小出裕章の正論と警告 - 知識人の良心と不遇の30年
3/25の記事で、原子炉の核分裂がまだ続いているのではないかと疑う見方を書いたが、昨夜(4/5)になって、小出裕章がやはり再臨界の可能性を指摘している。昨日も原発関連で多くの報道があったが、最も注目される情報は、この小出裕章による衝撃のコメントだろう。テレビ報道は小出裕章を決して表に出さないが、われわれと同じく原子力に無知な素人であるマスコミ関係者は、小出裕章の発言に耳を欹てているに違いない。そのうち、欧米の新聞や科学誌に小出裕章が寄稿して福島の事故の始終を解説するようになり、この問題についての世界の論壇をリードするエキスパートになるかもしれない。欧米の市民と報道は、日本の政府当局の対応に強い不信と疑念を抱いている。それは、日本型統治の一般手法である「知らしむべからず」で情報を隠しているからであり、プレスにブリーフィングして質疑応答する機会が十分でないからである。事故についての情報は、数値も含めて実は決して少なくなく、マスコミとネットの双方に目を凝らして確認すれば、それだけで1日が終わってしまうほどの分量が発信されている。ただ、彼らは日本語が読めないのだ。彼らのフラストレーションの内実は、開示される情報の質や量よりも、むしろ言語とコミュニケーションの問題だと言える。政府は形だけ海外向け会見を設えたが、東電も保安院も英語での会見をしない。


福島の事故が世界の不安と懸念であり、各国の報道がトップで扱う重要事案である以上、関係当局はインターナショナルな対応と説明責任の態勢を敷くべきだが、それをしないのは、批判と追及を受けて立ち往生するからである。そして、そのインターナショナルな「説明責任」を引き受ける人材がいないからだ。技術知識と言語能力と人格の三つの条件を満たす者がいない。サムライが出ない。枝野幸男の詭弁と逃げ口上は、日本語だから通用するのであり、日本のマスコミ記者との癒着関係の前提があるからその場を凌げるのである。日本の権力というのは狡猾で、都合のいいときは「外圧」を利用し、日本語を棄て、日本を売り、恥も外聞もなく従順に平伏して媚を売る態度に徹するくせに、都合の悪いときは、日本語コミュニケーションの鎧を纏ってハリネズミのように閉じこもる。他言語を排除して自己防衛する。言語の環境と関係を政治と商売に利用するのは、何も日本人だけでなく、米国人も同じだが、欧米プレスの側にこの鎧を破壊できる日本語の達人がいないのも事実だ。日本語が堪能な優秀な外国人が少なくなった。しかし、「知らしむべからず」が古層的体質とはいえ、昔の日本はこんな国ではなかったように思う。政府(官僚)で不可なら、政府の外側(民間・学界)で、外国への「説明責任」を引き受け、それなりに信頼を勝ち取れる人物が現れた。現在、アカデミーは霞ヶ関の一部になって腐り果て、いわゆる独立の知識人の姿が消えている。

小出裕章の説明では、再臨界が発生する、もしくは発生しているとすると、その可能性が最も高いのは1号機だと言う。十分なデータの根拠を持った上での推定だと思うが、この結論と特定はやや意外に感じられる。報道や写真から普通に考えれば、1号機以上に2号機と3号機の方が危険で不安定に見えるからである。3号機は爆発による建屋の損壊が最も激しく、原子炉が機能不全になっている程度は1号機以上に大きいと考えてよいはずだ。格納容器が無事だという確信を持てない。そして、2号機からは、取水口の漏水から基準値の1億倍を超える放射性ヨウ素が検出されている。2号機は建屋が壊れておらず、爆発が格納容器の下部で起こり、圧力抑制室を壊して放射性物質が漏れたと言われている。基準値の1億倍を超える放射性ヨウ素の排出が、事故から25日後に漏水から検知されるということ自体、それが核崩壊によるものであれ、再臨界によるものであれ、原子炉建屋の中で放射性物質が勢いよく生成され続けている事実を証明するもので、NHKで山口彰が言っていたところの、大気中の放射線量の減少傾向の説明と矛盾する。山口彰は、大気中の放射線量の減少は、注水による燃料棒の冷却が効いて核崩壊が徐々に収まっている結果だと言い、放射性物質の生成も減り続け、安定状態に向かうだろうと楽観していた。しかし、半減期が8日間であるはずのヨウ素131の水中の濃度は、明らかに高まっていて、つまり、大気中ではなく水中に溶け出し続けている。

