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[26689] 【習作】魔法少女杏子☆マギカ(オリ主)
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/03/24 19:41


時は夕刻。全てが赤く染まる頃。美しい黒い髪を持った少女が、誰もいないはずの工事現場の中を歩いている。
少女は学校の制服だろうか、白と黒が基調の服を着、その手には気絶した別の少女を抱えていた。
その姿勢は微塵も揺るがず、足取りははっきりしてふらつく事もないが、どこか悲しげであった。
夕日が少女の横顔を赤々と照らし、黒い少女と、抱えられた少女の顔に影を投げかける。

「――――――お待ちしていました」

その時、孤独に歩む少女に、声がかかる。
声をかけてきたのは一人の男。
年の頃は二十歳を少し過ぎた所だろうか、これと言った特徴がなく、街に出ればすぐに人混みに紛れてしまいそうな風貌だった。
その男は年下であろう少女に慇懃にあいさつをし、あまつさえ頭まで下げている。
安手のジーンズによれたシャツを着たその男は、まるで明日の天気でも聞くかのような気軽さで、少女に問う。

「その様子ではやはり、無理でしたか」

男はやれやれとでも言いたげに首を振り、一つ溜息をつく。
その様子に、少女は歯を軋ませながら、男を睨みつける。

「…………だったら、何故止めなかったの」

少女の口から漏れ出る言葉は暗く、陰鬱としていた。
悔やんでいるかのように、悲しんでいるかのように、声を絞り出す。
しかし、男はそんな少女の様子にも気をとめず、むしろ朗らかささえ感じさせながら答えを返す。

「俺の言葉ごときでは、あの人を止められませんよ。それに、止めようとも思わなかった」

男のその言葉に、少女はむしろ怪訝そうな声音で問い返す。

「………何故?貴方は分かっていたんでしょう?あのまま行かせたら、佐倉杏子は確実に命を落とすと」

対する男はまったく顔色を変えず、ただただ微笑みながら言葉を語る。

「確実に死んでしまう、なんてことは思ってませんでしたよ。ただ、この戦いは今まで以上に厳しい戦いになる、とは予想してはいましたが」

「じゃあ、何故………っ!」

その時、男が少女の瞳を覗き込む。
まるで、何故分からないのですか?と問うように。
その瞳の底知れなさに、少女は一瞬恐怖した。
ああ、この男はもう、狂っているのだ。

「だって、あの人が言ったんですよ。助けに行きたい、って。あの杏子さんが、自らのためでなく、友達のために行きたいと言った。理由なんて、それで十分でしょう?」

「……例えそれが、死を招く結果になろうとも?」

「ええ。だってそれこそが、俺の惚れた杏子さんなんですから」

「っ!」

少女には分からなかった。
何故、惚れているという人が死んだのに、そんなに平然としていられるのか。
そして何故、そんな満足そうな顔をして、笑っていられるのか。
分からない。分からない。分からない。分かってはいけない。分かれるはずもない。
もし、好きな人が死んだのに、満足でいられるのならば。
今まで私がしてきた事は、一体なんだったのか?
彼女の死を否定し、過去をやり直し、運命を変え、彼女を生き残らせるという私の願いは、一体なんだったのだ?

「ああ、そうだ。杏子さんは最後に、何と言っていましたか?」

そんな少女の内心を慮る事もなく、男は無神経に問いかける。
混乱の最中にありながらも、少女は思い返す。彼女の最後を。最後の言葉を。

「…………彼女は私にこの子を連れて行くよう頼んだ後、貴方に――――」

ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。
遠くで鳴った電車の音で、少女の声が掻き消える。

「…………そう、ですか。まあ、あの人らしいと言えば、あの人らしいのでしょうね…………」

そこで男は初めて表情を変え、どこか遠くを見つめる顔になった。
その瞳は今にも泣き出しそうで、しかし、涙が男の頬を濡らす事はなかった。

「ありがとうございます。これで、思い残す事は何もない」

感謝の言葉を返す頃には、男は先程のような、どこか満足したような微笑顔で、こちらを見ていた。
少女は、この場面でそんな表情をするこの男に、少し危機感を覚える。
もしかするとこの男は―――――

「貴方……」

「ああそうだ!これを持っていって下さい。本当は杏子さんが帰ってきたら渡そうと思っていたんですが、残念な事に戻らなかったので」

男は、少女の言葉を大きな声で掻き消し、背負っていたバックパックから一本十円の庶民的駄菓子を取り出し、少女に与えた。
少女はおずおずとその手を伸ばし、駄菓子を手に取り、貰う。
その様子を満足そうに見つめた後、男は口を開く。

「………人は誰しも死ぬものです。それが遅いか早いかというだけで、何の違いも有りはしない。だから俺は思うんですよ。
彼女は、杏子さんは、幸せだったって。少なくとも、自分で満足できるような死に方だったんだって。
杏子さんは最後に友達を救うために行動した。その結果は惨憺たる物だったのかもしれないけど、あの人はそれでも満足していたんだと思います」

どこかしみじみと語る男の顔は、むしろそうあって欲しい、と望んでいるかのようだった。

「馬鹿な話に付き合わせてしまいました。さあ、もう帰った方がいい。その子の両親も、あまり帰りが遅いと心配なさるでしょう」

男の言葉に、少女は腕に抱えたもう一人の少女を見る。
まどか。私の友達。そして、私が死んでも守るべき人。
彼女との約束を、少女は覚えている。
まどかを、キュウべぇ―――インキュベーターの魔の手から救い出す。
それだけが、今の少女の存在意義であり、こんな地獄のような日々を生き抜くための心の支えでもある。
そんな彼女の事を見つめながら、少女は一人、これからの事を考える。
マミは死んだ。さやかは魔女になった。そして杏子は、心中した。
残る魔法少女は私一人。そして一人ではあのワルプルギスの夜を倒すのは難しい。
どうすればいい。この子の笑顔を守るには、いったいどうすれば………。

そこで少女は、はっと気付く。先程までいた男がいない。
ほんの僅かに注意を逸らしただけなのに、男は消えてしまった。
別にいいでしょう。所詮あの男はまどかを生かすための駒の一つに過ぎないのだから。
少女の頭の中で、冷酷な部分がそう告げる。
そう、頭では分かってる。所詮マミも、さやかも、杏子も、男も、そして私さえも、まどかを生かすための駒に過ぎない。
けど、何故こんなに胸が苦しいのだろう。
マミが死に、さやかが狂い、杏子が消えた。それだけの事で、何故こんなに胸が痛いのだろう。
そして今、男も消えようとしている。彼もまた、さやかのように狂っていた。愛に、狂っていた。
だから恐らくきっと彼は、さやかと同じ様に、消えてしまうのだろう。
その事が、無性に悲しかった。
どんなに取り繕っても、この悲しみは消えない。
どんなに取り繕っても、この苦しみは消えない。
ああ、だからせめて、今回で全てを終わらせよう。
この悲しみが消えるように。この苦しみが消えるように。



帰り道、少女は持ち前の鋭い聴覚で、何かが落ちる音を聞いた。
それはしばらく落ち続け、グシャリ、とトマトの潰れるような音をたてた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





男には、この世の中の全て事柄が二つにきっぱりと分けられていた。
即ち、興味のある物と、そうでない物に。
その事を、男は当然の事だと思っていた。
人とは、興味のあるものには熱中し、そうでない物には見向きもしない存在なのだと。
しかし、それは確かに人の一面を表していたのかもしれないが、男のそれは、常軌を逸していた。
夕暮れに飛び回るこうもりに興味が湧けば、学校を休んでまで捕まえ、解剖し、実験し、食べた。
学校に置かれていたホルマリン浸けの脳味噌に興味を持てば、学校から盗み取り、分解し、食べた。
反面、男は興味の持てない物にはとことん無関心だった。
道端に鳩が死んでいた時も、目の前で老人が轢き殺された時も、男は顔色一つ変えることなく通り過ぎた。
目に入らなかったわけではない。悲鳴が聞こえなかったわけでもない。ただ、興味が湧かなかったと言うだけの話。
そうした男の態度は、もちろん周りの人の印象を悪くした。
男に友達がいた事はなかったし、両親は気が付けば消えていた。
しかし、そんな状況は、男に何の痛痒も齎さなかった。
親はなくとも金はあったし、何より男は人に興味を持てなかった。
それは決して虚勢などではなく、男の偽らざる本心だった。

だからこそ男は、彼女と始めて出合った時、驚いた。
見惚れるよりも前に、感謝するより先に、畏れる事も忘れ、ただ驚いた。
何故ならそれは、男が生まれてきて初めて、“ヒト”に興味を抱いたからだった。

別に、容姿に惹かれたわけではなかった。
彼女は美人ではあったが、絶世の美女というわけではない。
別に、その精神性に惹かれたわけでもなかった。
そもそも、相手の精神性を知れるほど、深い仲ではない。
では何故?
命を救われたから?その在り方に、好意を抱いたから?それともただ単に、女なら誰でもよかった?
否、否、否!そんな単純な理由では決してない。そんな下らない理由では断じてない。
そう、男は――――――――――。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






うららかな午後の日差しの中、一人の少女が歩いていた。
その少女は、少々丈の短い短パンに、袖の長いパーカー、実用性だけを追い求めたようなロングブーツを履いている。
そろそろ春になるとはいえ、さすがに寒いだろうに、その少女の顔は楽しそうに笑っており、その目は食べ物に向けられ、どれを食べようか迷っているようだった。
少女はしばらく歩くと、ある店の前で立ち止まる。
そこは、その地方の名産品を扱う中でも、特に美味しいと言われている店の一つだった。
少女はその店に狙いを定めると、何の躊躇もなく店の中へと入った。

