2011年2月18日 11時15分 更新:2月18日 12時27分
佐藤栄作首相(当時)が70年3月、日本の毛・化合繊製品輸出規制をめぐる日米繊維交渉に絡み、一時帰国中の外務省の吉野文六・駐米公使(当時)に対し、「なんとか裏をくぐる方法を日米双方で協力発見することが必要だ。極秘に工作してもらいたい」と、キッシンジャー米大統領補佐官(当時)との裏交渉を指示していたことが、18日公開の外交文書で分かった。
公開された外務省の特秘文書によると、佐藤氏は70年3月5日、官邸で吉野氏と極秘に会合した。佐藤氏は「わが国は皆建前論をとっており、米側もやはり事務論を出ない」として、裏交渉の必要性を力説。さらに「わが国は(対米輸出による米繊維業界の)被害がなければ(輸出規制は)駄目」「何とか被害があるということに協力しうる資料を作り出すことが必要」と話し、吉野氏がワシントンに到着次第、キッシンジャー氏と直接連絡して日本の考え方を説明して、交渉を進めるよう指示した。
佐藤氏は69年11月、ニクソン米大統領(当時)との首脳会談で、沖縄返還と引き換えに、対米輸出規制を受け入れて日米繊維交渉を同年内にまとめる「密約」を交わしたとされる。交渉難航に焦った佐藤氏が、繊維問題や沖縄への核再持ち込みをめぐる「密約」交渉で米側の窓口役だったキッシンジャー氏を再び通すことで、事態を打開しようと試みたとみられる。
佐藤氏の指示にもかかわらず交渉は進まず、70年6月に決裂した。結局、新たに就任した田中角栄通産相(当時)が71年10月、総額2000億円の業界救済措置と引き換えに、米国案を丸のみする形で決着させた。【吉永康朗】