「……どうした、遅かったな、待ちくたびれたぞ」
背を向けたまま、男は口を開いた。
いくつもある台座が足場になっている。その中の、丁度対岸のような位置に、長身の男と小柄な少年は立っている。
「やあ、レッド。元気そうで何よりだよ」
常と変わらぬ声音で言葉を紡げば、男の低い声が返ってくる。
「“センセイ”のおかげでな。チカラが漲っているよ。…フッ、だけど、この有様だがな…」
足場の下には霧のような、靄のようなものが広がっており、特殊プログラムの影響で外―――空高い宙に直結している。
落ちたらまず、助からない。
「…なるほどね…“センセイ”か……今日は一緒じゃないんだね」
若干声を低くする少年。男は、高い天井を仰いだ。
「相変わらず、何処に居るのかは判らんな…。案外近くに居るんじゃないか?」
「そっか…じゃあ気をつけないとね…」
空気が、肌で感じられるほどピリピリと張り詰めていく。
そうして男は振り返った。
「…さて、長話してる場合じゃなかったな?
そろそろ始めるとするか!」
男と少年、一騎打ちの火蓋が切って落とされた。
三人分の足音が、無機質な通路に響く。
塔に着くまでは一苦労だったというのに、内部に入ってからは全く警備がいない。空気もひんやりとしていて、順調に進めていることが却って不気味だ。
上階へと続く一本道の坂を上っていく。
結局何もないまま、彼らは行き止まりの壁際に置いてある転送装置に辿り着いた。
「…いつもなら」
不意に、ゼロが口を開く。
「彼女が調べる所なんだがな」
そう、クリアが居れば、装置を調べて安全かどうかを確認できる。しかし、それは今叶わない。
「…ここまで来たんだ」
アクセルが、押し出すように言う。
「迷ってなんかいられないよ」
「…だな」
「…ああ」
蒼と紅、二人の青年は頷き、装置を起動させた。
まずはエックスが入り、次にゼロ、アクセルと続く。
光が晴れた―――
「なっ!?」
「!?」
いくつもの光球が二人――エックスとゼロを取り囲み、光の牢を作り上げた。一人に十二個、六角形の檻は、三人を分断させる。
「エックス!ゼロ!」
光球にバレットを近付け連射する。エックスはバスターを放ち、ゼロも斬りつけるがびくともしない。
「どーなってんのこれ!?」
「頑丈過ぎだ!」
思わず声を上げる。紅き青年は檻の外へ視線を移し、瞳を鋭く細めた。
「………“手を出すな”……そういうことか?」
呟いた剣士を疑問の目で見、流れるようにその先へと顔を向けた。
「…!」
「あ…」
感じる。
霧がかかっていて見えない、けれど。
優れた戦士だからこそ、気付けるモノ。
強者の気配。
「…………」
「……レッド……」
何故、エックスとゼロを閉じ込めたのか。
理由はすぐに判った。
「アクセル」
呼んだのは紅き闘神。身動き取れぬ檻の中から、見上げてくる常葉色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「いけるか?」
様々な意味を含め、端的に問う。
蒼き英雄が見守る中、少年は視線を逸らさず、両手の銃を握り締めた。
「もちろん」
放たれる衝撃波を、他の足場に飛んでかわす。着地した瞬間、バレットを放った。
しかし、レッドの周囲の空間が歪み、現れた黒い穴の中へ姿を消す。同時にその穴も消える。
驚く暇もなく、アクセルのいる足場の空間が歪む。反射的に飛び退けば、案の定彼の姿がそこにあった。
――まさか…瞬間移動ってヤツ…!?
正確には空間移動だが――
足が地に着く前に連射する。だが、少年が撃つよりも速く、彼は次の技を繰り出していた。
シュルシュルと音を立てて発生する赤い竜巻。レッドのいる所だけではない。他にも数箇所―――アクセルが飛んだ足場にも。
「ぅああっ!」
全身が刻まれる感覚と共に、体が宙を舞う。
アクセルは聞かされていなかったが、以前レッドがエックスの前に現れた時使った技がこれだ。
足場と足場の間に落ちる体。しかし彼は、足を曲げてくるんと回転し、ホバーを起動させた。そのまま一番近くの台座に壁蹴りで飛び乗る。動かずに様子を見るようなことはせず、すぐさま別の足場へ飛んだ。
空間移動は先が読めない。常に動いていなければ先刻の二の舞だ。
――どうしよう…!どうすればいいの…!?