ネットの中に小出裕章の講演の動画があり、興味深く見た。1時間46分の長いストリーミングだったが、飽きることなく最後まで見通した。大事な知識が得られるから、コマを飛ばしたり中断したりできないのである。この講演は、事故後の3/20に山口で行われたもので、中身は福島原発についてフォーカスしたものではなく、むしろチェルノブイリが中心であり、原発事故と放射線被曝について一般論を説明している。非常にわかりやすく、そして感銘を受ける。本来、この内容の情報は、そっくりNHKが特集番組で制作して放送すべきもので、昔のNHKはそういうドキュメンタリーを確かにやっていた。小出裕章の概説はきわめて常識的で、普通の研究者が市井に語る言葉である。講演の終わりの方で、小出裕章は次のように言っていた。正確ではないかもしれないが、記憶を元に要約する。自分が原子力研究の世界に入り、原発反対の運動を始めたとき、日本にはまだ3基(東海村、敦賀、福島第一)の原発しかなかった。研究者として原発反対を訴え続けながら、気がつけば、日本には54基の原発が稼働していて、自分はそれを阻止することができなかった。言ってみれば、自分の人生は敗北の人生である。この言葉には胸を打たれる。良心的知識人の言葉だ。原発賛成派に与しなかった小出裕章は、結局、62歳になっても助教のままの身となり、異端として冷や飯を食わされ続け、学界で出世することはなかった。この事故がなければ、誰も存在を知らなかっただろう。そういうものだと思う。理系の原子核工学でさえそうなのだ。社会科学だの政治学だので、知識人が出て来るはずがない。

と、ここまで書いたところで、新しい情報が出て、1号機で水素爆発の可能性が高まり、格納容器内に窒素ガスを注入するという東電の発表があった(4/6 11:20)。この報道は、昨夜(4/5)の小出裕章の指摘と相当に符合するもので、1号機の直近の危機を言い当てた予言能力に刮目させられる。小出裕章は、1号機から最初に再臨界が起こると言い、核燃料が溶けて圧力容器の下の水に落下し、そこで水蒸気爆発を起こす可能性を警告している。先週の初め、トレンチだのピットだの汚染水の話題が報道に出る前、1号機の温度と気圧が上がって危険な状態になった瞬間があった。注水する水を減らしたために起こったと岡本孝司が説明、注水量を増やして事なきを得た。ここで爆発を起こすと、また大気中に放射性物質が飛び散る。放射線量値が上がる。避難指示のエリアが広がり、関東の農産物と飲料水の汚染被害が拡大する。現場では、作業している者が被曝したり負傷したりする。水抜きの作業が頓挫し、高濃度汚染水の海への漏出も止まらなくなる。今は中央制御室や建屋の外で作業ができているが、場合によっては、敷地内に人が近づくことさえできない状態になるだろう。注水の継続で安定状態に入ったと岡本孝司と山口彰は言っていたが、実際にはそうではなく、問題が汚染水処理に移ったわけではなくて、原子炉と核燃料のところで破局は進行していた。格納容器に窒素を入れるのは、水素と酸素が反応しないように追い出すためだ。しかし、水を注入し続ける限り、水素は発生し、水素爆発の危険性は残り続ける。

