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東日本大震災:津波で診療所全壊 唯一の医師奮闘 宮古

「おれも家流されちゃってさ」。患者と笑顔で話しながら診療する黒田仁さん=岩手県宮古市で2011年4月7日午前、伊澤拓也撮影
「おれも家流されちゃってさ」。患者と笑顔で話しながら診療する黒田仁さん=岩手県宮古市で2011年4月7日午前、伊澤拓也撮影

 東日本大震災で津波被害を受けた岩手県宮古市田老地区で、国保田老診療所の医師、黒田仁さん(42)が避難所に作った臨時の診療所で患者の診療を続けている。自宅と診療所は被災し使えなくなった。「どんな状況でも、患者さんへの責任を全うしたい」。医師は地区で1人だけだが、11年度末で辞職する予定。任期いっぱい、被災地での診療に臨む覚悟だ。

 「おばあちゃん、ちゃんと眠れてる?」

 避難所になっている宮古市の「グリーンピア三陸みやこ」の一室。ひげの伸びた顔に笑みを浮かべ、患者に語りかける。「じゃあ薬出しておくから」。患者の女性は腰を折って深々と頭を下げ、診察室を後にした。震災後は休みなしで診療を続けている。

 往診からの帰り、車内で揺れを感じ、診療所へ急いだ。患者5人を避難させ、自分も近くにいた高齢女性をおぶって高台に上り、振り返ると濁流が足元に迫っているのが見えた。自宅は跡形もなく流され診療所は全壊した。黒田さんの妻と3人の息子は無事だった。

 避難所に臨時の診療所を設けた。田老地区の住民は約4600人おり、うち3割が65歳以上の高齢者。避難所暮らしのストレスなどから心身の不調を訴える人が増えているという。数年前から膝の調子が悪い佐々木チエノさん(80)は「親身になって診てくれる。黒田先生がいて本当に助かっている」と話す。

 黒田さんは01年から旧田老病院に勤務。07年に医師が1人だけになり、診療所に縮小された。外来だけでなく往診や在宅療養も1人でこなしている。地域の医療体制の不備などを理由に辞表を提出したのは震災前の2月。来年4月以降は出身地の埼玉県で医師を続ける予定だ。

 市は後任を募集しているが、今のところ応募はない。山本正徳市長は「被災地が無医地区となるのは避けなければならない」と医師確保を課題に挙げる。

 黒田さんは「辞職は悩んだ末の決断。ここを去るのは心苦しいが、今は地区の患者さんへ責任を果たしたい」と話している。【伊澤拓也】

毎日新聞 2011年4月9日 15時00分

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