋼も奪われた状態で傭兵達から逃げられるとは思っていませんし、この状況では待つしかありませんから」

何を待つのか?
ミュンファの考えを予測し、フェリは当然のように答えた。

「フォンフォンが助けに来てくれるのをです」

フェリは確信していた。傭兵団に攫われた彼女を、必ずレイフォンが助けに来てくれる。
それならば心配する必要はなく、フェリは客観的な態度でその時を待っていた。
レイフォンに対する絶対的な信頼。それをフェリから感じ取り、ミュンファは感心したように息を吐いた。

「はぁ……フェリさんも、レイフォンさんのことが好きなんですね」

「ええ、大好きです」

フェリの堂々とした宣言に今度はミュンファが微笑み、座っていたベットから腰を上げる。

「すいません、そろそろ行かないと……」

「そうですか。呼び止めてしまってすいません、楽しかったですよ」

「いえ」

そろそろハイアたちの元へ戻ろうと、ミュンファは立ち上がって扉へと向かった。

「あの……絶対に悪いようにはしませんから。ですから、心配しないでください」

そういい残して、ミュンファはがちゃりと扉を閉める。
鍵のかけられる音を聞き、フェリは小さくため息をつく。

「面白い子ですね。そしていい子です……まぁ、ハイア・サリンバン・ライアは気に入りませんけど」

僅かな悪態をつきながらも、フェリは微笑ましそうに笑っていた。







「当然の結果だな」

放浪バスの屋根に座っているハイアに向け、フェルマウスは冷めた声をかける。
相変わらずの機械音声で感情を感じ取ることは難しいが、その声は確かにハイアを責めているように感じた。

「あの、フェルマウスさん……一体何が?」

今までフェリの部屋にいたミュンファは、その異質な空気に疑問を持つ。
外に出て何時もとは違う雰囲気に不安を持ち、フェルマウスにその答えを求めた。

「ミュンファか。実はな……」

その異質な空気の正体、それはハイアと傭兵達との決別。
レイフォンとの勝負を望むハイアだったが、レイフォンとは敵対したくない傭兵達はハイアの望みに対して非協力的だった。
勝負は明日だと手紙には書いたが、レイフォンがフェリを取り返しに攻めてくる可能性だってある。見張りとして放浪バスで待機する者、擬態としてこれまでどおりに宿泊施設に待機する者と分かれたが、レイフォンと生徒会長を監視するための人員は割けなかった。
もし見つかりでもしたら、これ以上ないほどにレイフォンを刺激してしまうからだ。正直な話、今すぐにでもハイアを引き渡してこの厄介ごとに蹴りをつけたいと思っている傭兵が殆どだ。
だけど傭兵達にハイアを取り押さえるほどの実力はなく、出来るのは無言の抵抗くらいなものだ。見張りだってレイフォンが攻めてきて、自分達の足である放浪バスを壊されては困るからであり、別にハイアのためではない。
家族の様な関係だった傭兵達は、ハイアの行動一つで他人の様な存在になってしまった。
それがこの異質で、ぎすぎすした空気の正体だった。

「……正直、悪かったとは思っている。だけどこればっかりは俺っちとレイフォンの問題で、口出しはしないで欲しいさ」

「違うな。これはもはやお前だけの問題ではない。ヴォルフシュテインは……レイフォンは必ず傭兵団に報復に来るぞ」

「はっ、むしろ好都合さ。そのために嬢ちゃんを、レイフォンの恋人を攫ってきたんだからな。あの甘ちゃんなら、絶対に来るさ」

フェルマウスの言葉に、ハイアは軽い笑みを浮かべて返答する。
手は尽くした。後はレイフォンを待つだけだ。フェリが囚われたこの状況、レイフォンなら間違いなく条件を飲む。
明日の一騎打ちを受け入れ、刀を使ってハイアと相対することになるだろう。何せ彼は甘ちゃんだ。
ハイアはそう思いながら、笑っていた。

「あの、団長……そのことなんですけど、恋人じゃないらしいです」

「はぁ?どういうことさ、ミュンファ」

笑っていたハイアは、ミュンファの言葉に笑いを止めた。
恋人じゃないと言う彼女の発言に、もしやこの策は失敗してしまったのかとハイアは戸惑う。
だが、これまでのレイフォンやフェリの関係を見るに、これで恋人でなければなんなのかと思ってしまう。
首を捻るハイアに向け、ミュンファは先ほどフェリと話した内容をハイアへと話した。
子供が出来、結婚することとなり、レイフォンとフェリは夫婦になると言う事。
それを聞いたハイアは、口をあんぐりと開けて呆けていた。

「………俺っち、もしかして悪者じゃね?」

「今更過ぎるな」

ハイアのつぶやきに、フェルマウスの冷めた視線が更に気温を下げた気がした。
つまりハイアは義兄を襲い、妻を攫い、必然的に子供までも攫っていた。その事実に今度は乾いた笑みを浮かべるハイアだったが、あえて前向きに考える。

「まぁ、これでレイフォンが来る確実性が増したってことさ。どの道嬢ちゃんを攫った時点で俺っちは悪者さ。今更後には退けない。前に進むしかないさ」

「ハイア、お前は何を考えている?」

「あん?」

そんなハイアに向け、フェルマウスは男と同じ事を尋ねた。
ハイアが望むのはレイフォンとの勝負だ。その舞台にレイフォンを引き寄せる方法に問題があるが、それは別に良い。フェルマウスが問いたいのはその考えにいたった訳であり、自分なりの推測を述べた。

「あの手紙の通りなら、もうすぐ傭兵団は解散だ。だから、他人に壊されるなら自分で壊してしまえと考えたわけではないだろうな?」

「アホらしい」

フェルマウスの推測染みた冗談を、ハイアは一笑した。

「では、どうして先走った?」

「……ここは俺っちの家さ」

腰掛ける放浪バスの屋根をなでながら、ハイアは答えた。

「ここで育ってきた。生まれた都市には良い思いでなんかない。ここが俺っちの家さ」

「ああ、そうだな」

フェルマウスの脳裏に、ハイアを拾ってからの日々が流れた。
孤児だったハイアが傭兵団で暮らすようになり、リュホウに懐き、サイハーデンの技を磨き、団長となった思い出深い日々。
フェルマウスは厳しい視線でハイアを見つめていたが、それはハイアを本当に大切に思っているからこそだ。

「だけど、故郷を持ってる連中にとってはここよりも生まれた場所が、育った家のベットのほうが気持ちいいだろうさ。だけどさ、そのベットが気持ちいいからって、何時までもそこに居座るわけにはいかないさ」

「ハイア……」

屋根をなでる手が止まる。
フェルマウスは理解した。ハイアは独り立ちしようとしているのだ。傭兵団と言う家から、家族から。失われる前に自ら旅立とうとしているのだ。
だが、普通に独り立ちした者には帰る家が残る。独りに疲れた時に迎えてくれる家族がある。
ハイアにはそれがない。傭兵団がグレンダンに戻る時、それはサリンバン教導傭兵団がなくなる時だ。事実がどうなるかはわからないが、ハイアはそう思っている。

「ここを出て、どうするつもりだ?」

「さあ?」

振り返ったハイアは、何時もの顔に戻っていた。

「とりあえずは適当にいろんなところをぶらついてみるさ。流れ者らしくさ~」

「私もっ!」

今まで黙って話を聞いていたミュンファが、不意に大声を上げた。
大声を上げたことに顔を赤くして俯いてしまったが、すぐに決心を固めた表情でハイアを見る。

「私も……一緒に行きます」

「えー」

ミュンファの勢い込んだその言葉に、ハイアは渋い顔をした。

「未熟者のミュンファは邪魔さ~」

「う……」

その言葉に涙目になった彼女を見て、ハイアは思いっ切り笑った。

「あはははは!嘘嘘。好きにすればいいさ」

「え……本当に?」

「俺っちはもう団長じゃなくなるさ。それなら、ミュンファに命令する権利もない。好きにすればいいさ」

「うん……うん」

涙を拭いながら笑みを作るミュンファに、ハイアは肩の力を抜いて笑いかけた。

「ハァァァイアくゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」

その瞬間、絶望が舞い降りた。

「……………え?」

ミュンファの胸から刀身が生える。彼女は何が起こったのか理解することができなかった。それはハイア達も同じようだ。誰もレイフォンの殺剄に気づかず、ここまでの接近を許してしまった。
気が付けば血を吐き、意識が遠のいていく。正面に居たハイアの表情が驚愕に染まっていた。

「くかきけこかかきくけききこくけきこきかかか!」

不気味な声が聞こえる。ミュンファにはそれが笑い声だとはわからなかった。
彼女の後ろでは刀を突き刺した人物、レイフォン・アルセイフが歪んだ笑みを浮かべていた。
その存在を認識し、遅れて現状を把握したハイアは感情の限り叫んだ。

「レイフォォォン!てめぇぇぇ!!」

その感情は憤怒。激情のままにハイアは錬金鋼を復元させ、レイフォンに切りかかる。
対するレイフォンは冷静で、ミュンファを突き刺した刀を抜くと、彼女の髪を乱暴につかんで盾の様に構えた。

「くっ……」

ミュンファを盾にされた以上、ハイアはその手を止めるしかない。
動きの止まったハイアに向け、レイフォンはにやりと笑って強烈な蹴りを放った。

「がっ!?」

まるで大質量の物体に撥ね飛ばされたようにハイアは吹き飛び、地べたを転がった。
腹部から鈍い痛みがする。もしかしたら肋骨が2,3本は折れたかもしれない。

「はっ、愉快な真似をしてくれるさ……」

それでもハイアは立ち上がり、負傷を隠しながらレイフォンへと立ち向かう。
口元がつりあがり、怒りを噛み殺しながら虚勢を張る。

「勝負は明日だと書いてあっただろうが、レイフォン!今まで武芸一筋だった馬鹿は字すら読めないのかさ!?」

「素敵な招待状を貰って、あまりにも楽しみで早く来すぎてしまったんだよハイアくゥゥゥン!こう見えても僕は繊細で、ツェルニの入学式の前日は全く眠れなかったんだ」

レイフォンの口元もつりあがっていた。
ハイア同様に、もしくはそれ以上怒りを噛み殺した雰囲気が存分に伝わり、思わず背筋が震える。
今まで何度かレイフォンとはもめたが、ここまで感情的になったレイフォンと対面するのは初めてだ。餌(人質)が良く利いたとハイアは判断し、更に感情を昂らせようと挑発的に口を開いた。

「ふざけた真似をしてくれるさ。そんな事して、あの嬢ちゃんが無事でいられると思ってるのか?」

それはもちろんブラフだ。人質は無事でないと人質の価値は無い。
本来なら要求の日時を破り、ミュンファにこのような危害を加えた時点で破綻しているが、少なからず効果はあるはずだ。

「……は?」

そして効果は、十分すぎるほどにあった、ありすぎてしまった。
ハイアは決して言ってはならないことを、冗談でも口にしてはならないことを言ってしまった。

「レストレーション02」

一言、たったの一言でレイフォンが持っていた刀が姿を変え、刀身が鋼糸へと変化した。
汚染獣戦であの鋼糸の恐ろしさを見せ付けられたハイアは接近戦はやばいと判断し、レイフォンから距離を取ろうとする。
如何に刀に自信があるとはいえ、数百数千、または数万にも及ぶ鋼糸の斬撃をかわしきるなんてことはできない。
鋼糸による遠距離攻撃をされては、ハイアに打つ手はない。
だけど、鋼糸の斬撃はハイアには向かわなかった。

「ぐあっ!?」

「フェルマウスッ!」

鋼糸の先が向かったのはフェルマウス。鋼糸の斬撃は容赦なく、フェルマウスの右腕を切り飛ばした。
宙を舞うフェルマウスの腕。それが地面に落ちた時、ハイアは新たな激情をレイフォンへ向ける。

「レェェェイフォォォォンッ!!」

「やってみろよ、その後でお前が、お前達がこの世に一欠けらでも存在してられると思っているなら!フェリに傷ひとつでもあったら、お前らを一万回殺しても足りないぞ!!」

腕を切り飛ばしただけで、フェルマウスは死んではいない。これはあくまで牽制だ。
その効果は存分にあったようで、ハイアの怒りを煽ることに成功した。
彼が冷静な判断力を失えば、それは何かと都合が良い。
だが、こちらも熱くなっていることに気づき、レイフォンは息を吐いて落ち着こうとする。

「……人質を取っているのはお前だけと思うな。鋼糸が届く限り、そこにいる奴は全員人質だと思え」

「ぐっ……」

レイフォンの言葉に、ハイアは歯噛みをする。
ミュンファは髪を乱暴につかまれて持ち上げられており、完全に意識を失っているようだ。だが、命に別状は無い。
胸を貫かれはしたものの心臓は外れ、肺の辺りを刀身は貫いていた。このまま放っておくのはまずいが、急を要すると言うことはないはずだ。
フェルマウスに関しては右腕を切断されただけだ。出血は酷いが、用兵でも年長組みであるフェルマウスは落ち着いて止血している。
病院に行けば斬られた腕も縫合できるため、あせる必要は無いだろう。
だが、レイフォンの無数の鋼糸から2人を護り切る事はできない。アレはただでさえ厄介だと言うのに、防衛線になってしまえば万に一つの勝ち目も無くなる。

「ハイア!」

「っ!?」

異変を感じ取り、見張りとして散っていた傭兵達が戻ってくる。
レイフォンの存在に気づいた者達は動揺しながらも、錬金鋼を復元して臨戦態勢を取っていた。
その反応を、レイフォンは嘲笑う。

鋼糸が動いた。視認すら難しい凶悪な凶器。
それらが地を走り、傭兵達を取り囲んでいた。

「ぎゃっ!?」

「あ……」

「はっ……?」

次の瞬間、鋼糸が一斉に天を突く。
鋼糸による針の柱がいくつも出来上がり、それが傭兵達の体を貫いた。
どんなに数が増えようと関係ない。リンテンスに教えられた鋼糸の技は、集団を倒すときにこそ真価を発揮する。

「お前達!」

ハイアが叫んだ時はもう遅い。ハイアを除いて傭兵達は皆、鋼糸によって貫かれていた。

「フェリを攫っておいて、そっちは暢気にラブコメだなんていいご身分だな……殺したくなるだろ?」

「レイフォン!レイフォン!!レィィフォオンっ!!!」

「前に自分の事を戦場の犬と言っていたが、本当に犬みたいに吠えてうるさい。別に殺してはいない、急所は外している」

ハイアの殺気が増してくる。だけどレイフォンはそれをあっさりと受け流し、要求を述べた。

「フェリを返せ。さもないと止めを刺す」

気を失っているミュンファを乱暴に引き寄せ、ハイアを睨み付ける。
つまりはここにいる傭兵、全てが人質だ。レイフォンは鋼糸を操り、一瞬で全員の息の根を止めることができる。
つまり、手詰まりだ。

「てめぇ……そいつらは関係ないだろうが」

「フェリを誘拐したお前が言うのか?早くしろ、僕はあまり気が長くないんだ」

悪態をつくが、全くの正論だ。先に人質を取ったのはこちらであり、言い返すことができない。
ここまで傭兵達を巻き込んで言うことではないが、ハイアが望むのはレイフォンとの一騎打ちだ。
決着をつけ、後腐れなく傭兵団から去るのが目的だ。故にこんな馬鹿馬鹿しいことで、関係の無い傭兵達を犠牲にするつもりは無い。

「……………………わかったさ。嬢ちゃんを連れてくる。それで、こいつらには手を出すな……」

それは苦渋の選択だった。せっかくフェリを攫ってきたと言うのに、レイフォンの脅しに屈してフェリを差し出す。
まるで負けてしまったようだとハイアは唇を噛み締める。

「わかった、フェリが無事に戻ってくるなら僕も文句は無い。その上で受けてやるよ、刀を使ったお前との本気の一騎打ちを」

「………はっ?」

その言葉に、ハイアは呆けてしまう。
レイフォンは刀を使うことを拒んでいたはずだ。それにハイアから見たレイフォンの甘い性格では、勝負を真剣にやらない可能性だってある。
だけど今のレイフォンは、そんなハイアの予想を吹き飛ばすほどに闘志に溢れていた。

「まさかこんなことをして、ただで済むと思っているのか?二度とこんなことができないように、犬を徹底的に躾けてやるよ」

「くっ、はは……言ってくれるさ、レイフォン!」

フェリを誘拐したことがそこまでレイフォンを怒らせていたようだ。
レイフォンはハイアを徹底的に叩きのめそうとしている。だがそれこそがハイアの望んでいることであり、目的だった。
ハイアは溢れてくる笑みを隠せずに、レイフォンを睨み付けた。