「いらっしゃいませー」店員が挨拶を投げかける。少女はその言葉を受けながら、店の中を見る。
丁度人の居ない時間帯なのか、少女の他に客はいない。別に、他に客がいた所でやる事は変わらないが、いなければいない方がいい。
そう思い、少女はショーケースを覗き込む。ショーケースの中には、赤や白、緑に黒なんて色もある。その鮮やかな色合いに、少女は目を奪われた。
欲しい。特に赤だ。シンプルな白も捨て難いが、やはり初めては赤だろう。
そう思い、少女はショーウィンドウに手を伸ばす。
しかし、ショーウィンドウは客側に開いておらず、店員側に開いている。
つまり、店員に呼びかけなければ、品物を手に取ることは出来ない。
ならば何故、少女はショーウィンドウに手を伸ばしているのか。
そう、まるで少女は、ガラスの壁などないかのように、無造作に手を伸ばす。
その手は、年頃の女の子のように、白く、綺麗で、華奢だった。
しかし、その手がショーウィンドウに届く事はなかった。

何故ならば、その綺麗な手を、中空で掴む者がいたからだった。

手を掴まれた少女は、突然の事態に身を強張らせる。
それは、彼女にしては珍しい事だった。
どんな時でも冷静に対処し、時に緻密に、時に大胆に行動してきたからこそ、彼女は生き残ってこられたのだ。
その彼女が今、ほんの僅かな時間とはいえ、硬直した。
これがもし実戦だったのなら、恐らく彼女は命を落としていたことだろう。
彼女の住む世界は、そんな隙だらけの者が生き残れるほど、甘い物ではない。
油断していた、と言えば油断していたのだろう。“アレ”の存在を知らない者が、どうして自分を止めれるだろう、と。
そして、その油断を突かれた。
男は硬直する少女の手を掴んだまま、店員を呼ぶ。

「すみませーん」

少女は逡巡した。
手を振り払い逃げるか、それとも“アレ”を使うのか。
しかし、現在余分なグリーフシードは少ない。余計な事に使うのは、あまりにも愚策。
ならば手を振り払うか。そう思い、腕に力を込めようとしたその瞬間、男は予想外の行動に出た。

「この、赤い奴と白い奴、一つずつ下さい」

男は少女の腕を掴んだまま、何事もなかったかのように店員にういろうを頼む。
「はーい」という店員の声を聞きながら、少女は考える。
まさかコイツは、あたしが目当ての物を買いそうだったから、手を掴んで止めただけなのか?
だとすれば、なんたる勘違いをしてしまったのか。これは少し恥ずかしい。自分一人だけ少しシリアスぶってしまった。
しかしまあ、考えてみれば当たり前の事だった。
“アレ”の存在も知らない者が、ショーウィンドウに手を伸ばしている者を見ただけで、何かをやっているとは思わないだろう。
みっともない勘違いを犯した事を内心恥じながら、少女は男に言う。

「あのさぁ、この手、放してくんない?」

男は少女の言葉を受け、視線を少女に戻す。
その顔はとてもにこやかで、とても先に買ってやったぜ、と自慢するような顔ではない。
少女がその事に違和感を覚える前に、男が少女に話しかける。

「ああ、これは失礼しました。でも、この手を離したら、貴女はどこかへ行ってしまうでしょう?」

男のその言葉に、緩んでいた少女の意識が引き締まる。
今この男は、少女がどこかへ行くことを心配している。
つまりこの男は初めから、食べ物ではなく少女自身を狙っていた、という事だ。

「なんだ、ナンパかい?」

軽口で時間を稼ぎつつ、少女は頭を高速で回転させる。
どうしてあたしに声をかけてきた?ただのナンパか?いや、それにしてはタイミングがよさ過ぎる。
もしかしたらコイツもアタシと同じ――――いや、コイツは男だ。それはない。

「ははっ。まあ、そのような物です」

男は少女の軽口を軽く受け流し、少女に一歩近付く。
何の敵意も殺気も感じないが、その異様な雰囲気に少女は僅かに後ずさる。

「こんなところでは何ですので、向こうのカフェでお茶などいかがですか?」

男は少女の手を掴んだまま、店の外を指差す。
その様子を見ながら、少女は考えをまとめる。
いまここで逃げ出す事は容易だ。男の力は特別強いものではないし、魔力が有るようにも感じられない。
しかし、こいつが何らかの理由でアタシの邪魔をするのなら、話で解決するか、最悪コイツを消すしかない。
とりあえずはコイツの来た理由を聞こう。ただのナンパなら無視すればいい。
そう少女は結論付けると、男に返事をかえす。

「………ま、いいけどさ。もちろんアンタの奢りなんだろうな」
「もちろんですよ。どれだけ高い物を注文してもらってもかまいません」

男は少女の答えを聞き、笑みを浮かべながら答えを返す。
その笑みは、少女の予想に反して、とても暖かな物だった。
それは、宗教家の娘と長年蔑まれ、最後には父にも裏切られた少女にとって、久しぶりの事だった。

「819円になります」

少女が驚き、放心したその時、ようやく店員が品物を取り出し、レジに並べる。
男は少女から目線を外し、ポケットから黒いエナメルの財布を取り出す。
その財布は分厚く膨れ、傍目にも多く入っていることが予想される。
男は財布の中から一万円札を取り出し、レジへと置く。
店員は少し嫌そうな顔をするが、すぐに笑顔に戻し、にこやかに対応する。

「以上でよろしいでしょうか」
「お願いします」

男は店員から品物を受け取ると店の扉を開け、さもレディーファーストです、と言わんばかりに少女を促した。
その様子に、少女はフンッと鼻を鳴らし、開けられた扉を通り抜ける。
そこには女性らしいか弱さなど微塵もなく、むしろ通ってやる、と言わんばかりの覇気に満ち溢れていた。
少女のその様子を見、男は笑みを深める。ああ、素晴しい、と。



「それで、アンタは結局何がしたかったのさ」

少女は大きなパフェを切り崩しつつ、男に向かって話しかける。
男は片手にコーヒーの香りを燻らせつつ、少女の質問に答える。

「もちろん、貴女とこうして話したかったんです」

その言葉に嘘はない、とでも言うように、男はずっと話をし続けた。
貴女は覚えていないかもしれないが、自分は貴女に救われた事がある。
一週間ほど前、カエルのような化物に捕まった時、化物をぶち殺したのが貴女だった、と。
しかし、少女はそんな男の話よりも、目の前にあるパフェに意識が向いていた。
甘く、冷たいシャーベット。口に入れれば蕩けるチョコレート。そして甘みを抑える為のおいしいフルーツ。
どれをとってもここのパフェは美味しかった。
少女はパフェを夢中で頬張り、食べつくす。
その様子を、男は話しかけながらも、微笑ましそうに見つめていた。

プハァ。と少女は漢らしく息をつき、パフェの容器を置く。
その中は既に空になっており、少女の健啖さがうかがえる。
男は、少女の食事が終わった時を見計らい、声をかける。

「それで、お願いがあるのですが」
「言うだけ言ってみな」

一応少女としても、奢られたという事は理解していた。
話を聞くぐらいだったら聞いてあげてもいい、と思えるくらいには、少女は男に感謝していた。

「貴方の旅に連れて行ってください」
「却下」

しかし、それを叶えるとなると話は別だ。
少女の旅には危険が付き物で、足手まといを連れて行けるほど甘い物ではなかった。
少女はこれで話は終わりだ、と言うように席を立ち、店の外に出て行く。
この店は中々美味しかった。機会があればまた来るのも良いかもしれない、などと思いながら。

そこで少女は、男の事を完全に意識の外に出した。
何も危険はないと判断したし、奴が声をかけてきた理由も把握した。
意見は却下したし、これでもう男とは会う事もないだろうと思ったからだった。
しかし、その考えが甘いと少女が気付くのに、たいした時間は必要ではなかった。






「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

暗く、入り組んだ路地の裏。日中なのに日も差さない暗黒の中で、赤を基調としたノースリーブのドレスのような服を着ている少女が、荒く息をついていた。
少女は、その身には少し大きい槍を、杖のようにして姿勢を保っている。
その足は僅かに震え、ほんの少しの衝撃にすら倒れてしまいそうだった。
少女は疲れを回復させながら思う。油断した、と。
どこのどいつだ。まだ魔女になって日が浅いから、今回は楽勝だ、なんて楽観視していたバカは。
だが、いまさらそんな事を言い出しても仕方ない。
今はまず体調を回復させないと……。

「はい、杏子さん。スポーツドリンクです」
「ん。ありがと」

少女は、差し出されたスポーツドリンクを掴むと、勢いよく蓋を開け、ラッパ飲みする。
少女は自らの白く綺麗な咽喉をゴクゴクと上下させながら、スポーツドリンクを飲み干す。
それを見届けた男は、どこからともなくお菓子の箱を取り出し、少女に渡してくる。

「トッポもありますよ?」
「……………プハァ。いや、それはいいよ。アタシ、ポッキー派だし」

それより今は、またパフェが食べたい気分だ。
冷たく甘いあのパフェで、疲れた気持ちを吹っ飛ばしたい。
でも、たしかこの前食べたあのパフェは、人に奢ってもらったんだった。
変な男で、そう、今となりにいるコイツみたいに――――――――――。

