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福島第一原発、汚水を太平洋に意図的に放出「応急措置」

2011年04月05日
(約5600字)

 東京電力福島第一原子力発電所は、建屋を破壊され、外界に放射性物質を放出する異常な事態に陥っている。東京電力は4月4日、放射能を帯びた1万1500トンの汚水を意図的に太平洋に放出する方針を決め、同日夜、実行に移し始めた。「極めて高い放射性廃液をしっかりと管理貯蔵するため」の「応急の措置」だと同社は説明している。4月4日、原発の危機に東京電力はどう対処したのか。東京都千代田区内幸町の東京電力本店から報告する。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽関連記事:   連日連載・東京電力本店からの報告


 ■昼下がりに突然発表

 昼の記者会見から夕方の定例記者会見までの間の比較的のんびりした時間帯に、記者たちはメモや原稿の作成に取り組んでいる。4日午後3時53分、そこに1枚紙の資料が配布される。「福島第一原子力発電所からの低レベルの滞留水などの海洋放出について」と題されている。放射能を帯びた水を太平洋に放出しようという東京電力の方針がそこに発表されている。

 「やはり来たか」と記者の一人は感じる。発電所の構内のあちこちはすでに、放射性物質で汚染された水であふれている。1ccあたり百万ベクレル単位の高濃度で、損傷した原子炉から漏れ出たとみられる汚水もあれば、飛散した放射性物質が雨水とともに津波の海水に混じり込んだとみられる1ccあたり数ベクレル、数十ベクレルの汚水もある。一方、それらを貯め込むタンクの容量には当面、限りがある。

 発表文の冒頭の3段落9行は言い訳に充てられている。

 現在、福島第一原子力発電所タービン建屋内には、多量の放射性廃液が存在しており、特に2号機の廃液は、極めて高いレベルの放射性廃液であります。

 これを安定した状態で保管するには、集中廃棄物処理施設に移送することが必要と考えております。しかし、同施設内には、現状、1万トンの低レベル放射性廃液が既に保管されており、新たな液体を受け入れるには、現在保管されている低レベルの廃液を排出する必要があります。

 また、5号機ならびに6号機では、サブドレンピットに低レベルの地下水が溜まってきており、建屋の内部に地下水の一部が浸入してきており、このままでは原子炉の安全確保上重要な設備を水没させる恐れが出てきております。


 「集中廃棄物処理施設に保管されている廃液」というのは、3月30日夜にその存在が発表されていた「集中環境施設プロセス主建屋」の「たまり水」のことだ。その際の発表によれば、その放射能の濃度は1ccあたり1.2〜2.2ベクレルで、大部分はおそらく、津波の際に流れ込んだ海水だとみられる。

 5号機、6号機の建屋内に地下水が浸入してきたという話は記者たちには初耳である。地下水(サブドレン)の汚染の状況については31日深夜に発表されており、それによれば、代表的な放射性核種であるヨウ素131の1ccあたりの量は5号機で1.6ベクレル、6号機で20ベクレルで、決して低い濃度ではない。しかし、2号機タービン建屋の地下や立坑の「たまり水」の数百万ベクレルに比べれば桁違いに低い。

 発表文の後半の2段落9行は次のように記述されている。

 つきましては、極めて高い放射性廃液をしっかりと管理貯蔵するために、集中廃棄物処理施設内に溜まっている低レベルの滞留水(約1万トン)と、5号機および6号機のサブドレンピットに保管されている低レベルの地下水(延べ1,500トン)を、原子炉等規制法第64条1項に基づく措置として、準備が整い次第、海洋に放出することといたします。

 なお、この低レベル滞留水等の海洋放出にともなう影響としては、近隣の魚類や海藻などを毎日食べ続けると評価した場合、成人の実効線量は、年間約0.6ミリシーベルトと評価しており、これは、一般公衆が自然界から受ける年間線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1であります。


 原子炉等規制法(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律)の第64条は、原子力事業者に対し次のように義務づけている。

 その所持する核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は原子炉に関し、地震、火災その他の災害が起こったことにより、核燃料物質もしくは核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害が発生するおそれがあり、又は発生した場合においては、直ちに、主務省令で定めるところにより、応急の措置を講じなければならない。


 この条文は、「これこれできる」という権利や権限を定めているのではなく、「これこれしなければならない」という義務を定めている。この規定に違反した人、つまり、条文に定められているような「場合」があるにもかかわらず、「応急の措置」を講じなかった電力会社の責任者は、同法78条の規定により、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはこれの併科という刑事罰に処せられる。