「上等さ。やれるもんならやってみろ!」

そう言い残し、ハイアは監禁しているフェリの元へと向かった。






「フォンフォン」

「大丈夫でしたか?フェリ」

レイフォンは笑う。先ほどの不気味な笑顔や、殺伐とした雰囲気は一切なくなっていた。

「さて、要求は呑んだんだ。今すぐ俺っちと戦えと言いたいところだが、マズはこいつらを病院に連れて行かないと……」

ハイアはそんなレイフォンに向け、この場はこれで収めるように促した。
急所が外れているとはいえ、腕を切断されたフェルマウスだっている。早いところ病院へ連れて行った方がいい。

「ああ、ハイア。さっき言った事だけど……」

レイフォンは笑う。意地の悪い、まるで悪人のような微笑を浮かべていた。

「ごめん、アレは嘘だ」

「はあ?」

ハイアが間の抜けた声を上げる。彼が状況を理解するよりも早く、レイフォンの鋼糸が辺りを走り回った。
レイフォンが気がかりだったのはフェリの身の安全のみ。彼女が無事なら、後は何の興味も無い。
傭兵団がいても邪魔なだけなので、この機にまとめて処分する。そもそもレイフォンに躾を行うつもりは皆無であり、二度とフェリにちょっかいをかけないように傭兵団を壊滅させるのがレイフォンの目的だった。
鋼糸の嵐は、地に横たわっていた傭兵達の体を容赦なく切り刻んだ。

「くくくっ、ははは!」

「は、え……?」

レイフォンは笑う。ハイアは何が起こったのか理解できないでいた。
飛び散る傭兵達の手足。その光景を見て、ハイアの表情は青白く染まっていた。

「安心しろ、ハァァァイアくゥゥゥゥゥゥゥゥン。切ったのは手足だけだ。まだ生きている。だけど、このまま放っておいたら間違いなく出血多量で死ぬね」

「ふざけろぉぉ!!レイフォンっ!」

ハイアは完全に切れた。何時もの余裕のある態度は完全に吹き飛び、怒りのままにレイフォンに刀を向けてくる。
だけどそれはあまりにも無謀で、あまりにも愚かな行為だ。

「笑えるほど愉快な死体(オブジェ)にしてやる」

レイフォンの宣言と共に鋼糸を刀身へと戻し、ハイアの刀とレイフォンの刀が交錯した。
ぶつかり合う刃と刃。だけど力の差は歴然だった。

「ぐがっ!?」

一撃、たった一撃でハイアが吹き飛ぶ。
あまりにも膨大な剄によって強化されたレイフォンの身体能力。どんなに剄を流しても決して壊れない、天剣にすら匹敵する錬金鋼。
その一撃はもはや人間の限界を優に超えている。

「このっ、化け物が……」

そして気づいた、自分の刀に走った亀裂に。
武器破壊の技である蝕壊を使わずに、純粋な破壊力のみで、力技のみでレイフォンはハイアの錬金鋼を破壊しかけていた。
腕に響いた重い手応えに、ハイアは背筋に冷たいものを感じた。

「よそ見していていいのか?」

「っ……そうか、そう言う事か!レイフォォォォン!!」

追撃をかけてくるレイフォンの姿を確認し、ハイアは確信した。
ツェルニを襲った異変、その終わりと同時に姿を現したレイフォン。
そして何より、彼の背後にいる存在にハイアは絶叫を上げる。

「廃貴族を……」

ハイアは確かに見た。レイフォンの後ろにいた黄金の牡山羊、廃棄族の存在を。
だが、それを確認することはできても、レイフォンの斬撃を確認することはできなかった。

「らあぁっ!」

気合い一閃。レイフォンの叫びと共にハイアの左腕が宙を舞う。
刀は右腕に持っていたから無事だが、ハイアの左腕は完全に使えなくなった。

「達磨の様にしてやる」

「っ!?」

腕を切断された痛みにもだえる暇も無く、ハイアは全身の毛穴から冷や汗を噴出し、すぐさまレイフォンから距離を取る。
絶え間なく出てくる血の存在すら忘れ、レイフォンの新たな姿に目を見開いていた。

「なんだそれ……なんなんだそれはさぁ!?」

レイフォンの新たな姿、それは漆黒の翼だった。
背中から半物質化した剄を噴射し、翼の形状を形作っている。

「絶望しろ」

この宣言と共に、レイフォンの憎悪がハイアに襲い掛かった。





































あとがき
やっぱりSSは大変ですね、今回も難しかったです……
ハイアはどう処刑するつもりなのか、ヤンデレイフォンはどう書くべきか、そこに苦労しました。
ちなみに原作では都市戦当日にレイフォンとハイアが戦ってましたが、この話では前日です。フォンフォンは暢気に明日を待ってられなかったと言う事で(汗
それから、原作ではサヴァリスがツェルニに渡る時にレイフォンが邪魔になるかもと傭兵団に手紙を送って阻止させようとしていましたけど、レイフォンとサヴァリスは既にマイアスで遭遇してましたので、その部分はカットしました。
ですのでハイアは傭兵団の面々と孤立し、このような展開に。そこは生徒会長襲ってしまったんで、やっぱり仕方が無いですね(滝汗

話の構成も難しかったですが、今回一番難しかったのはやっぱりレイフォンの口調です。
完全に切れた言葉遣いと、ネタに走った口調でめちゃくちゃ大変でした。
一応違和感ないように訂正を入れてみたりはしましたが、どうだったでしょうか?
なんにせよ、次回で傭兵団との揉め事、フェリの誘拐に関しては終了する予定です。その次は都市戦ですね。
更新がんばりたいと思います。



[15685] 53話 病的愛情(レイフォン)暴走
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:a5553e4d
Date: 2011/04/07 17:12
注意 今回、少々グロテスクに書いてしまったかもしれません。そういった耐性がない方は、読む時にお気をつけください。




























ハイアに攫われたと言うのに、フェリは自身の身を一切心配していなかった。
その理由は確かな信頼。レイフォンならば必ず助けに来てくれると言う確信。
フェリはレイフォンを信じているからこそ慌てず、騒がず、こうやって冷静に助けを待つことが出来た。
念威繰者であり、錬金鋼を取り上げられたフェリにはそれしか出来ないとも言えるが、なんにしてもフェリは待つ。最愛の人が、レイフォンが助けに来てくれるのを。
そして、助けは思ったより早く来た。フェリが待つと決意したその日の内にレイフォンが現れ、ハイアはフェリをレイフォンの前に連れ出す。
そんなフェリを出迎えたレイフォンは、包み込むように優しい笑顔を向けてくれた。彼女の無事を心から喜び、安堵した笑顔。その表情に思わず癒されるフェリだったが、次の瞬間レイフォンの表情が一変した。

「さて、要求は呑んだんだ。今すぐ俺っちと戦えと言いたいところだが、マズはこいつらを病院に連れて行かないと……」

ハイアのこの言葉が引き金となる。
レイフォンは笑顔を浮かべていた。だけどその表情は、先ほどの笑顔とはまったく質の異なるもの。
意地の悪い、悪人のような笑みを浮かべていた。

「ああ、ハイア。さっき言ったことだけど……」

フェリは気づく。レイフォンの鋼糸によって貫かれ、拘束されている傭兵達の存在に。
おそらくは彼らを人質とし、レイフォンはハイアと交渉したのだろう。
それは理解できた。理解することは出来たが……

「ごめん、アレは嘘だ」

「はあ?」

ここから先の出来事は、フェリの理解の範疇を超える。
レイフォンは歪んだ表情で鋼糸を操り、傭兵達を切り刻んだ。
手足が飛ぶ、血飛沫が舞う。鮮烈な光景にフェリの表情は引き攣った。

「くくくっ、ははは!」

「は、え……?」

レイフォンの笑みが理解できない。フェリの表情はハイアと同じように青白く染まり、背筋に悪寒が走る。
ガタガタと体が震える。怖い、愛しい人相手に、レイフォンを前にして、フェリは恐怖を感じていた。

「安心しろ、ハイア。切ったのは手足だけだ。まだ生きている。だけど、このまま放っておいたら間違いなく出血多量で死ぬね」

「ふざけろぉぉ!!レイフォンっ!」

レイフォンとハイアの会話に現実味が感じられず、悪い夢でも見ている気分になる。
思わず自分の肩を抱きしめたフェリは、新たに地に倒れている少女の存在に気づいた。

「みゅん、ふぁ……?」

ハイアに好意を寄せ、先ほどフェリと談笑していた少女、ミュンファ。彼女は胸を貫かれ、力なく地面に突っ伏していた。
誰がやったのかなんて考えるまでもない、レイフォンだ。レイフォンが他の傭兵達と同じように、ミュンファを襲った。

「ふぉん、ふぉん……」

声すらも震える。本当にアレはレイフォンなのかと、フェリは我が目を疑った。

「ぐがっ!?」

レイフォンの強烈な一撃にハイアが吹き飛ぶ。
今の一撃で、純粋な力技で、武器破壊などの剄技を一切使わずにハイアの錬金鋼は致命的なダメージを受けていた。

「このっ、化け物が……」

ハイアの言葉は、まさに今のレイフォンを表しているようだった。
自分が愛した人は、我を忘れて暴れまわる化け物、汚染獣のように見える。

「よそ見していていいのか?」

「っ……そうか、そう言う事か!レイフォォォォン!!」

ハイアに追撃をかけるレイフォン。そんな彼の背後にいる存在が、そんな考えに拍車をかける。

「廃貴族を……」

黄金の牡山羊、廃貴族。狂った電子精霊は、今まさに狂っているレイフォンを現しているようだ。
次の瞬間、視認することすら不可能なほどに速い斬撃がハイアに襲い掛かる。

「らあぁっ!」

気合一閃。レイフォンの叫びと共にハイアの左腕が宙を舞う。
レイフォンは更なる追撃をかけようと、ハイアに肉迫した。

「達磨の様にしてやる」

「っ!?」

腕を切断された痛みに悶える暇もなく、ハイアは肉迫してきたレイフォンからすぐさま距離を取った。
大量に流れてくる自身の血液の存在すら忘れ、レイフォンを凝視していた。

「なんだそれ……なんなんだそれはさぁ!?」

思わずフェリも凝視する。理由はレイフォンに起こった異変。レイフォンは背中から半物質化した剄を噴射し、翼の様なものを展開した。
それは黒かった。全てを塗り潰すように真っ黒で、夜の闇のように暗い漆黒の翼。

「絶望しろ」

底冷えするほどに冷たい声が辺りに響き渡る。聞いた者、全てを絶望の底に叩き落すような声。
フェリの目の前では、圧倒的な力によってハイアは成す術もなく甚振られていた。





「自分から勝負を望んでおいてその様とは、無様だね」

「……黙れ」

ハイアはレイフォンの冷笑に苦々しく反論する。
実力差、戦力差は圧倒的。ハイアは左腕を切り落とされ、右手1本でレイフォンを相手取らなければならない。
だが、仮に左腕が無事で、両腕を使えたとしてもこの結果は変わらないだろう。膨大な活剄で強化されたレイフォンの身体能力は高く、存分に剄を注いでも壊れない錬金鋼は強力無比な破壊力を持っていた。
速く、鋭く、強烈な連撃。今にも瓦解してしまいそうな錬金鋼では受け止めることが出来ず、ハイアは回避に専念していた。

「くっ!?」

「遅い」

背後に飛び、ハイアはレイフォンから距離を取ろうとする。だが、レイフォンはハイアが下がるよりも早い速度で踏み込み、距離を一瞬で詰めた。
ハイアの身体能力ではレイフォンの身体能力に勝ち目はなく、次のレイフォンの一撃を避ける術はなかった。

「かはっ……」

刀ではなく、強烈な蹴りが再びハイアの腹を襲う。
折れた肋骨は更に粉砕され、粉々に砕けた。臓器に突き刺さったのか、口からは血が逆流してくる。
ハイアは数十メルほど吹き飛ばされ、受身すら取れずに地面を転がった。

「がはっ……ごほっ……ざけろよ、レイフォン……」

血を吐き出しながらもハイアは起き上がり、ギロリとレイフォンを睨みつける。

「今……切ろうと思えば切れただろうが……殺ろうと思えば殺れたはずさ……なんで切らない?なんで殺らない!?」

切れる隙があったと言うのに、殺れる隙があったと言うのに、レイフォンはそれをやらなかった。斬撃ではなく、あえて殺傷力の低い蹴りでハイアを吹き飛ばした。
問い質されたレイフォンは、冷酷に言い放った。

「そんなの決まっているだろう?簡単に死なれたらつまらないからだ。自分から殺してくれと願うまで弄んで、その上で殺してやるよ」

「はっ……やってみろ」

レイフォンの言葉を一笑し、ハイアは構え直した。
左腕がないと言う違和感に戸惑いながらも、未だに勝利を諦めずにハイアはレイフォンに立ち向かう。
力の差は歴然としている。だが、ここまできて今更引き下がるわけにはいかない。せめて、一矢報いてやろうとハイアは策を巡らせた。

「ああ、やってやるよ」

だが、レイフォンはそんなものなど真正面から破ってくる。力押しで、強引にハイアの策を潰す。
数十メルほどあったレイフォンとハイアの距離だが、レイフォンは目にも止まらない速さで詰めた。いや、正確には目にも映らない速さだ。
ハイアはレイフォンが何時動いたのか理解できずに、何も対策を取ることができずに接近を許してしまった。
旋剄や、サイハーデン刀争術の水鏡渡り(みかがみわたり)とは比べ物にならない移動速度。それは音を置き去りにし、レイフォンが通り過ぎた今更になって地面を踏み砕いた音が聞こえた。
音速を超える速さ。レイフォンは最初の一歩だけ地面を蹴り、膨大な剄の塊である背中の黒い翼から衝剄を飛ばし、驚異的な加速を生み出した。
同じように背中から衝剄を飛ばし、加速する背狼衝と言う剄技があるが、これは発する衝剄の量や加速力が比べ物にならない。
それに音速以上の速度で動くと言うことは、それだけで周囲に計り知れない被害をもたらす。
レイフォンは超音速で動くことにより空間を切り裂き、とてつもない衝撃波を生み出していた。
故にただ通過しただけ。通り過ぎただけで不可視の真空の刃がハイアに襲い掛かった。

「ぐっ、がぁ……!?」

避ける術もなく、ハイアは真空の刃によって体をズタズタに切り刻まれる。
全身に走る切り傷。飛び散る血。ハイアの左腕から流れる血も合わさって、彼の全身は真っ赤に染まっていた。

「あ……今の技で制服がボロボロだ。これ、結構高いんだ……よ!」

「がっ!?」

超音速で動いたために、その余波でビリビリに破けてしまった制服を気にしながらレイフォンはもう一度蹴りを放つ。
ハイアは上段回し蹴りを頭部に喰らい、ボールのように飛んでいった。飛ばされた先は傭兵団の放浪バス。硬い車体に背中を受け止められ、ハイアは血塗れで咳き込む。

「かはっ、ごほっ……」

「その右腕、いらないよね?左腕もないんだし、バランスを考えて切断しようか」

レイフォンは淡々と言い放ち、刀を振りかぶった。
ハイアは今までのダメージが蓄積し、避けるどころか立っていることすら困難な状況だ。そんなハイアに遠慮など一切せず、レイフォンはギロチンのように刀を振り下ろした。

「あ゛あ……っ!?」

「ははっ、無様だね。本当に無様だ」

右腕までもが飛ぶ。両腕を失い、刀すら握れなくなったハイアは苦痛に染まった表情で悶えていた。
それだけではない。レイフォンの太刀筋は背後にあった放浪バスまでも見事に切断していた。硬い装甲を持つ放浪バスが、まるでケーキのように容易く両断されていた。

「レイ、フォン……」

ハイアは地面に倒れて悶える。自身を切り刻まれた痛みだけではない。放浪バスを、家を壊されたことによる痛みが彼の心に走っていた。
衣食住をこの中で過ごし、傭兵達と、今は亡き師であるリュホウと共に都市間を旅してきた。
その放浪バスが破壊された。レイフォンの手により、真っ二つに両断されてしまった。

「ぐっ、ぁぁ……レイ、フォン……」

だが、ハイアは痛みに悶えるだけで起き上がれない。
今すぐにでも立ち上がり、刀でレイフォンに切りかかりたい。だけど、刀を握るための手がもうない。
全身の出血が止まらず、もう洒落にならないほどの血液が流れている。こんな状況では、剄を満足に練ることすらできない。
それだけではない。この大量の出血はハイアの熱を、体力を奪っていく。声を張り上げるのすら辛くなり、ハイアは掠れた声を上げながらレイフォンを睨むことしかできなかった。

