東京電力福島第一原子力発電所は、建屋を破壊され、外界に放射性物質を放出する異常な事態に陥っている。東電は4月9日、福島の2つの原発にどのように津波が襲ってきたか調査した結果を明らかにした。原発の危機に東京電力はどう対処したのか。東京都千代田区内幸町の東京電力本店から報告する。
▽筆者:奥山俊宏
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■9日ぶりに武藤副社長が記者会見
福島第一原子力発電所展望台から見た津波の様子。「協力企業」の作業員が携帯電話で撮影した動画の一場面。集中廃棄物処理建屋や排気筒の南にある高さ30メートルほどの切り通しにぶつかって、それをさらに20メートルほども超える水しぶきが上がっているとみられる(東京電力提供)
9日午後6時32分、原子力・立地本部長の武藤栄副社長の記者会見が本店3階で始まる。3月31日夜に同じ場所で会見して以来9日ぶりである。その3月31日夜の会見の終わり際、「当面は週1回程度」の会見を約束しており、その約束を果たすという意味もあって会見を開いたのだという。
「地震発生から間もなく1カ月が過ぎようとしておりますけれども」と武藤副社長は切り出す。
「福島第一原子力発電所の建屋からの放射性物質の外部への放出によります大気や海水への拡散、あるいは、作物への影響の拡大など、社会の皆さま方にたいへんなご不安ご心配をおかけをいたしておりますことに対して改めて心よりおわびを申し上げたいと思います」
ここで間をあける。手を腰の前で組んだまま、上体を前かがみにする。
壇上に置いた紙を読み上げるためなのか、もともと視線を下に落としている、その姿勢と、「おわび」のための礼とが混然とつながって見える。
「特に」と続けて言う。原発周辺の住民に避難生活など「たいへん過酷な状況を強い」ている現状に触れる。「申し訳ないと思います」と述べる。そして、上体を前かがみにする。
「また、4月4日には2号機タービン建屋内にたまりました高濃度の放射性廃液を安定な状態で保管をし、また、5号機、6号機の安全上重要な設備を水没させないために、比較的低濃度の滞留水および地下水などを海洋に放出させていただくことといたしました。緊急避難的な措置とはいえ、放射性物質を含む水を放出せざるを得なかったことにつきまして、たいへん申し訳なく思っております」
武藤副社長の冒頭発言が7分で終わると、代わって、原子力・立地本部の松本純一・本部長代理が作業の状況を説明する。
■建屋周囲は深さ4〜5メートルの浸水だった
この日の松本代理の説明の目玉となるのは「津波の調査結果」。
福島第一原発、第二原発について、建物や設備に残された変色や漂着物などの痕跡を調べて、どこまで水が来たかを調べたという。
福島第一原発における津波の状況の概念図。「O.P.」というのは「小名浜ポイント」の略で、いわき市の小名浜港の海面を基準面としてそこからの高さを表した数字=東京電力が4月9日に公表した資料から
それによれば、福島第一原発では、1〜4号機の原子炉建屋やタービン建屋があるエリアのほぼ全域で内陸側も含めて深さ4〜5メートル(地表面からの高さを表す浸水深が4〜5メートル)の浸水が生じていた。つまり、原子炉建屋やタービン建屋は津波来襲の際、「陸の孤島」状態となって、周囲がすべて水没していたことになる。
福島第一原発を上から撮った画像。津波によって浸水したエリアが青く塗られている。その広さは31万平方メートル=東京電力が4月9日に公表した資料から((C)GeoEye)
その際の水面の海面からの高さ(基準面からの高さを表す浸水高)は14〜15メートル。事前に想定していた最高水位は海面から5.7メートルだったから、それを9メートル前後も超えていたことが改めて裏付けられたといえる。
福島第二原発では、海側のエリアで深さ2〜3メートルの浸水があった。しかし、主な建屋の周囲は、南側の道路を遡上してきた水で濡れはしたものの、浸水はしなかった。
福島第一原発の1〜4号機の建屋のある敷地の海抜は約10メートル。5〜6号機が建っている敷地は海抜13メートル。5〜6号機のほうが3メートルほど高くなっており、そのぶん、「浸水深」が少なくて済んだ。これは意図的にそうしたのではなく、5、6号機の建っている地面の中の岩盤の高さが南側の1〜4号機よりも高かったからそうなったのだという。
のちの質疑での返答によれば、福島第一原発に津波の第一波が来襲してそのピークが観測されたのは3月11日午後3時27分ごろ。地震発生の41分後だった。波高計の観測記録は約4メートルだった。第二波が来たのは午後3時35分ごろ。地震発生の49分後。7.5メートルまで測れる波高計はそこで損傷して、以後の計測値はなかった。したがって、第三波、第四波がどのように来たか来なかったかは分からない。福島第二原発に津波が来たのは午後3時23分と午後3時35分だった。
質疑応答では主に武藤副社長が答える。
――今までの5.7メートルというのは見直す必要があると考えておられるか?
