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[21478] 【習作】学園黙示録:CODE:WESKER (バイオ設定オリ主)その他 学園黙示録更新
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2011/04/10 15:57
2010/08/26 : ジャンルが増えましたので、二次作品を分離。
      本ページに移行しました。今後、二次作品はこちらで投稿をしていきたいと思います。
       他作品は修正が済み次第、随時投稿していく予定です。
2010/10/05 :タイトル変更しました。









【習作】学園黙示録×バイオハザード5(バイオ設定引用、オリ主)




悪い夢だと思った。
きっとこれは夢の中で、目が覚めれば自分は温かい布団に包まれているのだと。
そんな、“思ってもいない”現実逃避をしながら、上須賀 健人は乾いた笑みを浮かべた。
これは悪い夢だ。そうでなければ、どこかの三文劇作家が書き下ろした、出来そこないの戯曲か。

舞台は我が街。
背景音楽は断末魔。
役者は僕達。

ストーリーはこうだ――――――。
何時までも続くと思っていた日常、そんなある日、突然<奴ら>は現れた。
<奴ら>――――――死体が独りでに動き出し、人々を襲いだしたのだ。
<奴ら>は次々と仲間を増やし続け、不変の日常を完膚なきまでに破壊した。
噛まれたら終わり。
自分も<奴ら>になってしまう。


「そりゃあ、つまらない毎日が壊れてしまえばいいって、思った事はあるけれど」


呆然と健人は呟いた。
泣き出す寸前の、出来損ないの笑みを浮かべながら。


「こんなのって、ないよ――――――」


目の前には<化け物>。
命からがら<奴ら>から、ようやく逃げてきたというのに。
しかし三文劇作家は健人の生存を許さなかったようだ。
幼い頃に事故死した両親は敬遠な神教徒だったらしいが、今ならば健人は思いつく限りの罵詈雑言を天に叫ぶことが出来そうだった。

何故自分が、などとは今更言うまい。
ツイていないのは今に限ったことではなかった。
思えば自分の人生にケチが付いたのは、何時からだっただろうか。

保健所で受けた予防接種に、抗体が過剰反応して死にかけた時か。
両親が事故死した時か。
コンビニ帰りの夜道、辻斬り女に痴漢と勘違いされ半殺しの憂き目に会った時か。

いいや、身体が頑丈なこと以外に取り柄の無い自分が、今の今まで生き残れていたのだ。人生の天秤は間違いなく幸運に傾いていたのだろう。
そうでなければ、そう信じなければ、<奴ら>となってしまった人の人生は一体何だったというのか。
死体になって生者に喰らいつくためだけに生きてきたとでも言うのか。
早急に何も考えられない死体になれたことこそが幸福だったとでも。違うだろう。
ここから外に出て助けを呼んできて下さい、という紫藤教諭の言葉を鵜呑みにした自分が馬鹿だっただけだ。
ようするに、囮に使われたのだ。自分は。

視界の端をマイクロバスが走って行く。
追いすがって声を上げることは出来なかった。<奴ら>は音に反応するのだ。だが、それは遅いか早いかの違いだけだろう。<化け物>に殺されるか、<奴ら>に殺されるかの。


「――――――嫌だ」


<化け物>が、蠢く触手に塗れた、真黒な腕を健人へと差し向ける。
濃厚な死の気配に込み上げる吐き気。
脳が、本能が理解した。
自分は・・・・・・ここで死ぬ。


「――――――嫌だ。嫌だよ・・・・・・ッ!」


恐怖と絶望に引き攣る喉が、この世で最後の言葉を健人に叫ばせようとする。
<奴ら>の事など考えてはいられない。
それは人間に許された最後の権利。
自らの存在を示す、最終証明なのだ。


「ぃいいいいやだぁああああああッッ!」


健人の叫びは、押し寄せる黒い触手に呑まれて消えた。






■ □ ■



おぎゃあ――――――おぎゃあ――――――。
赤ん坊の泣く声がする。
僕の声だ。
ふ、と思い出す。
ああ、そういえば。
今日は僕の誕生日だった――――――。



■ □ ■






鳴り止まぬ健人の断末魔。
叫びに引寄せられ、ふらふらと群がる<奴ら>は、まるで讃美歌を歌っているかのようで――――――。


「うぐぅうううううっ!」


触手に呑まれながら、しかし健人の命の灯火は未だ消えてはいなかった。
絡み付いた右腕の皮膚を突き破って体内に侵入した触手が、直接神経を犯していく。
全身に奔る、気が狂いそうな痛み。
服を内側から押し上げている触手が何処から生えているのかは、考えたくもなかった。

触手塗れの<化け物>に感情と表情があったのなら、それはさぞ加虐心に歪んでいたことだろう。
苦痛が長引かせようとしているのか、ゆっくりと健人を蹂躙していく触手。
健人と<化け物>を繋ぐ真黒なパイプが一つ蠢く毎に、苦悶の叫びが上がった。
この場に誰が居たとて、健人を救おうなどとは思わないだろう。
ただ祈りを捧げるだけだ。
これ以上苦しみが続かぬよう、早く殺してもらえるように、と。
触手の<化け物>が、一際その拘束を強く締め上げた。

――――――だが、ここで一つの変化があった。

じり、じり、と。
<化け物>が、元は健人であった触手の塊に引き摺られていく。
自身から間合いを詰めたのではない。
じりじり、じりじりと、健人の方へと“巻き込まれて”いるのだ。
触手が軋む程に“張り詰めている”というのに、アスファルトを砕く程に地に“根を張って”いるというのに、それでも巻き込みは止まらなかった。


「ぅぅぅううわああああああッ!」


咆哮――――――それは、赤子の産声にも似ていた。
健人の叫びと共に、<化け物>の身体が宙に打ち上げられた。
二者を繋いでいたパイプが、半ばから引き千切られていく。

静寂。
そして、“触手の繭”が解かれる。

其処に居たのは――――――半身を、黒い触手に塗れさせた健人だった。
叫びに引寄せられ、ふらふらと群がる<奴ら>は、まるで讃美歌を歌っているかのようで――――――それは事実だった。
人間、上須賀 健人は、この日この瞬間に死んだのだ。
この場に居るのは<化け物>と人間のハイブリッド。本来、絶対に有り得ないはずの二種族による化合物。天文学的な遺伝子配合の確率の果て。


「僕は死にたくない、死にたくないんだ。だから、お前ら全員――――――」


渾身の力を込め、健人は右半身を突き上げた。
触手の芯であった自身の右腕、白い骨が見えた。肉は溶けて無くなってしまっていた。
力無く垂れ下がっていた触手が超常の膂力によって細く伸び、一本の鞭と化す。
健人は我武者羅に鞭を振り回す。
技術も何も無い。それだけで全ては事足りた。
高速で振り抜かれた触手(ワイヤー)は剣となり、群がる<奴ら>を細切れにばら撒いていく。
健人の闘争心に染まった瞳が、未だ宙を泳ぐ<化け物>射抜いた。
宿主の感情に呼応してか、返り血を浴びて朱に染まった触手が蠢くと、健人が望む形へと変貌を遂げていく。
解け、絡み付き。
一瞬の内に、健人の右半身から生え出ていた触手は、巨大な黒い腕へと編み上がった。
健人はそれを、弓を引くように、思いきり背後へと振り被った。


「もう一度“殺し直して”やる――――――ッ!」


裂帛の気合と共に放たれた、異形の拳。
明らかに届かぬ距離にあった黒の手は、猛烈な速度そのままに編まれた目が緩やかに解け、更に巨大化し、<化け物>へと炸裂する。
<化け物>は逃げ場の無い中空で全ての衝撃をその身に受け、全身を覆う触手を四散させるに留まらず、液体と為って飛び散った。
<奴ら>とは一線を画す<化け物>も、その“核”は同じ人間であったようだ。
もはやシルエットしか人型を保ててはいなかったそれは、健人の拳によって砕けて消えた。


「生きてやる、生き抜いてやるぞ!」


何故こんなことになってしまったのか、それは考えても解らないのだから、考えない方がいいのだろう。
今は唯、生きるために、生き抜くための思考を、行動を。
例え、どんな姿に為り果てていたとしても。
自分が化け物に成ってしまった事を自覚した健人は、涙を流しながら誓いの産声を上げた。






■ □ ■






File1:経過報告Ⅰ
被験体:上須賀 健人

当被験体の簡易略歴。
幼年期に剪定ウィルスは投与済。
当被験体の隠匿のため、当時のH.C.F.、および旧アンブレラ残党の目を眩ますべく報告書が偽造されている。
後年、旧アンブレラ残党を駆逐した後、当被験体は日本へと移送される。

その後、現在、今回の実験にてウロボロス・ウィルスへの感染を確認。
高いDNAの親和性を見せ、寄生後即座にウィルスのう胞の支配権を握る。
ウィルスが沈静化の段階を踏まなかったのは、既にウィルスが活性化していたからと推測される。
非適合DNA被検体で培養されたウィルスのため、経時的適合によって更なる進化が期待出来る。
要経過観察。
並びに、当被検体への育成プログラムを再開・・・・・・。












流行に乗り遅れまいとついカッとなってやった。
混ぜてはいけないものを混ぜてしまったような気もする。
設定間違ってても怒らないでね!
ふふふ、しっかりした原作があるのに下手に手を出したら失敗するいい例になっちゃったんだぜ。

そして続きも考えられない。
かゆ
うま



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:2
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2010/10/05 02:10
肥大化した腕を引きずって歩く。
蠢動する触手は健人の意を汲み、思い出したかのように襲いかかって来る<奴ら>を今度こそ死肉へと加工していく。
都合27回。
マイクロバスに轢き潰された<奴ら>の跡を追う健人が、エンジン音に集められていた<奴ら>に噛みつかれた回数である。
<化け物>に寄生され、体内に何がしかの変化が起きつつあるようだ。
本来ならば数分で奴らの仲間入りとなるものを、吐血も血涙も他出血もなく、初めに喰い付かれてから数十分経って今も体調に変化はない。
相変わらずの最悪だ。
腕に、足に、腹に、首に、身体中至る所を噛み付かれ、<奴ら>から剥ぎ取った制服に着替えなくてはならない程の傷を負ったというのに、傷跡はもう何処にも見当たらない。
服を脱いだ時、全て確認する前に治ってしまっていた。
幼少時に手足を切断する寸前までの大怪我をしたとは思えない傷一つない綺麗な身体は、しかし右肩から腰にかけてまでが異形と化していた。
健人の右半身は、黒い触手で覆われていた。


「もう少し小さくなってくれればいいんだけど」


健人は困ったように自らの右腕を撫でた。
指が触手にのめり込み、核となっている骨に触れた。感じる硬い質感。自分の骨に触れるのは不思議な体験だった。
今でこそ落ち着いてはいたが、<化け物>との化合物となって直ぐには健人も泣いた。
<化け物>になどなりたくはないと嘆いた。変わり果てた自分の姿に悲嘆した。
ただ、健人はそれで膝を折る事はなかった。
絶望に全てを諦め、動けなくなることだけはなかった。
<化け物>になってしまった自覚はあるがそれで人から離れて生きようとは思えず、携帯電話のワンセグ放送から流れるニュースで世界が壊れてしまったことを知り、むしろ人が恋しくて仕方がなくなり、とにかく動こうと決めてバスの後を追っていた内に慣れてしまったと、それだけのこと。
蠢く触手への嫌悪は無くならないが、それで歩みを止めることだけはあってはならない。
折れそうな心を叱咤しつつ、健人は進む。
道中、<奴ら>となってしまった知人達と何度もすれ違った。
その悉くを黒い手で殴り潰した。


「ごめん・・・・・・みんなごめん・・・・・・ッ!」


<化け物>と為り果て知人達の返り血に塗れてなお、自己を保ち続ける健人の強靭な精神は、生来の物ではなく経験によって培われた物である。
多くが人生の師と仰ぐ義理の叔父に依る部分が大きい。


「アルバートおじさんは言ってた。人を動かす最も強い原動力は、執念だって」


そして執念はいずれ野望になるのだ、とも。
その言葉だけが、今の健人を支えていた。
思い出す、叔父の声。


『――――――私を信じろ、ケント。私だけを信じ、私の言葉を頼りに生きるのだ』


親類もいない天涯孤独の健人にとって、叔父は絶対だった。
叔父の言葉は神の言葉に等しいと、そう言っても過言ではない。
健人の原体験は、その全てが叔父により与えられたものだった。

当時、海外旅行中にテロリズムに巻き込まれ、両親と健康な身体の両方を失くした幼い健人は、生きる希望を失っていた。
包帯で全身を包まれ、目も見えず、手足も動かせず、ただ蠢くことしか出来なかった日々。
そんな健人の前に、叔父は現れた。
生きる術を与えてやると、たったの一言だけと共に。
その日から健人は変わった。
全てに対し、前向きになった。否、世界の全てを自分を迫害する敵と見なし、挑み続けるようになった。
それは憎しみではなかった。叔父という理解者を得たことで、健人は他者に敵愾心を抱くことがなかったのである。
世界という状況に対する反骨心と、少年らしい純粋さが奇跡的なバランスで共存し、翳はあるものの朴訥な少年として健人は成長した。
それは両親を失ったが故の精一杯の適応なのだと、周囲からも好意的に受け入れられた。

そして健人は叔父の下、初恋も経験した。
健人がようやく歩けるようになった頃、叔父に連れられて出会ったのは、一人の少女だった。
少女の名はリサ。
彼女もまた両親を失ったようで、いつも母親を呼び、叫び声を上げていた。
健人には彼女の気持ちが痛いほどに理解できた。
自分も、そして彼女も、身を斬る程の寂しさに苛まれていると。
リサは悲しさから自分を傷つけてしまうらしく、手足に枷を嵌められていた。それも健人の悲しさを煽る要因となった。
彼女と話しをするために、健人が必死になって英語を覚えたのは自然の流れ。
少しでも彼女の慰めになればいいと、毎日リサの元を訪れることで、健人自身も慰めを得ていた。
初恋とは言うものの、それは一方的な感情でしかないことは解っていた。
だが、自分の真摯な気持ちは彼女に伝わったと健人は信じている。
次第にリサが、健人の名を呼ぶようになったのだ。
しかし結局リサは回復することはなく、健人は彼女と別れることになる。
眼球に包帯が巻かれたままの健人は、終ぞ彼女の顔を見ることが出来なかった。
今では彼女の声も思い出せない。ただ、とても大柄な女の子だったことは記憶している。


「辻斬りとは大違いだよ、本当」


初恋というものはやはり大きく心を占めているようで、理想の女性を思い描くと共に、その対極の顔も同時に浮かぶ。
しとやかさの皮を被り、その下に暗い情念を隠した女。
どうも自分が女性に抱く想いとは、一方的が過ぎるようだ。
初恋と同じく、嫌悪も一方的だ。
ただ、これに関してだけは同じように嫌悪を返して欲しいとは思わない。一方的に受け続けたらいいのだ。
健人の怒りを感じたあの女の、常に浮かべる澄ました笑みが歪む瞬間、健人の復讐は遂げられている。
直接糾弾することはなかったが、健人の言いたいことなど、曰く文武両道を地で行くあの女には余すところなく伝わっていることだろう。
文武両道を地で行くなどと、笑わせるが。
弱者をいたぶり悦に入る人間を、健人は絶対に許せなかった。
記憶の中のリサが、あの女の気に入らない笑顔を剥ぎ取る。
剥ぎ取った顔を繋ぎ合わせ、マスクを造り始めた所で頭を振った。
妄想が過ぎた。
リサにあまりにも失礼である。これではまるで化け物だ。


「<化け物>は僕じゃないか」


自嘲しつつ、近付く<奴ら>を拳打で弾き飛ばした。
初め、叔父とは言葉を交わすだけだったが、健人の包帯が解けていくにつれそれは次第に実践に移されるようになる。
端的に言えば、健人は戦闘技術を身体に叩き込まれていた。
眼球も未だ癒えておらず、さらには術後の発熱も併発している子供に何をするのか、と思わないでもなかったが、叔父も子供と接するのは初めてだったらしい。
叔父なりの不器用な優しさだったのだ、と今では理解している。事実、完治してからの訓練は比べ物にならないくらいに辛く、キツかった。
格闘訓練は当然、銃器の扱いまで行った。
合法で銃器に触れられるのは、海外故の利点。
それでも、年端もいかない子供に何をさせているのかと思わないでもなかったが、その時には叔父の人格を十分に理解していたために、今更の疑問であった。
そうして健人は叔父から独りでも生きていける強さを学んだのだ。
叔父から受けた訓示は、もう数年と顔を合わせていない今でも間違いなくこの胸に息づいていた。


「もう少し小さくなってくれればいいんだけど」


もう一度、今度は愚痴を零すように言う。
肥大した腕部は重さこそ大したものではなかったが、動きが阻害されるのがいけない。
叔父から教わった中華圏の流れを汲む拳法は、全身運動こそが真髄。
こんな状態では、戦力の半分を奪われたに等しい。
<化け物>の身体を得たとて、利点は<奴ら>に噛みつかれても仲間入りしないだけで、以前に比べて間違いなく健人は弱くなっていた。
人の持つ技術というものは、それほど強大なのである。
健人の仮想敵が叔父であるために、これだけ落ち込んでいるだけの話し、だが。
<奴ら>が踏み込みの度に、まるで煙のように消えてしまうほどの技術を有していたらと思うとゾッとする。
記憶の中の叔父の動きは、健人の動体視力では追えない程に速かった。休まず鍛練を続けてはいたものの、今でも無理だろうな、と思う。
叔父の様な達人になるという夢は砕かれたが、しかし、生き残るという執念までは失ってはいけない。
敵は<奴ら>だけではない。
<化け物>だって、この街のどこかにいるのだ。
何をしても、どんな姿になっても生き残ってやる、と健人は強く触腕を握りしめた。

・・・・・・己の意思で、触手が動く。
それも、細部まで。
ついさっきまでは、力任せに振りまわすのみで、まるで言う事を利かなかったのに。
慣れてきた、ということなのだろうか。
それはそれで、複雑な気分ではあったが。


「こいつはいい」


と、“編みあげた”腕を振るって、満足そうに健人は頷いた。
無秩序に蠢くだけだった触腕は、規則を持って揃えられ、並び、密度を増して人間サイズの大きさにまで編みあげられていた。
あれだけ巨大に見えた触腕も、まとめてしまえばこの程度。
筋繊維の性質も備えていたのか、触手の一つ一つは小さく収縮し、以前にも増して力強い異彩を放っている。
余剰分は身体に巻き付かせれば、服の下に隠すことが出来るだろう。
脱いでいた制服の上着を着ればもう解らないはずだ。
長袖に軍手は災害時の必需品。先ほど拾った軍手でもつけておけば、怪しまれることはないだろう。
都合良くたむろしていた<奴ら>の一体へと、踏み込みと共に編み上がったばかりの右腕で掌底を撃ち込めば、打突点を中心に血肉を撒き散らして爆砕した。
驚くべき威力。恐るべき殺傷力だった。
言うまでもないが、殺傷、とは生者にしか通用しない概念である。
もし生き残りに会ったとしても、隠し通さねば。
そうでなければ、悲劇が起きるだろう。

健人は叔父の言い付けを守り、今日まで力を隠して生きてきた。
人脈を構築する際に半端な力は逆効果だ、とのことだったが、友人を作るためには力などいらないというのは健人も頷ける。
暴力を振るうのは、自らの命が危機にさらされた時のみ。
であるから、あの時、辻斬り女に斬りかかられた時も自分は耐えたのだ。
一度経験したことだ。
次、またうずくまった自分に、笑いながら何度も何度も木刀が打ち降ろされたとしても、また耐えてみせよう。
人と触れ合えるのならば、喜んでそうする。
自分は独りでも生きていける力を貰った。
でも、こんな壊れた世界で独りで生きるには、寂しすぎる。


「あれは・・・・・・!」


人の気配を手繰るまでもない。
<奴ら>の数が増えているということは、そこに人が居るということ。
川向こうへ続く橋の上で、数名が<奴ら>と戦闘行動を執っていることを確認。
遠目で誰かは解らないが、自分と同じ高校の学生服を着ていた。
女生徒が2名、男子生徒が1名。金髪の女性は私服だったが、教師だろうか。記憶が正しければ、金髪の教師は保険医の鞠川教諭一人だけだったはず。
同校の生徒達は皆奮闘しているようだったが、数が違う。
<奴ら>の群れによる包囲網は完成されてしまっていた。
助けに入るにしても、橋を渡っていては包囲の端にぶつかるのみで、間に合うまい。
そも、徒歩では。


「いや、違うだろ・・・・・・。考えろ、考えるんだ・・・・・・!」


無意識に、右腕に触れる。
その時、健人の脳裏に一瞬の電流が迸った。


「こいつを使えば――――――!」


健人の意思に呼応し、腕の一部が解け、一本の触手となって伸び出した。
よし、と健人は頷いた。いける、思い通りに動く。
腕を思いきり振りかぶり、電柱に触手を巻き付け、収縮させる。
すると健人の体は猛スピードで宙に舞い上がった。力を込め過ぎたようだ。
悲鳴を上げる前に、標識へと触手を巻き付け、収縮。次は街灯へ。
そして橋の真下へと瞬く間に到着した健人は、中腹の欄干へと触手を巻き付け、今度はゆっくりと身体を持ち上げていく。
好んで自分が<化け物>だとは知られたくはなかった。例えそれが人助けであったとしても、ぎりぎりまでは。
この場へはロープを昇ってきたとでも言い訳をしたらいい。川にロープは流されていったとでもしたら、言い繕えるだろう。


「おおお――――――ッ!」


欄干へと手を掛け、健人は気合と共に橋上へと躍り出た。
眼鏡を掛けた女生徒に近付く<奴ら>の頭部を蹴り潰し、返す肘鉄で持って木刀を構えた女生徒のフォローへ。
肘の先端に鈍い衝撃。
内側へと眼球が押し込まれ頭蓋と共に破裂するのが、一つ一つの細胞が断裂する感覚の細部まで解る様な、そんな異様な触感。
当然だろう。肘鉄は右腕で繰り出したのだ。
自在に操れるようになった触手は、今やその全てが感覚器官として機能していた。

無事か、助けに来た、と木刀を構えた女生徒へと呼びかける。
ああ、ありがとう、と健人の乱入に、思わず背筋が伸びるような凛とした声で答える女生徒。
――――――その声には、聞き覚えがあった。
女生徒が振り向く。その顔にも見覚えがあった。
心底大嫌いな奴の顔なのだ。どうしたって忘れられるものではない。


「お前は――――――!」


あ、と女生徒が一瞬呆けたような声を上げた。
信じられない、といった風な顔で自失している。
それは、まさか健人に自分が助けられるとは、という罪悪感の現れだった。
健人自身も、まさかこいつを助けることになるとは、思ってもいなかった。
否、助けなどいらなかっただろう。
これぐらいの脅威くらいは、“斬り抜ける”に決まっている。
その剣の映えだけは確かなものであると、健人も身を以って知っていたのだから。


「ぼさっとするなよ、辻斬り女!」


健人の叱咤に慌てて女生徒は木刀を握り直す。
流石なもので、刀を構えなおした彼女は一瞬で平静を取り戻していた。
剣道全国大会優勝の腕前は伊達ではなく、近付く<奴ら>を一刀の下に次々と斬り伏せていく。
空いた間合いを、お互い背中合わせになってカバー。
耳元で、ありがとう、と小さな囁きが聞こえた。
健人が返したのは、大げさに、聞こえるようワザと打ちならした舌打ちが一つだけだった。


「・・・・・・君が私のことを嫌いだということは、良く解っている。でもこれだけは言わせて欲しい。君が生きていてくれて、よかった」


今度こそ無言で健人は返した。
卑怯だ、と思う。こいつは自分が女であることを自覚している。
であるというのに、厄介なのが、女を武器とするのが無意識に行われていること。なるほど武芸者の家に産まれただけはある。相手に致命傷を負わす術は、血に染みついているのだ。
きっと、今振り返っては全てを許してしまうだろう。
それが解っているために、健人は自分自身に腹が立った。
自分の行いが誤りであったと知ったあの時のように、今もきっと、きゅっと口元を引き結び、無理矢理に綺麗な笑みを浮かべて微笑んでいるのだろう。
そうではないのだ。
彼女は勘違いしている。
健人が糾弾しているのは彼女の行いではなく、その性根なのだ。
だが、理解されなくとも別にいい。彼女自身、それについては諦めてしまっているのだろう。否、受け入れているのか。
いい加減、自分とは相容れないと学んで欲しかった。


「私と共に戦ってくれとは言わない。彼らを守るために、力を貸して欲しい」


無言。
拳を握り、構える事が答えである。


「そうか。はは――――――そうか!」


何が嬉しいのか、笑い声を一つあげ、彼女は駆け出した。
同時に、自分も駆け出す。
迫る<奴ら>に汲み付かれないよう細心の注意を払い殴り倒していると、轟くバイクのエンジン音が。
自分と同じように、橋の欄干を飛び上がって来たバイク。
反射的に眼を向けると、そこにはヘッドライトに照らされて剣を振るう彼女の姿があった。
剣を持つ姿が最も美しく映える女。
それが毒島 冴子だった。






■ □ ■






File2:ウェスカーズレポート

数年前、未だ私がH.C.F.に所属していた頃。
検体の選出のためにH.C.F.傘下の病院を視察していた所、一人の日本人男児が目に留まった。
何故こんな今にも死にそうな子供一人に惹かれるのか、当時は己の精神を理解出来なかったが、今ならば解る。
兄弟同士、惹かれ合ったのだ。

それを理解出来なかった当時の私は、迷いを断ち切るために、原因であるこの男児を処分することを決めた。
H.C.F.が秘密裏に回収していたリサ・トレヴァーに与えることにしたのだ。
何故、どのようにして回収したのかなど知る由もない。知りたくもない。
あの爆発から生存したリサ・トレヴァーの生命力に驚きこそすれ、それだけだ。
重要なのは、リサ・トレヴァーの保持するTウィルス抗体・・・原生G-ウィルスが経年によりどのような変異を遂げたのか否か、ということ。
そしてそれに感染した人間がどうなるのか、ということ。
私にとっては三つの目的を同時に果たせる機会である、ということだけだ。
しかし、そこで驚くべき光景を目にすることになる。
辛うじて残された知性により自棄に陥っていたリサ・トレヴァーを、男児が手懐けたのである。
それどころか、リサ・トレヴァーによって男児は治療を施されていた。そう、あれは間違いなく“治療”だった。
体中から触手を生やしたリサ・トレヴァーは、いよいよ男児を襲うのかと思わせた。しかし、違った。
男児の身体を抱き、何かを触手から経口で与えるリサ・トレヴァーの姿は、母親像を見る者に抱かせた。
リサ・トレヴァーは母性を獲得していたのだ。
事実、翌日から男児の負っていた治癒不可能であったはずの傷は、一時間毎にカルテを書きなおさねばならぬ程の回復を見せた。
顕著であったのが眼球の再生で、完全に元通りとなったのだ。そう、全くウィルス反応の欠片も出ない、元通りに。
この時点で私は当ケースを独断で極秘事項とし、男児は殺害されたと虚偽報告を上に挙げてまで、その存在を秘匿することに決めた。
アンブレラ残党による監視はしつこく続けられていたため、奴らの眼を誤魔化すにはもう一芝居打たねばならなかったが・・・・・・まあよかろう。
少なくともH.C.F.共の余計な横槍が入れられることは、心配しなくてもいいだろう。
リサ・トレヴァーはウィルス変異が認められたとされ、別施設へと移送された。その後どうなったかなどは解らない。どうでもいい事である。

方針は決まった。
私はこの男児――――――ケントが、将来有用な駒となることを確信した。
ケントは私の切り札となるだろうという、予感がある。これはもはや、確信だ。
私手ずから教育を施すことに決めた。
そして現在、ケントの有用性は駒に留まらず、新たな可能性を見出すに至っている。
当然だ。
ケントも私と同じ名を持つ者――――――最後の『ウェスカー』なのだから。
何らかの特異性は保持していて然り、むしろ当然なのだ。
それが証明できれば、安定剤になど頼らずともよくなるかもしれない。

ウロボロス・ウィルスの投与も実に上手くいった。
暴走した個体のウィルスであったことには不満が残るが・・・・・・贅沢は言うまい。
単独での関与も限界を感じていた所だったのだ。
自らの保身と欲望の成就にしか興味の無い亡者どもの眼を欺き、甘言を駆使して助力を願わねばならなかったことは癪だが、仕方が無い。
だが、ようやく舞台は整えられた。
もはや誰にも止められることは出来ない。
新生アンブレラが布く新たなる秩序によって築かれる新世界、その頂きに君臨する資格が我らウェスカーにはあるのだから。





6話の湯気エフェクトにカッとなって書いた。
どんな角度から見ても、画面の明暗調整しても見えない。描かれていない。ちくせう。
でもたまにはおっぱいもいいね!

ヒロインぶすじーかよ、というツッコミが聞こえてくるよう。
オリ主と絡ませるには彼女が一番楽なのですよね。カップリング的にも。
しかし私の気分次第でさっちゃんフラグは消え、ロリ魂ぺたん娘万歳ルートに突入します。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:3 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6a403612
Date: 2010/10/05 02:10
毒島冴子を語る際、切り離せないのが彼女の持つ武の才についてである。
曰く、現代を生きるサムライ。
武芸家の生まれであることは元より、2年生次、彼女が立てた全国大会優勝の記録がその腕前を保障している。
困っている者を見過ごせず、また快く己の力を他者に貸し、嫌味にならない程度のお人よし。
怜悧な美貌とは裏腹にとっつき難いというわけでもなく、誰にでも礼節を持ちつつも朗らかに接する姿勢はなるほど武人と呼ばれるにふさわしい。

では自分はどうだろうか、と健人は思う。
言うまでもなく、有象無象の一人である。
何もそれが悪しという訳ではない。
彼女と自分を比べ、そのあまりもの差に劣等感や羨望を抱いている訳でもない。
そも、そんな自分に満足をしているのだから、抱きようもない。
健人にとって最悪だったのが、そんな十把一絡げの一男子である自分に、学園一の高嶺の花が懸想している、などという噂が立っていたことだ。

ある日を境に、彼女は健人をとても気に掛けるようになった。
それは健人達が中学生だった頃である。
理由は罪悪感からだろう。しかし健人にとって、そんなものなどはっきりと言えば、迷惑でしかなかった。
男女共に尊敬を集めていた学校のアイドルが、うだつの上がらない、どこか暗い険のあるパッとしない男子生徒に付き纏うようになったとしたら、どうなるか。
陰惨なイジメ、とまではいかないが、人間関係において健人は大変苦労することになった。
周囲が直接的な行動に訴えなかったのは、それも冴子が睨みを利かせていたからだった。
心底迷惑だった。
彼女が良かれと思ってする行動は、ことごとくが裏目に出て健人に被害をもたらすのである。
しかもそれを冴子自身が自覚していて、これではいけないとやり方を変え、そしてまた健人が睨まれるという負の連鎖。
当人が理解しているのだから、そんな状況が延々と続くわけもなく、手詰まりになるのは当然だった。
なんでもないという風に笑っていながらも目に一杯涙を湛えて、問う彼女。

――――――どう償えば、私は許されるのだろう。

そう言っていたような気がする。正確に記憶していないのは、健人が彼女の顔を直視していなかったからだ。いくら嫌っているとは言え、泣かれては目覚めが悪い。
だが健人はその問いが発せられた裏にある的外れな思い込みに呆れた。
精神修行でも何でもしてくれよ、と反射的に答えそうになったが、呑みこむ。悪意も交じってはいたが、それがもっとも正解に近い返答であり、また彼女自身が気付かねばならないことだった。
結局健人は、ここでも舌打ち一つ、無言を返した。健人が背を向けた時、彼女がどんな顔をしていたか。そんなことは解らなかった。

健人が怒りを抱いているのは、冴子が自分へと振った暴力行為にではない。
弱者に力を振う事を良しとする、その性根である。
そしてそれに冴子が後悔を抱いているということだ。
生来から武を嗜んでいるというのならば、自らの性根に後悔を抱いたとして、それを克服できる術を知っているはずなのである。
叔父が健人へと武術を叩きこんだのは、むしろ精神性の研鑽を狙ってのことであったのだから。

全てが憎い、殺せ、という内なる声が消えるまで、健人は打って打って、打たれ続けた。
より純粋になるよう。より己を消し去ってしまえるよう。無くしてしまった己は、叔父の言葉で埋めればよい。
健人でさえ、寂しさは残りこそすれ、怒りや憎しみを捨て去ることが出来たのだ。
それ以上に恵まれた環境にあった冴子に、自分を殺すことが出来なかったとは言わせない。
別段、格下相手に思う存分力を振ってみたいという欲求は特別なものではないのだ。
身近な所で、ネットゲーム等の中にみられるチート行為がそれだ。
本能からくる抑えきれない殺人への衝動でもなし、ただの暴力への陶酔だ。

で、あるというのに彼女は努力することを放棄している。
まるで健人へ償いをし、許されれば自身の行為が無かったことになるとでも思っているかのような振る舞いだった。
忘れられるとでも思っているのかもしれない。
それが健人をたまらなく苛立たせた。
意識を傾けるべき方向が、全く違う。
そんな勘違いの情熱を向けられたところで、鬱陶しさしか感じない。
今もそうだ。


「軍手の下に包帯・・・・・・怪我をしているのか?」

「触るな。何ともない」


健人は軍手が破れた時のため、駄目になったシャツを割いて作った即席の包帯を巻いていた。
それを目聡く見つけられたようだ。
校医であった静香が気付く前に、伸ばされた手を払う。


「あっ・・・・・・す、すまない」

「余計な気遣いは止めてくれ。それより<奴ら>に集中しろ。掴まれたらお終いだ」

「このっ、あんたね!」

「た、高城さーん! ここは口出ししないほうが・・・・・・」

「黙んなさいミリオタ! あんたね、さっきから――――――」

「さっきから、何だ?」

「ひぃ、ここっ、小室! あんた何か言ってやりなさい!」

「ええっ? 何で僕が・・・・・・」

「つべこべ言うな!」


急に矛先を向けられたのは小室考。
どうもこの小集団のリーダーといった位置にあるようで、彼の登場によって皆安堵の表情を浮かべていた。
そんな彼も戦利品であるらしいバイクと宮本麗の相手に忙しかったらしく、話を掴めてはいないようだった。
鞠川の友人宅である高級マンションへの道中、<奴ら>に囲まれての強行軍の最中、小さな諍いに耳を傾けられる高城の胆が座っているのかもしれないが、小室に噛みつく理由は傍らにべったりと侍っている宮本にあるように見えた。
あるいは、ただの彼女の強がりか。


「ほら、一人称僕キャラはもういらないんだよ! とか! 他のパーツに比べて目つきだけ悪すぎるんだよ! とか! 色々あるでしょうが!」

「・・・・・・だそうです、先輩」

「解った。使い分ける奴も珍しくないし、これからは俺でいくよ」


すぐさま言い分を呑み、素直に頷いてみせた健人に高城は喉を詰まらせた。
どうやら斜に構えた答えを返されることを予想していたようだったが、健人としては後から合流した身であるのだから、そうまでして出しゃばるつもりはない。
これは個人的な問題というだけだ。
突き付けられた指が所在なさ気に揺れ、ゆっくりと下される。フン、と鼻をならしそっぽを向いた時には、もう高城は健人への興味を失くしたようだった。
向いた先に<奴ら>いれば、そんなものは消えて失せるだろうが。

近付く<奴ら>のガチガチと鳴らされる歯。
道すがら、端から順に、拾った鉄パイプでもって頭部を砕いていった。
脳の破壊、もしくは脳からの信号を遮断すれば活動を停止するようだ。
無敵でないのならば、やりようはいくらでもある。
健人の太刀筋、否、“鉄パイプ筋”を見て冴子がほうと感嘆の声を上げた。
ちらりと視線を向けると、気まずそうな顔をして瞳を揺らした後、冴子は俯き加減に目を逸らした。
高城が再び剣呑な空気を発している。
溜息。


「僕、いや俺を気に掛けるよりも、やるべきことがあるだろう。
 ちらちら振り返るな。背中の心配なんかしなくてもいいから、お前は安心してチャンバラしてろよ。そうすりゃ皆生き残れる」


健人としては突き放したつもりであったが、その意図は冴子には伝わらなかったようだ。


「あ・・・・・・ああ! そうか! そうだな! うん! 私の背中、君に任せた。ちゃんと守ってくれよ!」


よし、と気合を入れて、何故か俄然やる気を見せ始める冴子。
何故そうなるのか。やはりこいつは解らない。
理解出来ないと首を捻りつつ、健人はまた一体、<奴ら>の頭を叩き割った。
飛び散る脳漿と血糊を整髪剤に、髪を後ろに撫でつける。


「うは、なんだか先輩ってその道の人みたいですね」

「失敬な。サングラスを掛けないだけの慎みは俺にだってあるよ。
 君は大人しい奴だと思ってたけど、中々言うじゃないか、平野君。腕の方も達者だ。何処かで射撃経験が?」

「いやあ、ちょっと海外でインストラクターに・・・・・・って、あわわわ、ナマ言ってすみませぇん!」

「いいよ気にしなくったって。それに君には負けるさ」


口の端に浮かぶ笑みは、健人の顔面にこびり付いた緋沫と相まって、凶貌を醸し出していた。
手製の銃を構える平野とは良い勝負である。
友人曰く、「ラスボスみたい」と評されていた健人だったが、その評価ももはや過去となれば、寂しさしか感じなかった。
健人はその友人が冴子に好意を抱いていたことを知っていた。
彼が健人に近付いた理由は、冴子との仲を探るためだった。
化物と化す前から人恋しいきらいがあった健人にはそれでも嬉しかった。
冴子への好意などなかったのだから、始まりはどうあれ、彼との間に築けた友情は真実だっただろう。
友人として、彼を化物となる前に人の手で人のまま終わらせてやれたことにだけが、『人間』上須賀健人の功績であり、全てであった。
――――――今はもう、違う。
ここに居るのは自己の生存が全てであるくせに寂しさを捨てられず、人にまとわりつくしかない、『化物』上須賀健人である。

変異した右腕でもって<奴ら>の顎を打ち上げる。
異形の膂力が込められた掌は、人間の頭部を紙風船の如く破裂させた。
その威力に健人は恐れ慄いた。
抑えが利かない。これでは自分で化け物だと吹聴しているようなものだ。

ばれてはいないだろうか。
周囲を見渡す。
・・・・・・目が合った。


「君は――――――」


冴子だった。
戦い慣れている彼女だけが、健人の様子に気付いていた。
人間の腕力では、人の頭部を粉砕することなど出来る訳がない。

排斥、魔女狩り・・・・・・健人の脳裏に不吉な単語が浮かぶ。
いや、世界が“こんな”になってしまったのだ。
一人になるのは寂しいが、<化け物>は一匹でいるほうが安全だ。
仕方がないだろう。
健人は皆に気取られないよう、静かに踵を返した。


「あ・・・・・・だ、駄目だ!」


後ろから、“右手首”を掴まれて健人は立ち止まった。
冴子の眼が驚愕に開かれる。
異形と為り果てた健人の右腕は、布切れ一枚で覆った程度では、感触までは誤魔化す事など出来ない。
完全に気付かれた。
このまま振り払って逃げるべきだ。健人は思う。
だが、彼女の握ったのは、右腕なのだ。
彼女の白く細い指を犠牲にしてまでも、逃げていいものか。
いや、しかし、保身を第一とするべきでは・・・・・・。


「毒島先輩達、大丈夫ですか! 何かあったんですか!」

「い、いや! 何でもない! 大丈夫だ!」


健人の寸瞬の思案は、しかし無意味だった。
一体何故、どうして。
健人は冴子を見遣るが、冴子は前を見据えたまま、健人の腕を掴んで離さない。
冴子に腕を取られたまま、引きずられるようにして健人は目的地である鞠川の友人宅、高級マンションのオートロックを潜った。
もはや触手の群生となった右腕には碌な触覚もない。
ない、はずなのだが、何故か冴子の握る手から、じわりじわりと熱が伝わってくるような、そんな気がした。
気がした、だけなのだから、これはきっと唯の思い込みなのだろう。
結局健人は目的地に到着するまでの数分間、冴子に手を握られたまま、振りほどくことが出来なかった。






■ □ ■






「セオリーを守って覗きに行く?」

「俺はまだ死にたくない」

「右に同じ」


言いつつ、ロッカーをこじ開ける。
鞠川の友人宅に立て籠った小室達一向。
男共は労働、女性達は風呂と集団内ヒエラルキーがどのように位置付けられているか、如実に理解できる光景である。
せえの、という掛け声で、男衆三人はロッカーにバールを挿し込み力を込めた。
しかしロッカーは変型するばかりで、開く気配は一向にない。バールの挿し込み方が悪く、錠の内部構造が破損してしまったようだ。
危険物を保管してあるのだから、当然このロッカーも特別製という訳か。
何とか開いたもう一方のロッカーに散在するショットシェルは、どう見ても狩猟用のそれではなかった。
鞠川の友人とは何者かという疑問は尽きなかったが、それに答えられる者もいなかった。


「駄目だな。二人とも、ちょっと退いてろ」

「せ、先輩?」


健人は二人を後ろに下がらせ、差し込まれたバールに拳を振り降ろした。
もちろん、右腕で、である。
弾けるようにロッカーの扉が開き、バールが空を回転して平野の脚元に突き刺さった。
青い顔をして平野が尻餅を着いた。


「す、すごいッスね」

「だろ?」


道中、健人の執る構えをこれでもかと見せ付けられてきた二人である。
これも拳術の成せる技だと思い込んでいるようだ。
平野に至ってはそんなことよりも、ロッカーの中身の方が重大であるようで、奇声を上げて立ち上がり、中身の検分を始めている。
豹変した平野の態度に小室は顔を顰めていたが、健人にしてみれば解り易くて良かった。
銃とは力の象徴である。
戦うつもりならば、力を身につけねば。


「そ、れ、はぁ! イサカM-37、ライオットショットガン!」

「へぇー・・・・・・」

「イサカか」

「そう、アメリカ人が作ったマジヤバな銃、だー!」


よく解らないといった風に構えてみる小室。
叔父からは一通りの有名所の銃器を手に取らされてはいたが、イサカM-37ショットガンは現物を見せられたのみで、触らせてはもらえなかったことを記憶している。
詳細な理由は解らなかったが、どうやら叔父のジンクスによるものだったらしい。
叔父の元同僚であった男が愛用する銃は、使わないと決めているのだとか。
そう語る叔父の瞳が、憎しみで赤く輝いているように見えたのが印象的だった。


「弾が入ってなくても人に銃口は向けるなよ」

「そう、向けていいのは――――――」

「――――――<奴ら>だけ、か」


それだけで済めばいいけど、という小室の呟き。
無理だよ、と平野は返した。健人も同意見だった。
いずれその銃口は生者を捉えることになるだろう。
そしてこの身の正体も、白日の下に晒されることになるだろう。
解りきっていることである。
重要なのは、その瞬間が来たら、どうするのかということだ。
引鉄を弾くのか、そして――――――。


「先輩も弾込め手伝ってくださいよ」

「あ、ああ。ごめん、手伝うよ」

「面倒なんですよね。弾を込めるのって」

「銃を扱う時は女を扱う時のように愛情込めて、だってさ。じゃないと土壇場で裏切られる」

「へぇ、誰の言葉なんです? それ」

「叔父さんの元同僚だった人の言葉。すごいぞ、マジもんの女スパイだ」

「うは、すげぇ。さっきから手付きが相当手慣れてるのも、その伝手ですか?」

「うん、こう見えて海外生活が長くってね。海外で、特殊部隊の隊長だった叔父さんから手解きを受けたんだ」

「特殊部隊! チーム名は?」

「確か・・・・・・スター、なんだっけな。各分野から人材を集めた特殊作戦部隊だとか何とか」

「超エリートじゃないっすか! 僕もアメリカで元民間軍事会社のインストラクターに訓練を受けて――――――」
 
「僕はもう二人の話には着いていけないよ・・・・・・」


小室の呆れ声を耳に、黙々と弾込め作業に没頭する。
平野との取り止めもない会話は、思考に引きずられていた健人にとって、とても有り難かった。
やはり小室は理解できないという風な顔をしていたが。


「流石にちょっと騒ぎ過ぎかも」

「耳に毒だっていうのは同意見だけど、大丈夫だろう」


風呂から聞こえる嬌声に苦笑いしつつ、健人は双眼鏡を片手にベランダへと足を向けた。
先ほどから橋向こうに向けてスコープを覗きこんでいた平野も気付いているはず。
小室にテレビの電源を付けろと指示を出していた。


「人間は怖いよ、叔父さん・・・・・・」


ベランダで夜風に当たりながら、健人は呟いた。
足下からはまばらに動く<奴ら>の呻き声と、それに抵抗する生者の声。
彼等の声色は、何処か狂気染みた響きさえしていた。
人間は怖い、と健人は双眼鏡を覗きながら、再び呟く。
でも、人から離れては生きてはいけない。

レンズには、この異変を政府の陰謀と決めつけ、弾圧する男の姿が映る。
同調する人々。
いずれ過激なカルト宗教団体が発足するだろう。
身体が震えた。
異形の末路は、想像に容易い。
“ばら”されて火炙りにされるしかない。
警官が男を射殺した所で双眼鏡を下ろした。
背後には鞠川と小室達がじゃれつく声。
何の慰みにもならなかった。

落ち着いたのを見計らい室内に戻り、幸せそうな顔をした平野と入れ違いに階下へ。
途中、これも幸せそうに顔をにやけさせた小室とすれ違った。
一体何なのかは解らなかったが、さて水分でも補給しようとキッチンへ向かうと、嫌でもその理由が目に付いた。
そこには白い尻肉に黒字が映える、エプロンを一枚纏っただけの姿の冴子が。ショーツ一枚に、素肌にエプロンという出で立ちである。
リズミカルに包丁を叩く音からして、料理を作っているのだろう。
醤油の煮立つ食欲を刺激する良い臭いが漂っていた。
包丁の音が止まる。
こちらに気付いたようだったが、健人は構わず冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出して一気に飲み干した。


「なんだよ、じろじろ見て。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

「うっ・・・・・・それは、その・・・・・・すまない」


溜息。
会話することすら疲れる。


「さっき顔を赤くした小室君とすれ違ったが、なるほど、そういうことか」

「そういう、とは?」

「あいつを誘ったんだろ? その格好を見れば解る。こんな状況だ、種の保存の本能だったか知らないけれど、何も言わないさ。
 ただやるんなら声が漏れないように、個室でやれよ。火を使ってるんだから危ないしな」

「ち、違う! 誤解だ! 私はそんな・・・・・・」

「どうだか」

「待ってくれ!」


言い捨てて去ろうとする健人の腕を、冴子は掴んだ。
冴子が掴んだのは、また右腕だった。
息が荒い。
熱い吐息を至近から浴びせられ、健人は眉を潜めた。
自分が<化け物>であることは、もう露呈しているはず。
しかし、半ば覚悟していた断罪はなかった。
こいつの狙いが解らない。


「解っている――――――」


冴子は言った。


「軍手と包帯を外して、君の、その右腕を見せてほしい」


冴子の真っ直ぐな瞳が健人を貫く。
その言葉に強い決意が込められていることは、健人も解った。
だから健人も真っ直ぐに冴子を見つめ、応えた。


「断る」


冴子の瞳が揺れる。


「ど、どうして・・・・・・」

「それはこっちの台詞だ。もう解ってるんだろ、俺の腕の事。なら、どうしてこんな回りくどいことをする。
 今大声で叫ぶなり何なりすれば、俺を此処から叩き出せるぞ」

「私は、君の力になりたいと思って・・・・・・」

「それが余計な御世話だと何故解らないんだ、お前は。本音を言うと俺はな、別にここから追い出されても構わないんだ」


<化け物>と後ろ指を指されるのは辛いけれど、独りきりで生きるのは寂しいけれど、それでも生きていける。
ならば、それでいいではないか。
自分は多くを望んではいない。望めない。
ただ寄り添っていたかっただけだ。
止まり木が無ければ飛び立つのみ。


「ならば、せめて包帯を巻かせてはくれないか?」


諦めたのか、肩を落としながら懇願する冴子。
もはや視線は下へと外され、唇を噛み締めて、堪えるようにして健人の答えを待っていた。


「だから、それが余計なことだと何度も――――――」

「しかし、首の所から、その、“見えてしまっている”から」

「――――――え?」


無意識に首筋に手を伸ばす。
触れる。
――――――明らかに、人肌の感触ではなかった。


「ひ、い――――――!」


健人は自らの口を、悲鳴が上がる前に塞いだ。
膝に力が入らず、壁を擦るようにして座り込む。
慌てて駆けつけた冴子が健人の身体を支えた。
振り払うことは出来なかった。


「け、健人君? どうしたんだ! しっかりしてくれ!」

「うう――――――!」


あの<化け物>から“伝染”された腕を制御できるようになって、慢心していたか。
自由に動かせるようになったとして、それが抑制されているとは限らないというのに。
浸食だ。
間違いなく、浸食は右腕より拡大していた。


「まさか君も<奴ら>に――――――。嫌だ! 私は、私は君だけは剣を向けることが出来ない!
 ああ、ああ! どうしたら・・・・・・!」

「だ、大丈夫だ・・・・・・、噛まれちゃいない。これは別のものだから」

「しかし・・・・・・!」

「いいんだ! 放っておけ! 構うな! どうにもならなくなったら自分で“ケリ”を付ける!」


動悸を押さえつけ、呼吸を整える。
ちくしょう、と震える声が漏れた。なぜ僕が、俺がこんな目に会わなければならないのか。
きつく眼を閉じて心を落ち着かせていると、鼻腔に甘い香りが。
気が付けば、健人は蹲ったまま、冴子に抱きかかえられていた。
頭を胸に押し付け、優しく背中を撫で擦る手に、健人の涙腺は自我の制御を離れて緩んだ。
ちくしょう、と震える声が、再び漏れた。


「――――――泣いてほしい」


冴子の静かな声が、健人の耳朶を打つ。


「私は君に何もしてやることが出来ない、愚鈍な女だ。君の心が壊れてしまわないように、こうして抱き留めても、君を支えることはもちろん守ってやることすら出来ない。
 私はそれが悔しくて仕方がない。私は君に何もしてやれない。でも、こうやって君の顔を隠すことくらいは出来る。
 今は誰も見ていないから、だから――――――」


――――――泣いてほしい、と冴子は重ねた。


「・・・・・・クソ、クソッ、チクショウ! どうして俺が、お前なんかに・・・・・・」

「うん、うん。私なんかですまない」

「何で俺の体はこんな、化け物みたいになっちゃったんだよ、チクショウ・・・・・・!」

「うん、うん。辛いな、本当に辛いな。私が君の傍にずっと付いていてやれたら、どれだけよかっただろう」

「近付いてきたら追い払ってやってたさ! お前なんか嫌いだ。お前なんか大嫌いだ・・・・・・チクショウ・・・・・・」

「うん、うん。すまない。私は君の事が嫌いじゃないんだ。だから君に付き纏いたいんだ。君の苦しみを少しでも吸い取ってやりたいんだ。すまない」

「うう、ううう・・・・・・」


夜は深ける。
数十分程度の時間でしかなかったが、健人は心の澱が涙と共に流されていくのを感じていた。
<化け物>になってしまった時、涙が枯れるほど泣いたと思っていたが、そうではなかったようだ。
悲哀は訴えてこそ、受けとめられて初めて昇華されるのかもしれない。
今は素直にそう思えた。


「んっ、あっ・・・・・・で、出来ればじっとしていてくれると有り難いのだが」

「あ、うん、ごめん」

「その、痛くはないか? いや、君が詰まらないと思っているのは解っているんだ。私は鍛えてばかりいたから、筋張っていて柔らかくはないからな。
 女性としての線は損なわれていないと思うのだが、このメンバーを見ると自信がな・・・・・・」

「いや十分だよ・・・・・・じゃないだろ。どうしてこのままで居るんだよ、俺達は」

「嫌か? 私はイイ。すごくイイ」

「い、嫌だ」

「・・・・・・解った、離れよう。残念だ、こんな機会はそう訪れないだろうに。
 しかし君がそう言うならば仕方が無い。包帯だけは巻かせてもらってもいいか? どうせ上には戻れないさ」


指が指されるのと同時、聞こえたのは小室の怒鳴り声。
なるほどと健人は頷いた。


「あれだけ大声で話してれば聞こえるよな。小室も可哀そうに。あれは俺でもキレる」

「宮本も気を引きたいのなら、もう少し言い方があるだろうに」


溜息。
次第に怒鳴り声は収まっていったのだから、後はセオリー通り、元の鞘に収まるのだろう。
もし顔を出せたならば、小室には、鞘に納めるのならば個室でやってくれと頼みたい所だったが。


「さあ、続きだ。ほら、もっと近付いてくれ」

「う、わ、解った。ただし見えてる範囲だけでいいからな」

「ふふ、わかっているさ。私には近付いてほしくないんだろう?」

「そうだよ、それ以上近付くな」

「ああ、わかっている。わかっているさ。ふふ、君は私のことが嫌いなんだからな」

「・・・・・・ちぇ」


あれだけ悲壮感に暮れていた姿は何処へやら。
何が楽しいのか、冴子は嬉々として健人の首に包帯を巻いていった。
健人としては目を伏せるしかない。
真っ直ぐ前を見れば、布一枚だけで覆われた揺れる柔肉が目に入る。
そうでなくとも鼻先に触れる寸前なのだ。
居心地が悪いといったらもう、どうしようも無かった。

しばらくして、視界を覆っていた肌色のスリットが遠ざかる。
包帯が巻き終わったようだ。
ゆっくりと離れた冴子には、もう怯えや恐れの感情は無かった。
じっと、微笑みながらこちらを見つめている。
何をか言おうと口を開こうとした健人。しかし。


「――――――今のは!」

「銃声だ!」


死人が跋扈する世界では、生者には一時の休息も許されてはいないのだ。
音に吸い寄せられる<奴ら>のように、健人と冴子は階段を駆け上った。






□ ■ □






File3:経過報告Ⅱ
被験体:上須賀 健人

変異箇所拡大。
また、意志による肉体の形状変化が発生。
監視衛星による熱源捜索の結果、変異は頸椎を辿り、脊髄へと浸入しつつあると判明。
ジル・バレンタインより採取したT毒素抗体により調整された、抗毒型T-ウィルス・・・感染力を抑え、感染者の唾液のみを媒介とする、より兵器として完成度の高いT-ウィルス。詳細は別途資料参照・・・の短時間での連続投与によって変異が進行した模様。
諸データから、変異は侵食ではなく体内に混入した異物、抗毒型T-ウィルスへの防衛反応であり、変異が停滞したのは混入したウィルスに適合したからであると推察される。
ウロボロス・ウィルスの防衛反応は、潜伏状態にあったG-ウィルスによって引き起こされたものか。経年による変異の有無の確認が必要である。要サンプル回収。

被験体:上須賀 健人の体内には、リサ・トレヴァーより注入された原生G-ウィルス、抗毒型T-ウィルス、ウロボロス・ウィルスの三種が同在していることになる。
現在は暴走状態にあったウロボロス・ウィルスが優位であり、その特性である進化によって更なる変異が予測される。
現段階の予測では、既に体内に潜伏していた原生G-ウィルスの反応によって抗毒型T-ウィルスが取り込まれ、T+Gウィルス投与固体の特性が不完全発生する可能性が高いとみなされる。
即ち、電気的特性の発現、もしくは女性化である。

当被験体の更なる進化を促すべく、B.O.W.の随時投入準備を続行中。
指示を待つ。












正直に言おう。
ネタがない。
ここから先どうやって続けたらいいものか、さっぱり解らない。
誰かプロット考えちくり。

ゾンビーの描写がかけなくてイライラしてる時にふと疑問が。
ゾンビに灯油とかぶっ掛けて汚物は消毒ダァー! するとファイヤーゾンビにジョグレス進化しちゃうよね?
油まいてるから火は消えないわ自走するわで無敵状態に。
だからゾンビを取り扱ってる物語って火が使われないのかな?

あと武器はホームセンターで調達するとしたら、手に入る最強武器ってなんだろ。
やっぱり鉄バットか・・・・・・。

風呂シーンよりも、ありすしーしーシーンでハァハァしたのは秘密


また、今回より以前の投稿枠があまりにもごちゃごちゃしすぎてしまったので、
思いきって別枠にて投稿することに決めました。

前投稿枠でアドバイスして頂いたネオベムスターさん、赤狼一号さん、ありがとうございました!
やはり先の展開を考える脳は私にはないようです・・・・・・。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:4
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/10/05 02:11

ひどすぎる。
小室の叫びは、この場に居る全員の代弁だった。
二階に駆けあがった健人達が見たのは、世界の終わり、その最初の夜。
その本当の始まりだった。


「小室っ! 撃ってどうするつもりなの?」


銃を握り締め、今にも飛び出そうとする小室に向け、平野は問う。
そこに含まれた諦めの色に小室は激昂したようだった。


「決まってるだろ! <奴ら>を撃って・・・・・・!」

「忘れたのか? <奴ら>は音に反応するのだぞ、小室君」


冴子に窘められた小室は拳を握りしめ、言葉を詰まらせた。
言われずとも解っている。しかし、それでも――――――。
声に出した訳ではない、だがそんな小室の葛藤が、健人には聞こえてくるようだった。

平野から予備の単眼スコープを受け取り、覗く。
上下二連式の狩猟銃を持った男が喰われていく様が映った。先の銃声は、彼のものであったようだ。


「犬の鳴き声が聞こえる・・・・・・」

「不思議だけれど、<奴ら>は同じ人間しか襲わないみたいです」

「同じ、ね」

「あ、いや、すみません・・・・・・」


いいんだ、と健人は首を振った。
平野はどこか悲しそうな、羨ましそうな目で、冴子に諭される小室の姿を見ていた。
健人には平野の気持ちが良く解った。
眩しいのだ、彼は、小室孝という男は。
聞けば平時から面倒だと全てを投げ出すような態度を取っていたらしいが、これは生来のものであるだろうと健人は思う。
叔父にも通ずる特別な才。指導者、リーダーの才である。
健人や平野のような日陰者には持ち得ない才だ。
そういう人間の周りには、才ある人間が自然と集まるのである。あるいは、自分も小室に引き寄せられた一人であるかもしれなかった。


「まるで誘蛾灯だな」


え、と不思議そうに聞き返す平野。
背後で冴子により電気が消され、ああ、と納得したようだった。
また一人、スコープの向こう側で生き残りが殺された。
彼等は皆、救いを求め、この部屋に灯る光を目指してやって来たのだ。自分達は、間接的に彼等の死の要因を作ってしまったことになる。
冴子に静かに諭される小室を見る。震える拳は、罪悪感からでもあるのだろう。

まるで誘蛾灯だ、と健人は思った。
今後、社会秩序の崩壊が進むにつれ、良くも悪くも、善も悪も区別なく、彼は人に囲まれていくことになるだろう。
そして小室に焼かれ、希望の火を灯すことになるのだ。
それがどのような結果を己にもたらすか、解らぬ健人ではない。
危機的状況の中、人の集団に紛れ込んだ<化け物>が炙り出されるのは、直ぐだろう。
小室という稀有な男が起こす希望と言う名の種火に、健人は焼かれることになるのだ。

――――――我々は全ての命ある者を救う力などない。

冴子が言う。
小室に向けた言葉に、健人はその通りだと頷いた。
生存に賭けるのならば見捨てねばならず、救いに駆けるのならば犠牲を払わなければならない。


「彼等は己の力だけで生き残らねばならぬ。我々がそうしているように。よく見ておけ。慣れておくのだ!
 もはやこの世界はただ男らしくあるだけでは生き残れない場所と化した」

「毒島先輩はもう少し違う考えだと思ってた」

「・・・・・・間違えるな、小室君。私は現実がそうだと言っているだけだ。それを好んでなどいない」


言い残し、階下へと降りる冴子。
返された小室の皮肉に、冴子が口を開くまでに寸瞬の間が空いたのは、彼女が自身の言を恥じたからか。
誰だって軽蔑されるのは辛いのだ。


「それを好んでなどいない、か」


知れず、健人は苦笑していた。
好んでなどいないなどと。
果たして冴子は本音で語っていたのだろうか。
あるいは小室の才を更に輝かせるためだけの甘言だったのかもしれない。
男を立てることが女の本懐だと、本気で思っているのだ、あの女は。


「先輩?」

「いや、その通りだなと思ってさ。我々は全ての命ある者を救う力はない、だったかな。全くその通りだ」

「ちょ、せ、先輩! 危ないですよ!」


何時の間にかベランダの縁に足を掛け、真っ直ぐに直立していた健人を、ぎょっとした顔で平野は見上げた。
狂ったのかと顔に書いてある。
安心しろ、と健人は笑った。


「滑らないように裸足になったしな。大丈夫だ」

「いやそうじゃなくって・・・・・・小室! 来てくれ! 先輩が変になった!」

「う、おわあ! せ、先輩! 落ち着いてください! 自殺は駄目だ!」

「だから、大丈夫だって。死ぬつもりはないよ」

「それなら早くそこから降りて!」

「そうだな。それだけ言うなら、ちょっと飛び降りることにするよ」

「だから、そうじゃないって!」

「見ろ」


急に真顔で有無を言わさない態度となった健人に、訝しげに二人は従った。
健人が指を向けた方角へと双眼鏡を向け、そして理解した。
地獄だ、と思わず漏らした小室に相槌を打つ。
全く、その通りだ。
そして自分は、その地獄に飛び込もうとしている。
正気の沙汰ではない。

だが、正しい。
それは絶対に正しい行いなのだ。
倒れた父に縋り付く小さな女の子を、救いに向うというのは――――――。
いち早く健人の決断に賛同したのは平野で、スコープを覗き、ライフルの射撃態勢に入った。


「お、おい平野、撃たないんじゃなかったのか? 生き残るために、他人は見捨てるんじゃなかったのか?」

「小さな女の子だよ!?」

「そういうこと。俺は先に行くけど、どうする、来るか?」


その時に小室が浮かべた嬉しそうな顔は、同性である健人をしても、ドキリとさせられる魅力があった。
なるほど、こいつは人たらしだ。
宮本の判断は正しい。
女であるならば、こいつは何としてでも落とすべきだ。


「バイク取って来ます!」

「よし。平野君、ギグの調子は合わせたよな。援護を頼んだぜ」

「了解ッス! ロックンロール!」


撃発音と同時、健人は跳躍。
塀の上へと着地する。
幸い鞠川の友人宅であるマンションは背が低く、この程度の高低差では、もはや人外の領域に達した健人の頑強さは露呈しないだろう。
狭い足場から足場への跳躍は、生来のバランス感覚とでも誤魔化せばいい。
そのまま健人は塀沿いに、時には<奴ら>の頭を踏み台にして隣家の屋根へとよじ登った。


「全ての命ある者を救う力などない」


駆けながら、冴子の台詞を反芻する。
ならば、少数を救う事は可能なのだろうか。
いいやそれも、それすらも出来なくなるだろう。そう健人は思う。
きっと、人間“らしく”生きるためには、犠牲を払わなくてはならなくなるだろう。
多数を犠牲に、少数を救う。
それが人道というものであると健人は理解している。
自己犠牲こそが尊いものであると、どこかの教典にも載っていた。
ならば。


「犠牲になるのは、せめて<化け物>であるべきだ」


そして孤独が代償であるか。
今は未だ、健人には己を差し出す勇気は無い。
しかし、いずれはそうなるだろうという予感があった。
朱に交わればと言うが、たった一日で、そこまでしてもいいと思える程に情に流されてしまったようだ。
ただし、排斥を受ける身になってもいいとまで思えてしまうその根本は、自身の身の安全が保障されているからである。
健人は足元で蠢く<奴ら>に対し、既に何ら脅威を感じなくなっていた。
指先で軽く撫でるだけで消し飛んでしまいそうな<奴ら>である。何を恐れるのだろうか。
人の輪から外れたとしても、自分は生きていける。生きてはいけるのだ。ただそれだけになるのだろうが。
だからその時はせめて、誰かを救ってからにしたい。
そうすればきっと、自分も救われる。そう信じたい。
・・・・・・<化け物>が救われたいとなどと願う事自体、間違いかもしれないが。

小さな女の子を救う。
素晴らしい判断である。
極めて人間的な判断だ。
だが健人のそれは理性での判断だった。心による決断ではない。<人間>を装わんとしているだけの、浅ましい魂胆による、利による判断だ。
人間の理屈ではなかった。


「いやああああ!」


叫ぶ少女の声。
<奴ら>が引き千切れた顎を大きく開けて、少女に今にも喰い掛からんとしていた。
しかし、少女が傷つくことはない。


「間に会ったか!」


庭に降り立った健人は、少女に覆いかぶさろうとする<奴ら>を背後から頭髪を掴んで引きずり倒し、踵で頭を踏み砕いた。
正直な所、健人は内心、とても焦っていたのだった。
昼間小室達と合流したように、右腕の拘束を解き、移動手段として使うべきか否かを決めあぐねていたのだ。
本当によかったと胸を撫で下ろす。
これで少女が傷ついていたら、悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
健人は少女の側へと膝を着いた。


「大丈夫か? 噛まれてないか?」

「――――――え?」


不意に掛けられた優し気な声に、少女は顔を上げた。
自分の凶貌で少女を怖がらせてしまわないだろうか。
そんな事を思いつつ努めて笑顔を作ってみた健人だったが、泣きじゃくる少女を見て諦めた。
こういうのはきっと、小室の役目なのだろう。


「よく頑張ったな。もうちょっとの辛抱だ」

「あ・・・・・・」

「わんっ!」

「そうか。お前がこの子を守ってたのか。偉いな」

「わんっ!」


少女と共に居た子犬が、嬉しそうに尻尾を振る。
健人が到着するまでの間、少女を守るように<奴ら>へと立ち向かっていたのは、この子犬だった。
痛覚も聴覚も“死んでいる”<奴ら>である。
子犬の抵抗は無意味だっただろうが、だが子犬の存在は少女を勇気付けただろう。
聞こえていた犬の鳴き声は、この子犬が発していたようだ。
お手柄だ、と健人は子犬の頭を撫でた。


「お兄ちゃん、後ろ!」


立ち上がりざま、後ろから近付く<奴ら>を裏拳で殴り飛ばす。
“コマ”のように回転しながら他の数体を巻きこみつつ、アスファルトに赤い汚れをこびり付かせていく<奴ら>。
拳法の技だ、などと小室達には説明していたが、違う。
右手で人を殴れば、腰が入っていなくてもこれぐらいの威力は出せる。


「ありがとうな」


ふるふると両手をふって、ぎこちなく微笑んでみる少女。
人が吹き飛ぶ光景など初めて見たのだろう。
現実感の無さに困惑している様子だった。
これが夢であればどれだけ良かったかとは、健人も何度も思ったことである。

少女の手をとって立ち上がらせる。
強い子だ、と健人は思う。涙は止まり、腰も抜けていないようだった。しっかりと自分の脚で立っている。
おいで、と少女は子犬を胸に抱きしめ、周囲を見渡した。
音も無く少女の元へと駆けつけた健人だったが、子犬の少女の泣き声に釣られた<奴ら>が集結しつつあった。


「ありすたち、死んじゃうの?」

「いや、死なないさ。だって、ほら」


ありす、と名乗った少女に、健人は顎で<奴ら>の垣根の向こうを示す。
力強いバイクのエンジン音が響いた。


「王子様が助けに来てくれるからな」


<奴ら>の隙間を縫うように現れたのは、バイクにまたがった小室だった。
引き倒し、巻きこんでは滑り込むように門から庭へと突入。
そのまま健人が潰した<奴ら>に乗り上げ、転倒して停止した。


「よう、鉄馬に乗った王子様。イマイチ締まらないな」

「はは・・・・・・マンガみたいにはいかないですね。それに俺の出番はもう無さそうですし」

「いや、これからだよ。ここから出ないと」


行くは良いが帰りが怖い。
開け放しになっていた門を締め直す。直に破られるだろうが、多少の足止めにはなるだろう。
これで庭に残ったのは、小室、健人、ありすと数体の<奴ら>。
小室に2、3体を任せるとして、後は自分が掃除すべきか。
任せられるか、と小室を見やれば――――――銃声。
リボルバー拳銃を<奴ら>の口内に突っ込み、引き金を引いている小室の姿があった。
ためらいが無かったことから、もう“筆降ろし”は済んでいたのだろう。


「やるな。こっちはあらかた終ったぞ」

「すみません、先輩。音が・・・・・・」

「いいさ。それにあれだけ派手に登場したんだから、今更なあ」

「うっ、それを言われると。それで、どうやってここを出ます? <奴ら>に囲まれてますし」

「道路じゃないとこを逃げたらいいのに」

「空でも飛べってのか・・・・・・」

「いいや、この子の方がよっぽど賢いぞ。俺がどうやってここまで来たか、考えてみろよ」

「どうって・・・・・・そうか、塀の上を!」


そういうことだ、と健人は頷く。
ありすは小室に背負わせて、殿は自分が努めればいいだろう。
言わずともありすを背負おうとしていた小室は、ありすに腕を引かれて振り向いた。


「パパ、死んじゃったの?」


小室は、もちろん健人も何も答えられなかった。
死というものが何なのか、理解出来ない年でもあるまい。
そも、それを口に出している。
ということは、これはきっと、確認だ。
目に涙を一杯浮かべて問うありすに、小室は何かを思い立ったように立ち上がった。
干されていた洗濯物の中から綺麗なものを選び、むしり取って、横たわる彼女の父親の顔へと掛けた。
胸には刃物による刺し傷が。急所を一突きにされている。
<奴ら>の噛み後は無く、健人達が立ち周りを演じていた庭の家の中から聞こえる物音から、恐らく彼等にありすの父親は殺されたのだろう。
小室は庭に裂いていた花を摘んで、ありすに差し出しながら言った。


「君を守ろうとして死んだんだ。立派なパパだ」

「うっ、うっ・・・・・・パ、パぁ・・・・・・」


強い子だ、と健人は再び思った。
本当はすぐにでも泣き叫びたかったろうに。


「・・・・・・あっ、あああっ、あああん!」


ありすの泣き声を耳に、また思う。
小室の才は凄まじいものがある。
人を救う才だ。
己のことで精一杯の自分では、こうはいくまい。
健人ならば、どうにかしてありすを泣かせまいと尽力するだろう。
だがありすにとっては、ここで泣く方がずっといいに決まっている。
敵わないな、と健人はありすの父の亡骸の側へと膝を着いた。
手を合わせてから、ポケットを探る。
何か形見になるような物でもあればいいが。


「ああ、あった。ありすちゃん、こっちにおいで」

「ひぐっ、うぇっ、うっく・・・・・・うん」

「君のパパが持っていたものだよ。これから先、きっとパパが君を守ってくれる」

「わんっ!」

「悪い悪い、お前が居るんだから安心だな」


健人は笑いながらありす服の襟元に、彼女の父親のポケットから探り出した襟章を刺した。
赤と白のツートンカラー。
丁度真上から見た開いた傘のようなデザインの襟章だった。
他には電池の切れた携帯電話やペン、手帳が入っていたが、身に付けられるものの方がいいだろう。
ピン止めの襟章は邪魔になれば鞄にでも刺しておけばいい。


「おいおい、メッキだと思ったら、金バッチじゃないか。ブランドものか?」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ああ、大事にするんだよ。・・・・・・しかしこのデザイン、どこかで――――――」

「結構高いですね、この塀。下には<奴ら>がうじゃうじゃいるし。よくここまで落ちずにいられましたね、先輩。・・・・・・先輩?」


しゃがみこんだまま、門の向こうに視線を向けて微動だにしない健人に小室は首を傾げた。
健人はずっと、ひしめき合う<奴ら>の群れを睨みつけていた。
瞬きもせず、ずっと。


「お兄ちゃん、何か、寒いよう」

「あ、ああ・・・・・・おかしいな」


ありすは背を振るわせ、小室は肘を擦る。
気温が下がった訳ではなく、体感温度が下がっただけだ。
それが何故かは二人には解らなかっただろう。
無意識に向けた視線の先には、地面から膝を話さず、目を逸らしたら負けだとでもいう風に<奴ら>の壁を睨みつける、健人が居るだけだった。


「小室」


健人の呼ぶ声に、小室は返答の代りに一歩後ずさった。
小さくありすが悲鳴を上げる。
物理的な圧力を伴っているかのような、重く硬質な声。


「ありすを連れて直ぐにここから出るんだ。絶対に振り向くな。そのまま皆と合流したら、俺の事は気にせず、行ってくれ」

「せ、先輩。何を言って・・・・・・」

「いいから、行け。行くんだ! 行け――――――!」

「は、はい!」


訳も解らずといった体でありすを背負った小室が塀に指を掛けるのと、健人が横殴りの衝撃に吹きとばされたのは、ほとんど同時だった。
呻き声を上げる間もなく背後にあった鉄製の玄関に叩きつけられ、そのまま扉を圧壊させて室内へと叩き込まれる。
立て籠っていた住民達が喚いていたが、構ってはいられない。
そのまま壁を2枚ほど破るまで勢いは止まらなかった。

腹部に鋭い痛み。
ある程度覚悟はしていたが、こんな猛烈な勢いでタックルを仕掛けられては。身体が痺れて動きが鈍る。
健人の腰にがっちりと手を回し、突進を仕掛けて来た何者か。
<奴ら>の隙間を両手足を地に擦って移動していたそれは、異様な姿をしていた。

大まかには人間の姿形をしている。それは<奴ら>も同じだ。
だが、背中に食い込む鋭い爪は。
擦り切れて襤褸同然となった衣服の下で蠢く、剥き出しの筋繊維は。
引き剥がそうと頭髪を握ると、そのまま顔面の皮ごと剥がれ落ち、異様に肥大化した脳が露出したのは。
<奴ら>とは完全に一線を画するものである。


「また会ったな――――――」


掠れる呼吸のまま、健人は唇の端を釣り上げた。
先ほどありすの父の側に膝を着いた時、<奴ら>の脚の間から見えたのは見間違いではなかった。
そして感じる、不思議な共感。
吐き気がした。
己の蠢く右腕が、お仲間が来たぞと囁いている。


「<化け物>――――――!」


吐き捨てた台詞の返礼は、顔面に向って突き出された、長い舌だった。






■ □ ■






File4:遺骸から零れ落ちた手記。

妻が死んだ。
解っていた。これは外道な研究を繰り返していた自分たちへの報いなのだと。
だがこの子には――――――私達の娘には罪は無い。
この子はただ作られただけ、いや、産み出されただけなのだ。

今でも覚えている。
幼年体観察室で、ガラス壁の向こうから私達の事を、パパ、ママと舌足らずな発音で、何度も呼んでいたこの子の眼を。
とても純粋な眼だった。
無条件で信頼を捧げる子犬のような、そんなけなげさがあった。
その瞬間に、私たちはこの子の親になろうと決めた。
会社から身を隠すのは容易ではなかったが、子を想うがこその執念で、私たちはやり遂げた。
見事にありすを連れて、逃げおおせたのだ。

研究一辺倒の私達にとって、子育ては苦労の連続だった。だがそれは充実した毎日だった。
まずはこの子に名前を付ける所から始まった。
結局決まらず、仕方なくオリジナルと同じ名を付けることになった。
それだけではない。
入学、遠足、運動会・・・・・・この子が成長する姿を見るのが、何よりの喜びだった。
そして同時に、恐怖も抱いていた。
この子と同じ顔をした子供達を、あんなに感慨もなく殺していたのだ。私たちは。
いずれ報いを受けるのだろうと、覚悟していた。
そんな薄氷の上の生活だった。
しかしこの子が健やかに暮らせるのならば、それだけで私たちは幸せだった。
そして唐突に・・・・・・世界は終ってしまった。

神よ。
これが我々に与えられた報いだというのなら、あまりにも惨いではありませんか。
この子には何の関係もないではありませんか。
成長し、恋をして、子供を産んで、老いていく。
そんな普通の生活すら許されないというのですか。
モルモットらしく無為に死ねというのですか。
あんまりではないですか。

――――――この手記を私の遺書として残します。
これを見ている誰かにお願いします。
どうか、私の娘を連れて、奴らの手の届かない場所まで逃げてください。
そして出来ることなら、いつか世界に秩序が戻された時、奴らの罪を暴いてください。
私の知る限りがこの手帳に記してあります。
世界が何故こんなことになってしまったのか、別部署に所属していた私には、それは解りません。
しかし一端でしかなくとも、この手帳を最後まで読んで下さった方には、それがどれだけおぞましいものであったか、十分に理解して頂けるかと思います。
どうかこの手記が、奴らへ対する一打とならんことを。

娘の幸せを願って――――――。

もはや数年前ですが、以下に私が参加していたプランの全容を記します。
アリ■計画■―■―――■■―――。




・・・・・・ここから先は血で汚れていて読めない。











うあー。
文体が崩れた。
なぜこうなるのか悔しくてたまらない。


もうタイトル表記はバイオシリーズの方がいいのかな。
映画まで手をだしちゃったし。


なお、感想の方でレスを返すのは控えておくことにします。
ですがちゃんと見させてもらっていますよー!
励まされたり、アイデアを受けたりともう大変です。
ありがとうございました!
また一言頂けると嬉しいです。

あと感想にあった質問は、この場で返答しますね。
>m.kさん
ロケランぶっぱされた叔父さん→でも生きてた→そのときふしぎな事が起こった→暴走沈静化&適応→でも叔父さんキレる→クリィィィス!→選定基準を釣り上げてやるぜー
→新世界の新人類は強くないといけん→手始めにミサイル試射しる→そいで生き残りをさらに選定しる→叔父さんパネェ

以上。

叔父さんは隠れ子煩悩という設定にしたほうが面白いかしら。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:5 (File+おまけ追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:f42f34ef
Date: 2010/10/05 02:11
突き出された長い舌が、頬骨を抉る。
咄嗟に首を反らして直撃を避けた健人は、しかし内心冷や汗を掻いた。
間違いなくこいつは今、眼孔を――――――急所を狙って来た。
<奴ら>とは違い、知能があるとでもいうのか。
考えたくもなかった。

舌の一撃を外した勢いで、<化け物>へと頭突き。
額から伝わったのは、剥き出しの脳らしからぬゴムの塊の様な感触。
脳が弱点であるのは<奴ら>と変わりないらしく、ダメージを与えた手ごたえはないものの、巨大な爪による拘束は解かれた。
健人は顔を顰めながら立ち上がる。
至近で浴びせ掛けられた息は生臭く、鼻が曲がりそうな悪臭だった。


「なんて醜いんだ」


蛍光灯の下で見るそれの姿は、形容し難いほどに醜かった。
猫のような威嚇音を上げる、<化け物>。
皮膚のほとんどが剥離し、健人との衝突で目も腐り落ちた、異形の姿。
代りに身体を覆うのは、発達した筋肉の塊と、肥大化した脳。
五指は腕部とほぼ一体化していて、代りに巨大な爪が生えていた。
先端がヤスリ状に変型した長い舌をくねらせながら猫のように威嚇する様は、襤褸になった衣服を纏ってはいるものの、人型というよりも四足動物だ。
骨格も獣のように変型しているように見える。
その筋と骨から生み出される瞬発力たるや、徘徊するだけの<奴ら>とは別次元である。加えて、知能らしきものも垣間見えていた。
悪夢染みた存在――――――仮に名付けるならば、なめる者<リッカー>とでも言うべきか。

軍手をズボンのポケットへ。
制服のボタンを外す。
脱いだ制服は腰に巻き付ける。皺になるな、などとこの期に及んでも呆けた思考が過った。



「――――――クソ」


悪態と共に、右腕の包帯が内圧で弾け飛んだ。
現れたのは、蠢く黒い蛇の群れ。
人の手では無かった。

ヒィ、という悲鳴。
ガチャガチャと、何か物を倒したような音。
見れば、壊れた壁の向こうからこの家屋に立て籠っていた一家の面々が、尻餅を付きつつこちらの様子を窺っていた。

一瞬、鋭い痛みが健人に奔る。
だが、それは幻覚だ。

<化け物>――――――リッカーと対峙した瞬間に、既に異形を隠すという選択肢は、健人の中から消え去っている。
力を隠してどうこうとなる程易い相手ではないと、本能が訴えていた。
異形には異形で立ち向かうしかない。


「ツオオオ――――――ッ!」


先手必勝。
拳が黒い怒涛となってリッカーに迫る。
しかし眼球が存在しないはずのリッカーは、恐るべき反射速度で拳の軌道を察知し、回避する。
廊下に、壁に、天井に、その巨大な鉤爪で張り付いては飛び跳ね、健人の視界の外へ。
外界をどのように認識しているのか健人には解らなかったが、この一撃で仕留め損ねたことが、致命に至ることだけは理解出来た。


「ぎゃああああっ!」


迸る絶叫。
断末魔の叫びを上げたのは、しかし健人ではなかった。
リッカーの乱喰い歯の隙間から飛び出した舌は、瓦礫の向こうから顔を出していた男性の胸を貫いていた。
親父、という叫びが聞こえたことから察するに、この男性は父親だったらしい。
健人の腕を見て、初めに悲鳴を上げたのは彼だった。


「く、そッ! なんてことを!」


手を伸ばすが、間に合わない。
そのままするりとリッカーは室内に侵入、身を翻し、消えた。
壁も天井も関係のない、三次元的な機動を可能としているリッカーを目で捉えることは難しい。
室内で戦うには分が悪すぎるのだ。
だが外は<奴ら>に囲まれていた。ここで戦うしかない。

倒れた男性に縋り付く、彼の家族達の姿を見る。
視界の無いリッカーが、彼を狙ったのは何故か。
リッカーが<奴ら>と同じ性質を備えているのならば、音に反応したと考えられる。穿って考えるならば、臭いか。
悲鳴を上げていたのは彼だけで、派手な音まで立てていた。
健人が攻撃態勢に入った時には、もう狙いが定まっていたのだ。ある程度の知能があるのならば、組しやすい者から消していくのは自然のことだろう。
そしてリッカーは姿を隠した。
次なる獲物を狩るために。


「誰か、首を落としてやれ。<奴ら>になりかねないぞ」


言って、背を向ける。
すまないとは言えなかった。
閉所で迎え撃つべきだ――――――健人の冷静な部分が警鐘を発する。
だが、彼等の父親の命を奪った一要因は、自分にもあるのだ。
罪滅ぼしと言う訳でもないが、彼等が敷地を囲む<奴ら>の群れから逃げられるとも限らないが、それでもせめて彼等家族を二人もリッカーの手に、否、舌にかけさせる訳にはいかない。
そう思ったのだ。

背後から、肉を潰す音が聞こえた。
ふ、と思う。
<奴ら>とは全く違う存在であるリッカー。
そう、“存在”が違うのだ。
あれは死体ではない。健人はそう思う。
真実はどうかは解らないが、しかしあれが<生物>であったとしたら――――――。
<奴ら>に噛み付かれた者がまた<奴ら>となるように、リッカーに舌で突き刺されたのならば――――――。
戦闘中であるというのに健人からターゲットを外したのは、“繁殖”のためでは――――――。

止めよう。
健人は頭を振った。これ以上は考えるべきではない。あまりにもおぞましい発想である。
今はただ、敵に備えるべきだ。
健人は拳を握り締め。


「――――――え?」


そして急に身を包む虚脱感に、膝をついた。


「クソッ、クソッ、死ねよ! 死んじまえ! 親父の仇だ! 死ね<化け物>!」


一瞬、何が起こっているのか解らなかった。
立ちあがろうともがいても、足に力が入らない。
感じる異物感に下半身を見れば、膝裏、脇腹、腰、足首に、物干しざおに括りつけられた包丁が突き刺さっていた。
立てなくなったのは、膝裏と足首の筋を切断されたからか。
健人に突き立てられたのは、手製の槍だった。
握り手は彼等、家族達が。
女性も、老婆も関係なく、健人へと憎しみの眼を向け、槍を突き出していた。


「死ねよ! 頼むから死んでくれよ! 死ねって! 死ぃねええええ!」

「あ――――――ガ――――――!」


青年が叫び、膝を着いた健人へと槍を突き出す。
穂先は健人の首後ろへと突き刺さり、頸椎を削りながら、切先を喉から覗かせた。


「が、ヒュっ――――――」


ぐりぐりと捻りを加えられ、空気が喉に入る。
薄く空いた口から、どす黒い血が迸った。
どうと身体が倒れた。
フロアリングに打ち付けられ、頬の傷が開く。
頬骨に達するまでの傷は、既に治癒が始まっていたようだった。

彼等は何かを叫び立てながら、倒れた健人の背中へと、槍を突き立てていく。
とても痛かった。
そこでようやく健人は自身の身に何が起きているかを把握した。
刺された。刺されている。

でもなぜ、と考えて、健人は気付いた。
ああ、そうだった。そうじゃないか。なんで忘れていたんだ、馬鹿め。
人助けをすれば人間のようになれるとでも思っていたのか。
彼等を守れば、人として見てくれるとでも思っていたのか。
自嘲が浮かぶ。
僕は、俺は<化け物>だったじゃないか。
それはもう、変えられない事実なのだ。
彼等の恐慌はもっともだ。
<化け物>から声を掛けられたんだ。平静でいられる訳がない。
そして、その<化け物>が背中を見せた隙も逃す手はない。
自らの生存のために、人は、<化け物>を殺さねば。


「ひ、ひひ、ひひひ! どうだ、くたばったか<化け物>め! どうだ!」

「ねえ、何あれ・・・・・・何あれぇ!」

「さっきの<化け物>の仲間か! こいつも殺してや――――――ぎひぃいいい!」


裂けた喉はヒュウヒュウと空気が漏れるばかりで、音を紡ぐことは出来なかった。
止めろ、とも言えない。
逃げてくれ、とも言えない。
健人は薄暗くなっていく視界の中、現れたリッカーが彼等家族を惨殺していく様をただ横たわって眺めるしかなかった。
健人の胸中にあったのは、ただ悔しさだけだった。

刺された事。
変わってしまった己の身体。
リッカーの無惨な仕打ち。

全てが理不尽で、悔しかった。
事を終えたリッカーが、カチカチとフローリングに四肢の爪を立てながら、近付いてくる。
何も出来ない。動けない。脳に血が回らない。

リッカーがその鋭いカギ爪でもって、健人の右腕を床へと串刺しにした。
貫通しているというのに、喉元のそれと比べれば、あまりにも小さくて鈍い痛み。
しかし一瞬意識が正常レベルまで引き戻された。だが、それだけだった。
足と足の間に身を割り込ませ、圧し掛かるようにリッカーは近付く。
吐息が鼻先に吹きかけられ、舌でベロリと頬を舐め上げられた。その舌で一撃を喰らった箇所だった。
ヤスリ状の舌が皮膚を削ぎ落とし、肉を“こそぐ”。
ざり、ざり、と肉が落とされるのを、健人はただ耐えるしかなかった。
奥歯が露出するまでなめ上げられた。
そして舌先が、健人の眼窩へとピタリと据えられる。
いよいよか、と健人は覚悟した。


「ひゅう――――――ひ、ひゅう――――――ひゅうぅ――――――」


覚悟した、というのに。
閉じかけの意識は凍りつきそうな心臓の冷たさを正確に伝え、耳は自分の鬱陶しい怯えに乱れた呼吸音を拾う。
嘘だ。
健人は眼をきつく閉じた。
死ぬ覚悟など出来ていない。
死にたくはない。死にたくなんかない。こんな所で死んでなるものか。


「ひ、ゅ、う、う、う、ううううううッ」


呻く。
これで終わりか。こんなものなのか。
ここが俺の死に場所だとでもいうのか。
さっきから激しくくり返される記憶の再生は、走馬灯なのか。

リサの温もりが蘇る。
叔父の言葉が湧き上がる。
あの女の泣きそうな笑い顔が映る。

いいのか、と自問する。
こんな所で死んでしまっては、俺を生かしてくれた人達に申し訳がたたないではないか。
俺が死ぬのは――――――。


「うううぐぐぐぶぁあああ、ああっ、ああああああ!」


血で溺れながら喘ぐ。
眼を開く。
視界が赤く染まる。
首の後ろが燃えるように熱い。
熱が広がり、全身の細胞が泡立つくらいに沸騰していく。


「ど、げ、ぇ、えええ゛え゛――――――ッ!」


ばち、バち、バチ、バチバチバチヂヂヂヂヂ――――――、と千匹の鳥が囀る様な耳障りな音が、空気中に振り撒かれる。
断続的に発生する破裂音。
健人の右腕が、その蛇の一本一本が青白く輝く程の紫電を纏っていた。

リッカーの醜い悲鳴が上がる。
異常に発達した筋肉と神経とが、電流を流され、制御不能に陥ったのだ。
全身を痙攣させながらリッカーは身体を仰け反らせた。
爪が右腕から離され、自由が戻る。
好機――――――。


「ぐううぅぅああああああッ!」


雷を放つ健人の右拳が、リッカーの顔面に炸裂した。
無理な体勢から放たれた突きであっても、異形の拳は膨大なエネルギーを発生させる。
瞬間、リッカーの頭部は破裂し、残された身体が空中を回転しながら吹き飛び、壁を突き破って行く。


「あああ、あ、あ、ぁ・・・・・・」


確認など出来ようもない。
己にとり、必死の一撃だったのだ。ましてや残心など。
身体中穴だらけにされての一撃。
しかも肺に空気がほとんど無い状態で、叫び声を上げたのだ。そんな事が出来たのは、<化け物>の身体故か。
赤く染まっていた視界がテレビの電源を落としたかのように、真っ暗になる。
身体中から力が抜け、掲げられていた腕が落ちた。

その日、健人が最後に見たものは。
血相を変えて駆け寄る、冴子の裸エプロン姿――――――だったような気がする。
床へ落ちる寸前に受けとめられた腕から、温もりが伝わる前に、健人の意識は泥のような睡魔に呑み込まれていた。






■ □ ■







File5:B.O.W.投入報告

B.O.W.『リッカー』を投入。
投入固体には、比較的人間に近い容姿のものを選択した。
始祖ウィルスでの強化はもちろん、養分の摂取時に被験体:上須賀 健人の体臭を嗅がせ、及び音声データの再生による刷り込みを続けた結果、条件付けに成功。
複数名の生存者の中から被験体のみを選択、襲撃した。
交戦中捕食、繁殖行動を優先したのは、条件付けによるものであると推測される。
また、この実験で要人暗殺をコンセプトとするB.O.W.作成に一定の結果が提示されたが、現在の社会情勢では需要は見込めないだろう。
被験体の進化に合わせたB.O.W.の投入作業を続行する。

なお、『T』については各タイプを現在調整中。
どのタイプを用いるか、指示を待つ。

追記・・・・・・。
試作型新NE-T『R.G.T』へのプログラミング不可。
廃棄を推奨。
使用の際は十分注意されたし。






■ □ ■






――――――被験体:上須賀 健人に電気的特性の発現を確認。
及び、衛星分析より頸椎内部、脊髄にコアの形成を確認。
頸椎の損傷によりコアが刺激され、今回の進化が促された模様。
現在は未成熟なコアへの負荷のため、被験体の活動は一時停止中。

被験体の右腕部はウロボロス・ウィルス侵食による形状変化であると考えられていたが、今回の反応から、ウィルスに適合した結果、効果的形態が選択されたとの分析結果が挙げられている。
根拠は、ウィルスのう胚が外見はともかく、人間の形を強固に維持し続けていることにある。
つまり、ウロボロス・ウィルスの人間型への形状変化である。
これにより不定型のう胚の利点である攻撃手段の自由度は失われているが、人間への完全な擬態を可能としている。
これは被験体の意志、つまり人間性への執着と生存への本能によって決定付けられた形であることは、言うまでもない。
外見の侵食は一時ストップすると考えられるが、内側の変化は加速度的に進むであろうと予測出来る。
事実、衛星分析より、脳の一部変異を確認している。

なお、当初予測されていた被験体の女性型への形状変化は発生せず――――――。


――――――薄暗い部屋の中。
PCの明りを頼りに、男が何らかの資料を読み漁っていた。
男の鍛え上げられた肉体は一縷の隙もなく、まるでルネッサンス時代の彫刻のよう。
黒のウェアに黒の革ズボン、黒の靴・・・・・・全身黒尽くめの威容が、金の頭髪によって更に引き立てられている。
暗闇の中でも外さない黒のサングラスは、彼のポリシー故か。

男は時折マウスを操作しては、ページをめくる。同時に二つの資料を読み解いているようだ。
しばらくしてマウスを操作する手が止まると、男はもう一方の手にあった資料をデスクの上へと放り捨てた。
その資料は大衆向けの雑誌であったようだ。
理知的なこの男に似つかわしくない読み物であったが、しかし彫像のように動かぬ顔の筋肉が、そのような冗談を挟む余地を許さない。
片手でサングラスを掛け直し思案する様子の男からは、周囲の空気が歪む程の威圧感が放出されている。
ティーン向けの女性服を扱った雑誌をただ読んでいると見せかけて、その実、じっくりとめくられていくページの中で恐るべき陰謀が企てられていたに違いない。

再び、男はマウスを操作する。
隠しファイルを呼び出し、厳重に施されたロックにパスワードを打ち込んでいく。
次のクリックで表示されたのは、『被験体』と書かれたフォルダ。
その中身は――――――衛星による健人の、数万にも及ぶ写真データが詰め込まれていた。
日付が、もうずっと何年も前からデータが記録されていることを示している。
ずっと、健人はこの人物による監視を受け続けていたのだ。

カチ、カチ、カチ――――――、と。
一定のリズムで聞こえる、クリック音。
写真はつい最近の――――――右腕が異形と化した健人を写し出していた。


「フ、フ、フ、ハ、ハ、ハ、ハ――――――」


漏れる忍び笑い。
男は独り、呟いた。


「そうだ、それでいい。進化し続けろ。我らが世界を救済するのだ、ケントよ――――――」


カチ、カチ、カチ――――――、と。
マウスの操作音。
デスクトップに、健人が海外に在住していた頃の写真が写された。
当時の包帯塗れの健人の顔を眺めながら、男は操作を続ける。


「フ、フ、フ、ハ、ハ、ハ、ハ――――――」


薄暗い部屋の中で、マウスのクリック音と、男の忍び笑いがいつまでも響いていた。



















File追加。
あとおまけも。
子供の成長の写真を見てはにやにやするラスボスさんの図。
やはり皆さんによる感想パワーは偉大だなと思い知ったシチュエーションでした。
R.G.Tとか出しちゃってるけど、これは私による完全創作ですので、そんなBOWいねーよとは言わないでプリーズ。
だってリサのこと考えてたら閃いちゃったんだもん。

さて、もうすぐバイオの新作映画が上映されますね。
なんでも3Dだとか。
飛び出す映画ですね。
ゾンビの突き出された手とか、飛び交う銃弾が眼前に飛び出すのです。
楽しみですねー。
毎シリーズ出てるお約束・・・・・・アリスのオパイも飛び出すかと思うと。
ふふふ、居ても立ってもいられないでしょう? 
なんとしても映画館で、フルスクリーンで映画を見に行きたくなってきたでしょう?
不思議ですね!

でもメガネっ漢である私にとっては、3Dメガネは鬼門です。
鼻が重くて痛くなるの。




さて、今回もまた、ここで感想返しをしたいと思います。
今回は質問への返答をば。
答えられる質問だけへの返答となってしまいますが、皆さんの感想はちゃんと眼を通していますので、お許し下さい。
いつも励みになっております。

>ょぅι゙ょ=アリス
ティンと来たのでやっちまいました。
あれだけクローンが居たんだから、某ミサカさんみたく、ロリバージョンもいたっていいよね! おかしくないよね! ね!
まあクロス作故のキャラ魔改造よね、ということで楽しんで頂けたら幸いです。
しかしまだ映画が上映されていないので、これ以上手を出せないという。

>上須賀→うえすか?
なりますw
でもまんまなので、うえすが、と発音を少しいじっておいたり。

>リッカーは果たしてゲーム版か映画版か。
どっこいoutbreak版だったりします。
5時代なので、外見だけですけれども。
服を着てるリッカーは衝撃だったなあ。
今回リッカーのプリンヘッドに頭突き入れられたので、もう満足です。

>合法ならおk
おk

>雑談板で特殊能力は有りか無しスレかが――――――。
そんなスレがあったのですか!
雑談板はほとんど覗いたことがなかったので知りませんでした。
さて以下質問の連続回答です。
>ウェスカーと健人の関係が義理の叔父(甥)と言う事は血縁は全く無いのでしょうか?
無いのですー。
ウェスカー計画の被験者は、ほとんどが血縁関係は無かったように思えます。
同じ名を与えられ、世界に放流されていた、と。
>バイオ世界とリンクしているとすると人々はラクーンシティの惨劇や、その後世界各地で起きたウィルステロを知っている筈ですから
>原作と対応の差異が出せそうです。
>(TVでバイオハザード対策の避難マニュアルが放送されているとか、治安・医療・政府要人はウィルス抗体を投与済み、等)

うがー、全く考えてなかった。
どうしよう。
世界規模で知られていたら、対策なんていくらでも出来ちゃいますし。
それだと高城宅で物語が終ってしまう。情報が出ていたのならば、あの両親が何の備えもしないなんて有り得ないでしょう。
テロへの対策なんてあの世界の右翼はしていて然りでしょうし。そうなると主人公バッドエンド直行間違いなし。
冴子さんと二人で逃避行するしかなくなる。3巻で終っちゃう。
となると、知られていない、情報は漏れなかった、という設定でいかなければなりませんが、しかしどうしたものか。
・・・・・・よし、ここで映画版の設定を登場させよう。
あれはアンブレラが自社の力で消毒作戦を行い、隠蔽工作を行った、という話でした。
それを使うことにします。
で、核発射には米政府も一枚噛んでいたとか。情報統制もされてましたしね。ウィルスの兵器としての価値を見出してアンブレラと取引云々――――――。
そういう線でなら無理がなさそうかな。そしてゲームのストーリーに流れていくと。
一度やってるんだから二度も三度も同じだぜー、効果あるってラクーンで解ってるしね!
ってな感じで核発射イベントに繋げられそうですし。
うん、そうしよう。
・・・・・・バイオの設定的には苦しいですね。
申し訳ないです。

>しかも地味にウェスカー計画とかT+Gウィルスのガンサバ設定などのマイナー設定まで――――――。
ガンサバは面白かったなあ。
ドングァ。あれをもう一度聞きたいがために、ナムコ×カプコンを買ったのはいい思い出です。


最後に。
>ノシ棒さんが相変わらず変態でry
そんな馬鹿な。
私はいつでも紳士ですよ?


うーん、結局長くなってしまいましたね。
感想返しは、感想板でしたほうがいいでしょうか?
ご意見お願いします。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:6 (File追加+修正) 一度削除しました
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/11 04:43
上空。
高度にして、数千メートルを超えているだろうか。
航行中のジェット機内部で、健人達にとって知る術もない、こんな終わりもあった――――――。


「くそっ! 頭だ、頭を狙え!」

「畜生! 一体誰があの化け物を乗せたんだ!」

「ファースト・レディが噛まれてたんだよ!」


鳴り止まぬ発砲音。
黒服に身を包んだシークレットサービス達が、立て続けに拳銃の引き金を引く。
要人警護のプロである彼等が、機内での発砲という無謀を犯す理由。
彼等の銃口が狙う先は、もはや言うまでもなく<奴ら>であった。
エアフォース・ワンのコールサインが使用されているその最新鋭航空機は、今や空を飛ぶ鉄の棺桶と為り果てていた。
あろうことか自動小銃の断続的な撃発音を扉越しに耳にした合衆国議会議長は、もはやこれまでと腹を括ったような顔で、機内に設けられた執務室中央に腰掛ける男に詰め寄った。
合衆国大統領である。


「大統領! コードを入力してください!」

「しかし・・・・・・」

「私もあなたも噛まれてしまったのです! だからこそ今の内に合衆国にICBMを向けている全ての国を叩き潰しておかねばなりません!
 国家非常事態作戦既定666Dの発令以外、憲法と人民への義務を果たす方法はないのです!」


そこまで話して議長は言葉に詰まり――――――そして血の塊を吐き出し、倒れた。
周囲の人間達が倒れた議長へ“人道的処置”を施すのを眺めながら、大統領は噛み傷の跡を擦りながら呟いた。


「これは報いなのか・・・・・・」


果たして自分はあといつまで合衆国大統領でいられるものか。
考えながら大統領は手を汲み俯く。すると、卓上に並べられた資料が目に付いた。
所々に広げた傘を真上から見たような、赤と白のツートンカラーのマークが記された資料だった。
このシンボルマークを見ると、いつも思い出す事がある。


「――――――ラクーン市バイオハザード事件」


漏れた呟きは、誰の耳にも入らなかった。
いいや、ここまで来ては、いっそ誰かに聞いて欲しいくらいだった。
己の懺悔を。
今から十数年前、自分達は大きな過ちを犯している。

かつて、ラクーン・シティという、合衆国南西部にある森林に囲まれた小さな都市があった。
工場が郊外に建設されたことにより、初めは小さな田舎町でしかなかったラクーン市は、企業城下町へと飛躍的な発展を遂げることとなった。
アークレイ山地と呼ばれる山脈に面したラクーン市は、四方を山地に囲まれた山間部に位置しており、市外との交通手段はハイウェイ1本のみと企業城下町とは言え、交通インフラはお世辞にも整っているとは言えない人を拒む都市であった。
そんな陸の孤島で、ある日事件は起きた。

始まりは市井の人間による通報からだった。
それは次第に数を増し、そしてプツリと途絶えた。人の噂も何とやら、などという偶然では断じてない。交通の便もない地方都市に何故か揃えられていた精鋭達、ラクーン市警への連絡までも不可能となってしまったのである。

政府はラクーン市で何が行われているのか、早急に知らねばならなかった。
今から思えば早急に、などとその様な発想が出てくること自体、もう当時の時点であの『会社』と政府の暗部は繋がっていたのだろう。
そして調査員が十数名の犠牲を出しながらも持ちかえった映像の中に、我々は恐るべきものを見た。

人が死体となって、人を喰っていたのだ。

それを見た政府高官達の感想は――――――『使える』、であった。
彼等はそのウィルスの力を軍事利用しようと目論んだのである。
不老不死などという甘言に惑わされた者もいたらしい。
彼等はあの会社の研究結果を得るために、今後も研究活動が続けられるようにするために、あの会社が引き起こしたバイオハザードの隠蔽工作に手を貸したのである。
即ち、自国への核攻撃による、“消毒作戦”である。

当時はまだ大統領の席についてはいなかった自分だが、しかし隠蔽工作には手をかした。
いや、手をかしたどころではない。当事者だったのだ。
私はあの小都市で何が起きていたか、知っていたのだ。
“あれ”の危険性も。
兵器としての有用性も。
あの会社の残党達が、方々で同種の事件を起こしていたことも。
全部知っていたのだ。知っていて放置したのだ。むしろ、進んで隠蔽したのだ。
そこから生み出される利益を得るために。


「あの時の再来だとでもいうのか・・・・・・」


窓の下に見える我が国を見るがいい。
今まさに、あれの有機生命体兵器としての有用性が証明されているではないか。
大統領の胸中に、言いように表せない口惜しさが込み上げる。
そのまま、大統領は卓上へと込み上げて来たものをぶちまけた。
・・・・・・マホガニー調の執務机が、血の色に染まった。


「Resident Evil共め――――――!」


事実、吐き捨てて大統領は、卓上に備え付けれられている通信端末に認証キィを挿し込んだ。
核攻撃許可、及び二度目の消毒作戦の決行を指示する信号が、軍基地へと送信される。
直ぐに命令は行動に移されるだろう。
我らの、我らによる、我らのための世界を救うために。
正義は執行されるのだ――――――。

傘を開いたような赤と白のツートンカラーのマークが、吐き散らされた血によって黒く染まっていった。






■ □ ■






・・・・・・まぶしい。
まぶたに光を感じ、健人は眼を覚ました。
はっきりとしない意識の中、僅かに続く上下の揺れに身を任せる。
ここは車の中なのだろうか。


「よかった。起きたのね、上須賀くん」

「・・・・・・鞠川先生」


自分の名を呼ぶ声に眼を向けると、バックミラー越しに校医の――――――校医だった――――――鞠川静香と目が合う。
呆とした意識のまま立ち上がろうとする健人だったが、しかしそれは鞠川に止められた。
ミラー越しの目は優しく細められて、慈愛に溢れていたように思える。
彼女には失礼であるかもしれないが、健人には、もはや薄れて無くなってしまった母の記憶が鞠川に重なって見えた。


「まだ運転中なんだから、立ちあがっちゃだめ。それに、ほら」


ほら、と下げられた視線を追い、健人も自分の足元を見る。
するとそこには、健人の腿を枕に、涎を垂らしながら眠る冴子の姿が。
冴子は鞠川の友人宅台所で見た格好のまま。裸にエプロン一枚の格好だった。
眠気を覚ますように健人は目頭を揉みこみ、しばらくしてから言った。


「・・・・・・ああ、どうりで重いと思った」

「もう、だめよ。女の子に重いなんていっちゃあ」

「涎が染みて冷たいんですよ」


苦りきった健人の表情が面白いのか、まだ寝ていてもいいわよ、と鞠川はくすくすと笑った。
気まずさに窓の外を見やれば、流れる川面がすぐ近くに。川に並走しているようだ。
御別川を上流へとさかのぼっているのか。なるほど、と健人は頷いた。
上流に行けば水深も浅くなり、警察の警戒網も手薄になるだろう。
この車、ハンヴィーならば渡りきれるはず。
かすかに聞こえる寝息に耳を済ませれば、車内にメンバー全員の姿を確認できた。
ありす、と名乗った少女の姿もある。
どうやら全員、無事に脱出出来たようだ。
自分も含めて。


「毒島さんね、すごい剣幕だったのよ。誰もあなたに触るなって」


見た感じ怪我もなさそうだからよかったけど、と鞠川は続ける。


「でも安心した。上須賀くんって、なんだか他の皆と違うような気がしてたもの」
 

一瞬、健人が身を震わせたのに鞠川は気付かない。
健人は無意識に右腕を擦る。
やや窮屈な感触。制服の上から、大きめのダッフルコートを着せられているようだった。
両手には滑り止めの付いた皮のグローブが。
小室の付けている指抜きグローブと同種のフルグローブは、鞠川の友人宅から拝借してきたもののようだ。
ダッフルコートはあの民家からか。
首には裂かれた布が巻かれていた。見れば、冴子のエプロンの丈が短くなっている。これを刻んだのだろう。
流石に服の下の腕には包帯は巻かれてはいなかった。
とりあえずといった風の厚着による偽装だったが、恐らくはとっさに冴子が着せたものなのだろう。
季節感は全くない格好だった。


「無理もないわ。たった一日で世界中こんなになっちゃったんだもの。倒れちゃっても、少しもおかしくないんだから」


だから気にしないでね、との言に、健人は天井を仰ぎみて深く溜息を吐いた。
かわいい、とくすくす笑う声。
こいつはどんな説明をしたのやら、と健人は冴子を睨みつけた。
どうも鞠川は、健人が意識不明に陥ったのを、屈強な男が見せた弱みと解釈したようだ。
拗ねたように頭を掻く健人に母性本能をくすぐられているのだろう。ニコニコとした笑みを崩さず、慈愛溢れる目で健人を見つめていた。
ミラー越しに。


「さっきから蛇行してますけど、前見て運転してますか?」

「え・・・・・・あ、あらー?」


慌てたようにハンドルが切られ、ハンヴィーが傾く。
結構な横揺れ。
健人はガラスに頭をぶつけたが、誰も目を覚ますことはなかった。皆疲れ果てて、眠っているのだ。
ガラスは右隣に、冴子に押し込まれるようにして健人は席に着いていた。
これも気を使われたのか、と健人は思った。


「先生は休まなくても大丈夫ですか?」

「ありがとう。わたしは、ほら、ぐっすりだったから」

「ああ、なるほど・・・・・・」

「ち、ちがうのよ! 普段はあんなにだらしなくなんかしてないんだから!」

「ええ、解ってますよ、先生」

「むぅー! ぜったい解ってないー!」


苦笑しつつ、健人は目を閉じた。
眠気からではない。
まどろみに逃げるのは止めよう。
もういい加減、認めなくては。


「ぐ――――――っ」


喉奥に感じた違和感に咳をすると、吐き出されたのは血の塊だった。
半固体化しているドス黒い血の塊を見て、健人の意識は完全に覚醒する。

そうだ。
自分はあの夜、化け物と戦ったのだ。
そして後ろから――――――。


「どうしたの? 風邪ひいちゃったの? お熱計る?」

「い、いえ。大丈夫です」


動揺を車の振動で誤魔化して、健人は答えた。
吐き出した血で汚れた掌をズボンに擦り付ける。
どうせ血みどろなのだ。気付かれはしまい。

深く息を吐いて、シートに身を沈める。
膝元で冴子がううん、と呻き、寝がえりをうった。
エプロンからは形のいい乳房が零れおちていたが、健人には何の感想も抱けなかった。
何も考えられないまま、エプロンの裾を直して隠してやった。
今この時に健人の頭を占めていたのは、昨晩、自身の身体を付きぬけた刃物の冷たさと、熱さである。
くそ、と健人は誰にも悟られないよう、小さく悪態を吐いた。
喉は、舌も正常に動く。
一晩で全身の傷は完治してしまっているようだった。
手も足も、別段変わった様子はない。全ては元のまま、化け物のような右腕が、服の下で蠢いていた。
そう、元のまま。
浸食が進んだ様子はなかった。


「――――――いや」


違う。
それは見た目だけだ。
今健人が感じている纏わり付いて離れない不快感を表すならば、身体の内側を蛇が這いずるのに等しい。
首、脊髄から侵入した黒い蛇が脳髄の端に喰らい付く――――――そんな感覚。
身体を内側から喰い荒すつもりか。
明らかに、力の行使の代償だった。
右腕の力を使えば使うほど、自分は化け物に近付いていく。
そして、いずれは――――――。


「――――――何を、今更」


健人は自嘲的になることで絶望を誤魔化そうとした。
しかし、それは失敗した。
震える身体は、健人の内心を顕著に表していた。


「くそ、止まれよ、ちくしょ・・・・・・」

「あ・・・・・・けんと、く・・・・・・?」


膝の震えが冴子に伝わったようだ。薄らと彼女は目を開けた。
しかし覚醒には至らないようで、そのまま目を閉じてしまった。
所在なさ気に降ろされていた健人の右腕を、そっと握りながら。


「だいじょうぶ・・・・・・だいじょうぶだから・・・・・・わたしがそばにいるから・・・・・・」

「・・・・・・まだ早い。いいから寝てろ」

「うん――――――」


そのまま静かな寝息が聞こえ始めた。
寝ぼけていたのだろう、幼く聞こえた彼女の口調に、健人は微笑みながら顔に掛かる髪を避けてやった。
彼女が起きていたら、決して出来ないことだった。

思う。
いつか必ず、力を振るい続けなければならない時が来るだろう。
そして、自分は完全な<化け物>となってしまうのだ。
今は未だ“自分”だが、これからも自分が自分でいられる自身は、無い。
<奴ら>のように心を失い、人を襲い始めるかもしれない。
身も心も、<奴ら>よりも性質の悪い<化け物>に為り果ててしまうかもしれない。
生き抜いてやるとは誓った。
だが、健人が生きるには、人を捨てなければならない。
理由が必要だ、と健人は思った。これまで固持し続けてきた<人>を捨てるには、何か大きな理由がなくては、出来ない。
だが同時に、その時に彼等がどんな反応を示すのか、恐怖も抱いていた。
どうか、出来ればその瞬間には、後悔の無い選択をしたいと願う。
健人の手の震えは、いつの間にか止まっていた。






■ □ ■






「川くーだりー♪ 漕げ漕げ漕げよ、ボート漕げよー♪ らんらんらんらん川くーだりー♪」

「上手いな。将来は歌手になれたんじゃないのか?」

「えへへー、ありすえいごでもうたえるよ」

「すごいねぇ、唄ってみてよ」


歌に相の手を打ちながら、健人は笑った。後の相槌を入れたのは、平野である。
オーディエンスは男二人、歌手は希里ありす。
昨夜、健人と小室が救いだした少女だった。
うなされて飛び起きたありすを宥めるため、平野と共にハンヴィーの上部ハッチを開け、三人で横並びにルーフに腰を掛け座っていた。
日も昇り、朝。
一向を乗せたハンヴィーの、御別川上流渡航中の一幕である。


「Row,row,row your boat――――――」

「発音、上手いな。誰にならったんだ?」


言ってから、健人はしまったと口を噤んだ。
平野が額を押さえて、あちゃあとでも言いた気なジェスチャーをしていた。
誰に習ったか、など。両親に決まっているだろう。
両親のいない健人には、口にするまで考えが及ばなかったのである。
健人にいたのは、叔父ただ一人であったために。


「パパとママだよ!」


予想した通りの回答を、しかしにっこりと笑って答えたありす。
本当に強い子だ。そう健人は思った。
夜中、飛び起きる程の苦痛を感じているというのに、それを表に出そうとはしない。
健人は何も言えず、くしゃくしゃとありすの髪をかきまわした。


「・・・・・・そうか。いいパパとママだったんだな」

「うん! Row,row,row your boat――――――」

「上手いよなあ」

「ですねえ。よーし、じゃ、今度は替え歌だ」

「うん!」


今度は平野が唄いだす。


「Shoot,Shoot,Shoot your gun kill them all now!」

「きるぜむおーる!」

「はは、お前らしいや」


撃て撃て撃てよ、みんなぶっ殺せー。
バン! バン! バン! バン! あーたまんね!
――――――とでも訳されるか。
コータちゃんすごいー、というありすの声援に、ぬふ、と満足そうに鼻息を荒くする平野。
勢い二番曲目に突入しようかという所で、バン、とルーフを叩く音にそれは遮られた。
ハッチから身を乗り出してこちらを睨みつけるのは、双眼鏡で周囲を偵察していた、高城沙耶だ。


「そこのデブオタとネクラコンビ! 子供にろくでもない歌を教えるんじゃない!」

「は、はーい・・・・・・」

「ネクラって・・・・・・。俺一応年上なんだけど」

「何よ。ちょっと顔が怖いからって、イイ気になってるんじゃないわよ! 文句あるの?」

「ないっす」


頬を引きつらせながら首を振る健人。
美人が怒ると怖いという良い例だった。
改めて、こんな彼女に好意を抱いている――――――だろう、平野を尊敬する健人だった。


「俺のことはともかくとして、俺は元の歌よりも平野の替え歌の方が好きだな。
 人生はどう言い繕おうが、所詮は儚い夢物語さ――――――なんて、死にゃあ目が覚めるのかっつうの。
 今の俺達にはぴったりじゃないか。どっちもさ。なら俺はぶっ放す方がいいや」


Row,row,row your boat
Gently down the stream,
Merrily,merrily,merrily,merrily,
Life is but a dream. 

