ウトウトしていたナルトは、いきなり脇腹をつつかれてハッとした。
目を開ければ、アカデミーの職員全員の白い目が自分一人に向いている。
・・・やべぇ、職員会議中だった。
ナルトは着物の袂に手を入れ、教師仲間にえへっと笑って見せた。
「すんません。オレってば、なんかヘンな寝言言っちゃったみたいで」
上席についたアカデミー長の特別上忍が、盛大にため息をついた。
二人でアカデミーの廊下を歩きながら、たなノセルは文句を言う。
「僕何度も起こしたのにナルト先生、全然起きないから」
翡翠色の髪を振って困った顔をする同僚に、ナルトはうんざり
と手を振った。
「もーイルカ先生の説教の後にお前までやめてくれよー」
昨日、任務から帰ったばっかだからオレだって疲れてんだよ・・・
と言うナルトに、ノセルはムッと口を尖らせる。
「僕だって同じ任務でしたけどね」
でも僕は絶対居眠りなんてしません、と言い張るノセルの頭を、
ナルトはぐしゃぐしゃなでた。
「やめて下さいよっ」
もー、と顔を真っ赤にしたノセルに手を払われ、ナルトは苦笑いした。
「いや、可愛いなーと思ってさ」
言ってからナルトはため息をついた。
「お前ガンバリすぎ。暗部とアカデミーの両立なんて超過任務すぎる
だろ。ちょっとは考えろよ」
サスケもナニ考えてんだか、と呟いたナルトにノセルは声を上げる。
「隊長はこの場合関係ありません。僕が我侭言って、アカデミーに残れる
ようにしてもらっているんですから・・・」
ナルトは手の舞扇でペシリとノセルの唇を押さえた。
「ノセル先生。廊下で騒がないよーに」
ナルトの口調は軽いが、ノセルはハッとして口を噤んだ。
ナルトが上忍であることは子どもたちには秘密だし、
ノセルが暗部の者であるということもアカデミーでもごく限られた
人間しか知らないことだ。いつだってアカデミーでの自分たち二人は、自分の
行動に責任を持たなくてはならない。それはいつも、ノセルの方がくどい程
ナルトに言っていることだ。
子どもたちが、「先生こんにちはー」と言いながら二人の脇をすり抜けてい
った。
ノセルは笑って手を振りながら、「とにかく」と咳払いをする。
「アナタの寝ている間に、会議でそのサスケさんの話になったんですよ」
「サスケぇ?なんでアイツが?」
ナルトは怪訝そうな顔をする。
暗部隊長がアカデミーに、一体なんの繋がりがあるのか。
ノセルはため息をついた。
「『ウ之字友ノ会』ですよ。最近すっごく活動が活発になっちゃってるみたい
で・・・」
「うのじとものかい?」
ナルトは首を傾げる。ノセルが口を開こうとした時、予鈴が鳴り出した。
ノセルはとにかく、とナルトに指を上げた。
「ナルト先生、くノ一クラス担当でしょ。アナタが特に気をつけて下さいよ」
じゃ、と手を上げて去っていくノセルの背に、ナルトは、なんのこっちゃと
呟いた。
高く弦の音が鳴った。枝を肩に乗せた三人の少女たちが一斉に振り向く。
ナルトは扇で床を弾いて拍子を取る。舞踊「藤娘」の稽古中である。
「右肩下がる、次左肩。はいドッチリチン、はいイチ、二、サン」
ナルトは地方に手を上げた。曲が止まる。彼は立ち上がり扇を肩にかついだ。
「この時な。顔を動かす時は三つの後まっすぐ顎を右から左、わかったか?」
少女たちが、はーい、と声を上げて、元の立ち位置に戻っていく。
ナルトも定位置に座りなおした時だった。
「こらっ!」
稽古場の外から野太い怒鳴り声がした。窓際に控えていた少女たちの「いやー!」と
いう悲鳴が上がる。
「信じらんなーい!」
「ナルト先生たすけてー!」
咄嗟にナルトは裾を蹴り上げホルスターから手裏剣を引き抜いた。
「みんな窓から離れろっ!」
一斉に窓の下から離れる少女たちの上を飛び越え、ナルトは窓の外の不審者に
飛び掛った。
「うちのくノ一になんの用だこの変質者っ!」
小太りの身体に乗り上げ太い首を押さえると、変質者はぐえぇと声をあげ、
バシバシとナルトの腕を叩いた。
「・・・です。ナルト先生っ、わたしですよっ・・・」
ぐへっと喉を鳴らす男を、ナルトはきょとんと見下ろした。
「・・・あれ?」
よく見ると、白目を剥いて気絶寸前の男は、同じアカデミーの教師だった。
授業が終わってからその後は本日二度目のお説教タイムだ。アカデミー以来、
こんなことは初めてだと思う。
ゲンナリと職員室から戻ってきたナルトに、稽古場で待っていた少女たちが一斉に
駆け寄って来た。
「ナルト先生、だいじょうぶ?」
「まーな」
少女の一人が頬を膨らませた。
「ヒドイよね、ナルト先生を怒らなくたって」
「ほんとー」
ナルトは苦く笑う。
「まあ、相手を確認せず取り押さえたオレも悪かったんだけどな」
でもなあ、とナルトは盛大にため息をつき、少女たちを見回した。
「お前たちも悪かったんだぞ。授業に関係ないもの持ち込むから」
少女たちは顔を見合わせ、ゴメンなさい、と舌を出した。
反省してんのかよ、とナルトは肩を落とす。
つまりあの教師は、稽古場を通りかかり何気なく中を覗いたら、脇で稽古の順番待ち
をする少女たちが紙切れを回し読みしているのを見た、だから叱ったのだと言うこと
