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[18683] コードギアス 反逆のルルーシュ~架橋のエトランジュ~
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:35
 この作品は、コードギアス~反逆のルルーシュ~の二次創作です。
 
 この話は基本的に本編よりですが、オリキャラ介入によってイベントフラグが折れたりしていきます。
 そのため、基本的に悲劇を回避していくつくりになっております。
 
 スザク、ブリタニア陣営に対して否定的な部分があります。
 こちらで勝手に作った設定があります。

 上記の点が駄目と言う方は、閲覧をお控えくださいますよう、お願い申しあげます。

 その他至らぬ点など多々あると思いますが、皆様に楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、感想・御指摘などをお待ちしております。  



[18683] プロローグ&第一話  黒へと繋がる青い橋
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:56
 プロローグ


 「いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね」

 貴方がそう言ったから、私達はずっと待っていました。
 与えられた部屋で、みんなで仲良く寄り添って、貴方が戻ってくるのを待っていました。

 けれど、貴方がひと月経っても戻って来ませんでしたので、私達はもう待ってはいけないと言われました。

 時の流れは、待ってはくれない。
 だから、私達もその流れに乗るようにと。

 みんなで仲良くいつまでも。 

 望みは、ただそれだけ。

 それだけのはずなのに。

 なぜ私は・・・私達は。

 人殺しのための機械に乗っているの?


 第一話  黒へと繋がる青い橋


 「人々よ! 我らを恐れ、求めるがいい!
 我らの名は、黒の騎士団!!
 我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である!
 イレヴンだろうと、ブリタニア人であろうと・・・。

 日本解放戦線は卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取り無残に殺害した。
 無意味な行為だ。故に、我々が制裁を下した。

 クロヴィス前総督も同じだ。武器を持たぬ、イレヴンの虐殺を命じた。
 このような残虐行為を見過ごす訳にはいかない。 故に制裁を加えたのだ。

 私は戦いを否定はしない・・・しかし・・・。
 強いものが弱いものを一方的に殺す事は、断じて許さない!

 撃っていいのは・・・撃たれる覚悟のあるやつだけだ!!

 我々は、力ある者が、力なきものを襲う時、再び現れるだろう。
 例えその敵が、どれだけ大きな力を持っているとしても・・・。

 力ある者よ、我を恐れよ!
 力なき者よ、我を求めよ!
 世界は!我々黒の騎士団が、裁く!」

 テレビ画面の向こうで、黒いマントをたなびかせ、黒い仮面をかぶった・・・たぶん男が声高らかに叫んでいる。

 はたから見たら悪役の総大将といった風体ではあるが、それに似合わぬ台詞はまさしく正義の味方のそれだった。

 それをじっと見ていた10歳から19歳の五人の少年少女は、クスクスと笑う。

 「なに、あれ?何かいちいちポージングが派手で、超笑える」

 「格好もあれはねえだろ・・・全身タイツみたいだし、仮面ライ○ー悪の怪人そっくりじゃね?」

 「後ろの団員達は、まともな制服なのにな~・・・それが超残念」

 「それだけに、印象付けるにはありとあらゆる効果があるのは確かと思いますが」

 ひとしきりゼロと名乗る仮面のテロリストについて語り終えると、椅子に座っているきっちりドレスを着こみ、さらに青いケープを羽織った少女が口を開いた。

 「ですが、ブリタニア皇子であるクロヴィスを殺し、あの戦姫と名高いコーネリアに苦杯を飲ませたあの手腕は見事なものです。
 ・・・彼を、仲間にしなければならないのです」

 「格好がアレだからやだ・・・っていうのはダメよね、やっぱり」

 「奇抜なカッコしてんのは、お前らだって同じだろ」

 「これはステージ衣装なの!今度のイリュージョンの胴体切り、トリックなしであんたにやってあげようか?」

 「心より辞退させて貰うぜ」

 くすくすと笑い合う仲間達を前に、少女は席を立った。

 「エディ?どこ行くんだよ」

 「今度のエリア11・・・いえ、日本のゼロのことに関しては、EUでも話題になっていることでしょう。
 彼と接触するべきだと、提案してきます」

 「許可、されんのか?」

 「許可は出るそうです」

 エディと呼ばれた少女はそう断言すると、彼女の横にいた十歳くらいの童女がすぐに立ち上がり、ドアを開けた。
 ぞろぞろと、他の者達もその後に続く。

 「エディ様はゼロのこと、気に入ってるの?」

 「まだ直に会ったわけではないので、そういうのではないですが・・・・。
 ただ、強者が弱者を虐げるのは許さない・・・そう言ってくれるのなら、彼を求めます。私達は・・・弱者ですから」

 「そう・・・そうだね」

 五人の少年少女は、小さく頷いた。

 しばらく廊下を歩いて行くと、EU連邦副議会長の秘書室の前まで誰に遮られることなく歩いてきた少女は、秘書に副議会長への面会を求めた。

 少女の名は、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス。

 わずか15歳にして、EU連邦の加盟国・マグヌスファミリア王国の女王。
 だがその国土は、神聖ブリタニア皇国のエリア16として支配されていた。



 「リフレインはあらかた焼却出来たぞ、ルルーシュ」

 「その名前はここではよせ、C.C」

 黒の騎士団本部のトレーラーの司令官室で、仮面を外していたゼロことルルーシュは共犯者に苦言すると、彼女はフンと鼻で笑った。

 「別にいいだろう、お前と私しかいないのだから」

 「だからといって、いつどこで誰が聞いているかも解らない。用心に越したことはない」

 「相変わらず用心深いことだな・・・猫に仮面を持っていかれるというドジを、やらかした後だからな」

 その時の様子を思い出したのだろう、C.Cは実に楽しそうに笑い、逆にルルーシュは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 「黙れC.C。お前がちゃんと見張っていれば・・・!」

 「私は何もしていないぞ」

 「本当にな!この無駄ピザ食らいが」

 あの時はむしろ、何もしない方が問題だったというのに、この女は・・・とルルーシュは嘆息する。

 「まぁいいじゃないか、終わりよければなんとやらだ・・・結果はすべてに優先するんだろう?」

 「都合のいいように解釈するな」

 ルルーシュはそう言ったが、この女に何を言おうとも暖簾に腕押しなのはすでによく知っていたため、それ以上は何も言わなかった。

 「まぁ、いい。次のミッションだ」

 「なんだ、また正義の味方をやるのか?」

 「黒の騎士団には、数々の功績が必要だからな・・・だが、次は違う」

 ルルーシュは正義の味方ではない顔でニヤリと笑うと、パソコン画面を指す。

 「ほう・・・これは・・・」

 「日本解放戦線・・・それにコーネリアがチェックをかけるつもりのようだ」

 コーネリア・リ・ブリタニア。
 現皇帝の第二皇女であり、ルルーシュの異母姉でもあるブリタニアの戦姫。

 「それを利用して、コーネリアにチェックメイトをかける」

 ナリタ戦役・・・後世そう呼ばれることになる戦いの準備に向けて、ルルーシュはキョウトに連絡を取るのだった。



 「日本解放戦線などと称するテロリストどもを、一人残らず殲滅せよ!」

 成田連山にて、そう叫ぶコーネリア。
 それを今にも迎え撃たんとする黒の騎士団の様子を昆虫型のカメラで見ていたのは、エトランジュを含む三人の少年少女、そして一人の壮年の軍人だった。
 
 「あんなこと言ってる本人を超殲滅したいんだけど、ダメよねえエディ」

 薄いステージ衣装を着た女、アルカディアがコーネリアをぶちのめしたいと訴えると、軍人が首を横に振る。

 「駄目だ!今お前達が離れたら、誰がエトランジュ様をお守りするんだ」

 「親父がいればいいじゃん・・・って、冗談だよ」

 父に睨まれた少年、クライスはしぶしぶ戦闘意欲を引っ込めると、次は真面目に提案する。

 「けど、勝負はお互い互角・・・このままじゃ、ゼロが」

 「互角どころか、これは圧倒的に不利だ」

 「・・・ジークフリード将軍、ゼロはいったい、何を考えているのでしょう?
 兵力差がこれほどあるのに、真っ向から挑むとは」

 エトランジュが首をかしげるのも無理はない。

 現在、ブリタニア軍は日本解放戦線の本拠地を落とすべく、かなりの数の部隊を投じているのに対し、黒の騎士団は解放戦線の兵力はあてにできず、それでいて全軍といえど素人上がりの兵士を指揮して闘っている。

 エトランジュは軍の知識こそ少ないが、それでも相当に不利に思えた。
 傍らのジークフリードという軍人が、それに答える。

 「山の頂上に陣を敷いたところを見ると、おそらく地形を利用した戦いをするつもりでしょう。
 背水の陣といえばそうですが、勝つためにはまず山の下から来る軍を叩き潰さねばなりません」

 「それはそうですが・・・兵力差で劣るのに、どのようにして?」

 「我らが一度、ブリタニアの軍に文字通り土をつけた策と同じでしょう」

 「土砂崩れか!」

 実に嬉しそうに、仲間達が叫ぶ。

 マグヌスファミリア王国が占領される際の、たった一度の攻防戦。
 その時、わずか二百人足らずのマグヌスファミリアの軍はマグヌスファミリアを象徴する山・アイリスモンスに立てこもり、最後の抵抗を試みた。

 その際にブリタニア軍の三分の一をあの世送りにして、意地を見せた策こそが、人為的に岩玉を落とし、土砂崩れを起こし、一気にブリタニア軍を土の下に送るというものだった。

 それでも全てを倒すことはできず、結局彼らは出来るだけのブリタニア軍を道連れにして、この世を去った。

 「なるほど、よく解りました。
 その隙をついて、解放戦線を脱出させ、そして黒の騎士団もそれに続くということですね。
 ならば私達もそれに便乗し、ゼロと接触したいところですが・・・ちょっと気になる点が」

 エトランジュは地図を見つめながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみた。

 「この山は相当に大きいですから、土砂崩れを起こすとなると流される土も相当なもののはず。
 コーネリアの軍を何分の一倒すつもりにせよ、街中まで土が行くのは避けられないのではないしょうか?」

 「そうですなあ・・・どう少なく見積もっても、その可能性は大でしょう」

 「でもブリタニア軍・・・近くに戦場になる山があるというのに、国民に避難誘導なんてしていませんよね?」

 「そんなことをしていたら、感づかれてしまいますから・・・解放戦線に逃げられてしまうからでしょうな」

 「・・・黒の騎士団や解放戦線に、国民の避難を誘導できる余裕がありますか?」

 「・・・ないでしょうなあ」

 ブリタニアが弱肉強食をかかげ、戦場にいた国民の方が悪いと言い切り、見捨てるのは今までのやり口でよく知っている。
 よってブリタニア軍などはあてにできない。

 「黒の騎士団・・・そこまでは目がいっていないようですね。
 もし黒の騎士団の作戦が原因で国民に被害が及べば、ブリタニアは嬉々として、『これが正義の味方のやることか』と非難することでしょう」

 「国民を避難させなかったことを非難するってか?・・・いてぇっ!」

 笑いながら言う少年の寒すぎるシャレは、実現すれば笑えないので父親からの鉄拳で応じられた。

 「ブリタニアが喜ぶようなことを見逃すっていうのは、私超嫌」

 「同感・・・」

 その瞬間、一同の脳裏に同じ作戦が閃いた。
 そして即座に、その作戦を行うことが決定される。

 「“イリスアーゲート”を使い、国民の方々をナリタ連山より避難誘導します。
 私が避難民の方々を説得するので、避難経路の確保をお願いします将軍」

 エトランジュが軍の専門であるジークフリード将軍に確認すると、彼は頷いた。

 「それでよろしいかと思います」

 「じゃあ黒の騎士団との連絡のほうは、私がやっておくわ」
 
 派手な衣装をまとったアルカディアが大きなマシンガンを背負いながら言うと、他のぶ面々は一番危険な場所に向かう彼女を心配そうに見やったが、やがて頷いて了承する。

  「それじゃ、この戦いが終わった後にね!」

 アルカディアがトンと地面を蹴ってナリタへと走り去ると、一同もそれぞれの役目を果たすべく、その場から歩き去ったのだった。



 (こっちに落とし穴、あっちは確か油が仕掛けてあったわね)

 黒の騎士団が来る道をひた走りながら、アルカディアはブリタニア軍が来る経路に事前に仕掛けておいた罠を避けながら、まっしぐらにゼロの腹心であろう赤いナイトメアの場所をめがけて走っていた。

 (あんな派手で性能のいい機体、ゼロの腹心クラスが扱うべきものだしね。
 ゼロとコンタクトを取るには、まずそっちから会わないと)

 もうすぐ、あの紅いナイトメアが土砂崩れを起こす。
 そうなる前に、黒の騎士団の下っ端でもいい、とにかく誰かと会いたい。

 (私達が味方と判断して貰うには、あからさまにブリタニアにダメージを与えることなんだけど、現在の戦力じゃ無理。
 エディ達が近隣住民の避難をさせてからのほうが効果的かしらね)

 そう思っていると、エトランジュ達がさっそく近隣の住民達に向けて避難するよう呼びかけている声が響き渡る。

 「始まった…こっちも急がないと!」



 「皆様、突然に失礼いたします。
 私どもは黒の騎士団と協力関係にあります、“青い橋”と申します」

 自分達が所有するナイトメア、“イリスアーゲート”に乗って住民達の前に現れたエトランジュは、大胆にもナイトメアの肩の上にちょこんと生身の体をさらけ出して右手で身体を支えて立ち、住民達に適当なグループ名を名乗って会釈した。

 ナイトメアだとかろうじて見えるが、非常に古い機体であるのが素人でも解るものの、それでも住民達は慄く。
 ブリタニア皇族を殺したゼロが率いる黒の騎士団の名前が出た瞬間、彼らはさらに息をのんだ。

 しかし即座に逃げろなどとパニックにならなかったのは、彼らが“正義の味方”としてたとえブリタニア人であろうと、何もしていない人間に対してテロを行う集団でないことが知られていたからである。

 それでもテロリストとして指名手配されているため、何事かと怯えた様子の彼らに対し、エトランジュは奇麗な英語で語りかけた。

 「皆様もお判りかと存じますが、現在あのナリタ連山にてブリタニア軍と黒の騎士団、そして日本解放戦線の方々が戦闘を行っております。
 ここまでは戦火が及ばないとお思いでしょうが、実はこの辺りの地盤は大層ゆるんでおりまして、土砂崩れの危険が高くなっております」

 「なんだって?!」

 実は故意に土砂崩れを起こすのだが、それは告げずにエトランジュは続ける。

 「このままではこの辺りにお住まいの皆様にまで被害が及ぶため、私どもがその避難誘導をするよう、ゼロより申しつかった次第です。
 日本人ではなく自国の方が主にお住まいのようなので、ブリタニア軍が避難誘導するかとも思ったのですが、あいにくそうではないようなので・・・貴重品だけを持ってすぐに避難して下さいませんでしょうか?」

 前半は思い切り嘘だが、誰もそれを疑おうとはしなかった。
 そして後半の言葉に、ざわめきが広がる。

 ブリタニアが弱者を守る気などない国家であるのは、自分達がよく知っている。
 普通テロリストだけとはいえ、攻撃する場合周囲の住民を避難誘導するものだが、逃げられると困るという理由でぎりぎりになってから一方的に通告するだけで、巻き添えを食っても己の力で逃げられないほど弱かったのが悪いのだということになる。

 「ここまで土砂崩れが起こるという証拠はあるのか?!」

 住民の一人が叫ぶように問いかけると、エトランジュは首を横に振った。

 「ここまで土砂崩れが起こる、という証拠は生憎と出せません。
 しかし、ごらんのとおりコーネリアの軍があちらまで来ていますし、あとはこちらで土砂崩れの可能性が高いという計算結果が出たことを信じて頂くしかありません」

 確かに眼の前ではブリタニア軍の旗とコーネリアの紋章を翻した軍が、ナリタ連山を包囲している。

 と、そこへ一人の男が進み出て皆に言った。

 「通常の土砂崩れなら、ここまで土砂崩れが到達することはあり得ない。だが、激しい戦闘で地盤が崩れれば、あり得ますよ皆さん」

 「フェネットさん・・・」

 フェネットと呼ばれた壮年の男は、肩を大きくすくめて繰り返した。

 「地層にはそういう、裂け目みたいなものがあるんでね・・・そこに誰かがダメージを与えれば、一気に地面が揺れてしまう。
 特にここエリア11が地震が多い国だということくらいは、ご存知でしょう?」
 
 その言葉にはっとなった住民は、やっとエトランジュの言葉を信じた。

 「こちらで避難経路は整えさせて頂きましたが、もちろん私どもが信じられないとおっしゃるならば、とにかくここから避難なさって頂くだけでけっこうです。
 予想戦闘開始時刻まで残り30分を切っておりますので、急いでください!」

 エトランジュの残り30分、との言葉に、住民達は一斉に貴重品を取りに家へと走り出す。
 
 「フェネットさん、でしたか・・・ありがとうございます。貴方の言葉がなければ、信じて頂けないところでした」

 深々と礼をするエトランジュに対し、フェネットはいいや、と小さく首を横に振る。

 「こちらこそ、貴女に指摘されるまで気づかなかった。距離があるからこちらまでは被害が来ないと思っていたので、土砂崩れまでは考えていなかった」

 自然災害というのは恐ろしい。土砂崩れのスピードはかなり早く、人間の足ではどんなに早く走ったところでそれから逃げることは困難なほどなのだ。

 よって土砂崩れが起こると知ったなら、その場所から一目散に逃げるしか対処する方法はないのである。
 
 「私は仕事でこの辺りの地質を調査しているんだが・・・まったく、すぐに思い当たらないとは、地質学者失格だな」

 頭を掻きながら溜息をつくフェネットは、ナイトメアを見上げてエトランジュを見た。
 声からしておそらく少女、顔はよく見えないが、身長からして自分の娘と同じ年齢か、もう少し下に見えた。

 娘とそう変わらぬ年齢の少女が、後方とはいえこうして戦いの場に赴いているという現実にフェネットは再度溜息をついた。

 「私は君達を全面的に信用する。こうしてわざわざ忠告に来てくれた上、避難経路まで確保してくれたことに感謝しよう」

 「あ、ありがとうございます。
 でも、私達が直接誘導すれば後日こちらの方々にスパイ疑惑などが浮上する可能性があるので、申し訳ないですが貴方が指導したということにして頂けませんか?」

 先日のオレンジ事件が尾を引いて、現在ブリタニアでは裏切り者やスパイに対してたいそう敏感になっている。

 黒の騎士団の関係者を名乗るグループの指示で避難しました・・・確かに充分に、ブリタニア軍から睨まれる材料になる。

 だが“テログループから警告を受けて、あり得るかもしれないと思った地質学者が念のため避難を呼びかけ、それを指導した”という程度であれば大丈夫だろう。

 フェネットはそれを聞いてなるほど、と納得すると、快く引き受けてくれた。

 「そういうことなら、喜んで引き受けよう。重ね重ね感謝する」

 「では、こちらが避難経路です。黒の騎士団、および解放戦線の脱出路とは逆ですので、彼らとかち合う心配はないルートです」

 “失礼します”と言ってエトランジュが重みのある筒に入れた地図を落とすと、フェネットはおそれることなくそれを拾い上げた。

 「ありがとう」

 「こちらこそ、勝手に押しかけて頼み込んでしまって申し訳ありませんでした」

 再度大きく頭を下げると、エトランジュはナイトメアの中に戻っていった。

 「それでは、私どもはこれで失礼させて頂きます。皆様、ご無事でお逃げ下さいね。
 なお、予測戦闘開始時刻はあと15分後です」
 
 それだけ言い残すと、イリスアーゲートは音を立てて戦場へと走り去っていく。
 
 残されたフェネットは筒を開け、丁寧な英語で書かれた避難経路図を見て貴重品を手にして戻ってきた住民達に言った。

 「すぐに避難しよう・・・もうすぐ戦闘が始まる気配だし」

 「ああ、ニュースでもやってたから急いだ方がいい。
 しかし、あのナイトメアと女の子はどうした?」

 「ナリタのほうへ走って行ったよ・・・さて、ついさっき簡易にだが避難経路図を作ってみたんだ。
 この経路なら土砂崩れがあっても、安全にブリタニアプリンスホテルまで避難が出来る」

 そう言ってフェネットが先ほどエトランジュから渡された地図を見せると、住民は安堵した。
 
 「さすが地質学者だなフェネットさん。じゃあみんな、急いで逃げよう!」

 住民達は住民の一人が所有していたトラックに乗り込み、一目散にナリタから走り去る。

 彼らがこの行動の正しさを知ったのは、半日後にブリタニア軍からの連絡で案の定土砂崩れが起こり、彼らが住む一帯を土が埋め尽くしたと聞いた時だった。



[18683] 第二話  ファーストコンタクト
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/15 08:34
 第二話  ファーストコンタクト

 
 「よし、周辺住民の避難完了!あとはこれを手土産に、ゼロに接触するだけ・・・なんだけど」

 エトランジュから避難誘導成功との連絡を受けたアルカディアは、ブリタニア軍を避けて駆け降りてくる黒の騎士団の面々を見て軽く両手をあげた。

 (皆さん混乱してて、どうにも話を聞いてくれそうにないわね・・・となると)

 とりあえずこの面々を助けて、麓に降りてからのほうがよさそうだ。

 そう判断したアルカディアは、羽織っていたマントをはためかせて叫んだ。

 「私はブリタニア反抗組織、“青い橋”のメンバーよ!
 これより黒の騎士団に味方します!」

 最初は英語で、そして繰り返しては日本語での叫びに、黒の騎士団が反応する。

 「日本語?!味方なのか?!」

 「そう、私は味方。青い星がついてる場所がある。
 そこに罠仕掛けたから、行ってはいけない」

 燃えるような赤い髪に、白い肌、片言の日本語。
 明らかに日本人ではないその容貌に、黒の騎士団員はいまいち信用していないようだったが、アルカディアはそれを見て言った。

 「証拠見せる。私はブリタニア軍を殺す」

 そう告げると、案の定突進して来たブリタニア軍のナイトメア部隊を見て、ひらりと木の上へロープを使って舞い上がる。

 「こんにちは、ブリタニア軍の皆さん!地獄へようこそ!」

 奇麗なブリタニアの発音の英語ではあったが、あまりに挑発的な台詞にブリタニア軍は激昂した。

 「ふざけるな、女ぁ!」

 ナイトメアで撃ち殺そうとしたが、既にアルカディアの姿はない。
 それどころかナイトメア同士が突然ぶつかり合いを始め、身動きが取れなくなっていく。

 「な、なんだこれはぁ?!」

 「強力電磁波のお味はいかが?」

 いつのまにか別の場所へ移動していたアルカディアの手には、スイッチが握られている。
 実はこの辺りに事前に仕掛けておいたのは、西にS波、東にN波が発生する機械で、その中に鉄の塊などがあるとそれらは磁石と同じ役目を果たすようになるという代物である。
 もっともナイトメアほど大きな鉄の塊を磁石に変える強力な電波を、それに見合わぬ機械で無理やり発生させているため、実は発生しても3分ももたない。

 (だが、それで充分!)

 時計をちらっと見たアルカディアは、ゼロの作戦始動が始まる時間が近いことを知っていた。

 「騎士団の皆さん、すぐ逃げる。あと3分で、ここ埋まる」

 「え?そうなの?」

 「走れば間に合う。ゼロはそう調節してるはず。私も逃げる。ゼロに話、ある」

 危ないところを助けて貰った騎士団は、アルカディアを信用することにしたらしい。
 共に走り出した騎士団員が見たものは、確かに青い星マークが描かれた場所でブリタニアの軍人が呻き、あるいは息が絶えて転がっている光景であった。

 「この辺りは大丈夫。たぶん罠にかかってるのがほとんど」

 そしてしばらく走ってゼロが指定した場所の近くまで来ると、アルカディアは急停止した。

 「もうすぐ、土砂崩れ来る。怪我しない、止まる。敵来ない」

 複雑な日本語を喋ることにイライラしたが、アルカディアはこれで形勢が決まったと機嫌がよかった。

 (うまくすれば、これであのコーネリアがこの世から消えるんだもの。
 この手で殺したかったけど、まあ仕方ないわ)
 
 我が故郷であるマグヌスファミリアを蹂躙した、あの憎きブリタニアの魔女。
 この目で死ぬのを拝めることができるなら、それでよしとすべきだろう。

 だが土砂崩れが起こったその時、アルカディアは一転して不機嫌になり、思わず口に出してしまった。

 「は?コーネリアが生き残るって何それ」

 明らかに日本語ではないが、英語でもないその言葉は、マグヌスファミリアの母国語・ラテン語であった。

 何を言っているかは解らないが、表情で何か意表を突く出来事が起こったのだと解った騎士団員は、おそるおそる言った。

 「あ、あんたが土砂崩れ起こるって言ったんじゃないか。どんぴしゃのタイミングで・・・」

 英語の方が通じているであろう彼女のために、英語でそう言った騎士団員の目前では凄まじいスピードで土砂が流れ、ブリタニア軍はまるで急流の中を下る魚の群れのようだ。

 「すっげえ読みだよ、あんた。ありがとな」

 きっと予想外の量の土砂崩れに驚いているのだと思い込んだ騎士団員は、これでブリタニア軍も終わりだと笑う。
 しかし、アルカディアは忌々しそうに髪をかき上げて吐き捨てた。

 「コーネリア、生き残る。ゼロ、取り逃がす」

 「え・・・でも、まだ戦闘は始まって」

 今土石流が流れている真っ最中で、コーネリアの本陣とゼロがぶつかり合うには余りに早すぎる。

 「・・・仕方ない。戦ってない私、文句言えない。
 ゼロいる隊、降りてきたら、私、会わせて。
 私の名前はアルカディア、マグヌスファミリア王国の使い」

 困惑する騎士団員の問いかけを無視して、アルカディアはそう要求する。

 「マグヌスファミリアって、聞いたことあるような・・・」

 「ブリタニアがエリア16にした、私の国。私は今の女王の従姉」

 その説明に、騎士団員の一人がはっとなった。
 確かに二年半ほど前、コーネリアが総指揮を執って攻め滅ぼしたのは、そんな小国だったはずだ。

 「私達、仲間集めてブリタニア滅ぼしたい。ゼロ、その力になる。
 だから、その相談、したい」

 片言の日本語で真摯に訴えかけるその言葉に、騎士団員は頷いた。

 「英語でいいよ、アルカディアさん。改めて言うよ。助けてくれてありがとう」

 英語でそう礼を言う団員に、アルカディアも笑みを浮かべた。

 「こちらもお礼を言うわ。“アリガトウ”」

 日本語での礼の言葉に、騎士団員の一人が小さく涙を流した。
 エリア11と呼ばれるようになってから、日本語など日本人からしか聞いたことがなかったから。
 まだ日本が日本であった頃は、祖国が誇る文化、アニメや漫画などが最盛期であり、EUやオーストラリアからの日本語を学ぶために訪れた留学生もたくさんいた。

 あれから七年も過ぎた今、日本語など忘れられていると思っていたけれど、こうして話していてくれる外国人がいる。
 それが、とても嬉しい。

 「すぐ、ゼロの元に案内する。
 あ、でも本隊に着く前には武器とかは預けて、身体検査を受けて貰いたいんだけど・・・」

 規則だし、完全に信頼したわけじゃないから・・・と気まずげに言った騎士団員に、アルカディアはあっさり了承した。

 「それは当然だから気にしないわ。そうしなかったら騎士団はバカと思われるだけ」

 「ひどいなー」

 笑い合う騎士団員とアルカディアだが、彼女の脳裏は別のことが占めていた。

 (ち、コーネリアとその妹は無事・・・解放戦線は全滅に近い、か。
 ・・・解ったわよ、とりあえずゼロと話つけるから、そっちも私を追って来てね)

 そう心の中で語るアルカディアの瞳は、赤く縁取られていた。



 「くそ、コーネリアを取り逃がした!」

 そう悔しそうに叫ぶ黒の騎士団幹部・玉城を、扇がたしなめる。

 「そう言うな、ブリタニア軍に打撃を与えられただけでも満足すべきだ・・・解放戦線の件は、残念だったが」

 黒の騎士団の合流ポイントで、ゼロ達が集まって何やら話をしている。
 辛くも生き残った騎士団員達は、生き残った安堵感に身を浸す者、コーネリアを逃したことに憤る者、仲間を亡くして嘆く者など様々にいた。

 と、そこへ新たに生き延びて合流して来た団員達を見て、扇が嬉しそうに声をかける。

 「ああ、まだ仲間がいたのか。よく生き延びてくれた」

 「扇さん!実は、ゼロに会いたいという人を連れて来たんですけど」

 アルカディアを連れてきた騎士団員がそう報告すると、扇は不審そうに眉をひそめた。
 それを見た団員は、慌てて言い添える。

 「俺達をブリタニア軍から助けてくれたんです。
 その、マグヌスファミリア王国の使者だって言ってて、ゼロの力を借りたいと」

 「マグヌスファミリア?・・・二年半くらい前にブリタニアに占領された、EUの国か」

 「そうなのか?そんな国、俺初めて聞いたけど」

 玉城が笑うと、扇はそうだろうなと思った。何しろ教師をしていた時代でさえ、自分も知らなかったほどの小さな国なのだ。
 エリア16にさえならなければ、恐らく知る機会すらなかっただろう。

 「その国の女王の従姉だそうです。
 武器も全部提出して貰いましたし、身体検査でも・・・その、危ない物は持ってませんでした。
 今はここから離れた場所で、別の仲間と一緒に待って貰ってます」

 騎士団員の報告に、扇はそれが本当ならその使者を粗略に扱うべきではないと思った。
 だが、それが事実であるか否かは自分では判断が出来ない。

 「ゼロに報告してくるから、その使者の方にはもう少し待って貰うよう言ってくれ」

 「はい・・・あ、それから使者の人は手紙を渡して欲しいとのことです。
 俺達が渡した紙とペンでその場で書いて貰いましたから、変なものも仕込んでないはずです」

 徹底してるな、と扇は思ったが、とにかく報告しようと扇はその手紙を受け取り、急ぎ足でゼロの元へと走って行った。


 ルルーシュはコーネリアを取り逃したことに内心苛立っていたが、それをおくびにも出さずにコーネリアと善戦したカレンを労っていた。



 「よくやったカレン。
 コーネリアを逃がしたことは残念だったが、輻射波動をうまく使い、見事作戦を成功させてくれた・・・感謝する」

 「いえ、ゼロ。私こそコーネリアを倒せず、申し訳ありません」

 あの白兜さえ来なければ、と二人が歯噛みしていると、扇が急ぎ足でやって来た。

 「どうしたの扇さん?そんなに急いで」

 「ああ、ゼロにカレン。
 実はついさっき、騎士団員を助けてくれたというマグヌスファミリア王国の使者と名乗る人物が来たそうなんだが・・・」

 扇の報告に、ルルーシュは仮面の下で柳眉をひそめた。

 (マグヌスファミリア・・・今のエリア16だな。総人口の少なさが功を奏し、国民全員での亡命に成功したという)
 
 「マグヌスファミリア王国?聞いたことないですけど・・・どんな国なんですか」

 カレンの問いに、ルルーシュはうむ、と咳払いをしてから教えてやる。

 EU連邦の加盟国であり、人口二千人を少し超えた程度の小国。
 イギリスよりはるか西に存在し、面積はオキナワのイゼナ島より少し大きい程度で、40年ほど前まで鎖国しており、EU連邦の加盟要請を受けてそれと同時に開国。

 二年半前にコーネリア率いるブリタニア軍により、一度の交戦の後占領。
 しかしその交戦の隙を突いて、国民全員がEUへ脱出することに成功。
 その際に当時の国王・アドリスが行方不明になり、その一年後に死亡したものとみなされたため、その一人娘であるエトランジュ王女が女王として即位したはずだ。
 
 「詳しいんですね、ゼロ」
 
 「ブリタニアの回線をハッキングすれば、ブリタニアが統制している事件でもEUのニュースなどで見られるからな」

 ブリタニアでは、ブリタニアの不利になる情報を遮断するため、海外のホームページを閲覧する際には許可が必要となる。
 ルルーシュほどの情報処理能力があれば、プログラムを改ざんして外国のホームページを閲覧するくらいは、たやすいものだ。
 
 「それで、その使者から預かった手紙があるんだが・・・何でも騎士団員が手渡した紙とペンで書いたものらしい」

 「ここまで疑われないようにと念を入れられると、かえって疑いたくなるがな」

 根がひねくれているルルーシュらしい意見であるが、それでも扇が手渡した手紙を受け取って封を開く。

 英語の文で書かれたその内容を見て、ルルーシュは目を見開いた。

 「こ、これは・・・?!」

 “私はマグヌスファミリアの女王・エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスの従姉、アルカディア・エリー・ポンティキュラスと言います。
 会ってお話したいことがあるので、ぜひ今ナリタに来ているエトランジュとともに、貴方と会いたいです
 今は私一人ですが、貴方と会う時には女王本人とその護衛が合流しています”

 文章自体は、とりたてて不審なものではない。
 だがその手紙には、手書きである紋様が描かれていた。

 自分と、その共犯者である自分達しか知らないはずの、鳥が羽ばたいているかのようなマーク・・・ギアスの紋様が。



 一方、監視の騎士団員ととりとめのない世間話をしながらゼロとの面会許可を待っていたアルカディアは、背後から聞こえてきた声に笑みを浮かべた。

 「いたいた、アルカディア従姉(ねえ)様!」

 「早かったわね、エトランジュ」

 嬉しそうな声で彼らの元へ走り寄って来たのは、エトランジュとジークフリードだった。
 クライスは隠してきたイリスアーゲートの見張りをするため、ここには来ていない。

 「な・・・どうやってここが解ったんだ?!」

 騎士団員が驚愕して問いかけると、アルカディアはごめんなさい、と小さく謝る。

 「実は、こっそり知らせてたの。ゼロと会うには、やっぱり女王本人と会わせたくて」

 「そういや、合流するって手紙に書いてたな・・・」

 「はじめまして、こんにちは。エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 アルカディアと異なり、発音こそ違和感があるがそれでもはっきりした日本語だった。
 十代とは言え女王だという少女にぺこりと頭を下げられて、権威に弱い日本人は首を横に振って挨拶を返す。

 「どど、どういたしまして。俺は黒の騎士団に所属してるしがない団員っす!」
 
 「しがない・・・?知らない言葉ですね」

 どうやら細かい日本語は解らないらしい。困惑した様子のエトランジュに、団員が教えてやる

 「“しがない”っていうのは、“つまらない”とか“どうでもいい”みたいな感じの意味っす」

 「そう言う意味ですか・・・そんなことはないです。貴方は私達をゼロの元へ案内してくれたのですから」

 そうエトランジュが言った刹那、扇達へ報せに行った団員に連れられて、なんとゼロが現れた。背後には、緑色の髪の女が付き従っている。

 まさかいきなりゼロが来ると思っていなかった騎士団員は驚愕したが、当のマグヌスファミリアの面々は冷静である。

 「ゼ、ゼロ?!どうしていきなり」

 「まだ団員達が本拠地へ撤退出来ていないのでな。
 そんな中に敵か味方か解らない者を連れて来られては困るので、私が直接来た」

 「ゼロ・・・」

 エトランジュは己を落ち着かせるように小さく息を吸うと、全身黒ずくめの怪しい仮面をかぶった、クラウスいわく“悪役みたい”と称された男の前にゆっくりと歩み寄る。

 「初めまして、ゼロ。
 私はマグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです。
 私達と同盟を組んで、ブリタニアを打倒するべく力をお貸し頂きたいのですが」

 英語でそう語ったエトランジュが、握手を求めるようにケープの間から右手を差し出した。
 その白い手の甲を見たルルーシュは、息を呑む。

 (なぜ、C.Cと同じ模様がこの女の手にもあるんだ?!)

 自分の共犯者である謎の女、C.Cのほうへ振り向くと、滅多に感情を表に出さないC.Cも眉をひそめたようだった。

 「お前も・・・そう、なのか?」

 「そう・・・と申しますと?」

 「コード・・・と言えば解るか?」

 「!!」

 ルルーシュには理解できなかったが、マグヌスファミリアの面々には意味が通じたらしい。
 エトランジュは小さく首を横に振って否定した。

 「いいえ、違います。でも、私の一族に貴女と同じ方がいます」

 「そう、か・・・他にもいたのか」

 どこか納得したようにC.Cは呟くと、ルルーシュに言った。

 「おい、こいつらはお前と同じのようだぞルルーシュ。話ぐらいは聞いておいた方がいいと思うが」

 「・・・そのようだな」

 ルルーシュは自分達しか知りえない紋様、C.Cとの会話で、下手にこの場から逃がすわけにはいかないと判断した。
 マグヌスファミリアの面々の方に振り向き、会談を了承する言葉を紡ぎながら、左目を露わにする。

 「いいでしょう、真偽を確かめるためにも、お話を伺わせて頂く・・・ただし、決して私に嘘を言わないで頂きたい」

 赤い鳥が羽ばたき、絶対遵守の命令が下る。
 青い瞳が赤く縁取られたエトランジュが言った。

 「はい、貴方に嘘は言いません」

 「よろしい・・・ではさっそくですが、貴女の仲間はこれだけですか?」

 「いいえ、他に一人いて、今はここに来るのに使ったナイトメアの見張りをしています」

 素直にそう答えるエトランジュに、さらにルルーシュは尋ねた。

 「貴女は私達に危害を加えるつもりがありますか?」

 「いいえ、ありません。私達はゼロの力を借りたくて、ここに来ましたから」

 「それなら結構・・・話を伺いましょう」

 ギアスにより彼女達に害意がないことを確認したルルーシュは、詳しい話を聞くことにした。
 しかし、ギアスについて聞かれると困るため、団員達を追い払っておかねばならない。

 「お前達は扇と合流し、そのまま本拠地へと向かえ。私達は後から向かう」

 「しかし、一人で大丈夫なんですか、ゼロ」

 「心配ない。彼女達は我々に危害を加えるつもりはない」

 そんなあっさり信じるのか、と騎士団員は思ったが、ゼロがそう言うなら大丈夫なのだろう、と納得し、命じられるままに扇達の元へと歩き去っていく。

 それを見送ったルルーシュは、一番気になることを真っ先に尋ねた。

 「お前達は、何者だ?なぜこのマークのことを知っている?」

 アルカディアが寄越した手紙を開き、中に描かれたギアスの紋様を指すと、エトランジュが赤く眼を光らせたまま答えた。

 「我がポンティキュラス家は、マグヌスファミリア王国が建国された時よりギアスの源であるコードを、王位と共に代々受け継いできた一族です
 
 「な、なんだと!?」

 「そしてそのマークは、コードを受け継ぐべき者だけに伝えられてきました。
 私達は、ギアス能力者なのです



[18683] 第三話  ギアス国家
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/22 14:07
 第三話  ギアス国家


 「コードとギアスを、代々受け継ぐ王族だと・・・?そんなものが、本当に?」

 C.Cはこの身体からコードを捨て去るため、様々な国を放浪してきたが、そんな国があったとはついぞ知らなかった。

 「どういうことか、話してくれ。貴女の一族とコードとギアスについて、知っていることをすべてだ」

 「解りました」

 ルルーシュの問いにエトランジュは軽く頷くと、知っていることを話し始めた。

 マグヌスファミリア王国は、2千年以上も前に建国された、小さな島にある王国。
 そしてその王家であるポンティキュラス家が持つ異能、その源であるコードを宿した人間から与えられたそれを用い、国を治めてきた。

 しかし、そのコードの持ち主にはある呪いが存在した。
 そう、不老不死という心臓を刺されようと、生きたまま炎の中に放り込まれようと、決して死なず老いもしない身体になるという呪いが。

 「初めこそは同一人物がずっとコードを保持していたそうなのですが、ある日その生に疲れ果てた保持者がコードを他の王族に譲りました。
 さらにその保持者が・・・というのが繰り返され、いつしかそれが慣習になっていったのです」

 王族達のうちから数人、ギアス能力者を作り出す。
 そしてそのギアス能力者のうちの誰かがコードを受け継げるほどギアスの力を増した時、コードをその人間に移す。
 これを繰り返すことで、彼らはたった一人が長い間呪いに蝕まれることを避けていたのだ。

 マグヌスファミリアでは、15歳から成人と見なされる。
 そして王族の直系・・・現王の兄弟、子供、ポンティキュラス家から出ていない兄弟の子供が成人になるとギアスを与えられる。

 さらにコード所持者が40歳から50歳辺りの時に、ギアスの力が一定の力になり、なおかつある程度年齢を重ねた者の中から一人を選んでコードを継承する。
 若いうちからコードを受け継いでしまうといつまでも変わらない姿に国民が怪しむが、ある程度年齢を重ねた人間だと十年や二十年同じ姿でもさして気にされないからだ。

 「なるほど…その手があったか」

 かつて己が所属していたギアス嚮団も、もしかしたらこのような目的で創られたものなのかもしれないな、とC.Cは思った。
 お飾りとはいえ嚮主として過ごしていた自分でも、彼らの設立理念は知らなかった。
 ただコード保持者を嚮主として崇め奉っていた集団だったが、己のコードを譲渡する人間を生み出すためだったというのもあり得る気がした。

 「コードが何なのか、どこから来たものなのかは私達にも解りません。
 ただ、ギアスを使い国を治めることこそがポンティキュラス家の使命であると、長年信じられて過ごしていました・・・EUへの加盟要請が来るまでは」

 50年ほど前、エトランジュの曾祖父が王位に着いたばかりの頃、EUからの使者がやって来てマグヌスファミリアにEUに加盟するようにとの要請があった。

 人口二千人程度、さらには国民の殆どが農民で王族自ら鍬を持つのが当然の貧乏小国に何故そんな要請が来たかと言うと、当時EUが排他的経済水域・・・平たくいえば海の所有権を広げるため、イギリス西方の海のど真ん中に位置するマグヌスファミリアが欲しかったのである。
 ちなみに排他的経済水域の国際法では、自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)であり、その範囲内であれば水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査、開発に関する権利を得ることが可能だ。

 EUに加盟するための加盟金や分担金がないとはじめは断ったのだが、そんなことは先刻承知の彼らは“マグヌスファミリアに遠洋漁業、交易の補助機関を設立、および維持するための資金を提供する。
 マグヌスファミリアはその施設の管理を行い、EUが支払った金額の8割をEUへ分担金として納める”
という取引を申し出た。
 
 早い話が、“実質的にEUが自分で自分に分担金を納めるし施設の建設と維持費を支払うから、代わりに遠洋漁業と交易の手助けをして欲しい”ということだ。

 それでも断ろうとしたのだが、鎖国は国際社会としてどうなのか、もうそろそろ文明を受け入れてもいいのではないかという説得から始まり、しまいに武力による制圧まで示唆されては、軍隊どころか警察すらないマグヌスファミリアは受け入れるしかない。
 
 ただ、そうなると重大な問題がある。そう、コードとギアスだ。

 一般国民にすら秘匿している秘密を、世界にバレるわけにはいかない。
 折しも当時は本格的な戦争時代に突入してこそいなかったものの火種はあちこちに転がっており、そんな状態で機械に頼らずとも様々な能力が得られるギアスの存在が知られれば、マグヌスファミリアは各国から狙われてしまう。

 いくらギアスがあり国民全員に与えようとも、たった二千人・・・それも戦える人間に限定すれば千人超える程度のそれで、勝てるわけがないのだ。 
 何としてでも隠し通さねばならないと判断したポンティキュラス家は、決断した。
 “コードとギアスの歴史を終わらせよう”と。

 世界の情勢を見れば、抱え込むには重すぎる秘密だ。一族はその研究のために必死になった。
 そのためにはまず、コードを消すことが必須になる。ギアスは与えなければそれでいいが、コードはそうはいかない。
 コードがこれまでバレなかったのは、壮年の人間にコードを渡して隠ぺいしていたからで、それをするにはギアスを与えなければならない。
 そしてギアスを与えなければいつまでも同じ姿で永遠を生き続けなければならない上に、人口二千人の狭い国では国民が互いに顔見知りと言ってもいいくらいだ。国民に紛れて何百年も暮らすなどということが出来ない。

 「そこで私達EUから得たわずかな資金を使い、国に残った記録を手がかりに、コードを消すための研究を秘密裏に行いました。
 ある者は留学して機械文明を習得し、ある者は自ら実験体となり、ある者は世界を放浪し点在する遺跡を調査してコードについて研究してきたのです」

 海のはずれにある孤島だというのを利用して鎖国してきたマグヌスファミリアだが、実は一つだけ世界と繋がっていた場所がある。

 「それがマグヌスファミリアの城の地下に隠されている遺跡でした。
 私達はそれを“橋の扉”と呼んでいます」

 「“橋の扉”とは?」

 「解りやすく言えば、ワープ装置ですね。世界にはこの遺跡と同じものが十いくつかありまして、その遺跡を繋いでいる扉なのですよ」

 「ワープ、だと・・・そんなことが出来るのか?」
 
 そんな代物が世界各国にあるならとうに公開されていそうなものだが、とルルーシュは疑ったが、それを肯定したのはC.Cだった。

 「コード所持者とギアス関係者だけが開けることが出来る扉だ。
 ちなみに私も、それを使って日本に来た」

 「なるほど・・・ということは、日本にもその遺跡はあるのか」

 「神根島、と呼ばれている小さな無人島にあります。
 日本がどういう扱いをしていたかは知りませんが、今はブリタニアが直轄管理しているみたいですね」

 マグヌスファミリアの面々もそれを使って来日したのだが、見張りや研究員がいて到着した際はかなり苦労したため、うんざりした表情だ。 
 しかし、“ブリタニアが直轄管理している”という言葉に、ルルーシュは眉根を寄せた。

 「小さな島を直轄管理・・・その遺跡が目的か?」

 「遺跡しか目立ったものないですから、そうでしょうね。
 というか、マグヌスファミリアを侵略したのもその遺跡が目当てだと思われます。ブリタニアのほとんどの侵略地に、遺跡があることを確認しましたから」

 それが事実なら、何が目的で手に入れたのだろうか。
 戦争に利用するつもりならとうにそうしているだろうが、これまでの戦争の様子を見る限り軍隊や物資の輸送というような手を使っているようには見えない。
 そもそもあんな海の孤島にあるワープ装置を手に入れたからと言って、何の得になるというのか。

 「それは知りませんが、二年半前にブリタニアから言いがかりを付けられた時、ブリタニアの狙いは十中八九そうだろうということで意見は一致しました。
 ブリタニアの侵略のせいで遺跡の研究が出来なくなっていたので、彼らの狙いがすぐに解ったんですよ」

 何せ自分達が研究している遺跡がある国を、次々に占領しては直轄地としていたのだ。
 占領する価値などまるでない自国との共通点と言えば、それしかない。

 「それは重要な情報だな・・・そして貴方達は宣戦布告を受けて、国民全員でマグヌスファミリアの地から脱出したということか」

 宣戦布告からわずか2日で占領が完了したことを知っているルルーシュが言うと、エトランジュは首を振って否定した。

 「少し違いますね・・・私の伯父の一人が持っているギアスがいわゆる“予知能力”なので、ブリタニアが攻めてくることを早くから知っていたため、宣戦布告の前から少しずつ脱出準備をしていました」

 「予知能力、だと?そんなギアスがあるのか?!」

 ルルーシュは驚いた。
 もし事実なら、自分の絶対遵守のギアスに並ぶ強力なギアスではないか。

 (ぜひとも手に入れたい力だな・・・“嘘をつくな”ではなく、“私の命令に従え”とギアスをかけてこの女を手中に収めてしまうべきだったか)

 最悪なケースでない限り使うまいと自分に戒めている命令内容だが、それだけの価値がある力に思わず誘惑に駆られてしまう。

 「はい・・・伯父のギアスは“血族の未来が脳裏に浮かぶギアス”で、自分の血族に関することが予知できるというものです。
 ただし自動発動型なので、自分で制御することが出来ないという少々使い勝手が悪いものですが」

 エトランジュの伯父が持っているギアスの内容は、自分から見て親・子供・兄弟・兄弟の子供・・・つまり直系のみに発動する。
 たが例えば“父親に明日何が起こるか知りたい”と思ったとしてもそれは出来ず、不意に発動して“明日弟が事故に遭う”ということが予知出来る・・・と言った具合にだ。

 「なら、血縁外の私の予知は出来ないということかな?」

 ルルーシュは確認すると、エトランジュがあっさり頷いたので自分の役に立たないと思い直した。

 「そして私のギアス・・・、“人を繋ぐギアス”を使い、迅速に血族にその予知を伝えてその効果を最大限得られるようにしているのです」

 「“人を繋ぐギアス”?・・・それはどのようなものだろうか」

 「簡単に言えば、“人の感覚を繋ぐ能力”ですね。
 たとえば私がアルカディア従姉様にギアスをかけますと、私が見た光景が従姉様の目に映りますし、その逆も出来るようになります。
 また、脳の感覚も繋げられますので脳裏に浮かんだ言葉のやりとり・・・いわゆるテレパシーも出来ますし、光景も直接脳に送ることが可能です」

 つまり伯父が予知した内容をエトランジュに送り、それをさらに各地に散らばりブリタニア抵抗活動を行っている血族達に伝えているということだ。

 使い勝手の悪い予知だが、血族同士を繋ぐこのギアスのお陰でかなりの効果を上げているという。

 「ちなみに今度の作戦も、伯父からの予知を元に作戦を立てたんですよ。
 まず“コーネリアがナリタ連山で日本解放戦線を壊滅させ、ゼロと交戦したというニュースを(わたし)が見る”ことを予知したので、居場所が解らなかったゼロとここで接触することにしました。
 さらにその後の(アルカディア)がコーネリア軍を罠を使って迎撃する”予知をそのまま実行、最後に土砂崩れが起こる範囲とタイミングを見ていた予知が来てくれたので、より安全に行動できました。
 ・・・途中でゼロがコーネリアを取り逃したニュースの予知も来ましたが」

 これだけの予知だったため、彼女達はゼロの細かい作戦内容までは把握出来なかった。
 ただ黒の騎士団がナリタ連山の頂上に陣を敷いたことと、土砂崩れが起きたという予知を合わせてジークフリードが作戦を察した。

 さらにエトランジュが土砂崩れの範囲内にいた住民達が避難出来ていない事に気づいたので、避難誘導をして黒の騎士団が汚名を被らないようにしてやり、それを手土産とすることでゼロと会談しようという作戦になったのだ。
 あとはアルカディアが黒の騎士団員と接触し、彼女のナビでエトランジュ達が合流してきたという訳である。

 自分達が起こした土砂崩れに住民が巻き込まれるところだったと聞いて、ルルーシュは驚愕した。

 「麓の住民が住む地域にまで土砂が流れただと?!それは本当か?!」

 「はい・・・勝手とは思ったのですが、黒の騎士団に協力するグループと嘘をついて避難誘導させて頂いたので、皆さん避難して下さったと思うのですが」

 運良く居合わせた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたので、ジークフリードが割り出した黒の騎士団や日本解放戦線が来ないルートを教えて避難して貰ったと聞いて、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。

 (もし麓の住民が全滅などと言う事になっていたら、今まで築き上げてきた非戦闘民を巻き込まない正義の味方と言うイメージが崩れてしまうところだった・・・。
 日本人、ブリタニア人問わず、一般人の支持を失うのは痛いからな)

 ルルーシュの目的は、ブリタニアの打倒である。そのためには人種を問わずに仲間を集め、数多くの人間の支持が必要だ。
 ブリタニア人でも主義者と言うブリタニアの覇権主義に異を唱える者はいるし、ブリタニアの特権階級から虐げられている者も存在する。
 彼らを味方につけることが出来れば、スパイ活動や資金面、情報戦など内側から攻めることが可能になるのだ。
 それを思えば、“ブリタニア人であるという理由でこちらにも危害を加えるから協力しない”と思わせてしまうような、軍人や貴族でもない人間に危害を加える行為など絶対にしてはならないのである。
 
 「・・・そうか、それはお気使い感謝する」

 「いいえ、それはいいのですが・・・私達は貴方にお願いがあるのです」

 エトランジュの目から赤い光が消えると、彼女は一瞬きょとんとした顔になり周囲を見渡した。
 おそらく彼女のギアスで仲間と会話しているのだろう、しばらくしてからエトランジュは頷き、ルルーシュに頭を下げて言った。

 「私達はこれまで鎖国してきたため、戦争などしたことのない一族です。
 まして女王である私に至っては戦争はもちろん、政治駆け引きの才能のなど皆無。
 いくら幾多のギアスがあろうと、予知ができようとも、これではブリタニアに勝つことなど出来ない」

 解りやすいたとえをするなら、いくら予知で相手の20手先が読めようとも、ルールを知らなければチェスで勝つことは無理だ。

 「ですが、貴方にはその力がおありになる・・・あの寡兵でコーネリアとすら戦える頭脳をお持ちの貴方の力を、お借りしたいのです。
 代わりに私達は、こちらの不利にならない場合を除いて貴方の指示に従うことをお約束します」

 「・・・その交渉のために、貴女が来たと?私にギアスがあると知りながら」

 ルルーシュが不審そうに問うと、再びルルーシュがかけた“嘘をつくな”というギアスが発動し、彼女の瞳が赤く染まる。

 「このままでは私達はEUに見捨てられるか、EUがブリタニアに攻め滅ぼされるか・・・どちらにしろ滅びの道しか残されていません」

 マグヌスファミリアの国民が亡命出来たのは、ひとえにEU諸国の同盟国は交互に助け合うという建前のお陰であり、現在彼らは仮設住居を与えられて得意の農耕を行ったり、工場で働いたりして何とか生活出来てはいる。
 しかし、それでももしEUがブリタニアに屈したら、ブリタニアからすれば自国の植民地のナンバーズ“マグヌスファミリア人(シックスティーン)”の引き渡しを要求するだろう。
 遺跡を我がものとするため、もしかしたら二度とあの懐かしき故郷へ帰されない可能性もある。
 何が何でもブリタニアを敗北させてすべての植民地を解放させなければ、自分達は二度と故郷の地を踏めない。

 それを思えば、王族である自分達が率先して動き、国民のために危険を冒すのはギアスを使う自分達の役目なのだ。

 「それに、ゼロ」

 「何だろうか?」

 「信じて欲しいのなら、まず自分から信じなければ・・・そう、思いませんか?」

 「!!」

 そう言って微笑むエトランジュに、ルルーシュは思わずマントを握りしめた。

 無条件に他人を信じることなど、七年前にやめてしまった。
 もちろん彼女とて、まったくの無条件で自分を信じたわけではないだろう。

 しかし、ギアスを持っている自分の前に何の対抗策も持たずに現れ、ただ真摯に味方になって欲しい、出来る限りの事はすると訴えてきた。

 やり方が拙劣だったところを見ると、本人の言うように戦争や政治駆け引きの才能がないのだろう。
 だからこそ直球で相手に言葉をぶつけることしか出来ず、それだけにその思いは相手の心を打つ。

 (さらに言えば、才能がないと解っているからこそそれが出来る人間を仲間にしたいと考えたんだろうな。
 他力本願といえばそれまでだが、逆に自分に出来ると思い込んで無理をするよりはるかにましな行為だ)

 他力本願が悪いとは、ルルーシュは思わない。
 すべてを相手に丸投げして文句だけは言うならともかく、出来ないことを出来ないと認め、その代わり自分が出来ることはするというのならむしろ合理的で好感が持てる。

 さらに、打倒ブリタニアを掲げる国と同盟を結んで行くという構想は自分も望むところだった。
 そのためにも、小国といえど一国の元首である彼女の協力があるのはありがたい。

 「・・・いいでしょう。結びましょう、その同盟!」

 「ありがとうございます、ゼロ!」

 かくて、同盟は結ばれた。
 そしてこのギアス同盟が日本を、やがては世界を動かしていくことになるのである。



[18683] 挿話 エトランジュのギアス
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/05/23 13:41
 挿話 エトランジュのギアス


 エトランジュが嬉しそうに、そして受け入れて貰えたことに安堵して息をつくと、ルルーシュは釘を刺す。

 「しかし、私の正体については詮議無用に願いたい。よろしいかな?」

 「構いませんよ」

 やけにあっさりエトランジュが承諾したので、かえってルルーシュは首を傾げた。
 それを見て、エトランジュは言った。

 「貴方が正体を隠しているのは、貴方の正体がバレたらブリタニアが喜ぶか、もしくは反ブリタニア組織がついていくのをためらうような人間だということくらい、私にだって解ります。 
 だから、貴方の正体を探るなんて真似はしません」

 「・・・貴女が聡明な女性であることに感謝する」

 「それに、私達が望むのはブリタニアが滅ぶか植民地が解放されて故郷に戻ることです。
 そのためにわざわざ不利になるようなことはしたくないですし・・・」

 現実的なエトランジュにルルーシュはよく解っていると感心していたのだが、最後の言葉に凍りついた。

 「いざとなれば私と結婚でもして貰って、EUの王族の一員になって頂ければ貴方の正体は適当にねつ造出来ますから」

 有能な人材を取り込むため、自ら今日初めて会ったばかりの、しかも仮面をつけた素性の知れぬ男との政略結婚も辞さぬというエトランジュに、ルルーシュは引き攣った。

 「・・・それはたいそう、気を使って頂けて光栄です」

 か細い外見とは裏腹に、なかなか肝が据わっている。
 
 「次に貴方達のギアスについて詳しく話を伺いたいが・・・今日のところはこの辺りにしておきましょう」

 いつまでもここにいては、扇やカレンあたりが気にしてここに来るかもしれない。
 その時ギアスだの遺跡だのの話を聞かれるのは、ルルーシュとしては不本意だ。

 エトランジュ達もそれは同じだったのか、頷いて了承してくれた。
 
 「では、まず連絡方法をどうするかですが」

 現時点で考えられる方法を口に出そうとしたルルーシュだが、エトランジュがコードを模した刺青が入った左手を差し出して言った。

 「それなら、私のギアスを使えばいいと思います。
 私のギアスは“人を繋ぐギアス”、思考のやり取りも出来ますから」

 「そういえばそのようなギアスだとおっしゃっていましたね。
 こうして手を差し出すということは、相手に触れることで発動するギアスですか?」

 「はい、そのとおりです。相手に直接触れてギアスをかけることを、私は“リンクする”と言っておりますが」

 「解りやすいですね。では、一度リンクするとずっと感覚は貴女と共有することになるのでしょうか?」

 「さすがにそれだと私の負担が大きすぎます。私はたとえていうとサーバーのようなものなので、24時間ずっとというにはちょっと・・・」

 機械でもない、生身の人間が多数の人間の感覚をずっとやり取りするには、確かに負担が大きいだろう。
 そのため、彼女は必要な時にしかリンクを開かないようにしているそうだ。

 「それに、ギアスの解除はかけられた方でも可能です。“ギアスを解除したい”と念じれば、それだけでリンクは切れますから」

 つまりはいつでも解除が出来るので、ルルーシュが不都合な場面になればさっさとリンクを切ればいいわけだ。
 それを思えば、割と安全なギアスではある。

 「では、こちらからの指示がない限り、私とのリンクは開かないようにお願いする。
 貴女の件を黒の騎士団の幹部達に伝え、お迎えする準備が整い次第、本部へとお招きさせて頂く」

 「了解しました。では、そうですね・・・日本時間で四時間ごとに貴方と思考を繋ぐので、準備が整えばその時に詳細をお伝えして下さいませんか」

 「と、申しますと?」

 「もっと例えますと、私のギアスは私自身が送受信の携帯電話を持ち、相手に受信専用の携帯電話を渡すみたいな感じ・・・なんです」

 「つまり、貴女から私に連絡は出来るが、私から貴女へ電話をかけることは出来ないわけですか・・・それもちょっと使い勝手が悪いですね」

 ルルーシュが嘆息するが、エトランジュはそのおかげでブリタニアに通信妨害されることなく確実に情報伝達が可能というメリットがあると、前向きである。

 (なるほど、それでエトランジュ女王は四時間ごとに連絡を入れると言ってきたわけだ。
 恐らく他の面々とも、何時間かごとに連絡を取り合っているんだろうな)

 ちなみに戦闘中は予知能力持ちの伯父と四六時中リンクを開いているため、エトランジュは全く戦闘に参加していない。
 伯父から届いた予知を皆に伝え、さらに現在の仲間の状態や作戦を全員に伝えるだけで精いっぱいなのだそうだ。

 何十通りもの考えを同時に処理できるルルーシュなら、脳内で予知を分別しつつ仲間の状態を把握し、かつ作戦を展開するという芸当も可能だが、悲しいことにエトランジュは極めて平々凡々な処理能力しか持ち合わせていなかった。

 「そういうことなら仕方ありませんね。解りました」

 ルルーシュは手袋を取って手を差し出すと、エトランジュは頷いて左手でその手をつないだ。

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスが繋ぐ・・・!」

 エトランジュの左目に、赤い鳥が羽ばたいた。
 次の瞬間、ルルーシュの脳裏にエトランジュの声が響き渡る。

 (あのー、ゼロ。聞こえますか?)

 「・・・・!!ええ、確かに聞こえますよ」

 (今、貴方の思考と私の思考だけが繋がっている状態です。一度、そのリンクを切るよう念じてみて下さいな)

 ルルーシュは頷いてそう念じると、とたんに彼女の声が脳裏から聞こえなくなる。

 「なるほど・・・かなり便利なものですね。これでこちらから連絡が可能なものなら、もっとよかったのですが」

 「上ばかり見ていても、仕方ありませんよゼロ。
 今あるものをいかようにして最大限活用するかを考える方が、建設的です」

 まったく正論である。
 ルルーシュの“絶対遵守”のギアスにしても、“相手の目を見なければ発動出来ない”“一人につき一回”というような制約があり、それさえなければと不満に思ったところで“一度だけならどんな命令も遵守させられる”という効力は確かに凶悪な効果を持つのだから。

 (いっそ、C.Cにリンクを繋げさせる方がいいか?万が一にもここから俺の正体がばれるのを防ぐためにも、そのほうが・・・)

 いつも自分の傍にいるC.Cなら、いわば電話として最適だ。
 そう考えたルルーシュは、C.Cを指して言った。

 「では、連絡係としてC.Cを使いたいのですが・・・よろしいかな?」

 てっきりあっさり了承して貰えると思ったルルーシュだが、エトランジュは困惑した様子である。
 そこへ、ずっと黙っていたアルカディアが教えてやる。

 「あのさ、ゼロ。“コード保持者にギアスは効かない”んだけど・・」

 「な、なんだと?!そうなのかC.C!!」

 初耳だったルルーシュが共犯者に向かって問いかけると、飄々とこの魔女は肯定した。

 「ああ、その通りだ。聞かれなかったから教えなかったがな」

 「・・・っ!この魔女め」
 
 となれば、エトランジュ達と連絡を取るには自身がギアスをかけられるしかないと、ルルーシュは腹を決めた。

 「仕方ありませんね・・・ではもう一度、私とリンクして頂きたい」

 ルルーシュの手を再度繋いたエトランジュは、もう一度彼にギアスをかける。

 「ありがとうございますエトランジュ様。では、改めて用意が整い次第、定時連絡の時にお伝えする」

 「ありがとうございます・・・私達はこのまま、いったんサイタマゲットーの方へ参ります。
 もうサイタマにブリタニア軍はいませんから、大丈夫だと思うので」

 コーネリアのせいで壊滅状態になったサイタマだが、それだけに潜伏するには持って来いだと思ったのだ。

 「なるほど、トウキョウにも近いですしね・・・では、お気をつけて」

 「はい・・・では、失礼します」

 ぺこりと頭を下げたエトランジュは、仲間とともに立ち去って行ったのだった。



 「さてと、そろそろコンタクトを外しますか」

 ゼロから遠ざかったのを確認したアルカディアは、大きく息を吐くと両目に指をやり、コンタクトを外した。
 一方、ジークフリートは耳から耳栓を取り出し、軽く耳を叩く。

 アルカディアのコンタクトは一見普通のカラーコンタクトレンズに見えるが、実はこれをつけると視力が遮断されてしまうというものだ。
 何故こんなものをつけているかというと、もちろんゼロへのギアス対策である。

 あの通称オレンジ事件の際、全国中継だったこともあってエトランジュ達もその放送を見ていた。
 その際、ジェレミアを見たコード保持者がこれがギアス能力者の仕業であると判定した。
 ただあいにくと、どのような手段でギアスをかけたかまでは解らない。

 これまでの自国にいたギアス能力者は“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”に大別されていた。
 映像やこれまでのゼロの情報を見る限り、自動発動型ではないしジェレミアには指一本も触れていないから接触型でもない。
 その場にいた全員にギアスがかかったわけでもないから、範囲型でもないだろう。
 ならば聴覚型か視覚型のどちらかということになる。

 エトランジュが信頼を得るためにあえて丸腰で彼の前まで行くと言った時、二人は反対したがそれ以外に彼の信頼を得る方法は思いつかなかったため、アルカディアは視覚を、ジークフリードは聴覚を遮断して万が一自分達に妙なギアスをかけられた時、どちらかが対応出来る様にしておいたのだ。

 エトランジュにアルカディアは視覚を繋ぎ、ジークフリードは聴覚を繋いで貰っていたが、二人の身体に直接ギアスがかかることはない。

 ゼロが“嘘をつくな”というギアスが発動した時、実はアルカディアだけそれにかかっていなかったのだ。

 「ゼロが変なギアスをかけたら、即刻逃げる予定でしたからな」
 
 ジークフリードがペットボトルに偽装した煙幕弾を指しながら言うと、アルカディアが眉をひそめた。

 今までの情報から、ゼロのギアスはおそらく“相手に命令を守らせるもの”ではないかと推測していた。
 ただどこまで命令が出来るか否かまでは解らなかった。

 「私だったら、かたっぱしからブリタニア軍に“死ね”って命令しまくるか、“永久に私に従え”って言うけどね」

 情もへったくれもないアルカディアの言葉は、普通ならそれが一番手っ取り早い方法であることは確かなものだった。

 それをしないということは、もしかしたら命に関わることや相手を永久に拘束する命令は出来ないというような制限があるのかもしれないと考えていたりする。

 後にそれも可能だったがゼロが単に己のポリシーで滅多に使わないようにしていることを知り、驚愕することになるのだが。

 一時的な拘束力しか持たないギアスなら、大して恐れることもないと考えてはいたが、念のためきっちり保険だけは掛けていた、マグヌスファミリアの面々であった。


 ※第三話に盛り込めなかったし、第四話に入れると長すぎてしまうので、とりあえずエトランジュのギアスだけを入れてみました。
 主人公なのにギアス能力がこんな扱いって(汗)
 読者様・・・文章力が欲しいです・・・
 



[18683] 第四話 キョウト会談
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:59
 第四話 キョウト会談



 キョウトから招待状が来た夜、エトランジュからギアスの定時連絡でルルーシュがそう言うと、エトランジュが尋ねた。

 《キョウト六家・・・ですか?それはどのようなものですか》

 《一言で言えば、日本のレジスタンスをまとめている・・・日本国の内閣のようなものですよ》
 
 ブリタニアの支配を認めないレジスタンスからすれば、自分達は日本国軍でありそれを指揮して資金援助を受けているから、そう例えるのもあながち間違いではない。

 《なるほど・・・それで、私にその方々と会えと?》

 《貴女の本当の目的は私ですが、ブリタニアの脅威にさらされている国と同盟関係を結んでいくこともそうであるはず。
 それは私としても望むところなので、ぜひ貴女にその役目をして頂きたい》

 怪しい仮面の男よりも、小国でありまだ幼いといってもいいが素性が解っている女王の方がやりやすい役目だ。
 
 《確かにその通りですね・・・国同士の連携も大事なものですから》

 実はEUとしても対ブリタニア戦線を築くために各国と連絡を取りたいところなのだが、その余裕もない上に安心して他国と同盟を組める状況ではないため、なかなかうまくいっていないのだ。

 その点現在エリア支配を受けている国なら対ブリタニア感情が燃え盛っているだろうし、こちらがある程度援助をすることで同盟のきっかけになるかもしれない。

 《解りました・・・では、いつお会いすればよろしいでしょう?》

 《実は今日招待状が届いたのですが、明日にということなのです。急な話で申し訳ないのですが》

 《明日ですか?別にいいですよ》

 特に予定もない・・・というかずっとゼロの連絡待ちだったので、彼女達は山で山菜を採ったり野兎などを捕まえ、廃墟の中で寝起きしているというサバイバル生活を行っていた。

 《では明日、シンジュクゲットーへ来て頂きたい。場所はキノクニヤという大型書店跡がありますので、そこで・・・》

 細かい場所を伝えると、エトランジュはそれを反復して了承した。

 《くれぐれもブリタニア軍に気取られぬよう、慎重にシンジュクまで来て頂けますか?》

 《もちろんです・・・では、明日によろしくお願いいたしますね・・・おやすみなさいませ》

 エトランジュからの通信が切れると、ルルーシュはパソコン内に映るキョウト六家を司る重鎮達、その中の一人の項目に目をとめた。

 (EUとの外交特使をしていた宗像か。この男となら、エトランジュ女王と連携が取れる可能性がある。
 明日は二つの会談が行われる日だ・・・慎重にいかねば)

 ルルーシュは横に置いてあったチェスの黒のクイーンを手に取り、自らの黒のビジョップの駒の横へと置く音が響いた。




 
 「ご連絡感謝いたします、エトランジュ様」

 シンジュクの廃墟と化していた大型書店で待っていたマグヌスファミリアの面々を迎えに来たルルーシュが会釈すると、まだ残っていた本を発掘して読んでいたエトランジュは慌てて立ちあがった。

 「こんなに早く日本の方と会談出来る機会を下さるとは、思っていませんでした」

 「貴女のナリタでの行動のお陰で、我が黒の騎士団の名声が堕ちずにすみましたのでね」

 友人の父親の命と、友人の心も・・・そして友情も。

 先日学園へ戻ったルルーシュは、シャーリーから父親がナリタ連山で土砂崩れに巻き込まれそうになったが、寸でのところで避難したために助かったことを知った。
 詳しく話を聞いたところ、エトランジュが説得した際彼女の言葉を信じてくれた地質学者と言うのが、なんとそのシャーリーの父親だったのだ。

 これから先数多くの死者を己が出すことになるとは重々理解していたつもりだったが、いきなり友人を巻き込みかけてしまったルルーシュは、内心酷く悩んだ。
 だが今更引き返すことなど出来ない。しかし、より深い策を練り上げてせめて無関係の人間を巻き込むことを避ける程度のことはしてみせると、ルルーシュは誓った。

 「改めて、御礼を言わせて頂きたい・・・ありがとうございます」

 「・・・?いいえ、どうしたしまして」

 改めて言われるほどのことだったろうか、とエトランジュは首を傾げたが、あえてそれを問いただすことはしなかった。

 「キョウトの方とお会いして頂く前に、実はお願いがあるのですが」

 「何でしょう?」

 「私はキョウトにすら、素顔を明かしたくはありません。そのために少し策を弄しますので、貴方がたも協力して頂きたいのですよ」

 「・・・内容次第です」

 エトランジュの返答にルルーシュは協力内容を告げると、エトランジュ達は相談の末了承した。

 「そういうことでしたら、別に構いませんけど・・・それでよろしいのですか?」

 「私の読み通りなら、これでうまくいくはずです・・・貴女も他の幹部と共に赴いて、ブリタニアのスパイと疑われるのは心外でしょう?」

 「確かに・・・ではその作戦で参りましょう」

 ルルーシュと共にマグヌスファミリアの一行はシンジュク近くを歩くと、まずキョウトが寄越した車を見つけてルルーシュだけが歩み寄り、他のメンバーは息をひそめて壁の方へと姿を隠す。
 
 そしてルルーシュがギアスを使い運転手から目的地を聞きだすと、さらに替え玉のC.Cに率いられた黒の騎士団幹部が車に乗り込み走り去るのを見てエトランジュ達も動き出した。
 ルルーシュが用意した車に大急ぎで乗り込むと、彼とともに目的地へと先回りする。

 「ここが、キョウト六家のアジト・・・」

 日本を象徴する美しき霊峰・富士山。
 だが今やその神秘さは醜いコンクリートに浸食され、地表がむき出しになってブリタニアに搾取され続ける日本を腹立しいほどに表現していた。

 「私達の虹の山(アイリスモンス)も・・・何らかの資源があったのならこのような姿になっていたのでしょうか」

 マグヌスファミリアにも、富士山ほどではないがそれなりに大きい山がある。
 何らの資源も眠っていないが代わりに緑豊かな自然に彩られ、春には花が咲き乱れ、夏には冷たい泉が湧き、秋には美味な山菜が実り、冬には白い雪に覆われる。
 国の中心にあるその山の麓には湖があり、そのほとりにポンティキュラス王族が住む城が建てられていた。

 「その地下に遺跡があって私達が管理していたのですが・・・ブリタニアにその遺跡を渡さないためと、うまくすればコーネリアが倒せるかもしれないという打算の元、土砂崩れで城を埋めて湖の水を引き入れて水没させてしまいました」

 マグヌスファミリアは農作物以外に何もない国なので、虹の山(アイリスモンス)にもEUの地質学者が研究していったが“巨費を投じて採掘すべきものなし”と評価し、がっかりした顔で帰って行った。

 「日本人が聞いたら気を悪くするだろうけど・・・これ見たら何も持ってなくてよかったと思うんだよな」

 クライスが富士山を見上げて、正直な感想を言った。

 「気持ちは解るが、くれぐれも日本人の前で口にしないように。では、これより中へと侵入する」

 ルルーシュが自分のギアスを使って侵入を試みようとしたが、それをアルカディアが止めた。

 「待って、こういう時は私のギアスの方がいいわ」

 アルカディアのギアスは“自分と自分に接触している人間が認知されなくなるギアス”であり、潜入活動に大変便利な能力である。
 ただ持続時間と人数は反比例しており、五人だと三十分ももたない。

 「ただこのギアス、機械相手には通じないのよねえ」

 要するに見張りはスル―出来ても、監視カメラや自動改札機はごまかせない。
 一昔前ならともかく監視カメラが氾濫しているこの時代ザルもいいところの能力だが、アルカディアはきちんと弱点を克服していた。

 「ハッキングしてカメラの画像変えちゃえばいいのよ」

 「なるほど・・・貴女もプログラミングが得意のようですが、時間がないので私がします」

 暗に自分の方がパソコン能力があると断言されてアルカディアはムッとしたが、ルルーシュは持っていたノートパソコンでどこをどうしたものか、あっという間に監視カメラの画像は現在の状況をエンドレスで流し続けるものに変更してしまう。

 「はやっ」

 「では行きましょうか」

 「私もけっこうなプログラミング能力持ってるんだけどなあ」

 アルカディアはマグヌスファミリアが占領される前からEUに留学しており、機械工学を学んでいた。
 奨学金で大学に推薦入学出来るほどの頭脳を持っているのだが、それでもゼロには劣るのかと彼の頭脳に感心する。

 「あとでそのスムーズなハッキング法、教えてね。じゃ、行くわよ」

 アルカディアは羽織っていたケープを脱ぎ捨てて露出の高い服装になると、左目にギアスの紋様が浮かび上がらせる。
 素肌で触れないと効果がないと言われ、ルルーシュも年頃の女性の肌に触るのには少々躊躇したが仕方ないので彼女の右肩に手を置くと、他の面々も慣れているのでエトランジュが右手、クライスが左手、ジークフリードが左肩に手を触れる。

 傍から見たら実に珍妙な光景だったが、堂々と見張りの前に姿を現したにも関わらず何の反応もない。

 「なるほど・・・これは便利なギアスですね」

 「日本に着いた時も、この能力が大活躍よ」

 神根島には研究員や見張りが大勢いたが、監視カメラなどのハイテク機器で見張っていなかったため、アルカディア達は遺跡に到着するなりギアスを発動すると背後から次々に彼らを襲って殺害し、その後彼らが所有する小型艇を強奪し、持参したイリスアーゲートを結びつけて日本本州にこっそり上陸した。

 「声なんかも全然認知されないから大丈夫だけど、絶対手を離さないでね」

 「了解した・・・目的地は警備用ナイトメアが置かれている場所です」

 ルルーシュは己のギアスで見張りからその場所を聞き出して案内させると、二人の操縦手を操って二体の警備用ナイトメアを奪い取った。

 「エトランジュ様はアルカディア王女とジークフリード将軍とでギアスでこっそり隠れていて下さい。合図があればギアスを解除し、姿を現して頂きたい」

 「それじゃ、俺はそのナイトメアであんたが撃たれないよう念のために援護すればいいってことだな?」

 「そうして頂ければありがたいですが、一番に守るのはエトランジュ様ですよ。万が一銃撃戦になって彼女達に銃弾が当たりでもしたら、まずいですからね」

 生身の人間から3人が見えなくなるという事は、逆に言えば知らずに彼女達に向けて銃弾が発射されてしまうかもしれないということだ。
 ジークフリード父子は納得し、クライスは嬉々としてナイトメアに乗り込んでいく。

 (準備はこれで整った。後は会談がうまくいけば・・・)

 エトランジュが国同士の連携を取るよう説得出来れば、自分がかねてから考えていた“超合集国”の構想が実現しやすくなる。
 もし出来ないようなら、説得方法を彼女のギアスを通じて教えてやればいいのだ。
 ルルーシュはそう計算し、己もナイトメアへと乗り込んだ。
 



 「ぬるいな。それにやり方も考え方も古い。だから、貴方がたは勝てないのだ!」

 C.Cが偽者のゼロであり、キョウト六家の正体を知っていると知るや、ルルーシュが素早く桐原の頭にナイトメアの銃を突きつけた。

 「何か、正義の味方っていうか悪のリーダーみたいに見えるのよねー、こうして見ると」

 失礼だがもっともな感想を抱きながら、謁見の場にいたアルカディアはただ黙ってその様子を見ているエトランジュを見やって語りかける。
 
 「だからこそ、彼が必要なのではないですか。あれだけ冷徹かつ的確に結果を出すことが、私達に出来るのですか」
 
 「うん、無理。あんな悪辣なこと、戦争したことない私達には考え付かないもの」

 ぬるい、とルルーシュは六家を束ねる桐原に言ったが、自分達はぬるいどころの騒ぎではない。
 何しろ彼らの国は殺人事件が十年に一度起こるか否か、というほどお気楽な国だったのだ。そんな彼らにいっそ笑いたくなるほど人を殺さなくてはならない戦場でどうすればいいのかなど、到底解らなかったのだ。

 「その通り・・・私は日本人ではない!」

 その言葉に大げさに納得しつつも驚く黒の騎士団の幹部達に、本当に日本人だと思っていたのかとむしろ彼女達は驚いた。
 ちょっと想像すれば、仮面を隠している理由が真っ先にそれだということくらい解りそうなものだけど、とアルカディアは呆れた。

 ルルーシュと桐原の対峙は、さらに続く。

 「日本人ならざるおぬしがなぜ戦う?何を望んでおる?」

 「ブリタニアの崩壊を・・・」

 「そのような事、出来るというのか?おぬしに・・・」

 「出来る。なぜならば、私にはそれを成さねばならぬ理由があるからだ」

 そしてルルーシュが仮面をおもむろに外したのが、背後からでも見えた。

 「ふふ、貴方が相手でよかった・・・」

 驚きにかっと見開く桐原の目。

 (桐原公は、ゼロを知っていた?ということは、彼は日本以外の国の要人ってところかしら?)

 アルカディアは顎に手を当てて考え込むが、答えは出ない。

 「おぬし・・・」

 「お久しぶりです。桐原公」

 「やはり、8年前にあの家で人身御供として預かった・・・」

 「はい、当時は何かと世話になりまして」

 「相手がわしでなければ人質にするつもりだったのかな?」
 
 「まさか・・・私には、ただお願いすることしか出来ません」
 
 「8年前の種が花を咲かすか・・・」

 その会話はエトランジュ達には聞こえなかったが、桐原は豪快に笑いだした。

 思ってもみなかった懐かしい邂逅。これからの展開に対する期待が、桐原を満たす。
 桐原は久しぶりに、腹の底から笑った。

 「扇よ、この者は偽りなきブリタニアの敵。素顔をさらせぬ訳も得心がいった。
 わしが保証しよう・・・ゼロについて行け」

 声高らかにそう命じる桐原に、エトランジュは選んだ相手がゼロでよかったと、心から安堵した。

 「情報の隠蔽や拠点探しなどは、わしらも協力する」

 破格の待遇に、幹部達から感動と事情が解らない困惑とが入り混じった声が上がる。
 殺される一歩手前の状況から、 この破格の厚遇に驚いているのだろう。

 「ありがとうございます」

 ゼロについて行けば、力と勝利、そして京都の支援も受けられる。
 扇はそう判断し、ゼロに関して詮索するのをやめることにした。ここに至り、ゼロは黒の騎士団において盤石の基礎を築いたことになる。

 「感謝します。桐原公」

 「行くか、修羅の道を・・・」

 「それが我が運命ならば」

 ルルーシュはそう言い放つと、再び仮面を装着して桐原に言った。
 
 「実はもう一人、会って頂きたい人物がいるのですが」

 「ほう?もしやお主の宝物かな」

 桐原の言う“宝物”はもちろんナナリーのことを指していたのだが、ルルーシュは苦笑することで否定して言った。

 「ブリタニアに対する包囲を完成させるために、うってつけの方です。
 貴方がたにとっての、宝物となるかもしれませんね」

 そう言ってルルーシュが合図を送ると、アルカディアはギアスを解除して柱の陰から出てきたふりをしてエトランジュと共に登場した。

 「な、こいつらも日本人じゃないぞ?!」

 騎士団幹部達はむろん警備の者達も驚愕して思わず銃を向けるが、一機のナイトメアが二人の前に立ちはだかって攻撃を阻止しにかかった。

 「やめい!その方々は、どちらかな?」

 桐原が周囲の者を制して問いかけると、エトランジュは膝を折って三つ指をつき、深々と頭を下げて日本語であいさつした。

 「初めまして、日本の六家の方。
 私はEU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」

 「マグヌスファミリア・・・今のエリア16ですな」

 「はい。対ブリタニア戦線を作り上げたく、日本の方と話をさせて頂きたいのですが・・・よろしいですか?」

 日本語で語られたその言葉に警備の者達も何となく攻撃することをためらったのか、銃口が下げられていく。

 「ふむ・・・日本語がお上手ですな」

 老獪にも一度話題を逸らした桐原の言葉に、ジークフリードが誇らしそうに言った。

 「実はエトランジュ様は一年ほど前から、日本語のみならずブリタニアに支配された国々の言語を学んでおいでなのです。
 いずれブリタニアに対抗するためにはその国の協力がいる、そのためにはこちらから歩み寄らなければならないからと」

 世界共通語は英語で、ブリタニアもそれを公用語として使っている。
 だがEUは英語の他にもその国独自の公用語を用いている国もあるし、日本のように英語が公用語ではない国も存在する。

 エトランジュはブリタニアに支配された国のレジスタンスを味方につけるためにはどうすればいいだろうと考え、それにはまず説得しなくてはならないと思った。
 説得するには言葉が通じなければ話にならない。だからエトランジュは、まずそれぞれの言葉を覚えることから始めたのだ。

 「英語が通じるのだからそれでもいいのではと進言したのですが、やはり祖国の言葉で話された方が喜ぶだろうと。
 私も逆の立場なら、ラテン語で説得された方がやはり嬉しいものですからな」

 誇らしげに言うジークフリードに、幹部達は嬉しそうに頷いた。
 久しぶりに外国の人間から聞く祖国の言葉・・・奪われた自分達の国名、誇り、尊厳・・・そしてそれらを象徴する言語。
 忘れずにいてくれた人がいることが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
 かつて教師をしていた扇としては、涙がにじみ出るほど嬉しい。

 「ありがとうございます・・・」

 「泣くなよ扇―!俺も泣きたくなっちまうじゃねえか!」

 釣られたのか素なのかは不明だが、玉城まで鼻をすする。

 「感動しているさなか申し訳ないが、さっそく本題に入らせて頂きたい。
 先に伺ったところによれば、マグヌスファミリア王国の方々は“対ブリタニア戦線”を構築すべく、我らと手を組みたいとのことでしたが」

 無愛想に感動を壊したゼロの発言に、玉城が空気嫁と怒鳴ったが、カレンが彼の足を蹴飛ばして沈黙させた。

 それを視界の端にちらりと捉えたエトランジュは顔を引きつらせたが、こほんと咳払いをして頷く。

 さすがに長文は無理なのか、英語で失礼しますと前置きして語った。

 「・・・ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、現在EUはブリタニア軍と小競り合いを繰り返しております。
 我がマグヌスファミリアを含め既にEUの三ヵ国が植民地化されており、ブリタニアに対して早急に手を打たねばならない状況なのです」

 「それと日本を助けることが、どう繋がると?」

 桐原の問いに、エトランジュははっきりと彼の目を見据えて答える。

 「ブリタニアのエネルギー源の一つであるサクラダイトの供給地を断ちたいというのがまず一点ですね。これだけでもブリタニアにとっては相当な痛手になりますから」

 妥当な理由に一同が納得すると、エトランジュは続ける。

 「さらに申し上げますとEUだけで植民地を解放した場合、その立て直しに追われてブリタニアと戦えるだけの力が維持し辛くなるのです。
 ただでさえ戦力が圧迫されており、戦線を維持するのが精いっぱいなのが現状ですので」

 そこでエトランジュが考えたのが、一言で言い表すなら“EUだけで無理なら他の国と助け合えばいいじゃない”だった。
 ブリタニアの植民地を次々に開放してその力を吸収し、かつ他の国と連携してブリタニアを囲い込めばいいのではないかという彼女の提案は、はじめは子供の絵空事と却下された。

 ところがEUを取りまとめる評議員の数人が、その案に補足をつける形で賛成した。

 このまま植民地を解放することに成功したとしても、ブリタニアは国威を失墜させるのを防ぐために再びまた戦端を開くだろう。
 そうなったらいたちごっこであり、消耗戦もいいところである。ならばその元であるブリタニアを滅ぼすしかないが、どう考えてもEUだけでは不可能だ。

 EUも決して一枚岩ではない。ブリタニアと和解という名の降伏をすべきだという国もあるし、ブリタニアと親交の深い国もある。
 小国同士が集まって生まれたEUだが、このような場面では互いの利益や損失のみが先走って話し合いが進まなかったのだ。

 このままではその隙をブリタニアに突かれてしまうと考えた評議員は、他の国と同盟を組んで万一EU連邦から抜ける国が出てもブリタニアと戦える力を維持していくほうがいいと判断した。

 その提案自体は実に妥当なものだったのだが、その同盟を組もうとしたところそのイニシアチブを取りたがる国が続出した。
 目的は明白で、“ブリタニアを倒した同盟連合の主導国”という看板が欲しかったのだ。
 うまくすれば同盟の過程でブリタニアから取り戻した国を自国に取り込めるかもしれない、という思惑もある。

 もちろんエリア支配を受けている国も、同盟を持ちかければそれを警戒するだろう。
 ブリタニアの支配を抜けてもまた別の国の支配を受けねばならないと思えば、同盟に二の足を踏む可能性は高い。

 結局足の引っ張り合いになりそうになったところに眼に止まったのは、EUの最小国家であるマグヌスファミリアだった。

 何も持たない国が同盟を主導するなら、EUに組み込まれる恐れもなく同盟を結んでくれるかもしれないと考えた評議員達はEU連邦に所属し、かつブリタニアにエリア支配を受けている国であり、さらに見た目や年齢から警戒されにくいエトランジュに白羽の矢を立てたのである。
 彼女の身分なら、少なくともメッセンジャーとしての役割ぐらいは充分可能なのだ。

 エトランジュはその申し出を受け入れ、こうしてエリア支配を受けている国々の言語を学んでいたというわけだ。

 「なるほど・・・小国であることを武器にして、交渉に赴いたという訳ですな。EUもなかなか面白いことを考える」

 弱い事が不利になるとは限らない。
 状況次第で弱小国であることを大きな武器に変えた彼らに、桐原は笑った。

 つまりはマグヌスファミリアを介して互いに協力し合おうという申し出だが、さすがにこればかりは独断で決められないため、上の階にいる他の六家の面々に事の次第を報告すると、キョウト六家の一人・宗像 唐斎が通信回線で話しかけてきた。

 「お初にお目にかかる、エトランジュ女王陛下」

 「初めまして。貴方は確か・・・以前はEU諸国に大使として赴任しておいでだった」

 「さようです・・・私は宗像と申しまして、日本が占領される以前は主にEU諸国との外交を担当しておりました」

 「日本に来る前に、当時の要人の方の資料は拝見しておりました。
 余り憶えていないのですが、日本大使の方からお土産の赤いおもちみたいなお菓子を頂いたことがあります」

 「・・・確かにご本人のようですな。ええ、私が御父君にお渡ししたものです」

 どこか懐かしそうに言う宗像は、国際会議が終わってすぐにパーティーに出ることなく帰国しようとしていたアドリスと偶然会い、話したことがあるのだ。
 娘が待っているから早く帰国したいのだと言うアドリスに苦笑し、ならば姫君にどうぞと持参した赤福を渡したことは、あまり知られていない話だ。
 それなのにそれを知っているという事は、やはり彼女がエトランジュ本人であることは間違いない。なにより彼女は、父親によく似た容姿をしている。

 「はるばる日本へ、ようこそおいで下さいました。このような状況でなければいろいろとご案内したいところですが、ご容赦願いたい」

 「いいえ、こちらこそ突然押し掛けてきて申し訳ございません」

 深々と再度頭を下げたエトランジュに、宗像は尋ねた。

 「それは構いませんが・・・貴方は何故、同盟国に日本をお選びになったのですかな?」

 「先にお話しした理由がまず一つですね。それに盛大にブリタニアに抵抗活動を続けている国ですので、説得しやすいと思いましたし」

 そう言われて照れたように笑う玉城に、カレンが軽く肩を叩いてやめさせた。

 実際はゼロが欲しくてやって来たのだが、それを口にすれば日本の面目が丸潰れなのでエトランジュはそう取り繕う。

 「ブリタニアのエリア支配が続けば、その支配に慣れてブリタニアに組み込まれていく国がどんどん増えます。
 今のうちに数多くの国と同盟を結んでブリタニアを倒し、平和を取り戻したいのです」

 「それは一理あるが・・・それが可能だとお思いか?」

 「私達に日本語を教えて下さった日本人の方が、こんな言葉を教えて下さいました。

 “一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ。二人で石を投げられたのなら四人で石を。
 八人に棒で追われたら十六人で追い返し、三十人で中傷されたなら六十人で怒鳴り返せ。
 そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ”

 というのが、その方の村に伝わる言葉だそうです」

 ずいぶん好戦的な言葉だが、意味は通じる。
 日本だけで、マグヌスファミリアだけで、そしてEUだけでブリタニアと戦えないなら、同じブリタニアを敵とする国と結束して戦えば勝機はある。
 それは決して理想論ではない。それを言うなら、日本だけでブリタニアを倒せると思っている人間こそが理想論だ。

 桐原と宗像は、それがよく理解出来た。EUがどれだけの支援を日本にしてくれるのかは不明だが、日本解放後の展開としては他の国と良好な関係に持っていきたいため、エトランジュと言う繋がりは外交カードの札として充分成り立つ。

 「他にもエリア支配を受けてレジスタンス活動を続けている方々には他の一族が連絡を取り、協力を取り付けていきます。
 日本解放を見れば他のエリア支配の国も一斉に蜂起し、ブリタニアに打撃を与えることが可能でしょう。言い方は悪いですが、こちらにはこちらの思惑があるのです」

 「当然ですな。善意だけで日本解放を支援するなど、あり得ぬこと」

 あっさり桐原が頷くと、エトランジュは同盟を受け入れて貰えそうだと思い、自分達が持つカードを明かした。

 「現在EUにある対ブリタニア組織の一つは、我がマグヌスファミリアが掌握しています。
 主にエリア支配を受けて亡命してきた方で構成されているのですが、一部ブリタニアから亡命してきたブリタニア人の方もいらっしゃいます」
 
 「ブリキもいるのかよ・・・信用出来るのか?」

 無礼な口調で嫌そうに言い放つ玉城に、エトランジュが厳しい口調で言った。

 「ブリタニア人だからといって、全てのブリタニア人が差別主義を標榜しているわけではございません。
 ブリタニアにも弱肉強食の国是に反対して弾圧されている方もいますし、また身体や精神に不自由を負い、敗者として蔑まれている方もいるのです。
 皇族や貴族から無理を押しつけられて家族を奪われた方も・・・貴方はそういう人達ですらも、ただブリタニア人であるという理由で排斥するのですか?」

 それならブリタニアの人種差別と大差ないではありませんか、と怒った口調で言われた玉城は慌てて首を横に振る。

 「そういうわけじゃなくて、ただ俺はスパイの可能性を・・・」

 「もちろんその可能性がないわけではありませんが、その可能性ばかりを追求して全てのブリタニア人をブリキと呼んで差別するのはやめて下さい。
 私達に英語を教えて下さったのもブリタニア人の元貴族の方で、母の親友だった方なのです」

 「ほう、ブリタニアの貴族も仲間にいるのですか」

 ルルーシュが意外そうに言うと、エトランジュは頷いた。

 「ブリタニアの血の紋章事件というのに巻き込まれかけたので、亡命してきたそうです。
 ブリタニアがEUに侵攻して来なかったのならこのままEUで呑気に語学教師をやっていたかったのにと、愚痴をこぼしておいででした」

 「ああ、あの事件・・・納得です」

 現皇帝シャルルを狙って、当時の一部のナイトオブラウンズも加わった大規模な反乱が起きた。その際粛清された皇族貴族は数多くおり、特にただでさえ少なくなっていたシャルルの兄弟は全て処刑されている。

 「他にもエリア民と国際結婚をしていた方やハーフの方もいます。ブリタニアを憎むブリタニア人は、貴方がたが思っているよりけっこう多いんですよ」

 「そう言われれば、納得だよな・・・あんだけしょっちゅう争ってりゃ、離反者も出る」

 そういったいわば主義者と呼ばれるブリタニア人は、たいていの場合EUに亡命する。
 植民地エリアの国では玉城のように考えて信頼を得ることが困難であり、場合よっては腹いせで殺されてしまう可能性があるからだ。

 しかしEUならもともとブリタニアがEUが出来る以前のイギリス人が開祖であるという背景もあり、ブリタニア皇族が留学したり積極的に貿易を行うなど、実はブリタニアが覇権主義を掲げる前はさほど悪い関係ではなかったのだ。

 「納得して頂けたのなら、結構です。黒の騎士団は日本人であろうとブリタニア人であろうと差別しないと言っていたのも、貴方がたと手を組みたいと思った理由なのですから」

 「わ、悪い・・・以後気をつける」

 玉城が軽く両手を上げてすごすごと引き下がると、桐原と宗像は頷き合った。

 「では、この件については六家全員で協議し改めてお返事をさせて頂く。
 それまでエトランジュ女王陛下には、ごゆるりとこちらで滞在して頂きたい」

 「ありがとうございます!申し訳ありませんが、お世話になります」

 ぺこりと再度頭を下げたエトランジュに、桐原が苦笑しながらたしなめた。

 「貴方の礼儀正しさには感心しますが、国のトップとあろう方がそう簡単に頭を下げるのはよくないですぞ。
 国の面子を失わぬためにも、もっと威厳を持って臨みなされ」

“お願い事をする時と親切にされた時は、きちんとお礼を言いなさい”と、お母様は私に教えて下さいましたので・・・威厳や面子も、礼儀を守ってこそだと。
 そしてえっと・・・ごーに行ってはごーに従え・・・でしたでしょうか」

 言い慣れぬ日本語のことわざで懸命に説明しようとするエトランジュに、宗像は目を細めた。

 「・・・エトランジュ女王陛下のご両親は、とてもよいご教育をされていたようだ。
 我が日本の皇族の姫とも、よきお付き合いを願いたいものだ」

 桐原と宗像が笑い合う。

 その様子を視界に収めながら、ルルーシュは好調な滑り出しに満足した。
 あとはEUに返礼の使者を出し、うまくこちらとの連絡網や支援方法などを相談出来れば上々である。

 「では、エトランジュ様はこちらに滞在するということでよろしいですね」

 《それは構わないのですが、私達はどうすればいいのでしょうか?》

 エトランジュがギアスを使って問いかけると、ルルーシュは答えた。

 《当面はこのままキョウトの方々と親睦を深めて頂きたい。時期を見て、EUと本格的な連携をしていこうと考えているので》

 《了解しました。では定時連絡だけはまめにするということで》

 相談がまとまると、マグヌスファミリアの一行は桐原の方へと歩き出す。
 ルルーシュは踵を返して仮面をつけ直しながら、桐原に礼を言った。

 「感謝します。桐原公」

 「なに、こちらとしても思いもかけず外国との連携が取れる方を案内してくれて助かったところだ・・・日本解放は成ったとしても、その後の展望がまだ出ておらなんだのでな」

 桐原が肩をすくめて言うと、お察しするとばかりにルルーシュも笑う。

 これから、戦争が始まる。
 世界を巻き込んだ、大きな大きな戦争。

 これまで小さな国しか知らず、ただ楽しく暮らしていただけの自分もそれに参加しなければならない。

 (大丈夫、私にだって出来る・・・戦わなければいけないのです。
 あの時のように、もう一度やらなければいけないのです)

 脳裏に蘇ったのは、怯えて震える幼女と血にまみれた己の手と。
 己が殺した、ブリタニア人の姿だった。



[18683] 第五話  シャーリーと恋心の行方
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/05 16:48
  第五話  シャーリーと恋心の行方

 


 「黒の騎士団が日本解放戦線の救出に失敗、ですか?」

 キョウト六家が所有するトウキョウ租界の邸宅に客人として滞在しているエトランジュがそう報告を受けたのは、懇意になったキョウト六家の筆頭にして最後の皇族・神楽耶からだった。
 年齢は彼女より二つ下だが、戦乱と言うこの時勢に否が応にも流され、政治・軍事にある程度通じていた。

 「そうですの・・・片瀬少将が流体サクラダイトで自爆してせめてブリタニアに損害を与えんとしたので、それに乗じてゼロ様がコーネリアを討とうとなさいましたのに・・・例の白兜というナイトメアに妨害されたようですわ」

 片瀬も無駄死にです、と腹立だしげな様子の神楽耶に、エトランジュはそれはご愁傷様でしたと弔意を示す。

 「それで、ゼロは何と?」

 「日本解放戦線の中核を担う藤堂中佐がまだ無事ですので、桐原が彼の捜索と保護を依頼しましたわ。
 ゼロ様も有能な軍人が仲間になるのはありがたいと、協力して下さるそうです」

 黒の騎士団は、まだまだ寄せ集めの軍隊だ。プロの軍人が仲間となるのは、必要かつ心強いことであろう。

 「しかし、あれほど綿密な作戦を立てられるゼロが幾度もしてやられるナイトメアなんて・・・驚きです」

 「ええ・・・戦略が戦術に敗れるなど、滅多にあり得ぬことです。
 幸い機体性能が良すぎて量産出来ないタイプのようなので、あれが大量に戦場に出ることはないのが救いですな」

 「え・・・機体ならたくさん作れるのではないですか?ブリタニアが資源不足というのではないでしょうし」

 「ああ、そう言う意味ではございません。映像を拝見しましたが、あんな非常識な動きをする機体を操作出来るパイロットなど、そうはいないということです。
 黒の騎士団の紅蓮も、滅多な人間では動かせないでしょうな」

 我が愚息でもなかなか、と息子に厳しい評価を下したジークフリードに苦笑すると、エトランジュはそれならと提案した。

 「戦場で倒せないなら、そのナイトメアのパイロットを割り出して暗殺などの手段を取れば、白兜とやらは何とかなるのではないのですか?」

 「まあ、エトランジュ様ったら。怖いことをおっしゃる」

 穏やかな口調であっさり暗殺を提案するエトランジュに、ころころと笑って応じる神楽耶も相当だとジークフリードは思った。
 だが、同時に哀れだと思う。
 まだ幼く、大人の庇護の元で生きていくべき年代に人の生死に関わり、時に厳しい判断を下さねばならない立場の少女達。

 自らの主君も、本来ならこんな娘ではなかった。
 暗殺など思いもつかない優しい少女だったのに、こんな言葉は聞きたくなかった。

 「そういえば、妙ですわねえ。あれだけの成果を上げたパイロットなら、大々的に紹介してブリタニアの力を誇示しそうなものですのに・・・全く情報が入って来ませんもの」

 「私ですら思い到ったことですもの、暗殺を警戒しているのかもしれませんね。
 でもパイロットさえ解れば、アルカディア従姉様が片をつけて下さるかも」

 アルカディアのギアスとゼロのハッキング能力を使えば、軍人を一人始末するくらいは何とかなりそうだとエトランジュは考えた。

 「ゼロに言って、検討して頂く事にしましょうか。アルカディア従姉様にもお話しておかなくては」

 「アルカディア様は科学者なのでしょう?暗殺などもなさるのですか」

 神楽耶が驚いたように問いかけると、エトランジュはええ、と頷いた。

 「本業は科学者ですが、従姉様はそれだけではなく罠などを仕掛けて戦うことも出来る方なのです。ナリタの時もそうでした」

 「ああ、お話は伺っておりますわ、たいそうなご活躍だったと」

 「もっとも、今はナイトメア戦が主流なのであまり出番はないとお考えのようで、イリスアーゲートの改造に全神経を注いでいらっしゃいますが」

 現在アルカディアはキョウトの援助で、イリスアーゲートの改造をラクシャータという女科学者の協力で行っている。
 イリスアーゲートはEU戦で壊れて戦場で打ち捨てられていたものを回収し、それを予算が許す範囲で何とか移動や物資の輸送に動かせる程度に直したもので、とうてい実戦に使えるものではない。
 
 「戦闘サポートに特化したナイトメアにするおつもりだとか・・・ラクシャータさんや他の技術者の方も、それは面白そうだとおっしゃって下さいました」

 「戦闘を援護するためのナイトメアですか・・・それは初めての試みですわね」

 「ゼロもあの白兜を倒すためにも、いろんなタイプのナイトメアがあるのはいいかもしれないと賛成して下さいました。
 パイロットはジークフリード将軍かクライスになると思いますけど、他にお使いになられる方がいらっしゃればもちろんお貸しさせて頂きます」

 「マグヌスファミリアのものですもの、当然ですわ」

 遠慮なさる必要はございませんと、神楽耶が完成が楽しみだと笑う。

 「エトランジュ様はEUと他のブリタニア植民地と日本を繋いで下さる、大事なお役目を担っておいでの方ですわ。
 この程度の援助をさせて頂かなくては、わたくし共はEUの信頼を失ってしまいます」

 先日、キョウト六家は非公式にエトランジュを通じてEUと会談した。
 その結果、EUは日本解放のための資金援助とブリタニアに関する情報の開示を行い、代わりにキョウトも同じく情報の開示とおよびサクラダイトの供給をEUに対して行う密約が締結された。

 ただサクラダイトの密輸はブリタニアの監視の目が大きいため、その密輸を行うルートの開発が急務となりゼロがその構築に向けて動いている。
 また、他の植民地でレジスタンス活動を続けているグループとの連絡網も、マグヌスファミリアが築きつつあった。

 (ゼロがいろいろアドバイスして下さったおかげで、案外スムーズにいきそうだとのことですし・・・)

 ゼロの主導で日本解放さえ成ったら、彼を中心として対ブリタニア戦線を築き上げてブリタニアを倒す、という絵が描けそうだ。

 ちらっとエトランジュが時計を見ると、ちょうどゼロとの定時連絡の時間だった。
 エトランジュはちょっと席を外しますと言ってお手洗いに立ちあがると、神楽耶はそれを見送ってお茶を手にする。
 
 エトランジュがトイレに入って鍵を閉めると、ギアスを使ってゼロへ語りかけた。

 《失礼します、ゼロ。定時連絡ですが、今は大丈夫ですか?》

 いつもは何事もなくキョウトやEUの動きを報告して終わるのだが、今回は違っていた。

 《お待ちしておりましたよエトランジュ様・・・さっそくお伺いしたい事があるのですが》

 やけに焦った口調のゼロに驚きながらも、エトランジュは先を促す。

 《どうかなさったのですか、ゼロ》

 《心を読めるギアス能力者に、お心当たりはありませんか》

 《心を読めるギアス能力者、ですか?・・・いいえ、ございませんが》

 エトランジュはゼロのギアスのせいで、嘘がつけない。だからゼロはその言葉をあっさり信じて、言った。

 《実はつい先ほど、そのギアス能力者と対峙したところなのですが・・・》

 《え・・・マグヌスファミリアのギアス能力者でないですから、ブリタニアのギアス能力者ですか?!》

 エトランジュは焦った。
 ブリタニアが各地の遺跡を侵略して我が物としている以上、当然彼らもコードとギアスについて知っている可能性が極めて高い。もしかしたらコードやギアスも持っているかもしれないということは、ゼロも一致した考えであった。

 《それはまずいですね・・・心を読むという強力なギアスなら、貴方お一人では厄介でしょう。すぐに援護に向かわせて頂きます》

 《それがブリタニアのギアス能力者ではなく・・・C.C絡みのようです》
 
 ゼロの言葉にエトランジュは目を大きく見開いた。

 《C.Cは正直、完全に私の味方というわけではありません。ギアスについても、私は詳しく聞いていないのですよ》

 《そういえば、コード所有者にはギアスが効かないということもご存じではありませんでしたね》

 《そうです・・・だから貴女にお伺いしたい。ギアスについて》

 《知る限りのことはお教えいたします。まず、こちらで把握しているギアスですが》

 エトランジュが自国でこれまでいたギアス能力者のこと、“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”のタイプがあることなどを話した。
 ゼロも今回会ったマオという心を読むギアス能力者の詳細について話すと、エトランジュは言った。
 
 《その心を読むギアス能力者の方は、聞く限りでは範囲型と思われます。
 もちろんそれにも差がありますから、どれくらいの広さで発動されるのかは解りませんが》

 《範囲型?常時発動型ではなく?》

 《常時・・・つまりずっと発動しっぱなしってことですか?》

 《そうです・・・C.Cからはそう聞いているのだが、マグヌスファミリアではいなかったタイプのギアスですか》

 《ずっと発動しっぱなしって、ギアスの暴走ですよそれ》

 《ギアスの暴走だと?!そんなことがあるのか?!》

 さらりと当たり前のように告げたその言葉にゼロが驚いたため、知らなかったということにエトランジュの方が驚いた。
 
 《はい・・・それもご存じなかったのですか。ギアスは使い続けると力がどんどん増していって、そのうちずっと発動しっぱなしになるんです》

 《例外なく、ですか?》

 《暴走するまでの期間が人それぞれですが、使い続けているといずれ暴走するのは間違いありません。
 たとえばエマおばあ様・・・私の父の母の場合、“人の心の顔が見える”ギアスを持っていたのですが、十年くらいで暴走して見る人全てに発動したと聞いています》

 エマは先々代のマグヌスファミリアの女王だった。
 当時は開国したばかりの祖国のために“人の心の顔が見える”能力を使い、他国の人間が信頼できるか否かを調べて大いに外交に役に立てていたのだ。

 その能力はマオのそれとよく似ており、たとえば顔は笑っているのだが内心では怒っていたりする場合、エマにはそれがすぐに解ってしまう。
 どんな嘘かは解らないまでも、嘘をついているなというくらいはバレてしまうのだ。

 《暴走した後、当時のコード所持者からコードを受け継いで暴走を止めたそうですが・・・》
 
 《コードを受け取らないとずっとギアスは発動したままということですか?》

 《いいえ、いずれはまた元通り自分でオンオフの切り替えが出来るようになるそうです。
 ただそうなるまでは発動条件が満たされれば自動的に発動されてしまうため、かなり不便になるんですよ》

 たとえばエトランジュの場合、相手に触らなければリンクは繋げない。暴走すれば触れただけで相手と自分との間にリンクが繋がってしまうということだ。

 《アルカディア従姉様はもっと最悪です。効果の範囲に自分も含まれているので、暴走したらずっと自分の姿が認知されないことになりますからね》

 《持続時間などの制約が外れるということですか・・・もしかしてギアスを王族直系限定にしているのは、暴走が怖いからですか?》

 《そうです・・・接触型ならいいですよ、相手に触らなければいいですから。でも視覚型や聴覚型はうかつに相手を見たり声を発したり出来なくなります。
 範囲型にいたっては言わずもがなですし、いくら便利でも暴走すると解っているものをばらまくわけにはいきません》

 特に怖いのは、ギアスに伴う制約すらも暴走してしまうことだ。
 記録に残った例では、ギアスを使っている間は自分の呼吸を止めてしまうという制約があった能力者がいて、暴走した際はすぐに命を落としたという。

 《なので、マグヌスファミリアでは“使い続けていても影響が少ない者”にギアスの使用を義務付けて暴走状態にするんです。
 そうすればコードを継承できる資格が持てるので、暴走した際にコード所持者がコードを渡すというわけです》

 《暴走状態にならなければ、コードは受け継げないのですね》

 《そうです。正確に申し上げれば、コード所持者が“コードを渡す”意志を持って暴走状態のギアス能力者に触れれば継承が成り立ちます。
 さらに暴走状態が終わってオンオフの切り替えが出来るようになれば、ギアス能力者がコードを継承する意志さえあれば、コードを受け継げるようになるそうです》

 マグヌスファミリアのコード継承は大部分が前者によって行われており、後者のギアスのオンオフの切り替えが可能になった“達成人”と呼ばれている状況のもとで行われたケースが少ない。

 《どうして教えておかなかったんでしょう、C.Cさん。いずれこうなることは、コード継承者である以上ご存じのはずなのに》

 エトランジュは不思議だった。
 ポンティキュラス王家のギアス能力者は、ギアスを授かる時に全員がこのことを知らされている。
 コード継承はともかく、ギアスの暴走については絶対に教えておくべきことであろう。

 《それは私も解りませんが、マオの狙いはギアスが効かないために安心して付き合えるC.Cです。
 諸事情あって私にもC.Cが必要なので、彼をどうにか排除したいのですよ》

 《排除って・・・三人一緒にいるという選択肢はないのですか?》

 いきなり最終的な手段に訴え出ようとするゼロにエトランジュはそう提案したが、ゼロは首を横に振った。

 《彼は人間不信に陥っていて、とてもこちらの話を聞いてくれる状態ではありません。
 今余計なことにかかずらっている余裕がないのはご存知でしょう》

 《もしかしてゼロ・・・貴方の大事な方がそのマオという方に危害を加えられましたか?》

 彼らしくもなく焦った様子のゼロを見てそう見当をつけたのだが正解だったらしく、彼から返答はなかった。

 《なるほど、そういう事でしたか・・・しかしゼロ、話を聞く限りでは原因はC.Cさんにあるようです。
 あの人にどういうつもりでマオさんにギアスを与えたのか、そして何故捨てたかを伺ったほうがよろしいのではないのですか?》

 《あの魔女にですか・・・孤児だったのを拾ってギアスを与えたが、契約を果たせそうにないと読んで捨てたとしか聞いていませんね》

 《その契約内容について、詳しいことは聞いておられないのですか?》

 《ええ、ブリタニアの崩壊が成った時に、契約を果たして貰うと》

 ここまでの話をして、エトランジュはC.Cとの契約内容がおおかた予想がついた。
 それはゼロも同じだったらしく、話を終えようとする。

 《では、マオの件はこちらで片付けます。情報提供、ありがとうございました》

 《お待ち下さい、ゼロ!このままでは、マオさんがあまりにもお可哀そうです!》

 エトランジュもゼロも、C.Cがコードを押し付けるためにマオにギアスを与えたのだと解っていた。
 暴走状態になればコードを譲渡出来るが、何らかの事情でそれをやめてゼロにその役目をして貰おうと考えたのだろうということも。

 マオにコードを渡さないのなら、彼は再びオンオフが出来るようになるまで一人ぼっちで生活しなくてはならないことになる。
 それはあまりにも哀れ過ぎる。

 《しかし、彼は黒の騎士団や私の正体についても知っています。放置しておくにはあまりにも危険過ぎる存在です》

 ギアスのことが世間に知られるのはマグヌスファミリアにとっても痛手のはずだと言われると、エトランジュは黙りこんだ。

 《・・・それなら、いい方法があります。それで私が彼を説得してみますから、殺すのは少しお待ち頂けませんか?》

 《いい方法、と申しますと?》

 エトランジュがいい方法とやらを語り終えると、ゼロは納得したように頷いた。

 《それはいいですね、ぜひとも成功させたい方法です。しかし、それにはマオがこちらの案に同意することが必須条件ですよ》

 《解っております・・・ではC.Cさんに彼を呼び出すように言って下さい。
 私は今桐原公のトウキョウ租界の邸宅に滞在させて頂いておりますので、すぐに向かいます》

 マグヌスファミリアの一行は白人なため、ゲットーなどにいるよりは租界にいるほうが目立たないのだ。

 《了解しました。では、トウキョウ租界の公園で》

 ゼロから待ち合わせ場所を聞いて通信を切ると、エトランジュはお手洗いから出て神楽耶に言った。

 「申し訳ないのですが、少し外に出てもよろしいですか?会わなければならない方がおりますので」

 「それは構いませんけれど・・・大丈夫ですの?」

 神楽耶の心配そうな問いに、エトランジュは頷いた。

 「ええ・・・頼もしい味方が出来るようなので」

 そう、エトランジュに危害が及ぶことはない。
 彼女に先ほど届けられた予知は、サングラスをかけた白髪の青年に抱きつかれる自分の姿だったのだから。



 一方その頃、ルルーシュは気絶したシャーリーを抱きかかえ、ゲットーにある自分しか知らない隠れ家にいた。

 日本解放戦線を囮にしたコーネリアを討ちとるのに失敗したあの夜、見事にあの白兜にやられて自分はうかつにも気絶した。
 そこへブリタニアの女性軍人に仮面を取られて素顔を見られたらしいのだが、それを阻止したのは誰あろうシャーリーだった。

 話を聞いたところ彼女は父親が自宅でナリタで会ったという黒の騎士団の協力員の少女についての事情聴取を受けており、その時部屋に飾っていた生徒会メンバーで撮った写真からルルーシュを見つけた。

 ヴィレッタ・ヌゥというその女性軍人はシンジュクゲットーで見たその少年だとすぐに気づき、彼が黒の騎士団に関係しているのではないかと疑いをかけ、シャーリーにその可能性があるから情報が欲しいと言ってきたという。

 (あの時の女軍人か!くそ、うかつだった・・・)

 シャーリーはその時は一笑に伏したのだが、確かにサボリやナナリーを放って旅行に行くというルルーシュらしからぬ行動があったことに気付き、こっそり尾行していたところあの戦いに遭遇したのだ。

 そしてヴィレッタがゼロの仮面を取ってその予想が当たったことを知った際、これで貴族になれると高笑いする彼女を、無我夢中でシャーリーは落ちていた銃で撃ったのだと。

 『だ、だってルルに捕まって欲しくなくて!ルルが意味もなくテロとかする人じゃないって知ってるもん!ルルが好きだから、ルルを取らないでって思ったから!!
 だから、私、私・・・!ルル、ルル、どうしよう!!』

 人を殺してしまったと泣きだしたシャーリーを気絶させたルルーシュは、マオがそのことをネタにシャーリーに近づき、ルルーシュと心中させようと心理誘導してきたことを思い起こして歯を噛みしめた。

 マオのことを知って駆け付けたC.Cからマオの話を聞いていたところに、タイミングよくエトランジュから定期連絡があり、ギアスの暴走やコード継承についての情報を聞いたという訳である。

 「・・・と、エトランジュ女王から聞いたわけだが。C.C、なぜこのことを話さなかった?」

 「お前のことだ、もう想像がついているのだろう?ルルーシュ」

 「ああ・・・お前の目的は、“そのコードを俺に継承させること”なんだろう?だからギアスを頻繁に使わせてギアスの力を強めさせようとしている」

 エトランジュが言うには、ギアスは使えば使うほど力が増す。逆に言えば使わなければ力は増えず、コードを受け継げる資格は得られない。

 ブリタニアとの戦争でギアスを使わせれば、短期間に暴走状態になる可能性は高い。
 だからC.Cは積極的にルルーシュに協力しているのだと、ルルーシュは考えたのだ。

 「・・・怒っているのか、ルルーシュ。何も言わずに契約だけを押し付けたことを」

 当然の話だからそうだと言われてもC.Cは何とも思わない。だが、ルルーシュは首を横に振って否定した。

 「いいや、この力を与えてくれた代償なら、いっこうに構わない。どのような裏があっても、俺はお前に感謝している」

 「ルルーシュ・・・」

 まさか真実を知ってなお感謝されるとは想像していなかったC.Cは、驚きに目を見張った。

 「契約は契約だ、叶えよう。俺のギアスが暴走するか、もしくは“達成人”となった時お前のコードを引き継ぎ魔王となろう。
 お前の呪いを俺が引き継ぎ、お前との約束を果たそう、C.C」

 「ルルーシュ・・・本気か?」

 「ああ・・・どれほどの呪いに満ちたものであれ、俺の目的を果たすためにはこの力は必要だ。
 コードもナナリーが笑って暮せる優しい世界を見守っていくために必要だと思えば、永遠の生も悪くはない」

 ルルーシュはそう言って笑った。
 C.Cは泣きそうな顔で笑って、ルルーシュに抱きついた。

 「初めてだよ、お前みたいなやつは・・・」

 C.Cは嬉しかった。まさか己の呪いを知ってなお、否定しなかった人間がいるとは思いもしなかったから。

 「それに、マグヌスファミリアもコードを消す研究をしていたと聞いている。
 まだ結果は出ていないかもしれないが、それに俺も力を貸すつもりだしな」

 「そう言えばそう言っていたな・・・お前の頭があれば、研究が成るのも早そうだし」

 C.Cとルルーシュとの間に話がつくと、ルルーシュはシャーリーを見た。

 「とにかく、マオの件を片付けないとな。シャーリーのほうは・・・彼女には悪いが、記憶を消すしかない」

 ギアスを使って自分がゼロであったことを忘れさせ、学園に戻そうとするルルーシュに、気絶していたはずのシャーリーが飛び起きて言った。

 「いや、消さないでルル!私、忘れたくない!」

 「シャーリー・・・起きていたのか」

 ルルーシュの非力な力では、大して効力がなかったらしい。
 シャーリーはC.Cを押しのけてルルーシュに抱きつき、再度懇願した。

 「ルルがゼロなんて、私絶対誰にも言わないから!ルルのこと忘れたくないの!」

 「落ち着いてくれシャーリー。君が密告するなんて、これっぽっちも思っていない」

 自分の正体を知った軍人を撃ってまで、秘密を守ってくれたのだ。今更そんな疑いなど持っていない。
 しかし、その軍人の死体が確認出来ていない。万が一生きていてそこから情報が漏れれば、黒の騎士団に通じていたと思われてシャーリーの身が危ない。

 「あ、あの変な男の人が・・・ルルがゼロならいずれ捕まるって・・・私も軍人撃ったからお父さんやお母さんも捕まって殺されちゃうから、その前にって言われて・・・ごめんなさい!動転してたの」

 「やはりか・・・大丈夫だ、それは俺がどうにかするから。
 君は何もかも忘れて、いつもの学校生活を送ってくれればいいんだ」

 「いや!ルル、やめて!どうして、どうして私じゃ駄目なの?カレンやその女の子の方がいいの?ゼロの協力者だから?!」

 (マオのやつ、カレンが騎士団にいることまで教えたのか。それでシャーリーの焦りにつけこんだんだな)

 C.Cはそのやりとりで冷静にそう分析する。
 おそらくマオはルルーシュの記憶を読み取り、カレンが黒の騎士団の一員であることを知り、それをシャーリーに教えることでこのままでは自分がルルーシュの心に入り込む余地がないから今のうちにとでも言ったのだろう。
 
 ルルーシュはだいたいの人間の心理を分析出来るが、女心だけは専門外であることを嫌というほど知っているC.Cは、助け船を出してやることにした。

 「いいじゃないかルルーシュ。別に記憶を消さなくても」

 「C.C!だがこのままではシャーリーが」

 「だいたいその女が撃った軍人の生死が不明なんだろう?もし生きていたら、そいつの記憶を消したところで彼女が危険なのは同じじゃないか」

 「それはそうだが・・・」

 そこまで話した時、C.Cは契約者とだけ話せる精神会話でルルーシュに語りかけた。

 《だったら、その軍人の始末がついた後で改めて消せばいい。今消すのは却って危険だ・・・マオの件もある》

 《それまでは俺がシャーリーについて、ブリタニア軍から守るしかないということか》

 C.Cの意見にも一理あると思ったルルーシュは、全力でシャーリーが撃ったという女軍人の行方を確かめることにした。

 「解った、君の記憶は消さないよシャーリー。
 だが済まないが、君が撃ったという軍人の情報をくれないか?この件をうまく処理するためにも、必要なんだ」

 「ほんと、ルルーシュ?ありがとう!」

 シャーリーは安堵した笑みを浮かべて、ルルーシュに言われるがまま自分が会った軍人の情報を話した。

 「ヴィレッタ・ヌゥか・・・すぐにでも調べるとしよう。
 シャーリー、カレンはゼロの正体が俺だということは知らない。だから、学校でもカレンとその話をするのはやめてくれ」

 「そっか、カレンは知らないんだ・・・でも、あのカレンがねえ・・・」

 あの病弱なお嬢様だと思っていたカレンが、黒の騎士団でルルーシュと付き合っていたと思っていたシャーリーはさらにほっとした。

 ゼロの正体を知っているのは自分だけ。そう思うと、なんだかとっても嬉しい。

 だがそう思った瞬間、マオの言葉が脳裏に蘇った。

 『ルルーシュを救ったのは自分・・・そう思って彼を手に入れられるかもって醜い考えを持っただろう?』

 「・・・・!!!」

 青ざめた顔でうずくまったシャーリーに、ルルーシュは慌てて膝をついて彼女を抱きしめた。

 「大丈夫だ、安心してくれシャーリー。巻き込んでしまった以上、俺が守るから」

 「違うの、違うのよルル。私ね、ひどい女なの。ゼロの正体を知って、それを助けたから私、ルルに好きになって貰えるって思ってたの」

 「それがどうしたというんだ、シャーリー。俺はもっと外道なことを考えて、そして実行に移してきた。
 それに比べれば、君ははるかに純粋だよ、シャーリー」

 「ルル・・・」

 「君はただ友人を助けようとしただけだ・・・君は悪くない。俺がすべて片付けるから、何の心配もいらないから・・・泣かないでくれ」

 全てが終わったら、本当に何もかも忘れさせるから。
 ゼロのことも、彼女が犯した罪も、自分への想いも・・・嫌なことは全て。

 「さあ、帰ろうシャーリー。俺達の学園へ」

 「ルル・・・うん、帰ろう。みんなが待ってるもの」

 シャーリーは安心したようにルルーシュの腕につかまりながら立ち上がる。

 「C.C、マオの件は彼女達と連携して片付けることにした。詳しい事は彼女から聞いてくれ」

 ルルーシュがエトランジュとの待ち合わせ場所を教えると、C.Cは了解した。

 (彼女達って・・・ルル、他にも協力してくれる女の子いるんだ)

 無意味に女を引き付ける想い人に、シャーリーは内心で大きく溜息をつく。
 よもや無自覚な女たらし認定を横にいる少女にされているとは思ってもいないルルーシュは、大事そうにシャーリーと手を繋いでアッシュフォード学園へと戻るのだった。



[18683] 挿話  父親と娘と恋心
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/11 21:19
  挿話  父親と娘と恋心


 
 ナリタから戻ったルルーシュが生徒会室に入ると、シャーリーが大きく溜息を吐きながミレイに今日の生徒会は休ませてほしいと頼んでいるところに遭遇した。
 
 滅多にないシャーリーの休暇願いに、ミレイは心配そうにその理由を尋ねた。

 「どうしたのよシャーリー。どこか具合でも悪いの?」

 「違う違う、そんなんじゃないの。実は単身赴任をしてたお父さんが、急きょトウキョウに戻ってくることになってね」

 「あらあら、また急に戻ってくることになったのねえ?」

 「うん、実はちょっと怖い話なんだけどね・・・お父さん地質学者で、ナリタ連山で仕事してたのよ」

 サクラダイトの鉱脈がフジ以外にもないかどうかを、エリア11を巡って調べるのがシャーリーの父親の仕事だった。
 だが黒の騎士団によりナリタ連山は土砂で埋もれてしまい、とても調査どころではなくなったため、また別の調査対象の山が決まるまで待機ということになったのだそうだ。

 「ナリタ、連山・・・」

 ルルーシュが内心青ざめた表情で呟いた。
 生徒会のメンバーは黒の騎士団によるテロに巻き込まれそうになったシャーリーの父親を案じてのことだと思ったが、もちろん違う。
 己が起こした土砂崩れの場所に、よもや友人の父親がいるとは思いもしなかったのだ。

 「ああ、大丈夫よルル。お父さん周辺の人達とすぐに避難したから、全然元気」

 シャーリーの言葉に、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。
 これから死者が大勢出る戦争に発展していくことは、承知の上だった。
 だが、何の関係もない一般人、しかも知人の友人まで巻き込むことになるなど、今の今まで思い当たらなかったのである。

 幸い今回は無事だったようだが、もし本格的に日本解放戦争となったら当然最後の舞台はここ、トウキョウ租界だ。
 
 (せめて己の箱庭に住む者達くらいは巻き込まないようにしなくてはならない・・・ナナリーのためにも)

 「・・・それはよかったなシャーリー。あの土砂崩れは相当なものだったと聞いていたが、どのあたりに住んでいたんだ?」

 事実、ルルーシュの想定範囲外にまで土砂が及んでおり、エトランジュ達の機転がなければ大きな失点となるところだったのだ。
 シャーリーが父親が借りていたナリタ連山にある借家の住所を答えると、もろにその場所であったことを知り、内心で冷や汗を流す。

 (エトランジュ女王達には、個人的にも感謝だな・・・)

 よもやゼロの知人がいると知っての行為ではないだろうが、公私ともに大きな借りを作ったなとルルーシュは思った。

 「それでね、お父さんの私物もみんな土に埋もれちゃって・・・仕事柄単身赴任ばっかだから、家にそんな服も置いてなくて・・・それで今から買い物に付き合えって言われちゃったの」

 「そういうことなら、仕方ないわね。単身赴任ばかりなら、この辺りの事もよく知らないだろうし・・・」

 ミレイが許可を出すと、シャーリーはありがとうございます、と頭を下げた。
 と、そこへミレイがルルーシュに向かってニヤリと笑いかけて肩を叩く。

 「そうだルルちゃん。シャーリーとお父さんの買い物、貴方も手伝ってあげてよ」

 「俺が?どうしてですか」

 「だって、お父さんの服って当たり前に男性用でしょ?
 その手の店にシャーリーが詳しい訳ないんだから、ここは同性であるルルちゃんのほうが適正じゃないの」

 悪戯っぽい笑みなミレイのもう一つの真意はむろん、カレンとルルーシュが付き合っているのではとやきもきしているとシャーリーを慰めるためだったりするのだが。

 ルルーシュは黒の騎士団との二重生活の中、少しでも負担になるような事は正直避けたかった。
 しかし、確かエトランジュが“たまたまいた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたおかげで住民の避難が成功した”と言っていたのを思い出し、まさかと思ったので了承することにした。

 「解りました。シャーリー、君もそれでいいか?」

 「え、え、いいの?!」

 「ああ、別に構わないぞ。俺の分の仕事は会長がやってくれるそうだし」

 「えー、どうしてそうなるのよー?!」

 その言葉にミレイは不満そうに叫んだが、言いだしっぺは会長だというルルーシュの言葉に頬を膨らませる。

 「ある程度まででいいですよ。差し迫ったものもないようだし・・・じゃあ、行こうかシャーリー」

 「う、うん!じゃあ私着替えて来るから、正門前で待っててね」

 まさかルルーシュと買い物できるなんて、とシャーリーは顔を上気させ、有頂天に生徒会室から走って行く。

 「久々に父親と会えるからって、そんなはしゃがなくてもいいのにな」

 「あー、いや、そういうわけじゃないから、ルルーシュ」

 鈍い友人の天然発言に、ニーナはシャーリーに何度目か解らない同情をしたのだった。


 30分後、ルルーシュとシャーリーが正門前に来ると、既に彼女の父親がそこで待っていた。

 「あ、お父さん!早かったね」

 「ナリタ周辺住民が一時的にトウキョウ租界に避難することになってね。そのための臨時便が出たから、それに乗って来たんだよ」

 ナリタの適当な店で買い求めたというラフな服装でやって来たシャーリーの父親は、娘の顔を見て頬を緩めた。

 「今日は部活はいいのかい、シャーリー?」

 「部活はないけど、生徒会があって・・・でも、会長が快く休みをくれたから」

 「そうか、それは悪いことをしたな。後でケーキでも買って、皆さんに差し入れてあげなさい」

 「そうだね・・・そうそう、今日私達の買い物に付き合ってくれるって、うちの生徒会の副会長のルルーシュが来てくれたの」

 シャーリーがそう言って父娘の再会をどこか遠いものを見るように見ていたルルーシュを手招きすると、ルルーシュが二人に歩み寄って手を差し出して自己紹介する。

 「ルルーシュ・ランぺルージといいます。シャーリーには、いつもお世話になっています」

 「いやいや、娘の方こそ世話になって・・・シャーリーの父です。娘からは君の事は常々聞いているよ」

 娘がたまにする電話で世間話のように聞かされていた少年が、娘の意中の人物だと彼はすぐに悟った。
 こうも毎回同じ人物、しかも異性の話をされれば、どんなに鈍い人間でも解ろうというものだ。
 気づかないのは当の想い人のみである。

 「あのね、お父さんの服男性用だから私よく解らないだろうって、ルルが来てくれることになったの」

 シャーリーが嬉しそうに言うと、これではむしろ自分がお邪魔虫だとフェネットはいたたまれない気分になった。
 今からでも自分抜きで若い二人だけで・・・と言いたかったが、主目的は己の買い物なので、今更断るわけにもいかない。

 普通の父親なら娘のボーイフレンドを見極めようとするものかもしれないが、フェネットは娘を信頼していたのでそこまでしようとは思っていなかったのだ。

 「そうか、忙しい中すまないねルルーシュ君。では、今日はよろしくお願いするよ」

 「ええ、俺でよろしければいくつか行きつけの店を紹介します」

 「君のような年代の子が行く店か・・・もうおじさんの私では似合わないかもしれないな」

 「とんでもないですよフェネットさん。もう高校生の御令嬢がいるとは思えないほど、若々しくていらっしゃいます」

 天然タラシと言われるルルーシュの弁舌は、別に女性にだけ発揮されるものではなかったらしい。
 フェネットはいやいや、と否定しながらもまんざらではなさそうだ。

 三人が歩き出すと、ルルーシュはまず自分が愛用しているデパートを案内することにした。そこなら年代別の服装はむろん、下着や日常品が一気に選べて配送もして貰えるからだ。

 シブヤにあるデパートにフェネット父娘を連れて行くと、まず日常に使う服、下着、日常品などを次々に選んでいく。
 さすがに男の買い物は早く、それはすぐに終わったのだがついでにシャーリーも服が欲しいと言い出したため、付き合い料の名目で買って貰えることになったシャーリーは目を輝かせてレディースフロアに飛んで行った。

 「まったく、女の子というのは・・・もうすでにたくさん持っているというのに」

 喫茶店で溜息をつくフェネットに、ルルーシュは笑いながらフォローする。

 「シャーリーもお年頃だから仕方ないですよ。成長期ですからすぐに服も合わなくなるし」

 「それもそうだが、それだけじゃない気もするよ」

 「と、言いますと?」

 きょとんとした顔で聞き返すルルーシュを見て、フェネットは娘が恋焦がれているこの少年が半端なく鈍いことを知った。
 横に好きな男の子がいたら自分をもっと魅せたいと思うのは当然のことで、それ故に服や化粧品などが欲しくなるものだというくらい、自分でも知っている。

 (これは手強そうだ・・・頑張れシャーリー)

 内心でそうエールを送るフェネットは、シャーリーに手渡したコンサートのチケットのことを思い出した。
 友達を誘うと言っていたが、あの声音からおそらくボーイフレンドの方だろうと予想していたので今後の展開を楽しみにすることにした。

 「いや、何でもないよ・・・それより、当分はトウキョウ租界にいることになるので家族サービスでもしようと思っているんだが・・・シャーリーが喜びそうな場所とかは知らないかな?」

 今日のお礼と称して誘って、自分は急に仕事が入ったことにしてキャンセルしようと娘のためにささやかな計画を瞬時に立てたフェネットの問いに、ルルーシュはすぐに答えた。

 「シャーリーは水泳部ですから、そうですね・・・クロヴィスランドのプールなどいかがですか。
 大型のスライダーなどもありますから、家族にも人気だそうですよ」

 「なるほど。いや、いつも放っておいてばかりなので、娘の喜ぶものなどあまり見当がつかなくてね」

 「放っているなどとんでもない!放っておくというのはですね、子供に対して何もしないことをいうんです。
 俺はフェネットさんはシャーリーを大事に思い、育てていると思いますよ」

 やけに語調の鋭いルルーシュに、フェネットはもしかして彼は親とうまくいっていないのではないだろうかと思った。
 
 「その、失礼だが君のご両親は?」

 「・・・母が事故で亡くなった後、俺達に何も手を差し伸べなかったあのクソ親父は本国でふんぞり返っています。母の遺産で何とか暮らしているんですよ」

 「養育費も送ってこないのかい?・・・君のお父さんは」

 「そんな単語があの男にあるとは思えませんね」

 戦争を起こすつもりで戦場となる国に目と足が不自由な妹と共に送り込み、助けのHの字も寄越さなかったあの父親に、ルルーシュは何も期待していない。
 再会したが最後、自分は容赦なくあの男の心臓に銃弾をお見舞いするであろう。

 「だから、貴方のように子供を大事にしてくれる父親が羨ましい。貴方のような人が父親だったらと、いつも思っています」

 せめてナナリーだけでも、フェネットのような人の元に生まれていればよかったのに。

 「そうか・・・まあ、これも縁だ。何かあったら、相談くらいには乗るよ」

 「ありがとうございます・・・すみません、初対面の人にこんな話を」

 「振ったのは私の方だから、気にしないでくれ・・・ああ、ナリタのニュースをやってるね」

 無理やり話題変換を試みたフェネットが、喫茶店に置かれていたテレビのニュースを見やって言った。

 「ナリタ連山の被害は甚大でありましたが、幸い政庁からの避難誘導に従った市民が多く死者は出ませんでした。
 なお、この土砂崩れは黒の騎士団が人為的に引き起こしたものであるとの見解が・・・」

 「やっぱり、黒の騎士団が原因か・・・避難するよう呼びかけて正解だったな」

 フェネットがぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュが目を光らせた。

 「貴方はこの土砂崩れを知っていたんですか?」

 「ああ、実は私達が住む地域にまで土砂崩れは来ないと読んでいたから、安心していたんだけどね・・・ここは危ないとわざわざ忠告してくれた女の子がいたんだよ」

 (エトランジュ女王か・・・まさかとは思ったが、シャーリーの父親と会っていたのか)

 今回シャーリーの父親と会う事にして正解だったらしい。
 しかし、なぜルルーシュはエトランジュの言葉を信じたのか不思議に思い、尋ねてみた。

 「なぜテロリストの言葉なんかを信じたんです?普通あそこまで土砂が来るなんてあり得ないでしょうに」

 「そうだな・・・“あり得ないからこそ信じた”ってところかな?」

 フェネットがそう言うと、買い物を終えたらしいシャーリーが背後から声をかけた。

 「なあに、それ?よく解らないけど」

 機嫌良く紙袋を荷物入れに置いたシャーリーは、顔を赤くしながらもさりげなさを装ってルルーシュの横へと座った。
 
 「ナリタの話?私も聞きたいな」

 自分だけ置き去りにされるのが悔しくて、シャーリーが話に加わるとフェネットはそんな娘に苦笑を浮かべながらも答えてやる。
 
 「いや、私達に避難するよう呼びかけたのは、何世代前のだって言いたくなるほどの古いナイトメアに乗った女の子でね・・・しかもお前より年下のようだったよ」

 「そんな古い機体に乗せた女の子まで参加しているの?黒の騎士団って」

 子供を戦わせるなんてひどい、とシャーリーは怒ったが、フェネットはまぁまぁ、とたしなめて続けた。

 「その子は特に弁舌を弄したわけではなくて、ただこの辺りまで土砂が来ると計算結果が出たから避難してくれと訴えただけだった。
 他の人は何を馬鹿なと思ったみたいだけど、私は本当にそんな計算が出たから忠告に来たんじゃないかと思ったんだよ」

 黒の騎士団は、テロリストだ。テロリストに何でもないことのために人員を割く余裕があるとは思えない。
 なら今回の件も何らかの意味があるはずだと、フェネットは考えたのだ。
 本当に黒の騎士団が行う作戦で、大規模な土砂崩れが起こるかもしれないと。

 「実際、滅多な事じゃあそこまでの土砂崩れは起こらない。それこそ相当なダメージを相当な兵器を使って与えない限りあり得ないことだ。
 けど、昔のエリア11のコミックにあったな・・・・“あり得ないなんてことはあり得ない”と」

 あの少女の台詞を聞いた時、フェネットは本当にそんな兵器を黒の騎士団が作ったのではないかと思った。
 フェネットは人種差別を妄信してはおらず、虐げられれば人間反発するものだということを知っていた。
 だからこそ恨みをバネにそんな恐ろしい兵器を作ったのかもしれない・・・もともと日本人は器用で高い技術力を持った国だったではないか。 

 黒の騎士団は正義の味方を謳っているからこそこうして忠告する人間を差し向けたのだと考えたフェネットは、少女を信じることにした。
 何も起こらなかったとしたらそれでよし。ただ自分は心配性だというレッテルが貼られて終わりである。

 だから少女の台詞に合わせて住民達を避難させたのだが、それは見事に正解だったわけだ。

 「お陰で住民からは感謝されたし、軍からもお褒めの言葉を貰えたよ。人間誰からのものであれ、忠告は聞いておくものだね」

 「それは・・・よかったですね」

 「まあ、こうして臨時の休みが貰えて娘ともしかしたら義理の息子になるかもしれない子とゆっくりできるんだから、大きな声では言えないが黒の騎士団に感謝してもいいかもしれないね」

 フェネットが後半は小さな声で言うとルルーシュは目を見開き、シャーリーはリンゴのように真っ赤になって父親の肩を叩いた。

 「ちょっと、お父さん!ルルとはそんな仲じゃないんだってば!!」

 「そうなのかい?私はてっきり・・・」

 「ル、ルルだって困ってるじゃない!もー、まったく・・・」

 照れ隠しに乱暴にフォークを動かしてケーキを食べるシャーリーに、ルルーシュは天然で残酷な言葉を言ってしまった。

 「そうですよフェネットさん。俺みたいな男がシャーリーと付き合うだなんて・・・」

 ガシャン、と音を立てて、シャーリーの手からフォークが落ちた。
 自分はこんなにも彼のことが好きなのに、彼にとってはそんな対象ではないのだろうかとシャーリーは不安になる。

 「知っての通り、俺には目と足の不自由な妹がいて、親もいない。
先行きがいろいろと不安なので恋愛どころじゃないですし、そんな男が大事な娘さんを幸福に出来る自信はありませんよ」

 軽くそう笑いながら優雅な手つきでコーヒーを飲むルルーシュに、シャーリーは恋愛どころじゃないという言葉にホッとなるべきなのか、それとも悲しむべきなのか迷った。

 (恋愛どころじゃないってことは、カレンもその対象じゃないってことで・・・でも、それならそれで私はルルにそういう対象に見られることはなくて・・・)

 「そうか、妹さん思いだなルルーシュ君は・・・私としてはそういう子が娘の婿になって欲しいものだけどね」

 「フェネットさんも冗談がお上手だ」

 はははと笑い合う父と恋焦がれる少年に、シャーリーはもう顔を赤くするしかなかった。
 ぐるぐる回る思考をしている娘に、青春してるなと感慨に耽るフェネットだった。
 
 
 今日の休暇の礼にと生徒会への差し入れを買った一行は、デパートを出たところで父親は家に帰ると言って別れた。

 いや、父親がおせっかいにも“以前渡したチケットのコンサート、彼を誘うつもりなんだろう?うまくやりなさい”などと囁いてきたので、さっさと帰ろうとばかりにシャーリーが強引にルルーシュを引っ張ったという方が正しいだろう。

 フェネットは娘の恋がうまくいくように祈りながら、わざとらしくハンカチを振ってそんな二人を見送っていた。

 「まったくもー、お父さんってば」

 ぷりぷり怒りながら学園への道を歩くシャーリーに、ルルーシュはいつになく真剣に言った。

 「君のことを大事にしてくれる、いいお父さんじゃないか・・・そう怒ってやるな」

 「だってさ、ルルにだって余計なことばっかり・・・」

 「今回のことだって、一歩間違ったらお父さんは土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないじゃないか・・・そう思うと生きて戻れたことに安心して、気が緩んでいるのかもしれないし」

 もしエトランジュ達が来なかったら、十中八九そうなっていただろう。
 今頃シャーリーの元に父親の訃報が届いていたかもしれないと思うと、ルルーシュの背中に冷たいものが走る。

 自分が行く道は悪鬼羅刹が跋扈する戦場であり、数多くの犠牲が出ると解っていたはずだ。
 そのために犠牲になる者が多く出ることも、身内を殺されて泣き崩れる者が大勢出てくることになることも、全て理解していたはずだ。

 (幸い、運良く今回は回避できたが・・・これを教訓にして、もっとシミュレーションの幅を広げておかなくては)

 覚悟は出来ていても、だからといってむざむざ手を打たないほど自分は馬鹿ではない。
 ルルーシュはそう決意すると、不意に足を止めた。

 「どうしたの、ルル?急に止まって」

 「ああ、携帯のバッテリーが壊れかけているから、そろそろ買い換えようと思っていたのを思い出してね。ついでに今から行ってこようと思って」

 「それなら、私も・・・」

 慌ててついていこうとするシャーリーだが、ルルーシュは彼女の手にあるケーキが入った箱を指して言った。

 「シャーリーはそれを生徒会のみんなに届けてやってくれ。夏場だし、早く食べたほうがいいからな」

 「そ、それもそうだね。じゃ、また後で」

 (わあん、コンサートのこと言うきっかけなかった!!)

 シャーリーが内心でそう叫びながら学園に向かって走り去ると、ルルーシュは携帯電話のショップを通り過ぎてシンジュクゲットーの方へと足を進めた。


 その日の夜、フェネットは自宅でナリタ連山で会った黒の騎士団の協力者と名乗ったナイトメアに乗った少女について、改めて尋問を受けていた。
 フェネットは避難した後にも言ったようにその少女から避難するよう言われて念のためにそうしただけ、ナイトメアも旧型でケープを羽織った十代の少女としか言えないと答えると、ヴィレッタ・ヌゥと名乗ったその女性軍人は深く頷いて軽くメモを取った。

 「フェネットさんに黒の騎士団に通じているなどという疑惑はありません。  
 こうして幾度もお尋ねしたのも、また新たに思い出したことがないか確認させて頂いているだけのことですので」

 「それならいいのですが」

 余計な疑いをかけられて連行されたりすれば、娘にも累が及んでしまう。フェネットは疑いはないようだが、面倒なことだと内心で大きく肩を竦めた。

 ヴィレッタとしても本当に形式的に聞きに来ただけなので、長居するつもりはなかったらしい。さっさと辞去する旨を伝えると、ふと飾ってあった写真に目を止めた。

 「・・・この写真、お子さんの写真ですか?」

 「ええ、娘と娘が所属している生徒会のメンバーの写真です。以前娘が送って来たもので・・・」

 単身赴任中にシャーリーが送って来た生徒会メンバーの集合写真を、避難する時に持って来たのだと答えるフェネットは、その写真の真ん中にいる黒髪の少年を凝視しているヴィレッタに眉をひそめた。

 「あの、そちらの少年がなにか?」

 「いえ、ちょっと見かけたことがある気がしただけですが、気のせいでした・・・夜分遅くに、失礼しました」

 ヴィレッタはそれだけ答えると、再度礼をしてフェネット家を辞した。

 (あの少年は、あの時のテロの現場にいた・・・アッシュフォード学園、か)

 これは調べてみる価値があると内心で呟くと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。



[18683] 第六話  同情のマオ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/19 11:50
  第六話  同情のマオ



 翌日夕刻、シンジュクゲットーにあるルルーシュの隠れ家でエトランジュはC.Cと会っていた。

 「事情はある程度ゼロより伺っておりますが・・・いくら何でも、何も知らない人間にギアスを与えて利用するのは酷くありませんか?
 ましてギアスの暴走と言う必ず伝えなくてはいけない事すら教えないなんて」

 冷たいエトランジュの声に、C.Cはいつものように涼しげな態度で応じた。

 「解っていてやったんだ・・・私は魔女だからな」

 「私にはコードを持っただけの普通の人間の女性に見えますが」

 思いもしなかった台詞で言われて、C.Cは驚いたようにまばたきする。

 「お前には、私が普通の人間に見えるのか?」

 「ええ、どこにでもいる普通の女性に見えます。だから、こうやって苦情を申し上げているのではありませんか」

 貴女は人間以外の存在に、こうやって懇々と苦言を呈したり説教したりということをするのですかと言われ、C.Cはなるほどと笑みを浮かべた。

 「そうか・・・人間扱いされるのも、ルルーシュ以外では久々のことだな」

 生まれた時から孤児で奴隷として売られ買われた日々。
 やっと自分を望んで愛してくれる人がいたと思えば、自分をいわば生贄として利用するために選ばれただけだった。
 ギアスでしか愛を得られず、それ以降は魔女として疎まれた。

 けれど目の前の小さな女王は、自分が人間に見えるからこそこの行為に怒っているのだと言う。

 (ルルーシュとは違った意味で、初めてだなこんなやつは)

 「とにかく、これからマオさんに会いにいくわけですが、貴女には必ずして頂きたいことがあります」

 「なんだ?」

 「マオさんに謝って下さい」

 C.Cがどんな目的でマオを拾い、そして何故捨てたかを正直に言い、その上で謝るべきだとエトランジュは言った。

 「人間相手に迷惑をかけたら謝るべきだと、私はお母様から教わりました。
 貴女は理由があったとはいえマオさんを大事に育てたのかもしれませんが、彼を歪む原因を作ってしまったのですから」

 「解った・・・今日、トウキョウ租界の小さな遊園地で会う手はずになっている。
 ルルーシュが当分の間、そこへ誰も入れないようにするそうだ」

 「解りました。では、参りましょう」

 エトランジュは隠れ家の外で見張りをしていたジークフリードとC.Cの三人で、トウキョウ租界へと戻った。

 約束の時間までまだあるので、エトランジュは先にアルカディアやクライスのお土産としてタコヤキやタイヤキを買いたいと言ったが、冷めるとまずいと言われて断念する。

 「せっかく桐原公からお小遣いを頂きましたのに・・・日本の美味しいものを買って、みんなで食べようと思っていたのですが」

 日本の食べ物は、こうやって細々と屋台で売られているものだけで、物珍しさからブリタニア人、懐かしさから日本人が買っていく程度のものだった。

 「昔頂いた赤福も、もう売っていないそうです。何か他にないでしょうか・・・」

 屋台を見回してみると、apple candyとcotton candyと書かれた屋台を見つけた。エトランジュはなんだろうと思って近寄ると、確かに林檎を飴でくるんだものと、綿のようなお菓子が並んでいる。

 「わあ・・・これ、何て言うんですか?美味しそうです」

 目を輝かせて尋ねるエトランジュに、名誉ブリタニア人の男が丁寧に説明する。

 「これはご覧のとおり、林檎を飴でくるんだものです。少し食べづらいですが、甘くて美味しいですよ」

 「私には甘すぎそうなので合いそうにないな・・・」

 ジークフリードが果物の飴漬けと聞いて胸やけがしそうな顔をしたが、エトランジュはニコニコしている。

 「こちらは砂糖を機械で綿状にした飴です。手で食べるとベタベタしますが、こうやって割りばしで絡めれば・・・」

 店員が器用に機械から出てきたわたあめを絡め取ると、まるで雲が割りばしに刺さっているかのようだ。

 「わあ、綺麗!あの、これお土産に持って帰りたいんですけど・・・出来ますか?」

 「はい、もちろんです!こうして袋に詰めれば・・・リンゴ飴もビニールに包めば大丈夫ですよ」

 「じゃあ、林檎飴とわたあめを十人分ずつ」

 「どれだけ食うつもりだお前」

 C.Cが思わず突っ込むと、エトランジュは実に嬉しそうな表情で答えた。

 「だって、おじ様方やお友達の方にも配りたいんです。きっと皆さん、喜んで下さいます」

 おじ様方とはキョウト六家の面々で、お友達の方とは神楽耶のことだ。
 日本奪還を目指して日々粉骨砕身している方々に、せめてもの差し入れをというエトランジュに、C.Cはナリタで会って以来常に感情を抑制しているように見えた彼女の本質を垣間見た気がした。

 ふとジークフリードを見てみると、彼は無表情でわたあめが作り出されているのを年相応に興味津々に見ている主君を見つめている。

 「凄い、砂糖が綿みたいに・・・どうやって作るんですか?」

 「機械ですから、詳しい事はちょっと・・・はい、どうぞ」

 大量に積まれた林檎飴とわたあめに、エトランジュは少し重そうに受け取った。

 「けっこうかさばるんですね」

 「わたあめは食べようとすると量はそれほどでもないので、それくらいじゃないと物足りないんですよ」

 「そうなんですか・・・あ、これお代です」

 先に荷物になる物を買ってしまったが、夜になると名誉ブリタニア人は特例を除いて帰宅しなければならないため、屋台が閉まってしまうから仕方ない。

 こうして時間を潰すこと二時間後、マオとの約束の時間の十五分前に、エトランジュ達は待ち合わせ場所である遊園地にやって来ていた。

 「マオさんとおっしゃる方は、白い髪で背の高い男性・・・でしたよね?年はお幾つですか」

 「十一年前の六歳の時にギアスを与えたから・・・十七歳のはずだ」

 「アルカディア従姉様より年下なのですね」

 (そういえば、ルルーシュとも同じ年になったんだな・・・)

 マオと出会ったのは十一年前で、それからはずっと彼を育てて暮らしていた。だがある日マリアンヌとシャルル、そしてV.Vと出会い、“ラグナレクの接続”という計画を知らされ、それならマオにコードを押し付けなくてもよくなると思い賛同した。

 それ以降はお飾りのギアス嚮団の嚮主になり、マオには内緒でブリタニア首都のペンドラゴンの宮殿とギアス嚮団本部にたまに顔を出していたが、それでも彼と暮らしていた。

 だが七年前にマリアンヌが殺され、シャルルとマリアンヌ、V.Vに不信を抱いたC.Cは当初の計画通りマオにコードを渡そうとしたが・・・結局、出来なかった。

 嫌なことを後回しにしていたツケが今回ってきたと、C.Cは自嘲した。

 暗い園内で三人で待っていると、いきなり電気が点灯しメリーゴーランドが回り出した。

 「C.C~!来てくれたんだね!余計な子もいるみたいだけど・・・」

 白馬に乗った王子様、と己で言いながら現れたマオは、ぎろりと鋭い目でC.Cの横に立つエトランジュを睨みつけた。

 「何だよ、お前・・・僕を説得に来たんだろ?どうせ無駄だと・・・思うけど・・・」

 マオは初めこそバカにした様子だったが、だんだん語尾が小さくなっていく。
 エトランジュはいきなりな登場の仕方に初めこそ瞬きを繰り返して呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締めてマオを見つめた。

 「初めまして、こんばんは。私はエトランジュと申します、マオさん。
 C.Cさんから貴方のお話は伺いました。だから、私と話をして頂けませんか?」

 「う、うるさいうるさい!何だよ、僕に同情してるのか?!
 そんなの僕はいらない!C.Cがいればいいんだ!!」

 「はい、それは解っています。でも、それは私達が困るのです。
 だから、丸く納まる方法を考えてみたので、検討して頂きたいのです」

 「なんだよ、確かにその方法なら、何とかなるかもしんないけど!!その方法はすぐには使えないんだろ!
 日本が解放されるまではたぶん無理だって、それまで僕はどうしろってんだよ!
 それに、その方法でギアスが僕からなくなったって、今更僕は人間となんか暮らせないんだ!!
 C.Cとじゃないとだめなんだよ僕は!!」

 エトランジュの心を読んで彼女の提案する策を知ったマオだが、頑なに拒否してメリーゴーランドから降りた。

 だが、それでもエトランジュが己に同情はしても悪意は持っていないことは理解しているのだろう、ゆっくりとエトランジュとC.Cに歩み寄る。
 そしてギアスを使いエトランジュの記憶を読み取ると、だんだんその顔から血の気が失せていく。

 「それに・・・嘘だよねC.C。僕に不老不死のコードを押し付けるつもりだったなんて・・・ね、僕にそんな酷いことするつもりだったなんて、この子の勝手な推測なんだろ?」

 本当は自分ですらそのとおりだと心の底では解っているだろうに、マオは震える声でC.Cに否の答えを求めた。

 「・・・すまない、マオ。私はお前を・・・」

 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!C.Cがそんなことを僕にするはずがない!!」

 「そうですね、マオさん。C.Cさんは貴方にそんなことが出来なかった。だから、貴方の元から去ったのです」

 エトランジュが静かな声でそう言うと、マオは荒く呼吸を繰り返しながらエトランジュを見た。

 「貴方を大事にしていたから、貴方に辛い運命を押し付けることが出来なくて・・・でもコードを自分から消したくて・・・・だから貴方を置いて行ったのです」

 「でも、でも!僕はC.Cがいないと生きてけないんだ!独りは嫌なんだよ!
 だから僕が死ぬまでは傍にいてよ、お願いだから!!」

 エトランジュの言葉が真実だと知ったマオは、それでもC.Cを頑なに求めた。
 そして常に誰かと共にいるエトランジュには、マオの気持ちが痛いほど解る。
 独りで生きていくことが、どんなに怖いか。そしてたった一人と決めた存在が失われたことが、どれほど恐ろしいことか。
 だから、エトランジュは言った。

 「貴方の気持ちは解りますよ。貴方の人生に、C.Cさんは大きな責任がありますからね」

 「そうだよね、そうだよね!だからC.C、僕と一緒にオーストラリアに行こう。僕、家を買ったんだ!」

 エトランジュから同意を得られて嬉しそうな声で言うマオだが、心の中でエトランジュが思っていることを知り、台詞が止まった。

 「何だよ、だけどC.Cを連れていかれたら困るって・・・ブリタニアがC.C狙ってるからって・・・!」

 「C.Cさんがブリタニア軍に捕まって、人体実験を受けていたことは今ご存じになったかと思います。
 ただでさえ不利な中、ブリタニアにギアス能力者を大量に得られたら困るのですよ」

 「そんなの、僕には関係ない!」

 「でも、オーストラリアに一緒に逃げたとしても、また貴方もろとも捕まってしまうかもしれませんよ?
 貴方は特に、戦争に便利なギアスをお持ちですし・・・」

 「う、うるさい!・・・そーだ、いい事を教えてあげるよエディ。ゼロの正体」

 エトランジュが真っ正直にC.Cがブリタニアに連れていかれたら己が困ると告げたのと同時に、本当に自分を心配してくれているのだとマオは解ったが、人間と言う存在を信じていないマオは彼女の醜い部分が見たくなった。
 ゼロがブリタニアの皇子と知れば、きっと彼女は騙されたと怒るに違いない。

 「ゼロはね、今のブリタニア皇帝の末の皇子なんだよ!彼は自分を捨てた父親に復讐したくて、君達を利用しているにすぎないんだ!」

 C.Cが止めるより先に、マオは満を持して暴露した。
 にやりと笑みを浮かべてエトランジュを見やると、彼女は目を小さく見開いた後口を開いた。

 「そうですか・・・ブリタニア皇帝は子供を捨てるような人なんですか。それなら怒って仕方ないですね」

 「え・・・何で君、ルルに対して怒らないのさ」

 マオが理解不能というような顔で尋ねるのを見て、C.Cも驚いた。
 彼がそう言うからには、本当にエトランジュは怒っていないのだろう。

 「どうしてって・・・親から捨てられた子供が怒るのは当たり前でしょう?
 マオさんだって、C.Cさんからいきなり捨てられて怒ってらっしゃるのではありませんか?」

 「怒って・・・怒ってるわけじゃない!ただ、C.Cを連れ戻したくて!!」

 これまで見てきた人間とはまるで違う反応をするエトランジュが理解出来なくて、マオは必死で彼女を否定する。

 「うるさいうるさい!何でお前怒らないんだよ!同じブリタニアを恨みを持つ者同士で同盟を結んでいくのに変わりない、理由は人それぞれなのは仕方ないって!! 
 何でそんな割り切って・・・割り切らないとやってけない?!戦争やってる時点で奇麗事じゃやってけないから・・・・?!」

 マオが読んだエトランジュの考えは、こうだった。

 戦争をしている時点で、奇麗事ではない。目的を達するためには、汚れた手段などいくらでも使わなければならない。
 他人を利用するのだから、自分達も利用されても仕方ない。
 ブリタニアを恨む人達は数多くてその理由もそれぞれだから、いちいち気にしていたら切りがない。
 
 ゼロはブリタニアを恨んでいる。たとえその正体がどのようなものでも、彼の才能を頼りにしてブリタニアを倒そう。

 ゼロの正体はブリタニアの皇子・・・でも父皇帝から捨てられた。なら自分達を利用はしても裏切りはしないだろうから、気にしなくてもいいだろう。
 
 マオはエトランジュの理論は筋が通っている分、理解は出来た。ただ、感情で生きている彼は、そこまで理性で物事を捉えるエトランジュが理解出来ないのだ。

 理解出来ないものを遠ざけようと両耳を塞いだマオに、エトランジュは心の声で語りかけた。

 《聞こえますか、マオさん。どうか、私と話をして下さい》

 「・・・・っ」

 《ゼロの正体を教えてくれてありがとうございます。でも、それは今関係のないお話なのです。
 貴方の今後について、話し合いましょう?》

 「う、うるさい!お前、僕の能力が欲しいだけなん・・・じゃないんだ!あればいいかなって思ってるだけって!」

 《はい、あったら物凄く便利だなとは思いますが、別にないならないで仕方ないので気にしません。
 ですから、私の話を聞いて・・・貴方の話を私に聞かせて下さい》

 「・・・・・」

 《貴方には私のことが解っていても、私は貴方のことが解らないのです。話して下さらなければ、解らないのです。
 だから、どうか話して下さいな》

 ちゃんと聞くから。
 だから、貴方の言葉を聞かせて下さい。

 「・・・どうやって話せばいいのさ」

 マオはこれまで、自分の考えを人に話すということをしなかった。
 その前に他人の本音が透けて聞こえて、自分の真実を話すことが怖かったからだ。

 C.Cは自分が言葉にしなくても、己のしたいことや話したい事を理解してくれたから、それでいいと思っていた。
 だけど、エトランジュはそれでは解らないと言う。

 「では、私の質問にゆっくりでいいので答えて下さい。いいですか?」

 「解った・・・」

 マオが小さく咳払いをすると、エトランジュは尋ねた。

 「では、貴方はC.Cさんと一緒に暮らせれば、それでいいのですか?」

 「うん・・・僕はC.Cが傍にいてくれればいいんだ。でも、それじゃ君達が困るしC.Cも困る。
 ブリタニアはC.Cを狙ってるし、そしたら僕も危なくなる・・・だから、一緒にいようってことだろ?」

 「そうです。でも、貴方のギアスの暴走はまだ治まりそうにないようですので、黒の騎士団にいるのは辛いことと思います。
 だから、当分はC.Cさんと一緒にどこかで暮らして貰って、日本解放が成ったら遺跡を使ってマグヌスファミリアのコミニュティにいらして貴方のギアスを譲り受けたいのですが・・・その策についてはどう思っていますか?」

 「・・・マグヌスファミリアに、“他人の能力を他の人間に移す”ギアス能力の叔母さんがいるから、僕のギアスを他の子に渡そうって・・・出来るなら、いいけど」

 「前例はいくつかございます。暴走状態のギアスは、こちらとしても願ったりなことなので」

 ブリタニアが遺跡を次々に手に入れてはいくつか作動させた形跡があったので、ブリタニアにもコード所持者やギアス能力者がいる可能性は濃厚だった。
 そのためブリタニアからコードを奪う必要があると考えたマグヌスファミリアは、コードを奪える“達成人”になるべく、目下努力を重ねている。

 ところがポンティキュラス家はギアスの適性が低いのか、実はいまだに暴走状態にすらなっていないギアス能力者ばかりなので、マグヌスファミリアとしてはマオのギアス能力と言うより暴走状態のギアスが欲しいというのが本音だったりする。

 ただそれならマオにコードを奪わせるだけでもいいのだが、さすがに何も知らずにギアスを与えられて暴走状態にまでなってしまった人間に、そこまで背負わせるのは酷いと思ったのだ。

 「・・・僕もこのギアスはいらないから、貰ってくれるならいいと思う。君達も利用価値があるから別にいいって思ってるみたいだし」

 「では、ギアス能力を私どもに譲るという策は受け入れて頂けますか?」

 「うん、構わないよ。でも、日本を解放して遺跡が自由に使えるようになるまで、僕はどうすればいいの?C.Cは・・・僕のこと」

 利用していただけだったんだろ、という言葉を飲み込んだマオは、視線をC.Cからそらした。
 そしてC.Cはゆっくりとマオに近寄り、彼の顔を見て言った。

 「すまなかった、マオ」

 「C.C・・・」

 「私は孤児だったお前を見て、ギアスの素養があるとすぐに解った。もうこの長い長い生にケリをつけたかったから、お前にしようと思ったんだ」

 だからギアスを与え、以前の自分がされたように大事に育てた。
 マオのギアスは範囲型で、実はそれは常に発動するものではなかった。

 「お前のギアスは“一度発動すると一時間持続する”ものだったんだ。
 一時間経てばギアスはその後一時間使えなくなるというのが、制約だった」

 「え・・・でもC.Cは一度もそんなこと言わなかった!」

 「もし言えば、お前はギアスを使わなくなるだろう?そうなったらギアスの力は強まらず、暴走状態にならない。
 だから私は誘導して、お前に常にギアスを使うよう仕向けたんだ」

 C.Cとマオは、初めは中華連邦の小さな貧民街で暮らしていた。
 マオの能力の詳細を知ったC.Cは、ここは治安が悪いからギアスを常に使うように言い聞かせたのだ。
 もちろんいずれ暴走するなど、一言も告げないまま。

 「お前はまだ小さかったから憶えてないだろうが、周囲の心の声が聞こえない時間帯があったはずだ。
 それはギアスが使えない時間だった・・・その間に昼寝をさせたり勉強させたりして巧みに気づかせないようにしてな」

 マオが大人になる頃には、きっと暴走状態になっているはずだ。そう思っていたのに、予想外にギアスの成長が激しくすぐに彼のギアスが暴走した。

 自分に縋りついて怖い怖いと言う幼い彼にコードは渡せなかったから、C.Cはせめて彼が大きくなるまでと思い、彼の傍にいることにした。

 紆余曲折あってマリアンヌやシャルル、V.Vと出会い、“ラグナレクの接続”計画で彼にその運命を負わせなくなると思ったのだが、それも駄目で。
 だから、マオに呪いを渡して終わりにしようと思った。

 だけど。

 『ざぁんねん!あなた、騙されちゃったの!!』

 ああ、自分はあの時眼が眩むほどの絶望に我が身を覆われたというのに、同じことをしようとしたのだ。

 「お前が成長した後も、心が子供のままのお前にコードは渡せなかった。
 だから、今度はコードを背負っても強く生きていけそうな奴に渡そうと思ったんだ」

 「それが、ルル?」

 「そうだ。あいつは言ったよ、『それでもいい』と」

 「・・・嘘だ」

 「本当だ」

 C.Cにきっぱりと断言されて、マオは震えた。

 「嘘だ!僕の方がC.Cのこと想ってるはずなのに、僕が思っていないことをあいつが思ってるはずがない!!」

 「マオさん、愛情の示し方は一つではないのです。マオさんにはマオさんの愛し方が、ゼロにはゼロの愛し方がある・・・それだけの話なのですよ」

 エトランジュの正論に、マオはその通りだと納得しつつも頭を振る。

 「う・・・!でも!」

 「C.Cさんも、貴方を利用するつもりで育てた。でも、貴方を愛していたからこそ捨てた・・・どちらも本当のことで、それもまた愛情の一つではあったのでしょう。
 C.Cさんにとっての愛情がコードを受け取ってくれるものであるなら、貴方はコードを自分に宿さなくてはならなくなりますよ?」

 「・・・・」

 「愛情は簡単なようで複雑です。
 考え込んでも答えは出ないので、一つだけ言えることは“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”ということくらいですね」

 「“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”・・・じゃあC.Cは、僕にコードを渡さなかったの?」

 「・・・そうだな、何の覚悟もないのに渡すものじゃないからな」

 C.Cはそう答えると、マオを抱き寄せて再度謝罪した。

 「すまなかった、マオ。ごめん」

 「C.C・・・わあぁぁぁん!!」

 マオはC.Cの胸に顔を埋めて泣いた。
 
 自分を捨てたと思って、怒って泣いた。
 だけど自分を捨てたと信じたくなくて、本当は自分と一緒にいたいんだと思い込もうとして、無理やりにでも連れて行こうとした。

 本当は解っていた。C.Cが自分に何かを望んでいたということは。
 でもそれを聞きたくなくて、C.Cがルルーシュを選んだ理由からわざと耳を塞いだ。

 自分は醜い本音が嫌いだったのに、自分で自分に嘘をついていたのだ。

 「僕、僕もうやだよ!こんな力もういらない!エディ、エディはこの能力が必要で持っていってもいいんだろ?!」

 「ええ、私達にはあればいい能力です。
 でも、残念ながらまだそれは出来ないのです・・・隙を見て叔母様がこちらに来ることが出来ればいいのですが、今の状況では難しいと思います」

 以前に遺跡に到着してすぐにブリタニアの軍人や研究者をみんな殺してしまったため、恐らく警備はもっと強くなっているだろうと言うとマオは納得はしたが駄々をこねるように叫んだ。

 「それまで、僕はどうすればいいの?C.Cはルルの手伝いしなくちゃいけないから、ずっと僕の傍にいるの難しいかもって思ってるじゃないか」

 「ならば、俺がどうにかしてやろう」

 唐突に傲岸不遜な声が、一同に響き渡る。
 声のした方向に振り向くと、そこには黒髪で美しい紫電の瞳を持った少年が立っていた。

 「ルルーシュ・・・来たのか」

 C.Cが半ば予想していたように呟くと、エトランジュはルルというゼロの愛称らしき呼称から、それがゼロの本名だと悟った。

 「貴方が、ゼロなのですか?」

 「ええ、エトランジュ様。実はずっと、会話は聞いておりましたので・・・正体がばれてしまったのなら、もういいと思いましてね」

 C.Cに仕掛けてあった盗聴器を指すと、エトランジュはそうですか、とあっさり納得した。

 「本当に怒らないんだねえ、君」

 「ゼロの立場を思えば、当然かとも思うので」
 
 「そっか・・・いろんなこと考えなきゃいけない立場って、大変なんだね・・ああ、そんなことがあったんだ」

 エトランジュの記憶を読んだマオは、彼女がどうして理性的に物事を捉えるかを知り、生まれて初めて他人に同情した。
 
 「『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』か・・・そんなこと言われたら、そうなっちゃうよねぇ」

 「そう言われてしまうのも、無理はなかったのです。当時の私は本当に、何も知らないままでいようとした愚かな小娘でした」

 エトランジュはこれ以上さすがに己の暗い過去に触れられたくはなかったらしく、ルルーシュに向き直った。

 「ゼロ・・・ルルーシュ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 「ゼロとお呼び下さい、エトランジュ様。ただ、租界内で会った際はルルーシュと」

 「解りました・・・では、本題に戻りましょう。どうにかしようとは、どういう意味でしょうか?」

 エトランジュの問いにルルーシュが答えようとすると、その前に考えを先読みしたマオが嬉しそうに笑った。

 「わざわざ実験までしてくれたんだ、ルル。そっか、その手があったんだ」

 「マオ、お前は考えを読めるからいいだろうが、エトランジュや私には解らないんだ。
 きちんとルルーシュの説明を聞いてやれ」

 C.Cに窘められて、マオがルルーシュに言った。

 「解ったよ・・・じゃあルル、説明してあげてよ」

 「ああ・・・一言で言えば、“俺のギアスでマオのギアスを制御する”

 ルルーシュの簡潔な説明に、エトランジュが疑問の声を上げる。

 「なるほど・・・しかし、ギアスの暴走は生理現象のようなもの。ギアスで止められるものなのでしょうか?」

 「俺のギアスの有効範囲は、かなり広いのです。
 自殺をさせたり毎日同じ行為をさせたりも出来ますが、記憶を消したり逆に“こういうことがあったと思い込め”ということも可能です」

 「ギアスで能力がないものと思い込めとか、そんな命令で打ち消すということでしょうか?」

 「いや、それだとマオが日本にいる間、マオのギアスが使えなくなります。
 彼にはブリタニア軍人から情報を集めて貰いたいのですよ」

 「ああ、あの女の子が撃った軍人の情報ね。ルル、僕のギアス使う気満々だぁ」

 「お前がシャーリーにかけた迷惑料だ・・・それくらいは働け」

 マオの言葉にそっけなくルルーシュが言うと、マオはえーと頬を膨らませる。
 それを見たエトランジュが、眉根を寄せて尋ねた。

 「マオさん、貴方はシャーリーさんとおっしゃる方に、何かご迷惑をかけたのですか?」

 「う・・・ルルとちょっと心中して貰おうと・・・心理誘導した」

 さすがに口にすると多少の罪悪感は出てきたらしい。マオが視線を逸らしながら答えると、エトランジュは大きく肩をすくめた。

 「いいですか、マオさん。人間関係の基本は二つあります」

 人との付き合い方が解っていない彼のために、エトランジュは懇々と説いた。

 「“自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけない”ことと、もう一つは“他人に迷惑をかけてしまったらごめんなさいと謝ること”です。
 この二つさえ出来たら、大概の人間関係はうまくいきます」

 もっとも、言うほど簡単なことでもないみたいですけど、とエトランジュは複雑そうな笑みを浮かべた。

 「じゃあ、僕シャーリーに謝って来るよ・・・それでいいだろ?」

 「エトランジュ様のご意見はもっともなんだが、今お前が会いに行くとシャーリーは卒倒する。
 自分のしたことに罪悪感で死にそうなほど青くなっていたんだからな」

 自分のギアスで操ったのとは違い、シャーリーは誘導されたとはいえ己の意志でやろうとしたのだ。
 ただ愛する人と一緒にいたいという純粋な想いは、方向性を間違うと恐ろしいものになる。

 「お前がそれを一番知っているだろうに、自分だけは別だと思うなよ、マオ」

 「・・・ごめん、ルル」

 「俺に謝るな、シャーリーに言え・・・と言いたいが、今は無理だ。
 だから頼む・・・シャーリーの安全のために、ヴィレッタ・ヌゥの情報を集めてくれ」

 もともと巻き込んだのはマオではなく自分のせいだと、ルルーシュは思っている。
 マオにばかり責任を負わせるつもりはないが、政庁にうかつにハッキングなどを仕掛けて藪蛇をつつく結果になってしまっても困る。

 その点マオなら軍人が集まる場所にアルカディアと共に行って貰えれば、ヴィレッタの情報がすぐに集まると考えたのだ。

 「いいよー、借りは返さないと気持ち悪いからその件はOKだよ」

 「よし、ならやるぞ・・・俺の目を見ろ」

 マオが頷くと、ルルーシュは説明するより早いとばかりに左目に赤い羽根を羽ばたかせてマオに命じた。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!
 お前のギアスで聞こえる心の声は、“自分の意志で聞くものでない限り”全て聞くな!!

 その声がマオの脳裏に届いた瞬間、彼の両目が赤く縁取られる。

 「うーん・・・あれ?」

 マオは少し瞬きしたが、生まれて初めての違和感に眉根を寄せる。

 「あれ・・・すごい!やったやった!」

 「どうした、何か不具合でもあったか?」

 C.Cがマオの髪を撫でてやりながら問うと、マオはパアっと顔を明るくして言った。

 「うん、あのねC.C!凄いよ、心の声が聞こえないんだ!
 ルルの声も、エディの声も聞こえない!!」

 嬉しそうにはしゃぐマオに、“自分の意志でなら聞こえる”ようになっているのかを確かめるべくエトランジュが言った。

 「本当ですか?では、試しに私の心を読んでみてくれますか?」

 「う、うん・・・あ、そしたら聞こえた」

 マオが“エトランジュの声を聞きたい”と念じると途端にギアスが解放されるらしく、エトランジュの心が聞こえてきた。

 「おそらくだが、マオのギアスは暴走したままだと思う。ただ、俺のギアスで“心の声”に関する感覚のみが遮断されたというところだろう」

 ルルーシュはエトランジュからマオのギアスを自分の一族の人間に移すという策を聞いた時、それをマオが受けいれる公算は少ないと思っていた。
 というのもその案自体はいいのだがすぐに実行出来るものではないため、それまでの間どうすればいいのかという問題が生じる。

 彼女はその間C.Cとどこかで暮らせばいいと思っていたようだが、C.Cは自分としても必要なため、正直困る。だからルルーシュはギアスを使い、いくつかの実験を行った。

 適当な人間に“俺が何を言っても無視しろ”・“自分の気に障る言葉は忘れろ”といった大雑把なギアスをかけてみたところ、それらは全て通じた。

 他にも外道な命令をしても良心が咎めない人間に“熱湯に指を浸しても痛みを感じるな”というギアスをかけてみると、その人間は無表情で熱湯に指を浸していた。

 つまり絶対遵守のギアスは、人間の感覚をある程度制御出来るということになる。
 だからルルーシュはギアスをなくすことは出来なくても、感覚を制御すればいいと考えたのである。

 ルルーシュの説明に、マオはくるくると回りながら叫んだ。

 「なるほどー。ああ、誰の声も聞こえない!!こんな清々しい気分は初めてだ!」

 今にも踊りだしそうなマオは、年齢がもう少し幼ければ貸し切りの遊園地で我を忘れて遊ぶ子供のようだ。

 「ありがとう、ルル!ありがとう、エディ!」

 マオは生まれて初めて、C.C以外の他人に感謝した。
 多少の打算はあったとしても、それでも自分のためを思って力を貸してくれた二人。
 人間の本音など、醜くて汚いと思っていた。
 他人の嘘も、だからこそ醜いだけだと信じていた。

 だけど、エトランジュは心の声で自分に言った。

 《優しい嘘は好きですよ、綺麗ですから。
 でも、怖い本音は嫌いです・・・泣きたくなりますもの》

 マオも優しい嘘は好きだ。C.Cの綺麗で優しい嘘に包まれていたかったのだと、あの時に気づいた。
 けれどマオが一番好きなのは、優しい本音だ。

 エトランジュは心の底から自分に同情し、そして心配してくれていた。
 だから即座にマオを殺そうとしたルルーシュを止め、拙いながらも代案を出して救おうとしてくれたのだ。

 自分のギアスが欲しかったのも本当だが、自分を心配する心もまた真実。
 でも、もしこの案をマオが呑まなかったら彼を殺すことに同意するつもりだったから、そうなるのが嫌たったことも。

 (こんな子、初めてだなー。それに、この子も可哀想・・・人なんて殺したくないのに、でもやらないといけないなんて)

 マオはエトランジュはある人物から『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』と詰られ、それ以降は自分が取りたくない手段を出された場合代案を考えるようになり、それでも駄目なら相手の意見を受け入れるようになったことを知っている。
 
 ただ人が死ぬのを見たくないと強く思っている彼女が、同時に暗殺を提案し、自ら手を汚すこともいとわぬ覚悟を持っている理由が彼女らしくはあったが哀れなものだった。

 (“人の嫌がることは自分が嫌なことでも進んでやってあげなさい”、か・・・殺人なんてそりゃ普通は誰でも嫌がるだろうけどさ)
 
 王族として生まれど、普通の教育と愛情を受けて普通に育ってきた少女。
 戦乱の時代でさえなければ確実に幸福になれたはずなのに、征服された王国の唯一の王の娘として生まれたことが、彼女の不運であった。

 (ちょっとくらいなら、協力してあげてもいいかなー。借りは返さないと気持ち悪いし)

 マオはそう内心で決めると、とりあえずシャーリーが撃ったヴィレッタ・ヌゥの情報を集めるついでに、彼女の故郷を滅ぼしたコーネリアの情報も集めることにした。
 極秘でどこかに行く情報でもキャッチできれば、自分を認知出来なくするギアスを持つアルカディアが暗殺出来るだろう。

 「ねえ、話がまとまったところでさ・・・僕はさしあたってどうすればいい?」

 「ゲットーに部屋が借りてある・・・中華連邦人のお前ならそっちのほうが目立たない」

 ルルーシュが言うと、エトランジュも言葉を添えた。

 「キョウトの方々には、貴方の事は母の縁戚として私に協力をするために来日してくれたと話をつけておきます。
 母は中華とイタリア人のハーフなので、それで通じると思いますから」

 エトランジュの母・ランファーは、父が中華、母がイタリア人のハーフだ。ただ彼女が五歳の頃に両親が離婚して父親に引き取られたが、十歳の頃に父が亡くなったので母の元に引き取られてイタリアに移り住み、大学時に父・アドリスと出会ったのである。

 「正直祖父のことは詳しく聞いていないのですが、適当に話を作っておきます。 なので、マオさんも黒の騎士団の方とお会いした時はそのようにお願いします」

 「それならゼロがマオを捜させた理由も“エトランジュ女王の縁戚”ということが出来ますね。よし、それでいこう」

 ルルーシュがそう話を締めくくると、エトランジュはC.Cに言った。

 「では積もるお話があると思いますので、今夜はマオさんとC.Cさんお二人でお過ごし下さい。くれぐれも、喧嘩はなさらないで下さいね」

 「解ったよ・・・C.C」

 「ああ、久々に一緒に寝るか、マオ」

 C.Cが差し出した手をぱあっと顔を輝かせて取ったマオは、嬉しそうに歩きだす。

 「ではルルーシュ、騎士団に顔を出す前にゲットーの部屋に来い。マオに旨いピザの味を教えたいからな」

 「それはつまり、俺にピザを作って持って来いということか?」

 「ゲットーにピザなど宅配してくれないからな。いいな」

 C.Cは一方的にそう要求すると、浮かれるマオと共に姿を消す。

 「くっ、あの魔女!」

 「いいではありませんか、丸く収まったのですから。話し合いで解決するって、気持ちいいですね」

 エトランジュがたしなめると、歯軋りしていたルルーシュはそれもそうかと息を吐く。
 
 「そうですね・・・こういうのも、悪くはない」

 血生臭い戦争よりも、綺麗な手段。出来るなら、その方がいいに違いない。
 愛しい妹が望んだ、“優しい世界”にふさわしい。

 「では、俺も戻ります。俺の正体は、桐原公しか知りません。
 ですから、俺の正体に関する事は、彼とだけ話をして頂きたい」

 念を押すルルーシュに、エトランジュは了承した。

 「解りました。では、これで」

 二人が別れて遊園地を出ると、そこにいたのは親指を立てて笑う仲間達だった。

 「うまくいったみたいね、エディ。一応心配で見ていたけど、その必要なかったわ」

 「アルのギアス、心の声も認知出来なくするみたいだな。お陰で全然気づかれなかった」

 アルカディアとクライスが笑い合うと、エトランジュは嬉しそうに微笑んだ。

 「では、美味しいお菓子を買ったのです。みんなで帰って食べましょう」

 ジークフリードは息子に荷物を半分押し付けると、一行は租界の桐原邸へと歩き出す。
 他愛もない話をしながら歩いて行くその一行は、途中ブリタニアの軍人とすれ違っても気にされないほど自然だった。



[18683] 第七話  魔女狩り
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/06/26 11:21
 第七話  魔女狩り



 マオが仲間になってから数日後、エトランジュはマオが気にかかったのでルルーシュとは別に彼とは定期的に連絡を取っていた。
 彼自身自ら自分とリンクを繋いで欲しいと言ってきたことに驚いたが、エトランジュは嬉しくなって喜んで彼にギアスをかけたのだ。

 マオはあの後、ルルーシュの依頼通り軍人の集まる場所にアルカディアと出かけては情報収集にあたっていた。
 さすがに上に知られたくないお喋りをするだけあって監視カメラもないので、この二人にとってブリタニアの軍人用クラブは情報の狩り場となり果てた。

 “自分達を認知されなくなるギアス”と“心を読むギアス”・・・この二人のギアスの組み合わせは抜群で、ただ軍人が集まるクラブにこっそり侵入するだけで面白いように情報が集まっていく。

 そしてヴィレッタ・ヌゥについては彼女が例のオレンジ事件で信用を失い閑職に回された純血派の人間だったため、彼女が行方不明だと騒がれたのは昨日今日のことらしい。
 しかも彼女自身の評判は悪くなかったが、所属していた派閥を気にして真面目に捜索する者がいないせいで、目下行方不明のままだということが判明しただけだった。

 それを聞いたルルーシュは舌打ちしたが、とりあえずは己の正体がブリタニアに知られていないことが解ったので一安心である。

 だがマオはよほどエトランジュが気に入ったのか、それとは別に彼女のためにとある情報を知って嬉々として教えてくれたのだ。

 《エディ、エディ!いい情報見つけたから教えてあげる!》

 いつもは母親にその日あったことを報告する幼い子供のようなマオがそう言ってきたため、エトランジュは少し驚いたが嬉しそうに言った。

 《まあ、それはありがとうございます。でも、あまり無理はしないで下さいね》

 《大丈夫大丈夫!アルのギアスと僕のギアスがあれば、これくらい全然だよ》

 初めて他人と行う共同作業にマオは新鮮味を感じたようで、アルカディアが辟易するほどの頻度で情報召集を行っていた。
 アルカディアも自分よりはるかに研究知識に富むラクシャータがイリスアーゲートの調整や改造を請け負ってくれているため、マオと組む情報収集が一番役に立つと解っている。

 《あのさあ、中華の後押しで例の日本の元政治家がホクリクに攻めて来るみたいなんだけど》

 《ああ、確かC.Cさんが中華に行った際に報告のあった・・・でも、それは黒の騎士団が折を見て止める予定と聞いておりますが》

 《その動きはコーネリアも察してて、イシカワに極秘で向かうらしいよ。
 細かい動きは随時こっちで調べておくから、うまくすればそいつを倒せるんじゃないかなあ?》

 《それは本当ですか?!解りました、すぐにゼロと相談します》

 これが事実なら、好都合だ。極秘なら護衛も密度が濃くても人数が少ないものだろうから、この合間を縫えば何とかコーネリアを討てるかもしれない。

 《マオ、それなら先に私に教えてよ・・・》

 《だって、僕が報告したかったんだもん。いいじゃんどうせ同じことなんだから》

 どうやらアルカディアには教えず、真っ先にエトランジュに言いたかったことらしい。
 全く子供なマオにエトランジュはクスクスと笑ったが、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 《はいはい、でも情報は一分一秒を争って伝えないといけないから、その辺は気をつけてね》

 《僕だってそれくらいの区別はつくよ、アル。失礼だなー》

 《まあ、お二人とも仲がよろしいですね。マオさん、アルカディア従姉様はとてもお口が悪いですけど、悪気のある方ではないのです。
 あまり、お気になさらないで下さいな》

 エトランジュの言葉にアルカディアも笑ったが、マオは少し不思議そうな顔である。

 《うん、それは解ってる・・・心配しないで。ちゃんとやるから》

 《気をつけて下さいね・・・では、私はゼロと協議に入りますので》

 エトランジュがリンクを切ると、アルカディアは忌々しげに呟いた。

 「私達の家族を殺し、私達の国を奪って蹂躙した、あのブリタニアンロールがっ・・・!」

 そしてその先駆者であるブリタニアの魔女、コーネリア・リ・ブリタニア。
 あの女とあの女の父親だけは、絶対に許さない。

 「行くわよ、マオ。あの女に関する情報は、出来る限り集めておくの」

 「はーい、今日は例の士官クラブだっけ?コーネリアの腹心のダールトンとその義理の息子達がよく使うっていう」

 「ダールトン本人が来るようだから、確実な情報が手に入るわ。
 ふふ、伯父さんの予知能力とマオの心を読む能力、そして私の姿を認知させなくするギアスのコンボは大したものね」

 伯父は既にアルカディアがダールトンから情報を得る様子を予知してくれており、確実に彼が士官クラブにいることは解っていた。
 ただ細かい予知までは出来なかったので、予知通りアルカディアがマオとともに士官クラブに潜入しなくては詳しい情報は手に入らないのである。

 自分の腹心から己の情報が流れ出たと知ったら、あの魔女はどんな顔をするのだろう。
 アルカディアは暗い笑みを浮かべて、マオを連れて租界へと出て行くのだった。



 一方、エトランジュからの報告を聞いたゼロことルルーシュはキョウトからの紹介で四聖剣と呼ばれる藤堂の腹心達から、囚われの身となった藤堂を救出して欲しいと依頼され、それを受けて準備を進めていたところだった。

 《コーネリアがイシカワへ・・・てっきり藤堂の処刑を見届けるものと思っていたが》

 《こういう言い方も失礼ですが、奇跡の藤堂と言われていてもテロリストの処刑より、中華との戦闘の方に重きを置いたのではないでしょうか?》

 《そのようですね・・・しかし、それは確かにチャンスです。
 私達が藤堂を救出するためにチョウフ基地にいるところへ、別動隊がまさか来るとは思わないだろうし》

 《じきにマオさんが詳しい情報をダールトンの記憶を読んで持ってきてくれるそうです。
 それを元に、作戦をお考え頂けないでしょうか?》

 《そうですね、情報次第では可能でしょう。しかし、マオもずいぶんと貴女に懐いたものだ》

 感心したようなルルーシュの言葉に、エトランジュは嬉しそうに笑った。

 《私はただマオさんの話を聞いて、私の話を聞いて貰っただけなのです。いずれはマオさんも、誰とでも普通にお話しできるようになると思いますよ》

 《だといいですね。それはそうと藤堂の処刑まで日がないので、急がなければなりません。だたちに準備を始めましょう》

 《間に合うでしょうか・・・》

 話を聞いた時は手放しで喜んだが、考えてみれば急な話である。
 いきなりコーネリアを討つ準備と策をと言われても、いかなルルーシュでも困ることだとエトランジュはしゅんとなったが彼は不敵に笑みを浮かべた。

 「私を誰だとお思いですか、エトランジュ様。私はゼロ、奇跡を起こす男ですよ」

 アルカディアが聞いたらこのかっこつけめ、とでも言いそうな台詞を傲岸に言い放ったルルーシュは、早くもパソコンで現在得られた情報を元に仮の作戦案を考えていく。

 《ゼロ!従姉様とマオさんから連絡です。とてもよい手土産があるとのことです》

 まめにアルカディア達と連絡を取っていたエトランジュがそう言うと、ルルーシュは二人と繋ぐように言ったのでエトランジュは即座にルルーシュと二人の間にリンクを繋ぐ。

 《早かったですね、アルカディア王女、マオ》

 《ええ、超朗報があるのよ。コーネリアがイシカワに向かうルートと護衛の陣容なんだけど》

 《ほう、それはそれは・・・・ぜひ詳しくお伺いしたい》

 アルカディアは実に楽しそうに、マオから聞いた情報を整理してルルーシュに伝えていく。

 《とりあえずカナザワまで行くようなんだけど、サイタマとグンマを通っていくみたいなの。
 だから私としては迎え撃つとしたらトウキョウから遠いグンマあたりかなって思ってるんだけど・・・・》

 どうやら溺愛する妹・ユーフェミアがトウキョウで公務をするため置いて行くらしく、護衛のためにダールトン率いるグラストンナイツの半分以上がトウキョウに残るらしい。

 《相変わらずだな、コーネリアも・・・》

 以前と変わらぬ同母妹への溺愛ぶりに、自分も人のことは言えないか、と苦笑しながら作戦案を練っていく。

 《―――という作戦でどうだろうか、エトランジュ様》

 《はい、解りましたゼロ。では、これがイリスアーゲートの初陣となるのですね》

 ラクシャータに依頼していたイリスアーゲートの改造が済んだため、その性能を試すいい機会だと言われてアルカディアはニヤリと笑った。

 《ふふ、連中もさぞびっくりするでしょうねえ。自国の旧型のナイトメアが、まさかあんなものに化けるなんて思ってもいないだろうから》

 《では、可及的速やかに作戦準備に入ります。今からなら、黒の騎士団以外のレジスタンスの方にコーネリアを討つために協力をと言えば了承して下さるかもしれませんし》

 《くれぐれもお気をつけて頂きたい。コーネリアを討ち漏らしたとしても、貴方を失うことに比べれば大した事態ではありません》

 今回の件はしょせん棚ぼたであるため、成功すれば儲けもの程度だというゼロに、エトランジュは頷いた。

 《では、行って参ります。ゼロも、藤堂中佐の救出が成功するようお祈りしております》

 こうしてルルーシュとの通信を切ると、エトランジュ達はキョウト六家に紹介状を要請すると、それを持ってサイタマとグンマに基地を持つレジスタンスの元へと慌ただしく出発していったのだった。



 そして藤堂の処刑当日にして、コーネリアがイシカワへと出発する当日。
 エトランジュ達はキョウト六家の紹介で知り合った二つのレジスタンス組織のメンバーと共に、グンマとナガノの県境でコーネリアを迎撃する準備を終了し、後はブリタニアが来るのを待つばかりとなっていた。
 見た目から初めはブリタニア人かと疑われたのだが、相手が自分達と同じブリタニアに蹂躙され国を奪われたマグヌスファミリアの人間でありキョウトの客人、さらにはあの黒の騎士団のゼロによるコーネリアを討つ秘策があると知ると、話を聞いてくれた。

 彼らもあの奇跡の藤堂が処刑されることは知っていたがどうにもならないと歯噛みしていたが、黒の騎士団が救出すると聞いて安堵の息が漏れた。しかもゼロはそれすらも利用して、コーネリアを討つと言う。

 『いつも引き連れているグラストンナイツが半分というのも、滅多にない好機なのです。
 でも、あいにくと黒の騎士団や他の協力組織も藤堂中佐を救出する方を優先しているため、どうしても人手が足りません。
 お願いします、手を貸して頂けませんか?』

 キョウトからの命令、しかもあのコーネリアを討つためならと、彼らは協力してくれた。
 というのも、先のシンジュクゲットーやサイタマゲットーで家族を殺された者達が数多く在籍しており、特にここグンマはサイタマの隣にあるため、避難してきたサイタマ県民が多かったのだ。

 コーネリアがトウキョウを出発したとの連絡があってから数時間後、伝令が報告した。

 「エトランジュ様、コーネリア部隊を確認!現在うちのレジスタンスリーダーの加藤が、作戦通りトンネルを封鎖して退路を遮断!
 そのままナイトメア数体でコーネリアを囲い込みます!」

 「解りました。では皆様、ご武運をお祈りいたします」

 エトランジュはコーネリアが使う県道の一つの近くにある街で総指揮を務めている。
 ルルーシュは同時刻藤堂救出を行っているため、彼からの指示はなるべく仰がないようにしたいと言うと、彼は何通りもの作戦を用意してくれていた。

 「ジークフリード将軍、お願いします」

 「ええ、こういうことは地位の高い人間が言う方が重みがあるものですからな」

 エトランジュには少々理解しがたいことだが、指示というのはより地位の高い者が行う方がどうしてか従うものであるらしい。
 特に女王とか大将とか、そんな肩書を持っているとなおさらその効果が出るものなのだそうだ。

 そのため、二度手間だが状況判断すら迅速に出来ないエトランジュの代わりにジークフリードがどの作戦が効果的かを判断し、それをエトランジュに教えて彼女が指示するという形式をとることになったのだ。

 「では、まずは一番の作戦を指示して下さい」

 「皆様、コーネリアがポイントBまで入ったら加藤さん達はいったん退却!別動隊の方々はポイントC地点まで誘導をお願いします」

 「了解!」

 今回、彼らの士気は異様なものがあった。それはおそらく、コーネリアによって無残に殺されたサイタマの民が多いせいだろう。
 彼らは殺された家族、友人達の仇打ちとばかりに、怒りの焔を燃やしている。

 そんな彼らがエトランジュの指示に従っているのも、彼女が今回の機会をもたらしたのもあるが、彼女もまた自分達と同じコーネリアによって家族を殺されたという共通点も大きい。

 さらに彼女は復讐心というものを認めた上で、彼らに説いていた。

 『貴方がたの怒りはよく解ります。ですが、それに任せて感情的に行動すれば討てるものも討てなくなります。
 あのコーネリアはさすがに百戦錬磨の武人、感情で行動していると解ればどんな挑発的なことをしてくるのか解ったものではありません・・・サイタマがいい例です。
 だからこそ、何を言われても無視して下さい。あの魔女の言葉には、私が応対します。
 皆様は私のことなど気になさらず、お互いに連携して作戦の遂行のみをお考え頂きたいのです。
 ・・・・貴方がたを無為に死なせたくはありません』

 年端のいかぬ少女に言われてしまっては、彼らとしても正論なだけに自制せざるを得ない。
 彼らはほとんど無言になって、まずはコーネリアを作戦ポイントまで追い込んだ。
 周囲にはグラストンナイツの他にも護衛隊がいたが、後発隊をトンネル内に閉じ込めたので二十人強のグラストンナイツと選任騎士のギルフォード、そしてコーネリアを相手するのみとなった。

 「おのれ!!貴様らは何者だ!」

 「はい、私達は貴女を殺しに参りました日本のレジスタンス組織の者です」

 コーネリアの誰何に、エトランジュは冷静な声で応じた。
 声音を変えていないので、響く少女の声にコーネリアは眉根を寄せて肉薄するレジスタンスのナイトメアを打ち払いながら叫ぶ。

 「馬鹿正直なことだ・・・だが、その程度の人数と装備で、我らに勝てると思うな!」

 「誤解なさらないほうがよろしいかと。私達は貴方がたを討ちに来たのではなく、貴女を討ちにきたのですよ、コーネリア・リ・ブリタニア」

 エトランジュはそう言うと、別の通信機で指示する。

 「コーネリアがポイントCに到達しました。作戦開始!」

 エトランジュの言葉で隠れていたクライスが操縦する新生イリスアーゲートが現われて戦場と化した道路を走りだした。

 「あれは・・・はは、第五世代のナイトメアではないか。あの程度で・・・」

 憐みすら込めて笑うグラストンナイツ達だが、これはアルカディアが考案した機能をラクシャータが作り上げた、見かけは旧型、中身は最新型のナイトメアだ。
 
 イリスアーゲートは作戦ポイントまで素早く移動すると、手にしていた球体をコーネリア達がいる場所にボーリングのように投げ転がしていく。

 その球体が素早く道路内を転がっていくと、中から透明な液体が流れ出た。
 またたく間にコーネリアはむろん、レジスタンス達のナイトメアの足下に油が広がっていく。

 「それは租界からゲットーへと放置された廃棄物の油です。
 古くてべとべとしていますが、火をつければ燃えるので銃のご使用はお控えになった方がいいと思います。
 あと、移動の際にもくれぐれもご注意を」

 「しょせん子供だましだ!重火器が使えなくとも、貴様らを葬ることなど造作もない!
 貴様らもまた、逃げることも攻めることも出来ぬではないか」

 コーネリアはふんと嘲笑したが、次の瞬間目を見開く。

 「な、これは?!」

 なんと目の前にいたナイトメアの搭乗者達は、次々と脱出ポットに乗って退却していったのだ。逃げたか、と思う間もなく、次に飛んで来たのは火炎瓶だった。
 道路はすぐさま火の海と化し、コーネリアは慌てず冷静に消火を命じようとしたが、それではコーネリアを護衛出来ない。

 「後発部隊がいれば、違ったのですが・・・連中、次々と油入りの玉を投げてきます!」

 イリスアーゲート以外にも、二体のナイトメアが同じ油入りの玉を投げていく。
 下に油がある上、卑劣にもナイトメアの腕の部分をめがけて油まみれにして来るので重火器をうかつに使うことが出来ないのだ。

 「奴ら、白兵戦では届かない位置から攻撃してきます!卑劣な、恥を知れ!」

 ギルフォードがそう叫んだが、エトランジュは至極冷静な声で言った。

 「そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので」

 「・・・・」

 「その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ」

 武器を持たない一般国民を虐殺した軍と、人数と装備で劣るからと遠くから火をつけた軍、どちらが非難に値するのだろう。

 そう言いきったエトランジュに、レジスタンス組織からは同調の声が上がる。

 「そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!」

 「僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!」

 「このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!」

 「皆様、冷静に!作戦を続行してください、手を休めないで!」

 エトランジュの指示に瞬く間に罵声は止み、再び油と火炎瓶攻勢が始まる。

 「く・・・やむを得ん、一時退避だ!いったん退いて、態勢を立て直す!」

 この状態では蒸し焼きになるのが落ちだ。
 しかし、連中のナイトメアは放棄したものを除いては5体もないと読んだコーネリアは一度退避し、その後トンネルからいったん抜けて別ルートからくる後発部隊と合流して連中を叩くべきだと判断したのだ。

 テロを警戒してすぐにナイトメアに搭乗出来るようにしていたため、彼らのほとんどはナイトメアに乗っていた。
 しかし、それが仇となり油のせいでナイトメアを動かすことはむろん、降りて逃げることが出来ない彼らは脱出装置を作動させていく。

 「う、うわあ!?」

 ブリタニアの軍から悲鳴が上がった。脱出装置を作動させて空へと舞い上がったポットがどこからともなく飛んできた弾に当たり、ロストしていったからだ。

 それに気づかず脱出装置を作動した軍人達も、そのうち二名が犠牲となった。

 「五名がロスト、七名が脱出成功ですか・・・コーネリアはまだ逃げないようですね」

 「くっ・・・どこからだ?!どこから・・・」

 「姫様、あの奥からです・・・あの道路の上から!」

 ギルフォードが指した先の道路上には、無表情で立っているアルカディアが立っていた。
 彼女の役目は2基の大砲を作り、それを脱出ポットとナイトメアから降りてくる軍人めがけて撃つことである。

 「ち、さすがに連弾撃つのは難しいわね・・・」

 残念そうにひとりごちるアルカディアは、忌々しそうに大砲を調整する。
 脱出装置を作動させるのが止まったのを見て、エトランジュが淡々とした声で言う。

 「あの大砲は博物館で展示されていた百年近く前のものを、弾はボーリングの玉を改造したものなんですよ、コーネリア。
 そしてこの場に撒いた油は、租界からゲットーへと捨てられてくる廃棄物から持ってきました。
 貴方がたのうち誰が、こんなもので人が殺せると思ったことでしょうね?」

 「・・・・」

 「人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?」

 エトランジュは目を瞑ると、静かな・・・それでいて力強い言葉で続ける。

 「殺すという意志・・・それさえあれば、たとえ銃を奪われようと、剣を奪われようと、火を奪われようと・・・モノと名のつく全てが奪われようと、人を殺すことが出来る」

 ここにいるブリタニア軍以外の人間には、コーネリアを殺すという断固たる意志が存在する。そのために集い、力を合わせて行動しているのだ。

 「私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです」
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね」

 「その通りだ!間違いなどない!」

 「はい、認めましょう。それは全くの事実だと」

 意外にもブリタニアの主張が正しいことを認めたエトランジュに、レジスタンス達はむろん、コーネリア達も驚いた。

 「原始の真理は強者が弱者を食らっていたのも間違いはないです・・・でも、それって動物の真理ですよ?」

 「なん・・・だと・・・」

 「この世界が出来た日から人間が存在していたと、ブリタニアでは教えているのですか?
 長い年月をかけて猿が人間に進化したなど、今時幼児でも知っていることですよ」

 この地球が出来た時にはまだ生き物がいなくて、単細胞から長い長い年月をかけて命が生まれた。
 そして更なる年月をかけて生まれたのが、ヒトだ。
 あらゆる生物の中で他に真似の出来ない特長を持つ人間だ。

  「ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 『親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ』と」

 「それは極論だ!」

 「でも、親は子供より頭がよくて力があり、仕事をして子供を養っていますよ。間違ったことを言いましたでしょうか?
 ・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もないのです。
 それに比べたら、言っていることが厳しくてもやっていることが正しい方がよほどましだと私は思います。
 そう、日本語でそれを“つんでれ”というのです!」

 (何かそれ違くね?!)

 エトランジュは大真面目な声で言いきったが、そんな細かいことを指摘するどころではなかったので、空気を読んで誰も深く追及はしない。

未だに解っていないコーネリアのために、エトランジュは教えてやる。
 ブリタニアが掲げる法則“弱肉強食”の他にも、法則があるのだと。

 「“やったらやり返される”のですよ、コーネリア。“因果応報”と呼ぶそうですが、聞いたことがおありでしょうか?」

 それとも。

 「聞いた事はあっても、自分達には当てはまらないとでも考えていたのなら、それは貴女にとって大変残念なことに間違いです。
 私達は今貴女に対してやり返しているわけですが、またブリタニア軍からの報復があることくらい解ってやっているのです」

 「その通りだ!ここで逃げたとしても、地の果てまでも追って貴様らを殲滅させてくれる!!
 そこまで解っていて我らに喧嘩を売るとは、この愚か者どもが!」

 コーネリアの叫びに応じたのはエトランジュではなく、大砲で照準を合わせていたアルカディアだった。

 「私達の世界で喧嘩を売るって言うのは、“何もしていない人間に勝負を仕掛ける”って意味なの。
 あんたらは自分が何もしてないと思ってるのか、それともあんたの持ってる辞書の意味が違うのか、どっち?」

 「ナンバーズごときが、えらそうに!」

 「あんたらにとってはナンバーズな私達だけど、それが何か?
 言っていることに間違いでもあったのなら説明してよ、頭いいんでしょ?言い負かしたら証明出来るわよ」

 オープンチャンネルで馬鹿にしたかのように問いかけるアルカディアだが、コーネリアからの返答はない。

 「その定義に沿うなら、喧嘩を売られたのは私達の方なのです。
 私達が何をしました?サイタマの方々が貴女に何をしました?
 日本人の方がブリタニア人に対して何をしたのでしょうか?」

 静かに問いかけるエトランジュの言葉に、コーネリアはやっと口で言い負かせられるものを見つけたらしい。
 
 「日本人がブリタニア人に何をした、だと?!貴様らは我が弟妹を殺したではないか!!」

 「クロヴィスのことなら、シンジュクの件での自業自得かと」

 「違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!」

 その名前にエトランジュはぱちぱちと瞬きした。

 (ゼロの本名ですよね・・・でも、あれって人質として無理やり日本に送られて、開戦理由のために父帝から殺されかけたと聞いているのですが)

 しかも堂々と皇帝本人がちょうどいい取引材料だと明言して放り出し、誰もそれを止めなかったとルルーシュが憤っていた。
 そう、兄弟の誰一人として、自分を助けはしなかったのだと。

 「あー、あの十歳かそこらの皇子と皇女が留学したとは聞いてるよ。普通あり得ないと思ったもんだけど」

 加藤が回線でエトランジュに教えると、エトランジュも同感だ。どこの世界に十歳になったばかりの少年と目と足が不自由な少女を留学させる親がいるのだろう。
 ああ、ブリタニア皇帝がそうだったのだ。

 「・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ」

 ぽつりと思わずアルカディアが呟いたが、しっかりコーネリアに聞こえていたらしい。

 「何だと・・・何がおかしい?!」

 「さあ?・・・どうしてでしょうね。考えてみるのも一興かと」

 エトランジュは何とか冷たい声音でごまかすと、次の作戦準備が終わったことを知らせる通信が入った。

 「エトランジュ様、作戦準備終了です。ご指示を!」

 「解りました・・・ではコーネリア、そろそろ刻限ですのでお話はこれまでです・・・皆様、コーネリアに向かって撃ち方始め!」

 エトランジュの号令が下った瞬間、四方八方からコーネリアめがけて弾が飛んできた。
 ナイトメアからすれば小さなボーリングの弾だが、執拗にコーネリアのみを狙って正確に飛んでくる。
 
 彼女達が用意した大砲は、威力もそれほどではない上に移動に手間のかかるものだった。現代のものとは異なり、照準も一回合わせるとなかなか切り替えられるものではない。
 そこで彼女達はいったんコーネリア達を身動きが取れないようにした上で、正確に照準を合わせて一斉に撃つという手段を取ることにした。
 呑気にコーネリアと会話をしていたのは、そのための時間稼ぎだったのだ。

 「撃て撃て!狙うはコーネリアだけだ!雑魚には構うな!」

 「大した威力ではなくても、続ければ必ずダメージを負う!コクピット部分を狙え!
 動けないように足も同時に撃つんだ!!」

 アルカディアが使っているだけではない大砲に、コーネリアの軍は慌てた。だがそこはさすがに歴戦の軍人である。この大砲の照準がそう簡単に切り替えられないことにすぐに気づいた。

 「姫様、あいつらの大砲は照準を合わせるのに手間がかかるようです!
 これまで話していたのはその時間稼ぎでしょう・・・何とかその場から数歩でいい、動いて下さい!」

 「げ・・・すぐにバレた」

 通信傍受機から内容を知ったアルカディアは焦った。あと2、3分程度はバレないと思ったのに、何とも勘のいいことだ。

 ギルフォードの助言にコーネリアはなるほどと納得し、油まみれでもそれくらいは可能だと動かそうとしたその刹那。

 「させるかああ!!!」

 そう叫んでコーネリアの足にしがみついたのは、白兵戦でコーネリアに斬られ、もう止まっていたはずのナイトメアだった。

 「こんなこともあろうかと思って、やられたふりをしていたのよコーネリア!!
 絶対放さない・・・ここから一歩だって、動かせてやるもんですか!!」

 「文江さん?!」

 エトランジュは驚いた。確かそのナイトメアに搭乗していたのは、サイタマの虐殺から避難していた田中 文江だった。そしてその近くのナイトメアに乗っているのはその夫の田中 光一だ。

 「よし、やったぞ文江!このまま抑えつけろ!!」

 「あなた!」

 すっかり止まっていたと思い込んで油断していたコーネリアは、半壊状態とはいえ二体のナイトメアに抑えつけられて身動きが取れない。

 「くっ、このイレヴンが・・・!!」

 「もう放さんぞコーネリア!みんな、俺達に構わず撃て!この魔女を仕留める最大のチャンスだぞ!!」

 「で、ですが・・・それではお二人が!」

 光一の叫びにエトランジュが躊躇するが、文江が笑って言った。

 「いいんですよ、エトランジュ(しきかん)様。私達、こうするって決めてましたから・・・この作戦を聞いたあの日から」

 あの日、エトランジュ達が来て作戦内容を話して決行すると決まったあの日、この夫婦は自ら一番危険な“コーネリアを作戦ポイントまで囲い込む”役目を引き受けた。

 一番危険な事だったが田中夫妻はもと軍人で、ナイトメアの扱いにはある程度慣れていたから、むしろ適任だとなったのだ。

 「お前のせいで、私達の息子が死んだのよ!必ず殺してやる!!」

 「貴様・・・サイタマの人間か!」

 コーネリアの問いに、田中夫妻はギリギリとあらん限りの力を振り絞ってコーネリアを拘束することで答えた。

 さすがにコーネリアの一撃をくらって五体満足とはいかず、骨があちこち折れていたがそんなことは気にならない。ただ殺意だけが夫妻を突き動かしていた。

 「あれはゼロを誘き出すための作戦だ・・・恨むならブリタニアに楯ついたゼロを恨むべきだろう!」

 ギルフォードが主君に駆け寄ろうとナイトメアを動かしながら叫んだが、アルカディアが容赦なく大砲をギルフォードのグロースターの足に撃ちこみ、救助を阻止する。

 「つくづくブリタニア貴族って訳の分からない思考をするのねえ。
 ゼロが別にサイタマの住民が死ねばいいと思ってブリタニアに刃向ったわけじゃないし、ゼロがあんたらにサイタマの人間を殺せって命じたわけでもないでしょうに」
 
 「同感です・・・貴方がたが勝手にゼロを誘き出すためにサイタマの人間を殺して回ったのでしょう?貴方がたが自分のご意志で、明確に選んで」

 そう、それをやると決めて実行したのはブリタニア軍。
 反逆者が現れれば、巻き込まれる民のことなどどうでもよいと考えて武器を持たない者達を殺して回った。

 そうすることで反逆者への見せしめにしようと考えたのだろうが、それは支配者の考え違いだ。
 もちろんゼロを恨む者はいるだろう。しかし、ブリタニアを恨む人間は、それの何百倍もいるのだ。

 「貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?」

 「・・・・!」

 「お答え下さい・・・どっちですか!その程度のことすら答えられませんか!!」

 エトランジュはとうとう叫んだ。ああ、この人達とは駄目だ、話が出来ない。
 事ここに至っても、何が悪いかすら理解していないのだ。

 「もう結構です。田中さん、こんな方々のために命を捨てることはありません。退却を!」

 「いいえ、俺達はこんな奴らのために死ぬのではありません・・・仲間のために、日本のために死ぬのです」

 光一は穏やかな声で言った。そして、文江も。

 「あの子が大きくなって、貴女のような女の子をお嫁さんに迎えて、また新しく家族を作っていけるのなら・・・ブリタニアの支配でもまだ我慢できたのに」

 「文江さん・・・」

 「ゼロのせいだと恨んだ日もありましたけど、一番悪いのは何もしていないのにただ私達を囮にして殺したのはコーネリアです。
 ゼロだってそうなると思ってやったわけではないのですから・・・悪いのはあの女なのです・・・ああ、どうしてよりによって私と夫が揃って仕事だったあの日に!!」

 田中夫婦はもと軍人だった。あの戦争では辛くも生き残り、階級も低かったから戦犯とならなかったけれど職を失った。
 当時生まれたばかりの息子がいたから、共働きだった。そうしなければとても一家三人、暮らしていけなかったから。
 それでも幸せだった。貧乏でも、三人一緒なら暮らしていける。そう、家族一緒なら。

 「でも、息子はもういない。お前が永遠に連れ去って逝ってしまった!まだたったの八歳だったのに!!」

 『お父さん、お母さん、行ってらっしゃい。俺、留守番して待ってる』

 それが最後の言葉になるなんて、思ってもみなかった。
 銃弾の中を駆け抜けて家に戻ってみると、そこにいたのは壊されたドアと血の海に沈む息子の姿。

 「あの子は・・・留守番しているんです。俺達が戻って来るのを待ってる」

 「一人で寂しがっているでしょうから・・・早く(かえ)ってあげなくちゃ」

 「・・・田中さん」

 エトランジュは目をギュッとつむった。待っている。来るはずの両親をずっとずっと。

 (私も待っている・・・お父様を、あの日からずっと)

 エトランジュは目を見開き、全員に命じた。

 「皆様、田中さんの犠牲を無駄にしてはなりません!一斉に攻撃して下さい!!」

 「エトランジュ様・・・・!」

 ジークフリードが何かを言いかけたがやめ、その代わりに周囲のレジスタンス達の攻撃が苛烈さを増す。

 「へっ、甘いだけのお姫様じゃねえようだな・・・聞いたか、撃て!あの魔女を燃やせ!」

 「やれやれ!!田中達を思いやるなら、何としてもあの女を討て!!」

 「皆さん・・・ありがとう。コーネリアああああぁっぁあ!!」

 田中夫妻は渾身の力を込めて、死すとも放さじとコーネリアのグロースターにしがみつく。
 コーネリアも渾身の力を込めて振り切ろうとするが、死を覚悟・・・いや、むしろ死を望んでいる彼らの最期の力は振りほどけない。

 「くっ、貴様ら・・・・!」

 「グラストンナイツの足止めは任せなさい!動いたら私が撃つ!コーネリアだけを狙え!」

 アルカディアはコーネリアを助けようとするナイトメアの足めがけて大砲を撃ち、動けないようにしてしまう。
 そしてそれ以外の面々はイリスアーゲートが次々に弾をセットしていく大砲から、容赦なく田中夫妻もろともコーネリアに撃ち放っていく。

 田中夫妻のナイトメアが少しずつ壊れていくのが見えたから、限界はある。しかし、それ以上に降りそそぐ弾丸に最新型のグロースターも耐えきれるか解らなかった。

 轟音、怒号、炎が燃える音が響き渡って、どれくらいが経過しただろうか。
 数時間とも思えるほどだったが、実際には一時間も経っていない。
 
 「・・・タイムアップですね」

 エトランジュの予知と加えてトウキョウから援軍が出立したとの情報を受けて、エトランジュは断念した。

 「皆さん、残念ながら時間切れです。援軍が来ては我らに勝ち目はありません・・・引き上げて下さい!」

 「ち、まだ一時間も経ってねえってのに・・・!仕方ない、退却するぞ!」

 重ねての加藤の指示に、全員舌打ちしながらも退却していく。
 残された大砲は、なんとイリスアーゲートが持ち上げた。

 「最後の置き土産だ・・・これで逝ってこいや、コーネリア!!」

 クライスはそう叫ぶと、大砲を思い切りコーネリアに向けてぶん投げた。

 「姫様!!」

 ギルフォードが最初の大砲を何とか庇って自ら直撃を受けたが、大砲は一つだけではない。二つ、三つと容赦なくコーネリアに投げ落された。

 「ギルフォード!!ぐはっ!!!」

 コーネリアはあまりの衝撃にのけぞり、背中と腕に猛烈な痛みを感じたが叫びを一度上げただけで、それ以上の声は抑え込んだ。
 これ以上ナンバーズごときに・・・しかも自分の弟妹を殺したイレヴンに、弱みなど見せてなるものか。

 コーネリアは歯を食い縛って屈辱と痛みに耐えていたが、笑い声がオープンチャンネルから聞こえてくる。

 「くすくす・・・ざまあ・・・みやがれ・・・」

 コーネリアの叫びを聞きつけた文江は、自身も血まみれになりながらも笑った。
 ああ、何て心地のいい悲鳴だろう。可愛い息子を奪った人間の苦痛の声が、こんなにも耳に心地いい。

 「あなた・・・聞こえる?コーネリアの声・・・もう、先に逝っちゃったのね」

 夫からの返答はない。息子が待ちきれなくて、妻を置いて逝ったようだ。

 「あんたがこの場から生き延びても・・・まだまだいるんだからね・・・おぼえて・・・と・・・いいわ・・・」

 コーネリアに恨みを言い残し、文江は目を閉じた。

 「まだまだいる、か・・・そんなことは解っている」

 軍人として生きると決めた日から、コーネリアは恨みと憎悪の中で生きることになると解っていた。
 自分はきっと、皇帝にはなれない。なるとしたら、兄達のうちの誰かだろうと。
 そうなれば新たな皇帝の元、自分の地位を確立しておかねば優しすぎて弱い妹はどうなる。
 末の弟妹のように政治の道具にされて、殺されてしまう・・・それを防ぐためにも、コーネリアは何としてでも己の地位を確かなものにして、妹を守る盾としたかったのだ。

 「今さらだ・・・私は負けんぞ・・・!」

 コーネリアはそう決意したが、体が動かせない。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応する力もない。
 燃える炎の音が、自分の意識をかき乱していた。



[18683] 第八話  それぞれのジレンマ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/03 22:23
 第八話  それぞれのジレンマ



 イリスアーゲートがエトランジュ達がいる場所に着くと、すぐに二人を乗せて逃走する。
 まさか到着する前に逃げるとは思ってもいないだろうから、わりとあっさり逃げることが出来た。

 「全員、脱出成功しましたエトランジュ様!
 戦死者は田中夫妻、如月 始、山越 和人四名、負傷者八名です」

 「負傷なさった方は、すぐに手配した病院へ搬送をお願いいたします。
 ブリタニア軍はコーネリアの救助を最優先しているでしょうから危険は少ないと思いますが、くれぐれもご用心を」
 
 「はい!」

 生き残ったレジスタンス達はエトランジュの指示を受けて、処理を始めていく。
 エトランジュも疲れたのか、近くのコンクリートに座りこんで田中 文江から受け取った合金製のロボット人形をじっと見つめている。

 『息子の形見なんです・・・預かって頂けませんか?』

 「あんたに持っていて欲しかったみたいっすね、エトランジュ様」

 そう後ろから声をかけて来たのは、レジスタンスを束ねていたリーダーの加藤だった。

 「あ、加藤さん・・・お怪我はありませんか?」

 「いや、まったくピンピンしてる。にしても、さすがはゼロだな・・・正直これだけの犠牲であそこまでコーネリアを追いつめられるとは思わなかった」

 「・・・私の指揮がもう少し迅速なら」

 「変わんなかったと思いますよ、俺は。正直あの作戦は、誰の指揮でも同じ結果が出るもんです。
 ぶっちゃけコーネリア一人を囲い込んで全員でフルボッコっていう、単純な作戦ですからねー」

 作戦だけ聞けば卑怯極まりない戦法だが、それ以前にコーネリアがしたことがしたことだったので、それと比較すれば大したものではない。
 
 「むしろ、あんたに驚きだ・・・田中夫妻が自分達ごとコーネリアを撃てって言った際、わりとすぐに反応して俺達に指示をした・・・いや、お見事です」

 穏やかに笑いながらグンマに住んでいる住民の避難や子供の相手などをしている 彼女を見た時、てっきり正論ばかりのほやほやしたお姫様かと思っていたら、思いきった決断をしたエトランジュに加藤は心底から感心した。

 「あんたは出来るだけのことはした・・・後はあれでコーネリアが死んでくれればいいんですけどね・・・ま、最悪でも当分動けなくなる程度の怪我は間違いない」

 「そうですね・・・見る限りクライスが投げた大砲は二つ、命中していたみたいですし」

 「たとえ死んだとしても情報がすぐに流れないと思うんで、判定は難しいけど」

 「すぐに調べて頂きますので、お待ち頂きたく」

 マオには悪いが、確実にコーネリアを殺せたかどうか調べて貰おうとエトランジュは思った。

 「とりあえず、作戦結果をゼロに報告しなくては・・・藤堂中佐の救出はうまくいったのでしょうか?」

 「さあ・・・こっちもこっちのことで精いっぱいですからね。エトランジュ様はさっさと租界に戻ったほうがいいと思いますよ」

 他のレジスタンスの者達も同意の頷きを返すと、エトランジュがルルーシュへリンクを開こうとした刹那、脱出合流地点にいたレジスタンスの一人が慌てた声で報告してきた。

 「おい、凄いことになってるぞ加藤!あのユーフェミア皇女が騎士の発表を行った!」

 「あん?あのお飾り皇女か。そいつがどうした?」

 ブリタニアの皇族は一人につき一人、選任の騎士を持つことが出来る。コーネリアもギルフォードという騎士を持っていることから、それ自体は不思議なことではない。
 このテロが頻発している日本でまだ選任騎士を持っていない方がおかしかったのだから、さすがに危機感が出て来たのだろうと加藤はのんきに思っていたが、続きの報告に飲んでいた水を噴き出した。

 「それが、名誉ブリタニア人なんだ!あの日本最後の首相の息子、枢木 スザクなんだよ!」

 「あの、神楽耶様の従兄の?!本当ですか?」

 「今、そのニュースでどれももちきりっす!あの・・・これってどうなるんですかね?」
 
 恐る恐るといった様子で問いかけてきたレジスタンスに、エトランジュもさすがに首を傾げることしか出来ない。

 「とにかく、キョウトの対応も聞いておきます。皆様はくれぐれもブリタニアの情報に踊らされることなく、ご自重をお願いしたいかと」

 「・・・確かに、それが一番だな。おい、とりあえず撤収だ。レジスタンス狩りが始まる前に、出来るだけ遠くの県まで逃げるぞ」

 「了解!」

 皆がざわめきながら散り散りにそれぞれの退避地へと去っていくのを見ながら、エトランジュはルルーシュへとリンクを開く。

 ちなみに万一言葉が出てしまってもごまかせるよう、人前では携帯電話を持ってカモフラージュしていたりする。

 《ゼロ、聞こえますか?エトランジュです。コーネリアを撃破しました。残念ながら死亡までは確認出来ず・・・ゼロ?》

 何の反応も返してこないルルーシュに若干焦りながら、エトランジュは再度問いかける。

 《ゼロ、どうかなさいましたか?ゼロ?!》

 《・・・クックック、はははははは!》

 哄笑が脳裏に響き渡る中、エトランジュは瞬きを繰り返して途方に暮れる。
 あのルルーシュが何を言っても反応しないどころか、狂ったように笑っている。まるで理性を捨てたかのようなそれ。

 《落ち着いて下さいな、ゼロ!何があったのです?!》

 《はははは、エトランジュ様ですか。いいえ、何でもありません・・・下らぬことです》

 《そんなはずないでしょう!・・・解りました、とりあえずこちらの報告を先にさせて頂きます》

 今強引に話を聞いても無駄だと判断したエトランジュは、手短に報告する。

 《作戦は成功しました。コーネリアは現在、最悪でも重傷を負い当分戦場には立てないかと存じます。
 協力して下さったレジスタンスの方々からは、後日黒の騎士団に合流してもいいとのお言葉を頂きました》

 《なるほど、それは朗報ですね。こちらも藤堂中佐の救出に成功いたしました。
 今後は我々とともに行動することになろうかと思います》

 それを聞いたエトランジュは、まだ残っている加藤にそれを伝える。

 「加藤さん、藤堂中佐の救出に成功したそうです。今後はおそらく、黒の騎士団の傘下に入るだろうとのことです」

 「お、二重にいい知らせだな。よし、藤堂中佐がいるなら他のレジスタンスも黒の騎士団に入ることに同意するかもしれないから、説得しておきますよ」

 加藤の他にもそれを聞いたレジスタンスが、よっしゃと手を叩いて喜んでいる。

 《それと、こちらは悪い知らせなのですが・・・テレビをご覧になりましたか?》

 《テレビ・・・何かニュースでも?》

 《ユーフェミア皇女が騎士の発表を行ったのですが・・・それがあの枢木 スザクだと》

 《・・・!!クックック、そうですか・・・あのユーフェミアがスザクを》

 (・・・スザク、と今呼び捨てに?まさか、ルルーシュ様は枢木 スザクとお知り合いなのでしょうか)

 《花畑で夢しか見るつもりがない主従同士、お似合いだな。解りました、至急キョウトとも話し合って対応を決めましょう。
 エトランジュ様も至急、租界へお戻りを》

 素気ない口調だったが、内心でどれほどの怒りと焦りを秘めているのか、エトランジュには解る。
 しかし事情を詳しく知らないためにどう言えばいいのか解らず、リンクを切った。

 「・・・申し訳ありませんが、すぐにトウキョウ租界へ戻らなくてはならなくなりました。
 皆様に対する援護は続けてキョウトより行われますので、よろしくお願いいたします」

 「ああ、今日はありがとうございますエトランジュ様。何かあったら、いつでも声をかけてくれてオッケーなんで」

 「そうそう、何だかんだでいろいろ気にかけてくれたしな」

 加藤の言葉に周囲も頷くと、エトランジュは小さく頭を下げた。

 「ありがとうございます・・・では、失礼いたします」

 エトランジュはそう礼を言うと、イリスアーゲートに乗ってアルカディア、クライス、ジークフリードと共に租界へと走っていく。
 それを見送ってから、加藤達もその場から逃げ去ったのだった。



 「コーネリアの件、お聞きになりましたわ!大金星ですわエトランジュ様。
 藤堂中佐および四星剣も黒の騎士団に入団・・・吉報続きでよろしいこと!」

 神楽耶がうきうきとした声で租界に戻ったエトランジュ達を出迎えると、エトランジュは伝えたくはないことを伝えようと重い口を開いた。

 「それが、神楽耶様。先ほどのニュースで貴女の従兄の方がユーフェミア皇女の騎士になると・・・・」

 「ああ、ついさっき報告が上がってまいりましたわね。でも、お気になさることはございません。
 あの者はブリタニア軍に入った時点で裏切り者、縁も切っておりますもの。どうとでもご自由にと、ゼロ様にお伝え下さいませ」

 さらりと告げられた切り捨て発言に、エトランジュは目を丸くする。

 「そうおっしゃって頂けると正直やりやすいのですが・・・よろしいのですか?」

 「ええ、こんな日が来るかもしれないとは思っておりました。それに、あの男は例の白兜のパイロットだと合わせて報告が来ましたので」

 「え・・・名誉ブリタニア人がナイトメアに?!」

 エトランジュ達は驚愕して顔を見合せた。
 あのナイトメアに乗る資格を持つのは純粋なブリタニア人だけだと公言してはばらかないブリタニア軍が、最新鋭のナイトメアに名誉ブリタニア人を乗せるとは、いったいどういう風の吹き回しか。

 「マジで何があったんだ?ブリタニア軍・・・」

 「さあ・・・私も何て言えばいいのやらと」

 クライスとアルカディアも首をひねるしかない事態である。もともとそこまで日本人とブリタニア人の関係について詳しく把握していないマグヌスファミリアの一行としては、ゼロに聞いてみるかという他力本願な答えを即座に導きだした。

 (でも・・・ゼロの様子がおかしかったのですが)

 「・・・神楽耶様、申し訳ないのですが桐原公とお会いしたいのですが・・・よろしいですか?」

 「桐原に、ですか?解りました、すぐに手配いたします」

 どうもルルーシュの様子から察するに、枢木 スザクとの間に何らかの関係があるとしか思えない。
 そういえば彼が現れたのは、スザクがクロヴィス殺害の濡れ衣を被せられて処刑されようとした時ではなかったか?