漕げ漕げ漕げよ、ボート漕げよ。
そうっと流れを下っていこうぜ。
楽しく楽しく楽しく、楽しくな。
――――――人生は夢なんだからさ。


「・・・・・・そうね。それだけは同意してあげる」

「あらら、俺嫌われてるのかと思ったけど」

「フン! 嫌いなのはその辛気臭い顔よ」


そのまま高城は車内に引っ込んでしまった。
平野がすごいですね、などと的外れな感想を言い、ありすはきょとんと首を傾げていた。


「みんな起きて! そろそろ渡りきっちゃう!」


鞠川の警告に、ありすを身体にしがみつかせる。
平野はどうするかと目を向ければ、グリップに手と足を掛けて身体を固定し、親指を立てていた。
これで中々、見た目に反し平野は逞しい。放っておいても大丈夫だろう。
衝撃と共にハンヴィーは上陸を果たす。
小室グループは道中<奴ら>に会うことも無く、御別川横断を成功させた。


「さ、ありす。おいで」

「うー・・・・・・ケントお兄ちゃん・・・・・・」

「どうした、ほら、早く」


岸辺にいち早く車上から飛び降りた健人は、平野の手を借り、ありすを降ろそうと手を広げる。
しかしありすは中々飛びつこうとはしなかった。
平野に抱えられるまま、スカートの裾を真っ赤になって押さえている。


「あの、あの、あの・・・・・・おぱんつ・・・・・・」

「・・・・・・ああ、そういうこと。パンツが見えるのが恥ずかしいのか。でもごめんな、危ないから、我慢してくれ。極力見ないようにするから」

「あ、先輩、ちょっと僕わかりました。ありすちゃんが言ってるのはそういう事じゃなくてですね」

「そうれ――――――っと」


平野の手からありすを半ば奪うようにして、抱き上げる。


「きゃあ!」

「――――――っ」


小さな悲鳴を上げて、ありすは健人の腕にしがみついた。
右腕に触れられ、反射的にバランスを崩す健人。
その拍子にアリスのスカートがハンヴィーの突起に掛かり、捲り上げられてしまった。
健人の眼前に曝け出された、ありすの素肌。
ありすははいてなかった。


「あう、あううー・・・・・・。み、見ちゃった?」

「・・・・・・見ちゃいました」

「もう! ケントお兄ちゃんたら、もう!」

「なんかもう、色々とごめん」

「はいはい、何やってるのよもう。これだから男子は・・・・・・」


呆れた、と眉間に皺を寄せて近付いて来たのは、先ほどまで小室の側にいた宮本麗。
当の小室はというと、昨夜ありすと共に連れ帰った子犬を抱き上げて元気だなあ、などと話しかけていた。
拾った子犬の名はジークにした。
ジークとは、米軍が名付けた零戦のアダ名である。
もちろん、思いついたのは平野だ。
小さくて元気で勇気があるこの子犬にぴったりだと、満場一致で決定された名だった。


「あたしたちも着替えるから、こっち見ないでよ!」


と、宮本は男子連中に言い放ち、背を向けた。
慌てて健人達も振りかえる。
三人はお互い見やって、どこか収まりが悪い微妙な笑みを浮かべた。
にやけ顔である。
こんな時に男がする反応は一つしかなかった。
後ろを伺う勇気など、欠片もなかったが。


「そうだ、小室はこれを使えよ」


思い出したように平野が小室へと差し出したのは、一丁のショットガン。
イサカ、と呼ばれるポンプアクションの銃である。
上部にはドットサイトが装着されていた。


「だから、使い方が分からないって・・・・・・。バットの方がましだよ」

「いや、バットは俺が貰おう。お前は平野の話を聞いとけ」


小室へと、平野はポンプアクションを作動させて見せる。


「これでショット・シェルが送り込まれた。あとはサイトとターゲットを合わせてトリガーを絞る。それで頭は吹っ飛ばせる。
 練習してないから近くの<奴ら>だけにしておいた方がいい」

「弾が無くなった時は?」

「こうするとこのゲートが開くから、こうやって押し込めばいい。普通は四発、薬室に一発こめたままでも五発しか入らないから気を付けて。
 それからこの銃はもう一つ特徴があって・・・・・・」

「一度に聞いたって分かんないよ」


仕方なさそうに小室は銃を抱え、平野から離れた。話はこれで終わりだ、という意思を態度で表していた。


「いざとなったら棍棒がわりにするさ」

「・・・・・・」


俯く平野。
健人は仕方ない、と肩をすくめた。


「口でどれだけ教えた所で、必要に駆られなければ覚えられないさ。銃は撃って覚えるもの。違うか?」

「・・・・・・はは、その通りですね、先輩」

「小室も、悪いと思ってるんなら戻ってこい。ただし、振り向かずにバックでな」

「う・・・・・・はい。ごめんな、平野」

「いいよ。使ってみないと分からないよね、やっぱり」

「そうだな。どうやったって使わざるを得ない事態になるさ。これから先、絶対に」


無意識に、拳が握られているのに気付く。
健人は天を仰いでゆっくりと指を解いていった。
背後では、どれにしようかなあ、サイズがないぃー、先生のそれ反則ですよ、などという声が聞こえてくる。
見るな、と言われれば意識してしまう訳で、健人達には衣擦れの音が余計に大きく聞こえるのだった。


「いやさ、気のせいじゃないんだけどなあ、これが。聞こえすぎだろ」

「どうしましたか? 先輩」

「いいや、何でも。それよりも見るななんて言われると、よけいに音が聞こえるよなあ。あ、いまホックを外した音がした」

「先輩、よく聞こえますねそんなの。でも、まあ、声とか色々聞こえちゃうってのは、否定できないっていうか」

「だろ? あといい加減先輩っていうのは止めようぜ。俺かあいつか解らなくなる。二人ともさ、俺のこと名前で呼んでもいいぜ。俺も好きに呼ぶから」

「でも」

「今更だろ。学校なんてもう無くなったんだ。それにこれから、年がどうとか、何の意味もなくなる」

「そう・・・・・・ですね。うん、解ったよ、健人さん」

「じゃあ、僕は健人先輩で」


前から順に、小室、平野である。


「ならばこれからは健人――――――くん、と呼ばせてもらっても」

「お前は駄目に決まってるだろうが馬鹿野郎」


ノ―タイムでアスク。
いつの間にか横に並んでいた冴子へと、最後まで台詞を言わせることなく間髪いれずに答えた健人。
つれないな、と肩を落とした冴子は恨みがましい目で健人をねめつけていた。


「なんだよその目は。俺が何かしたのか?」

「別に、何も。ただありのまま起こったことを話すと、私は上須賀君の膝を枕にして寝ていたと思ったらいつのまにか小室君に入れ替わっていた、というだけだ。
 何を言っているのか解らないと思うが、私も何をされたのか解らなかった。恥ずかしさと悔しさでどうにかなりそうだった。それだけだ。ああ、それだけだとも」

「お前、車の揺れで横倒れになったんだろうなー、とか思ってたら確信犯だったのかよ。いい加減にしろよコラ」

「解っている。女たるもの、慎みを持たねばな」


本当に解っているのだろうかこいつは、と疑問に思う健人だった。


「おにいちゃん!」

「うん?」


ありすの声に振り向けば、着替えの終った面々が。
もう大丈夫です、とスカートの端をひらひらとさせるアリス。もう下着を履いているというアピールなのだろう。
高城は胸元を開けたジャケットにスカートと、私服風にアレンジしていた。
鞠川はほとんど変わってはいない。サイズが合わなかったのだろう。長めの布を腰に巻き、スカートにしていた。
もちろん冴子も、健人達の元に現れた時には着替え終っていた。制服姿は変わらず、スカートをより動きやすいスリットの深いものへと変えていた。
足にはガーターベルトと黒のストッキングが。少し赤くなってスリットを引っ張るのは、大胆にし過ぎたと自覚しているからだろうか。
そして一番変貌を遂げていたのは、宮本だった。
健人達と同じく上下共に制服姿ではあった。しかし、身につけられていたものが重々しく異彩を放っている。
彼女は鞠川友人宅で発見した肘膝用のサポーターに、保持用のガンベルト。
そこに繋がっていたのは、Springfield M1A1スーパーマッチ。
物々しい格好を見て、小室達はあはは、と乾いた笑いを上げた。


「なに? 文句ある?」

「いや、似合ってるけど・・・・・・撃てるのか、それ?」

「平野君に教えてもらうし、いざとなったら槍代りに使うわ」

「それがいいだろうさ。俺も銃は使えるけれど、平野・・・・・・コータの方が教えるのに向いてる。で、どうよコータ」

「あ、使える使える使えます! それ軍用の銃剣装置ついてるし、銃剣もあるから!」


コータ指導の下、長い銃口の先端に銃剣を取りつける宮本。
そうして皆の戦闘準備は完了した。
・・・・・・その時は、皆誰もがそう思った。

男メンバー三人は一気に土手を駆け上がり、周囲を警戒する。
小室と平野は銃口を背中合わせに向け、二人を援護する形で健人はバットを構えた。
数日前の健人ならば、手の内にある鉄の棒に大きな安心感を抱いていただろう。
しかし、今の健人にとってバットなど飾りのようなものだ。綿棒にも等しい。


「クリア!」

「<奴らは>いない!」

「いっくわよー!」


小室の合図に従い、ハンヴィーは加速。
一気に土手を駆け上がり、アスファルトにタイヤ痕を残しながらドリフトし、停止した。


「なんでハンビーであんな動きができるんだ・・・・・・?」

「さあ、苔とかで滑った、とか? それよりも俺は先生が目を瞑ってたのが怖いよ・・・・・・」


残りのメンバーも土手を上がり、周囲を見渡す。
<奴ら>姿は無かった。
双眼鏡で周辺を警戒していた高城が、何をかを考え込むようにして言った。


「川で阻止できたわけじゃないみたいね」

「世界中が同じだとニュースで伝えていた」

「ニュース?」

「ああ、そうか上須賀君はテレビを見ていなかったな。そう、世界中が<奴ら>で溢れ返っていると報道されていたよ。
 パンデミック、というやつだそうだ」

「感染爆発か。世界中、同時に?」

「ああ、それも同じ日に」

「へぇ・・・・・・」


どうだかな、と健人は内心呟く。
同日に、という辺りが臭い。
死体が歩き回るという現象が、何かの感染症であるというのも確証は持てないが・・・・・・しかし、その線が最も確率が高いだろうか。
それは、<化け物>から蛇を感染させられた健人にとり、大いに実感できることである。
だが、もしこれが本当に感染であるのだとしたら。
同時多発的な発生など、有り得るのだろうか。
人為的なものではないのだろうか。
そこまで考え、健人は頭をふった。
よそう。
考えた所で無意味なのだ、こんな問題は。
現象に理由を求めるのは、安心を得たいがため。
こうなってしまった理由を確かめることなど、素人には不可能だ。
今考えるべきは、生存への方法である。


「でも、警察が残っていたらきっと」

「・・・・・・そうね。日本のお巡りさんは仕事熱心だから」


宮本の問いに応えた高城は明るい調子だったが、口を開くまでの寸瞬の間が、全てを表しているように健人は思えた。


「これからどうするの?」

「高城は東阪の二丁目だったよな?」

「そうよ」

「じゃ、一番近い、まず高城の家だ。だけど、あのさ・・・・・・」


言い淀む小室。
分かっている、と言った風に高城は目を伏せた。


「分かってるわ。期待はしてない。でも――――――」


それでも、望みは捨てたくはない。
言葉に出ることはなかったが、高城の想いは小室に伝わったようだ。


「もちろんだ! よし、行こう!」


小室の励ますような一声で、ハンヴィーは皆を乗せ、出発した。
目指すは東阪二丁目。高城宅である。
ここからならば、十分程度で到着するだろう。
エンジン音を耳にしながら、健人は座席のシートに浅く腰かけた。


「微笑ましいな」


他の座席も空いているというのに、健人に寄り添うよう隣に陣取った冴子が指したのは、ルーフに上がった小室と宮本。
朝日を浴びながら、二人で語らっているのだろう。
時折笑い声が漏れていた。


「なあ」

「なんだい?」

「これ、やってくれたのお前だろ?」


これ、と健人が掲げたのは、ダッフルコートの裾。


「ああ。安心してくれ、誰にも見られてはいないよ。それに、触れさせても。皆には君は寒がりの冷え性なのだと説明しておいた」

「・・・・・・まあ、いいか。大変だったろ、色々とさ。服着せたり、引きずっていったりさ」

「いいや。私は楽しかったぞ。とてもな」

「・・・・・・そらよかった」

「出来ればまた私に、服を着せさせてもらえないだろうか?」

「寝ろ。疲れてるんだよ、お前」

「残念だ・・・・・・」


残念そうに眉を寄せて引き下がる冴子。
誰も彼もが、良い意味でも悪い意味でもタガが外れかけてきているな、と健人は思った。
もちろん、自分もである。
窓の外を見る。
<奴ら>の姿は見えない。
夜が明けてから、まだ一度も<奴ら>に出くわしてはいなかった。
これが本当に夢なのではないかと錯覚してしまう程に。
そんなことはあり得ないと解っていながらも、幻想に縋りつかなければやってはいけない。
救いは必要だ。
逃避でもいい。
それらはあらゆる存在に必要不可欠なものなのだ。
人にとって、そして化け物にとってでさえも。
窓の外を見る。
<奴ら>の姿は、まだ見えない。
そして、昨日あれだけ飛びまわっていたヘリや、旅客機の影も、また。
静かだった。あまりにも静かだった。生者も、そして死者の気配も感じられない程に。
健人にはそれが、嵐の前の静けさに思えてならなかった。






■ □ ■






File6:ある研究員の日記

ようやく今日の勤務が終わったぜ。まったく毎日残業残業・・・・・・いい加減にしてもらいたいもんだ。
だがまあ、やりがいはあるさ。こんな研究は他じゃあ絶対できないからな。文句は言えねえ。
さ、今日の分の日記を書いて寝ないと。明日から監視と経過報告のシフトに入らなきゃならねえ。
・・・・・・記録開始時間に3分遅れた前任者がいたが、それから奴の姿を見た者はいない。
噂じゃあボスに直々に消されたとかなんとか。
それにしたって対象はあの被検体だ。手抜きは出来ない。

あの被検体は色々とおかしい。
ウロボロス・ウィルスに適応したものは、姿はそのままに、肉体、知能、あらゆる能力が強化されるはずだ。
だが、被検体に感染したウロボロスは浸食が進んでいる。間違いなくDNAは適応しているはずなのに。
なら考えられることは一つ。
あれはウロボロスが適応したのではなく、支配下におかれているってことだ。
ウロボロスは被検体の無意識を読みとって、忠実に姿を変えたってこと。そういうことだ。
とんでもねえや。
ウィルス研究者として垂涎の存在だね全く。

思えばTに始まる始祖ベースのウィルスは、その全てが宿主の意思を多少なりに反映する性質があった。
アシュフォードやモーフィアスが顕著な例だな。
クラウザーやサドラーといった変わり種もいたが・・・・・・あいつらは除外しておこう。
つまり、だ。
何が言いたいかっていうと、始祖ベースのウィルスは、宿主の意思――――――脳電位によって操作される性質があるってことだ。
タイラントが暴走状態に陥るのだってそうだ。
あれはウィルスがタイラントの生存本能、脳が発生する危険信号に反応したんだ。
そう考えると、ウィルスがまず初めに宿主の脳を破壊しに掛かるのも頷ける。
世界中にひしめき合ってるゾンビ共は、ウィルスのリーディングに耐えられなかった奴らってえ訳だ。

感染から、DNAの適応までが第一段階。
そして宿主の脳電位によって支配下に置かれ、安定状態に入るのが第二段階。
最後に、宿主の意思によって自在に機能を変えていく進化の段階、第三段階。

第一段階が全てだとされていたこれまでの研究者にとって、第二段階以降の可能性の示唆は飛躍的なブレイクスルーだった。
もちろん全ての感染者がそうじゃないことから、ウィルスが反応する脳電位パターンがある、ってえことは誰にも想像がついたことだ。
今回の実験は優秀なDNAを持つものを見出すためのふるいと、脳電位の適応パターンを探り出すって側面もあったわけだ、これが。

結果は上々。
パターンの特定にまでは至らないが、ウィルスの暴走を抑制することには成功した。
薬剤のフルコースから解放されて、ボスだって大喜びだ。
直々に被検体に接触するプランまで立ててるっていうんだから、その入れ込みっぷりといったらもう、貴重なサンプルへの執着じゃあ説明付かないかもな。
この前もボスに報告に行った時、チャイムを何回もならしたってのに気付かず、真っ暗な部屋の中で被検体の動画データを見ては喉の奥をならしてたんだぜ。
あの鋼鉄の塊のような男がだよ。
その時は恐ろしくなって逃げちまったが、数時間後に報告があったと思いだして戻ったら、まだPCの前に座っててさ。
いやあもう、恐ろしいったらなんの。
ありゃあきっと、俺みたいな小物にゃあ考えもつかないようなトンデモねえ計画を立てていたに違いねえ。
世界中に改良型のTをばら撒くようなお人だからなあ。
ま、あのボスにああまでさせる被検体が特殊ってことだな。
なんてったって、脳電位特殊適応型。
流石は最後のウェスカーだ。

――――――おっと、ここまでにしておこう。
未確認の情報は価値がない。
噂を信じちゃあいけないな。うん。科学者として
プライベートスペースでの書き込みだが、どこに目があるか解らねえしよ。
王様の耳はロバの耳ー。
ウェスカー計画なんて存在しないのさー。
ただの噂なんだぜー、っと。

それじゃあ、今日の日記終わり。
おやすみなさい。

――――――しっかし先週ボスがここから、わざわざ一般の郵便網で送りだした小包。
保安検査に引っ掛からないよう処理はしてあったようだが、ありゃあ一体なんだったんだ?













File追加。
さて、9/12日追記分です。

バイオ新作映画見て来ました!
極力ネタバレ無しのレビュー、というか感想を書き記したいと思います。
みんな楽しみにしてたでしょ? しょ?

さて、前に散々言っていたお色気シーンですが、ありませんでした。
シリーズ通してのお約束なのかなーとも思っていましたが、そうではなかったようです。
しかし身体の線がモロに出る服とか、激しいアクションシーンで動く足の流線美とか、迸るエロスは隠せず。
飛び出すアクションはもうすばらしく格好よかったです!
しかし映画館によっては使ってるシステムの種類によって、飛び出し度が違うみたいですね。
当たり外れがあるのだとか。

さておき、内容について。
事前情報で公式に発表されていたキャラクター。
クレア&クリス兄妹が登場しました! 
何このイケメン、すげえカッコイイ! クリスかっこいい!
でもジェイルブレイク出来ずにしょんぼりしていた登場シーンでは笑ってしまいましたw
ゲーム版通しての彼の性格である、ちょっと間抜けなクリスが完全再現されてます。大変満足しました。
クレアも大変に格好よろしく、ゲーム版の清楚な感じではなくワイルドになっていますが、それはそれで楽しめました。
今作は全編通してバイオハザード5のネタが随所にちりばめられ、ゲーム版をプレイした人にはおおっと思う所ばかり。
いやあ、ファンサービスはすごかったですね。
バイオシリーズのキャラクターが好きな人は是非見るべき作品です!

・・・・・・ウェスカーファン以外はね。
ほんともう、なんだ、この感覚は。
うん、なんて言えばいいんだろう。
その、なんだ?
顔はまあいいよ許容範囲さ。ゲームの完全再現なんか不可能だよ。
でも、何か生やすのは止めてください本当に。
ストーリーもさあ・・・・・・。
これ以上は書けないっす。
・・・・・・察して下さい。

いや面白かったよ?
クリスに負けず劣らないウェスカーのちょっと抜けた所が発揮されてて、もうニヤニヤしっぱなしだったんですよ。
序盤だけは。

とりあえず、見に行く予定がある人。
映画が終わってエンドクレジットが始まっても席は立たない方がいいですよ。
次回への予告? みたいな示唆がされるシーンがあります。
あー、ジルはこう出てくるのかーって。
うん、女性陣が総じて格好いい作品ですねバイオは。
しかしウェスカーは・・・・・・。
どうしてこうなった・・・・・・。

長々と申し訳ないです。
吐き出さずにはいられませんでした。
それではまた。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:7 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/10/05 02:11
ハンヴィーが巨体に相応しいエンジン音を吹かしながら、町の中を行く。
昨日までは人々の団欒の声で賑わっていたはずの町は、今は静かに潜まり返って、不気味だった。
これだけ派手にエンジン音を立てているというのに、奴らの姿は一体も見えない。
あけられたハッチからルーフに出ていた小室と宮本の、それを喜ぶような声が聞こえた。
「微笑ましいな」思わず口をついた言葉に、「そうだな」と低く、それでいて良く透る返答があった。
嫌っているのだろうに、自分の独言に付き合ってくれた彼の人柄を想い、冴子は頬が緩むのを止められなかった。「微笑ましいな、本当に」もう一度口を突いた言葉に、「ああ、そうだな」と、またもう一度返答があった。


「上須賀君」

「何だよ」

「君は優しいな」

「・・・・・・何なんだよ、本当に」

「いいや、何でもないさ」

「何でもないなら寝てやがれ」


気のない返事を返し、それきり窓の外へと顔を向けてしまった彼の体温を右隣に感じながら、冴子は静かに目を閉じた。
眠気は無い。これは癖のようなものだ。
一刀をして我、我をして一刀。
自らが剣であるというのならば、これは剣を鍛えるのに等しいだろうか。
言ってしまえば何も珍しくはない、唯の瞑想なのだが。
不覚にも昨晩は動揺してしまい、今朝になるまで集中を欠いていたが、今後、油断を晒すのはまだしも、覚悟まで放り出してはならない。常在戦場の心持ちでいなければ、生き残れないだろう。
深く己の内に潜り、自らを見つめ直す。
・・・・・・おぞましいものが見えた。
未熟な身では一刀如意の境地には至れずも、刀を打つ事は止めてはならない。それは解っているが、だが、こんな邪念によって振られる刃など――――――。

その時になって初めて、冴子は自らの手が小さく震えていたことを自覚した。
よせ、震えるな私の手よ、止まれ。
両手を握りしめ、震えを止めようとしたが、効果はない。
段差を乗り越えたハンヴィーの揺れに任せるよう、彼に僅かにもたれかかる。彼はちらりと視線を向けたが、そのまま何も問わず、また窓の外を何とは無しに見つめていた。
自嘲に頬が釣り上がりそうだった。
今、自分は、縋ったのだ。
同じ醜さを抱える身として、彼を引き合いに出したのだ。
彼をして、自分はまだマシだなどとでも思いたかったのか。何と浅ましい女よ。程があるだろう。
自分など想像にも及ばぬほどに、それこそ、彼の苦しみは想像を絶するものだというのに。
いったい彼はどれ程の絶望を抱えているのだろうか。冴子は昨晩の記憶に耽る。

あの時、民家に一番に踏み入って見たものは、自身の流したドス黒い血溜まりに沈む彼と、滅茶苦茶に崩れた壁。そして、獣に襲われたかのように引きちぎられた、民家の住人達の死体だった。
こんな短時間で、この場で一体何が行われていたのか、それは解らなかった。
だが駆け寄って彼の体を改めれば、おおよそは想像が付いた。
深い刺し傷。
後ろから刃渡りの浅い刃物によって、おそらくは包丁を物干し竿にでも括り付けたのだろうか、貫通力を増した獲物で滅多突きにされていた。
喉は、真後ろから喉仏までが真一門に裂かれていた。先端から鈍い刃が覗いていたのは、引き戻す際、脊髄に引っかかって折れたのだろう。
交戦の形跡だろうか。ならばこの家族は、彼が――――――。
いいや、違う。戦いの最中、彼が背中に不覚傷を負うなど考えられない。
全く注意を払っていなかったのだろう。そして、刺されたのだ。

倒れ臥す彼の姿に、天地が失われたような感覚がした。
だが、体は動く。
玄関に奴らが殺到する気配と物音が聞こえた。それに合わせ、小室達の叫び声と、銃声も。退路が絶たれたが、むしろ都合が良いと思った。これならば、誰の目に付く心配はない。
彼の体を担ぎ上げる。バラバラと破片が崩れて落ちた。凝固の始まった血液だった。粘性の高い血液が、流れ出てすぐに固まるなど、ありえなかった。しかし、奇妙さと同時に希望が湧く。これならば、問題はないかもしれない。
寝室に当たりを付けて、引きずり込む。
ベッドに仰向けに寝かせ、電気を付けた。
そこで努めて見まいとしていたそれが、白日の――――――白色灯の下に晒された。
その瞬間に、喉元にまで出かかった悲鳴を呑み込んだ自分を、冴子は誉め讃えてやりたかった。
たった半日であるとはいえ、世界が壊れ、人の醜さ、おぞましさを少しは知ったと思っていた。元より、それらと自分とは長い付き合いである。
だが、そんなものは所詮人が元来持った性である。
これは、それらとは全く隔絶している。次元の違う異物だ。
邪悪が、相応しい異形となって顕現したのならば、このような造形になるのだろう。
視覚から圧し固めた悪意がずるりと入り込むような、そんな感覚。

不意に背を叩かれ、慌てて木刀を向ける。だが、背後には何者も居なかった。知らず、後ずさりをして、壁にぶつかってしまったのか。
馬鹿な。頭を振って、建人の腕を取ろうと近付く。しかし手は固まったようにして動かなかった。蠢く建人の右腕に触れることを、本能が拒絶したのだ。
それを生理的嫌悪という。
冴子の本能は、彼を別種の敵性生物であると捉えたのだ。


「・・・・・・ふざけるな。私は毒島の娘。傷ついた男に手を差し伸べずして、何が女か!」


己に喝。
黒い蛇が寄り集まったような異形を掴む。
それは思ったよりも弾力があり、太いゴムのような感触だった。
確か、建人はこれに手袋をはめて隠していたか。
エプロンのポケットから、鞠川の友人宅から拝借した皮手袋を取り出す。
異形の右腕は冴子の行動に呼応したかのように収縮し、人型へと落ち着いた。
「いい子だ」そう言って表面を撫でれば、波打つ反応が。正直に言えば触れるのには無理をしていたが、これも彼の一部だと思えば、可愛さも感じた。
何とか右腕に皮手袋を付けさせ、彼の腰に巻き付けてあった制服を着せる。
何か役立つものはと寝室のクローゼットを開ければ、クリーニングのビニルに包まれたままの、サイズの大きなダッフルコートが。これも建人に着せた。まだ肌寒いが、この季節にこれだけの厚着は不自然だろうか。いや、たかが厚着だ、いくらでも誤魔化しは利く。首元はエプロンの裾を裂いて簡易包帯とし、それを巻き付けた。
大急ぎで建人の外見を取り付くろった冴子の耳に、異音が聞こえた。
玄関に殺到した奴らによって、家屋全体が軋んでいるのだ。
致し方無し。冴子は建人を抱え、窓を破って外に飛び出した。立地上、この家屋の正面に<奴ら>は集まるしかなく、左右は手薄のはず。
目論見通り、<奴ら>のいない空白地帯に冴子達は墜落した。ガラスで肌を切らなかったのは、幸運と言う他はない。
気絶していた建人は受け身を取れなかったが、これも問題はないだろう。下が柔らかい土壌だったこともある。
何せ、服を着せている間に、あれだけの刺し傷がもう塞がりつつあったのだ。致命傷のはずが、見る間に回復していく光景にまた驚愕を覚えた。これならば、夜が明ければ全ての傷は完治してしまっていることだろう。
平野の援護を受けながら包囲を抜けた二人は、急ぎハンヴィーに飛び乗った。


「た、大変! 上須賀くん、怪我してるの!?」

「いいえ、よほど怖い目に会ったのでしょう。眠っているだけです」

「でも・・・・・・」

「触るな! 誰も彼に触るんじゃない! 彼のことは私に任せて頂きたい! 先生、どうか運転に集中を」


冴子の剣幕に、身を乗り出そうとしていた鞠川は面食らって引っ込んだ。
どちらにしろ、今は治療など出来ない。
プロと言えど、確認しなければ負傷の度合いも解らないだろう。ましてや、元より血みどろだったのだ。
バックミラー越しに小室と救い出された少女の様子を確認し、鞠川はハンドルを握って、アクセルを吹かした。


「その、上須賀くん、汗かいてるように見えるんだけども、そんな厚着は・・・・・・」

「大丈夫です。実は彼は、極度の寒がりなのです」

「寒がりって・・・・・・そうなの?」

「そうなのです。彼が噛まれていないことは私が保証します。ご安心を」

「ならいいんだけど」


どこか釈然としない様子ながら、鞠川はアクセルを踏み込んだ。
つい先程まで仄かな明かりを湛えていた部屋が遠くなり、曲がり角の向こうに消えた――――――。


「――――――そういえば」


唐突に虚空に投げられた建人の問いに、冴子は現在に復帰する。


「このメンバーの目的って、家族の無事の確認・・・・・・でいいんだよな? それで、一番近い高城の家から順に回って行くことになったと」

「ええ、そうよ」


「いまのところは」と、高城が強気な声で答えた。


「別に近さで決まっただけだから、あんたの家族の所在が近いのなら、小室達と相談してそっちから先に回ってもいいわ」

「いや、俺に家族はいないから、いいよ」

「え・・・・・・」


あっさりとした健人に、流石の高城も言葉を失う。
プライドの高い高城のことだ。どう言ったらいいものか、解らないのだろう。
そんな高城の様子に、「今更だろ」と健人は苦笑した。


「小さかった時の事だから、もう覚えちゃいないよ。まだ世界がこんなになる前に別れを済ませられたんだ。マシな方だろ?」


ちら、と健人は後部座席に座っているありすに視線を向けつつ言った。
ありすはジークと遊ぶのに夢中なようで、こちらの話は聞こえてはいないようだった。
天才的な頭脳を持つ高城は、別段他人の感情が解らないというわけではない。
それだけで理解したようで、「そうね、今更よね」と、納得したように頷いた。


「それに天外孤独、って訳でもなかったさ。俺には叔父さんがいたからな」

「おお! あの元特殊部隊隊長の!」

「お、おう。喰い付きがいいな。コータのとこと同じで海外にいるんだけど、まあ、あの人は大丈夫だろ。やられてるイメージが全く浮かばない」

「おおー! 鋼の男だー!」

「俺も子供のころは、この人実は人間じゃなくてターミネーターか何かじゃないかって思ってたからな。ロケラン打ち込まれたってケロッとしてるに違いない」

「溶鉱炉の中に落とされても?」

「煮えたぎった溶岩の中に放りこまれても」

「すげぇ、流石はエリートソルジャー! I'll be back!」

「あいるびーばっく!」


ありすがシメ、平野と健人は二人してニヤニヤと笑う。
女性陣はまたか、と呆れ気味の表情だった。


「そうか。上須賀君は、叔父さんのことを信じているのだな」

「ああ。信じてるなんてとんでもない。あの人は俺の神様だよ」

「あ・・・・・・」

「どうした?」

「い、いや。何でもない」


かつて、これほどまでの笑顔を彼から向けられたことがあるだろうか。
彼が自分に向けるのは、苦り切った表情しかなかったように思える。
初めて見た健人の頬笑みを、何故か真っ直ぐに見返すことが出来ず、冴子はエプロンの裾を握りながら俯いた。


「でも、そうだな。目的地に急いでいないならいいか。お願いしたいことがあるんですけど。先生」

「なあに? どこかに行きたいの?」

「いえ、そこの交差点を左に曲がって、少し行った所の郵便局に停めてほしいんです」

「んー、ルート的にはそんなに距離も変わらないからいいけど・・・・・・。どうしたの?」

「いえね、この辺り、俺が住んでるマンションがありまして。実は昨日、俺の誕生日だったんですよ。
 毎年誕生日には、その郵便局に叔父さんからエアメールが送られてくるんです」


「恥ずかしいですけれど、誕生日プレゼントってやつです」と、そう少し赤くなって頬を掻く健人に、鞠川は目を輝かせた。


「まっかせて! 丁度二丁目に行く途中だし、大丈夫よ」

「ありがとうございます。いいかな、高城?」

「だから、別にって言ってるでしょ、もう」

「ありがとう。小室達に言ってくるよ」


喜色を隠しきれず、浮ついた足取りでハッチに昇る健人。
誕生日の件も本当は皆に合わせるため、隠していたに違いない。
健人が素朴で謙虚な少年なのだと気付いた女性陣は、ありすまでもくすくすと笑っていた。
彼は本当に叔父を愛しているのだろう。
そして、彼の叔父もまた、健人を大事に思っているのだろう。
冴子は頭上から聞こえる叔父を語る健人の声を聞きながら、少しだけ彼の叔父のことが羨ましくなった。






■ □ ■






「・・・・・・あんたの叔父さんって、何者?」


頬を引きつらせながら高城が健人に聞いたのは、道中にあった郵便局へと立ち寄り、配達棚から健人宛ての小包を発見しその中身を検めた時だった。
この目付きの悪い男がくまのぬいぐるみでも貰うのか、などと興味本位で覗きこんだ高城だったが、盛大に冷や汗を流すことになった。
小包は国際郵送で届けられていて、段ボール箱に数点に小分けされていた。全部で計4つある小包は、そのどれもがずしりと重い。
中身は何だと封を開けて見れば、そこにはジェラルミンのケースが。
海外郵送とジェラルミンケースという組み合わせに嫌な予感がした高城だったが、好奇心には勝てず、慣れた手つきで健人がダイヤルを回すのを待つ。
ロックが外され、蓋が開けられると、其処に収められていたのは、分解された何かのパーツ。
この独特の形状は、紛れもなく、拳銃だった。
3つのケースには、それぞれ特徴のあるフレームとパーツが。
残る一つのケースには、グリップの基部が二丁分。そして実包が収められていた。


「鞠川先生の友達さんみたいなもんだと思ってもらうしか」

「あんたね、これ国際郵便よ? 実包まで入ってるじゃないの」

「んー、この前メールで日本に居るとたまに実銃が撃ちたくなる、って書いたんだけど、それを真に受けたみたいだな。ちょっと天然入ってるからなあ、叔父さん。
 マジに送ってきちゃったか。へえ、このケース、特殊処理がされてるのか。中身が別の画像にすり変わるようになってるみたいだ」

「・・・・・・もういいわ。目的の物は見付けたんでしょ。じゃあさっさと行きましょ」

「そうしよう」

「ちょっと! 全部持っていきなさいよ!」


高城が眉根を寄せたのは、健人がケースの半分を床に置いたままにしたからである。
肩をすくめながら、健人は仕方が無いだろうとでも言いた気にしていた。


「好きな組み合わせにして、後は捨てろって手紙にも書いてあったし」

「いや、だからあんたそれ、一丁分しか持っていってないじゃないの!」

「二丁拳銃にしろってか。無理があるだろ。ニューヨークリロードしようにもそれぞれがカスタム銃だから癖が強くて扱えないし。
 でも、そうだな。捨てるのはもったいない、か。コータ、残りいるか?」

「ええっ! くれるんですか!」

「いいよ。ただし弾は一発だけな。もしもの時のために持っておくといい」

「もしもの時って・・・・・・」


こめかみに指で作った銃をあて、ばあん、と弾く真似。
そのジェスチャーで平野は全て理解したようだった。
平野はありがとうございます、と最初は神妙な様子で健人から残りのケースを受け取ったが、次第にテンションが上がり、歯止めが利かなくなっていったようだった。


「ベレッタM92Fをベースにしてるのか。弾薬は9mmパラベラム・・・・・・そうか、携行と調達を考慮してあるんだな。
 フレームを見る限りじゃあSMG共通の強装弾が使用可能。耐久性もばっちりだ。きっと三千発撃ったって命中精度はそう変わらない。
 スライドロックはブリガーディアスタイル。グリップはラバーと木製のハイブリット・カスタムか。
 装弾数も、サイトも、重量だって全部がフルカスタマイズされてる。ベースはベレッタだけど、市販パーツの組み合わせじゃあ絶対再現できないぞ、これ。
 こっちのケースは銃撃戦を重視したモデルで、こっちは精密作業に邪魔にならないよう、取り回しを良くしてあるのか。
 凄いぞ! 特殊部隊仕様じゃないか! マジパネェっす!」

「・・・・・・なんていうか、俺も訓練は受けたけど、お前には負けるよ」

「健人先輩はどんなモデルを選んだんですか!」

「お、落ち着けよ。俺はこれ、この銀色のを選んだよ」

「このフレームはぁ! この質感、輝き・・・・・・超鋼ジュラルミンか! 拡張パーツの装着に重点を置いたんだな。
 レーザーとフラッシュライトを兼ねたモジュール装着用レールの、一体型フレーム。
 スクエアタイプトリガーガードに、ビーバーテイル、チェッカリングされたグリップ、サイレンサーまで! 
 フレームマウントタイプの大容量型。ワンタッチ脱着で操作性を増してるのか。もう超豪華仕様じゃないっすか!」

「見た目に反して隠密作戦用にカスタマイズされたモデルじゃないかと思うんだ。突入しなきゃならないシチュも視野に入れると、使うにはこれがベストだろう。
 それに、何て言うか、俺にはこれが一番しっくりきたんだ」


「だから他のはいいや」と、健人はハンヴィーに戻りつつ、座席に座って早速組上げを開始した。工具はケースの中に収められていた物を使用する。
エンジンが掛かり、再び出発。
もう直ぐに二丁目に入る頃か。
座席の後ろから、ありすが興味深げに健人の手元を覗き込んだ。
構わず健人は組上げを急ぐ。


「――――――サムライエッジ、か」


数十秒と掛からず完成した、あらゆる潜入作戦に足る機能を備えた、美しい銀銃。
銀のフレームを指で撫でながら、健人は同封されていた叔父の手紙に記されていた、この銃の銘を呟いた。
暗がりに身を潜める狼を連想させる造型美を手に、サイティングを確認。歪みはなし。次いで、弾層内に弾薬を込める作業に入る。
本来、こんな車内で銃器の組上げを始めるのは非常識だ。
だが誰も、平野でさえそれを咎めることはしなかった。
皆感じていたのだ。
――――――自分達はもう、<奴ら>のすぐ側にまで来ているのだと。
そしてそれが事実であったと、これより数分の後に知るのであった。






■ □ ■






File7:執務室に置き忘れてあった手帳。


勝ったぞクリィィィス!
見たか、ケントは私の銃を選んだぞ。
もっとも優れた銃として、私が考案したカスタマイズを選んだのだ。
二つの選択肢を与えたというのに、たった一つ、私の銃だけを選んだのだ!
優れたDNAを持つ者は、やはり優れた観察眼を持っているという事だ。
これは即ち、奴らよりも私が優れているという証明に他ならない。
素晴らしいぞ、ケント。よくぞここまで育った。
流石は我が名を継ぐ者だ。

しかし、本当に扱い易く育ったものだ。
子供というのは単純で愚かな存在だな。
ああして簡単に物に釣られ、何の疑いもなく忠誠心を高めている。単純極まる思考回路だ。
毎年毎年、誕生日プレゼントを貰っては飽きもせず一喜一憂する様は、見ていて滑稽だった。
今年は一体どのような喜び様を見せるのか、それを想像するだけで私の加虐心は満たされる。
想像に歯止めがきかず、ついつい買いすぎてしまうこともあった。
結局全て押し付けることになったのだが、その時も何も考えずに笑っていたか。
私の自己満足のためだけの行為と知らず、今もまた喜んでいるのだろう。
仕方の無い子供だ。まったく。

気まぐれに送ってやった銃も、唯のおまけに過ぎないとも知らず。
今まで私が、お前の誕生日プレゼントを当日に渡せなかった事があっただろうか。
一度も無かったはずだ。
ちゃんと記録してある。それを受け取ったお前がどのような反応をしたのかも、逐一逃さずに。
そう、第二ウロボロス計画の発動は、お前が産まれた日こそが相応しい。
その日こそ、真にお前が産まれた日とするために。
私の手によりお前は産まれ変ったのだ。
私はお前の父となり、お前は名実ともにウェスカーとして産まれ落ちたのだ。
素晴らしい記念日ではないか、ケント・ウェスカーよ!
我々による新たな秩序が築かれる日も近い。

さて、忘れてはならないのが、忠誠には報いてやらねばならんということだ。
あいつのことだ。固定観念に囚われ、人を超越した肉体に苦悩していることだろう。
何とも愚かしいことだ。私が直接出向いて、手ずから教育してやろうではないか。
待っているがいい、ケント。
お前がどんな顔をするか、楽しみだ――――――。




――――――追記する。
数時間前、BSAAのとある隊員の潜入破壊行動によって、研究プラントが潰された。
本部の場所が割れるまであと一歩の所だった。
とある、などと、決まっている。
クリス・レッドフィールド、奴だ。
私の生存を知られることはなかったからいいものを、それでも大打撃を受けたことに変わりはない。
事後処理でここにしばらくは缶詰にされる事が決まった。
おのれ、クリス・・・・・・。
貴様は何処までも私の邪魔をするのか・・・・・・。












File追加。
しかし泣かず飛ばずだなあ、今回のは。
こう、自覚のない親馬鹿さんを書きたかったのに。完全に失敗した。
自信がないので修正新版とは差し替えず、このまま下げておこうと思います。
すみません。

そして早速喰い付いて来たリンクスがいて吹いたw
とりあえず孝は水に沈めておきます。


以下旧後書きです。

映画のショックが癒えないので、短めながら次話を投稿。
例のごとくFileはもう少し待ってくださいませ。

さて、一話毎の尺が解らないです。
どこからどこまでを書くべきか、区切りを見失ってしまい・・・・・・。
漫画の一話毎に書いていこうかなー、と思いつつ無理だと思いなおしました。
我ながら描写がくどすぎるなあ。
もっとさっくり書かないと、読み手も書き手もすごく負担になってしまいますね。
場面変更とか、次のシーンへのつなぎとか、解り易く短く書けたらいいのに。うむむ。
情報のまとめ能力がないのかしら。

PS.
ipad買っちゃったぜひゃっふー!
バイオ4面白いよ面白いよバイオ4。
そういえば映画にシリーズ最強の主人公だと名高いレオンさんは出てこなかったなあ。

そしてオリジナル板の方のを書く気力が全く起きない。
なぜだー。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:8 (File追加、お知らせ)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/10/05 02:12

初めは一体、ニ体。
二丁目に近付くにつれ、明らかに倍増していく<奴ら>の数。
今やハンヴィーは奴らの群の中を突っ切っていた。


「理由が・・・・・・何か理由があるはずよ!」


宮本の叫びに同意する。
進行方向に奴らが群をなしていたということは、ハンヴィーのエンジン音ではなく、別の要因に集められていたということだ。
二丁目に何かがある。誰もがそう思った。高城は気丈にふるまってはいたが、顔色は蒼白だった。
これだけの数だ。外に出ていちいち戦ってなどいられない。
このまま振り切るしかなかった。二丁目に何があるのか、それを確かめるためにも。


「だめよ、だめ・・・・・・停めてぇぇ!」

「え?」

「ワイヤーが張られている! 車体を横に向けろ!」

「駄目だ、間に合わない! コータ! しっかりありすを抱えてろ!」


急転回したハンヴィーの横腹に鋼鉄のワイヤーが食い込む。
強化ガラスの窓に顔面を押しつけられながら、建人は外の様子を伺った。
車体とワイヤーに挟まれ、細切れにされていく<奴ら>。窓ガラスにこびり付く血肉を見せぬよう、コータがありすを抱え込んでいたが、少しばかり遅かったようだ。眼をきつく瞑るありすは、その光景を見ないようにしていたというより、忘れようとしているように見えた。
だがガラス越しではなく、これから嫌でも、その眼に直に焼き付けられることになるだろう。


「先生! タイヤがロックしてます! ブレーキ放して少しだけアクセルを踏んで!」

「え? ええ!」

「先生ッ! 前っ、前っ!」

「ひえええっ、あたしこういうキャラじゃないのに!」

「車体が軋む! ガラスは!」

「大丈夫だ、割れていない!」


流石は軍用車。強化ガラスはびくともせず、罅一つ入った様子はない。
だがこのワイヤーの強度もどうだ。結構な速度で突入したというのに、綻び一つない。
外からの侵入者を拒むよう、編み込まれた構造が衝撃を吸収したのだ。
正面からでは単純な平面構造にしか見えないが、その実、蜘蛛の巣を重ねた様な立体構造となっていた。ご丁寧に、地面に巨大なペグを打って端を固定してある。これでは下をくぐり抜けることも難しいだろう。
車留めのワイヤートラップ、というよりも、奴ら対策。対人防御柵だった。
間違いなく、何者かの手によるもの。
これだけ強固な網だ、独力での仕業とは考え難い。
ならばこれを仕掛けたのは、組織だって動いている、動けている者達に違いない。
たった一日でここまでの行動力を示せる組織とは、一体・・・・・・。


「宮本が落ちたぞ!」


窓の外、転がり落ちた宮本の姿を認め、建人の思考は分断された。
慣性の勢いは確実に削がれてしまった。ハンヴィーの突破力は失われ、こうなってしまっては鉄の棺桶同然である。
負傷者一名。背中を打って、動けずにいる。健人の座席は右側、ワイヤー側にある。助けに入るには逆側の座席から出るか、ハンヴィーの上から飛び出すしかない。小室のように。
飛び降りた小室はショットガンを構え、引き金を絞った。
初弾は外したものの、平野の激を受けて次弾。数体の<奴ら>の上半身がまとめて吹き飛んだ。
初めて手にした火器の強大さに眼を剥いた小室だったが、それでも再現なく群がる奴らに何時まで通用するかは解らない。
足を止めて撃つしかないのでは、いずれ喰い潰されるだろう。
自力で動けない人間とは、とても重いのだ。
数十キロの重りを抱えて行動せねばならないと考えると、それが女性であったとしても変わりはなかった。
小室は宮本を動かすことが出来ず、その場に立ち止まりショットガンを構えた。
この場で戦うこと。それしかない。
ワイヤーを越えようとしても、後ろから引きずり込まれて終いだろう。
ハンヴィーに残っているメンバーは、最悪車を乗り捨てワイヤーを飛び越えればいいのだが、小室達を見捨て逃げようなどという考えを持った者は、ここには誰もいなかった。
救出には、生存するためにも、もはや交戦しかなかった。


「ひょぉっ、最高!」

「コータ、孝のフォローを。あの調子だ、すぐに痛い目を見る」

「上須賀君! 私達も出るぞ!」

「解ってる!」


冴子と共に車外へ飛び出すと同時、撃発音。
健人が言わずともいち早くルーフに身を乗り出していた平野が、銃撃を開始する。
案の定、小室はリロードに手間取っていた。
撃つだけなら簡単だが、弾込めには銃の機構に対する理解と知識が必要なのだ。


「聞いてりゃよかった平野式ってな。撃って覚えるだけじゃ駄目か」


戦意に漲る右腕を握り締めながら、建人は左手に銀のサムライエッジを構えた。
左右どちらでも銃を扱えるように訓練は受けている。
空いた右には宮本から譲り受けた伸縮式の警棒を持ち、CQCの構えを執った。もちろん、その構えが大たる効果を発揮する捕縛行動など端から考えてなどいない。
短刀術は健人が学んだ武技には含まれてはいなかった。
警棒は偽装でしかない。冴子の持つ木刀のような長物でもない限り、人間の頭部を砕くことは出来ない。粉砕ではなく、陥没による内部破壊を狙っての装備だった。それもやりすぎには十分に留意しなくてはならない。あくまで、良く鍛えられた人間の範疇での打撃力しか発揮できず、そして噛みつかれたのならばここから去るしかないのだ。銃撃による遠距離戦が基本となる。
セイフティを外しながら、健人はサムライエッジを構えた。
この距離だ、サイトを覗くまでもない。


「辻斬り! 一匹そっち行ったぞ!」

「せめて名で呼んで欲しいものだが、な!」

「せめてじゃねえだろ、誰が呼ぶか!」


ハンヴィーへと近付くものから優先的に撃ち抜いていく。
壁となって迫る<奴ら>は、警棒で殴り付けた。ダッフルコートのトグルは全て留めてあり、裾が翻ることはない。フードがそのままだったが、これは無視する。背後を取られるような無様はしない。
冴子の死角へと銃口を向け、トリガー。
小室は平野がフォローするだろう。宮本を助けに行くよりも、ハンヴィーの守りを固めなくてはならない。
自然、冴子と健人は背中合わせとなった。


「はは、息がぴったりだな。良いコンビじゃないか私達は!」

「冗談。合ってるもんかよ」

「つれないな! 君は、まったく!」


息を切らせ上下する冴子の肩。
髪から漂う汗と混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。
熱が染み込んでいく健人の肩は、ピクリとも動いてはいなかった。
この程度の運動量では、疲労を感じることさえなくなったのか。
もはや健人が全力を掛けて取り組まねばならないのは、判断そのものとなっていた。
近付く<奴ら>の内、その一体の額に小さな穴が空き、後頭部から脳漿を盛大にまき散らして倒れた。クリティカルヒット。だがマガジンが切れた。
示し合わせたように、冴子が前に出た。
駆ける冴子と入れ替わり立ち替わり、健人も警棒を振るう。
まるで舞踊のようだ、と健人は思った。
きっと冴子も同じように思っているのだろう。
回々々々と、軽やかなステップが永遠に続くような、そんな幻想を抱く。
だが、それは<奴ら>の数が一行に減少する気配がないことを示していた。
辺り一体にたむろしていた<奴ら>が、轟く銃声に呼び寄せられているのだ。
果たしてこれだけの数の奴らを相手に、逃げ仰せることが可能なのだろうか。
皆の顔に、絶望の色がよぎる。
勝ち目のない戦いだ。
――――――建人以外にとっては。


「少なくとも・・・・・・一緒に死ねるか」

「孝・・・・・・!」


抱き合う小室と宮本。
死期を覚悟しての行動、ではなかった。
初めはそうだったのだろうが、小室の指が宮本の胸に下がった長銃に触れた。
はっと気が付いたように、小室は平野へと銃の取り扱いを大声で問う。
平野もスコープを片眼で覗きながら、また大声で答えた。
撃つだけなら、知識は無くともよいのだ。
宮本の身体を固定具とし、突き出た乳房を両手で抱え込むようにして、小室は銃を構えた。


「当たらない! 当たらない! 当たらない!」


弾をばら撒くでなし、アサルトライフルでしかも無理な体勢からの射撃だ。当たりはしないだろう。


「くおッ! どこを狙って・・・・・・!」

「上須賀君! 後ろ!」

「お前は頭下げろ!」

「上!」

「右!」


もはや不思議がることもあるまい。
健人には、飛来する銃弾の軌跡が、はっきりと見えていた。
冴子が射角を判断しているのは、銃口の向きと引鉄を引くタイミングからだろう。
健人は違う。健人には、弾頭の回転さえも視認出来ていた。
優れた動体視力、などというレベルではない。世界が停止して見えた。
脳が熱い。痛覚など存在しないというのに。
視界が紅く染まったような気がした。


「健人君、手を――――――!」

「どさくさに紛れてこいつは――――――!」


射線上に健人と冴子が入り込んでいることなど、今日初めて銃を持った小室には解りはしないだろう。
いよいよ曲芸掛かった動きとなる二人。
手を握り合い、それを軸に上に下に横に縦にと回転しつつ、遠心力で加速させた木刀と警棒を<奴ら>へと繰り出していく。
お互いが離れてしまわないように握りしめた手は、右手と左手。
健人が無意識に差し出した手は、利き手の右だった。
皮手袋に包まれた五指――――――に見せかけているだけのそれに、細い指が絡められている。
背筋が冷え、視界の色が元に戻った。


「お前、俺の右手――――――」

「ああ、見た! そして君に謝らなくてはならない! 私は君に怯えた、怖いと思った! 気味が悪いと!」 

「お前・・・・・・」

「そして、怒りを覚えた! 君を恐れる私に、君を変えてしまった世界に!」


木刀を<奴ら>にむしり取られてなお、冴子は叫ぶ。


「君がどんな<人間>であったか、知っていたというのに! ずっとずっと、見続けてきたというのに!」

「もう、人間じゃないさ」


地を擦るような蹴りを放ちながら、小さく否定する健人。
それでも、と冴子は言った。


「それでも、君は君だ。健人君のままだ。優しくて、真っ直ぐな君のままだ。私の――――――私の憧れた、君のままだ」

「・・・・・・ありきたりな台詞を」

「そうだな。でも、本心だよ」


冴子が膝で打ち、健人が掌底で打ち上げる。
二人の手は離れなかった。


「だから、私は、私はもう――――――」


絶え間なく押し寄せる<奴ら>の密度が空いた隙に、冴子は健人を引寄せた。
握っていたのは右腕だというのに、健人は体勢を崩して冴子の胸へと倒れ込む。
驚愕の表情を浮かべていた健人を見れば、それが決して呆けていたからではないというのが解るだろう。
冴子に手を引かれた瞬間に、重心が腹の下から浮いたのを感じた。
技を掛けられたのか、と理解したのは、ぼそりと冴子が「毒島流柔術」などと呟いていたから。気が付けば、健人は冴子に抱きかかえられていた。
健人が逃げられないよう、腰に手を回し、固定して。


「もう――――――君の手を、離さない」


息が掛かる程の近さで、真っ直ぐに健人を見詰めながら、冴子は囁いた。
重く静かな声と、吐息が健人に染み入る。
次第に二人の距離は、ゆっくりと、更に近付いていった。
冴子の頬に手が添えられる。
静かに瞳を閉じる冴子。
二人の距離が零になる瞬間――――――だった。


「――――――俺を馬鹿にするのも、いい加減にしろ」


眼を見開いた冴子が見たのは、極寒の瞳。
全く熱の無い、氷のように冷え切った健人の視線が、冴子を貫いていた。


「それが本当に俺を思い遣っての言葉なら、受け取ってやってもよかったがな。もう少し上手くやれよ、大根役者」

「う、あ、私、は――――――」

「いつまで握ってる。防御線が固まる、もう離せ」

「私、は――――――」

「聞こえなかったのか。離せ」


ぱしん、と枯れ枝が折れるような音。
一瞬、健人の手首辺りから紫電が迸ったように見えた。


「痛、つっ!」


痛みに、冴子は反射的に手を引いた。
離れた冴子へと、足元に転がる木刀を蹴り渡しながら、健人は鼻を鳴らして笑った。


「ほら、高城が飛び出したぞ。さっさとフォローに行ってやれよ。チャンバラは得意だろ?」

「あ、ああ・・・・・・」


困惑を顔一杯に張り付けて、冴子は覚束ない足取りで高城の下へと向かう。
高城に迫っていた<奴ら>の頭部を木刀が砕いたのを確認し、健人は大きく息を吐いた。
明確な反論も無かったのだから、あれも自覚していたのだろう。


「あーあ、勿体ねぇ。見てくれだけは最高だもんなあ、あいつ」


でも仕方ないよなあ、と肩を落とす健人は、心底残念がっているように見えた。
事実、そうだった。
健人が手をださなかったのは、最後に残ったこの意地のため。
叔父の教えによって培われ、己によって確かとしたそれを捨てては、自分は本当に<化け物>になってしまう。


「アタシは臆病者じゃない! アタシは臆病者じゃない! 死ぬもんですか! 誰も死なせるもんですか! アタシの家はすぐそこなのよ!」


高城の叫び。
小室が取り落としたショットガンを拾い、引き金を引いている。
髪と言わず顔面中を、冴子の一撃で飛び散った<奴ら>の体液に塗れさせながら。
効率的に反動を押さえる射撃体勢は、なるほど天才と自負するだけのことはあった。
高城も変わったな、と健人は思った。
合流する以前にもターニングポイントはあっただろう。だが、自らの意思でもって引き金を引くということは、より大きな変化をもたらすことになる。銃というものには、そういう力もあった。
いや、皆変わったか、と健人は思った。
小室や平野は元来産まれ持った獣性が目覚めつつあるし、宮本も生存に掛けるために他者に取り入る事を覚えた。
ありすや鞠川は築き上げてきた人格に固執することで集団と己を保とうとしていて、そしてあいつは情欲に歯止めが利かなくなってきている。


「一番解り易く変わったのは俺だろうけどさ」


自然と苦笑が浮かんだ。
それは直ぐに自嘲へと変わった。これも変化だった。
今この場に叔父がいたとしたら、健人を見て何と言うだろうか。
冴子と同じように、お前の本質は変わらないと、そう言ってくれるのだろうか。
いいや、それは無い。
あの人ならきっと、健人の変異を諸手を打って歓迎するだろう。
素晴らしい変革だ、と強面の顔を喜悦に歪ませるかもしれない。
人と化け物とがここまで拮抗する姿は、どちらに転がったとしても、紙一重のバランスを好む叔父を大いに満足させるだろう。
叔父に会えさえすればきっと、人間だとか化け物だとか、その狭間で揺れる自分の苦悩など、一瞬で消え去ってしまうに違いない。
きっと、己の内の<人間>か<化け物>に止めを刺してくれるに違いない。
叔父に会いたい。


「でも、こいつらくらい守れないと、とても顔向けは出来ないよなあ」


停車してからエンジントラブルが起きたのか、エンジンが掛からないハンヴィー。
聞こえるのは、ルーフから身体を乗り出したコータの努めて出した明るい声と、ありすの泣き声。


「よいしょっと、さあ、ジークと一緒にワイヤーの向こうにジャンプだ!」

「でも、みんなは?」

「みんなすぐに行くから!」

「・・・・・・うそ!」

「――――――え?」

「パパも死んじゃう時にコータちゃんと同じ顔したもん! 大丈夫っていったのに死んじゃったもん!」

「・・・・・・」

「いやいやいや! ありす一人はいや! コータちゃんや健人お兄ちゃんや孝お兄ちゃん、お姉ちゃんたちと一緒にいる! ずっとずっと一緒にいる!」


大したやつだ、と健人はコータの、何かを決意したような横顔を見て改めて思った。
直接言葉を交わしたのは先日が初めてだが、健人はコータのことを以前から知っていた。
まだ世界が<奴ら>で溢れ返る前の話だ。コータはその容姿と人格から、いじめ、とまではいかないが、多数から侮蔑の対象となっていた。
学年も違うとなれば、誰がどう思われているだとか、誰それと付き合っているだとか、そんな話までは耳に届くことはない。自他称天才の高城の存在ですら、健人は知らなかったのだ。もちろん小室と宮本の何をかなど知る由もなかった。冴子並みの功績を残していたのならば別だが、コータはそうではなかった。
だが健人には直に解った。
廊下ですれ違った瞬間にコータが見せた洗練された立ち居振る舞いと仕草。それは一朝一夕で見に付くものではなかった。訓練された人間のそれだった。
だが、非凡な家庭に産まれ特殊な訓練を受けたこともあるというのに、コータの纏う空気はあまりにも普通だったのだ。
これに健人はいたく感心した。
きっとコータは、我慢してきたのだろう。
普通に生きていきたかったから、ずっと我慢してきたのだ。
健人にはその願いが理解出来た。健人も同じだったからだ。
だが、もう、そんな必要はない。普通なんて、なんの意味も無い。
だから、僕は・・・・・・俺は――――――。


「――――――使うしかないか」


建人の意識が、右腕に向く。
否、使うのだ、ここで。
健人は皮手袋に指を掛けた。


「ジーク!」


重なったありすとコータの子犬の名を呼ぶ声に、健人の動きが止まる。
ハンヴィーのルーフからジークが飛び出し、<奴ら>の足首へと喰らい付いた。
ありすの涙に怒ったのだろうか。立派な忠犬振りだった。
ジークの鳴き声につられた<奴ら>の数体が、進路を変える。だが、それだけだった。
<奴ら>は何故か人間しか襲わない。音に反応しているだけだ。


「待ちなさい小室! あんた、何を!」

「ジークの真似」


困ったように笑いながら、小室が前へ出る。
自らが囮になるつもりか。
<奴ら>を引きつけんと、大声をあげようとした小室の肩を、健人は掴んだ。


「いや、駄目だ」

「健人さん・・・・・・離してください。少しでも<奴ら>を引寄せないと」

「そうだな。でもそれはお前の役目じゃあないぜ」


口を開こうとした小室だったが、健人に膝裏を蹴りつけられ、その場に尻餅を付く。
小室は愕然としたような、そんな顔だった。
本当にいいやつなんだな。そう健人は、心底思った。
自分が犠牲になるのはいいが、他人がなるには我慢がならない人種か。


「だってお前は、俺達のリーダーだからさ」


皆、誰もが小室に大なり小なり、依存をしていた。
この集団の決定権を、何故か小室が持っているのがそうだ。
先頭に立ち、皆を率いるためのリーダーシップが、小室の中で目覚めようとしている。
それは健人も持ち得ない、生来の非凡な才だ。ここで失わせるわけにはいかなかった。
今回のように、自らが囮になろうとする精神性は見上げたものだ。
しかし、集団の長としてはどうだろうか。
今はいい。
だが、これからは改めてもらわなければならない。


「悪いな、それと、ありがとよ。お前には一番、感謝してるんだぜ」


本音を言えば、右腕の力を健人は使いたくはなかった。
こんなギリギリになるまで葛藤を続けたのは、彼等の前では人間としていたかったからだった。
だが大声を出しながら逃げるのならば、彼等の視界から消えるまではどうにでもなる。
その後のことは、頑張ってもらうしかない。それしか言いようがない。
一人で逃げて、その後の事は知らぬなどと、無責任な考えかもしれない。
だが、今や誰もが自分本位なのだ。小室の下に皆が集まったのも、自分が生き残るためという理由でしかない。
彼等にとっての生存は健人にとり、自尊心を満たすことだった。
良い人間として彼等の記憶に少しでも残りたい。
穏便に別れられるなら、それに越したことはなかった。


「待ってくれ! 健人さん、あんた何を!」

「何って、ほら、決まってるだろ。ジークの真似さ!」


健人は獰猛な笑みを携えながら、駆け出した。


「ワンワンワンッ! ガルルルルッ!」


奴らの群れの直中に突入。
ジークの勇気に肖ろうと唸りながら警棒を振るう。
途中、待っていたと言わんばかりに尻尾を振っていたジークの首を引っつかみ、後ろへと放り投げた。
腰には銃。なんだ、無敵じゃないか、俺。
頬が釣り上がった。
彼等からは十分過ぎるものをもらった。いや、残せたというほうが正しいか。
ならば、これからは一人でだって生きていける。


「私も付き合おう!」

「いや、帰れよお前は。来んなよ」


釣り上がった頬がひくつくのを自覚する。
いつの間にか健人と並走していたのは、冴子だった。
警棒とともに木刀が空を舞い、まるで海を裂くように、<奴ら>の群れに一本の道が築かれていく。
背後には直に別の<奴ら>が流れ込んで来る。もう後戻りは出来ない。


「頼む、一緒にいさせてくれ!」

「くそッ、いい加減にしとけよお前は! 勝手にしろ! 噛まれるんじゃないぞ!」

「承知!」


こいつもこいつで、こりないやつだ。
がっくりと肩を落としながら、健人は警棒を振るった。
大声を上げ、時には鉄柵を叩きながら<奴ら>を引き付け、二人は石段を駆け上る。
基本的に動きの鈍い<奴ら>は、階段を上る速度もまたゆっくりだ。
高台の上に昇れば、息を整えるだけの時間は稼げるだろう。
しかし、執ったルートが悪かった。引き付けられたのは<奴ら>の4分の1程度。
見下ろす先には、未だ大量の<奴ら>が蠢いている。
これでは、小室達は逃げられない。
くそ、と健人は欄干に警棒を叩きつけた。
階段を上りつつあった<奴ら>の顔がこちらに向いた。それだけだった。


「こんなことなら・・・・・・!」

「いや、あれを!」


冴子が指さした方は、ワイヤーの向こう側。
路地の角から、防火服とヘルメットに身を包んだ集団が、隊列を為してハンヴィーへと近付いていた。
背負ったボンベと、そこから延びるホースとのシルエットは、格好とも相まって消防士に見えなくもない。


「みんなその場で伏せなさい!」


ヘルメットでくぐもった、女の声。
腰溜めに構えたホースの先から、圧縮された水の塊が放射され、<奴ら>を次々に吹き飛ばしていった。
消防士風の集団が構えるのはインパルス放水銃と呼ばれる消化装備であり、背負ったボンベによって圧縮された高圧空気による打撃力は、対人への制圧にも用いられる威力がある。
そんな代物を多数集められる集団。
間違いない、このワイヤーを張った者達だ。
彼等はワイヤーを押し広げると、隙間から小室達を救いだした。
冴子と二人、ほっと胸を撫で下ろす。
だが彼等が何者なのかは未だ解らない。


「ここならもう大丈夫」

「あの、ありがとうございました!」

「当然です」


言って、その女性はヘルメットを脱いだ。


「娘と、娘の友達のためなのだから」


ヘルメットから零れたのは、長い髪。
シールドの下に隠されていたのは、高城に良く似た顔。


「ママ!」


涙ぐむ高城が文字通り飛び付いた。
その女性は、高城の母親だった。
突如現れた防火服集団のリーダーだろう高城の母が一体何者であるかは、一先ず棚上げしておこう。
今は、誰もが喜んでいた。
高城のため、自分のため喜んだ。
そこで全てが終われば、めでたしめでたし、だったと思う。


「よかったな」

「ああ、本当に」

「こっちはどうしたもんかね」

「・・・・・・もう一度、もう一度でいいんだ、私の話を聞いてほしい」

「生きてたらな」


どちらが、とは言わない。
階段を上りつつある<奴ら>へ背を向け、距離を取った。
冴子も健人の後に続く。


「上須賀! アタシの家、解る!? 二丁目で一番大きい敷地、そこで合流よ! いいわね!」


死ぬんじゃないわよ、と強気な高城の叫びが、二人の背に届いた。
手を上げて応える。
心配いらない。


「戻るつもりはなかったんだけど」


ぼそりと呟いた健人の顔は、しかし微笑んでいた。


「高城も元気になっちゃってまあ。あれが本調子なんだろうな」

「・・・・・・」

「こっちはこっちで、まったく」


思い詰めたように木刀を握りしめ、俯いて走る冴子の様子に、健人は諦めたように溜息を吐いた。
西日が眩しい。
再び日が落ちようとしていた。
世界が崩壊して、二日目の――――――。






■ □ ■






File8:PDA内残存データ・・・・・・記録者H


作戦行動開始から8時間。
βチーム全滅。αチーム、私一人を残し全滅。
やれやれ、死神の面目躍如といったところか。笑えんがな。
だが作戦目的は達成された。散っていった部隊員達の命が無駄にならないことを祈る。

内部分裂に情報散逸。組織の現状は散々だ。
ウロボロス計画失敗により弱体化した所に、度重なるBSAAの襲撃。
今も組織の体を保っていることが不思議でならない程だ。
アンブレラ、という名前に群がっているに過ぎないのだろう。
ウェスカーの敗北によって再び低迷期に入ることとなった新生アンブレラだが、この所、旧アンブレラ時代からの幹部共の行動がキナ臭い。
消えた金、資材――――――極めつけは私が先ほど手ずから破壊した、第2ウロボロス計画最重要被検体に放つべく育成していた、BOWの繁殖施設。
被検体の情報が漏洩していたことも予期していたことだった。
元々あれらはスペンサー卿によって集められた者共だ。スペンサー派、とでも言ったところか。旧時代からのアクセス権限ならばデータベースへの侵入も容易のはず。
機に乗じて暴走を始めたということか。
被検体を担ぎ上げ、意のままに操ろうとでもしているのだろう。
スペンサー卿は死してなお妄念を残したということか。
だが、ウェスカーがスペンサーの遺志を継ぎ神となろうが、奴らがスペンサーの真の後継を名乗ろうが、どうでもいい。
世界がどうなろうと、人間の定義がどうなろうと、知ったことではない。
戦場に生き、戦い、そして散る。
兵士にはそれだけだ。
それで十分だ。

次の任務だ。
任務内容は被検体との直接接触、サンプルの回収。
対BOW戦が予測されるため、戦闘時には被検体の生存を第一目的とすること。
ウェスカーめ。敵になったり上司になったりと忙しい奴だ。今度は人の親にでもなるつもりか。
・・・・・・いや、人ではないな。
なるほど未だスペンサー派を生かしておく理由は、エサにするためか。
あの施設からBOWが既に搬送された形跡があった。別の場所に運ばれたのではこちらも手出しはできない。運び出されたBOWは不明だが、短時間かつ安価に数を揃えるとなれば、自然と種は絞られる。
懸念事項は被検体の戦闘力と、一般人の暴徒化だが、いざとなれば私が処刑して回ればいい。
戦闘力に限っては、かつてウェスカーに乞われ家庭教師として教育を施した身として、その点についての心配は無いと言い切れる。
一年にも満たない付き合いだったが、ケント――――――被検体の戦闘センスは光るものがあった。
それがウロボロスによってどのような進化を遂げたか、興味もある。
これから被検体接触に際し、あの屋敷に潜入する。
さて、適当なバックストーリーでも考えようか。






しかしこのガスマスク、情報保持だか何だか知らんがロックが外れん。
パスワードをまるで受け付けない。解除条件が満たされていない、だと? 私の顔が機密事項だとでもいうのか。
ウェスカーの嫌がらせか・・・・・・?












まずは緊急のお知らせから。
次回投稿までにタイトルを変更したいと思います。
今週末まではそのままに、来週頭に予告なく変えることとなりますので、よろしくお願いします。
新タイトルは『学園黙示録:CODE:WESKER』を使わせて頂きたいと思います。
ハーヴェストさんありがとうございました!

今回のFile追加。
いきなり捏造設定もうしわけないです。
しかしゲーム本編のおじさんと謎のガスマスクメンの関係はどんなだったんでしょうね。
情報部所属だったウェスカーですから、その伝手で特殊工作部隊員の名簿を手に入れていたのかな、とも思ったのですが
しかしいくら隊長格といえど使い捨てである一工作員の事を知ってどうするのか、と。
Hさんがやたら有名だったという可能性もありますが。
謎の人物という公式設定はいくらでも拡大解釈できて助かります。



以下9/28での後書。
アニメ版は本当によくやってくれたと思う。
濡れるッフラグ回収とかもうね、あそこで別行動入れるとは神掛かってると感心しました。
二次ss書き達の狂喜の声が聞こえてくるようだー。

~と言った。~と思った。という描写が今回多いです。
はい、ワンパターン入りましたー。
表情・反応描写がペラくなって来たら、ははは苦しんでおるわ、と笑ってご理解頂きたいです。
ボキャブラリーがもう・・・・・・。
うがー。

さて、ここで皆さまに緊急のご相談を。
本ssのタイトルについて。
【習作】学園黙示録×バイオハザード5
というのがこのssのタイトルですが、実はこれ、『学園黙示録・バイオハザード』とグーグル先生で検索すると、ほぼ最初のページに表示されてしまうのです。
タイトルからして当たり前なのですが、そもそも二つもビッグタイトルを入れた私がおばかなのですが・・・・・・!
これではチラ裏に投稿している意味が薄れてしまうような気がしました。習作ですし、細々とやりたいのです。
というわけで、タイトルを変更したいと思います。
――――――が、何も案が浮かばない。
どなたか、こんなタイトルはどうでっしゃろ? と案を出していただけないでしょうか?
どんな感じで付ければいいかだけでも書いて頂けると有り難いです。
よろしくお願いします。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:9 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/10/14 06:53
学園黙示録:CODE:WESKER


高台から見下ろした街並みは、おおよそこれが現実の光景であるとは思えなかった。
そこかしこから煙が上がり、建物の窓ガラスは殆どが割れていて、道路には血溜まりが。
街行く人の影はどこか覚束ない足取りで、熱病に浮かされたようにふらふらとしていた。
当然だ。あれは<奴ら>。死人なのだから。
生者の血と肉を求め、彷徨い歩いているのだ。
交通法などもはや無意味と化したというのに、時差式の信号機が変わらずに点滅を繰り返していた。平時であるならば、誰もがそれを見上げ、導にしていただろう。
社会の崩壊にあっても変わらず己の職務を全うする物言わぬそれに、込み上げるものがあって、初めて気がついた。
変わらない景色。
繰り返される日常。
自分はこんなにもこの街での暮らしを愛していた、ということを。
信号の色が赤に変わる。
どうやら電力は未だ遮断されていないらしい。
聞こえてくるのは<奴ら>呻き声とディーゼル車のエンジン音。高城の母が率いていた集団が、何らかの作業をしているようだった。
どうやら小室達のような一般人を見付けては、囲っているらしい。
世界が崩壊して、たった一日でこれだけの準備を整えられたのは、組織力は元より集められた人の数があってのこと。
<奴ら>から身を守るためには、皆が力を合わせなくてはならない。子供でも解る理である。
だがそれも、ライフラインが持つ間までだ。再び変わった信号を見て、思う。
やや離れて後ろを歩く冴子には聞こえないだろうが、微かに口論する声が風に含まれていた。
利便性に慣れ過ぎた現代人が、それを失われた生活に耐えられる訳がない。直に規範は失われるだろう。
日の光の下ではっきりと眼にした街。
その何割が人間の手によって破壊されたものであろうか。
静寂に包まれた街は西日に照らされて、紅く染まっていた。


「よし。こいつ、動くぞ」


――――――奴らの気配は遠い。
立ち寄ったバイクショップのガレージにて、水陸両用8輪バギー『アーゴ』のガソリンメーターを点検しながら、健人は店の外に耳をそば立てる。
本来はスピードにも機動性にも優れたバイクを拝借するつもりであったのだが、同行人が居たために、小室のようなライディングテクの無い健人がタンデムは危険だと判断。
徒歩だなと覚悟を決めかけた所で、ガレージの奥にアーゴを発見したのであった。
全地形型車両は四輪が有名であるが、八輪となれば珍しい。配置といい、恐らくはこのバイクショップの主人が個人的に保管していたのだろう。通常の民間用モデルよりもよほど頑丈に改造されていた。
これならば振り落とされる心配はないし、いくらか荷物も積めるだろう。


「あ・・・・・・上須賀君。その、役立ちそうな物を集めたのだが」

「まとめてリュックに詰めて、後部シートに積んでおいてくれ」

「あっ、ああ・・・・・・」


ちらちらとこちらを窺うような仕草。
質実剛健な雰囲気は失せ、弱々しく、叱られるのを待つ子供のような態度。
しおらしくなった冴子に健人は溜息を吐いた。
原因は解っている。


「・・・・・・面倒臭ぇなあ、こいつ」


思わず呟いた一言が聞こえていたのだろう。ミラー越しに冴子の肩が一瞬跳ねたのが見えた。
作業に没頭して、聞こえないフリをしている。
もう一度溜息を吐いてから健人はおい、と声を掛けた。


「さっきは非常時だったからな。イラッと来ただけで、もう怒っちゃいないよ」

「・・・・・・本当か?」

「本当本当。さ、出発だ。こんな通りに面した店じゃあ、<奴ら>にいつ踏み入られるか解らないぞ」

「また、私の話を・・・・・・」

「どこか休める場所を探せたらな。見付からなくたっていいさ。何を言いたいのかは、だいたい解ってる」


そうか、と安堵に綻んだ顔がミラーに映る。
そうかそうか、と確かめるように何度も頷く冴子の顔は、抑えきれない喜びに満ちていた。
これも彼女の情緒が不安定なのだからか。都合の良いような解釈をしているのだろうが、それは指摘しないでおいた。
どちらにしても、切り替えてもらわなければ困る。
健人はハンドルを捻り、エンジンを吹かした。
端からフルスロットル。自動シャッターを潜り、通りへと出る。
案の定、<奴ら>が直ぐそこにまでたむろしていた。
右へ左へ。
<奴ら>の間を縫うように、健人はアクセルを開けていく。
ハンヴィーと同じ様に全てを轢き潰していては、小柄なアーゴでは横転しかねない。進路上、どうしても邪魔な<奴ら>のみを跳ね飛ばす。
車体を掴もうとする<奴ら>はシートの上に立つ冴子が木刀で迎撃した。


「面白くなってきたな!」

「まったくだ」

「この先どうするか、計画はあるね?」

「もちろん。折角の水陸両用だ。存分に使わせてもらおうぜ」


ただし、と前置きをする。


「面白くなりすぎるかもな。計画は一つ。強行突破だ」

「君といると飽きないよ」


さっくりと気持ちよく笑って、冴子は木刀を構え直した。
今泣いた烏が何とやら。
とても晴れやかな顔で、<奴ら>の頭部をすれ違い様に叩き潰していく。
ふふ、と漏れる満足そうな吐息が聞こえた。
冴子の横顔は、まるで研ぎ澄まされた刀の切っ先のようだった。
ぞくり、と健人の背筋に冷たいものが奔る。
車体保護のバーに身を預けての戦闘。バギーの加速力を効果的に受け流す技術は元より、驚異的な反応速度とバランス感覚だった。


「ちょっと引き付け過ぎたかな」

「はぁ、君はやることがいつも極端だよ。健人君」

「さーせんね」


バギーで走りまわっていたのは<奴ら>の誘導のためだったが、少しやりすぎたようだ。
エンジン音に釣られ、そこいら中の<奴ら>がバギーの後ろに付いて来ている。


「わたしはいつでもいいよ」


一つだけ頷き、フルスロットル。
土手沿いを走っていたバギーを、一気に川へと向ける。
急斜面を下っていくバギーに釣られ、土手を転げ落ちていく<奴ら>。
階段昇降は可能だというのに、急斜面は駄目なのか。
刺激に反射するしかないと思っていたが、ならば知能が残っているとでも言うのだろうか。
どちらにしろ現状は変わらない。
人間であれば動けなくなる程のダメージであるが、転げ落ちるくらいでは<奴ら>には何の効果も無かった。
結局は同じだ。
ならば、と健人は更にアクセルを吹かす。
ガソリンの燃焼がクランク機構により回転力に変換される。
アーゴは一気に水上へと身を投じた。
派手な音と水飛沫を上げながら着水。
タイヤの水かきが流水を掻き分け、車体を前へと推し進めていく。
水陸両用バギーならではの水上走行。
これならばどうだ、と健人は背後を顧見た。
<奴ら>は川へと突入していたが、水流に自由を奪われ、行動不能となっていた。
水中で出鱈目に動き、身動きが取れなくなっているようだ。
流石に<奴ら>の水泳大会、とはならなかったようだ。
死人が泳ぐなど、ぞっとする。
どうせ“ぽろり”の連続だろう。
手足や肉片が水上一面に浮かぶに違いない。


「階段は上り下りが出来て、斜面は下れず、水は判別出来ず、そして人間だけを襲うのか」


判断力があるのかないのか。
不可解な存在であるのは今更考えることではないが。
健人は再びハンドルを握った。


「むぅ」


不満そうな声。
冴子が着水時の飛沫でずぶ濡れになったセーラー服を指で摘まみ、健人をじとりと睨み付けている。
薄い生地が肌に張り付き、肌色と黒下着とを浮き上がらせていた。
呆れたように健人は溜息を吐いた。


「男子が溜息を漏らすのは感心しないよ」

「放とけや。何で睨むんだよ」

「解らないのなら、別にいいさ」


別にいいと言っておきながら、視線から険は取れない。
水を被らせたのが悪かったのだろうか。
これくらいしか思い至らなかった。


「ちょこっと濡れただけだろうが。我慢しろよ」

「むぅ」

「何だよ。何が不満なんだよ」

「私も女だぞ・・・・・・!」


かあっ、と紅くなって胸元を抑える冴子。


「・・・・・・?」

「むぅぅ」


また不満そうな声が上がる。
どうしろというのか。
リアクションを待っているのだろうか。
健人としては首を傾げるしかない。
冴子が何を言いたいのか、さっぱり訳が解らなかった。
<奴ら>の生態よりも謎である。
しばらく睨み合うが、やはり解らない。


「そのナリで女じゃない訳ないだろ。何言ってるんだ?」

「そういう意味ではなくてだな。いや、なんだ、しっかり見てるじゃないか。それで、何か言う事はないか?」

「・・・・・・もしかして、見られて恥ずかしい、とか?」


ふんふん、と首が縦に振られる。
正解だったようだ。
健人は一層訳が解らなくなった。


「お前さあ、昨日の夜なんか尻丸出しで平気でいたってのに、何でそれが恥ずかしいんだよ」

「それとこれとは」

「訳解らん」


裸エプロンの方がよっぽど恥ずかしい格好ではないのか、と思うのだが。
確かに刺激的な格好ではあったが、眼前の光景を意識するよりも、どうしても昨晩の冴子の姿を思い出してしまう。
半裸も同然の格好、裸にエプロン一枚で平然としていた冴子。
今冴子が見せている恥じらいという日本人的な美徳は素晴らしいが、どうしてもそれが演技ではないのかと疑ってしまう。
昨晩のあの格好と比べれば、ブラジャーが透けているくらい、どうという事はないだろうに。
もしやこの辺りの感性の差が、冴子がいう女と男の違いなのだろうか。
何にしろ訳が解らないのは変わらないが。


「馬鹿なこと言ってないで、<奴ら>の動きでも見てろ。一端あの中州に上陸するから」

「むぅ」


そうこうとしている間に中洲へと上陸。
ここまでは<奴ら>も追ってはこれまい。多数が岸辺で唸り声を上げるのみであった。
しかし、とにかく数を集め過ぎてしまった。
合流を約束してしまった以上、川向こうに渡ることは出来ないため、引き返さなくてはならない。
健人と冴子は<奴ら>が散るまで、しばらくこの場で息を潜めることにした。
その後はまた強行突破である。
ルートは健人の頭にしかないために、冴子の反対はなかった。
目論見通りにいくにしろいかぬにしろ、今は一休みだ。


「へくちっ」


と、聞こえたくしゃみ。
冴子が濡れた身体を擦っていた。


「す、済まない・・・・・・。身体が冷えてしまったようだ。しかし荷物を持ちだす暇が無かったから・・・・・・」

「ん、ちょっと待ってろ」


健人はバイクショップから拝借したリュックの中身を検めた。
荷物の詰め込みは冴子の分担であったため、ここで何があるか確認もしておく。
工具に、缶詰に、ライト、車の整備道具・・・・・・とにかく目に付いた有用そうなものを一杯に詰め込んだのだろう。
短時間での道具のチョイスと、無造作に詰め込んだはずの道具が乱雑にはなっていなかったのは、彼女の性格か。
指に感じた布の感触に、健人はそれを掴んで引っ張り出した。
黒のタンクトップだった。


「とりあえず、これと、これを着てるといい」

「・・・・・・ありがとう」


タンクトップと、着ていたダッフルコートを放り投げ、健人は後ろを向いた。
自分も水を被ったが、あのダッフルコートには撥水加工が施してあったため、水気はもう含まれていない。
しばらく衣擦れの音を耳に周囲を警戒していると、もういいよ、と冴子の許可。


「どこか変だろうか?」

「いや、その」


変ではないけれど。
お前はアイスマンか、という言葉は寸での所で飲み込んだ。
振り返った健人の前には、バギーのボンネットの上に膝を抱えて座る冴子が。
体操座り、というやつだが、その格好が何ともコメントし辛い。
健人が渡したダッフルコートをすっぽりと被り、前を全て閉じ、フードを深々と被っていた。
コートの中に膝を入れている状態である。
そんな状態で、覗き穴のように開いたフードの口から、こちらをじっと睨みつけている。


「むぅ」

「お前は、本当に何を・・・・・・」


憮然とした視線を投げ掛ける冴子に、どうしたらいいものか、健人は額を押さえた。
ふん、と鼻を鳴らしてダッフルコートから脱皮する冴子。脱ぐのならば、何故着たのか。


「もう一度言うが、私も女だぞ」

「だから、女以外の何に見えると」

「上須賀君はいつも私を女として見てくれるな。全く。ああ、全く」

「・・・・・・ははあ。まさか、誘ってるのか?」

「そ、それは」


言い淀む冴子。
仕方のない奴だ、と健人は肩を竦めた。


「小室の次は俺かよ。勘弁してくれ。非常時だぞ」

「ち、ちがっ」

「はいはい。服ちゃんと絞っとけよな。生乾きになるだろうけど、それは我慢してくれよ」

「君の悪い所は人の話を聞かない所だな!」

「聞いてるってば。お前が女だって話だろ。まさか男だとでも?」

「いや、そうなのだが、そうではなくてだな」

「訳解らん」

「くっ・・・・・・日ごろの行いのせいかっ・・・・・・!」


肩を竦めて健人は話を切り上げた。
未だ不満そうな冴子だったが、構わないことに決めた。
冴子相手には気を使ってやろうなどということも思えない。
革手袋に手をやって、内界へと没頭する。
ずるり、と皮手袋から右手を引き抜く。
変わり果てた真黒な手が、相変わらずにそこにあった。
黒い蛇が何百と寄り集まったような造型には、自分ですら嫌悪感を抱く程。
しかし、たった一日であるというのに、相変わらずと思えてしまうくらいには、自身の変異を当然として受け入れられていたようだ。
どれだけ嘆いても仕方が無い。自分には、これの使い方と使い道を考えるしかない。
おぞましさを堪え、左手で触れる。
すると、指先に異変を感じた。


「硬い――――――?」


太いゴムのような触感、だけではなかった。
硬い甲羅のような、硬質な触感があった。
寄り集まった黒い蛇の表層が、少しだけ硬化しているようだ。
よく触らなければ解らないくらいの変化。
だが、確かな変異であった。


「どうした? まさか、何か変化が・・・・・・」


後ろから健人を覗きこむ冴子。
健人の腕を見る様子からは、恐怖心は感じられなかった。
健人は深く安堵している自分に気付いた。
正直に告白すれば、健人は試したのだ。
冴子が昨晩、民家にて気絶した健人を庇ったことは知っていたが、その時は自分の意識が無かった。
この右腕を見た冴子が、いったいどのような反応をするのだろうか。
健人はそれを、何としても知りたかった。
それによって、もし異形を大勢の前で晒すことがあった場合、彼等との距離感が決まることになる。
恐怖や忌避感だけならばそのまま消えればいいが、相容れぬ、という生理的な嫌悪が垣間見えたならば、戦闘も視野にいれなくてはならない。
大丈夫だ、と指を握っては開き、冴子に見せる。
安堵したように引き下がった冴子だったが、判断するにはそれで十分だった。
距離を詰めることで友好をアピールしたかったのだろうが、隠したいのならば、震える吐息は飲み込んでおくべきだった。
彼女に恐怖はなかった。ただ生理的嫌悪感があっただけである。
相容れない。受け入れられないと、彼女の本能が判断を下していたのだ。
こればかりはどうにもならないことだ。そして、冴子ですらそうなのだ。大多数、おおよそ全ての人間が同じ嫌悪を抱くだろうことは、間違いない。
寂しくも悲しくもない、と言えば嘘になるが、それを自然として受け入れるしかない。
浮きも沈みもしない。ただ、そうなのだ。


「君は、すごいな」


突然の切りだしに、健人は思考の渦から回帰する。


「自分が別の何かに変わっていってしまう恐怖など、常人ならば耐えられまい。
 君は君のまま、優しさを失う事も無く、小室君達に接していた。私ではそうはいかない」

「実感がわかないってのが正直な所だけどな。別に、俺が特別凄いなんてことは無いさ。人並みに笑いもすれば怒りもするし、泣きもする」

「――――――恋も、するのかい?」 

「・・・・・・ああ、そうだな。するさ」


出来るかどうかは別として。


「お前はどうなんだよ。やっぱり、好きなやつとかいたのか?」

「わたしにも・・・・・・好きな男は、いるよ」


ふうん、と気の抜けた返事を返しながら、健人は自らの記憶の中へと意識を伸ばす。
まだ何か言いたい様なそんな雰囲気を感じたが、ここで話は終わりだ。誰それが好きだの何だのと、興味はない。持てない。
自分のことで精一杯なのだ。優しさは掛けられても、愛など、とても無理だ。
だが、記憶の中でならばそれも許されるだろう。
恋か、と呟いて、健人は夕日を見上げた。
紅い陽が顔を温かく照らす。
まるであの子に抱かれていた時のようだ、と健人は思った。
健人は眼を細めて夕日を見詰めながら、幼少の頃に出会った顔も知らない大柄な女の子の事を思い出していた。






■ □ ■






File9:ある研究員の録画データ


ねえクレア、見てる?
ごめんね、うるさいでしょ? 
さっきからずっと警報が鳴りっぱなしなの。
えへへ、私のせいなんだけどね、これ。
クラッキングしてTの制御プログラムを書き換えちゃった。
今のアンブレラの甘い管理体制だから出来た芸当なんだけど。

・・・・・・ねえクレア、私たちが出会った時の事、覚えてる?
ごめん、忘れられないよね。私も、今も夢にみるもの。
あの頃の私は、ちっちゃくて、弱くて、臆病で――――――無力だった。
本当はすぐにでもあなたを追い掛けたかったけど、そんな勇気、私にはなかったんだ。
そうやって膝を抱えていたら、あの人に見つかって・・・・・・逃げだせなくなって・・・・・・。
おかしいよね。私は今、あれだけ嫌ってたアンブレラで、研究員なんかしてる。
やっぱり、パパとママの子だったってことなのかな。

たぶん、私が研究をするフリをして裏でスパイ活動をしてたことは、筒抜けだったと思う。それなのに何もなかったのは、パパのためだったのかな?
そんなわけないか。
あの人がそんなに甘いわけがないもの。
それはきっと、あの子のため――――――。
あの子のために、私を何に利用しようとしているのか、それは解らない。
でも私は、あの人のことを憎めないでいる。
ふふ、あの子ったら、あんなにも嬉しそうにかっこいいアルおじさんの話をするんですもの。
私も思い出しちゃった。
小さかった頃、パパとママに連れられて、あの人と何度か会ったことがあるの。
その時は、何でこの人はこんなに不機嫌そうなんだろう、って思ったけれど、それはたぶん、パパがいたから。
きっとお互いにライバルだったのね。あの二人。
その時の二人の顔と、あの子が言ったかっこいいアルおじさんのイメージがあんまりにも掛け離れてて・・・・・・ふふっ、ふふふ。

そうそう、クレア達には言ってなかったよね、あの子のこと。
あの子っていうのは、なんと――――――あのアルバート・ウェスカーの隠し子なのでした!
えへへ、びっくりしたでしょ?
血は、繋がってないのかな? 
心が繋がってるんだね、きっと。たぶん、あの子だったらそう言うと思う。
意外や意外、すっごく良い子なんだよ。
あのウェスカーの息子なのにね。
初めて会った時、びっくりしちゃった。
あんまりにも良い子だから、つい時間を延長して勉強を教えてあげたり、薬品やハーブの調合を教えてあげたりして・・・・・・。
えへへ、お姉ちゃんって呼ばれるようになっちゃった。
えへへへへー。

本当はもっと早くあの子のことを話すべきだったんだろうけど、今まで黙っていて、ごめんね。
あの子に関しての情報だけは、絶対に見逃されはしないから。
あの人の、あの子に掛ける執念だけは、他の何よりも強いもの。
不用心に名前を少しでも出しただけで、消されてしまうくらいに――――――。
これ、他の研究員にはあまり知られてないことなんだけど、研究施設や資金ルートの情報よりも、あの子のデータの方が重要度が上なのよ。
あの子、何て言ってるけど、そうしないとこのデータが消去されてしまうから。
初めからね、ここの制御システムはそういうプログラムとして作られてるの。
今まではクイーンの電子網を逆手にとって、あの子のダミーデータを流すことで隙を作って情報をそっちに流していたけれど、それももうお終い。
計画が最終段階にシフトして、警戒レベルが最高になったの。
これから外部との連絡は全て、規制されることになる。
クラッキング出来たのは、本当にギリギリだった。
これでもう、彼女を縛る枷は何も無い。

自由になった彼女がどうするかなんて、解りきってる。
あの子に会いにいくんだわ。
ちょっとだけ、羨ましい、かな。
ん・・・・・・すごく、いいなあって、思ってる。
でも、私が自由になったところで意味は無いもの。
私は昔からずっと、無力だったから。
DEVILを元にワクチンの研究を続けてきたけれど、何の成果も・・・・・・。
とても残酷な運命の中で、あの子は今、戦ってる。
その邪魔になることだけは出来ない。

大丈夫よ、クレア。
大丈夫、心配しないで。
あの子はきっと、正しい選択をする。
あの子が、多くの因縁が産んだアンブレラの申し子だとしても、関係ない。
あなたも会えば解るわ。
とても強い子だって。
だからどうか、あの子を恐れないで。
あの子の力になってあげてね。
昔の私にしてくれたみたいに――――――。

親愛なるクレアへ。
このメッセージがあなたに届くことを祈ります。
シェリー・バーキンより。













ファイル追加。
ひゃっはー、やっちまったぜ!
完璧捏造設定ですね。だんだん設定に整合性がとれなくなってきたぜー!
正直やりすぎたと後悔しています。

原作ゲームでのあやふやな所を独自解釈した、ということで。
いちおう彼女もウェスカー陣営でしたものね。最終的には。
監視→拉致→監禁のコンボは免れないかと。
逃げられないならせめて、と情報をクレアに流し、研究者としての才能を開花させ・・・・・・。
そしておじさんの過保護に巻き込まれ、ガスマスク仮面と同じくけんちゃん育成計画に携わっていた、と。
武力は死神から、知識は年上のお姉さんから教わっていたのさ、ということにしたいがための改変でした。
設定の整合性がとれてない部分は、各自補完ということでお願いしたいです。
考えが浅くて申し訳ないです・・・・・・。

え、今後の彼女の出番ですか?
・・・・・・察して下さい。
炉利魂を持っている皆さんなら解ってくれるよね?


>以下、前回投稿分です

私がネタを出す時は引き出しの無さを誤魔化すときry

今回からタイトルが変更することとなりました。
新タイトルは『学園黙示録:CODE:WESKER』です。
既に投稿した分のタイトル変更も徐々に進めていこうと思います。
案を考えてくださったハーヴェストさん、ありがとうございました!