「負け……る、わけには……いかない、さ……」

「負けるわけにはいかないって、もう既にボロ負けだと思うんだけど?」

冷ややかに投げかけられるレイフォンの言葉。
だが、ハイアの瞳には未だに闘志が宿っていた。

「お前なんかにわからないさ……当たり前のように天剣を授かり、なんの戸惑いもなく全てを捨てる……天剣も、サイハーデンの刀も……」

ハイアはレイフォンに嫉妬していた。天剣授受者になったのにサイハーデン刀争術を捨て、あまつさえは天剣まで捨てたレイフォンのことを。

「俺っちだって……俺っちだってサイハーデンの継承者だ……リュホウの弟子だ!」

そんなレイフォンに自分が劣っているとは思えない。師であるリュホウが、レイフォンの師であるデルクに劣っているとは思えない。
ハイアは掠れた声で精一杯叫んだ。

「だからどうした?そんなことがフェリを攫った理由になるか!!」

だが、レイフォンにはそんなこと関係ない。ハイアの言葉に心底どうでもいいと思いつつ、フェリを巻き込んだハイアに向けて怒鳴る。

「証明するのさ……俺っちの生き様を、傭兵団として過ごした日々が無駄ではなかったことを……」

だからハイアは、レイフォンに戦いを挑んだ。
戦って、勝利し、証明するために。

「そしてリュホウは、俺っちの親父は、決してデルクなんかに劣っていなかったと言うことを!」

師は、彼の父親は凄かったと証明する。

「リュホウは……ずっと気に病んでいたのさ。サイハーデン継承の務めをデルクに任せ、自分は勝手に外の世界に出てしまったことを。だからこそ……デルクの弟子が天剣授受者になったことを知った時、心から喜び、本当に嬉しそうな顔を見せた」

リュホウは喜んでいた。デルクが自分の代わりに、サイハーデン継承の役目を立派に成し遂げたことを。
弟子が天剣授受者になる。師として、これ以上ない誉れである。
だからリュホウは心から喜び、まるで自分のことのように嬉しそうな顔をしていた。

「でも、それじゃ駄目なのさ。リュホウの重荷を払ってやるのはお前じゃない。親父に笑顔を与えるのは、俺っちじゃなきゃ駄目だったのに!」

それがハイアには悔しかった。顔も知らない相手が師に、義父に認められ、彼が長年抱えていた重荷を取っ払ったことが。それは自分の役目のはずだ。
彼の息子で、弟子である、このハイア・サリンバン・ライアの役目のはずだ。

「今となってはもう……お前を倒すことでしか親父の期待に応えられないのさ。だから俺っちは……お前を倒さなければいけないんだ!!」

ハイアの必死の叫びを聞いたレイフォンは冷静で、冷酷で、冷笑を浮かべながら、

「どうでもいい」

そう断言し、ハイアの腹部に刀を突き刺した。

「………っ!?」

もはや痛覚が麻痺していた。刺されたのに痛みを感じず、苦痛の声すら満足に上げられない。
刀を抜いたレイフォンは、もう一度ハイアの腹部に刀を突き刺す。

「どうでもいいんだよ、そんなこと。答えにすらなってない。だから?それがどうした?そんなどうでもいいことでフェリを攫ったのか?殺すよ」

何度も何度も、ハイアの腹部に刀を突き刺し続ける。
痛覚を感じないハイアの反応は次第に薄くなっていき、意識が朦朧としているようだった。
それでもレイフォンは手を止めない。ハイアを突き刺し続け、憎悪に染まった表情で言葉をつむぐ。

「お前がどう思っていようと勝手だが、それに僕を、フェリを巻き込むな。サイハーデン?天剣授受者?今の僕にそんなものはどうでもいい。そもそも倒す、倒さない以前にこんなにもハッキリと実力差が現れているだろう?」

レイフォンの本気を前に、ハイアは成す術もなく敗北した。
廃貴族が憑いているレイフォンには大きなアドバンテージがあったが、別に廃貴族が憑いていなくともこの結果は変わらなかっただろう。
刀を使う要求を呑む、呑まない以前に、ハイア相手ならば鋼糸を使って遠距離から一方的に弄ればいい。

「わかるか?お前じゃ僕には勝てない」

「……………」

レイフォンの問いかけに、ハイアは答えない。いや、この場合は答える力すら残っていないと言うのが正しい。
刀を突き刺し続けているのに、ハイアはまったく反応を示さなくなった。
飽きを感じたレイフォンは、舌打ちを打って突き刺す手を止める。

「もういいから……死ね」

倒れているハイアに向け、レイフォンはまたも刀を振り上げる。
またもギロチンのように刀を振りかぶり、今度はその刀でハイアの首を両断しようと構えるレイフォン。
間違いなく止めを刺す気だ。

(これは、死ぬかも……)

手は既になく、ぴくりとも体を動かせない。
痛覚すら感じない体に違和感を感じつつ、ハイアは霞んだ視線でレイフォンを見つめた。
情けなんて微塵も期待できない、本気で殺すような視線。

「っ………」

もはや、この現実は避けようがない。ハイアは覚悟を決め、瞳を閉じた。
だが、不意に痛覚のなくなった体に違和感を感じる。優しく抱きしめられるような感触であり、レイフォンではないだろうと言う事は理解できた。
なら、この違和感は、感触は何だ?
ハイアは訝しげに瞳を開け、その正体を確認した。
ハイアの目の前には、見慣れた眼鏡と大粒の涙を浮かべた幼馴染の顔があった。

「みゅん、ふぁ……なにしてる、さ……?」

声を出すのが辛い。それでもハイアは必死に声を絞り出し、ミュンファに問いかける。
問いかけられたミュンファは歯を噛み締めてハイアを抱きしめた。これが違和感の正体だ。
そして、彼女の後ろにはレイフォンがいる。

「……逃げるさ」

レイフォンは自分を殺そうとしている。あんなことをしたのだ、それも当然だろう。
勝負にも負け、死ぬのは仕方がない。だが、それにミュンファを巻き込むつもりなんてなかった。
腹部を刺された彼女だが、まだ生きている。生きているなら、ハイアにしか興味がないレイフォンが相手なら、ミュンファは逃げることが出来るはずだ。
だけどミュンファは、必死に首を振ってハイアの言葉を拒否する。

「……いや」

「……む、ちゃを…言うな、さ……」

「いやです!」

ミュンファは叫ぶと、更にきつくハイアを抱きしめた。

「ハイアちゃんとは離れない!もう決めたんです」

ミュンファの意外な決意に、ハイアは愕然とした。
先ほど、彼女が言っていた言葉を思い出す。

『私も……一緒に行きます』

傭兵団を出て、当てのない旅をすると言ったハイアにミュンファが言った言葉。
その言葉が、決意がとても重いものだと知り、ハイアは無性に嬉しくなった。

「みゅんふぁ……」

だけど彼女を巻き込みたくない。死なせたくはない。
これは自分とレイフォンの問題で、ミュンファには関係がない。
ハイアはかすれた声でもう一度、逃げるように言う。だけどミュンファは首を振り、ハイアから離れようとしなかった。

「邪魔」

「あうっ!?」

「みゅん、ふぁ……!」

そんなミュンファに向け、レイフォンは容赦なく彼女の顔に蹴りを放った。
力は抑えているが、それでもミュンファの体は吹き飛び、眼鏡が割れて地に落ちる。
レンズの破片で切ったのか、彼女の額からは血が流れていた。

「本当にさ、フェリを誘拐して何やってるの?見せ付けるようにラブコメを展開しちゃって……なに、君も死にたいの?」

レイフォンは刀をミュンファに向け、淡々と言う。
冗談や脅しなんかではなく、アレは本気だとハイアは確信した。

「おぃ……やめ……みゅんふぁには……手を、出すな……」

ハイアは手のない体で、這うようにしてレイフォンににじり寄る。
その動作はまるで、蛇のようだった。

「みゅんふぁは……かんけい、ないさ……」

「関係のないフェリに手を出したお前が言う台詞か?それとすっかり忘れていたけど、お前は義兄さんにも手を出していたな……」

ハイアの言葉にカリアンにも手を出していたことを思い出したレイフォンは、にやりと表情を歪める。
面白いものを見つけたというようにミュンファに歩み寄り、刀を突きつけた。

「そんなにラブコメがやりたいなら、あの世で一緒にやるか?」

「ふざ、けんな!れい、ふぉをん……」

ハイアの全身が悲鳴を上げるが、痛覚なんてものは当の昔に麻痺している。体に鞭打ち、ハイアは立ち上がろうとした。
手がない、刀を握れない。だが、それがどうした?
口が、せめて一矢報いるための牙がある。この歯でレイフォンの喉笛を掻っ切ってやろうとハイアは立ち上がろうとする。

「そうがっつくなよ」

だが、ハイアは立ち上がれなかった。
立とうとしてバランスを崩し、無様にも地面に転げ落ちる。痛覚が麻痺していたからこそ、彼は異変に気づくことが出来なかった。
自分の片足を切られ、切断された痛みに気づくことが出来なかった。
両腕どころか右足までも失ったハイアは、地面に頭から突っ込み、視線だけで殺せそうな瞳でレイフォンを睨みつけていた。

「れい、ふぉん……れいふぉん……レイフォン!」

「今のお前に何が出来る?安心しろ、目の前で彼女を無残に殺した上で、お前も同じ場所に送ってやるから」

ハイアの憎悪をサラリと受け流し、レイフォンはミュンファに刀を向け直す。
ミュンファもただでは殺されまいと、必死の抵抗をしようとした。だが、無駄だった。
相手はレイフォンだ。仮にも天剣授受者だった怪物だ。それに廃貴族が取り憑き、手の付けられない存在となっている。

「それじゃあ……」

そんなレイフォンを止められる者など、存在するわけがない。

「死ね」

そう、たった1人を除いて。

「……………」

レイフォンの刀を握る手に感じる違和感。右腕をつかまれ、押さえつけるように必死に握られている。
それはあまりにも弱々しく、普段のレイフォンなら容易く振り払える程度の力だった。
だけどレイフォンはその手を振り払わず、彼の手をつかんでいる人物に向け、優しく微笑んだ。

「どうしたんですか?フェリ」

その表情に憎悪はない。冷たくもなく、怖くもなく、恐ろしくもなく、柔らかさを感じ、暖かさを感じ、安心感を感じる。
先ほどまで感じていた恐怖は飛散し、強張った表情を浮かべていたフェリが僅かに微笑む。

「フォンフォン……もういいですから、もう十分ですから」

「十分?なにがですか?もう二度とこんなことが出来ないように、サリンバン教導傭兵団にはこの世から消えてもらった方がいいと思うんですけど」

だが、まだ違う。まだ、何時ものレイフォンではない。
レイフォンはこんなこと言わない。フェリの好きになったレイフォンは、とてもとても優しいのだ。

「そんなこと、私は望んでなんかいません!もう十分でしょう?気が済んだでしょう?何もそこまでする必要ないじゃないですか!!」

フェリは必死にレイフォンに訴える。
傭兵達を弄るレイフォンに、ハイアを弄るレイフォンに、フェリは恐怖を感じていた。
何時もと違うレイフォンの姿に怯え、近寄ることが出来ずに、声を上げることすらできずに、レイフォンから距離を取っていた。
だが、ミュンファが殺されそうになり、傍観できなくなったフェリはレイフォンの元に駆け寄る。
アレは駄目だ、止めなければならない。レイフォンを止められるのは自分だけだと思い、フェリは必死にレイフォンの右腕にしがみついた。
そして必死に訴え、レイフォンの心を動かそうとする。

「ですが、ですが……今ここでこいつらを殺さないと、またこんなことをするかもしれません。僕独りならどうとでも対処できますが、またフェリを襲われたら?人質に取られたら?僕は、貴方の身に何かあったら生きていけません!」

レイフォンは純粋だ。怒りのままにハイア達を殺そうとしたが、その根本はフェリのため。
フェリを純粋に愛しており、大切な存在だから、彼女に手を出したハイアを殺そうとした。
自分に廃貴族が取り憑いており、それを知った傭兵達が同じ手を使わないか危惧し、この機に纏めて処分しようとした。
誰にもフェリに危害を加えさせはしない。誰にもフェリに手を出させはしない。
フェリは自分のものだ。歯向かう奴が居たら、奪い取ろうとする奴が居たら、そいつは徹底的に痛めつけ、その上で殺す。
そう決意しているレイフォンだからこそ、彼らを見過ごすことなど出来なかった。
だが、それでもフェリはレイフォンを止める。

「こんなに痛めつけられたら、もうそんな気も起こらないでしょう。何も殺す必要はありません。それに、こんなことで貴方の手を汚させたくないですから」

「フェリ……ですが……」

レイフォンの手は既に真っ黒だ。闇試合に参加し、ガハルドを殺そうとして失敗し、武芸者としての恐ろしさを都市民達に知らしめようとした。
その結果天剣を剥奪され、グレンダンを追放された。そんなレイフォンにはフェリしか残っておらず、彼女の言葉は絶対だった。
だけど、だけど、フェリに危害を加える可能性のある彼ら(傭兵団)を放って置くことは出来ない。これから障害になるかもしれない存在を、無視することはできない。
今、ここで片をつけてしまいたいというのがレイフォンの本音だった。

「聞き分けが悪いですね……何時ものフォンフォンらしくありません。そんなんじゃ……嫌いになっちゃいますよ」

この緊迫した状況を何とかしようと、フェリが冗談交じりにポツリと漏らす。
が、これが決定的だったようで、レイフォンの表情はみるみると蒼白に染まっていく。
全身から冷や汗を流し、漆黒の翼は霧のように消え去る。手からはカランと乾いた音を立て、刀が地に落ちた。
レイフォンは膝を付き、そのまま手を付いて四つんばいになる。そしてそのまま、地面にヘッドバットをし始めた。

「ちょ、フォンフォン!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

いきなり地面に頭を叩きつけ続けるレイフォンの奇行に驚愕しつつ、これ以上頭が悪くなると大変だと思いながらフェリはレイフォンを止めた。

「冗談ですから、だから本気にしないでください。フォンフォンのことは大好きです。ですから、地面に頭を叩きつけるのはやめてください」

「……本当ですか?」

「本当です」

今にも泣き出してしまいそうなレイフォンにため息を付き、フェリはレイフォンを立ち上がらせる。
よほど強く打ち付けていたのか、レイフォンの額からは僅かに血が滲み出ていた。

「もういいですね?こうもボロ負けしたら、流石に歯向かう気も起きないでしょう」

「はい……」

渋々とレイフォンは頷き、フェリの言葉に同意する。
フェリは恐る恐るハイアの方を向き、あまりにもグロテスクな光景に吐き気がした。

「とりあえず、彼を病院に運びましょう。このままじゃ不味いですよ」

「え、このままここに放置しないんですか?」

「しません」

フェリの言葉に意外そうな反応を示したレイフォンを一刀両断し、フェリは念威で救援を呼ぼうと錬金鋼を探す。
傭兵団に没収された錬金鋼は放浪バスの中にあるはずだ。フェリはレイフォンによって両断された放浪バスの中に入ろうとして、横から感じる視線に気づく。それはミュンファだった。
ハイアは激しい出血や外傷によってレイフォンとフェリの会話中に既に気を失っており、そんな彼を庇うようにミュンファが佇んでいる。
先ほどフェリとは仲が良さそうに会話をしていたミュンファだが、レイフォンがハイアを殺そうとし、ミュンファ自身も殺そうとしていたために警戒の色が窺える。
それも当然だろうと思いながら、フェリは何とか笑顔を取り繕って微笑みかけた。

「もう大丈夫ですから、安心してください。貴方の怪我だって、軽くはないでしょう?」

「……………」

レイフォンによって胸を貫かれたミュンファの出血は未だに止まっていない。
それでも気丈に振舞い、ハイアを庇おうとする姿勢は流石はサリンバン傭兵団の一員と言ったところか。
それでも血を流しすぎたようで、ミュンファはフェリ達を睨みつけたまま気絶した。

「ありました」

目的のものを見つけたフェリは、念威を使用して兄の下へ、それと同時に病院へと端子を送る。
それから数分ほど経ち、たくさんの救急車両に乗せられて、ハイアとミュンファを含めた傭兵達は病院に運ばれていった。







































「……ここは?」

目を覚ますと同時に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
天井、壁、そしてベット共に白一色で、病室を思わせる光景。まさにそうであり、ハイアは周囲を見渡す。

「っ!?」

少し動こうとしただけで全身に走る痛み。それも当然だろう。自分はレイフォンに敗北し、あんな目に遭ったのだ。
むしろ生きている方が不思議なくらいだ。

「……………」

そう、生きていた。ハイアはこうやって生きており、病院で治療を受けている。
そのことに驚愕しつつ、ハイアは何とか動く首だけで現状を確認する。

「……これは?」

レイフォンによって切断された両腕、右足だったが、右腕以外はきちんとくっついていた。
もっともこの程度、現代の医療技術なら当然だろう。切断された手足の縫合など、グレンダン以外なら数日で出来る。グレンダンならばその日の内に出来てしまうが。
問題なのは、何故右腕がないのかと言う事だ。

