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[26893] 【習作】吾輩は猫?である(多重クロス物)<ゼロの使い魔編突入>
Name: マンガ男◆da666e53 ID:74172806
Date: 2011/04/08 23:57
~はじめに~

このお話は、突発的に閃いたもので、話の内容に大きな矛盾が生じる可能性があります。

感想、指摘、批評など頂けましたら。今後の執筆に大きく反映させていけるよう努力致します。

どうぞよろしくお願いいたします。



~概要~

・猫に憑依した一般人が様々な物語に登場します。

・他の漫画、アニメ、ゲーム等のパロディをちりばめています。

・捏造設定によりキャラが改変される場合があります。

・不定期更新です。

・話は連続しておりますが一話完結を目指しております。



それでも良いと言う方は、どうぞご覧下さいませ。



[26893] 第1話 『BLEACH』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:74172806
Date: 2011/04/01 23:46
吾輩は猫?である

第1話 『BLEACH』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



吾輩は猫?である。名前は・・・・・・思い出せん。
何故、吾輩が自分が猫であるか疑問に思っているか。それは吾輩の意識が猫でないからに他ならない。
幼少時に親に捨てられたアマラとカマラがオオカミに育てられたという話があるが。アマラとカマラにとって自分達は育て親と同じ狼だと考えるだろう。
しかし吾輩は自分の体が紛れもない猫であると知っていながら、脳裏に思い描く意識は猫ではないと確信している。
言い方を変えよう。
後ろ足二本に体重をかけて両前足を顔の前に持っていくと、前足でしっかりと自己主張している肉球が視界に写る。
見えるのは猫の手だ。肉球がピンク色でそれ以外の毛色は黒、黒猫の前足が見えていた。吾輩は猫であるがゆえにおかしくは無いのだが、私はその自分のモノと思わしき肉球に盛大な違和感を覚えている。
違和感の大きさを言葉にするならば、七曲署の新人刑事が「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と思わず叫んでしまう程だ。
説明が判り難い? 何のネタか知りたければ自分で調べろ。
少なくとも吾輩は自分の手が猫の手に変わっている事をおかしいと思い、私という個人が確立されているのをきっちり認識している。
そもそも猫はこんな哲学をするだろうか? いや、しない。多分、きっと、おそらく・・・・・・。
実際に猫と話したことはないし、『バウリンガル』などと呼ばれる犬と話せる翻訳機があるのは知っているが、猫のがあるのか知らないのでどうしようもない。もしかしたら吾輩が知らないだけで猫用の『ニャウリンガル』なる物が世の中に出回っているかもしれないが、少なくとも私の人生において猫と話した経験は皆無だ。夢の中ならば合ったかもしれないが、現実では一度もない。断言しよう。
そう―――人生。つまり私には人として生を過ごした経験が存在する。
しかし天寿を全うした覚えもなければ、転生トラックと呼ばれる二次小説お決まりの衝突されれば得体の知れない世界に生まれ変わってしまう奇妙奇天烈な乗り物にぶつかった覚えもない。
神を名乗る正体不明の何者かに出会った記憶もなければ。『貴方は世界に選ばれた戦士です』などと、本当にいたら声をかけられた瞬間に逃げ出す勧誘にも遭遇していない。
大体、吾輩の―――私の―――ええい、ややこしい。私の経験が一人称を『吾輩』などと言った覚えはないので、とりあえず私か俺に統一しよう。そうしよう。
話を戻すが、私の猫としての体は紛れもなく成猫のそれであり、生まれたての子猫ではないのだ。目で見える肉球はなかなかの大きさを誇っている。
憑依という言葉は知っているが、少なくとも私が覚えている人生の中では憑依された覚えも憑依した覚えもないので、本当にこれが憑依という現象なのか判らない。
あえて言うならば自覚した瞬間に私という存在が猫の体で確立された。デカルト曰く、『我思う、ゆえに我あり』だ。
哲学は偉大である。
色々と回りくどく現状を把握しようと努めてきた。そして今の状況を一言で纏めてしまえば―――


よく判らん。


これに集約される。
なに? 今まで色々語っておいて、それは許せないだと? ええい、私が判らないことが他人に容易く判ってたまるか。全く近頃の若い者は容易に答えが得られると思っているし、質問したら答えが返ってくるのが当たり前だと思っている。全く嘆かわしい。
思考が横道にそれそうだったので、これ以上考えるのは止めておこう。大体、私は誰と話してるんだ? おそらく意識化の私が無意識化に分類される『私』に話しかけているに違いない、テレパシーなど受けてないし、頭の中で声がする電波な生き物ではないと固く信じたい今日この頃である。
とりあえず私は思考に没頭することで驚きの大半を消化することに成功した。
考えて。
考えて。
考えて。
考えて。
考えて。
時間を消費して驚きを消し去ったのだ。ブレーズ・パスカルによると『人間は考える葦である』。うーむ、これもまた哲学か。
あ、今の私は猫だった。
よく判らない事態に陥りながら、私は何とか落ち着きを取り戻して声を出してみた。
「にゃにゃ・・・・・・」
猫の鳴き声だ・・・・・・・・・。
完膚なきまでに猫の鳴き声が口から出てきた。
両前足を地面におろした瞬間。これまで感じたことのなかった肉球の感触が伝わってきて感動したが、出てきた声はその感動を一瞬で吹き飛ばす威力を持っていた。
とりあえず私は「本日は晴天なり」とお決まりのマイクテストの一文を言おうとしたのだが、口から出てきたのはただの猫の鳴き声だ。これで「本日は晴天なり」と聞いている奴がいたら私はそいつの頭を疑う。
判った認めよう。というか諦めよう。どうしてこうなったかは知らないが、今の私は猫だ。
人の声帯ではないので猫の泣き声しか出ないのは当然だ。
頭の中は猫と一線を解する人の意識なので正確には『猫?』かもしれないが、体は間違いなく猫だ。
ではこの猫の体で考えている吾輩こと私は一体何者であろうか?
「にゃにゃ・・・?」
考え事をするように声にしてみるが、自分の声なので可愛らしさは欠片も感じない。誰かが見たら首をかしげた可愛らしい猫の仕草かもしれないが、自分の声なので何の感慨も沸かない。
自分が人間だった時は猫の仕草に一喜一憂した覚えがあるのだが・・・・・・。
過去を思い出そうとした―――。
経験を思い出そうとした―――。
自分を思い出そうとした―――。
が!! 思い出せん!!
私の頭には間違いなく人としての経験がびっしりと詰まっているにもかかわらず、自分がどんな名前で、どんな人間で、どんな生き方をして、どんな両親や兄弟と過ごし、どんな恋人と付き合って、どんな子供を育て、どんな生涯を生きたのか判らない。
とりあえず男だという事は思い出せたがあまり意味はなかった。日本語を連発しているし、奇妙なネタが頭の端々に浮かんでくるので、多分、日本人だと思うのだが。依然として私の正体は謎に包まれている。老衰で死んだ? それも思い出せん。
私は・・・・・・誰だ?
少し格好つけてみたが、やはり猫なので威厳は欠片もない。
ふ、空しい。





私は自分が猫である事を自覚すると、とりあえず自分がどこにいるかを確かめるために歩き出した。もちろん四本足でだ。
これで二足歩行で歩けば猫ではない何か別の生き物になるのだが、我が体はしっかり猫だったようだ。試しに二本足で立てるか試してみたが、五回ほどやって無駄だと悟る。
トットットット、と軽快に進む我が体。
周囲に見えるのは私の主観で古めかしい日本家屋が立ち並んでおり、時代は昭和かもっと古いのではなかろうか。木造建築ばっかりだし、整備された道路ではなく地面は土だし。例を挙げれば映画の『ALWAYS 三丁目の夕日』が近い気がする。
・・・・・・何故、私は映画の事を知っている? まあいいか。今は周囲のことに目を向けよう。
これで明確に『ただいま何年何月何日です』などと表示されたポスターか看板でもあれば状況把握がかなり楽になるのだが、そういった類の物は見えない。
というか人がいねぇ!!
夜なのだから当たり前といえば当たり前だが―――。
そう、今は夜だ。真っ暗だ。灯りが殆どない。
細かな時間は判らないが、太陽は完全に隠れて月光が空から降り注いでいる。藁人形に向かって五寸釘を突き刺す丑三つ時だろうか? 猫はどうだから知らぬが、人の意識を持っている私には少々怖すぎる時間である。
夜の一人歩きはしない方が安全だ。うん。
ただ、嬉しい発見もあった。それは猫の体で夜目が効き、瞳孔が開いた目は人だった時よりもよく見えるという事。
だから誘蛾灯の名が示すとおり灯りに吸い寄せられる蛾のごとく、人工の光を求めてうろうろするのは本能が成せる技だと思う。
光はどこだ? こっちには無いぞ。
光はどこだ? あっちにも無いぞ。
光はどこだ? あそこにあるぞ。
私は猫の体になって初めて全力疾走した。
太陽ではなく、人工の光だったとしても光は嬉しいのである。吸い寄せられても決しておかしくない。頭の片隅で『それは死亡フラグだ!!』と突込みが生まれるが、とりあえず無視。
私は四本足で走った。
そして光に近付くにつれて、食べ物の匂いがそこから漂ってきた。
よく考えてみたら、私は人から猫に変わってしまってから何も口にしていない。食料はおろか水の一滴に至るまでこの猫の体に取り込んでいない。
それだけ驚きが強かったということだが一度意識してしまうと体は空腹を訴える。
腹減った、ああ腹減った、腹減った。
思わず川柳を読んでしまう私。
けれど四本足は走るのを止めず、あっという間に私を人工的な光の下に運んでくれた。更に腹が減った気がするが、これも無視だ、無視。
そこで私は人を発見した。