不思議なのは、福島原発事故と放射能汚染に関するテレビ報道で、一度も広島や長崎の被曝が紹介されないことだ。NHKは、8月になると、必ず原爆についての特集放送をする。そこで、被曝についての最新の研究成果を報告したり、当時の被爆被害の実態の検証をしたりする。NHKには、放射能が人体に及ぼす影響を説明する膨大な映像情報があり、広島や長崎の人々の受難の歴史を綴った記録資料がある。そうした情報が全く紹介されない。ときどき、広島大学や長崎大学の放射線医学の専門家なる者が出て来てコメントするが、彼らが言うのは、「微量なのでただちに健康に影響は出ない」のワンフレーズである。この者たちは、本当に広島や長崎で仕事をしている人間なのだろうか。「黒い雨」の正体とされるセシウム137に至っては、専門家たちは口を揃えて「無害」を言い、筋肉に蓄積するが60日で体内から抜けるので大丈夫だとか、チェルノブイリで人体への被害は確認されてないから大丈夫だと言っている。ヨウ素131は、半減期8日だから最初から何の問題もなく、有害物質扱いすることが不当だと言わんばかりだ。プルトニウムさえ、いつの間にか人体に影響のない物質にすり替わった。専門家がテレビで平然とそう言い、それを聞いて大越健介や古舘伊知郎が頷いている。まともな説明をしない。誤った説明を正しい説明だと言っている。国民に放射性物質の「安全」と「無害」を宣伝し、それを信じろと言い含めている。「唯一の被爆国」である日本。被曝の恐ろしさを世界中で最もよく知っているはずの日本人。

この30年間、小出裕章はさぞ悔しく辛い思いに耐えてきたことだろう。後から来た要領だけの無能な若僧が、原発讃歌を吐き散らして立ち回り、電力会社から小遣いをもらって出世するのを見てきただろうし、一緒に闘ってきた同志の仲間が、自分を裏切り、原発推進陣営に遁走して出世するのを見ただろう。。裏切られて、何度も臍を噛んだことだろう。どこにでもある話の原子力アカデミー版が、小出裕章の周囲であって、小出裕章を惨めな気持ちにさせ続けてきただろう。これは、政治の問題であり、そして倫理の問題なのだ。原発が3基から54基に増えたのは、人が人を裏切り、人が自分を裏切って、反対派から賛成派に身を転じてきたからである。小選挙区制や二大政党制と同じだ。自衛隊の海外派兵と日米ガイドラインと同じで、米軍再編と普天間移設の問題と同じである。単純化して、どぎつい言葉で挑発的に言えば、日本人が左翼から右翼に転向したからであり、社会主義者から新自由主義者に改宗を遂げたからだ。「政策」という安直な言語で片づく問題ではなく、思想の問題であり、倫理の問題である。世の中がどんどんおかしくなるのを、小出裕章はやりきれない思いで見続けてきたのだ。今、ネットでは、御用学者たちに対する罵声が上がっている。しかし、同じことは、この30年間、政治学や経済学の世界でも起きていたのではないのか。セシウム137が安全だと言う御用学者は、竹中平蔵や山口二郎とどこが違うのか。小選挙区制で二大政党制にすれば、日本の民主主義がバージョンアップされると言った政治改革屋の言説は、学問的には、セシウム137を食っても安全だと言う出鱈目と同じレベルである。



by thessalonike5 | 2011-04-06 23:30 | 東日本大震災 | Trackback(1) | Comments(1)
トラックバックURL : http://critic5.exblog.jp/tb/15195482
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from NY金魚 at 2011-04-06 23:16
タイトル : 洪水からの目醒め(2) 聖者たちの行進
 マンハッタンでも最大級の美しい聖堂ドームに、何千という精霊が集まってきているのを感じる。すべてが震災の犠牲者の精霊ではないのかもしれないが、その数はみるみる増え、読経の声、鐘の音と同調して深い悲しみを表す。ルドルフ・シュタイナーの言うように、精霊たちは一瞬にして地球を幾まわりもできるスピードで動くことできるので(かれらの世界には時間というものがない、とくり返して言われている)東北の海岸からニューヨークまでの旅はなんの苦もないという。おたがいに声をかけあい、押し寄せ、この巨大ドームはとっくに超......more
Commented by watanabekikuo at 2011-04-06 22:38 x
小出裕章先生は、「公害原論」で著名な故・宇井純先生と並ぶ「本物」の科学者だと思い知らされました。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E4%BA%95%E7%B4%94