5.7メートルというのは2002年の土木学会の基準に基づきまして評価を行って定めたものでございますが、今回、14メートルないし15メートルの津波を経験しましたので、今回の経験を踏まえて、再度検証する必要があると思っております。
――きょう午前中の原子力安全・保安院の会見で、西山審議官(西山英彦審議官)が「絶対大丈夫だと信じてやってきたが、こういう事態になった」と言って、これまでのやり方に甘さがあったと認めたんですが、このことに対して副社長はどのようにお考えでいらっしゃいますか?
これまでの安全確保のための取り組みにもかかわらず、こうしたような事故に至ったわけで、我々が設計で想定をしていた津波の大きさを大きく超える津波を経験して、なおかつ、ディーゼル発電機も全台が動かない、外部電源がなくなる、というたいへん厳しい、我々の設計の前提を超える事故を経験いたしましたので、こういうことを踏まえて、原子炉の安全確保はどうあるべきかということは、しっかり検証していく必要があるというふうに思っています。
■意図的な汚染水放出は繰り返されるのか?
東京電力が「低レベル」と名付けた汚染水はこの日も、太平洋に放出され続けている。最後の「残水処理」の段階になっていて、排水のスピードが落ちているため、翌10日までかかる見通しになっているという。故意の放出はこれが最後なのかどうか。松本本部長代理は4日の記者会見で、ほかの溜まり水についても海に放出する方向で検討する考えを示していたが、翌5日の会見ではその考えを引っ込めている。武藤副社長にその点の確認を求める質問がある。
――今後、低濃度汚染水の放水はやらないか?
今回の放出の件につきましては、たいへんご心配ご迷惑をおかけをしておりまして、申し訳なく思っております。とにかく大切なことは環境への影響をできるだけ小さくするということだと思ってまして、とにかく準備できるものは先行的に準備しようということで、仮設のタンクだとか、メガフロートだとか、水の処理だとか、あるいは、使える建屋がないかどうか、といったようなことを、ともかく、できるだけ先回りしながら準備をしているところであります。そういった中で、4号機に排出しようと思っていたわけですが、その4号機と3号機がつながっているかもしれないといったようことで、非常に切迫した状況になった。それから、5号機、6号機につきましても、重要な設備が、水が入ってくることで機能がなくなってしまうかもしれないということで、海洋放出すると判断したわけです。とにかく全体、水をしっかり管理しながら、極力、周りへの影響を一番小さくするような手立てをしっかりととっていきたいと思っておりますので、よろしくお願いを申し上げます。
――「絶対に放水しない」とは言えないわけですか?
できるだけいろいろな手立てをしっかりとってまいりたいと思っております。ともかく、さまざまな手立てをできるだけ先行的にとりながら、今回のような切迫したような状況にならないように、できるだけ手を打っていきたいと思います。
■廃炉に向けてやるべきことは?
日々の東電の記者会見では、その日にあったこと、翌日に予定していることの説明はあるが、それ以上の先行きが示されることはほとんどない。1〜4号機は最終的に廃炉にする考えは表明されているが、そこに至る道には何があるのか。その点を問いただす質問が出る。
――日本とアメリカの混成チームからなる専門家集団がこの4日、つまり5日前に、長期のスパンに立った核燃料の除去と移送の方法を提案したんですが、「東電さんから返事が来ない」と言うんですね。お金をけちって、それを実行しない、というのは社会的責任がないと責められても仕方ないと思うが、いかがでしょうか?
まったくそういうようなことではなくて、頂きました提案は、さまざまなものがありまして、たとえば、がれきの除去みたいに、ただちにやらなければならないものから、あるいは、最終的な廃棄物の処理・処分、それから、いまお話になったのは、使用済燃料プールから燃料をどうやって出すかという提案だと思いますけど、そういったようなもの、あるいは、原子炉建屋全体をどうやって覆うのか、周辺のモニタリングをどうやってやるんだ、といったような様々な短期・中期・長期のものが入った提案を頂いています。
ただ、使用済燃料プールの燃料を出すのは相当時間がかかることでありまして、まずは今、喫緊の課題としては、タービン建屋の水を外に出さないようにするにはどうしたらいいんだろう、といったようなこと、あるいは、原子炉からこれ以上、放射能がたくさん出てくることがないように原子炉をしっかり冷やすにはどうしたらいいんだ、といったようなことのほうが、優先度の高い課題だと我々は思っています。で、まずはそういうことにしっかり取り組みながら、ただ、ご指摘のように少し長期的な視点で、この1〜4号機をどうやってきれいにしていくのかということも当然、大事なことでありますので、いただきました点、――これはご指摘の提案以外にも複数の会社から多くの提案を頂いてますので――、世界中の英知を集めてしっかりときれいな形に処理していくということを、少し長期的な課題としてしっかりと研究していきたいと思います。
――では、出費をけちるということはありませんね?