「――――――って、なんでアンタがここにいるんだよ!」

少女はようやく隣にいた男を認識する。
あまり特徴がなく、簡単に人に紛れてしまいそうなこの顔。
昨日パフェを奢ってもらった、あの男だった。

「ノリツッコミですか杏子さん」

男はどこか嬉しそうに笑いながら少女―――杏子に話しかける。
その様子に害意はまったく感じられなかったが、少し聞き捨てならないことがあった。

「やかましいわ!って、それよりなんでアタシの名前を知ってんだ!」

男は何の動揺も見せず、さも何でもない事のように返事をする。

「何でって………そんなの、金を払って調べさせたに決まってるじゃないですか」
「ストーカーだ!ここにストーカーがいるぞ!」
「いやだなぁ、ストーカーなんかじゃありませんよ。俺は愛という名の狩りに勤しむただの狩人です」
「同じ事だよ!むしろ悪くなってるよ!」

杏子の声が路地に響き渡るが、当然の事ながらこんな裏路地に誰もいるわけはなく、ただ辺りをむなしく木霊するだけだった。

「さて、冗談はここまでにしておいて」
「全部冗談だったのかよ……」

掴めない男だ。杏子は心の底からそう思う。
この男がどう出るのかまったく分からない。
昨日だってそうだ。突然出てきて、パフェを奢って、頼みごとをしてくるし、しかもその願いが、アタシの旅に同行させて欲しい、だ。
間違いなくコイツは変人で、その変人に纏わり付かれている自分は、もしかしたら不幸なのかもしれない。

「もう一度言います。俺を貴女の旅に同行させて下さい」

男の強情な態度に、杏子は溜息を漏らす。
どうやって説得しようか。それとももう面倒くさいし、さっさと逃げ出してしまうか。
いや、でもここで逃げても男はまた追ってくる。そんな予感がする。
そう思った杏子は、面倒臭げに男と対峙する。

「アタシは言ったはずだよな。アンタを旅には加えない、って」
「金なら有ります」
「金の問題じゃない」
「邪魔はしません。こうやって、終わった後に差し入れを持ってくるだけでいいんです」

こいつは頑固だ。
魔女に近付く事の危険性を説いて聞かせようとも思ったが、コイツは既に一度魔女に捕まっているというのだから、その恐怖を知った上でお願いしている事になる。
そういう奴に対して何か言っても無駄だ、というのは経験則上理解していた。
端から何かを信じ込んでいる者の説得は難しい。とりわけ、自らを正しいと思い込んでいる奴には。
宗教家というだけで爪弾きにされ、何を言っても信じてもらえなかった父。
そして、宗教家の娘として、偏見に満ちた目で見られ続けたあの日々。
そんな日々を思い出し、思わず顔をしかめる

「あのさぁ―――」

杏子は苦々しい顔つきで、吐き捨てるかのように言う。

「もし、アタシがアンタを助けに行った、何て考えてるんなら、そいつは勘違いだ。アンタはただ偶々アタシの魔女狩りに遭って、偶々命を拾っただけの話だよ」
「そんな事は関係ありません」
「はぁ?」

杏子は、男が何を言っているのかわからなかった。
お前は、命を救われたからアタシを助けたいと思ったんじゃないのか?
ならば何故?どうして見ず知らずのアタシのために、こんなに執着するんだ?
その杏子の問いは、すぐに返ってきた。それも、杏子の予想しない形で。

「命を救われたのはただのきっかけに過ぎません。俺が貴女に興味を持ったのは、ただ貴女の姿が目に入ったから……………………俗に言う、一目惚れって言う奴です」

……………………………………………………………………。
瞬間、静寂が場を支配する。
永遠にも思える一瞬の後、ようやく男の言葉を理解した杏子が、顔を若干赤らめながら突っ込む。

「な。な、ななななな何言ってんだテメェ!そ、そういう恥ずかしい事を、真顔で言ってんじゃねぇよ!」

「ははっ。すみません。でも、事実なんです。心の奥から溢れ出すこの想いは、恋と言う他ありません」

男は照れた様子もなく、ただ朗らかに笑いながら返答する。
その笑顔が、ずっと日陰を歩いていた杏子には眩しくて、目を逸らした。
それは、もう向けられる事のないと思っていた笑顔。こちらの事を、温かく見守る笑顔。
だが、だからこそ杏子は、男の行為を見過ごした。

「――――――――だから、断られるなら、俺は今ここで死にます」

男はいつの間にか手にしていたナイフを、自分自身の首に向けていた。
その切っ先からは少し血が出ていたが、男は頓着する様子を見せない。
痛みを感じていないわけではないのだろう。しかし、自身の痛みに興味を持っていない。
その興味は、ただ杏子にのみ向けられている。
そこで杏子は、ようやく男の気性の一端を理解した。
コイツは、狂ってる。

「…………………そんな事が脅しになると、本当に思ってんのか」
「いえ、脅しだなんてそんなつもりはありません。ただ、貴女のいない世界に、もう興味が湧かないだけなんです」

その言葉に、杏子は驚愕を通り越し、怒りを通り越し、ただ呆れた。
この男の身勝手さに。そして、そいつに振り回されている自分自身にも。

「……アンタ、バッカじゃねぇの?」
「ええ。バカです。アホです。大間抜けです。そのバカで、アホで、大間抜けな俺を、お供に加えてはくれませんか?」

杏子は顔を上へ向け、一つ嘆息する。
ああ、アタシは何て変な奴に絡まれたんだろう。

「………しょうがねぇなぁ」
「本当ですか!」
「まあ、アンタを巻き込んじまったアタシも悪かったし、断って自殺されるのも後味悪いしな」
「ありがとうございます!」
「ただし!」

そこで杏子は言葉を区切り、ビシッと音が聞こえそうなほど、見事に指を突きつける。

「アタシの言う事は絶対に従う事。絶対に魔女に関わらない事。そして金はアンタが払う事。アンタは、これを守れるかい?」
「喜んで」

そして男は、杏子に向かって跪く。
その口元は、獰猛に笑っていた。



ここで男の運命は決定付けられてしまった。
逃れる事のできない、破滅へと。
だから後は、突き進んでいくしかない。
彼女が死ぬまで。彼が死ぬまで。
物語が、終わってしまうまで。







[26689] 【習作】魔法少女杏子☆マギカ(オリ主) 第二話
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/03/31 19:22



月が半分欠けた夜。とある都会の寂れた路地に、男はいた。
なんて事はない、平凡で、目立たない服装。
かつあげされればすぐにも財布を出しそうな、あまり筋肉質ではない体つき。
その男は顔を俯け、死んだ魚のような目をしながらポケットに手を突っ込み、今にも自殺してしまいそうな足取りで、路地を歩いて行く。
男の歩く路地は何故か、どんどん先に行くにつれ、人通りが少なくなっていった。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、そして気が付けば、うらびれた路地は、奇妙な空間へと変貌していた。

生物が絶えた、枯れ果てた森。黄ばんだ空に浮かぶ、不気味な紅色の月。悪臭を放つ、腐った沼。
沼の周りに積みあがった骨には、蝿のような不気味な生物が集り、そのおぞましさを一層強めていた。
そこそこ発達した都市では、まず見られないであろう景色。
しかし男には、“連れてこられた”という意識はなかった。
ただ、いつものように学校へ行き、いつものようにバイトをこなし、いつものように帰る際、いつもにない事に巻き込まれた。
その程度の意識だった。
だからだろうか、男は周囲の変化に気付いた様子はない。
周りに漂う異臭にも反応せず、ただもぞもぞと腐った沼へと足を動かす。
男が動けば動くほど足は沼に取られ、その下半身が完全に埋まってしまった頃、“ソレ”は現れた。

“ソレ”に一番似ている生物をあげるのならば、蛙というべきなのだろう。しかし、“ソレ”は地上に存在するいかなる蛙とも違っていた。
子供の描いた落書きのように、適当な形に伸びた足。
腐った反吐のような、すえた臭いのする体。
絵の具を無茶苦茶な色合いで混ぜたような、その体色。
どこを取っても“ソレ”は、出来の悪い悪夢にしか見えなかった。

“ソレ”は男を舐めるように見つめ、目のような物体をギョロギョロさせながら、ただ沼の中心で待っていた。
そうまるで、苦難を乗り越える勇者を迎える姫のように。ただ、見つめていた。

「――――――――――――――――ッ!!」

しかし、蛙のその態度に、突如として変化が訪れた。
“ソレ”は突然常人には聞こえぬ叫びを上げたかと思うと、空中へと跳躍する。
その叫びは、獲物を前にした喜びの声ではなく、敵を警戒する怒りの声だった。

「ちっ。バレちまったか。あ~あ、捕食中のほうが簡単に倒せるんだけどなぁ」

――――――――――――ひどく可憐な、少女の声。
その楽しそうな声は、この異常な世界では――――――いや、この異常な世界だからこそ、あまりにも場違いだった。
化物が居るのに、恐れも、怯えも、逃げも、隠れも、錯乱もせず、楽しげに相対する。
そんな少女が、いったいどこの世界に居るというのだろうか。
仮に居たとしてもそれは、どこか普通とは違った感性を持ち、普通の人とは相容れない、どこか壊れた人なのだろう。
だがしかし、それは男も同じだった。男もまた、どこか壊れていた。
だからこそ、その少女の声に、男は振り向いた。
今まで何の反応もしなかった男が、振り向いた。
本当はただ、反射的に振り返っただけなのかもしれない。
女の子の声を聞き、ただ不審に思っただけなのかもしれない。
しかし結果として、男は少女を見た。
そしてそれが、男の転機だった。