そして私は敵と出会った。


人がいたからとりあえず得体の知れないどこかに放り込まれたんじゃなくて良かった。とか。
暖簾に書いてある文字が日本語だったのでとりあえずここが日本だと確認できて良かった。とか。
光を出していたのはどこかの居酒屋だったらしく、匂いはそこから出ていたと判った。とか。
そう言った類の安堵やら安心やら納得やらが一瞬で吹き飛ぶ敵がそこにいた。
猫だ。
猫の体になってしまった私と全く同じ目線。人の意識で思い出せば確実に猫だと見て取れる生き物が私の目の前にいた。
これで私の体が人のそれであったならば愛おしく思い、可能ならば近付いて撫でて毛の感触と生き物の暖かさを楽しんだだろう。私は猫をいじめて楽しむ性質は持ち合わせていない。
だが今の私は猫だ。殆ど同じ体格、むしろあちらの方が少し大きいのではなかろうか。
人であった時も子供をほほえましく思ったことがある。つまり、自分より小さい生き物ならばそう思えるのだが、これが自分と同じかより大きい生き物で愛おしく思えるほど私の器は大きくない。
数は三匹。
どうやら彼らは、皿に盛られた食べ物を貪っている所だったらしい。良い匂いが漂ってくる居酒屋の余り物か、はたまた客の厚意によるものか。一瞬で事実に至るまでの原因を探るのは難しい。
そして私が良い匂いのする場所に更に近付くと―――三匹の猫がいっせいにこっちを向いて毛を逆立てて牙をむき出しにした。
「にゃ・・・・・・」
どうやら私はそこにいる猫達から見たら余所者のようで、自分達の食べ物を奪いに来た敵と認定されてしまったようだ。
『お魚くわえたドラ猫 追っかけて~~』などと、宇野ゆう子が歌っているが。お魚くわえた美味しい状況など全く無いということがよく判る。食べ物の取り合いは戦いだ、戦争だ、骨肉の殺し合いだ、弱肉強食だ。
怖い。
ものすごく怖い。
この瞬間、私は猫となる前の人間としての経験に『ヘタレ』を付け加えた。どうやら私は喧嘩が苦手だったらしい。争いが苦手だと言い換えても良い。まあ、とにかくそういう事だ。
そして猫達が威嚇の体勢を取った瞬間、私は四本足を全て使って後ろに三歩ほど跳躍した。これまで前方に向かって走っていた勢いがそのまま真後ろに切り替わってしまった。
ついでに言えば、跳躍中に視線の先にいる猫の口から出てくるのが猫の鳴き声だったことも教えておこう。
今の私は猫なんだから相手の猫が何言ってるか判ってもいいじゃないか。なのに私の目の前にいる猫は「シャ――!!」と毛を逆立てて威嚇しながら、出てくるのは猫の鳴き声そのままなのだ。
不条理だ。
我が身は人の意識を持った猫であるが、猫のことが人以上に何かわかるぐらいの特典があっても罰は当たらないと思う。
いや、むしろこの身は猫であるが人の意識を保ったままの弊害がここに来て出てきてしまったと言うのか? 私が生粋の猫ではなく『猫?』だから同族と思わしき生き物も言葉も判らないのか?
やはり不条理だ。
どうやら私を取り巻く世界は敵だらけらしい。
仲良くする為にあえて近付いていけ? 無理だ。
力で屈服させて上に立て? それも無理だ。
大体、人の戦いは徒手空拳の場合は手足を使った攻防が主体となる。それがいきなり四本足で爪と牙を使った戦いになって、いきなり慣れろと言われてもそれは無理だろう。
無理だ。色々と無理だ。
跳躍を四回ほど続け、トンットンットンッ、と軽快に目の前の敵から遠ざかる私。気がつけば猫達からかなりの距離を取っているのに気がついた。
ついでに言うとそのまま踵を返して逃げてしまう。
生存競争に放り込まれていきなり逃げ出した私を誰も攻めないでほしい。いや、ほら。何せ、判らない事だらけなので・・・・・・、そして私は猫である。
「にゃぁ・・・・・・・・・」
自分の口から出てくる弱弱しい猫の鳴き声に悲しくなった。






あまり思い出せない人生では、常に明るさと一緒に過ごしていたと思う。しかし猫になってからは明るさに誘われれば危険に近付くのと同義だと言うことがよく判った。
力なき生き物は灯りの傍に近付くことも出来ない。
人として生きている間はお天道様の下を意気揚々と歩いていた私だが。どうやら猫の体になってからは日陰者の暮らしをするしかなくなったようだ。
何? 日陰者の意味が違う? なんとなく雰囲気が伝わればそれでいいのだ。バカボンのパパも、「それで、いいのだ。」と言っているし、それでいいのだ。
まあ、兎にも角にも食料を手に入れられなかった状況には何も変化はない。再びあの猫三匹がいる場所に近付く勇気が無く、私は人が確実にいる場所から遠ざかるしか出来なかった。
ほんの僅かな勇気が本当の魔法だと、どこかの魔法先生が言っているが。勇気が出せる人もいれば出せない人もいるのだ。そして私は出せない猫だ。
とぼとぼと夜の街を歩いてた私こと猫。


グルルルルル―――・・・・


唐突に獣の唸り声を感知した。
気のせいだと思いたい。しかし私の耳ははっきりとその音を聞いてしまい、一瞬で危険信号を頭の中で鳴り響かせた。
前には何者もいない。
右にもいない。
左にもいない。
残るは後ろだけ。私は急いで振り返り私を見下ろしている巨大な生き物を見てしまった。
さっきの猫より大きい敵だ。
しかも明らかに警戒の雰囲気より攻撃の雰囲気の方が多い、危険な敵だ。おい、いつの間にそこに現れた? 警戒してなかった私が悪いのか? 振り返るまで後ろにいるなんて全然気づかなかったぞ!
何となく心の中だけで敵に対して突っ込みをいれてみたが、状況は変化しない。
そこにいたのは犬だった。
かみ締めた牙を並べ、そこから僅かなよだれを落としつつ、危険を振りまいている。
そうだ―――たとえ人として生を謳歌していた時でも、通り魔に会う可能性は0ではないし、何らかの事故に巻き込まれる危険は常にある。
たまたま運良く事故に巻き込まれずに済んできたが。ニュースで報じられる被害者達の列に自分が並ぶ可能性は常にあるのだ。
一応自分が加害者の立場になる可能性もあるが。属性の一つに『ヘタレ』が追加された私にはそんな大事は出来ないと思っておこう。そうしよう。
とにかく世の中には危険がいっぱいだ。そして私は自分が猫になっている以外の事を殆ど判っていない初心者だ。人で言えば何が危険で何が安全か判っていない赤ん坊と一緒だ。
そんな私が後ろから迫りくる危険を察知できるだろうか? 出来るはずがない。
私は自分の体が驚きと恐怖のあまり硬直してしまうのを認めていたが、同時に頭の中で『この場から逃げなければならない』と明確な答えを導き出していた。
よく考えなくても今の状況は果てしなく危険だ。そして私には敵と対峙した時に攻撃に出れる勇気はないし、方法も全く判らない。ならば選べる方法は逃亡しかない。
逃げろ。
逃げろ!
逃げろ!!
逃げろ!!!
逃げろ!!!!
私は懸命に自分で自分に言い聞かせ、震える四本の足を動かして駆け出した。
一秒でも早く犬から遠ざかるための。私の体躯より十倍は大きいんじゃないかと思える巨大な生物から逃げる為に必死に走り出した。
とにかく逃げろ!
何も考えないで逃げろ!
犬が入ってこれないような小さな場所を見つけてそこに逃げろ!
だが現実は非情であった。
猫の体である私から見たら巨大な体躯の持ち主である犬だが、決して動きが鈍重な訳ではない。むしろ私が必死で四歩駆け出す距離を犬は一歩で詰めてしまう。
私には犬から振り返って逃げる無駄が合った。そして犬はただ前に出て攻撃すればそれでよかった。
犬にしてみれば自分より小さい生き物に八つ当たりしただけかもしれないし、あるいは私の事を食べ物だと思って食ってしまう算段だったのかもしれない。ただ、どんな意図を持っていたにせよ、私は犬の右前足で力強く叩かれてしまった。その事実は変わらない。
これは起こるべくして起こってしまった現実だ。
下から上に持ち上げる力強い一撃は私を空に飛ばした。
痛い、ごっつう痛い。
「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない。」
どこからともなく聞こえてきた声は間違いなく幻聴だ。吹っ飛ばされた私が空を飛ばされながら聞いた幻聴だ。
そのまま横にあった壁に叩きつけられるのではないかと思った私だったが。事態はもっと悪い方向に向かっていく。
なんと私の視界は向かっていく壁から突き出る小さな小さな釘を捉えてしまったのだ。人ならば爪楊枝程度の代物で、ぶつかっても致命傷にはならない。
しかし我が身は猫である。勢いがついている今の状況で壁から突き出た釘に刺さったら確実に痛い。
避けろ。
根性だ。
気合だ。
体の向きを変えて四本足で壁に着地しろ!










































無理でした。


ブスッ!