「福島原発事故」を通じて、小出先生を知ることになりました。
しかし、氏のことはすでに「知る人は知る」人物だったようです。

そしてマスメディアの「原発報道」を通じて、これだけ「御用学者」の存在、その化けの皮が明らかになってしまったのは珍しいことです。

我が国の「金権・腐敗」が、政界・官僚・業界・マスコミそして学者へと蔓延していることに改めて憤りを感じます。

小出先生には大いにご活躍され頑張っていただきたいと思います。

そして、多くのひとびとに、これ以上の原発被害が及ばないよう願わざるを得ません。
名前 :
URL :
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード 
< 前のページ 昔のIndexに戻る 次のページ >

世に倦む日日
Google検索ランキング


下記のキーワード検索で
ブログの記事が上位に 出ます

NHKスペシャル 激論2009
竜馬がゆく
花神
世に棲む日日
翔ぶが如く
燃えよ剣
王城の護衛者
この国のかたち
源氏物語黄金絵巻
セーフティネット・クライシス
本田由紀
竹中平蔵
皇太子
江川紹子
G20サミット
新ブレトンウッズ
スティグリッツ
田中宇
金子勝
吉川洋
岩井克人
神野直彦
吉川元忠
三部会
テニスコートの誓い
影の銀行システム
マネー敗戦
八重洲書房
湯浅誠
加藤智大
八王子通り魔事件
ワーキングプアⅢ
反貧困フェスタ2008
サーカシビリ
衛藤征士郎
青山繁晴
張景子
朱建栄
田中優子
三田村雅子
小熊英二
小尻記者
本村洋
安田好弘
足立修一
人権派弁護士
道義的責任
古館伊知郎
国谷裕子
田勢康弘
田岡俊次
佐古忠彦
末延吉正
村上世彰
カーボンチャンス
舩渡健
秋山直紀
宮崎元伸
守屋武昌
苅田港毒ガス弾
浜四津代表代行
ガソリン国会
大田弘子
山本有二
永岡洋治
平沢勝栄
偽メール事件
玄葉光一郎
野田佳彦
馬渕澄夫
江田五月
宮内義彦
蓮池薫
横田滋
横田早紀江
関岡英之
山口二郎
村田昭治
梅原猛
秦郁彦
水野祐
渓内譲
ジョン・ダワー
ハーバート・ノーマン
アテネ民主政治
可能性の芸術
理念型
ボナパルティズム
オポチュニズム
エバンジェリズム
鎮護国家
B層
安晋会
護憲派
創共協定
二段階革命論
小泉劇場
政治改革
二大政党制
大連立協議
全野党共闘
民主党の憲法提言
小泉靖国参拝
敵基地攻撃論
六カ国協議
日米構造協議
国際司法裁判所
ユネスコ憲章
平和に対する罪
昭和天皇の戦争責任
広田弘毅
レイテ決戦
日中共同声明
中曽根書簡
鄧小平
国民の歴史
網野史学
女系天皇
呪術の園
執拗低音
政事の構造
悔恨共同体
政治思想史
日本政治思想史研究
民主主義の永久革命
ダニエル・デフォー
ケネー経済表
価値形態
ヴェラ・ザスーリッチ
李朝文化
阿修羅像
松林図屏風
奈良紀行
菜の花忌
アフターダーク
イエリネク
グッバイ、レーニン
ブラザーフッド
岡崎栄
悲しみのアンジー
愛は傷つきやすく
トルシエ
仰木彬
滝鼻卓雄
山口母子殺害事件
ネット市民社会