「目が覚めたか」

疑問に思うハイアに声を懸けたのは、白衣をかけた青年だった。彼がハイアを担当する医者なのだろう。
ここは学園都市だ。ならば、彼も学生なのかと思いつつ、ハイアは自由の利かない体で医者の言葉を待った。

「右腕がないことについて疑問だろうが、君の右腕はダメージが酷くてな。縫合が大変困難な状況だったんだ。だが、そこは再生手術でなんとかなる。もっともその場合は、回復とリハビリに時間がかかるがな」

どうやらこの怪我は完治するようだ。そのことに安堵を感じながら、ハイアは気になっていることを医者に尋ねる。

「俺っちのなか……傭兵団の奴らは無事か?」

『仲間』と言おうとして言葉を止め、『傭兵団の奴ら』と他人行儀で呼び直すハイア。
そのことを追求はせず、医者は正直に言う。

「酷い状況だったよ。まさか手足でパズルをする羽目になるとは思わなかった。どれが誰の手で、どれが誰の足か判断するのに戸惑ってね」

それでも傭兵達は全員無事で、死人は1人も出ていないらしい。
それを聞いて、ハイアは肩に入った力が抜けるのを感じた。

「ミュンファは?ミュンファはどうしたさ!?」

「さっきから質問ばかりだな。ミュンファと言うのは金髪で君と同じくらいの女の子だろ?彼女も無事だ。目立った傷は胸の傷だったし、それも心臓を外れていたから問題はなかった。今頃、別室で点滴を受けながら眠っているよ」

「そうか……」

安心しきったハイアに向け、医者はゴホンと咳払いして口を開く。

「むしろ君の方が重傷だった。医者の俺が言うのもなんだが、よく生きていたな。四肢の内3本を切断され、全身からの出血による出血多量。肋骨はほぼ全てが粉砕され、複数の刺し傷によって内臓がいくつもいかれていた。そんな状況で生きていると言うのが本当に不思議だ」

心底驚いている医者に、自分もそんな状態でよく生きていたなと驚くハイア。
あの時のレイフォンの姿を思い出し、思わず背筋を震わせる。

「俺っちが運ばれて……どれくらい経ったさ?」

「ん、ああ、まだ日付も変わってないな。と言ってもあと数分で変わるが」

アレから時間は思ったほど経っていないようだ。まだ当日であり、明日が都市戦。
もっとも医者の話では、あと数分で日付が変わるようだが。

「さて、目が覚めて早々悪いが、君の目が覚めたら呼んでくれと頼まれていてな。今、看護士がその相手を呼びに行っている」

医者の言葉にハイアは覚悟を決める。
自分はこの都市の長である生徒会長に手を上げ、その上妹であるフェリに手を出したのだ。
これは許されない罪であり、都市外強制退去もありえる。訪れるのは十中八九都市警察の関係者だろう。
犯罪者としての烙印を押されるのかと思ったハイアだが、その心は何故か清々しかった。
傭兵達は無事で、ミュンファも無事だ。敗北はしたが、レイフォンとも勝負が出来た。まったく手足が出なかったのは悔しいが、あんな化け物に勝てるとは思えないし、もう二度と戦いたくもない。
故に心残りは何もなく、ハイアは訪れる人物を待った。

「やあ、元気にしてるかい?」

その人物は、にこやかな笑みを浮かべて陽気に入ってくる。だが、それが上辺だけのものだとハイアは理解できた。
相手はこの都市の長、生徒会長のカリアン・ロス。彼に付き添う形でレイフォンが共に入室し、ギロリとハイアを睨んでいた。
ハイアはサリンバン教導傭兵団の団長としてではなく、ただの少年、ハイア・ライアとして彼らと対面する。




































あとがき
そんなわけで、フォンフォン一直線更新です。
前回はネタの件で色々ありました……
そちらの方向に関しては修正版、ネタ版と分けたいと思います。一方さんの口調使うのは流石にやりすぎでしたね。
ですが、黒い翼についてはそのままで生きたいと思います。これは廃貴族憑いたので、せっかくだからオリジナル剄技が欲しいなって事で生まれた作者の妄想です。
元ネタは例の如く一方さんの黒い翼ですが、実際に書いてみてなんだかんだで気に入りましたので(汗

さて、今回の内容は……レイフォン暴走です。これはレイフォンの一方さん化以前にヤンデレと言う内容上仕方ないと思います。
フェリを攫われて完全に切れ、ハイアを殺そうとしています。フェリが止めなかったら歯イアはミュンファと共に死んでいます。
なんにせよフェリに止められ、しぶとく生き残りました。それでもかなりのダメージを負ってますが、レギオス世界の医療技術は並外れているので次の都市戦までには余裕で完治する予定です。大体、全治1ヶ月くらい?

なんにせよ、次回はハイア、カリアンとの対談です。それをちょっとだけやったら都市戦へGo!
マイアスは本当にご愁傷様ですね。で、次回が都市戦ということはついにあの人が……

更新頑張りますので、これからもよろしくお願いします。



[15685] 54話 都市戦開幕
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:bea3fd25
Date: 2011/03/23 16:04
「しぶといね。まるでゴキブリのようだ」

「第一声から言ってくれるさ……」

レイフォンは心底残念そうに言い、ハイアを軽蔑のこもった眼差しで見ていた。

「フェリに感謝しろ。もしフェリが止めなかったらお前は死んでいたんだからな」

「はっ、それはどうも。相変わらずレイフォン君はあの嬢ちゃんの尻に敷かれているようさ」

「ああ、そうだね」

レイフォンの脅しに、ハイアは軽口で答える。
それにあっさりと同意したレイフォンだが、次の瞬間には錬金鋼が復元され、ハイアの首筋に突きつけられていた。

「フェリの言葉がなければ、僕は戸惑うことなくお前を殺していた。今でも十分に殺したいと思っている。それでもお前が生きているのはフェリの慈悲だと言う事を忘れるな?そして、次にフェリに危害が及ぶようなことがあったら……その時はフェリがなんと言おうとお前を殺す」

「怖い怖い」

「あ~、ゴホン」

緊迫した空気を作り出すレイフォンとハイアに向け、カリアンは咳払いをしてそれを制す。

「レイフォン君、私達は交渉に来たのだよ。そのように挑発するのはやめたまえ」

「……すいません」

「すまないね、ハイア君。なにせレイフォン君は妹のことをとても大事にしてくれているようだからね」

「それはよ~く理解したさ」

レイフォンが錬金鋼をしまったのをかく任氏、カリアンはハイアに向け心のこもっていない謝罪をする。
それに頷きながら、ハイアは問いかけた。

「で、予想は付いてるけど都市のトップが俺っちに何の用さ?」

「ふむ、なら話は早く済みそうだ。おそらくその予想通り、今後の君達の扱いについてだよ」

ハイアがやっぱりかと内心でつぶやく。
今回、ハイアが起こした事件はそういうものだ。この都市のトップに暴行を働き、その妹を誘拐して人質とした。
テロリストと変わらないその行いに相応する罪が問われるのは当然のことだ。
だけどひとつだけ腑に落ちない。そんなもの、それ相応の役職に付く下の者が動けば済む話だ。それなのに何故都市のトップが、生徒会長自らが動く必要がある?
それがハイアには理解できなかった。

「ああ、話はそのままの状態で聞いてくれて構わないよ。君は重傷だ、起きるのも辛いだろう?」

「心遣い、感謝するさ……」

起き上がろうとしたハイアをカリアンが止め、ハイアはベットに横になったまま耳を傾ける。
暴行を加えられた相手を目の前にしていると言うのに、カリアンの表情は相変わらず何を考えているのか分からない笑顔を浮かべていた。

「確かに君がしたことは許されないことだろうね。本来なら財産などを全て没収し、都市外強制退去ってところだろうけど、私は君と良好な関係を築きたいと思っているよ」

とても爽やかに見えるその笑顔で、カリアンは次のような条件を示してきた。
一つは罰金。都市のトップを襲い、妹を攫っただけにその金額は高かった。これにより、傭兵団がツェルニで得た稼ぎは殆どが吹き飛ぶ。むしろ、金銭でそれらを水に流すと言うのは破格の条件だろう。
だがその代わり、負傷した傭兵達は完治するまで、責任を持ってツェルニが面倒を見るらしい。
次に二つ目、教導の継続。未熟者ばかりの学園都市ではサリンバン教導傭兵団のような教官役は貴重であり、今後とも贔屓にしたいと言うのがカリアンの思惑だ。
殆どの傭兵達はレイフォンの手によって負傷したが、擬態として宿泊施設に泊まっていた傭兵達は無傷だ。教導はそんな彼らにお願いするつもりだ。
そして最後に三つ目、人を喰ったような黒い笑みを浮かべ、カリアンは言う。

「ハイア君、学生になってみる気はないかい?」

「はぁ!?」

ハイアは思わず問い返してしまう。それも当然だ。カリアンはサリンバン教導傭兵団の団長だった自分に学生にならないのかと問いかけてきたのだ。

「……冗談?」

「まさか、私はこういった冗談は嫌いでね。本気だよ」

カリアンは変わらない笑みを浮かべているが、その隣ではレイフォンが明らかに不服そうな顔をしていた。
どうやら冗談や嘘の類ではなく、ハイアを本気で学生にするつもりらしい。

「直接教導をした君なら分かるだろうけど、ツェルニのレベルは全体的に低くてね。武芸大会の貴重な戦力として活躍してくれると助かるんだよ。もっともその怪我では今回の試合には間に合わないだろうから、次回からになるだろうけどね。悪い話じゃないだろう?聞くと、君はもう傭兵団にはいられない立場らしいからね」

その上、カリアンはハイアの事情を知っている。フェルマウスか他の傭兵達にでも聞いたのだろう。
今のハイアに居場所はなく、行く当てすらない。
だが、だからと言ってその話を受けるかどうかは別の話だ。

「……断る、って言ったらどうするさ?」

「その場合は残念だけど……」

ハイアの問いかけにカリアンは視線を逸らし、横目でレイフォンを見ていた。ハイアもそれにつられ、レイフォンへと視線を向ける。
レイフォンからは不服そうな表情が消え失せ、とてもいい笑顔を浮かべている。そのあまりにも清々しく、そして禍々しい矛盾する笑顔には悪寒を覚えるほどだ。

「都市外強制退去だね。ただ、運ぶのが大変だろうから手足をばらばらにして、運びやすくしようと思っているよ」

笑顔で言い切ったレイフォンに、ハイアは戦慄した。
実際に四肢の内3本を切断された身としては、今の話を冗談として捕らえることができない。

「で、どうする?僕としては是非とも受けないで欲しいんだけど」

白々しく問いかけるレイフォンにハイアは舌打ちを打った。
そんな話を聞かされたあとでは、ハイアに選択の余地はない。

「……わかったさ」

今まで傭兵として過ごし、生きてさえいれば負けじゃないと思っていたハイアだが、先の戦闘で完膚なきまでにレイフォンに敗北してしまった。
まったく勝てる気がせず、その上この体では抵抗すら間々ならない状況だ。
せっかく運良く生き残ったのだから、手足を再び切断されて都市外に捨てられると言う事は避けたい。
故にハイアはカリアンの申し出を受け、この日この時、彼はツェルニの学生となった。
頷くハイアに、今度はレイフォンから舌打ちが聞こえた。ハイアは背中に冷たい汗を掻きつつ、どす黒いものを腹の底に隠し持っているカリアンに向き直る。

「賢明な判断だ。生徒会長として、私は君を歓迎するよ」

「はんっ!」

その言葉を白々しいと思いながら、ハイアは目を瞑る。なにせこの重傷だ。ボロボロのハイアの体は休息を欲しがっている。

「君も辛いだろうから、今回はここまでにしよう。詳しい話や手続きは後日ということで」

それを察したカリアンはハイアを気遣い、レイフォンを促して退室して言った。
この時のレイフォンは、嫌悪感を微塵も隠さずにハイアを睨んでいた。だが、目を瞑っているハイアにそんなレイフォンの表情が見えるわけがない。
扉の閉まる音を聞き、ハイアは深い眠りへと落ちて行く。予想外の展開に戸惑いながらも、襲ってくる睡魔には抗えなかった。
こうして夜は更けていく。日付は既に変わり、武芸大会当日となった。
ツェルニの存続が懸かった、大会と銘打たれた戦争。それが始まろうとしていた。




































轟音と共に二つの都市が足を絡ませるようにして外縁部を接触させたのは、早朝のことだった。
既に接触点近くに待機していた両都市の生徒会同士が面会し、戦闘協定に署名を行っていた。
学園都市ツェルニと、学園都市マイアスの戦争。この戦争が一般の都市で行われる血の流れる戦争ではなく、学園都市連盟の定めたルールによって行われる試合であることを宣言し、それを順守することを誓約し、同時にルールの誤認がないかを確認することが目的だ。
この協定書は後に試合結果と共に両方の都市から学園都市連盟に複写したものが送られ、戦闘記録が付けられることになっている。
署名が終了した後、お互いの都市の大まかな地図が提出され、戦闘地区と非戦当地区の確認、そして試合開始時間が協議される。
その結果、試合開始時間は正午からとなった。

「よい試合になればいいですね」

カリアンはマイアスの生徒会長の後ろに控える武芸者達を見ながらそう言い、握手を求めた。
既にカリアンの背後にもツェルニの武芸者達が揃っている。

「ええ、そう思います」

マイアスの生徒会長はカリアンの笑みに僅かに呑まれながらも、握手に応じた。
そして両者とも背を向け、自分の都市へと戻っていく。

「どう思う?」

カリアンは背後に控えていた武芸者達、ヴァンゼとレイフォンに意見を求めた。

「士気は高そうだな」

「ええ、うまく言えませんが勢いがあります」

「そうだね。うちの戦績は向こうも調べただろうから、楽勝の相手と思われたかな?」

マイアスは前回の武芸大会では2戦しており、1勝1敗と五分の結果を残していた。
特に目立ったところはなく、強くもなく、弱くもないといった感じだろう。
ツェルニは前回の武芸大会では全敗しているため、マイアスには舐められているかもしれない、

「そうかもしれん。だが、それだけではないかもしれん」

慎重なヴァンゼの意見にカリアンは同意した。
マイアスの生徒会長は、やや気弱な面があるとカリアンは判断したが、それは性格的なものだろう。
マイアスの生徒会長の窺うような瞳の奥には、勝てるという強気が見え隠れしていた。

「それに……」

カリアンは今度は人物ではなく、マイアスという都市そのものに視線を向けた。
ここから見える外縁部の何箇所かで舗装が剥げていたり、明らかに大きいものを動かしたような傷があった。

「剄羅砲でも動かしたような跡だね」

「ああ。最近汚染獣と戦ったか?」

「そして勝った。となるとあの士気の高さも頷けるのだけど」

「そう言えば……マイアスにいた時、汚染獣が襲ってきました」

「ん、ああ……そうだったね。あの騒動でレイフォン君はマイアスにいたと言っていたね」

冷静に分析をしていたところで、レイフォンとカリアンが思い出したようにつぶやく。
レイフォンは廃貴族に憑りつかれ、どういったわけかマイアスにいたのだ。
そこでは狼面衆と名乗る集団と対峙し、サヴァリスとの遭遇、汚染獣の討伐を行っていた。
とても重要なことだったが都市が接近し、それがマイアスだと明らかになったのは昨日の事で、傭兵団による騒動で気を取られていたレイフォンはそんなことをすっかり忘れていた。
それはカリアンも同じで、今更ながらレイフォンにマイアスについて尋ねる。

「君から見て、マイアスの戦力はどうだい?」

「僕を抜いた上で戦力を総合的に考えると、ほんの僅かですがツェルニが上回っていると思います。もっともこれは対抗試合時点の考えなので、それなりに戦場を踏み、傭兵団に教導を受けた現在のツェルニならかなり優勢に戦局を進められると思いますよ」

「ふむ、なるほどね……それにレイフォン君が加わるわけだから、勝てるよね?」

「勝ちますよ、絶対に。むしろ負ける要素が見当たりません」

自信に満ち溢れたレイフォンの言葉に、カリアンはこれ以上ない頼もしさを感じる。
元だが、グレンダン最強の一角、天剣授受者だったレイフォン。そんな反則紛いの戦力を有しているツェルニが負けるはずなんてなかった。

「期待しているよ、レイフォン君」

「ええ、その期待に応えてみせます。そして証明します、ハイアなんて必要ないと」

「私としては仲良くして欲しいのだけどね。なにせ、これから同じ学び舎の仲間となるのだからね」

レイフォンとカリアンはそんな会話を交わしている間も、試合開始の時刻は刻々と迫ってくる。







「本当に行くんですか?」

「ええ、そう言いましたよね?」

シェルの問いかけに、サヴァリスは平然と言い返す。
ここはマイアスの外縁部近く。本来ならシェルターに避難しなければならないサヴァリス達は、この機にツェルニに渡ろうと企てていた。

