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「日本一」もう一度 老舗しょうゆ店事業再開
 | 「八木沢商店は絶対に再建するぞ。みんなで力を合わせよう」。給料袋が入った紙袋を掲げる河野和義さん=1日、陸前高田市の陸前高田ドライビング・スクール |
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「日本一」のみそ・しょうゆ醸造元が1日、再建への第一歩を踏み出した。創業約200年の歴史を誇る陸前高田市の八木沢商店。津波で土蔵や杉だるなどの醸造設備が全て流され、社員にも犠牲者が出たが、経営陣は「街の復興に向け、小さな光になりたい」と力を振り絞る。 事業を再開した1日。仮設事務所を置く陸前高田市の陸前高田ドライビング・スクールに、社員約30人が集まった。 「これ何だと思う? みんなの給料袋だ」 社長の河野和義さん(66)が真新しい銀行の封筒が入った紙袋を掲げた。長男で専務の通洋さん(37)が一人一人に手渡すと、小銭交じりとあって社員から「重いよ」と笑いが起きた。 この場で、和義さんから通洋さんへの社長交代が伝えられた。 「地獄からはい上がるなら、スピードと体力が必要。若い俺の方がいい」。通洋さんの直訴を和義さんが快諾した結果だった。 社員には今後の方針も示された。 「生きる」「共に暮らしを守る」「人間らしく魅力的に生きる」―。雇用は守り、行方不明者の捜索やボランティア活動も本業と位置付けた。 創業は1807(文化4)年。地場産の原料を使い、昔ながらの製法で仕込んだしょうゆは、全国品評会で最高賞を3度も受賞した逸品だ。 津波で残ったのはトラック2台だけ。それでも、がれきの中から創業の由来を記した貴重な巻物が見つかったほか、流された杉だるから発酵に必要な微生物も回収できた。 「以前と同じみそやしょうゆを造るのに、20年以上はかかる。でも、生きていたら何でもできる」と和義さん。通洋さんは「いつまでも支援物資に頼るわけにはいかない」と前を向く。 4月中に内陸部に物流拠点を設け、委託加工などで商品販売を再開する考えだ。(小沢一成)
2011年04月02日土曜日
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