痛い、更に痛い! 口から「ふぎゃぁぁぁぁぁ!!」と猫なのか赤ん坊の泣き声なのかよく判らないものが出てくる程に痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!。
私はわき腹の方から壁に激突し、釘はそこからしっかりと私に突き刺さって痛みを倍増させてくれた。
激痛だ。劇痛だ。字を変えても結局痛い。
壁に衝突した衝撃が余りにも強かったので釘に支えられて壁に猫の死体を晒すような状態にはならなかった。だが、私は体に穴が開いた状態で地面に落下していった。
普通なら猫の体は危険を察知して足から地面に降り立つだろう。けれど私は『猫?』なのだ。猫としての俊敏な動きは望めず、ただ痛みに硬直した体で釘が刺さった方とは逆のわき腹から地面に叩きつけられた。
痛い。また痛い。
それにしても運が悪いにも限度があるだろうよ。
私が自分が猫になっているのを自覚して二時間も経ってないのに、いきなり命の危機ってどんだけ!? 物語で言えば今はプロローグだろう、なのに状況はエピローグっぽいぞ、おい。
しかもなんか体が冷えていくような、夢の中に落ちていくような真っ暗などこかに引きずり込まれるような、お近づきになりたくない感覚が私を襲っている。
釘が刺さった場所からは紅い血がどくどくと流れ出て地面に垂れてるし、私を吹き飛ばした犬の唸り声が近付いているような気もする。
打ち所が悪かったのか、それとも体に突き刺さっている釘が生きていく上で必要な臓器を傷つけたか。骨と肉と臓器によって構成されている人の構造なら少しは知っているが、あいにくと猫の構造がどうなっているかは知らん。
まあ物を食べるんだから胃が合って、空気を吸うんだから肺はあると思うが、その程度だ。考えてるんだから脳味噌もあるよな?
とにかく痛くて痛くて動けないんだよ!!
「・・・・・・・・・・・・にゃ~」
救いを求める声は弱弱しい泣き声になってしまい、夜の闇の中に溶け込んで消えてしまう。
何やら「うるさいぞ馬鹿犬!」「どっか行きやがれっ!!」と罵声が聞こえてくるが、薄れ行く意識では何が起こっているかを理解するには至らない。
近所で評判のうるさい犬。夜中に吼えて追っ払われていた。傍で息も絶え絶えな私には誰も気づいてくれない。そんな所か? 確証は無いが。
不条理だ。
不幸だ。
人生って何?
あ、私は猫だった。猫生って何?
上条当麻よ、今なら君が常日頃から『不幸だ』と言っていた気持ちが少しわかる。
世の中の理不尽さに唾を吐いた所で私の意識は完全に消えてしまう。
死んだな、こりゃ―――。
畜生。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



一匹の猫が犬の攻撃によって命を落とした時より少し時間が経った後。猫が命を散らした場所に二人組みが姿を見せた。
片方は褐色の肌をしたグラマラスな女性で、もう片方は飄々としていて真面目なのかふざけているのか判別が難しい男性だ。二人は道の隅で地面に膝をつき、動かなくなった猫を見つめている。
どうやら犬に殺されても食われる事態にはならなかったらしい。
「因果の鎖は無く、魂魄も近くにありません」
「現世に来て早々、生き物の死を見取るとはのう・・・・・・・・・」
二人の関係がどういうものかは不明だが、少なくとも道端に転がっていた猫の死を悼んでいるような雰囲気は両者に共通していた。
女性の方が手を伸ばし、もう動かなくなった黒猫の毛にそっと触れる。
すると男性の方は立ち上がり、おもむろに周囲を見渡して相手に告げた。
「――平子さん達との合流地点から少し離れてます。夜一さん、急ぎましょう」
男性が立ち、女性は地面に膝をつく。そのまま沈黙が二人の間を行き来して、十秒ほど時間が経過した。
神妙な空気が二人の間を通り抜け、周囲を巻き込んでお通夜のような粛々とした状況を作り出す。
しかし、唐突に猫に触れていた方の女性の顔が変わり。『良いことを思いついた』と言わんばかりに笑みを作り出していく。
「おお。そうじゃ!」
「夜一さん?」
「喜助。お主確か、人型の義骸以外にも別の生き物に似せて義骸を作っとらんかったか」
「・・・・・・あれは義骸に魂魄を収める方法とは違う、単なる擬態ですよ? 涅さんから役に立たないって怒られました」
「じゃがお主ならこの黒猫を基にしてその擬態を義骸にまで引き上げるのは不可能ではなかろう?」
さっきまで二人の間にあった雰囲気はどこに行ってしまったのか?
子供が新しい玩具を前にして喜びを隠せないような、あるいはバトルジャンキーが好敵手を前にして戦わずにはいられないような、理性で押し留めても全く当てにならない空気がそこに生まれていた。
夜一と呼ばれた女性は猫に触れていた手を猫の下に持っていき、そのまま動かなくなってしまった猫を持ち上げる。
生命活動を停止させてしまったそれは単なる死体なのだが。夜一はとても良いモノであるかのように、喜助と呼ばれた男性に向かって猫の死体を突き出した。
「今必要なのは霊圧を完全に遮断する義骸なんですけど――」
「完成するまでは義骸に入るから心配するな。猫に姿を変えるのも一興じゃ」
「夜一さん。アタシら、尸魂界と死神達に追われてるって、自覚してます?」
喜助は突きつけられた猫に不快感を露わにしなかったが、夜一を見ながら呆れるような疲れたような、そんな視線を向ける。
だが夜一はそんな視線を真っ向から受けながらも、全く気にせず堂々と言い放つ。
「長い人生、一度ぐらい猫になるのも面白かろう。追っ手の目を眩ます役目もあって一石二鳥じゃ」
「・・・・・・・・・・」
夜一の言葉を聞いた次の瞬間、喜助は何を言っても無駄だぁ、と達観した哀愁を漂わせて小さくため息をついた。





一匹の猫が死んだ。
しかし彼の体は土に返らず。四楓院夜一が擬態する姿として生まれ変わった。
これは黒崎一護が空座町で死神代行になる110年も前の話である。



[26893] 第2話 『レベルE』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:74172806
Date: 2011/04/01 23:46
吾輩は猫?である

第2話 『レベルE』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



吾輩は猫?である。名前は・・・・・・合った気がする。
さてはて。我が身が猫である認識を認めた途端にいきなり死んでしまった吾輩こと私であるが。再びよく判らない状況に陥っていることを記しておこう。
私は『あ、これ死んだ?』と疑問を持つことはあっても、実際に死んだ経験があるかと言えば否と言うしかない。死んだ覚えが無いのだから仕方なかろう。
私は人間だった筈だし、今は猫となった身だ。どこかの吸血鬼のように「首を切った?心臓を突いた? そこいらの吸血鬼と彼を一緒にするなよ そんなモノでは死なない! 貴様が対化物法技術の結晶であるように彼はヘルシング一族が100年間かけて栄々と作り上げた最強のアンデッド」ではないのだ。
死ねば死ぬ。
蘇りなどない。
梶尾真治の小説であり映画にもなった『黄泉がえり』なんて話はあるが、あれだって最後に死者は黄泉へと帰ってしまったから『黄泉がえり』なのだ。
強靭な肉体など持ってないし、どこぞのゲームのように死んですぐ蘇られる便利な魔法など関わった試しがない。そんなモノは夢物語だフィクションだ夢幻だ。
ついでに言えば、私は地獄も天国も煉獄も黄泉も三途の川も見たことが無い。だから明確に『死んだ』と決定的に言える証拠を持っていない。
人の死は見た覚えがあるが、それも人だったと思える記憶喪失もどきの意識がそう思わせるだけで、こちらも確証がない。
ただ、棺に入れられて、頭だけを見せている葬式に参列した覚えがある。あれは隣に住んでいた親の友達が―――私から見たら『隣に住むおばさん』が40代の若さで死んでしまった時だろう?
血色は悪く、青みがかった顔はとても人のモノとは思えなかった。けれどその顔は紛れも無く見慣れた隣に住むおばさんのモノだったので、余計に印象に残っている。
あれが人の死だ―――この記憶は多分正しい。
今だに自分がどこの誰で、何て名前だったかは思い出せず。そもそも何で猫になってしまったのかも判らない。しかし隣に住んでいたおばさんの亡骸の記憶は真実だと思いたい今日この頃だ。
人の死は見た。だが自分の死は判らない。
そもそもこんな風に私の意識は思考を続けている今にこそ疑問を覚えるべきだ。
何故だ? 何故だ? 何故だ?
私は猫になって犬に飛ばされて壁から出ていた釘に突き刺さって意識を失った。死に向かって突き進んでいくいやな感触は覚えているので、おそらくあの時私は死んだのだろう。
じゃあこうして考えている私は一体なんだ?