 神楽耶がすぐに桐原との面会を手配すると、エトランジュはアルカディアとクライスを置いて彼の前まで来るや人払いを要求した。

 「申し訳ございませんが、二人きりでお話したい事がございます。お傍控えの方は、ご退出願いたいのですが・・・よろしいですか?」

 「うむ・・・皆下がれ」

 ルルーシュ絡みのことだと悟った桐原の言葉に、使用人達は頭を下げて退出していく。
 それを見届けてエトランジュが単刀直入に尋ねた。

 「いきなりで失礼ですが、ゼロ・・・ルルーシュ様のことなのですが、枢木 スザク様とはどのようなご関係ですか?」

 「・・・一言で申し上げるなら、親友同士ですな」

 質問の意味を瞬時に悟った桐原は、重い溜息を吐きながら答えた。

 「ゼロ・・・スザクの件が相当衝撃だったと?」

 「はい・・・コーネリアに重傷を負わせたと報告をしたら、それを聞きもせず狂ったようにお笑いで・・・彼がユーフェミア皇女の騎士になると伝えたら、お似合いの主従だとお怒りの様子でした」

 「狂ったように笑った、か・・・無理もない」

 幼き頃のスザクは、名家のお坊ちゃま育ちにありがちな傲慢な性格をした少年だった。
 初めこそは互いに喧嘩もしていたが、やがて敵国の長の子供同士という枠を乗り越えて互いに認め合い、あの戦争時にも手を取り合っていた。

 それがどうした運命のいたずらかスザクはブリタニアの軍人になり、ルルーシュはブリタニアに反旗を翻す反逆者となった。

 「・・・エトランジュ女王陛下、個人的に言わせて頂くならあの二人は本来手を結んでもよかったはずじゃった。
 ルルーシュ殿下がゼロであるなら、あのうつけも目を覚ましてブリタニアのくびきから抜け出すやもしれぬと期待してもいた。
 ・・・もしそうなったら、あやつは我がキョウト六家の枢木の長、ゼロと希望の重みを分かち合えるものと考えておりました」

 「それほどまでに仲が・・・」

 「まさかあの白兜のパイロットがスザクとは、想像すらしておりませなんだ・・・今探りを入れて調べておりますが、いったいどうやったものやら」

 今、日本人の誰もがそう思っているだろう。いや、ブリタニア人も同様で、おそらく日本が占領されて以来、初めて日本人とブリタニア人の思考がシンクロした日に違いない。

 「近々、それについて会議が行われると思います。
 しかし、今の状態ではいくら枢木の御子息といえどもあの白兜のパイロットは早急にどうにかするべきとなるかも・・・しかも、皇女の騎士になるとあってはおさら」

 「その件については、神楽耶様が申されたとおり切り捨てることで意見の一致を得ました。
 わしもゼロのことがなければ何のためらいもなく同意したのでな」

 「解りました、枢木 スザクについてはキョウト六家の総意としてはゼロに一任ということでお伝えしてもよろしいのですね?」

 「・・・ゼロにお伝えして下され。
 “あのうつけが目を覚まさぬようなら、もう目を覚まさなくともよいようにしても構わぬ”と」

 つまりは神楽耶の言うとおり切り捨てろという意味である。
 エトランジュとしては内心非常に複雑ではあったが、上に立つ者としては至極当然の判断であることも理解していたために何も言わなかった・・・そもそも口出し出来る立場でもない。

 「確かに承りました。それにしても、枢木 スザク・・・どうしてブリタニア軍などに入ったのでしょう?」

 「・・・あやつの考えは解りませぬ。ただ、己の保身のためではないということは解りますが」

 桐原はスザクが過去、あくまで開戦しようとする父を諌めるために父親の血で両手を染めた。
 だがそれは六家の秘事としているため、エトランジュといえど話せるものではない。
 だが桐原には解る・・・彼が死に場所と断罪を求めて軍に入ったのだということを。

 「一度、彼の考えもお聞きしたいものですが・・・コーネリアの生死とこの後の展望についてのほうが先ですね」

 「そうですな・・・おお、お祝いを申し上げるのを忘れておりました。
 コーネリアを撃破なさったそうで、おめでとうございます」

 「いいえ、すべてはゼロの采配と他のレジスタンスの方々のご協力あればこそです。
 私はただゼロの指示を伝えただけですもの」

 エトランジュは手を振って謙遜したが、桐原はいやいやと賛辞の言葉を送る。

 「それでも、あのサイタマの惨劇を生んだ魔女を追いつめたのはエトランジュ陛下です。日本を束ねる六家として、お礼を申し上げたく存じる」

 エトランジュは小さく頭を下げることで賛辞を受けると、桐原は手を叩いて使用人を呼ぶ。

 「さあ、今宵は小難しい話はこれくらいにして、ごゆっくりとお休み下され。夕餉の支度と風呂を用意させておりますゆえ」

 「ご好意に甘えさせて頂きます。それでは、おやすみなさいませ」

 着物を着た使用人がしずしずと歩み寄ってふすまを開けると、こちらへと頭を下げて誘導する。
 エトランジュは再度桐原へ頭を下げると、使用人の後ろについて歩きだす。

 スザクのほうに気を取られて忘れていたが、まずはコーネリアがどうなったかを確かめなくてはと思い、エトランジュはマオとの間にリンクを開く。

 《マオさん、失礼します。エトランジュです》

 《ああ、エディー、無事でよかった!で、どうだった?》

 《コーネリアを撃破することに成功はしたのですが、生死はまだ解らないのです。
 マオさん、大変申し訳ないのですが、アルカディア従姉様と確認して頂けませんか?》

 申し訳なさげなエトランジュに、マオはあららと両手を上げた。

 《それは残念だね~。まあ、人数少ないから追いつめただけでもすごいのかな?
 ん~、めんどくさいけどやることないからまあいいよ》

 《ありがとうございます!お礼に今度、マーボー豆腐をお作りしますね。お好きだと伺いましたので》

 《ほんと?約束だよ!じゃあアルが帰ってきたらすぐに行くね》

 嬉しそうな声音で了承したマオに再度礼を言うと、エトランジュは小さく溜息をつく。

 予想外のことばかりが相次いで、もともと処理能力が小さいエトランジュの脳はパンク寸前である。
 何はともあれ、コーネリアを撃破したことだけは家族達にも伝えておこう。
 エトランジュはそう決めると、今度は伯父達のもとへとリンクを繋ぐのだった。



 一方、ブリタニア政庁では大混乱を極めていた。
 政庁を司る姉妹のうち姉は重傷を負わされて緊急入院、妹は突然何の通告もなく選任騎士の発表・・・それだけならまだしも、なんとそれは名誉ブリタニア人だという。
 挙句その男が、純粋なブリタニア人しか許されぬナイトメアのデヴァイサー・・・しかも最新型を動かしているということが判明したのだ。

 「何と言うことだ・・・コーネリア殿下が重傷だと?!ギルフォード卿は何をしていたのだ!」

 「彼も現在、殿下を庇い重傷を負っております!コーネリア殿下以外の兵士の被害はほとんど0です・・・何でも殿下一人を狙い撃ちにしたものと・・・」

 「ええい、狡猾な・・・この件は外部に漏らすな!イレヴンどもに付け入る隙を与えるわ!!」

 ダールトンの指示に一斉に政務官が散っていくと、蒼白な顔でユーフェミアが叫ぶ。

 「お姉様が、重傷・・・す、すぐに病院へ向かいます!」

 「なりませぬユーフェミア様!今外には例の騎士の発表のためにマスコミどもが数多くおります。
 そんな中に病院に足を運べば、秘匿したコーネリア殿下のことが漏れかねません。ご自重を!!」

 ダールトンの制止に、ユーフェミアはフラフラとソファに座りこむ。
 ああ、何と言うことだろう。こんな時に限って姉があのような目に遭うとは、想像もしなかったのだ。

 「とにかく、コーネリア殿下の件を隠すためにも騎士の件について早急に詳しいことを発表して目を逸らしましょう。よろしいですな?」

 「はい・・・解りました・・・」

 「それにしても・・・思い切ったことをなさいましたな。我々に何の御相談もなく・・・」

 思わず額を手で覆って嘆くダールトンに、ユーフェミアは力のない声で言った。

 「だって相談したらきっと、反対されてしまうと思って・・・でも、どうしても彼を騎士にしたかったの」

 自分の考えを聞いてくれる人だったから。
 お人形扱いされていつも聞かれることのなかった自分の言葉を、最後まで聞いてくれてそして間違っていないと言ってくれた人だから。

 「なぜ、そこまで彼を?彼は名誉とはいえしょせんイレヴン。いつ我らに牙をむくか知れないのですよ」

 「そんなことはありません!彼は、ルルーシュの親友なのですよ」

 「ルルーシュ・・・あの、このエリア11でお命を落とされたマリアンヌ様の御子息ですな。何故彼とルルーシュ殿下が?」

 ダールトンの疑問に、ユーフェミアは彼が枢木首相の息子であり、ルルーシュが日本に送られた時に知り合い、そして友達になったのだと答えてやる。

 「友達が出来た、とルルーシュから来た一度だけの手紙に書いてありました。それで私、ルルーシュのことをいろいろ彼から聞いていたの」

 「なるほど、そういうことですか。しかし、思い出話をなさるためなら何も騎士になどせずともよいではありませんか」

 ダールトンはあまり考えの足りないユーフェミアに、それ以上何も言わなかった。既に発表してしまった以上、覆すことも出来ない。
 このまま適当なシナリオをでっちあげて、ブリタニア人の反感を買わぬよう、そしてユーフェミアとコーネリアの株が下がらぬようにしなければならない。

 まさかこんな発表があるとは黒の騎士団やコーネリアを襲ったレジスタンス共も思ってもみなかっただろうが、最悪のタイミングである。
 
 (コーネリア殿下がご無事なら、ご指示を仰げたのだが・・・これではユーフェミア様のご意志を尊重して枢木を騎士にせざるを得ん!
 それにしても、あのテロリスト共・・・よくもコーネリア殿下を、許さんぞ!)

 怒りに燃えるダールトンは、ユーフェミアの騎士発表を行うことと並行してコーネリアに重傷を負わせたレジスタンス狩りを行うことを決意した。
 あの辺りをサイタマと同じようにすれば、やつらが出てくるに違いないのだ。
 しかし、ユーフェミアがそのようなことに同意するとは思えないため、許可を得られるか解らない。
 コーネリアが不在の今、決定権は彼女にあるのだ。

 さらに今回のコーネリア襲撃についても、いろいろと疑問がある。
 兵力からして騎士団が全力で藤堂を奪還したはずだが、黒の騎士団が関係しているのか?
 レジスタンスは黒の騎士団だけではない。表向きは別グループとしておいて、実態は黒の騎士団の下部組織という可能性もある。

 さらに、このタイミングで・・・まさかとは思うが、スパイがいるのだろうか?

 「ダールトン、お願いがあるのですが」

 「何でしょう、ユーフェミア様」

 ユーフェミアが青白い顔のままであることに気づいたダールトンが、水差しからグラスに水を注ぎながら応じると彼女はおずおずと言った。

 「あのお姉様がどのようにして襲撃を受けたのか、知りたいのです。お姉様を襲った犯人を捕らえるためにも、今から情報を解析するのでしょう?」

 「それはそうですが、ユーフェミア様がご覧になるものでは・・・」

 「いいえ、私が副総督である以上、知る必要があると思うのです。忙しいのは解っておりますけど・・・」

 「・・・かしこまりました、ユーフェミア様」

 コーネリア救出を最優先にしたため、すでに連中は他県に逃走しているだろうが、必ず捕えてやるとダールトンは決意していたため、既に情報解析の準備を行うよう、グラストンナイツに命令を下していた。
 幸いほとんどが租界にいたために無傷のこの軍さえあれば、ゼロが後ろで糸を引いていようとも必ず殲滅させることが可能だと、彼は信じている。

 ダールトンの命令でグンマで行われた戦闘状況を録音したブラックボックスがユーフェミアの部屋に運ばれて来ると、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。

 「ユーフェミア様・・・お辛いのでしたら」

 「大丈夫です・・・始めて下さい」

 ユーフェミアの命令でスイッチが押され、当時の状況が再現される。

 コーネリアがトンネルを通り抜けたところに、上から大型の廃棄物を落として退路と後方部隊を遮断、ナイトメア数体でコーネリアを追い込み、さらに油を撒いて動きを止める。

 さらに火炎瓶で逃げ道を遮断し、脱出装置を作動させた者は旧型であるとはいえ大砲で撃ち落とす。
 その上でコーネリア一人を狙い撃ちと言う、卑怯極まる戦い方に非難の声が飛ぶ。

 「おのれ、卑怯な!戦争の仕方も知らぬ野蛮なイレヴンどもが!!」

 「まともに戦う気もないらしい。大した装備もないくせに」

 これをエトランジュ達が聞いていたら、戦争の仕方を知らない国に戦いを仕掛けるのはいいのか、軍人ではないのだからまともに戦う気がないのは当たり前だと言うだろう。

 だがそれよりもユーフェミアの顔から血の気が引いたのは彼らの戦い方ではなく、その主張だった。

 『そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので』

 『・・・・』

 『その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。 
 コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ』

 それを聞いた時、ユーフェミアは内心で正しいと思ってしまった。あの時の姉は確かにやりすぎだと思う。
 周囲によってその時の街の様子は知らされてはいなかったけれど、住民が残っていたのならそれは虐殺だからだ。

 『そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!』

 『僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!』

 『このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!』

 耳に轟き渡る罵声に、思わずユーフェミアは耳を塞いだ。
 これまで日本人は自分達を恨んでいるだろうという認識はあったが、その恨みの声を聞いたことはなかったから彼女はそれを正確に実感してはいなかった。

 しかし、自分達がどれほどの憎悪と怨恨の渦の中にあったのか、彼女は今初めて知ったのである。

 「あ・・・あ・・・・」

 「ユーフェミア様!お気を確かに・・・別室へ」

 「いいえ、いいえ!続けて下さい」

 ユーフェミアはダールトンの手を振り払い、続きを聞くことを選んだ。
 今まで自分は、レジスタンス達がどのような思いで戦っているのかを知らなかった。今はその考えを知るいい機会のはずだ。

 (これからスザクと一緒に、ブリタニア人と日本人と仲良く暮らす国を造るんですもの。この人達だって、話せば解ってくれるはずです)

 未だに甘い認識を持っているユーフェミアはそう考えたが、次のレジスタンスの指揮官の言葉に息を呑む。

 『人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
 成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?』

 『私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
 だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです。
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね』

 『その通りだ!間違いなどない!』

 『はい、認めましょう。それは全くの事実だと』

 「え・・・この方はどうして・・・」

 てっきり父の国是を否定していると思っていたのに、それを認めた指揮官にユーフェミアは目を丸くした。
 周囲の人間も同様だったが、彼女はそれが動物の真理であり、どのようにその国是を受け止めているかを聞いて納得した。

 『ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
 “親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ”と』

 「・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もない」

 ユーフェミアはその通りだと思った。
 人間は言葉より行動でその真意を測る。親が子供を愛するのは当然だと言いながら殴っていたら、それは正しいことなのだろうか。

 『“やったらやり返される”のですよ、コーネリア』

 「やったら、やり返される・・・」

 何と単純な言葉だろう。声音から自分と似たような年齢、しかも女性だろうその指揮官の言葉は的確で、反論のしようがないものばかりだ。
 事実姉ですら、指揮官の糾弾に反論出来ずにいる。

 だが一つだけの反論・・・すなわちルルーシュとナナリーを殺したという言葉に対して、レジスタンスの一人が妙な反応を返した。

 『・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』

 「!!」

 ユーフェミアはその言葉に敏感に反応した。
 あの時、カワグチで会ったゼロは言っていた。

 『あの男がブリタニア皇帝の子供だから・・・そう言えば、貴女もそうでしたね』

 「もしかしたら・・・本当に・・・」

 忘れるはずがない。自分の初恋の異母兄を。
 あの時、クロヴィスを殺しておきながら自分を殺さなかったゼロ。
 そして出会ったスザクはルルーシュのことを、今でも生きているかのように話すことがある。

 スザクは自分の言葉を聞いてくれる、大事な人だ。もしルルーシュが生きていて、スザクがそれを知っていたのなら。
 そしてそれを自分にも黙っている理由は解らないけれど、自分にも秘密を話してくれるほどの信頼を得られたら、真実に辿りつけるのではないかと考えた。
 だから、彼を騎士にしようと思った。

 (ゼロがルルーシュなら、あの言葉も解る。
 ブリタニアの皇族を恨んでいるのも、殺そうとしたのは日本人じゃなくて、皇帝陛下なら・・・あのレジスタンスの人の言葉も納得出来るし・・・)

 ユーフェミアはおぼろげながら真実に気づいていたが、悲しい事にそれを口にしても誰も信じてくれないということも解っていた。
 姉に言えばいいのかもしれないが、その場合姉はルルーシュをサイタマで殺そうとしたわけであって、きっと彼は怒っているに違いない。

 (それに、ゼロがルルーシュだって決まったわけじゃないし・・・でも)

 ユーフェミアが考え込んでいる間にも記録は進んでいき、田中夫妻がコーネリアを抑えつけて彼らもろともレジスタンス達が攻撃していた。

 そして恨むならゼロを恨むべきだというギルフォードに対して、指揮官が尋ねている。

 『貴方がたに問いましょう。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 “俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め”と。
 ・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?』
 
 それまでの冷静そのものだった声に、苛立ちがこもっている。そしてその問いに答えられないコーネリアに見切りをつけたのか、それ以上指揮官は姉に対して何ら言葉をかけるのをやめていた。

 そして田中夫妻は玉砕し、レジスタンス達は姉の生死を確認する間もなく援軍が来る前に撤退していったが、まだ息のあった姉に息子を殺されたという母親は笑っていた。

 ざまあみやがれ、まだまだいる・・・と言い遺して。

 ユーフェミアは姉よりも、このレジスタンスの指揮官の方に共感を覚えた。
 彼女は何ら間違ったことは言っておらず、またコーネリアに対して考えを尋ねたりもしているが、姉はそれに答えることはなかった。

 あの指揮官は正論すぎるほどの正論で論破していた。
 自分も心のどこかで思っていた言葉を堂々と伝えた彼女に、羨望を抱くほど。

 だけど、姉が自分を守るためにどれほどの努力をして危険な戦場に立っているのかも知っていたから、自分は何も言えなかった。

 自分も何かを言えるほどの功績を立てたいのに、過保護さからそれをさせて貰えないという矛盾が、常にユーフェミアを取り巻いている。
 だが思いもよらぬ形で副総督としての立場が求められているこの状況を利用出来るほど、ユーフェミアは有能ではなかった。

 レジスタンスの指揮官と話をしたいが、捕まえたが最後ダールトン達はきっと彼女を殺してしまう。
 だけど、捕まえなかったらこのまま自分達は彼らによって殺されてしまう。それだけのことをしてしまっているのだから、当然だ。

 だから、ユーフェミアは震える唇でこう命じた。

 「・・・レジスタンスを捕らえる前に、租界の護りを固めた方がいいかもしれません。
 万一にもお姉様の件が漏れていたら、ここでテロが起こるかもしれないですし」

 こう命じておけばレジスタンスを捕らえることは難しくなると、短絡的に考えてのことだった。
 いつもは己の意見を無視されることが多いユーフェミアだが、今回は頷く者が多かった。

 「私も賛成です、ダールトン将軍。コーネリア殿下があのルートを通ってイシカワに向かうのは極秘のことだったのに、こうもあっさり漏れていたのもおかしい。
 ・・・言いたくはありませんが、スパイの可能性が」

 「・・・むう」

 ダールトンが渋面を作るのも無理はない。 
 まさか己の心の声を聞いていたなどというトンデモ理論など思いもつかない彼らがその結論になるのは、当然と言えよう。

 「例の純血派のこともありますし・・・租界の護りを固めておくほうが無難かと。
 幸いコーネリア殿下はお命までは助かる可能性が高いとのこと、それまでユーフェミア様とトウキョウ租界を守り抜く方が無難では?」

 「おのれ・・・!くっ、ではテロリストどもの捕縛は後回しとし、租界の守りをこれより強化する!
 ゲットーへの出入りはブリタニア人でも禁止し、名誉ブリタニア人の施設の利用も制限する。
 併せて裏切り者の発見に全力を尽くすぞ!」

 「イエス、マイロード!」

 ダールトンの命令にグラストンナイツは敬礼をして応じているのを見つめながら、ユーフェミアは椅子に座りこんだ。

 (スザク・・・スザクに会いたい。私はこれから、どうすればいいのかしら)

 自分はお飾りだと言われてきたから、今後も政務官達が望むとおり、書類に判子を押すだけの仕事をするのだろうか。

 それではだめだと思うけれど、どんな政治をすればいいのか。
 
 (・・・私は、みんなで仲良く暮らせる国を造りたい。スザクを騎士にして日本人の人達とも仲良く出来ると伝えればいいんだわ。
 今まで酷い目に遭わせてしまった分、大事にすればきっと解ってくれる)

 そう決意するユーフェミアだが、その背後で日本人達の生活をさらに圧迫しようとしているダールトン達を止めることはしなかった。

 彼女には解っていないのだろう・・・確かに租界とゲットーの出入りをブリタニア人でも制限すればレジスタンス狩りは出来なくなるが、代わりに生活するための必需品の入手、租界での仕事が減り収入もなくなるということに。
 ゲットーでの仕事などたかが知れている上、租界から材料の搬入などが出来なくなるとそれすらも不可能になる。

 パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、と言ったお姫様がいた。
 それはお菓子の方が高額だと知っていれば出ない発言だが、ユーフェミアはまさにそれだ。

 ユーフェミアはゲットーがどれほど荒廃しているか、スザクと共に見ている。
 そしてそれはシンジュクでのテロが原因と言われていたが、それがなくても荒れていたのだ。
 理由は簡単・・・再開発するだけの資金と物資がなかったから。

 さらに言うなら、基本的な事柄・・・人間が生きるには何が必要かということも彼女は忘れている。
 衣・住・食がなければ生きていけない、そしてその中で最も大事なのは食糧だ。

 ユーフェミアも知らなかったことだが、ブリタニア人でも日本人達に慈悲を施す者は存在する。
 そう言った者達はこっそりと、ゲットーの者達に食料や衣類などを援助している。ただ租界近くだとそれがバレてスパイの疑いをかけられたり、非難されたりするため、割と遠いゲットーで行われていることが多かった。
 それを制限されれば、その援助を得ている者達はどうすればいいというのか。

 スザク一人の意見で満足せず、ゲットーに住む者の意見も聞いていたらユーフェミアも物資の援助などを行って住民に被害が及ばぬようにという考えが生まれたかもしれないが、残念なことにそこまで及ばなかった。
 軍人気質のダールトンでは、そんな思いやりなど最初からない。

 己が中途半端なままの理想を掲げていることに気づかぬまま、テロリスト狩りを阻止出来たことに満足して、ユーフェミアはスザクの選任騎士の発表を行うべく部屋を出た。



 「ユフィ・・・どこまで俺のものを奪えば気が済むんだ・・・!」

 エトランジュからの報告を聞いて怒り狂ったルルーシュは、ユーフェミアの騎士発表の映像を見て乱暴に電源を落として消し去った。
 
 「ああ、解っているさあいつは善意だけだと!スザクを騎士にしたのだって、日本人を思っての行為だということもな!」

 自分は日本人でも差別しない、だから一緒に新しい国と作りましょうと言いたいのだと、ルルーシュはすぐに解った。

 それは全くの事実だが、何故こうも自分を追いつめる行為に繋がることをするのだろう。
 もしもスザクが選任騎士になったら、まずブリタニア人の嫉妬を買ってアラ探しのためにスザクの身辺を調べるだろう。
 そうなったら、自分達の生存が本国にバレかねない。
 
 (いや、その件はユフィも知らないから責めようもない・・・俺が隠してくれと言ったわけでもないからな。
 だが、名誉ブリタニア人は喜ぶかもしれないが、これではレジスタンス活動がし辛くなる・・・いや、待てよ?)

 コーネリアを半殺しの目に遭わせた・・・これはいい。
 だが、それについて報復行為を行わないはずがない。ユーフェミアはともかく、ダールトンやグラストンナイツはそうではないからだ。
 
 (ユフィが止めるだろうから、大っぴらな軍事行動は行えない・・・となると、当分ゲットーへ物資や出入りの制限が行われるな・・・桐原とも相談して、手を打たねば)

 あの白いお姫様に教えてやろう。そう、エトランジュの言葉の意味を、経験で理解させてやる。
 
 『言っていることが正しくても、行動が間違っていたら意味がない』

ルルーシュは唇の端を上げると、ようやく落ち着きを見せた。

 「理想と現実の違いを、そろそろ知ってもいい頃だ・・・そうだろう?ユフィ」

 かつての初恋の少女を憐れむ声で、ルルーシュは彼女を追いつめるための手を打った。



[18683] 第九話  上に立つ者の覚悟
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/10 11:33
 第九話  上に立つ者の覚悟



 黒の騎士団に贈られた潜水艦の中で、ゼロことルルーシュは黒の騎士団の再編成の発表を行っていた。
 そこにマグヌスファミリアの一行も同席させて貰うことになり、エトランジュは椅子に座って人事の発表を聞いている。

 まず軍事総責任者に入ったばかりの藤堂 鏡志郎、情報全般・広報・諜報の総責任者にディートハルト・リートが任命された。

 その際に民族にこだわるわけではないが、なぜブリタニア人に?と疑問の声を上げた千葉に対し、ルルーシュはならば自分はどうなのか、と尋ね返した。

 「理由?・・・では、私はどうなる?・・・知っての通り、私も日本人ではない。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係ない。
 最初に言っておこう・・・ブリタニアを倒すには、日本人だけでは無理だと」

 その言葉にプライドを刺激された数人の日本人が抗議の声を上げようとするが、それは桐原が制した。

 「ゼロの言うとおりじゃ・・・もともと今残る日本人だけでは、全員が玉砕したとしてもブリタニアを倒すことは不可能。
 日本解放が成っても、次から次へと再奪還を企てられては消耗戦になるだけ。それでは日本解放の意味がなかろう?」

 「う・・・しかし!」

 「何のためにエトランジュ女王陛下がこうしてブリタニアの植民地を回り、味方を増やそうとしているのか考えてみよ。
 戦は元凶を断たねば終わらぬが、そのためには多くの人間の力を束ねる必要があると知っておられるからじゃ。
 真に日本解放を目指すのであれば、その日本人だけで成せるという傲慢を捨てよ」

 「桐原公のおっしゃる通りだ。日本人としての誇りは大事だが、そのために大局を見誤るような真似はやめたほうがいい」

 藤堂にまで言われて団員達は押し黙る。そこへエトランジュが控えめに口を挟んだ。

 「ブリタニア人の方に大きな不信感がおありになるのは解ります。
 しかし、EUにはブリタニア系の方々も多く、ブリタニアのやり方に反発なさって亡命してきた方も多いのです。
 皆様の誇り高さは尊敬いたしますが、どうかこれだけは忘れないで下さい。ブリタニア人だからといって、差別主義や覇権主義を是としているわけではないということを」

 理屈は解る。だが、感情はそれについていけないのだと表情で語る日本人達の前に、エトランジュは続ける。

 「信用とはするものではなく積み上げていくものだと、お父様はおっしゃいました。
 ディートハルトさんには大変なことだと思いますが、今後とも黒の騎士団にいっそうの努力を持って貢献して頂かなくてはならないことと思います。
 しかし、その代わり貴方がたも成果を挙げたのならどうかその手を取ってさしあげて頂けませんでしょうか?」

 ブリタニア人が他国で信用を積み上げていくのは並大抵なものではないと、エトランジュは説いた。
 生まれのせいでナンバーズが差別されてしまうのなら、逆に他国でブリタニア人がそうなってしまうのはある意味で等価交換と言えるのだが、とばっちりであることは確かである。

 「そうだな、黒の騎士団(おれたち)に貢献するのなら、仲間だよな。実際、こいつが持ってきた情報は正しかったんだろ?ならいいじゃねえか」

 新入団員にしてコーネリア襲撃の際エトランジュに協力した加藤の台詞に数人が同調し、ディートハルトは思っていたほど悪意を向けられずに済んだ。
 ディートハルトはそのきっかけを作ってくれた幼い女王を観察したが、見る限りごく普通の少女である。そう、小さな幸せをこそ望んでいる、王族というには違和感を覚えるほどの。

 (マグヌスファミリアの女王、か。こんな駒まで得ていたとは、さすがゼロというべきか)

 小国であることを武器にして各国のレジスタンス達を束ねているという作戦を全く予想もしていなかったから、意外すぎて驚く。
 だがその長だという少女は一度話をした際、大した才能はないと判断した。
 ただ本人もそれを自覚しているのか、口を出すにしても失敗のない言い方をするあたりユーフェミアとは違うと感心した。
 
 (ゼロとは違った意味で、人心をまとめることが得意なようだ。この二人の組み合わせは、存外に相性がいいのかもしれないな)

 ゼロが圧倒的なカリスマで人の上に立つなら、エトランジュはあくまでも相手と同じ目線を持つタイプだろう。
 上の事情を理解し、下の心情を知ることが出来る彼女は、トップに立つよりむしろ中間管理職に向いている人間だ。
 
 そして副指令に扇 要、技術開発担当にラクシャータと無難かつ的確な人事が行われ、最後にゼロ直轄の部隊であるゼロ番隊の隊長に紅月 カレンが任命される。

 「親衛隊・・・ゼロの!」

 嬉しそうにその役職を拝命するカレンに、エトランジュが祝福の言葉を贈る。

 「よかったですね、カレンさん」

 「はい!私、頑張ります!」

 「ああ、期待している。そして一番隊隊長・・・」

 こうしてひと通りの人事発表が終わると、ルルーシュは最後にエトランジュを紹介する。

 「知っている者もいるだろうが、この方はEUのマグヌスファミリア王国の亡命政府を束ねるエトランジュ女王陛下だ。
 現在対ブリタニア戦線の構築に当たっていて、既に四ヶ国のレジスタンス組織と同盟を組むことに成功している」

 おお、と小さな歓喜の声が上がり、エトランジュは照れたように笑った。

 「マグヌスファミリアの使者なら、インド軍区にもいるわよぉ~。
 今回の件には関係してないけど、日本には女王様が来てるからよろしくって言われたわ」

 ラクシャータがのんびりした声で言うと、エトランジュはああ、と手を叩く。

 「インド軍区でしたら、アーバイン伯父様ですね。インドの方もいろいろとおありのようだと聞いておりますが」

 「中華とEUの思惑を警戒して、上層部も二の足踏んでるのよね~。ま、持てるカードは多い方がいいってんで、貴女と同じ客分として滞在してるわ」

 どこも考えることは同じのようだ。
 しかしそれでも話を聞いて貰えるところまでいったのだから、それでよしとしようではないか。

 「いいか、よく聞け。この戦いはブリタニアを倒すまでは終わらない!
 それには日本人だけでなく、ブリタニアに虐げられている全ての者達の力を結集しなくてはならない!
 それはブリタニアから不当な迫害を受けているブリタニア人も同様だ!エトランジュ様はそれに真っ先に気づいたからこそ、こうして先んじて活動を続けてこられた。
 そして日本人は果敢にブリタニアに抵抗し、また我ら黒の騎士団の理念に共感しているからこそ、手を組みたいと申し出てこられた。
 人種、国、そのようなもので人を区別してはならない!確かにスパイなどの動きは警戒せねばならないが、残念ながら日本人でも同胞を売る者はいる」

 そのとおりだ、と数人が頷く。かつてブリタニア人にそそのかされ、同胞を売った日本人がどれほどいたことか。
 密告により壊滅させられたレジスタンスも多い。

 「しかし、逆にブリタニア人でも日本人を助ける者はいる。
 事実ホッカイドウやオキナワなど、トウキョウ租界から遠く離れた地域では微力ながら援助を行っているブリタニア人がいるという。
 人は人を虐げるだけではない、ともに手を取り合い助け合える生き物なのだ!」

 しかし、とルルーシュは大仰に肩を落とし、そして言った。

 「残念ながら今入った情報では、その良心に従い日本人と手を取り合おうとした者達の出入りを制限する動きが出たそうだ。
 コーネリアは現在、意識不明の重体・・・・残ったユーフェミアを護衛するために租界の守りを固めたようだが、スパイを探すと称して租界とゲットーの警備を強化し、物資の制限を行うようだ」

 「なんだと・・・それじゃあ他の住民の生活はどうなるんだ!」

 扇が怒りの声を上げるが、ルルーシュはもちろんそのまま捨ておくつもりはないと言った。

 「既にトウキョウ近隣のゲットーに住む者達は、内密に北はホッカイドウ、南はオキナワなどの租界から遠い場所へ移住する手配を行っている。
 そして彼らにはこれから日本奪回のための準備や食料を作る仕事をして貰う」

 戦争をするには軍人だけいればいいというものではない。
 食料を作って維持し、また弾薬製造や後方支援などの機能が働いてこそ軍隊として成り立つのだ。
 ルルーシュはトウキョウ租界に目を光らせている隙を利用して、そのための人手を駆り集め、日本奪還の準備を始めようというのである。

 ユーフェミアがスザクを騎士にして日本人の支持を集めようとしても、既にゲットーから物資を途絶えさせた後では人気取りにすらならない。
 名誉ブリタニア人達も日本人の生活が困窮した状態を見れば、スザクを騎士にしたのはただのそれらをごまかすための策だと受け取り、自分達も同じように出世出来るとは思わないだろう。

 結果ユーフェミアは日本人の支持を得られず、ブリタニア人達からも名誉とはいえしょせんはイレブンを選任騎士にした愚かな皇女というレッテルを貼られ、双方から信頼を失うはめになるのだ。

 「一度に大量に移動すれば気づかれるから、ゲットーに住む者達の移住は極秘に行う。
 既にカンサイ地方、チュウブ地方のゲットーの整備に入り、仕事や食事のあっせんの準備に入っている。
 それまで東京近隣の日本人の生活物資については、協力を申し出てきたブリタニア人から提供して貰う予定だ」

 「よくブリタニア人が協力してくれたな」

 「実は日本にも、カレンさんのようにハーフの方がおられまして・・こっそりとゲットーに住む妻子に援助をしているブリタニア人の方がそれなりにいるのですよ」

 エトランジュが説明したところによると、日本に限らずブリタニアの植民地ではブリタニア人とそのエリア民との間に生まれた子供がいる。
 心ない者は相手と子供を捨てたりするのだが、ほとんどは租界で名誉ブリタニア人として雇い入れて保護し、あるいはゲットーに住まわせて援助を行ったりしているらしい。

 「カレンさんのように素性を隠して純ブリタニア人として籍に入れている方もいるようですが、それはむしろ少数です。
 私が知る限り、貴族の方がそうなさっているのを見るのは初めてでびっくりしました」

 エトランジュが同盟を結ぶために多数のエリアを見て回ったが、貴族が素性を隠してとはいえ実子としてハーフの子供を育てているのを見るのは初めてだと告げると、カレンはフンと肩をそびやかした。

 「まさか!あいつは本妻に子供がいないからって、私をやむなく引き取っただけです。
 お母さんもあいつに逆らえなくて、でも私の将来を思って私をシュタットフェルト伯爵家に預けたの」

 「はあ・・・複雑な事情がおありのようですね」

 エトランジュは何やらカレンに家庭の事情があると感じ取ったが、口には出さなかった。代わりにアルカディアが首をひねりながら言った。

 「でもさあ、ルチア先生が言ってたよね?ブリタニアは血統を重んじるから、ハーフを籍に入れるくらいならどこかよその貴族の家から養子を貰うって」

 ルチアとはエトランジュの母の親友で、マグヌスファミリアで語学教師をしている元ブリタニア貴族の女性だ。
 現在は対ブリタニア戦線の構築のため、亡命してきたブリタニア人やハーフのグループを取りまとめている。

 「ほら、貴族でも二男三男とかは家を継げないでしょ?だから子供がいないならそういう子を養子にして家を継がせるってパターン・・・ま、これはブリタニアに限ったことじゃないと思うけど」

 「そう言われれば、確かに・・・」

 扇達も顔を見合せてカレンを見る。
 
 「で、でもならどうして私を・・・」

 「たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・」

 エトランジュがゆっくりとそう告げると、カレンは信じられないといった様子だ。

 「父親から何か言われたのか?お前はただの家を継ぐ道具だというようなことでも」

 黙って話を聞いていたルルーシュが尋ねると、カレンはいいえ、と小さく首を横に振った。

 「私をシュタットフェルト家に引き取った後、母と一緒にあの家に住まわせてから本国からあまり戻ってきてないので・・・話もあまりしたことがありません」

 「それなら、直接真意をお伺いなさるのはいかがですか?喧嘩ならその後で充分ではありませんか」

 エトランジュが穏やかにそう提案すると、カレンはでも、と尻ごみする。

 「ブリタニアと日本との戦争と、貴女のご家庭の事情は無関係です。
 どうして自分を引き取ったのか知る権利が貴女にはありますし、嫌うのはそれからでもよろしいのではないでしょうか?
 それに、えっと・・・“親の心は子供は知らない”ままで後で悔いるのも・・・酷い言い方ですが、死んだ親と話し合いは出来ませんよ」

 「そ、それは・・・」

 カレンが思い返したのは、実母のことだった。
 母は自分をシュタットフェルトに売って名誉ブリタニア人としての生活の安定を望んだのだと思いこみ、長年母を軽蔑して過ごしていたが、実際は自分を見守るために屈辱を受けてなおシュタットフェルト家にいただけだった。

 『カレン・・・そばにいるからね』

 あの時ほんの少しでも母の真意を聞いていたら自分もあんな態度に出ることはなく、母もリフレインなどという忌まわしい薬に依存する事はなかったかもしれない。
 あの件は今も、カレンの胸の奥で深い傷となって血を流していた。

 「エトランジュ様のおっしゃる通り、一度話し合ってきた方がいい。
 何、どうなろうとしょせん親子喧嘩、どこの国でもある話じゃ」

 四聖剣の最年長・仙波が軽く笑いながら同意すると、他の年かさの者達も頷き合う。

 「・・・まだ決心がつかないので、改めて決めたいと思います。
 でも、皆さん・・・ありがとうございます」

 カレンは涙を拭きながらそう言うと、ルルーシュがどこか羨ましそうな声音で言った。

 「君の気持ちは解る。だがこれだけは言っておく・・・君が父親と和解したとしても、私は君が我々と戦ってくれることを信じている」
 
 「ゼロ・・・はい、もちろんです!」

 カレンは感極まった泣き声でそう応じ、列へと戻る。千葉がその背中を抱きよせて、撫でさすっていた。

 「えっと、その・・・空気を読まずに申し訳ないのですが、話を戻します。
 そういう方々からも家族の生活を心配しているので、黒の騎士団を通じて援助を行えるのならと協力して下さるそうです。
 コーネリアの件があまりにうまくいき過ぎたせいでしょうね、ブリタニア軍は内部に裏切り者がいることを前提として動いているため、ブリタニア人のゲットーへの立ち入りが禁止されたと聞きました」

 「あー・・・そういうことか」

 ブリタニア人の協力者が多い理由に納得の声が上がると、同時に租界への立ち入りが出来なくなったことを知って眉をひそめた。

 「それじゃあ、俺達も租界へは入れなくなるってことか。活動に支障は?」

 扇が不安そうに尋ねると、ルルーシュは心配無用とマントを翻す。

 「トウキョウ租界で活動しやすいエトランジュ様達が諜報活動をして下さる。
 今のところはコーネリアが意識不明の重体のため、指揮者がいない状態だ・・・あのユーフェミアではせいぜい現状維持が精いっぱい、思いきった行動はとれまい」

 独裁政治というのは物事をスピーディーに進められる利点があるが、指揮する者がいなくなると逆に何も出来なくなるという欠点がある。
 しかも今回のように死亡したわけではなく、ただ一時的に退場というパターンだといずれ指揮者が復帰することを考えると、後で責任を追求されることを恐れて余計に思いきった行動が取り辛くなるのだ。

 その意味では殺してしまって後から有能な総督に赴任されるより、こちらの方が好都合かもしれない。
 お陰で思うように日本奪還の準備が進められるのだから。

 「なるほど、充分な準備を整えておく好機というわけだな。補給が続かなければ戦いどころではないから、それも重要なことだ。
 我々もこの間に自らを鍛え、日本解放の決戦に備えよう」

 「「「「承知!!」」」」

 藤堂の言葉に四聖剣が呼応すると、最後にルルーシュがまとめた。

 「当分は補給ルートの構築に力を入れることに重点を絞って活動する!
 地方を中心に動くことになるので、各地に散らばるレジスタンス組織とも連携をとっていきたい」

 こうして地方での活動について話し合いが終わると、次は枢木 スザクが議題に上がった。

 「枢木スザク・・・彼は日本人の恭順派にとって旗印になりかねません。私は暗殺を進言します」
 
 ディートハルトがさっそく過激な手段を提案すると、アルカディアも露骨に嫌な顔でそれに同調する。
 
 「私もそっちのほうがいいと思うわ。あいつぶっちゃけ超ウザい」

 ルルーシュの親友であるとエトランジュから聞いて知ってはいたが、そんなことは彼女にはどうでもいいことだ。自分が何をしているかも解っていない人間が半端に上の地位に居座られると、実に面倒なのである。
 ブリタニアだけが害を被るならともかく、どう考えても日本人の方に被害がいっている。

 「なるほどねぇ。反対派にはゼロってスターがいるけど、恭順派にはいなかったからね」

 ラクシャータがそう指摘すると、ディートハルトは続ける。

 「人は主義主張だけでは動きません。ブリタニア側に象徴たる人物が現れた今、最も現実的な手段として暗殺という手があると」

 「反対だ!そのような卑怯なやり方では日本人の支持は得られない」

 藤堂がそう反対するが、アルカディアは飄々としたものだ。

 「幸いユーフェミア皇女の騎士になるというからブリタニア人の方にも妬まれてるし、いいチャンスよ。
 幸い租界は日本人の出入りを禁じてるもの、今の状況なら暗殺してもそっちの線が濃いってなって、表向きは“黒の騎士団の仕業”と発表されて実態はろくな捜査もされずに終わるわよ」

 スザクが藤堂の弟子だと知っての発言に、血も涙もない。

 ブリタニアのニュースを真面目に信じる人間など、純粋なブリタニア人だけだ。日本人達にユーフェミアの騎士になったためにブリタニア人の妬みを買い、暗殺されたのだとゲットーに伝達して回ればどちらを信じるのか。
 いや、ブリタニア人ですら租界とゲットーの境界を厳重に管理している状況ではそう思う可能性が高いというアルカディアに、報道人のディートハルトはそのとおり、と満足げに頷いた。

 「アルカディア様の言う通りです。私のほうでその情報をさりげなく世間に流布すれば、効果はさらにあるでしょう」

 「しかし、俺達黒の騎士団は武器を持たない者は殺さない。暗殺って彼が武器を持っていないプライベートを狙うってことでしょ!」
 
 「上の地位にいるってことは武器を持つ持たない、プライベート云々は関係ない、常に戦場にいるつもりでいるのが普通なの。
 エディやゼロ、桐原公達にしてもそれは同じ・・・いつ暗殺されるか、いつ捕まって連行されるか、そんな恐怖を隣人として過ごしている」

 扇の反対の弁を、ルカディアははっ、と顎を上げて切り捨てた。

 「上の地位だけで、それは武器を持ったことになるの。ましてやあの男は白兜のパイロットとして、仲間を殺してる・・・命を奪った以上、いつ命を奪われても仕方ないの。
 貴方も副指令という地位を持ったのなら肝に銘じておいたほうがいいわ・・・それが出来ないなら、その地位は他の人に譲った方がいい」

 「っつ・・・!」

 扇は思わず肩を震わせたが、反論の言葉が見つからずにそれ以上は何も言わなかった。

 「キョウトの方でも、枢木 スザクの件は騎士団に一任するとのことだしね。で、どうするのゼロ?」

 「枢木 スザクは殺さない。このままユーフェミアの騎士になって貰おう」

 さらりと告げられた返答にざわめきが上がると、ルルーシュは仮面の下でニヤリと笑みを浮かべた。

 「このまま日本人達の生活が圧迫されれば、自然とその矛先は為政者であるユーフェミアとその騎士となった枢木に向かう。
 日本人達に衣・食・提供する我々と恭順派のどちらを支持するか、火を見るより明らかだ・・・暗殺などするまでもない」

 「つまり、枢木 スザクを逆の意味での旗頭とするのですね?」

 「そのとおりです、エトランジュ様。
 それに、暗殺といっても今コーネリアの件で警戒も厳重だ・・・成功したとしてもこちらに被害が来るのでは割に合いません」

 殺すより生かして利用しようというルルーシュに、藤堂は内心複雑ではあったが殺されるよりはいいと考え、口は出さなかった。

 「それに、ブリタニア人がこの件でユーフェミアに多少なりと不信感を抱き始めているらしい。コーネリアが不在の今、奴らの間に争いの種を蒔く機会にもなる」

 「なるほど・・・では枢木 スザクの件は、暗殺せずこのまま放置ということで」

 エトランジュがそうまとめて会議が終わると、一同はそれぞれの仕事に入るべく散っていく。
 エトランジュ達も協力してくれるブリタニア人との交渉に赴くべく部屋を出ようとすると、ルルーシュが引きとめた。

 「ああ、エトランジュ様とアルカディア様。少しお話があるので私の部屋までご足労願いたいのですが」

 「今から、ですか?解りました」

 ギアス絡みのことだろうか、と思いつつルルーシュの後について彼の部屋に入ると、ルルーシュは仮面を取って机に置く。

 「いきなりで申し訳ないのですが、ご存じのとおり租界とゲットーの間で警備網が敷かれ、私も少々移動が困難になりました」

 「ええ、私もアルカディア従姉様のギアスがなければここまで来るのが難しかったくらいですものね。
 今はブリタニアの兵士達がゲットーと租界の境界を警邏しているだけのようですが、いずれは監視カメラなどの配備が行われるかもしれません」

 「そうなると、ギアスだけでは頻繁な行き来をするのは危険が伴います。
 それに地方での活動を行うことが増えますし、私も表向きは学生をやっている上に妹がいるので、正直困っているのです」

 「・・・なーんか、嫌な予感がするんだけど」

 アルカディアが頬を引きつらせて言うと、ルルーシュが勘がよろしいですね、と笑顔になって言った。

 「そこで、アルカディア様に私の身代わりになって活動して頂けないかと思いまして」

 「いやだ」

 やっぱりか、とアルカディアはムンクのようになって即断ったが、ルルーシュは拒否を許さぬ声音でなおも迫った。

 「エトランジュ様では身長差や役割から無理・・・ジークフリード将軍もエトランジュ様の護衛があるし、クライス護衛官もナイトメアの演習のために藤堂らと行動を共にしています」

 「絶対やりたくない!何で私なのよ、C.Cに頼めばいいじゃない!」

 「C.CはEUや中華との交渉に出向かせていますし、何より彼女にギアスは効かないから貴女しかいないのです」

 「ギアスがって・・・どういうことよ」

 「エトランジュ様のギアスを使い、私の思考を貴女に転送すれば何が起きてもすぐに対処出来ますから。ゆえに、ギアスのことを知っている貴女にしか頼めないのです」

 つまりはゼロの仮面を被って腹話術師の人形になれというわけである。
 アルカディアは納得はしたが、心底から嫌そうな顔で唸っている。

 「私は科学者なんだけど・・・何でこんなことばっかり・・・」

 断れないと解っているだけに、陰に込もった声である。
 何が悲しくてこんなセンス皆無の服とマントと仮面を被り、オーバーアクションでフハハ笑いをして日本各地を回らなければならないのか。

 「ア、アルカディア従姉様・・・その、私も一緒に回りますから、元気出して・・・」

 「ありがとう、エディ・・・ふ、ふふ・・・」

 やけっぱちのように笑いながらアルカディアはゼロの仮面をひったくると、やや乱暴にくるくると回す。

 「いーわよ、やってやろうじゃない!命がけってほどでもないようだしね!あは、あははははは!!!!」

 悪趣味と己で評したそれを着る羽目になるとは思わなかったアルカディアはひとしきり笑うと、そこまで嫌がらなくてもと不思議そうにしているルルーシュに向かって要求する。

 「それじゃ、報酬としてハッキングの方法の伝授と最新型のパソコン一台ちょうだいね。
 それから、コルセット一つ用意して」

 「コルセット?何に使うんです」

 首を傾げるルルーシュに、アルカディアはふふ、とどんよりと背後に夜叉を背負って叫んだ。

 「私が使うに決まってんでしょ!あんた男のくせに何でそんな無駄に細いわけふざけんじゃないわよ!!」

 魂の叫びにエトランジュがおろおろしているのと見ながら、ルルーシュは何故にそんなに怒るのかとさらに首を傾げながら、とりあえずコルセットと最新型パソコンの手配を行うのだった。
 


 それより少し前、ブリタニア政庁では荘厳な儀式が行われていた。
 神聖ブリタニア皇国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの選任騎士の叙任式である。

 コーネリアの入院は秘事とされ、表向きには現在彼女はイシカワで軍事行動のため不在ということになっている。
 
 「名誉ブリタニア人とはいえ、イレヴンが騎士に上がるとは・・・」

 「テレビ放送も許可したとか」

 「どうやって取り入ったのやら」

 「そこはほれ、ユーフェミア様も年頃だから」

 貴族達の嘲るような声が、ひそひそと会場中で囁かれる。
 そしてその声は、中継を見ている者の口からも放たれていた。

 「マジかよ!」

 「ありえねぇーだろ、こんなの!」

 「しかも少佐だって、イレヴンが」

 アッシュフォード学園でその様子を見ていた者の中にも、不満そうな者がいる。
 そんな声など聞こえないかのように、儀式は粛々と進んでいく。

 「枢木スザク、汝、ここに騎士の制約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「汝、我欲にして大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか?」

 「イエス、ユアハイネス」

 「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます。
 勇気、誠実、謙譲、忠誠、礼節、献身を具備し、日々、己とその信念に忠実であれ」

 ユーフェミアが剣をスザクに掲げてそれをスザクが拝領し、叙任式は滞りなく終了する。

 最後の言葉の後、常ならば拍手が会場を満たすはずなのだが、誰も手を叩かない。不気味なほど静まり返る会場。
 だが、飄々とした風情のロイドが意図をつかませない顔でパチパチと手を叩き始めると、ダールトンもそれに続く。
 そして三つ、四つと拍手は増え、大きく響き渡る。

 スザクはそれを嬉しそうに受け、ユーフェミアの横に立つ。
 華やかな騎士叙任は、大々的に日本各地で放映された。
 神聖ブリタニア帝国始まって以来初となる、名誉ブリタニア人の騎士の誕生である。

 (これで一歩、ブリタニアを変えることが出来た。これからユーフェミア様のために頑張っていけば、きっと・・・!)

 拍手を受けながら、スザクはそう信じて疑わなかった。
 このままブリタニアのために戦えば、いずれはその働きを認められて日本人が不当に扱われなくなると。

 しかし、ブリタニアのために戦うイコール日本人や他のナンバーズ、およびこれから侵略する国々の者達を殺すということに、彼はまるで気付いていなかった。

 主たるユーフェミアも、気づかないことこそが罪であるということに気づかぬまま二人で新たな一歩を踏み出せたと信じて微笑みを浮かべていた。




[18683] 第十話  鳥籠姫からの電話
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 08:57
 第十話  鳥籠姫からの電話



 コーネリアがテロの襲撃に遭って以降、ブリタニア軍は裏切り者を探すべく、必死になって調査を続けていた。
 裏切り者などブリタニア軍の内部にいないのだから見つからないのが当然だが、そんなことは知らないブリタニア軍はその痕跡がいっこうに見つからず苛立ちばかりが募っていき、巡り巡って最下層の者達へと向かっていく。

 「租界の仕事、当分来なくていいって言われたよ・・・明日からどうやって食っていけばいいんだ」

 「当分は貯金でやっていくしかないけど・・・でもそれまでに仕事なんて」

 ゲットーではトウキョウ租界の許可が降りない限り、勝手に商売などを始められない。
 そして租界からの物資を止められては、ようやっと認められた商売もすることが出来ない。
 しかもゲットーからゲットーの移住にも許可がいるのだが、それも緊急措置だとかで止められ、彼らは進退極まっていた。

 租界は租界で、安い賃金で働かせられる労働者の数が制限されてしまったため、工事などに遅れが出てしまっていた。
 結果辛うじて認められた労働者達にしわ寄せが来てしまい、サービス残業を強いられるようになってしまう。

 ユーフェミアは姉コーネリアが不在の今形式的なトップとしての仕事が山積し、また新たなテロの標的になるかもしれないというダールトンの判断で政庁から出られない状況になっていた。 

 コーネリアが重傷を負ったのはスザクが情報を流したのではという噂が立ったが、その前に幾度となく黒の騎士団に黒星を与えているという実績があるため、ユーフェミアの後見があることもあり、それはすぐに消えた。

 ユーフェミアはスザクに学校に行くようにと勧めたが、コーネリアがテロに遭い緊急入院との報を聞いてスザクも不安になり、彼女の傍にいて護衛する方を選択した。
 そのため二人はゲットーの様子を知ることが出来ず、まさかトウキョウ租界とゲットー内部で不満と怒りが生まれているなど考えもしなかったのだ。

 それでもユーフェミアは何とかして日本人の権利を守ろうと政務に励もうとしたが、周囲は彼女に余計なことをして欲しくないとばかりに重要な書類は回さず、ただ判子を押すことのみを求められた。

 ただそれは悪意からだけではなく、ダールトンなどは下手なことをして失敗し、彼女の評判を落とすまいとする善意からのものだった。
 ユーフェミアは自分を心配するが故と言う臣下の思いを無視出来ず、ただ姉の回復を待ち現状を維持する方を選んでしまった。
 
 「ダールトン、お姉様を襲ったレジスタンス組織の情報は集まりましたか?」

 「いいえ、あの時援軍が到着するより前に逃げましたので、影も形も見当たりませんでした。
 あのタイミングの良さからも、内部にスパイがいる可能性が高いですな」

 「スパイ・・・その情報もまだ?」

 「例の純血派のこともありますし、厳重に調べておりますが・・・そちらも見つかりません。面目次第もございませぬ」

 深々と頭を下げて謝罪するダールトンに、ユーフェミアは首を横に振る。
 
 「貴方のせいではありません。でも、殲滅はいけませんよダールトン。このままでは問題は解決しないと思うのです」

 あの時の指揮官の言葉と玉砕した夫妻の言葉が、耳にこびりついて離れない。
 ユーフェミアはどうしてテロという手段で自分達を倒そうとするのか、聞いてみたかった。自分は戦いたくない、話せば解る筈だと伝えたいのだ。

 「それは確かに一理ありますが、甘い顔をすればイレヴンはつけ上がります。
 コーネリア殿下を倒したとイレヴンどもにバレれば、テロ活動は更に・・・」

 「でも、ダールトン。お姉様を倒した組織がまた捕えていないなら、どうしてそれを大々的に報じないのでしょう?
 藤堂中佐が黒の騎士団に奪回されて以降、目立った動きはないのでしょう?」

 「そういえば・・・黒の騎士団は相変わらず正義の味方と称してリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰して回ってはおりますが、我が軍に対する攻撃はしておりませんな」

 ダールトンもユーフェミアの指摘に考え込むように顎に手を当てる。
 言われてみれば彼らは殆どが逃亡に成功した以上、コーネリアが最低でも大けがをしたことだけは確実であることを知っているはずである。
 しかしそれを日本全土に報じることもせず、不気味なほどの沈黙を保っていた。

 「黒の騎士団は、この件に関係していないのではないでしょうか。ゆえにコーネリア殿下の件も知らないのでは・・・」

 「それも考えられるが、ならそのコーネリア様を襲撃した組織が何の目的で総督を襲ったのかという疑問が出来る・・・」

 スザクの説にうむぅ、とダールトンも唸る。
 コーネリアを殺す目的があったのは解るが、日本解放戦線と名乗っていたレジスタンスはささいな功績でもさもそれが素晴らしいかのように頻繁に報じていたというのに、これはおかしい。

 黒の騎士団がそれを報じない理由は、地方のレジスタンス組織が活発化し、それによりブリタニア軍に出動の大義名分を与えることを防ぐためだった。
 現在黒の騎士団は後方支援組織の構築に向けて地方で活動しているため、ブリタニア軍に出撃されると非常にまずいのである。

 「我がブリタニアに忠誠を誓う名誉ブリタニア人を黒の騎士団に送り込もうとしたのですが、巧妙な組織で中枢に入り込めていないようです。
 せめて黒の騎士団が関係しているか否か、確認したいものだが・・・」

 ダールトンらが送り込んだスパイは中枢に入り込むことに成功したが最後、ブリタニア軍によりC.Cが拷問に近い人体実験を受けていたことを知りブリタニアは敵と認識したマオによって即座に発見され、ルルーシュによってギアスをかけられていたりする。
 C.Cと末長く暮らす未来を得るためにはブリタニア軍が邪魔だと考え、エトランジュに恩義を感じていることもあったマオは、制御出来るようになったギアスを使って大層な成果を上げていた。

 「・・・そういえば、シュナイゼル兄様がエリア11へ来られるとのことです。お兄様のお知恵をお借りしたほうがいいかもしれません・・・ご訪問の目的は?」

 「宰相としてエリア11、特に式根島基地の視察と伺っておりますが・・・コーネリア殿下の件は」

 ダールトンは半ば決まった答えをいちおう確認すると、ユーフェミアは小さく頷く。

 「お伝えしないわけにはいかないでしょう。宰相閣下がお越しになるというのに、総督の出迎えがないというのは明らかにおかしいですもの」

 「そうですな。では、シュナイゼル殿下がご到着の際に内密にお伝えいたしましょう」

 シュナイゼルに借りを作ってしまうことになるが、この場合は仕方ないとダールトンは判断した。

 ユーフェミアは優しすぎる・・・それだけならいいが、夢を見て現実を直視しない傾向があるのだ。
 それはこれまで過保護だった自分達の失態だが、だからといって今彼女を嵐の渦中に放り込むわけにもいかない。

 現にユーフェミアは異母兄が来るならきっと打開策が見つかると単純に考えているようだが、皇族同士が争うのが当然の中で政務について知恵を借りることがどういうことか、いまいち解っていない。単純に異母兄の力を借りる程度の認識だった。
 
 しかし、皇帝に最も近いとされるシュナイゼルの保護に入れるなら、そう悪いことでもないのかもしれない。
 帝国随一の切れ者で温厚な彼なら、ユーフェミアを粗略に扱うことはしないだろう、とダールトンは思った。

 「事情が事情ですので、シュナイゼル殿下のご訪問の発表は控えた方がよろしいですな。
 式根島の基地に数日滞在した後、トウキョウ租界の視察に回られるとのことで・・・」

 「わたくしが副総督としてシュナイゼル兄様を案内するということですね」

 「テロリストどもについては、引き続き我々が捜査を続けます。
 政務の方はシュナイゼル殿下がお越しになった際、会議を開くことに致しましょう」

 「解りましたわ。でも、くれぐれも手荒な行為は慎んでくださいね、ダールトン」

 「イエス、ユア ハイネス。出来る限りは事を荒立てぬように致します」

 ユーフェミアがそれだけ釘を刺すと、ダールトンは敬礼して部屋を出る。
 ユーフェミアはドアが閉じるのを見計らって、大きく息を吐きながらスザクに言った。

 「ゲットーにはブリタニア人が入れないようにしてサイタマやシンジュクのようにならないようにしたけど・・・みんな大丈夫かしら」

 「軍は動いてないってロイドさんが言ってたから、大丈夫だよ。
 テロリストもそこまで馬鹿じゃないから、このあたりのゲットーに潜伏する事はしないと思うし」

 まさかそのブリタニア人の立ち入り禁止令が彼らの生活を別の意味で脅かしていると考えもしていないお前にだけは馬鹿と言われたくないと、ルルーシュやアルカディアあたりなら嫌そうな顔で言うだろう。

 「ゲットーの様子を見に行きたいけど、コーネリア様があんなことになった以上、君から離れる気はないんだ。
 学校のみんなも、騎士になったなら仕方ないって言ってくれたし」

 スザクがユーフェミアの騎士になったことを祝ってパーティーを企画してくれたアッシュフォード学園の生徒会メンバーだが、スザクがさっそくに護衛しなくてはいけなくなったからと言うと残念そうにしつつも仕方ないと笑ってくれた。

 「学校ですか、羨ましいですわ。私も学校に通っていましたけど、友達なんて一人もいなくて・・・」

 取り巻きは掃いて捨てるほどいた。でも、それはいつも自分の機嫌を取ることに終始したものだったから、むしろ寂しい気持ちにしかならなかった。

 「ああいうのは、友達じゃないと思うの。わたくしが欲しかったのは、お互いに言いたいことが言えるような、楽しい関係」

 「ユフィ・・・」

 「幼い頃、ルルーシュとナナリーとはよくお話しして遊んだものです。
 どちらがルルーシュのお嫁さんになるかで喧嘩したこともあって・・・」

 もし、あの兄妹が生きて自分とずっと暮らしていたなら・・・きっと仲の良い幸せな関係を築けたのに。
 もしも今も生きているのなら・・・また、会いたい。

 「スザク、その・・・あのね」

 「何だい、ユフィ」

 「ルルーシュは・・・本当に死んだのよ、ね?」

 「!!・・・うん、そうだよユフィ」

 (ごめん、ユフィ・・・・本当のことを言えなくて)

 本当は真実を伝えたいが、親友から堅く口止めされている以上、勝手に告げるわけにはいかなかった。
 そうですか、とがっかりした表情の優しい主を見て、スザクは大きく溜息をつく。

 だがすぐにユーフェミアは笑顔になって、スザクにデスクに置かれている電話を差し出して言った。

 「そうだわスザク。ずっと学校に行っていないのだから、みんな心配しているかもしれないわ。
 電話を貸してあげるから、たまには連絡して安心させて差し上げなさいな」

 「え・・・いいの?」

 「ええ、もちろんよ。そうだ、ダールトンにも言って、携帯を用意して貰うわね」

 ユーフェミアの心遣いに嬉しくなったスザクは、嬉しそうに笑みを浮かべて電話を受け取った。
 
 (そうだ、ルルーシュにユフィにだけなら事実を話してもいいか聞いてみよう。
 あれだけ仲が良かったんだ、ユフィなら絶対秘密にしてくれるって言えば、きっと)

 こんなに優しい主なら、きっと大丈夫。
 スザクはそう信じて、ためらくことなくルルーシュの携帯番号をプッシュした。



 日本列島の各地方では、内密に移住してきたトウキョウ近辺のゲットー住民達が続々と到着していた。

 「こちらスミダゲットーの住民、約230名です。皆さん、こちらの指示に従って移動して下さーい!」
 「カツシカからは百名だ!わしが代表だから、連絡はわしに頼む」
 「あ、これが住民リストですね。確かに預かりました」

 黒の騎士団は七年前の戦争で比較的被害の少なかった地域を選び、その中でも廃工場となった場所を選んで極秘に基地を造っていた。
 まだまだ完全ではないが、それを今から集まった住民達に完成させて頂きたいと伝えると、住民達からは歓声の声が上がる。

 「もちろん、飯は出るよな?!」
 「よかった、これで子供にご飯が食べさせてあげられるわ!」

 「むろんだ、諸君!喜んで頂けて何より!!」

 黒いマントを翻しながら住民達の前に姿を現したのは、誰あろうゼロだった。
 つい先ほどスマゲットーでリフレインの取引をしていた組織を潰し、その足でここヒョウゴへやって来たのである。

 もちろん中身は内心嫌で嫌でたまらないアルカディアなのだが、開き直った彼女は本人以上にハイテンションである。人、それをヤケという。

 「ゼロ!ゼロだ!」

 「今回、貴方がたにして頂く仕事は二点・・・まずは工場の完成だ。
 これだけの人数が揃えば、ひと月ほどで完成するだろう」

 「任せろ!わしはこれでも、危険物取扱者、ボイラー整備士、電気工事士、自動車整備士、潜水士、鉄骨製作管理技術者の資格を持ってるからな」

 カツシカゲットーの代表の頼もしい台詞に、周囲からはおお、と期待の声が上がる。

 「それは実に頼もしい。私もここに常駐するわけにはいかないので、多才な方がこうして協力して頂けるのは力強い限りだ」

 「ゼロはここにずっといては下さらないのですか?」

 「他にも我が黒の騎士団の後援基地を増設する予定なので、ここばかりという訳にもいかないのだ・・・だが、もちろん安全は保障する」

 女性の不安そうな声にそう応じると、アルカディアはこの基地の用途、さらに給料や住居について説明する。

 「ここは今は部品製造の工場だが、ゆくゆくはカンサイにおける中心基地にする予定だ。
 住居は幸い壊れていない周囲のマンションを用意したので、そちらを割り振って頂きたい。
 なお、子供を持つ者のために保育園を準備したいので、保育者の資格を持つ方はぜひご協力を願いたい」

 すると数人の女性が挙手をし、特技をアピールし始めた。

 「あ、私ベビーシッターの資格なら持ってます!」
 「あたし資格こそ取れなかったけど、戦争前は短大で保母の勉強してました」

 「よっしゃ、ならそっちのほうも後で話をまとめよう!」

 「応!」

 ヒョウゴの工場が密集している地域に集まって来た住民達は、さっそくてきぱきと住居の割り振りを行い、仕事について語っている。

 ゼロに扮したアルカディアも計画書などを手渡して会議を行っていると、ひょっこりと現れた白人の少女に周囲の住民が一斉にびくっと震えた。

 「な、何でブリタニア人が・・・」

 「あ、初めましてこんにちは。ブリタニア人ではありませんよ、私はエリア16にされた国の者です」

 さすがに大勢に己の身分を明らかにせず、エトランジュは日本語でそう言ってペコリと頭を下げた。

 「日本語・・・味方、か」

 「ええ、驚かせてしまって申し訳ありません。
 私は黒の騎士団に協力させて頂いておりまして、今食料の搬入をしているところなのでそれをお知らせに上がりました」

 「そっか、それはありがとう!飯は大事だからな」

 うんうん、と周囲から同意の頷きが起こると、エトランジュはただ、と申し訳なさそうな顔になった。

 「残念なことに、まだまだ食糧の分配がぎりぎりで・・・当分は効率化のために食堂で一斉に取って貰う形になります。
 無駄なく食料を分配するには、これしか思い浮かばなくて・・・」

 つまりは周囲に定食屋などは作れないので、決まった食堂で決まったメニューをみんなで食べて欲しいということである。
 確かに限られた食料を効率よく分配するには最善の方法だが、不満そうになってしまうのは仕方ない。

 「農業のほうにもお手伝いをお願いした方々がおられますが、すぐに作物が実るわけではございません。
 少なくとも自給が出来るようになるまで、我慢して頂けませんか?」

 「それもそうだな・・・食えるだけでもマシだ」
 「シンジュクじゃテロリストが多いからっていうんで、最近じゃ食糧だってロクに来なかったものねえ」

 そのくせ普通の一般民の引っ越しすら安易に認めないのだから、どうしようもない。
 住民達が納得すると、エトランジュは頭を下げて礼を言った。
 
 「ありがとうございます!余裕があるようでしたら、皆様でご相談の上うまくメニューを作成して下さい。
 アレルギーなどをお持ちの方については栄養士の方に既にお願いしておりますので、そちらの方へ。
 あと、何かございましたら設置した・・・そう、“目の箱”に入れて頂きたいのですが」

 「目の箱・・・?ああ、目安箱ね。了解了解」

 クスクスと苦笑した声に、間違えたエトランジュがわたわたと慌てると、すっかり場が和んでいた。
 だが、それもゼロが辞去する旨を伝えるまでのことだった。

 「ゼロ、期待してるからな!」
 「ブリタニアを倒せ!」
 「俺達にも出来ることがあるって、証明してやろう!」

 「おおおーー!!」

 拳を突き上げて叫ぶ日本人達に、ゼロに扮したアルカディアが手を上げる。

 「そのとおりだ!一人一人の力は小さくとも、それを束ねれば大きな力となる!それはこれまでの人間の歴史が証明してきた!
 一人一人は確かに非力だ、だが決して無力ではない!!己が力を信じよ、仲間を信じよ!!
 そうすれば、道は必ず拓かれるのだ!!」

 「そうだ!ゼロの言うとおりだ!」
 「ゼロ!ゼロ!」
 「俺達もやってやろう!」

 ゼロコールが、ヒョウゴ区に響き渡る。
 それを背にしてアルカディアとエトランジュが去り車に乗り込むと、先に待っていたクライスが腹を抱えて爆笑していた。

 「くっくっく・・・マジ最高お前」
 
 「クラ、次に向かう徳島で生き埋めにされたくないなら、今すぐ黙ろうか?」

 低い声でそう脅すアルカディアに、今のこいつなら確実にやると確信したクライスはぴたりと口を閉じて車を発進させた。
 しばらく走るとぐったりとした顔のアルカディアが、苛立ったように仮面を外す。
 
 「疲れた・・・このテンションで日本を回るかと思うと、目まいがするわ」

 「でも、なかなかお上手でしたよアルカディア従姉様」

 「うん、それフォローになってないからエディ」

 アルカディアはマントを脱ぎ棄てて車のクーラーのスイッチを入れると、エトランジュが差し出したスポーツ飲料の水筒を受け取ってがぶ飲みする。

 「この日本の湿度の中、よくこんなもん着る気になったもんねゼロも・・・」

 「素材は通気性がいいですけど、確かにフィットし過ぎてますよねこの衣装」

 「全くだわ・・・コルセットもきついし」

 アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。

 「ゼロは租界から動けませんが、代わりに様々な計画を考案して下さっております。
 うまくいけば今年中にも日本奪還が成るかもしれないとのことなので、もう少しの辛抱です」

 ルルーシュはトウキョウ租界から動きにくくなった分、移動する時間がなくなったためにアッシュフォード学園で授業に出ることに専念し、授業中に計画を考えて学園が終わるとそれをまとめてエトランジュに伝えていた。

 以前は直接彼が指揮しなければ収まらなかったのでたいそうな負担だったのだが、アルカディアの身代わりのお陰で睡眠時間も確保出来るようになり、実に助かっていた。
 最新型パソコンとハッキングの伝授では安い報酬といえよう。

 「ここまでやったんだから、ほんと頼むわよ、ゼロ・・・」

 アルカディアの怨みがましい言葉をかき消すように、定期連絡をしていたエトランジュがおずおずと言った。

 「アルカディア従姉様・・・どうしましょう。今ゼロから連絡が」

 「どんな?」

 「ユーフェミア皇女と枢木 スザクが政庁を出て式根島に向かうと情報があったそうです。
 何でもこの日本に今度は帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアが来て、式根島の基地を視察するのでその案内をするためだとか・・・数日かけて」

 その固有名詞を聞いた瞬間、アルカディアの顔から表情が消えた。

 「・・・あそこって確か、神根島の隣にあったわよねえ?」

 日本に到着する際、あそこの目をごまかすのに苦労したことを思い出した一同に、苦々しさが蘇る。

 「・・・徳島基地の建設については別の団員に任せるので、至急戻るようにとゼロが」

 「その方がいいわね・・・あんなところ数日も視察してどうするってのよ」

 あるとしたら、その隣に存在する無人島・・・神根島だ。

 「予定を変更して、トウキョウ租界へ帰還します」

 エトランジュの指示に、クライスは車をUターンさせた。
 車が加速し、コウベの美しい海を堪能する間もなく彼らはヒョウゴから立ち去ったのだった。



 その一時間ほど前、アッシュフォード学園のクラブハウス内で、ルルーシュは妹と気分を晴らそうと誘ったシャーリーとティータイムを楽しんでいた。

 「お兄様、最近お出かけなさらないようですけど、ご用事のほうはよろしいのですか?」

 「ああ、ひと段落ついたので当分はお前といようと思っているよ。たまには家族サービスをしないと、嫌われてしまいそうだ」

 「まあ、お兄様ったら。何があっても、私がお兄様を嫌ったりなんてありませんのに」

 クスクスと笑い合う兄妹に、シャーリーは水入らずの邪魔をするのもとはばかったが、ルルーシュはそんなシャーリーに手作りのクッキーを勧める。

 「どうしたんだい、シャーリー。ほら、君の好きなジンジャークッキーを焼いてみたんだ。気に入ってくれるといいんだが」

 「お兄様のクッキーは本当においしいんですよ、シャーリーさん」

 「ルルは料理上手だもんね。遠慮なく頂くね」

 料理人と比較してもいいほど料理のうまいルルーシュに、シャーリーは内心で複雑な気分だったが、実に美味なクッキーを食べながらほっとしたように紅茶を飲む。

 「本当においしいよ、ルル。私も作ってみたいなあ」

 「なら、今度一緒に作ってみるかい?君のお父さんに持っていってあげるといい」

 「本当?ありがとうルル!」

 和やかな空気の中、ルルーシュのポケットの携帯電話が鳴り響いた。

 ルルーシュが携帯を取り出して着信欄を見てみると、そこには“非通知”の文字が表示されている。

 「誰だ?非通知とは・・・」

 眉をひそめながら電話に出ると、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。

 「久しぶりだね、僕だよ枢木 スザク!」

 「何だ、スザクか。どうしたんだいきなり?」

 「うん、僕も騎士になって以降、仕事でそっちにいけなくなったから・・・その、ユーフェミア皇女がご好意で電話を貸してくれるって言うから、君の声が聞きたくなったんだ」

 「な、何だと?!まさか、今その場にいるんじゃないだろうな?!」

 いきなりのイレギュラーにルルーシュが席を立ち上がる勢いで驚くと幸いスザクの声が聞こえないシャーリーは事情をが解らず目を丸くし、耳の良いナナリーは会話が聞こえてやはりびっくりした様子だ。

 「実は、そうなんだ・・・あのさ、その・・・やっぱり、まずいかな?」

 「当たり前だ!あれほど言うなって頼んだだろうが!!」

 スザクがさっきから自分の名前を呼ばないあたりいちおうは気を使ったのだろうが、電話をしてきた時点で台無しである。

 (こいつはどこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ!このイレギュラーの塊が!)

 一人で電話をして来るならともかく、ユーフェミアがいる場でかけてくるなど何の嫌がらせだろう。
 これだから深く物を考えない体力バカが、と内心で吐き捨てると、とにかく通話を打ち切るべくスザクに言った。

 「とにかく、その件は他言無用だ!お前とは後で話をじっくりするからな…切るぞ」

 「でも、彼女も気にしてて・・・絶対に言わないと思うから」

 「意図して言わなくても、天然で周囲に悟られる行動をするのが彼女なんだ!今現在がまさにそれだと気づけ、この体力バカが!!」

 本気で怒鳴るルルーシュにシャーリーが黒の騎士団絡みかと焦るが、ナナリーには正確に意味が通じたらしい。
 ナナリーがおずおずとたしなめにかかる。

 「お兄様、スザクさんも悪気があったわけではないのですから、落ち着いて下さいな。シャーリーさんも驚いておいでですわ」

 「あ、ああ・・・そうだな済まない」

 「シャーリーがいるのか・・・ごめん、そこまで気が回らなかった」

 スザクはルルーシュが怒っている理由が“事情を知らない者がいる時に、皇族であることが知られてしまうような電話をしてきたこと”だと勘違いして謝罪する。

 だがその場にいたのは、スザクに劣らぬ天然成分の皇女、ユーフェミアだった。
 しかし同時に感の鋭い彼女は、自分の推理が正しかったことを確信してスザクから受話器を強引に奪い取る。

 「ちょ、ユフィ?!」

 「ルルーシュ?!ルルーシュなのでしょう?!」

 「・・・どなたかと勘違いなさっておいでではありませんか?」

 「やっぱり、ルルーシュね!私よ!よかった・・・生きてた」

 涙を流しながら喜ぶユーフェミアに、ルルーシュはぎり、と歯を噛みしめる

 (俺達がどんな苦労をして隠れ住んでいるか想像もせず・・・・この、世間知らずが!!)

 これ以上しらばっくれると、何を言い出すか知れたものではない。ナナリーだけならともかく、シャーリーにこれ以上余計な事を知ってほしくないルルーシュは、観念した。

 「・・・バレたのなら仕方ないな。だが、今友人がいる。下手なことは言わないでくれ」

 「解っているわ・・・ごめんなさい、つい興奮して」

 ユーフェミアが謝罪すると、ルルーシュは前髪を苛立ったようにかき上げた。

 「君の活躍は見ているよ。頑張っているようで何よりだ」

 その頑張りを無にする勢いで日本人の支持を集めているくせに、ルルーシュはしゃあしゃあと言ってのける。

 「だが、俺には構わないでくれ・・・もう、あそこには関わりたくないんだ。このまま二人で静かに暮らしていきたい」

 「ルルーシュ・・・そう、そうかもしれないわね。ごめんなさい、私今、心細くて・・・貴方が生きてるって解った時、嬉しくて仕方なかったの」

 「心細いって、何かあったのかい?」

 コーネリアのことだとすぐに解ったルルーシュだが、それを隠して尋ねると、ユーフェミアは涙を拭いながら答えた。

 「ええ、実はお姉様がちょっと入院してて・・・スザクが学校に通えなくなったのも、そのせいなの」

 「そうか・・・大丈夫だ、きっとすぐに回復するさ。強い方だからな」

 「そう、そうですわね!ありがとう励ましてくれて・・・昔と変わらず、ルルーシュは優しいのね」

 その姉を半殺しの目に遭わせたのは自分だと知らないまま、ユーフェミアは無邪気に笑う。

 「不安だったけど、貴方のお陰で元気が出て来たわ。
 もうすぐシュナイゼル兄様がこちらに御来訪なさるので、そのお出迎えのために式根島まで行くの。
 視察が数日かかるけど・・・終わったらその、一度だけでいいから会いに行ってもいいかしら?」

 (シュナイゼルが日本に?式根島といえば、確かギアスの遺跡がある島の隣にある島だったな・・・)

 思いがけずいい情報が手に入ったが、ユーフェミアのお願いにルルーシュは溜息をついた。

 「それは無理だ・・・今は君も微妙な立場なのだろう?せめて姉上が回復するまで、不用意な行動は控えた方がいい」

 「そう、ですわね・・・貴方がいてくれたらと思ったの。無理なことを言って、ごめんなさい」

 「いいんだ・・・君と話せて、楽しかった。だが、もう連絡はやめて欲しい。
君には悪いが、もうあそこには関わらないと決めているんだ」

 「解ったわ・・・安心して、お姉様にもシュナイゼル兄様にも、絶対に言わないって約束するから。
 あのね、ルルーシュ」

 「何だい?」

 「今日はお話ししてくれて、ありがとう。私、この国を良くするために頑張るから。
 だから、ずっと見守っていて下さいね」

 「ああ、ずっと見ているよユフィ。無理をせずに頑張ってくれ」

 「ええ、ルルーシュも身体に気をつけて」

 ピッ、と通話を終了ボタンを押して通話を切ると、ナナリーが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

 「本国にいた頃の友人だよ、ナナリー。あとで思い出話をしようか」

 「やっぱり・・・!はい、お兄様」

 嬉しそうな笑みを浮かべるナナリーに、シャーリーがおずおずと尋ねた。

 「スザクくんの知り合いから、電話があったの?女の子みたいだったけど」

 どうやら通話の相手がユーフェミア皇女だとは思いもしなかったが、漏れ聞こえてきた声が女性だということには気づいたらしい。
 ルルーシュはシャーリーの悶々とした気分を察するどころではなく、ああ、と頷いた。

 「スザクが仕事で知り合った子で、携帯を持っていないスザクのために電話を貸してくれたらしい。
 今度会えないかと言われたが、ちょっと事情で会いたくなくてね」

 「そ、そうなんだ・・・残念だね」

 内心でほっとしたシャーリーだが、ルルーシュの表情が笑っているように見えて実はそうではないことに気付いた。
 彼がゼロをしている理由は、もしかしたらその事情が原因なのかもしれないとぼんやり考えながら、シャーリーはあえて笑顔で紅茶を新しく淹れ直してルルーシュに勧める。

 「ほらルル、喉乾いたでしょ?紅茶飲む?」

 「シャーリー・・・ありがとう、頂くよ」

 ルルーシュは席に座り直してカップを手にして紅茶を飲むと、ささくれだった気分が落ち着いて行くのを感じた。

 自分とナナリーの箱庭・・・ここだけは絶対に死守しなくては。

 ユーフェミアには悪いが、彼女はあまりにも考えがなさ過ぎる。
 約束を破るとは思わないが、うっかりシュナイゼル辺りに自分達の生存を漏らしてしまうかもしれない。

 (クロヴィスのように始末、するか・・・それとも)

 ルルーシュは悩んだが、ふと思った。

 (いっそ、一度会って自分の生存のことを忘れさせるか?そうするのが一番安全だ)

 ついでにスザクにも、自分の生存をユーフェミアに知らせるなとギアスをかけるべきだろうか。
 親友にだけはギアスを使いたくはなかったが、こんなことは二度とごめんだ。

 この組織作りの大事な時に余計な心労を抱え込んでしまったルルーシュは、ひたすら悩み続けるのだった。




 「ユフィ、その、ごめん!悪気はなくて!」

 通話を切ったユーフェミアに、スザクはパンと両手を合わせてユーフェミアに謝罪したが、ユーフェミアはにっこりと笑って首を横に振った。

 「いいのよ、スザクはルルーシュとの約束を守っただけですもの。貴方は悪くないわ。
 それに、ルルーシュを説得してくれようとしたんですもの・・・お礼を言うのは私のほうだわ、ありがとう」

 「ユフィ・・・」

 二人が見つめあっていると、そこへノックの音が響き渡る。

 「ユーフェミア殿下、ゼロの情報が入りました。入室してもよろしいですか?」

 「ダールトン・・・ええ、どうぞ」

 慌ててユーフェミアが受話器を置くと、失礼しますとダールトンが入室してきた。
 何故か泣いた様子のユーフェミアを見てダールトンは眉根を寄せたが、当の本人は先ほどの憂鬱が消えたかのようにニコニコしているのでどうしたものかと一瞬途方に暮れた。

 「ダールトン、ゼロがどうかしたのですか?」

 「は、ゼロがカンサイ地方のスマゲットーにて現れたとの情報です。
 リフレインの密売を行っていた組織を壊滅し、その主導をしていたハーマウ男爵を殺害して姿を消したようです」

 「ハーマウ男爵が?貴族でありながら、なんということを!」

 ユーフェミアが憤慨すると、貴族にあるまじき所業にダールトンも頷く。

 「ハーマウ男爵家については、こちらで厳正なる処分を下しておきます。ユーフェミア様にはそのご許可を頂きたく」

 「はい、解りましたわ。こんなことが続くから、日本人の方々が反発してしまうのです。
 黒の騎士団ばかりが摘発しているようでは、ブリタニア全体が嫌われてしまいますわ」

 「は、それもそうですなユーフェミア様。以後こちらでも犯罪組織を壊滅するよう努めます」

 「早くこのエリアを住みよい国にするためにも、わたくしも頑張らなくては・・・さあダールトン、お姉様が不在の今、お仕事がたくさんあります。書類を持ってきて下さいな」

 ダールトンが先ほどとは打って変わって元気が出てきたユーフェミアに驚くが、副総督の自覚が出て来たのだろうと内心で喜ぶ。

 「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督閣下、すぐにお持ちいたします」

 ダールトンが退出すると、ユーフェミアは先ほどの報告を思い返していた。

 (ゼロがカンサイに・・・でも、ルルーシュは学園にお友達といるって・・・やっぱり、わたくしの思い過ごしなのかしら)

 ユーフェミアはそう考えたが、心のどこかでやはりという疑念がある。
 いつか会って真意を問いたいと願いながら、ユーフェミアは仕事をするために椅子に座って書類を待つのだった。



[18683] 第十一話  鏡の中のユフィ
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/24 10:10
  第十一話  鏡の中のユフィ




 トウキョウ租界にある、とあるシティホテルのスイートルーム。そこでマグヌスファミリアの一行とルルーシュ、C.Cが集まって会議を開いていた。
 彼らだけで行っている理由はもちろん、議題がギアス絡みだからである。

 先に偽名でチェックインを済ませたエトランジュ達が入室した後、C.Cを伴ってやって来たルルーシュの顔色が悪いことに気づき、エトランジュがおずおずと言った。

 「ルルーシュ様・・・その、お顔の色が悪いのですが」

 「ああ、ちょっといろいろありましてね」

 ユーフェミアに生存がバレてしまい、その原因となったスザクを思うと胃に穴があきそうである。
 スザクに土下座でもさせてその頭を踏みにじってやるくらいのことをしないと、この怒りは収まりそうにない。

 「あまりご無理をなさらないように。何かございましたら、私どもも出来る限り協力いたしますので」

 「ありがとうございます・・・こちらで何とか致しますので、お気になさらぬよう」

 ルルーシュは一人がけのソファに腰を下ろし、C.Cは当然のようにベッドに寝そべる。

 「C.C・・・お前な」

 ルルーシュは行儀の悪いC.Cにたしなめようとしたが、彼女には馬耳東風であることを嫌と言うほど知っているため、溜息をついて諦めた。
 ルルーシュがエトランジュに向き直ると、さっそく尋ねた。

 「本日来て頂いたのはほかでもない、神根島の件です。あの遺跡について、詳しいことを伺いたいのですが」

 「はい・・・あそこについては昨日伯父様方から聞ける限りのことを聞いて来たのですが・・・どうも、コードとギアスを生み出した者達が創ったものだろうとのことでした」

 「コードとギアスを・・・道理ですが、その目的は?」

 「その辺りは不明ですが、調べた限り世界各地にある遺跡の中でも、神根島のものがもっとも古いものだそうです。
 各遺跡に各地に散らばる遺跡の地図があるそうなのですが、一番最初に書かれている場所が日本のものだとのことなので、間違いないだろうとおっしゃっていました。
 今はブリタニアが直轄管理していますが、戦前は世界のオーパーツとして研究している国もあったそうです」
 
 ルルーシュは考古学については専門外だが、図書館などで一応のことは調べてきた。
 オーパーツとは現代に至るまで謎が解明されていない不思議な遺跡や建造物などのことで、マチュ・ピチュやナスカの地上絵などが代表的な例だ。

 ギアス遺跡は神根島、マグヌスファミリアなどの島に点在することが多く、中華連邦やブリタニアのペンドラゴンなどの大陸部にある遺跡は少ないそうだ。
 エトランジュが遺跡がある国名を羅列すると、遺跡に沿って侵略が行われているのが解る。

 「ブリタニアの手に渡っていないのは、イギリスにあるブリテン島のストーンヘンジと中華連邦の遺跡だけです。
 あの周辺にイギリス政府に無理を言ってマグヌスファミリアのコミュニティを作って、こっそり使用しているのです」

 「ストーンヘンジ・・・有名なオーパーツですね。ただ石が並んでいるだけかと思っておりましたが」

 「あの遺跡はコード所持者かギアス能力者がいなければ、決して入口は開かない仕組みになっているのです。
 ほとんどは石造りの扉一つだけなんですけど、マグヌスファミリアやイギリスのそれは二重扉・・・とでもいいましょうか、いったん地下に下りる仕組みの扉があるのですよ」

 「なるほど、興味深い話だ。その扉が、遺跡だけのどこでもドアということですね」

 「んー、ちょっと違いますね。扉をくぐるといったん“黄昏の間”と呼ばれる大きな広間に入るんです。
 そしてそこから行きたい場所を念じて扉をくぐると、目的地の遺跡の扉から出ているということですね」

 ルルーシュはエトランジュの話を聞いて、ますますブリタニアの目的が解らなくなった。
 コード所持者とギアス能力者しか使えない代物を、わざわざ侵略する意味があるのだろうか?
 そして今回来日するシュナイゼル・・・あの異母兄は何が目的であの場所へ行くのか。

 「クロヴィスもあの遺跡を研究していたようです。
 彼が死亡した後も彼の命令で研究していた者達が数人いたのですが、私達が到着した際にみんな殺して彼らが持っていたパソコンや資料などは全部壊してきました」

 持っていこうかとも思ったのだが、量が多すぎて邪魔になるだけだったのでブリタニアの手に渡るのを阻止するために抹消するほうを選んだのだ。

 「概要は理解した。俺も一度ぜひ、この目で見ておきたいものだが」
 
 「しかし・・・あそこは皇帝直轄領です。そう簡単に忍びこめるとは」

 おまけに自分達が容赦なく全員を始末してしまったので、そう簡単にはと申し訳さなそうに言うと、ルルーシュはニヤリと笑みを浮かべた。

 「幸いある姫君が漏らした情報によりますと、シュナイゼルが視察に向かうと聞きました。
 あの男を抹殺すれば、あの島に来る者はしばらくいなくなる」

 皇帝直轄領と言うことは、裏返せば命令がない限り誰も立ち入れないということである。
 クロヴィスは第三皇子であり、このエリアの総督であったからこそ皇帝の命令で調査をしていた可能性が高い。
 だが、シュナイゼルは宰相であり考古学者ではない。宰相が遺跡を調べるために来日するなど、普通はあり得ない・・・裏があると考えるべきだろう。

 「黒の騎士団も、後援組織のために租界では軍事行動を起こしておりません。
 地方で何かしていると感づかれないためにも、そろそろ租界で活動しておかねばと思っていたところですしね」

 「なるほどね、いいんじゃない?EUに貸しも作れそうだし」

 アルカディアの言葉にルルーシュが眉をひそめると、彼女はジュースを飲みながら答えた。

 「EU戦であの男が裏でいくつか策謀巡らせてるみたいでさ・・・アイン伯父さんの予知とあんたの助言でいくつかは回避出来たけど、次から次へとえげつない策やられててね」

 阻止出来ていないものもあるし、現地で指揮をしているわけではないルルーシュだけでは完全に安心というわけではないらしい。
 ゆえにシュナイゼル抹殺が黒の騎士団によって成し遂げられれば大きな貸しを作れる上、その根回しをしたマグヌスファミリアとしても今後の活動がしやすくなるのだ。

 ルルーシュは己の策が異母兄に通じていないと聞いて、生来の負けず嫌いに火がついた。

 「アルカディア様、申し訳ないがマオと共にシュナイゼルが来る日程をお調べ頂きたいのですが」

 「もう調べた。例によってマオと士官クラブに行ったら、グラストンナイツから来週の金曜日だって情報ゲットしたわよ」

 さすがに行動が早い、とルルーシュが満足すると、アルカディアは難しい顔で付け加える。

 「ただ、最新鋭浮遊航空艦アヴァロンってのに乗ってくるみたいなの。コーネリアの件で護衛がいつもより分厚くなるようだから、油断しないで」

 「ほう、空飛ぶ船に乗ってのご来日か。それならそれで、策はある」

 ルルーシュはニヤリと笑って作戦を説明すると、エトランジュは首をひねったように言った。

 「あのー、実は伯父からこんな予知が来ていたのですけど」

 エトランジュが伝えた予知に、ルルーシュは眉をひそめた。

 「・・・犠牲が出るかもしれない、ということか。ならば、貴方がたにはこのように・・・」

 「解りました、お任せ下さい」

 「では、来週の金曜日に。行くぞ、C.C」

 ルルーシュがずっと黙って話を聞いていたC.Cを呼ぶと、彼女は面倒そうに立ち上がってルルーシュに続く。

 (例の遺跡・・・中華連邦のやつはブリタニアの手に落ちていないと思っているようだが、もうすでにギアス嚮団によって占拠されているとは知らないらしいな。
 ・・・教えておくべき、なのだろうか)

 マグヌスファミリアは現在、中華連邦の遺跡を渡すまいとして親ブリタニア外交を阻止すべく中華連邦でも活動しており、C.Cが中華連邦へ交渉しに行った際にも使者として赴いていたアルカディアの母・エリザベスと会った。

 既にエトランジュから連絡を受けていたのか、いろいろと親切に話をしてくれたがコード所持者については話せないと申し訳なさそうだった。

 「どうした、C.C?」

 「いいや、別に・・・それより、腹が減った。ピザだピザ」

 まだ食う気か、と呆れ果てたルルーシュをよそに、C.Cは話さなかったことにもやもやした気分を持ったことに苛立ち、それを振り払うかのようにピザのメニューを頭に思い浮かべた。




 「ブリタニア帝国宰相シュナイゼルを襲撃、か!最近黒の騎士団もでかいことばっかするよなあ!」

 玉城がうきうきと弾んだ声で言うと、藤堂が気を引き締めるように低い声で牽制する。

 「コーネリアを半殺しの目にしたせいで、護衛も彼女の数倍は配置されているそうだ・・・油断するなよ」

 「うっ・・・へいへい、解ってますよ」

 「今回の目的は、シュナイゼルを抹殺することにある!!
 あの男の抹殺が叶えばブリタニアは頭脳をもがれたようなもの、我らが悲願であるブリタニアの滅亡に大きく近づくことになろう!!」

 久々にゼロとして衣装をまとい団員達の前で演説をするルルーシュは、潜水艦の中で作戦を説明する。

 「あの最新鋭浮遊航空艦アヴァロンにシュナイゼルは搭乗しているが、あれは母艦の動きのみならず最新鋭のミサイルを装備、防御力も侮れたものではない。
 だがそれは、あくまで“空に浮いている場合”のことだ」

 「なるほどね~、あんなバカでかいもので来たら居場所がバレバレってことだから、基地に着陸したのを見計らって襲いましょうってことか~」

 間延びした声で了解したのは、ラクシャータであった。 
 大きなものほど飛び立つ時多大な時間とエネルギーが必要であるなど、基本中の基本である。
 基地に着陸した状態なら、ミサイルも使えないのだ。後はそのままアヴァロンを壊すなり、基地に避難したシュナイゼルを抹殺するなり策はいくらでもある。

 「そういうことだ・・・まずアヴァロンが到着したことを確認次第、各部隊で式根島基地を襲う。
 カレン、君にはおそらくその時に邪魔に入るだろう白兜を相手にして欲しい」

 「はい、ゼロ!しかし、その・・・そっちはどう対処すれば」

 「・・・出来れば生かしたままが望ましいが、あの枢木ではそうもいかないだろう。
 君の命が危うくなれば、その場合は・・・始末しろ」

 「はい、解りました!」

 カレンが了解すると、横で藤堂が出来うることなら捕虜にして説得したいと考えていた。
 あの弟子は、昔から感情で突っ走ることが多かった。今回も本人的には考えて出した末の結論でも、短絡的な思案の末だろうと予想している。
 しかしそれを口にすれば、軍事総責任者である己が私情で動くのは困ると非難される。そしてそれは組織にとって良くないことだと理解しているため、口には出せなかった。

 「シュナイゼルを抹殺に成功すれば、即座に撤収だ。後は予定通り地方に散って後方支援組織作りに戻る・・・以上だ」

 各自が作戦展開のために散っていくのを見送りながら、ルルーシュは複雑な気分になっていた。

 己の口から、親友を始末しろという台詞。
 決して仲が悪いわけではなかった異母兄を殺し、異母姉を意識不明の重体に追いやり、仲が良かった異母妹を追いつめ、そして親友を殺す。

 何と呪われた人生だろう。ここまで来たら、いっそ笑いたくなる。
 だが、それでも修羅の道を行くと決めた。最愛の妹のため、そして自分のためにだ。

 「スザク・・・俺は俺の道を行く。だから、お前もその道を行け」

 あの白の皇女を選んだのは、スザクだ。何度も手を差し伸べたのに、選んだのは奇麗な夢を語るお姫様だ。

 綺麗な夢を見たまま、そのまま永遠の眠りにつかせてやるのもいっそ親友のためかもしれない。それが自分に対する言いわけだとしても。
 ルルーシュはそう決意すると、自分も作戦のために己の機体へと足を向けた。




 「ルルの目的はさー、シュナイゼルの抹殺および、神根島みたいだね。
 あれさえ手に入れられれば、自由に中華連邦とイギリスの行き来が出来るようになるって言ってたよ」

 「それが目的か・・・確かにアシが着くことなくEU、中華、日本を往来出来るのは助かるからな」

 ゼロの私室を陣取ったC.Cは、マオが差し出したピザを食べながら思案に耽る。

 イギリスはともかく、中華連邦の遺跡はすでにブリタニアの手に落ちている。式根島の基地が落ちれば割と神根島へは自由に立ち入りが出来るだろうから、作戦成功時には教えてやるとしよう。

 (お前をあのV.Vの手にやるわけには、いかないからな。いや、作戦の成否に関わらず、ギアス嚮団については教えた方が・・・)

 「僕もこのギアスとおさらばしたいし~、作戦成功してあの島手に入れたいよね」

 見違えるほど明るくなったマオを見て、C.Cは薄く笑みを浮かべた。
 それなりに大事に思っていた養い子と根気よく向き合ってくれたエトランジュに、C.Cはこれでも感謝している。

 マグヌスファミリアは長年コードを消す研究をし、コードを代々受け継ぐのは慣習だと聞いている。
 このままエトランジュ達に協力し、ブリタニアを倒してその研究が成ることに協力する方がいいのかもしれない。
 もしその研究が成らなくても、自分のコードをその慣習で無理なく継いで貰えるように頼んでみようか、とC.Cは思った。

 「あ、C.C、エディからだよ」

 「なんて言っているんだ?」

 ギアスが効かないC.Cは、エトランジュからの連絡もマオを介さなければ伝わらない。
 そしてマオはエトランジュに懐いているから、人を繋ぐギアスのリンクを切ることなく今に至っている。

 「式根島基地をルル達が襲撃したってさー。シュナイゼル・・・殺せるといいね」

 「そうだな・・・だが、うまくいけばいいんだが」

 C.Cはそう呟いて、最後のピザを口に含んだ。




 「いらっしゃいませ、シュナイゼルお兄様。エリア11へようこそ」

 「やあ、久しぶりだねユフィ。最後に会った時より、ずっと美しくなって・・・すっかりレディの一員だ」

 最新鋭浮遊航空艦アヴァロンのタラップから降りてきた金髪の青年・・・神聖ブリタニア帝国宰相のシュナイゼル・エル・ブリタニアはにこやかな笑みを浮かべて出迎えた異母妹の手を取り、その手の甲にキスをする。

 「エリア11の副総督として、よくやっていると聞いているよ・・・コーネリアのこともね」

 シュナイゼルは前日になってダールトンから護衛の増強についての連絡があり、その理由としてコーネリアがテロに遭い重体、加えてスパイの可能性があることを聞いていたのだ。

 「お兄様・・・お姉様が、その」

 「いいんだ、大丈夫だよユフィ。私がエリア11にいる間は手を貸してあげるから。
 心配せずに、エリア11のことにはまだ詳しくない私を補佐してくれないかな?」

 「はい、シュナイゼルお兄様」

 ぱあ、と明るい表情で頷くユーフェミアは異母兄の手を取ると、まずは基地内へ入ろうとする。

 「お疲れでしょうから、まずはご休憩をお取りになって下さい。お話はその時に・・・きゃっ!」

 突然に響き渡った轟音に、シュナイゼルは目を鋭く光らせた。

 「ユーフェミア様!」

 とっさにスザクはユーフェミアを庇うべく彼女の身体を覆うと、シュナイゼルは冷静に分析する。

 「まさか、本当に来るとはね・・・このタイミングで仕掛けてきたとなると、租界へ戻るのはかえって危険かもしれないね」

 「は、広範囲にわたってジャミングがかけられております!」

 「やはりね・・・では、そのままテロリストを迎撃してくれたまえ」

 「イエス、ユア ハイネス!くそ、黒の騎士団か?!」
 
 ブリタニアの軍人が散っていくのを見て、シュナイゼルは無表情に考えた。
 確かに目立つアヴァロンで来たから要人が来たことは解るだろうが、襲撃のタイミングが早かったことから見ても、あらかじめ自分の訪問を知っていたと見るべきだろう。

 (なるほど、ダールトン将軍の言うとおりこれはスパイの線が濃厚だね・・・それも、上層部に近いところで)

 その線に一番近いのは目の前でユーフェミアは自分が守りますと息巻いている名誉ブリタニア人の騎士だが、彼にはいまだ携帯電話の所持が認められていない上、ずっとユーフェミアの傍にいたと聞いている。
 何より彼ではあからさまに疑ってくれと言わんばかりの人間なので、スパイとしては向いていない。

 (スパイでないなら、今から向かう遺跡の人間に不思議な力を与えるもの・・・なのかなこれは)

 父であるブリタニア皇帝が何やら怪しげな研究をしていると聞いて自分でも内密に調べているが、リアリストの自分は全く信じてはいなかった。
 しかし、クロヴィスもまた熱心に調べていたとあっては、本腰を入れて調べる気になった。事実、遺跡を中心に侵略をしていることは、シュナイゼルも知っていたからだ。

 「いいえ、スザク。貴方は司令部の救援に向かって下さい」

 「駄目です!自分はユーフェミア皇女殿下の騎士です。貴女をお守りする義務があります。
 副総督の貴女が、テロの対象なのかもしれないのですよ!」

 コーネリアがあんなことになったのだ、狙いは副総督のユーフェミアであってもおかしくない。

 本来、騎士が仕える主の命令に異を唱えるなど許されることではない。
 しかし、今回はスザクの言っていることのほうが正論の上、名誉ブリタニア人とはいえイレヴンに助けられたくはないというプライドもある。
 そのため、周囲の軍人は一斉にスザクに同調した。

 「そのとおりですユーフェミア皇女殿下。どうか騎士と共に我々と避難を」

 「司令部は管轄にお任せを!ささ、殿下・・・シュナイゼル閣下も、お早く!」

 その様子をじっと見ていたシュナイゼルだが、飛び込んできた伝令に唇の端が上がる。

 「黒の騎士団です、殿下方!ゼロが現れました、すぐにこちらから退避を!!」
 
 「やはりそうか・・・ロイド伯爵、確かあそこのエースナイトメアと互角にやり合ったのは、ランスロットだけだそうだね?」

 「そうですよ~、シュナイゼル殿下。僕のランスロット以外は、みぃーんなやられちゃいました。あっちは白兜とか呼んでるみたいですけど」

 センスないですよねー、と方向性の違う不満を口にするロイドを無視して、シュナイゼルはスザクに向かって言った。

 「なら枢木少佐、私からもお願いしたい・・・ゼロを捕縛して欲しいのだが」

 「しかし、シュナイゼル殿下・・・それではユーフェミア皇女殿下が」

 「幸い、通常よりも多い護衛部隊がこの場にいる。だけど、あの黒の騎士団に黒星を与えているのは君のランスロットだけだ。
 ゼロを倒すことはユフィを守ることにもなる・・・君にしか出来ないことだ」

 ブリタニアの口先の魔術師とでも名付けたくなるほどの口のうまさである。
 スザクは自分が帝国の宰相閣下に期待されていると思い込んで感激し、ちらっと主君を見ると彼女も笑顔で頷いた。

 「お行きなさい、スザク。ここで貴方の力を示すのです。そうすればいずれ雑音も消えるでしょう」

 「イエス、ユア ハイネス!」

 イレヴンごときが宰相閣下から直接命令を拝するとは、とブリタニア軍人は悔しがったが、それを口にすることは皇族批判に繋がるために黙っている。
 
 スザクがランスロットのキーを握りしめてその場から立ち去ると、改めて二人の皇族に避難をするよう進言する。

 「ああ、では君達はユフィを頼むよ。私は少し、用事があるのでね」

 「は・・・しかし」

 軍人が尚も食い下がるが、シュナイゼルに笑顔で見つめられて口を閉じる。

 「かしこまりました。では、ユーフェミア皇女殿下」
 
 「はい・・・お兄様もお気をつけて」

 ユーフェミアが素直に護衛部隊を引き連れて立ち去ると、ロイドはぽつりと呟いた。

 「あれ、絶対何か企んでるよね~」

 「ロイドさん!」

 セシルが慌てて止めようとするが、ロイドは飄々としたものだ。

 「僕とあの方とは学生時代からの付き合いだからねえ・・・ある程度は解るさあ~」

 「企むとは人聞きの悪い。ただ、私は私の仕事をするだけだよ」

 シュナイゼルは不敬に値するロイドを咎めもせず淡々とした口調で言うと、アヴァロンに視線を移した。




 基地を破壊し尽さんとばかりに盛大に大暴れをする紅蓮にワイヤーを投げて邪魔をしたのは、白兜ことランスロットだった。

 「来たか、ブリタニアの走狗があぁっ!!」

 カレンはそう叫ぶとロープを避け、紅蓮の腕で攻撃する。

 「ここで決着をつける!と言いたいけど、目的は白兜の足止め・・・難しいけど、ゼロの命令よ!」

 「ゼロ・・・ゼロはどこに?!」

 紅蓮の相手をしながらも、命令であるゼロの捕縛のために彼の姿を追うが、彼の乗っているナイトメアがどれかはスザクには判別できない。

 ルルーシュはナイトメアの腕は悪くはないのだが、前線に出て指揮を執っているために常に的になり、そのたびにナイトメアを破壊されているのでその都度交換を余儀なくされているせいだ。

 「言う訳ないでしょ!弾けろ、枢木 スザクっ!!」

 紅蓮の腕がランスロットを襲うが、スザクはそれを避けて剣でなぎ払う。
 
 「く・・・お前よりもゼロだ・・・ゼロを捕まえなければ、ユーフェミア殿下の安全が・・・・」

 「へぇー、あのお姫様がそんなに大事なんだ?安心しなよ、こっちの狙いはあのお飾りより帝国宰相だから!」

 カレンが接近戦でランスロットを抑え込もうとすると、スザクはそれを紙一重ですり抜ける。さながらナイトメアで、ワルツでも踊っているかのようだ。
 
 「シュナイゼル殿下を?!許さない!」

 「あんたに許して貰おうなんて思っちゃいないわよ!この日本の裏切り者があっ!」

 「君達こそ、そのテロ行為が日本を壊していくことだと気づかないのか?!ブリタニアだって従順で優秀な者は、こうして僕のように取り立ててくれる!
 無意味なことはやめるんだ!ルールに従わないと、いい結果は得られない!!」

 「ブリタニアのルールに従えって?!まっぴらごめんね!」

 紅蓮でランスロットの頬を殴り倒したカレンは、この男の脳味噌が何で出来ているのか知りたくなった。
 従順に暮らしている租界近くのゲットーに住む者がどんな目に遭っているか、知っているのだろうか。

 「あんた馬鹿?!今までどこ見て生きてたのよ!!
 従順に暮らしていたってね、不都合が起きると私達を平然と使い捨てにするのがブリタニアなのよ!!
 今のゲットーがどんな状態か、あんたほんと知らないのね」

 「な・・・なんだって・・・?」

 「どうせブリタニアに逆らう私達が悪い、ブリタニアは悪くないって正当化するってゼロが言ってたから教えてやらないわよ!
 日本人はあんたに何も期待してないわ!期待しているのはあんたの飼い主だけよ、せいぜい大事にすることね!!」

 そう、大半の日本人は既に黒の騎士団の方に期待の目を向け、スザクには関心がなかった。
 ちなみにスザクに希望を見出しているのは、名誉ブリタニア人として出世し、より多くの給料と安全を得たい日本人ぐらいなものである。

 「いいんだ、それでも・・・僕は僕のやり方で、日本を守る!!
 この国を安全に・・・そして平和にしてみせる!!」

 スザクはそう叫ぶと、紅蓮に向かって強化型スラッシュハーケンを撃ち放つ。
 カレンはそれを輻射波動で相殺し、ランスロットの足止めに専念するのだった。




 同時刻、そのやり取りを聞いていたルルーシュは自らのナイトメアである月下で呆れた溜息をついていた。

 (あのバカ・・・日本の何を守りたくて戦っているんだ)

 日本人が誇り、尊厳、権利の全てを捨て去れば、確かに奴隷の平和と言う名の安全は得られるだろう。
 互いに造反者が出ないように監視し合いブリタニアのために働けば、ブリタニアも便利な道具をわざわざ壊すような真似はすまい。
しかし、それだけだ。ただ生きているだけの人生に、何の甲斐があろう。

 ルルーシュはかつて、己を産み出した人物から生きていないと言われた。死んでいるのだ、とも。

 だから、生きてやろうと思った。何が何でも生きて、ナナリーと共に幸福になる。
 人は生きるために生きるのではない。幸せになるために生きているのだ。

 「そのためには、ブリタニアが邪魔だ・・・世界を戦争に導いている国のために戦っている身で平和を語っても、誰もついてこないんだよ」

 いっそ憐れみすら含んだ口調でそう呟くと、鉄壁の防御力を持つアヴァロンが発艦準備を行っているのを見てそこにシュナイゼルが乗り込んだかと思ったが、ラクシャータが言うには発艦には最低でも30分は必要のはずだ。

 「違うな・・・それは囮だ!アヴァロンにシュナイゼルは乗艦していない!」

 ルルーシュは自身で作ったプログラムでブリタニアの通信を傍受しており、シュナイゼルがユーフェミアと別れていることを知っている。
 とすればシュナイゼルは別方面に回り、基地ごと自分達を葬る。母艦はアヴァロンだけではないのだから。

 「ユフィを避難させたのも、そのためだな。スザク一人で黒の騎士団を葬れるのなら、安すぎる代償だ」

 ルルーシュはそう吐き捨てると、高速で基地ごと自分達を葬ることが可能な場所を割り出し、さっそく全軍に指示を出した。

 「全軍に通達する、速やかに基地から離れろ!シュナイゼルは基地ごと我々を葬るつもりだ!!」

 「マジかよ!やべえ!!」

 ランスロットにやられて脱出ポットで逃げた玉城が、悲鳴を上げる。

 「だが、シュナイゼルの居場所は割り出した!東の砂浜にある母艦、ブリタニア海軍航空母艦にいる。
 奴が策に気づかれたと悟る前に、その空母艦ごと葬り去れ!!」

 「承知!!」

 あの場所からなら、森などに遮られることなく基地にミサイルを発射出来る。
 ルルーシュは短い時間でそう分析すると、己もシュナイゼルを討つべく東の砂浜へと向かうのだった。




 東の砂浜にあるブリタニア海軍航空母艦に乗艦していたユーフェミアは、基地から黒の騎士団が撤退していくという情報を聞いてモニターに目を向けると、まっしぐらに向かってくる黒の騎士団のナイトメアの群れが視界に入った。

 「あれは・・・黒の騎士団?!ユーフェミア様、早くこの場から撤退を!」

 「駄目だ、間に合わない!くそ、やつらユーフェミア皇女殿下が目的か?!」

 「わたくしを・・・ゼロが・・・」

 一瞬青ざめたユーフェミアだが、すぐに毅然とした態度で通信機に手を伸ばして言った。

 「黒の騎士団の皆さんに申し上げます!わたくしは神聖ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!
 ゼロと話がしたいのですが、ゼロはそこにいますか?」

 「ユフィ?!なぜお前がそこにいる?!」

 ルルーシュはシュナイゼルがいると判断した場所にユーフェミアがいることを知って唖然とすると同時に、これがシュナイゼルの策であることに気づく。

 「ち、ユフィは囮か!!くっ、あいつはどうでもいい・・・シュナイゼルはどこだ?!」

 「おい、あそこにいるのはユーフェミア皇女のようだぞ。どうするんだゼロ!」

 藤堂に指示を仰がれたルルーシュは、舌打ちしつつも撤退をすることにした。
 シュナイゼルの居場所が解らない以上、このままやみくもに探すことは危険だ。また、長い間ここに留まればユーフェミアごと葬られかねない。

 「やむを得ない・・・撤退だ!シュナイゼルを探していれば、こちらの戦力が削られる。
 小さいとはいえ基地を使い物にならなくした戦果はあった・・・これで良しとよう」

 「寡兵の弱みだな・・・仕方ない、撤退だ!ルート4を用いて全軍速やかに撤退せよ!」

 黒の騎士団は純粋の軍人が少なく、軍隊としてまだ未熟といっていい。
 そのためゼロの軍略に一糸乱れぬ正確さで従い、また短時間で作戦を遂行しなければ成果が得られないという弱点があった。

 「ここまで来て・・・!けど確かに探している時間はないね。二番隊撤退!」

 「続けて三番隊も戦場を離脱!」

 次々に式根島から撤退していく黒の騎士団を見て、ブリタニア海軍空母にいた軍人達は大きく安堵の息を吐く。

 「奴ら、ユーフェミア様のご威光に恐れをなしたようですな。次々と逃げていきますぞ」

 実際はここにいるのがシュナイゼルだと勘違いしただけで、いたのが殺しても何ら益のない皇女だから撤退したのだとその場にいたブリタニア軍人ですら悟っていたが、彼らはそう言って嘲笑う。

 ユーフェミアはせっかくゼロと話し合おうとしたのに、自分の言葉に何ら反応を返してこないゼロに悲しくなった。

 (ゼロ・・・わたくしは戦いたくないの。話し合いで解決したいのです)

 それを伝えれば、無益な戦いなどしなくてもよくなる。
 正義の味方とリフレインの取り締まりや犯罪組織を潰している彼なら、きっと解ってくれる・・・そしてゼロがあの日優しい言葉をかけてくれた彼だったなら、喜んで手を取ってくれるはずだとユーフェミアは信じた。

 「待って、ゼロ!わたくしは貴方と話がしたいのです。無益な戦いはやめて、わたくしと話をして下さい!」

 「ユーフェミア皇女、私も暇ではありません。
 それに、日本を奪い返すための戦いを無益とはさすがブリタニアの皇女殿下、国是に従った見事なお言葉です」

 ナンバーズはブリタニア本国人に従うべきだという国是からすれば、確かに全く無益以外の何ものでもないだろう。

 苛立ちを隠した声でそう皮肉を返してきたゼロに、ユーフェミアはそんなつもりで言ったわけではないと首を振る。

 「違います!そういう意味ではなく、殺し合うより話し合いで解決したいと思って!」

 「話し合い?ナンバーズを虐げてきた貴方がたが、我々と何の話し合いをしようというのですか?
 もともと不当に日本を占拠したのはブリタニアだ・・・我々はそれを奪い返そうとしているだけですよ。ああ、失礼、ブリタニアはそれがおかしいからやめろと、そうおっしゃりたいのですね解ります。
 ・・・貴様らの都合など知ったことか!!いい加減にお前の身勝手な願望を押し付けるのはやめろ、ユーフェミア!!」

 話しているうちに苛立ってきたルルーシュの怒鳴り声に、ユーフェミアはびくりと肩を震わせた。

 「わ、わたくしはただ・・・!」

 「では伺おうか・・・お前は副総督として就任してから、日本人に対して何をしてきた?」

 「な、なにをって・・・わたくしはまだ何も」

 「そうだ、お前は何もしていないだろう?日本人は未だに移動を規制され、住居を規制され、結婚を規制され、就職や起業に関する事まですべて規制されている。
 お前が来て何ヶ月も経つが、日本は何も変わってない・・・お前がやったことはたった一つ、枢木を騎士にしただけだ!それで日本人の生活がどうにかなるとでも思ったのか!」

 ユーフェミアはその指摘を聞いて、大きく眼を見開いた。

 (せい、かつ・・・日本人の生活・・・わたくしはそれをよくしたくて・・・)

 ユーフェミアの脳裏に、スザクと共に見た荒れ果てたシンジュクゲットーが蘇る。
 
 崩れたビルに、疲れ果てて座り込む日本の人々。
 数少ない食料を分け合い、また奪い合う者達。自分はそれをどうにかしたいと、ずっと考えてきたつもりだった。

 「ですから、皆さんと一緒に日本をよりよくしていこうと・・・」

 「ほう、ブリタニアが資金、資材、人材、決定権の全てを保有しているのに、あえて我々に働けと?つくづくブリタニア皇女らしいお考えだ」

 「あ・・・!」

 さらなる指摘を受けて、ユーフェミアはゼロの怒りの理由にやっと気がついた。
 そう、ブリタニア植民地において何かをする場合、必須なのはブリタニアの許可と協力なのだ。
 
 まず資金をユーフェミアが予算から出して資材を揃え、さらにゲットーの開発やそれに伴う法律の整備、開拓を終えるまでの生活環境の整備、それらを行って初めて『皆さんと一緒に日本をよりよくしていきたい』という言葉に説得力が伴うのである。

 何もないところで高みから見下ろし『日本をよくするためにわたくしに協力して下さい』と言うのでは、ただの命令以外のなんだというのか。

 「お前はただ、自分の優しい言葉で己を飾って満足しているだけだ!
 夢を見て理想を語れば、それが現実化するとでも思ったか!!」

 「・・・そんな、そんなつもりじゃ・・・」

 ユーフェミアは泣きそうな声で、へなへなと床に座り込む。

 「そんなつもりなどなくても、日本人から見たお前はそういう人間だ・・・そろそろ“他人から自分がどう見えているか”を知ったらどうだ?
 さもないと、他人に利用されて終わるだけだぞ」

 最後の言葉は、先ほどの台詞より穏やかな口調だった。そして憐れみと忠告の色が塗られていることを、ユーフェミアはぼんやりと感じ取る。

 「たとえば、こんな風にな・・・上を見てみろ」

 ゼロの台詞に不審に思った空母のレーダーを操作したオペレーターが、青い顔で報告した。

 「ユーフェミア様!そ、空に飛行物体が・・・ミサイルの発射準備を確認!」

 「え・・・?それはどこの・・・」

 「断わっておくが、黒の騎士団ではないぞ。まだ全員撤退出来ていないのに、こんな馬鹿げた真似はしない」

 ユーフェミアはオペレーターに視線でどこに所属している飛行物体か調べるように言うと、それはすぐに判明した。

 「我がブリタニアに登録されている機体です!シュナイゼル殿下の・・・」
 
 「シュナイゼルお兄様の?」

 「やはりな・・・これがブリタニアだ、ユーフェミア皇女。
 我々は離脱します。貴女も助かるといいですね」

 そしてせいぜい、シュナイゼルの“君を巻き込むつもりはなかった”という嘘に騙されていればいい。

 (綺麗なものを見続けていたいお前には、シュナイゼルの方がお似合いだ)

 「では、お互いに生きていたらいずれ戦場でお会い致しましょう」

 ルルーシュはそう皮肉っぽい口調で言い捨てると、己も離脱すべく月下を動かす。
 だがそこへ現れたのは、左腕をもがれたランスロットだった。
 
 ランスロットは残った右腕でルルーシュの月下の首元をロックし、そのまま抑えつける。

 「白兜・・・スザクか!!」

 「ゼロ・・・お前を捕まえた!!」

 「そんなことを言ってる場合か!貴様も巻き込まれるぞ枢木!!」

 「お前を捕まえろと命令されている・・・!軍人は命令に従わなければならないんだ!」

 「フン!その方が楽だからな!人に従っている方が!」

 「うっ」

 「お前自身はどうなんだ!」

 「違う!これは俺が決めた俺のルール!!」

 自らに言い聞かせるかのように叫ぶスザクに、ルルーシュはこのバカがと思う余裕もなくスザクを振り払おうとするが、相手が破損しているにも関わらず振りほどけない。

 「この、ブリタニアの犬があっ!ゼロを放せ!!」

 カレンが操る紅蓮が乱入すると、スザクに向かって号乙型特斬刀で斬りかかる。 既にランスロットとの激戦で欠けていたために威力は低いが、それでもなんとかルルーシュは離脱に成功した。
 
 「助かったぞカレン!全力でこの場から退却する!!」

 「いえ、私はゼロの親衛隊ですから!では、私が!」

 紅蓮がランスロットに向き合うと、既にミサイルはルルーシュ達に向けて照準が合わさっている。
 シュナイゼルが乗艦しているのは、アヴァロンの小型版のような浮遊航空艦であった。

 ダールトンからコーネリアが襲撃され、それがスパイによる情報漏洩による可能性が高いと聞いたシュナイゼルはアヴァロンの他にもう一機別の浮遊航空艦を用意させており、ユーフェミアと別れた後上空で待機させていたそれに乗り換えたのである。
 アヴァロンより威力も防御力も劣るが、それでもナイトメア数機を葬り去る程度のことは十分可能なのだ。

 「シュナイゼル兄様・・・!スザクごとゼロを・・・?」

 ユーフェミアは青ざめた顔でそう呟くと、慌てて海軍航空母艦の外に飛び出した。

 「ユーフェミア殿下、何を?!外に出ればミサイルの衝撃が来ますぞ!どうぞ中へ!!」

 「シュナイゼル兄様にお伝えなさい!わたくしが巻き込まれる危険があると!!それでも発射命令を出せますか?!」

 「あのような騎士など、いくらでも代えがおりましょう!わがままも大概になさって頂きたい!!」

 不敬罪に問われかねない台詞だが、周囲も同感だったらしい。誰からも咎める声は上がらなかったが、ユーフェミアはそれを無視してスザクの元へ向かおうとする。

 背後で合流したセシルがユーフェミア様なら、と希望を見出すが、ロイドは諦めた表情で『駄目じゃないかな・・・それでも』と溜息をつく。

 案の定ユーフェミアの言葉を伝えられたシュナイゼルだが、あっさりと“それは私がミサイルを発射した後に聞いたことにするよ”の台詞の元に切り捨てた。
 そしてその手を振り下ろし、ミサイルを発射する。

 「接近するミサイルを確認!」

 「ええい・・・!全ナイトメア、飛来するミサイルに弾幕を張れ!全弾撃ち尽くしても構わん!!」

 藤堂の指示に退却し遅れたナイトメアがゼロを守るべく弾幕を張るが、それでも防ぎきることは不可能だった。

 「このままではお前も死ぬ!本当にそれでいいのか!!」

 「枢木少佐、これは無駄死にではないぞ!
 国家反逆の大罪人・ゼロを確実に葬ることが出来るのだ!
 貴公の功績は後々まで語り継がれることとなろう!」

 「黙れぇぇぇっ!!」
  
 通信を傍受したルルーシュは絶叫するが、スザクは苦渋に満ちた顔で言った。

 「く・・・ルールを破るよりいい!!」

 「この、解らず屋があっ!!」

 ルルーシュはスザクの説得を、完全に断念した。これほど言い聞かせても、捨て駒にされてもなおそれでいいというなら、もはや何を言えばいいというのか。

 「もういい!!お前とともに新たな日本を見たかったが・・・残念だ。もう、二度と言わない」

 「ゼロ・・・?」

 「さらばだ、スザク」

 ファーストネームだけでそう別れの言葉を告げると、カレンに向かって指示する。

 「カレン、紅蓮がそのざまでは脱出は無理だ。既にエトランジュ様に救護の準備を依頼してある!脱出装置を作動させろ!
 他のメンバーはナイトメアで脱出ポイントまで退却!私も追って脱出する」

 今回の作戦にマグヌスファミリアの一行が参加しなかったのは万一の事態に備えた救護のためか、と一同は納得し、それならばと藤堂達は一目散にミサイルを避けて退却していく。

 「さすがゼロ・・・紅月 カレン、脱出します!!」

 カレンが脱出装置を作動させてコクピットが放出され、海へと吸い込まれていく。
 
 「あ~あ、あとで紅蓮を回収しなくっちゃね」

 通信を聞いていたラクシャータは残念そうだが、あの攻撃ではブリタニア軍も退却しているだろうから、その隙をついてなんとか回収するしかない。

 続けてゼロも月下から脱出装置を作動させると、彼もまた海へと飛んで行った。

 「ゼロ・・・!!逃げるな!」

 スザクがそう叫んだ刹那、ミサイルが付近に着弾した。
 響き渡る閃光と轟音・・・そして、スザクの思考が黒く染まる。

 (スザク・・・!まだ死んではなりません!)

 そう念じながら甲板にあったナイトメアにまさに乗ろうとしていたユーフェミアも、爆風をもろに食らって海へと落ちて行った。





 「ここは・・・・?」

 「気がつきましたか、ゼロ」

 気を失っていたルルーシュが目を覚ますと、視界に飛び込んで来たのは金髪に青い目を持つエトランジュの心配そうな表情だった。

 「エトランジュ、様・・・ここは・・・」

 「神根島ですよ。貴方を回収した後、一番近い島がここでしたので・・・今アルカディア従姉様とクライスが、カレンさんを探しに行きました」

 ルルーシュがエトランジュ達に会った際に依頼したのは、ミサイルなどを撃たれて退却に失敗した仲間を救護する事だった。
 水中に潜れるイリスアーゲートはまさに適役で、何よりエトランジュ達が慌てて海中に仲間を助けに向かう予知が来ていたことを聞いていたためである。

 この予知のお陰で慌てることなく速やかに救助に動いたマグヌスファミリアの一行は、すぐにルルーシュを回収することに成功した。
 次にカレンを救助すべく、ルルーシュをエトランジュと護衛のジークフリードに任せ、アルカディアとクライスは再びイリスアーゲートで探索に出たのである。

 「そうですか・・・お世話をおかけして、申し訳ありません」

 「いいえ、仲間ですから。お気になさいませんよう・・・あ、これお飲みになりますか?」

 エトランジュが温かいスープが入ったマグカップを差し出すと、ルルーシュは礼を言って受け取った。

 「今、周囲にブリタニア軍がいるんです。何でもユーフェミア皇女がミサイルの爆風に巻き込まれて飛ばされたとかで」

 「またあいつか・・・!探索が減る頃を狙って、脱出するしかないということか」

 「一応通信で外部と連絡はとれますから、力ずくでの脱出も可能かと」

 エトランジュの提案にそれもあるかとルルーシュは策を巡らすが、目覚めたばかりで脳がうまく働かない。
 と、そこへエトランジュが冷静な口調で言った。

 「それに、ゼロ。こんな手もありますが、いかがなさいますか?」

 「こんな手、とは?」

 ルルーシュが尋ねると、エトランジュは先に脱がせて乾かしていたゼロの仮面を差し出して被るように促してきた。
 それに不審を感じたが、彼女が無駄なことをさせる性質ではないことを知っているルルーシュは素直にそれを被ると、エトランジュが言った。

 「ジークフリード将軍、あの方をこちらへお連れして下さい」

 「はい、レジーナ様」

 レジーナとはエトランジュの偽名で、EU圏の言語では女王を意味する単語である。
 岩陰にいた軍服をきっちり着込んだジークフリードが連れて来た人物を見て、ルルーシュは目を見張った。

 「・・・・!!!」

 いちおうの手当てはされたのか、豪奢なドレスは脱がされてその身体は毛布にくるまれ、包帯が右手に巻かれた痛々しい姿で現れたのは、自らの異母妹であるユーフェミア・リ・ブリタニアであった。



[18683] 第十二話  海を漂う井戸
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/07/31 12:01
  第十二話  海を漂う井戸



 ユーフェミアは仮面をつけたゼロをじっと凝視していたが、やがて確信を持って叫んだ。

 「ルルーシュ、ルルーシュなのでしょう?!」

 「!!!」

 一同は内心で驚愕したが何とかそれを態度には出さず、代表してジークフリードが銃を彼女のこめかみに突きつけて言った。

 「発言を許した覚えはありませんぞ、ユーフェミア皇女。貴女の今の立場は捕虜です・・・それをお忘れきように」
 
 低い声で牽制されてユーフェミアが黙りこくった隙に、エトランジュがギアスでルルーシュに尋ねた。

 《あの様子では、確信がおありのようですよゼロ。どうなさいますか?》

 《全く、彼女は無駄に勘が鋭かったからな・・・このまましらばっくれても、どこかでまた何か言いだすに決まっている》

 この前のスザクによる電話での行動がいい例だ。彼女は自分の情だけで動いて、結果相手を追いつめる。
 失敗しても“そんなつもりじゃなかった”と泣きごとだけを言って、反省しないのだ。

 《それに、私もいろいろと覚悟を決めましたのでね。もういいですよ》

 《と、申しますと?》

 エトランジュが尋ねると、ルルーシュは仮面に手をかけてそれを外した。
 チューリップ形の仮面の下から、黒い髪と紫電の瞳を持った少年の顔が現れると、ユーフェミアは涙を流して喜ぶ。

 「やっぱり・・・ルルーシュ・・・!」

 「ああ、お前達が使い捨てにした皇子だよユフィ。そして俺がゼロだ。
 それで、よく喜べるなユフィ・・・お前の姉が俺を殺そうとして、俺がコーネリアを半殺しの目に遭わせたというのに」

 感動の再会とは程遠い台詞を叩きつけられて、ユーフェミアの表情が凍りついた。
 そう、ルルーシュとコーネリアが幾度も殺し合っていたのは事実であり、またコーネリアを意識不明の重体に追いやったのは自分であると、彼は認めたのだ。

 「ルルーシュが、お姉様を?本当に?」

 「正確にはコーネリアを襲撃したのは私どもですが、その作戦を考案して下さったのは間違いなくその方です」

 エトランジュが淡々と事実を述べると、ユーフェミアは身体を震わせた。

 「本来なら、そこで仕留めたかったのですが・・・さすがはブリタニアの指揮官機、頑丈すぎてとどめはさせなかったですね」

 死ねばよかったのに、と裏に隠された台詞を感じ取ったユーフェミアは、ルルーシュの横に当然のように立つ少女を見つめた。

 外見は金髪碧眼といった、典型的な白人である。いつもは青いケープをまとっているのだが、日本の夏の湿度と暑さに負けて脱ぎ捨て、大きな青いパラソルを周囲にさして陽射しを防いでいる。

 「あの・・・貴女は?日本人ではないようですけど、ブリタニア人、ですか?」

 「白人が皆ブリタニア人ではありませんよ。私達は貴女の姉によって故郷を滅ぼされた国の者です」

 「・・・そう、ですか。その・・・ごめんなさい」

 ユーフェミアが謝罪するが、エトランジュは首を横に振った。

 「別に貴女のせいではないので、謝って貰っても困ります」

 「で、でも私の父と姉のせいで・・・!」

 「ええ、確かに貴女の父君と姉君のせいですが、貴女のせいではありません。
 貴女が謝罪したからといって私の家族は蘇りませんし、故郷が戻ってくるわけでもないので、無意味なことはおやめになったほうがよろしいかと」

 自分の謝罪は無意味と言われ、ユーフェミアは傷ついた表情になった。そこへルルーシュが冷たい声で尋ねた。

 「では聞くが、謝ってどうするんだ君は?それでレジーナ様が喜ぶと思ったのか?」

 「え・・・?でも、私の家族のせいだから謝るのは当然では」

 「謝るだけで解決する問題じゃないと言っているんだ」

 ルルーシュの指摘に、ユーフェミアはまたしても己の考えのなさに気づいた。ルルーシュは溜息をついて、異母兄として最後に異母妹に現在の状況を教えてやろうと思った。
 過去、仲の良かった彼女だからこそだ。そして、二度と異母兄としてユーフェミアには会わない。それが、ルルーシュの覚悟でありけじめだった。

 「ユフィ、これが君の兄としての君への最後の言葉だ。どう捉えるかは君の自由だ」
 
 「ルルーシュ・・・最後って・・・どうして・・・せっかく会えたのに」
 
 目を潤ませたユーフェミアに対して、ルルーシュは大きく溜息をつく。

 「では聞くが、俺がどうしてブリタニア皇族として復帰しなかったのか、何故俺がブリタニアに反逆しているのか、解っているか?」

 「それは、ブリタニアに戻ったらまた政治の道具にされるからで・・・」

 「それもあるが、一番の理由は“俺達がブリタニアに殺されかけた”からだよユフィ。
 あの時日本への開戦理由は俺達が日本人に殺されたというものだった・・・そんな中でのこのこと現われてみろ、言いがかりで国を滅ぼしたなどブリタニアが認めると思うのか?」

 「実際、言いがかりをつけて各国を植民地にしているので、ルルーシュ様のご生存が知れても世界的にはブリタニアらしいと思われて終わるのではないでしょうか」

 「ふふ、レジーナ様もなかなかおっしゃるものだ」

 マグヌスファミリアが占領された際も、“何であんな僻地を植民地にしたのだろう”と疑問に思われただけで、もはやブリタニアが植民地を増やすための開戦理由については議論すら起こらなかった。

 「だから俺達が生きるには、ブリタニアが邪魔なんだよ。
 いつまでもあの学園の箱庭にいられないからな・・・もっとも、その箱庭ももう壊れたが」

 「どうして?!私もスザクも、誰にも言って!!」

 「誰も言ってなくても、お前のことだ・・・自重出来ず会いに来るに決まっている!
 電話に関してもそうだ・・・政庁の電話からかけてくるなど何の冗談だ!!」

 エトランジュはそのやりとりを聞いて、ユーフェミアがルルーシュの生存を知って政庁の電話からルルーシュに連絡したことを知った。

 「それは駄目ですねユーフェミア皇女。バレるきっかけは充分でしょう」

 「どうして?!」

 「だって、政庁の電話って記録が残るのでしょう?
 アッシュフォード学園にユーフェミア皇女が何の用事でかけたんだろうって調べられたら、すぐに解ってしまうのでは」

 「総督の許可がなければ、皇族が使う電話の通話記録は公開出来ません」

 「その総督は意識不明の重体だが、助かる可能性は高いと聞いた。意識が戻ったら、真っ先にやるのはお前の行動調査だろうな。
 当然通話記録も見るだろうな、姉上なら確実に」

 ルルーシュの姉をよく理解している指摘に、ユーフェミアは青くなった。
 コーネリアはいつも過保護で、本国にいた時でさえそういう行為がたびたびあったことを思い出したのである。

 「君の性格は信頼している。だが、はっきり言おう・・・君の能力が信用出来ないんだよユフィ。
 君は嘘をつくことに向いていなさ過ぎる・・・コーネリアに問い詰められれば、いずれ確実にボロが出る」

 「ルルーシュ・・・!じゃあ、もしかして」

 「ああ、ここから脱出したら、すぐに俺とナナリーはアッシュフォードを出る。アッシュフォードに咎めがないようにしてやってくれ」

 それだけ頼む、とルルーシュに頭を下げられて、ユーフェミアは慌てて止めにかかる。

 「で、でもあそこを出てどこへ行くの?」

 「予定地はいくつかあるが、君には言えない。スザクが騎士になった時点で、準備はしてあったからな」

 「どういうこと?」

 「名誉ブリタニア人が皇族の騎士になったというので、その座からスザクを引きずり下ろそうといろいろ調べている連中がいてな。
 幸い奴は素行は真面目だったしアッシュフォードが俺達を守るために厳重な警備を敷いていたからバレなかったが、もし俺とスザクが一緒にいるところをスクープされていたら“生きていた皇族の生存を隠していた”とバッシングの対象にされて、芋づる式に俺達も戻らされていたさ」

 自分がよかれと思ってしていたことが大好きな異母兄を追いつめていたことを知って、ユーフェミアは砂浜に座り込む。

 「それは君のせいじゃない・・・その時点で君は俺の生存を知らなかったんだからな。
 だが、経過はともかく結果はそういうことになったので、引っ越しの準備はしてあったんだよ」

 それに加えてユーフェミアに生存が発覚したため、すでにルルーシュはナナリーに近日中にアッシュフォードから出ることになるかもしれないと伝えていた。
 ナナリーは残念がったが、このままではミレイ達に迷惑がかかると言うと仕方ないですねと寂しそうだった。

 「そんな・・・そんな・・・私のせいで・・・」

 「ああ、君の不用意な行動のせいだなユフィ。
 それに、さっきも言ったが日本人の生活をよくしたいと言っていたあれだ・・・あれも最悪だぞ」

 ルルーシュは幼い頃のユーフェミアをよく知っていたから、彼女は善意で日本を良くしようとしていることを理解していた。
 しかし、それはあくまでも彼女を知っていればの話だ。会ったこともない人間を理解しようとすれば、それは今現在の行動によって推し測るしか術はないのである。

 「俺が君の異母兄じゃなかったら、間違いなく君をそんな目で見ていた。ただの理想だけで生きている馬鹿なお姫様だ、しょせんは弱肉強食の国是の皇族だとな。
 そちらにいらっしゃるレジーナ様に聞いてみるといい・・・君がどんなふうに見られているかが解る」

 ユーフェミアが恐る恐る無表情で立っている少女に視線を向けると、エトランジュはすっとその場から歩きだした。

 「あの・・・!」

 「少々お待ち下さい。準備して参りますので」

 エトランジュはそう言うと持って来ていた簡易テーブルと椅子を準備し、ユーフェミアに座るように促した。

 「海で流されて立つのもお辛いでしょう、どうぞお座り下さい」

 「あ、ありがとうございます」

 お礼を言ってユーフェミアが席につくと、エトランジュはヤカンからお湯を注ぎ、インスタントのスープを作って彼女に差し出す。
 そのユーフェミアの背後には、銃を持ったままのジークフリードが立つ。

 「毒は入っておりませんので、よろしければどうぞ」
 
 「・・・ありがたく頂きます」

 初めて飲むインスタント特有の濃い味にユーフェミアは瞬きしたが、好意で作って貰ったのだからとユーフェミアは半分飲み干してカップをテーブルに置く。
 温かいスープのおかげで、海で体温が奪われた上にルルーシュの糾弾に血の気が引いた顔に赤みが戻る。

 「それ、あんまり美味しくないですよね、ユーフェミア皇女」

 突然にそう言われて、ユーフェミアはどう答えたらいいか分からず口ごもる。
 作って貰っておいてまずいとは言えないし、かといって美味しいというのも嘘を言っているような気がしたのだ。

 「私も国を追われた先で初めてインスタントを口にしたのですが・・・お湯を注ぐだけで食べられる便利さなのに、味が濃くて美味しい印象はなかったんですよ」

 もちろん質がいい物はインスタントでも美味しくて、ブリタニアの高級軍人などが野営で食べる物はそう言う代物である。

 「でも、今トウキョウ近辺のゲットーの方々は、そういうものですら滅多に食べられないんですよユーフェミア皇女。どうしてだと思います?」

 「え・・・どうしてって・・・ごめんなさい、解りません」
 
 素直にユーフェミアが答えると、エトランジュは怒ることなく答えた。

 「ブリタニアがブリタニア人や名誉ブリタニア人のゲットーへの立ち入りを禁じた上、各ゲットーからの移動も禁じたせいです。
 東京近辺には畑などございませんし、あったとしても既に日本占領時に壊滅状態になったのでとてもそこで作物を作れる状況ではないんです。
ではあそこに住む方々は、どこから食料を手にすればいいのでしょうか?」

 「あ・・・!」

 「もちろん最低限の食料は送られてはいますが、全員を賄えるには至っていませんでした。
 しかもその食料を買うためのお金もないんです・・・租界での仕事が制限されましたからね」

 ユーフェミアはレジスタンス狩りを防ぐことばかりに目が行って、その他についてまるで見ていなかったことに気づかされた。
 言われてみれば租界とゲットーの行き来を分断するということはさらなる区別化に続くものであり、ブリタニアの国是にまことにふさわしい行為でしかないと。

 「人間食べ物がなければ死ぬしかありません。つまり日本人は飢えて死ねと態度で表明したことになってしまうのです」

 「そんなつもりはありません!!ただ、レジスタンス狩りを止めたくて、その法案に許可を出してしまったのです」

 ユーフェミアが叫ぶと、エトランジュはなるほどそういう意味もあったのかと納得した。

 「確かにブリタニア人が来なかったのでゲットーでは私どもも動きやすかったですが、残念ながらそれは伝わっていませんでした。伝わらない善意は無意味でしかありません。
 軍に殺されるか餓えに殺されるかという違いに収まっただけと言えるでしょう」

 じわじわと襲ってくる分、飢えの方が恐ろしい。目に見える軍なら反撃のしようもあるが、全ての生物が歴史上飢餓に勝てた例は一つもないのだ。

 「すぐに戻って、食糧の配給を・・・!」

 ユーフェミアは慌てたように立ち上がるが、それをエトランジュがやんわりと止めた。

 「落ち着いて下さい、ユーフェミア皇女。やめたほうがいいです・・・反対されますから」

 「え・・・?」
 
 「今戻ってゲットーに食料を配布すると言ったとしましょう。
 まず周囲が止めるでしょうね・・・そもそもゲットーを封鎖したのはスパイを探すためなのですから、それが見つかっていない以上そんなことをすればスパイが動きかねないと」

 原因があって結果がある。
 この場合ブリタニアの行動理由である“スパイ活動防止”のために“ゲットー封鎖”をしたのだから、それを止めるためには“スパイ発見”をしなければならないのだ。

 「そして私達に要求しますか?スパイ活動を止めて欲しいと・・・そうすればゲットーに食料が配布出来るからと」

 ユーフェミアはまさに言おうとしていた台詞を先に言われて、ぐっと押し黙る。
 そしてエトランジュははっきりとした口調で詰問する。

 「貴女は説得する相手を間違えています。どうして彼らを説得しないのです?貴女は副総督であり、皇族です。
 私どもに戦いをやめて協力して欲しいと説得はするのに、どうして周囲の文官や姉であるコーネリア総督を動かそうとはしないのですか?」

 「それは・・・・誰もわたくしの言葉など聞いてくれなくて・・・」

 小さな声で答えるユーフェミアに、エトランジュはまた尋ねた。

 「日本人の方々や私達も、貴方の説得に耳を貸してはいませんよ・・・同じですよね?
 つい先ほどのゼロに対する説得を聞いて、私の従姉様は自分より下の人間にしか“説得”をしない自己保身に長けたお姫様だとおっしゃっておいででしたよ。
 なら何故貴女の言葉を聞かないのか、考えたことはございますか?」

 「お姉様はこのエリア11を平定したくて、テロリストを壊滅するのが一番の早道だとお考えだからわたくしの政策は駄目だとおっしゃるばかりで・・・。
 そんなお姉様に反発して、騎士団の方々が力ずくで日本を取り戻そうとしていると考えていました。
 だから和平などあり得ないと・・・そう思っているとばかり」

 「その通りです。
 何故かと申しますと、戦いをやめる条件がコーネリア総督は“日本人が服従すること”であり、日本人は“日本人を虐げるブリタニアの排除”だからです」

 ユーフェミアはその通りだと頷くと、エトランジュは小さく息を吐いた。

 「なら、どうすれば双方が矛を収められると思いますか?」

 その質問に、ユーフェミアはルルーシュから何もしてないのに要求だけするなと指摘されたばかりだから、“日本人がテロをやめること”とは言えなかった。
 となるとコーネリアを止めるべきなのだろうが、それが出来るならすでにやっている。

 「・・・解りません。もう、どうすればいいのか・・・」

 夏の暑い日差しの中、肩を震わせて小さな声で答えるユーフェミアにエトランジュは言った。

 「勘違いなさっているようなので言っておきましょう。赴任当初、貴女は日本人からそれなりの支持があったのです」

 あの戦姫と名高く植民地を増やすコーネリアと違い、妹姫は穏やかな性格でナンバーズでも差別しないという風評があったからだ。
 そのため多少なりと期待を寄せていたのだが、サイタマゲットーの虐殺についても何も言わず、その他のゲットーについても何らの政策を講じなかった上、トウキョウ租界とゲットーを封鎖してしまった。
 これでユーフェミアの評判は確定した、と言っていい。

 「ユーフェミア・リ・ブリタニアは口だけの皇女であり、ナンバーズを憐れむ自分が素晴らしい人物だと思い込んでいるお姫様だというのが私が聞く限り日本人最多のご意見です。
 貴女には貴女なりの思惑と善意はあったのでしょうが、それは為されなければ無意味なのです。
 政治とは結果あってのものだと、言われたことはございませんか?」

 自分に対する酷評を聞いてユーフェミアはうなだれたが、エトランジュの問いにはい、と小さな声で答えた。

 政治は結果を上げなければ認められない、失敗は己の死を意味する。
 だから余計なことはしてはならない、自分達がするから無理はするなと、副総督に就任してからは毎日のように言われていた。

 「貴女は自分を信用して欲しいと訴えましたが、それも間違いです。
 信用とはして貰うものではなく積み上げていくものだと、お父様は私におっしゃいました。
 ある程度日本人の生活を良くしてからならともかく、貴女は日本人に対して結果を上げることが出来ませんでした。だから貴女の言葉を聞く方がいなかったのです。
 それは逆に、ブリタニアの政治家や軍人の方も同じでしょうね。自分達の目的が達成出来ない政策なら、無視するのが当然です。
 そして、貴女の最大の間違い・・・それは“味方作りを怠ったこと”です」

 「味方作り・・・でも、そんなのわたくしに」

 「いたんですよ、それも大勢。主義者、と呼ばれている方々・・・ご存知ですよね?
 私いくつかのブリタニア植民地を回っていましたが、そう言う方々が政治家の中にも結構いらっしゃいました」
 
 「え・・・政治家にも?」

 「誰とは言えませんが、日本にもいましたよ?
 ユーフェミア皇女なら穏健な政策を打ち出している自分達をお呼びしてくれると思ったのに、結局何も言われなかったとおっしゃっておいででしたが」

 主義者とはブリタニア人でありながらブリタニアの政策に反対する人間のことを指し、ブリタニアでは国是に反するとして投獄対象にされることすらある者達のことだ。
 侵略に対する反対運動、ナンバーズの待遇改善を訴えただけで国家反逆罪になりかねないため、表だった活動が出来ない者達である。

 「主張が主張でしたので中間管理職以下の方々でしたからご存じないのも無理はないのですが、それでも穏健な政策を訴えた方はいらっしゃったのです。
 貴女と言う主義者がいたのですから、他にもいると思わなかったのですか?」

 周囲は全て姉の子飼いの者達ばかりだったから、当然国是を肯定する人間で構成されていた。
 だが、言われてみれば確かにその輪の外に主義者がいてもおかしくはない。

 地球上に68億人以上いると言われる人間である。当然様々な思想があり、考えがある。
 その中で、当人のみしか通用しない思想や考えというものはない。
 どれほど異常な思想であろうと、同調する人間が一人や二人必ずいるものである。

 ましてやユーフェミアのように穏健で平和を訴える思想なら、数え切れないほどいる。たとえ弱肉強食を唱える国のもとで生まれ育とうとも、己の判断でそれは間違っていると言えるブリタニア人もまたいるのだ。

 始め彼らはユーフェミアを旗頭として自分達の穏健政策を通して貰おうと考えていたが、幾度となく提出した提案書に対する返答もなく、ユーフェミアが語る政策を支持する者を探す気配もなかったので、諦めざるを得なかったのだ。

 「あ・・・わ、わたくし・・・そんなこと、想像もしていなかった・・・」

 ラプンツェルのように高い塔に住んでいるユーフェミアは、自分の状況を知らず己の髪を垂らすことをしなかった結果がこれである、
 もしほんの一筋でも髪の毛を垂らしていたら、それを伝って彼女の元へ来る者はいただろう・・・そう、スザクのように。

 「仲間はいないと思いこみ、一人でやろうとしたことが貴女の最大の失敗です。
 山火事を一人で消すことがどうして出来ましょう?」

 エトランジュはさらに説いた。
 シンジュクゲットーの荒廃ぶりはクロヴィスの虐殺のせいで確かに悲惨だったが、その他のゲットーもまったく開発が進んでいないこと、もしそれを見ていたらそれらを比較して問題点に気づけただろう、と。

 「たったひとつのゲットーだけを見てそれで判断してしまったのも駄目です。それに貴女は、日本人のご意見を伺った事はおありですか?」

 「スザクの意見しか・・・他の日本人は、わたくしを見るなり逃げてしまわれるので」
 
 「それでおしまいにしたのもいけなかったですね。
 貴女に伺いましょう・・・貴女はある日風邪を引きました。そしてお医者様が呼ばれて病状について伺ってきました。
 ・・・それを貴女にではなくその横にいたコーネリア総督に尋ねていたら、貴女はそのお医者様がうまく治療してくれると安心出来ますか?

 「・・・いいえ、そうは思いません」

 風邪を引いて苦しんでいるのはユーフェミアなのだから、自分が喋れない状態でもない限り本人に病状を尋ねるのが当然である。
 ましてコーネリアが頭痛がしているのに推測で『お腹をさすっていたから腹痛かも』などと伝えて腹痛の薬を処方されでもしたら、それで治るわけがない。

 つまりゲットーの状態をよくしたいのならゲットーの住民の意見を聞くべきなのであって、また各ゲットーの不満もそれぞれなのでシンジュクゲットーを見ただけで満足すべきではなかったということだ。

 ユーフェミアは的確な指摘をしてくれるエトランジュを尊敬の目で見つめたが、エトランジュはそれほど独創的なことを言ってはいない。
 そのどれもがかつて名君として名をはせた指導者達が行ったもので、彼女はそれを口にしているに過ぎないのだ。

 ルルーシュはそんな二人のやりとりを見て、大きくため気を吐いた。

 客観的に見て、能力値だけを見るならユーフェミアの方がはるかに優れている。
 エトランジュは国立のポンティキュラス学園(七歳から十五歳までの一貫教育を行う。マグヌスファミリアにある学校はここだけである)の勉学を国が攻め落とされた十二歳の時に中断されたままで、その後はひたすら戦争を終わらせるために費やし時間が空いた時にアルカディアなどから教わっているだけなので、学力は非常に低い。

 農耕馬の扱いに慣れているし移動手段として主に馬を使っていたので乗馬は得意だが、危険なスピードを出す競馬などは苦手らしい。
 さらに言えば、ナイトメアどころか車の運転すら出来ない。

 しかも女王といえど国力もブリタニアの地方男爵にすら劣り、他人の力を借りなければこうしてブリタニアと対抗することすら出来ないのだ。
 彼女がユーフェミアに優っている点と言えば、自活能力と語学能力くらいなものである。

 エトランジュは基本的に“失敗しない”ことを前提にして己の能力のほどを理解しているため、周囲をよく観察して考えてから動く。
 これまで守られ愛されてきたのはユーフェミアと同じだが、それ故に彼女は周囲の人間を信じて愛されているという自信があるからこそ、己の意見を伝えることをためらわない。
 そしてその分相手の意見を聞く耳を持っているから、周囲も安心して自分の言葉を伝えてくるのである。

 たとえばゲットーの日本人を移住させる際、彼女は必要なもののリストや計画書を作成し、それを一度扇や藤堂、キョウト六家に見せてこれでいいだろうかと確認していた。
 もちろん穴はいくつもあったが彼らも時間を割いて不足を指摘し、協力していた。
 他人の助力がなければ何も出来なくても、協力を得られるそれは間違いなく彼女の力であり、武器だろうとルルーシュは考えている。

 何故ならやっていることは確かに小さいが、そういうことの積み重ねが信頼を生み出し、その信頼のもと協力を得てその協力で物事を行うのが政治だからだ。

 「これで解っただろう、ユフィ。君が日本人からどう思われていたのか」

 「ルルーシュ・・・・ええ、本当、馬鹿です私」

 ユーフェミアは笑った。それは全く周囲を見ていなかったのだと理解した、自分への嘲りだった。

 エトランジュの話を聞く限り、彼女が来たのはナリタ連山戦の後だったという。
 自分より後に来たのに日本人を理解し、その信頼を得ているのは黒の騎士団に所属していることからも解る。
 また、彼女の言葉が事実なら既に主義者達とも親交があるのだろう。

 自分はいったい、これまで何をして来たのか。
 何も行っておらず、ただ理想を語りそれが受け入れられないと嘆いてばかり。

 それなのに目の前の少女は国を父と姉に滅ぼされ、知らない国でこうして国を取り戻すための戦いに身を投じている。
 常に考え、行動し、成果を上げているエトランジュの年齢を聞いてみると、自分より一つとはいえ年下の少女だった。
 
 だが、自分の父と姉に国を滅ぼされたという彼女がどうして自分のために話をしてくれるのか不思議に思い、おそるおそる尋ねた。

 「あの、どうして貴女はわたくしにそんなお話をして下さるのですか?
 わたくしは何もしていないとはいえ、わたくしの父と姉は・・・貴女の故郷を・・・」

 「はい、貴女の父親と姉のせいで、私の家族が93人も亡くなりました。
 現在は数字をつけられ管理された、私の大事な国です」

 「なら、どうして・・・わたくしを殺そうとは思わないのですか?」

 「理由はいくつかございますが、まずは無関係の方を殺してブリタニアと同じ人種にはなりたくないからですね。
 貴女は皇族ですから全くの無関係ではありませんが、侵略には関わっていない以上それを理由に殺すのは理不尽です」

 テロリストと同じ人種だからとサイタマやシンジュクのように利用し殺すような真似はしたくないというエトランジュに、ユーフェミアは姉の行為を何としてでも止めればよかったと後悔した。
 シュナイゼルのミサイルからスザクを庇おうとした時のように、サイタマに飛び込み虐殺を止めていれば、きっとエトランジュの言うところの“信用を積み上げる”ことになり、日本人の信用を得ることが出来ていたかもしれなかったのに。
 
 「そしてもう一つの理由は、私の最終目的がブリタニアを滅ぼすことではないからです」

 「え・・・でも、貴女は姉を」

 ユーフェミアが驚いたようにエトランジュを見つめると、彼女は頷いた。

 「ブリタニアを滅ぼすことは、手段であって目的ではないんですよユーフェミア皇女。
 私の最終目的はたった一つ、“占領された我が国を取り戻して帰国し、みんなで仲良く暮らすこと”なので」

 「みんなで、仲良く暮らす・・・」

 自分も幾度となく見た夢。


 EUも中華連邦もブリタニアもみんななくなって、世界が一つになって仲良く暮らせますように。


 最後のブリタニアもなくなっての部分がみんなに咎められたけれど、その夢を亡きマリアンヌだけが素晴らしい夢だと褒めてくれた。
 
 「そのためにはブリタニアが滅ぶか、国是を変えて植民地を解放するかのどちらかですが、あの皇帝が玉座に座っている限り不可能でしょうね」

 だからブリタニアを滅ぼすことにしたのだというエトランジュに、ユーフェミアはさらに尋ねてみた。

 「姉を殺そうとしたのも、そのためだと?」

 「ええ、あの人はブリタニアの国是を肯定しそのための侵略を現在進行形で行い、過去の所業も全く反省していませんからね。
 復讐心も消えようがありません・・・この状態で殺す以外どうしろと?」

 「ですよ、ね・・・」

 自分ですら無理だった説得に、他人である彼女が可能とは思えない。
 
 そして自分を殺さなかった理由も、姉と自分が別個の人間であると認めてくれたからこそだという彼女に、ユーフェミアは嬉しくなると同時に悲しくなった。

 (戦時下ではなかったなら、いいお友達になってくれたかもしれないのに・・・どうしてこんなことに)

 「こんな状況ではなかったなら、貴女とはいいお付き合いが出来たかもしれませんね。
 それだけに、とても残念です」

 「?!」

 エトランジュが自分と同じことを思っていてくれたと聞いて、ユーフェミアは思わず顔を上げた。

 「ブリタニアの皇族の中で、私の話を聞いてくれたのはルルーシュ様を除いては貴女だけなんですよユーフェミア皇女。
 コーネリアは都合のいい質問には答えてくれましたが、それ以外については答えになっていない答えしか返してくれませんでしたから」

 「・・・ええ、聞きましたレジーナ様。貴女とお姉様のやりとりを全て」

 「そう、ですか。もしかして、その通信からルルーシュ様がゼロだと?」

 ふと思い当たったエトランジュに、ユーフェミアはこくりと頷く。

 「最初に会った時から、ゼロには懐かしいものを感じていましたから。確信を持ったのはついさっきですが、レジーナ様の仲間の女性の言葉でそうじゃないかなって・・・」

 「その通信とは、どういうことですかレジーナ様」

 怒りを若干滲ませたルルーシュの声に、エトランジュは謝罪しながら答えた。

 「申し訳ございませんルルーシュ様。実はですね」

 『違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
 私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!』

 と言ったコーネリアに対して、アルカディアがうっかり『ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ』と応じてしまったことを伝えると、ルルーシュは目を見開いた後そうですか、とだけ言い、案の定笑いだした。

 「クックック・・・確かに笑うか怒るかしかないですねこれは・・・ハハハハハ!」

 「ルルーシュ・・・」

 「あの時日本に送り出される俺達に、何の言葉もなかったくせに、よく言う・・・!せめて傷を負ったナナリーだけでも守ってくれていたらな!!」

 ダン、とテーブルを叩いたルルーシュにエトランジュとユーフェミアはびくりと肩を竦ませたが、何も言わなかった。

 「ああ、解っているさ下手に口出ししてその役目が己とユフィに来るのを恐れただけだということはな!!
 なら俺がナナリーと自分のために姉上を殺したとしても、文句はないはずだ・・・そうだなユフィ?」

 「・・・筋は通っていますわ」

 ユーフェミアは苦渋に満ちた返答をしながら、ルルーシュが姉を喜んで殺そうとしたわけではないことを悟った。
 そしておそらくクロヴィスを殺したことも、仕方ないと思いつつも苦しんでいるということも。

 「なら、もういいだろうユフィ。これ以上俺達を振り回すな」

 もうあの日々は戻ってこない。
 それを知って、七年前に自分の異母兄妹であったヴィ家の兄妹は死に、今戦っているのはブリタニア皇家に反旗を翻すゼロなのだと割り切るがいい。

 「その覚悟が出来ないなら・・・ユフィ、ブリタニア首都(ペンドラゴン)へ帰れ」

 何も知らなかったことにしてスザクとともに自分の箱庭に戻り、どちらが勝つにせよ全てが終わるのを見届けろと言い聞かせるルルーシュに、ユーフェミアは首を何度も横に振る。

 「嫌です、ルルーシュ!!どうして、どうしてこんなことに!!」

 とうとう泣きだしたユーフェミアに、エトランジュが静かに問いかける。

 「ではユーフェミア皇女、私からの最後の質問です。貴女の一番大切な物は、何ですか?」

 「・・・一番、大切なもの」

 「人でも物でも、主義でも構いません。貴女が一番に守りたいものをお答え下さいませんか?」

 「・・・私の一番」
 
 改めて問われると、何と難しい問いだろう。

 大切なものならたくさんある。
 優しく守ってくれた姉に、育ててくれた母に、自分を補佐してくれるダールトン。
 今は敵対する立場になっているのに、厳しくても忠告をしてくれたルルーシュに、幼い頃共に楽しく遊んだナナリーも大切だ。
 
 お飾り程度の力しかないのにそんな自分の騎士になってくれたスザクに、彼と同じみんなで仲良く暮らす夢も捨てられない。
 
 「私、大切なものがたくさんあって・・・決められないのです・・・!」

 「そうでしょうね、私自身こんな状況下でなければ同じ答えを返していたと思いますから・・・私と貴女は、よく似ていると思います」

 平和な状況なら、あれもこれもとたくさんの望むものが出てくる。
 エトランジュも大切なものがたくさんあって、どれが一番など考えたことはなかった。ユーフェミアと同様、世界中のみんなが仲良く暮らせる世界なら幸せだと夢見たこともある。

 マグヌスファミリアは小さな国で、国民がみんなで仲良く暮らしていた。
 そうでなければ国自体が成り立たないという事情があっても、家に鍵をかける習慣がないほど平和だった。

 王族と国民の垣根などないに等しく、誰でも挨拶一つで入れる城に、気軽に会える王族達。
 国民二千人のうち国王の姿を見たことがない人間などおらず、また声をかけたりかけられたりしたことがない者のほうが珍しいほどだ。

 それが普通だったから、国を追われ避難した先の外の国はエトランジュにとっては衝撃の連続だった。

 家族でさえ別々に住むことが珍しくなくて、王族や皇族の間では王位継承で互いに殺し合うという話を聞いた時は目を丸くしたし、ブリタニアではそれを皇帝自ら奨励していると知った時の衝撃は生半可なものではなかった。

 イギリスにあるマグヌスファミリアのコミュティの外へ、エトランジュが自転車を借りて買い物に行った時の話である。
 鍵をかける習慣がない彼女はうっかり自転車に鍵をかけないまま店に入り、用事を済ませて帰ろうとするとまさにそれを盗もうとした少年少女と遭遇した。
 たまたま通りかかった警官が彼らを補導したが、警官に叱られたのだ。『きちんと鍵はかけておかないと、盗まれても仕方ないぞ』と。

 「その言葉を聞いた時、心底怖かったですよ。だって、盗んだ方が悪いけど鍵をかけてない方も悪いという理論が本当に理解出来ませんでしたから」

 マグヌスファミリアでも窃盗事件が全く起こっていなかったわけではないが、何があろうが盗った方が悪いとなって被害者を叱るということはまずなかった。
 
 この出来事があって以降、エトランジュは早く故郷に戻りたいとそれだけを願ってきた。マグヌスファミリア以外の国で生きていける自信がなかったから。

 「私がこの・・・マグヌスファミリア(レジスタンス)女王(リーダー)に収まったのは、私が前(リーダー)の娘だからでした。
国民(メンバー)は私がただのお飾りと理解していましたから、何の期待もされませんでしたけど」

 自分の出自が明らかにならないよう、そう言い繕ったエトランジュは遠い目をした。

 父・アドリスが祖母のエマから王座を譲り受けたのは、エトランジュが四歳の時だった。
 アドリスはエマの15人の子供達のうちでも最も優秀と言われ、事実彼は外交で多大な成果を上げていたこともあり、三男であるにも関わらず不安定な世界情勢では彼の方がいいと推され望まれて王になった。
 
 その即位式の日、幼い自分を抱いてバルコニーに立つ父に期待の歓声を上げた国民達を見て、お父様は凄いんだと目を輝かせていたのを憶えている。

 けれどその娘が即位したとき、周囲から言われた言葉は。

 『大丈夫だからねエディ!僕達がついてる。無理しないで』
 『貴女は怖いことをしなくていいのよ。伯母さん達に任せて、お勉強していなさい。
 貴女に何かあったら、戻ってきたアドリスに叱られちゃうわ』

 急きょ造られた王座の上、エトランジュはぽつんとそこに置き去りにされたような気がした。
 
 解っている、自分は愛されているからこそそう言われたのだということを。
 だけど、戦争中の中まず叔父の一人が亡くなった。

 それと前後して、自分もブリタニア軍人を一人、手にかけた。
 その時思ったのだ。今は伯父達が政治を司ってくれているから自分は玉座のお人形でいいけれど、もしもみんな死んでしまったら?
 その時は、自分が王だ。父が、祖母が、さらにその先祖がしてきたように、二千人の国民を守る役をする王だ。

 一番高いところに設えられた自分の部屋から、二千人が住むマグヌスファミリアのコミュティを見た。形式上自分が治める、自分の家族を見た。

 怖かった。二千人だけなのに、他の国では村と称されるほどの人数なのに、彼女にはそれが大きく見えた。

 「いつまでもお飾り人形でいるわけにはいかないと、その時悟りました。
 だから、出来るだけのことをしていこう、今伯父達が健在なうちに学べるものは学ぼうと思ったのです」

 それ以来自分が出来ることはなんだろうと常に考え、EUから依頼された反ブリタニア同盟を築く使者となるために語学を、さらに政治や軍事について寝る間も惜しんで学んだ。
 何かをしていないと不安でならなかったし、何より自分はあんまり出来がいいとは言えなかったから、思いつく限りのことを全力でするしか出来なくて。

 「お父様は私にこうおっしゃられました。“大人になるということは、やりたいことをするためにやりたくないことをする”ということだと」

 「・・・だから、こうして戦争をする、と?」

 「そうです。私自身この手で既に何人も殺していますが、人を殺して愉快になった覚えはありません。
 それでもブリタニア軍人を殺し、死んでいくのを見て心のどこかで喜んでいる自分を自覚することがありますし、それは日を追うごとに多くなっているのです。
 いずれはブリタニア軍人のように、敵を殺して笑うようになるかもしれません」

 別にこれは皮肉ではなく、エトランジュの本心である。
 ブリタニアも黒の騎士団も人を殺すたびに快哉の声を上げ、戻ってきたらその成果を誇らしげに報告する。
 それをおかしいと思った時もあったがそれは既に過去のものとなり、自分自身素晴らしいことだと言うようになったのはいつからだったか。

 「変わっていく自分が怖い。だから早く戦いを終わらせて、私はみんなで家に戻りたいのです。私達のあの平和な箱庭へ」

 みんなで仲良くいつまでも。
 家族で怖いことや嫌なことを考えずに暮らせる、あの場所へ。

 それがエトランジュの一番の望みで、守りたいものだった。

 「矛盾しているとお思いでしょうね。
 だけど、そのために私はブリタニアの軍人を殺す策をゼロに求め、その軍人を指揮するブリタニア皇族を殺します」

 「・・・・」

 「平和な時代であれば一番など考えなくても許されますが、追い詰められれば大事なものに順位をつけて選ばなければならないのですよユーフェミア皇女。
 シャルル皇帝の言うとおり、人は平等ではありません。私は私の家族(いちばん)を守るために、他の誰かの一番を殺すのです」

 ユーフェミアはルルーシュを見た。彼自身もまた、順位をつけて選んだのだ。
 ナナリーを一番の座に据え、それ以外のものを下にして。
 ナナリーと自分が幸福に生きる道のため、仲が良かったクロヴィスを殺しコーネリアを殺そうと謀った。

 ルルーシュやエトランジュだけではない・・・今戦っている者すべてが、自分の一番のために。

 椅子から立ち上がって砂浜の方へと歩き出したエトランジュが、歌うように言った。
 
 「・・・井の中の蛙、大海を知らず。されど空の蒼さを知る
 
 「それは・・・どういう意味ですか?」

 ユーフェミアが尋ねると、エトランジュは波の中に足を浸しながら静かに答えた。

 「井の中の蛙は外の大海原を知ることはないけれど、井戸の中からだからこそ“空の蒼さ”を誰よりも知ることが出来るかもしれない。
 空しか見ることの出来ない井戸の蛙だからこそ、憧憬とともにその“空の蒼さ”を心に刻むことだってあるかもしれない、という意味です。
 私はずっと、小さな島国の中で生まれ育ちました。こうやって海を眺めてその先にたくさんの国があることを知っていても、そこを見ようとしたことはありません」

 みんなから愛されて、何の不安もない幸福な気持ちだったから。
 楽園に住んでいる人間は、新天地など夢にもみない。

 「けれど海原の先を知ることはなくても、こうして太陽が輝く青空が美しいことを知っていました。
 貴女は何を見て、そして何を知ろうと思いましたか?」

 「・・・解りません。考えたことが、なかったですから。でも」

 ユーフェミアは波の音と、風が吹いて揺れる葉の音を聞いた。
 そして、エトランジュの問いに小さな声で答える。
 
 「今からでもこれからいろんなものを見て、いろんなものを知って、そして考えていきたいと思います」

 「・・・時間はそうないと思いますよ?」

 「解って・・・います。でも、私はこれまで行動することこそが大事だと思っていましたが、何の考えもないまま動くことの愚かさを教えて頂きましたから」

 「考えるだけ考えて、動かないというのも無意味なのですけどね」
 
 かつての自分がそうでした、とつくづく両極端な過去の自分とユーフェミアを思い浮かべたエトランジュは小さく笑うと、空を見た。
 灼熱の太陽が光り輝き、雲一つない蒼天の夏空。

 「綺麗ですね、空」

 「・・・ええ」

 抜けるような青い空と、冷たい波の音と、涼しい風がそよぐ砂浜で。
井戸の中へ戻りたい蛙の女王様と、井戸の外へ飛び出すことを望んだお姫様が小さく涙を流していた。



[18683] 第十三話  絡まり合うルール
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/07 11:53
 第十三話  絡まり合うルール



 ミサイルの爆風を受けて海を漂い砂浜に流れ着いたスザクは、目を覚ました後まず周囲を見渡した。
 どうやら式根島付近の島だと当たりをつけると、通信機もないのでその場で救助を待つことにし、まずは水場を探すべく歩き出す。

 果実があちこちに生り、兎が走っていくのが見えて、水場さえ見つければ当分はここで過ごせそうだと考えながら辺りを見渡すと、滝の音が聞こえてそこに足を向ける。

 案の定小さな滝が見えてほっと一息つくと、そこにいたのは裸体の女性だった。 燃えるような赤い髪をした女性は自分の気配を感じたのかさっと振り向き、相手を見て驚愕した顔で叫んだ。

 「お前・・・!スザクっ!!」

 「わぁ!ちょっと!!」

 雰囲気が全く違ったのでカレンと思わなかったスザクは、相手が誰か解らず反射的に眼を覆った。
 それをチャンスと取ったカレンは、脱ぎ捨てて乾かしていた黒の騎士団の制服に駆け寄り、中からいつも持ち歩いているナイフを手に取る。

 「黒の騎士団の・・・!君は、黒の騎士団員か?!」

 「死ね、枢木 スザク!!」

 カレンは渾身の力を込めて襲いかかるが、海で体力を奪われていたこともあり、あっという間にスザクに組み伏せられてしまった。

 「日本人じゃ、ないね・・・ブリタニア人かい?」

 「私は日本人だ!!ブリタニア人なんかじゃない!!」

 裸体のまま地面に組み伏せられたカレンが吠えるが、スザクは相手をまじまじと見つめ・・・そして眉をよせて尋ねた。

 「まさか、君は・・・カレン・シュタットフェルトかい?」

 「そんな名前で呼ぶな!私は紅月 カレン!そしてゼロの親衛隊隊長だ!!」

 誇らしげにそう名乗ったカレンに今度はスザクのほうが驚愕したが、やがて苦渋に満ちた顔で言った。

 「そうか・・・カレン、君を拘束する。容疑はブリタニアへの反逆罪だ」

 スザクはそう宣告してカレンの腕を後ろ手に回そうとした刹那、背後から笑い声とともに銃声が轟き渡った。

 「くすくす、それは困るわねえ枢木 スザク。カレンさんを放しなさいな」

 「あ・・・アルカディア様!」

 スザクの背後から現れたのは青いステージ衣装をまとったアルカディアと、銃をスザクに向けているクライスだった。
 先ほどの射撃は威嚇だったのか、近くの岩に当って弾が地面に兆弾している。

 「君達も・・・黒の騎士団か」

 「いいえ、正式な団員じゃないわ。世界中にいくつもあるブリタニアレジスタンスのグループの一員よ。
 今は黒の騎士団に協力して、代わりにゼロの知略を借りているの」

 そういえば目の前の二人は黒の騎士団の制服ではなく、青を基調とした服を着ている。

 「・・・君達も、拘束させて貰う」

 「それも困るわねえ枢木。でも、そうね・・・あんたと私達じゃ、正直勝てそうにないわ」

 あっさり自分達の方が弱いと認めた相手にスザクは眉をひそめたが、カレンを後ろ手にして拘束し、二人に向き直る。
 だがアルカディアは余裕の笑みを浮かべて、ポケットからあるものを取り出してスザクに見せびらかした。

 「ねえ枢木、これ、なーんだ?」

 「・・・それは、ユフィの?!」

 目を見開いてスザクが凝視したものは、ユーフェミアが身につけていたチョーカーだった。

 高級なシルク生地があちこちちぎれていたが、頑丈な革のそれと中央についているピンク色の花は、いつも彼女が身につけていたものに違いなかった。

 「君達・・・まさか、ユフィを?!」

 「あら、主君をずいぶんと親しく呼ぶのね。ま、それは私達も同じだけど・・・仲がいい事はこっちにとっても好都合ね」

 アルカディアはクスクスとバカにしたように笑うと、今度はデジカメを取り出してとりあえずの手当てをして寝かせていたユーフェミアの画像をスザクに見せてやる。

 「ほら、大事なお姫様は私達が回収して看病してあげたわよ。今頃目を覚ましているんじゃないかしらね」

 「っ・・・!彼女は、今どこに?」

 「大事な人質よ、言うわけがないでしょう。とりあえず、カレンさんをこっちに渡しなさいな」

 「・・・ユーフェミア様と交換だ」

 スザクがカレンを強く引きよせながら要求するも、こういう交渉術はアルカディアの方がはるかに長けている。
 彼女はわざとらしく首を横に振ると、通信機を取り出した。

 「あら、別にいいのよそれでも。私達はそのままユーフェミア皇女を人質にして、包囲網を突破するだけだから」

 「仲間を見捨てるんだね。それが黒の騎士団のやり口か!」

 「ブリタニアも貴方を巻き込んで相手を殺そうとしていたじゃないの。
 ブリタニアはよくて私達は批難するなんて、さすがブリタニアの軍人、ご立派ねえ」

 ぱちぱち、と拍手をして褒めたたえるアルカディアに、スザクがぎり、と唇を噛む。

 「いいのよ、ブリタニアの軍人だものねえ。ブリタニアは何をしてもいいって考えなのはとっくに知ってるから、気にしていないわよ」

 「違う!!」

 「どう違うの?説明してくれない?」

 アルカディアが溜息をついて尋ねると、スザクはどう答えようと思案を巡らす。

 その一瞬の隙をついてクライスが銃をスザクの足元に発砲し、彼が驚いた隙にカレンは身をよじってスザクの手から逃れると一目散にアルカディアの方へ走りだす。

 「待て、カレン!!」

 「待つわけないでしょ、バーカ!」

 カレンがアルカディアに抱きとめられると、アルカディアが低い声で通信機に向かって言った。

 「カレンさん保護に成功!同時に枢木 スザクと交戦中。
 レジーナ、私達に何かあった場合、即座にユーフェミア皇女に傷つけてしまいなさい!」

 「な・・・!卑怯だぞ!」

 「あー、私何が何でも生きないといけない理由があるから。
 別にいいじゃない生きていれば・・・ちょっとぐらい傷つこうが、生きてるんだから」

 アルカディアはいっそ清々しい笑みを浮かべると、スザクに向かって外道な選択肢を突きつけた。

 「さて、選びなさい枢木。一つはそのまま私達を拘束し、引き換えにユーフェミア皇女に一生消えない傷をつけて人質交換に臨むか。
 二つ目はあんたが拘束されて後日無傷の主君ともども解放されるか・・・どうする?」

 「信用出来るか!」

 まことにもっともな返答に、アルカディアが教えてやる。

 「ユーフェミア皇女を殺すわけにはいかないのよねー。殺しちゃうとコーネリアが退場状態の今、他から有能な総督が来るから」

 「・・・・」

 「無能なお人形がトップの方が、こちらも何かとやりやすいの。
 覚えておくといいわ、弱いことが時として身を守るってこと・・・残念な意味で」

 「ユフィは無能なんかじゃない!!」

 スザクが目を吊り上げて否定するが、アルカディアははいはい、と手をヒラヒラさせてそれを無視する。

 「ま、そういうわけなんで生かしたまま適当に痛めつける手段を取ることになるの。
 そうなっちゃうと主君を守れなかった馬鹿な騎士を、ブリタニアが許すかしらね?
 せっかく掴んだ騎士の座、お互いにバカバカしい理由で失いたくないでしょう?」

 そうなったら白兜を操縦するパイロットがいなくなるので、こっちとしてもメリットはある。

 「くっ・・・好きにしろ!この外道が」

 「ブリタニアに言われても痛くもかゆくもないわね・・・クラ、拘束して」

 アルカディアの指示にクライスが銃を突き付けたまま、スザクの元に歩み寄る。

 「いっそ、殺っちまわないのかよ?」

 「ゼロの指示待ちかしら。戦闘時にこいつを見捨てる発言してたから、もしかしたらそろそろOKが出るかもね」

 クライスはスザクをナイトメア用牽引ロープで作った縄で後ろ手に拘束して座らせている間、アルカディアは持って来ていたケープを視線を逸らしながら彼女の身体にかけてやる。

 「目のやり場に困るから、とりあえずこれ羽織って。制服はまだ乾いてないんでしょ?」

 「ありがとうございます、アルカディア様」

 「いいのよ、気にしないで。そうそうカレンさん、ゼロも既に救助済みだから安心していいわよ」

 「本当ですか?!よかった・・・!」

 気がかりだったゼロの安否を知らされて、カレンは安堵のあまり涙をこぼす。

 「・・・ユフィはゼロの元にいるんだな」

 「そうだけど、あんたはともかくあの皇女様は生かした方が何かと便利だからちゃんと手当したわよ?
 いくらあの皇女がコーネリアの妹だからって、それだけで殺すほど私達も理性失ってないつもり」

 冷たい口調でそう言い放つアルカディアは、水筒からスポーツ飲料を出してカレンに手渡す。

 「はい、とりあえずこれ飲んで」

 「ありがとうございます。頂きますね」

 カレンは先ほどのやりとりで喉が渇いていたのでそれを受け取り、一気に飲み干す。
 冷えてほの甘いスポーツ飲料が、体の疲れを流していく。

 「いろいろとお世話をおかけしたようで、申し訳ありません」

 「仲間だからいいのよ、こっちもいろいろとお世話になってるしね。
 ちょっと休んで体力を回復してから、ゼロと合流しましょう」

 「いえ、私はゼロの親衛隊長ですから!すぐにでも」

 「だって、貴女の制服まだ乾いてないんでしょ?そのケープだけで彼の前に出るつもり?」

 思わず立ち上がりかけたカレンはその指摘に顔を真っ赤にして、再び地面に座り込む。
 背後ではスザクとクライスが、半裸のカレンから目を逸らしているのが視界の端に見えた。

 「・・・この暑さじゃすぐに乾くから、待ちなさい」

 「はい・・・そうします」

 カレンはゼロが救護済みと聞いて焦る必要はないと知り、大人しく制服を乾かしてから合流することにした。

 カレンが喉を潤している間、アルカディアはギアスでエトランジュと会話する。

 《カレンさんを保護することに成功したわ。制服が濡れてたから、乾かしてからそっちに合流するわね》

 《了解しました。あ、ユーフェミア皇女が目を覚ましたので、ちょっと言いたいことがあったのでいろいろと》

 《どうせ身にならないと思うわよ?
 ああいう中途半端に高い教育と権力を持った連中って、ピントのずれた考えしかしないから》

 ユーフェミアは自分が何とかしなくてはという考えはあっても“下の人間の立場に立って考える”という発想がないので、自分ではそのつもりでも視界に入るのは視野が広くても高い塔から見える景色だけだ。

 《ま、それでも言わないよりかはマシでしょう。で、スザクの捕縛に成功したんだけど・・・殺していい?》

 《あの、今はゼロ、ユーフェミア皇女とお話しているんです。これが最後の異母兄妹の語らいになるからと。
 この島から脱出出来たら、ナナリー様ともどもこちらに来るそうです》

 《最後の・・・そう、ゼロも覚悟決めたのね。そういうことなら、終わったら連絡ちょうだい》

 妹と共に、アッシュフォードの箱庭から出る。
 それはすなわち、本格的なブリタニアとの戦いに身を投じるということである。

 ユーフェミア皇女とルルーシュとはそれなりに仲が良かったと本人から聞いていたから、彼女にはそれなりの思い入れがあるのだろう。
 これから先コーネリアもなく自分と戦うことになる妹に、最後の言葉を。

 (家族、ね・・・ま、家族と殺し合わなきゃいけない彼にも、同情するし)

 家族と仲良く暮らしてきた自分達とは、何という差だろう。
 事情が違うだけで仲が良かった異母妹と殺し合わなければならない運命。

 それでも彼はその道を行くと決めたし、それによる利益を享受するのは自分達だ。
 なら、その程度のわがままくらいは聞いてやりたい。
  
 (こいつにも愛想が尽きたらしいしね・・・大事なものが次々にその手から零れ落ちていくゼロも、気の毒だわ)

 現在起こっている事態すら正確に把握していない目の前の男を見つめて、アルカディアは小さく溜息をつく。

 「まったく、これだからブリタニアは・・・」

 「ですよね!迷惑ばっかりかけるんだから!」

 カレンがアルカディアの呆れた様子に同調すると、スザクが怒鳴る。

 「それは君達がテロなんかするからだろ!」

 「そーね。私はブリタニア嫌いだから、滅んでしまえと思ってるからね。で?」

 「で?・・・って」

 今更何言ってんの、と表情で語るアルカディアに、スザクは言葉を詰まらせる。
 
 「向こうは他国が嫌いで侵略しているので、私達はそんなブリタニアが嫌いです。だから戦争しています。以上・・・何か言うことあるの?」

 「それは間違っている!ルールに従わなければ、いい結果は得られない!!」

 「国際法にははっきりきっぱり、侵略に対する抵抗権が認められてるわ。
 私の国だってそれとは別だけど同じことが明記されてる・・・民衆に害を及ぼす者の排除を認めるってね」

 ルール的には問題ないと言うアルカディアに、スザクは違うと首を横に振る。
 
 「ええ、ブリタニアの法律からすれば間違ってるわね、知ってるけど・・・でも私達、ブリタニア人じゃないから」

 「そう言う意味じゃない!!中から変えていくことこそが大事だと言っているんだ!」

 「私達が?ナンバーズの私達が、ルールにのっとって中から変えるべきだと?」

 アルカディアが正気を疑うような眼差しで問いかけると、スザクは至極真面目にそうだ、と頷いた。

 「・・・あんたってさあ、子供の頃新しい遊びを覚える時ルールの説明も聞かずに『説明なんかより、まずはやってみよーぜ!』って言うタイプだったでしょ」

 いきなりな台詞だが、過去の己を言い当てられてスザクはどうして解ったのかと驚いた。

 「現在を見りゃ、そいつの過去はある程度解るわよ・・・あんたほど解りやすいのも珍しいけどね」

 「っつ・・・それが、どうしたっていうんだ?」

 「どうしたもこうしたも、ルールルールって言う割に根本的なルールを把握してない状態でそれを変えようって・・・おかしいと思わないの?」

 あんたバカだろと横にいたクライスが呟き、カレンも同じ表情である。

 「根本的なルール?」

 「ブリタニアの国是は純粋なブリタニア人とナンバーズを区別してて、公職につけるのも物凄い限られてるの。そこまでは解る?」

 まったく解っていないスザクに、大仰に溜息をつきながらもアルカディアは説明してやる。

 「それでね、ブリタニアの法律にはっきり書いてあるのよ。“ナンバーズは国是に対して刃向かってはならない。また、ブリタニア法律の変更を求めることをしてはならない”ってね」

 「つまり、ルール上俺達ナンバーズは“ルールを変更してはならない”ってわけだ」

 だから力ずくでブリタニアを潰そうとしているのだというアルカディアとクライスに、スザクは目を見開いた。

 「・・・ナンバーズに許されないなら、それを否定するブリタニア人に協力して貰えば!」

 ユフィのように皇族にだって国是を否定しナンバーズを救う意志のあるブリタニア人がいると叫ぶスザクに、カレンが言い返す。

 「ゲットーを封鎖したあのお姫様ね!おかげで今日本人は散々な目に遭ってるわよ!」

 「な、なんだって・・・?」

 「あのさあ、あのゲットーの状態で仕事があると思う?」

 説明するのもめんどくさいと顔に書きながらも、水筒からスポーツ飲料を飲みながらアルカディアが問うと、スザクは首を横に振る。
 
 「租界で日雇いで何とか食べていける日本人がほとんどなのにその仕事も奪われるし、食糧は制限されてさあ・・・その食糧だってタダで配られるものじゃないから、それすら買えない人でゲットーはいっぱいになりましたー」

 さらりと告げられた内容に、スザクは真っ青になった。
 だがそれはもとはといえばコーネリアを襲ったテロリストが悪いのだと言い募ろうとするも、アルカディアは空になった水筒をスザクに投げて口を閉じさせる。

 「いいのよ、言わなくて。『コーネリア総督を襲ったテロリストに通じているスパイを探すためだから、悪いのはテロリストだ』でしょ?」
 
 「そのとおりだ・・・」

 「うん、そうね。ブリタニア人は弱肉強食が国是、だからたとえとばっちりを食ってもそれに耐えきれない方が悪いんだものね。
 貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
 『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』
 ・・・そう言われても、ナンバーズだから仕方ないのよ」

 だから何の対策もしていないのでしょう、と笑うアルカディアに、スザクは知らなかっただけだと否定する。

 「政務を司る者が、知らなかった・・・ね。あの無能なお姫様らしいわ」

 「ユフィは無能じゃ!」

 「ええそうね。ブリタニア人からしたらナンバーズは治める民じゃないもの。
 目に入れるべき存在じゃないわけだから、ブリタニア人の利益を守るために日本人を見殺しにしただけでしょうから、無能じゃないわねえ」

 弱肉強食を掲げ、ナンバーズを差別するのが当然のブリタニア人でありその頂点に立つ皇族だからルール上間違っていないというアルカディアに、スザクは何故そうもユーフェミアを悪意の対象に取るのか解らなかった。

 ユーフェミアは優しく温厚な性格であり、いつも日本人の生活を憂えている皇族だというのに、どうしてそれを解ろうとしないのか。

 「ユフィは、僕達の生活を変えようとしてくれて僕を騎士に取り立ててくれたんだ!
 その彼女を悪く言うのは許さない!!」

 「悪化してるって今ついさっき言ったでしょうが!!何聞いてたのよあんた!!」

 カレンが怒鳴るとアルカディアはだけは冷静に言った。

 「だから、自分に従わないナンバーズはどうでもいいってことでしょう?
 私にはそうとしか見えない」

 そう言う意味じゃない、と唸るように言うスザクに、アルカディアははっきりと告げてやった。

 「あんたはブリタニア人だもの、だからあんたの言ってることは間違ってないの。
 ブリタニア人の主張としては全くルールに沿った意見だから、あんたは間違ってないわよ?」

 「ブリタニア人としては、間違って・・・ない?」

 スザクは間違ってないと言われて安堵の息を吐きかけ・・・そして真の意味に気付いてハッと顔を上げた。

 「ブリタニア人として・・・じゃあ、他以外からは」

 「間違ってるとしか言いようがないわね。
 他国侵略して他国人を殺して支配してるんだから、正しいと思う訳ないでしょう」

 「・・・・」

 「それを肯定してるから、ルールに従うべきだって言ってるんでしょ?普通間違ってると思うルールに従う人なんていないからね」

 「違う・・・肯定してなんかいない・・・!」

 「ついさっき説明したでしょう?ナンバーズは国是を変えてはいけないの。
 ルールに従ったらそもそもルールの改変が出来ないんだから、肯定するしかないじゃないの」

 同じこと何度も言わせるな、とアルカディアは呆れを通り越して無感動に言う。

 「ユフィなら・・・やってくれる!そう約束してくれたんだ!」

 「そこまで言うなら、こっちもはっきり教えておくわね。
 あんたの言うその方法は確かに一番いい方法なの。“国是を否定する皇族が皇帝になって、植民地を解放して戦争をやめる”っていうのはね」

 あっさりスザクの主張に利があることを認めたアルカディアに、カレンの方が驚いた。

 「え・・・でも、貴女達はそんなこと一言も」

 「実現性が低すぎたんで、言わなかっただけよ。ただ、実現すれば一番いい方法なのは確かなだけ」

 そう前置きしてアルカディアが説明する。

 まず、国是を否定し植民地を解放することにより、ナンバーズがいなくなる。
 当然それまで疲弊してきた祖国を立て直すことに追われるが、同時に戦争をする理由も余裕もなくなるため、一時的にせよ戦争は収まるだろう。
 あとはゼロなりエトランジュなりがその間に『ブリタニアは反省したのだから追い詰めるようなことはやめて、賠償金を出させてそれを復興資金にしよう』などと訴えていければ、とりあえず一息つける。
 ただし、ブリタニア以外という副詞がつくが。

 「別に殺し合いをしなくても日本も私達の国も戻って来るから、植民地にされた私達にとっては一番いい方法なの。
 でも、ブリタニアは思い切り嵐に見舞われるわね。自分達に非があると認めることになるから賠償金を支払わないといけなくなるし、復興資金や技術の援助も行わないとだめね」

 「・・・・」

 「18カ国ある国々に対する賠償となったら、相当な額よ。それこそ皇族、貴族からも大量の税金を取らないと追いつかないでしょうね。
 これまで特権に浴していた皇族貴族、反発して反乱でも起こすでしょうし。
 そして国力が低下したら、当然それまでやられていた恨みとばかりに攻めてくる国が現れないとも限らないし」

 そんな明らかに損が多いと解りきっていることをする人間が、はたしてどれほどいることか。
 ゆえにむしろブリタニアを滅ぼして、0から始める方が効率がいいと考えたのがゼロである。
 互いに最初から始めましょうという状態なら、賠償金だのそれが分配される順番だのという理由で植民地同士が揉めることもあるまい。

 「それでもやってくれると言ってくれるならいいけど、ユーフェミア皇女じゃ無理ね。彼女にはその能力がない」

 「ユフィは確かに力不足だけど、ナンバーズを思いやってくれる優しい人なんだ!
 苦労が多くても、彼女は・・・彼女はそれでも頑張るって・・・!」

 ユーフェミアを馬鹿にされたと激昂するスザクに、アルカディアは持参していた飴玉をカレンに手渡しながら淡々と言った。

 「あんたにとって優しい人なのは解った。私は“能力がない”と言ったんだけど、解らなかった?」

 「“能力がない?”どういう意味だ」

 「全くその通りの意味よ。ゲットーの様子も知らない、日本人を憐れみながら何の対策も取らない、姉に逆らうこともしない・・・そんな彼女が、どうやってまず皇帝になるの?」

 彼女が皇帝になる様子がまったく想像出来ないというアルカディアに、スザクは押し黙る。

 「国是を否定するために皇帝になるなんて言ったら、ナンバーズの支持は得られてもブリタニア人の反発を買うわね。
 そして国のトップに立つにはどこの国でもそうだけど・・・“その国に住む民の支持”が必要不可欠なのよ」

 つまり、ユーフェミアが皇帝になるのに必要なのはナンバーズではなくブリタニア人の支持だ。
 
 「ね、ユーフェミア皇女じゃ無理でしょう。
 それでもナンバーズの生活をある程度よくしておいて、その裏でブリタニア人の支持を集めたりしてその上で皇帝になり、植民地解放をしていくというのが一番だけど・・・今さら無理無理」

 ゲットー封鎖でもう信用ないからあのお姫様、とあっさり宣告したアルカディアは、スザクに冷たい声音で尋ねた。

 「あんたのやりたいことは解った。
 あんたはルールを変えるためにルールを変える権限を持ったブリタニア人のために働いて、日本を解放したかったのね?」

 「・・・そうだ」

 「だったら、どうしてユーフェミア皇女の騎士になったの?
 彼女、どう考えても皇帝になれそうもない皇族じゃないの」

 国是は皇帝しか変えてはならない。それがブリタニアのルールである。
 まさかその程度のことすら知らなかったと言うつもりかと視線で問うアルカディアに、スザクはようやく気付いた。

 そう、国是は皇帝しか変えてはならない。つまり、彼がルールにのっとってブリタニアを変えようとする場合、自分が仕えている主を皇帝に据えるしか道はないのだ。

 「あんたが所属してる特派・・・もともとシュナイゼルの組織なんですってね?
 帝国宰相のシュナイゼルの騎士になるというのならまだ解るけど、いくら主義者の思想を持っているからってお飾りと評判の皇女の騎士になってどうする気よ」

 「・・・・」

 「せっかくシュナイゼルという有望な皇族の組織にいるんだから、それこそ努力して彼と渡りをつけるようにすればいいのに・・・.
 どうせあんたのことだから、白兜でテロを潰してあっちからのアプローチを待つだけで、自分からシュナイゼルにアピールするなんてしなかったんでしょ」

 事実を言い当てられて、スザクは口ごもる。

 「それでたまたまユーフェミア皇女が現われて、あんたの思想に共感してくれて、騎士になってと言われたから承諾したわけだ?」

 「・・・そうだ」

 「行き当たりばったりにもほどがあるわね。
 だからあんたのルールに従って中を変えるって思想に誰も賛同しなかったのよ・・・何その運頼みの策」

 ばっさりそう言い捨てられて、スザクは自分の考えのなさにある程度気づいた。
 言われてみれば自分の栄達はユーフェミアあってのものであり、その彼女が来た理由は前総督であるクロヴィスがゼロによって殺されたからだ。
 逆に言えばゼロがいなければ彼女と出会うことはなく、自分はただのブリタニアの一兵卒のままだっただろう。

 「で、でも、それでもユーフェミア皇女はブリタニアを変えてくれると!力不足かもしれないけど、それがルールなんだ!
 僕の考えが足りなかったことは認めるよ・・・けど、その強運を無駄にするわけにはいかないんだ!!」

 「どうぞ、お好きにやってちょうだい。別に止めないわよその件に関してはいっこうに」

 止める理由はまったくない。
 成功すれば犠牲者が出ることなく植民地の解放が成り、失敗したらしたで目の前の男が主とともにあの世に旅立つだけの話である。

 ただこの主従は角度のずれた考えと行為により迷惑を振り撒いているから、うんざりしているのだ。

 「でも、協力する気もないわ・・・さっきも言ったけど、実現性が限りなく低すぎるのよ。
 専制君主国家を変える場合、方法は大きく分けて二つ・・・トップを変えるか、国そのものを別形態に変えるかなの」

 繰り返すが、前者の場合それに伴うデメリットがブリタニアからすれば大き過ぎる。
 ユーフェミアにその志があっても、それを制御し得る力がなければ結局場を混乱させるだけで、よけい始末に負えなくなるのだ。

 「だが、それがルールだ!ルールを守らなければ、いい結果は出ない!」

 「はぁ?・・・あんたいくつになったの・・・」

 小学生の理論を語りだしたスザクに、三人からこいつもう駄目だという視線が突き刺さる。

 「大人の世界は結果あってなんぼよ?よく言うでしょ、一人殺せば殺人犯、一万人を殺せば英雄って」

 「極論ばかり持ち出して・・・!」

 「でも、それが事実よ。あんたみたいな脳みそ容量が小さいやつには、極論しか解らないでしょう。だいたい極論を先に言ってるのはあんたのほうだし。
 そもそも、ブリタニアだってそのルールよ?結果良ければすべてよしってのは」

 アルカディアはそう言うと、スザクを指さす。

 「よく思い出してごらんなさい。あんた、学校に行ってるんですってね?お友達はいい人かしら」

 「ああ・・・名誉ブリタニア人の僕でも、生徒会に入れてくれた・・・一番の親友も、ブリタニア人だ。
 カレンだってそうだと思ってたけど・・・黒の騎士団員とはみじんも思わなかったよ」

 ルルーシュの笑顔を思い出して笑うスザクに、カレンはスザクを睨みつけながらも確かに生徒会のメンバーはいい人達だと言い添える。

 「会長は悪ふざけが激しいけど、日本人にも偏見がないしリヴァルやシャーリーだって。
 ・・・ルルーシュは社会は変えられないとか斜なことばっかり言うヤなやつだけど。でも、それがどうしたしたんですか?」

 「ではその人達、日本人の境遇に同情はしても変えようとする人達かしら?」

 「・・・いいえ、残念ながら」

 カレンが少々辛そうな表情で否定する。
 ミレイは没落したとはいえそれでも元は名門貴族の家系だし、リヴァルもそこそこの家の出身者だ。
 シャーリーはごく普通のブリタニア人で、国是を否定するといった思想家でもない。
 二ーナに至っては日本人に乱暴されかけたトラウマから、むしろ国是よりに近い考えを持っている。

 「でしょうね。そしてほとんどのブリタニア人はそうなのよ。
 ナンバーズを気の毒に思いつつも、適当な施しをしてそれで終わりって言うね・・・それが悪いとは思わない。人として当たり前だとすら思ってる」

 奇しくもエトランジュがユーフェミアに言ったとおり、人にはそれぞれ自分の一番が存在する。
 自分の家族を破滅に追いやりかねない行為より、自分達の豊かな生活を支えているナンバーズを憐れみ、ささやかな施しをして心の安定を図る方を選んだからと言って責めるつもりはないのだ。

 「そしてもう一つ・・・シャルル皇帝の支持率は、他国侵略して大量殺人をしているにも関わらず、ブリタニア国内では決して悪くないわ。どうしてだと思う?」

 「・・・それは彼が、ブリタニアの皇帝だからだ」

 スザクの答えは、カレンも同じだったらしい。しかし違ったらしく、アルカディアは指で×を作った。

 「シャルル皇帝はね、ブリタニア国民に限っては、実にいい政治を行っているからよ。
 皇族、貴族に特権を与えてはいるけどそれ以下の国民を豊かに生活させ、数多くの領土を作って繁栄させているもの。
 ただし、経過は言いがかりをつけて他国を侵略し、他国の民を奴隷にしてだけど」

 それでも結果は結果だ。
 弱者を切り捨て、強者のみを栄えさせるというのは、善悪理非を無視すれば確かにもっとも効率がいい方法なのである。
 弱者となる側からしたら最悪の悪政でも、強者からはまことに最高の善政なのだ。
 そして平民は皇族・貴族からしたら弱者でも、ナンバーズに対しては強者になることが出来る。

 さながら鶏がストレス発散のために下の地位の鶏を苛め、その鶏がさらに下の鶏をいじめるように。
 まさしくブリタニアが言行一致で実現した、弱肉強食の世界。

 己がいつ弱者になるかという不安が常に付きまとうし、いつ誰に切り捨てられるか戦々恐々としなくてはならない。
 そんな社会を厭い否定するのが、主義者達だ。

 「一度楽を覚えたら、もうそこから抜け出すのは難しいわ。
 あんただって、今さら電気なしの生活に耐えられる?車や電車なしで、遠距離を移動する気になるかしら」

 ナンバーズに苦労を押し付け甘い蜜を吸うことに慣れたブリタニア人達・・・それは日を追うごとに増えていく。
 事実スザクも、ただ生まれだけでナンバーズに暴行を加えるブリタニア人を見たことがある。

 「そいつらにとっては、ナンバーズは生きた道具にすぎないの。私達はもの言う車や電車や電気・・・だから人格を無視した法律が存在する」

 「・・・・」

 「解った?世の中は結果なの。たとえ何があろうと、最終的に結果を出した者こそが支持される。
 たとえばユーフェミア皇女が皇帝になるために父シャルルを殺し、兄弟を殺し、その末に私達ナンバーズを解放したとしても、私達は彼女を支持して快哉を叫ぶわ」

 ブリタニア皇族が不幸になろうが、自分達には関係ないのだ。
 もっとも理想的なアルカディアのもしもの未来図を、スザクは否定した。

 「ユフィはそんなことはしない!!」

 「・・・ちょっと待て。お前、マジで何がしたいの?」

 ずっと空気と化していたクライスが、アルカディアがもうやだこいつと表情で語っているため、代わりに口を出す。

 「あんた、ユーフェミア皇女をトップに据えたいんだろ?なのに皇帝や兄弟殺さないって、何だそれ」

 「親兄弟を殺すなんて、許されることじゃない!」

 確かにもっともな意見なのだが、ブリタニアのルールに限っては例外である。
 なぜならブリタニアの国是は弱肉強食・・・奪い合い競い合うのが鉄則なのだから。

 「はっきりあのブリタニアンロールが巻き舌で『皇位を望む者は奪い合って競い合え』って言ってるけど?」

 それとも俺の空耳か、と尋ねるクライスに、スザクは今度こそ顔色をなくした。
 
 「あ・・・あ・・・俺は、ユフィに・・・」

 「あーうん、皇帝になってくれって言うことイコール親兄弟を殺せってことになるわなあ」

 クライスの宣告に、スザクは首を何度も横に振る。

 「皇族全員を説得するってんなら別だけど・・・無理だろそれ」

 説得が可能なら、そもそも今現在ここまでの泥沼になっていない。
 
 「う、うあ・・・うああああ!!!!!」

 頭を抱え込もうとするが、拘束されているため叶わないスザクは砂浜を転がって絶叫する。

 「俺、俺はユフィに・・・俺と同じことを!!!うわあああ!!!」

 「はぁ?」

 三人は顔を見合わせるが、スザクは耳に入らずただ叫ぶ。

 あの戦争時に徹底抗戦を唱え、そして親友を殺そうとした父を止めるために、自分は父の血で両手を染めた。
 その結果日本は敗北し、日本は名を、誇りを、そして番号を与えられた。

 あれは自分がルールを破ったからだ。もっと父を理性的に止めていれば、あんなことにはならなかった。

 「ユフィ!ごめん・・・そんなつもりじゃ!!」

 「・・・じゃあどうする気だよお前!マジで考えなしの野郎だなおい!」

 とうとうキレたクライスがスザクの胸倉をつかむと、頬を殴って砂浜に飛ばした。

 「てめえの事情なんぞどうでもいいんだよこっちは!
 だいたいルールって、何で俺達がてめえの決めたルール守んなきゃいけねえんだ言ってみろ!」

 「うう・・・!それは・・・」

 「日本のためを考えるのは解るよ!てめえは元日本人だからな。
 けどブリタニアの占領地は日本だけじゃねえんだ!俺らの国だって、他の国だってブリタニアのせいでどんな目に遭わされてるのか考えたことあんのかよ?!」

 「日本以外の、占領地・・・」

 日本のことだけで精いっぱいで、他の国も苦しんでいるなど深く考えたこともなくて。
 ああ、でもブリタニアの占領地は18だ。日本は11番目の占領地なだけだった。
 数をつけられて支配された祖国は、その一つにすぎないのだ・・・。
 
 「そんな考える余裕・・・なかった・・・」

 「そらそうだ、そんなバカじゃ無理ねえわな!
 こっちだっていっぱいいっぱいで、てめえのお姫様が優しい夢を見る善人で、理想で動いて結局悪い結果を産んでるのを微笑ましく見守ってる余裕なんざねえんだよ。
 いいか、俺達がやってんのは戦争だ!正々堂々のスポーツマンシップなんぞドブに捨てる軍人なんだよ俺達は!」

 そう言ってクライスはスザクのパイロットスーツにつけられていた軍人の証であるエンブレムを引きちぎり、潰す勢いで握りしめる。

 「戦争時の軍人が真っ先にやるのは殺人だ!普通なら間違ってる以外の何ものでもねえことをやるのが俺達なんだよ!
 それなのに間違ってることはするなだあ?・・・ふざけんじゃねえぞてめえ!」

 「・・・殺人・・・殺人が、仕事・・・」

 「その通りだよ!てめえだって黒の騎士団員何人殺してきたよ?
 ああ、確かにブリタニアのルールじゃ間違ってねえよ。倫理観は思いっきり無視してるけどな!」

 スザクはランスロットを駆り、ブリタニアに刃向う黒の騎士団のナイトメアを幾度となく破壊してきた。
 その中で脱出装置で逃げた者もいるが、それをする間もなく絶命した者も多くいた。

 それに対して苦渋の表情をしながらも、それがルールだからと言い聞かせてブリタニアの上官からの賛辞を受けて間違っていないのだと思い込んだ。

 「・・・それは戦場だから仕方ない!戦場の外で殺すのはルール違反だ。
 皇宮で陰謀をめぐらすなんて・・・!がはっ!!」

 自己弁護の言い訳を叫ぶスザクに、とうとう静かにブチ切れたアルカディアが歩み寄った。そして片足を上げて、彼の頭を踏みつける。

 「ふーん、戦場の外で殺人は何があってもいけないと?」

 「そうだ・・・そんなことをしたって、絶対にいい結果は得られない」

 「絶対ね?言いきったわね。じゃあ、こんな話をしてあげようか。
 一年ちょっと前くらいかなあ・・・うちのリーダーがある日、ブリタニアから侵攻されてたEUの国に、陣中見舞いに行ったことがあってね」

 アルカディアはそう話しだすと、スザクの頭をぎりぎりと踏む。


 ブリタニアと交戦中のルーマニアへのEU評議会の使者として、マグヌスファミリア亡命政府の長であるエトランジュが選ばれた。
 理由はブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙ったものだった。

 そんな思惑を背後に負ってやって来たエトランジュは、覚えたてのルーマニア語で拙くも一生懸命にねぎらいと感謝の言葉をかけ、初めこそ子供の相手かとうんざりしていた者もそれなりに感じるものがあったのか、邪険にされることなく一週間ほど滞在していた。

 エトランジュの役目はただ見舞うだけではなく、軍が保護した戦災孤児となった十数名の子供達を連れて戻ることだった。
 まさに子供のお守りに子供を使ったわけだが、エトランジュは自分にも出来る仕事に張り切り、生来の温厚な性格もあってすぐに子供達と打ち解けた。

 軍の隅にあった倉庫を改造して設けられた子供達の部屋で、エトランジュは一週間、子供達と過ごした。
 戦争で心の傷を負った子供もいたが、彼女に懐いて楽しそうに笑う子もいた。
 一歩外に出れば戦場だとは思えないほど、そこは小さな箱庭の楽園のように見えた。

 だが、その箱庭はある日突然に終わりを告げる。

 その日は、雨だった。
 倉庫を改造しただけとはいえクーラーが設置され、外に出なくても快適に遊べる。
 だから室内で遊んでいたのだが、クーラーの調子が悪くなったのでアルカディアは修理の道具を借りにクライスを連れて倉庫を出た。

 道具を借りてさあ戻ろうとした刹那、スピーカーから緊急放送が流れた。

 『捕虜となったブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!』

 その放送に嫌な予感がした二人は、すぐに倉庫に戻ると中から悲鳴と泣き声がしてきた。
 脱走したブリタニア兵の怒号も聞こえてきて、ブリタニア兵が中にいた子供達を人質にしているのだとすぐに解った。

 敵襲だの粉砕せよだのというような物騒な言葉は子供達を怯えさせるとの判断からスピーカーは置かれておらず、すぐにアルカディア達が戻ってくると思って倉庫に鍵をかけていなかったことが災いしたのだ。

 ルーマニア軍人が慌てて倉庫を包囲するも、うかつな突入は出来ない。
 何しろ中にはEUの使者であるエトランジュがいるのだ、彼女を死なせるわけにはいかない。

 だが睨み合いが始まって十分ほどが経過した頃、何人かの子供達が泣きながら飛び出してきた。

 『エディ様が・・・エディ様があああ!!』

 もはや一刻の猶予もないと判断したアルカディアとクライスが慌てて中に飛び込みその光景を見つめ・・・そして我が目を疑った。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
 そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。

 何があったか、明白だった。
 恐らく一瞬の隙を突いてエトランジュが男を手にした物で殴りつけ、男が昏倒したことに気づかず何度も何度も無我夢中で殴っているのだ。

 アルカディアは恐る恐る従妹に近づいて手首をつかんでやめさせ、震える声で言った。

 『もういい・・・やめようエディ』

 『アル・・・さま・・・?』

 『もう、死んでる』

 事実を告げたその時、エトランジュは確かにホッとしたような微笑みを浮かべ・・・その数瞬後、大きな叫びが倉庫に響き渡った。
 
 その手から落ちた男の血で赤黒く染まった、男の子用のブリキのロボット人形が床に転がり鈍い音を立てた。


 「・・・思いっきり正当防衛じゃないですか」

 カレンがまさかそんな形でエトランジュが人を殺していたとは想像もしていなかったらしく、唖然としつつもそう言った。

 エトランジュは農耕国家であるマグヌスファミリアの人間である。
 王族といえど野良仕事を手伝うことなどしょっちゅうだし、乗馬もするので実は見た目とは裏腹に同年代の少女と比べるとはるかに腕力がある。
 
 おおかた脱走したブリタニア兵も女子供ばかりと侮って油断し、拘束もしていなかったので思いもよらぬ反撃をくらったというところだろう。

 しかしいくら腕力があっても格闘家でもない彼女があの状況では殺すしかない。
 検死の結果一度殴りつけた後はまだ生きていたようなので、それを見て怯え生存本能が働いたエトランジュは、ずっと相手の頭を殴り続けていたのだ。

 いくら軍人でも、それなりの腕力でブリキの塊の人形で頭部を殴り続けられれば死に至る。

 「戦場の外での殺人です。うちのリーダーが悪いのね?
 あのまま人質になって、みんなを困らせて、子供達が死んでもいいのね?」

 「・・・それは・・・」

 「あんたが今言ったじゃない。絶対に!いい結果は得られないって」

 スザクはどうして極端な話ばかりするのかと首を何度も横に振ると、反論するために自らの過去を話しだす。

 「だって・・・僕は・・・父を殺したんだ。父が、徹底抗戦をすると言うからそれを止めるために・・・」

 「枢木首相って・・・自殺じゃなかったの?!」

 さすがに驚いたアルカディアに、クライスとカレンも顔を見合わせる。

 「あんた、当時十歳でしょう。マジで?」

 「本当だ・・・父が、当時預かっていたブリタニアの皇子を殺すって言うから・・・どうしても止めたかったんだ・・・」

 (ルルーシュ皇子のこと、よね?なるほど、そういうことか)

 親友を守りたくて、でもどうしていいか分からず直談判に行った結果、むげに否定されて逆上した、というところだろう。

 「ふーん、なるほど。それでどうなったの?」

 「周囲がそれを押し隠して、開戦に抗議しての自殺とされて終わったんだ。
 そして日本は負けた・・・僕が父を殺したから」

 そう静かに唇を噛みしめて懺悔するスザクを、アルカディアはスザクの頭を蹴って否定する。

 「あんたが父親を殺したから日本が負けた?そんなわけないでしょ」

 「どうしてそう言いきれる!」

 「理由なんぞ言い尽くせないほどあるわよ。日本って民主主義国家よね?」

 スザクにではなくカレンに向かって問いかけると、カレンは幾度も頷いて肯定する。

 「ってことは、首相がいなくなっても副首相や幹事長、いざともなれば象徴とはいえそれでも形式的な国のトップである皇家もいるわけよね?
 多少の混乱があっても、『やばい、仕事進められない』なんてことにならない。
 まあ俺が次の首相だ!って揉めたのならともかく、戦争の瀬戸際時にそんな呑気なことするバカはまずいないでしょうね。
 だいたい普通どこの国でも、トップが入院なんかしてもすぐに代行人が立てられるようになってるわよ?」

 「・・・そ、それは・・・」

 「ブリタニアが戦争する気満々だったのは全世界が知ってたことだったから、首相が自害して反対したのが事実であっても、開戦はもう確定的だった。
 そして戦争するのは首相じゃなくて軍人!藤堂中佐とか片瀬少将なの。
 つまり戦争が起こったのはブリタニアのせいで、負けたのはあくまで軍の技量が日本の方が劣っていたってだけで、別に首相のせいじゃないわよ」

 戦争作戦の責任はあくまで軍人であり、戦争状態にしてしまった政治的責任が首相にあるというだけである。

 「むしろあのお陰でこうしてブリタニアと戦える余裕を持てたとすら考えてたわよ、ゼロ」

 「・・・どういう意味だ?」

 スザクが目を見開いて尋ねると、アルカディアは説明してやった。

 あの時、確かに枢木 ゲンブが自害したことによる混乱はあったがキョウト六家がまとめることで、割とすぐに納まっていた。
 そして売国奴の汚名をかぶった桐原が早期に降伏しある程度の資産を六家に留めることに成功し、また使える軍人達を在野に放った。そのため、日本ではテロが絶えなかった。
 徹底抗戦を主張する首相がいたら、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。

 「つまり、頻繁に日本解放のために動けるほどの戦力を残せたってことね。それを狙っての自害かとゼロは考えてたみたいだけど・・・。
 そう言った意味では、あんたの枢木首相暗殺は見事に正しかったことになる」

 「・・・そんな、俺が父さんを殺したのは、正しかった・・・?」

 「子供が父親を殺すのは、確かに間違っているけどね。
 でも、その間違いで早期に戦争が終結したと思えば、助かる命も多かったと考えることが可能ね」

 どっちみち敗北が確定的だった戦争である。
 それなら早いうちに戦争を終わらせ戦力を保持しておいて、日本を解放する方がいいと当時のキョウト六家は考えたのだろうとアルカディアは思う。

 それも少々楽観的な策だが、結果として各地の植民地のレジスタンスを団結させ、反ブリタニア同盟を構築しようとするエトランジュ達が現れたのだから、結果論としては正しかったことになるのだ。

 今まで自分のしたことが悪だと己を責め続けていたスザクは、思いもよらぬ形で正しいと言われて呆然となった。
 もちろん完全に正しいと認められたわけではないが、見方を変えればそうなるとは考えてもみなかったのだ。

 「俺は・・・俺は・・・なんで・・・」

 「考えなしで動くからだ」

 はっきりと原因を告げたクライスに、スザクはうつろな瞳でアルカディアを見上げた。
 そしてそのアルカディアは、赤い髪を風に揺らしながら溜息を吐く。

 「あんたは当時は子供だったから、仕方ないわ。幼さゆえの行為をあげつらうわけにはいかないし」

 だが、経過は既に過ぎ去り、結果が残る。
 たとえ子供のしたことでも、それによって起こった出来事は消えない。
 さらに、もう自分達は子供ではない。それをこの男にはどうしても教えておく必要がある。

 「それに、日本じゃ二十歳が成人だと聞いているけど私達は子供じゃないの。
 既にお互いに確たる地位を持ち、世間や目下の者について責任を持たなければならないの。
 私達のリーダーはまだ15歳だけど、その地位に就いたのは13歳の時だったわ。幼かったけどその地位の重みだけは解っていたから、怯えて震えてた」

 周囲の思惑で己の意志を聞かれることなく、女王の座に就いた幼い従妹。
 当時すでに成人していたアルカディアは彼女の即位に反対したが、結局押し切られて反対しきれなかった。

 自分はどうすればいいの、と幾度も尋ね、女王だからいろんなことを考えなきゃと拙い案を出して来ていた。
 初めこそ哀れに思っていたけど、あまりの奇麗事ばかりのそれに厳しくなる戦況に苛立ち、とうとう怒鳴ってしまったことを思いだす。

 「『麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』・・・そう怒鳴ってね。
 あの子はあの子なりに、責務を果たそうとしてただけなのに」

 己に才能がないことを自覚していたからこその行為だった。
 ユーフェミア皇女を見るたび、エトランジュはまだ賢かったのだとしみじみ思う。
 失敗すれば他人に迷惑がかかると理解していから、まずは聞いてみようと考えただけなのだから。

 「いい加減に悟りなさい!私達は形は違えどそれぞれの地位を持ってるの。
 地位を持ったということは、もう子供の時代は終わったの。スポーツマンシップにのっとってなんていうのは許されないの!
 何が何でも結果を出す・・・それが大人のルールなのよ!!!」

 「大人の、ルール・・・」

 「結果よりも経過・・・それが許されるのは、スポーツ選手くらいなもんよ!
 でもそんな呑気なことやっていられる余裕があるとでも思うの?」

 「・・・いいや、ないと思う」

 スザクが小さな声で答えると、アルカディアはじゃあもういいわね、とスザクの顔から足を下ろした。
 
 「あんたの事情はよく解ったけど、それに同情したり甘ったるい思想に協力する余裕はないわ。
 あんたは皇帝になる能力のないブリタニア皇女の騎士になって、今後ともそのために戦わなければならない。
 それはつまり私達レジスタンスの敵になるということね。だからこれからも私達は敵同士」

 「・・・・」

 「もう、いいでしょう?あんたはブリタニアのために戦うのがルールだと決めたんだから。
 これから先あんたはブリタニアのためにレジスタンスを殺し、他国を侵略するために戦うの」

 冷たい宣告に、スザクはもはや何も言えなかった。
 確かにその通りの選択をしたのは、まぎれもない自分だった。
 
 ブリタニアのルールを変えるために、ブリタニアのために戦い上の地位に行くということは、そういうことなのだ。
 レジスタンスを殺し、侵略戦争に加担する。
 日本のために他国を犠牲にするという行為だったということに、スザクはようやっと気がついた。

 「もっと言っておこうか。それで日本解放が成ったとしても、他国を犠牲にした以上誰も日本を相手にしてくれないからね。
 日本の食料自給率って、いくつだっけ?」

 「あ・・・!」

 「ブリタニアの属国になれば、飼い犬に餌をやる気分で向こうが援助してくれるかもね。
 つまり、名前だけ取り戻して実態は同じというわけよ」

 聞けば聞くほど、己の手段は悪い結果ばかりだった。
 いい事もあると叫びたいが、その根拠が解らずスザクはただ呆然とする。
 
 「でも、いいのよそれで。あんたは名誉とはいえブリタニア人なんだから。ブリタニアのルールに従うのは正しいことよ」

 サッカー選手が足のみを使って、バスケットボール選手が手のみを使ってボールをゴールに入れるのと同じこと。
 ブリタニア人がサッカーのルールを、黒の騎士団がバスケットボールのルールを使うだけだとアルカディアは言った。
 
 「ブリタニアのルールに従って、今後も頑張ってね?私達はブリタニア人じゃないから」

 思い切り皮肉な形で正しいと言われたスザクは、ただただ砂の上に横たわって青い空を見上げている。

 「俺は・・・俺は・・・!でもそれがルールで・・・ルールに従ったらでも」

 もはや訳の分からない言葉を呟き続けるスザクを無視して、アルカディアが聴覚を繋げていたエトランジュに語りかける。

 《思っていたよりヘビーな過去ねえ。枢木首相、子供の教育に失敗したわね》

 《はあ・・・ルルーシュ様といい枢木少佐といい・・・どうしてこうも家族で殺し合うのでしょう》
 
 《戦乱の世だから仕方ない・・・としか言えないわね》

 不思議そうなエトランジュに、アルカディアは身も蓋もないことを言う。

 《ま、どうでもいいわよもう。あいつの事情を思いやれる余裕がないことに変わりないから》

 スザクがレジスタンスの事情や気持ちを考える余裕がなかったように、自分達もスザクの事情や気持ちそ斟酌する余裕などない。いわゆるお互い様というやつだ。

 EU戦で捨て駒となるべく送られて来た名誉ブリタニア人が大勢いると知っていても、自分達の国民を守るために殺す。
 矛盾に満ち溢れた行為を繰り返す・・・それが戦争なのだ。

 《・・・そろそろそっちに向かうけど、それでいい?》

 《あ、はい。ではお待ちしております》

 アルカディアは思っていたより長い間話していたため、それにより既に乾いていた制服を手にしていたカレンを見た。

 「じゃあそろそろゼロと合流しようか。枢木―、あんた自力で歩いてってね」

 ユーフェミア皇女と会いたいんでしょともはや何の感情もない声音に促され、スザクはよろよろと立ち上がる。
 カレンはスザクの意外な過去を知って動揺していたが、アルカディアの言うとおり既に今後の結果は決まっている以上、何も言えなかった。
 今更彼に黒の騎士団に来いとは言えないし、かといって責めることも出来ない。

 カレンは制服を手にして木陰に走り去ると、ことさら時間をかけて着替える。

 「あの・・・着替え終わりました」

 「じゃ、行こうか」

 アルカディアがカレンを先導し、スザクの背後に立って追い立てるようにクライスが続く。
 
 今後の脱出作戦や今夜の寝床や食事について語っているアルカディアとカレンを、護送される罪人のような表情をしているスザクはぼんやりとした眼で見つめていた。



[18683] 第十四話  枢木 スザクに願う
Name: 歌姫◆d763ad34 ID:c7f10b0c
Date: 2010/08/21 11:24
  第十四話  枢木 スザクに願う  


  「あー、いたいたレジーナ!!」

 砂浜近くでパラソルを差し、簡易椅子に座って話していたエトランジュとユーフェミアはアルカディアの声を聞いて視線を向ける。

 「あ、アルカディア従姉様!カレンさんも無事のようで良かったです。
 お怪我はありませんでしたか?」

 日本語でカレンを気遣うエトランジュに、ユーフェミアは目を丸くした。

 「日本語・・・話せるんですかレジーナ様」

 「ええ、日常会話程度なら」

 ブリタニア植民地の言語ならある程度話せるというエトランジュに、仮面をかぶったルルーシュが言った。

 「相手の言語を理解するということは、相手と会話をしたいと態度で表明したことになるからな。
 事実彼女は日本語を話し、礼儀作法も学んで相対することで日本人から警戒されることなく、話を聞いて貰うことに成功していた」

 「そう・・・ですか。そうですよね」

 ユーフェミアが落ち込んだように肩を落としたのを見て内心で溜息をついたルルーシュは、カレンに視線を移す。

 「無事でよかった、カレン。無理をさせてしまってすまなかったな」

 「いえ、こちらこそこいつから助けられなくて申し訳ありません!親衛隊隊長でありながら、失態でした!」

 頭を下げて謝罪するカレンに、ルルーシュは気にするなと声をかけながらアルカディアの背後で酷い表情をしているスザクを見やる。
 
 「・・・ゼロ」

 「ずいぶんと手酷く論破されたようだな、枢木 スザク」

 「論破っていうか・・・根本的なことがもう解ってなかったわ。会話にならない会話って、ほんとしんどいのよね」

 もうこいつ何とかさせてくれという心の声が、アルカディアとクライスからギアスを使わずとも聞こえてきた。

 「ただバカなだけなら放置してもいいけど、こいつは白兜のパイロットよ?
 いい機会だからこのまま海に放り込みましょう」

 アルカディアの案は至極もっともなもので、彼が自らの親友でなかったら即座にそうしろと命を下していたであろう。

 ルルーシュはエトランジュのギアスでアルカディアの聴覚を繋いで貰っており、スザクの過去を聞いていた。
 まさか自分達兄妹を助けるために父親を殺していたとは想像もしておらず、ルルーシュの心はまたしても揺れたのだ。

 (聞かなければ・・・捨て駒にされてもいいと言い切ったあいつを見捨てられたものを・・・)

 アルカディアもルルーシュの葛藤を悟っていたが、それでもこの男の戦闘能力はあまりにも危険過ぎる。
 彼女の提案が正しいと思いつつも、ルルーシュはそれを口に出せずにいる。

 その様子に溜息をついたアルカディアは、クライスに命じた。

 「じゃ、私達が勝手にやるわね。こっちの独断で・・・クラ、そいつに重石つけて崖から放り出して」

 「アルカディア様・・・!」

 「恨み事はブリタニアとの戦争が終わった後に聞きます。いいでしょう?」

 自分が勝手に手を下したのだから、自分のせいじゃないという言い訳を与えようとしたある意味残酷な優しさに、ルルーシュはゆっくり瞑目し・・・そしてとうとう決断した。

 気を利かせてリンクを開いてくれていたエトランジュに礼を言い、アルカディアに語りかける。
 
 《スザクに・・・ギアスをかけます。ですから、今回は助命してやって頂きたい》

 《え・・・でもこいつを今さら支配下に置いたって、この男の居場所は騎士団にはないと思うわよ?》

 すでにスザクの心証は底なしに悪く、むしろ今寝返れば何と己の信条がない人間かと日本人とブリタニア人双方から疎まれるだけであろう。
 そしてそんな人間を迎え入れたとして、ゼロの信頼が危うくなる可能性が高い。ただでさえ失敗が許されない彼に、こんな下らぬ失点を与えたくはない。

 《そういうギアスではありません。ですが、こいつが二度と迷惑をかけないようにするギアスを》

 《それでももし、こいつに迷惑かけられたら?》

 《私が彼を・・・殺します》

 責任は取ると言うルルーシュに根負けして、アルカディアはクライスに合図をすると彼も溜息をつく。

 「もうちょっと待とうか・・・何かまだユーフェミア皇女を探索中のブリタニア兵がいるから、もしかしたらこいつがうっかり助けられるかもしれないわ」

 ルルーシュはほっと安堵すると、もはやスザクに正体がバレたカレン、ユーフェミアに正体がバレてナナリーともども箱庭から出ざるを得なくなった状況を考え、とうとう覚悟を完全に決めることにした。

 「カレン、一つだけ聞きたいことがある」

 スザクではなくカレンに向かって問いかけてきたことに驚いたが、カレンは背筋をピンと伸ばして聞く姿勢を取る。

 「はい、何でしょうかゼロ!」

 「私の正体が何であっても、私に従いていくと言ったな・・・あれに偽りはないか?」

 日本解放戦線を救助に向かう間際、ナリタ攻防戦でシャーリーの父親が危うく巻き込まれそうになったことに罪悪感のあったカレンがゼロの元に行った際、彼女はそう確かに誓った。

 カレンはもしかしたら自分に正体を明かしてくれるつもりだろうかと期待したが、同時に知ることに勇気がいることを悟って即答を躊躇った。

 ふと周囲を見渡してみるとユーフェミアは目を丸くしているし、エトランジュ達は半ば妥当な判断だというように口を挟まず静観している。

 「あの・・・エトランジュ様達はもしかしてゼロの正体を」

 「救助した際、仮面を取りましたから。それに、お世話になっている方からもいろいろと」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンは親衛隊長よりも先に知っていた彼女に嫉妬心を覚えた。
 しかし彼女が探ったわけではなく単に流れで知っただけとの言葉に、それなら仕方ないと納得する。

 「カレンさんに申し上げます。ゼロの正体は現時点では極秘にしなければならないものなのです。
 日本解放と言う実績を挙げた後ならある程度の方々にバレても大丈夫ですが、今のままでは黒の騎士団の存続に繋がりかねないものなのです。
 ・・・それでも、知る勇気がおありですか?」

 日本語だったのでユーフェミアには解らなかったが、スザクには理解出来た。
 そこまで重大なゼロの正体を、まさかこの場で明かすつもりなのだろうかとスザクは不思議に思ったが、以前から己に見え隠れしていた“ゼロの正体”の固有名詞が脳裏をよぎって喉を鳴らす。

 「・・・私はこいつに黒の騎士団員だとバレました。すぐにシュタットフェルト家から出て、そっちに向かわなければならないでしょう」

 「その通りだ。だから、君と私はいっそう似た関係になる。
 だからこそ問いたい・・・私をリーダーだと認め、従いて来てくれるか?」

 カレンの言葉にゼロが改めて問いかけると、カレンは覚悟を決めた。
 そうだ、中身が誰であろうと、ゼロがブリタニアを憎みここまで日本人を率いていてくれたのは事実だ。
 多くの人間をまとめ上げ、自分達の窮地を幾度となく救い日本解放の光明を射してくれたのは、ゼロだ。

 さらに同じようにブリタニアを憎んでいるエトランジュも、彼の正体を知ってなお変わらぬ協力をしてくれている以上、何をためらうというのか。

 「はい、ゼロ。私は貴方に従い、これからも従いていくことを誓います」

 カレンの宣誓に、ルルーシュは心底から安堵した。
 嘘をつかなくても己を受け入れてくれる人間がいるということが、これほど心安らぐものだったとは想像していなかった。
 その意味ではシャーリーもそうだが彼女は危険に巻き込むわけにもいかず、側にいて貰う訳にはいかない。
 
 だがカレンは自分と同じ目的を持ち、ゆえに共に道を歩める戦友であり得るのだ。

 「信じていいな?」

 「はい!あの・・・でも、無理なら今のままでも」

 恐る恐るそう言うカレンに、ルルーシュは仮面に手をかけた。シュンと音を立てて仮面を外すと、中から現れたのは見知った少年のそれ。

 「別に構わない・・・そう、俺と君とは似た関係になるんだからな」

 「ルルルル・・・・ルルーシュ!!!」

 口をあんぐりと開けて驚愕するカレンに、スザクはやはりという得心と信じられないという驚愕が合わさった顔で立ち尽くす。

 「ちょ・・・あんた、ルルーシュ??影武者とかじゃなくて?!」

 「正真正銘、俺がゼロだ。全く、初めに疑われた時は肝を冷やしたぞカレン」

 ゼロじゃないかと疑われてあれこれとごまかしていたことを思い返したルルーシュが溜息をつくと、先ほどの従順さはどこへやら、カレンは彼の襟を掴み上げる。

 「何で?!社会は変えられないとかほざいていたじゃないあんた!」
 
 「ああ、あのままでは変えられないのは事実だったからな。行動したからと言って全てが思うとおりに動くわけじゃない・・・意味は、解るだろう?」

 ルルーシュがちらっと考えなしの行動で日本人の生活を悪化させ、その信用を失墜させたユーフェミアに視線を送るとカレンは正論だと認めて手を放す。

 「そう、そうね・・・あんたが現れなかったら、こうはうまくいかなかったから、それはいいわ。
 でも、どうして私にも今まで黙ってたの?!親衛隊長にしてくれたのに!!」

 今の今まで信じてくれていなかったのかと涙目になったカレンに、ルルーシュは答えた。

 「ついさっき、レジーナ様が言っていただろう。俺の正体は黒の騎士団の存続を揺るがしかねないものだと・・・。
 だが、あのご老公の言うとおり俺はまぎれもないブリタニアの敵だ・・・そうだな、ユフィ、スザク」

 とうとう正体を晒したルルーシュに茫然としていたユーフェミアが我に返って頷くが、スザクは何も言えずただ立ち尽くしている。

 「どうした、スザク?俺はあの日お前に向かって言ったはずだぞ。
 『俺はブリタニアをぶっ壊す』と・・・忘れたのか?」

 「ああ・・・確かに言っていたよルルーシュ」

 信じたくはなかった。
 けれど、心のどこかでゼロの正体は彼ではないかと知っていたスザクは、その答えが正しかったことを認めたくはないというように首を横に振り続ける。

 「でも、だからといって君がっ・・・!異母とはいえ兄を!!」

 「ああ、クロヴィスは俺が殺した。ああしなければシンジュクの日本人はもっと殺されていたし、俺自身も危なかったからな。
 お前はそれより、ルールの方が大事だという訳か」

 「違う!!」

 「そうとしか聞こえないぞスザク。なら聞こうか・・・あの時クロヴィスを殺さなくても俺やシンジュクゲットーの住民が助かる方法を」

 鋭い視線で問い詰められて、スザクは口ごもる。
 そこへさすがのエトランジュも眉をひそめながら口を挟んだ。

 「あの、枢木少佐。貴方の言っていることはですね、こういうことなのです。
 たとえば貴方がオキナワ旅行の計画を立てたとします。そこへ同行者から『暑いところは嫌だ、別の所がいい』と言われました。
 そして貴方が『じゃあどこがいい?』と尋ねると『君が責任者なんだから君が考えて』と返されました。
 そんなことを言われたら、どう思います?」

 「うわー、物凄い解りやすいたとえ」

 これで解らなかったらもう本気で崖から落とそうとカレンが内心で考えていると、スザクはさすがに理解したらしく、彼は首を横に振る。

 「私から見て、貴方は貴方の視線でしか物事を見ていないように感じられます。
 それは人には多かれ少なかれあることですが、貴方の場合人それぞれ考えがあるということを全く理解していないとしか思えないのです」

 「でも・・・ルールは・・・」

 まだ言うか、とクライスは呆れたが、アルカディアはもはや完全にスル―している。
 なのでまたしてもエトランジュが解り易く説明してやった。

 「私達はバスケットボールで試合がしたい、ブリタニアはサッカーがしたい。
 しかし競技場がひとつしかないのでどっちかしか出来ない・・・それで喧嘩になったといえばご理解頂けますか?
 貴方がブリタニアのルールでゲームがしたいのなら、私達と敵対するしかないのですよ。
 つまり、『説得はもう無理』なのです」

 本物のスポーツなら交替でやろうという折衷案も可能だが、国だとなるとそうはいかない。
 いや、それでも世界には数多くの形態を持つ国がある。平穏なら自分に合った国の戸籍を得てその国民になることが可能だが、戦乱のこの世では不可能なのだ。

 「ルールを守るということ自体は素晴らしいお考えです。
 私自身祖国のルールを破ることはしたくないので共感出来ますが、“変えたいルールに従う”というのが理解出来ません。
 どうして自分に合ったルールを持つ組織に行こうとなさらなかったんですか?」

 脚力に自信がある者がサッカーをするように、腕力が強いのならばバスケットボールを選ぶように、なぜ自分に合った場所に行こうとしなかったのかというエトランジュに、スザクは首を横に振った。

 「ここは日本だ!日本を守るためには、日本を支配しているブリタニアにいて変えるしかないと思ったんだ!」

 「違うな、間違っているぞスザク!ここは日本じゃない!」

 ルルーシュがそう否定すると、カレンが噛みついた。

 「何ですって?!ここは日本よ!あんた、やっぱりブリタニアね!酷い・・・」

 「あの、カレンさんそう言う意味で言ったわけじゃないですよゼロ。
 お話は最後まで伺った方がよろしいかと・・・」

 いち早く真意を悟ったエトランジュがおずおずとカレンをたしなめると、カレンはえ、と思いつつルルーシュに視線を戻す。

 「ここは“日本人が住んでいるエリア11”だスザク。だからブリタニアの法がまかり通っている。
 そして確かに日本の法律では国を変えたい場合、“上に行って法律を変える”ことが許されているが、ブリタニアはそうではない。
 もともと上に行ける人間が限られているからな・・・ナンバーズなら言わずもがなだ」

 親友への最後の説教とばかりに、ルルーシュは説明する。

 「お前が一番、日本を引きずっているんだよスザク。
 日本が敗戦したのは自分のせいだと思い込んで、日本のルールでブリタニアを変えようとしているだけだ。
 だが、それは無理なんだよスザク。もう、ここは日本じゃない。
 それを悟ったからこそ、それを奪い返すために日本人がこうして立ち上がったんじゃないか。
 “日本列島に日本人が住んでいるエリア11”であることを理解したからこそ、ブリタニアを滅ぼして改めて日本国家を創ろうとしている」

 そしてそれはエトランジュ達のマグヌスファミリアも同じこと。
 彼女達はブリタニアの身内同士ですら争えというルールに反発し、それを守りたくなくて国民全員で亡命した。

 今、あそこはマグヌスファミリアではない。ただのほんの少しのブリタニア人が住むエリア16だ。

 「実はアルカディア様が持っていた通信機で、お前の事情は聞かせて貰った。
 お前が枢木首相を殺していたとはな・・・」

 「え・・・スザクが?」

 スザクの過去を聞いて思わず口に手を当てて驚くユーフェミアに、、スザクは震えた声で叫ぶ。

 「ルルーシュ・・・俺は!」

 「いいんだ、過ぎたことだしお前の考えも解る。それに、アルカディア様が言っていただろう?
 ある意味であの行為は正しかったのだと・・・解らなくてもいい、ただそういう側面もあったとだけ心の隅に留めておけ」

 スザクに理解させるという行為は非常に難しいと悟ったルルーシュは、そう告げる。

 「俺がこのまま、ブリタニアを壊すことに変わりはない。
 まず手始めに日本を解放し、各地の植民地を解放しつつその力を吸収し、最終的にあの男を殺してブリタニアを滅ぼす」

 「やめろルルーシュ!!そんなことをしたって、後悔するだけだ!!」

 父殺しを堂々と表明したルルーシュに、スザクは大きな声で止めた。
 あの時、もっと冷静に父を止めていればよかった。あんな方法を使わなくても、親子なのだからきっと。

 後悔しなかった日はないと訴えるスザクに、ルルーシュはもう手遅れだと自嘲の笑みを浮かべる。

 「俺はすでに異母兄クロヴィスを殺している。その日から修羅の道を行くと決めた。
 そうでなければ、いくら虐殺者だとしても仲がそれなりに良かった兄を殺しはしないさ・・・コーネリア姉上もな」

 「それは間違っているルルーシュ!家族で殺し合うなんておかしいじゃないか!」

 「あの男は子供(おれたち)を捨てた。子供を捨てた男が、父親たる資格などない。
 だからお前とは事情が違う・・・いい加減人それぞれの事情があると悟れ。
 お前の視野は狭すぎる。だからお前の言葉を誰も聞こうとはしないんだ」
 
 自分が父親を殺した時は後悔した、だから君もそうなるというのは善意からの言葉でも、なら殺さなければどうなるかという考えがまるでない。
 事実父親から殺されかけた自分はどうなのかと問いかけるルルーシュに、スザクはユーフェミアを見つめて叫んだ。

 「ユフィ・・・ユフィ、君だってそう思うだろう?コーネリア殿下だって、ルルーシュを気にかけてくれていたって言ってたじゃないか。
 ナナリーと揃って、皇族に戻るという考えはないのかい?」

 「ないな。俺はもともと継承権を剥奪された身だ・・・今更あの男の庇護に入ったからと言って、また別の国に見捨てる予定の人質として出されるだけだ。
 ナナリーはもっと悲惨だな・・・変態趣味の高官にでも褒賞代わりに与えかねない」

 どういう経緯で自分達が日本に来たか忘れたのかと言うルルーシュに、スザクはユーフェミアを見た。
 そんなことをしない父親だと言い切れる自信がないどころか、あり得るとすら思ったらしく、俯いている。

 「コーネリアだって、ユフィが巻き添えを食らうかもしれないとなったら見捨てるに決まっている・・・七年前のようにだ。
 だから戻れない。お前のルールを守るという自己満足のために、ナナリーともども犠牲になるつもりはない」

 二人のやりとりを聞いていたカレンは、小声で恐る恐るエトランジュに尋ねた。

 「あの・・・もしかしてルルーシュって・・・皇族ですか?」

 「はい。現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの末の皇子ですよあの方」

 あっさり認めたエトランジュに、カレンはやりとりの内容に納得しつつも驚愕の叫びをあげた。

 「ちょ、ブリタニア皇族が反逆って・・・何があったのルルーシュ?!」

 「ああ、日本を植民地にしたがったあの男が、当時母を殺されて後ろ盾がなく、俺と巻き添えを食らって両足が使えなくなり目も見えなくなった妹ナナリーともども日本に送られてな。
 そして俺達が日本人によって殺されたと言いふらし、それを口実に攻めて来たんだよあいつは」

 もちろん生きていたら困るから刺客まで寄越して来たという壮絶な過去に、カレンはあんぐりと口を開ける。

 「そういえば、ブリタニア皇族が留学しに来たって・・。
 でも、父親が子供殺そうとしたって・・・その前に母親殺されて傷心のあんたらを?
 あの状態のナナリーちゃんを、死なせるつもりで日本へ?」

 どこの世界に歩くことが出来ず、目も見えない少女を留学させる親がいるというのか。
 今の年齢からならまだ解らなくもないが、七年前ならナナリーはまだ七歳のはずだ・・・日本でいうなら、小学一年生である。
 
 車椅子で盲目の少女を思い浮かべたカレンが絶句し、ようやくルルーシュの行動の理由が見えて納得した。

 「そりゃ怒るわ・・・でもブリタニア人ってだけならまだしも皇族だって知れたら日本人が従いてこないから、正体を隠していたのね?」

 「そんなところだな。俺は母に似過ぎているから、見る者が見ればすぐに正体が知れる。
 ある程度成果を上げてからなら、事情を知っている藤堂がいるからバレても構わないだろうが・・・今はまだ無理だ」

 「あ、藤堂さんは知ってたんだ・・・もしかして、あの人も?」

 固有名詞は出さずに桐原のことを言うカレンに、ルルーシュは頷く。

 「藤堂は俺の正体こそ知らないが、知ったらオレの行動に納得してくれるだろうよ。
 だが、それでも結果を出さないと俺を庇う奴に迷惑がかかるからな」

 燃えるような夕焼けの中己の決意を叫んだあの日、藤堂もまたその場にいたのだ。
 もしかしたら、ある程度はゼロの正体に当たりをつけているかもしれない。

 「解った、そういうことなら私も絶対口外しないわ。それにしても、これだからブリタニアは!!」

 子供を殺そうとする父親が皇帝な国なんぞ滅んでしまえと怒り狂うカレンに、スザクとユーフェミアは言い返すことが出来ず沈黙する。
 まともに考えれば怒らない方がおかしいのだから当然だ。
 
 「お前に聞く・・・これでもなお、俺が間違っていると言うつもりか?」

 「・・・君の知略があれば、中から変えていける方法もあるはずだ」

 他人任せなのは解るが、ルルーシュの頭の良さを知っているスザクの提案にルルーシュはあっさり頷いた。

 「ないこともない・・・が、それは時間がかかり過ぎる。あらゆる手間もかかる。効率的とはいえないな」

 「だったら!」

 「お前、アルカディア様の言っていたことを理解しているか?
 全ては結果ありきなんだよスザク・・・そして結果を上げるのに時間がかかっていたら、傍から見たらそれは失敗しているようにしか見えないんだ。
 そして時間がかかればかかるほど、お前の言う上に行って変える方法が使えなくなるんだよ」

 いまいち解っていなさそうな親友に、ルルーシュはどうして時間をかけるとまずいのかからまず説明してやることにする。

 「よく聞けスザク。今、日本人の子供の学力は低い。教育どころではないからな」

 そこまではスザクも知っているために深く頷くと、ルルーシュははっきりと解り易く一言で言った。

 「この状態で、上に行ける日本人がどれだけいると思う?言ってみろ」

 「・・・あ!」

 権限の強い役職に就くには、当たり前の話だが学力が必須条件である。
 そしていわゆる学力格差が広がっている今、そもそも就職することが目標のナンバーズが政庁になど就職出来るはずがないのだ。

 そしてそれはこのまま武力で日本を解放しても同じことだ。
 さっさと日本を解放しある程度の知力を持った人間が可及的速やかに立て直しを図らなければ、日本と言う国が立ち行かないのである。

 「主義者達を上の役職に就かせることくらいは出来るが、それでは単に奴隷の平和を作るだけだ。
 お前は日本人を、穏健な世の中の奴隷にしたいのか?」

 「違う・・・そんなことをしたいわけじゃない!」

 「だから時間はかけられない。武力解放の方が、日本にとっていい方法なんだよスザク。
 今からお前の言うルールでやろうとしたら、まず教育制度を整えてそれから日本人がある程度の学力を備えるのにかかる時間が約十年、さらにそこから上の役職に就かせるまで十年前後。
 それだけあったら、ブリタニアを滅ぼせるぞ俺は」

 通常戦争とは、いくら長引いても十年経たずに終わる例が多い。
 自信たっぷりに言い切るルルーシュに、スザクはそれでも犠牲はないと言い募るがエトランジュがきっぱりと断言した。

 「犠牲は出ますよ枢木少佐。戦場のようにはっきりとした形ではありませんが、死人が出ます」

 「どうして解る!」

 「貴方は“どうして”と考えることを身につけた方がいいです。
 どうしてナンバーズがブリタニア人との婚姻や就職、租界への立ち入りを制限されたりしていると思います?」

 エトランジュの問いかけに、ユーフェミアが答えた。

 「それは、日本人に富を与えるとテロを起こすと考えたからです」

 「正解です。では何故ナンバーズが富を得て、テロを起こすと考えているのでしょうか?」

 「ブリタニア人が、不当に各国を占領したからです」

 「正解です。つまりブリタニア人は“仕返しされても仕方のない立場”にいるということを、彼ら自身知っているということです」

 ユーフェミアはその説に納得したが、スザクはそれが意味する事が解らなかったらしい。それを見てとったルルーシュが教えてやる。

 「つまり、連中は仕返しを恐れているんだよスザク。だからナンバーズに税をかけたりして富と教育の機会を奪い、自分達と張り合えないように仕向けているんだ。
 そんな奴らがナンバーズが重要な役職につき国を変えるようになると理解したら、全力で阻止しにかかるだろうな・・・それこそ暗殺などの手段を取っても」

 だが、それでもブリタニアのルールは許してくれる。
 ナンバーズが殴られても蹴られても何もしなかった理由は、ブリタニア人を傷つければ何があろうとも処罰されるからだ。
 逆に言えば、暗殺されようとも適当な捜査で終わってしまえばもうどうにもならないのである。

 「僕は仕返しなどしない!」
 
 「貴方はそうでも、他の方々は違うでしょうね。やられたらやり返したくなるのは人の常です。
 私自身目的半分、復讐半分でコーネリアを襲撃したのですから」

 どこまでも自分ならを繰り返すスザクに呆れたエトランジュの告白に、スザクが睨みつける。

 「君が、コーネリア殿下を?!」

 「ああ、俺が策を考え、この方が指揮を執ってコーネリアに重傷を負わせたんだ」

 既にユーフェミアは知っていたのか驚きもしていないのを見て、スザクはルルーシュとエトランジュを交互に見つめる。

 「いい加減にして下さい枢木少佐。貴方はどうして自分が自分がと言うのに、他の方の事情はお聞きにならないのですか!
 ルルーシュ様はすでに、貴方の事情は理解して下さっています。
 だから何度も同じことを繰り返して説明して、無理だと教えているのですよ!」

 「家族で殺し合うのはおかしくないと言うのかい?!」

 「それを仕掛けたのはどちらが先です!ルルーシュ様が何もしていないご家族を殺す方だとでも思っておいでなのですか?!」

 「それは・・・でも!」

 エトランジュに怒鳴られるようでは相当だとアルカディアは思ったが、既に文句を言う気力すらないので彼女に任せることにした。

 「間違っているのはシャルル皇帝だと貴方が思っているのなら、本人に向かって文句を言うのが筋でしょう。
 だいたい家族で競い合え奪い合えと言っているのは誰ですか?!
 私だって目の前に来たらいくらでも言いますが、話を聞く意思のない相手に文句を言っても無駄だと解っているから、こうしてやりたくもない戦争をしているんです!
 日本のことわざにあるでしょう、“馬の耳に祈りの言葉”と!」

 「馬の耳に念仏ですエトランジュ様」

 日本語だったのでユーフェミアは首を傾げたが、ルルーシュが正確な言葉と意味を告げるとなるほどと一つ知識を増やしていた。

 「どうして間違っているルールを実行している本人に向かって文句を言わず、やりたくもないことを強いられている私達に向かって言うんです?!
 私から見たら、貴方は単純に楽な方を選んでいるとしか思えません」

 「楽だなんて、そんな決めつけるな!」

 「楽な方だろう・・・」

 エトランジュがどう説明しようと考えているのを見かねたルルーシュが、やれやれと言った様子で助け船を出した。
 
 「今どき子供でも知っているぞ。法律を変える権限があるのは政治家なんだ、軍人じゃない。
 なのに、どうしてお前は軍人になったんだ?」

 「・・・え?何でって」

 「確かにブリタニアは軍人がある程度政治に干渉出来るが、それでも表向きには政治の筆頭でもある総督の許可という形で最終決定が為されているんだぞ?
 まともなルールに沿うなら、お前は政治家を目指すべきだろう」

 クロヴィスは総督ではあったが、軍人ではない。
 他のエリアも似たようなもので、コーネリアのように軍人であり総督であるほうが珍しいのだ。
 
 「だが、お前はどう考えても政治家になれないな。
 お前の成績は知っているから、政庁登用試験にたとえブリタニア人であっても受からないだろう」
 
 「・・・・」

 「自分の能力を生かす形でといえば聞こえはいいが、それでも殺人者とならざるを得ない軍人を選んだ。
 お前は結局、自分で考えることから逃げたんだよ。軍人は言われた通りのことを実行に移せばいい、いわば歯車だ。
 お前には確かに向いているが、ルールを変えるという目的からすれば大きく外れている職業だな」

 ルールの通りに動けばいい軍人が、ルールを変える権限などない。
 高級軍人ならともかく、先も言ったが仕返しを恐れるブリタニア人は有能であればあるほどナンバーズを上に据えることはしない。
 だが無能なら無能で下の階級のままなので、結局は同じことなのである。

 「解っただろうスザク。お前のルールは通じないんだよ・・・だからお前と共に行くことは出来ない。ユフィ、君ともだ」

 「ルルーシュ・・・そんなこと言わないで!私、努力するから!今からでも、日本人の生活をよくすれば!」

 ユーフェミアが叫ぶが、ルルーシュはゆっくりと首を横に振って否定した。

 「もうそんな時間はないんだよユフィ。国を立て直すという時間が必要な今、占領から七年と言うのはもうギリギリだ。
 それに植民地は日本だけじゃない、18ヵ国もあるんだ。君はそれらを、完璧に解放出来る自信があるのか?」

 「・・・・」

 「君が成長するのを待ち、スザクの事情を考えてやる義理も義務も余裕も日本人やレジーナ様達には全くない。
 これは俺が個人的に最後にしてやれる、最後の義務と義理だ」

 「ルルーシュ・・・!」

 「それに、君だってコーネリア姉上は捨てられないだろう?どっちも得たいというのは解るが、俺にはそのための方法を考える余裕はない。
 俺もナナリーが幸せになるのが最優先だ、こればかりは譲る気もない」

 自分をあてにするなと言う冷たい言葉に、ユーフェミアは泣きそうな顔になる。
 
 「でも、でも・・・私は戦いたくなんてない・・・!お姉様は何とか説得してみるから、お願い!」

 「それってさ、ナイトメア牽引用ロープを針の穴に通すようなもんだと思うわよ?」

 ユーフェミアなら思考能力はあると判断したアルカディアが言うと、ユーフェミアは押し黙った。

 「ゼロの正体を言えば、まああんたの言うとおりルルーシュ皇子が大事ならゼロと戦うのはやめようとするかもしれない。
 けど、十中八九彼らを皇族復帰させようとするでしょうね・・・ゼロの正体を隠したままで。それしか方法ないから」

 「・・・それは」

 「当然正体を知っている可能性のある黒の騎士団・・・全滅させるわねあの女。サイタマで目的のためなら人命なんぞどうとも思わないのは証明されてるし。
 しかもあの女はあんたが一番大事なわけだから、いざとなればルルーシュ皇子や妹姫を見捨てる可能性があるってルルーシュ皇子は言ってる。
 そうはならないと言うなら、その根拠を示さないと納得しないわよ」

 コーネリアはルルーシュの生母であるマリアンヌを敬愛しており、その暗殺についても調べている、生きていたら自分が後見人になれるのにと言っていたことを告げると、ルルーシュは不機嫌そうな表情になった。

 「なら、どうして七年前に日本を占領された時に俺達を捜さなかった?死体がなかったのだから生きているかもとは思わなかったんだな。
 ああ、そういえば日本に送られた後も手紙も寄越さなかったな・・・俺が手紙を送ったのに」

 「それは・・・陛下に止められたからやめろとお姉様が」

 「やはりな。つまり姉上にとってはあの男の命令の方が俺達より大事というわけだ。
 俺が反旗を翻したゼロだと万一にもあの男にバレたら、お前と自分のために躊躇うことなく引き渡したとしても、おかしくはないな」

 信じるに値しないと言い放ったルルーシュに、ユーフェミアはどうしたら信じてくれるのかと途方に暮れる。

 「どうして君はそう自分を中心に考えるんだルルーシュ!仕方ないだろうコーネリア殿下はユフィが大事なんだから!」

 「だったらどうして俺が俺とナナリーを大事にしたらいけないんだ!
 俺の一番はユフィじゃなければならない理由でもあるのか、スザク!!」

 「だからさあ、そいつは自分さえよければいいんだってゼロ。
 もうそいつの一番はユーフェミア皇女で決まった・・・それだけのことでしょう」

 アルカディアの言は言いすぎだが、実際は単に相手が言われてどう感じるかという能力がないだけだとエトランジュは思っている。
 どっちみち自分のことしか見えていないことに変わりはないから、指摘しなかったが。

 「君は日本開放のために黒の騎士団員に利用されているだけだ!だから君だって正体を隠しているんだろう。
 その他の植民地の人だっていうテロリストだって、君を利用したくて家族間で殺し合いにするって事情を無視しているじゃないか!」

 「その通りだが、お前には関係のないことだ」
 
 あっさり利用されていることを認めたルルーシュに、スザクは理解不能と言いたげに親友を凝視する。
 
 「この方々は各国のレジスタンスを束ねていてな、ある程度の戦力をお持ちだが残念ながらそれを生かす才幹はなかった。
 だから俺が知略を貸し、引き換えにその助力を借りるという取引でここにいるんだ。お互い様というやつだ」

 そして黒の騎士団も同じことだと言うルルーシュに、カレンはまだ自分達を信頼してくれていなかったのかと悲しくなった。
 しかし、事情を鑑みればそれも無理はなくて、日本解放が成ればみんなもブリタニア人を受け入れる土壌がある以上、彼も正体を明かしてくれるかもしれないと展望を抱く。

 「家族間で争うのはあの男のせいで、レジーナ様が仕向けた訳ではないぞスザク。
 俺の正体を知らずに単純に力を借りようと思ったゼロがそう言う事情を抱えていたが、目的のためには仕方ないと放っておいているだけだ」

 文句があるなら家族間で殺し合いを仕向けている本人に言えというルルーシュに、スザクは黙りこむ。

 「断わっておくが、別に姉上がお前を一番に考えて行動することに怒っているわけじゃないからなユフィ。
 ただ、俺もナナリーの幸福を考えれば信用出来ない相手と一緒に行動する訳にはいかないというだけの話だ」

 「ルルーシュ・・・私は、お姉様も貴方も大切なのよ・・・」

 ユーフェミアは小さな声で呟いたが、それ以上は口に出せなかった。
 七年前にルルーシュら兄妹を見捨てたという前科がある以上、ユーフェミアとしては何も言えない。
 あの時、たった一言でも姉が、自分が何かを言っていたなら・・・ここまで不信を抱かれることはなかったかもしれないのに。

 「そうか、だが俺の一番は決まっている。俺はナナリーの幸福のために戦う」

 「日本解放のためじゃないんだね」

 スザクの低い声音の問いに、そうだとルルーシュはあっさり肯定する。

 「レジーナ様も同様に、別に日本解放が最終目的じゃない。
 ただブリタニアを滅ぼす=祖国が戻るという方程式のもと、仲間を増やす過程で日本解放に協力してくれているだけだ」

 カレンは日本解放が手段に過ぎないと知ってムッとなったが、確かにエトランジュ達が協力している理由がそうなので、彼だけを責めるわけにはいかないとそれを押し殺す。
 それに、結果的に日本解放が成るというのなら、責めることもないのだ。

 「お前、これだけ言われてまだ気づかないのか。
 誰だって自分それぞれの一番大事なものがあって、そのために戦っているんだ!
 俺の一番はユフィじゃない、ナナリーだ!そしてお前の一番はユフィ、それだけの話なんだよ」

 「俺の一番が、ユフィ・・・?」

 今更何を言っているのかとルルーシュは舌打ちすると、スザクの頬を張り倒した。

 「お前はあいつの騎士になったんだろう!騎士は常に主君に従い、そのためだけに生きる存在だ。
 ルールルールと言うくらいなら、きちんと騎士がどういうものかぐらい把握しろ、この体力バカが!」

 だからこそ自分のものではなくなったスザクに、ルルーシュはショックを受けたのだ。
 それなのにこの男は、そんなことすら解らずに呑気に騎士が職業の一つだとでもいうように受け止めていたらしい。

 「ウザクウザクって言われてる理由・・・よく解ったぜ」

 ぽつりと呟いたクライスの台詞に、当人とユーフェミア以外の面々は深く頷く。
 ユーフェミアが理由を視線で尋ねて来たので、エトランジュが教えてやった。

 「うざったいというのは日本語で鬱陶しいという意味なのですが、それとスザクさんの名前とを組み合わせての仇名です」

 意味を知った時は苦笑したが、なるほど的を射た呼称だ。
 日本人内でスザクがどれだけ嫌われているのか、この一事だけでも解る。

 「日も暮れてまいりましたので、そろそろ話をまとめてもよろしいでしょうか、皆様?」

 ふと気づけば既に夕日が地平線に沈もうとしており、辺りは橙色に染まりつつある。
 ルルーシュがどうぞ、と促すと、エトランジュは自分なりにまとめた結論を言った。
 もっとも、既に結論は出ているものだったが。

 「ルルーシュ様はナナリー様と幸福に暮らすために、ブリタニアを滅ぼしたい。そのためには黒の騎士団を率いて、今後とも戦っていくおつもりです。
 そしてカレンさん方黒の騎士団は、ゼロの知略を用いて日本解放を行い、その後再奪還をされないためにもブリタニアを滅ぼしたい。
 ・・・利害一致なので、それでいいですね?」

 「はい、レジーナ様。異存はございません」

 カレンは全く間違いがなかったので納得し、ルルーシュも頷いて同意する。

 「私達もブリタニアを滅ぼさない限り祖国が戻ってこないので、レジスタンスをまとめて反ブリタニア同盟を作っていきたいので貴方がたと共に行動したいのですが、よろしいですか?」

 「ええ、もちろんです。カレンもそうだな?」

 「はい、ゼロ」

 そしていよいよ問題となっている主従に視線をやると、二人はびくっと肩を震わせる。

 「貴方がたは私達と戦いたくはない、けれどそれをやめさせる術を持たない。
 私達にやめて欲しいと言うしかないけれど、私達には貴方がたの事情を忖度する余裕も義務も義理もありませんのでその要求は却下されます。
 結論として、状況は改善されません

 「そんな・・・ルルーシュ!」

 「おやめなさい、スザク!もういいのです」

 スザクがなおも言い募ろうとするが、ユーフェミアの制止を受けて驚きつつも口を閉じる。

 「皆さんの言うとおり、何もしていないのに要求ばかりするのはやめるべきです。
 本来なら、私達は敵同士である以上この場で殺されても仕方なかったのにこうして話し合いの場を設けて下さいました。
 それだけでも、感謝すべきなのです」

 「話し合いで解決するのがいいんだろうけど、ユーフェミア皇女じゃぶっちゃけ無駄な時間で終わるからねえ」

 はっきりとそう言いきったアルカディアを、エトランジュがフォローする。

 「私としては貴女とお話するのはとても良かったと思います。
 少なくとも貴女は相手の話を聞く意志をお持ちで、状況を改善したいという思いもよく解りました」

 けれど、ユーフェミアでは決定権がない。
 いくら彼女がナンバーズを解放したいと願おうとも、それに否と皇帝に言われればどうするすべもないのだ。

 「専制君主国家の皇女である以上、仕方のないことと思います。
 ですから結果的には無意味に終わることでも、それでも私は嬉しかったです・・・私の話を聞いて下さったから」

 「レジーナ様・・・」

 「貴女の姉は都合の悪い話から耳をふさぎましたが、貴女は真っ向から向かい合い受け入れて下さいました。
 いろいろと貴女なりのご苦労や思いがおありだったでしょう。
 ですが、アルカディア従姉様がおっしゃったように、残念ながら貴女との話し合いは組織的には無意味なのです・・・ですから、余計に残念です。
 それでも、私の話を聞いて下さったことに礼を言います・・・ありがとうございました」

 ブリタニアを治める資格を持つ皇帝が変わらない限り、何もかもが変わらないというエトランジュに、何かを決意したユーフェミアが尋ねた。
 
 「皇帝陛下が考えを変えたら、戦う必要はないと?」

 「無理でしょうね。
 これだけの死人が出ている以上、今から侵略をやめて植民地を解放するといったところで、これまで侵略に貢献していた軍人に反発され、今まで殺されてきたナンバーズと呼ばれた方々から恨まれるだけです」

 「・・・なら、皇帝が変わった後に国是を変更するなら?」

 「時間がかかるでしょうけど、シャルル皇帝が変えるよりははるかにましでしょうね。
 ・・・貴女にそれが出来ますか?」

 「・・・解りません。でも、私はそれを変えたいのです。
 私はEUも、中華連邦も、そしてブリタニアも全部なくなって、世界が一つになって平和な世の中を見たいのです」

 ユーフェミアがまっすぐエトランジュを見据えて語る夢に、エトランジュは小さく笑みを浮かべた。

 「よく世界を一つに・・・などというスローガンを耳にしますが、私はそれがいいとは思えません。
 自分が好きな場所を選べないというようにも取れますからね」

 「それは、どういう意味ですか?」

 「一つということは、他のものがないともいえるからです。
 EUはあくまでも小国同士が集まって大国並の影響を持っているということはご存知でしょう。ひとつの国家にはまとまっていないんですよ」

 EUでは、それぞれの異なった形態を持つ国が集まっている。
 君主国家もあれば完全なる民主主義国家、貴族制度のある国やない国など、本当に様々なのだ。

 実はマグヌスファミリアは王族が主体となって政治を行っており、国民達は関与していない。その意味では、ブリタニアに近いといえる。
 王族が高度な教育を受けるために海外へ国費で留学する代わり、国のために政治を行う。いわゆる高貴なる義務と言うやつだ。
 農耕国家ゆえの貧乏さから効率的に政治を行うためなので、文句が来たことはない。
 もともと身分制度自体、そうすることで効率的に政治を行うために生まれたのだ。

 そんな貧乏君主国家のマグヌスファミリアだが、そんな国にも移住希望者は来る。
 緑豊かでのんびりした国で過ごしたいという者が、移住を望んで来ることは何年かに一人や二人は来るのである。

 逆にマグヌスファミリアの機械文明に憧れた娘が、EUのとある国の嫁不足に悩んでいた農村に嫁いだこともある。

 EUでは移民を希望し、その国が移民を認めれば犯罪者などでない限りそれが叶えられる。そうEU連邦の法律で決められているのだ。

 「自分に合ったものを選べるというのも、よろしいのではないでしょうか?
 極端な例ですがユーフェミア皇女、ご自分の一番好きな物が最上級の素材で作られたものだけがあるレストランと、少々味は落ちてもたくさんのメニューがあるレストラン・・・永続的に利用するとしたら、どちらを選びますか?」

 「解りやすいですね・・・もちろん、たくさんのメニューがあるレストランです」

 「私はそれでいいと思うのです。たくさんのものがあって、それぞれ好きなものや自分に合ったものを選べる世界。
 一つに纏まるというのはそれはそれで素晴らしいと思いますが、それぞれがその中核になるために争い出しては本末転倒ではないかと思うので」

 現在ブリタニアがやっているのがそれだ、と言うエトランジュに、なるほどそういう考えもあるのかとユーフェミアは目から鱗が落ちた。
 もちろんそれはあくまでエトランジュ個人の考えであり、穏便に一つになれるというのならそれはそれで悪いものではない。

 「ユーフェミア皇女に一つ、偉そうですがこんな例があったことをお教えしておきましょう。
 昔とある国で宗教間の争いが起きていることに心痛めた皇帝がそれを止めるためにその二つの宗教を廃止し、新たな一つの宗教を改めて広めようとしたことがあったのです。
 一見いい考えに見えますが、双方からすれば別宗教を押し付けられていることに変わりはないということにその皇帝は気付かず、情勢が悪化する結果になってしまいました」

 「・・・ご忠告、ありがとうございます」

 自分ならうっかりやってしまいそうな行為だと、ユーフェミアは溜息をついた。

 「政治って、大変ですね・・・改めて言われると、怖くなりました」

 「大勢の人々がいる以上、大国であればあるほど意見が纏まらなくなるのは仕方ないと思います。
 私の国は非常に人口が少なく僻地にあるので、逆に結束力が強くあんまり揉めたりしないんですよね」

 実際、マグヌスファミリアでは暴動だの革命だのそんな物騒な事件が起こらなかった。
 理由は貧乏ゆえに余裕がないため、王族が食料を独占するだのという行為をしたが最後、他の国民達からあっという間に排斥されることが目に見えているので初めからやらないからである。
 王族より国民の方がケタ違いに多い上に王族を守る軍隊がないのだから、当たり前だ。
 ゆえに平等に食糧分配という王族最大にして重要な仕事だけは、意地でもきっちり行っていた。

 世界史上、国が内部から崩壊した理由の大半が、飢えと貧困によるものだ。フランス革命などその代表である。
 “飢えは為政者の最大の敵”というのは、はっきり言って常識中の常識なのだ。
  それを知らずにゲットー封鎖などという行為をしてしまったユーフェミアの信用は、地に潜ってしまったという訳だ。

 「それと、最後にもう一つだけ・・・私はブリタニア皇族が嫌いです」

 はっきりとそう告げたエトランジュに、ユーフェミアは小さく俯いたが続けられた言葉にはっと顔を上げた。

 「けれど、ブリタニア人が嫌いなわけではありません。
 私達に英語を教えて下さったのは元ブリタニア貴族の方ですし、レジスタンス活動を助けてくれる方やそうと知りながら見て見ぬふりをして下さっているブリタニア人の方が大勢いるからです。
 ブリタニア皇族が嫌われているのはその血筋故ではなく、その行為によるものであるということを、忘れないで下さい」

 「はっきり言うとね、あんたらはその辺りのことが全く解ってないのよユーフェミア皇女もそこのウザクも」

 アルカディアがスザクにはもはや何を言っても無駄と認識したので視界にも入れず、ユーフェミアに向かって手厳しい口調で言った。

 「私達がユーフェミア皇女のバカと罵ると、“自分はブリタニア皇族だから、姉が日本人を虐殺したから恨まれている”って思いこんで、自分達が何をしたかなんて考えてもいなかったでしょ」

 むしろ自分は善意でしたことだからいい結果が出ているはずだと考え、どうして理解してくれないのかとすら思っていたはずだと言い当てると、ユーフェミアははい、と小さな声で認めた。

 スザクもユーフェミアを悪しざまに罵るアルカディアをそんな目で見ていたが、はっきり迷惑を被ったからだと言われると言い返せなかった。

 「だけど、確かに虐殺者の身内だからと恨む人はいるけどね、実際は当人がまともなら人はそれほど悪意を向けたりはしないものなの。
 むしろコーネリアはああいう女でも、さっきも言ったけど余裕がない今効率を考えて妹は自分達を大事にしてくれるなら彼女を支持していこうとなったでしょうね。
 善意が全ていい結果になるとは限らないことを理解せずに、彼らの信頼を失ってしまったってわけ」

 「そういえばユフィ、コーネリア姉上が入院してから、どういう形で物事を決裁していたんだ?」

 だいたい想像はついていたが、念のためルルーシュが尋ねるとユーフェミアが小さな声で周囲の人間が運んでくる書類を確認し、日本人を弾圧する書類を避けて決裁していたと告げるとやはりなと溜息を吐く。

 「戻ったら自分が決裁したもの以外の書類を確認してみるといい。
 君が許可を出した書類は確かにブリタニア人が日本人を弾圧しないものばかりだが、総督や副総督の許可がなくてもいい範囲内なら、日本人に対する弾圧が行われているはずだ」

 「え・・・あ!」

 ユーフェミアは考えが足りないだけで、政治的知識はある。ルルーシュの言葉の意味に気付いて、顔を青ざめさせる。

 「どういう意味ですか、ルルーシュ様。ユーフェミア皇女の許可がないなら、それでいいというわけではないようですが」

 てっきりゲットーを封鎖しブリタニア人の行き来を封じるという弾圧だけだと思っていたエトランジュに、ユーフェミアが震える声で答えた。

 「いくら総督や副総督でも、全ての決裁を行うのはとても無理です。
 ある程度は地方長官などに権限を委託していて、トウキョウ租界についてはダールトンがわたくしの裁可がなくてもある程度の政策を整えることが可能なのです」

 「たとえば名誉ブリタニア人を左遷する、ある程度の財産を持っている日本人に対する地方増税、テロリストとして捕らえた日本人の処刑は、地方長官程度の権限で施行することが可能なのですよ」
 
 マグヌスファミリアでは国すべてのそれは国王決裁なので、エトランジュは人口が多いとそうなるのかと一つ学んだ。
 ちなみに現在、国王代行として伯父にして宰相のアインが政治を処理しているので、エトランジュはまるでやり方を知らなかったりする。

 「ああ、そういえばカンサイでは地方税が高収入の日本人にだけ増税されるって聞いたわね。
 私達が殺したハーマウ男爵がカンサイブロック長官権限で決めたんだっけ?」

 「そうですよアルカディア様。ナンバーズに対する法律適用は、ブリタニア人次第でいかようにも出来ますからね。
 総督や副総督なら止めることが可能ですが、決めるだけならある程度権限のあるブリタニア人の自由です」

 「私・・・トウキョウ租界近くのゲットーの日本人ばかりに目が行って、他のことが見えてなかった」

 ルルーシュが教えてくれなければ、恐らくここを出てからも解らずにいただろう。
 
 「おそらく、君は周囲に“テロリストに対して手荒な行為をするな”などと言っただけで、それ以外の日本人について確たる指示を出さなかったんじゃないか?
 しかもその手荒な行為というのも細かく指示を出していない・・・違うか?」

 「はい・・・全くその通りですわ」

 租界とゲットーの行き来を制限したとはいえ、“ゲットーへ行く者はブリタニア執政官および大佐以上の許可を得た者のみとする”となっているため、逆に言えばその許可を得られた者は出入り出来る。
 その者達は当然スパイの疑いがない信頼できる精鋭達である。その能力を発揮し、黒の騎士団の下部組織や他の弱小テログループをいくつか摘発していたのだ。

 逮捕された者は、当然ブリタニア側からすればれっきとして犯罪者だ。そして“現在のブリタニア法律に則って”処理される。
 裁判なしの死刑だの投獄だのが行われても、それは裁判官の許可で充分だ。わざわざ副総督の許可などなくても、事後報告で構わないのである。
 
 自分が決裁するから必ず報告せよと言う命令がない限り、必然的にそうなる。彼らは命令に背いたわけではないから、責めるわけにもいかない。

 「ユフィ、俺の意見を言わせて貰う。
 君は確かに崇高な理想を持ち、それに向かって努力する姿勢を持っていることは素直に尊敬しよう。
 だが、やり方が解っていない。何よりまずいのは、君は思いつきで行動しすぎだ」

 それは為政者として最悪だとはっきり宣告すると、ユーフェミアは落ち込みながらも頷いた。

 「スザクに言って電話をかけさせた時、君は何故俺が君に生存を言わなかったのか、考えなかっただろう?それと同じノリで、今までやって来たと想像がつく。
 電話をかけさせて俺の生存を探るまではまだいいが、いきなり俺と話そうとしてきて・・・どれだけ俺が焦ったことか」

 「ご、ごめんなさい」

 「君がまずやるべきことは、政治のやり方を覚えることだ。
 いきなり副総督などという地位を渡した姉上が悪いが、通常は地方長官から始めるくらいがちょうどいいんだぞ」

 つい先ほどまで学生だった人物を、自分がいるからと言って権限の強い副総督に据えたコーネリアがそもそも悪いのだ。
 どうせ彼女のことだから重要事項は自分一人で決めて、口では厳しく言いながらも本音では妹には自分の傍で穏やかに過ごして貰いさえすればいいとでも考えていたのだろう。
 
 そうでなければ妹に確実な実績を積ませようとするはずだが、コーネリアがつけた補佐であるダールトンが結局全てやってしまっているため、彼女は成長する機会を奪われ続けていたのだ。

 「あんたさ、今までの話を聞くに思い付きで何かの提案をするだけで、計画して行動するってことがなかったでしょ」

 「・・・はい。解りますか?」

 「ええ。そっちの騎士も同類でしょうね」

 「・・・・」

 アルカディアの呆れかえった台詞にユーフェミアが顔を赤くすると、エトランジュを指さした。

 「うちのリーダーも頭あんまりよくないから、まず自分の案は紙に書いてよく考えるの。
 それで却下されたらどうして駄目なのか、理解するまで説明を求めてくるわ」
 
 もちろんこのようなやり方では政務は遅れるし、尋ねられる方も説明にうんざりするかもしれない。しかし、それでエトランジュはゆっくりでも学んでいく。
 彼女達の年齢では、もともと成功するより失敗を糧に成長するのが当たり前なのだ。ただ状況がそれを許さない以上、失敗のないように行動するには無難な方法なのである。

 「あんたはまず、計画を立てて考えることから始めた方がいい。さもないと、全員が迷惑する。
 っていうか、あんたらのほうが余裕があるんだから、頼むから計画書を書くくらいのことはしてじっくりとっくり考えて欲しいわ」

 政治家の基本だというアルカディアに、ユーフェミアはもっともだと納得してしゅんとなった。

 「ただし、あんたがゆっくり学んで成長していると知っていても私達のほうは余裕が全くないから、今後ともブリタニアと戦うことに変わりないわ。
 時間は全くないと思った方がいいでしょうね」

 「そういうことだ・・・それでも君にはダールトンやギルフォードと言った信頼出来る人間がいるというのは幸運なことだ。
 あいつらが国是思想の持ち主でも、君を思っている以上君が成長する機会を奪うような真似はしないだろうよ」

 ただし、君がはっきりと成長したいと告げなければ鳥籠の中で鑑賞されるお飾りのままだと言うルルーシュに、ユーフェミアは異母兄をまっすぐに見据えて言った。

 「もし間に合わなくても、私はやるべきことはやっていくわルルーシュ。
 あの・・・一つだけ貴方に相談したいことがあるの。聞いてくれる?」

 「なんだい、ユフィ」

 最後の語らいだから何でも聞くというルルーシュに安堵の吐息を吐いたユーフェミアは、笑顔で尋ねた。

 「私、貴方にとても迷惑をかけたし、日本人にもとても悪いことをしてしまったわ。 
 私が出来ることで、みんなの役に立つことはありますか?」
 
 貴方なら信頼出来る。
 だから、自分がどうすべきか貴方の意見を聞かせて欲しいというユーフェミアにルルーシュは低い声で言った。

 「俺はゼロだぞ?」

 「でも、今は私の兄だわ。兄として最後の言葉をくれるって言ってくれた」

 ルルーシュはその言葉に大きく眼を見開くと、一本取られたというように観念した。

 「いいだろう、俺なりの考えを君に話そう。ただし、それらすべてが正しいとは限らない。
 君自身が考え、選んでいくんだ・・・いいな?」

 「ええ」

 ルルーシュは異母妹の髪を撫でてやると、後ろ手に縛られたまま放置されたスザクの傍に歩み寄る。
 
 「・・・礼を言っておこう。俺とナナリーを守ってくれようとしたんだな。・・・ありがとう」

 「ルル-シュ・・・」

 「だが、それももう無理だスザク。今度は俺達の代わりというのもおかしいが、ユフィを守ってやってくれ。
 敵は黒の騎士団ばかりじゃない、皇宮に巣食う宮廷貴族どもや皇族達もそうだ。
 お前ならそこらの刺客程度なら、簡単に排除してくれるだろう」
 
 再会した時華麗な蹴りを披露したスザクを思い出したとからかうように言うと、スザクは親友の儚い笑顔を凝視する。

 「明日になれば、俺達は敵同士だ・・・もう、友人ではなくなる。
 だから、これが最後の友人としての言葉だ」

 ルルーシュはゼロとして相対すればお前を殺すと言いながらも、それでも初めての親友に向かって矛盾した優しくも残酷な言葉を告げる。

 「親友としてお前に言う。枢木 スザク、お前は生きろ

 「・・・・!!」

 「そして、俺の異母妹(いもうと)を守ってくれ。出来れば、黒の騎士団と戦って欲しくはないがな

 冗談めかした台詞がスザクの耳に入った瞬間、その言葉が絶対遵守の命令となってスザクに流れ込む。

 赤く縁取られた目をしたスザクが、紫電の瞳を持った友人にその命令を遵守すると宣誓する。

 「解ったよルルーシュ。もう、騎士団と戦うことはしない

 「ありがとう、スザク・・・そして、すまない」

 こんな形で決着をつけたくはなかったが、これ以上ゲンブやシャルルといったバカな大人のために振り回されたくはない。
 親友と戦いたくないのは、自分も同じなのだ。だが彼が戦う意思を持ち続ければ、確実に彼を殺さなければならなくなる。

 親友の命を助けるためとはいえ、こんな手段を取らざるを得ない己に腹が立った。

 「俺達は親友だから・・・」

 「ああ、そうだねルルーシュ」

 スザクは涙を流しながら頷くと、ルルーシュの胸に顔をよせて懇願するように言った。

 「俺は・・・俺は生きていてもいいのか?父を殺した俺を、幾多の人命を奪った俺に、君は生きろというのか?!」

 「そうだスザク。君は俺達を助けてくれた・・・俺はお前に感謝している。
 だからあの日、お前が無実の罪で処刑されるのを見過ごしたくなくて助けに行ったんだ」

  反逆の意志は初めからあったが、ナナリーがまだ学生、自分自身も学生なままでゼロをやる予定はクロヴィスを殺した時にはまだなかった。
 だがスザクが犯人としてでっち上げられ、彼を助けるためには早めに反逆者デビューを果たさざるを得なかったのである。

 お陰で出席日数はやばくなるわ、妹との語らいの時間は減るわ、貯めていた貯金は減るわでいろいろ大変な事態になっていた。
 もしあの件がなければ、反逆者ゼロの登場は二年ほど遅れていたであろう。

 しかし、そのスザクが処刑されかけた事件の映像でゼロを見つけたマグヌスファミリアとしては、少々複雑な心境であった。

 「俺のため・・・ルルーシュ・・・」

 「ああ・・・お前に死んで欲しくはなかったんだ。技術部と聞いていたから安心していたのに、まさか白兜のパイロットだなんてチョウフ基地で判明するまで思ってもみなかったよ」

 「ごめん・・・心配掛けたくなくてさ・・・」

 「もういいんだ、スザク。俺はもう、友達同士で騙し合うことに疲れた」

 スザクは人の話を聞く耳はないし、かといって自分のためにその手を血に染めたと知っては、もはやこうするしかなかった。

 「お互い命の助け合いをした・・・そういうことにしようスザク。
 明日からはもう、親友のルルーシュ・ランぺルージはいない。お前の前に立ちはだかる、ブリタニアに反旗を翻すゼロだ」

 そしてスザクはブリタニア皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアを守る騎士だ。ゼロの敵以外の何ものでもないと告げると、スザクはどうしてこうなったのかと自問する。

 もしも先にルルーシュがゼロだと明かしてくれていたら?いや、自分はきっとそんなことはやめろと言い続けて彼を窮地に追いやってしまっていた。
 自分をよく理解していたからこそ正体を明かさなかったのだと、スザクは今さらに悟って呆然となる。

 「だから言ったでしょ、何をしようが結果はもう決まってるって。
 あんたのリアクションを見るに、ゼロの正体にうすうす気づいていたけど、今の関係を壊したくなくて黙ってたんでしょ」

 「・・・ああ、そうだ」

 ゼロの正体がルルーシュなら、ゼロをやめて貰えば彼を捕えずに済むと心のどこかで考えていた。
 結局自分はルルーシュに甘えて甘えて、結果彼をここまで追い詰めてしまったのだ。

 「覚悟決めなくてもいいから、何もしないで枢木。あんた、本当に邪魔。
 あんたの考えは角度がずれ過ぎてて、悪い結果しか生まないから」

 脳筋とかもうそれ以前の問題だというアルカディアはそれだけをスザクに要求した後、ユーフェミアに手厳しい言葉を浴びせかける。

 「あんたもそうよユーフェミア皇女。あんた自分が持ってたアドバンテージを経緯はどうあれ自分で壊したんだから、ルルーシュ皇子の策を持ってしてもどこまでいけるか解らない。
 冗談抜きで自分の命賭けることになるけど、その覚悟を持ってやることね」

 相手は黒の騎士団および世界各地のレジスタンス、さらには国是主義のブリタニア人と敵は多いと告げるアルカディアに、はい、とユーフェミアは頷く。

 「私は・・・みんなと仲良くしたいです。それが見ることが叶わないなら、それでも構いません」

 ブリタニア皇族には貴重な主義者である。
 アルカディアとしても無為に殺したくはないし、ブリタニアを滅ぼした後彼女を傀儡のトップとして据えればある程度のブリタニア人の反感を抑えられるという案もある。

 エトランジュも考えは同じなのか、スザクだけ殺してユーフェミアのみ生かすのが一番だが、今回は諦めることにした。

 「では、今回はルルーシュ様のお顔を立てましょう。
 ユーフェミア皇女を捕らえた黒の騎士団から、枢木少佐が同じく捕らえたカレンさんとの人質交換で奪還したのです。
 今宵あった出来事は、ただの生き別れになった異母兄妹の語らいであり、親友同士が腹を割って話しただけです。それで、よろしいですか?」

 「俺は構わない。もう、二人と話す機会はないだろう・・・感謝しますよレジーナ様」

 「ち、レジーナが言うなら仕方ないわね・・・手は打ってくれるようだし」

 はっきりスザクにギアスをかけたことを確認していたアルカディアも、その代償ならいいと納得するとスザクとユーフェミアも了承した。

 「ありがとうございます皆様。スザクも、いいですね?」

 「でも、俺は・・・父親殺しの俺が、貴女に仕える資格は」

 震える声音で俯くスザクに、ユーフェミアは微笑みかけた。

 「なら、これからわたくしと一緒に償っていけばいいわ。私には貴方が必要なのです・・・私の騎士なのでしょう、スザク。
 それとも、日本人を追いつめてしまった私はお嫌いですか?」
 
 「いいえ、そんなことはありません!!ですが!」

 「それなら、私の味方になってくれませんか?
 私には貴方が必要なのです。貴方がいなくなったら、ルルーシュもいなくなる今私の味方は貴方だけです。
 私と一緒に、頑張ってくれませんか?」

 「イエス、ユアハイネス・・・ユフィ、ありがとう」

 スザクが涙を流すと、ルルーシュはスザクを縛っているロープをほどこうと手を伸ばす。

 「ちょっと待ってろ、今ほどいてやる。そうしたら、夕飯の材料を取りに行って貰うからな。体力バカにはぴったりの役目だろう」

 「ひどいなルルーシュ。ここには兎や鳥もいたし、すぐに捕まえてくるよ」

 ルルーシュは初めこそ余裕の表情で縄を解こうとしていたが、相当固く結んだらしくてほどけない。
 
 「くっ・・・なんだこれは?!この結び目ならこうすれば計算上ほどけるはずだ!」

 「あー、それ漁師の人から教わった結び方で、解き方判んないと無理よ?」

 アルカディアがさらっと言うと、エトランジュがすたすたとスザクに歩み寄りロープに手をかけると、力を入れながらもするするとほどいていく。

 「はっきりきつく結んだんですねアルカディア従姉様・・・はい、これで大丈夫ですよ」

 「・・・どうも、ありがとうございます」

 やり方を知っていたとはいえ、それでも年下の少女に簡単に解かれる様を見たルルーシュは、内心プライドが傷ついた。

 スザクの手首にはうっ血の痕が生々しく残っており、アルカディアがいかに彼を始末する気満々だったかが伺える。

 「・・・とりあえず、今夜の食事を確保しよう。まず穴を掘って兎を捕まえて・・・」

 「もう捕まえてしまいましたルルーシュ様。既に血抜きも終わっていますので、食べられますよ」

 エトランジュが木陰に吊るされている兎を指すと、ジークフリードが息子に指示する。

 「食べられる実などもありますが、この人数では少々厳しいですな。クライス、近くに魚がいる川があっただろう。何匹か捕まえてこい」

 「へいへい、めんどーだけど仕方ねえな。アルー、お前も手伝ってくれよ」

 「時間ないし、いいわよ。じゃあちょっと行って来るから、カレンさんとジークさん、悪いけどあとはよろしく」

 何をよろしくするのかというと、もちろんスザクの監視である。
 クライスとアルカディアが川へと消えていくのを見送りながら、カレンが尋ねた。

 「ここで一泊する羽目になるって、解ってたんですか?」
 
 「ルルーシュ様の指示を受けて救護のためにここに来た時、万が一に備えて兎とか木の実とか集めてたんです。
 私も料理は父や家族から習ってたので、こういうことは得意なので」

 電化製品などあまりないマグヌスファミリアでは、かまどによる調理もするし家畜を処理する事も日常茶飯事にある。
 ウサギ程度ならエトランジュにも捌けると聞いて、カレンはさすが農耕国家と驚きつつも感心した。

 手際よくエトランジュが兎を切り分け、ジークフリードが火を起こすのをただ見ている文明国家育ちの面々は、気まずそうに顔を見合わせた。

 「・・・後片付けくらいは、俺達がするか」

 「そうだね、ルルーシュ」

 「後片付けって、どうするんでしょう?」

 「洗い物とか・・・でも、洗剤とかなさそうだし。ってか、皿とかあんの?」

 他愛のない会話をしながらも四人はだんだんと口数が減り、何となく夕焼けを見つめた。
 あの太陽が再び昇った時・・・再び自分達は敵味方となる。

 一番仲が良かった異母兄妹なのに、親友なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 楽しそうに夕飯の支度を整えているマグヌスファミリアの一行が、とても眩しく見えた。 




 「私は日記をつけて日々の記録をしてますね。後で見返してみると、いろいろ見落としてたりすることがありますので」

 「日記ですか、それはいい考えですね。私もやろうかしら」

 ユーフェミアとエトランジュが兎の串焼きと木の実を食べながら談笑している傍ら、ルルーシュが怒鳴っている。

 「違うな、間違っているぞスザク!魚は焼けばいいというものではない、きちんと三枚におろして内臓を抜くんだ!」

 「君はこういうことにうるさいなルルーシュ。食べられればいいじゃないか」

 「こういうところの魚は、寄生虫などの危険もあるんだ!熱処理を完全に行うべきだ!」

 「なんだ、焼くだけじゃ駄目なのか」

 カレンも木の枝で作った串に魚を刺して丸焼きにしようとしていたのを見て、料理に関しては自分がやらねばと材料を二人から強奪する。

 「幸いレジーナ様が海水を乾燥させて作った塩があるから、味付けは出来る。俺に任せろ!」

 無駄にオーバーアクションを取りながらも、カレンから借りたナイフで華麗な手さばきで魚を切り分けていくルルーシュに、カレンは何だかムカついた。

 「あんた、皇子様のくせになんでそんな料理がうまい訳?」

 「日本に人質に出された時、毒殺の恐れがあったから自分で材料を仕入れて作るようにしたんだよ。
 ゲンブが俺達を殺そうとしていた事実が明らかになった今、それは正解だったようだな」

 そういえば生徒会の差し入れも、時々こいつの手作りだったけと思いだしたカレンに、ルルーシュはさらりと鉛のような答えを言う。

 「そ、そう・・・それは大変だったわね」

 「・・・・」

 その答えが耳に入ってしまったユーフェミアは、何の心配もなく宮廷の最高料理を食べていた己が恥ずかしくなった。

 「どうしたユフィ。その実がまずいなら、こっちの甘いやつにするかい?」

 「ううん、いいのよルルーシュ。本当に大変だったのね」

 「まあ、生きていくためのスキルは一通り身につけられたと思えばいいさ。
 ふっ、適量の塩、この火力による焼き加減・・・さらにこの木の実で作ったソース!完璧だ!さあ食べるがいい!」

 無駄に完璧主義なルルーシュが焼いた魚は、甘い実で作ったソースが実によく合う絶品であった。

 「あ、おいしー!たったこれだけの材料で?!あんたゼロ引退したら料理人でやってけるわよ」

 「よく実だけでソースなんて作ったもんねえ。私もお代わりー」

 カレンとアルカディアが遠慮なしに食べるのを見て、遠慮したのはユーフェミアとエトランジュ・・・双方の陣営の中では一番身分の高い二人であった。

 「・・・人気みたいですから、一匹を半分こしませんか、ユーフェミア皇女」

 「そうですね、レジーナ様」

 綺麗に半分に分けた木の実ソースがけ焼き魚を、兎の肉とともに食べる。

 結局朝食分に回す実以外を綺麗に平らげた面々は、約束通り食料集めをしていなかったルルーシュ達がやり、骨や種などを木の根元などに埋めて処理する。

 「次は寝床の準備だけど・・・夏とはいえ夜は冷えるのよね」

 温かい洞窟があるにはあるが、そこは遺跡がある場所だ。
 カレンやユーフェミア皇女、スザクがいなければそこでとなるが、部外者を連れて行きたくはないし、シュナイゼルらがいつ来るかも解らない。
 アルカディアは持参していたサバイバルシートを3枚取り出し、それを寝袋代わりにすることにした。
 それを受け取ったエトランジュは、草むらにそれを敷き詰めにジークフリードと共に歩き去っていく。
 
 「三枚しかないから、レジーナとユーフェミア皇女と、カレンさんで。
 男の方が体温高いんだから、一晩くらい何とかなるでしょ」

 「え、アルカディア様はいいんですか?」

 カレンが遠慮すると、クライスがひらひらと手を振る。

 「こいつ頑丈だから、平気平気」

 「うん、クラの上着強奪するから」

 「待てやごるぁ!てめえ保温性の高いケープ持ってんじゃねえか」

 アルカディアとクライスが罵り合っているのを、ユーフェミアは少々おろおろしながら言った。

 「あの、止めなくていいんですか?」
 
 「ああ、あの二人はいつもあんな感じだから、あれで仲がいいんだろう」

 ただのスキンシップだろうと言うルルーシュにほっとするユーフェミアだが、もしかしてというように尋ねた。

 「もしかして、お付き合いされてらっしゃるとか?」
 
 その言葉が口から放たれた瞬間、二人の動きが止まった。

 「違う!間違ってるユーフェミア皇女!俺は確かに既婚者だが、こいつじゃねえ!」

 「そうそう、こいつは私の姉と結婚してんの。つまりは義理の兄」

 やめろおおと嫌がりすらするクライスに、ああそれで女王であるエトランジュにタメ口なのかとルルーシュとカレンは納得する。
 アルカディアの姉なら当然エトランジュの従姉なわけだから、彼女にとっては義理の従兄でもあるわけだ。

 「結婚してたんですかクライスさん?!指輪してなかったから解らなかった・・・」

 「外国じゃ既婚者は指輪するらしーけど、うちは農業や漁業するのに邪魔なんでそんな風習ないんだよ」

 「なるほどー。じゃあコミュティで帰りを待ってるんですか奥さん」

 カレンの何気ない問いに、クライスは小さく笑みを浮かべて答えた。

 「国が占領される際、城を湖に沈める装置を動かすために残って・・・そこで死んだよ」

 遺跡を鎮める仕掛けは城が建設された当時からあったものだが、それを動かす方法は王族のみが知っていたため、アルカディアの姉であるエドワーディンがその役目を引き受けたのだ。
 動かすだけならいいが、ブリタニア軍に包囲されていたせいで逃げることが出来ず、彼女はその後自害した。

 クライスが姉にあれほどの殺意で大砲を投げた理由が解ったユーフェミアは、いたたまれない気分になった。

 「ま、そんなわけでコーネリアには恨みがありまくりな俺ですが、あんたにそれを向ける気はないので安心して下さい」

 「・・・はい」

 ごめんなさいと言っても何の価値もないとエトランジュから言われたユーフェミアだが、それでも何度でも頭を下げたい衝動に駆られる。

 「あのー、サバイバルシートを草むらに敷いてまいりました。
 朝は早く起きた方がいいでしょうから、そろそろ行きませんか?」

 先ほどのやり取りは聞こえていなかったエトランジュが戻ってきたが、ユーフェミア皇女が暗い顔をしているのを見て何があったか視線で問うと、アルカディアがクライスを指す。
 それだけで理解したエトランジュは、何事もなかったかのように言った。

 「私達三人は、そっちで眠りますね。殿方とアルカディア従姉様は、どうなさいますか?」

 「私は見張りも兼ねて、ジークフリード将軍とちょっと離れた場所で寝るわ。
 そっちのバカとルルーシュ皇子でどうぞごゆっくりー」

 ひらひらと手を振りながら一方的にそう告げると、アルカディアはジークフリードを従えてさっさと立ち去ってしまう。

 「じゃあ、私はカレンさんとちょっとお話がありますので・・・いいですか?」

 「・・・そうですね、実は私も、いろいろと質問が」

 実際はそんなものはないが、カレンもルルーシュの覚悟を見て取って最後なのだからと言い聞かせてエトランジュの言葉尻に乗ると、そそくさと彼女の背後に従って歩き去った。
 エトランジュとカレンがあからさまに気を使って三人だけにしてくれたのだと解った三人は、少々気まずい沈黙の後まずルルーシュが口火を切った。

 「さて、ユフィ。さっきの約束通り、君に俺が考え得る“日本人とブリタニア人が共存出来る方法”を教える。
 ただし、本当に難しい・・・それでも聞くかい?」

 「ええ、ルルーシュ。お願いするわ」

 ルルーシュが細かいところまで交えたその手段を語ると、ユーフェミアはあまりの綱渡りの方法に唖然とした。

 「・・・それじゃないと、駄目?」

 「まず君がすべきことは日本人の信用を回復することだが、ブリタニア人の反感を買わないようにするバランス感覚がまず求められる。
 コーネリア姉上の意識が戻ったら確実に反対される案だから、君がトップのうちに片を付けるのが一番だが・・・時間が足りなさ過ぎる。
 だから一番失敗のない方法は、まずブリタニア人の中からブレインとなる人物を探すことだな」

 「主義者の方、ですね」

 エトランジュから中間管理職以下になら主義者の政治家がいると聞いていたユーフェミアが答えると、ルルーシュは独り言のように言った。

 「たとえば政庁で資料室長をしている男は、以前日本人に対する法の適用がまずいと発言して法務課から飛ばされていたな。
 男爵家の二男だし、君が資料を探す手伝いをして欲しいと言えば手伝ってくれるかもしれない」

 つまり皇族の手伝いをしてもおかしくない身分な上、とかく情報を遮断されがちな彼女の助けになってくれるというアドバイスに、ユーフェミアは嬉しそうに頷いた。

 「あからさまに主義者を周囲に集めると、確実に後からまずい事態になる。
 せいぜい3,4人程度にしておいて、後は裏から使う程度にしておくといい」

 「解ったわ、気をつける。あのね、その策のことなんだけど・・・下地が出来たら、貴方も協力してくれる?」

 「・・・出来たらな。その方が俺も好都合だ」

 ルルーシュは一から十までギアスで支配して指示する方が確実だと解ってはいた。
 しかし、自分の意志で頑張るという異母妹にそれは出来ず、どうしても失敗してしまいそうならその時にと決めていた。

 「戻ったら、すぐにでもやらなくては・・・計画書を立てるところからだけど」

 「ちゃんと解っているじゃないか。まあ、頑張れ」

 はい、と嬉しそうに笑みを浮かべる主を見て、この策がうまく行ってユーフェミアの地位が確たるものになったら皇族に復帰してくれないだろうかと甘い考えを抱いた。
 しかしどう見ても戻る気のない親友に二度も言えば本気で見限られかねず、おそるおそる尋ねる。
 
 「・・・あのさ、ルルーシュ。どうしても、アッシュフォードから出るのか?」

 「ああ、お前達が黙っていてくれても、いずれコーネリア姉上にバレるからな」

 政庁の電話で連絡してしまった主従は、せめてスザクを学園にやって手紙でも渡せばよかったと今更に悔やんだ。
 
 「気にするな、これで俺も踏ん切りがついた。これからは思う存分、ゼロとして動けると考えることも出来るからな」

 凶悪な笑みを浮かべて物騒なことを言うルルーシュに、ユーフェミアとスザクは顔を引きつらせる。

 「・・・ナナリーのことは、スザクから聞いたわ。まだ、あのままだって」

 「ああ・・・名医に見せれば足は治るかもしれないが、それをするとブリタニアに生存がバレる可能性があるからな」

 「そう・・・そうね」

 ユーフェミアが押し黙ると、ルルーシュが尋ねた・

 「俺からも聞きたいことがある。君は母が殺された事件について、何か知っているか?」

 「いいえ、私は何も・・・でも、お姉様がいろいろ調べているみたい。マリアンヌ様は、お姉様の憧れだったから」

 「そうか・・・姉上ほどの身分と実力者が調べて不明なままなら、相当な身分の者が関係しているなこれは」

 それだけでも手がかりだとルルーシュは考えた。仮にも平民出身とはいえ皇妃を殺されたというのに、何の捜査も行われないというのは明らかにおかしいのだ。
 
 「まあ、いい。ブリタニアを崩壊させた暁には、草の根分けても引きずり出してやる」

 母を殺された息子としては、至極当然の決意である。
 
 「君は母の事件について何も調べるなよ・・・確実に君の立場がまずいことになる」

 「解ったわ、ルルーシュが教えてくれた策の方で、精一杯だし・・・」

 ユーフェミアはそう考えながら、このままいけば遠くない未来ルルーシュとスザクがまた戦うことになるのではないかと危惧した。
 自分の護衛と言う名目でランスロットに乗せなくても、シュナイゼルから出撃命令が下れば彼も戦わざるを得ないからだ。

 迅速かつ確実に、ルルーシュから教わった策を実行に移そう。
 そう決意を秘めたユーフェミアがふと物音がしたので振り向いて見ると、そこにはサバイバルシートが一枚、ぽつんと置かれている。

 「・・・レジーナ様」

 見えないメッセージを受け取ったユーフェミアは、涙をぬぐいながらそれを手にする。

 「あのレジーナっていうリーダー、いい人だね・・・アルカディアって人はすごい毒舌家だけど」

 「約束があるからだ」

 さんざん言い負かされたトラウマか、スザクが苦手そうに言うとルルーシュが教えてやる。

 「どんな辛いことでも、ありのままのみを口に出して嘘を決してつかないと、レジーナ様と約束したんだそうだ。
 実際嫌なことの方が多い出来事を口にし続けるというのは本人にも苦痛だろうが、それでも現実を認識しなければ未来はない。
 だからいつまでも逃避思考のお前に腹が立ったんだろう」

 「そっか・・・そうだよね」

 軍人でもないのにその手を汚した従妹が醜い現実を直視して行動しているのに、それを下らぬ考えで否定されれば腹も立とう。

 「さあ、そろそろ休もうユフィ。明日のシナリオは解っているな?」

 「ええ・・・私は黒の騎士団に捕虜にされたけど、その後スザクがカレンさんと交換で奪還、その後ゼロ達は隠しておいたナイトメアで逃走した・・・でいいのね?」

 「そうだ。俺達が持って来ているナイトメアに乗って、仲間と合流する」

 幸いマオがC.Cと潜水艦に乗っており、既に黒の騎士団にはゼロとカレンの無事を伝えている。
 あとはイリスアーゲートでブリタニアの包囲網を突破し、迎えに来るタイミングを指示すると言ってあるので段取りはついているのだ。

 (最もイリスアーゲートだけでは難しいんだがな・・・藤堂か四聖剣の誰かにでも、援護に向かわせるか)

 思案を巡らすルルーシュにサバイバルシートの上に寝転がったユーフェミアが、まだ余裕のあるスペースを指して言った。

 「ねえ・・・一緒に寝ましょう。ここ空いているもの、ね?」

 「いくら兄妹とはいえ、もうそんな年齢じゃないだろ?」

 苦笑して窘めるルルーシュだが、これがナナリーなら即座にOKしたであろう。
 そしてナナリーでなくても、妹には甘いのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと言う男である。

 「でも、最後だし・・・お願い、ね?」

 「仕方ないな・・・最後だからな」

 ぱあっと顔を輝かせて横に来たルルーシュに抱きつくユーフェミアに、スザクは何だか自分がお邪魔虫のような気がして来た。

 そして草むらの上で、ルルーシュのゼロのマントを借りたスザクが掛け布団にしてユーフェミアの横に寝ころび、川の字になる。

 満天の夜空を見上げてそれに見入っていると、ユーフェミアがぽつりと呟く。

 「星は変わりませんね、あの頃のまま。昔、皆で見上げた星空とあの頃のままでいられたら、どんなに良かったでしょう」

 「そうだね、戻れたらどんなにいいだろうね・・・」

 スザクもルルーシュとナナリーと、あの幼き日を過ごした土蔵の窓から見上げた夜空を思い出し、拳を握りしめる。

 「・・・俺は・・・ユフィ、俺自身が生きるためにも・・・」

 「みっともなく足掻いて生きる意味を探し求める・・・だろ?」

 ルルーシュの言葉を薄く笑みを浮かべて続けたスザクに、ルルーシュは驚く。

 「俺もそうだった・・・それに下らない言い訳ばかりを重ねていたんだな俺は」

 「スザク・・・」

 「ルルーシュ、君の願いは確かに受け取ったよ。ユフィは何としても俺が守る。
 親友からの、頼みだから・・・そして俺が、選んだ人だから」

 スザクはそう言うと、ユーフェミアのストロベリーブロンドの頭越しにルルーシュを見据えて言った。

 「だから、俺からも言うよ・・・ルルーシュ、君も生きろ」

 「スザク・・・お前」

 「俺はもう、あれこれ余計なことを考えるのはやめにした。
 ろくな結果にしかならないと、こうも言われ続ければさすがにね・・・」

 ルルーシュは自嘲するスザクにそうだな、と同意すると、ルルーシュは二人だけで作った合図で『了解した』と答える。

 「その願い、確かに受け取ったぞスザク。俺は生きて、ナナリーと共に幸福な未来を掴み取る」

 「ああ・・・それがいいと思う。
 俺はユフィを守る・・・それにだけ全力を注ぐよ。それが俺が決めた、俺のルールだ」

 思いもがけない機会を得て、それぞれの秘めた決意を伝え合う。
 それらをただ、星だけが見守っていた。



[18683] 第十五話  別れの陽が昇る時
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/08/21 12:57
  第十五話   別れの陽が昇る時



  陽が昇る間際、薄暗い中既に起床していたマグヌスファミリアの一行は冷たい水で顔を洗って眠気を払うと、エトランジュがルルーシュを起こしにやって来た。

 「ルルーシュ様、朝ですよ。起きて下さいな」

 「ん・・・エトランジュ、様?」

 うっかり寝ぼけ眼で本名を呼んでしまったが、他の二人はまだ眠っているらしくほっとなりながら身を起こす。

 《あのー、実はここを出る前に遺跡を案内しようと思ったのですが、アルカディア従姉様がおっしゃるにはシュナイゼルの手の者が入っているようだとのことで》

 《あいつが?そうか・・・今回は残念だが見送るしかありませんね》

 アルカディアが水を汲みに行く途中、偶然ブリタニア軍が洞窟方面へ行くのを見たのだと報告するエトランジュに、ルルーシュは断念した。

 《それで、遺跡とは逆の方向にブリタニア軍はいないようなので、そこから脱出をとのことなのですが》

 《了解しました・・・念のため誰かを迎えに寄越すよう、マオに伝えて頂きたい》

 《解りました。では、参りましょう》

 ギアスによる会話を終えた二人は、まだ眠っている二人を起こしにかかる。

 「起きろスザク!朝食をとったら、すぐに動くぞ」

 「いたっ・・・あれ、ルルーシュ?」

 遠慮なしにスザクの頭を殴って叩き起こしたルルーシュは、次は打って変わって優しくユーフェミアの髪を梳いてやりながら起こす。
 
 「おはようユフィ。眠いだろうがもう朝だ」

 あからさまな待遇の差にスザクは少し悲しくなったが、ルルーシュだから仕方ないとスザクは起き上がってエトランジュが用意してくれていたビニール袋に入れられていた冷水で顔を洗う。

 ユーフェミアはゆっくりと目を開けると、優しげな眼差しの異母兄の姿を認めて笑みを浮かべ、そして朝が来てしまったことに悲しくなった。

 「ユフィ、レジーナ様が水を用意してくれている。早く顔を洗うといい」

 「はい、そうします。いろいろすみません」

 ユーフェミアはゆっくりと起き上がって川の水を汲んだばかりの冷水で顔を洗うと、エトランジュが差し出したタオルで顔を拭う。

 「いい気持ち・・・川の水がこんなに気持ちいいなんて、知りませんでした」

 「冷やさなくても冷たいですからね。夏場はそこで泳ぐととても気持ちいいですよ」

 祖国でもよく川辺で夏に遊んだものだと述懐するエトランジュに、ユーフェミアはつくづく申し訳ない気分になる。

 「昨日の木の実がありますから、それを朝食にしましょう。
 今ジークフリード将軍がお湯を沸かしていますので、インスタントスープも飲めますよ」

 「手際がいいですね。ではありがたく頂くとしましょうか」

 ルルーシュに促されて二人がエトランジュに案内されると、そこでは朝食を食べ終えたアルカディアとクライス、そしてヤカンでお湯を沸かしているジークフリードがいた。

 「ルルーシュ皇子方、湯が沸いております。どうぞ、そちらへ」

 「感謝する、ジークフリード将軍」

 既にカップの中にはインスタントスープの素が入れられており、ジークフリードがヤカンからお湯を注ぐとインスタント特有の強い匂いが立ち上る。

 相変わらず美味しくないが、栄養価だけはある。三人は味を気にしないようにして、エトランジュは食事は食事と感謝してスープを飲む。

 「俺達はナイトメアで、裏側から出る。お前達を探索しにブリタニア軍が既にこの島にいるようだから、助けを求めればそれでいいだろう」

 「解ったわルルーシュ。出来るだけそっちにブリタニア軍が行かないようにしてみるから」

 ルルーシュとユーフェミアが改めて確認すると、手早く片付け終えたエトランジュがさっそく促す。

 「では、夜が明ける前に行きますよ。今ならまだ眠っているブリタニア兵も多いでしょうから、いい時間帯です」

 ジークフリードとクライスはイリスアーゲートを取りに行くべく別行動をとり、他の一同は別れる予定のポイントまで移動すべく歩き出すが、ユーフェミアとスザクはこれでルルーシュと別れることになると思うと足取りが非常に重い。
 対してルルーシュはそんな気分がないわけではないが、覚悟を潔く決めたので迷いなく歩いている。

 「ここでお別れだユフィ、スザク・・・あっちをまっすぐに行けば、ブリタニア兵がいる。俺達はもう少し奥に行ってから、ナイトメアで脱出する」

 「ええ・・・さようなら、ルルーシュ。
 私頑張るから、もしうまく行ったら・・・一緒にやってくれる?」

 「・・・うまくいったら、必ず」

 ユーフェミアはルルーシュに抱きついて最後の抱擁を交わすと、名残惜しげに離れる。

 それらを冷めた目で見ていたアルカディアは、ふと周囲を見渡して気づいた。

 「ここは・・・!」

 「どうしたんですか、アルカディア従姉様」

 《ここ、遺跡エレベーターよ!!ほら、紋様のある石がある!》

 アルカディアが指した先にあった明らかに人為的に削られた四角い石に、ギアスの赤い鳥の紋様がくっきりと刻まれているのが見えた。

 《気付かなかったです・・・ということは、この下が遺跡》

 遺跡入口にブリタニア兵が集まっているから逆の方向にと単純に考えていたが、確かに洞窟奥を進めばここが遺跡の真上なのである。
 
 ルルーシュは興味深そうにエトランジュの横に来てその石を見つめたが、今回はそれどころではないと調査を諦めることにした。

 《ほう、これがそうか・・・だが、下にはシュナイゼルがいる。使う訳にはいかないな》

 《もちろんですルルーシュ様。作動など絶対に・・・え?》

 突然地面が赤く光ったかと思うと、見慣れたあのコードの紋様が浮かび上がるのを視認した時、思わずエトランジュが叫んだ。

 「どうして?!私達は動かしてなどいません!!」

 幸いラテン語だったのでユーフェミアとスザクには理解出来なかったが、ルルーシュにはその表情から意味を悟った。

 地面が徐々に下に降りて行く異様な光景に驚いたのはスザクとユーフェミアも同様で、スザクは彼女を抱きよせてバランスを取る。

 同じくとっさにルルーシュもエトランジュを引きよせてしゃがみ込んだ。

 「きゃあ!!」

 「ユフィ、僕に捕まって!!」

 アルカディアもエトランジュの元に行きたかったが酷い揺れのためにそれが出来ず、舌打ちしつつも地面が下に着くのを待つしかない。

 ゴゴゴオと地面がせり落ちてく様に一同はただ驚愕するばかりだが、それは遺跡に到着したばかりのシュナイゼルをはじめとする面々も同じである。

 突然天井が妙な鈍い音と共に揺れたかと思えばそれがゆっくりと落ちてきて、しかもその上に自分の部下と異母妹が現れたのだから当然だ。

 「枢木少佐!それとまさか・・・ゼロ?!」

 服装からそう判断したロイドの台詞を聞きつけたエトランジュは、思わずルルーシュの前に立って叫んだ。

 「ゼロ、早く仮面を!!」

 「あ、ああ!」

 すぐに下に落ちていた仮面をかぶったルルーシュに、同じくその叫びを聞いてブリタニア兵が銃を向けるが同時にユーフェミアがいることに気づいたバトレーが制止する。

 「馬鹿、ユーフェミア様もおられる!確保だ、確保しろ!」

 仮面をかぶり直している隙にアルカディアは銃を構えて威嚇射撃を行いつつ二人に合流すると、カレンが傍にあった黒いナイトメアに気付いた。

 「ゼロ、あそこにナイトメアが!」

 「よし・・・!あれを使うぞ!来い!」
  
 ルルーシュがそれに向かって走り出すと、カレンが駆け寄って来たブリタニア兵の隙を突いて銃を奪い、それを乱射して足止めする。

 エトランジュもアルカディアと共に走り出すが兆弾がエトランジュの足を掠め、転倒して頭を打つ。

 「きゃっ!・・・あ・・・!」

 「エディ!エディ、しっかりしなさい!!」

 「しっかり!私がサポートします!!」

 カレンも銃を乱射して足止めに協力し、どういうわけか呆然としているスザクを無視してユーフェミアが混乱したように装ってブリタニア兵の前に来る。

 「ああ、どうしてこんなことに・・・何があったのかしら?」

 「ユーフェミア様、ここは危険ですお下がりを!」

 それをチャンスと見てとったアルカディアは何度も呼びかけるが、応答はない。
 とうとうアルカディアは彼女を横抱きにしようと手を伸ばすと、エトランジュはゆっくりと立ち上がる。

 「よかった!ほら、にげ・・・え?」

 「non...!tu vulneras filiae...!」

 「・・・・!!」

 その台詞を聞いてアルカディアは驚いたように舌打ちすると、彼女の手を引いて走り出す。

 「急いで!カレンさんも!」

 「は、はい!」

 いつもの彼女に似つかわしくない、何やら憎々しげな表情のエトランジュに一瞬驚いたが、それどころではないカレンは黒いナイトメアに駆け寄る。

 コクピットでは既に作動済みであることを確認したルルーシュが、凶悪な笑みで操作パネルを動かしている。

 「ありがたい!無人のうえに起動もしているとは!
 ・・・何だこのナイトメアは・・・ふははは、ついている!」

 遺跡を調べるために先にバトレーが来て起動していたのが仇になったらしい。
 大まかなナイトメアの機能を把握したルルーシュはふとモニターに視線を移すと、そこには無言でこちらを見つめている金髪の男・・・次兄シュナイゼルの姿があった。

 (シュナイゼル!)

 「彼が・・・ゼロか・・・あの少女は・・・」

 シュナイゼルが考えの読めない表情をしている横では、ロイドが何やら考え込むように顎に手を当てている。

 そしてナイトメアが動き始めると、ロイドははっとなって慌てだした。

 「ああ、ガウェインが!!」

 その隙にカレンがガウェインという名らしきナイトメアの右肩に飛び乗ると、アルカディアとエトランジュも左肩に飛び乗った。

 「取り返すのだ!あの機体、ゼロごときに渡してはならぬ!!」

 バトレーの指示にブリタニア兵がわらわらと寄るが、ナイトメアが相手では生身の人間にはどうすることも出来ない。

 「シュナイゼル・・・だが、今は!!」

 彼の抹殺と言う当初の目的を果たせなかった憎しみをこめてそう吐き捨ててナイトメアを発進させた途端、洞窟の外にいたナイトメアが一斉に襲い掛かって来た。
 だが明け方のせいか、数は少ない。

 「出口にサザーランドが!」

 「捕まっていろ、このまま突っ込む!」

 「ええっ?!」

 カレンが驚愕するが、アルカディアはそれしかないと解っているのだろう、エトランジュを守るようにしてガウェインにしがみ付く。

 外では銃を構えて撃とうとするサザーランドの群れに目をつむりながらもガウェインに三人はしがみ付くと、ルルーシュはうっとおしげにパネルを操作する。

 「消え失せろ」

 その操作を終えた瞬間、ガウェインから熱線が放たれてサザーランドを一掃した。
 だが威力はそれほどでもないことを見てとって、ルルーシュは忌々しげに舌打ちする。

 「ちっ、武器は未完成か!」

 「ゼロ、もう敵はいません!ですが、クライスさん達は・・・」

 「大丈夫、事情は既に通信機のスイッチを入れて知らせてあるわ。たぶんこの光景を見て脱出してるはずよ」

 イリスアーゲートは海中移動が可能だからと説明するアルカディアに、カレンはほっと安堵の息を吐く。
 知らせたのは自分達がまさにいきなり遺跡前に落ちて慌てたエトランジュがリンクを開いた際に伯父から届けられた、このナイトメアに乗って逃走する予知だが。

 (もっと早く予知してよ!これだから自動発動型ギアスは!!)

 そう罵っても伯父もコントロール出来ないのだから仕方ない。

 「心配するな、もう一つは作動している」

 ルルーシュは自信たっぷりにそう告げた瞬間、ナイトメアが飛翔する。

 「飛んだ・・・ナイトメアが、空を?!」

 驚いたように呟くカレンをよそに、ナイトメアは速度を上げて飛びみるみる神根島が遠ざかっていく。

 「ふははは、はははははは!!」

 悪役笑いを響かせながら、ルルーシュはエトランジュに指示した。

 「イレギュラーにより、迎えの位置を変えなければなりません。連絡をお願いしたいのですが」

 「ごめん、ちょっとエディは・・・気絶してるから駄目」

 「何だと?!・・・だが、ああいう状況では無理もありませんね。仕方ない、こちらから本部へ連絡するとしましょう」

 アルカディアがぐったりとしているエトランジュを転落しないように抑えているのを見て、カレンはついさっきは普通に走っていたのにと首を傾げた。
 だが飛び立つ衝撃で驚いたのだろうと自己完結し、無事脱出出来たことに安堵する。

 イリスアーゲートは海中からガウェインが無事飛び去ったのをレーダーで確認した後、長居は無用とばかりに黒の騎士団の潜水艦へと海中移動を始めていた。



 一方その頃、我を失ったかのように遺跡の扉を見上げていたスザクは外から響き渡る轟音にようやく我に返り、後ろで心配そうにしている主の姿を見た。

 「す、すみませんユーフェミア様!ちょっとその・・・」

 「いいの、スザク。あれで・・・」

 スザクがなまじに戦っていれば、わざと逃がしていたように思われたかもしれない。何はともあれ、無事にルルーシュ達がこの場から逃げおおせられたことに二人はほっとしていた。

 ここはどういうものなのか二人は疑問に思ったが、いつまでもここにいても意味がないと外に出るとバトレーが呆然と立ち尽くしている姿が目に入った。

 「あぁあ、ガウェインが、我々のガウェインが・・・!!」

 「よい、所詮は実験機。それより2人の無事を祝おう」

 切腹でもして責任を取りたいとでも言うようなバトレーをそう慰めたシュナイゼルは、異母妹とその騎士に笑みを浮かべる。

 「シュナイゼルお兄様!」

 ユーフェミアは次兄の姿を見てほっとするも、彼が自分とスザクがいるのにミサイルを撃ち放ったことを咎める視線を送る。

 「すまなかったねユフィ・・・君が飛び出したことを知ったのは、私がミサイルを撃った後だったんだよ」

 「だからと言って、スザクを犠牲にするなんて!!」

 「あの時は、あれが一番確実な手段だった。我々は上に立つ者として、時として非情な判断を下すのも義務なのだよ。
 まだ若い君には、解らないかもしれないが」

 しゃあしゃあとそう言ってのけるシュナイゼルになおも言い募ろうとするが、ルルーシュから『シュナイゼルには逆らわない方がいい』と忠告されたことを思い出して口をつぐむ。

 「解りました・・・わたくしも軽率でした、申し訳ありません」

 「ありがとう、解ってくれて嬉しいよユフィ。それに、救助が遅れて申し訳なかったね」

 シュナイゼルは再度そう謝罪すると、異母妹の騎士に視線をやる。

 「捨て駒にしようとしたことは、素直に詫びよう枢木少佐」

 「いえ、自分はブリタニアの軍人であり、ユーフェミア皇女殿下の騎士ですから」

 恨み事一つ言わないスザクに、バトレーは当然だと言いたげに幾度も頷く。

 「さあ、二人ともこちらに来なさい。まずは軽食でも・・・ああ、その前に健康チェックを行った方がいいね」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。ささ、すぐにこちらへ」

 バトレーがユーフェミアをアヴァロンに案内すべく歩き出すと、スザクも彼女の背後につき従う。

 アヴァロンに乗艦する間際、ルルーシュ達が飛び去った空を二人は見つめた。
 昨日と同じ雲ひとつない青空に、眩しく輝く朝日が昇っている。
 
 あの夢のような一夜・・・それはもう戻らないのだろうか。
 二人は無言のまま思いを同じくすると、無機質な空の艦艇へと足を踏み入れた。




[18683] 第十六話  アッシュフォードの少女達
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2011/02/12 10:47
 第十六話  アッシュフォードの少女達



 ルルーシュが強奪したガウェインは、そのまま黒の騎士団の基地へ移動し、無事に帰還することが出来た。
 シュナイゼルのミサイルから逃れた後の経緯を、スザクとユーフェミアの部分を隠して説明し、試作機とはいえ高性能のナイトメアを手に入れたことに歓喜の声が上がる。

 「さすがゼロ!うまいことやったもんだな」

 「いきなり地面が下がった、ねえ・・・妙なこともあるもんだ」

 玉城は何も考えずに拍手し、扇が首を傾げるとカレンも頷く。

 「シュナイゼルがいたことから、何かの実験をしていたのかもしれないってゼロが言ってたわ。
 こんなナイトメアまで持って来てたんだから、たぶんそうじゃない?」

 「なるほどねえ・・・ラクシャータが大張りきりで解析と改造に取りかかるって言ってたから、相当なんだろうな」

 遺跡についてのことはカレンには言わない方向で話をまとめたルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、そうカレンをごまかしていた。

 「そういえば、そのゼロは?ラクシャータにあのナイトメアを渡した後、姿が見えないんだけど」

 「ああ、当分こっちで騎士団の方に専念するからって、引っ越しの準備をするんだって。
 私もスザクに正体がバレたから、もう租界には戻れないわね」

 父親と話す機会をと言われたが、この状況ではもう無理だ。心残りだが仕方がない。
 扇はぽんとカレンの頭を叩いて慰めると、カレンはまだ居場所があることに笑みを浮かべた。

 「扇さん・・・大丈夫、ここが私の帰る場所だから」

 「そうか、まあ何かあったらいつでも相談に乗るからな」

 「ありがとう!じゃあ、私はエトランジュ様に呼ばれてるので、行ってきますね」

 カレンがマグヌスファミリア一行に与えられている部屋をノックして入室すると、エトランジュとアルカディアがカジュアルな服を着て待っていた。

 「あの、私達は今からゼロの引っ越しのお手伝いをしに租界に参ります。
 既にあの方はアッシュフォードに戻って、事情の説明をしているそうなので」

 「そうですか。で、ナナリーちゃんはどこに?」

 「現在、ブリタニアの主義者の方とハーフなどの方が主に集まっているメグロゲットーです。
 あそこならナナリー様がおられても目立たないとの判断で」

 ブリタニア人の主義者やハーフの人々は現在ゲットーの一部を独占し、そこで暮らしている。
 ほんの百名足らずだが、一見それらは日本人から弾き出されたハーフやその親達のグループに見えるため、今まで見過ごされていた。
 今までは全くその通りだったが、エトランジュやゼロの説得により黒の騎士団に組み入れられ、ブリタニア主義者の受け入れに重要な役割を果たしている。
 
 黒の騎士団の台頭以降幾度となく監査の手が入って来たが表向きは全く非がないため、遠くから監視される程度に留まっていた。
 というより、こちらに目を向けておいてほかで活動しているのだろうと思わせる囮でもあり、それに引っかかったブリタニアは割と放置気味のようですらある。

 「そう言えばブリタニア人と日本人の夫婦と子供が、けっこういましたね。親がいない子供が集まる施設もあったような?」

 「ええ、公的にはほとんど援助がない施設ですが、裕福な日本人や有志の主義者の方による出資で何とか運営出来ている孤児院です」

 表向きには不具合を持った娘を親が捨て、それに反発した兄ともども来たというお涙物語とともにメグロに来るらしいという説明に、あながち間違ってないなとカレンは溜息を吐く。

 「以前からその施設の改修にゼロが関わっていたのは、こういう事態を想定してのようですね。
 家を借りようかとも考えたそうなのですが、ゼロとして動いている間一人には出来ないとの判断です」

 「なるほど、施設なら誰かしらいるし騎士団員を護衛につけられますもんね。
 それで、ナナリーちゃんにゼロの正体は?」

 エトランジュが首を横に振ると、カレンはやっぱりと頷いた。

 「いずれはお話しした方がいいと言ったのですが、どうもまだそんなおつもりはないそうです」
 
 「相変わらず過保護な・・・ま、あんな過去があったんじゃ無理もないけど。私もたまに顔出そうかな」

 「ぜひ、そうしてあげて下さい。
 それでですね、申し訳ないのですがカレンさんにナナリー様の服や日用品を買ってきて頂きたいのです。私、租界の店には詳しくなくて・・・」

 「ああ、そういうことですか、解りました」

 カレンが了承すると、エトランジュはルルーシュから預かっていたカードを手渡す。

 「これ、ゼロから預かってきたカードです。じゃあ、私どもはナナリー様を迎えにアッシュフォードに向かうので」

 「あ、途中まで一緒に行きましょうエトランジュ様。租界も結構広いですから」

 「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて」
 
 エトランジュ、アルカディア、カレンの三人なら、租界を歩き回っていても不自然ではない。
 アルカディアは車を運転出来るので、二人を乗せて租界へと車を飛ばすのだった。



 一方、夜半のアッシュフォード学園のクラブハウスでは、ルルーシュがミレイに箱庭を出ることを伝えていた。
 寝耳に水だとミレイは驚愕したが、スザクがユーフェミアに己の生存をバラしてしまい、彼女が考えなしに政庁の電話で自分に電話をかけてきたと伝えると驚きつつも納得する。

 「スザクですか・・・貴方のご親友だと伺っていましたから安心していたのですが、こんなことをしでかすとは」

 「あいつに悪気はないんだ、考えもないがな。
 そういうわけで、ユフィには口止めをしておいたがいずれボロを出す可能性が高い以上、ここは危険だ。
 みんなには親戚が俺達を引き取ることになったから、本国に戻ると伝えてくれ」

 「承知いたしました、ルルーシュ様。力及ばず、申し訳ございません」

 生徒会長のミレイではなく、ヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘としてルルーシュに相対する彼女は深々と頭を下げる。

 「アッシュフォードのせいではない、気にするな。あいつが騎士になってからは、想定していたことだ。
 ・・・これまでのアッシュフォードの忠義に、礼を言う」

 「とんでもございません!僅かな間でも、貴方様の箱庭の番人のお役目を賜ったことは光栄に思っております」

 ミレイは悔しかった。自分の初恋の相手にして、我が家が忠誠を捧げた皇子殿下を守るという己に課した役目がこんな形で終わるとは、想像していなかった。

 せめて彼が高等部を卒業するまではと、ミレイはわざと単位を取らず彼とともに過ごし彼が楽しく暮らせるようにと考えて生きていたというのに、余計なことをしてくれたものである。

 「ユフィには万一俺の生存が本国にバレても、咎めがないように言い含めてある。
 後は、任せたぞ・・・ミレイ・アッシュフォード」

 「イエス、ユア ハイネス。して、今後はどちらへ?」

 「それは言えないな・・・お前達に迷惑がかかる」

 「迷惑なことなど、何もございませんルルーシュ様。我が主君は皇帝にあらず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア唯一人です。
 そうでなければ何年も、貴方様をここに匿うなど致しません!」

 没落した今、その地位を向上するためにとうに皇帝に突き出しているというミレイに、そうだな、とルルーシュは笑った。

 「助力が必要な時は、いつでもお声をおかけ下さい。私はその日を、心待ちにしております」

 自分が守ると決めた皇子が、自分の手を必要としない地へと旅立って行く。
 それはとても悔しくて悲しかったが、現状では己が出来ることなど何もないのだ。

 「ナナリー様には、なんと?」

 「ユフィに生存がバレてしまった。本国にばれるのも時間の問題だから、知人の元に移るとだけ説明してある。
 幸い租界外でも、ブリタニア人がいてもおかしくない場所があるからな。
 あと、咲世子さんにもうまく言って出来ればこのまま雇ってほしい」

 「もちろんです、私付きのメイドとしてこのままこちらに」

 首にしてうっかり別の邸宅でルルーシュに関することを話されては困る。彼女には二人の詳しい素性を教えていないのだから軽々しく口出さないかもしれないが、念には念を入れておくべきだろう

 「いろいろと世話になったな・・・では、俺は行く」

 「はい、行ってらっしゃいませルルーシュ様。いずれまた、この学園へお帰りになられる日を・・・お待ち申しあげております」

 床に跪いて臣下の礼を取るミレイに、ルルーシュは苦笑する。

 「もうやめて下さい会長。俺がまたこの学園に戻るとしたら、それは皇子ではなくルルーシュ・ランペルージとしてです。
 この数年間、本当に楽しかったですよ」

 「・・・・!うん、私もとても楽しかったわ。頑張ってね、ルルちゃん」

 涙を浮かべるミレイはそう言って立ち上がると、ルルーシュは自室で既にクラブハウスを出るばかりとなっているナナリーに言葉を贈るべく部屋を出る。

 そしてルルーシュは自室を出て、彼らにだけは嘘ではあるがアッシュフォード学園を退学する理由を言ってある生徒会メンバーが集まっている生徒会室へと足を運ぶ。

 そこにはミレイから事情を聞いて呆然としている親友であるリヴァル、何を言っていいのか解らなそうにしているニーナ、そして泣きそうな顔のシャーリーがいた。

 「おい、会長から聞いたぞ!親戚が引き取ることになったって、ここ全寮制なんだし引っ越さなくてもいいじゃん別に!」
 
 「リヴァル、家のことなんだから無理言っちゃダメよ・・・私だって寂しくなるけど」

 やんわりとリヴァルを窘めるニーナだが、それでも出来ることならそうして貰えたらと思っているのが見て取れる。

 「すまない・・・本国の病院でナナリーを診てくれるっていうから、断りきれなかったんだ。手紙くらいはたまに出すから」

 「・・・そっか、そういうことなら仕方ないな。本国の方が有名な病院が多いし」

 ナナリーのためなら仕方ないとリヴァルは説得を諦めると、ルルーシュの肩をバンと叩いた。

 「絶対、連絡寄越せよ?!送別会してやれなくて、悪かったな」

 「急だから仕方ないさ。これが送別会だろう、リヴァル」

 笑みを浮かべるルルーシュに、リヴァルはじんわりと涙を浮かべる。

 「ううー、お前とこれから賭けチェスで荒らし回れなくなるのかよ~!」

 「卒業したら、またこっちに来るよ。その時は、また」

 「賭けチェスって・・・それはだめなんじゃ・・・」

 二ーナが肩をすくめて止めるが、二人とも聞かなかったことにした。
 
 「ルル・・・ほんとに行っちゃうの?」

 突然の退学理由は嘘で、本当は本格的に黒の騎士団のゼロとして動くつもりなのだと悟ったシャーリーの顔は、見ていて気の毒なほど青い。
 ルルーシュは小さく笑みを浮かべて、彼女に言った。

 「ああ、いろいろと心配だろうけど仕方ないさ。そうだシャーリー、君に渡したいものがあるんだ。来てくれないか」

 そっとシャーリーを生徒会室から連れ出すルルーシュに、リヴァルはおお、と野次馬根性で後を追おうとしたが、二ーナに止められて断念した。

 ルルーシュは綺麗に私物がなくなった自室にシャーリーを引き入れると、さっそくに切り出した。

 「こんな形で君から離れるつもりはなかった。まだヴィレッタ・ヌゥの件が片付いていないというのに、本当にすまない」

 「ううん、そんなことはいいの。これだけ時間が経っても何もないってことは、たぶんあの人・・・死んじゃったと思うし」

 自分が銃で撃った女軍人を思い浮かべて身体を震わせるシャーリーの手を取ったルルーシュは、その手のひらにメモを握らせた。

 「君のせいじゃない、いいんだ。たぶんそうだろうと俺も思うが、念には念を入れて君には俺の連絡先を教えておく。
 ただし、どうしても緊急の用事の時だけ使ってくれ。俺の反逆がバレた時、頻繁に連絡歴が残っていたら君まで芋づる式に捕まりかねない」

 「ルルーシュ・・・解ったわ。危ないことはしないで・・・って、無理か」

 反逆する時点ですでに危ない。シャーリーはあまりにも無理な要求をすぐに取り消したが、ルルーシュは笑って応じた。

 「心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとうシャーリー。
 いろいろ迷惑をかけた・・・許してくれ」

 「そんな、いいのルル。それより、どうしていきなりここから出るの?」

 これまでずっとここにいてゼロをしていたのに、何かあったのかと首を傾げるシャーリーに、ルルーシュは一部だけ事実を明かした。

 「・・・俺はとある理由で、生存が本国にバレてはいけないんだよ。それをスザクの奴が、俺の幼馴染と偶然知り合ってうっかり生存をバラしたからな」

 「生存がバレてはいけないって、どういう意味?」

 「それだけは言えない・・・だから俺はブリタニアを壊さなくてはならない。
 俺が俺として・・・ルルーシュ・ランペルージとして生きるために」

 そう言えばあの時かかってきた電話に、ルルーシュはたいそう慌てていた。彼には深い秘密があるのだろうが、自分には話すつもりはないらしい。
 自分を巻き込むまいとする優しさからだと解っていても、シャーリーにはそれが辛かった。

 「ルル、私も・・・私も連れてって!私も頑張ってルルの役に!」

 「だめだ、シャーリー!バカなことを言うな!!」

 カレンもそこにいるのなら、自分も連れて行って欲しいと言うシャーリーに、ルルーシュは思わず怒鳴った。

 「君には、君を大事にしてくれるご両親がいるのだろう?悲しませるようなことをしてはいけない」

 「でも、カレンだって!」

 「・・・彼女のことを安易にバラしたくはないが、仕方ない。
 カレンは日本人とのハーフなんだよ実は。父親違いの兄がブリタニアに殺されて、その兄の志を受け継ぐべく、騎士団に入ったんだ」

 「そっか、カレンがハーフ・・・言われてみれば、思い当たる節ある」

 どこか国営放送のテレビ番組を見る目つきが鋭かったり、スザクに対してやたら憎々しげな眼差しを向けているなと感じてはいたが、そう言う理由だったのかと納得する。

 「俺なんかを想ってくれて、本当にありがとう。だが、もういいんだ・・・君を巻き込みたくない」

 「ルルーシュ・・・でも」

 「シャーリー、俺は君が傷つくのを見たくないんだ・・・だからカレンと一緒に、必ず戻ってくるよ」

 カレンと一緒にという部分が少々複雑だったが、彼が無事にここに帰ってくれるならそれだけでいいとシャーリーはルルーシュを抱きしめる。

 「せめて、たまには無事だってテレビとかに出てくれると嬉しいな。駄目?」

 「シャーリー・・・解った、努力してみるよ」

 いろいろ心配と迷惑をかけているシャーリーの頼みなら断れない。
 どのみち黒の騎士団をアピールするためにも、己の存在を誇示するつもりだから問題はあるまい。

 「では、そろそろ行く。迎えが来る時間だ」

 名残惜しげにルルーシュから離れたシャーリーは、重い足取りでルルーシュの部屋を出ると、そこには咲世子に連れられたナナリーがいた。

 「お兄様、リヴァルさんはミレイさんや二ーナさんと一緒に外にお行きになられました。
 ・・・もう、出なくてはいけないのですね」

「ああ、そうだよナナリー。でも、何もかも片付いたらまた戻って来られるさ」

 「はい、お兄様。私はお兄様と一緒なら、それで・・・」

 シャーリーは何があってもルルーシュと共にいられるナナリーが、羨ましかった。
 けれど愛する人の一番の椅子には常に彼女がいるから、せめて二番目にと思っていたけれど、彼はどうもその二番目を作る余裕がないと、彼がゼロであると知った時にぼんやりと感じ取った。

 彼の助けになりたいけれど、確かに自分には大事なものがたくさんある。
 複雑な心境と状況にシャーリーが溜息をついた刹那、ルルーシュの携帯が鳴り響いた。五回のコール音が切れると、ルルーシュはエトランジュ達が来たことを知った。

 「迎えが来たようだ・・・シャーリー、みんなによろしく言っておいてくれ。
 それから、くれぐれも無茶な行為は慎んでくれよ」

 「うん・・・ルル。外まで送るね」

 「・・・ああ」

 シャーリーにはゼロだとバレているし、彼女なら信用出来るからと学園の外に出ると、そこにはエトランジュとアルカディアがいた。

 「あ、ルルーシュ様。お迎えに上がりました」

 「ああ、お手数をおかけして申し訳ないですね、エトランジュ様。
 ナナリー、こちらの方は今度から住む場所でお世話になるエトランジュ様だ」

 「いいえ、私達も何かとお世話になっていますから、お気になさらず。
 初めましてナナリー様。私はエトランジュと申します。今後ともよろしくお願いいたしますね」

 優しそうな声音の少女の声に、ナナリーは安心したように微笑み、彼女と握手を交わす。

 「こちらこそ、よろしくお願いします。ナナリーです。
 後ろの方は、私達のお世話をして下さっていた咲世子さん」

 「あら、そうです・・・か・・・」

 咲世子と視線が合ったエトランジュの言葉尻がだんたんと小さくなったのでナナリーが首を傾げると、エトランジュは恐る恐る尋ねた。

 「あのー、もしかしてこの間ディートハルトさんとお会いしていた篠崎 咲世子さんでしょうか?」

 「やっぱり・・・あの時の方」

 咲世子が考えが読めない顔で肯定したのでルルーシュが何故に互いに面識があるのかと驚くと、エトランジュはギアスで説明する。

 《あの方、この前黒の騎士団の地下協力員になられた咲世子さんですよ。
 確かに貴族のお屋敷でメイドをしていると伺っておりましたが、まさかゼロのお世話をしていたとは露と思わず報告しておりませんでした・・・》

 《・・・世界は狭いな》

 ディートハルトは外交・報道・情報の総責任者であり、そのための部下を持つ権限を与えていた。
 スパイを防ぐためにマオを連れたエトランジュが名誉ブリタニア人やブリタニア人の思考調査を担当しているのだが、先日ディートハルトが迎え入れたという数人の名誉ブリタニア人の面接時に彼女がいたのである。

 エトランジュの人をまとめる才能はルルーシュも認めていたので、いちいち報告は無用と指示していたのが仇になったようだ。
 まさか知人、しかもメイドの咲世子が黒の騎士団入りをするとは、まったくの想定外だったのである。

 《まだ調査をマオさんにはして貰っていない方なので、知りませんでした。申し訳ございません》

 エトランジュが黒の騎士団の賓客(かんぶ)であると、咲世子はもちろん知っている。
 そしてそんな彼女が己をわざわざ迎えに来たとなると、下手なごまかしは逆効果である。
 ルルーシュは予想外のイレギュラーに頭を抱え込んだ。咲世子には既にギアスを使っている以上、人力でどうにかしなくてはならない。

 《・・・貴女の見識を伺おう。咲世子さんは信用出来るか?》

 《何でも代々要人のボディーガードをしていた家系の方で、日本解放は悲願であると。
 何より地下協力員になってまだ日が浅い方なので、私がどうと言えるほどでは・・・むしろそれは、貴方ご自身にお尋ねするべきではないでしょうか》

 咲世子と長い付き合いなのは自分なのだから確かにその通りであるが、今すぐに結論を出す必要はないと思ったエトランジュがすぐに手を打ってくれた。

 「咲世子さん、事情は後でお話するので、この場は」

 ひそひそと日本語でそう言うエトランジュに、咲世子はちらっとシャーリーに視線を送って頷いた。

 「まぁ、日本語がお話出来るんですねエトランジュ様」

 「え、ええ、その縁で実は先日知り合いになりまして」

 「奇遇ですね。ねえ、お兄様」

 無邪気に笑うナナリーに、そうだねとルルーシュはにこやかに応じる。
 ナナリーは枢木家に世話になっていた当時から外に出ていないので、日本語を話せていなかったのが幸いである。日本語だと解っても理解は出来なかったようだ。

 そして続けて世界は狭いと実感することになったのは、エトランジュであった。
 彼女はさっきからエトランジュを凝視しているのでアルカディアが軽く睨んでいたのだが、悪意からではなさそうなので反応に困っている。

 「・・・あの、エトランジュ・・・様?」

 ルルーシュが様付けして呼んでいるのでそれに倣って呼びかけるシャーリーに、エトランジュは笑顔で応じる。

 「何でしょうか?」

 「私シャーリー・フェネットといって、ルルの同級生なんですが」

 「・・・フェネット?」

 初めてゼロとコンタクトを取ったあのナリタ連山で、土砂崩れを知らせに行った時己の言葉を信じてくれた地質学者が、確かそんな名字だったはずだ。

 「もしかして、ナリタ連山の時の・・・?」

 「やっぱり!私あの時の地質学者の娘です。父を助けて下さったそうで、ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げたシャーリーに、まさかここであの時の地質学者の娘に会えるとは想像していなかったエトランジュは驚いた。

 そういえばルルーシュはマオに気を取られて、シャーリーがナリタ連山でエトランジュを信じてくれたフェネットの娘だということを話すのを忘れていた。
 つまりエトランジュは、シャーリーをマオが迷惑をかけてしまったルルーシュの同級生の少女と認識していたのである。

 「父からあの土砂崩れを教えてくれたのは、私より年下の金髪の女の子だって聞いていたから・・・お礼を言いたかったんです。
 本当にありがとうございました!」

 「いいえ、こちらこそ私の言葉を信じて下さって、ありがとうございます。
 そうですか、あの時の・・・もし信じて貰えなかったら、大変なことになるところでした」

 「父も半信半疑だったそうなんですが、念のために避難していて良かったと言ってました。あの、貴女はルルの?」

 「ええ、黒の騎士団の協力者です。ブリタニア人ではありませんが」

 他のエリアの者だと答えるエトランジュに、シャーリーは自国がいかに他国から恨みを買っているかつくづく実感した。

 「シャーリーさん、以前にマオさんがたいそうご迷惑をおかけしたそうで、申し訳ありません。
 彼に代わりまして、お詫び申し上げます」

 深々と頭を下げて謝罪するエトランジュに、マオと言う男が彼女の知り合いと知ってシャーリーはさらに驚いた。

 「あの、マオって人と貴女は・・・」

 「母方の縁戚です。ちょっといろいろ過去にあったので、行動がその・・・他人の迷惑を顧みるものではなかったのですが今は落ち着いているので、貴女に二度とあのようなことはしないと誓ってお約束いたします。
 よろしければこれ・・・彼からのお手紙なのですが読んでやって頂けませんか?」

 マオが迷惑をかけたシャーリーがルルーシュのガールフレンドと知っていたエトランジュは、これが最後の機会かもしれないからとマオを説得してお詫びの手紙を書くように促していた。
 ルルーシュに頼んで届けて貰おうと思っていたのだが、本人に渡せてよかったとエトランジュはシャーリーに白い封筒に入れられた手紙を渡す。

 己をあのように恐ろしい行動へと誘導した男からの手紙とあってシャーリーは恐る恐る受け取ったが、カンパニュラの花が封筒裏に印刷されているのを見て封を開ける。

 「この花・・・確か花言葉が“後悔”って意味ですよね」
 
 己の行為を後悔しているという意味だろうか、とシャーリーがゆっくりと手紙を読むと、子供っぽい文調だがしっかりとした字でお詫びの文が綴られていた。


 『シャーリーへ
 この前はあんなことをしてごめんなさい。ルルが僕の大事な人と仲良くしているのが気に入らなくて、巻き込んでしまいました。
 エディやルルからたくさん叱られたし、自分がやられて嫌なことや、相手が困ることをするのはよくないと言われてとても反省しました。
 二度とあんなことはしないので、許して下さい。
 本当にごめんなさい』


 「本当は直接謝罪に赴くべきなのでしょうが、やってしまったことがことなので、手紙にした方がいいだろうと思いまして・・・」

 「いえ・・・これで充分です。反省しているならこれ以上怒る気にはなれないですから、許すって伝えて下さい」

 「そうですか。許して下さって、ありがとうございます」

 エトランジュがマオに代わって礼を言うと、シャーリーはその手紙を見て嫉妬がいかに醜いか、改めて感じていた。

 ルルーシュが自分の傍からいなくなるのに、カレンは彼の傍にいる。さらに目の前にいるのも女の子で、シャーリーは気が気でなかった。

 もしかしたら誰かがルルーシュの心を射止めてしまうのではないか、そうなるくらいなら自分もと、相手のことを考えない自分が嫌いになった。

 そのマオという男性も、そうだったのではないだろうか。
 自分以外の誰かと好きな人が一緒にいるのを見たくなくて、感情的にあんな行動をとってしまったのだと、今なら理解出来る。

 ついさきほど、自分は彼と形は違うけれど同じことをしようとしていた。
 ルルーシュが自分に負い目があるのをいい事に、無理難題を言って困らせてしまった。
 シャーリーは本当は大声で、自分も連れて行って欲しいと叫びたい。
 けれど、それは彼を困らせる行為でしかなかった。

 (相手が困ることをするのはよくない、か・・・)

 「彼に、伝えて下さい。相手のことを考えない行為をしてはいけませんよって」

 「はい、必ず」

 それは、自分自身にも向けられた言葉。
 相手を愛しているのなら、相手のことを考えて、そしてそのためになることをしなくてはいけない。
 
 シャーリーは手紙を読んである決意を固めると、ルルーシュのほうを振り向いた。

 「私、頑張ってここでルルの帰りを待ってる。でも卒業したら、ルルを追いかけるから!」

 「・・・え?」
 
 いきなりの黒の騎士団入り宣言に、ルルーシュはまたしてものイレギュラーに呆けた顔をする。

 「卒業するまでは、私ルルを待ってる。でも卒業したらきっと、ルルの場所に行くから!!」

 どこに行っても、何があっても。
 ゼロをしていても、反逆を終えてどこかに姿を消したとしても、必ず行く。

 シャーリーはそう宣言すると、びしっとルルーシュを指さした。

 「駄目って言っても聞かないからね!これは、私が決めたことなんだから」

 好きな人のために戦うことは悪いことかと言うシャーリーに、ルルーシュは返答に窮して呻き声を上げる。

 「だからルル・・・ちょっとのお別れだよ。頑張ってね」

 ぎゅっとルルーシュに抱きついてそう願うシャーリーに、王道のラブストーリーを見せられている面々は反応に困って顔を見合わせている。
 ただナナリーだけは少々ふくれっ面になっているのが、エトランジュには見えた。

 「ルルーシュ様、そろそろお時間です。車を外に止めたままでは、いつ検問に遭うか」

 「あ、ああそうだな。シャーリー、そこまで言うからには俺からは何も言えない。
 だが・・・無理はしないでくれ。それから・・・ありがとう」

 ルルーシュはシャーリーから離れてナナリーの車椅子を動かすと、一同に向かって言った。

 「じゃあ、行こうか。俺達の新たな家へ」

 「はい、お兄様・・・あら?」

 耳の良いナナリーがいち早く捉えた空気を切るような音はやがて一同にも聞こえ、やがて心地よい破裂音が空へ響き渡った。

 「銃声・・・じゃない、花火だわ!」

 アルカディアの言葉通り、空には美しい火の花が夜空に華麗に咲き誇っている。
 いくら夏の代名詞の花火とはいえ、祭りでもないのにと首を傾げると次々に花火が打ち上げられていく。

 「屋上から・・・会長達だわ!」

 シャーリーが指さした校舎の屋上には、確かに見慣れた人影が花火を打ち上げていくのが見える。

 「会長・・・リヴァル・・・ニーナ・・・」

 「みんなの、送別の代わりなんだね」

 「ああ・・・綺麗だ」

 漆黒の闇に打ち上げられる、別れの花。
 ルルーシュの脳裏に、ここに入学してからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。

 「・・・必ず戻ってくるよ、必ず。それまで、待っていて欲しいとみんなに伝えてくれ」

 「うん・・・ルルーシュ、行ってらっしゃい」

 シャーリーが手を振るのを背後に、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して歩きだす。
 その背後にエトランジュとアルカディア、そしてナナリーの荷物を持っている咲世子が付き従う。

 「待ってる・・・でも、そういつまでも待たないんだから」

 シャーリーはそう呟くと、彼らの姿が視界から消えたのを見送ってから、彼女の決意を実行に移すべく学園寮の自室へと走って戻っていったのだった。



 「お兄様、私達はこれからどこへ行くのですか」

 「メグロにあるブリタニア人の租界外の居住区域のある場所だよ。
 知人がそこで働いているから、俺もそこで職を貰えてね」

 ナナリーの問いにそう答えるルルーシュに、やはりまだ事情は話していないのかとアルカディアは少し呆れた。
 しかし彼の事情を知るとむげに注意する気にもなれず、どうしたものかと溜息を吐く。

 「障がい者の子もいる施設だから、リハビリ施設もあるのよ。ナナリーちゃんにはいい場所かもしれないわね」

 もともと医療サイバネティクスの第一人者だったというラクシャータも余裕を見てはその施設に訪れて子供達を診ているので、彼女にはそれほど悪い環境ではないだろう。

 ワゴンに車椅子ごとナナリーを乗せると、咲世子がトランクにナナリーの私物を入れて出発の準備はすぐに整った。

 「咲世子さん、詳しい事情は後日こちらから連絡いたしますので・・・」

 イレギュラーに弱いルルーシュは、改めて冷静になって考えることにしたらしい。時間がとれる余裕があったのは不幸中の幸いであった。

 「解りました。アッシュフォードのご許可さえ頂ければ、私もそちらに参ってもよろしいのですが」

 エトランジュ達が知っている場所であるなら、すなわち黒の騎士団が関わっている場所である。黒の騎士団の協力員である咲世子がそこに行くのをためらう理由はなかった。

 「そう、ですね・・・考えておきます。では、失礼します」

 ルルーシュの合図で運転席のアルカディアが車を発進させると、咲世子はそれを見送りながら考えた。

 スザクがクロヴィス暗殺の犯人という濡れ衣を着せられてゼロに救出された事件以降のルルーシュの行動、そしてエトランジュの態度とを合わせて、彼がゼロなのではないかと疑った。
 どんな理由かまではさすがに予想もつかないが、ルルーシュがブリタニアの貴族を極端と言ってもいいほど嫌っている節があったのは、彼女も知っていた。

 まずはいつでも出られるように、怪しまれない程度に荷物をまとめておこう。
 それから直接の上司であるディートハルトには、今夜のことは黙っておいた方がいいだろう。

 (あの方がゼロなら、私の選択は間違って・・・いいえ、正しかった。でもまだ結論を出すのは早計、エトランジュ様からの連絡を待つことにしましょう)

 咲世子はそう結論を出すと、クラブハウスへと戻っていった。



 突発的に思いつきで起こす祭りに使うため、いつも余分に置いておいた花火を打ち上げ尽くしたアッシュフォード学園生徒会メンバーの面々は、空になった花火の残骸を見詰めて静まり返った。

 「行っちまいましたねー、ルルーシュの奴」

 「ええ・・・行ってしまったわ」

 アッシュフォードの箱庭から、遠い世界へと。

 「あーあ、花火切れちゃった。当分お祭りはなしね」

 「そんな、会長!花火なんてまた買えばー」

 リヴァルがこういう時こそ祭りを開いてぱあーっと、と提案するが、ミレイはそれを却下する。

 「もうすぐ学園祭があるし、有能なルルちゃんがいなくなったから無理無理。
 それに、単位取り損ねたのもあるから、いい加減そろそろ本腰入れないとね」

 もともとルルーシュの卒業に合わせるつもりだったから計画的にサボって単位を取らなかったのだが、もうそんなことは言っていられない。
 迅速に単位を取って学園を卒業し、主君の元へ行かなくてはならない。

 「ミレイちゃん・・・」

 「いいの、二ーナ。さあさあ皆の衆!まずはここの片づけをして、それからみんなにルルーシュの退学を告げないとね」

 「暴動・・・起こりそうな予感が」

 ルルーシュのファンは膨大におり、突然彼が退学したと告げれば一斉に生徒会に押し掛けてきそうである。
 リヴァルの不吉な予想は一同には容易に想像出来たのか、明日はクラブハウスを封鎖しようと視線を交わし、満場一致で決まった。

 「ま、ルルちゃんだから仕方ないわ。後でこのツケは取り立てるとしましょう」

 一同は苦笑して頷くと、花火の残骸をゴミ袋に詰め終え、それを手にして校舎内へと足を進める。

 ミレイはアッシュフォードにとって本来の役割を終えた学園を屋上から見下ろし、一筋の涙をこぼした。



 その夜、シャーリーはある書類に名前を書いていた。

 “早期単位取得願”と書かれたそれは、テストで一定の点数を取ることで単位を取得し、卒業単位を取り終えたときに卒業出来る制度・・・解りやすく言えば、飛び級をして卒業する制度の利用願いである。

 それには放課後に行われる講義への出席日数、科目ごとに八割以上の点数の取得、学業態度など厳しい制限があるため、利用する生徒は非常に少ない。
 本来ならルルーシュもそれを利用して卒業してもよかったのだが、ナナリーがいるためあえて使用しなかったのだ。

 「お父さんに頼んで、保護者承諾のサイン貰わなきゃ。それから・・・」

 シャーリーが次に手にしたのは、“退部届”だった。

 これから卒業に向けて全神経を注ぐのだから、生徒会だけで手いっぱいだ。もう水泳は出来ない。
 けれど、それでいい。好きな人の元へ行くためなら、比べるほどのものではなかった。

 シャーリーはルルーシュとナナリーと三人でお茶会をした時に撮った写真を大事そうに見つめ、彼から貰ったメモの番号をしっかり眺めて暗記する。
 憶えやすいようにしてくれたのだろうか、シャーリーの誕生日とナナリーの誕生日を合わせた番号にしてあった。

 万が一誰かに見つかってその番号にかけられないようにと、未練はあったが意を決して破いてゴミ箱へと捨てる。

 「待っててルル。私、すぐに追いつくから」

 シャーリーはそう呟くと、父に連絡すべく携帯を手に取った。



 翌朝、ミレイは怒りを胸に押し隠して政庁へと赴き、受付で名前と身分を告げて枢木 スザクとの面談を申し入れた。
 その横にはもしかしたらユーフェミアに会えるかもと言う淡い希望を抱いた二―ナが、おどおどしながら周囲を見渡している。
 受付の女性は初めてのスザクに対する面会希望者に驚きながらも連絡を入れると、すぐに許可が下りたので訪問者用IDをミレイと二―ナに手渡す。

 ミレイは初めて入る政庁を見る余裕もなく、職員に案内されて上層階の応接室に通された。

 「枢木少佐は間もなく参りますので、こちらで少々お待ち下さいませ」

 「はい、よろしくお願いいたします」

 出された上質の豆で淹れられたコーヒーを飲み、立ち上る芳香に気分を落ち着かせようと努力している所にノックが聞こえてきた。

 「会長、僕です、枢木です」

 そう名乗って自動ドアが開いて入室して来たのは、自らの主が箱庭から去る原因を作った男であった。
 思い切り憎悪の視線をこめて睨みつけてやると、スザクは思わず後ずさる。

 「あの、会長?」

 「うん、久しぶりねスザク君。ちょっといろいろいろいろ話があってきたの。とにかく座って話そうか」

 明らかに穏やかな話ではない口調に、スザクは彼女がここまで怒る理由に心当たりがあったので、ミレイの前に後ろめたさを感じながらも腰をおろす。
 これほど怒っているミレイを見るのはニーナも初めてで、目を白黒させていた。


 「私が怒っている理由、知ってるかなスザク君?」

 「はい・・・あの・・・」

 「解ってるならいいのよ、余計なこと言わないで。イライラするから」

 ここは政庁だが、いつどこで誰の目と耳があるか解らない。
 万が一にもルルーシュのことが耳に入ってしまったら、秘匿していた皇子をみすみす逃がしたアッシュフォード家はおしまいである。

 「ま、それはそれとしてもうどうしようもないから何も言わないけどね。
 今日はこれに記入して貰いたくて来たの」

 ミレイが無表情で差し出したのは、“退学届”と書かれた書類だった。

 「会長・・・」

 「もうスザク君も騎士になって、いろいろと忙しいでしょう?
 学園にも来るのが難しそうだし、こっちのほうがいいかと思って」

 穏やかに言い繕っているが、本音はルルーシュの生存をユーフェミアに暴露してしまい、彼が箱庭から逃げだす原因になったスザクを追い出そうというものであることは明白である。

 スザクはあまりにも考えが浅すぎて知らずに敵を作り、またアッシュフォードに彼の失態を探る輩が現われたりするかもしれない。
 ミレイはまた主君が戻る日のためにも、美しく安全なままの箱庭を維持しなくてはならないと考えたのである。

 「本当に残念だわ・・・うちの副会長が突然辞めて、スザク君もってことになるのは寂しいけど仕方ないもの」

 まだスザクがイエスと言っていないのにも関わらず、ミレイはもうそれが確定事項であるかのように言った。

 「ルルーシュが・・・そうか・・・」

 既にルルーシュがアッシュフォードを出たことを知ったスザクは、応接テーブルに置かれていたペンを手にして退学届に記入していく。

 「僕の保護者は、上司のロイド伯爵なんです。会長の婚約者の・・・今日サインを貰ってから、アッシュフォードに郵送します」

 「そうしてちょうだい・・・それからスザク君」

 「はい」

 「もう、二度と来ないで。全部全部、貴方のせいなんだから!!」

 話していくうちに感情が高ぶったミレイが思わず叫ぶと、二ーナが小さく悲鳴を上げて彼女から距離を取る。

 「ミ、ミレイちゃんどうしたの?ルルーシュが退学するって言った日から、変だよ」

 「ご、ごめん二ーナ。ちょっとね」

 ミレイは大きく深呼吸をすると、スザクの顔など見たくないとばかりにソファから立ち上がった。

 「・・・用件はそれだけ。じゃ、さようなら」

 そう言い捨ててさっさと応接室から出たミレイに、何があったのかと驚くニーナもスザクをちらっと見ておそるおそる尋ねた。

 「どうしたの、スザク君・・・会長があんなに怒ること、したの?」

 「うん、ちょっと考えなしにバカなことしちゃってね。会長はもう、僕を許さないと思う。
 こんな形で辞めるのは不本意だけど、自業自得だから・・・みんなにはすまないって伝えておいて下さい」

 ニーナは何が何だか解らないと途方に暮れたが、理由を話してくれる気がないと雰囲気で察し、リヴァル達には伝えておくねと答えておずおずと立ち上がって応接室を出る。

 「全部僕のせい、か・・・」

 ただあの時落ち込むユーフェミアを励ましたくて、彼女なら他の皇族にもバラさないし仲が良かったと聞いていたから大丈夫だと安易に考え、学友を失い、学園を失い、そして親友を失った。

 もう迷惑をかけるわけにはいかない以上、学園を辞めるというのは悪い選択ではないだろう。
 これでもう、妬みを買う立場の自分のアラ探しのために、あの孤高の皇子を守る箱庭の学園を探られることはない。

 「ロイドさんに、サイン貰いに行かなくちゃ」

 せっかく入学させて貰ったアッシュフォード学園だが、もう仕方ない。
 スザクも応接室を出てロイドのいる特派に向かおうとすると、そこには驚いた表情のミレイと二ーナ、そしてへらへらといつもの笑みを浮かべているロイドがいた。

 「あれ、ロイドさん!どうしたんですかこんなところで」

 「いやあ、僕の婚約者が来たのにどうしてかスザク君に用事って言うからね~」

 ヤキモチ焼いちゃった、と明らかにウソだと誰もが解る台詞を口にしたロイドに、ミレイは乾いた笑みで応じた。

 「そんな、浮気じゃないですよロイド伯爵。
 ただスザク君、今後も学校に通うのは難しいんじゃないかって思って、退学を勧めに来ただけです」

 「退学~?通信学科のある学校に転校じゃなく~?」

 「・・・騎士様じゃ、勉強なんてしてる余裕ないでしょ。スザク君あんまり成績良くないですし」

 何気に酷いことを言いながらごまかすミレイに、ロイドはふーん、といつものように考えが読めない顔で笑う。

 「で、スザク君もそれでいいと思ったの~?」

 「え、ええ・・・せっかくの好意で入れて貰った学園ですが、ユーフェミア様の護衛が最優先ですので」

 「うんうん、君そう言ってランスロットにも乗りたくないって言ったもんね先日~。
 ユーフェミア皇女殿下の傍から離れたくないって」


 スザクは神根島から戻った後、ルルーシュとの打ち合わせ通りにシュナイゼルにこう報告していた。
 シュナイゼルのミサイルを受けた後神根島に漂流し、助けを待つべく水場を探していたら黒の騎士団の幹部を発見したので拘束した後、一晩を明かして再び救助を求めようとしていたところにユーフェミアを捕えていたゼロと黒の騎士団員と鉢合わせしたので人質交換を申し出てユーフェミアを奪還したところに、いきなり地面が落ちてシュナイゼルらの元に来たのだと。

 ひと通りの筋は通っているし、ユーフェミア自身もそうだと答えたためにそれ以上の追及はなかったがスザクはその後こう言ったのだ。

 『ユーフェミア皇女殿下がまさかこんなことになっているとは、想像もしておりませんでした。
 やはり自分が離れたのがよくなかったのでしょう・・・主君に心配をかけるなど騎士失格です』

 『そんな、スザク!あれはわたくしが勝手にしたことなのですから、貴方のせいでは・・・そんなことを言わないで下さい!』

 ユーフェミアの言葉にスザクは意を決したように、宣言したのだ。

 『ロイドさん、二度とこんなことにならないよう、自分はユーフェミア様の護衛に専念したいと思います。
 主君を守ることを第一に考えるのが騎士だと、ダールトン将軍もおっしゃっていましたし』

 そう言ってランスロットの起動キーをロイドの手に返却したスザクに、最高のパーツがなんでええええ!とロイドが悲鳴を上げたのは記憶に新しい。


 「じゃ、仕方ないね。保護者のサインどこ?あ、ここね」
 
 スザクから退学届の書類を受け取ったロイドは、さらさらと己のサインを書いて印を押すとミレイに手渡す。

 「ん~、これでスザク君をネタにアッシュフォードの高等部に入るのは無理になっちゃったね~。
 大学部に間借りした時、大学部以外には入るなって太い釘刺されたし」

 「やだなあロイドさん。高等部になんて用はないでしょ」

 スザクが笑ってそう言うと、ロイドは一瞬だけ二ーナに視線を送るとすぐにミレイに戻し、飄々とした口調で言った。

 「うん、なかったんだけどね~、実は出来たんだよ。アッシュフォードの宝物を確認したくてね」

 その台詞を聞いた瞬間、ミレイの表情が凍りつく。

 「な、何のことでしょうロイド伯爵。あ、もしかしてガニメデやイオのことですか?」

 「うん、それそれ。それを毎年巨大ピザ作りで使ってるんだったね、副会長さんが」

 口調こそ何気ないが、意味はスザクとミレイには充分に通じた。二―ナだけが有名なアッシュフォードの学園祭の行事に、にこやかに応じる。

 「そうなんです、ルルーシュがいつも操縦して・・・でも今年はどうするの?」

 何も知らない二ーナが無邪気にそう尋ねると、ロイドは幾度か納得したように頷いた。

 「何だったら、僕が操縦しようか~?ピザくらいならなんとか作れる程度には操縦できるよ」

 「ロイド伯爵!そんな、伯爵にそんなことをして頂く訳には・・・」

 「まあまあそう言わずにさ~、ゆっくり話し合おうよ、二人きりで~。
 君もその方がいいだろうし~」

 「っつ・・・解りました」

 ルルーシュの名前が出てしまった以上、もうごまかすことは出来ない。
 ユーフェミア様に会えるかもしれないから一緒に連れて行って欲しいと必死に食い下がって来た二ーナを連れてくるんじゃなかったと、ミレイは後悔した。

 「じゃー、僕ちょっと婚約者殿とラボで愛を確かめて来るから」

 「似合わない台詞ですよロイドさん・・・」

 スザクはどうしたものかと考えるも、余計なことはするな言うなオーラを発しているミレイに気圧されて口を噤むしかなかった。

 ロイドはあはは~と何を考えているか解らない顔でラボに案内すると、お茶を運んできたセシルににこやかに言った。

 「セシル君~、ちょっと彼女と貴族の会話をしなくちゃいけないから、当分こっち来ないで貰えるかなあ~」

 滅多にない、というより初めての台詞にセシルは目を丸くしたが、ミレイが真剣な表情で座っているのを見て頷いて退出していく。

 「大丈夫~、彼女もなんだかんだで一線は弁えてるから」

 「・・・で、貴方はどこまでご存じなんですか」

 直球でそう尋ねてきたミレイに、なかなか頭のいい子だがまだ若いな~とロイドは苦笑する。

 「うん、まあはっきり答えるとアッシュフォードにルルーシュ様がお隠れになっていたってことだね。
 君はあの方をお守りする役目を持っていた・・・違うかなあ~?」

 「その通りです。それを、あのスザク君が台無しに・・・!」

 「あー、彼がうっかりした行動で生存がバレるかもしれない事態引き起こしたから、あの方はどっか行っちゃったと。
 もう余計なことして欲しくないから、学園から追い出したわけだ~?」

 なるほどなるほど、とロイドは幾度も頷くと、ミレイが鋭い目で睨みつける。

 「どうしてあの方のご生存を知ったのです?貴方はいったい・・・」

 「おめでと~、僕もあの方をお探ししてたんだよミス・ミレイ」

 「・・・は?」

 呆気に取られたミレイがそう聞き返すと、ロイドはははは~と笑みを浮かべる。

 「ちょおっとある場所であの方をお見かけしてねえ~。あの方は母君に瓜二つだから、すぐに解ったよ」

 「・・・・」

 ミレイは眉をひそめてロイドを伺うが、さすがに飄々と貴族社会を自由奔放に生き抜いてなお伯爵の地位を失わずにいるだけあり、ミレイごときではとても真意を推し量れない。

 「閃光の忘れ形見なら、僕もお会いしたいんだよね。
 あのガウェインをたった一度プログラム見ただけでさらっと操縦したほどの方ならなおさら~」

 「・・・ロイドさん、はっきりおっしゃって下さい。あの方をどこでお見かけしたのですか?」

 「うん、試作機のガウェインを奪って逃走したところをね、偶然ちょっと見えちゃったんだよね~・・・仮面の素顔」

 「仮面・・・まさか!」

 ミレイは口を手に当ててそれ以上の声を発するのを止めたが、ロイドは『大正解~』などと言って手を叩いている。

 「あ・・・そういえば・・・」

 ミレイはスザクがゼロによって救出されて以降、彼らしからぬ行動が目立っていたことに気がついた。
 特に、ナリタ連山・・・ナナリーを放って数日間の旅行など、彼にはあり得ないのにと不思議に思っていた。

 今思えば確かに、ゼロが現れた期日彼はいったいどこにいたのか?
 
 そして、日本でルルーシュとナナリーが安心して暮らせる場所とはどこなのか。そして何故自分に居場所を知らせず立ち去ったのか。
 
 その答えを運んできたロイドを睨みつけて、ミレイは尋ねる。

 「・・・ロイド伯爵、それを私にお話ししてどうすると?」

 「うん、ぶっちゃけて言うとね、君はどうする?」

 「・・・私は真面目に話しているのですが」

 「僕もだよ、ミス・アッシュフォード。君はあの方が反逆しても臣下であり続けるのかい?」

 ロイドの問いかけに、ミレイは何を今さらと言うように言った。

 「私はヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘です。主の道を歩くことこそ臣下の務め」

 「あっはっは、さすがは地位を奪われても貴族、主君に忠義を尽くすんだ~」

 それだけではない感情があることをロイドは感じ取ったが、それは口に出さずロイドはとりあえずね、と前置きして言った。

 「僕にもちょっと思惑が出来たから、このことは口外しないよ、約束する。
 優秀なパーツ君がデヴァイサーを降りた本当の理由も解っちゃったし~」

 あの時、確かに仮面は初めから外されていた。つまりはあの時、スザクとユーフェミアはゼロの正体を知っていたことになる。

 ユーフェミアとルルーシュが仲が良かったことはロイドもシュナイゼルとの付き合いで皇宮に出入りしていたから聞き知っていたし、スザクがたまに話す“親友”が彼であるとするならば彼以外に動かせないランスロットのデヴァイサーを降りるには充分過ぎる理由だろう。
 
 とするなら、ランスロットのデータは当分集まらない。それどころか、活躍することなくこのまま白い人形となる可能性すらあるだろう。
 ユーフェミアも異母兄と戦うことを良しとしないだろうから、なおさらだ。

 それならいっそ黒の騎士団に入って、思う存分研究してみたい。自分が完成するはずだったハドロン砲を完成させたい。
 シュナイゼルを後援してはいるが別に忠誠心などないし、自分はただ己が作ったナイトメアが活躍する姿を見てみたいのだ。

 (それだったら、まだ劣勢の黒の騎士団に入ったほうがいいデータ取れそうだしー。
 あのドルイドシステムをさらっと解読したあの方ともお会いしたいし~)

 実にマッドサイエンティストな思惑にうふふ~と不気味な笑みを浮かべるロイドに、ミレイは引きながらも迂闊なことは言えないと立ち上がる。

 「その言葉、今は信じるしかないようですね・・・一応言っておきますけど、私を監視しても無駄ですよ。
 あの方の行き先は、教えて頂いておりませんので」

 「あは、なるほどね~。慎重なことだ・・・もしかしたら、貴女を巻き込みたくなかったかもしれないね~」

 おそらくロイドの言うとおりだろう、とミレイは思った。
 自分に感謝していると言ってくれたルルーシュなら、父帝に反逆するという大罪に巻き込むようなことは意地でもすまい。

 「何とかしてガウェインのデータ欲しいし、ドルイドシステムを軽く動かせるあの方とお話したいし~。
 機会があったら僕もあの方の元に行きたいから、その時はよろしく」

 どうやらロイドはルルーシュとの繋ぎを取りたくて、ミレイと話したかったらしい。
 おそらくロイドはルルーシュがゼロであることをミレイが知っていた可能性があると読んで仮面の素顔と言ったが、彼女が驚いたために彼の正体を暴露したのだろう。

 これまでルルーシュをかくまってきたのだから、彼の正体を知っても当の本人が既にいない以上それを今さら報告する訳にもいかないし、その気がないということはルルーシュが何をしようとも従う意志のある者だから問題ないと判断したのである。

 「・・・貴方のお話は解りました。ですが、それを決めるのはあの方です」

 「うん、そうだろうね~。こっちも事を急に運ぶつもりはないから」

 「お話はそれだけでしたら、私はこれで失礼いたします。ああ、ロイド伯爵」

 「な~に~?」

 ミレイはきっとロイドを睨みつけると、はっきりと言った。

 「私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下です。
 あの方の不利になる行為は許しません」

 「怖いなあ~、婚約者なのに・・・君が卒業したらすぐに結婚して、夫婦であの方の元に行くっていうプランはどうかな~?」

 「考えておきます。では、これで」

 ミレイは乱暴にドアを開けてロイドの研究室を退出すると、ロイドは自分のパソコンを操作して未完成のままだったガウェインの設計図を見た。

 まだ未完成の武器、しかも複雑な操作を必要とするドルイドシステムを理解し動かし軽々と空へと羽ばたかせたルルーシュに、ロイドは背筋に電撃が走った。
 そう、誰も動かしきれなかったランスロットを己の身体のように動かしてのけたスザクに匹敵する興奮。

 「僕、筋金入りのナイトメアバカだから~。
 閃光のマリアンヌ様の御子息であの技量・・・ふふ、お会いしたいな~」

 久々に機嫌のよくなったロイドは、傍から見たら実に不気味な笑みを浮かべた。



 (ゼロがルルーシュ様、ですって?!言われてみれば納得だわ、どうして気付かなかったのミレイ?!)

 自分で自分に憤りながら政庁を出たミレイは、二―ナがまだ中にいることも忘れて帰路を急ぐ。

 (まったく、ルルちゃんってば・・・私に何も言わず・・・!ああ、ああいう人だってのは知ってたけど、でも私は!)

 アッシュフォード学園は主君を守るための箱庭だった。元来ならこんな小さな場所ではなく、豪華絢爛な皇宮に住む至高の身分にあったはずなのに、彼はここにいた。

 アッシュフォードがいつ裏切るのかと常に疑心に駆られていたことは知っていた。
 祖父はともかく、両親はルルーシュを爵位と交換するチケットのように考えていたのだ。聡い彼がそんな父母が祖父の後を継ぐと思えば、信用出来ないのは当然だ。

 だからミレイは、常にルルーシュのためにだけ行動してきた。
 ナナリーと共に暮らせるように寮ではなくクラブハウスを宛がい、彼が楽しい学園生活を楽しめるようにと楽しい祭りを開き。

 ・・・恋をして心から信じる人が出来ればいいと、生徒会に女の子を中心に誘ってみたりもした。
 自分の一番は、恋をしたルルーシュだった。だから彼のためなら、どんなことでもすると決めていた。
 自分以外の誰かと結ばれても構わなかった。彼が自分を信じてくれるなら、それで。

 あと一年で、ルルーシュもこの箱庭を卒業する。その時には自分と結婚してアッシュフォードを支配しても構わなかったし、他の道を選ぶのならそのために尽力するつもりだった。

 それなのに、外から来た異分子の彼の親友によって最悪の終わりを迎えることになるとは、想像もしていなかった。

 だが、過去は変えられない。そして自分の生き方も変えられない。

 (私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下)

 主が決めた道を歩くことこそ、臣下の定めにして務め。

 早く反逆を終わらせて、何事もなかったかのようにこの箱庭へとご帰還頂く。そのためにも、もうモラトリアムはおしまいだ。

 まずは学園を卒業し、祖父から直接跡目を受け継ぐ。
 両親は爵位欲しさにヴィ兄妹を守ってきたが、ルルーシュがゼロだと知れば切り捨てるに決まっている。
 だからアッシュフォード当主の座を父を飛び越し自分が手にするのだ。

 黒の騎士団は日本解放のために動いているだけでルルーシュを守る存在ではないのなら、自分はあの方を守る騎士になる。
 理事長特権を駆使して、早く自分を学園を卒業させるよう取り計らうよう祖父に言わなくては。

 そしてあの何を考えているか分からない男と政略結婚もしよう、伯爵であるあの男なら、利用価値もあろう。
 彼の行動を監視しつつ、ありったけのナイトメアの技術を受け取って、それを手土産にしてもいい。

 ミレイはそう決意すると、祖父に会うべく歩調を速めた。



[18683] 第十七話  交錯する思惑
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/11 12:52
第十七話  交錯する思惑



 アッシュフォードから引っ越してきたルルーシュとナナリーは、メグロにある孤児院の一室を借りてそこに住み始めた。
 ルルーシュが改築に関わっただけはあり、外観こそ古いが施設内はバリアフリー化、衛生面なども完璧な建物である。

 ルルーシュは周囲には、不具合になってしまった妹に辛く当たる父親に反発して彼女と共に家出をしようとしていたところに、この施設を紹介されたと言っていた。
 そんな話は珍しくもなかったのか、ここなら大丈夫だからと親切にいろいろと世話をしてくれる者もいるし、リハビリ施設もあるのでナナリーも同じ境遇の友人が出来、みんなでリハビリに励んだりしていた。

 そしてルルーシュはゲットー内部にある小さな事務所で働いていると言いながら黒の騎士団本部に行き、暇を見ては施設の子供達に食事を作ったりして高い好感度を得ていた。
 時折カレンも訪れるのでナナリーも最初にあった不安が消え、楽しく過ごせているようだ。

 「学生との二重生活より時間が取れるようになって、結構だなルルーシュ。
 だが、租界の外に出てから私はピザが食べられなくなってしまったのだが」

 現在の状況に満足していたルルーシュにC.Cはそう苦言を呈するが、ゲットーにピザを配達する店などないから諦めろと睨みつける。

 「仕方ないだろうC.C。恨むならスザクを恨め」

 「全く、本当に余計なことをするなあいつは・・・だがまあ仕方ないからお前が作るので我慢しよう。
 せっかくチーズ君グッズがもう一つ手に入る予定だったのに」

 「まだあのぬいぐるみが欲しいのか?一つで充分だろう」

 「保存用だ。こういう生活をしていると、どこかに置き去りにしたまままた突然引っ越しなんてのもあり得るからな」

 C.Cはそう言いながら、ルルーシュの部屋から持ってきたチーズ君を抱きしめてベッドに寝転がる。

 と、そこへエトランジュが慌てた様子でリンクを開き、ギアスで語りかけてきた。

 《突然申し訳ございませんルルーシュ様。実は中華連邦に動きが・・・!》

 《中華連邦、ですか。黒の騎士団やキョウト、ニュースを通しての情報ですか?》

 《いいえ、私達が個人的に持っているルートからです。私、当代の天子様とは友人同士ですので》

 エトランジュが日本に来る数ヶ月前、彼女は中華連邦に伯母のエリザベスと共に赴き、一週間ほど滞在していた。
 いくら小国の亡命政府といえど、長く国の元首が滞在するのは痛くもない腹を探られるとの判断で名残惜しく立ち去ったが、天子とは数年前からたまに文通をする仲であるという。

 《何でも中華連邦に亡命している日本の官房長官の澤崎とおっしゃる方が、中華の後押しを受けて日本解放を考えているそうなのです。
 天子様としては反対だと、エリザベス伯母様を通じてお言葉が》

 《ほう、それはそれは・・・では、至急それをキョウトにご報告を。私も今から参りますので、対応を協議致しましょう》

 幸いまだ日本に攻めてくるまでは、一週間前後の時間がある。このタイミングで情報が来たのは実にありがたいことだった。

 ルルーシュはC.Cを伴って自室を出ると、リハビリ施設にいるナナリーに声をかけた。

 「ナナリー、俺はちょっと今から仕事で出なくてはいけなくなったんだ。
 食事はすでに作ってあるから、みんなで食べるといい」

 「昨日はお休みでしたものね、お兄様。解りました、私みんなと先に頂いていますね」

 「ルルーシュさんのごはん、美味しいから好きー」

 「ねー。たまに日本食も出るもんね。昨日作って貰った栗ごはん美味しかった」

 子供達が歓声を上げるので、ルルーシュは一人一人の頭を撫でてやりながら笑いかける。

 「じゃあ、すまないがナナリーを頼むよ。デザートも冷蔵庫にあるから」

 すっかりルルーシュの食事の虜になった子供達は、はーいとよい子の返事をしてルルーシュを見送る。

 「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 「行ってくるよ、ナナリー」

 ルルーシュがC.Cとともに施設を出ると、C.Cは不満そうに言った。

 「どうしてあんな子供のリクエストは聞くのに、私のリクエストは聞かないんだ?」

 「ピザばかりだと栄養が偏るし肥満になる。お前と違って子供は繊細なんだ、栄養面を考慮しなくてはな」

 お前はどこの母親だと言いたくなる台詞を至極真面目な顔で吐くルルーシュに、C.Cは溜息を吐く。

 「まあいい、エトランジュにはマオを通じて、租界からこっちに来る時はピザをお持ち帰りで頼むように言ってあるからな。
 後で彼女が立て替えた代金を渡しておいてくれ」

 「やはり俺持ちか?!」

 ルルーシュは嫌そうな声を上げたが、エトランジュは無限に使えるほどの金は持っていない。
 後で彼女に代金を支払おうと、ルルーシュは財布の中身を確かめるのだった。



 黒の騎士団の本部会議室では、通信回路を開いたキョウト六家の桐原、宗像、神楽耶の三名、そして席にはゼロたるルルーシュ、エトランジュとアルカディア、ディートハルト、扇、藤堂、カレンの幹部が座っている。

 皆が着席すると、ルルーシュはさっそくに切り出した。

 「枢木政権の官房長官だった澤崎が、中華の援護を受けて日本解放をすべくフクオカに侵攻するという情報を、エトランジュ様を通じて入手した。
 これについての協議を行いたい」

 「澤崎官房長官が・・・日本解放を目指すというなら、協力すべきでは」

 扇がまず無難にそう提案するが、桐原は乗り気ではないようで首を横に振る。

 「それが成ったとすれば、日本は中華の傀儡政権になるやもしれん。
 今中華では大宦官が政治を私物化しており、非常に国内が混乱していると聞いているゆえな」

 「どうも中華では、大宦官と科挙上がりの官僚とで争っているらしい。
 今回の件も、大宦官が中心で進めているとエトランジュ様がおっしゃっておりましたが・・・中華の状況をご説明して頂いてよろしいですかな?」

 宗像の問いかけにエトランジュは頷いて了承すると、先ほどアルカディアと共に作った資料をモニターに映し出す。

 「三年半ほど前に先代の中華連邦皇帝がお亡くなりになり、ご孫娘(そんじょう)である(チェン) 麗華(リーファ)様がその地位をお継ぎになられましたがまだ当時九歳という幼さのため、常から政治を司っていた大宦官が権力を独占するようになったのです」

 モニターに映し出された生気のない表情をした幼女の姿に、痛々しげな視線が集まる。

 「そしてそれ以降、先代皇帝陛下が病臥するようになってからの大宦官は政治を私物化、富を独占する行為に拍車がかかり、今大変国内は荒れているのです」

 中華のGNPや雇用情勢などを記したグラフを見て、うわあと扇から呆れの声が上がる。

 「トップがまだ何も解らない子供じゃ、傀儡にしかならないよなあ・・・って、でもこの情報は天子様からだって」

 資料にそう書いてあるのを見て扇が首を傾げると、エトランジュは頷いた。

 「先代皇帝陛下が病にお倒れになった時にEUを代表して、お父様がお見舞いに訪れたことがあったのです。
 その際にお父様が陛下にいろいろとアドバイスをなさったとかで」


 エトランジュの父・アドリスはEUのお見舞いの使者として先代皇帝に自室で横たわったままの皇帝に謁見した。
 その時皇帝の頭を占めていたのは国の行く末ではなく、ひたすらに遺される孫娘のことだった。

 まだ九歳の幼すぎる娘、確実に大宦官に利用され尽くして捨てられる未来が目に見えるようだと嘆く皇帝に、アドリスは言った。

 『失礼ながら皇帝陛下、貴方は公主(姫の意)様を思うあまり、あの方を過保護にされていらっしゃるようにお見受けします。
 護衛をつけて城に閉じこめて護るだけでは、それはいかがなものかと存じますが』

 『もし朕が死にあれまでもということになれば、次の皇帝を巡って争いになる。
 国には誰かが守る意志のある者がおるが、あれはまだ子供なんじゃ・・・朕が守ってやらねば誰が守るのじゃ・・・!」

 国よりも孫娘が大事だ、と皇帝らしからぬ台詞に眉をひそめる侍官もいたが、アドリスはそうですねと同意する。

 『私も人の親、貴方の御心はよく解ります。
 国なんぞ守る気のある者が勝手に守ればいいですが、子供を善意だけで守ってくれる人間はそうはいません・・・この動乱の時代なら、なおさらね。
 親が一番に考えるのは子供のことであるべきなのは当然です』

 ブリタニアの世界各国の侵略開始からこっち、世界各地で騒乱の種が育って血の花を咲かせている。
 中華も例外ではなく、大宦官が麗華がある程度育ったらブリタニアの皇族と結婚させて甘い汁を吸おうとする動きがあることも、皇帝は知っていた。

 『しかし陛下、公主様はまだ幼く学校にも行っておられないのだから、助けとなる者が一人もいない。
 人間は社会的生物、誰の輪にも入らぬ者を助ける者は、あいにくおりません』

 『それは・・・じゃが外に出せば何が起こるか。とてもあれを学校には』

 『でしたら、家庭教師などをつけるなりすればよろしいでしょう。
 貴方にはそれまで生きてきた中で、心から貴方が信頼し得る者が一人や二人はおいでになられるはずです。その方に後見をお願いすればよろしいのでは?』

 心から信頼出来る者がいなかったわけではない皇帝は、その言葉にううむと考え込んだ。
 だがその者達は自分が病に倒れると同時に理由をつけて左遷されてしまい、今は近くにいない。
 しかし、確かに彼らになら孫娘を託してもいいと、皇帝は考えた。

 『そしてその方々に、公主様のご教育もお願いするのです。
 陛下、王族であろうと平民であろうと、親が子供に必ず受け継がせなくてはならない財産があるのをお忘れですか?』

 『必ず受け継がせなくてはならぬ財産、とな?』

 『ええ・・・それは親がいなくなっても、一人で立ち歩いていける力です。
 子供を災厄から守り育てるのは確かに簡単ですが、それは自分がこの世から立ち去った時たちまち子供は自分ではどうすることも出来ず終わってしまうだけの結果にしかなりません。
 普通に考えれば、親が子供を置いて死ぬのが当然ですからね』

 皇帝はその言葉に、ほとんど見えなくなった目で自らの病み衰え血管の浮き出た手を見つめた。

 皇太子と妃が謀殺され、残された孫娘が皇太女として立った時から自分は息子の忘れ形見である彼女を守ろうと護衛をつけ、城から出さないようにして育てた。
 それが孫娘のためだと信じて疑わなかったが、いざ自分が倒れ身体を動かすのも難しくなった時、孫娘の行く末だけが頭を占める。

 『公主様がしっかりなさった方なら、貴方もここまで不安になることはなかったでしょう。
 私の妻も数年前に病死しましたが、彼女が死ぬ時娘に未練はありましたが心配はしておりませんでした。私がいるし、家族がたくさんいるからこの子のことは大丈夫だと』

 『麗華はおとなしいんじゃ・・・とてもあの大宦官どもと争えるような性格ではないし、能力もない・・・』

 『親の私が言うのもなんですが、私の娘も性格は温厚で能力も平凡です。
 王位を継がせるつもりはありませんし、何より嫁にやりたくないほど可愛いので問題ないですがそれはさておき。
 我が国のようにただ穏やかに暮らせる小国ならそれでいいですが、中華ほどの大国となるとそうはいかないでしょう』

 だからこそそれを補う人材をまずはつけておき、いずれ国政を担える能力を身につけさせるべきだと説くアドリスに、皇帝はふふ、と自嘲の笑みを浮かべた。

 『いつぞや聞いた話じゃが、マグヌスファミリアでは王が健在なうちに成人した王族の誰かを選んで王位を譲るそうじゃな?
 息子が死んだ時、朕もそうする法律を作っておくべきじゃったわ』

 『ええ、私の国では譲位制度がありまして、だいたい在位二十年前後で次代に王位を譲り渡す習慣があります。
 開国した当時は祖父が、そして祖父の弟、母との順で現在の王が私です。
 今私が死ねば、私の娘はまだ成人年齢に達していないので、私の兄弟の誰かが王になるでしょう』

 『縁戚の誰かを養子として迎え、早めに譲位しておけば・・・ここまで事態は悪くならなんだやも知れぬ。
 今更言っても詮無きことじゃがの・・・・』

 今それをすれば養子とした者が殺されたり、妨害工作が入ることは間違いない。自分がまだ権力を握っていたうちに、そうしておけばよかったのだ。

 『じゃが、アドリス殿の申すことはもっともじゃ。歳はとりたくないものじゃなあ・・・』

 過去にお前は次期皇帝なのだからと息子に厳しい教育を課していたことを思い浮かべて、何故そんな大事なことを忘れていたのかと自嘲する。

 『今からでも遅くはございません。公主様に教育を・・・そして大宦官を抑える政策を行ってはいかがでしょうか』

 具体的なことを示唆すれば内政干渉になるため、ぎりぎりの線でそう提案するアドリスに皇帝は決意した。

 『・・・失礼じゃがアドリス殿、朕は用事が出来たゆえ席を外して貰いたいのじゃが』

 『ああ、これは失礼いたしました。長居し過ぎたようです・・・そうです陛下。うちの娘と公主様はお年も似たようなものですし、文通などいかがですか?』

 『文通、とな?』

 『私の妻は父が中華連邦人でして、十歳までここにいたのですよ。娘も妻の母から中華語を教わっているので、出来ればお願いしたいなと。
 大国ならこんな情勢ですから妙な誤解をされるかもしれませんが、我が国ような小国の王女と文通したところで、誰も気にしませんよ』

 城から出られないのなら、せめて小さくとも外の世界を見る窓口をというアドリスに、皇帝は目を見開いた。

 『そうか、それもいいものじゃな・・・麗華もよい刺激になろうて。アドリス殿・・・謝々(シェイシェイ)

 皇帝は末期の水を飲む前に大事なことを教えてくれたアドリスに礼を言うと、その翌日からさっそく行動に移し始めた。

 自分を支えてくれた左遷されていた重臣を呼び、幼い天子を教育する役目の太師、太保という役職に据えて後見人とし、病を押して任命式まで行った。
 名誉職ゆえ権限こそないが、それゆえに権限の強い役職ばかりを求める大宦官には盲点であった。

 そして久しく行われていなかった科挙(官僚になるための国家試験)を行い、幅広く人材を求めた。
 大宦官の妨害が入ったので百名に満たなかったが、それでも合格して新たに官僚となった者達に国を頼むとテレビ放送までして信頼する旨を伝えた。

 これまでの無理が祟ったのか、その後ほどなくして皇帝は亡くなり麗華がその後を継ぎ天子と呼ばれるようになった。

 天子はまだまだ幼く教育段階であったが、大宦官ではなく太師と太保から国政を司る者としての教育を受け、そしてたまに来るエトランジュからの手紙を楽しみにして勉学に励む日々を送っていた。

 エトランジュも初めての外国の友達が出来たと喜び、一週間に一度のEU本土の定期便を待ち、自分の手紙を届けまた返事が来るのが楽しみだった。

 一方、科挙組と呼ばれる官僚達が大宦官の専横を止めるべく奮闘していたが、既に確固たる地位を築いている大宦官を止めるのは容易なことではなく、特に人事関係が大宦官の派閥に取り込まれていることが災いして取り立てて効果が上がらなかった。

 それでも生前の皇帝がある程度の地位を科挙組に与えていたため、情報を得て会議などに出られる程度のことは可能であった。


 「今回の件は、大宦官の肝いりで行われたようです。
 日本をブリタニア侵略から解放するとなれば国際世論は中華側に向くでしょうし、サクラダイトの利権も手に入るとの思惑だそうです。
 あと、科挙組の方からは『単純に国内がうまくいってないから、外国侵略して目を逸らそう』という汚い理由が一番だとのご意見が」

 「よくあるパターンだな。ブリタニアと同じだ」

 国の政策が失敗し国内が荒れている場合、他国にそれの理由づけをするというのはよく使われる手段である。ようするに国が行う八つ当たりだ。

 ルルーシュはフンと不愉快そうに資料を机に落とすと、桐原達に視線を移す。

 「私としてはブリタニアの支配を逃れても今度は中華の支配を受けるというのはいかがなものかと思うのですが、キョウトのご意見は?」

 「虎を避けて狼を招き入れることなかれと言いますな。我らに図らずこのような愚挙は止めるべきかと」

 「ましてこの件が成功すれば、日本は中華とブリタニアとの戦の場となる。私も反対ですな。
 ただ日本の名が戻り権利を回復したとしても、それが形式的なものでは何の意味もない」

 桐原と宗像の反対意見に、扇はそれでも日本解放の一手になるのではと意見する。

 「戦力を集めることこそブリタニアを倒すために必要だと、ゼロも言っている。
 天子様とお知り合いのエトランジュ様なら、中華の力を正しい形でお借り出来るのでは?」

 「申し訳ございません扇さん・・・実は天子様と科挙組の方としては、この件を止めて欲しいそうなのです」

 実はこの日本解放と銘打った侵攻の件は、天子を始めとした科挙組が強く反対して出兵が遅れていたという背景があった。
 国内が荒れているのに外国を助けている場合かという、酷くはあるが最もな意見に対してサクラダイトの利権を手に入れれば財政が潤うと言う大宦官に、それでは火事場泥棒以外の何だというのか、目的は人道による日本解放ではないのかと返す。

 正論を武器にされれば勝ち目のない大宦官達は、結局無理やり出兵を認める決定を行った。

 このゴリ押しに憤った科挙組が訪れたのは、反ブリタニア同盟とギアス遺跡について調べるために訪中していたエトランジュの伯母であるエリザベスの元だった。

 彼女から今天子の文通友達であるエトランジュが日本の、しかも黒の騎士団に滞在していると聞いていた彼らは、黒の騎士団に協力しているエトランジュを通じて彼らに出来るだけ被害を少なくして軍を追い払って貰おうと考えたのである。

 C.Cが黒の騎士団の使者として繋ぎを取ったのも科挙組で、大宦官がこともあろうに天子をブリタニア皇子と娶せ中華を売ろうとしていることから反ブリタニア派が多かった。そのため、それなりの縁はあったのである。

 『こちらは大宦官の思惑を止めたい、日本は中華の侵攻を止めたいと利害は一致しておりますもの、受け入れてくれると思います。
 私からエトランジュに申し伝えましょう・・・もちろん表だっては何もなかったと言い含めておきますのでご安心を』

 日本が無意味に争いの場となれば、姪とそれに付き従っている子供達が心配なエリザベスも同意し、ギアスを使った定期連絡でエトランジュにその旨を伝えてきたというわけである。

 「つまり、中華としても国内が荒れている今長期戦争をするような愚は犯したくないということだ。
 私達が大宦官派の将軍を捕え、天子様が黒の騎士団に引き渡しを依頼して無傷で送り返せば天子様は大宦官どもに貸しを作れて、私達も中華との間に太いパイプが出来る」

 何事も形式は大事だからな、というルルーシュに、桐原と宗像が頷く。

 シナリオとしては日本解放と銘打った中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対してブリタニアが動く前に鎮圧し、中華連邦へ追い返す。
 そして捕らえた中華連邦軍の幹部達を、天子の方からエトランジュを通じて解放を依頼したという形にして引き渡すのである。

 「これこそ理想的な国家のやりとりというものじゃ。扇よ、他国の力を借りるというのは、言うほど簡単なものではない。
 エトランジュ様が個人的に天子様と仲が良くても、それを元に国の力を借りるのとはまた別の話じゃ。
 今回のように個人的な縁を政治に介入させてうまくいく例は少ないと心得よ」

 「は、勉強不足で申し訳ありません」

 桐原に諭された扇が頭を下げて詫びると、藤堂が口を開いた。

 「では、今回の中華の侵攻を阻止するということだな。
 問題はどのようにして止めるかだが・・・ゼロ、どうするつもりだ?」

 「エトランジュ様が科挙組の官僚を通じて得た情報によれば、奴らはキュウシュウのフクオカから日本上陸を目指すらしい。
 しかし大々的に部隊を動かせば、中華を撃退した後漁夫の利を狙ったブリタニア軍に我々が襲われる可能性が高い。
 よって少数精鋭で迅速に片をつけるべきだろう」

 うむ、と頷く藤堂に、エトランジュが言った。

 「幸いある程度の軍事情報は、既にエリザベス伯母様が入手して下さっております。
 何でもまだ戦力としては大軍を動員していないらしくて、キュウシュウブロックを制圧してからさらに増援を寄越す予定だとか」

 「ならば初戦で連中を根こそぎ叩き出せばいいな。カレンの紅蓮と私のガウェインで迎え撃つとしよう」

 「たった二機で?大丈夫なのか?」

 藤堂が眉をひそめるが、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべて頷く。

 「ブリタニアも無能ではない、奴らを倒すべく兵を投入していくだろうが、苦戦するだろうな。
 だがフクオカ基地を占拠するくらいは成功するだろう」

 ならば連中がフクオカ基地を占拠し、周囲の交通網を寸断すべく動いたところで基地を強襲すればいい。
 キュウシュウブロックにも黒の騎士団の基地が一つあるのだ、潜伏するのに何ら困ることはあるまい。

 「今から動けば、紅蓮とガウェインをキュウシュウまで内密に運ぶくらい造作もないことだ。すぐに準備に取り掛かろう」

 「承知した。では俺と四聖剣はいざという時のために出撃準備をしておく」

 「そうしておいてくれ。
 それからキョウト六家は、フクオカ基地を占拠したところでサクラダイトの利権についての相談ないし通告があるだろうが、ブリタニアに余計な疑惑を持たれぬよう否の答えを返しておいて頂きたいのですが、よろしいですか?」

 「当然じゃな。中華とのほうもわしらが取り繕っておく」

 桐原が了承したところで会議がお開きになると、カレンはキュウシュウに向かうべく準備を整えに会議室を出た。

 「ゼロと二人きりで作戦展開・・・!やった!」

 ゼロがルルーシュと知って複雑だったカレンだが、ルルーシュがゼロとしてふるまっている間は以前のまま彼を敬愛している。
 それなのにルルーシュがルルーシュとしている間はさばけた態度になるのだから、女は解らないと当の本人からは首を傾げられていた。

 鼻歌を歌いながら軽い足取りで紅蓮の準備をすべく格納庫に来たカレンに、既に詳細を聞いていたラクシャータは『若いっていいわねぇ~』と笑いながら、隣の改造済みのガウェインともどもキュウシュウに移す作業を行うのだった。



 次兄シュナイゼルに呼び出されたユーフェミアは、スザクを伴って彼の部屋へと訪れた。
 室内にはダールトンとシュナイゼルがいて、シュナイゼルがいつものように穏やかな笑みを浮かべて席を勧める。

 「すまないねユフィ、勉強中に呼び出したりして」

 「いいえ、とんでもありませんわシュナイゼル兄様。それで、どんなご用事でしょうか?」

 ユーフェミアは神根島から戻った後、まずは政治の仕方を覚えろとルルーシュに言われたことを実行に移すべく、政庁の資料室長の男を自分の秘書に抜擢し、まず日本の状況を正確に把握することから始めた。

 室長は主義者ではあるものの黒の騎士団の協力者ではなく、協力者の知り合い程度の男だった。
 だがルルーシュによってギアスをかけられており、時折ユーフェミアの状況を密告したりしているのだが、彼女はもちろんそれを知らない。

 だがそれでも主義者の彼は日本をよくするために、正確な情報を望むユーフェミアの望みを叶えていた。
 さらに計画書の立て方などを教わり、彼から説得の方法や人間関係などについての本を借りては読み、知識を入れることに余念がなかった。

 「ああ、実はちょっと君に聞きたいことがあってね。まずはこれを見て欲しいんだが」

 そう言ってシュナイゼルがパソコンのモニターに出した映像は、見出しに“EU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の亡命政府、新たな王としてアドリス国王の息女、エトランジュ王女を擁立”とある電子新聞だった。

 二年半前の日付に大きめの写真に載せられていたのは、生気のない顔を年齢に似合わぬ化粧でごまかし、青いドレスを着せられて立つ金髪碧眼の少女だった。

 「あ・・・この方・・・!」

 年齢こそ下だが、確かに神根島で自分を捕えて説教という名のアドバイスをしてくれた少女である。

 姉に滅ぼされた国の者、と言っていたが、まさか女王だったとは思いもせず、ユーフェミアは目を丸くしながら写真を凝視する。

 「やはり、彼女だったか・・・君達が急に落ちて来た時、彼女の顔が見えてね」

 EU攻略を担当しているシュナイゼルは、EUの情報を逐一集めては自分で解析していた。
 コーネリアが滅ぼした国の一つが国民全員で亡命するという他国では不可能な行動を起こした上に亡命政府を樹立したことも、その政府が国王の一人娘を王に据えたことももちろん知っていた。

 ただ所詮は二千人程度の王国、EUもただ盟約で彼らを助けたのだろうと妥当な判断を下したシュナイゼルはその情報を脳内に押しやっていたが、いきなり異母妹がゼロと共に落下して来た時ゼロを庇うように立ちふさがった彼女を見た際、彼の優秀な脳はその時の映像が蘇ったのである、

 「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス、世界で二番目に人口の少ないマグヌスファミリア王国の女王にして、前国王アドリス王の愛娘。
 コーネリアが滅ぼし我が国のエリア16にした国だが・・・よく君が無事に生きて戻れたものだ」

 「はい・・・あの、お姉様を恨んではいるが、別にわたくしに恨みはないからと。やつあたりで殺すようなお姉様と同類にはなりたくないと言っておりました」

 「何と生意気なことを!コーネリア様をよってたかって殺そうとするような卑劣な行為をしておきながら、自分が高潔な人間のように振舞うとは」

 ダールトンが憤慨するが、シュナイゼルは内心軍隊を持っていない自国に攻め込んで来たのだから、その程度のことをしても彼女達からすれば卑劣でも何でもないのだろうなと納得していた。

 「なるほど、彼女がゼロに協力、ね」

 恐らく反ブリタニア同盟を築くべくエトランジュがゼロに協力を依頼したか、逆にゼロが彼女と繋ぎをとったか、どちらかだろう。
 日本だけでブリタニアと戦うなど、まず不可能だ。ならば各植民地にあるレジスタンスと連携し、ブリタニアを追いつめる方が効率的である。

 「これは困ったね・・・少し厄介なことになった」

 「どういうことですかシュナイゼル兄様。資料によりますとこの国、二千人くらいしか国民がいないとありますけど・・・」

 大した国力がないことを人口が示していると言うユーフェミアに、シュナイゼルが説明してやった。

 「確かに本人に大した力はないが、ゼロが彼女につくとなると厄介なんだよ。
 王族のお家芸を使われると、EUにゼロが入ることになるからね」

 「王族のお家芸?」

 「ああ、私達も得意と言えばそうだけどね・・・政略結婚だよ」

 EUは大小様々な国が入り乱れ、争い、また融和を繰り返してきた歴史を持つ。
 とある王家は“戦争は他家に任せ、我が一族は結婚せよ”と家訓を残し、政略結婚で領地を増やしてきた例すらあった。

 そのためEUでは身分こそ重んじるが他国民の血が混じることを恥とは思わない傾向があり、混血でない王家など非常に少ない。
 現在のEUの王族や貴族はほとんどが象徴的なものとなったが、系図を紐解くとあちこちの国に遠戚がいる。

 マグヌスファミリアは長らく鎖国していたとはいえ、開国後は現イギリス国王の遠戚がエトランジュの叔母の一人と結婚しており、それなりに縁がある。
 特に世界中に戦火が上がるようになると、結束力を強めるためにEU内での王族・貴族の婚姻が数多く行われるようになった。

 「マグヌスファミリアに突出した人材がいないことは、開国後もあまり発展していない様子からも解る。だから祖国を取り戻したくてもその力がない。
 だが、ブリタニアに対してれっきとした成果を上げているゼロが彼女と結婚したら、いくら仮面をつけているとはいえ“マグヌスファミリア女王の伴侶”という素性が出来る」

 そうすればその肩書きの元、EUの軍隊に関与する機会が与えられることになる。
 もちろんそれを認めるかどうかは議会の決定次第だが、ブリタニアに追い詰められれば選択の余地なく彼に指揮権を与える可能性が非常に高い。
 そう、ブリタニアが名誉ブリタニア人と侮蔑していたスザクを、結局は彼にしか動かせなかったランスロットのデヴァイサーにし、黒の騎士団と戦わせたようにだ。

 おそらくゼロの目的は、まず日本解放を実現させて自分には植民地を解放する能力があると世界的に知らしめ、各地にある植民地に存在するレジスタンスを糾合する。
 それと同時にブリタニアと交戦中のEUとも同盟を結び、ブリタニアを包囲するつもりだろう。そのためには形式的にでも、EUの元首が必要なのだ。

 陳腐だが効果的かつ合理的な作戦に、シュナイゼルはどうしたものかと思案する。

 今EUにテロリストと繋がりを持つのかとを言えば、たかだが小国の幼い女王のすることに大仰なと侮られるし、ブリタニアが彼らにしたことに対して反抗することの何がおかしいとすら言われるだろう。
 現在でもEUとブリタニアは戦争状態であり、下手に彼女達のことを口に出せば堂々ゼロとエトランジュを結婚させて当然の行為であると世界に発表しかねない。

 亡国の女王と世界的カリスマのレジスタンスリーダーのゼロ、世間から見れば実に受けの良い光景である。

 さらに言えばたとえゼロが失敗したとしても、その場合エトランジュごと切り捨てれば済む話だ、EUとしては大した損失はない。
 成功すれば儲けもの程度だろうとシュナイゼルは見抜いている。

 だが最近EUに対する謀略がいくつか止められているところを見ると、ゼロが彼女を通じて既にEUに対して多少なりとも貸しを作っているだろう。
 表向きはマグヌスファミリアの手柄としておけば、EUの面子は守られる。
 それが積み重なっていけば、確実にEUはゼロを無視出来なくなる。

 「小さすぎて見えなかったね・・・盲点だったよ」

 恐らくエトランジュはゼロの腹話術の人形となり、ゼロの策と言葉で持って世界各地のレジスタンス組織と連絡を取っているだろう。
 胡散臭い仮面の男よりも、小国といえどブリタニアに滅ぼされた女王の言葉なら聞く人間が多いからだ。

 シュナイゼルはエトランジュの幼さと今まで表だった成果がなかったせいか、彼女がゼロの台頭以前からせっせと世界各地を回っていたという発想はなかった。
 確かに本格的な同盟を構築したのはゼロが仲間になってからだが、自力で地道に下地を作っていたので割と手早く反ブリタニア同盟が出来上がったのだ。
 もちろん決定打になったのは、ルルーシュによる対ブリタニアに対する効果的な作戦の示唆や同盟を組むことによるメリットの説明であるが、本人の言うとおり“小さすぎて見えていない”ようである。

 だがそれを差し引いても、シュナイゼルは反ブリタニア同盟を築くキーを握るエトランジュの存在を知ってしまった。

 「こちらも早急に手を打たねばならないね。教えてくれてありがとう、ユフィ」

 「いえ、こちらこそ報告せずにいて申し訳ありません」

 ユーフェミアは化粧でごまかしてあるとはいえ、生気のない顔で玉座に座るエトランジュの写真を見て、神根島で会った時の彼女とを比較した。

 俯き震える写真と違い、あの時の彼女は無表情ではあったがそれでもまっすぐに顔を上げて淡々と現実を語った。
 何があろうとも現実を直視すると決め、どれほど醜いことでもありのままを見続けきたエトランジュと、安穏と姉の保護のもとで綺麗な幻想だけを見てきた自分。

 最近顔つきが変わったようだと、昨日ダールトンに言われた。
 必死になって勉強に取り組み以前のような夢見がちなものではなく、まだまだなところはあっても現実を見据えた政策を考えるようになったユーフェミアに、ダールトンはそう言って自分を褒めたたえた。
 苦労は人を変えるというのは、本当のようだ・・・外見的な意味でも、内面的な意味においても。

 「では、わたくしは資料を探しに資料室へ参りますので、失礼させて頂きます。
 またなにかございましたら、お呼び下さいませ」

 「うん、頑張っておいで。ああ、それと枢木少佐」

 シュナイゼルはユーフェミアの背後で立っていたスザクに視線を向けると、少し困ったような表情で言った。

 「ランスロットの件だが・・・ロイドが君以外だと適合率が半分いくかいかない者ばかりだから、デヴァイサーをなかなか決めてくれないんだ。
 やはり、君が一番あれを扱いきれるようだね」

 「お褒め頂き光栄ですが、でもあんなことがあっては、自分がユーフェミア様のお傍を離れることは出来ません。
 とてもランスロットに乗って黒の騎士団と戦う気は・・・」

 帝国宰相の言葉に逆らうとは、と常ならば怒りそうなダールトンだが、理由が理由なだけに彼はスザクの言い分を否定出来ず、大きく溜息を吐く。

 神根島から戻ってきたユーフェミアからスザクを囮にシュナイゼルがミサイルを放つことが許せず、護衛部隊から離れてスザクを助けに行こうとした結果、爆風に飛ばされて神根島に漂流した挙句、ゼロの人質になったと聞かされて真っ青になった。

 幸い同じく漂流したスザクが人質交換で奪還に成功したから良かったようなものの、今後ともこんな出来事が起こらぬよう、彼女の傍にいて護衛をいうのは実に正しいと言わざるを得ない。

 ただスザクが乗っているランスロットが彼にしか扱いきれず、そのランスロットが黒の騎士団に黒星を与え続けているナイトメアのため、シュナイゼルがわざわざ口を出しているのである。

 「シュナイゼル殿下、もともとナイトメアは純粋なるブリタニア人のみが騎乗するべきものです。
 ユーフェミア殿下は幸いコーネリア殿下と異なり戦場に出られる方ではないのですから、彼以外のデヴァイサーを見つけるのが一番かと」

 「それが出来たらいいのだが、ロイドが適合率八割は超えないと認めないと言うものでね・・・君は彼のお気に入りだし、お願い出来ないものだろうか?」

 「恐れながらシュナイゼル殿下、あの時ユーフェミア様をお止め出来なかった護衛部隊があの体たらくでは、枢木少佐も不安になりましょう。
 彼の身体能力はまことに素晴らしく、護衛としては私としても安心出来るほどです」

 ダールトンがそう褒めたたえるのも無理はない。
 ナイトメアの操縦以外に護衛として役に立つのかと皮肉を言われた際、ダールトンが試しに肉弾戦で試合をさせてみると、彼はそのことごとくに勝利した。

 データを見てみると筋力、脚力、動体視力、その他の身体能力は絶句の一言に尽きるほど秀でており、なるほどあのナイトメアを動かせるわけだと納得しつつ驚愕したものだ。
 しかも銃弾を軽々避け、壁まで走る様を見せられてはダールトンとしては彼に主君の宝物を任せても不安はない。

 エトランジュの信用はして貰うものではなく積み上げていくものという言葉を証明するように、スザクは確かに黒の騎士団に対して実績を上げており、またシュナイゼルから黒の騎士団に対する囮にされても『ルールを破るよりいい!!』と答えて従っているため、それなりの信用はあった。

 彼がランスロットのデヴァイサーを降りた理由については誰も疑わず、シュナイゼルですら今回の件があったのでとりあえずデヴァイサーを探して代わりが見つかればそれでよしとしたかったのだが、そううまくいかなかったようだ。

 「適合率がそれくらいないと、戦場に出てもどうせやられるだけだと言って聞かないんだよ。
 陛下のナイトオブラウンズクラスでなければ、どうやら無理のようだね」

 頑なにランスロットには乗らないというスザクに、この手の人間を説得するのには骨が折れると知っているシュナイゼルは説得を断念した。

 シュナイゼルが退出を促したので、三人が頭を下げてシュナイゼルの執務室を退室すると、スザクはダールトンに礼を言った。

 「ありがとうございます、ダールトン将軍。殿下の命令を断った自分を庇って下さって・・・」

 「何、貴殿の言うことは尤もなことだし、ユーフェミア様もそれを望んでおられるからな。聞けば学園まで辞めたというではないか・・・騎士として見事だ。
 後任さえ見つかれば丸く収まるのだが・・・全く、息子どもも情けないことよ」

 スザクがデヴァイサーを降りるとなった時にその理由を聞いたダールトンは納得し、まずは自分の子飼いの部下にして義理の息子達でもあるグラストンナイツを後任にと特派に差し向けた。

 だがあまりの高性能振りと相当な身体能力がなければ動かせないため、最高でも適合率六十%前後という数値を出すだけで終わり、優秀ではあるが同時に妥協を知らない研究者のロイドに拒否されてすごすごと引き下がった。

 ランスロットのデヴァイサーであるというのはスザクの強みでもあったのだが、それを捨ててまで主の護衛に専念するという姿勢を褒める者もいたし、自ら栄誉あるナイトメアのデヴァイサーを降りるとは身の程知らずなと責める者もいる。

 また、スザクがアッシュフォード学園を退学したことが知られるとタイミングがタイミングだったため、ユーフェミアの護衛のためだと誤解したダールトンは彼を素直に認めて擁護した。
 さらにコーネリアの騎士ギルフォードもその行動を称賛し、ユーフェミアも同意した上にシュナイゼルが黙認したのであれば、それ以上は皇族批判にもなりかねない。
 
 実はこれらは、神根島でルルーシュがスザクに行った入れ知恵である。

 『ユーフェミアの護衛に専念するからランスロットを降りると言え。
 シュナイゼルがユフィは大丈夫と言っておいてこのザマになったんだから、奴も強くは言えないだろう。
 お前の圧倒的な身体能力を見せ付ければ、他の奴らも黙るさ』

 案の定微妙な立場にはなったがいいタイミングでアッシュフォード学園を退学したこともあり、スザクは円満にとはいかなかったがランスロットのデヴァイサーを降りることに成功した。
 後はユーフェミアを戦場から離れさせておけば、自分はルルーシュ率いる黒の騎士団と戦わなくてもいいのである。
 
 名誉ブリタニア人が操縦しているランスロットは黒の騎士団に対する安易に切れる切り札と考える者が多かったので、戦場から逃げる言いわけだと言いがかりをつける者はいたが、自分が予想するより味方が多かったのでスザクは内心驚いていたりする。

 と、そこへ慌てた様子でグラストンナイツの一人がやって来た。

 「ユーフェミア殿下、ダールトン将軍!」

 「どうした、騒々しい。黒の騎士団に動きでもあったのか」

 「いいえ、中華です。中華連邦がなぜか日本の国旗を掲げてエリア11に侵攻してきたとの報告が!」

 「何だと?!ユーフェミア殿下」

 ダールトンが呻くと、ユーフェミアとスザクが司令室へ足を向けるのを見てダールトンも後を追う。

 司令室へ飛び込むと、中華連邦軍がフクオカ基地を強襲し、それを占拠したとの報が届いたところだった。

 そしてモニターに映ったスーツを着た中年の男が目を光らせて、厳かに宣言する。

 「我々はここに正統なる独立私権国家、『日本』の再興を宣言する!!」

 「この人は・・・父の政権で官房長官だった澤崎さんです。まさかこんなことをするなんて・・・!」

 スザクの言葉にダールトンが日本政府の亡霊が、と吐き捨てる。

 「コーネリア殿下がおられない時に、なんと・・・やむを得ん、私が指揮を執る!
 枢木少佐、貴殿は全力でユーフェミア殿下をお守り参らせよ!」

 「イエス、マイロード」

 スザクが了承するとダールトンは続けてグラストンナイツに指示する。

 「速やかにキュウシュウブロックに向けて出発する!
 この隙を狙って、黒の騎士団や他のテロリストどもが小うるさく蠢動するやもしれん。
 気を抜かず租界の守りも徹底して行え!」

 慌ただしく交戦の準備に入った司令部の中、不安になったユーフェミアだがそれを振り払うようにして言った。

 「ダールトン、軍のことはお任せします。
 わたくしは租界の護りや国民への説明について、シュナイゼル殿下と協議の上行わなくてはなりませんから」

 「おお、そうですなユーフェミア殿下。あの中華に操られた亡霊など、すぐさま成仏させてご覧にいれますゆえ、どうかご安心を。
 私は留守に致しますが、グラストンナイツのうちから作った護衛部隊を置いておきます」

 彼らにはユーフェミアの突飛な行動を抑えるように言い含めてあるし、スザクにも協力的な者を選んで構成してあるから彼とも連携を取っていけるだろう。
 再びシュナイゼルの執務室へと戻るユーフェミアの後ろ姿を見て、副総督として徐々にしっかりしてきた彼女にダールトンは不敬とは知りつつも成長した娘を見る気分であった。

 彼女の頑張りを無にしないためにも、迅速に奴らを殲滅しなくては。
 そう決意を固めたダールトンは、改めて軍に指令を飛ばすのだった。



 「予想通りだな。澤崎のグループはキュウシュウブロック内のテロ組織と協力し、ホンシュウ、シコクブロックとの陸上交通網を寸断した」

 キュウシュウブロックにある黒の騎士団後方支援基地内部で、ルルーシュは澤崎の行動についてつまらなそうに弄んでいたチェスの駒を倒した。

 中華連邦両党軍管区の支援を受け、フクオカ、ナガサキ、オオイタを中心に勢力を広げるつもりだろう。
 そしてエトランジュがエリザベスを通じて手に入れた情報によれば、それから中華から増援が寄越される予定のはずだ。つまり、叩くとしたら今が好機なのだ。

 「“中華連邦のツァオ将軍によると、これはあくまで人道支援であり”・・・ね。サクラダイト目当てのくせに、よく言ったものだ」

 「キョウトには一方的なサクラダイトに関する権利について、通告があったそうです。
 もちろん即座に断り、ブリタニアにも報告して彼らとの間に関係はないことを強調しておいたと桐原公から連絡が」

 エトランジュの報告に、ルルーシュは満足げに頷く。

 「既に条件はクリアされた。あとは奴らを潰すだけ・・・カレン、準備はいいか?」

 「もちろん、いつでも出撃出来るわ」

 カレンはゼロとの共同作戦に張り切っていたが、内心実は少し複雑であった。
 ガウェインは副座式であり、直接機体を動かすパイロットとシステムを動かす者とが同時に乗り込まなくては本来の機能を引き出せない。

 ルルーシュは素顔を知っているC.Cにしか任せられないとすぐに彼女をパイロットに任命したのだが、同じく素顔を知っていても自分には紅蓮があるので立候補を断念せざるを得なかったのだ。

 「この基地の存在がバレるわけにはいかないから、ある程度場所を移動してからフクオカ基地を強襲する。
 今ならキュウシュウ地方を手中に収めるために戦力を分散しているだろうから、楽なはずだ・・・行くぞ」

 「はい、ゼロ!」

 ルルーシュは作戦を説明しながら仮面を被ると、カレンとC.Cとエトランジュを伴い部屋を出ると、四聖剣の仙波と卜部が外で待っていた。

 「思っていたより遅かったな。ま、エトランジュの様の情報ですぐ俺らが動けたせいだけど」

 「中華の動きの方はあらかた予測済みだが、ブリタニアの動きのほうが気になる。
 そちらは藤堂達に任せてあるが、お前達はエトランジュ様をサポートして貰いたい」

 「承知した。任せてくれゼロ」

 エトランジュには捕らえた中華連邦軍の幹部の前で天子と会談し、ゼロに自分を通じて中華に返すという形式(しばい)をして貰う役目がある。
 あくまでも黒の騎士団は日本の権利を守るために動いただけで中華連邦と敵対する意思はないと告げ、天子もそれを了解した上で自国の軍幹部の引き渡しを依頼、エトランジュはその仲立ちをした形にするわけだ。

 それには幹部達の前で直接エトランジュが説明を行う必要があるため、卜部と仙波の仕事は万が一に備えての護衛である。

 「お願いします、卜部少尉、仙波中尉」

 キュウシュウブロックに作った基地に中華連邦の幹部を招き入れればこの基地の存在がバレる危険があるため、黒の騎士団建設当初に本部にしていたトレーラーと同じものを新たに手に入れてある。

 「エトランジュ様の大事なお役目を全うして頂くためにも、我々も協力は惜しみませぬ。
 では、予定ポイントまで移動をお願いいたします」

 仙波に促されて、エトランジュは頷いてトレーラーに乗り込むべくルルーシュと別れ、ルルーシュもまたカレンとともにナイトメア格納庫へと向かうのだった。



 キュウシュウブロック周辺では、ブリタニア軍と中華連邦軍が小競り合いを続けていたが、互いに一進一退を繰り返していた。

 澤崎は自分にキュウシュウ周辺のレジスタンスが協力してくれるものと考えていたのだが、既にキュウシュウ基地建設の際に黒の騎士団に組み入れられたため、思っていたより少なかったせいだ。

 「おのれ、日本を取り戻せる好機だと言うのに!機を読めぬ馬鹿どもが!!」

 「ご心配には及びませんぞ澤崎殿。
 フクオカ基地は我らの手に落ちたのです、じきにキュウシュウ全域を」

 ツァオ将軍がそうたしなめた時、数十機のブリタニアのナイトメアを撃破したとの報が届いて澤崎は破顔した。

 「おお、さすがは中華連邦ですな。貴軍ならばこのまま日本を解放して下さる日も遠くはありませんよ」

 「もちろんですとも澤崎殿。日中で力を合わせてブリタニアを倒し、末長いお付き合いをお願いしたいものです」

 ツァオ将軍の空々しい台詞に、澤崎はうんうんと幾度も頷く。自分が利用されているという考えは、どうやらまったくないようである。
 だがその笑顔は、長く続かなかった。

 「・・・!ツァオ将軍、二機のナイトメアを確認!凄まじいスピードで我が基地へと進撃してきます!
 我が方のナイトメア数体が撃破されました」

 「何?!ブリタニアか」

 「いいえ、違います・・・あれは、黒の騎士団のマーク?!」

 モニターに映し出されたナイトメアには、黒の騎士団のエンブレムが誇らしげに掲げられており、彼らが何者であるかを雄弁に語っている。

 「何だと?!黒の騎士団が、何故日本解放の邪魔をするのだ?!」
 
 澤崎が呻くが、誰もその答えを返さない。
 ツァオ将軍も理由は解らなかったが、敵対行為を取っている以上こちらも応戦しなくてはならない。

 「そのナイトメアを撃破せよ!これは明らかに我が方への敵対行為である!」

 「はっ!」

 たちまち応戦すべく動きだした軍に、澤崎はモニターを睨みつけた。

 「止まれ!中華連邦は日本解放のために進軍したいわば友軍である!
 日本解放を目指す黒の騎士団が、何ゆえ邪魔をするか?!
 ゼロ!!お前達は日本を憂うる同志ではないのか?!」

 「我ら黒の騎士団は、不当な暴力を振るう者全ての敵だ」

 「不当だと!?私は日本のために」

 基地から聞こえてきた澤崎の台詞に、ルルーシュは傲岸不遜名声で応じた。

 空に舞い上がる黒いガウェインと、真紅の紅蓮がそれを守るようにコンクリートの無機質な地面に立っている。

 「友軍?サクラダイトの利権目当ての通告をしておいて、何を言うやら。
 この戦い、日本の飼い主の名前を変えるだけの行為にしかならない!
 自らの手で勝ち取ってこその名前であり、権利であり、自由であることが、どうして解らない!」

 一方的に中華連邦の見返りを受けるわけにはいかないからサクラダイトを提供するという安易な考えでは、今後も日本はそれ目当てに搾取され続ける奴隷国家だ。

 ルルーシュでさえEUと盟約を結んだ際、切り札のサクラダイトの密輸はあくまでほんの一部だけとして主な提供物は情報、策略といったものであり、またEUからも同じく情報と最小限の物資を提供するという小さくとも対等な取引を行っている。
 日本解放が成れば、お互いにもっと本格的な同盟条約が結ばれるだろうことは、すでに暗黙の了解である。

 「行くぞ、カレン!
 あの傀儡になっていることすら解らぬ愚か者と、私欲のために日本を汚す者達を日本から叩き出せ!」

 「はい、ゼロ!」

 紅蓮は嬉々としてガウェインの先頭に立ち、敵のナイトメアを次々に撃破していく。
 空から襲撃して来た飛空艦艇を見て、ルルーシュが面倒そうにキーボードを叩く。

 「邪魔なんだよ、君達は」

 ガウェインの肩から砲撃が現れたかと思うと、中華連邦の飛空艦艇は抵抗する間もなく撃墜されていく。

 「空のハエは私に任せろ!カレン、君は地上部隊を主になぎ払え!」

 「了解!」

 二人は見事な連係プレイで中華軍を倒し、基地の中を進撃していく。
 だが今後の中華との対応を考えて出来る限り死者を出さないよう、足やエナジーフィラーを狙って攻撃している。

