事件番号  :平成15年刑(わ)第2860号
事件名   :詐欺被告
裁判年月日 :H16. 2.12
裁判所名  :東京地方裁判所
部     :刑事第2部

判示事項の要旨:

現職の衆議院議員であった被告人A及び別の衆議院議員の政策担当秘書であった被告人Bが,いわゆる名義貸しの方法により政策担当秘書を採用したかのように装い,その給与支給を受けたという詐欺の事案において,被告人両名に対して執行猶予付きの判決が言い渡された事例



平成16年2月12日宣告 東京地方裁判所平成15年刑(わ)第2860号詐欺被告事件

判決
主文
被告人Aを懲役2年に,被告人Bを懲役1年6月にそれぞれ処する。
この裁判確定の日から,被告人Aに対し5年間,被告人Bに対し4年間,それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用はすべて被告人Aの負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人Aは,衆議院議員であった者,被告人Bは,別の衆議院議員の政策担当秘書であった者であるが,
第1 被告人両名は,被告人Aの公設第二秘書であったC及び国会議員政策担当秘書選考採用審査認定者登録簿に登載されていたDと共謀の上,平成8年11月18日ころ,東京都千代田区a町b丁目c番d号所在の衆議院事務局において,同事務局庶務部議員課課長補佐Eらに対し,真実は,単に名義を借用するにすぎず,被告人Aにおいて上記Dを自己の政策担当秘書に採用する意思も採用した事実もないのに,これらがあるように装い,同年10月31日付けで上記Dを被告人Aの政策担当秘書に採用した旨の内容虚偽の衆議院議長あて議員秘書採用同意申請書,議員秘書採用届,履歴書等を提出し,上記Eらをして,その旨誤信させ,よって,別表1記載のとおり,同年11月29日から平成9年3月14日までの間,前後9回にわたり,衆議院から,上記
Dの給与支給の名目で,合計448万9304円を同所所在の当時の株式会社F銀行衆議院支店に開設され上記Cらが管理する上記D名義の普通預金口座に振込送金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた。
第2 被告人両名は,被告人Aの公設第一秘書であった上記C及び国会議員政策担当秘書選考採用審査認定者登録簿に登載されていたGと共謀の上,平成9年4月10日ころ,上記衆議院事務局において,上記Eらに対し,真実は,単に名義を借用するにすぎず,被告人Aにおいて上記Gを自己の政策担当秘書に採用する意思も採用した事実もないのに,これらがあるように装い,同月10日付けで上記Gを被告人Aの政策担当秘書に採用した旨の内容虚偽の衆議院議長あて議員秘書採用同意申請書,議員秘書採用届,履歴書等を提出し,上記Eらをして,その旨誤信させ,よって,別表2記載のとおり,同月25日から平成10年12月10日までの間,前後27回にわたり,衆議院から,上記Gの給与支給の名目で,合計1425万1222円をF銀行衆議
院支店に開設され上記Cらが管理するG名義の普通預金口座に振込送金させ,もって,人を欺いて財物を交付させた。
(量刑の理由)
 1 事案の概要
 本件は,現職の衆議院議員であった被告人A及び別の衆議院議員の政策担当秘書であった被告人Bが,被告人Aの公設秘書であったC及び政策担当秘書選考採用審査認定者登録簿に登載されていたD又はGと共謀の上,上記各認定者の名義を借りる方法により,実際は被告人Aの政策担当秘書として採用する意思も採用した事実もないのに,これらがあるように装い,政策担当秘書の給与受給の名目で,2年余りの間に衆議院から合計1874万円余もの公金を詐取したという詐欺の事案である。
 2 犯行態様の悪質性,結果の重大性について
 (1) 政策担当秘書制度の趣旨及び制度創設に至る経緯
 ア 国会議員政策担当秘書制度は,公設秘書2名のほかに,主として国会議員の政策立案及び立法調査活動を補佐するための秘書として,平成5年5月施行の国会法の改正により創設されたものである。
 イ 上記制度の創設に至る経緯をみると,その背景には,国会議員から,公設秘書を2名から更に増員すべきであるとの要望があったものではあるが,公設秘書の給与は国費で賄われ,それだけ国の財政負担を増大させることから,その増員には国民の理解を得る必要のあることが当然の前提とされており,また,衆議院では,秘書の採用や服務が適正に行われるべきことが議院運営委員会において確認されていた。
 平成3年5月,衆議院議長の私的諮問機関として「国会議員の秘書に関する調査会」が設置され,その審議の結果,国の財政事情が逼迫している状況下において,安易に公設秘書を増員することは相当でないが,議員の政策立案・立法調査機能を高めるために,議員の政策活動を直接補佐する秘書として,政策秘書制度を新たに創設し,秘書体制の質的向上及び議員の政策活動の充実強化を図り,もって,国会審議を活性化し,政治に対する国民の信頼を回復すること,政策秘書は,国会議員の立法準備作業を補佐するため創設されるわけであるから,議員の政策活動を十分に補佐し得る能力と適性を備えた者でなければならず,高度な資格試験に合格した者及び豊富な学識経験を有する者を採用すべきであることが提言された。
 これを受けて,衆議院において,議院運営委員会に秘書問題協議会が設置されたが,そこでは,実態として秘書の仕事を行っておらず,給与を取るだけの名義貸しはいけないということが確認された。
 上記協議会における検討を経て,平成5年4月,衆議院議院運営委員会において,政策担当秘書制度の創設及びその給与に関する国会法等関連2法の改正案が法律案として決定されたが,その際,選考審査による政策担当秘書の採用は,いやしくも国民の信頼にもとることのないよう厳正に行うこととする旨の申し合わせがされている。そして,上記各法案はいずれも同月中に両院の議決を経て成立し,同年5月から施行されたことにより,政策担当秘書制度が創設されたものである。
 ウ かくして,政策担当秘書は,公設秘書の場合とは異なり,国会に設置された政策担当秘書資格試験委員会の実施する資格試験に合格するか,又は各議院に設置された政策担当秘書選考採用審査認定委員会による選考採用審査認定を受けることにより,能力,経験,資格等について一定の社会的評価を受けており政策担当秘書として採用するにふさわしいと判定されて,所定の登録簿に登載された者の中から,採用することとされている。さらに,政策担当秘書の給与は,このように非常に厳しい資格要件が設けられていることに応じて,公設秘書よりも高い給与水準が設定されているのである。
 (2) 犯行態様の悪質性
 ア ところが,被告人両名は,政策担当秘書制度の検討段階から懸念されていたところの,勤務実態の全くない名義貸しという最も悪質な手法を用いて,公設秘書よりも高額な政策担当秘書給与をあえて詐取したものであり,このような犯行は,同制度が国民の信頼を裏切ることのないようにと様々に配慮されて創設されたという前記のような経緯,あるいは議員の政策立案や立法調査作業を直接補佐させるという制度の趣旨を全くないがしろにするものである。
 イ また,政策担当秘書の採用に当たっては,当該議員が所属する議院の議長の同意が要件とされているところ,国民の代表である国会議員が議長あてに内容虚偽の書面を提出することなどあり得ないという信頼の下に,衆議院では,議員秘書の採用事務を担当する事務局庶務部議員課において,原則として書面審査のみを行い,形式上の不備がない限りは,その稼働実態を問わずに受理する扱いとなっていたが,被告人両名は,このような国会議員に対する厚い信頼をも悪用し,平然と内容虚偽の書面を提出することにより本件各犯行に及んだものである。
 ウ したがって,本件の犯行態様は,いずれの点からも,国民の負託ないし信頼に真っ向から背く背信行為であって,悪質というほかない。
 (3) 結果の重大性