判らん。


何故、猫になってしまったかも判らなかったし。今の状況を理解しようとしても判らないものは判らないのだ。
その辺りに取り扱い説明書でも落ちていれば話は早いし、誰か説明してくれれば間違いなくそれに飛びつくのだが、私は何も出来ずにいる。
というか、そもそもここはどこだ?
シャーマンキングによると、生物は死ぬと似通った魂が呼び合い惹かれあって世界を創り上げるらしい。
動物には動物の、人間には人間の、それぞれの育った環境・世界観・宗教などによって風景は様々だが、要は生前の魂のあり方がありのままに反映される場所に到達できるとか、そうでないとか。
光の国を信じるものは天国へ、心に闇のある者は地獄へ行くといった具合にたどり着けるらしいが、周囲に生き物らしき姿は無い。
在るのは私だけ。
光が無いので自分の体を見ることも出来ず、ただ目の前に広がる闇を見つめるだけだ。
あれ? 体を動かそうとしても動かせない? また新しい事実を確認したが、このよく判らない場所で意識だけがぷかぷか浮いている状況に変化は無い。
思わず右手で天を指し、左手で地をさして「天上天下唯我独尊」とか叫びたい衝動に駆られたが。体を動かせないし言葉も出せないので無理だ。大体どこに天地があるのか不明だ。
それに声を出そうとしても「にゃ~」と猫の鳴き声が出るだけだろうから、天上天下唯我独尊はやっぱり無理だろう。
やる事が無いので思考を続ける。
今のこの状況が生きているのか死んでいるのかは判らないが、私という存在が自らを認めているのは間違いない。
名前は思い出せないが・・・・・・。
猫だった時は人の名前を思い出そうとしたが、人の意識の『自分』を含む大部分が欠損したらしく、思い出そうとしても思い出せなかった。
かのハリー・ポッターはシリウス・ブラックが名付け親になっていたが。きっと私にもそう言った名付け親がいると思う。
両親か、あるいは兄か姉か、親戚の誰かか。いるかどうかは判らないが。とりあえずいるかもしれないその人たちに敬意を表し、自分から名前を名乗るのはとりあえず止めておこう。
大体、私の意識は生粋の日本人だ。猫だった時は黒猫だったようだが。これで「私の名前はマイケル・ジャクソン」とか「ジョン・ハワード・カーペンターとでも呼んでくれ」とか言ったら、ただのイタイ人だろう。―――猫だが。
私は中二病になりたくない。
精々クロちゃんが関の山だ。おっとこれではサイボーグになってガトリングガンをぶっ放し、なんでも斬れる剣を振り回し、尻尾と腹と脚からミサイルを出してしまうな。
だが名前が無いのも不便ではある。名前とはそれが例え偽名であったとしても、確たる『自分』を宣言する一つの指針だ。
我が身が猫であろうとそれは変わらない。
名前は合った気がする、自分で自分を名づけたくも無いが、名前がないと不便だ。名前ぐらい簡単に決めてしまえと誰かに言われるかもしれないが、これが私だ。私なのだ。
とりあえず誰かに『名前は?』と聞かれたら、斉藤洋の児童文学作品に倣って『俺の名前はいっぱいあってな』とでも名乗ろうか? これで相手がリエちゃんという女の子に飼われていた黒猫のルドルフだったら完璧だ。私も黒猫だが・・・。
改めて思うと、名前が『イッパイアッテナ』だと長い気がする。これは保留だ。多分、他愛も無い話として名前に関しては消滅するだろうが保留だ。そうしよう。
では次は何を考えようか。
そうだ、もしこの状態から抜け出して一匹の猫として生を謳歌するチャンスに恵まれたら犬に倒されてしまった過去はすっぱり忘れて生き抜く努力をしよう。
今もう既に死んでいるかもしれないが、とりあえずその思考は捨てる。
何しろ自分が猫だと自覚した次の瞬間には弱肉強食の世界に放り込まれていたのだ、世界に絶望するのは非常に簡単だが、絶望して動きを止めた瞬間に死が襲い掛かってくるのが嫌というほど判った。
日本が法治国家で地震大国で島国だとしても危険はどこにでも存在する。
実は谷川岳は遭難死者が世界一多い山としてギネスに認定されているし、新宿駅は1日平均347万人で世界一乗降客が多い駅だ、猫の体では入った瞬間に踏み潰されてしまう。
生きるということは死の危険と隣りあわせだ。
東の山里に隠れ住むエミシの末裔、アシタカヒコは『生きろ、そなたは美しい』とかサンを口説いているが。それも生き抜く力合っての言葉だと思う。モロの君、娘を口説いているアシタカヒコに一撃くらわしてしまえ!!
人としての経験は限りなく薄くなっているが知識そのものが消えたわけではない。猫の生態がどんなものかさっぱりだが、同じ哺乳類なのだから共通点はあるだろう。
猫はチョコレートを食べると中毒を起こして死んでしまうと聞いたので、チョコレートは食べないほうがよい。
猫はイカを食べると腰を抜かすとも聞いた覚えがあるのでイカは食べないほうがよい。
もし私が「私は海からの使者、イカ娘でゲソ」とか名乗るよく判らない生き物に合ったら退散しよう。そうしよう。
そして、この状況を抜け出せたら。生き抜く努力と、生きるための力を手に入れてみせる。
大体、犬に吹き飛ばされて釘が突き刺さった時の痛みといったら、思い出すのも嫌になる。
痛いのは嫌だ。
死ぬのも嫌だ。
だから私は逃げてやる。
痛みからも恐怖からも敵からも死からも逃げてて、生きて生きて生き抜いてやる。
まあ。この状況に変化があればの話しだが・・・・・・・・・・。
思考が別の方向に飛びそうだったので、次のことを考えよう。
さて、生き抜く決意をしたはいいが、どうやれば様々な外敵から逃げ延びて生き延びられるだろうか。時として攻撃しなければならないと事もあるだろうから、攻撃手段についても色々と考えなければならない。
だが猫は成猫であろうとも、生き物の中では小さい部類に入る。ねずみに比べれば大型かもしれないが、犬や人と比べれば小さい。
たとえば成人男性と真っ向から戦われたら体格差で勝敗は明らかだ。こんな状況になる前の犬の大きさもそれを裏付けている。真正面からの格闘では確実に負ける。
そうか―――。町で見かけた気がする野良猫が人間だった時の私の姿を見つけて、一歩近付いた途端に逃げ出すのは、私が危ないと考えたからか!
人間という危険から遠ざかるために彼らは逃げたのか。私も彼らの同類になってしまったのだから、彼らを見習って人間との付き合い方は基本的に逃亡を念頭に置くべきだ。
中には餌をくれる心優しい人間もいると思うので、その辺りは臨機応変だな、うむ。
そうなると、危機察知能力の高さが何よりの課題だ。
気がついて振り向いた瞬間に犬がいました、などという状況は一度で十分だ。心臓に悪いからもう二度と味わいたくない。
猫の嗅覚は人のそれに比べると結構鋭敏なのは先ほどの経験から判った。しかし風向きの関係もあるだろうから、やはり目で見て危険を確認するのが一番ではないか?
幸いなのは人の生活を知っている私は猫の姿ではあるが、自動車が曲がる時にウィンカーを出して曲がることや、信号機や白線を守って通行するものだと知っている。いきなり飛び出した猫が自動車に撥ねられる事件は多いと聞くが、私ならそれを回避できる。
周囲の確認と漂ってくる匂いには細心の注意を払うべし。小ささを生かして逃げるが吉、と。心の中のメモにしっかりと書き記す私であった。
話をまた戻すが、猫の武器といえばやはり爪だろう。
私には猫を飼った経験は無いが、爪が鋭すぎて危険だからと猫用の爪切りも売られていると話に聞いた覚えがある。鋭くすれば小さな爪で人の皮膚を引っ掻いて撃退することだって出来る筈―――。
同じ猫であっても鋭い爪と鋭くない爪が同じ速度でぶつかり合えば前者が勝つのが道理だ。
攻撃手段はさておいて、爪を鋭くしておいて損はないだろう。どこかの壁で爪を研ぐとしよう。
ふっふっふっふ・・・・。





と、色々考えてみたのだが、そもそもこの『考える』という行為そのものが現実逃避に他ならない事を私はしっかりと自覚している。闇の中を漂っている状況が現実なのかどうかは判らないが、私は目の前にある状況から目をそらしている。それは間違いない。
色々考えたところで、それは全て『この状況が変化したら』という仮定から作り出された空想であり妄想だ。私が真に生きることを望むならば、そもそも生きてるんだか死んでるんだか判らない今の状況をどうにかする方法をまず考えるべきだろう。
私はそれをしなかった。
だからこそ私はヘタレであり、猫の体で猫に戦いを挑めず、あっけなく犬に殺されてしまった。
いい加減目を覚まそう。おっと、この場合の『目を覚ます』というは『今の状況を受け入れる』という意味だ。体は動かないし、見えている光景にも変化は無いのだから、目を覚ます以前にもう起きてる可能性が否定できない。
何かを考えようとしてそれが横にそれていくのは私の悪い癖なのかもしれない。あるいはこれも現実逃避の一つなのかも。
止めよう、考えるだけ無駄だ。これこそが私であり、私はよく判らない事態に直面したら関係がありそうで関係がない事を考えて逃避する人間・・・・・・。今は猫だが、とにかくそういう性質の生き物だと思おう、そうしよう。
これまで長々と考え続けて目をそらしたが、これからはもっと建設的な事を考えようじゃないか。
頑張れ、私。
気合だ、私。
吾輩は猫?である。
ん・・・・・・・・? んんんんんんんんんんんんんん?
とりあえず前向きになろうかと考えた丁度その時、私は目の前にある黒いんだか闇なんだか単純に光がないだけなのか、よく判ってない光景に変化が現れた。
少なくともその変化がもっと前からそこにあったならば私はもっと前にそれに気づいていた、それは間違いない、私の目は節穴ではないのだ。
そもそも変化そのものが判りやすい。
これまで黒一色しか見えなかったにも関わらず、私の視界は微かな光を捉えているのだ。
たとえそれが胡麻粒ほどの小さな小さな光点だったとしても、黒一色の中にある白色は物凄く目立つ。常にそこを見続けている私の意識からすれば、「見つけるなんてへっちゃらだってばよ」と、どこかの漫画に登場する忍びの口調を真似て言うぐらいの余裕はあった。
ちなみに私はあの漫画では目の下に常にクマがある五代目風影が好きだったりする。どうでもいいな、これは。
とにかくこの変化は私が犬に吹っ飛ばされて、気がつけばこの状態に陥ってから初めての目に見える変化だ。しかも気のせいでなければ始めは点にしか見えなかった白色がどんどん大きくなっている気がする。
胡麻粒が米粒に、そして米粒は豆粒に―――表現方法が食料になるってことは腹減ってるのか? 結局、居酒屋らしき場所で威嚇されたから何も食べてないしなぁ・・・。
おっと、意識を白色から別の方向に向けていると、あっという間に白色は巨大は円に変わっていた。いつの間に・・・、いや、私が見てなかっただけか。
見えている視界全体を数字の10で表現すれば、見えている白い円は2から3の間ぐらいの大きさだ、かなり大きい。
だが変化そのものはそこで止まってしまい、見えている白い円はそこから動くでもなく大きくも小さくもならず、ただの白い円としてそこにあり続けた。
・・・・・・・・・・・・判らないことが増えてしまった。
一体この白い円は何なのか?
白以外の黒い部分は何なのか?
大体、私が自分の体を動かそうとしても全く動かせないのは何故なのか?
やっぱり私は死んでしまったのか?
何も判らない。
見えている風景を見続け、そのまま考え続けるしか私に許される事はないのだろうか。それはそれで嫌だな。
何でもいいから変化がほしいね。特に私が生き返れる系の変化ならば大歓迎だ。
たとえこの身が猫であろうとも、動けないのは苦痛だ。考えるしか出来ない状況でよく判った。
私は動物だ。元々が人で、猫に変わってしまったよく判らない生き物、『猫?』であるが。動物である事実に変わりはない。
動物は呼んで字のごとく『動く生き物』である。だから私という存在は動くことを切に願っている、望んでいる、求めている、欲している。「俺は、戦うことしかできない不器用な男だ。だから、こんなふうにしか言えない・・・。俺は・・・お前が・・・お前が・・・お前が好きだー! お前が欲しいーッ!!」とか堂々と言える位に動きたい。
あるいは「動け、動け、動いてよ!! 今、動かなきゃ、今やらなきゃみんな死んじゃうんだ・・・・・・。 もうそんなのいやなんだよ。だから・・・・・・動いてよ!!!」でもいい。
よし、他人との接触を好まない内向的な少年が頑張るのに倣って私も気合を入れてみよう。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
動け。
ん・・・・・・・・・?
祈りが通じたのか、それとも別の力が働いたのか、私は自分の体がどこかに引っ張られる感触を感じた。
具体的に言うといきなり空中に出現して母なる地球が持つ重力に引っ張られて落ちていく感触だ。
落ちる・・・・・・・・・? げっ!
最初はゆっくり引っ張られるだけだったのに、一秒後には確実に落下していた。
おい、こら! 何が起こっている!! 二秒前まで重力どころか上下前後左右もなかったのに、いきなりこれはないだろう。祈った私が悪いのか?
うおおおおおおおおおおお、落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる。というか、気持ち悪い!!
横向きに座らされたジェットコースターに乗って、酔わされる気分だ。パラシュートなしのスカイダイビング、紐なしのバンジージャンプなんて冗談じゃねえぞ!
落ちてるのは見えてた白い円の方向か? そこが落下地点か? あそこに地面があったら正面衝突か? 黒と白しかないから距離感が全く判らん!
石田卓夫が書いた『ねこのお医者さん』によると、高層ビルからの落下が多いアメリカでは高層ビル落下症候群という論文が発表されていた筈。ビルの1階の屋根からなら大丈夫でも、2階以上7階以下から落ちた猫は助かる確率が少ない。それ以上の高さから落ちるとまた生存率が高まるらしい。
7階以上だと落下中に4本の足を広げて着地体勢を整える余裕があり、着地の際に空気抵抗が高まるため、生存率も高まる、と石田獣医師は説明している。だが、助かってもアゴや胸を強打し、骨折から呼吸困難と重篤な症状につながる可能性があるんだとか。
体が動かせない今の状況で思い出しても意味ないわぁ!!
死にたくない―――。生きていたい―――。
願うから黒のリヴァイアスよ出て来い! お願い、私を助けてスフィクスのネーヤ。君のピンク色のコスチュームにはちょっと萌えたぞ!
・・・・・・・・・ネタに走れる余裕はあるんじゃなかろうか?
二回目の命の危機に瀕しながらも結構余裕を見せる私であったが、意識はぷっつりと切れて思考は唐突に止められてしまった。
あ、これ死んだわ。