 瞬く間に基地の三分の二が制圧されると、ツァオ将軍と澤崎は撤退を決意せざるを得なかった。

 「外国に助力を乞い、機会を待って何が悪い…!それこそが戦略というものなのに・・・!」

 確かにそれも一つの戦略であるし、一概に悪いとは言えない。
 だが中華連邦もサクラダイトが目当てであり、ブリタニアと戦うための拠点として日本を手にいれたがっていることが問題だと、この男はまったく解っていなかった。

 「カゴシマならまだ防衛線が引けますよ」

 「は、世話になります」

 車に乗って撤退しようと基地を移動し軍事ヘリの元に辿り着いた刹那、軍事ヘリを壊した紅蓮が、二人の乗る車の前に立ちふさがった。

 「ここまでだな」

 「まさか・・・キュウシュウ最大の要害を、いとも簡単に・・・?!」

 二人が絶句すると、ルルーシュは通信をキーボードを操作してエトランジュと通信を開き、さらにそれを外へと繋ぐ。

 「ツァオ将軍、聞こえますでしょうか?
 以前一度お会いしたかと思いますが、マグヌスファミリア女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです」

 しっかりした発音の中華語に、ツァオ将軍は驚いた。

 「・・・!去年来たあの!」

 先帝の見舞いに訪れた彼女の父親の仲介で天子と文通友達であるという縁から、天子の誕生日のお祝いにとEUの使者として訪れたのは確かに彼女だ。

 「現在我がマグヌスファミリアは、ブリタニア植民地のレジスタンス同盟を組むべく世界各地を回っているのですが、ちょうど日本におりまして黒の騎士団に滞在しているのです。
 今回ゼロをお止めすることは出来ませんでしたが、中華の方々の身の保証は何とかお願い出来ました。
 ですからお願いいたします、どうかこの場は矛を収めて頂けませんでしょうか?」

 ツァオ将軍は予想外の展開に驚愕したが、弱小国であり亡命政府であったとしてもれっきとしたEU加盟国の元首の元で明言されたのなら、もはや選択の余地はない。
 既に己の首に、チェックは掛けられたのだ。思いもがけずブリタニアへ送られずに済んだのだから、幸運と言うべきだろう。
 
 「やむを得ませんな・・・全軍に通達!速やかに母国中華へと撤退せよ!」

 「そ、そんな・・・!ここまで来て!」

 澤崎が絶望の呻き声を上げてへたり込むと、ゼロが告げる。

 「貴方がたの身柄は、一度我々が預らせて頂く。だがすぐに中華へお返しすることをお約束しよう」

 「好きにするがいい」

 ツァオ将軍の指示で武装が解除され、数人の高級将校のみを残して全軍が中華へと撤退していくのを見ながら、紅蓮とガウェインは彼らを連れてフクオカ基地を後にした。



 それから一時間後、黒の騎士団トレーラー型基地にて、今回の騒動(えんげき)の結末を飾る役者が勢揃いしていた。

 まずはゼロがモニターの前に立ち、その横にエトランジュが座り、さらに卜部、仙波が護衛として背後に立つ。

 モニターに緊張した面持ちの幼い天子が映し出されると、その前にはツァオ将軍を始めとする中華連邦軍の幹部が何とも言えない顔で途方に暮れている。

 「えっと、今回我が中華連邦は、日本の解放・・・という人道・・・支援のために軍を派遣させて頂いたのですが」

 明らかにカンペを読んでいると解る口調でそう切り出した天子に、ゼロが穏やかに応じる。

 「しかし天子様、NACに対しサクラダイトの一方的な供給を要求されたとあっては、日本としては承服致しかねます。
 サクラダイトは日本にとって重要な資源、それを中華が独占するとなるとブリタニアもそれを奪われまいと更なる軍を派遣してくることは明白、そうなれば日本はどうなります。
 何より日本独立後に日本が立ち直るためにも、あれは重要な資源なので他国にそう簡単に供給する訳には参りません」

 「エトランジュ様のお話では、黒の騎士団はあくまで黒日本の権利を守り、また日本を無駄な・・・戦火に巻き込みたくないとの意向で、動かれたとのことですが」

 「はい、相違ございません天子様。
 決して中華連邦と敵対する意志はなく、今回の件は私としても遺憾に思っておりますので、出来る限り被害は抑えたつもりです。
 たまたまこちらに滞在中のエトランジュ様が、中華連邦は母方の祖父の故郷でありまた天子様とも一方ならぬご親交があるので出来る限り無傷で鎮圧して頂けないかとお願いされたことですし」

 椅子に座ってにっこりと笑うエトランジュに、天子もほっとしたように笑みを浮かべた。

 「そちらの事情は、解りました。こちらも日本の・・・事情をよく把握していなかったようですので、今後とも気をつけていきたいと、思います」

 「では、今回の件はお互い様ということに致しましょう。
 すぐにもツァオ将軍や他の将校の方々を中華へお返しいたしますので、その件について話し合いたいのですが」

 「はい、蓬莱島に出迎えの準備をしておきますので、どうかよろしくお願いいたします。
 今回はいろいろとご迷惑をおかけいたしました」

 「いいえ、こちらこそ事情があるとはいえ、中華連邦軍と交戦してしまったことは申し訳なく思っております。
 今後はぜひ、そうなることのないようにお願いしたいものです」

 最初から決まっていたやり取りを何とか言い終えた天子はほっと溜息をついてエトランジュを見つめると、エトランジュは椅子から立ち上がって中華語で言った。

 「今回、いろいろと事情が絡み合って残念な結果を招いてしまいましたが、大きなものに発展しなくて済んたことは幸いでしょう。
 今はあちこちで戦火が広がっているのです、無駄な争いは避けていければと存じます」
 
 「私もそう思いますエトランジュ様。戦争は怖い・・・痛いのも辛いのも嫌です・・・悲しいです」

 これは天子の本心だろう、俯き震える小さな声に、エトランジュは慰めるように言った。

 「私も同感です。だからこそ私達はこうして話し合っているのですよ天子様。
 私達は人間です。ここには日本語、中華語、ラテン語、英語と様々な言語に分かれた人間がおりますが、こうして意思を伝え合い考えを述べ合い、そして未来を語ることが出来る唯一の生き物です。
 どうか忘れないで下さい、痛くて怖い思いをしなくても、解決の糸口をつかめる手段があるということを」

 「エトランジュ様・・・!はい!」

 天子の明るい笑顔に黙ったまま話を聞いていた澤崎が、吐き捨てるように言った。

 「これだから子供は・・・!綺麗事で世界は動かん!
 今は動乱の世の中なのだ、非常の手段と言うものがある!ましてや話し合いなど不可能だ!」

 「存じております。私も既に人を殺した身です。人を殺した時点で既に悪でしょう」

 正当防衛とはいえ、エトランジュはその手を血に染めた。あれほど非常の手段と言う言葉にふさわしい行為はあるまい。

 「それでも、安易に人を殺す行為には走りたくありません。それは憎しみの連鎖を生むだけです。
 だからこそ私はたとえ口汚く罵るだけであっても、話をしたいのです。それだけなら心は傷つくかもしれませんが、身体は傷つきませんしましてや死ぬこともありません。
 死なないのならまだ取り返しは付きます、何度でもやり直しが可能でしょう。
 私の言うことが確かに綺麗事なのは認めましょう。ですが、綺麗事よりも戦争が正しい手段なのでしょうか?
 澤崎官房長官、貴方は日本の何を守りたいのですか?日本国と言う名前さえあれば、日本が戦火に燃やされ国民が苦しみあえいでも構いませんか?」

 「それは・・・・だが、それも独立のための!私が中華の傀儡政権というなら、お前自身はどうなのだ?!
 EUの、ゼロの傀儡にしか見えんぞ小娘が!!」

 澤崎が激昂して叫ぶと、エトランジュはあっさり認めた。

 「澤崎官房長官、認めましょう、私は確かに操り人形です。
 父が行方不明になり、本来なら王になる筈ではなかったのに伯父達の思惑で王になり、EUの思惑で反ブリタニア同盟を組むための使者になりました」

 「・・・・」

 「ですが、私は私の操り手を選びました。伯父達を信じたからこそ王になり、反ブリタニア同盟は私の国を戻すために必要だと考えたからこそ使者になりました。
 そしてゼロも、ブリタニアを倒すために必要な力を持っていると思ったから、私は彼の言葉に従ったのです」

 エトランジュは傀儡でも、それには確かに意思がある。
 自らの操り手を選び、ふさわしくないと思えば否と撥ねつけ操るための糸を切る程度のことはするつもりだ。

 「お互いに心行くまで話し合った末に納得したことです。
 話し合いとは相手の話を聞くことから始まると、お母様が教えて下さいました。
 だから澤崎官房長官も、どうか話して下さいな。貴方の望む日本の在り方を。
 そしてみんなで考えていけばいいではありませんか。“三人で集まれば宝石の知恵”なのでしょう?」

 「・・・“三人寄れば文殊の知恵”ですよ、エトランジュ女王陛下」

 はは、と乾いた声でそう修正した澤崎は、疲れたように床に座り込んだ。

 子供は単純でいい、綺麗事で満足できる、素晴らしい時代だ。
 自分もあの年代の頃は、政治家になって日本を導く夢を叶えるために猛勉強をしていた日々を思い出す。
 
 だが、もうその時代はすでに過ぎ去り、今や自分は敗残者として仮面をかぶった怪しい男に生殺与奪を握られる身となった。

 「澤崎よ、お前の身柄は我が黒の騎士団が預かる。当分の間、自らを省みることだな」
 
 「あっ・・・ではゼロ、今回はいろいろとお世話になりました。それでは失礼いたします」

 天子が再度礼を言って通信を切り、会談は終わった。

 その後、ツァオ将軍達はカゴシマにいた中華連邦軍に送り届けられて中華へと撤退していった。
 それで今回の件は、対外的には綺麗に決着がついたことになる。

 黒の騎士団はこれで天子との間にパイプが出来、天子をはじめとする科挙組は大宦官達に貸しを作れた上に発言力を削ることが出来る。
 特にこれで、海外派兵に関してはこの件を持ち出して止めることが容易になるだろう。

 理想的な結末に、ルルーシュは満足した。



 「ゼロが中華連邦軍を撃退?・・・なるほどね」

 ゼロの狙いを看破したシュナイゼルは、感心したような声を上げて納得する。

 必要なことは勝利ではなく、中華連邦の侵攻に黒の騎士団が反対したという事実だ。これは彼らの立場を全世界に伝える役に立つ。
 これまでブリタニアは情報操作で彼らの行動をテロによるものだと位置づけていたが、この行為により彼らの目的や存在意義は世界に知れ渡るだろう。
 何しろ騎士団にはエトランジュがいるのだ、いくらブリタニアが表だって情報を流さなくとも、彼女から確実に世界に広まる。

 (本当に地味に厄介な女王様だね・・・さて、どうしたものか)

 その報告をしたロイドは、自分が開発したハドロン砲を収束させられた、僕が完成させるはずだったのにいいい!!と別方面で地団太踏んで悔しがっている。

 と、そこへ黒の騎士団に捕えられた中華連邦軍幹部が解放されてカゴシマから中華へ撤退したようだとの報を受け、あまりにも早い対応に柳眉をひそめた。

 ブリタニアから逃がすためにというなら、捕らえることなくさっさと日本から追い出せば済む話である。
 わざわざ捕えておきながら、数時間も経たないうちに何故解放したのだろう。

 (まさか・・・すぐに中華連邦に探りを入れてみるとしよう)

 疑問の裏付けを行うべく、シュナイゼルは自分の副官に連絡を入れ、中華連邦の動きを調べるよう命を下すのだった。




[18683] 第十八話  盲目の愛情
Name: 歌姫◆0c129557 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/11 12:09
  第十八話  盲目の愛情



 「今日は学園祭ですねお兄様。私も参加したかったですけど・・・」

 「そうだねナナリー。でも、代わりにここでも小さいけどお祭りがあるんだから、楽しもうじゃないか」

 二人が住んでいるメグロゲットーの施設では、ルルーシュが学園祭を楽しみにしていたナナリーのために立案した夏祭りが開かれていた。
 ただ人が大挙すればブリタニアに目をつけられるため、こぢんまりとした小さなものだったが金魚すくいやボールすくいといった定番の店が施設内で開かれ、浴衣などを来た子供達がリハビリルームを彩っている。

 「そういえばスザクさんの神社でもやっていましたね。ふふ、わたあめがおいしいです」

 「私も好きですよ、これ。ふわふわして甘いです。こんにちは、ナナリー様」

 わたあめを美味しそうに食べるナナリーの背後からそう声をかけて来たのは、エトランジュだった。
 つい先ほどまで中華連邦と話していたのだが、それを終えて夏祭りに誘われてやって来たのである。

 「まあ、エトランジュ様、こんにちは。
 わたあめの他にも、何かお持ちになっていらっしゃるようですけど」
 
 「ええ、ベビーカステラです。一口サイズのカステラですが、よろしければどうぞ召し上がって下さいな」

 エトランジュが紙袋からベビーカステラを取り出してナナリーに握らせると、出来たての甘い匂いが食欲を刺激する。

 「ありがとうございます!あ、本当に食べやすくて美味しいです」

 目が見えないナナリーでも手軽に食べられるベビーカステラに、ナナリーは笑顔を浮かべた。

 「日本のお祭りは楽しいですね。
 クライスなんて金魚すくいに夢中で、ついさっき玉城さんと競って負けたと落ち込んでおりました」

 「なんだ、あいつも来ていたのか。あまり騒ぐなと、エトランジュ様から釘を刺しておいて頂けませんか?」

 玉城をよく知るルルーシュの要請に、エトランジュは苦笑いを浮かべながら頷く。

 「ナナリー様も行きませんか?
 車椅子の方でも出来るように、高めのテーブルに置かれた水槽のある金魚すくいやボールすくいもあるんですよ」

 「本当ですか?ぜひ行きたいです」

 ナナリーが嬉しそうに頷くと、金魚すくいのコーナーではクライスと玉城が再戦しているのが見えた。

 「大人げないやつ・・・」

 呆れたようにルルーシュが呟くと、クライスが再び負けたらしい。悔しそうに唸っていた。

 「ちっくしょー!また負けた!」

 「へっへ~ん、俺はガキの頃からこれが得意だったからな」

 得意と言うだけあって、玉城はクライスの数倍の戦果をあげていた。

 「だらしないわねえクラ。魚釣りなら得意なのに」

 アルカディアがたこ焼きを食べながら言うと、クライスはポイを手にして叫んだ。

 「こんな薄い紙で魚をすくうなんて器用な真似、出来るのは日本人くらいなもんだ!」

 「あー、まあ一理あるわねえ。紙で箱やら人形やら鶴を作るなんて、大したものだとびっくりしたし」

 「ふっふっふ、日本人の凄さ思い知ったか!」

 威張る玉城に、子供達が自分にもコツを教えてくれと群がってくる。
 ナナリーもおそるおそる彼に近づいて、お願いした。

 「あの、玉城・・・さんですか?私にも教えて頂きたいのですが」

 「あん?ブリキ・・・いや、ブリタニア人の女の子か。
 ・・・もしかして、カレンが言ってた親父が酷いこと言って放り出したって子か?」

 「え、いえ、そういうわけでは」

 ナナリーがやんわりと否定するが、涙もろい玉城は何も言うなとばかりに幾度も頷き、ポイを手にして彼女の手に握らせた。

 「いいんだ、悪いこと聞いちまってすまねえな。
 目が見えないんだろうから、手を取ってコツを教えてやるよ」

 別にロリコンではない彼はお椀を借りて金魚を一匹中に入れ、ナナリーの手を取ってポイを操作してひょいと別の器に移し替える。

 「大体こんな感じだな。それ貸すから、練習してみろ」

 「ありがとうございます!でも、いいんですか私だけ・・・」

 「いいっていいって!祭りなんだから楽しまなくちゃな」

 周囲もそうだそうだと同意して、紙ではなく大きめのスプーンをナナリーに渡して練習が出来るようにしてやる。

 他にも目が見えない子供にも同じようにしてやり、みんなで金魚すくいの練習を始めた。
 だがなかなか難しく、ナナリーが落ち込みかけるとルルーシュがポイを手にして言った。

 「任せろナナリー、俺が取ってやる」

 ルルーシュがそう言って金魚が泳ぐ水槽にポイを入れるが、すぐに水に濡れて破けてしまう。

 「くっ・・・だがもう一度!」

 ・・・これが数度繰り返された後、玉城がルルーシュの肩を慰めるように叩いた。

 「諦めろ、な?人間向き不向きがあるんだ。
 それにこれは金魚が欲しくてやるんじゃなくて、すくう過程を楽しむもんなんだぜ?あんたがやってどうすんだよ」

 玉城の言葉に周囲が同意すると、ルルーシュはうぐぐぐと悔しそうに唸った。

 「い、いつかきっとルルーシュ様も金魚をすくえますよ。ナナリー様も頑張って練習すればいいではありませんか。
 どちらが先にすくうか、競争するというのはいかがでしょう?」

 エトランジュの提案に兄妹の意志は無視して賛成の拍手が起こり、兄と妹の対決が決定された。

 それでもナナリーには新鮮な出来事だったらしい、改めて練習が開始された三十分後、子供達から感嘆の声が上がった。

 「ナナリーちゃんすごーい、もうコツを覚えちゃった」

 「俺まだ一匹もすくえてないぜ。けっこー難しいなこれ」

 すぐにコツを覚えたナナリーは、ゆっくりだが紙のポイでも金魚をすくえるようになっていた。
 一方のルルーシュは、無駄に力が入り過ぎている上に無駄に考えを巡らせるせいで二匹すくえればいい方という有様である。

 「はい、この勝負ナナリーちゃんの勝ちー!おめでとー」

 ぱちぱちとナナリーを褒めたたえる拍手が鳴り響くと、ルルーシュは落ち込んだがすぐに立ち直ってナナリーの頭を撫でた。

 「さすがナナリーだな、よく頑張った。俺の負けだよナナリー」

 「お兄様・・・でも金魚すくいに勝っても、お兄様のお役になんて」

 幼い頃は自分の方が体力があり、兄にかけっこで勝ったことがあるが既に遠い過去のことだった。
 母が暗殺された事件以降、自分は常に兄の庇護のもとで生きてきたから兄に劣ると劣等感を抱いていた。
 今回も、金魚すくいで勝ったからと言って、と自分を貶める言葉が響き渡る。

 と、そこへアルカディアがたこ焼きの箱を潰しながら言った。

 「何言ってんの、どうでもいいことが後で力になったりすることがあるんだから、素直に喜びなさいって」

 「でも・・・」

 「どんな小さいことでもね、出来ることがあるっていうのは恥になることじゃないわ。
 出来ることをたくさん学んで増やして、それをどう実生活に役に立てるかを考えるのが大事なの。
 あんた目が見えない、足が使えないってことで卑屈になってるみたいだけど、意外とやろうと思えば出来るのよ。
 日本だって耳が聞こえなくて話せない女の人が、ナンバーワンホステスになったって有名なんだから」

 そう言ってアルカディアが視線を向けた先は、手が使えない者が足の指を操作して金魚やボールをすくったり、耳が聞こえず話せない者が周囲の合図でダンスをしている光景だった。

 目が見えないナナリーにそういう人間もいると説明してやると、ナナリーはそれでも尻込みした様子だった。

 「でも、私いつもお兄様の手を煩わせてばかりで」

 「そんなことはないよナナリー。俺がお前を邪魔に思ったことは一度もないんだ。
 大丈夫、何の心配もいらない。俺が傍にいるよ」

 兄妹がしっかりと手を握ってそう語りかける姿はまことに美しく、玉城などは涙を流して感動している。

 「いい兄ちゃんを持ってよかったな!何か困ったことがあったら、俺だっていつでも頼っていいんだからな!」

 調子よくそう叫ぶ玉城に、近くにいた少女が言った。

 「じゃあおじちゃん、私にも金魚のすくい方教えて?」

 「おじ・・・ちゃん・・・俺、おじちゃん?」

 がーんと背後に岩が降りてきたかのような顔で尋ねる玉城に、少女は笑顔で頷いた。

 「うん、おじちゃんだよね?」

 きっぱり断定された玉城は、怒鳴るわけにもいかず落ち込んだ。
 それでもいくらでも頼れと言った手前、玉城は心で泣きながら子供達に金魚すくいのコツをレクチャーするのだった。



 楽しい時間はあっという間に終わり、既に片付けの時間帯になった。
 笑顔で協力して片付ける彼らの顔は、いつも気を張り詰めている日常のいい気分転換になった祭りに晴れやかになっている。

 先にナナリーを自室に帰して片づけをして終わったところに、ルルーシュはゴミ捨てから戻ってきたジークフリードに声をかけられた。

 「申し訳ないが、ちょっとよろしいかなルルーシュ君。ちょっと話があるんだが」

 「はい、解りました。では、あちらの部屋で」

 騎士団絡みのことだろうかとルルーシュは考えながら、二人で施設の一室に入った。

 「どうなさいましたか、ジークフリード将軍」

 「・・・こういう家庭のことには口を挟みたくはありませんし、貴殿の事情も知っていますから言いづらかったのですが、私も親ですのでね、忠告しておこうと思いましてな」

 「家庭のこと?俺が、何かナナリーにまずいことをしているとでも?」

 不愉快そうに眉根をひそめたルルーシュに、ジークフリードは頷いた。

 「はっきりと申し上げましょう。貴方のなさっていることは、一種の虐待ですルルーシュ殿」

 「な!!俺がナナリーを虐待しているだと!失礼ですよ将軍!!」

 激昂して叫ぶルルーシュに、ジークフリードは落ち着き払って頷いた。

 「確かに世間的にはそうは見えませんし、貴方もお若いのでまだ解らないでしょう。
 ですが、私から見るとそうなのですよ・・・“過保護”という虐待です」

 「過保護・・・」

 その単語にふさわしいことは自覚していたのか、今にもジークフリードに掴みかからんばかりだったルルーシュの動きが止まった。

 「ナナリーの状態はご存知でしょう。あれくらいは当然です!」

 「だからといって、出来ることをやらせないというのは明らかにやり過ぎです。
 いつも貴方が傍にいて何もかもしてあげていては、彼女はいつまでも何も出来ないままでしょう」

 先ほどの金魚すくいでも、目が見えないナナリーが自分で取れずに落ち込んだ時ルルーシュが取ろうとしたのがいい例だ。
 出来ないのなら出来るように教えるという発想が、ルルーシュには欠けている。

 しかし傍から見れば妹を大切にしている兄の行為にしか見えないため、玉城のように称賛する人間の方が多い。
 ゆえにこれまで、それを指摘する者がいなかったのだ。

 「中華連邦の先代皇帝を見舞った時、アドリス様がおっしゃっておいででした。
 『親がいなくなっても、子供が一人で立ち歩いていける力だけは必ず受け継がせるべき財産である』と。
 ナナリー殿はどうです、貴方がいなくなっても生きていける方ですか?」

 「それは・・・!だから俺がブリタニアを壊して、ナナリーと共に暮らせていける世界を創ればそれで!!」

 「落ち着かれよ、ルルーシュ殿。貴方はナナリー殿だけを見て、他の人間が目に入っておられない。
 ナナリー殿のように目が見えず足も動かない方もいますが、その者達は着替えも出来ますし周囲の協力があればある程度の仕事もこなせています。
 貴方がナナリー殿を愛しているのが問題なのではありません。ナナリー殿から学ぶ機会を奪っているのが問題なのです」

 ナナリーには危ないから、大変だからと言って彼女に何もさせていないことは、施設に入ってから見ていたからよく知っている。
 ナナリーとて人間である。あれもしたいこれもしたいと欲求はあるのだが、兄から危ないからいけないと言われると途端に諦めてしまっていた。

 それは兄が自分のためにどれほど苦労しているか知っているため、彼に対して引け目を感じているからだ。ゆえに兄を困らせることを避けてしまう。

 結果としてナナリーはますます兄なしでは生きていけないようになるというわけである。。

 「実は心理学を学んでいた方が現在この施設でカウンセラーをしているのですが、貴方がた兄妹のことを“共依存”という関係に当てはまるのではないかと言っておりました。
 貴方は妹には自分が付いていなければとと言いながら、本当は貴方自身がナナリー殿を必要としているのはないですか?」

 「共、依存・・・」

 ジークフリードのさらなる指摘に、ルルーシュは七年前に日本に送られてきた時から、目も見えず足も動かせない妹のために生きてきた。
 もしも彼女がいなければ、自分はおそらく自暴自棄になっていたと自分でも思う。

 ・・・自分はナナリーを自分が生きる目的にしたのだろうか。

 ルルーシュは最愛の妹を生きる道具にしたという面から目をそらすように、首を横に振る。

 「俺は、俺は・・・でもナナリーは!」

 「その人いわく、直接的な物言いはカウンセリングには向いてないそうなのですが、貴方はあまりに頭がよろしいのでね、こういうやり方になってしまって申し訳ない。
 しかし、私の目から見ても貴方はあまりにもナナリー殿を大事にし過ぎて、結果として彼女を駄目にしていると思います。
 己の足で立ち生きようとする人間が持つ強さを、貴方はよくご存知なのではないですか?」

 噛んで含めるようにそう問いかけてくるジークフリードに、ルルーシュはゲットーでどれほど虐げられようとも逆境を跳ね返すべく立ちあがった黒の騎士団の仲間達を思い浮かべた。

 人は平等ではない、というあの忌々しい父親の言うとおり、人にはそれぞれ欠点や劣っている面が存在する。
 だがそれをものともせず生きてきた人間の強さを、自分は確かに目にして来た。

 「エトランジュ様がナナリー殿はユーフェミア皇女と似ていると仰っておいででしたが、私も同感です。
 いいですかルルーシュ殿・・・愛するだけが愛情ではないのですよ」

 「ユフィと、ナナリーが似ている・・・だと?」

 今でこそある程度考えのある行動を取るようになったようだが、自分の考えを根拠もなく正しいと信じ、善意の迷惑をかけてきたあのユーフェミアとナナリーとを混同されて、ルルーシュはジークフリードを睨みつける。

 「エトランジュ様がおっしゃるには、コーネリアがユーフェミア皇女の行動を逐一監視し、また抑制していたせいで考える力が欠けているように見えたとのことです。
 そのくせ自分が失敗しても、姉なり姉の部下なりが後始末をしてくれていたので、失敗しても大丈夫という安易な考えを持ったのではないかというのがアルカディア様の分析でした」

 「それは正しいだろうが・・・それとナナリーは」

 「行動の幅を広げたいとナナリー殿がお考えになっても、貴方がそれを危ないからと止めておいでですし・・・“鞭を惜しめば子供を駄目にする”というではありませんか」

 「う・・・」

 自分の行動を改めて指摘されたルルーシュは、ナナリーの身体状況を思えば仕方ないという自分と、ジークフリードの意見が正しいと言う自分とに挟まれて頭を抱えた。

 「誤解なさらないで頂きたいのは、愛情を与えるなと申しているのではありませんし、鞭でナナリー殿を鍛えろというのでもありません。
 ましてやナナリー殿を生きる理由にしてはいけないわけでもありません。
 ただ愛情の与え過ぎはよくない、やれることはやらせて自分で出来ることを増やしていくようにするべきだと言っているのです。
 相手に何かをしてあげるというのは確かに解りやすい愛情の与え方ですが、過ぎればそれは人を腐らせる毒になる」

 ジークフリードはそう言って、庭に置かれてあった自転車を指した。

 「自転車に乗れるようになるには、何度も転んで練習しなくてはなりません。
 エトランジュ様も幾度となく転んで傷を作りましたが、それでも乗れるようになりました。
 アドリス様も転んで傷を作るエトランジュ様に薬を塗ることはしましたが、決してやめろとは言いませんでしたよ」

 自転車に乗ろうと頑張る娘を応援し、傷だらけになって帰って来た彼女を励まし、また練習に向かう娘を送り出した。

 その後『エディがケガした・・・早く乗れるようにならないものでしょうか』と仕事を放り投げてこっそり物陰で見守っていたことを思い出す。

 「一度乗れるようになってしまえば、後は割と応用が出来るようになってしまうものです。
 そこに至るまでが見ているほうも心配なほど大変ですが、必要なことではありませんか?」

 「心配するのはいいが、俺がナナリーのために何もかもしてやるのはよくないと?」

 「そうです。これは共依存について書かれた本だそうですが」

 そう言ってジークフリードが差し出したのは、日本語の本だった。心理学の本のようだ。
 “共依存について”と書かれてある。

 「勝手ながらシンジュクの本屋から持って来た本だそうです。
 先ほど申し上げたカウンセラーの方が、日本語が解るなら読んでみるように勧めて欲しいとのことで」

 何でもそのカウンセラーは早くに父を失い母親の手で育てられたそうなのだが、その母親もマルチに引っかかって作ってしまった借金を苦に自殺したらしい。
 その時母は大学生だった自分に何の相談もしてくれなかった、自分一人で何もかも背負う人だったと寂しそうに言っていたのが印象的だった。

 「過度に妹御を大事にされる貴方を見て、おせっかいかもしれないとも言っておりましたが、私もカウンセラーに同感です。
 貴方もぜひ、カウンセリングを受けてみるのもいいかと思います」

 ルルーシュはジークフリードから手渡された本をめくり、最初の項目を見つめた。

 「共依存というのは自分のことより他人の世話に夢中になり、他人がとるべき責任を自分がとってしまい、他人をコントロールしようとする行動を指す・・・」

 さらにページをめくってみると、自分の行動に当てはまる項目が多いことに目を見開く。

 「いきなりで混乱されておられるでしょうが、他人から見るとそう見えるとだけ今回はご記憶しておくといいでしょう。
 最近少し騎士団の方も落ち着いているので、いい機会かと思っただけですので」

 ジークフリードが頭を下げると、ルルーシュは震える声で言った。

 「・・・忠告は受け取っておきます。ですが、俺は」

 「それは貴方のご家庭のこと、我々が口を出す権利はありません。ですが、心配くらいはさせて貰えませんかな?」

 困ったような笑みでそう言うジークフリードに、ルルーシュも少し笑みを浮かべた。

 「打算のない心配を大人からされるのは久々だったので、新鮮でしたよ。
 ・・・少し、俺も考えてみます」

 ルルーシュはそれだけ答えると、ナナリーの元へ戻るべく部屋を出る。
 その背後に、ジークフリードは声をかけた。

 「一度ナナリー殿と話し合って、結論を出してみてはいかがでしょうか。
 ナナリー殿も愚かな方ではない、おそらく解って下さるでしょう」

 「・・・なるほど、そういうことですか」

 それなりの付き合いになっているルルーシュは、今頃この件についてエトランジュやアルカディアがナナリーに話していることを悟った。

 おそらく彼らは仲が良過ぎる自分達を心配し、こうして別々に話を通して現在の状況を悟らせ、改めて二人で話し合わせようとしたのだろう。

 おせっかいには違いないが、ルルーシュには不愉快に感じなかった。
 それは彼女達が、ああしろこうしろと指示するのではなく最終的に自分達で結論を出すようにしてくれたからだろう。

 ルルーシュがナナリーの元へ戻ろうとすると、予想通りリハビリルームにナナリーの車椅子を押して戻ってきたエトランジュとアルカディアが目に入った。

 ナナリーは少々蒼い顔で、だが何かを考えている様子で車椅子に座っている。

 「ナナリー」

 「・・・お兄様」

 二人はしばらく沈黙した後、ナナリーが意を決して口を開いた。

 「お兄様、あの・・・二人きりでお話があるのですが」

 「・・・ああ、俺もだ」

 ルルーシュがナナリーの車椅子を動かそうと背後に回ると、それに交代するようにエトランジュがナナリーの前に来て彼女の手を握った。

 「大丈夫です、ナナリー様。ルルーシュ様は解って下さいます。
 ご兄妹なのですから、言いたいことは言ってもいいと思います」

 「エトランジュ様・・・はい!」

 勇気を貰ったように微笑むナナリーに、ルルーシュはやはりかと納得しながらも二人でナナリーの部屋へと戻った。

 引き戸のドアが閉められると、ナナリーがまず口を開いた。

 「あの、お兄様。私、その・・・ずっとお兄様に言いたかったことがあるのです」

 「・・・自分で出来ることを増やしたい、か?」

 先回りしてそう問いかけてきたルルーシュに、ナナリーはこくんと頷いて肯定する。

 「私、今までお兄様にご迷惑をかけてはいけないと思ってお兄様のお世話になるばかりでした。
 お兄様にお任せすれば何もかもうまくいっていたから、それが一番なのだとそう思って・・・」

 ルルーシュは先見の明に優れ知能も高く、さらに家事能力も突出して優れている。
 平和な時代であれば、一生遊んで暮らせる財産を築く程度のことは確実に可能であろう。

 ゆえに彼に任せれば何もかもうまくいくという判断は、ある意味残念なことに事実なのだ。

 「エトランジュ様もそれは間違いないと肯定しておいでだったのですが、だからといって私が何もしないままなのはよくない、と・・・。
 エトランジュ様の仕事場でお兄様がお手伝いなさっているそうですが、お兄様の指示は的確でその指示に従うことに疑問はないそうです。
 でも、従うだけで何も手伝わないわけにはいかない、って・・・」

 正確にはルルーシュの仕事をエトランジュが手伝っているのだが、対外的にはそう取り繕っている。
 エトランジュ達はルルーシュの指示に的確に従い、何かあれば即座に報告を行い、また今回のように忠告や疑問があればこのようにすぐに言ってくれる。
 単純な能力値はそれなりでも、そういった意味では実に得難い人材であった。

 「お前の身体では、手伝うのは無理だ。
 だから俺がと思っていたんだが、ついさっき言われたよ・・・それではナナリーはいつまでも何も出来ないままだと」

 「私、前からずっとお兄様のお役に立ちたいと思っていたんです。でも、お兄様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っていたんです」

 「ナナリー・・・」

 兄に頼めば、兄は嫌な顔一つすることなく何でもしてくれていた。
 自分で何かをすれば兄は心配そうな声で危ないからやめるように言うから、それが正しいのだと信じて疑わなかった。

 けれど、施設にいる友人達を見るうち、自分も一人で着替えたり出歩いたりしてみたいと強く思うようになった。
 けれど兄に心配をかけてしまうからしてはいけないと思っていた。

 「前からその、エトランジュ様に相談していたんです。
 私もいろんなことをしてみたいのですが、お兄様が許して下さるでしょうかって・・・」

 「以前から?なぜ俺に言わなかったんだ、ナナリー」

 少し咎める口調でそう尋ねるルルーシュに、ナナリーはびくりと肩を震わせながらも答えた。

 「失敗したらお兄様にご迷惑をおかけすると思って、どうすればいいだろうかって相談したんです。
 そうしたら、エトランジュ様が『迷惑くらいかけてもいいと思います。別に悪いことをしようと言う類の迷惑ではないのですから、特に気に病むことはないと思いますよ』っておっしゃって下さったのです」

 エトランジュいわく、自分で自分のことをするために学ぶのだから、自分が少しくらい痛い目を見るのは仕方ない、ただそれを見てルルーシュが心配するのも解るから、出来るだけ怪我などしないように手配すると言ってくれたのだ。

 『私のお父様も、私には結構その・・・甘いところのある方なのですが、それでも泳いだり乗馬の練習をするのを止めることはなさいませんでした。
 それを乗り越えなくては出来るようにならないと、ご存じだったからだと思います。
 健常者でも、障がいをお持ちの方でも、何かをするためには努力が必要であることには変わりないと思います。他人ではなく、他ならぬ自分自身が自ら動く努力が』

 「ここにいる人達はいろんな障害を抱えておいでですけれど、誰かの力を借りていろんなことがお出来になります。
 エトランジュ様が『人に頼り続けるのはよくないですけれど、力を借りるのはいいと思います。でも、借りたものは返さなくてはなりません。
 今は皆さんの力を借りていろんなことを学んで、後でお返しすればいいと思います』って・・・。
 私、その、迷惑をたくさんかけてしまうかもしれないけれど、やりたいことがたくさんあるんです、お兄様」

 人は生きているだけで大なり小なり迷惑をかけているものだから、迷惑をかけてもいい、ただ心配をかけるのはよくないからその加減が大事なだけだと聞いて、ナナリーは少し肩の力が抜けるのを感じた。

 エトランジュもルルーシュをはじめとしてたくさんの人々の力を借りている。
 故に少しずつでも自分の出来ることで返していこうとしているのを、ルルーシュは知っていた。

 「皆さんに迷惑をかけるかもしれないですけど、出来ることをたくさん増やして少しでもお兄様のお役に立ちたいんです。
 怪我もたくさんするかもしれないですし、弱音を吐くこともあると思います。
 でも、でも・・・やってみたいんです。いけませんか?」

 「・・・ナナリー」

 自分が黒の騎士団にいない間、一人にしておけないと思ってこの施設に入居した時、ナナリーと同じ障がいを持った者達と一緒に過ごすことは彼女にもいいことだと思っていたが、まさかここまで考えていたとは本当に気づかなかった。

 ナナリーは障がいを持った人間は誰かの力がなければ何も出来ないと思い込んでいたが、努力次第でそれを克服し決して無力なのではないことを知り、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
 ただそこに至るまでの過程が長く辛い道のりであることも知って、尻ごみすると同時に兄に心配をかけてはいけないと考えて口に出せなかったのだ。

 けれど、エトランジュも友人達も言ったのだ。

 『辛かったり怖かったらいつでも言ってくれていいんですよ、ちゃんと聞きますから』

 『たくさん愚痴を言ったら、また一緒に頑張ろう。困った時は助け合わなきゃ』

 その言葉だけで、気が楽になった。それなら、頑張ってみようか。
 歩けない足でも車椅子があるし、自分の目が見えないのは神経が悪いのではなく精神的なものなのだから、もしかしたらいつか見えるようになるかもしれないという希望だってある。

 「だから、お兄様・・・私、やってみたいんです。出来るところまで、行けるところまで・・・だめ、ですか?」

 「駄目なはずないだろう、ナナリー。そうか、お前がそこまで考えているなら、やってみるといい。
 俺も、出来る限り協力しよう」

 大事な妹の願いだ、出来る限りは叶えてやりたい。
 それに、冷静に考えればナナリーの言葉は至極もっともなものだ。
 自分がしている反逆で、自分が死ぬ可能性だってあるのだから。

 ジークフリードの言うとおり、自分がいなくなっても生きていける力を与えることこそ保護者の最大の務めだと、ルルーシュは認めた。

 そして認めたのなら即座に行動に移すのがルルーシュである。

 (明日にでも、リハビリルームの設備を増強して理学療法士、作業療法士などの資格を持つ者を探して雇い入れよう)

 ナナリーが自分がいなくなっても大丈夫なように、という未来図は、確かにルルーシュの心にぽっかりと穴をあけたような気分にさせた。
 だが、ナナリーは自分から離れていくために頑張るのではない。
 自分の役に立つために頑張りたいと言ってくれたのだから、それは喜びこそすれ悲しむことではないはずだ。

 (それから、リハビリを補助するための知識を仕入れておかなくては・・・咲世子さんに頼んで、その手の本をこちらに送って貰おう。
 出来れば彼女にはナナリーについて貰いたいが、まだそれは無理だからな)

 咲世子にはアッシュフォードで別れた後、結局自分の正体がゼロであることを話した。
 それについて咲世子は納得して絶対に口外しないことと、改めてルルーシュに忠誠を誓うと言ってくれたのだ。

 すぐにメグロに行くと言ってくれたのだが、トウキョウ租界に公然といられる咲世子は貴重な存在であり、アッシュフォードの動向を見張ったり租界で物資を仕入れることも出来るので非常に悩んだが、彼女には未だにアッシュフォード学園のクラブハウスにいて貰っている。

 ただルルーシュも知らないことだが、既にロイドからルルーシュがゼロであることを聞かされているミレイが咲世子が黒の騎士団員であることを知らず、咲世子もまたミレイがルルーシュがゼロだと知っていることを知らないという、非常に残念(カオス)な展開になっていたりする。

 ゆえにルルーシュとスザクが学園を退学したため、ピザ作りのガニメデを操作するためにロイドがやって来たことを咲世子から聞いても、『ロイド?ああ、会長の婚約者の伯爵だな。そうか』の一言で終わっていた。

 ルルーシュがもう遅いから眠るように促すと、ナナリーははい、と頷きながら嬉しそうに言った。

 「それでですね、お兄様。エトランジュ様がこんなものを下さったんです」

 ナナリーが差し出したのは、少し大きめのボイスレコーダーだった。
 再生・録音・消去ボタンの上には点字シールが貼られ、目が見えないナナリーでも操作出来る仕様になっていた。

 「これで毎日の記録をつけると、やる気が出るってアドバイスして下さったんです。
 目が見えない人でもつけられる、音声日記というものだそうです」

 「なるほど・・・いいものを貰ってよかったな、ナナリー」

 これが出来ないからと言ってやらせないのではなく出来るようにするということか、とルルーシュは学んだ。

 「はい!私、今日から早速使ってみようと思って」

 「ああ、せっかく貰ったんだから有効活用しないと失礼だからな。明日お礼を言いに行こう」

 ルルーシュがいつものようにナナリーの服を着替えさせようと手を伸ばすと、ナナリーがおずおずと言った。

 「あの、私今日から一人で着替えようと思うんです。いけませんか?」

 「ナナリー・・・ああ、解ったよ。やってごらん」

 思い立ったが吉日とばかりにさっそくやろうとするナナリーに、ルルーシュは笑みを浮かべた。



 ランぺルージ兄妹が兄離れと妹離れの第一歩を踏み出した同時刻、政庁で副官のカノンからの連絡を受けたシュナイゼルは、その報告を聞いてやはりねと呟いた。

 「シュナイゼル殿下のおっしゃられた通り、マグヌスファミリアのエトランジュ女王は昨年中華を訪れております。
 また、それ以前にも天子との親交があったとのことですわ」

 「それ以前から?二人に何か接点でもあったのかい?」

 「先帝の代に前国王アドリスが訪れたことをきっかけに、文通をしていたとか。
 また、最近までエトランジュ女王の伯母であるエリザベスが末息子と共に滞在していたようです。
 キュウシュウ戦役後に、彼女はEUに戻ったとのことですが」

 現在天子と兄であるオデュッセウスとの婚儀をまとめるため、繋がりを持っている大宦官を通じて調べてみたところ、エトランジュの影を見つけた。

 キュウシュウ戦役後から中華ではこの作戦に失敗した責を問われた大宦官のうち二名が失脚し、海外派兵を中止する動きが強まっている。
 同時に外国より先に自国をどうにかすべきであるとの意見が徐々に力を増しており、大宦官達には非常に面白くない事態になっていた。

 「・・・やられたね。ゼロは初めから中華に貸しを作るつもりで、将軍達を捕まえたようだ」

 「そのようですわね。ゼロ、EU、中華・・・どれにもメリットがあります」

 ゼロは中華に貸しを作れ、中華は長期戦争を止めることが出来、EUは中華の勢力拡大を阻止出来た。
 いずれ日本を解放すれば、中華とEUとの間に同盟を築こうとする意図があるのは明白である。
 そのためにも、他国によい印象を与えておく必要があるのだろう。

 見事に他人の影に隠れて活動を続けてきたマグヌスファミリアに、シュナイゼルはその長であるエトランジュをどう処理すべきか考えた。

 一番手っ取り早いのは暗殺だが、エリア11内にいる可能性が高いとはいえどこに潜伏しているか解らない上、殺しても別の王が即位して同じことをすればいたちごっこで意味がない。
 
 あの国自体が僻地にあり長く鎖国していたせいか、世界的にもポンティキュラス王家は特殊な一族だ。
 王位継承権に順番はなく王が健在なうちに時代の王を協議の上選んで譲位する制度があり、また他国ではあり得ないことに家系図を遡ると国民が絶対にどこかで王族と縁戚関係を結んでいるほど王家と国民の絆が強かった。

 と言うのもマグヌスファミリアは二千人強程度の人口しかおらず医療制度が発達していないせいで平均寿命が五十代と短いため、人口を維持するために多産が奨励されている。
 現女王は母親が早く病死したせいで一人っ子だが、前国王アドリスも十五人兄弟でありその兄弟もそれぞれ三人以上の子供を儲けていた。

 ただ血が濃くなるのを避けるために、直系同士の婚姻は禁じられている。
 従兄妹までの婚姻は禁止しているので、鎖国している状態で王族以外となると、貴族制度がないマグヌスファミリアは自然国内の誰かと婚姻を結ぶことになる。
 ゆえにマグヌスファミリア・・・大きな家族という国名にふさわしく、系図を見ると王族を中心として全ての国民が血縁関係に当たるのだ。

 例外は外国から嫁入りした前王妃ランファーのような者くらいであろう。

 「つまり、極論を言えば国民全員が王位継承権を持っているわけだ。
 形だけ王族の養子として迎えて即位させても、彼らとしては問題にすらならないのだろうね」

 「おそらく、そうでしょうね。ただ、一つ気になることが」

 そう言ってカノンが取り出したのは、EUに提出されていたマグヌスファミリアの法律書である。
 その中の王位継承に関する項目には、“王族の中から成人した者を選んで譲位すること”とはっきり記されている。

 「・・・今の女王が即位したのは、確か十三歳になるかならないかではなかったかな?」

 マグヌスファミリアの成人年齢は十五歳だ、ちょうど今のエトランジュの年齢である。
 しかも前国王アドリスの兄弟の他に、既に成人した彼らの子供もいるはずだ。

 「はい、その通りです。
 普通なら王が亡くなったからその一人娘が即位というのはごく自然な成り行きですが、マグヌスファミリアに限ってはそうではありません」

 これはいったいどういうことだろう。本来なら王になるはずのないエトランジュが、どうして法を無視して即位したのか。

 「なるほど、そういうことか」

 マグヌスファミリアに関する資料を一通り読み終えたシュナイゼルは、彼らの狙いをある程度推測出来た。

 彼らにはサクラダイトのような突出したものがないせいで、周囲に祖国を奪還するために協力を依頼するにしても交渉のための切り札がない。
 そこで反ブリタニア同盟を組むことを考え、説得のためにエトランジュを使者に立てることを思いついた。
 父親を殺され、国をブリタニアに滅ぼされた幼い女王がブリタニアを倒すために協力して欲しいと訴えれば、王道のストーリーが出来上がる。

 これは全くの事実であるから、植民地にしたエリアのレジスタンスもその境遇に同情して力になる者も出てくるだろう。
 それで彼女が死んでも、一種の死んだヒロインが出来上がるだけでマグヌスファミリアとしては彼女の遺志を継ぐ者として新たな王を即位させれば済む。

 小国が出来る精一杯のことだが、中華連邦の天子と繋がりを持ち、さらにゼロの協力を取り付けた今、この戦略は大成功を収めたと認めざるを得なかった。

 「EUのガンドルフィ外相・・・いえ、元でしたわね。
 彼が我々と密通しているのが発覚して免職されて以降、EUの動きが掴みづらくなっていたので気づきませんでしたわ」

 EUのガンドルフィ外相はシュナイゼルと繋がり持ち、EUの機密情報を流していたのだがそれがバレて即座に免職され、さらには他のブリタニアに通じていた者数名も同じ運命を辿ったため、EUに対する戦略を考え直している最中だった。

 「操り人形をどうにかしても、意味がない。
 だがその操り人形が成果を上げているとなると、無視は出来ないね・・・本当に厄介だ」

 彼女を殺しても別の傀儡が立てられ、殺さなければこのまま各地に情報をばら撒きつつ連携を取っていくための看板をするだけなのは明白だ。

 「一応本人がどのような人物かを調べてみましたのですが、海外に留学経験がないどころか、マグヌスファミリアから亡命するまで一度も出国の経験がないそうです。
 聞けば相当父親から溺愛されていたようですが」

 エトランジュが六歳の頃に妻が病死したアドリスは、遺されたたった一人の娘をそれはそれは大事にしていた。
 EU元首会議の後行われる親睦パーティーにも、定期便があるし娘が待っているからと出席することなくさっさと帰国し、執務室にも妻子の写真を国旗を片づけて大きく貼り付け、娘の『お父様、お仕事頑張って』と吹き込まれたボイスレコーダーをBGMに仕事していたなど親バカも極まっていたと、ガンドルフィは心底から呆れた口調で語った。

 そんな親に育てられた娘らしく、亡命してきた頃は父親が帰って来ると信じてその報を受けるためにEU本部のマグヌスファミリアに当てられた執務室でひたすら待つ彼女は、どう見ても甘ったれの小娘にしか見えなかったそうだ。

 「せいぜい特筆すべきことは、彼女はEUのほとんどの言語を理解し、父方の祖父が中華連邦人であることから中華語も理解出来るくらいでしょうか」

 「ああ、それで天子との文通も出来たのだね。
 相手の言語を使って交渉すれば、相手の好感度も上がる。これで女王の肩書があれば、彼女ほど使者にふさわしい人間はないということか」

 シュナイゼルも他国との交渉によく海外に赴くため、その効力が高いことは知っていた。
 ただ彼にはそこまで労力を使う必要がないため、せいぜい教養として学んでいるという程度である。

 「今回の件があるし、中華と彼女との繋がりは無視出来ない。
 兄上と天子との婚姻を早め、中華をこちらの手に収めるとしようか」

 国内が荒れているとはいえ、それでも強国の中華がゼロの元にいるエトランジュにつくとなると非常にまずい。
 しかも科挙組が『天子様はまだ十二歳、法で定められた婚姻可能年齢に達していない!』と今回の政略結婚に反対しており、後見人である太師と太保も同様のせいで遅々として話が進んでいなかった。
 正論を武器にされることほど邪魔なものはない。

 「エリア11のほうは、当分ダールトン将軍に任せるとしよう。
 それからエトランジュ女王を操っているEUのほうにも、楔を打ち込んだほうがよさそうだ」

 シュナイゼルは予定を繰り上げて中華へ移ることを決めると、スケジュールの調整をカノンに命じた。
 彼が頷いて退出すると、改めてマグヌスファミリアの資料を手に取り、王族が住む城の地下に遺跡発見、だが水没させられたために調査不可能という項目を見つめた。
 父であるシャルル皇帝が遺跡を直轄領としていることから、この遺跡もそうなのだろう。

 (それに、マグヌスファミリアがコミュニティを築いたのは陛下も気にしていたストーンヘンジ周辺だ。
 わざわざ自国の遺跡を水没させているし・・・この遺跡について、彼らが何か知っている可能性は高いな)

 殺すよりも、取り込んだ方がいいかもしれない。
 シュナイゼルはそう考えると、その策について考えを巡らせた。



[18683] 第十九話  皇子と皇女の計画
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/09/25 13:41
  十九話   皇子と皇女の計画



 夏祭りが終わった二ヶ月後、ルルーシュ達は黒の騎士団後方基地の建設が完成し、また厄介なシュナイゼルが日本を去ったこともあって緊張がある程度解けて比較的穏やかな雰囲気であった。

 だが次兄の恐ろしさを知っているルルーシュは、エトランジュから受けた報告に眉をひそめた。
 その左目には、何故か医療用の眼帯が痛々しく当てられている。

 「中華連邦でシュナイゼルが、第一皇子のオデュッセウスと天子様との婚姻を早めようとしているようです。
 科挙組や太師や太保がまだ天子様が婚姻可能年齢になっていないと反対しているのですが、先のキュウシュウでの戦いが失敗したからブリタニアと縁を結んでおくべきと大宦官が言いだしたそうです」

 「元はと言えば自分達の失敗だろうに、尻拭いを天子様にさせようというのですか・・・情けないことだ」

 ルルーシュの心底から呆れた声に、エトランジュ達も頷いて同意した。

 「気休めかもしれませんが、こちらもこんな手段はどうかと提案しておいたのです。
 エリザベス伯母様の息子のアルフォンス・・・つまりは私の従兄なのですが、彼と天子様とを婚約させて、ブリタニアとの政略結婚を阻止しようというものなのですが」

 いくら身分が高いといえど既に三十になろうという第一皇子との婚姻より、小国な上に末流とはいえそれでも王族であり十九歳の男性との方が、天子の抵抗は少ないだろう。
 それにこれはあくまで婚約なので、ことが終われば適当な理由をつけて破棄しても問題はない。

 アルフォンスも別に自分が適当な汚名をかぶっても構わないと、了承済みである。

 「天子様はまだ成人しておりませんので、婚約とだけしておきます。
 そして天子様が二十歳前後になってから改めて考えるという形にしておけば、とりあえずブリタニアとの婚姻は阻止出来やすくなるかと思って」

 「なるほど、そういう策もありますか」

 マグヌスファミリアとの婚約にしろ、ブリタニアとの結婚にしろ、誰がどう見ても政略絡みの婚姻政策である。それならばより世間の印象をよくした形で行うのが得策であろう。

 天子が二十歳になる頃には、戦争が終わっている可能性が高い。
 ブリタニアとの戦争が終わった時点でブリタニア皇子と結婚を断るための口実なので婚約破棄と発表すれば、暗黙の了解というやつでそれで終わる。

 もちろんそのまま二人の間に愛情が出来て結婚しても、それはそれで一向に構わない。

 一度も中華連邦へ訪れていないオデュッセウスよりも、昨年エトランジュにについて訪中して面識のあるアルフォンスの方が、天子もマシだと感じるだろう。
 EUとしても中華の国力をブリタニアが得るのは防ぎたいため、天子と友人関係にあるエトランジュが従兄をさりげなく推した件については黙認する構えらしい。

 「と言いますのも、中華連邦皇帝の夫の座と言うのは魅力的らしくて・・・王族の男性を天子様にという考えを持っているEU加盟国がいるんです。
 ただ天子様がまだ幼く、このご時世いつ誰が殺されて王位を引き継がねばならないとも限らないので王族男性をおいそれと海外にやるわけにはいかないと、結構複雑みたいなんですよね」

 中世ならいざ知らず、いくら政略だからといってこの現代で皇帝といえどまだ十二歳の少女の夫にと王族の誰かを推薦するのは、ある意味非常に勇気がいる。
 ブリタニアや中華と違って、他の国は国民感情を気にしなくてはならないからだ。

 己がロリコン呼ばわりされるのを覚悟で他国に婿に行く度胸のある男が、どれほどいることか。
 かといって天子と似合いの年頃の少年となると、大宦官にいいように利用されるか殺されるかのどちらかである。

 また、世界で長引く戦争のため大人が次々に死ぬ事態に陥っている。幼い天子が皇帝にならざるを得なかったのが、いい例だ。
 ゆえにおいそれと王族の男性を他国に送り込むわけにはいかない。

 対してマグヌスファミリアの場合、人口が少ない割に王族が多いので王位を引き継ぐ誰かがいなくて困るという事態にはまずならない。
 さらに今回は天子とエトランジュが友人なので、彼女を通じて知り合い仲良くなったという建前のストーリーが作れるのだ。

 それにアルフォンスと天子の年齢差は十九歳と十二歳、ロリコン呼ばわりされても今は仕方ないが、天子が二十歳になればそう気になる年齢差ではない。
 少なくともオデュッセウスに比べればはるかにマシな世間体は整っている。
 
 「世間体を整えるのも大事なことですからね。
 なるほど、アルフォンス様を天子様に引き合わせておけば、事実はどうあれとりあえず見合い結婚という形式が作れます」

 「婚約ですからいつ破棄されるかは解りませんが、これが成れば中華とEUの間で同盟が結ばれることも不可能ではないかと」

 「ええ、そしてEUと我ら黒の騎士団との間で同盟が成れば、強力な反ブリタニア同盟が出来上がります。
 早く日本解放を行って、そちらの政策を取るよう仕向けたいものですが」

 科挙組としては天子の意志を無視する婚姻は避けたいらしく、エトランジュ達も気持ちは解るのでいざとなったらアルフォンスを、と提案するに留めている。
 いつでも破棄が可能な婚約の方がリスクこそ少ないが、それはそのまま同盟ごとEUに破棄される恐れがあるというのと同じなため、それはそれで安心出来ないのだ。

 「かといって婚姻では、ブリタニアを咎めることは出来ません。
 科挙組と連携して婚約というほうが、国民受けもいいですからね」

 あちらを立てればこちらが立たず。まったく難しい問題である。

 「エトランジュ様、当の天子様はどのように?」

 「まだお悩みのようです。太師と太保のほうも考え中とのことですが、シュナイゼルが中華連邦にいる今時間はあまりないと考えた方が・・・」

 ルルーシュはさもあらんと納得したが、同時に厄介も極まる次兄の策動にどうしたものかと思案にふける。

 もう七年も会っていないが、長兄のオデュッセウスは凡庸ではあるが穏やかな男で、正直純粋に夫としてなら彼はなかなか無難な相手と言えるだろう。

 天子を軽んじていないからこそ第一皇子を娶せたのだとアピールするための人選だろうが、エトランジュから聞いた天子の性格にもオデュッセウスは的確な相手だ。
 家族がいない天子が彼にほだされる可能性が、無きにしも非ずである。

 「・・・中華とブリタニアの婚姻政策は、何としてでも阻止する。
 近々俺は日本を離れることになると思うので、俺が直接中華に乗り込み指示を送りましょう」

 「え?!ルルーシュ様自らですか?!」

 エトランジュが驚愕して問い返すと、ルルーシュはそんなに驚かなくてもと視線で呟いた。

 「だって、日本にはナナリー様が」

 「もちろん週に一度は日本に戻って来ますよ。毎週ほんの五日、中華へ出張するだけです」

 本当はそれでも嫌なのだが、そうも言っていられない。
 神根島から戻った後、C.Cから既に中華のギアス遺跡がブリタニアの手に落ちており、そこでギアス嚮団なる組織がシャルルの元で働いていると聞いては何としても中華を手中に収めなくてはならないからだ。

 また、対ブリタニア組織連盟の“超合集国”を構築するためにもEUとブリタニアに並んで国力の強い中華の協力が、ぜひとも欲しいのだ。

 「幸い、ナナリーも少しずつだがしっかりしてきたことだし・・・ギアス能力者が大勢いるなら、俺の絶対遵守のギアスで連中を支配下に置くのが一番です」

 エトランジュ達のギアスでは、ギアス能力者に対抗する事は難しい。
 何しろ戦闘向きなのはアルカディアのギアスだが、それでもただ姿が感知されなくなるだけなので嚮団殲滅には向いていない。

 さらに中華で大っぴらに許可のない軍事行動を行う訳にもいかない以上、一番なのはアルカディアのギアスで嚮団の内部に侵入し、片っ端からルルーシュのギアスをかけて支配下に置くのがベストなのだ。

 「了解いたしました。では中華でエリザベス伯母様が作った隠れ家の地図を後でお渡しいたします」

 エトランジュが中華での活動に備えた拠点をいくつか作っていると話すと、ルルーシュは満足げに笑みを浮かべた。

 エトランジュも釣られて笑うと、思い出したようにバッグから小さなコンタクトレンズケースを取り出してルルーシュの前に差し出した。

 「そうだ、例のギアスの暴走を止めるためにルルーシュ様に依頼されたコンタクトレンズが出来たので、お届けいたしますね。
 アルカディア従姉様特製の、ギアスを遮断するコンタクトレンズです」

 「おや、思っていたより早く出来上がったのですね」

 ルルーシュの感心したような声に、エトランジュが小さく溜息をついて答えた。

 「眼帯をつけるというのが一般的ですが、それだと少々不便ですから・・・視覚型ギアスが多いので、アルカディア従姉様は以前から研究してたんです」

 実は先月ルルーシュのギアスが暴走を始め、エトランジュに向かって言った『俺の代わりに子供達に食事を作って貰えませんか』という言葉がたまたまエトランジュの隣に立っていたのでルルーシュの視界にいたアルカディアの耳に飛び込んだ。

 アルカディアはまだルルーシュのギアスにかかっていなかったので見事にその言葉が絶対遵守の命令となり、その時まだナイトメアやコンタクトレンズ、その他の機械開発で多忙を極めていたアルカディアは常ならば私は忙しいからヤだと怒鳴りそうなものなのに、素直に『そうね、解ったわ』とキッチンで食事を作り始めた。

 まだギアスを得て一年も経っていないのにとルルーシュもマグヌスファミリア一行も絶句したが、とりあえず眼帯をルルーシュに手渡し一時的な処置としたのである。

 「これをつけていると暴走しても相手の目を見たことにはならないのですね?」

 「アルカディア従姉様はそうおっしゃっておいでした。実験済みだそうです」

 「ありがたく頂きます。アルカディア様に礼を伝えておいて頂きたい」

 ルルーシュがエトランジュの手からコンタクトレンズケースを受け取ると、さっそくそれを左目につける。

 コンタクトをつけるのは初めてなので、少々違和感があった。だがそれもじきに馴染むだろうと、後で適当な人間にギアスをかけて改めて効果を確かめることを決めた。

 「逆に視覚型ギアスならこのコンタクトレンズで防ぐことが可能ですから、量産すればギアス嚮団なるブリタニアのギアス能力者に対する防御策にもなります。
 マオさんがつけていた色眼鏡でもいいのですが、壊されてしまえばそれまでですからね」
 
 「確かにそうですね。視覚型だけというのがネックですが、それでもないよりはいい。
 ギアス嚮団と対決するまでに、それの量産をお願いしたいのですが」

 「はい、既に手配済みです」

 ギアスについて改めて話していると、慌てた声でドアがノックされた。

 「ゼロ、ブリタニアが動きました。テレビでユーフェミア皇女による発表があるそうです!」

 カレンの声にルルーシュは来たか、と頷き、エトランジュを伴って私室を出た。

 会議室では既に主だったメンバーが揃っており、緊張した面持ちでテレビに視線を釘づけにしている。

 「皆さん、今日は重大な発表があります。
 わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアはイレヴンの方々の雇用先として、また総生産を上げるための場として、工業特区日本、農業特区日本、そして経済特区日本を設立することを宣言いたします!!」

 「なんと・・・・それはどのようなものですか?」

 記者の質問に、ユーフェミアはしっかりとした口調で答えた。

 「先のテロリストを発見するためとはいえ、ゲットーを封鎖したことでイレヴンの方々から租界での仕事を奪うことになり、ゲットーの整備も行き届いていなかったせいで再就職の道がなかったために、皆様には多大な迷惑をかけてしまったと反省しました。
 よって二度とこんなことが起こらないよう、雇用政策の一環として労働の場を提供しようと考えたのです」

 「なるほど、しかし日本と言う名前をなぜ・・・」

 それではイレヴンを調子づかせることになるのでは、という意見が出ると、ユーフェミアは首を横に振った。

 「ここは元は日本と呼ばれていた場所です。その名前はイレヴンの方々にとって誇るべきもののはずです。
 ですから、その名前が一番ふさわしいと思ったのです」

 相変わらず甘い幻想のお姫様だ、と心の中で記者達が呟くが、ユーフェミアはさらに続けた。

 「ホッカイドウに農業特区を、オオサカとハンシンに工業特区を、そして富士山周辺にそれらをまとめる場として経済特区を作りたいと考えています。
 参加希望者は各地に設けられた登録所に登録し、特区戸籍を造り、その上で移住して頂くことになります。
 当面の生活費および食料の受給についても・・・」

 「思ったより遅かったな。まあ、ユーフェミアなら上出来か」

 既に話を通していた黒の騎士団の面々は、驚くことなくルルーシュの呟きに頷いた。

 神根島でユーフェミア皇女を捕らえた時、どうしても戦いたくないというユーフェミアに日本人に労働の場を与えて保護し、これ以上虐殺などの悲劇を起こらせないようにしろと諭して策を与えたと話してあった。

 「この特区を作らせた狙いは、確か俺達が作った基地に対する目くらましと日本奪回の決起に対しての物資を得るためだったよな?
 公然と物資を作れる場所ってのはありがたいから」

 玉城が言うとルルーシュはそうだ、と頷く。
 
 日本各地に散らばる黒の騎士団後方基地から適度な距離を取って特区を作らせ、その中でまず自分達が囲いきれなかった日本人に労働の場を与え、また間接的な労働力を得る場とする。

 そして黒の騎士団が作った基地が出す廃材などをこっそり特区に移して処理したり、万が一基地が潰されてもそちらに物資を移して保護出来るようにしたり、また基地にいる日本人達の避難場所にするなど、かなりメリットがある。

 「逆に特区から基地のほうに物資を横流しさせることも可能だからな。ブリタニアの資金と資材をうまく使ってやるさ」

 「騎士団にいるブリタニア人協力者を特区の経営に参画させましたから、監査役さえうまく買収するか騙すかすればいいでしょう。
 これで日本人の生活は一息入れることが出来ましたね」

 ディートハルトの言葉に、扇や玉城はうんうん、と満足げに頷く。

 ユーフェミアは最近はいくらか現実的になっているようだが、それでも根本を変えない限り日本人をはじめとするナンバーズとブリタニア人が仲良く暮らせるということが不可能だと、まだいまいち理解出来ていない。
 日本特区はしょせんは対症療法でしかなく、ないよりはマシという程度でしかないのだ。

 しかし、それでも黒の騎士団の活動と日本人の生活を安定させるついでに、彼女の夢を一時的にせよ実現させることが可能な策である。

 (無理やりに日本人の特区を作れば、さんざん試行錯誤した末に砂上の楼閣のように崩れ去るだけだからな。
 初めからこちらのコントロール下でやらせるほうがいい)

 一見ユーフェミアの掲げる理想、日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる場所であり、日本人の生活を豊かにする特区政策は彼女の好みにも合致している。
 
 だが、特区がブリタニア人の特権がなかったり二十万程度の収容能力しかなかったりした挙句、黒の騎士団に参加を呼びかけるものであるなら最悪だ。

 ブリタニア人が特権を使えないなら資金、資材、人材を持つブリタニア人が参加しないのですぐに限界が見えるものになる。
 さらに一億以上いる日本人、その何十分の一もない人間しか入ることのない代物では、名誉ブリタニア人に毛が生えた程度の階級がほんの一握り出来るだけで終わってしまう。

 とどめに黒の騎士団に参加を呼びかければ、参加すれば武力を取り上げられ、拒否すれば平和の敵と言うレッテルを貼られ、どちらにしろ騎士団は終わるだろう。
 
 (ユフィなら釘を刺しておかないと絶対、騎士団に参加を呼びかけるからな。
 あいつに主導権は意地でも渡せない)

 「では打ち合わせ通り、扇を中心として南、杉山、井上、吉田に特区に入って貰う。
 他にも騎士団や協力者から数十人特区に差し向けるので、彼らをまとめてくれ」

 「解った、任せてくれ。連絡役はカレンでいいんだな?」

 扇の確認に、カレンは小さく笑みを浮かべて頷いた。

 「ええ、特区に参加するブリタニア人グループのリーダーに私の・・・父が選ばれたから手伝いの名目で私も行けるの。
 ・・・やっと、シュタットフェルトの名前が役に立つのね」

 どこか恥ずかしそうなカレンに、周囲は笑みを浮かべる。

 カレンは、父親と和解することに成功していた。
 策ではなく、ただまっすぐに父親とぶつかり合い、話し合った末でのことだった。

 アッシュフォードで情報召集に当たっている咲世子から、カレンの正体がまだ学園に知れ渡っていないことを聞き、スザクやユーフェミアがカレンのことを報告していないことを知った。

 合わせてこの日本特区に出来れば権限の強いブリタニア人がいてくれれば助かることから、シュタットフェルトが使えないかと考えたルルーシュは、カレンに租界に戻るように頼んだところ、確かにそのほうがいいことを理解した彼女は渋々ながらも引き受けてくれたのだ。

 そして帰宅した彼女を待ち受けていたのは、娘が行方不明と聞いて本国から日本にすっ飛んで来て、顔を青ざめさせて行方を極秘で追っていた父親だった。

 突如ひょっこり戻って来た娘に安堵してソファに座り込んだ後、盛大にカレンを叱りつけたのはカレンとしても驚いた。
 ずっと自分を跡取りのための道具としてしか見ていないと思っていたのに、『百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった』との呟きに、エトランジュの『カレンさんを引き取ったのは、純粋に貴女の将来を思ってのこと』という推測が当たっていたことを知った。

 その後、どうして自分を引き取ったのか、自分と母をどう思っていたのかを尋ねた。
 父が自分の将来のためを思って義母との間に出来た子としてシュタットフェルトの籍に入れたことや、母の百合子にどうしてもと頼まれ名誉ブリタニア人として雇い自分の傍に置いたことを聞いた。
 本当なら租界に小さな店でも与えて、兄のナオトと何不自由のない暮らしが出来るように手配するつもりだったらしい。

 父は自分が思っているような冷血漢ではなく、それなりに自分と母のことを考えていてくれたことを、彼女はやっと気づいたのだ。

 そして少しずつ少しずつ父娘の溝を埋めていき、今では少々のぎこちなさはあっても話が出来るくらいにはなっている。

 「シュタットフェルト伯爵のほうには、ユーフェミアのほうから話をするよう協力者を通してそう仕向けてある。
 皇族からの依頼と言う大義名分があれば、シュタットフェルトも動きやすいからな」

 ルルーシュはそう取り繕ったが、実際はルルーシュがユーフェミアに指示してシュタットフェルトに協力を依頼するよう言ったことを、カレンはもちろん知っている。

 ユーフェミアがスザクを通して知り合ったシュタットフェルト伯爵家の令嬢のカレンに己の特区の構想を伝え、それに協力を依頼しシュタットフェルト家が了承したという筋書きである。

 幸運なことに何故かニーナがユーフェミアと知り合っており、アッシュフォード学園絡みで知り合ったということに誰も疑問を挟まなかった。

 「何かニーナが政庁でばったりユーフェミア皇女と会ってたらしいんですよね。
 スザクが学校辞めちゃって退学届を出した時に、会長に同行した縁で」

 何でもスザクが退学届を出した際、それをスザクに渡しに来たミレイに同行した二―ナはミレイに置き去りにされ、それに気づかず政庁内で途方に暮れていたところをスザクを探しに来たユーフェミアに会って思わず近寄ったらしい。

 不審者と勘違いされて取り押さえられ掛けたが、ユーフェミアがカワグチ湖で会った少女だと気づき、ユーフェミアは事情を周囲に説明して彼女をお茶に誘ったという。

 そのためカレンがアッシュフォード学園でのスザクの学友で、そこからユーフェミアと知り合ったという説明に、二―ナの例があったからそうですかの一言で済んだのである。

 「何であれ疑われないというのは結構なことだ。これで君は公然と、ユーフェミア皇女と会うことが可能になる」

 「正直あのお姫様はまだめでたい思考するから苦手なんですけど・・・仕方ないですね。
 何とかうまくやってみます」

 この策を聞いた時カレンはあのお姫様のお守りか、と嫌な顔をしたのだが、ルルーシュにあのともすれば理想で暴走しかねない彼女を監視しろと言い換えられてころっと了承していた。

 「特区開催記念式典は一週間後です。今日、ユーフェミア皇女と政庁で打ち合わせがあって・・・」

 「ああ、後で内容を教えてくれ」

 「解りました、ゼロ。では、私は準備がありますので」

 仕事とはいえ皇女と会うのだから面倒な支度が必要だと愚痴を呟きつつも、カレンはシュタットフェルトの名をうまく使う機会なのだからと言い聞かせて部屋を出た。

 だが、扇や玉城達はルルーシュの真の狙いを知らない。
 まさかこの特区が、“失敗を前提に造られている”など、想像すらしていないだろう。

 この事実を知っているのは、桐原を初めとするキョウト六家、カレン、ディートハルト、そしてマグヌスファミリアの面々のみである。
 
 会議が終わった後、ディートハルトとエトランジュとアルカディアの三人をゼロの私室に呼び出したルルーシュは、さっそくに本当の作戦について語り出した。

 「ディートハルト、特区に参加するブリタニア人についてだが」

 「はい、主に主義者達で構成されておりますが、貴方のおっしゃった通り日本人をよく思わないブリタニア人がその特権を使って利益を横取りしようと今から動いている者が数名おりますね。
 こういう商業絡みのことは、早く要所を抑えねば利益は得られませんから」

 「よし、そいつらから目を離すな。はじめは好き放題に泳がせて利益を奪わせてやるさ。
 そのうちにそいつらの悪行を暴露し、日本人の憎悪の象徴になって貰うのだから」

 だがいくら最初から失敗が前提とはいえ、特区を早く潰し過ぎるものであったりこちらの不利益になる行為をされては困るため、監視は常にしておく必要があるのだ。

 「はい、解っております。しかしさすがゼロ・・・日本解放のきっかけにするために、このような策を・・・!」

 興奮して肩を震わせるディートハルトに、アルカディアは思わず彼から数歩離れて距離を取る。

 「特区を失敗させ、それを持って日本解放戦争の決起とする・・・それこそが、特区を作らせた本当の狙い・・・!

 そう、ルルーシュの本当の目的はまさにそれだった。

 かなりの規模の特区を成立させて日本人の生活基盤をある程度落ち着かせるが、それでも一億もの日本人がいるのだから、当然その輪に入れない者が存在する。
 もちろんゲットーにも特区から資材を出して開発を進める予定だが、それはまず特区がうまく循環してからになるため、まだ先になるだろう。

 とすると経済に明るい者はその理屈が解るだろうが、大概の者達の目から見ればユーフェミアはやはり自分に従うナンバーズのみを大事にするのだと感じ取り、不満を募らせることになる。

 そして実は特区は当初は盛大に成功させ、大いに利益を上げる。もともと日本は高い技術力があるし、サクラダイトといった資源もあるので、全くゼロからの出発と言うわけではない。
 また、日本製の米や和牛などそれなりに評価の高い農作物や畜産物もあるので、食糧自給率を上げるためにも効果的だ。

 そうして特区が多大な利益を上げて日本人が豊かな生活をするようになると、特に不利益を被ったわけでもないのに選民意識の強いブリタニア人はそれが不当なものであるように感じ、それに対して邪魔をしてくることは必至である。

 コーネリアのような連中なども、過度にナンバーズに富を与えることは危険と感じ、そんな連中に同調する可能性が高い。
 そして、それこそがルルーシュの狙いだった。

 「せっかく生活水準が上がったのに、それを不当にまた奪われればブリタニア人がいる限り自分達の生活はいつまでもよくならないと、嫌でも日本人は理解する。
 特区にブリタニア人の特権はある程度残してあるし、日本人との間に差は設けてあるのだからその相乗効果で徐々に不満が募っていったところで・・・」

 「その不満を爆発させる事件を起こし、特区を失敗させるのですね。
 この特区自体もともと失敗する要素の方が多いですから、どうせならこちらの利益になる形で失敗させる方がダメージが少なくていい」

 ディートハルトはその混乱が来る日が待ち遠しいと言わんばかりに顔を輝かせ、アルカディアはさらに彼から引いた。

 「民衆には物語が必要だからな。
 日本人とブリタニア人が手を取り合って暮らせる小さな箱庭を、己の欲望で汚したブリタニア人によって壊される・・・王道のストーリーだろう?」

 ディートハルトが幾度も頷いて同意すると、エトランジュがおずおずと尋ねた。

 「しかし、それだと少し時間がかかってしまうのでは?初めは成功させなければいけないのでしょう?」

 「そうですね、最低でも半年ないし一年はかかるでしょうが、ある程度操作して出来るだけ短い間で利益が出るようにするつもりです。
 既にある程度経済計画は立てていますし、それをカレンに持たせてユーフェミア皇女に届けさせましたから。
 最初が肝心ですからね・・・最悪な失敗だけはさせませんよ」

 「で、その間あんたは中華連邦やEUで反ブリタニア活動をする、と」

 アルカディアの言葉にルルーシュが頷くと、ディートハルトはなるほどとさらに納得した。

 経済にも精通しているゼロなら、ここに残るメンバーに指示するだけで特区は十分何とかなる。
 正義の味方である黒の騎士団は融和政策を始めたブリタニアに対して攻撃出来ない以上、失敗が公になるまでは当然活動を控えざるを得ないのだ。

 ではどうするかというと、世界各地にあるブリタニア植民地を回り、またブリタニアと交戦しているEUにも赴いて直接活動を行おうというのである。

 「そろそろ自分の目で世界の情勢を確かめたいと思っていたところだからな。
 それに中華の天子様の婚姻も阻止しなくては・・・」

 「私達に協力して下さっているブリタニアレジスタンス組織にも、ゼロとお会いしたいとのお言葉を頂いております。
 二面作戦ですのでご負担は相当なものかと存じますが、よろしくお願いいたしますね」

 「いえ、こちらも負担をお願いするのですから、大したことではありませんよ」

 ルルーシュの言葉に、アルカディアが露骨に嫌そうな顔をした。
 ルルーシュ自身が直接世界各地に赴くことはあるが、大方はアルカディアがゼロに変装してエトランジュがリンクを開いて彼の言葉を伝えて情報を得るべく各地を回れという意味だと悟ったからだった。

 エトランジュも当然、ゼロについて世界各地を回らなくてはならない。
 今現在のところ協力してくれている各国のレジスタンスはマグヌスファミリアの指揮下にあるのだから、その長である彼女がゼロを紹介しなければ受け入れて貰えないからだ。

 こうして見ると、リンクを繋いだ仲間さえいれば同時に情報を伝え合えるエトランジュのギアスは相当に強力だとつくづく思う。
 しかもギアスのことを知る親族達が各地にいて自分の意思を正確に伝えられ、さらに彼らからリアルタイムで情報が手に入るのだ。
 己の負担が大幅に減る、実にありがたいギアスである。

 「まずは式典を成功させ、ひと月ほど様子を見てから中華へと移る。天子様の政略結婚を潰すのは、私が直接指揮を取りましょう。
 ディートハルト、お前を特区の広報の担当に任命するよう裏から手を回しておいたから、その間情報収集および操作を行え」

 「お任せ下さいゼロ。私の得意とするところです。
 では、さっそく準備を整えに参りますので、失礼いたします」

 ディートハルトが嬉々として了承して私室を出ると、残された三人は日本が一年のつかの間の平和を楽しむ間、自分達は世界各地で起こる争乱を回るハードスケジュールを思って大きく溜息を吐く。

 「まず中華で天子様の政略結婚潰して、EUでシュナイゼルが張り巡らせた謀略潰して、ナイトオブラウンズによる侵略を潰して・・・はぁ、休むヒマなさそー」

 「EUでは伯父様達がゼロの知略を元にいろいろ動いて下さっておりますが、侵略の方が難しいと相談を受けております。
 マグヌスファミリアは戦争は本当に門外漢もいいところですから」
 
 アルカディアの嘆きにエトランジュも困ったように首を傾げる。

 「既に俺が常に入ってくる情報を解析して作戦を考えてあります。
 万が一俺が別行動を取っても、ある程度は貴方がたで対処が可能なようにしますので」

 ルルーシュがパソコンを操作して何十通りもの策が書き連ねられたファイルを開くと、現時点で起こり得る問題とその対処の仕方、またそれを阻止する手段などが事細かに記されていることにエトランジュは感嘆の声を上げる。

 「さすがゼロ・・・ですが、私には何が何だかさっぱりと」

 エトランジュはルルーシュをも凌ぐ語学能力の持ち主だが、意味が解らなければそれはただの解読不能な文字でしかない。

 「退路を絶った上でわざと放棄した軍事基地には焦土作戦を敢行、さらに一個大隊を持ってこれを撃破・・・焦土作戦って何ですか?」

 「侵攻してくる軍隊の進撃地にある住居や食糧、補給品などを全て焼き払って、現地調達をさせない作戦のことです。
 ブリタニアは常に戦っておりますので、侵略した地から物資を奪うのはよくある手ですからね」

 なるほどとエトランジュは納得したが、意味が解らなければ読めても意味がないので、エトランジュは軍事、経済についてせめて専門用語だけでも覚えておかねばと決意する。
 何しろ一個大隊も実は解っていなかったりするのだから、彼女の知識は偏っていると言わざるを得なかった。

 「私がいますから、それほど気負う必要はありません。
 エトランジュ様はただ、各地にいらっしゃるご親族の方に指示を伝えて頂くだけで結構です」

 「はい、ゼロ。でも念のためそのファイルの開き方を教えて頂きたいのですが」

 「もちろんです。ここをこうして、パスワードは三つありますのでしっかりご記憶頂きたい。順序も決して間違えないようにお願いします」

 「三つ、ですか・・・解りました」

 エトランジュとアルカディアがファイルの開き方とパスワードを聞き終わると、アルカディアは時計を見て立ちあがる。

 「やばい、もう時間だわ!ちょっと行ってくる」

 「ああ、そうですね。くれぐれもお気をつけて・・・アルカディア従姉様」

 エトランジュの心配そうな声に、アルカディアは大丈夫と笑った。

 「ギアスでいつも繋がってるんだから、何かあったらすぐに解るわよ。じゃ、行ってくるわ」

 アルカディアが慌てて部屋を出ると、ルルーシュは改めてTVをつけて、再度放送されているユーフェミアの特区宣言の映像を見つめた。

 今度こそ己の理想が実現すると信じて、おそらくは夜も寝ずに頑張ったのだろう、化粧で隠された隈が見えた。

 (すまないユフィ、君を利用した。
 だが、君の理想は日本だけじゃない、世界各地で実現させてみせるよ)

 それにこの策は成功した時はブリタニア人にもそれなりの利益があるものだからブリタニア人、日本人の双方からユーフェミアの評価が上がるだろう。
 だが失敗する時はその責任はあくまでも事件を起こしたブリタニア人と、利益を横取りしたブリタニア人のものだから、彼女はむしろ被害者として仕立てて責任が行かないようにするつもりだった。

 そして日本独立戦争が終わった後、彼女は戦いによらずして日本人とブリタニア人を共存させようとした気高い皇族である、弱肉強食を訴える皇帝を倒し、彼女をブリタニアの代表として立てて世界を平和にしようという世論に持って行ければ、彼女は殺さずに済む。

 ルルーシュはその未来を実現させるため、特区を持ち上げて落とす策のために、再びパソコンに向かうのだった。



 数時間後、カレンはシュタットフェルト邸宅前にやって来た人物を見つめて、仰天したようにその人物を指さした。

 「ちょ、あの・・・ホントにアルカディア様?!」

 「しっ、その名前で呼ばないで欲しいカレン様。私はエドワード・デュランです」

 さっき念を押したでしょう、と視線で咎めるアルカディアに、カレンはもぐもぐと口を閉ざす。

 しかし、カレンが驚くのも無理はない。何しろ今のアルカディアは、細見ではあるが堂々たる男性に変装しているのだから。

 金髪碧眼といったエトランジュに少し似た容姿に高級スーツを纏った彼女は、どう見ても男性にしか見えない。

 「赤髪がカツラだってのは聞いてましたけど、身長や体格を服や靴でごまかすだけで、女でも男に化けられるものなんですねえ」

 そう、実はアルカディアの髪はカツラだった。
 何故そんな真似をしているのかと言うと、赤は一番目立ち印象に残る色なので、いつもその髪で戦場や租界をうろついておく。
 すると万一追いかけられたりした場合、カツラを処理してちょっと変装すればそれだけでも結構逃げ切れたりするのである。

 ちなみに今回は変装術が得意だという咲世子のアドバイスを受けて腰をタオルで巻いてウエストを増やしたり、シークレットブーツを履いたり、襟の詰まった服を着て喉仏がないのをごまかしたりしていると説明すると、カレンは納得して感心した。

 「さ、お喋りはここまで。父親にはまだ、黒の騎士団に入ってることは黙ってるんでしょ?」

 「は、はい。そんなことはまだ言えなくて・・・特区を希望したのも、行方不明になったお兄ちゃんを探すためって言ってあるの」

 カレンが後ろめたそうな声で答えると、アルカディアは大きく溜息を吐く。

 「仕方ないって台詞は、ほんと便利な言葉よね。それだけでみんな、カタがついちゃうんだから」

 「同感です。でも、本当にそうとしか言えないんです」

 「事情がこうだから、ほんと仕方ないわよ。こっちもせっかく家族と和解したんだから、うまくいくように調整するから心配しないで。
 私達はブリタニアを壊したいだけで、よそ様の家庭を壊したいわけじゃないんだから」

 ルルーシュも協力してくれるという意味を言葉から捉えたカレンは一瞬顔を真っ赤にして嬉しそうに笑った後、逆に怒ったような声で言った。

 「べ、別にあんな奴に心配して貰わなくたって、私は・・・!」

 「はいはい、仲間だから心配するの。私達は身内で争いまくるブリタニアとは違いますからねー」

 ブリタニアとは違うと言われて、カレンはそうですねとあっさり怒りを鎮めた。

 「仲間だからですよね、うん。仲間だから心配してくれたんだから、怒っちゃダメよね」

 「おっと、本当にお喋りはここまでよ。貴女のお父さんが来たわ」

 アルカディアは喉に手をやって咳払いを二度ほどすると、カレンも表情を引き締めて門が開く音を聞いた。
 そしてそこから大きなリムジンが出てくると、二人の前で停車して窓が開く。

 「どうしたんだカレン、そんなところで」

 門の外に出たと聞いて不思議に思っていたと言うカレンの父・シュタットフェルトに、カレンはぎこちなさそうに答える。

 「実は、特区に協力してもいいって人が来てくれて・・・この人、アッシュフォードを去年卒業したエドワードさん。
 プログラミングを主に勉強していてね、特区の情報処理システムにぜひ協力させて欲しいって言ってくれたの」

 「ああ、君がカレンが言ってた・・・どうぞ、乗って下さい」

 「失礼します、シュタットフェルト伯」

 自動で開いたドアにカレンに続いてアルカディアが乗り込むと、リムジンは音もなく走りだす。

 「改めてご挨拶をさせて頂きます。去年アッシュフォードを卒業して、今は租界の店を回って情報処理を担当しているエドワード・デュランと申します」

 「シュタットフェルトです、こちらこそよろしく。娘とはどのような縁で?」

 キランと目が光ったように感じたカレンとアルカディアだが、カレンは気のせいだとすぐにスル―し、アルカディアはエトランジュの父にして己の叔父であるアドリスと同じ目をしていると心の中で溜息を吐く。

 (あー、そうですか娘に悪い虫がついているか心配ですか)

 なら日本に母がいるとはいえ放り出して本国にいるなよ、と内心で突っ込んだが、彼にも彼なりの事情があることをカレンから聞いているアルカディアは笑顔で応対する。

 「ええ、アッシュフォードの科学部にいたのでOBとして顔を出したのですが、その時偶然に御令嬢とお会い致しまして少しお話を。
 実はここだけの話、私の祖母は日本人なのでそこからも・・・」

 「ああ、そうだったか。それで特区にご興味を?」

 「ええ、祖母は昔和菓子屋をしていたそうで、それをまたもう一度したいと言っていたので最期に夢を叶えてやりたくて・・・もう年ですから」

 お涙ちょうだいストーリーをたそがれたような顔でしゃあしゃあと言ってのけたアルカディアは、シュタットフェルトが最も気にしているであろう不安を払拭するために続けて言った。

 「特区が成功すれば、私も堂々と婚約者と結婚出来ます・・・彼女は日本人なのでね、ぜひとも成功させたいものです」

 その台詞にあからさまに安堵の息を吐いたシュタットフェルトは、今のは内緒にしておいて下さいねと手を合わせるアルカディアに幾度も頷いて了承する。

 「いや、そういうことなら結構だ。この日本特区が成功するよう、私も尽力するとしよう。
 実はあそこにリフレイン患者のための病院を建てられないかと考えているんだが、国是からすると難しそうでね・・・」

 「お母さん、出所してもまだ後遺症から抜けられるか心配だもんね。
 日本人にまだリフレイン患者は多いし、それを治療するための設備なんてないもの」

 カレンが俯いて呟くと、シュタットフェルトは慌てたように付け足す。

 「百合子が収監されている刑務所には裏で手を回して特別待遇にするよう手配はしたが、治療となるとまた別だ。
 彼女のためにもどうにかしてみせるから、心配するなカレン」

 どうやら娘にこれ以上嫌われたくないらしいな、とアルカディアはシュタットフェルトの態度から悟った。

 「話は聞いておりますが、まだカレンさんの母君が出所されるまでまだ日はあります。
 他のリフレイン患者を後回しにする気がしますが、焦って無理やり病院を設立するよりしっかりした基盤を作ってからのほうがいいと思いますよ」

 日本解放が成ったら、リフレイン患者のためのリハビリ施設を造ることはすでに決定済みだ。
 つまり特区で無理をして作らなくても、新たな日本政府の元で設立出来るのだから焦る必要はない。
 今はそれより新たなリフレイン患者を減らし、売人を摘発して潰していく方が現実的な処置なのだ。

 「ああ、そうだな・・・ああ、着いたようだ」

 リムジンが止まってドアが運転手によって開かれると、目の前には日本における敵の総本山である政庁が白くそびえ立っている。

 (この政庁、ドカーンと綺麗さっぱり消え去ってくれたらさぞ気持ちいいだろうなあ・・・コーネリアごとだったらなおのこと)

 物騒な感想を抱きながらエントランスに入ると、受付でシュタットフェルトの名前を告げて特別訪問者用IDを受け取って奥へと入る。

 さすが伯爵なだけあって、VIP用のエレベーターでスザクに会いに来たミレイより上の階にある応接室に通され、さらに上質の葉で淹れられた紅茶を出された。

 「ユーフェミア副総督閣下は間もなくこちらにおいでになられますので、もうしばらくお待ち下さい」

 「はい、解りました」

 女性職員が立ち去ると、敵陣真っ只中にいるカレンとアルカディアは落ち着かなさけにそわそわする。

 「落ち着けカレン、エドワード君。そう緊張しては副総督閣下がおいでになられた時どんなことになるか・・・」

 「そ、そんなんじゃなくて・・・・いや、やっぱそうかも」

 カレンは慌ててごまかすと、不意にドアがノックされて静かに開いた。

 「申し訳ありませんシュタットフェルト伯!お待たせしてしまいましたわ」

 少し慌てて入室して来たのは、背後にスザクとダールトンを従えたユーフェミアだった。
 先ほどまでエリア11における経済状況についての会議が行われ、それが少し長びいて遅れてしまって申し訳ないと再度謝罪する。

 「いえいえ、とんでもございませんユーフェミア皇女殿下。お忙しい中お時間を頂きまして、まことにありがとうございます」

 ソファから立ち上がって臣下の礼を取るシュタットフェルトに、内心嫌で仕方なかったがカレンとアルカディアも同様の礼を取った。

 「今回はぜひ特区に協力したいと申し出てきた青年をお連れさせて頂きました。エドワード・デュランです」

 「エドワード・デュランと申しますユーフェミア皇女殿下。お会い出来て光栄です」

 アルカディアがにっこりを笑みを浮かべると、特区参加協力者と聞いてユーフェミアは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「まあ、特区の?!さっそく協力者が来て下さるなんて、嬉しいわ!さあ、どうかお座りになって下さいな」

 ユーフェミアに促されて三人が再度ソファに座ると、ユーフェミアは近くにいた侍女に改めて紅茶とお茶菓子の用意を言いつけた。

 ユーフェミアが三人の前のソファに座ると、その背後にスザクとダールトンが立つ。

 「ではさっそくですが、特区日本の式典についてお話を」

 「はい、ユーフェミア副総督閣下。実は私どもでいろいろと考えた計画書がございますのでぜひ、ご覧頂きたいのです」

 カレンが数枚の書類が入った袋をユーフェミアに差し出すと、カレンの正体が黒の騎士団のゼロの親衛隊隊長・・・すなわちルルーシュの側近だと知っているユーフェミアはこれが彼からのものだとすぐに解った。

 逸る気持ちを抑えてユーフェミアが書類を出して読むと、それにはそれぞれの特区における今後の予想展開図とその対処法がずらずらと並べられている。

 エトランジュと異なり知識は高いユーフェミアはその正確さに喜んで、これなら特区の成功は間違いないと顔を輝かせる。

 「ありがとう、さっそく会議にかけて検討致しますわ。皆さんにお礼を申しあげておいて下さらないかしら?」

 「はい、必ずお伝えさせて頂きます」

 カレンが軽く頭を下げて了承すると、大事そうに書類を袋に戻してテーブルの上に置く。

 「一週間後の開催記念式典ですが、主なスケジュールは先日お送りさせて頂いた通りです。
 既に資材の準備は整っておりまして、参加者は農業特区ホッカイドウが十万人、オオサカ・ハンシン工業特区が十五万人、さらに経済特区が二十万人です。
 現在簡易的に戸籍が作られておりますが、いずれ本格的な物を作らねばならないでしょう」

 シュタットフェルトの説明に、予想より少ない参加人数にユーフェミアは肩を落とした。

 「もう少し集まって下さると思ったのですが・・・」

 「軌道に乗れば、人は自然にこちらに集まりますユーフェミア副総督閣下。稼働出来るだけの人数は十二分にあるのですから、問題ありません」

 やはり以前のゲットー封鎖が尾を引いたのか、特区に閉じ込められ奴隷労働でもさせるつもりじゃないだろうかという後ろ向きな考えを持つ者が大勢いたりするせいで、参加をためらう日本人が多かった。

 ユーフェミアはそれも自業自得だから仕方ないと諦め、とにかく何が何でも特区を成功させるのだと己を奮い立たせる。

 「記念式典には、私達も参加させて頂きます。
 あの、それと二ーナからなんですが、彼女もぜひ協力参加させて欲しいとお願いされたのですが・・・どうしましょう?」

 つい先ほどテレビを見た二ーナはすぐさま特区について調べたところ、次のニュースでシュタットフェルト家が主に主導すると知ってカレンに電話をかけてきたという。

 「まあ、ニーナも?嬉しいわ。でも、学校の方はどうするの?」

 「早期単位取得制度を使ったら、もともと卒業が近いしすぐに卒業出来るからって言ってました。二ーナは成績優秀だし、真面目ですから」

 「協力してくれる人が多いのは心強いわ。でも無理はしないでって伝えておいて下さるかしら」

 「はい、かしこまりました。すぐにお伝えしておきます」

 日本人の参加者が少ないことに落ち込んでいたユーフェミアだが、逆にブリタニア人の協力者が多いことに彼女は希望を持てたらしい。

 (やっぱり、人はこうやって助け合えるものなのよ。
 戦わなくてもこうして手を取り合っていろんなことをしているのを見れば、お姉様だってきっと解って下さる)

 未だ意識不明のコーネリアだが、勝手なことをしたと始めは叱られるだろう。
 けれど結果がすべてと言ったのは姉なのだから、いい結果を出せば認めてくれるとユーフェミアは信じている。

 「喜んで下さいユーフェミア副総督閣下。既に特区に入場を始めたイレヴンの中には、まだ記念式典が始まっていないのに仕事を始めている者もいるようです。
 ああ、もちろんきちんと監督役のブリタニア人の指揮のもとでですのでご安心を」

 「本当ですか?日本人の方は勤勉だと伺っておりましたが、気がお早いこと」

 シュタットフェルトの報告にユーフェミアが苦笑しつつも嬉しそうな様子に、アルカディアが言った。

 「働くことが美徳だとされた国民性だそうですから、仕事をさせれば大いに利益を上げてくれると思いますよ。
 いつか聞いたのですが、十何年か前のCMで“24時間働けますか?”がキャッチフレーズな商品があったとか」

 仕事中毒にもほどがあると呆れるアルカディアに、ユーフェミアは目を丸くする。

 「さすがにそれは無理でしょう・・・わたくしだって睡眠時間が五時間きった時は・・・あ」

 思わず自分の手を覆って台詞を止めたが、しっかりダールトンとスザクには聞こえていた。じろりと見つめられて、ユーフェミアは視線をそらす。

 「いけませんよユーフェミア様!あれほどご無理はなさいませんようにと申し上げたではありませんか!」

 「もう寝るからって僕を退出させた後、部屋で仕事してたんですね・・・」

 道理で朝早くからあれこれ指示を出せていたはずだと納得した二人が頭を押さえると、アルカディアがやれやれと肩をすくめてアドバイスする。

 「お疲れのようですので僭越ながら申し上げます。
 時間がない時は確かに睡眠時間を削るしかないのですが、無理をなさってお倒れになられては意味がありません。
 無理して起きるより、眠くなったらすぐに寝て早めに起きて仕事をなさる方がよほど効果的です」

 さらに短時間で熟眠出来るコツやアロマテラピーなどによるリラックス法を教えると、ユーフェミアは幾度となく頷いてメモを取る。

 「ついでに料理人の方にも、疲れを取る食材を使った料理を作って貰えれば少しはましかと存じますが」

 「なるほど、すぐに手配しよう。こういうことに我々は疎いからな・・・いや、助かった」

 アルカディアが己の主君を半殺しの目に遭わせた一人だとも知らず、ダールトンが礼を言うとアルカディアは実に嬉しそうにお役にたてれば何よりですなどと言って笑っている。

 と、そこへダールトンの携帯が鳴り響き、ユーフェミアが頷いたので彼が一礼して退出すると待ってましたとばかりに彼女はカレンに尋ねた。

 「式典には彼も来てくれるのかしら?やっぱり、無理?」

 「会場にはブリタニア人もいますし、それほど目立たないと思うんですけど今のところは聞いていないんです。
 いちおう手紙を預かってきましたので」

 ルルーシュから隙を見て渡せと言われていた手紙をカレンから手渡されたユーフェミアは、嬉しそうにそれを受け取り宝物のように胸に抱く。

 「ありがとう、カレンさん。ああ、長居させてしまって申し訳なかったわ。
 では次は記念式典でお会い致しましょう」

 「はい、今日はお時間を賜りましてまことにありがとうございました」

 シュタットフェルトが頭を下げて二人もそれに倣うと、ユーフェミアは頭を上げるように促した。

 「こちらこそいろいろと助けて頂いておりますもの、お気になさらないで。
 どなたか御三方をエントランスまで送って差し上げて下さいな」

 近くにいた職員に先導されて全員で応接室を出ると、ダールトンが慌てた様子でやって来た。

 「どうかしたのですか、ダールトン」

 「は、ユーフェミア様・・・どうかこちらへ」

 カレン達に一瞬視線を向けたダールトンの言葉に、ユーフェミアは眉根を寄せながらも彼についてその場を離れた。

 いきなりユーフェミアが立ち去ってしまったので、帰っていいものかと途方に暮れた一同がその場に取り残された五分後、難しい表情をしたユーフェミアが戻ってきた。

 「何か緊急のご報告があったようですね。邪魔になりますゆえ、私どもはこれで・・・」

 シュタットフェルトがそう切り出すと、ユーフェミアはカレンに向かって言った。

 「ええ、お姉様に呼び出されてしまったから、今からお姉様のところへ行かなくてはならなくなったの。
 もしかしたらお姉様から特区について改めて説明を求められるかもしれませんが、その時はお手数ですけどお願いしてもよろしいかしら?」

 「!!!」

 (これって・・・もしかしてコーネリアが目を覚ましたってこと?!)

 ユーフェミアの言葉の真の意味を瞬時に悟ったカレンとアルカディアは、内心で舌打ちしつつも顔は何とか笑顔を取り繕う。

 「解りました、改めてご説明に上がらせて頂きます。それでは、私どもはこれで御前を失礼させて頂きます」

 「ええ、今日は本当にありがとう」

 ユーフェミアはこのタイミングで姉が目を覚ますなんてと少し姉不幸なことを考えながらも、エレベーターに乗り込み去っていく三人を見送った後、スザクに向かって言った。

 「今すぐお姉様の入院されている病院へ向かいます。
 きっとお姉様はお怒りでしょうけれど、解って下さるまで説得するわ」

 ユーフェミアはそう決意すると、スザクと共に姉に会うべく駐車場へと向かうのだった。



 「何がどうなっている!お前達が付いていながら何と言うことだ!!」

 目を覚まして早々、医者とギルフォードから自分の状態を聞かされたコーネリアは自分があのテロにやられて以降三ヶ月も眠っていたと知らされ、いくらまめに体位変換を行い筋肉をほぐしてあったとはいえ、それでもろくに動かせぬ己の身体に呆然となった。

 だがそれより先に最愛の妹の様子が気になってギルフォードに尋ねてみると、まずユーフェミアはこともあろうにイレヴンである枢木 スザクを選任騎士に選び、さらに次兄シュナイゼルについて視察を手伝いに行った際に黒の騎士団に襲撃され、海を漂って偶然流れ着いた島で人質にされたと聞いた時は血の気が引いた。

 だが同じく漂着したスザクによって救出され、以降は彼女を守るために栄誉あるナイトメアのデヴァイサーと学園を辞めてまで護衛について以降は何事もないと聞き、ほっと安堵する。

 「イレヴンではありますが、彼は騎士として実に立派な男です。
 聞けば戦闘能力も群を抜いておりまして、グラストンナイツですら彼には敵わなかったとか」

 「そうか、お前が言うならそうなのだろうな。ユフィもあれ以降無茶なことはしなくなったのなら、奴が騎士であることは認めよう。
 だが、この特区日本と言うのは何だ?!イレヴンを調子づかせるだけではないか」

 テレビから流れるニュースを見ながら怒鳴るコーネリアに、ギルフォードがたしなめる。

 「ユーフェミア様もお考えがあってのことです。
 今こちらに向かわれているとのことなのですから、直接伺った方が・・・!」

 「ユフィ・・・誰も止めなかったのか?」

 「は、あの方もこの二か月、特区のために寝食を忘れて特区成立に向けて努力されておりました。
 それに私から見ても見切り発車ではなく、きちんとシュタットフェルト伯爵家を始めとする有力貴族に協力を仰いで推し進め、経済計画、予算計画などもしっかり考えておいででした」

 思いがけず妹の成長ぶりを聞かされたコーネリアは、目を見開いた。
 そしてギルフォードから特区について書かれた書類を手渡されて、食い入るように見つめる。

 「これは・・・本当にユフィが考えたのか?」

 「は、細かい部分は会議で決定していったようですが、大枠はユーフェミア様です。
 参加者も特区稼働には充分な人数が集まり、ブリタニア人の参加者もそれなりにいるようですが」

 コーネリアも馬鹿ではない。この特区がこのエリア11の経済活性化に貢献の余地があることは、すぐに理解出来た。

 だがこの特区が成功すればイレヴンに余計な富を与えることになり、それによってまたテロを起こす輩が現れる可能性もある。

 だからといって万一にも失敗すれば、特区の提唱者であるユーフェミアに大きな傷がつく。

 どちらに転んでも最善とは言えない結果になる特区に、コーネリアは頭が痛くなった。

 しかし、既にここまで事が大きくなり、たった今全国に向けて発表が行われた以上覆すことは出来ない。

 「おのれ・・・私がこのような目に遭ってさえいなければ、意地でも阻止したものを!!
 あのテロリストども、許さんぞ!!」

 「申し訳ございません姫様、奴らはまだ捕縛出来ておらず・・・しかし正体は解りました。
 エリア16・・・元マグヌスファミリアの亡命政府の女王、エトランジュ率いるテロリストグループです。
 ゼロと組んで、身の程知らずにも我がブリタニアに刃向おうとしているのです」

 「あの、マグヌスファミリアか!たかが二千人程度しかおらぬ小国の分際で・・・!」

 その二千人程度しかいない国に攻め込んだことに対して恥を感じることはなかったらしい。
 コーネリアはろくに動かぬ身体で怒りを発散すべく、テーブルに置かれていたカップを薙ぎ払った。

 「ユフィは?ユフィはまだか?!」

 常に沈着冷静な誇り高い主の時ならぬ狂態に、ギルフォードは鎮静剤が入った飲み物を主君に差し出しながらなだめた。

 「どうか落ち着いて下さい姫様。ユーフェミア様も貴女様にご迷惑をかけようとしているのではありません。
 この特区でイレヴンが飢えることなく暮らせるようになればテロなど起こさなくなる、そうなれば姫様も無理に戦わなくてもよくなるとおっしゃっておいででした。
 貴女様を思っての特区でもあるのですよ」

 「ユフィ・・・だがそれは理想論だ」

 うなだれながらそう呟くコーネリアの視線の先には、テレビの中で顔を輝かせて特区設立を宣言する最愛の妹の姿があった。



 《コーネリアが目を覚ました?構いません想定の範囲内です》

 命が助かりいずれ目を覚ますと知っていたのだ、さして驚くことではないと、アルカディアから報告を聞いたルルーシュは別段気にすることなく言った。

 《既に特区成立の宣言は成ったのです。今更彼女に何が出来ます》

 《だけど、あの女がどう出るか》

 《そのユフィからコーネリアの動きを知ることが出来るように、カレンをやったのです。
 カレンの正体がバレないようにだけ気をつけて貰えれば結構》

 《了解・・・うっかり医療ミスでも起きて死ねばよかったのに》

 そうすれば自動的にユーフェミアが総督だ。いろいろと後の作業が楽になるのにとアルカディアは心の底から残念に思った。

 (今頃姉妹喧嘩の真っ最中だろうな。さて、どうするコーネリア)

 今更特区は覆せない。だが失敗の要素が多い特区だから、ユーフェミアの失点になるとさぞかし焦っているだろう。

 (ですがご安心を姉上。ユフィに余計な傷を負わせるつもりはありませんので)

 コーネリアにはさらなる傷を負わせる予定だが、と内心で付け足し、ルルーシュはあくどい笑みを浮かべた。



[18683] 第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:39
  第二十話  合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち



 特区開催記念式典まで残り五日となり、黒の騎士団の中から特区へ入る予定の幹部達はそれぞれ準備に余念がなかった。

 コーネリアがとうとう目を覚ましたことを知った黒の騎士団は騒然となったが、『今更彼女に何も出来はしない。こんな時のためにカレンをユーフェミアの傍にやったのだから動きはすぐに解る』との言葉にさすがゼロと安堵していた。

 ディートハルトは嬉々として日本経済特区フジに入り、特区に関する全ての情報を集めては解析し、あるいは操作をして来たる日に向けて備えている。

 「えっと、扇副司令は協力者として協力して下さっているブリタニア人と日本人のハーフの方と一緒にご夫婦として特区潜入ですか。
 ブリタニアの目を欺くには理想的ですね」

 「おお、何かあいつすっげえ仲がいいみたいでよ、タコさんウインナーが入った手作り弁当とかうまそうに食ってたっす」

 玉城が羨ましそうにエトランジュにそう報告すると、実に微笑ましい出来事に笑みを浮かべる。

 「こうして人種を超えて手を取り合えるのは、素晴らしいことです。
 扇さんには経済特区に設立予定の小学校の教師の職をお願いしたのですけれど」

 「それも凄い喜んでた。あいつ、日本が解放されたら昔みたいに教師をするのが夢だったから」

 玉城は友人の夢が一時的にせよ叶えられる特区に、玉城はそれなりに肯定的だった。
 ただ彼はうかつな行動や言動が多いため、特区参加者から外されたという経緯があるので黒の騎士団の後方基地で待機予定である。

 「特区参加者の大部分が、既に各地に入場し始めているようです。
 後は特区をうまく成功させるだけ」

 そして、その後特区を失敗させる。
 みんなで努力を積み重ねているものを、壊す予定で造り上げる。

 何とも笑えないにもほどがある茶番劇に、エトランジュは小さく首を横に振る。

 「けどよ、成功したら日本人はブリタニアに取り込まれるってことにならないかって意見もあるんすけど」

 「いいえ、そうはならないとゼロがおっしゃっておりました。
 これはあくまでもユーフェミア個人の融和政策に近いですから」

 「ふ~ん、そんなもんかねえ。ま、ゼロの言うことは間違いねえ、任せるよ」

 玉城が機嫌よくエトランジュの前から歩き去ると、エトランジュは小さく溜息をついて中華総領事館経由で届けられた天子からの手紙に視線を落とす。

 (式典が終われば、次は中華・・・一刻の猶予もならない)

 天子からの手紙には、太保が病に倒れてブリタニアとの婚姻政策を推し進める動きが強くなってきたこと、アルフォンスとの婚約でそれを断る手段を使うことを考えていることなどが書かれている。

 近日中に、アルフォンスを中華に連れて行った方がいいかもしれない。
 それからゼロにも引き合わせて、天子の信頼を得るようにしておこう。

 エトランジュはそう考えると、中華行きの準備をすべく天子からの手紙を持ってゼロの私室へと向かうのだった。


 
 「NACと繋がっているブリタニアの内通者じゃが、うまく証拠を隠滅させて我らとの関係を隠し通せることに成功した。おぬしの言ったとおりじゃな」

 桐原の言葉にルルーシュは満足げに頷いた。

 「奴らにはまだ利用価値があります、桐原公。それをネタに特区への協力をさせ、さらに利益(エサ)を与えて飼いならしておいて頂きたい」

 かねてからNACから賄賂を受け取り、キョウトが日本に散らばっているレジスタンスを援助していることを隠してきた政府高官達をマークしていた動きは、ルルーシュも把握していた。

 使える駒は確保しておく主義のルルーシュはさっそく手を打ち、彼らを保護するために策を弄していたのだ。

 「コーネリアは特区に加担する訳にも、かといって失敗させるわけにもいかない。
 特区に奴らを入れておけば、おいそれと連中を糾弾するわけにはいきませんからね」

 「なるほど、特区は公然と日本人や日本人よりのブリタニア人を保護出来るというわけじゃな。つくづくおぬしを選んで正解だったわ」

 桐原の満足げな言葉に、ルルーシュはさらに言った。

 「あとは特区を成功させ、物資を出来るだけ生産して頂きたい。日本解放の戦争時に、それらを大いに役に立たせますのでね。
 さらに現在ブリタニアと交戦中の国々にも提供したいので」

 「あい解った。して、おぬしはその間どうするのじゃ?
 中華へ参る予定だと聞いておるが」

 「はい、中華の天子様との婚姻をやめさせなくてはなりませんからね。エトランジュ様と共に、中華へ行く予定です
 何しろシュナイゼルが相手ですから、私が直接指揮を取らねば」

 黒の騎士団とは常時連絡を取り合えるようにしてあるので、異常があればすぐに指示するというルルーシュに、桐原は頷いた。

 「準備が整い次第、出発いたします。メンバーは私、C.C、エトランジュ様、アルカディア様、ジークフリード将軍、マオの五名です。
 クライスにはここに居残って頂く」

 何故クライスだけ残すのかと桐原は首を傾げたが、おそらくEUとの連絡役として一人残していったのだろうと納得する。
 もちろん事実はクライスはエトランジュとギアスで繋がっているため、彼が生きた通信機として残って貰うだけだったりするのだが。
 ついでにナナリーの護衛も依頼してある。

 「ナナリーのほうも、既に知人にお願いしておりますので心配ありません。
 では、特区の方はよろしくお願いいたします」

 「承知した。では、またいずれ・・・」

 桐原の画像が通信機から消えると、既に中華へ渡る準備がされているトランクを見つめた。

 天子にも協力を依頼して、蓬莱島経由で中華へ密航する準備は万全だ。
 天子の婚姻を潰し、その後マグヌスファミリアのギアス能力者を集めてギアス嚮団なるものを潰せれば、後顧の憂いはなくなる。

 ルルーシュは順調に進んでいるこの状況に満足した。



 同時刻、ユーフェミアは次兄シュナイゼルから通信を受けていた。

 「聞いたよユフィ。雇用政策の一環で、イレヴンに職を与えるための特区を造るんだってね」

 「はい、シュナイゼル兄様。もう既に入場して下さっている方々の中には、仕事をして下さっている方もいるんですって」

 「それはいいことだね。私から少し提案があるんだが、黒の騎士団にも参加を呼びかけてみてはどうだい?
 イレヴンの支持を集める彼らが特区に参加してくれればもっと人は集まるし、イレヴンに不当な振舞いをしようとするブリタニア人の牽制にもなるんじゃないかな」

 シュナイゼルのにこやかな耳触りのいい台詞に、ユーフェミアは小さく首を横に振った。

 「わたくしもそう思って提案してみたのですが、テロリストの認定を受けている騎士団を公に認めるわけにはいかない、そんなことをすればわたくしがテロを容認していると取られかねないからやめるようにと、秘書から反対されました。
 それに、式根島で言われたように何もしていないうちから要求ばかりするようなことを二度もすれば、ゼロはもうブリタニア人を信じてはくれないと思います」

 シュナイゼルは特区を言い出した時にそう提案してあっさり却下されたと聞き、ユーフェミアらしいと納得しながらも黒の騎士団から武力を奪う機会を失ったことを知った。

 「でも、特区が成功してブリタニア人と日本人が仲良く共存しているのを見れば、きっとゼロも武装を解いて特区に参加してくれますわ。
 今まで力で抑えつけてばかりで、何もしなかったのがいけなかったのです。信用がないのは仕方のないことです」

 (ふむ・・・彼女なりに考えているようだね。だが)

 確かにユーフェミアらしい政策だが、経済計画や予算計画、さらには周囲を動かす根回しなどを見ると、これまでの彼女の能力からすれば飛びぬけているものが多い。
 一見すればユーフェミアが主導しているように見えるのだが、あまりにも的確過ぎるのだ。

 (まるでユフィの性格を熟知した者が、彼女を動かすために策を与えたような・・・)

 だがゼロは式根島で思い切りユーフェミアを罵倒しており、また彼女を人質にしたのはマグヌスファミリア・・・コーネリアが滅ぼした国の女王だ。

 そんな彼らがユーフェミアのために策を与えたとは考えにくいし、そもそも日本に来るまで公に活動をしていなかった彼女の性格がどんなものかなど知るはずもない。
 よって式根島でゼロが語ったユーフェミアの人物像が彼らにとっての彼女の姿であると、普通はそう考えるだろう。

 それでもシュナイゼルは引っかかるものを感じたが、珍しく明確な答えが出なかった。  

 「シュナイゼル兄様も、どうか特区のためにいいお考えがあったら聞かせて下さいな。
 お姉様は特区は理想論に過ぎないとおっしゃるばかりですの」

 「コーネリアらしいね。まあ、君の思うとおりにしてみるといいよ。
 争いばかりで解決するのは悲しいことだからね・・・いずれ機を見て参加を呼びかけるといい」

 今はユーフェミアの言うとおりタイミングが悪いが、ある程度特区が利益を上げた頃を見計らって参加を呼びかければ、それで彼らから武力を取り上げられる。

 ゼロの出頭と引き換えて黒の騎士団を免罪すると言えば、彼のいない騎士団など烏合の衆だ、どうとでも料理出来る。

 融和政策を打ち出したブリタニアに、黒の騎士団は当分攻撃して来ないだろう。その間に中華をブリタニアの手に治めておく。

 シュナイゼルはそう決意すると、ユーフェミアとの通信を切った。



 シュナイゼルとの通信が終わったユーフェミアは、私室でスザクに怒ったように訴えた。

 「お姉様はひどい、勝手なことをしたとお怒りになられるばかり。
 成功したらナンバーズがその富を使ってテロを行うかもしれないって、悪い面をおっしゃってばかりだわ。
 ルルーシュがそんなことさせたりしないのに」

 「それは仕方ないよユフィ。総督閣下はゼロがルルーシュであることを知らないんだから。
 特区を成功させて黒の騎士団が何もしてこなかったのを見れば、きっと解って下さるよ。結果はきちんと認めて下さる方なんだから、ね?」

 そう慰めるスザクにユーフェミアはそうね、と気を取り直してルルーシュからの手紙を見る。

 それには特区に参加は出来ないが、カレンを通して手紙くらいは送らせて貰う、頑張ってほしいと励ましの言葉が書かれている。

 「騎士団に参加して欲しかったけど、私の立場が悪くなるって気を使ってくれて・・・でも、私の立場が悪くなると特区が立ち行かなくなりますものね。
 ブリタニア人の面子をある程度立てて、日本人の生活をよくしなくては」

  本当に怖い綱渡りだとユーフェミアは怯えたこともあったが、これを成功させなければいつまでもブリタニア人と日本人は争ったままだ。

 ユーフェミアはクローゼットから記念式典のためのドレスを取り出し、身体に当ててくるりと回転する。

 「ねえスザク、素敵でしょう?これを着て私は式典に出るの。日本人の方は喜んでくれるかしら」

 「ああ、綺麗だよユフィ。日本人のみんなも、これを見れば君を信じてくれる」

 スザクは今から式典が待ちきれないとばかりに笑う主に、早く仲良く暮らせる特区に行きたいと、胸を膨らませるのだった。



 そしてあっという間に時間は流れ、日本特区開催記念式典の日が訪れた。

 農業特区ホッカイドウ、工業特区ハンシン、オオサカ、そして経済特区フジに同時に行われ、ユーフェミアが参加するのは経済特区フジだった。

 全世界に生中継される式典に、ニーナも学校を休んで参加していた。
 彼女は昨夜準備のためにシュタットフェルト邸に泊まらせて貰い、カレンとエドワードとして変装したアルカディアと合流し、一番大きなリムジンに乗り込んだ。

 「カレンさんもニーナさんも、今日はまたひときわ綺麗ですね」

 アルカディアの言葉にカレンは朝からメイド達に囲まれて着飾らされたとうんざりした表情で、二―ナはこんな豪華なドレスなんて似合わないと思い、小さくなっている。

 「そうだ、カレンさんから伺ったのですが、何やら見て欲しいものがあるとか」

 「え、あ、そうなんです。
 ロイド伯爵に見て貰おうと思ったのですけど、連絡先をうっかり聞き忘れて・・・エドワードさんも科学に詳しいって聞いたから、ぜひご意見を伺いたくて」

 ニーナが鞄からCDロムを取り出すと、アルカディアは持参していたノートパソコンを立ち上げてCDロムのファイルを開く。

 「へえ、新しいエネルギー源に関すること、かな・・・ウランについて、か」

 さすがに大学で科学を学んでいたアルカディアは、ある程度の概要を理解出来た。
 だが読み進めていくうちにその表情が険しいものになっていくことに気付いて、ニーナが恐る恐る尋ねる。

 「あの、何かおかしな点がありました?」

 「いや、見事な論文だよ。このまま学会に出しても通じるくらいだ」

 お世辞ではなくはっきりとそう言ったアルカディアに二ーナは嬉しそうだったが、アルカディアは首を横に振りながら言った。

 「だが、それはまだしないほうがいい。これは危険だ」

 「どうして?このエネルギー源を使える方法さえ確立出来たら、ユーフェミア様だって特区のエネルギー源に使えるって喜んで下さるかと思ったのに」

 現在もっとも効率的なエネルギー源としてはサクラダイトが有名だが、それを日本人に使わせるわけにはいかないと、主に使用を許されているのは電力である。

 電力は確かにソーラーシステムなどで安定して得られるがいまいち火力が弱く、ユーフェミアは特区成功のためにももっと効率よく使えるエネルギー源がないかと科学者の卵であるニーナに相談していたのだ。

 「解りやすく言うと、これは確かに強力なんだけど、その分暴走したらまずいことになる代物だからだよ。
 たとえばこれをエネルギー源の発生装置として使ったとしよう。万が一これが何らかのシステムエラーでも起こして暴走したら、どうなると思う?」

 ニーナはその指摘を聞いてすぐに理解し、顔を青ざめさせた。

 「あ・・・周囲の建物とかが綺麗に消えてしまうわ!気づかなかった・・・」

 ニーナの答えを聞いてカレンもシュタットフェルトも絶句し、慌てて二ーナを止めにかかる。

 「ちょ、何その物騒な機械!やめよう怖いわよそれ!」

 「暴走したら特区失敗どころじゃない・・・それはちょっと」

 ニーナはもっともだと納得してしゅんと落ち込んだが、だからといってこの理論が使えない代物なわけではない。
 アルカディアは少し考え込んだ後、二ーナに向かって提案する。

 「だったら、この暴走が起こっても大丈夫なシステムを作って、それと同時に発表すればいい。
 暴走が起こってもすぐに止められるシステムとか・・・そうすれば安全性のアピールになるし、悪用する者に対する牽制にもなる」

 「悪用って・・・これは新たなエネルギー源としてのもので」

 「どんなものでも悪用すれば怖いことになる。包丁だってただ料理をするために材料を切る道具なのに、それで殺人事件が多数起きているのは知っているだろう?
 人間は良くも悪くも考える生き物だ、己の悪意のために使用法を考えることもある」

 アルカディアはそう諭すと、彼女にならいいかと思い本当に恐れていることを話す。

 「それに、これを爆弾に転用されたらどうなる?ナイトメアなんか目じゃないぞ。
 ブリタニア軍なら、たぶんこれに目をつけるだろうね・・・そして君をユーフェミア様の元から連れ出すだろう。
 たとえば宰相閣下辺りから引き抜くとか言われたら、ユーフェミア様だって逆らえないし、君もその命令に従って開発をしなくてはならなくなる。
 君だって平和を望むユーフェミア様の意に逆らって、爆弾開発なんてしたくないだろう?」

 「・・・・!嫌よ、私!ユーフェミア様のお傍から離れて恐ろしいものを作るなんて!!」

 大いにあり得る展開にニーナが頭を何度も横に振って否定すると、アルカディアの言うとおりまずはウラン理論の暴走を止める方法を考えることを決めた。

 「ありがとうございます、エドワードさん。
 新しい理論を作ってユーフェミア様にお褒めて頂くことばかり考えて、他に目がいってなかった」

 「科学者にはありがちなことだから、気にしなくていいよ。
 でも今後は新しい理論を考えたら、その危険性も合わせて気にした方がいい」

 「そうします・・・頑張らなくちゃ」

 ブリタニア軍に悪夢のような兵器が生み出される危険性を回避出来たことに、カレンとアルカディアがほっと安堵の息を吐く。

 (よかった!マジでよかったよここに来て!生きた心地しなかった・・・)

 あの理論を見て始めは凄いと思っていたが、シャレにならないエネルギー放出量に本気で血の気が引いた。
 彼女の動向から目を離すなと視線でカレンに訴えたアルカディアに、カレンは二度頷いて了承した。

 微妙な雰囲気の中特区に入場した一行は、今度は緊張した面持ちでスザクとダールトンを従えたユーフェミアの前に目通りした。

 「ユーフェミア様!やっとですね!」

 「ニーナ!来てくれたのねありがとう」

 何故かまだ着替えていないユーフェミアにニーナは首を傾げたが、当の本人は気にすることなくカレン達を出迎えた。

 「あの、私来月中には学校を卒業出来そうなんです。これでその・・・ユーフェミア様のお役に立てられるって」

 顔を紅潮させてそう言うニーナに、ユーフェミアは驚きながらも嬉しそうに彼女の手を取った。

 「まあ、無理をしなくて良かったのに。でも嬉しいわ、ありがとう」

 「ニーナも卒業するのか。生徒会も大変そうだね」

 スザクが少し驚いたように言うと、ニーナもうん、と少々申し訳なさそうに頷いた。
 何しろカレンが休学届を出したので、残る生徒会メンバーはミレイ、リヴァル、シャーリーの三名だけとなるのだ。
 その上シャーリーが早期単位取得制度を使って放課後講義に出ているため、仕事は多忙を極めているそうだ。
 
 「ミレイちゃんもいい加減単位を取れって理事長から叱られたらしくて、お祭りもやってないのよ。
 いつもは疲れるとか思ってたけど、なくなると寂しいものね」

 ニーナの溜息にユーフェミアが尋ねた。

 「お祭りってなあに?学園祭のことじゃないみたいだけど」

 「あ、はいユーフェミア様。会長が突発で開催するお祭りなんです。
この前はアーサーを学園で飼うことになった時、歓迎会と称した猫祭りが行われて・・・」

 「猫祭り?」

 「ええ、全員が猫の格好をして騒ぐってお祭りで。前は男女逆転祭りだったな」

 面白そうにスザクが語る祭りの内容に、ユーフェミアが思いついたように手を叩く。

 「まあ、それは面白そうだわ。そんなお祭りなら、みんな楽しめそう」

 「ユーフェミア皇女殿下、そのような庶民の祭りなど真似をすべきではありませんぞ」

 ダールトンが慌てて叱りつけると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まぁまぁ、いいじゃないんですかそんなのも~。
 だいたい男女逆転祭ですか?あれなら四六時中カノン伯爵がやってますしぃ~」

 間延びした声でそうユーフェミアを擁護したのは、ロイドだった。
 この特区にゼロが関与しているなら黒の騎士団員がいるかもしれないと踏んだ彼は、こうしてやって来たのである。

 「カノン伯爵って?」
 
 「シュナイゼル殿下の副官~。彼、しょっちゅう女装してるんですよね」

 スザクの問いにそうロイドが答えると、ユーフェミアは驚いた。

 「え、あの方女性じゃなかったんですか?てっきりわたくしはずっと・・・」

 「いや、カノンって男性名でしょう?あ~、でも女性名だっけ日本じゃ」

 小学校に通っていた時代、同級生に花音という名前の少女がいたことを思い出したスザクに、ユーフェミアはそれならとダールトンに訴える。

 「ほら、シュナイゼル兄様の副官の伯爵の方だってなさってるんですって。
 こんな気楽な祭りなら、きっと皆様楽しんでくれますのに」

 「・・・・・」

 ダールトンは伯爵であり皇族の副官でありながら女装などという行為を公然としているカノンに、苦情を入れようと決意した。
 だが味方は思わぬところから現れた。

 「でもユーフェミア殿下、女装って若いうちは似合う人が多いからいいですけど、大人になるにつれて似合う人って言うのは少ないですよ。
 いや失礼を承知で言いますけど、ぶっちゃけダールトン閣下とかだと・・・」

 アルカディアの言葉によく言ってくれたとばかりにダールトンも同調する。
 一瞬己の女装姿を脳裏に浮かべてしまい、顔が引きつっている。

 「そ、そうですなユーフェミア様。中には抵抗を示す者もいるでしょうし」

 「大丈夫です、自由参加にしますから。後で計画書を立てましょう」

 ユーフェミアの中では既に開催は決定されたらしい。余計なことを言ったスザクとロイドを睨みつけたダールトンに、アルカディアが囁く。

 「こっちで適当に理由をつけてやめるように申し上げましょう。どうせ特区が成功してからになるので、時間はあります」

 「うむ、よろしく頼む」

 ダールトンはコーネリアと絶賛姉妹喧嘩中のユーフェミアの扱いに、たいそう苦労していた。
 ユーフェミアの気持ちもコーネリアの気持ちも解るだけに、間に立たされる彼の胃は最近悲鳴を上げている。

 そんな側近の苦労など知らず、ユーフェミアはこんな仮装祭りならルルーシュもこっそり参加出来るのではないかと淡い期待を抱いていた。

 「ユーフェミア皇女殿下、そろそろ記念式典開催の刻限です。お支度を」

 秘書に言われてユーフェミアが一礼して部屋に走り去っていくと、一同も用意されているVIP席へと案内されていく。

 そのVIP席にはキョウト六家の面々も座っており、神楽耶などはこの特区が失敗すると知っていることからどこかつまらなそうな顔をしていた。

 しばらく雑談などをして時間を潰していると、とうとうユーフェミアによる特区開催宣言の時刻になった。

 「いよいよね・・・ユーフェミア様・・・」

 ニ―ナが壇上に食い入るように見つめていると、ブリタニアの皇族カラーである白いドレスをまとったユーフェミアが現れ、壇上へと立つ。

 「あれは・・・ユーフェミア皇女・・・」

 彼女の姿を見て一部の人間は、そのドレスが何を意図しているものかを悟った。
 真っ白なドレスに白いハイヒールを履いた彼女の胸元には赤いバラが飾られ、そのシンプルな姿が日本の国旗を表したものだと気づいたのだ。

 ブリタニア人にもそれに気づいた者がいたが、それを口にするわけにはいかず黙っている。

 「日本人の皆さん、本日は日本特区開催記念式典に参加して下さって、ありがとうございます!」

 「に、日本人と・・・皇女殿下が・・・!」

 ユーフェミアのいきなりな台詞に、この展開を予想していたダールトンは大きく溜息を吐く。

 「これからわたくし達は共に手を取り合い、この日本を、エリア11を発展させていきましょう!
 争いばかりではお互いに傷つけ合うだけです。これから先相互の認識の違いや過去の確執など、様々な困難があることと思います。
 しかし、それでもその先に共存し繁栄の道があるとわたくしは信じます」

 あの神根島で、ルルーシュは言った。
 ナナリーは優しい世界でありますようにと願ったと。その願いを叶えてやりたいとも言った。
 自分も同じくするその願い、異母姉として叶えてやりたい。

 (だから、わたくしは・・・!)

 「ただ今を持って、経済特区、農業特区、工業特区日本の開催をここに宣言いたします!!
 どうかこの特区が、優しい世界の先駆けとなりますように!!

 その言葉に、日本人達が一斉に立ち上がって拍手する。

 「オールハイル・ユーフェミア!日本万歳!」

 「ありがとうございますユーフェミア様!」

 ユーフェミアはゲットー封鎖を行ったことで不信を持たれていたが、もともと日本人は浪花節に弱い。
 そしてユーフェミアが日本の国旗を模した服装で現れたことも手伝って、一気に彼女に対して期待する感情が高まったようだ。

 ユーフェミアによる特区設立宣言が何事もなく終わると、続いてブリタニア人代表であるシュタットフェルト、さらに日本人代表であるキョウトによる祝辞が述べられ、セレモニーは滞りなく進んでいく。

 (さて、そろそろ時間だわ。行かなくては)

 アルカディアはカレンに目配せをして席を離れ、今回の作戦のために足早に歩き去った。



 日本人達がユーフェミア万歳を叫ぶ中、当の本人は自分に相談することなくあのような格好で式典に臨んだことを通信でコーネリアから叱責されていた。

 「お前はブリタニア皇族だぞ。何故あのような・・・!」

 「だってお姉様、白は皇族の色だしちょうどいいと思って・・・日本人の皆さんだって、喜んで下さいましたわ」

 「あまりナンバーズを甘やかすんじゃない!奴らを調子に乗らせるとロクなことにならん」

 「ほう、ではこの特区、貴女は成功させるつもりがないということかな、コーネリア総督」

 いきなり背後から現れた声に、ユーフェミアもスザクも驚いて後ろを振り向くと、そこにはゼロがいた。

 「る・・・ゼロ?!」

 「ゼロだと?!貴様・・・!」

 コーネリアがダールトンがいない今スザクにすぐに取り押えるように命じようと口を開くと、その前にゼロが嘲るように言った。

 「いいのかな、コーネリア。今この場で騒ぎを起こせば、特区はそれだけで失敗するぞ?」

 未だ日本人の支持が強いゼロを特区内で追いつめれば、この特区がゼロをおびき寄せるものだと勘違いされる可能性があると言うゼロに、おそらくはそう情報操作をするつもりだと悟ったコーネリアは歯噛みしつつも捕縛を断念する。

 「貴様・・・何の用だ?!」

 「大した理由ではありません。ただ今回の日本特区開催のお祝いを申し上げに参っただけです」

 ゼロの答えにユーフェミアは嬉しそうに微笑み、では貴方も参加してくれるのかと期待の眼差しを向ける。

 「いいえ、残念ながらそれはまだ無理です。
 しかも総督閣下があのような心積もりと知っては、なおさら我々が参加する訳には参りませんね」

 「くっ・・・!」

 「ですがユーフェミア皇女、貴女が真実日本人を思い、この特区が成功したと知った暁には、この日本で反ブリタニア活動を行う必要はありません。
 潔くブリタニアに出頭しましょう」

 「なんだと・・・それは本気か?」

 いきなりの出頭発言に、ゼロは不敵に頷いて肯定した。

 「もちろん、タダで私がここに足を踏み入れるつもりはありません。黒の騎士団の日本人達の免罪と引き換えです。
 特区が成功すれば、日本とブリタニアは争う必要がありませんからね。平和のためなら、喜んで私は出頭しましょう」

 「ゼロ・・・・!でもそれは」

 ユーフェミアの言葉を止めたのは、コーネリアだった。
 言質を捉えた彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゼロに確認する。

 「その言葉、忘れるなよゼロ。
 必ずや貴様をこの場に出頭させて、そのふざけた仮面の下を衆目に晒してやる」

 「どうぞ、ご自由に。それともうひとつ・・・我々黒の騎士団は、融和政策を打ち出したユーフェミア皇女に対し攻撃を加えないことをお約束しましょう。
 黒の騎士団は不当な暴力を振るう者全ての敵ですが、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方でもありますのでね」

 「何を言うか!このエリア11で不当に暴れ回るテロリストが!!」

 「先にこの日本で不当に暴れ回ったのはブリタニアだ。
 貴方がたにその自覚はないのは知っていますので反論はけっこう」

 ルルーシュはそう吐き捨ててコーネリアの口を止めると、ルルーシュとコーネリアの間でおろおろしているユーフェミアに向き直る。

 「このたびは特区を無事開催出来、まことにおめでとうございます。
 しかしこれから先多々苦労がおありかと存じますが、まずは貴女のお手並みを拝見させて頂くこととしましょう」

 貴女の手を取るのはそれを見てからというルルーシュに、ユーフェミアは頷いた。

 「もちろんですわゼロ。わたくしは戦うことなくみんなで仲良く暮らしたいのです。
 お姉様も貴方も、戦いで傷つくのを見るのはもうたくさん!」

 「ユフィ・・・」

 自分が重傷を負ったと聞いて、この妹もたいそう傷ついたのだろうとコーネリアは大きく溜息をついた。
 いきなり自分と言う支えを一時的にせよなくし、ギルフォードやダールトンがいるとはいえさぞ怯えたことだろう。
 
 (聞けば式根島でも、枢木が離れたために黒の騎士団の襲撃に遭った上に人質にされたというからな・・・私が不甲斐無かったばかりに、ユフィに余計な心配をかけてしまった)

 ダールトンが言うには、シュナイゼルに言われてユーフェミアから離れたスザクがシュナイゼルの策の囮にされてしまい、ユーフェミアはそれを庇おうとして飛び出しあの騒ぎになったという。

 以降スザクはランスロットのデヴァイサーと学園を辞めて護衛についたと聞いた時は、確かに彼は騎士として褒めるべき行動であると、コーネリアは認めた。

 戦いのために自分の大事な人が傷つくのを見るのが耐えられないと言う妹からすれば、融和政策でテロが収まる方がいいと考えたのかもしれないが、せめて自分が回復するのを待ってくれればと思わずにはいられない。

 しかし、今ゼロは確かにユーフェミアに手を出さないと確約した。彼の常日頃の主張と行動を鑑みれば、それを違えない可能性は高いだろう。
 今現在ゼロと手を組んでいるらしきマグヌスファミリアの連中も、彼に止められて自分への復讐のためにユーフェミアをどうこうすることは出来ないかもしれない。

 (そう考えれば、特区はユフィを守る壁ともなる・・・特区に私が手を出すのは控えて、ユフィに主導させる方が・・・)

 テレビを見る限り、イレヴンはユーフェミアに好意的だ。
 そうなればシュナイゼルいわく反ブリタニア同盟を作るために来たと思われるマグヌスファミリアの女王も、イレヴンの心証を悪くする行為をおいそれとはすまい。

 「ユフィ!いや、ユーフェミア副総督」

 「はい、総督閣下」

 「お前は当分特区にのみ専念しろ。まだまだ始まったばかりだ、何事もダールトンや執政官に図り、イレヴンの言い分のみを聞くようなことは避けるように。
 ゆめゆめ気を緩めず、精進するようにな」
 
 「お姉・・・いいえ、コーネリア総督閣下!ありがとうございます」

 特区をわずかなりと認めてくれたとユーフェミアは嬉しそうに頷くと、コーネリアはダールトンからの意見書を思い出して特区を成功させるためにいくつかの手を打つことを決めた。

 (特区を成功させた暁には、特区に対して徴税率を上げれば奴らに余計な富を与えずに済む。
 また、特区の中でのみ使える振興券などの発行を行ってそれを買わせることで、特区の外に富が流れるのを防ぐ手もある、か)

 コーネリアはこの意見をもっともだと考え、満足していた。

 だが、彼女はその案は今通信機の向こうにいるゼロからのものであり、その法案を可決したが最後、その特区を失敗させる要素に化けるということに気付いていない。

 ルルーシュはそんな異母姉の考えを見抜いてにやりと仮面の下で笑みを浮かべると、ユーフェミアに向かって言った。

 「残念ながら人間は、厚遇されるとつけ上がるものです。日本人を庇う貴女の姿勢は素晴らしいですが、それを変に勘違いする者もいるでしょう。
 くれぐれもそのバランスを間違えないように」

 「そう、そうね・・・気をつけます」

 素直にゼロの言葉を聞くユーフェミアに、コーネリアは不愉快な気分になった。
 愛しい妹に何を偉そうにと言いたいが、ゼロの言っていることが正しいだけに却って腹が立つのだ。

 「では、私はこれで失礼します。特区の成功、私も陰ながらお祈りしております」

 しゃあしゃあとそう真摯な口調でそう言ってのけたルルーシュがきざったらしく襟元を直してから部屋から出ていくと、ユーフェミアはがっかりした顔になった。

 (ユフィ・・・何故ああもあの男を特区に参加させたがるのだ。
 あれは正義の味方を気取っているだけのテロリストだぞ)

 いくら平和を望んでいるからとて、ユーフェミアの態度に違和感を覚えたコーネリアだが、今無理に追求すればただでさえ喧嘩中の自分達の溝を深めることになりかねない。

 コーネリアは何度目か解らぬ溜息をつくと、再度頑張るようにと告げてから通信機を切るのだった。



 それから五分後、スザクはユーフェミアを連れて屋上に来ていた。

 そこには既にゼロの衣装を脱ぎ、茶髪のウィッグと青色のカラーコンタクトレンズをつけて変装したルルーシュがいた。

 「ルルーシュ!」

 「早かったな、スザクにユフィ」

 ルルーシュに笑顔で出迎えられて、ユーフェミアは嬉しそうに彼に抱きつく。

 「来てくれたのね、嬉しい!ルルーシュったら、急に来るから驚いたわ」

 「たまには俺から驚かそうと思ってね。ちょっとカレン達に協力して貰ったんだよ」

 ルルーシュは特区開催記念の入場者に紛れ、ギアスを使って会場に入って来ていた。
 そしてつい先ほどまでアルカディアと合流して彼女のギアスで姿を消し、日本特区に関わる者や特区を警護するという名目の監視兵などにポンティキュラス王族のギアス能力者のみに施される“左手の甲にコードを模した刺青をした者の指示に従え”とギアスをかけて支配下に置いていた。

 こうしておけば特区に出入り出来るアルカディアが彼らに命令出来るし、ルルーシュが直接彼らに命を下す場合はペーパータトゥーを貼れば問題はない。

 特区に関わる全ての者が集まっている今が、その作業を行うのにもっとも効率的だったのである。

 (ホッカイドウ、オオサカ、ハンシンの特区の者には、既にギアスをかけてある。
 これですべての特区が、俺の手の内に入った)

 ちなみにアルカディアはエドワード・デュランとしてシステムのプログラミングに関わっており、ルルーシュのパソコンからハッキングや情報閲覧が出来るようにもしてある。

 (条件はすべてクリアした。次は中華だな)

 「それにしてもスザク、どうしてルルーシュが屋上にいるって解ったの?」

 「それは秘密だよユフィ。男同士のね」

 スザクが悪戯っぽく口に人差し指を当てると、ユーフェミアは頬を膨らませる。

 「まあ、二人だけの秘密なんてずるい!これだから男の人って」

 「ナナリーにも内緒なんだよ、ユフィ。
 この特区が姉上にも内緒なんだから、これが俺達だけの秘密・・・それでいいだろう?」

 姉に対して絶賛反抗期中のユーフェミアはその言葉に嬉しそうに納得し、悪戯っぽく笑った。

 「そうね、ルルーシュと私が作った特区だもの。お姉様にも内緒の・・・。
 ねえルルーシュ、私はうまく出来たかしら?」

 「ああ、とてもよく頑張ったよユフィ。そのドレスも似合ってる」

 ルルーシュが素直にそう褒めたたえると、ユーフェミアは白いドレスを翻した。

 「日本人のみんなも喜んでくれたし、私を少しでも信用してくれるようになったらと思って・・・これにしてよかった」

 「うん、いいアイデアだ。だが、ブリタニア人が余計な邪推をすることもある。
 その辺の舵取りが難しいところだが・・・特区内でだけ日本人の呼称を使い、外ではイレヴンと区別して使い分ける方がいいな。
 むやみに敵を作るのはよくない」

 「そういうのは好きじゃないけど、確かに私の立場が悪くなったらいけないものね。
 お姉様に当分特区にだけ専念しろと言われたから、イレヴンなんて呼ばなくてもよさそうなのが救いだわ」

 ルルーシュのアドバイスにユーフェミアは素直に頷く。
 コーネリアと喧嘩している今、自分好みのアドバイスをしてくれるルルーシュを何かと頼って来るこの状況を彼は最大限に利用していた。

 「俺は特区にはたまにしか来られないが、カレンを通して手紙くらいは送るから。
 困ったことがあったら、彼女を通して知らせて欲しい」
 
 「ええ、解ったわ。ところでルルーシュ、本気なの?特区が成功したら出頭するって」

 心配そうにそう尋ねるユーフェミアに、スザクも不思議そうな顔だ。

 「そうそれ、僕も聞こうと思ってたんだ。どうしてあんなことを・・・」

 「ああ、それか。確かに出頭するとは言ったが・・・・」

 そこでルルーシュは、非常にあくどい笑みを浮かべて言った。

 「ブリタニア軍に捕まりに行くとは一言も言っていないからな

 「・・・え?」

 二人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたので、ルルーシュが説明してやる。

 「出頭とは、“官庁などの呼び出しを受けてその場所に赴くこと”だ。自首ではない。
 つまりこの特区に出頭して黒の騎士団員の免罪を宣言させた後で、俺はこの場から速やかに撤退する」

 勘違いしている者が多いが、出頭とはあくまで警察などに出向くことを言うのであって、捕まりに行くことではないのだ。
 解りやすい例を取ると、『警察に明日出頭するように言われたよ』と言う人がいるが、その人物が犯罪者であるとは限らない。
 ただの参考人かもしれないし、落し物が見つかったので引き取りに来るように言われただけかもしれないのだ。
  
 「・・・何その一休さんみたいなとんち」

 さすが徒手空拳からここまでの大組織を作り上げただけはあり、何とも悪知恵が働くことである。

 親友のいっそ褒めたくなるほどあくどい知恵にスザクは感嘆したが、その彼の本音を知ればもはや言葉は出ないであろう。

 (特区は失敗すると解っているからな・・・俺がその約束を果たすことはあり得ないんだよ、コーネリア姉上)

 今頃特区を支援するために手を打っているであろう異母姉にそう呟くと、ユーフェミアがおそるおそる尋ねた。

 「その後はどうするの?まさか外国に行くつもりじゃ・・・」

 「ブリタニアに虐げられているのは、日本だけじゃない。
 エトランジュ様達のこともあるのは、君も知っているだろう?」

 「・・・ええ。次はEUへ行くのね」

 ユーフェミアはルルーシュが特区が成功すればさらに遠くに行ってしまうことを知って複雑な気分になったが、ルルーシュは笑って言った。

 「心配するな、ちゃんと日本への密航ルートは考えてある。暇を見て来るから、安心してくれ」

 「そうなの?たまにでも無事な姿が見られるなら、それでいいわ」

 「ああ・・・さて、そろそろ時間だ。俺は行くよ」

 ユーフェミアの姿が見えないことに、ダールトン当たりが騒ぎ出す頃だ。
 ルルーシュが指を鳴らすと、屋上の出入り口をギアスで姿を消して見張っていたアルカディアが姿を現す。

 「あ、あの時の・・・アルカディアさん」

 「久しぶりね、ユーフェミア皇女。
 今回はいい仕事をしていたようで、まずはお祝いを申し上げるわ・・・エディからもね」

 「ありがとうございます。あの、実はエトランジュ様のことをその・・・シュナイゼルお兄様にお話ししてしまって」
 
 申し訳なさそうに謝るユーフェミアに、アルカディアはあっさり気にしていないと言った。

 「変に隠してもどうせバレたと思うから、別にいいわよ。
 あの時いきなり何でか床が落ちてエディの顔がバレたのは、不可抗力だしね」

 誰が遺跡へ行くための装置を動かしたのかは未だに解らないが、あれは事故だ。
 そして余計なことを憶えていたシュナイゼルのせいであることは理解しているので、ユーフェミアを咎める気は彼女達にはなかった。

 「私達も無理に暴力で解決したいわけじゃないから、こういうのは嫌いじゃないわ。
 まあ、せいぜい頑張ってね」

 「そうですよね、暴力で解決するのはよくないですもの。私頑張ります」

 「じゃ、そろそろ帰るわ。あ、そうそうナナリー皇女からの伝言が」

 正確には伝言と言うよりもユーフェミアに向けて応援する言葉を呟いていただけなのだが、それを伝える。

 「『ブリタニア人と日本人が一緒に暮らせる場所なんて、ユフィ姉様は凄いです。
 大変でしょうけど、頑張ってほしいです』・・・だって」

 「ナナリー・・・!ええ、私絶対に特区を成功させてみせるって、伝えて下さい」
  
 涙を浮かべて末の異母妹からの言葉を喜ぶユーフェミアは、特区に体の不自由な者でも過ごせる場所を作れば、ナナリーもいずれはここに、と考えた。

 ここは自分が作った特区なのだ、ルルーシュに何かあってもナナリー一人を守れる力くらいはあるはずだ。

 「そうだ、カレンから聞いたが、無理はするな。ちゃんと睡眠と栄養のとれた食事をするように。
 君が倒れたら、特区は大変なことになる。体調管理も上に立つ者の大事な務めなんだからな。
 ナナリーにはちゃんと伝えておく。じゃあ、俺達は帰るよ」

 彼らしいお説教を最後にしたルルーシュがアルカディアと共に立ち去ると、ユーフェミアは屋上から楽しそうに笑い合う日本人とブリタニア人を見つめた。
 ブリタニア人らしき褐色の肌をした女性がはにかみながら、日本人の男性と寄り添っている姿も見える。

 ああ、何て素敵な光景だろう。
 人種を超えて手を取り合い笑い合う光景は、こんなにも美しい。

 この特区を一刻も早く成功させて、大事な家族をここに呼ぶのだ。

 (ずっといつまでもみんなで仲良く暮らすの・・・必ず実現させてみせるわ)

 ユーフェミアはそう心に決めると、スザクの手を取って会場へと戻るのだった。



 一方、コーネリアからゼロが特区内に現れたと聞いたダールトンは、騒ぎにならない程度に兵を集めた。
 ゼロをこの特区内で捕えればイレヴンどもが騒ぐので、特区の外に出た頃を見計らって捕まえろとの指示を受けた彼が特区内をうろついていると、そこへ青いケープをまとった赤髪の女が茶髪の少年と共に歩いている姿が見えた。

 「あの青いケープに赤髪・・・ギルフォードが言っていたコーネリア殿下を襲ったテロリストの女か!」
 
 ダールトンが引き連れていた兵とともに走り出すと、アルカディアはげ、と呟き、慌てて走り出した。

 「な、なんだいきなり?!」
 
 ルルーシュは驚いたふりをして彼女と無関係を装うと、兵の一人がルルーシュに尋問する。

 「あの女は手配中のテロリストだ。
 大事な式典の中騒ぎを起こしたくないので極秘に捕まえたいのだが、あの女とどんな関係だ?」

 「え、あんな格好してたからてっきりこの特区内のサーカス団の一人かと思って、話しかけただけです。
 ケープの下が派手なステージ衣装だったし・・・」

 「そういえばサーカス団が招き入れられていたな。念のため姓名を伺いたい」

 「アラン・スペイサーといいます。
 この特区に協力参加しているエドワード・デュランの従弟にあたる縁で、式典に参加させて頂きました」

 ふむふむと兵士がメモを取っていると、ダールトンがエドワードに変装したアルカディアを伴って戻ってきた。
 何故か上着を着ていなうえにシャツが濡れているが、事情を知っているのかダールトンと兵士達は何も言わなかった。

 「あ、ダールトン将軍。この少年は特区参加協力者の従弟で、あの女にはサーカス団員と勘違いして話しかけたとのことなのですが」

 「アランじゃないか、何だどうした?」

 「ぬ、エドワード殿の知り合いか?」

 エドワードがいかにも不思議そうに問いかけると、ダールトンはエドワードの従弟かと納得して彼を解放するよう手を振って指図する。

 「全く、驚くことばかりですよダールトン将軍。
 何しろジュースをこぼされたのでちょっと身体を拭おうと男子トイレに入ったらいきなり女が入って来た上に窓から飛び降りるし、アランが何かの疑いかけられているときた」

 「ああ、まさかこんなことになるとは私も思わなかったがな。
 この様子では逃げられているな・・・全く狡猾な連中だ」

 実はゼロも追いかけていた女もすぐ目の前にいるんだけどね、と必死で笑いをこらえているアルカディアは、アランを手招きする。

 「では将軍、私は農業特区のシステムエラーが見つかったと報告があったので、ちょっと直してきます。
 早くトラブルを処理しておかないと、イレヴンが勝手にやりかねませんのでね」

 「全くそのとおりだ。物流システムを勝手にいじられて物資を横領されたりしてはかなわんからな。
 アラン君には失礼なことをした」

 「いえ、お仕事ですから仕方ありません。誤解は解けたのですからお気になさらず」

 「全くすまなかった。他にも騎士団の連中がいるかもしれん、気を抜くな」

 「イエス、マイロード」

 「ああ、そうだエドワード殿、その格好では何かと不便だ。
 侘びと言ってはなんだが、今替えの服を持ってこさせるので、少し待って頂きたい」

 「え・・・・」

 アルカディアは反射的に断ろうと思ったが、断るのは却っておかしいためにではありがたくと了承してダールトンが無線で服を持ってくるように言いつけているのを、実にありがた迷惑と溜息をつきながら見守っていた。

 ルルーシュは騒ぎを聞きつけてここに来るかもしれないユーフェミアと鉢合わせするのを防ぐため、車を回してくるとごまかして立ち去っていく。

 アルカディアはダールトンに見つかった後、手近にあった女子トイレに駆け込み一度ダールトンの追跡から逃れ、ギアスを使って姿を消して男子トイレに移動した。

 カツラを取りズボンを履きシャツだけ着ると、脱ぎ捨てたステージ衣装はケープに包んでカツラと共に鞄に隠し、タイミングを見計らってダールトンの前に堂々と姿を現したのである。

 特区内はテロやスパイを防ぐため、日本人・ブリタニア人問わずに携帯の使用が禁じられている。
 外から連絡を取ることを防ぐために、特区内に妨害電波が張り巡らせているのだ。

 そのためブリタニア軍人のみに通じる波長を合わせた無線機内で、連絡を取り合っているのである。

 しかし外と完全に遮断されているわけではなく、公衆電話で外部と連絡をとることは可能である。
 もちろんブリタニアが盗聴可能な仕様になっているが、特に後ろめたいことを考えていない人間は携帯がないよりマシと考えているようだった。

 しばらくしてからグラストンナイツの一人がシャツを持ってやって来ると、アルカディアに手渡す。

 「サイズが少々合わないかもしれませんが」

 「あー、いいですよ別に。じゃ、ありがたく頂きます」

 着替えようとトイレに足を向けた彼女に、ダールトンが言った。

 「ああ、今からあの女がどうやって逃げたか調べるためにそこのトイレを検証するので、申し訳ないがこちらで着替えて貰えないか?
 男なのだから、問題ないだろう?」

 「!」

 アルカディアは眉をひそめたが、慌てはしなかった。
 他のトイレでと言おうかと思ったが、特に意味はないと考えたのでアルカディアはあっさり頷くと、自らシャツに手をかけて脱ぎ捨てる。

 アルカディアの上半身は線が細いせいで女性めいていたが、胸は見事にまっ平であり、喉仏もしっかりと見えた。

 アルカディア・エリー・ポンティキュラス。
 本名はアルフォンス・エリック・ポンティキュラスであり、エリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長男である。



 ルルーシュが特区にあるサービスカウンターでタクシーを手配してアルカディアの到着を待っていると、彼女・・・いや彼がお待たせと言いながら駆け寄って来た。
 二人が会話していると、その会話が聞こえない距離で軍人達が話している。

 「なあ、さっきのイレブンとハーフの夫婦見たか?」

 「ああ、特区には何組かいるよな。中にはブリタニア人とイレヴンの夫婦もいたぜ、物好きなこった・・・で、そいつらがどうかしたのか?」

 「あのハーフだって妻のほう、行方不明になったヴィレッタ・ヌゥのような気がしたんだけど・・・」

 自信なさげにそう告げる男に、相手はまさかと一笑に伏す。

 「あのナンバーズ・・・特にイレヴン嫌いの純血派の女がイレヴンと?
 そんなのあり得ないって。気のせい気のせい」

 「ああ、純血派のリーダーのオレンジとかキューエルが心酔してたマリアンヌ妃のお子様方を殺したからってんで、イレヴン嫌ってたんだよな。
 ・・・じゃあやっぱり他人の空似か」
 
 軍人達がそう納得して歩き去ると、その会話が聞こえなかったルルーシュとアルフォンスも、その軍人とすれ違いながら特区を出るべく歩き出した。



 「お帰りなさいませ、ルルーシュ様、アルカディア従姉様」

 メグロゲットーに戻った二人を出迎えたエトランジュに、アルフォンスは言った。

 「中華に行ったら、その呼び方はやめなよエディ・・・前のようにアル従兄様と呼ぶんだ、いい?」

 アルカディアも中華でボロが出ないように、念を入れて今から男性言葉で喋りながら釘を刺すと、エトランジュは真剣な表情で頷く。

 「予定を早め、中華へと出立する。
 すまないが貴方達が先に中華へと渡り、根回しがすんだところで俺も追って向かいますので」

 何しろ特区が無事に動き出したか見守らなくてはならない上、ナナリーにも出張だと告げなくてはならないのだ。
 だがあまりに長いと彼女を心配させてしまうので、なるべく遅く日本を出発したいのである。

 それに全員で移動すれば目立つというのもあり、先発としてマグヌスファミリア組、後発にルルーシュ、C.C、マオ組に分かれることになっていた。

 「では、私どもはお先に中華へと参りますね。それでは、失礼します」

 既に準備が完了していたエトランジュとアルフォンス、ジークフリードは家族を装った偽造パスポートを手にして、ナリタ空港へと向かうべく施設を出て行く。

 「次は中華、か・・・」

 ルルーシュは現在の中華の状況が記された報告書を手にすると、既に長兄オデュッセウス・ウ・ブリタニアと共にシュナイゼルが訪中していると書かれていた。

 「今度こそ、お前に勝つ・・・シュナイゼル!」

 ルルーシュはそう決意すると、最近目まぐるしいほどの速度で身の回りのことが出来るようになった愛しい妹に出張を告げるべくリハビリルームへと向かうのだった。



 「ユーフェミア副総督閣下が開催された特区日本開催式典は、オールハイル・ユーフェミアの歓声が響き渡る中幕を閉じました、
 シュタットフェルト伯爵は今後の特区の行方を見守ってほしいとコメントし、ご息女と二人三脚で特区を盛り上げていくとのことです。

 続けて次のニュースです。

 中華連邦にご訪問中のオデュッセウス皇太子殿下および帝国宰相シュナイゼル殿下は、本日未明中華連邦皇帝、(チェン) 麗華(リーファ)に正式にオデュッセウス皇太子殿下との婚儀の申し入れを行ったと発表がありました。
 中華連邦総領事館からはその件にはノーコメントとの返答があり、今後のブリタニアと中華連邦との関係に期待の声が上がっています・・・」



   コードギアス 反逆のルルーシュ R2編へと続く



[18683] 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/09/30 07:32
 アルカディアが男だとの反響が多くて、ちょっとびっくりしました(汗)。
 ので、挿話の前に解り辛すぎる伏線をこそっとお伝えさせて頂きます・・・さりげなさを装いすぎた結果がこれです。
 この辺りのさじ加減も難しいと悟りました。
こじつけにすら見えるかもしれませんね・・・本当に申し訳ございませんでした(汗)。
 
 それでは挿話の前に、伏線をば。

 ①「コルセット?何に使うんです」(第九話より)

 この後アルカディアに怒鳴られたわけですが、ルルーシュはキョウトのアジトに潜入する時アルカディアに触れており、露出の高い服装をした彼の姿や肌の質感などからその時に彼が男であることに気付いています。
 女装するために既にウエストを細くしていることも知っていたのでこの発言でした。それでも足りなかったからコルセットとなったのですが、己の苦労を知らずに言われたのでキレたのです。

 ②アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。(第十話より)

 コルセットを外すためには上半身裸になる必要があります。しかもその後服を着た描写はないので、当然そのままです。
 いくら外から中が見えない車とはいえ、また身内とはいえ男性のクライスがいる中で女性が車の中ですることではありません。

 ③やめろおおと嫌がりすらするクライス(第十四話)

 クライスとアルカディアに付き合い疑惑が浮上した際の彼の態度。単純に男であるアルフォンスとそんな疑惑を持たれて嫌がっただけでした。

 ④男女逆転祭を阻止したがるアルフォンス(第二十話)

 彼が女装すればアルカディアになるので、カツラや化粧である程度はごまかせますがそれでもバレる可能性が出るのを防ぐためです。

 ⑤ポンティキュラス王族の名前

 これが一番大きな伏線です。
 これまで出てきた女性キャラ:エトランジュ、エリザベス(アルフォンスとエドワーディンの母)、エドワーディン(アルフォンスの姉)、エマ(エトランジュ達の祖母)の頭文字がE。
 男性キャラ:アドリス、アイン(マグヌスファミリア宰相)、アーバイン(インド軍区使者)、そしてアルフォンスの頭文字がA。
 王族達は女性はファーストネームがE,ミドルネームがA、男性はその逆という慣例があります。アルカディアだけが“A”というのが伏線のつもりでした。 
 
 
 彼が女装するようになった理由は挿話でお知らせする予定です。
 それではカレンの挿話です、どうかお楽しみくださいませ。



 挿話  親の心、子知らず ~反抗のカレン~



 私の一番古い記憶は、小さな台所と小さな部屋が二つあるだけのアパートで笑い合う母と兄の姿だった。

 母と兄に抱き上げられ、いつも共に過ごしていた幸せな記憶。

 『どうして私の髪はお母さんやお兄ちゃんと同じ色じゃないの?』

 初めて持った疑問に、母は困った顔をした。
 兄は私の髪を撫でて、大きくなったら教えてやると言ってくれた。

 小学校に入学してから、私の父が外国人だということを知った。
 当時ブリタニアと日本との関係は悪化していたから、私はいつもいじめられていたけれど、兄はお前はお前だからと頭を撫でてくれたし、兄の友人の扇さんも庇ってくれたから、私はそれで充分だった。

 母が経営している小さな喫茶店は、私がいるせいだろう、客は少なかった。
 そんな苦しい家計を遣り繰りして母がたまに買ってきてくれるプレゼントが大好きだった。

 だから私はたくさん勉強していい会社に就職して、母に楽をさせてやるのだ。
 そう決意して、私はいつも勉強に励んでクラスで一番、学年で一番の成績を維持し続けた。

 けれどあの悪夢が日本を覆い尽くした時、母はただ呆然とした顔で私と兄に『大丈夫だからね』と言いながらも、収容所で震えていたのを覚えている。

 それからしばらくしてやって来たのは、私の父親だというシュタットフェルト伯爵だった。
 
 私達三人を収容所から連れ出したあの男は、場違いなホテルに私達を連れて行くと母を連れて別室へと入っていった。

 そして後日、私を実子として連れて行くと告げられた私は、大きな声で叫んだ。

 「あんたなんか父親じゃない!」

 その時のあの男の顔は・・・私は見ていなかった。



 いずれ日本を解放した後、己と母の生活を成り立たせるためにも勉学は欠かせない。
 だからカレンは暇を見てはいつものようにテキストを揃えて勉強していた。
 
 アッシュフォードでも成績はトップクラスのカレンだが、専門職の方がなにかと強いと思い、いずれは専門的な分野を選んでそこを集中的にと考えていた。

 と、そこへ内線が鳴ったのでカレンが受話器を取ると、ゼロことルルーシュから呼び出しがあった。
 
 「カレン、話があるんだが、部屋まで来てくれないか?」

 「解りました、ゼロ。すぐに向かいます」

 カレンはゼロの呼び出しと聞いて足取り軽く部屋を出た。
 
 (また何か大きな作戦かな。ああでもあいつのことだからスザク関連・・・だったらやだな)

 そう思うとゲンナリするが、断るわけにもいかない。
 カレンがゼロの私室のドアをノックすると、中から操作されてドアが開く。

 「急な呼び出し、すまないなカレン。まあ座ってくれ」

 仮面をつけたルルーシュに促されて椅子に座ると、ドアが閉まってロックされる。
 それを確認したルルーシュは、既に正体が知られているので仮面を外してテーブルへと置く。

 「どうしたのよいきなり・・・何かあった?」

 「実はアッシュフォードで密偵をしてくれている咲世子さんから報告があってね。
 何でも君の正体、スザクやユフィは上に報告していないようで君のことは騒ぎになっていないらしい」

 「へ?何でまた?」

 てっきり既に大騒動、シュタットフェルトも取り潰し騒ぎにでもなっているかと思っていたのに、意外な事態にカレンは首を傾げた。

 「神根島での礼のつもりかもしれないな。
 あいつららしいといえばそうだが、君が租界で活動出来るようなったことはありがたい。
 そこで君に重要な頼みがあるんだが」

 「重要な頼みって、何よ?」

 「実は、ユフィにある政策を与えたんだが、それにシュタットフェルト伯爵家に協力させたい。
 つまり、君にそれを主導して欲しいんだ」

 いきなりな言葉にカレンが眉をひそめると、ルルーシュが日本特区計画と題されたファイルを見せて説明した。

 「これは俺が神根島でユフィに与えた策だ。
 表向きは日本人に対する雇用政策、戸籍作りの一環、総生産を上げる場とし、その実は日本人の保護区にする」

 ホッカイドウ、オオサカ、ハンシン、フジにそれぞれの日本特区を造らせて日本人に職と住居を与え、物資を公然と生産出来るようにする。

 さらに黒の騎士団の後方基地の隠れ蓑、物流操作などのメリットにもなると言うルルーシュに、さすがゼロと感嘆した。

 「なるほど、だいたいは理解したわ。
 そのためにブリタニア人側の協力者として、シュタットフェルトを使いたいのね?」

 「そう言うことだ。勝手なことをしてすまないが、伯爵家にはユフィから話をするよう既に言ってある。皇族からの依頼だ、伯爵は断れまい。
 だから君に頼みたいんだが・・・引き受けてくれないか?」

 「う~、確かにシュタットフェルトの家名が役に立ついい機会だけど、こういうの好きじゃないのよね。
 表向きでもなんでも、ブリタニア人が上に立つんだから・・・ま、仕方ないか」

 渋々だが仕方ないと言いたげにカレンが引き受けると、ルルーシュがさらに追い打ちをかけるようなことを告げた。

 「そうだな、どうせ失敗する特区だから、そう張り詰めなくてもいいぞ」

 「失敗するって、どうしてよ。何で失敗するものわざわざ造るわけ?」

 不思議そうにそう尋ねるカレンに、ルルーシュは説明する。

 「ユフィは戦いを望んでいない。あのまま放っておいたら、どんな手段を使ってでも戦争をやめさせようとするだろう。
 それこそ特区を作り、日本人を保護するとか言いだしかねない。そして我々黒の騎士団に参加しようと誘うだろうよ」

 ゼロである自分が異母兄ルルーシュだと知っているならなおさらだというルルーシュに、カレンはそれのどこがまずいのかと首を傾げる。

 「まんまそれを言いだすと、まずブリタニア人が反発するのでその協力が得られないから特区が酷く限定的なものになる。
 そうすれば何十万人かの日本人だけが特区に入ることになり、それ以外は放置される。特区の日本人とそれ以外の日本人との間に差が生まれ、反発し合うことになりかねない」

 「確かに・・・今でも名誉ブリタニア人の日本人と、そうじゃない日本人とでいろいろあるしね」

 「そして黒の騎士団に参加を呼びかければ、融和政策に反対した黒の騎士団は平和の敵とレッテルを貼られ、かといって参加すれば武力を取り上げられることになる。
 そうなれば黒の騎士団は終わりだ。もっとも最悪な終わり方だな」

 「・・・悪意なしにそこまでやっちゃうかもしれないあたり、あのお姫様最悪だわ」

 考えのない善意に権力が絡むと最悪だと、カレンは知った。
 幸いそうなる前にルルーシュがならばと黒の騎士団のメリットになる形で特区を作らせたのだと悟ったが、あえて失敗するままにしたのは何故だろう。

 「だから俺がある程度大枠を考えてやらせた。
 ある程度物資を作らせ、利益をあげさせれば特区は成功したといえるが、ブリタニア人がそれをよく思うはずがない、必ず邪魔をして来る。
 特区に税金をかけるなどもしてくるだろうな・・・そうなったら当然」

 「自然に特区は失敗するわね。特区の意味がないもの」

 「だから、その辺りを見計らって不満を爆発させる事件を起こし、失敗させる。
 それを持って、日本解放戦のきっかけとするんだ」

 開戦理由は戦争する際、必ず必要なものだ。
 ブリタニアでさえ言いがかりとはいえ形式的にでも作ろうとし、幼いルルーシュとナナリーを犠牲にしたように。

 「その時特区で作った物資が大活躍する。そのためにも必要なんだ。
 君がブリタニア人として参加し、上の方にいてくれれば何かと助かる」

 「解ったわ、やってみる。私経済とかその辺りまだ詳しくないから、いろいろ指示してくれれば大丈夫だと思う」

 「それは任せておけ。では頼むぞ」

 「了解」

 カレンはそう了承してゼロの私室を出ると、シュタットフェルト家の名が役に立つと喜ぶべきか、それともあの今まで忌避してきた父親と向き合わねばならない事態に溜息を吐くべきか悩んだが、これは自分にしか出来ないことだ。

 「よし・・・頑張れカレン!」

 己の両頬を叩いて気合いを入れたカレンは、トウキョウ租界に戻るために着替えるべく、自分の私室へと向かうのだった。



 久々に戻ったトウキョウ租界のシュタットフェルト邸。

 (ここは嫌い。あんなに大きいのに冷たくて、私と母さんを閉じ込めた檻みたいだもの)

 カレンは使いもしない部屋が多く並べられ、使用人達が大勢いるのに母親以外誰も自分を思う者などいないこの家が嫌だった。

 この日本が占領される以前に暮らしていた小さいアパートの方が、どれほどよかったことか。
 いつも兄と母と一緒、美味しい温かいご飯に母に抱き締められて眠る狭い部屋が、カレンは好きだった。

 大きく溜息をつきながらインターフォンを押すと、警備を担当している男が悲鳴じみた声で確認が来た。

 「カ、カレンお嬢様?!」

 「そうよ、すぐに開けてちょうだい」

 「は、はい!おい、お嬢様が戻って来られたぞ。旦那様にお知らせしろ!」

 門が開く音と同時にそう怒鳴る警備員の声に、カレンは父親が帰って来たことを知って再度大きく溜息を吐く。

 無駄に広いホールに出ると、そこには唖然とした顔で立っているこの七年数えるほどしか目にしたことのない父親が立っていた。

 「カ、カレンか。本当に・・・」

 「そうですカレンです。ちょっと用事でしばらく家を出てただけですから」

 いつものように冷たい口調でそう応じたカレンに、シュタットフェルトは娘の手をつかんで歩きだした。。

 「ちょ、何するのよいきなり!」

 「いいから来い!唐突に家に戻ってこなくなったと聞いて、どれほど心配したと思っている!!」

 「え・・・しんぱい?」

 この人何言ってんのとカレンは目を丸くしたが、シュタットフェルトはそれに構わず娘を己の書斎に引きずっていくと、カレンを何度も見つめて五体満足であることを確認し、彼はよかったと呟いてからソファに座り込んだ。

 「怪我なんかはしてないようだな。
 ・・・百合子のことは聞いた。何でもリフレインをやって、黒の騎士団に摘発されたそうだな」

 「ええ・・・それがどうしたの?」

 今さらだというカレンに、シュタットフェルトが怒鳴りつけた。

 「どうしたとは私の台詞だ!どうして私に報告しなかったんだ?!」

 「え・・・」

 「てっきりここで百合子と何とかやっていると思っていたのに、お前は不登校、朝帰りにゲットーに出入り・・・いや、ナオト君に会いに行っていただけだろうから、これはいいが・・・百合子が正妻や他の使用人に虐待されていたことも、どうして伝えなかったんだお前は!
 百合子が自分から私に言うような性格ではないことは、お前がよく知っているだろう?!」

 カレンは父親から怒鳴られたことにも驚いたが、その内容が理解出来なくて大きく眼を見開いた。

 (何よこれ・・・朝帰りやゲットーに行ってお兄ちゃんに会うのはいいけど、お母さんが苛められていたことを言わなかったのが悪いって)

 「・・・貴方に言っても解決しないって思ったから」

 母のことはどうでもよかったんじゃ、と小さな声で呟いたカレンに、シュタットフェルトは自分と同じ赤い髪を搔き毟る彼をまじまじと見つめる。

 「そうか・・・そう思われていたのなら仕方ないな。
 そんなわけないだろう。仮にも子供まで作ったんだぞ。百合子のことは大事に決まっている」

 シュタットフェルトの台詞に、カレンはぎっと父を睨みつけた。

 「だったら!どうして母さんを放って本国なんているのよ!
 ましてあの人と一緒にするなんて、どうかしてるわ!」

 妻妾同居なんて考えるだに恐ろしいとは思わなかったのかと問い詰める娘に、シュタットフェルトはああ、そうだなと認めて頷いた。

 「私だってそんなことをしたくはなかった。
 だが百合子がお前と離れたくないと泣いて訴えるから・・・お前付きのメイドとして雇い入れることにしたんだ」

 「母さんが・・・そう、そうなの」

 『カレン・・・傍にいるからね』

 リフレインが見せる偽りの夢の中での母の台詞を思い返して、カレンは納得した。

 「お前を引き取った後は、租界で前のように小さな喫茶店をさせるつもりだったんだ。
 そうしたらお前もそこに行けば百合子やナオト君にも会えるし、一番無難な方法だったんだが・・・カレンもお母さんと一緒がいいと泣くから」

 「・・・確かに言ったけど!でも・・・だったら私達なんて放っておけば・・・」

 「自分の娘を放っておくなんて出来るか!
 子供に無駄な苦労をさせたい親などいるはずないだろう!!」
 
 そう怒鳴りつけられたカレンはびくっと身を竦ませたが、怒鳴った方も同じだったらしい。
 怒鳴ったことを小さな声で謝罪され、ただただ驚いてシュタットフェルトを見つめた。

 「・・・私も驚いたよ・・・私はたまに百合子と電話で話していたんだが、その時はカレンと仲良くやっているから心配しないでいいと言うから安心していた。
 使用人達から聞いたぞ、お前は百合子とあまり話したりしていなかったそうだな」

 カレンは母親のあまりのプライドのない態度に反発し、母がどんな目に遭っているかをしっかり知っていながらも何もしなかった己に、父を責める資格はないと悟ったらしい。

 それに、母とたまにでも話をしていたと聞いては自分よりよほど母を大事にしていると、カレンは複雑な気分で認めた。

 「それは・・・反省してる。母さんがいつもヘラヘラ笑って何もしなかったから、それにムカついて」

 「それが一番だと思っていたんだろうな。正妻のこともある。
 百合子は昔から他人のことばかりで、自分のことは顧みなかったから」

 シュタットフェルトはそう独語すると、書斎に置いてあった小さな冷蔵庫からワインを取り出し、忌々しそうにグラスに注いで一息に飲み干す。

 「・・・百合子のほうは刑務所に働きかけて、特別待遇にするようにした。
 刑期も折を見て短くするようにするから、もうしばらく待ってくれ。
 それで、お前はどうして長いこと家を空けたんだ?ナオト君になにかあったのか」

 シュタットフェルトから伝わってくる母への愛情に戸惑いながらも、カレンは父の質問に答えた。

 「お兄ちゃんが・・・あのシンジュクの事変に巻き込まれて以来行方不明なの。
 だからお兄ちゃんの友達とかに協力して貰って、探してた」

 まさか私は黒の騎士団幹部ですとは言えず、そう嘘をついたカレンだが、シュタットフェルトは信じたらしい。驚いたような顔で納得した。

 「何?!そうか、それでか。百合子には・・・?」

 「言った・・・多分、それ以降もっとリフレインに依存するようになっちゃったんだと思う」

 「そうか・・・言わんわけにもいかんからな。
 まさかお前も百合子がリフレインをやっていたなんて知らなかっただろう」

 「知ってたら言わなかったわよ!」

 己の自分勝手な思い込みで母を追いつめて薬物依存に走った母に、さらに追い打ちをかけるような真似をしてしまったとカレンは後悔しない日はなかった。

 もっと母をよく見るべきだった。
 自分はいつだって自分のことばかりで、他人を見ようとしなかった。

 「そうだな、悪かった・・・ナオト君のほうはまさか私が表だって探すわけにもいかんが、何とかして探してみよう。
 だからもう無理をせず、学校に行くんだ・・・いいな。
 全く百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった」

 普通に娘を思う父親の台詞を吐くシュタットフェルトに、カレンは驚愕した。

 『たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
 クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・』
 
 エトランジュの台詞が脳裏に響き渡ったカレンは、この機会にどうして自分を引き取ったのか尋ねることにした。

 カレンは不味そうに年代物のワインを飲み干す父親の手からワイングラスを奪うと、シュタットフェルトに質問する。

 「ねえ、聞かせて。なんで私を引き取ったの?
 ブリタニアの貴族は子供がいないなら、他にたくさん子供がいる貴族から養子として引き取るって聞いたんだけど」

 「お前は私の子だ、当然だろう・・・確かにお前を生まれて十年も放っておいたのは事実だから、怒るのは無理ないが」

 シュタットフェルトは娘の怒りを買っていることは重々承知していた。
 だからカレンに睨まれることを甘受していたのだが、彼も人間なのでそんな娘の冷たい視線に耐えきれず、彼女を避けていたのだ。

 己で己の首を絞める行為だと気付いていたが、百合子の『いつかはあの子も解ってくれるから』との言葉に甘えて招いたのがこの事態である。

 「お前ももう十七歳、か。月日が経つのは早いものだな」

 そう前置きして、シュタットフェルトは百合子との出会いを話し出した。

 「このエリア11が日本と呼ばれていた十八年前になるかな、私がシュタットフェルト伯爵家が経営する貿易会社の社長としてここに来たのは・・・。
 当時新たなるエネルギー源として注目を集めていたサクラダイトの商談のためだった」

 商談は滞りなく終わり、ついでに日本各地を観光しようとぶらりと回っていたら小腹がすいたのでどこか食べる場所はないかと探したところ、小さな喫茶店を見つけた。
 他に見つからなかったのでシュタットフェルトが入ると、そこにいたのは店主だという女性と小さな男の子だった。

 「それが当時夫を亡くして数年経った百合子だった。
 亡夫が遺した喫茶店を一人で切り盛りしていてね、私一人しか客がいないこともあって、カウンターでいろいろ話をしたのがきっかけだった」

 大学時代英語学科だったという百合子が話しかけてくるのに楽しくなったシュタットフェルトは、この時から彼女に夢中になった。いわゆる一目ぼれというやつだ。

 以後まめにサクラダイトの商談にかこつけては日本に来るようになったシュタットフェルトに百合子も心を動かされ、やがて二人は付き合うようになった。

 当時ブリタニアは覇権主義を推し進め、世界各地を侵略して支配していたから、ブリタニア人は世界各地で嫌われていた。
 それなのに自分に想いを寄せてくれる百合子にシュタットフェルトはますます夢中になり、やがて彼女は妊娠した。
 
 「その知らせを聞いた時は嬉しかったよ。絶対産め、結婚しようとプロポーズした。
 はにかみながらも百合子が頷いてくれた時は、天にも昇る心地だった・・・。
 私は次男だから跡取りは兄だ、別に問題ないと思っていたが、私の両親は貴族ですらないブリタニア人どころか、他国の人間を妻に迎えるなんて許さないと反対した。
 そんな親に反発して家を飛び出した私は、百合子とナオト君と共に小さなマンションで暮らすようになったんだ」

 「え・・・?」

 「籍を入れるのは妨害されたから駄目だったが、事実婚だった。思えばあの時が一番幸福だったな。
 私は株で収入を得る傍ら、百合子の喫茶店を手伝った。ああ、喫茶店の宣伝のためのホームページを作ったりもしたな。
 私は卵を割ったことすらなかったから、いつも彼女の迷惑にしかならなかったが」

 意外だった。まさか伯爵家育ちの父が家を出てまで母と自分を選んだことがあったなんて、想像すらしていなかったから。

 「百合子と籍を入れられないままお前が生まれたが、父親の欄にははっきり私の名前を入れたよ。
 これからは四人家族でやっていこうと一年くらい経った頃だな・・・私の父と兄が死んだと報告が来たのは」
 
 ある日自分が住んでいたマンションに来たシュタットフェルト家からの使いの報告に、さすがに本国に戻ったシュタットフェルトは父と兄が乗った飛行機がテロに遭い、死亡したことを知った。

 あれだけ世界各国で侵略していれば当然の出来事だったが、残るシュタットフェルトの子供は自分だけという事態に彼は指を噛んだ。
  
 意地でも後を継げと怒鳴る母に、さもないと日本に圧力をかけてやると脅しまでかけられたシュタットフェルトは屈服した。せざるを得なかったのだ。

 ちょっと日本の政財界の者に賄賂を贈れば、百合子のように何の後ろ見もない小さな喫茶店などあっという間に潰される。
 それにまだ幼い子供を二人抱えて働き口などそう見つからないし、シュタットフェルトが株で稼ごうにもあっという間に持ち株などを調べられてその価値をなくさせるくらい、伯爵家には容易いことだ。

 嫌々実家に戻ることを承知したシュタットフェルトだが、代わりに百合子達には手を出さないこと、毎月日本円にして五十万の仕送りを認めること、何かあれば自分がカレンを引き取ることに同意すると約束させた。

 そして一度日本に戻った彼は百合子に事情を説明し、幾度も謝ったが彼女はある程度予測出来ていたのだろう、気にしないでと寂しそうに笑った。

 こうしてブリタニアに戻った彼は、本来なら兄と結婚するはずだった女性と結婚した。それがシュタットフェルト夫人である。
 子爵家の令嬢だった彼女は政略結婚で兄に嫁ぐはずだったのだがその兄が亡くなったせいで、シュタットフェルトとは面識すらなかったが覆せなかったのだ。
 
 シュタットフェルトはしっかり自分には既に想い人がいて既に娘までいることを正直に伝えたが、政略だしもともと彼と結婚するはずじゃなかったから仕方ないと、夫人は若干不機嫌そうではあったが自分が男児を産めば問題ないと考えたのだろう、気にしないと当時は認めた。

 だが自分の中では妻は百合子と考えていたシュタットフェルトは余り夫人に構わなかった上、彼女は子供が出来にくい体質であると判明して以降は百合子に仕送りをしたり電話をかけたり、カレンにせっせとプレゼントを贈る彼に苛立つようになった。

 第三者の視点から見るとこれは大層難しい問題であろう。
 客観的に見ればシュタットフェルトは政略とはいえ結婚した女性に子供の存在を正直に告げ、出来る限り父親としての務めを果たそうとした誠実な人物だ。

 そして妻に対してもそれなりに礼儀を払い、後ろめたさもあったので好き放題に買い物したり旅行に行ったりする彼女を咎めることもしなかった。

 だが夫人から見ればいくら政略絡みとはいえ結婚した正式な妻である自分を放って愛人にばかり構い、その娘に会うために本国から離れる不誠実な男に見えたに違いない。
 ましてや彼女はブリタニア貴族だ、いずれナンバーズになるかもしれない人種のためにそこまでする彼が理解出来なかったのかもしれない。

 「もしかして、たまにお母さんが持ってきたプレゼントって」

 「私から贈った物だと思う。会おうとはしたんだが、私も滅多に日本には行けなかったし、せめてそれくらいはと・・・」

 「・・・・」

 そういえば兄のナオトは、シュタットフェルトのことを母とカレンのことを金で解決しようとした冷血漢だと言っていた。
 彼からしたらいきなり母とカレンを捨てて伯爵家に戻り、金だけ送って放置したように見えたのだろう。
 高価なぬいぐるみやおもちゃなども、ブリタニア人の血を引いているという理由で苛められているカレンに、物さえ与えれば満足するとでも思ったのかと怒ったに違いない。

 「でも、毎月五十万も送ったのなら働かなくても大丈夫なくらいのお金じゃない。
 どうしてお母さんは小さなアパートを借りていつも頑張って働いていたのよ」

 だからカレンは父を養育費も送ってこない冷血漢だと信じて疑っていなかったのだが、むしろ遊んで暮らせるだけのお金を送っていたことを知って疑問に思った。

 「・・・それも今後悔するべきか、微妙な話なのだが。
 百合子は私の父と兄があんな亡くなり方をしたので、私もいつそうなるか解らないと不安だったんだろう、貯蓄していたらしい。
 学資保険や生命保険をかけたり、貯金に回したりしていたそうだ」

 「母さんらしいわ。それがどうして後悔・・・・まさか!」

 「そのまさかだ・・・半分はナオト君に渡したらしいが、残ったその貯金がリフレインの購入資金になったんだ」

 頭を押さえて苦悩するシュタットフェルトに、カレンはガタガタと震えた。

 どうして雀の涙程度の給料しか貰ってないはずの母が大量にリフレインを買えたのかと疑問だったのだが、思わぬところからその理由を知ってヘタヘタと座り込む。

 「馬鹿よ、母さん!何やってるのよ、本当に!」

 「・・・それで七年前だ。あの当時は本当に安心していた。
 ブリタニア皇族が二人留学することになったから、日本は侵略対象にはならないと思っていたからな。
 だがその皇族が殺されたと発表されて、これはまずいと思った私はすぐに百合子に連絡して、今の貯金全てをブリタニアポンドに変えるよう指示した。
 お前には不愉快だろうが、日本が占領されるのも遠くないと思ったからな。それですぐに日本に渡り、収容所にいるお前達を引き取った」
 
 「憶えてるわ。いきなり何の事情も聞かないままホテルに連れていかれて、今日からシュタットフェルトの子として暮せって言われたの」

 「それが一番だと、私も百合子も思った。ナンバーズがろくな生活しか出来ないことは、よく知っている。
 名誉ブリタニア人になったところで、そう変わるわけじゃない・・・せめてお前だけでもまともな生活をさせてやりたいと百合子は泣いて訴えたが、そんなことは当たり前だ、頼むことじゃない。
 お前さえブリタニア人として暮せられれば、形式的に名誉ブリタニア人として百合子とナオト君を置けると考えた」

 シュタットフェルト夫人はその話に嫌な顔をしたが、このまま子供すら作れない女とシュタットフェルトの一族に睨まれる方が嫌だったのだろう、仕方なく了承した。

 こうして公式にはカレンをシュタットフェルト夫妻の間の娘として迎え入れた彼はトウキョウ租界に豪華な邸宅を建て、エリア11と名付けられた日本の利益を得るべく精力的に動き、この日本でもトップクラスの名家として君臨することに成功した。

 後はシュタットフェルト伯爵家の階位を上げ、エリア11で副総督くらいならなれる程度の家柄に上がりさえすれば、たとえカレンの素性がバレても権力で口封じが出来る。

 そのためにもシュタットフェルトは本国でも精力的に働き、辺境伯になれるまでもう少しのところで使用人頭から『カレンお嬢様がもう長い間お戻りになっていないのですが』と聞き、慌ててすっ飛んできた。
 百合子はリフレインを使った容疑で逮捕されて懲役二十年、娘はずっと学校を休んでいた上に家に滅多に戻らない日々があった上に行方不明という気絶したくなるほどの事態に、シュタットフェルトは唖然とした。

 カレンを探せと怒鳴る夫を冷たく見つめるシュタットフェルト夫人と、名誉ブリタニア人の使用人から百合子が夫人に虐待されていた、自分達も彼女に命令されていろいろやらされていたと密告を受けて原因はそれかと心配で気が気でなかったところに、カレンが戻ってきたという訳である。

 「こんなことになるなら、やはり最初から喫茶店を与えて穏やかに過ごさせるべきだった。
 ・・・百合子のことだ、自分さえ我慢すればいいと思っていたんだろう」

 そしてそんな母を見てブリタニアは悪だと思ったナオトが、レジスタンス活動を行うようになった。
 それに釣られる形で本当のシュタットフェルトの思いなど気づかず、父を冷血漢の外道だと信じたカレンは、そんな父親に縋る母を軽蔑した。
 
 そしてそんな娘の視線に耐えきれず、過去に戻れるリフレインを使うようになり、それにのめり込んだ百合子は子供達のために貯めていた貯金を使ってまで依存するようになったのだ。

 「・・・気づかなかった私が悪いし、お前を放っておいたのも悪い。
 当分はここにいて百合子やナオト君の件をどうにかするから、しばらく待ってくれ。
 もしかしたら彼が見つけられるかもしれない仕事も出来たことだしな・・・」

 「お兄ちゃんが見つかるかもしれない仕事って・・・?」

 「何でもこのエリア11で、日本人に職を与えるための特区が造られるらしい。
 そのためにシュタットフェルト伯爵家の力を借りたいと、ユーフェミア副総督から直々の申し出があった」
 
 すでに話が出ており、また父が兄のためにもと考えていることを知ったカレンは、初めて父親に願った。
 ルルーシュに言われたから嫌々ではなく、心からの言葉で。

 「だったら私も手伝う!一緒にやらせて!」

 「カレン・・・・だがお前はまだ学生で」

 「そんなの後でやればいい!休学届出せばいいし、家庭教師について勉強もするから、手伝わせて!!お願い!」

 初めて娘に願われたシュタットフェルトは、やはり母娘だな、行動がそっくりだと内心で大きく溜息をついて了承した。

 「解った、好きにしなさい。アッシュフォード学園には私から休学させる旨を伝えておこう。
 ただし、頼むからこれ以上心配をかけるなよ」

 「本当?!解った・・・気をつける」

 たぶん無理だけど、と心の中でそう付け足しながらも答えたカレンに、シュタットフェルトは言った。

 「詳しい概要が出来たら知らせるから、それまでは家でおとなしくしていろ。
 ああ、夫人にはあまり構わなくていい・・・気にするな」

 「う、うん・・・でもお兄ちゃんを探してくれてる人達にだけ会いに行ってもいい?
 その特区に参加してくれるかもしれないし、このこと伝えたいから」

 「そういうことなら構わんが、連絡だけはしてこい。最近テロ防止のために租界とゲットーの管理が厳しいからな」

 カレンは頷くと、書斎を出ようと入口に足を向けた。
 ドアを開け、外に出ようとしてドアを閉める前、彼女は小さな声で言った。

 「お兄ちゃんとお母さんのこと、ありがとう。
 それから・・・心配掛けて・・・ごめんなさい」

 早口でそう謝ったカレンは、ドアを凄まじい速さで閉めてまっしぐらに自分の部屋へと戻っていく。

 娘の言葉を聞いたシュタットフェルトは、グラスに乱暴にワインを継いで一気飲みをすると、書斎の引き出しから一枚の写真を取り出してじっと見つめた。

 カレンが生まれて四人で撮った記念写真。
 幸せそうに笑うそれは、誰が見ても幸福な家族そのものだった。

 「どうしてこんなことになったんだろうな、なあ、百合子・・・」

 最善の道を選んで進んできたつもりだったのに、どうして今バラバラになってしまったのだろう。
 あの時、彼女に出会わなければよかったのだろうか。

 『いらっしゃいませ・・・あら、ブリタニアの方ですか?ならベーコン目玉焼きとホットサンドイッチのセットなどいかがでしょう』

 初めて出会った日の百合子の姿を思い返して、彼は泣いた。



 翌日、カレンは黒の騎士団本部へと来ていた。

 そしてどうだったかと尋ねてくる扇達に昨夜の出来事を伝えると、反応が実にさまざまだった。

 「そいつは親父が悪いぜ!金だけ渡しておしまいってのはどうよ?」

 「事情があったにせよ、娘に説明しないというのもな~。せめてナオトにだけでも話せばよかったのに」

 玉城と扇が憤ると、藤堂と四聖剣の仙波が疑問の声を上げる。

 「そうはいうが、大人の事情を子供に話したくないという気持ちは解る。
 それに、当時の状況を見れば最良の手段だったのは確かだと思うが」

 「同感ですな。なんだかんだ言っても、金は身近かつ確実な力になるもの。
 リフレインなどと言う形になってしまったのは残念じゃが、母上殿の手に貯金を残したままだったのも伯爵の思いやりだったのではないかな?」

 見事に年齢層に分かれた意見に、ルルーシュが肯定したのは後者の意見だった。

 「玉城の言うとおり話さなかったのはまずいと思うが、子供には理解し辛いだろうからもう少し成長した後でと考えたのだろう。
 それに何もせずに放っておいたわけじゃない、彼なりの誠意はあったんだ。何もせず放置しっぱなしの父親より、よほど尊敬出来る」

 自分にお前は生きていないと暴言を吐かれて妹共々放り出されたルルーシュから見れば、何と羨ましい父親かと言いたくなる。

 「悪いのはそんな状況にしたブリタニアだ。
 連中が他国に攻め入ったりしなければ、何もブリタニア人ではないからと結婚を反対されるようなこともなく、普通に家族で暮らせていたはずだからな。
 父親の真意を知ったんだ、後はゆっくり溝を埋めていけばいい」

 「そうは思うんですけど、どうしたらいいか分からなくて・・・」

 親とどう接したらいいか解らないと言うカレンに、これはそうあっさりアドバイスが出ない問題なので皆が腕を組んで唸る。

 「とにかく、家でちょこちょこ話してみるとか!」

 「一緒に旅行に行くとか!」
 
 「ごはん作ってみるとか!」

 口々に無難ではあるが実行するのが気恥ずかしそうな提案に、カレンはどうしようと悩みだす。
 ルルーシュももっとも苦手な相談ごとに、ため息をついた。

 私事にまつわる相談にはエトランジュの方が適任なのだが、彼女は生まれ落ちたその日から父親から溺愛されており、今更父親と仲良くするにはどうしたらいいかと尋ねられても困るだけだろう。

 (それに、今現在父親が行方不明だ。そんな彼女にしていい相談じゃない)

 「こういうことは他人がどうこう言える問題ではないからな・・・難しいものだ」

 「ですよね・・・私、頑張ってみます。どのみち特区のためにもあの人は避けて通れないし・・・」

 カレンはそう言うと、特区設立のために当分ここに来られないと告げた。

 「なるべく早く成立させるようにするから、ちょっとだけ待って下さい」

 「解った、だが無理はするなよ」

 「はい、ゼロ!」

 皆から公私に渡って大変なカレンに心配そうな視線を浴びせられながら会議室出、それから自室で着替えてから租界の邸宅へと戻った。



 邸宅に戻ると使用人が数名入れ替えられており、解雇された者が母を苛めていた者であることに気づいたカレンがそっと父の書斎に行くと、彼は小さな声でお帰りと言った。

 「ただいま・・・あの・・・使用人だけど」

 「その方がいいと思ったからな。正妻は不愉快そうだったが、もうお前は気にするな。
 百合子が出所したら、特区に店を与える。お前もそこで暮らせばいい」

 まただ。
 また自分の言い分も聞かずに一方的に己の進路を決める父親に、カレンは怒りを爆発させた。

 「何で勝手に決めるのよ!いつだってそうよ、私がどうしたいかなんて聞かずに勝手に決めてばかり。
 あんたにとって私は何なの?!」

 「私の娘に決まっている!カレン・・・私はそれが一番だと思って」

 「そんなの私が決める!私の人生なんだから、どう生きるかは私が選ぶわ!」

 カレンはそう怒鳴ると、ルルーシュから受け取った特区計画書を父親の机の前に投げた。
 
 「これ、特区賛成者の友人と一緒に考えたの。各地の視察に行くんでしょ?私もついてくから」

 「え?だがな・・・」

 「行くの、行かないの?!それとも私と一緒は嫌?!」

 睨むように尋ねる娘に首を横に振って否定したシュタットフェルトが手配しておくと言ったので、カレンはじゃあ準備するからと言い捨てて部屋を出て行く。

 勢いに任せて父親と二人で出掛けることに成功したカレンは部屋に戻ると、ドアを閉めてズルズルと床に座り込む。

 「な、なんで一緒に視察に行くだけなのに・・・ああ、もう!」

 カレンはクッションを壁に投げつけて、訳の解らない感情をぶつけるのだった。


 
 そしてシュタットフェルトと視察に出る前日、カレンは母の面会に来ていた。
 特別待遇と言うだけあって個室で、無理な労働などをさせられることなく暮らせているからと聞いたが、母の言うことなので信用せず己の目で確かめようと、嫌ではあったが他に方法がないので特権を使って母の部屋での面会を実現させた。

 「カレン・・・どうしたの?ここに来たらいけないと」

 「うん、ごめんお母さん。ちょっと知らせたいことがあって」

 「知らせたいこと?」

 青白い顔をしながらも自分が持ってきた不器用そうに切られた林檎を美味しそうに食べながら尋ねる母に、カレンは嬉しそうに言った。

 「あのね、もうすぐ日本人に職を与えるための特区が作られるんだけど、それをシュタットフェルトが主に推し進めることになったの。
 私もそういう特区ならぜひ協力したくて・・・その、あの・・・お、お父さんと一緒にやろうと思って」

 本人には面と向かって言えなかった単語だが、母になら言えたらしい。
 百合子がポカンとした顔で林檎を落としたのを見てカレンが慌ててそれを拾い上げると、百合子がおずおずと尋ねる。

 「カレン、今なんて・・・?」

 「あの人から聞いた。私が何でシュタットフェルトの家に預けられたかとか、お母さんにお金送ってたとか、いろいろ」

 「そう・・・駄目なお母さんね、私。貴方達のためにと貯めてたお金であんなこと・・・」

 泣きだした母にカレンはまたしてもつい怒鳴ってしまった。

 「お母さんのせいじゃないって言ったじゃない!どうしてそうすぐに謝るの?!」

 カレンは一度怒鳴るとまたやってしまったと反省し、母に謝る。

 「ごめん、また私・・・お母さんのせいじゃないよ、私も何も言わなかったのが悪かったの」

 「カレン・・・・」

 「だ、だから一度また話し合おうと思ってね、その・・・だから・・・」

 「いいことだわ、カレン。そうなの、頑張ってね」

 母に頭を撫でられたカレンは、遠い昔テストで百点を取って褒められた日のことを思い出した。

 『まあ、この前も百点だったのに凄いわ。お母さんの自慢の子よ、カレン』
 
 「お母さん・・・だからね、私ね・・・」

 「ええ、いいのよカレン。お母さんはお前が幸せならそれでいいの。
 無理をしないで好きなようにやればいいの」

 穏やかな笑みを浮かべて自分の手を取る母に、カレンはうん、と涙を浮かべながら笑った。

 カレンがドアを開けて部屋を出ようとすると、百合子が小さく手を振りながら言った。

 「カレン、頑張ってね・・・私達の娘」

 「お母さん・・・うん、私頑張るから!」

 カレンはそう言いながら部屋を出てドアを閉じると、百合子は途端にベッドにうずくまって胸を押さえる。

 「はあ、はあ・・・カレン・・・・!」

 リフレインの禁断症状だった。
 胸が苦しい、早くあの幸せな夢が見たいと悲鳴を上げる身体に、百合子はよろよろと手を伸ばして写真を手に取った。
 
 シュタットフェルトも持っていた四人で撮った写真を見つめ、禁断症状を抑えるための薬を手にする。

 この薬もシュタットフェルトが寄越したものだ。効果が効果なだけにとても高価なもので一般の者の手に入る代物ではなかったが、彼はすまないと何度も謝り自分に渡してくれた。

 早くこんな薬などなくても暮らせる身体に戻りたい。
 娘は過去にではなく、未来に向かって進もうとしているのだ。それなのに母親が過去の幻影にばかりすがってどうするのか。

 百合子は薬を一粒だけ手にして飲み込むと、気を紛らわせるために歌を歌いながら編み物を始めた。

 「からす、なぜ鳴くの~♪からすは山に~、可愛いからすの、子があるからよ~・・・♪」



[18683] 挿話  鏡の中の幻影 ~両性のアルカディア~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/09 10:35
  挿話  鏡の中の幻影 ~両性のアルカディア~



 私と貴女は生まれる前から一緒だった。
 同じ年、同じ日、そしてわずかな時間の差だけで、私と貴女はこの世に生を受けた。

 同じ身長、同じ体重、同じ髪の色、同じ瞳の色。
 違っていたのはたったひとつ、性別だけだった。

 マグヌスファミリアの当時の女王、エマの三女であるエリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長女、私の姉のエドワーディン・アルカディア・ポンティキュラス。
 
 それから二分の時間を置いて誕生したのは、その長男の私、アルフォンス・エリック・ポンティキュラス。

 性別こそ違えど他はまるでそっくりな双子の私達は、いつも仲良しだった。
 子供のうちは男女の服装はスカートさえ履かなければ似たようなものだから、たまに訪れる外国人からは『可愛い坊ちゃん達だこと』『いや、お嬢さんだろ』と同じ性別の双子のように言われていたことを今でもよく憶えている。

 食事の好みも一緒、本もよく同じものを読みたがっていたし、叔父であるアドリスを尊敬していたのも同じ。
 違っていたものなどないと幼い頃は信じて疑っていなかったのに、ある日エドの身体に突然焼けただれた痕が出来た日から私達の道は違ったものになってしまった。

 「アル、聞きなさい。エドはもう、外を歩いてはいけないの。
 エドはお日様に当たると具合が悪くなってしまう病気なんですって・・・だから、もうあの子と一緒に外に出たりしてはだめよ?」

 五歳の時に母さんからそう聞かされた日、この人は何を言っているのかと思った。
 だって私は何ともないのだ、何故エドだけがそうなるのかと幾度も問いただしたが、両親はエドとお前は違うのだと繰り返すばかりで、そんなのは嘘だと泣いて怒鳴った。

 その日からエドは自分と同じ部屋から日の当たらない地下室に自分の部屋を移動した。
 個室になってしまった部屋はやけに広くて、でも地下室は狭かったから自分も行くとは言えなかった。

 マグヌスファミリアに嫁いできたアドリス叔父さんの妻となったランファー叔母さんがお医者さんだと聞いたから姉の病気を治してほしいと頼みに行くと、彼女は困ったように首を横に振った。

 「ごめんよアル・・・治してやりたいのはやまやまなんだけど、あたしは鍼灸師なんだ。正確に言えば医者ですらないんだよ。
 だから、あの子の症状を何とか軽くする程度しか出来ない」

 「そんな・・・」

 「それに、あの病気は完治する方法が見つかってない特殊な病気なんだ。
 いつかはきっとと希望を持って、対症療法・・・その都度症状を何とかするしかないんだよ。
 あたしも協力するし、あの子は軽度の症状だって話だし、医師の友達もいるからそこは大丈夫」

 ランファー叔母さんの言ったことは事実だった。
 彼女はいつも針や漢方薬を使って姉の症状を和らげてくれたし、EUから月に一度医者が来て診察もしてくれた。

  それでも結局完治には至らなかったから、十三歳になった時私は姉の病気を何とかしてやりたいと思い、医者になろうと思った。
 だけど既に従兄の一人が医者になると決まって既に医大に行っていたから、私がなることは出来なかった。
 専門の知識を得るために王族が留学するのは決まりごとだったけれど、学費がかかるので決まった数しかそれは出来ない。

 私は暗い地下室で機織りをして暮らす姉にせめて外に出られる方法が見つからないかと思い、医大に行っていた従兄に相談すると彼はいいことを教えてくれたのだ。

 『紫外線をシャットアウトするやつならあるな。でも凄い分厚いスーツだから、遊ぶのは無理だ・・・何より、高いし』

 『・・・じゃあ僕が開発する。軽くて薄いのを作ったら、似たような病気の人が買ってくれるしさ』

 そう決めた私はそれからアドリス叔父さんについてがむしゃらに勉強した。

 叔父さんは奨学金さえ取れたら生活費くらいは出すからと言い、イタリアにいるランファー叔母さんの母にお願いしてあるからと準備をしてくれた。
 エドは無理するなとだけ言って、そして笑った。

 ・・・そして十五歳になった日、私は王になっていたアドリス叔父さんからギアスのことを聞かされた。
 そして、例外的に既に姉のエドがギアスを得ていたこと、そしてそのギアスが“人の中に入り込むギアス”だということを。

 そのギアスは目を合わせた人物の中に入り込む。そして入り込んだ相手の感覚を自分の感覚のように感じることが出来るというものだった。
 エドはそのギアスを使って父や母の中に入り込み、太陽の光を浴び、外交のために訪れた国の風景を見つめ、その風を感じ、外国のオペラ歌手の歌を聞いていたのだ。

 それを知った時、私の中にあったのは怒りだった。

 「どうして僕に教えてくれなかったんだよ!なんで僕の中に入ってくれなかったの!」

 いつも一緒だったのに、何も教えてくれなかった。
 そして、感覚を共有するギアスなのにその相手に自分を選ばなかったということに強い憤りを感じた自分は、ギアスを得るのを拒否した。

 翌日から留学する予定だった私は、エドに会うのも嫌で部屋に引きこもっているとそのエドがやって来た。

 『アル、ごめん・・・悪気はなかったの。だってずっと自分の中に私がいるのよ?普通気持ち悪いじゃない』
 
 『・・・他人ならそりゃやだけど・・・家族で姉だろ。遠慮する必要がどこにあるんだよ』
 
 『アルは本当に頼りがいのある子よね。でも、私は女であんたは男。
 ・・・やっぱり、そういうのはよくないと思うの』

 エドの言い分はもっともだった。私は男で、エドは女。
 以前は同じ体型だったのに自分の身長は彼女より高くて、体重ももちろん違っていて胸なんてのもない。

 『女だったらよかったのに』

 そしたらずっと一緒に、同じものを見て同じものを感じられたのにと言う私を抱きしめてくれた。
 
 だから、私は言った。

 『・・・一緒に行こうよ、イタリア。エドも一緒に』

 『ありがとう。でも・・・』

 『別にそのギアスは一度僕の中に入ったからって、四六時中感覚繋いでるわけじゃないんだろ?
 必要な時だけすればいいじゃないか』

 私の提案に迷ったように考え込むエドに、私はとどめを刺した。生まれる前からずっと一緒だったのだ、弱点くらい把握している。

 『イタリアの服着てみたいんだろ?ああいうのって直接行かないと似合う服って見つからないよ?』
 
 『足元みた・・・!ったく、じゃあお願いするわ』

 内心では申し訳ないと思いながらもやったとか思っているくせに、エドはそう言って笑った。
 こういうところは姉弟ながらの気安さだ、何でも言い合えて喧嘩をしてもすぐ仲直り。

 だから、私達はずっと仲良し。ずっと一緒・・・。


 ・・・そのはず、だった。



 「ねえ、アル!貴方の国にブリタニアが宣戦布告したわよ!!」

 そんなバカな、と返したくなるような報告を受けたのは、大学の友人からだった。
 大学で医療科学技術を学んでいたアルフォンスは、読んでいたラクシャータの論文を床に落として教室に置かれていたテレビを見つめると、母国マグヌスファミリアがマフィアの資金源となり、それを援護しているとというはぁ?としか言いようがな言いがかりをつけられているニュースが流れている。

 マグヌスファミリアは軍隊がいないことから非武装国家宣言がなされており、国境の周囲はEUの排他的経済水域であることを示すため、EUが派遣した巡視船が回っている。

 それなのに何故そんな言いがかりがつけられたかと言うと、ブリタニアが言うにはマグヌスファミリアは税金を取っていないにも関わらず銀行を開設しており、そこが租税回避地でありマフィアの資金などがあるというものだった。

 「・・・なにこれ」

 マグヌスファミリアは確かに税金がない。
 理由は農作物が主な生産物であるが輸出出来るほどの量ではないため、国内の生産物は全て国内で消費されている。

 もともと国土が広くないので馬車が一台あれば半日もあればどこへでも行ける。 さらに円形状の島で中心に王族が住む城と国民達のための大きな城があり、そこで自由に市場などが開かれていた。
 取れたものは一度城に集められ、そこに国民が必要なものをとっていくといういわば原始共産主義国家なのだ。ゆえに通貨と言うものは開国するまで必要なかったのである。

 代わりに成人した者には必ず働かなくてはならない義務がある。
 もしニートなどがいたらそれは国益を害したとみなされ、冗談でなく死刑の対象になるのだ。
 事実病気だったエドワーディンでさえ地下室でせっせと機織りの仕事をしていたのだから、そう言った意味では厳しい国家と言えよう。
 
 マグヌスファミリアにも銀行があるが、それはEUから送られてくる資金を受け取り、それをEU連盟への分担金として送るために設立されたものだった。
 よって他国のように個人でお金を預けるためのものではなかったのである。

 だがそれでは確かに租税回避地として利用されてしまう。
 EUもそんなものをわざわざ造って利益をみすみすマグヌスファミリアに渡したいわけではなかったし、無駄なトラブルはごめんだったマグヌスファミリアは他国ではあり得ない方法でそれを回避した。

 「うちの国は確かに税金ないけど・・・王族以外が口座開設してはいけないって法律があるんだけどね」

 繰り返すが、マグヌスファミリアの人間は現金収入が殆どない。
 まれに漁業で魚を卸した者が得る程度で、貯金するほどのものでもないので銀行で口座が開けないからと言って困る者はいないのだ。

 もちろんその法律の存在は誰もが知っている。
 何人か税金回避を目的として口座を開きたいと言ってきた連中がいたが、その法律を聞かされるとすごすごと帰って行った。

 EUの報道官がまたブリタニアの侵略か、と呆れ果てた顔でその法律があるのでマグヌスファミリアは無実です、でもどうせ攻めてくるだろうから国民達を保護しますと全世界に向けてコメントしている。
  
 仰天したアルフォンスは慌ててイタリアからイギリスへ飛び、避難してきた家族達と会った。

 「母さん、父さん!エディ!」

 「アル、ああ、アル!」

 母のエリザベスに抱きしめられたアルフォンスはほっとしたが、何故かエドワーディンの姿がない。
 
 「・・・エドは?」

 「・・・死んだわ」
 
 「・・・は?」
  
 この人何言ってんのと言う眼差しで見つめてくる息子に、母はもう一度告げた。

 「ブリタニアの目的は、貴方も見た遺跡だったの。だからみんなでこっちに来る前に、水没させたわ。
 でもその装置を動かせるのは王族だけ。だから、あの子が・・・」

 日の元を歩けない自分は一番の役立たずだから、自分がやると言って残ったのだと言う母に、アルフォンスは母の胸倉をつかんで問い詰めた。

 「何だよそれ!何でエドがっ・・・新婚だったろ!」

 去年エドワーディンは、自分達と同じ年の友人であるクライスと満月の夜の中結ばれた。
 彼女は病気ではあったが昼間出歩けないだけで、明日をも知れない命と言う訳ではなかったから、普通に恋をして普通に嫁に行った。
 もっとも地下室が城にしかなかったから、名字が変わっただけで地下室にクライスが住むようになったくらいの変化だったが。

 「ごめんなさい、アル・・・」

 「母さん・・・」

 「ごめんなさい、アル・・・ごめんなさい、エド・・・」

 そう泣きだす母に、アルフォンスはもう何も言えなかった。
 そして母から視線をそらした先には、父親が帰ってくるのを待つ従妹の姿があった。
 再度母を見ると、彼女が首を振ったから尊敬する叔父も姉と同じ運命を辿ったのだろうと察した彼は、忌々しそうに壁を蹴った。

 「あんの疫病神国家のブリタニアがああああ!!!」

 その叫び声に周囲の人間はびくりと肩を震わせたが、同感だったのだろう、頷く者や同じように叫びだす者とで部屋が溢れかえる。

 だがこれは、まだ序章に過ぎなかった。



 それから数ヶ月経った後、王族会議でアルフォンスはまたしても理解不能な事態になったことに頭を痛めた。

 「正気?エディを王位につけるなんて、タチの悪い冗談にしか聞こえないんだけど」

 「お前の言うことは解る。だが、それが我々が取り得る最良の方法なんだ」

 母の兄妹の中で一番年上のアイン伯父の言葉に、アルフォンスはバンとテーブルを叩く。

 「最良?!あの右も左も分からない、十三になるかならないかのあの子をこれから戦争やろうって言う僕らの王にするのが?!
 玉座の上の人形にしかならないだろ!あんな小学校レベルの勉強しか出来なくて、通貨の概念もよく解ってない子に、何が出来るんだよ!!」

 酷い言い草だが全くの事実だったため、他の数名からも同様の声が上がるが、アインは言った。

 「私の予知によれば、あの子が持つギアスは我々にとって大変有益な“人を繋ぐギアス”だ。
 それを最大限生かすためにも、あの子を王にする」

 「何それ?どんなギアスだよ」

 「エドのギアスに少し似ているギアスだ。エディのギアスは自分と他者の感覚をやりとり出来る。
 エドと違い人数に上限はないし感覚を全員で共有できるから、これから世界各地を回って対ブリタニア戦線を構築するためにも、あの子が必要なんだ」

 「だったらギアスだけ使わせればいいだろ!何でわざわざ王位に就かせるんだよ」

 もっともな疑問を据わった目で投げかける甥に怯えつつも、アインは続ける。

 「エディはアドリスの一人娘だ。あいつは国王だった頃から世界を回って各地に友人がいる。
 エディが王になれば、何かと力になってくれるだろう」
 
 「・・・確かに外の国じゃ僕らだけでブリタニアと戦うことは不可能だ。だけど・・・!」

 「それに、あの子には語学能力がある。英語、イタリア語、中華語、ラテン語が話せるあの子は、諸国を回るには最良の人選なんだよ。
 中華連邦の皇帝とも文通友達と言う縁もある。もしかしたらEUと中華との間で同盟が出来るきっかけになるかも・・・」

 「いつどこが戦場になるか解らない場所に、エディを行かせる気?!おかしいよ伯父さん!!」

 テーブルを叩いて怒鳴る甥に同調する大多数の一族達に、エトランジュを王位に就かせるべきだという一族達は大きく溜息を吐く。

 「アドリスがいない以上、決定権は前女王である母さんにある。
 ・・・母さん、この案の可否を決めてくれ」

 アインの言葉にずっと黙ったまま話を聞いていたエマは、ガタガタと手を震わせながら小さな声で告げた。

 「・・・アインの案を・・・認めます。
 次の王は、アドリスの長女であるエトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです・・・」

 「おばあちゃん・・・!ちょっと・・・!なんで?!」

 「お母さん?!あの子はまだ成人してない!法に反してる!」
 
 まさかエマが認めるとは思わなかった一同が唖然として問いかけると、エマも断腸の思いだったのだろう、涙を流しながら続ける。

 「ただし、政治に関する決定権はアインを宰相として責任を持たせます。
 エディには常に護衛をつけ、また早急にギアスを与えます。十五歳になるまでは本格的な活動はさせません」
 
 「・・・狂ってるよ!いくら非常時だからって、みんなどうかしてる!!」

 アルフォンスはそう吐き捨てて一同に軽蔑の一瞥をくれた後、会議室を出て行った。

 「・・・狂ってる、か。はは・・・全くだ」

 アインの疲れたような呟きに、周囲もまた同じような顔で同意する。
 こうしてマグヌスファミリア始まって以来の、最年少の女王が誕生した。



 悲劇のお飾りの女王。
 それが国内外のエトランジュの評価であり、そして事実でもあった。

 ただエトランジュ本人もそうだと理解しており、いつまでもそのままではいけないということくらいは解っていたのだろう、マグヌスファミリアの教師であるルチアについて勉強したりEUの高官達の家を訪れては挨拶回りをしたりと、自分に出来る精一杯の活動を行っていた。

 アルフォンスは大学に休学届を出した。
 友人達は仕方ない、何かあったら連絡しろと口々に言い、周囲に呼びかけてマグヌスファミリアのコミュティに衣服や食料などの物資を送ってくれた。

  国民達もまたイギリス国内に働きに出たり、小さな畑を耕したり、何とか自分達の生活を成り立たせるべく動いていたが、その表情のなんと生気のないことか。

 それらを束ねる幼い女王もまた青白く沈痛な顔を隠せなかったから、無理やり化粧を施しバルコニーに立たせた。
 新たな王が立つ時は常に沸き起こっていた歓声も、起こることなく終わった即位式。
  
 (ここはどこだ?こんなの、僕の国じゃない!!)

 苛立ちを隠せないままアルフォンスはコミュティの電気整備などを行い、そしてある処置を行った。

 (絶対おかしい。不自然すぎる)

 あの疫病神が祖国を蹂躙した後から、何もかもがおかしいとアルフォンスは思った。

 何故こんなにも早く、マグヌスファミリア国民の受け入れ態勢が整っていたのか。
 どうして国民達の仕事がこうも早く見つかったのか。

 これらは予言能力を持つ伯父・アインの予知によりアドリスが早急に手を打ったというところだろうが、ならばいつその予知が行われたのだろうか。
 それだけの準備が出来る時間があるのなら、国民脱出のためにブリタニアの足止めで93人もの国民が犠牲になる必要などなかったはずだ。
 遺跡だってさっさと沈めて、国民達と共に避難すれば済む話である。

 エトランジュにしてもそうだ。あの子の持つギアスが必要なのは解るから早急にギアスを与えるのはいいが、何故王位につける必要がある?
 接触型のギアスなのだ、ここにいて片っ端から一族達に触れてリンクを繋げばそれで十分事足りる。

 だからアルフォンスはアインを中心とする母の兄妹達の部屋と会議室に盗聴器を仕掛け、今それを傍聴している。

 (・・・何でだよ。こんな時だからこそ協力しなくちゃいけないのに、何で隠しごとなんか・・・!)

 アルフォンスはその時、生まれて初めて・・・悔しさで泣いた。
 そのことに気づかないまま、彼が聞いた真実。

 後に彼は、こう語っている。
 
 『陳腐だけどね、“知らない方がいい事もある”ってこういうことを言うんだなって思ったわ』

 その盗聴器から聞こえてきたいくつもの真実に、彼はただただ唖然とした。
 
 「何だよこれ・・・エドが生きてて・・・コード所持者って・・・!