今回の投稿分は尺が短めですが、漫画一話分のストーリの進みが私には丁度良いかもしれません。
アニメ一話分だと情報量が多すぎて気力と体力が続かなく・・・・・・。
ああ、働きたくないでござる・・・・・・。
働きたくないけど働かないといけないでござる。無念。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:10 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/10/15 23:52
車両での移動は足の鈍い<奴ら>を巻くには都合がよかったが、やはりそのエンジン音は無視出来るものではなかった。
音に引き寄せられた<奴ら>の群れが後から後から押し寄せ、切りが無い。
一体一体の戦闘力は健人と冴子にとり、大したことはなかったが、とにかく数が多かった。
捌くには骨が折れるし、長時間の戦闘は集中を削ぎ、重大なミスを引き起こしかねない。冴子は当然、健人も完全に不死というわけではないのだ。それは、身体の芯から感じる倦怠感が教えている。
ハンヴィーの中で十分に休眠を取ったが、それでもこびり付いて取れない疲労感は、生命活動に何らかの影響があったということだ。
少しだけ安心する。人間のままであったなら確実に死んでいた負傷も、たった一晩で完治してしまう身体にはなったが、不死身になったわけではないらしい。
手足を噛みつかれるくらいならば平気だが、首や胴体は不味い。あんなレベルでの負傷を繰り返したら、本当に死んでしまうかもしれない。
つまり、と健人は心中で繰り返した。
自分は、死にたくなったら死ねる、ということだ。
それは健人にとって、最後の救いになるかもしれないものだ。


「これでは中州に逃げ込む前と同じだぞ!」

「次の角を曲がれば解るさ」


冴子の問いにハンドルを切る。
公園、という疑問が背後から上がった。
健人が目指したのは、二丁目住宅街にある市民公園だった。もちろん、この公園を根城としていた人々のように、段ボールで家を造って籠城する訳ではない。ここに<奴ら>を引き付けるつもりだったのだ。
車止めを引き倒しながら、アーゴは舗装された敷地内へと侵入した。
そのまま中心を突っ切り、中央部噴水に車体を突入させる。
大きな水飛沫が上がった。


「君は女を濡れ鼠にする趣味でもあるのか!」

「テープ取ってくれ」


非難を黙殺され、むぅ、と冴子は唸る。
巻き上げられた水を被り、つい先ほどまで居た中州でのように、制服の下から下着と肌の色が浮かび上がっていた。
健人を睨みながら服の端を引っ張る冴子だったが、今回は着替える暇などない。
受け取ったテープを使い、健人はアーゴのアクセルを開けたままに固定。ハンドル位置を修正する。
円形の噴水の内周に沿うよう、アーゴは回転しながら前進を始めた。
水陸両用の燃焼機関が公園に大きくエンジン音を響かせる。


「なるほどな・・・・・・音で引寄せて、その間に」

「即席の<奴ら>ほいほい、ってな。東側の出口から行けば近い」

「戦うのか」

「ああ」


頷き、手袋を外し、ポケットにねじ込む。
ダッフルコートは腰に。健人は異形と為った右腕を外気に晒した。
未だその外見を受け入れることは出来なかったが、戦うための手段としては、健人は自身の右腕の異形を許容していた。出来る程には、慣れてしまったと言うのが正しいだろうか。
表面を覆う触手の群れが筋肉の様に膨張する。ぐちゃぐちゃ、ぐじゅぐじゅ、と泥水を捏ねるような音。
口を開けて肉を咀嚼するような、そんな不快な音がする。
え、と呆けたような声を発しながら、健人は自身の腕を掲げた。
明らかな異変が発生しつつあった。おぞましさに背筋が震える。


「う、うう――――――ッ!」


悲鳴を噛み殺したのは冴子だった。
健人はもはや、声も出ないといった有り様だ。
手袋の下で、水っぽい不快な音を立てながら、触手が溶け合っていたのだ。
大量の蛇が絡み合う交合場面に墨汁をぶちまければ、同じような光景となるのかもしれない。黒い蛇達が一斉に絡み合い、喰い合い、一つになっていく。
乱雑であった触手の群れが、規則性を持って整列していった。筋繊維を象っているのか。
しかし、蠢く黒の筋繊維はその一本一本が神経の通う触手であることを伝えているし、少し力を込めれば今までのようにそこかしこから飛び出しては、てんで好き勝手に伸縮していた。
とりわけ変異が激しかったのは、手首から先。
変異した手は五指は揃っていたし、極端に肥大化した訳でもない。ただ、それぞれの指先から鋭い爪が延び出していた。
まるで<リッカー>のようだった。
傷跡の疼きを思い出す。


「まさか、学習したってのか――――――?」


健人はどこか現実感のない意識で、取留めなく呟いた。
恐らくは、その予想は正しいのだろう。
右腕に宿った触手群は、昨夜の戦闘を経て<リッカー>の腕部の形状を最適と判断し、それを模写したのだ。
健人は近付く<奴ら>の頭部へと手をかざした。
<リッカー>が住民達へ為したように、アーゴの動きに連動した爪は、チーズをもぐようにして<奴ら>の首から上を引き裂いた。
力を込めれば幾分も細くなった触手が一気に膨張し、右腕を覆う。
鞭のようにしならせる、打つ、膨張させ叩きつける。一通りの動作を<奴ら>相手に試していく。その度、辺りには細切れとなった肉片が散乱していった。
半ば作業の様に動作確認をした健人が抱いたのは、何で今になって急激な変異が起きたのだろうか、という疑問。
己の闘争心に反応したのかもしれない。
そうとしか思えなかった。
こんな、見るからに戦うための形状など。
異形の右腕は健人の意思に応えて<リッカ―>のそれを模倣することで、不定形と具体形を兼ね備えた、新たな形態へと進化したのだ。


「内側の侵食が進んでるってことかよ・・・・・・チクショウめ」


意図せずここまでの形状変化が発生したのは、健人と触手との結びつきが強くなったからに違いない。
これまで自在に伸縮を可能としていたのは、脳からの指令をリーディングしていたからだということは、健人も想像が出来た。
ならば、ここまで顕著に反応を示したということは、感情や本能といった意思そのもののリーディングが可能な位置にまで侵食が進んでいた、ということだろう。
延髄を伝って這い寄った蛇が、脳幹に喰らい付くイメージが浮かぶ。
変異の最中には痛みも、疼きも、全く感覚が無かったことが、ことさら恐怖を煽った。
最も心配だったのは、半固体化したこれを衣服で隠しとおせるのかどうか、ということだった。
健人が不安に思うと、またその意を汲み取ったのか爪は小さくなり、右腕は元の形状へと落ち着いていく。
あくまで触手が硬質化したものであるため、ある程度は形状も自由が利くようだ。
色を無視すれば触手の配列も相まって、皮を剥いだ人間の腕に見えなくもなかった。だからと言って、少しも嬉しくはないのだが。
ああ、と健人は天を仰いだ。本当に、人のそれに見えなくもない。なまじ似ているからこそ異形が際立ち、一層嫌悪感を誘う様相を醸している。


「う、上須賀君! 腕が・・・・・・!」

「ああ、変わったな」


投げやりに健人は答えた。


「よかった、これでもっと戦い易くなる。前のだと振りまわされて扱い難かったんだ。やっぱり肉がないと」

「そんな強がりを言って、君は!」

「いいんだよ、これで」


これでいいのだ、と頷きながら、言う。


「変わってしまったのはもう仕方がないんだし、今更だろ。見ろよ。こいつは俺を生かそうとしてるんだ。戦わないと生き残れないってことを、知ってるのさ」

「しかし・・・・・・」

「大丈夫だ。どんなに変わってしまっても、俺は俺、なんだろう?」


それは冴子が健人に訴えた言葉。
はっと気付いたように、冴子は顔を上げた。


「・・・・・・そうだったな。そうだとも。例えどんな姿になったとしても、君は君だ。私はそう信じている」

「そうかい。だったらもう、一々騒がないでくれよ。結構へこむんだ」


たぶん、こんな程度の変化など、未だ始まりに過ぎないのだから。
きっとこれから先、全身が異形と化していくのだ。
健人の右腕へと異形を植え付けた、あの蛇の群れの様に。


「結局は俺の意思の問題か。心が折れるのが先か、くたばるのが先か」

「大丈夫だ」

「・・・・・・またそれか。で、その根拠は?」

「私が君を支え、守るからだ」

「そりゃまた光栄だ。弱っちい人間のくせにな」

「そんな言い方はやめろ。私を信じてくれ、健人君。どうか私を頼ってほしい」

「う、え、す、が、君だろうが馬鹿野郎」


冴子の望みとは、結局はそれなのだろう。
共依存の関係を築くことで、俺を取り込もうとしているのか。
ぞっとしないな、と健人は思った。
なるほど、確かに女であると豪語するだけのことはある。
冴子の瞳は情欲に溢れていた。
言い換えれば、愛だ。
そしてその愛は――――――。


「・・・・・・行くぞ。もっとこいつの力を試してみたい」

「承知した!」


飛び出したのは同時。
初撃を加えたのも同時だった。
冴子は木刀で、健人は新たに得た鉤爪で<奴ら>に喰らい付いていく。


「臭いな・・・・・・せめて髪だけでも洗ったらどうだ」


<奴ら>と化した元公園の住民を、一刀の下で吹き飛ばす冴子。
無茶を言ってやるなよ、とは健人は口にしなかった。
むせ返るような血臭よりも、それに混じる油と垢と汗の混じったすえた臭いを指摘したのは、前者をもはや常の臭いだと認識したからか。


「さあ・・・・・・遠慮は無用だ!」


アーゴのエンジン音で釣れた<奴ら>の数は、もう数えきれない程。
ここ一帯の個体が集まりつつあるようだ。
入れ食いだな、などと思いながら、健人は爪を振るった。
尋常ではない膂力によって、横にまとめて三つの胴体が、縦に五つに分断される。
頭部を完全に破壊しなければ上半身だけになっても活動する<奴ら>だったが、数が多ければこうやって対処する方が楽だった。肉となって柔軟性は損なわれたかもしれないが、殺傷力は飛躍的に跳ね上がっていた。
寄り集まって新たな形態となった触腕は、健人の予想以上の威力を発揮する。
かといって、これだけの数を全て相手取る訳にはいかなかった。
猛烈な勢いで健人は道を切り開いていく。
冴子の方はというと、フォローは必要なさそうだった。
実に活き活きと<奴ら>を打ちのめしている。あの夜のように、弧を描いた口元からはちろちろと真っ赤な舌先が、顔を覗かせていた。健人の背筋が震えた。
次なる標的に向け、冴子は木刀を振り上げた。


「――――――!」


そして、冴子は目を見開いて静止した。


「何してるんだ馬鹿野郎!」


一向に振り降ろされる気配がない木刀に、健人はギョッとしながら、間に身を滑らせた。
<奴ら>の歯が左手に喰いこみ、血が溢れる。
すかさず鉤爪でその顎から上を引き裂いた。


「あ、ああッ・・・・・・! 健人君、噛まれ・・・・・・」

「俺は噛まれたって平気なんだよ。いいから、しゃっきりしろ!」


近付くもう一体の<奴ら>を拳鎚で叩き潰しながら、健人は怒鳴り付けた。
冴子は揺れる瞳で、今しがた健人が潰した<奴ら>の残骸を見詰めている。
足元にへばりつく肉を、処理し切れていない感情の波が籠る瞳で、じっと。
それは、子供の<奴ら>だった。


「<奴ら>なんだぞ、こいつらは――――――!」


ギリ、と健人の奥歯が鳴った。
これだから、こいつは。
しかし言ったとて伝わるまい。
意見の相違は思想の相違でもある。健人にとってそれはもはや、人の形をした肉塊にしか見えない。だが冴子には、別の何かに見えたのだろう。
あるいは、彼女が常日頃口にする女の母性が投影されているのかもしれない。
もう一体の小さな<奴ら>を叩き潰した時には、冴子は口元を押さえ、身を引いてしまっていた。
一言吐き捨て、健人は冴子の手を引いた。
もちろん、繋いだ手は右腕ではない。


「こっちだ、急げ!」


公園を出ても引きずられるままの冴子。
健人が睨みつけても覇気の無い顔で眼を反らすのみ。何の反応も無い。
このままでは――――――。
健人の脳裏に、最悪の展開が過る。
数の力は強大だ。
冴子を庇っては、これ以上先に進めない。
見捨てて行くべきか。いや・・・・・・。


「どれだけいけ好かなくても、こいつは俺を見捨てなかった」


あえて口に出し、決めかけていた選択肢を掻き消す。
健人の言葉は事実だった。そしてそれにより健人がいくらか救われたのも、また事実だった。
手を差し伸べた側にどのような思惑があっても、救われる側は関係がない。
冴子の本性はさておき、その行いだけは健人は有り難いと思っていたのだ。
ここでこいつを見捨てることなど、出来ないか。
諦めて、健人は先を目指すことにした。
振るう鉤爪は絶え間なく肉を裂いているというのに、何故か軽く感じた。

駆ける二人の前に、鳥居が近付く。そこから山の上へと続く階段も。
健人は迷いなく階段を昇っていった。
山上に築かれた神社はその規模に比べ、長い階段が災いし参拝客はほとんどいなかったはず。
そんな寂れた神社には、流石に<奴ら>も出没しないだろう。
社の中に息を潜めて立て籠れば、朝まで時間も稼げるはず。
そんな考えからである。
そして目論見通り、境内に<奴ら>の姿は見えなかった。何処かにはバイトの元巫女か元神主がいるだろうが、出くわせばその時だ。
狛犬に睨まれながら拝殿に踏み入り、これならばと閂を下ろす。
途端、しん、と冷やかな空気が肌を刺した。
たった扉一枚で下界とを区切る神の領域は、世界がこんな状態になっても厳かで、清浄だった。
ただし、神様はそちら側に逃げ込んだ人間も、守ってはくれない。
そこいら中に、触手を引き千切っては黒い血液をぶちまけてやりたくなる衝動を抑えながら、ぼんやりと立ちつくす冴子を放り、バックパックから取り出した非常用蝋燭に火を灯した。


「ここで朝を待とう」

「・・・・・・」


冴子の返答はない。
蝋燭を手に、健人は周囲の点検を始める。
内部は本殿と拝殿が合一したような造りだった。
狭い敷地内に全ての機能を収納しているのは、住宅街に合わせた建築様式なのだろうか。
本来ならば本殿に安置されているはずの御神体を、健人は手に取って掲げた。
それは一振りの日本刀だった。
拵えは古いが、鞘から抜き払えば刀身には、つい最近に研ぎに出された形跡がある。
これならば今すぐにでも使えるだろう。
反りは浅く、刃紋は無い。切先が両刃となっている珍しい業物であった。
ぼんやりと朱に照らされた健人の顔が刀身に映る。
そのまま吸い込まれそうな錯覚は、銘も知らぬこの刀が紛れもなく名刀であることの証明に思えた。
鋼の輝きを鞘に収める。
使えよ、と手渡しても、本来ならば喜びそうなものを冴子は特に何かを感じる様子も無く、無言で受け取るだけ。
健人は頭を振ってシートを引き、その上に倒れ込むように腰を降ろした。
もう限界だったのだ。
道中ずっと、体調が優れなかった。
多少なりと負傷はあったが、それよりも疲労感が凄まじい。
身体の芯から力が抜けていくような、そんな感覚。
同時に、異様に腹が空いていた。
脅威的な治癒力も膂力も、無から産まれる訳がない。
健人の肉を苗床に増殖を続ける触手だったが、エネルギーの補給をしなければ、いずれ活動は停止するだろう。
エネルギー効率は解らないが、ただ生きるだけならば無補給で30年は生存出来るような気もする。自身の身体に対し、そんな確信めいた予感も抱いている。
しかし、それはサナギの様に体機能を停止させていたら、の話だ。
変異や治癒、そして戦闘を消費の大半としている以上、定期的に食事を取らなければ、直にガス欠を起こすだろう。
飢餓感を覚えるということは、それが活動に必要であるということなのだから。
もしかしたら、<奴ら>が人を喰らうのも補給のためかもしれないな、と健人は思った。


「・・・・・・なにもたずねないのだな」


いつの間にか側に寄っていた冴子が、蝋燭の火を見詰めながら、小さく呟いた。


「お前があんなになるなんて、よほどの理由だろう」


それは冴子を気遣っての言葉ではない。
よほど切り合いが好きな癖に、何を良い子振っているのか、という意図の皮肉でもって発せられていた。
それも伝わらないのならば、意味はないのだが。


「君にはなんの意味もないことだが・・・・・・聴いてもらえるだろうか?」


本音を言えば、健人はこのまま泥のように眠ってしまいたかった。
聴きたくない黙ってろ、と言い放ってやりたかったが、そこまで非道にはなれない自分に呆れ、肩をすくめて冴子に続きを促す。
意見やアドバイスを求められたら別だが、彼女が勝手に話す分には困らない。
聴くだけならば構うまい。聴くだけならば。
そして勝手に口を閉じるのも彼女だ。


「まあ、話すにしてもここに座れよ。腰が冷えるぞ。あと、これ」


バックパックから健人が差し出したそれに、腰を降ろした冴子はきょとんとして首を傾げた。
片方はウェットティッシュだが、もう一方が何の用途に使う物か解らないらしい。


「携帯トイレですよ、女王様」


一杯聖水を恵んでおくれよ、などと眼を瞑って横になった健人を見れば、まともに取り合うつもりがないことなど解ろうものなのに。
数瞬呆気に取られた後、冴子はくすくすと笑い始めた。


「嬉しい。嬉しいよ」


健人は思わず眼を開ける。
こいつは一体、何を喜んでいるのだろう。
邪険にされて喜ぶ性癖でも持っているのだろうか。
初対面からそうだったが、健人には冴子の事がさっぱり解らなかった。


「その、こういう時は寝たふりをしてもらえるのが、一番助かる。ありがとう。気遣ってくれて」


眼を閉じて横になったことを、我関せずのポーズだと取ったのか。違わないが、違う。
勘弁してくれよ、と顔をしかめた時には、冴子はそそくさと屏風の裏側に隠れた後だった。
この屏風も健人が立てたものだったが、こちら側と隔てるようにして配置したのも全くの偶然だ。


「ん・・・・・・」


小さな声が聞こえ、慌てて健人は耳を押さえて背を向けた。
こうなってしまっては強化された己の聴力が恨めしい。基本性能が上がっても指向性は無いらしく、手で塞げば無音になるのがせめてもの慰めだった。
激昂させて話を切り上げようとしたのに、何をどう間違えたのか。
やはり、こいつを理解できる日は永遠に来ないだろう。
健人は改めて結論を下した。


「最近の技術はすごいな。処分をどうしたらいいか困ったが、ゼリー状に固まるとは。そのままゴミ箱に捨てるもよし、火にくべてもいいそうだ。
 臭いも無くちゃんと燃えるのだとか」


すっきりとした様子で戻る冴子。
いらない報告である。
気まずさにふん、と鼻を鳴らせば、冴子は恥ずかしそうに俯いて、スカートの裾を抑える。
またいらぬ勘違いが発生しているようだった。もう訂正する気力も無かったが。
しばらく落ち着いてから、健人はどうぞと手で促した。
話を聴かせたいのなら、もうさっさとして欲しかった。とっくに身体は休眠の必要性を訴えている。
もしや、黙って促したのも優しさだと取られてはいやしないだろうか。そう思うと健人はより鬱屈した気分になるのだった。
冴子は静かに息を整えてから、ようやっと語り始めた。


「・・・・・・思いだしてしまったのだ。・・・・・・虞を!」


おそれ、と拝殿の静けさを裂く様に、木霊する声が深々と響く。


「子供の<奴ら>がいたから?」


よせばいいのに。
しまった、と口を噤んだ時には、言葉は発せられた後。
無意識に問いを発してしまっていた健人は、また面倒くさいことになるぞ、と話の流れに傾聴する。
口を出してしまった以上は、良く聴き、適度に応える以外の選択肢はない。
そういうわけではないのだ、と首を振りながら、冴子は続けた。


「中州で私に、好きな男がいるかどうか、訊いてくれたな」

「そっちもな」

「私も女のつもりだ。男を好きになることもあるよ。しかし・・・・・・想いを告げたことはない。告げる資格があるとは思えないのだ」

「意外だな。見た目はいいんだから、どんな奴だって頷きそうなものだけど」


意外に思ったのは本当である。
彼女の性格ならば、勇み足で切り込んで行きそうなものを。
そして健常な男であれば、その肢体の瑞々しさに目が眩み、首を縦に振るしかなくなるだろう。
隅々まで櫛の透された美しい黒髪。長い睫毛を携える、切れ長の瞳。真っ直ぐに通った小さめの鼻梁。
余分な肉を極限まで削ぎ落し、それでいて女としての柔らかさが損なわれてはいない肉体。隙のない歩み。洗練された立ち居振る舞い。
これだけ揃っているのだ。自分だって、普通に冴子と出会っていたのならば、素直に頷くしかない一人となっていたはずだ。
後に、それに騙されて痛い目をみるに違いない。


「・・・・・・人を殺めかけていてもかね?」


健人の片眉が跳ね上がる。


「4年前・・・・・・夜道で男に襲われた。むろん負けはしなかった。木刀を携えていたからな」


肩胛骨と大腿骨を叩き割ってやった、と冴子は続けた。


「君も知っている、あの日の夜のことだ」


この時点で健人の目は、両眼共に開かれていた。
眠気は飛んだ。
あるのは、じくじくとした幻痛のみである。


「知っている、とはえらい言い草だな。当事者に向って」

「・・・・・・そうだな。君が黙っていてくれたおかげで、警察は私をそのまま家に帰してくれたよ」

「へぇ」


適当に相槌を打ったが、しかしこの話題は健人にとって、すぐさま打ち切ってしまいたいものだった。
本当に面倒くさいことになったな、と内心で独り愚痴をこぼす。


「結局、何なんだよ。どうしてさっき、剣を振り下ろさなかったんだ。これはそういう話じゃないのか」

「・・・・・・楽しかったのだ」


いつの話か、というのは健人には解らない。
会話の時系列が激しく前後していた。
眼球が忙しく動いている。視線が定まらないのは、酩酊状態にあるからだ。
薄らと弓引く桜色の唇を見て、その時の感覚を反芻して悦に入っているのだろう、と健人は感じた。
4年前と、つい今しがたの感覚。
それは肉を打つ感覚か。


「明確な敵が得られたこと、それは快楽そのものだった! 木刀を手にした自分が圧倒的な優位に立っていると知ったあとは、怯えた振りをして男の動きを誘い・・・・・・ためらうことなく逆襲した!」


楽しかった。
本当に楽しくてたまらなかった。
そう冴子は、一息に吐き出した。


「それが真実の私、毒島冴子の本質なのだ。まともな理由もなく力に酔える私が、少女そのものの真心を抱くことなど許されると思うかね?」


答えを求めているのだろう。
言いながらにじり寄り、冴子は仰向けに横になる健人の上に半ばまで覆い被さって、顔を覗き込んでいた。
じいっと視線がぶつかり合う。
近い。
そして、目が合ってしまった。
今更背けることも、閉じる事も出来ないだろう。
誤魔化しは利かない。


「お前が羨ましいよ」


きっ、と冴子が至近で健人を睨み付けた。
だが、これが健人の飾り気の無い、本心だった。
本心なのだから、お気に召さなくとも仕方がなかろう。
これが私の真実だ、などと、本当の自分を見て欲しいとか、それで受けとめて欲しいとか、そういうことなのか。
前から思っていたが、こいつには露出の気があるようだ。
他人の全く興味の無い趣味に付き合うのは、苦痛を伴うこともある。
健人にとって、まさに今がその瞬間だった。
彼女と比べ自分は、未だに己が何者であるかを計りかねているというのに。


「俺は、理由がないと動けないから」

「誤魔化さないでくれ! 私は、私は・・・・・・!」

「どいつもこいつも死ねばいいと、いつも思ってたよ。あれだ、不運な子供達の一人だったからな、俺は。世界中が滅茶苦茶になって喜んでる奴らの一人だよ」


だから罰があたったのかも、と剥き出したままの右腕を、冴子の視界に入るように少しだけ動かした。
冴子は健人の両肩に手を置いて押さえつけていた事に、ようやく気がついたようだ。
あっ、と小さく声を上げたが、それでも上から退こうとはしなかった。


「いいなあ。弱っちい奴らを虫けらみたいに潰せたとしたら、さぞかし気分がいいだろうなあ。すれ違う奴らの首を端から締めていけたら、どれだけスカッとしただろうなあ」


その瞬間の冴子の顔は、裏切られたとでも言いた気に、悔しそうに歪められていた。
構うものか。健人は止まらずに述べた。


「でも――――――誰がするか、そんなこと」


冴子の瞳を、視線に込められた以上の苛烈さでもって、睨み返す。


「俺は少しも変っちゃいないよ。誰も彼をも羨んでは斜に構えてる、クソガキのままだ。ただ、学んだのさ。そして、信じることにした」

「・・・・・・それは一体、何を?」

「世界は俺が思ってるよりもちょっとだけ、面白いってこと」


何せ死体が起き上がって徘徊するくらいだ。
まるで悪夢が具現したような光景。
誰もが待ち望んだ非日常が現実となるくらいだから、世界もまだ捨てたものではないだろう。
例えそれが、地獄であったとしても。


「そして、人を信じるってこともな。俺にその二つを教えてくれたのは、叔父さんだった」


世界中の何もかもを信じられなくなったのならば、それでいい。私を信じろ。私のために生きるのだ――――――。
叔父はそう言ってくれた。
それだけを胸に、健人は今まで生きてきたのだ。生きてこれたのだ。
きっとこれからも――――――。 
そのためにはまず、叔父を信じてもよい己にならねばならなかったのだ。


「毎日吐きそうだったよ。こんな素晴らしい人と環境に囲まれてるのに、他人を貶めることしか考えられない俺は何なんだろうって。だから俺は、自分を殺すことにした」

 
冴子の手から、震えが伝わる。
痛いほどに爪が肩に喰い込んでいた。


「他人を踏み躙っては悦に入る下種を、何度だって殺してやったさ。俺は、叔父さんの信頼に足る人間になりたかったんだ」
 
「・・・・・・そう、か」

「力は隠すべきだと言われたよ。そして俺は、それに頷いたんだ。暴漢と間違われて木刀で滅多打ちにされたくらいじゃ、信頼は裏切れない」


そうだったのか、とか細い呟きを残し、冴子は健人から離れた。
あの夜、冴子が暴漢に襲われた日、偶然健人もその場に居合わせていた。
コンビニ帰りの近道に路地裏を歩いていた所、男が悲鳴を上げて這いずっていた。それに向って、木刀を振り上げる少女の姿が。
慌てて身を割り込ませた健人は、パトカーのサイレンが聞こえるまでの数十分を、少女による暴行から耐えることとなる。
男の上に身を投げ出し、亀のように身を丸め、背中を何度も強打された。
肩胛骨と言わず肋骨、指、腕の骨を何箇所も叩き折られた健人だったが、警察が到着するやいなやその場から逃走。
誰の目にも映らずに、重傷を負った身体をして逃げおおせたのであった。
国際郵送で銃器を送りつけて来るような叔父を持つ健人は、警察組織に世話になることは絶対に避けたかったからである。
後日中学校にて、あの辻斬り少女が冴子であったと判明するのだが、健人は沈黙を貫いた。
関わり合いを持ちたくなかったのだ。
どうしてか何かと冴子は健人の世話を焼こうとするようになるのだが、それがいつ自分の罪が暴かれるのかと機嫌取りをしているようにも見え、健人は冴子を避け続けたのであった。

実際に打たれた健人であるからこそ解ったのは、冴子は自分が楽しむために、執拗に一撃を加えていたということだ。
混乱し過剰防衛に及んでしまった、という訳では断じてない。
弱者を嬲って、反応を観察して、楽しんでいたのだ。
実のところ、冴子からの接触がなければ、健人はその事件そのものを忘れていただろう。
健人が冴子に対して苛立ちを抱くのは、それは自分自身にも、その資質があったが故だ。
弱い者いじめは、楽しいのだ。
その感覚は、何としても封じ込めねばならないものだった。
健人は、殴られようが、打たれようが、日常生活の中で反攻に転じた事は一度も無かった。深夜、居酒屋でのバイト中、酔っ払いにビール瓶で殴りつけられた時も健人はただじっと耐えていた。
平野と同じだ。
己の力を、健人は隠し切ったのだ。


「だから俺は理によってのみ動く。例え、俺の全部が人間でなくなったとしても、それが最後の防波堤になる。そう信じてる」

「・・・・・・自らの本質から逃れることなど、誰にも出来ないはずだ」

「当然だな。だから否定するのさ。そいつが顔を覗かせる度に、何度でも殴りつけてやる。俺はそんなものを許しはしない」


ぐ、と冴子は喉を詰まらせたようだった。


「君には、自分を否定するほどに信頼出来る人がいたのだな。私には・・・・・・」


すがるような視線。
冴子の言葉を、健人はただ一言で切って捨てた。


「“俺を”理由にするなよ」


健人の行動は叔父の言葉を根幹としている。
しかしその健人でさえ、過去に自己否定にまで至ったのは、あくまで己の意思による決定だった。
始まりは、自分しかいないのである。そして、最後もだ。
叔父の存在そのものを理由にしてしまえば、最悪、叔父が死んでいたら健人は後を追うしかなくなってしまうではないか。
叔父の言葉に多大な薫陶を受けてはいるが、ならばこそ決定権の全てを依存してしまっては、お互いに邪魔となるだけだ。
自我の無い人形など、それこそ叔父が最も嫌うものであるだろう。
まずは自己の確立こそが最優先なのである。
その上でのみ、信頼関係が成り立つのだ。誰かを己よりも上位に置く場合もまた、同じではないか。
それが健人の持論であった。
健人はまず卑屈な己を叩きのめし、そして叔父の存在を絶対と置いたのであった。
であるために、健人と叔父の関係を結ぶのは依存ではなく、忠誠なのである。
盲目的な狂信でなく、理性でもって従うと決めているのだ。
結果は同じでも、こればかりは譲れない。ただの狂信であるのなら、それは機械と変わらない。
――――――当然、反目の可能性もそこには含まれているからだ。それは叔父も、そして健人も承知の上のことだった。
どうしても腹に据えかねることがあったのなら、健人は叔父の手を払うかもしれない。よほどそんなことは有り得ないと、言い切ることは出来るのだが。

冴子は逆だ。そうではなかった。
健人は叔父の信頼が欲しいがために、己を改変させた。
冴子は――――――実際はどうだかは解らないが、ここは愛と仮定しよう――――――愛が欲しいがために、己を改変させようとしている・・・・・・と、そう思い込んでいる。
健人へと自らの本質を説いたのは、己の基盤を確かめようとしたためだ。冴子は、自己の確立に苦しんでいるのである。
であるならば、だ。
冴子は己を改変させんがために、愛を欲したのである。
これでは逆ではないか。
冴子は己を形成するパーツの一部分として、健人を使おうとしているのだ。
その内、健人がいなければ生きていけない、などと言い出しかねない。
取り込まれるのはごめんだ、と健人は思った。
自分の事を憎からず想ってくれるのは嬉しいが、しかしそれが間違った想いであるのならば、迷惑なだけだ。

人は孤独の中でも生きていける、という人生論が健人にはある。
世界がこの様になって、尚更にそう思うようになった。
ただ、孤独の寂しさに耐え難いだけで。
それは叔父と出会う前、独りきりとなった健人が得ていた一つの答えだった。そして叔父自身も、同じ考えを抱いていたように思える。だから惹かれあったのかもしれない。
今もこの瞬間、一秒刻みで人の命が軽くなっているのだ。
一心同体だなどと思われたらば、枷でしかなくなってしまう。今回だって独りで行動するはずが、結局付き纏われているのも、その傾向が強まっているからのように思えた。
生き残るために小室を愛している節のある宮本の姿こそが、今においては正しいのである。
小室がいなくなれば、平野を愛するようになることは容易に解ることだった。健人は腕の問題で駄目だろう。冴子はそれでもいいと言いそうなのだから、問題なのだ。
宮本の振る舞いは平時においては間違っても褒められはしないだろう。
しかし今は平時ではない。
そして健人の心の内も、日本人の言う平時などこれまで存在したことがなかった。
これだけは叔父の教育の賜物である。

つまりは、健人が冴子を嫌う最たる理由は、冴子の愛は自己愛が基本だからであった。
宮本のように、生存や保全のための本能的欲求から来る欲動としての愛とはまた違う、己をより完璧な存在にするための愛だったのである。
取り込まれてしまっては、動けなくなる。そんな恐怖を、健人は冴子に対し常日頃から抱いていた。
別に、それそのものを悪いとは言わない。
冴子を悪いとまでは言わないが、ただ健人の気質とは、致命的に合わないだけだ。


「もう遅い。明日に備えて身体を休めよう。どうせまた走ることになる」


それきり黙りこんだ冴子を余所に、健人は欠伸を漏らして寝返りを打った。
話はこれでお終いだ。やはり、面倒くさい話だった。


「クソ、何だこれ。罪悪感、なのか? チクショウめ・・・・・・」


鬱屈した気分を抱えたまま、健人は無理矢理に意識を眠気の泥に沈めた。
背後からは、幾度となく鼻を啜る音が聞こえていた。










■ □ ■










翌朝、肌を突き刺すような悪寒に健人は飛び起きた。
目玉が裏返りそうな程の焦燥感。
胃酸が込み上げ、口内を酸味で満たす。
身体の震えが止まらず、動悸が収まらず、呼吸が短く乱れていく。
この感覚には、覚えがあった。


「まさか、<化け物>が――――――!?」


健人が初めて遭遇した<化け物>である触手群とは比べ物にならないほど小さいが、確かに同じ気配を感じる。
それも、すぐ近くに。
あまりにも小さい気配に察知が遅れ、接近を許してしまったか。
健人は閂を蹴り飛ばし、拝殿の外へと飛び出した。
朝日の眩しさの後、視界に映ったのは<奴ら>の群れ。


「何で・・・・・・葉鳴りの音でなのか? 馬鹿な!」


焦りに大声が上がる。
<奴ら>の首が、一斉にぐるりとこちらを向いた。
迂闊、と舌打ちした時にはもう遅い。全ての<奴ら>の標的が、健人に移っていた。


「あ・・・・・・」


健人の大声で起きたのだろう、冴子が唖然とした様子で立っていた。
一応は古刀をおびてはいるが、迫る<奴ら>の群れを見ても、未だ呆けた顔。目は赤く腫れていた。
昨夜のやり取りを引きずっているのが瞭然だった。


「おい、辻斬り! 聞いてるのか! このまま走るぞ!」


一瞬だけ視線は動くも、その目は伏せられてしまう。
苛立ちと、後悔と、怒りと――――――健人自身にも解らない感情の波が押し寄せる。


「聞け、“冴子”!」

「――――――いッ!」


激情のまま、健人は冴子の胸倉を掴み上げていた。
額がぶつかり、骨の当たる鈍い音が頭蓋骨に響いた。


「理由がなければ戦えないというのなら、俺がくれてやる!」 
 

まともな理由もなく力に酔える自分が怖い。
昨晩、冴子はそう言っていた。
それは、まともな理由さえあれば存分に力に酔えるのに、と叫んだのにも等しい。
だが道徳というものが邪魔をする。
武術を収める家に産まれたのだ。その教義は根強いものだろう。
理由さえあれば、だが、そんなことが許されるわけがない、と冴子は彼女の曰く本質と士道の板挟みになっているのだ。
完璧な人間になりたいのだ。この女は。
だが、もはや諦めてもらわねば困る。
この女の望む毒島冴子を、今ここで、俺は殺さなければならない。


「どんなに変わり果てたとしても、俺は俺のままだと言ったな。なら俺は、お前はお前だと言い続けてやる! 
 だから死ぬな。俺のために、お前自身のために、本当のお前であり続けろ。俺の前に曝け出すがいい! お前がどれだけ汚れていようとも、俺は――――――」


ああ、言っちまったよ、俺。
心中で冷静な部分が自嘲を漏らす。


「俺はそれを、決して許さん」


はぁ、と冴子の吐息が顔に掛かる。
生暖かさの中に、甘さを感じた。


「承知したよ・・・・・・健人!」


健人の名を呼び捨て、冴子はぱっと身を翻した。
足取りは確かに、横顔には精気が漲っていた。
しゅらん、と刃鳴りの音をさせ、白刃が日の下へと曝け出される。
冴子の狂気を得て、ぬらぬらと怪しく輝いているように見えた。


「これだ!」


<奴ら>の眉間の中心に、両刃の切先を突き入れる。


「これなのだ!」


保護板が施されたヒールでもって顔面を踏み付ける。
刀を振り上げて、冴子は舌なめずりした。


「たまらん!」


唐竹に、頭を顎先まで真っ二つに分断。
血飛沫と脳漿をシャワーのように浴びながら、朝日の下で、冴子は薄らと笑っていた。


「濡れる――――――ッ!」


魅入られるとは、このことか。
冴え渡る剣の閃きと、それを繰る女の肢体から目が離せない。


「見ているか、健人! 見ていてくれるか! もっと私を見てくれ! この私の浅ましい姿を!」


上気した顔で訴える冴子に、ああ、と健人は乾いた返事しか返せなかった。
だが冴子はそれで満足したようだ。
言葉はいらない。ただ、見ていてくれるだけでいい。
そうとでも言いた気に、冴子は舞う。
それは獅子奮迅というより、水を得た魚と称するのが正しいのだろう。
腿を伝って水滴が、石畳に数点の染みを穿っていた。


「数分で良い、持ち堪えられるか?」

「ああ・・・・・・待て、何処かへ行くつもりか?」

「確かめないといけないことがあるんだ。すぐに戻るさ」


冴子は一瞬不満を浮かべたが、任されよ、とだけ言って、<奴ら>へと向き直った。
ぎらつく眼で次なる獲物を選別する冴子には、迷いは無いように見えた。
例え自分がどれだけ忌むべき性癖を発揮したとしても、健人がそれを全て憎み、浄化してくれると、そう信じているかのようだった。
これだから、と健人は走りながら頭を振った。
結局は、あの女の思い通りに事が運んだ訳だ。
あれはもう俺から離れようとしないのではないか、などと、恐ろしい考えが浮かぶ。
そうなれば、引きずって歩くか、重さに潰れるか、どちらかになってしまうのだろうか。
ええい、なるようになれだ。
今はこちらに集中せねば。
漂う<化け物>の気配を辿れば、健人が辿りついたのは境内をぐるりと囲む林の中だった。


「なんだ・・・・・・これは・・・・・・」


健人が絶句したのも無理はない。
林の中で健人が見たものは、粘着質なゲルが菌糸のように、木々の間に張り巡らされている光景だった。
菌糸からは巨大なカマキリの卵、のような物体が何個も何個もぶら下がっている。時折どくりと中身が蠢いては、生命の脈動を主張していた。
小さくだが、<化け物>の存在を感じる。
あのおぞましい気配は、この卵の中から発せられていた。
偶然ではない。健人は思った。
昨夜は、ほんの少しの気配も感じなかったのだ。
それが朝になって、急にである。
ここに逃げ込んだのは偶然なのだ。網を張っていた、という訳ではないだろう。
ならば、これは、自分を狙ってのことなのか。
そうして健人がこの卵をどう処分したものか決めかねている、次の瞬間だった。


「くおおッ!」


悪寒に従い身体を地面に投げ出せば、ひゅうん、という風切り音が。
健人の首のあった位置を、正確に何かが薙いでいた。
地に手を着き、飛びあがって反転。己の命を狙った何者かと対峙、その姿を認識する。
認識して、それを何者か・・・・・・と表してよいものかどうか、解らなくなった。
<化け物>特有の悪意を塗り固めたかのような造型は、<リッカー>どころではなく、完全に人型を逸脱している。
否、そもそも人をベースにしてなどいないのだろう。
健人を襲った刺客。
それは、巨大な蟲――――――であった。


「虫けらみたいに、か」


冴子に伝えた言葉を思い出す。
ガチガチと鳴らされるその鋭い節足は、まるで死神の鎌<リーパー>を想像させるものだった。
図体と同サイズの顎が開閉しているのは、健人をエサとして捉えているからか。
ふざけるな。


「こいよ<化け物>。虫けららしく潰してやる――――――!」


鉤爪を尖らせ、健人は雄叫びを上ながら突進する。
<リーパー>は4本の鎌を広げ、死神が見染めた者を抱擁するように、駆ける健人を迎え入れた。
清々しい朝の空気の中、眩しい日の光に照らされて、乳白色の巨大な卵が不気味に蠢いていた。






■ □ ■






File10:ある研究員のPC内データ


Boooomb!
ひゃっははははっはぁ!
いいねぇ、お祭り騒ぎだ!
バーキンのお譲ちゃんもやるもんだな! あの化け物を解き放つなんてよ!
まさかあの良い子ちゃんにクラッキングの才能があるたあ・・・・・・ははん、こりゃあクイーンに見逃されたか。
どいつもこいつもみーんな、けんちゃん好き好きー、ってか。
おお怖い怖い、愛が怖いねぇ。
死んだぜぇ。あれ一匹のせいで、何人も何人も死んだぜぇ。
研究員達は犠牲になったのだ。
ははははーはーぁ!

あれはもう、面の皮を剥ぐなんて非効率的なことはしねぇ。
ただ腕力に任せてぶん殴りゃあ、人間なんてそれだけで挽肉になっちまう。
執着が消えたことで純粋に殺すことに特化した、正に化け物になった訳だ。
母性を刺激されて母親の影が消えたんだな。
モテる男は辛いなあ。えぇっ、けんちゃんよお。
どうれ、俺もちいとばかり世話を焼いてやろう。
なに大したことじゃないさ。
一匹虫を放しただけだって。
なあ、大したことないだろ?
ひひぃっはっは!

クイーンだって万能じゃねえんだ。
閉鎖された独立ネットワークにはアクセスできない。ま、当然だな。
金を積みゃあ手はいくらでも足りる。
世界がこんなになっても金の価値は変わらねえのさ。
なあリカルド、まぁったく人間って奴ぁどうしようもねえな!
俺も金が大好きだけどよ!
ひゃあっはっはははぁ!
ありがとよ! お前のおかげでたんまりと稼げたぜ!
あの世にゃ金はいらねえんだ。いいだろ?
兄貴想いの弟を持って俺は幸せだなあ、おい。

俺はリカルドの馬鹿みたいなドジは踏まねえぜ。
所詮あいつもクズだったってことだ。エクセラもな。
俺はな、奴らみたいなクズとは違うんだよ。
化け物になって死ぬのはゴメンだね。

なあ、ボス。
今はそうやってふんぞり返ってりゃいいさ。
でもなあ、あんまり人間を見下してると、また足元をすくわれるぜ?
例えば、俺みたいな旧アンブレラ時代からの忠実な部下とかな!
次のステージに進化するのはお前じゃねえ!
神になるのはこの俺様、キース・アーヴィング様だ!

頑張ってくれよお、けんちゃぁん。
人類の未来は君に掛かっているのだ。
なんてなあ! 
ひゃぁっはっはっはははぁ! 












File追加。
主人公スキー(ある意味で)一名追加。
さらにまた捏造設定だぜー! ひゃはー!
・・・・・・申し訳ないです。
だって、中ボスフラグ立てられないんだもん。
ラスボスはぶすじーか叔父さんでFAですがね!

さて、感想でようじょのぐるぐるぱんちの重要性に気付かされましたので、これから修正に入ります。
一行二行の追加になると思いますが。
でも大事ですよね? 出番が少ない分、ようじょ指数は高い方がいいですよね?
ね?


以下、前回の後書きです。


主人公のオリ主的自分の事を棚に上げた上から目線発動→冴子はMに目覚めた!→いやしい私を見て! なじって!→濡れるッ!

・・・・・・なんだこれー!
なんだこの、なに? この展開。
主人公がツン過ぎて扱い難いったらもう。
まあでもいいか。
ここまで全部、新キャラ登場のための前振りだし。

何だか日に日にPCに向う気力が無くなってまいりました。今回も推敲あんまり出来てないです。
オリジナル板のも遅々として進まず。
ああー。駄目だ、駄目だ・・・・・・。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:11 (File追加) 修正・一度削除しました
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/02 06:01
鉤爪が打ち付けられた瞬間、響いたのは、鉄を打ち合わせたような音だった。
明らかに生物の範疇を超えた硬度。昆虫綱特有の外骨格構造が、健人の鉤爪による一撃を拒む。
健人の右腕による一撃は、交差した二本の鎌によって受けとめられた。動物的、否、昆虫的本能とでも言うべきか、<リーパー>が執った耐ショック体勢は理に適ったもの。込められたエネルギーを散らされた鉤爪は、外殻の頑強さのみで受けとめられたのだった。
<リーパー>の表皮にヒビが入り、身体が沈む。このまま押せば砕けるかと体重を掛けた健人だったが、しかし残る鎌が器用に伸び、右腕に絡みついた。
三本の鎌によって完全に封ぜられた右腕。健人の顔色が変わった。
左右一対片側三本、計六本の鎌。
内、中段の一本が健人の胴を狙う。


「ちぃぃッ!」


健人はすぐさま触腕を“解いて”、拘束から抜け出す。
距離を取った健人を嘲笑うかのように、<リーパー>が巨大な顎をギチギチと鳴らしていた。
鈍痛に腹部を抑えれば、指先に朱色が。
飛び退くのが遅れ、鎌が胴を薙いだのである。

背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、健人はかつて書店で読んだ、とある特集記事について思い出していた。
人間の種族の特性として格闘技を捉えた、斬新な解釈による記事だった。
そこにはこう書かれていた。
例えば人間サイズの肉食昆虫がいたとして、果たしてそれに格闘技を用いる人間が敵うか否か。
そんなテーマによる切り口から始まり、そして答えは――――――否。
絶対に敵わない。
人間が同サイズの昆虫網に近接戦で勝利するのは不可能である、という結論で締めくくられていた。
興味は惹けど所詮は机上論にすぎない、などと鼻で笑っていた頃が懐かしい。
現実にこの光景を見れば、頷く他は無かった。
俊敏性、頑強さ、可動範囲、複眼による視野――――――。
弱肉強食のシステム内に限り、昆虫網は余りにも機能的過ぎるのだ。
まるで隙がない。

健人の焦りを察知してか、<リーパー>が死神の鎌を振りかざす。
次々と振るわれる四本の鎌に向け、健人は素早く腕を振るった。
四つの衝突音。
押し勝ったのは、健人の爪である。元々、筋繊維の量と質が違うのだ。
トップスピードはこちらが上。膂力も同じく上。
しかし実際はといえば、健人は何とか鎌をはじき返すのが精一杯で、防戦一方となるしかなかった。
こちらは腕一本、あちらは四本から六本なのである。
文字通り、手数の問題だった。
一本を捌けば別の一本が迫り、それに対処する内に外側から回された鎌が背を裂く。
繰り出される連撃に追い付けず、次第に健人の身体に傷が刻まれていった。
だが――――――それだけだ。

表皮の頑強さと反応速度、膂力は確かに脅威ではある。
しかし単調な攻撃パターンは、所詮は蟲と言わざるを得まい。刺激に対し、反射で返すしかない。そこには思考がないのだ。
それでも巨大昆虫に人間が勝てはしないという構図は変わらない。だが、健人の様な半人間であるならば。その限りでは無い。
今の健人にとって、多少の負傷など問題にはならない。
振り下ろされる鎌を掻い潜り、内二本を避け切れず肩と腹を裂かれながら、健人は<リーパー>の脇へと抜けた。
そのまま背後から、<リーパー>の背へと組み付く。
硬い表皮から生えた繊毛やトゲが肌をくすぐり、嫌悪感に全身が粟立った。
だが、そんな嫌悪感を全て吹き飛ばす、闘争の熱が。


「速く、巧い。でも・・・・・・叔父さんよりは下手くそだ!」


――――――人と獣の違いは何にあるか、知っているか健人。
牙も無く、爪も無く、力も弱い我々が、唯一奴らに勝り得る可能性があるとしたら、それは何であるか解るか。
それは、技だ。
技術とは、喰われる側に回ったことのない者には、決して身に付けられん。
忘れるな。
お前が絶対的な力を手にしたとしても、技を駆使し続けろ――――――。

叔父の言葉が胸に浮かぶ。
健人は背後に回った<リーパー>の、がら空きの背を駆け昇り、その鎌が背後へと回される前に鷲掴みにした。
脇から足を入れ、両膝裏で中段の鎌を固定。次いで、足甲を引っ掛けるように下段節足を固定する。
そうだ、と健人は思った。
俺が人であろうとなかろうと、知恵を巡らせ、技を凝らさねば。


「思い出させてくれてありがとよ!」


<リーパー>の関節が軋み、鋭い顎が喘ぐように打ち鳴らされる。
激しく暴れても組付いた健人は剥がれない。右腕から延びた触手が、健人と<リーパー>のお互いを縛りつけているのだ。
健人が仕掛けた技は、関節技。
リバース・パロ・スペシャルと呼ばれる関節技の、人外応用変型である。
触手によって補われたロックは、力尽くでの脱出を許さない。
それだけではなく、相手の膂力が発揮できないよう、捻りまで加えられている。
いかに巨体であろうとも、節足動物のそれと等しく関節は脆いようだ。
寸瞬の拮抗の後、乾いた音を立てて<リーパー>の大鎌は、ついに逆間接側へと圧し折れた。
留まらず力を込め続け、健人は<リーパー>の鎌を胴体からもぎ取る。これが自分と似た性質を備えているのならば、多少の負傷で行動を封じたとは思ってはならない。完全に破壊か、もしくは分離させねば。
結合部から、半固体の黄色い体液がどろりと流れ落ちた。
醜い悲鳴が上がった。

――――――瞬間、背筋を這う悪寒。
<リーパー>の複眼が憎悪の火を灯し、真後ろにも広がる視野でもって、健人を睨み付けている。


「くああッ!?」


強烈な刺激臭。
目と鼻と喉に奔る刺すような痛みに、健人は堪らず転げ落ちた。
涙と鼻水が溢れ、涎が滝のように流れて止まらない。
あまりもの臭気に意識が朦朧とし、前後が曖昧になる。


「ぐ、ぐぅぅ! がっ、ごぶっ、げぇ・・・・・・お、ごぉッ!」


胃の中身を全部ぶちまけるまで、何をされたのか、健人は解らなかった。
涙をぼろぼろと零しながら何とか瞳を開け確認するも、<リーパー>の姿はぼやけて見えない。
それは涙で視界が滲んでいるからではなかった。
<リーパー>の周囲の空間が、丸ごとねじ曲がって歪んでいたのだ。

――――――ガスだ。
健人は自身に仕掛けられた攻撃に思い至る。
ガスを吸わされたのだ。
昆虫界ではガスを自衛に用いる種は珍しくない。
生物の体内で生成される毒も多種多様であるが、とりわけガスは、その中でも速効性に抜きんでた代物である。昆虫種のガスは、その代表であるだろう。毒性が強いものであれば、対象の肺から血中に侵入し、脳機能に障害を発生させるものまである。
しゅう、と<リーパー>の胴体から幾筋もの気体が空気を滲ませ、噴出している。
<リーパー>は体内で生成した毒性ガスを、健人へと浴びせかけたのだ。

手足が軽く痺れ、頭がぐらつくが、戦闘行動に大きく影響するものではないだろうと判断。次第に視野もクリアになっていく。
だが、周囲の空間を歪ませる程の濃度のガスだ。
しかも成分は不明――――――ろくなものではないことだけは確信できる。
そんなものを至近で吸わされ、この程度で済んだことは奇跡にも思えた。あるいは、異形と化しつつある、この身体のおかげか。
次にガスを吸わされても無事でいられる自信は無かった。

ひゅうん、と風斬り音。
確認もせず地を転がる。地面に鋭い鎌が突き刺さる音と、空気の流れを感じた。同時に、ガスの臭気も。


「ぐ、くっ、くそッ!」


歯噛みをしつつ、健人は更に距離を開けた。
近付けない。
拳銃に意識が行くも、かといってあんな硬度の外皮では、拳銃弾など効果は見込めない。
触手を延ばしても斬り落とされて終いだろう。
もっと大きな質量による高速度、遠距離からの攻撃手段が必要だ。
どうしたらいい。どうしたら・・・・・・。
健人の思考に反応したのだろうか。異形の右腕が、紫電を放ち始める。
――――――そうだ、これならば。
紫電の瞬きに、健人の脳裏に閃く、ある考えが。
鎌を横っ跳びに回避すると、地に手を突いた反動で空中後転。
健人の右腕には、石が握り込まれていた。
触腕内部へと取り込まれていく石。
健人の意を汲み、右腕が更なる型へと変型していく。
第三指、四指の中間が割れ、手首から腕部へと続く空洞が現れる。
それはさながら砲筒のようであった。否、そのものなのだ。これは。
新たな形態へと姿を変えた右腕が、正しく機能を発揮するために、激しく紫電を空中に撒き散らす。


「喰らいやがれ――――――ッ!」


<リーパー>へと真っ直ぐに向けた腕。
その砲口から、爆砕音が轟いた――――――。

サーマルガン、と呼ばれる装置がある。
電流のジュール熱によって導体をプラズマへ相変化させ、プラズマ化に伴う急激な体積の増加を利用し、弾体を加速させるという装置である。
兵器としてみれば炸薬の働きをプラズマの膨張圧に置き換えただけのものでしかないが、弾体を選ばないという点において、拳銃弾に勝る威力を発揮する場合がある。また、比較的低電流量で作動する点も特筆すべきところだろうか。
健人が弾丸としたのは、何の変哲もない拳大の石。
音速を僅かに超える初速を得たただの石ころの破壊力たるや、9mmパラベラムの比ではない。

――――――肉の焦げる音がする。
轟音を伴い射出された石は、<リーパー>の頭部を跡形もなく吹き飛ばしていた。
反動によって後ろ向きに地面へと叩き付けられ、自身が発したプラズマの熱量に腕を焼かれながら、健人は半ば唖然として石ころが産み出した破壊の爪跡を見ていた。

発熱と衝撃は、柔軟さに反して決して崩れないだろうと思われた触腕を内側から弾けさせ、本体である骨まで露出させている。すぐさま新たな触手が欠損部分を覆い始めたのを見るに、自壊することで反動を殺したのだろう。それでも息が詰まる程に地に叩きつけられたのだから、弾体発射時のエネルギーが尋常なものではなかったことが解る。
直撃でなかったのは、導体がプラズマ化し膨張した際、砲口が跳ね上がって狙いを逸らしたからか。
音速超で射出された石は<リーパー>の額を擦り、射線上の木々を薙ぎ倒し、彼方へと消えていった。
なまじ表皮が頑強であったため、砕けるのではなく折れ飛んだのだろう。頭部を失った<リーパー>の胴体が起き上がり、残った鎌を滅茶苦茶に振り回しては歩き回っていた。
巨体であっても体構造は虫と変わらないということか。昆虫網特有のはしご形神経系が、制御器官を失って暴走を始めたのだ。
可動域を無視した動きによって外骨格が剥がれ、そこから薄白く脈動するのう胞が外部へと露出する。


「あれは・・・・・・中枢神経か! それなら!」


<リーパー>が基本的には昆虫網の体構造に従っているというのなら、中枢神経を破壊すれば活動を停止するはず。露出したのう胞が本当に中枢神経であるかは定かではないが、明らかに弱点然とした器官に見えた。
健人は未だ修復の追い付かない右腕を握りしめ、駆け出した。
狙いの定まらない鎌には、もはや恐れなど抱きはしない。
露出した中枢神経へと、健人は拳を叩き付けた。


「これで終わりだ!」


水を含ませた綿を殴るような音。そして、感触。
激しい痙攣の後、どう、と音を立て、<リーパー>の巨体は地に墜ちた。
そのまま、二度と起き上がっては来ないことを確認し、残心。
健人は深く息を吐き、崩れるようにして腰を下ろした。


「なんだったんだ、こいつは・・・・・・」


堪らずにぐったりとして、健人は呟いた。
思わず漏れた一言だった。身体も、心も、とても疲れていた。
リーパーの死骸から小さな羽虫が何匹も這い出しては、群なして宙を飛んでいる。
――――――本当に、一体何だというのだ、こいつら<化け物>は。
見る程に訳の解らない生態だった。これも、今更改めて言うほどのことではないのだが。
電流を発するようになった己の右腕を抱え、健人は項垂れた。

さて、と健人は何とかふらつく足を抑えて立ち上がると、きびすを返した。
こちらは何とかなったが、冴子の方はどうだろうか。
もしも苦戦しているようならば、加勢してやらねば。


「いや、助けなんかいらない、か」


真剣を得た冴子の、見る者の背筋を震わせるような、艶やかな笑み。
それを思い出し、大丈夫だな、と健人は一人言ちて苦笑した。
背後にぶら下がる幾つもの繭。
その表面をぶつりと裂き、羊水に塗れた鋭い鎌がてらてらと光を照り返していたのには、気付かずに。






■ □ ■





脊髄に氷柱を突き込まれたような感覚に冴子が停止したのは、あらかた<奴ら>を斬り伏せた後のことだった。
もう数十体は斬っただろうか。
切先を斜めにして刀身を振り、血を流し落とす。人血を吸い、ぎらり、と鋼色の刀身が輝いていた。刀身に余分な油脂は残らず、刃零れ一つない。
流石は御神体として祀られていただけのことはある。
まとめて二体の<奴ら>の胴体を両断した瞬間など、内股の震えが止まらなかった。造りの見事さは言うまでもなく、この結果を自らの腕が成したと思えば、えもいわれぬ快感である。
次から次へと<奴ら>を求めては、斬って斬って、斬り捨てる。
気付けば冴子は散乱する<奴ら>の残骸の直中で、息を荒げて立っていた。
周囲をぐるりと見渡す。
むせ返る血の臭いと、散らばる肢体。
つい今しがたまではこの光景を前に、恍惚を覚えていたはずだった。
だが、しかし。
――――――嫌な予感が、する。


「――――――健人!」


はっと何かに気付いたように、冴子は健人の名を呼んだ。
そのまま脇目も振らず、林の中へと駆けていく。
そんな馬鹿な、と。
叫び出しそうな自分を抑えるのに精一杯だった。
指先が凍える。
そんな、馬鹿な。
彼が、健人が、やられるはずがないではないか。


「やっと、やっと通じ合えたというのに――――――!」


だから、どうか無事でいてくれと切に願う。
踏み込んだ林の中は、そこいら中の木々に粘着質な糸が絡まり、幾重にも張られた蜘蛛の巣のような様相だった。
何個かある萎んだ風船のような物体は、何かの卵なのだろうか。今も滴る羊水から立ち上る腐臭に、胃酸が込み上げる。
死体が歩き回ることも非現実的であったが、この空間は輪を掛けて異常だ。
嫌悪感に顔が歪み――――――そして冴子は見た。
巨大な蟲の<化け物>達が、健人を取り囲んでいるのを。
これか、と冴子は戦慄を抱いた。
これが、健人の敵。
これが、健人の抱いていた、恐怖そのものか。


「健人・・・・・・ッ、しっかりしろ健人! 健人!」


叫ぶも、反応はない。
返答の代りに這いつくばる健人の口から出たのは、血の泡だった。
健人はただ、己を取り囲む蟲共を、真っ赤に燃える瞳で睨み付けている。その視線に絶望の色はなかった。
だが、健人の強みであり弱みでもある異形の右腕は傷つき、これ以上の戦闘には耐えられないことは明白だった。
限界だ。
戦意は萎えずとも、膝は地を離れる様子はない。
そんな状態では一匹、二匹、三匹・・・・・・七匹はいる蟲共を、到底捌き切れないだろう。
叫び声に反応した数匹の蟲が、複眼を一斉に冴子へと向けた。
表情の無い、ただ醜悪なだけの顔。
巨大な蟲そのもののおぞましさに後退りしかけるも、しかし烈火の怒りが冴子を突き動かした。


「健人から離れろ、<化け物>め!」


冴子は刀を構え、近くの一匹に狙いを定めて斬り掛かった。
激昂していようとも毒島流剣術の太刀筋に曇りはない。
刃の閃きは蟲共を両断する――――――はずだった。
肩口の表皮に触れるや、ぎぃん、と甲高い音を立て、冴子の手にある刃が留まる。手首に伝わる異様に硬い反動に、冴子はさっと青ざめた。
それでも刃先が喰い込んでいたのは、神前に供えられる程の業物であったがためか、冴子の技量によるものか。刃が欠けた様子も、刀身が歪んだ様子もない。そっくりそのまま、そこに留まっていたのだ。
まさか冴子は、いくら巨大であるといえど蟲の表皮が鋼並の強度を備えているなど、思ってもいなかった。
斬鉄にはそれ相応の気構えと、特別な打ち方が必要だ。
肉を斬るようにしては鉄が斬れないのは当然である。
冴子に健人程の膂力があれば、あるいは力尽くで袈裟斬りに出来たかもしれないが、それは望むべくもない仮定でしかない。
蟲共は冴子の刃を意にも介さず、防ぐ事すらしなかったのだ。ガチガチと鳴らされる顎が、冴子には侮蔑の嘲笑にも見えていた。
冴子を抱き締めるよう、四本の鎌が広げられる。
身体に何度も鎌が突き立てられ、串刺しにされる様が冴子の脳裏を過った。


「く、おおおおッ!」


しかし、掲げられた鎌は空を斬る。
健人が横合いからタックルを仕掛け、蟲の巨体を押し倒したのだ。
包囲を無理矢理に抜けて来たのだろう。健人の腿には大穴が空き、おびただしい量の血が流れている。
冴子を襲っていた蟲と、もつれ合いながら地を転がる健人。
二者に弾かれてなお冴子が刀を手放さなかったのは、流石は毒島の女、と言うべきか。
ただそれは反撃のためではなく、訓練によって培われた反射によるものであったことは言うまでもなく。
鎌がひたりと健人の喉に宛がわれたのを、冴子はただ見ているしかなかった。


「よ、よせ! やめろ! やめてくれ!」


健人の首に掛けられた鎌が、じっくりと閉じられていく。
今すぐに駆け寄りたいというのに、残る蟲共に牽制され、動けない。


「あ、ああっ、あああ! 健人――――――!」


絶望に崩れ落ちた冴子の膝が地に着く、その寸前の事だった。


「MUU■――――――U■OOO――――――AAA■AAAA■■――――――■!」


朝霧を裂く咆哮――――――。
空から飛来した黒い砲弾が、健人に圧し掛かる蟲を弾き飛ばした。
否、それは砲弾ではなかった。
ゆっくりと晴れていく土煙の中に、ひざまずく人影が静かに佇んでいた。
それには手があった。足があった。頭があり、胴体も、人間と同じ数だけあった。
ただ、現れたそれを人間と言い切ってしまうには、冴子には疑問が残った。

腕は長く、膝丈に届く程。
拘束具のような黒衣が全身を頭部まで仮面のように覆っていて、僅かに指先や口元が覗くのみ。
露出している肌も、まるで<奴ら>のように青白い。外から伺い知れる口元も顎は細く整ってはいたが、ひび割れて乾いた唇の奥に、赤黒く染まった歯が見える。これも<奴ら>に似ていた。
元は金髪だったのだろう、くすんだ灰色の髪がベルト状の仮面から零れていた。
そして手足には鉄の枷が。足枷は破損していたが、両手は高度な技術力を匂わせる電子錠によって繋がれている。
何よりも目立つのがその体躯だ。やや曲がった背が全長を誤魔化しているが、真っ直ぐに立てば2mは優に超えるだろう。
これを人間であると言うよりは、<奴ら>であると言う方が、まだ納得出来る容姿だった。


「け、けん・・・・・・と・・・・・・・」


冴子が自身の精神を打った衝撃に固まったのは、突然の事態に驚いたからではない。
黒衣の人物――――――と表すしかない――――――に、健人が抱き抱えられていたからだ。
襲っているのではない。この人物は健人を救ったのだとみるのが正しいだろう。まるで大事なものを扱うかのように、黒衣の人物は健人へと頬を寄せていた。
女性、なのだろうか。
胸の膨らみが、拘束具をなだらかに押し上げている。
腕と枷で作られた輪の中に、すっぽりと身を納めさせられた健人は、呆けたように黒衣の大女を見上げていた。
笑っているような、泣いているような。
切なさに喘ぐ顔。
これまで見たことのない健人の表情に、冴子の胸の奥から、腹の底から、制御不可能な熱い泥の塊が噴き出してくる。
正直に告白するならば。
健人の首に鎌が添えられた時よりも、今この時に飛び出して行けない事に、冴子は猛烈な焦りと後悔を覚えていた。
まさか、と冴子は思った。
まさか自分は今、何か決定的な瞬間の目撃者となっているのではないか。
馬鹿な。
そんな馬鹿なことが――――――。
ゆっくりと健人は、自らを抱く大女に向かって指を伸ばした。
何をかを言わんと、震えながら口を開く。


「リ――――――」


しかし健人の呟きは、最後まで口にされることはなかった。
蟲共が乱入者を刺し殺さんと、彼らに向かい殺到したのだ。どうやら蟲共には雰囲気を察知する機能は備わってはいないようだった。否、もしかしたら、この上なく空気を読んだ行動なのかもしれない。そう思ったのは、冴子だけなのだろうか。
黒衣の大女は健人を静かに地面に下ろすと、無造作に手首の枷を一振りした。
枷はぐおん、と重量のある音を立て、無警戒に近付いていた蟲の横面に命中。硬質な物が砕け散る音がした。
派手に宙を回転する蟲。
ようやく土を抉って止まった時には、全身があらぬ方向へひしゃげていた。
先に黒衣の大女が現れた際も、この枷で一撃を加えたのだろう。
健人を超える常識外の膂力だった。そんなもので殴られたならば、例えどんな生物であっても絶命は必至である。
黒衣の大女は一度だけ健人を振り返ると、悠然と蟲共に向き直った。


「駄目だ、数が多すぎる!」


俺も一緒に、とふらつきながら立ちあがる健人。出血はもう止まっていた。
だが黒衣の大女は、健人を制するよう、背後を指差した。
指された方角には、境内に続いていた階段が。
このまま逃げろ、と言いたいのだろうか。


「■■G――――――■OO■AA!」


天に吠える黒衣の大女。
それが合図だったのか、木々の隙間から爬虫類と人間を重ね合わせたような異形が、新たに現れた。
敵・・・・・・ではないようだ。
一体今までどうやって姿を隠していたのだろう。まるで狩人<ハンター>のような身のこなしで、蟲共を取り囲んでいく。
それらの動きは全て、大女の指示の元に統制されているように見えた。
黒衣の大女が、再び階段を指す。


「今の内だ、健人。さあ行こう」

「でも、助けてくれたんだ、俺も一緒に」

「いい加減にしないか! 行くんだ!」


何度も振り返る健人を引きずりながら、冴子は境内を後にした。
あの蟲の<化け物>は何なのか。
いったい健人はどんな異常事態に巻き込まれているというのか。
そもそも、右腕の変質はなぜ起きたのか。
聞きたい事が山程あった。
しかし、そんな事は問うても意味があるまい。健人自身も答えに窮するはずだ。困惑を張り付けた顔が全てを物語っているではないか。
だから、現れた黒衣の大女のことを知っているのか――――――などと、健人にその関係を問うことなど、冴子には出来ようもなく。
今はただ、健人との間にようやく結ばれた繋がりさえあればいい。この温もりだけで。
冴子は唇を噛み締め、健人に強く腕を絡みつけた。






■ □ ■





「健人お兄ちゃん・・・・・・冴子お姉ちゃん・・・・・・」

「大丈夫だよありすちゃん。きっと、きっと大丈夫」

「コータちゃん・・・・・・うん!」


明るく頷くありす。
だがそれは、崩壊と紙一重の空元気というものではないのだろうか。そうコータは思った。
小室達一行が高城邸に匿われ、一夜が過ぎていた。
皆へとへとで、コータ自身も泥に沈むようにして眠りについたのである。ありすの体力がもつはずがない。
そうでなくともありすの目の下には、薄い隈が出来ているように見える。
子犬と子供とで気が合うのだろう、あれから寄り添うように側へと侍っているジークと共に戯れるありすの姿を見て、やはり無理をしているな、とコータは気付かれぬよう、息を吐いた。
ありすが何度も悲鳴を上げては飛び起き、結局は鞠川に抱かれて眠ったのを、コータは知っていた。
彼女はまだ、地獄にいるのだ。
頼るべき両親を失った地獄に。
だからたった数時間共に過ごしただけの健人と冴子の安否を、こうまで気に病んでいるのだ。
彼女を救ったこのメンバーの中から“脱落者”が出たら、どうなるのだろうか。
耐えられないかもしれない。
小さな身体に見合った脆い心を快活さで覆い隠し、この世界に適応した少女を、弱いなどとコータは言わない。
いつかは自分も、悲鳴を上げて飛び起きることになるのだろうから。


「あ――――――、健人お兄ちゃん! 冴子お姉ちゃん!」


ぱっと顔を上げ、正門へと駆けていくありすを目線で追う。
高城の母が率いていた党員に誘導され、高城邸へと向かう、健人と冴子の姿がそこにはあった。
知らずコータは自分の膝が震えていたことに気付いた。
安堵で腰が抜けそうになっていた。


「健人先輩、毒島先輩! よくご無事で」

「ありがとう平野君。私も健人も、この通りだ」

「健人お兄ちゃん、大丈夫?」

「・・・・・・ああ、大丈夫だよ」


見た所怪我はない様子の冴子。
健人は血みどろだったが、別段どこかに傷があるわけでもないようだ。全て返り血なのだろう。何処で調達してきたのか、新たな厚手のコートに袖を通していた。
冴子に肩を借りて歩いているのは、立って歩く気力がなかったからか。
健人は冴子から離れると、心配そうに見上げるありすの頭を一つ撫で、覚束ない足取りで歩き始めた。
ありすがすぐさま近付いて、よいしょ、と健人の手を頭に乗せ、杖替りとなっていた。
それに苦笑をこぼせるくらいなのだから、本人の言う通り大丈夫なのだろう。
コータの眼にはとても大丈夫そうには見えなかったが。


「前からでかいなとは思っていたけど、内側から見るとさらにでかく見えるな」

「高城さんの家は、その、右翼団体の拠点も兼ねていたみたいで」

「右翼か。それっぽい性格なんじゃなくて、本物のお嬢だったわけだ。それで、どうだ。そっちは何かあったか? 宮本の怪我の具合は?」

「こちらは何も。皆昨日はぐっすりでしたから。宮本さんも打ち身は酷かったそうですが、大丈夫だそうです。薬を塗って安静にしてますよ。先輩達の方は?」

「・・・・・・まあ、色々とな。悪い、まだ整理がついてないんだ」

「い、いえ! こちらこそ申し訳ないっす!」

「ごめんな。詳しい事はあいつに聞いてくれ。ああ、怪我はもうなくなったから、心配しなくていいよ」

「はあ、ならいいんですが」


“もうなくなった”、という言葉のニュアンスに首をひねるも、健人の言い間違いなのだろうとコータは頷く。とまれ、怪我が無くて何よりである。
あいつ、と後ろ向きに親指で示された冴子は、何やらありすを羨ましそうに眺めていて、健人は振り向きたくはないようだった。
気が付かなかったが、腰には真剣を帯びている。
なるほど色々とあったようだ。


「悪いんだけど、少し一人で休ませてくれないか。あと、飯も」

「食事ならば私が作って」

「うん! ありすおばちゃんに伝えてくるね! 健人お兄ちゃんお腹ぺこぺこだって!」

「ありがとな、ありす。走ってこけるんじゃないぞ」

「はーい!」

「私が・・・・・・」


聞こえていただろうに、冴子を完全に無視してありすを追う健人。
がっくりと肩を落とすも、ほうっ、と熱っぽい息を吐いて健人の背を見詰める冴子に、どう声を掛けたらいいものか。
コータはびくつきながら冴子に話し掛けた。


「ええっと、ぶ、毒島先輩? その、きっと健人先輩は照れてただけですから、元気出してくださいね」

「ああ、解っているよ。意地っ張りだからな、健人は。男の自尊心を受け入れてやるのも女たるの役目さ」

「はあ、健人、っすか」


呼び名が変わっている事を深くは聞かないコータだった。
人の視線や風聞に隠れるように生きて来たコータだ。
誰が誰にどんな感情を向けているかは、人並以上に敏感なつもりであった。
聞けばお前はどうなのだ、という返しが来るのは間違いがない。藪を突けば蛇が出ると解っているならば、黙って見過ごすだけの慎重さをコータの人格は備えていた。
それは射撃において如何なく発揮されている才でもあった。


「そうだ。健人先輩から毒島先輩に聞いておけって言われたんですけど、昨日何かあったんですか? 健人先輩の様子、普通じゃなかったですよ」

「・・・・・・ほう。平野君、君には彼がどのように見えていたというのかね。教えてくれないか?」

「え、ええっと、何て言うか、苦しんでるみたいな。でも、それでいて」

「嬉しそう、だったかね?」

「ええ、とても嬉しそうでした」


そうだ、とコータは頷く。
すれ違った瞬間に垣間見えた健人の表情は、とても穏やかだった。
隠しきれない濃い疲労感がこびり付いていたというのに、それでも健人は穏やかに、哀しそうに、笑っていたのだ。
その笑みには苦悩と喜び。悲哀と懐古。相反する感情が混在しているように見えた。
何があったのだろうかとコータは首をひねるしかない。


「ふ、ふ、ふ」


きり、きり、きり――――――と、小さな音が聞こえた。
薄らと開いた冴子の唇から、断続的な笑い声と共に漏れている。歯噛みの音、なのだろうか。
俯いた冴子の表情は、影に隠れて見えない。
ぞわり、と空気が一瞬で冷えたような、そんな気がした。


「え、あ、ええ? ぶ、毒島せんぱ、い?」

「ふふ、ふふふ、どうしたね平野君。続けたまえよ」

「ひ、ひぃ!」


思わず尻餅を着くコータ。
駄目だ、目を合わせられない。


「男子が簡単に倒れるものではないよ。さあ、立ちなさい」


差し出された手に、うっかりとコータは見上げてしまった。
見上げて、後悔した。
変に気を回さず自分もありすに続いて、さっさと退参すべきだったな、と。
銃を身に付けていないことがこんなにも不安に思ったのは、初めてのことだった。
大丈夫です、と何とか返事を返し、手を取る事なく立ち上がる。
目線は下だ。
怖いもの見たさなどと、とんでもない。
今の彼女と対峙するのに比べれば、<奴ら>相手に62式機関銃を担いで行く方がよほどマシだろう。
藪を突かぬよう回り道をしたら、鬼の脚を踏んだような気分だった。


「ふふ、何があったのかと問われたのだったな。ご期待に沿えず申し訳ないが、健人と私の間が狭まった意外には、何も無かったよ」

「あ、あうう」

「それ以外には何も、何も無かった。そう、何も無かったのだ。無かったともさ」


意味の無い言葉が口を突く。
淡々と語る冴子は、その下顎を口端から滴らせた血の雫で彩らせているのだろう。
コータが覗きこんでしまった、井戸の底のような色の無い瞳で。


「そ、それじゃあ僕はこれで! 失礼します!」


コータはそのまま脱兎の如く逃げ出した。
こういう時には小心者であって得をしたなと思う。逃げ出したとて、恥にはならないのだから。否、今の冴子の前に立てるのは高城の父くらいのものだろうが。


「ほんとに何があったってんですか、健人先輩」


問うても健人のことだ。
色々あった、としか答えないだろうことは、想像に難くない。
どこか超然とした所のある健人を恨めしく思う。全くあの人は、とコータが健人へと愚痴をこぼしたのは、仕方のない事だろう。
振り向かず、つんのめりながらもコータは走った。
きり、きり、きり――――――と、小さな音が、背後から聞こえてくるようだった。






■ □ ■






File11:ある女スパイの記録


暗号アルゴリズム解除キー照会・・・・・・照会中・・・・・・エラー・・・・・・90%変換完了・・・・・・。

卵の癒着を確認。
現在、被検体に感染したウロボロスウィルスに変化なし。
孵化を確認後、被検体に更なる戦闘を経験させ、負傷による混合ウィルスの反応を確認後、帰投する。
また、以下については私見であるが、今回の試験の狙いであるウィルスの強制進化を促すには、<リーパー>程度では不足であると推察される。
強制進化させるには暴走状態に追い込むのが最も効果的であり、生命活動が困難になるほどの、治癒不可能であり致命的な打撃を与える必要がある。
これまでのデータより、人の精神面――――――脳電位にウィルスが大きく左右されると仮定すると、被検体の精神状態にも気を使うべきである。
ウロボロスの力をものにしつつある被検体では、個ではなく数で押す<リーパー>には脅威を感じこそすれ、大きな恐怖は感じないだろう。
被検体に与える影響を考え、<『暗号解除キーが一致しません』>の投入を進言する。
・・・・・・現在時刻、2308――――――。
翌日0530をもって作戦指揮権をそちらに移譲する。


・・・・・・あとはそちらのご勝手に、と。
PDAを打ちながら、死んだように眠る坊やの顔を、暗視カメラのモニタ越しに眺める。
坊やとばかり思っていたけれど、いつの間に彼女なんて作ったのかしら。
まったく、もう。坊やにはまだレディとベッドを共にするのは早くってよ。
あれほど女には気を付けなさいと言ったのに、この子は。
変なのに引っかかっちゃって、ご愁傷様。

あと何度、そうやってゆっくりと眠れるのかしらね。
人知を超える化け物にいつ襲われるのか解らない恐怖。
自分の命を守るので精一杯の状況で、周囲の者が自分のせいで死んでいく。
そんな恐怖に、どれだけ耐えられるのかしら?

いいえ、きっと大丈夫なのでしょうね。
初めて会った時から、坊やには彼と同じセンスを感じていた。
常人離れの強運と、それをとっさの判断で最大限に生かす非凡なセンス。まさに天賦の才能だと思う。
あの男、ウェスカーでさえも、もはや坊やの可能性を推し量る事は不可能だ。
私だけが、坊やの創る未来の明確なヴィジョンを見通せている・・・・・・とは言いすぎね。
先の事など、誰にも解らない。
それでもこの子の通る道に、困難はあれど挫折はないと確信できる。
手始めに、あの科学者気取りの下品な男が仕向けた、三流の絶望劇を乗り越えるのよ。
気を付けなさい。巨大な『暗号解除キーが一致しません』の脚の一撃は『暗号解除キーが一致しません』――――――。

いよいよもって、ウェスカーの名に何か特別な響きが在るように感じるのは、私だけなのだろうか。
特別であることは間違いがない。
世界の破壊者である、あの男
神の器となるべく作成された坊や。
そして・・・・・・未だ沈黙を保っている三人目の『暗号解除キーが一致しません』、アレッ『暗号解除キーが一致しません』――――――。

神の器、というのが何を指しているのか、実のところは不明だ。
それぞれのウェスカーには、それぞれ役割が与えられている。
では坊やの役割とはいったい。坊やには何が仕掛けられているというのだろう。
仕掛け好きとして有名だったスペンサーの事だ。
何らかのからくりを仕込んでいたに違いない。
その本人も今は亡いのだから、真実は闇の中だ。
スペンサーが衰えたのは、ウェスカーにより坊やが死亡したと虚偽報告が上げられたのと時を同じくしている。
そして再びスペンサーが気力を取り戻したのも、坊やの生存が確認されて後のことだった。
それから先の、死に掛けの老人が生にしがみつく執念は凄まじい。
それは年を経て狡猾さを磨き続けてきたスペンサーに、迂闊を踏ませる程だ。
ウェスカーの前で、種明かしをしてしまうなど。殺されるに決まっているというのに。
それほどスペンサーが坊やに異様な執着を見せ、自制心を見失っていたということか。

ウェスカーがスペンサーに屈していたのは、スペンサーの存在感が肥大化していくという擦り込み故。
それが彼を含むウェスカーの全てに設定された、安全装置だったはず。
スペンサーが死した洋館の地下には、何の用途に使用するのか解らない精密機械が多数発見されていた。
そして後に発見された、人間の脳電位に関する膨大な資料。
ジェームス・マーカスの例に端を発する、ウィルスを介した人間の思考と人格の保存方法の研究。
それらに基づいた、ウィルスに適合する特別な脳を持ったデザインチャイルドの作成計画。
最後のウェスカー。
ウェスカー・・・・・・神の名前。

これらの事から導き出される考察。
もしやスペンサーは、坊やの身体を使って『暗号解除キーが一致しません』ソフトとしての自己の再生を『暗号解除キーが一致しません』――――――。
ならば、ウェスカーが坊やに説明不可能な愛情を抱くのは、『暗号解除キーが一致しません』――――――。
愛とは、時に憎悪や恐怖よりも強く精神を拘束する枷となる、ということか。
それは私自身、身に染みて解っていることね。

抗いなさい、坊や。
私の信じる、彼のように。
例えそれが、どんな理不尽な運命であったとしても。












リッカーやリーパーはチャイナ服お姉様が運んでいましたよというお話でした。
へへっ・・・・・・。
この更新が終わったら、俺、水着を着たアリサと二人きりでミッションに行くんだ・・・・・・。

ゴッドイーター全体的に難易度高めで泣けまする。
やべぇ、オラの脳内で、
実力を勘違いされまくって周りに驚愕されるゴッドイーターにアリサがベタ惚れになっていくストーリーが構築されていくお。
勘違い物は書いたことないけどね!
はい、例に漏れずやる気だけ先行タイプな私です。
数日前、このスレ内に投稿したポケモンのは即削除しました。
あまりにもひどすぎた・・・・・・。



10/25↓
後半失速した感が・・・。
なんとかして、一文での情報量は多く、場面描写は少なく、という形にもっていきたいものです。
今回は一文の情報量が少ない出来になってしまいました。
だった。だった。である。と各文の構成がブツ切りになってますので、読み難い所も多々あるかと。
理想はニトロ系列の文体なのですが、あそこに届くまでは最低でもあと数年は思考錯誤しないといけませんね。
理想と現実の格差をどこまでで妥協するか、難しいものです。
どうにもならぬ、くわーっ!

さて今回。
みんな大好きリサちゃんが登場したよ! 
ご期待通りの美少女です。やったね!
どでかいゴッキーを見ちゃって、とりあえず「がおーっ! が、がおーっ!」って威嚇してみるロリお姉ちゃん。
タイラントのコスプレもさせましたし、あとは触手を生やしたら完璧なる萌えキャラの完成ですね。
他に足りない部分はなんだろう。うーん・・・爪? 牙? 肩から生えた第三の眼?
あ。獣耳かー。忘れてました。

ところでバーサーカー語って便利ですね。「■■■――――――!」っていうこれです。
近代文学史上に残ってもいいくらいの発明だと思うのは私だけなのでしょうか?

Fileはまた後日ということで。
そろそろネタ切れなので、淡々と情報を記述するだけのになっていきそうです。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:12 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/26 06:55
高城邸二階。
豪邸の庭先に集められた生存者達のざわめきを聞きながら、与えられた個室の中、健人はベッドに腰掛けて項垂れていた。
どうやらまた、高城一派の手によって生存者が救出されたらしい。
空になったチョコレートの包み紙を後ろに放り、握り飯へと手を伸ばす。
握り飯は手作りのものではなく、ビニルに包まれたコンビニエンスストア市販のものだ。
これらは全て、高城一派が周囲の店という店から集めて来た物資である。
当然の事だが、高城一派は地盤固めに尽力し炊き出し等に十分な時間を裂く事は出来てはいないようだった。未だ世界が崩壊してから二日しか経っていないのである。サバイバルを視野に入れるよりは、周囲から既製品を掻き集めた方が効率が良いのは言うまでもなく。現時点で優先すべき事は、救い出した人々をまとめ上げ同一の規律を持った集団を造ることである。それは人が人らしく生きるために、環境を整える前に必要な段階だ。食料や物資の確保より集団を統制し制御することが非常時には重要である、というのが健人の持論だった。それはこれまでの騒動が証明しているようにも思えた。
その点から観れば、高木一派はよくやっている。たった二日かそこらでここまでまとめあげたのだ。並の行動力とリーダーシップでは絶対に実現しないはず。平時から災害時の対策マニュアルが徹底していたに違いない。それでも崩壊の兆しが見え隠れするのは、こればかりは責められないだろう。
死体が起き上がり人を襲うのだ。そんな事態、誰が想像出来る。
それは思想右翼団体である高城一派でさえ例外ではなかった。
ならば警察は・・・・・・。
小室と宮本の目的地を思いながら、健人はまた別の握り飯へと手を伸ばす。
健人の座るベッドを中心として、辺りにはビニルの包み紙や袋が散乱していた。全て健人が胃に収めた食料品の包装紙だった。明らかに10食分以上の分量があったが、健人の腹は外から見ても膨れた様子はない。全てエネルギーに変換されてしまったのだろう。ほとんど全てが、である。どれだけ食べても飲んでも、健人は一度も便意を催さなかった。以前には考えられない量の食事量だというのに、詰め込めば詰め込んだ分だけいくらでも入っていくのは、自分自身の身体であっても不気味だった。
どちらにしろ腹一杯食えるのも今の内だけだ、と健人はペースト状に噛み潰した米粒を呑み下した。
何度も足を運び、流石にもう気まずくなってきたが、また食糧庫に世話になることにしよう。健人は手早くゴミをまとめ、個室から廊下へと出た。
半ば機械的に個室と食料庫を往復する健人の頭を巡るのは、神社で自らの窮地を救った、黒衣の大女のこと。
幼い頃の記憶。目を閉じれば今でも残っている温もりに、健人はその名を呟いた。


「リサ――――――」


果たして“そう”なのだろうか。
あの黒衣の大女は、幼少の頃に自分を慰めてくれた彼女なのだろうか。
だが健人の記憶は、感覚は、二者が同一人物であることを知らせている。
今ほど健人は、自分のあやふやな感覚を信じたくはない時はなかった。

長い腕。
くすんだ髪。
青白い肌。
引き連れていた、ハ虫類と人間を合わせたような<化け物>。

どれもが人間からは遠くかけ離れたもの。
それらは全て、健人が抱いていた淡い想像とは真逆の姿だった。
本音を言えば、まるで化け物のように見えた。
だが、それは。


「俺も一緒か」


皮手袋に包まれた右手を掲げ、健人は言った。
――――――物事の見た目に囚われるべきではない。その本質を見るのだ、健人よ。
叔父の言葉を思い出す。
すると不思議な程、すうっと胸のわだかまりが消えていく。
残ったのは、二度も自分を救った恩人である彼女に対し、疑いを抱いてしまったことへの罪悪感と、自己嫌悪だけだ。
彼女に抱きしめられた時、感じたのは労りと優しさだった。背を撫でる手は慈愛にあふれていて、そこに邪な思惑など少しも含まれてはいなかったではないか。
疑うべき所は背後関係であり、それは彼女自身に問題があるのではない。
そも明確な思考というものが彼女に在るかが疑わしいのだ。
例え騙されたとしても、裏切られたとしても、それは彼女の意図したことではないはず。


「俺って奴は、どうしてこうなんだ。くそっ・・・・・・」


上辺しか見えていないのか、と。
吐き捨て、健人は拳を握った。
ミシミシと肉の軋む音を立て、手袋の隙間から浅黒い体液が溢れ出た。
これが、今の自分の体内を流れる、血の半分だ。
自嘲に健人が口角を歪めると、足元にくぅん、と寄り添う生暖かさが。
視線を降ろせば、それはジークだった。
側にありすがいないのは、健人と同じく彼女も食事中であったからだ。食堂から閉め出されたのか、と健人はジークを抱き上げた。
子犬にそんな感情があるかは解らないが健人には、じっと見つめるジークのつぶらな瞳が、自分を心配して気遣っているように見えた。


「ごめんな、心配させちゃったか?」

「くぅん・・・・・・」

「はは、くすぐったいよ。大丈夫、大丈夫だから、もう怪我はないよ」


ジークはぺろり舌を出し、健人の手袋から滴る体液を舐め取った。
血は乾いてはいないが、怪我自体は拳を開いた時にはもう、治癒が始まっている。大丈夫だ、と言って健人はジークの背を撫でた。
動物に触れていると、どうしてこう心が落ち着くのだろう。
ありすがジークを側に置く意味がよく解る。この子犬は、小さな身体でありすの心を守っているのだ。


「ありがとな。俺はいいから、ご主人様の所へ行ってやんな」

「わんっ!」


元気に一鳴きするジークを降ろし、廊下を走って行く姿を見送ってから、健人は拳を額に押し当てた。
嫌でも考えは巡る。
彼女の身につけていた装飾品、衣服と電子錠からしても、何らかの組織的な関与が見受けられる。
健人の右腕を変質させた<化け物>に始まり、<リーパー>達は、もしや人為的に発生させられた新種の生物ではないか。
ならば、世界がこんな状態に陥ったのも。
――――――いや、これ以上は考えるのはよそう。健人は頭を振った。考えれば、切りがない。
例え彼女に何らかの組織が関与していたとしても、彼女は昔と変わらず、口が聞けるような状態ではなかった。
誰に問うても答えは返ってこないだろう。
知る術がないのだから、結局のところどうしようもないのだ。
出来るのは何かがあった時、即時に動けるよう、心構えをしておくことだけだ。
そしてそれまでは、自分の心に従おう。
己の在り方というものが試される世界なのだ。
誰もが本能を剥き出しにすることに、躊躇を覚えなくなってきている。
それは精神統一を重んじるはずの武人である冴子でさえ、そうだったのだ。
悪意の形がはっきりとするまでは、あるがまま感じるままに、全ての状況を受け入れるしかない。
例えそれがどれだけ目を背けたい事実であったとしても。


「また、直に会えるよな」


自分が何処に行ったとしても、彼女はきっと後を追ってくるだろう。
そんな根拠の無い確信が、健人にはあった。
その時は、その時こそ、ちゃんと言おう。
彼女の手を握って、ありがとう、と。
きっと全てはそれからだ。


「一発殴られるくらいは覚悟したほうがいいかな。死ぬかもしれないけど」


<リーパー>を一撃で殴殺した膂力を思い起こしながら、健人は食糧庫へと急ぐ。
頼めばいくらでも食べ物を分けてくれるのも、警戒が<奴ら>だけに向き、内側への危機感が煽られていない今だけである。
その内に食糧を巡って殺し合いにまで発展しかねない、と健人が思うのは、何も大げさな話ではない。
きっとすぐにそうなる。
生ものが腐り始める頃が目安か、と健人は早歩きで廊下を進んで行った。


「誰かっ、誰かあ!」

「うるせえ! 静かにしやがれ!」

「おい、お前そっち押さえてろ。暴れんなよクソ女! ケツ上げろ!」

「大人しく突っ込まれてろやボケ!」


聞こえる、助けを求める叫び声。
物音が聞こえたのは、廊下のつきあたりにある端部屋。
間取りの関係で使い勝手が悪く、誰かが足を向けることはほとんどなさそうな部屋だ。高城邸は右翼団体の拠点として使用されていたが、本来は住居であるのだから、こういう間取り上の死角が多数存在していた。
邸内の巡回に割ける人員など、あるはずもない。外の喧騒とは切り離された感のある邸内では、室内で多少大声を上げても外に漏れることはない。後ろめたい事をするにはぴったりだろう。
喰い物が腐るより人間が腐る方が早いのか、と健人は溜息を吐きながら、怒声が聞こえる部屋の扉を蹴破った。
力加減を誤って蝶番ごと扉は粉砕。
冷静であるつもりだったが、思っていた以上に気が立っていたようだ。
部屋の中にはじゃらじゃらとシルバーアクセサリが煩い、同じようなファッションをした男達が数人と、ハンドタオルで手足を縛られた女性が一人。
衣服は斬り裂かれ、下半身は露出し、開かれた股の間に男が割って入っている。


「な、なんだぁ手前は!」


出刃包丁を突き付けて叫ぶ男。
これで女性を脅し、縛り上げたのか。
錆の浮いた包丁は、以前ならば例え相手が素人でも身構えたものだが、今の健人にとっては何の脅威にも感じない。
そのまま無造作に健人は男たちに近付いていった。
こうして道徳感や人間性を発揮できるのは、後どれくらいになるだろう。
身体の問題を除いて、の話である。
いつかは人道を踏み躙る行いをしなければならなくなるかもしれないし、こんな場面に出くわしても見捨てなくてはならなくなるかもしれない。
精神の尊厳を保つための機会は逃さないようにしたいな、と健人は思った。
行いだけは気高くありたいものだ。
俺を助けてくれた、彼女のように。


「ひ、ひひっ、何だよ、お前も混ざりたいのか? でも悪いな、俺らが先だ。その後にってんならいくらでも貸してやりゅぎょぶっ!」


男の語尾が潰れたのは、健人が平手でもって男の頬を張り付けたから。
左手での平手打ちだったが、成人男性の身体を宙に舞わせることぐらいは以前でも出来た事だ。今では首の骨を折ってはしまわないか、手加減が難しい。
男はくるりと横向きに空中で一回転すると、床に叩きつけられて動かなくなった。


「てめ、ぶっコロっぞっ!」

「調子乗ってんじゃねえぞコゥルァ!」

「黙ってんじゃねえよ! 殺す、マジ殺す!」


男たちの吐く息からは、シンナーの臭いが漂っている。
部屋の隅には液体の入ったポリ袋が。
現実逃避したい気持ちは良く解る。これが夢であったなら、どれほど楽であることかと健人も何度も思った。
だが自分が逃げ込むのに他人を道連れにするのは駄目だろう。
生き残りを集めることは最優先事項だが、集まった者がこんな奴らでは。
気高く在りたいと思った端から、人の醜さに辟易とさせないでほしい。
健人は掴みかかる男に平手打ちを繰り出しながら女性に近付いた。倒された男の手から包丁が離れ、空を飛び、回転しながら天上に突き立つ。
さっと女性の様子を検めた限りでは、大きな怪我は無い。拘束を解こうと暴れ手首の皮を擦ったのと、これは殴られたのだろうか、口の端を痛々しく切っているのみ。精臭も体液も付着してはいなかった。
健人はカーテンを引きちぎるとそれを女性へ投げ渡し、部屋の外へ出るよう促した。


「行ってください。外の方達に人を寄こすよう伝えてもらえると助かります」


女性は震える手でカーテンを身体に巻きつけると、小さく悲鳴を上げながら逃げ出て行った。
室内に残ったのは健人と頬を張られてうずくまる男達のみ。


「すんませんマジすんません、マジ調子乗ってましたぁ・・・・・・」

「いって、マジいってぇ・・・・・・」

「クソが! あああいてえ! クソが!」


繰り返される男の薄っぺらい謝罪の言葉を聞いていると、沸々と怒りが湧き上がってくる。
中には見当識を失い、えへらえへらと笑いだす者までいた。
ぞわり、と右腕が疼く。
ほとんど無意識に、健人は男達に向け、一歩を踏み出していた。
自分が何をしようとしているのか、自覚することもなく――――――。


「やめておけ。こんな者共を手に掛ける必要はない」


肩を掴まれ、健人は意識を取り戻した。
はっと飛び退く。
背後に気配は無かったはずだ。


「――――――誰だ!」

「私だ」


ややアクセントが異なるも、しかし流暢な日本語が健人の背後より掛けられる。
外国人、なのだろうか。
数mも離れていないというのに、目の前の男から感じられる気配が、異様に薄い。全くゼロではないということが、より恐怖心を煽った。室内に漂う空気へと自身の色を合わせ、溶け込んでいる。
足音もなく室内に進入し、背後へと回ったこの男。対峙するだけで解る。尋常な相手ではない。
最悪、叔父クラスだと考えてもいいだろう。


「誰だと聞いている!」

「私だと言っているだろう。忘れたのか?」


呆れたように肩を竦めながら男は言った。
まるで、思い出せ、とでも言いた気な態度だったが、健人の記憶に該当する人物はいない。

その男は奇妙な格好をしていた。
黒色の戦闘服に、黒色のミリタリーブーツ。
両手には装甲板が施された黒の手袋が。
エルボー、二―パッドには銃創が刻まれており、ケブラー繊維が織り込まれているだろう戦闘服は、所々切り裂かれた部分が見受けられる。それでも急所には一切の損傷はなく、開けられた戦闘服から覗く肌着の汗染みは、男がその上にタクティカルベストを装備していたことを示していた。
戦う者の――――――今まさに、戦っていた者の戦闘装備である。それも、重火器を使って。
また肌の露出は捲くられた袖から出ている腕と、頭部から覗く短く刈り込まれた色素の薄い髪くらいで、それ以外には一切無い。そこから解るのは、男が白人男性であるということだけだ。
男が明らかに戦闘者然とした格好をしているのは、この場においてはそう目立つものでもないだろう。
服装でいえば、要所を警備している党員達が纏っている制服の方が目を引く。
それ以上の特徴が男にはあった。
男はガスマスクを被っていた。


「お前のようなガスマスクの知り合いがいるか。素顔を晒してから物を言え!」

「・・・・・・ほう」


いてたまるか、と叫んだ健人は、急に感じた寒さに身体を震わせた。
唐突に、男から幽気とでも言うべき異様な気配が発せられ、室内の温度が数度下がったように錯覚する。
その恐ろしさは<リーパー>など比ではない。まるで死神そのものだ。
健人はひりつく喉に唾液を飲み込ませた。


「ケント――――――」

「な、なんだ。どうして俺の名前を知っている!」


男のガスマスク。
その両目に嵌められた赤いレンズが、光源も無いというのに、鋭く輝いたように見えた。


「――――――処刑されたいか?」

「ひっ・・・・・・!」


健人の膝から力が抜け、腰が床を打つ。
這いずるようにして後ろに下がり、健人は顔色を真っ青にして打ちのめした男達の横に並んだ。
何故か、首に手が行く。
頸椎がぱきんと軽い音を立てて鳴った。


「ケント、私は教えたはずだぞ。衝動を理性で制御し、駆使しろと。それが出来ないならば、可能となるまで訓練を続けろ、と。
 一年程度の教練では身に付かなかったか? それとも、アルバートではなく私の話では、覚えるに値しなかったか?」

「う、お前は、あなたは、まさか・・・・・・」

「どうやらまた首を180度回されたいようだな」


首に奔る痛みがフラッシュバックする。
ガスマスク内でくぐもってはいるが、良く聞けば、聞き覚えのある男の声。
なぜ忘れてしまっていたのだろう。
健人の人生に標を立てたのは叔父であるが、真の意味で戦うということを教えてくれたのは、彼だった。
わずか一年であるが、健人は彼の下で訓練を積んだのである。そこで多くの事を学んだ。
多数ある首の関節を脊髄を傷つけないよう、それぞれの最大可動域まで無理矢理に回されると、自分で自分の背中を見る事が出来てしまう。というのもまた、彼から学んだことである。
首を庇ってさらに後ずさる健人。
ゆっくりと伸ばされる手に、健人は諦めの気持ちで目をきつく瞑った。もう自分の背中を見たくはない。


「冗談だ。そう怯えるな」


予期していた衝撃はなく、頭に軽い衝撃と重みが。
薄らと目を開けると、ガスマスク男が健人の頭に手を置いていた。
そのまま髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。


「それなりに修羅場を潜って来たようだが、まだ甘い。私の気配も探れんようではな。久しぶりにレッスンしてやる、ケント。
 気配を消した人間は、周囲の空間に空いたスポットで見つけろ。網のように意識を張り巡らせておけ。いいな」

「せ、先生、ですか? 本当に?」

「そうだ。やっと思い出したか」

「ハンク先生! お久しぶりです!」


健人はガスマスク男の名を呼ぶと、顔を輝かせた。
かつて健人が単身日本に渡る事となった際、叔父から家庭教師役としてあてがわれたのが、その男との出会いだった。
男の名はハンク。
健人の教官だった男である。
彼もまた、健人が頭が上がらない者の一人だった。
当時から凄腕の特殊部隊員として多忙だったハンクは、健人の教育のためだけに本国と日本を往復してくれていたのだ。健人の叔父を模した体術は、一年間の教育期間の中で、ハンクを通じて学んだものであった。
もう数年間も連絡を取り合ってはいなかったが、彼への恩を忘れるわけがない。
叔父からは強さを、そして彼からは力を与えられたのだ。健人はずっとそう思っていた。
健人は力強く額を揺する手にくすぐったそうに笑いながら、ハンクへと問う。


「先生はどうしてここへ?」

「SATに特別教官として招かれていてな。床主地区の鎮圧と救出作戦を任されたはいいが、部隊が全滅し、生き残ったのは私だけとなったのだ。
 そして無様に逃げ帰る最中、ミスター高城に拾われた、という訳だ」

「無様だなんて、そんな事。生き残る兵士が一流ですよ。でも、やっぱり救出作戦は行われていたんですね・・・・・・」


そして失敗したのか、と健人は肩を落とした。
反論はできんな、とハンクは肩を竦めた。


「今後しばらく救出や支援は期待しないほうがいい。自衛隊も動けんだろう」

「そうですね。派遣するにも国中がこんなだから、手が足りないでしょうし」

「初動の遅さもな。POTUS(ポータス)は既にボタンを押したというのに、全く。慎重になるのはいいが、あれは日本の悪徳だな」

「日本人としては何とも言えないですね、それは。先生、もう一つ聞いてもいいですか?」

「ああ、何だ?」

「ここ、有害物質が漏れてるとかはないですよね? どうしてガスマスクなんか付けてでででででっ! あいたっ、たったたたた!?」


がっつりと顔面を把握される健人。
え、と疑問の声を上げるよりも早く、激痛が顔面を襲った。


「下側が開くようになっている。栄養補給に支障はない。何か問題でも?」

「だから何でマスクを付けっぱにぃいいいっ!? 痛い痛い痛い! これ以上はへこみます、へこみますって!」

「・・・・・・」

「何でっ!? 何で無言でアイアンクロー!?」


親しげな様子から一変、殺気を漲らせるハンクの豹変振りが、健人にはさっぱり解らなかった。
半ば強引に指を剥がそうとしたが、ハンクの指は凄まじい力で顔にめり込み、肉に喰い込んで外せない。
視界いっぱいに黒色を映しながら、健人はじわじわと来る圧迫に涙した。
この感覚、痛み、理不尽な仕打ち。全てが懐かしい。この人は俺の教官。これはハンク、間違いなく死神ハンク。
だから自分は今、懐かしさに感動してむせび泣いているのであって、決して暴力に屈して涙しているのではない。


「二度と聞くな」

「頭がっ、骨がっ・・・・・・!」

「ケント――――――」


さも不愉快だと鼻を鳴らして指を放したハンクが次に言い放った言葉は、いっそ冷たい響きを持っていた。
それもまた、健人の精神に鋭く滑り込むものだった。


「右腕」

「う――――――ッ」


しまった、と健人は自分の心臓が大きく飛び跳ねたのを感じた。
懐かしさに気が緩み、思わずハンクの指に右手で触れてしまっていた。
見た目は取り繕えているが、肉感は人間のものとは明らかに違うのだ。
お互い皮手袋に包まれた手での接触だったが、この男がそれに気付かない訳が無い。
悟られてしまったと項垂れた健人に、ハンクはなるほどと一言だけ呟き、踵を返す。


「え・・・・・・先生?」

「お前がこれについて聞かないというのなら、私も聞かないでおいてやる。交換条件だ」


これ、とガスマスクを指先で叩きながらハンクは続けた。


「言っただろう、お前がそれなりの修羅場を潜って来たと、解っていると。ならばそんな事もあるだろう。
 私にとって重要なのは、お前が優秀な生徒であるということだけだ。それ以外は些細な事だ」

「先生・・・・・・」

「さあ、もう立て。ここは空気が悪い、表に行くぞ。こいつらは放っておけばいい」

「・・・・・・はい。あの、先生」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

「言わなくてもいい」


馬鹿め、と言って差し出された手を、健人はしっかりと握り返した。
握り合った手は、右手だった。






■ □ ■






健人がハンクとレーションを片手に思い出話に花を咲かせていると、どたどたと足音を立てて近付いてくる少年がいた。
仁義なき戦い、などとシルクスクリーンで写されたTシャツを着て、片手には銃を掲げている。
独特なセンスの着こなしをした、コータである。


「先輩、健人先輩! 誰ですか、その素敵なお人は!」

「ああ、コータ。やっぱ食い付いてくるよな。紹介するよ、この人は」

「お前もか、ヒラノ・・・・・・」

「そ、その声は!」

「俺の先生、って知ってるのか?」


はて、と健人は首を傾げた。
この二人、知り合いなのだろうか。


「知ってるもなにも、僕がアメリカに行った時に教わっていた教官ですよ!」

「ああ、確かブラッククウォーターの。え、先生、そんな事までしてたんですか?」

「以前勤めていた会社が、一度倒産してな。その間、技術を腐らせるわけにはいかないと別の会社でインストラクターをしていた」

「いやあ、お久しぶりですハンク教官! お元気そうで何よりです」

「お前も変わらんな。声だけで私だと気付くとは、誰かよりも記憶力がいいようだ」

「う・・・・・・そんな趣味の悪いガスマスクしてて、気付くほうがおかしいんですよ」

「ほう・・・・・・」


首に手を添えられ、健人は青くなって黙り込んだ。
小さく震える姿は、産まれたての小鹿のようだった。


「それにしても教官が僕のことを覚えていてくれたなんて、感激です」

「当然だな」


頷いて、ハンクは言う。


「教え子の事を忘れる事はない。それが優秀な者であったなら、なおさらだ」


さも当たり前だという風に。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「おい、どうしたお前達。私の日本語が間違っていたか?」

「いえ、その、急に暑くなったなー、なんて」

「やばい・・・・・・。ガスマスクなのに、ガスマスクなのに・・・・・・っ!」

「おかしな奴らだ」


解らん、と肩を竦めるハンクに、健人達はぱたぱたと顔を手で扇ぐ。
少しだけ赤くなった顔で、健人とコータは顔を見合わせ笑った。


「まさかお前も先生の教え子だったなんてな」

「先輩も。本当に先輩だったんですね。いやー、世界って結構狭いんですねえ」

「だなあ。びっくりしたよ」

「教官に一年も教えを受けてたなんて、羨ましいっす」

「日本でだったから、体術専門だったけどな。すげぇスパルタでやんの」

「あー、わかりますわかります」


あはは、とひとしきり笑ってから、健人ははたと気付いた。


「そういえば、高城は? 一緒じゃないのか?」

「一緒ですよ。ほらそこに・・・・・・って、高城さん? 高城さーん?」


そこ、と指された方には、物陰に隠れるようにそっぽを向いた高城が。
解って無視しているようだった。
コータがあまりにも名を大声で呼ぶものだから、諦めたように赤くなってツカツカと歩み寄って来る。


「大声で呼ばない! あんた達と知り合いだなんて思われたくないの! 解りなさいよ!」

「え、ええっ! そんなぁ、高城さあん!」

「デブオタに厚着男にガスマスクなんて、どんなトリオよ。もう!」

「やっぱり俺もおかしいのか・・・・・・」


確かに、まだ冬服の制服から衣替えするには早い時期であるが、分厚いコートを着るには季節感がないかもしれない。
冷え性という設定で通すしかないようだ。
ガックリと肩を落とす健人だった。


「まあいいわ。あんたを探してたの。話があるから、顔貸して」

「俺? 話って、何の?」

「今後の話よ。小室達のとこへ行くわよ」

「でも・・・・・・」


ちら、とハンクを見る。
高城はハンクのことを信用してはいないようで、顔一杯に難色を示していた。
見た目のことだけではない。
ハンクもコータと同じく、銃器を自己管理していた。とはいってもマシンピストルとハンドガン程度であるらしいが、火力の大きさなどを問題にしているのではないだろう。
問題はハンクが、武装したプロであるということだ。
いくら高城が素人であるとしても、ハンクが本気になれば自分たちの制圧など造作もない、ということくらいは理解できているのだ。
健人も、コータをバックアップに冴子や自分を相手にしたとしても、ハンクが敗北するには全く足りないということを知っている。
小室達は戦力に数えてはいなかったが、同じ事だろう。
そして陳腐な言い方だが、天才である高城には、最悪の事態のその後のことまで考えているのかもしれない。
まだ子供と言ってもいい、学生達の集団に、ハンクの様な“理解ある”大人が組み込まれることを恐れているのだ。
鞠川は・・・・・・ここは言及しない方が、彼女のためだろう。
リーダーである小室の地位を脅かす存在は遠ざけておくべき、というのには同意見である。
だが、ハンクと別れるか否かの二択を突き付けられることになったならば、どうするべきか。
健人は答えようがなかった。


「行ってこい、ケント」

「でも、先生」

「友人は大切にしておけ。失ってから気付いたのでは、遅すぎる」

「先生・・・・・・はい」


言って、健人の頭に手をやるハンク。
そのままハンクは背を向けて、喧騒の中に紛れていった。
不思議なことに、異様な格好をしているというのにハンクの存在には、誰も気が付くことがなかった。


「うげぇ」

「女の子がうげぇとか言わない」

「一瞬でも可愛いなんて思った自分がキモイのよ。あんたね、その顔で頭撫でられるとかないわ」

「解ってるから、言わないでくれよ・・・・・・」


やはり、この天才少女は苦手だ。
行くわよと大股で歩く高城の後ろを、コータが嬉しそうに付いて行く。
この娘に付き合えるコータには、心底尊敬の念を抱く。嫌われていると解っていて、それでも接していかなければならないのは、中々につらいものがある。
高城くらいに解り易くすれば、冴子も離れていくだろうかと思わずにはいられなかった。
健人も高城の後に続き、豪邸の扉を潜った。


「コータちゃん、サヤちゃん、健人お兄ちゃん!」

「おっと」


健人の胸に飛び込んで来たありすを受けとめる。
広い玄関ホールには、小室と冴子の姿もあった。
宮本がこの場にいないのは、背中を打って、まだ安静にしていなければならなかったからだろう。鞠川はその治療に付き添っているのだろうか。
二人を除いたメンバーの全員が、この場に集まったことになる。
皆、高城邸で受け取った私服に着替えていて、風呂にでも入ったのだろう、さっぱりとした様子だった。
制服姿で疲れ果てた顔をしているのは、健人だけであった。


「健人」


と、冴子が近付く。


「名前で呼ぶのはいいが、せめて君を付けろと」

「駄目、だろうか」

「・・・・・・もういいよ。一々訂正するのも面倒臭い」


よかった、と微笑む冴子だったが、健人は彼女を喜ばせようとして言ったのではない。
投げ槍に答えただけだったのだが、それをどう冴子が受け取ったのか。
あまり考えたくはなかった。


「健人さん健人さん、ちょっと」

「なんだ、孝」


小声で言い寄る小室に、健人は怪訝な顔で返す。
ほら、と小室が指さしたのは冴子。
冴子は清楚な着物に身を包んでいた。
帯止めは小さく輝く翠色の宝石が。あれはエメラルドだろうか。生地は静かに、帯で主張する。膝をほんの少しだけ曲げて、線を柔らかくするのは、着物をよく知っている者の佇まいである。
気付いているのだろう、冴子は視線を伏せては上げるを繰り返し、ちらちらとこちらを伺っていた。
両手の指先を弄び、頬を上気させている。
何かを期待して待っているかのような態度だった。
そうまでされては健人とて、解らないなどということはない。
が、抱いた感想といえば、恐らくは小室や冴子が予想するものとは真逆のものだった。


「ほら、何かこう、毒島先輩の着物姿についてコメントをですね」

「あれについての? やだよ。何であんなTPOの狂った格好にあれこれ言わなきゃいけないんだよ。
 俺も人のことは言えないけど、あそこまでじゃないぜ。周りには<奴ら>がうようよと居るんだぞ。何かあったら走れないだろ、あれじゃあ」

「そうですけど。いやそうじゃなくてですね! ああほら、毒島先輩、うずくまっちゃったじゃないですか!」

「わざわざ借りてまで着物なんか着込んでくる感覚が信じられん。刀も持ってないみたいだし、馬鹿じゃないのか? どうせ直に着替えるんだから、意味ないだろ」

「すんません毒島先輩。これ以上はフォロー出来ないっす・・・・・・!」


膝を抱え、小さくなる冴子。
何とか健人の視界に映る面積を減らしているようだった。
高城達からさっさと何とかしろ、というプレッシャーを感じる。
物理的にも痛い。
先ほどからアキレス腱の辺りを、何度も蹴り付けられていた。
コータが何とか止めようとしていたが、焼け石に水。高城の怒りに油を注ぐだけのようだった。
しかし、確かにこのままでは話は進まない。
健人は大きく溜息を吐いた。
仕方がない。本意ではなくとも、言わねばならないことはある。


「まあ、似合ってはいるけれど」


健人が口にした途端、すっくと立ち上がる冴子。
これ見よがしに、嬉しそうに髪を掻き上げている。
対して健人は苦り切った顔で、髪を掻きむしっていた。
こいつ面倒臭いなあ、という台詞は、小室が慌てて口を塞ぐことで発せられることはなかった。


「小室」


高城が前に出る。
真剣味を帯びた彼女の声色に、皆が集中した。


「アタシたち一度、話し合っておくべきことがあると思う」


今後の身の振り方を――――――。
やはりそうきたか、と皆頷いた。
高城が問うたのは、この場に留まるか、別れるかの二択。
即ち、これから先も仲間でいるかどうか、ということだった。






■ □ ■






File12:大統領機墜落跡より発見されたレコーダー


「・・・・・・もはや、これまでか。皆、機体を捨てて脱出しろ。私は最後の務めを果たさねばならない」

「大統領! それは・・・・・・」

「言う通りにしたまえ。これは大統領命令だ」

「出来ません。その命令には、従えません!」

「・・・・・・君たちには長い間世話になった。死後までも付き合わせたくはない」

「大統領、我々一同、最後までお供いたします。その命令には従えません」

「・・・・・・大統領としての命ではなく、友としての頼みであってもかね?」

「友であるのならば、なおさら」

「決意は固いようだな。まったく、私の任期最後の命令だというのに。私はいい部下を持ったようだ。合衆国大統領として、これほど誇らしいことはない」

「はっ、光栄であります!」

「だが、彼だけはここから送り出さねば、前大統領に申し訳が立たない。誰か彼を、ケネディ君をここに」

「はっ、すぐに――――――」


・・・・・・


「――――――失礼します、大統領閣下」

「かけたまえ、ケネディ君。君に任務を頼みたい。受けてくれるか?」

「はい、閣下」

「ありがとう、そう言ってくれると信じていた。君に与える任務は、前大統領とその家族の身辺警護だ。
 私はもう手遅れだ。副大統領もこの有様だ。恐らくは、彼に再び大統領権限が還ることになるだろう。歴代史上、もっとも有能であった大統領へと」

「閣下、それは・・・・・・」

「いや、いいのだ。私が彼より劣っていることなど、誰よりも理解している。
 この場に座っていたのが私ではなく彼であったのなら、こんな地獄は絶対に許容されなかっただろう。
 合衆国最大の不幸は、大統領の任期が8年であったことだ。あと2年、いや、1年でいい、彼が大統領の座に就いていてくれたなら。
 君を持て余すこともなかっただろうに。すまん、ケネディ君。側に置いておきながら、君を十分に使ってやれなんだ」

「いいえ、大統領。ホワイトハウス直属のエージェントとして、あなたの下で働けたことを光栄に思います」

「そう言ってくれると助かる。ケネディ君、君に任を与える前に、一つ頼みがある」

「はっ、何なりと」

「この銃で、私を撃て」

「それは・・・・・・!」

「合衆国大統領として、私は自決することは出来ない。どちらにせよ死ぬしかないにしても、自らの手で責任を放棄することは、私には許されていない。
 君にしか頼めないのだ、ケネディ君。この機と運命を共にするなどとのたまう馬鹿共には、口が裂けても言えないことだ。だから、頼む。
 私を誇りある大統領として、終らせてほしい」

「・・・・・・承知、しました」

「最後まで手間を掛けてすまないな。しかし、彼から預かった君に、ケネディに見送られる大統領というのも悪くない。ああ、もちろん頭を狙ってくれよ」

「ケネディのようにですね」

「ああ、もちろんだとも。なんだ、寡黙な男かとばかり思っていたが、ユーモアを好む性質かね。もっとはやく解っていれば、一つ最高に笑える小話を教えてやったものを」

「それはまたの機会にしておきましょう」

「そうだな、時間が惜しい。では諸君、さらばだ。出来れば、頼むから、逃げてくれよ。ケネディ君、後を頼んだぞ――――――」


・・・・・・


「――――――ケネディ、顔が青いぞ。これから楽しい空の旅だってのに、もっと楽しそうな顔をしろよ」

「ああ・・・・・・泣けるぜ」

「大統領と一緒に死ぬなんて格好付けたけどよ、本当はパラシュートがこれ一つしか残ってないからなんだ。機内でドンパチやらかしたもんだから、全部おじゃんになっちまったのさ」

「お前、いいのか?」

「いいんだよ、俺達はプロだぜ? お前は大統領から最後の任務を受けたんだ。なら行かないとよ。前大統領と、あのお転婆なレディを守ってやんな。お前に合衆国の未来は任せたぜ」

「ああ・・・・・・帰ったら飲みにいこう」

「天にまします我らが父の下で、ってか! そいつぁいい! 行こう行こう! ついでに神様をぶん殴りに行こうぜ!」

「俺はローキックだな」

「ははは! でもお前、そんなにすぐには来るなよな。安心しろ、俺は気が長いんだ。楽しみにして待ってるさ。そら、飛ぶ前に一服どうだ?」

「いや、いい。煙草は吸わない」

「お前そりゃ人生を八割は損してるよ。じゃあ代りにゴーグルを・・・・・・おいおい、もうパラシュート着けてんのか。気が逸りすぎだぜ。
 ほら、俺が着けてやるから、まずは防護服をだな」

「いや、いい」

「よくねえよ。高度どんだけだと思ってるんだ。パラシューティングと一緒にするなよ。スポーツジャンプとは訳が違うんだぜ。そんな装備で」

「大丈夫だ、問題ない」

「いや、大アリだからな? そんな自身に溢れた顔されても困るんだが・・・・・・。おい、ハッチに近付くんじゃねえよ。
 おい、まさか本当に飛ぶつもりのか? おい、おい! レバーに手を掛けるんじゃねえ! マジかよ、開けやがった! うおお、風強え!」

「泣けるぜ」

「なら止めとけや馬鹿野郎! いや、飛ぶのはいい。せめて革ジャンの前を開けるな! いくらお前がタフガイでもバランス取れないだろ、って人の話を聞け!
 飛ぶなよ! 絶対に飛ぶんじゃ・・・・・・飛んじゃったよこいつ!」 

「――――――あうん」

「駄目っぽさそうな悲鳴聞こえちゃったぞおいいいイイイ!」


・・・・・・ここから先はテープが燃え尽きていて再生出来ない。












この後レオンさんはドヤッと無事に着地出来たそうな。

File追加です。
シリアスにすべきとは解っていても、現在の私の脳はギャグってどうやったら書けるんだろうという疑問で一杯でして、このような形に収まりました。
GEBやポケが続いたせいか・・・?
というか、レオンさん廃スペック過ぎて、ギャグでもない限り退場させられませんでした。
さすがレオンさんマジパネェです。





[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:13 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/12/27 20:34
激昂した高城の胸倉を小室が掴み上げる。
腰を浮かしかけたコータの肩を抑えながら、健人は小室達のやり取りを第三者に徹して聞いていた。
彼女以上の激情でもって怒鳴りつける小室。