 現状がそうした「場合」にあたるのかどうか。

 ■松本代理の記者会見

 4日午後3時55分、原子力・立地本部の松本純一・本部長代理が記者会見を始める。

 発表文を読み上げ、その後、質疑に応じる。

 それによれば、原子力・立地本部の武藤栄本部長が、原子炉等規制法64条の「おそれがある場合」に該当すると判断し、午後3時、原子力・安全保安院に「放出したい」と申し出たという。

 廃棄物処理施設の「滞留水」の汚染のレベル(1ccあたりのヨウ素131、セシウム134、セシウム137)は15.1ベクレル(それぞれ6.3ベクレル、4.4ベクレル、4.4ベクレル)。5号機の地下水は2.12ベクレル(1.6ベクレル、0.25ベクレル、0.27ベクレル)。6号機の地下水は29.6ベクレル(20ベクレル、4.7ベクレル、4.9ベクレル)。

 今回の1万1500トンだけでなく、それと同程度に汚染されたほかの汚水の放出も検討するという。

放射能汚水の海への放出について発表する東京電力原子力・立地本部の松本純一本部長代理(左端)=4月4日午後4時8分、東京都千代田区内幸町の東電本店1階で

 廃棄物処理施設の汚水は当初、4号機タービン建屋の地下に移しつつあった。しかし、その結果、3号機の高濃度の汚水の水位が上がってくることが4日になって分かった。3号機と4号機は地下1階の廊下でつながっており、4号機の水が3号機に抜けているらしい(3号機と4号機が連通している)と判断された。それを放置しておくと、3号機の高濃度の汚水の水かさを増やしてしまうことになる。このため、4号機タービン建屋の地下をタンク代わりに使う策は断念された。

 静岡県の清水港にある浮桟橋「メガフロート」を福島に回航してその中に1万トンの汚染水を入れる計画もある。しかし、「メガフロートが来るのが時間的に間に合わないということで今回の決断をした」という。

 高濃度の汚染水の流出が続いており、それを「一刻も早く」少なくするためにも、施設のどこかに空きをつくる必要があり、汚染の程度が比較的低い汚水を海に出す。その際、フィルターを通すなど最低限の処理も行わないのは、そのための装置を作る時間的余裕がなく、また、汚水の量が多く、海水が混じっているからだという。

 発表文の中に「おわび」の言葉がないことを記者に指摘されると、松本代理は次のように答える。

 「私どもといたしましても、高いレベルの放射性物質をきちんと管理するためとはいえ、環境のほうに今までは排出しなかったものを放出するということでございますので、地域の皆さま、それから、関係者の方に対しましては誠に申し訳ないと思っております」

 当初、松本代理は、5日から放出すると説明する。しかし、午後4時20分、広報部の栗田隆史課長が「準備ができ次第、あしたを待たずとも」と、それを訂正する。

 放出予定の放射能の総量は何ベクレルか? 単純なかけ算で出るはずの数字だが、松本代理らの手元に計算結果がなく、答えられない。

 太平洋に汚水を放出しなければならないその緊急性を裏付ける事情の説明になかなか記者たちの納得が得られない。

 午後5時前に会見が終わる寸前、「次の会見までは放出しないということでいいですね?」と聞かれた松本代理は「そうですね」と小さくうなずく。

 ■記者会見中に放出開始

 午後6時38分、松本代理の記者会見が再開される。2時間前の記者会見で積み残しになっていた質問にまず答える。

 松本本部長代理の説明によれば、汚水を入れるため合計1万5千立米(トン)分の容量の仮設タンクを発注し、4月15日から4月末にかけて順次、入ってくる予定になっている。のちの説明(5日昼の記者会見での説明)によれば、その発注を始めたのは3月23日だという。

 メガフロートは5日に清水港を出港する予定で、東京湾のドックで内面に漏れがないかどうか点検した上で福島に回航する。このため到着は4月半ば以降になる。メガフロートは日本国内にほかにも3隻あるといい、それらについても、「お譲りいただけるか話をしている段階」だという。

 バージ船(はしけのような平底荷船)2隻も手配しており、準備ができ次第、東京港を出発する。

 結局、これらすべてが使えるようになるのは翌週以降になる。このため、「本日の決定になった次第です」と松本代理は言う。海への放出には原子力安全・保安院の係官が立ち会う、とも松本代理は説明する。