長大な槍を肩に担いだ紅い少女は、何かを見据えるように空を見る。
何を見ているのか、そう思った男が顔を上げようとしたその瞬間、
―――――――――――――――――大地が、震えた。
男は堪らず沼の中へと尻餅をつく。
いったい何が起きたのか。考えるまもなく答えは出る。
蛙だ。蛙が、落ちてきたのだった。
蛙がした事は、いたってシンプルだった。
ただ跳び上がり、その巨体で押し潰す。
しかしそれは、シンプルであるが故に、高い威力を有していた。
その巨体から繰り出される一撃は、どんな頑丈な壁でさえ一瞬のうちに瓦礫と化す事が出来るだろう。
――――――――――――もちろん、当たればの話だが。

「あっぶねーな。これ以上スリムになったらどうするつもりだよ」

いつの間に動いていたのだろうか、少女は蛙から数メートルは離れた所に、悠々と立っていた。
その口元は、これからの戦いを愉しむかのように笑っている。
―――――――――見えなかった。
男は笑っている少女を見つめながら、そう思う。
もちろん、蛙の攻撃により舞い上がった粉塵のせいで見えにくかった、という事もあるだろう。
しかし、それでも、少女の動きが人間離れしている事は、誰の目にも明らかだった。
蛙が化け物であるのなら、あの攻撃をかわす少女もまた、化物。
そんな男の思いを他所に、蛙またも少女に狙いをつけ、跳躍する。
その勢いは先にも増して激しく、蛙が勝負を仕掛けてきた事を示していた。

「ハハッ。面白れぇじゃんか。アタシの力とアンタの力、どっちが上か比べてみるかい?」

恐ろしいほどの勢いで迫り来る蛙を前に、少女は一歩も引かず、むしろ一歩前に進みながら、何もない所で槍を振るう。
するとどうした事か、どこからともなく現れた鎖のような物が、一瞬のうちに少女の前に展開した。
展開された鎖は、まるで盾のように少女を守り、空より来る蛙を迎え撃つ。
しかし蛙はその鎖を前に、むしろ鎖ごと踏み潰そうと勢いをつける。
蛙の様子に、少女は笑みを深める。上等だ、と。
そして蛙は墜落する。さながら、空を翔る流星の如く。
しかし、蛙のソレを流星と呼ぶのなら、少女の鎖は城壁だった。

蛙の体が鎖の壁に激突する。
鎖はミシミシと軋み、大きくたわむが、決して破られはしない。
むしろ鎖は強固に結びつき、蛙の勢いを加速度的に押し止める。

「―――――――――――――――――――――ッ!!!!」

蛙が最後の力を振り絞るように叫びを上げる。
鎖は引き千切れんばかりに大きくたわみ、たわみ、たわみ、たわんで―――――――
しかし、蛙の体は少女の前で完全に止まる。
蛙は宙吊りになったような格好でじたばたと激しくもがき、少女はその様子にニヤリと笑って跳躍する。
先程の蛙にも劣らぬ――――いや、ともすれば勝るほどの見事なジャンプ。
そして跳躍中に槍を振り上げ、一閃。
鎖に捕らわれた蛙はその、ただの一閃でなすすべもなく真っ二つになる。
二つに分かれた蛙の瞳が、男を映す。
しかし、男の目には蛙は映らず、ただ少女のほうを見つめている。
蛙は最後に何か言おうと口を開き、そして消滅した。

背景が変わる。暗き森は朧に消え、まるで夢幻のように霧散する。
だがしかし、例え夢のような出来事だったとしても、男は少女の事を覚えている。
化物のような蛙を一撃の下に葬った、紅い少女。
そんな強烈な印象を残していった少女を、男が忘れるわけがない。
だがしかし、気がつけば少女は消え、男は一人取り残されていた。
男は一時呆然と周りを見、尻餅をつきながら携帯を取り出して、とある知り合いへと電話をかける。
プルルル、プルルル、プルルル。きっちり三回のコールで相手は出る。
相手は男の電話に戸惑いを覚えているようだが、男はそんな相手を無視し、自らの話を切り出す。

「なぁ、調べてもらいたい事があるんだ………」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





カコーン。

獅子脅しが音をたて、鳥が啼き、木々が萌える。
そんな風情ある旅館の一室で、浴衣を着た二人の男女が、机に向かい合って座っている。
机の上からは時折、パチリ、パチリ、と木と木がぶつかり合う、どこか懐かしい音がする。
それは、古代インドのチャトランガを起源とした、戦を見立てた戦略ゲーム。
現代ではあまり使われる事のなくなったその遊戯―――将棋を二人は楽しんでいた。

「そういやアンタさ」

―――――――――――2九銀。

「はい?」

―――――――――――同金。

「アタシといない時って、いったい何やってんのさ?」

―――――――――――同玉。

「いやぁ、色々ですよ。本屋行ったりとか、バイトしたりとか」

―――――――――――4八金。

「へぇ?アンタもバイトなんてするんだ」

―――――――――――3九銀。

「まあ、こんな形でも大学生ですからねぇ。バイトぐらい、できる年なんですよ」

―――――――――――3八銀。

「…………大学には、行かなくていいのかい?」

―――――――――――同銀。

「いいんですよ、あんな所。いざとなったら、金で裏口卒業します」

―――――――――――3九金。

「ま、アンタがそう言うんだったらいいんだけどさ」

―――――――――――1九玉。

「ええ。あんな所より、今は貴女の傍に居たいですし」

―――――――――――7三角。

「……わっかんねぇな。何でアンタがアタシと一緒に居たいのか」

―――――――――――2八桂。

「決まってるじゃないですか。杏子さんだからですよ」

―――――――――――2九金。

「…………………あー。また負けちゃったな」

杏子は男の言葉を受け流すように、盤に向けていた顔を上げる。
これで通算四戦四敗。つまり、始めてから一度も勝てていない。

「杏子さんって、もしかして対戦系のボードゲーム苦手ですか?」

盤上の駒を見れば、杏子の駒は全体の三分の一は壊滅し、男の金が杏子の玉を追い詰めている。
これ以上はないと言う程の負けっぷりであり、前の三つの試合も似たようにぼろ負けしていた。

「う、うるせーな。相手がいなかったんだから、仕様がないだろ」
「俺もずっと一人将棋でしたよ。自分で駒を動かして、相手役も自分でやってました」
「さみしい野郎だな」
「まあ、今は杏子さんが居ますから」
「……………………………………バカ」

杏子は照れたように盤上をかき回し、ジャラジャラと音をたてながら駒を並べ直す。
何故だろう。杏子は思う。
この男と会ってからまだそんなに日も経っていないというのに、こうした日常がどこか楽しいと感じる自分が居る。
そして、少し前の自分がとてもバカバカしく思えた。
ただグリーフシードを狩り、飯を食い、日々を過ごす。
それはそれで確かに楽しかったけれど、やはり、誰かと共に過ごせる時間は尊い物だ。

そこまで考え、杏子は自らの考えを打ち消す。
アタシは何を馬鹿な事を考えているんだ。たしかにコイツはよくしてくれている。
しかし、それに甘えるのは、また違う。
いつかコイツもアタシとの旅に飽き、帰ってしまうかもしれない。
コイツの金が尽き、共に旅が出来なくなるかもしれない。
魔女との戦いに巻き込まれ、消えてしまうかもしれない。
そうなった時、先程のような事を考えていたのなら、それ以降の旅は今まで以上に辛く、苦しい物となるだろう。
そうだ。アタシは誰にも頼らず、ただアタシの為だけに生きる。
そう決めて、そう生きてきたはずだった。だからこれからも、アタシはそうして生きていく。

けど、と杏子は思いなおす。
まさか魔女狩りの間に将棋を打つ日が来るなんて、一週間前のアタシだったら思いも付かないだろう。
そもそも、こんなある程度値段が高い部屋になんか来れる訳もなかった。
飯だって最近は店で食べ、お菓子なんかも男がちゃんと買ってくれる。
その事に、若干の引け目を感じないでもなかったが、全て男が出すと言って聞かなかったのだ。
まあ、持ち金があるわけでもないこの身にとってその申し出は断りがたく、結局いつも奢ってもらっている。
つまりまあ、こんな生活を送れているのは、この男のおかげなのだ。
その点は、ちゃんと感謝しないといけない。

杏子がそんな事を考えているとは露知らず、男の方はどう杏子を楽しませるかについて考えていた。
ボードゲームは勝ち過ぎてしまうから駄目。恐らくこの様子だと、ポーカーやブラックジャックなんかも同じ事だろう。
杏子さんが知っていて、かつ得意そうなゲーム………バカラは知らないだろうし………チンチロリンはサイコロがないし………麻雀は二人でやっても………やはり最近流行の電子ゲーム機を買うべきだろうか。
自分用と杏子さんように一つずつ買ってくれば……いや、だがそれでは杏子さんと話す時間が減ってしまうか。
だとすれば、完全に運に任せたゲームが望ましいか……?双六、とか?いや、そう言えばたしかこの前店先に人生ゲームがあったような………今度買ってくるか。

