東日本大震災に見舞われた東京電力福島第1原発で14日、2号機の燃料棒が一時、冷却水から完全に露出するという、前例のない事態が2度も起きた。一時的な「空だき状態」で、最悪の場合は米スリーマイル島原発事故のような非常事態につながりかねない。同日午前には、3号機の原子炉建屋(たてや)で水素爆発が発生。完璧な管理によって、その安全性を強調してきた日本の原発は、前代未聞の制御不能状態に陥っている。
2号機では14日午後、原子炉圧力容器内の水位が一気に低下し始めた。このため、原子炉建屋が爆発した1、3号機よりも優先して注水作業が続けられたが、水位の低下を止められず、約4メートルある燃料棒全体が露出する「空だき」状態が一時的に発生した。
注水で水位は上昇したが、その後再び同じ状態になった。万が一、水位が回復しなければ、燃料棒が溶ける炉心溶融が進行し、原子炉内の燃料の大半が溶ける「メルトダウン」と呼ばれる事態になる恐れがあった。これは原子炉自体が損傷し、放射性物質が外界に拡散しかねない事態だ。
国内では、日本の原発運用は、あらゆる危険性を排除する幾重もの防御策が整備されているため、米国で起きたスリーマイル島原発事故のような事態は起きないとされてきた。
元原子炉設計技術者で、福島第1原発4号機の設計にも携わったライターの田中三彦さんは「もし空だきが続けば燃料は溶け落ち、原子炉圧力容器の底に向かってしまう」と指摘する。
炉の床は合金製で、1500~1600度の温度で溶け出すため、「最悪の場合は炉床が抜ける危険性もある。水が注入できない状態は、(それができた)スリーマイル島原発事故より深刻な事態」と危惧する。
小林圭二・元京都大原子炉実験所講師(原子炉物理)は「水がなくなって、核燃料が融点を超えると、周囲も高圧になって水が入りにくくなる。今回のように電源がなくなり緊急炉心冷却装置も作動していない場合は、とにかくあらゆる手段で注水し、燃料棒を冠水させていくしかない」と指摘する。
一方、有冨正憲・東工大原子炉工学研究所教授(原子力熱工学)は「空だきの状態が2時間20分も続いた場合、燃料棒の一部が溶けている恐れがある。ただし、その後、圧力容器内に水が満たされていれば、溶けた燃料が水の中で固まるため、圧力容器が損傷する心配はまずないと考えていい」と話す。
地震発生から4日目を迎えても、原発の制御ができないことについて保安院は「注水のための消防車の確保も困難になっている。新たな冷却方法を確保することが必要かもしれない」と危機感を募らせる。東電も対応に追われ、正確な現状把握ができていない。
福島第1、第2原発でトラブルが発生している原子炉は、地震発生時、運転中で、自動停止後、冷却ができない状態に陥った。このため、東電は水や海水を原子炉圧力容器などに入れ冷却を試みているが、思うようにいかない。原子炉内の計測器が故障している可能性も高く、炉内の状態把握すらおぼつかない。
保安院は「出力の高い給水ポンプが地震で使えなくなり、出力の低い消火用ポンプに頼るしかなかった。そもそも圧力容器内の圧力は高く、注水は難しいのに」と頭を抱える。
東電の現状把握と情報公開は出だしからつまずいた。当事者であるにもかかわらず、トラブル発生時の会見は、政府の会見後。14日午前に発生した3号機での爆発時、東電の担当者は報道陣から爆発について問われ、慌てて確認に走った。1号機で水素爆発が起きた際は、発生から保安院の会見まで2時間半、東電の会見までさらに1時間半かかった。
関西大学の永松伸吾准教授(防災減災、危機管理)は「政府などは最悪のケースを国民に示したうえで対策を公表すべきだ。『国民がパニックになる』と公表に反対する人もいるが、回避したい最悪のシナリオを見せないと、逆に根拠のないうわさを招く」と話す。【酒造唯、藤野基文、大場あい】
14日起きた3号機での水素爆発によって、原子炉建屋の上部外壁が吹き飛んだ。建屋から飛散した放射性物質はどんな影響を及ぼす可能性があるのか。
東電によると爆発当時、西~北西の風が吹いていた。豊橋技術科学大の北田敏廣教授(大気環境工学)は「今日のような雲の多い日は海陸風があまり目立たず、大部分は太平洋方向に流れたと考えられる。陸地への影響は少なく、健康に影響が出ることはないだろう」と見る。一方「放射性物質が付着した微粒子の大きさにもよるが、1000分の1ミリ以下だと滞空時間はかなり長くなり100~200キロ運ばれることも珍しくない」と話す。
実際、1号機で水素爆発が起きた12日午後に放出された放射性物質は南風に運ばれ、13日未明、約120キロ北にある東北電力女川(おながわ)原発で基準値を超える21マイクロシーベルト(1時間当たり)の放射線量が観測された。
北田教授は「晴れた日の昼間は海から陸へ風が吹く。それまでに何とか(放出する事態を)終息させてほしい」と話した。
原子炉内の燃料棒は通常水中にあり、水を循環させて水温をコントロールしている。しかし震災で循環が止まったため、熱で水が蒸発し、水位が下がった。露出した燃料棒は過熱状態となり、燃料棒を覆う管のジルコニウムが水と反応して水素が発生した。水素は高温になるほど多く発生するため、爆発の危険性も高まる。
3号機の爆発は、1号機より大規模だったとみられる。NPO法人「原子力資料情報室」の上沢千尋さんは「(1号機より)燃料棒の溶融が進んだために水素が大量発生したか、格納容器内から建屋への水素の漏えいが想定以上なのではないか」と話す。
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■ことば
燃料棒を納めた原子炉圧力容器内で、冷却水がなくなるなどして炉心が異常過熱し、燃料棒が溶け出す現象。やがて溶けた燃料が圧力容器の底を溶かして外側の格納容器内に落下、水などに触れて大爆発を起こし、大量の放射性物質を外界にまき散らす危険性がある。79年3月、米ペンシルベニア州スリーマイル島原発2号機で起きた事故は、給水ポンプが停止して炉心の圧力が上昇。圧力を逃がす弁が開いたままになり、メルトダウンにつながった。
毎日新聞 2011年3月15日 東京朝刊