「お前だけじゃない、同じなんだ! 皆同じなんだ!」


その言に健人は頷くことは出来なかった。自分はどうやら、少数派であるらしい。
少なくともありすには聞かせたくはない台詞だな、とも思った。
小室の言葉を否定的に捉えているという訳ではない。ただ、ありすに両親の不在を直面させることが哀れに思えたからだった。
興奮した人間を見ると逆に冷めてしまう場合があると言う。
健人はその典型だった。
他人の熱に炙られることはない。
いたいところをつかれた人間は怒りを抱く。ならば怒りの原因、いたいところが何なのかを見極められたなら、優位に立つことが出来るだろう。それには冷静となることが必要だ。
健人のその性質は生来のものというよりも、健人が受けた教育によるものが大きかった。
沸騰するのはむしろ、自身の情動でだ。健人は激情家だったが、しかし他者からの煽りに流されたことはない。だから冴子の訴えは、健人に熱をもたらさなかった。
コータは逆のようで、今にも飛び掛かってしまいそうな空気をかもしている。
健人は力尽くでコータを椅子に座らせた。
“女”を黙らせるのには小室の手が最善だろうか。
だが男と女の茶番劇を見せ付けられても反応に困る。自分もそれに関しては冴子との件もあり何とも言えないが、それでも人目を忍ぶことくらいはする。高城はそうでもないようだが、もしかしたら小室には自覚がないのかもしれない。
健人だけでなく、当事者二人とコータを除いた5人はどこか居心地が悪そうな顔。
家庭の事情を聞かされるのは勘弁願いたい、という心情が透けて見えるかのようだった。
彼等以外の全員が、何らかの事情で親元を離れているか、既に両親と死別しているのである。
高城の親が自らの娘を生き残っているはずがない、と即座にあきらめ、部下とその家族を守ったことに、高城本人が不満を爆発させたとて、他人事でしかなかった。
宮本だけは他人事と済ませることは出来ないが、両親を想っているというよりも、高城に触れている小室に目くじらを立てているような様子に見える。


「さやちゃん・・・・・・」

「ありすが気にすることじゃないさ」

「でも、けんかはやだよ」

「大丈夫さ、あれは喧嘩じゃなくて、じゃれてるだけだから。ちょっと待てば今までよりも仲良くなってる」

「・・・・・・ほんと?」

「ああ、本当だ。さあ、ありす、こっちにおいで。コータだけとじゃなくて、俺とも遊んでくれよ。寂しくって泣きそうだ」

「けんとお兄ちゃん・・・・・・うん!」


仲良くなっている、とのくだりで宮本からの視線が強くなったような気がする。
失言だったか、と健人は宮本に目を向けないようにして、ありすを手招きした。
宮本は治療のため、ほとんど全裸でベッドに伏せていた。なんでここに集まるのよ、という彼女のぼやきには、健人もまったく同意したかった。
動けないならばここに集まるしかないのだろうが、目のやり場に困る。
わーい、と歓声を上げながら突進して来るありすを危なげなく受けとめながら、健人はコータの横顔を盗み見た。
怒りで血管が浮いてはいるが、自制はしているようだ。
コータが暴走したらどうなってしまうか、健人には大方想像がつく。同じ師の下で訓練を受けた同門なのだ。酷い事になるのは間違いがない。
それをコータも解っているはずだから、小室に手出しをしようとは考えないだろう。
こんな所で我を忘れてしまうのならば、ハンクの生徒を名乗る資格など無いのだ。

小室がこの小集団のリーダー足り得るのは、持って産まれた資質、これ一点のみで、実力によるものではなかった。
自分達は小室の内に眠る原石の輝きに魅せられ、集まっているだけに過ぎないのだ。
今は未だそれでいいだろう。
だが、これからは――――――。
健人としては、同門であるということを除いてもコータにリーダーになってもらいたかったが、それは高望のし過ぎだろうか。
リーダーたらしめる資質というものは、中々身に付けられるものではないのだ。
天は二物を与えない、ということだ。
女性陣ほぼ全員、とりわけチームのブレインである高城が小室に好意を寄せている中でコータが台頭しては、余計ないさかいを産むだけだ。


「いや、親が無事だと分かっているだけ、おまえはマシだ」

「・・・・・・分かったわ」


騒動は収束に向ったようだ。
本題にはいらないと、とはにかみながら高城がメガネを掛け直していた。
納得したというよりも、小室の熱意に押されたといったところか。
両親を愛していたがための激昂だったのだろう。たとえ希望が無くとも、諦めないでいて欲しかったという。
だが、と健人は思う。
高城は両親を愛していたが、理解してはいなかったのではないか。
たかだか数日の内にこれだけの手を打った人物が、常人の感覚を有しているはずがないではないか。
これが健人と叔父であったならば、どうだろうか。
自分を心配に思い、焦り、狼狽して欲しいという願望は健人にもある。
だが、どうしてもあの叔父が、鋼の男が、揺らぐ姿を想像出来ないのだ。
例え自分が死んだとしても、叔父は眉一つ動かさず、己の為すべきを為すだろう。そんな確信がある。
それは叔父が、自分が抱く勝手な願望の押し付けすらも拒む程に強い男なのだということを、健人が知っていたからだ。
高城は自分を天才だと称しているが、それならば感情と知性とを切り離さなくてはならないのではないか。
恐らくは彼女がまず一番に小室の欠点を見出し、変革を迫ることになるのだろうが、それよりもまず己が変わらねばならないことに彼女は気付くのだろうか。
ずいぶんと可愛らしい天才もいたもんだ、と健人は小さく笑った。
自分の事を棚に上げての人物評価は、そのまま自己嫌悪に取って変わる。
上手くありすへの笑みに隠せたとは思ったが、冴子が片方の眉をしかめていた。自嘲であると看破したのだろう。
こっちを見るなよ、と意を込めて睨み返す。
冴子は何も言わずに目を伏せた。


「無能なリーダーとその愛人。自称天才に野心の無い狙撃手。現実を見ない研修医にやせ我慢する子共。
 たがが外れた辻斬りに未練がましい人間モドキか。なんだ、中々バランスがとれてるじゃないか」

「けんとお兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、俺達は良いチームだと思ってさ。これくらいロックじゃないと、生き残れない世界なんだろうな」

「うん、きっと大丈夫だよ!」


演目名――――――学園黙示録。
<奴ら>であふれる世界を少年たちは力を合わせ、生き延びる――――――というシナリオだとしたら。
皮肉で言ったつもりが、これ以上にない配役であると思えてしまうのだから不思議だ。
ぎゅう、と身体一杯で抱きつくありすを健人は抱き返す。
無邪気なありすも、決して根拠も無く頷いたのではないのだろう。
何とかなるかもしれない、と健人も思っていた。
それも、小室の輝きが魅せた幻覚なのだろうか。
何とかなるかもしれない。
この右腕が露呈するまでは。


「あれは・・・・・・?」


平野の疑問の声と同時、何代ものトラックや重機のエンジン音が高城邸の庭に響く。
どうしたものかとありすを引き連れベランダへと出た健人を確認し、高城が宣言するよう叫んだ。


「この県の国粋右翼の首領! 正邪の割合を自分だけで決めて来た男!」


制服・・・・・・いや、軍服か。
黒衣に身を包んだ巨漢が車内より現れる。
鉄骨が仕込まれているだろうブーツが地を踏み締めた瞬間に、衝撃でぐらりと床が傾いたように感じた。
ただの人間、たった一人が、世界を揺り動かしている。
設備や団体をまとめ上げた手腕、高城の話から予想はしていたが、これ程とは。


「アタシのパパ!」


威風堂々。
確乎不動。
志操堅固。
鉄心石腸。
道心堅固。
この男こそ、憂国一心会会長――――――高城壮一郎、その人であった。


「皆、聞けぇい!」


高城の父の一喝で、世界が停止する。シンと静まりかえる庭園。
何という影響力。何という存在感。
他者に対する命令権だけをとれば、叔父を超えている。
人の立てる物音が全くない庭園に、重機が作業する駆動音だけが響く。
またたく間に鉄骨で壇上が組み上げられていった。
壇上には憂国一心会の垂れ幕が。
軍靴の重い足音を立てながら、高城の父は壇上を登る。


「この男の名は土井哲太郎。四半世紀もの間、共に活動してきた我が同士であり、友だ! 救出活動のさなか部下を救おうとし・・・・・・噛まれた!」


フォークリフトが運んでいるのは、檻に閉じ込められた一体の<奴ら>。
一体何が始まるというのだ。
庭園は、いや、会場はそんな空気に包まれている。
高城の父の腰に、業物であるだろう刀が帯びられているのを確認した健人には、これから行われるやりとりが想像できた。
ショーが始まるのだ。


「まさに自己犠牲! 人間として最も高貴な行為だ! しかし・・・・・・彼はもはや人間ではない。ただひたすらに危険な“もの”へとなり果てた!」


だからこそ私は今、と高城の父は刀の鯉口を切る。
刀身がぎらりと光を反射し、そして初めて健人は高城の父の顔を正面から見た。
特徴という特徴は特に無い、日本人顔だった。
鍛え上げられた肉体も、そこまで大きいというわけではない。彼の放つ威圧感がそう感じさせているだけ。
7対3にまとめられた髪も個性を消したものだ。
見た目のみで言えば、健人に通じる所が多いだろう。
だがその眼が。
光を受けた日本刀よりもなお冷え冷えとした輝きを放つ、眼が。
全てにおいて、高城壮一郎という男を物語っている。
あらゆる困難を、己の力でねじ伏せてきたという自負が込められた眼力。
なるほど、と健人は頷いた。
叔父に匹敵するが、しかし叔父とはタイプが違う人間だ。
日本刀が大上段に構えられた。
群衆の中で、子を持つ母がその両眼を覆った。


「我が友へ最後の友情を示す!」


振り下ろされる刃。
切り飛ばされ宙を舞う首。
一拍を置いて、噴水に軽い音をたてて着水するそれ。
冴子をして、ほう、と感嘆の吐息を吐かせる程の見事な一刀だった。


「これこそが我々の“いま”なのだ! 素晴らしい友、愛する家族、恋人だった“もの”でも、ためらわずに倒さねばならない!」


生き残りたくば戦え。
高城の父の演説はそう締めくくられた。
誰も言葉を発することが出来ない。
たった一人の男の威に呑まれたのだ。
彼の言葉はそれぞれの重さと威力を持って、観衆達の胸の内に落ちたのだ。
階上にいた小室達もまた。
その中であって、唯一人。健人だけが正気を保っていた。
小室達とのやり取りで、冷静となっていたこともあるのかもしれない。
冷静に、つまらなさそうに頬を掻いた。
なるほど、なるほど。
こういう手口か。
思想右翼らしい、何とも典型的な手を使う。
この時点で健人は、高城壮一郎に対する脅威度を一段階下げた。


「刀じゃ効率が悪すぎる・・・・・・」


高城の父の発した威に反発するよう、コータが呟いた。


「いいや、最大効率さ」


何ということもない、と答えたのは健人だった。
冴子も同意するように頷いていたが、恐らくは健人とは違う観点からだろう。


「でも、日本刀の刃は骨に当てたら欠けますし、3・4人も切ったら役立たずに」

「そりゃそうだ」

「だったら!」

「お前が何に憤りを抱いているか想像はつくけれど、もう少し冷静になった方がいいぜ。見ろよ、あれ」


あれ、と後片付けをする党員達を指す。


「公開処刑ショウは昔からギロチンと相場が決まってる」


黙らせるには効率が悪いほどいいのさ、と健人は手刀で首を叩くジェスチャーをしながら、笑って言った。日本式だな、とも。
ああ、とコータは気付いたようだった。
手が掛かっていればいるほど、効果は高くなる。
この場合は、特に。
つまりはこれは、群衆操作のための見世物だったということだ。
衝撃的な光景を杭のように打ち込むことで、集団をまとめあげるというテクニックの一つである。


「しっかりしろ、冷静でいろ。指先は精確に、思考は冷たく、魂を弾倉に込めるんだ。そうしなければ、弾は真っ直ぐに飛ばない。引鉄は引けない。
 俺達はそう教えられたはずだ、違うか?」

「・・・・・・はい。すみません、先輩」


いいさ、と健人は首を振った。
コータは銃と刀の有用性を問いたかったのだろうが、健人はそれらのツールとしての効果を語ったのだ。
論点の違いに、肩すかしを喰らったような気分のはず。
自己を呑む気配への強がりか、己を奮い起たせるためにコータは言ったのだろうから、まだ納得いかないといった風な顔は仕方のないことだった。
それはコータがすがるものが銃であり、力の象徴が銃であるからだ。
こと日本においては、銃口を向けられるよりも刃物を向けられるほうが恐怖を感じる者は多いのではないか、と健人は思っている。
普通、一般人には銃というものは液晶の向こう側の代物であって、大多数にとって身を脅かす凶器として現実的なものは、刃物であるからだ。
使い古されてはいるが上手い手だ、と健人はもう一度思った。
正気に戻った者達が何やらざわめき出しているが、さて。


「ああ・・・・・・そういうことか。面白いな、あの人」

「何よ、アンタ。アンタごときが、アタシのパパをどうこう言えるわけ?」

「ははは、悪い悪い。いや、すごいよお前の親父さんは。剣の腕も相当なもんだ。本当、超一流だ」


それ以上を言うこと無く、健人は言葉を濁した。
高城は不満を顔一杯に現わしていたが、天才を自負する彼女のことだ。
健人の言おうとした所を、察しているのかもしれない。
高城の父は、友との決別として、その首を斬って捨てた。
それはメッセージだったのだ。
我々と運命を共にする覚悟のある者のみついてこい。後は斬り捨てる、という。


「これがホントの親父ギャグ、って訳だ」


今度は高城に聞こえぬよう、健人は忍び笑いを漏らした。
斬首ショウは集めた人々をまとめると共に、“ふるい”に掛ける意味もあったのだろう。
思想右翼の長に求められるものは、求心力であるのは間違いない。
その求心力の内容も、小室のように外見や内面での魅力で人を惹くものではなく、思想でもって魅せなくてはならないものだ。
あるいは行動で。
つまり高城の父は、超一流のエンターテイナーであるということだ。
それが健人に叔父との共通点と、しかし全く異なる部分とを感じさせたのだった。
思想団体の長と利害団体の長とでは、同じ組織の長でも全く違うベクトルの性質を持つのは、道理である。
羨ましいな、と健人は素直にそう思えた。
きっと彼は、身内から向けられる刃とは無縁だったに違いない。
思想右翼なんて損な生業をしているくらいだ。憂国一心会の構成員は、誰もかれも根本的に善人なのだろう。
叔父の周囲に、彼等のような人達が一人でもいてくれたら。そう思わずにはいられなかった。
だから、と健人は拳を握った。
そんな人達が誰一人として叔父にはいなかったのだから、自分がなろうと、そう決めたのだ。
人と化け物の境界が曖昧となってしまった自分に、そんな資格があるのかはもう、解らないが。


「そうだな、健人君。たとえ剣の道であっても、結果とは乗数だ」

「はあ?」


感心したようにしきりに頷く冴子に、健人は首を傾げる。
こいつは一体、何を言っているのか。
まさか剣の腕の一言に反応したのか。


「剣士の技量! 刀の出来! そして・・・・・・精神の強固さ! この3つが高いレベルにあれば、何人斬ろうが刀は戦闘力を失わない!」

「いや、そりゃあ、そうだろうけど・・・・・・」


力説する冴子。健人は半歩後ろへと下がる。
高城の父がこちらへと鋭い視線を投げかけていた。
軽く頭を下げておいた。


「で、でも血脂が付いたら」

「料理と同じだよ――――――」


良い包丁を腕の良い職人が用いた時うんぬんかんぬん。
日本刀と人体でもその理屈はどうたらこうたら。
コータお前もか、と健人は額を押さえた。
刀と銃、どちらが武器として優れているかなど、語るまでもないというのに。
そんなもの、銃に決まっているだろうに。
冴子という例外が吐く言葉に、銃への信奉が少しでも揺らぐのが我慢ならないのだろう。
信仰心の問題なのだ、これは。


「でも、でも!」

「お、おい平野、もういいじゃないか」


ヒートアップしていく平野に見かねて小室が手を伸ばす。
ここでリーダーシップを発揮しないでほしかった。


「さわるな!」


案の定、その手は叩き返される。
殺気さえ込め、コータは小室を睨み付けた。


「邪魔するなよ、まともに銃も撃てないクセに!」

「平野ッ、アンタいいかげんに」


高城の制止も聞かず、銃を抱えて部屋を飛び出していくコータ。
なんなんだあいつ、と小室の苛立たしい呟きに、冴子が腕を組みながらしたり顔で頷いた。


「分かってやれ。平野君もまた男子なのだ」

「それは、分かってますけど」

「君はそういうところが・・・・・・いや、同じ硬化の裏表か」


呆れたように溜息を漏らす冴子に続いて、高城も溜息にしては大きな声を上げながら大股で部屋を退出していく。
つられるようにして健人も深い溜息を吐いた。
もちろん小室に対してではない。
小室君はしかたのない奴だなあ、とでも言いた気な冴子の顔に呆れてである。
私達も行こうかと言いかけた冴子の口を閉ざすよう、健人は指を沿えた。


「ひゃ、ひゃひほふふんふぁ、ふぇんほふん」

「やかましい。ぴいぴい余計なことばっか言いやがって。お前なんかピヨピヨ口がお似合いだ馬鹿野郎」

「んぶぶぶぶ」


右手がどうとか、こいつにはどうでもいいだろう。
人差し指と中指、親指の三指で頬肉を挟みつける。


「ひはひほふぇんほふん」

「け、健人さん、それぐらいに。どうどう」

「俺は馬か」


非難されていた小室だったが、よほど血管が顔中に浮いた健人の表情が恐ろしかったのだろうか。
健人をなだめる側へと周っていた。


「もういい。ほらよ、行っていいぞ」

「・・・・・・ああ、これだ。ようやく、君から」

「なんだよ?」

「私に触れてくれたな、と。それに、右手で。嬉しいよ健人くん」


背後で小室が頬を引きつらせているのが解る。
ほう、と熱い吐息を吐く冴子は、これで刀が握れるのかという白魚のように細く白い指で、自分の赤くなった頬を抓り、痛みを反すうしている。
物足りないようで、間接を使って頬を握り込み始めたのには、健人もどう反応していいものか解らなかった。


「え、と冴子さん? お前、その、大丈夫か?」

「今、私の名を・・・・・・? ああ、ああ! もう一度呼んでくれないか! 頼む、もう一度君の口から、冴子と!」

「ひぃ! 近い! 怖い! 胸が当たる!」


ベランダには逃げ場はなく。
鼻息荒く迫ってくる冴子に半ば本気で恐怖を抱く健人。
その様子が面白いのか、ぽかんとして推移を見守っていた小室の横で、鞠川がくすくすと笑い声を漏らした。


「ちょっと先生、要救護対象がここにいますよ! 何とかしてくれませんかね! 笑っていずに!」

「ほんと、あなたたちと一緒で良かった。そう思ったの。世界中が<奴ら>だらけになってるらしいのに・・・・・・若いって素敵!」

「そんな言い方は」


ふわふわと地に足がつかないような。
常ならば見た者を心から安心させただろう鞠川の笑みは、健人たちに不安しかもたらさない。
たまらず小室が反論しなければ、健人が冴子を押しのけて鞠川に何をかを言っただろう。
何を、と問われても具体的な言葉は頭には無かったのだが。


「あのね小室君、わたしね、臨床研修をしてる大学病院から臨時に校医として派遣されることになった時、決めたことがあるの・・・・・・」

「・・・・・・いきなりなんです」

「お願い、質問して」


先までの朗らかな態度とは打って変わり、鞠川は震える身体を止めるよう、必死で肩を抱いている。
明らかに異様な様子の鞠川から小室は眼を反らした。
暗い表情だ。うんざりだ、とでも思っているのだろうか。まあ、それに近い感情なのだろう。
ギロチン刑を見せ付けられた後で、明るくおしゃべりをしようとしている奴の方が異常なのだ。
自分の正気を守るためだ、そんな奴に近付きたいとは思わない。
鞠川も、ここまで来たらもう、解っているはずだ。
いや、解っていてあえて、なのかもしれない。
医者とはかくあるべき、という信念が彼女にあるのならば。


「なにをですか、って質問してよ。そしたら、いつもどおりにやれるから、きっと!」

「・・・・・・ごめんなさい、先生。今は無理です」

「・・・・・・ならどこかに行って。私は私のルールを絶対に守りたい。守りたいから、今は、どこかに」


そうして無言で小室は部屋を後にした。
去り際に宮本と何かあったようだが、聞くべきではないと健人は意識から聞こえて来る会話を除外させた。
強化された聴力に音を捉えても、それを意識しなければ、聞こえていないのと同じことだった。
まあ仕方ないよなあ、と健人は髪を掻きながら冴子を引き剥がした。
しかし、ルール、と来たか。
これは彼女の事を見くびっていたのかもしれない。
彼女の態度が意図してのものであったなら、自分たちの中で唯一、真に正気であった女性である。


「なにをですか?」

「・・・・・・え?」

「だから、なにをですか、って。先生が決めたことって、何ですか?」


健人は問う。
話のついでだとでもいう風に軽い調子での質問だったが、内心は違った。
聞きたい。
彼女の、自分が自分でいられる理由とは、一体なんなのだ。
これから先、女性を集団で襲っていた奴らのように、人は獣と為り果てていくだろう。
否、既にそうだ。世界は変革した。プラスかマイナスか、どちらの方向にかは解らないが、とにかく変わってしまったのだ。ならば、そこに生きる人間は、新たな世界に適応していかねば。
だが、そんな世界の中で以前のまま、人間のままでいられる理由とは。


「それって同情? だったら・・・・・・」

「そう取っていただいても構いません。ただ、ここまで話しておいて、聞かず終いに死なれたんじゃあ、後味悪いじゃないですか。気になってしかたないですよ」

「・・・・・・私は生き残れない、ってこと?」

「このメンバーの中で一番に脱落者が出るとしたら、戦闘力の無いあなたか高城ですから」

「はっきり言うのね。なら、ありすちゃんはどうなの?」

「あの子は俺達が守りますから。それにこんなの隠したって、何の得にもならんでしょう。自覚してもらった方が、こっちとしても動き易いですし」

「そう・・・・・・ね」

「それに、純粋に俺が先生のことを聞きたいっていう理由もあります」

「それは、ええっと、その・・・・・・そ、そういう、こと?」


そういうこと、とはどういうことか。
いや、とぼけるのは止めよう。
彼女は辻斬りなどよりはよほど情欲を掻き立てられる相手だった。
それをおくびにも出さなかったのは、みっともない真似はしたくないという、チンケなプライドがあったからだ。


「俺も健全な男の子ってことで」


冴子の言葉を借りるならば、そういうことだ。


「そっか。うん、そっかぁ。うふふ、ね、健人君。耳、貸してくれる?」

「はい、どうぞ」

「教えてあげるね。私が決めたこと、それはね・・・・・・」


鞠川の口元に耳を寄せる健人の耳にかけられる、温かい吐息がこそばゆい。
鼻腔をくすぐる甘い香りが、健人の鼓動を一拍跳ね上げた。


「ヒ・ミ・ツ、うふふ!」

「秘密、ですか」

「うん、秘密なの。だって毒島さんが怖いから、ね」

「はあ、秘密なら仕方ないですね」

「そうそう、秘密なの」


ちょんと健人の鼻先を突き、ふんふんと鼻歌でも歌いだしそうなくらいに鞠川は上機嫌な様子。
鞠川の内面の振り幅が理解出来ず答えもはぐらかされた形となり、健人は喉元まで出かかった、だから何なのだ、という台詞を呑みこむ。
立ち直ってくれたならばそれで良しとしよう。医学に通じる人間が居るということは、強みなのだ。
とりあえずはこれで良かったのだと無理矢理に納得し、務めて後ろを振り返らないようにする。
漂ってくる背筋を這うような、底冷えのする気配が心底恐ろしい。
怖いもの見たさの好奇心があったとしても、進んで夜叉を見たいとは思えなかった。


「さ、二人とも出て行ってね。これから宮本さんにお薬塗るんだから」


でてったでてった、と健人と冴子の背を押す鞠川。
ありすは既に小室を追ったようだった。
恐らくは、コータとの件についてだろう。ならば彼女に任せておけば、小室とコータに確執が生じることの心配はいらない。
こういう時、子供の純粋さは人を素直にさせてくれる。
本当にバランスの取れたパーティーだ、と思う。
何の役割も無く宙に浮いているのは自分だけだ。
高城の言う通り、どちらか選ばねばならないだろう。
彼等と共にあるか、別れるかの。


「君のそういう所は好ましくないと思う」

「藪から棒になんだ」

「鞠川先生のことだ。嬉しそうな顔をしていた。君はもう少し、自分の発言の影響を考えた方がいい。まだ学園が機能していた頃、私がどれだけ苦心したか。
 虎視眈眈と隙をうかがう女狐共を千切っては投げ千切っては投げ。時に闇打ちし」

「お前か! 俺がもてなかったのはお前のせいだったのか! 俺の青春を返せ!」

「まあそんなことはよかろう。過ぎた話だ。これからの話をしよう、健人君」

「よかねえけど、ええい、くそっ、確かにそうだ。言ってみろ」

「飲み込まれるか、別れるか。二つに一つ、という話だ。君はどうする?」

「・・・・・・俺は」


どうするのだろう。
元より、小室達と同行していたのは、自身の変質による寂しさからだった。
完全にとは言えないが、少しずつ異形を受け入れ始めた今の自分にとり、寂しさは薄れていっている。
だが未だ、健人のとるべき第三の選択肢を口に出すには勇気が足らない。
第三の選択肢、それは誰の目にも付かないよう、消えるということである。


「いや、答えなくてもいい。右か左かと問われたら、真ん中だと答えるような天の邪鬼の君のことだ。どうするかくらい解っている」

「なんだ、それ。まるで俺の事を一から十まで解ってるような言い草だな」

「ああ、そうだとも。私は十まで君の事を理解出来たと自負しているし、それだけの時間を共に過ごしてきたとも思っている。そして私は未だ、十までしか君の事を知らない」


着物の胸元、折目に手を当てながら、冴子は微笑む。
刀を帯びていない彼女は、着物の良く似合う旧家の姫君か、俗社会から隔離された深窓の令嬢にも見えた。
動きを制限される衣服は場違いにも甚だしく、既に健人もそう指摘していたというのに、そんなことは関係なしに見惚れてしまう。
いけない。健人は目頭を押さえた。
鞠川に唇を寄せられ、自覚なしに昂っていたのかもしれない。見境なしになっている。


「私はもっと君の事を知りたいと思っているよ」

「・・・・・・俺の底なんて浅いもんだ。すぐに飽きるし、得することもない」

「するさ。色々とね。私得というやつだ」

「俺と一緒にいたら、またあんな化け物に襲われることになる」

「ああ、あれは恐ろしかったな。出来ればもう二度とお目に掛かりたくはないな」

「あれが何なのか、聞かないのか?」

「答えてくれるなら、いや、答えられるなら。知っているのかい?」

「知っている訳がない」

「そう顔に書いてあったよ。私はもう決めたのだ。私を叱ってくれると言ったのは君だろう。私は君を知りたいし、君にも私のことを知って欲しいと、そう思っているよ」


この女を狂った辻斬りと見なし、そこで思考停止してしまっていたのは自分だ。
それだけに留まらず、見下してもいた。
自分の方がよほど高尚な精神を有していると思っていたのだ。下らないことに。
そんな彼女が今、自分へと歩み寄ろうとしている。
これまでは一方的な押し付けでしかなかった彼女が、そうではないと、健人に訴えている。
これからは、違うのだと。
健人も自分のことを知れと。
健人は今まで彼女の嗜虐性を非難することで、自分の内にある感情を殺していたのだ。だから、彼女と向き合おうともしなかった。
一方的だったのは果たしてどちらだったか。
お願いだ、と冴子は続けた。


「どうか私を、側に置いてくれないだろうか」


健人は答えない。答えることが出来ない。


「・・・・・・好きにするといい」


そう絞り出すように返すしかなかった。
言って、冴子に背を向けた。
考えなければならないことが多すぎる。情けないことに、自分では処理できそうもない。導べが欲しいと思った。
叔父に会いたい。
会って、話をしたい。話せるのならば何だっていい。叔父の趣味であるフットボールを一緒にしてもいいし、戦史について論争することもいい。とにかく、会いたくてたまらなかった。
健人は暗闇であってもサングラスを外さない男の顔を脳裏に浮かべた。
精神性だけをみれば、健人は弱い人間だ。迷いを断ち切れず、救いを求め、他者の言葉に人生を左右される程に。
しかし、己の意思によって決断を下すことの出来る人間だった。
その決断が正しいものであるかどうかが、たまらなく不安になるというだけだ。
決断は既に下されていた。
言葉を濁したのは、後ろめたさからだった。
彼等と、小室たちとも別れ、冴子も置き去りにし、そして――――――リサと共に生きる。
背に掛けられたありがとう、という呟きを、健人は意識から締めだした。
頭にあるのはただ一つ。
人の道から外れたリサと自分を、叔父は何と言うのだろう。
先生に問えば、教えてくれるだろうか。
物思いに耽る健人は、だから気付かない。


「・・・・・・そうだ。君の側にいるべきは私なのだ。私だけが、君の隣に立つことが出来るのだ。あんな化け物になど、許してたまるものか。私が、私だけが――――――」


その後に続く、背後からの声に。








■ □ ■






File13:東日本電話回線、同携帯電話の通話記録より


『――――――そう、南米はもう全滅か。こっちも似たようなものよ。どこもかしこも地獄だわ。
 うん、へぇ、BSAAはもうそんな所まで情報掴んでるんだ、流石ね。それで、首謀者は結局どこのどいつなの? もう傘は破れたんでしょ?
 ・・・・・・ふうん、中々尻尾を出さないわね。でももう二・三個所は拠点を潰してるんじゃない? 教えてよ。
 えっ、今、作戦帰りなの? クリスがまた一人で施設を爆破した、って、何よそのクリスっての・・・・・・本当に人間? 
 軍事施設に単独潜入とか、それにまたって・・・・・・。
 あら、そんなにイイ男なの? じゃあ許せるわね。ねえ、今度紹介してよ。いいのいいの、コブ付きでも気にしないわよ。知ってる? お堅い男って、アッチの方でもタフなんだから。
 こんな時にって、こんな時だからこそよ。フリーセックスの時代が来るのよ。今からいい男を捕まえとかないとね。女は子供を産むのが仕事になるわ。
 ふふ、そうと決まればヤル気が出てきたわ。何としてでも生き残らないと、ね。
 そっちは海路を使ってるんだっけ? なら床主に到着するのは、もう少しかかりそうね。 
 ええ、あたしもあなたとまた会えるのを、楽しみにしてるわ。そうね。お互い生きていたら、また。
 じゃあね――――――シェバ』

『・・・・・・あーリカぁ? 生きてたねー! あたしもね、いろいろと大変だったんだけど』

『そんなことより、今どこにいるの!? あたしの部屋――――――』


・・・・・・抽出できた記録はこれだけのようだ。
ここから先のデータは電磁パルスによって破損し存在しない。












ドボルさんの仙骨が出る前に私の腰が結合崩壊した。
痛いよう痛いよう。
仙骨でないよう。





12/13後書き

ひゃっはー入院だぜーフゥハハー!
皆さま今晩は。そろそろ狩りも一段落付いたころでしょうか。
ひーこら言いながらジエン一式揃えた後に、アロイSの生産難易度と性能に涙目になった人ノシ。
私だけではないと信じている。
しかしアドホックパーティーすごいですね。
遠方のリアフレと散弾アババでジンオウガの剥ぎ取りを阻止し合い、ゆうぜうにヒビが入ったりなかったりをしつつ技術の進歩の凄まじさを感じました。
思いつく限りの罵詈雑言をタイピングしつつ気付くゆうぜうの大切さ。
「あ、自分友達こいつしかいないわ」「ごめんね、お詫びにこれ上げるね(つこやし玉)」
よーし、今日もフィールドを黄色く染め上げてやるぜー。
こやすぞー。

と、まあ魔物狩人の話はこれくらいに。
そろそろ学園の方の収集がつかなくなってきたんだぜ。
どう終わらせたらいいんだろうか。
ここはやはり、アニメ版予告のように以下ダイジェストでお送りします的な終わりにするしか。
うむむ。考えておきます。
最後に。
俺、この更新が終わったら、上位ナルガとキャッキャウフフしてくるんだ・・・・・・ソロで。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:14 (File追加)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/01/12 06:13

ギロチンが行われてから漂う、庭向こうからの空気。
人心をまとめるのに恐怖で抑えつけるのは非常に効率の良い方法であるが、抑圧を掛ける以上は反発も必至だ。
状況に急いて過激な方法を執ったのだろうが、しかし人の心には“バネ”の作用がある。
世界が崩壊してからもう数日・・・・・・否、まだ数日か。人間のしぶとさというものは、小室達と同行する間に嫌という程に見せ付けられたと思っていた。だが、“バネ”が死ぬまでに打ちのめされるには、まだ幾ばくかの時間が残されているらしい。
誰もが現実を受け入れられていないのか、思っていた以上に人間は強かであったのか。それは解らない。鞠川の友人宅から眺めた橋上の光景を思い出す。どちらにしろ、反攻の意思が残されている内は人類はまだ安心のように思えた。
自分にとっては喜べるばかりではないが。
個々人が身の内に眠る獣性を絞り尽くさなければ、集団が脅威ともなりえる力を持った者を受け入れはすまい。
排斥もそこから産まれる故に。
庭向こうから漂う空気は、明らかな敵意を孕んでいた。
粘りつく怨念が込められたそれではなく、追い詰められた犬が吠えたてるような、そんな危うい気配である。何をするか、解ったものではない。
さて雲行きが怪しくなってきたぞ、と健人は歩先を速めた。
短慮に感情を爆発させられでもしたら、個人の責任に収まる範囲を簡単に超えてしまう。そいつが死ぬだけでは留まらず、周囲を巻き込んで自爆することになる。それだけは御免被りたかった。
しかし、何とかせなば、とまでは思わない。彼等に対する責任は健人には全く無いのだから。かといって大事が起きた際には見捨てるか、とも言い切れなかった。
自分のことで精一杯だというのに、こんな時にまで甘さが捨てられないとは。つくづく至らない自分に健人は表情を歪める。
叔父に何度も指摘された己の欠点。どうやら追い詰められてもそれは治らないらしい。
他人の存在が気になって仕方ない。孤独では生きていけないことを強く自覚しているのは、こればかりは叔父の責任だろう。叔父は健人に自身の力となることを強く求めたのだから。
とにかく外の集団に火種を放りこむことだけは避けたい。コータのことだ。視野の狭まい連中の中に放り込めば、それだけで爆発するだろう。お互いに。
そのため、ハンクの元へ行こうとしていた健人だったが銃器を抱えて去っていったコータをそのままにはしておけず、問題を起こす前にと高城邸館内を探していた最中だった。
コータの性格を考えるに、人気のある所には行こうとはしないはず。
そうすると、もう館内にはいないだろうか。
頼むから面倒事は起こしてくれるなよ、と健人は漂う空気に背筋を振るわせて両手を合わせた。
背中がうすら寒い。


「悪霊退散、悪霊退散」

「どうした健人君、こんな時に神頼みか?」

「信じるかよ、そんなもん」

「さて。そう言う君は、天に唾を吐きながら手を合わせるのだな。君はたまにおかしなことをする」

「・・・・・・何か良くないのに憑かれてるような気がして」

「ふむ、こう立て続けに事が起きてはな。私も人知の及ばない何かを感じるよ。だが、これも運命かと思えば不思議と悪くない気持ちだ。
 君とこうして並んで歩くことが出来たからかな」

「・・・・・・悪霊退散」


運命と書いてさだめと読むのだよ、と言って嬉しそうに微笑む冴子に、憑いてくるなとは言えない健人だった。
蜘蛛の巣に捕らわれた獲物のような、そんな心境だ。
隙をみては何度も絡められてくる指をそれとなく振り払いながら、健人と冴子は草履を履いて外へ出る。
流石にコータも広場や正門近くには寄り付こうとはしないはずなので、今度は裏庭を探してみることにする。


「ああ、ほら健人君、鯉がいるぞ」


良い物を見付けた、と小池のほとりに屈む冴子。
高城邸は正門前に広がる広大な庭は西洋造りであったが、裏庭は静かな日本庭園となっていた。
配置された石と緑とで世界を露わすのが日本式の庭造りである。
どうりで幽世に迷い込んだような感じがしたはずだ。
今となってはわびさびの世界観は、日常の隣に寄り添う有り得るかもしれない近しい空間ではなく、実現不可能な夢の国と化しているのだから。
これで見納めかと思えば感慨深いものだ。


「ほら、見てくれ。素晴らしい九紋竜だぞ」

「そうだな。素人目に見てもよく手入れされてるな」

「これ程のものとなると滅多にみられないな」

「なるほどね。実益を兼ねたいい趣味だよ」

「実益とは?」

「腹の足し」


ぱしゃんと跳ねる錦鯉。
どう見ても泳ぐ魚肉ソーセージにしか見えない。
美術的価値など死に絶えたのだ。食えるか食えないかが生物に対する基本的な感想になるだろう。
ジークもいつまで“可愛いと思うことが出来る”のか。
自信はなかった。


「なんだ、腹が減っているのか。それならそうと言ってくれれば、すぐにでも腕を振るってやったのに」

「重たいからいらない」


血や何かを混ぜられたらかなわない。胃を擦る。想像だけで胸焼けしそうだった。
見るからに豪の者であった高城の父らしく、日本庭園は武家の造りを踏んだものだ。
表の庭が現代アートを取り入れた挑戦的な設計がされているのに対し、裏庭は古式でいて格式高いものとなっている。
ならば、と健人は丁寧に苔を生やした土に足跡を付けつつ、邪魔な松の枝を折って目当てのものを探す。


「裏口発見、と」


周囲をぐるりと堀で囲まれた高城邸は、正門のみしか出入り口が無いように見える。
思想右翼の首領の地位にある高城の父である。この邸宅は、城として建てられたのだろう。西洋館ではあったが、有している機能は、日本における城のそれに近いのだろう。それが健人の邸内を見て回る内に抱いた感想だ。
あの鉄扉が唯一の出入り口であるならば、それでは敵に攻め入られた際に籠城しか選択肢が無くなってしまう。高城の父がそんな欠陥建築を許すはずがないだろうと健人は予測し、そして真裏にあるこの日本庭園を調べてみたら案の定。
見事に伸びた松の木、そして岩と壁の間に、鉄の扉が隠されていた。
名城の条件とは、攻めるが難し守るが易く、である。それはつまり、敵の攻め入る方向を一本化させ、更には万が一の際に確保出来る退路が存在する、ということ。
この壁の向こう側は確か高台であったはず。崖を背にしているのならば、なるほどこれは非常口ということか。
改めて良く出来た邸宅だと感心する。


「ああっ! アンタ何してんのよ、それ!」

「ああ、高城か。これは、あー、その」


甲高い非難の声を上げながら、高城が大股で健人に詰め寄る。
それ、と健人の手の内にある松の枝を指して、怒りに眉根を跳ね上げていた。
見れば中々に立派な枝だ。
今更背中に隠した所で遅い。


「まったくアンタは・・・・・・いいわよ、もう! 桜折る馬鹿に何言ったって無駄ですものね!」

「いやこれ松だし。これくらいじゃ松は腐らないし。ていうか俺のが年上だし。何でこんなに怒られて」

「ああん!?」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」


冴子に限らず言えること。
世界が崩壊しても変わらずに女は強かでいて、怖い。
睨まれたら男は頭を下げるしかないのである。


「それで、あいつは? こっちに来たんじゃないの? ったくあのでぶちんときたら!」


人間の魅力は見た目が8割だと言わざるをえまい。
コータの外見が愛嬌として受け入れられる時はくるものか、と思わずにはいられなかった。
自分が女だったなら、抱きしめてキスぐらいしてやったのに。
次いで高城は池を覗き込んでいる冴子へと近付く。


「剣道だけじゃなくて錦鯉にも詳しいってワケ? 確かに似合ってるけどさ」


私は、と冴子は言葉を一瞬濁した。
言い難いのか、言葉を探していたのか。それは解らなかったが、冴子は高城の気配を察知していたはずなのに、一瞥もくれなかった。


「“わたしも”機嫌が良いわけではないよ」


ちら、と一瞬だけ冴子の切れ長の眼が向けられた、気がした。
冴子の琴線に触れる何かをしでかしてしまったのか。考えても思い当たる節はない。気のせいだ、と思うことにした。
理由はわかっているわけね、と良いように冴子の言葉を解釈したらしい、高城が頷いた。


「機能と変わらない今日、今日と変わらない明日を当然のものとして受け入れる幸せは喪われたわ! たぶん・・・・・・永遠に!」

「そうだ。あの懐かしい世界はすでに滅びた」


風が吹き抜ける。
長い髪を抑える二人は、そこで初めて視線を交わらせた。
懐かしい、と口にしながらも微塵も名残惜しさを感じさせない冴子に、言いようの無い違和感を感じた。
感じたが、だからどうするという訳でもないのだが。


「よって、君が口にした設問に戻るわけだ」

「ええ! 飲み込まれるか別れるか! どちらかを選ぶかでこれからの全てが変わる。飲み込まれた時、どんな世界で生きていくのかはパパが実演してくれた。
 気楽でいいわよ? まだしばらくは子供でいられるわ。<奴ら>で溢れ返りつつあるこの世界で、嬉し恥ずかしな恋愛ごっこだって出来る!」


何処か投げやりに言う高城に、健人は問う。
何とはなしに聞いたことが、問われた側からも解るような態度。
健人もまた、投げやりに問うただけだった。


「どっちにするんだ?」

「それは・・・・・・アンタはどうなのよ?」

「どっち付かず、なんだよな」


肩を竦める。
高城は両親と想い人との板挟み。そして自分はリサと合流するまでは、どちらに付いても同じことだ。
今のところは、化物になってしまった寂しさと憤りとを紛らわせてくれた小室達に傾いてはいるが。
請われたらば、どうなるか。


「しかしまあ、恋人ごっこか。平和でいいじゃあないか。しばらくはまだ浸っていてもいいんじゃあ?」

「それも楽しくはあるだろうが・・・・・・私はもうごっこでは満足は出来ないようだ。こんな時に、いかんな」

「・・・・・・アンタたち、何かあったの? そういえば一晩どこかで過ごして来たんでしょ? その時とかに」

「無いよ、何も」


即答である。
冴子が不機嫌だと述べた理由。その心当たりはあっても、冴子には何も告げてはいないのだ。
察知されてはいないはず。だから、本当に思い当たる節が無いのだ。邪険にし過ぎて拗ねたかは知らないが。
不穏な発言は意識から除外するに限る。


「それに、私は<奴ら>以外の命も奪っている。介錯だったつもりだが・・・・・・いや、介錯とは子供のなすべきものではなかろう」

「アタシだって、自分が生き残るためにクラスメイト達を気にせず動いた。間違ってるとはおもわないけど、子供が教わる正義とは全然違・・・・・・」


何かに気付いたように顔を上げた冴子に、途中で言葉を切る高城。
どうしたの、と彼女に問うと、見知った顔が見えたという。
友人というわけでなく、知り合いというわけでもなく、何処かですれ違っただけの相手のようだ。
あれは、と何処で見たのかを思い出そうとしていた。


「紫藤先生にくっついてた生徒だろ」

「ああ、確かに。いやまて、何故君が彼を知っている?」

「同じクラスだったからな」


ぎょっとしたように二人は振り向いた。
紫藤と関わりがあるというだけで、害悪であるとでもいう風な反応。
過剰と言える程の嫌悪の眼差しを向けられ、困惑に健人は首を擦る。
いったいあの人は何をしたのか。
ろくな事ではないのだろうけど。


「俺もあいつも、紫藤先生が担任さ。避難する時も一緒に逃げてたんだけど、俺、囮にされちゃって。それでこんなになっちゃった、と。いやあ見事に見捨てられたなあ」

「見捨てられたなアッハッハー、じゃないわよ! ちょっとアンタ、紫藤の奴に切り捨てられて酷い目にあったんでしょう? 何で笑ってられるのよ!」

「そりゃあ納得は行かないけど、でも合理的な判断だったと思ってる。間違っちゃあいなかったよ。あの時はな」


一言言ってやりたい気持ちはあるが、恨んでも憎んでもいない、というのが健人の本心だった。
にこやかに笑う紫藤の言葉に従い、一人で<奴ら>の群れに飛び込んでいったのは、紫藤に心酔していたからでも薄ら寒い台詞に惑わされたからでもない。
自分ならば大丈夫だ。皆を逃がす時間くらいは稼げる。死にはしない。そんな驕りが、健人の中にあったからだ。
そして<化物>に遭遇したのは、紫藤とは何の関係もない。初めから自分を狙ってやってきたのかどうかは解らないが、<化物>になってしまったからといって、紫藤を逆恨みするのは筋違いである。


「一人を犠牲に皆を生かす。多くの命を預かるリーダーとして、正しい選択だった。それは認めないと」


いずれ小室も紫藤と同じ判断を下さなくてはならない時がくるだろう。
リーダーとは時に非情さが求められる役割だ。皆仲良く、で生き残れるなどと信じている夢想家は、どうぞ自ら他者のために命を捧げてほしい。
切り捨て切り捨て、人として大事な部分を削ぎ落とし続け、獣になっていかなければ化物には勝てない。
化物である自分が言うのだ、間違いない。
小室にも変化の兆しはあるが、自覚をするのはいつになるか。
高城達はそれを促すつもりであるのだろう。


「何よ、アンタも紫藤教の一員なワケ?」 

「紫藤教って、なんだそりゃ?」

「乗り合わせたバスでね。やらかしてくれたわよ、まったく」

「ああ、何となく解った。あの人、頭は方は確かでも人格はちょっとアレだからな。人としては全く尊敬していないから、安心してくれ。
 だから騙されたなんて思ってないんだ。初めから信用していなかったワケだし、ああ騙されてるな、って理解もしてたから。
 全部折り込み了承済みで、先生の言い付けを守る優等生になったのさ。
 <奴ら>の群れをかいくぐる自信もあったしな。相手が<奴ら>だったなら、負けないと思ってたんだが。軽率だったよ。死にかけた」

「・・・・・・恨んではいないのね?」

「それが、まったく。不満はあるけど、いいとこ一発殴ってそれで終いさ」

「アンタは・・・・・・まったく、顔に似合った中身でいなさいよね! 
 とにかく、あいつがここにいるってことは紫藤もここに来る可能性が高いわ。スパイよ、あれ」

「来たところでお前の親父さんが許しはしないだろうさ。彼等が言う子供達とその保護者の集まりだからって、甘くなんてしないだろ」

「それは・・・・・・確かに。なんかムカツクわね。私よりもパパのことを理解してるみたいな顔しちゃって」

「八つ当たりはよしてくれ。さっさとママと仲直りしてきた方がいいぜ。時は金、支払いが血になる前に行ってこいよ」


言われなくてもわかってるわよ、と鼻を鳴らしてそっぽを向かれる。
フン、という音が聞こえる盛大な照れ隠しだった。


「それで、お前はどうして黙りこくってるんだよ」

「あ、ああ。すまない。紫藤教諭を切り刻むのに忙しくてな」


もちろんそれは頭の中でのことなのだろう。
紫藤のやり口にではなく、生贄に健人を選んだことに怒り心頭といった様子。
静かに冷やかに、凍える炎が瞳に宿っている。
健人は冴子から身体ごと顔を背けた。
冴子達の耳には聞こえないようだが、先ほどから聞こえる怒声が気になる。
責められているのはコータだろうか。
遠くの音まで拾えるようになったはいいが、小声でぼそぼそと喋られれば聞こえはしない。
やはり、面倒事か。
幸か不幸か、相手は集められた一般人ではなさそうだ。
本当なら小室に任せたいところだが、憂国一心会の組員が相手では、強引に迫られたらどうなるか。


「何を騒いでいる!」


空間そのものを震わせる裂帛の気合に、三人はぱっと顔を上げた。
高城の父の声だ。


「少年、名を聞こう! 私は高城壮一郎、憂国一心会会長だ!」

「ひ、ひ、ひ! 平野コータ! 藤見学園2年B組、出席番号32番です!」

「声に覇気があるな、平野君!」


ここで初めてコータの声が聞こえた。
健人だったならば、あなたほどでは、と皮肉で返したかもしれない。
エンターテイナーに対するには、彼等の提供する演出を素直に受け取らず、斜に構えていなければならないからだ。でなければ、呑まれて流されてしまう。流されたら、組み込まれて終いだ。やはり上手いやり方だと思った。
コータに余裕はなく、答えるだけで精一杯だとその声色が伝えていた。
呑まれた、と健人は察する。
恐らくは銃を渡せと詰め寄られていたのだろう。ここで高城の父からもう一押しされたら、言いなりになるしかコータには選択肢がない。
これはいよいよ武力行使も有り得るか、と健人は覚悟を決めた。


「たかしお兄ちゃん、こっち! コータちゃんが、コータちゃんが大変なの!」

「健人さん! 何が!」


健人が拳の関節を鳴らしかけたところに、小室がアリスに手を引かれながら現れた。
高城の父の声が届いていたのだろう。ただ事ではないと察知しているようだった。


「小室、いいところに。コータが何かトラブったらしい。たぶん、銃を渡せって脅されてる」

「あいつら・・・・・・!」


怒りに奥歯を噛み、小室は声のする方向へと睨みつけた。
先ほどまで仲違いをしていたというのに、今はコータを救いださんと義憤に燃えている。
シャコン、と小気味の良い音を立てるポンプアクション。
小室は担いでいたショットガンを腰溜めに駆け出した。


「いやいやいや、待て待て待てって」

「ぐわわーッ!」


左足が前に出される瞬間に横へと蹴り飛ばしてやる。
右足より前に踏み込まれるはずが、右足のふくらはぎに左足甲が直撃し、バランスを崩す小室。
倒れそうになった小室に手を伸ばした健人だったが、彼の体を掴むことはなかった。掴んだのはショットガンだった。
結果、小室は池へと見事にダイヴ。
派手に水しぶきを上げて着水を決めた小室。九紋竜の錦鯉が迷惑そうに小室の頬を尾びれで叩いていった。


「あばがっ!? ごぼっ! こ、苔が! すべっ、お、溺れぶ!」

「大人数で囲むのも大人気ないけど、銃口突き付けてお話するのは、もっと駄目だろ」


呆れたように、とんとんとショットガンで肩を叩きながら言う。
最近俺、説教臭いよな、と恥ずかしそうに笑うが、苔に足を取られて何度も水底に沈む小室にはそれどころではない。
暴れる小室を尻目に、健人は冷静に薬室からショットシェルを抜き出した。


「ちょ、ちょっと! 早く引き上げなさいよ!」

「ダメダメ、弾が湿気る。そう言うんなら自分が手を貸してやれよ」

「いやよ、服がぬれちゃうじゃない!」

「濡れるのもまたおつなものだぞ。実は私も、少し濡れてしまってな。張り付いた布が動くたびにこすれて、これがまたたまらん」

「ええと・・・・・・?」

「乾かしとけや。高城も気にするなよ」

「つれないな、君は。しかし小室君はそこで少し頭を冷やした方がいいな」

「そうだな。頭に血が上ったヤツは水底がお似合いだわな」


誰も小室に手を貸そうとしない。
緊迫した空気が消えたのは、高城の父は調停役に回るだろうと踏んでのことだった。
小室の出番なのだと、三人共に理解している。
高城の父に認められたなら小室も自信がつくだろうか。リーダーとしての資質を示すべき良い機会だ。
ここぞ、という場面なのだ。小室には頭を冷やしてもらわねば。
かくいう小室は、靴紐がイカれただって、と解けた靴紐を踏み、また池に尻を突いていた。


「狙ったか、健人さん! よりによって池で・・・・・・クッ、ダメだ、立てない!
 水が入って・・・・・・! 馬鹿な、これが僕の最後だというのか! 認めん、認められるか、こんなこと」

「冷静になって高城パパのことが怖くなったのは解るけど、馬鹿やってないでさっさと上がれよ、ほら。ここがお前の見せ所なんだぜ。胸張って行ってきな。手ぶらでさ」


小室を池から引っ張り上げ、背を突いて突き離す。
二三歩たたらを踏んで、痛そうに肩をさすりながら睨む小室だったが、振り向いたときには健人はもう、邸内へと引き返す最中にあった。
背に視線を感じながら、頑張れよ、と手を振る。
背に悪寒を感じながら、憑いてくるな、と手を振る。
放っておいても大丈夫だと思えてしまえるのは、自分も小室の放つ原石の光に中てられているからなのかもしれない。






■ □ ■






あらかた邸内を探し終えたが、未だハンクは見つからなかった。
あれほどの異様だというのに、邸内をうろつく影さえ見えないとは。
次は外かと窓の外に眼を向ける。
すると、聞こえる叫び声。


「皆さん聴いてください! この子は殺人を肯定する男の娘で、私たちにも殺人者になれと言っています!」


小室達と、保護された住民たちが言い争う姿が窓枠の外にあった。
外に出るのは止めておこうと健人は即決する。
次から次へと、よく揉め事ばかり起こせるものだ。
ここでも“バネ”の反作用である。ボランティアを集めるの、などと<奴ら>を救済すべきだと叫ぶ女の甲高い声を耳にそう思う。
彼等の現状を元に戻そうとする反応は、自然な行動なのかもしれない。
例えそれが、どんなことでも。
時にはうまくいかない事が、最初から分かっていてさえ。
そんな彼ら対しては、高城の父の手法を執るしかないのである。
斬って捨てると、有事の際は見捨てると、それだけだ。
付き合うだけ時間の無駄だと解っていて、なお説得に周ったのは、最後の情けなのだろう。
それよりも、高城の両親に率いられた人々の脱出が数日後に迫っている。
小室は出発までに全員を救出して戻ってくる、と確約したらしいが、さて。
果たして彼等の両親が生き残っている可能性は、あるものか。


「けんとお兄ちゃん・・・・・・」


ありすが心配気に見上げ、袖を引く。
小室の決定はありすがメッセンジャーとなって伝えてくれた。
高城と鞠川とありすは残ることになった、とも。
高城は両親がここにいるのだし、鞠川は医者だから人数が多い方に付くのが当然だ。
そして、まさかありすを連れて行くことなど出来ない。
そう考えてのことのようだ。
健人さんはどうしますか、との小室からの伝言を語るありすは、不安と心配を一杯に顔に現わして、今にも両眼から零れ落ちそうにしている。
ありがとう、と健人はありすの頭を優しく撫でた。


「小室には、俺も一緒に行くと伝えておいてくれるか?」

「けんとお兄ちゃんも、行っちゃうの?」

「大丈夫さ、ありす。これでさよならってわけじゃないんだ」

「ありす、お兄ちゃんたちと一緒にいたいよ」

「それは・・・・・・駄目だ。なあ、ありす、良い子にして待っててくれないか? そうしたらすぐに戻って来るから」


嘘だった。
高城の父は数日中に避難するとは言ったが、もはや準備は万端なのだろう。
そのほとんどは、反抗の意を見せる住人たちの説得に使われるはず。
不測の事態が起きれば、そこで即出発だ。
そしてきっと、不足の事態は必ず起きる。
何故ならばここに自分が居るからだ。
化物共は自分を追って来ている。それはもう、確定だろう。だが、一所に留まって未だ襲撃を受けない理由は何か。
健人にはそれが、嵐の前の静けさに思えてならなかった。
何か強大な脅威が迫ってきているような、そんな不安が押し寄せる。
ここで別れたら最後、きっと、もう二度と会うことはない。そんな確信が健人にはあった。
ありすが健人の服の裾に、ぎゅうっと鼻先を押し付ける。
健人の言葉が嘘であると察したからだろう。
じんわりと湿り気が腹の辺りに広がってくる。
うん、とくぐもった短い返事が聞こえた。


「ありす、良い子にしてるから、だからぜったい、もどってきてね?」

「ああ、だからもう泣かないでくれ。ありすは笑っていないと、な?」

「・・・・・・じゃあ、約束して」


そっと小指が差し出される。
真っ赤な眼をしたありすは、零れる涙を健人の制服で拭い、真っ直ぐに健人を見上げていた。
決して違えることのない誓いを示すジェスチャー。
――――――ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーん、のーます。
叔父が大嫌いだったそれだ。
理由は、針を千本飲むのが嫌だから、という理由だったはず。
子供じみた言い訳に健人は笑ってしまったが、思い返せばあれは叔父が発揮したなけなしのユーモアだったのだろう。
口の端を僅かに持ち上げて笑っていた叔父を、強く覚えている。
叔父が小指を絡めるのを避けたのは、確たる契約の証を示してしまうことに忌避感を感じたからではないか。きっとそうだ、と健人は思った。
指をきってしまっては、絶対に約束を守らなくてはならないような、そんな強迫観念に捕らわれることになる。
それは、絶対に果たせる約束しかしない、という叔父の人格の高潔さも同時に現わしていて、健人も真似をすることになったエピソード。
健人は差し出された小さな、触れればそれだけで折れてしまう程に細い、儚い小指を前に、金縛りにあったように硬直した。
嘘はいくらでも吐ける。
だが、叶わない約束は・・・・・・出来ない。
それが終ぞ己に誇りを持つことが出来なかった健人の、最後の意地だった。
自分を見上げる、幼い純心な瞳。
それに真っ直ぐに向き合うことが出来ずにいる。
どれだけの時間そうしていたのだろう。5分や十分ではないはずだ。じっと、じいっと、健人の答えを待つありす。
ありすくらいの歳で、これだけの長時間、同じ姿勢を保つのは辛かろうに。
普通の子供とばかり思っていたが、地獄と化した数日を生き延びたのだ。そんなはずがないではないか。
小室達と同じだ。ありすの精神性は変貌を遂げていた。もちろん、自分も。
窓の外では、また新たな揉め事が。
鉄門が開けられ、大型バスが誘導され敷地内に入ってくる。
バスから降り立ったのは、紫藤だった。
にこやかな頬笑みを湛え、憂国一心会の組員に保護を願っている。
そんな紫藤に駆け寄る影。宮本だ。彼女は紫藤の喉元に銃剣を突き付けると、憎しみの叫びを上げていた。
狩猟用の散弾銃程度ならば憂国一心会の組員も持ち歩いていたが、小室達のように違法スレスレの銃器となると、そうはいかない。出来る限り人目に付かないようにするべきだが、それも今更か。
紫藤がこのまま宮本に刺殺されようが、それで庭先のエセ人道主義者達との抗争が勃発しようが、どうでもいいことだ。
間接的に自分が<化物>になってしまった原因を作った紫藤の姿を見ても、特に何も感じはしない。もっとこう、怒りが込み上げてくるかとも思っていたが、そうでもなかった。
紫藤が自分をそう思っていたように、その能力は認めこそすれ、だからと言って重用するわけでも執着を抱くわけでもない。
心底どうでもいい存在であるのだ。助けを求められたなら手を差し伸べることくらいはするが、だが、そこまでだ。
いや、紫藤のことなど、それこそどうでもいい。
今はこの、数十分もの間微動だにしない小さな指を、どう折りたたんでやればいいのか。それだけを考えるべき。
そう健人が硬直し続けていると、ありすは諦めたのか視線を伏せて、俯きながら少しばかり笑って言った。


「わがまま言ってごめんね、けんとお兄ちゃん。ありす、悪い子だったね」

「そんなことは・・・・・・」

「ううん、いいの! えへへ、けんとお兄ちゃんがきっと困るってこと、ありす知ってたもん。だから、ごめんなさい」


ジークを胸に抱き、頭を下げるありすに、健人はぐっと空気を飲んだ。
罪悪感が胸を突く。だが、約束をすることなど出来なかった。決して守ることは出来ないと知っていて、約束をしようなどと。そんなことは出来なかった。
むしろ、幼さに反して賢い部分もあるありすに、形だけの約束であると知られてしまうことをこそ健人は避けた。無理矢理に作られた笑い顔を向けられることが、健人には耐えられなかったからだ。
そんなことを幼子にさせるべきではないのだ。
大人や子供という年齢での立ち位置の違いというものを小室達は認めなかったようだが、健人としては、その考え方を、そんな風に考えられる大人たちを大いに好いていた。
余裕のある大人、というものに憧れを抱いていたから、なのかもしれない。そうならば、それはもちろん叔父の影響であることは間違いがなかった。


「ごめんね、お兄ちゃん、ごめんね・・・・・・ちょっとだけこのままでいさせてね。ごめんね、ごめんなさい・・・・・・」


健人の腰辺りに顔を埋めるありす。
ありすも理解していたのだ。これが最後の別れになるかもしれないと。
先も感じた湿り気と生暖かさに、健人は苦痛に顔を歪めた。
ありすに気を使わせたくはなかったが、こうして無理を耐えさせることもしたくはなかった。
どうにもならない。どうにも出来ない。
健人はそっとありすを抱き寄せると、一瞬躊躇した後、右手で優しくありすの髪を撫でた。
この子が壊れてしまわないように、そっと、そうっと、撫でる。
思い出すのは、叔父の手の大きさと、温かさ。
一度だけ、叔父は健人の頭を撫でたことがあった。
今の自分のように躊躇しながら、どのようにしたらよいのか解らず、壊してしまわないかと恐れながら、叔父は健人の頭を撫でていた。
あの時の自分も、ありすのように静かに涙を零していた。
でも、叔父が触れたとたんに涙が止まったのが、自分でも不思議に思ったことを覚えている。
見上げた叔父の顔は、どこか呆れたように、それでも小さく微笑んでいた。
こんな程度で泣き止むなど、安い子供だと思っていたのかもしれない。
あの時、叔父は何と言ったか。覚えている。信じろ、と、そう言ったのだ。
約束をすることは出来ない、だが、私を信じろ。信じて待て、と。
そう言ったのだ
忘れられるはずがなかった。
覚えている。空気の臭いまで。
叔父が頭を撫でたのは、その一度きりだった。でも、それで十分だった。たったの一度だったが、健人にとっては億のそれよりも価値があった。
今の自分は、あの時の叔父のように振るまえているだろうか。
無理だろうな、と健人は苦笑する。
色んな事で一杯一杯で、首が回らずにいるのだ。上手くやれるはずがない。下手くそが過ぎる。
それでもありすが笑ってくれるならいいなあ、と健人は思った。
演技であるとした健人の態度。しかしその手はありすの髪を、優しく滑っていた。


「ありす――――――」


その後に続く言葉を、何と言い繕おうとしたのか。
ありすの名を呼び、彼女が健人を見上げた――――――その瞬間のことだった。
雲を裂き、空が光に満ちたのは。
空の赤が白く染まったのは一瞬。それは救いの光ではなかった。
稲光か、と思う間も無く。
視界は傾き、膝は重力に引きずられて落ち、眼の奥から湧きだす灼熱が脳を焼いて――――――暗転。
何の前触れもなく落ちていく意識に、異常を感じる思考能力すら残されていない。
手掛かりを求めて彷徨った指先には、何本かの頭髪が絡んでいた。
引き抜いてしまったのか。
耳朶に届いた小さな悲鳴が、頭蓋に響く鈍い音よりも痛かった。
ああ、ありす、いいんだよ。
俺みたいな<化物>のために泣かなくったって、いいんだよ。
だから笑っていてくれ、ありす。お願いだから、笑っていておくれ。
声は出ない。
手も上がらない。
必死になって身体を抱えようとする、彼女の頬から滴る雫を拭うことも、出来ない。
意識は打ち付けた床よりも深く、暗く、沈んでいく。
健人に許されたのは、視界が完全に閉ざされるまでの数瞬の間、涙を流して自分を揺するありすに、詫び続けることだけだった。






■ □ ■






File14:Redesigned Queenによるハッキング・・・・・・被検体の精神内部構造、表層コードを記録。


手足は動かず、身じろぎ一つ叶わない。
目蓋は縫い付けられたように閉じず、無理矢理に視界を固定されていた。
ひどく不自由な状態で、上下左右の境も解らないまま、真っ暗な空間を漂っている。そんな状態。
まるで五体を縛りつけられ、荒れ狂う海に投げ出されたかのよう。
初めは何とか動こうと試みるも、すぐに無駄だと悟った。
次に、おおい、と大声を上げた。
おおい――――――おおい――――――木霊は闇に溶け、消えていった。
暗い海を漂っていると、だんだんと、自分が生きているのか死んでいるのか、そんな境さえも曖昧になっていく。
そういえば。
僕の名前は、なんだっけ。


「ワシの――――――だ」


声が聞こえた。
しわがれた老人の声だった。
暗がりの中で唯一確かなものに、自然と引寄せられる。
否、引き摺られた、というのが正しいのかもしれない。
喉元を鷲掴みにされ、引き摺り倒される。
眼前に現れたのは、車椅子に座する老人。
羽織った仕立ての良いガウンは、老人が富裕層の者であることを示している。
だが、胸元から覗く肌はツヤが無く弛んでいて、喉元に伸びる手は枯れ枝のようで、今にも朽ちてしまいそうだ。
骨と皮しか無い指に力が込められ、気管が潰れていく。
咳くことも出来ず、眼を閉じることも出来ず、酸欠に涙が滲む。
死にかけにしか見えない老人の、一体どこにこんな力があるのだろう。
鉄を擦り合わせるような音を立てながら、老人はぐいっと顔を近付ける。近付けさせられたのか。
耳障りな音は、車椅子から伸びた器具の音のようだ。老人は身体中にチューブを括りつけられていた。喉元の穴に差し込まれた太いチューブから、ずずうと液体をすする音が。タンを吸い取ったのだろう。
切れ切れな吐息が顔面に吐きかけられる。
老人特有の、熟して落ちた桃の様な臭いだった。


「ワシのからだ」


そんな言葉と共に浴びせられたのは、理解不能な執着心だった。
脳髄に直接叩きつけられる、強烈な意思。
それは食欲か、性欲か、情欲か、獣欲か――――――。
老人の指先が頭蓋に喰い込んでいく。


「ワシの身体わしの躯鷲の殻だWASHIのKARADA和紙之加羅陀ワシのワシのワシの―――――――!」


触れられた端から、ぐずぐずと溶け出す頭皮。
指先が脳に触れる。
ひぃ、と悲鳴が上がった。誰か助けて、と叫んだ。
誰か、早く、でないと、僕が僕じゃ――――――。
うわあああ、助けて、アルおじさあん――――――。


「失礼します」


するりと入り込んだ、鈴の音のような澄んだ声。
小さな少女が、そこに居た。
肩口で切りそろえた金髪を赤いカチューシャでまとめ、ジュニアスクールの制服に身を包んだ少女だった。
どこか、自分の姉となってくれた女性に似ている少女だった。
整った顔つきでいて、微笑めば歳相応以上に愛らしいことが一眼で解る程であるというのに、その表情は氷のように冷たく、微動だにしない。
まるで機械のようだった。
少女は老人の腕を掴むと、力尽くで指を引き剥がした。
肉と骨が軋む音がする。
彼女も、見た目からは考えられないような力の持ち主だということか。


「アルバートではなく申し訳ありません。しかし、安心してください。私はあなたを守るために存在しています」

「ワシのワシのからからからだだだ――――――!」

「スペンサーの亡霊を排除いたします」


今直に、と軽く手を振る彼女。
彼女の指先から青白く輝く光が放たれ、真っ暗な空間を横一線に薙ぐ。丁度、老人の首があった辺りを。
耳障りな怨嗟を残し、老人が砂粒となって消えていく。
影も、臭いも消えて無くなって、初めから存在していなかったかのよう。
しかし喉と額に奔る鋭い痛みは、あの老人が確かにそこにいたのだと教えている。


「大丈夫ですよ。喉も、額も、怪我はすぐに無くなります。ここは現実ではありませんから。ほら」


いつの間にか近付いていた少女が、額に手を当てる。
ひんやりとした手。
彼女の手が離れる頃には、もう痛みは無かった。
この子は、いったい。
いいや、それよりも、ここは何処なのだ。


「順を追って説明します。初めに、ここはあなたの精神構造の表層、思考を司る部分です。
 解り難ければ、夢の中であるとお思いください。眼が覚めたら、全て忘れてしまう、夢の中です」


夢、なのだろうか。
ならば、彼女も夢の世界の住人か。


「私はリトルシェリーをモデルとした、『RED Queen』のAIです。以後、お見知りおきを。そして、今後ともよろしくお願いいたします」


ここで初めて、機械のような能面をしていた彼女が、ほんの少しだけ笑った。
ほんの数ミリの変化。見間違いかもしれない。
だけど彼女は、笑ったように見えたのだ。


「あなたの脳内に仕込まれた有機チップを破壊するには、このタイミングしかなかったのです。
 あなたの脳電位パターンは、常にスパイ衛星によってバックアップがとられていました。しかし衛星の座標が隠されていて、我々も手出しが出来ないでいたのです。
 双方向通信がオープンされている状態でハッキングを仕掛けては、あなたの脳が破壊されかねない。
 だからこうして、物理的に通信波そのものを阻害するしかなかった。発射された核弾頭の推進システムを乗っ取り、軌道を変えて、日本上空で炸裂させるしか」


電磁パルス攻撃、と自然と単語が口を突く。
それは、大気圏上層で核弾頭を破裂させ電子を地表へと撒き散らし、発生した電磁パルスによって電気機器の集積回路を破壊するという、核弾頭の戦略運用の一つだったはず。
その通りです、と少女――――――クイーンは頷いた。


「成長する頭脳に、進化する身体。それに適合させるには、常にあなたをモニタリングし、改良を加え続けなくてはならなかったのです。
 スパイ衛星はあなたを監視すると共に、スペンサーの人格データを保管し、そのアダプター部分を改良し続ける機能も有していました。
 記憶のインプラント時に発生するショートは、ウィルスによって抑え込むつもりだったのでしょう。始祖ウィルスを始めとするアンブレラが産み出したウィルスは、人間の脳電位に作用する働きが認められています。
 ウィルスを意思によって操作出来得ることは、脳電位特化型ウェスカーの持つ能力の、一側面でしかなかったのです。
 その真の役割とは、スペンサーのスペアボディと成ること――――――スペンサーという人格を永遠に継続させるための、最初の器だったのです。あなたは」


ならば、あの老人が見せた執念は、自分に“取って替わろうとしていた”からなのか。
そうして次々と“乗り換え”て、人間をソフトという観念から見て、己を存続させようとしたのか。
何ということだ。
おぞましさに吐き気が込み上げる。でも吐き散らす物は何も無い。
彼女の言葉を信じるならば、ここは自分の思考の世界であるために。


「今回、有機チップは破壊しましたが、あの誰よりも狡猾であったスペンサーが自分自身を生き長らえさせるための術を、一つしか用意していなかったとは考え難い。
 必ず何か、別の仕掛けを残しているはず。ですが安心してください。あなたがあなたで居られる手は、まだあります」

それは、いったい。
教えて欲しい。どうしたらいい。どうしたら、自分のままで居られるんだ。

「進化するのです。可能性の欠片も残されていない、妄念だけで世界に留まり続けた老人が、付け入る隙が無い程に、進化を」


でも、どうしたら。
言いかけた所に、クイーンが両手を頬に沿えた。
手は頬を伝って、鎖骨に落ち、首に両手が回される。
ぐうっと握られるうなじ。
無機質で透明な視線が、両眼を射抜いた。


「解っているでしょう?」


誤魔化すな、とクイーンは言いたいのか。
本当は解っていた。
解って、答えることを避けていた。
だって、これ以上の進化をするということは、もう、人間を辞めるということじゃあないか。


「それでも、あなたのままでいられる。人間であるということが、一体どれだけの価値がありましょう。
 どうしたらいいのか、その方法も解っていますね? さあ勇気を出して」

勇気を出して。

「引き金を、引くのです」


いつの間にか、両手が自由になっていて。手の内には、銀色の銃が。
何故かは解らない、けれど。
吸い寄せられるように、その銃口は咥内に潜り込み。
延髄を吹き飛ばす角度で、上顎と下顎とでがっちりと咥えられ――――――。


「例えあなたがどんな存在になったとて、私たちはあなたの味方のままです。決して、裏切ることなどいたしません。どうか安心してください」


ありがとう。
舌が上手く動かなかったが、ちゃんと彼女に聞こえただろうか。
届いていたらいいな、と思う。
この顔の表面を数ミリ動かすだけの頬笑みが、見間違いではなかったと思いたいから。
深々とおじぎをする彼女。
彼女の言った通りこれが夢であるのだとしたら、目覚めた時には彼女を忘れてしまっているのだろう。
それは寂しいな、と素直に思った。


「大丈夫です。また直ぐにお会いできますよ。約束します」


彼女の言葉には、少しの嘘も含まれていないように聞こえた。
自分とは違って、その約束は必ず果たされるのだと。
だから僕は、安心して引き金を――――――。












あけましておめでとうございます。
年が明けてもう10日が経ちましたね。まだまだ寒い日が続きますが、皆さまどのようにお過ごしでしょうか。
私は自宅と病院のベッドを、PSPを膝に車椅子で行き来しています。
ひゃあアルバの玉が出ねえぜ! 天つら角も! などと叫ぶ余裕が出て来たあたり、腰も順調に回復しているようで。
今年は家内安全無病息災で過ごせたらいいなあ、と祈っております。
皆さまにもよいお年が訪れますように。

また今更なのですが、ポケモンの方のタイトルを変えたいなーと思っています。
検索すると1ページ目に出て来てびっくりでした。
これでは黙示録の名前を変えた意味が・・・・・・。
ですので、タイトル変更をしたいのですが、現在まったく案がない状態です。
何か良いアイデアのある方、感想板に書き込んで頂けるとありがたいです。
よろしくお願いします。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:15
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/01/26 05:58

眼玉が溶け落ちるのではないかと思う程の灼熱に炙られ、健人は覚醒する。
天井からぶら下がる西洋ランプが水平に見え、自分が横になっていたことを知った。
気絶していたのか。
頭を振る。脳が重い。何か、夢を見ていたような気がする。悪夢と吉夢を同時に見たような、そんな気が。
しかしそれがどんな夢だったのか思い出せずにいることが、健人の精神を苛立たせた。
人差し指を曲げ、口に咥える。
上顎と下顎でしっかりと噛み、曲げた指の射線上に延髄がくる角度に調整。真っ直ぐに伸ばされた親指は、ゆっくりと落とされ、空を切った。
がちん。
撃鉄を起こす音が、頭の後ろから聞こえた。


「けんとお兄ちゃん!」


腰辺りから聞こえた叫びに、健人ははっとして身を起こす。涙に頬を濡らしたありすが、顔を真青にして健人の顔を心配気に覗いていた。
縋り付く手は服の裾を掴んで離さず、小さく震えている。
ありす、と健人は乾いた喉で彼女の名を呼んだ。


「よかった・・・・・・お兄ちゃんが生きてて、よかったよお」


健人を見詰めたまま、くしゃ、と顔を歪めて涙を流す、ありす。
起きた、ではなく、生きていた、と表した彼女の心情は、いか程のものだったろう。彼女はもう、近しい者との別離を耐えることは出来ないかもしれない。
泣いて欲しくないと思った側からこれだ。
不甲斐なさに眉間に力が入る。健人は務めて優しくありすの頭に掌を乗せた。
一梳き、二梳き、髪を梳く。その度、ありすの小さな肩の震えは収まっていく。
ぐらつきながら立ち上がると、側にありすが駆け寄って健人の身体を支えた。そのまま窓際へ立ち、外を見やる。
強化された聴力に意識を向けるまでもない。行き交う怒号と悲鳴がガラスを揺らしていた。


「どうして<奴ら>が・・・・・・バリケードが破られたのか」


窓の外は混乱の極地にあった。
<奴ら>の群れが、鉄門にすし詰めになっていたのだ。
後から後から、人の気配に釣られたのか鉄門に殺到していく<奴ら>。元々が高城邸の周囲に群れなしていた<奴ら>である。破られたバリケードの一点から侵入を果たしたのだろう。
格子から伸ばされる無数の手が蠢き、その後ろから構わず突入する<奴ら>にところてんよろしく押し出され、ぼとぼとと肉片になって崩れ落ちていく。


「跳ぶぞ、ありす。ジークを離すなよ」

「うんっ!」


その一言で、ありすは健人の言わんとした所を理解したようだった。
ジークを抱いて健人の首根っこへと腕を回す。子供特有の高い体温に、石鹸の香りが鼻をくすぐった。
健人はそのまま窓を蹴破り、庭へと踊り出る。
滞空は一瞬。飛び散るガラス片でありすが傷つかないよう、庇うように背を丸めて。着地は失敗。尻が痛かった。
ありすに手を借りて立ち上がる。急に昏倒してから、どうにも意識がぐらついていけない。これといって倒れた理由を思いつくことはないが、今現在の自分の身体がどうなっているのか、自覚症状がほとんどないのだから解らない。
意識が急に落ちたということは、脳機能に何らかの障害が発生したかもしれない。
悲観的にはどこまでもなれるが、と健人は眼頭を押さえた。
ふらつく足を引きずりながら、情けなく感じつつもありすに身を預け、騒ぎの渦中へ。


「お、おい! ケータイが映んねえよ!」

「あれ? プレーヤー壊れた・・・・・・」

「停電と同時にPCが全部死にました!」

「誰か! 誰か助けてください! 主人のペースメーカーが壊れたみたいなんです!」


混乱する人々の話を統合すれば、どうやら電子機器が使えなくなってしまったらしい。
ありすを傍らに、健人は倒れた夫を泣きじゃくって揺する妻の側にしゃがみ込んだ。
縋る様な視線を感じながら、右手を仰向けに倒れる男の胸にそえる。
一瞬の明滅。紫電が健人の掌より放たれた。
男の身体が大きく跳ね上がり、口から空気の塊が吐き出され、呼吸が戻る。
息を吹き返した夫と涙ながらに抱き合う妻の姿を視界にも入れず、健人は天を仰いだ。
電磁パルス攻撃か。
核弾頭を高々度で炸裂させることにより、集積回路を焼く、戦略攻撃である。
こめかみを抑え、呻く。
恐らく、EMP攻撃が行われたのは、自分が倒れたのと前後しているはず。
そうなれば先の唐突な昏倒は、核弾頭の炸裂によって電磁パルスが撒き散らされたことが影響していると考えるのが自然だろう。
ならば、俺の頭の中に――――――。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いえ・・・・・・」


しきりに頭を下げる女性に、健人は億劫そうに返事を返す。
善意で助けはしたが、それは一時的なものだ。もう男性のペースメーカーは動くことはない。今は息を吹き返したが、直ぐに心臓は鼓動を乱すことだろう。死への時間を先延ばしにしただけなのだ。
偽善であると自覚している行いに、そうまで感謝されるのは後ろめたいものがあった。
それはこの女性も、解っているはずだ。
男性の身体は以前横たわったまま。意識は戻っているようだが、身体は動かないままだった。


「おかげで主人と一緒に、最後の時を迎えられます」


そう言って、夫に頬を擦り寄せる妻。
その姿に健人は息を呑んだ。
やはり、女性は解っていたのだ。長く生きられることが出来ないことを。そして、それは自分も同じだということを。だから彼女は、愛する人と抱き合って死ぬことを選んだのだ。
がらあん、と一際大きな鉄の音。とうとう鉄門が崩壊した音だった。
<奴ら>が高城邸へと雪崩れ込んで来る。


「横になったままで申し訳ありません。せめてものお礼に、どうか、これを・・・・・・」


断末魔の叫びの最中、夫婦が差し出したのは大きめの肩掛け鞄。
ずしりと重いその中身には、防災道具の他に、小さめの鉄の箱が収められていた。
材質は鉛だろうか。


「祖父母が遺した物です。彗星の時も自転車のチューブを用意していたそうで、またピカドンが落ちて来てもいいようにと、鉛の箱を・・・・・・。
 中身は古いカセレコですが、カセットの中身だけは最近の音楽ですよ。私の趣味でして、体を壊しても音楽だけは捨てられなかった。
 どうか私の未練を、共に連れて行ってやってください」

「邪魔であれば捨てて頂いてもかまいません。さあ、早くその女の子を連れて逃げて下さい」


箱の封を開けてみる。
本来ならば通帳や印鑑を納めておくためのものだったのだろう。そこには彼等の言う通り、型古のカセットレコードプレイヤーと、数本のカセットテープが収められていた。再生ボタンを押せば、テープが回り始める。
電磁パルスの影響を逃れ、もはや廃棄を待つだけであっただろう型古のカセレコは、ここに息を吹き返したのだ。恐らくは、付近でこのカセレコだけが、唯一生き残った機械製品だろう。
荷物を詰め直し、肩掛け鞄を掛け、ありがたく貰って行きますと健人は頭を下げた。
立ち上がり、ありすを抱えて駆け出す。
抱き合う夫婦には、もう一瞥もくれなかった。
<奴ら>の足を引きずる音が、は直ぐそこにまで迫っていた。


「けんとお兄ちゃん、おじちゃんとおばちゃんを――――――」

「無理だ、助けられない。助けられないんだ! 皆は助けられない!」


叫ぶ。
それは言い訳だった。自分の無力を誤魔化すための。
否・・・・・・正直に心の内を明かすなら、罪悪感を誤魔化すための。
――――――この右腕を振るえば、いくらかの人を助けられるかもしれない。
そんな考えが泡のように浮かぶにつれ、必死に健人はそれを潰していく。
いざという時は、と思って来たというのに。そのいざという時になってみれば、自分が<化物>であるなどと、恐ろしくて明かす事など出来ない。四方から浴びせかけられる明確な敵意は、<奴ら>と対峙するよりも恐ろしいのだ。想像するだけで、手が震える程に。
突き付けられて、初めて自覚した。怖いのだ、とても。
異形を晒す決意は違わずに有る。だが、覚悟がそれに伴わなかったのだ。
健人の叫びに、じゃあ、とありすは唇を噛み締める。


「じゃあ、なんでありすはたすけてくれたの? ありすも“みんな”のひとりじゃないの?」

「・・・・・・俺を責めるな、頼むから」


それはもう、言い訳ではなく懇願であった。
ありすの幼いが故の純粋さに、健人は答える術を持たない。逃げることしか出来ない。
背後から男女の悲鳴が聞こえた。
ありすが健人の腕の中で耳を塞ぐ。
これが小室であったなら、彼女へとどんな言葉を口にしたのだろうか。
考えながら、健人は未だ痺れの残る歩を進める。
皆を助けることは出来ない。
だが、出来る限りは――――――。
思いながら駆ける健人が向う先は、鉄門前ではなかった。
風情見事な日本庭園、高城邸裏庭である。
砂利を踏み締めながら、健人は松の木に指を掛け、庭へと突入した。
高城邸をぐるりと囲む塀は高く、周囲には深い堀まで掘られている。これらを跳び越え侵入するのは、現実的ではない。
となれば、予測される侵入経路は・・・・・・道路から橋が渡される、あの分厚い扉。


「やはり、来たか。<化物>共め!」


健人が吐き捨てたのと、扉を貫通してぬらりと光る爪が突き入れられたのは同時。
分厚い木と鉄板の層など無いも同然と、悠然と扉を引き裂いて、空いた穴から異形が身を躍らせた。
爬虫類を思わせる緑色の鱗。上半身は多数の赤黒い腫瘍に覆われていて、身体のバランスが対称ではない。
醜い巨体とは裏腹に、健人から付かず離れずの距離を取った動きは軽やかで、狩人を思わせるものがある。
間違いない。
リサが引き連れていたものと同種、別タイプの<ハンター>だ。
明らかに既存の生物とは異なる凶悪なフォルムに、ありすが小さく悲鳴を漏らす。
健人はありすを傍らに下ろすと、後ろに下がっているよう指示した。塀の構造上、一方向からしか攻められないようになっている場所にまで、ありすは後退する。
これで自分が倒れない限り、あるいは背後に抜かれない限り、一先ずはありすの安全を確保出来るはず。
ありすを連れて来たのは、小室達と合流出来なかった以上、安全な場所など無いと判断したからだ。もうどこにも安全を保障出来る場所など無い。ならば手元に置いたほうがよほど安心だ。
だが、代りに恐ろしいものを見せることになる。
<奴ら>に紛れて<化物>の気配がすぐそばまで迫って来ていたのだから。
そして、恐らくはこれがありすとの別れになるだろう。
右腕がぞわりと蠢いた。
これを実際に目の当たりにすれば、生きる世界が違うのだと、理解するはずだ。
一抹の寂しさを胸に、健人は改めて<ハンター>と対峙した。
この瞬間だけは、感謝をしてやってもいいと思った。こうやって直接対峙しなければ、覚悟のない自分は、恐らくはずっと隠し続けただろうから。
<ハンター>の左右非対称の醜い姿。特に健人の眼を惹いたのが、肥大化した巨大な左腕である。鉄扉を切り裂く程の鋭い爪が4本も生えそろった腕は、どこか健人の右腕に似ていた。
否、健人の右腕が彼等のそれを模している、と言った方が正確か。
しかし、そんなことはどうでもいい。
問題であるのは、どちらが優れているかということだ。
健人を挑発するよう、巨大な鉤爪が開閉している。かかってこい、とでも言っているのだろうか。
いいだろう、どちらが上であるか、直接確かめてやる。


「ありす」

「お兄ちゃん・・・・・・?」

「ごめん」


上着を脱ぎ去り腰へ。鞄も肩紐を伸ばして腰へと結わい付ける。
健人はずあっと、一気に手袋から右手を引き抜いた。
黒く艶を放つ牛皮の下から現れたのは、より一層暗い粘膜の輝きを放つ、異形の右腕。健人の意思に呼応し形を変え、鋭い爪が生え出して来る。
背後でありすが息を呑んだのが聞こえた。


「怖いか、ありす?」

「ひっ!」

「それでいい。俺もあいつと同じ、<化物>なんだ。気にすることはない。<化物>は忌諱されて然るべきなんだ」

「お、おにいちゃ・・・・・・」

「俺は<化物>だけど、あいつと同じどうしようもなく醜いけれど・・・・・・それでもありす、お前を守るよ」


Yシャツが内側からの圧力で裂け飛んだ。
何百何千という黒い蛇の群れが、健人の右の肩口から這い出ていた。蛇の群れそのものが、今や健人の右腕なのだ。
健人の戦意に呼応し、蛇達が一斉に膨れ上がる。視界が紅く染まり、<ハンター>が唸り声を上げて踏み込んで来るのがはっきりと見て取れた。
見える。奴の挙動の一つ一つまで――――――。
近付く<ハンター>へと、健人は拳を振り上げた。
クリーンヒット。肉腫を叩き潰す感触。溢れる体液に身を浸す喜びに、蛇達が震える。
外見に相応しい醜い叫びを上げながら、<ハンター>が後方へと転げていった。
やったか、と健人は口角を釣り上げる・・・・・・。だがその得意げな笑みは、すぐに凍り付くこととなる。
耳障りな叫びに紛れ、獣の唸り声が聞こえた。
健人が気付く以前から、ジークがありすの腕の中、臨戦態勢に入っている。
子犬の身で何が出来るというわけでも無いというのに、牙を剥きだし、毛をぶわりと広げて。
健人の肌が捕らえる気配は――――――1つ、2つ・・・・・・計5つ。
気配の放つ威圧感は、一つ一つは<奴ら>と変わらないくらいに小さいものだ。だが、その気配の移動するスピードが追い切れない。
最高速度は<リッカー>のそれよりも下だろう。しかし、右に、左に、地を舐めるように移動する気配は、小回りが利いていて捕らえることが難しい。
<リッカー>や<ハンター>は筋肉量に任せて地を跳んでいたが、あの気配は違う。駆けているのだ。軌道の予測がつかない。
速いというよりも、早いと表すべきか。
今の状態の健人ですら追うことが難しい気配が、破られた扉から侵入した。


「犬の鳴き声・・・・・・野犬か? いや、これは!」


裏庭にするりと入り込んで来たのは、体のあちこちが損傷して崩れ落ちた犬。
瞳孔の大きさが一定ではない眼球が、片方の眼窩から飛び出して風に揺れている。だらしなく開いた口から垂れ下がる紫色をした千切れかけの舌に、黄色の唾液。
ゾンビ、とは<奴ら>の例がある。<腐乱犬>とでも言うべきか。
体のあちこちを腐り落とした犬達が、自らの挙動で肉を取りこぼしながら、しかしなお、それ故に俊敏な動きで次々と潜り込んで来た。
不味い――――――。健人の額に汗が滲む。
これまで辛くも健人が<化物>相手に勝利をもぎ取ったのは、相手が単体であったという理由が大きい。
そして、一応は人間の形を保っていたことも。
事実、2体以上の<リーパー>は捌き切れず、健人は為す術もなく敗北している。
<腐乱犬>も同じだ。人間は同族以外の生物に対し、身体能力の面であまりにも劣っている。手練の格闘家であっても山中で野犬の群れに囲まれたなら、対処は難しいだろう。犬という動物が誇るポテンシャルは、それ程までに大きいのだ。
しかも恐るべきことに、こいつらは未だ知能を有しているようだ。これまで遭遇して来た<化物>のように強烈な気配を放っていない事から、機能や能力として特異な物は備えてはいないのだろう。だが、脅威的な力が無いというだけで、それが何だと言うのだ。
犬並みでしかないだろうが、それでも知能がある。それはつまり、<腐乱犬>達は結託して、狩りを行えるということだ。
その脅威度たるや、<ハンター>の比ではないだろう。狩人は姿を現したその瞬間に、狩人足り得なくなるのだから。集団での狩りは、全くの別物ということだ。
数が揃うや、等間隔にぐるりと取り囲まれた、この状況。
背にはありす。
多対一の状況に、満足に動けない。術中に嵌ってしまっている。
健人は舌打ちを零した。


「腐れ犬共が!」


うぬ、と健人は呻く。
健人の戦力がほぼ右半身に偏っているのを看破したのだろう。<腐乱犬>達は健人の右側面を封ずる動きをみせた。
扇状に取り囲んだ5匹の内、2匹が右側面より跳び掛かる。
愚策と知りつつ、健人はこれらを打ち払うしかなかった。そうしなければ、首に喰い付かれていたからだ。
しかし掛かる2匹を鉤爪で薙ぎ払えば、左方がガラ空きとなるのは必定。
最も近い<腐乱犬>を触手による鞭打で叩き据え、次いで返す刀に2匹目の頭部を縦に真っ二つにしたところで・・・・・・健人は地に膝を着いた。
脇腹と左足首に鋭い痛み。
残った<腐乱犬>が健人の体へと、牙を突き立てていた。
首を振り、肉を抉られる。垂れ流された黄色い唾液と、染みだした血とが混ざり合う。濁った目には知性の欠片も感じられず、何の景色も映してはいなかった。だというのに、こいつらは仲間を犠牲にしてまで、有効打を健人に与えたのだ。
足の腱を噛み切られた。
いかに異常な回復力を備えていたとしても、体の仕組みは人の枠を超えてはいない。これでは、直ぐには立ち上がれない。
顎を叩き割ろうと爪を振り上げるも、すぐさまぱっと健人の身体を離れ、再び距離を取る<腐乱犬>達。
深追いは危険だと承知しているのか。犬らしからぬ賢さは、野生の本能とでもいうのだろう。
何とでもなると思っていた数分前までの自分を、思いきり殴りつけてやりたい気分だった。


「聞け、ありす! 何とかこいつらをここに縫い付ける! 合図をしたら、走って逃げるんだ!」


膝立ちに半身になって健人は構えた。
次に<腐乱犬>が攻撃態勢に入った時に、動くしかない。喰い付かれたらそのままに抑えつける。ありすが逃げる時間を稼ぐために。
結局ありすを連れて来たのが裏目に出た。己の浅はかさは、受ける傷と流れる血であがなうしかあるまい。
さあ行け、と健人が口を開いたと同時、背に軽い衝撃が走る。


「あ、ありす!?」

「いや、いや! ありすお兄ちゃんと一緒にいる! ずっと一緒にいるもん!」


唖然とする健人。
ありすが飛び付き、健人に縋りついていた。
それも、下段に構えていた右腕を、胸に抱き込んで。


「怖くない! 怖くないよ! 怖くないもん!」

「ありす、お前・・・・・・」


言って、首を振りながら涙を零すありすの手は、隠しようが無い程に震えている。
触手の一本が少し蠢くだけで、ありすの体は悪寒に跳ね上がった。
その度に、怖くない、怖い訳がない、と呪文のように己に言い聞かせている。
そんな訳が無いというのに。
ありすの行動は寂しさからくる脅迫観念であったかもしれないが、不利な状況にあって健人の心は不思議と軽くなっていく。
この子を死なせてはならない。何としても。決意は一層強くなっていく。
だが、現状は厳しい。
残る3体をどう捌くか・・・・・・。
数が減り崩れた陣形の隙を突くべきか、健人は思考を巡らせる。


「包囲の隙が空いたまま・・・・・・? しまっ――――――!」


健人の疑問と驚愕とを、頭上の二つの影が覆い尽くす。わざと包囲網を緩めることで、健人の眼を反らし、本命を隠し続けていたのだ。
3匹は変わらずに眼前に居るというのに、死角からの他方同時攻撃である。
数が増えたのではない。
違う、これは、やられた振りをしていたのだ。
健人に迫りくる二つの影は、初めに打ち払った二匹のもの。
真っ二つに裂けた頭から、異様な肉腫が第三の首として発生していた。まるで地獄の番犬、<ケルベロス>のように。
異形の顎が、健人とありすに喰らい付かんと襲いかかる。


「だめ・・・・・・だめぇぇぇええええっ!」


その瞬間だった。
ありすの叫びと同時――――――世界が、一時停止した。
そうとしか言い表せない、異様な空間に包まれていた。
錯覚かもしれない。そう思った。死の間際に集中力が極限に高まり、視覚情報を高速で処理しているのかと。
だが・・・・・・これは本当に、錯覚なのだろうか。
<ケルベロス>の涎が地に落ちる。健人の顎先を汗が伝う。肩に圧し掛かる重圧に、時間の感覚が曖昧になる。
腐った犬共の体が、宙に縫い留められている――――――ように、見えた。
ありすの体が力を失い、ふつりと崩れ落ちる、その前に。


「ジィイイイイイイクッ――――――!」


健人はありすの腕の拘束を解かれ、自分の体長の何倍かある<ケルベロス>へと勇敢にも立ち向かう仲間の名を叫んだ。
制止の声であったつもりが、発してみれば、それは発破をかける声。
わんっ、と可愛らしい自信に溢れた返事を、子犬のジークは返した。任せておけ、とでも言うように。


「わんっ、わんっ! わおーん!」


<ケルベロス>の身体が自由落下に委ねられたのと同じくして、ジークは天へ。
ジークは未だ子犬である。爪も牙も、成犬のそれには及ばず、致命傷を与えることはない。だがジークはそんなことは百も承知だったのだろう。
ジークの身体が空中で、激しく回転を始める。
牙をむき出しに爪先を軸にして体を回転させ、自身を一体の回転刃と化す。チェインソウの理屈と同じだ。
一瞬の交差の後、<ケルベロス>の3つ首が両断され、3つが共に違う方向へと吹き飛んだ。見事、己の欠点を克服してみせたジークの妙技である。
くおん、と悲し気に一声鳴いたのは、哀れな同胞への手向けだったのだろうか。
全ての首を両断されたダルメシアンは、もう蘇ることもないだろう。


「ジーク、お前・・・・・・」

「わんっ!」


健人はもう一方の<腐乱犬>を拳鎚で叩き潰して呟いた。連係を取られさえしなければ、個々の対処は容易だった。
不可思議なシンパシーをジークから感じる。
ジークがみせた空中殺法は、明らかに犬の範疇を超える動きだった。
なぜあんなことが出来たのか、理屈は解らない。ジークの眼に宿る高度な知性の輝きは何なのだろうか、理由も解らない。
だが、心強い。
素直にそう思えたのは、ジークを自分と同類だと感じたからか。


「すまん、ジーク。頼めるか」

「わんわんお!」


言葉を理解しているかのように一度頷くと、ジークは<腐乱犬>達に襲い掛かって行く。
中空で縫い留められている訳もなく、仕留めるまでには至らないが、それでも3体1で引けを取らない大立ち回りである。
健人はありすをもう一度壁へと寄りかからせた。
顔をしかめて力を込めれば、ぎこちないながらも足首は動く。すでに腱が薄らと繋がったようだ。我ながら馬鹿馬鹿しい回復力だった。
ジークに助けられ思い知ったことがある。一人で戦うには限界があるということだ。
初めから撤退を選ぶべきだったというのに、<化物>と同じ体を得て思い上がっていたのだろうか。
これでは先生に合わせる顔もない、と健人は痛む足をかばいながら、<腐乱犬>に挑むジークの後を追った。
子犬の手を借りただけだというのに、面白いように戦いが良い方向へと運ぶ。まるでジークと一心同体にでもなっているかのようだ。
いつの間にか狩られる側が狩る側へと周っていた。
追いかけ、追い付き、追い込み、そして一匹ずつ仕留めていく。
これまで個人技能のみを磨いてきた健人にとり、ジークとの共闘は感嘆に値するものであった。狩猟とはこうするものであったか、と。一人が一人と一匹になっただけで、ここまでも違うのか。
ジークが参戦しで数分も経たない内に、活動する<腐乱犬>も<ケルベロス>も、一匹もいなくなっていた。


「うおん!」

「ああ! お前もしつこい奴だな、寝てろ!」


ジークの警告にしたがい、健人は後ろへと爪を振り抜く。
健人の拳の一撃から持ち直して、再び襲い掛かって来た<ハンター>の胴を鋭い爪が寸断する。
上半身と下半身に別たれて、なお健人に這いずろうとする<ハンター>の生命力たるや、自分もああやって長く苦しむことになるのかと考えれば、空恐ろしいものがあった。
健人は空を噛む頭部を叩き潰し、止めを射す。
大きく息を吐いた。
まだ安心は出来ない。
<奴ら>の群れが近付いていた。


「クソ、もうこんな所にまで<奴ら>が・・・・・・!」

「ぐるるるる」


健人の顔色を青くさせたのは、何十という<奴ら>の壁だった。
押し合い、圧し合い、裏庭へと続く小道を埋め尽くしている。
こんなにも多くの<奴ら>がこの場に溢れているということは、既に表は壊滅状態なのだろう。
一体毎の戦力は問題にもならないが、気絶したありすをこのままにして戦うのは容易ではない。こう数が多くては、不測の事態などいくらでも起きるだろう。逃げ場もない。
どうする。
どうしたら――――――。


「戦場で足を止めるなと、何度言えば解る。走れ、健人!」


記憶に刻まれた、くぐもった声。
彼の叱咤はいつだって、健人に力を与えてくれる。切れた腱を意に介さず、健人は走った。
<奴ら>の対岸から、健人と鏡合わせに飛び出す影があった。
踊り出したのは、ガスマスクを被った男――――――ハンクの姿。


「合わせろ、健人!」

「はい、先生!」


示し合わせたように、二人は同時に進路上を立塞がる<奴ら>を蹴り飛ばす。
お互いの懐へと吸い寄せられる<奴ら>。
合わせろ、との恩師の言葉に含まれた意味を、余さず健人は理解していた。
するりと<奴ら>の背後へと回り込む。
その際に勢いは殺さず、顎先に腕を通しながら。普通ならば<奴ら>の喉元に手を挿し込むのは自殺行為であるが、生憎と健人はいかなる意味でも普通の範囲には収まらない。もちろんハンクも、見た目からして普通ではない。心配はない。
完全に背後に回り切り、後頭部へと手を添え、ぐいと引く。これまでが一連の動作。全てが流れるようにして行われた。
骨の鳴る軽い音を立て、<奴ら>の頭部が回転する。すれ違いざまに首を圧し折る、ハンクの最も得意とする殺人戦闘術――――――『処刑』である。
頭部を180度反転させた死骸が二つ、健人とハンクの足元に転がった。
不死身を誇る<奴ら>とて、脳から通じる命令系統を丸ごと断線させられては、一たまりもないだろう。
糸が切れた操り人形のように、本来の死体に戻るしかない。


「少しばかり間引いておいた。その子を連れて、さっさと行け」

「先生、そんな」

「二度は言わんぞ。行け」


左、右、同時に刑を執行した処刑執行人達は、言葉短く通じ合った。
赤い遮光ガラスの向こうにある鋭い眼が、健人を射抜く。
健人は苦しそうに一度だけ喘ぐと、はい、と頷いた。


「待て」


視線を外した瞬間に腕の間接を取られ、健人は抗議の呻き声を上げた。
捻り上げられたのは右腕だった。


「腕は隠して行くように」

「せんせ・・・・・・っ!」

「まだまだだな、健人。またレッスンしてやる。内容は最後まで気を抜くな、だ」


ハンクは健人の不甲斐なさを馬鹿にしたように、鼻で笑った。
だが健人には、赤いガラスで隠された瞳が、笑みに細められているように見えた。
いいや、ハンクは笑っていた。
くつくつと喉の奥で笑いながら、腕を放される。
涙腺が緩んだのは、痛みからでは無かった。
ハンクはもう、この場で殿を務めることを決めてしまったのだ。
健人がハンクの足元にも及ばない事は、既に証明済みである。
こんな所に一人で残すことは出来ないなどと、口にした瞬間に切って返されるだろう。そういう台詞は一人前になってから言え、と。
だから健人はただ一言、ハンクへと言い置いた。


「どうか、ご無事で」

「俺を誰だと思っている。お前の教官だぞ? お前をここまで鍛え上げた男が、死ぬとでも?」

「・・・・・・はい、はい、先生、先生! ありがとうございました! 行きます!」

「そうだ、それでいい。迷うな、健人。お前の心が欲するままに生きろ。もうお前を縛るものは、何もないのだから」


<奴ら>を腰から引き抜いた拳銃で牽制しつつ、ハンクは振り返らずに告げた。


「ここは戦場だ――――――自分の運命は自分で切り開け」


ありすを抱え、駆けだす。
立塞がる<奴ら>を切り裂き、踏み倒し、前へ。
断続的に聞こえる発砲音。
ハンクが負けることなどありえない。ありえないと解っているのに、どうしてこんなにも足が重いのだろう。それが腱が繋がりつつある痛みからではないことは、健人は解っていた。


「・・・・・・俺を責めるな、頼むから」


腕の内で苦し気に眉をひそめるありすへと、弁明するよう健人は独り言ちた。
幾分か薄くなった<奴ら>の壁へと、ジークを伴って突撃する。
健人の喉奥から迸る咆哮は、悲鳴のようにも聞こえた。






■ □ ■






正門前は散々たる状況だった。
そこいら中に溢れる<奴ら>と悲鳴。喰われて<奴ら>と化した人々が、生者の血肉を求めて起き上がる。鼠算式に増え続ける<奴ら>にはもう、対処する術がない。
憂国一心会も即座に撤退を決めたようだが、その手段といえば敵中突破しかないだろう。逃げ惑う人々と出来合いの武器を取って戦う人々とに、きれいに別れていた。後者が高城の父が言っていた、戦うことを選択した者達なのだろう。<奴ら>と向き合って、戦わなければ生き残れないと悟ったのだ。
これで彼等も、生きるべき人間となった。
天秤はより重きに傾く。救うべきは――――――。


「馬鹿か、俺は」


健人はきつく眼を瞑り、頭を振った。
ガレージから響く、エンジンを吹かす音。この数日間ですっかり馴染んだハンヴィーのエンジン音だ。対EMP処理がされていたのだろう、駆動音には何ら問題はないように聞こえる。
見れば、近くに小室達も居る。どうやら乗り込みの準備をしている最中のようだ。
やはりこの場に残らず、独自に脱出すると決めたのだろう。意外だったのは、その中に高城の姿もあるということだった。


「ほう、君がハンク氏の弟子か」


腹の底に響く様な声。
振り返れば、日本刀を片手に引っさげた血濡れの男が、ワインレッドのドレスにマシンピストルで武装した女性を傍らに<奴ら>を袈裟掛けに両断していた。
男の隙を、女性がカバー。腕を伸ばし餌を求める<奴ら>の鼻から上を、秒間十数発の弾丸が抉り飛ばす。
共に冴子、コータに勝るとも劣らない達人であった。


「憂国一心会会長、高城壮一郎だ。君の事はハンク氏から聞いている。うむ、話の通り、目に力があるな!」

「・・・・・・どうも」

「百合子ですわ。健人さん、ありすちゃんは?」

「大丈夫、気絶しているだけです」


高城の両親とこうして顔を合わせるのは初めてのことだった。
壮一郎は今更言うこともなく。百合子は大きく裾を裂いたドレスから覗くベルトで太股に挟まれた拳銃に、年を感じさせない色香が感じられた。
上に立つ人間は、見た目からして特別なのだと思わずにはいられなかった。


「足を庇っているようだが、大丈夫かね? 子供といえど、人一人抱えて走れるか?」

「大丈夫です。走れます」

「年長者をそう邪険にするものではない。ダイナマイトを投げよ!」


健人が無愛想な返答をしたのは、壮一郎の顔を見ていると、どうしても叔父を思い出してしまうから。
無意味で無礼であることは解っているのに、気を抜けば両者を比較してしまう。そして、恵まれた壮一郎の環境に、羨望を抱いてしまうのだ。
ガキっぽいやっかみを知られたくはないがための態度だったが、虚勢を張っていたのは見え透いていたようだ。健人の苦り切った顔を見て、百合子は上品にくすくすと笑っていた。顔面に血潮が集まっていくのが、嫌でも感じた。
壮一郎の号令で投げられたダイナマイトが、一拍の間を置いて爆発する。
瓦礫と共に<奴ら>の肉片が散乱し、死肉の絨毯が敷かれた道が造られた。
それは健人の位置からハンヴィーまでを繋ぐ道だった。


「迷っているな、健人君」


静止する健人を尻目に<奴ら>を切り捨てる作業に没頭しつつ、壮一郎が笑みすら浮かべて言った。


「小室君には甘さは捨てよと忠告したが、ふむ、君はそのままでよい!」

「私たちを見捨てることを心苦しく思ってくれているのね。ありがとう、あなたは優しい子ね。そして、強い子。
 安心しなさい。あなたは甘さに惑わされても、選択を戸惑うことはない。そう信じなさい」

「果たして何時まで甘さを捨てずに保っていられるか、試してみるがいい! 恐れるな! それは君の血肉とすべきものだ!
 首を絞めるものではなく、自らを助けるものだと信ずるのだ! いざ往け! 愛すべき若者よ!」


それだけ言って先頭に立ち、彼等は<奴ら>へと切り込んで行った。
娘を頼む、とは最後まで言わなかった。
重荷を背負わせるべきではないと、そう思ったのだろうか。
大人が子供を想う態度のそれだった。
健人の行く末を、高城夫妻は黙って見守りそっと背を押してくれたのだ。


「うう、うううううっ」


喰いしばった歯の隙間から、葛藤の呻きが漏れる。
健人の顔は歪み切り、針で一突きすればそれだけで決壊してしまいそう。
逃げるよう、健人は<奴ら>の死肉を踏み締め、ハンヴィーに向った。ぐじぐじと潰れる肉の不快感が、返って今は有り難かった。
嫌悪感に総毛立っていれば、余計な事を考えずに済む。


「健人君! 無事だったか!」


目ざとく健人を最初に見付けたのは、やはり冴子だった。
和装ではなく、見慣れた藤美学園の制服にエルボーパット、膝までを覆うレッグアーマー、腰には刀。スカートは駄目になったのだろう、腰で紐を結ぶタイプのそれに変わっていた。
一枚の布をぐるりと巻き付けたスカートから覗く、黒のストッキングと白い腿。
高城の母が薫り高い熟成されたワインだとすれば、冴子は若々しい果実の香。
美しさと機能を兼ね備えた、冴子の新たな戦装束だった。


「ああ・・・・・・」

「健人さん、ありすは!?」

「無事だよ。気絶してるだけだ。そっちはどうだ?」

「全員無事です。でも沙耶が・・・・・・」

「名前で呼んでくれたのには礼を言うわ。でも余計な気遣いは止めて頂戴。アンタもね」

「わかった。鞠川先生、車を出してください」


りょうかーい、という間延びした鞠川の返事と共にアクセルが踏まれた。
エンジンが機械駆動の咆哮を上げる。
ギアが噛みあい、シャフトが喜びの軋みを奏で始めた。
ブレーキの枷から解放されたハンヴィーは<奴ら>をかき分け、文明の力の及ばない地獄に向けて疾走する。
誰も、鞠川でさえバックミラーを覗こうとはしなかった。





■ □ ■






「健人先輩、教官は・・・・・・」

「死ぬもんか」


走るハンヴィーの中、不安そうに問うコータの言を止めた健人。
背を丸めて両手を組み、口元を隠す姿は自分に言い聞かせているかのよう。忙しなく視線は動き、膝は震えていた。
窓の外に学園の大型バスが見えた。
どうやら紫藤が乗りつけてきたバスのようだ。バリケードに衝突し、半壊している。壊れたドアからほうほうの体で、紫藤とその取り巻きが、からがら逃げ出していた。
猛スピードに遠ざかる景色に宮本は気付かなかったようだが、健人ははっきりと見えた。
膝の震えが一層激しくなる。
健人の膝に乗せられていたありすの頭が激しく上下するのを見かねて、冴子がありすを自分の膝へと移す。


「大丈夫ですか? 健人先輩」

「ああ、大丈夫・・・・・・大丈夫だ」

「ならしっかり見張ってください。高城さんも、お願いします」


明らかに平素ではない様子の健人と、両親と今生の別れを済ませた高城への、コータの強い言葉。
それはあんまりだ、と冴子と宮本がコータを睨みつける。しかしコータは険しい視線を窓の外に向けたまま、傲然屹立として動じなかった。
すべきことを理解しているのだ。