衝撃波が飛んでくる。ギリギリで避け、すかさずバレットを撃つ。だが、大鎌を振るうことで防がれた。
――どうしたら…!
次、彼が現れた先、アクセルの隣の足場。
反射的に銃を構えた―――が。
「っ…!」
今までは、必死だった。攻撃する時も迷わず撃てたのは、彼が遠くにいたからなのだろう。
目の前にして、銃口が震えた。
彼の躊躇いを、レッドが見逃すわけはない。
振るわれる鎌。慌てて上体を移したが避けきれず、衝撃波が片腕を掠めた。
――……どうしたら…っ!
怖い。
ここまで来て、今更になって。
彼を失うのが、怖いのだ。
彼を殺すことが、恐ろしい。
「くっ…!」
大した傷は負っていないが、レッドはほぼ無傷。
――……本気で……本気で殺そうとしてる……
迷いは断ち切った筈なのに、彼を殺すつもりでここに来たのに。
――………判らないよ……っ!!
堪らず、ぎゅっと眼を瞑った、その刹那。
鎌を振るう音。
瞼上げれば、衝撃波が迫っていた。
瞬間、少年の脳裏に流れた映像。
レッドアラートでの“黄金の日々”。
暴走していくメンバー。
脱走する自分。
共に戦う新しい仲間―――
――あ…れ…?
止まった、記憶。
――どこで……?
浮かんだのは溶岩。
熱気が立ち込める中、白いマフラーが揺れている。
あの時聞こえなかった声が、今、急に聞こえるようになった。
“『突き進め』…それがお前だろう?”
常葉色の瞳を、大きく見開く。
バレットを操作し、目の前の衝撃波を撃った。
着弾と同時に発生する炎の球――サークルブレイズ。
そして、もう一つのバレットの引き金も引く。
現れたのは岩の盾、ガイアシールド。
威力の落ちた攻撃を盾で防ぎ、彼を見据えた。空間移動でその姿が消える。
タン、タン、と次々に足場を移っていき、捕まらないよう油断なく身構える。
一つの台座の上で空間が歪んだ―――直後。
少年は、そこへ飛んだ。
「何っ…!?」
遠距離型のアクセルが自ら間合いを詰めたことで、レッドは虚を突かれ隙ができる。
その瞬間を狙い、彼は銃口を向けた。
「エクスプロージョンッ!!」
Gランチャーから放たれた、強力なエネルギー弾。まともに喰らったレッドは仰け反り、しかし吹き飛ばされなかった。脚に力を入れて踏み止まり、大鎌を振り上げる。
至近距離では衝撃波は使えないらしく、そのまま斬り裂くつもりだ。
だがアクセルは慌てず、撃つと同時にGランチャーからバレットに持ち換えた。
一つだけ、オリジナルのアクセルバレット。
鎌を見上げ、空いた右手を伸ばす。
トン、と、長い柄を軽く掴んだ。
力付くで止めるようなことはせず、降り降ろされるスピードと軌道に合わせ、腕を曲げ体を低くする。
そうして、受け流された鎌は、地面に突き刺さった。
たん、と大鎌の上に乗り、高く跳ぶ。
脚の加速機を使いながら体を回転させ、得物を握るレッドの手めがけ、踵落としを打ち込んだ。
トンネルベースから帰還し、一通りの治療が終わった後のこと。
“格闘技を教えて欲しい?”
少女は、ライトブルーの瞳をまるくして聞き返した。
“うん”
対する少年は、常葉色の瞳を真っ直ぐに向けている。
“どうして?キミは銃士でしょう?”
“あんたの蹴りとか身のこなし、スゴイって思ったんだ。素手でガンガルンに勝ったんでしょ?お願い”
真剣に頼んでくるアクセルに、クリアは困ったような表情を浮かべ、指で軽く頬を掻いた。
“そうは言ってもねぇ……私とキミじゃ、戦闘スタイルが違い過ぎる。私は能力を使えば強化できるけど、キミはパワーも防御力も強い方じゃないし……スピードは中々のものだけどね”
“でも、ボクどうしても覚えたいんだ!銃だけじゃなくて、他の戦い方も!”