男がそう結論付けた所で、杏子が将棋の駒を並べ終える。
負けず嫌いである杏子は、こうやって負けてもすぐに再度挑戦してくる。
そうした気の強い所は好ましい。が、さすがに何度も負け続けるのは気持ちのいい事ではないだろう。
手加減等をすればそれと気が付くだろうし、第一それは杏子さんを侮辱している。
だったら種目を変えるしかないだろう。そう思って男は、杏子の方へ目を向けようと盤上から面を上げ、すぐさまその考えを打ち消す。
何故なら男のその目には、楽しそうに考えながら、男の手を待つ杏子が映ったからだった。

そうだ、俺は何を勘違いしていたんだ。男は内省する。
杏子さんが何を楽しみ、何を嫌うのかなんて事は、俺が決める事じゃない。杏子さん自身が決める事だ。
それが俺と来たら、勝手に面白くないだろうと決め、勝手に種目を変えようとするなんて、とんだ阿呆だ。
そして、やはり杏子さんは素晴しい。杏子さんだけが、俺にこんな感情を教えてくれる。
杏子さんだけが、このつまらない世界に意味を与えてくれる。
杏子さんだけが、この俺の命に価値を与えてくれる。
杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん、杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さん杏子さんキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサンキョウコサン。

溢れ出しそうな気持ちを必死に押しとどめ、男は杏子に向かう。
杏子は、何だ?と言わんばかりに首をかしげ、男の手を待つ。
そのあどけない様子に、男は更に気分を高揚させるが、冷静さを取り戻し、次の一手を考える。
さて、とりあえず歩をうごかすか。そう思って男が盤上に手を伸ばした時、突然杏子が部屋の端を見、呟く。

「………………本当か?いや、本当だ。確かに感じる。………おっかしいな、アタシの勘も鈍ったかな」

男はその方向を見るが、何も見えない。また、何かの存在を感じることも出来ない。
もしかして空中に浮かぶ何かを見ているのか。そう思い、杏子の回りを見るも、やはり何も見えない。
杏子さんは、何を見ているんだ?男はそう思いながらも、杏子の様子を観察する。

「規模は………そうでもないな。成り立てか」

相変わらず杏子は部屋の隅を見たまま、ぶつぶつと呟く。
不審だ。不審ではあるが、もしかしたら何か男には計り知れない何かを見ているのかもしれない。
いや、きっとそうに違いない。でなければこんな、虚空に話しかけるなんて事………。
そんな男の考えを他所に、杏子は虚空にむかって話しかける。

「でもさ、最近の魔女の数、ちょっと多くないか?さすがにこう何度も連続して起こるなんて…………あ?
でもあそこは確かマミの奴が………………そうか。なるほど。アイツも、逝ったか」

そして杏子は男の方へ向きなおり、言う。

「悪い。魔女が出た。この続きはまた今度…………ひゃっ!」

男は杏子の言葉が終わらないうちに、その額へ左手を伸ばし、自らの額に右手を当てる。
杏子は、何をしているのか、と問おうとするが、男の真剣な表情に、しばし黙る。
それから如何程の時間が経っただろうか、さすがの杏子も焦れてきた。
もしかすると、このままでは魔女を逃がしてしまうかもしれない。
まだグリーフシードに余裕はあるが、有り余っていると言うほどではない。
それに、グリーフシードはあるに越した事はないのだ。
グリーフシードを集める事こそが、魔法少女たる自らの責務であり、グリーフシードがあるからこそ、自分は今まで好きに生きてこれた。
アレがなければ自由に魔法が使えず、行動が制限されてしまう。
早く魔女を倒さねば。そんな思いが、杏子を動かせ、男の手を払おうとする。
が、その直前で男は割りとすんなり手を離す。
そのあまりのあっけなさに、杏子が不審に思うのも束の間、男は言った。

「熱はないようですね」
「………………………………………………………はぁ?」

杏子は混乱した。何故いきなりそんな話になるのか、と。
落ち着け、冷静に考えるんだ。杏子は自分にそう言い聞かせ、直前の状況を思い出す。
将棋をしていたら、突然“コイツ”が入って来、魔女の存在を告げた。
慌てて自分も探してみれば、確かに魔女の存在を感じる。
そして“コイツ”に問うたのだ。ここ最近魔女の数か多くはないか、と。
すると奴は、言った。“あの町”が近いのだと。そして、“あの町”を守る魔法少女が、死んだのだと。
“あの町”は魔女の数が多く、グリーフシードも多く得る事ができるが、ベテランの魔法少女がいて、今まで入る事が出来なかった。
しかし、そのベテランの魔法少女が死に、町に空白が出来た。
狩る者のいなくなった使い魔達は、急いで周辺の町へと逃げ出し、そこで孵化したらしい。
それが、最近多かった魔女の正体だという。
それから、男に魔女がいる事を言おうとして、熱を測られたのだった。
うん?いったいどこに熱を測る要素があったのだ?
杏子は内心首をかしげ、そして原因に思い至る。
まさかコイツ………。

「……………………………………おい」

しかし男はそんな杏子の様子に気付いた風もなく、ただ自らの推論を推し進める。

「しかし、熱がないからと言って油断はできませんね………杏子さん、麻薬の類を使った事は?」
「誰が麻薬中毒者(ジャンキー)だっ!」

杏子は、不届きな事をほざいた男の脛を思いっきり蹴る。
男は杏子に蹴られつつも、どこか嬉しそうな顔をするが、幸いな事に杏子はそれに気付かない。
そして杏子は、何もないはずの中空を掴み、その腕を男の方へと持ってくる。

「アタシは、コイツと話してたんだ!」

男は脛の痛みに耐えながら、杏子の持つものに目を向けようとする。
しかし、男がどれだけ目を凝らそうとも、杏子の掴んでいるものは見えない。
男は困惑を顔に出さないように努めつつ、部屋の端においていたバックパックから熱線暗視ゴーグルを取り出し、装着する。
視界がモノクロになり、温度の高い箇所が白くなった。
そして男は杏子の方へと向きなおり、杏子の手の先を見る。
やはり、何も見えない。ただ、杏子の指先だけが白く輝くだけだった。

「………………杏子さん。病気とはまず、自覚を持つことから始まるんです。ちょっとした事でも、勘違いだ何て思わず真摯に受けとめないと、治るものも治りませんよ」

杏子は内心、はぁと溜息を付き、男の顔を見る。
やはり、男には“コイツ”が見えないようだった。
杏子の視界には、ちゃんと自らの手に一見猫のようにも見える奇妙な生物が映っていた。
しかし、それは決して猫ではない。“コイツ”こそが、杏子を魔法少女とし、闘う運命に巻き込んだ張本人。
名を、キュゥべえと言った。

「………あー、なんか誤解があるようだけどさ。ほら、ここに居るんだって。尻尾もふさふさしてるし、耳も長いだろ?」
「杏子さん……………そんなにも詳しく幻覚が見えているなんて………」
「だから、アタシは病人じゃねえ!」
「だったら、どんな生物なのですか?」
「そりゃあお前………」

そう言って杏子は、机の上に紙とペンを出し、何かの絵を描き出す。
そうして描かれた絵は、何か、とても奇妙な物としか言いようのない、変な生物だった。

「………イェティ?」
「どこが雪男なんだよ!どう見てもベースは猫じゃねぇか!」
「…………猫?」

男は杏子の描いた絵を見、そして再び杏子の顔を見る。

「…………杏子さん。病院へ、行きましょう」
「いや、ちょっと待った。何でそういう結論になる」

杏子は自らの描いた絵を見、納得する。
少々歪かもしれないが、紛れもなくキュゥべえだ、と。

「ああ、おいたわしや。まだうら若き身空にありながら、不治の病だなんて」
「誰が不治の病だ!」

杏子が男とそんな掛け合いをしていると、ふと、杏子が真顔に戻り、腕に持つキュゥべえに話しかける。

「…………ちっ。そんなこたぁ言われなくても分かってるよ」
「………杏子さん?」
「いや、本当に悪い。ちょっと急がないと本当に間に合わなくなっちゃうかもしれないから」

そう言って杏子は、玄関へと足を向ける。
その足を止める術を、男は持たない。
そして男にはちゃんと分かっていた。
杏子の言っている事は真実だと。
男の目には見えない、暗視ゴーグルにも映らないような何者かが、杏子のすぐそばに居たのだと。
そして、それが見えない自分には、魔法少女の才がないのだろう、という事も。
分かっていた、分かっていた、分かっていた。
自分は、戦闘面では全く杏子の役には立たないと。
それどころかむしろ、邪魔にしかならないと。
分かっていた、分かっていた、分かっていた。掻き毟った頭から血が出るくらい、分かっていた。

せめて、杏子が現代の武器を使っていたのなら、金を使って援助する事もできた。
コネを使って、一般市場で売られていないような武器も、手に入れることが出来た。
しかし、杏子は自前の武器を持っていた。それも、並みの現代兵器では太刀打ちできないほどの。
そして、ただの現代兵器では、魔女には傷一つ付けられないであろう事も、うすうす分かっていた。
だから、男はこうして、戦いに赴く彼女の憂いを消す事くらいしか出来なかった。
戦いに赴いた彼女の疲れを、誤魔化すくらいしか出来なかった。
それは、とても悔しい事で。
男は、己の無力さに、涙した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



そして彼女は帰ってきた。
既に日は暮れ、夕日で部屋が赤く染まってはいるものの、杏子の体には一筋の傷もない。
その姿に安堵しながら、男は用意していた和菓子とお茶を渡す。