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私が私を自覚して、再び猫として世界に舞い降りた時。最初に見たのは赤色だった。
血ではない。
だが確実に『赤』だと判るその色は随分と判り易く、パソコンで使われるワードとかエクセルの塗りつぶしの色に匹敵するぐらいの赤色らしさを見せ付けていた。自然で作られる色じゃないなこれは。
黒と白の次は赤かよ・・・・・・。
新しい色が現れたのを喜ぶべきかもしれない。もしくは「ふ・・・・・・ははははははははははは!! 視える視える視える視えるぞ!! これが空か!! これが血か!! これが世界か!! ―――それがお前か狛村、思っていたより醜いな」とか言った方がいいんだろうか?
私の口から出てくるのは猫の泣き声でしかないのは判っているので、考えるだけ無駄か。
「おー、本当に出たぜ」
「だから何で僕で試すのさ!!」
「誰かに向かってやらなきゃいけないんんだから仕方ないだろ」
単純な色しかない世界に飽き飽きしていた私であるが、唐突に聞こえてきた人の声に驚いてしまった。
そして声が自分の前と後ろの両方から聞こえてきたと知ると、即座に赤色の全体像を把握するために顔を上げる。
一瞬後、私の視界が捕らえた赤色は、目の前に突っ立っている人間が全身に見につけている衣装の色だったと知った。
その人間―――いや、子供はテレビでやっているヒーロー戦隊のレッドがつけるようなコスチュームに身を包んでいる。
猫の我が身からすれば、子供でもヒーローに変身する大人でも等しく巨大なのだが、人としての意識がそこにいる人間を子供だと認める。
手と足のふくらはぎから下が白く、ベルトは黄色。額の部分にあるゴーグルらしき物体は透明度の高い黒色で、丈の短いタンクトップのような黒い線と『V』の字を上下逆にしてタンクトップみたいなのと繋げた黒い線があるが、、それ以外は全部赤色である。腕も足も腹も胸も耳と後頭部を包み込む兜のような所も全て同じ色だ。
はっきり言って間近で見ると目に優しくない。遊びにしては随分と凝ってるな。
数えて30回以上続いているヒーロー戦隊モノのお約束としては『顔を隠す』というのが常識として存在する。その美学を木っ端微塵に打ち砕いている辺りに詰めの甘さを感じさせたが、まあそれは遊びならば仕方ないか。
聞こえてきた言葉は日本語だったし、アジア系の顔立ちなのでこの子供は日本人の子供―――それも小学校中学年か高学年辺りと見て間違いないだろう。
振り返れば子供のクラスメイトなのか、赤いコスチュームを着込んだ少年を楽しそうに見つめる人影が四つあった。当然のようにそちらも子供だ。
彼らと赤色の子供が身に着けているコスチュームは色違いで、元々の体型によって別物に見えそうだが作りは殆ど共通している。耳のところにある角かライオンの鬣だかよく判らないモノはちょっと違うが、形の違いは殆どないと言って良い。
一人黄色いコスチュームを着込んでいる人物は太った体格と背の高さを合わせて中学生かとも思ったが、横にいる青いコスチュームを着ている小学生と一緒に楽しそうにしているので背の高い小学生だろう。ヒゲが生えてる小学生はいないと思うが多分小学生だ。
というか小学生らしき五人組みがヒーローごっこで遊んでいるのは良いとして、ここはどこだ?
レンガ造りの壁に木材で作られた床と天井。壁と壁との間に通された梁が頭上にあり、猫となった我が身でそこを通ればさぞや気持ちいいに違いない。
日本のようでどこか違う異国風な作りの家だ。窓から外を見れば青空と雲が広がっているのが見えたので、とりあえず太陽が出ている時間だと判ったが、ここがどこなのかは判らない。
とりあえず、「クリスタルは・・・? みんなは・・・? ここは・・・・・・どこなんだ?」と頭の中で言葉を思い浮かべる、きっと「ここはおまえたちの世界とは別の次元、そして私は永遠の闇」とラスボスから返事があるだろう。
おっと、私が勝手に想像しただけなので返事はなかった。
普通に考えれば獣医の所か動物病院に運ばれた私の意識が覚醒したと考えるべきなのだろうが、あいにくと人が猫になるなんて事それ自体がすでに普通の範疇から飛び出しているので、状況把握のためには常識で考えられる予想はゴミ箱に捨てるべきだ。レズンに「本当、普通じゃないみたいだね」と言ってもらうべきだ。
視線を下に向けてみれば、犬に吹っ飛ばされる前にも見えた黒猫の前足がある。地面を踏みしめている感触と肉球の確かな手ごたえが感覚としてあるので、見える猫の足は私のものだろう。
そう言えば吹っ飛ばされて壁から突き出ていた釘におもいっきり突き刺さった筈なのだが、私の体に痛みがなかった。
いつのまに回復したんだ?
自分のモノと認識できる猫の両前足があるので。人の意識を持った猫のような生き物『猫?』である私が存在するのは確かだ、よって犬に吹っ飛ばされたのも現実だと認めるしかない。
ではいつの間に傷が治った? 犬に吹っ飛ばされた状況だけが夢だったと都合のいい話は横において。猫になっただけではなく、傷ついた自分の体に何かが起こったと考えるべきだ。
が―――私は自分の体に何が起こったかを考える前に、何故か目の前にいる赤色のコスチュームを着た少年の前を横切らなければならない気がした。
理由は判らない。だが私の中の強迫観念が訴えかけるのだ、『少年の前を横切れ』と。
滝沢秀明の声でYOUやっちゃいなよ!! と聞こえた。幻聴だ、私の頭の中でそんな声が聞けるはずがない。
しかし抗いがたい何かが私の体を突き動かす。
理性で押し留めようとしてもどうしようもなく感情が働いてしまうように、やりたくなくても止めたくても、体は意に反して動いてしまう。
何故だ? 判らん。
判らん事ばっかりでいい加減にしてくれ、もうお腹一杯だ。
でも体は私の抵抗をあざ笑うかのように動いてしまう。
四本足で床に立ち、一歩二歩三歩四歩五歩。
私は何かに突き動かされ、理由も判らぬままに赤色のコスチュームを着込んだ少年の前を横切った。
何故だ。何故私はこんなことをしている・・・・・・。
「赤川――、不安になったか?」
「ふ、ふんっ! この位で僕が不安になる訳ないじゃないか」
「足震えてるぞ」
横切った後、赤色のコスチュームを着込んだ少年―――赤川と呼ばれていた彼は確かに足を震わせていた。
質問したのは白色のコスチュームを着込んだ少年、金髪に近い茶色い髪で顔立ちは整っている、よってこの頃から女にモテているのではなかろうか。
突っ込んだのは青色のコスチュームを着た少年で、元気そうな様子が腕白さを思わせる。
黄色いコスチュームを着た太った少年は楽しそうに様子を見つめており、最後の黒色のコスチュームを着た小柄で目を細めて眠たそうにしている少年は、私に向かって言葉を放った。
「効果は発揮されましたが、戦闘には役に立ちませんね」
私が猫の姿になってしまってから人に話しかけられたのは初めてじゃなかろうか。なのにいきなり『役に立たない』とはどういう事だ!
我々は~~~小学生の心無い言葉に~~~断固抗議する~~~。
たとえ私の口から出てくるのが猫の鳴き声であろうとも不機嫌さを伝える位は出来るはずだ。
おい、そこにチビッ子! 猫の我が身が小さかろうともいきなりそんな事を言われれば傷つくぞ。猫だって生きてるんだ。私自身、本当に生きてるのか死んでるのか、そもそも猫なのかはっきりしないが、とにかく私の心は傷ついた。
江頭2:50のように私はお前に一言物申す!! 私は―――。