 また,被告人両名は,名義を借りる対象を必要に応じて替えながら,2年余りという長期にわたって,合計1874万円余もの多額の公金を詐取したものであり,本件各犯行による財産的被害は甚大である。しかも,被告人Aは現職の国会議員,被告人Bは別の著名な現職の国会議員の政策担当秘書として,いずれも社会的に注目される立場にあったのに,両名が共謀して,本件のような悪質な詐欺事件を敢行し,しかも,その犯行後には,被告人Aが,後にみるように,虚偽内容の弁解をるる強弁するという国会議員としてあるまじき無責任な対応をしたため,国民に強い政治不信を招いたこともうかがわれるのであり,本件各犯行が社会に及ぼした悪影響も深刻なものがあるというべきである。
 3 本件各犯行の目的及び本件詐取金の使途について
 (1) 弁護人らの主張
 ア 被告人Aの弁護人は,本件各犯行当時,被告人Aは,個々の行為の意味は認識していたから,法律的には詐欺の故意があったと評価されてもやむを得ないが,その犯意の内容及び程度を考慮する必要があるとした上,被告人Aには,確定的な詐欺の故意があったものではなく,騙し取るという気持ちは実際のところは全くなかったと思われる,詐欺罪に当たると当初から分かっていたら,するはずもなかったなどと主張する。
 また,被告人Bの弁護人も,被告人Bは,社会的事実関係としては,本件各犯行が,政策担当秘書制度の本来の趣旨に反して許されないものであると当初から認識していたが,国家を騙して金を取るという認識までは抱いていなかったなどと主張している。
 イ そして,これらの主張は,要するに,被告人両名には,政策担当秘書給与を私的に流用する意図がなく,被告人Aは,政策立案のための専門課題に応じた政策スタッフを必要としており,実際に本件詐取金をその人件費に充てていたから,本件詐取金は,結果的に政策担当秘書制度の趣旨と合致する目的に充てられていたとか,当時の被告人両名の認識としては,本件各犯行が不正行為であることは分かっていたが,詐欺罪という刑法犯にまで該当するとの認識はなかったから,本件各犯行の悪質さは低い,などという趣旨と解される。
 ウ そこで,以下,これらの主張の当否について検討する。
 (2) 本件各犯行の目的
 ア 本件各犯行の目的について,被告人両名は,おおむね以下のように主張している。すなわち,
 (ア) 被告人Aは,平成8年10月に衆議院議員に初当選した後,それまで従事してきた市民活動を通じて知り合った政策課題に詳しい者を自らの政策スタッフとすることにより,共に政策立案に当たることにしたが,政策課題は複数あり,価値観の違いが絡み,専門的知識や技術,実地調査の分担等も必要であって,これらを1人でこなせる人などいない状況であった。また,当時の政策スタッフの中には,政策担当秘書の資格要件を有する者がいなかった。そのため,被告人Aは,政策担当秘書を採用できないまま,当選時にさかのぼって秘書給与が支払われる採用期限の同年11月20日が迫っていた。
 (イ) 他方,被告人Bは,被告人Aに総選挙への出馬を要請した手前もあり,被告人Aの政策担当秘書を見付けてあげようとしたが,知り合いの有資格者からは断られてしまった。また,被告人Bは,資金力も組織の支援もない被告人Aの事務所でも,備品代や事務所に出入りする人たちの食事代等の経費がかかるから,少しでも資金を集めるために,政策担当秘書の給与を事務所に入れることが必要であると考えた。そのため,被告人Bは,被告人Aの政策スタッフの中から政策担当秘書の資格を取得する者が出るまでのつなぎとして,有資格者の名義を活用させてもらい,その給与を被告人Aの政策スタッフの活動費として使い,当面を乗り切ろうと考えた。
 (ウ) そこで,被告人Bは,被告人Aに対し,政策担当秘書を空白のままにしておくよりも,その資格を有する者から名義を借りて,政策担当秘書の給与を事務所に入れ,政策スタッフのための活動費として使うことを勧めた。他方,被告人Aは,政策スタッフの人件費等の捻出方法について,皆で工面しようとか,金が無いなら無いなりにやろうなどと考えてはいたが,政策担当秘書給与を政策スタッフの人件費に充てることができるのであれば,本当に助かると思って,被告人Bの提案を受け入れた。
 イ しかしながら,本件犯行に至る経緯ないしその際の被告人両名の認識内容が,仮に,被告人両名の述べるようなものであったとしても,被告人両名は,政策担当秘書の有資格者に対価を支払ってその名義のみを借り,その秘書給与受給の名目で衆議院から多額の公金を詐取した上,本来は自らの政治資金によって賄うべき私設秘書や私的な政策スタッフの人件費に充てようとしたにすぎないのである。したがって,本件が,前判示のような政策担当秘書制度の趣旨に真っ向から背き,政策担当秘書の給与を自己が必要な資金を調達するための単なる手段としてのみとらえるような発想から行われた極めて安易で自己中心的な犯行であることに変わりはなく,酌量の余地は乏しいというべきである。
 ウ(ア) この点,政策担当秘書制度については,当公判廷において,衆議院議員で,衆議院副議長の経験もある証人Hが,当選回数の少ない議員は,一番頼りにしている秘書でも,資格要件を満たさないということで政策担当秘書にできないという問題があるなどと供述し,政治学者の証人Iも,この制度と現実との間には大きな乖離があり,実態は議員の日常の政治活動を支えている第3の公設秘書にすぎない上,公設秘書全般についても,多くの議員が親族を秘書として届け出ているなどと供述し,被告人Bの弁護人は,政策担当秘書制度について,公設秘書の増員問題が世間の支持を得られないため,ある種の目くらましを使い創設されたものである旨主張している。
 (イ) しかしながら,政策担当秘書制度は,前判示のとおり,単に第3の公設秘書を設けるというだけでは国民の理解が得られないために,国会議員の政策立案及び立法調査活動を補佐する秘書として,一定の資格要件が要求されることとなったものである。したがって,資格要件は,この制度の必須の前提というべきであり,これをもって制度の問題点とすることは,制度の趣旨を正解しないものであり,まして,この制度を国民に対する目くらましにすぎないというのは,何らの裏付けをも欠く主張で,論外というほかない。
 また,被告人両名は,被告人Aの政治活動に全く関与していない者の名義のみを借りて,政策担当秘書の給与受給の名目で公金を詐取したものであるから,仮に,政策担当秘書の中には議員の日常の政治活動を支えるにすぎない者もいるという実態があるとしても,そのことをもって,被告人両名の責任が軽減されることにはならないし,親族秘書には秘書としての勤務実態がないとする根拠も薄弱というべきである。
 (ウ) そうすると,上記証人両名が指摘する点も,被告人両名の犯情に影響を与えるものとはいえないのである。
 エ(ア) 次いで,被告人Aの弁護人は,被告人Aには,政策スタッフを充実させて,議員立法を成立させたり,政策を実現したいという目的意識が強く,また,被告人Aが慣れ親しんでいた市民活動においては,それぞれの目的意識に従って集まってきた仲間が対等の関係でつながって活動し,その活動のために必要な経費は活動の参加者が自ら負担し,組織に専従者を置くようになっても,専従者に支払われるのは生活給にすぎず,組織の構成員が個人として受託した業務等によって得た金銭も拠出して組織に帰属させ,あるいは構成員全員で分かち合うということが一般的であったから,被告人Aは,その流儀を,事務所の政策スタッフの人件費にも踏襲しようとしたものであるとも主張する。
 (イ) しかし,本件で問題とされているのは,特別職の国家公務員である政策担当秘書に対する給与であり,もとより国民の税金によって賄われるものであるから,受給者に使途を委ねられた市民活動におけるカンパや民間の団体に対する拠出金等とは到底同視し得るものではない。ましてや,被告人両名が名義を借りた有資格者らには被告人Aの政策担当秘書としての勤務実態が全くなかった以上,同人らがその給与を事務所やそのスタッフ全員のために拠出したなどと評価すべき余地などないことも明らかである。したがって,上記主張も,被告人Aの犯情に影響を及ぼすものとはいえない。
 オ そして,被告人両名は,政策担当秘書には有資格者しか採用できないこと,政策担当秘書は主として国会議員の政策立案及び立法調査活動を補佐しなけらればならないものであること,DやGを被告人Aの政策担当秘書として採用した旨の届出をする際に,両名に対し上記のような政策担当秘書としての勤務を行わせるつもりは全くなかったこと,にもかかわらず,衆議院事務局に対しては,DやGを被告人Aの政策担当秘書として採用した旨の虚偽の届出をしたこと,そのため,衆議院事務局は,D及びGが被告人Aの政策担当秘書である旨誤信して,その給与として被告人Aに判示の金員を支払っていたこと,政策担当秘書給与として支給された本件詐取金は,DやGに支払われた名義借り料を除き,その全額が被告人Aの事務所に入り,同事務所の