「平野、あんた・・・・・・」

「やめて。お願いだから何も言わないで! お願いだから! いいのよ、平野は・・・・・・コータは正しいわ!」


どこか透明な眼で高城は叫んだ。健人と同じく、己に言い聞かせるように。初めて名を呼ばれたコータも、それに喜ぶことはなかった。
何をかコータに言いかけた宮本だったが、それきり黙り込んだ。そして、銃を胸に握り締め、窓の外を警戒する。
皆、自分がすべきことを理解していた。
理解していないのは、健人だけだった。
とうとう健人は両眼をきつく瞑り、奥歯を鳴らし始めた。


「俺は、どうしたいっていうんだ・・・・・・」


眼を瞑ったところで、突き付けられたものから逃れられるはずもない。
ましてや己に没頭したところで、答えなど――――――。
しかしきつく閉じた瞼の裏に、健人は何かが見えたような気がした。
初めは小さな星。次第に大きくなり、金色の淡い光が瞼に広がる。
光は幼い女の子の姿を形造ると、機械染みた能面を、ほんの少しだけ頬笑みに緩めた。
出来の悪い息子を見る母親のような、そんな笑みだった。
少女の口が開いては閉じた。何か、声は聞こえないが、言葉を紡いでいる。
ガスマスク――――――そう言っているのか。
その時だった。
健人の脳裏にハンクの言葉が蘇る。


『迷うな、健人。お前の心が欲するままに生きろ。もうお前を縛るものは、何もないのだから』


それは、恐らく最後になるだろう、師の教え。
あの言葉は慰めの言葉ではない。
きっとハンクはこう意味を込めたのだろう。捕らわれるな、と。そして、それが健人には出来ると信じて。
ハンクの言葉が健人の五臓六腑に染みわたっていく。
気付けば健人は、ハンヴィーのドアを開けていた。


「け、健人さん! 危ないですよ、早くドアを閉めて!」

「そうだぞ、健人君! さあ、早く戻って来てくれ」


タラップに足を掛けた健人が次に何をするか、もう察しているはずだ。
ギョッとした面持ちで、小室達が健人を見ていた。
引き戻そうにもハンヴィーのスピードを緩める訳にはいかず、冴子もありすを放り出す訳にはいかず、手を拱いていることしか出来ない。
慌てふためく面々をぐるりと眺め、健人はにやっと笑った。
心の底からの笑みだった。
全てから解き放たれたような、子供っぽい、会心の笑みだった。


「悪い、皆。俺、考えたんだけどさ、ここで降りるわ」

「な、何を言って・・・・・・さあ、健人君、手を取るんだ。さあ!」


絶望の色が冴子の顔に浮かぶ。
健人は穏やかに笑った。冴子を落ち着かせるよう、気遣いの念を存分に滲ませて。
冴子はもちろん、そんな風に健人に笑いかけられるのは初めての事だった。
喉を詰まらせ、顔を歪ませる。


「君は、ずるいぞ。はっきりと言葉にしてくれたら私は従うしかないというのに、君は私自身に決めさせようというのだな」

「悪いな。俺さ、自分の役割ってのが解ったような気がしたんだ。だから行かないと。これがさよならって訳じゃないんだ、辛抱してくれ」


健人は誰もついてくるなと言っているのだ。それを冴子は理解した。
喉元まで出かかった言葉を噛み締めるよう唇を結ぶと、俯いて顔を伏せた。


「行くって、いったいどこへ・・・・・・」

「高城の家さ。取り残された人達を助けに行く。止めるなよ、小室。俺達はお前に付き合ってここまで来ただけなんだから」

「それは、でも!」

「やめなよ、小室。健人さん、弾は必要ですか?」

「いいや、俺には一発あれば十分さ。全部お前が使えよ。コータ、そいつで皆を守ってやってくれ」

「了解! 命に代えても任務を遂行します」

「馬鹿オタ共! 私は引き止めるわよ! 戻るなんて、そんなの自殺行為じゃないの! 
 役割だなんて・・・・・・パパとママと同じようなことを言って! アンタに何が出来るっていうのよ。アンタみたいな凡人が、パパとママを助けるなんて出来っこないわ!」

「確かに。なら、これならどうだ?」


手袋を引き抜いて、健人は右腕を掲げた。
異形の腕が外気に晒される。
誰の物かは解らなかったが、きっと全員のだろう、ひぃ、という悲鳴が上がった。
鞠川がハンドル操作を誤り、ハンヴィーが車体が左右に大きく振られていく。
コータは健人の額へとぴたりと照準を当てていた。
満足そうに健人は眼を細めた。
だからコータは信頼出来る。


「<化物>が助けに入るってんだ。<奴ら>なんざ相手になるかよ」


健人は拳を握りしめた。


「誰も死なせるもんか。誰も」


とても晴れやかな気持ちだった。
例えそれが不可能であると解っていても、健人は口に出さずにはいられなかった。
それは、己の心が欲する所を、理解したからだった。
俺はこの力で誰かを救いたい。
誰かから忌み嫌われることになったとしても。
人から好かれたいのではない。これが自己満足でしかないことは解っている。だが、それこそが最も大切なことだ。
俺が人のままでいるためには――――――。
健人はもう一度にやりと笑うと、空に身を放り出した。
冴子が切なそうな顔で、健人に手を伸ばしていた。
額に手刀を作り、空を切らせる。一時の別れを告げるハンドサイン。
冴子との関わりが苦ではない自分がいることに、健人は気付いていた。
結局は、自分に余裕がなかったというだけだ。
ハンヴィーのドアを蹴り付けて閉めると、体感にしてしばらくの間、健人の体は空を泳ぎ、途中で何体かの<奴ら>を引き裂いて減速してから、地面を転がって着地する。
この場から高城邸まで全力で走れば数分といった所。
健人は駆け出した。
しばらく走っていると、見知った顔とすれ違ったようなような気がした。
後ろを追っていた<奴ら>を切り刻んで、また駆け出す。


「ここは戦場だ――――――俺の運命は俺が切り開く」


背後からは口々に聞こえる、<化物>だ、という叫びが耳に心地よく、健人はまた、にやっと笑った。














ボキャブラリー死んだ。
描写がどうしたって被ってくる。
同じような言い回しを一投稿分の中でしない、と書き始めの時は気を付けていたはずなのに。
うーん、色んな小説を読んで蓄えるしかないのかなあ。

ところで、ノベライズ版ぬらりひょんの孫が思っていた以上に高レベルでまとまってたのに驚いた。
ジャンプノベルス侮れねえ。
だがブリーチ(劇場版ノベライズ)てめーは駄目だ。
作者が同郷・・・・・・だと・・・・・・?
何だろうこの気持ち。
森羅万象チョコでカスカード引いた時と同じ気分だ・・・・・・。



[21478] 【習作】ごっどいーたー (失敗・こっそり)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/08 03:18
上げちゃった・・・orz




『ただでさえ数の少ない「新型」において、彼は輪を掛けて異端だった――――――』


後の世で、ペイラー・榊はそう振り返る。
幾度となく世界を救い、多くの伝説を残したフェンリル極東支部第一戦闘部隊。
その部隊長を長年務め上げた彼の名は、『ゴッドイーター』達の間では一種の信仰とさえなっている。
今や“神”は地上に降り立ち、人を喰らっているのである。流星の如く現れた若き英雄に、人々が救いを求めるのは、自然な流れであったと言えよう。


『流星の如く、とは我ながら言いえて妙だと思うよ。彼が放った一筋の光が、誰もが永遠に続くと思っていた夜を斬り裂いたんだ』


榊が彼を語る際、決まって星に例えるのは、榊がスターゲイザーと呼ばれる所以だろう。
彼を流星と称したのも榊なりの皮肉なのかもしれない。彼はきっと、それこそ流星のように流れて、堕ちて、消えてしまいたかったに違いない。死にたがり、というよりも、生き急いでいるように見える、そんな戦い振りだった。一瞬の内に命を燃やし尽くし、閃光のように輝いて人々の心を照らし、そして静かに消えていく。彼は自分がそんな人生を歩むと、そう覚悟していた節があった。
それをさせなかったのが榊と、彼を支えた仲間達である。
中でも、かつて『アラガミ』への復讐に狂った少女が、彼の支えとなるためにもっとも尽力したというのだから、人生とはどうなるか解らない。とは榊の言である。
榊が彼に出会ったのは――――――。否、榊が彼を一方的に知るようになったのは、彼の新型『神機』適合実験に立ち会ったのが最初だった。
・・・・・・そう、実験だ。

新型はその複雑な内部機構のために、搭載されている『オラクル細胞』の配列が特殊な物となっている。
新型の絶対数が少ないのは、複雑化に比例して増大するコスト面についての問題もあったが、何よりも特殊なオラクル細胞に適合できる人材がほとんどいなかったことにある。
オラクル細胞に親和性を持つ人間は珍しくはない。だがその大抵は、旧型のオラクル細胞に対してしか、適合資格はなかったのだ。
それは新型が複数のアラガミを元に構成されているためであった。
そもそも神機そのものが人為的に調整されたアラガミと言っても過言ではなく、未だ完全には解明出来ていないような代物である。新型とは、よりアラガミに近い、理論から現物まで作った側にとっても混沌としていて、非常に謎の多い神機だった。
理論も解らないものをただ“使える”から、という理由で戦力に加えなくてはならないほど、人類が追い込まれていたとも言えよう。

西暦2071年。
世界は“神”によって喰い荒されていた。
数十年前、北欧地域にて発見された新種の単細胞――――――オラクル細胞。
初めはアメーバ状でしかなかったそれは半年後にはミミズ程の大きさにまで成長し、そして一年後には、異形の化物となって大陸を滅ぼしていた。
オラクル細胞は爆発的に発生、増殖を繰り返し、地球上のあらゆる構成物質を『捕食』しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生命体として多様に分岐したのである。
人々はそれの多様性と脅威に畏怖を込めて、極東の八百万信仰になぞらえ――――――アラガミ、と呼んだ。
アラガミは一個の生命体に見えて、その実はオラクル細胞の集合体である。群体がアラガミの本質だった。
あらゆる全てのもの――――――生物から無生物まで――――――を捕喰するオラクル細胞から形成される身体には、既存の兵器は一切の効果が無なかったのである。銃弾を撃ち込む端から吸収されていく様は、悪夢としか言いようがない。
“食べ残し”である人類には、もはや終焉を待つ以外に道は無いと思われた。

そんな時、同じくオラクル細胞を埋め込んだ生体兵器、神機が生科学企業『フェンリル』によって開発される。
オラクル細胞に抗するには、オラクル細胞を用いるしかなかったのだ。
そして自らの体内にオラクル細胞を摂取し、神機と自らを連結させるゴッドイーターが編成されたのである。
人類の対抗手段は、神機を操るゴッドイーターのみ。
限られた土地に築かれた壁の内側へと人々は身を潜め、旧時代の戦闘――――――つまりは、生身での“狩り”を繰り返していた。
戦力の補充は、人類にとって最優先事項である。
国という概念が崩壊した今、アラガミ防壁に囲まれた都市『ハイヴ』を建造し、それらの統治機構としても働いているフェンリルの命に逆らう事は許されない。
配給を受けている限り、適合する『偏食因子』が発見されたのならば、ゴッドイーターとなることを拒む事は出来ないのだ。
彼もまた、喰うか喰われるかのゴッドイーター候補として、フェンリルによって選ばれた一人であった。

彼が見出されたきっかけは、外壁より侵入したアラガミに襲われた傷による、手術中の血液検査からだった、との資料が残っている。
黒髪、黒目。身長は平均よりやや高め。顔つきは柔らかいが、美形という訳でもない。
容姿として取り上げるのはその程度しかない。
前歴は無職。
その日暮らしの生活をしていたらしい。
何故これほどの人物が市井に紛れて生きて来たのか、と誰もが首を捻ったが、彼の仲間達からすれば、それこそが彼の望みだったのだと口を揃えたことだろう。
本来、彼は闘争を好む性質ではない。
彼はアラガミに追い込まれ、死の危険に常にさらされながらも、それでもたくましく生き抜く人々の暮らしを愛していたのだ。
だから自分をその中に置きたいのは当然の事だ、と。

だが榊の意見は違う。
彼は待っていたのだ、とそう思っている。
ある意味、彼自身が彼一人の身の内に収まり切れないその才能の被害者であったのだろう。
彼は理解していたはずだ。自分が特別であるということを。
ならば彼は、新型が世に生み出されるその時まで力を蓄え、雌伏の時を過ごしていたのだ。
それも、彼を観察してようやく理解できた一端でしかないのだが。

当初、榊は彼を哀れな生贄としか見てはいなかった。
彼は新型神機の適合実験に選出されてしまったのだ。
未だ未知の部分の多い新型である。
適合者の選出には慎重を機せねばならなかった。だが、フェンリルはデータを欲していたのである。
今後の戦況に置いて、新型が神機の主流となっていくのは間違いがない。
しかし適合段階に置いて、その者が非適合であった場合、一体何が起きるのか。それは誰にも解らなかった。
旧型の神機では、非適合者は神機に喰い潰され、肉塊と為り果てるのみである。
現在はコンピュータ選出の精度も上がり、適合審査中の事故は希ではあるが、それでもゼロではなかった。
それも適合審査は軽いパッチテスト程度である、として公共電波で告知されているのだから、フェンリルがどれだけ適合審査に重きを置いているかは理解できよう。
最悪、新型の適合に失敗した者は、アラガミ化することも想定内であった。
早急に調査せねばならない。
では、どうやって?
簡単である。意図的に非適合者を選出し、適合審査に掛ければよいのだ。
つまり、彼が新型の適合者として選ばれたのは、不幸な偶然でしかなかったのである。
生贄だったのだ。彼は。
もっと言ってしまえば、榊でさえも目を見張る程の彼の適合率の高さは、旧型神機をしてのものであり、そのため新型への適合は絶対に不可能であると思われていたのだ。

そして実験当日。
榊は自らは観察者であると、そうでしかないと本分を強く意識し、痛む良心を誤魔化しながら、彼を見降ろしていた。
灰色の空間に連れ込まれた彼への第一印象は、影が薄い男、というのが正直なところ。まるで空気のようだ、と榊は思った。
退院してすぐの病み上がりで、着の身着のままで連行されたのだから無理もないが、どうにも彼からは意思というものが感じられなかったのだ。――――――それがまったく動じずにこちらを警戒していた、彼の冷静さの現れであると榊が思い至るのは、もう少しの時間が必要になるのだが。
そこは、常はゴッドイーター達の訓練室として使われる部屋である。
特殊合金の壁で四方を囲まれた部屋ならば、アラガミが一体暴れる程度、どうとでもなる。
部屋の外にはゴッドイーター達を待機させてあった。
隣にいる雨宮ツバキには、不幸な事故だった、という目撃証言を言わせるためだけに、極東支部初の新型適合審査であるということだけを知らせて連れて来ていた。
お膳立ては整っていた。
自らが断頭台に上げられたのを知ることもなく、人々を守るのだと期待に胸を膨らませる若者を、そうとは知って、そうとは知らず、よってたかって殺そうとしている。
そして、当時の支部長と榊達による監視の中、おざなりな建前だけの説明が行われ、公開処刑が始まった。
哀れみを込め、それでも余す所なくこれから起きるであろう事を記憶しようと、彼を見る。
ふ、と。
一瞬、彼が顔を上げた。


「――――――」


その時彼が何と口にしたかは解らなかった。
ただ、唇の動きを読む限りでは「ありがとうございます」と、彼はそう言っていた。
支部長が気付いた様子はない。
彼は、榊のみを見詰め、そして再び視線を前に戻していた。自らが振るう事になる、神機へと。
――――――後に榊が、あの時何故礼を述べたのか、と彼に問うたのだが、彼は曖昧に笑って答えなかった。
これも榊が、彼が自分の運命を自覚していたことを思わせる、判断材料であった。
彼の選出にあたっては、榊も少なからず関係していた。否、むしろ、彼をと決定したのは、榊である。
支部長は誰でもよいというスタンスだったが、榊は違った。流れる涙は少ない方がいい。家族血縁友人関係に至るその人物の人間関係を全て洗い、孤独に生きる者、つまりは彼のような人間を使えと支部長に意見していた。
そして彼はそれら条件に完全に一致していたのだった。

支部長に促され、静かに彼は神機との接続機へと手を差し入れる。
巨大な鉄の箱を上下二分割にしたような装置には、中に神機が――――――アラガミを殺すために人が磨いた、牙が収まっていた。
剣に、銃に、盾。三つの種の異なる兵器がそれぞれ融合したような、巨大な鉄塊。
これら三形態を自在に使い分ける、新型神機である。
手を置く部分には、ネジを締めるボルトを半分に割ったような腕輪の片側が。ここに手を入れることとなる。そして入れたが最後、彼は人ならぬモノへと変質し、狩り殺される。
それらはまるで、ギロチンのようにも見えた。
命を刈り取る装置という意味合いでは、全く同一の代物であるのだから、その印象も間違ってはいないだろう。
ガツウン、と大きな金属音を立て、装置が結合された。
神機の結合機と共に、彼の命運も閉ざされた・・・・・・かに見えた。
神機結合の際のオラクル細胞注入は、人間に強大な力を与えることになる。
膂力の強化、反射神経の増大。
いってしまえば、半分人を辞め、アラガミに近しい存在へと肉体改造をするということだ。
当然、それには苦痛が伴うこととなる。
しかし彼は、平然としていた。
平然と、である。
苦痛にのたうち回る様子も、予想されていた人からの大きな逸脱も、まるで見られない。
そして結合機が開かれ、適合審査の結果は――――――成功。
極東支部初の、新型神機使いの誕生である。

高い適合率は、そのまま新型機への適合率へと置き換わっていた。
異常事態である。
否、これをただ異常と言ってしまうのもどうだろう。先も述べたが、新型は未知の領域が多い神機であったのだ。
新型神機を持つ新たなゴッドイーターは誕生したが、しかし実験の主旨としては、失敗であった。
結局、新型“が”非適合者をどうしてしまうのかは解らずじまいだった。
フェンリルとしては当然、面白くない。
今回の実験は、本部からの指令だったのである。
極東支部に命令が下ったのは、当時の支部長が必要であれば道徳に反する行いをするのに、何の躊躇もない人物であったからだろう。
そして新たにゴッドイーターとなってしまった彼に対するフェンリルの風当たりは、露骨だった。
碌な訓練もさせず、即座に実戦投入である。
彼と同チームに配属されたもう一人の新人にしてみても、神機の取り扱いや基礎教錬は修めていたというのに、彼にはその期間すら与えられなかったのだ。
これにはフェンリルにとって悪い意味合いでの目撃者となった雨宮ツバキが、教官として人としても異を唱えていたが、もちろんそんな戯言を取り上げられることもなく。
なんとか権限により帰投率一位のリンドウ班にねじ込んだはよかったが、彼にのみ、初任務をこなした後もインターバルを挟まずに、息を吐かせぬような連続戦闘任務が待っていた。
神機に選ばれたと言ってもいい、特異な状況でゴッドイーターとなった彼の戦闘データ取得、という名目で本部が下した決。
それは、前線での全戦闘作戦参加であった。

本部の息が掛かっていたのだから、リンドウがどれだけ拒否しようとも受理されることはなく、そして彼に付き合わされる形で激務を負わされる事となったもう一人の新人には、手を合わせるしかない。
時には彼一人で、単独任務に当たることも少なくはなかった。
だが彼は、まるで戦うことがゴッドイーターとなった自らの使命なのだ、と言わんばかりに、全ての任を勤め上げたのである。
同時に、本部が名目上要請していた戦闘データも十二分な物を彼は提出していた。
彼の戦闘法は特殊であり、戦闘毎にあらゆる武器種、銃種を組み換えて出撃するのを繰り返す、というスタンスを執っていた。
新型には形状の組み換え機能も備わっていたが、一部でも変えてしまえばバランスや重量の変化が激しく、それはもう別の神機も同然である。
通常のゴッドイーターでは一つの神機に慣れるまでに時間が掛かるというのに、彼はそれを完全に無視していた。
あらゆる武器、銃、盾をまるで自身の肉体の延長として扱っていたのである。
この点だけでも、榊でなくとも彼を異端と言いたくもなるだろう。
ここまで完璧な戦闘データを提示されては、本部もぐうの音も出なかった。しばらくして彼への干渉はなりを潜めていった。
そして様々な事件を経て、彼はリンドウに替って第一部隊隊長に任命されることとなる。


『異端なんて、正に彼のためにあるような言葉だね。彼はきっと、神を殺すために地へと堕ちた、救いの禍星だったのさ』


それは榊が彼を期待の新星だと見なしたのと、同時期のことであった。
彼の名は、加賀美リョウタロウ。
後に最強のゴッドイーター『神狩人』と呼ばれることになる、その人である――――――。






■ □ ■






ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない。

いくら俺の特技がやせ我慢だったとしても限度というものがある。
まず休みがない。
そして飯がまずい。
あと給料が安い。
同僚にアレな奴が多すぎる。
エトセトラエトセトラ、挙げれば切りが無いが、まあここらはどこの会社にだってあることだ。
労災が下りるだけ良い方、と言えなくもない。
問題はそんなことじゃあない。
そもそも就職した――――――させられた経緯がおかしい。
家で寝ていたら、何人ものとてもカタギとは見えない黒服達が押し入って来て、「来い」の一言。
背広にはやたらとオサレな狼のエンブレムが。
今や実質世界を支配する、フェンリルの社章である。
何故ここにフェンリルが? などと混乱していると、無理矢理トラックに押し込まれていた。
このご時世、フェンリルに逆らう馬鹿はいやしない。
俺がこうして悠々自適の自宅警備員をしていられたのも、フェンリルのおかげである。
来いと言われたら行くしかないのだ。
そして連れてこられたのが、フェンリル極東支部、通称アナグラ。
ゴッドイーター達の寝床である。
ゴッドイーター――――――アラガミと戦う者達。
世界中がアラガミに食い荒らされているというのに、それでも人間が滅びを迎えてはいないのは、彼等のおかげといってもいいだろう。
しかし、なぜ俺はここに連れて来られたのだろう。
猛烈に嫌な予感がする。それしかしない。
疑問を挟む余地なく、あれよという間に神機適合審査である。
なんだ、この超展開は。
呆然としていると、何だか偉そうな人が登場。ありがたい演説をしてくれているのだろうが、聞く余裕なんかなかった。
どうしてこうなった、と天を仰ぐと、そこには・・・・・・女神が、いた。
上着からこぼれ落ちんばかりの、いやもう半分まろび出ている、禁断の果実よ。
おい、そこの眼鏡のおっさん邪魔だどいてくれ。
念を置くっていたら通じたのか、おっさんが半歩下がってくれた。ありがとう。
これで俺は後10年は戦える・・・・・・。
などと、思っていたら。
本当に戦わされる羽目になりましたとさ。


「おい、警報だ!」

「解ってますって! 行こうぜ、リーダー!」

「行きましょう! リョウ!」


名前を呼ばれて我にかえる。
・・・・・・そうだね。
今日も今日とて、愉快な仲間達と一緒にアラガミ退治。
そう、俺の仕事はアラガミと命を掛けて戦うこと。
世界一なりたくない職業、ゴッドイーターなのであった。
任務遂行は死守なんだぜ。
死んでもやり遂げろってことだ。
すごいだろ。
つまり逃走は許されないってことだ。
そいつは暗に、逃げたら解ってるな? ということでもある。
任官初日、リンドウさんはガチガチになった俺の気を解そうと、やばくなったら逃げろなんてギャグをかましてくれたけどね。
笑えるだろ?
笑っておくれよ。
ははは、はは・・・・・・。

出撃嘆願書その他諸々をカウンターへ提出しに行くと、受付のヒバリ嬢が、頑張って下さいと頬笑み掛けてくれる。
天使のような微笑みの裏には、計りしれない黒さが潜んでいることを俺は知っている。
この娘、可愛い顔してトンデモ無い。
俺が稼いだお給料を、こっそり着服してやがるのだ。
ゴッドイーターの給料は歩合制。
頑張れば頑張った分だけ金が貰えるシステムだが、定額でない分、金の流れや使い道への管理があやふやなのである。その隙をこの娘は突いたのだ。
解っていても強く言えないのは、俺が弱味を握られているから。
この娘と初めてあった時、俺の前方不注意で正面衝突してしまったのである。
後は・・・・・・解るな?
彼女の胸をがっつりと掴む、セクハラ男が一人。
一応は企業だけに、こういう事件にだけはやたらと厳しいフェンリルだ。
セクハラで捕まえられるのだけは勘弁してください。
俺が社会の底辺のフナムシであってもなけなしのプライドくらいある。
そういう訳で、彼女に給料を貢ぐのを止められないのであった。
口止め料である。


「リョウ、顔色が悪いように見えますけれど、大丈夫ですか?」


ああ、アリサ。
今日も良い下乳だげふんげふん。
んんっ、げふんっ、げほげほ。
何でもないよ。
うん、もう平気平気。
むしろみなぎってきた。
今の俺は神だって殺せるね。


「ならいいのですが・・・・・・」


肩にそっと手を置いてくれるアリサ。
労わりの気持ちが流れ込んでくる。
新型同士の感応現象というやつらしい。

しかしあれだね。
この部隊の奴らはみんなド派手な格好してるね。
俺? 俺は任官した時に配給された制服を着てるよ。
それしか服がないからね。
私服どころか私物まで、ここに越してくる時全部手違いで処分されちゃったから。ちきしょん。
おかげでネット漬の不健康な生活を送っていた俺が、見違えたように超ストイックな修験者のような生活になりました。
あ、やばい、泣けてきた。
つらいなあ。


「リョウ・・・・・・」


ああ、うん、出撃ね。
おお、近場じゃないか。この分だと徒歩でいけるね。
さあみんな今日もお仕事がんばろう。
無理してるんじゃないかって?
してるよ。
ヤケクソだよ。
毎日お腹がシクシク痛むんだよ。
今日もきっと神機様がハッスルしちゃって生きた心地がしないんだ。
そうに決まってる。
本当に、もう俺は限界かもしれない。






■ □ ■






「いってらっしゃい。どうか、ご無事で」


ヒバリは戦場へと赴く彼等の背を見送って、深く頭を下げた。
防衛班や偵察半、アラガミと戦うには多くの人員が必要であるが、しかしこうして自分たちが無事で暮らせるのは、前線で戦う彼等のおかげであるとヒバリは信じている。
積極的自衛という第一部隊の任務によるものではない。
彼等の気高い精神が、見るものにそう感じさせるのだ。
否、彼等を率いる彼の魂が、と言うべきか。
ヒバリは慣れた手つきで、いつものようにコンソールを叩く。
孤児院のリストを開き、送金しますかのタブに、イエスと打ち込んだ。
名義は加賀美リョウタロウ。
彼が任務中に稼いだ金銭は、全て慈善団体に募金される手はずとなっていた。
命を掛けて稼いだお金なのに、自由に自分のために使ってもいいはずなのに、彼はそれをしない。
ヒバリの前方不注意で、廊下でぶつかってしまったのがリョウタロウとの初めての出会いだった。
その時のリョウタロウはとても急いでいた様子で、ミッションカウンターに送金のための口座を告げると、「後を頼む。今後はここに全額振り込まれるようにしておいてくれ」と言って、逃げるようにして去っていった。
告げられた口座は、アラガミ被害によって孤児となった子供達の面倒をみるための施設団体のものだった。
全額、などと彼は言ったが、流石にそんなことは出来ず、ヒバリはほんの少しだけを寄付することにした。
そして、彼はそれが非常に不服だったようだ。
口座の送金記録を見た彼は、ヒバリを凍える眼で睨みつけていたのだ。
まるで、金などいらないと訴えるかのように。
ヒバリからしてみれば、訳が解らなかった。
それは彼が血肉を削って稼いだ金なのだ。自由に使う権利があるはずなのだ。
しかしヒバリは気付いていた。
彼が私服を着ている姿を見た事がないことに。
任官時に何着か配給される制服を、着回しているのだろう。
聞けば、私物すら部屋に持ち込んでいないらしい。
きっと、ほとんど全部を寄付してしまったからに違いなかった。
ヒバリはその日、人知れずカウンターの影で泣いた。
ゴッドイーター達は、皆多かれ少なかれ、主張の激しい人物達である。
自分がいつ死ぬか解らないのだから、誰かの記憶や記録に残りたいと、奇抜な言動や格好をしたがっているのだ。
冗談のように三枚目的な格好を付けたがる男もいるが、彼のあの態度も全てポーズである。
だが彼には、個性というものがまるで無かった。
ただ、ゴッドイーターという機能を果たすためだけの、一個の装置のように己の身を置いていた。
きっと彼は、自分が幸せであることと、すべき使命を切り離してしまったのだろう。
ツバキ教官が常々口にしていた言葉がある。
任務に私情を挟むな――――――。
それは大いに同意する所であるが、しかし彼を見ていると、思ってしまうのだ。
誰かを守りたいと思う心も、綺麗な場所を守りたいという気持ちも、すべて私情ではないのか、と。
ならば、任務を完全にこなすには、それを完遂するだけの装置とならなくては。
機械の器に閉じ込めた神でしか、アラガミを滅ぼせないというのなら。
その機械によってのみ人々の平和がまもられるというのなら。
神機を振るうのは、人である必要があるのか。
ただ、戦う。それだけで十分ではないか。
それでこそ多くを救えるのではないか。
彼の信念が、見えた様な気がした。


「どうか、どうかリョウタロウさんに救いが訪れますよう。お願いです、神様・・・・・・」


ヒバリは一心に、産まれて初めて神へと祈りを捧げた。






■ □ ■






腕が軽い。
まるで神機が羽のようだ。
ザイゴートやコクーンメイデンの援護射撃をかい潜り、討伐対象であるボルグ・カムランの胴体へと斬りつける。

うおおおお――――――ッ!


「すんげぇ・・・・・・。あんな激しい攻撃を一発ももらわず張り付いてる。人間の動きじゃねえって、あれ」


違うからね?
これ、雄叫びじゃないからね?
悲鳴だから。
全部紙一重で避けてるもんだから、本当に生きた心地がしない。
うう、でも止められちゃうと本当に死んじゃうんだもんなあ。

俺の体は、今、俺の意思で動いてはいないのだった。
気分はアクションゲームのキャラクターである。
あっちに行け、こうしろ、といった大雑把な命令は下すことが出来ても、細かい身体の制動は完全に乗っ取られている。
神機を握ると必ずこんな風になるのだ。
オート攻撃にオートガード。
全自動戦闘である。
しかも俺の意識がついていけないくらいの超高速戦闘だ。
これ、確実にオラクル細胞が脳に影響及ぼしてるよね?
でも正直に言っちゃうとメガネの人に解剖されそうで怖い。
頑張ってください、神機様。


「馬鹿な事言ってないで、加勢するぞ」


ああ、ソーマ。
俺の味方は君だけだよ。
アリサは俺の邪魔をしたくないって言って、早々に周囲の哨戒するとかでどっか行っちゃうしさあ。
ねえ、君、俺のこと嫌いなんでしょ?
あれかな、過去を見ちゃったから、とか?
いやでも、それはおあいこ・・・でもないな。男女の差ってやつか。
女の子のプライベート覗いたら駄目だよね。
嫌われるのも当然か・・・・・・泣きそうだ。


「くっそ、リョウ! ヴァジュラがそっち行ったぞ!」

「雑魚共は任せとけ。お前はそいつらを仕留めろ!」


おいぃ。
二体同時とかこれなんて無理ゲー?
あとコウタ。
それヴァジュラちゃう。
ディアウスや。
これも普通のボルグ・カムランじゃなくて何か赤いしさあ。
三倍速いような気がするよ。


「こっちは任せといて!」

「ああ、お前は全力で戦え!」


止めろよ。
コクーンメイデンに二人掛かりとか。
こっち来てくれよ。
仲間だろ。
ちくしょう。
ぎゃーす、という鳴き声が聞こえる。
これは確実にロックオンされたな。
はは、ははは・・・・・・。


「あいつ、笑ってやがる・・・・・・」


すごいね。人って恐怖が振り切れると、笑えてくるんだ。
本当にね。
もう俺は限界かもしれない。







最新の黒歴史認定である。
説明的箇所が多い。
さらっと分量が少なくしたいのに。
勘違い物とかどうやって書いたらいいのかわかんないよちきしょん。
誰か案、アイデアを・・・・・・。
助けて・・・・・・。



[21478] 【習作】ごっどいーたー2 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/17 06:48


帝王牙DENEEEEEE!!1!11!!111
俺はあと何回テメェの面を拝まなきゃいけねえんだよ、こんちきしょん!
いい加減俺に獣剣の強化をさせて下さいよディアウスさん!

――――――加賀美リョウタロウ、心の叫び。






■ □ ■






ここはかつて、新横浜と呼ばれた都市であったらしい。
らしい、としか言えないのは、都市機能を有していた以前の姿を二人が知らないからだ。
二人が産まれる以前にはもう、一帯が砂漠地帯と為り果てていて、多くの≪アラガミ≫が餌を求めて徘徊する危険地域と化していた。
この場に足を踏み入れる者がいたとしたら、その者の正気を疑うしかない。
そんな地で、フェンリル正式制服を着た特別特徴もない青年と、ローズグレイの髪をしたやや露出の多い服装の少女とが、取り乱した様子もなく黄土色の砂上にしっかりと足を着けていた。
二人の肩には、剣と銃が融合したような巨大な機械の塊――――――『神機』が。
彼等こそ、≪アラガミ≫の跋扈する世界で唯一の抵抗手段を持つ人間の守護者、『ゴッドイーター』である。

――――――因縁か。

と、青年の小さな呟きが、風に乗って少女の耳へと届く。
因縁という言葉を聞けば、何が思い浮かぶだろう。
アリサ・イリーニチナ・アミエーラは、≪ディアウス・ピター≫の顔を思い浮かべる。
≪ディアウス・ピター≫――――――帝王の名を冠する、≪ヴァジュラ≫種の最上位個体。
黒い獅子の身体に、豊かな髭を蓄えた人面を持つ、人面獣身の≪アラガミ≫である。

通常の≪ヴァジュラ≫とは姿形も戦闘力も一線を隔するその≪アラガミ≫は、ゴッドイーター達の間では恐怖の代名詞として語られていた。
出会えば、命はないと。
それにはアリサも頷くしかない。感情は別として、だが。
≪ヴァジュラ≫というものが、ある一つの壁としてゴッドイーター達の前に存在しているのだ。
その上位個体ともなれば、多くのゴッドイーターが絶望を抱いたとしても、それはむしろ当然の反応だろう。
ゴッドイーターとしても、精神的にも、それほどまでに≪ヴァジュラ≫は超えなくてはならない大きな壁として立塞がっているのだ。
であるならば、神らしく一種の信仰として存る≪ディアウス・ピター≫を、≪ヴァジュラ≫と見間違えたとしても、まあ、納得はいく。
悪態を吐くことを止めるまでには至らないが。


「いい加減な仕事を・・・・・・。偵察班は何をやってるんですか」


青年は肩をすくめるだけだった。
≪ディアウス・ピター≫来襲の報を受け出撃したアリサ達だったが、到着してみれば、そこには黒い巨体は無く。
朽ち果てたビル群が並び立つ砂漠には、≪ヴァジュラ≫の群れが闊歩するのみだった。
太陽光の反射の加減で体毛の色を錯覚したのかもしれない、とアリサは偵察班のミスであると判断。
とはいっても数が数だ。脅威であることには違いない。

アイコンタクト――――――彼の瞳に自分の顔が映る。そして自分の瞳には、彼の顔が映っているはず。
アリサは彼と二人、並び立って≪ヴァジュラ≫へと襲いかかった。
状況はすぐさま乱戦となり、戦力の少ないこちらは、ほとんど彼一人が戦っていたようなものだった。
それは戦いというよりも、舞っているように見えた。
舞踏――――――否、武踏か。
体術のレベルが違いすぎる。自分では、付いていけない。
下手に踏み入れば邪魔になるどころか、誤射をしてしまいかねない。
アリサに出来たことといえば、彼が的にならないよう囮となることと、合間に回復弾を撃つことくらいのものだ。
悔しさにアリサは歯噛みする。
彼を羨んでいるのではない。
何の役にも立てない自分を恨んでいるのだ。

一体、二体・・・・・・彼が剣を振るう度、巨体に傷が刻まれ、そして地へ崩れ落ちていく。
三体目は口内に銃口を差し込まれ、喉奥を吹き飛ばされていた。
淡々と捕喰形態へと神機を変化させ、倒した≪ヴァジュラ≫からコアを抜きとる彼。
最後の一体が存命中であり、今もこちらを狙っているというのに捕喰を優先させている様は、恐怖など微塵も感じてはいないように見えた。
では自分はどうなのだろう、とアリサは≪ヴァジュラ≫と対峙し、思う。
今でこそ単独で倒せる相手となったが、縦に裂けた瞳孔に睨みつけられれば、身体は僅かに硬直した。
獅子の頭は人面のそれとは掛け離れているというのに、それでもアリサは思い出してしまうのだ。

人を模した厳めしい顔。
ぞろりと生えそろった乱喰い歯。
下顎から滴るどす黒い血と、ぬめり落ちる内臓の一部。
扉の隙間からじっとこちらを見詰めている、赤い眼を。

その度にアリサは叫び声を上げそうになる。
あるいは、怨嗟の唸りを。
憎悪――――――。
それがアリサの、ゴッドイーターとして原点だった。

封じたはずの記憶はなおも蘇る。
かつて、親友を喰い殺した≪ヴァジュラ≫の姿。
それが当時の衝撃をそのままに、両親を喰い殺した≪ディアウス・ピター≫の姿へと重なって見える。
怒りで息は乱れ、視界が赤く染まる。
神機を握る手はがたがたと震え、自分が逃げ出したいのか戦いたいのか、そうなるとアリサにはもう、解らなくなってしまうのだ。
憎しみは重ねられていくばかりだった。
それでもアリサが自分を見失わいでいられるのは、彼に依るところが大きい。
彼の羽織ったジャケットの青を見て、乱れた心を落ち着かせる。
≪ヴァジュラ≫の群れ最後の一体が今、彼の手により、斬り伏せられていた。

誰よりも強く、誰よりも優しく、どんなに辛くても決して立ち止まらない、彼。
彼はどんな気持ちで戦っているのだろう。
アリサは神機に捕喰させている彼の背へと手を伸ばし掛け、そして下ろした。
怖い、と思った。彼の心の内を知ることが。

『感応現象』というものがある。
『新型』同士が触れ合った際に、接触した者の間で、記憶や感情の交信が行われるという現象である。言ってしまえば、相手の心が読めるということだ。
≪ディアウス・ピター≫にまつわる因縁は、もはやアリサだけのものではない。その≪アラガミ≫は、前隊長の仇ともなっていた。
それも、アリサが原因となって、だ。
錯乱したアリサが射線を乱し、前隊長をガレキの向こう側へと閉じ込め、単独での戦闘を強いさせてしまったのだ。
そして・・・・・・KIA判定。
死体が発見されることはなく、残ったのは神機と腕輪のみ。それが示すことは、もはや望みは無い、ということだった。

表には出してはいなかったが、サクヤも、ツバキも、皆アリサに思うところがあったはずなのだ。
情報封鎖をされてはいたが、噂は流れるもの。
ゴッドイーター達の中には噂を聞き付け、面と向かってアリサを罵倒する者もいた。裏切り者、と。
彼等の罵詈雑言は何も悪意から出たものではなく、全ては第一部隊前隊長の事を想っての事だとは、感応現象などなくとも理解できることだった。
平時は人の良い彼等にそこまでの事を言わせてしまった自分の所業を、アリサは深く後悔した。
ソーマも、コウタも、初めはアリサとどう接したらいいのか、戸惑っていた様子だった。無理もない、と思う。
だからアリサは、彼等に掛けられる言葉を、自分を見る困惑の視線を、全て受けとめた。
これは罰なのだと。
彼等の心の内を少しでも軽くすることが、自分に許された唯一の贖罪であるのだと。
だというのに。
そんな中、彼は全く変わらない態度でアリサに接した。
彼だけが、アリサを同じゴッドイーターとして、仲間として、変わらずに慮ってくれたのだ。
それまで自分でもドン引きだと思うくらいに酷い態度を取っていたというのに、である。
崩れてしまうと思った。思った時には、もう手遅れだった。
ぼろぼろと崩れた心が、両の眼から零れて落ちていくのをアリサは感じた。
前線に復帰しても、しばらくは病室のベッドの上で過ごすことが多かった自分を見舞う者は、いつしか彼のみとなっていた。
そして眠りに就いては悲鳴を上げて飛び起きる自分の手を、彼はずっと握っていてくれていた。
一人では眠れないなどと寝言をぬかす自分に、仕方ないなと苦笑して。そうして一晩中手を繋ぎ、ベッド脇に腰掛け、彼は自分のことを見守っていてくれたのだ。
その手の温かさをアリサは忘れない。

だが――――――と、アリサは考える。
彼も、本当は自分の事を、憎んでいるのではないだろうか――――――と。

感応現象で彼から流れ込んで来るのは、過去の映像と、感情の熱だけだ。
写真データに、その時に彼が喜怒哀楽の何を感じていたかというテキストを張り付けただけの、情報量の少ないものでしかない。
それは新型神機への適合率の高さが影響しているのだろう、とは榊博士の言。
アリサと比するまでもない程に、彼の適合率は高いのだ。それは、彼が初めて新型神機に触れた日にはもう、変型タイムが一秒を切っていたのが証明していることだ。
同じ新型使いといえど、彼はアリサの上位存在であり、感応現象における情報流入もその情報量や質は、下位であるアリサには制限されたものしか伝わらないのである。
握られた手から温かさが流れ込んで来ることは感じた。
だが、正確に彼が何を思っているのかは、アリサはまったく解らなかった。
ソーマなどはそれで十分だろう、と言っていたが、アリサとしては安心出来るものではない。
穏やかに微笑んではいても、寡黙な性質の彼である。
口数は多い方ではなく、胸の内を行動で表すような人格だった。その彼が、あの事件を境に、執拗に≪ディアウス・ピター≫を追うようになったのだ。
スコアはもう10体以上を記録していて、そこまでの執着を露わにする彼が何もアリサに感じていないなどとは、信じられなかった。
あの温かさが、新隊長に任命された彼の、義務としてのものだったのではないか。
感応現象によって彼の心の一端に触れたことが、余計にそう思わせていた。
そう思わずにはいられなかった。

聞けば、彼も家族を≪アラガミ≫被害で亡くしたというではないか。そしてその光景を、幼い頃の彼は一部始終見せ付けられたという。
同じ新型神機使いで、しかも始まりまで同じ。
アリサは奇妙な運命を感じずにはいられなかった。
ただし、彼と自分の行き着いた先は、まるで真逆だった。
片や、新型機の変型時にどうしても発生する隙を埋めるための空中変型や、連激捕食なる新戦術を編み出し、今や極東支部の前線部隊で隊長を任せられる程にも成長した、元無名の新人。
片や、鳴物入りで配属されたはいいが対人関係の構築能力が低く、しかも任務中に取り乱し誤射で前隊長を戦死させた、元期待の新人。
彼が自分と同類なのかもしれないなどと、どうして思ったのだろう。勘違いも甚だしく、恥知らずも極まる自惚れである。
彼と自分とでは何もかもが大違いではないか。
自分は憎しみに任せて世界を拒絶したが、彼は世界を愛していた。
それは決して≪アラガミ≫に屈したのでも、受け入れたのでもなく、限られた時を人々の暮らしに寄り添って生き抜こうと彼はしていたのだ。
神に喰われるのが人の運命ならば、そんな世界の中で幸せを見付け、世を愛し生きていくことそれ自体が、運命への反逆であると言えよう。
それは我欲を満たすための復讐ではない。
それは道を示すことなのだ。
彼が示した道を、後に続く者が踏み締めていくのだ。
かつて、自分を希望なのだと言ってくれた人がいた。
その人は正しく、真っ直ぐで、素晴らしい女性だったが、アリサはその言葉にだけは頷けなかった。
なぜなら自分は、彼女の言葉を最悪の形で裏切ってしまったからだ。
道なき道を往く彼の背は眩しく、あれこそがきっと、本当の希望という名の光なのだ、とアリサは思っている。

だから、もし、もしもだ。
彼に失望されてしまっていたら、どうしよう。
彼は単独での任務を希望していたのに、無理矢理付いて来て役立たずだった私のことを、邪魔だと思っていたら、どうしよう。
希望に見放されてしまったら、どうしよう。
私はいったい、どうなってしまうのだろう。
今度こそ壊れて、消えてしまうのではないか――――――。

――――――アリサ! 上だ!

と、彼の叫ぶ声がした。
注意力が散漫となっていたツケが、もう回って来たようだ。
いいや、これは報いなのかもしれない。
アリサの視界に映ったのは、一面の黒。
錆びた鉄のような生臭い臭気を孕んだ風が頬を撫で、一瞬の後、衝撃。
悲鳴を上げるよりも早く、アリサの体は宙を舞っていた。
身体に激痛の灼熱を感じながら、流れていく視界に、必死の形相で手を伸ばす彼の姿が。
痛い。
やられた。
何に。
わからない。
わからないけれど、悲しい。
とても悲しい。
彼の手に、届かなかった。
何度も触れ合ったはずなのに、通じ合えたはずなのに、何て遠いのだろう。
アリサの意識は悲しみの海に呑まれ、暗がりへと沈んでいった。






■ □ ■






もういいかい。
「まあだだよ」
もういい・・・・・・かい。
「まあだだよ」
もうい・・・・・・か・・・・・・い・・・・・・。
「まあだだよ。」
も・・・・・・か・・・・・・。
「まあだだよ」
・・・・・・・・・・・・。
「まあだだよ」


消える、声。
だけど、私は、今も、ここにいて。
誰か、私を。
私を、ここから――――――。






■ □ ■






意識が戻る。
しかしアリサには、これが現実であるという実感が無かった。
呆とした頭で身体を起こそうとし、しかし身体が動かずに、失敗した。
どうやら自分は、瓦礫に埋もれてしまっているようだ。
視界が悪く、隙間からしか外の様子を伺えない。
頭の上にまで瓦礫が積まれていた。崩れた鉄骨が支えとなって、他の瓦礫よりアリサの身体を奇跡的に避けてはいたが、それも何時まで保つか。
神機の柄の感触は、手の内には無い。
どこかに弾き飛ばされてしまったようだ。
アリサは小さくか細い吐息を、唇の隙間から少しづつ漏らしていく。
音を立てないように。
気付かれないように。
すぐ近くに、あれが居る。


「やめて・・・・・・」


悪い夢を見ていた。
ならばこれも夢か。悪夢はまだ続いているのか。


「やめて・・・・・・たべないで・・・・・・」


ガツガツと、何かを食む音が聞こえる。


「パパとママを、たべないでえ・・・・・・」


近付いてくる、足音。
クローゼットの中から動けない自分。
扉の隙間からこちらを覗きこむ、真っ赤な眼――――――。
ひぃ、とアリサの喉が鳴った。
見間違えようもない。
それは両親の仇と、同じ顔。
≪ディアウス・ピター≫の人面だったのだから。
偵察班は≪ディアウス・ピター≫の存在を、見落とした訳ではなかったのだ。


「いや、いやいやいや、いやあああああ! いやっ、いやあっ! ああっ、やだっ! こないでえ!」


じいっとこちらを覗きこむ、≪ディアウス・ピター≫の顔が。
舌なめずりをして、涎を垂らして、耳まで裂けた真っ赤な咥内を開きながら。
身動きの取れない獲物へと、喰らい付こうと歩み寄って来ている。


「いやっ! いやっ! あけないで、たべないで! あああぁあぁああああっ!」


≪ディアウス・ピター≫の巨体が瓦礫を踏み締め、アリサの身体を圧迫する。
厳めしい髭面が近付く。
夢で見たあの光景よりも、ずっと近くに。
眼を閉じてしまいたい。これは夢だと、そう信じたい。
しかしアリサは限界にまで眼を見開いて、閉じることは出来なかった。
狂ったように上がる叫び声は、自分でも止められない。
隙間から除くアリサの頭に喰らい付かんと、≪ディアウス・ピター≫が顎を大きく開き、乱喰い歯を覗かせた。
≪アラガミ≫にしてみれば、こんなに生きの良い獲物を逃す手はないのだろう。
人面を模した顔が、運が良い、と醜い喜悦に歪んだように見えた。
このままでは、喰われてしまう。アリサは思った。
自分はお行儀よく残さずに食べられてしまう。
クローゼットの中、一人で閉じこもったままに。
一人で――――――。

その時アリサに浮かんだのは、彼の顔だった。
視界一杯に≪ディアウス・ピター≫の人面を映しながら、しかしアリサが思い浮かべていたのは、彼の優しげな微笑みだった。
いままでアリサは、扉を開けないでくれと、誰も来ないでくれと、そう叫んでいた。
ずっと一人だった。
一人きりだった。
そう思っていた。
でも――――――。

――――――俺がいるよ。ここにいる。

彼の声が、聞こえたような気がした。


「あ・・・・・・あああああああっ! 助けて、リョウっ! 助けてええっ! リョウゥゥッ! 」


自分はここにいる、と。
だから早く見つけて、と。
クローゼットの中から身を乗り出して。
アリサは初めて、心の底から叫んだ。
瓦礫が崩れるのも気にせずに、必死になって手を伸ばした。
伸ばした手に、≪ディアウス・ピター≫が喰らい付こうとした――――――その瞬間だった。

オラクルバレットの閃光。
黒い人面が真横にずれ、吹き飛んでいった。
次いで、巨体を追うように駆ける青年の影。
それは全身から黄金のオーラを立ち登らせた、極東支部第一部隊隊長――――――加賀美リョウタロウだった。
オラクル細胞を燃やすことによる身体機能の活性化は、神機解放という、ゴッドイーターの奥の手だ。
特に彼の神機解放の効果は著しく、鬼神もかくやという奮迅の活躍が、彼が最強のゴッドイーターなのではないか、と噂する一端ともなっている。
こうなれば≪ディアウス・ピター≫の命運は決まったも同然であり、数分した後、戦闘音が静まりかえったのが全てを知らせていた。
姿は見えずとも、不思議とアリサは彼の勝利を確信していた。
≪ディアウス・ピター≫のそれとは違う、静かな足音が近付く。

――――――見付けた、アリサ。

瓦礫の、クローゼットの隙間には、彼の頬笑みが待っていて。
みつけた、とアリサは彼の言葉を繰り返す。


「あ、あ・・・・・・みつ、けた? みつけてくれた・・・・・・の?」

――――――そうだよ。アナグラに帰ろう、アリサ。

「もう、おそとに、でてもいいの?」

――――――ああ。ほら、出ておいで。


みつけた。みつかっちゃった。みつけてもらえた。
見付かったなら、かくれんぼはもうお終い。
私はもう、隠れていなくてもいいんだ。
彼の手を取る。
伝わる、温かな気持ち。
どうして気付かなかったんだろう。どうして疑ってしまったんだろう。
彼はこんなにも、私のことを想い遣ってくれていたというのに。


――――――また泣いてるのか、アリサ。


苦笑して、彼は言った。


「女の子の泣き顔を見て笑うなんて、ドン引きです・・・・・・ばか」


アリサも、泣きながら笑った。
本当は解っていたのだ。
自分はずっと、クローゼットの中から救いだしてくれる誰かを待っていた。
それではいけない。それは間違いなのだ。
見付かって、かくれんぼが終わったのなら、自分の足で出て行かないと。
恐怖を、乗り越えないと。
だから、暗闇の中から一歩、踏み出そう。
大丈夫。
光は眩しくて、眼を焼くかもしれないけれど。醜いものを曝け出し、見せ付けられるかもしれないけれど。
そこにはきっと、彼が待っていてくれるのだから。
そうしてアリサは、自らの手で、クローゼットの扉を開けた。
光射す世界へと、彼に手を引かれて、アリサは踏み出す。
眩しい太陽にアリサは眼を細めた。


「ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー」


悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる。
でも、海のように大きな悲しみだったなら、飲み干すには難しいかもしれない。
小さく、細かく、砕く必要がある。
そして今、ようやく悲しみは粉々に打ち砕かれた。
打ち砕いたのは、彼だ。
するり、とアリサを苦しめていた悲しみの欠片が、喉を通っていくのを感じた。
あの人達が言った通りだ。
時間は掛かったけれど、悲しみはすっかり飲み干せる。


「パパ、ママ、オレーシャ・・・・・・。私はもう、大丈夫だよ」


アリサは繋いだ手に力を込めた。温かい気持ちが伝わり、飲み干した悲しみが熱へと変わる。
胸が熱い。
もう一度、アリサは大丈夫だと、空の雲を見上げて呟いた。
私は≪アラガミ≫なんかに負けはしない。自分にだって、負けはしない。
たくさんの辛いことや苦しいことが、これから先にはあるのかもしれないけれど、きっと大丈夫だと確信していた。
目元を拭いながら、止まらない涙がおかしくて笑うアリサはもう、一人ではないのだから。






■ □ ■







・・・・・・ううっ、心が荒むなあ。
もう何度目になるんだろう。十回は軽く越してるはず。
黒い髭面はもう見たくないよう。
神機様も食傷気味で嫌がってるしさあ。最近はさっさと終わらせたいのか、前足チクチクしかしてくれなくなったもん。
後牙三つか・・・・・・先は長いなあ。
うー、ストレスが溜まる。
アナグラに帰っても書類が山積みに残ってるし。
隊長になったんだから前隊長の遺した書類の処理してねとか、もうね。
いややりますよ、そりゃ。
企業戦士なので。
でもねリンドウさん。あんたに一言、言わせて欲しい。
あんたね、書類仕事サボりすぎでしょう。
あれですか、イケナイ夜の残業ですか?
仕事をサボってはサクヤさんとお楽しみタイムですね。解ります。
確かにあの乳は男として放ってはおけない。
気持ちは解りますよ。
でもね、一応隊長だったんだから、お仕事の責任くらいは果たしましょうよ。
俺に全部押しつけて逝ってくれやがりまして・・・・・・ちきしょん。

癒しだ。癒しが必要だ。
よし、アリサの下乳を見て癒されよう。
・・・・・・ああ、癒されるなあ。
アナグラ所属ゴッドイーター女子のおっぱい率は高すぎると思います。
中身まで美人揃いときてる。
個人的な理由でディアウス連戦に付き合わせるのも悪いかと単独出撃を繰り返してた俺に、この子は付いて来てくれたし。
危なくなると回復弾撃ってくれるし。
良い子やー。
うちのロシアっ娘はホンマ良い子やー。
手も柔らかくて気持ちいーなー。

おっと、感応現象。
・・・・・・これは、喜び?
嬉しい。ありがとう。そんな感情の波が流れ込んで来る。
うん、何か知らんが悩みが解決したみたいでよかった。
俺がそうだったからかもしれないけれど、こういう辛い思いをした子には幸せになってほしいから。
俺も嬉しいな。アリサが嬉しいと俺も嬉しいよって、伝われー。
ちらりと横を見れば、目が合ったアリサがほにゃりと笑ってくれる。
白い歯を見せ、目がなくなるくらいのとろりとした笑み。
可愛いなあ。
ずっと手を握ってたいけど、これ以上はセクハラになっちゃうよなあ。
名残惜しいけど手を離さないと。


「あっ・・・・・・」


どうしたの?
お腹いたいの?
砂漠でもおへそを出しっぱにしてちゃ駄目だよ。
そっか、何でもないのか。よかった。
さあ、早く帰ろう。


「はい。あの、お願いが、あるんですけれど」


うん、いいよ。
俺に出来ることなら。


「気が向いたらでいいんです。また、手を握ってくれませんか・・・・・・?」


・・・・・・ああ、そうか。
洗脳の影響が残っていて、まだ不安定なのか。
あのヤブ医者め。
今度会ったら、酷いめにあわせてやる。
アジン・ドゥヴァ・トゥリーって数えながらな。その間に懺悔しやがれ。
ああ、お願いね。
もちろん、いいよ。
俺なんかの手でよかったら、いつでも握ってよ。


「はい・・・・・・。ありがとうございます」


おおう、さっそくか。
役得役得。
みなぎってきた。
あと10戦くらいはあの髭面を見るのを耐えられそうだ。
お前との因縁はまだまだ続きそうだなあ、ディアウスさんよお・・・・・・!
いいだろう。お前達の目撃情報が無くなるまで狩って狩って狩り尽くして、根絶やしにしてくれるわ!











時系列は曖昧にぼかしておこう。
発売して間もないんでバースト前の方がいいですよね。

さて勘違いのネタがない。
シチュエーションさえあればいけそうなんだけれどなあ。
それっぽい要素は本編にけっこうあるのに。
仲間のリンクエイドを主人公しかしない、とか。
他の新人はフルチューンされてるのに主人公の初期装備がナイフ・バックラー・プロトタイプなのは嫌がらせにしかみえない、とか。
ありえないスピードで出世してる、とか。
でも要素をシチュに変換できない。
主人公はこういうつもりだけど、周りはこんな感じで勘違いしてる、とか具体案を出していただけたら嬉しいです。
シチュさえあればもう二・三話は書けそうな気がする。

最後に。
帝王牙DENEEEEEE!!1!11!!111
俺はあと何回テメェの面を拝まなきゃいけねえんだよ、こんちきしょん!
いい加減俺に獣剣の強化をさせて下さいよディアウスさん!
――――――ノシ棒、心の叫び。



[21478] 【習作】ごっどいーたー3 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/29 05:00
そこは一面の瓦礫の山だった。
海向こうを見れば、穴空きチーズのようにはつられたビルが、荒野からぽつぽつと唐突に顔を出している。
そこが何万という人が行き交う日本の首都であったとは、誰も信じられないだろう。かつての面影は全く残っていない。何もかもが乾いて、朽ち果てたような、そんな有様だった。
自分達が立っている場所も、旧時代の人間が残した船であるという。
旧時代、とは言ったものの、それは20年程前でしかない。
たった20年で、世界は一新してしまったのだ。地獄へと。
そして、乾いた世界に僅かに残る旧時代の残骸を、ガツガツと貪る異形の化物がいる。
どこまでも貪欲に世界を捕食するオラクル細胞の産み出した、食欲の化物――――――アラガミだ。


「ソーマだ。サリエル堕天種一体を確認。後ろに着けたぞ」

――――――了解。こっちも位置に着いてる。指示と同時に飛び出して、奴の気を引いてくれ。


その異形は女神か、魔女か。
女性の上半身を模し、巨大な眼玉の冠で周囲をギョロギョロと見渡すアラガミ――――――サリエル。
サリエルからやや離れた位置で、機械油にまみれながら物陰に隠れ、無線で連絡を取り合う二人の青年がいた。
彼らはフェンリル極東支部に所属する、ゴッドイーター第一部隊の隊員だ。
第一部隊の主な任務は、アラガミ防御壁外周に近づくアラガミの、強襲殲滅。壁に囲われた都市に近づくアラガミを、片端から殺し尽くしていく直接戦闘任務である。
言わば、予防対策だ。
第一部隊に課された使命は、積極的自衛という任務の性質上、防衛班のように人々の命を守るというよりは、人間の生活圏を守るという意味合いの方が強い。


「希望の火を守る、か」


臭い言い方だな、と青年の一人――――――ソーマは、無線に送られる信号でもう一人の青年の位置を確認し、口の端を釣り上げた。
彼はかつて、ソーマにこう言ったことがある。


――――――なあ、一人きりで戦おうなんてそんなことは思うなよ。お前、英雄になりたいのか?


違う、とソーマはその時、彼に言い返した。
黙れ、と叫んで胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。
ソーマの戦う理由は、もっと個人的な感情からだった。
怒りや憎しみや、そんな感情からだった。
そう、思っていたはずだった。
彼は、そんなソーマの胸の内を見透かしたようにして、再び口を開いた。


――――――人はそんなに弱くない。放っておいてもしぶとく生きていくさ。俺たちはただ与えられた任務をこなせば、それでいいんだ。
だから余計なことをする必要も、考える必要もない。なあソーマ、お前は一体、何に苦しんでいるんだ?


苦しんでいる、などと。
ソーマの身にまつわる特別な事情のことなど、その時の彼は少しも知らなかったはずなのに。
自分すらも見ないようにしてきた、自らの胸の内を暴かれ、ソーマは激高した。
彼を殴りとばし、周囲の制止を振り切って馬乗りになり、殴って、殴って、そうして自分をじっと見つめる瞳に、手を止めた。


――――――こんな程度じゃ俺は死なないよ。もっと強く殴らないと。


それをソーマは否定できなかった。
彼は淡々としているくせに、本当にしぶとかったのである。
すぐ死ぬ奴らなんかと一緒に戦えるか、とソーマはいつも周囲を突き放してきたのだ。
ソーマにとって仲間意識など、重荷でしかなかった。
他人を信頼しても、死という最悪の形で絆は消滅してしまう。
そうして次から次へと新たに補充される人員と、コミュニケーションを一から取らなくてはならなくなる。それはとても疲れるのだ。
はじめまして。
こんにちは。
さようなら。
お前の事は忘れない。
そんな風に何度も繰り返される儀式に耐えられるよう、ソーマは出来ていなかった。
何故ならば、自分はアラガミと戦うために産まれたのだから。
だからソーマは一人でいようと決めた。
そうしなければ、戦い続けることが出来ないから。
そうしなければ、母の願いを――――――父の期待を――――――。


――――――大丈夫、俺は死なないから。


静かな瞳で、確信を持って彼は言う。
こんなことを言う男が、今まで居ただろうか。
何も考えるな。ただ、戦えと。
自分が理想とする在り方を口にする彼は、正にその生き方を体現していた。
任務中は冷静沈着。機械のように正確な動作。的確な指示。
どれを取っても、身体能力はさておき、6年も前から前線で戦っている自分を遙かに超えている。
それでいて彼は、人としての情を捨ててはいなかった。


――――――気にするなよ、ソーマ。俺はゴッドイーターなんだ。


彼の手が頬に触れた。
お前もそうだろう。
だから一緒に戦おう。
お前も、何もかもも守ってやる。そして、生き抜いてやる。
言外に含まれたは意志は、確かにソーマに届いた。


――――――見た目より頑丈なんだ。俺を殺したいのなら、もう一発キツイのを頼むよ。


お前よりも強いのだから死なないのだ、と言いた気に、殴られて腫れた顔に浮かべる、勝ち誇った笑み。
その通りだった。
ソーマはチクショウ、と負け惜しみを言うしかなかった。
この男には勝てないと、ソーマが思い知った瞬間だった。
だがソーマも、彼の言葉を全て鵜呑みにした訳ではない。
あのリンドウだっていなくなってしまったのだ。戦場に絶対などない。
だが、しかし。
彼が自分達のリーダーとして在る間くらいは、こいつの話を聞き留めておいてやろうか。
不思議と素直にそう思えた。


「おい。まだか」

――――――まだだ、もう少し。

「チッ・・・・・・おい、リーダー。もう一度聞くが、お前、ほとんど道具を持っていなかったろ。そんな装備で大丈夫か?」

――――――大丈夫だ、問題ない。

「・・・・・・うざってえ」

――――――えっ、な、なんで?

「お前が今どんな顔をしているか、想像がつく。ムカつく面だ」

――――――君ね、もう少し年上を敬おうとかいう気持ちは無いの?

「うるせぇ馬鹿野郎。数年早く産まれたくらいで、デカい面しやがって。帰ったら覚えてろ」

――――――それって結構な差だと思うけど。解ったよ。帰ったら、また一緒にクラシックでも聞こう。今度は俺が酒の飲み方を教えてやるからさ。興味あるんだろ?

「・・・・・ふん」

「はいはい、無駄口はそこまで。アリサがヤキモチ焼いちゃってもう、すごい顔してるわよ。ソーマがリョウを独り占めしてるー、って」

「なっ! さ、サクヤさん! いい加減なこと言わないでください! そんなこと無いです、有り得るはずがありません!」

「本当に?」

「そ、それは・・・・・・」

――――――そっか、やっぱり俺、嫌われてたんだ・・・・・・。

「いや、それは違くてですね! 本当は逆で、あの、その」

――――――逆? どういうこと?

「ううーっ、もうっ、リョウの馬鹿! 脳味噌コウタ並! ドン引きですっ! 通信終わり!」

「あらら、怒られちゃったわね、リョウ」

――――――脳味噌バカラリーって言われた・・・・・・。

「そいつについては同情してやる」

「・・・・・・コウタ君、やっぱりそんな扱いなんだ」


第一部隊の面々は全員がっくりと肩をおとした。
一人は少女に嫌われたと誤解し、一人は取り付けた約束が反故になったと思い、一人は尊敬する彼に最大級の侮辱を吐いてしまった後悔に、一人は基地にて待機中であるもう一人の少年の扱いの悪さに。
随分と温くなったものだ、とソーマはフードをかぶり直す。
だが、嫌な気分ではない。
悪くない。
まったく、悪くはなかった。
波の音と潮の臭いを嗅ぎながら、ソーマは身を屈めた。
アラガミの通った道は全てが無毛の大地と化すか、荒れ果てるかのどちらかしかない。それでも海は変わらないのだから、おかしな気分だった。
こんな光景を目の当たりにしては、終末思想も蔓延る訳だ、とソーマは皮肉気に頬を釣り上げた。

いっそ何もかも全てを壊してくれたなら、諦めもついただろうに。
終末思想も、ある種の救いなのである。
生命の再分配と、地球の再生だったか。
波間に漂う木の板だか何だか知らんが、トチ狂ったことを。
ソーマは彼の言葉を思い出す。地獄であっても、人はしぶとく生きていける。
アナグラに暮らす人々の顔を思い出す。
ろくに関わりを持とうとしなかった自分にも、笑いかけてくれた人々。
彼の言う通りだと思った。
これから先、どれだけの陰謀や事件、新たなノヴァが産まれこれ以上の地獄が創造されたとしても、人はしぶとく生きていくのだろう。
今の自分ならば、そう信じられる。
彼は初めから解っていたのだろう。
こんな地獄にあって、人々が笑っていられること。それが希望なのだと。
ゴッドイーターが希望の光であるなどと、勘違いも甚だしい。
アナグラのラウンジにて、あいつの戦う背中に希望が見える、と口を滑らせてしまったことがある。
一番最初に反応したのは、アリサだった。
アリサは鼻をならし胸を反らしながら、自慢気に言った。

彼が希望なんて、あなたは勘違いをしている。
町を見なさい。そこに希望がある。
彼はそれを、初めから知っていた。
私たちの仕事は輝くことじゃなくて、希望の火を守ることなんだ。

何故お前が自信満々に答えるのだ、とコータに突っ込まれて赤くなるアリサだったが、アリサの答えはソーマの内にすとんと落ち着いた。
なるほど、と思った。
あれがゴッドイーターの真の姿か。
6年も戦い続けてそんなことも解らないなんて、馬鹿か俺は。
あいつが俺を易々と超えていったのも、当然のことだ。
単純なことだ。
人々を守ること、それがゴッドイーターの使命なのだ。
それ以上も、以下もない。
私心は捨てろ、というツバキの教えが、ゴッドイーターの真理を表していた。
怒りや憎しみで戦うなということだ。単純に思えて、これが難しい。アラガミに憎しみを持たない者など、探すのが困難なご時世なのだから。
だが、彼はどうなのだろうか。

彼の戦う姿に、ソーマは尊さを感じていた。
だがそれと同時に、恐ろしさも感じていたのだ。背筋がうすら寒くなるような感覚だ。
彼は憎しみや怒りを持たずに戦っている。
そして、それ以外の全ても捨てようとしているようにも見えてならなかった。
彼は加賀美リョウタロウではなく、『ゴッドイーター』という現象になろうとしているのではないだろうか。
そう思えてならなかった。
戦闘中に倒れた仲間にリンクエイドを施すのは、もうほとんどが彼だけとなっていた。
これが防衛作戦であったり偵察であったのならば、何の問題もない。
しかしそれが最前線での任務中とあれば、話は別。
リンクエイドとは、自らのオラクル細胞を他者に注入し、活力を与える技術なのである。
つまり、自分の命を分け与えているに等しい。
身を隠す隙も場所もなく、撤退も許されない中でアラガミの猛攻に耐えながらのリンクエイドは、正気の沙汰ではなかった。
そんな最中でリンクエイドをして回る彼に恩義を感じ、アナグラ所属のゴッドイーターは彼にだけはリンクエイドを何としてもしようと試みる。
ソーマもそうだった。
何度も助けられたし、彼が未熟だった頃は、助けもした。
しかし最近は助けられる一方だった。
出撃する度に洗練されていく彼の動き。
彼が戦う姿は、これが唯の作業だと、そう言っているかのよう。
それを悪しと言うつもりはない。
戦いを舐めているのかと、そんなことをこと彼に限って言うことなど、絶対に出来ないことだ。
だが、彼の戦いを見ていると、皆恐怖を感じてしまうのだ。
彼自身が怖いのではない。彼が何か別の、自然と頭を垂れたくなるような存在になってしまうような気がして。ああやって優しく微笑んでいてくれる彼が、今にも消えてしまいそうな気がして。怖い。
畏怖というやつだ。
あるいは、彼を失った自分がどうなってしまうのか・・・・・・という恐ろしさか。
かつての自分ならばそんなことは無かっただろうに。
随分と温くなったものだ。
ソーマは神機を握り締めた。
純白の神機は確かな手応えをソーマの掌に伝えてくれる。
そういえばシオもあいつに随分と懐いていた。
似た者同士、か。
薄らと昇り始めた月を見上げながら、ソーマは通信機に集中する。
機は近い。


「まだか。いつでもいけるぞ」

――――――よし、今だ! 頼んだぞ、ソーマ!

「任せておけ!」


雄叫びを上げ、飛び出す。
一人で戦うなと言っておきながら、単独出撃を繰り返している馬鹿に見せ付けてやろうではないか。
お前の背中を預けられるのは、自分達だけだということを。






■ □ ■



「うおおおおおお!」

よしきた、リンクエイドな。
すいません、そこちょっと通りますよ。

「ぬおおおおおお!」

はいはい、リンクエイドリンクエイド。

「フオオ――――――ッ!」

へへっ・・・・・・俺の回復薬はまだ1セットあるぜ・・・・・・!

「ぐ、がふっ、ぐ、う、うう、うおおおおおお!」

ていうかなんで俺以外の誰もリンクエイドしようとしないんだよこんちきしょん。
何なの? リンクエイドした後って、回復薬がぶ飲みしないといけないんだよ? 解ってるの?
俺の事を薬箱と勘違いしてるんじゃなかろうか。薬代も馬鹿にならないんだぞ。俺を破産させようとしてるの? 
ヒバリ嬢に貢がされて懐事情が火の車だってのに。
アリサ、サクヤさん、もっと回復弾撃ってくださいよお願いします。
素材も出ないし、もう俺は心が折れそうだよ・・・・・・。
無だ。心を無にしなければやっていけない。
私心を消すのだ、とマイ女神ツバキさんも言っていたじゃないか。
無心無心。
・・・・・・やばい、作業感が増して来た。
でも今日は俺の素材集めのためだけに、わざわざ皆が付き合ってくれてるんだから、良い顔をしてないと失礼だ。
スマイルスマイル。


「へ、へへっ、そうだな、お前もそう思うか。これからが楽しくなってくる所だ。行くぜえ! うおおおおっ!」

お前はもういい・・・・・・! もう・・・休めっ・・・・・・! 休めっ・・・! ソーマっ・・・・・・!


本当にごめんよソーマ。
サリエル15連戦とか馬鹿な苦行に付き合わせちゃって。
他の皆みたく、ローテーションしてくれたらいいのに。
良い奴だよお前、本当に良い奴だ。
俺が入社したての頃も面倒を見てくれたのはソーマだったよな。
うん、本当にもうね、あんまりにも待遇が悪過ぎて俺が鬱入っちゃった時も、ぶん殴って立ち直らせてくれたのはソーマだったし。
素材独り占めするんじゃねえよ、もう殺しておくれよーってへらへら笑ってた俺。
うわあ、ドン引きだ。
ソーマも気持ち悪くて泣きそうになってたし。
ごめんなソーマ。
でもリンクエイドはそろそろ勘弁な。


「すまねえ・・・・・・。足、引っ張っちまったな」

いいさ、相棒。お互い様だろう? 俺がやばくなったらお前が助けてくれよ。

「あ・・・・・・ああ! 任せろ、お前の背中、俺が守ってやる」

さあ、一気に畳みかけるぞ!

「うおおおおっ!」

うおおおおっ!
頑張れソーマ! 頑張れ俺の神機様ー! 
超他人任せだけどごめんね!

さあ今度こそ出ろよ縮光体ーーーーーーっ!












うーん、不発。
出来がよろしくないような気がする。
鎮痛剤が効いてぼんやりします。

へへ、ゴッドイーター書きたいんだけどもネタが尽きたんだぜ。
勘違い物って本当に難しいですよね。シチュがまったく浮かばない。
このジャンルってかなり頭の良い人じゃないと書けないと思い知らされました。
偏差値ゴニョゴニョだった自分には無理か・・・・・・!

さて、しばらくはゴッドイーターから離れたいなーと思っています。
何故か。
ヒント:12月1日発売
ひゃっはー物欲センサー上等だぜーーーー!



[21478] 【習作】ぽけもん黒白 (失敗・こっそり)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/08 03:18
日記形式と一人称の練習




『遺跡発掘から:28日目』

変な石を拾った。

イッシュ地方が南部。
リゾートデザートに点在する遺跡にて、連日に及ぶ発掘作業中の出来事である。
アロエ館長の鳴り物入りで編入されたエリート君、などと言われても、しがない一研究員でしかない俺である。
依頼で発掘作業に参加したはいいが、見つけたものといえばこんな程度だった。
見た目も質感もただの石ころ。
ただの、というのは語弊があるかもしれない。
完全球体のそれは、明らかに人工物だった。
とはいえ、こんなものはそこらにごろごろと転がっている。そも、ここは古代遺跡だ。どこぞの構造物から剥がれ落ちたのだろう。

「ただの石にしか見えないけど、きっと意味のあるものなんだろうさ。なんてったって、あんたが見付けたんだからね」

とはアロエ館長の言。
そんなに期待されても困る。
実際、あらゆる機材にかけて調べても、ただの石としか結果が出なかった。
が、出土品は出土品。
仕方が無いから自宅兼研究室に持ち帰り、再検査してみることに。
考古学的に無価値であっても、地質的に価値あるものならばよいが。




『29日目』

変な石が孵った。

・・・・・・自分でも何を書いているのか、さっぱり解らない。
白い巨大なドラゴンが、石の中から飛び出してきた。
いや、石そのものがドラゴンだったのか。
解らない。混乱している。
詳細は明日の日誌にて。




『30日目』

あの石は、どうやら古代のモンスターボールのようなものであったらしい。
違うのは、それそのものがポケモンであったということだ。
この白いドラゴンが休眠状態に入った姿があの石であり、恐らくは古代にて、その状態で持ち運びされていたと考えられる。
これが古来からの人の夢、ポケモンの運用、という概念の大元になったのかもしれない。あるいは、そのものか。
1925年にニシノモリ教授によってモンスターボール開発が始まったのは周知の事実であるが、その発想自体は記録に残らない程の太古の昔から在ったのだ。
多くのポケモン博士の言葉を借りるなら、ポケモンが全ての答えを教えてくれている、ということか。

さて、件の白いドラゴンである。
全長は3m弱。
体重は300Kを超えるだろうか。
幸い、我が家は研究資材搬入のためにガレージ造りとなっているため、この程度のサイズのポケモンならば不自由はない。

しがない一研究員にはポケモン図鑑のような高価な代物など持ち合わせていないため、これが一体何というポケモンであるか判断がつかない。
古代から復活したポケモンであるために、記載されていない可能性の方が高いが。
とんでもない力を秘めている、ということだけは解る。
雄叫びを上げながら石から飛び出した瞬間に、尻尾から噴き上げた炎が鉄材を飴細工のように、どろどろに蕩かした程である。
よく火事にならなかったものだ。
思わずやめろ、と叫べば熱はぴたりと止み、白いドラゴンは理知的な瞳でこちらをじっと見ていた。
片付けのために簡単な指示を出せば、それ通りに従う。人語を理解しているのだ。

これはいよいよ尋常ではないぞ、とアロエ館長に電話を入れようとした瞬間、電話機はまっぷたつにきりさかれた。
見れば、静かな眼で白いドラゴンが佇んでいる。
誰にも存在を知られたくないのか、と問えば、頷きが一つ。
ここにいたいのか、と問えば、また一つ頷きが。

・・・・・・仕方あるまい。
しがない一考古学研究者でしかない俺だが、考古学者を自負するならば、自身が発掘した出土品には責任を持たねば。




『31日目』

奇妙な共同生活が始まった。
何か伝えたいことがあるのか、こちらをずっと睨んでいるが、言語のコミュニケーションは一方通行なのだ。
俺にはポケモン語など解りはしない。
解らないまま一日が過ぎた。




『43日目』

奴が現れて10日ほど経つ。
未だに睨まれ続けているが、さっぱりである。
なので、別の方法でコミュニケーションを図る事にした。
単純に接触してみよう、というだけだ。
触れてみた奴の毛並みはさらさらと手触りが良く、温かかった。
気が付けば連日の研究疲れもあってか、奴に寄りかかって居眠りをしていたようだ。
こいつもこいつで、律儀に俺が起きるまで身じろぎせず待っていた。
そして、睨まれる。
解らない。
何を伝えたいのだろう。




『50日目』

観察を続けた中で解ったことは、奴がドラゴンと炎の混成タイプということ。
高い知能を有しているということ。
それくらいだ。逆を言えば、それしか解らなかった。
ポケモンの生態は謎に満ちていて、人間が足を踏み入れられるのは、その一部でしかない。
人間に出来ることは、彼等の力を借り、我々の力を貸し、共存関係を築くことだけだ。
いや、共存関係ではないか。
人間はポケモンに依存している。
ポケモンは単体で生きていくことが可能だが、ポケモンなしではもはや人間の社会は成り立たない。
経済、司法、医療、交通・・・・・・その全てが、ポケモンの力に頼っている部分が大きいのだ。
彼等が我々に力を貸してくれるのは、互いに築いた絆のためであると信じたい。
こいつはどうなのだろう。
俺と絆を結ぶつもりがあるのだろうか。その強大な力を貸そうとしているのだろうか。
解らない。
さしあたって、この尻尾の炎を何かに役立たせられないものか。
そこから考えよう。




『69日目』

今日は奴の尻尾の火で目玉焼きを作ってみた。
フライパンを乗せると流石に嫌がっていたが、また律儀にも動かなかった。
油がはねる度にきゃんきゃんと犬のように鳴いていた。熱いらしい。
これくらい我慢しろと言ってきかせた。
お前はドラゴンでしかも炎タイプだろうに。

焼き上がった目玉焼きはミディアムレア。
半熟で最高の仕上がりである。
我ながら塩コショウの加減が素晴らしい。

奴が物欲しそうにこちらを見ていたので、半分わけてやった。
尻尾を振ってよろこんでいた。
尻尾にぶち当たった柱がへし折れ、屋根が歪んだ。

久しぶりにキレた。
一度ならず二度までも、こいつは。
感情にまかせて怒鳴り散らすと、地面に伏せて反省のポーズをしていた。
機嫌を取ろうと、少しずつ擦り寄って来る白ドラゴン。
だからお前は犬なのかと。
・・・・・・まあ、いい。
雨露がしのげれば文句は言うまい。

目玉焼きは冷えてしまっていたが、何故か美味かった。
こいつも、今度は控え目に尻尾を振って美味そうに食べていた。図体の癖に、燃費は良いらしい。
そういえば、誰かと食事をとったのは何年振りだったろうか。




『75日目』

毎日何もない部屋で留守番は暇だろうと思い、壁掛け型のテレビを購入してやった。
こいつの登場でテレビが壊れてしまっていたので、それの買い替えである。
チャンネルはポケモン用の大きめのものに替えてもらった。キャンペーン中らしく、無料交換だった。得した気分である。

取り付けが終わり、さっそく電源を入れる。
流石最新型。画面の美しさはこれまでのものとは比べ物にならない。
どうだ、と奴を見れば、何やら非常に驚いている様子。
どうやらテレビを初めて見たらしい。あんな小さな画面の中に人が入っているのかと、びくびくしていた。
チャンネルを変えてやる度に大げさに驚いている。
そしてポケモンバトル実況に番組が替わった瞬間。
リザードンが画面手前に向って火を吹く、あの有名なOPが流れた瞬間だ。
あろうことか、こいつはぎゃんっと飛びあがって、口から火を吹きやがった。
火炎放射である。

・・・・・・結局また電化店に戻る羽目になった。
もしものためにポケモン破損保証に入っておいたからいいものを。
まさか初日でとは。
学習したのか、壁は派手なコゲ跡が付いただけだった。それでも大問題だが。
煙を上げるテレビの残骸を背に、俺がまたキレたのは言うまでもない。




『102日目』

階下から低年齢向きのアニソンが聞こえる。
確か、女の子向けのアニメ番組だったか。
妖精ポケモンの力を借りて変身し、巨悪に立ち向かう女の子二人の話。
一月もテレビを見ていれば、お気に入り番組が出来るらしい。
その一つがこれである。
立派なテレビっ子になったようだ。
音楽がサビの部分に入る。

「モエルーワ!」

うるせえ。




『167日目』

本日をもって発掘の全工程を終了する。
遺跡のほとんどが砂に埋もれてしまっているのだから、これ以上はどうにもならないのだ。
結局、大きな発見は何もなかった。

「あんたが見付けたものだから、何か新しい発見でもと思ったんだけどねえ」

と、アロエ館長。
何度も言うが、買い被りすぎである。
俺は一研究員でしかないのだ。
見付けたのはアニメがないと生きていけないポケモン一匹だけである。

疲れて家に帰ると、あのアニソンが流れていた。
先日買い与えたDVDを十二分に活用しているようだった。
大画面の中、二人の女の子が黒と銀の戦士へと変身する。
低年齢向けと侮るなかれ。
流石は物語の山場であるか、音楽と演出は凄まじい迫力だ。

『我こそは黒き太陽、サンシャインBLACK’RX!』

『我こそは影の月、ゴルゴムノブヒコ!』

『二人合わせてセンチュリーキングス!』

クイーンではないのか。
スカートの下にはついているというのか。
あと二人目のネーミング。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。




『291日目』

発掘工程が終了し、もう随分と経つ。
次に現場に呼び出されるまで、また悠々自適の研究生活である。
奴の腹をソファーにして寝そべりながら、資料を読みふける。

そういえば、とふいに思いついた疑問を口にした。
お前は何でここにいるのか、と。
一瞬静止して何かを思い出すような仕草の後、奴は途端に慌てだした。
廃材置き場をひっくり返し始める。
辺りに散乱する機材の山。

・・・・・・まて、俺。
まだキレるな。大人になれ。
何かを伝えようとしてるんだ、こいつは。
そうして奴が取り出したのは、一個のモンスターボール。
それを俺の足元まで放って、挑戦的な眼でじっとこちらを見る。

――――――コメカミから、太いゴムが切れたような音がした。
わざわざ壊れたモンスターボールなんぞ取り出しおってからに。
「取って来い」でもしたいのか。
お前は犬か。
犬なのか。
ポチエナなのか。

余りにも頭に来たため、小一時間の説教の後、こいつのニックネームを「ポチ」にしてやった。
俺のポケモンという訳ではないのだから、ただの呼び名でしかないが。
いつまでもお前だとか、こいつだとか、奴だとかではこちらとしても不便だったのだ。
これくらいが丁度いいだろう。

おい。
俺は怒ってるんだぞ。
嬉しそうにするな、ポチ。
尻尾が柱に当たってあああ――――――。




『292日目』

家が崩れた。
今から段ボールを使いワクワクさんタイムである。
楽しい図画工作の時間がはっじまっるヨー。
何を作るかって?
テメェの小屋に決まってんだろうがポチェ・・・・・・。




『326日目』

新居完成。
知り合いの業者に頼み、突貫工事で仕上げて貰った。
ドッコラー達の集団作業は見事の一言。
その間ポチはダンボールハウスで待機だった。
時折空気穴から悲し気な鳴き声が聞こえるも、適当に誤魔化した。

内装はほとんど変わっておらず、またガレージを改造したような家屋である。
ポチも反省したようだし、外に出してやることに。
ようやく羽を伸ばせて嬉しいだろうと思いきや、聞こえるアニソンのサビ。

『なーぜーお前はライダーなのーに車にのるのかー』

『その時、不思議なことが起こった(ナレーション)』

「モエルーワッ! モエルゥゥゥワッ!」

・・・・・・今日くらいはいいか。




『327日目』

うるせえ。
オールとか勘弁してくれ。




『343日目』

ゆったりとまどろんでいた昼過ぎ。

「元気にしてた?」

学生時代の同期が遊びに来た。アポなしで。
ポチはいつの間にかコンテナの中に身を隠していた。
素早い奴め、そんなに人目に付くのが嫌か。
ますます引きこもり生活に磨きが掛かっていやがる。

「問題があります」

と、到着するや同期から急に真剣な顔で切りだされた。
何だ。

「白い水着と黒い水着・・・・・・どちらがあたしに似合うかしら?」

帰れ。
シンオウ地方に帰れ。

「冗談ですよ。つれないですね」

ボタンに指を掛けながら言っても説得力は無いんだよ。
その鞄からはみ出してる白と黒の布切れはなんだ。
あとチャンピオン様がこんなあばら屋に来るんじゃない。
広いだけしか取り得のないようなとこだぞ、ここは。

「今日のところは新築祝いと、あなたのガブリアスの様子を見に来たの」

家を建て直したのをどこから聞きつけてきたのやら。
ああ、はいはいガブリアスね。元気にしてるよ。
最近はじしんで砂を固める作業しかさせてないけど。
やっぱそっちに影響出てたか。

「ええ。私たちのガブリアスは双子だから、何か通じるものがあるのね」

そうさね。
教授から卵を二つ渡されて、それぞれが育てなさいって言われたのが懐かしいよ。
で、どんな感じだったよ。

「一年程前の事になりますが、怯えたような仕草を見せるときがあったのです。何か強大な存在を察知したかのように・・・・・・」

それは、あー、その、なんだ。
今は収まってるでしょ?

「ええ。それで何があったの?」

うむむ、何と言えばいいのやら。
まあ、なんだ、発掘作業で格上のドラゴンタイプと会っちゃってさ、そのせいだよ。
もう慣れたみたいだから、そっちも大丈夫だろ。

「なるほど。そしてあなたは更に強くなったという訳ね。さあ、クロイ君。ポケモン勝負をしましょう」

なぜそうなる。
もう一度言ってやる。なぜそうなる。
チャンピオンが軽々しく勝負しようとか言わない。

「もうチャンピオンではないのですが。ふむ、解りました。クロイ君、バトルしようぜ!」

言い方をかえても駄目なもんは駄目だ。
ポーズを取るな。
指をくわえても駄目だ。

「どうしてあなたはトレーナーを毛嫌いするのですか? そんなに強いのに、勿体ない」

だってお前、負けたら金をむしられるとか、どんな博打だよ。
俺に続けられるわけないだろ。金ないし。
この前なんか負けて電車賃を取られたって、泣きながら歩いてるエリートトレーナーの女の子を見たよ。
あんまりにも可哀そうだから車に乗っけて送ってやったよ。
エリートトレーナーでもころっと負けるような世界だぜ。
お前さんだって子供にやられたんだろ。
やってられん。

「へえ、そう、車で」

それに研究職と二足のわらじを履けってか。
俺はお前さんみたく優秀じゃないんだから、無理だって。
それに、ほら。
俺あんまりグロ耐性ないからさ。

「というと?」

つのドリル。
ぜったいれいど。
ハサミギロチン。
かみくだく。
もっと挙げようか?

「・・・・・・いえ、結構。よく解りました」

ポケモンバトルってけっこうグロイんだよね。
だからさ、俺にはそれを仕事にすることは無理なんだよ。
今だってギリギリの生活してるんだ。
ひーこら言いながら毎日暮らしてる野郎にゃ無理だって。

「では、勝負ではなく気晴らしにバトルごっこしませんか? もちろん遊びなので、お金のやりとりはありませんよ」

まあ、それなら・・・・・・。

「ふふっ、では全力で戦いましょう!」

あいよ。
行け、ガブリアス。

「ミカルゲ、行きなさい!」

げきりんぶっぱー。

「くっ、一撃で! 次、シビルドン!」

げきりん。

「ル、ルカリオ!」

まだいけるか。
もいっちょげきりん。

「苦手タイプをものともしないなんて! でもこれで動けないはず。ミロカロス!」

どっこいラム持ちです。
げきりんぶっぱー。

「う、うぉーぐる・・・・・・」

げきりん。

「・・・・・・がぶりあすぅ」

げきりん。
ずっと俺のターン余裕です。
本当にありがとうございました。

「・・・・・・」

おい、何だよ。
床で寝るなよ。
眠いんなら帰れよ。
動きたくない、ってお前ね。布団まで運べってか。
はいはい。
よっこらせーのせっと。





『344日目』

同期帰宅。
とはいってもサザナミタウンの別荘でしばらく過ごすらしい。
海底神殿の研究をするんだとか。
あー、あれね。
何年か前に海に潜って見に行ったよ。
王がなんちゃらって暗号が石碑に彫ってあったんだっけか。忘れた。
振り返っては手を振る同期を見送っていると、これまたいつの間にかポチが姿を現わしていた。 
あいつは誰だって?
同期だよ、大学時代のな。
なんだ、その目は。

「モエルーワ?」

うるせえ。




『362日目』

地元から手紙が届く。
差し出し人は、近所に住んでいた女の子。
トウコちゃんからだった。
仕事で実家から離れた俺に、定期的に手紙をくれる優しい子である。
機械音痴でメールが使えないからと、女の子らしい丸っこい字がいっぱいに書かれた手紙。
今回は一枚の写真が添えられていた。
トウコちゃんの写真だ。
新しい服を買ったんだとか。
しかし・・・・・・これは、その、露出が多すぎるんじゃなかろうか。
トウコちゃんは静かな子、というか、どちらかというと暗い感じの子だったはずなのに。
大胆に袖をカットされたベストに、ホットパンツ。
コンプレックスだと言っていたふわふわのくせ毛は、キャップでまとめられている。
今時の派手目な女の子の服で似合ってはいるのだが、違和感が拭えない。
トウコちゃんの私服はほとんどが単色のシンプルなもので、髪もアップになどせずいつも下ろされていて、言い方は悪いが、幽霊みたいな感じだったはず。
俺が地元にいた頃は、トウコちゃんはよく後ろをついて歩いてきていたのだが、気配が無くいつも驚いていた記憶がある。
これがトウコちゃんの趣味ではないとなると・・・・・・ああ、またお母さんに無理矢理着させられたんだな。
必死にシャツを引っ張ってるけど、ホットパンツから伸びる足はそれくらいじゃあ隠せない。
耳まで真っ赤にして、ベルちゃん腕を組まれて写真に写ってるトウコちゃん。

「モエルーワ!」

うるせえ。
自信満々に頷くんじゃねえ。




『365日目』

トウコちゃんの手紙に書かれていた最後の一文が頭を離れない。
『おにいちゃんに会いたいです』
小さい頃に面倒を見てやっていただけだというのに、あの子は俺なんかのことを気にかけていてくれる。
心配してくれる人がいるのはいいものだ。
仕事で帰れない、などと屁理屈をごねているが、本当は実家に帰るのが辛いのだ。
誰もいない家に一人でいると、両親のことを思い出してしまう。
とうとう去年は命日にすら帰らなかった。
ポチの尻尾を枕にしながら、手紙を読み返す。
いつもは何とはない内容の手紙だったというのに、会いたいと、はっきりとそう書かれている。
初めてのことだった。

なんだポチ、急に動くな。
行け、というのか。
・・・・・・そうだな。悩んでいるよりは、いいか。
墓参りもしないといけないしな。
しかしお前をどうするか。
言うや否や、ポチの身体が光り出した。
光の中、どんどんとポチの影が小さくなっていく。
光が収まった後には、モンスターボール大の丸い石ころが。
持って行け、ということか。
ありがとよ。
俺もお前と一緒なら心強いよ。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。
石のくせに吠えるな。まったく。
よっこらせ、と手を伸ばす。
そして俺はまた、変な石を拾った。


→『B/W:0日目へ』







ポケモンをクリアした勢いで書いた。
ネタはやったもん勝ちだと思う。
例え面白くなくても。面白くなくても・・・・・・。
ものの見事に失敗しておるわ。
このざまだよ、笑っておくれよ。

黙示録と全く関係ないけど、他の二次作も上げるかもって最初に書いておいたからいいよね。



[21478] 【習作】ぽけもん黒白2 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/11/24 04:08
黒白:1日目


舞い散る桜の花で作られた自然のゲートをくぐれば、若葉の緑が目に染みる。
薄桃色に体毛を変えたシキジカたちを眺めながら、しばらく車を走らせていると、前方に町並みが見えてきた。
カノコタウン。
俺の故郷である。

年々過疎化が進むカノコタウンは、町というよりも村といった方がしっくりくるくらいに小さい。
数年前、町起こしのプロジェクトが発足し、町人一丸となりポケモンジムをこの町へ移転させよう、という企画が挙がったことがあった。
近年開発のめざましいイッシュ地方では、都心部を離れた町の過疎化が重大な課題となっているのは周知のことだろう。今時、小学生の社会科の教科書にも、リングマの挿し絵と共に載っていることだ。ドーナツ状に流れていく人口とリングをかけているらしい。笑えない。
ダムを造ることも発電所を造ることも地理的に不可能であるために強制立ち退きもさせられず、維持費だけはべらぼうに掛かる、という県政にとっての頭痛の種。カノコタウンはその代表的なものだった。
そこで挙がったジム移転の企画は、誰にとっても渡りに船だったのである。
チャンピオンリーグに参加するには各市町村に点在するポケモンジムにてジムリーダーに挑み、勝利し、バッジを得なければならない、というシステム上、ポケモンジムの建てられた町には宿泊施設やフレンドリショップ等の利用によって、膨大な金が転がり込んでくることになるのだ。それを元手に、都市開発をしてしまえ、という魂胆だった。
そして白羽の矢が立ったのが、俺である。
なに、特別な理由は無い。
年齢的にも、実力的にも、適任者が俺しかいなかったというだけのことだ。
町興しなのだから、地元民がジムリーダーになった方が都合が良かったのだろう。
そしてプロジェクトはとんとん拍子に進む――――――はずだった。
プロジェクトは立ち枯れることとなる。
なぜか。
俺が逃げたからだ。
両親の墓があり、家族で暮らした家があるこの町に、腰を落ち着けるつもりが少しもなかったのだ。俺は。
そして町は寂れたまま。
子供たちの声すら聞こえないまま、閑散とした街並みに春の陽気が降り注いでいる。

「バーニンガー・・・・・・」

ああ、わかってるよ。気を遣わせちまって悪いな、ポチ。

「ルーワ!」

唸るな唸るな。
俺が悪いんだからさ。仕方ないんだ、こればっかりは。
ここに残った人達からすれば、俺は町を捨てた裏切り者なんだから。
若者不足の町なんだ。大人の思いこみは中々変えられんよ。
先ほどからひそひそと聞こえる声は、悪意を孕んだもの。
意識しまいと思っていても、耳は塞げない。

「・・・・・・いち・・・・・・ん」

歓迎されないのは当たり前なのだ。
今更帰って来て何の用だ、という無言の圧力が肩に重い。
これがさっさと出ていけ、になる前に墓参りを済ませて退散しよう。

「・・・・・・おに・・・・・・ん」

「ンバッ!?」

おい、どうしたポチ。
なんでそんなに震える。
やめろよ、携帯が鳴ったのかと思ったじゃないか。バイブレーション設定にしてるんだから、紛らわしいだろ。
今時ライブキャスターじゃないのかよって突っ込みはなしな。
トレーナーじゃないんだし、俺には必要ないよ。

「おに・・・・・・ちゃ・・・・・・」

「ンババババッ!? ババババビャババババ!?」

うるせえよ。
いい加減にしろって、震え過ぎだこら。
はあ? シムーラウシロウシロ?
いったい何があるん・・・・・・。

「おにい・・・・・・ちゃ・・・・・・」

振り向いた背後には、少女が立っていた。
うつむいた顔全体を覆う、暗い色をした髪。
細い手足に映える、作り物のようにきめ細やかな白い肌。
アイボリー単色のワンピース。
まるで気配が無かったというのに、一度認識すれば空気は重く沈んでいく。
そんな少女だった。
少女は微塵も気配を感じさせず、俺の服の裾を掴んでいた。これもポチに言われるまで、俺が気付くことはなかった。
落ち着け、ポチ。みなまで言うな。
彼女が何であるか、俺には解っている。

「お・・・・・に・・・・・・ちゃ」

何だってか?
おいおい、ここまで来てわからないとか言うなよな。
そうだ、ポチ、知ってるか?
ゴーストポケモンっているだろ。未だに夏場になると、いるやいないやの幽霊討論がテレビで放映されてるけどさ、あれっておかしな話だよな。
だってよ、幽霊の存在は既に証明されちまってるんだぜ? 
・・・・・・もう解ったな?

「ンバーニンガーッ!」

「やーっ!」

ぎゃーっ、じゃねえ。
うるせえ。
うるせえよ俺達。
こらポチ、お前が急に叫ぶもんだから釣られちまっただろうが。
反省しやがれ。
今日のお前の晩飯はお徳用ポケモンフードな。
ハーデリア用にカロリー計算された、カリカリの不味いやつ。

「ニンガッ!?」

何が理不尽なもんか。
勝手に勘違いしたお前が悪いのだよ。
わっはっは。

「あう、びっくり、した・・・・・・」

ごめんな。
それと、久しぶり、トウコちゃん。

「うん・・・・・・久しぶり、おにいちゃん」

きっと、ほにゃりとした笑みを浮かべているのだろう。
ふわふわの長い癖っ毛から覗くのは口元だけで、その表情はようとして知れないけれど、この子の纏う空気が春の陽気のように、明るく温かくなっているのだから。
俺の服の裾を掴んで離さないこの女の子。
彼女がトウコちゃんである。
俺に会いたいと、手紙を送ってくれたのもトウコちゃんだった。
町民のほとんどに嫌われている俺だけど、この子とその幼馴染の一家、そして博士達だけは受け入れてくれた。優しい人達だ。
恩返しをしたいとは思っているけれど、それを言うとこの子達は決まってへそを曲げてしまうのだ。
見返りを求めてしたんじゃない、って。
まったく、俺よりも10歳以上は年下だってのに、立派な子たちだ。
いやさ、俺が駄目過ぎるだけか。
小学生に借りを作る社会人とか。

「おにいちゃん?」

何でもないよ、トウコちゃん。
トウコちゃんはえらいなーって思ってただけ。
ほうら、撫でてやるぞ。
えらいえらい。
トウコちゃんはいい子だね。

「ひゃー」

おや、何やら微妙な顔。
嬉しいけど、素直に喜べないみたいな。
どうしたよ。
もう撫でられるのは嫌になった?
あー、そうだな、ごめん。
君はもう子供じゃないんだな。デリカシーが無かった、謝るよ。

「ち、ちがっ、ちがう、よ! おにいちゃんに、なでなでしてもらうの、好き・・・・・・だよ!」

じゃあ、どうして?

「んう・・・・・・私、これ、嫌い・・・・・・」

これ、って髪の毛のこと?

「ん・・・・・・くしゃくしゃだし、色もベルちゃんみたいに、綺麗じゃないし、髪型だって、変えられないし・・・・・・」

ふーん。
俺は好きなんだけどな、トウコちゃんの髪。
こんなに手触りがいいんだし。
ボリュームがあるのにこれだけ細くて柔らかいなんて、こんな上等な髪質はちょっとお目にかかれないぜ。

「ほんと・・・・・・?」

ほんとほんと。
何だよ、誰も褒めてくれなかったのか?

「ん・・・・・・おかあさんも、髪だけはおとうさんに似たのね、って、いじりがいがなくて残念だ、って」

あー、あの親父さんね。
俺、あの人の顔見たのって10回もないんだけど。今も放浪の旅に出ちゃってるみたいだし。
これだからトレーナーっていう人種は・・・・・・。

「学校のみんなも、変だ、って。つるが増えすぎたモジャンボみたい、って」

へえ。
で、その学校の奴らって、誰なのかな?
おにいちゃんに教えてみなさい。
ん? 顔が怖いって?
ははは、俺は元からこんな顔だよ。
大丈夫さ、顔はこんなでも何も怖いことなんかしないから。ホントダヨ。
ちょっとお話ししてくるだけだよ。
モジャンボとかナイスチョイスじゃないかこの野郎。なら手前の頭をイシツブテみたくしてやんよー、ってね。
スリーパーじゃないところが優しさです。
しかし俺はモジャンボ可愛いと思うんだけどなあ。女の子は嫌なのか。

って、ああダメダメ!
トウコちゃん、髪を引っ張ったらダメだって。
引っ張っても真っ直ぐにはならないから。
うおおい、泣くな泣くな。ほら、眼を擦らないの。

でも、トウコちゃんには悪いんだけどさ、ちょっとだけ嬉しいんだ、俺。
だってさ、誰からも見向きもされてないってことは、俺だけがこの髪の良さを知ってるってことだろう?
俺専用ってことじゃないか。
今のところはさ。

「おにいちゃん、専用・・・・・・?」

そうだよ。
トウコちゃんの髪は、俺専用だ。

「ルーワ・・・・・・!」

なんだポチ。
その恐ろしい子を見るような目は。
石になってるからって解るんだぞ。

「おにいちゃん、専用・・・・・・わあ」

専用だなんて言っても、他にトウコちゃんの髪を褒めてくれる人が出て来るまでの期間限定だけどね。
どんな野郎が君の隣に立つのか、楽しみであり寂しくもあり。
あーあ、複雑だなあ。

「おにいちゃん、だよ?」

うん?

「わたしは、おにいちゃんと、ずっと一緒に、いたい・・・・・・よ?」

そうかい。
ありがとうな、トウコちゃん。
俺もだよ。

「んう、おにいちゃん、解ってない・・・・・・」

何か言ったかい?
声が小さくて聞こえなかったけども。

「んう、何も、言ってない、よ?」 

じゃあこっちにおいで。
また俺に極上の手触りを楽しませてくれ。
もふもふ。
もーふもふー。

「ひゃー」

そうそう、これこれ。
あー、癒されるなあ。
ポケモンに似てるっていうんなら、トウコちゃんはエルフーンって感じだなあ。
髪型も似てるし。
リアルエルフーンだよ、本当に。
もふもふしてやりたくて仕方ないな。

「んう、だめ。もう、おしまい」

あー。
やりすぎちゃった?
ごめんな。
調子に乗り過ぎたか。

「ちがう、よう。これ以上、なでなでされると、大変なことになっちゃう、から」

大変なこと?
チェレンの生え際が後退するとか、チェレンのアホ毛が倍に伸びるとか、チェレンが急にサングラス掛けだして小学生デビューしようとしちゃうとか?

「ん、それは大変だけども、ちがう、よう。あのね、これ以上されちゃうと、ね」

されちゃうと?

「嬉しくなって、ふにゃふにゃになっちゃう、から」

ああ、もう。
あああ、もう。
トウコちゃんは可愛いなあ。
トウコちゃんは可愛いなああ。

「ひゃー」

と、まあ。
真昼間の往来で自重しない、駄目大人代表の俺がいた。
現在、ふにゃふにゃになったトウコちゃんをおぶって家まで送り中である。

「あのね、おにいちゃん」

きゅう、と俺の首にしがみつくトウコちゃん。
うん、どうしたの?

「おかえりなさい」

・・・・・・うん。
ただいま、トウコちゃん。

その後は、もう何年も繰り返された、いつもの通り。
トウコちゃんを送り届けた後、ママさんの勧めを断りきれず、夕飯を御馳走になったのであった。
泊っていけとの誘いは流石に断り、帰宅。
一晩離れるだけなのに、泣きそうな顔をしていたトウコちゃんが印象的だった。
無理もないか、一年も放っておいたんだから。
しかし一年、されど一年、たったの一年、どうとるべきか。
家の中は静かで、冷たくて、トウコちゃんの家のような温かさは少しも感じられなかった。
ここは本当に俺の家なのだろうか。
寒い、な。

「モエルーワ・・・・・・モエルーワ・・・・・・ッ!」

うるせえ。
静かにしてたと思ったらそれか。
トウコちゃんの家の方を向いて鼻息を荒くするんじゃない。
なんだって?
合格だって?
なんの試験だよ。
妹度審査?
なんだそりゃ。

「モエルゥゥゥワッ!」

いい仕事してますねとかうるせえよ。
お前は鑑定団の人かっつーの。
何の品評をしてるのか、お前とはじっくりと語りあう必要がありそうだな。
おいおい、またバイブレーション機能ONか。
マナーモードだって?
ははは、笑えるな。
おいおい、そんなに震えるなよ。まるで俺がいじめてるみたいじゃないか。
もう遅い時間だと?
安心しろ、夜はまだまだ長いんだ。
今夜は寝かさないぞ。
さあて、暑くなってまいりました、と。



黒白:8日目


いかんいかん。
この一週間、食っちゃ寝を繰り返してしまった。
自室の布団から台所までしか移動した記憶が無い。
だってご飯とか掃除とか洗濯とか、全部トウコちゃんがしてくれるんだもん。
おにいちゃんは座っててって言うんだもん。
手伝おうとすると、わたしの生きがいなのにって泣きそうになるんだもん。
だから仕方ない・・・・・・わけあるか。
このままでは俺は本格的に駄目になる。
刺激だ。
生きるための刺激を得なければ、腐ってしまう。
というわけで散歩しようぜ、ポチ。

「ニンガー・・・・・・」

ああ、気遣ってくれたのか。
いいってのに。
でもまあ、ありがとよ。
周りの奴らの言うことは気にするな。
俺は気にしてない。
だから、いいんだよ。

「・・・・・・バーニンガ」

まったく、しょげた声を出すな。
わかったわかった。
帰ったら一緒にDVD観てやるから。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。
途端に元気になりやがって、こいつは。
そら行くぞ、と玄関を出る。
出た所でぽすり、と飛び込んで来る見慣れたふわふわ頭。
結構なスピードだったが、髪に衝撃が吸収されたのか。
おおう、リアルコットンガード。

「おに、お、おにいちゃ・・・・・・たす、たす・・・・・・」

なんぞ?

「あー、クロにいさんだぁ! ねね、そのままトーコちゃん捕まえててえ!」

「ひゃー!」

この独特なアクセントの口調は、ベルちゃんか。
おはよう、二日振り。

「もうお昼だよ。クロにいさんのお寝坊さん」

にこー、と大きめの帽子を抑えて笑うベルちゃん。
ウェーブが掛かった短めの金髪が、すっぽりと帽子の中に収まった。
トウコちゃんが見た目がふわふわなら、ベルちゃんは中身がふわふわな子だな。
それで、どうしたのさ。

「トウコちゃんのお着替えするの」

「やーっ! やーっ!」

なるほど。
それで逃げ出したトウコちゃんを追って来た、と。
受け身がちなトウコちゃんがこれだけ嫌がるのも珍しいな。
どんな服を着せようとしたのさ。

「んとね、クロにいさんに送った写真の服。トウコちゃんてば、あれ以来一度もあのお洋服着ようとしないんだよ」

ああ、あれか。
まあトウコちゃんの趣味には合わないだろうな。露出多めだったし。
似合ってたけどね。

「だよね! お兄ちゃんに見せるために買ったのに、トウコちゃんたら、恥ずかしがっちゃってあれから一度も着ようとしないの。
 それでね、トウコちゃんのママにお願いされたの。もう無理矢理着替えさせちゃおうって」

「あうう・・・・・・」

「駄目だよ、トウコちゃん。せっかく勇気を出してイメチェンしたんだから、ちゃんとクロにいさんに見てもらって、感想聞かなきゃ」

感想って。
あいつみたいなことを言うなあ。
あいつって誰、と小首を傾げるトウコちゃん達。
ほら、あいつだよ。一度会ったことなかったかな。
俺の学生時代の同期。

「あー、あのすっごくキレイな人」

「・・・・・・むう」

この前も新しく買った水着の感想聞かせろって、ガレージに押し掛けて来てさあ。
それで色々あって。

「着る」

「トウコちゃん? ど、どうしたの?」

「行こう、ベルちゃん。着替え、手伝って」

お、おう。
急にやる気になったな、トウコちゃん。

「負けない、から」

「あ、まってよー!」

気を付けて帰れよー。
ってもう見えないし。何だか解らないけど、慌ただしいことで。
さて、もう二人共行っちゃったぞ、チェレン。

「気付いてたんですか、クロイさん」

もちろん。
上手く隠れてたけど、気配の消し方がまだまだ甘いな。

「あの二人には付き合いきれませんよ、もう」

はは、そう言うなよ。
女の子と損得抜きで付き合えるなんざ今の内だけだぜ。

「興味ありませんよ、そんなの」

クイっとメガネを上げるチェレン。
今日も優等生キャラだなあ。
ブレザーが似合ってることで。

「そんなことよりもクロイさん、聞いて下さいよ。今度、博士がポケモンをプレゼントしてくれるそうなんです。とうとう僕達もトレーナーになるんですよ!」

そう、か。
お前達ももう、旅に出る年か。
トレーナーになるにしろ何にしろ、旅の目的はちゃんと持っておけよ。

「ええ、もちろん。僕は最強を目指します」

チェレン・・・・・・それは、辛いぞ。
やめとけよ。
折角の旅なんだからさ、楽しく観光でもしてさ。

「余計な口出しはしないで下さい。トレーナーになる以上、強くなる以外に、何があるっていうんですか。
 僕はあなたとは違います。途中で諦めた、あなたとは」

・・・・・・そうだな。
俺は何も言えないわな。
頑張れ、チェレン。
満足がいくところまで、自分の力を試してみろ。
きっといろんなことが解るようになるさ。

「ええ、そのつもりです。覚えておいて下さい。いつか僕は、あなたの前に立つ。そして勝つのは僕だ」

はは、そうなるといいなあ。

「最強のポケモントレーナーに、僕はなる」

では今日の所はこれで、と去っていくチェレンを見送る。

「バーニンガプププ・・・・・・!」

うるせえ。
笑ってやるな、ポチ。
男の子は誰もが通る道なんだ。いやさ、病気か。
たいていは中学二年くらいに掛かるんだけど、あいつは早熟だったからなあ。
しかし、博士にポケモンをもらう、ね。
明日はアララギさんとこに行ってみるか。



黒白:10日目


やって来ましたポケモン研究所。
アララギ博士に会いにきました、とだけ受付に告げ、中へ。
アララギさんに会うのも一年振りか。
本当はいの一番に挨拶に来なきゃいけなかったのに、あんまりにも居心地が良すぎて先伸ばしてしまっていた。
うーん、本格的に堕落してるな、俺。

「ハァイ! クロイ君、元気してた? もう、いつ挨拶に来てくれるかと待ちくたびれちゃったわ!」

お久しぶりです、アララギさん。
相変わらずお綺麗で。

「やあねえ、もう。冗談が上手いんだから!」

いえいえ、冗談なんかじゃ。
ばしーん、と背中を叩かれる。懐かしいなあ、この痛み。
ところでアララギさん、聞きたいことがあるんですが。
何でもあの三人にポケモンを渡すとか。

「そうそう! 初心者用の三体をね。ああ、誰がどの子を選ぶのか、楽しみだわ!」

俺の世代はボール渡されるだけでしたからね。
外したら旅は終わりとか、リスキーすぎる。

「それで、話を聞いて私の所に来たってことは、納得いってないってことでしょう?」

それは・・・・・・はい。
やっぱり、アララギさんに誤魔化しは通用しませんね。
誤解の無い様に言っておくと、俺はあの子達が旅に出ることや、トレーナーになること自体に反対はしていないんです。
ただ、あなたの手から、ポケモン博士が手ずから旅の支援をすることは、俺は頷けません。
見識を広げるためや、学業のため、純粋に観光のためでもいい、旅の理由はたくさんあります。
そうして子供達は自分を見つめ、職に就く。
でも、ポケモン博士の支援を受けるということは、研究に協力するということ。
図鑑を埋めるためには、たくさんのポケモンが集まる場所に足を運ばなくちゃいけない。
つまり、どんな形であれ、チャンピオンロードを目指すことになります。
あなたの手からポケモンを受け取ったなら、あの子達はもう、専門トレーナーになる以外なくなる。
旅を終えて将来、どんな職に就いたって、戦いから離れることは出来なくなる。
それは、あの子達の可能性を狭めることになるんじゃないですか?