一瞬後、猫の姿はその場から消えていた。



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バトルアンハッピー2

説明  : カラーレンジャー黒の戦士、レベル2の魔法
使用者 : 黛 真夜(まゆずみ まよ)
効果  : 黒猫を横切らせ、敵を不安にさせる。
















何も言えずに終わりかよ!?



[26893] 第3話 『ゼロの使い魔 その1』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:74172806
Date: 2011/04/08 23:57
吾輩は猫?である

第3話 『ゼロの使い魔 その1』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



吾輩は猫?である。名前は・・・・・・合ったような無かったような。
私という意識が自分を認識し、『我思う故に我あり』と再び哲学を意識した途端。私は自分がまた真っ暗闇のどこかでぷかぷか浮いているのに気づいた。
・・・・・・・・・・・・さっきのは何だったのだろうか?
私の記憶が確かならば―――とフジテレビで放映されていた料理の鉄人に出てくる鹿賀丈史の真似をしながら思い出せば。あの五人は冨樫義博によるSFコメディ漫画作品、『レベルE』に登場する原色戦隊カラーレンジャーの五人だ。多分。
青の戦士、清水良樹
赤の戦士、赤川太陽
黄の戦士、横田国光
白の戦士、百地治
黒の戦士、黛真夜
あまり想像したくないが、私を呼び出したと思わしき魔法は黒の戦士レベル2の魔法ではなかろうか。ついでに言えば赤色のコスチュームを着ていた小学生は赤川と呼ばれていなかったか? 全員がカラーレンジャーの格好になってたなら場面は教室から惑星カルバリにワープした後か? 黛真夜が我がマスターか? 彼に『問おう、貴方が私のマスターか?』と言って英霊と戦わなければならないのか?
ん? 漫画やアニメ・・・・・・・・・・・・?
どうやら私は自分のことは殆ど思い出せないにも関わらず、それ以外の色々な事はしっかりと覚えているらしい。漫画の内容を思い出せるなら自分の名前位軽く思い出そうよ私。
なお、冨樫義博が週間少年ジャンプでHUNTER×HUNTERを掲載しており、それが長期休載状態だというのも覚えている。
いかん、話が脱線したので思考を元に戻そう。
とにかく私はヒーロー戦隊モノと思わしき五色のコスチュームに身を包んだ小学生の姿をしっかりと見てしまった。それは間違いではない。
そして私は五人がテレビ越しに見るような『作られた顔』や『作られた姿』であるにも関わらず、それが現実だと受け入れていたのも覚えている。ほんの僅かな邂逅ではあったが、私は猫の視点から彼らを現実に生きる動物として捉えていた。
普通に考えれば、「すげえ! 3Dだ! 技術の進歩万歳!」とか考えるべきなのかもしれないが、猫になってしまった私はあれを確かな現実として受け入れた。大体、向こうもこっちに話しかけてたし。
もっともらしく説明するならば『アニメあるいは漫画の中に私が入り込んだ』が、一番近い気がする。
ははっ・・・・・・何を馬鹿な。そんな夢のような出来事が起こる筈が無いじゃないか。
笑って忘れて眠って何事も無かったことにしたいのだが、そもそも人であるはずの私が猫になっている時点で何かがおかしい。今の状況全てがおかしい。
本当に現実か? いや、これは夢だ、幻だ! 夢なら覚めてくれぇぇぇぇぇぇ!! と切実に訴えたが、相変わらず真っ暗闇の中をぷかぷかと浮かんでいる状況に変化は無い。
大体、犬に吹っ飛ばされて殺されたあの状況で感じた痛みは本物だった。私という存在が感じただけの単なる主観といえばそれまでだが、あれは物凄く痛かった。
体は猫でも叫び声をあげたのは私が記憶している真実だ。
付け加えると我がマスター、黛真夜の心ない一言に傷ついた私の心は本物だった。どこかの弓の英霊になる前の男の「間違い、なんかじゃない・・・・・・。決して、間違いなんかじゃないんだから!!」のように大声で未成年の主張をしたい。
ならば認めよう、先ほどの原色戦隊カラーレンジャーも本物であると。
・・・・・・・・・・・・・・・ははっ、何を馬鹿な。
もう一度考えてみるが、やはり状況は変わらない。
いったい、私の身に何が起こっているのだろう? さっぱり判らない。
相変わらず私がいる場所も不明で、私が誰だったかも不明で、何が起こってるかも不明だ。感覚はあると思うのだが、今は五感が上手く働かなくてよく判らない。
とりあえず判っている事といえば、私は20世紀を生きる日本人で、性格は戦いには向いていない。時間の概念があやふやなので21世紀に生きているかどうかは定かではない。
年は不明。カラーレンジャーの彼らのように小学生かもしれないし、年老いて椅子に座りながら「地球か・・・・・・何もかも皆懐かしい」と言っても違和感の無い年齢かもしれない。
それから男だ。猫になってから股の間を覗き込んだことは無いが、心は確かに男である。そう言えば、雄猫のあそこには棘生えてるらしいが本当だろうか? 機会があれば自分ので確認しておこう。
そして何故か猫になっている。
最後の原因がさっぱり判らないが、自覚しているのはこれ位か。
次に起こった出来事を整理しよう。
あいにくと科学には疎く、SF(サイエンス・フィクション)には更に疎い。だから『自分に何が起こっているか』を考えるのは止めだ、考えても答えが出るとは思えない。オフコース通算23枚目のシングルで『言葉にできない』と言ってるし、説明しようとしても考えようとしても想像して言葉に出来ないことはある。
だから『何が起こるのか?』を想像しよう。
まず私の身に超常現象的で不可解で夢物語のような何かが起こっているのは間違いない。
元々は人だったが、いきない体は猫になってるし。よく判らない場所に現れたと思ったら猫に威嚇されて犬に吹っ飛ばされるし。漫画かアニメの登場人物として現れている自分がいたりする。
明らかにおかしい。
しかし、この起こっている『何か』にも何らかの法則性があるのではなかろうか。
最初の犬に吹っ飛ばされた状況も、私が気づかなかっただけでどこかの物語―――つまりはフィクションの中の一部に組み込まれた結果なのかもしれない。
あの場所に戻る気はないし、戻っても確認する術がそもそもあるかも判らないので想像するしかないが。犬、怖い。とにかく『日本人の男性である自分』がどこかに猫として送り込まれているようだ。
穴だらけで自分勝手な想像だが、とりあえずそういう事にしよう。
だが、仮定が正しいとすると、私がどこかで死んだとしても。また別のどこかで蘇り、そこでまた死の痛みと苦しみを味わい、そしてまた別の場所に送られて死ななければならない・・・・・・・・・・・・・・・。う、うーん、この予想は出来れば外れていて欲しいなぁ。
どこかの新世界の神が使っていたデスノートに―――。
「人間は、いつか必ず死ぬ」
「死んだ後にいくところは、無である」
「死んだ者は、生き返らない」
と、しっかり記されてるじゃないか。
今の私の体は猫だ。しかし心はちゃんと人間なのだから、ちゃんと死ぬ時は死なせて欲しい。読み切り版では内容を無かったことに出来る消しゴム『デスイレイザー』があって、死んだクラスメイトが生き返っていたが、とりあえずそれは無視だ。
死ぬのは怖いし痛いのは嫌なので死にたい訳ではない。だが、いつまでも死ぬのを繰り返すのはもっと嫌だ。死んだならそのまま眠らせて欲しい。
かなり怖いことを想像してしまったが、これはあくまで私が作り上げた勝手な想像なので外れている可能性は高い。
そもそも犬に吹っ飛ばされた時だって死んだとは限らないし。我がマスター・・・・・・かどうかはもう判らないが、黛真夜に呼び出された時も死んだ訳ではなさそうだ。あくまで魔法によって呼ばれただけなのだから。
っていうか魔法って何よ。
そして今のこの状況も死んだのか生きているのか判らない。ならば死んだ後のことを考えるのは止めよう、考えるのはそうなってからでも遅くない。前向きにいこう。
もう一回黛真夜が魔法を使って呼ばれるとか無いよな・・・・・・。いや、忘れよう。
一度目が合って二度目があったのだからきっと三度目がある。最初は何だから判らなかったが、二度目は『レベルE』だった。三度目はまたどこかに送り込まれる筈だ。
多分。
ならばその三度目を出来るだけ穏便かつ平穏に過ごす事を考えるべきだろう。
昨今の二次小説では『チート』やら『最強』やらが題材として使われるが、猫でしかない私にそんな力は一つもない。
それとも「たったひとつの真実見抜く。見た目は子供、頭脳は大人。その名は名探偵コナン!!」に倣い、「我が身に起こる出来事不明。見た目は黒猫、頭脳は日本人。その名は―――思い出せん!!」とでも言えばいいのか?
私に出来ることなどたかが知れている。そしてフィクションになる話というのは大抵、騒動が起こり、主人公や登場人物はそこに巻き込まれていくのだ。学園ラブコメディでも、主人公は大抵物理的に痛い思いをする。
勘弁してください。痛いのは嫌なんです。
平和で、平穏で、平々凡々が何より大事だ。きっと人だった時の私も普通に騒動を避けるような生き方をしてきたに違いない。
よし、基本方針は決まった。大事なのは平和、これに限るね。
そうやって私が気を引き締めた瞬間。まるでそれを待ち構えていたかのように目の前に銀色に輝く壁が現れた。
・・・・・・・・・・・・・・・あれぇ? ついさっきまでこんなもの無かったよね? 目の前には黒くてよく判らないモノしか無かった筈なのに、一体いつこの壁は出てきたの?
自分で自分に疑問を投げてみるが、何の前触れも無い変化を判る訳がない。あえて言えばこの身動きが取れない不可思議空間は一瞬前と一瞬後でいきなり景色が変わるというのが判った。それを情報の一つとして覚えておこう。
またひとつ賢くなった。うんうん、学ぶのはいい事だ。
と思ったら、前回の白い円に落ちた時のように、今度は銀色の壁に向かって落下し始めた。
またか!? またなのか!?
落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
せめて落ちる前に心の準備させる時間をくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
あ。今度も死んだか。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