 確かにここ半年、彼女は自分にギアスを使っていなかった。
 理由はアドリスに頼んで、別の国のことを感じたかったので彼にギアスをかけたというものだった。
 それを信じて疑っていなかったのに、真実を知ってアルフォンスは驚愕する。

 激情に任せた彼は母の部屋のドアを土足で蹴り開けて乗り込むと、彼には似つかわしくない声で問い詰めた。

 「エド・・・生きてるんだってね?どういうこと?」

 「どうしてそれを?!」

 「盗聴器って便利だねえ・・・犯罪だけど。こんな大事なことを隠してた理由を話すまで、絶対ここから出さないから」

 これほど怒り狂ったのはブリタニアの侵攻について二番目だよといっそ笑みすら浮かべて言う息子に、エリザベスは観念した。

 「このことは最低限の家族にしか言えなかったんだけど、仕方ないわね。
 絶対・・・クライスにも話さないと約束出来るだろうから、全て話すわ」

 まるで事実を知れば確実に納得するはずだと確信している声で言う母に、どれほど重い真実が隠されているのかと、アルフォンスは息を呑む。
 それでも聞かない訳にはいかないと、エリザベスの前に座った息子に、彼女は告げた。

 「貴方も大体想像付いてると思うけど、ブリタニアにもコード所持者がいる可能性が濃厚なの。
 つまり私達マグヌスファミリアは、ブリタニアが抱えるギアス能力者をどうにかしなくてはならないわ。私達にしか出来ないから」

 生身の人間がギアス能力者に対してどうこうするのは難しい。
 ギアスによるにせよ、大概は人間相手に多大な力を発揮するのがギアスなのはアルフォンスもよく知っていた。

 「それで?なんでエドの生存を隠した理由は?」

 「もしブリタニアのギアス能力者の中に記憶や心を読む力や、自白させる力を持つ者がいたら、どうなると思う?
 私達の誰も、仲間を裏切るなんて思わない。けれど、そんな能力者の前にはそんな強固な意志など無力なの・・・解るかしら」

 「・・・ああ、解るよ母さん」

 頭の回転が速いアルフォンスは、それだけで事情を悟った。

 ギアス能力者と対峙しなくてはならないポンティキュラス王族は、当然相手のギアス能力を考慮しておかねばならない。
 さらにそのギアス能力者を増やすのを避けるためには、コード所持者を探し出て身柄を確保するか、コードを奪うかしなくてはならないのだ。

 「ブリタニアも同じことを考える。だからコード所持者であるエドを死者としておいて、連中の目を逸らそうとしたわけだ」

 「そういうことなの・・・貴方はギアス能力者じゃないから連中と戦うことはないけれど、どこから漏れるか解らないわ。
 だから隠してた・・・ごめんなさいね」

 「そういうことなら仕方ないな。僕もその可能性を考えもしなかった・・・ごめん」

 どうして自分に何も言わないのかということにキレて、どうして言わないのかという理由を考えなかった己に腹が立つ。

 「解った、もういい。クライスにも言わない、約束する・・・罪悪感はあるけどね」

 新妻を亡くして落ち込む幼馴染を脳裏に思い返して溜息をつくアルフォンスに、エリザベスはさらに告げた。

 「それから、もう一つ・・・アル。私達はブリタニアからコードを奪うために、“達成人”になる必要があるの。
 半年前にエドが暴走状態になって、お母さんからコードを受け取ったんだけど・・・タイミングが悪かったわね」

 「ああ、それで半年前からギアスを僕に使わなかったのか。暴走状態になったら、どうなったの?」

 「貴方の中から出られなくなったのよ、あの子。
 そうなったらあの子の身体は衰弱していずれ死んでしまうから、お母さんがエドにコードを渡したの」

 「・・・聞いてはいたけど、暴走って怖いね。それで?」

 「そうね、でも暴走過程を経て私達はコードを奪える“達成人”になるためにギアスを使わなければならないわ。
 それでね・・・」

 母が告げたもう一つの真実に、アルフォンスは血の気が引いた。

 「何だよそれ!幾らなんでもそれは・・・でも、確かにそうしなければ・・・!」

 感情論ではあまりにも酷い事実だった。
 けれど現実を見ればそれが一番効果的かつ効率的な手段であることを理解したアルフォンスは、壁を何度も殴りつける。

 「やめなさい、アル、アル、アルフォンス!やめなさい!」

 母の悲鳴じみた制止に我に返ったアルフォンスは、血が滲み出た己の拳にペッと唾を吐きかける。

 「“砂漠に宝物を落としたと泣く少女の話”・・・母さん知ってる?
 聞いた時は笑ったもんだけど、いざリアルに起こるとこれほど気の毒なストーリーは滅多にないだろうね」

 知るんじゃなかった、とアルフォンスは後悔した。
 だけど知ることを決めたのはほかならぬ自分だ、誰を恨みようもない。

 「・・・今日のことは僕の胸に秘めておく。僕は何も聞かなかったし知らなかった。
 それから勝手なことをして、ごめん」

 アルフォンスはそう謝罪すると、母の部屋を後にした。



 知らないほうがいい事実を知ってしまったアルフォンスは、翌日から対ブリタニアのために自分が研究していた医療技術とは真逆の戦争のための道具を開発することにした。

 日々厳しくなる状況、要求されるより殺傷能力の強い武器の開発、何より隠し続けるには重すぎる秘密に、彼は心身ともに追いつめられていた。

 「お帰りなさい、アル従兄様。今日は私、外交のために考えてみたのです」

 無邪気な笑みでそう言って来たのは、女王として頑張ろうと奮闘している従妹のエトランジュだった。
 何とかしてみんなの役に立とうとしているのか、時折こうして提案をして来るのだ。

 「EUの方々も、一生懸命訴えればブリタニアと戦ってくれます。だから、私説得してみようかなって・・・」

 弱々しい笑みを浮かべて言う従妹に、アルフォンスは苛立ったように前髪をかきあげた。

 今EUは親ブリタニア派と反ブリタニアとに分かれ、まとまりが悪い。
 というのもEUは大小様々な国が入り乱れており、中にはブリタニアとそれなりの親交を持つ国もあるので、そういったしがらみがあるせいだ。

 そんなことも知らず説得すれば解ってくれると安易に言う従妹に、アルフォンスはとうとう怒鳴りつけた。

 「無理だって前も言ったろ!エディが考えているのは解るけど、お前のそれはただの綺麗な夢物語なんだよエディ!
 綺麗事ばかりで何の役にも立たないことしてないで、もう寝ろ!どうせまたろくに寝てないんだろ。
 そんなだからいつまでたっても役立たずなんだ!」

 八つ当たりだと、自分でも解っていた。
 だけど自分が嫌な現実を見なければならないのに、いつまでも夢に縋ってばかりの従妹に苛立ったのも確かだった。

 エトランジュは悪くない。彼女はただ年齢と実力に似合わぬ地位を押し付けられ、怯えてそれでも何とかしなくてはと考えただけだ。

 解っているのに、どうして自分はこんな言葉を吐いているのだろう?

 我に返ったアルフォンスが見たのは、生まれて初めて暴言を吐かれたエトランジュの能面のような顔だった。

 「ご、ごめんエディ・・・言い過ぎた。ちょっと疲れてた」

 「従兄様・・・私、その・・・」

 「ろくに寝てないのは僕もそうなんだ。今日はもう寝よう。朝まで一緒に」

 アルフォンスはそう言うと、自分のベッドにエトランジュを押しこむ。

 「エディは悪くないし、役立たずじゃないから。さっきのは・・・全力で忘れろ、いいね?」

 「・・・はい、アル従兄様」

 エトランジュは小さな声で了承したが、アルフォンスは知っている。
 言葉はそう簡単に忘れられない。特に本人が気にしていることなら、なおさら。

 それでも家族だから、自分よりもはるかに働き成果を上げているアルフォンスが疲れていたから思わず怒鳴ったのだ、ということは解ったのだろう。

 この子は半端に賢いから、何となく隠し事をされている、けれど事情があるから自分に言わないだけだとうっすら悟っている。

 (だから自分にも出来ることがあるとなったら、話してくれると思ったんだろうな。
 でも今うかつに失敗したらみんなに迷惑がかかると知ってたから、あれこれ聞いたんだ・・・)

 エトランジュは大人しい性格で、争いごとを嫌う傾向が従兄妹達の中でも一番強かった。
 従兄妹達が喧嘩をしているとすぐに止めに入ったし、喧嘩にならないようにと母方の祖母が持ってくるお土産は『みんなで遊べるものがいい』と頼んでいた。
 彼女には人間関係を良好に保つ才能が、抜群にあった。

 けれど、それ以外の才能は悲しいことに皆無といってよかった。
 だから自分でも気づいていたからこそのこの行動は、間違っていなかった。

 (あの子が王にさえならなかったら、こんなことには・・・!)

 ・・・これ以降、エトランジュが自分に相談することはなくなった。
 自分勝手にもそれにまた苛立ったアルフォンスは、己の身勝手さにさらに苛立つのだった。



 それから一年後、初めてエトランジュが正式なEUの要請を受けて、女王としてルーマニアに派遣される日がやって来た。

 (他人のこと言えた義理じゃないけど、どいつもこいつも何も知らないエディを利用して・・・!ムカつく・・・!)

 ブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙った思惑など知らず、彼女はルーマニア語を三ヶ月かけて集中的に学び、ある程度の日常会話が出来るまでになっていた。

 「ブナ ズィーワがこんにちは、メルスィがありがとう。フランス語に似てますね」

 「ラテン語はヨーロッパの言語の基礎になったって、大学で聞いたことあるよ。だから憶えやすいのかもね」

 陣中見舞いは女王であるエトランジュ、護衛として彼女の即位とともに護衛隊長として任命され、それに伴って将軍の称号を拝命したジークフリードと護衛官クライス、科学技術者のアルフォンスの四名である。

 ブリタニアが攻めてきているルーマニアだが、この基地は最前線よりはるか後方にあるから安全であるとの説明を受けていた。
 事実この基地周辺は何もないが、車で一時間も走れば街もあるしさらに走れば首都にも近い。

 そして基地に到着したエトランジュが挨拶を済ませ、さっそく目的である既に占領された地域から逃げてきた数十人の戦災孤児と会い、貴方達はマグヌスファミリアが預かりますと告げた。

 「私達は大きな家族と呼ばれています。貴方達に私達の家族になって欲しいのです」

 ずっと一緒に仲良く暮らす家族になろうと言うエトランジュに、子供達は嬉しそうに頷いた。
 そのうちの何名かは元から孤児だった者もおり、名前すら持っていない子供もいた。
 そんな彼らに、エトランジュは名前を考えてつけてやった。

 そんな中でも、イーリスと名付けられた銀髪でヘイゼルの瞳の少女は特にエトランジュに懐き、いつも彼女にくっついて離れなかった。

 避難民は順次EU各地に送られていき、孤児達は一番最後だった。
 本当なら先に子供をというところだが、イギリスは遠いので移送に使う軍用ヘリの都合でそうなったのだ。

 一週間ほど倉庫を改造した子供達のための部屋に泊まることになった彼らは、出発まであと三日と言うところで、それは起こった。

 「雨だってのに、クーラーなんか調子悪くねえ?」

 「そうだねクラ・・・あー、これはちょっとモーターの動きが悪いだけだからすぐ直せるよ。
 道具持ってくるから、クラ手伝って」

 「へいへい」

 ジークフリードは明後日の軍用ヘリについての説明を受けるため、この場にはいなかった。
 けれどここは安全地帯との認識があったから、彼らは護衛対象から全員が離れるという失態を、ここで犯してしまう。

 「すぐに戻って来るから、鍵かけないでね。じゃ、行ってくる」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 この発言を一生涯後悔することになったのは、わずかに十分後のことだった。

 「緊急事態発生、緊急事態発生!収監中の捕虜であるブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!」

 「へ?」

 道具を受け取りさあ戻ろうとした瞬間聞こえてきた放送に、アルフォンスとクライスは全速力で倉庫に戻った。
 あそこには子供達を脅えさせないよう、スピーカーは設置されていない。用がある時は携帯で連絡を取るようになっていたが、それは今アルフォンスの手の中だ。

 (こんなことなら、あの子に使い方教えて持たせておけばよかった!
 よりにもよって僕らが離れた時に限って!)

 己の馬鹿さ加減を罵りながら倉庫に辿り着くと、中から聞くに堪えない怒声と悲鳴が聞こえてきた。

 「黙れ、この劣等人種のガキどもが!!いいか聞け、ナンバーズ!我々ブリタニア兵を速やかにみな解放し、これまでの無礼を詫びて降服しろ!
 さもないとここのガキどもを一人ずつ殺していく!」

 「待って下さい、ここにいるのは子供だけです、私だけ残るから他の子は・・!」

 エトランジュの悲鳴じみた哀願の声に、どう考えても彼女を殴りつけたとしか思えない鈍い音がした。

 「エディ!あの野郎・・・」

 殺す、とクライスが銃を手にして叫ぶと、アルフォンスもさすがに躊躇っている場合ではないと覚悟を決めた。

 ルーマニアの軍人達が倉庫を包囲し、突入計画を推し進めていると突然中から子供達が飛び出してきた。

 「エディ様が・・・エディ様があああ!!」

 「シエル、ローラ、コンラート?!」

 泣きながらアルフォンスに抱きついてきた子供達に、アルフォンスは慌てて倉庫に駆け込んだ。それにクライスも続き、数人の軍人達も飛び込んでいく。

 「エディ、エディ、エトランジュ?!」

 倉庫に駆け込んで目に飛び込んできた光景は、誰もが想像していないものだった。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
 そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。

 (まさか・・・まさか・・・この子は・・・)

 ふと部屋の隅を見てみると、逃げていなかった子供達がお互いに抱きしめあって震えている。
 さらにエトランジュの横には、いつも彼女に一番懐いていたイーリスと名付けられた少女が呆然とした顔でエトランジュの狂態を見守っている。

 (エディがなんとか反撃したんだな!はやくやめさせないと)

 そう判断したアルフォンスは恐る恐るエトランジュに近づいて彼女の手首をつかんでやめさせると、震えている声で言った。

 「もういい・・・やめようエディ」

 「アル・・・さま・・・?」

 「もう、死んでる」

 その事実を告げた時、エトランジュは確かにほっと安堵の表情を浮かべた。
 だがそれからじわじわとその言葉が意味することを理解した時、彼女の声から完全に音域を外した悲鳴がほとばしる。

 そしてその小さな白い手から、赤黒い血に染まった男の子用のブリキのロボット人形が転がり落ち、血の池に沈んでいった。



 気絶したエトランジュ以外、死傷者なし。
 死んだのはブリタニア兵だけという結果だけ見れば理想的な結末を迎えたこの騒動だが、マグヌスファミリアの一同にとっては最悪の結末だった。

 「・・・エディは?」

 「錯乱して鎮静剤を打たれて寝てる・・・無理ないけど」

 クライスの問いにアルフォンスが疲れたような顔で答え、二人は大きな溜息をついた。

 「何でだよ・・・何でこんなことに・・・」

 アルフォンスはそう呟くと、悔しさのあまり泣いた。

 (アイン伯父さんがコミニュティにブリタニアからギアス能力者が来るって予知したから、エディを避難させるためにこの陣中見舞いに行かせたのに・・・命と引き換えに殺人するってなんて、性質の悪い・・・・!

 つい先ほど事の次第をアインに伝えたところ、その予知はしていなかったらしい。青ざめた声で本当かと怒鳴って来た。

 それと同時に母の弟にあたるアンディがギアス能力者と戦い命を落としたことを知り、二重三重の凶報に自分も錯乱したくなった。

 予知能力とて万能ではないことを思い知ったアルフォンスは、自分もギアス能力を得ることを決意した、
 もういつまでも逃げてはいられない、幼いエトランジュまで犠牲になったのだからと遅すぎる決意をした自分に嫌悪する。

 「あの時、さっさとギアスを持つことを決めてれば・・・ちくしょう・・・」

 どんなギアスを持つことになったのかは知らないが、少なくても何かの力になったはずなのに。

 「どうしてこんなことに・・・だと?全部あいつらのせいだろアル!!
 あの連中があんなバカげたことさえしてなきゃ、俺達は、俺達はこんなところでこんなことせずに済んだんだ、そうだろ?!」

 クライスがそう叫ぶと、アルフォンスの胸倉を掴み上げる。

 「エドが死んだのも、アドリス様が行方不明になったのも、エディがあんな目に遭ったのも、全部ブリタニアのせいだ!
 俺達は何も悪くない、そうだろ!!何でお前自分を責めるんだよ、おかしいだろ!!」

 「クラ・・・」

 「俺は決めた・・・軍人になる。軍人になって、ブリタニア皇族全員殺してやるんだ。
 あいつらが全ての元凶なんだ、あいつらさえ消せば俺達は家に帰れる・・・そうだろ?」

 クライスの決意に、アルフォンスは頷く。
 そしてフラフラとエトランジュが眠る部屋へと入り、眠る彼女を見下ろした。

 点滴を打たれて眠る痛々しい姿に、アルフォンスは顔を手で覆い、次に顔を上げたとき、彼はとうとう全ての覚悟を決めた。

 だから、眠るエトランジュに向かって言った。

 「・・・ちょっと話があるんだけど、聞いてくれるよね?」

 その台詞が部屋に響き渡った時、エトランジュのまぶたが開いた。
 彼女に似つかわしくない、憎しみを含んだ瞳をして。



 エトランジュが目を覚ました翌日、予定を繰り上げて軍用ヘリでマグヌスファミリアの一行と戦災孤児達はマグヌスファミリアのコミュニティへと移った。
 その間ほとんど無言だったエトランジュに、子供達も無言で彼女の周囲を囲んでいる。

 腫れもの扱いで国民達に出迎えられたエトランジュは再度具合を悪くしたので、そのまま病室に連行されていくのを見送ったアルフォンスは、母の部屋にある隠し部屋を開いて地下へと降りた。

 そこにいたのは死亡したと聞かされて以来一度も会っていなかった姉・エドワーディンだった。

 「・・・久し振り、エド」

 「・・・久し振り、アル」

 同時にそう挨拶した双子の姉弟は、もう言わなくても解っているとばかりに手をつないだ。

 「この力を得れば、貴方は人の(ことわり)を外れて生きることになる。それでも?」

 「聞かなくても解ってるだろ」

 「そうね・・・では始めましょうか。E.Eが契約を結ぶ・・・!」

 エドワーディンはそう宣言すると、アルフォンスにギアスを与えた。

 自分の中に姉が入り込んでくる懐かしい感覚に、アルフォンスは久々に安らぎを感じた。

  ギアスを受け取ったことを確認したアルフォンスは、その力が“自分と自分に触れた者を周囲の人間に感知されなくなる”ものであることを知った彼は、嘲るように笑った。

 「僕にふさわしい力だよ、エド。
 この力が最初からあったら、あの事件の時さっさと倉庫に入って僕があのブリタニア兵を殺せたのに」

 「エド・・・」

 「今更言っても仕方ない。僕はこれからあらゆる手を使って、ブリタニアを滅ぼすために動く」

 アルフォンスはそう言うと、ドアを開けた。

 「すべてが終わるまで、僕はもうここに来ない。力をくれたことに、感謝する」

 「・・・解ってるわ。頑張ってね。
 私も一緒に戦いたいけど、ごめんなさい」

 エドワーディンは泣き笑いの台詞に、アルフォンスも同じ表情を浮かべた。
 服装さえ同じなら、まるで鏡に映ったように見えるほどそっくりな顔。

 「・・・じゃ、行ってくる」

 ばたりと自ら閉じたドアを後にして、アルフォンスは自室へと戻った。



 自室へ戻ったアルフォンスは、クローゼットから女物の服を数枚出し、それを身にまとった。

 まだ平和だった時代、姉へのお土産にと買い求めたそれは自分が自ら試着して似合うと思ったものだった。
 もともと女装は嫌いではなかったので、そういうことに抵抗は全くなかったから。

 そうしてワンピースにショールをまとった自分の姿は、今しがた別れた双子の姉と全くそっくりだった。

 「私も一緒に、か・・・いいよ、ずっと一緒だったんだから、僕らは」

 昔から何をするにもずっと一緒だった。
 けれどもう、そんなことは不可能になってしまった。

 「ブリタニアが全ての元凶、ブリタニアさえなくなれば何もかも元通りになる」

 ブリタニアさえいなくなれば、必ず。

 自分はもう家族や自分を憎みたくない、罵りたくない。
 だからブリタニアに憎悪をぶつけ、恨んで、そして滅ぼしてやる。

 そのためにはあらゆる手を使う。

 だから、“私”は・・・。


 
 「あ、アル従兄様?!そのお姿はいったい・・・?」

 自室に訪れた従兄が従姉そっくりの姿をしていることに驚いたエトランジュに、アルフォンスは言った。

 「これから世界各地を回ることになるだろ?その時女がいた方がブリタニアの目を油断させやすいんだよ。
  荷物だってこの年齢の女がいると不自然に多くても警戒されにくいからね」

 「それはそうですが、だからといって・・・」

 「もう手段は選ばない。僕は・・・私はそう決めた」

 「そうですか・・・実はアル従兄様、私もお願いがあるのです。
 どうかこれからは、何でもおっしゃってくださいな。
 どんな辛いことでも、ありのままを全て伝えて欲しいのです・・・前へ進むために」

 「エディ、それは・・・!」

 「もう、逃げていられないのでしょう?だから、どうか教えて下さいな。
・・・ブリタニアを倒すために、どんな恐ろしいことでも伝えられるものは全て」
 
 (やっぱり、隠しごとをされてることは知ってたのね)

 アルカディアは溜息とともに頷くと、エトランジュに誓った。

 「解ったわ・・・私はこれから先ずっと、何があっても事実を貴女に伝えるわ。
 どうしても駄目なものは確かにある。けど、それ以外のことは全て言う・・・誓うから」

 「ありがとうございます、アル従兄様・・・」

 「この姿でいる時は、従姉様と呼びなさい。いいわね?」

 「はい、アルに・・・いえ、アルカディア従姉様」

 アルと言えばどうしても従兄様と言ってしまいそうになるので、エトランジュはエドワーディンのセカンドネームであるアルカディアの名前で呼びかける。
 いいアイデアだとアルフォンスは・・・いやアルカディアは満足して笑った。

 自分がこの姿をしているのは、本当はエドワーディンと共にと願ったことをエトランジュが悟ってそう呼びかけてくれたのだ。

 「・・・ありがとう、エディ」

 我ながら女々しいことだと、アルカディアは自嘲した。
 けれど、こうでもしなければとても耐えられそうにない。

 アルフォンスは、これから先苦難の道を強制的に歩かされる従妹を抱きしめた。

 「私達は家族だから・・・ずっと一緒よ」

 「はい、アルカディア従姉様」

 
 大事な家族を守るために、子供は大人になる。

 




[18683] 挿話  カルチャーショックプリンセス ~交流のユフィ~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/09 11:36
  挿話  カルチャーショックプリンセス ~交流のユフィ~



 特区開催宣言から一週間後、少しずつ特区参加者は増えているものの、まだまだ目標の人数には遠い。

 そこでユーフェミアは考えた。

 (そうだ、エトランジュ様が日本人の人達とあんなにも仲がいいのは、日本語や日本文化を学んでそれに合わせていたからだとルルーシュが言っていたわ。
 私も同じようにすれば、日本人達も私を信じてくれるかもしれない)

 既に効果があると実証されているのだから、やってみたい。
 いいことはどんどん模倣してそれを自分流にアレンジすることこそが肝要だと、ルルーシュは教えてくれた。

 (でも、堂々とやってしまうとお姉様に叱られてしまうし、ブリタニア人だって・・・本当にバランスって大事なのね)

 周囲に反発されることなく日本文化を学ぶには、どうしたらいいだろう。
 ユーフェミアはスザクとカレンを私室に招き入れて相談したが、二人とも頭より体を動かすタイプなので、すぐには答えが出ない。

 「という訳なので日本文化を学んでみたいのですが、どうすればいいでしょう?」

 「いいアイデアだと思うけど、周囲に反発を買わないでってのが問題だよね。
 うーん、特区の事業の一環でってのは駄目かなあ?」

 「ただでさえ日本特区っていう名前だけで反発食らったから難しいかも。国旗だって掲げられなかったし・・・。
 この前白いキャンパスの真ん中に赤い花を描いた絵を飾ろうとしたんだけど、却下されたわ。ユーフェミア皇女の式典の時のドレスの件があったから」

 スザクの提案にカレンが忌々しそうに無理っぽいと言うと、ユーフェミアは大人げないと溜息をつく。

 「こういうのってエドワードさんがバランスよく考えてくれそうだけど、あの人どうしたの?
 彼ダールトン将軍も信用してるっぽいし、うまいことやってくれそうだけど」

 頭の回転が速いエドワードに聞こうと言うスザクに、ユーフェミアもホッカイドウに行くと言ったきり連絡のない彼はどうしたのかと尋ねると、カレンは中華に行ったとは言えないので、こうごまかすように言われていたことを思い出して言った。

 「ああ、昨日電話したら、ホッカイドウで風邪こじらせて入院しちゃって長引きそうなんだって。
 そりゃ晩夏とはいえ夜に半袖で出歩いたら、ホッカイドウじゃ風邪ひくわよ」

 「あ~、気温の変化よく知らなかったんだ。それじゃ無理ないね」

 スザクが納得するとユーフェミアはホッカイドウとトウキョウとの気温差を比べてなるほどと頷く。

 「まあ、こんなに差があるのね。豪雪地帯みたいだし、視察に行くならこの時期が一番かしら。
 そうだ、視察に行くついでにエドワードさんのお見舞いを・・・」

 「だだ、だめユーフェミア皇女!感染ったら迷惑かかるから来なくていいって言われてるから!」

 実際は入院などしていないのだから、来られたら困る。
 必死で制止するカレンに、そうとは知らないスザクも同調した。

 「そうだよ、彼が原因で君も風邪をひいたりしたら、彼も困る。お見舞い送るくらいにしておこうよ」

 「そんな簡単に感染ったりしないと思うけど、そうね。
 後でフルーツでも送るから、カレンさんお願いしてもいいかしら?」

 「解った、任せて。で、さっきの件だけど・・・スザクが言ったように特区のイベントの一環として盛り込むのがいいと思う。
 ただその内容をどうするかが問題なのよね」

 カレンがごまかすように話題を元に戻すと、二人も首をひねって考え込む。

 「イベントなら会長が得意なんだけど、突拍子もないやつばかりだから許可が下りるかどうか・・・」

 「だね・・・日本人とブリタニア人が興味を引くような形にするのが難しいよ」

 ミレイの考案する祭りは確かに楽しいのだが、奇抜なものが多いので庶民受けはしてもダールトンなどの貴族達からすれば受けが悪い。
 是非ともやってみたいとユーフェミアなどは思っているのだが、学園祭とは違うのだから気軽に出来ないのだ。

 「でも、お祭りって形にするのはいいかもしれないわ。問題はきっかけなんだけど・・・」

 「ブリタニアの記念日に合わせてってのが波風立ちそうにないからいいかも。
 けど建国記念日はまだ先だし、ブリタニア皇帝の誕生日も終わったし・・・てか祝いたくないし」

 何よりルルーシュが絶対嫌な顔するとスザクもユーフェミアも同時に思ったので、これはやめようと心の中で頷き合う。

 「あ、誕生日なら十月がユフィの誕生日だよね?それを祝う形でお祭りするってのはどうかな?」

 スザクの提案に、カレンがいいアイデアだとスザクを指さす。

 「ああ、それならいいんじゃない?
 主役なんだから多少の無理は聞いて貰えそうだし・・・日本人もユーフェミア皇女のお祝いなら派手にしてくれそう」

 「え、私ですか?!でも・・・!」

 ユーフェミアは考えてもいなかった案に恥ずかしそうに頬に手を当てると、二人は日本側ブリタニア側共に一番受け入れられやすいと言い募る。

 「もともと日本人はイベント好きだし、特区の象徴の誕生日なら盛り上がってくれるって!」

 「これならブリタニア様式に合わせたパーティーをすることに日本人も抵抗ないから、ある程度は折り合いつけられそうだし・・・これにしましょうよ」

 日本人は文化に対してはよく言えば寛容、悪く言えばいい加減なところがある。
 たとえば年末、キリストの誕生日を祝った一週間後に寺に行って煩悩を消すための除夜の鐘をつき、年が明けると神社でお参りをする。

 楽しめればいいや的な傾向が強く、ブリタニアの文化を拒否しているのはブリタニアが嫌いだからであって、決して嫌な文化だと言っているわけではないのである。
 よって日本人が好意を抱いているユーフェミアの誕生日なら、ブリタニア様式の祭りでもいいとなる可能性が高いという二人に、ユーフェミアは半分嬉しく、半分気恥ずかしいような複雑な気分で了承した。

 「揉めることがないなら、そのほうがいいわ。みんなが楽しめるなら、私にとっても最高のパーティーですものね」

 「じゃー、どんなパーティーにするかだけど。気軽な立食式にするかい?」

 「駄目よ、完全なブリタニア様式なんてつまらないし意味がないわ。
 そうねえ・・・私、日本の食べ物を食べてみたいわ。半分は日本食に出来ないものかしら?」

 「あ、それいいね。日本の屋台を入れて、自由に食べるって方式はどうかな?」

 過去に自分の神社でやっていた神社の祭りみたいに、と細かい話をするスザクに、ユーフェミアは目を輝かせた。

 「まあ、それは楽しそうだわ!射的とか金魚すくいとか、私もしてみたい!」

 「じゃー、半分はそれを入れるってことで。カレンは屋台の内容はどれがいいと思う?」

 スザクに問われてカレンが考え込むと、過去の屋台を思い返していくつか列挙する。

 「食事関係ならOK出やすいと思うから、立食するのに楽なの選んだらもっと波風立たないと思うわ。
 タイヤキとか、イカ焼きとか、ベビーカステラとか」

 「あとは遊戯用の屋台として射的と金魚すくいとスマートボールなんてのもいいよね」

 日本育ちの二人が次々と計画を立てているのを、よく解らないユーフェミアは首を傾げながらも楽しそうに見ていた。

 「立食式のパーティーエリアと、日本式のお祭りエリアを入れるって形にしましょう。
 景品とかの準備もした方がいいわね」

 「ええ、本当に楽しみ。こんなに楽しそうな誕生日パーティーは、私初めて!」

 ユーフェミアは計画書をもう一度三人で見直すと、明日の会議で提出することにしたのだった。



 翌日、特区日本の経営会議においてイベントを開催して特区を盛り上げようという意見がカレンから出された。

 「十月にエリア11の副総督閣下にして特区日本の総責任者であらせられるユーフェミア皇女殿下のお誕生日がございます。
 それをお祝いするというものですが、皆様のご意見を伺いたく存じます」

 「このような格式の低いもので、皇女殿下の誕生日を祝うなど以ての外だ」
 
 「構想は悪くないが、日本文化を入れるというのがな・・・コーネリア総督が何とおっしゃるか」

 独立志向を上昇させることになる可能性が高いと、コーネリアが過敏になっていると数名の文官が渋い顔をする。

 「しかしそうは言うが、ここ特区にいるのはまだ経済的に日々の生活が営めている程度のイレヴンがもっとも多い。
 彼らに我ら貴族に合わせた格式のものをさせるには、こちらから援助しなくては不可能だろう。
 となればこの辺りが妥当では?」

 シュタットフェルトの言に一理あることを認めた者達は、まずまずのバランスが取れている提出された計画書をを見た。

 「会場を二つに分け、通常のパーティーエリアとイレヴンの屋台を中心としたエリアを作る、か。
 これならばどちらも角は立たないでしょうから、私は賛成です」

 数名から賛成の挙手が上がると、格式を重んじる者達からは反対の声が上がる。

 「皇族の権威と言うものがある。決して軽んじるわけにはいかん!」

 「ですが、特区を盛り上げるためにこういう催しは大事だと思います。
 クロヴィスお兄様だって以前は頻繁にパーティーなどをなさっていたそうではありませんか」

 「それはそうですが、格式の問題で・・・」

 「では、その格式あるパーティーをどのような形で特区でやるのですか?」

 「う・・・・」

 日本人に参加させない形でなら、この場にいる貴族達が費用を出すことで行うことは可能である。
 ましてその準備や片づけを日本人に押し付けて自分達だけ楽しめば特区を盛り上げるという目的から大きく外れ、結局ここがブリタニアの搾取のための労働の場だと自ら宣伝するようなものだ。

 「みんなで楽しめるパーティーの方がいいに決まっています。
 ブリタニアと日本の皆さんが双方楽しめる姿を見るのが、私にとって最高のプレゼントですわ」

 祝われる張本人がそう言うのでは、もはや反論の余地はない。
 かくて十月十一日、ユーフェミア・リ・ブリタニアの十七歳の誕生日パーティーと称した祭りが特区内で開催されることが決定されたのだった。



 会議室を出たユーフェミアは、傍に控えていたダールトンに尋ねた。

 「貴方は反対しなかったのですね、ダールトン」

 「正直イレヴンに甘いとは思いますが、こうしてブリタニアの体面を重んじられている以上、むやみに反対するのはどうかとも思いましたゆえ。
 シュタットフェルト伯の言うように、イレヴンが皇族や貴族の格式に合わせるのは無理ですからな。今回ばかりは仕方ありません」

 男女逆転祭などに走られるより、はるかにましだ。
 地味に開催式典の提案に恐れをなしたらしいダールトンは内心でそう呟くと、テロの危険性やまたゼロに入り込まれた時のための警備計画を立てなくてはと考えた。

 「それに、日本文化を学ぶいい機会です。ねえ聞いて、ダールトン。
 スザクから聞いたの、ルルーシュも日本に来た頃、お祭りの屋台でいろんなものを食べていたんですって。
 わたあめというのがナナリーのお気に入りだったって聞いたわ。私も食べてみたいの」

 目を輝かせて語るユーフェミアに、姉妹が尊敬していた閃光のマリアンヌの子供達を思い出し、ダールトンはそれでか、とユーフェミアが屋台を出したがった理由を知った。

 「解りました、ユーフェミア皇女殿下のお誕生日ですからな・・・お好きになさればよろしいでしょう。
 しかし安全性を確立するため、信頼出来る店を今から選ばねばなりません」

 これだけは譲れないと厳しい目をするダールトンに、ユーフェミアは日本人はそんなことしないと言いたかったが、こじれるのはよくないので了承した。

 「それに、ブリタニア人にも食べられる店でなくてはなりません。
 特に食文化というものはそれぞれ違いがありますからな」

 幾多の植民地を作って来たダールトンは、現地でブリタニアでは絶対に食べない物が出てきた時の話をした。

 「特に中華などでは、猫や犬を食することもあると聞きます。
 確かエリア11では、中華料理が流行っていたと聞いたことがありますし」

 「い、犬、猫・・・!」

 青ざめた顔でユーフェミアが繰り返すと、これは確かに確かめておいた方がいいと納得する。

 「・・・一度特区内にある日本食を製造販売している方々に集まって頂きましょう。
 パーティーについての説明と協力、および屋台の内容物についての確認を行うのです」

 「イエス、ユア ハイネス」

 こうして祭りの準備が始まった。



 二日後、ユーフェミアの召集を受けて経済特区内で飲食店を経営している日本人が数十名、会議室にやって来た。
 会議室にはダールトンとスザク、カレンがいる。何故かロイドとセシルも来ており、興味津々にテーブルに並べられた試食品を見つめていた。

 「・・・というわけですので、皆様にもぜひ協力して頂きたくお集まり願った次第ですの。
 食文化の交流になると思いますし、特区を宣伝するいい機会ですわ」

 「そういうことでしたら、喜んで協力させて頂きます。
 それで、販売品の確認とはどのような意味でしょうか?」

 ユーフェミアの説明にそれはいい考えだと、元来イベント好きの日本人は今から楽しそうにユーフェミアに問いかけた。
 
 「ええ、実は食文化にはそれぞれ違いがありますので、主な日本食がどのようなものかを確認させて欲しいのです。
 ブリタニア人が食べないものなら、許可が出しづらくて・・・」

 少し申し訳なさそうにユーフェミアが答えると、なるほどと納得した日本人が言った。

 「そういうことなら、租界で人気の屋台とか調べてみたらいかがです?
 人気があるならそれはOKってことですから、こっちで作ればいいですし」

 「ああ、そういえばクレープを食べたことがありますわ。あれも美味しかったです!」

 「日本食ってわけじゃないですけど、日本人も好きなので入れておきますか?」

 「あら、よろしいのですか?日本食でなくても」

 「別に気にする人はいませんよ。クレープといったら屋台の定番ですし、貴女のお誕生日なんですから」

 誰も反対しないのを見てユーフェミアはまたクレープが食べられると笑みを浮かべると、ダールトンがどこで食べたのだろうと首を傾げていた。

 (こう聞くとブリタニア人と日本人は、さほど味覚は違いそうにないわね。
 作って貰った試食品も、どれも美味しそうだし・・・)

 変わった形をしているものはたくさんあるし、むしろ綺麗な花を象ったものや可愛い人形の形をしていたりして、見ているだけでも楽しいものが多い。
 見る限り変わった食材を使ったものはなさそうである。

 「ユーフェミア様、先日行われたアッシュフォード学園祭でのアンケート結果をお持ちいたしました。
 参考になればよろしいのですけど」

 カレンがミレイからFAXで送って貰ったアッシュフォード学園祭の人気のある屋台はどれかというアンケート結果を見せると、ユーフェミアは礼を言って受け取った。

 「第一位はホットドッグ、第二位はクレープ・・・あんまり日本食はないのね」

 「あ、でも四位がタコ焼きですよユーフェミア様。僕も好きだなこれ」

 スザクが四位にランクインしているたこ焼きの欄を指すと、ユーフェミアはそれはどんな食べ物か興味を示す。

 「たこ焼き・・・知らないわ。どんな食べ物かしら」

 「見た方が早いけど・・・あ、これだこれ」

 スザクが試食品のテーブルからたこ焼きが入った皿を手に取り、ユーフェミアに見せる。

 「あら、一口よりちょっと大きめの丸い食べ物ね。中に何か入ってるみたいだけど」

 「それがタコですユーフェミア様。ちょっと独特の触感ですけど、美味しいですよ」

 カレンがそう答えるとソースを取り出して取り皿に分ける。

 「これをつけて食べるんです。マヨネーズをかけて食べる人もいるみたいで、その辺りはお好みでどうぞ」

 「なるほど、ドレッシングを選べるのね」

 ユーフェミアは初めて見る調味料をそう解釈したらしく、どちらも試そうとソースとマヨネーズをつけようとした時、横に置かれていた箱に気がついた。

 「これはなあに?なんだか青い粉と黄色の粉が入ってるみたいだけど」

 ユーフェミアの問いに、スザクが自分の分を取り分けたタコ焼きに適当に青のりと鰹節をかけながら答えた。

 「あおのりと鰹節っていう、日本の調味料です。青のりは海藻を乾燥させたもので、鰹節はカツオを乾燥させて削ったものです。
 これもお好みでかけて食べるんですよ」

 「好きに味を調整出来るのはいいですね。では食べてみます」
 
 ユーフェミアもスザクに倣ってタコ焼きに青のりと鰹節をかけ、ソースだけをかけたりマヨネーズと一緒に食べてみると、ふわふわの生地に包まれた中に歯ごたえのあるタコとの感触が実によく合い、美味しいと歓声を上げる。

 「十月は肌寒い季節ですし、温かい食べ物はいいですね。これは気に入りましたわ」

 「もっと温まる食べ方もありますよユーフェミア皇女殿下。
 出し汁を使ったものなのですが、よろしければそちらもお試しになられますか?」

 「ええ、もちろん。お願いしますね」
 
 たこ焼きが気に入ったらしいユーフェミアが興味津々に頼むと、たこ焼き担当の日本人がかつおだしから作った出汁を温めてユーフェミアに差し出す。

 「これはカツオから取った出し汁です。これにつけると軟らかくなりますので少し食べづらいですが、大きめのスプーンをお使いになれば大丈夫ですよ」

 「あら、本当にいい匂い・・・それに確かにぽかぽかしそうですわ」

 ユーフェミアが礼を言ってスプーンと器を受け取ると、これも美味しいと顔をほころばせた。
 この方式は初めてなのか、カレンも美味しそうに手を伸ばす。

 「食べ慣れてるソースの方が私は好きだな。これって確かカンサイの食べ方じゃなかったっけ?」

 テレビで見たことがあるカレンが問いかけると、たこ焼き店員はよくご存知で、と肯定した。

 「明石焼きと呼ばれてるよね。
 タコ焼きに似てはいるけど、作り方がちょっと違っていたりするらしいんだよね~。その辺りは面倒というか何というか・・・」

 スザクはキョウトに親戚がいる関係もあって関西にはよく行っていたため、食べたことがあるらしい。
 ただ作り方などは知らないので、ぶっちゃけたこ焼きを出し汁につけて食べるのが明石焼きでいいじゃないかとか思っていたりする。
 
 「自分の好みにカスタマイズ出来るのがいいよね~。僕も気にいっちゃったなこういうの」
  
 ロイドがタコ焼きにいろんな調味料をかけて味を試している横では、ユーフェミアが興味を示したので周囲も食べようと考えたので需要が発生したため、せっせと店員がたこ焼きを作っている。

 「ええ、この際ですからいろいろ試して新しい味を作ってみるのも面白いかもしれませんよ。そうですね~、メープルシロップとかどうかしら?」

 「た、タコ焼きに甘いのはちょっと・・・日本食は塩味が基本だし・・・」

 「しょっぱいだけじゃ飽きるでしょ?だからこの前おにぎりにブリーベリージャムを入れてみたの。
 それと同じみたいな感じでどうかしら?」

 セシルのにこやかな邪気のない台詞に、カレンが引きつった顔で近くにいたブリタニア人に尋ねた。

 「あれ誰?何か怖いもの作ってるけどあの人・・・」

 「ロイド伯爵の部下のセシル補佐官です。きっと日本食よく知らないからではないですか?」

 それなら仕方ないとカレンは思ったが、セシルの差し入れを食べたことのある者数名がセシルの提案を止めろと視線で会話をしているのが見えた。

 「・・・今日のところは試食だけにして、新たな味の開発は後日にしましょう。 どんなものかみんなが知ってからのほうが、アレンジしやすいでしょうし」

 「カレン嬢にさんせーい!今回はそうしましょう!」

 「うん、そのほうがいいって!基本を押さえないといい結果は出ない!」

 ロイドとスザクはこの時、間違いなく100%のシンクロ率を叩きだしていた。

 聞くからに合わなさそうな食材を使おうとするセシルに悪意は感じられないので、空気が読めないユーフェミア以外の全員が真正の味覚オンチかと彼女からの差し入れは断固食うまいと決意する。

 「そう言われればそうね。でも私も作ってみたくなちゃったな・・・あの、作り方教えて下さらないかしら?」

 自分で作って新たな味の開発をする気だ、とスザクとロイドは青ざめた。
 何とか聞かせまいとするが、ユーフェミアもぜひ作っているところを見たいとセシルに同調する。

 「お邪魔でなければ、作っているところを拝見したいのですけど」

 「構いませんよ、どうぞどうぞ」

 店員は笑顔で了承し、さっそくにタコ焼きを作り始める。

 丸いくぼみがある特殊な鉄板に生地を入れ、紅ショウガを入れて赤く茹でたタコを入れて器用にひっくり返して綺麗に丸く焼いていく。

 「あんな小さなピックで綺麗に丸く焼くなんて、器用ですね」

 「本当ですね。私じゃちょっと難しいかも・・・」

 セシルの残念そうな言葉に、味見に付き合わされるであろうスザクとロイドが安堵の溜息を吐く。

 「慣れれば簡単ですよ。何でしたらコツを教えますけど」

 (余計なことしないでえぇぇぇ!!)

 タコ焼の人気に店員は嬉しくなったのか、ニコニコしながらタコ焼きの作り方をセシルにレクチャーしている。

 こうしてタコ焼きの参加が決定したところで、セシルが尋ねる。

 「鉄板が出来たら、作ってみようかしら。
 そうだ、肝心のタコですけど、どこで手に入りますか?」

 「魚屋で普通に売っていますよ。ツキジからこっちに輸送して貰ってるんです。
 一度茹でてから一口大に切るんですけどね」

 「魚介類だったのか・・・」

 ダールトンが確かにそんな感じだなと納得すると、ユーフェミアが尋ねた。

 「タコって私見たことないです。どんなお魚なんですか?」

 「魚ではないですよ。でもこれ英語で何て言えばいいんですかねえ」

 魚介類としか解らないと首をひねる店員に、スザクとカレンもそれが一番適当な表現なので何も言えなかった。

 「貝の仲間ではないのか?似た食感だが」

 「そういえばそうですね。でも貝ではないと?」

 ダールトンの言葉にユーフェミアも頷くと、いっそ見せた方がいいのではという雰囲気になった。

 「たぶんご覧になったことはあると思うのですが、よろしければ確認してみますか?」

 「ぜひ!どんなものなのでしょう」

 好奇心に瞳を輝かせたユーフェミアの後ろを、同じように興味を抱いたブリタニア人が後に続く。

 (タコくらい知ってるでしょうに、何でぞろぞろついて行くんだか)

 カレンがユーフェミアに追従している権力の犬どもめと内心で嘲りながら試食品の赤飯を食べていると、調理室から悲鳴が聞こえてきた。

 「きゃあああ!」

 「何、どうしたの?!」

 慌ててカレンが調理室に駆け込むと、そこには目を回したユーフェミアとそれを支えるスザクがいた。

 「どうしたのスザク?!何があったの?」

 「いや、それがカレン・・・ユーフェミア様がタコを見た瞬間、悲鳴を上げてふらふらしちゃって・・・」

 「へ?なんで?」

 カレンの不思議そうな声に、セシルがそれこそ不思議そうに尋ねる。

 「カレン嬢は平気なのですか?その・・・オクトパス」

 「いえ、別に?だってタコですもん。みんな知ってたんじゃないんですか?」

 けろっとした顔でカレンが調理場のまさに茹でられる前の食欲が失せそうな色をし、ぬめぬめとした身体にぎろりと眼を光らせた軟体生物、タコことオクトパスを直視しているので、セシルがおずおずと言った。

 「私達、タコがオクトパスだって今知りました・・・」

 「・・・へ?」

 「そうなの?」

 カレンとスザク、日本生まれ日本育ちの二人が顔を見合わせると、やっと復活したらしいユーフェミアがよろよろと立ちあがりながらスザクに問いかける。

 「あれ・・・日本では普通に食べるんですか?」

 「はい、メジャーな食べ物って言っていいくらいですね。
 たぶん、居酒屋とか大衆食堂とかなら、大概扱ってるんじゃないかなあ」
 
 「たこの刺身とか酢漬けとか、シーフードサラダなんかにも出ますよね」

 スザクとカレンが肯定すると、店員も頷く。

 「何て物をユーフェミア様に食べさせたのだお前達は!!」

 「そんなこと言われたって、私どももブリタニア人がタコを食べないなんて今知りましたよ!!」

 ダールトンの怒声に店員が涙目で反論すると、ユーフェミアがそれを止める。

 「知らないのも無理はないですよ、ダールトン。
 学園祭でも四位に入っているくらいですから、みんな食べると勘違いしたのも仕方ありません」

 大多数がタコの正体を知らずに美味しいと思って食べているのだろうが、人気があるなら日本人だって勘違いを起こす。

 「それはそうですが・・・何故イレヴンはこんな気持ちの悪い生き物をを食べるのだ?」

 「調理しやすいですし、海のどこでも獲れますから・・・まあ美味しいなら食べます」

 店員はあっさりそう答えると、タコを沸騰させた湯が入った鍋に投入する。

 「それにこうして茹でてしまえば・・・ほら、さっきみたいに赤くなって美味しそうでしょう?」

 「本当ですわ、全然色が違う・・・わたくしお料理をしたことがないのですが、魚介類は熱を加えると色が変わるのですか?」

 「ものによりますね。それにこう言っちゃなんですけど、肉類とかだって捌く時は一般人は目を背ける光景ですよ。 
 それと似たようなもんじゃないでしょうか?」

 「ぐ・・・!」

 確かに牛肉や豚肉はブリタニア人も普通に食す。
 その時牛や豚を解体する様子をユーフェミアに見せられるかと言われれば、ダールトンは断固阻止するだろう。

 「まったく、こういうことがあるから、このような場を設けたのは正解でしたな」

 ダールトンがタコの正体がオクトパス・・・別名デビルフィッシュと言われる軟体生物だと知って驚くブリタニア人を見つめながら溜息をつくと、セシルからブリタニアではタコを食べる習慣はない、たぶん世界的に見ても珍しいと言われてスザクが驚いていた。

 「そうなんだ、全然知らなかったよ。
 租界でも屋台でタコ焼きがあってブリタニア人が買ってたから、知ってると思ってた」

 「ってか、あのイラスト見て気付かなかったの・・・?」

 タコ焼きの試食に書かれたデフォルメされたタコのイラストを指してカレンが問うと、セシルが代表して答えた。

 「てっきり日本で生息してる生き物だとばかり思っていました。赤いし、何か可愛いし・・・」

 「何故オクトパスと明記しなかったんですぅ?」

 ロイドのもっともな疑問に店員がそういえばと考え込む。

 「日本が占領される前から、TAKOYAKIと銘打って売ってましたから、特に気にしてませんでした。
 直訳したら無駄に長いからじゃないんですか?」

 「俺は日本語を英語にするのが面倒だから、そのまんまの名前にしたって聞いたぞ」

 わいわいと日本人達が勝手に論議していると、ダールトンが大きな声で命じた。

 「今回は仕方ない!だが本日から材料名を英語表記で表示することを義務付ける!
 誤解を避けるためだ、いいな?!」

 ブリタニア人達が一斉に頷いたので、料理人達はまあ仕方ないかと同意した。

 「じゃー、残りの試食品に材料名書いてきます」

 「ぜひそうしろ!」

 料理人達が試食品に材料名を書いていくと、『梅干しってどう表記するんだ?』とか『ウナギの綴り教えてくれ』と言った声が聞こえてきた。
  
 気を取り直したユーフェミアが、日本人に悪気がないと解っているだけにこれ以上怒鳴りつけられずフラストレーションがたまっているダールトンを窘める。

 「ダールトン、そう怒らないであげて下さいな。
 毒があるものを出したわけではないのですから、皆さんを責めてはいけません」

 「は、かしこまりました。しかし驚きましたな・・・オクトパスが茹でるとあんな風になるとは」

 「ええ、見た目で判断してはいけないといういい例です。
 美味しかったですし、たこ焼きはそのまま販売することにしましょう」

 オクトパスと知っても美味しいことは既に実証されているのだし、毒があるわけではないし調理するのは日本人だ。ブリタニア人に不都合なことは何もないはずである。

 「そうですな、では許可証の発行を・・・」

 と、そこへカレンが食べていた赤飯の横にある炊き込みご飯を食べようとしたロイドが炊飯器の蓋を開けた瞬間、よろめいて大急ぎで蓋を閉じた。

 「うえええ・・・何これえ・・・」

 吐きそうな顔をしているロイドにスザクが駆け寄ると、ロイドが口を押さえてスザクに尋ねた。

 「あれ何か凄い匂いなんだけど・・・変なもの入れた?」

 「凄い匂い?何だろこれ・・・」

 スザクが炊き込みご飯と書かれた炊飯器の横に材料が書いてあるのを見て、スザクが嬉しそうな顔になった。

 「松茸の炊き込みご飯か、懐かしいなあ」

 「え、松茸あるの?私食べたことないのよね」

 実は先日、エトランジュ達が日本人がお好きだと聞いたのでとスウェーデン産の松茸を送って貰ったことがあったのだが、カレンは租界に戻った後だったので食べ損ねていたのである。

 カレンがぜひ食べてみたいと炊飯器のふたに手を伸ばすと、ロイドが止める。

 「だから凄い匂いなんだって・・・ところでマツタケってなに?」

 「えっと、キノコの一種です。日本じゃ高級食材で有名なキノコですよ」

 「ふーん、キノコねぇ・・・」

 ロイドが何だか嫌な予感がした。凄い悪臭のするキノコの学名が、脳裏をよぎる。

 「・・・まさか、これのことじゃないよね?」

 ロイドがセシルが持っていたノートパソコンを借りてホームページを開くと、そこにはまごうかたなき太めの形をしたキノコ、松茸が載っている。

 「そう、それですロイドさん!松茸、英語で何て言うのか解らなくて」

 無邪気に肯定するスザクに、ロイドとセシルが引き攣った顔になった。

 「・・・道理であんな凄まじい嫌な臭いがすると思ったよ」

 「え、松茸っていい匂いするのに・・・」

 「・・・君、耳鼻科行った方がいいよ」

 ロイドの言葉に日本人一同が首を傾げたので、スザクだけが特殊なのではなく日本人全体が松茸の匂いをいい匂いと感じていることを知り、愕然となる。

 その様子を黙って見守っていたユーフェミアとダールトンは、マツタケマッシュルームと表記された材料メモを見てキノコなら安心だと思っていたのにまた何か問題があるのかと、おそるおそるロイドに尋ねる。

 「あの、マツタケというのはどんなキノコなんですか?」

 「毒こそないんですけどね~、匂いがもう悪い意味で凄いんです。
 『軍人の靴下の臭い』とか『数ヶ月も風呂に入っていない不潔な人の臭い』って言われてるくらいで・・・。
 学名がトリコローマ・ナウセオスムっていうんですけど、ラテン語で“臭いキノコ”って意味です」

 「・・・・」
 
 ロイドの説明を聞いた瞬間、ユーフェミアとダールトンが恐ろしいものを見るような目で松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器を見つめた。

 「そんな匂いがするものを、いい匂いだと・・・?」

 ダールトンが正気かと言わんばかりの目で日本人達を凝視すると、日本人達はきょとんとした顔で尋ねた。

 「あの~、もしかして松茸の匂いって・・・外国の人は嫌いだったりします?」

 「先ほどロイド伯爵が証明したと思うが」

 ダールトンが意を決して松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器の蓋を開けると、最後の矜持で表情を変えることは耐えたが、即座に蓋を閉じた。それはもう凄まじい速さだった。

 「イレヴンの嗅覚はおかしい!何なんだこれは?!」

 「ええええ!!??」

 傍にいたスザクが平気な顔をしているどころか、早く食べたいなーと表情で語っているのを見たダールトンの叫びに日本人達が驚いた声を上げる。
  
 本当に食べるのか、嫌がらせではないのかと疑っていたダールトンだが、スザクがそうではないと証明したのでどうしたものかと頭をひねっていると、そこへ仕事で遅れていた広報担当のディートハルトがやって来た。

 ブリタニア人と日本人の何とも言えない微妙な空気を察したディートハルトが何があったと先に来ていた部下に尋ねると、たこ焼き騒動と今起こっている松茸騒動について語った。

 「ああ、マツタケね・・・世界で取れる松茸の大部分が日本に輸出されるほど、世界中ではあまり好まれていない食材だな」

 その呟きが耳に入ったダールトンは、マツタケについて詳しい説明を彼に求めた。

 「そんなにエリア11では好まれているのか?」

 「ええ、高級食材の一つとして日本人の間では有名です。
 特に日本産のものは庶民では手が出ないほどの値がつくとか」

 先日エトランジュがEUからの援助品の中に頼んで送って貰ったという松茸を見た日本人達は、エトランジュ様GJ!と大感激し、当然のようにその夜は松茸パーティーになった。
 団員全てに行き渡るほどの量だったので高かったでしょうと申し訳なさげだった団員に、エトランジュはタダ同然でしたからと答えていたほどである。

 認識の食い違いにディートハルトが聞いてみたところ、主に北欧でよく採れて殆どが日本に輸出されていたらしいのだが、日本占領時に輸入もストップしたため、松茸は価値がなかった。
 そこへエトランジュが日本人の皆さんが喜ぶからお願いしたいと申し入れたところ、いくらでもどうぞとあれだけの量の松茸が差し入れられたという訳である。

 「どうもあの匂いを好むのは日本人だけみたいですね。EUでも食べないようです」

 エトランジュ達も松茸を渡した後、皆さんだけでどうぞとそそくさと食堂から立ち去り自室でカップ麺を食べていたのを、同じく食堂から逃げたディートハルトは目撃している。

 「松茸を出すというのは、日本人にとってはもてなしの意味なのでしょうね。
 何しろ高級食材だと認識しているのですから・・・しかも希少な日本産のものならなおさらです」

 「そうか・・・しかしこれはどうしたものか」

 調理法にもよるだろうが、これはブリタニア人は嫌う匂いである。
 だが日本人は大好物であり、ブリタニア人食べないなら俺ら食い放題じゃんとポジティブにとらえた発言が聞こえてくる。

 「大部分が輸入に頼っていたそうなので日本産のものは少ないですから、輸入しないならそれほど出回るとは思えませんが」

 「なら規制するのも気の毒です。
 そうですね・・・数が少ないなら決まった店にだけ出して貰うというのはいかがでしょう?」

 松茸が出ている店を限定すれば、そこにブリタニア人はまず行かない。
 だが特区にいるのは大部分が日本人だ、経営難になるということはないだろう。

 ユーフェミアの提案に、もともと出回る数が少ないので自然にそうなるであろうことは明白なため、日本人とブリタニア人双方から不満の声は上がらなかった。

 「じゃー、この祭りでは松茸は駄目ってことで」

 「仕方ないな・・・じゃあこれは俺達が全部食べます」

 松茸の炊き込みご飯が入った炊飯器に実に嬉しそうな顔で担当の日本人が言うと、その場にいた日本人達が手を挙げた。

 「俺食ったことない!それ日本産のだろ!」

 「私も食べたいー!」

 自分も食べたいとカレンは言いたかったが、それを言ってしまうと確実に不審に思われるのでカレンは渋々我慢した。

 その様子を見て取ったディートハルトは、確か扇のところにもエトランジュから差し入れられたはずなので扇の家に行けば食べられると後で伝えておくことにした。

 炊き込みご飯の入った炊飯器を抱えた日本人達が会議室から立ち去ると、食べ損ねたスザクがうう、と少々未練がましそうにその集団を見送っている。

 「・・・本当に食べるのか、あれを・・・」

 ブリタニア人が得体のしれない者を見る目つきで日本人を見たのは初めてだと、ディートハルトは思った。

 職務のため残った日本人も未練がましげだったが、調理場に行けばまだ松茸があるはずなので後で土瓶蒸しか何かにするかと話をまとめる。

 「・・・では、試食の続きを。屋台の定番、ベビーカステラなんかいかがです?」

 気まずい雰囲気を変えようと、カレンがブリタニア人でも大丈夫そうなものを選んでユーフェミアに勧めると、出て来たのは小さな一口サイズのカステラだった。
 
 「これは・・・カステラなのですか?」

 「ええ、これなら大丈夫でしょう?ぜひどうぞ」

 材料は同じで一口サイズに焼き上げただけだという説明にダールトンも安堵し、ユーフェミアが食べてみると確かにこれはカステラだった。

 「これはいいですね。食べたいだけ食べられますわ」

 「ほう、これは美味だ。立食には持って来いだな」

 ダールトンも馴染みのあるカステラに、やっと問題のないものが出たと安堵の溜息をつく。
 立食式のパーティーなのでこれはいいと、ベビーカステラは問題なく許可が下りた。

 「あ、そうだ私わたあめが食べてみたいんです。ありますか?」

 ユーフェミアの問いにもちろん、と担当の日本人が案内する。

 「この機械で作るんです。少々お待ち下さいませ」

 わたあめの店員が砂糖を機械に入れて出てきたわたあめを器用に割りばしで絡めていくのを、ユーフェミアは感動したように見つめている。

 「わあ、砂糖が本当に綿みたい!でも、そんなに大きいもの食べきれるかしら」

 ユーフェミアの自信なさげな言葉に、スザクが大丈夫だと笑った。

 「見た目はこうだけど、ボリュームはそうないですよ。食べてみれば解ります」

 ユーフェミアが受け取ったわたあめを口に含むと、確かに文字通りあっと言う間に舌の上で溶けていく。

 「本当ですわね、ふわっと消えてなくなっちゃいました。
 たくさん食べるのは無理ですけど、これくらいなら」

 「私も食べたいです!」

 母と兄と行った縁日で必ず買って貰ったわたあめに、松茸を食べ損ねて頬を膨らませていたカレンが嬉々としてわたあめを手にした。

 「ん~、おいしい!」

 「砂糖そのものをアレンジして飴として作るとは・・・斬新な発想だな」

 甘いものが苦手なダールトンは砂糖のみを原材料としたわたあめを避けて呟くと、店員が何言ってんですかと応じた。

 「このわたあめの機械を作ったのって、ブリタニア人ですよ。名前までは知りませんけど、確かそうだったはずです」

 「え、そうなんですか?知りませんでしたわ」

 意外とこれは知られていなかったらしい。
 確かに屋台でわたあめを売っている比率はブリタニアより日本の方が多いため、元がブリタニアの機械だとは双方とも知らない者が多かったようだ。

 「ブリタニアで作ったものが日本で有名になるなんて、素敵!
 これも許可させて頂きますわ!」

 ユーフェミアが許可印をわたあめの店に押したので、これも出店が決定する。

 その後甘いものばかりでは胸やけがするので、おめでたい日に欠かせない赤飯を花形の型で形作ったものや、花模様のある太巻きなどのご飯ものを食べ、さらに人形焼きや和菓子など見た目にも美しい菓子などが出された。

 芸術品といってもいいほどの和菓子はブリタニア人も感嘆し、クロヴィス兄様もこういうものを保護すれば日本人から反発されなかっただろうにと、ユーフェミアは残念に思った。

 ブリタニア人が食べない食材や慣れない食材がそれなりにあったものの、問題ないものがほとんどだったため、祭りに充分な品数があるのを確認して一日がかりで食品物の検査と出店が決定した。

 「皆様お疲れ様でした。では祭りの日に改めてまた頂きたいと思います」

 緑茶(グリーンティー)を飲みながらユーフェミアが締めの言葉を述べると、久々に懐かしい日本食を食べられて満足げなスザクとカレンが、十月もまた食べようと今から楽しみにしている。

 「いやあー、懐かしいもの食べられて俺達も嬉しかったです。
 TVとかでこの様子を宣伝で流すんですよね!きっとみんな来ますよ」

 「特区の外からも大勢来るかもしれないね。行列整理の人とかいるよこれ」

 日本人達が笑顔で片づけをしながらの台詞に、ユーフェミアも嬉しそうに笑う。

 こうしてユーフェミアは、日本文化を学ぶための第一歩を踏み出した。
  
  
  
 その日、試食品とはいえかなりの量を食べたユーフェミアは夕食を取るのをやめて仕事をし、ダールトンから釘を刺されたのでアルカディア(エドワード)からのアドバイスどおり、早めに寝て早めに起きる習慣になっていたユーフェミアは、寝ることにした。

 そして最近日課にしている日記をつけるべく、日記帳を開く。

  
  八月十五日  晴れ  

 今日は十月の私の誕生パーティーMATURIのための試食会を行いました。
 タコがオクトパスと知ってみんな仰天!私もびっくりしたけど、美味しかったです。
 いろんな味を楽しめるのって素敵。セシルさんがメープルシロップとか美味しそうと言っていたので、試してみようかしら。

 次のマツタケは残念ながら絶対やめたほうがいいとダールトンやロイド伯爵に止められたので、詳しく知ることは出来ませんでした。
 そんなに凄い匂いなのかしら・・・怖いけれどちょっと興味があります。
 食べたそうにしていたのに食べられなかったスザクが可哀想。

 ナナリーが好きだというわたあめはふわふわしていて美味しかったです。
 でもその機械がブリタニア人が作ったと聞いて、ブリタニアの機械で作ったお菓子が日本人に大人気と聞いて、とても嬉しい!
 こういうのを異文化コミニュケーションと言うのだと、秘書が言っていました。

 和菓子も花や川を模していて、見ているだけでも楽しいものばかり。
 後から聞いたのですが、お弁当にも可愛い猫や犬を描いた“キャラ弁”と呼ぶものもあるのだとか。
 茶碗蒸しを温かいプリンと勘違いして食べたロイド伯爵が、甘くないとがっかりして口直しに小豆のゼリーを食べていました。

 特にマキズシという包丁で切ったら、側面が可愛い犬の絵柄になっているのには驚きました。日本人は本当に器用だわ。
 私の誕生日の時にはお好きな物をお造りしますと言ってくれたので、猫をリクエストしました。きっとタコのイラストみたいに可愛い猫を作ってくれると思います。

 これほど待ち遠しい誕生日は初めてで、今から楽しみでなりません。
 ルルーシュも来てくれて彼と一緒にお祭りを楽しめたら、一番のプレゼントだけど・・・駄目かしら。
 ああでも、やっぱりみんなが楽しめるパーティーになってくれるだけでも幸せです。

 次は服を調べてみたいです。キョウトの宗像さんの奥様が特区式典の時に着ていた着物の柄が本当に綺麗でした。あんな繊細な模様の布なんて、ブリタニアにはありませんもの。
 ああ、また口実を考えなくては・・・この調子で交流を深めていけば、こんなことを考えずに済みそうです。今日は書くことがたくさんありました。

 それでは、おやすみなさい。



   ~後日談~


 「え、ナガノじゃ蜂の子を食うの?!」

 「俺んとこのオキナワではマグロの目玉を食べるぞ」

 日本人達がお互いに自分の郷里の食材を述べ合い、互いにおかしいだろと突っ込んでいる様子を、ダールトンは胃薬を飲みながら見つめていた。

 その横ではディートハルトがそれなりにカオスな光景を、それなりに嬉しそうに撮影している。
  
 「・・・異文化交流とは難しいな」

 ユーフェミアの御意だしこの特区を成功させるためには必要なものなので協力するのにやぶさかではないが、これはないだろうと疲れていた。
 蜂の子だの目玉だの、同じ日本人であるスザクですら引いている食材ではないか。

 しかもフグを高級食材だと言うのにも驚いた。
 いくら特定の部位にしか含んでいないとはいえ、猛毒があるものを何ゆえ高級食材と主張するのか、彼にはさっぱり解らない。

 すったもんだの末、毒がないと確認された食材に関しては取り扱いを認めることになった。
 それにブリタニアの料理人数名が興味を示し、最近では日本の料理人の元に出入りしている。

 少しずつだが、ブリタニア人と日本人は歩み寄りつつある。
 ほんのわずかな一歩でも、それでも少しずつゆっくりと。



 お・ま・け

 中華連邦に到着したマグヌスファミリア一行は、天子の後見人の一人である太師の邸宅に招かれていた。

 「はるばる中華へ、ようこそおいで下されたエトランジュ女王陛下。
 粗餐ですが、どうぞお召し上がり下され」

 老齢の太師に勧められた器の中身を見て、エトランジュとアルフォンスは引き攣った笑みで頂きますと言った後、スプーンを手にする。

 「到着したばかりでお疲れでしょう。氷砂糖入りのヒキガエルの蒸し物は、滋養にとてもよいものですぞ。
 それに冬虫夏草と烏骨鶏のスープも、ぜひご賞味を」

 草とつくから薬草かと勘違いするだろうが、実はこれの正体は虫である。

 心で泣いて顔で笑いながら、エトランジュとアルフォンスは見事に完食したのだった。




[18683] 挿話  それぞれの特区
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/16 12:06
  挿話  それぞれの特区



 「扇さーん、ディートハルトさんからここに松茸あるって聞いて来たんですけど、一緒に食べさせて貰っていいですか?」

 日本食の試食会の翌日、ディートハルトから扇の家にエトランジュから贈られた松茸があると聞いてやって来たカレンに、扇は目を丸くしながら出迎えた。
 ちなみに表向きには妻としている千草は現在買い物に出ており、ここにはいない。

 「どうしたんだカレン。十月のユーフェミア皇女の誕生祭りの試食会で松茸が出たと聞いたんだが」

 「それがね・・・」

 カレンが残念そうな声で試食会であった松茸騒動を語ると、扇はそういえば今朝の朝刊見ていなかったなと特区内で発行されている日本特区新聞を手に取った。

 「本当だ、松茸が日本だけで好まれているって出てるな。
 輸入許可は下りなかったから日本産のみ取扱い可か・・・エトランジュ様もいいタイミングで配ってくれたもんだ」

 「あんな状況で私も食べるなんて言えなくて、それで食べ損ねちゃった。
 ちょっとだけでいいんで、分けてくれませんか?」

 「そういうことなら食べていくといい。千草が調理方法知らなかったもんだから、まったく手つかずだったんだ。
 ・・・でも参ったな。外国人は松茸の匂い駄目なんだろ?千草食べられるかな」

 ふと扇が心配そうな顔をしたので、そういえば扇の内縁の奥さんはハーフだったとカレンはどうしようと悩んだ。

 「貰ってから時間経ってるってことは冷凍保存でしょ?香りは残念だけど飛んでるんじゃないかな」

 「そうか、それなら何とか大丈夫かもな。
 実はレシピを同僚の教師から貰って来たから、千草が帰ってきたら作って貰うよ」

 扇は経済特区日本にある小学校の教師をしている。ナンバーズを意識してしまうことからクラスは数字やアルファベッドではなく、幼稚園のように月組や星組と名付けられた。

 「扇さん、何だか楽しそう。お兄ちゃんも生きていたらきっと・・・」

 「ああ、ナオトも喜んだろうにな。
 生徒達ものびのびと勉強が出来ると喜んでなあ、戦争前にあったモンスターペアレントや学級崩壊とかいじめとかもなくて、理想的な環境だよ」

 扇が嬉しそうに学校の様子を語るのを見て、カレンは一時的にせよ己の望みが叶った扇に申し訳なく思った。

 (ごめんなさい扇さん・・・一年もすれば終わっちゃう教師生活なんです。
 でも日本が真に解放されたら、副指令は誰かに任せてずっと先生して貰いますから)

 ずっと器じゃないと嘆いていた重責から解放されたせいか、扇は実に生き生きしている。

 「まあ、とにかく千草が来るまで待っててくれ。そういや本部にいる連中は元気か?
 公衆電話で話したいが、禁止されてるからな」

 騎士団本部の場所が探知されるのを防ぐため、特区内の公衆電話から連絡を取るのは禁止されている。
 そのため、騎士団への連絡はすべてカレンを経由して行われることになっていた。

 「うん、玉城もゼロも元気にしてる。
 日本が落ち着いたからゼロ達は一度海外を回って、レジスタンス同盟を組むって言ってたわ」

 「そうか・・・経済特区にいるのは俺とカレンだけだからな。他の連中は?」

 「農業特区の南さんはホッカイドウでお米作ってて、吉田さんは酪農やってるんだって。
 工業特区の井上さんと杉山さんは、主に電化製品作ってるみたい」

 ホッカイドウでなるべく日持ちするものを作って日本解放時に大いに活躍させ、さらに工業特区で電化製品を作る過程で部品などを横流しする構想の元、特区のメンバーはそれぞれ動いていた。

 「順調ならいいんだ。このまま平和になれば、それでもいいのかもな・・・」

 妹分のカレンも親子の誤解が解けてそれなりにうまくいっているようだし、何も波風を立てなくてもという思いが扇にはあったが、さすがにそれを口には出さない。

 「平和が一番よ、扇さん。でも、ブリタニアが支配している限り、しょせんは一時しのぎでしかないと思う」

 カレンはたかが試食会を催すのに口実を設けねばならない現状や、学校にブリタニアの思想を刷り込む時間割を入れられたりしている状況を語ると、扇はそうだなと溜息を吐く。

 「その思想教育の時間枠は、適当にごまかしてるんだけどな・・・カレンが教育担当官をブリタニア人の協力者にしてくれたから」

 「こういうことのために私がいるんだから、気にしないで。
 そうそう、今度から各特区間で郵便が開通することになったの。
 検閲が入るけど普通の手紙ならやりとり出来るから、内容に気をつけてみんなと連絡してね」

 ゼロが暗号を考えてくれるから出来たら教えるというカレンに、扇は複雑そうに笑った。

 「解った。ないよりマシだけど、検閲か・・・やっぱりブリタニアがいる限り普通の生活は駄目なんだな」

 「だから私達が戦うんじゃないですか。頑張りましょうね」

 カレンは握りこぶしを作って鼓舞すると、扇はああ、と頷く。

 「ところでカレン、千草が帰ってくるまでまだかかるんだが、よかったら先に俺と作るか?」

 そう長いことここにいるわけにもいかないだろうと言う扇に、カレンはう、うんと頷きながら台所に立つ。

 そして十分後、扇は心の中で亡き親友に語りかけた。

 (ナオト・・・貴族育ちにすると駄目なんだな。
 ああそういえば小母さんもドジなところあったな・・・ならこれは血筋なんだろうか・・・?)

 たった十分で調味料を入れ間違えたり無駄に力を入れたりして細かくなったりしたので食べられなくなった下ごしらえの材料と、砕けた皿を量産したカレンに扇は溜息をつく。
 
 ごめんもういいよ俺がやるからと扇に言われた時、無駄に家事能力の高いルルーシュを思い浮かべてカレンは言った。

 「シュタットフェルト家じゃこんなこと出来ないんで、やらせて下さい扇さん!!」

 余りの気迫に気圧された扇がこくこくと頷くと、カレンは再び包丁を手に取った。
 そして思い切り包丁を振り落として大根を切った・・・まな板ごと。

 それから五分後、壊した調理器具を買いに行くために扇宅を出るカレンの姿があった。



 カレンが特区内にあるデパートの調理器具コーナーに足を向けると、彼女はこの特区日本でユーフェミアに次いで有名なシュタットフェルト家の令嬢のため、それなりに顔を知られているせいで視線が集まった。

 「シュタットフェルト伯の令嬢だ・・・何でこんなところにいるんだろ」

 「さあ・・・さっきからまな板とか見てるわね。家で料理でもするのかしら」

 カレンは居心地の悪さに小さく震えると、さっさと用事を終わらせるべく己が壊した調理器具をカートに入れていく。

 そして会計のためにレジに並ぶと、他はすべて日本人だったために一斉に日本人達が彼女に列を譲ろうとしたので、カレンは手を振った。

 「いいんですいいんです、順番は守りますから!」

 カレンが日本人との間に生まれたハーフであることを知らない彼らは、その台詞に感動した。

 「まあ、シュタットフェルトの御令嬢は優しいのですね。この前、順番譲らなかったって激怒したブリタニア人がいたので・・・」

 (やっぱりか!これだからブリタニアは!!)

 「最低限のマナーを守らないなんて、それこそブリタニアの品位を落とす行為だわ。
 こちらできつく叱責します!まったくもう・・・!」

 カレンは見つけたらシメてやる、と決意すると、会計を済ませた。

 扇宅へ戻る途中、さっそく己でシメなければならないブリタニア人と遭遇した。

 十歳くらいの少年がベンチに座って美味しそうにおはぎを食べながら会計をしている母親を待っていると、ちょうどそこへいかにも貴族ですという服装をした軽薄な雰囲気の二十歳前後の男二人が通りかかり、そのおはぎを取り上げて床に叩きつけた。

 「イレヴンのガキが、さっさとどけ!ブリタニア貴族が来たんだ、言われなくても場所を開けろよバカ」

 「言われないと解らない脳みそだから仕方ないだろ。おら、落ちたまずそうなもの取って食え!」

 「あいつら・・・!」

 泣きだした少年を無理やりベンチから引き離してどかっと腰を下した貴族に、母親が慌てて飛んできて息子を抱きしめる。

 その様子を警備員達も見て見ぬふりをしているのに腹が立ったカレンは、その貴族の前にやって来た。

 「貴方達をこれから警察に連れてくわ。罪状は不当な理由で特区内の子供を傷つけた暴行の現行犯よ」

 「なんだと?僕の家は男爵家だぞ!たかがイレヴンのガキをどうこうしたからって・・・!」

 「特区法令により、何人たりとも正当な理由なく日本人に危害を加えることは禁止されているはずよ。
 貴方達は今、ただベンチに座っていただけの子供の腕を無理やり引っ張って床に投げ倒したわよね?」

 「う、うるさい!僕の家は男爵・・・」

 「おい、こいつシュタットフェルト伯爵の令嬢だぞ!経済特区責任者の娘だ!」

 「・・・へ?」

 こういう権力を笠に着て無法な振る舞いをする人間は、より強い権威に弱い。
 自分が何もしていないと訴えても、この少女が見たままを証言すればどちらの言い分が取られるかは明々白々である。

 「いや、あのですねこういうくだらないことで警察の手を・・・」

 「子供に手を上げて平然としてるような人間として間違っている人を、この特区内でのさばらせておくのは、ユーフェミア皇女殿下の気高いご意志に反します!」

 こういう場面で安易に抜かれる伝家の宝刀を持ち出されて、男爵家の男は途端に卑屈になって言い訳にならない言い訳を始めた。

 「いやあの我が男爵家はこの特区に多大な寄付を・・・」

 「貴方の父君の財力は必要ですが、貴方自身はいりません。
 とっとと荷物まとめて出て行って二度と出入りしないことで男爵家の名誉を守るか、警察沙汰になって御父君もろとも特区のニュースの一面を飾るか、どちらを選びます?」

 「今すぐ租界へ帰らせて頂きます!」

 選択の余地はなかった。
 男爵家のバカ息子達が泡を食って逃げだすのを、その場に居合わせた日本人達は笑いをこらえて見送った。
 
 「あの無法を働いた者は二度と特区に出入りさせません。
 表沙汰に出来ず申し訳ありませんが、これでよしとして頂けますか?」

 カレンの言葉にむやみに騒ぎを起こしてせっかくの特区を潰されたくない日本人達が同意するとカレンはごめんなさいと再度謝罪した後、と扇宅に向かって小走りで走り去った。

 (これで三人目だ・・・短期間でこういうのが出られると困るのよねほんと)

 口止めしたからと言っても、人の口に戸は立てられない。
 積み重ねればブリタニア人の法を無視した行為が許され続けると、日本人達が特区から離れる危険がある。

 (始まったばかりだってのに・・・いったん成功させないといけないんだから、一度きつく全体でシメたほうがいいかもしれないなあ)

 カレンは政庁までコーネリアに報告に出向いているユーフェミアに相談するかと、溜息をつくのだった。



 同時刻、政庁でコーネリアに面会したユーフェミアは特区の報告を行った。
 未だに身体が思うように動かないコーネリアは無理をして正装をまとい、総督室でその報告を聞いている。

 「順調にいっているようなら何よりだ。
 農業特区は元から農業を営んでいる者達が中心なので今年中の収穫もあり、か」

 「ええ、これでエリア11の食料自給率の安定が見込めます。
 工業特区における電化製品も、来月中にはエリア11内で販売が可能とのことですわ」

 「よくやったユーフェミア副総督。だが、十月のお前の誕生日を祝うこの企画だが・・・」

 特区業績に置いて見事な成果を上げている妹に、コーネリアは成長したと喜びつつも日本人に甘い政策を取る彼女にどうも不安を覚えていた。

 「はい、十月にある私の誕生日をお祝いしてくれることになったのです。
 試食会や出し物の確認も済んだのですが、楽しかったですわ」

 「ダールトンから聞いた。オクトパスだの異様な臭いのキノコだのという意味不明な食材をどう扱うかで揉めたとな」

 「別ににほ・・・いえ、イレヴンの方々に悪気があったわけではないのですから、よろしいではありませんか」

 「それはそうだが、あまり奴らに甘い政策を取るなよ。
 ・・・今のところはバランスが取れているようだから、この調子でな」

 ユーフェミアが日本人をイレヴンと呼んだことで、きちんとブリタニア人と区別をつけていることが出来ているならそうきつく言うまいと考えた。

 「平和的な手段で交流を深めていく方がいいと思ったのですわ。
 それにルルーシュも食べていたっていう屋台の食べ物を私も食べてみたかったのですもの」

 「何、ルルーシュが?何故屋台の食べ物など食べていたのだ」

 ろくな食生活をさせていなかったのかと眉をひそめるコーネリアに、ユーフェミアの背後に控えていたスザクが答えた。

 「実は日本には祭りの際に屋台をたくさん並べる風習がありまして・・・。
 ちょうどルルーシュ・・・殿下がおいでの際は預かっていた自分の家でお祭りが幾度か開かれておりましたから」

 「そういうことか・・・それでお前も興味を示したのか」

 「ええ、とても面白い食べ物ばかりでしたわ。
 切ったら犬の絵柄が出てくるマキズシとか、オセンベイにソースで絵を描いたりとか、ナナリーが好きだって言うわたあめも美味しくて!」

 いかに試食品で食べたものが見た目にも楽しくて美味しかったかを嬉しそうに語るユーフェミアに、コーネリアは亡き末弟と末妹を思い浮かべた。

 「そうか、それならぜひ私も食べてみたいものだな」

 既に問題がないものばかりに許可を出してあるのなら、そうまずいものはあるまいと考えたコーネリアの言葉に、ユーフェミアは顔を輝かせた。

 「ええ、ぜひおいでになって下さいな!オクトパスというと皆さん気持ち悪がりますけど、茹でるだけであんなに美味しそうなんです。
 和菓子もご覧になって下さいな、綺麗でしょう?」

 報告書に添付された美しい花形の和菓子の写真に、コーネリアはほう、と素直に感心する。

 「なるほど、ブリタニアとはまた違った趣きの菓子だな。
 お前の誕生日だ、好きにするといい」

 実は本国の目もあるのでもう少し格を重んじたパーティーにするよう言い聞かせようと思っていたコーネリアだが、この地で儚く散った弟達が好きだったものを自分もと言う彼女らしい思いに情を動かされ、やめることにした。

 「ありがとうございますコーネリア総督閣下。
 閣下がお越しになって下さることが、何より嬉しいプレゼントですわ」

 日本特区に反対していた姉が来てくれるのが嬉しいと全身で語るユーフェミアに、コーネリアも笑みを浮かべる。

 「総督として一度は視察に行かねばならんと思っていたところだ。
 十月には私の身体も元に戻っているだろうから、安心しろ」

 「はい、お待ちしておりますね。では、私はそろそろ特区に帰ります」

 ユーフェミアは特区に集中するため、現在の住居は経済特区フジである。

 「そう急がずとも・・・今夜は政庁に泊っていけばよかろう」

 「いいえ、まだまだ仕事が残っておりますもの。
 明後日からは農業特区ホッカイドウに視察に行かなくてはなりませんし・・・」

 「ああ、あそこは冬になれば雪が凄いそうだからな。今のうちに行った方がいいだろう」

 「ええ、ブリタニア特区協力者のエドワードさんが気温の変化をよく知らずに風邪をこじらせて入院してしまったそうですの。
 お見舞いは感染ったらいけないということで遠慮させて頂きますけど・・・」

 ユーフェミアが少し残念そうなので、コーネリアは当然だと頷く。

 「お前に何かあったら、特区もまずいことになる。
 ダールトンからろくに睡眠もとらず無理をしていたと聞いたが、くれぐれも自愛するように」

 「皆様からもそう叱られてしまいました。
 早寝早起き、栄養のとれた食事をするだけでも違うとエドワードさんが教えて下さいましたから。あと、アロマテラピーの方法など」

 「いいことだ。なかなかいいアドバイザーがいるようで、安心した」

 こういう面での的確なアドバイスは、ダールトンやスザクなどでは難しいだろう。
 自分の代わりに私的な面でも気にかけてくれる者がいることに、コーネリアは安堵した。

 「政治を司る者としての自覚も出たようで、私は嬉しいぞユフィ。
 ・・・くれぐれも身体に気をつけるように」

 「お姉様・・・!はい!」

 ユーフェミアは最愛の姉に褒められたことが嬉しくて、ユーフェミアは笑顔で総督室を後にする。

 それを見送ったコーネリアは、ずっと己が守ってきた最愛の宝物の成長を確かに喜びながらも、同時にどこか寂しいものを感じて小さく首を横に振った。

 「・・・少し見ない間に、大きく成長したようだなユフィは」

 「はい、姫様。この分ならば黒の騎士団を始めとするテロリストをエリア11から排斥出来れば、この地はユーフェミア様にお任せしても安心かと」

 ギルフォードの言葉にコーネリアはそうだなと頷くと、黒の騎士団についての報告書を再度手にする。

 「特区にはあれ以降手出しはしていないようだが、各地で犯罪組織の撲滅を行っているな。
 最近では数が少なくなっているせいで数ヶ所にとどまっているようだが」

 「は、特にリフレイン密売組織はほとんどが壊滅しているようです。
 情けないことに地方長官などの高官が関与していた動きが明らかになりまして、ユーフェミア様もたいそうお怒りで厳罰に処すようにおっしゃっておいででした」

 「そんなザマだから、ゼロが調子に乗るのだ!
 幸か不幸か連中は今静かだ・・・ブリタニアの国威をこれ以上落とすわけにはいかん」
 
 コーネリアは現在収監中の汚職に関わった高官達の処刑を決定すると、特区日本の影響で日本文化に興味を示すブリタニア人が増えたと特集が組まれた新聞に視線を落とす。

 「日本食の次はキモノか・・・確かに美しい柄だが」

 「着るのは難しいのでペルシャ絨毯のようにインテリアとして飾る者がいるそうですね。ユーフェミア様のお誕生日に献上するという企画があるとか」

 業績も順調に上がっており、租界から特区に観光目的で訪れるブリタニア人もユーフェミアの誕生日以降は増えるだろう。特区が成功したと言える日が来るのも、そう遠くはないかもしれない。
 特区に対して収益をブリタニアに戻す法案を早急に通すべきかもしれないと、コーネリアは考えた。

 (イレヴンの支持を集めているユフィが締め付けるより、私がやる方がいい。
 あれに対してイレヴンに不信を抱かれたら、特区が終わるからな)

 コーネリアはそう決意すると、執務室で書類に向かうのだった。



 カレンが扇の家に戻ると、彼の内縁の妻である千草が戻って来ていた。

 「戻りました扇さん!壊しちゃった器具、買ってきました」

 「ああ、千草も今戻ってきたところだから、ちょうどよかったよ」

 無残に壊された料理器具を前に途方に暮れていた褐色の肌をした背の高い女性・千草ことヴィレッタは、カレンが買ってきた調理器具を見てほっと胸を撫で下ろした。

 「お帰りなさい、カレンさん。
 はじめまして、千草といいます。よろしくお願いします」

 にっこりと穏やかな笑みを浮かべる女性の声に、カレンはどこかで聞いたような声と内心で考え込むが、まさか目の前の女性が日本人にとって忌むべき純血派の軍人であるヴィレッタ・ヌゥだとは思いもつかなかった。
 いつもナイトメアで戦っていたのでヴィレッタの顔を見たことがなかったし、そもそも雰囲気からして軍人には見えないのだから無理もない。

 「あ、私こうづ・・・いえ、カレン・シュタットフェルトと言います。
 扇さんには兄との関係でお世話になってました」

 たとえ扇の内縁の妻といえども、どこから漏れるか解らないので素性はバラすなとルルーシュから命じられているカレンがそう自己紹介する。

 「ええ、要さんからお話は伺っています。今日は松茸でしたね。
 要さんの同僚の人から貰ったレシピがありますので、今から作りますから少し待って貰えますか?」

 「す、すみません・・・調理器具壊しちゃって」

 そう言ってカレンが買い揃えた調理器具をヴィレッタに手渡すと、彼女は礼を言って受け取り、手際よくレシピを見ながら料理を始めた。

 冷凍されていた松茸は既に解凍されており、香りは飛んでいたのでヴィレッタは少々顔をしかめた程度で先日のダールトンのような反応はなく、料理が完成する。

 「あんまり香りしないなあ・・・冷凍ものだから仕方ないけど」

 「そうだな・・・でもお吸い物はいい香りだぞ」

 ヴィレッタがマスクをして無理して作ってくれた松茸の吸い物の香りを、扇とカレンが堪能する。

 「ん~、おいしい!松茸ごはんに網焼きー。お母さんにも食べさせてあげたいなあ」

 「エトランジュ様にお願いすれば、また送ってくれるんじゃないのか?」

 EUでは価値がないらしいから、言えば送って貰えるだろうという扇に、カレンは少々申し訳なさそうな顔になる。

 「でもこっちから言ってばかりっていうのもねえ・・・何か日本から送れるものがあればいいんだけど」

 「それもそうか。まあ機会を見て松茸が手に入ったら、小母さんに送ってやればいいさ」

 扇の言葉にそうね、とカレンが笑うと、匂いは合わないが口には合ったらしく、ヴィレッタも松茸を食べている。

 「匂いは苦手ですけど、味はいいですね。
 慣れれば気にならないから、ブリタニアも輸入を認めてくれればいいのに」

 「松茸が受け入れられても、戦争してるからEUからの輸入は厳しいかもな。
 ああでも中華連邦からなら・・・」

 扇がそう言いかけたが中華とブリタニアとの政略結婚を阻止するべくゼロとエトランジュが動いているんだっけと思いだし、日本解放まで松茸は当分お預けだなと内心で溜息をつく。

 「・・・ま、栽培とか出来るようになったら、食べられるようになるさ。
 食事と言えば、明日から学校で給食が出るんだ。そっちも楽しみでなあ」

 教師生活を堪能しているらしい扇の話を、カレンとヴィレッタが食事をしながら楽しそうに聞いている。

 松茸づくしの夕食が終わった後、カレンは時計を見て慌てて立ちあがった。

 「やばい、そろそろ帰らなきゃ!今日はごちそうさまでした扇さん!」

 「ああ、遅くならないうちに戻った方がいいな。じゃあ、また」

 「はい。千草さんも、夕食美味しかったです。では、また」

 「ええ、またどうかいらっしゃってね」

 自分の正体が知られないよう軽く変装したカレンは、とうとう千草(ヴィレッタ)の正体に気づくことなく扇宅を出た。

 この辺りは扇と千草のように日本人やブリタニア人、もしくはハーフが共に居住する地域で、特区内でも注目が集まっている場所だ。

 ユーフェミアの理想に一番近いとされているが、同時に文化や習慣の違いによるトラブルが多い地帯でもあるためなのだが、ことがことなだけになかなか解決が難しい。

 ユーフェミアから黒の騎士団内でもブリタニア人がいるそうだが、このようなトラブルにはどう対処しているのかと尋ねられたことがある。
 黒の騎士団の場合、ブリタニア人でも日本人でもないエトランジュ達が間に立っており、重いトラブルだとゼロ自ら対処していると告げると第三者がいない特区内では使えない策なので諦めた。

 その都度話し合って折り合いをつけていくしかないので、そのためにもお互いの文化交流を深めていくべきだとカレンは思う。

 まだ陽が完全に落ちていないせいか、まだ子供達がいる公園を通りかかると、ブリタニア人の子供達が日本人の子供達と一緒にかごめかごめをして遊んでいるのが見えた。

 「か~ごめかご~め、籠の中の鳥は~♪」

 大人の思惑やしがらみなど知らぬげに楽しそうに遊んでいる彼らを見ると、頬が緩む。

 ほんのつかの間でも、何と平和で和やかな光景だろう。
 いつか日本が解放される日が訪れても、この光景だけは永遠に続けばいい。

 カレンは心からそう願いながら、経済特区にあるブリタニア人専用マンション最上階にあるシュタットフェルト家の別宅へと足を向けるのだった。



 その夜、ユーフェミアは就寝前にスザクに言った。

 「お姉様はルルーシュとナナリーのことを気にかけていらっしゃる分、彼のことを出されると弱いみたい。
 なら、ナナリーを記念した病院を建てたいと言えば許可して下さるかしら?」

 ルルーシュのことは信頼しているが、危険なことをしている分万が一ということがある。
 その時ナナリーだけでも保護したいと考えているユーフェミアは、安全に彼女を保護出来る環境作りをしたいと思ったのである。

 「木を隠すなら森の中って言うし、ナナリーと同じ境遇の子をたくさん集めればバレにくいわ。
 前々からこういう施設を造りたいと思ってたもの、特区の業績が伸びれば福祉政策の一環として何とかお姉様の御許可を頂ければ・・・」

 以前のユーフェミアならば思いもつかないであろう他人の心情を理解した上での作戦に、スザクは驚きながらも頷いた、

 「いい考えだと思うよ。ルルーシュに言えばうまい計画書の出し方や根回しの仕方を教えてくれるんじゃないかな」

 ナナリーのためなら寸暇を惜しんでやってくれるとスザクは確信している。
 それを聞いたユーフェミアは、困ったような笑みを浮かべた。

 「医療特区と名付けて大規模な医療施設を造るのが一番理想だけど、まずは大病院くらいから始めましょう。
 ナナリーには来て欲しいけれど、その場合ルルーシュに何かあったってことだから複雑だわ」

 「戦争をしているんだから、まさかの時のために準備をするのは悪いことじゃないと思うよ。
 それにナナリーが来なくても、福祉機能を整えることは正しいんじゃないかな」

 「そうね、スザクの言うとおりだわ。
 特区の業績が黒字に転じたら、すぐに通せるように今から計画書を立てましょう」

 ユーフェミアはそう決意すると、ルルーシュにそれを伝えるべく、明日になればカレンに話そうと明日会いたいというメールを彼女に送信するのだった。



[18683] 挿話  ティアラの気持ち  ~自立のナナリー~
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/23 10:49
挿話  ティアラの気持ち  ~自立のナナリー~



 メグロにある孤児院で、ナナリーは本日ラクシャータと言う医療医療サイバネティック技術の第一人者だという彼女の診察を受けていた。

 「・・・検査の結果なんだけどね、神経が銃弾でやられているから完全に繋ぐのは無理ってことが解ったわ。
 でも神経の代替品を埋め込めば、元通り歩けるようになる可能性は高いと思う」

 「そうですか・・・以前は義足をと言われたのだが、そこまでしなくてもいいということですか?」

 ルルーシュの問いにラクシャータが頷くと、足を切断しなくても治療が可能ならその方がいいと考え込む。

 ラクシャータが来たのはエトランジュの依頼と言う形にしてあるため、彼女はゼロの正体を知らずにここに来た。
 他にもシンジュクやサイタマで腕や足を失くした者が数名おり、キョウトや有志の者が治療費を出して新たに義手などをつける者もいる。

 「手術時間も義足をつけるよりは短いし、リハビリもまだ若いんだから半年か一年もあれば充分だと思うわあ~。
 この子十四歳だし、一番処置に適した年齢だからいいんじゃないかしら」

 「足を切り落とされなくても、歩けるようになるんですか?本当に?」

 ナナリーは義足を使えば歩けるようになると言われた際、足を切るのが怖いと怯えて尻ごみしていた。

 ルルーシュも気持ちは解るので無理じいはせず、七年と言う歳月を車椅子で生活させていたのだが、せめて足だけでも治してやりたいと考えていたのでラクシャータに相談することにしたのである。

 「手術は麻酔をかけるし、怖くないのよ~。むしろその後のリハビリが大変だけどね~。
 けどこのご時世だし、何が起こるか判んないから日本が今特区で安定している間にやっといたほうが、いいんじゃないかしら?」

 ラクシャータの言葉はもっともなもので、ナナリーも歩けるようになりたいという憧れはある。
 それに歩けないせいで日本占領時の戦争では兄とスザクにたいそうな負担をかけてしまったという負い目もあった。

 「それはそうですけど・・・でも怖い・・・」

 「ま、気持ちは解るし・・・ゆっくり考えてからにすればいいわ。
 データも取らせて貰ったし、OKが出たらすぐに作ってつけてあげる。今忙しいから、2、3ヶ月かかるけど。
 解らないことがあったら、どんどん聞きにおいで」

 ラクシャータに微笑みかけられたナナリーははい、と答えると、悩んだ表情で診察室を出て行く。
 彼女が出て行った後、ラクシャータは打って変わって少し厳しい声でルルーシュに向かって言った。

 「医療に携わる者として患者のプライベートに首を突っ込んじゃいけないんだけどね・・・あの子どうしたの?」

 「・・・何か不自然なことでも?」

 「あの子の足の傷から見て、どう考えてもわざと足を撃ったとしか思えないのよね。
 確かに逃げないように足を撃つってのはある話だけど、その場合あの子が人質か何かだったってことになるし・・・事件に巻き込まれでもしたのかい?」

 「・・・ええ。詳しいことは言いたくないので言えませんが」

 ルルーシュはかろうじてそう応じたが、ラクシャータの言葉に内心で眉をひそめていた。

 (故意に足を撃たれた、だと?ナナリーは母さんに庇われて足を撃たれたと聞いたが・・・)

 「わざと撃たれたという根拠はなんです?」

 「あの子の足ね、至近距離で撃たれた痕跡があったんだよ。
 しかも両足とも同じ膝下位置で撃たれてたから、同一人物があの子の足を使い物にならなくする目的で撃ったとしか考えられないねえ」

 「なんだと・・・?」

 ラクシャータの言が正しいとするなら、ナナリーはまず足を撃たれてアリエス宮を襲ったテロリストの人質にされ、それを見て抵抗を封じられた母が襲われたということだろう。
 だが自分が二人を発見した時、息絶えた母の腕の中で怯えるナナリーがいたわけで、母がナナリーを奪還した前後に撃たれたということになるのだが・・・。

 (だが母さんが蜂の巣にされたというのに、ナナリーには足以外まるで怪我がなかった!
 第一先にナナリーの方が襲われたなら、それに母さんが気づかないはずがない!)
 
 伊達に元ナイトオブラウンズの地位にいたわけではないし、そもそもアリエス宮には母を慕う警備兵が大勢いたことを憶えている。
 ナナリーが襲われたと判断したなら、警備兵を招集して事態に対処しようとするのが普通だろう。
 だがそんな騒ぎが起これば、いくら寝ていた自分でも目を覚ます。
 
 (だがあの男や診察した医者、捜査にあたった連中全てが母はマシンガンで撃たれ、それに庇われたナナリーが足を撃たれたと言った!
 しかし、綺麗に両足ともに同じ位置で撃たれるなどあり得ない!)
 
 つまりはその報告自体が虚偽だということになるが、それもまた皇族、それも高位に連なる者が犯人であることを示唆している。

 (ナナリーの記憶さえ戻れば、詳しいことが解るんだがな)

 実はアルカディアからギアスでそのことを聞けないかという案が出されたのだが、無理やりに聞きだすのも嫌だったし何よりナナリーは目が見えないのでギアスをかけることは出来ない。

 (無理にナナリーから聞きだしてトラウマを抉るより、マオに記憶を探って貰うか・・・あの子は忘れただけだが、記憶は消せるものじゃないと本で読んだからな)

 本人が忘れたつもりでも、脳ははっきりと記憶している。催眠術などで聞き出せることもあると本で読んだルルーシュは、後で彼に頼んでみようと決意した。

 「・・・情報、ありがとうございます。
 ナナリーが手術に同意したらすぐにつけられるように、その神経装置を作っておいて貰えませんか?」

 「いいわよ~。足が治ればもしかしたら目も治るかもしれないしねえ」

 ラクシャータがカルテに何やら書き込みながら言った。

 「心因性の視力障害ってのは、ストレスが原因のケースが多いんだけどね。あの子の場合その事件が凄いストレスになってると思うの。
 だからその事件を象徴してる足が治れば、トラウマを克服できるきっかけになるかもしれないってこと~」

 「なるほど・・・妹にも話しておきます。それでは」

 ルルーシュはラクシャータに頭を下げると、自分も診察室を出るのだった。



 ナナリーが最近よくいる場所は、リビングルームだった。
 みんなでリビングで音楽を聴いたりハンドベルを鳴らしたりして楽しんでいる。

 最近では少し型は古いが電子ピアノが置かれ、ルルーシュも暇を見ては弾いてやっていたりする。

 「ナナリー」

 「お兄様!あの、私その・・・」

 「いいんだ、無理はするな。手術は誰しも怖いものだからな」

 ルルーシュの優しい言葉にナナリーはほっとしたように笑みを浮かべると、電子ピアノを弾き始めた。

 「今、日本の童謡を弾いているんです。とても弾きやすくて」
 
 「ああ、上手だよナナリー。もう一曲聴かせてくれないか?」

 「はい、お兄様!」

 電子ピアノの少し雑音混じりの音だが、ナナリーが奏でるとこんなにも美しくなるとルルーシュは兄バカ全開の感想を抱いた。

 曲が終わるとその場にいた全員から拍手が起こり、ナナリーはお粗末さまでしたと恥ずかしそうにピアノから離れる。

 「俺達は子供の頃から習っていたからな・・・ナナリーもペダルなしのピアノなら綺麗に弾けるんだよ」

 「ナナリーちゃん上手―。ピアニストになればいいのに」

 「そんな、私なんて・・・お兄様の方がよほど」

 友人の賞賛にナナリーが謙遜して兄に視線を向けると、ルルーシュは妹の頭を撫でながら笑う。

 「自信を持てナナリー。お前のピアノはあの頃とは比べ物にならないほど上達しているよ。
 俺の年齢になれば、きっと俺より上手になっているさ」

 「お兄様・・・」

 ナナリーが嬉しそうに笑みを浮かべると、他の子供達もピアノやハンドベルを手にして曲を奏でたり、中にはそれに合わせて歌っている者もいた。

 アッシュフォードとは異なる平穏な日々に、ナナリーは満足していた。 
 ここは自分で何でもしなければならないけれど、自分で出来ることが少しずつ増えていくことがこれほど楽しいとは思いもしていなかったから。

 (以前行っていた病院は治らないと一点張りだったけど、ラクシャータさんは治るって言ってくれた。
 歩けるようになればペダル付きのピアノも弾けるし、他の子のお世話のお手伝いだって出来るようになる。
 でも・・・やっぱり怖い・・)

 自分の足に作為が加えられるということは、嫌でも七年前の事件を連想してどうしても怯えてしまうのだ。
 どこへでも行けるようになりたい思いと沸き起こる恐怖とに挟まれて、ナナリーは憂鬱な溜息を吐くのだった。



 その夜、ナナリーは仕事に出かけた兄を見送った後リビングで夕食の片づけを行っていた。

 と、そこへ誰かが転倒して転ぶ派手な音が響き渡り、近くにいた職員が慌てて駆け寄る。

 「大丈夫?私やるから座ってて」

 「いいんだ、やらせて。お皿割れてない?」

 松葉杖をつく音がしたので、転倒したのは片足が使えない少年のようだった。
 最近入所した少年で、親はすでにいないとのことだ。

 「駄目よ無理しちゃ!ほら、こっちにおいで」

 「いいんだ!これくらい出来ないようじゃ、黒の騎士団に入れないじゃないか!」

 少年はそう叫ぶと、再び皿を拾い洗い場に持っていこうとする。

 他の者達は小さく首を横に振って少年が頑張って足を引きずり片づけを進めようとするのを見守っている。

 「あの子・・・黒の騎士団に入りたいんですか?」

 ナナリーが先ほど少年を助けた職員の女性に尋ねると、彼女は頷いた。

 「そう、あの子シンジュクでブリタニア兵にご両親を殺された上に鉄骨を足に挟まれてね・・・それで仇を取るんだって言ってるわ。
 足が治ったら騎士団に入るんだって」

 「シンジュクって・・・あの毒ガスの?」

 ナナリーはトウキョウ租界で聞いたニュースしか知らず、事実を全く知らなかった。
 よってシンジュクで起こった事件が毒ガスを散布した日本人のテロによるものであると認識していたのである。

 それを知った職員は慌ててナナリーの口を塞ぐと、周囲を見渡して誰も聞いていないことを確認し、ほっと安堵の息をつく。

 「駄目よナナリーちゃん!いくら租界から来たばかりだからって、そんなこと言ったら睨まれちゃうわよ」

 「どうしてですか?」

 不思議そうに問いかけるナナリーに、職員はそっと彼女を誰もいないベランダへと連れ出した。

 「あのね、シンジュクで起こった事件で報道されてるの、あれ全部嘘なの。
 日本人が日本人しかいないゲットーでテロなんかすると思う?」

 「何かの事故で散布されたっていう報道も聞いたのですが・・・」

 「毒ガスが撒かれたところに、総督が来てどうするの・・・いくら装備があったって、危ないでしょ?」

 そう指摘を受けたナナリーは、確かに異母兄クロヴィスはシンジュクで暗殺されたと聞いたので、そういえば毒ガスが撒かれた場所にいるのはおかしいとやっと気づいた。

 「だからあれはテロリストの殲滅っていう名分で行われた日本人虐殺なのよ。
 あの男の子の両親だって、ブリタニア兵に撃たれて死んだんだから」

 悲しげな声音の職員に、ナナリーはどちらが正しいのか解らず途方に暮れた。
 
 「ごめんね、同じブリタニア人の悪口を聞かされてるみたいでいい気分じゃないわね。
 でも、少なくともここじゃそういう認識だから、うかつに口に出さない方がいいわ」

 「はい、解りました。でも、クロヴィス・・・総督が虐殺を・・・」

 庶民の母を持つとほとんどの異母兄姉が自分達を忌避する中、頻繁にアリエス宮に訪れてくれた三番目の兄の行為に、まさかという思いが脳裏をよぎる。

 「クロヴィスは同じブリタニア人には優しかったのかもしれないけど、私達日本人のことなんてどうでもよかったんでしょうね。
 そう言う人は珍しくないけど・・・・」

 「え・・・それはどういう意味ですか?」

 「うん、ナナリーちゃんにはまだ判んないかもしれないけど・・・人間って相手によって態度が変わっちゃうものなの。
 たとえばナナリーちゃん、先生と友達と同じ態度で接したりはしないでしょ?」

 「あ、はい。それなら解ります」

 非常に解りやすい例題にナナリーが頷くと、職員は困ったように笑う。

 「だから、ブリタニア人にとってはいい人でも、私達にしてみたら嫌な総督でしかなかったの。
 コーネリア総督だってゲットーを封鎖して人の出入りを制限したせいで物資を少なくしてしまった時は、ここもあわや閉鎖されるところだったわ。
 今はある程度緩やかになったし、騎士団や有志の人達がいろいろしてくれたからどうになかったけどね」

 「あ・・・テロが起こってるからゲットーと租界の行き来を禁止するって」

 聞いた時はそれなら仕方ないとろくに考えもせず肯定していたが、それがこうして今身近にいる人達にとっては死活問題に発展していたことを知って、ナナリーはブリタニア人と日本人との間の認識の差をぼんやりとではあるが感じ取った。

 「私、ブリタニアの報道をそのまま信じ込んで、疑いもしませんでした」

 「それは仕方ないわ、ナナリーちゃんは目が見えないしまさかゲットーまで来て 真偽の確認なんて出来ないものね。
 でも、物事は一つだけの側面ではないってことは忘れないでほしいな」

 「はい・・・お兄様はどう思ってらしたのかしら」

 ルルーシュはクロヴィスが虐殺をしていたことなど自分には何も言っていなかった。
 けれど兄は賢いから、どちらが真実だったのか知っているのかもしれないと、ナナリーは思った。

 「ああ、ルルーシュさん賢いもんね。お兄さんがどう思っていたか聞いてみるのもいいと思うわ」

 まさかランペルージ兄妹がクロヴィスの異母兄妹だなど想像もしていない職員は、さらっとそう答えた。

 「はい、後で聞いてみますね」

 「・・・ブリタニア人のナナリーちゃんには辛いかもしれないけど、ブリタニア人は日本人にとても酷いことをしているの。
 日本人を殴る蹴るの暴行を加える目的でゲットーにくるブリタニア人なんて珍しくなかったくらい」

 「そんな・・・反撃出来ないんですか?」

 「ほんの少しでも日本人がブリタニア人を傷つけたら、それだけで懲役刑よ。正当防衛なんて認められた例はないわ」

 女性職員から告げられた祖国の人間の仕打ちに、ナナリーは青ざめた。

 「だからね、ナナリーちゃん。ブリタニア人は基本的に日本人からすごく恨まれてるの。
 まあ日本人も関係のないブリタニア人を巻き込むテロなんかしてる人もいるけど、根源はいきなり攻めてきたブリタニアのせいだし。
 ここの人達は全てのブリタニア人が悪いなんて思ってないけど、でもシンジュクやサイタマの件はみんな恨みに思ってるわ。
 だから、うかつに口にしてはダメよ?」

 「はい・・・気をつけます」

 顔色の悪いナナリーを見た職員は、彼女を軽く抱きしめて言った。

 「でも、私はナナリーちゃんが大好きよ。リハビリもしてるしいろんな曲を弾いてみんなを楽しませてくれたりして、たくさん頑張ってるものね。
 それに、そんな貴女を一生懸命に守ってるお兄さんもね」

 穏やかに微笑みそう語る職員に、もしかしたら内心ではみんなブリタニア人である自分を嫌っていたのだろうかと怯えていたナナリーは、安堵の笑みを浮かべた。



 翌朝、ルルーシュは朝食を作ってナナリー達に食べさせた後、片付けは子供達に任せて自室で仕事をするべく部屋に向かおうとすると、ナナリーが真剣な口調で呼び止めた。

 「お疲れのご様子ですのに、ごめんなさい。
 少しお尋ねしたいことがあるんです・・・大事なことなんです」

 「大事なこと?もちろんいいとも」

 愛しい妹の大事な話と聞いては、たとえ締切が一時間後にある仕事があろうとも後回しである。
 幸いそこまで差し迫ったものではないので、ルルーシュは心おきなく妹を自室に招き入れた。

 「大事な話ってなんだい?もしかして手術のことなら・・・」

 「いえ、それではないんです。実は昨日・・・ここの先生から伺ったのですけど・・・」

 ナナリーが昨夜の出来事をかいつまんで話すと、ルルーシュは眉をひそめた。
 ナナリーも兄にとって愉快な話ではないと悟り、意を決して尋ねる。

 「お兄様、あの日確かリヴァルさんとシンジュクを通りかかったっておっしゃってましたよね?
 本当にテロがあったのですか?クロヴィス兄様が虐殺をしたなんて・・・その・・・」

 ルルーシュは妹があの優しかった三番目の異母兄がまさかという思いと、日本人がシンジュクでされたことを恨みに思う施設の子供の言い分も嘘だとは思えず板挟みになっていることを知った。

 真実を口に出せば、心優しいナナリーは家族の所業に心を痛めるだろう。そしてそれを負い目に感じてしまい、施設の子供達と距離を置くかもしれない。

 かと言って事実を隠せば日本人が流す情報を嘘だと信じ、それがまた日本人との間に溝を作ることになる可能性がある。

 どちらに転んでも最善とはいいかねる事態にルルーシュは頭を抱えたが、自分が思い当たらなかった全く正しい注意を職員はナナリーにしてくれたのだ。
 ならばもう下手に隠すことはやめて、クロヴィスのフォローをした上で事実を話すことにした。

 「・・・解った、ナナリー。全て話そう。
 だが、お前には本当に辛いことだ。心して聞いてほしい」

 「はい、お兄様」

 ナナリーはこくりと喉を鳴らすと、兄の言葉に耳を傾けた。

 「結論から言うと、クロヴィス兄さんがやったことは本当だ。兄さんが人体実験にかけていた少女が、日本人レジスタンスに連れ去られてな。
 まあ本当に毒ガスと思いこんで持ち去ったのがたまたまその少女だったらしいんだが、毒ガスなんかじゃない」

 「じ、人体実験・・・・?!クロヴィスお兄様はそんな恐ろしいことを?!」

 「ああ・・・どうもそうらしい。C.Cを知ってるだろう?彼女がそうだ」

 身近にいる兄の部屋に時折やって来ては泊まり込む女性を思い出したナナリーは、いきなり想像もしていなかった話に身体を震わせた。

 「俺はたまたま巻き込まれて、彼女を見つけた。
 そして毒ガスが奪取されたことにしてクロヴィス兄さんは軍を出動させたわけなんだが、その中にスザクがいたんだよ」

 「スザクさんとはそこで既に再会なさっていたのですね。それで・・・」

 「あいつはテロリストと勘違いされた俺を庇って、何とか俺を逃がしてくれたんだ・・・C.Cも一緒にな。
 ・・・その時のシンジュクの様子は酷いものだった。
 ブリタニア兵が武器を持たない日本人を平気な顔して殺戮する、まさに地獄絵図だったよ。
 ゼロがクロヴィスを殺して止めていなければ、シンジュクだけで被害が済んだかどうか・・・」

 「そんな・・・クロヴィスお兄様、どうして・・・」

 この世で一番信頼する兄が肯定したことで、ナナリーはようやくシンジュク事件がブリタニアによる虐殺であったことを信じた。

 「おそらく、怖かったんだろうな・・・皇族としての地位を奪われるのが。
 弱肉強食が掟のブリタニア皇族だ、常に成果を上げなければその地位は廃嫡される。クロヴィス兄さんは七年もこの日本を統治していたのに、衛星エリアに昇格させるどころかレジスタンスによる抵抗を治めることも出来なかった。
 たぶんだけどこれ以上現状のままなら総督を解任するというような最後通牒でもあって、焦って非人道的な行為に手を伸ばしてしまったんだろう」

 ルルーシュはクロヴィスを悪人だとは思っていない。
 ただ皇族としては頭があまり良くなかったばかりに、人間として当たり前の自己保身に走った結果、安易な手段に手を出してしまっただけの凡人だった。
 普通の貴族の二男三男辺りとして生まれていれば、その芸才を発揮して有名になり、彼としても本望の人生を歩めていたであろう。

 まだ自分がブリタニアにいた頃、私は皇帝の器ではないと言っていたからある程度己の才能の分を理解していただけに、それに合わぬ競争を強いられた犠牲者だ。

 「クロヴィス兄様・・・お可哀そう」

 「ああ、確かに気の毒な人だよ兄さんは。だけど、だからと言って虐殺が許されていいわけがない。
 そんな身勝手な都合で殺された人達の方が、もっと気の毒だ」

 「そ、そうですねお兄様。
 では、先生がおっしゃっていたゲットー封鎖や日本人に酷いことする人達がいるっていうのも・・・」

 「事実だよ。最近はユフィの政策のお陰でとんと見なくなったけど、租界でも珍しい話じゃなかった。
 ゲットー封鎖時には食料の盗難事件が頻発して、黒の騎士団が出動する騒ぎになった地域さえあると聞いたくらいだ」

 盗んだ方も生きるためとは言え盗みを許すわけにはいかず、騎士団は数度に渡ってゲットー周辺を巡回したり食料を配布したりしていたが、充分なものではなかったためにかなり苦労していた。

 「そうですか・・・それではサイタマの件は何ですか?先生からは名前だけしか聞いてなくて・・・」

 「・・・・」

 クロヴィスに次いで仲の良いコーネリアの所業を説明しなければならないのかと、ルルーシュは鬱になった。
 全く仲の悪かった他の異母兄やギネウィアなどの所業だったなら、ためらうことなく話せたものを。

 「・・・俺としては言いたくないほどなんだがな。
 コーネリア姉上はゼロを誘き出すためにサイタマを封鎖して同じく虐殺をしたそうだ。
 あのあたりは確かにレジスタンスが多くいたが、それでも大部分が活動らしい活動をしていない住民が大半だったと聞いているよ」

 「あの武人のコーネリアお姉様がですか?!何もしてない方々を殺すなんて、そんな方ではありませんでした!」

 驚きを隠せず叫ぶ妹に、ルルーシュはそうだな、と何とも言えない表情で応じた。

 「ゼロを誘き出すのは仕事だからいいとしても、日本人をなんだと思っているのかが解る所業だな。
 エトランジュ様もその時の生き残りの人と知り合いのようで、話を聞いた」

 「エトランジュ様が・・・」

 自分と兄との間に立っていろいろ相談に乗ってくれた少女の言葉ならそうだろうと、ナナリーは思った。

 自分がゼロであることは話さなかったが、それ以外についてはおおむね事実を話したことに、非常に複雑な気分だった。
 いっそ全て話すべきかと悩んだが、それは今回は見送ることにして妹に語りかける。

 「姉上やクロヴィス兄さんにも事情があるのだろうが、それでもやっていいことと悪いことがある。
 クロヴィス兄さんとは無理だが、コーネリア姉上とはいずれ出来れば話をと考えている。
 ユフィも協力してくれるだろうし、特区に病院を作ったらお前を招待したいと言っていたそうだ。
 日本人を大事にしてくれるユフィなら俺も信じられるから、俺もそのためならいろいろ手助けしてやりたいんだよ」

 「ユフィ姉様・・・!私も特区に行ってみたいと思っておりました。よろしいのですか?」

 「うまくごまかせるよう、カレンも協力してくれるそうだよ。だからナナリー、お前も協力してほしいんだ。
 日本人とブリタニア人が仲良く暮らせる、優しい世界を造るために」

 「もちろん、私に出来ることでしたら・・・でも、何が出来るのでしょうか?」

 最近は多少の自信が出てきたようだが、それでもまだまだ出来ないことの方が多い自分にコンプレックスのあるナナリーがしゅんとなると、ルルーシュは彼女の細い体を抱きしめながら言った。

 「これからも日本人と仲良くして欲しい。
 俺達の家族は確かに日本人に対して多大な迷惑をかけてきたが、だからといって距離を置いたりすればいつまでもこのままだからな。
 ユフィもそんな事情を知っていて、どちらとも手を取って前に進むために特区を作ったんだ、お前にもそうして欲しいんだよ」

 「お兄様・・・!」

 自分にも出来ることがあるから頑張って欲しいという兄の言葉に、ナナリーは涙を浮かべて喜んだ。
 信頼していた家族の恐ろしい所業を聞かされ、ここにいる日本人達の前にどんな顔をして出ればいいのかと怯えていたナナリーの心に希望の光が灯る。

 「私、頑張ります。いつかみんなで仲良く暮らせるようになるために・・・!」

 「ああ、お前になら出来るよ。兄さん達の件については、これはもう終わったことだしお前には罪のないことだ・・・気にするのは解るがな」

 自分でさえ半分血の繋がった兄姉の行為に眉をひそめたのだ。
 心優しいナナリーがどれほど心を痛めるのかと思うと、とても口に出せずにずるずると隠してきた。

 けれどもう隠しておくことは出来ない。いつかは自分がゼロであることを話さなくてはならなくなる時も、そう遠くはないだろう。

 「ナナリー、一つだけお前に謝らなくてはならないことがある」

 「何ですか、お兄様」

 兄の心からすまないと感じている声音を感じ取ったナナリーが不安そうに尋ねると、ルルーシュは言った。

 「お前にだけは嘘は言わないと約束したが、実はそうではないんだ。
 お前に傷ついてほしくなくて、嘘をついたことがあるし言っていないこともたくさんある」

 「お兄様・・・」

 ナナリーは嘘をついていたことがスザクと再会したのが本当は学園ではないこと、シンジュクで起こった事件などのことだと思ったが、それだけではないことを言葉から知った。

 「そんなこと・・・七年前スザクさんのお家に預けられた時から存じておりましたわ。
 あの日、スザクさんの土蔵を綺麗なお家だって言って、それをスザクさんが嘘だってあっさり教えちゃって台無しになりました」

 「・・・・・」

 「お兄様は私を愛して下さっているから、クロヴィス兄様やコーネリア姉様のことを黙っていたことくらいは、私にだって解ります。
 他にも、あるんですね・・・私には言えないこと」

 ナナリーは車椅子の手すりを指で撫で、動かせない足を動かそうとしてやはり動かない足に首を横に振る。

 「エトランジュ様がおっしゃってました。自分を一番大事にしてくれる人が何も言わない場合は、例外なく自分のためだって」

 「エトランジュ様が?」

 「ええ・・・あの方もご家族からいろいろ隠し事をされてるみたいなんです。
 私、以前からお兄様のお仕事とか知りたくてお尋ねしたら、秘密だから言えないって答えて頂けなかったんです。
 家族にも言えないことってなんだろうって言ったら、そう言われました」

 どうして追及しないのかとナナリーが尋ねると、答えは単純だった。

 「『家族を信頼しているから』だそうです。言わないのはきっと自分が傷ついたり不利益になることだろうから、ならば聞かない方がいいと思ったそうです。
 いつかお話ししてくれることも信じているから、自分に話せる価値・・・というのもおかしいけれど、そうなれる自分になるために頑張るのだと」

 「・・・あの方らしいな」

 マグヌスファミリアの一族の絆は頑強だ。
 何しろお互いに心で会話をし、言いたい放題している彼らの中でも、秘密というものは存在する。
 秘密を持たれて愉快な人間はいないだろうが、それでもそれを探らないことに疑問を持たないということがその強さを示している。

 「今回も、話して貰うのを待とうかなって思いましたけど、これは一時しのぎにしかならないと思って・・・聞いてよかったです」

 「そうか・・・強くなったなナナリー」

 「そう言う人はこの施設の中にもいらしたんです。お子様の治療費を稼ぐために、人には言えない仕事をしている方もいるって・・・・。
 私全然知らなかったんです。お金を手に入れるって言うことが大変だったなんて」

 母親が身体を売っていることを知った子供が親を問い詰めた時、エトランジュはしたくてしている仕事ではないしこの状況下ではやむを得ないことだと懇々と説いていた。
 隠していたなんて酷いと言う少女に、貴女に心配させたくなかったし引け目を感じて欲しくなかっただけ、お母様が貴女を愛していることが解らないはずはないでしょうと諭すと、少女は頷いていた。

 「賭けチェスのことも、それくらいしないと私の治療費なんて無理だろうと教えてくれました。それなのに危ないからやめて下さいだなんて、私は何と愚かだったのでしょう。
 今だってお兄様は事務員のお仕事をなさっているそうですけれど、二人で食べるくらいが精いっぱいだなんて・・・」

 実際のところ給料など出てすらいないのだが、キョウトからの援助金から二人分の生活費を貰っているのでそれを給料だと偽って施設に送っていたりする。
 あまりに多大な額だと怪しまれるので、そういうことにしてあるのだ。

 「ナナリーが気にすることじゃない。お前は妹なんだから、兄の俺が働くのは当然だ」

 「でも、いつかは私も十七歳になるんですよね?お兄様と同じ・・・」

 ナナリーは施設にいる人達を見て、また働きに出る兄を見ていかに自分が兄に依存しているかを否が応にも悟った。
 今はそれでもいいとみんな言うけれど、今はいつか終わってしまう。どんなに楽しい時も、いつかは必ず。

 「私・・・手術を受けます。私も歩けるようになりたいです」

 少しまだ手術に怯えがないわけではないが、足を切断して義足をつけるよりよほどいい。
 それに、苦労に苦労を重ねた兄が貯めたお金を出して治って欲しいと願ったのだ。
 
 ほんのちょっとの苦労くらい耐えなくては、自分はあの日のままいつまでもお荷物だ。
 七年前の戦争時、歩けぬ自分をおぶってくれたスザクに、荷物を抱えて歩くルルーシュ。
 せめて足だけでも無事だったなら、自分の足で逃げることが出来たのだ。

 「楽しい時はいつかは終わるけれど、辛い時もいつかは終わるものだって聞きました。
 今は日本は落ち着いているようですし、足を治して私も働きたいんです」

 リハビリの方が手術の時よりも辛いと聞いた。半年から一年もかかると知った時、ナナリーはそれにも尻込みしたのは確かだった。

 光陰の矢の如しということわざが示すとおり、二十歳を過ぎれば短くすら感じる時間の流れだが、若い時の半年、一年というのは長い。大人が感じるそれよりも、はるかに。
 
 けれどいつかは終わる。
 どれほど辛くても、歩けるようになってしまえばそれが遠い過去のように感じられるほどに。
 
 ピアノの練習をしていた時、あんな難しい曲なんて弾けないと何度も感じたことだろう。
 だけど一度たどたどしくでも弾けてしまえば、後は上達に上達を重ね、弾けなかったのが嘘のように感じたことを覚えている。

 自転車でも乗馬でも、出来るまでが辛いだけだ。だからそれまで頑張ればいい。

 「その意気だ、ナナリー。エトランジュ様もリハビリのために療法士やアドバイザーを呼んでくれるとおっしゃっていたよ。
 みんなが助けてくれるんだ、それを無駄にしてはいけないよ」

 自分で見つけてきた療法士とアドバイザーだが、話としてはそう通してある。
 エトランジュは信用があるので、目立てぬ自分の隠れ蓑をこうして引き受けてくれるのだ。

 「はい、お兄様」

 「すまないナナリー。お前が考えているとおり、俺はお前に隠し事がある。
 だが、いつか必ず話すから、もう少し・・・もう少し待っていてくれないか?」

 自分もクロヴィスやコーネリアほどではないが、人を殺すという非道な行為をして来ているのだ。
 今はまだその勇気はないし、何よりどこから秘密がバレるか分からない以上、せめて日本解放を成し遂げるまでは話せないのだ。

 (今回だって職員の何気ない言葉からナナリーにシンジュクの件がバレたからな・・・秘密を知る人間は出来るだけ少なくというのは鉄則だ)

 「解りました、お兄様。私、待ちます・・・お兄様が全てを話して下さるのを」

 「ありがとう、ナナリー」

 「お兄様が私のために頑張って下さっているんですもの、これくらいは私も我慢しなくてはいけません。
 お兄様も、もうすぐ出張にお出かけになるそうですし」

 ナナリーの少し寂しそうな声音にルルーシュはうっと声を詰まらせたが、不可欠なことなのでそれを振り払って言った。

 「ああ、エトランジュ様にどうしてもと頼まれては断れないよ。
 一か月はかかるが、時間があればこちらに戻る時間をくれると言ってくれたし」

 都合のいい言い訳に打ってつけのエトランジュに、ルルーシュは心の底から感謝した。
 ナナリーの信用もある意味自分より高いし施設の人間からの好感度もあるので、彼女の名前を出せばさほど不自然に思われずに済むのである。

 「いろいろお気を使って下さって、優しい方ですねエトランジュ様」

 「ああ、いずれお礼をしないといけないな」

 ルルーシュが日本に戻っている間、代わりにアルカディアがゼロとして中華で動かなくてはならない。
 そのフォローに回るエトランジュも活動するアルカディアにも大層な負担だが、妹大事なのがルルーシュという人物であると既に理解しているので何も言わなかった。
 彼女達もまた家族大事の人間なので、彼の思いを理解しているというのもある。

 「解りました、お仕事ですものね。お兄様もあまりご無理をなさらないで下さいね」

 「ああ、解ったよナナリー」

 妹を抱きしめて、ルルーシュは一つまた心が軽くなるのを感じた。
 自分がブリタニアを壊すゼロだということを、いつか話すことになるかもしれない。

 だが、隠し続けるには重いものであることも確かだった。その覚悟はあったし、今でも隠し続られるならそれでもいいと考えている。
  
 クロヴィスやコーネリアの所業のほうをこそむしろ言いたくなかったくらいだ。
 日本解放が成った暁にはその情報だけをナナリーからシャットアウトするつもりだったが、考えてみればこのゲットー内でシンジュク事変だけでも彼女の耳に入る可能性は高かったのだ。

 「ナナリー、クロヴィス兄さんやコーネリア姉上にだって大事なものがあってそれを守るために戦うこと自体は間違っていない。
 それはここの日本でレジスタンス活動を行っている日本人だって同じことだ。
 その手段によってそれぞれの視点は異なっている。自分の価値観だけが正しくて他人の価値観などみな間違っていると信じこめば、虐殺という行為に走ってもそれが当然のように感じてしまうものなんだ」

 「お兄様のお考えでは、お二方にとってその虐殺は正義だと?」

 「でなければやれるものか、あんな非道な行為・・・!黒の騎士団だってそうさ、自分達が正義だと思わなければ殺人という行為など耐えられるはずがない。
 カワグチのテロリストだって、無関係のブリタニア人を巻き込むやり方は間違っていたが憤るのには間違っていないと、俺は思う・・・ナナリーにはまだ難しいだろうから、少しずつ解っていけばいいことだけどね」

 ナナリーは確かに難しすぎてまだよく解らない話だった。
 けれど人それぞれの価値観がある、自分だけの価値観だけが正義ではないということくらいは理解出来た。
  
 「今はまだ、自分のことだけを考えていてもいい。
 いずれお前の足が治り目が見えるようになったなら、改めて世の中を見てお前の価値観を作っていけばいいんだよ」

 「はい、お兄様」

 ナナリーは笑みを浮かべると、ラクシャータに神経装置が出来たらすぐにつけて欲しいと頼みに行くべく、部屋を出るのだった。



 それから五日後、ルルーシュが中華へ出立する日がやって来た。

 「じゃ、行ってくるよ」

 「はい、くれぐれもお気をつけて・・・」

 既にエトランジュ達は先に行っているがナナリーがいるのでぎりぎりまで彼の出立を遅らせたとクラウスから聞いたナナリーは、兄に向って言った。

 「どうかお仕事に専念なさって下さいな。私は皆さんがいるから大丈夫ですから」
 
 「ありがとう、ナナリー。電話は難しいが、時期を見てかけるから」

 ルルーシュの方が名残惜しげだったが、ナナリーはにこやかに兄の背中を押した。

 「行ってらっしゃいませ、お兄様」

 「ナナリー・・・行ってくるよ」

 ルルーシュはそう笑いかけてナナリーの頬にキスを送ると、スーツケースを抱えて施設を出た。

 そこにはC.Cとマオが同じくスーツケースを持って待っていた。

 「行くぞ、ルルーシュ。空港に行く前にスーパーに連れて行け」

 C.Cのいきなりの要求にルルーシュが眉をひそめると、マオが答えた。

 「ついさっきエディから連絡が来てさ、中華にピザないって・・・タバスコも売ってないからピザを作るなら持ってきた方がいいって言うからさ」

 「というわけだ、お前は中華に着いたらピザを作れ」

 身勝手な要求にルルーシュは呆れたが、彼女には苦情は無駄だと知っているので溜息で了承する。

 ルルーシュは見違えるほど大人になった妹がいる施設を再度見つめ、今度こそ後ろを向かず歩き去った。

 妹達が望む優しい世界。
 そのために立ち塞がる高い壁であるブリタニアを壊すためには、多くの味方が必要だ。

 (これ以上ブリタニアに力をつけさせるわけにはいかない。天子との政略結婚は必ず阻止する!!)

 ルルーシュはそう決意すると、用意していた車に乗り込んだ。
 彼の持っている携帯には、ナナリーが折った折り鶴がストラップになって小さく揺れていた。



[18683] コードギアス R2 第一話  朱禁城の再会
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/10/30 15:44
 今回よりR2となりました!
 無印より立った成長フラグや不幸フラグ折れのため、キャラの性格が若干変わっている場合があります。
 特にナナリーの性格が途中から黒いです。CDドラマ版ナナリーになります。
 主人公チームが有利になっているのでご都合主義流れになってしまうかもしれませんが、なにとぞご了承頂きますようお願い申し上げます。
 
 それでは、コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~R2編、お楽しみくださいませ。


  コードギアス R2 第一話  朱禁城の再会



 中華連邦にやって来たルルーシュ達は、変装キットで顔を変えた後エトランジュのギアス誘導で彼女の仲間である女性に出迎えられた。
 コーネリアと比較してもいいほど高い身長にスーツを纏い、薄手の眼鏡をかけて知的なボブカットの少し赤みがかかった髪の女性だ。

 「初めてお目にかかりますわね、ルルーシュ様。
 わたくし、マグヌスファミリアで教師をしておりますルチア・ステッラと申します」

 「ルルーシュといいます。お話は常々エトランジュ様より伺っております。
 何でもエトランジュ様の母君の御親友であるとか」

 「ええ、血の紋章事件でブリタニアを去ってイギリスに亡命した時、当時イギリスに在住しておりましたランファーと会って以来、ずっと友人同士でした。
 諸事情あって全て存じておりますので、そちらのことも貴方にお話しして欲しいとエディに言われましたもので」

 そう言いながら軽く左目を撫でたところを見ると、つまりはギアスのことも知っていると言うことだろう。

 「日本での経緯も存じておりますので、ご不安でしたらマオさんにも確かめて頂いて結構でしてよ。
 とりあえずここでは何ですから、一度ホテルへご案内させて頂きます」

 「お世話をかけます」

 ルチアの先導でルルーシュ達が後をついていくと、お土産屋を見ていたマオがルルーシュにささやきかける。

 「ああ言ってるけどどうする?いちおうあの人の心の声を聞いておこうか?」

 「いや、それはエトランジュ様やルチアさんにも失礼だろう。それはもう少し疑念が持ってからでも遅くはない」

 ルルーシュはそう言って止めたが、内心でルチアの素性に眉をひそめた。

 (彼女、色つきの眼鏡でごまかしてはいるが、俺達皇族と同じ紫がかかった瞳の色をしている。
 名門貴族の出だと聞いているから、近親者に皇族がいたのかもしれないな)

 一同が用意された車に乗り込み運転手が発進させると、C.Cが空気を読まずに要求した。

 「ホテルに着く前にピザの材料を買いたい。店に寄ってくれ」

 「エディが貴女がそうおっしゃるだろうと予想して、既に準備してありましてよ」

 「さすがだな、気配りの出来るいい女だ。良妻賢母になれるだろう」

 「現在これから先の行動のため、無駄な出費は許されなくてよ。ですから今回限りです」

 「ち、世知辛いな・・・だが仕方ないか」

 物の道理が解らない彼女ではないので、ない袖は振れないから大事にピザを食べるかとC.Cは思った。

 「ホテルは首都洛陽の隣の都市にご用意させて頂きました。
 この車は我が反ブリタニアレジスタンスが所有しているものですが、貴方がたにお貸ししますのでご自由にお使い下さい」

 「アクセスも容易、かつ目立たない、か。なかなかいい場所をご用意して頂き感謝する」
 
 ルルーシュはルチアに礼を言いながら車の外を見ると、空港の周囲にある街を通りかかった。

 そこは元来なら店が立ち並び商売に励む人々がいるはずなのに、大半の店は閉じられているかもしくは明らかに略奪されたとみられる形跡があり、人々は疲れたように座り込んでいる。

 「・・・まるでゲットーのようだな。酷いものだ」

 「十一年前はもうちょっとマシだったんだけどね、前皇帝が倒れちゃってからだんだん荒れていってさ・・・僕もこの辺に住んでたんだ」

 「そうなのか?」

 ルルーシュの問いかけにマオが遠い目をしながら頷く。

 「空港近くの街だったから、観光客向けの店がいっぱいあったよ。
 僕の家もそうで割と裕福な部類だったと思うけど、税金が上がったしそれにつれて観光客も減って誰もお土産なんて買わなくなったから家の収入も減って・・・破産しちゃった」

 その後両親はマオを捨てて蒸発し、空き家で泣いていたところをC.Cに拾われたのだ。

 「そうか・・・大変だったな」

 「C.Cと一緒になってからここはゴーストタウンで食料もろくにないからってことで、洛陽に引っ越したんだけど・・・そこも多分変わってないだろうなあ」

 一見栄えて見える洛陽だが、特権階級が住む地域と貧民街とで明暗が分かれている。
 まさに租界とゲットーと同じと言うマオに、ルルーシュはこの中華も根本的に生まれ変わらせるべきだなと考える。
 
 一行に用意されたホテルは、小さいが大宦官に対する抗議活動をしている科挙組の遠戚が経営しているホテルで、レジスタンスが旅行客を装って住んでいると言う。
 現在滞在している全員が、大宦官に反発するレジスタンスや科挙組、エトランジュが呼び寄せた反ブリタニアレジスタンスだった。

 「なるほど、ホテルなら住人の入れ替わりが激しくても、大量に食料を搬入しても怪しまれない。
 特権階級の連中はもっと豪華なホテルを使うから、まず来ないだろうからな」

 「普通の客が来たらどうするのさ?そいつが私服警察だったりしたら・・・」

 マオの問いにルチアが青色のホテル会員カードを取り出し、フロントに見せた。
 ルチアがそのカードを見せながらテーブルの上にあるペンではなくわざわざ持参した鳥の紋章が彫ってある万年筆で名前を書き込むと、フロントの女性マネージャーがご案内しますと出てきた。

 (なるほど、青色の会員カードと鳥の紋章の万年筆で宿帳に名前を書く・・・二重の確認作業を行っているということか)

 普通青い会員カードだけならすぐにこれが目印だと解るだろうが、書く物にまで注意を払う者は少ないだろう。
 書き慣れた物で文字を書く者はざらにいるから、怪しまれることもない。
 それ以外の客は丁重にお断りするか、一般用のフロアに案内すればいいのである。

 「我が香南飯店へ、ようこそお越し下さいました。お部屋にご案内させて頂きます」

 「お世話になります」

 マネージャーに案内されて着いた部屋は、二部屋とユニットバスがあり、三人で住むには十分なスペースがあった。

 「この辺では自炊のホテルが珍しくありませんので共同になりますが、キッチンが各階に設けられております。
 また、小さいですが食事を出す場所もございますので、どちらもご自由にお使い下さい」

 「ありがとうございます」

 「太師からお話は伺っております。何でもブリタニアが持ちかけてきた政略結婚を潰しに来て下さった黒の騎士団の方だと」

 女性マネージャーはおぞましそうに口を押さえると、彼女は左遷されて地方に飛ばされていた当時の太師の秘書だったと教えてくれた。

 「お可哀そうに、まだ十二歳だというのにあんな三十になる男の花嫁になど酷すぎます!
 断固阻止すべきですわ、おぞましい・・・!」

 女性としては嫌悪を禁じ得ぬ話に、ルルーシュも頷いた。

 「私達も協力いたしますので、何かありましたら遠慮なくおっしゃって下さいね。
 それでは、失礼させて頂きます」

 マネージャーが立ち去ると、ルルーシュ達は変装マスクを外しさっそくソファに腰を下ろしてルチアに言った。

 「改めて紹介させて頂こう。俺はルルーシュ・ランぺルージ、そっちの女はC.Cで、その男は中華連邦人のマオだ」

 「よろしくお願いいたしましてよ。では、さっそくご用件のほうですが・・・」

 「はい、別便で来ている黒の騎士団員ですが、地方組と首都で動いて貰う団員、さらに中華にいる友人宅に潜伏するチームとに分かれていますので、彼らに命じた役目と連絡方法についてお教えしておきましょう」

 ルルーシュは中華語を話せる者や中華連邦に詳しい者、もしくは知人がいるという団員を選んで今回の件に参加させた。
 中でも中華の呪われた泉とやらで武者修行をしたことがあるという父子は、息子の方に数名の女性が強引に心配だから私もついていくと主張して騒ぎになり、ついてくんなと怒鳴っていたのが印象的だった。

 『性格や能力こそ違うが、どこかの誰かを彷彿とさせる男だな』とはC.Cの弁である。

 「現在の状況はおおむねエトランジュ様から伺っております。
 二日前、天子様の後見人の一人である太保が亡くなったそうですね。
 今マグヌスファミリアの一行は太師の邸宅に滞在しており、天子様と頻繁に面会しているとか」

 ルルーシュの言葉にルチアは頷くと、科挙組と合わせて政略結婚を防ぐべく動いているのだと言った。

 国際路線からも結婚適齢期になっていない少女を結婚させるなどそれでも節度ある大人の態度かと批判を浴びせかけ、中東の一部からもその動きをして貰っている。

 「最近エリア18にされた中東にある国家と親しかった国があるので、喜んで応じて下さいましてよ。
 ブリタニアには敵が多いですもの、一部ではロリコン太子と報道している国もあるほどで、面白い事態に・・・くすくす」

 ころころと楽しそうに笑うルチアはノートパソコンを開くと、そこには長兄であるオデュッセウスと書いてロリコン太子、十二歳の幼女に求婚という悪意ある見出しのある電子新聞を一行に見せた。

 「これはこれは、事実をこのように言い換えるとは報道とは面白いものですね。
 それで、その効果は?」

 「ある程度は上がっておりましたが、大宦官はその政略結婚を成立させた暁にはブリタニア貴族として迎え入れられるという密約があるそうで、それならば外国の風評など気にする必要はないとばかりの態度になりましてよ。
 ブリタニアはもとより他国の風評など意にも解さぬ国ですから、そっちには全く効果がありませんでした」
 
 「ならばこの結婚を失敗させれば、人道に反する行いをしたとして大宦官達を公然と粛清出来ますね。
 ブリタニアとの密約だけでも売国行為、法を無視して未成年の少女を結婚させようとしたのですからね」

 「ええ、その方向に持っていきたいと天子様と太師様、さらに(リー)軍門大人からも伺っておりますの。
 ですから可及的速やかに失敗させたいものですが」

 状況としてはもはや一刻の猶予もならない、ただ協力してくれる者も多いという情報に、ルルーシュは駒を把握することから始めることにした。

 「天子様には無理としても、太師にはお会いしておきたい。それから、黎軍門大人とは誰です?」

 「現在のわたくしの滞在先で、本名を(リー) 星刻(シンクー)とおっしゃいまして、現在朱禁城にて武官をなさっている方ですの。
 天子様に高い忠誠心を抱いておられまして、この政略結婚は何としても潰すと息巻いておられましたわ」

 下級官吏の子として生まれ、以前から役人をしていた男だという。
 それが下級役人だった当時囚人に薬を与えたことを咎められた時、天子の温情で助けられてから彼女と永続調和の契りを交わした忠臣だそうだ。
 ちなみに軍門大人とは、軍における地位を持っている人という意味である。

 「ただそれだけに大宦官に煙たがられておりまして、生まれを理由に遠ざけられがちだったとか・・・。
 日本の駐在武官に左遷されかけたこともあったそうですが、天子様が強く彼をお付きの武官にと望み、太師様が彼の後見人になったことから連中もそう強く出られないようです」
 
 「武官の・・・地位はどれほどです?」

 「反大宦官派の中ではリーダー格だと聞いておりましてよ。
 ナイトメアの技量は彼を抜く者はいないと伺っておりますが」

 (これは使える駒だな。エトランジュ様にお願いして、彼と顔を合わせる機会を作って貰おう)

 「おおよそは理解した。
 では、細かい打ち合わせのためにも太師様と黎将軍とお会いしたいので手回しをお願いしたいのですが」

 「そうおっしゃると思いまして、明日の夜にお時間を頂いておきましてよ」

 「話が早くて助かります。では中華との話はひとまず置いて・・・貴女は何故、今になってブリタニアの崩壊に手を貸すのです?」

 血の紋章事件から、既に二十年近い歳月が過ぎている。
 今になって何故と問うルルーシュに、ルチアはバカバカしいことを聞くとばかりに顎を上げた。

 「わたくし、別にブリタニアなどどうでもよろしいの。
 ブリタニアに限らず、どこの国が栄えようが滅ぼうが、わたくしには無関係・・・ただあのマグヌスファミリアで人生を過ごせられれば満足でした」
 
 「・・・・」

 「それなのにあの国ときたら、よりによって祖国と決めたマグヌスファミリアを占領したのです。
 まったく他人に迷惑をかけなければ生きていけぬ国ですこと」

 だから祖国を奪回するためにブリタニアを潰すだけだと言うルチアに、彼女の中にブリタニアはないのだとルルーシュは知った。
 事実彼女の心の声を聞いたのだろうマオも、表情で『この人ほんとにどうでもいいって思ってる』と語っている。

 「血の紋章事件に関わっていたと聞きましたが・・・」

 「わたくしの親が当時のシャルル皇帝の異母兄に加担してクーデターを企んだのですわ。
 わたくしがその加担した兄皇子の息子の妃になるという条件がありましたので、事が失敗した時わたくしまでとばっちりを食ったのです。
 幸い失敗すると解っていたので、計画を聞いた時さっさとEUに亡命したので助かりましたが」

 あっさり両親を見捨てて亡命したと告げる彼女に、ルルーシュはさすがブリタニア貴族と感心する。

 「貴方も大変でしたわね、ルルーシュ殿下。本当に母君によく似ていらっしゃること」

 「母と会ったことがあるのですか?」

 意外そうに尋ねるルルーシュに、考えてみれば当時母・マリアンヌはナイトオブラウンズとして皇族の近くにいたのだ。
 名門貴族としての彼女なら、顔見知りでも別におかしくはない。

 「ええ、学年こそ違いましたが同じ学校に在籍しておりましたので。
 彼女は士官学校に進み、私は高等学校に進みましたけれどお付き合いは少しばかりございました」

 「そうですか・・・母とも」

 思いがけず母の古い友人に会ったルルーシュが何となく笑みを浮かべると、ルチアは紅茶を飲みながら昔語りを始めた。

 「意外でしたのよ、彼女が皇帝の后妃になったと聞いた時は。
 何しろ自由奔放な性格で、何かに縛られるのが嫌だという女性でしたからね。家庭にだって入るのはなるべく遅いほうがいいと言っていたほど」

 「母さんらしいな・・・その方が良かったかもしれない」

 「子供だって好きに戦場を巡れなくなるからいらないと言っていたのに、二人も子供を作るなんて・・・やっぱり女は子供を産むと変わるものかもしれないと思ったものです」

 そのやりとりを聞いていたC.Cは、確かに彼女はマリアンヌを知っていると思った。
 彼女はルルーシュを妊娠した当時、戦場を巡れなくなったと愚痴っていたし面倒な宮廷のしきたりにも嫌がっていた。

 シャルルはマリアンヌに夢中だったから、ナナリーを懐妊した時の台詞は『あらまた出来てしまったわ』とやたらあっさりしていた。

 ただだからと言って子供達を嫌っていたわけではなく、彼女なりに息子と娘を大事に思っていたのは解るが、アリエスの悲劇以降の彼女の行動を見るにつけ、ルチアの言うように“子供を産んで変わった”ようには見えない。

 (むしろシャルルの方が変わったな。V.Vが焦って嫉妬して、マリアンヌを殺してしまうほどには・・・)

 母の昔話を頼むルルーシュに応じているルチアを見ながら、C.Cは内心で溜息をついたのだった。



 その夜、洛陽にある太師宅でははるかに重大な会議が開かれていた。

 エトランジュに太師、科挙組官吏が数名、黎 星刻である。

 「ゼロが無事に到着いたしました。協力者の方は用意して頂いたホテルに、ゼロは別行動だとのことです」

 「あのコーネリアに苦杯を飲ませたというゼロか・・・味方としては頼もしいのだが」

 顔も明かさぬ仮面の男にどうしても懐疑的なのは、反ブリタニア派の軍の中核を担う星刻だ。
 エトランジュの人格は信頼しているが、彼女の能力はそうではないし彼女自身がゼロにうまく言いくるめられているのではとなるのは至極当然の流れである。

 「明日、お互いに会おうとのことです。
 私も軍や政治のお話はまだまだついていけませんので、直接お話しになったほうがよろしいかと思いました」

 「時間がないし、その方がいいでしょうね。天子様・・・!」

 政略結婚などしたところで、どうせ中華を拠点にEUと争うことになる・・・そう太師から言われた天子は、そんなのは平和じゃないと泣き叫んだ。

 「ゼロとの利害は一致しておるのだ。太保は先日、息を引き取ってしもうた。
 わしももう長くない・・・その前に何としても大宦官どもだけでも片づけておきたいのじゃ」

 車椅子に座る先代皇帝のように病み衰えた太師の身体を見た星刻は、あらゆる意味で時間がないことを悟った。

 「エトランジュ陛下・・・・ゼロは信用出来ますか?」

 「私は信頼しております。中華のために、今回の件に関しては力になってくれるものと思います」

 能力的、反ブリタニア思想を持つことには疑いの余地はない。
 利害は一致しているはずだと言うエトランジュに、星刻は押し黙った。

 「とにかく、会ってみなくては解るまい。
 ごほん・・・何事も相手を見るにはそうしなくては始まらぬ。百聞は一見にしかずというであろう・・・」

 咳き込む太師にエトランジュが薬湯が入った器の蓋を開けて差し出すと、太師は礼を言って飲み干した。

 「星刻よ、お主とて身体の具合はよくないと聞いておる。焦るのは解るが、まだ若いお主なら回復の余地もあろう。
 くれぐれも先走ってはならんぞ・・・大義のためじゃ」

 「は、それは重々・・・申し訳ありません、婚儀を強引に挙げようとする大宦官どもに、焦ってしまいました」

 星刻が頭を下げると、エトランジュは心配そうに尋ねた。

 「黎軍門大人、お身体の具合は最近よろしいと伺っておりますが、大丈夫ですか?」

 「ええ、エトランジュ様がご紹介して下さった薬師のお陰で、ずっと体調がいいです」
 
 星刻が感謝の意をこめて頭を下げると、紹介しただけですからとエトランジュは恐縮した。
 
 「ひと段落つきましたら、一度検査をして治療に専念なさるのもよろしいのでは?」

 「そうですね、反大宦官派の中でもっとも有力な武官は星刻だ。大宦官どもさえ消えれば、圧力をかけてくる連中もいなくなる。
 いくらよく効いても、薬じゃ対症療法に過ぎないよ」

 科挙組の言葉に太師も頷いた。

 「うむ、同感じゃ。じゃが、何はなくともまず大宦官とブリタニアをどうにかせねばの」

 「では、明日の夜に太師様の邸宅に・・・でよろしいですか?」

 エトランジュの問いに太師が頷くと、星刻が言った。

 「しかし、ゼロが来るとなるとブリタニアの動きが・・・周囲は大宦官の手の者に監視されているのですよ」

 「大丈夫です。アル従兄様がうまくフォローして連れてくるとのことですから」

 「そうですか・・・ですがくれぐれもご用心をお願いしたい」

 「はい、もちろんです。では、明日の夜に」

 こうして一同が散会すると、星刻は窓の外から見える朱禁城を見た。

 豪華な造りだが冷たい鳥籠に囚われている主君に、外の世界を見せると約束した。

 エトランジュが日本からやって来た時、日本の皆様に作って頂きましたと言って千羽鶴を天子に贈ってくれた。
 さらに私室に招き入れられた後、こっそりと日本の皇族の姫君からですと言って皇 神楽耶からの手紙を手渡していた。

 『聞いて星刻!私にもう一人お友達が出来たの!』
  
 あの時の天子の嬉しそうな顔は、ブリタニアの皇子達から受け取ったカラーダイヤモンドの装飾品を受け取った時のそれより、比べ物にならないほど輝いていた。

 (天子様を思うのなら、同じ政略ならエトランジュ様の従兄のアルフォンス殿の方が・・・ブリタニアはどう考えても中華の平和など考えていない)

 連中が望んでいるのは、明らかに自国の繁栄だけだ。
 他国を格下と位置づけ、誇りと尊厳を奪い支配する国など信用する方がおかしい。

 EUや他の反ブリタニア勢力を組んで戦の目となっているブリタニアのみを相手にする方が、平和を望む御心にも叶っているのではないだろうか。

 (太師様のおっしゃるとおり、考えても仕方ない。ともかくゼロを見てからだ。それから天子様に奏上しよう)

 天子はまだまだ世間知らずな分、外に出ていろんなことを見聞きしているエトランジュが信じているのならと考えている面がある。

 それはある意味仕方ないが、エトランジュも天子もまだまだ幼い。その分自分がしっかりゼロを見定めねばならない。
 エトランジュやアルフォンスは信用出来ても、EUが一枚岩ではない分EUと同盟を結ぶのも二の足を踏んでいるという事情もある。

 星刻はそう決意すると、自宅へ戻るべく太師の邸宅を辞したのだった。



 ブリタニア大使館では、オデュッセウスとシュナイゼルが向かい合って優雅に夕食をとりながら今後の展望を相談していた。

 「どうしたものかなあ、シュナイゼル・・・天子は僕に怯えるし、その一方でアルフォンス王子が彼女との間に信用を築き上げているんだけど」

 客観的に見れば天子の文通友達であるエトランジュの従兄であり、下に従弟妹が大勢いて年下の相手をし慣れているアルフォンスの方に分があるのは明白だ。
 オデュッセウスは長男で下には弟妹しかいないが異腹であり妃同士のいさかいもあって、彼らの面倒を見たことなどなかった。
 
 対してアルフォンスは従妹であるエトランジュを間に挟んで親密に接しており、エトランジュが特技を生かして周囲の中華連邦人とも友好関係を広めているため、なかなか侮れない相手になっている。
 どうにかして平和的に天子の緊張を解こうとしているオデュッセウスとしては、溜息をつきたくなる事態だった。

 「実はユフィに同行して貰って、天子との間に立って貰おうとしたんだけどね・・・行政特区に専念しなくてはいけないと断られてしまったんだよ」

 「なるほど、それは残念でしたね」

 凡庸な兄にしてはいいアイデアだった。確かに温厚なユーフェミアなら天子の警戒を解き彼らの間を取り持つには最適の人選といえるだろう。
 しかし今彼女は行政特区のほうに全力を注いでおり、中華に滞在する余裕など全くないはずである。

 姉妹なら他に五人いるが、次点のコーネリアは退院したばかりな上に黒の騎士団殲滅に躍起になっているし、長女のギネウィアは性格がきつ過ぎて向いていない。
 末のカリーヌは活発だが殺戮行為などに関して笑って話すなどブリタニア皇族らしい残酷さがあるので、外交観点から物事を話すということがまだ出来ていない。

 四女は政治に無関心で、学生寮に入ったきり一度も宮廷に戻っていない。

 こうして見ると穏健な形で話を進めたい場合、主な皇族の中でそれに向いた人材が少ないなとシュナイゼルは思った。国是からすれば当然のことなので、思っただけだが。

 「実はエトランジュ女王のほうに私から話してみようかと考えておりましてね。
 そこで兄上にお願いがあるのですが」

 「それは、話し合いが出来ればそれに越したことはないと思うけど、彼女は我が国が侵攻したマグヌスファミリアの亡命政府の女王だよ?」

 天子の前でブリタニアを罵ることこそしなかったが、自分の前で挨拶をした後自分に一切視線を向けて来なかったエトランジュを思い返して言うオデュッセウスに、シュナイゼルはいつもの笑みを浮かべてグラスを傾けた。

 「だからこそ話し合って理解を得たいのですよ兄上。
 彼女は今ゼロと組んでいるようですが、顔も明かさぬテロリストのすることですから、彼女をどう利用するか解りませんからね。
 その辺りのことも含めて、一度どうしても話をしておかなくてはなりません」

 「ゼロか・・・それは確かに危険だね」

 ある程度常識があるオデュッセウスは、エトランジュに対して多少の負い目があった。
 そのため彼の性格もあり、エトランジュが天子の前に来るとどうしても行動し辛いのである。

 遠くにいるならそうでもないが、近くにいるならそれなりに罪悪を感じるエトランジュのためになるならと、オデュッセウスは弟の頼みをあっさりと了承する。

 シュナイゼルはそんな兄を見ながら、脳裏で各地から集めたエトランジュに関する話や朱禁城での様子から、彼女の情報を整理した。
 
 エトランジュはEUでは捨て駒に近い扱いを受けており、ゼロの件に関してはやはりやらないよりはマシという腹積もりのようだった。

 だが彼女を通じて与えられたゼロの知略がそこかしこで使われているようで、EUに対する策がいくつか止められている上に最前線がエリア17として占領した国以降からいっこうに進められていなかった。

 そのためゼロは確保しておくべきとの考えが徐々に浸透しており、ゼロもEUの負担にならない程度の援助物資を要求しては受け取っているとの情報が手に入った。

 また、今回のオデュッセウスの婚儀についてはせっせと悪意ある報道をEU内でばら撒いており、中東でもエリア18にした国と親交の厚かった国などで同様の動きをするなど、他人の力をうまく使ってブリタニアに地味にチクチク攻撃を仕掛けていた。
 さらにEUに亡命したブリタニア人達を中心にしたレジスタンスを組織したとも言う。

 やっていることはそれなりの成果だが、人物像としてはみな殆ど“一般人として付き合うなら理想的だが、この戦乱の時代ではただの操り人形にしかならない女王”という評が返って来た。
 つまりは人柄だけで能力はないユーフェミアタイプの人物ということだろう。

 会議などでもきちんと話は聞くのだがいかんせん学校すらまともに出ていないせいでろくに理解が出来ず、解らないことをその都度聞いてきたことがあったという。
 父親から“解らないことはすぐに聞きなさい”と言われたからだそうで、本人に悪気はなく、その後注意をされたのか会議終了後にまとめて解らないことを文書でまとめて聞いてくるようになったのだそうだ。

 朱禁城にいる彼女の様子を遠目から見る限り、非常に礼儀正しく大宦官達でさえ傀儡だという認識もあるせいだろう、彼女に露骨に悪意を向けることはしなかった。
 せいぜい天子に余計な知恵をつけるなという程度の不満である。

 天子と席を並べて『一人でするより、何でもみんなでやった方が楽しいです』と笑いながら太師について勉強することもあった。

 (つまりは子供の思考をする人物・・・ということだろう。それも大人の理想とする優等生タイプだな。
 知識不足から深い思考が出来ない・・・とすれば、そこをうまく突けば会話を誘導し彼女を取り込める)

 エトランジュさえこちらに引き込めてしまえば、EUに亡命しレジスタンス組織を作った元ブリタニア貴族にそれをきっかけとして免罪してもいいと持ちかけて駒に出来るし、ゼロとの間に出来たEUとの縁も壊せる。

 また、天子もエトランジュがいるならと婚儀にそれなりに肯定的になる可能性もあるだろう。
 何気に人脈があり外交技術の高い彼女は、味方にすれば地味に役立つということに、シュナイゼルは気付いたのだ。

 何よりも、父であるシャルル皇帝が気にしていた遺跡・・・あそこにあった模様と同じ刺青が彼女の左手の甲にあったのを、シュナイゼルは偶然目撃していた。

 (確実にあれについて何か知っているな、あの一族は。
 彼女の信用を得れば、ポンティキュラス王家から何か聞き出せるかもしれない)

 家族を大事にする傾向の強い一族だ、その可能性は高い。

 そのための策を弄するために、父帝シャルルに要求した一件は是との返事を貰ってある。
 シュナイゼルはそう考えを巡らせると、ワイングラスを揺らすのだった。



[18683] 第二話  青の女王と白の皇子
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/13 11:51
  第二話  青の女王と白の皇子



 翌朝、太師宅から自宅に戻った星刻が起きて居間に出ると、そこにはゼロや黒の騎士団員を案内してきたルチアが自分のために薬を調合してくれていた。

 「おはようございます、ルチア殿」
 
 「おはようございます黎軍門大人。お薬が出来ておりましてよ」

 ルチアがそう言って薬を差し出すと、彼はそれを受け取って食事を始めた。

 「貴女が来て下さってからというもの、身体の様子がとてもいい。
 ブリタニア人に、こうも我が国の薬をうまく扱える方がいるとは想像していなかったな・・・感謝する」

 「・・・ランファーから受け継いだだけですわ。
 本来ならこの技術は、わたくしではなくエディ・・・エトランジュ様が受け継ぐはずでした」

 エトランジュの母ランファーは鍼灸師だが、漢方薬などを扱う資格も同時に持っていた。そしてその知識を、“他人の能力を他者に移すギアス”を持つエリザベスを介してルチアに渡したのである。

 「伺っている・・・エトランジュ様はもともと王位を継ぐはずではなく、あの方が継ぎたかったのは母君の職であると。
 いずれ我が国に留学したくて、そのために中華国語を学んでおられたとか」

 「ええ、一度わたくしに能力を渡して、それをあの子が成人した際に譲り渡して欲しいと頼まれたものですの」

 まさかまんま能力の譲渡だとは想像すらしていない星刻は、それを『ランファーが亡くなる前に鍼灸や漢方薬に関する知識をルチアに教え、それを成人したエトランジュに教えて欲しい』ということだと解釈した。
 
 「そうか・・・ご自分でお教えしたかっただろうから、ランファー様もさぞ心残りであったろうに」

 「・・・ええ」

 本来ならば十五歳になった今約束通り渡すはずが、自分が持っている方が何かと有利なはずだと言ってエトランジュの方が拒否してしまった。
 確かにその通りだが、他にも理由があると悟ったルチアが探りを入れて事情を知り、彼女が納得するまで預かっておくことにしたのだ。

 「それはそうと、エトランジュ様は今日も天子様と?」

 「あの方がおられると、天子様もずいぶんとご安心される。
 オデュッセウスやシュナイゼルからも引き離しておける、絶好の口実にもなるからな」

 初めこそはそんな直接的な物言いは避けていた星刻だが、当のエトランジュがあっさり自分を口実に使ってあの二人から天子様を引き離して下さいと言い切ったので、星刻も少し毒されてきたようだ。

 「それは結構ですこと。
 天子様の方はそれでよろしいでしょうけれど、肝心のオデュッセウスやシュナイゼルの動きを攫まなくてはいけないのではなくて?」

 「大使館のほうに網を張れないかとも思ったが、難しいな。その辺りを含めて、ゼロの意見も聞きたいものだ」

 「お伝えしておきましてよ。あら、もうこんな時間・・・・!
 はい、こちらが昼食のお薬で、夕食のお薬ですわ。あと発作用のお薬も新しく造りましたので、絶対手放さないで下さいませね」

 夫婦よろしくルチアが薬の入ったケースを星刻に手渡すと、彼はそれを腰に下げている袋に入れた。

 中華では独身の男の家に女性を入れることはマイナス評価になるため、実はルチアは表向きは星刻の婚約者として堂々と彼の家に住み込んでいる。
 一人女性がいると使用人やメイドを複数雇ってもおかしく思われないので、職がなく困っている者を雇い入れたりしてほんの少しでも人助けをしていた。
 そしてそんな彼女達も星刻に感謝し、街の様子の情報を仕入れたりこっそりと反大宦官達のグループと連絡を取ったりして貢献していた。
 こういう小ずるい策動に星刻はまるで思い至らない堅物なので、その方面でもルチアは彼をサポートしている。

 星刻はルチアにゼロとの会合についていくつか確認した後、朱禁城に出仕した。

 朱禁城に着いた星刻は、まず天子の住む宮に入って天子に膝をついて挨拶するのが日課である。

 「おはようございます天子様。ご機嫌麗しく、何よりにございます」

 「星刻!おはよう!」

 身なりを整えた天子が、女官から離れて彼の元に走り寄る。

 「太師父が今日もエディと一緒に授業をしてくれるんですって。
 休憩時間に折り紙を教えてくれるって言ってくれたから、とても楽しみなの!」

 「それはよろしゅうございましたね、天子様」

 「折り鶴を千羽折ると、願いが叶うっておまじないが日本ではあるそうなの。だから星刻も協力してくれる?」

 「もちろんですとも天子様。では私もやり方をエトランジュ女王陛下から教わるといたしましょう」

 「ありがとう星刻!」

 周囲に同学年の少女がいない天子は、生まれて初めて出来た友人が毎日のように朱禁城に来てくれるので非常に明るくなった。
 エトランジュも天子に向いた物語を語ったり遊びを教えてくれたりするので、ここのところ天子の住む宮からは楽しげな声が響いている。

 星刻が朝議に出る天子を朝廷まで送っていくと、大宦官達が出迎えた。

 「おはようございます天子様。本日もご機嫌麗しゅう」

 ほほほ、と気持ちの悪い笑みを浮かべる大宦官に、天子は先ほどまでの笑みが嘘のように消えた。

 「おはよう、(ジャオ) (ハオウ)

 「今宵はオデュッセウス殿下との会食を予定しております。
 あの方もいろいろと天子様にお気を使って下さっておいでなのですから、ご無礼のなきように」

 「そんなの、私は聞いていないわ」

 「政は我らにお任せを。いつもそうしてきたではありませぬか」

 天子の泣きそうな顔など無視して、強引に婚儀を進める意図が見えた星刻は思いきり連中の顔を殴り倒したい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて天子に言った。

 「天子様、朝議のお時間に遅れてしまいます。どうぞお急ぎを」

 「・・・ええ、解ったわ」

 天子が大宦官の横を通り過ぎて謁見の間に入っていくと、大宦官は星刻に向かって厭味ったらしく言った。

 「分をわきまえよ星刻。しょせんお前は武官、我らに逆らうなど考えるでないぞ?」

 「ブリタニアと縁を結べられれば、この中華連邦の未来も安泰というもの・・・ほほほほ」

 (お前達の未来が安泰の間違いだろうが・・・!この豚どもがっ・・・・!)

 「・・・だとよろしいのですが。では、私は仕事がありますので、失礼します」

 手をぎりぎりと音が鳴るほど握りしめて屈辱に耐えながら、星刻は軍務の前に気晴らしするべく、鍛錬場へと向かい複数の訓練用の案山子を真っ二つにしたのだった。



 天子にとってはただ玉座に座っているだけの朝議が終わると、彼女は宮に戻り太師について勉強をしていた。
 午前の授業は教養の時間で、行儀作法や詩などを学ぶものだったのでエトランジュも参加出来る。

 「はい、結構ですお二方。やはりご学友がおられますと違いますなあ」

 一人で授業をするのとは段違いの進み具合に、太師は満足そうに教本を閉じた。
 比較対象や自分とは違う思考をする人間が傍にいることで、新たな発見をする。学びには友人が隣にいるべきなのだと、太師はつくづく実感した。

 「お疲れ様でした。さあさあ、昼食を摂られた後は算術と経済についてお話しましょう。
 昼食が出来るまで、まだしばらくかかるようです。あずま屋でお待ち頂くというのはいかがですかな、天子様」

 太師の提案に天子は頷き、エトランジュの手を引っ張ってあずま屋まで連れて行く。

 「こっちよ、エディ。あそこの池には、お魚がいるの!」

 「あら、それは楽しみです」

 二人があずま屋の池の近くに並んで立つと、池の上に蓮の花が浮かんでいるのが見えた。そしてその間を、魚がすいすいと泳いでいる。

 「蓮葉 何ぞ田田たる 魚は戯る 蓮葉の間に 魚は戯る 蓮葉の東に・・・」

 先ほど習った詩を見事な発音で歌いだしたエトランジュに、天子も笑顔で唱和する。

 女官達もそんな微笑ましい様子をそっと見守っていると、いきなり現れた人影に声を上げた。

 「な、何者です?!ご来客など聞いておりませんよ、お下がりなさい!」

 女官の金切り声にエトランジュと天子が歌を止めて振り向くと、そこにいた人物を見て息を呑んだ。

 「これは失礼を・・・実は大宦官の趙 皓殿にご案内して頂きまして」

 柔和な笑みを浮かべて驚き慌てる女官の頬を染めたのは、淡い金髪の青年・・・シュナイゼル・エル・ブリタニアだった。

 いきなりの登場に驚いたエトランジュは、慌ててルルーシュの間にリンクを開く。

 《ルルーシュ様、ルルーシュ様!シュナイゼルが天子様のところに現れました。
 どうすればよろしいでしょうか?》

 《何?!天子様に甘言を吹き込むつもりか・・・いや、もしかしたら貴女にもということも考えられます》

 相手の出方をまず見て欲しいとルルーシュが指示を出すと、エトランジュは天子を抱き寄せて天子の耳元で中華語で囁いた。

 「天子様、落ち着いて下さいな。まずはシュナイゼルの用件を聞いてみましょう」

 「解ったわ。でも、怖い・・・!」

 ぎゅっとエトランジュにしがみつく天子の手を撫でながら、エトランジュはシュナイゼルを案内してきた大宦官・趙 皓に尋ねた。

 「あの、趙太監。天子様に急なご用事でもお出来になったのでしょうか?」

 太監とは宦官に対する呼称のことだ。
 趙 皓はほほと笑みを浮かべると少し遅れてやってきたオデュッセウスに視線を向けながら言った。

 「実は予定を変更して、お昼の会食をということになりまして・・・」

 「そうですか。天子様とご一緒したかったのですが、残念です」

 真に残念なのは自分にそれを掣肘出来る力がないことなのだが、予想に反して趙 皓が言った。

 「いえいえ、是非にエトランジュ陛下もご一緒にとオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下のおおせです。
 貴女様もお席へご案内させて頂きますぞ」

 意外な展開にエトランジュは驚いたが、シュナイゼルは笑みを浮かべてエトランジュに言った。

 「初めまして、エトランジュ女王陛下。シュナイゼル・エル・ブリタニアです。
 先約がおありだと伺いましたので、私達の都合で天子様にキャンセルして頂くのも勝手だと思いましたので、ならばご一緒にと考えた次第です。
 貴女も我々にいろいろと思うところがおありでしょうが、これを機にお話しをしたいのですよ。応じて頂ければ幸いです」

 にこやかに耳触りのよい台詞を並べ立てるシュナイゼルに、エトランジュは思い切り眉をひそめた。

 「せっかくの可愛らしいお顔がだいなしですよ、エトランジュ女王陛下。
 天子様も怯えてしまわれます、どうか先ほどのように素晴しい笑顔を浮かべて私に見せて頂けませんか?」

 「・・・・」

 褒め言葉をこれほど気持ちが悪いと感じたのは生まれて初めてだと、エトランジュは思った。

 確かに天子が怯えてしまうと思ったので笑顔を浮かべようとしたが、天子が袖を引っ張って顔を横に振った。
 無理をしなくていいという意味だろう。天子もエトランジュがシュナイゼルに嫌悪を感じた理由がすぐに解ったので、当然の反応だと思ったのである。
 
 《・・・天子様の顔を潰したくはありませんので、会食に応じるしかありません。
 どうかこのままお話を聞いて頂きたいのですが》

 《当然です。うかつにあの男と話さないようにして下さい。
 シュナイゼルは会話を誘導するのが得意な男ですからね》

 《解りました》
 
 「承知いたしました。では、参りましょうか天子様」

 ギアスでルルーシュと会話をすると、世界に散らばる一族達との間にもリンクを開きながら天子と手を繋いでエトランジュは歩き出した。

 《ブリタニア帝国宰相シュナイゼルと会食に臨みます。どのような対応をすればいいか、教えて下さいね》

 《ついさっき、こっちも連絡来たところ。あの野郎、僕を副官に足止めさせるつもりらしいね。
 隣室で聞いてるから、何かあったらすぐジーク将軍と駆け込むから安心して》

 アルフォンスが科挙組と話していると、先ほどエトランジュと天子がオデュッセウスとシュナイゼルと会食することになったと一方的に知らされ、その間隣室で私とお食事しませんかとしゃあしゃあと誘ってきたカノンを睨みつけていたところだった。

 《大丈夫、心配しないで。エディには僕らがついてるんだから》

 《はい、アル従兄様。では、行って参ります》

 震えながらも気丈に会食場へと向かうエトランジュに、一族達もエールを送る。

 《お前ならブチ切れて怒鳴るなどということはないから安心だ。
 話を聞いて対応は私達が考えるからな。無理はするな》

 《頑張って!怖がらなくていいからね!》

 一族達の声援に落ち着きを取り戻したエトランジュが会場に入ると、既に数人の女官が控えて食卓の準備が整っていた。

 「あったかい料理・・・」

 普段は毒殺防止のために冷えたテーブルを囲むのが常の天子の声に、エトランジュが囁いた。

 「よかったですね、天子様。そうだ、今度は私が温かいお料理を作ってさしあげましょうか?」

 「エディはお料理もするの?すごいわ!」

 キラキラと目を輝かせる天子に、エトランジュも笑みを浮かべる。

 「ええ、お母様から中華の料理も習ったことがあるので・・・餃子とか、肉まんじゅうとか・・・杏仁豆腐は冷たいけれど甘くて好きです」
 
 ブリタニア陣営を無視して楽しげに中華語で交わされる会話に、大宦官がごほんと咳払いをして止めた。

 「さあ天子様、他の皆様もお待ちですよ。お席をお勧めして差し上げなくては」

 「あ、はい・・・皆さま、どうぞお座り下さいな」
 
 天子の言葉にレディーファーストでとエトランジュが先に席につき、オデュッセウスとシュナイゼルが着席する。
 そして天子が最後に座ると、会食が始まった。

 《さすがにこのような場で毒など仕込まないでしょう。その点は安心してもいいと思います》

 ルルーシュの言葉に皆が同意すると、エトランジュもナイフとフォークを手に取った。

 高級そうな肉に切れ目を入れ、キャビアやトリュフなどの高級食材を見ると今城外にいる人達がこの一口だけにかかる値段で一食分は賄えるだろうと思うと、エトランジュは罪悪感すら覚えた。

 (そう言う問題ではないことも解っているのですが、なんだか・・・)

 (エトランジュは人としてまともな感性の持ち主だからな。
 目の前にいる連中は、そんなことすら頭に入っていない)

 物の値段はもちろんのこと、外の様子すら知らない天子は仕方ないが、餓死者すら出ていることを知りながら平然と血税で高価な食事をしている大宦官やブリタニア皇族のほうがおかしいのだ。

 エトランジュの心の声を聞き取ったルルーシュがそう思いながら会話に耳を傾けていると、エトランジュと天子には加わる気すら起こらない会話が繰り広げられていた。

 「我がブリタニアと中華との間で深い縁が結ばれれば、両国には平和が訪れます」

 「そうですともオデュッセウス殿下。平和が何よりですからなあ・・・ほほほほ」

 自分達だけが平和でありさえすればいいとばかりの会話に、せっかくの温かな料理もおいしく感じない天子がエトランジュに視線を送ると、エトランジュは小さく首を横に振って無視するように言い聞かせる。

 会食が終わりテーブルにジャスミンティーが運ばれて来ると、シュナイゼルがにこやかな笑みでさっさと席を辞そうと立ち上がりかけたエトランジュをさりげなく呼びとめた。

 「そうお急ぎにならず、もうしばらくお時間を頂けませんか、エトランジュ女王陛下。
 実は私は貴女に、大事なお話があるのです。聞いては頂けませんか?」

 「大事な、話ですか?」

 あからさまに警戒の目を向けてくるエトランジュに、シュナイゼルは悲しげな表情を浮かべて頷いた。

 「二年半前、我がブリタニアが誤解により貴国に攻め込んだことを、さぞお恨みのことと思います」

 「・・・誤解?」

 これは誤解などではなく明確な意図で自国に攻め込んだことをよく知っているエトランジュの呆れを含んだ声だったのだが、エトランジュは何も知らされていないと読んでいたシュナイゼルはそれに気づかなかった。
 
 「・・・どのような誤解だとおっしゃるのでしょう?」

 「貴国が税金を取っていないのは通貨がなかったこと、王族にしか口座を持てないことを知らず、租税回避地として富を流しこんでいると判断したことです」

 「・・・あの、百条もない法律書を読むことすらせず我がマグヌスファミリアに攻め入ったと、そういうことでしょうか?」

 エトランジュが引きつった顔でそう尋ね返すと、シュナイゼルは内心でそれくらいの応答は出来るのかと少し感心した。

 「誠に申し訳ないことに、部下達が植民地を増やすために故意に報告を上げてこなかったようなのです。
 私達も多忙の身なので部下を信用していたのですが、まさか通貨がない国があり王族しか口座が持てないなどという法律があるとは考えもしておりませんでしたので」

 確かにそんな国は世界広しといえどマグヌスファミリアだけだろう。
 だからといってTVできちんとそんな法律があると報道していたのにそれを綺麗に無視したのはどこの誰だと、マグヌスファミリアの一同は憤る。

 「テレビの弁明も見苦しい言い訳だと、担当のコーネリア総督が報告して参りましたもので・・・」

 《それが見苦しい言い訳だっての!気づけよこの野郎》

 アルフォンスがカノンとの会話を適当に聞き流しながら、不機嫌そうに肉にフォークを突き刺した。

 「・・・そうですか。でもマグヌスファミリアは未だブリタニアに占領されたままですが」

 なるべく無表情になりながらエトランジュが言うと、シュナイゼルはその言葉を待っていたとばかりに笑顔で宣言した。

 「ええ、ですから貴女に内密にですがマグヌスファミリア国土をお返ししたいと思い、こうしてお話をさせて頂いている所存です。
 EUを通じるのが筋でしょうが、残念ながら一部の加盟国と交戦中なので難しく・・・ゆえに中立の中華でならお話しさせて頂けると考えたのですよ」

 《しまった!その手があったか》

 ルルーシュはシュナイゼルの意図にすぐさま気付いて、座っていたベッドから立ち上がる。

 マグヌスファミリア国土を返還すれば、エトランジュ達は反ブリタニア活動を行う理由がない。
 そうなればポンティキュラス一族が組織し援助してきた各国のレジスタンスの連携は崩れ、ゼロとの間にあるEUとの縁も切れてなくなってしまう。
 他のレジスタンスはともかく、ゼロとEUとの繋がりは断ち切っておかねばならないと考えても不思議ではない。

 また、彼が研究してきた遺跡の中で彼女達が何らかの関係があると気づいたことも考えられた。

 (マグヌスファミリアの遺跡は水没しているから、ブリタニアにとって既に利用価値のない国だ・・・くそ、やられた・・・!》

 常々祖国を取り戻して平和に暮らすのが夢だと言っていた彼女達が、この申し出を断る可能性は低いと考えたルルーシュだが、意外にもエトランジュを含んだポンティキュラス一族は静かである。

 《ルルーシュ様、この申し出を受け入れたら皆様困りますよね?》

 《え、ええ、それはもちろんですが・・・しかし、貴方がたは祖国を取り戻したいとおっしゃっていたではありませんか》

 《今更こんな申し出をするのは裏があることくらい、私にだって解ります。
 ただ意図が読めないので、ゼロのお考えを聞かせて頂けませんか?》

 エトランジュもバカではない、二年以上も経って法律書を読んでこちらの誤解でしたなどと言うのは何か裏があると考えるのは、至って当然のことである。

 ルルーシュがシュナイゼルの意図を話すと、アインやアーバインなど政治的知識のある者もそのとおりだと同調した。

 《EUとの間にいさかいの種として撒くことも出来るだろうな。おまけに各国のレジスタンスの連絡役は、現在のところ私達だけだし》

 《つまり、私達を利用して反ブリタニア同盟を壊そうとしているということですか?》

 《そのとおりですが・・・》

 それでも戦争をしなくてすむのではとルルーシュが言おうとした刹那、エトランジュが言った。

 《では断りましょう、こんな申し出。せっかくこれまで私達に協力して下さった方々に、大変失礼なお話です》

 《よし、よく言ったエディ!そうなったらブリタニア以外に友好国がなくなる。
 そうなればマグヌスファミリアは実質はブリタニアの属国だ、大して変わらん》

 《その程度の陰謀に気づかない私達じゃありませんよ、ゼロ。ただ、どうやって断るかが問題ですが》

 アインとエリザベスの他にも、一族総出の却下案にルルーシュは驚いた。

 常々戦争は嫌だ、早く終わらせたいと言っているエトランジュが断ろうと言い出したことにも意外だが、満場一致で断れとなるとは思わなかったのだ。

 《こんな裏事情を知ったらそりゃ断われってなるよゼロ。いいからとっととうまく断る策考えてよ!そっちだって困るんだろ》

 アルフォンスの言は最もだったので、ルルーシュはすぐにエトランジュに策を授けた。

 「せっかくのお話ですが、お断りさせて頂きます」

 「即答ですね。後見人の方々に諮らなくてもよろしいのですか?」

 まさかこの場でいきなり断られるとは想像していなかったシュナイゼルが内心で驚きながら尋ねると、エトランジュはそうですと肯定する。

 「聞かずとも答えは解っておりますので、時間の無駄です。
 今私達がその約定に応じれば、せっかく築きあげた各国の信頼を失ってしまいますので」

 「それはそうかもしれませんが、我がブリタニアも十分な補償や今後のよきお付き合いをさせて頂く所存です。
 マグヌスファミリア、中華連邦、ブリタニアと長く平和にお暮らしになるつもりはありませんか?」

 「無理です。ブリタニアを信じる理由がございませんから」

 穏やかにそう言い聞かせるシュナイゼルに、エトランジュが誰もが納得する理由を告げた。

 「貴方がたは私達の家族を93人も殺したのですよ。誤解でしたで済む範疇ではありません」

 「家族?王族の方々はほとんどが亡命なさったと伺ったのですが」

 「我がマグヌスファミリアには、国民という単語はありません。
 家族と呼び習わしていて、他国で言う家族は直系と呼んでいるのです」

 マグヌスファミリアの国民達は、互いを家族と呼ぶ。そして直系とはその本人から父・母以上の祖先を、さらに兄弟、伯父や伯母、従兄妹までを直系と区別している。
 つまり王族とは、国王の直系を指しているのだ。

 (そういえばコーネリアを襲撃した時も、93人の家族を奪われたと言っていたな。
 あれはそう言う意味だったのか)

 シュナイゼルはエトランジュ達がコーネリアを襲撃した時の記録を思い返すと、さらに甘言を囁いた。

 「そうですか、それは素晴らしい習慣ですね。
 もちろん亡くなられた方のご遺族に対する補償もいたしますし、今後一切マグヌスファミリアに攻撃しないと帝国宰相である私が約束いたします」

 「・・・・貴方がですか?ブリタニアがではなく?」

 「・・・!」

  う、シュナイゼルが“私は攻撃しない”と言ったところでそれは彼自身の口約束だ。
 いくら彼が帝国宰相の地位にあっても、それは皇帝の命令でたやすく覆されてしまうものであることを見抜かれて、シュナイゼルは意外に耳敏いとエトランジュに対する認識を改めた。

 《ふん、やはりな。やつの考えそうなことだ》

 もちろんこれはルルーシュの入れ知恵である。
 現在のエトランジュはまさにルルーシュの腹話術の人形であり、説明は後でするので今は自分の言うとおりに話して欲しいと言われ、忠実に実行に移していた。

 「こういうことを中立国である中華連邦で申し上げたくはないのですが、お許し頂けますか、天子様?」

 後で政治に巻き込まれたと言われないためにもそう前置いたエトランジュに、天子は頷いて了承する。

 「構いません。ここでお話しすることになっているのですから・・・そうでしょう?」

 後ろにいた大宦官に確認するとお膳立てをした手前否とは言えない彼らは、仕方なく頷いた。

 「現在、私達は反ブリタニア活動をしています。他にもそんな方々と一緒に活動しているので、私達だけが利益を得るわけにはいきません。
 それはマグヌスファミリアの信用を失うことになります」

 「それは、ゼロのことですね?」

 シュナイゼルが確認すると、エトランジュに的を絞ったのは神根島で自分と共に落ちてきた彼女を見たからかとルルーシュは納得した。

 ゼロの単語を聞いて大宦官がざわめき出したが、既に一緒に行動しているところを見られている以上否定は出来ない。

 「そうです。あの方にはずいぶんとお世話になっておりますので」

 「顔も明かさぬテロリストを、随分と信頼なさっておいでですね。
 彼は無位無官の身だ、貴女を利用しようとしているとはお考えにならないのですか?
 恐ろしいことにまだ十五歳の貴女を、平然と戦場に立たせた男ですよ」
 
 ゼロに対する不信感を植え付けようとするシュナイゼルだが、エトランジュはその台詞にあからさまに不愉快な顔になった。

 《自分はいいとでも考えているように聞こえるのですが・・・》

 エトランジュにしては毒を含んだ台詞に、ルルーシュが自分は何をしてもいいというのがブリタニア皇族ですからと答えると非常に納得した。

 「ゼロにはゼロの思惑があることは知っていますし、私達には私達の思惑がありますので特に気にしていません」

 そもそも互いにないものを補い合おうという形で組まれた同盟である。
 悪い言い方をすれば互いに利用しているのだから今更だ。

 「過去の遺恨があるのは解りますが、どうか私達を信用して頂けませんか?
 補償や貴方がたを必ずお守りするとブリタニアの名を持って約束いたしましょう」

 はっきりとブリタニア帝国の名前で再度申し出るシュナイゼルに、エトランジュはこの人は駄目だと思った。
 何故信用出来ないのか、まったく解っていないのが不思議でならない。

 ルルーシュにどうして信用しないのか説明してもいいかと尋ねると、はっきりと言ってやって下さいと了承されてエトランジュは言った。

 「どうして私がブリタニアを信用しないのか、はっきりと申し上げましょう。
 私はこれまでブリタニアの植民地を回って参りました。
 その中でブリタニア人ではないという理由で酷い扱いをしている方々を大勢見て参りました。
 貴方のご家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたとしたら、貴方はその人達を信用出来ますか?」

 当然と言えば当然である。誰が自国民以外は劣等人種であると公言している皇帝が支配する国を信用するのだろう。
 自分達の身の安全さえ図れればいいという大宦官のような者ならともかく、普通の人間はまず信用などする気すら起こらない。
 そしてエトランジュは至極まともな判断のもと、ブリタニアを信用する気がなかったのである。

 「それに、ゼロは私達の仲間であることをご存じの上で貴方はゼロに利用されていると思わないのですかなどとおっしゃいましたね。
 貴方はご自分の仲間を悪く言われたら、愉快な気分になりますか?」

 シュナイゼルはあまりに単純な言葉を投げかけられて、かえって反応に困った。
 是と言えば己の感性を疑われて信用を失い、否と答えてもだったら私が怒っている理由がお解りですねと返るだろう。

 「悪口を言ったつもりはなかったのです。ただ、貴女が心配になっただけですよ。
 その若さで危険な仕事をしているとは気の毒だと・・・」

 「そうですか。ではその原因はどこにおありだとお考えですか?」

 「・・・これは手厳しい」
 
 元はと言えば世界中で侵略戦争をしているブリタニアのせいである。
 そして彼女の国を滅ぼし、国土から追いやるよう命令したのは目の前の男の父親で、それを忠実に実行に移して幾多の家族の命を奪ったのは彼の異母妹なのだ。

 ユーフェミアですら、エトランジュは実のところさほど信用していない。性格的には一度会った際にブリタニア皇族にしてはまともな人だとは思ったが、それだけである。
 もしルルーシュが彼女に策を与えたと知っていなければ、また一度も会わずにいたならば特区ですらナンバーズに対して裏があるという目で見ていたであろう。

 今回、誘導の定石としては間違っていなかった。
 エトランジュを一人だけ連れ出して事実上軟禁し、相手をおだて上げて周囲を貶め、自分は味方だとアピールして相手が望んでいるものを目の前に吊り下げる。

 これまでのエトランジュから考えるに、常に他人の言葉で動いている彼女がこの場で返答しない可能性が最も高いとシュナイゼルは読んでいた。
 是という返事が返ってくればよし、『私としてはいい話だと思いますが、いったんは周囲に諮ってみます』という返答を取り付けた後、彼女の後見人達に会ってさらにこの案を承諾させることになるだろうと考えていた。
 
 だが予想に反して今この場で否の返事を返してきたことに、顔にこそ出さなかったがシュナイゼルは本当に驚いていた。
 形式上は彼女が王であり、成人した今決定権を持っているのだ。ゆえにその言葉はすでに決定事項として受け取らなくてはならない。
 もしその意見を無視すればマグヌスファミリアを軽んじていると取られ、今後の交渉が難しくなる。

 シュナイゼルが考えを巡らせていると、エトランジュが言った。

 「ブリタニア皇族の方は、ご質問に答えては下さらないのですね。
 先ほど私は貴方に三つの質問をしましたが、貴方は一つも答えて下さらなかった」

 『自分の家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたらその人達を信用出来るのか、自分の仲間を悪く言われたら愉快な気分になるのか、自分が危険な仕事をしている原因は何だと思うか』という質問に対し、シュナイゼルはその話題を変えるばかりで明確な答えを返していない。
 
 「ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
 貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位になり、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?
 理解をして欲しいとおっしゃるのなら、どうか貴方の答えを聞かせて頂けませんか」

 いきなりな言葉にシュナイゼルが虚を突かれたような顔になったが、すぐに元の何を考えているか解らない笑みを浮かべる。

 理由はその質問はどう答えようともブリタニアの不利になることだったため、意図的に答えなかったのである。
 ただエトランジュにはそんな意図は全くなく、単純に疑問に思ったから尋ねたに過ぎなかった。

 シュナイゼルは生まれてから今日に至るまで皇族として暮らし、常に上に立つ者として生きてきた。
 彼は自分と異なる意見の持ち主でも、その卓越した頭脳と弁舌で己の思い通りに事を運んできていたが、その中で“一般階級の人間”は一人もいなかった。
 それは幾多の一般の人間を動かすよりも一人の権力者を動かす方が効率的だったからで、当然その相手は地位を持ちそれなりに能力のある人物が大半である。
 
 よく一般の人々がどうしてあんな判断をするのかと権力者の行動を疑問に思うことがあるが、シュナイゼルはそんな彼らの感覚を理解し、また地位を持っているが故の自尊心をうまく突いて会話を誘導し、思い通りにしてきたのだ。
 
 しかし、今目の前にいるエトランジュは王族という身分に生まれたが育ちとしては一般人のそれと大差はない。
 生まれてすぐに従兄姉達と遊び、数年後には従弟妹達の面倒を見、両親から教育を受けて学校で勉強をして農作業などの手伝いをして過ごしていた。
 時折外国からの観光客がエトランジュが王女だと知り仰天するほど、実に一般市民と変わらない生活をして来たのである。
 事実現在でも、黒の騎士団の後援基地をエトランジュがたまに訪れているが、彼女のことは実によく働く外国のお嬢さんという認識が一般的で、よもや小国といえど女王だなどと思ってすらいないだろう。

 そしてエトランジュ自身そんな自分の評価をよく知っているため、自分の判断で動くということをしない。
 地位に酔い自分の力を過信しがちになる人間が多い中である意味一番の賢者といえるかもしれないが、それでも彼女は上に立つ者としての能力はさほど持っていなかったのは事実である。

 シュナイゼルの誤算はギアスは仕方ないにしても、エトランジュが変にプライドを持たない人間だと洞察出来なかったことと、敵とみなした人間の言葉を鵜呑みにするわけがないという一般人の感覚を理解していなかったことだろう。

 エトランジュはさして深い知識と能力を持たなかったからこそシュナイゼルを敵としてしか見ることが出来ず、ゆえにその言葉をまったく信じなかった。
 さらにオブラートに包んであるとはいえ仲間の悪口を言われ、何十人もの死者が出た事件を誤解で片付けられ、自分が無関係だと言わんばかりに己が今危険な仕事をしているのが気の毒だと言うのである。
 これで怒らない方がどうかしている。

 《・・・何も言ってくれませんね。私は今、馬鹿にされているのでしょうか?》

 《うん、思いっきりされてるよ。これは怒っていい部類になるね・・・っていうかむしろキレろ》
 
 アルフォンスがどうにかしてこの男を殺せないものかと本気で思案しながらの台詞に、けしかけるな、気持ちは解るけどと一族達が呆れ怒りだす。

 《あとでこの男にはエトランジュ様を侮辱した代価を支払って頂くとしましょう。
 アイン宰相閣下はこの件をすぐにEUに報告し、断った旨をお知らせして頂きたい》
 
 《了解した。まったくふざけた物言いだ。私達を馬鹿にするにもほどがある》

 内密に返還するということは、表向きは適当な理屈で返還することになるとはいえ、たとえ補償するといったところでそれが少ないものであっても公然と抗議が出来なくなる。

 どう考えてもマグヌスファミリアに不利な取引を持ちかけられて、よりによって祖国を道具に使われたマグヌスファミリアの一同は怒り狂った。
 
 《エディ、そんな奴の話など真面目に聞く必要はないぞ。適当に切り上げてしまいなさい》

 《はい、アイン伯父様》

 まさか現在進行形でゼロと相対しているも同然な上にこのやり取りが彼女の一族全てに見聞きされているとは知らないシュナイゼルは、エトランジュの問いには答えず大げさに溜息をつきながら言った。

 「貴女とはよいお付き合いが出来ると思っていたのですがご理解頂けず、残念です」
 
 「ここは中立国とはいえ、一歩外を出れば私と貴方は敵国同士なのです。
 そんな貴方の言葉を信じるわけにはいかないのは当然だと思います・・・あっさり鵜呑みにして仲間を裏切るような行為をする人間がいるとでもお思いですか?」

 同時刻、特区日本でそれぞれ仕事に励む黒の騎士団幹部達と日本海を進む潜水艦の中では、奇跡の二つ名を持つ男とその腹心の女性が同時にクシャミをしていた。

 エトランジュの怒りを滲ませた声に、そんな彼女を見るのが初めての天子は驚いた。だが同時に彼女の言い分の方が解りやすいが故に理解していたため、無理もないとも思う。

 「私は臣下がいなくても生きていける自信はございますが、仲間がいなくなって生きていける自信はありません。
 友達は大事にしなさいと、お母様が教えて下さいました。それに付き合う相手はよく選べと、お父様が常々おっしゃっていたことですから」

 痛烈な皮肉を返したエトランジュは、大宦官達に向かって言った。

 「失礼ながら、これ以上は誰の益にもならないお時間になると思います。
 これ以上はお互いのためも私は席を辞した方がよろしいかと思うのですが、構わないでしょうか?」

 既に答えが出た以上、確かに無駄である。

 「そうですね、お引き留めして申し訳ありません。
 今日のお話はなかったことにしておきましょう・・・お互いのために」

 彼女があるがままをレジスタンスや一族、何よりゼロに話せば、仲間のために祖国に戻れるチャンスを自ら破棄したとして、エトランジュの価値を高めるために宣伝するのは明白だったがゆえの口止めだったが、手遅れである。
 既にアインがEU本部に報告すべく車を走らせており、各地に散った一族がルルーシュの策を受けて効果的に宣伝すべく動いているのだから。
 
 (それにしても・・・まさかこんな事態になるとは)

 シュナイゼルの策動は巧妙だったが、それを打ち破ったのはエトランジュのギアスの力もあったが何よりもエトランジュの行動だった。

 虚を突かれたようなシュナイゼルの表情を見たのは、ルルーシュも初めてだった。
 いつも澄まして思い通りにして来た圧倒的頭脳の持ち主の次兄が、まさか彼の足元にも及ばぬエトランジュに一撃を与えられるなど、想像すらしていなかった。

 エトランジュが深々と一同に頭を下げて応接食堂を出ると、そこにはカノンと不味い食卓を囲んでいたアルフォンスが出迎えた。

 「お疲れ様、エディ」

 「アル従兄様・・・そちらの男性は?」

 疲れた顔で食堂から出て来た従妹を抱き締めたアルフォンスは、造り物の笑顔でカノンを紹介した。

 「ああ、シュナイゼル宰相閣下の副官で、カノン・マルディーニ伯爵だそうだよ」

 「そうですか。私はエトランジュと申します」

 儀礼的によろしくとすら言えないほど消耗したエトランジュに、アルフォンスは出てきた大宦官に言った。

 「ちょっとエディの調子がよくないようなので、今日は失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 「それはよくないですな。天子様にはわたくしからお話ししておきましょう」

 「それでは、失礼させて頂きます」

 ジークフリードが自分達と会ったことで緊張の糸が切れたエトランジュを抱き抱えると、三人で部屋を出て行った。

 
 
 一方、天子も体調不良を訴えて報告を聞いて飛んできた星刻に連れて行かれ、応接食堂で残されたオデュッセウスは初めて交渉に失敗した異母弟にどう声をかけたらいいものかと悩んでいた。

 「あ~、シュナイゼル。彼女はまだ子供なんだ、難しい話が理解出来なかったのは仕方ないよ」

 「確かにそうでしょうね。理解出来たはずはないのに、彼女はこちらの意図を読んだ」

 シュナイゼルは自分が裏でマグヌスファミリアが築いてきたレジスタンス同盟を壊す意図があると彼女が悟っていたことに、その言動から気付いた。
 綺麗に押し隠しきれなかったのが彼女の未熟さを示しているが、その割にあっさり気付いたことがどうしても腑に落ちない。
 
 「ゼロが先にこの策を読んで、エトランジュ女王にすぐに否と言えと指示していた可能性が高いですが・・・その割には私がマグヌスファミリアの国土返還を申し出た時本気で驚いていましたし」

 (どうもちぐはぐだな彼女の態度は・・・聡明かと思えば外交に不向きな直接的な問いを投げかけて来る)

 一般人としては当たり前のやり取りなのかもしれないが、この場で相手を追い詰め過ぎる質問をするのはよい手段とは言えない。
 経験不足が滲み出ているのに、自分の策を看破したかのように即座に否の答えを返して来た。
 
 それにもう一つ、シュナイゼルの興味を引いた出来事があったのだ。

 (初めてだな、“自分だったらどう思うか”と聞かれたのは・・・)

 シュナイゼルは大貴族の母を持ち、また幼い時から発揮されたその才覚から次期皇帝になることを望まれ、またそうなると信じて期待されて育った。
 政治的な話ならともかく、身近なところで自分が何を思い、望み、選んでいるかなど尋ねられたことなどなく、彼にとってはそれが既に日常(とうぜん)のことであったがために、それが異常だとは考えたこともなかったのだ。

 「陛下からも彼女を取り込むことを望まれているし、機を見て交渉を再開します」

 『ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
 貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位について、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?』

 そうだねと軽く笑って応じる異母兄のよりも深く、先ほどのエトランジュの声がシュナイゼルの脳裏に響き渡った。



 自室に戻った天子は、星刻にしがみ付きながら太師に先ほどの出来事を語ると、二人は予想外の取引内容はもちろんのこと、それをあっさり断ったというエトランジュに驚いた。

 「それはまた・・・思い切ったことをなさったものですなエトランジュ様も」

 「そうなの?私にはよく解らないわ。でも、私ブリタニアの人は怖いって思ったの」

 感心したような太師の言葉に天子が怯えた声で応じると、星刻が尋ねた。

 「どうして怖いとお思いになったのですか、天子様?」
 
 「だって、あのシュナイゼルって人・・・エディを前にして笑ってた」

 外交なのだから当然なのではと星刻は思ったが、天子はそういうことじゃないと首を横に振る。

 「エディのお父様が行方不明になって、家族がたくさん亡くなって大変なのはブリタニアのせいなのに、どうして笑って話しかけて来たんだろうって思ったら、怖くなったの。
 オデュッセウス殿下は初めてエディに会った時、気まずそうにしてらしたのに・・・」

 「なるほど」

 シュナイゼルは当時は無位無官だったユーフェミアとは異なって帝国宰相として当然、マグヌスファミリアへの侵略に対して大小ならず責任がある。
 それなのに彼は笑顔で話しかけて来たのだ。エトランジュはさぞかし不愉快だっただろうと天子ですら理解出来たのに、シュナイゼルは平然と会話をした挙句自分の提案が受け入れられないとご理解頂けなくて残念ですと言ったのだ。

 「ブリタニアにも事情があるのかもしれないけど、あれは何だか違う気がするの・・・それが何なのか、うまく言えないけれど」

 「いいえ、それは間違っておりませんとも天子様」

 太師の言葉に天子が自分がおかしいのではないと知りほっと安堵の息を吐く。

 その様子を見て、やはりブリタニアとの婚儀は壊すべきだとの認識を新たにした星刻は太師と目配せをし、天子の髪を撫でて落ち着かせる。

 「天子様、どうか正直にお答え下さい。
 ブリタニアとの婚儀をどうお思いですか?」

 「・・・私、ブリタニアになんて行きたくない。あの人達は、怖いもの」

 「かしこまりました、天子様。そのお言葉で、一切の迷いが断ち切れました・・・感謝いたします」

 星刻が床に膝をつくと、太師も同じようにして両手を組んで臣下の礼を取る。

 「ご安心下さいませ天子様。必ずや我らが貴女様の御意に叶うようにしてご覧にいれましょう」

 「でも、そんなことをしたらブリタニアと戦争に・・・」

 「ブリタニアは他国を自国の奴隷とするために各地を侵略しているのです。
 他国を軽んじた発言をしているのは、天子様もご覧になられたでしょう?」

 大宦官の手によりテレビなど外部の情報が手に入るものを撤去された天子だが、ルルーシュの指示でエトランジュから手渡された小型液晶テレビで天子はブリタニア皇帝が弱肉強食の国是を声高に主張し、中華を怠け者ばかりだとを批判している様を見ている。
 そんな恐ろしいことを平然と言える人物が義理の父親になるなど、恐ろしくて仕方なかったのだ。

 「我らは貴女様に忠誠を誓った身にございますれば、当然のことにございます。
 解らぬことがございましたら、何度でもお尋ね下されませ。何度でも、お解りになるまでお話しいたしますゆえ・・・」

 「星刻、太師父・・・解ったわ。貴方達を信じる」

 天子の力強い返事に、星刻は必ず天子とブリタニアとの婚儀を壊すと誓った。
 その決意を秘めた黒い瞳の先には、外の世界を見せると約束した日の永続調和の契りを交わした小指が立てられ、小さく揺れていた。



[18683] 第三話  闇夜の密談
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/13 11:35
  第三話  闇夜の密談



 月灯りなどない新月の夜、星刻が婚約者と偽って同居しているルチアを伴い太師宅へと訪れた。

 名目は最近身体の具合が悪い太師の見舞いである。後見人なのだから具合が悪いのならば頻繁に訪れるのは当然だと言わんばかりに、堂々としたものだ。

 「ゼロはまだ来ていないようですね、エトランジュ様」

 「はい、黎軍門大人。アル従兄様が迎えに行ったようなので、もうすぐ来られるかと思います」

 昼間の出来事で消耗したのか、ぐったりと椅子に座りルチアが作った薬湯を飲むエトランジュに星刻は痛ましげな視線を送る。
 
 「昼間の件、天子様から伺っております。
 思い切ったことをなさったと、太師様がおっしゃっておられましたが・・・」

 「あのような人を馬鹿にした取引に、応じられません。
 しかもその自覚すらないのですよ、本当に恐ろしい・・・!」

 ルルーシュからブリタニア皇族としてはあれでも譲歩したつもりだろうと言われたエトランジュは、あまりの感性の違いに唖然とした。

 「伯父様達も、それでいいとおっしゃっておりました。
 こうなった以上、私の祖国が戻るのはブリタニアの崩壊を持ってしかあり得なくなってしまいましたが、悔いはありません」

 「お察し致します。こちらもブリタニアに天子様をやるなど言語道断!
 是非とも力を貸して頂きたい」

 星刻の台詞にエトランジュが頷くと、アルフォンスのギアスで姿を隠して太師宅を訪れたルルーシュとアルフォンスがギアスを解いて登場した。

 「もちろんだ黎 星刻殿!あのような欲にまみれた取引に幼き皇帝を利用するなど、正義に背く行いだ」

 「ゼロ!いったいどうやって入って来た?!」

 驚き大声を上げた星刻に、ルチアが慌てて彼の上着を引っ張って止めた。

 「お静かに!外にいる大宦官の手の者に気づかれてここに踏み込む口実を作るおつもりですの?」

 「ルチア殿・・・失礼」

 「僕ですよ黎軍門大人。ちょっとトリックを駆使して、太師宅に入って来たんです。
 外にいる監視の連中には気づかれてません」

 ルルーシュの隣でそう言いながら現れたアルフォンスに、確かに外を監視している連中は全く騒いだ様子がないので、どうやったかは解らないがうまくやったようだと納得する。

 「さすがはアルフォンス様、大学で科学を学んでおられただけはありましてよ」

 極秘とはいえ会議の場であるので、ルチアは敬称をつけてアルフォンスを呼ぶ。

 「メンバーはこれで全員揃いましたね。では、太師様のお部屋へ参りましょう」

 椅子から立ち上がって太師の部屋へと歩き出したエトランジュの後ろに全員がついて行くと、そこにはベッドを起こして横たわる太師の姿があった。

 「申し訳ありませぬな、ゼロ・・・このような見苦しい姿での会談になり、お詫び申し上げる」

 「何をおっしゃいます、お身体のことはエトランジュ様から伺っております。
 ご無理をなさらず、ご自愛を。今回の件が成功し大宦官を粛清した暁には、貴方に官吏達の統制を取って頂かなくては天子様がお困りになります」

 「ゼロの言う通りです太師様。お気になさらず、楽になさって下さい」

 中華連邦の情勢を把握しているゼロを感心しつつ、星刻は太師に歩み寄りながらルルーシュに申し出た。

 「なるべく早く終わらせて貰いたい。
 太師様のお身体に負担がかかってしまうからな」
 
 「もちろん、私もいつまでも長居をするわけにはいかないからな。では、まだるっこしいことはやめて、結論から言わせて貰おう。
 我ら黒の騎士団と中華連邦、そしてブリタニアに虐げられているすべての国々との間で同盟を組ませて頂きたい」

 「黒の騎士団だけではなく、他の国々ともだと?!」

 ルルーシュの思いもしなかった申し出に星刻が驚くと、既にエトランジュから大まかな話を聞いていた太師が言った。

 「超合集国構想・・・先に拝読させて貰ったが、よく出来ておる。
 簡単に言えばEUのような連合を組み、ブリタニアに対抗しようということじゃな」

 「それは、確かにそれが一番効率的だが・・・可能なのか?」

 「出来る!貴殿らの協力があれば、実現する可能性はかなり高いからな」

 星刻の疑わしげな声に、ルルーシュは自信を持って言い切った。
 そしてルチアが皆に超合集国構想と書かれた資料を配ると、星刻もさっそく目を通して熟読する。

 「我が中華連邦の蓬莱島に本部を造り、反ブリタニア国家および亡命政権などの国々を中心として連合国家を造り、相互に助け合う・・・それはいいが、この国家としての軍事力を放棄するとはどういうことだ」

 「見ての通りだ。超合集国は各国が固有の武力を放棄し、その上で加盟して貰う」

 「・・・そして黒の騎士団にその戦力を組み込み、一つの軍隊とする、か」

 各国家が武力を永久に放棄する代わりに、人員・資金提供を条件にどの国家にも属さない黒の騎士団と契約し、黒の騎士団が安全保障を担う。
 これは烏合の衆と化する各国家の軍隊の連携不足の問題を解消し、また武力を一つにまとめることでブリタニア戦後各国が争わぬようにするためでもあるという。

 「中華にとっても大宦官どものせいとはいえインドや他の地域で紛争していた背景がある以上、悪い話ではないはずだ。
 何しろ殆どの国に超合集国に加盟して貰うつもりなのだから、ブリタニアという敵国もある以上中華に矛先が向くことはない。
 今中華と揉めているインドにも独立を認めて貰いたいのだが、その場合結局は超合集国という同じ枠に入るのだから、無駄な争いを回避して同じ結果を得られるだろう」

 「なるほど。では本部を蓬莱島にしたのはどういうつもりだ。
 黒の騎士団発祥の地である日本に置いた方がいいのではないのか?」

 「日本は島国だ、交通に向いているとは言えない。
 その点蓬莱島は大陸にあるから便利だし、輸送などについても有利だからな」

 島国では防衛に便利な時代もあったが今は航空機も発達しているので、いざという時簡単に孤立してしまうという欠点がある。
 それを思うと大陸にあり、人口の多い中華に本部を置く方が何かと安心出来るのである。

 「我ら黒の騎士団はあくまでも超合集国の依頼を受けて安全保障を請け負うという形になる。
 つまり黒の騎士団本部をいずれ解放する日本に置き、超合集国本部を蓬莱島に置くというのがベストだと考える」

 「そうなれば中華は本部建設のための工事を行い国民達に職を与えることが出来るし、周囲の国々の者が集い来るので国際都市として発展することが可能になる。
 出費はそれなりにあるが、充分それを補って余りある利益は見込めそうじゃのう」

 ルルーシュの計画に老いたとはいえかつては要職にあった太師はすぐに理解した。

 「大宦官どもの資産を差し押さえれば、蓬莱島工事の費用はむろん当面の国民達の生活についてもめどが立つとの試算もある。
 何よりブリタニアのみを相手にして今後の天子様を守る壁が出来るよい策じゃとわしは考えておるが・・・皆はどうか?」

 「理屈は解りますし、そうなれば平和のためにも大変良い策でしょう。
 しかし、そのためには各国を守る武力となる黒の騎士団の実力を示さなくてはなりません。コーネリアに苦杯を呑ませただけでは、とても信用はされないでしょう」

 星刻の言はもっともなものだった。
 ブリタニアの恐怖から解放出来るという確固たる実績がなければ、黒の騎士団がブリタニアから解放した後の国々を超合集国に組み入れて保護し、守っていくという宣伝が使えないのだ。

 「もっともな意見だ。ゆえに私はここに宣言する!一年以内に、日本を解放してみせると!
 それを持って超合集国日本の成立とする!」

 自信をみなぎらせてそう宣告したルルーシュに、事情を知っているマグヌスファミリア以外の一同は一年以内という短さに驚いた。

 「一年、だと・・・そんな簡単に・・・」

 「既に手配は終えてある。
 今も着々と準備は進んでいるのだが、ブリタニアに貴国の力を得られては非常に困るので、先に話して協力を仰ぐことにしたまで」

 確かに青写真を語られるだけよりはゼロが日本を解放したのちに超合集国を設立すると宣言したほうが、星刻もその実力を信頼して参加を前向きに考えたことだろう。

 だが予想外に早くブリタニアが中華連邦を取り込むべく政略結婚を画策したため、計画を前倒しにして動かざるを得なくなったのだ。

 「ふっ、星刻よ、貴殿もまた奇跡が必要か。
 ならば私が見せよう、この中華が変わりゆく奇跡を!
 まずはブリタニアと天子様との政略結婚・・・それを破壊してご覧にいれよう」

 星刻がゼロの実力を目の当たりにしたことがない上、素顔を晒さぬ相手に懐疑的になるのは仕方がない。
 ならば黒の騎士団の初期メンバーの時のように、奇跡を起こしてやる。

 自信たっぷりにそう宣告するルルーシュに、星刻はそこまで言い切るからにはやってみろと言いかけた刹那、ずっと話を聞いていたエトランジュがおずおずと口を開いた。

 「ですがゼロ、中華を貴方を含む黒の騎士団が介入して革命が成功すれば、天子様はどうなります。
 結局後ろにいるのがゼロに変わっただけのただのお飾りと侮られてしまいます」

 「!!」

 エトランジュの指摘を受けて、星刻はその危険性に気付いた。
 そう、ブリタニアとの政略結婚を潰すだけではなくそのまま中華をゼロの主導で改革してしまえば、天子はただの中華の象徴の操り人形と周囲に受け取られてしまう。
 天子に忠誠を誓う者はいることはいるが、それは彼女がいずれ国をよくしてくれると信じているからこそだ。
 しかし彼女が成長するよりも先にゼロがそれを成し遂げてしまえばどうなるか、火を見るより明らかである。

 今ゼロは中華を改革する奇跡を見せてやると断言した。
 それが成れば実質中華はゼロの支配下に入ることになる。
 超合集国の構想を見れば人口比率によって投票率を決めるとあるので、ブリタニアを除いては世界一の人口を誇る中華の協力が是が非でも得たいのだと星刻も解っている。

 「むろん私とてむやみに介入して中華の反発を招きたくなどないが、我々が信用ならないというならこの手しかございませんエトランジュ様。
 中華の国力をブリタニアに渡すことは何としても止めなくてはならないのは、貴女もよくご存じのはずです」

 ルルーシュの気は進まないが仕方ないと言う言葉に、エトランジュがならばと双方に向かって提案する。
 
 「ならば利害が一致している天子様とオデュッセウスとの婚儀を壊す計画だけは協力して行うというのはいかがでしょう。
 黎軍門大人にとっても、ゼロの真価を推し量れるよい機会なのでは?」

 エトランジュの折衷案に星刻はそれならばと提案を受け入れることにした。
 ルルーシュも異存はないと同意を受けて、天子の政略結婚に関することのみは互いに協力して行うことが決定する。

 「確かに、エトランジュ様のおっしゃるとおりだ。ゼロの手腕、ぜひともこの目で拝見したい。
 その盟約、我が名をもって結ばせて頂こう」

 星刻は中華連邦の今後についてある程度の展望があり、その中でもインドなどの中華が現在介入している地域についても今後の立て直しのために必要だと考えていた。
 ゆえにゼロがインドの独立を求め、さらに一年以内に日本を解放するという大言壮語に逆に不審を抱いたのだ。

 しかしエトランジュが指摘したとおり、万が一にも自分達が介入しないままにゼロだけが大宦官を粛清して中華を改革すれば、最悪天子はそのまま体よく放逐されてしまう可能性がある。
 仮にも正義の味方を自称している以上、孤児としてどこぞへ放り出すなどということはしないかもしれないが、それでも天子は身分がなくなればただの身寄りのない孤児も同然である。
 
 (今後を考えれば、天子様が中華を治める皇帝として国民に認めさせて統治して頂くほうがいいに決まっている。
 そのためにもむやみに紛争を続けるよりは、単純にブリタニア一国だけを同盟国全てで相手に出来る超合集国のほうがいい)

 だがそれはあくまでもゼロの手腕がどこまで出来るかにかかっている。
 星刻の表情からそんな彼の思惑を読み取ったルルーシュは、さっそくに星刻に切り出した。

 「その盟約、確かに結ばせて貰った。ではさっそく、協議に入らせて頂こう」
 
 監視の網がかかっている自分達には、そう頻繁に密談が出来ない。
 数少ない機会の間に、出来るだけ完全な計画を練って連携を取っておかなくてはならないのだ。

 「既に計画は私が考えてある。大まかにだが説明させて貰う」

 ルルーシュがそう前置きしてブリタニアとの政略結婚を潰しつつ大宦官を粛清する計画を語ると、星刻と太師は大胆な計画に目を見開く。

 「天子様を婚儀の式でゼロが連れ出し、その後立て篭もった地にてブリタニアと中華と交戦して劣勢に見せかける。
 その隙に大宦官どもとの通信を国民に流し、彼らの悪虐ぶりを見せつけることで民衆達に決起を促す、だと・・・!」

 「そうだ、人は自分が勝利を確信すると、どうしても気が緩んでしまうものだからな・・・そこで会話を誘導して本音を喋らせる。
 それを国民達に流せば確実にそうなると、私は見ている」

 「確かに、そうなるじゃろうのう・・・ただでさえ不満がくすぶり火種は充分過ぎるほど国内のあちこちに転がっておる」

 太師が呻くように言うと星刻も納得したが、天子を誘拐するというゼロをじろりと睨みつける。

 「だが、この計画では私はお前達と交戦するために朱禁城に残らなくてはならない。
 その間、天子様をお前達に預けろと?」

 「そうなるな。
 貴殿が指揮しなくても我が軍と適当な加減で戦闘を行えると言うのなら、貴殿が黒の騎士団が立てこもる場所へ来て貰っても構わないと言えばそうなのだが・・・」

 「私の天子様への忠誠は連中もよく知っている。細工が目立つという訳か・・・」

 実はこの計画、星刻の協力がなくても実行可能なようになっている。
 ただその場合交戦した際にこちらの被害が大きくなる可能性があるため、出来れば彼の協力が欲しかった。
 
 こうして協力を得られた以上その面での心配はなくなったが、星刻が天子が誘拐されたというのに一向に姿を見せなければ真っ先に彼がゼロに協力していると考えられるのは明白だ。

 「この計画は、貴殿が我らと組んでいることが大宦官やブリタニアに悟られないことがもっとも重要な要素だ。
 バレれば貴殿が天子誘拐の共犯として奴らに処断される格好の材料になるからな。そうなれば貴殿の腹心が軍を指揮していても、すぐに指揮権を剥奪されるのは目に見えている」

 理屈は解るが、だからと言って天子を自分の目の届かぬところにやるのはと難色を示す星刻に、アルフォンスが提案した。

 「何も黎軍門大人自らが来られなくても、貴方の信頼なさる方をこちらに送ってくれればいいんじゃないですか?たとえばあの女性士官の方とか」

(ジョウ) 香凛(チャンリン)、ですか?確かに彼女なら天子様をお任せ出来るが・・・」
 
 逆を考えたアルフォンスの案に、星刻は考え込む。

 「どうせ戦闘はこっちとの打ち合わせの上行う台本劇のようなもの、それなりの人数を天子様の護衛に当ててもさして不都合はないと思いますね」

 「ふむ・・・それならば、こんな案はどうじゃな?」

 何か考え込んでいた太師がその計画に便乗する形で天子の君主としての威光を高める策を提案すると、ルルーシュと星刻は驚いた。

 「・・・なるほど、伊達にお歳を召して修羅場をくぐってはおられませんね太師殿」

 「出来るだけ天子様には実績を作って差し上げておきたいでな。
 あまり綺麗なやり口とは言えんが、政権を科挙組に円滑に移すにも効果的じゃからのう。
 ・・・あの方には、少しずつ政治の闇の部分や汚れた手段も知って頂かねばならぬ」

 軽く咳き込みながら重々しく語られた太師の言葉に、星刻は覚悟を決めた。

 「いいだろう、至急人選を行いそちらに私の信頼が置ける者を送ろう。
 香凛をはじめとする二十人ほどになるが、構わないな?」

 「むろんだ、むしろ協力者が大勢いるのはありがたい」

 香凛は喪中と称して長期休暇を取らせ、他の者達は出張や左遷という形で離れて貰えばごまかせるだろう。
 大枠の計画が決まると、すぐに細々とした打ち合わせに入った。
 エトランジュとアルフォンス、ルチアを介しての連絡手段などの相談を終えると、既に三時間が経過していた。

 「決行は天子様とオデュッセウスの婚儀の日だ。
 朱禁城への突入経路はこちらで自力で確保しておく」

 「それはいいが、どうするつもりだ?」

 早い段階から星刻を介入させるとそれだけ彼がゼロと関係していると悟られると言うゼロに星刻は納得しつつも、あの警備が厳重な朱禁城にどのようにして侵入するつもりか疑問に思った。

 「警備を担当している武官の韓弦と大宦官の弱みを握ってある。
 利用するだけしてこちらで処分しておくが、構わないな?」

 もちろんギアスを使って警備隊を操り突入経路を確保する予定だが、それを口にするわけにはいかないのでそう取り繕う。
 もともと警備担当の韓弦は大宦官の元で軍の予算を横領をしてはその金で酒池肉林に明け暮れている男だったので、星刻はむしろやってくれとばかりに承諾した。

 こうして話がまとまると、まず先に星刻達が帰宅しその後でルルーシュ達が引き揚げることになった。

 太師とエトランジュに一礼して部屋を出た星刻とルチアの後をルルーシュが追って来たので、廊下で星刻はまだ何かあるのかと振り向いた。

 「どうかしたか、ゼロ?」

 「天子様を私達が連れ去る際、貴殿が無反応だったりもしくは大げさな演技などをされては困るので、少し釘を刺そうと思ってな」

 ルチアも星刻に演技力は期待出来そうにないと考えていたので非常にもっともだと思いはしたが、だからと言って天子付き武官の星刻を婚儀の警備に向かわせないわけにもいかない。
 
 「た、確かに私は演技は苦手だが・・・」

 「ゆえに私が、その演技の秘訣を授けておこう」

 ルルーシュはそう言うと仮面の左目部分をスライドさせて赤く羽ばたく翼が刻まれた瞳を露にすると、星刻に命じた。

 「貴殿は作戦開始から私の作戦終了の合図があるまで、今宵の密約を忘れろ」

 「・・・ああ、そうしよう」

 その命令が耳に届いた星刻が赤く眼を縁取らせて聞き入れたことを伝えると呆然とした顔になったが、すぐに我に返った。

 「・・・う、私は何を・・・?」

 「お疲れのようだな、星刻殿。お身体のこともあるというのに、お引き留めして申し訳なかった」

 「あ、ああ、そのようだな。何の話をしていたのだったか?」

 「婚儀の間だけ今宵の密約を忘れたつもりで振舞って欲しいと言いに来ただけだ」

 「ああ、解った。少々自信がないが、やってみるとしよう。では、失礼する」

 星刻がルチアと共に太師宅を出たのを見送ったルルーシュは、うまくギアスをかけられたことを確認して仮面の下で条件がクリアされたことに満足の笑みを浮かべた。

 《ルルーシュ様のおっしゃった通りになりましたね。
 これでお互いに信頼関係が出来れば、超合集国連合もスムーズに行くかもしれません》

 ギアスでうまくいったことに安堵の声で語りかけてきたエトランジュに、ルルーシュも頷く。

 《ブリタニアと戦える国家連合とEUとの間で同盟が成れば、これほど強力な反ブリタニア包囲網もありませんからね。
 万が一EUが親ブリタニアに傾いても、マグヌスファミリアは超合集国が保護いたしますのでご安心を》

 実はエトランジュ達が超合集国創立に積極的に協力したのも、そのことを危惧したが故だった。
 もしそうなった場合マグヌスファミリア国民やポンティキュラス王族はEUからブリタニアに引き渡される可能性が高いので、そうなる前に新たな避難先として超合集国があればいいと考えたのである。

 《中華ならば二千人くらいならすぐに保護が可能です。
 百万人でも大丈夫なほどの国土がありますからね・・・最悪の事態は常に考慮しておかなくては》

 《シュナイゼルがEUであれこれ動いているようですので、あり得ないと言いきれないのが恐ろしいですけどね》

 《婚儀は一週間後です。それまでに朱禁城への突入経路を確保しておかなくてはなりませんので、ご協力をお願いいたします》

 《ああ、C.Cのアイデアだったっけ?別にいいよ》

 アルフォンスは楽しげに承諾したが、ルルーシュはあまり気が進まなそうである。

 《全く、あいつの策はろくなものがないが・・・あまりことを荒立てずに済むならそれに越したことはないから仕方ない》

 《じゃ、時期を見計らってやるとしますか。衣装とかは用意してあるから、近くにとってあるホテルに集合ね》

 《了解しました。では》

 ギアスで打ち合わせを終えたルルーシュは太師の部屋に戻り辞去する旨を伝えると、彼は咳き込みながら言った。

 「星刻は悪気はないがまだまだ先走る所があるので、どうかその辺りを指導してやって貰いたい」

 「ああいう男は嫌いではありません。
 彼とはよいお付き合いをしていきたいと思っておりますので、太師様もぜひに彼とともにご協力頂ければと存じます」

 太師が頷くとルルーシュは太師に一礼し、アルフォンスを伴って退室した。

 (これでこの件が成れば、天子様をお守りして中華をブリタニア以外からの国と干戈を交えさせずに済む。
 超合集国連合で中華の立場を上にするためにも、まだまだわしは生きねばならぬ)

 科挙組は純粋に国を思ってはいるが年若く理想ばかり高い者が多い。それは自分もその年代の時はそうであったから気持ちは理解出来るのだが、その分融通が効かないところがあるのだ。
 ゆえに彼らが現実を知り成長し天子を的確にサポート出来る力を身につけるまで、自分が彼らを教導していかねばならない。

 (そのためにも、手段は選べぬ。エトランジュ様も思惑あってのこととはいえここまで協力して下さったのじゃから、わしも覚悟を決めてことに臨もうぞ)

 太師は力強く寝台から立ち上がると机の引き出しを開けてルチアから手渡された薬を見つめ、いつでも飲めるようにと大事そうにピルケースに納めるのだった。
 


 天子の婚儀の前日、ルルーシュ達は朱禁城への突入経路を確保すべくC.Cの作戦に従って行動を開始していた。

 朱禁城の守備部隊の長である韓弦に昨日のうちに旅芸人として渡りをつけた一行は、血税を使って天子の婚儀の前祝いと称した宴に招かれることに成功したのだ。

 久々にアルカディアに変装したアルフォンスはステージ衣装を纏って手品を披露し、C.Cも美しく踊って酒に酔った武官や大宦官をしたたかに惑わせて油断を誘う。

 「美しい」

 「何と妖艶な舞いよ、特に緑の髪の方」

 「いやいや、私は赤い髪の見事な奇術もさることながら、美しさも素晴らしいと思いますな」

 好き勝手に好色な視線をぶつけられてアルカディアは内心気分が悪かったが、任務だと言い聞かせて一流とはいえないまでもそれなりに本格的な手品や大学時代に友人から教わったダンスを披露していた。

 一方、そんな視線に慣れっこの上にどうすれば男が鼻の下を伸ばすかをよく熟知しているC.Cは、頃合を見計らってアルカディアに目配せした。

 「前座はこれで終了ですわ、韓弦様。お楽しみ頂けましたでしょうか?」

 「眼福眼福、見事な舞と奇術であったぞ、二人とも」

 ほろ酔い気分で機嫌よく手を叩く韓弦に、アルカディアは鳥肌が立つのをこらえて妖艶に笑みを浮かべる。

 「光栄でございますわ、韓弦様」

 「しがない旅芸人に過ぎない私達が、まさか首都洛陽の守備隊長様の前で踊らせて頂けるなんて」

 C.Cも素晴らしいプロポーションを惜しげもなく披露すると、アルカディアも目的が目的なのでコルセットでいつもより美しく体型を整えた身体をさりげなく見せつけるようにして籠絡にかかった。

 「天子様とブリタリア王子と結婚と聞き及び、はるばる洛陽まで参った甲斐がありましたわ。
 まさかこんなご高名な武官様にお呼び頂けるなんて・・・まるで夢のようです」
 
 実際はこんな肥え太った男に気持ちの悪い視線を投げつけられているアルカディアは悪夢でも見ているようだと思ったが、それをおくびにも出さずに褒めちぎると真に受けた韓弦は得意げに誘った。

 「二人ともどうだ?旅芸人などやめて、わしのところに留まるつもりはないか。
 根なし生活よりも、はるかに良い暮らしをさせてやろう」

 よし来た、とC.Cが目を光らせると、さっそく仕掛けの一言を紡ぐ。

 「姉も一緒なら」

 「姉、とな?」

 「はい、私達の姉でございます。ね、アルカディア?」

 「はい、私どもなど足元にも及ばない、優れた踊り手ですわ。
 もうまさに立っているだけでもいいと言われるほどの美貌を持っていらして、姉様がいらしたら私どもなんて相手にされないと思うと怖いくらいです」

 過剰な美辞麗句を並べたてるアルカディアに、C.Cは視線でよくここまで言えるなと呟いた。

 「その通りです。その美しさは恐らく大陸随一」

 「その声はまるで魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほどですの」

 あながち嘘ではないアルカディアの台詞に、一同はそれならぜひとも見てみたいと欲望に目を光らせた。

 「韓弦様もきっと気に入られますわ」
 
 「ほう、それは興味深い」

 「実は、連れて来ております。舞いをご披露しても?」

 もったいぶったC.Cに惑わされた韓弦は一も二もなく頷いて、凶悪極まりない狼を招き入れてしまった。

 「よかろう、楽師ども」

 韓弦の指示で楽師達が奏でた音楽に合わせ、長い黒髪のウィッグをつけて平坦な胸をフォローするようにラインを強調した紫色の衣装をまとい装飾をつけたルルーシュが現れた。

 堂々と足を進めて現れた美しい踊り子に、中身を知らぬ武官達は色めき立つ。

 「おお、これは・・・」

 「美しい・・・」

 先ほどの娘達の言は大げさだと侮っていたが、なるほどと武官達が囁き合う。

 「お姉様、韓弦様に踊りを」

 「お姉様の美声を、ぜひお近くで聞かせて差し上げて」

 やっとこの苦痛から解放されるとアルカディアはさっさとカタをつけて貰おうと、ルルーシュを韓弦の前まで誘導する。

 ルルーシュが韓弦の前までやって来ると、そのまま黙ったルルーシュに韓弦が猫なで声で言った。

 「ん?どうした?緊張することはないぞ」

 「お初にお目にかかる、洛陽の守備隊長殿」

 傲岸不遜な低い声に、目の前の美女が男だと悟った武官達がざわめき出した。

 「男だと?バカな」

 「しかし、今の声は確かに」

 「つまみ出せ」

 男など愛でる趣味のない武官達が動き出そうとするが、それを止めたのは意外なことに韓弦だった。

 「まあまあ、待て。わしは美しいものが好きだ、性別などという小さなことにはこだわらぬよ」

 「げ・・・ちょっと早くその・・・!」

 女装は好きだが男に、しかも脂ぎった中年男に言い寄られる趣味などないアルカディアがこっちに目が向く前にと心底から気持ち悪そうにルルーシュにつけられたヴェールを引っ張り早くと急かすが、ルルーシュは余裕たっぷりである。

 「両方ともいける口というわけか」

 「そちは我が中華連邦の者ではないな。ロシアか、それともタールキオ・・・」

 「日本からだ」

 ルルーシュの返答に、酔いが覚めたかのように武官達が騒ぎ出した。

 「なんと?エリア11ではなく、日本!?」

 「黒の騎士団か?」

 「何をしに来た?」

 明らかに東洋人ではない者達が日本と口にしたことで、どこに所属しているかを考える程度の思考はあったらしい。
 さすがに韓弦も危険を感じたのか、息を呑んでルルーシュ達を睨みつける。

 「この中華連邦には、あの男を倒すための武器が二つある。
 一つは戦力、日本一国では、強大なブリタリアと戦うには不足だからな」

 「なに?」

 中華を支配してブリタニアと対抗する気かとあながち間違いでもない推測を巡らせた韓弦に、C.Cが続ける。

 「もう一つは、ギアスのルーツ」

 「ああ、今以上に敵を知り、己を知らなければならない。
 現在は嚮団なるものが占拠しているという遺跡を、我が手に納めなくてはならないからな」

 「何だ?お前達、何を言っている?」

 三人にしか解らない会話を交わされて不快そうに怒鳴る韓弦に、手早く済ませるかとルルーシュはアルカディアいわく“魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほど”の声を発した。

 「洛陽守備隊長韓弦、大宦官に取り入り権力を貪る、人々に重い通行税を課す、腐れ役人の親玉が!」
 ルルーシュ ヴイ ブリタリアが命じる!貴様は豚だ!永遠に言葉を失い、家畜として暮らすがいい!!」

 「え?」

 アルカディアがこいつ何でこんな命令をしたのかと驚いたが、既に時遅し。
 絶対遵守のその命令を聞き入れた韓弦らは床に這いつくばり、ぶうぶうと聞くに堪えない鳴き声を発している。

 「貴様らにはそれがお似合いだ」

 「ふふ・・・星刻との間に、打ち合わせは済んでいるんだろう?」

 C.Cが残された食事を軽く摘みながら尋ねると、ルルーシュが頷く。

 「立てこもる天帝八十八陵には、既に香凛士官を始めとする天子の護衛部隊がいる。
 後は天子をあそこへ連れて行き、星刻と交戦するだけだ」

 星刻の傍にはエトランジュとリンクを繋いだルチアがいる。よって彼女を通じていくらでもリアルタイムで情報と指示のやり取りが可能なのだ。

 「それは結構なんだけど・・・こいつらどうする気?」

 アルカディアが人の姿をした豚と化した武官達を何とも言えない目で見つめながらルルーシュに問いかけると、ルルーシュはあ、と己の行為のまずさに気がついた。

 「天子様の婚儀までもう少し時間あるし、それまでこいつら行方不明にすれば怪しまれるわよ。
 きっと他の守備隊長が派遣されるだろうし、殺すにしても死体の始末が面倒よ?」

 それなりの地位にいる隊長に連絡が取れなくなったら、代理が来るのは当然である。
 しかも現在はエトランジュが中華におり、彼女の背後にはゼロがいることをシュナイゼルも知っている。
 彼女との和議が不発に終わったことからゼロが天子とオデュッセウスの婚儀で何か仕掛けてくる可能性があると、警備を強化する指示が出たという情報もある。

 「・・・・」

 「・・・・」

 「・・・・」
 
 重い沈黙が部屋を支配した。聞こえてくるのは武官達の発する鳴き声だけという異様な光景である。

 「何で普通に自分に従えって命じなかったのよ。
 永遠に家畜として暮らせって命じちゃった以上、こいつらずっとこのままよね?」

 ルルーシュのギアスはたった一度しか相手に命令を与えることは出来ないが、代わりに期間をこちらで指定すればその間は効果が持続出来る。
 ゆえにルルーシュが“永遠に”と指定してしまった以上、この命令は永続的に彼らに作用してしまうことになるのだ。

 「・・・代理となる副隊長の男にギアスをかけて、中から扉を開けさせよう」

 「二度手間だな。ま、お前のうっかりのせいだが」

 ルルーシュの策にC.Cが事実を述べると責任を取って自分でするからいいと広間を出て行ってしまった。

 「外にいる藤堂達には、もう少し待って貰うことになりそうだな」

 日本から呼び寄せた藤堂達は昨日のうちに既に洛陽に入っており、花嫁誘拐作戦に協力して貰うことになっているのだ。

 「それはまだ時間の余裕があるからいいとして・・・こいつらどうしよう?」

 アルカディアは大きく溜息を吐きながら、未だにぶうぶうと鳴き這い回る武官達を眺めていらぬ思案を巡らせるのだった。




[18683] 第四話  花嫁救出劇
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/20 00:51
 第四話  花嫁救出劇



 起こさなくてもよいアクシデントを何とか片付けたルルーシュ達は、朱禁城の一角に全員を集めて最終確認を行った。
 藤堂と四聖剣のうち朝比奈、千葉、卜部である。仙波は全員が中華へ来てしまうと日本の騎士団を統率する者がいなくなるので、日本に残って貰ったのだ。

 「天子様を婚儀から連れ出したら、すぐに天帝八十八陵へと行く。
 藤堂、お前にはそこで星刻と戦って貰うが、月下の準備は万全だろうな?」

 「ああ、ラクシャータが月下に改造を施し飛行能力をつけた斬月を持ってきた。
 今は戦闘能力は月下よりましというレベルだが、いずれはランスロットともやり合えるものにしてみせると言っていたな。
 しかし、相手を殺さぬように真剣に戦うというのはかえって難しそうだな」

 藤堂がブリタニア側に不審を抱かれぬように全力で、だが相手は殺すなという困難極まる命令に複雑な顔をしたが、作戦上仕方ないと気を引き締めて承諾する。

 「そして四聖剣の朝比奈と卜部と千葉、お前達には主に星刻以外の兵士達と適当に戦ってほしいのだが、もしかしたらラウンズを相手にして貰うことになるかもしれない」

 エトランジュからオデュッセウスの婚儀に出席するためにラウンズのナイトオブ・スリーのジノ・ヴァインベルグとナイトオブフォーのドロテア・エルンストが来たとの情報を聞いたルルーシュの言葉に、一同がざわついた。

 「ラウンズ?ブリタニア皇帝の騎士達か」

 大物を相手にすることになる可能性があると聞いて三人は息を呑んだが、相手に不足なしと己を鼓舞しながら朝比奈が言った。

 「承知した。けどあれほどの大物に、藤堂さんではなく何故俺達を?」

 「星刻のナイトメアの腕前は中華随一だ。真剣に戦って貰わなくてはならない時に、お前達一人二人をあてがうのは戦力分散の愚に繋がる。
 ならば始めから藤堂を彼に振り分けてお前達でラウンズを相手にするほうが得策だ」

 藤堂が星刻と戦い劣勢を装う一方で、本当の敵であるラウンズ達を倒すのが最良だというルルーシュに、三人は頷いて納得した。

 「ブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたとあっては、連中も口実をつけて介入してくる可能性が高い。
 幸いEU戦で連中が戦っている時の映像記録をエトランジュ様が手に入れて下さったから、そのデータを元にしてお前達で掛かれば倒せるだろう」

 「ああ、枢木を追いつめた時のあれね。それなら何とか・・・」

 「中華で民衆が決起するのが早ければ、星刻と藤堂がラウンズを相手にすることも出来るだろう。そうなれはこちらの勝利は確実となる」

 藤堂が戦うならばラウンズなど敵ではないとばかり、朝比奈と千葉が幾度も頷いた。

 「では、私は天子様を婚儀の席からお連れしに出て行く。お前達は天帝八十八陵に行く準備をしておいてくれ」

 「承知!」

 ルルーシュがマントを翻して部屋を出ると、藤堂達はさっそくに朱禁城脱出の準備に入ったのだった。



 ウェディングドレスを纏わされた天子は、泣きそうな顔で花嫁の間で式を待っていた。
 シュナイゼルとオデュッセウスとの会食以降、大宦官から理由をつけてエトランジュと会わせて貰えず、心細さだけを感じてとうとうこの日を迎えてしまったのである。

 (星刻は何とかしてくれるからご安心をって言ってくれたし、エディも必ず助けるって・・・でも、どうやって婚儀をやめさせるのかしら)

 天子はエトランジュから贈られた千羽鶴の中の一つを取り出して、お守りのように持ち歩いていた。
 今日もこれだけは手放したくないと駄々をこねて、大事そうにブーケに入れて飾っている。

 星刻と同じように演技に期待出来ないために何も知らされていない天子は、不安に胸を膨らませてとうとう式場へと連れ出された。

 まるで今から裁判にでも向かうように顔を伏せた幼い花嫁がバージンロードを歩く姿はまことに痛々しく、この様子を中継で見ていたブリタニア人からも気の毒にという声が上がる。

 天子付き武官の星刻も忌々しげな表情を隠しもせずに祭壇近くに立ち、ギアスによってルルーシュとの密約を忘れている彼はやはり無理をしてクーデターを起こせばよかったかなどと考えている。

 一方、これまで何事もなかったブリタニア陣営はゼロが無反応であることに訝しみながらも、ここが中華であり己の思うように軍を指揮出来ないことからも、せいぜい警備を強化するように依頼する程度のことしか出来ていなかった。
 そしてその警備隊が既にルルーシュの手に落ちていることを見逃しており、せめてラウンズ二名を式場に連れて来て無事に婚儀が終わるのを見守っている。
 シュナイゼルがちらっと頭上に視線をやると、天子から一番遠ざけられた賓客席に祝いの席らしく豪奢に着飾ったエトランジュが座っており、背後にはジークフリードの姿しか見えずアルフォンスはいないようだった。

 天子とオデュッセウスが祭壇に上がり神父が誓いを促そうと口を開いた刹那、突如上に飾られていた中華連邦とブリタニアに国旗が落ちてきてそれと同時にゼロが姿を現した。

 「何?!」

 一同が驚き席から立ち上がると、ルルーシュは天子の横に立って彼女を傍に引き寄せる。

 「あれがゼロ・・・イレヴンの王様か」

 祭壇に駆け寄りゼロを確保しようとしたジノを視界の端に捉えたルルーシュは、幼い少女のこめかみに銃を突き付けるという正義の味方に程遠い行いをやってのけた。

 「動くな!」

 上の賓客席でことの推移を見守っていた彼の仲間は、何故か自分を引きつった表情で見降ろしているのがちらりと視界に映った。
 もちろん二人の顔が引きつっている理由は、自分達の盟友がどう見ても悪人にしか見えなかったからである。

 盟約を綺麗に忘れ去っている星刻は決死の形相で祭壇に駆け寄り、ルルーシュを糾弾する。

 「ゼロ、貴様はそれでも正義の味方か!!天子様をお放ししろ、この外道があっ!!」

 「おや、そうかい?ふはははははははは!」

 この光景をテレビ中継で見ていたアッシュフォード学園にいたミレイとシャーリーは、現れた瞬間こそルルーシュが元気そうで良かったと安堵したが、次の瞬間のあんまりと言えばあんまりな所業に二人して思わず飲んでいたジュースを噴き出してパソコンを濡らしてしまい、リヴァルを慌てさせていた。

 (な、何やってんのルル?!それじゃまるで悪の帝王だよ!)