管理下に置かれたこと,実際に,DやGが被告人Aの政策担当秘書として勤務した実態の全くなかったことのすべてについて,本件各犯行当時から,十分に認識していたと認められるから,被告人両名には政策担当秘書の給与受給の名目で公金を騙し取るとの犯意があったことについて疑う余地はないというべきである。
 かえって,このように明確な詐欺の故意が認められる事案でありながら,詐欺罪に該当するという認識がなかったなどと弁解するのは,正に,被告人両名の思慮の足りなさ,自らの責任や社会的立場,自ら犯罪行為を行っていることに対する自覚の乏しさを表しているにすぎないものとみるほかなく,もとより被告人両名の責任を軽減し得るようなものではない。
 カ(ア) なお,被告人Aの弁護人は,本件当時,国会議員の間では,本件各犯行のような政策担当秘書の名義借りが相当に存在していたものであり,被告人Aの責任を考えるに当たっては,そのような事情も勘案すべきである旨主張しており,本件以外にも後にみる同種の事件等で国会議員が処罰された事例の存在することは,公知の事実である。
 しかし,仮に,本件当時,弁護人の主張のような実態があったとしても,それは,本来,国会の自浄作用によって自ら是正されるべき事柄であり,1人1人が高い倫理性と廉潔性を要求されている国会議員が,他の議員も同様の不正をしているなどと主張して,自らの不正に対する責任軽減を訴えるなどということは許されないというべきである。
 (イ) また,被告人Bの弁護人は,本件各犯行によって,名義を貸した側にも,政策担当秘書としての勤務継続という外観を作出することができ,その結果,他の議員の政策担当秘書として再就職できたとも指摘する。しかし,このような事実は,本件各犯行によって共犯者らも不正な利得を得たということにすぎないのであり,被告人両名にとって何ら酌むべき事情とはいえない。
 (3) 本件詐取金の使途
 ア 本件詐取金の使途状況等
 (ア) 平成9年1月初めから被告人Aの秘書を務め,その事務所(以下「A事務所」という。)の会計経理全般を担当していたJの供述調書等及び捜査官作成の捜査報告書を中心とする関係各証拠によれば,A事務所における本件詐取金を含む資金の流れ及びその使途状況として,以下の事実が認められる。すなわち,
 a 被告人両名が詐取した金員は,まず,A事務所で管理していたD又はG名義の判示の各銀行口座に振り込まれ,同口座からD又はGに対して1か月当たり7万7000円ないし5万円の名義借り料が送金された後,その残額が同じくA事務所が管理していた別の銀行口座,すなわち,当初はF銀行衆議院支店のK名義の普通預金口座,平成10年1月27日以降は同支店のL名義の普通預金口座(以下,併せて「プール口座」という。)に振り込まれていた。
 なお,プール口座には,政策担当秘書給与である本件詐取金に加え,被告人Aの公設第一秘書及び公設第二秘書の各給与等も入金されていた。
 b プール口座からは,一部の資金が,同じくA事務所が管理し,平成9年1月に開設された,F銀行衆議院支店のK名義の金銭信託口座に回されており,その貯蓄残高は同年末時点で580万円余に及んでいた。
 この資金は,平成10年1月以降,同じくA事務所が管理する同支店のL名義の金銭信託口座及び貯蓄預金口座(以下,これら2口の口座に上記K名義の金銭信託口座も併せて「貯蓄用口座」という。)に移された。
 その後も,プール口座から貯蓄用口座に資金が順次回されるなどして,平成10年末の時点で同口座の貯蓄残高は合計1132万円余に及んだが,そのうち732万円余が,プール口座からの入金であった。
 c 他方,プール口座からは,A事務所のスタッフの給与等の人件費が支出されていたが,平成10年3月までは,議員会館にある東京事務所のスタッフの人員が少なかったことから,人件費も比較的少額に抑えられ,余剰金は順次貯蓄用口座に貯蓄されていた。しかし,同年4月からは,被告人Aの大阪事務所(以下「大阪事務所」という。)の開設に伴って,同事務所に多額の人件費を要するようになり,プール口座に入金されてくる秘書給与のみでは賄い切れず,貯蓄用口座からも随時人件費等として必要な資金が引き出され,プール口座を介して,大阪事務所の経費を処理するために設けられたF銀行衆議院支店のA大阪事務所代表A名義の普通預金口座(以下「大阪事務所口座」という。)に入金されていた。
 なお,プール口座から大阪事務所口座に出金されていた資金は,大阪事務所スタッフのアルバイト代のほか,同じ所属政党の参議院議員候補者の選挙の手伝い,資金集めパーティや出版記念パーティの準備の手伝い等のアルバイト代として,さらに,平成11年以降は,同じ政党の大阪府議会議員候補者の選挙の手伝いのアルバイト代,大阪事務所の家賃,印刷代,ビデオ制作費,更には,被告人Aの選挙事務所の諸費用等にも費消されるなど,政策立案のためのスタッフの人件費とはいえない支出も多く含まれていた。
 d ところで,A事務所では,主にガス代や印刷代等の事務所経費支払のために,F銀行衆議院支店A名義の普通預金口座(以下「事務所経費口座」という。)も管理していたが,この口座には,被告人Aの議員歳費や文書通信交通滞在費手当等が直接入金されていたほか,別の口座を経由して,所属政党からの立法事務費,政党交付金,後援会からの後援会費,寄付金等も入金されていた。
 事務所経費口座からは,被告人A個人が管理する銀行口座に被告人Aの給与の名目で出金されたほか,事務所経費等を支出した後の残金が,平成9年4月から,当時のM銀行株式会社本店のA名義の総合口座(以下「M口座」という。)に回されるようになり,平成10年12月末時点で,M口座の貯蓄残高は550万円に及び,この貯蓄残高は,平成14年当時まで維持されていた。
 e このほか,A事務所の経理責任者であったJは,事務所経費口座の余剰金の一部について,大阪事務所のための急なまとまった出金に対処するため,同人名義のF銀行衆議院支店の普通預金口座(以下「J名義口座」という。)に順次移動させていたが,この金額は平成10年12月末時点で約150万円となっていた。
 (イ) また,Jは,A事務所で余剰金の貯蓄を始めた目的等について,その供述調書において,平成9年1月ころ,当時A事務所のスタッフであったKから,「地元に事務所を出す前でないと,金は貯まらない。事務所を出すと,金があっという間になくなる。」などと言われたことがそのきっかけであり,将来の大阪事務所の開設及び被告人Aの衆議院議員選挙の際の出費に備えようとしたものであるが,Jとしては,貯蓄用口座は,将来の選挙に向けた,大阪事務所の開設資金として貯蓄を始めたものであり,M口座は,被告人Aの将来の選挙資金,更には万一落選した場合の被告人Aの住民税や当面の生活費,その後の活動費に充てるために貯蓄していたものであるなどと述べている。
 (ウ) そして,このようなJの供述内容は,J自身が管理していた各銀行口座の通帳等の証拠によって客観的に裏付けられており,その正確性が担保されている。また,Jは,被告人Aが「P」という非営利活動団体(NPO)の専従として活動していたころから,同団体で活動を共にし,被告人Aが国会議員に当選した直後に,本人から特に請われてそれまでの司法書士の職を捨てて秘書となり,当初は私設秘書,後には公設第二秘書としてA事務所の運営等に深く関わってきた者であり,その供述内容に照らしても,あえて被告人Aに不利益な供述をするような事情は全くうかがわれないのである。そうすると,Jの上記供述の信用性は十分に肯定することができる。
 イ 被告人Aの関与ないし認識
 次いで,以上認定してきたようなA事務所における資金の流れないしその使途への被告人Aの関与ないし認識について検討する。