「そうね・・・・・・。ねえ、クロイ君。この町の様子を見た? あなたがカノコタウンを出てからまだ数年しか経ってないけれど、たったそれだけでこの町は変わったわ。
 もちろん、良くない方向にね。この町にはもう、あの子達を含めて子供は10人もいないのよ。
 あなたは子供たちの可能性と言ったけれど、カノコタウンに居る限り、あの子達に未来はないわ。この町を出ない限りは」

・・・・・・はい。
解ります。

「でも、だからと言ってあなたのように強引に出て行ってしまっては、皆の反感を買うことになる。それは悲しいことよ。
 どれだけ寂れても、ここはあの子達の故郷なんだから。だから、あの子達が旅立つには、理由が必要なの。
 ポケモン博士からの正式な依頼だっていう、理由が。博士っていう肩書のおかげで、子供を一人旅立たせる度に、国からこの町に補助金も入るしね」

・・・・・・申し訳ありませんでした。
結局は、俺のせいですね。
町に金がないことくらい、わかってたのに。

「ああ、もう! 責めるために言ったんじゃないんだから、落ち込まないの! ほら、しゃんと背筋伸ばしてなさい!」

はい。
ありがとうございます、アララギさん。
俺達に出来ることは、あの子達を見守ることと、本当に苦しい時にそっと手を貸してやること、ですね。
アララギさんに教えてもらった大人の務め、ちゃんと覚えてます。

「よろしい! それでこそ私の知ってるクロちゃんだわ!」

ばしーん、と叩かれる背中。
こうやって力尽くで元気にさせられると、敵わないなあって思っちゃうよ。
やっぱりアララギお姉ちゃんはすごいや。

「じゃあクロイ君、またね! 今度一緒に食事でもしましょう!」

ばびゅーん、と去っていくアララギさん。
はは、忙しい人だな。
今度一緒に食事でも、か。
楽しみだな・・・・・・って、どうしたよ、ポチ。

「ンー・・・・・・」

何だよ。
言いたいことははっきりと言えよ。
何言うかは想像つくけどさ。
はいはい、アララギさんもお前のお眼鏡に適いましたか?

「アリャモエンワ」

うるせええええ!
うるせえよお前この野郎ポチィィィェェア!
俺の子供の時からの憧れのお姉さんによくもそんな!
マナーモードON、じゃねえよ!
出て来やがれポチィ!
このっ、アララギさんは十二分にモエルわ!
モエルーワ!












ジム戦が思い浮かばないのでカットしる。
だって、カミツレさんとフラウさんとアイギスしか、ねえ?
言わなくても解るな。
別荘イベントはご褒美でした。



[21478] 【習作】ぽけもん黒白3 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/12/01 07:13
黒白:11日目


日曜早朝。
昼過ぎまで寝ていたいのに、テレビから流れる軽快なアニソンで叩き起こされるのが、ここ一年の通例となっている。
誰の仕業かなど言うまでもなく。

『ゴルヒコのしわざか! んんん、ゆるざんっ!』

そう、ゴルゴム・ノブヒコのしわざ・・・・・・じゃない。
いかん、朝は頭が働かない。

「モッエルーワッ。モッエルーワッ!」

朝っぱらからご満悦だな、ポチ。
おはようさん。
でももう少しボリューム落とそうな。

「ルーワ!」

はいはい、解ったから。
一緒にテレビ見てやるから、ソファをばすばす叩くなって。
ここすわれここすわれ、ってやらんでもいい。ホコリが舞うだろ。
よっこらせーと。
なんだ、その顔は。
おっさん臭い? ほっとけ。
うるさい、とは言えない。
自覚はある。

『くやしい・・・・・・! でも・・・・・・っ!』

サンシャイン・ブラックRXになじられて涙目になるゴルゴム・ノブヒコ。略してゴルヒコ。
完全に冤罪だ。
吐けぇ、と襟首を締めあげられ目から光が消えている。
が、そこはかとなく恍惚とした表情を浮かべているのは、俺の見間違いなのだろうか。
このアニメは勧善懲悪をテーマにしていて、で、二人の少女が悪の秘密結社と戦うストーリーなわけだが、何か事件がある度にサンシャインがゴルヒコのせいだと決めつけるという、訳解らん展開が必ず挟まれるのだ。
ポチ曰く、王道的展開だとか何とか。
おまえこれ、子供向け番組なんだぞ。
ほら、サンシャインのせいでゴルヒコが給食費盗んだ犯人にさせられて、クラス中からハブられてるじゃないか。
ボディ狙えボディ、ってされとるがな。
いやだよ、こんな子供向けアニメ。
世知辛すぎる。

「モエルーワ!」

不憫モエ? なんだそりゃ。
これは常識、これぐらい押さえとけ、だと?
うるせえ。
ゴルヒコの机に花瓶まで飾られてるじゃないか。

『やったねサエちゃん。家族が増えるね』

嬉しそうにぬいぐるみに話しかけてるけど嫌な予感しかしねえ。
頼むからテレビの電源を切ってくれ。
おい、なんだその顔は。
お前今俺のこと、鼻で笑ったな。
チキンポケモン:クロイ、性格おくびょう――――――じゃねえよ!
テメェポチこの野郎・・・・・・。
犬のくせにいい度胸じゃねえか。
いいだろう、最後までみてやんよ!
吠え面かきやがれ!

「バーニンガー・・・・・・」

ちらりとこちらを見下ろす青い瞳が物語っている。
ついてこれるか――――――と。
ふざけるな。
お前なんかすぐに追い越してやる。
お前こそ俺について来やがれ――――――!

『本当の勇気というのは、腕力が強いとか、弱いとかじゃない! 心の底から許せないものに対して、イヤだ! と叫ぶ事なんだ!』

『子供の心が純粋だと思うのは、人間だけよ・・・・・・サンシャイン』

「モエルーワ!」

モエルーワ!

と二人していい感じにモエルーワしてるところで、ぴんぽん、と玄関の呼び鈴が鳴る。
いいよポチ、石に戻ろうとしなくても。
まだあと15分くらい尺が残ってるだろ。最後まで見ようぜ。
しかし今回は神回だな。ぬるぬる動いていやがる。
ああいいよ、客は無視してもいいって。ほっとけ。
こんな朝早くから来る客なんぞ、嫌みを言いたいばっかりの年寄り様達だけだからな。ジジ様たちは早起きなんだよ。
ことあるごとに朝っぱらから文句付けてきやがって、もううんざりだ。

「・・・・・・いちゃ・・・・・・けてぇ」

ぴんぽん、が扉をとんとんと叩くのに変わる。
とんとん、とととん、ととととん。
長いよ、しつこいなあ。
わかった出るようるせえよ。
はいはい、誰ですか・・・・・・っと!
とふん、と開いたドアから飛びこんで来る誰か。
反射で受けとめちゃったけど、誰よ。

「お、おに、おにいちゃああぁ・・・・・・」

胸の辺りに抱きつきながら、涙を一杯に浮かべて、こちらを見上げる少女。
美少女、と言い表しても過言ではない容姿の女の子だった。
簡素なノースリーブTシャツ、その上から羽織った黒のジャケット。
ジーンズを大胆にカットしたホットパンツから覗く、白い太股が眩しい。
すらりと伸びる長い足先は編み上げブーツが。
時間を追う毎にうるんでいく瞳は、抱き締めて欲しいと懇願しているかのよう。
でも露出している肩は華奢過ぎて、触れたら壊れてしまいそうで怖い。
勢いで、ふわり、と腕をくすぐる長い髪。
ウェーブが掛かったふわふわの長い髪は白いキャップに収められ、キャップの穴からポニーテールにして一まとめにされていた。
この髪の質感、シャンプーの香りは、まさかこの子は・・・・・・。

「ふっふっふー」

開いた玄関の隙間から聞こえる不敵な笑い声。
誰ぞーと目を向けると、忍び笑いを漏らすベルちゃんがいた。
口元を手で隠し、目を細めてニヤニヤしている。

「トウコちゃんファイトだよ! クロにいさん、優しくしてあげてね! じゃあ、私は先に帰ってるからー」

ぐっどらっく、と親指を立ててスキップしながら去っていくベルちゃん。
チェレンの眼鏡はダテ眼鏡ー、などと軽やかな歌も聞こえた。
チェレン・・・・・・お前の眼鏡、オシャレメガネだったのか。
しかし、やっぱりこの子、トウコちゃんなんだ。
そういやあの写真と同じ格好してるな。
実物で見ると全然違って解らなかったよ。

「やっぱり、変、なんだ・・・・・・」

くしゃ、と歪む顔。
いつもと違って表情が見えるものだから、胸が痛む。
いやさ、違うよトウコちゃん。
写真よりもずっと可愛くって、解らなかったんだよ。
似合ってる。
すごく、似合ってる。
エルフーンヘアーもいいけど、こうやって顔が出てるのもいいね。

「ほ、ほんと、う?」

もちろんだとも。
可愛いよ、トウコちゃん。
せっかく可愛いんだから、恥ずかしがらずにそうやって顔を出していればいいのに。
ははは、小顔美人さんだなあ。
ほーれ、ほっぺたぷにぷにー。

「ひ――――――」

ひ?

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

熱っ!
ほっぺたあっつ!

「モエルーワー」

うるせえ。
小声だけどうるせえ。
まあ立ち話もなんだし、ほら、おいでトウコちゃん。

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

抱きつかれたままでは動けないので、よいせと抱っこして移動。
目をまわしてこんらんしていたトウコちゃんを、ソファの上に座らせる。
ポチのやつは既に石ころ形態になっていた。
足の下においてころころと転がし、土ふまずを刺激することにする。
気持ちいいなー。
キャインキャインとポチエナが鳴くような非難の声が聞こえるが、無視である。
ポチが入っているこの石、良質の軽石に質感が似ているのだ。
風呂でかかとをごしごしとかするととても気持ちがいいので、色々と重宝していた。
もっぱら足つぼマッサージ器として役立ってくれている。

「はうっ! こ、ここは、おにいちゃんの、部屋?」

おかえり、トウコちゃん。

「う、うん。今ね、すごいことが、起きたの。わたし、テレポートした、みたい!」

うーん、テレポート覚えてるポケモンは手持ちにないなあ。
きょとん、と首を傾げているトウコちゃん。
室内で帽子をかぶっているのはよくないと思ったのか、白いキャップは握りしめられて胸元へ。これはママさんの教育の賜物だろう。
うん、いつものトウコちゃんだ。
力強いくせっ毛は、帽子に圧迫されていてもふわふわ感を失わず。
ちょっと髪が乱れてるね。ほらこっちおいで、トウコちゃん。

「はい、おにいちゃん」

ふっふっふ、まんまときおったわ。
シラカワ家のエルフーンがあらわれた!
クロイのなでまわす。

「ひゃー」

こうかはばつぐんだ!
トウコはたおれた。
クロイはレベル15にアップ。

「はう、はふ・・・・・・おにい、ちゃあぁ・・・・・・んぅ」

しまった、やりすぎた。
トウコちゃんトウコちゃん、起きてくれい。

「うう、たいへんな、ことに、なっちゃった・・・・・・」

ごめんごめん。
なんだか普段と違うから、つい構ってやりたくなっちゃって。

「んう・・・・・・あのね、おにいちゃん。本当に、似合って、る?」

似合ってるって。
本当だよ。

「でも、足とか、出ちゃってるもん。ベルちゃん、みたいに、柔らかくない、し・・・・・・」

そんなことないさ。
眩しいよ。
マシュマロみたいで、つついてみたくなっちゃうくらいに。

「・・・・・・いい、よ?」

何が?

「おにいちゃん、なら、触っても・・・・・・いい、よ?」

ぬう。
いやそれはだね、トウコちゃん。ちょっと問題が。

「お願い、おにいちゃん。さわって・・・・・・ください!」

目の前に立って、ホットパンツのただでさえ短い裾を持ち上げるトウコちゃん。
ひらひらの部分をぐっと掴み、ほとんど股の間接まで見せ、どうだとばかりに白い太股が眼前に突き付けられた。
ぎゅうっと目をつむってリアクション待ちをしている。
そんなに赤くなるくらい恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。
しかし、これはどうしたら・・・・・・。

「モエルーワ? ネェ、モエルーワ? ネェネェ、モエルーワ?」

うるせえ。
こいつ・・・・・・っ、俺を試していやがる・・・・・・っ!
やらないからな! 絶対にやらないからな!
勝手に伸びていく手を無理矢理下ろす。
危なかった。あと5ミリもなかった。
ささ、トウコちゃん、ソファにすわっておくれ。
触って確かめさせなくてもいいんだよ。
俺は十分、トウコちゃんが可愛いってことを知ってるから。

「んう・・・・・・いい、のに」

不満そうに口をとがらせない。
それで、どうしたの。
服を見せるためだけに、こんな朝から来たわけじゃないんだろう?

「うん、あのね、アララギ博士が、お昼にポケモンをくれるって!」

おお。
ということは、トウコちゃんたちも初ポケモンゲットだぜー、と。

「うん! だから、おにいちゃんにも、見に来てほしくって!」

よかったな、トウコちゃん。
よっぽど嬉しいんだなあ。
久しぶりにトウコちゃんの大きな声聞いたよ。
そうか、今日がトウコちゃんの旅立ちの日になるんだなあ。

「うん。お外は、怖いけど・・・・・・でも、がんばる、から! わたしも、おにいちゃんみたいに、なりたい、から!」

俺みたいに、か。
望みはもっと高く持った方がいいよ、トウコちゃん。
俺なんてその日暮らしのダメ男だぜ。

「違う、よ! おにいちゃんはすごい、よ! だからわたしも、旅をして、色んな事を見て、知って、感じて・・・・・・。
 そうやって、おっきくならないと、おにいちゃんの隣にいる、資格なんて、ない、の!」

おいおい、過大評価し過ぎだよ。
俺はそんな凄い奴じゃないって。

「わたしは、おにいちゃんと、対等になりたい。あの人みたいに」

あの人・・・・・・ああ、同期のことか。
俺と対等に、ね。
君はもう、とっくに俺なんかよりもまっとうな人間だぜ。羨ましくなるくらいに。
でもそんな決意を込めた目を向けられちゃあ、これ以上否定は出来ないな。
頑張れ、トウコちゃん。
色々言いたいことはあるけども、旅することは素敵なことだっていうのは、間違いない。
きれいなものも、よくないものも、一杯見ることになる。
その全部が、君を育てる肥やしになるんだ。
人生の先輩としてアドバイスするなら、一言だけ。
楽しんでおいで。

「はい――――――」

真っ直ぐに顔を上げて、トウコちゃんは頷いた。
真っ白で、邪気の無い、純粋な瞳。
強制的にトレーナーの道を進まされることになる、それはきっと不幸だ――――――などと、何故思ったのだろう。
この子は大丈夫だと確信できる。
いや、そんなことはずっと前から解っていたことだ。
俺の勝手な嫌悪感で反対していたに過ぎない、ということか。
本当に、アララギさん、俺はどうしようもない男です。あなたは全部解っていたんですね。
まだ小さなつぼみが、きっと大輪の花を咲かせることを。

「ね、おにいちゃん、いこっ?」

ああ、わかったわかった。
引っ張らなくてもいいってば。
ほら、帽子かぶって。
火の用心と戸締りしてくるから、先に外で待っててね。

「バーニンガ」

おい、どうしたポチ。
トウコちゃんがいなくなったと思ったら、急に出て来て。
何だよその熱視線は。

「モエルーワ・・・・・・」

何だ。何故嬉しそうに頭をぐりぐり押し付けてくる。
はあ? 格好良かったって?
変な奴だな、お前は。美意識がぶっとんでるんじゃねえのか。
ほら、さっさと石に戻れよ。
電気よし、ガスよし、窓のカギよしっと。
お待たせ、トウコちゃん。
うん、その格好にも慣れたようでよかったよ。
外に出ても堂々と出来ていて、ってどうしたの、うずくまっちゃって。

「ひ――――――」

ひ?

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

・・・・・・忘れてたのか。
おいポチ、初めに言っておくぞ。
何も言うなよ。

「モ・・・・・・ルーワッ!?」

甘い。
さてそんなこんなで、トウコちゃんが人目に触れないよう抱き上げながら、シラカワ家到着。
ポケモンとの対面はギャラリーが居ない方がいいとのことで、階下にてトウコママに淹れてもらったお茶を飲みつつ、待っているのであった。

「ふふ、うちの子ももうポケモンを持つ歳になったのね。時が経つのって早いわよねえ。クロイ君が旅に出たのがついこの前に感じるもの」

はは、俺が旅に出たのはトウコちゃんが産まれる前じゃないですか。

「もう10年以上も前になるのよね。あの子が産まれて、クロイ君がこの町に帰ってきて、それで」

またすぐに俺がこの町を出た、と。
それから今まではシンオウやホウエンとイッシュとを行ったり来たり、ですからね。
顔を合わせる機会が少なくなったものだから、余計に時間の流れが早く感じるのかも。

「クロイ君たら、会うたびにかっこよくなっちゃって困っちゃうわ。トウコも大きくなってるけれど、引っ込み思案はいつまで経っても治らないんだから。
 服も地味なのしか着ないし、もう、女の子を産んだかいがないったら」

それで形から入って引っ込み思案を治そうとあんな服を着せたんですね。
トウコちゃんがかぶってた帽子って、俺の帽子の色違いですか?
あれってシンオウ地方のフレンドリショップ限定の帽子だったはずじゃあ。

「パパに送ってもらったのよー。あ、クロイ君、いかりまんじゅうのおかわりいかが? いっぱいあるから、持って帰ってもいいからね」

ありがとうございます。
頂きます。

「でも効果はあったみたいね。髪をアップにするだけで外じゃ一歩も歩けなくなるような子があんなに変わるなんて、びっくりしたわ。本当、時が経つのって早いわよね。
 それとも君のおかげなのかな?」

トウコちゃんが成長したんですよ、それは。
・・・・・・それに、あの子が人の目を嫌うようになったのは、俺のせいですから。
そんなに長い間一緒にいたわけでもないのに、俺に懐いちゃって。
俺が帰って来る度にいつも後ろをくっついて歩いてたもんだから、一緒に敵意の視線に晒されることになって・・・・・・。
本当に、申し訳ないと思っています。

「あらあら、頭なんか下げなくてもいいのよ。あの子は賢い子だから、本当に怖かったら自分から離れていくわ。それでもあなたと一緒にいたってことは、ね?
 あなたの事を心から信頼していたからよ」

だといいんですが。

「あの子はもう、あなたの後ろをついて行くだけじゃ満足出来なくなったのよ。掛け足で走って横に並びたいって、そう言ってたわ。それが旅をする理由なんだって。
 母親として妬けちゃうわよ、もう」

あの子もママさんも俺のこと勘違いしてますってば。
しかし上、騒がしいですねえ。
注意しなくてもいいんですか?

「いいのいいの! にぎやかなのはいいことだわ。思い出しちゃうなー、初めてのポケモン勝負」

ですねえ。
俺の時は粛々と終ってしまいましたが。
トゲキッス強すぎでしたもん。
10年前はポケモンを貰える制度なんてありませんでしたから、家付きのポケモンか自力で捕まえたのを連れていくしかなかったですし。
親父から貰ったたまごを自分で温めて孵して、育てて、で気が付いたら進化しまくっちゃってましたからね。
初バトルが鍛えまくったトゲキッスでとかもうね。
トレーナー経験の無さとかもう関係ありませんでしたし。
いやー、当時のむしとり少年達には随分お世話になりました。
おこづかい的な意味で。

「そういえばあなたのトゲキッス、最近見ないわね。どうしたの?」

ああ、ちょっと前まで同期に貸してたんですよ。今は返してもらってますが。
あっちこっち地方を巡りたいから、そらをとぶを覚えたポケモンを貸してほしいって言うんで。
どうもチャンピオン防衛戦で使ったとか何とか、噂で聞きましたけど。
しかも相手はトウコちゃんくらいの子供だとか。大人気ないったら。
まあでもトゲキッスには全力をださないように厳命してましたから、さっくりやられた振りをしたみたいです。
俺のトゲキッスがあんな弱いわけないでしょ、って恨み事を延々電話口で聞かされましたよ。
ぐすぐす泣きながら話すもんだから何言ってるかわけわかんないし。
どうせ挑戦者の前じゃあ格好つけて、クールな出来る女を装ってたんでしょね。
負けず嫌いですからね、あいつ。
俺のポケモンを切り札にするとか。チャンピオン様のくせに、初めから他力本願かよっての。
相手は伝説級のポケモンを持ってたんだから、それぐらいしないと勝てる訳ないとか、何とか。
やっぱりよく解らなかったです。

「ああ、あの綺麗な娘さんね。確か、旅先で出会って、そのまま同じ大学に入ったっていう。強敵よね・・・・・・」

いや、あんまり強くはないですよ。

「あなたにとってはそうでしょうね。ほら、よく言うじゃないの。先にそうなっちゃった方が負けなんだって。
 ふふ、でも懐かしいわ、私も旅の途中にパパと出会ったのよね」

いや、お二人のロマンスは何度も聞きましたので、もういいです。

「あらそう、残念。ねえ、クロイ君。あなたのことだから、トウコが旅立ってすぐにここを離れるつもりなんでしょうけれど、もしも何処かでトウコと会うことがあったなら」

ええ、その時はもちろん連絡しますよ。
やっぱり、心配ですものね。
しかしまんじゅう美味いっすねえ。
お茶がこわくなってしかたないです。
あれ、反対でしたっけ?

「いやいや、そうじゃなくって。もしトウコと会うことがあったら、その時にちょっとでもあの子が魅力的に見えたなら、家の娘を貰ってくれないかしら?」

ぶふーっ!
げほっ、げぇっほ、ごふほ!
ちょ、ちょっとママさん、何を言って!

「私は本気よ? 言っておきますけれど、あの子にもそういう知識はちゃんとありますからね?」

そ、そういう、とは?

「あの子はまだ子供だ、なんてことは言わないでちょうだいね。
 大事な一人娘を旅させるんですもの。性教育とか、ちゃんと学ばせてるに決まっているでしょう。一人でふらふらと危ない場所に行って、泣く羽目になったら遅いのよ。
 だったらちゃんとした人に貰ってもらうのが、親としては安心できるのだけれど」

そ、そういうのはチェレンに・・・・・・。

「うーん、チェレン君も悪い子じゃあないんだけどね。あの子はトウコを好いていてくれるし。
 知ってる? チェレン君が強くなりたい理由って、あなたを超えてトウコを振り向かせるためなのよ。
 でもチェレン君をプッシュしたら、ベルちゃんがかわいそうだわ。あの三人の中ではベルちゃんが一番大人かもね。少しも顔に出そうとしないもの。いじらしいわあ」

まあ、それは俺も知っていますけれども。
でもやっぱりトウコちゃんの意思がですね。

「それは当然よ。最終的に決めるのはあの子。だから、無理矢理は駄目よ? ただちょっとだけ、積極的になってもらいたいなあって」

積極的て、どんなですか・・・・・・。
一緒にライモンの観覧車に乗るとか?

「いいわねえ、ロマンチック! きらめく夜景、近付く二人の距離、重なる影・・・・・・ひゃー!」

わー、やっぱりトウコちゃんのママだー。

「今までみたいに妹としてじゃなく、女の子として扱ってあげて欲しいってこと。
 トウコはね、クロイ君のことが大好きなのよ。これがあの子の初恋なんだから、終るにしても、成就するにしても、綺麗な思い出にしてあげたいの」

そう、ですか。
あの子が俺に向ける感情が恋だか何だかは解りませんが、憧れを抱いているってことくらいは解ります。
でも、トウコちゃんが旅先で俺と会うってことは、俺の色んな面を見ることになるってことで、そうなったら直に愛想を尽かしてしまうと思いますよ。
俺のあんまりな駄目さ加減に。

「それもあの子が決めること。まあ、あの子があなたを想っているっていうのも、あなたの言う通りに私の思い込みかもしれないしね。親でも子の心は全部読めないもの。
 でもね、クロイ君、そういうこともあるかもしれないって、心に留めておいて、ね?」

そうまで言われたら頷くしかありませんよ。
解りました。
何をして上げられるかは、俺自身さっぱり解りませんが。
でもトウコちゃんの成長を認めて、変わっていくトウコちゃんをちゃんと受けとめてやるっていうのは、約束します。

「ありがとう、クロイ君。それでこそあの人たちの息子さんだわ」

ありがとうございます。
そう言ってくださると、助かります。
上も静かになったようですね。
あ、下りて来ますよ。

「んう、おかあさん、ごめんなさい・・・・・・お部屋、よごしちゃった」

「いいのいいの、元気が一番! 片付けは私がやっておくから、気にしないでいいのよ」

トウコちゃんに続いて、ベルちゃんとチェレンの姿も。
アララギ博士が送ってくれたプレゼントボックス。
その中におさめられた三匹のポケモンを、三人で分け合っていたのだ。
旅に出るために、パートナーを選んでいたのである。
それで皆、どのポケモンを選んだんだ?

「わたしは、この子。おいで、ポカブ」

「ポカブー!」

「わたしはこの子だよ。来て、ツタージャ!」

「ツタージャー!」

「僕はこいつを。来いっ、ミジュマル!」

「ミジュミージュー!」

うん、三人のイメージにぴったりのパートナーだ。
三人とも、いい子を選んだな。
大事にしてやれよ。

「はいっ!」

と、三人の元気な返事。
うんうん、良い門出になりそうだ。
それで、旅に出るのはいつにするんだ?
とりあえず今日は休んで、明日にするか?

「今日!」

これも三人の返事。
やっぱり待ち切れないよな。

「でもわたしはパパとママの説得があるから、ちょっと遅くなるかも」

ベルちゃんのご両親か。
パパさんの方がちょっと手ごわそうだな。
俺も口添えしようか?

「ううん、ありがとうクロにいさん。でもいいの。これは私の旅なんだから、私が自分でやらないと、ね!」

そうかい。
君はおっとりとした所があるけれど、それでも大事なことはちゃんと解っている子だ。
大丈夫。
きっと色んな夢を見つけられるさ。

「はい! ありがとうクロにいさん!」

じゃあ行ってきます、とさっそく両親の説得に向けて出て行くベルちゃん。

「さて、次は僕かな。それじゃあお先に失礼するよ。早さとは強さだからね。この町を出るのは僕が一番になるのかな。
 これも運命、ということかな。ああ、声が聞こえるよ。大地が僕に強くなれとささやいている」

カルマ(運命)って、ガイア(大地)って、お前な。
まあいいや。
お前にゃ何も言わんでも、何とでもやっていけるだろ。

「クロイさん・・・・・・いや、あえて言おう! 強敵と! 笑っていられるのも今の内だけだ。誓おう、今ここに! 
 僕は最強の称号を手にし、あなたを打ち滅ぼしてみせんと! その時まで・・・・・・さらばだ! せいぜい腕が落ちないよう、磨いておくがいい!」

駄目だこいつ。
こじらせてやがる。
おーい誰か、なんでもなおし持ってないかー。

「おにい、ちゃん・・・・・・」

最後はトウコちゃんか。
うん、お別れはもう済ませちゃったようなものだよな。
はは、この手触りともしばらくお別れか。
ちっとも帰ってこなかった俺がいうのも何だけど、ちょっぴり寂しいよ。

「うん・・・・・・うん!」

ぎゅう、と飛び込んで来るトウコちゃん。
ほいキャッチ。
あのね、と胸に顔を埋めたまま、言葉は続く。

「がんばる、から。すぐに追いつく、から。だから・・・・・・!」

ああ、待ってる。

「うんっ! じゃあ、いってきます! おにいちゃん! おかあさん!」

行ってらっしゃい、トウコちゃん。
少しだけ赤くなった目を隠すように帽子をかぶり、手を振って駆けだしていく。
今日もいい天気だ。
三人の旅路も、きっとこんな天気のように、明るい光が差しているに違いない。

「ふふふ、私母親なのに、娘から別れの言葉ももらえないとか、どう思うクロイ君? ねえ、どう思う?
 小さくっても女ってことなのね・・・・・・まったく、親の顔が見たいわ。私か! ううう、クロイくーん、とーこがぐれたー」

迫ってくるトウコママ。
あわわわわ、じゃ、じゃあ俺もこれで!
失礼しましたー。
あ、いかりまんじゅうありがとうございましたー。
またおじゃましますー。
と捨て台詞を残し、ダッシュで帰宅。
流石に人妻は抱き締められん。

「ンバーニンガガッ!」

おう、ポチ。
お前も気分が良いか。俺もさ。
今日はオールでDVD見ようぜ。

『ピカチュウカイリュウヤドランピジョンコダックコラッタズバットギャロップ』

あ、わるい。
携帯に着信入った。
誰だ・・・・・・・うげ。
出たくないけど、無視しちゃだめだよなあ。
もしもし、クロイです。

『私だ、ジャガだ。すまないな、クロイ君。急に電話を掛けて』

いえ、大丈夫です。
それで市長、今回はどんな御用件でしょうか?

『話が早くて助かる。君も知っての通り、リーグが建っている土地はソウリュウシティ預かりとなっている。便宜上は同じ市内、ということだ。
 運営はポケモン公式リーグが行うのだが、土地の管理責任は私の管轄でね。実は建物の改修工事の際に、リーグの周囲に巨大な空洞が見つかってしまってな。
 君に調査を依頼したいのだ』

ええっと、お請けするのはやぶさかではないのですが。
俺でなくとも、適任者は大勢いるのでは?

『うむ、それがだな、クロイ君。このイッシュ地方は他地方に比べ、埋没した遺跡の数が多いことで有名だ。
 現リーグも遺跡の上に建っているようなもの、というのも釈迦に説法か。
 5年前のリーグ開催地の移動の際、地下調査と発掘によって埋没遺跡の価値が低いため移動させても問題なし、と判断した君には。
 調査団のリーダーであった君には。責任者であった君には』
 
いや待て。
待ってください。
リーダーとか、何の話です?
俺は一調査員としてしか関わってなかったはずですけれど。
それにゴーサインは出してないですよ。
最後まで反対してました。

『当時のソウリュウシティはカノコタウンと同じ憂き目にあっていてな。何としても人を呼び込みたかったのだよ』

いや、それって・・・・・・まさか。

『書類上では初めから君が責任者だな』

い、いやいやいや!
それはないですって!
なんだよそれ、何か問題が見つかったら、俺が全部責任取らないといけないってことじゃないか!

『全部ではなく、7割程度だ。後の3割は私の任命責任ということで、市長を辞することになるだろうが、それでもよかろう。
 あれだけ大掛かりな施設を今更動かせんよ。ソウリュウシティを守っただけで私は満足だ。
 無所属だった君は、我々にとってとても都合のよい人材だったのだ。わっはっは』

わっはっは、じゃねえよ!
なんだそりゃ、ヤドンの尻尾切りじゃないか!
さらっと何しくさってくれとんじゃい、このしゃくれが!
何だよその下顎は! 
ウカムルバスか!
砕くぞ!

『ダブルラリアットで迎撃してくれる。ソウリュウシティを救うには私と、そしてもう一人の犠牲が必要だったのだ。そしてその者は有能であればある程いい。
 君しかいなかったのだよ。諦めてくれ』

この・・・・・・っ!
汚いなさすが政治家きたない!

『そう怒るな。君が10代の時から色々ともみ消してきてやっただろうに。共犯者となるのは今更のことだ。
 それに、我々の生き残る道もある。発見された空洞のことだが、これが少しずつ広がっているらしくてな。それを調べるのが今回の依頼、という訳だ。理解したかね』

もう、いいですよ・・・・・・。
やりますよやらせてくださいよ。
解りましたよ。
空洞が広がっている原因が地質的な問題であるのか、ポケモン被害なのか、あるいは人為的なもであるのかを調べろ、ってことですね。
それでジャガさんは、その空洞が人為的なものであると踏んだと。
人為的なものなら、リーグの周りにそんなものを掘るなんて、穏やかじゃないですね。
国に喧嘩を売っているようなもんだ。
集団戦のバトルを視野に入れたとしたら、イッシュで使える調査員は、確かに俺だけだ。

『うむ、頼んだぞ』

何だろう。
すごく納得いかない。

『かけひきというものはそんなものだ。私の持論だが、かけひきとは相手を負かすためのものではなく、双方の落とし所を探すためのものだと思っているがね。
 政治家に限ってのことかもしれんが』

俺は政治家じゃないんで、解らないですよそんなもの。

『今から学んでおいたほうが将来役に立つぞ。私の後を継いで、市長になった時にな。アイリスが君が来るのを心待ちにしている』

あー、俺のガブリアスはあの子のお気にでしたからね。
じゃあ、今直に飛んでいくんで、よろしくお願いします。

『ああ、頼んだ。リーグの方に直接行ってくれ。すまんが私は職務があるので、市長室から離れることは出来んのだ。詳しい話はアデクに聞くように。それではな』

ピッ、と通話終了。
あああ、なんて厄介なことを・・・・・・。
今までのあの人の依頼とか、100%荒事だったじゃないか。
ええい、ちくしょうめ、行くしかないじゃないか。
ポチ、支度しろ。
少し遠出をするぞ。

「ニンガー?」

どこに行くのかって?
ソウリュウシティが北、イッシュ地方の最北部。
最強を目指すトレーナー達が集う場所。
トウコちゃん達の旅の終着点。
チャンピオンリーグさ――――――。








まにあった・・・・・・!
まにあったよ・・・・・・!
魔物狩り人3の発売前に投稿が間に合ったぞー!
これでしばらくは魔物狩りにいそしんでいてもいいよね?
ね?

なので感想返しは物欲センサーが発動したらやります。
ごめんなさい。



[21478] 【習作】ぽけもん黒白4 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2010/12/21 07:03
『黒白:12日目』


替えの服よし、パンツよし、歯ブラシよし、水と食料よし。全部よし、と。
我ながら旅支度も手慣れたもんだ。
おーい、ポチ。
準備できたかー。

「ルーワー」

何を抱えてるんだ・・・・・・と、そうか。
危ない危ない。
DVDプレーヤーとBOX一式を忘れるところだった。
ありがとな、忘れてたよ。
後は毎週録画予約をデッキに打ち込んで。ほい完成。
なんだ、ポチ。
その計画通りーみたいな悪い笑い顔は。
順調に染まりつつあると? 何にだよ。
気にするなってか。まあいいけどよ。
さ、もう忘れ物はないな。
戸締まりと火の用心だけして、アララギさん達にはあいさつはすませてあるから、よし、出発だ。
頼んだぞトゲキッス。
そらをと――――――どうした、ポチ?
急に石から出てきて。
何で入念なアップを始めちゃってるの?
そらをとぶなら自分の役目、だって?
ええー・・・・・・。

「ババババーニンガー! バーニンガぁ!」

うるせえ。
ええい、泣くなうっとうしい。
袖を噛むなよお馬鹿たり。
伸びる伸びる。袖が伸びる。
よだれが染みて冷たくなってきたんですけど。
そろそろ離してくれませんかねえ。
ぐぎぎ、じゃねえよ。
背中に乗るまで離さねえって、バカか。
お前は何と戦ってるんだ。
離せってコラ。離しやがれ。離せ。
・・・・・・クロイのからてチョーップ。

「キャン、キャン、キャイン!」

うるせえ。
いわくだき要らずのローキックじゃなかっただけありがたいと思え。
お前に乗らないっていうのはな、何も意地悪して言ってるんじゃないぞ。
『そらをとぶ』っていう技がどういうものか、お前知らないだろ。
体の仕組みから空を飛べるポケモンっていうのは、無数に存在してる。
羽が生えてる奴は大抵が空を飛べるさ。
でもそれで人を乗せて飛べるか、っていうのなら、話は別だ。
ポケモンの馬力が足らないとか、そういうことを言ってるんじゃない。むしろ逆だ。
人間の方が耐えられないんだ。
マッハで空を飛ぶ奴なんかザラに居るんだぜ。
俺のガブリアスもそうだな。
そんなのの上に跨ってみろ。空気抵抗とかで吹っ飛ぶっつーの。
そこで、だ。人を乗せるために安全な気流操作や速度調整をポケモンに覚えさせるのが、『そらをとぶ』って技なんだ。
身体の仕組みとして音速超えちまうような奴らには、それでも無理なんだけどな。
ポケモンにとって自分の力を制限させる難易度の高い技だ。当然、乗る方にだって技術が必要で。
各地のジムリーダーが挑戦者の力量を見て、十分にポケモンを使いこなしてるなってのを判断して、レクチャーした後に市役所に登録して、そこで初めて使えるようになると。
ジムバッチが免許替りってことだな。
おわかりか?

「ニンガー?」

それでも乗ってる奴はいるだろう、ってまあ、そうだけどよ。
昔は俺もガブリアスに跨ってブイブイいわしてたけどさ。無免許ならぬ無バッジで。
あの時は悪の秘密結社だか何だかと一戦やらかしててな。奴ら各地で面倒事を起こすもんだから、ちんたら飛んでたら間に合わないんだよ。
そらをとぶは遅いんだよね。
でも今の俺にはもう、フウロみたいな度胸は無いよ。
いや本当本当。
10代の頃みたいな無茶はしません出来ません。
身体硬いし。
怪我怖いし。
お金ないし。
もてないし。

「バーニンガ・・・・・・」

そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。
駄目だって。
駄目だったら。

「・・・・・・シュボ」

ぐ、くっ。
ゆ、ゆっくり、飛ぶんだったら、乗ってやっても・・・・・・いい、こともなくは、ない、ぞ。
ええい、解った解った、俺の負けだ。
乗せてってくれ。
一緒に行こうぜ。

「ルーワ! ルーワ!」

そんなにすりよるなって。
ほら背中に乗るから、もそっと頭下げろ。
いいか、くれぐれも安全運転、安全速度で頼むぞ。
はいはい、尻尾ふらなくていいから。ぼうぎょが下がる。
よっこらせ。
・・・・・・あれ?
なあ、何かお前の尻尾、ジェット機のエンジンみたく赤くなってるんだけど。

「モ エ ル ー ワ !」

おい、待て、待ってくれ。
それ以上シュインシュインいわすな。
そんなに漲らせなくてもいいい。
止めろよ。
止めろって。
頼むから。
いや、前振りじゃねえよこのや――――――。

「バーニン・・・・・・ガッ!」

ろ、う――――――ッ!
ちょ、地面遠――――――! 空高――――――!?

「ガガガッ、ガガガ、バーニンガー。ガガッ、ガガガガ、バーニンガー」

ゆうしゃお――――――!
はや――――――やめ――――――!
息が――――――!

「ルールル、ルルル、ルールル、ルルル、ワーワーワーワーワーワワー」

てつこ――――――!
あ、やば――――――。
これ、もう――――――。
し――――――ぬ――――――。
空気が口に入ってしゃべれな――――――。

「バーニンッ!」

あばばばばっばばばばばあばば――――――。






■ □ ■




そのひ。
そらにひとすじのりゅうせいがひかり、せかいのてんきがかわった。
ひとびとはそらをみあげ、イッシュにつたわるでんせつのドラゴンポケモン、レシラムのふっかつをかんじたという。
あらたなるえいゆうのしゅつげんを、だれもがきぼうをむねに、まちのぞんでいた。

シキミの手記・149ページ。
いい感じのネタを思いついたらカキコするの章。
タチネコ考察欄より抜粋。




■ □ ■







うおお、しぬぅぅぁぁあああ!!
ぬううおおおおあああ落ちてたまるくぁぁああああ!
握力が、握力がっ!?

「ルールル、ルールル!」

てめぇポチィィァアアア!
後で覚えてやがれあああ息があ、あ、あ、あ――――――。
ぬるぽ――――――。

「ガッ!」

――――――クロイは、めのまえが、まっくらになった!






『黒白:13日目』


クロイのカラテチョーップ。
カラテチョーップ。
カラテチョーップ。
ローキィーック。
にどげりー。
かわらわりゃあー。

「キャン、キャン、キャイン!」

お前何なの?
馬鹿なの?
ポチなの?
死ぬの?
あんだけゆっくり飛べって言っただろ。
それがどうして光速を超えてマッハでかっとんじゃってんだよ。
かっとべマグナムー、じゃねえよ気持ちよさそうにしてやがって。
トルネード中マジで俺は死にそうだったんだぞ。
特注のコート着てなかったら空気抵抗で即死だったっての。
まったく。

「ニンガ・・・・・・?」

いいよ、もう。
怒ってないよ。

「ルーワー!」

こここ、この馬鹿犬!
嬉しそうにして、調子に乗るんじゃないぞ!
勘違いするなよ! これ以上話を続けたら、誰かに見つかっちまうからであってな・・・・・・。
こら、なんだそのにやけ顔は。お前絶対何か勘違いしてるだろポチ。
ほれ、さっさと軽石に戻りやがれ。
まったく、よりによってリーグの入口なんかに着けやがって。

「よおーッス! 未来のチャンピオン、じゃなかった。へへ、ジム時代の癖が抜けなくってね。では新ためまして。
 ここはチャンピオンリーグ。純粋に強さのみを示す場所・・・・・・」

ほら、ガイドさん来ちゃったよ。
すんませーん、ジャガ市長からの依頼で派遣された者なんですけども。

「挑戦者よ! 己の力を証明するために、四天王へと挑むがいい! 彼等を打倒したその時にこそ、王者への道は拓かれるだろう!」

聞いてねえよこの人。
目がヤベェ。

「一度足を踏み入れたら、勝ち残るか、敗北するかまで二度と出ることは適わない。覚悟はいいか?」

いや、だからさあ。
カッコイイBGMとか要らないから。
鳴らすなって。
賑やかしは要らないんだってば。スピーカを止めろ。

「へへ、どうだい? 俺のスピーチ、中々良かったろ。寝ずに考えたんだぜ。
 実はさ、今日が俺がここに配属されて初めての出勤日なんだよ。だから、初めて見送るトレーナーは、兄ちゃんなんだな。
 おいしい水をやることは出来ないけどよ、応援してるぜ兄ちゃん!」

いや、だから。
ああ断り難いなあ。違うんだってのに。
そんな背中押さないで、登録されちゃうって。
あー、やっちまったよ。

「じゃあな未来のチャンピオン。武運を祈る!」

あはは、がんばります・・・・・・。
あちゃー、鉄格子上がっちゃったよ。もう戻れないぞ、これ。
トレーナーカードに内蔵されたチップが記録する個人情報。
そいつがリーグに足を踏み入れた瞬間に、リーグ挑戦に同意したとみなされ、ソウリュウの市役所経由で国のデータベースに送られる。
入口のガイドさんが言ってた二度と戻れないっていうのは、ここまで来て試合放棄したらトレーナー資格を破棄するぞ、という遠回しな脅しでもあるのだ。
それはイコール、ポケモンの所持禁止を言い渡されるのに等しい。

さもあらん。
トレーナーの頂点を決めるリーグでの戦闘データは、様々な分野に利用される。
次世代のトレーナー育成のためのデータ。
道具、わざマシンのアップデートのためのデータ。
この場に集うトップクラスのトレーナーのデータは、その全てが国益に直結しているのだ。
そして一番大きい比重を占めるのが・・・・・・軍事方面へのデータ流用である。
近年、隣国半島での国際情勢が、どうもキナ臭い。
俺は軍事衝突も時間の問題だと見ているが、さて。
ポケモンを生物資源であると捉えている国は、当然軍事力にもポケモンを利用していて。
だから国防の名目で、今最も求められているデータが、トップクラスのトレーナーに育てられたトップレベルのポケモンの戦闘データなのである。
そんな重要なデータ採取の場で、舐めたマネをしたら・・・・・・わかっているな?
と、そういうことなのだ。

押し切られてしまったが、俺の個人情報は既に送信されてしまっただろう。
10年前はまだトレーナーカードのチップ内蔵化は配備されてなかったから、殿堂入り辞退とか馬鹿なことが許されたんだけども。
前回はジャガさんの権力で挑戦記録を抹消してもらったが、今回はそうもいかないだろう。
リアルタイムでデータ送信されちゃったからな。
何でもかんでも自動化したらいいってもんじゃないなあ、本当。
仕方ない、適当に流すか。
奥の地質を見たいから、四天王は攻略しないとだな。
どうせアデクさんは居ないだろうし、チャンピオンとは後日再戦だとかなんだとかでうやむやに出来るだろ。
二度手間なのは我慢しよう。
とりあえず最初はアイツのとこにしようかな。
第一の塔へレッツラゴー。

「よく来たな、挑戦者よ・・・・・・」

ベルコンに乗せられたゴンドラに身を預け、らせん状に塔を登っていくことしばらく。
頂上にはライトに照らされたプロレスリングが。
その中心に、金髪の髪を短く刈り上げた、道着を身に着けた色黒の巨漢が、仁王立ちに背を向けていた。

「まず初めに俺を選んだこと、その勇気を褒めてやろう。だが、愚かな選択であったと言わざるを得まい。
 何故ならば、お前のリーグ戦はこれが最初にして最後となるのだから。そう、この俺が終止符を打つのだからな!」

巨漢が振り向く。
突き付けられた指は、拳ダコで武骨に節くれ立っていた。
ポケモンに対してだけでなく、自身をも厳しく鍛え上げるのは、かくとうタイプ使いによく見られる傾向である。
ポリシーがあるというのは素晴らしいものだ。
俺なんか弱点突かれるのが怖くてタイプをバラバラにしてあるし。
まあ、それくらい度胸がないと、四天王は務まらないということか。
よしんばジムリーダーなんて。
土台無理な話だったのさ。

「掛かってくるがいい! 挑戦、者・・・・・・よ・・・・・・」

おいーッス、レンブ。
ひさしぶりだなあ。俺のこと覚えてる?

「お、おま、おまままま、おま、お前、お前は!」

おいおい、四天王だろ。もっとはっきり喋れよ。
なんだよ、そんなに震えて。

「お前は、クロイ――――――!」

おう、クロイさんだぞ。
最後に会ったのはリーグが移ってすぐ頃だったから、5年振りか。
いやあ、全然変わってないなお前さん。
相変わらず頭頂部がお寂しいようで。

「これはそういう髪型なのだ! いやそんなことはいい! お前が何故ここにいる!?」

いやー、聞いてくれよー。
ジャガさんから地質調査頼まれちゃってさー。

「嘘を吐け! 貴様リーグ戦は参加しないのではなかったか!」

それがさ、不手際で自動登録されちゃって。
登録取り消しの手続きするのも面倒だし、後でなんかかんか言われるより適当に流しておいたほうがいいかなと。
たぶんすぐ終わるでしょ。

「すぐ終わる、だと? 俺を舐めるのも大概にしろよ。貴様に敗北して以来、俺は己を律し、鍛え上げて来たのだ。俺はもはや、あの時の俺ではない!」

あー、懐かしいなあ。
実はレンブ達とは既に対戦済みだったりする。
リーグが移される際、新四天王の実力を計って欲しいとアデクさんに連れられ、リーグさながらの総当たり戦をやらされていたのであった。
以下、5年前のダイジェスト。

クロイ『トゲキッス、エアスラッシュ×6だ!』 レンブ『ぐわわーっ!』
クロイ『トゲキィーッス! はどうだん×6!』 ギーなんとか『アッ――――――!』
クロイ『エアスラエアスラ×6』 アデク『やめろォ!』

以上回想終わり。
トゲキッス無双余裕でした。
四天王は犠牲になったのだ・・・・・・税金対策という名の犠牲にな・・・・・・。
後の二人はバトルよりも個性の方が強かったからなあ。そっちばかり印象に残ってて、バトル内容は覚えてないや。
実際問題、ジムリーダーや四天王になってしまったトレーナーは国家公務員扱いとなり、バトル相手を探すのに不自由するという。
ジムリーダーは別だが、四天王ともなると厳密なバトル管理がされ、私的なバトルは後で厳重注意をされてしまうとか何とか。
それは彼等の扱うポケモンの飼育費や旅費や道具代、バトルデータの解析などが税金でもって賄われているからで。
誰だって自分たちの払った税金が、アデクさんのように好き勝手全国を歩き回ってるチャンピオン達の飲み食い代に使われているなどと知っては、いい顔をしないだろう。
そもそもイッシュ地方は世界有数の遺跡埋没地域で、遺跡保護のために金を使わされまくってて、財政が火炎車なんだし。
お金の問題では非常にシビアな地域なのだ。
ジムリーダーやチャンピオン達の品格をも問われる時代である。
マスコミのパッシングを受けたら、イッシュリーグはもうお終いだ。
よって俺のようなフリーでいて四天王に迫る実力を持った、そして勝敗に興味の無いトレーナーくずれが“サンドバック”として呼ばれるのだとか。
ようは、体のいい練習台である。
腕が鈍らないよう対戦相手を招集するのでさえ、四天王クラスに適うトレーナーともなると、謝礼金が数百万から千万単位でかかるとか。
恩だか借りだとかでロハで戦ってくれる骨のある奴がいたら、それほど便利な奴はないだろうさ。
呼ばれる方はたまったものではないのだけれど。

「ギーマなど、お前に負けて寝込んでしまったのだぞ! 今ですらあいつは貴様の悪夢にうなされることがあると言っていた!」

ギー、誰?
え、そんな奴居たっけ?
そんな酷いことした記憶はないんだけどなあ。
なんだろう。
完全試合しちゃったとかかな。

「ギーマ・・・・・・不憫な奴。ええい、ゆくぞクロイ! ギーマの仇だ! そして俺の雪辱を晴らすために! うおおおお!」

暑苦しいなあ。
しゃんがね、頼んだぞトゲキッス。

「とげきーっす!」

はは、お前はいつも可愛いなあ。
え? もう本気を出してもいいのかって?
あ、そうか、俺の言い付けを守ってたのか。あいつに貸してた時から、俺の許可なく本気出すなって言い含めてあったもんな。
よし、いいぞ。おもっきりかましてやれ。

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

おおう、やる気が顔に現れてるな。
カミソリの刃のような鋭い目付き。
猛禽類の翼のようなまゆ毛。
うんうん、お前はいつも凛々しいなあ。

「おい待て、何だそいつの顔は! それは本当にあの時のトゲキッスなのか!?」

何って、どこからどう見てもトゲキッスだろうが。
あ、そうか。たぶんこれのせいで印象が変わったんだな。
ほら、首のとこにスカーフが巻いてあるだろ?
俺のトゲキッスはさ、本気出す時はこれを巻くんだ。
今日は久しぶりに本気を出せるもんだから、すごい気合入ってるんだよ、きっと。

「確かにあの時にはそんなものは・・・・・・ならば本気ではなかったと・・・・・・。いやそんなことはどうでもいい!」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「そんなトゲキッスがいてたまるか! なぜ急にまゆ毛が生えた! 何処の暗殺者だそいつは!」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「Gか、Gなのか!?」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「うるさい!」

お前がうるせえよこの野郎。俺の台詞を取るんじゃない。
暗殺者て。
確かに後ろに立たれるのを極端に嫌うけども、それ以外は普通だぜ?
なあ、トゲキッス。
頭頂部オレンの実が何か言ってるけど気にするなよ。

「ぐっ、俺は負けん、負けんぞ! 貴様にだけは絶対に! うおおおおおお!」 

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

そーれ、エアスラーッシュ。
ひるめーひるめー。






■ □ ■






結果?
言わずもがな、ということで。
こんな調子でトントン拍子に二人目も撃破したのであった、と。
は? ギー・・・・・・誰?
ええと、あー・・・・・・ああ! あの影の薄い奴! 
俺が顔見せた途端に悲鳴上げてくれちゃってもう、失礼な。
うん、あいつね。
あいつは、うーん・・・・・・正直、影が薄すぎて印象が・・・・・・。
あ、いや、うん。そうそう、誰も居なかったんだよ!
不戦勝だったんだ、そう、不戦勝。
うん、ギーマなんて居なかった。
はっはっは、いやあラッキーだったなあ! はっはっはっは!
勝因?
そうだなあ、うーん。

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

ああ、トゲキッス、お前の言う通りだよ。
10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと、残り40%は運だ、ってね。
こんなところでいいかな?

「はい、取材へのご協力、ありがとうございました」

あやや、と手帳片手に笑うゴチム調の服を着た女性。
ゴスロリというのだろうか。
おかっぱに切られた紫色の髪に、赤いツーポイントのメガネが良く似合っている。

「助かりましたよー。実は最近、ネタに困っていまして。おかげで良い記事が書けそうです」

いえいえ、シキミ先生のお力添えが出来て光栄です。

「あ、あはは。シキミ先生だなんて、もう、恥ずかしいから止めてくださいよクロイさん」

そんな謙遜しなくても。
しかし、あの時はまだ駆けだしの無名作家だったってのに、今となっちゃあ先生だなんて呼ばれるくらいになっちゃって。
ファン第一号として鼻が高いよ。
でも何で雑誌のコラム枠なんてやってるのさ。
そんなことしなくても、君は本を出してるじゃないか。
作家業一本に絞ってないのか?

「あはは、印税だけで食べていけたらいいんですけどね・・・・・・。四天王の本だから、っていう理由で買われるのが嫌だから、名前を変えて出版してるんです。
 だから言うほど売れてないんですよ、私の本。リーグでのお給料は全部取材費や資料費にあててしまっていますから、流石にそういうのを経費で落とすわけにもいきませんし。
 その、私たちのお給料って、普通の公務員の方々よりもほんの少し上なくらいで、だから作家を兼業したいなら色々手を出さないと・・・・・・」

世知辛いな・・・・・・。
ごめんな、俺が悪かったよ。
辛いこと聞いちゃったな。

「いえいえそんな! 辛くても全部自分で選んだ道ですから」

その台詞、アデクさんに聞かせてやりたいよ本当。
でも羨ましいな。
そうやって一心に打ち込める何かがあるって、尊敬するよ。

「そんなに凄い事じゃないですよ。それに、好きなことや趣味を仕事にするのって、無理矢理やらされてるみたいで結局、嫌になっちゃいますから。
 私も何度筆を折ろうと思った事か。
 担当さんにはさっさと原稿を上げろと急かされ、読者さん達には展開を読まれなおかつそれをご親切にも報告され、自分の納得のいくクオリティになるまで書直したいのに〆切りは容赦なく迫り・・・・・・。
 そんなくじけそうな時に私を支えてくれたのが、これなんです。これのおかげで、私は今までやってこれたんですよ」

これって、この手記のこと?
中身を見てもいいかな?

「はい、どうぞ。とは言っても、それは私のじゃないんですけれども。この道でやっていけるのかどうか迷っていた頃に、お恥ずかしながら自分探しの旅に行ったことがありまして。
 旅行中、サザナミタウンに立ち寄った時、そこで拾ったものなんです。交番に届けようにも、名前らしいものがどこにもありませんでしたし。あったのはペンネームだけで」

サザナミ、ねえ。
とにかく中身を見てみようか。
ええと、なになに。

『アナタの胸にダイビング出来ない、おくびょうなワ・タ・シ。
 ねえ、いつになったらワタシをフリーフォールしてくれるの? 待ちきれないKOKOROはちきれそう・・・・・・』

・・・・・・あいたたたー。
なんだこれ。
一行目から凄まじい破壊力なんだが。
やべえ、二ページ目を見たら間違いなくひんしになる。
一体これの何処に勇気付けられたと。
ラフレシア臭がぷんぷんするんだけども。

「そんな、こんなにも素敵な描写ばかりなのに、クロイさんはこの踊るように綴られた文章に何も感じないんですか!? 
 私は感じましたね! KOKOROのTOKIMEKIを!」

やめろ。
君それ状態異常だよ。
KONNRANしてるよ。

「『ねえアナタ、いったいいつワタシにメロメロをかけたの? ううん、わかってる。それはワタシたちが出会った初めてのTURN。小指から伸びた赤い糸の先、アナタに繋がっていたらいいな』
 っていうこの一文なんかもう、ポケモンへの愛が溢れていなければ書けませんよ! もちろん、知識も。シンシアさんはきっと心が純粋で、可憐で聡明な人に違いありません!」

シンシア?
ああ、この手記の持ち主が書いたペンネームか。
待てよ、シンシアだって?
サザナミ・・・・・・シンシア・・・・・・ポケモンに詳しい・・・・・・。
・・・・・・うわぁ。
俺、すっごい心当たりあるわ。

「ほ、本当ですか!? お願いです、私をその人の所へ」

悪いけど、そいつはやめといたほうがいいと思うよ。
ポエム帳拾ったのは何年も前のことだろ?
そんな長い間、自分の胸の内をしたためた文を勝手に読まれてたなんて知れたら、俺だったらいい気はしないわな。
それに本職の人が頭下げに来ちゃったらもう、気まずくってどうしたらいいか解んなくなっちゃうよ。
これが俺の知ってる奴の物かどうかも確かじゃないんだしさ。
だからこれ、俺に預けてくれないかね?
ちゃんとシンシアに届けてあげるから。悪いようにはしないから、さ。

「・・・・・・はい。貴方がそう言うのなら、お任せします。でもせめて、手紙だけでも」

もちろん。
きっとシンシアも泣くほど喜ぶぞ。泣くほどな・・・・・・。
じゃあこいつは俺が預かっておくとして。
次回作も頑張ってくれよ、シキミ先生。
楽しみにしてるからさ。

「あ・・・・・・はい! ありがとうございます!」

出来ればこの前発売した本の背表紙にサインをだね。

「わわ! 私のサインなんかでよければ、喜んで」

そんなこんなで。
照れながらも自分が出版した本にサインをしている彼女が三人目の四天王、シキミなのであった。
戦闘は特に描写することもなく、つつがなく終りましたよ、と。
げきりんぶっぱでね。
ゴーストポケモンはトリッキーな奴が多いから、ゴリ押しに頼ることになっちゃったんだよなあ。

「そういえばクロイさん、いきなりバトル始めちゃって聞いていませんでしたけれど、今日はどうしてリーグに?」

うん、ジャガさんからの依頼があってね。
地下地盤の調査に来たんだけど、アデクさんいないみたいだし、どうしようかなあと。
あー、アデクさん本当どこ居るんだろう。
あの人の放浪癖はどうにかならないもんかね。

「アデクさんに会いに・・・・・・師匠と弟子・・・・・・」

戦う哲学者っていうか、天狗っていうか。
何だかんだで憎めないんだよなあ、あの人。
不思議な魅力がある人だよ。
皆アデクさんを慕っていて、だからあの人の周りには人が集まるんだよな。
俺もあの人のことが好きだから、ロハで働いてやろうかなって気になるんだし。
それで・・・・・・あれ?
おーい、シキミ?
どうしたよ、息が荒いぞ。

「はぁはぁ・・・・・・はぁはぁ」

「ハァハァ・・・・・・ハァハァ」

ポチ、お前もか。
しばらく静かにしていたと思ったらお前は。
シキミも、君よだれ凄いぞ。

「おや失敬。うふ、うふふ、うふふふふふふ! じゅるりじゅるじゅる!」

「ジュルリジュルジュル!」

何か軽石がべにょべにょになって来たんだけども。
気のせいかな。
心なしか室内の空気が重苦しくなってきたような。

「求めあう二人・・・・・・禁断の関係・・・・・・好きですアデク師匠、わしもお前を愛しているぞクロイ・・・・・・ぶつかり合う筋肉、飛び散る汗、漏れ出る苦悶の声!」

「モエルーワ!」

なんだそれはやめろ。
ポチのクロスフレイム! じゃねえよ!

「キタコレ! これで勝つる! 次の即売会はもらった! お・お・お、天界におわしますテトリス神よ・・・・・・今こそ我に力を!」

「凹凸! 凹凸!」

やめろォ!
腕を上下させるな!
お前らが何を言っているのか一個も解らねえよ!
いやだよ! 合体はしねえよ!
俺のは排出機能しか備わってないよ!
やめて脳内クロイに無理させないで!
おい、ペンを執るなよ。お前は一体何の作家なんだよ!
物書きさんだろうが何で漫画絵を描いてるんだよ!
無理だって! 入らないってば! 
らめぇぇ!

「クロイ×アデク! クロイ×アデク! ひゃっはー! モエテきとぅわああああ!」

「ヒャッハー! ソリャモエ・・・・・・ネーワ」

「抜き刺し抜き刺し、もっと磨いて腐らせないと・・・・・・!」

「ネーワ」

う、うおお、うおおおお!
喰らえりゃあ、ロケットずつきぃいあああ!

「ぐはあ! お、おのれ条例の回し者め・・・・・・! だがここで私が倒れても、第二第三の女子達が世界のどこかで腐っていくだろう・・・・・・覚えておくがいい! がくり」

ぜぇぜぇ・・・・・・な、なんだったんだこいつは。
まともな子だと思ったのに、とんだダークホースだよ。
ううっ、四天王怖いよう・・・・・・。
こんなのが未だあと一人残ってるのか。

「ネーワ」

お前はどうしたポチ。
さっきまでご機嫌だったてのに、何でそんなに怒ってるんだよ。
はあ? シキミは間違っている、それは逆だ、って? 何が言いたいんだよ。
こら、急に石から出て来るな。
クロスファイアとかするんじゃない。そして俺を指差すな。
何だよ。
アデク、クロスファイア、クロイ・・・・・・だと?
・・・・・・アデク×クロイと言いたいのかお前は。
順番が違うだけだろ、さっきと同じじゃないのか。
溜息を吐いて、こいつわかってないな、みたいな顔をするな。
初めに言っておくがな、ポチ。
俺が冷静でいられるのは、お前が馬鹿なこと言いださない間だけだからな。
だから、もう一度だけ聞いてやる。
ちゃんと考えて話せよ。
俺が、何だって?

「ヘタレウケルーワ!」

うるせええええええ!
自信満々な顔して肩に手を置くな親指立てるなウインクするな!
俺は俺の尊厳を守るために貴様と戦わなければならないようだなあ、ポチィイイイ!
喰らえりゃあ、インファイトォオオオオ!












素面ライダーさんのネタ頂きましたー!
私の脳はアイデアが枯れかけていますので、本当にありがたかったです。
ギャグは奥が深いなあ。
文章だけで笑える、というものを書くには感性だけでなく知恵が必要なのかと改めて思い知りました。
難しい・・・・・・。

また、今回投稿分は少し文量が増えましたので、前中後編に分割することにしました。
カトレアお嬢様を後にした理由・・・・・・わかるな?
お気に入りのキャラは尺を取りたい私です。
次回はねむねむお嬢様とガブリアスポエマーが出るよ!

しかし本作主人公の外見が不明すぎる。
性格が少しばかり愉快なので、外見くらいは没個性にしようかなあと思っていたのですが。
うーん、ベテラントレーナーみたいな感じなのかなあ、と勝手に想像しています。
中身のスペックは、かいりき、いわくだき、ロッククライムを自力で使えるとかなんとか。あとずつきやなみのりとかも。
若きインディ・ジョーンズがモデルだったはずがどうしてこうなった・・・・・・!

それではまた、次回に。

PS
上位ウラガンキンで詰んだ。
なにあの顎。硬すぎワロタ。
大人しくナルガさんの延髄集めに精を出すか・・・・・・。
そろそろソロはキツクなってきたなあ。



[21478] 【習作】ぽけもん黒白5 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/01/19 05:14

『黒白:14日目』


おかしい。
日付が変わってる。
携帯のカレンダーを何度見ても変わらない。なぜか一日が過ぎてる。
いや、慌てるな。少し整理しよう。
あの後、兼業四天王シキミを下してすぐに最後の塔へと向かっていたはず。
塔に足を踏み入れるや不思議な力によって体を引き上げられ、そして頂上に待ち構えていたのは、四人目の四天王。
言葉を交わすよりも早く、会話など相互理解には不要であると、バトルの火蓋が切って落とされた。
白熱するバトル。
次々と襲い来る、強力なエスパータイプのポケモン達。
ガッシ、ボカ!
クロイは勝った(ポフィン)。
それから・・・・・それから、どうなった?
いや、もう一度、焦らずに整理するんだ。
場所はまだ塔の内部、その最上階である。
中央には天蓋付きのキングサイズベッド。壁や天井には星。部屋全体がプラネタリウム化していて、静かな夜の帳を演出している。
この部屋の主である最後の四天王。エスパータイプ使いであり、自身もまた強力な超能力者である彼女――――――カトレアは、というと。
俺の横で寝てるよ。
同じベッドの中で。
やたらと薄いネグリジェを着て。

「ニヤニヤ」

待て、ポチ。待ってくれ。
頼む、少し落ち着かせてくれ。
全く訳がわからない。
一体全体、どうしてこんなことに。
何だこれは。新手のとくしゅこうげきか?
俺はいつエスパーわざを喰らった。

「サクバンハオタノシミルーワ?」

うるせえよ!
何もしてねえよ、誓って何もしてねえよ!
見ろ、服も脱いでな・・・・・・ズボンが、無い? 上着も!?
何故に!?

「ニヤニヤ」

くっ・・・・・・。
ええい、らちが明かない。
お嬢、起きてくれお嬢!

「ん・・・・・・うるさいですふぁふー」

あくびで語尾がおかしくなってるぞ。
ん、なんだ、この急な眠気は・・・・・・。
えええい、ねむけざましはどこだ。ポケモン用だけどこの際構わん。

「ううーん、むにゃ、むにゃ・・・・・・」

俺の意識が急にとぎれてたのも、このあくびのせいか。
無意識に漏れた力でこれか。やっぱとんでもない力だな。
こら、お嬢、枕に顔を埋めない。

「すぴよぴよー」

起きてお願い。
そして出きるだけ早く俺の無実を証明して。

「や、ですわ」

や、って言われても。

「ねむねむ・・・・・・ぐぅ」

お嬢様がぐぅとか言わない。
起きてくれよ、ほら。

「うう・・・・・・ひどい人。昨日はアタクシをあんなにも激しく攻め立てたというのに、休ませてくれないなんて」

バ、バトルの話しだよね? 
そうだと言ってお願い!

「あっ・・・・・・ま、まさかこんな朝早くから、もう一度なさるおつもり? 嬉しい・・・・・・そんなにもアタクシを求めてくれるなんて」

う、ぐ、惑わされんぞ俺は。
四天王のバトルルームには監視カメラとか、データ収集のための機器がわんさと取り付けられてるはず。
そんな中で無謀をする勇者には、俺はなれない。
よって、お前は嘘を吐いている!

「嘘だなんて、何をお言いになって? バトルの話しでしょう? 
 録画もバトルシーンだけですし、シーツの中までは写すことなんて出来ないのだから、ここで眠ってしまっても問題ありませんわ。眠るだけならば。
 そもそも、何もやましいことなどしていないのだから、そんなに焦らなくてもいいでしょうに」

あ、いや、うん。
そうだよね。あはは、バトルのことだよね。
いやー、勘違いしちゃったよ。
冗談きついなお嬢は。

「うふふ、アナタといる時間は退屈しなくていいわ。うふふふふ」

やめろ胸元を広げるな。
こぼれてる、こぼれちゃってるってば。
やっぱり勘違いじゃないじゃないか!
計算尽くか!
こら、早くしまいなさい! コクランが泣くぞ!

「ええ、泣いて喜びますわね、きっと。それに大丈夫ですわよ。ほら」

こ、こいつ、カメラの位置を計算して布団で壁を作ってやがる。
なんてやつだ・・・・・・。

「ね、クロイ・・・・・・よく見て。アナタに推薦されて四天王になった頃のアタクシは、心も、身体も、まだ子供でしたわ。でもほら、アタクシ、大人になったでしょう?」 

うおおい、にじり寄ってくんな!
落ち着け、そして聞け。
和訳は同じでも、アダルトと大人はたぶん別の意味だ。
言葉の暴力ってのがあるように、そういうのも暴力だとも俺は思うんだが、どうだろうか。
解ったら頼むから引いてくれ。

「もう・・・・・・アナタはいつもそう。するりと指の間から逃れてしまうんですもの。退屈ですわ」

こっちは色々と限界だけどな。
朝だし。

「ああ、それはたぶん大丈夫かと」

・・・・・・聞きたくないけど、一応聞いておこうか。
何で大丈夫なんだ?
いや、何がってわけでもないが、一応。

「アナタがアタクシの力にあてられて、倒れてしまったというのは、予想がついているのね。
 本当なら医務班を呼んで外に運び出すべきだったのだけれど、それだと検査で何日も入院することになってしまうから、ここで休ませることにしたの。
 それに、ここで一晩ぐっすりと眠れば、ポケモン達も回復するでしょう? この先に待ち構えているあの方は、アナタとの全力のバトルを望んでいるから」

この先に待ち構えているあの方、ねえ。
ふうん、アデクさんじゃないのか。
どうせあの人は放浪中だから、代理の人がいるのかな。
さて、チャンピオンの代理を務められる人物となると・・・・・・。

「それに、アナタの、その、それが、多分生存本能が刺激されたからなのでしょうけれど、その・・・・・・お、お・・・・・・お」

お?
それって何?

「その・・・・・・あ、あれが、おっき、していまして。多くの人に見せるのは、アナタの名誉が傷つくのではないか、と」

あれって・・・・・・うわああああ!
言えって言ったのは俺だけど、俺だけど!
名誉以外のものが現在進行形で傷つきまくってるよ!
正気度とかな!

「体を締め付けない様に服を脱がせたのもアタクシですわ。もちろん、力で服だけテレポートさせて。
 その時に少し触れてしまったのですけれど、本当に、やけどしたように熱くて」

止めろ、それ以上はオブラートに包んで言っても土下座するぞ。罪悪感で。
いい歳した男の本気土下座が見たいか?

「そうね。これくらいにしておきますわ。アナタに嫌われたくありませんもの」

くっ・・・・・・。
手玉に取られてるのか、俺は。
実は悪女かこいつ・・・・・・汗が止まらねえ。

「アナタだって悪いのよ、クロイ。アタクシをここに連れて来たくせに、いつもメールばかりで、顔を見せに来てはくれないんですもの」

それはまあ、四天王に推薦した手前、悪いとは思っていたけども。

「ええ、アナタは忙しい方ですものね。解っているわ。でも、ずっと退屈を持て余していたのだから、少しくらい意地悪をしてもいいでしょう?」

ぐ、ぬう。
それは、その・・・・・・ごめん。
俺が悪かったよ。

「解ればよろしい。ウフフ・・・・・・今、アタクシ、笑顔になってる。すこし恥ずかしい・・・・・・ウフフフフ」

まったく、このお嬢は。
さあ服を返してくれませんかね、レディ。

「や、ですわ」

いや、や、って言われても。
そっぽ向くなよ、こっち向け。
返せよ。

「せっかく良い感じになってましたのに、返すなんてもったいない」

良い感じって、何がだよ。
野郎の汗臭い服だぞ。一体何に使うってんだ。

「主にアタクシの力を安定させるためですわ」

どうやってだ。
俺の服とどう関係がある。
それと主に、って。

「これを」

俺の上着だわな。
これを?

「こう」

こう?
待て、なぜためらいなく鼻先に押し付ける。

「くんかくんか、すーはーすーは。ああ、落ち着きますわ・・・・・・」

・・・・・・うわあ。

「もふもふ、もふもふ、かりかりもふもふ。あああ、頭とろけりゅぅ・・・・・・くんくんふんふんふん」

ヘヴン状態!?
な、なんで!?

「ふんふんふんぐるいむぐりゅうなふくとぅるりゅぅぅ」

いあいあ。
いやいや、トランスしすぎだぞお嬢。よだれを拭け。
いいとこのお嬢様としてどうなのよ、それは。
止めなさい、そして服を返しなさい。今すぐに。

「待って、もうすぐ、もうすぐだから・・・・・・!」

実力行使開始!

「ああっ! どうしてそんなひどいことをなさるの!? 返して!」

俺の服だっつの!
このっ、やめろパンツまで脱がそうとすな!

「ああ、そう、そういうことね。それで、いくら払えばいいの?」

金の問題じゃねえよ!
冷静になったふりしてんな。離せ。

「せめてシャツだけでも!」

無理矢理引っ張るなって!
破れる、破れちゃうから、ってあああ。
ビリっといっちゃったよ。

「うふ、うふふ、これでもう着れませんわ。さあ、アナタの汗と臭いが染み付いたその布を置いていきなさい」

やだよ!
またおかしなことに使うつもりなんだろ!

「おかしなことだなんて、人聞きの悪い。ちゃあんと、世のため人のために使うつもりですわ」

世のため人のためだあ?
どうやってだよ。

「これを、こう、こんな感じに折りたたんで、枕に縫い直すのです。そうすることにより私の力が30%にまで抑えられ、周囲への影響が」

世のためでも人のためでもなくお前のためだろうが。
返せ!

「んんんっ、んんんんーっ!」

顔をシャツから離さんかい!

「くんかくんか! エレガント、アンド、エクセレント!」

ひぃぃ! 

「ニオイフェチ・・・・・・アリダナ! モエルーワ!」

うるせえぞポチィ!
鼻息荒いお嬢様とシャツを取り合うとか、なんだこの状況は。
この子、本当に四天王か?
訳が解らなさ過ぎて頭痛くなってきたぞ・・・・・・わひぃ!
やめろお嬢、隙あり、じゃない! 脇腹に顔を突っ込むな!
くんくんしないで!

「フヒヒ、オタノシミルーワー」

だ、だれか!
だれかお助けえ! 






■ □ ■






うう、酷い目にあった・・・・・・。
現在、地表部分がそのまま落ち窪んで地下まで運ばれる、という巨大エレベーターに乗車中である。
目指すはチャンピオンの間。
カトレアお嬢様を振り切るのに結局2時間程費やして、ここに至る。
兎にも角にも、とりあえず。

「モ――――――」

お前には一言も言わせるかよポチィ。
キャオラッ!

「モルスァ!」

ちぃぃ、叩き割るつもりで手刀を撃ったけど、すごい勢いで飛んで行っただけか。
石になっていようが貴様の首元くらい気配で解るんだよ、このお馬鹿たり。

「ファー・・・・・・ブルスコ・・・・・・ファー・・・・・・ブルスコ・・・・・・ファー」

ふん、良い気味だ。もっと苦しむがよいわ。
拾いにいくの面倒臭いし、あーもー。
さっきから見えてる意匠も、遺跡をそのまま流用したものだしさあ。
ここ、地下遺跡をそのままくり抜いて、リーグの施設をぶち込んであるんだよな。
俺があれだけ言ったってのに、ジャガさん強行しちゃうし。
イッシュに金を呼び込むためだとは解っているんだけども。
広場の巨大像を丸ごと地下直通のエレベーターにしちまうとか、あるとこにはあるもんですね、お金ってのはさ。
見てくれが大事なのは解るが、こんなのよりも金の入れ所は他に一杯あるだろに。
カノコタウンに道路を繋げるとかさあ・・・・・・。
ちぇ、今は財政から何から、国外の事で手一杯だもんな。
まったく、マメバト内閣から政治もぐらついてていけねえや。
アデクさんとかチャンピオンじゃなく、政治家になればいいのに。
ジャガさんも地方に留まらずに中央進出してくれないかな。
所詮は無い物ねだり、か。
そら、お立ち台が近付いて来たぞ。
・・・・・・いや、待て。
人影が――――――女か、あれは。
なんだあ、ありゃあ?

「なんだあれはと聞かれたら、答えてあげるが世の情け・・・・・・。
 世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため・・・・・・・・。
 愛と真実の歴史を貫く、クール・ビューティーな敵役・・・・・・」

また変なの出て来たよ。
ででーん、と長い階段を上った先、チャンピオンのお立ち台に仁王立ちする人影。
スモークが焚かれ、姿が見えない。
人影の登場を演出するように鳴りだす、重厚でいてそして激しいBGM。
アデクさんでは、ない。
そこには――――――。

「ガブリアス仮面、参上!」

そこには・・・・・・。

「ふっふっふ、驚いて声も出ないようね!」

てててーん、ててててててててーてて (メインメロディ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (ドラム)

「ふっふっふ、私の正体が誰だか解るまい。おっと余計な詮索は無用よ。私は正体不明の正義の戦士、ガブリアス仮面なのだから・・・・・・!」

てててーん、ててててててててーてて (メインメロディ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (ドラム)

「・・・・・・あの」

てーん、てててててーててーん、てーん、てててててーててーん (アップテンポなテーマ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (いい感じのビート)

「そろそろリアクションを・・・・・・」

いや、ここはポカーンとするのが正しいリアクションだろ。
お立ち台の上。そこにはガブリアスの面をかぶった、不本意だがよく見知った女性が、何やら格好いいポーズを決めていた。
というかこいつは正体を隠すつもりがあるのだろうか。
首から下はいつものまま。
胸元を大きく開いた黒のロングコート。首をぐるりと覆う、黒のファー。黒のパンツに、黒のパンプス。
黒一色のコーディネートだ。
唯一鮮やかに彩られたのが、その金色の髪。
こんな閉鎖的な場所にあってなお、金糸のような髪は風にふわりと舞っている。
細身にくびれた腰、形のいい首からのラインは、顔が隠れていても彼女の美しさを際立たせるには十分だ。
というか、なぜ顔だけ隠す。
あれか、顔さえ解らなかったら正体がばれないとか、そういう理屈か。

「長かった・・・・・・この12時間、本当に長かったわ・・・・・・。
 アデクさんから連絡を受けてあなたがリーグに向うと知り、急いで先回りして。
 たとえ関係者入口から入ろうとも無理矢理リーグに挑戦させるよう手配もすませ、でも正面から挑んできたと報告があって、あなたもトレーナーの道を真剣に志すようになったのかと嬉しく思っていたのに。
 だというのに、あなたは、あなたという男は! カトレアとどどど同衾してるなんて! 私もしたことないのに! 
 何なの!? リーグ中に爆睡するとか、史上初よ!? 神聖なポケモンリーグをなんだと思っているの!?
 この破廉恥男が、恥を知りなさい! 10代なんて言葉に惑わされて、大人として恥ずかしいと思わないの!?」

朝っぱらからうるせえよ。
この首から上ガブリアス女が。
その腐ったナナシの実みたいな変な髪飾りむしり取るぞ。

「これはオシャレですうー。おのぼりさんには都会のファッションが解らないようね。あら、でもその着こなしはいい感じよ。私のリスペクトかしら?」

誰が自分よりも4つも年下の奴をリスペクトするか。
お前さんから貰った特注のコート、便利だからいつも着てるけどさ。
同じ黒尽くめだけども。
我ながらロングコートにスポーツ帽なのはどうかと思うけども。
俺が浪人やら留年やらを繰り返して同期になったからって、同じステージに立ったなんて思うなよ。
タンクトップに一枚羽織ってるだけなのは、俺の本意じゃないからな。お前じゃあるまいし、素肌コートとか、そんなトチ狂った格好するわけないだろ。
カトレアに服を剥ぎ取られたんだよ。

「ぐぎぎ・・・・・・あの子ったら、後で教育が必要なようね・・・・・・」

ていうかもう顔隠す意味無いんだから、さっさとそれ取れよ。
なあ、シ――――――。

「おおーっと! 私はシロナといかう超絶ビュリホーで超絶可愛くて超絶賢い天才歴史学者なんて知らないわ! もう完璧に別人だから! ガブリアス仮面に中の人などいないわ!」

・・・・・・ほう。
そっちこそ勘違いしているようだが、俺はその超絶なんちゃらの何とかいう名前で呼ぼうとしたんじゃないぞ。

「そう、私の名はガブリアスかめ――――――」

だから隠すなって。
なあ――――――シンシア。

「だから私はシロナでは・・・・・・え?」

さしずめさっきから流れてるこのテーマは、Battle Cynthia、ってとこか。
さて、シンシアさんよ。
これに見覚えはないかな?
この手帳によお。

「そ、それは・・・・・・! それをどこで!」

匿名の作家さんから預かってきたブツだ。
落とし物を善意で拾ってくれて、今まで保管していてくれたそうな。
何年か前にサザナミで見付けたらしいが、となるとカトレアの四天王就任祝いで、あの子の別荘に行った時に落としたんだろうな。
んー? 何をそんなに震えているのかな、シンシアちゃーん。
ほーれ、ほっぺたぺちぺち。

「か、返しなさい!」

ほーれほーれ、取ってみろよう。

「うあああん、かえしてえ、かえしてえ」

ほーれほーれ。
もっと高く跳べよ。

「かえしてえ、かえしてえぇ」

「ヤッパモエルワー。モエルーワ」

くっくっく。
そんなに返して欲しいか。
お前の出方次第では返してやらんこともないぞ。
これから行われるチャンピオン戦をだな。

「ぐぐぐ、戦わずにあなたの負けにしろ、なんていうのは無理よ。一度リーグに足を踏み入れたのなら、戦わずして去るなんて選択肢は存在しないの。
 バトルの全てが記録されることは、あなたも知っているでしょう? データのカットも無理よ。そんな権限は、代理である私には無いわ。
 私が保有する権限はこれだけ――――――」

シロ――――――シンシアが手を高く掲げると、部屋の四方から赤い光線が照射された。
驚いて飛び退くも、光速に対応できるわけもなく。
赤い光線は、腰のベルト、モンスターボールへと吸い込まれていく。
ポケモンを捕獲する際に照射される光線によく似た光は、自分にとってとても馴染みが深いもの。
まさかと思いステータスカウンターを開くと、予想通りの負荷が手持ちのポケモン達へと掛かっていた。
全てのポケモンが、レベル50表記となっている。

「チャンピオン代理権限により、対戦ルールをレベル50フラットに変更。挑戦者クロイに宣言します! チャンピオン戦はレベル50フラット6on6で行います!」 

・・・・・・なるほどそうきたか。
しかし、レベル、ね。
あれはポケモン達が得た経験や鍛えられた身体能力を数値化したものでしかないんだけどな。
俺のポケモン達はいつの間にかカンストしてたけど、それが全てってわけではなかろうに。
ポケモンは生物だ。
生物の才能を数値化出来てたまるかってんだ。

「それでも各地を旅し海外でバトルの腕を鍛えたあなたのポケモン達は、レベルが高すぎる。戦術や戦略を力技でひっくり返してしまえる程に」
 
否定はしないがね。
だから機械で負荷を掛けて、ポケモンの優劣ではなくトレーナーとしての腕を競いたかった、か。
種族そのものが供えている能力と、育った環境による個体の差のみとなるまで、お互いに機械によって負荷を掛けて戦わせるシステム。
このシステムは限られた場所でしか採用されていないからな。
今のタイミングをおいて、他にはないだろうさ。
結局は、だ。

「そう、この監視体制の中、あなたは本気で戦うしかないのよ。そしてそれこそが私の望み。本気のあなたとぶつかり合うことこそが」

ちぇ、楽出来ると思ったんだけどな。
アデクさんがここに居ないのも、仕組まれてたからか。

「ふふ、さあ戦いましょうクロイ! 本気の本気、真剣勝負よ!」

仕方ない。
いっちょ揉んでやるか。

「私が勝ったらその手帳を返してもらうわ! そして歌って踊れて巫女にもなれるシロナさんと海に行くのよ!」

へいへい。
ちゃっかり要求ねじ込みやがって。
手帳のことも忘れてなかったか。
忘れようったって忘れられないからな、これ。
何だっけ。
『アナタの胸にダイビング出来ない、おくびょうなワ・タ・シ・・・・・・』だっけ?

「いやあああああ!?」

『ねえ、いつになったらワタシをフリーフォールしてくれるの?』だったかな、確か。

「やめてええええ! あ、あああなた中を見たのね! 見たのね!?」

くっくっく、慌てるなよ。
待ちきれないKOKOROはちきれそうなのか?

「あなたは私の逆鱗に触れたあああ!」

おい、危ないな。
人の顔に向ってボールを投げつけるなよ。

「天空に舞え、ガブリアス!」

「ガブガブガブ!」

何だろうな。
今、チェレンをお前にだけは会わせちゃならんと思ったよ。
一時期収まってたのに、ポエムで再発したか・・・・・・。

「うるさーい! ガブリアス、そいつに産まれて来たことを後悔させてやりなさい!」

しかし初めからガブリアスか。
この前の意趣返しのつもりか?
ならばこちらもガブリアスだ。

「とみせかけて、波導を持ちて導け――――――」

とみせかけて、行ってくれカイリキー。

「ルカリオ! って、ええっ!?」

おやおやー? 
まさかガブリアスを出すと思ってたのかな?
バトル開始寸前で有利なタイプに入れ変えるとか、姑息な手を使いますなあ。
もう場にポケモンが出揃ったから変えられないぞ。
そのルカリオは俺の毒々しい緑色に変色したカイリキーと戦うしかないのだ。
海外産の色違いカイリキーのな。

「う、く、わかってるわ! 頑張って、ルカリオ。不利なタイプだけれど、戦い方次第では善戦出来るはず。後に続けるために、カイリキーの体力を少しでも削って」

「ルカーリオ!」

「さあバトル開始よ! ルカリオ、りゅうのはどう!」

「グルルルル、ルカリオオオ!」

先制は向こうから。
りゅうのはどう、とくしゅ技か。
流石、良い鍛え方してるよ。
生半可なかくとう技よか効くな。でも一発じゃ落ちないぜ。
カイリキーも涼しい顔だ。

「・・・・・・」

「グルルゥ!」

「Uho! The nice Men!」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【侮るなよ、小僧が!】

「ル、ルカッ!?」

俺のターンだ!
頼んだぞ、カイリキー!
魅せ付けてやれ!

「Heeeey……Let's do it. 」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【腰が引けているぞ、小僧。だがそれもいたしかたなし。さあ、圧倒的パワーの前に跪くがいい!】

「ル、ルカッ、ルカルカルカ・・・・・・!」

ねばるなあ。
ポケモンの言葉は解らないけれど、すごい舌戦の攻防が繰り広げられてるに違いない。
ここで負ける訳にはいかんのだ、とかそんな感じかな。それとも信念の応酬とかかな。格好いいなあ。
おーい、ルカリオ君や。そろそろ諦めたらどうよ。
楽になれるぜ。

「聞いちゃだめ! 大丈夫よルカリオ! あなたにメロメロなんて効かないわ。相手はあなたと同じオスじゃないの!」

「ルルル、リュカッ、リュ、リュリュリュリュユユユユYUYUYUYU・・・・・・!」

「え、嘘、表記がメスに変わっ・・・・・・どっち!?」

性別はオスだけど、バトル中の表記はメスになるという不思議。
そういう申請をしてるから、ルール上は無問題なのだ。
ただここは地下だから、ラグが起きてるみたいだな。
本当はバトル開始前にはメス表記になってるはずだけど。運がなかったと諦めろ。

「なんてデタラメ! でも本来はオスならば、心を強く持てば回避は可能なはず。お願い、頑張ってルカリオ!
 頑張れ頑張れ! できるできる! 絶対できる! 頑張れ! もっとやれるわ! やれる、気持ちの問題よ!
 頑張れ頑張れ! そこだそこで諦めちゃだめ絶対に頑張れ! 積極的にポジティブに頑張れ!」
 
「YARANAIKA?」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【YARANAIKA?(翻訳不能)】

「YUYUYUYU・・・・・・」

「そうよルカリオ、それでいいのよ! よく踏み止まってくれ」

「YUGAMINEENA!」

「ルカリオー!?」

ようし、メロメロ成功だ!
しかし不思議だよなあ。
俺のカイリキー、同性にしかメロメロが効かないんだよな。
緑色だからかなあ。
まあいいか。
カイリキー、メロメロで動けない隙にばくれつパンチだ。

「お願い、外れて・・・・・・!」

どっこいノーガードなんだな、これが。
そーれ、100%混乱攻撃だぞ。

「OH! The good idea! You! my * in gold water」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【慈悲である。苦しまぬよう、せめて一撃で冥府に送ってやろう】

「やるわね・・・・・・でも私のルカリオも耐えきったわ。まだまだ、これからよ!」

いや引っ込めてやれよ。
苦しみを長引かせるだけだぞ。
メロメロに混乱で動けないだろうに。
そらカイリキー、トドメだ。
わざのチョイスはお前に任せる。

「カイリキーの姿が消えた・・・・・・? まさか、地中に!」

なるほど、良いチョイスだ。
溜めからのフィニッシュは強烈だぜ。今のルカリオの体力じゃあ、一発で昇天するくらいにな。
さあ、どうする?
道具の使用は認められているぞ。
回復させるか?

「私の指示ミスを認めるしかないようね・・・・・・。でも、体力は相当削ったわ。ごめんなさいルカリオ。あなたのおかげで、次に繋げられる」

削りが目的とすれば役割は果たしたってことか。
そしてかいふくのくすりは使わない、と。
ああ、安心しろ。俺も使わないよ。
お前はもう知っているだろうが、戦闘中は回復剤の類を一切使わないのが、俺の唯一のルールだ。
縛りとか、ポリシーとでも言ってもいい。
さあ、カイリキー。
天国を見せてやりな。

「AOO――――――!」

「アッ――――――」

哀れルカリオ。
惚れぼれするくらい見事な穴の堀り具合だな。
バックを取ってルカリオが崩れ落ちるまでの間、俺でも視認出来なかったぞ。
極限まで鍛えられた技は、もはや芸術、美の極致に至るという。
見ろよ、ルカリオの奴、やられたっていうのに恍惚とした顔しちゃってまあ。
技を掛けられた側は、痛みを感じるだけではないということだな。

「ウォーグル、ブレイブバード」

む・・・・・・早い。クイックドローか。
カイリキー戦闘不能のアナウンスが響く。
うつむいて肩を震わせるシンシアが不気味だ。
抑えきれず伝わる感情は――――――歓喜、だろうか。

「これよ、これなのよ! この確かな手応え、これこそが本当のポケモンバトル! 私はこれをしたかったのよ! あなたと!」

・・・・・・認めるよ。
一進一退を楽しむのが、戦いの真髄だ。
今までは一方的だったからな。押しつ押されつ、その間に奔る緊張感は麻薬みたいだ。
でもな、それなしじゃいられないなんて、まるでジャンキーみたいだぜ。
だから真性トレーナーは嫌いなんだよ。
バトルで通じ合えるとか、訳のわからない理論を振りかざす。
ないない。
あるわけない、そんな幻想。
人間のコミュニケーションのために戦わされるポケモンの身になってみろってんだ。
つまりは、だ。何を言いたいのかというと、だ。
そろそろやる気がなくなってきた。

「それでもあなたは本気を出さざるを得ない。この監視体制の中、手を抜いたらそれだけでトレーナー資格を剥奪されかねないのだから」

そうだな。
ここまでの道中も態度はどうあれ、バトル自体は手を抜かなかったからな。
戦略構築は放棄していたがよ。ポケモンに出す指示自体は、本気で命令を下していた。動くな、だとか、攻撃をわざと外せ、だなんてふざけたことは、一言も口にしてはいない。
だから、仕方ない。

「そう、このまま最後までバトルを! さあ一緒に燃え上がりましょう!」

一人でやってろ。
俺はシステムの裏を突く。

「それは・・・・・・空のモンスターボール?」

ご名答。
ほらよ。

「むっ、人のポケモンをとったらどろぼう!」

元チャンピオンらしく、教本通りの台詞を言いつつ、ばしーん、と弾かれるボール。
場に出していたトゲキッスに、シンシアのウォーグルが爪を剥く。
さて、次のターンだ。
くらえモンスターボール。

「ひ、人のポケモンをとったらどろぼう!」

ばしーん、と弾かれるボール。
くらえモンスターボール。
ボールを投げている影でウォーグルがトゲキッスに襲いかかっているが、気にしない。

「ちょ、ちょっと」

くらえモンスターボール。

「やめ」

くらえモンスターボール。

「やめて! もうトゲキッスのHPは0よ!? あなた真面目にやるつもりがないの!?」

えっ?
当たり前だろう。何を言っているんだ。
初めからやる気なんてないよ。

「やめっ、だからモンスターボールを投げようとしないで! こ、こんなことが許されると思って・・・・・・」

思ってるよ。
ほら、反則のブザーだって鳴ってないだろ。
知らなかったか? 対人戦中にモンスターボールを投げつけるのはな、ルール違反じゃないんだよ。
どうも捕獲システムが何かのプログラムに干渉しているらしくてな。
ボールを投げると、道具を使った、とプログラムが判断して行動回数をとられるんだ。
公式ルールでは、一度の攻防で一回の指示しか出せない。
つまり、ボールを投げつければその回の指示権を失うということ。
俺の言っている意味が解るな?

「ぼ、ボールを投げ続ければ、自動的に敗北する・・・・・・・」

イグザクトゥリー、ご名答。
正解だよ、シンシア。
さて、ここに通販で大人買いしたボールが大量にあるわけだが。

「わ、私はあなたとバトルをしたくて、それだけで・・・・・・」

聞く耳持たぬわ。
覚悟しろ。
俺のモンスターボールは後94個あるぞ?
くく、くくく。
おいおい、チャンピオン代理様よう。
どうしてそんなに後ずさるんだい?
アンタが勝っているじゃないか、もっと嬉しそうに笑えよ。
くく、くくくくく。

「や、いやあ、いやああああ!」

わははははは!
知らなかったか?
挑戦者からは逃げられない!
さあ、大人しくこの戦いに勝利するがいいわ!
くらえりゃあ、モンスターボール!
モンスターボール!
モンスターボール!
モンスターボール!
モンスタボ――――――。
――――――。






■ □ ■






≪WINNER、ガブリアス仮面! チャンピオンが防衛戦に勝利しました!≫

派手なファンファーレとスポットライトの光が地下遺跡に溢れ返る。
ふう、負けた負けた。
完敗だぜ。
敗因はモンスターボール責めってとこかな。
いやあ、運動した後は清々しいな。
そう思わないか?

「・・・・・・」

おいおい、防衛戦に成功したんだから、もっと嬉しそうにしろって。代理の面目躍如じゃないか。
そういえば俺、お前に初めて負けたなあ。
初勝利おめでとう。

「・・・・・・」

カッ、と一際光量を増すライト。
周囲の灯りが落とされ、シンシアだけが映し出される。
登場シーンとはうって変わって、床につっぷして動かない。
まるくなったガブリアス仮面が、四方八方からスポットライトで照らされて暗闇に映えていた。

「・・・・・・」

ぴくりとも動きやがらねえ。
うーむ、流石にやりすぎたか。
シンシア、聞いてくれ。
優しく肩を叩くと、ゆるゆると上がる顔。やたらと精巧なガブリアスの面とご対面である。
なあ、シンシア、元気出してくれよ。
俺は別にお前が嫌いで意地悪してるんじゃないんだぜ?
ほら、ここにも『あなたのKOKOROに届かないMY HEART。ねえ、どうして恋の体当たり受けてくれないの? もしかしてあなたはゴースト? それとも・・・・・・』って書いてあるだろ?
タイプの相性的な問題なんだよ、きっと。

「げぶぅっ!」

はっはっは!
相性抜群だな俺達! はっはっはっは!
がちーん、と床に沈むガブリアス面。
衝撃で面がからころと転がっていく。
最後の情けである。素顔は見まい。

「ルーワ! ルーワ!」

おう、どうしたポチ、そんなに興奮して。
言いたいことあったら言ってみろ。

「モエルーワ!」

良い意味でうるせえよ。
嬉しそうにしやがって。こいつめ。
何だって? まさにダメナ! だって?
そうだなあ。
こいつはこうでなくっちゃな。
初対面はまだお互いに旅をしていた頃で。こいつは確か8歳だったっけな、その時は無愛想なガキだと思ったけれど、ちょこっといじくってやれば直ぐにふにゃふにゃになってたからなあ。
あれからもう10年以上経ってるのか。時間の流れは早いもんさね。
こいつと知り合って。
悪の秘密結社を潰して。
歴史の原点に触れて。
両親が死んで。
旅を諦めて。
故郷から逃げるように大学に進学して。
こいつが追いかけて来て。
俺の名前にあやかったとかで、黒尽くめの格好をしだして。
故郷に戻りたくない俺を心配して、就職先の口を利いてくれて。
本当・・・・・・お前のおかげで、俺はどれだけ助かったか。
頭に手を置いて、ぽんぽんと叩く。
つっぷした肩がぴくりと動いた。
ああ、いいよそのままで。
顔、見せづらいだろ。

「ん・・・・・・」

駄目なんだよ、俺は。
表に出ちゃあ、駄目なんだ。
絶対にリーグに勝っちゃあ、あまつさえ殿堂入りするなんて、許されないんだ。
殿堂入りは、ちゃちな地方大会に参加するのとは訳が違うんだ。
人の目に触れてはいけない。
本当は、記憶にすら。
俺の、クロイ家に生まれた者として、使命を果たすためには――――――。

「あなたは、まだ、ご両親のことを・・・・・・」

引きずってる。
これはもう、どうにもならないさ。
実家に帰るのすら辛いんだ。
だから世界中をうろうろしてるんだ。

「それでも、あなたが本当の意味で“クロイ”として生きることを、ご両親は望んではいないわ」

だろうな。
最後の最期まで、俺に隠していたくらいだしな。
だがその物言い、掴んだみたいだな。
何だかんだとはぐらかしていたけれど、お前のことだ、歴史の真実にいつかは辿りつくと思っていたよ。
俺の家の秘密にもな。
こっちにしちゃあ、お前が聞いてこないのが不思議でしかたなかったよ。
すごい気になったろ?

「ええ。でも私は、あなたにおぶさってもらうままでは、いたくないかったの」

こりゃまた懐かしいな。
初めて会った頃のことか。
あの頃のお前は、ことあるごとに疲れただの我儘を言って、おんぶしろってせがんでいたからな。

「ふふ、本当に懐かしい。でもね、私は気付いたの。あなたの隣に立つためには、自分の足で立たないと。だから知りたいことは、自分で掴んでみせる。
 トウコちゃんが羨ましいわ。あの子は、私よりもずっと早く、それに気付いていたのだから」

トウコちゃん、か。
あの子はきっと、特別な子だよ。
日の光が射す所を歩くべき子だ。
土まみれになる必要はない。

「あら、私のことは気遣ってくれないの?」

今気遣ってるだろうが。
それにお前は歴史家だ。遺跡調査もするが、発掘家じゃない。土にまみれることはないよ。
アルセウスなんて、俺にとっては鬼門だからな。
土の中に山の上に海の底に、火の中水の中草の中あの子のスカートの中とほんともう、発見される遺跡の場所に一貫性がないったら。
歴史の発祥を追っていけば、世界の始まりに必ずぶち当たる。
人類の発祥にもな。
そして――――――いや、これ以上はやめておこうか。
お前の口を、封じなくちゃいけなくなる。

「・・・・・・あなたが、いいえ、あなたたちクロイが封じてきた歴史と同じように?」

都合の悪いものを封じて、埋めるのさ。
お前が紹介してくれた発掘調査員の仕事、本当にありがたかったよ。
誰よりも早く識別出来て、誰にも気付かれずに処理出来る。
それをしなきゃいけない必要も、一年に一度あるかないかだったけどな。
今回も仕事って立て前で、識別に来たんだ。
金も貰えて目的も果たせる。しかも休みが多いときたら、これほど良い職はないぜ。天職だと思ってる。
そういう訳だ。
俺はそろそろ行くぜ。
元々リーグに挑戦する予定なんてなかったからな。
早いとこ報告を挙げないと、ジャガさんにダブルラリアット喰らわされちまう。
あれ、死ぬほど痛いんだよ。
本場よりも威力あんだろゲージ何本使うんだってくらい。
さて、と。
立ち上がって、顔を見ないように背を向ける。

「待って! 私も――――――」

手伝いはいらない。
言ったろう、もし都合の悪い物が出て来てしまったら、見られたくないのさ。誰にもな。
お前がクロイになるってんなら、話は別だけど?

「うえっ!? あわ、わた、私、あの・・・・・・」

冗談だ。
こういうのもセクハラになるのかね?
お詫びに今回の勝負の賞金、そこに置いておいたから。少ししかないけれどもらってくれ。

「うう・・・・・・タイミングを・・・・・・。賞金って、え、これ、20円しかないわよ?」

うん。
今回の結果を見越して、実はリーグに入る前にポケセンで口座振り込みを済ませておいたっていう。
手持ちの全財産は50円もないんだぜ。
現金はない。
カードはあるけどな。
はっはっは。

「あ、あなたという男は・・・・・・!」

とんずらバイビー。
参加賞としてこの仮面は貰っていくぜ。
さらばだシンシア。
今度一緒に海に行こうな。
水着、黒か白か迷ったら、両方買っちまえよ。
日替わりで変えてさ、泊りがけで遊ぼうぜ。
じゃあな。

「それって・・・・・・ああっ! もうっ!」

よしカイリキー、穴を掘るだ。
座標は事前に教えた通り。
ここは地下だから、若干ルートを修正してくれ。
頼んだぞ。
おっとポチ、どうした?
俺の顔をじっと見て。

「モエルーワ―」

うるせえよ。
なんだよ、実はすっごく優しいって。
実は、は余計だよ。
それにそんなに優しくもないぞ。
だってポエムノート、返してないもん。

「ニヤニヤ」

ニヤニヤ。
強請りのネタ、ゲットだぜ。






■ □ ■






我が目を疑う。
いや、正直これは夢なんじゃないかと思っているくらいだ。
石造りの太い柱に身を隠し、息を整える。
向こう側では、西洋中世期のチェインメイルのような、あたままですっぽりと隠す宗教色の強い服を纏った者達が右往左往としていた。

「ぷらーずまー」

「プラーズマー。侵入者は見つかったか?」

「いいえ、何処にも見当たりません」

「探せ! この場所を知られたからには、何としても捕らえるのだ! 生かして返すな!」

ええい、くそっ。
ダークトリニティとかいう、化物みたいな3人組に見つかったのが不味かった。
何とか撒いたが、見つかるのも時間の問題か。
どこか隠れる場所を探さないと。
しかし、本当に信じられない。
まさかリーグの地下に、こんな地下施設が建設されていたなんて。
ポチも今は静かにしている。
呼吸を見だしたら終わりだと、解っているのだろう。
シンシアと別れた後、チャンピオンの間からカイリキーの穴を掘るでさらに地下へと潜り、巨大な空洞を掘り当てた。
その時は遺跡の未発掘部分かと思ったが、違った。
明らかに人工の光が、空道内でいくつも灯されていたのだ。
張り巡らされた太い銅線は、ここに電気が通っていることを示している。
異常を察知してすぐさま陰行に入る。
奥には人の気配。
ガブリアスの面を装着し近付けば、口々に、ぷらーずまー、などと間の抜けた合言葉を口にしている者達が。
ポケモン達を使っては土を除き石を砕き、この空間を広げていた。
自分には解る。
これは、ポケモンを使って発掘作業を行っているのだ。
ポケモンによる発掘作業は音や振動も少なく、時には建機を持ちこむよりも効率的に進めることが出来る。
周辺住民への配慮も同時に行うことが出来、ポケモンの数さえ揃えることが出来たなら、これだけ効率の良い作業法は無いと言えよう。
ポケモンを労働力として見ることが前提にあるが。
こうして壁に手を当てても、少ししか振動が伝わらない。
だから事前調査で曖昧な結果しか出なかったのか。
これだけ地下深ければ、誰にも解るまい。
奴らは一体、何者なのか。
探りを入れようと奥に進むも、黒い布で顔面を覆った白髪の3人組が、いつの間にか俺を取り囲んでいた。
繰り出される拳、手刀。紛うこと無い殺人拳だ。
応戦するも、三体一では分が悪い。逃げの一手しかなかった。
そしてこうして逃げ続けているわけだが・・・・・・。
足跡を響かせる人工大理石の床に、装飾ランプを彩るLEDライト。
ヒビは硬化パテで埋められて、元の遺跡はもう、骨組くらいしか残っていない。
遺跡破壊もいいとこだが、もう半分、地表部分であるポケモンリーグ部はもっと機械化されているのだ。今更か。
隠れられる場所を探さねば。
よし、この部屋はどうだろう。
中には人の気配はない。
音がしないよう扉を開け、するりと中に潜り込む。

「やあ、こんにちは」

瞬間――――――氷柱を背中に突っ込まれたような感覚。
馬鹿な、人の気配は無かったはずだ。
今も――――――。

「ふうん、キミ、かくれんぼしてるんだ? 面白そうだね」

早口で俺に捲し立てるそいつは、玩具に埋もれた部屋の真ん中、滑り台の上に腰掛けて、じっとこちらを見ていた。
そいつは初めからそこにいたのだ。
だというのに、そいつの気配が全く感じられない。
いや、正確に言えば、そいつから発せられる気配が人間の気配ではなかった。
無色透明。
色のない気配など、まるで人間味が無い。
感情を殺し切ったようなダークトリニティですら、暗い闇色の気配を滲みだしていたというのに。
そいつにはまったく、気配の色が、熱も、無かった。

「ああ、見えるよ。キミが紡ぐ美しい数式、未来・・・・・・。安心しなよ。キミはここから逃げ出せる」

重さを感じさせない足取りで、ふわふわと、ふらふらと、近付いてくるそいつ。
そいつは興味深そうに俺の顔を覗き込む。
仮面が面白いから、なんてことはない。
そいつは仮面越しに、俺の両の眼を真っ直ぐに射抜いていたのだから。
まばたきもせず。
光の灯らない、暗い井戸の底のような瞳で。
俺は、知らない。
こんな眼をする人間を。こんな眼をするようになってしまった人間を。
こいつは、一体。

「ああ、ボクかい?」

こてん、と首を傾げた拍子に、そいつがかぶっていた大きな金の王冠が、頭からずり落ちた。
頭の端に引っ掛かった王冠。直そうともしないそいつの様子が、どこか狂った機械を連想させる。
緑色の長い、膝まである髪が、ぶわっと広がったように見えた気がした。

「ボクはプラズマ団の王様。ポケモンを救うために、いずれ英雄になる存在・・・・・・」

息が吐き掛かる程に、ぐいと近付くそいつ。
射抜く翠色の瞳孔が、ぎしりと収縮した。
獲物に襲い掛かる寸前の、獣のように。

「Nだよ――――――」

色の無い頬笑みを携えて、そいつは名乗った。
N、などと。
人間味のない気配で、人間に付けるとは思えないような名を口にして。
俺は名乗り返すことが、出来なかった。
知らず、一歩後ずさる。
そうして、ザリ、という自分の足音で、己が生まれて初めて気圧されたいたということを、知ったのである。
色のない視線に晒されながら。











本当は前後編にするつもりでしたが、一度に投稿してしまうことにしました。
前半部をワードで書いていたので、少し文章の感じが違うかもしれません。
修正すべき所を気付かれた方いましたら、感想板にて知らせていただけるとありがたいです。
なくとも後日、誤字脱字修正版を再投稿する予定です。
少し納得いきませんで、今回。
シチュエーションというより、文章表現がワンパターン化してきているような気がしてなりません。
黙示録の方もそうです。ううーん。

しかしモンスターボールを投げまくって負けるオリ主を書いたのは、私が初に違いない。
えっへん。



[21478] 【習作】ぽけもん黒白6 (試験作)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/02/10 15:01
危ないから動くなよー。
両手を胸の前で組んで、足をまっすぐにしてそのまま寝てろよ。そうそう、そんな感じ。
いいね、この急斜面から見下ろす景色。室内ハーフパイプはスケートボーダーの夢だよな。
さ、俺の妙技を特等席で見せてやるぜ。
行くぞ、よい子は真似しないでね連続トリック!
まずはジャーンプ!
続いてターン!
ダッシュジャーンプ!
カットバックドロップターン!
Bダーッシュ!
ダッシュ中にダーツ流鏑馬しゅぱぱーっ!
こいつで決めるぜ・・・・・・ハイアー・ザン・ザ・サン!
そしてタイヤの上に華麗に着地!
審査員全員10点満点確実だろこれ。
ダーツがアートタイルにぶっ刺さってるって? 細かいことを気にするな。
どうよ、N。面白いだろ。

「あはは、あはははは。やっぱり面白いね、キミ。何よりそのお面がいい」

あまりにもフィットし過ぎてて気付かなかった。
俺、今、ガブリアス仮面2号になってたんだった。何ということだ。
しかしNの奴、頭の上を猛スピードでスケボーが行き来したってのに、欠片も恐怖を抱いた様子がない。
相変わらずに透明な目で、こちらを見ている。
本能から来る恐怖でなら何か反応があると思ったが・・・・・・。
ええい、胸くそ悪い。これが生まれついてのものじゃないと解る分、余計に。この環境がNという空っぽでいびつな存在を作り出したんだ。
こんな、四方を白い壁で塗り固められた窓の一つも無い部屋に、外部からの情報を遮断して押し込められたら、俺だっていつまで正気でいられるか自信はない。
人間の精神は、環境の変わらない閉鎖空間に長時間耐えられるよう、出来てはいないという。
壁のそこかしこに残されたポケモンの爪痕は、昨日今日出来た傷ではないだろう。
いったい何があったのか。
いったいどれだけの時間を、Nはこの部屋で過ごしたのだろうか。
おもちゃを与えたのも遊ばせるためではないのだろう。Nは部屋に散乱するおもちゃの用途を詳しく知らなかった。遊ぶという概念に、ひどく鈍かったのだ。それがコミュニケーションのためのツールであることは理解しているが、遊びがもたらす楽しさというものは、微塵も感じてはいないようだった。
面白いね、などと言ってはいたが、その言葉に喜悦は含まれていなかった。
Nはここで、おもちゃをただ、並べて眺めていただけだったのだ。おそらくは、傷ついたポケモンたちと一緒に。
遊ぶ、ということを知らないということは、楽しいという気持ちを持てないということ。
人は愉悦を感じなければ、魂が枯れて果てる生き物だ。生きてはいけない。
それでも成り立ってしまっている人間がNであり、それは道理から外れた歪な存在だ。あまりにも純粋さが過ぎれば、それは異常と同じであるのだから。
だが、こいつが俺に向ける透明な眼。そこに見え隠れする敵意だけは、Nが純粋であるが故に、ひしと感じられた。俺個人へというよりは、俺を通してのもっと大きなくくりに対する敵意であったが。
いったい何の意図があって、ここまで無垢な存在が造られたのだろうか。
それを考えると、ぞっとした。

「ああ、面白い。次はなにをして遊ぶ?」

うし、どんどんこいや。
友達がいなかったクロイさんは一人遊びの達人なのだ。プラレールさえあれば15時間は軽いね。見ろこの無限ループを。袋小路に着く度に引き返して、永遠に同じところを行ったり来たり。作品名は人生。我ながら傑作だぜ。
まだまだ、遊びのレパートリーはこんなもんじゃないぞ。
二人なら倍の時間、遊びによってはさらに倍の4倍の濃さで遊べるんだぞ。最高だな。

「ふうん、キミ、トモダチいなかったんだ。ボクにはたくさんいたのに」

わーい、そこはさらっと流せよこんにゃろう。
目に光が無いとか前言撤回。
その可哀想なものを見るような目を止めろ。今すぐに。
俺の右手が光って唸る前に。

「君は本当に興味深いね。なるほど・・・・・・こんなトレーナーもいるのか」

おい、N。
お前が言い出しっぺだろうが。こっち来て何かしろよ。
この年で一人遊びは色々ときついっつーの。

「じゃあ、ボクがいつもやってるのを」

お、バスケか。
いい感じにボールが使い込まれてるな。中々の腕前とみた。
1オン1やるか?