“……何でそんなに拘るわけ?”
小さく溜め息をつきつつ問えば、彼は俯いた。
“……ボク……まだまだ弱いから……。それに……レッドや……ライバルだったヤツと戦うなら………違う戦い方ができないと………勝てないと、思うんだ……”
“…………”
戦闘パターンが読まれてしまうということだろう。
そして、新しいことを学ぶことは、彼なりの過去との決別なのだ。
“……判ったよ。降参だアクセル”
苦笑する彼女に、少年はぱあっ、と表情を明るくする。だがクリアは、『ただし』と付け加えた。
“一度に多くのことを覚えるのは無理があるし、今は仮にも交戦中だ。私にもやることが…”
“わかってる。できる時だけでいいよ”
途中で遮られながらも、くすりと微笑み思案する。
“パワーそのものが低いキミには、私と同じ足技がいいだろう”
“何で?”
“脚力っていうのは、腕力と比べて何倍も強いものなんだ。私も強化には限度があるから、パワー不足を足技で補ってる”
“それで足技が多かったの”
合点がいったと頷く。
“それと、接近戦をやるんだから受け流しと…………あ、そうだ”
何か閃いたらしい。うんうんと一人で納得している。
“…何?”
“バレットを使った接近戦”
“………え!?”
さらりと紡がれた一言に驚く。
バレットを使った接近戦とは、一体何なのだろう。撃ちまくるのか。
“まあ、それはまたでいいや。
さ、教えると言ったからには、私は厳しいぞ?“
バレットを使って、ということが気にはなったが、『また』と言ったのだから、いずれ教えてもらえるだろう。
どこか強さを含んだ闘士の笑みに対し、彼は不敵に笑った。
“望むところさ!”
「やああっ!」
空間移動する間も与えず、連続で蹴り込む。鎌が振るわれれば、片手で緩やかに受け流す。
ならばと、レッドは受け流すことのできない足元を狙って横に薙ぎ払った。
だがアクセルは真上に跳んでかわし、自分の左手が自分の右肩に行くよう腕を曲げ、体を捻った。
カチッ、と音がして、バレットに付加されたスイッチ―――クリアとの稽古以外では一度も使ったことのないそれを、押した。
銃を握ったまま、レッドの側頭部めがけてその手を横に滑らせる。同時に、トリガーを引く。
――と、今までのショットよりも遥かに大きな音がして、バレットを握る手が、ぐん、と加速した。
速度が上がったことに驚いたレッドだが、咄嗟に片腕で頭部への直撃を防ぐ。ガードした腕のアーマーが、びきっと音を立てた。
「くっ!」
彼は、まだ空中にいるアクセルを鎌の背で突き飛ばす。
銃士の胸部アーマーも、ひびの入る音がした。
足場から放り出されたアクセルは、遠くなりそうな意識を気力を以ってして保ち、レッドを見た。
鎌を振り上げようとしている。衝撃波を放つつもりだ。しかし、先程までの攻撃が効いているのか、動作が若干遅い。
――…レッド……
少年は、真っ直ぐにバレットを構える。
――………ボクが………
一瞬の筈なのに、映像が一コマ一コマ、脳裏に焼き付いていく。
ボクが止めてあげるから。
迷うことなく引かれたトリガー。
聞き慣れた銃声が、空間内に響き渡った。
霧が消え、アクセルは背を床に強かに打ち付けた。息が詰まったが、力を込めて立ち上がる。
どうやら特殊プログラムが解除されたらしく、台座の下にも床があった。
彼は前方に目を向け、握ったままのバレットを構えた。
膝をついているレッド。致命傷はないようだが、動くことはできそうにない。
銃口を向ける少年を、隻眼で見据えた。
「…ハハッ……腕を上げたな……アクセル」
力なく笑った彼に、少年はえ、というように口を開いた。
声が出ない。
「…あれが聞こえるだろう…」
爆発音。次いで、何かが崩れる音。
「ここは…長くは持たない……。
俺に…万が一のことがあった時は……ここから下は……一緒に消えて…なくなるように……セットしておいたからな……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼。