「本来なら都市警として止める立場なんですけど、なんだかんだでサヴァリスさんにはお世話になりましたし、私なんかが止められるとは思ってませんからいいですけどね……」

「ごめんなさい……」

諦めたように言うシェルに対し、リーリンは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だが、だからと言って今更ツェルニにいくのをやめようとは思えない。
リーリンはレイフォンに会うためにグレンダンを出た。放浪バスに載って、長い旅をしてきた。そして今、すぐ側に、目の前の都市にレイフォンがいるのだ。
少しでも早く会いたかった。暢気に放浪バスを待つなんてことは出来なかった。だからリーリンは申し訳なく思っていても、今更止まるつもりはない。

「まぁ……別にいいですけどね。それよりもレイフォンさん、元気でやっているといいですね」

「そうですね……レイフォンって不器用だから、少しだけ心配です」

シェルの気遣いに同意するリーリンだったが、彼女は知らない。
レイフォンはツェルニで、元気すぎるほど元気にやっていることを。

「もうすぐ試合が始まりますね……そろそろ配置に付かなければいけないので私はこれで」

「あ、はい」

「頑張ってくださいね」

シェルは時刻を確認し、都市戦の配置に付くために立ち去ろうとする。
おそらくこれが今生の別れ。隔絶された都市では二度と会う機会がないだろうと思い、シェルは笑顔を浮かべてリーリン達を見送った。

「リーリンさん、クラリーベルさん、お元気で。サヴァリスさんには本当にお世話になりました。お世話になりすぎてお礼参りのひとつやふたつしたいところですけど、命が大事なのでやめておきます」

「そうですか?僕は大歓迎ですよ」

サヴァリスの大胆不敵な笑みを受け流し、一礼をしてシェルは背中を向ける。
一緒に過ごした日々は少なくとも友となった少女達に別れを告げ、少しの間だけ教導を受け持った教官に僅かながらの憎悪を抱き、シェルは戦場に赴く。
試合開始時刻、戦争が始まる正午は、すぐそこだった。







「俺達は騎士だ!女神、フェリ・ロスを守護する選ばれた戦士だ!!」

ツェルニの外縁部では50を超える集団が円陣を組み、その中心である人物が堂々と宣言する。
彼らはフェリ・ロス親衛隊。ツェルニで最も暑苦しく、大規模な集団だ。

「その誇りに賭けて勝利を誓え!そう、俺達は敵と闘いに来たんじゃない!倒しに来たんだ!!都市戦に勝利し、女神に平穏を捧げるために!」

「「「うぉぉおおおおおおおおっ!!!」」」

「フェリ・ロスに栄光あれ!!」

「「「フェリ・ロスに栄光あれ!!!」」」

全てはフェリのためと言う心情で彼らは存在し、彼女のためだったら強固な一枚岩と化す。
そんな彼らは都市戦を前にし、隊長のエドワードを中心に士気を高めていた。

「お前達ィ、分かってるんだろうな!?ツェルニに残る鉱山はひとつだけだ!!」

「「「おおおおおおっ!」」」

「もし今回の都市戦で敗北すれば鉱山はゼロとなり、ツェルニは緩やかな滅びを迎える!」

「「「おおおおおおおおおお!!」」」

「そうなれば俺達はここにはいられない。それどころか俺達の女神であるフェリちゃんもここにはいられない!皆、元の都市に戻るなり他の学園都市に行くなり離れ離れになってしまうだろう。そんなことが許せるのか!?女神と離れ離れになるのを耐えられるのか!?」

「「「許せません!耐えられません!!」」」

「そうだろう!ならば勝て!絶対に勝利し、敵を打破しろ!!俺達にはには女神が付いているんだ!恐れるものなど何もない!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

エドワードの鼓舞に刺激され、フェリ・ロス親衛隊の熱気が一段と盛り上がる。
ツェルニの存続が懸かったこの試合、その中でもフェリ・ロス親衛隊の士気は群を抜いて高かった。

「セイ、お前には期待しているぞ!」

エドワードは高まった士気に満足し、新たに加入したフェリ・ロス親衛隊の1人に声をかける。
彼の名はセイ・オズマ。1年生でありながら並外れた実力を買われ、フェリ・ロス親衛隊の中でも精鋭のこの集団にスカウトされた。

「期待には応えたいと思いますが……自分には未だにこの集団がなんなのか理解しかねます」

だが、彼自身は別にフェリのファンだというわけではない。
同じ都市の出身であるエドワードにスカウトされ、ほぼ無理やりフェリ・ロス親衛隊に入れられた、ただの一武芸者だ。
故に右も左も分からず、この熱気に付いていけないというのが現状だ。

「なに、お前はその腕っ節を存分に発揮してくれればそれでいい。それよりどうだ、お前用に作らせた特注品の錬金鋼は?我らがフェリ・ロス親衛隊には優秀な技師も揃っているからな」

エドワードがセイに期待しているのは戦力としてだ。彼らの女神であるフェリをたぶらかす存在、怨敵のレイフォン・アルセイフを打破するための。
確かにこの間の汚染獣戦では彼の圧倒的な実力を見せ付けられたが、セイならば彼に対抗できるのではないかとエドワードは考えている。
一対一の一騎打ちでは分が悪いかもしれない。今のセイではレイフォンの実力に遠く及ばないだろう。
だが、それでもエドワードがセイならレイフォンに対抗できると思っている理由……それは。彼の圧倒的な才能による将来性。
ツェルニの殆どの者が迎えた初の汚染獣、幼生体戦。
あの時はセイはフェリ・ロス親衛隊には所属しておらず、また1年生と言うこともあって自らの錬金鋼を所持していないために戦闘には参加していなかった。レイフォンのように小隊に所属していたら話は別だが、あのような例外は早々起こるものではない。
エドワードが注目しているのはむしろその後、つい最近の汚染獣戦で、数十体もの雄性体が襲ってきた時の攻防戦。
出身都市にいた時からセイの才には一目置いていたが、錬金鋼もなしに雄性体の汚染獣を打倒する姿には驚きを隠せなかった。
インパクトや他者を引き付ける魅力は後のレイフォンの活躍には及ばないが、それでも汚染獣の尻尾をつかみ、それを振り回すことによって他の汚染獣を薙ぎ払う光景はエドワードを虜にしていた。
活剄による驚異的な身体の強化。汚染獣を振り回すほどの怪力は、エドワードにひょっとしたらレイフォンを打倒しえるのではないか、と思わせるには十分だった。
実際にレイフォンを倒せるかどうかは置いておき、セイに実力があるのは確かである。
ただ、そんな彼にはひとつだけ問題があった……

「それなんですが……エドワードさん、この錬金鋼おかしいです。復元しようとしたら何故か壊れました」

「ちょ、おまっ……どうやったら黒鋼錬金鋼がこんな風に壊れるんだ!?」

それは極度の機械音痴。通信機器や撮影機はもちろん、機械と名の付くものはまったく扱えない。というか壊す。
操作や取り扱いをどうやっても理解が出来ず、無理に動かそうとして破壊してしまうことが屡。
この間の戦闘も錬金鋼を使わず(使えず)に素手でやっていたのはこれが原因である。また、才能のある武芸者であるセイが学園都市に来たのも、錬金鋼すら扱えない機械音痴っぷりが原因だった。

「錬金鋼って特殊合金なんだぞ!?それを粉々に破壊するってどんな力してるんだ……ってか、ただレストレーションって言って剄を流すだけで復元完了だろ?どうしてお前は復元すらまともに出来ないんだ?」

「さぁ……?」

エドワードの突っ込みはもっともだったが、セイは素であり、どうしてなのか自分でも理解できていない。そもそも、理解出来ていたら学園都市に来る必要すらなかった。
そんな馬鹿馬鹿しい騒動が行われている中、ついに訪れる。都市の存続を懸けた、都市戦開始の時刻。
合図とし、正午を告げるチャイムが鳴る。それは何時もなら昼休憩を告げるのどかな音だったが、今日、この時は意味が違った。
これから起こる戦闘、その激しさを予感させる殺伐とした音が、両都市中に響き渡った。






開始の合図と共に、両都市の武芸者達が咆哮を上げる。活剄の威嚇術が織り交ぜられた数百人の武芸者による大音響は、大気そのものを揺るがして衝突した。
そんな中、両者の総司令が進撃の指示を飛ばす。

「かかれぇ!」

ツェルニの総司令、ヴァンゼの咆哮のような指示の下、第二小隊を中心とした先鋒部隊が前に出る。
旋剄などの高速移動によって生まれる衝撃波がぶつかり合い、上空には巨大な波紋が描かれていた。

「数は互角か」

その様子を眺めながらヴァンゼはつぶやく。
外縁部に集結しているマイアスの武芸者は200前後で、ツェルニとあまり差はなさそうだった。問題はここではない場所に配置されている武芸者の数だ。
ツェルニでは都市内に進入された場合を考えて、30名の武芸者と多数の念威繰者を抱えた後方防衛部隊を第十一小隊に預けている。
第十一小隊は都市中に配置した念威繰者による情報支援を得て、侵入したマイアスの部隊を迎撃するのが目的だ。

現在、先鋒部隊同士の激突は互角のまま続いている。これがどう変化するかによって、都市戦の流れがどちらに傾くか決まる。
ツェルニとしては、ここでしっかりと流れをつかんでおきたいところだ。そう考え、ヴァンゼはここからでも見えるマイアスの中央を見た。そこには彼らが目指すべきもの、マイアスの都市旗が掲げられている。
都市の中央にある生徒会棟ではためく旗。それを奪取することが学園都市同士の戦争での勝利条件だ。
その他にも相手都市の機関部を破壊すると言う勝利条件もあるが、それは通常の都市戦でも避けられる行為だ。
レギオス(移動都市)において機関部の破壊はその都市の実質的な死を意味する。何の罪もない一般市民を戦争の巻き添えにすることは後味の悪さを残すため、どちらの都市の武芸者もそんなことをしたくはない。
例え相手都市が敗北し、セルニウム鉱山を全て失って緩やかな破滅を迎えることになっても、直接的に止めを刺すよりは遥かに罪悪感を軽減できる。
故に勝利条件は基本的に敵側司令部の占拠となり、先ほど言ったように学園都市の争いでは生徒会棟の天辺にある旗の奪取によって決着が付く。
要するに対抗試合の大規模版と考えればいい。だからこそ、ここでの戦いの優劣も大事だが、最重要事項ではない。潜入した少数部隊によって旗を奪われればそれで終わりだからだ。

「タイミングを見て先鋒部隊を第二部隊と後退させる。砲撃部隊用意。交代の隙を突かれるな」

ヴァンゼの指示に従い、砲撃部隊が準備を始める。
第十六小隊が指揮する第二部隊は合図を待ちながら剄を練っていた。

「今だ!」

合図が下り、それと同時に先鋒部隊が下がる。追撃をかけようとするマイアスの先鋒部隊をツェルニの砲撃部隊が牽制し、足を止める。
そこに機動力が売りな第十六小隊が、得意の旋剄によって中央突破を図った。

「させません!」

が、それは真正面から叩き伏せられてしまう。
戦場に響く、甲高い少女の声。活剄で強化された武芸者の聴力は、騒がしい戦場でもしっかりと少女の声を捉えていた。
それが聞こえた次の瞬間、旋剄によって高速で敵陣に突っ込んだ第十六小隊の隊員達は全滅する。

「なっ……!?」

ヴァンゼには何が起きたのか分からない。第十六小隊が指揮するはずだった第二部隊にも動揺が走り、場は騒然としていた。
総大将であるヴァンゼは逸早く落ち着きを取り戻し、冷静であろうとする。作戦は失敗だ。その失敗した原因すら分からない。
だが、総大将である自分がそれではいけないと、状況を理解するために辺りを見渡す。
狙撃、一番可能性が高いのはこれだろう。ならばどこから銃弾が飛んできたのか把握しなければならない。そうでなければ、また同じように味方がやられてしまうからだ。
だけど、それだと戦場に響いた少女の声の意味が分からない。狙撃ならば居場所を悟らせないため、声を上げるなんてことは間違ってもしないはずだ。
ならば何故?どうして?ヴァンゼがそう考えていると、一陣の風が吹いた。

「はぁぁっ!」

「!?」

同時に金色の影が飛んでくる。息を呑むほどに美しく、鮮やかな金髪をポニーテールにした少女が、何時の間にかヴァンゼの目の前にいた。
少女は刀を武器とし、スカートのタイプの戦闘衣の下に長ズボンを穿いている。
今は戦争時だと言うのに、それを忘れてしまうような美貌を少女は持っていた。10人いれば10人が間違いなく少女を美人だと認めるだろう。
そんな美少女が、その見た目に似合わない鋭い蹴りをヴァンゼに放つ。目にも止まらぬ風のような一撃。
故にこれは運。条件反射によって棍を前に突き出したことによって偶然、ヴァンゼはその一撃を防いでいた。

「ぐっ……」

「あなたが総大将ですね?討ち取らせていただきます」

少女がにやりと笑う。彼女の美しさもあって妖艶な魅力を持った表情だが、それを正面から見たヴァンゼは悪寒以外感じなかった。
少女は再びヴァンゼに蹴りを放つ。蹴り蹴り蹴りの連打。数えることすら出来ない神速の足技。
ヴァンゼは棍によってそれを何とか受け止めているが、それも長くは持たないだろう。
理解する、自分ではあの速度についてはいけないと。そして、第十六小隊を全滅させたのは彼女なのだろうと。
接近すら気づかせなかった圧倒的な速度、強靭な脚力。それが彼女の武器だ。少女は第十六小隊の隊員より速く動き、彼らを打破した。その次は総大将である自分を狙ってきたのだろう。
蹴りの連打がヴァンゼを絶え間なく襲う。少女の足は手のように器用であり、ヴァンゼに休む暇を与えない。

「ぐっ、うぅお……」

強烈な蹴りを受け続けることによってヴァンゼの腕が痺れ、何より武器である棍が限界を迎えようとしていた。
強固なはずの錬金鋼が少女の蹴りに耐えられず、皹が入り、今にも砕けようとしている。
少女の笑みが深まり、勝利を確信しているようだった。だが甘い、ここは敵陣、ツェルニの領域だ。
ヴァンゼは冷や汗を掻きながらも、冷静に対応する。

「武芸長に加勢しろ!」

遅れて状況を把握したツェルニの武芸者が、今更ながらヴァンゼの加勢をする。
少女は単独で乗り込んできたのだ。幾ら速くともこの数の武芸者を1人で相手取れるわけがない。数で押し、囲めば仕留められる。誰もがそう思っていた。

「はぁああああああっ!」

「おっと、危ない」

が、そうはいかない。何人かがヴァンゼの下に駆け寄り、少女を仕留めようと武器を振り下ろす。それを少女は上に跳ぶことで回避した。
羽のように軽く、優雅な跳躍。少女は空中に滞空したまま、下にいるツェルニの武芸者に向けて衝剄を放った。

「ごはっ……!?」

衝剄に撃たれたツェルニの武芸者は地に倒れ、少女は衝剄の反動を利用して距離を取ってから着地した。
地面に足が付くや否や、少女は再び神速の速度でヴァンゼに襲い掛かる。一歩目で既にトップスピード、その脅威の加速力にヴァンゼは反応することすら出来ず、一瞬で懐までの侵入を許してしまった。
棍を短く持ち、防御しようとするが間に合わない。例え間に合ったとしても、このボロボロの錬金鋼で少女の強力な一撃を受け止めることは出来ないだろう。

(くそっ)

ヴァンゼに打つ手はない。試合開始早々、総大将である自分がこうもあっさり退場するのかと悔しい思いでいっぱいだった。この試合にツェルニの存続が懸かっているのなら尚更だ。
6年生であり、武芸長でもある彼はそれだけにツェルニに対する愛着は大きい。
今までの学生生活、後輩や卒業していった先輩達、ここで学んだことを思い出し、ヴァンゼは決意する。

(このまま終わってたまるか!!)