 午後6時46分、記者会見中に追加資料が配布される。「海洋放出」の「第2報」である。最後に段落が一つ、5行からなる文が追加されている。

 その後、低レベル滞留水等の海洋放出の準備を行っておりましたが、準備が整ったことから、本日午後7時に集中廃棄物処理施設内に留まっていた低レベル滞留水を海洋に放出することとし、また、本日午後9時に、5号機および6号機のサブドレンピットに留まっていた低レベルの地下水を海洋に放出することといたしました。


 松本代理が「準備ができたということでございますので、本日午後7時から、集中廃棄物処理施設内の滞留水の放出の開始でございます」と補足する。

福島第一原発の概略平面図。オレンジ色に塗られたところに廃棄物処理施設がある=東京電力が記者室に張り出して公表したもの

 廃棄物処理施設の1万トンの汚水は10台のポンプを使って、最寄りの海にそのまま流す。場所は福島第一原発の南放水口から南に50メートルから100メートルほど下がったあたり。1時間あたり200トンで、だいたい50時間ほどかかる。

 午後7時32分、広報部の東電社員から会見中の松本代理にメモが入る。

 「19時3分に1台目のポンプを起動し、19時7分までに全10台の起動が終わりました」

 「それは海への放水が始まったということですか?」と念押しされると、松本代理は「そうです」と答える。

 放出する予定の放射能の総量については、松本代理はいったん「ヨウ素131は32億ベクレル」と答え、その後、それを訂正する。

 「セシウムも入れて1.7かける10の11乗ベクレル。1700億ベクレルです」

 内訳は、
 ヨウ素131   750億ベクレル、
 セシウム134  470億ベクレル、
 セシウム137  470億ベクレル。

 午後8時20分、松本代理の記者会見が終了する。

 午後9時7分、広報部の栗田課長が記者室に来て、「5、6号の排水なんですが、やはり9時から開始いたしました」と述べる。5号機、6号機の地下水の海への放出も始まったのだ。

 ■押し問答

 午後10時2分に始まった栗田課長らの記者会見はその終盤、押し問答になる。

 ニュースサイト「News for the People in Japan(NPJ)」の記者、あるいは、ブログ「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)」の筆者として会見場にいる日隅(ひずみ)一雄弁護士(東京共同法律事務所)、フリーランスライターの木野龍逸(りゅういち)氏らが、海に汚水を放出しなければならない緊急性について最後まで納得しない。日隅弁護士は「放出する必要はないんじゃないですか?」と食い下がる。

 午後11時27分に栗田課長らはいったん部屋を出て、5日午前零時39分に戻ってくる。

 原子力設備管理部の小林照明課長が、5号機、6号機の建屋への地下水の浸入を止めなければならない緊急性について説明する。

 「多数の場所から水が出ているということで、その中で危機的な状況にあるのが、非常用ディーゼル発電機室。それから電気関係の部屋の水位も上がり始めているという状況です。これらが水没しますと、いま動いている健全な機器が水没してしまう恐れがある。この水位を何とか下げたいということです。これ以上悪化すれば、最悪は、1号機から4号機のような状況になってしまうだろうと。それを防ぐためには、この水を何とかしなければならない」

東京電力広報部の栗田課長(左)と日隅弁護士(右)=4月5日午前1時8分、東京都千代田区内幸町の東電本店1階で

 ひととおりの説明があるが、日隅氏や木野氏は納得しない。「そういう説明でいいと言っている責任者はだれなのか?」と日隅氏。栗田課長との間で押し問答になる。「ほかの方法があるんだったら(放出を)止めればいいじゃないですか」と日隅氏が栗田課長に迫る。午前1時29分にいったん会見終了。栗田課長らは広報部の部屋に戻る。

 午前1時39分、会見再開。栗田課長がマイクを握る。

 「本件につきましては、統合本部で議論した上で、当社の原子力・立地本部長の武藤のほうから保安院さんのほうにご報告させていただいた。その後、ご承知の通り官房長官のほうから『致し方ない処置』というコメントを頂いたということはご承知の通りだと思います」

 今回の記者会見は6分で終わる。

 前日夕からの一連の会見で焦点となったのは、東電が「低レベル」と名付けた汚水の意図的な放出。その数十万倍の高濃度の放射能で汚染された2号機の汚水はなお、東電の意図に反して止まることなく海に流れ続けている。

 4日、午前6時半の時点で、福島第一原発で働くのは251人。うち東京電力社員は221人。「協力企業」は30人。

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