東北電力女川(おながわ)原発(宮城県)で確認された基準を超す放射線量は、東京電力福島第1原発から飛来したとみられる。両原発の距離は直線で約120キロ。この地域に暮らす住民が被ばくした可能性もある。情報伝達も遅れ、99年に666人が被ばくした茨城県東海村の核燃料加工会社「JCO」の臨界事故の教訓は生かされなかった。【山田大輔】
福島県によると、これまでに福島第1原発近くの住民22人の被ばくが衣服の計測により確認された。直ちに健康被害が起きるレベルではない。しかし、実際に住民が被ばくし、広域汚染の懸念も生じたが、国や電力会社は、自衛手段などの正しい知識を十分周知していない。市民団体「三陸の海を放射能から守る岩手の会」の永田文夫世話人(元高校教諭)は「服についていたなら、鼻からも吸い込んだはず。放射性ヨウ素の体内被ばくについて何も説明せず、安易に安全だと言うのはおかしい」と憤る。放射性ヨウ素の被ばくは、X線診断や旅客機に乗った場合の宇宙線被ばくなどと違い、体内で蓄積され長期間続く。
これに対し、放射線医学総合研究所の明石真言(まこと)・緊急被ばく医療研究センター長は「厳密に言えば『被ばく』だが、専門家の立場からは、がんのリスクが高まるなど身体に影響が及ぶ200ミリシーベルト以上とみるのが常識的。今回確認された値は十分低い。今はまずけがなどの震災対応を優先すべき状況だ」と説明する。
一方、福島第1原発から女川原発まで放射能汚染が広がったとする政府の説明に、早野龍五・東京大教授(原子核物理学)は「よほど大量に、かつ上空に向けて放射能がふりまかれたのでない限り、女川まで到達することは考えにくい」と疑問を呈する。原子炉から放出される主な放射性物質はキセノンなどの希ガスやヨウ素、セシウムだが、いずれも大気より重く、気象条件がよくないと長距離を飛ぶのは難しいとの指摘だ。
両原発の間には、福島、宮城県が設置した計測装置が複数あるが、文部科学省によるといずれも地震によるトラブルで計測不能といい、放射能汚染が広がった過程を知ることは不可能な状況だ。早野教授は「なるべく早く測定を復旧、公表することが被災者の安全につながる」と訴える。
国内の原子力施設の事故で最も深刻だったのが、1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所で発生した臨界事故だ。この事故で、事業所内で作業中の3人が被ばくし、うち2人が死亡した。このほか周辺住民ら663人も軽度の被ばくをした。
住民が被ばくしたのはこの事故が初。原子力施設での被ばく死者も初めてだった。
被ばく住民の健康被害については、国の健康管理検討委員会が「住民の被ばくレベルでは、がんなどの影響を検出することはできない」と結論づけた。しかし、阪南中央病院(大阪府松原市)のグループが2000年7月~01年2月に独自に行った調査では、健康被害を訴えた住民が半数近かった。
回答した208人のうち、3割が事故後1カ月以内に全身の倦怠(けんたい)感やのどの痛み、脱力感、頭痛などがあったと答えた。その後も47%が風邪を引きやすくなったり、体がだるいなどの不調を訴えたという。
事故を受け、村は事業所から半径350メートル以内の住民に避難要請。続いて県が10キロ圏内の住民約31万人に屋内退避要請を出したが事故から避難要請まで4時間半、屋内退避要請まで12時間もかかるなど対応が遅れ、被害を広げた。【藤野基文】
毎日新聞 2011年3月14日 東京朝刊