かっ、と目を見開き、ヴァンゼは棍を捨てた。武器である棍を自分から手放したのだ。
ヴァンゼはここが好きだ、学園都市ツェルニが大好きだ。失いたくない、護りたいと思っている。それが出来ずに何が武芸長だ。
カリアンはレイフォンがいれば都市戦に勝てると言い、確かにレイフォンの実力ならそれも可能だとヴァンゼも認めている。その証拠に、これまでツェルニを汚染獣の脅威から幾度も救ってきたのはレイフォンなのだ。
自分が、自分達が何も出来ない状況で、レイフォンは何度もツェルニを救ってくれた。護ってくれた。そのことについては、ヴァンゼは武芸長としてレイフォンに心から感謝している。
だが後輩に、1年生に全てを任せられるほどヴァンゼのプライドは低くない。これでも武芸者で、ツェルニの武芸長だと言う意地がある。
先日の汚染獣戦では、結局レイフォンの手を煩わせてしまった。まだまだ実力不足は否めず、自分ではレイフォンの役に立てないことも理解している。
だが、だからこそ、こんなところで、都市戦で足を引っ張るわけにはいかない。先輩の意地として、ツェルニの武芸者を背負う立場として、ヴァンゼはこんなところで終わるわけにはいかない。

「なっ!?」

「ぐっ……」

少女は棍を捨てたヴァンゼに不審に思いながらも、彼の腹部に強烈な蹴りを放った。
鉄をも撃ち抜き、錬金鋼すら破壊する少女の強烈な一撃。それが決まれば、大抵の者は成す術もなく昏倒するだろう。ヴァンゼには見事に少女の蹴りが決まり、彼もまた昏倒するはずだった。
だが……

「捕らえた……ぞ」

ヴァンゼは立っている。それどころかがっしりと少女の足をつかんでおり、とてつもない力で押さえつけていた。

「正気……ですか?」

「もしかしたら狂っているのかも知れんな……だが、俺には退けない理由がある!」

ヴァンゼは少女の蹴りをあえて受け、その一撃に耐えながら足をつかんだ。
例えどんなに速くとも、これならば攻撃を避けるなんてことはできない。その代償としてかなりのダメージを負ったが、ヴァンゼは気合と意地で耐える。

「このっ!?」

「無駄、だ……この手は、絶対に放さん……」

少女はヴァンゼの手を振り払おうと必死に暴れる。だがヴァンゼは、万力のような力で決して足を放さなかった。
周りにいたツェルニの武芸者が、ゆっくりと少女に向けて距離を詰めてくる。
かなりの痛手を負ったが、この時ヴァンゼは勝利を確信していた。自分が押さえ、少女をツェルニの武芸者が討つ、それで決まりだと思っていた。
それはあまりにも早計で、過信で、油断だった。だからヴァンゼは気づかない。抵抗を諦めた少女の顔が、笑みに歪んでいるのを。
少女の風のような動きに翻弄され、ツェルニの武芸者達は決定的な隙を見せてしまったのだ。攻め込む好機、均衡が崩れるこのタイミング。それを狙われ、マイアスの武芸者達が一気に攻め込んでくる。

「作戦成功」

「なっ……!?」

少女のつぶやきに、ヴァンゼは己の失態を悟る。
この少女は囮だった。敵地に乗り込み、掻き乱し、翻弄するのが役目だったのだ。総大将を、指揮官であるヴァンゼを狙うことによって彼の指示を阻害するのが目的であり、少女の対応のために出来た隙を突いて、大量の軍勢が一気にツェルニに雪崩れ込んでくる。
こうなってしまえばもはや止められない。数は互角だろう。だが、勢いが違う。不意を突かれた形となったツェルニの布陣は崩れ、何人かに都市内の進入を許してしまう。

「くそっ!」

ヴァンゼは舌打ちを打ち、せめて目の前にいるこの少女は討ち取ろうとした。超人的な身体能力を持つ彼女を自由にしてしまえば、更なる被害につながる。
目配せをしたツェルニの武芸者が、ヴァンゼが押さえている間に少女を打ち倒そうと武器を振りかぶった。振りかぶり……そのまま地面に倒れていく。

「くそっ、くそ……」

ヴァンゼは棍を捨て、少女を抑えなければならないために対応が出来ない。この手を放せば少女は鬼神の如く暴れまわるだろう。
ならどうすればいい?ここまで接近し、少女の加勢に来た存在を。少女に止めを刺そうとしたツェルニの武芸者を妨害し、倒した少年をどうすればいい?

「遅いよ、ロイ君」

「助けてもらって偉そうに。大体シェルは突っ込みすぎだ。もう少しで討たれるところだっただろ」

「む~、それはそうだけど……なんにしてもありがとう、助かったよ」

少年の名はロイと言い、少女の名はシェルと言うらしい。
だが、そんなことなどどうでもいい。大事なのは今、どうするのかと言う事だ。
武器がなく、手が塞がれているこの状況。ヴァンゼにはシェルとロイを止める方法など存在しなかった。







































まさに無人の野を行くが如く。
誰も彼を倒せない。誰も彼を止められない。誰も彼に追いつけない。マイアスにいる武芸者を何の障害にもせず、レイフォン・アルセイフはマイアスを疾走していた。

「何だよアレ!」

「本当に人間か!?」

「誰か止めろ!止めてくれ!!」

防衛に回っているマイアスの武芸者達の悲鳴染みた声が聞こえる。
レイフォンは一直線に生徒会棟を目指し、罠や防衛に回るマイアスの武芸者をものともせずに突き進んでいた。

「がっ……」

阻もうとし、レイフォンの前に立った者は一太刀によって切り伏せられる。
刃引きをされた刀のために血は流れないが、レイフォンの強烈な一撃を受けた者は暫く起き上がれないだろう。
そう、レイフォンは剣ではなく刀を使用していた。

『フォンフォン……本当にいんですか?』

「大丈夫です、むしろ調子がいいんですよ。やっぱりこっちの方が馴染みます」

レイフォンの周りを漂う念威端子から心配するフェリの声が聞こえたが、レイフォンは弾んだ声で返した。
今まで刀に対する未練、養父であるデルクに負い目を感じ、サイハーデン刀争術を使うのを拒んでいた。そんなレイフォンだったが、今は何の迷いもなく刀を使い、サイハーデン刀争術の技を使っていた。

「案外、ハイアの件がいい転機になりました。もっとも、次にあんなことをやったら殺しますけど」

『……………』

レイフォンは念威端子越しにフェリと会話しながらも敵を蹴散らし、マイアスの武芸者を歯牙にもかけずに突き進んでいく。
彼本来の武器を使っているからなのか、その様子は少しだけ浮かれているように見えた。

「確かに刀に対する未練はありました。サイハーデンの技や養父さんに対する負い目がありました。でも僕にはそんなものの何倍も、何十倍も、何百倍も大事なものがあるんです。失いたくないものがあるんです。それを護るために必要だと言うのなら、僕は出し惜しみなんかしません」

未練や罪の意識なんて、今のレイフォンにとってはとても些細なことだ。
大事なのは今。過去の出来事に気を取られ、それで護りたいものを護れなかったとなれば目も当てられない。

「そのために力が必要だと言うのなら、そのために刀が必要だと言うのなら、僕は迷わずに刀を振るいます。フェリを護るためだったら、もっともっと強くなります」

『それ以上強くなってどうするんですか……』

「最強を目指してみるのも面白いかもしれません。正直、今の僕は陛下以外に負ける気がしないんですよ」

レイフォンの表情が子供っぽい笑みに染まる。無邪気に振る舞いつつ、その瞳には強固な決意を抱いていた。
目指すは最強。何者からもフェリを護れる、無敵の存在。レイフォンやその身内に手を出すのが馬鹿馬鹿しいと思えるほどの絶対的な力。それを目指してみるのも面白いかもしれない。

『さて、無駄話はここまでにしましょう。前方から10人ほどこちらに向かってきます』

「たった10人ですか?少ないですね」

『後方の守りを疎かにするわけにはいきませんから、これくらいじゃないですか?隊長達が良い具合に暴れているのも原因かもしれません』

「そうですか。それじゃあ、突っ切ります!」

会話を打ち切り、レイフォンは加速する。風どころではなく、突風、嵐のような進撃。
レイフォンを迎え撃とうと出てきたマイアスの武芸者10人を瞬殺し、レイフォンは生徒会棟を襲撃した。






































あとがき
都市戦開幕!
ハイアに関してはあっさりしすぎた気もしますが、次回はその辺りについて少し書こうと思っています。ミュンファとハイアの絡みで。
とりあえずマイアス戦後にツェルニと都市戦する学園都市、本当に終わったw

ついに幼馴染がツェルニ上陸!?
サヴァリスやクララといった戦闘狂達はツェルニでどんな暴走を見せてくれるのか……
そして今回、フェリ・ロス親衛隊も登場しました。新たにセイと言うオリキャラが出てきましたが、彼は次回活躍する予定?
もともと『シン』と言う名のキャラにするつもりだったんですが、第十四小隊の隊長がそんな名前だったんですよね。モデルはジャンプに連載されていたあのアメフト漫画の高校アメフト史上最強最速のLBであるあの人です。
そしてそして、次回はここ最近影の薄かったロリコンも防衛線で登場すると思います。

それにしてもニーナ達の出番が……原作では彼女が主役級の活躍をしてますが、ここでは本当に扱いが悪いですね(汗
原作といえば本日新刊を購入しました。ですがまだ読んでません。
明日はバイトなので、それが終わったらゆっくり読みたいと思います。
さて、次回はクララ一直線の更新だ!その前にとある作家の一方通行を更新するかな?
なんにしても頑張ります。



[15685] 55話 都市戦終幕
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:bea3fd25
Date: 2011/04/13 16:58
「嘘だろ、おい……」

ありえない光景にシャーニッドは目を見開く。
彼は狙撃手であり、第十七小隊がマイアスに乗り込むのと同時に殺剄で隠れ、ニーナ達を追尾する形で行動していた。
現在は交戦するニーナ達を援護するため、狙撃によってマイアスの武芸者達を狙い撃ちしている。
シャーニッドの放った弾丸は確かに脳天や手足など、敵を撃ち抜いていた。普通ならそれで終わりだ。
実弾ではない以上、この狙撃で敵を殺傷することは出来ない。だが、弾丸は麻痺弾。直撃すれば敵は痺れて動けなくなり、行動不能に陥るはずだ。そのはずなのだが……

「いってぇ……」

「狙撃手がいるのか!どこだ!?」

マイアスの武芸者達は銃弾の直撃を受けても痛がる程度であり、通常通りに動いていた。
今は狙撃を警戒し、シャーニッドの居場所を探ろうとしている。

「くそっ……」

シャーニッドは悪態をつき、殺剄を継続しながら隠れた。
今のように警戒されている状況では狙撃は出来ない。撃てばこちらの居場所を教えてしまうことになるからだ。
深呼吸をして落ち着き、冷静に状況を把握しようとする。狙撃は当たったはずなのに、何故、マイアスの武芸者は倒れない?
致死性のない弾丸の一撃に耐えたとしても、麻痺に耐えられるとは思えない。なのに、どうして動いている?

「はああああああ!」

シャーニッドの視線の先ではニーナが戦っていた。
彼女は鉄鞭を振るい、マイアスの武芸者に果敢にも殴りかかる。

「どふっ!?」

ニーナの鉄鞭が頭部に叩き込まれる。防御なんて意味を成さない一撃。武芸大会用の安全性を配慮された武器の一撃とはいえ、金属の塊で思いっ切り殴られればそれで終わりのはずだ。

「くそっ……綺麗な顔してえげつない真似をしてくれるな」

「なんなんだお前達は!?」

マイアスの武芸者は痛がっている。痛がってはいるが、ただそれだけだ。
頭部に直撃すれば脳震盪を起こし、確実に意識を刈り取るような一撃。それを受けたと言うのに気を失わず、マイアスの武芸者はまるでゾンビのように起き上がってくる。
そのありえない光景を前にして、第十七小隊の面々は次第に押されていた。

「きりがない!」

ダルシェナの突撃槍が唸る。それに吹き飛ばされるマイアスの武芸者達。
だが、すぐにむくりと起き上がって構えを取る。ダルシェナは思わず舌打ちを打った。

「隊長!?」

ナルキは動揺を隠し切れず、ニーナに指示を仰ぐ。
どれだけ攻撃をしても倒れない、不死身のような集団。生まれてくる危機感と焦りは、冷静さを削ぐには十分だった。

「こいつら……かなり強いな。囲め、一斉にかかるぞ!」

マイアスの武芸者のリーダー格が指示を飛ばす。数にして十数人ほどの武芸者がニーナ達を取り囲んだ。
敵地に乗り込んだというのに、そこまで多くはない数だ。だが、全員があれほどの耐性を持っているとなると厄介だ。むしろ危機的状況である。
マイアスの武芸者は一斉にニーナ達に襲い掛かるつもりらしい。それを捌ききれるかどうか……
緊迫した状況の中、ニーナはごくりと息を呑む。

「かかれぇ!!」

指示が下され、マイアスの武芸者達は同時に襲い掛かった。





「引くほどに打たれ強くなりましたね……」

「それだけですけどね。サンドバックとしての活きが良くなったんですけど、やっぱりそう簡単には上達しませんね」

その戦闘の光景をとある建物の屋根の上から、活剄で視力を高めたクラリーベルとサヴァリスが眺めていた。
マイアスの武芸者達は好戦的なクラリーベルが引くほどに打たれ強くなっており、彼女の頬は僅かに引き攣っていた。
対するサヴァリスは先日まで行っていた教導で、一部の者を除いて目覚しい成果を上げられなかったことが不服らしい。
それでもあの打たれ強さは、相対する側からすればとても厄介だ。

「流石に、サヴァリス様の拳を受け続けてきただけのことはありますね。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしません」

「まぁ、こちらからすればストレス発散が出来てよかったんですけどね。やはり殴るなら生身の人間が一番ですよ」

その打たれ強さを手に入れた理由は、要するに慣れ。
サヴァリスのサンドバックと化すことにより強烈な一撃を受け続け、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないようになった。
それに学園都市の武器は刃引きが行われているため、試合は基本的に打撃オンリーとなる。それがあの脅威の打たれ強さに拍車をかけ、まさに手のつけられない状況になっていた。

「どれだけ痛みを感じようと、体が動く限り戦えますからね。僕だったら手足が千切れようと戦闘を続行しますよ」

「脳や剄脈が壊れない限り、後から再生できますからね」

「……………」

サヴァリスとクラリーベルの会話を、リーリンは引き攣った表情で聞き流していた。
人は普通ならば痛みを恐れるものだ。一般人であるリーリンには手足が千切れるなんて感覚は想像も出来ないし、したくもない。
それなのにサヴァリスとクラリーベルは当然のように語り、談笑をしていた。武芸者と一般人と言う違い以前に、この2人は根本的な部分がずれているのかもしれない。

「麻痺弾にしてもそうですよ。例え体が痺れても動けなくなるわけじゃない。多少動きは鈍っても、気合と根性で動ける……はずです」

「本当なんですかそれ!?」

サヴァリスの言葉にリーリンは思わず突っ込みをいれ、深いため息を吐いた。
遠いが、戦闘の様子は何とかリーリンの視力でも見ることが出来た。
数に押され、決定打を与えることの出来ないツェルニの武芸者達は次第に追い詰められているようだ。

「さて、そろそろツェルニへ移動しますか」

「あ、はい」

サヴァリスにそう言われ、リーリンは戦闘から目を放す。
そこで、ふと疑問を感じた。

「どうやって向こうに行くんですか?」

サヴァリスはマイアスとツェルニの接触点を通ってツェルニに渡るつもりのようだ。
だが、そこは言うまでもなく激戦区である。数百を越える武芸者が激しくぶつかり合っていた。
リーリンが、あんな場所を通り抜けるのを不可能に思うのは当然だろう。

「最初の方で説明したと思いますけど?」

「いえ、確かに私を担いでいくんでしょうけど……」

「じゃ、ちょっと失礼しますよ」

「きゃっ」

サヴァリスはリーリンを抱き上げ、ツェルニの方角と建物の高さを確認した。

「ふむ……ま、これぐらいの高さがあれば十分かな?」

「あの……?」

不安そうな顔をするリーリンに向け、サヴァリスは笑顔で尋ねた。

「ところでリーリンさん。運動は苦手そうですが、1分ぐらい息を止めておくぐらいはできますよね?」

「そ、それぐらいは」

一般人のリーリンでも、その程度なら楽勝だ。
リーリンは馬鹿にされたのかと思い、少しだけむきになったように頷いた。

「それなら結構」

サヴァリスも頷き、屈伸運動の要領で膝を曲げた。

「それではサヴァリス様、私は荷物を持って別経路からツェルニへ向かいますので」

「はい、よろしくお願いします」

クラリーベルは3人分の荷物を持ち、建物の上から飛び降りて行ってしまった。
その背中を見送るリーリンに向け、サヴァリスは声をかける。

「息を止めて、しっかりつかまっていてくださいね」

息を止めれば、自然と体が緊張で強張る。リーリンの体がそうなったのを確認し、サヴァリスは膝に溜めた力を解放し、跳んだ。
だがそれは、現在地からツェルニへという直線を描く跳躍ではない。
サヴァリスは高く、高く上空へと舞い上がった。
リーリンを抱えての高速移動はできない。武芸者の速度に、一般人であるリーリンの体がついていけないからだ。
だからサヴァリスの跳躍は高度を重視し、接触したマイアスとツェルニのエアフィルターの境界面にまで達した。真下には、激戦が繰り広げられている接触点がある。

(この高さなら誰にも気づかれないだろうね)

サヴァリスはそう考える。普通に移動すれば、念威繰者がリーリンの気配を発見する可能性が高かった。だからこそのこの跳躍だ。
誰がエアフィルターの境界線ぎりぎりの高度を通って、潜入する者がいると考えるだろうか?
誰も考えないだろうし、普通ならそんなことが出来る武芸者がいるはずがない。だが、サヴァリスは普通ではなかった。だからこそ出来る。跳躍し、エアフィルターの境界線ぎりぎりを通ってツェルニに潜入することが可能なのだ。
クラリーベルはサヴァリスほどの膨大な剄を持っておらず、活剄の密度による身体能力の差からこれを成すことが出来なかった。故に今回は別行動を取っている。

(もしかしたら、レイフォンは気づいているかもね)

ふと、そんなことを考える。
一応サヴァリスは殺剄を維持しているが、跳び上がる時に僅かに漏れた剄で気づいたかもしれない。
剄が荒れ狂う戦場だが、感覚が鋭く、剄の流れを読むことに特化したレイフォンならば気づいても不思議はなかった。
だが、レイフォンはサヴァリス達がマイアスにいることを知っている。加えてこちらにはリーリンもいるのだ。
都市戦の邪魔でもしない限り、手を出してくることはまず考えられない。

(それはそれでおもしろそうなんだけど)

マイアスでは敗北したと言うのに、サヴァリスはそんなことを考えていた。
強者との戦い。それこそがサヴァリスの求めるものであり、彼の全てである。
レイフォンは強い。元から天剣授受者として十分な実力を持っていたが、今の彼は廃貴族という存在を身につけ、更なる力を得ていた。
故にサヴァリスは惹かれてしまう、強者であるレイフォンとの闘いに。
例えこの身が滅ぶことになろうと、サヴァリスは戦い続けるだろう。戦いだけがサヴァリスを高揚させ、性交にも似た快楽を与えるのだから。

「ん……?」

レイフォンとの戦いに想いを寄せ、エアフィールドの境界線ぎりぎりを跳んでいたサヴァリスはあることに気づいた。
彼の視界の側できらきらと輝く存在、花弁のような念威端子。

(気づかれた!?)