「サンキュ」

杏子はそう言いながら畳に座り、お茶を飲む。
その様子はいつもと全く変わらず、疲れてすらいないようだった。

「どうでした?」
「んー?まあ、戦闘自体は楽だったんだけど、使い間の数が多くてね。少し手間取っちゃった」

杏子はなんでもないようにそう嘯きながら、和菓子をつまむ。

「けど、もうそろそろこの土地に居るのも限界かな。魔女も粗方倒しちゃったし。次はどこへ行こうか」

杏子が男へ向けてそう言うと、男は明日の天気を聞かれたような軽い調子で答える。

「北へ、行って見ませんか」
「なんで北なのさ」
「いえ、たいした理由なんてないんですが」

そこで男は言葉を区切り、沈み行く夕陽を見つめる。
日に照らされたその横顔は、どこか寂寞としたものだった。

「俺はですね、杏子さん。貴女と出会う前は、こんな景色を見ても、何も感じなかったんです。
ただ核融合で星が燃えているだけの景色に、何の興味も持てなかった」

男は、独白を続ける。
それは、神父を前に告解をするような、神聖で、厳かな物だった。

「けど今ならば、貴女と出会えた今ならば、俺は、この景色を美しいと思える。
あなたと共に見るこの景色ならば、俺は、美しいと心から思えるんです。
だから、こんな薄汚れた都市の中でさえこんなに美しいのであれば、北の綺麗な空気の元では、どんなに綺麗なんだろうって、そう思ったんです」

男はそう言い終えると、夕陽に向けていた顔を杏子の方へと戻す。
その顔に先程の寂寥さはなく、ただ朗らかに笑っていた。

「それに、食べ物も美味しいですしね。魚介類は豊富だし、甘いものが欲しければメロンがありますよ。お腹が空いたら適当な店でジャガバターでも買って、そこいらのベンチで座って食べればいい。それはきっと、この上もなく楽しいはずですよ」

男はそう言うと、その光景に思いを馳せるように目を閉じる。
きっと、男の頭の中では北の風景を思い描いているのだろう。
その様子に、杏子もその風景を想像してみる。
きっとそこは空高く雲が流れ、時折馬の嘶きが聞こえ、澄んだ風が流れているのだろう。
俗世の煩わしい事柄を一時忘れ、美味しい物を食べてのんびり過ごす。
それは、とても魅力的な物に思えた。

「…………悪く、ないね」
「でしょう?」

ただ、その計画には穴が有った。
それは、杏子の持つ、グリーフシードの数だった。
無論、その数は少なくない。駆け出しの魔法少女では得られない程度には、持っていた。
しかし、遠出をするとなれば話は変わる。
北の地でどれほどの魔女が居るのか、杏子は知らない。そして、その地の魔法少女が必ずしも杏子に友好的とは限らない。
もし友好的でなければ、杏子は魔女と魔法少女の二つの敵に回す事になる。
そうなれば自然、グリーフシードの消費量は激しくなる。そうすれば、いつ敗れてもおかしくはなくなる。
そうはならないためにも、余分なグリーフシードが欲しい所だった。

そして杏子はそこで、ある地名を思い出す。
魔女が多く、魔法少女も居ない、絶好の狩場を。
杏子にとって因縁の地であり、始まりの地でもある、あの土地を。
確かにあの土地の魔女の発生率を考えれば、求めるグリーフシードの量もすぐに集まるだろう。
それに、キュゥべえの話では、あの町を縄張りにしていたマミが、ついにくたばったという。
つまり、今が最大の好機なのだ。今の機会を逃せば、また新たな魔法少女がやってくるだろう。
そうすれば、グリーフシードを得る事は難しくなる。

「言っても良いんだけど、その前にちょっと寄る所があるんだ。それでもいいかい?」
「もちろんですよ。もとより俺は提案しただけ。決定権は杏子さんにあるんですから」

男は深々と頭を下げ、杏子に恭順の意を表す。

「じゃあ決まりだ。さっそく行くとするか」
「承知しました。それで、いったいどちらまで?」
「見滝原って所さ」




そして物語は加速する。
物語の終わりに、男はいったい何を見るのだろうか。





[26689] 【習作】魔法少女杏子☆マギカ(オリ主) 第三話
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/04/09 01:49

「ちょっと。話が違うんじゃない?」

町の端、誰もが来たがらないような荒地の上に、一人の少女が立っていた。
その相貌は若く、可愛らしいが、その内に秘めた力は、ただの少女とは決して言えない物だった。

「まあまあ、杏子さん。手違いというものはどこにでもある事ですよ」

そしてその少女の横に立つ者は、冴えない顔をした、どう見ても平凡なただの男。
例え道ですれ違ったとしても、何の印象ももたらさないであろう男は今、少女の傍らに立ち、町を眺めていた。

「アンタもさぁ、もうちょっときつく言ってやったらいいのに」
「ははっ。俺には杏子さんの言う“キュゥべえ”とやらは見えませんから。それに、そんなに急がなくても北の地は逃げたりしませんよ」

杏子と呼ばれた少女は、不満そうな顔を見せ、そして何か思いついたように、ニヤリ、とほくそ笑む。

「けどさ、その魔法少女は、まだ新人(ルーキー)なんだろ?だったら早い話、そいつを排除しちまえばいい」

いい事を思いついた、と言わんばかりのその表情に、男は一つ溜息を付く。

「はぁ。杏子さんは血気盛んですね。まあ、そういう所も気に入ってるんですが」

杏子はそんな男の言葉を無視し、何もない空間に向かって話しかける。

「いいか。テメェは絶対にアタシ達の存在をこの町の魔法少女に漏らすなよ。気付かれて対策を練られたら、いくら新人(ルーキー)と言っても厄介だからな」

すると不思議な事に、どこからか、はぁ、と溜息をつくような気配がし、消えた。
杏子は、気配の消えた方向に向かって一瞥をくれた後、男の方へ向きなおる。

「で?これからどうするのさ。行く当てはあるのかい?」
「もちろん。すでにホテルの予約をしています」
「早いね」
「最近はインターネットと言う物が有りますから。杏子さんもどうです?インターネット。覚えると楽ですよ」
「そういう事は、アンタに任せてるからさ。アタシが考えなきゃいけないのは、どうやってグリーフシードを集めるか、って事だけさ」

男は杏子のその言葉に、少しの寂しさと、嬉しさを覚えた。
断られたのは少し辛いが、俺は頼られているのだ、と。

「なにしてんのさ。さっさとそのホテルに行くよ」

そう言って杏子は、男を置いて歩き出す。
その様は常に堂々としており、自信に満ち満ちていた。
―――――――――例えそれが、間違った道を行っていたとしても。

「杏子さん、ホテルはこっちですよ」
「……………………そういう事は早く言え!」





男がその町―――――見滝原に着き、ホテルをチェックインした後にした事といえば、食料品店の確認だった。

もちろん、インターネットを利用し、既に位置は確認してある。だがしかし、それだけでは店の品質は分からない。
その店に置いている食べ物の色艶、虫食いの有無、味の良し悪し。
そう言った事は、実際に見てみないと分からないものだ。
それに、杏子はその辛い経験からか、食べ物を偏愛している。
それ故に、大して美味しくないような物でも喜んで食べてくれるのだ。
が、しかし。どうせ食べてもらえるのならば、やはりおいしい物を食べてもらいたい。
そういう訳で、男はスーパーへとやって来たのだったが……。

「……で?貴方はいったい誰なんですか」

食べ物を物色していた男の前に、一人の少女が、何の気配も表さず現れた。
その少女は、長く綺麗な黒髪を無造作に下ろしており、服はどこかの中学のものようだった。

「貴方は、佐倉杏子の傍にいた男ね」

少女は開口一番、そんな事を言い放つ。
その少女の言葉に、男は脳内でさまざまな予測を立てる。
何のプロテクトも施されていない杏子さんの名前を当てる事ならば、金を払えば誰でも出来る。
だが、今日杏子さんが来ると言う情報をどこで仕入れたというのだ?
しかも、俺と杏子さんの関係を知っている?
俺と杏子さんは、少し前に会ったばかりだ。関係が知られるとしても早すぎる。
普通では知りえない事をやすやすと調べ上げるその調査能力と、俺が着いてすぐここに来るであろうと判断した洞察力。
それに、俺に存在を感じさせずに近付いたその身のこなし。
その事から考えると、自然に答えは絞られてくる。恐らくこの女は……。

「ふう。質問に質問で返すとは少々不躾ですが、まあ今回は気にしない事にしましょう。それで、何でしたっけ。佐倉何某さんがどうたらと言っていましたが……」
「しらばっくれる必要はないわ。貴方と佐倉杏子が関係しているのはすでに“知っている”」
………………………………………。
「やれやれ。全部お見通し、と言うわけですか。では、このタイミングで俺と杏子さんの関係を聞いてくる貴方は、差し詰めこの街の魔法少女、と言ったところですか?」

男の言葉に、少女は少し考える素振りを見せ、頷く。
私がこの街の魔法少女だ、と。
しかし、と男は思う。
事前に手に入れた情報では、この街の魔法少女はまだ新人(ルーキー)のはず。
だが、目の前の少女はどう見てもそうは思えない。むしろその様は、巧者(ベテラン)の貫禄さえ漂わせる。

「……まあ、別に良いでしょう。それで?この街の魔法少女様が、俺ごときに何の用ですか?
ああ、ちなみに、俺は杏子さんに対する人質にはなりえませんよ」
「分かってるわ。だから、ポケットに入れた手を出しなさい」

