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THE HAPPY END ~語られなかった結末~ (読者リクエスト)
第十話 Dummy Death ~死者は大空を翔ける~
「ほらシンジ、のんびり滑っていると置いて行っちゃうわよ!」
「待ってよアスカ」

やっと初心者の滑り方のフォームから脱却したばかりのシンジは、フラフラと頼りない滑り方でゆっくりとゲレンデを滑走した。
アスカはシンジの前をスピードを上げて滑るが、シンジから見える範囲で止まってシンジを待っている。
それが今のシンジとアスカの関係だった。
使徒との戦いが終わってからしばらくして、アスカとシンジは外国のスキー場でスキーを楽しんでいた。
あの日シンジは銃で撃たれ、命を落とすはずだった。
アスカもレイもシンジが倒れるのを見て悲鳴を上げた。
しかし、ごく狭い範囲のATフィールドが発生してシンジの命を救ったのだ。
凶弾は跳ね返され、シンジは傷一つ負わなかった事に驚いた。
リリスとなったレイから授けられた使徒の力は時間と共に完全に消え失せたはずだった。
だが、最後の力がシンジの体内に残っていたのだ。
それは、逆行前の世界で会ったレイの魂のわずかな欠片だったのかもしれない。
シンジを守りたいと言うレイの気持ちが起こした最後の奇跡。

「使徒の力があった時は、スピードを出すなんて怖く無かったんだけどね」
「力だけじゃなくて、度胸も無くしちゃったわけ?」
「やっぱり怪我をしちゃうかもしれないと思ったら、怖いじゃないか」

アスカの言葉にシンジは苦笑しながら答えた。
しかし、もうレイから授かった使徒の力は感じられない。
シンジを撃ってしまった女性士官は、2発目の銃弾を放つ事は無かった。
彼女の目の前に亡くなった兄の霊が現れ、復讐を止めるように説得されたのだと言う。
それがレイの力によるものなのか、彼女の感じた幻なのかは分からない。
女性士官は許しを請いながら何度もシンジに頭を下げ、駆けつけたミサト達に抵抗する事無く拘束された。
かくして、シンジの命は助かったのだが、シンジが生きている事実は伏せられた。
日本のニュースではシンジは死亡したと報じられている。

「自分の死亡記事が載っている新聞を読むなんて、変な感じがするよ」
「悲劇の最期を遂げた英雄の少年って事にされているわね」
「アスカのインタビュー記事も大げさすぎて恥ずかしいよ」
「そんな事無いわよ、アタシはシンジが死んじゃったら大泣きして悲しむもの」

アスカが顔を赤らめてそう言うと、シンジにもその赤さが伝染した。
シンジの命は助かったが、また同じような事件が起こってしまうのを危惧したミサト達によって、シンジは外国に身を隠した。
中立を貫き日本の戦略自衛隊も手を出しにくいこの国は、シンジの身を守るのに最適だった。
シンジは日本の戸籍を抹消し、この国の国籍を取得し新たな人生を歩もうとしている。

「アスカがついて来てくれて本当に嬉しかった」
「まだシンジへの借りは返し切れてないからよ」

日本の戦略自衛隊の隊員に狙われる可能性のあるシンジは、この国から外に出る事は出来ない。
そんな制限のある生活に、自分のせいでアスカを巻き込みたくないとシンジは自分からアスカを誘う事が出来なかったのだ。
ここで別れてしまえば、シンジは二度とアスカと会う事が出来なくなる。
しかし、アスカの方からシンジと共に行く事をためらうことなく即決した。
この国では公用語の1つとしてドイツ語が用いられているため、シンジの生活はずいぶんとアスカに助けられている。
今こうして一緒にスキーを楽しむ姿は、仲の良いカップルのようだった。
この小さな街から出られないとは言え、エヴァに縛られていたシンジとアスカは自由の身となった。
春からシンジはアスカと一緒に学校に通い始め、この国の教育制度では日本の高校に当たる学校を卒業したらすぐに職業訓練か大学受験かを選択することになる。
これからのシンジの生活は、ネルフやエヴァンゲリオンに束縛される事は無いだろう。
そして、心待ちにしていたアスカとの新しい生活が始まるのだ。
多くの物を失いながらも、アスカを助けたいと言う希望を捨てずに幾多の戦いを乗り越えて来たシンジ。
今まで残酷だった運命の神はやっとシンジの願いを聞き届けてくれた。

「そろそろ帰ろうよ、ほら雲行きだって怪しいし」

滑る事に疲れ始めたシンジは、どんよりと曇り始めた空を指差した。
朝に滑り始めた頃は顔を出していた太陽もすっかりと厚い雲に覆われて隠れている。
ナイターまで滑ると張り切っていたアスカは不満そうな顔で、シンジと少し遅めの昼食を摂る。
レストランの中で残念そうに外を見ているアスカをシンジがなだめる。

「アスカ、また別の日にスキーができるんだから、慌てる事は無いじゃないか」
「でも、せっかくいい気分で滑っていたのに。あーあ、また晴れないかな」
「そんな都合よく晴れたりはしないよ」

シンジがそう言うと、アスカはむくれた表情になった。
すると、2人の見ている前で、厚い雲の切れ目から光が差して来ていた。
これは天使の梯子と言われる気象現象だ。

「この調子なら、まだまだ滑れそうじゃない」

アスカは嬉しそうな笑顔になった。
起こってしまった小さな奇跡に苦笑していると、シンジは光の中にレイやカヲル、トウジ達の姿が浮かび上がっているように感じられて、思わず目を疑った。
しかし、目を凝らして空を見つめているうちに雲の切れ目は大きくなっていき、青い空が広がって行き、天使の梯子は溶けるように消えてしまった。
先程のレイ達の姿は自分が見た幻かもしれない。
でも、きっと空の向こうからみんな見守ってくれている。
希望に満ちたシンジの心は晴れ上がった空に翼を広げ飛び立って行くのだった。
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