だった。
同僚に飛び掛ったこと以上に、授業中の子どもたちの規則違反を叱らなかったという
点でナルトは注意を受けたのだ。
・・・まあ、とナルトは思う。
おかげで、『ウ之字友ノ会』が何なのかはわかったけどな。
ナルトは袂から「ウ之字友ノ会 会報」と書かれた紙を取り出し、少女の一人に
渡す。少女たちは歓声を上げて紙を覗き込んだ。
「ナルト先生、取り返してくれたんだー!」
「ありがとう先生!」
「もう授業中に見るなよ」
「はーい」
やれやれとナルトは窓の桟に寄りかかった。教室に戻らず、自分の目の前できゃあ
きゃあと浮かれる少女たちをしばらく見て、ナルトはところでさぁ、と切り出した。
「・・・それ、いったい何なワケ?」
少女たちは会報をナルトに見せて、口々に説明を始めた。
「今ちょー話題の上忍、うちはサスケさまのファンクラブの会報でーす」
「とってもキレイなお顔の人なんでーす」
「里の中で、たった一人の「うちは」の人なんでーす」
「すっごい強いらしいんでーす」
「恋人募集中らしいでーす」
きゃあーと騒ぐくノ一予備軍を、ナルトはへーと見た。
サスケのファンクラブなぁ。オレたちがアカデミーの頃も、アイツくノ一クラスですげぇ
人気だったからなあ。まあツラは昔から良かったもんな。性格はヒネちまったけど。
ナルトはちょっと身を乗り出した。
「どんな活動すんの?」
「まず、月に一回会報を発行します。クイズに答えたらサスケさまグッズが当たる
コーナーありまーす」
サスケさまグッズ?!
ナルトは笑いをこらえた。こらえたあまり、顔が引きつる。
「そんなんあんのか?」
思ったより本格的だ。
「あります!うちはの家紋がついたキーホルダーとかー」
・・・そういうの、なんやかやとややこしいことにならないんだろうか。
「会員が作ったサスケさま人形とかー」
げ、人形?あんな可愛くねーの何人もいるの?!
私持ってる!と橙色の髪の少女が手を上げ、小さなぬいぐるみを持ってきた。
黒髪に鋭い目つきのソレはけっこう良くできている。
ツネりてぇという衝動を抑えるナルトである。実行したらこのチビッコは
自分を一生憎むと思う。サスケを見習って里抜けされては悲しすぎる。
髪をくるくるに巻いた子が声を上げた。
「そういえば、サスケさまとナルト先生、同い年だよね」
ギク。
「先生、サスケさまとアカデミー同じだったんでしょ?友達だった?」
「あー・・・」
ナルトはあらぬ方向を見た。
ここでうちはサスケと知り合いだとは言えない。言えば「サスケさまに会わせて!」
という成り行きになるだろうし、そうなれば・・・シカマルじゃないけど・・・。
はっきり言って。
メンドクサイ。
ナルトは咳払いをした。
「確かにアイツとはアカデミーで同期だった。でもそれだけで、できのいいアイツは
オレを相手にしなかったし・・・」
言いながら、この点は事実だよなと思うナルトだ。
「ま、それだけの仲だってばよ」
言ったら、えー、と子どもたちは顔を見合わせた。
「でも、ナルト先生もすっごく格好いいしー」
「友達になっちゃえば?二人揃ってたらすっごく美しいよ!」
はは・・・とナルトは顔を引きつらせた。
・・・笑えねぇ。お前ら、サスケの前でんなこと言ってみろ。ガキといえどもアイツ容赦ねーんだぞ。
きゃー!とかまびすしい少女たちを見ながらナルトとしては、とにかくコイツらが不用意に
サスケの傍に近寄りませんように、と祈るばかりである。
袂がくいくいと引っ張られた。見下ろしたら、少女たちの輝く瞳。
「・・・どした?」
「ナルト先生、先生も『友ノ会』に入会しなよ!」
え・・・。
「オレも入っていいの?」
少女たちは、勿論です!と頷いた。
「男の子の会員もすっごく多いの、やっぱり憧れるのね」
「ナルト先生がサスケさまとお友達になれるように、私たちも協力します!
そのためにも!」
えいっ、と会報をつきつけられ、反射的にナルトは受け取る。
少女たちの宣言。
「まずは第一歩として、ファンクラブに入会しましょー!」
「そうしましょー!」
わーわーと拍手をされ、ナルトはサンキュー、と呟いた。
・・・ま、いいよな。
これをネタにしばらく面白い思いができるかも知れない。
ナルトはそう納得し、紙を懐にしまったのだった。
その日の夜。
ナルトがサスケの家の茶の間で仕事をしていたら、風呂上りの家主が
怪訝そうな顔で卓上の紙切れに目を留めた。
「・・・ナルト。これは何だ」
『ウ之字友ノ会』?と読み上げたサスケにナルトはぷっと吹き出す。
「・・・なんだよ」
「いや、なんでも」
サスケは肩をすくめて紙を放った。
そのまま部屋を出て行こうとするサスケの背に、ナルトは顔を上げず言う。
「それさぁ」
「なんだよ」
「サスケさまとお友達になれる紙らしいぜ」
「は?」
「オレとサスケさま、お似合いなんだってよ」
サスケは振り返る。ナルトのニヤけた顔に柳眉をひそめ、呆れたように手を
振る。
「次の任務までにそのクサれた脳を治しとけよ」
部屋を出て行くサスケの後ろ姿にナルトは肩をすくめ、広げた巻物
に目を戻した。
ナルト『ウ之字友ノ会』会員としての、初めての夜だった。
End.