―――――――――感づかれたか。
男は内心、舌を巻く。この少女は、ポケットに潜ませた自決用の拳銃に気付いている。

「………なるほどなるほど。その年にしてそこまでの観察力と判断力。
そして俺一人を待つためだけにここに張り込む実行力。ふん。少し、興味が湧いたかもしれません」
「別に貴方が私に興味をも当が持つまいが、それこそ全く興味がないわ。私が貴方に言いたい言葉はただ一つ。
貴方は、常に佐倉杏子の味方でい続けなさい」

その言葉に、男は驚きを持って応える。
それもそうだろう。敵であると思っていた相手から、忠告のような助言を貰ったのだから。

「そんな事は、言われずとも、と言う奴ですよ。貴方の言動は、不思議で、不審で、不可解です。そんな事を言うためだけに、俺に接触してきたのですか?」
「そうよ」

少女は応えるまでもない、と言うように短く応える。

「はぁ。ようするに、ヒマなんですか?」
「まさか。むしろ時間はあまり残されていないわ」
「つまりこの会話には、それだけの価値があった、と言う事ですか?当たり前の事を言っただけの、この会話に」
「それを決めるのは、貴方。この会話は、貴方の決定にほんの少ししか影響を与えない。
でも、そのほんの少しの影響で、もしかしたら私の望む未来にたどり着けるかもしれない。だから私は、ここにいる」

その少女の意味深な発言は、時折意味の分からない言葉はあれど、深く、思いのこもった言葉だった。
そして少女は、それだけ言うと男に背を向け歩き出す。
その背中は、もう用はない、とはっきり男を拒絶していた。
男は、そんな少女の背中を見つめつつ、その姿を目に焼き付けていた。





「ただいま帰りました」

男は、借りていた部屋の扉を開けながら、帰ってきたと杏子に告げる。
その手には、帰り道に店で買ったであろう紙袋が握られていた。

「お~。遅かったじゃん」

男の帰宅に、ソファーで寝そべっていた杏子が、テレビに目を向けたまま返事をする。
どうやら、バラエティー番組に夢中なようだ。

「ええ。ちょっとこの街の魔法少女に出会ってしまいまして。退散していただくのに時間がかかりました」

男は備え付けのテーブルの上に、買ってきた食べ物を置いていく。
コーラ、ドクペ、マッチ、きのこの山、たけのこの里、ポッキー、トッポ………。

「へぇ、この街の魔法少女にねぇ。そりゃ大変だった……………え?」
杏子は、テレビに向けていた視線を外し、慌てて男の方へ身を乗り出す。
「アンタ、大丈夫なのか?何かされなかったか?」
男は杏子のそんな気遣いを嬉しく思い、心配をかけぬよう笑いながら返事をする。

「いえいえ、傷一つありませんよ。ただ何やら意味深な事を言われただけですから。だから、そんなに心配してもらうほどの事でもありません」
「な……。だ、だれがアンタの心配、なんて……。そ、それよりも、いったいどんな奴だったんだ?ソイツ」
「あのキュゥべえとやらは、この街の魔法少女をさも新人(ルーキー)であるかのように語っていましたが、俺にはとてもそうは思えませんでしたね。
あれは中々の強者です。まともにやり合えば、あるいは、杏子さんでさえ苦戦するかもしれません」

杏子は、男の言葉に少し目をむく。
自らの強さを知るはずの男が、こうまで言うほどの相手なのか、と。

「………へぇ。アタシが苦戦するほどの新人、ね。アンタの言葉を疑うわけじゃないけど、にわかには信じがたいねぇ。いや、もしかしたら、キュゥべえの奴が嘘をついてるのかもしれないけどさ」
「その可能性も否定できませんが、聞いた話から判断して、そいつは無意味な嘘はつかないタイプですよ。奴のつく嘘には、何か意味がある。ま、それが何かまでは分かりませんがね」

男は、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる。
そして話を終わらせるように備え付けられた時計を見、話す。

「まあ、それはそれとして。そろそろいい頃合ですし、ご飯にしましょう」

男の言葉に、つられて杏子も時計を見る。6時半。少し早いかもしれないが、そろそろ飯時だ。

「さて、何を頼みましょう。最近のデリバリーサービスは幅広いですから、何でも食べれますよ。それとも、どこかへ食べに行きましょうか。帰る途中によさそうな店を見繕っておきましたから、好きなジャンルを言ってもらえたら………」
「いや、何か頼んじまおう。外へ出るの面倒だし」

杏子は乗り出した体を元の位置へと戻し、男が買ってきた袋へと手を伸ばす。

「じゃあそうしますか。あ、そういえば、帰りに人生ゲームを買ってきたんですよ。食事が終わったら、やってみませんか?」
「お?それはアタシが小さい頃、人生ゲームの杏ちゃんと呼ばれていたのを知っての事かい?」
「ふふふ。実は俺も、生まれてこの方人生ゲームで負けた事がないのです」
「全部一人でやっていたから?」
「全部一人でやっていたから」
「寂しい奴だな」
「今は杏子さんがいますから」

そんな、もはや恒例となりつつある遣り取りを交わしながら、男はフロントに電話をし、ルームサービスを頼む。
インターネットのレビューでは、ここの飯は中々に美味いと書き込まれていたので、恐らく満足してもらえるだろう。
そう思いながら杏子の方へ目を向けると、彼女はドクペを片手に、テレビニュースを見ていた。
なんでも、集団自殺未遂があったとか。

「最近は何かと物騒ですねぇ」

男はそんなありきたりな事を言い、杏子の様子を窺う。
どうやら彼女は、この事件に関心を抱いているようだ。

「こいつは…………たぶん魔女の仕業だな」
「へぇ。そうなんですか?」
「ああ。さすがに少し不自然だ。たぶんアンタの会ったって言うこの街の魔法少女が、途中で魔女をぶっ殺したんだろうさ」
「あの魔法少女が、ねぇ」

男には、あの少女が集団自殺を止めるためだけに魔女を退治したのだとはとても思えなかった。
あの時出会った魔法少女は、利用できるものは全てを利用しつくすという強い意思と、不必要なものは全て切り落とすという冷酷なまでの冷静さがあった。
そんな彼女が、世のため人のため魔女を殺す?
それは、思わず失笑が漏れるくらい、荒唐無稽な話だった。
だがしかし、実際にこの事件が魔女の仕業によるもので、解決したのがあの魔法少女なのだとしたら、恐らくその場には、彼女にとって何か譲れないものがあったのだろう。
彼女自身が動かざるを得ないような、何かが。
それが何であるかを知れば、あとは彼女など如何様にでも料理できる。
心臓を曝け出したライオンなど、恐れるに足りない。

ピンポーン。

そんな事を考えていると、玄関でチャイムが鳴る。どうやら、ルームサービスが来たらしい。
その速さに満足しつつ、男は思考を中断し、扉を開けに玄関へ行く。
さて、どうやって杏子さんに楽しんでもらおうか、などと思いながら。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次の日、杏子は自身でこの街の魔法少女を探してやろうと思い、町へ出た。
その理由の一つに、男が詳しい情報を調べるためホテルに居ず、暇をもてあましたと言う事もあったが、何より金で調べた情報よりは、自分の目で見た物事の方が信用できるからだった。
別に、魔女を探してもよかったのだが、狩りの最中に邪魔をされてはたまらない。
男の見立てが正しく、この町の魔法少女が強力ならば、狩りへの介入は致命的だ。魔女と魔法少女の二つを相手にするのは、正直面倒臭い。
だからこそ杏子は、先に魔法少女を探しに展望台へと上って来たわけなのだが……。

「アレがこの街の魔法少女、ねぇ」

ようやく見つけ出した魔法少女は、男の話とは違い、どこからどう見ても素人臭さの抜けない、ただの新人に見えた。
いや、もしかしたら男の言う通り、実は優秀な魔法少女で、あの素人臭さは演技なのかもしれない。
だがしかし、お供に一般人を連れ込んでいる時点で、少なくとも魔法少女としての意識は低い。
魔女との戦いがいかに危険な物なのかは、一度でも戦いを経験した者なら分かるはずだ。
魔法少女にさえ危険な魔女は、一般人にとって見れば、出来の悪い悪夢のようなものだろう。
奴らの一番しょぼい攻撃を受けただけで、ミンチのようにグチャグチャになる事は想像に難くない。
だからこそアタシは、アイツを魔女と関わらせない様にしているというのに……。

杏子はそう思いながら、この街の魔法少女を観察する。
短いショートカットの、どこかスポーティーな感じのする快活な少女。恐らく学校ではムードメーカーとしての位置に居るのだろう。
身長は女子としては平均的。その服装は、近くの中学校のものだろうか。
見れば見るほど、何故彼女が魔法少女などになったか分からない。
どこにでも居るような、快活なだけの少女。前任者であるマミの死を知っているだろうに、何故彼女は………。

そこまで考えて、杏子は思考を中断させる。
魔法少女になった理由が分からないから、何だと言うのだ。
彼女が魔法少女になった理由がわかったからと言って、彼女が魔女狩りを譲ってくれる訳でもない。
だから、彼女の身を案じる事に、意味はない。

「本当に彼女と事を構える気かい?」

その時、彼女しか居ないはずの空間に、“何か”の声が木霊する。
聞きようによっては、幼い子供のようにも、若い女性のようにも思えるその声は、展望室に居る唯一の人物、杏子に話しかけていた。
しかし杏子は、そんな唐突な声にも驚いた様子を見せず、平然と答えを返す。