覚醒と同時に聞こえてきたのは人の声だった。
だが私にはその声がどんな意味を持っているのかが判らなかった。何故か? 簡単だ、日本語しか理解できない私が英語や中国語で何かを言われても理解しようが無いのである。
ただ耳に届く言葉は間違いなく人のそれであり、動物が放つ泣き声ではなかった。
私は日本語以外受け付けておりません。英語も中国語もイタリア語もフランス語も知りません。第二外国語なんて解けない暗号です。
『I am a pen.(私はペンです)』と初めて英語を習う学生がよく失敗する英語を披露してやろうかしら。
とりあえず私は状況把握を勤めるべく、目を開いて辺りを見ることにした。
というか目を瞑ってたのか自分。ずっと闇だか黒だかよく判らないものしか見えなかったから、目を瞑ってるって判らんかった。
視界に広がる男の顔。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
襲われてる? 襲われちゃってるの私?
え? こいつもしかして私にキスしてんの? 顔のアップはそのせい? 何か口に変な感触があるけどこいつの唇か。うげええええええ。
私の意識は人をベースにしている。たとえ体が猫であろうとも、心は男だ。女でも両性具有でも半陰陽でもオカマでもない!! 俺は女が好きなんだぁぁぁ!!
私は犬が後ろに迫っていた時に発揮できなかった危機察知能力を最大限に開放し、猫の両前足を男の顔に突き出して攻撃した。
近付くなこの野郎!
「うわっ!!」
猫から反撃されると思ってなかったのか、私の顔にキスしていた不届き者(男)は驚きの声を上げながら目を瞑って後ろに下がった。
そして私の脇腹を持ち上げていた手も一緒に離れていく。持ち上げられてるとか今知ったわ、それもこいつの仕業か、まったく。
私は空に放り出されながらも、猫の身軽さを発揮して四本足で地面に降り立った。犬に吹っ飛ばされた経験が役立った。万歳。
そこは先ほどカラーレンジャーの魔法で呼び出された家屋の床ではない。土があって草があって上を向けば雲ひとつ無い青空が見える外だ。
私は地面の感触を肉球で味わいながらも、容易く着地できるとは私も中々やるではないか。と自画自賛していた。
思わず「ブラボー! おお・・・ブラボー!」と寝たままの姿勢でジャンプしながら空中で拍手したい気分になった。その後は「呆気ににとられているようだが、私の持ってる能力を説明せずにこれから君を始末するのは騎士道に恥じる闇討ちにも等しい行為。どういうことか説明する時間を頂けるかな?」と言おう。そうしよう。
私は四本足で大地に立ちながら目の前で顔に手をやっている男を見た。
何やらマントのような物を着けている。身なりはいい。
手が退いたから顔が見えた。顔はいい。
猫の視点なので人は皆巨人に見えるが、背も結構高そうだ。
一目見て判った。こいつは日本人じゃねえ!! と言うか金髪で青い目の美青年のこいつが日本人の訳がねえ。黒髪黒目はどこいった、おい。
カラーレンジャーカムバック!! 日本人成分が足りないぞ。
あれ? というか、いま日本語が聞こえた?
幻聴だろう。目を開けるまではよく判らない言葉が聞こえていたが、それのなかに日本語に聞こえる言葉があったに違いない。トリビアの泉ではネックレスは韓国語で『モッコリ』と言う、って言ってたからな。それと一緒だ。
とりあえず俺の唇を奪ったけしからん奴が美形だと言う事はよく判った。だからといって男の心を宿した猫の私にキスした罪が消える訳ではない。
攻撃の意思は万全だ。私の猫爪をくらってみるかい?
いくぞ英雄王――――武器の貯蔵は充分か?
シャ―――!!!
とりあえず地面についている足の爪を伸ばそうとしてみたら・・・・・・。