 (婚儀を壊したかったんだろうけど、手段選ばなさ過ぎよルルちゃん!)

 さらに同時刻、経済特区日本でスザクとカレンと共に長兄の晴れ姿を見ていたユーフェミアは、幼女に銃を突き付けるなどという非道な行いをノリノリでやっているルルーシュに茫然となり、ティーカップを取り落として背後にいたスザクに呟いた。

 「ルルーシュ・・・何であんなこと・・・・」

 「さあ・・・ルルーシュのやることはちょっと僕には解らないから」

 周囲に誰もいないことを確認したユーフェミアは、カレンに尋ねた。

 「あれも、何か目的あってのことなのですか?」

 「中華の国力をブリタニアに得られたら困るから、婚儀を壊すって聞いてるけど。
 天子様にもそう話してあるそうだから、演技でしょ」

 ルルーシュが本気で無抵抗の子供を殺す人物ではないと知っているユーフェミアとスザクはほっと安堵の息を吐いたが、それにしたって妙にハマっている悪役っぷりに反応に困ってしまった。

 海を隔てた向こうで幼馴染とクラスメイトと異母妹から言葉を失わせた張本人は、さらに悪役しか言いそうにない台詞を言い放った。

 「花嫁はこの私が貰い受ける!」

 (他に言い方ってもんがあると思うんだけどねえ・・・何で悪役に走るかな)

 城外でエトランジュのギアスを使ってことの推移を見守っていたアルカディアの心の声は、絶好調で悪の花嫁強奪犯を演じているルルーシュには聞こえなかった。
 そういえば先ほどの豚になれギアスを思い出すに、ルルーシュには正義の味方よりも悪役の方に才能があるのではあるまいか。

 自分達のリーダーが悪だと思うと切ないので、アルカディアはさっさとこんな茶番劇を終わらせて欲しいと願った。

 だが恋は盲目と誰が言ったやら、事情を知っているカレンと神楽耶はルルーシュが無理やり結婚させられる幼い花嫁を颯爽と救出に来た正義の味方に見えるらしい。
 
 (さすがですわゼロ様!警備の厳しい朱禁城にいとも簡単に侵入なさって天子様をお救いに上がるなんて!)

 (私も参加したかったなあ・・・こんなところでお姫様のお守りなんてするよりも、親衛隊長の私がゼロの助けになるべきなのに)

 大宦官の指示により既に放送を切られた画面を見つめながら、神楽耶は作戦成功の報が来たらすぐに報告するように桐原達に言いつけて自室に戻り、カレンはユーフェミアにさりげなく事態の推移を探ってみるように提案していた。

 ユーフェミアはそれを了承するとダールトンに先ほどの中華での異変に関する報告を行うように指示して、その際に姉がゼロの所業に怒りの声を上げていると聞いて深い溜息をついた。

 そんな女性陣の複雑な心境など知らぬルルーシュは、ギアスによって目のふちを赤く光らせ密約を忘れて本気で怒り狂う星刻と対峙していた。

 「くっ・・・ゼロ、天子様を返す気はないのか?」

 「星刻、君なら天子を自由の身に出来るとでも?違うな」

 ルルーシュの言葉と同時に背後の壁が崩れ落ち、外から現れた黒いナイトメアに星刻は呻いた。

 「ナイトメアまで用意していたか!」

 「フッ、まさか斬月の初仕事が花嫁強奪の手伝いとはな」

 これでは手出し出来ずにみすみす天子をゼロの手に渡してしまうと狼狽する星刻を無視して、ルルーシュが指示する。

 「藤堂!シュナイゼルを!」

 「解った」
 
 この場で最も厄介な策を巡らせるシュナイゼルを始末出来れば、今後は非常にやりやすくなる。
 式根島での借りを返せとばかりの命令に藤堂が斬月の腕をシュナイゼルらに向けた刹那、上空からの攻撃にその手を止めた。

 「ラウンズか!もう来たのか」

 「ち、シュナイゼルめ!あらかじめ手配していたな」

 ラウンズは二人と聞いていたから、ジノとドロテアが揃っていることに油断したとルルーシュは舌打ちする。

 「モニカ・クルシェフスキー卿か。いいタイミングだったね」

 「オデュッセウス殿下、シュナイゼル殿下、ご無事ですか?!」

 その頭上では、モニカの駆る薄紫色を基調としたナイトメア・ユーウェインと藤堂の斬月が相対していた。

 藤堂はハーケンが弾かれたと同時に、更に上空へと飛び上がった。
 
 さすがにラウンズの機体なだけはあり、性能は未だ試作型の斬月では分が悪かった。
 しかし機体性能で劣っても藤堂はモニカの攻撃をかわし、その隙を突いてハンドガンを撃ち放つ。

 「奇跡の藤堂と言われていても、しょせんこの程度か!
 このユーウェインには何のダメージにもなっていないっ!!」

 「くっ、防御装甲が思っていたより厚いな」

 藤堂が集中的に攻撃をして外装を壊すしかないと考えていると、モニカがスラッシュハリケーンを放ってきた。

 「この距離じゃ避けられない!そのまま落ちろ!」

 「避けられないなら止めればいいじゃない」

 そう言いながら現れたのは、アルカディアの操縦するナイトメア・イリスアーゲート・ソローだった。

 イリスアーゲート・ソローに搭載されているのは、アルカディアでも動かせるようにドルイドシステムを簡略化したものだった。
 防御能力のみに特化しているためにハドロン砲などは無理だったが、代わりに輻射障壁発生装置を組み合わせることでシールドを張ることが可能ないわばナイトメア版バリアである。

 それを操り見事にモニカのスラッシュハーケンを無効化したアルカディアは、藤堂に向かって言った。

 「藤堂中佐、防御は私に任せて貴方は攻撃にのみ専念して下さい!
 これならあのラウンズの攻撃は防げるわ!」

 「援護に感謝する、アルカディア殿・・・承知した!!」

 「くっ、新手か!」
 
 2対1とは卑怯な、と一部から非難が沸き起こるが、戦場では数がものを言うのである。
 アルカディアに至っては軍隊のない二千人強の祖国を六千もの兵士で攻め滅ぼされた経緯があるので、まったく良心は痛まなかった。
 
 しかもこの二人は悪辣なことに朱禁城を背にして戦いを挑んでおり、下手に大規模なを与えると未だ朱禁城から避難出来ていないシュナイゼルやオデュッセウスを巻き添えにする危険がある。
 また、中華との関係が悪化する恐れもあることから、うかつなことは出来なかった。

 見事に攻守に分かれて攻めてくる斬月とイリスアーゲート・ソローに思わぬ苦戦を強いられたモニカは、機体性能に劣る相手に負けてたまるかとばかりに接近戦でカタをつけるべくランドスピアで襲いかかるも、藤堂に廻転刃刀で止められる。

 藤堂達がモニカに気を取られている隙にと、ジノがシュナイゼルらに避難を進言する。

 「殿下、今のうちに!」

 「仕方ないね・・・兄上」

 オデュッセウスは天子が気になる様子だったが異母弟に促され、ジノとドロテアと共に式場を出て行く。

 (っ、シュナイゼル!)

 ルルーシュはシュナイゼルを仕留め損ねたことに歯噛みするが、それよりも先にここから脱出する方が先決である。

 「ここは軍に任せて、我らも・・・!」

 「うむ」

 大宦官も命が最優先である。我先にと式場から逃走し出した。

 こうして部外者が逃げ出した式場に藤堂とモニカが交戦している隙を突き、千葉が同じく飛行能力をつけた月下でコンテナを持って降りてきた。

 「ゼロ!こちらは予定通りです」

 「よし、サードフェイズに入る!」

 「解りました」

 コンテナが開くとその中に入って逃げる気だと悟った星刻が、懐からクナイを取り出してゼロに投げつけようとするが、千葉が銃を乱射してそれを阻む。

 「星刻、星刻!!」

 いきなりな事態に混乱して泣き叫ぶ天子と、必死に天子を奪い返そうと奮闘する星刻にまさか裏でゼロと繋がっているとは誰も疑わなかった。
 なまじに星刻が実直で感情が顔に出やすいと知られていたがゆえに、ギアスで記憶を消したことが効いたのである。

 ルルーシュが天子を連れてコンテナに乗り込むと、すぐさまコンテナが閉じて千葉が運び出す。
 
 コンテナが閉じたのを見計らうと、コンテナに置かれていた箱の影から香凛とエトランジュが怯える天子の前に姿を現した。

 「天子様、もう大丈夫ですよ。私とエトランジュ様がおられますからね」

 「手荒な方法で申し訳ありません!他に方法が思い当たらなくて」

 銃を突き付けられ誘拐された天子に謝罪しながら現れた親友に、天子はほっとしながらも瞬きした。

 「あれ、エディ?でもついさっきまでお席に・・・!」
 
 「あそこにいたのは私の従妹なんです。私に変装して貰ってました」

 実は賓客席にいたエトランジュは本人ではなく、エトランジュと一番似た顔立ちをした従妹の一人だ。
 祝いの席だからと豪奢に着飾り髪型を変えて化粧をすれば、近くで話しでもしない限り親しい人間でければ別人だと見破るのは困難であろう。
 ほんの少しでも天子と話させていれば目の前のエトランジュが親友でないことをすぐに看破しただろうに、ゼロからの指示で天子に余計なことをされてはたまらぬとばかりに彼女を遠ざけたことが災いしたのだ。

 「もともと女は着飾れば同一人物とは思えないほど化けますからね。
 ジークフリード将軍が護衛につけば、傍から見たらエトランジュ様に見えるのですよ」

 香凛はそう言うと天子を大事そうに抱えこみ、コンテナに置かれた座席に腰をおろす。

 コンテナが持ち上がり浮遊感に包まれると、天子はぎゅっと香凛にしがみついた。

 「さあ、これより貴女様を安全な場所へお連れ致します。
 星刻様はおられませんが、貴女様をお守りする者達が既におりますゆえどうかご安心を」

 「星刻も知ってたのね。あんなに必死だったから解らなかったわ」

 様子を通信機で窺っていた香凛は、常は他人を騙すことに向いていない上司とは思えぬほどの迫真の演技に驚いていたが、それも天子様のために努力したのだろうと受け取った。
 
 「かなり揺れますので、しっかりお掴まりを!」

 千葉の月下によって抱えられてコンテナが持ち上がると、天子様を取り戻せと怒鳴る星刻の声が響いてくる。

 一方、エトランジュ達はEUがこの天子誘拐に関与されていると疑われると後々面倒なことになるため、この件は彼女達は関係していないと取り繕う必要があった。
 何しろルルーシュの天子誘拐は味方ですらも彼が悪に見えてしまうほどであったので、なおさらである。

 中華に赴任しているEU大使には既に話がつけられており、たとえブリタニアから関与しているのではないかと言われても証拠がないと抗弁して貰う手はずである。
 もともとシュナイゼルがゼロとエトランジュが繋がっていると気付いたのは自分が式根島でゼロと共に行動しているエトランジュを見たからであり、明確な証拠はない。
 先の密談が公になっていない以上、シュナイゼルがゼロと組んでいるのをエトランジュが認めたと言っても証拠にはならないのだ。
 よってゼロによる天子誘拐にゼロと協力関係にあるエトランジュが関与していると言われても、ゼロとエトランジュが繋がっている証拠があるのかと言えば充分言い逃れが可能なのである。

 シュナイゼルもそうなるであろうことは予測していたため、無駄にEU大使館にエトランジュ達の引き渡しを要求する真似はしなかった。

 そして身代わりを務めた当の本人はルルーシュ達がコンテナで飛び立ったのを確認すると同時にジークフリードと逃走しており、豪華な服を脱ぎ捨てて本来の姿に戻ると天帝八十八陵に向けて出発している。

 「藤堂中佐、天子様が無事にコンテナに入ったようよ。
 時間を取られる訳にはいかないから、あの機体の飛行機能だけを壊して撤退しましょう」

 「この場で倒したかったが、やむを得んな」

 「続きは後でいくらでも出来るわ。それにあのユーウェインとやらのデータもばっちり取ったから、これを元にすれば・・・」

 アルカディアの言葉に藤堂が頷くと、アルカディアが割り出したユーウェインのフロートシステムにスラッシュハーケンの照準を合わせる。

 モニカがまずは防御を担当しているイリスアーゲート・ソローの方を始末しようとユーウェインに搭載されているミサイルを向けた刹那、アルカディアはそれを避けて斬月の背後へと回る。

 (ちゃーんと予知はしてくれてあったんだから、よけるのは簡単!)

 伯父がしっかりミサイルを撃たれる自分の予知をしてくれてあったから、これまでのデータを合わせればどのようなエネルギー数値を発信していたらどんな攻撃が来るかを予測するのは容易い。

 その隙を突いた藤堂は撤退に必要なエネルギーだけを残した全てを込めて、ユーウェインのフロートシステムめがけてスラッシュハーケンを食らわせた。

 「しまった!!」

 アルカディアが避けたためにナイトメアの態勢を整えきれなかったモニカはその攻撃を避けきれず、そのままフロートシステムを見事に破壊されてしまった。
 防御装置が働きゆっくり落下していくユーウェインに舌打ちしながら見送った二人は、全力でルルーシュ達の後を追うのだった。



 同じく天帝八十八陵に向かって大型トラックを走らせているルルーシュ達一行は、コンテナ内で香凛とエトランジュに会えてほっとしている天子が二人に尋ねた。

 「私達はこれからどこへ向かうの?」

 「歴代の皇帝方がお眠りになっている、天帝八十八陵です。あそこが一番防衛戦に向いているとのゼロの判断で」

 エトランジュの返事に天子は祖父の葬儀以来一度も行ったことのない墓所の名に、そう、と呟いた。
 そんな天子を見た香凛が、怒り呆れたようにエトランジュに言った。

 「大宦官どもときたら、毎年一度は必ず参拝しなくてはならないというのに天子様をお連れしなかったのです、エトランジュ様」

 「伺っております。勝手ながらこちらで祭祀の準備をさせて頂きましたから、どうぞご両親やお祖父様のお墓参りをなさって下さいな。少しは落ち着かれるかと思います」

 「エディ・・・ありがとう!」

 ずっとしたかったことを取り計らってくれた親友に、天子は先ほどの恐怖が和らいだように笑みを浮かべた。

 (こういう気の回し方が絶妙だな、エトランジュは。天子のお守りは任せて、ブリタニア戦に専念させて貰うとするか)

 天子だけにあれこれ話すよりは先に到着している太師が派遣した官吏達と香凛を交えてからの方がいいのではと言うエトランジュの意見を聞き入れたルルーシュはこの場で天子には何も言わず、星刻が差し向けた追手と応戦している千葉に指示を出している。

 撃てども撃てども現われるVTOLに向けて千葉は仕込んであった煙幕を発射し、さらにルルーシュが搭載してあるジャミングシステムを使って動けなくしてしまう。

 「殺さずに妨害するというのは、どうにも難しいな」

 ようやくVTOLを沈黙させた千葉が溜息をつくと、ナビさえ出来ない玉城をC.Cは無視してトラックを動かした。

 「よし、次を右!」

 「違うな、真っ直ぐだ」

 「おい、知ってんのかよ?」

 「昔、ちょっとな」

 玉城は簡単なナビもこなせない己の身の程を知らず、ルルーシュに役職を要求していたがルルーシュはそれを無視して言った。

 「橋が落とされてあるが、これも予定の内だ。朝比奈!」

 「はいはい、全軍、攻撃準備!」

 ルルーシュの指示に朝比奈が部隊を率いて月下に乗って現れると、追撃部隊に向かって一斉に銃を構えた。

 「それじゃ、新型の試作品の試し撃ちを!!」

 いずれ造られる予定の新型ナイトメア暁に実装する武器の試作品のテストを兼ねて、朝比奈達は追撃部隊に一斉射撃を行った。

 「さて、ここまでは予定調和だ。あともうひと騒動終えれば、天帝八十八陵へ籠城出来る」

 星刻との打ち合わせ通りにここまではうまくいっている。
 ただ当の本人はそのことを忘れ去っているために逆に何をするか解らなくはあったが、自分が有益な作戦を指示してもそれは演技だから承諾して行動に移すふりだけしろと先に命じるように言ってあるから大丈夫だろう。

 (むしろシュナイゼルのほうを気にしなくてはならない。ラウンズが三人か・・・気を引き締めなくては)

 ルルーシュはぎりっと唇を噛むと、現在建造中の浮遊航空艦・斑鳩の試作艦である飛鳥と合流し、さらなる指示を出すのだった。



 走るトラックの中にいる天子が外の騒動に不安な表情で香凛を見上げると、香凛は大丈夫ですと主君に微笑みかける。

 「すべて星刻様との打ち合わせの上の行動です。なるべく犠牲者が出ないように加減して行っておりますので、ご安心召されませ」

 演技とバレては台無しなので実のところ死人もケガ人も皆無というわけにはいかないのだが、それは告げなかった。
 
 「ブリタニアを騙すためなのね?」

 「そうです。天帝八十八陵にお着きになられましたら改めて作戦内容をご説明させて頂きますので、今はブリタニアの目をくぐることのみをお考え頂きますようお願い申し上げます」

 「解ったわ」

 味方がいるなら大丈夫と天子は自分に言い聞かせて、外から響き渡る音に目をつむって耐えている。
 そんな天子を抱き寄せて、香凛は必ずお守りしますと誓いを新たにするのだった。



 一方、星刻は自分の命令が行き届かずみすみすゼロを逃してしまったことに苛立ち、ゼロに逃げられたとの報告を受けて部下を怒鳴りつけていた。

 「お前達はいったい、何をしている?!こうもあっさりゼロに逃げられるとは!」

 陣中見舞いと称して訪れたシュナイゼルの副官・カノンがいるからと熱のこもった演技・・・に見える星刻の部下達は恐縮し、どう反応すればいいものかと悩んでいた。

 「例の特別製ナイトメアフレームの神虎・・・完成していたなら、あれに乗ってゼロを追い倒していたものを!!」

 今回の作戦を思えばハイスペックなナイトメアなど完成していなくて幸いだったのだが、密約を忘れている星刻は本気で歯噛みしていた。

 「連中が立てこもった場所が解りました!怖れ多くも歴代皇帝陛下がお眠りになる天帝八十八陵です」

 「何だと!天子様をあそこへ・・・おのれゼロ、許さんぞ!可及的速やかに天子様をお助け申し上げる!!」

 傍から見たらゼロを完膚なきまでに叩き潰すとしか思えない作戦をてきぱきと指示してくる上官に、部下達はこれなら大宦官やブリタニアも彼がゼロと繋がっているとは思うまいと上官の必死の演技(に見える)を内心賞賛していた。

 と、そこへ星刻の腹心の一人である(ホン) ()が入室して来た。

 「失礼する、星刻!」

 「洪 古か、何か進展があったのか」

 「いや、私的な用件の方だが重要だから報告しに来た。
 実は先ほど貴殿の婚約者の光蘭殿より星刻に薬が届けられたので、渡しに参った次第だ」

 洪 古はそう言うと、彼の手に青い薬袋を手渡した。

 「身体を労わって欲しいと、光蘭殿がおっしゃっていたぞ。
 定期的に薬を届けるので、必ず飲むようにと・・・」

 星刻がその薬袋を手にした瞬間、彼は思わず頭を押さえてよろめいた。

 『ゼロからの天子様を天帝八十八陵に連れ出す作戦終了の合図は、わたくしから青い薬袋が届けられた時でしてよ。
 その後はゼロとの約定どおり、民衆による決起が起こるまで適当な加減で黒の騎士団との戦闘を続行して下さいませな』

 そうルチアの声が脳裏に響き渡ると、星刻の瞳を赤く彩っていた光が失せて密約を交わした時の記憶が蘇る。

 「うっ・・・私は・・・」

 「星刻様!お疲れなのではないですか?少しお休みして下さい!」

 「そうだな。だが星刻の身体が心配ゆえ、光蘭殿をお呼びしろ!医術の心得がある彼女に、星刻について頂くのだ」

 洪 古の指示に一人の兵士が部屋を飛び出すと、我に返った星刻は天子が誘拐されたことは認識していたが、本当にそのように振る舞えた自分に驚いていた。

 (何だか自分がしたこととは思えぬ行動だったな・・・それだけ必死だったのかもしれんが)

 あの時のことはうろ覚えで記憶がはっきりしないが、ちらりとカノンに視線を送ると何か不審を抱かれたようには見えない。
 だが向こうもそれすらも演技かもしれないため、油断は出来なかった。

 黒の騎士団にいるエトランジュと連絡が取れるルチアを自然にこの場に呼び出せたことに安堵した星刻は、何はさておき天子の近況を聞かねばと決意するのだった。



[18683] 第五話  外に望む世界
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/11/27 10:55
 第五話  外に望む世界



 天子が天帝八十八陵に到着すると、そこには香凛率いる天子の護衛部隊が一斉に天子の前に跪いて出迎えた。

 「お待ちしておりました、天子様!我らニ十名、星刻様の命により貴女様をお守りさせて頂きます」

 「こんなにたくさん来てくれたのね。ありがとう」

 「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」

 「さあ、お疲れでしょう。まずはお部屋でお休みを」

 香凛が天子にそう促すと、天子は少し言いづらそうに背後のエトランジュに言った。

 「エディ、私・・・安心したら、その・・・」

 「はい、みんな疲れておりますから、お食事にしましょう。
 ちょうど日本から持ってきた冷凍のうどん麺がありますから、すぐにお作りしてお部屋にお持ちしますね」

 婚儀に不安で食欲がなかったことを知っていたエトランジュがそう言うと、うどんという聞き慣れない料理名に瞬きした天子は日本の温かくて胃に優しい料理だとの説明を受けて嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「ありがとう、エディ!日本のお料理は私初めて!」

 「よろしゅうございましたね天子様。さあ、お部屋に参りましょう」

 香凛の言葉に天子が頷いて護衛部隊とともに部屋に歩き去るのと見届けたルルーシュは、調理場に向かおうとするエトランジュに向かって言った。

 「あまり時間はありません。
 星刻の部隊がこちらに到着する前に天子様に例の話をしておきたいので、軽食が済み次第会議室へとお連れして頂きたい」

 「解りました、天子様にそうお伝えいたします」

 エトランジュはそう答えると調理場に向かい、元は新聞社の文化部に務めていたという騎士団員からアドバイスを受けてうどんを作り始めた。
 
 関西風のうどんに滋養のある卵を入れて作ったうどんを天子の部屋に運ぶと、天子は目を輝かせた。

 「わあ、いい匂い・・・!」

 「月見うどんです、天子様。香凛さんもぜひご一緒にどうぞ」

 ワゴンを押して三つの椀に入れられたうどんをエトランジュが勧めると怖れ多いと香凛はためらったが、天子から一緒に食べましょうと誘われて了承する。

 「恐縮ですが、ご相伴に預からせて頂きます」

 「お食事は大勢でした方が美味しいですよ」

 シュナイゼル達との会食のような例外もございますが、と内心で付け足してエトランジュがテーブルの上にうどんを置くと、三人で食べ始める。

 「あったかいお料理・・・美味しい!」

 「喜んで頂けて何よりです」

 喉ごしもよく温かな麺を香凛も気に入ったのか、七味唐辛子をかけて美味しそうに食べている。
 天子もかけようとしたが辛いですと止められて味見をし、慌てて水を飲みながらエトランジュに尋ねた。

 「辛い・・・どうして香凛はそんな辛いのをかけるの?」

 「味覚はそれぞれですからね、いろんな調味料をかけて個人で調節するのが一般的なんです」

 「そういえば卜部という騎士団の男が、メープルシロップをかけるとか言ってましたね」

 それに対して大多数の日本人の顔が引きつっていたのを見ていた香凛は、メープルシロップをうどんにかけるのは少数派のようですがと付け足す。

 「大人になったら、味覚は変わってしまうと聞きましたからね。
 アル従兄様も辛い物は苦手だったのですが、今は召し上がるようになりましたし」

 「そうなんだ・・・私もいつかは辛い香辛料をかけて食べられるようになるのかしら?」
 
 「もちろんです、天子様」

 微笑ましい会話を香凛に見守られながら食事を終えると、外にいた護衛の騎士団員に後片付けを依頼してワゴンを外に出すと、エトランジュは打って変わって真剣な表情で天子に言った。

 「天子様、到着したばかりで申し訳ないのですが、お時間がありませんのでどうかお話を聞いて頂けませんでしょうか?」

 きた、と天子は思った。
 ここには墓参りをしに来たわけではない、ゼロが自分をここに連れて来たのはブリタニアの国力を中華によって増強されないためなのだ。
 そして今、表だって天子誘拐犯となったゼロが今後のために話をするというのは当たり前のことだった。

 「これから洛陽からお集まり頂いた科挙組の官吏の皆様とゼロと、会議を行って頂きます。」

 「科挙の人達もいるのね。それで、私は何をすればいいの?」

 いつも政治的な事柄に関しては周囲の言うとおりにしてきた天子がそう尋ねると、エトランジュは頷いて言った。

 「まずはお話を聞いて頂くことです。でも、少し注意事項がございますので、よろしいでしょうか?」

 「なあに?」

 「これからゼロや官吏の方々が行うお話は、天子様には難しいと思います。
 ですが解らないことがおありでしたら、ご遠慮なくお話しして頂きたいのです」

 「でも、いちいち私が質問していたら会議にならないのではないかしら?」

 「いいえ、今後の中華の行く末を決める大事な会議です。確かに象徴としての天子であればただ頷くだけで許されますが、子供の時代はいつかは終わるのです。
 子供のうちは学び質問することが許されます。遠慮などする必要はございません。
 ゼロももちろん構わないとおっしゃっておりました」

 「ゼロも?」

 いきなり己のこめかみに銃を突き付けてきた仮面の男を思い出して思わず震えた天子に、エトランジュは無理もないと思いつつも安心させるように言った。

 「ああいう場面でしたのであのような手段になってしまったことを、ゼロも恐縮しておられたのですが・・・あの方は結果主義なのです。
 政治は結果が全て、過程は問わぬというお方なので」

 「一理ありますが、もう少し選んで欲しかったものですね」

 香凛の溜息にエトランジュはごまかすように天子を諭す。

 「ですが、余裕がないとなるとおのずと手段も制限されてしまいますから。
 今回は少々手酷い行為でしたが、決して天子様を軽んじてのことではないということはご理解頂ければと思います」

 「エディがそう言うなら・・・」

 結構ノリノリで花嫁強奪犯をやっていたルルーシュのフォローを終えたエトランジュは、さらに続けた。

 自分も解らないことはいつも尋ねてきた、だから天子が許されない道理などないと言うエトランジュに天子は大宦官の言葉を思い出した。


 『難しい政は我らにお任せを』
 『幼い貴女は何もしなくてよいのですよ』
 『玉座にお座りになることこそ貴女の務め・・・』

 玉座の人形として扱われてきた天子にとって、自分は天子だからこそ知らなければならない、解らないなら解るまで説明するというエトランジュの言葉は新鮮だった。
 さらに香凛もエトランジュの言葉に同調する。

 「エトランジュ様のおっしゃるとおりです、天子様。
 貴女様はこの中華を統べる皇帝なのですから、いつまでも解らないままでいるわけには参りません」

 「解ったわ。解らないことがあったら、ちゃんと尋ねる」

 「結構です。それで天子様、これからゼロがお話しになる超合集国構想を解りやすく説明したものをお持ち致しましたので、どうかお読み頂けませんか?」

 そう言いながらエトランジュが取り出したのは、“よく解る超合集国構想!”と青いタヌキのような生き物が天子と同じ年頃の眼鏡少年のイラストが描かれた数枚の書類だった。

 「これは・・・日本の漫画と呼ばれる読み物ですね」

 「そうなの?香凛。可愛い絵・・・」

 「ええ、日本で有名な漫画を描いてらした方にお願いして作って貰ったのです。
 漫画はとても解りやすいので、概要だけをご理解頂くにはちょうどいいと思って」

 天子は文字ばかりと思っていたら絵と台詞で解りやすく説明してくれる青いタヌキと少年の漫画を気に入ったのか、ゆっくりと読んでいく。

 「ブリタニアに対抗する国で、みんなで助け合う連合国家・・・」

 それに伴うデメリットもきちんと説明している漫画に、天子は少々考え込んだ。

 「悪いこともあるのね」

 「残念ながら、利点ばかりという訳にはいきません。完璧なものなどどこにもないからです。
 しかし、政治とはそういったものだとお父様も伯父様もゼロもおっしゃっておりました。利点を伸ばし欠点を補い影響を少なくすることを考えていけば・・・」

 やっているうちに欠点とは見えてくるものだからその都度考えていくのだというエトランジュに、天子は頷いて納得する。

 「ゼロは幾通りものパターンを瞬時に考えることが出来る方ですし、欠点も織り込み済みのようですから影響はそうないと伺っています」

 ただエトランジュもさほど政治や経済に詳しい訳ではないので断言は出来ないと申し訳なさげに告げると、天子は大事そうに漫画を閉じる。

 「ゼロに聞いたら、答えてくれるかしら?」

 「もちろんですとも天子様。説得力がないかもしれませんが、あの方は子供には非常にお優しい方ですから。
 騎士団でも孤児院にいる子供に食事を作ったりして面倒を見ておられるんですよ」

 本当に説得力がないと香凛は思ったが、口には出さなかった。
 ノリノリ過ぎて天子の信用を落としてしまったルルーシュにエトランジュは内心で溜息をつき、ギアスで天子に対しては気を使った対応をするように頼んでおく。

 と、そこへ部屋のドアをノックする音が響き、外から会議を告げる声が聞こえてきた。

 「失礼いたします、天子様、エトランジュ様。会議の準備が整いましたので、どうか会議場へお越し下さいませ」

 「解りました。すぐに参ります・・・天子様」

 「・・・はい」

 生まれて初めて自分の言葉を出さなくてはならない会議に臨む天子はびくびくしながら立ち上がると、エトランジュがそっと手を繋いだ。

 「大丈夫です、私もいますし科挙組の方々もおられます。
 一人ではなく味方がたくさんいるのですから、何を恐れることがありましょう?」

 「ひとりじゃ、ない・・・そう、そうね」

 「それにこれは会議です。戦争ではないのですから」

 重ねて怯える必要はないと告げるエトランジュに天子は心が軽くなった。
 ぎゅっとエトランジュの手を握りしめて、天子は部屋を出て会議室へと歩き出した。



 会議室にはゼロことルルーシュを中心に同じ制服を着た騎士団員の藤堂を筆頭に朝比奈、千葉、卜部がおり、その反対隣には同じ制服を着てはいるがブリタニア人らしき金髪の男性がいる。
 さらに顔こそ知らないが官僚の服をまとった数人の中華の官吏達が見えた。

 「あら、ミスターディートハルトではないですか。どうして中華に?」

 「私はゼロを撮り続けるために黒の騎士団に入ったのです。
 ゼロの新たな伝説の1ページを録り損ねるなどあり得ませんよ」

 ディートハルトに目を止めたエトランジュの不思議そうに問いかけに、ディートハルトは当然だと言うように答えた。

 「このような素晴らしい歴史の場面に立ち会わずして、何がジャーナリストですか。
 特区の方は落ち着いておりますので部下に任せ、有給を取ってやって参りました」

 「そうですか。そういえば今回の作戦の要は大宦官の本音を中華中に流すということでしたから、そういったことにお詳しい貴方が来て下さったのは大変助かるのでは?」

 「得意分野ですので計画は基本的に私が立てたのですが、アクシデントが起こった場合は必ず現場でお役に立てると存じます」

 (相変わらず勝手な行動を・・・!だが確かにこいつは使える。今回は目をつむってやるとしようか)

 ルルーシュが鷹揚に頷くと、エトランジュは天子に席を勧めた。
 
 「さあ天子様、どうぞお席へ」

 知らない人間が多いことにおどおどしながらも天子が席に着くと背後に香凛が立ち、その隣にエトランジュが座った。

 「ブリタニアの人もいるのね」

 「我ら黒の騎士団は、人種や国を問わぬことを信条にしております。
 ブリタニア人全てがあのような弱肉強食の国是を認めているわけではありませんからね」

 出来るだけ優しくとエトランジュから釘を刺されたルルーシュは確かにもっともだと思ったので、穏やかに言った。

 「そう、みんな仲良くしているのね」

 シュナイゼルらと攻防を繰り広げたエトランジュが普通にディートハルトと話しているのを見て、天子はブリタニア人にもいい人がいるのかと思った。

 「はい、いつまでもブリタニア人だからと嫌い争っていては平和には至りません。
 争いの根源たる皇族だけを排除し、他のブリタニアの方々とは末長く暮らしていければいくことこそが肝要であると考えております」

 「そのための超合集国なのですか、ゼロ?」

 「そのとおりです、天子様。概要はすでにお読み頂いたようですが」

 「私はいいことだと思いました。
 少しは喧嘩することもあるかもしれないけれど、他の国が止めてくれるのなら・・・話し合いで解決するのが一番だと、太師父も言っていたもの」

 「まったく私も同感です。
 そのために超合集国を創り、我ら黒の騎士団が各国の者達で一つの軍隊となって守っていければと」

 「みんなでお互いを守るということ?」

 「そういうことです。軍隊というのはそもそも、出来れば使わない方がいい道具のようなものですからね。
 ただ安心するためにだけあるというのが一番理想なのです」

 軍人を馬鹿にしたかのように聞こえるが、実際はそのとおりだなと藤堂は内心で呟いた。
 もしも七年前にブリタニアの侵攻がなく平和であったなら、藤堂は軍を退役して道場でも出来ればいいと考えていた。
 必要だけれども出来る限り使わない方がいい・・・それが軍隊なのだ。

 「一つしか軍隊がなければ、人は話し合いで解決しようとするでしょう。
 今は話し合いという単語が辞書にないブリタニアがいますが、かの国を倒して言葉で解決を図る道を模索して歩いていきたいと思います。
 いずれゼロが不要となるその時まで」

 「ゼロが不要って・・・貴方は黒の騎士団をまとめる人なのですから、ずっと必要ではないのですか?」

 目を丸くして問いかける天子に、ルルーシュは仮面の下で自嘲の笑みを浮かべて答えた。

 「ゼロとは悪を倒し世界を平和に導くただの記号ですよ、天子様。
 狡兎死して走狗煮られ、高鳥尽きて良弓蔵ぜられ、敵国破れて謀臣滅ぶという中華のことわざの通りだということです。
 今はゼロをもてはやしていても、平和になれば仮面をつけた男がそのまま統治することは自然に厭われます。
 かといって仮面を外せばたとえ私がどれほど平等に国々を扱おうとも特定の国に有利になると思われたり、不満を抱くことにもなる。
 だから私はことが終われば黒の騎士団の総帥を降りることになるでしょう」

 さらりとそう告げたルルーシュに、周囲はざわめく。
 それは確かに彼の言うとおりだが、ならば彼は何がしたくてゼロになったのだろう。

 そんな周囲の心の声はギアスなどなくても聞こえてきたルルーシュは、はっきりと告げた。

 「私は優しい世界を望みます、天子様。弱者が強者に虐げられることのない、平和な時代を。
 恒久的な平和は望めなくとも、せめて私や私の家族だけでも平和で豊かな時を過ごせる時代を創ることは出来るでしょう。
 それが過ぎればまた人々は争いだすかもしれない。だからこそ私は超合集国を構想し、黒の騎士団を創り上げたのです。
 強者が弱者を虐げないという矜持を持つ国を、それを誇りとする者達が作る明日を私は見たい」

 「あした・・・」

 毎日が同じことの繰り返しだった天子にとって、ゼロの語る明日という言葉に胸を高鳴らせた。

 みんなで仲良くいつまでも。
 最初にエトランジュが寄越した手紙に書いてあった一文が、天子の心に響き渡る。

 「みんなで仲良く暮らせる世界になりますか?」

 「そのために努力し続けさえすれば、必ず。そのためにも、この戦いを終わらせなくてはなりません。
 世界各地で起こっている戦争はブリタニアが嵐の目となっている面が一番大きいですが、決してそればかりではない。
 もちろん貴女のせいではありませんし理不尽にも感じるでしょうが、貴女が中華連邦の皇帝である以上中華が関わった争いを収束させる義務がおありになるのです」

 「・・・国でたくさん飢えている人や病気になってもお薬が貰えない人がいることも、私がなんとかしないといけないのですね」

 「そのとおりです。ですが、一人でやれなどと言うつもりはありません。
 このとおり、貴女の力になる者達、貴女の味方が大勢おります」

 天子が途方もない責任に顔を俯かせると、ルルーシュは科挙組の官吏達を天子の前に来るように促す。

 「お初にお目にかかります、天子様。
 私どもは科挙に合格して官吏となりました者達にございます」

 天子の前に跪いた官吏達に天子は戸惑うが、彼らは大量の書類を脇に置いて天子に向かって言った。

 「本日は天子様に奏上したき儀がありまして、勝手ながら拝謁を賜らせて頂きました。
 私どもは御吏の任を賜っている者です」

 「御吏ってなんです?」

 朝比奈が小声でエトランジュに問いかけると、太師から聞いて知っている彼女が教えてやる。

 「御吏というのは官吏の中に不正や悪事を働いた者がいないかを調べる官吏だそうです。
 官吏限定ではありますが強制捜査権や直接皇帝に弾劾奏上出来る権限をお持ちだとか」

 「ようするに官吏専門の警察ということかー」

 朝比奈は納得したが、その御吏達がこの作戦にどうして関わっているのだろうと首を傾げる。

 「私どもは官吏になって以後幾度にも渡って大宦官やその他の汚職官吏の弾劾を行って参りましたが、御吏の長が大宦官の幹部であるためにもみ消されておりました。
 中には暗殺された我らの同朋もおりまする。どうか天子様、我らの訴えをお聞き届け下さいますようお願い申し上げます」

 そういうことか、と周囲の者は納得したが、同時に天子とはいえ幼い彼女に言っても解決しないのではないのかとも思った。

 「大宦官達は、何をしているの?」

 「はい、奴らは元来ならば民に還元すべき血税を横領し、自分達だけ膨大な俸給を受け取り生活しております。
 それのみならず自らの縁戚に予算で工事などを請け負わせ、水増し請求をするなどは日常茶飯事。それによる被害は目を覆いたくなるほどです」

 その他の悪事と同時に被害総額を告げると天子やエトランジュはいまいちピンと来なかったようだが、他の面々は顔を引きつらせた。
 既に予想していたルルーシュは呆れることすらせず、淡々と言った。

 「それだけの額なら省の一つや二つ、住民を飢えや病から救うことが可能ですね」

 「そんなにたくさんの人達が助かるお金を、大宦官は持って行ったの?!」

 世界最大の人口を誇る中華連邦の省人口ともなれば、数千万を数える省も存在する。それらを飢えから救うだけの額となると、いったいどれほどのものなのか。

 「私、そんなこと全然知らなかった・・・」

 「前皇帝陛下がご存命の折には連中も隠れてやっていたのですが、ご逝去されてからは隠すことすらせずやりたい放題。
 そうして積もり積もった被害がこれほどになってしまいました」

 「今は政治の要職は全て大宦官どもが占めております。
 御吏の長ですらもそうであるがために、我らの権限で連中を糾弾することもままならず・・・」

 それも我らの不甲斐無さゆえ、と科挙組達は頭を下げたが、詳しいことはまだ理解出来ない天子は戸惑った。

 「で、でも私にはどうしたらいいか・・・」

 「確かに大宦官どもが政治を司っているとはいえ、貴女様は我が中華連邦の長にございまする。
 どうか貴女様の御名をもって、我らに命を賜りたいのです。大宦官どもの不正を暴き、持って法を正し民を救えと」

 「私、が・・・?」

 いきなり自分の力が必要だと言われた天子は震えた。自分はいつも周囲に言われるがまま何もせずにいたから、自分の力がどんなものかなど考えたこともなかったからだ。

 「大宦官どもを罷免し不当に搾取した財産を没収すれば、国庫は一時的に落ち着きまする。
 それを民に還元し、田畑を耕し国を潤すために使えば中華は立て直しが可能です」

 「今がその機会なのです、天子様。大宦官どもはブリタニア貴族の地位を得ればあの弱肉強食の国是を掲げて更なる搾取を行うと聞いた者もおります。
 幼き天子様にこのような重責を負わせるのは恥と重々承知しておりまする。
 ですが我らにはもはやこの手しか残されておらぬのです」

 天子といえど十二歳の少女に政治に関われと要求するのは官吏として以前に人間として恥だと思い、これまで自分達で何とかしようと頑張ってはいた。
 だが既に根底から腐りきっている祖国を救うためには、もう時間がない。幸いにして天子は穏やかな性格で、後見人たる太師は経験豊かな政治家である。
 ならば太師が健在なうちに大宦官達を一掃し、可及的速やかに立て直しを図るしか道はなかったのだ。

 「・・・太師父も星刻も、賛成しているの?」

 「はい、天子様。天子様をブリタニアに売り払うなどという暴挙をしでかした以上、もはや一刻の猶予もならぬと」

 香凛が答えると、天子はそれならばそれがいい道なのだろうと短絡的に考えた。 だがそれによってどんな出来事がこの先起こるのか、知っておきたかった。

 「もし私がその命令を出したら、どうなるの?」

 「貴女様のお言葉は何者にも掣肘されぬ勅命となりまする。
 我らはその(みことのり)を持って大宦官どもの家宅捜査を行い、またここにまとめました不正の証拠を持って逮捕拘束し裁判にかけることが可能になります。
 そのうえで財産没収などの刑罰を下し、あとは戸部(財務を司る部署)が民にそれらを還元すべく取り計らうこととなりましょう」

 「我らは民のために官吏となりました。どうか天子様も国民を思われるのでしたら我らに命を!」

 一斉に頭を垂れて懇願された天子は、自分の言葉にそれだけの力があるのだろうかと逆に不安に駆られ、エトランジュを見た。
 同じように幼くして王位についたエトランジュもこうだったのだろうかとふと思う。

 太師は言った。王は民のために在り、官吏は王に仕えて民を守るものなのだと。
 そしてみんなが飢えずに楽しく暮らせる国がいいと言ったら、それこそが元来国のあるべき姿なのだとも。

 「私、まだまだお勉強ばかりで何も知らないの。
 外に住む国の人達がどんな暮らしをしてどんな思いで過ごしているのかも、何も知らないの」

 「天子様・・・」

 「でも、私もゼロの言うように飢える人達がいなくなって争いがない世界を見てみたい。みんなはどう思う?」

 「それは中華に住む者達とて同じ望みにございます!否定する理由などどこにありましょう!」

 「我らも同じ思いにございます、天子様!」

 口々に同意する官吏達に向かって、天子はまだ怯えながらも言った。

 「私はまだ何も出来ない。でも、そのために力になるというのなら頑張ってみる。
 だから・・・私に力を貸してくれますか?」

 あまり語彙のない天子は、ただ心に浮かんだ言葉のまま官吏達にそう願った。
 まだ何も知らない世間知らずの少女の掲げる絵空事と断じるのは容易い。
 だがその純粋さこそこの腐りきった祖国を変えるには必要なものなのではないだろうか。
 黒い現実を諦め受け入れるより苦しい選択であろうとも、黒を白に塗り変え新たな色彩で美しい絵を描く。

 官吏達はいっせいに臣下の礼を取ると、天子に向かって忠誠を宣誓した。

 「我ら一同、貴女様に恒久の忠誠をお誓いいたします!」

 「みんな・・・ありがとう」

 ぽろぽろと涙をこぼした天子は、ハンカチを差し出して涙をぬぐってくれたエトランジュを見上げた。

 「エディ、私頑張ってみる。
 まだよく解らないけれど、太師や星刻やここにいる人達を信じて、やれることを精一杯やってみるわ」

 「私もそこから始めました、天子様。私に出来て貴女に出来ない道理はありません。
 一緒に頑張りましょう・・・みんなで」

 「エディ・・・はい!」

 その言葉に勇気づけられた天子は、科挙組達に尋ねた。

 「あの、命令を出すってどうやるの?ただ大宦官達の不正を暴けって言えばいいのかしら?」

 「正式な命令となりますと、まず命令書をしたためて後見人である太師様の印があれば形式的にはそれでいいのですが、大宦官どもが偽の詔だと言い出せば難しいのですよ」
 
 「そこで今回の作戦ですよ、天子様」

 外野が口を出せば内政干渉と取られかねないので黙っていたルルーシュが、そこで口を挟んだ。

 「今回の作戦の目的は、大宦官どもに己の本音を暴露させて国中に流すというものです。
 その後で天子様にテレビに出て頂き、その勅旨を出して頂ければ誰もが従うでしょう」

 簡単に要約した作戦内容に天子は理解はしたが、自分の言葉を国内に流すと聞いてびくりと震えた。
 
 (でも、これが私のお仕事なんだもの。エディだって戦場にお見舞いに行ったことがあるって言うし、それに比べたらこれくらい・・・)

 親友だって頑張っているのだから自分もと己を奮い立たせた天子は、官吏達に向かって言った。

 「私、テレビに出るわ。みんなにちゃんと勅旨を出す」

 「ありがとうございます、天子様!」

 この作戦が成れば、長年の夢だった国を食い潰す寄生虫である大宦官の排除が叶う。
 官吏達の中には大宦官達に濡れ衣を着せられ処刑投獄された者もいるのだ、恨んでも恨みきれるものではなかった。

 「では、我らは急ぎ洛陽に戻り準備を整えます。
 既に星刻殿が手配して下さった兵が大宦官捕縛のためにおりますので」

 「解ったわ。頑張ってね」

 「御意!」

 科挙組達が黒の騎士団が手配した車に乗り込むべく部屋を出ていくと、リーダー格の官吏が香凛とルルーシュに向かって言った。

 「くれぐれも天子様をお頼み申し上げる。あの方が我らの希望なのだから」

 「もちろんだ。星刻様にもそうお伝えしてくれ」

 「我ら黒の騎士団は、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方である。
 必ずや天子様をお守りすることを約束しよう」

 二人に頷かれて官吏が今度こそ部屋を出ようとすると、慌てて天子が呼び止めた。

 「星刻に会いに行くなら、手紙を渡してほしいの。きっと心配してると思うから」

 「おお、そういえば貴女様を誘拐を装って連れ出す際にも大いに慌てたそうですな
 何でもとうてい演技とは思えぬほどだったとか」

 「そうなの、だからお願いしてもいい?」

 「もちろんですとも」

 官吏達が快諾するとエトランジュが阿吽の呼吸で準備した便箋にさっそく短くはあったが手紙を書いた。
 それに丁寧に封をしてすると、エトランジュが小さく折り鶴の絵を描く。

 「こうしておけば万が一ブリタニアや大宦官の手の者に見られても中を見られない限り天子様からのものだとは解りませんよ」

 「そうか、そういうことも考えないと駄目なのね。ありがとう」

 官吏が手紙を受け取り大事そうに文箱に入れると、一礼して今度こそ部屋を出た。

 こうして黒の騎士団とエトランジュとアルフォンス、そして天子と香凛だけになると、ルルーシュが優しく天子に言った。

 「夜明け頃に星刻の部隊が来ます、天子様。タイミングを見計らって大宦官どもと話し、会話を誘導して連中の本音を聞き出しそれを中華に放送します。
 その後は貴女が洛陽にいる官吏達に向かって勅令をお出し頂きたい」

 「解ったわ、やってみる」

 「多少は練習をする時間があると思います。
 その後はどうか今宵は明日に備えてお休み頂ください」

 ふと時計を見ると、既に夜の七時になっている。どっと疲れが押し寄せてきた天子が頷くと、エトランジュに促されて退出していく。

 それを見送ったルルーシュは、藤堂に向かって言った。

 「これで条件はクリアされた。後はラウンズ達を始末し星刻と戦い劣勢を装い、作戦を開始する」

 ここから先は大人特有の汚い会話だ。いくら天子が知りたいと望んでも、まだ彼女には理解出来ないことだろう。
 理想と現実との違いを知るには、十二歳の彼女ではまだ早過ぎるのだ。

 同じように理想と現実の違いを知り小さな一歩を踏み出した天子に、最愛の妹の姿が重なり合った。



 天子と別れた官吏達が途中の街に立ち寄ると、そこにはちょうど星刻の軍がいた。
 ゼロは狙って天帝八十八陵に立てこもった、罠を仕掛けるのが得意だと聞いているのでどこで罠を仕掛けてくるか解らないという名目の元、進軍の速度は怪しまれない程度に遅くしてあるからだ。

 「黎軍門大人、科挙の官吏達が洛陽に向けて出発したとのことです。
 ただ一人、面会を望んでいる方がいるとのことですが」

 天帝八十八陵に向かう星刻に同行したルチアの報告に、星刻は即刻通せと命じると顔見知りの官吏が明るい表情で入室してきた。

 「黎軍門大人、天子様は全てを了承して下さった。
 これで公然と大宦官どもを粛清し法の裁きを受けさせられる」

 「そうか、さすが太師様だな。これで天子様が中華を統べる皇帝だと民に印象付けることが出来る」

 この天子による勅旨を出すという案は、出来るだけ天子に国を治める者としての実績をと言う太師からのものだった。
 決起した民衆と軍との間で衝突することにでもなれば、民衆にも害が及ぶ。
 だが天子が軍に命令して多少でも牽制になれば被害を減らすことが可能という一石二鳥の策である。

 「して、私に用とは?」

 「うむ、天子様から貴殿にとお預かりしたものがある」

 官吏が風呂敷に包まれた文箱を差し出すと、星刻は逸る気持ちを抑えきれずに文箱を開けて中の手紙を大事そうに手に取った。

 「これは、鶴・・・天子様」

 『折り鶴を千羽作ると、願いが叶うんですって』

 星刻は手紙を取り出し食い入るように読むと、そこには紛れもない天子の文字が並んでいる。

 『星刻、大丈夫ですか?私は元気です。
 ゼロは少し怖いと思いましたけど、きちんとお話をさせて貰ったら優しい人でした。あんなやり方になってしまったのもあれ以外に方法がなかったんですって。
 ここには香凛や他の人達もいるので、私は怖くありません。
 私ね、飢えることや争いがない世界を見たいの。官吏の人達もそれがみんなの望みだと言ってくれました。
 私はまだまだ何も知らないしみんなに迷惑をかけてしまうけれど、星刻も助けて欲しいの。
 私も出来るだけ頑張るし勉強も一生懸命するわ。だからいつか交わした約束通り朱禁城の外の人達の生活を見せて欲しいの。
 そしてみんなで平和に暮らせる国にするために星刻の力を貸してほしいの。
 私は貴方を信じています。 蒋 麗華」

 「天子様・・・」

 自分を信じているというその言葉だけで、星刻は何もかもが報われる思いだった。
 あの日天子から救われた時に交わした永続調和の契りを支えに、ここまで来た。

 「我が心に、迷いなし!」

 歓喜に身体を燃え盛らせた星刻の叫びに、官吏も頷く。

 「我らもあの方に忠誠をお誓い申し上げた。この作戦、必ず成功させてご覧にいれよう」

 まだ何も知らぬがゆえに未来のある天子に、中華の未来を見た。
 これからは何でも知っていきたいと望む主に、外の世界を。
 そして誰も飢えることなく平和に暮らせる世界を、共に創造していこう。

 二人はそう決意すると、己の役目を果たすためにそれぞれの戦場へと足を進めるのだった。



[18683] 第六話  束ねられた想いの力
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/11 11:48
 第六話  束ねられた想いの力



 翌朝目が覚めた天子は、すでに起きていたエトランジュに笑顔であいさつした。

 「おはよう、エディ!」

 「おはようございます天子様。今日の朝食はゼロお手製のホットケーキだそうですよ」

 「ホットケーキ?私初めて食べるわ。でも、ゼロお手製って・・・」

 首を傾げる天子だが、そういえばゼロは黒の騎士団が関わっている孤児院の子供達に食事を作ることもあると言っていたっけと思いだす。

 「甘くて温かい食べ物です。きっと天子様もお気に召しますよ」

 「甘くて温かい食べ物・・・!楽しみだわ」

 笑い合う二人の部屋のドアがノックされると、さっそく来たとエトランジュがドアを開けた。

 「おはようございます、ゼロ」

 「おはようございます、天子様、エトランジュ様。
 昨日のお詫びと言ってはなんですが、朝食を作らせて頂きました。ぜひ召し上がって頂きたい」

 ワゴンにほかほかと湯気の立ち上るホットケーキを乗せて入室したルルーシュに、天子は目を輝かせた。

 「あったかい・・・!美味しそう」

 天子は温かくて甘い料理と聞いているので嬉しそうにナイフとフォークを手に取り、エトランジュを真似てゆっくりとホットケーキを切り分けて美味しそうに食べた。

 「甘い・・・美味しい!」

 こんな美味しい食べ物は初めて、と笑みを浮かべてホットケーキを食べる天子に、昨日のお詫びとしては最良だったなとエトランジュのアドバイスは正解だとルルーシュは思った。

 (いくら非常時とはいえ、怯えさせてしまったのならもっともなことだからな)

 「それはよかった。昨日は本当に申し訳ないと思っていたので、これからも時間を見ては作らせて頂きますよ。
 ああ、朱禁城のコックにもレシピを渡しておきましょう」

 「本当?!ありがとうゼロ」

 「よかったですね、天子様」

 ほのぼのとしたやり取りをしながらホットケーキを完食した天子が、ミルクティーを飲みながら尋ねた。

 「今日はお外で戦いがあるのでしょう?どれくらいで終わるのかしら」

 「すでに仕込みは完了しておりますが、数時間はかかるでしょう。
 連中も自分達が優勢とならなければ口が軽くなりませんからね」

 「星刻が勝っているように見せかけるの?」

 「そうです。そして本当の敵であるラウンズを倒すのが目的なのですよ」

 アルフォンスが入手してくれたEU戦のラウンズの機体データ、昨日のナイトオブトゥエルブのモニカの機体であるユーウェインのデータを分析し、そのデータを元に倒す策があるのだ。


 「あちらには私の仲間のルチア先生がいますから、常時連絡を取れます。
 現在はこの近くの街にいらっしゃって、ラウンズも同行したとか」

 表向きにはブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから大宦官から依頼されたという名目だが、明らかにシュナイゼルの意図が働いている。
 エトランジュの報告に、天子が不安そうに言った。

 「ラウンズって、ブリタニアでも強い人達だって聞いてるけど・・・」

 「大丈夫です天子様。既に勝つための策をゼロが考えて、いろんな罠などを仕掛けてありますから」
 
 綺麗事だけで物事は動かないと聞いていた天子は、エトランジュの物騒な単語に何も言わなかった。
 そしていつも自分に優しい言葉をかけてくれるエトランジュが自分よりもずっと世の中の黒い部分を見続け、それ故に黒い手段を知り使うこともいとわなくなっていることを知った。

 (大人になるって、こういうことなのかしらお祖父様。
 でも、やるって決めたのだから、私も目をそらしちゃ駄目なんだ)

 天子は命令に重みを持たせるためにと、祭祀を執り行った上で持ち出したこの天帝八十八陵に奉納されていた先代皇帝の玉爾を押して作成した詔を見つめた。



 「敵部隊捕捉!黎 星刻率いるナイトメア部隊、ラウンズの機体が一体です!」

 通信士の報告に、天子と別れて司令部に来たルルーシュは来たかと画面を見つめた。
 シュナイゼルが乗るアヴァロンだけは太師達が何とか拒否出来たが、代わりにラウンズ二名を派遣することに同意させられたのである。

 「藤堂、作戦通りお前は星刻のナイトメアと交戦しろ。
 一番隊と二番隊はAパターン、三番隊と四番隊はCパターンに沿って動け」

 「承知した。なるべく早く大宦官との会話をして欲しいものだな」

 「劣勢を装わないと無理だな。お前には不本意なことだろうが、よろしく頼んだぞ」

 わざと不利なように振る舞えという作戦に、奇跡の藤堂が劣勢だからこそ効果があるのだというルルーシュの説明に、朝比奈が複雑そうな顔をした。

 「そりゃ確かに俺らが劣勢じゃあインパクトないだろうしさあ・・・でも藤堂さんが負けそうってのが何か嫌だな」

 「もう決まったことを愚痴るなよ朝比奈。こっちのほうが効率的なんだから諦めろって」

 卜部がナイトメアの最終調整のモニターを眺めながら諫めると、朝比奈は解ってると溜息をつく。

 「よし、月下の準備は完璧だな。イリスアーゲートとの連携で、ラウンズをやれればいいんだが・・・」

 「データ解析は出来てるけど、枢木と違ってもろにパターン通りの行動をしてくるほど単純じゃなさそうね。
 でも所詮は人間、徹底的に追い詰めて焦りを誘ってやればいいのよ」

 何のためにせっせと罠を仕掛けたりデータ解析をしたりして来たのかと言いながら現れたアルカディアに、卜部と朝比奈が敬礼する。

 「来襲したラウンズは二名、後の一名は洛陽に残ったシュナイゼル達の護衛にあたるらしいわね。
 来るのはナイトオブフォーのドロテア・エルンストと、藤堂中佐がフロートシステムを壊したナイトオブトゥエルプのモニカ・クルシェフスキーだそうよ」

 「相手に不足はありませんよ。なあ朝比奈?」

 「同感だ。日本の意地と誇りにかけて、遅れはとりません」

 卜部と朝比奈が戦意を燃え上がらせると、アルカディアはさすが軍人と笑みを浮かべた。

 「頼もしい言葉ね。防御は私に任せてね。私と組むのは卜部少尉よね?」

 「そうです。朝比奈と組むのはジークフリード将軍でしたね」

 「イリスアーゲート・ソローと一緒に開発して貰った、イリスアーゲート・パターで出るわ。
 ジーク将軍はシステム操作が苦手なんで単純に防御装甲を厚くして、あと小型のミサイルなんかも積んであるからソローより攻撃的な仕様になってるけどね」

 イリスアーゲートシリーズは攻撃力こそ低いが、基本的に戦闘補助に特化したナイトメアだ。
 祖国が建国された時から資源に乏しく北方の厳しい環境で何事も互いに協力し合ってきた自分達にふさわしい。

 「さあ、行きましょうか。ブリタニアに私達の誇りと意地を見せてやりましょう!」

 「「承知!!」」

 その叫びを聞いて、騎士団内に打倒ブリタニアを叫ぶ声が響き渡る。
 それを背後に背負いながら、アルカディア、朝比奈、卜部は自身が乗るナイトメアへと乗り込んでいった。



 「あれが黒の騎士団の移動型基地か」

 フロートシステムを破壊されただけで戦闘能力はなお健在だったユーウェインを搬送して天帝八十八陵に参戦したモニカは、雪辱に燃えていた。

 「フロートシステムなどなくとも、必ず討ちとってやるわ」

 「油断は禁物だモニカ。あちらのナイトメアのフロートシステムは無事なんだから」

 「解ってる!」

 ドロテアの忠言にラウンズの誇りに掛けて負けないと、モニカはユーウェインを発進させて陣頭へと立った。
 大宦官からの要請、またブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから奪回に動くのは当然という名目のもと、ラウンズ二名が参戦したのである。

 「これは中華連邦内のこと、ラウンズのお二人には我らに任せて後方にいて頂きたいのだが・・・」

 たとえ感情がこもっていなくても不審を伴いにくい台詞をルチアが考えてくれたので、棒読みに近い言葉だったが星刻の台詞は国の面子を気にする武官のものとして受け入れられた。

 「我らブリタニアと中華連邦とは、今回の婚姻で和平が成るのですよ。
 婚姻をあのように壊されたまま黙っていては、ブリタニアの国威にも関わること」

 「ドロテアの言う通りです。どうぞ我らに天子様救出をお手伝いさせて下さい」

 「それは頼もしい」

 適当にやり取りしたらそれでいいと言われていた星刻は、天子がいる天帝八十八陵に視線を定めた。

 「これより天子様を救出する!一番隊、二番隊は前へ!」

 (私の部隊を有利に中央突破をさせ、大宦官らが私もろとも天子様と黒の騎士団を葬ろうとしたところでゼロと大宦官らに本音を話させる。
 本当の敵であるラウンズは、連中に任せる手はずだ)

 星刻がそう内心で確認すると、飛鳥から自分と対戦する斬月が飛び出して来た。

 「藤堂 鏡志郎、まかり通る!!」
 
 「貴様が藤堂か!天子様を返して貰うぞ!!」

 それだけを叫んだ星刻は中華のナイトメアフレーム鋼髏(ガン・ルゥ)を改良した自身のナイトメア鳳凰(フォンファン)を操り、言葉だけで実際の演習を全くしていない斬り合いを始めた。
 しかし互いに機体の情報を提供しているため、壊されるとまずい箇所を避けることは留意している。

 藤堂がナイトメア戦闘用刀をかざして斬りかかれば、星刻は中国刀でそれを止める。

 (さすがは奇跡の藤堂と異名を取るだけはある!演技とはいえこちらも手を抜けないな)
 
 (病を持つとは到底思えん技量だ!本気で掛かられてはスザク君にも引けを取らない。
 これで彼に見合うナイトメアなら、余裕などなかっただろうな)

 お互いの技量に舌を巻きつつ、二人は他者が入り込めぬ戦いをしている。

 一方、本当の敵であるラウンズと対戦すべく飛鳥を飛び立った卜部とアルカディア、朝比奈とジークフリードは打ち合わせ通り二手に分かれて戦いを開始した。

 「四聖剣が一人、卜部 巧雪が相手だ、ラウンズ!」

 「黒の騎士団協力者のアルカディアよ。ブリタニアへの恨み、ここで少しでも晴らさせて貰う!!」

 卜部とアルカディアがそれぞれ名乗ると、卜部が上空からモニカのユーウェインにハンドガンを連射し、アルカディアがモニカが応戦して撃ち放ったスラッシュハーケンを無効化する。

 「あの時と同じ・・・芸のない奴ら!!」

 「何度も使われるのは効果があるからよ。その程度のことも知らないの?」

 悔しかったら突破してみろとアルカディアが挑発すると、さすがにラウンズなだけあはあり、フロートシステムが使えないにも関わらず的確に卜部とアルカディアを狙って攻撃してくる。

 「速い!!卜部少尉、左翼から攻撃して!!」

 「任せろ!!」

 アルカディアが必死でキーボードを叩いて輻射障壁を発生させて攻撃を無効化している間に、卜部が既に割だしてあるユーウェインのエナジーフィラーに向けて集中的に攻撃する。

 (狡猾な!奴らはナイトメアを動かせないようにする戦術をする気だ!!)

 「ドロテア、気をつけて!連中はエナジーフィラーを狙ってくる。
 壊されたらすぐにやられる!」

 「仮にも騎士を名乗っておきながら、卑怯な戦術を・・・!!簡単にやられぬ!」

 同僚の忠告を受けたドロテアは、朝比奈とジークフリードと相対した。

 「四聖剣が一人、朝比奈 省吾だ!」

 「ジークフリードだ。主の命によりお前を倒す」

 低い声でそれだけを告げたジークフリードは、イリアスアーゲート・パターに搭載されている小型ミサイルをいきなりドロテアが操縦するベティウェアへ撃った。
 だがそれは難なく避けられてしまい、ドロテアはまっしぐらにジークフリードに向かって斬りかかって来た。
 
 「これくらい、避けられる!!」

 「残念、それオトリだから」

 朝比奈が廻転刃刀でジークフリードの陰から飛び出すと、ベティウェアの腕にヒビを入れる。

 「これくらい、どうということはないっ!」

 「あと二回ってところかな。無駄に装甲が厚いね」

 フロートシステムを搭載しているナイトメアは、上空の気圧に耐えるために装甲を厚くしてある。
 フロートシステムを搭載しているナイトメアはまだ少ないとはいえ、その辺りも考慮して武器の攻撃力を高めなくてはとその様子を見ていたラクシャータは思った。

 ジークフリードが撃ったミサイルは、飛鳥からわずかに離れた場所に着弾したが爆発しない。

 「不発弾か・・・黒の騎士団は大した武器を搭載していないと見える」

 「だがまだ武器はある!」

 ジークフリードは腕からワイヤーを飛び出させ、ベティウェアに有線電撃アームを繰り出した。

 それを腕で絡め取ってちぎり取ろうとしたドロテアだが、高圧電流を流されて動きが止まる。

 「そんな仕掛けが!!」

 「スキありっ!!」

 朝比奈がナイトメア戦闘用刀をベティウェアのヒビの入った腕に振り下ろすと、ドロテアは避けきれずに腕の機能が一部破壊されてしまった。

 「おのれ!!」

 ドロテアは槍で月下を打ち払うと、体勢が悪かったせいで腰の部分に当たってしまう。

 「朝比奈少尉!」

 「うん、大した傷じゃない!」

 朝比奈は強がるが、動きが明らかに悪い。
 ジークフリードはそんな朝比奈をフォローをすべく、スタンガンを乱射する。

 「とにかく時間を稼ぐほうに専念しましょう。例の作戦はアルカディア様にお任せするのです」

 「うーん、残念だけどそのほうがよさそうだね。承知!!」

 朝比奈は悔しそうにジークフリードの提案を了承すると、戦闘能力を奪うべく傷を負わせた腕に向かって集中的に攻撃をし出す。
 人体を模して造られたナイトメアは、弱点も同じである。すなわち、腕をなくせばバランスが取り辛くなるのだ。
 それを狙ってかとドロテアはすぐに悟り、朝比奈のフォローをすべくジークフリードが飛ばす有線電撃アームをよけながら朝比奈に立ち向かうのだった。



 それぞれの戦いをモニターで観戦しているルルーシュは、思っていたより戦局がこちらの優位に進んでいることに眉根を寄せた。

 「アルカディアとジークフリード将軍のサポート能力を甘く見ていたな。
 いくら倒すべき相手とはいえ、早くカタをつけられてはメインの作戦が行いづらくなる」

 「エディがギアスで伯父さんの予知を常時知らせてるもんだから、相手の行動が把握出来てるせいみたいだよ」

 マオが現在自室でギアスを使って情報のやり取りをしているエトランジュの状況を伝えると、ルルーシュがなるほどと納得した。

 だからと言って今さら劣勢を装うのもわざとらしい。
 疑われるだけならまだしも、そこから本当に逆転されては目も当てられない結果になる。

 「仕方ない、少し早いが作戦を開始する。距離を取られたし、戦況から朝比奈達では難しいな。
 マオ、卜部達に変更だとエトランジュ様に言って連絡して頂いてくれ。
 既に条件はクリアされたからな・・・皆、準備をしろ!」

 「はいっ!!」

 モニタールームにいた一部の騎士団員が緊張した面持ちで叫ぶと、準備を始めた。



 エトランジュから作戦変更と開始の報を聞いたアルカディアは、モニカに対してにやりと笑みを浮かべた。

 「卜部さん、少し早いけど作戦開始よ。
 あいつは飛べないけど遠距離攻撃の飛距離が長いナイトメアだし」

 「え、俺らになったの?!朝比奈達じゃ・・・」

 「戦局がこっちに有利過ぎたのよ。だからフロートシステムが壊されて劣勢の彼女にやらせてインパクトを与えようってこと」

 「そういうことか、さすがゼロだな。承知した」

 納得した卜部は方向転換すると、ガクンと月下を揺らして地面に降りた。

 「フロートシステムのエナジーが切れた・・・」

 「私が援護するわ!」

 オープンチャンネルでのやり取りではなかったが、モニカは事情を相手のエナジー切れだと解釈した。

 「フロートシステムのエナジーが切れたみたいね。たかがテロリストのナイトメア、その程度か」
 
 実はこれは演技なのだが、もともとブリタニア人以外を格下とみなしているのがブリタニア貴族である。
 あっさりとそう信じた彼女は、これで条件は互角とばかりに卜部に襲いかかる。

 「くっ・・・!」

 「卜部少尉!!ちっ、ここは退きましょう!代わりにC.Cさんが出てくれる!」

 「四聖剣の俺が退くとは情けない!」

 「無駄死にするのも情けないわよ!さっさと退却してちょうだい、邪魔なだけよ!!」

 演技とはいえ酷い物言いだ、と卜部は思ったが、アルカディアはそんな心情など知らずにチャフスモークを放って目くらましを行った。

 「逃げる気か?!」

 「明日に向けての転進よ!」

 物は言いよう、という素晴らしい格言の元そう言い放ったアルカディアは、卜部を飛鳥まで誘導する。

 それを追いすがるユーウェンは、それを阻止しようとした黒の騎士団の量産型ナイトメアを薙ぎ払っていく。

 「雑魚は邪魔だ、どけえっ!!」

 「うわああ!!ちっくしょおおーー!!」

 ナイトメア部隊を率いていた玉城の叫びが聞こえたが、脱出装置が働いているから大丈夫だと判断したアルカディアはそのまま卜部の退却を援護していく。

 一方、作戦開始かと星刻はすぐに理解し、全軍に向かって伝達した。

 「ラウンズの一人が道を開いた!その後を追え!天子様を救出するのだ!!」

 「応!」

 星刻の部隊が飛鳥に向かって中央突破すべく進軍を開始すると、騎士団の陣形が少しずつ崩れていく。

 モニカが飛鳥まで残り500メートルのところまで来た瞬間、彼女の命運は決まった。

 「来た来た、ラウンズの女の人だよ!これで心が読み放題だ!」

 飛鳥にいたマオがギアスでモニカに狙いを定めると、さっそく心を読んでそれをエトランジュがアルカディアに伝達する。

 「ふふ・・・私も月下で出る」

 養い子の活躍にいつもの彼女らしくもなく頬を緩ませたC.Cに、ルルーシュが言った。

 「C.C・・・不利になったら脱出しろよ」

 「ふっ・・・その前に手を打っておけ」

 C.Cはそう笑うと、マオを見た。

 「こいつがいるんだ、負けはない。頼んだぞ、マオ」

 「うん!任せてよC.C。でも、ルルの言うとおり気をつけてね」

 「大丈夫だ、私はC.Cだからな」

 C.Cはそう笑いかけると、司令室を出た。



 飛鳥の近くまで来たモニカは、中に入ろうとする卜部の月下にスラッシュハリケーンを浴びせかけた。

 「うわあああ!!」

 卜部はその攻撃をもろに食らい、脱出装置を働かせる。
 噴射されたコクピットを既に手配した救護用ナイトメアが運んで行くと、卜部を迎えるために開いていたハッチに向かってモニカがさらにミサイルを撃ち放つ。

 だがその行動をマオが読んでいたため、ミサイルの軌道を変える演算を終えたアルカディアがチャフスモークを噴射すると同時に起動キーを押して別方向へとミサイルを誘導した。

 「ちっ・・・!」

 モニカは舌打ちしたが、それは彼女にとって思わぬ効果を発揮した。

 「飛鳥の司令部にミサイルが!!」

 「な、何だってえええ!!?」

 飛んできた通信に騎士団員達がざわめき出し、藤堂や朝比奈の動きも一瞬だが止まる。

 「司令部・・・ゼロも?」

 「ゼロ、ゼロは?!」

 ざわめき出す騎士団員に、藤堂が喝を入れた。
 
 「落ち着け、彼は健在だ!目の前の敵を打ち払え!さもないとあるのは敗北だ!!」

 「は、はいっ!!」

 だがその乱れを逃すほどラウンズは甘くはない。

 (これはいい機会だ、このまま天子誘拐犯としてゼロを葬り天子を救出すれば、円満に中華を我がブリタニアの植民地に出来る)

 曲がりなりにも天子なのだ、可愛らしい人形として皇宮に飾っておけばいい。
 その身分でオデュッセウスの妃として安泰に暮らしていくのが、あの子供にはお似合いだ。

 そう考えたモニカは飛鳥の上に飛び立つと、出迎えたのはC.Cが乗る月下とアルカディアが乗るイリスアーゲート・ソローだった。

 「ようこそ飛鳥へ・・・・」

 「そして、さようならだな」

 飛鳥周囲にいる黒の騎士団員は、星刻の部隊と一進一退を繰り返している。
 よって援護など当てにならないとモニカは舌打ちしたが、朝比奈とジークフリードを圧しているドロテアがゆっくりこちらに向かっているのをレーダーで確認した彼女は、まずは飛鳥を破壊するべく動き出した。

 「この艦ごと壊せば済む話!ユーウェインが壊れても、ゼロとなら悪くはない代償だ!!」

 「そうか、勝てるといいな?」

 この飛鳥は自分達の土俵であり、マオという心が読める強力な援護員がいるのだ。
 C.Cはエトランジュとギアスで繋がってはいないがコードによってマオと繋がっているため、自由に会話が可能なのである。

 「そうか、奴は司令部を壊す気か。ふふ、大丈夫だマオ。お前のお陰で負けなどあり得ないからな」

 C.Cの言葉通り、先手先手を知るC.Cとアルカディアの連係プレイによってモニカは徐々に後退を強いられていく。

 (何故だ?!なぜ攻撃が当たらない?!)

 先ほどとは見違えるような動きに加え、滑らかな動きで自分の攻撃を無効化してくるアルカディアにモニカは焦りを隠せなかった。

 「マオ、超チート!後で何でもお願い聞いてあげるわ!」

 大好きなC.Cとそれなりに好意を持っているアルカディアに褒められたマオは、張り切ってモニカの情報を知るなり全て流していく。

 「くっ・・・こうなったらいっそここから離れて、ドロテアと合流するしか・・・」

 マオから五百メートル以上離れられたら有利に戦えなくなると判断したアルカディアは、キーボードを操作した。

 「ゲフィオンディスターバー、オン!」

 その台詞と同時に飛鳥に仕掛けられていたゲフィオンディスターバーを作動させる磁場発生装置が作動し、ユーウェインを取り囲む。

 「え・・・ユーウェインが、停止した?!」

 突然の事態に驚き慌てたモニカが唖然としながら操縦桿を動かすが、ユーウェインはもはや何の反応も示さない。

 ラクシャータが開発したゲフィオンディスターバーは、サクラダイトに磁場による干渉を与えることでその活動を停止させるフィールドを発生させる装置である。
 実用化には成功しており実験も行っていたが、敵味方問わずに停止させてしまうという欠点があった。
 そこでどうしたかと言うとイリスアーゲート・ソローによる輻射障壁発生装置を使い、一部にだけその効果を受け付けないようにしたのである。

 「戦場で使うには、難しいかー。こんな特殊な事態じゃないと駄目ね~。
 まだまだ改良の余地が必要か~」

 データ入力を行えるイリスアーゲート・ソロー及びガウェインがいないと安心して使えないが、それでも味方が動けるというのは大きな強みである。
 アルカディアが送って来たデータに、ラクシャータはホクホクした笑みを浮かべた。

 「貴様ら・・・なぜ攻撃して来ない?!」

 どういう訳か全く攻撃して来ないアルカディアとC.Cを訝しんだモニカだが、ジャミングされて通信機も使えない彼女はどうすることも出来なかった。

 「ざぁんねんでした・・・貴女、利用されちゃったの!!」

 どこかで聞いたような台詞だな、とC.Cは内心で遠い目をしながら、アルカディアが実に嬉しそうな声でモニカに告げるのを見た。

 「なんだと・・・?」

 「こっちが不利になるように見えないと困るから、貴女にここまで来て貰ったの。
 司令部を壊してくれてありがとうね、これ試作艦だから壊れても別に構わなかった。
 これで私達が不利だと、印象付けることが出来る」

 外では徐々に黒の騎士団が圧されており、藤堂もまた一部機体を破壊されるなどの演技を続けている。
 どういうことかとモニカが呻く。その答えは、司令室にあった。

 同時刻飛鳥の司令室では、自身の上半身を血にまみれさせたゼロが大宦官と通信をしていた。
 横では黒の騎士団員の制服に白いエプロンを着て右腕に赤い十字架の腕章をはめた看護師らしき黒髪の少女と、非常に美しい顔立ちをした少女が手当てをしている。

 「どうしよう、血が止まらない!ゼロ・・・!」

 「落ち着いて!ほら、輸血の準備をするのよ!急いで!」

 「はい!」

 ニヤニヤした笑みを浮かべた大宦官達は、降伏を申し入れたルルーシュに対して否の答えを返している。

 「天子を見殺しにする気か!」

 ルルーシュの怒声に、大宦官は得々として言った。
 そう、自分達の死刑執行署にサインをする行為だとも知らずに得意げに。

 「天子などただのシステム」

 「代わりなど幾らでもいる」

 「安い見返りだったよ」

 「領土の割譲と不平等条約がか?」 

 「我々はブリタニアの貴族となる」

 この下種が、とルルーシュな内心で吐き捨てながらさらに会話を誘導する。

 「残された人民はどうなる!?」

 「君は道を歩くとき蟻を踏まないよう気をつけて歩くかね?」

 「尻を拭いた紙は捨てるだろう?それと同じだよ」

 「主や民など幾らでもわいてくる、虫の様にな・・・」

 しっかりその放送は中華連邦中のみならず、EUにまで届いていた。
 中華連邦の国力をブリタニアに譲渡するのを阻止したのは黒の騎士団だと宣伝し、大宦官の逃げ道を防ぎ、とどめにブリタニアがこのような外道と組んだ悪であると知らしめるためだ。
 イタリアに留学していたアルフォンスは、動画にとって出来るだけ配信するように学友達に依頼してあるという徹底ぶりである。

 「腐っている!何が貴族か!ノーブル・オブリゲーションも知らぬ官僚が!」

 ノーブル・オブリゲーションとは、高貴なる義務といって身分の高い者が国民のために行う義務を指す。
 コーネリアもその義務の元世界各地を侵略し、もってブリタニアに貢献しているわけだが、これは侵略される側にとっては極めて迷惑な義務の果たし方である。

 「つまりお前達はこの中華連邦の国民に、ブリタニアの奴隷になれということか!」

 「そのとおり・・・ほっほっほ。我らの奴隷からブリタニアの奴隷になるだけのこと。
 今と何が変わるわけでもない・・・ほほほほ」

 この瞬間、民衆の怒りは頂点に達した。
 これほど飢えに苦しみ、重税を課された上に他国の奴隷になれと言う大宦官どもを滅ぼせと、民衆達が怒鳴り立ちあがる。

 そしてその聞くに堪えぬ本音をじっと座って聞いていた天子は、涙を流した。

 「こんな・・・こんな人達の言うことを今まで聞いていたなんて・・・!」

 「天子様・・・」

 「私、何て馬鹿だったんだろう・・・!こんな私が、天子なんて・・・皇帝なんて・・・!お祖父様・・・!」

 玉爾を握りしめて泣く天子に、ギアスを一時止めたエトランジュが多大な情報をやり取りして少しフラフラする頭を叱咤して言った。

 「それは仕方ありません。聞いていなかったなら貴女は殺されて別の代わりが立てられただけです。
 それに、今は違うでしょう?貴女には信じると決めた方々がおられます。皆様、貴女の命令を待っているのですよ」

 「・・・私の、命令」

 「そうです、中華連邦の皇帝であらせられる貴女の命令をです。
 もはや引き返す道はございません。可及的速やかに混乱を治めるためにも・・・」

 そうだ、自分はやると決めたのだ。
 いつまでも震えて怯えていたら、外で戦っている星刻や洛陽にいる官吏達はどうなるのか。

 天子は椅子から立ち上がると、大きく呼吸をして言った。

 「・・・通信回路を開いてください」

 「はい!」

 黒の騎士団のオペレーターが中華連邦内に仕掛けられたラインに通じる通信回路を天子の前に開くと、天子の正装を纏った天子が中華連邦内のテレビ画面に映し出された。

 「今の言葉、どういうことですか?」

 「ほ、これはこれは天子様。いや、前と申し上げた方がよろしいですかな?」

 「聞かれた以上、もう私どもの人形ではいてくれそうにありませんものなあ」

 天子の代わりなどいくらでも用意出来ると嘲笑う大宦官達は、あっさりと天子を殺すことを決定した。
 それにびくっと肩を震わせた天子だが、勇気を出して詰問する。

 「この中華を売り払い、ブリタニアに渡すというのはまことなのですね?」

 「そのとおりと申し上げましたよ。ほほ、子供が政に口出しなど・・・」

 「この中華の人達を他国の奴隷にするなんて、私は認めない。中華は中華の人達のものよ、ブリタニアのものじゃないわ。
 ましてや貴方達のものでもない・・・!それなのに、どうしてそんなことが言えるの?!」

 涙目でそう叫ぶ天子は、大きく息を吸って大きな声で命じた。
 自らの意志で、震えながらもはっきりと。中華に住む者達全てに届けと願いを込めて。

 「私は天子として宣言します。我が中華連邦は、ブリタニアには屈しません!
 我が国の国民達を怠け者などと言った人を、義理とはいえ父と呼びたくありません!
 中華連邦の民は奴隷などではありません、誇りを持つ人間です!
 私は、貴方達に国政を任せません。今を持ってその任を解任します!」

 「ほほ、子供が戯言を・・・」

 「国を売り自分達だけの安全を図る人達が政治を行うなんて、おかしいもの、間違ってるわ!
 私に賛同してくれるのなら、お願い・・・その人達を捕まえて!国民を奴隷扱いした人達を、そしてこれまで悪事を働いてきた大宦官達を捕えて下さい!!」

 天子の叫びに、しょせん子供がそこで何を言おうとも無駄なことと笑みを浮かべていた大宦官達だが、ガンと扉を蹴り開けられて突入してきた数十名の兵士達に思わず悲鳴を上げた。

 「な、何じゃお前達は!誰も呼んでおらぬぞ、下がれ!」

 「天子様の命により、お前達を拘束する!
 容疑は売国行為、背任、横領、そして先の太保様の死亡に関する殺人容疑だ!」

 逮捕状を掲げて叫んだのは、昨夜に天子に目通りを願った御吏の一人だった。
 下っ端役人が何を偉そうにと嘲笑する大宦官達に、御吏がさらに嘲笑する。

 「貴様に何の権利がある。天子の命令?そのようなものがどこにある」

 「貴様らも聞いていただろう、つい先ほど、中華全土に出された勅命である!
 愚か者どもめ、これを見るがいい!」

 御吏の一人がテレビをつけると、先ほどの大宦官とゼロとの会話がエンドレスで流れている。
 星刻や太師達が手配したテレビ局の者が、ディートハルトが操作するラインを通じて流しているのだ。
 途端に真っ青になった大宦官達は、慌てて否定した。

 「な、な・・・そ、そんなのは偽物だ!偽造されたものである!」

 「私達もその内容を聞いていたのだがな。それが偽造だという証明がなされぬ限り、天子様の勅命が優先である!
 この者達を捕らえよ!そして大宦官どもの屋敷を家宅捜索し、証拠を洗いざらい朱禁城へと運ぶのだ!」

 「はっ!」

 初めは星刻の部下だけだったのだが、大宦官の暴露放送が流されるにつれてどんどん人数は増えていき、外から怒号が聞こえてくる。

 「ふざけるな、大宦官!」

 「俺達にブリタニアの奴隷になれだと?今回の天子様の婚姻も平和のためなどではなく貢物扱いとは!!」

 「天子様の勅命だ!天子様はブリタニアに従わぬとおっしゃられた!
 我らの国は我らのものであるともおっしゃった!それに賛同する者は、この国を売り己の安泰を図ろうとする大宦官を捕らえよ!」
 
 「聞こえたであろう?これが中華の声だ・・・貴様らに逃げ場などない!」
 
 朱禁城はむろん、中華連邦中にいる大宦官一派は次々に御吏達によって捕えられていく。
 
 そしてその指揮を執っているのは、太師だった。
 老病に冒されているはずの彼がどうして、と皆唖然としたが、太師は飄々とした顔で答えた。

 「うむ、あまりのことに倒れてしもうたが、何故かけろりと治ってのう。
 夢の中で先帝陛下が天子様を頼むとおっしゃられたのじゃ。きっと陛下があの世からわしをお救い下さったに違いない」

 そんな太師の横には彼の従者がそっと化粧道具一式を持って立っており、それが全てを物語っていた。
 太保が大宦官らによって毒殺されたと知った時、次のターゲットは間違いなく自分だと読んだ太師はルチアに相談したところ、いいアイデアを教えてくれたのだ。

 『連中の手口は少しずつ毒を盛り病死を装うものであるようですわ。
 ならばそれを逆手にとって病気の振りをすれば暗殺が失敗したと悟られませんから、次の手段を取ることはないと思いましてよ』

 毒を無効にするものや解毒剤の相談に訪れたのだが、思いもかげずそう提案してくれた彼女は化粧道具一式を寄越し、病人に見えるメイクの仕方を伝授してくれた。
 
 「そうですか、先帝陛下が・・・天子様がご心配で、まだまだ太師様が必要だとお考えになられたのでございましょう」

 嘘だ、と誰もが解るやりとりだが、誰もそれを指摘しない。
 太師は見事な指揮で大宦官達を捕えていき、かつては誰もが恐れたという気迫のこもった声で指示を出す。

 「全軍に告ぐ!黒の騎士団に捕えられたという天子様じゃが、それは誤解である!
 天子様は大宦官どもの陰謀を事前に察知し、ゼロによって天帝八十八天陵にてかくまわれていただけである!
 これ以上騎士団に対する交戦はやめよ!天子様のご意志である!」

 その命令が中華全土に伝えられると、大宦官が派遣した中華連邦軍は動きを止めた。
 士官達は黒の騎士団と星刻らと戦えと怒鳴るが下の兵士達の一部が命令を拒否し、その人数は放送が流れるにつれて増えていく。

 「・・・ということなの。ラウンズのモニカとか言ったっけ?
 もう貴女に用はないわ、これまでの侵略に対する罪、貴女の命で償いなさい!」

 「黙れ、このテロリストが!!」

 まんまとゼロの策に利用されたと知ったモニカは激昂したが、何をどうしようともユーウェインは動かない。
 そしてある意味ルルーシュよりはるかに現実主義者の彼女は、これまで各地で侵略しを繰り返してきたラウンズや皇族貴族であるなら、たとえ抵抗出来ない状態であっても殺すことに躊躇いがなかった。

 動けない相手なら、戦闘能力の低いイリスアーゲート・ソローでも殺すことが可能である。

 「大した力がなくても、人は殺せる。知ってた?」

 「な、何をするつもりだ・・・!」

 もはやハッチすら開けないユーウェインの中に閉じ込められたモニカは、何の感情もこもっていない相手の声に初めて背筋を凍らせた。

 アルカディアはユーウェインのエナジーフィラーと脱出装置を破壊した後、C.Cと協力してユーウェインを飛鳥から放り投げる。
 そう、先ほどジークフリード将軍が不発弾を装って着弾させたミサイルの上目がけて。

 「ハイスペックな機体はいくらでも作れるけど、それを操れる人間はそう簡単には作れないからね。
 人は人がいないと何も出来ないってことは、私達よく知ってるの」

 何の資源もなく北方に位置する祖国にあったのは、人だった。
 互いに助け合い守り合うことが、自分を助け守ることだったのだから。

 「さて、クイズです。この下には私の姉の夫の父親からのプレゼントがあります。
 それはいったい何でしょう?」

 「・・・・!!」
 
 落下していくユーウェインの中で、ドロテアと交戦していたナイトメアの不発弾を思い出したモニカは己の最期を悟った。
 
 響き渡る轟音が戦場を支配すると同時に、アルカディアが宣言する。

 「ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキーを討ちとった!!残るは一人っ!!」

 「モ、モニカがやられただと・・・貴様ら、どんな汚い手を使った!!」

 ドロテアが叫ぶが、アルカディアは無感動に応じた。

 「戦場に汚いも何もないわね。あんたら戦争したくてやってるんだから、どんな死に方しようと文句言ってんじゃないわよ」

 そう言うとC.Cから受け取ったエナジーフィラーを交換したアルカディアは、ドロテアを討ちとるべくC.Cと共に再び空へと飛んで行く。
 
 「・・・やられたね」

 アヴァロン内でドロテアの通信機から内容が耳に届いたシュナイゼルは、全てが最初から仕組まれていたものであることを知った。
 中華では大宦官達を取り込んでいるとはいえそれでもまだ自らの影響力が薄かったこともあり、太師と星刻以外に目を向けていなかったことが災いしたのだ。

 (黎 星刻が婚儀の席であれほど焦っていたし、太師の容体も悪いと信じ込んだのが失敗だったな)

 先の太保が死亡したのも大宦官の暗躍だと知っていたシュナイゼルはその前情報と天子の後見人として邪魔な太師をも殺そうと少しずつ毒を盛っていると聞いていたため、老齢であることもあって太師が重い病だとまったく疑わなかったのである。

 (ゼロの策は、この大宦官達の本音を放送しそれによって民衆達の決起を促すものだったか。この分では、EUにも放送されているな)

 エトランジュを思い浮かべたシュナイゼルは、中華連邦が完全に敵となったことを認めざるを得なかった。
 軍とは士官だけで動くのではない。兵士が動かなくては軍として成り立たないのだ。
 そしてその兵士達が大宦官を拒否した以上、戦力としてみなすことは出来ない。
 よって動くこちらの戦力は実質ラウンズのみ、しかも一人は既に戦死し残る一名もこのままでは人海戦術によって倒されるだけだろう。

 「シュナイゼル殿下、私を援護に向かわせて下さい。ラウンズの実力を、中華とゼロに思い知らせてやりましょう!」

 ジノがシュナイゼルの前に跪いて申し出るが既に盤面は悪く、チェックをかけられた状態だ。
 だがチェックメイトではないのだ、負けないためにはここは引き分けに持ち込むしか道はなかった。

 「いや、素直に負けを認めようヴァインベルグ卿。
 君の誇り高さは尊敬するが、あのゼロと星刻、さらに藤堂に四聖剣、さらにあの援護に特化したナイトメアが相手ではラウンズといえども二機では分が悪すぎる。
 何より君が到着するより先に、エルンスト卿が包囲されてやられるだろうね。
 それに、外から聞こえないかな?あの声が」

 耳をすませるまでもなくジノの耳に聞こえて来たのは、ブリタニアを罵る中華連邦の国民達の声だった。

 「ふざけやがって、ブリタニアがああ!何が怠け者ばかりの国だあのヘアーロールケーキが!!」

 「幼い女の子を強引に嫁がせようとしたロリコン皇子を追い出せ!!」

 テレビモニターを見てみると、そこには常日頃の父皇帝・シャルルが声高に他国を非難している演説が流されていた。
 はっきりと『富を平等にした中華は怠け者ばかり』と馬鹿にしているとしか聞こえない言葉があり、ただでさえ働きたくとも職のない彼らの怒りに火を付けるには充分過ぎたのである。

 さらにルルーシュが派遣した中華語を話せる者や中華に知人がいる者が扇動者として入り込んでいることも大きい。

 「くっ・・・解りました」

 モニカを二機のナイトメアで葬った奴らなら勝つためにやると悟ったジノは、シュナイゼルに従い撤退準備を始めた。
 ジノからシュナイゼルから撤退命令が出たと伝えられたドロテアは悔しそうにしながらも、援軍がないと悟った以上無駄死にするだけなのは重々理解している。
 破壊されたモニカのユーウェインに小さく黙祷をした後、自身のベティウェアを反転させ、戦場を離脱した。

 「ラウンズが敵を前にして撤退とは!いずれこの辱めを晴らしてやる、ゼロ!!」

 「ラウンズが撤退していくぞ、ゼロ!追わなくていいのか?」

 卜部の問いにルルーシュは構わんと追撃をやめさせた。

 「今は中華の混乱を収束させる方が先だ。データも集まった、再戦した時に倒せばいいことだ」

 「承知した」
 
 勝利を確信したルルーシュは、声高に宣言した。
 その横には空になった輸血用の血液のパックがあり、全てが演技だったことを雄弁に物語っていた。
 ちなみにこの司令部にいた団員のうち数人は元劇団員であり、中でもゼロの手当てをしているふりをしていた二人の少女はかつて日本一の名女優しか演じられないという役を争ったという、すなわち日本で1、2を争う女優達だったりする。

 「援軍が来た!数億を超える中華の国民達が今、立ち上がったのだ!
 中華の民の方々、このたびはお騒がせしたことをお詫び申し上げる。
 だがこうでもしなければ、貴国を救うことは出来なかったのだ。
 しかし、中華を変えたのは我々ではない!貴方がた一人一人が悪を許さぬと決起し、行動したからこそだ!
 天子様は言われた、中華連邦は中華に住む者達全てのものである、と!黒の騎士団はこれに賛同する!
 未来は!貴方がた一人一人のものだ!!」

 テレビ画面で、ラジオ放送で伝えられた言葉に、中華の国民からは歓呼の声が上がる。
 そこに天子が、決意を秘めた声で続ける。

 「中華に住む皆さん、私は中華連邦皇帝、蒋 麗華です。
 一番先に謝らせて下さい・・・この人達を止められなかったことは、本当に申し訳ないと思っています」

 まだ十二歳の子供だから仕方ない、と大部分の者達は理解していたために彼女に怒りは感じなかった。
 だが同時に子供が形式的とはいえ国のトップに立つからではないかとも考えたため、この際彼女には退位して貰って有能な官吏などが代表になればいいのではないかとざわめきだす。

 しかし、続けられた言葉に皆思わず息を呑んだ。
 
 「私はこれまで、朱禁城の外に出たことがありませんでした。
 本当に何も知らなかった・・・国民の人達がどんな暮らしをして、みんながどれほど苦しんでいるのかも全然知らなかった。
 だから、今は太師をはじめとする官吏の方々に政治を任せるしかありません。でも、今からでも知っていきたいと思います・・・いつまでも子供じゃいられないから」
 
 「天子様・・・」

 放送をじっと聞き入っていた星刻は、既に戦闘が終了したためにまっしぐらに天子のいる飛鳥にとナイトメアを走らせる。

 「私に出来ることは少ないです。だから、国民の皆さんにお願いがあります。
 私はみんなで仲良く暮らせる国が見たいです。中華連邦を誰もお腹が空かなくて、笑い合える国にしたいのです。
 それに賛成してくれるのなら、どうか私に力を貸してくれませんか?」

 お願いします、と頭を下げた天子に、中華の国民達の間に沈黙が降りた。
 駄目だったか、とうなだれる天子だが、民衆達から上がったのは歓呼の声だった。

 「私は天子様を支持する!天子様、万歳!」

 「俺もだ!天子様は俺達を奴隷じゃないとおっしゃって下さった!」

 「天子様万歳!中華連邦万歳!」

 幼い子供の夢物語だと思いはした。
 だが、この地獄のような現実にその夢を叶えたいとその幼い子供が震えながらも立ち上がったのだ。
 ならばその夢を自分達も見続けよう。
 お腹が空かない、誰もが笑い合って暮らせる国。戦火が起こる前までは確かにこの国にもあった光景を、もう一度自分達の手で再現するのだ。

 そのためにも、悪夢を産み出した元凶をこの手で葬らなくてはならない。

 中華の民衆は我先にと逃走を始めた大宦官達を捕まえては、星刻や太師が派遣した軍へと引き渡していく。

 「国とは領土でも体制でもない、人だよ。民衆の支持を失った大宦官に、中華連邦を代表し我が国に入る資格はない」

 そう言い捨てたシュナイゼルはすでに彼らを見捨てアヴァロンでブリタニア本国に向けて出立しており、逃げ場などどこにもなくなったことを知った大宦官の顔は真っ青だった。

 その頃、飛鳥で洛陽での出来事の報告を受けた天子は、通信回路から聞こえてくる天子様万歳の声に涙を流した。

 「エディ・・・私忘れないわ。私を喜んでくれる人達の声を、絶対忘れない」

 「天子様・・・」

 「洛陽に戻ります。私はあそこでお仕事しなくちゃ」

 「そうですね。さあ天子様、御迎えの方が来られたようですよ」

 エトランジュが管制室に星刻の乗るナイトメアを飛鳥へ迎えてくれるように依頼すると、すぐにそのナイトメアが飛鳥へと入って来た。
 エトランジュと天子がナイトメア着艦場に急いで向かうと、今まさにハッチが開くところだった。

 「天子様!!」

 ハッチが完全に開くのも待てずに星刻がナイトメアから飛び出してくると、天子は涙を流しながら星刻へと走り寄る。

 「星刻!会いたかった!!」

 「よくぞご無事で・・・!先ほどのお言葉、お見事でした。これで中華は変われます」

 「ううん、星刻や太師父が頑張ってくれたおかげだもの。ありがとう」

 「もったいなきお言葉・・・!この星刻、永続調和の契りを持って天子様をこれからもお守りいたします・・・永久に」

 「変なの・・・嬉しいのに、私嬉しいのに・・・」

 涙を流す天子に、エトランジュは優しく教えてやった。

 「涙は悲しい時にだけ出るものではありません。
 とても・・・そう、とても嬉しい時にも出るものなのですよ、天子様」

 「そのとおりです、天子様。
 さあ、涙を拭いて・・・今度は画面越しではなく、民衆の前へと参りましょう」

 星刻が天子の前に手を差し出しながら言うと、天子は目を見開いた。

 「朱禁城の外には出ましたが、貴女はまだこの国をご覧になってはおられない。
 五年前の約束を、今こそ守らせて頂きます」

 「星刻・・・!うん!私は中華連邦を見たい。
 そして・・・みんなでこの国をよくするの!!」

 エトランジュが女王となりブリタニアと戦うと聞いた日、そんなに恐ろしいことをどうしてするのか、怖くはないのかと思った。
 だけど今、その理由がはっきりと解った。

 (みんなと一緒だったから、エディは怖くなかったんだ)

 完全に怖くなかったわけではないが、それでもみんなと一緒なら大丈夫だと思ったから。
 
 天子は涙を拭くと、まっすぐに顔を上げて星刻の手を取った。
 外には光輝く太陽が、これからの中華連邦を照らすように上っていた。




[18683] 挿話  戦場の子供達 
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/11 11:42
 挿話  戦場の子供達  



 洛陽へと戻った天子が見たものは、やせ細った身体にいかにも貧しげにぼろぼろの衣服をまとった民衆達が自分の帰還を喜び万歳を叫ぶ姿だった。

 それを見た天子は嬉しくて、そして苦しみを抱えて暮らしていた民衆を思って悲しんで泣いた。

 「ごめんなさい・・・こんなことになってるなんて知らなくて、ごめんなさい」

 「泣かないで下さい天子様!これからの中華をよくして下さると約束して下さったのですから!!」

 「そうです天子様!我々をブリタニアと大宦官の陰謀から救って下さってありがとうございます!!天子様万歳!!」

 星刻のナイトメアの上からありがとう、私頑張りますと告げた天子に、ひときわ大きな歓声が上がる。

 朱禁城に戻った天子は、さっそく太師に言った。

 「みんなあんなに瘠せてて可哀想・・・何とかならないかしら?」

 「はい、それにつきましては大宦官どもの屋敷から横領された大量の米や食料を発見しました。
 速やかにそれを中華全土に分配したいと思いまする」

 「ありがとう、なるべく早く配ってあげて?」

 「御意にございます!天子様の勅命である!!
 速やかに中華に食糧分配を行え!!」

 官吏達が頷き合うといったん朱禁城に運び込まれた食料を分配すべく、会議室へと走って行く。

 「地方の省を治めていた者達の半数が逮捕されておりますゆえ、そちらの代わりとなる者も配備しなくてはなりませぬ。
 暫定的に御吏を派遣して食糧の配給を任せなくては」

 怒涛の忙しさの中にも笑顔のある官吏達は、てきぱきと太師の指示を受けて動いている。
 天子は何を言っているのかすら解らず途方に暮れたが、それでもこれから中華に食料が配られてとりあえずお腹が空かなくなるのだということは理解出来た。

 「しかし今ある食料を配るだけでは限界が来る。次の農作物についても考えなくては・・・」

 「国有地を人に任せて農地として開拓し、そのための人を雇うというのはどうだろうか。
 他にもEUは戦争中なので食料の買い取りは難しいが、中東やオーストラリアからなら買い取れるかもしれない。
 中華の貨幣は値下がりしているが、大宦官どもが横領していた金などでなら・・・」

 「すぐにオーストラリアの駐在大使に連絡を・・って、そいつは大宦官だったな。すぐに召還して他の者を派遣し、可能かどうか聞いてみよう」

 そんな日々が一週間ほど経ったある日、玉座で会議を聞いていた天子にお疲れでしょうと女官達が休むように言ってきた。
 折りを見ては質問し、また拙いながらも意見を言う天子に官吏達は今はともかく将来はきっと素晴らしい名君になると安堵する。

 ある程度の草案がまとまると天子が再びテレビの前に立ち、食糧配給が決定したことと大宦官が治めていた地域に代わりの官吏を派遣することを知らせると中華に再び歓声が溢れ返り、天子はテレビの前でだけでなく洛陽の外で直接民に話すなど今日は忙しかったのだ。

 「もうそろそろお休み下され、天子様。休むのもお仕事にございまするぞ」

 「太師様のおっしゃるとおりです。さあ、エトランジュ様と夕餉をお取りになって下さい」
 
 星刻がエトランジュがまた食事を作ってくれたようなので無駄にしてはいけないと言うと、天子はまだ会議をしている官吏に後はよろしくお願いしますと頼んで女官と共に食堂へと向かった。
 そこにはエトランジュがほかほかと湯気の立ち上る鍋をテーブルに置いて待っていた。

 「お仕事お疲れ様でした、天子様。今日は梅干し入りの雑炊にしてみました」

 「これ、私も食べたことあるわ。風邪を引いた時に作って貰ったの」

 天子がテーブルについて食事を始めると、エトランジュが言った。
 
 「少しのお米と野菜でかなりの量が作れますからね。日本でも現在よく作られているんですよ」

 「ブリタニアに占領されてから、あんまりご飯食べられてなかったから?」

 「そうです。栄養を取ってかつたくさん食べられるようにしないといけませんからね。
 でもいつも同じ物ではよくないですから、たくさん分量が作れるレシピをいくつか官吏の方に送らせて頂きました。
 あと、中華は広くてそれぞれ気候が違うのであんまり役に立たないかもしれませんが、我がマグヌスファミリアで行っている農耕作業法なども参考になれば幸いです」

 中華にも古来からある農耕作業のやり方があるので本当に参考にしかならないのだが、天子は顔を輝かせた。

 「ありがとう、エディ!本当にいろいろ助けてくれて、私とても嬉しいわ」

 「困った時は助け合うのがマグヌスファミリアの国是ですから、お気になさらず。
 それに、これ以上長く留まっていると痛くもない腹を探られるかもしれないからいったんEUに戻らなくてはいけないようなので、このくらいはさせて欲しくて」

 困ったように溜息を吐くエトランジュに、天子は首を傾げた。

 「エディがここにいて中華を助けてはいけないの?」

 「EUが私達を通じて中華にあれこれ干渉してしようとする動きがあるそうなんです。
 援助する代わりにいろいろ要求されてしまうと、せっかくうまく行きかけたこの改革の動きが悪くなるかもしれないので、私達はいったん帰りますね」

 エトランジュはEU側の人間だが、だからと言ってまとまっているものを壊すかもしれない行為に手を貸す気はない。
 さらに御吏達の家宅捜索の結果、大宦官と贈収賄をしていたEU関連の企業と官僚がいることが明らかになり、その件も含めてどうするかと問題になっているのだそうだ。

 「そう・・・寂しくなるわね」

 「ああ、でも大丈夫ですよ天子様。こっそりと天子様にお手紙を送らせて頂きますから。
 ルチア先生もしばらくここに残って下さるそうですし」

 「あ、確か星刻の婚約者の人・・・」

 何故か顔を俯かせた天子に、エトランジュは首を傾げた。

 「私、会ったことないんだけど・・・星刻の好きな人なら、きっといい人なんでしょうね。エディの先生でもあるんだし・・・」

 「ええ、ルチア先生はいい人ですよ。母亡き後は私に礼儀作法なんかも教えて下さった方ですもの。
 元はブリタニア貴族の方ですが、とても頼りがいがありますので何でもお聞きに・・・」
 
 知らない人と会うのが不安なのだと勘違いしたエトランジュの台詞に天子はますます俯いたので、エトランジュは不思議に思って現在イリスアーゲート・ソローに乗って天帝八十八陵で戦後処理をしていたアルカディアに尋ねてみた。

 《・・・という訳で、天子様の様子がちょっとよく解らないんです。何かよくないことを言ってしまったのでしょうか?》

 《うん、言っちゃったみたいね。そっちの意味じゃ、天子様の方がエディより進んでるようだし》

 《そっちの意味?》

 アルカディアが戦争に明け暮れて恋どころではない従妹を憐れみながら、アルカディアは言った。

 《いいからルチア先生が本当は黎軍門大人の婚約者じゃないって言いなさい。
 ついでにルチア先生には好きな人がいたって言えば、それで問題は解決するから》

 《は、はい、解りました》

 首を傾げながらもエトランジュはアルカディアのアドバイスどおり、天子に事実を告げた。

 「天子様、ルチア先生は本当は黎軍門大人の婚約者ではないんです。
 ただ協力者として一緒にいるための目くらましでそう取り繕っただけで・・・」

 「・・・え、そうなの?」

 はっと顔を上げた天子に、本当に解決したとエトランジュは驚いた。

 「それに、アル従兄様がおっしゃるにはルチア先生には好きな人がいたってことですし」

 「そ、そうなんだ・・・」

 ほっとしたような天子の様子に、エトランジュもルチアに想い人がいたとは知らなかったらしく誰なのでしょうと考え込む。
 同時にここに至ってようやく天子が星刻に恋をしていると気付いたようで、エトランジュが確認した。

 「もしかして、黎軍門大人のことがお好きなのですか、天子様?」

 かあと顔を真っ赤にした天子に、それならアルフォンスとの婚約はなしの方向にもっていくべきだと思った。

 「でも、星刻は大人で・・・私はただ五年前に約束をしただけで・・・」

 「朱禁城の外に、でしたね。その約束を果たして頂けて、よかったではありませんか」

 「はい、いい人なんです、星刻。私との約束は必ず守ってくれるの」

 必ず守ってくれる約束を交わしてくれる人なら、自分にもいる。
 今は傍にいてくれないけれど、自分との約束は必ず果たしてくれた。

 『いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね』

 二年半前に父と交わした約束が果たされるのは、いつの日か。
 天子のように何年も待った末でも、必ずいつか果たしてくれる。
 
 「だから、私も中華をよくするために頑張るって約束を守らないといけないと思うの。
 結婚も、中華のためになるものじゃないと・・・・アルフォンス様と結婚したらEUとの関係も良くなるって聞いたし、あの人もいい人だから私は・・・」

 思いつめた天子の台詞に父を思い返していたエトランジュは、慌てて顔を上げて言った。

 「結婚なんて、まだ先でよろしいのですよ天子様。
 オデュッセウスとの結婚に反対する際、未成年との婚姻など言語道断という形を取ったので当分どこからもその話は出ないと思いますから」

 十二歳の幼女に振られたと世界中で悪意ある宣伝をされたオデュッセウスの件があるため、適齢期になるまで確実に婚姻の話はないと言うエトランジュに天子は安堵の息をはく。

 「エディは?エディはもう大人なんでしょう?
 やっぱり、エディも政略結婚を・・・?」

 「たぶんそうなると思います。今のところ相手はゼロが一番可能性が高いんですけど、日本の神楽耶様も立候補なさっているので難しいですね」

 クスクスと笑うエトランジュに、どうして笑っているのかと首を傾げる。

 「神楽耶様もそうなら、エディは困るんじゃ?」

 「いえいえ、ゼロが私達の仲間でいてくれるなら別に結婚という形を取らなくてもいいんですよ。EUが今ゼロを取り込むべきか否かで意見が割れているだけで・・・。
 ただゼロが仮面をつけていて素性が不明なせいで国民達が不安になるので、言ってみれば保証書になる人物なら誰でもいいのです」

 つまりそれは日本の皇族の生き残りである神楽耶でも、EU加盟国の元首である自分でもどちらでも構わないのだという説明に、天子は納得した。

 「神楽耶様はゼロを夫にと自分からおっしゃるほどお好きのようですから、出来ればその方がいいです。
 政略でもお互いに思い合って結ばれる方が、みんな幸せになれますからね」

 どこの国でも、昔から政略結婚は当然のようにあった。
 習慣の違いなどからすれ違う場合もあったが良好に家庭を持った例も多く、結婚とは形式ではなく要は当人達の合性次第でうまくいくということだろう。

 「エディはゼロのことはどう思っているの?」

 「いい人と思っていますよ。家庭を大事にする方ですし、結婚することに不満はありません」

 それはルルーシュの方も同じのようで、正体も秘密もバレているしナナリーとも仲がいいので実は一番有利な立場にいるのがエトランジュだったりする。
 ただお互いにラブではなくライクの感情なので、『相手に好きな人がいるなら避けた方いい』という似た者同士の思考になっていた。

 「ただ、その場合私の家にお婿に来て貰うことになるので、ゼロがどう思うのか・・・私は一人娘ですからね」

 「そうか、エディにはご兄弟がいないものね。それに女王だし・・・」

 「王位は誰かに任せるという手があるからいいんですが、お父様と約束したんです。
 “お嫁に行かないでお婿さんを貰って、ずっと一緒に暮らそう”って」

 「そうなんだ・・・約束なら仕方ないわ」

 一般家庭ならよくあることかもしれないが、王族でそういうのはよくないと解ってはいた。
 けれどエトランジュには父と交わした約束を支えにここまで来たし、何よりエトランジュは祖国でずっと暮らしたいと願っているので他国に嫁に行きたくはなかったのである。

 「それに、黎軍門大人もこの件で中華でも重要な地位に就かれたお方です。
 いずれ将軍の地位を拝命なさることでしょうし、天子様がお年頃になる頃には決して不釣り合いなどと言われることはないと思いますよ」

 「え・・・それって、星刻と私が・・・その・・・・」

 ますます顔を紅潮させた天子に、エトランジュはさらに言った。

 「黎軍門大人のお身体の具合がよくなるように、実は知り合いのお医者様方に中華に来てほしいと頼んでいるところなのです」

 エトランジュ達がイギリスへ亡命した時、マグヌスファミリアのコミュティへ訪れたのが、国境を超える医師団と呼ばれる医師達だった。
 けが人こそいなかったが家族を大勢喪ったせいで精神面で傷を負った者が多く、主に精神科医などが来てカウンセリングなどを行ってくれたのである。

 その際エトランジュの主治医になってくれたのが日本の小さな村出身の精神科医で、日本語を教えてくれたのも彼だった。
 日本語をマスターした時卒業証書代わりにと、日本の秋葉原で流行ったというメイド服なるものをくれたとエトランジュは笑った。

 「その方も中華の現状をお話ししたら、ぜひ伺いたいとおっしゃって下さいました。 
 明日また奏上があると思いますが、国境を超える医師団という世界各地で医療活動を行う医師の方々に中華へ入国する許可を頂ければ・・・」

 「そんな人達がいるなんて・・・!解ったわ、みんなに聞いてみて、なるべく早く来て貰うわ!」

 星刻の身体が良くなる上に、病気で苦しむ人達も救って貰えると天子は喜ぶ。
 祖父や太師、星刻が言ったとおりだ。みんなと仲良くすれば、みんなが幸せになれる。

 超合集国が出来れば、きっともっと楽しくなるに違いない。
 そう思えば、今の多忙な日々すらも愛しく思えた。



 食事が終わった二人が食堂を出ると、太師に先導されたルチアがやって来た。

 「あ、ルチア先生」

 「突然にお邪魔して申し訳ございません天子様。お初にお目に掛りますね。
わたくしはマグヌスファミリアで教師をしております、ルチア・ステッラと申します」

 「あ、初めましてステッラ女史。蒋 麗華と申します」

 虚偽とはいえ星刻と一緒に暮らしている婚約者という女性は背の高い美女で、礼儀正しく優雅に挨拶をするルチアに天子は何だか尻込みした。

 「今回の件は大層ご心痛の限りと存じますが、ご無事で何よりでした」

 「天子様、この方のお陰でわしも命拾いをしましてのう」

 太師が大宦官によって毒殺されそうなところを、ルチアが化粧という男ではとうてい思いつかない策を持って助けてくれたと語ると天子は綺麗なだけじゃなくて頭もいい人なんだと思った。

 「中華の件は落ち着いたようですし、わたくしも折を見て引き上げようかと考えております。
 国境を超える医師団が来たら、黎軍門大人の容体も診て頂けるでしょうし」

 「いろいろと助けて頂き感謝しますぞ。本当にエトランジュ女王陛下はいろんな人脈をお持ちでいらっしゃいますなあ」

 小国の幼い女王と思いきや、地道に世界各地を回り、かつ両親の人脈基盤をしっかり受け継ぎ活動しているエトランジュに、さすが法を曲げてまで即位させただけはあると太師は感心する

 自他共に認めるあまり才能のないエトランジュだが、まさに人が人を繋いでいる。
 親や他人の力をいいように使っていると批判されることもあるだろうが、彼女なりに考えてまめに手紙や相手が喜ぶものを的確に把握して送ったりという地道な活動は、こうして実りを得た。

 「天子様も超合集国創立の際は、もっと素晴らしい人脈を作れましてよ。
 きちんと挨拶もお出来になられ、何が正しくて間違っているかもよくお解りになっていらっしゃる。
 素晴らしい皇帝陛下におなりでしょう」

 「ステッラ女史もそう思われるか。
 いやステッラ女史なら海外の作法にもお詳しいゆえ天子様にも教えて頂ければと考えておったのじゃが・・・・」

 こういう礼儀作法などに関することは、男である自分よりも同じ女性の方が何かとやりやすいのだ。
 理屈は解るが形式的にはただの教師とはいえ元ブリタニア貴族の自分がやるのはよくないと、ルチアは断った。

 「何だか外交って難しいのね。みんなで出来ることを教え合った方がいいと思うのに」

 「おっしゃる通りではあるのですけど・・・大人には何かと面倒な思惑がございまして」

 天子の子供らしい正論に、ルチアは苦笑を浮かべた。

 「ところでルチア女史は、どうして朱禁城に?」

 「ああ、黎軍門大人に薬を届けに参りましたの。
 あれほど持って行けと言ったのに天子様のことで頭がいっぱいだったらしくて、綺麗に忘れておりましたから」

 呆れたように言うルチアに、わざわざ届けに来るほどなのだから星刻とは仲がいいのかと天子が落ち込みかけた。

 「面倒なので人に届けさせようかと思ったのですが、この子がどうしてもエトランジュ様に会いたいと言うものだから・・・」

 「この子?」

 エトランジュと天子が顔を見合わせると、ルチアが背後の通路角に向かって呼びかけた。

 「イーリス、出ていらっしゃい!貴女が来たいと言ったのでしょう?」

 「イーリス?」

 ルーマニアで自分が保護した孤児の一人の名前に、エトランジュがどうして彼女がいるのかと驚いて角に向かって走り寄ると、そこには気まずそうに隠れていた銀髪の少女・・・イーリスがいた。
 天子は初めて見る自分より小さな少女を、興味深そうに見つめた。

 「エトランジュ様の身代わりのためにエヴァンセリン・・・様を中華にお呼びになったでしょう?
 その時にコミュニティから隠れて来たそうですの」

 呆れたように告げるルチアが言うには、婚儀の席でエトランジュの身代わりとして彼女の従妹であるエヴァンセリンを中華に呼んだ時、どうしてもエトランジュに会いたかったイーリスはこっそり双発の大型ヘリコプターに積まれた荷物箱に隠れて来たらしい。

 出発してしばらくした後に気付かれたが引き返す暇などなかったため、ルチアに預けて作戦決行となったのだがエトランジュに余計な心配をかけてしまうと判断したので黙っていたのである。

 「見送りの際にイーリスがいなかったけど、連れて行って貰えないことにすねていただけと考えていたらこれだったと、エヴァンセリン様も呆れておいででしたわ」

 「ご、ごめんなさいエディ様。イーリス、エディ様にずっと会ってなかったから会いたくなって・・・」

 さっきまでエトランジュに会いたいと騒いでいたのだが、会う寸前でエトランジュに叱られるでしょうけどとルチアに言われたので角に隠れていたのである。

 「だからと言って、こんな危ない真似をしていいはずがないでしょう!貴女はルーマニアであったことを忘れたのですか?!」

 初めて聞くエトランジュの怒声に天子もイーリスも驚いたが、叱られても仕方のないことだったのは解っていたのでイーリスはごめんなさいと再度謝罪する。

 「イーリス、エディ様の役に立ちたくて・・・コミュティじゃいろんなお手伝いさせてくれたけど、エディ様がいないんだもん。
 だから、イーリスが行けばいいって思って・・・」

 どうしても連れて行ってほしいと頼み込んだが八歳の子供は駄目と言われ、思いあまってオレンジが入ったコンテナに隠れたのだという。
 中華とEUの国境近くでトラックに乗り換えたのだが、その時検閲のためにエヴァンセリンがコンテナを開けるとそこにはヘリコプターが上がる時の衝撃で気絶しているイーリスがいて、当然その後みっちり叱られた。
 
 「二度としてはいけませんよ、いいですね?!」

 「はい、エディ様。ごめんなさい」

 素直に反省したイーリスにそれ以上叱責せず、エトランジュはふう、と大きく溜息を吐いてから天子に向かって言った。

 「申し訳ありません、天子様。急に怒鳴ってしまいました」

 「気にしないで、エディ。今のは仕方ないと思うから」

 「子供のすることとはいえ、危ない真似をしたのなら叱るのは大人の義務ですからのう」

 天子と太師が手を振ると、エトランジュはイーリスを紹介する。

 「ご紹介させて頂きますね。この子はイーリスと申しまして、ルーマニアで保護されてマグヌスファミリアに養女として迎え入れられた子なんです」

 マグヌスファミリアは占領時93人の国民が死亡しており、その後は多忙なことと行き先不安なせいか結婚なども行われていないので子供も数人しか生まれていないという、人口的危機に陥っていた。

 そこで何人かの孤児を引き取ろうということになり、EUも数人とはいえ引き取ってくれるならむしろ助かるということで、ルーマニアの孤児達を差し向けたのだ。
 戦争が終わって子供を育てられる余裕が出来たら、さらに養子にとろうということになっている、

 「イーリスといいます、天子様」

 「きちんと挨拶が出来て、偉いですな。さすがはエトランジュ様のお国の子じゃ」

 太師に頭を撫でられて、イーリスはエトランジュにも微笑みかけられてほっと安堵する。

 「今宵は朱禁城にお泊りになって下され。女官達に客室の準備をさせましたでのう。
 天子様もどうぞお部屋にお戻りを」

 「はい、太師父。エディとイーリスもおやすみなさい」

 「おやすみなさいませ、天子様」

 「天子様、おやすみなさい」

 エトランジュとイーリスに見送られて天子が太師と立ち去ると、エトランジュが言った。

 「イーリス、ことが落ち着いたら私もEUに戻るので、一緒に帰りましょう。
 またすぐ日本に向かうことになると思いますが、このようなことは二度と許しませんからね」

 「はい、エディ様」

 日本に来る時にイーリスまで来られたら、ルーマニア人質事件の二の舞になりかねない。
 特に日本は激戦地なのだ、何が起こるか解らないのだからなおさらである。

 「さあ、今日は一緒に寝ましょうか」
 
 「本当?イーリス、エディ様のお歌が聞きたい!」

 「いいですよ。さ、お部屋に行きましょう」

 イーリスの手を繋いで歩きだしたエトランジュに、ルチアは誰に似たのかと眼鏡を上げる。

 (全く、エディは甘いんですから・・・顔は父親似ですのに、性格は本当にどっちにも似ておりませんわね)

 エトランジュの両親であるアドリスとランファーは非常に享楽的な性格で、義務を果たした後は人生を楽しむべきという考えの持ち主だった。
 二人が出会ったのも大学時にあったコンパで、レポートを見せ合ってレポートや論文などを終えたら二人してどこかに遊びに消えるなどは日常茶飯事だった。
 いかに義務にかける労力を少なくして遊ぶ時間を確保するかに血道を上げていたのである。

 ランファーの方が年上だったので先に彼女が卒業して鍼灸師の職に就くと、アドリスは肩こりや神経痛に苦しむ友人を連れて会いに行ったりしていた。
 これだと友人の悩みが解消されるしランファーの収入にもなるし自分も好きな人に会いに行けて一石三鳥だなどとほざくような男だった。
 アドリスは情で動いても理が取れる考えをする男だったから、国王になるかもしれないと聞いた時は納得したものだ。

 ところが本人は王になったら仕事が増えるから嫌だ、妻子と一緒に自国に引きこもると公言してはばからなかった。
 当時女王だった母・エマの外交官として活躍していたアドリスには期待が高かったため、民主主義による投票で彼は王になったがその時もどうにかして逃げようとあがいていたのを今でもはっきり覚えている。
 
 結局は逃げられなかったので彼は王になり、義務を果たさなければ己の首が締まると理解していたアドリスは見事に務めを果たし、こうしてブリタニアとの戦争時にも国民を脱出させて生活させるための手腕を発揮した。

 幸いこの夫婦は自分達の性格がどこかかっ飛んでいることは自覚していたので、娘の教育には結構気を使っていた。
 そのため当時のアドリス夫妻を知る者達には、己の性格矯正には失敗したが娘の教育には成功したと言われている。
 
 (猫かぶりだけは得意で、よろしかったことアドリス。
 お陰でこうして中華との繋がりも円滑に進められたし、エディにはいい方向に向きましてよ)

 ルチアはそう内心で呟くと、星刻に薬を届けるべく彼女も歩き去ったのだった。
 


 翌朝、天帝八十八陵から戻った黒の騎士団達は蓬莱島で日本に戻るための準備をしていた。
 エトランジュがイーリスを伴ってやって来ると、エトランジュがゼロと話をするために席を外した後にゴミを集めたり掃除の手伝いをしたりして働くイーリスは、一部の騎士団達から可愛がられた。

 「可愛い、エトランジュ様の国の子ですって」

 「礼儀正しくてとても頑張るいい子ね。はい、飴玉あげる」

 「ありがとうございます、おいしく頂きます」

 きゃあきゃあと女性陣が子供を可愛がる光景は微笑ましく、男性陣は遠くからそっと見守っていたのだが、イーリスが何故か貰ったお菓子を抱えて千葉に手を繋がれてとことことやって来た。

 「どうしたんだろ、こっち来るよ」

 「こっちに挨拶でもしたいってことじゃないのか?」

 朝比奈の疑問に卜部が国王に似て礼儀正しい女の子っぽいし、と言うと、藤堂がなるほどと頷く。

 「こんにちは、藤堂中佐と・・・えっと、四聖剣さん」

 「はいはい、こんにちはー。俺は朝比奈 省吾。こっちの顔長いのが卜部ね」

 「朝比奈さんと、卜部さん?」

 「そ。で、あちらにいるのが我らが奇跡の藤堂中佐!!」

 朝比奈が藤堂にだけやたら丁重な紹介をしたので、卜部が思い切り朝比奈の足を踏んだ。

 「いったいなー、何するんだよ」

 「子供になんだから、もっと解りやすい紹介の仕方をしろ」

 「卜部の言うとおりだ」

 千葉が呆れると、?マークを飛ばしているイーリスに改めて紹介した。

 「今足を踏まれたのが朝比奈、踏んだのが卜部。そしてあそこで刀を持っておられるのが藤堂中佐だ」

 「朝比奈さん、卜部さん、藤堂さん!」

 「そうだ、よく覚えたな。さっきもきちんと私達のお手伝いをして、偉いぞ。
 ゴミ捨てや掃除なんか、みんな嫌がるのにな」

 千葉が腰をかがめてイーリスに視線を合わせながら頭を撫でて褒めると、イーリスは笑顔で言った。

「エディ様が言ったもの、人の嫌がることは進んでしてあげることはいいことだって。
 人が嫌がることほど自分がするのは、とてもいいことなんでしょう?」

 「そうだな、偉いぞイーリスちゃん。さすがはエトランジュ様だ、とてもいい教育をなさっておられる」

 大好きなエトランジュが褒められたイーリスは、自分も褒められてとても嬉しくなった。

 「うん、だからねイーリス、もっと頑張ろうと思って聞きたいことがあって来たの!」

 「聞きたいこと?いいとも、何でも聞きなさい」

 子供が頑張る姿を見るのは、大人としても気持ちがいい。
 昔子供達に武術を教えていた藤堂は懐かしくなり、厳格な顔を緩ませてイーリスに言った。

 「あのね、あのね!ブリタニア人の殺し方ってどうやるの?」

 無邪気にそう尋ねてきたイーリスに、その場にいた大人達の笑顔が凍りついた。

 「・・・え?」

 今この子何て言った、と絶句する彼らに、イーリスは笑顔でもう一度繰り返した。

 「うん、ブリタニア人の殺し方教えてって言ったの」

 まるで算数でも教えてくれというように笑って尋ねるイーリスに、悪意は全く感じられない。
 
 「・・・何でそんなこと知りたいのかな?」

 凍りつかせた笑顔で朝比奈がそう尋ね返すと、イーリスはんーと、と考え込みながら答えた。

 「イーリスね、エディ様のこと大好きなの。だからエディ様の役に立ちたいの」

 「それはいいことだね。で、それとさっきのとどう結びつくのかな?」

 「昔ね、エディ様に助けられたの。ブリタニアの人にイーリス達がえっと…人質っていったかなあ、そんなのにされちゃったことがあって」

 イーリスが拙い言葉で説明したところによると、彼女が自分達を引き取りに基地に来た時、ブリタニア人が自分達を人質にして降服しろと迫ったことがあったらしい。
 その時エトランジュが反撃してそのブリタニア人を殺したことで事なきを得たという事件があったのだそうだ。

 「エトランジュ様が・・・そういえば紅月が言っていたな」

 「そうなのか、千葉。あの方らしいっちゃらしいが・・・」

 千葉と卜部がエトランジュの意外な過去とそんな恐ろしい事件に巻き込まれたイーリスに同情の視線を向けると、イーリスは笑顔で続けた。

 「でもエディ様ね、その後凄い悲鳴上げて暴れちゃって・・・その時は怖かったんだけど、後になって思ったらエディ様かっこよかったんだ!」

 悪い人にたった一人で立ち向かったエトランジュがかっこよかった、と無邪気に語るイーリスに、きっと無意識に美しい記憶として改ざんされたんだろうなと誰もが悟った。
 悪い記憶をいいように修正するというのは、たまに聞く話だ。
 やや興奮気味にこうやって人形でガンガンってやってたんだ、と説明するイーリスに、想像したら普段おとなしいエトランジュがやるとむしろ恐ろしい光景でしかないと藤堂は思った。

 「そうか、エトランジュ様も君達を守ろうと必死だったんだろう。それで?」

 「うん、でも後で聞いたらエディ様、人を殺したくなんてなかったみたいだったのね。
 でもイーリス達を守るには仕方なかったんだってみんな言ってて・・・。
 あんな酷いことするブリタニア人なんか殺されて当然だって言ってたの」

 「そうだな、間違いないと俺達も思うが・・・・」

 「だから、イーリスがやってあげればエディ様が喜んでくれると思って!」

 満面の笑みを浮かべてそう告げたイーリスに、彼女の質問理由は解ったがとても同意出来ないそれに、一同は顔を見合わせる。

 「人の嫌がることをしてあげたら喜んでくれるって、エディ様が教えてくれたもの。
 だからイーリス、エディ様が嫌がってたから人の殺し方を覚えて、ブリタニアの人達を殺してあげようと思ったの」

 「・・・・」

 「ブリタニアの人達は悪いことばかりしてるんでしょう?
 エディ様のお父さんがいなくなっちゃったのもブリタニアのせいだから、ブリタニアの皇族がいなくなったらみんな元通りになるってアル様も言ってたし。
 だからイーリスもお手伝いしたくて!」

 確かに常日頃自分達が主張していることである。
 しかしだからと言って小学校も卒業していないような子供にやらせることでは断じてない。
 天子にさえこのような大人の政争に立たせたことに忸怩たるものを感じていているのだ。
 
 「マグヌスファミリアの人達は子供には教えられないって言われちゃって・・・。
 藤堂さん達はブリタニアに一番勝っている黒の騎士団の偉い人達だって聞いたから、だから教えてくれるかと思ったの!」

 「あー、うん。それで俺達に聞いて来たのか・・・」

 (でも、今更違うとは言えないしなあ・・・それに殺人でさえなかったならこの子のやろうとしていることはむしろいいことな訳で・・・)

 子供特有の短絡的な考えに、朝比奈は頭を抱えた。
 大好きな人に恩返しをしたい、嫌がることをやってあげれば喜んでくれるからその方法を聞きに来たという姿勢自体は確かにいいことなのだ。
 殺人をしたくないと思うのは人として当然のことだから、エトランジュが嫌がっているというのも本当だろう。

 「ちょっと待っててね~、相談するから」

 「うん!」

 イーリスが貰ったお菓子を大事そうに抱えて隅に会った椅子に腰かけるのを見届けると、藤堂達は円陣を組んで相談を始めた。

 「どうします、これ?俺らがごまかしたらあの子、絶対他の奴んとこ行きますよ」

 「戦闘のやり方なんか教えたら、エトランジュ様から苦情が来るし・・・ってか子供に教えられないのはマグヌスファミリアに限ったことじゃないって言えば」

 卜部の案に千葉が既にエトランジュ達が言っているはずなのに、どうしてまた自分達に聞いたのだろうと首を傾げる。

 「解らないことは聞けってしつけられてるようだからな・・・まともな教育を受けてる素直ないい子なのに、何でまた私達に・・・」

 千葉が呻くと同時に、ふと先ほどのイーリスとの会話を思い出した。

 紅蓮が来なかったみたいですけどと言う騎士団員に、カレンは他の仕事を日本でしていると告げるとカレンが学生をしていることを知っていた団員に学校ですかと尋ね返されたたのだ。
 そこへ少し考え込んだ表情のイーリスが質問した。
 
 『そのカレンって人は学校に行ってるの?』

 『もとは学生だったが、辞めて今は別の仕事をして貰ってるんだよ』

 いきなり会話に入って来たのでどうしてだろうと思ったが、理由が今解った。

 「学生=大人じゃない=子供。でも戦っているから日本ならいい・・・そう思ったんじゃ・・・・」

 短絡的にもほどがある。
 本当にどう説明すべきかと考えた結果、藤堂が覚悟を決めて言った。

 「あー、イーリス君。残念だがそれは教えられないんだ」

 「えー、どうして?!」

 頬を膨らませるイーリスに、藤堂は噛んで含めるように言い聞かせた。

 「君はまだ十五歳じゃないだろう?世界には十五歳にならないと戦争に参加してはいけないという決まりがあるんだ。君が巻き込まれた事件はあれは正当防衛なだけで、戦争じゃない。
 現にエトランジュ様も、十五歳になってから戦争に参加するようになったんじゃないのかな?」

 「あ、そういえば・・・でもカレンって人は?」

 「彼女は十七歳だ、問題はない」

 実のところ十七歳でもまだ高校生なので、戦前なら立派に罪に問われる行為だ。
 藤堂はカレンの年齢を口にしたことで、黒の騎士団エースと賞賛される彼女ですらもまだ子供と言っていい年齢であり、最前線に立って活躍しているこの時代を改めて狂っていると感じ取った。
  
 「・・・だから十五歳になったら改めて来なさい。
 それまでは君には他に学ばなくてはならないことがたくさんある、そちらを優先するべきだ」
 
 「そうそう、それに日本には決まりがあるんだ。学校を卒業しないと軍人にはなれないんだよ」

 これは本当なので朝比奈の言葉に皆うんうんと頷いた。

 「学校を卒業しないと大人じゃないっていうのは、どこの国でもそうなんだよ。
 エトランジュ様だってその方がいいとおっしゃるに決まってる。
 余計な心配をかけてしまうから、まずは勉強の方が頑張った方がいいと思うよ」

 「勝手に中華に来てしまって、心配掛けたと叱られたと聞いている。
 心配をさせてしまうのは悪いことだと、教わっただろう?」

 千葉にそう言われたイーリスは残念そうな顔をしたが納得したらしい。

 「そっか、エディ様に心配かけちゃいけないもんね。十五歳かあ・・・まだずっと先だなあ」

 「まあまあ、仕方ないよイーリスちゃん。ほら、難しいことは僕らに任せて、君は部屋に戻って勉強しないと」

 「朝比奈の言うとおりだ。勉強なら教えてあげられるから、解らない問題があったら聞きにおいで」

 「うん!ありがとうございます。じゃあイーリス、お部屋に戻るね」

 千葉に頭を撫でられたイーリスがさようならー、と頭を下げて足取り軽く立ち去るのを、一同は引き攣った笑顔で見送った。
 イーリスの姿が見えなくなると、卜部が思い出したように言った。

 「そういやあさ、サイタマの加藤が言ってたな。今の子供達はいい子が多いって」

 「いい子が多い、とはどういうことだ?」

 「俺らが子供の頃って言ったら、イタズラしたり我が儘言ったりで親を困らせたりするのが普通だったけど、そんなことする子供が少ないってことです。
 知人の五歳の男の子も変わった行為をしては親を困らせる子だったらしいんですけど、コーネリアの虐殺事件以降はぱったりと止んだとか・・・」

 無理もない、と藤堂が嘆息した。
 子供は好き勝手に振舞うと言う大人が多いが、実際はそうでもない。
 子供は親の背中を見て育つと言うように、子供は常に親の空気を読んで動いている。
 つまり子供はこれくらいなら許して貰えると無意識に悟ってやっているのであり、ボーダーラインというものを子供なりに理解しているものだ。

 いい子が多いということは悪戯や我儘を言える雰囲気ではないことを子供が悟っているということで、今の日本の状況の酷さの一端を表しているといえよう。

 「そう考えたら、子供が親を困らせるというのはむしろ平和でいい事なのかもしれんな。まあ程度はあるだろうが・・・」

 「その親御さんも子供がいい子になったというのを喜ぶどころじゃなかったって言ってたそうです。
 子供に気を使われたくないと、普通の親なら思うでしょうね」

 「・・・子供の前では話題を選ぶよう、騎士団内で通達した方がいいかもしれんな。
 子供があんな風になるのは、見るに忍びん」

 「賛成です、中佐・・・」
 
 子供はいつでも大人の真似をしたがるものだし、また正しいと信じるものだ。
 だがいくら自分達がいしていることが正しいと思っていても、子供が見習うべき行為ではないことだと改めて気付いた。

 少し鬱になった気分を叱咤して作業を続けた後、藤堂と千葉は終了報告を兼ねた提案をすべく、ゼロの執務室へと向かうのだった。



 ゼロの執務室では、ルルーシュとアルカディアが今後について相談していた。
 ちなみにエトランジュは今天子と話しており、ここにはいない。

 「そろそろ一度、日本に戻った方がよくない?処理も一段落したことだし」

 「そうですね、一ヶ月も留守にしてしまいましたし・・・特区のほうを見て、今度はEUに向かおうかと」

 「EUはまだゼロに懐疑的だけど、レジスタンスの方ならぜひって意見が多いの。そっちにまず顔を出して貰いたいんだけど」

 「了解した。では十月辺りにでも・・・」

 ルルーシュとアルカディアが話していると、ノックの音が響いた。

 「誰だ?」

 「藤堂だ。少し話があるんだが」

 「藤堂か、入ってくれ」

 「こちらの戦後処理は終わった。後は日本に戻る準備をして、明後日には日本に向けて出発出来る」

 「そうか、私は先に別便で戻らせて貰うが、帰還の指揮はお前に任せる」

 「承知した。ところでゼロ、話があるんだが」

 藤堂が彼らしくもなく溜息をついて話した先ほどの出来事に、聞いていたアルカディアが眉根をひそめた。

 「イーリスがそんなことを?すまなかったわね藤堂中佐」

 「いや、子供らしいといえばそうだから、叱らないで差し上げてくれ。
 ただこういったことが今後もあるかもしれないから、騎士団内でも団員の子供達がいるから言動に注意するようにゼロから喚起した方がいいと思ってな」

 「・・・なるほど確かにその通りだな。日本に戻ったら、さっそく言っておこう。
 ブリタニア人というだけで嫌悪の目で見るようになったら、日本が解放されたら逆にブリタニア人を迫害する土壌になりかねないからな」

 「それもよくないが、何よりまずいのは真似をしようとする子供が出てくることだ。
 イーリスという少女のように無鉄砲な行為をする子供が出ないとも限らない」

 「もっともだ。騎士団に入りたいという子供が多いが、自分は大人だと認めて貰うためにやるかもしれん。
 重々言い聞かせて釘を刺しておくよう、孤児院の職員などに言っておくとしよう」

 ルルーシュが大きな溜息をつくと、アルカディアも同感だったらしい。
 マグヌスファミリアでも十五歳になったらその瞬間に自分達の元に来ると言い出す子供が多い。
 何しろ自分の親が自分を逃がすために死んだという子供もいるので、復讐心に燃えている者も多いせいだ。子供が染まっていくのも無理はなかった。

 (私も疫病神国家のブリタニアのせいだと叫んだしなあ・・・今思えばまずいことしたもんだわ)

 ルーマニアで起こったエトランジュ正当防衛事件の際、異常な気迫で脱走兵を殺したエトランジュに怯える子供がそれなりにいたのだ。
 そのため周囲の大人達がエトランジュは悪くない、悪いのはブリタニア人だから彼女の行為は正しいと言い聞かせたことが尾を引いたかと、アルカディアは眉間を押さえる。

 「事実を事実として言っただけなんだけど・・・」

 「だからこそ気をつけねばならないということでしょう」
 
 確かに、と一同が同意し、ルルーシュが改めて注意を呼びかけておくと話がまとまったところで、話を子供の前で絶対に出来ない戦場の話へと戻した。

 「今後のことだが、EU戦のほうもラウンズが一人戦死しナイトオブスリーとフォーが一度本国に戻ったのでしばらくはナイトオブテン一人が相手となるでしょう」

 「ブリタニアの吸血鬼だったかしら?あいつ枢木とは違った意味で単純なんだけどあんまり相手にしたくないなあ」

 オープンチャンネルで聞いた快楽殺人者の言動をするルキアーノ・ブラッドリーに、アルカディアはげんなりする。

 「ま、直接突っ込んでくるタイプみたいだから、ナイトオブトゥエルプみたいにすれば勝てる可能性は高いわね。
 ゲフィオンディスターバーも改良して、戦場でも使いやすいようにすれば・・・」

 「幸いあの場面はブリタニアに見られていない。対策はとれまい」

 「『切り札は先に見せるな。見せるならさらに奥の手を持て』って言ってた人もいたしね。
 ラクシャータさんと協力して、改良しておかないと」

 ルルーシュが仮面の下で悪どい笑みを浮かべると、アルカディアも親指を立てる。

 「そうそう、例の大宦官の本音暴露映像、EUでも流しておいたんだけど反響が凄くてね、反ブリタニアに世論が傾いてるみたいよ。
 友達に頼んであちこちばら撒いて貰った甲斐があったわ」

 大学の友人に頼んで出来るだけ多くのサイトに動画をばら撒いて貰ったというアルカディアは、実に楽しそうに言った。

 「友達も大宦官の慌てふためきぶりに爆笑しててさ、こういうことならいつでも声掛けろって言ってくれたわ。
 EUのお偉いさんは初め削除させるべきだって意見もあったけど、ここまで来たらもうどうしようもないし中華も抗議しない方向になったから、放置してるみたい」

 「ブリタニアが中華を批判している様子を合わせて暴露したのも、中華を反ブリタニアに傾かせるのに効果的でしたからね。
 さすがはアルカディア様、目の付けどころがいい」

 ルルーシュが素直に賞賛した。
 シャルルが『中華は怠け者ばかり』と言っていたと民衆にバラせば反ブリタニアになるというのは、アルカディアからの提案だった。
 案の定職がなく苦しんでいる彼らは激怒し、ブリタニアに悪感情を抱かせるには充分だったのである。

 的確にブリタニアにダメージを与えるマグヌスファミリアのやり方は、決して綺麗とは言い難い。
 モニカを討ち取った時も、複数のナイトメアや罠を使って一人を追いつめ撃破したという戦法は、傍から見たら集団で一人をなぶっているようにしか見えないだろう。
 それでも躊躇うことなく実行に移してのけたアルカディアは、究極の現実主義者だと藤堂は知っている。

 いつぞやスザクを暗殺すべきだというディートハルトの案に反対した藤堂と扇に対し、アルカディアはそれが一番だと賛成した。
 扇に対して上の地位にいること自体が既に武器を持ったことになる、それが他者の命を奪うことになり、それ故に自分が命を奪われても仕方ないと言い切った。
 他人に言うくらいなのだから、当然自分がそうなることを覚悟の上でここにいる。

 (大学の友人、か・・・彼女もまだ学生だったんだな)

 二年半前に大学を休学したアルカディアは、十六歳でイタリアのそれなりに有名な大学に奨学金で入学したという、一般的には天才の部類に入る人間である。
 ただそれ以上の天才(特にゼロ)がわらわらいる黒の騎士団にいると普通の人に見えてくるのだから世の中広いと本人は語っていた。

 「私達はブリタニアを倒すためなら何でもするって決めたの。
 そのためにどうすればいいか、仲間うちでいろいろ話してるからね」

 ラウンズを倒す作戦の際、アルカディアは機体性能が勝る相手をどうするかと考えた結果、複数のナイトメアで襲いかかってゲフィオンディスターバーで動きを止めれば何とかなると考えた。

 アルカディアは基本的にどう作戦を考えるかというと、“仲間を決して死なせることなく相手だけを殺す”ことに重点を絞っている。
 自分達が弱いことを自覚しているがゆえに、考えることに容赦も血も涙もなかった。
 もともとブリタニアからされたことが軍隊を持たない国に襲われたというものだったので、なおさらである。

 「連中は強い。だったらこちらも相当のことをしなければ勝てはしない。
 実際フロートシステムを壊してデータをしっかり取って相手の行動を読んで、飛鳥に引きずりこんで動きを止めてやっと勝てたんだから。
 私はそんな連中とまともに戦う気なんてさらさらないわよ」

 仲間を無駄死にさせる気はない、させるくらいならどれほど外道な手段でも取るという彼女は、軍人気質の自分から見ると確かに恐ろしさすら感じるが、一面では正しくもあると藤堂は理解している。
 上に立つ者が部下の命を守るのは当然であり、そのために泥をかぶるのはこれまた当然のことだからだ。

 「私は家族をこれ以上喪いたくないもの、そのためならどんな手も打つわ。
 卑怯でも卑劣とでも、いくらでも好きなだけ罵ればいい。それだけで家族を守れるなら、何てことない代償よ」

 本来ならしなくてもいい覚悟だった。
 それをさせたのはブリタニアだ、と言うアルカディアに、藤堂は瞑目した。

 思えばスザクも変わった。以前はもっと個人主義だったのに、今やルールを重視する平和な世の中なら優等生として褒めてもよい性格になっていた。

 変わらないものなどないと知っていた。
 けれどこんな風に変わって欲しくなかったと思うのは、大人の身勝手な思いだろう。
 大人がこうも事態を悪化させた結果、子供達がそのツケを払っているようなものだ。

 自分達を守るためとはいえ何の覚悟もないまま人を殺したエトランジュに、汚い大人に操られ政治の道具とされてしまった天子に、日本最後の皇族としての重みを背負った神楽耶に、父と姉が仕出かした行為を平和的にどうにかしたいと立ち上がったユーフェミアもまだ大人の庇護が必要な少女達だ。

 自分達が変わっていくことを、彼女達は自覚しているのだろうか。
 長きに渡る争いに、自らが歪んでいることも解らず無邪気に殺人の方法を尋ねて微笑んだイーリスは、それを端的に象徴しているように見えてならない。

 (どんな手を使っても、早く戦争を終わらせるべきだ。
 手を汚すのは本来なら我々だけの役目のはずなのに)

 『スザク・・・僕は、ブリタニアをぶっ壊す!』

 燃えるような夕焼けの中、そんな誓いを口にした少年の姿が脳裏に蘇る。
 幼い妹を抱えて実の父親に見捨てられ、味方は親友一人という絶望の中でも、そう言って立って歩いた黒髪の少年は、今どうしているのだろうか。

 そう考えた時ゼロがあの時のブリタニアの皇子ではという考えがよぎった藤堂だが、スザクはゼロの仲間になるのを拒んだのだ。

 (・・・まさか、な。もしそうなら、あれほどルルーシュ皇子と仲が良かったスザク君が仲間になるのを拒むはずがない)

 自分の考えを軽く首を横に振って打ち払った藤堂は、七年前にあの古い土蔵で楽しそうに笑い合っていた兄妹とかつての弟子の姿を思い出した。

 ずっと長く続くと信じていた、当たり前の幸福。
 落ちた鏡のように砕け散った欠片に映った己の姿に、かつての弟子は何を思ったのだろう。

 過去を懐かしむ間もなく、彼らは今日も戦場へと向かう。

 そこにいるのは、駆け足で大人にならざるを得なかった幻のような子供達だった。



 中華連邦某所にて、金髪を足下にまで伸ばした子供が頬杖をついて座りながら何やら考え込んでいた。

 「せっかく中華をブリタニアのものに出来るはずだったのに、逆に反ブリタニアになっちゃったのは困ったなあ。
 C.Cがギアス嚮団のことをゼロにバラしちゃってたら、ここを潰そうとするだろうし・・・」

 ギアスと関係の深いマグヌスファミリアの連中と組まれたら、能力こそ弱いがあちらのほうがギアスの歴史が長いので何をしてくるか解らないというのもある。

 「暗殺しちゃおうと思ったけど、連中ギアス対策も完璧だったし」

 以前にギアス嚮団の暗殺者を差し向けたところ、かろうじて一人だけ殺せただけで他は返り討ちにされた。

 「ゼロをどうにかするしかない、かな・・・マグヌスファミリアもゼロとC.C頼りだろうし、ゼロを殺してC.Cを連れ戻して研究を進めるのがいい」

 自分達の邪魔をするルルーシュが、V.Vは気に入らなかった。自分達兄弟の仲に割って入ったあの女に似ていることが、なおさら気に食わない。
 今まで放置していたのは自分達の計画に支障がなかったからだが、本拠地としている中華がゼロ側に向いた以上呑気にしているわけにはいかない。

 「これくらい大丈夫って放っておいたら、シャルルが変わっちゃったんだ。さっさと行動しておかないと!」

 V.Vは思い立ったが吉日とばかりに椅子から降りると研究室へと向かった。
 そこにはエリア11から送られていた実験体・ジェレミア・ゴットバルトが実験装置の中で液体に包まれている。

 「ねえ、ギアスキャンセラーの適合体のことだけどどんな具合?」
 
 「V.V様・・・申し訳ございませんまだ使いものにはならなくて」

 「そっかあ・・・なるべく急いでね。完成したらゼロのギアスに対する武器になるんだから」

 「承知しました」

 研究者にそう言いつけたV.Vは、探索を担当しているギアス能力者を日本に派遣してルルーシュの居場所を探すことにした。
 以前はアッシュフォードにいたと知っているが、その後の行方はこれまで興味がなかったこともあり今まで調べていなかったのだ。

 (シャルルもあいつには興味ないみたいだし、殺しちゃってもいいよね。
 ギアス嚮団を守るためなんだし・・・C.Cだってそろそろ捕まえなきゃ)

 そう自己完結したV.Vが他のギアス能力者に命令を出そうと歩き出すと、人形のように無表情の少年とすれ違った。

 「あ、ロロ。ちょうどよかった。君にまた仕事を頼もうと思ってたから」

 「解りました。誰を殺すんですか?」

 「ゼロってやつ。居場所が解ったら、また連絡するからね」

 「はい」

 淡々と殺人の命令を了承したロロは何事もなかったかのように殺風景な自室に戻り、ベッドに横になった。

 ・・・夢は、見なかった。



[18683] 第七話  プレバレーション オブ パーティー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:42c35733
Date: 2010/12/18 11:41
  第七話  プレバレーション オブ パーティー



 ルルーシュはC.Cとマオを伴って日本に戻ると、真っ先にメグロの孤児院へと車を飛ばして帰った。

 「ただいま、ナナリー!!」

 「お帰りなさいませ、お兄様。一ヶ月のご出張、お疲れ様でした」

 ナナリーが微笑みながら出迎えると、ルルーシュは最愛の妹を抱きしめた。

 「長いこと留守にしてすまなかったな。お詫びに今日はご馳走を作ろう」

 「そんな、お帰りになったばかりでお疲れですのに、そんなことはさせられませんわ。
 今日は私達がお兄様にお食事を作ってあげようってことになっているんです」

 ナナリーが一緒に出迎えてくれた孤児院の子供達を指すと、えへへと照れたように笑った。

 「いつも美味しいご飯作って貰ってばかりだから、今日は俺達がってことになったんだ。
 ナナリーちゃんさ、ピーラーで野菜の皮むいたりして手伝ってくれてるんだぜ」

 「指を切ったこともありましたけど、慣れたらすぐに出来るようになったんです、お兄様。
 それくらいですけど、みんなと一緒に作ったお食事は美味しいです」

 「そうか、頑張っているなナナリー。そういうことなら、ぜひご馳走になろう」

 「ありがとうございます!さあお兄様はお部屋でお待ちになって下さいな。
 出来たらすぐにお知らせに上がりますから」

 ピーラーで切ったのだろう切り傷がナナリーの指に見えたがそれは消えかかっており、少々痛い目は見たが成果を上げて出来るようになった妹に、ルルーシュはナナリーの髪を撫でた。

 「怪我をしたようだが、これくらいで済んでよかった」

 「ええ、一度切ったら次は薄いゴム手袋を下さったので、怪我はそれだけです」

 「なるほど。俺も安全性を考えてみるから、他にやりたいことがあったら遠慮なく言うんだぞ?」

 「はい、お兄様。では、私達は今からお夕食を作って参りますね」

 ナナリーが友人達と共に厨房に向かうと、ルルーシュは荷物を整理するために自室へと入った。

 「ナナリーが野菜の皮むきを・・・成長したな」

 「お前があれこれ教えていたら、もっといろいろ出来るようになっていただろうな」

 部屋に入るなりベッドにゴロンと横になったC.Cが突っ込むと、ルルーシュは不愉快そうにしながらも正論だと認めた。

 「そんなことは解っている。だから今度から安全面を考えてさせることにしたんだ」

 「いいことだ。なら次はピザの作り方を教えてやれ。あれはいいものだから、覚えて損はない」

 「損にはならないがお前の得になるというのが気に入らないな」

 互いに毒を吐きながらルルーシュがさっさと荷物の片づけを終えると、厨房に向かった。
 そっと様子を伺ってみると、それぞれ担当を決めて手分けして作っているようで、なかなか手際が良い。

 (ナナリーの手術はナナリーの誕生日が終わった十月末だ。足が動けるようになったら、もっといろんなことが出来るようになる)

 足が治ったら目も治るかもしれないと聞いているルルーシュは、それに向けての訓練を勧めた方がいいかもしれないと考えた。
 リハビリも大変だと聞いているし、少しずつ慣らした方が負担が軽いだろう。
 
 公私ともに順調に進んでいるこの状況に満足したルルーシュがパソコンで情報を整理していると、カレンからのメールが届いた。

 「カレンか・・・特区絡みで何かあったかな」

 ルルーシュがメールを開くとそこには特区というよりユーフェミア絡みについて書かれている。

 『十月にあるユーフェミア皇女の誕生日パーティーのことなんだけど、貴方にも参加して貰えないかってユーフェミア皇女が言ってるの。
 出来ればナナリーちゃんもって望んでいて、いちおう末の妹の代わりにって名目で同じ境遇の子を何人も招待するって策を、バレないように用意したみたい。
 ただコーネリアが来るから、私としてはナナリーちゃんは変装したにしても目立つからやめた方がいいと思うんだけど、最終的な判断は任せるわ。
 特区の方は順調で、例の物資の横流しについてはパーティーの準備のどさくさ紛れに手配したから後で確認よろしく。
 PS.そろそろアルカディア様を入院したって装うのが限界。一度顔出して貰えないか聞いておいてね』

 「ユフィか・・・あいつらしいといえばらしいが」

 あまり効果的とは言えないが、いちおう策を考えたというのは彼女もまた成長したということだろう。
 それについては素直に褒めたいが、カレンの言うとおりナナリーを連れて行くのはやめた方がよさそうだ。

 「しかし、代わりになる程度のことはしてやりたいな。ナナリーも特区に行きたいと言っていたし」

 「全く、お前は妹に甘いな。ま、平和でけっこうなことだ」

 「日本以外は嵐に見舞われているがな。
 他国のレジスタンスのほうはアルカディアにゼロとして出て貰っているが、いずれはこの目で確認しておかなくては」

 ナナリーの手術が始まる前に一度EUや他エリアのレジスタンスを見て回ろうと計画している。
 手術が終わった後はリハビリが彼女を待っているので、さすがに眼を放したくなかったからその前に済ませておきたかったのである。
 
 「EUに属していないエリアでゼロが関わっているとなると優秀な総督が派遣されることになるから、抵抗活動はやめさせてエトランジュ様の組織に属させるほうがいいな。
 今は戦力の増強に努めるべきだと説得すれば難しいことではないだろう」

 「そうだな、小国同士のレジスタンスが大きくなる方がいいと、諭せば解るだろう。EU戦のほうは大丈夫なのか?」

 「ああ、内部でシュナイゼルと繋がっていた連中が数人捕まえられたからな。
 大宦官と繋がって汚職に走った連中も逮捕されたようだし・・・。
 ただ、それが俺の指示ではなくアイン宰相からのものだったんだが・・・」

 日本に来て早々お持ち帰りのピザをぱくつくC.Cは予知という滅多にないギアスを持つのなら不思議ではないと思っていたが、ルルーシュの表情に首を傾げる。

 「予知ギアスか。それなら内通者が解っても不思議じゃないだろ」

 「予知とは言っても、彼の予知の範囲は血族のことしか解らないと聞いた。
 つまりEUの不利になる行為がマグヌスファミリアにとってまずい事態を招いたことくらいは解るだろうが、原因をどうやって突き止めたかということだ」

 解りやすいたとえをすると、アインがマグヌスファミリア国民が突如ブリタニアに引き渡されるという予知をしたとしよう。
 それを防ぐとなれば当然何故そうなったかを考えなければならないわけで、彼らには的確に原因を突き止められる手段を持っていることになる。

 「他のギアス能力を使ったんだろ。たとえばエマとかいう先々代の女王の心の顔が見えるとか言う能力とかな」

 「そんなことは解っている。
 俺が言っているのは、原因を突き止めてすぐに対処が出来るだけの頭を持っているのが誰かということだ」

 「アインとかいうやつじゃないのか?」

 「違うな。俺はエトランジュ様のギアスを通じて何度か話をしたが、それほど頭がいい男ではなかった」

 酷い言い草だが、事実である。
 アインは頭が悪いとは言わないが凡庸な男だった。無能を装う理由などどこにもないので、あれが素だろうとルルーシュは見ていた。

 「情報流出を避けるために、あえて情報を互いに遮断していると聞いている。
 何しろ心を読めるマオがいたわけだから、ギアス能力者のとの戦いを思えば正しいと言わざるを得ないな」

 ゆえにエトランジュ達もコード所持者が誰かあえて聞いていないし、コードによって繋がっている会話も全くしていないと聞いた。
 
 「・・・仕方ない、追及はやめておくとしよう。EUの内部は一息ついたんだ、戦略の方に目を向けるべきだ」

 エトランジュを通じて、EUに出来るだけの恩を売ること。
 そうすればエトランジュ達は発言力が強くなり、それを元に超合集国に組み込むかもしくは同盟に持ち込むことが可能にしやすくなる。

 (あちらのレジスタンスを取り込めば、もっと楽になる。今のうちに戦力を増やしておかねば)

 ルルーシュはカレンへの返事をメールに打ち込みつつそう思案し、さらに今後についても考えを巡らせるのだった。



 ブリタニア植民地、エリア8では、ゼロに扮したアルカディアがレジスタンスと面談を行っていた。
 もちろんエトランジュのギアスを使い、ルルーシュの言葉をアルカディアが話してである。

 「貴方がたの反ブリタニア活動についてだが、この規模では正直なところ犬が噛みついたくらいにしかブリタニアは考えない。
 よって各植民地との連携を取り、規模を大きくしていくのが妥当だと考える」
 
 「黒の騎士団のようにか・・・それは我々も考えている」

 「貴方がたに黒の騎士団に入って欲しくはあるが、自分達の力で祖国を解放したいという気持ちも理解出来る。
 幸いエトランジュ様は末席とはいえEUの元首に名を連ねられ、中華連邦の天子様とも大きな繋がりをお持ちの方。
 彼女を盟主としたレジスタンス連合を作るというのも一案かと思うのだが」

 そしてそのエトランジュはゼロの協力者だ。結果は同じということだが、看板が同じブリタニア植民地にされた国の女王であるならば、意味合いが違ってくる。
 ただ戦後にEUの干渉が来るということを危惧しており、実に面倒な思惑の結果なかなか踏み切れずにいるのが現状であった。

 「だがこの国のレジスタンスだけの活動には限界があるのも事実だ・・・現状を打破するには、やむを得ん」

 「各植民地のレジスタンスを糾合するには、確かにエトランジュ女王は象徴として適任だ。
 中華の大宦官達の事件についても、黒の騎士団を通じて助けたという情報もある」

 レジスタンス達もそれなりに情報網があり、EUに中華事変の動画をばら撒いたのがマグヌスファミリアであるとの情報を既に得ていた。
 反ブリタニた活動の効果を上げており、また黒の騎士団のゼロと中華連邦との繫がりを持つというのは実に魅力だったのだ。

 「既に六ヵ国のレジスタンスの方には、是との返事を頂いております。
 戦力を一つにまとめブリタニアに対抗する組織作りをというゼロの案ですが、それについてはどうお考えですか?」

 エトランジュの問いにレジスタンスの幹部は顔を見合せた。
 
 「今の活動は限界がある。俺は賛成だ」

 「だがエトランジュ様にその気がなくても、EUの植民地にされてしまうかも・・・」

 それを危惧しているというレジスタンスに、アルカディアは待ってましたとばかりに言った。

 「貴国一つではどちらにせよそうなるな。私としても国が支配されるという事態は避けたい。
 よって私は超合集国を構想している」

 アルカディアが超合集国連合について、ブリタニアに対抗する連合国家を作れば植民地にされる恐れはなくなる、今のうちに話し合いで解決する国家間の場を作ろうと説くと、思ってもみなかった発想に皆考え込む。

 「いずれEUとは同盟という形になると思う。しかしそれはあくまで超合集国連合との間ということだから、加盟国が植民地になるという話にはならない。
 貴国の心配が解消される案でもあるが、どうだろうか?」

 「なるほど、それなら戦争後各国で協力し合って復興への道が開けられるな」
 
 「そういうことなら・・・しかしゼロ、貴方の手腕が問題になるぞ」

 レジスタンスが名声はあっても実績はまだそこまでいっていないと言うと、アルカディアはすでに慣れっこになっていた派手なポージングを取って宣言した。

 「一年だ!一年以内に黒の騎士団発祥の地である日本を、解放してご覧にいれよう。
 それをもって合衆国日本の成立とする!!」

 「一年、だと?黒の騎士団が活動している期間を含めれば、一年半もないぞ」

 「それだけで日本を解放出来るというのか?!」

 驚くレジスタンス達に、アルカディアは頷いた。
 
 「既に種はまいてある。後はそれをご覧になった上で、答えを出して頂きたい」

 レジスタンス達が了承すると、他はマグヌスファミリアが構築した各国のレジスタンスの連絡網を伝え、連携を取り合って行動することに同意したのを見届けてから、エトランジュ達はその場を去った。

 ジークフリードが運転する空港に向かう車の中でゼロの扮装を解いたアルカディアは、エトランジュのギアスでルルーシュに報告した。

 《これで七ヵ国はこっちのレジスタンス同盟に入って貰えたわ。
 戦力として少しずつ集まって来てくれた》

 《戦果は上々ですね。では一度日本に戻って頂きたいのですが》

 《いいわよ、エドワード入院で一ヶ月経ったからそろそろかなと思ってたから。
 エディも日本に来たほうがいい?》

 既に中華の件についてEUに報告しており、エトランジュが隠密に黒の騎士団を通じて政略結婚を阻止したことは、表だって協力していなかったせいもあって形式的にある程度の注意を受けるだけで終わった。
 アルフォンスとの婚約は今は時期が悪いとなったので、とりあえず中華との関係については復興するのを見守るという形にするという。
 
 《戦争してて復興を助ける余裕がないってのが本音でしょうけど、まあ建前は取り繕っておかないとね。
 ま、機を見てEUからの慰問の使者としてエディが差し向けられるってところかしら》

 《幼い女帝に文通友達の女王が見舞うというのは、実に絵になる光景ですからね。
 民衆が望む物語としては理想的です。その要請が来るまでは、日本にいて頂きたいのですが・・・》

 ルルーシュの要請にエトランジュが了承すると、十月のカレンダーを見て言った。

 《そういえばもうすぐナナリー様の手術がありますね。それまでは私もいて差し上げたいと思っておりましたし》

 《ああ、それでね・・・じゃあ、十月まで日本にいるってことで。
 ああ、ユーフェミア皇女達をごまかさないといけないから、ホッカイドウ土産準備しておいてね》

 《解りました。では日本でお会い致しましょう》

 話がまとまるとギアスが切られ、エトランジュはジークフリードに言った。

 「すぐに日本へ渡るので、手配をお願いします」

 「承知しました」

 遺跡にブリタニア兵がいないとは限らないので、エトランジュは、ルルーシュが手配した偽のパスポートを使って中東を経由して日本に入ることにした。
 
 ごく普通のブリタニア人親子として審査を通った三人は、日本へと飛んだ。



 九月末の日本では、近々行われるユーフェミア皇女の誕生日パーティーが話題になり、本国や各エリアでも取り上げられていた。
 一般市民でも参加が可能だというので日本経済特区内にあるホテルは全て予約で埋まっているという報告に、ユーフェミアは気恥ずかしそうに笑った。

 「まあ、そんなにたくさんの人が来てくれるなんて、嬉しいわ」

 「租界内のホテルも予約の問い合わせが殺到しているそうです。
 ユーフェミア皇女殿下の御人徳のたまものでしょう」

 シュタットフェルトの報告にユーフェミアはこれは失敗が許されないと気を引き締めた。

 「土産物などの生産を増やそうとの提案がありまして、さらにゲットーから日本人を募集した甲斐あって販売には充分な生産量です。
 問い合わせが多く、かなりの売れ行きが見込めましたので」

 「そうですか。これを機にブリタニア人と日本人の人達が仲良くしてくれるようになってくれればよろしいのですけど」

 「は、平和的なものをアピールすれば、多大な効果があると存じます。
 後はその・・・ブリタニア人が日本人に無法な振る舞いを避けてくれたなら、確実に成功すると申せましょう」

 シュタットフェルトがなるべく言葉を選んで言うと、ユーフェミアはもっともな危惧だと溜息をついた。

 「そうね、きちんとブリタニア人のほうにやってはいけないと納得して貰わないといけないもの。
 カレンさんから聞いたわ、特区内でそういうことをした貴族達がいると」

 表沙汰になったらまずいので暗に脅して特区から追い出したと言っていたが、ブリタニア人が多く来るということはそういったトラブルが増えるというのが予想出来た。
 特に特権意識というのはなかなか抜けないものだから、なおさらである。

 カレンからブリタニア人だという理由で日本人に無法な振る舞いをする者がいる、外から大勢来るブリタニア人が日本人に同じことをしているのが解ったら、特区参加者が増えないという訴えを聞いた時、ユーフェミアは考えた末にある提案をした。

 『わたくしが特区内の法令を語ったDVDを作りましょう。それを空港や港などに流すのです。
 それだけでは反発を招くでしょうからむやみに力で対応せず、無法な振る舞いを受けたらその証拠となるものを取って提出するように呼びかけましょう』

 ブリタニア人、日本人共に特区内での無法な行為を禁じる。もし何か起これば証拠となるものを自分のところへ持って訴え出るように呼びかけると言う策に、シュタットフェルトはなるほどと納得した。
 それだけでは心もとないので特区内にはトラブルが起こった時に証拠とするための監視カメラがあり、それを増設して抑止力とするという提案をして可決された。

 「監視カメラは特に日本人が多く集まる祭りエリアを中心に設置終了いたしました。
 日本人の監視のためとしていますので、ブリタニア人からの反発はないと思います」

 「監視カメラというのは個人的には好きではないのですが、仕方ありませんね。
 やったやらないの水掛け論になってしまっては、話が進みませんから」

 ブリタニア人には“surveillance camera”、日本人には“防犯カメラ”と表示する形にしようというのは、ユーフェミアのアイデアだった。

 そのやりとりをユーフェミアの後ろで聞いていたダールトンは、なるべくブリタニア人やイレヴンが反発を起こさないように考えを述べるユーフェミアに心の底から感嘆した。
 特区の仕事を通じて政治家として急激な成長を遂げた彼女に、この誕生日パーティーが特区の成功の鍵を握っているのだから自分も全力で協力せねばと手を打つことにした。

 (怖れ多くも皇女殿下の誕生日パーティーを台無しにするような愚かな振る舞いをする者にはそれなりのペナルティがあると、私のルートを使って貴族達に釘を刺しておこう。
 姫様にも申し上げて、ご協力を仰がねば)

 ダールトンは侯爵であり、貴族に顔が広い。
 それなりに高い皇位継承権を持つユーフェミアの誕生日パーティーに出席する貴族が多いので、そう言った者達こそが模範を示さねば下は従わないものだ。

 「租界内では既に流れておりまして、そういった行為の減少が認められたとの報告もあります。少しずつですが、効果が表れていると思います。
 また、租界や特区内のホテルの客室にも無料配布し、なるべく目に入るようにいたしました」

 「みんなで楽しく過ごせる時間にするためにも、努力を怠ってはいけません。
 シュタットフェルト伯爵もいろいろ大変ですが、よろしくお願いしますね」

 「もったいなきお言葉にございます。娘ともども、お力になれれば幸いに存じます」

 「ええ、カレンさんには公私ともにお世話になっていますから。
 御令嬢をお借りしたままで申し訳ありません」

 中華からルルーシュが戻って来たと聞いて、ユーフェミアは天子誘拐の件を含めて詳しい事情を知りたくて、カレンを呼んだのだ。

 「娘がお役に立っているのであれば、光栄にございます。どうかお気になさらぬよう」

 その娘は黒の騎士団の長・ゼロの親衛隊隊長なのだが、そうとは知らぬシュタットフェルトは深々と頭を下げた。
 皇族に深く信頼されているということはそれだけカレンの身の安全に繋がることなので、シュタットフェルトとしてはむしろ望むところである。

 こうしてシュタットフェルトが執務室を辞すると、ユーフェミアはダールトンに尋ねた。

 「中華のゼロの件ですが、中華の暴動が終わった後はどうなったのですか?」

 「は、ゼロは狡猾にも中華の天子に甘言を弄して操り、民衆を扇動して中華とブリタニアの国交を断絶させました。
 その後の行動は不明ですが、騎士団が中華から去ったとのことなので、このエリア11に戻っている可能性が高いでしょう」

 「そうですか。お姉様はなんとおっしゃっているのですか?」

 「ナイトオブトゥエルプのクルシェフスキー卿が戦死なさったことにたいそう驚かれておいでで・・・。
 ラウンズが負けたままではいられぬと、ナイトオブナインのノネット・エニアグラム卿がゼロと戦う機会を得るためにと、このエリア11に赴任することを希望しているとか」

 「エニアグラム卿は、お姉様の士官学校の先輩だったと伺っていますが」

 「はい、そういった縁があるので、エニアグラム卿をとなったようです」

 とうとうラウンズが派遣されるほどになった黒の騎士団に、ユーフェミアは複雑な気持ちになった。
 ただモニカが戦死したので各国侵攻の作戦計画を変更しなくてはならなくなったため、来る時期はまだ未定だという。

 「姫様もゼロの居場所が解り次第、殲滅作戦を行うとお考えのようです」

 (サイタマのように住民を巻き込んだ殲滅作戦だけは、今度こそ阻止しなくては・・・お姉様にはそれだけ進言しておかないと、またやってしまうかもしれませんもの)

 エトランジュの側近であるアルカディアという女性が言っていたというように、自分より立場の下の人間にだけ説得をするような卑怯な真似はやめるべきだ。
 今度こそきちんと姉と向き合い、あのような恐ろしい行為をやめて貰わなくては自分がこうして特区を立ち上げた意味がなくなってしまう。

 「簡単には見つからないでしょうけれど、居場所が解りましたらわたくしにも情報を回して下さいねダールトン」

 「かしこまりました。では午後の会議まではどうぞお休み下さいませ。最近どうも根をつめておられるようですから」

 ダールトンの心配そうな台詞に、ユーフェミアは笑って頷いた。

 「ええ、今からカレンさんとお茶の時間にしようかと思っておりますの。
 カレンさんも働きどおしですから・・・」

 「結構なことです。では、御前を失礼させて頂きます」

 ダールトンが退室した後、ユーフェミアの執務室横にある私室でカレンを待つと、ルルーシュと会って来たらしいカレンがやって来た。

 「遅くなってごめん、ユーフェミア皇女。あいつ遅刻しちゃってさー」

 「いいのよ、無事に会えたみたいでよかったわ。
 さあ、座って話を聞かせて下さいな」

 カレンがユーフェミアの前のソファに腰を下ろすと、中華連邦の件について差しさわりのないことだけを話し始める。

 「中華の件は、婚姻壊しただけで引き揚げたそうよ。
 あの天子様誘拐のほうも、最初から打ち合わせてやったって言ってたわ」

 「やっぱり、ルルーシュがあんな小さな子に銃を突き付けるなんてするはずがありませんものね。ブリタニアではずいぶん批判されておりますけど・・・」

 天子誘拐シーンのみを延々と流し、後の大宦官の本音暴露と中華で起こった暴動についてはシャルルの発言が報道されていないため、ブリタニアではゼロは幼い幼女皇帝を無理やり脅して婚儀を壊したとされている。
 やはり少しはやり方を選ぶべきだったのではとユーフェミアは思っているのだが、他の方法など考え付かなかったので批判することはしなかった。

 ちなみにアッシュフォードではミレイとシャーリーがその報道を見ては詳しい事情を知りたがっているのだが報道規制のため事実を知ることが出来ず、また相談出来る者がいないせいで悶々とした日々を送っている。
 
 「エトランジュ様を通じて、話を通してあったからね。天子様とエトランジュ様は友人同士なの」

 「そうなのですか・・・あの方は本当にお友達が多いのですね」

 自分とは大違い、とユーフェミアは羨ましがったが、思えば友人を作る努力をしなかった己が悪いのだ。

 「それに、今回中華で起こった暴動で反ブリタニアになったのはシャルル皇帝の演説で『中華は怠け者ばかり』って言ったのがバレたせいなんだから。
 国のトップがあんなこと言ったら、そりゃ普通怒るでしょ」

 「それは同感です。少しは言葉を選んで頂きたいものです」

 ルルーシュが煽ったせいもあるが、ブリタニアのしていること自体が他国に反感を抱かせる行為なのだとユーフェミアは父に対して言いたかったが、それも出来ない自分に溜息をつく。

 「ルルーシュが無事でよかったですわ。でも、近々日本にナイトオブナインのノネット・エニアグラム卿が来るとのことですの。
 ・・・どうか気をつけて下さいと、伝えて下さいな」

 「ナイトオブラウンズが、日本に?それは伝えておかないと。教えてくれてありがとう」

 黒の騎士団に機密情報を教えてしまうのは、ブリタニアの皇女としてやってはいけないことだと解っていた。
 けれど、自分はルルーシュを助けたいのだ。彼らが一番を選んで戦っているのだから、自分も守りたいものを守るために精一杯のことをすると決めた。

 (エニアグラム卿には悪いのですが、ルルーシュを失いたくありません。
 お姉様とも戦って頂きたくないのですが、そのためには日本特区を成功させないと)

 日本特区を成功させ、黒の騎士団の免罪宣言を姉に出して貰った後に彼をEUに亡命させる。
 そうすれば姉を日本総督のままでいて貰えれば、それが可能になるとユーフェミアは考えている。
 EUにいるブリタニア軍がルルーシュを相手にして貰うことになるが、ユーフェミアに出来るのはこれが限界なのだ。

 「それで、ユーフェミア皇女に朗報ね。貴女の誕生日にはナナリーちゃんは無理だけどルルーシュが来てくれるって」

 「本当ですかカレンさん!嬉しい!!」

 きっと無理だろうと思っていたルルーシュの参加に、ユーフェミアは破顔した。

 「ルルーシュから聞いたんだけど、ユーフェミア皇女とナナリーちゃんの誕生日が一週間違いなんですってね。
 だからナナリーちゃんに日本特区の記念品を贈りたいとかで、来るつもりみたい」

 「ええ、そうなのよ。私からもナナリーにプレゼントがあって・・・カレンさんに頼もうと思ってたけど、彼が来てくれるならルルーシュに渡せるわ」

 実はスザクと一緒にナナリーに手渡すプレゼントを選んでいたのだが膨大な量になってしまい、その中からさらにどれにするかと今悩んでいる最中なのである。

 「コーネリア総督と鉢合わせする訳にはいかないから、彼女が来る前がいいと思うの。だってパーティーが終わったら特区に泊まるんでしょ?」

 「そうですわね・・・でも朝早くからいらっしゃるから、難しいかも」

 「なら適当に理由をつけて彼女から離れて貰って、そこにしましょうか。
 特区の私の家で会って貰っても構わないし」

 一時間くらいなら大丈夫だろうと言うカレンに、ユーフェミアは頷いた。

 「ありがとう、そうさせて貰いますわね」
 
 「くれぐれもバレないように気をつけてね。私が手引きするから」

 「解っておりますわ。ああ、本当に楽しみ!」

 うきうきと声を弾ませたユーフェミアは、ふと尋ねた。

 「そういえばエドワードさんは?もう二ヶ月近く入院なさっていらっしゃるようですけど」

 「ああ、エドワードさんなら退院して今日特区に戻って来たわよ。退院してからも自宅療養してたんですって。
 今は経済特区内で買い物してるわ」

 「そうですの・・・風邪といえども侮ってはいけませんわね。
  これから寒くなりますから、気をつけなくては」

 やっとごまかす必要がなくなったとカレンが内心でほっとすると、鞄からパンフレットを取り出して言った。
 
 「それならいいものがあるわよ。工業特区から出されたこれなんだけど・・・こたつフェア」

 「こたつ、ですか?」

 「日本独自の防寒用具でね、テーブルに分厚い布団を被せて温めるの。
 一度入ったら出たくないくらいの気持ち良さよ」

 ブリタニア人用に椅子に座っても使えるタイプがあると言うカレンに、冬は少し冷え症気味なユーフェミアは珍しそうにパンフレットを眺めた。

 「工業特区からユーフェミア皇女への献上品として贈られるの。
 これ絶対気持ちいいんだから、楽しみにしててね」

 これでこたつが広まれば工業特区が潤い日本特区の成功の一手にもなるというカレンに、ユーフェミアは嬉しくなった。
 大好きなルルーシュが来てくれるし、ナナリーに日本特区の記念品も受け取って貰えて楽しそうなフェアも開かれる。

 きっと楽しい誕生日になるに違いないと、ユーフェミアはカレンダーを待ち遠しそうに見つめるのだった。



 一方、久々にエドワードとして経済特区フジにやってきたアルフォンスはルルーシュと土産物屋をうろついていた。
 実はカレンはルルーシュと共に経済特区フジに戻って来ていたのだが、ユーフェミアと会う訳にはいかないと、来たことを言わないように頼んだのだ。

 ユーフェミアの誕生日パーティーが近いこともあって、混雑を避けて先に買っておこうというブリタニア人の姿が目立つ。

 「お、人形焼き。巻きずしも人気あるなあ・・・試食会の様子が流れてる」

 「結構な賑わいだな・・・特区が成功する日も遠くないな」

 ルルーシュがナナリーへのプレゼントを物色しながら呟いた。
 中華の騒動など知らぬげに楽しそうにしているブリタニア人と日本人の姿に、最初からこうしておけば各地の植民地支配もここまでの泥沼にならなかったのにとアルフォンスは呆れつつ、エトランジュ達のお土産を買っていった。

 と、そこへ通りかかったダールトンがアルフォンスを目ざとく見つけ、彼を呼び止めた。

 「エドワード殿!」

 「・・・ああ、ダールトン侯爵。ご心配をおかけしたようで、申し訳ないです」

 内心嫌な顔をしたアルフォンスだが、そうとは気づかせない笑みを浮かべて彼と向き合った。
 ルルーシュは変装しているとはいえダールトンと顔を合わせたくなかったので、土産を選ぶのに夢中になっているふりをしながら手近な店へと入って逃げた。

 「エドワード殿、開催式典以来ですな。入院なさったと聞いたが・・・」

 「ええ、ホッカイドウで思い切りバイクを飛ばしたらあのザマに・・・広々とした畑の中を走るのが気持ちよくて」

 半袖だったのでうっかり死にかけました、と笑うアルフォンスに、ユーフェミアについてホッカイドウを視察したダールトンは若いなと苦笑する。

 「気候が気候だから、無理もないが・・・何はともあれ、回復してよかった。
 貴殿もユーフェミア皇女殿下の御誕生パーティーには参加されるのかな?」

 「はい、よろしければ参加させて頂こうかと思っております。お土産などは混みそうなので今のうちにと思いまして」

 「その方がいいだろうな。今も予約が殺到してな、増産に増産を重ねているらしい。
 土産はそれでいいのだが、レストランなどの予約が軒並み埋まっているので屋台などを増やして補おうという提案が出て、対応しているところだ」

 「ずいぶん盛り上がっておりますね。整理券などの準備をしておかないと、長蛇の列が出来てしまいますよ」

 「うむ、警備隊をコーネリア殿下から寄越して頂く手はずになっている。
 何しろブリタニア本国からの旅行者や参加者も来るようだからな」

 ユーフェミアはもともと皇族としては気さくで温厚な性格であり、そんな彼女らしく一般市臣民の参加を許したパーティーを開くとあって本国でもこの誕生日パーティーが話題になっているらしい。
 そのため租界のホテルの予約も埋まっており、ついでに日本風の旅館などを楽しみたいというブリタニア人もいて、現在日本各地は占領後始まって以来の盛り上がりを見せていた。

 (コーネリアの警備隊、ねえ・・・これは気をつけないといけないかな)

 ルルーシュがこっそり参加すると聞いたアルフォンスは変装をより慎重に行うよう助言しておくことにした。

 「お仕事お疲れ様です。では、私は邪魔になってはいけないのでここで・・・」

 「うむ・・・ユーフェミア様も貴殿を気にしておられたので、元気そうだったとお伝えしておこう」

 「はい。そうそう、ホッカイドウは本当に寒いので、そちらに行くなら防寒具をしっかり用意するようにガイドブックなどどうかと思っているんです。
 こういうのもエリア11をアピールするのに効果的かと」

 「なるほど、いいアイデアだ。私からも口添えをしよう。では、失礼する」

 ダールトンと別れたアルフォンスはルルーシュが逃げ込んだ店に入ると、彼は何でいきなりユーフェミアの側近と出くわすのかと愚痴りながら、土産を見ていた。

 「相変わらず運が悪いね。僕もまさか顔を合わせるとは思わなかった」

 「顔を見たら話しかけてくるほど、相手の信用があるという証拠でもあるが・・・俺がいる時に限って会うとは・・・」

 「パーティーの時は別行動の方がいいね。次はうっかりコーネリアと鉢合わせするかもしれないし」

 ダールトン繋がりでコーネリアとも顔を合わせることになるかもしれないと言うアルフォンスに、エドワードの正体をユーフェミアには教えていないのだから無邪気に会わせる可能性があると考えたルルーシュは、そうすることを決意した。

 「・・・この分だと、計画も早まりそうだ」

 いったん成功させた後、それをぶち壊しにするようにブリタニアを仕向けなければならないわけだが、この様子では思っていたより時期を早めないとブリタニアによるエリア民同化政策を手助けしてしまう結果になりかねない。
 時期の見極めが重要だと考えながらルルーシュが大量に買い求めた土産入ったカートを押していると、駐車場で小柄な少年とぶつかった。

 「ああ、すまない。前が見えなくて」

 「いえ・・・別に」

 素気ない態度で傍を通り過ぎようとした少年の顔に、カートによって出来た小さな傷を見てルルーシュが呼び止める。

 「待て、怪我をしている。ちょうど絆創膏があるから」

 ルルーシュが少年に近付くと最近怪我をすることが多いナナリーのためにいつも携帯している絆創膏を取り出すと、少年の顔に貼り付けてやる。

 「雑菌が入ってはいけないからな。今日は一日貼っておくといい」

 「・・・・」

 何故かきょとんとして戸惑っている様子の少年に、ルルーシュは買い求めた土産の中からKIBIDANGOと書かれた袋を一つ、彼の手に握らせた。

 「お詫びと言ってはなんだが、食べてくれ。すまなかったな」

 「は、はい・・・あの・・・・」

 何を言っていいのか解らなそうにしている少年の後ろから、男の低い無機質な声が響いた。
 不機嫌そうな壮年の男で、スーツに似た服を着ていた。

 「何をしている、ロロ。早く来い」

 「あ、はい・・・すみません」

 少年が慌てて声がするほうに走って行くと、その少年を見送った二人は車に乗り込んだ。
 運転席でハンドルを握り、後部座席に座ったルルーシュが言った。

 「何だろうな、あれは・・・子供がぶつかって軽傷とはいえケガをしたというのに、気にせずさっさと行こうとするとは」

 「全くだよ。もしかしたらあの子、虐待とかされてる子なのかも」

 何かの世話になったり貰い物をした時は、あの年齢の子供なら御礼くらい言うのが普通だろう。
 それなのにあの少年は、どうしたらいいのか解らないと戸惑っていた。

 「ルーマニアで会った孤児院の子供の中で、優しくされることに慣れてなかったせいかあんな感じの子が割といたよ。
 中にはぶつかっただけでごめんなさいって怯える子もいたくらい」

 「そうか、偏見かもしれないが確かにそんな雰囲気だったな。思い過ごしだといいんだが・・・ん・・・な、ないっ!!」

 荷物の整理をしていたルルーシュが、ふと買い求めたナナリーへのプレゼントの一つが消えていることに気付いて叫び声を上げた。

 「どうしたの?携帯でも落とした?」

 「そんなものではない!ナナリーの誕生日プレゼントがない!!」

 「へ?何買ったの?」

 「折り鶴を模した携帯ストラップだ。確かにここに入れたのに・・・」

 ルルーシュが漁っている袋を見たアルフォンスは、先ほど少年に渡したお菓子を出した袋だと気づいた。

 「さっきあの男の子に渡したお菓子に入ってたんじゃないの?」

 「あ・・・ほああああ!!」

 土産をそれぞれの店で買ったので持ち辛いと、いくつかに分けてまとめたのだ。
 その際ナナリー用、施設への子供用、黒の騎士団用とに分けており、うっかり彼は施設への子供用と間違えてナナリー用の袋からお菓子を取り出していたのだ。
 おそらく一番大きな袋に入れたKIBIDANGOの袋の中に、何かの弾みでナナリーに贈るプレゼントが入ったのだろう。

 「限定品だったのに・・・!ナナリーに似合うピンクの折り鶴だったのに・・・」

 座席でこめかみを押さえて唸るルルーシュに、アルフォンスが肩をすくめた。

 「だったら別の贈ればいいだろ。日本特区の記念品は別にあるんだから」

 「だが、トウキョウ租界にはシャーリー達に会わないとも限らない。ゲットーではろくなものがないぞ」

 「ちょうど僕が作っているものがある。手伝ってくれたら、ナナリーちゃんの誕生日までに間に合うと思うけど」

 そう言って信号が赤の間にアルフォンスが提示したのは、携帯型デジタルペットのプログラムだった。

 「昔日本で流行ったやつでね、プログラム造る暇がなかなかなくてさ・・・。
 お喋り機能でもつけたら、ナナリーちゃんにも楽しめると思うよ」

 「よし手伝おう」
 
 これならナナリーもペットを飼う雰囲気を楽しめて喜んでくれると、ルルーシュは感謝した。
 
 施設の中で子供達がペットが飼えないからと、当時流行った世代の親が持っていたそれを与えていたのを見つけたアルフォンスは、閃いた。

 「オスとメスに分かれてるゲームだったんだけど、ドッキングさせることで子供を作れるタイプのやつでね。
 それを隠れ蓑にすれば、データのやり取りに使えると思って」

 「なるほど、特区内では使える策だ」

 特区内で携帯の所持は認められておらず、USBやCDロムといったものの媒体物について日本人には少し規制があった。
 二人とも多忙を極めているのでせめて回覧板的なものだけでも特区にいる騎士団員内で回したいと考えたアルフォンスは、その携帯型デジタルペットを見てこれは使えると思ったのだ。

 「赤外線ならうっかり他の機械にキャッチされるかもしれないが、これはドッキング型だからその恐れはないし、見た目はただのデジタルペットだ。
 データの中身を見られない限り取り押えられることはない」

 「そう、それが狙いで作ってたんだけど、なかなか進められなくて。
 ラクシャータ先生はナイトメアや例の神経装置の方で多忙だから手伝ってなんて言えないしね」

 デジタルペットを装った回覧板とは、なかなかユニークな代物だ。

 「よし、ならユフィの誕生日にそれを渡して話題にし、特区内で広める。
 そうすれば日本人が持っていても怪しまれないから、もっと効果があるだろう」

 さらに互いにドッキングを重ねることで珍しいアイテムが手に入る仕様にしておけば、互いにデータのやり取りをしているのを見られても単に遊びとしか取られない。

 「さすがゼロ、黒の騎士団員用にプログラムを組めばいいしね。
 幸い一般人向けなら過去に流行ったやつがあるから、桐原公にでも頼んでデータを貰うだけでいいと思うし」

 「この程度なら三日もあれば充分だ。さっそく取り掛かろう」

 ナナリーにもっと楽しいプレゼントが贈れそうでよかったと前向きに考えたルルーシュは、さっそく脳裏でプログラムを練り始めるのだった。



 その頃、経済特区内にあるホテルではルルーシュとぶつかった少年・ロロが、貰ったお菓子袋の中にあった小さなストラップをじっと見つめていた。
 大事そうに包まれた女の子もののそれを何となく手にしてみたら、手放す気になれなくなったのだ。

 (あの男の人の家族にあげるはずだったのかなあ・・・)

 『待て、怪我をしている。ちょうど絆創膏があるから』

 『お詫びと言ってはなんだが、食べてくれ。すまなかったな』

 謝られたのも、手当てをされたのも、初めての経験だった。
 温かな手でお菓子を渡されたことも、これまで一度としてなかった。

 ロロはホテルのルームサービスで取った温かな料理には目もくれず、ルルーシュから貰ったお菓子を手に取った。

 「美味しい・・・」

 量産品のお菓子なのに、どうしてこうも美味しく感じるのだろう。
 ロロが初めて味わう感覚に戸惑っていると、ノックもせずに入りこんできたギアス嚮団の男を見て、慌てて折り鶴のストラップを隠した。

 「ゼロの情報が集まるまで、このホテルを拠点にする。
 私は任務のためエリア11内を回るが、お前はここにいろ」

 「解りました」

 用件だけを伝えて挨拶すらなく部屋を出た男に何も思うことなく、ロロは再びストラップを取り出してじっと見つめた。



[18683] 第八話  束の間の邂逅
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2010/12/25 10:20
  第八話  束の間の邂逅



 十月十一日、エリア11内は朝からにぎやかな空気に包まれていた。
 エリア11の副総督にして神聖ブリタニア帝国第三皇女のユーフェミア・リ・ブリタニアの誕生日パーティーが開かれるのだが、一般国民のみならずナンバーズである日本人も参加が可能な初めての試みとあって、世界中が注目していたのだ。

 コーネリアやダールトンが暗に釘を刺したこともあり、この日だけはブリタニア人も日本人に対して無法な振る舞いを避けるように心がけようという雰囲気が流れたため、横にブリタニア人がいるというだけで神経を尖らせる日本人も少ない。

 「いいか、今日が特区成功の分け目を握る大事な日だ。
 ユーフェミア様を快く思わないイレヴンはもちろんのこと、特区を壊そうと企むブリタニア人もいるかもしれん。心して警備に当たれ!!」

 「イエス、マイロード!!」

 ダールトンがグラストンナイツにそう檄を飛ばすと、グラストンナイツや警備を担当している軍人達は緊張した面持ちで敬礼する。

 コーネリアは皇位継承権としては第五位と高く、戦女神と名高く軍の支持が根強いため、皇位を望む皇族からは常に足元を狙われていた。
 コーネリア自身は皇帝になろうとは考えていないのだが、それを知っている皇族は少ないのだ。
 よって本人ではなく彼女の弱点であるユーフェミア失脚を狙う可能性があり、その意味でも気が抜けないのである。

 日本人の騎士であるスザクが乗っていたランスロットを展示してナンバーズでも出世する機会があるとアピールし、ついでにテロリストに対する牽制にするなどの策が使われている。
 裏ではそんなピリピリした緊張感が漂っているのだが、外では朝から祝砲が打ち上げられて盛り上がっていた。

 「ご覧ください、ユーフェミア副総督のお誕生日を祝おうと、エリア11内から、ブリタニア本国から大勢の人が集まっております!!
 日本経済特区フジは普段は身分証の提示をすれば入出場が自由なのですが、今回はそれと合わせて整理券が必要なほどの人出です。
 そのため2、3日前からホテルや特区に住むブリタニア人の家などに滞在するブリタニア人が多く、ホテルはどこも満室。
 あ、今ツアーバスが来ました。トウキョウ租界のホテルからのようで、日本経済特区フジに入っていった模様です」

 アナウンサーがニュースで花火や祝砲で盛り上がる特区の様子を伝えると、孤児院でTVを見ていたナナリーが嬉しそうに言った。

 「凄いですね、ユフィ姉様。こんなに早く特区を成功させるなんて」

 「ああ、ユフィが頑張った証拠だなナナリー。俺もお祝いの言葉を贈りたいから、少し行ってくるよ」

 「はい、私からのお祝いをお渡しして下さいねお兄様」

 「任せてくれ。じゃあ、留守は頼んだよ」

 ナナリーの髪を撫でてからルルーシュがエドワードに扮したアルフォンスと共に孤児院を出ると、彼の運転で経済特区フジへと向かった。

 「ユーフェミア皇女へ送る携帯型デジタルペットが間に合ってよかったよ。
 黒の騎士団用のプログラムが完成したらダウンロードして配るから、工業特区ハンシンで量産するよう手配して貰わないと」

 「ああ、それとなくニーナにプログラムを渡して彼女からユフィに手渡すように手配してある。
 公の場で渡せばそれが宣伝になり、特区に広まるさ。あと数ヶ月もすれば、条件がクリア出来そうだからな。
 それはそうと、今日はエトランジュ様はアキタに行かれるそうだが」

 「うん、超合集国参加に好意的な王国の王子にサイタマに住んでる友人の安否を確かめて欲しいって頼まれてね。
 自分にそっくりなせいで誘拐事件に巻き込まれたのがきっかけで知り合ったって言ってたなあ」

 「よく見つかりましたね。サイタマと言っても広いのに」

 驚いたように言うルルーシュに、アルフォンスはその王子の写真を見せて言った。

 「この子にそっくりな子を知りませんかって聞いたら、あっさり見つかった。サイタマじゃ有名な子みたいだったから。
 今はこの子のお父さんの実家のアキタにいるんだってさ」