これはもう、周辺への影響をできるだけ小さくする、発電所を安全な状況に保つというのは我々の一番大事な責任だと思っています。お金でもって何かお断りすることは決してございません。
――使用済燃料プールからの燃料取り出しが長期的な課題であるということをちらっとおっしゃっておられましたが、それの関連で、今後やらなければいけないいろいろな手順とか作業とか、1〜4号機は最終的に廃炉にするということになっているわけで、いろいろな作業がたくさんあるんだと思うんですが、それらについて、どんなものがあるのか、どのくらいのタイムスパンのものなのか、そういうのをまとまった形でお示ししていただくことはできないでしょうか?
いろいろ考えてはいるんですけれども、まだ、あまり具体的なはんとしては、まとまったものになっていません。で、ともかく足元でやらなければならないことをしっかりやることが安全確保上、一番大事だと思っておりますので、これをまず最優先で進める中で、ご指摘のようなことも考えながら、少し先の展望をお示しする必要があると思っておりますが、いましばらくお時間をいただければ、と思います。
――たとえば、溜まり水の処理につきましては日本原燃とかに設計を依頼しているという話をきのうお聞きしたんですが、そういった形で具体的な設計とか具体的な作業に入っているものとか、まだ全く手つかずでいろんな選択肢があるという状況のもの、いろいろなレベルがそれぞれあるんだと思うんですが、そういう「これはここまで進んでいる、これは検討さえしていない」とか、そういう形で示していただければ、世界の外部の人たちからの知恵も集まりやすくなるのではないかというふうに思うんですが、そういうリストを近日中に出すことはできないのかなと思ったんですが……。
一つはともかく原子炉をしっかりと冷やすということと、それを閉じ込めるということ。それから、あとは、どうしても(原子炉を)冷やすために水を入れなければいけません。その水を処理する。水には(汚染の濃度の)高いのと低いのがありますので、高いものについてはともかく外に出さないということでしっかり処理する。低いものについてはこれはどのくらいの量が出てくるかということを見ながら、環境への影響をできるだけ小さくするように工夫しながら処理するといことを考える。これが全体の姿でございますけど、今もそれぞれ。あと、最後、環境もしっかりモニタリングしていかなきゃいけないでしょうし、それから、少し長い目で見れば、燃料、炉内のことを考えていかなければならない、検討しまして、話をいずれさせていただかなければならないと思います。
――オープンな場で議論できるように、いろいろな課題を列挙して出していただければ、たとえば、原子炉を実際にどうするのか、石棺詰めにするのか、あるいは、燃料を取り出して普通に処理するとか、いろいろな意見があるんだと思うんですが、決める前にそういう選択肢を出してみんなで議論できるようにする必要がある。一カ月先に何があるのか全く見えないので……。
そういうものを考える上でも、出発点になる現場の状況がどうなるかというのをまずしっかりしなければいけないので、それは結局、いまやっている作業がどの程度のところに落ち着かせることができるかというところが一つ。それから、いろいろなアイデアがあると思いますが、それはどういうような資機材がいるのか、どのくらい手間がかかるのか、どのくらい時間がかかるのか、技術的にそういう可能性がどのくらいあるのか、といったような全体の評価をしていかなければいけないところだと思います。そうしたようなアイデアについていま検討しているところでありまして、大きな方向性がまとまれば、ご報告をさせていただきたいと思います。
――使用済燃料プールの燃料がどのくらい破損したり溶けたりしているのかいないのか、その見積もりについて、特に4号機についてどうご覧になっていますでしょうか?
4号機は燃料プールの水位はきちんと測れてますので、現時点でプールが冷えていると思いますが、その状況がどうであるかということにつきましては、もう少しいろいろデータを取ってみる必要があると思います。これにつきましても、少し検討してみたいと思います。
――4号機については一時期、危機的な状況があったと思うんですが、そのときに破損したりとかそういう可能性についてはどうご覧になってますでしょうか?
ここはどういうことがあったのかということについて、これは他の号機も同じですが、よく検証してみないと分からないと思います。基本的には4号機は、すべての燃料がプールの中に入っていたわけでして、水も十分にあったということなので、どんなことがあり得るのかはまだ想定の段階でしかありませんので、もう少しデータを見たいと思います。
9日午前6時半の時点で、福島第一原発で働くのは312人(東京電力社員258人、「協力企業」54人)。
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