 (ア) この点に関し,Jは,@被告人Aも,Kから,地元の大阪に事務所を開設する前に貯蓄をしておかねばならないという話を聞いており,選挙のための資金を貯蓄する必要があることは分かっていたはずである,A平成9年2月中旬ころ,被告人Aも参加した事務所内のミーティングで,Jが,事務所経費から月額40万円,秘書給与からも年間100万円弱を選挙に向けた資金として貯める旨宣言したことがあり,大阪事務所を立ち上げる前にできるだけ資金を貯めようとしていることは,被告人AもJの話を聞いて分かっていたはずである,BJが同年3月開催の出版記念パーティーで赤字が出たことを報告した際に,被告人Aは,「厳しいなあ。けちっていかなあかんな。」と言っており,経費の支出を絞らなければ,資金が貯まらないことは分か
っていたはずである,C同年4月にM口座を開設して間もなく,被告人Aから,議員宿舎に届いたカードについて尋ねられたので,Jが,新たに口座を開設して貯蓄に用いることを被告人Aに説明したが,その後,被告人Aは,M銀行の担当者に,「がんばって増やしてや。」などと声を掛けたことがあった,D平成10年4月,Jが,被告人Aに対し,大阪事務所の開設資金として2000万円強の蓄えはあるが,大阪事務所の経費は月200万円くらいかかるなどと説明した,E同年12月初めころ,被告人Aから,「400万円すぐ用意できるかな。」と言われ,Jが貯蓄用口座から400万円を出金したことがある,などと供述しており,これらの供述の信用性についても,疑問の余地がない。
 (イ) 以上のJの供述に,前認定のようなA事務所における資金の流れないしその使途状況等を総合すると,本件詐取金を含む被告人Aの収入は,同事務所の会計責任者であったJが,その独自の判断によって,自ら管理する複数の口座を駆使しながら事務所経費や人件費等をやりくりした上,その余剰金を更に別の口座に貯蓄するなどしていたものであって,本件詐取金が被告人A個人の口座に流れたり,その使途について,被告人Aが具体的な指示を与えることはなかったことが認められる。しかも,Jが,M口座の550万円に及ぶ資金を,被告人Aの将来の選挙資金としてだけでなく,万一落選した場合の被告人Aの住民税や当面の生活費,その後の活動費に充てるという目的で貯蓄していたという事実についてまで,被告人A本人が認識していたこ
とをうかがわせる事情は存在しない。
 しかしながら,Jの供述によると,Jは,事あるごとに被告人Aに対して事務所の財政事情や貯蓄の状況についても報告していたというのである。しかも,その述べるような前記(ア)の事実,とりわけ,A事務所の厳しい財政事情の中から,平成10年4月までに,大阪事務所の開設資金として2000万円強という多額の資金を貯蓄することができたとの報告を受けており,同年12月には,自己の求めに応じて,直ちに400万円もの大金が用意されたという事実からすると,被告人Aとしても,Jが,事務所経費等をやりくりする中で,大阪事務所の開設資金ないし運営資金,将来の選挙資金等にも使用できる多額の金員を貯蓄していることを十分認識していたことは明らかであり,それが可能になった一因として本件詐欺による政策担当秘書給与の詐
取があったことを容易に推察できたことも優に認められるのである。
 (ウ) この点,被告人Aは,捜査公判を通じ,本件詐取金はすべて政策スタッフの人件費に充てられていると思っていた旨弁解する。
 しかしながら,被告人Aが,Jに対し,本件詐取金の使途を政策スタッフの人件費に限定するような特段の指示をしていたことをうかがわせる証拠は全く存在しない。しかも,関係各証拠によれば,本件犯行を開始した平成8年11月当時の政策スタッフのうち,Oは平成9年5月,Kは同年12月末に相次いで事務所を離れるなどして,A事務所では,公設秘書給与を取得するC及びJ以外に常駐のスタッフがいなくなる時期もあったことが認められる。さらに,Jは,被告人Aには,ボーナスを誰に幾ら支給するかも報告していたので,被告人Aも,人件費の支出が減ったため資金に余裕ができ,その資金を貯めていることは,分かっていたはずであると述べていることをも考慮すると,被告人Aの上記弁解はたやすく信用できるものではない。
 ウ まとめ
 以上判示してきたとおり,本件詐取金は,A事務所の人件費として使用されただけでなく,同じ所属政党の参議院議員候補者や大阪府議会議員候補者の選挙の手伝い,各種パーティの準備の手伝い等のアルバイト代,大阪事務所の家賃,印刷代,ビデオ制作費,更には,被告人Aの選挙事務所の諸費用等にも費消されるなど,被告人Aが主張するような,政策スタッフの人件費のみに充てられていたものではなかったものと認められる。しかも,M口座及びJ名義口座には,被告人Aの将来の選挙資金等として,事務所経費の余剰金が貯蓄されていたところ,本件詐取金が最後に振り込まれた平成10年12月末現在において,本件詐取金のうち名義借り料を除く被告人A自身が取得した金員は合計1614万円余であったのに対し,貯蓄用口座,M口座及び
J名義口座の残高合計は1832万円余であった。したがって,被告人Aがこのように多額の政治資金を蓄財できたのは,本件詐取金に負うところが大きかったものと認められる。
 そして,被告人Aとしても,A事務所において多額の政治資金が貯蓄されており,それには本件各犯行も大きく寄与していることを容易に推察できたものであるから,本件詐取金が,自らの政治資金として広い用途に使用されて,一部は貯蓄に回されているという限度においては,十分に認識していたものと推認することができる。
 以上のとおり,被告人Aは,政策担当秘書給与として詐取した本件詐取金を,自らの国会議員としての政治資金として広く使用していたものと認められるのであり,政治活動とは全く無縁の私的流用と比べれば,その悪質さは幾分劣るとはいえ,秘書の給与という趣旨を大きく逸脱し,広く自己の政治資金として自由に使用していたことからすると,本件各犯行が悪質であることに変わりはないのである。
 4 次に,被告人Aの個別情状について検討する。
 (1) 被告人Aの立場,本件各犯行における主導的役割等
 被告人Aは,国権の最高機関たる国会を構成する議員として,自ら国民の負託を受けて国政に携わる者であり,高度の倫理性及び廉潔性が求められていた。しかも,政策担当秘書制度の前記のような創設の経緯にかんがみると,その趣旨を十分にわきまえて,法律で定められた有資格者を採用した上,その者をして実際に政策立案・立法調査活動を補佐する職務に従事させるべき立場にあった者であり,名義借り等の不正行為を行うなど本来あり得ないことというべきである。
 しかるに,被告人Aは,被告人Bから,名義借りにより政策担当秘書給与を詐取する方法があることを聞き知るや,直ちに有資格者であるDやGと自ら面談するなどして,同人らに直接名義貸しを依頼した上,同人らを政策担当秘書として採用した旨の虚偽内容の手続を衆議院事務局に対して行うよう公設秘書のCに指示していたものであり,本件各犯行の実行を主体的に決断して,衆議院事務局職員に対する欺罔行為を直接指示したものということができる。
 しかも,本件詐取金合計1874万円余のうち,56万円余がDに,195万円余がGにそれぞれ名義借り料として支払われ,8万円余がGの社会保険料として支払われているほかは,すべて被告人Aの事務所経費等の政治資金として使用され,あるいは貯蓄されており,被告人Aは,合計1614万円余を直接に利得しているのである。
 そうすると,被告人Aが本件各犯行において主導的役割を果たしたことは明らかである。とりわけ判示第2の犯行に際しては,被告人Aから被告人Bに有資格者の紹介を依頼して,積極的に秘書給与の詐取を行おうとしているのであって,被告人Bから話を持ち掛けられた判示第1の犯行の際よりも更に主導性,積極性は顕著というべきである。
 なお,関係各証拠によると,Dからの名義借りは平成9年3月7日付けで,Gからの名義借りは平成10年12月1日付けで,それぞれ解職届が提出されて終了しているが,このうち,Dについては,同人が別の衆議院議員の政策担当秘書として採用されることになり,Gについては,同人が別の参議院議員の公設第一秘書として採用されることになったためであったと認められるのであり,いずれも被告人両名の関知しない外部的事情に基づくものである。そして,関係各証拠によれば,同年10月初めころまでには,政策スタッフの1人であるLが政策担当秘書としての採用資格を取得していたというのに,被告人Aは,Gの解職手続を行った同年12月1日に至るまで,同人を政策担当秘書に採用しようとはしていないことが認められ,前認定のように
