- [PR]
[事件]ニュース トピック:正論
【正論】現代史家・秦郁彦 原発処理、もう米国に頼みたい
≪ノモンハンに似る福島の戦い≫
1939年に、満州国(現在の中国東北部)・モンゴル国境のノモンハンで、日本の関東軍と旧ソ連軍が戦った。双方とも2万余の死傷者を出して停戦になったが、ソ連軍指揮官のジューコフ将軍は敵の日本軍について、「下士官兵は優秀、下級将校は普通、上級幹部は愚劣」と評した。
この“3段階評価”は、戦後の日本社会にもあてはまりそうだと考えていたが、今回の東日本大震災、なかでも福島第1原発事故への対処過程を眺めていて、さらにその思いを強くした。
ノモンハン事件は、山中峯太郎著の標題を借りると、「鉄と肉」との戦いだった。第一線の兵士たちはソ連軍戦車に対し、ガソリンをつめたビール瓶(火炎瓶)の肉薄攻撃で対抗した。昼は40度、夜は氷点下の大草原にスコップで掘った壕に潜み、食料も水も弾薬の補給も途切れがちの過酷な環境で全滅するまで戦い抜く。
新聞やテレビなどの報道によると、福島第1原発の作業員の生活環境は、ノモンハンと甲乙つけがたい悪条件らしい。防護服での作業を終えて、夜は鉛入りのシートを廊下やトイレの前に敷き、1枚だけの毛布にくるまり数百人が雑魚寝しているという。
入浴もできず、1日2回の食事は非常食だけという、栄養失調すれすれのカロリーしかとっていないとなれば、避難所暮らしより辛いのかもしれない。それでも苦情ひとつ言わず、逃げ出しもせず、黙々と目に見えぬ放射能と戦いつづけている。彼らを放置している上級幹部の愚劣さ加減を見抜いたフランス紙ルモンドは、「下らない政府の下でよく国民はがんばっている」と皮肉った。
≪頑張る一線、無能な司令塔≫
日本人の忍耐を称賛する海外メディアが目につくが、司令塔の政府と東京電力は「複雑で硬直的な官僚的運営で何も決定できない」と、ロシア紙イズベスチアに指摘されるまでもなく、国民の多くがそれに気づいている。
それでも、巨大地震と大津波の被災地は自治体と地縁共同体の連携プレーで少しずつ立ち直りだしているが、原発事故の方はさっぱり先が見えてこない。
ノモンハンでの敗戦を招いたのは、大本営と関東軍のエリート参謀たちが根拠もなしに、「ソ連軍は弱い」と見くびり、打つ手がことごとく後手に回ってしまったせいである。今回は、大本営たる経産省(原子力安全・保安院)、関東軍に当たる東電が同じ轍(てつ)を踏んだ。何より装備が貧弱だった。遠隔操作のカメラ、無人偵察機、放水車、重機、作業用ロボットもなしに、炉心の部分溶融という“強敵”に立ち向かったのである。
連日のようにテレビに登場している政権スポークスマンの枝野幸男官房長官も、白いジャンパー姿の西山英彦審議官も、能弁ではあるものの、原子力業務に経験のない素人で、頼りにならないと見すかされてか、今や、本気で聞き入る人はいないようだ。
私もその1人だが、調べてみると、中軸になる経産相-原子力安全・保安院長-東電社長・会長をはじめ、主役の6人全員が文系の「アマチュア」とわかった。
あえて菅直人首相(理系)の資質には触れないが、プロ不在もあって機能不全に陥っている司令塔をどう立て直したらよいのか考えてみた。原発の機能が安定するまで東電を国有化し、一時的に鎮圧作戦をアメリカに頼むのも一案だろう。メリットと思われる点を次に列挙しよう。
≪プロの知見生かす指揮系統を≫
一、菅政権には残念ながら、災害復興と原発事故処理という二正面作戦をこなすのは無理なので、後者を米国に分担してもらって、政権の荷を軽くする。
一、米国は半世紀にわたる冷戦期に、核攻撃やそれへの防御の両面を研究し、よく訓練された実動部隊と装備を持っており、79年に起きたスリーマイル島原発事故に対処した経験もある。
一、米ゼネラル・エレクトリック(GE)社は福島第1原発を設計、建設にもかかわっており、実務的ノウハウを持つ。
一、日本占領時代(45~52年)に、GHQは日本の官僚制を使いこなした経験がある。
以上であるが、恐らくアメリカは日本的な人事慣行にとらわれずに問題解決能力を持つ最適の人材を登用し得るだろう。
だが、首相は米軍の協力申し出にさえ「自分の国で起きたことは自分で…」と消極的らしいし、たとえ辞を低くして頼み込んでも、ここまでこじれてしまった事故の処理をオバマ大統領が引き受けてくれる見込みは薄い。
そうだとすれば、各方面の助言を仰ぎつつ何とか自力で対処するしかないが、いささか心許ない。それを見かねてか、フランスのサルコジ大統領や各国の専門家グループが続々と来日しているが、へたすると、通訳を介しての小田原評定になりかねない。
ともあれ、いま必要なのはプロの知見を生かせる簡素で強力な指揮系統の確立だろう。(はた いくひこ)
このニュースの写真
- [PR]
- [PR]