 「そうですか、それならよかった。それにしても、怖いくらい順調だな・・・ここまで事がうまく進むと、かえって退屈なほどだ」

 「やめてよ、そう言った時に限って最悪な出来事が起こるっていうのがお約束だって、どっかで聞いたから」

 露骨に嫌そうにそう言うアルフォンスは、科学者のくせに迷信を気にする性質なのかとルルーシュは意外に思った。

 「貴方がそんなことを気にするとは思わなかったが」

 「まあ、常は気にしないんだけどね・・・何だかあんたが言うと怖いから」

 それを日本人が見ていたら『それフラグ!』と叫んで会話を止めていたであろう。
 しかしあいにくと日本の縁起担ぎに詳しくない二人は軽い調子で笑うだけだった。

 「でも慎重を期して、コーネリアや側近に出くわす前にさっさと用件を済ませて引き揚げたほうが無難だと思うよ」

 「同感だな。では行くとしよう」

 特区の出入り口は車で渋滞になっていたがカレンから借りた通行証で貴族用のゲートから特区に入ってカレンのマンションの駐車場に車を止めると、さっそく公衆電話からカレンに連絡した。

 「あ、カレンさん?エドワードです。今特区に入ったところで・・・え、もうコーネリア総督が来てる?
 開催の挨拶が終わってからは貴族達に顔を出さないとだめ・・・解った、じゃあそれが終わったらまた連絡する」

 「携帯が使えないって不便・・・仕方ないけど。でも、人間ってほんと便利なことに慣れるとそれがなくなると理不尽に感じるものなんだな」

 「ええ、だからナンバーズという生きた道具がなくなると、ブリタニア人にとっては理不尽なことなのでしょう」

 ルルーシュの言葉にアルフォンスはなるほどと理解はしたが、だからと言って自分達がもの言う道具として扱われることに対しては絶対に納得出来なかった。

 「しばらく時間がかかるみたいだから、どこかで時間潰さないとね。
 カレンさんの家には今メイド達がいるらしいから、エドワード・デュランとして借りてるビジネスホテルがあるからそこで行こう。
 実は今朝ルチア先生から来たんだけど、そっちの私情で伝えたい報告があるし」

 「俺の私情で伝えたい報告?・・・伺おうか」

 ナナリーのことならすぐに報告してくれるだろうから何だろうと首を傾げたルルーシュとアルフォンスは、ビジネスホテルなのに賑やかな様子のホテルのロビーでチェックインを済ませて部屋に入った。
 ごく普通のツインルームで、さっそくテレビをつけるとコーネリアが特区に到着した時の映像が流れていた。

 「コーネリア総督がいらっしゃったようです!
 ここ最近メディアの前にお姿を現さなかったコーネリア総督閣下ですが、妹君のバースデーパーティーであり初の試みである特区の催し物とあって視察を兼ねてのご参加とのことです」

 「ち、元気そうだなー。もっと念入りに大砲用意して投げればよかったか」

 「後遺症は若干残っているようだな。腕の一部の動きが隠してはいるが鈍い」
 
 施設の子供達の動きをよく見ていたルルーシュが看破すると、ならあれは全くの無駄じゃなかったかとアルフォンスはほっとした。

 「そのコーネリアについてなんだけど、ルチア先生が興味深いことを教えてくれたんだよ。
 ゼロが調べてるって言ってたマリアンヌ妃の暗殺事件についてなんだけど、その日住んでたアリエス宮だっけ?そこの警備を担当してたのが彼女だって」

 「そこまでは俺も知っている。クロヴィスが『シュナイゼルとコーネリアが知っている』と教えてくれたから、そこまでは調べがついたんだ」

 コーネリアの経歴を調べると、確かに士官学校を卒業した後希望してその任に就いたと記録に残っていた。
 
 「そうなんだ。じゃあマリアンヌ妃が暗殺された時警備隊を引き上げたのが彼女だっていうのは知ってた?」

 「何だと?!それは本当か?!」

 「本当かどうかは知らないよ。ルチア先生がまとめてる亡命したブリタニア人の中にね、一人だけいたんだってさ・・・その当時の警備隊の人が」

 「その男からの証言ということですか・・・詳しく伺いたい」

 ルルーシュがまさかルチアから手がかりがつかめるとはと驚きながら続きを流すと、アルフォンスは話し出した。

 あの日の夜、警備の者達が配置に就こうとコーネリアに最終確認をしに行ったところ、突然コーネリアから今宵はいいとの命令を受けたのだと言う。
 理由を尋ねたところマリアンヌ自身からの命令だとのことで、せめて数人だけでもと言い募ったのだがそれも却下されてしまい、命令に従わなくてならない下っ端の身ではそれ以上はどうすることも出来ずに引き下がったのだそうだ。

 「そしたら翌朝の事件発覚で、仰天したんだってさ。
 それでおかしいと思って事件を追っていたそうなんだけど、それが上層部の気に障ったらしくて軍を追われて・・・紆余曲折を経てEUに亡命したんだって」

 ちなみにこの情報を何故最近知ったのかというと、中華からマグヌスファミリアのコミュニティに戻ったルチアが母の仇を探しているのならと、怪しまれない程度に亡命していたブリタニア人達にそれとなく聞いて情報を集めたのだという。

 「なるほど・・・母の命令でコーネリアが警備を下げただと?」

 「警備を下げた瞬間にテロリストが来たんだから、何か関係してると考えるべきだけど・・・たとえばそう取り繕えと命じられたとか、状況を聞いた限りじゃそんな感じだと思うね」

 コーネリアを蛇蠍のごとく嫌っているアルフォンスだが、だからと言ってこいつが犯人だと決めつけてさらなる憎悪を燃やすほど馬鹿ではない。
 きちんと白黒つけて理論立てて考えれば、せいぜいコーネリアは間接的な協力者だという推理が一番しっくりくることを、彼は認めていた。

 ルルーシュも同意見だったらしく、顎に手を当てて考え込んだ。

 「本当に母がコーネリアに命じたというなら、そう仕向けた誰かがいたということだ・・・一番可能性が低いが、あり得ない話ではない。
 コーネリアに一度会って、確認しておかなくては」

 「ギアスかけて聞くのが一番だけど、どうやってあの女に会うかだね。
 日本解放戦の時に捕虜にでもする?」

 「グンマの時は捕虜にするのは無理な戦力差だったから断念したが、今なら状況次第で可能だからな・・・」

 「いざって時にはマオに頼めばいいと思うな。あー、いっそ今日連れて来てコーネリアの頭の中覗いて貰えばよかった」

 今更思いついて済まないとアルフォンスが両手を合わせると、まだ機会はあるから気にするなと、ルルーシュは手を振った。

 「いい情報をありがとうございます。しかし、母の死を調べてくれる者がいたとは・・・」

 「軍の、特に下の方からはずいぶん支持が根強かったみたいだよ。
 七年前の日本侵攻も、日本人がマリアンヌ妃のお子様を殺したって言うので軍人達の怒りが爆発した猛攻があったみたいで。
 あとそれが原因でナンバーズに対する虐待が日本だけ他エリアより激しくなったんだってさ。ちなみに純血派がその筆頭で、例のオレンジも当時アリエスの離宮にいたそうだけど・・・」

 「オレンジが?それは知りませんでしたね」

 己が濡れ衣を着せて軍から放逐した男がかつて母に仕えていたと知ったルルーシュは一ミクロンほどは悪いことをしたかと思ったが、親友に濡れ衣を着せるなど非道な行いをしたのは事実なので、それ以上は何も思わなかった。

 母の人気の高さを嬉しく思いつつも、それが原因で日本人達が虐げられたと知ってルルーシュは複雑な気分になった。

 (それもブリタニアの虚偽に満ちた情報操作のせいだ。あの男、必ず責任をその命で取らせてやるぞ)

 ルルーシュが改めて実父に対する殺意を燃え上がらせていると、万が一自分の生存とゼロの正体がバレてもブリタニアの内部分裂を誘うくらいは可能かとも考えた。
 何しろ自分は生きているのだから、自分を殺そうとしたのは父シャルルであると言えば自分が本物のマリアンヌが長子・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであると証明出来ればうまくいくかもしれない。

 (何しろ大勢の貴族達の前で俺にお前は生きていないだの取引材料だとの言い放っていたからな。
 表向きは偽者だとなっても、内心はどこまで信じるか・・・もしブリタニア人をまとめなければならなくなったらゼロの正体は不明のままにしておいて、俺が表舞台に立つという線もありかもしれないな)

 ユーフェミアを傀儡にして新ブリタニア政権をと考えていたが、もしそれが無理なら代わりのプランとしてはいいかもしれない。
 だがそれはあくまでも最終手段だ。いろいろと不都合も多いし、何より皇族に戻ってナナリーをもゴタゴタに巻き込むなどごめんである。

 ルルーシュは一通り考え込むと、テレビに視線を戻した。
 そこにはナナリーが来た時の目くらましにと、ユーフェミアが呼んだ障がいを持つ子供達が映っている。

 いくら目的があってのこととはいえユーフェミアもそういった者達と交流を持つのは学生時代からしていたことなので、特に不審に思われた様子はない。
 子供達を出迎えたユーフェミアの後ろにはスザクと、先月アッシュフォード学園を卒業したニーナもいる。

 「ニーナもここで働いているんだったな。確か特区の技術部に就職したと聞いてるが」

 「うん、例のウランについても個人で研究してるらしいよ。
 ただあれマジでシャレにならないエネルギー量だから、出来ればやめた方がいいと思うんだけどね」

 必死で危険性を説明したというアルフォンスの声に、科学にはそれなりに知識のあるルルーシュは詳しく理論は見ていないがエネルギー発生量の数値を聞いて唖然としたのはよく覚えている。

 いずれここに子供達のための病院をと考えていますと笑うユーフェミアに、ルルーシュは困ったように笑った。

 「俺に万が一の時があったらナナリーを保護出来る病院か・・・気持ちは嬉しいが、特区といえどブリタニアでは安心出来ない」

 ナナリーの名前を出して病院を造るというのは賛成だが、そこにナナリーを預けるわけにはいかない。
 もし自分に何かあった場合、彼女をマグヌスファミリアのコミュティへ預けて欲しいという依頼は了承して貰っているのだ。

 「そう簡単に何かあって貰っても困るんだけどね。ゼロのお陰でレジスタンス活動が軌道に乗ったんだから」

 「もちろん、うぬぼれでなければ俺でければ先に進めないと思っておりますよ」

 ニヤリと自信たっぷりに笑うルルーシュに、たまに自信の大きさからくるうっかりさえなければこの男ほど有能な味方はいないとアルフォンスは解っている。

 「だから、くれぐれも自重してよ。朱禁城みたいなことを二度もしたら、蹴り入れてやるから」

 「・・・あれは二度としませんので、ご容赦を」

 いらぬギアスをかけた結果、いらぬ手間をかけさせられたアルフォンスの苦情を粛々と受け止めたルルーシュは、ユーフェミアと会うまでの時間をテレビを見て過ごすことにしたのだった。



 朝から怒涛のスケジュールをこなしたユーフェミアは、何とか一時間半の自由時間をもぎ取るとシュタットフェルトの執務室とカレンの服を借りて着替え始めた。
 ユーフェミアの盛装のドレスは一人では着脱しにくい仕様になっており、カレンが不器用ながらも彼女の着替えを手伝っている。

 「早く着替えて、ルルーシュに会いに行かなくちゃ」

 「久々にルルーシュと会うもんね。ナナリーへのプレゼントも忘れずに持って行かないと」

 シュタットフェルトの執務室前で見張りをしているスザクに、もちろん忘れずに持って来ていると笑った。

 「何かあったら二ーナから連絡して貰うように頼んだし・・・これで大丈夫かしら?」

 「外が凄い混雑してるから、徒歩じゃ時間確保出来ないと思うの。
 だからうちの車を用意したから、地下を通っていけばいいわ」

 地下には非常避難用の通路が張り巡らされており、常は皇族や貴族専用の交通網として使用されている。
 今回のように混雑する時はめったにないが、今は大活躍しているようだった。

 「ありがとう、助かりますわ。さあ、参りましょうか」

 カジュアルな服に着替えたカレンが外に出ると、サングラスをかけただけを変装とほざいたスザクに呆れたカレンにより、カツラや地味な服装で印象を変えたスザクがいた。

 「本当に、ちょっと見ただけではスザクとは解りませんわね。私もショートヘアのカツラと薄い色つきの眼鏡をしてますけど・・・」

 「うん、ぱっと見ならユフィだとは解らないね」

 「変装って言ったらせめてこれくらいはしないと!騎士団じゃもっと本格的な変装してる人なんかざらにいるんだから」

 カレンの駄目だしにさすがだと二人とも感心しつつ、三人はそっと駐車場に向かった。

 「これは、カレンお嬢様」

 「悪いんだけど、友人達とお茶をしようってことになったの。
 喫茶店とかは混んでるし、ここじゃ皇族方もおられるから一度家に戻ろうと思って」

 「は、かしこまりました。ではどうぞ」

 運転手がカレンの背後にいるエリア11の副総督にして第三皇女ユーフェミアとその騎士であるスザクを見てもちょっと似てるなくらいにしか思わず、車のドアを開けた。

 三人が後部座席に乗り込むと、リムジンが静かに地下通路を走り出す。
 
 「外の様子を見たかったけど、仕方ありませんわね」

 「帰りは時間が余ったら、外を通って戻る?」

 「いいんですか?それならお言葉に甘えて」

 ルルーシュを挟んで割と友好的な雰囲気の二人に、スザクはこのまま穏やかな時が過ごせることを心から願った。
 初めはトゲトゲした雰囲気のカレンだが、ユーフェミアが日本人のために頑張っているのを見て徐々にトゲも丸くなっていったようで、最近では友人といってもいい関係になりつつある。

 地下通路から経済特区でも一番の高層マンションの駐車場に着くと、三人は急ぎ足で最上階のカレンの家へと向かった。
 さすが伯爵家の別宅なだけはあり、最上階全てがシュタットフェルト宅なので誰かに姿を見られることもない。

 「ルルーシュ!!」

 飛び込むようにホールに入ったユーフェミアがルルーシュの名前を呼ぶと、カレンがリビングはこっちと少し呆れたように手招きする。

 顔を赤くしながらユーフェミアが案内されたリビングに入室すると、そこには変装を解いたルルーシュがテレビを見ていた。

 「早かったな、ユフィ。カレンも案内してくれて助かった」

 「別に、これくらいはどうってことないわよ」

 若干頬を赤らめて大したことじゃないと言うカレンに、素直じゃないなーと女装したアルカディアは勝手にキッチンを物色して淹れた紅茶を飲みながら思った。

 「あ、アルカディアさんもいらしてたんですか?」

 「ええ、いちおうゼロの護衛で。ついでに日本の食べ物を食べて帰ろうかと」

 混雑していたので早めにアルカディアがゲットしておいた整理券を使って買った日本食を見て、ユーフェミアは嬉しそうだった。

 「楽しんで頂いているようで、嬉しいです。あの、エトランジュ女王は・・・」

 「さすがに顔がはっきりバレてるから、あの子は来れないわ。代わりにお土産買って帰るつもり」

 「そうですよね・・・あ、これ特区内の人気のリストです。
 よろしかったら参考にして下さい」

 「ありがとう、ありがたく活用させて頂くわね」

 エドワードとして特区に少々関与しているアルカディアは既に持っていたものだが、おくびにも出さずにユーフェミアから受け取った。

 「じゃー、ちょっと隣の部屋で食べて仮眠してるから、帰る時になったら呼んでね」

 ばいばいと手を振りながら隣室へと向かうアルカディアに、さんざん言い負かされてトラウマとなっていた彼女に苦手意識を持っていたスザクがあっけに取られたように言った。

 「あの人、意外にいい人だったんだな・・・」

 「ああ、あれほどコケにしていたのはお前くらいなものだったぞ。
 アルカディアは面倒見がよくて騎士団でも慕われてるんだが、お前の面倒だけは無理だと神根島の時にはっきり言われたからな。
 人の話を聞かない奴はどうしようもないからだそうだ」

 「・・・耳が痛いよ」

 肩を竦めて言うルルーシュによほど嫌われたらしいとスザクは思ったが、お前達は間違っていると断じて自分のしていることを省みることなく弾劾したのだから仕方ないと、改めて他人の話を聞くって大事だなと実感した。

 「だが相手が変わったと認めたなら、ぞんざいな扱いはしない人だ。せいぜい精進することだな。
 時間もないし、お茶にしようスザク、ユフィ、カレン。プリンを作って来たぞ」

 「まあ、ルルーシュのデザート?楽しみだわ」

 「ルルーシュの食事は本当に美味しいからね。あ、イチゴ入りだ」

 スザクとユフィがルルーシュの前に座ると、カレンはルルーシュの横に座った。
 ルルーシュの手作りプリンがテーブルに並べられると、スザクとユーフェミアは目を輝かせる。

 「美味しそう!頂きますね」

 「あ、私も貰うね。紅茶に入れるから砂糖ちょうだい」

 ルルーシュが紅茶を入れ直すとカレンも嬉しそうにプリンに手を伸ばし、楽しいお茶会が始まった。

 「パーティーは順調のようで、よかったなユフィ」

 「ええ、今のところトラブルもないし、みんな楽しそうで嬉しいわ。
 そうそう、ニーナがデジタルペットをプレゼントしてくれたの!とっても可愛くて私今から育ててるの」

 ユーフェミアが嬉しそうに、キーホルダーほどの大きさの“ラブリーエッグ”と名付けられたデジタルペットをルルーシュに見せた。

 「お互いにドッキングすることで新しいアイテムを貰えたり子供が出来たりするんですって。
 たくさんの人同士でやったほうが楽しいって言ったら、さっそく工業特区ハンシンで量産しましょうって言ってくれたわ」

 パーティーの開催時にニーナが渡したことでそれをテレビ放送されたこともあり、既に十代の少女を中心に問い合わせがあったのだそうだ。

 ルルーシュは自分の計画がうまくいったことを知り、黒の騎士団員にだけは別に作って配布すれば条件はクリアされると笑みを浮かべる。

 「それで私、ナナリーにもプレゼントしたいんだけど来週までに間に合いそうになくて・・・」

 「ああ、それなら心配しなくて大丈夫だ。実は俺がある程度プログラミングをしていてな、それをニーナに渡したんだよ」

 「え、ルルーシュが?でもどうして二ーナに・・・」

 「俺から君に渡すと誰が作ったのか聞かれたら、君が困るだろう?だからニーナにそれとなくデータを渡しておいたんだよ」

 実際は思い切り黒の騎士団員のための策なのだが、そう取り繕うとユーフェミアとスザクは納得した。
 ニーナも何を贈ろうかと悩んでいたのだが、こっそり連絡したルルーシュからのプログラムを見て『ブリタニア人の女の子向けに君が改良して渡せば喜んでくれる』と言うと感謝しつつ短時間で完成させてくれたのだ。

 「ナナリーにもペットを飼う楽しみを味わってほしくてね、君も楽しんでくれればと思うよ。
 あと、アイテムやキャラに着せる服はニーナに頼んだんだ」

 「こういうのは男じゃ無理だもんね。特に君・・・センスないし」

 「何だと!俺のどこにセンスがないと言うんだ?!」

 スザクの暴言にルルーシュが真顔で尋ねると、ゼロの扮装を思い浮かべたスザクは気付いてないのかと呆れた。

 「君、ゼロの身代わりをしてくれてる人がいるだろ?嫌がられなかったかい?」

 「ああ、ウエストがどうたらと言われて嫌がられたな。よく解ったな」

 「確かに君女性より細いもんね・・・でも多分それだけじゃないと思うよ」

 何しろ女性でかつウエストの細いユーフェミアと同じくらいのウエストなのだ。男性に頼んだとすればセンスの悪いスーツと合わせてさぞ嫌だったに違いない。

 ウエストがきついのが原因で嫌がられたと思い込んでいるルルーシュが首を傾げると、ユーフェミアも同じしぐさをした。

 「あら、ゼロの衣装はかっこいいと思いますけれど・・・」

 「そうよスザク!失礼しちゃうわね!」

 カレンからも怒鳴られたスザクは、何故自分が悪者にされているのかと途方に暮れた。
 この場にアルカディアがいたらいい機会だからと服のセンスについて突っ込んでくれただろうが、あいにく彼女は隣室でテレビを見ながらたい焼きを食べている。

 恋は盲目ということわざを実体験する羽目になったスザクは、心でさめざめと泣きながらプリンを食べるのだった。



 そんな和やかなお茶会が始まる少し前、パーティー会場では主役たるユーフェミアの姿がないのでコーネリアとギルフォードが探していた。

 「ユーフェミア様はいずこにおわす?」

 「はい、ユーフェミア様でしたら先ほど娘と一緒に休憩したいとおっしゃられて、執務室の方へおいでになられましたが・・・」

 ギルフォードの問いにシュタットフェルトがかしこまって答えると、朝からハードスケジュールだったから無理もないと、妹の居場所が分かったコーネリアは安心してボーイのトレイからシャンパンを手に取った。

 「実に行き届いているパーティーだ。御苦労であったなシュタットフェルト伯爵」

 「もったいなきお言葉にございます、コーネリア総督閣下」

 「妹も随分と成長して、特区成功に向けて大きな前進をしている。まだまだなところのある妹だが、これからも助力を頼む」

 「もちろん、娘ともどもこれからもユーフェミア副総督閣下とともに特区を支えさせて頂く所存にございます」

 深々と頭を下げるシュタットフェルトに、ユーフェミアに尽力して特区に貢献している彼を認めていたコーネリアは妹の味方を増やすためにと、前々から考えていたことを告げた。

 「まだ正式に決定していないのだが、卿に辺境伯の位をと考えている。
 いずれエリア11のテロリストどもを殲滅させた暁には、私はEU戦へと赴くことになるだろう。
 その際にはぜひ、総督となるユーフェミアを助けてやって貰いたいのだ」

 「わ、私を辺境伯に?!よろしいのですかコーネリア総督閣下」

 辺境伯と言えば貴族の中では上の下という位である。本国ではそれなりにいるが、エリアであるならそれこそ総督かその代理になってもおかしくない地位であった。

 (このエリア11で辺境伯になれれば、カレンの身は安泰だ)

 「御令嬢も学校を休学してまでユーフェミアに尽くしてくれていると聞いている。
 今はシュタットフェルト伯の秘書のような扱いだと聞いているが、いずれは正式な地位を与えた方がいいだろうな」

 その言葉にシュタットフェルトは内心で狂喜乱舞しながらも、自制してコーネリアに礼を述べた。

 「もったいなき御配慮、まことにありがとうございます!
 娘とともにこのエリア11の発展に尽力させて頂きます」

 ユーフェミアの味方は多い方がいいと考えたコーネリアは、これで自分がEUに向かった時は安心だと安堵する。
 シュタットフェルトは昔から続く名家だし、今度の件では随分とユーフェミアを助けたという成果もあるので爵位を上げるのが妥当だと考えたのだ。

 と、そこへコーネリアがシャンパンのグラスを取り落とすと、ギルフォードがそれが床に落ちる寸前で掴み取り、カーペットが汚れる惨事を防いだ。

 「姫様もお疲れなのでは?少しお休みになった方が・・・」

 未だに身体が本調子ではないコーネリアを気遣うギルフォードに、シュタットフェルトが周囲を見渡して提言した。

 「今はそれぞれで集まって懇談しているようですので、次のユーフェミア様主催の日本文化についてお話しされるまで、お休みになってはいかがでしょう?
 今ユーフェミア様もお休みになっておられることですし、ご一緒にお茶でもなさっては?」

 姉妹が今ぎくしゃくした関係だとは知らないシュタットフェルトの案にコーネリアは一瞬戸惑うが、ギルフォードがいい案だと頷いた。

 「そういたしましょう、姫様。最近姫様もご多忙で、ユーフェミア様とお話しする機会も少ないことですし」

 「ギル・・・そうだな、そうさせて貰おう。
 私とギルは少々席を外すので、シュタットフェルト伯は会場を見ておいてほしい」

 「かしこまりました。お任せ下さいませ」

 シュタットフェルトに見送られてコーネリアはギルフォードと共にユーフェミアの執務室へと向かい、ドアをノックする。

 「ユフィ、いるか?私も少し休もうと思ったのだが、入ってもいいだろうか?」

 「え・・・コーネリア様?!」

 何故かそう驚いたように返って来たのは、今日妹にデジタルペットというものを贈ったニーナという少女の声だった。
 何でもカワグチ湖で起こったテロに巻き込まれ、ユーフェミアに助けられたという恩を感じて飛び級卒業してまで特区に参加したらしく、本日デジタルペットを二つ献上してご姉妹でどうぞお育て下さいと言われたのでよく憶えている。

 「お前は確か、ニーナと言ったな。ユフィはいるか?」

 「えっと、ユーフェミア様はその・・・えっと・・・」

 歯切れの悪いニーナに業を煮やしたコーネリアがドアを開けて執務室横にある私室に入ると、そこには誰もいなかった。

 「・・・ユフィはどうした?ここで休んでいると聞いたのだが」

 「あの・・・その・・・ちょっと外を見ていきたいからとカレンさんとスザク君と一緒に・・・」

 こわごわと応接椅子から立ち上がってかしこまって答えたニーナに最近はしっかりしてきたのにまたかと、コーネリアはこめかみを押さえた。

 「あ、でもでも大丈夫です!ちゃんとぱっと見には解らないくらいに変装していらっしゃいましたし、行き帰りにはカレンさんの車を使うっておっしゃってましたから!」

 「だからと言って、外を安易にうろつかれては・・・今どこにいるか解るか?」

 「はい、今はカレンさんのマンションにおられるみたいです。何かあったら連絡してほしいと頼まれてて・・・」

 きちんと行き先を知らせている分、以前よりはるかにマシな脱走の仕方ではあった。
 もしかしたらと予想していたのでそれほど怒りは感じなかったが、騒ぎになる前に連れ戻さなくてはとコーネリアが私室をを出ようとした時、ふと応接テーブル上のニーナが使っていたPC画面が目に入った。

 誰かに送信するメールだろう、デジタルペットについての案をありがとうと書かれてある。
 そしてその相手の名前の綴りを見たとき、コーネリアは目を見開いた。

 「ルルーシュ、だと・・・?」

 「コーネリア様?」

 いきなり様子が豹変したコーネリアに震えたニーナだが、彼女に構うことなく怒鳴るように尋ねる。

 「ルルーシュというのは、誰だ?!」

 「ア、アッシュフォード学園にいた時の生徒会の副会長をしていた人です。
 私が卒業するちょっと前に、学校を辞めて本国に戻ったんですけど・・・」

 「アッシュフォードにいた、ルルーシュ・・・?」

 そこでようやくギルフォードも主の驚愕の理由に気付いた。
 そして何が何だか解らないと立ち尽くすニーナに、主君に代わって穏やかに尋ねる。

 「急ですまないが、ルルーシュという人物について詳しく伺いたい。
 彼はアッシュフォード学園で、どんな様子だったか?」

 「えっと・・・両親が亡くなったので、ナナリーちゃん・・・彼の妹です・・・と一緒にクラブハウスに住んでました。
 凄く頭がよくてチェスが得意で、よく外でやってたみたいです」

 「そのナナリーという少女だが、目と足が不自由だったか?」

 「はい、よくご存知ですね・・・あの、二人が何か?」

 ニーナがおそるおそる二人に彼らがどうかしたのかと尋ねるが、コーネリアとギルフォードはそれどころではない。

 「・・・姫様」

 「ああ、間違いない。ルルーシュとナナリーだ」

 ルルーシュとナナリーという兄妹で、チェスが得意な兄と目と足が不自由な妹でアッシュフォードの庇護を得ていたとなれば、それに思い当たる人物はひと組しかいない。

 「そういうことか・・・!枢木を通じて、二人と会っていたんだなユフィ!」

 道理で彼を騎士にしたがった訳だとあながち外れでもない推理をしたコーネリアは、再びニーナに尋ねた。

 「このデジタルペットは、そのルルーシュからのものか?」

 「はい、大枠だけ・・・私がユーフェミア様に贈るプレゼントで悩んでいるとカレンさんから聞いて知ったみたいで、こういうのはどうかってアドバイスしてくれたんです」

 実はルルーシュは自分の名前を出して発表するなと口止めしただけで、事情を知らないニーナに自分の生存云々については逆に怪しまれるので頼む訳にいかなかった。
 さらにさすがに皇族から尋ねられたのではニーナとしては事実を喋らない訳にはいかず、結局は無駄な釘刺しに終わってしまったのである。

 確かシュタットフェルト伯の娘はアッシュフォード学園の生徒会の人間だったと思い出したコーネリアは、今妹が彼女の家にいると聞いてすぐに気付いた。

 「ということは、今ルルーシュはこの特区にいるな!ギルフォード、すぐに向かうぞ!」

 「は、かしこまりました。すぐに車を用意させます」

 内線でギルフォードが地下通路に車を用意させると、ニーナからルルーシュに連絡が行くことを恐れたコーネリアは彼女に命じた。

 「今から妹を迎えに行くゆえ、そなたも来るがよい」

 「え、え?でも私は何かあったらユーフェミア様にご連絡するように言われていて・・・」

 おどおどしながらもユーフェミアの命令に従おうとするニーナに、こういう状況でなかったなら褒めたたえたいが実行に移される訳にはいかないと、ギルフォードが強引に彼女を連れて歩き出す。

 本当に何が起こっているのか解らないまま、ニーナは二人に連れられて執務室を後にした。



 一方、思わぬ形でコーネリアに生存がバレたとは知らぬルルーシュ達は、呑気にティータイムを楽しんでいた。

 「そう、ナナリーが手術をするの・・・大丈夫かしら?」

 「ああ、信用出来る人だから心配していないが、リハビリが大変らしくてな。半年はかかるそうだ」

 「そんなに・・・無理をしないでね。そうだ、これナナリーへのプレゼントなの」

 ユーフェミアがスザクと一緒に選んだという桜の模様が描かれた包装紙に包まれたプレゼントを、ルルーシュに手渡した。

 「中身はオルゴールで、ナナリーが好きだった曲が入ってるわ。
 こっちのCDは琴とか三味線の音楽が入ってるの」

 「ありがとう、ナナリーも喜ぶ。これはナナリーから君へのプレゼントだ」

 そう言ってルルーシュが差し出したのは、白い袋に赤いリボンで飾られたプレゼント袋だった。 

 「中身は俺も見ていないから知らないが、受け取ってくれないか?」

 「もちろん!中身は何かしら」

 ユーフェミアが嬉しそうにリボンをほどいて中身を見ると、そこには様々な模様の紙で折られた折り紙が入っていた。

 「まあ、素敵!鳥に人形に動物・・・!全部ナナリーが折ったのかしら」
 
 「同じ施設にいる子供が手伝ったのもあるだろうが、ナナリーが折ったのが多いな。最近ナナリーは意欲的にいろんなことに挑戦しているから」

 「綺麗ね・・・ありがとう!ナナリーにお礼を言っておいてね」

 さすがナナリーだとルルーシュは妹を称賛していると、ユーフェミアが折り紙をプレゼント袋に大事そうにしまいながら言った。

 「後で和楽器による演奏会があるの。一緒には無理だけど、聴いていったらどうかしら?」

 「そうだな、悪くないな・・・さて、そろそろ時間だ、戻った方がいい」

 「もうこんな時間なの?・・・寂しくなるわね」

 滅多に会えないのに、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
 ルルーシュはそんな彼女に優しく微笑みかけた。

 「また機会があるさ。それと、これは俺からのプレゼントだ・・・受け取ってくれ」

 そう言いながらルルーシュが差し出したのは、ピンク色のオリーブの花が刺繍されたチョーカーだった。中央にはユーフェミアの誕生石であるピンク色のトルマリンが飾られている。

 オリーブの花言葉は“知恵”と“平和”だ。それに気づいたユーフェミアは嬉しそうにルルーシュに抱きついた。

 「ありがとう、ルルーシュ!私大事にするわね」

 「喜んでくれれば何よりだ。作った甲斐がある」

 「ほんとあんた器用なのね。料理だけじゃなくて手芸も得意なんて」

 手芸も得意なルルーシュに、カレンが女として敗北感を感じていた。
 こいつと結婚する女は、ある意味非常に勇気がいるのではないだろうか。

 「ああ、成長期の服は馬鹿にならないからな。大きめの服を買って裾詰めは基本だぞ。
 刺繍をして破れた部分をあしらったり・・・何だ、どうしたんだそんな顔をして」

 元皇子とは思えぬ生活臭に満ちた台詞にユーフェミアは罪悪感に満ちた顔になり、スザクは家事一般をこなしていた過去のルルーシュを思い返し、カレンはまた余計なことを聞いてしまったと彼から目線を逸らした。

 微妙な雰囲気の中今度こそカレンのマンションを出ようとした刹那、インターフォンがやや乱暴に鳴らされてドアが開けられる音がした。

 「シュタットフェルト伯かい、カレン?」

 「まさか・・・父さんならインターフォンなんて鳴らさないわよ。私、ちょっと見てくる」

 「僕も行くよ。ルルーシュはユフィと一緒にいてくれ」

 「解った、気をつけろよ」

 スザクとカレンが連れ立ってリビングを出ると、ホールにいたのはコーネリアだった。
 背後にギルフォードとダールトンもおり、さらに数人の軍人がいたので二人は仰天した。

 「コーネリア総督?!」

 「ユフィがここにいると聞いてな・・・それと、ルルーシュもだ!」

 「!!!」

 何でバレたと二人が顔を青ざめさせるが、時間を稼ごうとしたカレンが何とかブリタニア皇族のルルーシュではないとごまかすべく、慌てて言った。
 
 「あの、アッシュフォード生徒会の元副会長のルルーシュが何か・・・?」

 「・・・ああ、そうか、シュタットフェルト伯爵嬢は知らないのか」

 てっきり全て知ってのことかと思っていたがユーフェミアに命じられてこの逢瀬をセッティングしたのかと、コーネリアは勘違いした。
 よってここで彼の正体を暴露するのはやめておこうと、スザクをギロリと睨みつける。

 「言いわけは後で聞いてやる。とにかく二人の元へ案内しろ!!」

 「・・・イエス、ユア ハイネス」

 そう答えるしかないスザクに防音効果があり過ぎておそらくこの会話が聞こえていない二人にどう伝えようと、カレンが考えを巡らせるがどうにもならない。
 もしここにアルカディアがいることがバレたらルルーシュがゼロであることも解ってしまい、さらに自分の正体も芋づる式にばれてしまえばいろんな意味で終わってしまう。

 コーネリア達がリビングに飛び込むと、そこにいたのは最愛の妹とカレン達が出て行った後大急ぎで変装した茶髪で青い瞳をしたルルーシュだった。
 じっとその少年を見つめていたコーネリアはつかつかとルルーシュに歩み寄ると、すっとそのかつらを剝して言った。

 「やはり・・・ルルーシュか」

 目の前の黒髪の少年に確信を持ったコーネリアは、背後のユーフェミアとスザクに向かって怒鳴った。

 「ルルーシュ達が生きていたことを、どうして言わなかった?!
 特に枢木、お前はアッシュフォードにいた時点で知っていたのだろう?これは不敬に値する怠慢だぞ!」

 「怒らないて下さいお姉様。スザクはルルーシュに頼まれて言わなかったのです!!
 でも私にだけこっそり報告してくれたんです。だからその責は、口止めした私にあるんです!!」

 あながち嘘でもない言葉にコーネリアはスザクを睨んだが、先に主君たるユーフェミアには事実を報告し、さらにそのユーフェミアが黙って口止めをしたのならスザクを責めるわけにはいかぬと、先ほどから黙っているルルーシュに向かって言った。

 「さっさと私に報告していればよかったものを・・・!だが済んだことだ。
 さあルルーシュ、話は政庁に戻った後で・・・ああ、ユフィの誕生日にお前が見つかるとは・・・!」

 心底から嬉しそうなコーネリアが差し出した手を、ルルーシュは無表情に振り払った。

 「残念ですが姉上、俺は戻る気はありませんよ。だからユフィは俺達の生存を報告しなかったんです」

 「なんだと・・・どうしてだルルーシュ。お前が生きていたと知って、私がどれほど安堵したか」

 (全く姉妹揃って余計なことを!少しは考えて行動しろ)

 ユーフェミアの時とは違い会うなら今しかないと考えたのだろうが、いきなりの不意打ちにルルーシュは内心で唇を噛む。

 「どうして、ですか・・・貴女ほどの方が、その理由に気づかぬと?」

 ふっと嘲ったように笑う末の弟に、こんな顔をする弟だったかとコーネリアは怯んだ。

 「この日本侵攻の開戦理由を覚えておいでか、姉上?」

 「それはお前達がイレヴンに殺されたと・・・あ・・・!!」

 「そうですね。ではここにいるルルーシュはいったい何でしょうか?まさかゴーストだとでも?」

 皮肉っぽい口調で笑うルルーシュに、彼がどうしてブリタニアに戻らなかったのかを悟った。

 「俺達は確かに殺されかけましたよ、姉上。あの男が差し向けた刺客にね。
 自分達を殺そうとした男の元になど、戻るわけがないでしょう。どうせまた他国に同じ理由で送られるだけですからね。
 ユフィも解っていたから、俺達が生きていることを報告しなかったのです。感謝していますよ」

 「だ、だがルルーシュ、このままでは・・・」

 「俺はブリタニアの世話にだけはならない。このまま放っておいて頂きたい」

 ルルーシュはコンタクトを外してこの場の全員を操り、この件をなかったことにしようと考えた。
 
 (俺に従えと命じれば、日本奪回戦での条件も全てクリアだ。
 ・・・コーネリアが俺の支配下にあるとなれば、マグヌスファミリアの連中も是が非でも殺せとは言わないだろう)

 役に立つなら生かしてもいいと、現実主義の彼らなら言うはずだと読んだルルーシュがコンタクトを外そうと左目に手をかけた時、場違いな子供の声が響いた。

 「ちょっと待ってコーネリア。ルルーシュは僕が連れて行くよ」

 「何だ、お前は!子供の出る幕ではない!!」

 コーネリアが叫ぶとギルフォードがその子供の肩をつかんで外に連れ出そうとする。

 「ルルーシュ殿下のお知り合いか?だがあの方はこれから政庁に・・・」

 「知り合い・・・といえばそうなのかあ?子供の頃顔くらいは合わせたし・・・でもまあどうでもいいよ。
 僕はV.V。君を捕まえに来たんだ、ゼロ」

 「な・・・なんだと・・・?ルルーシュが・・・・?」

 コーネリアが絶句してルルーシュを凝視するが、ルルーシュは否定せずにV.Vと名乗った子供を睨んでいる。

 「まさか・・・本当に・・・・?」

 サイタマで自分が殺そうとしたのがかつて憧れた女性の息子で、さらに大事にしていた末弟であり、クロヴィスを殺した男と同一人物であるとコーネリアは信じたくはなかった。
 だが思えばカワグチ湖で自分の性格を見透かしたようにユーフェミアの救出を申し出たり、妹に『ブリタニア皇帝の子供だからクロヴィスを殺した』と言いながらユーフェミアを殺さなかったことといい、思い当たる節が確かにいくつもあった。

 一方、そんな姉の心情など思いやるどころではないルルーシュは、エトランジュ達が言っていたブリタニアにいるコード所持者だと、名前から気付いた。

 「V.V、だと・・・まさか貴様は!!」

 「うん、たぶんそれで正解。だから僕は君が邪魔なんだよ。
 特区を張らせて正解だったなー。絶対ここに来るって思ってたんだ」

 特区に派遣したのは、“特定の人物を感知するギアス”を持つギアス嚮団の男だった。
 アッシュフォード学園からルルーシュの情報を得たV.Vは駐車場ですれ違った時に既にゼロであるルルーシュが特区に来たと知った男からの報告を受け、V.Vは特区にやって来たのである。

 「アッシュフォードじゃ君、結構有名だったんだね。生徒に聞いたらあっさり情報が手に入ったよ」

 「貴様・・・!」

 ルルーシュがコンタクトを外してコーネリア達を手駒に変えてV.Vを捕えようとすると、猛烈に眠気が襲ってきた。
 周囲を見ると、コーネリアやユーフェミアは既に昏倒している。
 スザクだけが何とか抗おうと自ら傷つけて眠気をこらえようとしているのが見えた。

 「ルルーシュ!にげ、ろ・・・!」

 「タフだねえ、君・・・でも、無駄なことはやめなよ」

 V.Vの言葉にスザクが首を横に振るが、背後から現れた男に後頭部を殴られて気絶する。
 それを見たルルーシュもまた、おそらくはギアスによるものであろう眠気に耐えきれず、その場に倒れ伏す。

 「ギアス能力者はマグヌスファミリアだけじゃないんだよ。
 ここで殺すといろいろ面倒だから・・・とりあえずお休み」

 V.Vが手を振ると、外から“周囲の人間を眠らせるギアス”を持つ男を含んだギアス嚮団員が入って来た。

 「いったんどこかに運んで、始末しなくちゃ」

 V.Vの声が、ルルーシュの脳裏に鈍く響き渡る
 ルルーシュの意識はその声を聞きながら、暗い眠りへと沈んでいった。



[18683] 第九話  呉越同舟狂想曲
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/08 12:02
 第九話  呉越同舟狂想曲


 ルルーシュがV.Vによって連れ去られた後、別室にいたために難を逃れたアルカディアは誰もいなくなったのを見計らって行動を起こした。
 さすがにあの場では多勢に無勢で、どうこう出来る自信がなかった。
 確実にドアの外にギアス能力者がいるのだ、自分のギアスで外に出てルルーシュを助けようものならギアスの効かないV.Vに見つかり、こいつを捕まえろと命じられればそれで終わりだ。万一本人を殴って気絶させることは出来ても、どんな手で逆襲されるか解ったものではない。
 エドワードに変装するとそっと部屋を出て、まずはリビングの外で眠っているカレンを起こしにかかる。

 「起きて、カレンさん!」

 「あ・・・う・・・アルカディア、様?」

 「よかった、目を覚ましたんだね。今僕はエドワードだから、呼ぶ時は気をつけて」

 目を覚ましたカレンにそう注意したアルフォンスは、はっと慌てたように言った。

 「どどどうしよう、ルルーシュがコーネリアに!!」

 「うん、よく聞いてねカレンさん。隣室で窺ってた限りじゃ、どうもゼロの正体までバレたみたいでね」
 
 「え・・・!それじゃちょっと!!」

 「黙って聞いて。その理由って言うのがブリタニアの諜報員が探り当てたからで、彼が誘拐されたみたいなんだ。
 今から僕は彼を探しに行くけど、カレンさんはここにいてブリタニアの動きを報告してほしい。幸いコーネリアは君の正体に気付いていないしルルーシュ・ランペルージが皇子だったことも知らないと思っている。
 だから今回ユーフェミア皇女と会わせたのはあくまでユーフェミア皇女からの命令に従っただけということにするんだ」

 「でも、私が付いていながら!親衛隊長なのに!私も探しに出ます!」

 今にも飛び出そうとするカレンを、アルフォンスが慌てて押し止めた。

 「だけど、君じゃどうやったって彼を探せないよ。もしかしたら軍部に捕まったかもしれないし、もしそうだったら君の家の力が役に立つんだ。
 君を窮地に追いやるわけにはいかないな」

 「・・・解りました。ゼロを、お願いします」

 理路整然と説明されて納得せざるを得なかったカレンの了承を得ると、続けてコーネリアを起こしにかかる。
 
 「コーネリア総督、ユーフェミア副総督!!どうされたんですか?」

 ここぞとばかりに力を込めてコーネリアの頬を叩いて起こすと、ゆっくりと目を見開いた彼女にいかにも申し訳なさそうに謝った。

 「乱暴に起こしてしまって、申し訳ありません!!
 その、意識がなかったようなので、慌ててこんな手段になってしまいました!」

 「あ、ああ・・・それはいいが・・・いったいなにが・・・?!」

 「それはこちらが伺いたいくらいなんですが・・・カレンさんのところで休ませて貰おうとしたらドアが開いていて、みんな倒れていたのでこちらもびっくりして・・・」

 首を傾げるアルフォンスの言葉に、徐々に覚醒したコーネリアは叫んだ。

 「あ・・・ユフィ!!それとルルーシュは?!あの子供はどうした?!」

 「はい?誰ですそれ。僕が来た時には倒れている皆さんしかいませんでしたが・・・」

 すっとぼけるアルフォンスの答えに、ユーフェミアが眠っているだけで外傷がないことを確認したコーネリアは、慌てて自らの騎士であるギルフォードとダールトンの頬を軽く張り飛ばした。

 「ギルフォード、ダールトン、起きろ!!ルルーシュが何者かに連れ去られた!!」

 「う・・・姫様・・・!!」

 主君の焦りきった声に覚醒した二人は、はっと飛び起きてまだよく状況が解っていない様子のコーネリアを見つめた。

 「う・・・確かルルーシュ様とお会いした後、突然子供が現われてルルーシュ様は自分が連れて行くと言って・・・その後は猛烈に眠くなって以降の記憶が・・・」

 「ダールトン将軍もですか。私もです。
 ただその前にその子供が・・・ルルーシュ様がゼロだと言っていたような・・・」

 「お前達もそう聞こえたのか・・・おそらく、そうだろうな」

 コーネリアが信じたくはないという口調で肯定すると、二人は驚愕した。
 そこでコーネリアが部外者であるエドワードことアルフォンスとカレンの存在を思い出し、今の台詞が聞こえたかと焦るが何故か姿が見当たらない。

 「つい先ほどの青年はどこに行った?私を起こした男だが・・・シュタットフェルト伯爵嬢もだ」

 「男、ですか?それはいったい・・・」

 二人が顔を見合せていると、キッチンの方から足音が二つ聞こえてきたかと思うと、リビングにやって来た。

 「エドワード殿!」

 ダールトンが知人である青年を見て少し安心すると、知り合いかとコーネリアが視線で尋ねた。

 「はい、特区プログラムを担当している協力者です。
 元アッシュフォード学園の大学生だった縁で、カレン嬢と知り合ったとか」

 「ああ、確かホッカイドウで長期入院していたとかいう・・・」

 アルフォンスが普通にトレイに水差しとワインの瓶を載せてやって来たので、今までの会話は聞こえていなかったようだとほっと胸を撫で下ろす。

 「水をお持ちいたしました、コーネリア総督閣下。今カレンさんもすっかり覚醒されたようで、人数分の水をお持ちしました。
 あと、着付け薬代わりにワインを・・・」

 「あ、ああ、ありがたく頂こう。ユーフェミアを頼む」

 「かしこまりました。あの、コーネリア総督閣下は・・・」

 アルフォンスは事情なんて何も知りませんと言うように尋ねると、コーネリアはワインを飲み干しながらとにもかくにもルルーシュを確保しなくてはと思い、ギルフォードとダールトンを連れてマンションを出ようとする。

 「緊急事態が起こったゆえ、我々が対処する。今回の件は特殊でな、決して口外しないで貰いたい」

 「承知いたしました。
 パーティーの方はユーフェミア副総督閣下に何とかお顔を出して頂いて、コーネリア総督閣下の方は特区の視察に極秘で向かったと言っておきましょうか?」

 「そうだな、穏やかな形で取り繕うに越したことはない。よしなに取り計らえ」

 「イエス、ユア ハイネス。ユーフェミア副総督が起きられましたら、そちらに連絡いたしますのでご安心を。
 とりあえず速やかにこちらから特区庁のほうにお送りいたします」

 てきぱきとこちらの都合のいいように対処するアルフォンスがまさか自分を半殺しの目に遭わせた本人だとは知らぬまま、カレンがいることもありルルーシュの確保が先だとコーネリアはギルフォードとダールトンを引き連れてマンションを出て行く。

 それを冷ややかな目で見送ったアルフォンスは、口裏を合わせて貰うために再びアルカディアに戻るとユーフェミアにワインを飲ませて起こした。
 ちなみに横ではスザクがカレンにコップの水を被せられて覚醒させられている。

 「ん・・・あ、あら・・・?」

 「うわっ、冷めたっ・・・!」

 「さっさと起きろ!!マジでやばいんだから今!!」

 水と共に怒声を浴びせられたスザクが飛び起きると、右足に痛みを感じてそちらに視線を移すと、そこからは赤い血が流れていた。
 
 「俺は・・・いったい・・・・あ・・・!」

 ルルーシュの正体がコーネリアにバレたことを思い出したスザクとユーフェミアは、カレンに詰め寄った。

 「ルルーシュ!ルルーシュはどうなりました?!」

 「な、何があったんだよ!どうしてここにコーネリア総督が!
 それにあの子供、何でルルーシュがゼロだって知ってたんだ?!」

 「私が知るか!!今それを調べにアルカディア様が出られるんだけど、その前に口裏合わせなくちゃいけないからってまだ残ってんだから!!」

 「ああ、彼女は隣にいたから助かったのか・・・だったら何であの時すぐに助けに出なかったんだ?!」

 「あの状況でアルカディア様が出たって、捕まるだけで意味ないでしょうが!!」

 「う・・・・それもそうだね。ごめん・・・」

 自分と同じ身体能力を持たない人間が出たところで、どうせ即座に眠らせられたか殺されたかのどちらかである。
 スザクがまた短絡的に言ってしまったと反省しているが、アルカディアはウザクなので仕方ないと、1ミクロンも気にしていなかった。
 それに彼は彼なりにルルーシュを思っており、自身を傷つけてまでどうにか抗ったことを知っていたし、混乱しているだけだと解っていたのだ。

 「落ち着いて!状況説明した後そっちと打ち合わせるから、よく聞いてね」

 アルカディアの低い声に二人が頷くと、カレンも真剣に彼女の言葉を頭に叩き込むべく彼女を見つめる。

 「もうゼロがルルーシュ皇子だとはほぼ確定すると思うの。
 ただしそれを公表することはないと思うから、神根島でゼロ=ルルーシュだと知っていたと言いなさい。下手に隠しても意味はないから」

 「え、でもそれじゃ・・・!」

 「最後まで聞け。ただし、その後ユーフェミア皇女に『ルルーシュとコーネリア総督は戦って欲しくなかったから、日本をよくすればゼロは他のエリアに行くって言ったから特区を作った』と言うのよ。
 これは事実だし、それで二人がどう繋がっているかを知って貰えればユーフェミア副総督とあんたに咎めが行くことはない」

 何しろユーフェミアがやると決めたことなのだ。スザクはそれに従っただけとすれば、ルルーシュの生存を隠していたのも確かにユーフェミアの意志があったのだから、それほど責められることはないであろう。

 「神根島でのことは、カレンさんの正体だけ隠して貰えればいいわ。後はこっちでゼロを救出するから、絶対動くな。
 いいわね、絶対余計なことするんじゃないわよ?!」

 大事なことなので二回言いました、とばかりにアルカディアが念を押すと、スザクはコクコクと頷くが、ユーフェミアは何やら考え込んでいる。

 「カレンさんの方はついさっき私がダールトンに提案したように、そっちから貴女のお父さんにコーネリア総督の不在を取り繕うように頼んでおいてね。
 ユーフェミア皇女は騒ぎにならないよう、すぐに特区庁に戻ってパーティーに出席してちょうだい。難しいと思うけど、なるべく楽しそうにね。
 じゃあ私は今からちょっと情報整理してくるから」

 定期連絡の時間までかなりあるのだ、それまでに情報を集めてことの事態を報告してどうするかを相談するしかない。
 何しろ相手はギアス能力者だから、自分達が相手をする他ないのである。

 アルカディアはそう言うが早いかカレンの部屋に飛び込んで勝手にパソコンを起動させると、特区内の監視カメラの画像を見ることが出来るプログラムを開いた。

 膨大なカメラの量だがこのマンションの出入り口および特区出入り口を調べると、あからさまに怪しい長髪の子供とそれに従うように歩いているグループを見つけた。

 「取り繕う気もないみたいね・・・お陰ですぐ見つかったけど」
 
 「確かにこの子供だわ。何者かしら?」

 眠気が来る前に確かに見たのはこの少年だと証言したカレンに、ここまで堂々としていればパーティーでコスプレをしている貴族の子供とその従者達に見えなくもないかと、強引に納得することにした。

 「隣室で様子を伺ってみた限りじゃ、どうもブリタニアの秘密工作員みたいだったわ。
 貴女達を眠らせたのも、多分眠り薬でも撒いたんだと思う」

 実際はギアスなのだが、アルカディアが助かったのはおそらく有効範囲外にいたからだろうと予想している。
 このことからこのギアスの持ち主の有効範囲はせいぜい二十メートル以内だと予想出来るが、接近戦を得意とするアルカディアには分が悪い相手だった。

 「出て行ってからまだ15分過ぎたくらいだから、まだ特区から出てないな・・・ここにいる間に奪回しないと」

 「出来そうですか?」

 「解らないわ。ただエディ達がここに来れるかどうか・・・今アキタだからね」

 間の悪いことに現在、エトランジュはジークフリードと共にアキタに行っている。
 白人なので普通にモノレールを使ってアキタに行っているが、それでも戻るまでかなりの時間がかかる。

 (私だけじゃ分が悪すぎる!ジークフリード将軍はエディと一緒だし、クライスはナナリーちゃんの護衛で離れられないし・・・くっ、ゼロがいると思って他にギアス能力者を呼ばなかったのがまずかった!
 でもマオがトウキョウにいるのがまだ救いか・・・彼ならすぐに彼の居場所が)

 もしナナリーまでもがさらわれでもしたら、ルルーシュを奪還出来てもその後の活動に大きな支障が出る。何としてでも彼女は守らねばならないから、クライスを呼ぶ訳にはいかない。

 「・・・乱暴な手段を取ることになりそうね」

 「仕方ないと思います。私で出来ることなら、何でも言って下さいね」

 「ありがとう、カレンさんお願いするわ・・・っと、失礼」

 定期連絡の時間でもないのにリンクが開き、エトランジュの慌てたような声が脳裏に響き渡った。

 《アルカディア従姉様、今マオさんから伺ったのですが、ゼロが誘拐されたというのは本当ですか?!》

 《え、その通りだけど何で解ったの?》

 驚いたアルカディアに、エトランジュはうろたえながらも答えた。

 《私、アキタに今ジークフリード将軍とマオさんと三人で来ていて・・・マオさんがC.Cさんから今聞いたと連絡を受けたんです》

 《げ、マオも今そっちにいるの?!呼ぼうと思ってたのに!!》

 重要な切り札のマオがはるかアキタと知って、アルカディアは泣きたくなった。

 《アキタからここまで、どれくらいかかる?》

 《今モノレールに乗って一時間くらいですが、あと二時間はかかります》

 《やっぱりそれくらいかかっちゃうか。いい、大声出さないでよく聞いてね。
 犯人は解ってるわ、ブリタニア側のコード所有者のV.Vよ。おまけにそいつがゼロの正体までコーネリアにバラしたというおまけつきで》

 それは聞いていなかったのか、エトランジュが息を呑んだ。

 《今から急げば特区内のゼロギアスをかけた連中で取り押えられるかもしれないわ。
 何とかしてみるから、急いでマオを連れてきて!》

 《何この最悪な展開・・・予知されてなかったの?》

 マオがまさかのルルーシュ誘拐という事態に驚いた様子で尋ねると、エトランジュもアルカディアも首を横に振った。

 《私達に関係する予知じゃないと出来ないし、自動発動型だからね・・・アイン伯父さんは何て言ってた?》

 《予知はしていないようですが、何かあったらすぐ知らせるとのことなので五分おきに聞くことにしました。
 ・・・あちらからもリンクを開けられればタイムラグが避けられるのですが》

 《そう言うところもこういう時はまだるっこしいわね。でも文句言っても仕方ないわ。
 ホント急いで!それだけが今の私の望みだから!!》

 《ゼロには必死でこっちから呼びかけてるんですけど、全然起きなくて・・・!
 彼とリンクが繋がったらお知らせするので、それまでお待ち下さい!》
 
 自由に動けるのが自分一人とあって、アルカディアはかなり混乱しているようだとこの会話の内容を聞いていた一族とマオは、本当にまずいなと現在の状況がかなり悪いことを改めて実感する。

 と、そこへユーフェミアがおそるおそる口を開いた。

 「あの、特区をこちらの権限で封鎖しましょうか?
 そうすれば特区の外には出られないでしょうから、奪還しやすくなると思いますけど」

 「それは、確かに特区外に連れ出されるとちょっと困るとは思ってたけど・・・」

 実際のところルルーシュとの間にリンクは繋がっているので、ルルーシュさえ覚醒出来れば居場所はすぐに判明するのでそこまで気にしていなかった。
 だがもしかしたらギアスを無効にされる可能性がなきにしもあらずな上、ルルーシュのギアスが視覚型と知っていたら目を塞がれているだろうからこの特区内で奪還するに越したことはないと、アルカディアは考えを変えた。

 「騒ぎを起こさずに封鎖するなんて出来るの?」

 「ちょうど今たくさんの人達が集まっていて、出入り口が混み合っていると思うのです。
 いつもは東西南北の門それぞれで入場と出場が可能になっているのですが、今日だけ効率化のために南門と東門を入場門に、北と西を退場門にしてあるので、出口を封鎖するだけならたぶん・・・」

 「・・・よし、じゃあ今からちょっと退場門のプログラムを操作して、退場する時に使う身分証の認証にエラーを起こさせるバグを起こすわ。
 そのため退場門が使えないので、復旧するまで退場は無理だと通達してちょうだい」

 アルカディアの案に、カレンも賛成する。

 「今は特区に入場する人は多いけど出る人は少ないですし、今は昼を過ぎたばかりで帰る頃には復旧するだろうと考えてそれほど騒がないと思いますから、それでいいんじゃないでしょうか」

 「それもそうね。コーネリアもゼロを追っていったから、そうすると言えば許可するでしょう。
 じゃ、ちょっと始めるとしますか」

 アルカディアがキーボードを叩いて特区プログラムにアクセスすると、さっそく身分証の認証エラーを起こすようにプラグラムを改ざんし始めた。
 それを見ながら、ユーフェミアは特区内で通じる電話を使って姉に連絡する。

 「お姉様ですか?あの、今ルルーシュを追っているんですよね?
 まだ見つかってないそうですが、特区を封鎖するために・・・そうです、既に手配して下さった方が・・・はい、解りました。パーティーのほうにはきちんと出ます。
 ・・・はい、ごめんなさいお姉様。でも・・・はい」

 受話器を下ろしたユーフェミアが溜息をつくと、アルカディアに報告する。

 「まだルルーシュは見つからないそうですが、そのルルーシュを連れ去った子供のほうはまだ特区から出ていないから封鎖しようとした矢先だったそうで、さっきのアイデアを話したら許可が出ました。
 パーティーに出てこのことは隠し通せとおっしゃられて・・・」

 「その方がいいでしょうね、早く戻りなさい。この件はカレンさんを通じて、貴女にも結果を伝えるから。
 ・・・協力してくれて、ありがとう」

 アルカディアが心から礼を言うと、まさかお礼を言われるなど想像していなかったユーフェミアは驚きながら言った。

 「アルカディアさん・・・こちらこそ、ありがとうございます。
 あの・・・ルルーシュをお願いします。私の大切な人なんです」

 「解ったわ。今日はコーネリアからいろいろ言われるでしょうけど、もうここまで来た以上言いたいこと言ったら?」
 それしかアドバイス出来ないけど」

 「ええ、覚悟しています。もう逃げることは出来ないのでしょうね」

 特区が成功してルルーシュが日本以外で活動してから、彼の許可を取ってコーネリアとは話し合えたらと考えていた。
 逃げていたととられるかもしれないが、まず自分達がルルーシュと戦いたくないことと特区で日本人を守りむやみな争いをしたくないことを信用して貰うためにもと、彼女はここまで頑張って来たのだ。

 「せめてお姉様をEUに赴かないように出来たら、これ以上姉弟で戦うことはないと思ったのに・・・」

 ユーフェミアの泣きそうな顔に、スザクが彼女の肩をそっと支える。

 「とにかく、ルルーシュをこの人に託して逃がすことを優先しよう。
 まずは会場に戻って、異変をみんなに知られないようにした方が・・・」

 「そうね、スザク。せっかくみんなで楽しんで貰うためのパーティーですもの」

 ユーフェミアは滲んできた涙を拭きとると、カレンのほうを見つめて言った。

 「何かありましたら、カレンさんを通じて連絡させて頂きます。では、後はよろしくお願いします」

 「了解。そっちも頑張ってね」

 ユーフェミアは頷くと、スザクとカレンを伴ってマンションを出た。
それを見送ったアルカディアは再びパソコン画面を見つめ、ルルーシュ救出作戦を考え始めるのだった。



 マンションの地下駐車場で何も解らないまま車内に取り残されていたニーナが途方に暮れていると、青ざめた表情のユーフェミアがスザクに支えられるようにして戻ってきた。
 傍には苛立った様子のカレンもおり、何かよくないことが起こったのだとすぐに解った。

 「ユーフェミア様、どうなさったのですか?!ひどいお顔・・・」

 「ああ、ニーナ・・・どうして貴女がここに?」

 「あ、あの、実は私・・・」

 ニーナが連絡役として居残ったユーフェミアの執務室で、例のデジタルペットのプログラムを送ってくれたルルーシュへの御礼状を書いていたらコーネリアが来て、その時の内容がたまたま彼女の目に入ってルルーシュという名前に反応したのだと答えると、まさかそんなところからルルーシュの生存がバレるとはと三人は額を押さえた。
 さすがに幾通りものパターンを瞬時に考えられるルルーシュといえど、偶然までは予測出来なかったようだ。

 「全然予想してなかったわ・・・ルルーシュも聞いたら驚くでしょうね・・・」

 「ルルーシュはユーフェミア様のお知り合いだったのですか?」

 ユーフェミアの呆然とした台詞にニーナがおそるおそる尋ねると、三人はどう説明しようかと考え込んだ。
 しかし下手に隠しだてすることも出来ないため、腹をくくったユーフェミアが車に乗り込むと運転手に車を出すように言い、後部座席と運転席を遮断して音声を外に出さないようにした後にニーナに命じる。

 「このことは、絶対に誰にも言ってはいけません。これは皇室の秘事ですから、約束して頂けるのならお話しましょう」

 「・・・解りました。絶対誰にも言いません」

 かなり悩んだニーナだが、カレンが知っているのなら自分もという対抗意識に駆られてその命令を了承すると、ユーフェミアはルルーシュがゼロだということを除いて話した。

 「ルルーシュは私の異母兄なのです、ニーナ。閃光のマリアンヌというかつて七年前に暗殺された父の妃の長子なのですわ。
 子供の頃一番仲が良かった異母兄なのです」

 「え、ルルーシュが?!あ・・・そういえばマリアンヌ様のお子様がこのエリア11で暗殺されたって・・・え、でも生きてますよね彼?」

 「・・・殺そうとしたのは日本人ではありません。開戦の口実を欲しがった父シャルル皇帝なのです」

 「え、ええええ?!」

 あまりに衝撃的な告白にニーナは唖然とするが、もともと頭の良いニーナはある程度事情を推理出来た。

 「そ、それで皇室から逃げて素性を隠してたんですか。カレンさんを通じて、ルルーシュ・・・様の生存を知って?」

 「前半はその通りですが、後半はちょっと違いますね。七年前留学という名目で送られたルルーシュとナナリーがいたのがスザクの家だったので、スザクから知りました。
 アッシュフォードで再会したのは偶然のようなのですが・・・」

 「そうだったんですか。それでルルーシュはスザクを親友だと・・・」

 「絶対ブリタニアには戻らないと言うので私も隠していたのですが、今日バレて・・・いえ、ニーナのせいではありませんよ。
 事情をお話ししなかったのはこちらの落ち度ですし、そろそろ隠しきれるものではなかったのですから」
  
 全ての事情を知ったニーナはこの一連の騒動の理由に納得したが、それでどうして今この場にルルーシュがいないのかと首を傾げる。

 「あの、そのルルーシュは今どこへ?」

 「・・・事情が事情なので、今少しいろいろとトラブルが起こっているのです。
 今はお姉様にお任せして、パーティーのほうに専念した方がいいと思って」

 「わ、解りました。誓って他言致しませんのでご安心くださいませユーフェミア様」

 ニーナは秘密を打ち明けて貰えたことに満足したが、それ以前に知っていて協力していたスザクとカレンに嫉妬を覚えた。
 だが事情を見れば情報の出所がスザクなら仕方ないし、カレンも同じ学園にいて伯爵令嬢という身分で彼との逢瀬を手引き出来ていたのだからと強引に納得するしかなかった。

 「私、私も何でも協力させて頂きますから、何でもお申し付け下さいね!」

 「ありがとう、ニーナ。でも、この件はとてもデリケートなので無理はさせたくないの。ルルーシュの生存が本国に知れたら、どうなることか・・・」

 日本人によって殺されたはずの皇子が生きていたと知れば、開戦理由が不当なものだとなってさらなるテロに繋がりかねない。
 何より彼がゼロだと知られればどうしようと、ユーフェミアは頭が痛くなった。

 「もう・・・本当にブリタニアをどうにかするしかないのかもしれませんね」

 七年前に政治の道具にするために殺すことを前提に母を亡くした兄妹を捨てて敵国に送った父に、さらにシンジュクで無差別に毒ガスを散布したと偽って日本人を殺した異母兄に、テロリストの囮にするために関係のない民を巻き込んだ作戦を行った実姉に、それらすべてを否定して家族を殺すと決めたルルーシュに、それをただ黙認し続けている自分に・・・まったくもって自分を含めた我が一族は狂っているとしか思えない。
 
 そして今また、ルルーシュを連れ去ったのはブリタニアの工作員だという。
 状況を見れば確かにその通りだろうし、実はあの時見た子供の容姿が気にかかっていた。

 (あの子供・・・どこかで見たような気がするわ。どこだったかしら・・・?)

 ユーフェミアが懸命に記憶を探ろうとするが、答えが出てこない。
 それもそのはずで、彼女が見たのはたった一度だけでしかもそれは写真だった。
 父シャルルがペンドラゴンにある名門学園中等部に在籍していた頃の写真で、まだ幼さを残していた彼の姿をさらに小さくすれば双子であるV.Vになるのだ。
 だが六十を過ぎていかつい老人となっていた父と子供とがどうしても結びつかず、ユーフェミアは思い出すことが出来ずに溜息をつく。

 せっかくの誕生日だったのに、まさかこんなことになるとは露とも思わなかったユーフェミアは、とにかく騒ぎにならないように、またルルーシュが無事に特区から脱出出来るように祈るのだった。



 その頃V.Vは日本経済特区から出ようとしていたが既にアルカディアの提案をユーフェミア経由で呑んだコーネリアによって出口を封鎖されてしまい、とりあえず取っておいたホテルにルルーシュを監禁してつまらなそうに椅子に座っていた。
 ベッドには拘束されてアイマスクをつけられたルルーシュが転がされており、ロロを含めた三人のギアス嚮団の男が控えている。

 「あーあ、さっさと外に出て始末して、海にでも沈めてしまおうと思ったのになあ」

 「いつまでも封鎖は出来ませんV.V様。しばらくお待ちになった方が・・・」

 「解ってるよ。今はお祭り騒ぎで退屈しなさそうだから、まあいっか」

 V.Vはそう言いながらテレビを見始め、他の嚮団員達はルームサービスを手配したり荷物を整理したりしていた。
 ロロはベッド脇の椅子に座り、眠りにつくルルーシュの顔をじっと見つめている。

 (この前お菓子をくれた人が、ゼロだったなんて・・・)

 何とも皮肉な巡り合わせにロロは何とも言えない気分になったが、それがなんというものなのか解らずにじっとルルーシュを見つめている。
  
 (この人を・・・殺すのか・・・)

 いつもしていたことなのに、あの時優しく手当てをしてくれた人物をと思うと、何故か嫌だった。

 じっとルルーシュの寝顔を見つめていたロロだが、それに夢中になるあまり彼が既に起きていることに気付かなかった。

 《・・・なるほど、大まかな動きは理解しましたエトランジュ様。お手数をおかけして申し訳ない》

 《それはともかくとして、どう動けばいいのか教えて下さい。アルカディア従姉様だけではどうにもこうにも・・・。
 しかもC.Cさんがおっしゃるには、C.Cさん自身も狙われていると言うではありませんか!》

 はるかアキタからトウキョウに向かう途中のエトランジュとマオ、トウキョウにいるクライスはナナリーの護衛で動けず、C.Cも狙われていると聞いてはうかつに救出に参加して貰う訳にはいかない。

 《現在俺は特区内のホテルに閉じ込められているようです。アイマスクをされている上にコンタクトを外せなかったので、ギアスも使えません。
 さらに拘束されている上に外にはむろん、すぐ近くにも見張りがいます》

 聞けば聞くほど最悪な展開に、この会話が聞こえている仲間達は顔を引きつらせた。

 《こいつらはブリタニア側の工作員、というのは確定情報ですか?》

 《はっきりとは・・・ただC.Cさんからそいつには絶対ルルーシュを渡すなと指示がありました。
 理由をお伺いしたところ、確実にルルーシュを葬るつもりだからとのことですが》

 エトランジュの報告に、やはり何か知っていそうな共犯者の魔女に溜息をつく。

 《あのV.Vとやらはそれほど危険人物ということか・・・》

 《出来ればそのコード所持者はこちらで確保したいのです。まだこちらのギアス能力者は暴走状態になっていませんが、達成人になり次第コードを奪いたいので》

 《それは確かにそうですね。しかし駒が少なすぎる・・・今から遺跡を使ってマグヌスファミリアのギアス能力者の方に来て頂くことは可能そうですか?》

 《・・・無理ですね。アイン伯父様がおっしゃるには、遺跡から日本に向かう途中でブリタニアのギアス能力者に待ち構えられているとの予知が来たそうなので》

 半ば予想していたとはいえルルーシュは舌打ちすると、発想を逆転することにした。

 《・・・コーネリアに俺の居場所を教え、救出するよう手配して頂きたい。
 こいつらから逃げるより、ギアス能力者ではないコーネリア達から逃げる方が難易度は低い》

 《しかし、そちらには周囲の人間を眠らせるギアスがあります。
 それではさきほどの二の舞になってしまうのでは?》

 《そのギアス能力者をを特定し、そいつを始末すればコーネリアが俺を救出するのは容易になる。
 ギアス能力者を始末する方法を、貴方がたから教えて頂きましたからね》

  《・・・解りました。ではアルカディア従姉様》

  《あの女と一時的とは手を組むのか・・・》
 
 家族の仇の力を借りることになるとはとアルカディアは嫌そうな顔になったが、他に方法を思いつかなかった彼女は渋々了承した。

 《いいわ、あの女の力を利用すると考えることにする。
 今特区内のホテルの出入り口の監視カメラを片っ端から見て、ゼロが監禁されてるホテルを特定しにかかってるから》

 後はギアス能力者を始末する方法をコーネリアに伝えて実行させれば、ルルーシュを救出出来る。
 もともと特区内の三分の二はこちらの手に落ちているのだし、自分の左手に刻まれた模様を使ったギアス兵を駒にすることも出来る。
 いざともなればカレンに助力を頼むことも出来るから、確かにV.V達を相手にするより効率的な手段だった。

 《じゃ、何とかしてみるわ・・・リンクだけは切らないでね》

 アルカディアはそれだけ念を押すと再びルルーシュを探すべくパソコン画面に視線を戻す。
 エトランジュとルルーシュも頷いて、彼はひたすら眠っているふりを続けるのだった。



 特区封鎖を手配したというユーフェミアにコーネリアはよくやったと思いながら、信頼出来る部下だけでルルーシュ捜索に必死になっていた。

 「早く私に報告しておけば、このような事態にはならなかったものを・・・!」

 状況を見れば神根島で既にゼロの正体を知っていたであろう妹に呆れるが、ルルーシュがきつく口どめしただろうし何よりルルーシュが反逆罪で処刑されると思えば無理もないとも解っていたので苛立ちばかりが募っていく。

 「とにかくルルーシュを確保するのが先だ!
 あの子を連れ去ったのが誰かは知らんが、ゼロの正体を知っている以上無視は出来ん」

 「いったい誰がルルーシュ様を・・・あの場でゼロの正体を暴露したのですから、黒の騎士団ではないでしょうが」

 「・・・恐らく、我がブリタニアの誰か、だろうな」

 「?!」

 コーネリアが苦痛に満ちた顔で推理すると、二人は言われてみれば確かにそれが一番可能性が高いと気づき、主と同じ顔になった。

 「落ち着け、まだ希望はある。ルルーシュをさらった奴らを捕まえた後、ルルーシュにゼロを辞めるように説得する。
 そうすればゼロの正体を知っている可能性のある騎士団とマグヌスファミリアの連中を始末すれば、ルルーシュとナナリーは私を後見人として皇族復帰させることが可能だ。
 亡きマリアンヌ様のためにも、それが一番いい方法だ」
  
 「な、なるほど。しかし姫様、ルルーシュ様を捕らえた者達が皇帝陛下の配下であったなら・・・」

 「陛下のお耳に入っていることも考えられる、か。その時は・・・」

 その時はブリタニア皇帝の臣下として報告するのが正しい道だった。
 だがそれでも出来るだけの隠ぺい工作を施し、ルルーシュとナナリーを自分の保護下に置くことに全力を尽くそうとコーネリアは思った。

 「お姉様、監視カメラの中からルルーシュを連れた人がいないか調べていたら、見つかりました!
 出口にしている北門近くのブーゲンビリアホテルですわ。金髪の子供も一緒にいましたし、間違いないと思います」

 「そうか、よくやったぞユフィ!すぐにルルーシュを助けて戻るから、もう少し待ってくれ」

 時間を見てはルルーシュを探そうと頑張った妹に感謝しながら、自分が集めた兵士に指示を出そうとするとユーフェミアが止めた。

 「あの、いきなり行ったらつい先ほどのように眠らされてしまう可能性が高いと思うんです。ですから、対策をしてからのほうが・・・」

 「ああ、それは私も思っていた。眠り薬の類だろうから、ガスマスクを持たせてあるから心配は・・・」

 ギアスではそれに対処出来ないことを知っているアルカディアは、ユーフェミアを通じて別の策を与えている。
 
 「こちらから催眠ガスなどで先に眠らせてしまったほうがいいと思うんです。
 下手に傷つけたりして後からまずい事態にならないようにするためにも、そのほうがいいと思うのですけれど」

 ギアス能力者はギアスを使うという意思のもと能力を発動させるので、逆に言えばさっさと物理的に眠らせてしまえばギアスを封じることが可能なのである。
 よって催眠ガスや眠り薬、もしくは頭に衝撃を与えるなどして昏倒させるというのは、単純ではあったが効果的な対策なのだ。

 「本当に成長したな、ユフィ。確かにもしこの件が皇帝陛下の命で行われたものなら、後々やっかいなことになる・・・そうするとしよう」

 コーネリアは妹の意見を最もなものだと思った。
 自分達に連絡が来ていなかったから知りませんでしたと取り繕うことは可能だが、不興を買わないためにも実行犯を殺さず捕まえられれば印象は大きく異なってくる。
 それに皇帝が関わっていないにせよ、事情と裏にいる者をを知るためにも生かして捕らえるのが最善なのだ。

 さらに万が一救出時にルルーシュが自分から逃げて黒の騎士団に戻りでもしたら、戦場でしか会う機会がなくなってしまう。
 何としてでも自分の手元に置いて、ゼロなどやめてこのエリア11でナナリーと共に穏やかに暮らすように説得しなくてはならないのだ。

 まさかユーフェミアにその提案を伝えたのがアルカディア、ひいては誘拐されたルルーシュ本人からの策だとは考えもしていないコーネリアはギルフォード達に指示して催眠ガスを用意させると、極秘にルルーシュが監禁されているというブーゲンビリアホテルに向かった。

 念のためにユーフェミアから送られてきた映像を確認してみると、確かに出入り口で自分達にゼロの正体を暴露した子供と十代半ばの少年の背後で、三十代の男が眠っている黒髪の少年を抱えて入っていた。

 それを確認したコーネリアは、まずはダールトンに命じてホテルの支配人に誘拐事件が発生したがこのパーティーの最中に大ごとにしたくないので極秘の協力を命じると、その先ほどの映像を見せて一行が泊っているホテルの部屋を教えさせた。

 「高層階のスイートルームか。従業員通路からそちらに向かい、ルルーシュを救出する」

 「イエス、ユアハイネス」

 ギルフォードとダールトンが頷くと、地下通路からホテルの前に到着すると支配人の案内で従業員通路へと向かう。
 極秘に呼び寄せたグラストンナイツを十名背後に従え、従業員用のエレベーターで目的のフロアに着くと部屋数が少ない上に外のパーティーに出るために外出したのか、人の気配はない。

 「姫様はここでお待ちを。まずは我々が様子を探って参ります」

 「うむ、頼んだぞ」

 ギルフォードの指示でホテルの従業員の服を着たグラストンナイツの二人が催眠ガスを隠した掃除道具のカートを押して目的の部屋まで行くと、そこそこ高級なホテルの高層階は裕福な者達が泊まることが多いので防音効果が高く、室内から音こそ響かなかったが人の気配があることくらいは解る。

 グラストンナイツの合図にギルフォードが頷くと、グラストンナイツが支配人から受け取ったマスターキーで部屋を開けると電光石火の早業で催眠ガスを投げ入れてドアを閉じた。

 室内にいたギアス嚮団の面々は突然の攻撃に驚いたが、ギアスで常に先手を打っていた彼らはギアスではない手段で反撃されることに非常に不慣れだった。
 防音効果が高いせいで外に兵士がいるなど解らなかった上、最強のギアスの一つに数えられるルルーシュの絶対遵守のギアスを防ぐことのみに目が行ってしまい、そのルルーシュを抑えたことで安堵したせいだろう、見事に油断していたのだ。

 「さ、催眠ガス?!くそ・・・!」

 「や、やられた・・・!」

 ギアスを無効出来るV.Vだが、物理的な攻撃は普通の人間同様に受けてしまう。
 よって催眠ガスによって強烈な眠気が己を襲うことを防ぐことが出来ず、頭を押さえて倒れ伏す。
 周囲の人間を眠らせるギアスを持っているギアス能力者も、能力の発動圏内が半径十メートル以内と狭いため、確実に部屋の外にいる者にまでは効かないために何とか発動したはいいが、入口にいたグラストンナイツの二名を眠らせるに留まってしまった。
 
 五分ほどが経過すると、昏倒したグラストンナイツの二名は眠っているだけと確認した後、念のためガスマスクをつけたギルフォードとダールトンがそっとドアを開けて部屋へと侵入した。

 「どうやら眠り薬を撒こうとして失敗したようですね、ダールトン将軍」

 「うむ・・・見る限りこの場にいる者達は眠っているようだが・・・」
  
 ギルフォードとダールトンは眠っているギアス嚮団の男と子供を見つけると、他にいた兵士達を呼んで拘束させた。
 そこへ同じくガスマスクをつけたコーネリアも入室すると、末弟の姿を求めて隣室へと駆け込みベッドの上で横たわるルルーシュを発見した。
 その上には十代半ばの少年、ロロも催眠ガスによって眠っており、ルルーシュの胸の上に倒れこんでいる。

 「ルルーシュ、ルルーシュ!!大丈夫か、しっかりしろ!!」

 ロロを押しのけてルルーシュを抱き起こしたコーネリアは、金髪の子供と男達を連れて行けとグラストンナイツに指示した。
 その命を頷いて了承した面々が彼らを連行すると、残ったルルーシュをギルフォードに預けて部屋を出る。

 「これでルルーシュの身柄は確保出来た。後は・・・どうするか・・・」

 「政庁でルルーシュ様のお目覚めをお待ちして、お話を聞いてから今後の展開を決めましょう。この者達の素性も調べねばなりませんし・・・」

 「そうだな・・・それにしてもこいつらは我がブリタニアの者達か?
 見たところナンバーズもいるようだが・・・」

 「どうでしょうか・・・軍の人間とは思えぬ体たらくでしたし」

 あっさりと催眠ガスにやられたことといい、何より小学生程度の子供がいるなど不可解なことばかりだ。

 「しっかり拘束しておけ。後で私自ら尋問する」

 「イエス、ユアハイネス。速やかに特区庁へ帰還する」

 ギルフォードの指示で一同が頷くと、ギアス嚮団の者達が持ち込んだものを押収して部屋から出て行くのだった。



 「兄さんがルルーシュを捕まえただと?本当かマリアンヌ」

 黄昏の間と呼ばれる遺跡の中でそう報告を受けたシャルルは、十代半ばの少女の姿をしている妃のほうを振り向いた。

 「ええ、つい先ほどC.Cから聞いたの。
 それで今あの子に協力してくれてる子達が必死になって奪回しようと頑張ってるみたいね」

 「兄さんはまた勝手に・・・それで、ルルーシュは無事なのか?」

 「今のところはね。特区を封鎖されたせいで出られなくなったみたいだから」

 マリアンヌの報告に大人しく計画成就を待ってくれない兄とそれを知らずにエリア11で暴走している息子に、シャルルは内心で大きく溜息をつく。

 「エリア11のアッシュフォードでラグナレクの接続が成るまで大人しくしておればよいものを・・・テロリストになどなるからこうなるのだ」

 「本当にねえ、誰に似たのかしら」

 くすくすと楽しそうに笑う妻を見ながら、彼なりに息子を案じたシャルルはマリアンヌのように無為に死なせたくはないと考えてあの地に送ったというのに、盛大に反逆の狼煙を上げて自ら災厄を呼び寄せる息子に呆れた。

 と、そこへ噂をすれば影で、当の騒動の発端となった兄からコードを通じて連絡が来た。

 《ごめんシャルル、ちょっとミスしちゃってコーネリアに捕まっちゃった。
 僕だけ逃げてもいいんだけど難しそうだからさ、他の嚮団員達と一緒に釈放させるように取り計らってくれない?》

 《構いませんが兄さん、どうしてこうなったのですか?》

 《ルルーシュを始末しようと特区にいたら、捕まっちゃった。中華連邦にゼロの力が及ぶようになったら嚮団も危ないしね。
 それにルルーシュなんてシャルルもどうでもいいんだろ?》

 悪びれもせずにそう無邪気に答える兄に、シャルルは何も言わなかった。

 《C.Cのコードだって必要だし、ルルーシュさえ消しちゃえばC.Cも考え直してくれるかもしれないしさ》

 《・・・そのC.Cを確保するためにも、ルルーシュが必要です。
 少し考えがありますから、ルルーシュを殺すのはやめて下さい》

 シャルルがその考えを兄に話すと、彼は納得したらしい。手を叩いて賛成した。

 《なるほど、それならいいよ!解った、じゃあ僕は釈放されたらギアス嚮団に戻るね》

 《ええ、でも勝手なことはやめて下さい。計画は大詰めに来ているのですから》

 さりげなく釘を刺したシャルルの言葉に、V.Vは解ったと頷くと交信を切った。

 「大変なことになっちゃったわねえ、シャルル」

 「兄さんの言うことにも一理あるからな。そろそろあやつに協力して貰わんことには、計画が進められぬ」

 計画遂行を何よりも重んじているシャルルだが彼は彼なりに息子を案じており、無為に死なせたいわけではなかった。
 だからエリア11に送り込んでアッシュフォードの爵位を剥奪する形でルルーシュとナナリーを保護させるように仕向け、そのまま計画成就までいればいいと考えていた。
  
 (全ての記憶を消して再度アッシュフォードの箱庭におればよい。C.Cさえ確保出来れば、そのほうがあやつのためにもよいのだ)

 ルルーシュ本人が聞けば勝手に決めるなと怒鳴るであろう本音は、優しいものではあった。
 しかしそれは激しく歪んでおり、息子を案じてはいるが利用しているという行為と並行しているが故に理解されないものだということに、彼は気付いていなかった。
 何よりもたとえ死んだとしてもまた会えるという考えの元に生死の境があいまいになっており、死んでも別に構わないというあくまでも自分中心の考えこそが一番歪なものだった。

 計画遂行という呪いにも似た思いに支配されたシャルルは、計画が成れば自分の思いを理解してくれた息子達と嘘のない世界で幸福になれると信じて、黄昏の間を出た。




[18683] 第十話  苦悩のコーネリア
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/08 12:00
 第十話  苦悩のコーネリア



 ルルーシュが目を覚ましたのは、見覚えのない豪奢な部屋だった。
 拘束こそされていなかったが見張りとしてダールトンがおり、目を覚ましたルルーシュを見て安堵の声を上げる。

 「お目を覚まされましたか、ルルーシュ様。すぐに姫様にご報告を・・・!」

 「アンドレアス・ダールトンか。その前に、少し俺の命令を聞いて貰おうか」

 ルルーシュは装着されたままだったコンタクトを外すと、ギアスを発動させる。

 「お前は俺に従え」

コーネリアの部下の中でも権限が大きいであろう彼を配下に入れておくことは、この状況下で大きな力になると踏んだルルーシュは、滅多に使わないギアスを使うことにした。
 その絶対遵守の命令がダールトンの目と耳に入り込んだ刹那、彼の主君はコーネリアからルルーシュへと変わる。

 「イエス、ユアハイネス・・・」

 「では改めて質問だ。今どうなっている?」

 「ルルーシュ様のお身柄を確保した後、政庁へ一度引き上げられました。
 ユーフェミア様がご自分の部屋へとご提案され、現在こちらでお休み頂いたのです。
 ルルーシュ様を誘拐した者どもも政庁へと送還しております。姫様はルルーシュ様のお目が覚まされればゼロを辞めるように説得なさるおつもりのようですが」

 「無駄な説得だな。まあいい・・・それで、今特区は騒ぎになっていないんだな?」

 「はい、既にユーフェミア様が手配されました封鎖は解かれ、特に騒ぎはなっておりません。今はフィナーレの花火が上がる頃かと」

 「もうそんな時間か。ナナリーが心配しているな」

 クライスが必死になってごまかしていると思うと、申し訳ない気分になる。
 しかし時間的にはエトランジュとマオがトウキョウ租界に戻っている頃合いで、マオの力を借りればここから脱出するのは容易いと考えた。

 「まったく、いらん借りを各方面に作ってしまったが仕方ない。
 エトランジュ様からの連絡を待つとしよう・・・お前は俺の命令があるまで、コーネリアに俺の覚醒を報せるなよ」

 「イエス、ユアハイネス」

 ダールトンが深々と頭を下げると、ルルーシュはテーブルの上にあった水差しからグラスに注いで飲み干した。

 (それにしても、随分長い間眠ってしまったな。特区庁ではなく政庁とは・・・さすがにここでは特区に仕込んでいた駒もプログラムも使えない)

 実は必死にアルカディアがユーフェミアを通じてここにルルーシュを留め置くように策を尽くしたのだが、ユーフェミアはともかくコーネリアが頑として聞き入れず結局ルルーシュは政庁に送られてしまったのである。
  
 ルルーシュはユーフェミアの部屋にあるテレビをつけ、特区の様子を確認した。

 「皆さん、ご覧下さいこの芸術的な花火を!
 この花火はイレヴンの花火職人が作ったもので、まるで滝のように流れる模様が素晴らしいとユーフェミア副総督閣下も大変喜ばれていたそうです」

 「器用ですねえイレヴンは・・・キモノといい、この技術は褒めてもいいものではないでしょうか」

 バルコニーに出て手を振るユーフェミアの笑顔はどこかぎこちなく、背後につき従うスザクとカレンの顔も暗い。

 それでも表面的には一時的な特区から出られないという騒ぎを除けば平穏に終わったようで、ルルーシュは特区はまだ大丈夫だと安堵する。

 「コーネリアはどうした?特区に戻ったのか」

 「一度は戻ってパーティーに出席されておられたのですが、先ほど皇帝陛下から通信があったとのことで現在は政庁に・・・」

 「あいつから通信だと?!何のつもりだあの男!!」

 ルルーシュは怒鳴ったが、ダールトンも通信内容までは知らないらしく押し黙っている。
   
 と、そこで聞き慣れた共犯者の声が脳裏に響き渡った。

 《起きたのかルルーシュ。かなりの間眠っていたようだな》

 《やっとか、C.C。そちらはどうなっている?》

 《エトランジュとマオは夕方に到着して特区に向かおうとしたが、コーネリアが黒の騎士団がゼロ奪還に向かうと考えたらしくて日本人の入場を規制し始めた。
 マオは中華連邦人だからな、見た目から日本人と思われたがアルカディアの協力で入場したが入れ違いになったので今はトウキョウ租界にいる》

 《ナナリーは無事か?俺の正体を知っているんだ、あの子も狙われているかもしれない》

 《クライスがついている。クライスもギアス能力者だそうだが、一度使うと24時間使えないという制限があるので滅多に使えないんだそうだ。
 だから今は孤児院の中にいて黒の騎士団数名を呼び寄せて護衛させている。集めた名目はゲーム大会だ》

 まさかブリタニア人であるナナリーの護衛と言う訳にもいかなかったので、エトランジュは苦肉の策で孤児院でゲーム大会をしましょうと十数名の黒の騎士団員を誘ったのだという。
 中には玉城もいてビールや酒などを持ちこんできたが子供達がいるのだからと穏やかに取り上げ、敵の来襲があっても泥酔していたいう事態を回避していた。
 エトランジュもその場におり、同じくギアスを持っているジークフリードもいるので現在二人に行い得る最高の守りだった。

 《若干不安になる奴がいるが、ナナリーとエトランジュ様のほうはそれが一番取り得る策だな。では俺を政庁から脱出させるプランに入る》

 《今マオを通じてエトランジュに連絡がいったから、そちらにリンクが繋がるだろう。
 私も助けにいくから、もう少し待っていろ》

 《待てC.C。奴らの狙いはお前も入っていると言っていたそうだな》

 ルルーシュがエトランジュから聞いたと言うとC.Cは黙り込んだ。

 《V.Vとかいうコード所持者についても、何か知っている様子だったな。それは今聞いても良いことなのか?》

 《・・・特に不都合はないと言えばない。しかし、聞けばお前、確実に怒り狂うぞ。
 それでも良いというのなら・・・》

 考え込みながらもC.Cが話そうとした刹那、ドアが開く音がした。

 《ノックもせずに入って来たのを見ると、おそらくコーネリアだろう。
 話の続きは後だ、エトランジュ様にはもう少し待って貰うように伝えてくれ》

 ルルーシュがC.Cとの会話を打ち切ると、入って来たのは案の定コーネリアだった。
 外にギルフォードを見張りに置き、ベッドに座りグラスの水を飲んでいるルルーシュに、コーネリアは安堵の表情で弟に語りかける。

 「起きたのか、ルルーシュ」
  
 「ええ、つい先ほど。俺をさらった連中から姉上が助けて下さったとか・・・それにはお礼を申し上げますよ、姉上」

 「そんなことはいい、ルルーシュ。お前が無事でよかった」

 「さて、その無事もいつまで続くことやら」

 皮肉げにそう呟く弟に、あんなにも仲がよかったというのに不信を露わにする弟にコーネリアは溜息をついた。

 「俺がゼロだと姉上はご存じのはずだ。総督としては俺を反逆者として本国に突き出すのが正しい道のはず。
 よろしかったですね姉上、これで皇族殺しのゼロを捕らえた功で、貴女の地位は安泰だ」

 「ルルーシュ、私はお前がゼロと知っていたら・・・・!」

 「知っていたらどうしました?」

 クックックと喉を鳴らして笑う弟に、七年前とはあまりにも違う末弟に言葉を失った。
 ユーフェミアはルルーシュを変わっていない、以前のように優しい彼だと言っていたが、不敵に笑う目の前の少年がそうだとはとても思えなかった。

 「・・・変わったな、ルルーシュ」

 「ええ、お互いにね姉上。七年という月日と俺と姉上が取り巻いていた環境は、甘さを捨てなければ生きていけないものでしたから」

 コーネリアは軍人として己の地位を確立するため戦場を渡り歩き、自分はいつブリタニアに見つかり殺されるかという恐怖と隣り合わせで過ごしていた。
 形は違えど常に考え、動いていかねば生きることが出来なかった。大事な妹がいるから、なおさら細部にまで気を使わなくてはならなかったから。

 「確かに、当時はそうだった。だが今は違うんだルルーシュ。
 私は今や軍でもナイトオブラウンズに次ぐ地位を持ち、皇位継承権も五位と高い。お前達を守ってやれるくらいの力はある。
 だからルルーシュ、ゼロなどやめてここで穏やかに暮らして欲しい。マリアンヌ様もきっと、それをお望みのはずだ」

 「お断りする。俺はブリタニアという国が気に入らない。
 いつ誰に裏切られるか、蹴落とされるかという恐怖とともに暮らしていかなくてはならない居場所など、俺には不要だ」

 あっさりと一蹴されて、何故自分を信用してくれないのかとコーネリアは途方に暮れた。
 ユーフェミアも説得するから大丈夫と言ったら、首を横に振って無理だろうと言っていたが、何が彼にここまで不信を抱かせたのだろう。

 「姉上の考えていることは解ります。“ルルーシュがゼロだと知らなかったから掃討しようと作戦指揮を執ったが、正体を知ったからには出来る限り保護をしてやりたい。
 それなのに何故自分を信じてくれないのだろう”でしょう?」

 「ああ、そうだ。あんなにも仲がよかったではないか」

 「ええ、だから余計に驚きましたよ姉上。あの誇り高く気高い武人だった貴女が、テロリストをおびき寄せるためだけに一般市民も数多くいたサイタマの者達を虐殺したあの行為にね。
  あんなことを平然とするようになった姿を目の当たりにすれば、信用など出来ませんよ。
 弱者であることが悪ならば、貴女の庇護がなければブリタニアで生きていくことが出来ない俺を庇うこと自体がおかしい。
 ・・・違いますか、姉上?」

 「イレヴンとお前とは違う!!」

 「違いませんよ姉上。貴女がたがナンバーズと差別し虐げている彼らと俺達とは、まったく同じ生き物です。
 家族を思い、ただ穏やかに暮らしていくことを望み、そのために努力をし続けているのですからね。俺は貴女より彼らの方がよほど理解出来ます」

 「ルルーシュ、目を覚ませ!マグヌスファミリアの小娘はお前の正体を知っていて家族と戦わせているんだぞ。
 それはおかしくないというつもりか?!」

 あの小娘に惑わされているだけだとあくまでも他者に責任を負わせようとするコーネリアに、ルルーシュは大きく溜息を吐く。

 コーネリアの視点から見れば、ルルーシュはエトランジュ達に惑わされてブリタニアに反旗を翻したように見えたのだろう。
 そう考える方が家族大事の彼女にとって全て都合のよい事態であり、尊敬する女性の息子であり可愛がっていた末弟が自分と戦うなどあり得ないと信じたいに違いなかった。
 
 「そう考える方が貴女にとっては楽でしょうね。では一つ教えておきましょうか。
 エトランジュ様が日本に来たのはナリタ連山戦の後なのですよ、姉上。どういう意味か、お解かりか?」

 「な、なんだと・・・?!」

 「事実です。スザクをオレンジから救出した時の映像を見て俺の力を借りようとやって来ただけで、ゼロの正体など知らずにね。
 とある事情で正体を知られてしまいましたが、何も言いませんでしたよ。むしろ事情を知って呆れ果ててましたね・・・ブリタニア皇族にですが」

 「そんな・・・まさか・・・!」

 あの小娘にたぶらかされてのことだと信じたかったコーネリアは、全て弟の意志でやっていたことだと知らされて呆然となった。

 「知っていたのなら、何故お前に協力する?お前はそれでもブリタニア皇族、正体を知ってお前を信用しようとするはずが・・・!」

 「あの方々がまともな思考回路をしているからですよコーネリア姉上。
 だからこそ神根島でユフィも助かったんです。ご存知でしたか、漂着した彼女を見つけたのはエトランジュ様だということを」

 てっきりルルーシュが発見したからユーフェミアが助かったと思いこんでいたコーネリアは、見つけたのは自分が滅ぼした国の女王本人だと知って、理解出来ないという顔になった。

 「偶然砂浜に流れ着いたところを救助したそうです。彼女達が憎んでいるのはコーネリア姉上、貴女であってユフィではなかった。だから殺さなかったんです。
 まあ人質にするなどの価値があったというのもありますが、もし見つけたのが日本解放戦線の残党だっりしたなら十中八九ユフィの命はなかったでしょうね」

 ブリタニア皇族は皆殺しだ、と考えているレジスタンス組織なら、ユーフェミアを発見した途端に殺すか人質に使うかと、どのみちろくな扱いにならなかっただろう。
 しかしエトランジュ達は殺したらコーネリアに心理的な打撃を与えることにしかならず、その後やつあたりで日本人達を虐殺するなどの行為に走りかねないと判断し、また特に彼女に思うところもなかったし人質にもなるだろうと考え、手当をして保護したのだ。

 「そして俺に関しても同じことです。ブリタニア皇族に敵対しているのなら問題ないと判断したから、俺に協力して指示に従ってくれました。
 よかったですね姉上。彼女達が本人ではどうにもしようがない血管の中身ではなく、どうにかしようがある行いを憎んでくれる人で」

 「行いを・・・憎む・・・・」

 コーネリアはこれまで自分がしてきた行為に対して恨まれているのだと指摘されたが、それもブリタニアの繁栄のためだと言い募った。

 「だがそれもブリタニアが進化するためだ!争うことで進化が促されることこそが!!」

 「それがブリタニア国内で終わっていたら、別にどうでもよかったんでしょうけどね。
 他国が進化をしたいから手伝ってくれと、いつブリタニアに言ったんです?」

 「何百年も同じ生活を続け、進むことを忘れた怠慢な者達に何が解る!!」

 「ほほう、エトランジュ様達が国内で自ら田畑を耕し、漁業を行い、機織りをして暮らすことが怠慢だと?
 あの国では働かない者は国益を害したとみなされて処刑されるそうですが」

 「それは、その国だけのことだ!あの国は他国の租税回避地で」

 「王族以外口座を持てないそうです。ちなみに人口がニ千人しかいないので軍隊もおらず、下手なことをすれば自分の首が締まるだけだと思いますがね」

 自らの視点でしか物を見ようとしない異母姉に、何を言っても無駄だとルルーシュは判断した。
 ルルーシュは知っていた。そう思わなければ姉がやっていられないのだということを。
 彼女はこれまで、その大義名分の下やっていることがあまりにも大きすぎる。
 多くの者達を殺し、その屍の上を歩いて来たのだ。是が非でも正しいのだと信じ込まなくては、壊れてしまうしかないのだ。
 マグヌスファミリアも二千人しかいない非武装国家であり、あの国に非がないとしたなら彼女のしたことは戦争ではなくただの虐殺でしかない。
 だからこそ今更否定することが出来ず、余計に国是を妄信したというある種の矛盾が彼女の中に渦巻いている。

 「一人を寄ってたかって殺そうとするような卑怯な連中に、何が出来る?!」
 
 「・・・一つだけ言っておきましょうか姉上。どうして彼女達があそこまで貴女を憎むのか」

 と、そこへギルフォードと言い争う声が響いて来たと思うと、強引にスザクと共に入室してきたユーフェミアが言った。

 「私にも聞かせて下さいルルーシュ」

 「ギル・・・!ユフィ!なぜここに来た?!」
 
 誕生パーティーが終わってそのままやって来たのだろう、盛装をまとったままの彼女は即座に政庁にやって来て、ここに来たらしい。
 傍らには止めようとしたギルフォードを申し訳ありませんと言いながら力ずくで抑え込んでいるスザクがいる。

 「すみませんギルフォード卿。ユーフェミア様のご命令ですので」

 「・・・騎士としては主君に従う殊勝な行為だと褒めたいところだが、な」

 スザクがゆっくりと彼を解放すると、ルルーシュはコーネリアとギルフォード、二人ともいるならなおさら好都合だと左目を軽く撫でた。
 突然の妹の乱入に、コーネリアはドロドロの会話に加わらせたくないと思い、ユフェミアに命じる。

 「ユフィ、ルルーシュは怒りで頭に血が上って冷静な判断が出来なくなっているだけなんだ。私が必ず説得するから、部屋に戻れ。
 枢木、ユフィを部屋に連れていけ!」

 「いいえコーネリア総督閣下。ユーフェミア様は事実を知りたいとお望みです。
 騎士として、自分はその命を全うしたく思います」
  
 ユーフェミアも意地でもここから出ていかないという決意を瞳に秘めて、姉に言った。

 「もう逃げるのはやめましょうお姉様。私達は他人が悪いと責任転嫁ばかりして来て、事態を悪くさせているだけなのです。
 最後まで話し合いましょう、お姉様。先ほど陛下とお話をなさったと伺いました。
 ・・・何を命じられたのですか?」

 妹の鋭い指摘にコーネリアが怯むと、半ば予想していたルルーシュはフッと笑った。

 「・・・なるほどな、この茶番はあの男の仕業ということか。どこまでも忌々しい奴だ」
  
 「ルルーシュ・・・」

 「姉上の立場では仕方ありませんね。先に言っておきますが、貴女がユーフェミアを第一に考え、彼女を守るために自分の地位を確立するがゆえだというのは解っています。
 俺も今していることはナナリーのためですから、お互い様だということでそれについてはどうとも思っておりません」

 もともと誰にでも自分の一番大切なものというものがある。エトランジュ達に限らず日本、中華、その他の国々もそれは同じだ。
 一番がそれぞれ違うのが問題なのではなく、その一番を他者に押し付けることが問題なのだ。
 そしてそれを知っているルルーシュとエトランジュ達は建前を綺麗に取り繕って見せることで、他人の共感を得て仲間を増やすことに成功した。
 誰にでも自分の一番があるから私の一番も理解して下さいと言えば、たいていの人間は頷くだろう。  
  
 「だからこそ俺とエトランジュ様は、互いに手を組むことが出来た。
 そしてここが重要ですが、別にブリタニア人全部を憎んでいるわけではないんですよ。普通に元ブリタニア貴族の仲間もいますし」

 エトランジュ達は“ブリタニア人”と“ブリタニア皇族”、さらにその中でも“植民地支配に貢献している皇族”と“国是に反対している皇族”、その区別が出来ている。
 そしてそれこそが、ルルーシュが彼女達を重んじる理由の一つでもあった。
 
 「俺もブリタニア人です、その区別が出来ている人間がブリタニアが滅んだ後に大きな発言権を持っていることは、その後のブリタニアのために非常に重要なことですからね。
 『差別主義を掲げている皇族はいなくなったのだから、それ以外のブリタニア人を迫害していくのをやめよう』と言ってくれますから」

 ともすればブリタニア人かもしれない正体不明のゼロが言うより、身元がはっきりと解りまたブリタニアの支配を受けていた国の女王が言う方が、はるかに説得力がある。
 他人の共感を得るために重要なのは、筋の通った理論とそれを実行に移す行動だ。
 彼女の周囲に打倒ブリタニアに貢献したブリタニア人達がいればその言葉が説得力を持ち、その彼らと仲良くしていればなおさらその効果は上がる。

 ルルーシュのプランとしては、まず日本解放を行った後ユーフェミアを保護して特区によって平和的にブリタニア人と他国人とを共存させようとした国是に対抗した皇族であると宣伝する。

 その後超合集国を創立してその軍隊として黒の騎士団のトップに立ち、EUを超合衆国に組み込むか同盟を結ぶ際にエトランジュを表舞台に立たせて発言力を持つように仕向け、ブリタニアを滅ぼした後にユーフェミアを合衆国ブリタニアの代表として立たせ、エトランジュと握手でもして貰って平和をアピールするという展望がもっとも望ましかった。

 ただ本人達は目立ちたくないという事情があるので嫌がられることは明白だったためこのプランはまだ話していないのだが、そうしなければ戦火が無駄に広がると解れば協力してくれるとルルーシュは読んでいた。

 「逆の立場で考えてみるといいでしょう。
 そうだな、ある日エイリアン辺りが攻めてきて俺達の方が強いんだから従えと言ってユフィや他の皇族連中を殺したと想像してみるがいい。
 姉上は自分達が弱いから仕方ないと諦めるんですね?ユフィが無残に殺されても、それで当然納得するんでしょう?」

 「・・・それとこれとは!」

 「違わない。貴女は家族を殺した殺人鬼だと思われてるんです。それもいつ持っている凶器を振り回すかしれない、危険な殺人鬼にね。
 想像してみてください。すぐ頭上に巨大な石を持っている巨人がいたとしたら?怖くありませんか?」

 「・・・・」

 「それが自分一人ならまだ耐えられるかもしれませんが、ユフィがいたら?そこで安心して暮らせますか?
 姉上は七年前に士官学校におられた時におっしゃってましたよね、恐怖とは克服するものだと・・・彼らも同じように恐怖を克服して巨人を倒し、心の平穏を得ようとしたにすぎません」
 
 ルルーシュはエトランジュ達が残酷だと思ったことはない。ただどこにでもいる家族と暮らせればそれで幸せになれる人間達だ。
  それでもその彼女達がよってたかって一人(コーネリア)を殺しにかかった一番の理由は。

 「彼女も俺も、ブリタニアが怖いんですよコーネリア姉上。いつまた気まぐれに力を振り回して家族を殺されるかと、戦々恐々としている。
 特にサイタマの惨状を聞いて知っていますからね。囮にされた側からすれば平和に暮らしていたのに突然また家族を奪われたとしか見ません。
 復讐心もあったでしょうが、それを上回る恐怖が俺と彼女達をあの行動に駆り立たせたんです。自分達に愛情を向ける気などないことを、身を持って知っているからです」

 「だからそれは!!」

 コーネリアはそれも平和のためで多少の犠牲はやむなしと言い募る姉に、ずっと黙って話を聞いていたユーフェミアは平和とは何なのだろうと思った。

 家族と穏やかに暮らせるならそれで幸せ、と神根島でエトランジュは言った。
 ただブリタニアはいきなり襲ってきて家族を殺したのだ、だから信用出来ないと言った。各地で理不尽にナンバーズと蔑み搾取し続けるその態度がもう怖いのだと。
  
 姉を自らの命をかけて襲った田中という夫妻は、既に守るべきものを亡くしていた。
 だから復讐心だけでコーネリアを襲ったが、そうではない者はまず己の宝物を守るために動く。
 いつまでも憎悪の中で生き続けることがどれほど不毛か知っている者は、無理やり理屈をこねてでもそうではない道を模索する。
 けれどコーネリアが憎い、同時に恐ろしい。その感情に挟まれた彼らが選んだのは、徹底的にその元凶“のみ”に憎悪の矛先を向けることだったのだ。
 そうすればその元凶だけを相手にして、それが終われば他の者達にまで憎悪の連鎖を繋げずにすむ。

 恐怖の中で人は暮らすことは出来ない。どうにかしてその原因を排除しようとするのはおかしいことなのかと言われた時、ユーフェミアは姉が執拗に狙われている理由を思い知らされたのである。

 「・・・お姉様にとって平和とは、ブリタニア人が穏やかに暮らすことなのですね」

 「我らはブリタニア皇族だ!そのために尽くすのは当然ではないか」

 「でしたらもう、ルルーシュを説得することは出来ません。だってルルーシュは、もうブリタニア皇族ではないのですから」

 自ら継承権を破棄して父に棄てられたのだから仕方ないと言うユーフェミアに、コーネリアは少し苦渋に満ちた顔をしたがルルーシュに向き直った。

 「ルルーシュ、今しがた私は陛下から命を受けた。お前に命を与える、それを遂行出来ればお前を皇族復帰させてもいいと。
 私がそれを手配すれば、ゼロの罪を免じて私を後見人として復帰させるとのことだ」

 「いらぬお世話です」

 どこまでもふざけたことを、と怒りに震えるルルーシュを見て、ユーフェミアは姉と彼との和解が不可能になったことを悟った。

 コーネリアとしては百%の善意で申し出たのだろうが、それはルルーシュの尊厳と意志を無視する行為であり、プライドの高い彼からすれば侮辱されたに等しかった。

 「なるほどエトランジュ様のおっしゃるとおりだ。
 ブリタニア皇族と俺達の間では、考えが違うという以前に感性が根本から違っているようだ」

 中華でのシュナイゼルとの会談の後、エトランジュがシュナイゼルは喧嘩を売って来たのかと聞いてきたのでそのつもりはない、相手からすれば譲歩のつもりだろうと答えると、彼女は唖然とした顔でそう言ったのだ。
 その理由は明白だった。

 「貴女がたは逆の立場になって考えるということが出来ないんですね。だからこうも他者の意志を無視した行為が平然と行えるわけだ。
 どうせ俺が拒否をしてもやるんでしょう。で、どんなふざけた命令をしたんですかあの男は」

 もはや話し合いなどするもバカバカしい、とばかりにコーネリアに尋ねると、コーネリアは言った。

 「お前の傍にいる女、C.Cという者を差し出せと。
 お前を必ず救出に来るから、その時に捕まえろとのことだ」

 「C.Cか。狙いはあいつか」
 
 ルルーシュがずっと話を聞いていたC.Cに脳裏で語りかけた。

 《・・・だそうだが、C.C?》

 《とうとう実力行使に出たか・・・シャルルも焦っているな》

 シャルルと呼び捨てにしたことで、この魔女があの最悪の父親と知り合いであることを知った。

 《あの男と知り合いとはな。お前は本当に俺の味方か、疑いたくなったぞ》

 《以前は手を組んでいたが、諸事情で別れただけだ。あいつの計画には、私のコードが必要なんだよ》

 《ほう、なるほどな。
 ・・・どうせ今聞いても、話す気はないんだろう?》

 ルルーシュの自分をよく理解している言葉に、C.Cはいいや、と首を横に振った。

 《・・・もういい、全て話す。ここまでことが拗れたし、それに私との契約を果たしてくれるという約束を破るお前ではないからな》

 《解った、全て聞かせて貰う。だがそれはここから脱出してからだ。
 エトランジュ様からのリンクを繋いでくれ》

 《解った。マオ、エトランジュに連絡してくれ》

 C.Cがマオに命じた一分後、エトランジュの心配そうな声が脳裏に響き渡った。

 《よかった、無事だったんですねゼロ。今はどのような?》

 《今コーネリアからふざけた申し出があったところですが、却下しました。
 今回の騒動はあの男が発端のようです。コーネリアに何やら命じたようなので、貴女にも聞いておいて頂きたい》

 《解りました。あ、それとナナリー様はご無事です。今は皆様で樽にナイフを刺して海賊を脱出させるゲームをなさっておられます》

 《そうですか、護衛の手配をありがとうございます》

 実に的確に自分のフォローをしてくれるマグヌスファミリア一行に感謝しながら、ルルーシュはコーネリアに尋ねた。

 「で、俺を餌にしてC.Cを誘き寄せるとのことですが、どんな手段を使う気ですか」

 「・・・お前の記憶を操作して、一般人としてアッシュフォードに戻すそうだ。
 そしてC.Cという女が来たところでそれを捕えれば、お前を解放する、と」

 「何だと?」

 《シャルルもV.Vが与えたギアスを持っている。“記憶を操作する”というギアスで、自由に記憶を消したり刻んだりが可能だ》

 C.Cが教えたシャルルのギアスに、ルルーシュは舌打ちした。

 《あの男もギアスを持っていたとはな・・・待てよ?》

 姉コーネリアは明らかに不自然な様子で母の護衛を外していた。
 もしかしたら、母にそう命じられたという記憶を植え付けられていたとしたらどうだろうか。
 あの男・・・シャルルが最初から自分達を日本への取引材料に使うつもりであの事件を起こしたのだとしたら・・・。

 《・・・あり得ない話じゃないな。これではコーネリアにギアスをかけて事実を聞いても、話にならない》

 誰があの男に記憶を操作されているか解らない以上、事実を話せと命じられてもそれが真実かどうかは解らない。
 マオに心を覗いて貰っても、結果は同じだろう。

 「そうか、なら伝えろ。勝手にしろとな」

 シャルルがギアスを持っていると知れただけでも、収穫があった。
 今度の件で共犯者の魔女もいろいろ話す気になってくれたようだし、前向きに考えれば悪いことばかりではなかったとルルーシュは思った。

 「ルルーシュ、それが済んだら私とユフィと一緒にこのエリア11で暮らそう。
 クロヴィスがアリエス宮を模して作った庭園が屋上にあるんだ。いずれこのエリア11を平定出来たら・・・」

 「クロヴィスが・・・そうか・・・」

 ルルーシュが軽く瞑目してかつて自分が殺した兄の姿を思い浮かべると、ついで笑った。

 「残念ですがそれは無理です。俺はブリタニアをぶっ壊す」

 「ルルーシュ!!」

 「いい加減に諦めろコーネリア。俺はゼロ、世界を壊し創造する男だ」

 既に姉とも呼ばず宣言するルルーシュに、コーネリアは怯んだ。

 「貴女は貴女なりに俺達を想っていることはよく解った。ブリタニア皇族としては最大限に出来る庇護だということも理解している。
 だがな、俺にとっては最大の屈辱だ!!
 自身の記憶を言いように弄られ、仲間を売る行為に加担させられる上にさらにナナリーのことを忘れろと言うも同然の言葉をどう思ったか、その程度のことすら考えられないというなら貴女と話すべきことは何もない」

 理解はするが納得はしないというルルーシュに、コーネリアはなおも食い下がる。

 「ル、ルルーシュ・・・だがそれが終わったら!」

 「いい加減になさって下さいお姉様!
 ご自分の都合ばかりを押し付けて、ルルーシュを利用しているだけだとどうしてお気づきにならないのです!」

 たまりかねたユーフェミアの叫びにコーネリアは唖然とした表情になった。
 最近自分に反抗するようになったのもまさかルルーシュやマグヌスファミリアの女王に余計なことを吹き込まれたのではと考えたのが、弟妹達はすぐに悟る。

 「もういいユフィ。俺は自力でここから脱出する。
 既に俺を救出するために動いてくれる仲間がいるから、心配するな」

 「ルルーシュ・・・!!」

 「君は特区を・・・俺達ブリタニア皇族のために理不尽な侵略に遭った日本人達を頼んだぞ」

 「・・・解ったわ。役に立たなくてごめんなさい」

 ユーフェミアはルルーシュに向かって頭を下げると、姉に向かって言った。

 「お姉様、私ルルーシュの生存をいつまでも隠しておくつもりはなかったんです。
 特区を成功させて、私達がいつまでも他国の人達を虐げてはいないと信用を積み重ねていけばルルーシュもゼロの手段を戦争ではなく、別の形にしてくれると思ったから」

 「ユフィ・・・」

 「穏健に治めてくれるのならと、私の誕生日を祝ってくれるほどでテロなど起こっていません。
 ルルーシュが抑えているというのが一番大きな理由でしょうけれど、やっぱり自分を虐げる者など誰も支持をしないということでしょう」

 ルルーシュを助けるために特区封鎖を申し出た時、アルカディアはありがとうと心からの礼を述べてくれた。
 やはり人は行動によってしか他者を評価しないということだろう。

 「お姉様のなさろうとしていることは、ブリタニア皇族としては正しいのでしょうね。
 それが一番だと私にも解るのですが、それはルルーシュの立場としては悪意でしかないのです。
 善意が常にいいように動くとは限りません。私はそれをお姉様がお倒れになられた時にゲットー封鎖をしてしまい、日本人の皆様に多大な迷惑をかけてしまったことで嫌というほど思い知りましたから」

 日本人狩りを防ぐためにしたことなのに、物資を制限させる結果になってしまったことで餓える者を大量に生み出してしまったのだと後悔する妹に、コーネリアはそれはお前のせいではと慰めようとしたが彼女は首を横に振った。

 「他人の立場になって考えるということがどれほど大事なことか、今の私にはよく解りますお姉様。
 それが出来ない人間は、他者に理解されることはないのでしょう。
 逆に考えて国のために私を忘れて囮になれ、代わりに上の地位を約束すると言われたら、それを是とするのですか?」

 「・・・!!!」

 「私だったら絶対に嫌です。私お姉様が大好きです。忘れるなんて出来ませんもの」

 妹に諭されたコーネリアがただただ言葉を失っていると、彼女はさらに続けた。

 「お姉様に守られていたから、私もお姉様のために何かをして差し上げたかった。

 ルルーシュがお姉様を信用していなかったから、私が信用を積み重ねていけばいつかはルルーシュもお姉様と話し合いをしてくれると思ったのです。
 信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものです。私達は七年前にルルーシュを見捨て、ろくに探しもせずに死んだと決めつけてしまったから、信用なんてあるはずがありません」

 妹は妹なりに自分を助けようとしていたのだと知ったコーネリアは、妹の言うように確かに信用とは積み重ねていくべきという言い分が正しいと納得した。

 「・・・私を信用しなかったというのはルルーシュ、私があの日のアリエス宮の警備を担当していたと知ってのことか?」

 「本当なのですかお姉様?!それなら何故!」

 「違う、私じゃない!・・・あの日、マリアンヌ様に頼まれたのだ、警備を外して欲しいと!私だけでもと言ったが、ご自分はそこらの賊になど引けは取らぬとおっしゃられて・・・!!」

 懸命に否定するコーネリアに、アルカディアを通じてルチアが知らせた情報は正しかったかと思った。

 「そこまでは俺も聞いた。当時の警備隊の男の貴女に言われて警備をしなかったという証言を聞いたからな。
 ただ、母の命令で警備を引き上げたというのが気にかかった」

 そうだろうな、とコーネリアは額を押さえた。自分だって自身が担当でなかったなら絶対に信じないような言い分だ。

 (ルルーシュもあの事件を調べて・・・待てよ、あのジェレミア・ゴッドハルトは当時の警備隊の男だった。
 あのオレンジ事件は、まさかルルーシュの命令で?!)

 ゼロがルルーシュであり、その彼の命令でジェレミアが動いていたのだとすれば、あの不可解な事件の説明が全て通る。
 強引にスザクをクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げて真犯人をごまかそうとしたが、 枢木 スザクはルルーシュの親友だと聞かされたのでその彼を救うためにスザクを差し出したのだとすれば、あの日絶対に口を割らなかったことも納得だ。
 何しろあの男は、マリアンヌを守れなかったと悔いてルルーシュ達が日本に送られる時も、自分だけでも護衛にと幾度も嘆願していたほどだった。

 それだけの忠誠心を持っていたが故にあのオレンジ事件で彼には失望したのだが、ルルーシュの命令でやったのだとすればルルーシュが聞いた証言の元も、自分に対する不信も納得がいく。

 実のところそれらは誤解であり、ジェレミアはゼロの正体など知らないしアリエス宮の警備をしていた男というのは彼ではなくEUに亡命した男だったのだが、ギアスを知らないコーネリアとしては理屈の通った話にそうだと判断してしまった。
 なまじ優秀だったがゆえに、勝手に情報を組み立てて説明をつけてしまったのである。
 
 (まずいぞ、あの男は既にシュナイゼル兄上が研究している実験の適合体として兄上の研究施設に送ってしまっている。
 自分の忠臣を人体実験に使ったのかと怒り狂うことは必至だ)

 お前の部下だと知らなかったと言えば弱者と見なせば簡単に外道な人体実験に使うようなところに誰が戻るかと、さらに態度を硬化させることは目に見えている。
 話が進めば進むほど己を取り巻く状況が悪くなっていくことにコーネリアはめまいがしたが、唯一の救いは最愛の妹が自分を信じたことだった。

 「お姉様がマリアンヌ様を殺したなど、私は信じません。絶対に何かの間違いです、ルルーシュ」

 「ユフィ・・・」

 ほっと安堵の表情で妹を見たコーネリアだが、ユーフェミアが信じてもルルーシュが信じなくては意味がないので彼に視線を向けるが、ルルーシュも彼女が母の暗殺に直接関与している可能性は低いと思っていたので溜息をつきながらも頷いた。

 「まあそうだろうな。だがそれと貴女を信じるのとは別の話だ。
 俺の意志を無視して記憶を消して仲間を売らせるような行為に加担させようとする時点で、信用などはるか地中深くに潜ってしまっただけだ」

 自分の疑いは晴れているようだが結局自分を信じる気がないと言われたコーネリアは、これほど途方に暮れたことはないと思った。

 「もう結構だ。貴女の立場を思えば仕方ないと、責めることはやめておこう。
 ただし、貴女も俺のやることを責める権利はない。ここから逃げることに成功したら、俺はゼロとして再び反旗を掲げてやる。せいぜい気をつけることだな」

 口ではそう吐き捨てるルルーシュだが、内心では国是に縋りブリタニア皇族としてしか生きられない異母姉に同情してもいた。
 もし自分がブリタニアに残っていたら、その姿こそが自分であったかもしれないのだ。
 妹を守るために、背後の権力を使うべくもしかしたら自ら国是を肯定し侵略に加担していた可能性は大いにあった。

 だが、自分は既にブリタニア皇族としてではなくルルーシュとして生きる道を選び、ゼロとして世界を壊し優しい世界を構築すると決めた。
 道はすでに分かたれたのだ。

 だからルルーシュは、最後に姉に尋ねた。

 「最後に、一つだけ伺いたい。貴女はナンバーズと蔑む者達と手を取り合えることが出来ると思いますか?」

 「・・・無理だな、生き方を変えることなど出来ん。
 私が節を曲げれば、これまで私に従ってきた者達はどうなる!!
 上に立つ者は決して、己の行為を否定するような振る舞いをしてはならんのだ!!」

 ブリタニア皇族として生まれ、さらに上の方に生まれた彼女にとって模範を示してきたコーネリアの矜持に支えられた意志は、何者も崩せなかった。

 「貴女ならそう言うと思っていた。残念ですよ姉上・・・もしも少しでも反省して下さっていたなら、俺も貴女の手を取り合いたかった」

 「ルルーシュ・・・」

 「さっさとご自分の使命を果たすべく、取り計らってきたらどうです。
 ではいずれ戦場でお会い致しましょう、コーネリア総督閣下」

 最愛の姉と大事な異母兄が戦い続ける運命になってしまったユーフェミアは、顔を押さえて涙を流した。
 
 「お姉様、ルルーシュ・・・」

 「君は本当によくやった。君には特区が精いっぱい、それを頼んだぞ」

 ルルーシュはそうユーフェミアに微笑みかけると、主君の肩を撫でるスザクに言った。

 「スザク、お前はユフィを頼む。俺の正体を知りながら黙っていたなどとあの男が知ったら、何をするか解らないからな・・・守ってやってくれ」

 「・・・解ったよルルーシュ。僕が必ず守る」

 スザクが力強く頷くと、ルルーシュは前髪をかきあげた。
 それは二人だけの合図の一つ、“席を外してくれ”という意味だった。

 「ユーフェミア様、もう僕達に出来ることはありません。今宵はもう休みましょう」

 「スザク、でも!!・・・解ったわ」

 スザクがじっと言うとおりにして欲しいと視線で訴えかけるのを見たユーフェミアが、ルルーシュとコーネリアを幾度も振り返りながらそっと部屋を出て行く。

 「さて姉上、これで四人だけになりましたね」

 うっかりユーフェミアにまでギアスをかけてしまうことを避けるために、二人に席を外させたルルーシュはコーネリアに確認した。

 「あの男は、俺と直接会うのをやめろと言っておりませんでしたか?」

 「・・・ああ、余計なことを吹き込んでこちらを惑わす恐れがあるから、誰にも会わせるなとな」
 
 それでも自分に会いに来てくれたのは、コーネリアにある身内への甘さだった。
 コーネリアの疲れ切った声音の答えに、シャルルが自分のギアスについて知っていることを確認したルルーシュは、コンタクトを外して自分も姉に対する最後の愛情としてギアスをかける。

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴女は・・・」

 ルルーシュが静かに声を紡ぐと、その言葉は絶対遵守の命令となって彼女に刻み込まれる。

 「・・・解った、そうしよう」

 「し、しかし姫様・・・それでは」

 ギルフォードがまさか聞き入れると思わなかった主君に驚くが、続けてルルーシュは彼にもギアスをかけた。

 「ギルフォード、お前は全てのイレギュラーを無視しろ!」

 「・・・イエス、ユアハイネス」

 しばらく我を忘れていた二人がはっと我に返ると、ルルーシュは冷やかに言った。

 「用はお済みでしょう、とっとと出て行って下さい。不愉快だ」

 「ルルーシュ・・・すまない。だが、これが終われば必ずお前とナナリーは守るから」

 コーネリアは言いわけのように告げると、ギルフォードを伴って部屋を出る。

 こうして脱出のためとそれが失敗した場合の保険をかける意味を込めたギアスをかけ終え二人を追い出したルルーシュは、じっとやり取りを聞いていたエトランジュに言った。

 《これでここでの俺の救出がやりやすくなりました。アルカディアを政庁に入れて頂きたい》

 《解りました。伺っておりますとシャルル皇帝もギアスを持っており、そのギアスを使って貴方の記憶を消すとのことなので、彼が来る前にカタをつけなければいけないようですね》

 エトランジュが確認するとルルーシュが頷き、すぐにアルカディアから返事が来た。

 《今からカレンさんに連絡して、ユーフェミア皇女にエドワードを呼ぶようにして貰えばいいのね。
 その後は私のギアスを使って脱出すればいいわ》

 ダールトンが言うには自分を誘拐した者達が政庁におり、シャルルの手の者だと聞いてはうかつに一人で出るのは危険過ぎる。
 ゆえにギアスによって周囲の者を操って操作するだけでは、危険なのである。

 監視カメラなどについてはアルカディアが隙を見て画像を操作すればいいし、使用人の形でマオが一緒に政庁に来れば成功率は百%に近くなるはずだ。

 《では救出作戦に入ります。連絡は常に行いますので、ご指示をお願いいたします》

 ルルーシュはそれを了承すると、椅子に座ってふっと嘲るように笑った。

 (もはや怒りどころか同情の声すら上がらなかったか。呆れを通り越して無感動になったらしいな)

 自分ですらそうだったのだ、何を言うのも馬鹿らしいと思うのも無理はない。
 ユーフェミアはどう思ったのだろうか。見た限りでは自分の方に理解を示してくれたようだが、だからと言って姉を窮地に追いやるようなことをする勇気が、彼女にあるのだろうか。

 出来る限り何とかしようと頑張っていたのにこんな結果になってしまったことに絶望して、落ち込んでいなければいい。
  
 「ユフィ、すまなかった。だが、せめて君だけはどちらが勝とうとも生き残って貰わなくてはならない」

 自分達が勝てればそれでよし。だが万が一負けたならナンバーズを守る最後の砦として特区を守り、広げていって貰いたかった。
 見方を変えれば、特区もまた植民地政策に効果的な一面があるのだ。
 それを伸ばし不当な虐待から逃れるための箱庭を作り維持していく役目を、彼女に託したいのだ。

 ルルーシュは心の中でそう謝罪した後、自らが脱出するためのプランを練り始めるのだった。



 部屋から追い出されたコーネリアは、黙りこくったまま自分の執務室に戻ると頭を押さえ苦悩した。

 「姫様・・・姫様は精一杯のことをなさいました。
 ルルーシュ様にもそれはご理解頂いているではありませんか」

 ギルフォードはそう主君を慰めたが、コーネリアはとても弟には言えない先ほどの父皇帝との通信を思い返していた。


 『ゼロがルルーシュだったそうだなあ、コーネリアよ』
 
 『・・・は、その、若気の至りと申すべきでしょうか、こちらの不手際を悪いように勘違いしたようで』

 やはり父に知られていたと、コーネリアは青ざめた。

 『陛下、今後は私が監督いたしますゆえ、今回のことはどうかお見捨ておき頂けませんでしょうか。ゼロなどやめるように必ず諭しますゆえ・・・』

 いざとなれば皇位継承権を下げてでも、とコーネリアは思ったが、意外にもシャルルは怒っていない様子で笑った。

 『わしに刃向う不肖の息子だが、結果的に我がブリタニアを進化させることに大いに貢献しておる。
 戦うことこそ目的を遂げるために必要な行為であると、あれが自ら実証したのだからな。皮肉なものよなあ』

 『陛下・・・?』

 まさかルルーシュを認めるとは思ってもいなかったコーネリアは唖然としたが、言われてみれば望むものを得るためには戦って奪えという父の言葉に、それしか手段がなかっただけとはいえ結果的にルルーシュは従っている。
 その意味ではルルーシュは国是を守ったのだと言えなくもない、ゆえに咎める必要はないという父の言葉にコーネリアは複雑な気分になった。

 そういえばクロヴィスが死んだ時も『クロヴィスの死もブリタニアが進化を続けているという証拠』と言い切り、ゼロを悪だと言っていなかった。
 
 『だがそれもここまで。勝ち続けられなかったあれが悪いのだ』
 
 『皇帝陛下!!』

 敗者こそ罪人と言うシャルルにコーネリアが再度ルルーシュの助命を乞うと、父はあっさり了承した。

 『構わん、どうせこれ以上何も出来まい。
 だが余計なことを続けられては計画が狂うのでな、あれに仕事を与える。それが済んだら、お前の好きにするがいい』

 『・・・ありがたきお言葉にございます。ルルーシュはもいつかは陛下の温情を知り、感謝することでしょう』

 
 ルルーシュが聞けば怒りのあまりそれこそシャルルが生身でいようともガウェインで襲いかかりかねないやり取りだった。

 「・・・だが、記憶が戻れば確実にまた反旗を翻すと宣言したぞ。
 敵国の皇族をリーダーにするくらいだ、大した力がないだけにルルーシュを必死になって奪回にかかるだろうから、気は抜けん」

 自分に対して信用などあるものか、とルルーシュは言った。
 妹も自分達がしたことを思えば当然だと言い、だからこそ信用して貰うためにルルーシュ達が安心して暮らせる特区を作ったのだ、とも。

 (おそらくあそこでルルーシュ達が暮らしてくれれば、と思ったんだろう。確かにブリタニアから隠れている二人を保護するにはそれなりに効果がある。
 ・・・そうだ、私がきちんとルルーシュやナナリーを保護出来るということを見せれば、ルルーシュも態度を変えてくれるかもしれない)

 信用とはして貰うのではなく積み上げていくものだという妹の言葉は、確かに正しい。
 自分だってそうしてこの地位を確立して来たのだから、ルルーシュに対してもそうするべきだとコーネリアは考えた。

 「ナナリーを保護して、あの子を大事に匿い皇族復帰をさせて穏やかに暮らしているのを見ればきっとルルーシュも私を信じてくれると思うのだが、ギルはどう思う?」

 「はい、よき案かと存じます姫様。
 ナナリー様が大事にされて幸福にお暮らしになっておられれば、ナナリー様からルルーシュ様を説得して頂けるやもしれません」

 「そうか、そうだな。調べたところ既にルルーシュはナナリーを連れてアッシュフォードを離れているそうだが、エリア11内にはいるはずだ。
 極秘に探してナナリーを保護しろ。黒の騎士団の基地の中にいるかもしれんが、その場合は殲滅させてでも連れ戻せ。
 ナナリーがブリタニア皇族と知れれば、ゼロであるルルーシュがいない今どんな目に遭わされるか知れたものではないからな」

 それをエトランジュ達が聞いていたら、ブリタニアのように無抵抗の人間をどうこうする趣味はない上、妹のためなら反逆上等だというルルーシュの恐ろしさをよく知っているのでナナリーに害を加えるような真似など死んでも出来るかと返すだろう。
 だがコーネリアはよほどブリタニア皇族が恨まれている自覚があるらしく、神根島でユーフェミアが助けられたのもルルーシュを慮ったが故だと思い込んでいた。

 「ゲットーを中心に捜索いたします。ただちに信頼出来る者だけで、捜索隊を組織いたしましょう」

 「頼んだぞ、我が騎士ギルフォードよ。これ以上マリアンヌ様に顔向けが出来んような事態は避けねばならん」

 「イエス、ユアハイネス」

 ギルフォードが深々と一礼して執務室を出ると、本国から持ってきた写真を取り出してじっと見つめた。
 そこにはアリエス宮の庭園でマリアンヌとルルーシュ、ナナリー、そしてユーフェミアと自分が仲良く並んで笑っている。
  
 「あの時、こっそりでも警備を配しておけば・・・ルルーシュに護衛を送ることが出来ていたなら・・・」

 いくらでも悔やむことはあった。
 だが、過去は変えられない。だからこそ今持てる力の全てを使って、取り戻せる者は取り戻してみせる。

 そう決意したコーネリアは、大事な弟妹を取り戻してみせると決意を固めた。
 たとえ今は恨まれていても、いつか解ってくれるはずだと、そう信じて。



[18683] 第十一話  零れ落ちる秘密
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/22 10:58
  第十一話  零れ落ちる秘密



 一方、ユーフェミアは自室をルルーシュに提供したので客室の一つにスザクと共に行くと、彼女らしくもなく怒りを露わにして叫んだ。

 「皇帝陛下はいったい、何をお考えになっているの!!
 あんな非道な命を平然とお姉様とルルーシュにお下しになるなんて!!」

 「ユフィ、落ち着いて!説得は失敗したけど、そう気を落とさないで・・・・」

 「気を落とす、ですって・・・?」

 スザクが懸命に窘めるが、ユーフェミアはスザクの言葉に動きを止めた。
 
 「冗談ではありませんわスザク!私は怒っているんです!!」

 「ユ、ユフィ・・・!」

 「陛下ときたら、いったい人を何だと思っているんですか?!
 あの方のご意向次第、好きな時に捨てたり拾ったり出来る“物”だとでも?!」

 そんな扱いをするようだから、ルルーシュはブリタニアを壊すと言い出したのだと改めて感じたユーフェミアは、それに加担する姉に対しても怒りを禁じえなかった。

 立場的に仕方がないのだとは解るが、それでもナナリーからルルーシュを奪うに等しい行為だと思うとどうしても納得がいかない。

 「可哀想なナナリー!マリアンヌ様を奪われてルルーシュまで!!
 ・・・そうですわ、まだそうなると決まったわけではありません。すぐにルルーシュをここから脱出させれば」

 「でも・・・そううまくいかないみたいだね」

 外には護衛と称したコーネリアが派遣した見張りがいる。どうしたものかと考えるが、幸い自分には味方がいた。

 誰に聞かれるとも解らないので、ユーフェミアは深呼吸を数度した後電話を取って逆に堂々と特区にいるカレンに連絡した。

 「カレンさん?私です、ユーフェミアです」

 「ユーフェミア皇女!!・・・殿下。パーティーが終わってすぐに政庁に行かれましたから驚きました。
 あの、ご用事はどうなりましたか?」

 盗聴の危険があるかもしれないからと、暗にそう尋ねるカレンにユーフェミアもそれに倣って答えた。

 「まだ終わっていません。ちょっとどうすればいいのかまだ考えているところですの」

 「そうですか・・・」

 特区に留めておけさえすれば脱出させるのも容易だったのに、と歯噛みするカレンは、先ほどのアルカディアからの指示に従ってユーフェミアに言った。

 「そうだ、ユーフェミア様への献上品を数点、政庁の方にお届けに上がらなくてはいけないんです。
 エドワードさんと一緒にそちらに伺うので、よろしければ彼にご相談なさってはいかがですか?・・・私も公私ともによく相談に乗って頂いていますから」

 いろいろと気転の効く人ですからというカレンに、部外者に相談出来ることではと思ったがカレンの含みの入った声音にはっとなった。

 (そうか、あの人も黒の騎士団の人なのね!もしかしたらルルーシュのことを知ってるのかも・・・)

 カレンがその人をこちらに、と言うからには何かあるのだと考えたユーフェミアは、幾度も頷いた。

 「そうでしたわね、頂いたこたつや他の品物をこちらに運ぶ手筈でしたものね。
 相談するのはご遠慮させて頂きますが、今日明日は政庁が立て込みそうですので、今のうちにお願いいたします」

 「かしこまりました。すぐに手配いたします」

 カレンが臣下のほうから電話を切るのは非礼に当たるのだがそれを忘れて通話を切ると、ユーフェミアは一人では対処が出来ないので仲間が来るまで待つことにした。

 今日と明日は政庁が立て込みそう、とユーフェミアが言ったのはでまかせだったのだが、実は本当にそうだった。
 というのもルルーシュの記憶を改ざんするため、極秘で皇帝が来て数日滞在するからである。
 この嘘から出た真が功を奏し、カレンが『ユーフェミア様へ献上されたお品の一部を、本日中に政庁へお送りするように命じられた』と告げるとすぐに政庁へ入る許可が下りた。

 「いつ皇帝陛下がいらっしゃるか解らないけど、本国から来るにしても早くても明後日以降になるはずですわ。 
 それまでにルルーシュを政庁から脱出させなくては・・・」

 ただでさえルルーシュは姉と話す気がなくなるほど見切りをつけている。
 姉が言っていたように、人間叱られるうちが花だというのがしみじみと実感出来た。

 自分勝手な行動は混乱を招くだけだと嫌というほど学習していたユーフェミアは、とにかくエドワードと合流するのを待つことにした。
 ・・・時が流れるのを遅く感じながら。



 姉を部屋から追い出したルルーシュは、手駒にしたダールトンがギアス嚮団員によって部屋から出されたため、一人部屋の中にいた。
 ギアスをかけたダールトンには小声で“アルフォンスの命に従え”と命じてあるので、アルフォンスが彼を手駒に出来るだろう。

 目にはしっかり鍵付きの眼帯を付けられたが、それ以外は拘束されていない。
 目の見えない妹の苦労を知るべく、何度か自ら目を覆って生活をしていたことがあるので、ある程度の間取りを把握していたルルーシュはトイレに行くくらいなら多少の不自由はあったが何とかなった。

 そしてルルーシュは今、静かに怒りの焔を燃やしていた。

 《C.C、それは本当なんだな?》

 《ああ、それがアリエス宮襲撃事件の真相と、シャルルの計画の全容だ》

 共犯者からすべて聞かされて怒鳴るのも忘れるほどの内容に、ルルーシュはいっそ笑みを浮かべた。

 《・・・お前を信じよう、C.C。そうか、本当に母さんが警備を引き揚げろと命じたのか・・・》

 ルルーシュは母マリアンヌを殺したのは自分を誘拐したコード所持者と聞かされ、そもそもあの魔女と両親はある計画を成就させるための同志だったと知らされた。
 
 その計画とは“ラグナレクの接続”と呼ばれ、思考エレベーターという物を構築して人類すべての意識を共有するというものだった。
 解りやすく言えば、エトランジュのギアスを世界規模でやるというのが、イメージしやすいだろう。

 嘘のない世界を望んだシャルルとその兄であるV.Vとマリアンヌに、死を望むC.Cはその計画に同調した。
 当時マオにコードを譲渡するということが出来なかったC.Cは、マオにその辛い運命を背負わせる必要がないならとギアス嚮団のお飾りの嚮主に納まり、計画に協力してきた。

 《あの日、V.Vはマリアンヌに話があると言ってアリエス宮に行った。
 V.Vの姿を見られては困るから、マリアンヌは警備を引き揚げさせたんだ》

 そしてV.Vはマリアンヌを殺した。
 理由は仲間割れでもなんでもなく、マリアンヌによって愛する弟が変わってしまったと思ったV.Vの嫉妬心だった。

 《嫉妬・・・?!そんなもので、あのV.Vは母さんを・・・?》

 《・・・ああ。そしてナナリーを目撃者に仕立て上げて、足を撃った》

 《そんな必要がどこにある?!目撃者などいない方が好都合だろうが!!》

 《・・・今度はマリアンヌの子供に弟が奪われると思ったんだろう。
 シャルルが折りを見て次はお前達を殺すつもりだったのかもしれないと言っていたし》

 そして真相を知ったシャルルは兄を糾弾することもなく、兄の犯行を秘匿した。
 だが子供達を兄の手から守るつもりで、自分達に興味がないのだと思わせるために酷い言葉を投げかけて日本に送った。ブリタニアに置くのはあまりにも危険だと判断したからである。

 《兄の方をどうこうしようという気はなかったのか・・・?》

 《ああ、枢木 スザクと同じ思考だな。居心地のいい関係を維持したくて、楽な方を選んだんだ》

 ルルーシュは父親の愛情と呼ぶにはあまりにも嫌悪感しかしないそれに、背筋を震わせた。
 そしてさらにナナリーがV.Vを覚えていてはまずいからと記憶を忘れさせ、目撃していないことを強調するために視力を奪った。
 ナナリーは目が見えていないのではなくそう思い込まされているのだと聞いたルルーシュは、とうとう笑い出した。
 人間怒りが臨界点を超えると、笑いがこみあげてくるものらしい。

 「そんな・・・そんな理由でナナリーが・・・・はっはっは!!!!」
  
 何ともバカバカしい理由で己が、そして最愛の妹が不幸のどん底に突き落とされたのだと知ったルルーシュは笑うしかないと自嘲しながら、スザクが敵だったと知った時のようにひたすら笑い続けた。
 
 自分達を守るつもりで送ったと言いながらその国を滅ぼして奪い、ゼロとして生死をかけて戦いだしても捨ておき、そして今またそのラグナレクの接続とやらの計画に必要なC.Cを手に入れるために自分を使おうとする。

 子供を守るためと言いながら、子供を追いつめ利用する。
 嘘が醜いと言いながら、自分は平気な顔で他者を不幸にする嘘をつく。
 皆が幸福になれる世界を創るためと言いながら、不幸な人間を生産する。

 言っていることとやっていることがあまりにも違い過ぎるその所業に、ルルーシュは父を何が何でも殺すしかないと考えた。
 そんな気持ちの悪い計画になど、死んでも加担したくなかった。

 《・・・シャルル達は死んでもまたラグナレクの接続が成れば死者とも繋がれると考えているんだ。
 だからお前達が死んでもまた会えるからと・・》

 《だからなんだ?!生きているうちに死者を悼むことがおかしいと?!
 銃で撃たれ、人体実験に使われ、何も解らないまま殺されていった者達の痛みはどうでもいいのか?!ふざけるな!!》

 ルルーシュは父親の理解不能な思考に、額を押さえた。
 そんな計画のために自国の繁栄のためだと信じて世界各地で侵略を行い、血を流して恨みを買っているコーネリアなどいい面の皮である。

 エトランジュ達が聞けば絶句を通り越してそうですか、じゃあもう早いところ殺しましょうとあっさり言いだす光景が目に見えるようだ。

 《・・・そういうわけだから、V.Vには捕まるなよ。
 あいつは本当に、何をしでかすか解らないんだ》
 
 《解った、真相を教えてくれて感謝する。この件が済んだら、そのラグナレクの接続とやらも含めてマグヌスファミリアとも相談しなくてはな》

 ギアスとコードについては彼らの方がよく知っている。
 C.Cもそうだなと同意すると、ルルーシュはここから脱出すべく思案を巡らし始めた。

 《お前は切り札の一つだ、勝手に動くなよ》

 《お前は私の大事な契約者だ。守ってやるって言っただろ・・・囚われの皇子様?》

 C.Cがそう皮肉を言った刹那、ふとドアが開かれて一人の少年が入って来た。
 年はナナリーと同じくらいで、髪の色もよく似ている。

 「あの・・・失礼します」
 
 一見大人しそうに見える少年の声に聞き覚えのあったルルーシュは、すぐに彼が日本特区ですれ違った少年だと思いだした。

 「・・・お前は、日本特区の駐車場で会った子供か?」

 「そうです。憶えててくれたんだ・・・」

 大した出来事じゃなかったから忘れられたと思っていたロロが驚くと、ルルーシュはああ、と頷いた。

 「ああ、印象に残っていたからな。
 それにあの時、俺がうっかりしてお前にあげたお菓子の中に妹へのプレゼントを混ぜてしまったから」

 「・・・妹」

 ロロはぽつんと呟いた。
 やっぱり家族へ贈るプレゼントだったんだと納得はしたが、何とも言えない気持ちに戸惑っていた。

 「あの変わった形の鳥のストラップですよね。これ・・・お返しします」
 
 ポケットから取り出したピンク色の折り鶴のストラップをおずおずと差し出したロロに、ルルーシュは驚きながらも首を横に振った。

 「いいんだ、それはお前が持っていてくれ。妹には別のものを用意したから」

 「・・・いいんですか?僕が持っていても」

 驚いて目を見開いたロロの目に喜色が浮かんでいるのを感じ取ったルルーシュは、優しく微笑みかける。

 「ああ、大事にしてくれるならそれでいい。わざわざ返しに来てくれたんだな。
 あの男にはもったいないほどいい子だ」

 気配から割と近くにいると思ったルルーシュがロロに向けて手を浮かせると、すれ違った時のロロの身長を思い出しながら頭の位置まで上げ、頭を撫でた。

 「・・・・!」

 敵と解ったのに初めて会った時のように優しくしてくれるルルーシュにロロが戸惑っていると、ルルーシュが尋ねた。

 「お前、いくつだ?俺の妹と同じ、14,5歳の声のように聞こえたが・・・」
 
 「じ、十四歳です」

 「そうか・・・あの男、こんな子供にこんなふざけた真似をさせるとは」

 舌打ちして怒るルルーシュに、他人の自分が仕事をしていることが気に入らないと怒っているので首を傾げた。

 「僕が仕事をしているからって貴方に関係ないのに、何で怒るんですか?」

 「お前には解らないだろうが、普通はお前の年でこんな暗い仕事をするというのはふざけたこと以外の何ものでもないんだ。
 だがお前が悪いわけじゃないからな。最悪なのは子供を使うあの男だ!」

 実の子ですら道具扱いする男だ、この少年だってどんな扱いをしているか、容易に想像がつく。

 「絶対許さんぞ・・・必ずこの世から消し去ってやる。
 ・・・お前の他にもいるのか?こんな仕事をしている子供が」

 「はい・・・たくさんいます」

 C.Cから聞いたギアス嚮団の内容を聞いてはいたが、子供まで使ってくる非道さにルルーシュはこれだからブリタニアは、と舌打ちした。

 「そうか・・・もうここには来るんじゃないぞ。お前が咎められてしまうからな」

 ここに来るのは禁じられているだろうと言われたロロは、眼帯を外ずなと命じられているだけですからと答えながら、自分を気にかけた発言にどうしていいか解らずに途方に暮れた。
 ルルーシュとしてはギアスが使えないのでこの少年にどうすることも出来ないし、下手に甘言を弄しても万が一にも全てをV.Vに報告されてしまえばいっそう警備が強化されるだけなので、この少年がどんな思考をするかまだ解らなかったこともありやめておいた。

 そして本来年下の子供には甘いルルーシュは、何も解らないまま闇の仕事に従事させられてるロロに同情し、彼を気遣ったのである。
 おそらく間違っていると思うことすら知らないだろうロロは、優しくされた経験がなかったと確信した。
 初めて会った時も、アルフォンスが愛情を受けて育っていない子供は優しくされると戸惑うことが多く、逆らえない人間の言うことを諾々として従うと言っていた。

 と、そこへロロが恐る恐る言った。

 「・・・僕は、貴方の弟になるんだそうです。
 C.Cを釣るための囮になる貴方の監視役として、弟として貴方の傍にいるようにと命令がありました」

 「何だと・・・そういうことか」

 ルルーシュはなるほどうまい手だと納得したが、ギアス嚮団員である以上この少年もギアス能力者のはずである。
 どんなギアス能力を持っているか知らないが、監視役としてはうってつけだろう。
  
 「俺には妹はいるが弟はいないから、どんな生活になるか解らない。それでもいいなら」

 「・・・僕には兄もいませんし弟もいないので、よく解らないです。
 V.V様は兄弟が一番素晴らしい関係だと言っていました」

 「V.V・・・あの男の双子の兄だな」
 
 C.Cから聞いていたルルーシュが言うと、そこまでは知らなかったらしくロロは何も言わなかった。

 「お前、名前は何という?」

 「ロロ、と言います」

 「ロロ、か。確かどこかの言語で太陽を意味する単語だと、いつぞや聞いたことがあるな」

 ルルーシュはそう言うと、ロロに言った。

 「もしお前と兄弟になったら記憶が消されているのでいい兄になれるかは解らないが、その時はよろしくと言っておこう。
 お前は少なくとも手違いで手渡された物を返しに来ることを考え付くくらいのことは出来るいい子だから、いい生活が出来そうだ」

 「・・・怒らないんですか?」

 「怒っているのはお前に命令を出した世界で一番はた迷惑な双子にであって、お前じゃない。
 お前はただ言われたことをするしか出来ないように育てられた被害者だ。被害者に怒りを感じるなど、そんな理不尽があるものか」

 これまでの自分の生活が理不尽だと言われたロロはいまいちピンと来なかったが、ルルーシュはそんな反応をしていることに雰囲気で察し、首を横に振った。

 「お前には解らないか・・・こういうことは普通を知らなければ実感出来ないものだろうから、無理はない」
 
 V.Vとやらは人体実験などにもギアス嚮団の子供を使っているそうだから、この少年もいつその対象になるのかとさぞ怖かっただろう。
 もしかしたらそれも嚮団のためで、それが己の役目なのだと洗脳教育を施されている可能性もある。

 生かしておいても害悪にしかならないなとルルーシュが考えていると、どうしていいのかと途方に暮れた様子のロロにルルーシュは優しく言った。

 「すまないが、水差しの水がないので汲んで来てくれないか?水道の水よりもキッチンからのほうが嬉しいんだが」

 「え、あ、はい・・・解りました」

 「ありがとう。よろしく頼む」

 ルルーシュに再度頭を撫でられたロロは水差しを手に取ると、ちらちらと何度もルルーシュを振り返りながら部屋を出る。

 それを見送ったルルーシュは立ったその程度のことに戸惑うロロに同情しながらも、彼をここから出せばギアス嚮団について聞けるかもしれないと考えを巡らせた。
 情で動くが理を取る理論を考えるのがルルーシュという男である。

 (あのロロという子供を取り込みめば、脱出の確率が高まるな。
 成功した暁にはあの子を孤児院に連れて行ってC.Cに預けるとしよう)

 ギアス嚮団の者はコード所持者を嚮主と崇めているとC.Cが言っていたし、七年前まで嚮主だった彼女の言うことなら聞くかもしれない。
 また、マグヌスファミリアならギアス能力者も普通にいるのだから、ロロにとっても悪い環境ではないだろう。

 ルルーシュはロロをこちら側に引き込むために説得すべく、彼のこれまでの思考と行動から有効なものを選び始めた。
 ドアの外には水差しと折り鶴のストラップを手にしたロロが顔を赤くして立っていることに、彼は知らなかった。



 政庁へ入る許可が得られるや否や、カレンは絶対に短気を起こさないと宣誓した上でアルフォンスとともに政庁へ向かっていた。
 本当に政庁へ送る品々に隠れて、考えられる限りの武器を用意してみたが心もとないなと溜息をつく。
  
 「前と違ってマジでやばいから、短気はマジでやめてね。損気どころじゃないから」

 「解ってますよ。ルルーシュ、ゼロ・・・今助けに行くから!!」

 政庁を目指して走る車の後部座席には、使用人に扮したマオがいた。

 (政庁は広いから、中心までは聞こえないなあ・・・ここからじゃある程度しか解んないや。
 やっぱり中まで入らないと・・・)

 よりにもよってC.Cをダイレクトで狙われていると知らされたマオは、その餌にされかねないルルーシュを救出すべく久々に本気を出してギアスを発動させていた。
 何とか政庁近くまで来れたはいいが、そろそろ周囲の喫茶店やレストランが閉まるし周辺の警備を強化するよう命令が出たのでさらに五百メートル以内にいるのが難しくなるだろう。これが最後のチャンスだった。
 時間が経てば経つほど不利になると改めて確認した一同は、決死の覚悟で政庁に到着すると、緊張しながら入っていく。
  
 「失礼します、ユーフェミア様への献上品を政庁にお届けに参りました、カレン・シュタットフェルトです」

 「はい、承っております。27階へどうぞ」

 焦りを押し隠してIDカードを受け取っているカレンの傍らに立つマオを見て職員は眉根を寄せたが、使用人だろうと当たりをつけて詮索しなかった。

 そして当の本人はさっそくギアスでまずはコーネリアの思考を読む。

 《よし、ギアスでコーネリアの心は読めたよ。
 わー、相手を思いやっているようにみせかけた身勝手な思考だねえこれ》

 いっそ感心しながらマオが言うと、既に知っていたアルフォンスは頬を指で掻きながら無感動に尋ねた。
 
 《今さらだから言わなくていい。で、何するつもりなのあの女》

 《とりあえず皇帝が来たらルルーシュに記憶改ざんの手術と考えてる・・・を受けさせて、ナナリーを先に保護という名の確保をするつもりみたい。
 先んじて今ギルフォードが信頼出来る人間だけでゲットー捜索に出る準備してるね》

 《マジ?ち、ナナリーちゃんを保護しとけばルルーシュがまた反旗を翻しても牽制になるからね。考えたな》

 ナナリーはルルーシュの弱点だ。
 それをいいように解釈して手に入れようとするコーネリアにブリタニアらしい独善さを感じたアルフォンスは、リンクを開いていたエトランジュのギアスを通じてルルーシュに尋ねる。

 《どうする?とりあえずナナリーちゃんをゲットーから・・・》

 《次から次へと余計なことを・・・!そんなに俺の怒りを買いたいか》

 低い声音のルルーシュにやっぱり人質に取るとしか受け取らないよなと納得していると、さらにマオは嫌な状況を告げた。

 《やばいよ、ここにはもう、あの時ルルを誘拐したギアス嚮団の連中が釈放されて警戒に当たってる・・・。
 ルルを軟禁してるフロア全体に、三人とV.Vとかってやつと》

 《・・・マジで?》

 《例の他人を眠らせるギアス能力者と、一人は目的の人物を感知するギアスで、もう一人は他人の体感時間を止めるギアス・・・》

 心を読めるだけのマオと自分と味方を認知出来なくするギアスではどうにもならない布陣だった。
 情報といっても自分達の情報はユーフェミアの特区協力者とその使用人という情報なので気にされていないようだったが、ルルーシュがいるフロアはすでに封鎖されているので近づく者は全て殺せという命令が出ていると聞いて二人は引き攣った。

 《特に他人の体感時間を止める男の子の範囲は結構あるね。
 ぴたっと止まってる間に自分だけスタスタと動いてざっくり殺るのがスタンスみたい》

 接近戦が得意なアルフォンスと、心を読んで相手の動揺を誘うマオでは相性の悪い相手だった。
 何しろこのロロという少年は任務を第一と考えており、命令遂行というたったひとつのコマンドで動いているので姿を現した時点で殺される。
 ただ弱点としてはその間心臓に負担がかかるので数分しか使えないものだそうだが、人を一撃で殺すだけなら充分な時間なので、もう少し人がいなければ対処し難い。

 《でもこの男の子、ルルのこと気にしてるね。優しくされたことなかったから、何か凄い戸惑ってるよ。
 ・・・けど兄弟になったら楽しいのかなとか思ってるね》

 マオからの情報にやはりと納得したルルーシュは、ロロを取り込むための条件は充分だと考えてにやりと笑みを浮かべた。

 だがそこへ何故か長引いていた入庁手続きを終えたカレンが、少々蒼い顔で報告した。
 二人は嫌な予感しかしなかった。

 「搬入しようとした荷物なんだけど、何であろうとも政庁に入れるなって指示が出たみたいです。どうしよう・・・」

 《あ、ルルがコーネリアの前で『既に俺を救出するために動いている仲間がいるから』って言ったから、警戒しまくってるね》

 《本気で逃げる気あんの、ゼロ?!》

 アルフォンスがルルーシュに対して怒鳴ると、ルルーシュはユーフェミアを安心させるために発した何気ない台詞がこの状況を生み出したことを知り、目を泳がせる。

 どうにかしようと道具を用意していたのにそれすら封殺された状況の悪さを知った二人が額を抑えていると、ルルーシュはここまで警戒しているのもコードを継承しギアス能力者であるマグヌスファミリアと自分との繋がりがバレたせいだと分析していた。

 神根島でシュナイゼルと会ったことがまさかここまで尾を引くとはとルルーシュは唸ったが、三人は職員に促されてエレベーターに重い足取りで乗り込んだ。

 《ど、どうするんだよこれ・・・動きようがないよ!!》

 《ユーフェミア皇女が協力してくれるのなら、まだ芽はあるかも》

 《・・・あー、駄目だこれ。彼女のほうにもかっちり監視がついてる》

 せっかく最強のギアスを持つマオに来て貰ったのにほとんど意味がないと、アルフォンスは泣きたくなった。
 
 《特区内でV.Vから救出した方が楽だったんじゃないの、これ?》

 《・・・そうだな。くそ、とんだイレギュラーだ》

 マオの苦言は最もだったので、あの時時間を稼いで睡眠ガスを何とか特区内に持ち込ませて救出させるプランを取るべきだったかとルルーシュは後悔したが、後の祭りである。

 エレベーターがユーフェミアが軟禁されている部屋のあるフロアに到着すると、ゆっくり歩く案内係にイラつきつつも、部屋の前で護衛と称した見張りに口だけ笑った笑顔で挨拶しながら三人はユーフェミアと合流することに成功した。

 案内係をユーフェミアがすぐに追い出すと、腹が立った様子のユーフェミアに頭を下げながらアルフォンスはポケットに忍ばせた盗聴器を発見する機械を操作する。

 「久方ぶりにお目にかかりますユーフェミア皇女殿下。
 私が入院した折には大層お気にかけて下さったとのことで、恐悦至極に存じます」

 何だか思い切り普通に話しかけられたユーフェミアは黒の騎士団の人ではないのかと一瞬焦ったが、盗聴器がないことを確認してやっと素で話し出した。

 「よし、盗聴器はないな。監視カメラは女性のところに仕掛けてないだろうし」
 
 そこまで思い至らなかったユーフェミアは口を押さえた。
 言ったことを間違っているとは思わないが、明らかに不敬に当たる発言を万が一にも皇帝の耳に入っていたならば処罰は免れない。

 「よかった・・・私に処分が下ったら、特区も駄目になるところでした」

 「うん、だからうかつなことはしてなかったみたいね。ずいぶん成長したみたいで、ルルーシュ皇子も喜ぶと思うわ」

 突如女性言葉で話し出したアルフォンスに、ユーフェミアは驚きを隠せずに目を見開いて瞬きした。

 「その口調に声・・・貴方、アルカディアさん?!」

 「正解。それ女装で、こっちが素」

 唖然としたユーフェミアとスザクに、実はアルカディアが正真正銘の男だと知ったカレンも口をあんぐり開けている。

 「うっそ・・・全然気づかなかった・・・」

 「女装好きだったから堂に入ってたからね。まあそれはそれとして話を元に戻そう」

 アルカディアは再度男性口調に戻すと同時に肝心の目的について語ろうと促すと、彼の性別などよりはるかに重大だと思いだし、幾度も頷く。

 「まずこっちが調べた現状を確認ね。先に言っておくけど、どうやって調べたなんて質問は全部終わってからにしてほしい」

 マオが心を読んだなどという事実は言えないし、言い訳は後で考えようとアルフォンスがさりげなく話を円滑に進めるために釘をさすと、三人は了承した。

 「現在ゼロことルルーシュ皇子が閉じ込められてる部屋は最上階の下の階にあるユーフェミア皇女の部屋で、応接室と私室に分けられてる中の私室。
 ドアの前にはコーネリアが手配した見張りが四名、私室前の応接室にはあのブリタニアンロール・・・もといブリタニア皇帝が送り込んだ工作員がいるよ」

 普段父がどう呼ばれているかを知ったユーフェミアはコメントする気も起こらず、ひたすらルルーシュが置かれた状況がまずいことに顔を青ざめさせた。

 「その陛下の工作員というのは、やはり・・・」

 「そう、ゼロを最初に誘拐した連中」

 「・・・陛下直轄の機関の人達なのですか?」

 「そうらしいね。かなり特殊な訓練を受けてる連中のようだから、一筋縄ではいかない。
 だからコーネリアに救出させてこっちで奪回って形にしたんだけど、失敗だったかなあ・・・」

 頭をかりかりと掻いて唸るアルフォンスに内心同感だったが、後悔しても仕方ない。

 「まずクリアしなければならない条件は部屋から出てフロア、そして脱出。
 荷物に紛らせて脱出させようと思ったんだけど、余計な物を持ちこむなって命令により不可能になったよ」

 救出される当人の不用意な一言で、とアルフォンスが舌打ちした。

 「今夜中にやらないと、もう不可能だ。ここにはどれくらい滞在出来るかな?」

 「それが、何でも近日中に皇帝陛下が来るようなのです。
 だから私とのお話が済んだらすぐにもカレンさんと一緒に特区に戻るようにとお姉様から言われましたから、そう長くは・・・」

 申し訳さげなユーフェミアの答えに、マオが補足した。

 《あー、このまま政庁にいたらユーフェミアが七年前のルルみたいに皇帝に直談判でもしかねないと危惧してるねコーネリア》

 《なるほどね・・・確かダールトンがゼロの配下になってると聞いたけど》

 《だめだ、V.Vがルルーシュの部屋に誰も入れるなって言ったせいで、部屋にはルルしかいない》

 V.V自身の思考は読めないが周囲の人間の心は読めるのでそこから判断するに、ダールトンがルルーシュのギアスにかけられていることはコーネリアが皇帝の命に背いてルルーシュが軟禁されている部屋に入ったことを隠しているため、まだ気づかれていないようだった。
  
 「監視カメラもあるし、それをごまかすことくらいは何とかなるけど・・・人間の目をごまかすのが大変なんだよね・・・」

 人間にしか効果のないギアスの弱点は、機械技術である。
 そのため機械に強いアルフォンスは画像をごまかしたりプログラムをクラッシュしたりしたうえで、己のギアスで姿を隠して隠密行動をしていた。

 だが、今回ギアスが効かないコード所有者自身がいるのでこの手が使えない。
 たとえ子飼いの嚮団員が自分を認知出来なくても、V.Vが侵入者の姿を見たとたん周囲を眠らせるギアス能力者に能力を発動させれば、それでいいのだから。

 《どうするこれ?無理ゲーな気しかしないんだけど》

 《ゼロ、指示を出して欲しい。そっちの言うとおりに出来る限りしてみるから》

 作戦を考えるのが仕事とはいえ自身の救出策を尋ねられたルルーシュは、現在の状況を分析して改めて考えた。

 (ネックになるのはやはりギアス嚮団員か。特に周囲を眠らせるギアスと体感時間を止めるギアスというのが厄介だな)

 前者は範囲が狭いので効果範囲外から撃ち殺すなりすればいいが、問題は後者のギアスだ。
 何しろナイトメアに乗っていてさえ発動出来るほど広いので、接近戦になれば確実にやられてしまう。
 しかし彼らはその隠密性から、おおっぴらには使えない人材のはずだ。

 《隠密・・・そういえば咲世子さんは変装術が得意だったな。
 他人そっくりに化けられるから、もし身代わりなどの用があれば言って欲しいと》

 《ああ、言ってたね。一度見たけど、瓜二つに化けてた》

 声すらそっくりに真似られる咲世子の変装術に、ニンジャ凄い・・・と誰もが声を失うほどだったので、ルルーシュは実に得難い人材だと喜んだものだ。

 《彼女に連絡して、俺に化けて政庁近くから逃げたと思わせよう。警備が手薄になったところで、政庁にいる貴方のギアスを使って脱出する。
 この部屋にいないように見せかける算段は、今からつけておく》

 ロロを思い浮かべたルルーシュは、何とか彼を手なずけてここにいないとV.V達に報告させればいいと考えたのだ。

 《なるほどね・・・解った。さっそくエディに言って手配して貰おう》

 アルフォンスはエトランジュに作戦内容を伝えると、彼女は了承した。

 《すぐに咲世子さんに連絡いたします。おそらく何らかのギアスを使って脱出したと取るでしょうから》

 エトランジュが了承すると、お手洗いから私室へと戻り始めた。
 トイレと偽って出て来たので気づかれないようにそっとゲーム大会をしている部屋を通り過ぎると、玄関で卜部に遭遇した。

 「卜部少尉?どうされたんですかこんな時間に・・・」

 「ああ、何かゲーム大会してるってんで、ちょっと顔を出しに来たんです」

 卜部はそう言ったが、実際はいつも計画的なエトランジュが唐突にゲーム大会をしようと言いだした上、子供がいる団員ではなくある程度の戦闘能力を持った団員だけが主に呼ばれたと聞いたので何かあったのではと思い、様子を見に来たのである。

 「どうしたんですかエトランジュ様・・・顔色が青いですよ」

 エトランジュのギアスは感覚や思考を繋ぐものだがエトランジュを経由するため、脳に著しい負担がかかる。
 ルルーシュが誘拐されてからほとんど発動していたため、頭痛が彼女を襲っている上事態の悪さも合わせて顔色が非常に悪かった。

 「いえ、ちょっと熱中したらその・・・皆さんに心配をかけてはいけないので、部屋でちょっと休んできますね」

 それでは、と慌てたように一礼して部屋へと小走りに戻ったエトランジュの後をそっとつけると、曲がり角で車椅子に座った少女とぶつかりかかった。

 「おっと、すまねえな。怪我はなかったか?」

 「はい、すみません。私、目が見えなくて・・・人の気配はしたんですけど、よけられなくて」

 「・・・目が・・・そういえばここはそう言う子達が多かったな。忘れてた俺が悪いんだ。部屋はどこだ?送っていってやるよ」

 エトランジュの様子が気になるが、行き先は彼女の自室だ。そう慌てることもないだろうという卜部は、この車椅子の少女がどこかで見たことがあるような気がしたので尋ねてみた。

 「・・・あんた、どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・名前聞いてもいいか?」

 卜部に尋ねられて正直に答えるかどうか迷ったが、施設の者に聞けばすぐに解ることかと考えたナナリーは正直に答えた。

 「ナナリー、と申します」

 「ナナリー・・・って・・・あああああああ!?!」

 思わず大声を上げた卜部は慌てて己の口を手で覆うと、改めて目の前の少女を凝視した。

 (この子、枢木のおっさんの家に預けられてたブリタニアの皇女か?!
 確かにあの子も目が見えなくて足が不自由だった・・・何でこんな所にいるんだよ?)

 七年前から藤堂と付き合いのあった卜部は、ちょくちょく彼が当時師範をしていた武術道場にも顔を出していた。
 そのため、本格的に話こそしたことはなかったがブリタニアから送られて来た留学生という名目の人質の皇女を見たことが何度かあったのだ。
  
 「ブリタニアの皇女か、あんた・・・確か兄貴がいたと思ったが、はぐれちまったのか?」

 「兄をご存知なのですか?兄もここにいるんですけど、今は特区の方に行ってらして・・・帰りを待っているんです」

 「あー、なるほどね。何かいろいろあったみたいだけど、詳しいこと聞いていいもんかなあこれ」

 エトランジュは知っているのかと、彼女の部屋に赴く口実が出来たと足を向けようとすると、ナナリーが言った。

 「先ほどからエトランジュ様の様子がおかしくて・・・何度もお手洗いに行ったり、他の方がおっしゃるには顔色が凄く悪いから大丈夫かと心配なさってるので、私様子を見に行こうと思って」

 「そういうことか。俺もちょっと気にかかってるし、一緒に行くか」

 ついでにナナリーのことを知っているのか、確認しておこう。
 これは黒の騎士団にとってもエトランジュにとっても知っておくべきことなので、まさかこんなところで日本が侵略されるきっかけになったブリタニア皇族の片割れと出会うとはと卜部は驚いていた。

 卜部がゆっくりとナナリーの車椅子を押し、彼女の案内でエトランジュの私室の前へと到着する。
 重要人物の部屋というのは防音がしっかりしてあると思いがちだが、何かあった時異変がもれにくくなってしまうため、実はそれほどしっかりしたものではない。
 しかもここは障がいを持った者のための施設なので、なおさらだった。

 そこで大事な話などはしないのでそれでいいと思っていたのだが、焦っているエトランジュはそれに思い当たらず普通に携帯で咲世子と会話をしていた。

 「・・・はい、そうなのです。至急、政庁の方に出向いて頂きたくて・・・」

 政庁に何の用だろう、と卜部とナナリーが首を傾げていると、ナナリーは集中して聴覚を研ぎ澄ませた。
 すると携帯相手の声が、わずかだがはっきりと聞き取れた。

 焦っているエトランジュは日本語ではなく英語で会話をしていた。
 それが事態を一変させることになるとは、想像すらしないまま。
 
 「事情は解りました。アッシュフォードから外出許可を頂いたら、至急参ります。
 ただ準備と併せて一時間はかかってしまいますが・・・」

 「なるべく早くお願いします。急で本当に申し訳ありません」

 (咲世子さんの声?エトランジュ様は咲世子さんとお知り合いだけど・・・)

 名誉ブリタニア人である咲世子を政庁になど、何の用事なのだろうか。しかも外は既に花火が最も美しく咲き誇っている夜だ。
 いったい何の話をしているのかとナナリーがじっと聞いていると、エトランジュが言った言葉にナナリーは凍りついた。

 「・・・ルルーシュ様が捕まって既に数時間経過しております。
 今夜を逃すと脱出させるチャンスがありません」

 思わず叫びそうになったナナリーの口を卜部がとっさに塞いだので、エトランジュは部屋の外にナナリーと卜部がいることなど気づかないまま会話を続けている。

 (あの様子だと、この兄妹の正体をエトランジュ様はご存じみたいだな。
 何かの取引とかにするつもりで、二人を匿ってたってところか)
  
 卜部が単純な推測をしている横では、ナナリーが混乱していた。

 (お兄様が捕まった・・・?!え、どうして・・・?)

 「・・・既にアルカディア従姉様がカレンさんと一緒に政庁に。
 申し訳ないことに、動ける人員が非常に限られているんです。
 まさかゼロが捕まったなど、とても騎士団の方々には言えませんので」

 「・・・へ?」

 「・・・え?」

 エトランジュは“ルルーシュが政庁に捕まった”と言い、さらに“ゼロが捕まった”とはっきり言った。
 二人が同時に捕まったにしては、文意がおかしい。言葉としては二人が同一人物だという表現が一番しっくりきた。

 「まさか・・・ゼロの正体は・・・」

 卜部がゼロが仮面をしている理由と桐原が間違いなくブリタニアの敵だと保証したこと、さらに今ブリタニアの皇女がここにいることなどから合わせて、確かにあり得ない話ではないと考えた。

 (おいおい、そう考えりゃあ辻褄は合うぞ。
 道理でブリタニア人の協力者が多い上に、特区なんてもんを造らせたり出来るわけだ)

 卜部が納得していると、ナナリーが顔を青くさせながらエトランジュの部屋に飛び込んだ。

 「お兄様がさらわれたって、本当なのですか?!」

 「ナナリー様?!」
 
 慌ててエトランジュは携帯を隠すが、ナナリーは構わずに感情のまま叫んだ。

 「今の会話、本当なんですかエトランジュ様!!お兄様が誘拐されて・・・ゼロだって・・・!」

 エトランジュが絶句していると、ナナリーはエトランジュに近づいてその身体を凄まじい力で掴んで常の穏やかな表情とは違う鋭さを滲ませて再度問い詰めた。

 「エトランジュ様、お答え下さい。お兄様はゼロなのですか?!」

 ナナリーの鋭い問いにエトランジュは唖然と立ち尽くし、手にしていた携帯が床へと落ちていく。

 「エトランジュ様、ナナリー様?!あちらにナナリー様がいらっしゃるのですか?!」

 どちらも事実だが、いったいどう答えればいいのだろう。
 床に落ちた携帯からの声と近くの少女の声に挟まれ、相次ぐ異常事態にエトランジュはリンクを開くことも思い浮かばず途方に暮れるしかなかった。



[18683] 第十二話  迷い子達に差し伸べられた手
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/01/23 14:21
 第十二話  迷い子達に差し伸べられた手



 どうしてこんなことになったのだろう。

 現実逃避のように考えながらエトランジュはますます青ざめたが、ナナリーの顔もそれに負けず青白い。

 兄は確かに自分に隠し事をしていると言った。
 いつか必ず話してくれると約束してくれたから自分を騙していたのかという怒りは感じなかったが、やはり話して欲しかったと泣きたくなった。

 「お兄様・・・お兄様に聞かなくちゃ・・・お兄様・・・」

 パニックに陥ったナナリーを抱きしめながら、エトランジュは懸命に窘めた。

 「落ち着かれて下さいナナリー様。必ず私達が奪還いたしますから、心をしっかり持ってお待ち下さい!!」

 「お兄様・・・お兄様・・・・!」

 異母姉コーネリアはゼロと何度も戦ったと聞いている。
 しかもサイタマでゼロを誘き寄せるためだけに罪のない日本人を犠牲にした、とも。

 「捕まえたのはコーネリア姉様ですか?
 お兄様がゼロで、お姉様はどうするおつもりなのでしょう?」

 「・・・それが、その・・・何と言うべきでしょうか」

 もはやエトランジュもどうしていいか解らなくなり、ようやく我に返ってリンクを開いてルルーシュに報告した。

 《ゼロ・・・どうしたらいいんでしょう・・・ごめんなさい》

 エトランジュは計画的にことを動かす分、不意の事態に非常に弱かった。
 その意味ではルルーシュと似ているのだが、彼と異なり事態を打開する能力を持たないため、他人を頼るすべしか持たない彼女の声が弱々しい。

 《ナナリー様に会話を聞かれて、貴方がゼロであることを知られてしまいました》

 《な、なんだと?!何だってそんなことに?!》

 エトランジュが咲世子に連絡するために部屋で携帯で会話をしていたら、ナナリーが聞いていたようだと伝えると立ち聞きなどする子じゃないのにとルルーシュは額を押さえた。

 《そ、それでナナリーは・・・》

 《早くルルーシュ様に事情を聞かなくてはと、そればかりで・・・混乱なさっているようです》

 エトランジュは話すうちに少し落ち着いてきたらしい。
 とりあえずパニックになっているナナリーを抱きしめて、優しい声で再度たしなめた。

 「大丈夫ですナナリー様。今みんなで協力してルルーシュ様を助けますからね。
 戻りましたらお話をするように私から申し上げましょう。
 ・・・ナナリー様はルルーシュ様がゼロなら、お嫌いですか?」

 「・・・いいえ、いいえ!私はお兄様さえいればいいんです。お兄様さえ・・・」

 ナナリーが思わずそう叫ぶと、はっとなって己の口を手でふさいだ。

 「あ、あの、私、その・・・ごめんなさい!」

 どうしようといきなり謝り出したナナリーに首を傾げたエトランジュは、どうしたのだろうと尋ねた。

 「それはナナリー様、ルルーシュ様は大事なお兄様ですからそう思われるのは当然でしょう。謝られても困るのですが・・・」

 「・・・怒らないのですか?」

 「怒る理由が思い当たらないのですが」

 いったい何の話だとエトランジュが訝しんでいると、ナナリーがおずおずと言った。

 「・・・お兄様のことばかりで他の方のことを思いやらないのは悪いことだから、叱られると思ったのです・・・」

 「はい?すみません意味がよく解らないのですが」
 
 エトランジュはますます訳が分からなくなったが、何とか自分で整理してみた。

 「えっと、他の方を差し置いてルルーシュ様と一緒にいられれば幸せだというのがよくないと、そうお考えなのが悪いことだということでしょうか?」

 「・・・はい」

 「大事な方と一緒にいられれば幸せなのは、ほとんどの方がそうだと思いますよ。
 私達だってそうなのですから、別に悪いことではないと思いますが・・・」

 「そうですね、俺も同感ですよエトランジュ様」

 唐突に聞こえてきた卜部の声に、エトランジュは仰天した。今の今まで気づかなかった辺り、彼女がいかに動転しているかが解る。

 「う、卜部少尉?!なぜここに・・・!!」

 「エトランジュ様の様子がおかしかったんで、偶然会ったナナリー皇女とこっちに来たんです。
 七年前にちょっと会ったことがありましたので、すぐ解ったんですよ」

 「・・・もしかして、先ほどの会話も・・・」

 「すんませんね、こっちもあんなのを聞かされたら立ち聞きするしかないもんで」

 くらりと立ちくらみを起こしたエトランジュの身体をとっさに抱きとめた卜部は、彼女をベッドに座らせて床に落ちたエトランジュの携帯を拾い上げた。

 「あんた、咲世子とか言ったな。騎士団のゼロの部下か?」

 「・・・そうですが、貴方は?」

 「俺は卜部、四聖剣の一人だ。正直事情はよく解らんが、ゼロの正体とゼロが捕まったってのは解った。
 詳しい話は後だ、一刻を争うってんなら、とにかく政庁に向かってくれ」

 卜部の名前を聞いた咲世子は少し考え込んだが、時間がないので了承した。

 「解りました。では政庁について準備が整い次第またご連絡させて頂きます」

 「よろしく頼む」

 ピッと音を立てて通話を切った卜部は、青ざめるエトランジュの前に床に膝をついてゆっくりと質問した。

 「エトランジュ様はゼロの正体について知ってたんですか?」

 「・・・はい。偶然ですけど知りました。桐原公にもそれはお話ししてあります」
 
 エトランジュはおずおずと、ナナリーに解らないように日本語で答えた。
 自分だけで秘匿していたわけではなく、桐原ともフォローしていたという事実はマグヌスファミリアの心象を悪くしないためにも必須だったのでそう告げると、卜部はあのタヌキジジイ、と内心で吐き捨てて納得した。
 そして卜部もエトランジュの意図を悟り、日本語で話すことにした。

 「別にブリタニア皇族だから嫌いなわけでもなかったですし、才能もある方ですから気にしてないんです。
 でも気にする方は多いでしょうから、日本解放後に一部の方には桐原公を通じてお話ししてはどうかという話になっているのです」

 「実績あってじゃないと、確かに受け入れられにくいだろうな・・・なるほどね」

 まさか彼の正体を知っている一部の者だけで奪還するつもりかと考えた卜部は、髪をかきむしった。

 「ちょっと聞きたいんですけど、ゼロ救出作戦にどれだけいるんです?」

 「カレンさんがアルカディア従姉様とマオさんの三人で政庁にいます。
 咲世子さんはメイドの方ですが、変装の特技をお持ちなのでそれを生かして貰う手筈で協力して貰っているんです。
 今入った情報ですと、ナナリー様を人質に取るべくブリタニア軍がナナリー様を探しに出ると聞いたので、ジークフリード将軍とクライスさんがここにいて護衛に・・・」

 「それで黒の騎士団員を呼んだんだな。言ってくれりゃあよかったのに」

 エトランジュの急なゲーム大会の理由に納得した卜部は、この状況をどうしたもんかと頭をひねった。

 エトランジュ達は戦争をしたことがない国の出身なので、戦いのやり方を知らなかった。
 ジークフリードですら将軍の地位を得たのは“礼儀正しくて一番軍人っぽく見える体格をしていたから”という理由だったと聞いている。

 実際はその理由に加え、王族であるエドワーディンと結婚した息子のクライスを通してギアスを知り、同時に得たギアスがエトランジュのフォローに向いていたからなのだが、そこまではもちろん言っていない。

 いつも指示を出してくれるゼロがいないのでどうしていいのか解らず、さりとて相談する者もおらず心細かっただろうと卜部は青ざめたエトランジュを見て哀れに思った。

 「乗りかかった船だ、俺らも協力しますよ。うちのボスが誘拐されたんだ、他人事じゃない」

 「で、でも・・・!ゼロは、その・・・」

 「どうせバレたんだから、今更でしょ。とりあえず・・・そうだな、桐原公に連絡して、そこから藤堂中佐にも俺から知らせましょう。
 どのみちもうここまで来たら隠し通せませんよ」

 卜部の提案をエトランジュがルルーシュに知らせると、自分の正体を知っても協力してくれる卜部に驚きつつも、確かにもう隠せるものではないと腹を括った。

 《藤堂か・・・桐原を通じてなら、さほど揉めることはないでしょう。
 お手数ですが、そちらもよろしくお願いします》

 《解りました、すぐに手配します》

 エトランジュが了承すると卜部に向かって頷き、自分のノートパソコンを立ち上げて桐原との極秘通信ラインを繋ぐべくキーボードを叩く。

 「解りました、すぐに全て桐原公にお話しします。
 ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 「いや、事情を知ったら解らないでもないし・・・複雑ではありますけどね、まあそれは後にしますよ。
 それはそうと、ナナリー皇女を捕まえにブリタニア軍が来るんですね?」
 
 お兄様、と震えるナナリーにちらっと視線を送った卜部が確認すると、エトランジュが肯定する。

 「はい。ただ居場所まではまだ知っていないようなのですが、もしもナナリー様がブリタニアの皇女だと知られればどんなことをされるか解らないので、周囲の人間を殲滅させたうえで連れ戻せという命令を出したようです」

 「コーネリアらしいな。だがこの施設の全員で避難なんかしたら、逆に居場所を宣伝するようなもんだ。
 脱出させるとしたら、ナナリー皇女だけのほうがいいが・・・」

 問題は避難先だ。
 ゲットーを中心に捜索するなら租界に戻る方がいいが、ナナリーは目立つのでそこに戻るまでにバレる可能性がある。

 「・・・いっそ黒の騎士団基地の方に移って貰った方がいいな。
 藤堂中佐が担当してるイバラキ基地が一番安全だ。そこそこ近いしな」

 《・・・卜部の案を採用しよう。エトランジュ様には悪いが、ナナリーに説明を頼みます》

 《何とか説得してみますが・・・ナナリー様もパニックになっておられます》

 ルルーシュの命令にエトランジュは兄に対する人質として自分が狙われている、コーネリアが周囲の人間を殲滅するように命じたなどとナナリーに告げるわけにはいかないと嘆いていると、ようやく桐原との極秘通信ラインが繋がった。

 「どうかなさいましたかな、エトランジュ女王陛下」

 「ああ、桐原公!申し訳ありません実は・・・」

 真っ青な顔でエトランジュが報告した事態に、桐原公は目を見開いた。

 「それは・・・もっと早くご報告頂きたかったものですな・・・しかし、何ともはや・・・」

 「桐原公、俺は中佐に報告して力を借りたほうがいいと思うんです。 
 戦力があまりにも足りなさ過ぎて、エトランジュ様達だけじゃ無理だ」

 「むう・・・確かに藤堂なら軽々に喋る男ではないし、信頼に値するが・・・ゼロのことは墓場まで持ちこむつもりだったがの」

 卜部が言葉を添えると桐原も捨て置けない事態に考え込んだ末、卜部の案を呑んだ。

 「よろしい、すぐに藤堂にわしからも申し伝えましょうぞ。
 ナナリー皇女のほうは、卜部、エトランジュ様ともどもお主が基地までお送りするのだ」

 「承知!!俺からも藤堂中佐を説得しますんで」
 
 味方が増えたことに安堵したエトランジュがほっと大きく息をつくと、ナナリーに向かって優しく声をかけた。

 「ナナリー様、ルルーシュ様は皆様が助けて下さいますから、どうか私と一緒に藤堂中佐のおられる黒の騎士団の基地に参りましょう。
 お知り合いがおられるのでしたら、ご安心頂けますでしょう?」
 
 「・・・いいえ、お兄様はここから出てはいけないとおっしゃいましたもの!
 私はお兄様のお帰りをここでお待ちします」

 「ナナリー様、ですが万が一のことがあったら貴女まで!」

 兄の言いつけを守ると言いだしたナナリーは、幾度も首を横に振った。

 「でも、でも、お兄様が・・・!」

 「よろしいですか、ナナリー様。ルルーシュ様が一番大事になさっているのは貴女なのです。
 よって貴女の身柄をブリタニアに押さえられれば、ルルーシュ様は非常にお困りになるのです。
 コーネリアはともかく、シャルル皇帝が貴女を大事にするとは思えません。必ず人質に取るに決まっています!」

 子供をなんだと思っているかを知っているエトランジュの言葉に、ナナリーが不審そうに顔を上げた。

 「・・・私、お父様が私達を日本にやったのは事情があってのことだと思っておりました。
 私達を死んだと偽っていたのも間違いで、いつか迎えに来てくれるかもしれないって、そう思って・・・」

 アリエス宮で暮らしていた頃、父シャルルはそれなりに自分達を大事にしてくれていたと言うナナリーに、エトランジュは無理もないと溜息を吐く。
 
 子供というものは親からどんな扱いをされようとも、親を愛してしまう生き物だ。
 エトランジュも虐待を受けながらも親を庇う子供を見たことがあるから、そういうものだと知っている。ましてやナナリーのように、愛情を受けたという記憶があるならなおさらだろう。

 酷い境遇であるが故に逆に親の愛情を信じ、いつか迎えに来てくれると考えてしまうのはナナリーくらいの年齢の少女なら仕方ない。
 ましてや彼女は身体に障害を抱えてはいるが、そのフォローをしてくれる兄がいたのでルルーシュのように世間の荒波に揉まれ、細かいところまで考えるという必要性がなかった。
 エトランジュにしても事情は相当異なっているが、父親が理不尽な理由で姿を消したのではなどと考えず、理由があって今はいないだけと願望のように信じているようにだ。

 しかし、エトランジュはルチアを通じて亡命してきた貴族からルルーシュが日本に放逐された際、謁見の間でシャルルからどれだけの暴言を叩きつけられたかを聞いて知っている。
 ルルーシュの正体を知った後、いちおう彼について聞いてみたところ数人が口を揃えてその話をしてくれた上にマオからも同じことを聞いたので、ルルーシュがブリタニアに戻ることはあるまいと思ったものだ。

 実の父親からそんな暴言を言われたなどルルーシュがとてもナナリーに言えないであろうことは想像がついていたので、ナナリーが父に対して希望を抱くのはむしろ当然だった。
 自分だとて、とてもナナリーに言えたものではない。

 「・・・ナナリー様、ルルーシュ様がゼロであることを隠していたのは貴女と二人で幸せになるためなのです。
 戦いが終わったらゼロを辞めて二人で日本で暮らすのだと、そうおっしゃっておられました。そして貴女に言わなかったのも、貴女に心配を掛けたくなかったからなのですよ」

 「・・・今のままでは、幸せになれなかったのですか?」

 「もちろんです。公的にはお二人には戸籍がありませんからまともな職業に就くことすら出来ません。
 アッシュフォードも何の利益もないならと、いつ放り出されるか解らなかったと聞きました。
 金銭を得るのが生活するのに必須のことですから、それが出来ないだけでどれほどのものか、ナナリー様はもうご存知でしょう?」

 「・・・はい、解ります。それでお兄様はブリタニアを?」

 「そうです。はっきり申しあげますと貴女は弱者です。もし万が一ルルーシュ様が事故か病気でお亡くなりになられたら、ブリタニアの国是からすれば切り捨てられる立場にあります。
 大事な貴女をそんな国になど置けるはずがありません」

 エトランジュが懇々とルルーシュがゼロになった理由を語った。

 「それでも反逆自体はもう少し後にする予定だったそうですね。
 あの枢木 スザクがクロヴィス殺しの犯人に仕立て上げられたので、彼を助けるためにゼロになったと伺っています」

 「あ・・・!わ、私があんなことを言ったから・・・!」

 どうにかしてスザクを助けられないのかと言った己の言動を思い出して、ナナリーは震え出した。

 「それで私どももルルーシュ様と繋ぎがとれましたから、その意味で幸運だったのですが・・・ナナリー様が衝撃を受けるのは解りますが、どうかご自分を責めないで下さい。
 ルルーシュ様はすべてご自分の意志でゼロをすると決めたのですから。無事にお戻りになりましたら、もう一度話し合えばよろしいかと。
 私どもも隠していたのは大変申し訳ないと・・・」」

 「いいえ、お兄様が口止めなさったのでしょうから、エトランジュ様のせいではありません!
 ・・・そう、そうですねエトランジュ様。お兄様は私を愛して下さっていますもの、お話しして下さいますわ」

 いつか必ず話すと約束してくれた兄だし、優しい世界になりますようにと願ったのは確かに自分だった。
 ゲットーに住むようになってから、トウキョウ租界とはあまりに違う世界にブリタニアの残酷さが徐々に理解出来ていたナナリーにとって、ゼロが必要とされている人達がいることを彼女は感じ取っていたのである。

 「解りました、皆様のご指示に従います。ですから、お兄様を助けて下さい・・・!」

 泣きながら訴えたナナリーにエトランジュが幾度も頷くと、藤堂に連絡し終えた卜部がナナリーの車椅子を押した。

 「こっちも了解が取れました。すぐにナナリー皇女とエトランジュ様を連れて本部のトレーラーに来るようにとのことなんで、荷物を最小限でまとめて下さい」

 「解りました。もしかしたらブリタニア軍が来るかもしれないので、玉城さん達とクライスには残って貰いましょう。
 私はナナリー様の荷物をまとめてまいりますね」

 エトランジュがナナリーの部屋に向かって走り出すと、卜部はゆっくりとゲーム大会をしているリビングに向かって歩き出す。

 「挨拶くらいはしていったほうがいいからな。言いわけはどうするかな・・・」

 「・・・嘘はよくないと思うんですけど、私もうすぐ手術があるのでそれが少し早くなったと言えばきっと・・・」

 「手術って、目か足か?」

 「足の手術です。神経装置を埋め込んだら歩けるようになるって、ラクシャータさんが・・・」

 「なるほど、それならいいだろ。そんな顔するなよ、俺達のボスなんだし、助けてやるって」

 藤堂中佐を助けて貰った借りがあるからな、と笑う卜部に、弱々しい笑みを浮かべたナナリーがリビングに戻るとゲームをしていた子供達が笑って出迎えてくれた。

 「あ、ナナリーちゃん!遅かったから心配したよ」

 「あれ、誰このおじさん?」

 子供達が初めて見る卜部を見上げると、玉城が驚いた。

 「卜部少尉じゃん!どしたんすかこんなところに」

 器用にカップゲームを披露していた玉城の言葉に、有名な四聖剣の一人だと気付いた子供達が騒ぎ出した。

 「あの奇跡の藤堂中佐の腹心の?!俺初めて見た!!」

 「僕も!!あの、サイン下さい!!」

 黒の騎士団に入団志望の少年達がわっと卜部に群がってくると、施設の職員が慌てて手を叩いた。

 「こら、卜部さんはご用事でここに来られたのですよ。お離れなさい!」

 「はーい」

 渋々彼らが卜部から離れると、卜部は苦笑しながら後でサインでも握手でもしてやるからと言いながら既に詳細を知らされていたジークフリードを招き寄せると、二人は廊下に出た。

 「その顔だと、事情は知ってるみたいですね」

 「はい、息子をここに残らせます。ナナリー皇女を連れ戻すために、コーネリアが殲滅するおそれがありますからな。
 万一に備えてこの場にいる子供達を避難させなくては」
 
 「ああ、中佐もそんなことが起きた場合に備えてナイトメアの準備をしてるよ。 幸い極秘だからナイトメアを使うような捜索はしないだろうが、その時は避難通路を使ってくれ」

 「解っております。私はエトランジュ様をお守りしなくてはなりませんから、同行させて頂きますぞ」

 アインからの予知で彼女が無事に本部に到着することを知ってはいるが、護衛対象から離れるわけにはいかないジークフリードに、卜部は解りましたと頷いた。

 一方、リビングではナナリーの手術が少し早まったので急だが今から黒の騎士団の病院に行くのだと説明したナナリーに、皆から励ましの言葉を贈られていた。

 「そっか、ナナリーちゃんの誕生日の後だって聞いてたけど、仕方ないね。頑張って!」

 「あ、ちょっと待って!まだ千羽折れてないけど、手術成功を祈願した折り鶴があるから持って行ってよ」

 子供達の一人がこっそり折っていた造りかけの千羽鶴を差し出すと、ナナリーは涙を流しながら受け取った。

 「残りは出来たらまた届けて貰うね」

 「ありがとうございます・・・その、ごめんなさい」

 自分がいるために孤児院の人達に迷惑をかけてしまったとナナリーが謝ったのだが、子供達は急な出発に関してのことだと勘違いして笑い飛ばす。

 「いいんだよ、これくらいどうってことないから。ルルーシュさんは先に行ったの?」

 「戻ってきたら美味しいごはん作ってねって伝えてね。
 こっちもスキルアップするからさ。だからレシピも送って欲しいなー」

 「君が歩けるようになったら、俺も希望持てるからさ・・・その、頑張ってくれ」

 黒の騎士団に入るのが夢だという、シンジュクで両親を喪い自身も足に損傷を負った少年に励まされて、ナナリーはますます涙をこぼした。

 「はい、はい!私必ず足を治して、お兄様と帰ってきますから・・・!」

 感動の光景に玉城が鼻をすすっていると、外からナナリーの荷物をまとめたエトランジュが小走りで戻って来た。

 「ナナリー様、ご用意が整いましたよ。さあ、参りましょう」

 「はい・・・ではみなさん、行ってきます」

 エトランジュがジークフリードを伴いナナリーの車椅子を押しながらリビングを出ると、卜部が今度は玉城と騎士団員数名を廊下に呼び出して言った。

 「確定情報じゃないんだが、ゲットーにゼロを探すためにブリタニア軍が出るらしいんだ。
 極秘捜査だってことだが、またぞろサイタマみたいなことをしでかす可能性がある」

 「マジっすか?!どこのゲットーっすかそれ」

 「解らんが、ここに来る可能性だってある。ここにはブリタニア人もいるから、逆にブリタニア軍が目をつけるかもしれない。
 情報が入り次第連絡するが、安全が確認されるまでお前達はここにいてほしい」

 「解った、任せて下さい!へへ、最近何もなかったからな」

 「その方がいいに決まっているだろ。例の避難経路を確認しておいてくれ。
 もしサイタマみたいな殲滅になりそうなら俺達が援護に駆け付ける手はずになっているから、お前達は子供達の避難を頼む」

 卜部の言葉に玉城が頷くと、騎士団の男が言った。

 「了解しました。ですが子供達が不安にならないよう、この件は極秘にしたほうがいいと思うんですが」

 「ああ、もしかしたら何もないかもしれないからな。ただ職員達にだけは言っておいてくれ。
 いいか、くれぐれも子供達の前で不用意なことは言うなよ」

 ゼロからの子供の前での話題は選べという通達を思い出した二人が同意すると、卜部は手帳を取り出して自分のサインを数枚書いて切り取り、玉城に手渡した。

 「これ子供達に渡しといてくれ。中佐のサインのほうがいいだろうが、俺で我慢しとけって伝えてくれな。
 じゃ、俺はエトランジュ様を送って来るから」

 卜部が足早に立ち去っていくのを見送った玉城は、手の中の卜部のサインを見つめて呟いた。

 「・・・卜部少尉のサインならそこそこで売れるかな・・・って、何すんだよ?!」

 その玉城の本音を聞きつけた騎士団員の男は溜息をつくと、無言で玉城の手から卜部のサインを奪い取り、リビングに戻るのだった。



 卜部がハンドルを握る車の後部座席に乗り込んだエトランジュとナナリーは、最後にジークフリードが助手席に座ってからようやく住み慣れた孤児院を後にする。

 「お兄様・・・」

 ナナリーはそう呟くと、エトランジュに尋ねた。

 「・・・最初から私達のことをご存じだったのですか?」

 エトランジュの正体を知らないナナリーは、黒の騎士団の幹部だと思っている。
 だから日本が侵略されるきっかけとなった自分達を恨んでいると思ったのだが、自分達に親切にしてくれたのが不思議だったのだ。

 「最初からではないですね。とある事情で偶然知ったのですが、ブリタニアに対する憎悪は本物だと思いましたので、特に気にしなかったです」

 「サイタマやシンジュクのことも・・・」

 「それは貴女のせいではありません。
 コーネリアとクロヴィスの責ですから、何も知らない貴女に対して恨む筋がどこにありましょう」

 「そうだぞ、それにそれを止めたのはあんたの兄貴だ。
 感謝こそすれ、恨むことじゃないってもんだ」

 運転席の卜部もエトランジュに同意するように頷き、言葉を添える。
 慰めてくれることは嬉しいのだが、何も知らなさ過ぎて何も言えない自分にナナリーは情けなくなった。
 
 エトランジュ達も異母兄や異母姉に対して恨みがあるだろうに、そのことを今まで一切自分に言うことなどしなかった。
 正体を知っていたのに、八つ当たりじみた行為の一つもせずに自分のためにいろいろと世話をしてくれたエトランジュに、ナナリーはそれ以上何も聞かなかった。

 (きっと、私が傷つくと思って何もおっしゃらなかったんだわ。
 さっきだってお父様がお兄様に対する人質に使うっておっしゃっていたけど、まるでそうすることが解っていらっしゃっていたかのよう・・・)

 これ以上問い詰めてもエトランジュを困らせるだけだと思ったナナリーは、意を決してある動作をした。

 ナナリーから電子音が響いたのでそれに振り向いたエトランジュにごまかすように手にした物を見せると、エトランジュは納得してすぐに視線をそらして何やら考え込み始める。

 バレなかったとナナリーはほっと安心すると、さらにそれを手探りで探し当てたバッグの中にそっと入れた。
 いつも自分が使っているものだったから、ジークフリードもエトランジュも気にした様子はない。

 「エトランジュ様、少しこれをお飲みになっては?顔色が悪うございます」

 「ありがとうございます・・・頂きますね」

 ジークフリードがそっとコップから水を取り出して薬を差し出すと、エトランジュは礼を言って受け取り、一気に飲み干す。

 「少し仮眠をお取りになって下さい。三十分ほどですが、しないよりましでしょう」
 
 「でも・・・私がいないと・・・」

 目を撃うとうとさせ始めたエトランジュを見て、卜部は先ほどの薬が睡眠薬だと悟った。

 「ああ、そうした方がいいです。マジで顔色青いです・・・着いたらちゃんと起こしますから」

 「・・・でも」

 「大丈夫です。それよりもお休みなさいませ、エトランジュ様」

 ジークフリードの優しい声音に睡眠薬が効いたこともあって、ゆっくりとエトランジュが眠りに入っていく。

 「・・・エトランジュ様も大変だな。ま、こういうことは俺らの仕事だ。
 俺達だけで何とかしましょう」

 「恐縮ですが、よろしくお願いしますぞ、卜部少尉殿」

 主君が眠りに入ったことを確認したジークフリードが礼を言った後、考え込むふりをして窓の外を見つめている彼の眼が赤く縁取られている。

 ・・・そして眠るエトランジュの瞼の下の青い瞳も、赤く縁取られていた。



 黒の騎士団が所有するトレーラーの通信室から出てきた藤堂は、眉根を寄せて四聖剣を自室へと呼び寄せた。

 いつになく重々しい雰囲気の上官に何か深刻な通達があったのかと、朝比奈、仙波、千葉の三名が顔を見合わせていると藤堂はゆっくりと口を開いた。

 「今から話すことは、第一級極秘事項だ。誰であろうとも口外は許されない。
 まず、それを念頭に置いたうえで聞いてくれ」

 「「「承知」」」

 三人が頷くと、藤堂は重々しく告げた。

 「ゼロの正体を桐原公を通じて知らされた。
 現ブリタニア皇帝の末の皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだそうだ」

 「あの時、枢木首相の家に預けられていた・・・?!」
  
 「七年前、日本侵略のきっかけとなった皇子だ。何でも父帝から死亡したという報道を事実とするために殺されかけ、これまでブリタニアから逃げるように暮らしていたとのことだ」

 仙波が七年前に枢木家の土蔵に住まわされていた苛烈な眼光をした少年を思い出して得心していると、朝比奈が呆然として尋ね返した。

 「ブリタニアの皇子が・・・でもだからって反逆なんて」

 「父から殺されかけたんだ、信用出来ないとなるのは無理はないし、死んだことになっているからこのままではろくな生活が出来ない。
 だからブリタニアを滅ぼして妹姫と幸福に暮らすためにゼロになったと桐原公はおっしゃっていた」

 「でも、確か送られて来たのは当時十歳の皇子ですよね?今十七歳なのに、まさか」

 少年と言っていい子供があんな綿密な計画を立てられるのかと言う千葉に、藤堂は中華でのもしかしたら彼がゼロなのではと半ば冗談のような思いつきが事実だったことに何とも言えない気分になっていた。
 
 「だが桐原公はそうだと言うし、エトランジュ様と紅月も神根島で彼を助けた時に偶然知ったと聞いている。
 日本解放という実績を作った後で、一部の団員には話すつもりだったと・・・」

 藤堂は彼の正体が事実ならやむを得んと納得した。
 卜部も思ったとおり、もしそうならブリタニア人の協力者が多いことや特区に対する影響力も頷ける。
 いつまでも隠すつもりはなく、事実桐原には初期に話していたのだからそう責めることはないと藤堂がたしなめると、藤堂が言うのならと朝比奈と千葉が引き下がった。
 朝比奈が代表して疑問を口にした。

 「・・・で、まだ日本解放が成っていないのに何で急に俺達に?」

 「そのゼロがコーネリアに捕まった。
 何とかゼロの正体を知る者達だけで奪還しようとエトランジュ様を中心に奮闘しているそうだが、卜部がその現場に偶然居合わせてゼロの正体ごとバレたそうだ。
 それで卜部が桐原公を通じて俺に協力を仰ぐよう進言し、つい先ほど通達があったという訳だ」

 「な、なんだって?!」

 三人がゼロの正体のみならず当の本人が捕らえられたと聞いて目を見開くと、藤堂は言った。

 「俺はゼロを助けるべきだと考える。
 桐原公もゼロの正体を暴露されて俺達の戦いはブリタニア皇族の皇位継承戦に過ぎないとでも喧伝されたら、せっかくここまで順調だった日本解放のための準備も全て無駄になる、とおっしゃっておいでだ。
 何よりもゼロには俺を助けて貰った借りがある・・・借りは返すべきだ」

 「そりゃあそうだけど・・・でも、ブリタニアの皇子が・・・」

 さすがにブリタニア皇族には酷い目にしか遭わされたことがない朝比奈と千葉に無理はないと藤堂は思うが、彼は己のためもあるとはいえ日本人のためにここまでしてくれたのではなかったか?
 まだ十七歳だというのに、奇跡の重みを背負い自ら陣頭に立って戦い続けてきた彼を思えば、親に見捨てられた子供を哀れと思うのが大人ではないだろうか。

 「それに、黒の騎士団としてもゼロは必要だ。
 トウキョウ租界攻略のために彼がいろいろ策動しているそうだが、既に租界の防壁を崩すプログラムを入れてあるらしい。
 だがそれは彼にしか起動出来ない仕組みになっているとのことだ」

 あの誰もが動かすのを断念したドルイドシステムとやらを軽々と動かしたゼロの技量を思い出した三人は、ルルーシュが必要だと改めて思い知った。
 戦闘ではないだけにどう動けばいいのか考えあぐねた朝比奈が尋ねた。

 「どんなふうに俺達が助ければいいんです?現状がちょっとよく解らないんですけど」

 「うむ、何でもゼロが小型の通信機を持っているそうで、エトランジュ様が受信機をお持ちで時折連絡が来るらしい。
 エトランジュ様がナナリー皇女を連れてこちらに来られる。今このトレーラーはカツシカだから、三十分もあれば着くだろう」

 「なるほどね、ゼロの指示があるから何とかなると思って、極秘で解決しようと思ったわけだ・・・」

 何かあれば他人に相談することをためらわないエトランジュが何故、と不思議だったが、その理由を知って朝比奈が納得する。

 と、そこへドアをノックする音がしたので藤堂がドアを開けると、騎士団員の女性が報告する。

 「卜部少尉とエトランジュ様がおいでになられました。ブリタニア人の少女も一緒で・・・すぐに藤堂中佐にお会いしたいと」

 「ああ、報告は聞いている。すぐにご案内してくれ」

 騎士団員の女性が頷いて引き返すと、ずいぶん早く着いたものだと藤堂が驚いた。
 二分ほどしてやって来たのは腹心の部下の卜部に連れられた青白い顔をしたエトランジュと同じ顔色をした車椅子に乗った少女、そして険しい顔をしたジークフリードだった。

 「卜部、ただいま戻りました。
 エトランジュ様がカツシカの元警官から抜け道聞いてたんで、割と早く来れました」

 「なるほど。話は桐原公から伺った、とにかく中で詳しいことを話そう」

 「申し訳ありません、まさかこんなことになるとは思わず・・・」

 エトランジュが謝罪しながら一行が会議室に入ると、重苦しい雰囲気の中まず藤堂が確認する。

 「・・・久し振りだな、ナナリー皇女。
 スザク君が通っていた道場で師範をしていた藤堂だが、憶えているだろうか?」

 「そのお声・・・・・はい、憶えています。たまにお話もしておりましたから」

 うつろな声で認めたナナリーに、確かに七年前に会ったブリタニアの皇女だと藤堂が確信していると、卜部が肩をすくめた。

 「お兄さんがゼロだってことは知らなかったみたいです。
 ただ何かしていることくらいは聞かされてたみたいですけどね」

 「なるほど・・・では君がどんな状況で今までいたのか、聞いてもいいだろうか?」

 藤堂がゆっくりと言い聞かせるように問いかけると、ナナリーはぽつりぽつりと話しだした。

 スザク達と別れた後、アッシュフォードに匿われアッシュフォード学園にいたこと、ある日異母姉の一人であるユーフェミアに生存がブリタニアにバレたのでメグロのゲットーに移り住んだこと、シンジュクとサイタマの件を偶然知ったので詳しいことを兄を問い詰めて聞いたこと、その時に隠し事をしていることくらいは聞いたが、ゼロだとは知らなかったことなどだ。

 「おおよそは解った。ラクシャータがエトランジュ様の依頼で数人の子供達を診ていると聞いたが・・・」

 「実は本当はルルーシュ皇子なんです。ただ私からだということにして欲しいと頼まれたので・・・」

 エトランジュが申し訳なさそうに言うと、事情が事情ですからお気になさらずと千葉が慰めながら尋ねた。

 「しかしエトランジュ様、いくらブリタニア人全体が嫌いではないとはいえ、ブリタニア皇族をよく信用する気になりましたね」
 
 「はい、これまでブリタニアに対して盛大にダメージを与えていらっしゃる実績がおありでしたし、あの方のブリタニアに対する憎悪はもっともだと思いましたので・・・」

 「日本侵略時の捨て駒にされた、ということですか?」

 「それもあるのですが・・・他にもいろいろと」

 ちらっとナナリーの方を見て彼女の前では言いたくないと視線で訴えると、一同は頷いてあそれは後で聞くことにした。

 「事情はだいたい解りました。後のことはゼロ・・・ルルーシュ皇子本人から伺うとしましょう。
 ゼロは黒の騎士団のリーダーですし、何より私達としては以前助けて貰った借りがありますから」

 藤堂が助太刀すると申し出ると、エトランジュはほっと安堵した。

 「それは助かります。実はゼロからも伝言をお預かりしております。
 『迷惑をかけてしまって申し訳ない。よろしく頼む』とのことです」

 「まさかゼロに頼られるとは思わなかったけどな」

 卜部が苦笑すると確かにあのカリスマの権化のようなゼロを助けることになるなど、つい三十分前までは考えもしなかったな、と藤堂も思う。
 しかし、彼はまだ十七歳だ。失敗することもあるだろう。

 「承知した、とお伝えください。その通信機はどのような?」

 「ほんの少し通信出来るだけなんです。受信状況が悪いのでなかなか・・・」

 実際は今も繋がっているのだがギアスだけは話すわけにいかなかったためにそうごまかすエトランジュに、藤堂はふむ、と考え込んだ。
 
 「解りました、ではとりあえずナナリー皇女をどこかの部屋に・・・」

 「ゼロの部屋では目立つので、私どもにお貸し頂いている部屋でお休み頂きましょう。ジーク将軍、よろしくお願いします」

 エトランジュの案にジークフリードが頷くと、彼女の車椅子を押すべく立ちあがった。

 「ナナリー皇女、兄上のことは必ず助ける。不安になるだろうが、心をしっかり持って待っていて欲しい」

 「は、はい。兄を、兄をよろしくお願いします」

 ずっと黙りこくっていたナナリーが消え入るような声でそう懇願すると、ジークフリードは彼女の車椅子を押して会議室から立ち去っていく。

 「あ、ナナリー皇女が鞄忘れていった」

 ドアが閉まった後気づいた朝比奈がバッグを机の上に置くと、後でエトランジュが届けることになり、話が続けられた。
 話が長くなりそうなので英語でお願いしますとエトランジュが前置きして、話を始める。

 「これはルルーシュ皇子のノートパソコンです。一応立ち上げ方を教わってありますので・・・」

 エトランジュがルルーシュの部屋から持ってきたノートパソコンを立ち上げると、彼が組み上げていた戦略計画などについて記されたファイルを開く。

 「私も幾度か拝見させて頂いたんですが、お恥ずかしい話何が書いてあるのかさっぱり解らなくて・・・」
 
 確かにファイルには黒の騎士団員向けに説明出来るよう、日本語が多く入っている。エトランジュが解らない単語が多かったというより、軍事用語や専門用語が全く解らなかったのである。

 「・・・これを十七歳が考えたって、信じられない」

 朝比奈が食い入るように計画書を見ながら絶句すると、千葉も同感だと頷いた。卜部などは『モノが違う・・・』と感心することしきりである。

 「えっと・・・政庁の見取り図は、こちらです。立体的で見方が解らないんですが」

 開き方は知っているのに見方が解らないというのは少々不自然なのだが、エトランジュがゼロに頼んで勉強のためにでも見せて貰っていたんだろうと考え、誰も突っ込まなかった。

 「これは凄い・・・敵の本拠地の見取り図がこうも簡単に・・・・」

 「ハッキングがお得意だそうですし、カレンさんが政庁を歩き回って確認して下さいましたからかなり正確なものだと思います」

 いかにルルーシュが非凡な才能を持っているかを改めて知らされた一同は、桐原がブリタニア皇族と知りながらも彼と組んだのも解ると思った。

 「ルルーシュ皇子は母君が人気のある皇妃の方だったので、政庁にもその境遇に同情して協力して下さるブリタニア人がいるそうです。
 現在味方をそこから作っているとのことです」

 「あの閃光のマリアンヌか・・・しかしそう都合よくいくものか?」

 「見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので」

 「そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?」

 藤堂の問いにいつもはおとなしいエトランジュが珍しく嫌悪を露わにして、シャルルが母を亡くした息子に対して『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物』と言い放ったと告げると、三人はあんぐりと口を開けた。
 
 「・・・同情を買うためのストーリーとか、そんなんじゃないですよね?」

 朝比奈が確認するように尋ねると、藤堂が七年前にルルーシュは自ら食事を作って生活の糧を得るべく動いていたから恐らく事実だろうと言うと、千葉がやはり嫌悪しながら言った。

 「何ですかそれ・・・親が子供に言っていい言葉じゃありませんよ!
 子供を作ったからには面倒を見るのは当然です!!」

 「私も同感です。私、あの方の正体を知ってさすがに少しは調べておかなくてはと思って、EUに亡命して来たブリタニアの方に伺ってみたら…その話を聞いたんです」

 ルルーシュは非常にプライドの高い男だから同情されることをよしとしないだろうと、そのことを知らないふりをしていたのだと言う。
 
 「ナナリー皇女の前では口が裂けても言えないわけじゃのう・・・」

 実父から子供に対してそんな暴言が吐かれたなど、当の本人に言えたものではない。
 仙波がそんな話を聞かされては嫌でも同情すると、大きく溜息を吐く。

 「そう言う事情のある方ですから、きっと大人の方に頼りたくなかったんだと思います。
 自分一人で生きてやると、そうお考えになってこれまで肩肘を張っておられるのではと・・・」

 「俺らもあの年代はそういうところがあったけどな・・・こっちの意味でもモノが違うぞ」

 実父から死んでいると言われた上に人質として敵国に放り込まれ、挙句殺されかけたのでは反抗期を通り過ぎて殺意が沸いても仕方ないと卜部は思う。

 「私には助けになって下さる方々がたくさんいて下さいましたが、あの方にはいなかったのです。
 だから私達だけでも気兼ねなく頼って欲しくて今回の件も何とかしたかったのですが、やっぱり駄目でした。
 お願いです、あの方を助けて差し上げて下さい。あの方にはいないのです。助けて欲しいと言える大人が、誰もいないのです・・・」

 取引材料を持ち出して初めて味方になる者しか彼にはいなかったのだと語るエトランジュに、藤堂は七年前に必死で妹を守るためにその身を動かしていた少年を思い出した。

 自ら家事を行い、日本人の子供からいじめられても買い物に出向き、ポイントカードを貯めていたとても皇子とは思えなかった少年を。

 「・・・解りました、お任せ下さい。エトランジュ様もよく頑張って来られました。
 お声をかけて下さったことに感謝します」

 桐原やジークフリードがいたとはいえ、ほとんどは十代の少年少女達だけで秘密を抱え、どれだけ不安だったことか。
 特にエトランジュは権力を持った大人特有の腹黒さや思惑などを見聞きしているから、なおさら話すことをためらったのだろう。
 実績を作ってからなら、というのもよく解る。

 「篠崎 咲世子さんとおっしゃる、日本で要人の護衛を代々なさっていた方も協力して下さっております。
 現在はその方の変装術を使ってルルーシュ皇子に化けて貰い、それに惑わされている間に脱出させようというプランになっております」

 「名前だけは聞いていたが、実在していたのか・・・では脱出したところを我々が保護し、トウキョウ租界から脱出させるとしよう」

 「では中佐、租界周辺で俺達が囮としてナイトメアで出撃しましょう。名目はどうするか・・・」

 朝比奈の案に不自然ではない状況でナイトメアを出す理由を藤堂が考えていると、エトランジュが言った。

 「ナイトメアである必要はないでしょう。
 ギルフォードらがナナリー皇女を脱出させるために近辺のゲットーに出るそうですから、理由は言わずその情報を流してある程度の人数を派遣するというのはいかがですか?」

 ギルフォード達がどのゲットーに向かうかくらいなら政庁にいる黒の騎士団協力者から解るというエトランジュの案に、一同は納得した。

 「なるほど・・・解りました、すぐに手配いたしましょう」

 「ではエトランジュ様、ギルフォード達が出るゲットーが解り次第連絡をお願いいたします」

 朝比奈と千葉から同意を得られてほっとしたエトランジュが了承すると、二人は部屋を出て行った。

 「俺と卜部でトウキョウ租界へゼロを救出に向かう。
 ただ俺は目立つからどう入ったものか・・・」

 藤堂はゼロに次いで指名手配をかけられている。奇跡の藤堂と呼ばれ、ゼロ台頭前は日本の希望の星と謳われていたためである。

 「私どもが篠崎さんからお貸し頂いた変装キットでしたら中佐だと解らない程度になりますから、租界を歩くくらいでしたら問題ないです。
 今は特区日本であったユーフェミア皇女のパーティーで日本人に対する入場規制も少し緩和されておりますし・・・」