,被告人AがDの解職手続の後直ちにGからの名義借りを開始していることをも併せ考慮すると,上記のような外部的事情がなければ,被告人Aが引き続いて名義借りを続けていたであろうことは明らかというべきである。
 (2) 争点に対する判断
 ア 同種事件の疑惑に関する認識等について
 (ア)a 検察官は,平成10年10月末ころ,当時衆議院議員であったN(以下「N議員」という。)が名義借りにより政策担当秘書の給与を詐取したという疑惑(以下「N議員の疑惑」という。)が報道されたことから,本件の共犯者であるGが不安に駆られて,被告人Aの公設秘書であったCに対し,名義借りをやめた方がいいのではないかと進言し,これに賛成したCが,被告人Aに対して,上記報道の存在を知らせたにもかかわらず,被告人Aは,Gからの名義借りをやめることなく継続させていた旨主張する。
 b これに対し,被告人Aの弁護人は,上記報道があったとしても,議員会館のポストに投げ込まれるような情報誌の類にすぎず,国会議員が行動の判断基準とするようなものではないし,被告人Aは,自らの秘書からも,N議員の疑惑については聞かされていなかったから,自らの秘書給与の取得が詐欺に当たることを認識しながら,Gからの名義借りを改めなかったということはない旨主張する。そして,被告人Aも,上記主張に沿う供述をするとともに,N議員の疑惑を初めて認識したのは,Gからの名義借りを終了した後の同年12月下旬のことであったなどと供述している。
 (イ) そこで,被告人Aが本件犯行の途中からN議員の疑惑について認識していたかについて検討するに,この点に関する関係者の供述は分かれている。
 a(a) まず,Cは,以下のように供述している。すなわち,
 α 平成10年10月ころに,N議員の疑惑について報道があり,心臓が張り裂けるほどドキッとしたことがあった。私は,この報道について,Gとの間で,私たちの秘書給与詐欺が世間にばれたらどうなるのだろうと互いに不安を言い合い,Gから名義を借りることで秘書給与を騙し取るのをやめた方がいいのではないかと悩んだ。
 β そこで,私が,被告人Aに対して,この報道について話したこともあったが,被告人Aは,「ふーん」という感じで聞き流す様子でおり,それ以上に考えを示さず,今回の秘書給与詐欺を直ぐにやめようなどとは言わなかった。そのため,Gから名義を借りて秘書給与を騙し取ることは,その後も,Gから,他の国会議員の公設秘書となるという話が出て名義借りを受けられなくなるまで続いた。
 (b) また,Gは,以下のように供述している。すなわち,
 α 私がN議員の疑惑について初めて知ったのは,議員会館のポストに投げ入れられるような政界情報誌の類だったように記憶している。私は,被告人Aから頼まれて行っていた名義貸しも同じようなことだと思い,他人事ではなく,思わずはっとしてしまった。このような報道があったということは,いずれ名義の貸し借りのことがクローズアップされるかもしれないと思ったし,私自身,いつまでも名義貸しを続けることは良くないと思っていた。
 β 私は,不安な気持ちから,被告人Aの事務所に電話をかけ,Cに「あれ,見た。」と言ったところ,Cは,「ああ,あれですよね。」と答えた。私が,「私も同じようなことになるんじゃないかと思うんだけど,大丈夫なのかなあ。」と不安を漏らすと,Cも,「私も,そう思っていたところなんです。」と言った。そこで,私が,「やめた方がいいと思うんだけど。」と言って,被告人Aに対する名義貸しもやめた方がいいのではないかと持ち掛けてみると,Cは,「Aにも相談しておきます。」と言っていた。
 γ 私は,Cが被告人Aと相談して,私の政策担当秘書としての登録をやめる手続をとるなどしかるべき対処をするように考えてくれるものと思ったが,その後,この件に関し,Cから私への連絡はなかった。しかし,N議員による政策担当秘書の名義借りについては,しばらくの間,新聞やテレビ等で報道されることがないように見受けられたので,私は,怪情報の類にすぎなかったのかもしれないと思い,取りあえず安心して,私からCに改めて連絡することはなかった。
 (c) このように,上記C供述は,N議員の疑惑報道の存在及びこれを契機として被告人Aの名義借りに関してGと話し合ったことについて,上記G供述とその内容がおおむね符合しており,G供述によってその信用性が裏付けられている。しかも,C及びGは,自らも関与している被告人Aの名義借りと同様の方法による現職国会議員の詐欺疑惑が表面化したことによる驚きと不安の気持ちを,それぞれに具体的かつ迫真性をもって供述しており,その内容は,事実経過の点を含め,誠に自然なものである。
 しかも,Cは,被告人AがPの専従として活動していたころから活動を共にし,被告人Aが国会議員に当選した直後,本人から特に請われてそれまでの大使館秘書の職を捨てて被告人Aの秘書となり,その公設秘書としてA事務所の運営等に深く携わってきた者であり,その供述内容に照らしても,あえて被告人Aに不利益な供述をするような事情は全くうかがわれないのである。
 したがって,被告人Aに対してN議員の疑惑報道について報告した旨の上記C供述は,高い信用性を認めることができる。
 b(a) これに対し,被告人Aは,当公判廷において,以下のように供述している。すなわち,平成10年12月22日にN議員に政策担当秘書の名義を貸していた人の逮捕が新聞で報じられるまで,N議員の疑惑について聞いたことはなかったと思う,Cからそのような話があれば,政策担当秘書を紹介してくれた被告人Bに相談に行くなどしているはずであるが,そういうことも一切していない,仮にそのような疑惑が報じられていたのが議員会館のポストに投げ込まれるような政界情報誌の類であったとすれば,そのようなものは,未確認情報や怪情報も結構多く,議員が行動の判断基準等にするものではない,上記の新聞報道を見た際には,Gを解職しておいてよかったなと思ってほっとしたことをはっきり覚えている,などと述べている。
 (b) しかしながら,被告人Aの上記供述は,上記C供述とは大きく食い違うものである。そして,C供述によれば,CからN議員の疑惑報道について話を聞いた際の被告人Aの反応は,「ふーん」という感じで聞き流す様子であったというのであり,被告人Aは,G及びCが不安を感じていたのとは対照的に,N議員の疑惑浮上を契機として,自らの名義借りも発覚するおそれがあることについて,必ずしも深刻には受け止めていなかったことがうかがわれる。したがって,被告人Aが被告人Bに対しN議員の疑惑報道について相談しなくても,特段不自然なこととはいえない。
 また,被告人Aが,N議員の政策担当秘書の逮捕の報道を見た際に,ほっとしたとしても,それは,N議員の疑惑が新聞等のマスメディアで報道される前に,名義借りをやめておいてよかったと思ったことを述べているにすぎず,これをもって,それ以前にN議員の疑惑を知らなかった証左となるものではない。
 そして,被告人Aにおいて,政策担当秘書の名義借りへの問題意識が低かったとすれば,CからN議員の疑惑報道について報告を受けていたとしても,深刻に受けとめることなく聞き流して忘れてしまうこともあり得るところと考えられるから,被告人Aの上記供述のうち,新聞報道があるまでN議員の疑惑について聞いたことがなかったとする部分は,高い信用性が認められるC供述と対比して,これを信用することは困難である。
 (ウ) 以上のとおり高い信用性の認められる上記C供述によれば,Cは,平成10年10月ころ,N議員の疑惑報道があったことを知り,Gと共に,被告人Aによる名義借りも発覚するのではないかと不安に駆られたことから,上記疑惑報道について被告人Aに報告したが,被告人Aは,「ふーん」と言っただけでこれを聞き流し,その後も,Cに対し,Gからの名義借りをやめるように指示することはなかったことが認められる。