「だってチョロそうじゃん。瞬殺っしょ、あんな奴」

杏子はそういいながら、手に持っていたベビーカステラを一つ摘み、口へと運ぶ。
そしてそれをもぐもぐと頬張りながら、話を続ける。

「けどまあ、アイツも用心したほうがいいって言うから、今は引いてあげるけどさ」

それだけ言うと、杏子は双眼鏡にかけた魔法を解き、もう見るべきものは全て見た、と言わんばかりに背を向け、エレベーターのボタンを押す。

「杏子、君は………」

“何か”は去り行く杏子に向かい、何かを言おうとするが、杏子はそれを無視し、無情にもエレベーターの扉を閉める。
無視された形となった“何か”は、降りて行くエレベーターの数字を見た後、まるで影のように、消えた。
そして後には何も残らない。ただ日の光だけが、もはや無人となった展望室を照らしていた。






「ただいま」

展望室で魔法少女を見つけた後、杏子は適当に近くの店を見て回り、ホテルへと戻った。
その手には既にベビーカステラはなく、今度はたい焼きが握られていた。

「お帰りなさい。杏子さん」

部屋の中に入ると、既に男は帰ってきており、何やら紙束を机の上に広げていた。
その紙には、何かの情報がびっしりと書き込まれている。

「これって、何?」

杏子はその一枚を手に取りつつ、男に尋ねる。
その紙には、どこかの地図と何かのグラフが描かれていた。
男は杏子の持つ紙にちらりと目を向け、言う。

「ああ。それは、この街のデータですよ。年間の失踪者数と死者のグラフ。それと失踪する直前にいたと思われる場所のデータです」
「へぇ。やっぱりこの街は行方不明者や自殺者が多いな」
「ええ。しかし、誰もそれを異常と思わない。それが、この街の異常です」

そう言って男は紙に目を戻し、作業に取り掛かる。
その男の様子に、杏子は手持ち無沙汰になり、机の上にたい焼きを置く。
さて、邪魔をするのも悪いし、さりとてテレビを見ているだけなのは気が引ける。いったい、どうしたものか。

杏子がそう思い、ソファーに目を向けると、何やら一枚だけ大きな封筒に入れられた物があった。
他の紙とは一線をかくしたその紙に、杏子が興味を向けると、それに気付いた男が先んじる。

「それは、この街の魔法少女に関する報告書です。杏子さんに必要かと思って分けておいたんですが、読みますか?」

そう言われ、杏子は備え付けられた時計を見る。五時三十分。夕食にはまだ早い。だったら、これを見て暇をつぶすのもいい。
そう思って、杏子は男の言葉に頷き、ソファーに寝そべってその報告書を読み始める。
その報告書は意外に詳しく、年や生地、挙句の果てにはスリーサイズまで書かれていた。
杏子はこんな事まで調べたのかよ、と内心呆れ果てつつ、更に読み進める。

通っている学校は近くの見滝原中学校。二年生で、名前は………暁美 ほむらと言うらしい。
幼い頃から病弱で、入院する事もしばしばだったが、突如として元気になり、学校での体育でも好成績を残している。
そこで杏子は、その部分に赤いペンで男が注釈を入れているのに気付いた。
読んでみると、病弱だった彼女が急に元気になり、体育で好成績を残したのは不審。体の回復を願いにした可能性あり。と書かれている。
となるとこの街の魔法少女は、治癒に向いた能力を持つのかもしれない。

それは少し、やっかいだ。回復できる度合いにもよるが、下手をすると即死しない限り、すぐに回復してしまう可能性がある。
すると最悪の場合、殺してしまうしか解決法がないかもしれない。
別に今更殺す事に抵抗があるわけではない。あるわけではないのだが、やはり、後味は悪い。
そんな苦い思いを察したのか、男は急に紙を丸め、背筋を伸ばす。

「…………少し、休憩したんですが、将棋をやりませんか」



『………それでは次のニュースです。見滝原市で起こった集団失踪事件の……』

テレビのニュースが、近頃の事件を取り上げ、報道している。
男はその画面を無感動に見つめ、「物騒ですねぇ」と呟く。

「これも魔女の仕業なんですかねぇ」
「さぁね。使い魔の方かもしれない」

杏子は盤面を見つめながら、興味なさげに返事をする。
今杏子の関心は、将棋の局面にだけ注がれていた。
状況は、やや杏子に有利。しかし、一手でも間違えればすぐにでも戦況は逆転する。
といってもまぁ、男の方は飛車角抜きではあるが。

「だったらまだマシなんですがねぇ。人の数も所詮有限なのですから、どうせ殺されるなら使い魔に殺された方が、杏子さんのためになるという物ですよ」

男は銀を前に進めて守りを固め、杏子の桂馬を牽制する。
その動きに、杏子は顔を顰めて角を出す。

「まあ、どっちにしてもアタシのやる事に変わりはないさ。ただ魔女を殺し、グリーフシードを奪う。それだけさ」
「そう言い切れる杏子さんは確かにかっこいいんですが…………これでどうです?」

男はそう言いながら持ち駒の香車を出す。

「げ………そう来るか」

思わぬ手に、杏子の指す手が止まる。いやらしい手だ。これで進退窮まった。
男が杏子の悩む様を眺めて楽しんでいると、突然男のポケットに入れてあった携帯のバイブが鳴り始める。
初めはそれを無視しようと思ったが、通話してくる相手を見、考えを変える。
男は面倒くさそうに携帯を手に取り、杏子に断りを入れた。

「すみません。少し外しますね」
「んー」

杏子は気のない返事を返しつつ、盤面にのみ目を向けている。
どうやら、深く考え込んでいるようだ。
そんな杏子の様子に、男は苦笑しながら席を外して洗面台の方へと足を運ぶ。

「もしもし、俺です。…………ええ。はい。………………そうです」

男が完全に洗面台へと姿を消してしまっても、杏子はそれに興味を持たず、次の一手を考えていた。
角を動かせば桂馬を取られ、何もしなければ角を取られる。
だったらここは敢えて歩を動かしてみるべきか。
手持ちの歩は三枚。やってやれない事はない、か?

そうやって歩の駒を見ていると、展望室から見た、この街の魔法少女を思い出す。
愚直で、まっすぐな、バカ。それが、杏子の持つ、この街の魔法少女のイメージだった。
誰かのために尽くし、誰かのために闘う。それはどうしても、過去自分を連想させた。
あの、世界を救うのだと息巻いていた、幼き自分を。

だが結局、自分は世界どころか、自分の家族すら救えなかった。そして、誰も救いの手を差し伸べてはくれなかった。
だからこそ杏子は悟ったのだ。この世に神は居ない。誰も自分を救ってはくれない。だったら、自分を救うのはもう、自分しか居ないのだ、と。
故に杏子は、魔法少女の力を、自らのためにしか使わない。自らを救うためだけにしか、使わない。
それは幼き過去の自分への決別であり、だからこそ杏子は、この街の魔法少女を叩き潰さねばならなかった。
過去の自分に似た、この街の魔法少女を、叩き潰さねばならなかった。
昔の自分が、間違っていると証明するために。
今の自分が、正しいのだと証明するために。

「おや?どうしたんですか杏子さん。そんなに楽しそうな顔をして。起死回生の手でも思いついたんですか?」

いつの間にか戻ってきていた男が、対面に座りながらそんな事を言う。
嬉しそうな顔?自分は、そんなに嬉しそうにしているのだろうか。
そう思いながら、杏子は自らの顔に手を当てる。

その口元は、三日月のように、歪んでいた。

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど、ちょっと面白くなってきてさ」
「ほお。豪気な方だ。このピンチな状況で、そんな事が言えるなんて」

どうやら男は、杏子の言葉を将棋に向けたものだと思ったらしい。
だが杏子は、敢えてその間違いを正さなかった。
実際、男との将棋は面白かったし、この戦況もまだ負けになると決まったわけではない。
ただ今は、この街の魔法少女の存在に、心を躍らせた。
この街の魔法少女を倒す事によって、アタシは過去を清算できる。何故か、そんな気がしていた。

「よし………これでどうだ」
「はい王手」
「え?………………………………待った!待った待った待った!」
「はははははっ。もうこれで何回目ですか。さすがにもう待ったはなしですよ」
「う……………もう一回!もう一回だ!」
「はいはい。仰せ通りに」

そんな杏子との遣り取りを交わしながら、男は幸せを感じていた。
下らない事を言い合いながら、下らない事に現を抜かす。それが、男には何より幸せだった。
そして、だからこそ男は、その幸せを奪おうとする奴が許せなかった。

そして男は、ひそかに心を決めた。
なんだかんだ言って、杏子さんはやさしい。誰かを手にかけたのなら、恐らく彼女はそれを気にするだろう。
もしかしたら、こういった食前の楽しみも、失われてしまうかもしれない。
そうならないために、この街の魔法少女は、自らの手で殺す。
既に布石は打ってある。後はもう、時が来るのを待つだけだ。

「そうですね。次は、飛車角香車抜きって所ですか」
「ふざけんな。今度も飛車角抜きで充分だ。さっきはちょっと、油断しただけだし」
「勇ましいですね。まあ、次に勝つのも俺なんでしょうが」

杏子と男は、互いに黒い想いを抱えたまま、笑う。
誰にも邪魔はさせない。この想いを奪うのならば、神様にだって抗ってみせる。
二人の抱えた想いは、恋にも似て、狂おしいほどに、甘かった。



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