アクセルは、眼を見開いた。
武器をしまい、差し出す。ずっと、最初から銃を握ってきた、小さな左手を。
「イヤだ!レッドも行こう!!」
駆け寄ろうとして、ぐん、と後ろに引かれる。振り返れば、檻から解放されたゼロが、アクセルの右腕と左肩を掴んでいた。
「放してっ!!レッド早く!まだ間に合う!!」
「よせ、急がないと俺達も埋まってしまうぞ!」
「ゼロ!こっちだ!急げ!」
同じく解放されたエックスが、上階への道を確保している。ゼロは頷き、アクセルを引きずるように連れていく。
「イヤだ!!レッド…!レッド…!!」
一心に名を呼び、手を伸ばし続ける。
瓦礫の中に、小さくなっていく彼。
共に生きたい。
たったそれだけの願いだったのに。
「アクセル…そいつの言う通りだ……。じき…床も崩れる……」
「レッド…!!」
常葉色の瞳から、雫が溢れ出る。
「……お前に……言っとかなきゃならねぇことがある……」
ぴくん、と、少年の指が震えた。
ゼロも上階へと歩を進めながら、耳だけは傾けている。何故か、聞き逃してはならない―――そんな気がしたのだ。
――……悪いな……小娘……
“―――――――”
二対の双眸が見開かれる。
床が崩れ始めた。
「ゼロ!早く!」
エックスの声に、足を速める。
アクセルは、手を伸ばすことを止めない。
ぼろぼろと零れ落ちる涙。
そんな少年を見て、彼は笑った。
「…アクセル」
紡ぎ出された声は、残酷なまでに優しかった。
「先に行って待ってる……いつでも来な。慌てなくてもいい…」
大きな瓦礫が、彼らを隔てる。
瞬間。
アクセルの指先に、温かい光が触れた。
見覚えのある、しかし実際は初めて見るもの。
「レッドオォォォォォォ!!!」
少年の絶叫は天井に吸い込まれ、暗闇の中に消えていった。
上階に移動し、ゼロは少年の腕を離した。
アクセルは膝をつき、上がってきた道―――墜ちていった階下を、虚ろな眼を以ってして見つめる。
エックスが白く小さなカプセルを取り出す。セントラルサーキットの任務の後で、クリアが復帰祝いと言ってくれた、彼女の力が詰まったモノ。
指に力を入れれば音を立てて砕け、殻もろとも光の粒になった。
手の中に収めたソレを、上からアクセルに振りかける。
と、彼女がする時のように、傷が治っていく。
光が消え、完治とまではいかなかったが、大方の傷は癒えたようだ。
だが、彼は顔を上げない。じっと動かず、傷が治ったことに対し驚きも見せず、ただただ見下ろしているだけ。
エックスは彼から離れ、ゼロに歩み寄った。
紅き青年もまた、どこか迷っているような顔をしている。
この先に居るであろう敵。その正体に、エックスもゼロも凡その察しはついていた。
根拠などない、経験からの、直感。
しかし、最も大切な存在を目の前で失った少年の心は、言葉では言い表せないほど深く傷付いている筈。今の彼に、声をかけるということ自体ばばかられた。
どれほどの時間が経っただろうか。
不意に、彼が立ち上がった。
振り返り、驚く二人に真っ直ぐ眼を向ける。
「行こう」
儚い、けれど吹っ切れたような表情。
「“センセイ”をやっつけなくちゃ」
すっ、と瞼を閉じる。
「“突き進め”って、あの女なら言うから」
脳裏に浮かぶ、強く可憐な闘士。
常葉が現れ、二人と交互に視線を合わせる。
エックスとゼロは、数秒の逡巡の後、ほぼ同時に頷いた。
奥へと足を向け、アクセルがその後に続く。
――…大丈夫…
小さな手を、そっと胸に当てる。
――……戦える
少年は、迷うことなく進んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
焔雫です。
アクセル…接近戦ができるようにしましたが、まだまだクリアには及びません。
接近戦でバレットを使ったところ…判りましたでしょうか?文章力に自信がないので、上手く伝えられたかどうか少し心配です……。