 そして,そもそも名義借りによる秘書給与の取得は,詐欺という紛れもない犯罪行為であり,そのことは,被告人Aも十分認識していたはずであるから,被告人Aが,N議員の疑惑に関する記事が掲載されたことを知れば,それが政界情報誌の類であり,仮にその情報の確度が低いと考えたとしても,本来であれば,罪の意識を覚せいし,犯罪行為を中止することにつながるべきものである。ところが,被告人Aが漫然と名義借りをやめようとしなかったのは,自らの行っている名義借りが詐欺に当たらないと考えていたからではなく,名義借りに対する問題意識,そして罪の意識が低かったために,これが発覚するおそれについて深刻に考えず,N議員の疑惑報道について他人事のように考えていたためであると推認することができる。
 イ Gの解職日決定への関与について
 (ア) 検察官は,判示第2の犯行終了時にGの解職届を提出した経緯について,平成10年11月末ころ,Gからの申出に基づき,被告人A及びCが,Gからの名義借りを打ち切った際,同月中に解職手続をとると,同年12月に支給される期末手当及び勤勉手当の支給額が減額されることになるため,解職手続を同月1日付けで行った旨主張する。
 (イ) そこで,Gの解職日を同年12月1日としたことへの被告人Aの関与の有無について検討するに,この点に関しても,Cと被告人Aとの各供述は食い違っている。
 a まず,Cは,以下のとおり供述している。すなわち,Gからの名義借りをやめることになった同年11月末ころ,被告人Aは,事務所にいた私やJに対し,「Gさんの解職届を出すにしても,冬のボーナスはどうなるんだろう。」などと言って,この時期に解職届を出すと,12月の期末・勤勉手当が減額されるのではないかと言い出した,それで,確かJが直ぐに衆議院に電話をかけるなどして調べた結果,同年12月1日までGが被告人Aの政策担当秘書に在籍していた扱いにすれば,期末・勤勉手当は満額支給されるが,同年11月30日までしか在籍していなかった扱いにすれば減額されることが分かった,そこで,被告人Aが,Gの解職日を12月1日とすることに決めたため,私は,電話で解職届の提出について打ち合せた際に,Gに対し,
「ボーナスの関係があるから,解職届の解職年月日は12月1日にしてください。」と頼んだ,などと述べている。
 b これに対し,被告人Aは,当公判廷において,政策担当秘書をやめたいとの申出があった際,Gは,非常に急いでおり,その日に決めてくれなければ困ると言われたように覚えている,Gの解職届が同年12月1日付けとなっているから,そのことは,多分,その日に申出があって,その日中に決めてくれと,とにかく急いでいたという記憶と合致している旨供述している。
 c なお,Gのこの点に関する供述は,変遷している。すなわち,
 (a) 平成15年7月2日付け検察官調書では,私は,平成10年11月末ころ,A事務所に電話をかけて,Cに対し,名義貸しをすぐにもやめさせてもらいたい旨伝えたと供述している。
 (b) ところが,平成15年8月2日付け検察官調書では,私が,平成10年12月1日にCに電話をかけて,別の議員の公設秘書になるので,直ぐにも名義貸しをやめたいと伝えたところ,Cは,「そういう事情ならしょうがないですね。Aに話しておきます。」と言い,その後間もなく折り返し「手続はどうしましょうか。」などと電話をかけてきた,私は,解職届は自分の方で行う旨申し出たが,その際,Cから「今日付けで解職ということでよろしいですね。」と確認されたように思う,などと供述している。
 (c) さらに,平成15年8月7日付け検察官調書では,私が名義貸しの中止をお願いした時期が平成10年12月1日で絶対に間違いないかと言われると,必ずしも記憶に絶対の自信があるわけではなく,1日程度のずれがあってもおかしくないと思う,ひょっとすると,別の国会議員から公設秘書に採用すると言われたのが同年11月30日で,その日にCに政策担当秘書の解職をお願いして,翌日に解職手続をとったということもあり得ると思う,12月分の期末・勤勉手当をどうするのかについても,Cとやりとりがあったかもしれず,Cから,期末・勤勉手当の関係で,解職日を1日遅らせて12月1日にしてほしいという依頼があったということもあり得ると思う,などと供述している。
 d(a) このうちC供述は,前判示のとおり,Cには殊更に被告人Aに対し不利益な供述をするような動機や事情の存在はうかがえず,その供述は,全体的に信用性が高いと認められる。また,期末・勤勉手当の支給について衆議院事務局に問い合わせた結果,解職日を決めたとする部分は,特異な体験に基づく供述であり,Cがこのような点について記憶を誤るとは考え難い。さらに,Cが述べるように,12月分の期末・勤勉手当は,基準日である12月1日前に退職した者についても支給されることがあり,しかも,Gの退職日を同年11月30日付けとするか同年12月1日付けとするかで同年12月分の期末・勤勉手当の支払金額に差違が生じることは,客観証拠によって裏付けられている。そして,被告人Aの秘書であるCが,この解職日の決定
について,名義借りの主体として最も利害関係を有する被告人Aに相談して,その指示に従うことは,誠に自然な経過ということができる。
 (b) また,上記G供述は,全体としてみれば,Cに対して名義貸しの中止を申し出た時期について変遷するなどあいまいなものであり,しかも,当初の供述は,C供述と正に合致していたのであって,上記G供述がC供述と矛盾するとまではいえない。
 (c) 他方,被告人Aの上記供述は,Gが解職を非常に急いでおり,その日に決めてくれなければ困るという記憶を主たる根拠とするものであるが,C供述においても,Gから突然名義貸しをやめたい旨の申出があったことを前提としていることを考慮すれば,Gからの名義貸し打ち切りの申出が平成10年12月1日であった旨の被告人Aの供述は,根拠に乏しいものというほかない。
 e そうすると,この点に関しても,C供述は,高い信用性を認めることができるのであり,このC供述によれば,被告人Aは,Gからの名義借りに基づく平成10年12月支給の期末・勤勉手当を詐取するに当たって,その額がGの解職によって減額されないために,解職時期を同月1日にするよう,Cに指示を与えていたものと認められる。
 ウ まとめ
 以上のとおり,被告人Aは,平成10年10月ころには,Cから,政策担当秘書の名義借りという自分と同様の不正行為に関するN議員の疑惑が政界情報誌に載ったという報告を受けていたにもかかわらず,その後も,Gから,名義貸しをやめたい旨の申出があるまで,そのまま名義借りを継続し,しかも,Gの解職の日付についても,期末・勤勉手当の減額を防ぎ,より多くの金員を詐取するための操作まで指示していたのである。
 しかも,被告人Aは,前認定のとおり,同年10月初めころまでには,自らの政策スタッフであったLが政策担当秘書の資格を取得していたにもかかわらず,Gに代えて政策担当秘書とすることもなく,漫然と,議員秘書の経験が長く給与水準の高いGからの名義借りを続け,同年12月に支給されるGの期末・勤勉手当が満額詐取できる同月1日付けでGの解職手続を,翌2日付けでLの採用手続をそれぞれとったのである。
 したがって,被告人Aは,名義借りという違法状態の解消よりも,政策担当秘書給与として支給される金員をいかに多く確実に取得するかに主たる関心を有していたとみるほかはなく,秘書給与詐欺の意欲は強固で積極的であったというべきであり,この点においても誠に悪質である。
 (3) 犯行後の情状
 ア 本件疑惑発覚後の被告人Aの言動等
 (ア) さらに,被告人Aは,週刊誌の報道が契機となって,本件各犯行の疑惑が浮上するや,以下のような行動をとっている。すなわち,
 a 被告人Aは,平成14年3月14日ころ,週刊誌の記者がGの自宅を訪れて,本件の名義貸しについて質問したことを知り,同月16日ころには,自らも取材を申し込まれ,同月18日ころからは,コメントを求めるマスコミ各社の記者に付いて回られるようになった。
 b 被告人Aは,弁護士らにも相談の上,本件名義借りに関する記事を掲載する週刊誌が発売される同月20日に合わせて記者会見を開いたが,その席で,Gには,非常勤の形でアドバイス等の政策担当秘書としての仕事を実際にしてもらい,秘書給与も全額渡していたなどという虚偽内容の説明を行ったが,事態は沈静化しなかった。