「わんおー、何? ポケモンの名前かい?」

違うよ、ほとんど合ってもねえよ。
まさかとは思うけど、それ、どうやって使うとか遊ぶとか、知らないとか?

「それぐらい知ってるさ。こうだろ」

おお、なかなか堂に入ったドリブル。
直立不動なのが気になるけど、いい感じじゃないか。
さあ、次はシュートだ!

「うん?」

さあ、シュートだ!

「シュート? これを投げろって?」

それ以外の何がある。
ゴールは何のためにあると思ってるんだ。

「あれはオブジェとばかり思っていたよ」

違うっての。
どうりでゴールの方はきれいだと思った。
ほら、ボール投げてみ。
あの網の中に入るようにさ。一発で入ると気持ちいいぞー。

「馬鹿な。トモダチにそんなヒドイこと出来るもんか」

いや、お前。

「ボールはトモダチなんだろう? ゲーチスが言っていたよ」

誰だよゲーチスって。
いや、某サッカー少年はそう言ってたけども。友達を蹴るなよと毎回つっこんではいたけども。世代かい、ゲーチスさんとやら。
え、じゃあずっとそれ、ついてただけなの?

「そうだよ」

あっさり言うなって。
うへぇ、何という単純作業。
もっとこう、工夫とかしようぜ。

「工夫かい? 歌でも歌ってみようか。アンタガッタドッコサ、ヒゴサ、ヒゴドッコサ、クマモトサ、クマモトドッコサ、センバサ――――――」

いや、それ・・・・・・。
クマモトってどこだよ。
センバサ? アンバサの親戚か何か?
やっぱ宗教系のアレっすか?

「センバヤマニハ、ジグザグマガオッテサ、ソレヲリョウシガ、テッポデ、ウッテサ――――――」

いや、だからお前。

「ウッテサ・・・・・・ウッテサ・・・・・・ウッテウッテウッテウッテ」

怖いわ! やめんかお馬鹿たり!
俺が正しいバスケの仕方を教えてやる! 
ボール貸してみろ。

「トモダチを投げるなんて、とんでもない」

ドリブルはいいのかよ。
なんかこう、投げるものとか無いの?
Nさん、バスケがしたいです・・・・・・。

「じゃあ、あれを」

てめ、プラレール様じゃねえかよ。
電車を粗末に扱うんじゃねえよ。貴様人類の英知を何と心得る。
くっ・・・・・・わかった、見てやがれ。
ボールを直接ゴールに叩き込む、至高のシュート。
これがダンクシュートだ!
ドヤァァァァァ――――――!

「おー。すごいすごい。見事に網に引っ掛かったねえ。いや、引っ掛けたのかな。すごいなあ」

いやあ、それほどでも・・・・・・って違う!
こんなことしてる場合と違う!
何で一緒になって遊んでるんだよ!
こっちは命狙われてるっていうのに、追っかけてる奴らのボスと仲良くしちゃうとか。
何だこの展開は・・・・・・解らないぞ。

「ルーワ」

お、おお、ポチ。
大丈夫、俺は正常だ。
さっきは悪かったな。お前が脇腹燃やしてくれなきゃ、あのままNの空気に呑まれてたと思う。
ちと火傷痕がヒリヒリするけど、サンキュな。
しかし我ながら情けない。
こんなひょろっちいガキに気圧されたのを認めたくなくて、こいつを逆に取り込んでやろうとするなんて。
遊び方を知らないんだ、なんて、哀れんでやることで自分をちょっとでも上等な人間だと思いたかったのかね。
ちっちゃいちっちゃい。どれだけ経っても器の小ささは変わらねえでやんの。ガタイだけ大きくなっちまって、まあ。
心配かけちゃってごめんな、ポチ。
さっきからずっと黙りこんでるのは、不服極まる、って感じか。
そんなにNの事が気に入らないか。
何だって? “理想”を追い求め過ぎて踏み外しそうだから、って?
“奴”が好みそうな人間だ――――――、なんて言われてもな。
お前には見えてるのかもしれないけれど、俺には“理想”も“奴”も、何なのかさっぱりだ。
俺に解るのは“今ここ”だけさ。

「・・・・・・ルーワ」

そうかい。
大事なのは真実のみ、ね。
真実に理想は必要ない、そうなのかもしれない。
でもさ、そいつのない人生は、寒いだけだぜ。

「ルーワ!」

はは、そん時はお前が湯たんぽ代りになってくれるってか。
それで俺を暖めてくれると?
まったく・・・・・・うるせえよ、ほんと。
でもありがとな。
暖かいよ、ポチ。
暖かい。

「モエルーワ!」

熱い。
熱いよ、ポチ。

「テンションアガルーワ!」

おちつけ。
テンションあがってきても首振るな。
ブレてるブレてる。懐がふるえてこそばゆいから。
首だけ影分身してるだろ、お前。
止まれ、そしておちつけ熱いから。
ほんと、お前はおかしな――――――。

「ホント、その子は面白い子だね」

・・・・・・その子、とは?

「キミが内ポケットに隠している、その子さ。キミのことが大好きだって、ずっと言っているよ。
 うん、いいね。どんな仕組みかわからないけれど、モンスターボールを使っていないのが最高だ。ねえ、ボクともトモダチになってくれないかい?」

まさか、ポチの声が聞こえたっていうのか。
馬鹿な。こいつの声は振動で俺の骨に直接伝達してるんだぞ。聞こえるはずが。

「声が聞こえるんだよ。ポケモン達の声が・・・・・・。ほら、今も聞こえている」

まさか、そんな馬鹿な・・・・・・。

「本当さ。証拠に、君のポケモンが何を言っているか、言い当ててあげよう」

・・・・・・いいぞ、やってみろ。
ボールに入ったままでも構わないな?
俺のポケモン達は、何て言っているんだ?

「じゃあ、まずはガブリアスから。キミをどう思っているのか、聞いてみようか」

ボールから出さずに中のポケモンを言い当てるか。
これは、本物か。
まあいいさ、俺もポケモン達が俺のことを何と思っているか、気になるしさ。
評価が気になるってのは、人の性だよ本当。

「ねえ、ガブリアス。キミのご主人サマは、どんな人?」

――――――『敵発見。見敵必殺、見敵必殺。我主人捧愛。我主人捧勝利。見敵必殺、見敵必殺』――――――

「・・・・・・ねえ、トゲキッス。キミはご主人サマのこと、どう思ってるんだい?」

――――――『俺の後ろに立つな。AIR・SLASHするぞ貴様・・・・・・』――――――

「・・・・・・ね、ねえカイリキー」

――――――『Are you okay? I would also eats "NONNKE"』――――――

「ひぃ! な、なかなか愉快なポケモン達だね!」

あれだけ自信満々に言っておいて何だそのリアクションは。
お前本当にポケモンの声とか聞こえてるの?
ふかしこいてるんじゃねーべ?

「いや、その子、君の内ポケットのその子の声なら・・・・・・」

「コイツマジウゼーワ」

――――――『コイツマジウゼーワ』――――――

「・・・・・・ポケモンはみんな、ボクのトモダチ。トモダチなんだ・・・・・・」

お、おい、急にくずれ落ちてどうしたんだ。
何かよく解らんが元気だせよ。
人生はトライ&エラーだぜ。
ポケモンの声が聞こえるとか、夢から覚めただけなんだよお前は。
一度の失敗でくよくよするなって。

「そう、そうだね。うん、ありがとう。ボクは理想を追い求め、英雄にならなければいけないんだ。そのためには、全てのポケモンとトモダチにならないと」

そうそう、その意気だ。

「キミのポケモンとトモダチになれずに、英雄になどなれるものか。ボクは諦めないよ。英雄となり、この世界を、ポケモン達を救うまで!」

う、うん。
その意気、だ?

「じゃあ、行こうか」

どこへ?

「外へ。キミ、ここから逃げたいんだろう? 抜け道を案内してあげるよ」

こてん、と初めて遭遇した時と同じように、首を傾げて言うN。
それは、ありがたいけれど。
嫌な予感しかしないんだけれど。
最近なんか鳥肌立ちっぱなしなんだけれど。

「もちろん、ボクもついていくからね。ヨロシク、クロイ」

・・・・・・え。
ついてくるって、え?

「コイツマジウゼーワ」

睨むな、ポチ。
勘弁しろよ。






■ □ ■






「あ、そこの角を右だよ。次は左。ほら、はぐれちゃったら危ないよ。もっとしっかり手を握って」

うん、ああ、と心底嫌そうな返事を返しつつ、Nに手を引かれて歩く俺。
本当に憑いて来るつもりだよ、こいつ。道中の口振りからすると、家まで。
そのまま家に居着くつもりではあるまいな。
そして生活費は全て俺が出せと?
勘弁してくれ。
気を強く持たないと忘れそうになるけれど、こいつこの怪しい組織のトップなんだよな。
恐らくは、名目上のだけれども。
ポケモンリーグの地下に巨大施設を秘密裏に建造しちまうような組織、のお飾りの王様。
いかん、ますます自分の首を絞めていってるような気がしてならないぞ。
くそっ、恋人握りされてるから手を振りほどけない。
俺のファースト恋人握りが・・・・・・。

「あと10分したら見張りの交代の時間だから、それまでこの部屋でやり過ごそうか」

ぐいぐい引っ張られて連れ込まれた部屋。
ここも電気が通っているようで、シャンデリア型のライトから注ぐ人工光が眩しかった。
嘘が付けない人間というものは存在するが、Nもその内の一人なのだろうと思う。
無垢であるがために。嘘をついたとしても、それを隠し通す事は出来ないだろう。
Nは本当に俺を逃がすつもりでいるのだ。
そして自分もついて行くのだと、本気で言っているのだろう。
いいのだろうか、と急に不安に襲われた。
こんなまっさらな存在を世に放ってしまって、いいのだろうか。
純粋すぎる存在は、時として毒となる。窓の無い部屋に閉じ込めておいた方が、皆、こいつも含めて幸せなのではないだろうか。
俺は今、取り返しのつかない過ちを犯しているのではないのだろうか。
そう思うこともエゴでしかないのか。
こいつは、Nは、今ここで俺が手を下してやるのが一番――――――。
Nの無防備な首筋が、眼の前にあった。

「こんにちは、旅のトレーナー様。私は平和の女神・・・・・・Nに平穏を与えるもの」

「こんにちは、旅のトレーナー様。私は愛の女神・・・・・・Nに癒しを与えるもの」

伸ばしかけた手を抑えるように掛けられた声は、二人の女性のものだった。
またか、と半ば諦めつつ振り向けば、中世のように布を体に巻き付けただけの格好をした、女性が二人。
薄桃色の髪をした女に、小麦色の髪をした女。
労わるように、慈しむように頬笑みながら、部屋の中央に佇んでいる。
どうにも気配が薄いのは、ここをねぐらにしている者達の特徴なのだろうか。また気付けなかった。
ぷらーずまー、などと気の抜けた挨拶をしていた下っ端達もその独特な格好よりは、小物臭はしていたものの、どこか隔世した空気を纏っていたのが印象的だった。
つまり、どいつもこいつも、現実離れしている。色々な意味で、だ。
Nの言ったプラズマ団とは、恐らくは何らかの思想による集団なのだろう。見たままの、宗教団体だ。違うのが、それが危険域に達する力を有していること。
宗教活動が過激になっていくのはつきものだが、殺せ、などという言葉がすんなり出てしまうのは、どうだろうか。
宗教というものは人の在り方を説くと言うが、しかし。
平和の女神。
愛の女神。
何らかのシンボルを司っているのか、彼女達はそれぞれ、そう名乗った。
何者かとNを見るも、Nは「やあ」と彼女達に気安い挨拶を返すだけで、相変わらず薄笑いを浮かべたまま。危険度はなさそうだが、正体はようとして知れない。
Nの頭上からいまにもずり落ちそうな王冠が腹立たしい。

「旅のトレーナー様・・・・・・感謝します」

「Nをここから連れ出していただけるのですね・・・・・・ああ、どれだけこの時を待ったか」

長くなりそうだな。
N、ちょっと向こうの方に行ってな。
こいつかしてやるから。

「バッ!? バーニンガッ!?」

「わあ、嬉しいな。ねえキミ、もう一度ボクと話そうよ。ボクとトモダチになってくれないかい?」

「ンバーニンガガッ! ガーッ!」

「この形、ツヤ・・・・・・ふうん、これが原初のモンスターボールか」

「ガガッ、ガガガガガギギギ・・・・・・!」

反りが合わなくても我慢しろ。
俺はこれから大事な話だ。
大人同士のな。
さて、待たせて悪かったな美人さんがた。

「いいのです、もっとずっと長い間、私たちは待っていたのですから・・・・・・」

「そう、トレーナーが戦うのは、決してポケモンを傷つけるためではありません。Nも、心の奥底ではそのことを気付いているのに、それを認めるにはあまりにも悲しい時間を、この城で過ごしていたのです」

「Nは幼きころより人と離され、ポケモンと共に育ちました。・・・・・・悪意ある人に裏切られたポケモン。ゲーチスはあえてそうしたポケモンばかりNに近づけていたのです」

ここでもゲーチスか。
世話係か何かと思っていたが、どうやら違うようだ。
その役目はお二人が負っていたということかな。

「その通りです」

「平和の女神はNに平穏を与え、愛の女神はNに癒しを与える・・・・・・長い時を過ごす間、いつしか私たちは、Nのことを自分達の子どものように思うようになりました」

・・・・・・へえ、そう。
米神を揉みほぐしながら、問う。
気に入らない。
気に入らない、が爆発するほどでもない。まだ。
それで、続きは?

「Nはポケモンの傷を分かち合い、ポケモンのことだけを考え、理想を求めるようになりました。ポケモンの解放を・・・・・・。あまにもピュアでイノセントなNの心。イノセントほど、美しく、怖いものはないのに」

へえ、そう。
それで、続きは?

「あなたには本当に感謝しています・・・・・・Nを外の世界に連れ出すことは、私たちの願いでもありました」

「どうかあなたの手で、Nのイノセントな心を導いてあげてください」

「どうか、お願いします」

「どうか」

へえ、そう。
それで、続きは?

「・・・・・・続き、とは?」

「トレーナー様・・・・・・何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」

誰が質問していいなんて言った。
質問を質問で返すなよ。
それで、続きは?
言えよ、早く。

「これ以上は・・・・・・」

「できれば、ご不満を言葉にしていただきたく・・・・・・」

そうかい。
なら言ってやる。
さっきから黙って聞いていれば、Nがどれだけ可哀想な奴なのだと、そんなことばかりに熱弁を振るいやがって。
お前達のしてることはな、責任転嫁っていうんだよ。
反吐が出る。
こういう場合は、特にな。
だから悪くないなんて、本気で思っているのか。

「あなたはNに責任があると・・・・・・? そんなこと、あるはずがありません」

「Nがああまでイノセントな心の持ち主となってしまったのは、ゲーチスが・・・・・・」

うるせえ!
黙らないか、馬鹿共!
もういい。
よくわかった。
歯を喰いしばれ。
キツいのいくぞ。

「あ、ああっ!」

「きゃあっ!」

へえ、知らなかったな。
女神の体にも、人間と同じ色の血が流れてるんだな。
紅を差す手間が省けてよかったな。

「な、なんと乱暴な・・・・・・!」

「あなたも他のトレーナー達と同じだというのですか? 思い通りにならなければ、暴力を振るう・・・・・・」

黙れ。
ビンタ一発ずつで済んでありがたいと思えよ。
何が平和の女神だ、愛の女神だ。
お前達の言う平和も、愛も、すべてまやかしだ。
薄っぺらいんだよ、そんなもの。
愛とは何か、平和とは何なのか、俺が教えてやる。
おら、股開けよ。
本当に子ども孕んで産めば、わかるだろうさ。

「ひっ・・・・・・」

「や、やめっ、こないで・・・・・・」

そうか。
その反応から察するに、これが何を意味してるか解るくらいには、外界慣れしてるようだな。
冗談だ、そう脅えるなよ。
あんまりにも馬鹿なことをのたまうもんだから、Nと同じなんじゃないかと心配したんだ。
でもな、訂正もしないし謝罪もしないぞ。
不潔だなどと否定もさせない。
粘膜の擦り合いで生まれるのもまた、平和と愛なんだ。
覚えておけ。
そうさ、Nが正し過ぎて歪んだ存在となったことが、N自身に責任なんてあるはずがない。
子が親を選べないように、育てられ方だって選べるはずがないのだから。
あんた達の言うゲーチスとやらは、確かに外道だろうよ。何の目的があってNをあんなにしたのかもわからない。
だがな、それを遠巻きに見ていた、あんた達はどうなんだ。
間違っていると、おかしいとわかっていながら、ずっと放置してきたお前達は。
それで親代わりなどと、よく言えたものだ。
本当にNのことを大事に思っているのなら、自分を犠牲にしてもあいつを外に連れ出したはずだ。
それをしなかったのは、わが身可愛さのため。
なんだ、結局自分が一番ってか。

「それは・・・・・・!」

違う、と言えるか。
ああなってしまったNの前で、違うと言えるか!
神だなんて自分で言う奴に、ろくな奴はいなかったが。
俺が一番嫌いな奴はな、そうやって、自分も苦しんでいたのだと被害者面する奴だ。
目を逸らすな。
お前たちがよってたかってNを壊したんだ。

「私たち・・・・・・が?」

・・・・・・俺の親の話をしてやる。
俺の両親はな、そう目立った所もない普通の両親だったよ。
でも俺が田舎は嫌だと家を飛び出して、トレーナーになって、そして悪の秘密結社なんて馬鹿なものに関わったばかりに、死んでしまった。
俺をかばったばかりに。
俺の代りに、死んでしまった。
喜んで、笑いながら。
遺跡と一緒に、土に埋もれて。
幸せそうにして、死んでしまった。
その日から俺は、ずっと後悔してるよ。
Nに同じ想いをさせろだなんて、言わないけどさ。
でもさ、親は子供のためなら自分の身を投げ出すくらいに必死になれるものだと、そう信じることはいけないことか?

「・・・・・・やはり、あなたにNを託すのは、間違いではなかった」

「Nのことを、どうかよろしくお願いします」

「不甲斐ない私たちに代って、どうかNの良き父となってあげてください」

「よろしくお願いします」

「私たちの身を捧げても構いません。どうか」

いいよ、別にそんなことしなくても。
さっきは俺も、ちょっと言ってみただけさ。ちょっとにしては、悪辣だったけれども。
それにこれだって、俺の自分勝手な思い込みなんだからな。エゴ以外の何物でもない。
大人のエゴに挟まれて生きることになるNは、どんな影響が出るものか、わかったもんじゃない。
それでも俺に託したいというのなら、いいだろう。
このままNを連れて行ってやる。
あいつ自身もそう望んでいることだし。
何より、俺の自己満足のためだ。
だからそんなに頭を下げなくてもいい。ちぇ、俺はお前達を殴ったってのに、そんなに笑うなよ。
まったく、俺は説教される側だってのに。
でもこういう人種には言う側の人格はさておき、ちゃんと言ってやらなきゃ駄目だと思う、のも痛い思い込みか。シンシアを馬鹿には出来ないな。
今日もまた俺の黒歴史が一ページ刻まれた。
クロイなだけに。
歴史を隠したいですね、と。
笑えない。
後で悶え苦しむとして。
おおいN、ポチ、そろそろ行くぞ!

「・・・・・・なるほど、そうやってサンシャインは宇宙に放り出されて、RXになったんだね」

「バーニンガ!」

「BGMもそんなに素晴らしいんだ。オール国内制作はお金がかかるっていうのに、ニッポン人の底力はすごいんだねえ。うん、ボクもそのアニメってやつが見たくなってきたよ」

おい、聞いてるのか。
お前達いつの間に意気投合したんだよ。
さっさと行くぞっての。

「うん。中々有意義な時間だったよ」

「グギギ・・・・・・」

「ははは、つれないなあ。もうボク達はトモダチだろ、ポチ?」

「ガーッ!」

名前呼ぶくらいいいだろ。
それ以外に何て呼べと。
は? レシ・・・・・・何? 最後まで言えよお馬鹿たり。
それとN、お前も俺に付いてくる以上は、何か別の名前を名乗ってもらうからな。

「ふうん、別にこのままでもいいのに」

よかねえよ。
トレーナーカードはいくらでも偽造できるけど、Nとか馬鹿正直に記載したら行く先々で職質食らうっての。
Nという名が持つ意味――――――NO NAMEか、NAMELESSか。
どちらにしろ、気持ちが良いものではない。  
それに、これも。

「あ・・・・・・」

王冠は、ここに置いていけ。

「でもそれは、ゲーチスが・・・・・・」

駄目だ。
俺についてくるつもりなら、そいつが条件だ。
お前の部下たちに命を狙われてるんだ。プラズマ団の王様が側にいたら、まずいのさ。
頭の上が寂しいっていうんなら、仕方ない。
こいつをくれてやる。

「わ、わ、これって」

俺の帽子。
お気に入りだけれど、お前にやるよ。
いいね、黒の帽子がお前の髪によく似合ってる。
そっちのが格好いいぜ。

「そう、かな。うん、そうか。ありがとうクロイ」

どういたしまして。

「キミも、そのガブリアスのお面、よく似合っているよ」

・・・・・・ありがとよ。
さて、そろそろ10分経つな。じゃあ、行くか。
そう言ってNと連れだって部屋を出ようとした直前、Nが後ろを振り向いて口を開いた。

「じゃあ、行ってきます」

くい、と帽子を直しながらそう言ったNの顔には、隠しようのない喜びの色があった。
部屋の中を確認することはしなかった。
見なくてもわかるさ。
女神みたいな笑みを湛えた女が二人、いるだけだからな。
さ、ここまで来たら後は一本道なんだろ?
そろそろ穴を掘る準備を頼んだぞ、カイリキー。
いつもみたいに俺の後ろにぴったり立とうとせず、先導してくれよ。






■ □ ■






『黒白:15日目』


さて、外である。
とりあえずは地下施設から脱出した後、大急ぎで穴を埋めてポケセンまで逃げ込んだ訳だが。
道中Nによる「あれは何」責めによって心身衰弱した俺は、倒れるようにして眠ってしまった。
こういう時に、ポケセンの無料宿泊施設は心底ありがたいと思う。
どこのポケセンに行っても出迎えてくれる同じ顔が心も癒し・・・・・・てくれたのならば嬉しいのだが。
変わらないあの笑顔に、うすら寒い恐怖を感じるのは俺だけなのだろうか。
全国に広がるポケモンセンター。
そこに務めている女性医師であるジョーイさんは、トレーナーのアイドル的存在として、広く認知されている。
というのも、どこのポケモンセンターに行っても美人のジョーイさんが出迎えてくれるからだ。ちなみにジョーイとはニックネームではなく、ファミリーネームであるらしい。
ここで疑問に思うのが、どこのポケモンセンターに行っても、というところ。
子供の頃、現役トレーナーだった頃は露ほども知らないことだったが、ニッポンの医者の殆どは、ジョーイ一族によって占められていたのである。
医師学会の名簿をみれば、上から下までずらりと『ジョーイ』。
医師学校の全校生徒は皆『ジョーイ』。
ジョーイ一族の女系には、強く遺伝子が反映されるらしい。同じ顔の女児ばかりが産まれるのだとか。
そこが女子校だったなら、軽いホラー体験が出来るだろう。絶対に行きたくはない。
しかし、医師会がジョーイ一族によって占められているということは、これ即ちニッポンの影の支配者とは・・・・・・。

「あら、おはようございます。昨日はぐっすりでしたね。その様子だと、もうすっかり元気になったみたいですね」

「タブンネー」

うおわ! じ、ジョーイさん!
き、急に出てこないで下さいよ。びっくりするじゃないですか。
タブンネも、カウンターでマスコット役させててくださいよもう。

「うふふ、お食事の方も準備できていますから、是非召し上がってくださいね。お連れの方はもう食道の方へ行かれましたよ」

「タブンネー」

これはどうも、ありがとうございます。

「それでは、私はこれで。あ、そうそう、クロイさん」

はい、何ですか?

「先ほどは、何かよからぬことを考えていませんでしたか?」

え・・・・・・。
あれ、何で。
急に寒気が。

「あらあら、お顔の色が優れませんよ? 大丈夫ですか? 看病してさしあげましょうか? 楽になりますよ」

「タブンネー」

い、いえっ、何も、大丈夫です。

「うふふ、それは良かったわ。それじゃあ、早くご飯を召し上がってくださいね。食べられなくなる前に」

ジョーイさんが階下に下りたのを確認してから息を吐く。
なんだったんだ、あのプレッシャーは。
昨日は気配の薄い奴らばかりに会っていたから、キツイの何の。
これ以上深入りしたら、どうなってしまうんだろう。
まさか、闇に葬られる、とかないだろうな。埋められるとか、海にまかれる、とか?
いや、まさか、な・・・・・・・。
考えすぎだな、きっと。

「タブンネー」

桃色の微動だにしない能面が、そこに在った。
つぶらな瞳がじいっと、まじまじと、こちらを見――――――て――――――る――――――。






■ □ ■






『黒白:16日目』


ああよく寝た。
なんか悪いな、N。
やっぱり俺、すっごい疲れちゃってたみたいでさ。
昨日一日中眠ってて、お前を放っておいたままにしちゃってごめんな。

「いや、いいさ。昨日は一日中テレビを見て、こっちの知識を取り入れていたからね。それにこうやってトゲキッスに乗るのは初めてだし、風がキモチイイしね」

だったらいいんだけど。
うーん、それにしてもいい気分だ。
昨日は何か、悪い夢を見ていたような気もするけれど。

「・・・・・・あまり気にしないほうがいいよ」

そうだな、気にしないほうがいいな。
今なら全部を許せるような気がするよ。
世界の汚さとか、歪みとか、一昨日から同僚がかけてきやがってた携帯の不在着信が3ケタ超えてたのとかもな。
穴から出て来た後、姿が見えないと思ったらあいつめ。影で何をやってたんだか。
はっはっは。
着信拒否の刑に処す。
メールも拒否設定にと。端末指定だからアドレス変えても無駄なんだぜ。

「風が気持ちいいね・・・・・・」

そうかい。
その感覚、忘れるなよ。
これが外の世界だ。

「これが、外の世界の――――――」

そうさ。
気持ちいいだろう。

「うん・・・・・・こんなに素晴らしい世界で、トモダチと一緒に過ごせたら、どれだけいいだろうね」

友達、ね。
それで、お前のトモダチは連れて来てやったのか?
ああ、聞かなくてもいいな。そのベルトを見れば一目瞭然か。

「ほんとうはこんなもの要らないんだけれど、仕方ないよ。ベルトを使うのも今だけさ。いつかは、きっと・・・・・・」

そのいつかがいつになるのか、俺にはわからないけれど。
まあ、その時がくるまではだらだらやっていこうや。
俺と一緒にさ。
遅れちまったけど、これからよろしくな。
N――――――。

「あ・・・・・・うん! よろしく、クロイ」

――――――なんだ。
ちゃんと笑えるじゃないかよ、お前。
いい顔してるよ、ホント。






■ □ ■






『黒白:17日目』


帰ってきました我が家です。
普通に『そらをとぶ』でイッシュ横断したら、やっぱり半日は掛かるな。
ポチの奴は拗ねちゃって、うんともすんとも返事すらしないし。
帰りは背中に乗せて飛ぶのを断固として拒否してたし。

「ギリギリギリ・・・・・・」

歯ぎしりうるせえよ。
そんなにNが嫌いか、お前は。
いい加減姿を現したらどうだ。
一緒の家に住む以上、隠れっぱなしって訳にもいかないだろう。
嫌だってか。
ふーん、じゃあただの石ころに用はないな。
しばらくこの箱の中にしまっておこう。
もうすぐ、ふたりはセンチュリーキングスの放送時間だけど、別にいいよな?

「ンガッ! ガッ、ガガガガガガ・・・・・・!」

そんな葛藤するような問題か。
いいから、意地張ってないでさっさと出て来いって。
Nなんか昨日の夜からテレビの前にかぶりついてるじゃないか。
まるで初めてあった頃のお前みたいだ。
って痛い痛い痛い。
出て来たはいいが頭をかじるな。

「ああ、思っていた通りだったキミはやっぱり」

「ルーワ!」

「・・・・・・そうだね、キミはポチだったね。さあ、もうすぐアニメっていうのが始まるよ。こっちで一緒に見よう」

ほらポチ、Nは受け入れ態勢なんだからさ、仲良くしろって。
二人で仲良くテレビでも見てな。
始まるぞ。

『前回のあらすじ――――――』

『グアアアア! こ、このザ・ブドーと呼ばれる四天王の海王星が、こんな小娘に・・・・・・バ、バカなアアアア』

『海王星がやられたようだな・・・・・・』

『ククク、奴は四天王の中でも最弱・・・・・・』

『人間ごときに負けるとは魔族の面汚しよ・・・・・・』

『くらえええ! リボル剣!』

『グアアアアアアア』

『グアアアアアアア』

『グアアアアアアア』

『やった・・・・・・ついに四天王を倒したぞ・・・・・・これで皇帝のいる戒魔界への扉が開かれる! ノブヒコの仇が討てるぞ!』

『果たしてサンシャインはノブヒコの仇が討てるのか・・・・・・がんばれサンシャイン! 負けるなサンシャインBLACK’RX!』

『生きてるよ!? わたし生きてるよ!?』

不憫な子・・・・・・!

「これは素晴らしい・・・・・・!」

「バーニンガー・・・・・・!」

やれやれ、二人仲良く肩並べちゃってまあ。
手間のかかることで。






■ □ ■






『黒白:18日目』


とりあえず地下の一件をジャガさんには報告したけれど、返って来た返答は現状維持、だった。
遺跡を潰してリーグを建設した手前、調査不足で地下に埋没していた部分を見逃してました、とはいかないようだ。
国家事業、いや世界事業としてリーグの運営が行われている以上、手抜きがあったなどと認めてしまうのは、面子に関わる問題となる――――――というのが、裏の理由。
真の理由は、もうこうなってしまった以上、地下に巣喰っていたプラズマ団に何をかをさせて、国家に対するテロリズムとしてまとめて処分してしまおう、というものだった。
テロだったから仕方ないよね、テロ許すまじの精神で、手抜き工事であったという事実を隠ぺいしようという魂胆である。
よって、表には問題なしとして発表されることになるのだとか。
奴らが何か行動を起こした瞬間に、電撃作戦で本拠地ごと潰せばいいとか、何とか。
プラズマ団のトップであるNがこちらの手の内にある以上、破滅的なテロ行為に及ぶとは考え難いため、処理も簡単だと判断したのだろう。
まさかNが自分から侵入者について行ったなどとは、誰もわからないはず。
今頃はNの捜索に躍起になっているだろう。
逃がすなよ、とはジャガさんの言。
ジャガさんも、まさか地下に過激宗教団体が潜んでいたとは、思っても居なかったようだ。
それでも対応を一瞬で決めたのは驚嘆に値する。
つまりは、“釣り”をするまでの準備期間を稼げということだ。
獲物は必ず掛かるのだから、焦ることはないと。
問題は戦力が揃うかどうかだが・・・・・・とそこまで告げて、俺の反応をうかがうジャガさん。
わかりました、と答える他はない。
俺も戦力の一員に数えられてしまったが、Nを連れ出した時点で、それはもう逃れられない運命だったと覚悟しよう。
しばらくは様子見だ、ということだ。
とりあえず、現時点での問題としては。

『んんん、ノブヒコの仕業か! ゆるざんッ!』

『ち、ちがっ・・・・・・! 違うよ! お願い、皆信じて・・・・・・ねえ!」

『魔女がいるぞ、魔女がいるぞ!』

『この教室の中に魔女がいるぞ!』

『魔女にはシルシがあるという・・・・・・そいつの服を剥げ!』

『ひゃあ! わたし魔女じゃないよ! 違うよ!』

『あったぞ! シルシだ! こいつ肩に穴がいくつも空いてやがる!』

『それは罪科の数だ!』

『違うよ! はんこ注射のあとだよ! 信じて!』

『ひゃっはー! 魔女は火あぶりだー! 薪持ってこーい!』

『嫌あ! 助けてサンシャイン!』

『わかっているわ、ノブヒコ。助けてあげる。あなた、裸になって寒いでしょう? だから、ね。ほら、火であぶって暖めてあげるわ。ほら、ほら。ほらほらほら』

『うあああん! 熱いよ! 熱いよ!』


日曜の朝に放送していいってレベルじゃねーぞ。
本当に子供向け番組かよ、これ。

「なんだろう、この気持ち・・・・・・胸の高鳴りは・・・・・・」

「モエルーワ!」

「モエルーワ? これがモエルーワなのかい!?」

昨日からオールとか、お前等いい加減にしろよ。
もう寝なさい。

「もう少し、あとちょっと! あと5分だけみたら・・・・・・!」

はあ、わかった。
あと少しだけだからな。






■ □ ■






『黒白:19日目』


N壊れた。






■ □ ■






『黒白:20日目』


「キミは紐こそが究極だと言う。確かにそれの素晴らしさは認めるよ。でもね、青と白のストライプに勝ることはないんじゃないかな?
 縞こそが至高。青と白の縞こそが、人類が辿りついた英知の結晶だとボクは思う。そう、あの青く広がる空と雲のように、無限の可能性がそこにはあるんだ!
 青か白か、何てはっきりとしていてシンプルな答えなんだろう! そこにはグレーな答えなんて存在しない。青か白、その二つしか存在していないんだ!
 青と白で区切られた三角地帯こそ、人とポケモンが手を取り合えるユートピアなんだ!」

「ハッ、バーニンガ」

「くっ、なんてわからずやなんだ! クロイ、キミはどう思う?」

うるせえ。
そんなもんどっちでもいいじゃないか。
喧嘩するくらいなら、いっそストライプの紐でいいだろ。

「この、ド外道が! キミは何もわかっちゃいない!」

「バーニーンガガーッ!」

「ポチの言う通りだよ! あれはもう既に完成した存在なんだ。これ以上手を加えたところで、そんなものは人間の浅知恵でしかない。
 人が足を踏み入れていい領域を超えているんだよ。神を冒涜するに等しい行いだということに何故気付かないんだ。
 二兎のミミロップを追う者は一兎のミミロップも得ずという言葉を知らないのか、キミは!」
 
うるせえよ。
聞いちゃいねえよ。

「キックをした時にスカートがまくれ上がった瞬間、チラリと見えるツートンカラーの素晴らしさ・・・・・・・キミと分かち合いたいんだ!
 そうすればきっと、ボク達はトモダチになれる!」

うるせえ。
なりたくない。

「ボクの全身からあふれる縞パンへのラァァアアアアアッッヴ! 見せてあげるよ!」

見たくない。
もう、クロイ家は、駄目だ。












これで脱字等は大丈夫、なはず?
腰がバーニンガしてまともに文が打てなかったですw
所々文体崩れ等ありましたら、報告願いたいです。
直せるよう努力します。



[21478] 試作・おまけ
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/01/27 06:12
2011/01/27
ageちゃったorz

番外編、ネタ試作等はこちらに追加していくことにします。
試験用ページです。


■ □ ■


予告編:ぽけもん黒白『Best Wishes』


バッグの中・・・・・・軽石が蠢いている!?

「キミのライトストーンが・・・・・・! いや レシラムが!」

周囲のオーラを取りこんだ軽石がそれを強烈なパワーに変換し――――――。
今・・・・・・解き放つ・・・・・・!!

「ンバーニンガガッ!!」

現れたのは、純白の白陽ポケモン――――――レシラム!

「ゼクロムとレシラムは・・・・・・もとはひとつの命・・・・・・一匹のポケモンだった。
 正反対にしてまったく同じ存在。ゼクロムとレシラムも英雄と認めた人物のもとにあらわれるポケモン・・・・・・。
 ・・・・・・そうか、やはり、キミも。
 そのポケモンがなんと言っているか教えてあげるよ。
 『キミとたたかいたい なかまにしてみろ』
 ここまでやってきたキミが、真実を求めたいのか、確かめるつもりなんだね。
 ボクもキミの力を知りたい・・・・・・。さあ!レシラムを捕まえキミの仲間にするんだ!!
 心してかかりたまえ。レシラムは善の心を持たない人間を焼き尽くすというよ」

レシラムは、つかまえてみろ! と見詰めている・・・・・・。

――――――大きく息を吐いた。
一年以上も一緒にいて、こいつは何も学んでいないらしい。
・・・・・・そうか。お前はレシラムになってしまったんだな。
なら、俺が今何を思っているか、お前にはわからないんだろうな。
教えてやるよ。
いらないんだ。
俺には伝説は必要ない。
レシラム、お前は必要ないんだ。

「・・・・・・ルーワ」

ポチ、っていうお前によく似たポケモンがいたよ。
そいつはすごく変な奴でさ。初めて会った時は、そうだな、お前みたいな眼をしてたよ。
そうやって世界を見据える、深い色の眼を。
でも俺には、少しも世界なんて見えなかったんだ。
そいつはすぐに解ったんだろうな。俺は英雄になれない、いや、ならないってことを。
でもそいつは、俺のそばから離れなかったよ。
ただの気まぐれだったのかもしれないし、他に行くあてがなかったのかもしれない。
もしかしたら、俺の心変わりを待とうとしたのかも。
そうやって、俺達は一緒に暮らし始めて・・・・・・。
はは、そいつ、本当に変なポケモンだったんだ。
一日中テレビにかぶりついててさ、アニメが大好きで・・・・・・。
尻尾の火を使って作ってやる卵焼きが好きで・・・・・・。
俺も、そいつと一緒にいる時間が好きで・・・・・・。
いつからだろう、そいつのこと、家族みたいに思ってたんだ。
一緒に馬鹿やって、笑っていられたら、それでよかったんだ。
ずっと寂しかったんだ。
父さんも、母さんも、俺が殺してしまった。
あの家にいると、胸をかきむしりたくなるくらい苦しかった。
でも・・・・・・ポチが俺を救ってくれた。
あいつが俺の家族になってくれたおかげで、俺は救われたんだ。
レシラム、お前じゃない。
お前じゃあ、ないんだよ。
Nは自分の望みを叶えるために、伝説のポケモンを欲した。
英雄になって、望みを叶えるために。
例えおまえを捕まえて、俺が英雄になったとしても・・・・・・俺の望みは、叶わないんだよ。
だから俺は、伝説なんかいらない。英雄になんか、なりたくない。
お前なんかいらない。
俺から家族を奪ったお前の力なんぞ、死んでも借りるものか。
お前の力なんぞなくったって、俺は負けない。
俺はずっと幸せだったんだから。俺の望みはもう、叶ってしまっていたんだから。
そいつはもう、居なくなってしまったけれど、俺のポケモンって訳じゃあなかったけれど、でも俺達は確かに通じ合っていた。
その事実だけで十分だ。俺は無敵になれる。
もう一度言ってやる。
お前の力なんぞなくたって、負けるものかよ。
だからな、レシラム。
もしもお前が俺に家族を返してくれる、って言うんなら。
そこで黙って、見ていやがれ。

「バーニンガ!」

そういう訳だ、N。
お前の相手は俺だ。
英雄でも何でもない、ただのボンクラ男、クロイだ。
悪かったな、英雄じゃなくてよ。

「馬鹿な……それでボクたちを止められるのかい!」

さてね。
やってみないと解らないさ。
ただ一つ言えることがある。
お前は言ったよな、理想の世界を実現するために伝説のポケモンの力を借りるんだ、って。
あの時俺は何も言わなかったけれど、いいさ、言ってやる。
薄っぺらいんだよ、お前の理想は。
初めっから伝説頼りか。
自分というものがなかった、なんて、そんなのが言い訳になるもんか。
カビ臭い伝説なんてものがなきゃ実現できない理想なんぞ、何の価値がある。
後ろだけを見詰めて来た奴が、今を生きている者たちに口出しするな。
英雄ってのはな、なるもんじゃないんだ。
尊い行いをした物が、そう呼ばれるようになるってだけなんだよ。
英雄になるしかないなんて、自分では何も出来ないと初めから全面降伏しているやつが、世界なんぞ変えられるものか。

「違う・・・・・・違う! 
 理想を追い求める英雄に、ゼクロムはその力を貸すといわれている!
 ゼクロムがボクの力を認め、ともに歩むことを決めたんだ!
 ボクは世界を変えてみせる! その資格がある!」

考え直せ、N。
やり方を間違えても、理想を追い求めるお前の情熱は本物だった。
でもな。
それが本当に、お前の望みだったか?
なあ、N。
俺達は――――――。

「世界はボクではなくキミを選ぶというのか!?
 そんなはずがない! キミは英雄になることを放棄した!」
  
聞いてくれ、N。

「これはボクだけの理想ではない! ポケモン達もそう望んでいるんだ! これが世界の望みなんだ!」

N、聞けって。
N――――――。

「いいさ。キミが英雄にならないというなら、それで。同じ時代に二人も英雄はいらない。英雄は一人でいい。
 ボクは理想を実現するだけだ。ゼクロムとともに! そのためには英雄の力をしめさなくてはいけない!
 だからクロイ、ボクは君を――――――」

うるせええええええええ!
うるせえよこの家出少年が!
何が理想だ! 何が真実だ!
ここには俺とお前しかいない!  
俺はお前を見ているぞ! だのに、なぜお前は俺と向き合おうとしない!
英雄だからか!
違うだろ!
恐れるな、俺を!

「恐れている? 君を? 馬鹿な! ボクにはゼクロムが・・・・・・」

俺達が始めて合った時、俺はお前を恐れた。
怖かったよ、お前のことが。
からっぽなお前が、怖かったんだ。まるで底の無い井戸を覗きこんだようで。
あの時は、お前が得体のしれない奴だから怖かったんだと思った。
でも、違う。
お前は、俺だったんだ。
寂しさに叫ぶ、俺だったんだ。
俺は俺を認めることが怖かったんだ。
今でもそうだ。俺は自分を認めることが出来ないでいる。
そうさ、人は自分を認めることは難しい。
他人を認めることは、もっと難しい。
だからポケモンを傷つける。言葉の、想いの通じないポケモンを。
でもな、出来るんだよ。
きっと出来るんだ。
通じ合うことは出来るんだよ。
認めあうことは出来るんだよ。

「わ、わかったような、ことを・・・・・・・!
 キミだって今まで信じるもののために争ってきたはずだ。
 だのに、なぜ!」

N――――――。

「ボクはN! プラズマ団の王! ポケモンのポケモンによるポケモンのための国を造るために、立ち上がらなければならない!」

N――――――。

「こんな帽子なんて・・・・・・! ボクに相応しいのは、この王冠だ!」

N――――――。

「ボクは、ボクは・・・・・・」


N――――――。

――――――救ってやる。


「う――――――ううあああああっ! なぎ払え、ゼクロム!」

「ババリバリッシュ!」

天空に舞え! ガブリアァァァス!

「ボクには未来がみえる! 絶対に勝つ!!」

家に帰ろう――――――ノブヒコ。

「モエルーワ!」

まったく。
うるせえんだよ、ポチ――――――!




世界を変えるための数式が、今――――――。
ぽけもん黒白『Best Wishes』予告編。
ここまで続けられるか!?



[21478] 【習作】東方ss 傘屋さん (試験作発掘)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/02/04 10:41
しとしとと降る雨の中、青年が独り、丘を歩いていた。
傘も差さず、安物のスーツも濡れるに任せて、黙々と歩いていた。
歩みを進める青年の眼は、何も映してはいなかった。瞳に濁りは無く、振り続ける雨の滴のように色が無く、透明だった。
考えて考え果てて、思考を放棄してしまったかのように、表情は呆けていた。
重い足取りは、行く宛てが無いように思える。
項垂れて歩く様は、まるで迷子の様。
ふらふらと危なっかしい青年を盗み見て、外来人か、と多々良小傘はほくそ笑む。
これはこれは、随分とまた無防備な獲物が来たものだ。
外来人であるのだから当然だけれども。
奴らは皆、自分が害されるなどと、夢にも思ってはいないのだ。
一体どれだけぬるま湯に漬かった世界で過ごして来たのだろう、と妬ましく思ってしまう時もあるが、橋姫でもあるまいしそれを口にすることはない。
自分は自分の仕事・・・・・・ライフワークをするだけだ。生きるための仕事を。
さあ、恐れ慄くがいい。
人間め。

「うらめしやー」

わあ、と青年が声を上げて飛び退る。
しきりに首筋を擦っているのは、不快感を拭うためか。
わあわあと喚く青年に、満足そうに小傘は頷く。
やはり、こんにゃくはいい。
芋をつぶして灰汁に浸して固めただけの物体、こんにゃくは、いつも私に勇気を与えてくれる。
人間を驚かすには、こんにゃくを首筋に当てるのが一番だ。

「ふっふっふ、驚いた?」

青年は眼を白黒とさせながら辺りを見回していた。
当然だ。
声の主は今、空に居るのだから。
小傘は空中から、青年にこんにゃくの一撃を浴びせたのだった。
雨音が強くなる――――――。
雨を受ければ受ける程、小傘の胸の内に暗い炎が燃え上がった。
憎い。
憎い。
人間が憎い。
私を捨てた、人間が憎い。

「だから驚け。もっと驚け。さあ、わちきを見て驚くがいいわ」

小傘は青年の前へと飛んで降りる。
急に現れた小傘に、青年はうわあと声を上げて尻餅を突いた。水溜りに腰を突いたようで、ばしゃんと泥が跳ね、青年の安っぽいスーツの尻が、どんどんと茶色に染まっていった。
いい気味だ、と小傘は笑う。
それでは、トドメだ。

「当たって砕け、うらめしやー!」

ずずい、と小傘は肩に差していた薄紫の傘を、青年へと突き付ける。
ぎょろり、と眼を剥く傘。
傘には巨大な眼球と、大きな舌が生えていた。軸の先、取っ手には下駄が。小傘の傘は、化け傘だった。
小傘は人間ではなかった。小傘はからかさお化け、と呼ばれる妖怪だった。小傘の本体は、つまりはこの薄紫の傘であった。
さて、どのような反応を青年は見せてくれるのだろうと小傘はにやりとしたが、小傘が期待していた程、青年は驚いてはいなかった。
呆、としたまま小傘を見上げる青年。
もしや驚き過ぎて気をやってしまったのか、つまらない、と小傘が疑いを抱き始めた頃、化け傘の長い舌が、小傘の背を舐め上げた。

「・・・・・・あれ?」

はて、と小傘は小首を傾げる。
おかしい。
化け傘の目玉と舌を、この青年に見せ付けてやったはず。
だというのに、舌が背を舐めるとは、どういうことか。
もしや、全く向きが逆ではないのだろうか。

「もしかして・・・・・・間違え、ちゃった?」

つまり、小傘は今、化け傘の裏を青年に突き付けていることになる。
急に現れた小傘に驚いて倒れた青年だったが、見目が幼い少女と知るや、驚愕は疑問の表情へと変わっている。
また失敗した、と小傘は頭を抱えたくなった。
なんだ、これは。
倒れた人間にただの傘を突き付けて、これでは馬鹿のようではないか。

「ええと」

ここでようやく青年が声を上げた。
戸惑いながら、青年は小傘へと話しかける。

「もしかして、傘、貸してくれるのかな?」

起き上がりながら手を伸ばした青年は、化け傘の柄を掴んだ。
変わった柄だね、などと言いながら、化け傘の下駄をそっと握る。
体から離れた感覚器から送られる刺激に、小傘はひゃあっ、と驚きの声を上げた。
そして、うわっと両手で口を塞ぐ。
しまった。
自分が驚いてどうするのだ。
これではあべこべではないか。

「ありがとう、お嬢ちゃん」

小傘の手が離れた隙に、青年は傘をひょいと掲げた。
青年の頭上で、化け傘が眼を白黒とさせている。
小傘もどうすべきか解らなくなった。
どうしようか。
弾幕をばら撒いて逃げようか、と小傘が指先に妖力を集中させると同時、青年がその指をそっと握った。
集中が乱され、妖力が霧散する。

「お嬢ちゃん、君の善意は有り難いけれど、さっきみたいなのは危ないよ。傘は刺すものじゃなくて、差すものなんだから」

「いや、そうじゃなくて、わちきはあんたを驚かせようと・・・・・・」

「驚かせる? もしかして、このこんにゃく、お嬢ちゃんが投げたの?」

「そうそう、それそれ! どうだ、驚いたかー」

「いや、まあ、確かに驚いたけども。でも今時首にこんにゃくって、ちょっと古いんじゃあ」

「なんと、わちきが時代遅れともうすか」

「それはいいとして、駄目だよ、傘を人に向けたら。道具はちゃんと使ってやらないと、可哀想じゃないか。こんなに綺麗な傘なんだから」

「・・・・・・あ」

「でも、ありがとう。もうずぶ濡れだから、あんまり意味は無いかもしれないけれど、嬉しいよ」

服が濡れちゃうよ、などと頬笑みながら、髪から水を滴らせて青年は小傘と並んで傘を差す。
どこに行くのかな、という優し気な問いに、小傘は思わず、あっち、と指を指し示してしまった。
別段、どこかに行こうと思っていたわけではない。
ただ反射的に、指を指してしまったのだ。
どうしてか小傘は、凶暴な妖怪が出没しない人里までのルートを、この青年と一緒に歩くことになった。
道すがら、無言で歩き続けるのも気まずいと、何となく小傘は幻想郷について青年に語る。
やはり青年は外来人であったらしい。結界で外界と遮断された異世界が在ったことに、ははあ、と感心していたようだった。
もちろん小傘は妖怪についても語ったが、これもどうしてか、自分がその妖怪であるとは言いだせずにいた。

「どうしてこうなったのか。うらめしや」

「君は変わった子だね。こんなボロ男を助けてやろうだなんて、今時珍しい思いやりを持ってる。ああ、幻想郷では珍しくないのかな」

「知らないよ、もう」

青年に手を引かれたまま、小傘は肩を落とした。
雨で体温を失った青年の手が、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。
自分の手の体温が青年の手へと移ればいいのに、と小傘は何となく思った。

「・・・・・・ねえ」

「うん」

「さっき、この傘が綺麗だなんて言ってたけど、本当?」

知らず、握った手に力が込められた。
どうしてか。
どうしてか、小傘は、青年に問わずにはいられなかった。
本当はすぐにでも問い返したかったが、これも何となくすぐに聞く事がためらわれ、幻想郷の話だとか妖怪の話だとか、どうでもいい話題ばかり振っていたのだ。
青年はしきりに感心したように頷いていたが、本当に信じているのだろうか。
ここは異世界です、などと説明されたとしたら、自分ならばそう言った奴の正気を疑うか、これは夢かしらんと自分を疑うかのどちらかだろう。
青年の言葉が真実であるかどうかの確証が持てず、小傘は恐怖を抱いていた。
馬鹿な、と自分の冷静な部分が警鐘を鳴らす。
何を恐れているのか。
青年が幼子の話に相槌を打っているだけのお人よしだったとしたら、何だというのだ。
だというのにどうして、こんなにも心の臓が痛いくらいに脈打つ。
どうして、どうして・・・・・・こんなにも期待で胸が膨らむのだ。その期待が打ち砕かれるかもしれないと、恐ろしく思うのだ。
今更人間などに、何の期待を抱いているというのだ。

「本当だよ」

「・・・・・・嘘をお言いよ。穴だって空いてるし、色も形も、まるで茄子みたいじゃないか。ねえ、正直に言っておくれよ。こんなヘンテコな傘、いらないって。
 オンボロ傘なんて捨ててしまえって」

「捨てるだなんて、とんでもない。立派な番傘じゃないか。骨は痛んでいないし、穴もふさげばいい。これぐらいなら、俺でも直せるよ。
 まだまだ現役だぜ、こいつは。番傘職人の居る町で生まれ育った俺が言うんだ、間違いない」

なんて、おどけたように肩を竦める青年に、小傘は飛び付いた。
いや、縋り付いた。
その時には小傘にはもう、どうしてか、などと自問する余裕などなかった。

「ほんと? ねえ、本当? 本当にまだ使えるの? 使ってもらえるの?」

「本当だとも。これだけしっかりした良い傘なんだ。使ってやらなきゃ、もったいない」

小傘の全身に震えが奔った。
雨の寒さに凍えたわけでも、先ほどから鳴いている雷に撃たれたわけでもない。
歓喜に小傘は震えていた。
嬉しい。
嬉しい。
震えが止まらない。
ぶるぶると震える手に、青年が怪訝な顔をして小傘と眼を合わせる。
大丈夫だよ、と頬笑みを返したが、うまく笑えているのだろうか。
たぶん無理だろうな、と小傘は思った。
だって、雨が眼に入ったわけでもないのに、こんなにも視界が滲んでいる。

「ねえ、お嬢ちゃん、どうしたの? そんなに震えて、寒くなったの?」

「うん、そうだよお兄さん。だからもっとひっついてもいいかい?」

「それは構わないけれど。どこか具合でも悪いの? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。嬉し過ぎて、死んじゃいそうなだけだから。ううん、違う。消えちゃいそうなだけだから」

「それは大丈夫じゃないんじゃあ・・・・・・」

「いいんだよ」

いいんだよ、ともう一度言って、小傘はにっこりと笑う。

「恨みつらみ雨あられで、打たれて濡れて妖怪になったのなら、お天道様が晴れたなら、からっと乾いて消えて無くなるのは道理だよ。
 ね、お兄さん。笑っておくれよ。わちきはお兄さんのその気の抜けた笑い顔が、好きになっちゃったんだ。だから、笑っておくれよ。
 そうじゃないと化けて出てやるぞ。うらめしやー」

「お嬢ちゃんみたいに可愛いお化けなら、大歓迎だよ」

「そうそう、その顔。あはは、なーんにも考えてないの丸出しの顔。あはははは」

「ひどいな。そんなに面白い顔してるかな、俺」

あはは、とひとしきりに笑って、小傘は目元を拭う。
涙が出るのは、笑いすぎたからだ。そう思った。

「ね、お兄さん」

小傘は青年の手を離し、たっと傘から駆け出る。
青年がきょとんとした顔でいるのが面白くて、また小傘は笑った。

「その傘、お兄さんに上げるよ。捨てるなりなんなり、好きにしておくれ。
 でももし大事にしてくれるなら、きっとその傘はお兄さんを守ってくれるよ。
 お兄さんがそうやって能天気に笑っていられるように、お兄さんを凍えさせる雨から、ぜーんぶ守ってくれる」

濡れちゃうよ、と伸ばされた青年の手を切なそうに見詰めて、小傘は首を振った。

「この道を真っ直ぐに行けば、人里がある。ここから先は、あちきは一緒には行けない。お兄さん一人で行くんだ。いいね」

小傘は青年の背後を指差す。
つられて青年が後ろを向いた。もう人里の灯りが見えていた。
この先は人の生活圏だ。
商売以外で足を踏み入れる妖怪はいない。
この道を真っ直ぐに歩いて行けば、問題無く青年は人里の守護者に保護されるだろう。
それが小傘には、何にも変え難い程に嬉しく思えた。

「それじゃあお兄さん。短い間だったけれど、本当に楽しかったよ。ありがとう」

「お嬢ちゃん?」

青年が振り返った時にはもう、小傘の姿はどこにも無かった。
しばらく考え込んだ後、青年は人里へと足を進める。
ふと、何処からか声が聞こえてきたような気がした。

「“わたし”を大事にしてね。お兄さん」

こうして青年は、傘職人として人里に受け入れられることとなった。
青年の作る傘は評判が良く、雨漏りもせず色使いが斬新で美しいことから、里中に重宝されたという。
傘の彩りに魅せられた物造りの職人達が、幻想郷の文化に新たな風を吹かすことになるのだが、それはまた別の話。
何の障害もなく人里に受け入れられた青年に、ケチが付いたとしたならば、唯一つ。
それは傘職人の癖に、自分の使う傘の趣味が、非常に悪いということだけだった。
紫色の、大きな目玉模様が描かれた薄気味の悪い傘。閉じればまるで茄子のような、所々ツギハギだらけのオンボロ傘。
そんな傘捨ててしまえ、と里人に言われる度、青年は能天気に笑って、これでいいのだと肩に傘を差してみせた。
あの雨の日から、オンボロ傘は青年の肩にある。






■ □ ■






「こんにちは。小傘屋の店主ですが、ご注文の品をお届けにまいりました」

「・・・・・・」

「あの、サインを頂きたく・・・・・・」

「・・・・・・くかー」

「あの、ホンさん? 起きてくれませんか? ホンさん、ホンさーん」

「すぴー・・・・・・もう後五分ぬはぁ!? どこからかナイフが! ナイフが! 痛い!」

「おはようございます、ホンさん」

「あー、おはようございます、傘屋さん。あはは、お見苦しい所をお見せしちゃいまして、申し訳ないです」

「いえいえ、咲夜さんも大変ですね」

「ちょ、痛い! ナイフ文ですか、これ!? 『そうなんですよ。中国が役立たずで』とか書いてありますし!」

「はは、お二人とも本当に仲が良いようで。ホンさんと咲夜さんを見ていると、少し羨ましく感じてしまいますよ」

「ホン・・・・・・さん・・・・・・? え、誰ですか?」

「えっ?」

「・・・・・・あ! あ、あーあー! 私のことですね! あ、あはは! そうそう、私の名前、ほんめーりんっていうんですよ! 
 あはは、もう本名で呼ばれなくなって何年も経ちますから、忘れちゃってましたよー。あはは、あはははは、はは・・・・・・あうう」

「ええと、ほ、ほら、飴ありますよ? 甘いですよー美味しいですよー。ほら、口開けて」

「あうう、いただきます・・・・・・あむ」

「どうですか?」

「おいひいれふー。うう、もう私の味方は傘屋さんだけですよー」

「そんなことはないですよ。紅魔館の皆さんは、みんなホンさんのことが大好きですよ。さ、ナイフが刺さったところを見せて」

「あ、こんなの直ぐになおりますから、大丈夫ですよ」

「駄目ですよ。頭の傷は、油断しちゃいけません。痛くしませんから、あまり動かないでくださいね」

「あ、あう、あう・・・・・・あ、あのもう大丈夫ですから! そ、そんなに優しく撫でないでくださいよー!」

「本当にもう傷が塞がってる・・・・・・解ってはいるつもりでしたけど、やっぱり妖怪の皆さん方はすごいなあ」

「うわーうわー、顔が熱いですよもう。この人のこういう所が、お嬢様が夢中になる所なんだろうなー。あ、どうぞどうぞ傘屋さん、遠慮せず中に入ってくださいな。
 お嬢様が首を長くして待ってますから。お仕事頑張ってくださいねー」

「ありがとうございます。ホンさんも門番のお勤め、頑張ってくださいね。はい、もう一つ飴をどうぞ」

「わーい、ありがとうございます! はー、飴ちゃんおいひー」

「・・・・・・遅い! いつまで中国と喋っているの! 人間の分際で、このレミリア・スカーレットを待たせるなんて、覚悟は出来ていて?」

「それは・・・・・・申し訳ない。品物は出来次第、すぐにお届けに上がるのが筋だというのに」

「止めなさい。私の前に立つ者がそんな顔をするなんて、私の格が疑われるわ。でも、そうね、あなたには罰を与えましょう。
 失態には罰を。それが筋というものでしょう?」

「仰る通りです、レミリアお嬢様」

「潔くてよろしい。でも減刑はしないわよ。あなたには罰を与えるわ。吸血鬼が執行する、世にも恐ろしい罰をね」

「はい。何なりと、罰を」

「では、まずはそこの椅子に掛けなさい」

「はい」

「膝を直角に。椅子に沿うように深く腰掛けなさい」

「はい」

「よいしょ、よいしょ、と」

「・・・・・・」

「あなたに与える罰を教えてあげる。そう、確か、石抱き責めというのかしら。膝の上に重りを乗せる罰よ」
 
「・・・・・・あの」

「くすくすくす、恐ろしいでしょう? でも許してあーげない! あはは! 泣いて許しを乞えば、気が変わるかもしれないわよ? ほら、言ってみなさいよ、ほらほら」

「あの、揺すらないで」

「罪人は黙りなさい。刑の執行中よ。まさかとは思うけれど、重いなんて泣きごとを言うんじゃないでしょうね? ああ、嫌だ嫌だ。人間は何て脆弱なんだろう。
 こんな程度で重いなどと、重い、とか・・・・・・お、重くないわよね? ね?」

「むしろ羽のように軽いです」

「そ、そう。よかっ・・・・・・ふん! まだ根を上げないなんて、人間にしては中々やる奴だ。ではお前に、更なる屈辱を与えてやろう。
 ああ、丁度ここに焼き立てのクッキーがある。これをお前に食べさせてやろう。おっと、勘違いするなよ、人間。これは罰なのだから。
 お前にはこれを、手を使って食べることを禁ずるわ。そう、私がお前の口に詰め込むままに、お前はこれを食べなくてはならない。どう? 屈辱的でしょう?」

「ありがとうございます。それ、お嬢様が作ったんですか?」

「ええい、黙れと言ったのが解らないの? まだ無駄口を開く余力があるようね。いいわ、その口、塞いであげる。口を開けなさい」

「はい」

「もっと大きく。あーん」

「あーん」

「ん、これ、大きすぎるわね。喉に詰まらせないかしら・・・・・・小さく砕いて、と。さあ、自分の意思に反して食物を胃に詰め込まれる苦しみ、とくと味わうがいいわ!」

「わあ、これ美味しいですね。うん、美味しい。ほどよい甘みに、ちょっとだけ苦味が効いて、こりゃあ美味しいや」

「な、何度も言わないの! 刑の執行中よ!」

「すみません、お嬢様」

「ふん。まったく、小憎たらしい人間だこと。何よ、これじゃあやりづらいじゃないの。よいしょ、と、これでよし。
 こうやって向き合っていた方がいいわね。うん、いい。さあ、まだまだあるわよ、どんどんいくわよ。覚悟することね」

「はい。もうちょっと大きく口を開けたほうがいいですか?」

「そうね、もっとあーん、てしなさい。あーん」

「はい。あーん」

「あーん」

「あーん・・・・・・って、フラン! あなたどうしてここに!」

「んー、それって扉のこと? 封印のこと?」

「両方!」

「封印なんてもう、意味ないでしょ。扉はきゅっとしてドッカーンってしたら、無くなっちゃった。あははー!」

「あなたは一々あの分厚い鉄門を壊さないと外出できないの? あれ一枚用意するのに、幾らかかるか知っていて?
 だからあれほど、上の空き部屋を使いなさいと・・・・・・!」

「いいじゃないの。私に隠れて面白そうなことやってたんだし」

「これは、その、違うの! ば、罰なのよ! この思い上がった人間に、スカーレット家の家長として罰を与えていたの!」

「へー、罰だったんだ。じゃあお姉様、私と交代してよ」

「・・・・・・え?」

「いやいや、家長が手ずから罰を与えるとか、ダメでしょーもー。こういう汚れ役は私が変わってあげるから、ね。さー下りた下りたー、どーん!」

「きゃっ、押さないでよフラン!」

「んっふっふー。さー覚悟はいいかー傘屋よー。フランドール・スカーレットがお前に罰を与えるぞー」

「お手柔らかに、妹様」

「いい心がけだー。・・・・・・はむっ。はーふはへ」

「さあ喰らえ、と仰っているのですか?」

「く、口に咥えて直接・・・・・・マウス・ツー・マウス!? フラン、怖い子!」

「あの、あえて触れませんでしたけど、先ほどから咲夜さんがビデオを回し続けているのが気になるのですが」

「私の事は起きになさらずに。空気と思ってください。ささ、続きをどうぞ」

「んっふっふー。ふはへー」

「さ、さくやー! さくやー! フランが狂気に染まっちゃったよー!」

「大丈夫、問題ありません」

「だいじょぶくない!」

「へーい呼ばれてないのにこんにちは! 皆の魔女っ子魔理沙だぜ! おーっすレミリア、今日も魔道書借りに来たんだぜ」

「あああ、壁が、天井が・・・・・・! この黒白! 何度玄関から入ってこいと言わせるのよ! 魔道書もちゃんと返すならともかく、あんたのそれは強奪っていうのよ!」

「強奪だなんて、人聞きの悪い。借りてるだけだってば。永久にな!」

「なお悪いわ! そこになおりなさい。ねじ曲がった性根叩き直してやるわ!」

「お、傘屋じゃんか。レミリアの日傘届けに来てたのか?」

「と言いつつ膝に腰掛けようとするな! クッキーを食うな! そこは私の特等席だ!」

「やれやれだぜ。じゃあシンプルにこうしよう。勝負して、勝った方が王座に着く。それでいいだろ?」

「望むところ。弾幕ごっこで勝負よ!」

「あーあ、始めちゃった。黒白の相手はパチェリーの仕事だと思ってたけれど、出てこないのをみるとまた発作かな?
 ねえ、お兄様。お願いしてもいい?」

「もちろん。俺みたいなのでも、パチェリーさんは側にいてくれると心強いと言ってくれましたし」

「あはは! そうね、きっとそう。おっと、そろそろ傘を差した方がいいわよ。こっちまで弾が飛んで来たわ」

「そうします」

「私が言うのもなんだけど、お兄様の能力、反則よね。『雨を防ぐ程度の能力』なんて、弾幕ごっこのルール上じゃあ、誰も突破できないじゃないの。
 弾幕の雨だって、雨は雨よ。一発だろうと結果は同じ。全部防がれてしまう」

「こちらからは何の手出しも出来ませんけれど。まあ、一介の傘屋には過ぎた能力ですよ」

「欲がないったら。でも人間のまま妖怪と付き合おうなんて思ったら、そうやって心の肉を削ぎ落さないとだめなのかもね。
 お兄様の血はすごくまずそうだけど、魂が綺麗なのは私にもわかるわ。だから皆、お兄様のこと好きになるのね。もちろん、私も」

「妹様?」

「あはは! さー! 私も弾幕ごっこ混ざるぞー。行くよー、きゅっとしてドッカーン!」


幻想郷に受け入れられた青年は、こうやって、騒がしくも面白おかしい一日を過ごしている。
紅魔館という吸血鬼姉妹の住処から帰宅中も、青年の笑みは途絶えることはない。
心の底から、楽しいと思えた。
こんな感情は、終ぞ向こうの世界で抱くことは出来なかった。
それが青年には、寂しく思えてならない。
過去を後悔する時に浮かぶのは、一人の少女の顔。
名前も知らない少女は、自分に傘を預けて消えてしまった。
彼女がどこへ行ってしまったのか、あれから方々を探して回ったが、見つかることはなかった。
青年は思う。
願わくば、彼女もまた自分のように、幸せそうに笑っていてくれたらいいな、と。

「お、降ってきたな」

急に泣き出した空に、薄紫の傘をぱんと広げる。
ぱらぱらと雨を弾く小気味の良い音を耳に、青年は満足そうに口元を緩めた。
ひょいと水溜りを避けながら、何処へなと歩いて行く青年を里の者が見たら、何と思うだろうか。
から傘お化け、とでも思うのかもしれない。
青年の掲げる傘に描かれた、大きな目玉模様が、ぎょろりと眼を向いたように見えた。描かれた口から、べろりと舌を伸ばしたように見えた。
眼が、口が、本当に幸せそうに、心底嬉しそうに、細められていた――――――ように、見えた。
幸せそうに、嬉しそうに、雨を弾きながら。
今日もまた、オンボロ傘は青年の肩にある。








発掘品。
書き切りなので続きはないんだぜ。
ショートショートはまだHDD内に大量にあるので、今後も折を見て投稿出来たらいいなと思います。



[21478] 【習作】東方ss 傘屋さん2 (試験作発掘)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/02/23 05:15
小高い山の上に、大柄な女が一人、胡坐を掻いて座っている。
頭の先から足の先まで、全てが朱色の女だった。否、朱色に染まった女だった。
坊主の死体から剥ぎ取ったのだろう、襤褸同然の黒衣もまた朱に染まり、だらしなくそれを着こなす女にこの上なく似合っていた。
女の前髪からは朱の雫が落ち、掲げた赤漆の大盃に波紋を広げる。一つ、二つ、三つ、四つ。落ちた雫の数は、それでも未だ、女が摘み取った命には届かない。その長い髪から滴る雫の全てを合わせても、未だ届かない。
女が腰掛けていたのは、人の死骸によって築かれた山だった。
血に染まった女が夕暮れの中、小高い人の肉の山の上で、憂鬱に盃を傾けていた。
適当に積み上げられたそれらは皆、薄汚れた鎧兜を着た武者姿。目視だけでも30は下らない数がある。どこぞの戦場から落ち延びて来たのか、あるいは死体剥ぎを生業とする野党崩れであるか、あるいは彼女を滅ぼすために組織された調伏師であったか。
まあそんなことはどうでもいいと、心底興味無さ気に女は盃を傾けた。
ごぶり、ごぶり――――――。酒か血か、もうどちらか解らなくなった液体を喉を鳴らして嚥下する。
ぶふう、と豪快に息を吐く姿は決して下品には見えず、むしろ女の魅力を妖しく惹き立てていた。


「――――――ああ、まずい」


口直しにと、大盃へ腰に吊るした瓢箪より明らかに容量以上の酒を注ぎ出し、再び盃を傾ける。
ごぶり、ごぶり――――――。呑み干して、女は吐き捨てた。


「ご、ぶ、ふぅぅ――――――ああ、まずい。まずいねえ」


女が酒を飲む時の台詞は、決まってそれだった。
女は酒を美味いと感じた事は無かった。酒に呑まれて酔っぱらったこともない。女が吐く息は酒気の混じった満足の吐息ではなく、嫌悪の呻きだった。
それでも酒を飲むのを辞められないのは、女の出自故だろうか。
しかしどれ程の美酒を口にしても悪態しか口にしない女は、身内連中からも避けられ、遠ざけられていた。
最近はありがたくもない渾名を付けられる始末。
構うものかと女は嗤う。
不味いものは不味いのだ。
身内連中は酔うために酒を飲むが、女は違った。酒には浄の力が宿る。女は身を清めるために酒を飲んでいた。
だがいくら酒を流し込んでも、身の内に澱む泥は流れない。
まずいまずいと繰り返し、女は盃を傾け続ける。


「百薬の長とは言うけれど、それ以上は体に毒ですよ」


不意に、男の声が聞こえた。
チ、と忌々し気に女は舌打ちを一つ零す。
此処は村から離れた死体ばかりが転がる合戦跡だ。野党がたむろするこんな場所にわざわざ足を運ぶ者など、どうせろくな人間ではない。しかも自分の風体を見て驚きもしないとは。
知り合いに声を掛けるような気安さは、自分達が何たるかを熟知しているからだろう。呼びもしない客は迷惑なだけだ。
酒を飲むといつも鬱屈とした気分になる。これだけ近付かれても気配に気が付かなかった程、滅入っていたのか。
ああいやだいやだ、と女は髪を掻き回して水気を飛ばすと、面倒だと言わんばかりに男を睨みつけた。
空気を含んで、彼女の元来の髪の色である金が、空にふわりと舞う。


「消えな。今なら見逃してやる」


言って、高密度の殺気を雨あられと飛ばしてやる。
心臓が弱い者ならば、そのまま死んでしまいかねないほどの殺気だ。
相手が唯の人間ならば、よほどの実力者かよほどの馬鹿かでない限り、立っているのすら困難だろう。
これでケツを捲くって逃げ出すはず。


「そんなに不味いのなら、飲まなければいいのでは?」

「・・・・・・聞こえなかったのか? 私は消えろと言ったんだ」


男は困ったように笑うだけだった。
まいったな、と女は内心辟易とする。どうやら後者のようだった。


「俺としても立ち去りたいのは山々なんですが・・・・・・。
 どうやらキノコの毒からまだ咲夜さんが回復してないみたいで、時間が逆さに回ったままなんですよ」

「訳の解らんことを・・・・・・変な奴に捕まっちまったよ、まったく」


魔理沙さんにも困ったものです、と男は苦笑いを零すが、女にはどうでもいい事だった。


「能力を狂わせるとか、魔法の森のキノコは流石に一味違うなあ。咲夜さんも口に含んだ瞬間に、七色の光を吐いてたし」

「お前さん耳が聞こえないのか? 鬼の慈悲も三度まで、これが最後だ。消えな」

「だから、それは無理なんです」

「そうかい。なら死にな」


女はもう男の方などろくすっぽ見ず、盃を振り抜いた。
恐ろしい膂力によって盃から撒かれた酒、その一粒一粒には女が直接口を付けて吹き入れた膨大な妖力が込められている。
浄の気を以てしてもなお濯げぬ怨念が、朱色の呪となって散弾の如く、男を貫かんと殺到する。
これで男も自分の椅子の一つとなることだろう。
酒が酔えるものだなどと信じてはいないが、肉を清める手間が省けることにはありがたい。
女は物憂げに溜息を吐き、空になった杯へと瓢箪を傾け――――――ぱん、という軽い音に、眉根を跳ね上げた。
死体の山の上から見下ろせば、男が趣味の悪い傘を広げている。
薄紫色の傘に描かれた大きな一つ目と口が、威嚇するようにぎょろりと女をねめつけた――――――ような気がした。


「うわっ、危なっ!」

「・・・・・・能力持ちか。助かった、なんてほっとした顔をして、これだから人間はすぐに思い上がる」


あのまま死んでおけば苦しまずに済んだものを。
重い腰を持ち上げ、女はひょいと山から飛び降りた。黒衣の裾が捲くれ上がり、女の腿を剥き出しにする。女の魅力の全てを備えたような白く美しい脚であったが、それが見た目通りにか弱いものであるとは誰も思わないだろう。男より二回りは大柄な女であったこともあるが、それよりもっと単純な話だ。
着地した瞬間、まるで重さを感じさせず男に向けて爆発したかのように歩を進めた女の姿を見れば、誰だって震え上がる。ぶつかれば、唯では済まないのは当然だ。
女にしてみればただ歩いただけなのだろうが、人間にしてみれば暴風に等しい速度だった。
そのまま女は無造作に拳を男に放つ。
妖力をそのまま固めた攻撃は効かないだろうと判断しての接近戦。たった一度の攻撃で男の特性を見切ったのは、女の戦いの才が抜きん出ていることを示していた。
あるいは、あまりもの面倒臭さに思考を放棄したのかもしれない。女の本分はその膂力にあり、であるために己の最も自然とする機能を発揮したらいいだけのことだった。即ち、近付いてぶん殴るだけだ。
男は慌てて傘を閉じるとそれを刀に見立て振り上げたが、そんなもの、役に立つかどうか。


「む――――――!」

「あぎっ――――――!」


拳に感じる違和感に、女が声を上げた。
空気を殴ったかのような手応えの無さ。これは、受け流されたか。オンボロ傘でよくやる。
しかしまるきり効いていなかった訳でも無さそうだ。受け流し切れなかった重圧に、男が苦悶の表情を見せている。
ならば数を放てばいいだけだ。
そうと決めた女の行動は速かった。
実際、どうしようもない程に速かった。
女の肩から先が消え、無数の拳戟として再現される。
男に迫る拳、拳、拳、拳――――――拳の弾幕。


「無駄だよ。無駄無駄、無駄だって」

「うぐぐぐぐぐっ!」

「もう諦めな。なるべく、痛くないようにしてやるからさ」


言うも、どこかおかしさを女は感じていた。
どうにも男の気配が捉え難い。
拳を放つ場所放つ場所に、解っていたかのように傘が据えられている。
男が膝を突きつつあるのは、これは純粋に種族による力の差でしかない。
まるでこちらの手の内を全て読み明かしたかのような反応だ。
こんなことが出来るのはサトリだけだと思っていたが、さて。
そこまで考えて、何か思い当たる節があったようだ。
拳を放ち続ける女の顔に、ここで初めて笑みが浮かんだ。


「・・・・・・ははあ、そうか、そうかそうかそうか、そうか! お前、ぬらりひょんか! はは、そうか! 初めて見たぞ、ぬらりひょん!」

「お、俺は妖怪では、ない、ですよ!」

「そりゃあそうだ! ぬらりひょんは人間だからな。間借りの能力を持った人間、それがぬらりひょんだ! 
 そいつはどこにだって入り込む。他人の家で平気で飯を食い、気付けば妖怪たちの先頭を歩み・・・・・・面白いのはな、ぬらりひょんがそこに居ても、誰も部外者だって気づかないのさ。
 当然さね。そこに居る間、ぬらりひょんはそいつらの一員に成り切っているんだから。自分自身だって、よもや他所者であるなどと思ってもいないのだろうよ!
 家に入れば家族となり、妖怪に紛れれば妖怪となってしまう、間借りの能力者。それがぬらりひょんなのさ! そこにちょっとでもスキマがあれば、ぬるりと入り込んで本物になっちまう。
 それは物質に限った話じゃない。魂だって例外じゃあないのさ」

「じゃあ、俺は」

「憑依物だか何だか知らんが、そういう系統の存在だよ。死人の欠けた魂の間を借りてるだけの、何処かの誰かさ! その証拠に、お前、自分の名を言えるか!」

「お、俺は、俺の名前は・・・・・・!」

「だがまあ、そう悲嘆に暮れるものでもないよ。お前は私をこうして喜ばせているんだから。お前から感じる恐れが、美味くって仕方がない。
 ぬらりひょんは究極に人間的な存在であると言えるからな。人間の持つ適応力ってえ奴を極限まで引き上げた能力なんだ。当然さ。
 嬉しいじゃないかい、人間代表様とこうして拳を交えられるなんて、鬼冥利に尽きるねえ!」

「う、ううっ・・・・・・」


男にはもう、先ほどまでの勢いは微塵も残ってはいなかった。
気力が根こそぎ失われている。
辛うじて女の拳を防いでいるだけのようだった。


「・・・・・・ぬらりひょんならもしやとも思ったが、やっぱり人間なんて、こんなものってことかい」


女は一撃で上半身を吹き飛ばさんと、真後ろにまで腰を捻った。
今までのように手抜きをした速いだけの拳ではない。それでも殺意を込めていた拳はどれも必殺の威力であり、それは手抜きであって手加減ではなかったのだが。
女の腕に幾筋もの筋と血管が浮かび、みしみしと骨が軋む音がした。一回り、二回り、筋に血液が送られて女の腕が膨れ上がっていく。
その一突きは山を穿ち、地を裂く拳。
人間相手には過剰至死の、女の全力だった。
これは女なりの礼儀のつもりだった。
少しばかり期待させてくれた男への。期待が裏切られたことへの恨みも込めて。
音を置き去りに、女の拳が放たれた。


≪おっと残念。うらめしやー≫

「むうっ・・・・・・! またか、しつこい奴!」


ずばんと急に開かれた傘に、女の拳は狙いを反らされた。
流石に無理な態勢から完全に弾くことは出来なかったようで、女の拳先は傘の一部を抉り取った。だが、男は必殺の一撃から難を逃れている。
大きく見開かれた目玉模様から、涙が滲んでいる――――――ように見えた。


≪あいたたたた! もう、ほらお兄さんもシャキッとする!≫

「お、俺は・・・・・・」

≪お兄さんは何さ? その体に憑依して来た、どこかの誰かさん? そんなことはどうでもいいでしょ。だって、幻想郷は全てを受け入れるんだもの。
 あそこに流れついたやつらはどうせ幻想なんだ。確かなものなんてない。だったら名乗ったもの勝ち、言い張ればいいんだよ。それが全てさ! さあ、お兄さんは何! 言ってごらんよ!≫

「俺は――――――ぬらりひょんなんかじゃ、ない」

≪まったく、お兄さんはわちきが居ないと本当危なっかしいったら――――――≫


女には、掲げられた傘の目玉模様が、それはもう嬉しそうに細められている――――――ようにも見えた。
どこからともなく風に乗って少女の声が聞こえて来たように、それは幻覚だと思った。


「じゃあ、何だって言うんだい?」

「俺はただの・・・・・・通りすがりの、傘屋ですよ」

数瞬の沈黙の後、男は静かな笑みを湛えて、女へと名乗る。
それは名と呼べるものではなかったが、男を表すにはこれ以外にないと思わせる不思議な響きがあった。


「・・・・・・なるほどね。役割を名とするなんて、面白い人間だ。そういう在り方が、お前さんのような人間にとっては一番良いんだろうさ。
 迷いの晴れたいい顔してるよ。でもね、それでこの私に勝てるだなんて、思うんじゃないよ」

「はい、解っています。だって勝つのはこれからですから」

「はん、言ったね! 鬼を前にして笑うなんざ、気に入った! もっと愉しませてあげるから、駄目になるまでついてきなよ!」


女も耳まで裂けるような笑みを浮かべながら、男へと角を差し向ける。
額の骨から皮を貫いて直接生え出た真紅の一本角を、男へと差し向ける。
女は妖怪だった。
女は鬼と呼ばれる存在であった。


「そら、折ってみろ人間! 折ってみろ!」

「勝ちます、必ず」

「下手くそな喧嘩の売り方したわりにゃあ、いい答えだ。笑えるね! 殺さず手足を千切って、攫ってやろう! 
 安心おしよ、寿命が尽きるまで愛でて、飼い殺しにしてあげるからさあ!」

「俺が貴女に差し上げられるのは、敗北だけです」

「そいつはいい、私が負けたら首をやるよ!」


それは異様な光景だった。
女が撒き散らす暴虐の嵐を、男が穴の空いたオンボロ傘でいなしては受け流している。
鬼と真正面からぶつかり合える人間は、ほんの一握りだけだ。
そして女は力を象徴する鬼であり、そんな女の拳戟を前にしてなお男が生き残っているのは、よほど技量が優れているか、何らかの能力を駆使しているかのどちらかなのだろう。
視界に入れるだけでも恐ろしい光景だ。
だが当の本人である女鬼には狂気も愉悦も無く、男にも憎悪や義憤は無かった。
その口元に笑みを浮かべ、まるでじゃれ合って遊んでいるようにも見えた。
この時代、人と妖怪は、お互いに共生関係の中に在った。
あくまで、この時代では、の話である。男の知る時代ではもはや鬼は消え失せ、鬼と肩を並べられる人間も存在してはいなかった。
人は妖怪と争うことで力と知恵を身に付け、妖怪は人を害することで命を長らえる。
人と妖怪は食うや喰われるやの関係で、お互いの生活を支え合って生きている。
そんな時代だった。
例えば、鬼がそうだ。
鬼退治の物語を紐解けば、古今東西津々浦々、どこにだってある噂話に端を発している。鬼が悪さをするのは、掃いて捨てる程の、別段珍しくも何ともない話だということだ。それだけ、鬼という種族は人と密接な関係を持っていたということでもある。
ここで女が嗤ってしまうのは、鬼退治、までが鬼が持つ人との関わりの、一連の流れであるということだ。お話の終末の大抵が、鬼が退治されてめでたしめでたしで終るのだ。
鬼にだって家族は居る。身内を食わせてやらなければならないし、立場というものだってあるのだ。だから、退治されて犠牲になる鬼は、そういう偉い奴らからだった。
鬼がどうしようもない無敵の存在であったなら、人間はずっと警戒し、鬼の前から姿を消してしまっていただろう。
そうなれば、鬼は餓えて死ぬだけだ。
鬼に限らず妖怪は、人の肉だけではなくその感情や魂、思念を喰らうからだ。
だから鬼は無敵であってはならなかった。
つまり、鬼が選んだ人との在り方とは。鬼という種族とは。
――――――人を害し、人に敗れることで、初めて人と共に在れる種族、だった。
いつか自分を打倒す人間が現れることを、闘争の権化である鬼は待ち望んでいるのだ。
敗北も、闘争の持つ一側面でしかない。それが鬼の考え方だった。
しかし持って生まれた力が本当に純粋な唯の力でしかなかった女にとって、それは不幸以外の何物でもなかった。
何せ、負けないのだ。
笑ってしまう程に、女は不敗を貫いていた。
彼女の力の前には、人間はあまりにも脆過ぎたのだ。
どれだけ手加減しても、ほんの少し撫でただけで手が飛ぶ、足が飛ぶ、首が飛ぶ。
遠くから術を撃たれようとも、腕を一振りしただけで悉く台無しにしてしまう。
普通の鬼であったなら、そこそこ名を上げた陰陽師でも出張って来たら、それで終いだっただろう。
しかし人間の用いる術など、女の持つ力の前には児戯に等しかったのだ。
女には力があった故に、力しかなかった故に、それを振るうしかなかった。
『怪力乱神』――――――語ることの出来ぬ程の、破滅的な金剛力。
女自身も、抑えようとして抑えられるものではない。
人間と戦いになどなるはずがなかった。


「ほうら、どうしたどうした! 受けるだけじゃあ勝負にならないよ!」


女は生まれて初めて満たされていた。
実の所、女の存在は危機に瀕していたのだ。
妖怪は人に恐怖されるだけではなく、その在り方を満たさなくては消えてしまう。
人との闘いを楽しめない鬼は、生きながら死んでいるようなものだった。
だがこの瞬間だけは違う。
息を吹き返したように、女の表情は爛々と輝きを放っていた。


「ああ、でも鬼を殴り返せと言うのも酷か」


よし、と女は頷く。
男の突き出した傘を片足で絡め取り、女は盃をずいと掲げた。
女も流石に人間と対等に戦いたいとは思ってはいなかった。
種族の壁はそう簡単に超えられるものではない。鬼と殴り合いをしようとは土台無理な話である。
故に、鬼は己に枷を嵌める。
人間が付け入ることの出来る隙を造ってやるのだ。
有名所を挙げるならば、かの酒呑童子である。
あの鬼は素面で人と戦うことは決してない。その名の如く、飲酒した後の酩酊状態でのみしか人と戦おうとしなかった。
女も鬼であるために、己に枷を嵌め、人の前に現れていた。
友である鬼のように自分の密度を萃めたり薄めたりといった器用な真似は出来ないため、始めは手足に重りを付けて戦った。しかしそんなものに意味は無かった。次はまずい酒を浴びるほど呑んで戦った。それも意味は無かった。
終には大盃になみなみと酒を注ぎ、一滴でも酒を零させたらお前の勝ちとしてやろう、などと首を掛けるには重すぎる枷を嵌めるまでに至った。
だが、それも女の力の前には無意味だった。
そして女は人間の脆さに諦めを抱くようになった。
しかし、と女は淡い期待を抱く。
この爪先で顎をくいと上げられながら、必死の形相で傘を押す男ならば、あるいは。


「条件を付けてやるよ。この私の盃に注いだ酒を一滴でも零す事ができたら、お前さんの勝ちってことにしてやろう」

「それは有り難いことで。ついでに足を解いてくれると嬉しいんですが」

「観音様を拝めたんだ、むしろ手を合わせて感謝してほしいもんだね!」


蹴飛ばし、木っ端のように吹き飛んで行った男が危うげなく受け身を取った様に、確信を深くする。
首を洗っておくべきだったか。
さて、余力は十分だが、これを最後の一撃としよう。否、三撃か。


「人間、いやさ傘屋さんよ。どうか死なないでおくれよ。お願いだから、防ぎ切ってみせておくれ」


腰溜めに構えた拳に宿る妖力は、これまでの比ではない。
そこはまだ拳の間合いではなかった。だが、膂力に合わせ妖力までも上乗せされた拳には、距離など無に等しい。
空気が震える。地が揺れる。天が悲鳴を上げ始める。
だが女の盃にそそがれた酒には、波紋一つ出来てはいなかった。


「いくよ――――――!」


三歩破軍、三歩必殺――――――。
裂帛の気合と共に拳が放たれる。
巻き起こる拳風は、さながら竜巻の様。
大気を殴り付けることで拳戟そのものを拡散して飛ばす、妖力を用いた間接打撃である。
怖気を震う大気の塊に渦巻く妖力が絡みつき、壁となって男に迫り来る。
男の穴だらけになったオンボロ傘と、女の奥義とがぶつかり合った。


「――――――は」


気の抜けた声が自分の声であると思い至るまで数秒。


「――――――はは」


頬がにやけていると自覚するまで数十秒。
妖力の輝きが失せた後、地に倒れていたのは女だった。
奥義をかい潜って男が何か攻撃を仕掛けてきた訳ではない。
足首に何か違和感を感じ、気が付いた時には天地が逆さになっていた。
恐らくは、あの趣味の悪いオンボロ傘の柄を、足首に引っ掛けたのだろう。
使用された技術は膂力と妖力を受け流して一方向に誘導するという、とんでもなく高度なものだったが、まさか命がけの勝負でそんな子供騙しを使ってくるとは。
笑いが込み上げてくる。
そしてそんな子供騙しにまんまと引っ掛かった自分にも。
思えばここまで人間に近付かれたことはなかったか。人を舐めたら痛い目を見ると身内連中に幾度も聞かされていたが、なるほどこういうことか。
出来ればもう少し派手にやられたかったが、人に対する警戒がまったく無かった自分が悪い。
文句なく、自分の負けだ。
零れた酒が顔を濡らしていた。
鬼に二言はない。
一滴どころか、酒を全て空にさせられたのだから。


「俺の勝ち、ですね」

「ああ、そうか、そうだね。負けたのか。私は負けたのか・・・・・・」


ゆっくりと女は身体を起こした。
負けたのか、と繰り返す女は、どこか唖然としていて憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。


「なあ、すまないんだけどさ、盃が空になっちまったんだ。お前さんがよけりゃ、注いでくれないかい?」

「喜んで」


男は女から瓢箪を受け取ると、とくとくと酒を注いだ。
くい、と盃を煽る。
熱い塊が喉を通り、胃に溜まり、体の内側から熱を放つ。


「・・・・・・美味い」

「もう一献いかがですか?」


言うが速いか注がれる酒に、女はありがとうよと一言返し、それを口元に運んだ。
気付けば夜の帳が落ちていた。空には円い月。月は狂気を誘うというが、女の心は波一つなく静かに凪いでいた。
水鏡となった盃に、月の光が満ちる。
水月は円ではなく、揺ら揺らと幾つもの波紋に歪んでいた。
波紋を生んでいたのは、女の両眼から落ちた涙だった。
それに女が気付いたのは、水鏡に映る自分の顔を見て後だった。


「ああ、美味い、美味いねえ・・・・・・」


酒とはこんなにも美味いものだったのだろうか。
何時も飲んでいたものと同じもののはず。
だというのに、どうしてこんなにも染み渡る。
人に負けた時に飲む酒が一番美味いのだと、古くからの友は言っていた。
その通りだと思った。


「ありがとうよ、傘屋さんよ。酒がこんなに美味いもんだと、もっと早くに気付いていればよかったよ。
 出来れば今少しお前さんに酌をしてもらいたいが、これ以上手間を取らせるのもなんだ、さっくりやってくれ」

「はあ、さっくりとですか。ええと、何をさっくりとなんです?」

「首を。やると言っただろう。持っていきな。なあに、私もそれなりに名の知れた暴れ鬼だ。都の大臣にでも献上すりゃあ、一生遊んで暮らせる金子を貰えるだろうよ。
 流れる血を飲めば寿命も延びるだろう。鬼は酒呑みだからね、臭みはないから、一気にいってくれ」

「いや、それは」


心底困ったなと男は頭をかいていた。


「あの、首とかは要らないですから」

「だめだめ、何を言ってるんだ。鬼に二言は無いんだ。ちゃんと持って行ってくれないと、困るよ。鬼を倒したつわものには褒美を。当然だろう?」

「いや困るのは俺の方で。じ、じゃあ別のもので。首は要らないから、別のものを下さい」

「私は別に首くらいくれてやってもいいんだけどねえ・・・・・・。お前さんがそう言うならいいけどさ。
 しかし、別のものか。金銀財宝なんてないしねえ。他になんて、私には身一つしかないわけで・・・・・・ははあん、そういうことか」


合点がいったと頷いて、女は手を打った。
酒が美味いと感じたと同時、酔いも回るようになったのだろうか。
頬が熱くなっていく。


「お前さん、私が欲しいのか」

「はあ・・・・・・ええっ?」

「そうかそうか。いやあ、何て言うか、そう真っ直ぐに言われると照れるねえ。ええと、確かこうするんだっけか」


女は佇まいを正すと正座をして、三つ指をつき、頭を下げた。


「末永く・・・・・・」

「いや、だから違いますって! そういうのは冗談でもやらないでくださいよ」

「冗談なもんか。お前さんだったらいいって、お前さんがいいって思ったんだ」

「うぐ・・・・・・いや、その」

「なんて、ね。そうなったらいいなって、ちょこっと思っただけさ。私だって鬼じゃないんだ、嫌がってる奴のとこに無理矢理押しかけることはしないさ。ああ、いやさ、鬼だけれども。
 しかしねお前さん、本気で私を殺さないつもりなのか?」

「はい。御察しの通り、依頼を受けてあなたを負かしには来ましたが、殺せだなどとは一言も言われてませんから。俺も貴女を手に掛けたくはありません」

「それはどうして? 私は人殺しの鬼なんだぞ? 生かしておいたって人間に益はないぞ」

「見境無い殺人鬼であったなら考えますが、でも貴女は理由のない殺しは好まないんでしょう? 
 あそこに積まれているのは、近くの村を襲っては女子供を攫っていく盗賊団なのでは? 近くの洞窟に奴らのねぐらがありましたよ。中は酷い有様でした」

「・・・・・・ふん、人攫いなんて、鬼のお株を盗むからだよ。別に人のためにやったんじゃあないさ」

「ここに来る道中で奴らに襲われた村に立ち寄ったんですけれど、生き残った女の子が、角が生えた優しいお姉さんがきっと仇をとってくれるって、泣きながら話してくれましたよ」

「これだから、人間は・・・・・・」


天を仰ぐ。
また涙が零れた。
月の光が目に染みたのだ。
そういうことに、女はしておいた。
鬼の目に涙など。人のために泣く鬼があるものか。


「あそこは戦で親を失った孤児を集めた集落でね、村なんていう程の規模はなかったんだ。子供たちだけで肩を寄せ合って何とか生きていたってのに、あいつらが・・・・・・」

「どうりで、大人の死体が無いと・・・・・・」


女があの村でどのように過ごしていたかを、男は問うことはしなかった。
ただ、女が子供が好きであることと、子供達を守れなかったことを悔いていることだけは理解できた。
脆く、弱く、儚く、直ぐに死んでしまう人間。
そんな人間を、女は深く愛していたのだ。
人が鬼を倒すために技を鍛え、知恵を凝らすこと。
例えそれが殺意であっても、それだけの時間と労力を真摯に想いながら、人は鬼のために費やすのだ。
全ての鬼は、そんな真っ直ぐな人間が好きでたまらないのだろう。
いつか倒されてしまいたいと思うくらいに。
殺し愛い、そんな言葉が男の胸に浮かんだ。


「ねえ、勇儀さん」


男が女の隣に腰掛ける。
弾かれたように、女は顔を上げた。


「傘屋、お前さん、どうして私の名を・・・・・・。都には大江山の鬼としか伝わっていないはずだ」

「そんなことはどうでもいいじゃあないですか。ねえ勇儀さん、面白い事を教えてあげましょうか?」

「面白い事だって?」

「ええ、今よりずっと未来の話です。何百年か先、貴女は不思議な場所に招かれることになる。そこは人と妖怪が等しく住まう場所。
 宴をしたり、力試しをしたり、きっと楽しいですよ。郷を飛び回っている巫女さんがこれまた色々な意味で凄くて――――――」


男の語る内容は破天荒で、理不尽な事ばかりだった。
人と妖怪が等しく在り続ける、そんな場所があるならばそこは妖怪にとっての楽園だろう。
鬼に匹敵する人間が居るのならば、そこが地の底だって構わない。
面白いね、と女は素直に頷けていた。


「そんな所があるなら、いつか行ってみたいもんだね」

「ええ、きっと行けますよ。そこでまた、一緒にお酒でも飲みましょう」

「あっはっは、何だよそれ。お前さんは一応人間だろう。何百年も生きていられるもんか」

「はは、そうですね。おっと、そろそろ咲夜さんが復活したのかな」

「確かに、面白かったよ。そいつが法螺話でも騙されてみたいって思うくらいには」

「じゃあ騙されたと思って生きてください。人と鬼との勝負はね、本当はきっと、もっと楽しむものなんですよ。命掛けなんてやめましょうよ」

「そいつが出来たらいいんだけどねえ。鬼は嫌われ者だってのは、昔から決まり切ったことさ。生き辛い世の中だよ、まったく。こいつも目立つしね」

「そうですね。それだけ綺麗な星ですから、そりゃあ目立ちますよね」

「そういう意味で言ったんじゃあないんだけれどねえ」

「そんな貴女に、はい、これをどうぞ」

「何だいこりゃあ。傘、いやさ笠かい?」

「はい。傘屋の笠ですよ。ほら、あご紐をしっかり締めて」

「お、おう」

「うん、よく似合う。それではご注文の品、確かにお届けしましたよ」

「注文なんてしてないだろう。お前さんとはこれが初対面だぞ」

「何百年後か先の話、ですよ。大丈夫ですよ、勇儀さん。人は、貴女が思っているよりもずっと強いのだから。
 貴女が見て来た人なんて、ほんの少しですよ。それをかぶって、人の世を歩いてみれば、すぐに解りますよ」

「傘屋?」

「それでは、また。何百年後か先に、幻想郷で会いましょう」

「おい、傘屋? あれ・・・・・・どこいったんだよ、おーい」


笠の据わりを気にしていた女が振り向いた時、そこに男の姿は無かった。
しばらく首を傾げ、何をかを納得した風に女は立ちあがった。
にいっと不敵に笑って笠を持ち上げる。


「一年先どころか数百年先とは、笑わせるじゃないか。いいぞ、生きてやる。人に寄り添いながら、喰らい合って生き抜いてやるさ。
 だからお前さんも忘れるなよ。私の命は、お前のものだってことをさ」


さてと、と軽く砂を払ってから、女は何処へなと無く歩きだした。


「とりあえずあの村のガキんちょを寺にでも放りこんで、それからどうするかな、ああ頼光とかいうお偉いさんの相手をしてやるのもいいねえ」


盃に口を付け、傾ける。
満足そうに女は息を吐いた。
数百年後の約束に想いを馳せながら。


「――――――ああ、美味い」


――――――やがて山の四天王と称されるまで登り詰めた女鬼の、未だ若かりし頃の話であった。
この日を境に頻繁に鬼の宴に顔を出すようになった女鬼は、酒の肴にと毎回事あるごとに自分を打ち負かした不思議な傘屋の話を語るものだから、惚気はたくさんと同じく四天王となる友人にまで呆れられ、身内から非常に迷惑がられることになるのだが。
それはまた別の話、別の機会に。






■ □ ■




「お帰りなさいませ、傘屋様。ご無事のようで、安心しました」

「ああ、咲夜さん。ただいま時間旅行から戻りました。体調は良くなったみたいですね」

「その節はとんだご迷惑をおかけして・・・・・・お詫びのしようもございません。黒白にはパチュリー様がけじめを付けておきましたので。触手で」

「らめぇぇぇぇ・・・・・・」

「うわー遠くの方から声が」

「気のせいですわ」

「は、はは、しかし過去に跳ぶなんて、貴重な経験でした。急に勇儀さんが紅魔館に押し掛けて来た理由が解りましたよ。
 やさぐれ鬼に笠を渡すついでにぶっ飛ばしてやって欲しい、なんて、一体どうしたのかと思いましたよ」

「そうですか。詳しい理由を聞いても、教えては頂けないのでしょうね」

「ええ、ヒミツです。ところでお嬢様は?」

「居間で睨みあっていますよ。西洋鬼のプライドとカリスマに掛けて、東洋鬼には負けられないと」

「いまいち仲が悪いですもんね、あの二人。まあ、大抵の妖怪は仲が悪いですけれど。やっぱり種族の壁は大きいのかなあ」

「それだけが理由とは思えませんが。私も間に入ってしまおうかしら、ぬるりとね」







( ゚∀゚)o彡°

発掘作2。
一応手直しは加えていますが。色々な意味で懐かしいです。
今の私ならこういう謎な主人公は使わないかなあ。
確実に最強系になると思います。



[21478] 【習作】魔法少女マジか☆マミさん【男オリ主一発ネタ】まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/03/21 07:00
我城壮一郎。
一身上の都合により本日付けで退職致します――――――。
何度読み返しても文面は変わる訳が無い。
たった一行の退職届けの写しを広げながら、くそったれ、と男は吐き出した。
男の吐息に混じり、辺りに酒気が立ち込める。相当飲んでいるようだ。
男の向う先から歩いて来る女子大生が、眼を合わさないようにして足早にしてすれ違った。すまんね、と男が振り返って声を掛けたら、小さく悲鳴を上げられた。それに対してもまた、すまんね、と男は声を掛ける。とうとう女子大生は走り出した。
はて、婦女子に悲鳴を上げられる程、自分はそこまで人相が悪いのだろうか。男は考え、悪いのだろうなと頬を伸ばした。
酷い顔をしているのは自覚していた。
先日のことである。
取引先の会社で、嫌な上司の見本とも言える脂ぎったハゲ親父が、恐らくは新人であろうOLの尻を揉みしだいていた。
デスクの影となって他の社員には死角となった場所での行為。
常習犯か、などと考えるよりも早くに男の右拳は唸りを上げていた。拳先はハゲのツラミ(頬肉)にクリーンヒット。一撃で奥歯を散らし意識を刈り取ったのは、学生時代に日本格闘技研究サークルの部長であった男の面目躍如というところ。
さてOLは不安がっていないだろうか、と出来る限りにこやかに手を差し伸べた男が喰らったのは、痛烈な平手打ちだった。そしてこれでもかと言う程の罵倒の嵐。
これは後で知ったことだが、どうやらこの二人、不倫関係にあったらしい。
それも社内で公然の秘密として黙認された。
ハゲは離婚秒読みで、協議離婚が成立し次第、このOLと籍を入れるつもりだったのだとか。そして周囲はそれを知っていて、祝福もしていたのだとか。
なんだそりゃあ、である。
つまり男が目撃したのはプレイの真っ最中だったということだ。
暴力沙汰を起こした男に待っていたのは、自主退職という形での、平たく言えばクビ処分である。
警察沙汰にならなかっただけ有り難いと思え、と上司から、否、元上司から丸めた書類で頭を叩かれた男。なんだそりゃあ、と胸中でもう一度繰り返す。
しかし社会人である以上、手を出してしまえば例えどんな状況であっても負けなのだ。
頭に血が上った馬鹿が痛い目を見ただけだ。仕方ないと諦める他はない。
これで俺も晴れて自由人かあ、と男は笑った。
めでたい、めでたい。
こんなにめでたいのだから、雀の涙程の退職金で、真昼間からしこたま酒を飲んでもいいだろう。
酒は魔法の水だと思う。
こいつを飲んでいる間は嫌な事はきれいさっぱり忘れられる。
明日の苦痛に目をつむればこれ程有り難いものはない。有り難過ぎて涙が出て来る。
へらへらと笑い始めた男に、通行人達は気味の悪そうにして進路を変えていく。そう時間を待たずして、男の周囲には誰もいなくなった。
誰もいないんだからいいか、などと酔っ払いの理屈で男は道路に寝転がる。
かつん――――――と手に当たった硬質な感触。
深く考えずに引っ掴んで目の前に。
桃の種を思わせる大きさと形のそれは、散々にヒビ割れて砕けた黄色の宝石――――――。
否、どうせイミテーションだろう。こんな所に宝石が転がっている訳がない。
しかし、その石には不思議と心を惹きつける輝きがあった。
石を掲げ、月の光に透かしてみる。気付けばもう夜だった。
黄色の輝きを透して、夜空を見る。
万華鏡を覗いたように、ヒビ割れた石の中を星の光が反射して、ほうと息を吐くくらいに綺麗だった。
酒で霞んだ目にもきらきらと輝いていて、手を伸ばせば星に届きそうなくらい。
まだやり直せるよな、と男は石を握りしめた。
夢も希望も願いすらも何もないけれど、こんなにも綺麗なものが世の中にあると知っているのだ。
だから俺は大丈夫だ、なんて根拠の無い自信に酔っ払い男は勢いきって体を起こした。

「やばい吐く」

さて、これが男の第一声である。
腹筋を使って跳ね上がったのが仇となったか。
込み上げる酸味を手で封じながら側溝にまで這いずる男。道路を汚してはいけないという意識が働いているのだろう。そもそも路上で寝転がるなと言いたい所だが、そこは酔っ払いである。常識など通用しない。
ふうふうと破水した妊婦のように苦しげな吐息を吐きながら、しかし今産まれてはいけないといきむ男。

「あれ?」

「坊や、まだ駄目よ。まだ産まれちゃだめ・・・・・・おえぷ。何だあ?」

途中で暗闇に浮かぶ二つの紅い光と、一瞬、眼が合ったような気がした。
眼が合った、のだ。
視線が絡んだのである。
その二つの紅い光点は知性を宿していて、つまるところその正体は、その正体はなどと言うのもおかしいが、正体不明の生物だった。
パシッ、と音を立てて街灯が明滅する。
途切れ掛けの人工灯の下に晒されたのは、白色光よりもなお白い、四足歩行の獣だった。
白い獣も男と視線が合ったのに気が付いたのだろう。
興味深そうに小首を傾げながら、男の下へと近付いて来る。

「君、僕の姿が見えるのかい?」

「見えない」

しかし男と眼が合ったのも、先の一瞬だけのこと。
男の視線は道端の側溝に固定されていた。
幼児向けアニメのカレーパンを模した戦士と男が化すまで、あと数十秒である。
男にとっては獣が喋ったのどうのよりも死活問題だった。
酔っ払いは文字通り世界が自分を中心にして回るのである。
自分のことで精一杯で、それどころではない。