額がものすごく熱くなった。


「痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたぁぁぁぁ!!!」
体験したわけではないが、熱せられた焼きゴテを額に押し付けられたらこんな痛みがあるんじゃなかろうか。
熱いんだがそれよりも熱すぎて痛い。実際のところはそんなに熱くなかったかもしれないが、あまりに唐突だったので驚いてしまった。
これは拷問である。
「痛い、物凄く痛い。頭痛だ! 薬をくれ! 医者を呼べぇぇぇぇ!!!」
それでも叫べるだけの余裕は―――え? 叫ぶ? 喋る?
おかしいな。私の口から出てくるのは間違いなく猫の鳴き声だったはず。おかしいんだけど、それよりも額にある熱さで考える暇はねぇぇぇ!!
「『使い魔のルーン』が刻まれている所だ、すぐ終わるから我慢してくれないかい」
悶絶して地面の上をぐるぐる這いずり回っていた私の声をかけてきたのは男だった。多分、ついさっき私の唇を奪ってくれやがった大馬鹿野郎だろう。
貴様。吾輩の唇にキスしただけでは飽き足らず額に何かよく判らないものを刻んだだと? 訴えてやる、傷害罪で逮捕されろ! 法定刑なら15年以下の懲役、又は50万円以下の罰金だぞ。
痛い、痛い、痛いぃぃぃぃ!!
が。男の言ったとおり、すぐ痛みは引いていった。さっきの痛みは何だったの? と疑いたくなるほどあっさりと引いていく。寄せては返す波のようだ。
私は自分の身に何が起こったのかを理解すべく、四本の足で大地に立った。仕切り直しだ。
ヒゲが何やらむずむずして落ち着かないので、右前足を使って汚れを取る。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
どうやら猫のヒゲは周囲の状況を知るために必要なアンテナのような働きをしているらしい。綺麗にしていないと落ち着かないなこれは。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
拭き、拭き。
ふう・・・・・・落ち着いた。
「全く、何が起こってるん・・・・・・・・・」
気のせいではなかった。声が私の口から出ていた。
ヒゲを拭ったのは間違いなく私の前足。黒い毛並みが生えそろっている黒猫の足だ。なのに私の口からは間違いなく日本語が発せられている。
ちょっと待て、いつから私は人間の言葉が喋れる不思議猫に生まれ変わったんだ。それとも初めから私と言う存在はおかしかったのか? 猫になったが喋れる未確認動物だったのか?
また謎が増えてしまった。何が起こってるかも判らないというのに、自分と言う存在そのものに謎が増えるとはどういう了見だ。本当に私は猫ではなく『猫?』らしい。
私が地面にお座りの体勢で腰を落ち着けて、自分の正体について思い悩んでいると。私に声をかけてきた男がひざを曲げて視線を下ろしてきた。
それでも奇想天外生物『猫?』の私の視点よりは高いので、向こうは地面に片膝をつきながらも見下ろし、私は見上げる構図になる。
そして彼は言った。
「喋ってるね。猫なのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・喋ったよ。猫だけど」
対抗意識を燃やした訳ではないが、何となくツーと言えばカーと答えなければならないと思い。私は深く考えずにそう返事をした。
男は猫である私が喋れることに驚いているようだが、私はもっと驚いている。何で喋れるんだ? 犬に吹っ飛ばされる前に口から出てきたのは間違いなく猫の鳴き声だったのに・・・。
判らん。
疑問で頭を一杯にしていると男は更に続ける。
「僕の名はウィリアム・ド・トリステイン」
20才前半ぐらいに見えるのだが、一人称が『僕』。馬鹿なんじゃなかろうかと一瞬思ったが、端正な顔立ちと重なって不思議とおかしさは感じない。
悔しいが似合っている。そして僅かな言葉のやり取りだけで『この人、女性にモテモテだろうなぁ・・・』と考えさせた。
美形は敵だ。
さて、私は何と応じるべきか。
相手が名乗ったのだからこちらも名乗るのが礼儀である。だが、あいにくと私は自分の正体が判らず自分の名前もさっぱり判らない記憶喪失のようなものである。
以前考えたように「俺の名前はいっぱいあってな・・・」とネタに走ればそれも面白そうなのだが、まっすぐにこちらの見てくる男の目を見ると、ギャグを披露するのは心が引けた。
うーむ、キスされて頭になんか書かれた私が怒るのが普通だと思うんだが。こいつを前にすると畏まってしまう。
私から見てでっかい人間だからか?
「な、名前はありません」
「え? そうなの、それは困ったな。名前がないと呼び辛くて不便だ」
いや、まったく、その通り。だが名前が思い出せないのだから仕方ない。
私は名前が名乗れなかった事実に後ろめたさを感じつつ、いつの間にかキスされた怒りが消えているのを不思議に思った。
あれ?
あれあれ?
戦いが嫌いな平和主義者である自覚はあるのだが、こんなにも早く消えるとはどういうことだろう? また謎が一つ増えてしまった。
よく判らん。
判らんから目の前にいるこの人に聞いてみよう。ようやく得た言葉が通じる人との会話なのだ、逃す手は無い。
「あの・・・・・・・・・・・・」
「ん?」
「どうして私はこんな所にいるんでしょうか?」
とりあえず猫になってる疑問は横において、私と言う存在が何故ここにあるかは解消されなければならない。カラーレンジャーの黒の戦士に呼び出されたのが夢でなければ、何らかの関わりがあっても不思議はない。
あるいは全く関係がないかもしれないので、それを知るためにも『私がここにいる理由』を問うべきだ。このウィリアム氏は私以上に私の事情に詳しく見える。
「ああ。君がここにいるのは僕が使い魔召還の儀式で君を呼び出したからさ」
「はいっ!?」
「ついでに言っておくと僕はこのトリステインで皇太子なんてやってるけど、君に意味が通じるかな?」
「皇太子!?」
「その驚きようだとわざわざ説明しなくてもよさそうだ。頭がいいんだね君は」
「きょ、恐縮です―――」
褒められて少し嬉しかったが疑問はますます増えるばかりである。
呼び出した? 使い魔? 美形で身なりがいいと思ったら本当にこの人王子様だったのかよ? 日本は王政じゃないし、海外の王侯貴族に会った経験もないので、見たことは一度も無いが―――。
ほほ~~、これが王子様かぁ。
で、ここはどこだ?
前回は漫画やアニメの世界だったから、今回もその可能性はある。ほぼ確実に言えるのは20世紀の日本とは関係なさそうな場所だって事だけだが、それが判っても不安が増徴するだけだった。少なくとも私の知る日本で同じことを言ったら『あんた、頭がおかしいんじゃないか?』と言うだろう。
いっその事、全てが夢だったなら楽なのだが。そうは問屋が卸さない。嘘だといってよ、バーニィ 。
「よし、名前がないと不便だから僕は今から君の事をカールと呼ぶよ」
ウィリアム氏・・・・・・・・いや、王子様なのでウィリアム様と呼ぼう。ウィリアム様はどうやら私の名前を考えていたらしく、「カール、カール。うん、いい名前だ」と自分だけで納得していた。
元より私は名前が無い身の上。単なる呼び名なのだからよほど酷くなければなんでもいいと投げやりな事を考えていたりする。
元ネタがカール・ルイスならちょっと格好いいが、明治製菓のカールおじさんだったら嫌だ。カールじいさんの空飛ぶ家は微妙である。まあこの人は全部知らんと思うが。
思考を元に戻して、私はウィリアム様の言う『使い魔召還の儀式』を考察する。
使い魔とは伝承やファンタジーにおいて、もっぱら魔法使いや魔女が使役する絶対的な主従関係で成り立つ魔物、精霊、動物などのことだ。
既に二回ほど経験しているのでどこかに呼び出されるのはどうでもいいのだが。使い魔とはどういう事だろう?
「あの。使い魔って・・・?」
「使い魔ね。君は僕の使い魔として召還されたんだ。君からは見えないだろうけど、額にはもう『使い魔のルーン』が刻まれてるよ」
なにっ!?
私は急いでヒゲの汚れを拭った時と同じ要領で前足を額にこすり付けてみたが、返ってくるのは猫の毛の感触だけだった。
判らん。
見えないから確かめようが無い。
更なる疑問に頭の中がくらくらしてくるが、それとは別に『男の言葉に従え』と頭の中で何かが訴えかけてきた。
カラーレンジャーに呼び出された時も感じたことだが、私と言う存在が何か別の枠に組み込まれ『こうしなければならない』という役目を負ったように思えてくる。
そしてその何かは目の前にいるウィリアムと名乗った男の言葉を承諾しろと語りかけてくる。
内容は『使い魔になれ』だ。
繰り返すが使い魔とは絶対的な主従関係で成り立つ動物の事である。つまり私はこの目の前の男に仕えろと強要されている。
黒いんだから闇だったのかよく判らないところでぷかぷかと浮いていた時にそんな事を聞いたら、真っ先に断って攻撃しただろうが。今はそれが正しいのだと思えてくる。
何故かは判らない。
そもそも意味が判らない。
私は猫だが、いきなり使い魔ってどんな話よ? 勧誘にしたって下手すぎじゃね?
だが私の頭は承諾しろと訴えかける。
ついでに言えば、このウィリアム様。言葉にし辛いのだが、どうにも断りきれない押しの強さが言葉の端々から感じられるのだ。『強制じゃないけど、断ったら今後からどうなるか―――判るよね』と笑顔で言ってきても不思議が無い。
怖い。犬も怖かったけど、人間って怖い。
とりあえずここで断っても良い事は何もなさそうだし、私の頭の中で止まることなく声が出ている。仕方なく私は承諾する為に言葉を発した。
「つ・・・・・・使い魔のカールです。ウィリアム様、これからどうぞよろしくお願いします」
普通に考えれば我が身が猫であろうとも誘拐して強制的に命令されているのだから抗うのが当然だ。
しかし私は猫なのだ。体が何倍も大きい人に逆らって得るものは何も無い。私は命が惜しい。
逃げるにしても周囲の状況が何も判らないままでは困難を極めるだろう。何をするのかさっぱりわからないが、とりあえず今はウィリアム様の使い魔として仕え、自らの安全を得るために機会を伺うのも悪くは無いはず。1963年に公開されたアメリカ映画『大脱走』だって、逃げる為にまずは情報収集からやったじゃないか。
生きる為に目の前の王子様に従っておけ。
今は雌伏の時。
Yes we can(私たちにはできる)!!
そう言えば数ある謎の一つとして確認しなくちゃならないことがあったな。よし股の間を覗き込んでみよう。
おお! 本当にあそこに棘が生えている。私は雄猫だったんだ。いやぁ、良かった良かった。
「カール」
「はい?」
股の間の球を見ている私に普通に話しかけてくるウィリアム様。これからは私の主人になるのでちゃんと様付けで呼ぶよう心がける。
何でもない様子が逆にキツイです。せめて股を覗いてる体勢が戻ってから声を掛けてくださいな。
「ようこそトリステインへ」
「お・・・・・・・・・お世話になります」
堂々と歓迎の言葉を述べたウィリアム様に対し、私は佇まいを直しながら頭を下げた。
現実問題、私の体は猫なので、傍からは地面に腹ばいになっている『伏せ』の体勢を取っているように見えるだろう。
これが王になるべく生まれた者の威厳って奴か・・・・・・・、恐るべし王子様。人だった時は確実に一般人だったであろう私には平伏するしか選択肢が無い。
ライフカードには『A . 平伏』『B . 平伏す』『C . 頭を下げる』『D . 土下座』。
どうする、どうすんのよ俺? 平伏すしかないじゃん、みたいな。
強制的に結ばれた主従の関係だが、この時点ですでに力関係は決定してしまった。何か抗い難いカリスマを感じるんです。この人、見えないオーラを放ってますよ絶対。一般人は黙って頭を下げます。逃げようとしても無理っぽい。
んん? そう言えば、トリステイン? 使い魔? 王子様?
ほとんど惰性で今の自分の立ち位置を受け入れてしまったが。何か聞いてはいけない言葉をたくさん聞いてしまった気がするが・・・・・・。
と言うか今の今まで気づかなかったのか私! 今更だ! 状況の変化が激しすぎて頭がおかしくなったか?
まさか―――。まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか―――。ハルケギニアとか地名にねえよな?
私は頭を上げながらウィリアム様の顔を見つめた。やっぱり美形だ、こん畜生。もげろ。
「・・・・・・・・・・・・ウィリアム様?」
「なんだい、カール?」
「人は神様を信じますか?」
私が人の体で、初対面の人にいきなりこんな質問をしたら頭がおかしいんじゃないかと思われても仕方が無い。しかし今の私は猫だ、艶やかな黒い毛並みで威風堂々と歩く黒猫だ。
人の世界に疑問を抱いても不思議はない―――と思う。
ウィリアム様は私の言葉に少し驚いていたが、すぐに笑みを作ってくれた。
「―――君は凄いね。猫が神を語るなんて。もしかしてそんな事を聞かれたのは僕が初めてじゃないかな」
「あ・・・・・・あははは」
いい人だ。この人、いい人だ。得体の知れない怖さを持ってるけどいい人だ。
雑誌『ビッグコミックスピリッツ』に連載された高橋しん作の漫画『いいひと』の主人公に匹敵するぐらいいい人だ。
ウィリアム様、貴方の株は私の中で急上昇です。今なら『いいひと』の称号と一緒にトロフィーを差し上げたい気分です。無いけどね。
「ああ。ごめんごめん。僕らは系統魔法という素晴らしい力を授けてくださった始祖ブリミルを信奉している。ロマリアにいけばもっと詳しいことが判るはずさ」
「ほうほう。始祖ブリミル様ですか」
「ああ。ブリミル様だ」
何でもないように言ってのける私であるが、頭の中はショックのあまりぐちゃぐちゃになってしまった。どうやら悪い想像は当たってしまったらしい。
始祖ブリミル? そんな言葉が出てくる物語は私は一つしか知らない。違ってたらいいなと思ったけど違ってなかったようだ。
ゼロの使い魔かよ!!
あの時見えた銀色の壁は使い魔召還の鏡かよ!! 猫の体じゃ、でかすぎて鏡だって判らんかったわい!!
ブリミル様・・・・・・・・・・・・勘弁して下さい。


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