 c その後,被告人Aは,別の弁護士から,上記記者会見の内容を訂正し議員を辞職することを勧められたものの,直ちにこの助言に従うことはなかった。もっとも,同月22日の所属政党による調査に際しては,DやGには秘書給与の一部しか渡しておらず,残額は事務所に入れており,上記記者会見の説明は虚偽であったことを認めたところ,その内容は,被告人Aの予期に反して,翌23日の各紙朝刊に掲載された。
 d そこで,被告人Aは,同月24日以降,多くのテレビの報道番組に出演して,知人のアドバイスに従い,「ワークシェアリング」という言葉を使って,秘書給与はDやGに一部しか渡していなかったが,DとGには,政策担当秘書としての勤務実態があり,両名においても,その給与をいったん全額事務所に入れた上,これを事務所スタッフで分配して人件費を賄うことを了承していたなどと釈明した。
 e しかし,同月26日未明には,所属政党の党首から議員辞職が勧告される見通しであるとの報道があり,同僚議員からのアドバイスもあったため,被告人Aは,同日,衆議院事務局に議員辞職願を提出した後,記者会見を行ったが,DやGに勤務実態がなかったことはあくまで認めず,被告人Bの関与についても説明しなかった。
 f 被告人Aは,同月28日に衆議院で議員辞職が認められ,同年4月25日には,衆議院予算委員会において参考人として質疑を受けることとなり,それに先立つ同月23日ころ,複数の弁護士,D,G,C,Jらを交えて話し合いを行った。その際,被告人Aは,DとGからは,電話で国会における基本的事項等に関する説明やアドバイスを受けたり資料を届けてもらったりしていた,被告人BからはDらを紹介してもらっただけで,Dらに実際に支払う金額は自分が決定したなどと説明する方針を伝えて,Dらからアドバイスを受けていたことにする内容を具体的に指摘し,それまで打合せに参加していなかったDには,自分の著作物を渡すなどして,自分が関与したNPO法案,情報公開,環境問題等の施策についても理解しておくよう依頼したほか
,その話し合いの後にも,その弁解の方針を文書にまとめて,Dらにファックスで送るなどした。
 g 被告人Aは,上記のような方針に基づき,同月25日開催の参考人質疑において,D及びGの政策担当秘書給与は,Dらを含めて3名で構成していた政策チームの人件費に充てており,1人分の給与で3人分を賄っているつもりだった,DやGからは,個々の国会議員がどのような人物なのかなどについてアドバイスを受けていたなどとする虚偽内容の説明をした。
 h その後,被告人Aの弁護士と被告人B側の弁護士との間で随時話し合いがもたれ,同年8月22日ころには,その弁護士らを介するなどして,上記とほぼ同じ内容の被告人Aの弁明が記載された「背景説明」と題する文書が,被告人BやDらにも配布された。
 i そのため,Dは,同年9月28日から開始された警察での取調べにおいて,上記背景説明の内容に沿った虚偽内容の供述を繰り返し,さらに,同年12月には,被告人Aの弁護士が,Dの当時の供述内容をまとめた「陳述書」と題する書面を警察に提出したと聞いたこともあって,その後の検察庁における取調べでも,逮捕された直後まで同様の供述を続けていた。
 j また,被告人Bも,被告人Aの上記方針を維持する旨の弁護士の助言もあって,平成15年1月からの取調べにおいて,その方針に従った供述をしばらく続けていた。
 (イ) 以上みてきたように,被告人Aは,本件各犯行の疑惑が生じた後も,国民に対して真実を明らかにする機会が何度もあったにもかかわらず,その都度,内容は変遷させながらも,責任を回避しようとする虚偽内容の主張を一貫して続けている。しかも,被告人Aは,共犯者らに対し,自己の弁解内容を伝えて,それに沿った供述をするように依頼するなど,口裏合わせと批判されてもやむを得ない行動にも及び,その結果,被告人BやDらは,本件で捜査機関から取調べを受けた際,当初は被告人Aの意向に沿った内容虚偽の供述を続けていたであるから,被告人Aの言動は,自らの刑事責任追及を免れるための罪証隠滅行為にも当たるというべきである。
 もっとも,その背景には,被告人Aが,当時,マスコミ関係者から集中的かつ執ように追い回されて,平常心を保つことが相当に困難な状況に陥っていたほか,その直前には,国会で別の衆議院議員の不正疑惑を追及する急先鋒と目されていたこともあり,本件詐欺疑惑の発覚について何らかの政治的な意図があるのではないかとの疑念を抱かざるを得なかったなどの事情もあったことがうかがわれる。
 しかしながら,被告人Aは,国会議員という公職にあった者である。しかも,本件各犯行のような犯罪行為はもとより,上記のような卑怯で無責任な場当たり的対応をとることもまた,国民の政治不信を更に増大させるべき背信的行為となるものである。そして,国会議員は,国民の負託に応えて国政に携わる者であるから,仮に本件疑惑発覚当時のように困難な状況に追い込まれても,冷静な判断と適切な対処が期待されている。にもかかわらず,被告人Aは,自ら冷静さを失い,なぜ自分の名義借りだけが非難されるのかという不満さえ抱いて,自己保身ないし自己弁明に汲々とする言動を繰り返し,国民の信頼を大きく裏切ったというほかなく,その点からも厳しい非難に値する。
 イ 捜査段階における被告人Aの供述経過等
 (ア) 被告人Aは,平成15年6月中旬ころに初めて警察の取調べを受けて以降,何度も任意の取調べを受けたが,しばらくの間は,DやGからは電話によるアドバイスを受けるなど,政策担当秘書としての仕事をしてもらっていた,被告人Bは,DやGを紹介してくれ,DやGに報酬を支払うことも提案してくれたが,実際に仕事をしてくれる人として紹介してくれたのであって,名義借りだけという話はなかったなどという,虚偽の弁解を繰り返した。
 また,被告人Aは,同年7月18日の逮捕直前の取調べでは,弁護人の助言もあったため,被告人Bから名義借りを勧められ,DやGには政策担当秘書として実際に仕事をしてもらうことは期待していなかったことは認める供述をしたものの,その時点でも,政策担当秘書としての採用届を出した際に,衆議院を騙すつもりまではなかった,被告人Bが名義借りを勧めた際,特に悪いことをしている様子はなく平然としていたので,悪いことをしているとは思っていなかったかもしれない,時期ははっきりしないが,Dと電話でやり取りしたり,Gから政策作りのための資料を受け取ったことがあるなどという弁解を続けていたのである。
 (イ) このような被告人Aの捜査段階における供述態度に,前記アで認定したような,本件疑惑発覚後の被告人Aの言動等をも併せ考慮すると,被告人Aに対する強制捜査が公平を欠くなどと評価する余地はないのであり,被告人Aの犯行後の情状も悪質というほかない。
 (4) まとめ
 以上指摘してきたような本件各犯行の態様の悪質性,結果の重大性,安易で自己中心的な目的,詐取した金員の広範な使途ないし一部の蓄財,本件各犯行において被告人Aの果たした主導的役割,その得た不法な利益の大きさ,犯行後の情状の悪質さに照らすと,本件は,事案として重大であって,被告人Aの刑事責任も,重いというべきである。したがって,被告人Aの弁護人が指摘するような,本件起訴が公平を欠くなどという批判もまた,当を得ないものである。
 (5) 被告人Aのために酌むべき事情
 他方,被告人Aは,本件各犯行により政策担当秘書給与として詐取した金額に年5パーセントの遅延損害金を付した合計2331万7972円を衆議院に返納して,被害弁償を済ませていること,本件犯行が開始されたのは,国会議員に初当選した直後であり,知人で長年議員秘書を務めた被告人Bの勧めに乗ってしまった面がないわけではないこと,事実関係については,逮捕直後から,前に指摘した点を除き,犯意の点も含めすべて認めるに至り,国民の信頼と負託を裏切ったことを申し訳なく思っているなどと述べて,反省の態度を示していること,本件疑惑が取りざたされた後の平成14年3月に衆議院議員を辞職し,その後,自らの政治団体を解散するなど公的活動を自粛しているほか,本件により22日間身柄を拘束され,その前後を通じて,マ