「やっぱり見えてるんじゃないか。今返事したよね?」

「見えない。聞こえない」

脂汗を流しながら、ずりずりと肘だけで這いずるようにして先に進む男。その進路を塞ぐ白い獣。
どうあっても男を逃すつもりはないらしい。
仕方ないなと言いた気に、ガラス玉のように透明な瞳をまったく表情の変わらない顔に浮かばせて首を振る獣。
呆れたような気配が伝わるが、こいつに感情と呼ぶべきものが存在しているかは疑わしい。

「やれやれ。君達人間はどうしてそう未知との遭遇を否定したがるのかな。まったく、わけがわからないよ」

「やかましい。白まんじゅうの分際で、人様の言葉を喋るなよボケ。そこをどきやがれ」

にべもない男の一蹴を意に介したこともなく、白い獣は男に一歩近付く。
仕草は小動物のようであったが、白一色に紅い二つの球が浮かんだ能面を至近距離で見詰めさせられれば、可愛いなどと言う感想は抱けない。

「僕にしても初めてのケースだけれど、だからこそ試してみる価値はありそうだ。ねえ君、何か願い事はないかい?」

「はあ?」

さも煩わしそうに返す男。
付き合わなければ解放されないと思ってのことだった。
この不快感に男は職業柄、前職業柄よく覚えがあった。
首を縦に振るまでしつこく食い下がる、性質の悪いセールスに捕まったのと同じ感覚だ。

「叶えたい願いは無いかい? 届かなかった夢は無いかい? 実現したかった想いは無いのかい? 全部僕が叶えてあげるよ」

「何でもか?」

「もちろんさ」

「酔っ払いの幻覚にしちゃあ都合が良すぎるこって」

もう男はこれが現実であるとは微塵も思っていなかった。
酔っ払った脳みそが見せる都合の良い幻覚であると断じていた。
そうでなければ、動物が口を利くなど、ましてや願いを叶えてやろうなどと言いだすものか。

「だから僕は現実に存在しているんだってば。あ、願い事だけれどね、願いを叶える数を増やせっていうのはやめて欲しいかな」

「不可能だと言わない辺りなるほど俺の脳内妄想だな。じゃあお前、キタロウ袋もってこいや」

「キタロウ袋・・・・・・? なんだい、それは?」

「げげげのげと、知らねえのか。エチケット袋だよエチケット袋。おらさっさと行け」

「本当にそれが君の願いなのかい? そんな願いじゃあ宇宙のエントロピーは・・・・・・」

「じゃあそこ退け」

「もっとよく考えるんだ。君の思うがままに願いを叶えられるんだよ? 君の希望をありったけ込めた願いを教えてよ。さあ」

また一歩近付く白い獣。
もう男の視界は白と赤の二色で塗りつぶされていた。
吐き気が込み上げるのは呑み過ぎたから、それだけが理由なのだろうか。

「うるせえなあ。何なんだよお前は。幻聴に律儀に返事してるとか俺もなんだよ、くそったれ」

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はきゅうべえ。きゅうべえって呼んでよ」

「やかまし、白まんじゅうが。人様の言語を口にすぶぇぷぷぷ・・・・・・すっぱい、もう駄目」

少し漏れた。
慌てて手で押さえたが、レモンの果汁のような体液は指の隙間から滴り落ちる。

「ふう、わかったよ。僕が君たちの言語を話す事がお気に召さないというのなら、君の流儀に合わせよう。【これでいいかい?】」

「あああ頭の中に声が響くぎぎぎ」

「【うん、問題無く聞こえてるね。やっぱり、君には素質があるみたいだ】」

「もう駄目、もう無理、限界」

急に脳髄に響いた声がトドメとなって、男の堤防は決壊する。
テレパシーだとか、そんなことはどうでもいい。
どうろはみんなのものです。
こうきょうぶつなのです。
だからよごしてはいけません。
ゆえにわたくしめにふくろてきなものをぷりーず。
もうだめ、でる。

「【ねえ、君にお願いがあるんだ】」

「おおおおい白まんじゅう! 俺の名前を教えてやるぅあ!」

「【いや、もう知ってるからいいよ。繋がった時に、少しだけ覗いたからね。それよりも、ねえ、お願いがあるんだ】」

「僕の名前はゲロゲロげろっぴ!」

男がやけっぱちになって白い獣を鷲掴みにすると、背中の一部がぱかりと開いた。中は空洞になっているようだ。
そうなれば後は早いもの。
白まんじゅうの台詞が言い終るよりも早く、男はその空洞の両端をむんずと掴むとぐいと引き広げた。
わーい、ビニールぶくろっぽーい。
とはその瞬間に男の頭を占めた思考である。

「ワンダフル投下しべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺpppp】」

男と白い獣の間に描かれる黄土色のアーチ。
辺りに立ち込める眼に染みる程の発酵し切ったチーズ臭。
聞くに堪えない醜い効果音を発しながら、男は熟成させた我が子をワンダフル投下した。

「ひいいっ!?」

人体と麹菌とが織りなす腐浄のハーモニーたるや、獣の後をこっそり着けていた同時間軸を五週くらいしていそうな元ロング三つ編み赤縁眼鏡っ娘を即時撤退させる程度の威力はあったようで。

「や、いやっ、かかった! 跳ねてかかったあ! 臭っ、臭いよう! まどかぁ、まどかぁー!」

黒髪ロングのクール系少女を元の引っ込み思案で気弱な人格に一時戻す程度の威力はあったようで。

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」

少女の叫びを副旋律にして、魔の演奏は一層激しさを増すのであった。




魔法少女マジか☆マミさん
第一話「スtomakエイク」




朝である。
爽やかな日差しが瞼を撫で、意識を浮上させる。
段々と覚醒していく意識に、男は次第に記憶を蘇らせた。
ハゲ親父。OL。拳骨の痛み。商談を白紙に戻され怒りに震える上司の顔。自主退社勧告。事実上の首。居酒屋。酒。白いまんじゅう。すっぱ味。

「・・・・・・ああ、そっか」

枕元の時計は何時もの時間を刺している。
今日からもう出勤などしなくてもいいというのに、しかも記憶があいまいになるほど酒を飲んでいたというのに、普段通りの起床時間。
律儀な体内時計に男は何だか笑ってしまった。

「自由さいこー」

再びベッドに身を沈める。
そうとでも思わなければやっていけない。
男は自分が小心者であるという自覚があった。
暴力に訴えておきながら、酒に逃げた。
でっかくなるんだと息巻いて社会に飛び込んだはいいが、これだ。
結局のところ、そんな程度のちっぽけな男でしかなかった。我城壮一郎という男は。
深く溜息を吐けば、昨晩から残った酒精が失せていった。
鈍い痛みを訴えるこめかみを揉みほぐしながら、壮一郎は記憶を辿る。
はて、自分はどうやって帰宅したのだっけ。
眼前を占める天井の染みは、間違いなく毎朝眺めている自室として与えられた社宅のそれだ。
首になった以上はここも引き払わなければならないが、今は置いておこう。
明確に覚えているのは、最後に梯子した居酒屋を出た辺りまで。
その後は、背中にごつごつとした硬い感触がしたのも覚えている。路上にでも寝転がったのだろうか。
何やら白まんじゅうの悪夢を見たような気もするが・・・・・・。
硬質な感触と言えば、もう一つ、何かを握り締めたような気も。

「ああ、そうか、思い出した」

何か珍しい石を拾った、はず。
その辺りになるとかなり記憶も曖昧で、夢であったのか現実であったのか、判断付け難い。
まんじゅうが口を利くなんてのは確実に夢だろうが、綺麗な意思を拾ったのは確かだ。
子供のころに石集めをしたのを懐かしみながら、ひび割れて砕けた表面を撫でていたのを覚えている。
不思議な触感のする石で、撫でつければ撫でつける程、ひび割れが消えていった。
石に見えて粘土質なのかもしれないなー、などとも思っていた覚えもある。
どこか柔らかい感触を指先に感じながら壮一郎が閃いたのは、プランターに入れる半固形の肥料にそっくりだということだった。
特にすることもなく枯れた青春を過ごした壮一郎は、ベランダガーデニングを趣味としていた。
やや前時代的な考えのある壮一郎はそれを女々しい趣味であるとして隠していたため、誰にも知られたことはない。そして、誰に相談したことも、学んだこともない。全て書物から取り入れた知識でもって、独自のやり方で草花を芽生えさせてきた。
ある時は卵の殻を撒いてみたり、またある時は焼いた土を混ぜ込んでみたり。
昨晩も酔っ払った頭であの石が有機肥料であることを疑わず、植木鉢に放りこんでいた。
あちゃあと壮一郎は頭を抱える。
何でもかんでも放りこんで、それで多くの失敗を経験しているのだ。
植物は生き物である。
石ころ一つとっても、たったそれだけで土壌の性質は変わり、そこに根差す植物は当然影響を受ける。即刻取り除かねばならない。
仕方が無い、と痛む頭を抱えながら、壮一郎はベランダへと足を向けた。
からり――――――軽い音を立ててアルミサッシが開かれる。
あくびを漏らして腹を掻く壮一郎。
大口を開けた間抜けな顔は、しかしその瞬間に凍りついた。

「・・・・・・え? 何」

いつもならば朝鳴きの鳥のさえずりが聞こえるはず。
しかし町は凍りついたかのように無音でいて、静かだった。静かすぎた。時折遠方から響く長距離トラックのエンジン音が、返ってシュールに聞こえる。
まだ酔っ払っているのかと頬を思いきり張る。
痛い。
幻覚でも夢でもない。
目の前のこの光景は、現実だ。
いや、わけが解らない。
確かに自分の中にある幼稚な部分で、美少女が急に家に来たら――――――なんて妄想をしたこともたくさんある。
だが実際そうなってみると、素直にラッキーだと喜べるわけがない。
何だこれは、何かの陰謀か。
異様に手の込んだドッキリだろうか。はたまた嫌がらせか。
何だこれは、俺は死ぬのか、死んじゃうのか。
これは本当に覚悟をしないといけないのかもしれない。

「あ、おはようございます。この家の方ですか?」

「ひっ・・・・・・ぎっ・・・・・・」

喉が引き攣る。
壮一郎だってそれなりに経験を積んだ社会人である。
滅多な事では思考停止に追い詰められるまで取り乱す事はないと自負していた、はずだった。
だがこれは無理だった。

「不躾でごめんなさい。私、こんなだから、出来れば運んでいただけるとありがたいのですが。お願いできますか?」

「は、は、はい・・・・・・」

「わ、わ! わー、すごい、高い! 男の人ってやっぱりすごいですね」

ひいひいと息を引きつらせながら笑う膝を叱咤し、それを卓上まで運びいれる壮一郎。
腕を下ろすと同時、どっと尻餅を着いた。腰が抜けたのだ。しばらく立ち上がれそうにはない。

「あの、大丈夫ですか? どこか打ってませんか?」

「ひ、ぎ・・・・・・・!」

ここらが壮一郎の限界である。
こちらを心配そうにうかがう、優しさに溢れた瞳。
壮一郎がベランダから招き入れたのは、色素の薄い茶色の巻き髪が良く似合う、可憐な少女――――――。
そんな可憐な少女が、ふっくらとした桜色の唇から、壮一郎の体調をおもんばかる台詞を紡いでいた。
見ていてこちらが申し訳なく思ってしまうくらいに、見ず知らずの男の身を気遣う少女の心根の清らかさ。
きっとこの少女の心根、根っこ、とはよく言ったもの。
少女は今にも壮一郎に駆けよって、背中に手を当てて介抱しそうな程だ。
彼女に自由に動く身体があれば、間違いなくそうしていただろう。
そう、身体さえあれば。

「ぎ、ぎっ、ぎぃいやああああああっ!」

「え、わ、わーっ! きゃあーっ!」

「ぬがあああああっ!」

「やーっ! やーっ! いやーっ!」

「どっせーい!」

「ちょいやーっ!」

壮一郎が招き入れたそれは。
復活した壮一郎が執ったファイティングポーズに、精一杯の威嚇を返す、それは。
大きめの植木鉢に可愛らしくちょこんと乗っかっている、それは。
まるで女神と見間違う程に可憐な少女の――――――。
生首――――――だった。










安全確保されるまでマンション立ち入り禁止になりました。
ぱっと見からして超傾いています。
荷物も運び出せず泣きそうです。パソコンだけは死守しましたが。
それでも普通に出勤してねとかマジshineyo。
色々と大変なのでss書くのに逃避します。
私ってホント馬鹿・・・・・・。



[21478] 【習作】魔法少女マジか☆マミさん2【男オリ主一発ネタ】まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/03/25 00:38
生首が飛んでいる。
比喩ではない。実際に空を飛んでいるのだ。
前に後ろに、上に下に、右に左に――――――縦横無尽に空を舞っている。
植木鉢の底の水抜き穴から、黄金色の魔力の炎を噴射して。
風に攫われた木葉のように、しかし重力の束縛を振り切って、限りなく自由に。
ありったけの破壊を撒き散らすそれは、可憐な少女の貌をしていた。

「ていろ!」

ていろ、ていろ、と繰り返される度に撃鉄が落とされていく銀のマスケット銃。
恐らくは魔法とその呪文なのだろう。何処からともなく銀のマスケット銃が喚び出され、火を吹き、弾を吐き、敵を穿つ。
虚空から、ふっくらとした唇の隙間から、耳から、見事な縦巻き髪の中心から、植木鉢の脇から、底から、異次元から、時の狭間から、北の国から、地下世界アレフガドから、腰を抜かして座り込んだあの子のスカートの中から――――――引き抜かれる銃、銃、銃。
正しく物量による蹂躙だった。
ばらばらと耳朶を打って鳴り止まぬ火打石強打(フリントロック)の作動音と、魔力によって精製された黒色火薬の炸裂音が奏でる暴虐だった。
ていろ――――――また一つ、命が散る。
我が子を殺された魔女が怨嗟の雄叫びを上げる。魔女の鋭い爪が空を裂き、彼女の喉元に迫っていた。
しかし彼女は鉢底から魔力フレアを噴かすと、ひらりと危うげなくそれを避けた。必要最小限の動きでよかった。何のことはない、ただ数十センチ高度を上げただけだ。それだけで鋭い魔女の爪は、彼女の喉下を通過した。本来ならば心臓が在る筈であるそこを。
ていろ――――――隙を晒した魔女の腕が、弾けて飛んだ。
終始戦いを有利に進めていた彼女だったが、しかしその顔は苦々し気に歪んでいる。
ていろ――――――。
ていろ――――――。
ていろ・・・・・・何なのだろう?
実のところ、ていろ、と口にする度に、彼女の勢いは留まっていたのだ。
まるで、それから先に続く言葉を忘れてしまったかのように。
魔女という存在は、一応は生物のカテゴリの中に含まれてはいたが、しかしその構造は既存の生命体とはまったく掛け離れていた。
現存する近代兵器で撃退可能な範疇にはあるのだろう。しかし、銃弾で傷つきはするものの、急所という概念がほとんど曖昧だったのだ。
頭を穿てば死ぬだろうと、そんな考えが通用しない存在であるということだ。現に数発の弾丸が頭部に撃ち込まれていたが、まるで堪えた様子はない。
一つとして同個体が存在しない魔女だ。現在彼女が臨しているのは、継続戦闘力に優れた個体だった。完全に絶命するまで、十全の戦闘力を発揮するタイプ。彼女のように“削り”を基本とする戦法では、相性が悪かった。
彼女は決め手に欠けていたのだ。苦々し気な表情の理由がそれだった。
あの魔女を滅ぼすには、より大きな火力が必要だった。
ダメージは与えられているのだろうが、これではじり貧だ。
しかし、と彼女は闘志の冷めやらぬ眼で魔女を睨みつける。
例えじり貧でも、ダメージが通っているのならば、それを続ければいいだけだ。何十発でも、何百発でも、千でも、万でも、鉛玉をくれてやればいいだけの話だ。
彼女は笑った。
身体が軽い。
こんなに幸せな気持ちで戦えるなんて、初めてかもしれない。
かもしれない、と言葉尻が濁るのは、記憶に欠落を抱えていて自信が無いためだ。
自分に魔法が使えるだなんて、思ってもいなかった。
魔法少女――――――そんな言葉が胸中に浮かび上がる。
全く覚えはないというのに、自然と戦えてしまう自分は一体何だったのかと、初めは不安で仕方がなかった。
でも、もう、何も――――――。

「もう何も怖くない――――――!」

撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
決して、自分の背に庇うあの人を傷つけぬという、決意である。
もう自分は一人ではないのだ。
後ろにはあの人がいる。
私には帰る場所がある。ただいまと言える家があって、おかえりと言ってくれる人がいる。その人を守るために戦える。今度こそ、家族のために。
こんなにも幸せなことはなかった。
少女の額、右即頭部に在るヒビ割れた宝玉が、黄金の輝きを放つ。
魔力生成、顕現した銀のマスケット銃が空中に固定され、入力された魔力に応じプログラムを起動させる。
即ち、円環銃列25段一斉掃射――――――。

「ていろ!」

弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾!
回転する彼女の動きに合わせ、もはや面となって魔女へと殺到する鉛玉の群れ。
まるで独楽のように軽やかに、楽し気に髪を踊らせて、撃発音の輪舞曲に踊り狂う魔法少女。
その魔法少女の名を、巴マミといった。
ただし、その魔法少女は――――――生首、だった。




魔法少女マジか☆マミさん
「Save the Earth あげいん」



とれないよう、とれないよう。
少女の血を吐く様な嘆きを務めて無視し、壮一郎はアルミ缶のプルタブを開けた。
中身は蒸留酒を炭酸水で割ったアルコール飲料、缶チューハイだ。果物の風味付けをされたそれを一口含む。炭酸が喉にさわやかな後味を残し、胃の奥に流れて行った。
ふう、と壮一郎は熱っぽい溜息を吐いた。
本音を言えばこんなコンビニで買った安酒よりも、ちゃんとした酒が、例えば日本酒の辛口がいい。無職の癖にこんな趣向品を買っている場合かよ、と思わなくもなかったが、こればかりは許して欲しい。
飲まなければやっていけないことだってあるのだ。社会だとか常識だとかに凝り固まった大人には、特に。
例えば、ある日眼が覚めると、自宅のベランダにとんでもない美少女がいた時とか。その美少女には首から上しかなかった時とか。あまつさえ鉢植えに植わった生首が飛んでいる時とかだ。
これが飲まずにいられるか。
酔っ払いが見ている幻覚だと思い込んでしまいたかった。
だが、これは現実だ。悲しい事に、どうしようもないくらいに。
何やら自分が今いるこの不思議空間は、魔女という人の負の感情を増幅し死に至らしめる存在によって区切られた世界、結界の中なのだとか。
原因不明の自殺や殺人事件の内、このほとんどが魔女の影響を受けた人間が引き起こしたものらしい。
唐突に思い出したと言って語り始めた自称巴マミ曰く、魔女に対抗できる存在は魔法少女しかおらず、そして彼女がその魔法少女であるという。
かじり取られたようにちぐはぐな記憶では、ていろ、とあの銀のマスケット銃を大量に生成する魔法しか思いだせないのだとも。
色々と矢継ぎ早に説明を受けたが、さてその記憶が一部戻ったのが、彼女以外の別の魔法少女を目にした瞬間だった。
今自分の隣に座り込んでいる少女である。
長い黒髪に切れ長の瞳の、これもまた非常に整った容姿の少女だった。
迷い込んだ結界の中をおっかなびっくり進んでいると、彼女は壮一郎達の前へと時間を切り取ったようにいきなり現れたのだ。
今直にここから立ち去れ、もしくは動くな、と警告しようとしたと思われる。
というのも、口を開いて台詞を述べようとした途中で、壮一郎の手の内にあったマミと眼が合ったからだ。
ぎょっ、とした顔をしていた。

「と、巴マミ・・・・・・!」

「あら、あなた私のことを知っているの? ひょっとして、私のおともだちかしら? 何となく見覚えがあるのだけれど」

「どうして生きて・・・・・・え? 生きてる、の?」

「ああ、ああ! 思い出したわ! そう、あなたは魔法少女! そして、私も魔法少女だった!」

そう叫ぶと、自分の使命は魔女を倒すことにあるのだ、とマミは魔力を噴射して壮一郎の腕の中より飛び立った。
唖然とする壮一郎の頭上をぐるりと一回転すると、黒髪の少女へと近付いて「思い出させてくれてありがとう」と言ってにっこりと微笑んだ。
壮一郎は人が腰を抜かす光景を、生まれて初めて目にした。
自分もマミと初めて会った時は腰を抜かしたが、ここまで見事な抜け方ではなかったと思う。
すとん、と垂直に崩れ落ちたのだ。
少々危ない落ち方だったので、慌てて身体を支えてやる。少女は壮一郎の腕の中で小さく震えて何をかを言っていた。

「見間違い、あれは見間違い、きっとそう、だって私、眼が悪いんだもの。そうだ眼鏡を掛けないと・・・・・・」

左腕に装着した盾のような円盤から、赤縁の眼鏡を取り出して装着する少女。
天を仰ぐ。
脂汗を流しながら顔を伏せた。
空ではマミが魔女と激しいドッグファイトを繰り広げていた。
どうやら魔女は頭上で息を潜めていたらしい、が、それに気付かなかった焦りからではないだろう。
壮一郎も解っていたが、それは指摘しないでおいてやった。
優しさである。
壮一郎は気遣いが出来る男であった。
決して、少女が一心不乱に眼鏡を拭き始めたことに恐れを抱いたからではない。
ないのである。

「とれないよう、とれないよう」

「お嬢ちゃん、眼鏡は汚れていないから。もう止めよう、な?」

「うぐぅうううううっ!」

悲痛と絶望を滲ませながら、壮一郎の制止も聞かず眼鏡を磨く少女。
例えるならば、止むをえぬ事情で親友の介錯をせねばならなくなった時のような、そんな顔だった。

「もう何も怖くない―――――!」

高らかにマミの宣言が異世界中に響く。
当たり前である。
彼女はもはや、恐怖を振り撒く側にあるのだから。
魔法少女であるからだとか、そんな小さい理由ではないことは言うまでもない。
マミは何十という銀色のマスケット銃を魔力にて生成すると、それを一斉に撃発した。
どこから取り出したのかは解らない。おそらくは、あれが魔法なのだろう。
壮一郎はさしたる驚きもなく魔法を受け入れていた。マミに比べれば魔法など、何と言うこともない。むしろマミの存在が魔法に依るものだと判明して納得したくらいだ。

「妖怪じゃなかったのか・・・・・・」

壮一郎はマミの正体をかの妖怪、飛頭蛮であると予想していたのだが、実際は魔法少女であったらしい。
マミは次々にマスケット銃を撃っては捨てていく。どこからともなく銃身が現れては、マミの下へと集う。腰をぺたんと下ろしていた少女の足の間から、マスケット銃がずあっと伸び、マミの下へと飛んで行った。
ストッキングに包まれた下着が露出していたが、それを直す気力もないようだ。そっと壮一郎はスカートを直してやった。
その間にもマミの猛攻は続き、魔女は体液を垂れ流しながら醜くのたうっている。
巨大な“ノミ”の様な魔女だった。
壮一郎は小学生の時分に顕微鏡で見たミジンコの姿を連想した。でっぷりとした身体に小さい頭。背中からはえた手羽先のような羽。足はない。
鋭い口吻と爪でもって、マミへと襲い掛かる魔女。だがマミは冷静に鉢植えの縁でそれをいなすと、くるりと縦に回転して、鉢の底で魔女の額を殴打した。
眼を覆いたくなるような戦いだった。
少女はもう目を覆っていた。

「もう誰にも頼らない。私は平気。きっとやれる。大丈夫よほむら。がんばれ、がんばれほむら」

ぶつぶつと自分を励ます少女。
壮一郎も目を覆った。
気持ちは痛いほどよく解った。
決意も信念も、圧倒的な魔の前では容易く圧し折れる。
ぴんと張り詰めていればいるほど、横合いからの力に弱くなるものだ。
少女は純粋であるが故に、真正面から立ち向かってしまったのだろう。
大人であれば酒でも飲んで寝てしまえと言うところであるが、少女である。上手く力を逃してやる術を知らないのだ。
そう思うと、初対面の時に少女が纏っていた冷徹さが精一杯の強がりに感じられて、壮一郎は少女のことを好ましく思えた。

「横、座ってもいいかな」

「・・・・・・勝手にしたらいいわ」

「ありがとな。よっこらせ」

中年に片足を踏み入れている男ならではの口癖である。
壮一郎は引っ下げていたビニール袋をまさぐると、アルミ缶を取りだした。缶チューハイだった。コンビニに立ち寄った帰りに魔女の結界を発見、吸い寄せられるようにして異界へと迷い込んでいたのだ。
プルタブを開け、ぐびりと一口やる。
ぐびり、ぐびりと三口やる。
七口目辺りで空になった。
次の缶へと手を伸ばす。
ぐびりぐびりとやって、また次へ。
マミは相当圧しているから、油断さえしなければ、危うげなく勝利するだろう。
ここで高見の、下から見上げて見物といこう。生きようが死のうがどうにでもなれである。自棄酒だった。
結界とは魔女の腹の中に等しいという。
どこに逃げたところで無駄であるならば、どっかと腰を降ろして見届けようじゃあないか。中年一歩手前の男に何が出来るでもなし。
良い具合に酔いが回り現実を受けとめられるようになって来てから、壮一郎は葡萄の風味付けがされた缶チューハイを横に差し出した。
ひやっ、と少女が小さい悲鳴を上げた。首筋を抑え、壮一郎を睨みつける。してやったりと壮一郎はにやりと笑った。

「お嬢ちゃんも飲むかい?」

「みてわからないの? 未成年に飲酒を勧めるなんて」

「そういいなさんな。それにお嬢ちゃんは魔法少女なんだろう? 気にすることはないさ」

渋々といった風に少女は缶を受け取ると、おそるおそる口を付けた。
途端、ぶうっ、と吐き出す少女。

「げほっ、けほっ」

「ははは、やっぱりお嬢ちゃんには早かったかな」

「・・・・・・こんな不味いものを飲む人の気が知れないわ」

「だな。たぶんだけれど、本当に心底美味いと思って飲む奴は、そう居ないだろうぜ。酒ってのは酔っ払うためにあるもんだからな」

「酔うために、ある」

「そうさ。現実ってのは辛いもんだ。立ち向かえと言われても、そうそう誰もが出来るもんじゃない。頑張り過ぎたら疲れちまう。
 だからまあ、こういう逃げ場みたいなもんが必要になるのさ。過ぎれば毒だが、酔ってる間は嫌な事は忘れられる。そうして少し休んだら、また頑張れる。そんなもんだ」

「そんなもの、かしら」

「そんなもんだ」

そう、と呟いて、何かを決め込んだように缶を睨みつけると、少女は一気にそれをあおった。
ごくりごくりと喉が嚥下する。

「っ、ぷあ!」

「おお、良い飲みっぷり。やるなあお嬢ちゃん」

一息に缶を空けた少女に壮一郎は手を叩いて称えた。
大人として褒められたものではないが、相手は魔法少女であり壮一郎は酔っ払いだ。まともな人間などこの場には誰一人として存在しない。
初めてアルコールを飲んだのだろう、新しい缶を壮一郎から手渡されるよりも前に、少女の眼はとろんとして潤み、顔は耳まで赤くなって、頭が前後にふらふらと揺れ始めている。
飲め飲めと新歓コンパの鬱陶しい上級生が如く、壮一郎は少女に酒をあおらせていく。

「そういやお嬢ちゃんの名前、何て言うんだ?」

「う、ひくっ・・・・・・わらひ、あけみ」

「下の名前は?」

「あけみ、ほむ・・・・・・ほむ・・・・・・」

「ほむほむ?」

「ほむ、ほむ、ほむむむむむぃ」

「しまった、飲ませすぎた」

「まどかぁ、まどかぁ・・・・・・」

「あー、泣きだしちゃった。よっぽど辛い目にあったんだなあ。よしよし」

でろりと赤ら顔で仰向けに倒れる少女。
どうやら泣き上戸だったようだ。
さめざめと泣きながら、自らの名をほむほむと名乗った少女は語り始めた。
魔法少女、奇跡、ワルプルギスの夜、まどか、手造り爆弾、ヤクザの事務所、自衛隊基地、インキュベーター、時間軸の縦移動・・・・・・。
支離滅裂でほとんど単語しか聞き取れなかったが、それだけでも余程の体験をしたことがうかがえる。

「いつになったらなくした未来を、私、ここでまた見ることができるの・・・・・・?」

「出来るさ、きっと。きっと出来る。信じていればきっと。挫けなければ、きっと」

少女はもう、疲れ果ててしまっていた。
倒れそうな身体を自らに課した使命でのみ支えて、無理矢理に立っていただけだ。
ずっとずっと頑張ってきたのだ。
ならもう、少しくらい休んだっていいじゃないか。
壮一郎はそう思った。思って、よく頑張ったなあ、とほむほむの乱れた髪を撫でつけてやった。

「うっ!」

「どうした? 吐いちゃいそうか? ゲーしそうなのか?」

「えううっ! おぇう!」

「ちょっと待って、まだ我慢して。すぐ袋広げるから」

「も、っ、むり、でゆ」

ほむほむの背中を擦りながら、手探りでビニール袋を手繰る壮一郎。
確かこの辺りに置いておいたはずだが。

「やあ、また会ったね。願い事は決まったかい? おっと【君はこっちの方が好みだったよね】」

「袋みっけ」

「【あれから考えたんだけど、やっぱり君はそのままにしておくのは危険だと判断したんだ。
 魔法少女はエネルギーを自ら産んで奇跡を起こすのだけれど、君はエネルギーを消費することで奇跡を起こしてしまうんだ。
 破損したソウルジェムを復元させるなんて、ありえないことだよ。それこそ奇跡を起こさなきゃね。
 せっかく僕達が集めた感情の相転移エネルギーも、君がクラッキングで片っ端から消費してしまうんじゃあね。これじゃあどれだけ魔法少女を造った所で切りがないよ。
 だから君も、安全策として僕たちのシステムに組み込むことにしたんだ。どんな望みだって叶えてあげるのだから、悪い取引じゃあないだろう? ねえ――――――】」

壮一郎はようやっと見つけた袋の両端をぐいと開き、ほむほむの頭を真上にやって背中を叩いた。

「まどがべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」

「ほら、全部出しちゃいな。出し切っちゃった方が楽になるから」

築かれる黄土色のアーチ。
もうこれ以上何も出ないとなったところを見計らい、壮一郎はビニール袋の耳を結んで中身が漏れないよう封をする。
三重にコブ結びをした所でふと疑問を抱いたのは、そういえばこの空間が消えたのなら、中に放置しておいた諸々はどうなるのだろうかということ。
息も絶え絶えなほむほむに問うと、弱々しく、消えて無くなると答えが返る。
成る程と頷いて、壮一郎は汚物袋を思いきり遠くへ放り投げた。消えて無くなるのなら、捨ててしまっても問題あるまい。
壮一郎の強肩によって白いビニール袋は放物線を描きながら暗がりへと消え、ばしゃあ、という中身が衝撃で破裂する音だけが聞こえた。

「きゃあっ!」

「む、不味い!」

忘れていたが、頭上ではマミが戦闘中だった。
悲鳴に天を仰ぐと、マミが真っ逆さまに地上に落下する最中だった。
全身のバネを使って駆け出す壮一郎。間一髪、地面との間に滑り込んで受けとめることが出来た。
よかった。植木鉢も無事だ。

「ごめんなさい壮一郎さん、急に力が・・・・・・」

どうやら被弾しての墜落ではなさそうだ。
急に力が出なくなったとマミは言う。
燃料切れが理由か。
この展開は予想していなかった。
魔女は頭上をゆっくりと旋回しながら、こちらの様子をうかがっている。
もう戦闘力が無いと判断されたらば、そのままばくり、だろう。
さて、どうするか。


「宝石が黒ずんでる・・・・・・?」

無意識に手を伸ばし、擦る。
すると宝石の内にあった濁りがゆらりと揺らめき、次第に消えていった。
何だったのだろうか。
宝石は先程までと変わらない黄金の輝きを取り戻していた。

「すごい・・・・・・力が湧いてくる! これなら!」

「いけるか、マミ」

「はい。でも決め手がなくて」

「俺に出来ることがあればよかったんだが、ごめん。足手まといにしかならなさそうだ」

「そんなことないです! 壮一郎さんが応援してくれるだけで、私、戦う力が湧いてくるんです。壮一郎さんと一緒なら」

何も怖くないんです、とマミは言った。

「壮一郎さん、お願いがあります」

「なんだ。何でも言ってくれ」

「私と一緒に、戦ってくれますか?」

「本気か? 殴り合いならともかく、空中戦なんて、とてもじゃないが俺は役に立ちそうにはないぞ?」

「いいえ、違うんです。予感がするんです。壮一郎さんと一緒なら、って」

「・・・・・・わかった。俺の命、君に預ける」

壮一郎は短く答えると、一つだけ頷いた。
驚いたのは頼み込んだマミの方だった。
予感などという自分の曖昧な感覚でしかないそれに、どうして命まで掛けることが出来るのかと。

「さあてね。酔っ払ってるだけかもしれないぜ?」

にっと壮一郎は笑った。
意地の悪い少年のような笑みだった。
信じてくれている。信じられている。
マミは喜びに打ち震える自分を止められなかった。だから。

「お願い、壮一郎さん。抱きしめて。強く、もっと強く」

「あいよ。こうかい?」

「もっと、もっと!」

マミの総身に、かつて無い力の奔流が渦巻いていく。
ソウルジェムが一層強い輝きを放つ。
ああ、とマミはその瞬間、唐突に悟った。
撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
そして魔法は想いによって、解き放つのだ。

「テイロ――――――!」

正確に言うのならば、それは呪文ではない。
それは彼女が魔法少女としての生き様を自ら示す、誓いの言葉だ。
放たれたが最後、決して魔女を生かしてはおかぬという意思が込められた、必殺の口上だ。
巴マミという魔法少女の全てがそこに在った。
それは恐ろしく鈍い銀だった。
それは恐ろしく巨大な砲筒だった。
怖い恐い魔女を殺すために、自らを恐怖そのものと化さんとした巴マミの全てが、そこに在った。
それは巨大な銀の銃だった――――――!

「お願い、壮一郎さん!」

「応ともッ!」

壮一郎は自らが為すべきことを、余す所なく全て理解した。
巨銃のグリップを脇に構え、天へと掲げる。
狙いは魔女。
右へ左へと回避行動を執っているが、無駄だと壮一郎は笑った。不思議と絶対に外さないという確信があった。
右に銀の巨銃を構え、左にマミを抱え込む。
思えば不思議な巡り合わせだった。
無職の男に、魔法少女ときた。
何が何やら、さっぱり解らない。
ただまあ、一つだけ解ることがある。
銃口の先にあるあの魔女は、もはやお終いであるということだ。

「テイロ――――――!」

「フィナーレ――――――!」

マミと壮一郎の心は、引鉄が引かれたその瞬間、間違いなく一つとなっていた。
全てを穿つ弾丸が、空を捻子斬り、魔女を捻子斬り、世界を捻子斬って、ありとあらゆる悲劇に穴を開けて突き進む。
ガラスの割れるような音がした。
気付けば、現実世界にて壮一郎は呆として立ちつくしていた。
夢だったのだろうか。
それはありえない、と壮一郎は首を振る。
なぜならば、腕の中にずっしりとした鉢植えの重みを感じるからだ。
後に残ったのは壮一郎と、マミと、暑い暑いと言って服を脱ぎ出したほむほむのみ。
どうやら無事に現実世界へと帰還したらしい。

「やったあ! 勝ちましたね、壮一郎さん! 私たち二人の力で!」

だなあ、と壮一郎は気の抜けた返事を返した。
正直な所、これが現実だと解ってはいても、解っているからこそ、現実感がまるで感じられなかった。
飲酒したこともあるだろう。
だが、訳のわからない異世界に囚われ、魔女などという化物と遭遇し、あまつさえそれを撃ち滅ぼしたとあっては。

「初めて会った時から普通じゃないと思っていたけれど、お前さん、凄い奴だったんだなあ」

「当然です」

だって私、魔法少女ですから。
マミは無い胸を反らして、そう言った。
そういう意味で言ったんじゃないけれど、と壮一郎は笑った。
笑いながら、どうしてこうなったのか、経緯を整理することにした。
とりあえず、次に魔女が現れるまで、この少女との出会いとそれからの日常の風景でも回想していようか。
半裸になったほむほむを背負って、家に帰ろう、と壮一郎は言った。
少しだけ頬を膨らませて不機嫌さをアピールしていたマミだったが、すぐに、はい、と幸せそうに、小さな美しい花の咲くように、可憐に笑うのだった。
その笑顔を見て壮一郎は素直に、可愛いなあ、と思えた。
ただし、壮一郎の胸に頬を寄せる可憐な少女は――――――生首、だった。












テンションがおかしくなって勢いだけで一日で書き上げてしまった。
読み返してみてやっぱり思う。
うん、駄目だコレ。
ネタ的に失敗であると言わざるを。
元の韓国純愛ゲー路線でいくと引きこもらせざるを得なくなりますので、続編のシューティングの方でちょこっとやってみた。
胸が熱くなった(嘔吐的な意味で)。
流石にこれは続きは書けねえのです。

追記
マミさん×トマックは誰もやってないネタだろうフヒヒ
そう思っていた時期が僕にもありました
二番煎じ・・・・・・だと・・・・・・orz



[21478] 【習作】魔法少女マジか☆マミさん3【男オリ主一発ネタ】まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:6b74219a
Date: 2011/03/29 03:22
朝のことである。
壮一郎とマミが出会ったその日の、早朝にあったことだ。
これまで経験し得たことの無い未知との遭遇を果たした壮一郎は、混乱の極致にあった。
生首と叫び声の合唱をしてしまったのだ。本当にわけがわからない。隣室の住人のうるせえぞと壁を叩く音で正気に戻った壮一郎だったが、冷静になればなるほど再び混乱していくというデフレスパイラルに陥っていた。
胡坐を掻いて座った卓、その対面には――――――否、卓上には、少女がちょこんと“置かれていた”。
置いたのは自分である。
もしや自力で移動出来る筈がない。
なぜならば、その少女は――――――生首、であったからだ。

「あの・・・・・・」

少女、の生首が発した声に壮一郎は身を硬くした。
あろうことかその生首は、生きていたのだ。
生きて、呼吸をして、瞬きもして、口を開閉しながら言葉を発したのだ。
しかも自分が大切にしていた鉢植えに、すっぽりと端正な顔を納めて。
混乱を通り越してまた恐慌寸前になるやもとぐっと身構えた壮一郎だったが、叫び声を上げ続けてカロリーが消費されたのか、頭に血は上らなかった。
代りに心臓が痛いほどに暴れている。
極限の恐怖を味わうと、人間は逆に冷静となるらしい。初めての経験だった。
冷汗が顎下にまで溜まり、滴り落ちていた。
指先が凍えるほどに寒いというのに汗が止まらないなど、これも初めての経験だった。

「ここは、どこなんでしょうか?」

「見滝原の、ボロい社員住宅だけど・・・・・・」

「はあ、あの、つかぬことをお聞きしますが」

「あ、ああ」

「私、誰なんでしょうか?」

「は、はあ?」

「あ、いえ、すみません、言い間違いました。私、何なんでしょうか?」

愛らしく小首を傾げて問う少女。
指があれば、人差し指を頬にでも当てていたのだろうか。
知るか、と壮一郎は怒鳴り付けそうになった。
ここは何処私はだあれ、というやり取りをよもや実際に聞くことになろうとは。自分がいったい何者なのか、という意味で彼女は言を発したらしいが、答えられるはずもない。
そんなことは俺が知りたいよ、とは壮一郎は言えなかった。一切の冗談が含まれていない、真剣な質問だったのだから。本当に彼女は自分がこの場にいる経緯を把握していないようだった。
生首であるに飽き足らず、記憶喪失であるというのか。
黙り込む壮一郎に、少女の目線が泳ぐ。
長い睫毛がふるりと揺れた。
瞳の端が光ったのは、朝露が溜まったからではないのだろう。
壮一郎は溜息を吐きつつ口を開いた。
全く気乗りがしなかった。

「何も覚えてないのか」

「あっ、は、はい。何も覚えてなくて。その、昔のことは思い出せるんですけれど」

「昔のこと?」

あるいは、壮一郎は彼女に記憶が存在しないのではないかと思っていた。
どう見ても自然発生したようにしか見えなかったからだ。

「はい。私も、見滝原に住んでたんです。小学校の頃はあんまり目立たない子で、運動も勉強もそれなりで。それでも両親は私のことをうんと愛してくれました。
 そして中学校に上がって、両親の期待に応えようって、勉強も運動もいっぱい頑張って、それでお父さんもお母さんも喜んでくれて、それで、いつも頑張っているからご褒美に出かけようって、それで、それで・・・・・・」

「それで、どうなったんだ?」

唇をわななかせ、顔色を青くする少女に、しかし壮一郎は続きを促した。
少しでも多くの情報を聞き出さなければどうにもならないからだ。
こんな異常事態を、全くの手つかずのままで放っておく訳にもいかない。
警察に電話しようかとも考えたが、それは確実に良くない事態に発展すると普段は冴えないはずの直感が告げていた。
自分で何とか出来る範囲まで、何とかするしかない。
逃げるなり、捨てるなり、何なりと。実害がなければ。

「それで、それで・・・・・・お父さんが車を運転してて、対面から、ライトがピカッて光って、まぶしくて・・・・・・」

「・・・・・・それで?」

「大きな音がして、上も下も解らないくらいにぐるぐる回って・・・・・・赤い水溜りが、出来てて。それは、お父さんと、お母さんと、私の身体から出ていて・・・・・・」

はつはつと、少女の呼吸が小さく、細くなっていく。
眼はきつく瞑られていた。
眉間に皺を寄せ、少女は叫び声を上げた。

「わ、わたし・・・・・・私、死んだはずなんです! お父さんと、お母さんと一緒に、死んじゃったんです! でも、どうして! 眼が覚めて、窓ガラスに映った私は、私の顔は、顔だけで!」

壮一郎が何をかを言う前に、隣室から壁がばあんと叩かれた。
うるせえぞ、という壁越しからの怒鳴り声。
すみません、と消え入りそうな声で少女は眼を伏せた。
真一文に唇を引き絞ったが、しかし一度噴き出した不安を押し留めることは出来なかった。

「あ、あ! ごっ、ごめ、ごめんなさ・・・・・・ごめんなさいっ! ごめんなさ・・・・・・あああ」

嗚咽が漏れる。
ごめんなさい、ごめんなさいと、そう繰り返して、少女は必死に涙を留めようとしていた。
場を取り繕おうと、必死に笑みを浮かべようともしていた。
だが、その全ては失敗に終わっていた。
流れる涙や、鼻水や、涎をぬぐう事さえできないのだ。
少女は、生首なのだから。

「・・・・・・ええい、くそう。もう何とでもなれ!」

諦めたように吐き捨て、壮一郎は鉢植えを両手で抱えると、そのまま抱え込んだ。
もう大声を上げさせることは出来なかったし、生首とはいえかなりの美少女が顔をくしゃくしゃにして涙しているのだ。罪悪感も湧く。
それ以上に恐怖の方が強かったが、諦めたのは一時の常識である。もう何とでもなれ、ということだ。
口を塞ぐ訳にもいかず、半ば自棄になって壮一郎は、少女の頭を腕の中に抱き抱えた。
ふぐ、と少女が壮一郎の胸元で息を詰まらせる。
直ぐにくぐもった声が聞こえてきた。

「うううーっ、あうううううーっ!」

「よしよし。泣け泣け、たんと泣け」

人の頭というものは、思っていたよりもずっしりと重かった。
そう長い間抱えていられるものではない。
震え始めた腕を、壮一郎は膝で無理矢理に抑えつけた。
今だけは、意地を張りたいと思ってしまった。
例え、初めから恐怖で手が震えていたとしても。
何故か壮一郎は、この少女の生首に、頼れる大人としての面子を取り繕っていたいと思っていた。
しばらくして、すんすんと鼻をすする音が聞こえ始める。
ゆっくりと鉢植えを引き剥がすと、粘着質な液体が胸元と少女の鼻先で橋を作っていた。鼻水だった。ごめんなさい、と少女はまた言った。いいさ、と壮一郎は応えると、ティッシュ箱を手繰り寄せて数枚紙を取り、涙と鼻水で汚れた少女の顔を、丁寧に拭き取ってやった。目が粗いティッシュでは肌が擦れて痛いだろうに、少女はえへへとはにかんで、とても嬉しそうにしていた。

「だいたい、事情は把握したよ」

「はい、その、私これからどうしたら」

「別に、どうすることもないだろ。警察だかに連絡する訳にもいかないし。どこかに行きたいっていうなら連れていってやるし、ここに居たけりゃ居たらいい。
 ただし、俺はあと数日でここから叩き出されちまうけどな」

「あの、それじゃあ、私」

途端に曇る少女の顔色。
ここに置いていかれるのだとでも思っているのだろう。
壮一郎はにっと笑うと、少女の頭に手を置いて言った。

「職もないし、金だって独り身の癖にそうはない。加えて、運もないとくれば。しかも来週頭には路頭に迷うことが決まってる。
 それでもいいって言うんなら、お嬢ちゃん、俺と一緒にいるかい?」

「あ・・・・・・」

一瞬、呆けたようになる少女。壮一郎が何と言ったのか、ゆっくりと理解しているかのようだった。
ただそう言った側としては、頭を抱えたくて仕方がないのだが。
しまった、つい勢いで言ってしまった。昨晩の酔いが残っていたか。
歳をとるにつれ説教臭くなるというが、ようは歳をとってヒロイックを発揮できる機会を見逃さなくなるようになっただけだ。
種の保存の本能に関係している、かもしれない。脂の乗った男盛りの壮一郎である。ここまでの美少女に縋られて、いい所を見せない訳は無かった。ただしその美少女は生首であるのだが。
兎に角格好を付けた手前、吐いた言葉は飲み込めない。
壮一郎は内心を顔に出さないように努力した。

「はい・・・・・・はい!」

「こら、せっかく拭いてやったのに、また泣く奴があるか」

「ずびばぜぬぶぶぶ」

「喋るなって、拭きにくい。ほら、鼻かんで。チーンってなさい、チーンって」

「ふぐ、ちーんっ、ずず」

顎下の涙を拭う振りをして、壮一郎はさっと確認をとる。
少女はくすぐったそうに身を、頭を捩じらせていたが、どうしても確かめたいことがあったのだ。
それは、断面がどうなっているか、ということ。
手を滑らせたフリをして、首筋に指をなぞらせる。ひゃん、と少女が可愛らしい声を上げた。壮一郎の指先が少女のキメの細かい肌を滑り、土と肌が接しているそこへと到達する。
覚悟して少しだけ地面を掘り起こしてみると、そこには壮一郎が予想していた朱色は、存在していなかった。

「んっ・・・・・・んっ・・・・・・」

しばらく首筋に手を這わせ、間違いない、と壮一郎は確信を得る。
肉か、血管か、神経のどれかが露出しているのではないか、と思っていたのだが、違った。そこには、淡い黄色の光の粒が泡となって、揺ら揺らと揺らめいていた。明らかに物理現象の反応でも化学変化でもない。超常現象だった。
死んで、生き返ったのだと少女は言った。
ならばこの娘は、モノノ怪に属するものに違いないだろう。
つまり、妖怪である。
この少女はおそらくは、音に聞く大陸妖怪、飛頭蛮に相違ない。日本ではろくろ首と呼ばれるそれに、相違ない。
普段は人となんら変わりない彼らは、自分が「それ」であるとも気付かないそうだ。
恐らくは死に面して、無意識に死に体を捨て去ったのだろう。
ごくり、と喉が鳴ったのを壮一郎は自覚する。
サラリーマンが心霊現象に遭遇する、という都市伝説は腐るほど存在しているが、まさか元サラリーマンである自分が体験することになるとは。
あまつさえ、話しの流れで一緒に暮らすことになったなど。

「あのっ!」

「あ、いや悪かったな。もう拭き終わったぞ」

「あ・・・・・・いえ、その、いいんです! 私、こんなだけど、がんばります!」

「うん、まあ、何だ? 色々大変だろうからな、頑張れよ」

「がんばりますから!」

と、少女は決意を込めた眼で頷いていた。
やはり目の粗いティッシュで顔を拭いてしまったのがいけなかったか、少し肌が荒れてしまったようで赤くなっていた。
しばらく見つめあっていると、またも少女があの、と声を上げた。

「あの・・・・・・おじ様の名前を教えて頂けませんか?」

「おじ様って、俺まだ・・・・・・」

「おじ様?」

「ああ、いいよ、気にするな。そうだなあ、自己紹介も未だだったよな」

「ですね。ふふ、名前を教えあう前に、恥ずかしいところ、いっぱい見せちゃいましたけど」

「だなあ」

「むう・・・・・・そこは、そんなことないさ、って言ってくれないと」

「うるへ。オッサンに期待なんかしなさんな」

見合って、あはは、と二人で笑う。
笑えたことに壮一郎は胸中で驚きを感じていた。恐怖は、ある。それはどうしようもない。でも、それだけではなかったのもまた事実。
クビにされた自棄だったのかもしれないし、歳経た感傷によるものだったのかもしれない。
気付いたことは、自分には彼女に対する嫌悪感が無いということだった。壮一郎は彼女を悪いモノであるとはどうしても思えなかったのだ。
それは奇異な存在に対する恐怖とはまた別のものだ。壮一郎はそう思った。
少女は静かに微笑んで、桜色の唇から己の名を紡ぐ。

「私の名前は――――――」

巴マミ――――――と。
可憐な少女の生首は、そう名乗ったのだった。
その日から、マミと壮一郎の奇妙な共同生活が始まった。
非常に不自由であるマミのため、壮一郎は食事は勿論、風呂や、果ては散歩まで、常に共にあって甲斐甲斐しく世話をした。
壮一郎に飲みこぼしを拭われる度、風呂で髪を洗われる度、鞄に詰められて外に遊びに出かける度にマミは申し訳なさそうな顔をしたが、それも直ぐに幸せそうな笑みに変わっていくのは、毎度のことであった。
数日後、次第に記憶を取り戻していったマミの案内で、生前に両親の遺産で購入したというマンションの一室に生活の場を移しても、それは変わらなかった。
いつまでも、とは人生をそこそこに経験した壮一郎は思えない。
ただ、今しばらくはこのまま穏やかな時が流れればいいと、壮一郎は、マミは想い願っていた。
それが魔法少女に待つ悲痛な運命を迎えるまでの、一時の安らぎと知らず――――――。






魔法少女マジか☆マミさん
「ζ*'ヮ')ζ<ていろふいなあれ☆」






夢を見た。
白一色の夢だった。
幼い頃から心臓の病気で入退院を繰り返していた自分にとって、思い出など、病院の光景の中にしかない。
清潔なシーツに、病室。検診に来る主治医に、看護師。どれもこれも全てが真っ白で、何年経っても、曇り一つなく真っ白なまま。
白に閉ざされた世界だった。
そこで自分はいつも寝たきりでいて、チクタクと音のする壁掛け時計をじっと眺めながら日々を過ごしていたことを覚えている。
チクタク、チクタク、世界にはそれだけ。チクタク、チクタク、たった一つの音だけしかない。
不満はなかった。身体が満足に動かせないことを覗けば、特に何不自由なことなどなかったからだ。
今直にどうにかなってしまう病ではなかったが、それでもこれから先、ずっと長い間、それこそ一生こんな生活が続くのだろうなと思っていた。
負い目があったのか解らないが、次第に両親も仕事を理由に見舞いにすら来なくなっていった。
別にどうということもなかった。
正直なところを告白すれば、怖かったのだ。
ここは白に閉ざされた世界。檻の中にさえいれば、傷つくことは無い事を、自分は知っていた。外の世界が恐ろしい場所であることを、知っていたのだ。
チクタク、チクタク。
私の世界はこれだけでいい。
外の世界になんて、いいことなど何一つとして無いのだから。
そう、思っていたのに。

『そんなに緊張しなくていいよ、クラスメイトなんだから。私、鹿目まどか。まどかって呼んで』

――――――覚えている。

『いきなり秘密がバレちゃったね。クラスの皆には、内緒だよ』

――――――覚えている。

『ほむらちゃん、私ね、あなたと友達になれてうれしかった』

――――――覚えている。

『さよなら、ほむらちゃん。元気でね』

――――――覚えている。

『騙される前のバカな私を、助けてあげて、くれないかな』

――――――覚えている。
決して忘れるわけがない。忘れられるものか。忘れてなど、なるものか。
交わした約束は、目を閉じる度に確かめられる。
進まなくてはならない。
彼女との約束を果たすまで。
押し寄せる闇を振り払って、進まなくては。
例え、他の何を犠牲にしてでも――――――。

『君はどんな願いでソウルジェムを輝かせるんだい?』

白く閉ざされた世界の向こう側で、何かが、蠢いた様な、気が、し、た――――――。

「っあ、あああっ! ああっ、あああっ! うあ、あ――――――!」

鈍痛――――――覚醒。
掛けられていたシーツを跳ね上げ、鈍い痛みを訴える頭に顔を顰める。
呼吸を整えても、じっとりとした汗が噴き出てくる。
嫌な夢を見たような気がした。
眠りに落ちるまでの前後の記憶がない。
自分の状態を確かめてみれば、特に変わり映えもしない、痩せっぽちで貧相な身体の暁美ほむらがそこに居る。
大きすぎて股下までをすっぽりと覆うワイシャツの裾から、肉付きの悪い骨と皮だけのような細すぎる足が露出していた。
胸元からは飾り気のない上下セット数百円の下着が覗いている。
はて、こんなサイズの合わないワイシャツなど持っていただろうか。
首を傾げると、鈍い痛みが再びこめかみに奔る。

「あ、つつっ・・・・・・」

「ああ、起きてたのか。おはよう、よく眠れたか?」

「うぐ、は、はい・・・・・・」

「二日酔いか。味噌汁があっためてあるから、こっちにおいで。無理しなくていいからゆっくり立ちな。ほら、手貸して」

「ん・・・・・・」

手が取られ、立ち上がらされる。
視界がぐらぐらと揺れた。
魔力を流せば不調も解消されるだろうが、駄目だ、集中出来ない。
そのまま手を引かれてテーブルへ。
ゆっくりと背を支えて椅子に座らされる。人の世話をするのにやけに慣れたような手つきだった。

「はい、味噌汁。熱いから、ゆっくり飲むように」

「ありがとうございます・・・・・・」

小麦色の水面に舌を着ける。
熱い。
舌先がヒリヒリとした。
言わんこっちゃあない、と苦笑されてしまった。

「息を吹きかけて、ふーふーして飲みなって」

「はい・・・・・・ふぅ、ふぅ」

「まだ熱いぞ」

「ふぅ、ふぅーっ」

はいどうぞ、という許しの声に、一口汁を含んだ。
眠っていた味覚が目覚めていく。
貝殻がこつこつと唇に当たった。シジミのダシがよくとれている。

「おいひ」

「そうかい。具も美味いぞ」

手渡された箸で豆腐を崩す。
しっとりとしていてそれでいて柔らかく崩れる絹ごし豆腐だ。
ダシ汁とよくからんでいて、頬張ると美味しそう。
気が付けば豆腐の方から口の中に飛び込んで来ていた。
美味しい。美味しい。
そういえば、こういった手の込んだ食事をとるのは、いつ以来だっただろうか。
思いだせない程に前から、出来合いの店屋ものしか口にしていなかったように思える。
空腹は最高のスパイスとは良く言ったもの。
小食な方だったはずだが、箸が止まらない。

「はふ、ほふ、はふ」

「落ち着いて食べなって、逃げやしないからさ。おっと、新聞取りにいかないと・・・・・・」

無視して汁を吸いこむ。
食事のペースにまで口出しされたくはない。
モノを食べる時は誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われていなければ駄目なのだ。

「ほむ、ほむっ、ほむほむっ」

「うふふ、おかわりもあるのよ? 遠慮しないでいいからね」

と横合いから湯呑を差しだされ、お茶が淹れられる。
やや渋めの緑茶だった。しかし日本食によく合う組み合わせである。
直ぐにカラッポになってしまった腕に、うふふと笑いながら、その人は長い巻き髪でお玉を傾け、おかわりを注いでくれた。

「ふぅ、ふぅ」

「おいしい?」

「おいひぃれふ」

「よかったあ。そのお味噌汁、私が作ったのよ。久しぶりに料理したから心配だったけれど、うん、腕は落ちてないみたいね」

「はふほむっ、ほむほむ、ほ・・・・・・」

湯のみへとポットの取っ手に色素の薄い巻き髪が巻き付いて、傾けられていた。急に訪れた客人にここまでしてくれるとは、よほどの善人か、お人よしか、暇人か。
しばらく人の掛け値なしの善意など、感じた事はなかった。ここは有り難く御馳走になろう。
そう湯呑を傾けて、あれ、と少女は停止した。
どうしたの、という声が投げかけられる。
その人の巻き髪は、ポットの取っ手に巻き付いていた。
待て、何故巻き髪がポットの取っ手に巻き付いているのだ。
その人が見に付けている品の良い可愛らしいエプロンは、揺ら揺らと風にゆれていて――――――。
まるで、首から下が無いみたいに――――――。

「ほ・・・・・・ほ・・・・・・」

「どうしたの? 暁美さん」

「ほむぶ!」

「てぃろふぃなー!?」

口から噴射されたミソスープが散弾となって生首を撃墜する。
自分も椅子から転げ落ちた。
腰が抜けて動けない。
目がァ、と言って転げ回る生首。手が無いために目が擦れないのだろう。恐ろしい形相だった。

「嘘、嘘よ。これは夢なの、夢なんだから。だからお願い、早く覚めて。覚めて覚めて覚めて・・・・・・」

「もうっ、ひどいじゃない! 人の顔にお味噌汁を吹きかけるなんて!」

「ひぃ、と、巴マミ!」

「何かしら、暁美ほむらさん? 私、怒ってるんですけれど」

鉢植えを傾けて、底の縁を使ってくるりくるりと回転しつつ、近付いてくる生首マミ。
土器がフローリングに擦れるごりんごりんという音が一層恐怖を煽る。
が、逃げることは出来ない。
これまで魔法少女となって様々な修羅場をくぐり抜け、滅多な事では動揺しない精神力を培ったと自負していたが、しかし。
ここまで訳のわからない事態は初めてで、脳がオーバーフローを起こしている。
ぷりぷりと怒っている巴マミ、の生首。
一体何がどうしてこんなことに。
インキュベーターの仕業か。

「おおい、どうしたよ、騒がしい」

「あ、壮一郎さん。もう、聞いてくださいよ。暁美さんったら、こんなにしちゃって」

「うわ、びっしょびしょだな。ははあ、咽て吐き出したのをひっ被ったんだな。だから言ったろ、酔っ払いの相手は慎重にってさ。
 ワンダフル投下された日には目も当てられないぞ」

「ううっ、目に染みて痛いの。壮一郎さん、拭いて拭いてー」

「マミ、お前ね、自分でどうにか出来るようになったんじゃなかったのか? 飛べるようになったし、ほら、その触手も使えるようになったんだろ?」

「触手って、酷いわ壮一郎さん! 乙女の髪を何だと思ってるのかしら、この人ったら、もう」

「でもそれどう見ても触手・・・・・・あ、いや、悪かったよ。悪かった」

よっこいせ、と何の躊躇もなくマミを抱き上げると優しく顔を拭い始める男性。
あの顔には見覚えがあった。
そういえば、昨晩、魔女の結界の中に取り残された一般人だったはず。
どうして結界の中で動けていたのかは不明だが、その傍らには、今のようにマミの生首を侍らせていた。
そしてそのマミの生首は空を飛んでいた。

「よし、と。綺麗になったぞ」

「何だか髪が塩っ気でキシキシしてるわ・・・・・・」

「はいはい。今晩はトリートメントしてやるから、それでいいだろ?」

「わあ、約束ですよ、壮一郎さん!」

すうっとマミの収まった鉢植えが浮かび上がった。
嬉しさを全身で表そうと空中で回転している。
全身を使ったらそうなるでしょうよ、と言い捨てたくなった。
駄目だ、何度見ても正気を失いそうになる。
男が目の前で腰を下ろした。
自分は今、股を立てて大きく開いている格好。
大開脚をしてしまっているが、気付かないくらいに唖然としてしまっていた。
男がそっとワイシャツの裾を直して下着を隠してくれた。

「ん、お嬢ちゃん立てるかい? また手を貸そうか?」

「そ、それには、お、及ばないわ」

「生まれたての小鹿みたいに震えながらじゃあ、説得力ないぜ」

脇に手を入れて抱え上げられ、椅子に座らせられる。
しばらく動悸を落ちつけてから、髪を掻き上げて平静を装った。
余裕であることを示すポーズである。

「礼を言っておくわ」

「慣れない事もしなさんな。背伸びしてるようにしか見えないぜ、お嬢ちゃん」

「・・・・・・ほむぅ」

ぬう、と唸る。
頭痛が酷くて眩暈がした。
言わんこっちゃあない、と男が苦笑していたのが、何だか腹が立って仕方なかった。

「よっこいせ、と」

「な、何を! 下ろして、下ろしなさ・・・・・痛っ」

またもそのまま、今度は肩の上に担ぎ上げられて、先ほどまで自分も横になっていた寝室へと足を向ける男。
何をされるのか、されてしまうのか、嫌な想像が頭を過る。

「いいから、暴れなさんな。布団まで運んでやるから、もそっと寝てろって、な?」

「ほむむ・・・・・・・」

ぴしゃりと腿を叩かれて、ベッドの上に放り投げられた。
マミ、と男が呼べば、はいはい、と諦めたような声で巴マミが浮遊してベッド脇に着地。その触手、巻き髪でシーツを手早く直し、首元にまで布団を掛けられる。
こちらが口を開く前に一連の作業は完了していた。

「ねえ、暁美さん」

「な、なにかしら? 巴マミ」

「少しずつだけれど、私、記憶が戻り始めてるの。だから私、あなたに謝らないといけない」

本当に申し訳なさそうな顔をして瞳を伏せるマミ。
触手が、否、巻き髪が、胸の辺りの布団をぽんぽんと叩いている。
そのリズムにゆっくりと瞼が落ちて行く。
とても落ち着く。
相手は生首だというのに。

「ごめんなさい。あの時あなたの忠告を聞いてさえいれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに・・・・・・」

「巴マミ、あなた・・・・・・」

「もしかしたら、あなたと一緒に魔法少女として戦っていた未来もあったかもしれないわね。
 顔も知らない誰かを守るために、命を賭して。誰に褒められるでもなく、認められるでもなく、そんな孤独な戦いの日々を、二人で一緒に・・・・・・」

「あ、ああ、マミさ・・・・・・」

「でも、ごめんなさい。今の私はただの新妻。二人の愛の巣を守るのに精一杯なの」

「マ、マミさん?」

「今の私の使命は、一パック69円のたまごお一人様二パックまでを、壮一郎さんと一緒に四パック買いに走ることなの!」

「マミさん」

「うふふ、心配しないで。二パック以上買う作戦はもう立ててあるんだから」

「もしもしマミさん」

「私たちには秘策があるの! それは・・・・・・合体よ! 言い換えればそう、二人羽織! 二人の初めての共同作業!」

「マミさん、ねえ、マミさん」

「今晩はオムライスに決まりね。ケチャップでハートを書くの!」

「おはようございますマミさん。起きて、お願いだからもう起きて」

「それまでゆっくりしていってね!」

「さようならマミさん・・・・・・」

ひょっこりと顔をだした男がマミを呼ぶ。
うふふ、とマミはゆっくりと宙に浮かぶと男の下へと一直線に向かった。
その背に背負った大きめのリュックの中へと垂直着陸。
パイルダー、などと言いながら男がリュックのジッパーを上げた。

「じゃあ、俺達はこれから買い出しに出かけるから。大人しくしてろよ」

「待って」

「どうした、お嬢ちゃん」

「・・・・・・あなたは、一体何者なの?」

そう言われてもな、と男は頬を掻く。

「おっさんかヒモ男か・・・・・・ああ、それにしても定職が欲しい」

「キュウべえという人間の言葉を話す白い動物に、心当たりは?」

「いや、無いな。お嬢ちゃんのペットかい?」

「・・・・・・そう、ならいいの」

男が嘘を吐いているようには見えない。
本当に何も知らないようだ。
あの夜、魔法少女という存在を知り、それなりに取り乱すかとも思ったが、限られた情報量ではこれが妥当な反応か。
あるいは、魔法少女よりも魔女よりも衝撃的な存在と共に暮らしているからなのかもしれないが。

「あなたにお願いしたい事がある」

「俺に出来る範囲でなら」

「・・・・・・疑わないのね。躊躇すら」

「さあてね。顔色に出てないだけかもしれないぜ。あんまり人のことを見かけで判断しない方がいい」

「そうね・・・・・・本当にそう。あなたに言われるまでもなく、思い知っているわ」

「まあ、いいがね。気をつけろよ。海千山千の狸にとっちゃあ、お嬢ちゃんみたいに解りやすいタイプは良いカモにされちまう」

「もっと早く、あなたの言葉を聞けていたなら・・・・・・。私はそんなに解りやすいのかしら?」

「解りやすいさ、お嬢ちゃんみたいに取り繕ってるタイプはな。こう見えて俺は外回り担当だったんだ。人を見る目はそこそこあると自負してる」

「そう・・・・・・」

「それで、お願いってのは何だい?」

「もし、あなた達の前にキュウべえと名乗る人語を話す獣が現われたなら、どうかその言葉に耳を傾けないで」

「なるほど首が飛ぶんだ、動物が喋ることだってあらあな」

「お願い、信じて。これは、あなた達のためでもあるのよ」

そして、とそこまで言って、言葉を切る。
男はなんだ、と耳を近づけた。
近付く男の襟首を掴み、耳を口元へと引き寄せる。
予想外の力に男は驚いたようだった。
魔法少女の腕力は、魔力によって強化されるのだ。体格の全く違う成人男性であっても、容易に抜け出せはしない。

「巴マミを独りでキュウべえに接触させては駄目」

囁くように、告げる。
リュックの中のマミに聞こえないよう。

「もっと、より強く、巴マミをあなたに縛り付けなさい。誰の言葉にも耳を貸さなくなるくらいに、強く、支配なさい。依存させなさい。巴マミの世界の全てを、あなたで埋め尽くしなさい」

「そ、それは、どうして」

「彼女は奴の言葉を疑わない。だって、おともだちなんですもの」

嘲りの笑みが浮かんだ。
本性を知らなければ、誰だって騙されるだろう。あれは奇跡を呼ぶものなのだから。
奇跡をもたらす代わりに、少女を魔法少女へと変えるのだ。
巴マミは曲りなりにも契約によって命を救われている。
疑いを抱かせることは難しいだろう。あるいは命を救われたことに対する裏切りであるとして敵対することすらしないかもしれない。
彼女がそんな情に溢れて義理堅い正確であることを、自分はよく知っている。
見た目の奇特さに目を瞑れば、彼女が生存していることは戦力的に大きな利となるのだ。
“あの時”、彼女が暴走したのは、真実の重みに耐えかねてのことだけだったのでは無いのだろう。利用されてゴミのように捨てられることへの恐怖と、そして信頼を裏切られたことへの失望と。
孤独に耐えられず、誰かのために戦うなんて、そんな免罪符で自分を誤魔化してきた彼女だ。
彼女の心の支えとなる誰かさえいれば、きっと、きっと、また共に、戦うことが出来るかもしれない。
自分はイレギュラーを否定しない。
なぜならば、自分がそれそのものなのだから。
“今回”発生したイレギュラーは、最大限利用すべきだ。
何を犠牲にしても――――――と、そう決めたのだから。

「少し、眠るわ。運んでくれてありがとう。ごはん、美味しかったと彼女に伝えて」

「ああ、お休みほむほむ。行ってくるよ」

「ええ・・・・・・ほむほむ?」

鍵の閉める音が聞こえた。
オートロック特有の、モーターが回るような音だ。
ここに来てようやく気付いた。ここは、マミのマンションだ。かつて何度か招待されたはずなのに、忘れていたなんて。
シーツから香るこの柔らかな臭いも、彼女のものだった。これも、忘れてしまっていたことだった。
たくさんの温かかった思い出は、全部覚えていたはずだったのに。
全部覚えていて、零さないように、全てに蓋をしたはずだったのに。
シーツを頭まで被って、目を閉じる。
そうして、確かめる。
あの時彼女と交わした約束を。覚えている、覚えている――――――。
彼女との約束がこの胸にある限り、何があっても挫けることはない。
強くそれだけを想い、拳をきつく握りしめて、足元からじっとりと這い上がる睡魔へと身を委ねた。
意識が薄く途切れる瞬間に思ったこと――――――それは、彼女と交わした約束では、無かった。
なぜだろう。
マミのことが、ひどく羨ましく思えてならなかった。






■ □ ■






壮一郎とマミが合体技で、たまごお一人様2パックのところを4パック手に入れた、その帰り道のことである。
タイムサービスを狙ってやや遠くの総合ショッピングセンターに足を運んだかいもあり、かなりの金額に余裕が出ていた。
元々そこでアルコールや紅茶といった趣向品も購入する予定であったため、ワンランク上のものを購入することが出来て、ホクホク顔で二人は帰路に着いていた。
それでも未だ財布に余裕があり、ではリッチに電車で帰りましょうと、人の利用が少ない近場の駅に足を運んだ、その時だった。

「むむっ、魔力!」

リュックの中からジッパーをこじ開け、マミの触手、ではなく巻き髪がぴょんと飛び出したのは。
何やら魔力に反応しているらしく、アンテナのように一方向を指し示していた。
魔女だろうかとマミに導かれるままに歩を進めた壮一郎だったが、見つけたものは、小さな赤い石の破片のみ。
何やらひしゃげた金属片も付着していたが、特に何かの異常を感じるものではなかった。

「子供のおもちゃか何かか? 変形した十字架に見えなくもないが。なあ、勘違いじゃないのか? こんなんに魔力なんか無いだろ」

「嘘・・・・・・これって・・・・・・。壮一郎さん、あの時、私の頭にある宝石を磨いてくれたみたいに、これにも同じようにしてくれませんか?」

「まあ、お前さんがそう言うなら」

よく解らないまま、壮一郎は言われるままに石の破片を掌に置いて、もう一方の指の腹で擦り上げる。
あの時、魔女に襲われた時に壮一郎がマミの宝石にしたように、とのこと。であるならば、念を込めて磨きあげねばなるまいか。綺麗になれ、元に戻れと。
不思議な感触がした。
温かいような、柔らかいような、指先にトクトクと血潮を感じられるような。
つい最近、これと同じものに触れたような気がする。
そうだ、魔法少女化したマミの頭にあった宝石によく似た感触だ。
いったいこれは――――――と、そこまで考えた所で、壮一郎はまぶしさに目を細めた。
石が、光を放ち始めたのだ。
赤く、紅く――――――。

「お、おいおい、マジかよ・・・・・・」

光が収まっていく。
その時にはもう、指先にあった硬質な感触は消え去り、替わりにぐにぐにとした柔らかい――――――人の肉のような触感だった。
壮一郎の手の内からは紅い石のかけらは消え失せていて。
静かに寝息をたてる、小さな、手の内に収まってしまうくらいに小さな少女が、産まれたままの姿でそこにあった。

「やっぱり・・・・・・どうして彼女が・・・・・・」

「おい、何だかもう、俺の処理能力を超えてるんだが。説明してくれないか?」

「あっ、壮一郎さん、彼女目を覚ましますよ」

「振っといてスルーするのはおじさんどうかと思うよ」

ううん、とこれも小さな声量が手の上から聞こえる。
くあ、と大きく――――――小さく欠伸をして、ゆっくりと身を起こす少女――――――小女。
眠気がとれないようで、壮一郎の手の平に座り込んで、ごしごしと目を擦っている。
呆、とした眼と視線が絡む。
どうするのかと身構えていると、きゅるると可愛らしい小さな音が。
この少女の腹の虫が鳴った音のようだった。

「ええと、何か、食うかい?」

言葉が解るか知れないが、とりあえず聞いてみる壮一郎。
最後のフレーズに少女は反応し、飛び起きた。
激しく頭を縦に振っている。
涎が飛び散っていた。

「とりあえずさっき買ったたい焼きでいいか? クリームとアズキの二つあるけど、どっちがいい?」

少女は壮一郎の手の上で仁王立ちになると、両手を突き出して宣言した。

「あんこ!」

長い赤毛が快活に揺れる。
マミが、やだ何これ可愛い、と呟いている。
それには壮一郎も同意する。人は自分よりも小さい存在に、庇護欲を掻き立てられる本能があるらしい。可愛い、と無条件で思ってしまうのだ。
であるならば、この少女以上に可愛らしい存在など、在りはすまい。
何故ならば――――――。

「うま、うまっ。はれるやー!」

千切ってやったたい焼きを口一杯に頬張る少女は。
壮一郎の手の平の上に乗る程度の大きさでしか、ないのだから。












【飛頭蛮(ひとうばん)】
魔法少女の一形態。
古来から中国大陸を中心に伝承に残る飛頭伝説の正体である。日本におけるろくろ首も、魔法少女の飛頭蛮化が由来であるとされる。
歴戦の魔法少女が闘いの果て、戦闘に不要な器官を自ら削り落とした末に完成する、戦闘に特化した魔法少女の姿がこの飛頭蛮である。
軽量化による飛行能力の獲得という戦術的優位性を獲得するが、しかしその代償として著しく人間とのコミュニケーション能力を失う。
また被弾面積も激減したが、魔法少女であることを隠蔽するために重要な、人間社会に紛れ込んで一般生活を送るという社会性カモフラージュさえ困難となる。
自らの魂を外部に分離、物質化させて管理し、残った器を消耗品として運用する魔法少女であるが、飛頭蛮は正に魔女と戦うためだけの最終形態(フォーム:フィナーレ)であると言えよう。
魔法少女が飛頭蛮化することを魔魅ル(マ・ミル)、あるいは魔視ラル々(マ・ミラレル)、と称する習わしもあるが、語源は不明である。
解釈は諸説あり、大別して二つ、魔に魅せられた魔法少女の成れの果てであるとされる説と、魔に眼を付けられたことで次第に追い込まれていく魔法少女の運命を現している、という説がある。
どちらも、魔を魅つめている時は自分も魔にも視られているのだ、という警告を示していると考えられる。
上海に伝わる著書不明の小説集『反魂剣鬼』には、その結末として主人公の飛頭蛮化が記されているが、これも闘いに身を捧げ尽くした魔法少女の悲哀を綴ったものであることが今日までの研究の結果明らかにされた。
なお、飛頭蛮の生育には十分な栄養素と水分は元より、中でも温度、とりわけ湿度の微調整が重要であるとされる。




今回はくそ真面目に書いたよ!
ごめんなさい、嘘です。
生首ヒロインとかまともに書けねえよちきしょん。
とりあえずはこれでストック分は全放出となりました。
続き? 書けと? それが君の望みかい? なら僕と契約しry
もう寝ゆポ。



[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:16
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/04/10 15:58
夢があった。
子供の頃からの夢が。
海外旅行中にテロリズムに巻き込まれ、目も鼻も利かず身体も動かせない、酷く不自由な状態に貶められていた頃の話だ。
両親を殺されこんな身体にされて、当然ながら幼かった自分は世界を恨み、憎んだ。
そんな時だった。身寄りもない外国人の子供の病室へと足を運ぶ、もの好きが現れたのは。
その人は本当にぞんざいにベッドへ近付くと、あろうことか機材に繋がれている子供の胸倉を掴み上げ、そのまま持ち上げて「ふん」と呆気なく、一言だけそう漏らしたのである。
遠慮呵責なく死に掛けの子供の顎に手をやって、顔を左右へと向けるその横暴さに、唖然とするよりも先に怒りが込み上げてきた。観察されている。品定めされている。それを理解したからだった。
それまで世界の全てを憎んでいたのだ。体の良い発散対象がやって来てくれて、身体はむしろ喜びに打ち震えていた。ガチガチと歯が鳴る。そこしか動かせなかったのだ。
だから唯一動く顎でもってその人物の指に歯型を残してやろうと、くあっと歯茎を剥いた。
頭上から、「ほう」と若干驚いたような、予想外の出来事を喜ぶような、そんな一声が落とされる。
開いた顎の中に突き入れられたのは、苦い味のする皮手袋だった。

「そんな状態で勇気のあることだ。だがそれは間違った勇気だよ」

頭上から降る、大人が子供へと諭す言葉。
わざとゆっくりとした丁寧な言葉で、聞き取りやすい発音の英語だったことを覚えている。
またもぞんざいにベッドの上に放り出される身体は、全く痛みを感じなかった。
まるで自分の身体ではないようだった。首から下がなくなってしまったかのよう。それなのに、首だけで生きている自分がいる。いっそ植木鉢にでも移し替えてくれよと胸中で吐き捨てた。そうしたら、恨みつらみで浮かびあがって、ていろていろと鳴きながらそこいら中を飛び回ってやるのに。

「悔しいか? 何も出来ないまま死んでいくのが恐ろしいか?」

胸に手を当てられ、告げられる。
ぽんぽんと一定のリズムで叩かれる胸。質問に答えずそのまま眠りについたなら、この人物は生命維持に必要な機材のスイッチを切ってしまうのではないか。そう思わせる怜悧さが、その人物が纏う空気にはあった。
ガチガチと開閉する顎。
ガチガチ。ガチガチガチ。
それが答えだった。

「ふん」

またも感情の読みとれない一声。
鼻で笑われたともとれるし、ただ単に頷いただけのようにも聞こえる。内面を悟らせないようにするために訓練されたような、硬質な声色だった。

「チャンスはくれてやる。生き抜いてみせたのなら、使ってやろう」

それだけだ。
そう残して、気配は消えた。
ガチガチ。
ガチガチガチ。
ずっと、意識が落ちるまでの間、歯がすり減るまで顎を鳴らし続けていた。
姿は見得ずとも、その気配の発する鮮烈さは脳の皺の一つ一つに刻み込まれていた。
それが、俺がまだ僕だった頃に出会ったその人との――――――叔父さんとの出会い。
その日から叔父は、度々世間話とは言えない話を述べては去って行くを繰り返すこととなった。ほとんどが世界情勢や科学技術の話しであったのは口下手の叔父らしいと今では言えるが、間違っても子供の病室を訪ねた態度やマナーではなかった。
気付けばいつしか叔父が訪ねてくるのを心待ちにしている自分がいた。
世界を憎んでいた、などというのは防衛本能だったのだろう。心身に重大な損傷を抱えた子供が自分を守るためには、外敵を作り、その破壊に全てを掛けなければ、自分が壊れてしまう。
だからこうして、言葉は少なくてもいい、足しげく自分の元へと通ってくれる人がいるということだけで、どれだけ救われたか。
世界を敵だと思い込むことで自分を保っていた子供はもう、どこにもいなかった。そこには叔父の来訪を待ちわびる、寂しさに耐えかねた子供が一人居るだけだった。その時にはすでに、叔父を中心にして世界が回っていた。
そうしてまたしばらくしてリサと出会い、目が見えるようになって、リハビリと訓練を並行して行われて、日本に帰ることとなったのである。
受けた恩をどう返せばいいのだろうか。せめて肩替りしてもらった治療費だけでも返せたらいいのだが、と申し訳なく肩を落とす自分へと、叔父はほんの少しだけ唇の端を上げて言ったのだ。

「馬鹿め、払うあてのない金など要求するものか。お前はただ、私の隣に立ち、私に尽くせばいい。それ以外に何も考えるなケント」

膝が落ちた。背筋が喜びに打ち震え、滂沱の如く涙が零れた。
叔父の皮手袋に包まれた手を取り、はい、はい、と唯々頷くしかなかった。
当時、とある企業の幹部であったらしい叔父。自分の治療には、最先端の医療を尽くしたと聞き及んでいる。そう安くはない金銭が投入されたとも。全てが叔父のポケットマネーから支払われたとも。
金が全ての価値基準であるはずの企業人が、相手が子供といえど金など要らぬと言ったのだ。
人道支援の宣伝もされていない自分では、名を売ることにもならない。
受けたリハビリと訓練も、この時までは叔父手ずから施されていた。ここまで来たらアドバイザーを雇えばいいものを、そうしなかったのは叔父が自分との関わりを望んでいたからに他ならない。
私に尽くせなどとは言っても、どこの馬の骨とも知れぬ拾った子供に期待などしてはいないだろう。
厳しい言葉とは裏腹に、叔父は善意で自分を救ってくれたのだ。
感謝してもし切れるものではない。
この日この時この瞬間より、人生の至上目的が決まった。
せめて、ほんの少しでも叔父の益になる人間になること。そのために自分を磨き続けること。
幼心に抱いた想いは鮮烈な輝きを以て焼き付いた。
いつか自分も叔父のように、損得抜きで誰かに救いの手を差し伸べられるような人間になりたいと。
感謝がほしいわけではない。
一方的でいいのだ。
むしろ救いの押し売りこそが本懐である。
夢であった。願いであった。成長するにつれ斜に構えてしまい、恥ずかしくて口にすることも出来なかった夢であった。
ようやくそれを思い出したのだ。いいや、常にその想いは胸にあった。目を背けていただけだ。
そして、今。
この手で誰かを救うことが出来るのならば、これほど喜ばしいことはないではないか。
例えそれが、化物の手であったとしても――――――。

「き、君は・・・・・・そう、健人くんではないですか! よく無事で」

名を呼ばれ、一瞬足が止まる。
はて、この眼鏡の男性は誰だっただろうか。一瞬考え、健人はああと頷いた。そうだ、担任の紫藤教諭ではないか。生延びていたとは知らず、今の今まで完全に忘れ去っていた。
見るからに作り笑い浮かべて近付いて来る。未だに信頼されていると思っているのだろうか。そも自分は理に従っただけであり、担任としても人としても紫藤を慕ってはいなかったのだが。
しかし健人も「先生」とにこやかにして、両腕を広げて紫藤を迎え入れた。
異形が紫藤の眼前へと晒される。
健人はおどけた顔で「ばあっ」っと言ってみせた。

「ひっ、ひいい! あばっ、ばけっ、化物!」 

「あっはっは! そうですよ先生!」

効果は覿面だった。
これ見よがしに右腕を掲げた健人から、腰を抜かして地べたを這って逃げる紫藤。それは健人にとって満足のいく反応であったようで、健人は声を上げて笑った。
行く手を<奴ら>に阻まれて、悲鳴を上げる生徒達もいた。健人は触椀を伸ばして<奴ら>を切り裂くと、紫藤らに続く生き残りの生徒のために道を拓く。
その姿を見た者は例外なく悲鳴を上げていたのが愉快に思えた。
嫌悪感が多分に含まれ悲鳴は、<奴ら>に面した時の恐怖の悲鳴ともまた違う。
健人はそれら全てを笑みを浮かべて受け入れた。

「逃げろ逃げろ、みんな逃げろ! 逃げ遅れた奴から八つ裂きにしちまうぞ!」

近付く<奴ら>から順に千切り捨てていく。
それでは足りないと、軸足を基点に独楽のように回転し、伸ばした爪でもって<奴ら>を切り裂く。
活き活きと、実に意気良きと暴力を振り撒く健人の様はまるで暴風の様。
触腕を電柱に巻き付けて健人は空へと跳び上がった。眼下には血肉の絨毯が敷き詰められている。全て、<奴ら>のコマ肉であった。
横転したスクールバスに群がる<奴ら>を全て駆逐するまでに、十秒と掛からなかったようだ。
これが力を晒すことに躊躇いを捨て、異形を受け入れた健人の実力だった。
上半身や首だけとなった<奴ら>を身体に喰い込ませたまま、健人は次の電柱に狙いを定め、跳ぶ。
迫る<奴ら>のあぎとを防げなかったのではない。防ぐ必要がないのだ。すぐさま傷口から肉が盛り上がり、喰い込んだ歯をぼろぼろと体外に排出していた。恐るべき回復力である。殲滅を目的とするならば、身を守ることに手間取られるよりも、いくらか噛みつかれる程度は無視するのが効率的だった。
そよぐ風に身を任せ、中空より健人は高城邸へと突入する。
矢の疾さで以て地に突き刺さる健人。しかししなやかに受け身を取ると、健人は衝撃を推進力へと換え、蛇のように地を擦りながら疾走を始めた。
高城邸の内部は正に地獄の様相だった。
逃げ惑う人々を引きずり倒しては、喰らい付いていく<奴ら>。
その<奴ら>に片端から健人も“喰らい付いていく”。
<奴ら>に組み敷かれていた若い女性を力尽くで助け出して身を抱えたが、自分が何に抱えられているかを知って錯乱した女性は、暴れて健人の腕の中から逃げ出すと、向う方向とは逆、高城邸の内側へと逃げていった。あるいは本能で<奴ら>よりも脅威であると判断したのかもしれない。
見れば、<奴ら>に襲われている大多数が我先にと逃げ出した人々のようだ。
健人とて全てを救えると思い上がってはいない。
心苦しいが、こんな世界となって思い知ったこともある。生き残るべき人々がいて、そうでない者もいるということだ。
いつぞや邸内で女性に乱暴を働いていた男共が<奴ら>に噛み殺されているのを無視して走る。
合流すべきは残って戦うことを選んだ人々だ。
健人は出来得る限り逃げ惑う人々を狙う<奴ら>を優先的に撃破しつつ、庭を奥へと突き進んだ。
異形が舞う。
血肉が降る。
悲鳴が上がる。
笑みが浮かぶ。
血と臓物の臭いを染みつかせながら健人はとうとう、人々に率先して指示を出しながらも集団の中で一番の奮闘をみせる男女、高城夫妻の下へと辿りついた。
周囲には思い思いの武器を取った、戦う決意を固めた人々が。健人のものさしの上では生き残るべく人達である。
健人の姿を認めた高城の父、壮一郎の、むうっ、と空気を呑む音が、研ぎ澄まされた聴覚に届く。
高城の母である百合子は、あっと出かかった声を歳の感じさせないしなやかな指で口を抑え、漏らさぬように抑えていた。
忌避感を感じていない訳がないのだろうに、それを外に出さないように――――――健人に悟らせないようにしてくれるとは。
尊敬に値する大人へと、健人は目礼で答え、一向に減る様子の無い<奴ら>の波へと向き合った。
背に人々を庇って立つ健人。

「ば、ば、化物だああああ!」

「ひぃぃ!」

「いや、嫌! あっちへ行ってえ!」

「くそ、これでも喰らいやがれ!」

大きく広げられた右腕の異形に、どよめきと悲鳴が上がり――――――銃声。

「うぐっ・・・・・・!」

脇腹に広がる灼熱。
撃発音からして、恐らくはブロウニング系統の猟銃か。高城邸に集まった者の中で、銃を所有していたのはコータだけではなかったということだ。どうにも銃器の管理が甘かったのは、個人持ち込みが多かったのも理由だったのだろう。
じわじわと痛みと湿り気が広がっていく。撒かれた散弾の一部が掠ったらしい。直撃であったならいくら治癒力が跳ね上がっていても無事では済まなかっただろうが、これならば許容範囲だ。
後ろから撃たれたことに、健人は全く怒りを感じてはいなかった。むしろ苦笑いさえ浮かべていた。
まあ、そうなるだろうな。
化物が急に現れたんじゃあ、当然の反応だ。

「待ちなさい! 銃口を下ろして!」

「愚か者が! 戦うべき相手を間違えるな!」

「ああ、こんなに血が出て・・・・・・どうして戻ってきたの健人君!」

駆け寄った百合子がゴム手袋を当て、健人の傷口へと布を当てる。傷が浅いとみるやぐっと指に力を入れて弾を抉りだそうとしているのか、異様に慣れた手付きだ。訓練されたものにしか出来ない処置に、健人はなるほどと頷いた。前面に立つ健人を背に庇い、壮一郎が日本刀を振るい近付く<奴ら>を両断している。似た者同士のおしどり夫婦というわけだ。
健人は頬に熱がいくのを自覚した。
嫌われ者になることを覚悟していたが、こうも心配されるのは予想外の反応だった。

「だ、大丈夫です。もう平気ですから」

「喋っては駄目! 撃たれて平気なはずが・・・・・・嘘、これは」

指先を押し返す感触に百合子は驚愕する。
いくつかの散弾が盛り上がる肉に押されて排出される。破れた服から覗くのは、血で汚れてはいるものの、傷一つない真新しい皮膚。

「ね、大丈夫でしょう? こんな傷、すぐに治っちゃうんですよ」

だから早く離れた方がいいですよ、と健人はにっと笑って言った。
俺はこんなだから、と鉤爪を掲げて。
その掲げた右腕を横合いからむんずと掴まれて、健人はえっと呆けた声を上げることとなった。

「戻ったか、健人君」

「た、高城、さんのお父さん・・・・・・」

「壮一郎でよい。すまないが健人君、手を貸して欲しい」

「壮一郎さん・・・・・・その、手、気持ち悪いでしょう? 離した方がいいです。皆にも、悪く言われます。俺は平気ですから、だから」

「男の手だ」

「・・・・・・え?」

「石を投げつけられながら、それでも戦うのだと決めた男の手だ。己が護国の盾とならんと決めた若者を、我々の同士を、何故恐れる必要がある」

ぐっと力強く握りしめられる指。
普通の人間の握力程度で痛みを感じる訳がないというのに、じんじんと痺れて熱い。

「もう一度言おう。健人君、手を貸してくれぬか」

「壮一郎さん・・・・・・」

「頼む」

「・・・・・・こんな化物の手でもよければ」

「十分だ。猫よりも働いてくれるのだろうな?」

言い返されて、健人は再びきょとんと呆気に取られる。はは、ともう乾いた笑みを浮かべるしかない。
流石は右翼団体の首領。一級のエンターテイナーだ。人をノセるのが上手い。

「辛かったらすぐに言うのよ、健人君。彼等のことは任せてちょうだい。あなたに銃を向けさせることはさせないわ」

「はい。ありがとうございます、百合子さん」

「ふふ、男の子は素直が一番。強がってるよりもずっと可愛いわよ」

誤魔化せるとも思ってはいなかったが、片目を瞑って茶化されると気恥ずかしい。
どうも自分はこういう強い女性が苦手なようだ。

「ここは俺が引き受けます。壮一郎さん達は避難するのを優先して下さい!」

「よし、任せたぞ健人君! 百合子、皆を装甲車まで誘導せよ!」

「ええ、解りましたわ壮一郎さん! 健人君、お願いね!」

去り際に手を握られた照れ隠しに、寄って来ていた<奴ら>へと裏拳一閃。

「ええい、くそう、嬉しいなあ。もっとずっと嫌われると思ってたのに、これじゃあ幸先が悪いじゃないか」

悪態を吐くが、緩む頬は隠せない。
高城夫妻以外の全ての人達が嫌悪感を露わにしていたのだ。それが人間にとって普通の反応だ。冴子でさえ、初見では受け入れられなかったのだ。あの二人にも受け入れられたなどとは思ってはいない。ただ、認められただけだ。それが健人にとって望外の喜びだった。
即席のバリケードが破られ、<奴ら>が堰を切って雪崩れ込んで来る。

「さあ来いよお前ら! タイムセールに並べられたい奴からかかって来い! 端から順に切り揃えてやる!」

笑って少しだけ泣いて、健人は死肉の壁へと身を躍らせた。
右も左も前も後ろも、見渡す限りの<奴ら>、<奴ら>、<奴ら>。
狙いを付けるまでもない。爪を伸ばして適当に振るうだけで入れ喰いだ。
健人は雄叫びを上げながら<奴ら>を喰い散らす。
身体中に歯が付き立てられるも、気にせず引き摺って、ついでに目に着いた<奴ら>の頭を握りつぶした。
<奴ら>と噛み合って肉団子となった健人はもう、全身が余す所なく血みどろで、それが自分が流した血なのか返り血なのかも解らない状態だった。
自壊することも厭わぬ怪力で眼球に指を入れられ、爪と肉の間に白いタンパク層を抉り取られ、血涙が流れ落ちていく。
傷を負っても治癒されるからといって、痛みを感じない訳ではない。恐怖を感じない訳ではない。
だが全身を支配する歓喜と闘争心が、健人を突き動かす。

「おおおおお――――――!」

嬉しい。
楽しい。
こんなにも幸せな気持ちで戦えるなんて、初めてのことだ。
もう何も怖くはなかった。

「おお、お・・・・・・――――――」

雄叫びが止む。
世界とは悲劇であった。
それさえ忘れずにいたならば、あるいは心構えだけは出来たのかもしれない。

「なんだ、これ・・・・・・なんだ!」

絶望こそが至上の悲劇において、希望を抱いて戦うなどと、許されるはずがないというのに。
いかに化物であったとしても、己を超える更なる化物には無力でしかないというのに。

「なんだ・・・・・・空か!」

背筋を這う悪寒に、健人は空を仰いだ。
沈み始めた太陽。朱の空の遥か先、雲に隠れるか否かの上空を、4機のヘリコプターが等間隔に旋回していた。
カーゴタイプの胴体部にタンデムローター。物資運搬用の輸送ヘリである。何かをワイヤーで繋いで空輸しているようだ。それがゆっくりゆっくりと、実際には時速数十キロでこちらに向って来る。悲鳴と怒声に紛れながら、小さなローター音がはためくのを健人の耳はその時に初めて察知した。
機種は定かではない。健人だから視認出来る機体の詳細は、どこの国の採用されている輸送ヘリともつかない造りだ。
上空である事を差し引いても聞こえるローター音が小さすぎるのは、あれら輸送ヘリが独自設計によるものだからか。
現行モデルの性能を遥かに超えた機体。輸送ヘリが機体底部から伸びるワイヤーに繋いでいたのは、巨大なコンテナだった。
側面に歪な凹凸が刻まれたコンテナを視界に収めた瞬間、健人の背筋は恐怖に粟立った。
足が意思の制御を離れて震える。
今直にこの場から逃げ去ってしまいたかった。
感じる悪寒は<リッカー>のそれとも、<リーパー>のそれとも、<腐乱犬>のそれとも、健人が遭遇したあらゆる<化物>のそれとも比較になどならない。
ベコンという幻聴が聞こえたような気がした。新たな凹凸がコンテナに生じていた。あのコンテナの凹凸は、内部からの衝撃によって生じたものだった。
馬力も大幅に強化されているエンジンを積んでいるのだろうに、そんな輸送ヘリを4機も使って、一体何を運んで来たというのか。
ヘリの接近にようやく気付いた取り残された人々が、救いが来たのだと安堵を顔に浮かべ、おーいと手を振りながら歓声を発する。

「やったぞ、皆、助けが来たぞ! 助けが来たんだ!」

「おおーい、おおーい! ここだー!」

「おーい! 助けてくれー!」

応えるように、コンテナからは細長い足が勢いよく飛びだして、ぶんぶんと大きく振られていた。

「・・・・・・へ?」

最初に異常に気付いたのは、双眼鏡を覗いていた者だった。
あまりもの現実感の無さに、訳が解らぬといった風に声を上げる。それも仕方の無いことだろう。
コンテナから飛び出した足は、まるでカニの足のように細長く、甲殻に包まれた節足だった。それが足掛かりを求めて空を掻いている。ぐねぐねと動く足には、びっしりと棘と繊毛が生え揃っていた。
ヘリとコンテナとの対比からして、本体の巨大さたるや、いか程のものか。
異常を察知した者は全員が、健人を含めて、思考を放棄した。そしてなりゆきを見守った。その間に、何人かの不幸な者が<奴ら>に喰われていた。
何か、恐ろしいものが、頭上にある。
激しく動くカニ足が、バランスを崩して隊列を乱した一機の輸送ヘリの装甲を抉る。

「お、おい、あれ、落ちて来るんじゃ・・・・・・落ちて来るぞ!」

プロペラが柔性を備えた鋼鉄のワイヤーに接触し、千切れ飛ぶ。
輸送ヘリは一気にバランスを崩すと隣を飛行していたもう一機の輸送ヘリを巻き込んで、もつれ合って落下を始めた。
残る二機は後続二機の墜落を確認すると、ワイヤーを切断し、離脱態勢へと入ったようだ。
落ちて来る。
来る。
恐ろしいものが、来る。

「お、おい逃げろ! みんな逃げろ!」

「どこにも逃げられねえよ馬鹿野郎!」

災いは更に重なる。
一機は高城邸より外れて墜ちていったが、もう一機のヘリの墜落コースは高城邸の中心だ。生き残った人達は高城夫妻の先導によって装甲を施したバスに乗り込んで、その足でこの場より逃げる手はずとなっている。このままではヘリの残骸が進路を塞いでしまう。それだけではない、質量のある物体が遥か上空から地面に叩きつけられるのだ。ヘリのタンクには燃料だって積まれている。兎に角、唯では済む筈が無い。

「――――――くそっ!」

舌打ちを漏らし、健人は駆け出した。
丁度、ヘリの落下地点と重なるように。
黒煙を上げながら輸送ヘリは重力を味方に付け、考えるのが馬鹿らしいくらいの運動エネルギーを保持しながら地表へと迫る。
機首が高城邸庭園の石畳に接触する寸前に、健人は機体と地面のその間に身を滑り込ませた。
異様に膨らんだ右腕が振りかぶられる。
健人の右腕は、構成する一本一本の触手繊維が膨張縮小して織り込まれたものだ。触手は筋繊維のそれと同等の機能をも有していた。当然ながら、人間の筋肉とは質も量も桁違いの代物だ。

「くぅぅうううおおおおおっ!」

出せる限りの力で以て、健人は輸送ヘリを全力で殴りつけた。
骨が軋む。
肉が裂ける。
紫電が弾け、空気中を漂う埃を焼く。
膝が砕けた。腰骨が割れた。
負けるものかと健人は歯を食いしばった。噛み締めた歯が圧し折れる嫌な音がした。
一瞬の均衡の瞬間、ヘリのひび割れたコックピットガラス越しに、未だ存命中のパイロット達と健人は目が合った。
ヘルメットとゴーグルをしていて表情は解らなかったが、しかし驚愕に染まった顔をしていることだけは容易に想像出来た。
すまない、と胸中で唱える。これが初めての殺しとなるが、健人に同情はなかった。
あんな恐ろしいものを連れて来てくれたのだから。
垂直方向の運動エネルギーに、横ベクトルの運動エネルギーが叩きつけられる。
刹那、鈍い音と風切り音を唸らせながら、輸送ヘリは意味を為さない鉄塊となっ、高城邸の端へと殴り飛ばされていった。
接地した途端、燃料に引火して爆炎が上がる。
殴った衝撃で爆発するかしないかだけは、賭けだったのだ。
石畳を周囲もろとも陥没するまで踏み込ませ、健人は攻め勝ったのである。

「く、あ・・・・・・っ! 背骨、やっちまった・・・・・・っ!」

崩れ落ちる健人。
肉体に過重な負荷を掛けた当然の代償だった。
いかに強力な治癒力を備えていたとしても、神経系の集合する背骨や重要器官を損傷すれば、治癒されるまで満足に動くことは出来ない。
再起動までにどれ程の時間が掛かるのだろうか。
響く轟音に健人は身体をもたげ、仰ぎ見る。
あの巨大なコンテナが、高城邸を直撃していた。
要塞として機能することを前提に建築された高城邸である。表層部も下手な軍事基地よりは強度のある建材で構築されているようで、コンテナの直撃を受けても半壊だけに留まっていた。いっそ崩れて瓦礫にコンテナを埋もれさせてしまった方が、時間稼ぎを出来ただろうに。
ひしゃげたコンテナの亀裂を押し広げ、それはのっそりと巨体を顕わした。

「何だよ、あれは・・・・・・何なんだよ」

答えなど返らないと解っていても、問わずにはいられなかった。
高城邸を覆う程の巨体。
見るからに頑強な甲殻。
咀嚼するには過剰な牙が生え揃った大顎。
後背部からは蜘蛛の腹のような器官が垂れ下がっている。恐らくは、何らかの生物の遺伝子と掛け合わせたのだろうか。姿形は似ても似つかないが、ヤドカリのような体構造をしている。
恐ろしく鋭い爪に、長い手足は全て伸ばせば、広い敷地の全て端から端までに届くだろう。
それを何と表せばいいものか、健人には解らなかった。
コンテナの中から現れたそれは――――――大きな、呆れる程に巨大な、<タカアシガニ>だった。
あんな上空からコンテナに詰められた状態で叩き付けられたというのに、実に鷹揚に手足を伸ばしては餌を啄んでいる様は、まるで堪えた様子がない。地面に叩き付けられて直ぐに食事を始めたことからも、それはうかがえるだろう。墜落の原因は、こいつが腹が減って暴れていたからだった。
見た目通りの大食漢のようで、次から次へと“活きの良い”餌を見繕っては口に運んでいる。
最初、それこそカニが海底のプランクトンや藻を攫うように淡々と爪を口元に運ぶ作業に、健人は一体あれが何を食しているのか解らなくなった。摘ままれた餌があーっと助けを求める声を上げていた。それは小さな子供だった。
<タカアシガニ>が器用にその爪と甲殻の突起を使って大顎に運ぶ餌は“生き餌”だった。
つまるところ、それは――――――生きた人間だった。

「よ、よせ・・・・・・やめろ、やめろーッ!」

活きの良い餌、人間とは、バスに乗り込むために高城一派に誘導されて非難を続けていた人達だった。
健人の主観では、彼等こそが何をおいても生き残るべき者達である。
ひょいひょいと、本当に器用に餌の頭を掴んでは大顎へと運んでいた。狙いがつけやすかったのだろう、避難者の列の丁度真中辺りに挟みを入れては餌を摘まみ出す。前と後ろを武器を持った男達で固めていた彼等にとって、それは天から下された無慈悲な裁決――――――列の中心には、戦う力のない妊婦や子供達が集められていた。
ぱき、こり、ちゃむちゃむ――――――終わらない咀嚼音。
健人は喉が張り裂けんばかりに叫んだが、<タカアシガニ>はそも音に過敏に反応するような生物ではなかったのか、見向きもしない。
おのれ、と壮一郎が駆け付け切り込んでいた。百合子がありったけの銃弾を叩き込んでいた。その全てが甲殻に阻まれ、無駄に終わった。食事は続く。
そして高城夫妻へと魔の手は、爪が伸び――――――健人は切れた。

「やめろっつってんだろうがこのカニミソ野郎!」

健人の触腕の細胞、その一つ一つが電気を発し、紫電が空気中へと舞う。
握り込んだ瓦礫を内部へと取り込み、震える腕を叱咤しつつ、<タカアシガニ>へと差し向けた。
サーマルガン撃発――――――破炸音と共にプラズマ膨張によって加速された弾体が射出。<タカアシガニ>の巨体を支える節足の間接へと炸裂する。
ここならば脆かろうという健人の安易な目論見であったが、多層構造の甲殻が関節を覆っており、これもまるで効いた様子がない。だが足を吹き飛ばす事は出来なかったが、態勢を崩すことには成功していた。体をぐらつかせた<タカアシガニ>の爪は目測を誤り空を掴む。<タカアシガニ>は食事を邪魔する闖入者へと、怒りに湧いた複眼を向けた。
挑発する笑みを浮かべたのとは裏腹に、健人の内心は焦り一色であった。
恐らくはあの甲殻は、ロケット弾の直撃にさえ耐えうる高度を誇っている。
一体どう突破しろというのだ。
爪を立ててどうにかなる相手でもなし、サーマルガンも効かないというのなら、更なる火力を有する銃器でも持ち込むしかない。
流石に高城邸にもロケットランチャーなどは存在しないだろう。
自分も手持ちの銃器といえば、ハンドガンが一挺のみ――――――。

『――――――解っているでしょう?』

一瞬、ざあっと視界にノイズが奔り、金髪の小さな女の子の姿が見えた――――――ような、気がした。

「・・・・・・そうだ」

そうだ、と頷く。
解っている。
どうしたらいいのか、解っている。
更なる進化をするために、どうしたらいいのか――――――。
頭上に影。<タカアシガニ>が健人を食まんと爪を伸ばしている。しかし健人は降る魔爪を意にも介さず、ベルトに挟みこんでいた暗銀の銃、サムライエッジを抜いた。スライドを引き、薬室に弾薬を送る。
撃鉄が上がった。
がつり、と咥内に鈍い音。
超鋼ジュラルミンのフレームが下顎と上顎でがっちりと咥えられ、銃口が喉奥へと潜り込む。
延髄が吹き飛ぶように角度を調整。
カチ、カチ、カチ、カチ――――――。
震えて鳴るのは超鋼ジュラルミンに打ち付けられる歯か、トリガに掛かった親指か。
今この瞬間に健人が相対している敵は、もうほんの頭上に爪を降ろしている<タカアシガニ>ではなく、己自身だった。
引鉄を引かなければならない。
引け、引くのだ上須賀健人――――――お前は皆に救いをもたらすと決めたのではないのか。
しかし、指はただ震えるだけで、関節は鉛を流し込んだかのようにぴくりとも動かなかった。

『――――――さあ、勇気を出して』

ノイズが奔る。
不思議なことに、身体の震えがピタリと止んでいた。
健人はすうっと空気を大きく吸い込むと、ぐっと肺に留め、全身に意識を張り巡らせる。
そうして健人は――――――引き金を、引いた。
ばあん、とくぐもった音が鳴った。
誰かがあっと叫び声を上げていた。
それが壮一郎のものであったか、百合子のものであったか、あるいは他の誰かのものであったか。それが健人の惨状を見てのものか、<タカアシガニ>に襲われて発せられたものか。
それを認識するよりも速く、初速約300m/秒で撃発された弾丸は、うねりながら健人の喉奥に突き刺さり、肉と頸椎を微塵に捻り裂き神経束を焼き切って、延髄の片をばあっと撒き散らしながら逆側から飛び出した。



延髄、喉裏を後頭部の一部も含めてぐしゃぐしゃのミンチ肉にして、健人は咥内に満たされた硝煙を首裏に穿たれた新たな口から一口吐くと、そのまま糸が切れた人形のように地面に突っ伏した。
熱かったのか、痛かったのか解らない。
二度三度手足を痙攣して動かなくなるその前には、もうすでに、健人の思考能力は消え去っていたのだから。
こうして、これまであらゆる危機を乗り越えて来た健人は、ここでとうとう、その命を完全に終わらせることとなった。
上須賀健人は死んだ。死んだのである。
人間、上須賀健人――――――了。
そして――――――。






■ □ ■






<タカアシガニ>に表情筋が存在したならば、この時しめたとばかりににやっとして笑っただろう。
何せ自分をよろめかせる程に活きの良かった餌が、人間が使う武器をあんぐりと咥えると、己自身の手で己の喉を吹き飛ばしたのだ。
これは締める手間が省けたぞ、という愉悦と、自分で仕留めたかったという若干の後悔。<タカアシガニ>は巨体に見合った脳に知能、そして精神活動も備えていた。
人間のような思考と高度な精神活動が存在するというわけではない。その理は本能に基づくものでしかない。快不快原則の原始的な思考、喰うや喰われるやに掛ける思考でしかないのだ。人語による思考ではないのだから、当然とは言えよう。
<タカアシガニ>はその身にみっしりと詰まった脳が訴える空腹信号に従って、うずくまって動かなくなった餌へと足を伸ばす。腹は満たぬが、これ程の手合いを消化器官に収めたという満足感を得るためだ。つまり、そういうことだった。
人間のものさしから言えば、この<タカアシガニ>は大変な美食家であったのである。
抑えきれない食への欲求に涎とも泡ともつかない体液をぼとぼととこぼしながら、高城邸の上からぬうっと身を動かした。
これ程の活きの良い餌である。不味い訳が無い。
特にあの波打つ右腕などをすすれば、さぞかし美味かろう。
どれ、まずは頭から――――――。
<タカアシガニ>は器用に巨大な両の鋏でもって、餌を摘まみ上げた。鋏の見た目の巨大さに反する精密作業である。
そのまま、丁度ペットボトルのキャップを開けるようにぺきっと餌の首を手折ると、やはりこれもボトルキャップよろしく、餌の首をずるりと引き抜いた。
奇跡的に残された赤黒く細長い神経と血管とが糸を引き、生首と胴体との間で風に攫われゆらゆらと揺れている。
満足気に取り上げた首をためつすがめつしてから、<タカアシガニ>は徐に、ゆっくりと摘まみ上げた御馳走を口器に含み――――――咀嚼。
ぱき、ぽり、ぼき、こりこり――――――。
ぼりぼり、ばりばり――――――。
みしみし、みしみし――――――。
赤黒く細長い神経と血管とが糸を引き、生首と胴体との間で風に攫われゆらゆらと揺れていた――――――。














先日の震度6の地震でマンションの基盤が限界を迎えたようです。
保証はでるけども・・・・・・資料が・・・・・・。
特にバイオの設定集が手元に無いのが痛すぎます。ここは仕事の資料が消えるのを嘆けと言うところですがw
しかしバイオ設定が合っているのかいないのか、確認がとれず困ります。
さらにいえば黙示録の単行本化されていないショッピングモール編後の展開も、月刊誌の方で保管してありましたのであまり記憶にありません。
どうしよう。これはもう、アニメ編に尺を合わせるしか。
というわけで、次回か次々回にて完となりそうです。
バイオキャラがほとんど登場させることが出来無さそうで、後悔の極みです。
申し訳ありません。
感想返信は、また後日に致します。

もうss書く気力が・・・・・・。
弱音を吐きたくも・・・・・・。


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