サヴァリスのにやけた表情が驚愕に染まる。
学生武芸者などに気づかれるわけがないと高を括っていたサヴァリスだが、自身を取り囲むように現れた念威端子に驚きを隠すことが出来ない。
戦いのみに快楽を見出すため、直接の戦闘力を持たない念威繰者にあまり興味のないサヴァリスだったが、自分を発見したこの念威の使い手に少なからずの興味を持った。

(これから、本当に楽しくなりそうだ)

サヴァリスの表情が歪む。爽やかで、不気味そうな矛盾する笑顔。
これから暫く滞在することになるツェルニでの日々に想いを寄せ、サヴァリスは笑みを隠すことが出来なかった。
そんなサヴァリスは、尚も放物線を描きながらツェルニに接近していく。
境界線ぎりぎりの高度から落下していると言うのに、サヴァリスは微塵も慌てる様子はなく、冷静に、何事もなかったかのように自然体でツェルニの大地に着地した。トン、と軽く、静かな着地だった。まるで猫のような身軽さ。その様子を、サヴァリスの腕の中で目を閉じながら強張っているリーリンは見ることが出来なかった。
サヴァリスはふと、周囲の念威端子に視線を向ける。跳んでいる間もサヴァリスの周りを囲んでいた念威端子だったが、それが唐突に興味を失ったように去って行った。
そのことを不審に思いながらも、今はリーリンの肩を叩いてツェルニに到着したことを報せる。

「もういいですよ」

「え?……え?」

ぎゅっと目を閉じていたリーリンはゆっくりと瞼を持ち上げ、キョロキョロと辺りを見渡した。
先ほどいた場所、マイアスとは明らかに違う景色。その光景に現実味を感じることが出来ないまま、リーリンはサヴァリスに問いかけた。

「ここ……が?」

「ええ、ツェルニです」

「……………」

サヴァリスに優しく降ろされ、リーリンは呆けながらも視線をさ迷わせ続ける。

「ここが、今のレイフォンの……」

到着したことへの感慨か、それとも見知らぬ土地へ来てしまったことへの戸惑いか、リーリンは未だに呆け続け、暫く動くことが出来なかった。
しかし、やがては我に返り、リーリンはここまで連れて来てくれたサヴァリスに深々と頭を下げる。

「ありがとうございました」

「いえいえ、約束を果たせて満足です」

「……約束?」

「あ、しまった」

その時、サヴァリスはうっかりと余計な言葉を零してしまう。
『しまった』などといっているが、その顔には後悔も悪気もなく、ほんの少しだけ困ったような表情を浮かべていた。

「できれば今の話、忘れてくれるとありがたいんですけどねぇ」

「どんな約束で、相手が誰なのか教えてくれたら忘れます。

サヴァリスの新鮮なその表情を見て、リーリンは思わず意地の悪い言葉を吐いてしまった。
グレンダンにいた時なら天剣授受者の威厳によって、分かりましたと素直に頷いていただろう。だが、これまでの道中に毎日顔を合わせていた為、リーリンはサヴァリスと言う人物に慣れてしまった。
天剣授受者と言う威厳だけでは引き下がらないほどに、今までの不平不満を晴らすように、リーリンは食い下がる目でサヴァリスを見詰めていた。

「困りましたね」

サヴァリスは宙を仰ぎ、本当に困ったような反応をしていた。
だが、すぐに開き直り、視線をリーリンに戻してから口を開いた。

「実は、ある人にあなたの身の安全を護るように言われましてね。その人物なんですが……あなたと僕の共通の知人なんですよ」

その言葉を聞き、リーリンは考える。天剣授受者に恐れ多くも、そんな個人的なことを頼める人物。そして、リーリンとサヴァリスの共通の知人。
一瞬、養父であるデルクかと思ったがそんなわけがない。レイフォンの師と言うことで、もしかしたら何らかの面識があるかもしれないが、その可能性は限りなく低いだろう。
デルクがサヴァリスにそんなことを頼むとは思えないし、サヴァリスもそれに頷くとは思えなかった。

「……もしかして、シノーラ先輩とか言いませんよね?」

となると、そんなことができそうなのは1人しか思い浮かばなかった。
リーリンの学校の先輩であり、親友と言ってもいい存在。そして変人。
天剣授受者相手にそんなことを頼めそうな人物は、リーリンの交友範囲では彼女1人を除いて考えられない。

「まぁ、そうなんですけどね」

サヴァリスはあっさりと頷いた。そしてリーリンは、内心でやっぱりとつぶやく。
どうやって天剣授受者にそんなことをお願いしたのかと思ったが、彼女ならありえる。そう思ってしまった。

「なんでまた……」

「……色々とあるんですよ」

またも新鮮なサヴァリスの表情が見れた。こめかみには大粒の汗を浮かべ、言葉を濁す。
その様子を不憫に思いつつ、リーリンはシノーラ相手に失礼なことを考えていた。

(あの人のことだから、この人の弱みとか握ってそう)

だが、ありえないことではない。シノーラならむしろ当然だと思いながら、リーリンはサヴァリスを気遣うように声をかけた。

「苦労してるんですね」

「いえいえ、楽しませてもらってますよ」

サヴァリスはまた、いつもどおりの笑顔を浮かべていた。その反応を見る限り、リーリンにはサヴァリスが本心で言っているのかどうか理解できなかった。

「さて、そろそろ行きましょうか。シェルターがあるのなら、リーリンさんはそちらに向かった方がいいですね」

「あ、はい」

何はともあれ今は戦争中だ。武芸者のサヴァリスならともかく、一般人であるリーリンがうろうろするのはあまりよろしくない。
2人は避難のできるシェルターを探しに行く。








「やっぱりサヴァリスさんが来ましたか……まぁ、予想通りですしそれは別にいいんですけどね。それよりも何故リーリンがここに?」

レイフォンは生徒会棟を襲撃しつつ、フェリの念威から入ってきた状況に頭を抱えていた。

「確か、フォンフォンの幼馴染でしたね。それがどうしてマイアスにいたんです?そういえば、フォンフォンはマイアスにいたと言ってましたね。ひょっとして……」

確認を取るフェリの声が、段々と冷たくなっていった。
マイアスにいたレイフォン。そして同じく、マイアスにいた幼馴染。
しかも何度かレイフォンに彼女の話を聞いており、グレンダンではそれなりに仲が良かったらしい。故にフェリがマイアスで何かあったのではないかと勘ぐってしまうのも、仕方のないことだった。

「いや、それはないです」

問われたレイフォンは即答。
マイアスの武芸者をまた1人沈めながら、フェリの問いかけに自然体で答える。

「正直な話、僕はツェルニに来るまで恋愛ごとをしたことがないんですよ。リーリンとは確かに仲が良かったですけど、それは兄弟のような感覚でしたし。ですから異性としては見てないんですよ」

その他にも、若くして天剣授受者となったレイフォンはグレンダンでは注目の的で、妬みや嫉妬の視線もあったが、異性からは憧れの的として様々なアプローチを受けていた。
だけど、持ち前の鈍感さでそのアプローチを悉くスルーし、今日まで過ごしてきたレイフォン。故に彼は、今までにフェリ以外の女性と付き合ったことはなかった。

「ハッキリ言います。僕はフェリ以外の女性に興味はありません。フェリのことが大好きで、フェリ以外の女性なんて考えられません。言いましたよね?僕はあなたを世界中の誰よりも幸せにするって」

そして誠実さ。レイフォンはフェリに対して一途であり、本当に彼女のことを大事に想っている。
だから、レイフォンにはフェリ以外の異性など眼中になかった。

「僕は絶対にフェリを裏切りません。だから、フェリも僕を信頼してくれると嬉しいです」

「………別に、フォンフォンを疑っているわけではありません。ただ少し、気になっただけです……」

フェリのか細い声に、レイフォンは思わず苦笑をもらした。
可愛らしく、とても大切で、最愛の少女。自分の妻となり、子を宿した女性。彼女を護ると決めた。だからこそレイフォンは力を振るう。
強くなると決意した。最強になると決意した。故に今は、この戦争に勝利しようと障害を薙ぎ払う。

「なんなんだよ!?本当になんなんだお前は!!」

「ひっ、なんでツェルニにこんな奴が……」

「うああああああああああっ!」

比喩ではなく、本当に薙ぎ払う。
マイアスの武芸者達を刀の一振りで、衝剄の一撃でまとめて吹き飛ばした。
ここが生徒会棟と言うこともあり、最終防衛として数十人を超える武芸者が存在していた。だが、その程度でレイフォンを止めることができるわけがなく、既に数は半数以下に減少している。
まさに無双、一騎当千。打たれ強いからどうした?
そんなもの限界を、許容範囲を大きく超える一撃で叩けば意味がない。
レイフォンの攻撃を受けた者はぴくりとも動かず、地に伏せて沈黙していた。

「そう言えば、もう1人接触点を通ってツェルニに進入した武芸者がいました」

「ああ、クラリーベル様ですね」

そんな周囲の光景などどうでも良さそうに、レイフォンとフェリの会話は続いていた。
学生武芸者程度ではレイフォンの脅威になりえない。まさに眼中にすらないのだ。
そのことに腹を立てるマイアスの武芸者達だったが、一矢報いることすらできずに数を減らされていく。

「まぁ、放っておいて大丈夫でしょう。幾らなんでも戦争中にちょっかいなんてかけてきませんよ……たぶん」

マイアスの武芸者達の攻撃を難なく捌きつつ、レイフォンはこれからの方針を定めた。
サヴァリスはマイアスでレイフォンに敗北した以上、そう簡単に攻めて来るということはないはずだ。多分、おそらく、そうであって欲しい。
故にレイフォンの逆鱗を煽るようなこと、フェリへの手出しや戦争の邪魔はしないと思うが、あの戦闘狂(サヴァリス)に常識が通用するのかも疑問だ。
もっともその場合は、サヴァリスを始末してしまえば良い。廃貴族による強化、レイフォンの全力に耐えられる錬金鋼、そしてサイハーデンの刀技。負ける理由は皆無だった。

「さて、それじゃあこの戦いを終わらせますか」

レイフォンは視線を上へと向ける。生徒会棟の天辺、マイアスの都市旗へと。




































「びっくりしたぁ……一瞬、やられちゃったかと思ったよ」

シェルは胸を撫で下ろし、正面に立つ少年に視線を向けた。
ツェルニの総大将であるヴァンゼを追い詰め、止めを刺そうとしたところを邪魔してきた少年。
彼から放たれた不意打ち気味の攻撃を何とかかわしはしたものの、その一撃に秘められた威力に、シェルはたらりと冷や汗を流した。

「武芸長、大丈夫ですか?」

「ああ……助かった。お前はどこの隊の者だ?」

「フェリ・ロス親衛隊隊員、セイ・オズマです」

救われたヴァンゼは少年の、セイの名乗りを聞いて彼の所属している隊を思い出す。
生徒会長であるカリアンの妹、フェリを熱狂的に崇拝している集団がフェリ・ロス親衛隊だ。その精鋭、50人の武芸者が今回はヴァンゼ率いる第一小隊に指揮され、都市の防衛に借り出されている。
組織の存在意義にいろいろといいたいことがあったりするのは事実だが、ヴァンゼがセイに助けられたことは事実であり、フェリ・ロス親衛隊はツェルニでも屈指の実力と団結力を持っているためにあえて黙殺した。

「さっきの攻撃はなかなか良かったけど、今度はこっちから行かせてもらうよ!」

また、そんな場合でもない。立ち直ったシェルが構えを取り、こちらへと仕掛けてきた。
速い。残像すら残るほどに高速で、鋭い動き。錬金鋼製の脚力によって生まれる反則紛いの速度。
それは通常なら学生武芸者程度に反応できる速度ではなく、何が起こったのかも理解できないままに倒れていただろう。そう、通常ならばの話だが。

「ぐっぬぬぅ!!」

「私の蹴りを正面から受け止めた!?うそ……」

シェルの圧倒的な速度から繰り出される蹴りを、セイは真正面から受け止める。
腕を胸の前で交錯させ、衝剄を放つことによって蹴りを反射させ、シェルがバランスを崩したところを狙って突っ込む。
それはもはやタックルだった。技や技量なんて上等なものではなく、ただ力任せにシェルに突っ込んで足を取ろうとする、体当たり染みた突撃。
シェルは何とかそれを回避しようとするが、崩れてしまった体勢では得意のスピードを活かすことができない。
セイに足をつかまれてしまい、そのまま強引に振り回される。

「え、ええっ!?ええええええええええ!」

片足をセイにつかまれた状態で、シェルはまるで投げ縄のように宙で回転する。
ぐるぐると視界が巡り、遠心力による苦痛、吐き気を感じ、平衡感覚が麻痺していた。
絶叫染みた悲鳴を上げることしかできず、高速で回転する景色にだんだんと気分が悪くなってくる。

「はぁぁあああ!!」

「きゃう!?」

高速回転により勢いがついたところでセイは腕を放し、遠心力によってシェルの体はまるで弾丸のように飛んでいく。
空中では思うように動くことができず、目の回った現状では衝剄で威力を弱めることすらできない。
まさに打つ手がなく、シェルの体は建物の壁に激突しようとしていた。だが、ロイがそれを阻止する。
シェルの落下地点に移動し、飛んできたシェルの体をしっかりと受け止める。

「お前は何をしているんだ?」

「はう~、めがまわりゅ……」

ロイはシェルを抱えたまま移動し、ツェルニの武芸者から距離を取ろうとした。
総大将を討ち取るのを失敗し、ツェルニの武芸者達は少しずつ接触点での攻防を巻き返してきている。

「どうでもいいが、重い」

「にゃ!?酷いなぁ、ロイ君は。普通、女の子に向かってそういうこと言う?私の場合、足が錬金鋼なんだから他の女の子より少し重いだけだよ」

だと言うのにロイとシェルは落ち着いており、追ってくるツェルニの武芸者達から逃げながら作戦を確認した。

「お前のやることは乱戦じゃない。確かに総大将を討ち取るに越したことはないが、それはあくまでおまけだ」

「うん、わかってるよ。私はフラッグを落とせばいいんだよね」

「わかっているならいい、お前はフラッグを狙え。足止めは奴等がやる。僕は……」

疾走していたロイは、聞こえてきた銃声と共に体を捻る。
そうすることによって飛んできた銃弾をかわし、飛んできた方角を確認してポツリとつぶやいた。

「狙撃手を潰す」

「うん」

シェルは国利と頷き、ロイの腕から降りた。
既に気分と平衡感覚は回復しており、戦闘には何の支障もない。

「さっきみたいに油断するなよ。本気を出せ」

「あはは、わかってるよ……」

最後にそんな会話を交わし、2人は分かれた。





「おぃおぃ、今のをかわすのかよ……」

狙撃が専門ではないが、それを回避されたことにオリバーは驚愕する。なんだかんだで命中率にはかなりの自信を持っていた。だが、かわされた。
スコープ越しにターゲットを除いていたら、二手に分かれて1人はこちらへと向かってきている。狙撃を回避した男の方だ。
男、ロイは武芸者の身体能力をフルに使い、かなり離れていた距離を一瞬で詰めてくる。