スコミ関係者から執ような取材攻勢を受けるなど,相応の社会的制裁を受けていること,衆議院議員に当選する前は,非営利団体の専従者として活動し,当選後も,その経験を生かして特定非営利活動促進法(NPO法),児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律等の議員立法に尽力し,市民感覚を政治に持ち込んだなどとする評価も受けていたこと,多数の知人・友人が寛大な処分を求める旨証言又は書面により訴えており,今後の更生への協力が期待できる親族や知人もいること,駐車違反による罰金前科以外に前科のないこと,その他被告人Aのために酌むべき事情も認められる。
 なお,本件と同様の政策担当秘書の名義借りによる詐欺事案については,元国会議員が実刑に処せられた先例も2例あるが,これらの先例と比較すると,本件は,余罪がなく,詐欺事件のみにとどまり,被告人Aには本件詐取金を個人的用途に使用する意図まではなかったと認められるなどの点において,その犯情には違いがあるということができる。
 (6) 結 論
 そこで,以上の諸事情を総合考慮すると,被告人Aに対しては懲役2年に処した上,その反省の態度を信じて特に今回に限り,その刑の執行を猶予するのが相当である。
 5 最後に,被告人Bの個別情状について検討する。
 (1) 被告人Bの本件各犯行への関与の程度,犯行後の情状等
 ア 被告人Bは,昭和35年から国会議員の秘書になり,昭和44年から30年有余年にわたって別の衆議院議員の秘書を続け,本件当時も,政党党首を務めていた同議員の政策担当秘書であったように,長年の豊富な議員秘書の経験に基づき,政界の事情に精通し,議員秘書や市民運動家等に広い人脈を有しており,政策担当秘書の1人として,その制度趣旨についても十分わきまえるべき立場にあった者である。
 ところが,被告人Bは,自ら政界入りを強く勧めていた被告人Aが国会議員に初当選するや,公職としての職責を忘れ,自らの豊富な知識や人脈を悪用して,不正行為であると十分認識しながら,あえて名義借りの方法による秘書給与の詐取という本件各犯行を自ら計画立案して教示し,政策担当秘書の資格を有するDやGに自ら働きかけて交渉した後,被告人Aに順次紹介して,両者の間を取り持っただけでなく,被告人Aが名義借りを直接依頼した場にも同席して,Dらに対する名義借りの対価の金額決定にまで関与するなど,本件各犯行に積極的に加担して,その実行に必要不可欠な役割を担うとともに,共犯者らを本件各犯行に巻き込んだものであり,その犯情は誠に悪質である。
 イ しかも,被告人Bは,本件疑惑が取りざたされるようになった後も,自らの関与については明らかにせず,また,捜査段階においても,当初は,被告人Aの弁解に沿って,DやGには被告人Aの仕事の手伝いをしてもらうつもりで,詐欺とは思わなかったなどと内容虚偽の供述を繰り返していたものであって,その責任回避的な態度からすると,犯行後の情状も芳しいものではない。
 ウ そうすると,被告人Bの刑事責任は決して軽くない。
 (2) 被告人Bのために酌むべき事情
 他方,被告人Bが本件各犯行に加担したのは,被告人Aの事務所運営ないし政治活動の充実のためであり,それが自己の所属する政党の党勢拡大につながる面はあったにせよ,自己が利得するために犯行に及んだとまではいえないこと,被告人Bは,本件の各犯罪行為には直接関与しておらず,本件詐取金も一切受領していないし,その使途についても全く関知せず,罪証隠滅に関する協議にも直接には参加していないこと,本件の事実関係はおおむね争わず,自らの行為により国民の政治不信を増大させたことを深く反省する旨述べていること,本件の疑惑発覚を契機に,自ら公職を離れ,その後,本件により22日間身柄を拘束されているほか,執ような取材攻勢を受けるなど,相応の社会的制裁を受けていること,現在66歳と高齢であり,30年以上
前の古い罰金前科以外には前科のないこと,長年にわたり衆議院議員の秘書を務め,その活動を通じて国政や社会問題に貢献していたものとうかがわれること,知人が出廷し,寛大な処分を求める旨述べているほか,その更生に協力する関係者もいるとうかがわれること,その他被告人Bのために酌むべき事情も認められる。
 (3) 結 論
 以上のような諸事情に加えて,被告人Aとの刑事責任及び立場の相違をも併せ考慮すると,被告人Bに対しては懲役1年6月に処した上,その反省の態度を信じて特に今回に限りその刑の執行を猶予するのが相当である。
 よって,主文のとおり判決する。
平成16年2月12日
東京地方裁判所刑事第2部

   裁判長裁判官   中谷   雄二郎

裁判官   横山   泰造

裁判官   松永   智史

│ │ │ │ │ │
│ │別表1 │ │ │ │
│ │ │ │ │ │
│ │ 番号 │  交付年月日 │  交付に係る │ │
│ │ │ │  給与の金額 │ │
│ │ 1 │ 平成8年11月29日  │ 539,916円 │ │
│ │ 2 │ 平成8年11月29日  │ 518,421円 │ │
│ │ 3 │ 平成8年12月10日  │ 518,421円 │ │
│ │ 4 │ 平成8年12月10日  │ 1,016,266円 │ │
│ │ 5  │ 平成8年12月25日  │ 27,187円 │ │
│ │ 6  │ 平成9年 1月10日  │ 527,997円 │ │
│ │ 7  │ 平成9年 2月10日  │ 520,640円 │ │
│ │ 8 │ 平成9年 3月10日  │ 520,640円 │ │
│ │ 9  │ 平成9年 3月14日  │ 299,816円 │ │
│ │ 合計 │ │ 4,489,304円 │ │
│ │ │ │ │ │
│ │ │ │ │ │


│ │別表2 │ │ │ │
│ │ │ │ │ │
│ │ 番号 │   交付年月日 │ 交付に係る │ │
│ │ │ │ 給与の金額 │ │
│ │ 1  │ 平成 9年 4月25日  │ 527,812円 │ │
│ │ 2  │ 平成 9年 5月 9日  │ 459,210円 │ │
│ │ 3 │ 平成 9年 6月10日  │ 459,210円 │ │
│ │ 4 │ 平成 9年 6月30日  │ 693,586円 │ │
│ │ 5  │ 平成 9年 7月10日  │ 459,210円 │ │
│ │ 6  │ 平成 9年 8月 8日  │ 459,210円 │ │
│ │ 7  │ 平成 9年 9月10日  │ 459,210円 │ │
│ │ 8  │ 平成 9年10月 9日  │ 459,210円 │ │
│ │ 9  │ 平成 9年11月10日  │ 459,210円 │ │
│ │ 10  │ 平成 9年12月10日  │ 469,914円 │ │
│ │ 11  │ 平成 9年12月10日  │ 1,446,969円 │ │
│ │ 12  │ 平成 9年12月19日  │ 85,165円 │ │
│ │ 13  │ 平成10年 1月 9日  │ 476,794円 │ │
│ │ 14  │ 平成10年 2月10日  │ 494,794円 │ │
│ │ 15  │ 平成10年 3月10日  │ 476,794円 │ │
│ │ 16  │ 平成10年 3月13日  │ 300,066円 │ │
│ │ 17  │ 平成10年 4月10日  │ 476,794円 │ │
│ │ 18  │ 平成10年 5月 8日  │ 476,794円 │ │
│ │ 19  │ 平成10年 6月10日  │ 476,794円 │ │
│ │ 20  │ 平成10年 6月30日  │ 1,200,265円 │ │
│ │ 21  │ 平成10年 7月10日  │ 441,194円 │ │
│ │ 22  │ 平成10年 8月10日  │ 462,194円 │ │
│ │ 23  │ 平成10年 9月10日  │ 442,194円 │ │
│ │ 24  │ 平成10年10月 9日  │ 442,194円 │ │
│ │ 25  │ 平成10年10月30日  │ 45,667円 │ │
│ │ 26  │ 平成10年11月10日  │ 446,946円 │ │
│ │ 27  │ 平成10年12月10日  │ 1,153,822円 │ │
│ │ 合計 │ │14,251,222円 │ │

H16. 2.12 東京地方裁判所 平成15年刑(わ)第2860号 詐欺被告
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