2010年10月15日 (金)時論公論 「犯罪被害者支援の充実を」
ニュース解説・時論公論です。
犯罪被害者支援の新しい基本計画づくりをしている政府の検討会議が計画の原案をまとめ、きょう、国民からの意見募集を始めました。犯罪被害者の支援策を充実させようというものですが、様々な検討課題があります。今夜は、日本の犯罪被害者支援の現状と課題について考えます。
最初に、犯罪被害者の支援策のこれまでの経過と現状をみてみます。
支援策の対象になっているのは、犯罪で被害を受けた人と、その家族や遺族です。
私たちは誰もが犯罪の被害に遭う恐れがありますが、殺人や強盗、性犯罪などの犯罪に巻き込まれると、生命や家族を奪われたり、けがをしたりする被害のほか、精神的なショックや身体の不調といった直接的な被害を受けます。
さらに、けがや精神的なショックのために仕事を失って経済的な困窮に陥ったり、周囲の無理解や偏見によって精神的に苦しんだりするといった二次的な被害も受けます。
こうした犯罪被害者などを支援しようと、平成16年に「犯罪被害者等基本法」が成立し、翌17年、第一次の「犯罪被害者等基本計画」が閣議決定されました。これによって様々な施策が打ち出され、新しい制度が作られました。
おととしには「犯罪被害給付制度」が拡充されました。通り魔殺人などの犯罪で死亡した人の遺族や障害を負った被害者に、国が給付金を支給する制度です。
また、刑事裁判に被害者や遺族が出席し、被告に質問するなど、直接参加できる「被害者参加制度」もおととしから始まりました。
さらに、刑事裁判の裁判官が被害者の損害賠償請求についても審理する「損害賠償命令制度」も導入されました。裁判所が、殺人や傷害などの事件の被害者などから、被告に対する損害賠償命令の申立てがあったときには、刑事事件について有罪の言い渡しをした後、損害賠償請求についての審理や決定もすることができる制度です。被害者などの負担を軽減することにつながっています。
このように、犯罪被害者のための施策を行うことを国などの責務と定めた基本法と、第一次の基本計画によって、犯罪被害者支援は大きく進んだといえます。
この第一次基本計画は、今年度・来年3月までが計画期間であるため、来年度からの5年間の第二次基本計画を策定する作業が進められ、その原案がきのう公表されました。きょうから内閣府のホームページに掲載されて国民からの意見募集が行われ、今年度中に閣議決定されます。
第二次の基本計画は、犯罪被害者の団体や支援団体の代表、それに有識者などで構成された検討会議で出された、支援策の拡充や新たな制度を求める意見などを踏まえて作られました。
それでは、これまでの犯罪被害者支援の施策や制度は、どんな点が不十分とされ、いま何が検討課題になっているのでしょうか。新しい基本計画の原案をもとに見ていきます。
まず、「犯罪被害者への経済的支援」についてです。
これについては、「犯罪被害給付制度の拡充」が課題の一つになっています。
被害者や遺族に支給される犯罪被害者等給付金は、おととしの法改正で、支給の最高額が自動車の損害賠償責任保険・自賠責の水準まで引き上げられました。しかし、自賠責並みになるのは限られたケースの人だけで、「最高額ではなく補償の内容じたいを自賠責並みにしてほしい」という要望が強くあります。
また、この制度は一度だけ支払われる一時金で、夫が殺されるといった犯罪の被害に遭う前の生活水準に戻すために、年金のように途切れなく給付するべきだなどとして、「新たな補償制度の創設」を求める意見もあります。
さらに、性犯罪などの被害者に対する臨床心理士らによるカウンセリングの費用の公費負担を求める意見もあります。現在は、重い被害を受けた人が病院で医師から受ける治療だけにしか給付されないため、それ以外についても公費で負担してほしいというものです。
これらの問題について、今回まとまった基本計画の原案では、「有識者や関係省庁による検討会を設け、3年以内と2年以内を目途にそれぞれ結論を出し、必要な施策を行う」としています。
現在の制度の問題点を検証して、適切な施策を検討してほしいと思います。
次に、「被害者が受けた精神的・身体的被害の回復」についても課題があります。
これについては、たとえば「性犯罪被害者のためのワンストップ支援センター」の設置を進めることが課題になっています。
これは、性犯罪の被害者に対して、医師による心身の治療や警察官による事情聴取、民間の支援団体や臨床心理士らによる支援などを一か所でできるようにする施設です。
性犯罪の被害を受け傷ついている人が、あちこちの施設に行ったり、事件当時の状況を繰り返し聞かれたりしなくて済むように、一か所でまとめて行えるようにして、被害者の負担を軽くしようというものです。
しかし、現在、日本では、民間の団体が運営するものが一つと、警察庁が愛知県でモデルケースとして今年から始めた施設の、あわせて2か所しかありません。
これについて、基本計画の原案では、「内閣府が開設や運営の手引を作るなどして、設置を促進していく」としています。
性犯罪の被害を受けただけでなく、二次被害などにも苦しんでいる人たちのために、早急に様々な施策をとって、設置をすすめるべきだと思います。
さらに、「犯罪被害者を支援する体制の整備」も十分ではありません。
その一つとして、地方公共団体の取り組みを進めることが課題です。
たとえば、被害者にとって身近な市町村を見てみると、「犯罪被害者支援の総合的な対応窓口」をまだ設けていない市町村が、ことし4月の時点で49%にのぼっています。
また、犯罪被害者支援に特化した条例を制定した都道府県は、宮城、神奈川、山形の、3県にとどまっていて、地域によって取り組みに格差やばらつきがある点が課題になっています。
支援体制については、もう一つ課題があります。
それは、「民間団体に対する援助」という問題です。
被害者や遺族のために、犯罪被害者の団体や支援団体が果たしている役割は、非常に大きいものがあります。
しかし、こうした団体は財政基盤が脆弱で、ほとんどが運営費に苦慮しています。このため、被害者の支援の活動を行う人材が確保できないだけでなく、人材の育成や事務所の維持すら難しくなっているといいます。
この点について、民間団体などは、公費による援助を求めていますが、国は、民間団体の運営に直接国費を支出することは難しいとしています。
基本計画の原案でも、「民間団体による犯罪被害者支援の募金や基金の創設についての検討に協力する」などとするにとどまっています。
被害者団体や被害者を支援する団体は、警察や市町村と並んで犯罪被害者にとって身近な支援の担い手だけに、こうした団体への支援をどうするか、大きな課題として残っています。
犯罪の被害に遭うことは、だれにとっても、ひと事ではありません。
「犯罪被害者等基本法」は、前文で、「犯罪被害者の視点に立った施策を講じ、その権利と利益の保護が図られる社会の実現」を掲げています。
犯罪の被害に遭い、苦しんでいる人たちの視点に立って、現在の施策や制度を見直し、強化していくことがあらためて求められています。
そして、少しでも安心で安全な社会にするために、日本のどこでも、被害を受けた直後から適切な対応や支援を受けることができる態勢を、さらに整えていくことが必要だと思います。
(渥美解説委員)
投稿者:渥美 哲 | 投稿時間:23:58