「くそっ、居場所がばれたか。やっぱり俺って殺剄が甘いな」

己の殺剄の未熟さを嘆きつつ、オリバーは狙撃用の銃とは別の錬金鋼を復元する。
軽金錬金鋼製のリボルバータイプの拳銃、銃身の先に刃物の付いた鋼鉄錬金鋼製の拳銃、この二丁がオリバー本来の武器であり、それを駆使して接近してくるロイと対峙する。

「くたばれっ!」

物騒な言葉を吐きながら、オリバーは軽金錬金鋼製の銃を連射する。
正確無比なオリバーの射撃に、放たれた6発の銃弾全ては直撃コースでロイに迫った。

「甘い!」

だが、ロイはその銃弾を弾く。
全身から衝剄を発し、その余波で銃弾全てを吹き飛ばした。

「嘘だろ、おぃ……」

表情を引き攣らせながら、オリバーは今度は鋼鉄錬金鋼製の銃を連射した。
だがこちらは狙撃よりも斬撃に特化しているため、命中精度はあまり良くない。
1発はロイの眉間を襲ったが、残り2発の銃弾は大きく外れて背後へと飛んでいく。
眉間に放たれた銃弾に置いても、ロイの剣によって打ち落とされてしまった。

「ちぃ!?」

接近を許してしまう。鋼鉄錬金鋼製の銃には刃が付いているが、所詮それは気休めのようなもの。オリバーは剄量の不足から活剄の密度が甘く、身体能力があまり高くないために接近戦を苦手にしていた。
そのためにこの状況はかなり不味い。

「ぐぎ、ぎっ……」

剣が振るわれる。オリバーの首を薙ぐ形で振るわれた軌道。それをオリバーは鋼鉄錬金鋼製の銃で受け止めるが、ナイフほどの大きさしかない拳銃の刃渡りでは、どうやっても剣の重量と威力に力負けしてしまう。
その上に活剄の密度は圧倒的にロイのほうが上であり、一瞬だけ鬩ぎ合ったが、オリバーの持つ鋼鉄錬金鋼製の銃はあっさりと弾き飛ばされてしまった。

「あ……」

乾いた音を立てて地面を転がる鋼鉄錬金鋼製の銃。それを拾いに行く暇なんてあるはずがない。
再びオリバーに向け、ロイの剣が振り下ろされた。

「くそっ!」

オリバーは自棄になりつつ、今度は軽金錬金鋼製の銃で剣を受け止める。
だが、なんとかロイの一撃を受けきりはしたものの、軽金錬金鋼と言う白兵戦には到底向かない武器のため、銃は一瞬で使い物にならなくなってしまった。
銃身が歪み、これでは撃つ事ができない。

「くそっ、くそっ!」

悪態をつく。オリバーは半ば条件反射のように背後に跳ぶが、間に合わない。
三度襲ってきたロイの斬撃をもろに受け、無様に地面を転げ回る。

「かはっ……」

当たったのは脇腹だ。肺から強制的に空気を吐き出され、酸欠に陥りながら鈍い痛みに耐える。
幸いにも骨は折れていないようで、戦闘を続行することは十分に可能だった。しかも飛ばされた方向が良く、ちょうど鋼鉄錬金鋼製の銃の転がっていった方向。
オリバーはすぐさま鋼鉄錬金鋼製の銃を拾い、ロイから距離を取った。

「狙撃手の割にはなかなか良い反応をする。だが、これで終わりだ」

だけどロイの方が身体能力は上なのだ。開けた距離など簡単に詰められ、すぐに追い詰められてしまう。
その僅かな詰められるまでの時間に、オリバーは自身の懐から何かを取り出し、それをロイに向けて放り投げた。

「しまった」

ロイの表情が引き攣る。それは閃光弾だった。
条件反射でかわしたのはいいが、閃光弾が地面に落ちると共に爆発し、激しい光が視界を覆う。
実害はない。閃光弾は音と光で相手の感覚を狂わせる武器であり、対抗試合や武芸大会にも罠などとして使用を認められている武器だ。
ロイはダメージを受けなかったが、閃光弾の影響で感覚を狂わされてしまった。爆発音の所為で耳鳴りが起き、視界は光の所為で眩む。
故に大きな隙を見せてしまい、オリバーに銃を構える隙を与えてしまった。

「今度こそくたばれ!」

この距離だ、絶対に外しはしない。目の眩んだロイでは、先ほどのように銃弾を弾くことは不可能だろう。
オリバーは勝利を確信し、引き金に手をかけた。







「あ~あ……せめて、さっきの借りは返したかったなぁ」

シェルは愚痴りながらも走る。奔り、疾走する。
目指すはツェルニの都市旗。それを落とせばマイアスの勝利だ。
ツェルニの防衛部隊がシェルを止めようと集まってくる。だが、誰もシェルを止められない。誰もシェルを捕らえることができない。それはまさに独走。
常識では考えられない速度と走りに誰もが付いていけず、都市旗への接近を許してしまう。ただ1人、いや、1組を除いて。

「炎剄将弾閃~ん!」
「わっと!?」

炎のように赤い髪をした、小柄な少女がシェルの前に立ちはだかる。第五小隊のシャンテだ。
シャンテは槍から炎を発し、シェルに襲い掛かった。化錬剄だ。
それを持ち前の身軽さでかわす。だが、身軽と言う面ではシャンテも負けていない。

「うおらぁ!!」

雄雄しい叫び。次々と繰り出される槍の連続突き。

「わ、わわ!っと」

獣のような怒涛の攻撃に、シェルは戸惑いながらも紙一重でかわしていく。

「シャンテ!あまり突っ込みすぎるな」

「うん、ゴル!」

本能の赴くままに攻撃を仕掛けていくシャンテだったが、総大将のヴァンゼに匹敵する大柄の男の言葉に素直に従った。
彼は第五小隊隊長、ゴルネオだ。シャンテはゴルネオの指示に従い、シェルから距離を取る。

「ゴル……ゴル?」

シェルはゴルと言う呼び名に何かを感じつつ、ゴルネオを観察する。
見覚えのある錬金鋼。手甲と明らかに体術を使うだろうと思わせる錬金鋼に、嫌でもあの男のことを思い出させる。
錬金鋼と髪の色ぐらいしか共通する部分がないが、それでも目の前の大柄な男は誰かを連想させるくらいに似通っていた。

「なるほど、あなたがゴルネオ・ルッケンスですね?」

「貴様……何故俺を知っている?まさか、グレンダンの出身か?」

シェルの言葉に、ゴルネオが警戒したように問い質す。
その問いかけにシェルは首を振り、ゴルネオにも匹敵、または凌駕する警戒心を抱いていた。

「違います。ですが、あなたのお兄さんのサヴァリスさんにはお世話になりました」

「兄を知っているのか!?」

「はい。それと同時にルッケンスと言う武門を嫌と言うほど教えられました。ですから……」

だからシェルは油断しない。先ほど、セイと言う少年の前では油断があったが、相手がゴルネオなら、あのサヴァリスの弟なら微塵も油断するつもりはない。
自分には及ばないが、才能があるとサヴァリスが言っていた。彼は弟だからと言って贔屓などをする人物ではないので、おそらく本当のことなのだろう。
ならば、最初から全力で行く必要がある。

「その一端を見せてあげます」

その宣言と共に、シェルの姿が増えた。その数は8人。10人にも満たないが、ゴルネオはその技を、剄技をよく知っている。
アレは、あの技は、ルッケンスの秘奥……

「何故……貴様が千人衝を……」

驚きを隠せない。何故、マイアスの武芸者が不完全ながらも千人衝を使える?
アレはルッケンスの武門の者でも習得が難しく、近年ではサヴァリスしか習得した者がいない。なのに何故、彼女が使える?
シェルはサヴァリスを知っているようだった。まさかサヴァリス本人に千人衝を教えられた。
ありえない、なにもかも。そんなことありえるはずがない。
サヴァリスは天剣授受者であり、グレンダンから出ることなんてまずないはずだ。その時点でシェルと接点があるとは思えない。
そもそもサヴァリスが教官や師のような真似ができるはずがなかった。戦いにしか興味のない、自分とは違う『イキモノ』のような存在。
ツェルニに来て5年目。暫くサヴァリスには会ってはいないが、ゴルネオは彼のことを誰よりも知っているつもりだ。良い意味でも、悪い意味でも……

「行きますよ」

シェルはゴルネオの問いかけに答えてくれない。
8人のシェルがゴルネオとシャンテを取り囲み、一斉に襲い掛かった。







接触点では未だにツェルニとマイアスの攻防戦が行われていた。
セイは錬金鋼を使わない。正確には扱えず、素手でマイアス達の武芸者を圧倒していく。
体当たりやタックル、または街灯などを引き抜き、それを振り回しながらマイアスの武芸者を薙ぎ払っていた。

「まさに圧倒的ではないか、我が軍は」

エドワードが高笑いを浮かべる。セイの活躍に酔いしれ、それをまるで自分のことのように喜んでいた。
都市戦でのフェリ・ロス親衛隊の活躍。それはこの上ないフェリへのアピールになるはずだ。少なくとも彼はそう思っている。

「行け行けェ!この調子でマイアスを攻め落とせ!!」

「おぃ、確か総大将は俺のはずだが……」

ヴァンゼの言葉すら耳に入らない。エドワードは有頂天の真っ只中であり、嬉々して戦場全体に激を飛ばす。
が、次の瞬間にその空気が完全に冷え込む。

「がはっ……!?」

「は……?」

エドワードの表情が固まった。マイアスの武芸者を圧倒していたセイが撥ね飛ばされたように吹き飛ぶ。
彼の持っていた街灯は針金のように折れ曲がり、原形を止めないほどにひしゃげていた。
それを成した者、セイを吹き飛ばしたのは……

「鉄の……巨人?」

鉄の巨人、そう表現するに相応しい体躯をしていた。
ツェルニ屈指の巨体であるヴァンゼやゴルネオを大きく上回る巨体。本当に学生なのかと思うほどに彼はでかく、全身を錬金鋼の鎧で覆っていた。
武芸者だと言うのに超重量で、明らかに動きを阻害するであろう装備。だと言うのに鉄の巨人は、予想だにしない動きを発揮する。

「ぬあああああああああああああああああああ!!」

咆哮と共に突っ込む。ただそれだけだ。
あの巨体には不釣合いの速度での体当たり。大質量の物体の突撃を止めるのは至難の業だ。
ガチガチに堅められた鉄の巨人にちょっとやそっとの攻撃は通じず、ツェルニの防衛は成す術もなく破られていく。

「たわいもない!」

鉄の巨人の心底馬鹿にしたような声が聞こえる。だが、彼の突進を止めることができる者など誰もいなかった。
速度と威力は比例する。速くなればなるほど、直撃時の衝撃は大きくなるのだ。それにあの巨体。直接ぶつかり合うことになれば、大抵の者は誰もが力負けするだろう。
だが、その突進を止める者がいた。

「ほぉ……」

鉄の巨人が感心したような声を上げる。
彼の突進を止めたのは、最初に吹き飛ばしたはずのセイだった。

「もう回復したのか?俺に撥ねられたら、大抵の者は一撃で戦闘不能になるというのにな」

「……………」

鉄の巨人は歓喜する。自らの一撃でも倒れず、その上彼の突進を止めたセイに。

「くはははっ、いいぞ!凄くいいぞ!お前との戦いは楽しめそうだ!!」

鉄の巨人はセイを薙ぎ払うように腕を振るう。それをセイは腕で払うが、そもそも力の差がありすぎる。
力負けし、体勢を大きく崩す。だが、セイは耐えた。踏ん張り、地に根が生えたように決して倒れない。
耐え抜き、今度は反撃に移る。

「ぬああああああああ!」

拳を放つ。だが、相手は全身を覆う錬金鋼の鎧をしている。拳一発では対したダメージすら与えられない。
ならば、一発でなければどうだ?数十発、何百発も放てば?

「あああああああああああああああああああああ!!」

連打連打連打。セイの拳は鉄の巨人の腹部を何度も打ち抜き、少しずつダメージを蓄積していった。
幾ら一発のダメージが軽いとはいえ、それが同じ場所に何発も蓄積しては話が違ってくる。少しずつ、本当に少しずつ鉄の巨人にダメージは通っていた。

「温い、温すぎる!!」

だが、それはあまりにも軽すぎる。確かに少しずつダメージは通っていたが、鉄の巨人の一撃は遥かにそれを凌駕する。
拳一発、それがセイの顔面を打ち抜き、セイの眉間からはたらりと血が流れた。
だが、それでもセイは倒れない。更なる連打。その連打が実を結び、鉄の巨人の錬金鋼の鎧に異変が起こった。

「なっ……」

みしりと嫌な音が響き、錬金鋼の鎧に皹が走った。
如何に強固な鎧とはいえ、それは錬金鋼だ。武器破壊の要領で剄を流せば壊せない道理はない。
セイは拳一発一発に武器破壊の剄を込めて殴っていたのだ。

「ごふっ……く、くか、くははは……いいぞ、本当にいいぞお前はァ!」

錬金鋼の鎧の腹部の部分が完全に砕け、鉄の巨人にセイの拳が深々と突き刺さる。
痛みにくぐもった声を漏らした鉄の巨人だが、それと同時に笑いが、好敵手に合間見えた歓喜が湧いてくる。

「もっとだ、もっともっと俺を楽しませろ!!」

武芸も技もない。それはまるで喧嘩のような殴り合い。
誰も寄せ付けず、セイと鉄の巨人は戦場のど真ん中で熾烈な殴り合いをしていた。

加速する戦場。熾烈なる戦い。
戦場は更に激しさを増し、都市戦は最高潮に達する



































『はっ……?』

はずだった。だが、誰もが次に聞こえてきた音に拍子抜けしてしまう。
長く長く余韻を引く、激しい戦闘音の中を駆け抜けていく単調な電子音。
戦闘の終わりを告げるそれは、マイアスの生徒会棟から響いていた。

「えっと、これで勝ちですよね?」

「はい、お疲れ様です、フォンフォン」

マイアスの生徒会棟の天辺では、レイフォンがマイアスの都市旗を手に佇んでいた。そんな彼の周囲には、当然のようにフェリの念威端子が舞っている。
最終防衛として配置されていたマイアスの武芸者達は全滅。この場に立っているのはレイフォンただ1人だった。
戦局を無視する圧倒的な力。学生武芸者では抗えない、天災のような存在。レイフォン・アルセイフとはまさにそんな存在だった。

「それじゃあ、ツェルニに戻りますか」

「そうですね」

レイフォンは都市旗を抱え、歩いてツェルニへと帰還する。
不完全燃焼な者達が数名いたが、こうしてツェルニとマイアスの都市戦はツェルニの勝利で終わった。






































あとがき
今回は本当に時間がかかりました……もっと早く更新するはずが、なかなか話が進まない。
今まで何度かスランプスランプと言ってきましたが、今回のスランプは本気で洒落にならないです。
こんなんでSS作家やっていけるのか、少しだけ不安になりました。
前回いってたはいあの話できなかった……まぁ、そこはエピローグで(汗

さて、今回はオリキャラ達が活躍したイメージが……
結局は最後、レイフォンが全部もって行きましたけどまともな戦闘描写なし。まぁ、レイフォンが強すぎて学生武芸者じゃ誰も相手になりませんからね。
それにしても第十七小隊は……なんかこの隊、最近影が薄いです。レイフォンは基本的に暴走して、独断行動するのでこんな感じに……う~ん、なんでこうなった?
色々フラグ立てましたが、それらをぶち折っちゃう感じで都市戦は締めてみました。なんにせよ次回はエピローグで、ついについにレイフォンとリーリンが再開しちゃいます。
さてさて、一体どうなることでしょうw
それにしてもセイや名前も出なかった鉄の巨人戦、正直誰得だよと思いました……

次回はクララ一直線を更新したいです。これは決定、絶対です。
最近クララ一直線書いてなかったんで、プロットまったくありませんけど……
なんにせよ、そちらではVS第五小隊戦。楽しみにしていてください。

それにしてもレギオスの原作パネェです……
ニーナに関してはもうアレだし、どうでもいいかって感じで何にも言いませんけど、女王様半端なさすぎです。
あの強さが廃貴族ではなく素だと言われて、しかも天剣でも耐えられない剄を持つと聞いて呆気に取られました。
まぁ、だからと言ってリーリンまで覚醒したのがどうなんだと。いきなり天剣授受者並の力を手に入れ、レギオスがこれから一体どうなるのでしょう?


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