 「む、そんなものまであるのか。我々はそういうことには疎いもので・・・」

 「藤堂中佐は戦闘がお仕事ですから、仕方ないと思います。
 では私はジーク将軍と一緒に手配をして参りますので、ラフな服装にお着替えの上合流して下さい」

 「承知した・・・とはいえ、私服があったかな」

 チョウフ基地から脱出して以降ほとんど軍服だったし、私服など部屋着くらいしかあまり持っていない藤堂にエトランジュがジークフリードの服なら大丈夫だろうと苦笑した。

 「ジーク将軍からひと揃いお貸しするように申しつけておきましょう。それでは失礼させて頂きます」

 エトランジュがついでにナナリーのバッグを届けるべく彼女の鞄を手にして会議室を退出すると、残された藤堂と卜部と仙波は唐突な事態に大きく肩をすくめた。

 「・・・こんな事態だというのに、てきぱきと動いて大したお方だ」

 「そうですよね中佐・・・さっきまで凄い顔が青白くて倒れそうなくらいだったんですよ。きっと中佐に相談出来て安心したんじゃないですかね?」

 元気が出てきた様子のエトランジュに卜部も安心したが、少し違和感を覚えていた。

 (何か、ちょっと様子が違うんだよなー。睡眠薬っぽいの飲まされたわりに、すぐに起きて元気出てたし)

 卜部は内心で首を傾げていたが、いつもの彼女とどこかが違うと思いながらもはっきりとは感じ取れず、卜部はともかくこの事態を解決させる方が先だと気を引き締めた。

 「じゃ、俺達も着替えてきます。こういう特殊任務なんてのは畑違いですが、んなこと言ってる場合じゃありませんね」

 「ああ、では十分後にここに集合だ。
 仙波はここでナナリー皇女の護衛および不測の事態に備えての指揮を頼む。くれぐれも他に悟られるなよ」

 「承知!」

 三人は会議室を出ると、予定外の任務に励むべく自室へと戻っていくのだった。



 「・・・というわけで、藤堂中佐達が協力して下さることになりました。
 ナナリー皇女は心安らかに、しっかり私達の帰りをお待ち下さいね」

 ナナリーに忘れていったバッグを手渡しながらそう告げたエトランジュに、青白い顔色をしたナナリーはゆっくりと頷いた。

 「兄を、兄をよろしくお願いします。そうとしか言えなくて・・・」

 「いいんですよナナリー皇女。私達は仲間なのですから、ね?」

 「はい・・・」

 ナナリーはエトランジュ達に貸し与えられている部屋のベッドに座り、ただ兄の安否だけを気にしていた。
 そんな彼女に、エトランジュが優しく語りかける。

 「先ほどルルーシュ皇子さえいればっておっしゃっていたこと、まだ気にしておいでですか?」

 「・・・あの、私は」

 「いいんです。つい先ほども申し上げましたでしょう?それが普通だと」

 ナナリーの髪を撫でながらそう諭すエトランジュに、ナナリーは涙をこらえるようにぎゅっと手に力を込める。

 「家族を大事にするのは人として当然のことなのです。
 正直それを王様や首相などが言ってしまうととかく非難の対象になりがちなのですが、普通の一般市民が言う分には何も問題はありません。
 ましてや貴女を一番大事にして下さっている兄君さえいればいいと考えることに、何の咎がありましょう。
 私のお父様だって、私が一番大事だといつも言っておりましたよ」

 くすくすと笑うエトランジュに、ナナリーは驚いた。
 エトランジュの正体が小国といえど女王とは知らなかったのだが、藤堂達の態度からきっとそれなりに高い地位にいるとうっすら悟っていたから、彼女の父親もまたそうなのではないかと思ったのだ。

 「何故怒られないのか、とお思いでしょう?それは単純に大勢の人間の前で言わなかっただけのことで、身内では普通にそう公言してましたから。
 要するに言っていい人と悪い人の区別をつけてたんですね」

 「はあ・・・そういうものなのですか?」

 「そういうものです。だいたい皇帝だろうと首相だろうと普通の人であろうと自分の一番大事な人がいるのは当然なので、暗黙の了解というやつですね。
 ナナリー皇女は嫌われることを恐れるあまり、言いたいことをおっしゃらないようにしているのでまだその辺りの区別が解らないのでしょうが・・・」

 エトランジュはそっとナナリーを抱きしめて囁いた。

 「一つ、いい事を教えて差し上げましょう。私達には何を言ってもいいのですよナナリー皇女。
 不安になったのなら相談に乗りますから、他人の悪口でも愚痴でも・・・他人に言ってもいい言葉かどうかでも、ちゃんと最後まで聞きますから何でも言って下さいな」

 「エトランジュ様・・・でも」

 「大人に甘えられるのは子供の特権ですよナナリー皇女。
 仕事が忙しい時は無理ですが、終わった後は必ず聞きますから」

 私は人の話を聞くのが大好きですから、と笑うエトランジュに、ナナリーはとうとうぽろぽろと泣きだした。

 「はい、はい・・・!ありがとう・・・ございます・・・!」

 兄には言えないことはたくさんあった。エトランジュは自分がしたいことを兄にさせてくれるように頼んでくれた、優しい人だ。

 でも忙しい人だったからそう頼るのは悪いことだと思っていたけれど、エトランジュははそれでもいい、聞いてくれると言ってくれた。
 それだけで、ナナリーは嬉しかった。

 「すみません、お引き留めして・・・私、待ちます。さっそくですけど、戻って来られたら聞いて頂きたいことがあるのですが」

 「いいですよ。ではお兄様を助けに行って参りますね」

 エトランジュはナナリーに向かって再度髪を撫でると、温かいココアを淹れてから棚から変装キットを持ち出して部屋を去った。
 湯気の立ち上るカップを手にしたナナリーは、ようやく落ち着きを取り戻した様子で一口ココアを飲む。

 (私、これまでいい子でいなくてはって思っていたけど、あの方にとっていい子ってどういうことなのかしら)

 言いたいことを言ってもいいと言い、迷惑をかけてしまったのにそれでも良いと言うエトランジュ達が、ナナリーにはよく解らなかった。
 でも、エトランジュは怒らないし笑って受け入れてくれた。

 (・・・勇気を出して、もう一度聞いてみましょう。
 私・・・知らないままでいたくありません。
 ・・・ごめんなさいエトランジュ様。私、悪い子です)

 ナナリーは内心で謝りながら、エトランジュが持ってきてくれたバッグの中から取り出したそれを握りしめた。



 部屋から出たエトランジュは、これでよし、とひとまずうまくさばけたことに大きく息をついた。

 「まったく、世話の焼ける・・・」

 次々に起こる不測の事態にエトランジュ達の手に負えない事態になったから、自分が出たのは正解だった。
 アルフォンスも頭を抱えて身動きが取れにくい今、ここは味方を増やすのが得策だ。

 だから事情を知る桐原が上にいてくれたからまずは彼に話を通して貰い、その上でルルーシュに同情や共感を得そうな話を折りを見て話した。
 ブリタニア皇族というだけでどうしても色眼鏡をかけて見られるのは仕方なかったから、まずはそれを外させる。
 そしてとどめにエトランジュがどうにかして助けて欲しいと訴えれば、今回の件だけでも確実な味方になると読んだのだ。

 エトランジュ(このこ)は常日頃から信頼を積み上げているし、まともな神経をしている大人なら困っている子供を見捨てるような真似はしないものだ。

 こうして会話を誘導してゼロ救出に協力させることに成功したから、後は先ほど来たアインの予知の対処をしなくてはならないのだが、策をジークフリードの方に授けておいたからたぶん何とかなるだろう。
 そろそろエトランジュが目を覚ます頃合いだから、自分が手を貸してあげられるのはこれまでだ。

 (後で藤堂達との会話をエトランジュの前でしないように釘を刺して貰わないと)

エトランジュが言ったわけではないことをあの子の前で話されたら、自分が言ったわけでもないのにと混乱する。
 なるべくエトランジュが言いそうな言葉を選んだから怪しまれてはいないだろうが、言った覚えのない話をされると困るのだ。

 ナナリーの方は問題ない。何でも言って欲しいというのは孤児院でもエトランジュ自身がナナリーに対して言っていたから、あの子もさして混乱することはないからだ。

 (それにしても・・・ナナリー皇女も気の毒な子だ)

 ナナリーは深層意識では解っていたのだろう。アッシュフォードも利益があるからこそ自分達を匿っているだけで、邪魔になればすぐさま放り出されるということを。
 もしかしたら、そんな会話をしているのを聞いたことがあるかも知れない。

 だからこそ周囲に迷惑をかけないようにと己を型に嵌め、それが周囲に受け入れられてきたからそれが正しいと信じ込んだ。

 ナナリーは確かに真っ白な少女だった。それは周囲の色に染まる、綺麗な色だから。
 自分でどんな色になりたいのかを考えず、自らを受け入れて貰うために周囲の色に同化し続けてきた哀れな子供だ。

 子供が大人に甘えるのは、れっきとした権利だ。
 だから・・・。

 「甘え方を忘れてしまったというのなら、大人(わたし)達が思い出させてあげましょう」

 目のふちを赤く輝かせたエトランジュは常は浮かべないような大人っぽい表情で笑うと、変装キットを手にして藤堂と合流すべく再び会議室へと戻るのだった。
 



[18683] 第十三話  ゼロ・レスキュー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/05 11:54
 第十三話  ゼロ・レスキュー



 藤堂と卜部はエトランジュから変装キットを受け取った後、すぐにそれで変装してトウキョウ租界へと向かっていた。
 ジークフリードの服を着た藤堂は髪の色を少し茶色に染め、人造皮膚で少し人相を変えている。
 卜部も同様で、すれ違う程度なら二人が指名手配されている藤堂と卜部だとは解らないだろう。
 
 「マジに俺らとは解らないくらいになりましたね中佐。
 例の篠崎って協力員とは確か租界内で待ち合わせでしたね」

 「ああ、車のナンバーを教えているから、すぐに政庁近くのファーストフード店横の駐車場で会おうとのことだ」
 
 なるべく目立たない場所でと手配したエトランジュに、卜部は頷いた。
 二人がトウキョウ租界とゲットーを隔てる壁の近くから地下へ下りると、そこから租界を目指す。
 いったん入ってしまえば偽の身分証明書があるから比較的自由に動けるが、特区の件があってもまだ封鎖が完全に解けたわけではないのだ。

 地下を通り抜けて地上に上がると、そこはブリタニア人協力者が所有する土地だった。
 表向きは普通の建設会社の倉庫となっており、日本人従業員がいるので大きな荷物を持って出入りしていても怪しまれないようになっている。

 幸い誰もいなかったので二人はそのまま外に出ると、その事務所にあったワゴン車に乗り込んだ。 

 「A-4649・・・これだな。では行きましょう」
 
 卜部が運転席に座り、藤堂が助手席に乗り込むとすぐに車は動き出した。
 日本人は租界での車の運転に制限があるのだが、仕事ならば当然許可がある。特区の件で建設会社は今の時期忙しいから特に怪しまれないだろうという“エトランジュ”の配慮で、既に話は通してくれてあった。
 
 二人は細かい打ち合わせをしながら車を走らせ、ファーストフード店の駐車場に車を止めてから卜部が目くらましを兼ねた腹ごしらえにと商品を買った。

 藤堂はこういうファーストフードは苦手なのだが贅沢は言えないと腹に収め、卜部はホットケーキにメープルシロップをかけて食べていた。
 
 傍から見たら建設会社の日本人搬送員が駐車場でファーストフードを食べている光景で、何せ店内で食べるとブリタニア人からの視線が突き刺さるので、珍しいものではない。

 と、そこへコンコンと窓を叩く音がしたので外を見ると、短い髪をした穏やかそうな顔をした日本人の女性が立っていた。
 そこにはメグロから合流したのだろう、クライスの姿も見える。
 慎重に窓を開けると、彼女は黒の騎士団のマークと日の丸が記されたペンダントを見せる。

 「篠崎 咲世子と申します。藤堂中佐と卜部少尉ですね。お会い出来て光栄です」

 「貴女が・・・どうぞ、入って下さい」

 「失礼します」

 「俺もエディ・・・もとい、エトランジュ様の指示で来ました。
 こいつでゼロやエトランジュ様からの指示を伝えさせて貰いますんでよろしくお願いします」

 クライスが何やら小さな機械を見せながら挨拶すると、藤堂は頷いた。
クライスと少し大きめのバッグを手にした咲世子が後部座席に乗り込むと、咲世子はさっそく言った。

 「では政庁に向かって下さい。私はすぐに着替えますので」

 「あ、はあ・・・その、頼みます」

 億面もなく男三人の後ろで着替えると言い出した咲世子に内心狼狽した三人だが、咲世子はさっさと後部座席と運転席を隔てるカーテンを引いた。

 クライスは懸命に自ら目隠しをして、亡き妻に向かって何やらぶつぶつ呟いている。

 「俺は何も見ていない、俺は何も見てないから!エドー」

 スペースがないので後部座席に残るしかなかった少年に、代わってやるべきだったか、だがそれでは咲世子が気にするのではと非常に微妙な悩みに溜息を吐く。

 この車は後部座席にスモークが貼られているから外からは見えないとはいえ、何とも度胸のあることである。

 走っている車の中で着替えられるのか、本当にゼロそっくりに化けられるのかと疑っていたが、しばらくしてそっとカーテンを開けた咲世子に二人は驚愕した。

 「うわあ!誰だあんた?!」

 「私です。咲世子ですよ卜部少尉」

 「・・・なるほど、確かにルルーシュ皇子だな」

 記憶にあるルルーシュの姿を大きくすれば、目の前の少年になると藤堂は驚きつつも納得した。
 アッシュフォードの制服を身にまとった彼女を見て、藤堂は感嘆の声を上げる。

 「体型まで本当の男のようだな・・・これなら騙されることだろう」

 「自信はございます。私、ずっとルルーシュ様とナナリー様のお世話を担当しておりましたから」

 咲世子がアッシュフォードで働いていた経緯について語ると、二人は頼もしい味方がいたものだと喜んだ。

 「桐原公には我が篠崎家の者がお仕えしていたこともございますし、私も日本がこのままブリタニアに恭順することに耐えられません。
 ルルーシュ様はブリタニアを嫌っていたことくらいは存じておりましたから、あの方がゼロなら従いていくことに何のためらいもありませんでしたので」

 「なるほど・・・解った、貴女の手腕を信じよう。政庁まであとどれくらいだ卜部」

 「十五分もあれば着きますけど・・・」

 「検問が政庁周辺に張られるってエトランジュ様から連絡あったし、政庁にはこれ以上車で近づけそうにないっすね。
 いったんそこの駐車場に止めて、徒歩で行きましょう」

 ようやく着替え終わったのかとクライスが目を覆っていた腕を放しながらの提案に一同が賛同すると、ワゴン車を駐車場に止めてから詳細な作戦の打ち合わせを始めた。

 「政庁内にいるアルの報告だと、現在ゼロは上層階のユーフェミア皇女の部屋に監禁されてます。
 けど味方が一人出来たので部屋にいないと思わせ、騒ぎになったのを見計らって咲世子さんに姿を現して貰い、隙が出来たところでアル達が政庁から本当に脱出させるって感じですかねえ」

 「政庁から出た後、逆にルルーシュ様には普通のブリタニア人に変装して貰い、逃走するということですね?」

 「そうっす。同時にゲットー内で朝比奈少尉達が騒ぎを起こして貰えれば・・・」

 咲世子が了解したと頷くと、藤堂はそのタイミングをどう図るかと考え込んだ。

 「こちらとゼロとでうまく行動のタイミングを合わせなくてはならないが、大丈夫なのだろうか?」

 「ええ、用意が整い次第連絡が来ますからそこは大丈夫です。
 租界にはサザーランドを隠してある拠点があるんで、万が一の時はそこまで逃げれば・・・」

 「うむ、そこからは俺と卜部の出番だな。任せてくれ」

 「じゃあ、出発の前にすいません咲世子さん、一つだけ教えて貰ってもいいですかね?」

 クライスがどうしても突っ込みたかったのだが空気を読んで今まで黙っていたことを口にした。

 「なんでしょうかクライスさん」

 「あんた、何で学生服着てるんですか。いや、ゼロが学生だってのは知ってますけど、それじゃ明らかに見つけてくれと言わんばかりに怪しいでしょーが!」

 実は卜部もそれを言いたかったのだがタイミングを推し量れず困っていたので、クライスの突っ込みに内心拍手を送っていた。

 「見つかりやすくというご命令でしたので、自然でよろしいかと思ったのですが・・・」

 「いや、これから逃げようって人が制服着てたらまずいでしょう?!どっから手に入れたってなりますから怪しまれます。すぐ着替えて下さい。
 ないってんなら今の俺の服なら大丈夫でしょうから、交換しましょう」

 「なるほど、ではお願いします」

 咲世子は見つかりやすくかつ学生のルルーシュならと思って用意したのだがまずかったようだと反省し、先にクライスが服を脱いだ服を着直した。
 そしてクライスがアッシュフォードの制服を身にまとうべく、彼は咲世子が降りたワゴン車の中で着替え始めるのだった。



 ルルーシュはエトランジュから藤堂達にゼロの正体を話したこと、同時に味方になってくれたことを聞いて身体をわずかに揺らした。

 《では早めに日本解放を行って、実績を作らなければな。でなくばこれまでの信用が水の泡になりかねない》

 《藤堂中佐は貴方の正体を知って、少しは頼って欲しかったと仰っておいででしたよ。
 卜部少尉だって、貴方に頼られるのは悪い気分ではないと・・・》

 意外なことを告げられたルルーシュが目を見開くと、エトランジュが笑った。

 《ナナリー皇女も心配しておいでです。
 この件がお済みになりましたら、各々がたから叱られるくらいは覚悟なさって下さいね、ルルーシュ皇子》

 《・・・解りました》

 ルルーシュは周囲から受ける糾弾よりもナナリーがどんなに傷ついているかのほうが重大だったが、エトランジュの迂闊さを責めることはしなかった。
 こんな状況なのだし、責任を取ってフォローをしてくれたのだ。さらに言えばそもそもの原因は己なのだから、文句を言う権利はなかった。
 それに、先ほどの彼女の様子からどうしても違和感がぬぐえない。正直、彼女ではない誰かと話している気がしてならないのである。

 《・・・解りました。こちらにいる嚮団員をこちらに引き込めそうですので、咲世子さんが政庁に着き次第作戦をお願いします》

 《了解です。藤堂中佐と卜部少尉が変装キットで租界に向かっておりますので、彼らと脱出してください。
 あと、ナナリー皇女は仙波中尉の護衛がありますので、ご安心を》

 そう説明したエトランジュはそれから、と声のトーンを変えて重要な報告をした。

 《先ほど、アイン・・・伯父様から予知がきました。
 なので念のため私とジーク将軍とで手を打っておきたいのですが》

 エトランジュが告げた予知の内容に、ルルーシュは目を見開く。

 《それは、本当ですか?!》

 《はい・・・でもこうしておけばその予知が実現しても、すぐに元通りになると思いますので》

 詳しい予知ではないので詳細は解らないとはいえ、聞かされた予知の内容に焦ったルルーシュだが、エトランジュが少し笑った。

 《貴方の救出が失敗しても、こうしておけばいいんです。あのですね・・・》

 流れるように語られる予備の策に、ルルーシュはやっと確信した。

 《先ほどマオさんがギルフォードの心を読んだところ、最初の捜索地はスミダゲットーのようです。
 クライスは必要ないでしょうから、彼を政庁の方に呼び戻して私の代わりをさせましょう。私達は今アッシュフォードに向かっておりますので、先手を打っておこうかと思いまして》

 《なるほど、そういうことですか。それはいい保険ですね。そちらのほうもぜひ、よろしくお願いいたします。
 では最後に一つ、お伺いさせて頂きたい・・・貴方はいったい、何者ですか?》

 先ほどから自分の意見をほとんど問うことのなかったエトランジュに、ルルーシュは、やっと彼女が彼女ではない誰かだという確信が持てた。
 “エトランジュ”はやはり気づかれたか、と頬をかりかりと掻いてから、彼女らしからぬ口調で返事が返ってくる。

 《カンが鋭いですね。どうして解ったんですか?》

 《まず、呼び方。エトランジュ様は俺やナナリーを皇子や皇女と肩書では呼ばず、“様”と呼びます。
 ジークフリード将軍も同じで、略称で呼んだりもしませんよ》

 《なるほど、つい癖で肩書でお呼びしたのがまずかったですね。以後は気をつけるとしましょう》

 《さらにクライスに『私の代わりをさせる』ではなく、彼女なら『して貰う』とおっしゃると思います。
 もっと言うなら、彼女はそのプランを立てたなら手配をする前に俺の方に報告確認するはずです。少し性急でしたね》

 確かに、と指摘を受けた“エトランジュ”は、降参したように認めた。

 《私が出ていられる時間が少ないので、こっちで先に手配してしまったのですよ。
 ご明察通り、私はエトランジュではありません。ある事情で身体に乗り移らせて貰っているこの子の・・・》

 “エトランジュ”の正体を聞いたルルーシュは、目を見開いて驚いた。

 《そんな、しかし貴方は!!・・・そうか、そういうことか!!》

 ルルーシュはこれまで得たギアスとコードの情報を組み立て、大方の推理を組み立てた。
 それを聞いた“エトランジュ”はおおむね正解です、とそれを認めた。

 自分のギアスは相手に憑依するギアスであり、相手が意識を失っていなければ自分が表に出ることは出来ない。
 代わりに乗り移った人間の能力を使うことが可能なので、負担を避けるための制約なのだという。

 一度に二人分の意識を一つの身体で抱え込むのは大変な負担だから、相手が意識を失っている間だけという説にルルーシュは納得する。
 そういえば神根島でも、ガウェインで脱出する際エトランジュは兆弾によって転倒した際頭を打っていた。

 《・・・神根島の時ガウェインに乗っていたのは、貴方ですか》

 ルルーシュの質問に是の答えを返した“エトランジュ”が改めて説明したところによると、エトランジュが眠ったり意識を失っている間のみ自分の意識が出て来られる。
 そのためそれまでの出来事は一族からの報告を受けなくては全く解らないのだそうだ。

 よってルルーシュがマオを通じて連絡を取ってくれと言われた時は、“エトランジュ”が事態を把握するために一族達と話していたせいで不可能だったのである。

 《詳しいことはまた後日。私ももっと手を貸してあげたいんですが、このザマでは無理なので。
 そろそろこの子も目が覚めますし・・・でも正体がバレたので、今後は気兼ねなく貴方と話せます》

 夜にでもまた話そうと言う“エトランジュ”に、頭の切れるこの人物がこの一連の指揮を執っているとルルーシュは悟った。

 《藤堂達を味方にしたのも、貴方ですか?》

 《ええ、エトランジュは信用がありますし、この子から言われれば断れないでしょう。
 ・・・貴方ももう少し肩の力を抜いて、頼られればいいのに》

 くすりと笑う“エトランジュ”に、ルルーシュはふっと自嘲して言った。

 《それは俺のジャンルではありませんので、エトランジュ様にお任せしますよ。
 ではそちらの件を頼みます》

 《了解しました。ああ、このことはエトランジュには言わないで下さい。
 その予知が外れるよう、こちらも尽力しますので》

 アインの予知は外せることが出来る。
 事実ギアス嚮団にマグヌスファミリアのコミュティを襲われた時も、エトランジュが殺されるという予知をルーマニアへ視察へ行かせることによって回避しており、他にも先手を打つことで最悪の事態を回避したことがあると聞いている。
 さらに悪い予知が当たりそうな時はこうして予防線を張っておくことで、被害を減らすことくらいは可能なのだ。

 《鍵付きの目隠しをされていると聞いたので、とりあえずアルに言って貴方の食事に鍵を外せそうなピンを混ぜるように言ってありますので、成功したら何とか頑張って外して下さい・・・・幸運を祈ります》

 《もちろんです。いろいろとありがとうございます・・・では、詳しいことはまた後で》

 ルルーシュとの交信を切った“エトランジュ”は、ルチアから貰っていた滋養強壮の薬を手早く魔法瓶に入れて持参したお湯で溶かして飲み干した。
 勝手に自分が身体を使っているので体の疲れが取れないのは実に申し訳ないと思うのだが、今回はやむを得ない。

 これを飲んだから体の疲れも少しは取れるし、目も覚ますだろう。
 自分が手を貸してあげられるのはこれまでだが、政庁に行かせるよりはアッシュフォードでの作業に従事させる方がこの子には合っているし安全だ。

 「ジークさん、後は頼みますね」

 ジークフリードが頷くと、“エトランジュ”は身体をシートに預けて目を閉じた。
 その数分後、はっとエトランジュが瞼を開き、ゆっくりと体を起こす。

 「あ、あれ・・・ここは」

 「お目を覚まされましたか、エトランジュ様。ここは騎士団から借り受けた車の中です」

 「え・・・他の皆様はどちらへ?どうなっているのですか?!」

 「落ち着かれて下さいエトランジュ様。無事に藤堂中佐のご協力が取り付けられました。
 ギルフォードのナナリー皇女捜索隊はスミダに行くようなのでメグロは安心と判断したので、クライスが政庁に向かっています」

 すっかりトレーラー内で眠りこんでしまったと思い込んでいるエトランジュは少し狼狽していたが、ジークフリードの説明を受けて徐々に落ち着いていく。

 「クライスも政庁に?では私達も向かっているのですか?」

 「いいえ、私達はアッシュフォード学園に向かうのです。
 万が一この作戦が失敗に終わった場合のことも、考えなくてはなりませんから」

 「え・・・それはどういう意味ですか?」

 「アイン様からこの救出作戦が失敗するとの予知が出ました。
 よって先回りしてこちらから連絡用の携帯などを隠して欲しいと頼まれたのですよ」

 頼まれたと言うからにはルルーシュからの指示なのだろうが、全く憶えのない話にエトランジュは目を白黒させているとジークフリードは笑顔で言った。

 「エトランジュ様は少しお眠りのようでリンクを繋ぐのに精一杯のご様子でしたから、憶えておられないのも無理はありません。
 私がしっかり憶えて確認しておりますから、ご安心を」

 「そうですか、申し訳ありません」

 「貴女のギアスは大量の人間を繋げば相当お身体に負担がかかりますから、当然です。
 ある程度はこちらで打ち合わせをしておりますから、大丈夫ですよ」

 「ありがとうございます。
 ではアッシュフォードへ参りましょう」

 時計に目を移してみると、随分眠っていたようだとエトランジュはこの大事な時に呑気な、と自らを叱咤した。
 頭がまだ少しぼうっとしており、何だか頭にもやがかかっているかのようだ。
 
 「ゼロの部屋にはゼロの仮面を隠すための隠し収納があるので、そこにとのことです。
 アッシュフォードに戻されるのなら、そこが一番だとのことです」

 なるほどと納得しながら二人がトウキョウ租界に入ると、一路アッシュフォードを目指した。

 と、そこへルルーシュから連絡が来た。

 《朗報です。俺への食事の中にピンが入れてくれることにアルカディアが成功したようです。これで目隠しが外せます》

 《さすがアルカディア従姉様。さすがですね》

 自分が夢うつつの間にうまく連携したのだろうと単純に考えたエトランジュは、これで作戦の成功率が大幅に上がると喜んだ。
 
 ちなみにどうやって混ぜたのかと言うと、まずアルフォンスはユーフェミアを通じ、ルルーシュへの夜食を用意させた。
 コーネリアも時間が時間だし何も食べていない弟のためならとそれを許可したので、出来上がった頃を見計らってユーフェミアに頼まれて日本のうどんが食べたいと言われたので自分が作りに来たと称して厨房まで行き、パンの中にピンを埋めたのである。
 ちなみに念には念を入れて、パンにピンを隠す時だけ自身のギアスを使って姿を隠してある。

 少々無理やりな理由作りだったがユーフェミアが日本びいきなのは周知の事実だったので厨房の者達は誰も怪しまなかったし、ルルーシュが監禁されているフロアは厳重に警備されていたが、皇族・貴族専用の厨房までは全くのノーマークだったからこそ出来た技だ。

 そのままアルフォンスがルルーシュがいるフロアに行ければもっと良かったのだが、さすがに夜食の許可こそ降りたが入ることは許されなかったのでロロがその夜食を取りに来たせいで無理だった。
 だが運良くルルーシュからお腹が空いているからなるべく早く持ってきてくれと言われていた上に基本的に命令がなければ行動に移さないロロがろくに確かめもしなかったため、無事にルルーシュの手元まで届いたというわけだ。

 《これでギアスが使えるようになりました。
 藤堂達は既に政庁近くにいるようなので、すぐに行動を開始します》

 《目隠しは外せそうですか?》

 《ロロにわざとスープをこぼして着替えに行くようにいいましたので、その間に外します。
 監視カメラは仕掛ける時間がなかったようなのでね》

 監視カメラはカメラと画像を繋ぐラインを設置しなくては、リアルタイムで監視することは出来ない。
 しかもここは副総督にして皇女であるユーフェミアの防諜システムが完備された部屋なので、設置に時間がかかるのだ。

 自分を普通の牢に放り込んでおけばその手間が省けるのだが、弟の信頼を取り戻したいコーネリアが手荒な扱いをすることを許さなかった。
 さらに言えば捕えられたゼロを救出する黒の騎士団が真っ先にそこを探しに来るだろうという判断もあったので実は牢には罠と兵を配備してあったのだが、マオがいたためにその作戦はだだ漏れだったりする。
  
 マグヌスファミリアのギアス能力者を警戒してギアスが効かないV.Vがルルーシュの近くにいなくてはならなかったので、あまり快適とはいえない牢のフロアにいたくなかったV.Vはコーネリアに異議を唱えなかったのである。

 《監視カメラがあったらあったでアルカディアがどうにかしてくれるからいいんですけど、面倒がなくて結構です。
 ロロが戻り次第彼にギアスをかけて、脱出します》

 ロロのギアスの内容と制約をマオから聞いて知っているルルーシュの言葉に、エトランジュが頷く。

 ルルーシュからの状況を聞き終えたエトランジュがそれをクライスに報告し、さらにクライスがそれを藤堂達に伝えた。

 《私どもはアッシュフォードに向かって例の手を打っておきます。
 まだ政庁にいるアル従姉様とマオさんと連携して・・・っ!》

 エトランジュはまたしても襲ってきた頭痛に顔をしかめた。
 眠ったはずなのに余り体の疲れが取れていないと己の身体のだらしなさに溜息をつきながらも、彼女はリンクを繋ぎ続ける。

 《解りました。すぐに脱出しますので、もう少し頑張って頂きたい》

 (本当に大変だなエトランジュも。これ以上の負担はさすがにまずい)

 こま切れとはいえ、十時間以上ギアスを使わせ続けている。
 先ほども本人は眠って休んだと思い込んでいるが実際は彼女の中にいる人物が彼女の身体とギアスを使っていたので休んだとは言えないのだ。

 ルルーシュはそっとパンの中からピンを取り出すと、鍵穴に入れてそっと手を動かした。
 ルルーシュは手先が器用な方だし、眼帯につけるとなると単純な構造の鍵しかつけられなかったのだろう、何とか外すことに成功した。

 鍵が外れたことを確認したルルーシュはコンタクトを外した後、眼帯に外が見える程度の小さな穴を空けると再び眼帯をつけてマオに言った。

 《マオ、現在の状況を報告してくれ》
 
 《現在僕達はユーフェミア皇女と一緒に彼女の部屋にいるよ。
 皇帝に対してものすごい怒ってて、ルルを脱出させる手助けならいくらでもするって言ってる》

 マオの報告にルルーシュは苦笑しながらも、ユーフェミアを簡単に動かすわけにはいかないから自重させてくれと頼んだ。

 《例のロロって子が着替えを持ってそっちに戻ってくるよ。
 残りの嚮団員は眠らせるギアスの男がユーフェミア皇女の部屋付近に、特定の人物を感知するギアスの男が階段付近にいるよ》

 特定の人物を感知するギアスは視覚型で、相手の目を見ることで自分が探している相手かどうかが解るというギアスだった。
 ルルーシュを発見したのはV.Vが『この男を探して』とルルーシュの写真を渡されたので、それを探しに特区に出かけたらロロと何やら話していたのが彼だったのだ。

 《確かにロロを呼んだあの男と目が合ったな。あの時か・・・》

 《今は“ルルーシュを救出する者”を感知するようにしてるね。
 視覚型だから僕やアルは例のコンタクトしてるから会っても大丈夫だと思う》

 《なるほど、それなら万が一俺がギアスを使って誰かを俺の手駒に変えてもすぐに解るということか》

 考えたな、とルルーシュは感心したが、策が解っているなら手は打てる。

 《つまり、俺を助けようとしていないならそれには引っかからないんだな?》

 《うん。だから俺を助けろと命じてないダールトンには反応しなかった》

 《・・・よし、では藤堂達は騒ぎを起こした後、カレン達が乗って来たトラックに向かうように言ってくれ。
 俺と藤堂達はそれに乗って政庁を脱出する》

 《・・・なるほどね、解った。ルルの考えは読めたから、説明はいいよ》

 エディに負担がかかっちゃう、と気遣うマオに、ルルーシュはアルフォンスに説明を依頼した、

 《頼んだぞ・・・エトランジュ様、ロロが来たようなので、後でまた》

 《解りました。では作戦を開始します》

 現在ギアスで繋がっている者全員にそう告げると、皆頷いて了解した。

 ノックをしてから入室してきたロロに、ルルーシュは礼を言った。

 「さっきはすまなかったな。目隠しされているので、どうも勝手が解らなかったんだ」

 「いえ、仕方ないので・・・」
 
 どう対応すればいいのか解っていなさそうなロロに内心で苦笑しながら、ルルーシュは彼にギアスをかけるタイミングを計っている。

 マオから彼についての境遇を聞いていたルルーシュは、改めてブリタニアが腐っていると怒りに燃えながら同情していた。

 (かわいそうに、あんな小さな頃から殺しを強いられているとは・・・挙句に心臓に負担がかかると解っていながらギアスを使わせるとは、これだからブリタニアは!!)

 こんなところに置いておけば、いずれ使い捨てにされて死ぬだけだ。
 ルルーシュはそっと手を伸ばしてロロを引き寄せると、優しく囁く。

 「もう遅いから、そろそろ休んだらどうだ?ユフィには悪いが、そこにベッドがあるだろう?」

 「駄目ですよ!そんなことをしたら、僕V.V様に叱られてしまいます」

 「そう言うと思ったよ。お前は真面目な子なんだな」

 ぽんぽんとロロの頭を叩いてルルーシュが褒めると、ロロは顔を真っ赤にさせた。
 
 「お前は本当にいい子だな。お前なら俺達のところに来てもうまくやっていけそうだ」

 「・・・え?」

 ルルーシュはそう前置きすると、眼帯に空けた穴からロロに視線を合わせてギアスを発動する。

 「お前は俺の合図が出たら『ゼロを追う』と言って政庁の外に止めてあるナンバー1166のトラックに乗り込め」

 ルルーシュは眼帯をしているからギアスは使えないと思い込んでいたロロが自身のギアスを発動させるより早く、ルルーシュの命令がロロの耳に入り込む。

 「解りました・・・」

ロロはルルーシュは絶対遵守のギアスにより目を少しうつろにさせていたが、やがてはっとなって顔を上げた。

 「あれ、僕は・・・?」

 「眠くなったんじゃないのか?疲れてるんだろう」

 ルルーシュはしゃあしゃあとそうごまかすと、ロロに言った。

 (ここから出たらお前のことは俺が責任を持つ。俺がお前にお前の知らない世界を見せよう。
 勝手なのは解っているが、許してくれ)

 相手の意志を無視して、歪んでいるとはいえ今までいた世界から無理に連れ出すのはただのエゴでしかないと解っている。
 だからこそこれからのロロに対する責任を背負うことが、せめてもの償いだとルルーシュは思ったのだ。

 《条件はクリアされた。今から三分後に、作戦を開始する》

 ルルーシュの指示がエトランジュを通じてユーフェミアの部屋にいるアルフォンスとマオに、藤堂と卜部と咲世子と共にいるクライスに飛ぶと、一同は頷き合う。

 「ゼロは無事なんだな」

 「何か子供の頃から暗殺者させられてた子供を説得して味方につけたみたいです。
 その子も助けたいんで、保護を頼まれたんですけど・・・」

 藤堂の確認にクライスがそう報告すると一同はまたかとこめかみを押さえた。

 「解った、一人も二人も同じだろう。いったい何を考えているんだブリタニアは・・・」

 「俺としちゃ理解したくもないですよ。えっと、俺らが逃走に使うトラックの場所はこっちか」

 卜部が最終確認をしていると、クライスが言った。

 「そこにそのロロって子供が来るそうです。境遇が境遇だから変わった子供でしょうけど、その辺は大人として流してやって下さい」

 「解ってるよ。じゃ、始めるとしますかね」

 卜部の合図に咲世子が頷くと、政庁の裏手にいた咲世子が小型の爆弾に火をつけた。

 「今、お助けに上がりますルルーシュ様」

 響き渡る爆発音。
 
 長い夜が始まる。



 その数分前、ロロがよく解らない話に首を傾げていた。

 「あの、さっきから何の話をしているんですか?」

 「もうすぐ俺を助けに来てくれた仲間達が来る・・・七年前にはいなかった」

 突然自分達が殺されたと報道され、自身も殺されかけたあの日、本国からは誰も助けに来てなどくれなかった。
 心のどこかで待っていたのに、家族の誰一人として自分の行方すら捜してくれなかった。

 だが、今はいた。
 頼られるのは悪い気分じゃない、と実の父親すら言ってくれなかった言葉を言ってくれた仲間が。

 ルルーシュは軽く眼を閉じ、小さく微笑んでロロに言った。

 「俺も後から必ず行くから、先に行け。
 ・・・俺ですら助けてくれる仲間だから、お前のことも粗略に扱ったりはしないから」

 ロロの手をつかんでそう言い聞かせたルルーシュの言葉に、ロロは眼のふちを赤く光らせて頷いた。

 「・・・先に行くので、待ってます」

 ロロは自分を救出させようとはしていないから特定の人物を感知させるギアス能力者もロロを気に止めることはしないはずだ。
 紅く眼のふちを光らせたロロが部屋を出て行くのを見送ると、自身は眼帯を外していったん手のひらに布を巻きつけて浴室に向かい、シャワーヘッドで鏡を割ってその破片を手にして、出るタイミングを推し量る。
 
 マオにフロアにいる監視兵の状況と眠らせるギアス能力者がドアに背を向けて立っていることを確認させたルルーシュは、鏡の破片を手にしてドアを開けると男の心臓を背後から刺した。

 「ぐはっ!!な・・・何が・・・」

 「ギアスは万能じゃない。残念だったな」

 通常ドアの前に立っている見張りは、ドアを目の前にして見張ったりはせず廊下の方を向いているものだ。
 そこを逆手に取られた男はロロが普通に出てきたこともあってギアスを発動する間もなく刺されたのだ。

 「武器がナイフや銃だけだと思うなよ?作ろうと思えば作れるさ」

 血に染まった尖った鏡の破片を手にしたルルーシュはそう吐き捨てると、喉を刺してとどめを刺した。

 物音を聞きつけて兵士達が来ると、ルルーシュは赤い鳥の文様を浮かばせた瞳を使って彼らに命じた。

 「お前達は俺に従え!」

「イエス、ユアハイネス」

 これで駒は揃った。
 さあ、今から仲間の元へ戻らなくては。

 ルルーシュは現在の状況を仲間達に伝えながら、自身の兵に変えたブリタニア兵を従えて歩きだした。




[18683] 第十四話  届いた言の葉
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/12 10:52
  第十四話  届いた言の葉



 政庁内ではコーネリアを含めた軍人や職員達が突然の爆発音に来たか、と色めき立った。

 「政庁の中庭にて爆発です。今モニターを・・・あれは?!」
 
 「黒の騎士団か?!」

 コーネリアの執務室でまさにナナリー捜索隊を出すべくギルフォードを見送ろうとしていたコーネリアは、送られてきた画像に目を見開いた。

 「ル、ルルーシュ?!何故そこにいる?!」

 「ルルーシュ殿下がお逃げになられたと?いったいどうやって・・・」

 ギルフォードも絶句していると、モニターの中にいるルルーシュはアッシュフォード学園の制服を着た男と一緒になって中庭にいた。

 「・・やはりルルーシュを奪還に来たか!ユフィに絶対に外に出るなと伝え、政庁を封鎖しろ!
 ルルーシュを無傷で確保するのだ。あの男の方は殺しても構わん!!」

 てきぱきと指示をするコーネリアはさすがだったが、ルルーシュに扮した咲世子とクライスには心を読めるマオがいるのでその隙を突いてうまく兵達を撒いていた。

 しかしコーネリアも的確に二人を追い詰めるべく兵を動かしてくるので、マオから送られてくる情報を経由するエトランジュには相当な負担であった。
 
 一方、ルルーシュが軟禁されている部屋に来たV.Vは外された眼帯と廊下の前で息絶えているギアス嚮団員を見て彼が自由になったことを知った。
 こちらに来る途中でも、エレベーターと階段付近を守っていた“特定の人間を感知するギアス”能力者の男がいなかったことから、恐らく彼のギアスにより彼の下僕となり果ててしまっているであろうことは予想がつく。

 「どうやって眼帯外して逃げたんだろ・・・やっぱりギアスだろうけど」

 ギアスに慣れている者は、不自然な状況は皆そうだと決めつけてしまう傾向がある。
 まさか人力でルルーシュに化けられる技術があるとは想像もしていない彼らは、つい先ほどエレベーターで下に降りたロロに期待した。

 「ロロにギアスはかかってないよね・・・もしそうならルルーシュを救出する奴が解るようになってるあの男が気づかないはずないし」

 彼のギアスならルルーシュに対抗出来るのだから、とりあえずルルーシュを捕捉して向かわせよう。

 そう決めたV.Vは、コーネリアに指示してルルーシュを捕捉させるべく踵を返した。

 「確か見つかったのは一階で、そっちは封鎖したんだっけ?
 こっちの方が兵力が多いけどマグヌスファミリアのギアス能力がどんなのか判んないし・・・アレを早く持ってくればよかったなあ」

 そう一人ごちているV.Vの下の階では、そのルルーシュが軍服に着替えているところだった。
 先ほどドアの前を見張っていたギアス嚮団の男を刺殺したために血まみれだったので目立つし、制服というものはそれだけで味方と誤認されやすくなるのだ。

 ギアス嚮団の男は、ルルーシュを助けに来た人物が来たらコーネリアから借り受けた軍人達に命じて捕らえるか殺すかする手筈になっていたのだが、そう命じるより早く兵士達がルルーシュに『俺に従え』とギアスをかけられてしまったせいで逆に取り押えられてギアスの餌食され、現在のV.Vのことを詳しく喋らせられている。

 「現在V.V様は、コーネリアの元で指揮を執っておられます。
 マグヌスファミリアのギアスユーザーを警戒しておいでですが我々三名しかギアスユーザーはおりません」

 「たった三人だけなのは何故だ」

 「ゼロのギアスが他人を操作するものであるなら、万一ギアスにかけられて逆に手駒にされてしまえば困るとの判断です。
 そのため、ゼロのギアスより早く発動出来るタイプのギアスユーザーが主に集められたようです」

 「なるほど・・・解った。ではお前も俺と共に来て貰おう」

 「解りました」

 特定の人物を感知するというのはそこそこ使える能力だ。
 現在黒の騎士団に入る者を選別しているのはマオだけだが、この男も使えるようになれば地方でもレジスタンス集めがしやすくなる。

 ルルーシュは一階で逃げ出そうと奮闘しているように見せかけて政庁を走り回っている咲世子とクライスに指示を出しながら、階段で一階を目指した。
 エレベーターに乗り込めばすぐに停止させられてしまい、そうなれば閉じ込められて終わりだからである。
 次々に来る兵士達を自身のギアスで支配下に置き、陽動させたりあるいはルルーシュを追う振りをするように指示をする。

 監視カメラの方は、アルフォンスがハッキングをかけて使えない代物にしてある。
 以前ゼロの身代わりをした時の報酬としてハッキングを伝授したのだが、ここに到って大いに活躍の場を得た。

 何としてでも脱出せねば、己の正体を知りながらも危険な橋を渡ってくれた藤堂達や咲世子に、申し訳が立たない。
 ルルーシュは次々にギアスを使ってはブリタニア兵を自身の手駒に変え、コーネリア達を攪乱させていく。

 「お前達はここからコーネリアを通すな!そちらのお前達は俺とは逆方向まで行き、そこで互いに撃ち合って死ね!」

 「イエス、ユアハイネス」

 (マオからも正確な情報が送られてくる。これで失敗するわけにはいかない!)

 ルルーシュはそう決意すると、己のジャンルではないと口にすることなく一路一階を目指すのだった。



 「19階にてブリタニア兵の死体が数名、確認されました。
 また、数名のブリタニア兵が離反、ルルーシュ様についた模様です」
 
 わざと送られたブリタニア軍人達がルルーシュを逃がす行動を捉えた画像を見せられたコーネリアは、額を押さえて呻いた。
 近くにはV.Vがモニターを見つめながら、足をぶらぶらさせて応接椅子に座っている。

 「何ということだ・・・ここまでルルーシュの影響力があったとは」

 ギアスを知らないコーネリアは、かの有名な閃光のマリアンヌの忘れ形見であるルルーシュにブリタニア兵が付き従っていると思い込んだ。
 ルルーシュは全てのブリタニア兵を支配下に置かず、一部は殺し合わせまた始末することでそう考えるように仕向けているのだ。

 (あの子は昔から頭が良かった。クロヴィスはあまり政治に関心がなかったから、その隙を突いて少しずつ影響を持つようにしていったのだろう)

 敵国のエトランジュですら、ブリタニア皇族のルルーシュに同情したのだ。
 生母マリアンヌの人気の高さとルルーシュの悲劇性、さらにその頭脳があればギアスがなくとも充分に考えられる事態だったので、コーネリアの判断は至極真っ当なものだった。

 「マリアンヌ様の御子息が生きておられたら、と言っていた者も少なくありませんでした。
 ルルーシュ様がゼロだと知っている者は少ないでしょうが、ルルーシュ様としてなら命令を聞く者はそれなりにいたのではないしょうか?」

 「そうだな、ギル・・・マリアンヌ様の事件では何の捜査もしなかった陛下に不満を持っていた者も多かったから、あの方の長子が生きていたとなれば従う者がいても不思議ではない」

 自分だって父が捜査をすると信じて疑わなかったのに、まるでなかったことのように扱うその態度に驚いた。
 加えてルルーシュとナナリーを捨て駒のように扱うシャルルに、他の兄妹達より大事にしていたように見えていただけになお愕然としたのをよく覚えている。

 「これでは誰が敵か味方か解らない・・・内部からハッキングが仕掛けられているから、他にもルルーシュに回った者がいるとみるべきだろう」

 コーネリアが確実に信用出来るのが自身が本国から連れてきたグラストンナイツや一部の兵達のみで、自分が赴任する以前からいた軍人達を完全に信用することが出来ない状況に途方に暮れた。

 そこへV.Vが不愉快そうに呟いた。
 
 「いつだって男をたぶらかすのは女だよ。
 僕の大事な弟をたぶらかしたあの女の息子だから、あんな力になっちゃったんだ」

 「・・・誰のことを言っている?」

 “あの女の息子”がルルーシュを指しているとすれば、“あの女”は当然マリアンヌのことだろう。
 しかしマリアンヌはごく若くしてシャルルの妃になっており、他に男がいたとは思えない。

 「貴様、マリアンヌ様を侮辱する気か?!」

 「おっと、余計なこと言っちゃったな。そろそろシャルル・・・陛下が来る頃だから、僕出迎えの準備してくるね」

 姪に睨まれたV.Vは全く怯えてもいないくせにおっかないなあと言いながら部屋を出て行った。

 「・・・姫様、あのV.Vという子供を野放しにしておいてよろしいのですか?」

 「私とて出来ることならそれこそ牢に閉じ込めて聞きたいことが山のようにある!
 あの子供の言は明らかにルルーシュについてこちらが把握していないことまで知っている口ぶりだし、先ほどもマリアンヌ様について何やら言っていたからな・・・!」

 ギルフォードの諫言を肯定しながらも、あの子供には手を出すなとの命令が父シャルルから下っているコーネリアには、どうすることも出来ない。
 政庁に送ったあの子供を尋問しようとした矢先に、シャルルがその子供を釈放しその行動について制限を加えるなと言われた上に何も聞くなとまで命じられたのだ。

 「皇帝陛下直轄の機関の者らしいが、あんな子供が指揮を執っていたり陛下から何の沙汰もないのに特区でルルーシュを捕獲したり・・・訳の分らん行動が目立つ」

 「・・・そういえば姫様、ルルーシュ様があの子供に捕まった際その正体に気付いたかのような言動をなさっておいでだったような・・・」

 彼が名乗った瞬間、『まさか貴様は!!』と正体に心当たりがあったような台詞をルルーシュが口にしていたと言うギルフォードに、コーネリアはルルーシュがゼロと聞いて絶句していたためによく聞いていなかったので眉根を寄せた。

 「何?ではルルーシュは陛下直轄の機関の者だと知っていたのか?」

 「聞く限りではそんなニュアンスではなかったように感じました。
 それに、私がルルーシュ様の知り合いかと聞いたら『子供の頃顔くらいは合わせた』と妙なことを言っておりましたし」

 「どういう意味だそれは?」

 コーネリアに尋ねられても、ギルフォードにも意味は解らない。
 子供の頃と言ってもV.Vが子供の頃なら今だし、ルルーシュが子供の頃ならあのV.Vはどんなに年長に見積もっても当時は幼児以下である。

 (ルルーシュにあの子供について聞くべきだったか?いや、あの子が素直に話してくれるとは思えないし・・・)

 皇室を司る父の直轄機関の者とはいえ、あまりにも不自然な行動にコーネリアは父に聞きたかったが、お前は知らなくともよいと言われてコーネリアは苛立ちを隠せなかった。
 何しろあの子供を含む機関の連中は、全くと言っていいほど情報を開示して来ない。

 黒の騎士団を警戒しているのではなくマグヌスファミリアの連中のほうを気にしていると言うので理由を聞いたが、極秘事項だからの一言で終わった。
 そのくせ黒の騎士団に壊滅させられた再建途中の式根島基地に運んで保管させていたというそれを政庁に運ぶように命じるなど、総督にして第三皇女である主君をないがしろにした行為にギルフォードはシャルルの命令でなかったなら即座に始末していると怒りを隠せなかった。

 「あの子供のことはいい、とにかくルルーシュを連れ戻すのが先だ。
 まだ監視カメラは元に戻らないのか?!」

 「ハッキング元が割り出せなくて、難航しております。
 ウイルスまで送ってきて、そちらの対処にも追われて・・・!」

 ルルーシュ直伝の実に悪辣なハッキングとサーバーアタックは政庁内からだと解ってはいるのだが、回線が混線させられているので出所が解らなかった。
 よって人海戦術でルルーシュを連れ戻そうとしたのだが、ルルーシュの有利になる行動を取るので敵味方が不明なこの状況では駒を動かすことも出来ない。

 状況が状況のためギルフォードもナナリーを探しに出ることが出来ず、コーネリアは自ら末弟を連れ戻しに出ることを決意した。

 「もういい、私が出る!
 上空から脱出出来ないよう、ダールトンに命じてVTOLを配備させろ。
 内部システムを混乱させられている以上エレベーターは使えないから、VTOLで一階に降りる!」

 「イエス、ユアハイネス」

 その命令を受けたダールトンはルルーシュの命令には従うが、優先するのはルルーシュの命というだけで普通にコーネリアの命令にも従う。
 よってダールトンはその命令に従うべく兵を動かしたが、その様子をマオから聞いたアルフォンスは、コーネリアの命に従うべくユーフェミアの部屋を出ようとしたダールトンに小声で命じた。

 「VTOLのシステムエラーを装って、コーネリアを一階に降ろすな。全力でルルーシュ皇子を見逃せ」

 「・・・解った」

 ルルーシュによりアルフォンスに従えと命じられているダールトンはその言葉を聞き入れると、目のふちを赤く輝かせて屋上へと向かう。

 腹心の部下が自身の意志ではないとはいえ既に己の指揮から外れていることを知らないまま、コーネリアはギルフォードを従えて執務室を出て行った。

 
 
 ギアスに操られたロロは、誰に止められることなく一階に下りるとそこにはルルーシュの姿をした咲世子とクライスがいた。
 トラックを地下駐車場に入れることは禁止されていたから地一階に駐車するように指示されたためで、それ故に藤堂達が乗り込むことが出来たのである。

 「ルルーシュ様が仲間にしたというロロという少年でしょうか」

 「ああ、あの子だな。ちょっと俺が話してくる」

 クライスは喉の調子を確かめると、咲世子に声が聞こえない範囲まで距離を取ってから
ロロに向かってギアスを発動する。

 「悪いな、ちょっと“ギアスを忘れてくれ”

 クライスのギアスは聴覚型で、“相手の記憶を奪う”ものだった。
 たとえば“母親のことを忘れろ”と言えば相手は自分の母親が誰か、どんな人物だったのかすら思い出せなくなり、“主君を忘れろ”と言えば主君に関する事はむろん、主君から受けた命令のことすら忘れてしまう。
 ただ時間制限があり、24時間経つと再びその記憶は蘇る。
 しかもその間は新しくギアスをかけられないという、そこそこ強力な割に使い勝手が悪いギアスだった。

 さらに聞いた者すべてに作用するため、味方が耳をふさぐか声が聞こえない距離まで離れるという前準備がなければ使えない。
 味方がうっかりギアスにかかろうものなら非常にまずいせいで、滅多に使えなかった。
 聴覚型はギアスによるが自動発動型に次いで、非常に使い勝手の悪いギアスなのである。

 ロロがそのギアスを聞き入れて新たに目を赤く光らせた瞬間、ロロはギアスに関することすべてを忘れていた。
 ただしあくまでギアスに関する事なので、自分がギアス嚮団員であり暗殺をして暮らしていたことははっきりと憶えている。
 ただ、どんな手段で人を殺していたかが思い出せないだけだった。

 「悪いな。でも一日経ったら元に戻るから、少しだけ我慢してくれ」

 よろめいたロロをしっかり受け止めたクライスは謝罪しながら彼の頭を軽く撫でると、彼を連れてルルーシュと合流する予定のトラックに乗り込む。
 ちなみに咲世子は見張りのために車外にいる。

 「すみません藤堂中佐。咲世子さんと今戻りました」

 「ああ、ご苦労だったなクライス君。君がロロ、かな?」

 藤堂がそう尋ねると、ルルーシュのギアスが切れたロロはきょろきょろとトラックを見渡した。
 そして見知らぬ日本人がいることに驚きギアスを発動させて殺そうとしたが、手には何の凶器も持っていないことに気付いたのでどうしようかと戸惑った。

 (あれ・・・どうすればいいんだろ。僕、何で武器も持たずにここに来たの?)

 「ちょっと疲れてるみたいなんで、休ませてやって貰えませんか?世話は俺がするんで」

 「む、あの距離を走って来たのか?疲れるのも無理はないな。解った、任せよう。
 それと、ロロといったかな?ゼロ・・・ルルーシュ皇子から話は聞いている。これまでブリタニアで暗殺者をさせられていた子だとな」

 「もう大丈夫だからな。ほら、早く入った入った」

 てっきり即座に追い出されると思っていたのに、逆に迎え入れられたロロはどきまぎした。

 「あの、ここは・・・」

 「ああ、俺達はゼロの協力者だ。今から救出するから、もうちょっと待っててくれな。
 残りもんで悪いけど、これ食うか?」

 卜部がファーストフードで買い求めたアップルパイを差し出すと、ロロはおずおずとそれを受け取った。

 (僕、何でここにいるんだろ?僕が敵だって知ってるのに、何でこいつら何もしてこない?)

 「ゼロからお前のことを頼むって言われてるからな。あいつが来るまで待ってろ」

 クライスの言葉にロロは初めて優しくしてくれたルルーシュを思い出した。

 (・・・僕、彼に言われて来たのかなあ。だめだ、思い出せないや・・・)

 ロロはギアスを綺麗に忘れているため、何とかこいつらを殺さなくてはと思いつつもどうすることも出来ずに途方に暮れた。
 しかも敵であるはずの黒の騎士団員は揃って自分に優しくしてくれるので、なおさらだった。
 クライスはロロのギアスは止められない以上、彼に殺されることを防ぐためにはこの方法しかなかった。
 しかも制限時間があるらしいので、なおさらだ。詳細な情報をマオから得ていたクライスの作戦勝ちである。

 「・・・僕をどうするつもり?」
 
 ロロが平静を装いながらもどこか恐れを含んだ声音に、藤堂が噛んで含めるように言い聞かせた。

 「急に環境が変わることになるから不安だろうが、我々は君に何もしない。
 また、君に殺しをさせる気も全くない。今はよく解らないかもしれないが、普通の生活を知ってごく普通の幸せな子供になって欲しいと思う」

 「・・・あの人が、ここに来るの?」

 「ああ、君を助けて欲しいと頼まれた。もう少し待っていてくれ」

 藤堂はそう言うと、トラックの窓から顔を出して上の騒動を見つめた。

 「ゼロはまだ上にいるのか?もう少しかかりそうだな・・・クライス君?」

 「・・・やべえ、あいつら考えたな」

 現在の状況を確認していたクライスの呟きに、ラテン語だったが表情がまずい事態になったようだと悟った藤堂と卜部が眉を寄せた。
 
 「藤堂中佐、やばいですよ。階段を封鎖されました」

 「何だと?」

 「階段で何とか三階まで来たんですけど、三階以下は別の階段になってるんで一階までの階段まで移らないと駄目なんですよ。
 で、一階から三階を繋ぐ階段に繋がるドアを開ける手動装置が壊されたらしいです」

 政庁内は基本自動ドアだが、万が一に備えて手動でも開け閉めが可能になっている。
 アルフォンスのハッキングによりシステムはある程度自由に操作出来ていたのだが、三階にいた兵士がこれ以上テロリストを逃がすまいとしてとっさの判断で手動装置を壊したのである。
 さらに手動装置が壊れると自動装置が連動して電力を落とす造りになっているため、システムを動かすだけしか出来ないアルフォンスではどうにもならなかった。

 いくら心が読めるマオでも、こういうとっさの判断などあらかじめ読むことは出来ない。そしてルルーシュも、三階にいる兵士をどうこうするすべはなかった。

 「・・・三階、か。飛び降りれない高さではないな」

 「藤堂中佐?」

 藤堂はちらっとトラック内にあった政庁に送られる品を見渡すと、クライスに言った。

 「ゼロに伝えてくれ、三階のバルコニーまで来てほしいと・・・そうすれば助けられる」

 「どうやって?パラシュートなんてありませんよ」

 「少々怪我をして貰うことになるかもしれんが、脱出させてみせる」

 藤堂少し危ない橋だが、と前置きして、卜部に指示を出した。
 クライスは無茶だと思ったが、他に方法が思い浮かばずそれをギアスでルルーシュに伝えた。

 《・・・ってことなんだけど、どうするよ?》

 《ドアを壊すしかないと思っていたが、それでは時間がかかり過ぎるからな。
 何せあれはテロリスト対策のドアだ》

 何故階段が一階から三階までと三階から最上階に分けられているのかと言うと、テロリストの侵入を三階までで阻止するためだった。そのため、三階のドアは特別頑丈に出来ているのである。

 《・・・解った、すぐに行く。バルコニーまでは十五分・・・いや、七分弱で着く》

 ルルーシュの体力は限界だったが、そんな弱音を吐いている場合ではない。
 自身の駒にした兵士達を使い、血路を開いて藤堂達がいるトラック方面に向けて走り出させた。
 もはや人目を気にしている場合ではないと、ルルーシュは一秒半ほど迷ったが他に方法がなかったため、兵士の一人に己を背負わせての移動である。
 幸いルルーシュが標準よりも細かったのが、背負わされた兵士のせめてもの救いだった。

 「卜部、クライス君、急いで準備を!」

 「承知!!」
 
 「ラジャーっす!」

 藤堂の指示を受けた二人は、トラック内に積まれてあったユーフェミア皇女への献上品であるこたつ布団をトラック内に置いてあった台車を使って運び出した
 普通のこたつ布団に比べて軽く、少し距離があったが何とか手早く使えそうな物を運んで即席の救命緩衝材を作ることに成功する。

 一方、咲世子はそのままだとルルーシュが二人いる状況になってからくりがバレてしまう恐れがあるため、一度変装を解いた。
 そしてトラック内で手早くユーフェミアに献上された着物の中から大きなものを選び、いくつか持っていたナイフで切り裂き輪ゴムで数ヶ所留めて持ってきた。
 ロロはその様子をただ唖然として見つめるしかなかったが、留守番を頼まれた隙に脱出しようかと考えたがトラックの出入り口に電子ロックをかけられたので不可能だった。

 「即席の救命ネットを作りました。ルルーシュ様はまだでしょうか?」

 「まだみたいだ・・・いや、来た、来たぞ!!」

 クライスが知らせると、咲世子が双眼鏡を取り出して上を見ると政庁の光に照らされてうっすらとルルーシュの姿が見えた。

 「間違いありません、ルルーシュ様です」

 ルルーシュはすでにクライスから準備は出来たと聞いていたため、三階のバルコニーから出て来たのを確認して卜部と藤堂が着物で作った即席の救命ネットを広げた。

 一方、VTOLに乗りこんで一階を目指していたコーネリアは三階のバルコニーに立つルルーシュを見つけ、彼が何をしようとしているかに気付いて顔を青ざめさせた。

 「ルルーシュ、一階にいたはずでは・・・?!
 いや、何をするつもりだ、ルルーシュ?!まさか飛び降りるつもりでは・・・」

 「姫様、あれを!下に誰かいます!」

 ギルフォードが双眼鏡で確認すると、そこには日本人の男が二人と白人の少年が一人、そして日本人の女がいた。

 「黒の騎士団か!ダールトン、下に急いで向かえ!あの連中を撃て!」

 「なりません姫様!ルルーシュ様が飛び降りた時に撃ってしまえば、ルルーシュ様の御身が・・・」

 「くっ・・・!ダールトン、あそこにこのVTOLを降ろせ!」

 「・・・システムがおかしくなっています。少々難しいかと」

 「何だと?!こんな時に・・・!!」

 コーネリアは歯噛みしたが、いざとなればパラシュートででも降りることは可能だ。
 その準備をギルフォードにさせながら、コーネリアはルルーシュの姿をじっと見つめた。

 「大丈夫だ、緩衝材は用意した!必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!」
 
 藤堂が叫ぶと、ルルーシュは笑みを浮かべた。

 「・・・受け止めるから、か。ならば頼むとしよう。お前達は誰もここを通すな。
 ・・・行くぞ、藤堂!!」

 ルルーシュはためらうことなく藤堂らが用意した救命ネットに向かって飛び降りた。

 「ルルーシュ!!」

 コーネリアが叫んだ。
 ルルーシュの身体が冷えた空気の中に舞い落ちて、ピンと張られた最高級の着物で出来た救命ネットに当たり、一度弾みをつけてからこたつ布団で造られた緩衝材に当たって止まる。

 「ぐうっ・・・!」

 「大丈夫ですか、ルルーシュ様!!」

 咲世子が心配そうに尋ねると、ルルーシュは情けないような笑みを浮かべた。

 「はは、思っていたより衝撃があったな。だが・・・大丈夫だ」

 「よかった・・・!」

 咲世子がルルーシュの手を取って立ち上がらせようとしたが、やはり衝撃があったのかルルーシュは呻いてよろめいた。

 「っつ・・・!」

 「ルルーシュ様!トラックまでわたくしがおぶりましょうか?」

 「・・・女性にそんなことは」

 ルルーシュは女性におぶって貰うなどと言いたかったのだが一刻を争うので言うに言えず目を動かしていると、卜部がやれやれと言いながらおんぶをする姿勢をとった。

 「俺ならいいだろ。そんなザマじゃかえって邪魔だ。さっさと行くぞ」

 「卜部・・・助かった。藤堂も、その・・・ありがとう」

 顔を赤くしながら礼を述べるルルーシュに、藤堂と卜部はふっと笑う。

 「何、チョウフでの借りを返したまでだ。
 後から事情を聴いた後、心配をかけた罰として少しばかり説教をさせて貰おうか」

 「・・・お手柔らかに頼む」

 ルルーシュは自業自得だと諦めながらも、叱られるという状況を心地よく感じた。
 ルルーシュが卜部におぶさると、一同はさっそくトラックに向かって走り出す。

 「コーネリアは上のVTOLにいるが、俺の手の者がいるし俺がいる以上撃てはしない。
 さっさとここから脱出するぞ」

 「承知!」

 ルルーシュはここからゲットーへの脱出方法を考えた。
 
 (トラックは捕捉されているから、しばらくしたら捨てる方がいいな。
 藤堂達が乗って来たトラックに乗り換えて、ふた手に分かれよう。
 朝比奈達がゲットー近くにいるし、隠密に移動が出来る)

 
 ルルーシュが考えているとすぐにトラックに到着し、一同はさっさと乗り込んで卜部がハンドルを握った。

 トラック内で一人取り残されたロロは途方に暮れていたが、戻って来た一行とルルーシュを見て驚きの声を上げる。

 「あ・・・ゼロ!」

 「ロロか、ちゃんと待っててくれたんだな」

 ルルーシュはフラフラする身体をトラックの壁にもたれかけさせると、ロロの頭を撫でた。

 「勝手にこっちに来させてすまなかった。強引だったが、これしか方法が見当たらなくてな」

 「・・・・」

 「そんな顔をするな、お前は俺が責任を持つ。
 お前のあの状況がどんなに異常なものなのか、俺達と暮らせばよく解ると俺は信じている」

 ルルーシュはそう呟くと、ロロの顔を抱き寄せて再度頭を撫でた。

 「なあ、ロロ・・・あんな最低な大人ばかりじゃないんだ。今から向かう場所は、頼っていいと言ってくれる大人がたくさんいるところだから・・・」

 「・・・頼る、ですか?」

 目を瞬きさせて尋ねるロロに、ルルーシュは頷いた。

 『死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ』

 実の父親からそう言われたその日から、全ての大人の言葉を素直に信じたことなどなかった。
 いつか自分を裏切るのではないか、利用価値がなくなれば見向きもされなくなるのではないかと、そう考えて大人というものを見てきたから。

 あれほど仲が良かった異母姉も、気にかけてくれた異母兄も、我が身可愛さに自分に会いに来ることすらしなかった。
 家族がこうだったのだから、どうして他人が信じられよう。
 だから助けを求める代わりに命令を紡ぐ声を得、かつて家族と繋いだ手を血に染めた。

 「スザクだって俺を裏切ってユフィの騎士になったんだ、誰も信じられないと思っていた。
 だからこれから先も、ずっとナナリーだけを信じて生きていくと思っていた」

 けれど、今は。 

 『頼られるのは悪い気分じゃない』

 『必ず受け止めるから、飛び降りるんだ!!』

 『大丈夫ですか、ルルーシュ様!!』

 どれほどの危険があるか知っていただろうに、それでも助けに来てくれたのは、自分の父親に侵略された国の者達だった。

 自分の判断ミスでこのような騒動に発展したというのに、心配をかけたと叱ってくれた大人達がいるとは、先ほどまで想像もしていなかった。

 「ありがとう・・・」

 ルルーシュは無意識にそう礼を言うと、次は謝罪しなくてはならないなと思った。
 まずは自分の判断ミスと、自身の出自を隠していたことと、ああ、他にも謝らなくてはならないことがたくさんある。

 そして一番大事なことは・・・・。

 七年前の枢木家で、スザクの父枢木 ゲンブとの婚約話にショックを受けて姿を消したナナリーは、探し回った自分に何と言っただろう。

 (確か、あのあとは・・・そう)

 『心配をかけて、ごめんなさい』

 その言葉を思い出したルルーシュは、小さく眼を閉じた。




[18683] 第十五話  閉じられたリンク
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/12 10:37
 第十五話  閉じられたリンク



 「飛ばすぞ、身体をどこかに寄せろ!」

 ハンドルを握った卜部の声に、ルルーシュはロロを抱き寄せて衝撃に備えた。
 藤堂、咲世子、クライスの三人も、それぞれに身体を支えている。

 「追え、追え!!くっ・・・ルルーシュが中にいる以上、手荒な止め方は出来ん」

 トラックに入り込んだルルーシュ達にコーネリアは歯噛みしつつも、VTOLで追いすがる。

 卜部はルルーシュの指示で地下道に逃げられるポイントを目指し、アルフォンスが開けた門を強引に突破して政庁を抜けた。

 「次はポイントCまで急いでくれ。政庁内の俺の兵達には足止めするように言ってあるが、長くは保たない」

 「解った。にしても、あれだけの兵があんたの仲間とは、正直思わなかった」

 さすがはゼロだな、と卜部が言うと藤堂も頷いた。
 ルルーシュはギアスまでは知らされていないのだから無理もないと、ふっと自嘲する。

 「・・・ああ、俺も驚いたがな。それに、主義者もけっこう多かったから」

 ユーフェミアがナンバーズに対して穏やかな政策を取ったので、それに賛同する者達が日本に来たようだという一部の事実を告げると藤堂達はさらに納得したようだった。

 「コーネリアは上空から俺達を追跡しているが、既に手は打ってある。
 問題は追跡している連中だが、それもすぐに黙らせてみせる」

 コーネリアはルルーシュの正体を知らない一般兵に知られることなく、かつトラックを無傷で止めなくてはならないという困難極まる状況に置かれている。
 租界内の地図を丸暗記しているルルーシュは、一度トラックを捨てて地下道に降り、シンジュクゲットーに出ることにした。

 「ポイントCに車があるからそれを使って地下道からチヨダまで向かい、朝比奈達と合流する。
 そこからカツシカに戻ろう」

 「承知した。朝比奈達に伝えておく」

 藤堂が通信機で朝比奈と千葉に連絡すると、是の返事が返ってきた。

 「確か五人乗りだが車があったな。少し狭いだろうが、我慢してくれ」
 
 藤堂が無表情のロロに向けて安心させるように言うと、別にその程度のことをわざわざ言わなくてもいいのに、とロロは少し顔を揺らしたくらいで何も言わなかった。

 トラックは猛スピードでトウキョウ租界の街並みを突っ切り、それを必死で追いすがるブリタニア軍と警備隊、そして上空をコーネリアが乗るVTOLが追跡していた。
 夜なので車の通りが少なく、またテロリストを追っているのだと判断した市民達はシンジュクの二の舞になることを恐れ、たちまち車を止めて嵐が過ぎ去るのを待つ。

 「ポイントC、ビル群に入る」
 
 卜部はシンジュク殲滅作戦によりうまい具合に倒壊したビルの陰に、トラックを乗り込ませた。
 シンジュクは高層ビルが立ち並んでおり、日本を占領した際も相当な打撃だった上にシンジュク殲滅戦のせいでさらにビルがテトリスのように絡み合って倒れていた。
 その隙間にトラックが入り込んだので上空のコーネリアの視界を遮り、また追跡する軍の車や戦車、ナイトメアもうかつに入ることが出来ない。

 「どのように倒れているか把握していない以上、無理に入れば中にいるルルーシュもろともビルが完全に倒壊しかねん・・・!」

 追跡する側も地の利がなくあらかじめ障害物を調べて専用ルートを作っていたルルーシュ達にあっという間に突き放されてしまい、夜だったので視界が悪いせいでビルの中に入ることが出来なかった。

 「私が直接地下道に行く!!」

 コーネリアがパラシュートの用意をギルフォードに命じるが、ギルフォードは自分がパラシュートを装備しながら首を横に振った。

 「なりません、姫様!地下道は頑丈とはいえ、いつ崩れるか解りません。
 しかもあそこはテロリストどもが使っている場所、何が仕掛けてあるが知れたものではありませんから、私が参ります」

 「その程度の危険、恐れる私ではない!」

 「私が恐れます、姫様!!今のルルーシュ様はブリタニア皇族を敵とみなしでおいでで、サイタマやナリタでも貴女様を殺そうとなさった。
 今回もそうしないという保証がない以上、ここは私にお任せを!」

 ルルーシュとコーネリアとの会話を聞いていたギルフォードは、ルルーシュが彼女を敵と決めて戦う意志を固めたことを知っている。
 弟と知らずに戦っていたコーネリアとは違い、ルルーシュは戦っている相手をコーネリアと認識したうえで容赦なく殺そうとしていたのだ。
 よっていくら何でも敵のテリトリーでありあまりにも危険な地下へと主君をやることを、ギルフォードは避けたかったのである。

 「・・・解った、お前に任せよう。
 だがギルフォード、他は始末しても構わないが、ルルーシュだけはなるべく無傷で連れ戻して欲しい。
 私のわがままだと解っているが・・・頼む」

 「イエス、ユア ハイネス。では行って参ります」

 ダールトンはコーネリアを降ろすなとは命じられていたがギルフォードまでは命令に含まれていなかったので、彼を地上に降ろすべくVTOLを空中停止させた。

 「私も追いたいが、コーネリア様をお守りせねばならん。任せたぞ」

 「は、ルルーシュ様を必ず、無事に保護して参ります」
 
 ギルフォードはそう言うと、VTOLから飛び降りた。
 そしてパラシュートを開き、あっさりと地上に着陸する。
 
 「これより、テロリストを追跡する!
 トラックに生命反応があるかを確認しろ。ないならトラックを爆破し、追跡を再開する」
 
 ギルフォードはトラックに阻まれて突入出来ない追跡部隊に、てきぱきと指示するのだった。



 一方、ルルーシュ達はトラックから降りて地下道に降りていた。
 地下を走ってしばらくすると、廃墟と化している地下鉄に出る。

 日本各地にあるゲットーや地下道にはいざという時のために車を隠し置いてある。
 しかも他の人間に勝手に持っていかれないよう、パスワードを入力しなければエンジンがかからない仕組みになっていた。
 地下道に駐車していた車を見つけると、卜部がハンドルを握って皆が乗った。

 「ここからなら、チヨダまですぐだ」

 卜部がアクセルを踏んだ刹那、そこで遠くから爆発音がした音が地下まで響き渡って来た。

 「トラックが破壊されたようだな。来るぞ」

 「しつこい奴らだ。飛ばすんで、シートベルトしといてくれ!」
 
 グンとスピードが増した車の中、定員オーバーなのでルルーシュはシートベルト代わりにロロを抱き寄せる。

 「俺に掴まっていろ。放すなよ」

 「は、はい・・・」

 ぎゅっとロロがルルーシュの胸のあたりを握りしめると、ルルーシュはふっと笑みを浮かべた。
 
 「よし、もうすぐチヨダだ」

 卜部がクダンシタ駅の地下に車を止めると、一同が車を降りようとした刹那、ルルーシュとクライス、そしてロロは違和感を感じて立ち止まった。

 「?!」

 くっと立ちくらみを起こしたように動きを止めた三人に、藤堂と卜部もどうしたと駆け寄る。

 「どうした、貧血でも起こしたのか?」

 「猛スピードで走ったから、無理もない。卜部、水か何かを・・・」

 藤堂がルルーシュとロロ、卜部がクライスを支えながら心配げに顔を覗き込むと、ロロはクライスから“ギアスを忘れろ”と言われ、さらにルルーシュから“トラックに乗り込め”と命じられたことを思い出した。
 そしてルルーシュとクライスは、繋いでいた手を突然放されたかのような感覚を同時に感じて思わず呻く。

 (何だこりゃ・・・どうしたってんだ?!ゼロ、どうなったと思う?)

 エトランジュが無理をして繋いでくれているギアスを通じてクライスがルルーシュに尋ねたが、ルルーシュからはむろんエトランジュからすら何の応答もない。

 「な・・・何だ・・・?」

 クライスが驚愕の目でルルーシュを見つめると、ルルーシュも同じ表情を返して来たので自分だけではないことを知った。

 「・・・おいおい、マジかよ」

 ラテン語の呟きだったので藤堂達は首を傾げるが、クライスは止まっている場合ではないと顔を上げた。

 「話は後だ!とにかく逃げましょう!」

 「そ、そうだな。ロロ、行くぞ!」

 「え、う、うん・・・」

 ロロも二転三転する訳の解らない状況に混乱したが、ルルーシュがしっかりと手を握って走り出したので思わず自分も後を追った。

 (ギアスにかけられてたんだ、僕・・・でも、自分に従えじゃなくてここに来いって・・・それにこの人もギアスを忘れろって言っただけだし)

 ロロはクライスのギアスをよく把握していなかったので、命令系のギアスだと判断した。
 だから大した命令をしてこない二人の意図が読めず、混乱する。

 いきなり回復して元気に走り出した三人の様子がよく解らなかった藤堂と卜部だが、追及するどころではないので同じく朝比奈達と合流すべく地上に上がった。

 「朝比奈、千葉!!」

 「お待ちしておりました、藤堂中佐!!
 先ほどブリタニアの大型軍用ヘリが一機、上空を通っていったのですが・・・」

 合流ポイントで待っていた朝比奈の報告に、ルルーシュは眉をひそめた。
 
 「ヘリ、だと・・・政庁からか?」

 「いや、西からだったな。中佐達が来るちょっと前に政庁方面へ飛んで行ったが・・・」

 目的は解らないと言う朝比奈に、ルルーシュは政庁に向かったのならそこにいるマオ達からの報告を聞こうと考えた。

 「解った、そちらのほうはアルカディア達に探って貰うとしよう。
 それより、先に礼を言わせてくれ・・・助けてくれて感謝する」

 ルルーシュが滅多に言わない感謝の言葉を内心気恥ずかしい様子で言うと、朝比奈と千葉は顔を見合せた。

 「はは、まさかゼロを救出に向かうことになるとは思わなかったけどね」

 「全くだ。しかし、本当にブリタニア人だったんだな・・・」

 顔立ちの飛びぬけて良い紫色の瞳をした少年を、千葉は思わずまじまじと凝視する。

 「ゲットーの方に軍隊は来なかったんで、俺らの出番はこっちに迎えに来るだけでしたね。けどいつ来るか解りませんから、とっとと行きますよ」

 「同感だ。ではもう一回乗り換えだ。もう少しだ、頑張ってくれ」

 ルルーシュは真っ先にロロを車に乗せると、千葉が同じくブリタニア人の少年に視線を向けて藤堂に訊ねた。

 「どうしたんですか、この子?ブリタニア人みたいですけど」

 「ああ、ブリタニア軍の特殊機関の子供らしい。何でも幼い頃から暗殺者として育てられて殺しをさせられていた子だそうだ。
 ゼロが説得して連れて来た」

 「子供を戦争に使うっていうのは聞く話ですが、実際見ると腹立ちますね。
 子供だからそれはいけないとイーリスちゃんを止めた中佐の爪の垢でも煎じて飲めばいいのに」

 千葉がぼそっと低い声で吐き捨てると、朝比奈も確かに、と乾いた笑みで同意する。

 「ブリタニアの暴虐の生き証人でもある。大事にしてやってくれ」

 「ああ、そう言う意味もあるか。承知した」

 ルルーシュに言われてさすが情理で動けるゼロ、と朝比奈が納得すると、朝比奈達が用意したワゴンは一路、カツシカへと走り出した。

 「仙波中尉からナナリー皇女の様子を聞いた。まだ起きてゼロ・・・ルルーシュ皇子の帰宅を待っているとのことだ。
 ただ、エトランジュ様がまだお戻りになっていないとのことでそれが気になる」

 千葉の前半の報告に安堵したルルーシュだが、後半のそれに眉をひそめた。

 「俺が頼んだのはアッシュフォード学園の俺の部屋の隠し収納庫に連絡用の携帯を隠してくれというだけだったんだが・・・もう戻っていい時間帯だぞ」

 一度行ったことのある学園である。さほど迷うこともないし租界に検問を張られてもさして不審に思われることはないはずだと言うルルーシュに、またしてもイレギュラーかと頭を抱えた。

 (もしかして、リンクが切れたのはギアスの使い過ぎによるものか?
 あれだけ長い間ギアスを使っていたのは初めてだろうから、考えられなくはない)

 もしそうでもまだジークフリードが彼女の傍にいるはずだから大丈夫だとは思うが、最悪の事態ということも考えられる。

 「俺、トウキョウ租界に戻る!アッシュフォード学園に行かないと!」

 「待て、今はまだ危険だ!この騒ぎが収まるまではやめたほうがいい!!」

 今にも飛び出さんとするクライスを、藤堂と朝比奈が抑え込む。

 「中佐の言うとおりだ!君まで捕まったら今までの苦労が水の泡だよ?!」
 
 「けど、俺はエディの護衛なんだよ!何かあったら助けに行くのが当然だろうが!!」

 車の中で暴れ出すクライスだが、しばらくして何かに驚いたような表情をした後、徐々に動きが止まっていく。

 「・・・?どうしたんだクライス君」

 「・・・解った、解った」

 ラテン語でそう呟いたクライスは、途端に暴れるのをやめた。

 「すんません、藤堂中佐、朝比奈少尉。俺、頭に血が上っちまいました」

 「いや、それは君の立場なら当然だ。解ってくれてありがとう」

 だが確かにエトランジュが戻らないのは気がかりだ。速やかに基地に戻り事態を把握しようという相談がまとまる。

 そして車はさらにスピードを上げて、一路黒の騎士団本部のトレーラーへと向かうのだった。



 シンジュクにて、まんまとルルーシュに逃げられたコーネリアは頭上を通り過ぎて行った大型の軍用ヘリに眉をひそめた。

 「V.Vが寄越したアレはなんだ?」

 「解りませんが、アレを政庁内に入れたとの報告が・・・」

 ダールトンも主君を無視した勝手な振る舞いに怒りを隠せない様子で、コーネリアに進言する。

 「・・・残念ですが、この様子ではルルーシュ様は既にゲットーの方に逃走されたと思われます。
 ここはいったん政庁に引き上げて、改めて捜索する方が効率がよろしいのでは?」

 「信頼出来る者だけを厳選して、捜索するということか・・・」

 確かに敵味方が入り乱れているこの状況では、いつ誰がルルーシュに通じるとも限らない。腹心のギルフォードからも連絡がなく、ダールトンの言うとおり既にゲットーに逃げた可能性が高かった。
 何しろこのエリア11は租界よりもゲットーの方が広い上にイレヴンが味方についているので、地の利は圧倒的にルルーシュの方にあった。

 「・・・解った。ギルフォードに戻ってくるように伝えろ」
 
 「イエス、ユア ハイネス」

 苦渋の表情でダールトンの意見を聞き入れたコーネリアは、全軍に退却の指示を出して政庁へとVTOLを向かわせた。

 同時刻、チヨダ周辺の地下道で主君からの引き上げ命令を聞いていたギルフォードは急に襲った目まいの後、自身に起こった状況に眼鏡を外して額を押さえていた。
 彼の身体は滑稽なことに小麦粉に覆われており、先ほどもピンと張られたワイヤーに足を取られて転倒するなど無様な醜態を晒していた。

 常ならば引っかかるなどあり得ないトラップにこうも簡単に引っかかったのは、やはりルルーシュを追うことに集中したせいだと考えた。
 だが目まいと共に『全てのイレギュラーを見逃せ!!』とそのルルーシュに命じられたことを思い出したギルフォードは、何故かそれに是の返事を返した己をさらに訝しむ。

 (・・・白昼夢かなにかだろうか・・・そう考えるのが一番納得はするのだが)

 理論的にはそう考えるべき事態だとギルフォードは無理やり自己完結し、主君の命令に従うべく兵士達に帰還命令を出した。

 (あんな馬鹿げたトラップに引っかかりさえしなければ、ルルーシュ様に何とか追いつけたやもしれぬというのに・・・!
 姫様にどの顔でお会いすればいいのか)

 ギルフォードは己の不甲斐無さを罵りながら、シンジュクゲットーへと向かうのだった。

 

 政庁では、V.Vが遺跡経由で運ばせたギアスキャンセラーの適合体であるジェレミアが入れられたカプセル装置を見て大きく溜息をついていた。
 目を閉じて液体の中で眠っている彼だが、先ほど気圧ショックを与えられた際は苦痛に喘いで暴れたため、鎮静剤を投与したところである。

 「えー、これ一度使うとしばらく使えない状態なの?」

 「申し訳ございません、これはまだまだ研究段階でして」

 恐縮するギアス嚮団の研究員に、だったらV.Vはあんなところで使わせるんじゃなかったと後悔した。

 「研究所の外での実験は今回が初めてですが、半径もせいぜい100メートルほどです。
 無理に身体に圧力をかけてギアスキャンセラーを動かしますと壊れてしまう可能性があります。今の状態では十時間は休ませた方が・・・」

 「ゼロがいる辺りで発動させちゃえば、ロロを連れ去ったゼロのギアスが解けると思ったんだけどなー。
 結局ロロ、うまくやったのかなあ」

 V.Vは一部ハッキングを免れた監視カメラの映像から、ロロがルルーシュ達が逃走に使ったトラックに乗りこんでいたことを確認していた。
 そこでようやくロロもルルーシュのギアスにかかっていることを知ったV.Vは、懐にいるなら彼のギアスさえ解けば後はロロに任せればいいと考え、急きょ念のため復興途中の式根島基地に保管し、政庁に寄越す手はずになっていたギアスキャンセラーをシンジュクとチヨダ辺りまでやったのだが、今の状況ではロロがゼロを始末出来たかどうかは解らない。

 「まあいいや。とりあえずギアスキャンセラーが使えるようになったら、政庁にかけられたゼロのギアス解いちゃってね」

 「かしこまりました。では失礼します」

 研究員がジェレミアが入れられているカプセルを運び出すと、V.Vはこれで政庁にゼロことルルーシュの手駒はいなくなってひとまず安心だと機嫌がよくなった。

 だがそれどころではないのは、ギアス嚮団の研究員の心の声を聞いて事態を知ったマオと、それを聞いたアルフォンスである。

 《それでさっきからゼロと連絡が取れなくなったのか!とんでもないもん発明してくれちゃって!!》

 《さっさと僕達も政庁から離れないと、こっちのギアスも解かれてエディとも連絡が取れなくなるよ》

 今はそのギアスキャンセラーとやらは使えないのだから今のうちにと言うマオのもっともな意見に、アルフォンスは歯軋りしながらも頷いた。

 「・・・ユーフェミア皇女、ゼロは無事に逃げられたみたいだ。
 こっちも詳しい話を聞きに行きたいから、速やかにここから出たいんだけど」

 「そうなのですか?よかった・・・」

 ユーフェミアとスザクはその報告に安堵の息を吐くと、アルフォンスの言はもっともだが、姉により出ることを禁じられていると申し訳なさそうに言った。

 「あれだけの騒ぎですから、どうしましょう・・・」

 「・・・皇帝が来たら言いたいことがあるから残るって言ったら?
 あの女の性格上、たぶん帰れと言いだすと思うから」

 さすが敵対しているだけあって逆に相手の性格をよく把握しているアルフォンスの提案に、ユーフェミアは複雑な気分で受話器を手にして姉に連絡した。
 アルフォンスの読みは見事に当たり、ルルーシュを取り逃がしてしまったことを謝罪したコーネリアに、皇帝が来るのならルルーシュの件で尋ねたいことがあるから残ってもいいですかと言ったユーフェミアに慌てふためいた声が飛んだ。

 「・・・それは私からうまくお尋ねするから、お前は気にしなくていい。
 それに急に特区から出て来たのだからこれ以上残るのはよくない。騒ぎも収まったのだから、もう戻ったほうがいい」

 「・・・解りました。よろしくお願いします」

 今夜の詳しいことは後で話すし、国民達にはテロリストを追ったとだけ報道すると言われたユーフェミアは溜息をつきながら受話器を置くと、アルフォンスはさっそくパソコンを操作してハッキングの痕跡を綺麗に消してしまう。
 そして電話で車を一台用意して貰うと、一同は政庁を出る準備を始めた。
 
 マオが滅多に来ないであろうギアス嚮団員を最後に念入りに調べておこうとギアスを集中させると、マオは首を傾げた。

 (ラグナレクの接続、思考エレベーターってなんだろ?
 この研究員は専門じゃないみたいだけど、それを担当してる嚮団の研究員がいるみたいだなあ)

 アルフォンス達にも後で聞いてみようとさらにギアスの範囲を広めると、ギアスキャンセラーなるものを埋め込まれたオレンジことジェレミアの思考が飛び込んできた。

 《ゼロ、復讐、忠誠、ブリタニア!!我改造!!》

 (あー、駄目だこいつ。まともな思考回路してないな)

 マオは半ば憐れみを込めて彼の思考をシャットアウトしようとすると、さらに声が響いてきた。

 (マリアンヌ様守れず我、不覚!ルルーシュ殿下殺したイレヴン、死!)

 そういえばコーネリアの思考を読んだ時、アリエス宮の事件でジェレミアも警備を担当していたのでそこからコーネリアは彼とルルーシュとの間に繋がりがあると誤解していたっけと思い出す。

 そのルルーシュが彼をさんざんな目に遭わせた張本人である上、忠誠を誓った祖国により勝手に身体を改造されたジェレミアは実に哀れな男である。

 しょせん他人事なのでマオはそれ以上ジェレミアを気にかけず、ギアス嚮団員から正確な嚮団の位置を探ってから、だいたいの情報は得たと視線でアルフォンスに伝えた。
 既に政庁に用はないアルフォンスは了解すると、早くルルーシュの安否を知りたいユーフェミアに急かされた形で一同は部屋を出るのだった。



[18683] 第十六話  連鎖する絆
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/02/26 11:10
  第十六話  連鎖する絆



 カツシカの黒の騎士団本部のトレーラーに戻って来たルルーシュ達は、真っ先に最愛の妹の元へやって来た。

 「ナナリー!!」

 「ああ、お兄様、ご無事でよかった!!」

 ナナリーは涙を浮かべながら、駆け寄って来た兄に抱きついた。
 ナナリーは仙波から無事に政庁から出てきたと聞いてはいたがその声を聞くまではどうしても安心出来ず、じっとエトランジュの部屋で待っていた。
 頼みにしていたエトランジュもおらず、不安で寝ることも出来なかったのだ。

 「あの・・・事情はだいたいエトランジュ様から伺いました。
 戻ってきたら、話して下さるように言って下さると・・・」

 「・・・ああ、もう隠せないからな。すまない、お前に心配を掛けたくなくて」

 ルルーシュは申し訳なさそうに謝罪すると、ナナリーは首を横に振った。

 「いいえ、私も悪いのですお兄様。
 スザクさんを助けて欲しいなんて、それがどれほど大変なことか知りもせず気軽に言ってしまったから・・・」

 「スザクを助けたかったのは俺も同じだ。お前に言われたからじゃないから、気にするな」

 「はい、お兄様。でも、仙波中尉から伺ったのですがエトランジュ様がまだお戻りではないとか・・・」

 「ああ、俺も気にしていたから、至急対処をしなくてはと」

 「ですから、そちらを先になさって下さい。
 私達のためにどれほどの苦労をかけてしまったことでしょう。皆様も心配なさっておいでですし・・・」

 優先順位があると言うナナリーに、ルルーシュは感激した。

 (ここまで考える子になって・・・!やはり自分でいろいろするほうが成長するものなんだな)

 ルルーシュはナナリーの言葉に頷くと、どうしていいのか解らず途方に暮れているロロを見て言った。

 「この子はロロと言ってな、ブリタニアの特殊機関の子で暗殺を仕事にさせられていた子なんだ。
 心臓に負担がかかっているのに、無理やりさせていたんだぞあの男は・・・!」

 「まあ、酷いことを!!・・・おいくつくらいなんですか?」

 ナナリーが己の父親が恐ろしい所業をしたと聞いても疑問の声を上げることなく、ロロに憐れみの視線を向けるとルルーシュは優しく告げた。

 「お前と同じ、十四歳だそうだ。今後は俺の弟として共に暮らそうと思っている。
 縁は切ったとはいえ親のせいだし、俺について来てくれた以上どこにも行き先がないんだ・・・責任を取って俺が面倒をみるべきだからな」

 「え・・・?」

 ナナリーは急な話に表情を凍らせたが、確かに兄の言っていることが正論なのでナナリーは何も言えずに黙りこくる。

 「もうあの一族と縁を切りつくすためにも、新しい家族を迎えるのは悪い話じゃないと思う。
 ナナリーも弟妹が欲しいと言っていただろう?」

 ルルーシュとしては優しいナナリーが嫌がるはずがない、むしろ弟妹が欲しいと言っていたのだから喜ぶと思っての台詞だが、七年前と今では事情が違う。
 そのロロは弟にしてくれると聞いてどぎまぎしており、顔が赤くなっていることをクライスから指摘されているのがナナリーの耳に入った。

 「でも、私達はあの方をあんな目に遭わせた親の子ですし・・・」

 「それもそうだな・・・エトランジュ様の家に預けるという手もなくはないが」

 ギアスを持っている子供なのでうかつな家に預けるわけにはいかない以上、選択肢は二つしかない。
 よってルルーシュは、ロロに選ばせることにした。
 
 「ロロ、しばらくの間は俺達と行動を共にして貰う。
 俺達とエトランジュ様達と暮らしてみて、どちらがいいか選んでほしい」

 「僕が・・・選んでいいんですか?」

 自分が選ぶという行為など滅多にしたことがないロロが驚くと、一同はそれが妥当だなと頷き合う。

 「君もいろいろ気にするだろうが、少ない選択肢とはいえ選ぶ権利はある。
 何かあったらフォローするから、何でも言うといい」

 藤堂がそう言うと、千葉もロロの頭を撫でて言い聞かせた。

 「もうあんな危ない真似をしなくていいんだ。
 黒の騎士団には十五歳以下は戦闘に参加させてはならないって規則があるし、十五歳になっても戦闘を強制するのは禁止されてるのだから」
 
 「千葉の言うとおりだ。今日はもう遅いし混乱しているだろうから、こちらに来なさい。
 エトランジュ様達の部屋はナナリー皇女に提供したから、俺達の部屋を貸そう」

 「そうですね、中佐。どうせ今日は徹夜決定です」

 千葉がロロの手を取ろうとするが、ロロは警戒してさっと手を引っ込めてしまった。
 そしてちらちらとルルーシュの方に視線をやったので、一同は苦笑を浮かべた。

 「ずいぶん懐かれたようだな、ゼロ。ご指名だ」

 「そうか・・・まあ無理もないか。すまないがナナリー、ロロを休ませてくるよ」

 「えっ・・・はい、解りました」

 「エトランジュ様の件が片付いたら、お前には全て話す。
 今日はもう遅いから、お前も寝たほうがいい・・・今日は無理のようだからな」

 時計は既に十一時を回っている。いつも早めに寝ているナナリーとしては、夜更かししている方だった。

 ルルーシュはナナリーにキスしてからロロの方に足を向けると、彼の手を取って歩き出す。
 その前後にロロはナナリーを見つめ、自分でも解らない鋭い感情を込めた。
 目が見えなくともナナリーも何となく己も抱いているようなよく解らないそれを受け止めると、兄に手を引かれて部屋を出るロロを見送るのだった。



 時間は少し遡る。
 ルルーシュからの依頼を果たすため、エトランジュはジークフリードと共にアッシュフォード学園へと向かった。
 経済特区日本から戻るブリタニア人の父娘を装い、一路普通の車で目的のアッシュフォード学園に到着すると車を手近な駐車場に止め、アッシュフォード学園へ徒歩で向かった。
 平日の夜のせいかしんと静まり返っている。敷地が広いのでよく解らないが、寮の方に皆集まっているのだろう。

 「この時間帯ならば皆もう寮にいるはずだからクラブハウスには誰もいないとのことです。
 ゼロ用の秘密の通路があるので、こちらへ」

 ルルーシュがブリタニアに見つかった時そこから逃げるための逃走路がアッシュフォード学園にあった。
 それはまだルルーシュがアッシュフォード学園にいた時ゼロとして動くために学園を抜ける際に大いに活用されており、今回のように本来の目的とは違う使われ方しかされない通路である。

 ルルーシュから聞いていたパスワードを入力してその通路に入りアッシュフォード学園内部に侵入すると、エトランジュが苦痛をこらえるかのように額を押さえた。

 「大丈夫ですか、エトランジュ様。お辛そうですが・・・」

 「あんまり大丈夫ではありませんが、私がリンクを開き続けなくては・・・何とか頑張ります」

 さすがに虚勢を張っても無駄だと思うほど、エトランジュの疲労は限界にあったらしい。
 先ほどは青いほどだったが一転して赤くなった顔で気力で歩こうとするエトランジュを横抱きにしたジークフリードは、早足で歩き出す。

 寮の方は明かりが灯っており賑やかそうだが、クラブハウスはそこから離れているので誰にも見つかることなく室内に入ることに成功した。
 本当に誰もいないことを確認した二人は、足跡を残さないよう注意しながら二階にあるルルーシュの部屋に入った。

 家具だけ置かれた殺風景な部屋だが、毎日咲世子が掃除しているのですぐにでも住めそうな部屋だった。

 「北側の壁のベッド下・・・ここだな」

 ジークフリードが一度エトランジュをルルーシュのベッドサイドに座らせると、ルルーシュから聞いていたゼロの仮面と衣装を隠していた隠し収納に駆け寄った。
 収納庫は非常に凝った造りで、触ったり叩いたりした程度ではそこに収納スペースがあるとは全く解らない。

 神になることを目標とした男を描いた日本の漫画の主人公を見習って造ったそうで、開くには少々面倒な手順を踏まなくてはならない。
 ジークフリードが慎重に収納を開くと、そこにはクーラーボックスくらいなら入れられそうなスペースがある。

 そこに緩衝材に包んだ黒の騎士団に通じる携帯電話をそっと入れた。
 ラクシャータら黒の騎士団に所属する科学者が開発した物で、盗聴防止システムがついている特別製である。

 「エトランジュ様のギアスがあるとはいえ、今回のような事件を思えば藤堂中佐達とも連絡が取れた方がいいかもしれませんし、いいアイデアです」

 「そう・・・です・・・ね」

 エトランジュの傍から見ていて熱があると一目で解るほどの赤い顔に、ジークフリードは早々に帰って休ませるべきだと判断した。

 「早くゼロが脱出すればよろしいのですが・・・とにかく本部に戻りましょう」

 ジークフリードが収納を閉じ終えようとした刹那、隠した携帯電話がゆっくりと揺れた。

 「そういえば・・・電源を切るのを忘れていました・・・」

 何て単純なミスを、と慌ててベッドから立ち上がって携帯の電源を切ろうと走り寄ったエトランジュは、限界に達した身体では不可能で大きく転倒した。

 「エトランジュ様!!」

 慌ててジークフリードがエトランジュに駆け寄ると、エトランジュは大きく呼吸をして呻いている。

 「はぁ・・・はぁ・・・!すみません・・・!」

 「何をおっしゃって・・・とにかくすぐに戻りましょう」

 ジークフリードは改めて携帯の電源を切ったが、エトランジュに気を取られていた彼は着信履歴を見るということをしなかった。
 エトランジュならそれを指摘しただろうが、あいにく彼女は熱に浮かされてリンクを開くのが精いっぱいという有様だったので、ジークフリードのミスにすら気付いていない。

 ジークフリードはエトランジュを横抱きにしてルルーシュの部屋を出ようとした刹那、人の気配を感じてルルーシュの部屋へ戻り、鍵をかけた。

 「・・・・?どう・・・かなさい・・・ましたか?」

 「しっ、下に誰かいるようです」

 「・・・え?」

 「おそらく生徒会の誰かが忘れ物を取りに来たという程度でしょうが・・・彼らが去るまで待ちましょう」

 小声でそう言い聞かせたジークフリードは熱で潤んだ目で頷いた主君に大丈夫ですからと言い聞かせた。

 (シャーリーさん、ならもしかしたら見なかったことにしてくれ・・・るかも・・・)

 それ以外ならルルーシュに連絡して事態を打開する方法を聞かなくては、とエトランジュはルルーシュに報告しようとした。

 《ルルーシュ様、ルルーシュ様・・・ちょっとよろしいですか?》

 エトランジュが朦朧とした頭で呼びかけるが、何の返答もない。

 《あれ・・・ルルーシュ・・・様?》

 もしかしてギアスが止まったのかと不安になり、試しにジークフリードとリンクを開いてみた。

 《・・・ジークフリード将軍・・・聞こえますか?》

 《はい、エトランジュ様。ですが、目の前にいるのに何故?》

 無駄にギアスを使っている余裕はないはずだと眉をひそめて返事を返してきたジークフリードに、エトランジュは声で答えた。

 「・・・ルルーシュ様に何度も話しかけたのですが・・・返事がきません」

 「なんですと?何故?」

 「解りませんが・・・これでは下手なことが・・・出来ません・・・下にどなたがいるか解りませんが・・・やり過ごすのがよろしいか・・・と・・・」

 「かしこまりました。しかしゼロと連絡が取れなくなったのはおかしいですな。
 後で皆様に相談することにして、アルフォンス様にお知らせだけしておいたほうが」

 この事態になって、ジークフリードは連絡手段をエトランジュのギアスに頼りきりにしていたことを後悔した。
 今の今まで相手がリンクを切らない限り連絡が取れなくなるという事態にならなかった上、携帯などで連絡するよりよほど確実で安全だったのでそれ以外の必要がなかったせいだ。

 エトランジュは頷くと、さっそくアルフォンスに連絡する。

 《アル・・・にーさま・・・》

 《エディ、どうしたの?あ、もしかしてアッシュフォードの用事が終わった?》

 《いいえ・・・実はさっきからルルーシュ様と連絡が取れなくて・・・》

 《へ!?何で!?》

 《解りません・・・今・・・どんな状況ですか・・・?》

 エトランジュ達がルルーシュと連絡が取れたのは、ルルーシュ達がシンジュクからチヨダに向かう地下道に入ったことを確認したのが最後だった。
 少しは一息つけるかなと安堵していたところに飛び込んできた凶報に、アルフォンスは額を押さえた。

 《たぶん今頃チヨダに着いた頃だと思って、ちょうど連絡して貰おうと思ってた矢先だよ・・・。
 この状況でゼロがリンクを切ったとは考えにくいから、何か起こったと考えるべきだけど・・・!》

 伯父からの予知通り、本当に救出に失敗したのだろうかと最悪の事態が一同の脳裏を掠める。

 《・・・とりあえずこっちも何とかしてゼロの状況を調べてみる。で、そっちはどう?》

 アルフォンスに尋ねられたエトランジュが途切れ途切れに事態を伝えようとした刹那、階段を昇る音が響いてきた。

 (まずい、こちらに来るぞ。足音からして一つ・・・しかも急ぎ足だ)

 ジークフリードはとっさにエトランジュを抱えると、空になっていたクローゼットの中に押し込んだ。

 「ジークフリード・・・将軍?」

 「ひとまずここに御隠れ下さい。私ならともかく、貴女をブリタニアに渡すわけにはいきません」

 (幸い生徒会は一階で二階はゼロ達の生活居住区だと聞いているから、ここに来ることはないと思っていたが・・・)

 このクラブハウスは一階が生徒会室とリビング、バスルーム、ナナリーの部屋になっており、二階はルルーシュの部屋と空き部屋がいくつかある。
 基本的に生徒会メンバーと咲世子くらいしか出入りがないそうだが、現在夜は咲世子くらいしかいないがその彼女がいないので、警備員が巡回に来たことは充分考えられた。

 もしそうならアッシュフォードから脱出しなければ今度は自分達が不法侵入者として警察に突き出されても仕方ない。
 この場合はエトランジュだけでも助けて、自分だけ捕まるしかないとジークフリードは肚を決めた。

 そして、アッシュフォードのルルーシュの部屋のドアが開かれた。

 身構えているジークフリードの前に現れたのは、携帯を握りしめたシャーリーだった。
 見知らぬ壮年の男に睨まれた彼女は、当然のごとく驚いた。

 「だ、誰貴方・・・!誰か!!」

 女性一人ならと、ジークフリードが悪いと思いながらも口を押さえようと彼女を拘束した。

 「すまないが、少し黙っていて欲しい。君に恨みはないが、私達はここから出たいだけなんだ」

 「むー、む・・・!」

 (た、助けて・・・ルル・・・!)

 温厚な声音とは裏腹に自身の口を塞がれて腕で拘束されたシャーリーは、涙を流しながら恋した少年に助けを求めた。
 と、そこへクローゼットからエトランジュが呻きながら這い出てきた。

 「ま、待って下さい・・・その人は大丈夫ですから・・・!」

 「エトランジュ様!出てはなりません!」

 「?!」

 (あの子・・・ルルを迎えに来たエトランジュ様?!)

 「その方は・・・ルルーシュ様の味方・・・です・・・」

 「何ですと?」

 「ゼロの正体も知ってますから・・・放して差し上げて下さい・・・」

 「・・・承知しました。手荒な真似をして申し訳ない」

 ジークフリードが謝罪しながら手を放すと、シャーリーはげほげほと呻いて深呼吸する。

 「げほっ・・・あの・・・何かあったんですか?エトランジュ様達だけで、ルルはいないみたいですけど」

 「はい・・・少し頼まれごとをしたのでこちらに・・・」

 「よかったら私がしますよ。早くここから帰った方がいいです。
 ・・・今、アッシュフォードはちょっとおかしなことになってて」

 シャーリーはエトランジュに駆け寄ると、恐怖と困惑を顔に滲ませて言った。

 「ついさっき、アッシュフォードの全生徒に外出禁止令が出たんです・・・何でも皇族の極秘視察があるって」

 「・・・それは、本当ですか?」

 「はい・・・もしかしたらルルを・・・ゼロを探しに来たのかと思って、それでルルに知らせようと思ったんだけど繋がらなくて・・・。
 不安になったらつい、ここに足が向いちゃったんです」

 (もしかして・・・ついさっきの電話ってシャーリーさんが・・・)

 極秘の電話にかけたのが誰かと今更疑問に思ったエトランジュは、どうしてこんな時に限ってリンクが繋がらないのかと焦った。

 《アル・・・ねえさま・・・どうすればいいですか・・・》

 エトランジュがアルフォンスに相談しようとリンクを開いた刹那、エトランジュに限界が来た。
 半日以上もギアスを使ってかけた負担が、とうとう来てしまったのである。

 「うう・・・ああああ!!!」

 頭を押さえて呻くエトランジュに、シャーリーは慌てて彼女の口をふさいだ。

 「少しこらえて下さい!もうすぐ生徒会のメンバーが来ちゃうんです!!
 お付きの人、早くここから出て下さい。そしてさっきのことを、ルルに・・・」

 「わ、解った、そうさせて頂こう。先ほどのお詫びはいずれ必ずさせて頂きたい。
 さあエトランジュ様、用事は済んだのですから戻りましょう」

 「さっきの外出禁止令の説明があったから、今日の生徒会の仕事が押してるんです。
 出迎えの準備のために根回しもしなくちゃいけなくなったから、急きょ集まることになって」

 もともと現在の生徒会メンバーは三人しかおらず、ミレイとシャーリーは放課後講義を受けているためまともに動いているのはリヴァル一人である。
 しかもその彼は無能とは言わないが有能とも言えないため、どうしても仕事がたまりがちなのだ。

 「・・・秘密の通路を使って来たので、そちからから帰らせて頂く。
 詳しいことはいずれゼロから話があると思うので、少し待っていて貰えないだろうか?」

 「解りました。下まで送ります」

 シャーリーはタオルケットをルルーシュのベッドから勝手に取ってゴメンと謝りながら取ると、エトランジュをそれでくるんだ。
 ジークフリードが礼を言いながら主君を横抱きにすると、シャーリーはまだ誰も来ていないことを確認してそっと下に降りる。
 そしてキッチンから使い捨ての熱さましのジェルシートを持って来ると、エトランジュの額に貼り付けた。
 
 「凄い熱・・・きっと38度くらいはあるんじゃないかな・・・早くお医者様に診て貰って下さいね」

 「あり・・・がとうございます・・・何から何まで迷惑を・・・・あうっ!」

 「喋らないで!さ、出ますよ」

 シャーリーがクラブハウスのドアを開けた瞬間、左右から棒が振り下ろされた。

 「きゃあっ!!」

 「シャーリーを放せ!!」

 「大丈夫、シャーリー?!」

 間一髪でシャーリーがクラブハウスの室内に身をかわしたので突然の攻撃は彼女には当たらなかったが、彼女は攻撃してきた二人・・・ミレイとリヴァルに向かって叫んだ。

 「い、いきなり何するんですか二人とも!!」

 「何って、クラブハウスに来たらあんたが叫んでたから、誰かに襲われたのかと思って、こうして武器になりそうな物を持って中に入ろうとしてたところだけど・・・」

 どうやらシャーリーが二階に上がってルルーシュの部屋に入った時には、既に二人はクラブハウスの一階にいたようだった。
 考えてみれば皆寮に住んでいるのだから、ほぼ同時刻にクラブハウスに来ることになるのは必然だったのである。

 シャーリーの悲鳴を聞きつけた二人はすぐにでもシャーリーの元へ行こうとしたが相手が強盗などならまずいと判断し、まず生徒会の電話で警備員を呼んだ。
 その後ルルーシュの部屋から複数の人間が出る気配がしたため、慌てて掃除用具からモップを取り出して扉近くで待ち構えていたという訳である。

 「あ・・・あの、それはその、こっちの勘違いで・・・」

 「・・・ってか、その二人誰?」

 リヴァルがまじまじと見知らぬ壮年の男が呆然とした顔で、大事そうにタオルケットにくるまれた少女を抱きかかえているのを見つめた。

 「えっと、その・・・私のその遠い親戚みたいな?」

 「何で疑問形?来るなんて聞いてないし何でクラブハウスに夜にいるのかとかもう突っ込みどころが満載ですけど・・・」

 嘘が苦手なシャーリーに、リヴァルが穏やかながらに容赦なく突っ込んだ。

 「・・・とにかく、この人達はシャーリーの知り合いなのね?」

 「はい。不審者ではないですよ!ルルの知り合いだし!!」

 そう言えばこの場は見逃してくれるかもと思ったシャーリーがとっさに叫ぶと、ミレイの眉がぴくりと跳ね上がった。

 「ルルちゃんの・・・?ふーん、そうなの」

 容姿や態度から明らかに父娘などではなさそうな様子の組み合わせの男女に、ミレイはもしかして黒の騎士団員ではないかと考えた。
 もしそうならば彼らは主君の仲間であるのだから、庇護しなくてはならないとミレイは思った。
 
 「解ったわ。リヴァル、警備員に悲鳴はシャーリーがネズミを見て驚いただけだったって伝えてちょうだい」

 「え、それでいいんですか?」

 「いいのいいの。とにかくちょっと中に入って話をさせて貰えないかな?
 今軍人が何人か来てるから、ここでするのはまずいと思うの」

 「なんですと?」

 ジークフリードが驚くと、ミレイはますます己の推測の正しさを感じてリヴァルを急かした。

 「連絡が済んだら。氷嚢と冷たいスポーツドリンクでも持ってきて。
 その女の子凄く具合悪そうだもの、ちょっと休んだ方がいいと思うの。
 私は事情を聴いてそれから判断するから」

 「りょーかいしましたっと。うわー、顔真っ赤!いっそ今夜泊ってけば?」

 「いえ・・・その・・・ご迷惑をおかけしては・・・」

 エトランジュが呻きながら断ろうとするが、ミレイはクラブハウスのドアを開け直して中に誘った。

 「とにかく、話を聞かせてちょうだい。一階のナナちゃんの部屋がいいわ。
 リヴァルは早く警備員に連絡を」

 「おっと、そうだった。じゃ、また後で」

 リヴァルが慌てて生徒会室に走っていくと、ミレイに先導されてナナリーの部屋まで来た後、ナナリーが使っていたベッドにエトランジュを寝かせた。

 (さて、どう切り出そうかな・・・私の予想通りならルルちゃんのことを出せばいいんだけど、シャーリーがどこまで知っているかでこの場で話せる内容が限られてくるし・・・)

 シャーリーがこの二人をただのルルーシュの知り合いだと思っているならルルーシュがゼロであるという前提の会話は出来ないし、この二人がルルーシュがゼロだと知っているかも解らない。
 
 (っていうか、私がゼロの正体を知っていることルルちゃんにも言ってないんだから、この二人がゼロのことを知ってても暗にほのめかしたようになんてしても通じないわよね)

 本当にどうしようとミレイは考えた末、何とかルルーシュと連絡が取れないものかと望みを託して言ってみた。

 「最近ルルちゃんと連絡が取れないんだけど、貴方達なら連絡先知ってるかな?
 いちおう貴方達のことを確認したいから」

 「・・・知ってはいますが、今はちょっと」

 ギアスという万能連絡法があったが突然切られてしまっているために出来ないエトランジュの答えに、警戒されていると勘違いをしたミレイはやはり教えてくれないかと溜息をつく。

 「あの、会長・・・実は私携帯の番号を聞いてたんですけど、全然繋がらないんです。
 もしかしたら繋がるかもしれないから、電話してきてもいいですか?」

 ミレイならいきなり二人を通報して突き出すということをしないと思ったシャーリーはとにかくこの二人のことも早急に報告しなくて張らないために慌てたような申し出に、ミレイは仮にも臣下の自分には言わなかったのにシャーリーにだけ教えていたということに驚いた。

 「・・・まさか」

 「会長?どうしたんですか怖い顔をして」

 「ねえシャーリー、真面目に答えて。貴方、ルルちゃんが何をしてるか知ってたの?」

 「!!!」

 嘘が苦手なシャーリーが驚愕した顔で思わず後ずさりをすると、ミレイはやはりと確信した。

 (あー、それで中華でゼロが天子を誘拐した時に同じ反応したのか。その時に気付くべきだったかな)

 全く自分と同じ反応をした上、まめに中華に関するニュースを見ていたなと同じような行動をしていたことを見落としていたと、ミレイは前髪をかき上げた。

 「落ち着いてよ、シャーリー。私だってある事情で知ってたから」

 「・・・え?」

 「後で話すわ、とにかくこっちよ。
 こちらのお二人は、黒の騎士団の人達なのね?」

 「・・・はい」

 「よかった・・・待ってた」

ミレイは心底から安堵した表情で呟くと、リヴァルが戻ってくる前にと単刀直入に尋ねた。

 「ゼロの正体も、ご存じ?」

 「・・・・」

 シャーリーの沈黙こそが答えだった。
 せめて知らないとすら言えないあたり、皆混乱しているのがありありと解る。

 エトランジュは頭痛と熱で朦朧としてその程度のことすら思いつかないありさまで、ジークフリードも勝手なことを言えない立場にあるので黙るしかなかったのである。
 せめてリンクが開けていたならともかく、彼女はギアスを使おうとすれば猛烈な頭痛が襲いかかってくるため、繋がる端から切れてしまうのである。

 「私も知ったんです。それで黒の騎士団に参加しようと決めてゼロ・・・ルルーシュ様にお仕えすべく連絡を取りたかったので」

 「「・・・え?」」

 エトランジュとシャーリーの声が重なると、ミレイは唇に人差し指を当てた。

 「そろそろリヴァルが戻って参りますので、彼を帰した後に詳しい経緯をお話しします。
 まさかこんなことになるとは、思ってもみませんでした」

 ミレイはまさか身近な所にルルーシュに繋がっていた人物がいたことに驚き喜び、さらにルルーシュと近い繋がりを持つ人物が自らが守る箱庭に訪れた幸運に感謝した。

 と、そこへ中の凍りついた空気を動かすように、リヴァルの呑気な声が響き渡る。

 「会長―、氷嚢とジュース持って来ました。スポーツドリンクが切れてたんもんで」

 リヴァルがジュースをテーブルに置くと、シャーリーが氷嚢を手にしてエトランジュのジェルシートを剥がし、額に乗せた。
 先ほど貼ったばかりなのに、剝したそれはほんのりと熱さを持っている。

 「ああ、ありがとうリヴァル。悪いんだけど、今日の生徒会は明日にするわ。
 この人達と話があるから、今夜はもう戻ってくれない?」

 せっかく来て貰ったのに悪いけど、と両手を合わせて頼んできたミレイに、リヴァルはシャーリーに視線を移す。

 「でも、シャーリーは残るんでしょ?何で俺だけ?」

 「どうしてここに二人がいたかとか、聞きたくてね。お願い」

 一見いつもの調子でお願いするミレイだが、伊達に片恋をしている相手なだけにリヴァルは何か事情が出来たことを敏感に察した。
 シャーリーの方も同じようで、どうしようと苦悩している様子が見て取れる。二人が共通してのことといえば、たった一人しか思い当たらない。

 「・・・ルルーシュの奴に、何かあったんですね。俺もあいつの親友なんです、俺も力になりますよ」

 「・・・ありがとう、リヴァル。
 でも、今回ばかりはいいの・・・お願い、何も聞かないで」

 ルルーシュがしていることは祖国に対する反逆なのだ。リヴァルが話すとは思ってすらいないが、万が一彼が知っていたのに黙っていたということがバレでもしたら、彼も共犯とみなされかねない。

 「会長!!俺に友達を見捨てろって言うんですか?!」

 「そういう問題じゃないの、聞いたらもう戻れなくなる!!
 これ以上私を困らせないで!」

 言い争う二人を見かねたシャーリーが、おずおずと口を挟んだ。

 「もういっそ、お互いに情報開示したほうがいいんじゃないですか?
 このままじゃ、もうどっちみち今までどおりって訳にはいかないと思います」

 ずっと隠してた私が言うのもなんですけど、と言うシャーリーに、リヴァルも同調する。

 「そうですよ会長!俺、絶対何があったか言いません。
 俺はあいつの友達なんだ!いつも助けて貰ってばっかだったんだから、少しくらい何かさせてくれたっていいじゃないですか!」

 ミレイはもっともだと思いはしたが、事が事なだけにすぐには決断出来ず悩んだ。
 そこへエトランジュが、呻きながら言った。

 「・・・私・・・あなた方のことよく存じませんが・・・皆様は・・・ルルーシュ様のお味方ですか・・・?」

 「もちろんだ!俺はリヴァルっていって、ここに入学して以来の付き合いだ」

 「・・・解りました。私からは言えませんが・・・あの方にお話しするようにお伝えしましょう・・・それはお約束・・・します・・・」

 エトランジュは必ずルルーシュにリヴァルのことは伝えるのでこの場は引き上げて欲しいと言ったが、リヴァルはナナリーと違って彼女のことを全く知らないため、本当に伝えてくれるのかと疑ったので残念ながら通じなかった。

 いっこうに進まない会話にエトランジュもどうすればいいのか途方に暮れるが、もはや悩んでいる時間はないとミレイは腹を決めた。

 「もう、解ったわよリヴァル!!でも、絶対誰にも言わないことと余計なことはしないこと・・それだけは約束してちょうだい。
 でないと私・・・冗談でなく貴方を・・・」
 
 さすがにそれ以上は口にしなかったが、リヴァルはごくりと唾を飲み込みながらも頷いた。

 「わ、解りました会長。あの、それで・・・何があったんです?」

 リヴァルがようやく話を進めようと尋ねると、まずミレイが言った。
 
 「いい、大声出さないでよく聞いてちょうだい。
 ・・・ルルーシュはゼロなの」

 「・・・へ?ゼロって、あのゼロ?」

 「他にいないでしょ。現在ブリタニアに絶賛反逆中のゼロ」

 シャーリーは既に知っていたのか驚きもしておらず、またいきなりクラブハウスなどにいた二人も同様だったので知らなかったのは自分だけだったリヴァルは口をパクパクとさせる。

 「なな、何でルルーシュがゼロに?シャーリーは知ってたのか?」

 「正体はちょっとアクシデントがあって偶然知ったけど、ゼロになった理由は聞いてないの。
 それだけは言えないって言われたから・・・」

 「それは私が知ってるわ。実はね・・・」

 ミレイが七年前にあった出来事を搔い摘んで話すと、シャーリーとリヴァルはあまりの壮絶なルルーシュの過去に驚き憤慨する。

 「何それ、酷い!!それが父親のすることなの?!」

 「信じられねぇ・・・!どおりであいつ、父親のことは絶対言わなかったはずだよ」

 あまり自分の父親と反りが合わないリヴァルが父親について愚痴ると、『俺に父親などいない』と言ったきり何も言わなかった彼に何かあったのかなーと思ってはいたが、想像以上に酷かった。

 「貴族内じゃけっこう有名な話なんだけど・・・そちらのお二人も知ってたみたいね」

 シャルルはルルーシュに興味がないと思わせるために大勢の貴族達の前であのやり取りをしたため、実はブリタニア貴族の間ではかなりの語り草になっていた。

 「・・・はい。こちらも元ブリタニア貴族の方から・・・伺ったので・・・」

 (元ブリタニア貴族ってことは、何人か貴族の人がルルちゃんについてるみたいね。
 そっちからこの子に情報がいったみたい)

 同情などされたくないというルルーシュの性格を把握していたミレイの予想は、半分以上正解だった。
 白人であり正確なブリタニア英語を話すエトランジュが非常に礼儀正しく品があるので、もしかしたら彼女も元貴族なのかもしれないとも思ったが、それは間違いである。

 「そりゃ反逆くらいしたくなるよな!・・・ってことは、待てよ・・・ゼロがルルーシュってことは・・・」

 リヴァルは中華連邦で幼い幼女皇帝に銃を突きつけて誘拐したゼロを思い返し、そう言えばこの二人の反応がやたら呆然としていたものだったので、この時点で知っていたんだなと思って納得する。

 「解った、俺絶対に言わない。信じてくれって、ルルーシュに伝えて貰ってもいいですかね?」

 「承知・・・しました・・・それで・・・ミレイ・・・さんはどこで・・・?」

 「そう、どうしても伝えたかったんだけどどうしようと思ってたんです。
 実は、こんなことが・・・・!」

 ミレイがスザクに学園を退学させる手続きをして貰うために政庁に行った時、ロイドとのやり取りを説明するとエトランジュは熱で浮かされ半分閉じられていた目を開いた。
 
 「ロイド・・・白兜の・・・製作者と聞いたような・・・」

 「はい、ラクシャータ女史から聞いておりますね。確かシュナイゼルの後援貴族の一人だったと思いますが」

 ジークフリードも眉根を寄せると、確かにこれは至急ルルーシュに伝えなくてはと思った。

 「ありがとう・・・ございます・・・ルルーシュ様に必ずお伝えさせて頂きます。
 貴重な情報、に・・・感謝します」

 「いいえ、私こそ伝えてくれて嬉しいくらいです。
 ・・・シャーリーはどうして知ったの?」

 「えっと・・・エトランジュ様・・・あ、この方の名前ね・・・の知り合いの方から偶然聞いちゃったの。
 それで・・・ブリタニアの軍人がルルの正体に気づいたから・・・私、その・・・その人を撃ったの」

 シャーリーはブルブルと身体を震わせながら、自分が銃でその軍人を撃ったのだと告げると、二人は息を呑む。

 「ルルを連れて行かないでって思ったら、身体が動いてた。
 ルルは忘れろって言ってくれたけど、その人の生死がまだ解らなかったから、ルルが探ってくれたけど・・・結局解んなかったから、多分もう・・・死んでるだろうって」

 「そっか、シャーリーはルルーシュ様を守ってくれたのね。ありがとう」

 震えるシャーリーを抱き締めてミレイが礼を言うと、ずっと以前からルルーシュを守っていた箱庭の番人であるミレイに、シャーリーは泣きたくなった。
 自分よりもずっと長くルルーシュの傍にいて同じ相手を想う者として、それでも嫉妬の情など見せないミレイが眩しかったから。

 (・・・私がルルを殺そうとしたなんて、言えなかったし。
 会長もルルが好きなのに・・・格が違うなあ)

 皇族や貴族はたくさんの側室や妾を持つのが珍しくないからあまり気にしないものなのかもしれないが、それでも凄いとシャーリーは思う。
 そしてそのミレイは最後に、エトランジュに視線を向けた。

 「だいたいの事情はこれで解ったわ。それで、エトランジュ・・・様はどのような用件でこちらに?」

 事態は把握出来たので彼女達が来た理由をミレイが尋ねると、うなされている主君に代わってジークフリードがある程度ぼかして答えた。

 「実はアクシデントが起こりまして、ゼロがこちらに強制的に戻されそうな状況になりましてな。
 まだ油断は出来ませんが、何とか窮地は脱したようですが・・・。
 その場合の連絡手段として電話を隠して欲しいと言われましたので・・・」

 「はあ?何それ・・・あ、皇族が視察に来るってのはそれ絡み?!」

 「おそらくは・・・詳しいことはよく私どもも知らないのですが」

 実際まさか既にシャルルが手を打っているなど思ってもみなかったので、ジークフリードもはっきりとよく解らない。
 エトランジュも自分で判断できる能力など元からない上にこの状態なので、こう提案するしかなかった。
 
 「とにかく・・・ここを早く出てルルーシュ様に・・・ご指示を仰いだ方が・・・」

 「それが一番ですが、今軍人が来ているとか・・・いつまでもいるわけには参りませんし、いつ誰に見つかるか・・・」

 途方に暮れる二人に、シャーリーが思いついたように言った。

 「そうだ、カレンがいるじゃない!カレンとなら連絡出来るから、私電話してみる!
 カレンは伯爵家の娘だし、ここの関係者なんだから迎えに来ても不思議に思われないかも・・・」

 「え・・・カレンもルルーシュのこと知ってるのかよ?!」

 知らぬ間に自分の所属する生徒会がルルーシュを中心にして何とも混沌極まる関係を築いていたことを知ったリヴァルは、もはや乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 「全然何も知らなかったのって、俺だけかよ・・・」

 ルルーシュひでえ、と落ち込むリヴァルに、ミレイが慰めにかかる。

 「落ち込まないの!ルルちゃんは昔からああなのよ、大事な人にほど何も言わないの。
 ぜーんぶ自分で抱え込んじゃってさ、愚痴も不満も口に出さない。
 ・・・私だってそうよ、ロイド伯爵に言われるまで、ルルちゃんがゼロだなんて考えたこともなかった。反逆する理由があるって知ってたのにね」

 「会長・・・・」

 「私達を巻き込みたくなかったから、ルルちゃんは私達に何も言わず出て行ったの。
 大事にされてたことを誇って、今私達が何をすべきか考えた方がいいと思う」

 「・・・そうっすね。とりあえず、あんたらはルルーシュの仲間なんだろ?
 この二人をアッシュフォードから脱出させようぜ」

 「何でカレンが黒の騎士団にいるのかとかは後にしましょう。
 これより我がアッシュフォード学園生徒会は、黒の騎士団アッシュフォード支部になります!!支部長はもちろん、我らが生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージ!!ハイ決定!」

 「異議なーし!」

 「賛成!!」

 本人の承諾を得ないままに、ルルーシュは自分が創立した組織の支部の支部長にさせられてしまった。
 
 (あれ・・・支部とか後援組織を造る時はゼロの認可が必要じゃ・・・いいのでしょうか・・・)
 
 急な展開にエトランジュとジークフリードは反応に困っている。

 「では最初の活動は黒の組織の一員であるエトランジュ様と・・・すみません貴方の名前は?」

 「ジークフリードといいますが」

 「エトランジュ様とジークフリードさんの脱出です!
 秘密の通路って、万が一ブリタニアにルルちゃん達の生存がバレた時のための脱出路ですか?」

 ミレイの問いにジークフリードが頷くと、そこを通るのは悪くないとミレイは思った。

 (あそこの隠し通路はまだバレてないはずだし、出口もここから離れた先だもの。
 ブリタニア軍人も十人くらいしか来てないし、今のうちに・・・)

 「私、今からカレンに電話して事情を説明するわ。ちょっと待ってて」

 ミレイが携帯を取り出すと、カレンに電話をかけた。
 
 「お願い・・・繋がって・・・!」

 祈るようにコール音を聞くミレイに、カレンの声が響き渡った。

 「会長、どうしたんですかこんな遅くに・・・」

 「カレン!よかった・・・・!」

 ほっと安堵の息をついたミレイだが、突然ルルーシュやエトランジュと連絡が取れなくなったとアルフォンスから聞いたカレンはそれどころではなかったため、特区に向かう車の中で内心こんな時にと八つ当たりしながら電話を切ろうとする。

 「すみません、今ちょっと忙しいんです。用事なら後にして貰っても・・・」

 「ま、待ってカレン!今、その・・・一人?」

 「・・・いいえ、ユーフェミア様とお話ししているところです。携帯の電源切り忘れてて・・・ですから」

 「じゃ、じゃあ一言だけ!エトランジュ様はこっちで保護したから、後でまた連絡してくれない?」

 「!!!エトランジュ様がどうして会長の所にいるんですか?!」

 仰天したカレンの叫びに、運転席にいたアルフォンスも思わず振り返った。

 「エディがどうしたって?!」

 「アル、前見て前!!」

 助手席にいたマオの悲鳴じみた注意にアルフォンスが再び前方に視線を戻すと、もう急な展開が続く厄日にカレンは頭痛がして来た。

 「エトランジュ様がどうしたんですか?」

 「ちょっと高熱で倒れちゃって、今ナナちゃんの部屋で看病してるところ。
 こっちも諸事情でルルちゃんがやってることに気づいて、それで概要はその人から聞いたの。今から二人を送るから、詳しいことは聞いて貰ってもいい?」

 ユーフェミアがいると聞いて手早く、かつ漏れ聞こえても無難な言い方で告げるミレイに、カレンは頷いた。

 「解りました。必ずお伝えします。こっちもちょっとどうなったか解らなくて混乱してるので・・・」

 さっさと本部に行ってルルーシュが無事に脱出出来たか確かめたいのだが、現在この車こそアルフォンスが運転しているので中にいる者は皆味方だが、外にはユーフェミアを護衛する部隊の車が前後左右に七台もいるため、こっそり向かうことなど到底出来そうにない。

 実はC.Cとマオはコードを通じて会話が出来るため、ルルーシュが戻って来たなら彼女から連絡が来るだろうとアルフォンスは思っているのでもう少し待とうと考えているのだが、エトランジュの様子がまるで解らず心配で仕方なかったのだ。

 「アルカディア様、エトランジュ様は無事です。
 高熱を出して倒れたそうで、ミレイ会長に保護されてて、何か会長もゼロの正体知ってたって・・・」

 「へ?それは聞いてないな。何があったの?」

 「さあ・・・だから詳しいことは二人からって・・・どうします?」

 カレンの困惑に、アルフォンスもならばそうしてくれとしか言えない状況だとすぐに気付いた、

 「・・・解った、頼むと伝えてほしい」

 「解りました、よろしくお願いします。後日、お礼に伺いますね」

 「うん、お土産期待してるわよ!じゃ、おやすみー」

 裏に含みを持たせた別れのあいさつの後、通話は切れた。

 「・・・ったく、どんな友人関係築いてんのゼロ」

 「ですよね・・・あとで問い詰めないと」

 カレンがボキボキと指を鳴らすと、ずっと黙ってやり取りを聞いていたユーフェミアとスザクが呟いた。

 「何か、別の意味でピンチだねルルーシュ・・・」

 「ええ・・・でも、羨ましいわ」

 「え?」

 「だって、そうでしょう?ルルーシュがゼロであっても、ブリタニアの皇子でなくても、助けてくれる人達がこんなにいるんですもの。
 そして何でも言いたいことを言ってくれて、間違ったことをしたならまっすぐに叱ってくれる人達がいる」

 ユーフェミア自分だったならきっとこうはいかないだろうと、寂しげに自嘲する。

 「私がブリタニアの皇女でなくなったら、きっと私など誰も見向きもしないのでしょうね。
 特区だって成立してここまで来たのも、私がブリタニア皇女でありお姉様の妹だったからという面が大きかったことは、やってみてよく解りましたから」

 自分の誕生日パーティーの準備の時、皆が真っ先に気にしたのは姉の意向だった。
 姉が黙認してくれたからこそあのままスムーズに事は進められたが、もしも姉が難色を示せば日本文化のお祭りエリアは実現しなかったかもしれない。

 学生時代からそうだった。自分の母が高位の貴族出身であり、軍で絶大な支持を誇る姉の威光があったからこそ、自分は特別扱いされていた。
 誰も自分など見てはいない、父と母と姉を見ていたのだから。

 「ユフィ・・・僕は味方だよ。何があっても、僕が君を守るから」

 「スザク・・・」

 「僕は確かにブリタニア皇女で国を変える力がある人だと思っていたから君の騎士になると思ったけど、それだけじゃない。
 僕達のことを憂えて、何とかしようとしてくれた君を守りたいと思ったんだ。
 特区の人達だって、初めは君を恨んでた人もいたかもしれないけれど、今日はみんな楽しそうに君の誕生日を祝ってくれたじゃないか」

 ユーフェミアはぽろぽろと涙を流しながら、スザクを見つめた。

 「正しい行動をすれば、自然に人は評価してくれるんだって思ったよ。
 これまでの僕は間違っていたから僕は否定されたんだって、今になってやっと実感出来た。
 だから、そんな風に言わないでほしい・・・特区は確かにルルーシュの助力があったけど、間違いなく君の力も大きかったからこそ成功したんだ」

 「ああ、それは僕も同感だね。黒の騎士団でも、ユーフェミア皇女個人の評判は上がってる。
 何せコーネリアのしたことがアレだったものだから、“妹を見習え”とか言われてるよ」

 アルフォンスが教えると、ユーフェミアは何とも複雑な気分になった。

 「・・・私を見習えと言われたのは、初めてのような気がします」

 「評価なんて、人によって異なるよ。数ヶ月前の枢木はブリタニアに評価されたし、日本人からはウザクと罵られてた。
 国是主義者からすれば愚かな夢見がちの皇女でも、ナンバーズや主義者からはユーフェミア皇女は自分達の守護女神ってことだね」

 ユーフェミアはその言葉を嬉しく思ったが、それでもルルーシュと姉とのやりとりで一つ気付いたことがあった。

 (ルルーシュはここから逃げたらまた反旗を翻すと言っていたわ。つまりもうお姉様とルルーシュが戦うことは避けられない)

 コーネリアもルルーシュを連れ戻すために黒の騎士団を壊滅しようと考えるのではないか。
 駒さえなくなればルルーシュも諦めるだろうと考えていそうで、そうなれば騎士団の主体が日本人なのだからまた元の木阿弥になってしまうかもしれない。

 (何としてでも、それだけは止めなくては・・・せっかく築いた信頼を、落とすわけには参りません)

 と、そこへ助手席に座っていたマオが赤信号で止まったアルフォンスの耳に何やら囁きかけると、アルフォンスはほっとした息を吐く。
 C.Cがコードを通じて、ルルーシュが戻ったことを知らせたのだ。

 「朗報だよ。ルルーシュは無事に黒の騎士団本部に到着。多少の怪我はしてるけど、それだけだってさ」

 「やった!じゃあ後はエトランジュ様だけ?」

 カレンが安堵すると、アルフォンスは報告を続ける。

 「そっちもマオが今連絡したから、二人を迎えに騎士団の協力者が出るってさ。
 後はエトランジュからの話を聞いて、この後始末をつければOKかな。
 結構カオスなことになってるから、とりあえず改めて現状整理しないと・・・もう何が何だか解らない・・・」

 「同感です・・・エトランジュ様の無事が確認出来たら、とりあえず今日はもう寝たい・・・」

 ずっと神経を張り詰めどおしだったカレンの台詞に、一同は内心で深く頷いたのだった。




[18683] 挿話  叱責のルルーシュ
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/05 13:08
 挿話  叱責のルルーシュ



 「ただ今戻りました。ご心配をおかけして申し訳ない」

 ジークフリードがそう言いながら、エトランジュを抱えて戻って来た。
 傍には途中まで迎えに出た咲世子が、何やら紙袋を抱えて立っている。

 「お帰りなさいエトランジュ様・・・わ、顔真っ赤ですよ!!
 おい、ラクシャータまだ起きてたよな?俺が連れて行くから、ジークフリード将軍は何があったか報告して下さい」

 卜部が顔を真っ赤にして荒く呼吸をしているエトランジュをを見て提案すると、藤堂も眉根を寄せて同意した。

 「たいそうお疲れのようですな。経緯はジークフリード殿から伺うとして、エトランジュ様は医務室でお休み頂いた方が」

 トレーラーには小さいが一応医務室があり、ラクシャータが管理している。ジークフリード将軍は頷くと、エトランジュを卜部に任せた。
 
 「さあエトランジュ様、もう少しの辛抱ですよ。ラクシャータ女史に診て頂きましょう」

 「よし、じゃあ俺行ってくるわ」

 卜部がエトランジュを抱きかかえて医務室へと向かうと、ジークフリードは会議室に集まったルルーシュ、C.C、藤堂、朝比奈、千葉の前で報告した。

 「無事にお戻りのようで、よろしかったですなゼロ。先にご報告させて頂きます。
 実は、アッシュフォードでブリタニア皇族が視察に来るとのことで、ブリタニア軍人が数名、来ていたようなのです」

 ジークフリードの報告に、一同は顔を見合せた。

 「ブリタニア軍人がアッシュフォード学園へ?ゼロの痕跡でも捜索しようってことかな?」

 「既に正体がバレたのだから、そんなところだろうな。皇族自ら視察するということだし、一番可能性が高い」

 朝比奈の妥当な推測に藤堂も同意するが、ルルーシュはシャルルがアッシュフォード学園で記憶操作を行うつもりだったとすぐに看破した。

 「それを教えて下さったのが、アッシュフォードの生徒会の皆様でして・・・ゼロの正体を知ったと、ミレイという生徒会の会長殿がおっしゃっておられました」

 「何?何故・・・!」

 ルルーシュがいきなりな話に考え込んでいた顔を上げると、ジークフリードも困惑げに詳細を告げた。
 
 「もともと貴方に忠誠を誓った身であるから、協力するのは当然だとのことで・・・黒の騎士団アッシュフォード支部を造るとか」

 「・・・会長・・・何を考えて・・・」

 ルルーシュが頭を抱えていると、朝比奈は何ともノリのいい人がブリタニア貴族にもいるんだなーといっそ感心していた。

 「生徒会の皆さんも、全員異議なしだと賛成してました。
 私としてはシュナイゼルの後援貴族の男が貴方の正体を知っており、こちらにつきたいと言っているというのが気がかりですが」

 妥当な意見を述べるジークフリードに確かに、と一同も捨て置けない情報にこれも協議する必要があると思った。

 「とりあえずまたこっちに来た時のためにと、アッシュフォード学園の制服をくれました。何かあったら連絡したいから、連絡方法を知りたいとのことでして」

 「・・・解った、折りを見て連絡するようにしよう。
 それにしてもミレイ、リヴァル、シャーリー・・・戦争ごっこじゃないんだぞ」

 額を押さえるルルーシュに、朝比奈がまあまあと窘めた。

 「黙っててくれるってだけでもよかっただろ?
 俺らだっていくらブリタニア人とはいえ学生を巻き込むのもアレだしさ、何とか危ないことを避けて活動して貰えればいいんじゃない?」

 「それしか方法がないんだが、ミレイが大人しくしてくれるかどうか・・・だが貴重な情報には感謝する。
 ロイド、か・・・確かシュナイゼルが学生時代から付き合っていた男だ。簡単に信用する訳にはいかないからな」

 「白兜の開発者、とラクシャータから聞いた。どうも顔見知りのようだったから、どんな男なのか聞いておこう」

 ラクシャータは以前にブリタニアの研究機関にいたことがあり、彼女が『あたしの紅蓮弐式がプリン伯爵の白兜なんかに負けらんないね』と対抗意識を燃やしていたことを聞いていた藤堂に、まさかルルーシュが聞くわけにもいかないのでよろしく頼むと任せることにした。

 「アッシュフォードにいる軍人に関しては、咲世子さんに続けて内偵をお願いしよう。
 ついでにミレイ達にも伝言を頼みたいんだが」

 「承知いたしました。お任せ下さい」

 ルルーシュの変装を解いた後、馬鹿正直に素顔をさらして政庁を走っていたわけではないので、ゼロ救出に動いていた日本人の女性が咲世子だとは知らないはずだ。
 咲世子が了承すると、次の議題はブリタニアの動きについてだった。

 「俺の痕跡を見つけるためにアッシュフォードに軍人をやったのだろうが、会長達には詳しいことを教えていないし出来るだけ痕跡は消してあるから時間がかかるはずだ。
 とすると、おそらくだが俺を探すためにゲットーへ捜索に出るだろう。
 コーネリアのことだ、黒の騎士団を殲滅して反逆の手段を奪い、俺を大人しくさせようとする可能性が高い」

 自分では愛情からだと信じているだけに、ためらいなくやりかねないとルルーシュは思った。
 良くも悪くも彼女は身内大事の人間なので、そのためなら他者を犠牲にすることをいとわないのは基本的に思考が似ているだけによく解る。

 「君の件がなくてもどうせ我々に対して殲滅の意志があるのだから、その件に関しては気に病む必要はないぞ、ゼロ。
 サイタマを再現しかねないと、そういうことか?」

 「やらないとは言い切れないな。
 俺が生きていたのだから、日本人にこれ以上歪んだ憎悪をぶつけるほど愚かではない・・・と思いたいところだ」

 もともとブリタニア人が特に日本人を恨んでいたのがブリタニアで人気のあったマリアンヌの子供を殺したと思い込まされていたからで、その自分が生きていたのだから恨む理由はない。

 最も間違いを認めることは面子にかけても出来ないため、コーネリアは必死になって自己弁護の言い訳を脳裏で展開していることだろう。

 「エトランジュ様とぜひにまた討論して貰いたいものだな。どう答えるやら」

 「ああ、グンマで何かコーネリアと言い合ったと伺ったな。
 ここで末弟と末妹が日本人に殺されたから許せないと」

 「でも殺そうとしたのは実父でした、ね。うわー、さぞ気まずいでしょうね・・・まともな人間なら」

 何しろ自身の家族は常に彼らを追い詰めているだけだったのに、それを助けたのが自分達がナンバーズと蔑み身内を殺したと言い張っていた日本人なのだから、自身の心を守るためにどう折り合いをつけるのか見ものである。

 藤堂の言葉に朝比奈が苦笑すると、コーネリアの動きはカレンから解るはずなのでいつでも出撃出来るように準備しておこうと話がまとまった。

 「明日辺り、アルカディアが戻って来るはずだ。その時に政庁の動きを聞いて、連絡網を改めて構築する。
 カレンも来るだろうが、彼女が黒の騎士団員とバレれば得られる情報が限られてくるから、明日限りで出入り禁止にする」

 一同が無難な指示に頷くと、ルルーシュは言った。

 「しかし、この状態はいつまでも続けられない。
 予定外のことですまないが、予定を前倒しにして二ヶ月、遅くとも三ヶ月後には日本解放戦を行う」

 「何だと?!確かに悠長にしていられる時間はないが、出来るのか?」

 驚く一同を代表して藤堂が尋ねると、ルルーシュは出来ると断言した。

 「既に種は撒いてある。
 放っておけば俺の味方についてくれたブリタニア人が根こそぎここから排除される恐れがあるし、特区に俺の手が入っていると知られればせっかくここまでいった準備を無駄にされかねないからな」

 自分のミスで招いた事態をルルーシュが告げると、頭を下げた。

 「すまないが、力を貸してくれ。もう少し時間があったら、俺一人で準備が整えられたんだが」

 「・・・頭を上げてくれ。日本解放は我々の悲願だ。
 その影すら見えなかった願いを目に見える形でここまで組み上げたのはゼロ・・・いやルルーシュ、君だ」

 「藤堂・・・・」

 「手を伸ばせば日本解放が叶う・・・それで充分過ぎるほどだ。
 ゼロに任せておけばいいという考えを持っていたことを、俺達もおかしいと思うべきだったんだ。
 もう一人で何もかもしなくていい・・・・君は本当に、よく頑張った」

 七年前から、一人で自身の手で何もかもを動かしていた。
 自らの手で食事を作り、洗濯をし、周囲の情報を集めて分析し、有利になるようにするにはどうすればいいかと、常に思考をして生きてきた。

 マオが言った。
 ルルーシュは頭を空っぽに出来るタイプではない、いつだって自分の行動を見ている批評家の自分がいて、その批評家の自分を冷めて見つめているもう一人の自分がいる、そんな人間だと。

 いつも自分の手で何事も推し進めなくては不安でならなかったから、それが当然のことだと信じていたから、周囲に全てを動かすことを求められる状況をむしろ好都合と感じ、それでいいと思っていた。

 だが、自らの力ではどうにもならない事態になった時、自ら助けを求められない自分の声をエトランジュが代弁してくれ、その声を聞き入れてくれたのは皮肉なことに自身の血族が不幸のどん底に落とした人間達だった。
 
 エトランジュは大丈夫、助けてくれると言っていたが、正直見捨てられるのではないかと疑っていただけに、ためらいなく救出に来てくれた藤堂に『よく頑張った』と言われ、ルルーシュは気が抜けたようにソファに座りこむ。

 「そんなことを言われたのは、初めてだ」

 「黒の騎士団入りしてから、俺も君に任せっぱなしにして来たからな。
 奇跡の重みを、君が背負ってくれたから」

 『そうだ。人々は奇跡という幻想を抱いている。
 あがけ藤堂、最後までみっともなくあがいて、そして死んでいけ。
 奇跡の藤堂という名前が、ズタボロになるまで』

 その言葉に救われ、『正夢にしてみせる』と自分ではとても思うことすら出来なかったそれを、目に見える形にまでしたゼロ。

 心のどこかで、彼を失えばその重みが自分に来ることを悟っていたからこそ、彼を助けなくてはと思っていたことも否定出来ない。

 しかし、それでも出来るならば動く程度の矜持はある。
 
 『お願いです、あの方を助けて差し上げて下さい。あの方にはいないのです。助けて欲しいと言える大人が、誰もいないのです・・・』

 七年前、幼い妹を連れてあの戦火を逃げていたあの少年が、決して口にしなかった助けを求める声。
 だからせめてスザクとともに、彼を迎えに来たアッシュフォードの人間が来るまで共にいるくらいしか出来なかった。

 「・・・もう一度言うぞ、ルルーシュ。君は本当によくやった。
 もう、充分過ぎるほどだ・・・だが」

 後はそれこそ一生遊んで暮らしてもいいのではないかとも思える苦労と努力を重ねてきた彼だが、まだまだ黒の騎士団にも、騎士団を必要とするブリタニアに弾圧されている者達にも、必要な人間だ。

 そうだ・・・彼も人間だ。
 仮面をかぶっていようとも、その素顔はただの少年だった。
 唯一の肉親と平和に暮らしたいと望む、どこにでもいるただの人間。

 『恒久的な平和は望めなくとも、せめて私や私の家族だけでも平和で豊かな時を過ごせる時代を創ることは出来るでしょう』

 せめて、自分達が生きている間だけでも。
 自らを正義の記号と言いながらも、やろうとしたことは誰もが望む範囲でしかないささやかな願いを形にするだけだった。
 だからこそ、全てが終われば栄光の座を降りる。
 栄耀栄華ではなく、家族とのささやかな暮らしを夢見ているのだから、彼からすれば当然の選択だったのだろう。

 ならば、自分がするべきことは一つだった。

 「・・・だが、まだまだ君が必要だ。
 充分頑張った君だが、もう少し頑張ってほしい。
 しかし、必ず俺が君を守ろう・・・誰もが望む奇跡が正夢になるまで」

 藤堂が厳かに誓うと、厳しい口調で付け足した。

 「ただし、一つだけ条件がある」

 「・・・何だ?」

 やはりか、とルルーシュが内心で呟いただろう声を聞き取った藤堂は、一転して頬を緩めて言った。

 「何かあったら、相談するくらいはしてほしい。今回のように勝手に行動されると混乱するぞ。
 今までは仕方ないが、今度からは何をするつもりなのかくらいは言ってくれ」

 ルルーシュは目を見開いて驚いたが、すぐにふっと笑みを浮かべた。

 「解った。その条件、確かに了承した」

 今までずっと背負ってきた重荷が、一つ外された。

 (一人で、やらなくていいのか・・・)

 自分は生きていない、と言われたあの日から、自分で一人で生きなくてはならないのだと思っていた。
 いざやり出してみるととてつもなく辛かったから、ナナリーにはそんな苦労をさせたくないといっそう自らに努力を課したが、もうそこまでしなくていいと彼らは言う。

 「もう少しだけ、か・・・」

 ブリタニアを倒し、新たな優しい世界を構築するまで、確かにあと少しだ。
 そのためにも、まずは日本の解放を。

 「・・・では、まずは日本という足がかりを俺達の手に。
 そのために作戦を開始したいが、手伝ってくれるか?」

 「承知した」

 藤堂の同意に朝比奈と仙波と千葉は頷く。
 それを見たルルーシュは、穏やかな笑みを浮かべ、そして言った。

 「それから・・・その・・・助けてくれてありがとう。
 ・・・心配をかけて、済まなかった」

 その言葉と同時に、本当の意味でルルーシュの孤闘は終わりを告げた。



 すべての打ち合わせを終えたルルーシュが自室に戻ると、C.Cが待っていた。

 「・・・憑きものが落ちたような顔をしているな、ルルーシュ」

 「ああ・・・いい気分だ。まさかこんなイレギュラーがあるなど、考えたこともなかったからな」

 ベッドに腰を下ろしたルルーシュの横に、C.Cが腰をおろす。

 「私が守ってやるって言った時とは、随分反応が違うじゃないか」

 「・・・日本がなぜこうなったか、知っているだろうC.C。
 俺の家族が言いがかりをつけて植民地にして、搾取し続けた上に虐殺行為をしたんだ。
 しかもその言いがかりの原因は俺達だ・・・受け入れられるなんて、考えたこともない」

 「・・・・」

 「桐原は話が解る方だが、それでも俺に、ゼロに価値があると踏んだから手を組んだ。
 今回のことで見限られるかと・・・怖かった」

 一度でもミスをすれば、たちまち捨てられるという強迫観念は、たった一度実父に諫言したという“失敗”だけで周囲すべてから見限られたルルーシュは、それ故に失敗をすることを、そしてそれを知られることを何より恐れていた。
 困っているなら助けを求めればいい、迷惑をかけてしまったならごめんなさいと謝ればいいと簡単に言えるエトランジュに、内心苛立ったことがあるほどだ。

 エトランジュから卜部にこの件がバレたと聞いた時、騎士団は終わったと本気で思った。
 何とかして利益を出す方向に持っていかなければ確実に見捨てられると青ざめていたら、ブリタニア皇族を恨んでいるはずの日本人達が助けてくれたのだ。

 それだけならまだ自分に利用価値があったのだと安堵するだけだっただろうが、『よく頑張った、もう一人で頑張らなくていい』と言ってくれた。

 「今まで誰も・・・そんなこと・・・言ってくれ・・・」

 C.Cはルルーシュにそっと寄り添うと、その頭を抱き寄せた。

 自分はこれまで出来る限りルルーシュを守ってきたつもりだったC.Cだが、その心の在り方までは守っていなかったと気付いた。
 自分を必要としていたことは確かだが、基本的に何も言わない自分をどこかで疑っていたことは知っている。
 周囲はルルーシュに求めるばかりで、頑張ることが当然となり過ぎていた。  
 もともとギアスを押し付ける目的で彼に近づいたC.Cは、彼が孤独になればなるほどギアスを使うと踏んでいたから、この状況をあえて放置していた。
 マグヌスファミリアがコードを受け継いでもいいとの返事を貰ったのでその必要はなくなったが、ルルーシュが全てを動かすことを受け入れていたからいいかと続けて放置していたが、やはりどこかで重荷に感じてはいたのだろう。

 事ここに至って、C.Cはマリアンヌと決別することを決意した。
 何だかんだでマリアンヌとの縁を切れずにいたが、彼女ではルルーシュの救いにはならない相手だとようやく理解したからだ。

 そのためにも、このメンバーであの計画を阻止しなくてはならない。
 
 「・・・ルルーシュ、実は話があるんだ。マリアンヌのことなんだが」

 「ああ、確認しようと思っていたんだ。生きてるんだろ、母さんは」

 「!!」

 気づいていたことに驚いたC.Cがルルーシュを見つめると、ギアスで繋がっていない彼女は“エトランジュ”のことを知らない。
 だからルルーシュは説明してやった。

 「お前からアリエス宮の事件の真相を聞いた時に気付いたんだが、やはりそうか。
 母さんが殺された日、警備はすべて引き揚げられていた。つまり目撃者などいないわけだから、母さんとV.Vとの会話を聞けるはずもない。
 しかしお前は真相を知っていた・・・つまりお前はその場面を目撃したか、もしくは真相を誰かから聞いたことになる」

 目撃していたなら基本的に仲間は助けるC.Cが何もしなかったとは思えないし、そもそもV.Vの方も極秘で襲っただろうからC.Cがいない日を見計らって襲撃したはずだ。
 
 となるとマリアンヌかV.Vから事の経緯を聞いたことになるが、先ほどの理由からV.Vが話すとは考えられない。
 ならば残る可能性はたった一つ。

 「他人に乗り移るギアスが、マグヌスファミリアにもあるそうだ。
 タイプは様々だそうだが、他人の身体を乗っ取る形のギアスもあると聞いた。
 恐らく母さんは誰かの身体の中にいる形で生き延びている・・・違うか?」

 「・・・ああ、そうだ。誰かは私も知らないが、あいつの意識が乗り移った人間の上に出ている間だけ、会話が出来る」

 「そうか・・・解った」

 「マリアンヌはお前を心配して、私に様子を見に行ってほしいと七年前に言ったんだ。
 お前に対して愛情がなかったわけでは」

 C.Cは無表情のルルーシュにそう告げるが、ルルーシュはふっと笑って首を横に振った。

 「俺達に愛情がないとは言わないが、関心が薄かったんだろう。無理に慰めなくてもいいぞ」

 C.Cは嘘は言わないが本当のことも言わないというタイプだ。
 一番つかみづらいが付き合いがそれなりに長いルルーシュは、彼女なりの慰めだとすぐに解った。

 「もういいんだ。親に関しては俺はもう諦めた。
 血の繋がりなどなくても、仲間がいるし共犯者もいる・・・それで充分だ」

 「ルルーシュ・・・解った。お前がそう決めたのなら、私も行こう」

 C.Cはルルーシュの決意を聞いて、マリアンヌと決別する意思を固めた。
 彼が創る世界の構築を助ける、本当の共犯者としての道を。

 「ラグナレクの接続の件は、シャルルや研究者任せで私もよくは知らない。
 遺跡関係のほうも、どうもな・・・エトランジュが回復次第、マグヌスファミリアの連中に聞いた方がいいと思う」

 「そうだな・・・そのためにも、超合集国を早期に創る必要性がある」

 ギアス嚮団の本部は中華連邦にある。よって中華連邦にブリタニア軍の基地があると説明し、公的に介入する権限を得るにはどうしても必要なのだ。

 「勝手にやれば後々まずい事態になるからな。保護したギアス嚮団員についてはどうするか・・・」
 
 「それは私に任せろ。お飾りとはいえ七年前まで嚮主だったから、それなりに扱い方は心得ているつもりだ」

 大まかな青写真が出来上がったことで、ルルーシュは安堵した。
 そしてC.Cに抱き枕にされて、その夜は疲れていたせいもあり穏やかに眠りに就いたのだった。



 朝早く心地よい目覚めを受けて起きたルルーシュは、卜部達が徹夜でトレーラーごとイバラキ基地に移動していたことを知り、ここならナナリーも安全だと満足した。

 まずは昨夜の件についての整理を行うべく部屋を出ると、既に騎士団のコックが作った朝食を食堂でナナリーとロロが食べていた。
 
 「おはよう、ナナリー、ロロ。すまないな、少し寝過ごしてしまったようで」

 「おはようございますお兄様。昨夜はお疲れでしたもの、仕方ありませんわ」

 「おはよう・・・ございます・・・」

 「ロロ、そんな堅苦しい言い方はよせ。俺達は家族になるのだから」

 ルルーシュがロロの頭をぽんと撫でて笑うと、ロロは顔を赤くして頷いた。

 「その・・・おはよう・・・兄さん?」

 「そう、それでいいんだ。おはよう、ロロ」

 改めて挨拶したルルーシュは食堂で朝食を受け取ると、揃って食事を始めた。

 「お前達、お揃いの食事にしたのか。まあ洋食の方がなじみがあるからな」

 朝食は基本的に洋食と和食が用意されており、どちらを選んでいいのである。

 「孤児院では和食もお兄様が作って下さいましたけど、ここのも美味しいので明日はそうしようかなと思ってます」
 
 「和食なんて、僕食べたことない・・・」

 ロロがぽつりと呟くと、ルルーシュはそうだろうなと笑った。

 「よし、なら今日の夕飯は和食にしよう。嫌いなものとか、苦手なものはあるのか?」

 「ない、と思う・・・」

 「そうか、和食は少し独特な味だが、美味しいぞ。
エトランジュ様への見舞いと、昨日の後始末の手配を終えたら基地内の店に買い物に行こう。
 夕飯の材料もだが、ロロの日用品を買いに行かなくてはな」

 ルルーシュとロロでは身長差があるので、お下がりは無理だ。
 幸い小さいながらも店があるので、ある程度はここで揃えることが可能なのだ。

 「エトランジュ様、お戻りになったんですか?よかった・・・」

 「ああ、ただ昨日の件が相当こたえたようで、熱を出して寝込んでおいでなんだ。
 プリンでも作って差し入れしようと思っている」

 ナナリーがエトランジュが熱を出して寝込んでしまったと聞いて、ナナリーは申し訳なさそうに俯いた。

 「まあ、昨夜も大変顔色が悪いと伺っていました。それなのに無理なお願いをして、申し訳ないことをしてしまいました」

 「それは俺のミスからだ、お前が気にすることじゃない。負担をおかけしては悪いから、少しだけ様子を伺わせて貰おう。
 ロロ、お前の紹介もしておきたいからな」

 「僕の、紹介?」

 ロロがきょとんとした顔で尋ねると、ルルーシュは頷くと同時に考えた。

 (ナナリーにはギアスのことは言っていないから、詳しい紹介は避けた方がいいな。
 だが、俺ではなくマグヌスファミリアの元に預けるケースもあるから、ジークフリード将軍の方に言っておくとしよう)

 昨夜は情報が錯綜し、また途中リンクが切れるというアクシデントもあったのできちんと伝えておく方がいいと、ルルーシュは判断した。

 「・・・お前の秘密もよく知っている人達だから、いろいろ力になってくれる。
 クライスといってここにお前と来た男性がいただろう?彼の故郷の人間達だ」

 「・・・ああ、そういうことか。解りました・・・ううん、解った」

 ギアスを知っているということか、とロロは了解すると、ぱくりとベーコンを口にする。

 「僕は失敗作だそうだから、そんな役に立たないと思うけど」

 「・・・誰だそんなことを言ったのは」

 低い声音でルルーシュが尋ねると、すぐにV.Vだと悟って舌打ちした。

 「心臓に負担があるくらいのことで、何を言っているんだあいつは。
 お前はもう、あんなことをしなくてもいいんだ。エトランジュ様や他のマグヌスファミリアの人達もそう言うに決まっているから、心配するな」

 「そうですわロロさん。全く酷いことを・・・!
 持病をお持ちなのですか?それならラクシャータさんに診て頂きましょう、ね?」

 純粋にロロが心臓に疾患があるのだと思ったナナリーの案は普通なら妥当なものなのだが、ギアスを使わなければごく普通の身体だ。
 しかし検査くらいはしておいたほうがいいだろうと、ルルーシュはロロに言い聞かせた。

 「普通に生活する分には問題ないと聞いているが、念のために診て貰ったほうがいいな。
 だが心臓に負担がかかるようなことはしないように」

 暗にギアスは使うなと言われたロロは、おずおずと言った。

 「でも、僕はそれを使って仕事してたし・・・ナイトメアくらいなら乗れるけど、力を使わないと・・・」

 「お前を戦いに出す気はないと言っただろう。ナイトメアなんぞもっての外だ。
 全く、ブリタニアときたら・・・お前のやるべきことは、ここで普通を学ぶことだ。
 ここでは子供を戦争に参加させる掟はない。やりたくないことはやりたくないと言っていいんだ、解ったな?」

 「・・・は、はい」
 
 「いい子だ。さあ、食事も終わったようだから俺はエトランジュ様へのお見舞いのプリンを作って来る。
 お前達も手伝ってくれないか?」

 「もちろんですわお兄様。私もお手伝いさせて下さいな」

 「僕・・・・プリンなんて作ったことない」

 役に立たないのでは、と俯くロロに、ルルーシュはそんなことはないとロロの手を取った。

 「何、手伝いだけだから未経験でも大丈夫だ。
 少しずつでも覚えていけば、いざという時役に立つぞ」

 ルルーシュは厨房の者に許可証を出してキッチンの一角を借りると、プリンを作り始めた。

 「ロロ、お前にはカラメルシロップを作って欲しい。砂糖を煮詰めるだけだから、大丈夫だ」
 
 「う、うん。やってみる」

 目の見えないナナリーに火を扱わせられないので、ロロに頼んだルルーシュはナナリーと共に生地を作り始めた。

 (・・・やっぱり妹さんと二人で作りたかったのかなあ)

 目が見えないのだからルルーシュのサポートが必要なのだと解ってはいるのだが、ロロは同時にそう考えてしまった。
 一方、ナナリーは逆に単独で仕事を任せられたロロに羨望を抱いている。

 (ロロさんは独りでお兄様に仕事を任せて貰えて、羨ましい・・・私は目が見えないし、足もまだ手術前で歩けないもの。
 もしかしたら、お兄様のお仕事をお手伝いすることになるのかも)

 自分はリハビリで忙しくなるのだ、とうてい兄を手伝うどころではないし、彼は不本意ながら既に軍の仕事をしていたのだ。
 兄は何もしなくていいと言っていたけれど、兄の助けとなる力を持っているだろうことはナナリーにも解る。

 お互いにちらちらと視線を送り合いながら作業を進め、ルルーシュが折を見て指示をしていくとプリンが完成した。

 「後は冷蔵庫で冷やして、完成だ。
 やはり手分けしてやると手早く済むな。ありがとうナナリー、ロロ」

 実際は一人でやったほうが速いのだが、ルルーシュはそう言って二人の頭を撫でた。

 「プリンは冷えるまで、俺はロロの買い物に行ってくる。ナナリーはラクシャータに診察をお願いしてあるから、行こうか」

 「あ、そういえば今日は診察日でしたね。解りました、行って参ります」

 既に急な引っ越しの件は告げてあったらしい。
 ルルーシュに案内されて診察室に行くと、中にいたラクシャータはやって来た三人をじっと見ていたが、すぐにナナリーに視線を戻した。

 「何か知らないけど、急にこっちに住むことになったんだってね~。
 ま、移動時間省けるからこっちのほうが楽っちゃ楽だからありがたいわ~」

 「あの、よろしくお願いします」

 「オッケー。じゃ、手術も近いし念入りに検査させて貰うわね~。
 お兄さん達はまた後でおいで」

 ラクシャータによろしくと頼んだルルーシュがロロを連れて診察室を出ていくと、ラクシャータは明らかに黒の騎士団上層部から特別扱いを受けている少女の素性に実のところうすうす気がついていたのだが、弟と名乗る少年が出来たことで違ったかなーと内心思った。

 (もしこの子があの閃光のマリアンヌの娘で、お兄さんが皇子なら特別扱いも解ったんだけど・・・息子が二人いるってのは聞いてないからね~。
 ま、別に政略軍略に関しては畑違いだから首突っ込むのもアレだし)

 一応己の職務違いからあれこれ推測だけで口を出すのを避けていただけのラクシャータは、いつもどおりの診察を行うと問題なしと診断した。

 「うん、手術に関しては問題ないね。予定通り行うから、微調整をしておくわね~」

 「あの、ラクシャータさん。今になって言うのもよくないんですけど・・・私の足、ナイトメアに乗れるようになれますか?」

 「へ?何でまた?」

 いきなり言いだしたナナリーにラクシャータが驚くと、ナナリーは強い口調で言った。

 「私、いつまでも皆様に甘えてばかりじゃいられませんから・・・恩返しがしたいんです。みんなを守れるくらい、強くなりたくて」

 だからナイトメアに乗れるようになりたいのだと言うナナリーに、ラクシャータはうーんと考え込みながら答えた。

 「そりゃあ出来なくはないね。
 ナイトメアフレームはもともと医療用として開発されたものだから、神経装置をナイトメアに接続して普通じゃ出来ない動きをするタイプのもあるにはあるよ」

 ナナリーのように手足が使えなくなった軍人のためのナイトメアも、実は開発されてはいた。
 ただ全て特注モノになるためまだ数えるほどしか開発されていないというのが現状だった。

 「だけど、騎士団からの通達でね、十五歳以下のナイトメアの搭乗は禁止されてる。
 それにそうするにしたって、まずは日常生活が出来るようになってからってのが常識だから、今のところは我慢して貰わないとねえ」

 「・・・そう、そうですよね。解りました。
 無理を言って申し訳ありませんでした」

 しゅんとなって謝罪するナナリーに、ラクシャータは笑いながら言った。

 「ずっと手術に怯えがあった時に比べれば大した成長ぶりだと思うから、気にしなくていいのよ~。
 十五歳になったらそれ用のナイトメアの試作体を作ってあげるから、その時に改めて来たらいいわ~。その時のナナリーちゃんの調子次第で、パイロットに抜擢したげるから」

 「本当ですか?!ありがとうございます!
 私、頑張りますからお願いしますね」

 でも、一年はまだ待たなくてはならないのか、とナナリーは内心で落ち込んだ。

 (コーネリア姉様は目的のためならまた関係のない人達を巻き添えにする作戦をするかもしれないって・・・孤児院の人達くらい守れるようにならなければ)

 七年前には母のようになるのが夢だったのだ。
 歩けるようになって目が見えるようになれば、その夢を叶えられる努力をするくらいは出来るはずだ。

 ナナリーはそう決意すると、自らの足を叱咤するように撫でるのだった。



 その頃ロロは、何でも好きな物を選んでいいと言われて途方に暮れていた。
 一般的には大した品揃えではない小さな店なのだが、選ぶという行為自体に慣れていないロロからすれば選択肢が多すぎて困ってしまうものだったのだ。

 「もうすぐ冬だから、重ね着出来るものを選べばいいな。
 部屋着ならトレーナーでも充分だが」

 「外出着ならもうちょっとおしゃれな方がいいですよ~。男の子だからって手を抜いてはいけません」

 商売根性ある女性店員がいろいろと試着を勧めてくるが、ロロはちらっとルルーシュを見た後遠慮がちに自分の希望を言った。

 「僕・・・兄さんと同じのがいい」

 「俺と同じもの、か?」

 意外そうに尋ね返すルルーシュにうん、とロロが頷くと、店員はお兄さんが好きなのね、と微笑ましそうに言いながら、今ルルーシュが着ている服と似たようなデザインの服を持って来てくれた。

 「ちょっとデザインが違うけど、これならどうですか?お似合いですよ」

 「うん・・・それがいい」

 ロロが欲しいと言うのでルルーシュは何も俺と同じにしなくてもと思ったが、自分で選ぶという行為はとても大事だったので尊重することにした。

 「解った。ではそれとそろそろ寒くなるから上着を・・・」

 「兄さんとお揃いじゃ駄目?」

 「嬉しいが、何もかもお揃いにしなくてもいい気もするがな」

 苦笑しながらもロロの言うがまま、同じジャケットやパジャマを買い揃えて二人は店を出た。
 そして一度基地内に急きょ誂えたランペルージ家の部屋に荷物を運び入れると、キッチンから作っておいたプリンを取り出して診察室にナナリーを迎えに行った。

 「ちょうど終わったところですわ、お兄様。お買い物はお済みですか?」

 「ああ、俺達の部屋に運んだよ。
 三人で住むには少し手狭だが、すぐに整理して済み心地を整えるからそれまで我慢してほしい」

 「もちろんですわお兄様。私もお手伝いさせて下さいね」

 ルルーシュの背中の裾をつかんで歩いているロロにナナリーはまたちくりとするものを感じたが、何も言わずに微笑んだ。

 「今からエトランジュ様のお見舞いに?」

 「ああ、熱があったが少し落ち着いたとクライスからメールが来た。さっそく行くとしよう」

 基地内は日本人が圧倒的に多いために白人であるルルーシュ達はかなり目立つのだが、ブリタニア人も少数ながらいるしハーフもいるため、見られはするが悪意の視線はなかった。

 お見舞いに来たとルルーシュが告げると自動ドアが開き、クライスが出迎えた。

 「お、元気そうでよかったな。そっちはロロだったな。
 悪いなあ昨日はあんまし説明なしにあんなことしちまって」

 手を合わせて謝るクライスにロロはどう反応すればいいのか解らず戸惑っていたが、クライスは構わずに一行を部屋に招き入れた。
 エトランジュの部屋に入ると、さすがに女王の部屋なだけあって広く寝室とリビングが備えられていた。

 「エディも熱は少し下がってて話くらいは出来るけど、他の連中と連絡が取れるのはまだ先になりそうなんだ。
 悪いけど例の件はそれからにして貰いてーんだけど」

 「そうか、無理はさせたくないからそれで構わない。昨日は申し訳なかったな。
 お詫びと言っては何だが、プリンを作って来た」

 「お、エディも好きなんだよこれ。あいつ朝は何も食ってないから、これくらいならいけそうだ」

 クライスがエトランジュの寝室に一同を招き入れると、ベッドには氷嚢を額に乗せて顔を赤くして荒い息をついているエトランジュがいた。

 「お具合はいかがですか、エトランジュ様」

 ナナリーが心配そうに問いかけると、エトランジュは弱々しく微笑んだ。

 「大丈夫です・・・ただちょっといろいろあったので・・・熱が出てしまっただけですぐに治ると・・・」

 「私達のために、申し訳ありませんでした。お詫びにプリンをお造りしたんです。
 ぜひ召し上がって頂ければと」

 「まあ、プリンを・・・それくらいなら食べられそうですので、頂いてもよろしいですか?」

 「もちろんです!よかったですわ、ねえお兄様、ロロさん」

 ナナリーが嬉しそうに言うと、ルルーシュもそうだなと頷いてサイドテーブルの上にプリンを置く。

 「これ、三人で作ったんですよ。お口に合えばよろしいのですけど」

 「そうですか・・・まあ、美味しそうですね」

 ゆっくりと起き上がったエトランジュがプリンを受け取って食べている間、昨夜の件についての情報交換が行われた。

 「・・・ということで、ロロを俺が預かることになりました。
 しかし、この子もあまり外の世界を知らないので、ぜひエトランジュ様のほうでも万が一のことがあればお預かりして頂ければと」

 「・・承知いたしました、お任せ下さい。
 大変でしたね・・・もうあんな力は使わなくていいですから、心配なさらないで下さいな」

 エトランジュはロロににっこりと微笑みかけると、ルルーシュに言った。

 「私が回復したら・・・すぐにでも一族にも申し伝えておきましょう・・・。
 それから、例のブリタニア皇帝の計画についても・・・協議を。
 すぐにでもしなくてはいけないのに・・・申し訳ございません」

 エトランジュは早急に会議が必要な時期に倒れてしまって申し訳ないと謝るが、彼女をこの状態にしたのは己のミスからなのだからとルルーシュの方こそ謝った。

 「こちらのミスでエトランジュ様に大層なご迷惑をおかけしてしまったのですから、謝られては恐縮する限りです。
 熱が引いて一段落つきましたら、ぜひ・・・ん?」

 エトランジュの部屋のドアが開かれる気配がしたので視線を向けると、イノシシのような勢いでエトランジュの寝室に入って来たのはカレンだった。
 背後には苦虫を百ダースほど噛み潰したような表情をしたアルカディアが、スカートを揺らして立っている。
 マオも来ていたのだが、騒々しくなりそうだったのでC.Cの所に直行していた。

 「カ、カレン!早かったな」

 「ええ、聞きたいことが山ほどあってね・・・さあ、全部話して貰いましょうか」

 ばきばきと指を鳴らして事情説明を迫るカレンに、ルルーシュは後ずさりする。

 「お、落ち着けカレン。ここは病人の部屋だぞ」

 話はするから冷静に話し合おう、と言い訳の正論を言うルルーシュに、カレンは赤い顔でこちらを見ているエトランジュを見てそうね、と落ち着きを取り戻した。

 「騒がしくして申し訳ありませんエトランジュ様。
 連絡が取れなくなったとアルカディア様から聞いた時は、どうなることかと」

 「いえ、こちらこそ無用な心配をおかけして申し訳ありませんでした・・・。
 ちょうどそちらの話も伺いたかったので・・・ぜひどうぞ」

 ギロリとルルーシュを睨みつけたカレンは、政庁から出た後のことを話しだした。
 
 「政庁から出た後、ユーフェミア皇女は無事に特区庁に戻ったんだけど何ていうか、静かに怒ってるみたいだったわ・・・あんなことをルルーシュ達に命じるなんて酷いって」

 「そうか・・・テレビを見る限りでは、昨夜のテロについては詳しいことは知らないが近隣の皆様には迷惑をかけてしまってすみませんと当たり障りのないことを言っていたようだが」
 
 「無難に対処したほうがいいって、私が言ったからね。
 ルルーシュ皇子の事情を聞いてくるって言ったら、今日休日にしてくれたの」

 アルカディアの補足になるほどと一同は納得した。

 「政庁はまだ混乱してるみたいだけど、コーネリアが午後から特区庁に来るみたい」

 「そうか・・・だいたいは解った。ではこちらの件なんだがな」

 ルルーシュがアッシュフォードで起こったことを話すと、カレンは早い段階から自分の正体をシャーリーに知られていたことを知って仰天した。

 「ちょ、何でシャーリーが知ってたのよ?!」

 「あ、それは私のせいです。マオさんがうっかり漏らしてしまったみたいで・・・申し訳ありません」

 自分がマオに教えたことが、ルルーシュの知り合いだということで話してしまったのだとごまかして謝るエトランジュに、カレンはそうですかと納得せざるを得なかった。

 「そっか・・・でも黙っていてくれたのねシャーリー。後でお礼を言わないと」
 
 だがそれよりも驚くべきことは、アッシュフォード学園生徒会メンバーが黒の騎士団入りするという予想すらしていなかった事態である。

 「これ、どうする気?戦争ごっこじゃないのよ!止めるべきだわ」

 いくら自分達を思ってのこととはいえ、あまりにも危険だというカレンの意見はもっともなのだが、ルルーシュが大きく溜息を吐きながら尋ねた。

 「ああなったミレイを止めるのは無理だ。君だって会長を止める自信があるのか?」

 「・・・ないわね。でもせめてリヴァルやシャーリーくらいは・・・」

 「そうだな、出来れば説得したいと思っている。
 アッシュフォードの外出禁止令が解かれ次第、カレンとアルカディアに会いに行って貰いたいんだが」

 自分が直接会うのは監視されている可能性があるからやめておくと言うルルーシュに、二人は頷いた。

 「ま、そっちのほうが無難でしょうよ。
 外出禁止令が解かれた報告が来たら、カレンさんのほうで会う約束してくれない?」

 「解りました。お任せ下さい」

 正直カレンはルルーシュほどには深い付き合いがなかった生徒会の面々だが、それでも反逆という行為に参加するとあっては止めようと考えるほどには情はあった。

 「それから、アッシュフォード生徒会や君・・・・俺に関わった全ての人間に監視がつく可能性が高い。
 昨日の今日だから今回はぎりぎりで大丈夫のようだったが、明日からは解らない。
 よってカレンにはすまないが、基地への出入りを止めて欲しい」

 「何ですって?!でも・・・」

 「じき、日本解放戦を始める。君が黒の騎士団員幹部とバレたら得られる情報が限られてくるし、向こうもなりふり構わず殲滅戦を始めかねない。
 ・・・頼む、もう少しなんだ」

 滅多に頭を下げないルルーシュに頼まれて、カレンはうっと考え込んだ後渋々了承した。
 
 「わ、解ったわよ。そういうことなら来ないわ。
 でも、連絡はどうやってすればいいの?」

 「例のデジタルペットを模した通信がある。まずそれをシャーリー達に渡してくれ。
 連絡はアルカディアを経由して行う。ハードワークになるが、頼めるだろうか」

 「・・・やるしかないんでしょ?もうヤケだからやってやろーじゃない」
 
 その代わり失敗は許さんと徹夜で情報解析をして疲れ果てていたアルカディアの据わった目に射抜かれ、ルルーシュは幾度も頷いた。

 「あんたもキリキリ働いて貰うからね・・・日本解放戦が近いってことは、各エリアに物資を送る手筈なんか任せるから」

 日本が独立を勝ち取ると同時に、各エリアでもその動きを連結させる予定なのだ。
 そのためには日本特区や後援基地で生産した物資をばら撒く必要があるので、ルルーシュはもちろんだと了承する。

 「はい、じゃーさっそくこれ。日本特区内で横領成功した物資のリストね。
 明日までに指示よろしく。それから盗聴用の通信回路の分析の件で・・・」

 大量の仕事を提示してきたアルカディアに、ルルーシュはよほど昨夜エトランジュの安否が分からず不安だったのだなと申し訳なく思いながらも、仕事に取り掛かる前にロロを紹介しておこうと自分の手につかまっているロロの頭を撫でた。

 「カレン、アルカディア。この子はロロと言って、ブリタニアの特殊機関で使われていた子なんだ。
 俺の味方になってくれたが行き先がないので、俺の弟として迎え入れようと思ってる」

 「・・・ああ、例のあの子。へー、結構ナナリーちゃんに似てるじゃない」

 アルカディアがまじまじとロロを見つめながら言うと、確かに髪の色や目の色など、ナナリーに似た部分がある。

 「私はアルカディアよ。エトランジュの従姉なの。
 ちょっと外で活動していることが多いから会えないかもしれないけど、よろしくね」

 「私はカレン。ゼロの親衛隊長をしているんだけど、別の仕事で離れてるの。
 この子いくつ?ナナリーちゃんと同じ年齢くらいに見えるけど」

 カレンが眉をひそめなが問うと、ルルーシュが正解だと答えたので怒りだした。

 「ってことは、14歳?そんな子を危ない仕事に従事させるなんて、これだからブリタニアは!!」

 もう大丈夫だからね、と笑いかけるカレンにロロはさっとルルーシュの背後に隠れてしまったので、カレンは傷ついた。

 「・・・私、そんな怖かった?」

 「いや、ただの人見知りだよ。どうも優しくされるということに慣れていないようだから」

 「・・・ああ、それで。ごめん、配慮がなかったわ」

 カレンが謝罪すると気にするなとルルーシュが手を振ったので、ここでエトランジュにも悪いので部屋を退出しようと話がまとまった。

 「じゃあ、私そろそろ戻るわ。連絡は出来るだけまめにするけど・・・気をつけてよ?」

 「解っている。ではシャーリー達の方は頼んだぞ」

 頷いたカレンがアルカディアと共に他の一同もエトランジュの部屋を出ようとした刹那、ナナリーがおずおずと言った。

 「あの・・・皆さん。出来たらでいいんですけど・・・お願いがあるんです」

 皆がナナリーに視線を集めると、遠慮がちに告げられたその内容に一同は息を呑んだ。



 一週間後、ようやく外出禁止令が解かれたアッシュフォードでは久々の外出を生徒達が楽しんでいた。
 カレンから連絡を受けたアッシュフォード生徒会改め黒の騎士団アッシュフォード支部のメンバーは、さっそく彼女から指定されたマンションにやって来た。

 アッシュフォード学園から250メートルほど離れたオートロックのマンションは、つい先日カレンを通じて借り受けたエドワード・デュランことアルフォンスの部屋である。

 契約したばかりなのでテーブルと椅子とベッドしか運ばれていない殺風景な部屋だが、そんなことは問題ではない。

 出迎えたアルフォンスとカレンは、さっそくルルーシュからの指示を事細かに伝えた。

 「ルルーシュからの指示はまず勝手な行動は取らないことと、連絡は私達を通じて欲しいってこと。
 そのためにこれ、渡しておくわね」

 カレンがバックから携帯デジタルペットを三つ取り出すと、ミレイ達は珍しそうに手に取った。
 
 「これ、特区で二ーナがユーフェミア様に献上したやつでしょ?
 お父さんが欲しいなら買ってきてやるって言ってくれた」

 「実はこれ、大まかなのはルルーシュとアルフォンス様が作ってくれたの。
 特別仕様のこれには隠し機能があってね、騎士団の人達専用の連絡機能があるのよ」

 「なーるほど。これなら掲示板くらいのことは出来るし、誰が持ってても不思議じゃないもんね。さっすがルルちゃん」

 ミレイが納得するとさすがルルーシュ、とリヴァルも感心している。

 「アイテムを交換したりする機能があって、それで通信をやり取りできるよ。
 特別仕様同士でなければ重要機密はブロックされるようにはなってるけど、市販の奴に送ったりしないように気をつけて」

 アルフォンスの注意に三人が頷くと、改めて使い方の説明を受けた。

 「普通にデジタルペットとしても育てられるから、それもついでに楽しんでね。
 秘密プログラムの起動方法は、お友達キャラの黒猫に隠しアイテムのゼロ仮面を被せてパスワードを入力することだから」

 アーサーをモデルにしたペットのお友達キャラが騎士団員専用のお友達キャラだと聞いて、三人は笑った。

 「ははは、面白―い!誰のアイデアですかこれ」

 ツボにハマったミレイが爆笑しながら尋ねると、アルフォンスが自分だと答えた。

 「ゼロがゼロ仮面を生徒会で飼ってた猫に被られて追いかけ回したと聞いたからね。なのでやってみた」

 「・・・あ、あの時か!そりゃ必死で追う訳だ」

 「・・・相変わらずたまーにうっかりするんだから、ルルちゃん」

 ミレイも苦笑すると、シャーリーは何だか邪悪な笑みでルルーシュのうっかりを暴露するアルフォンスに黒いものを感じたので何かあったのだろうかと思った。
 ちなみにこれは、己にオーバーワークを強いられ大事なエトランジュが倒れた遠因になったルルーシュに対するささやかな仕返しなだけだったりする。

 「カレンとなら連絡を取り合ってもおかしくないけど、なるべくバレないようにオブラートに包んでやり取りしてほしい。
 ルルーシュ皇子に会いたいだろうけど、この状況では難しいんだ」

 「解っています。カレンも基地に出入りしないようにしていると聞きましたから」

 打って変わって真剣な顔でミレイが言うと、一同も姿勢を直して聞き入った。

 「ロイド伯爵の件ですけど、下手に探りを入れられなくて・・・。
 本人が言うにはガウェインっていうんですか、動かすのが大変なナイトメアを動かせたルルーシュ様にお仕えしたい、完成させるはずだった武器を弄りたいってことだったんですが」

 「あー、あれならうちのエース科学者が完成させちゃったよ」

 「らしいですねえ・・・凄い荒れてましたから。
 だからあれ以上の武器を造ってやるんだって息巻いてましたよ。
 あと、ランスロットの量産型の設計図を作ったので、それを手土産にするって」

 ロイドはルルーシュに信用して貰うため、上司であるシュナイゼルには本腰を入れたナイトメアの開発報告をしていなかった。
 名目はランスロットが戦場に出ないせいでデータが取れないからということと、予算が出なかったというものである。

 「ふーん・・・でもあのシュナイゼルの部下ってのが気にかかっててね。あの野郎中華でえげつない策略してきたから」

 アルフォンスが苦々しい顔で呟くと、滅多に他人を信用しないルルーシュらしいとミレイは軽く頷いた。

 「ロイド伯爵には、このことはまだ黙っておきます。私からの報告は以上です」

 「了解したよ。じゃあ何かあった時のために、ここの合い鍵渡しておくからね」

 
 アルフォンスがキーを一つミレイに手渡すと、彼女は礼を言って受け取った。

 「記念すべき黒の騎士団アッシュフォード支部の初会議はこれで終わったわけだけど、何か質問はない?
 これから忙しくなるから、今のうちに・・・」

 アルフォンスがそう尋ねた刹那、ミレイとシャーリーが目を合わせて叫んだ。

 「あります、あります!ずっと聞きたかったこと!!」

 「ど、どうぞ。答えられる質問なら答えるよ」

 余りの熱のこもりようにアルフォンスが少したじたじになると、代表してシャーリーが質問した。

 「あの中華で、天子に銃を突きつけたのって・・・あれってどうなったんですか?!」

 「・・・あ~、あれね」

 そりゃ気になるわ、とアルフォンスは納得すると、すぐに答えた。

 「あれは演技だよ。ブリタニアと中華の結びつきを壊すためと、天子も結婚に嫌がってたからね。
 エディ・・・エトランジュと天子様は友人同士だから、そこから繋がりがあったんだ」

 「そ、そうだったんだ・・・びっくりしてどうなったのかと気になって」

 「そうよね、ブリタニアじゃ一方的に黒の騎士団が天子をたぶらかしたとかしか報道されなかったから、どうしたんだろうって思って・・・あーよかった」

 シャーリーとミレイが安堵の息をつくと、ミレイは握りこぶしを作って言った。

 「まったく、あれじゃー悪の帝王みたいだったわ!
 私がルルちゃんの元に行った暁には、正しい正義の味方ってのをレクチャーしないと!」

 「・・・ま、そのほうがいいかもしれないね。そっちもゼロには伝えておくよ」

 フォローしきれない、とアルフォンスが半ば投げやりに約束すると、よろしくお願いしますとミレイ達に頭を下げられた。
 
 そうして散会した後基地に戻ったアルフォンスは、ミレイから頼まれて持ってきた正義の味方に関する資料をルルーシュに手渡すのだった。

 『この宇宙に必要なのは、俺達の熱い勇気だ!それをマイナス思念と呼ぶのなら、滅ぶべきは、お前の方だ!』

 『・・・マンがいる限り、この世に悪は栄えない!!』

 「・・・こんなのは、俺のキャラじゃない」

 そう呟いたルルーシュに、それもそうだと納得するマグヌスファミリアと黒の騎士団の面々だった。



[18683] 第十七話  ブリタニアの姉妹
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/13 19:30
 お話の前に、私のチャット仲間ののーべん様が三次小説を書いて下さいました!
 いい具合にキャラがいい意味で壊れて楽しかったので、ぜひ投稿してくれとお願いしたところチラシの裏にて投稿して下さいました。
 ルルーシュと、そしてエトランジュの壊れっぷりが作者のツボを刺激しました(笑)。
 アドレスが残念ながら載せられないようですので、お手数ですが検索して頂きますようお願い申し上げます。

 《【ネタ/ギアス三次創作】 コードギアス変貌のルルーシュ 暴走のエトランジュ  のーべん作》です。
 現在は二話までですがとても面白いので皆様ぜひご覧になって頂ければと思います。
 では私のお話の方もお楽しみくださいませ。



  第十七話  ブリタニアの姉妹

ルルーシュが黒の騎士団の手引きにより逃げ出してから、コーネリアは一度政庁に戻った。
 その際実験体としてカプセルに入れられたジェレミアがルルーシュに対する切り札だと説明を受けたのだがそれだけしか説明がなく、V.Vは勝手にそれを一室に入れてしまった。
 さらにシャルルからの命令で、政庁内の兵士の入れ替えが行われることになった。
 ルルーシュについた者を排除しようとする意図だと解釈したコーネリアはそれを最もな処置だと納得し、本国から新たに兵を呼ぶことを決定する、

 その前に政庁内の兵士に何やら尋問を行うというので立ち会いを要求したのだがV.Vはそれを拒絶したため、結局尋問の内容は明らかにされるどころか政庁から出るように言われ、後処理の名目で特区庁に行く羽目になった。
 ルルーシュに従っている様子がなかったコーネリアはギアスをかけられていないと判断したV.Vは彼女にギアスの情報を与えまいとしたため、ギアスキャンセラーの様子を見せたくなかったのだ。

 ルルーシュの行方も解らず、何がどうなっているのかとコーネリアは苛立ちばかりが上昇していたある日、コーネリアは特区庁に来ていた。
 
 しかも父帝シャルルの通信つきで、姉妹は通信スクリーンの前に立ったまま今後の展望を話し合うことになったのである。
 普段政治には無関心なシャルルだが、兄がしでかした騒動の後始末にいろいろ動かなくてはならなかったのだ。

 「・・・エリア11の件は、今更事実を公表する訳にはいかん。
 さらなるテロに繋がりかねないから、この件は極秘とする」

 「コーネリア総督閣下・・・それでは事態の解決にならないではありませんか」

 「ブリタニアの国威を落とすわけにはいかない。だが、早急に衛星エリアに昇格させてブリタニア本国からの支援が得られるよう、私も全力を尽くす。
 そうすればイレヴンも、今のような状態から抜け出せていい暮らしを・・・」

 コーネリアは日本人に対する弾圧はやめるし、ナンバーズとして与えられる最大の支援をすることで折り合いをつけようとしたいようだった。

 しかしそれでは臭いものに蓋をするだけで、根本的な解決にはならないのではないかとユーフェミアは思ったが、シャルルはどうでもよさげに許可を出した。

 「構わん・・・ただし、C.Cの身柄確保が条件だ。
 ルルーシュを捕捉すれば自然に見つかるであろう。あとはエリア11ともども、お前達のいいようにするがよい」

 「・・・ありがたきお言葉にございます。 
 皇帝陛下もこうおっしゃっておられる。ユーフェミア副総督、私もルルーシュを説得して、以前のように暮らしたいと思っている。
 ルルーシュはお前を私よりは信用しているようだから、説得に力を貸してほしい」

 「皇帝陛下、総督閣下、ルルーシュはかたくなにブリタニアには戻りたくないと言っておりましたわ。
 それに昨夜のことだって、大変怒っていたではありませんか。
 しばらく時間をおいて、まず日本人の生活をよくしてからにしたほうが・・・」

 あくまでも慎重論をと言うユーフェミアと、父帝の評価を下げたくないコーネリアが話し合っていると、ドアの外から急いでいるような、それでいて遠慮がちなノックの音が響き渡った。

 「失礼いたします、皇帝陛下、コーネリア総督閣下、ユーフェミア副総督閣下。
 お話の最中に申し訳ございません。しかし、至急のご報告が・・・!」

 常ならぬ慌てたような声音のダールトンに、コーネリアは眉をひそめながら入室を許可した。

 「どうしたダールトン。何があった?」

 「ご無礼をお許しください、皇帝陛下。先ほど租界にいたカレン嬢の携帯電話にナナリー様からのお電話があったそうです。
 何でも至急姫様方とお話したいので取りついで頂けないか、とのことで・・・!」

 あの騒動があった日、ユーフェミアは口止めのためにある程度の事情をカレンに話したとコーネリアには報告してあった。
 むろん虚偽だが状況が状況なのでコーネリアはそれを疑わず、カレンに改めて口外を禁じた。
 そのお陰ばかりではないのだが、シュタットフェルト家は近々辺境伯の地位を与えられることが正式に決定している。

 本来は特区内での携帯電話の使用はブリタニア人、日本人問わず禁じられているが、全員禁止では支障が出てくるため、一部には許可が出ている。
 その許可は大部分がブリタニア人で、それもルルーシュのブリタニア人と日本人の間に差を設けてブリタニアの支配を実感させるという策の成分も含まれていた。
 
 カレンは特区内での許可を辞退していたが、今回はナナリーからの連絡なので通話状態のまま持ってきたので今回限りの許可をと申し出、ダールトンが一も二もなく許可を出した次第である。

 「何だと?!」

 「ナナリーが・・・いったいどうして・・・」

 姉妹が顔を見合わせると、わずかに眉をひそめたシャルルは出てもよいと指示を出した。
 
 「構わん、その電話を持ってくるがいい」

 「かしこまりました。カレン嬢の携帯電話はこちらに・・・」

 ダールトンが小さなクッションに置かれたカレンの携帯電話を恭しくテーブルに置き、皆に聞こえるようにスピーカーを設置する。

 「そういえばカレンさんとナナリーは生徒会で知り合ったとか・・・電話番号を知っていてもおかしくはありませんわ」

 「それはそうだが、何故・・・間違いなくナナリーなんだな?」

 「カレン嬢が言うには、間違いないと・・・今、エドワード殿が携帯電話の電波を追跡しております。
 特区庁である程度事情を知っており、かつプログラム技術に詳しい者は彼しかおりません。
 それにルルーシュ様の件についても深く詮索しようとはしていない上に誰にも話していないので、適任かと」

 特区にカレンといたエドワードが電話がかかって来た際に居合わせており、電波の逆探知をしなくてはならないが、だがここは専門のチームはまだいないと焦るダールトンに、『事情は知りませんけどそれくらいなら何とかなると思います』と協力を申し出てきたと告げると、コーネリアは実に気の利く男だなと思った。
 あの時もうまく状況をさばいてくれた割にトラブルは好みませんからと詳しく詮索しなかったので、コーネリアはエドワードに好印象を持っていた。
 
 もちろんアルフォンスは真面目に電波探知の操作などしておらず、現在彼は別の仕事をしながら適当に回線を弄って後で無理でしたと報告するつもりである。

 一方、ユーフェミアとスザクはカレンとエドワードの名前が出たことで、これは黒の騎士団絡みのことだとすぐに解った。
 しかし意図は聞いていないので何も言えず、とりあえず話を聞こうと携帯電話に視線を移す。

 「とにかく、話を聞いてみましょう。よろしいですか、皇帝陛下、総督閣下?」

 「・・・構わん」

 シャルルが許可を出したのでダールトンが通話ボタンを再び押すと、中から少女の声が響いてきた。

 「・・・もしもし、ユーフェミアお姉様ですか?」

 「ナナリー!!ナナリーなのね!!」

 「ユフィお姉様・・・!はい、ナナリーです。お姉様はお変わりないようで」

 聞き間違えるはずがない、とユーフェミアが涙をこぼさんばかりに喜び、彼女の背後にいたスザクが間違いなくナナリーの声です、という意味を込めてコーネリアとギルフォードとシャルルに向けて頷くと、コーネリアは無事だったか、と安堵の息をつく。

 「ああ、よかった・・・!今、どうしているのですか?」

 「今は黒の騎士団の方々の元でお世話になっております。皆様とてもいい方々ですわ。
 お兄様を助けて欲しいとお願いしたら、任せろとおっしゃって下さるくらい」

 「・・・・・」

 「協力して下さっている方も、私の足や目を治して下さるためにお医者様やいろんな機械を手配して下さって・・・いずれ恩返しをしたいと思っておりますの」

 皮肉ともとれる近況報告をされたコーネリアは、とりあえず無事らしいが懐柔されたかとコーネリアはどう返すべきか脳をフル回転させた。

 「ナ、ナナリー、無事でよかった。ルルーシュの件は・・・」

 「ある程度はお兄様から伺いました。お兄様がゼロであり、打倒ブリタニアを志して戦っておいでだったと。
 そしてそのお兄様をブリタニアが連れ去ったので、コーネリア姉様が助けて下さったそうですが・・・何でもお兄様をお助けしていた女性を皇帝陛下に引き渡すために、私と引き離そうとなさったとか・・・?」

 「ち、違う!それが終われば私はお前達と一緒にここで暮らそうと・・・!」

 あくまでも一時的な措置だったのだと言い募るコーネリアに、ナナリーは全く感情の読めない声で尋ねた。

 「・・・私、ごく最近伺ったのですが、コーネリア姉様はサイタマで何の関係もないサイタマにお住まいだった方々をお兄様を誘い出す目的で殺そうとなさったとか。
 しかも私を確保すればお兄様もブリタニアに従わざるを得なくなるから、確保するつもりで私がいるゲットーを壊滅させるおつもりかもしれないと・・・これも事実ですか?」

 どこからそれを、とコーネリアは青くなった。
 前半は何しろ当事者であるルルーシュがいるのだから当然としても、後半の件は結局未遂に終わったのだから彼女が知るはずがない。

 「・・・いろいろと知ってしまいましたので、どうしてもお姉様に確認しておきたくて、無理を申しあげてお電話をさせて頂いた次第ですの」

 「なるほどねー」

 アルカディアの声が響いてきたので、ユーフェミアとスザクは首を傾げた。

 (今、特区にいるはずなのに?何故アルカディアさんの声が?)

 既にエドワード=アルカディアと知っている二人が内心で疑問符を浮かべている間に、話は進んでいく。

 「否定なさらなかったということは、事実のようですね。
 ゼロは確かにコーネリア姉様の敵でしょうから、それは仕方ないとお兄様はおっしゃっておいででしたわ。
 でも何の力も持たない一般民まで巻き添えになさるなんて、酷くありません?黒の騎士団は自分の作戦で被害がないようにと、ナリタできちんと住民の避難を呼びかけたと聞いておりますわ。
 その呼びかけを聞いたのは生徒会の方のお父様でしたから、話は聞いていたんです」

 直接会っていないが、確かに黒の騎士団員から避難の呼びかけがあり得るかもしれないと思った者が避難を誘導したという報告は聞いていた。
 それがまさかナナリーが所属していた生徒会の人間の父親だったなど、コーネリアは想像すらしていなかったので額を押さえた。

 実はシャーリーは父親とルルーシュと会った喫茶店での話を、生徒会でしていた。
 騎士団からの避難勧告については厳重に口止めしたとはいえ、やはり人の口に戸は立てられないということだろう。
 あの時ナナリーはただ単にシャーリーの父親が無事でよかったぐらいの認識だったが、コーネリアのしたことと比較するとどちらが正義かは自明の理である。

 実際はエトランジュ達の独断による行為で黒の騎士団はその意味ではコーネリアと同類だったのだが、コーネリアはそんなことは知らないし結果としては対比が成り立ってしまう状況だったため、コーネリアは黙りこくった。

 「それで皆様、大急ぎで私をあそこから避難するように申し上げたのですね。
 コーネリアお姉様がまさか、と今の今まで信じておりましたが、そう、事実だったの・・・」

 どこか寂しそうな口調でそう呟くナナリーはしばらく押し黙った後、ゆっくりと宣言した。

 「コーネリア姉様、ユーフェミア姉様・・・私は、貴方がたの敵です・・・!」

 「ナナリー!!」

 コーネリアが叱りつけるように叫ぶが、ナナリーは怯まずに言った。

 「もうたくさんです!!なんの力も持たないからと、こうやって怯えていく国で暮らすなんて、私は嫌です!!
 七年前だって、お姉様達は何もして下さらなかったわ!!」
 
 「それは・・・あの時は力不足だったんだ。だが今は!!」

 「では今は?私からお兄様を引き離そうとなさったではありませんか!
 記憶を奪うことまでする予定だったと伺いました。
 私はお兄様さえいれば、それでよかったのに!!何て酷い・・・!!」

 泣くように糾弾する末の妹に、コーネリアは反論出来ずに立ち尽くしている。
 ユーフェミアのほうに視線を送るが、妹もどうしようもないと首を横に振った。

 「私はあんな所には絶対戻りませんわ!
 どうしてもそれだけお伝えしたくて、無理を言ってカレンさんに連絡して頂いたんです・・・カレンさんが特区でとても大事な仕事をなさっていると伺っていましたから。
 ブリタニアと何の関係もないと、黒の騎士団の皆様に解って頂きたくて」

 「そんな証明をしなければならないほどの状況ならば、ぜひ姫様の元にお戻りになっては・・・」

 見かねたギルフォードが不敬を承知で口を挟むとナナリーはにべもなく言った。

 「私達が日本人の皆様にどれほどの迷惑をかけたか、お解りではないのですか?!
 七年前私達をアッシュフォードの迎えが来るまで藤堂さんが傍にいて下さらなかったら、ブリタニア人というだけで憎悪の対象になっていたせいで殺されていただろうとお兄様がおっしゃっておりました」

 あの戦争が終わった時、日本が敗戦してもブリタニア人というだけで襲撃される者が後を絶たなかった。
 理不尽だと解ってはいただろうが、先に理不尽な行為で全てを奪われた日本人達からすればやつあたりでもしなければとても耐えられなかったのかもしれない。
 無力なブリタニア人の子供が無事でいられたのは、あの時スザクと藤堂が彼らの傍にいたことが大きかったのだ。

 「今回だって、捕まる危険があるのにお兄様を助けて下さったのは日本人の方々です!!
 ・・・血の繋がった家族ではなく」

 「・・・・」

 「それに、私達は生きていないのでしょう?生まれた時から死んでいると言い切った父親の元になんて、戻りたくありませんわ」

 「・・・何を言っているの、ナナリー。いくら何でもそんなことをお父様がおっしゃるわけが・・・・」

 何も知らされていなかったユーフェミアがそう取り成そうとするが、何やら操作する音がして響いてきた内容に血の気が引いた。

 『見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので』

 『そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?』

 エトランジュの声に、恐らく黒の騎士団の幹部であろう日本人の発音の英語が響いてくる。
 藤堂の問いに、いつもはおとなしいエトランジュが珍しく嫌悪を露わにして説明していた。

 『あの方が母君のマリアンヌ様をテロで喪ったことはご存じかと思います。
 そして父であるシャルル皇帝が何の捜査もせず放置したのでシャルル皇帝に諫言なさったそうなのですが、ルルーシュ様に対して“死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物”と言い放ったと・・・』

 『・・・同情を買うためのストーリーとか、そんなんじゃないですよね?』

 『・・・七年前からルルーシュ皇子は自ら買い物をして自炊洗濯をしていたから、まず間違いないと思う。
他人は信用出来ないと言っていたが、それだけではなかったようだな』

 『何ですかそれ・・・親が子供に言っていい言葉じゃありませんよ!
 子供を作ったからには面倒を見るのは当然です!!』

 ユーフェミアも思わず頷く女性の言葉に、エトランジュも同意を示していた。

 『私も同感です。私、あの方の正体を知ってさすがに少しは調べておかなくてはと思って、EUに亡命して来たブリタニアの方に伺ってみたら・・・その話を聞いたんです。
 あの方は非常にプライドの高い方ですから同情されても誇りを傷つけてしまうだけと思って、知らなかったことにするつもりだったのですが・・・』
 
 『ナナリー皇女の前では口が裂けても言えないわけじゃのう・・・』

 「エトランジュ様は本当にお優しい方ですね。
 私が傷つくと思って陛下のこの発言はむろん、私が問い詰めるまでコーネリアお姉様がしたことですら私の前では一言もおっしゃらなかったんですよ?
 だから私、ブリタニアが何をしていたのか知りたくて、こっそり録音してしまったんです。あの方から貰った音声日記で」

 「音声日記?」

 「目が見えなくても日記が付けられると、ボイスレコーダーを改造した機械だそうです。
 リハビリの記録などにどうぞって」

 改造される前本来の使い方をされたわけだが、渡した側はもちろんそんな意図は全くない。
 しかし奇しくもアルカディアが言ったとおり、人間は良くも悪くも考える生き物であり、己の目的を遂行するために道具の使い方を考えるものなのだ。
 たとえ目が見えなかろうと、足が使えなかろうと、考えることが出来るのが人間だ。
 
 「・・・本当にそうおっしゃったんですか、陛下?」

 震える声音で確認する三番目の娘に、今更否とは言えないシャルルは興味なさげに肯定した。

 「それがどうした、ナナリーよ。事実を述べたまで」

 それを聞いた瞬間、ユーフェミアはもうこの兄妹がブリタニアに戻ることはないと悟った。
 同時にこの身に流れる血を嫌悪してよろめき、スザクに支えられる。

 「・・・いたのか。これは予想外だな」

 驚いたようなルルーシュに、ナナリーが縋るような怯えた声を出した。

 「お兄様・・・!」

 「大丈夫だ、もう何もかも言いたいことを言っていい。
 俺も後であの男には言うべきことがあるからな」

 「・・・はい。お兄様。
・・・コーネリアお姉様がしようとしていたことも、あの時皆様で話し合っていたようですが、傷つくから私には聞かせられないと・・・私、どこまでも守られていたんですね」

 ゆっくりとそう言ったナナリーは、もはや黙るしかなくなった面々に告げた。
 
 「だから、私はご恩返しをしたいのです。お兄様に、エトランジュ様達に、そして日本の皆様に。
 ですから、私は貴方がたの敵なのです」

 そしてナナリーは、今度は先ほどの発言を事実だと認めたきり黙っていた父に向けて言った。

 「お父様がいるというなら好都合です。
 私、信じてたんです。七年前のことは手違いで、いつか迎えに来て下さるんじゃないかって・・・でも、幻想だったみたいですね」

 幻想ではない、とシャルルは思った。
 ラグナレクの接続が成れば、晴れて迎えに行くつもりだった。
 だからまだ待っていれば良いのだが、ナナリーはそれが幻想だと言う。

 「同感だな、ナナリー。あの男がいるなら、俺も少し言わせて貰おう」

 ルルーシュは小さく呼吸をすると、傲岸不遜な声で命じるように言った。

 「俺はお前のバカバカしい計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 その邪魔をするというなら、誰であろうと俺の敵だ」

 「・・・計画?」

 コーネリアが眉をひそめて尋ねると、ルルーシュは苦々しげに答えた。

 「暴露したいくらいなんですが、話が長くなる上にあまりにバカバカしくて信用してくれそうにないので、あの男にお尋ね下さい。
 どうせ答えないと思いますけど・・・そうだろう?」

 最後の父親に向けた言葉にシャルルが映るスクリーンをこわごわと見つめると、彼はいつもの無表情で言った。

 「聞いたのか、全てを・・・ならば」

 あれは自分の本心ではないと解ったはず、という言葉を裏に込めて言い募る父に、ルルーシュははっきりとまごうかたなき本心を告げた。

 「俺は計画ごとブリタニアを壊すと言ったはずだ。
 全てを聞いたうえでの現在の心境を言ってやる。お前は最低の父親だ
 
 息子からの辛辣な批判にシャルルは内心で怯んだ。
 そしてさらに、末娘が兄に続いた。

 「私も最後に一言だけ申し上げます。
 お父様は嘘がお嫌いだそうですので、遠慮なく言わせて頂きますね」

 ナナリーは大きく深呼吸をすると、はっきりと決別の言葉を予想もつかない形で言った。

 「いい加減にしろこのだめ親父

 その声が響いた瞬間、部屋が凍りついた。

 いや、電話の向こう側でも空気が見事に止まったような音がしたから、あちらも予想外だったのだろう。
 そしてツーツーと通話音が切れた無機質な音が、空しく響き渡る。

 「嘘だ・・・あんなことをナナリーが言うはずが・・・」

 あの優しくて温和なナナリーが言う台詞じゃない、とスザクは思わず呟いたが、しかし録音したというあの内容が事実なら怒り狂っても仕方がないとも思ったので混乱した。

 しばらく凍りついていた面々だが、一番先に我に返ったのはコーネリアだった。

 「マグヌスファミリアの連中が、ナナリーに余計なことを色をつけて吹き込んだのです、陛下!
 ナナリーは悪くありません!!」

 「録音した、直接は聞いてないって言ってましたよナナリー」

 ユーフェミアが姉のフォローを壊す事実を述べると、一度会っただけだがエトランジュを思い出すにおそらく本当にナナリーに事実は教えていないと思った。

 何しろやつあたりで自分を殺すことすらしなかったのだ。全くの被害者であるナナリーには何も言わず、ナナリーの言動や信頼ぶりから見て面倒を見たりしていただろうことは、想像がついた。
 
 そして何も知らされていない状況にとうとう不安が限界に達したナナリーは、貰ったという音声日記とやらでこっそり録音するという自分でも彼女と同じ立場なら同じ行動を取るだろうと、ナナリーを哀れに思った。

 (あんなの、誰が言えるっていうの?!色なんてつけてない、まったくの事実を述べただけではありませんか!)

 むしろ温和な言い方だ、とユーフェミアは思った。
 ルルーシュのことを思って、知らないふりをするつもりだったと気を使ってすらいたではないか。

 そして姉の様子を見るに、もちろん彼女も知っていたのだろう。だが当然、自分には隠していた。
 怒りを感じるべきか、父の本音を知らずに済ませてくれたことに感謝すべきなのかと、ユーフェミアは行き場のない感情をもてあます。
 
 神根島でのルルーシュが、コーネリアが自分を悼んで日本人を許さないと言っていたと聞いた時笑って怒るという相反する行動を取った理由が、今よく理解出来た。

 「・・・見捨てられた、のね」

 「ユフィ?」
 
 非公式とはいえ皇帝のいる前で愛称で呼びかけているということも気づかぬまま、コーネリアが妹に視線を移すと、ユーフェミアは自嘲するように笑って言った。

 「見捨てられたのですわ、お姉様。七年前とは逆に、今度は私達が」
 
 どうして助けに来てくれなかったの、待っていたのに。
 理由があるだけだと思っていただけだったけれど、死人を迎えに来るはずがないから放置されたのだ、だからもうそんな人達などいらないと、当然の言葉を告げられた。
  
 七年前自分達が彼ら兄妹を見捨てたように、今度は自分達が見限られた。
 そう、見事に因果が巡ったのだ。

 「・・・勝手にするがいい。しょせんあれもその程度だったということよ」

 「しかし陛下・・・計画とはなんです?
 世界をブリタニアが制するという計画だけではないように聞こえましたが」

 末弟は答えるはずがないと言っていたがそれでも尋ねるコーネリアに、案の定シャルルは答えなかった。

 「お前が知らなくともよいことだ。いずれ解る」

 シャルルは低い声でそう言うと、コーネリアに命じた。

 「C.Cを確保すれば、ルルーシュもナナリーも好きにせい。
 あれらが生き延びるか否かは、あれらの才覚次第。弱肉強食こそ我がブリタニアの国是なのだからな」

 勝者が正義、と常の主張を繰り返したシャルルは、別れの挨拶すらなしに通信を切った。

 黒いスクリーンを見ていた姉妹はしばらく重苦しい沈黙を保っていたが、コーネリアはシャルルが二人を処刑しろとは言わなかったという良い部分だけを見て妹にまだ望みはあるとばかりに言った。

 「ユフィ、皇帝陛下のご命令なのだ。黒の騎士団には気の毒だが、あれの正体を知っている以上放置する訳にはいかん」

 ゼロがブリタニア皇子だったなどと知られれば、日本侵攻の真実も連鎖的に暴露しかねない。
 さらに厄介なのはマグヌスファミリアの女王で、彼女がルルーシュと婚姻を結んで事実を公表し、彼をブリタニアの皇帝として立てていこうなどという事態になれば、マリアンヌの支持者が多い以上ブリタニア国内でもどんなことになるか、予想がつかない。

 「・・・お姉様、またサイタマのようなことをなさるおつもりではないでしょうね」

 ユーフェミアがまっすぐに姉を見据えて尋ねると、コーネリアは殲滅まではいかないが、かたっぱしからゲットーを調べてルルーシュ達の痕跡を調べるつもりだと答えるとユーフェミアははっきりと言った。

 「・・・それは私がやります。ナナリーを記念した病院を作るので、エリア内の患者を集めるという名目で調べれば角は立たないでしょう。
 ナナリーがいる場所にルルーシュもいるのですから、C.Cとおっしゃる女性も見つかるかと」

 「それはそうだが、時間が・・・それに見つかったなら強引な手段を使ってでも取り戻さなくては、イレヴンに何をされるかしれたものではない」

 しかしあの時ルルーシュ達を助けたのは、コーネリアが処刑しようとした藤堂達だ。
 今更ルルーシュ達がブリタニア皇族だからと言ってどうこうするつもりがあるとは思えないとユーフェミアは考えたが、さすがに日本人が無実と知って姉もどこか忸怩たるものを感じてはいる様子だった。
 それだけに日本人の恨みがどれほどのものかと思うと逆に弟妹を至急保護をしなければという思考にいきつくのも解らないではないが、それに強硬手段を使ってしまうのならば実に身勝手と言わざるを得なかった。

 「もしサイタマのようなことをなさるというのでしたら、私もその場に参りますからねお姉様。
 私はあの時、一般人も数多くいたと知りながら巻き込んだお姉様を、何としてもお止めするべきだったのです」

 「ユフィ!!何を・・・・!」

 「あれが原因でお姉様への信用は地に落ちたと、ルルーシュも言っていたではありませんか。
 あの時の私はあまりにも考えが足りず、他者の考えや思惑、そして他人の立場に立って考えることをしなかったがために、日本人の皆様に多大な迷惑・・・というのすら生ぬるいことをしてしまったのです。
 二度も同じ過ちを犯したくはありません」

 既に情報統制があってもこちらに情報が来るようなシステム作りを、ニーナに依頼してある。
 せっかく特区の利益が上がり、ゲットーの整備にも着手する準備が出来て日本人の参加者も徐々に増えているのに、絶対にあんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。

 「私は日本人の方々と、命運を共にします。それが私の・・・せめてもの償いだと思っています」

 「ユフィ!!」

 コーネリアは鋭い声音で妹を怒鳴りつけたが、いつもならばそれで言うことを聞くユーフェミアは首を横に振るばかりだ。

 「お姉様こそこちらの過失をどうにかするために、さらに他者に犠牲を強いるとはどういうおつもりです!!
 こうなったのはいったい、誰のせいだと思っておられるのですか!!」

 「それは・・・!」」

 「だいたいあんなやり取りがあった中でブリタニアに戻れなど、私にはとても言えませんわお姉様!
 お姉様が私やルルーシュ、ナナリーを想って下さっているのは解ります。
 ですが、明らかにそれは自分勝手なものです。だからルルーシュはあの時お姉様の手を取らず、日本人の方々の手を取ったのです。
 私達はもう見捨てられたのです!まだお解りにならないのですか?!」

 一歩も引かない姉妹の背後で、互いの騎士が視線を合わせてはどうしたものかと考えあぐねている。
 理屈としてはユーフェミアが正しいのだが、皇帝の命令というブリタニア皇族と軍人にとっては全てが優先されるそれに縛られたコーネリアに従うのが正しい道だからだ。

 スザクはむろんユーフェミアに従うつもりだが、いくら何でも殲滅先と解っているゲットーにやるのは何としても止めたい。
 万が一ということがあるので、親友の頼みであり何より主君である彼女を守るためには出来れば避けたい事態だからだ。

 (そうなったらルルーシュにユフィの保護を頼むしかない。
 いや、殲滅自体をやめさせるのが一番だけど・・・)

 (姫様の御懸念はもっともだが、ユーフェミア様のお言葉も一理ある。
 ブリタニアを思えば黒の騎士団の口封じを行い、エリア11を衛星エリアに昇格させて特別扱いを暗に認めるのが一番だ。
 しかし、それをどうご理解頂くべきか・・・)

 「・・・とにかく、ルルーシュ達は確保する。我々はブリタニア皇族なのだ。
 皇帝陛下の御心には、万事従わねばならん」

 「お姉様!」

 「ルルーシュがナナリーを想うように、私もお前が大切なのだユフィ。
 あの日の陛下のお言葉が原因で、兄弟間に恐れが走った。あの方に見捨てられれば、一族郎党がルルーシュと同じ道を辿ることになる、とな」

 だからルルーシュを助けることが出来ず、当時から侵略を繰り返して他国から忌避されていたせいで亡命することも出来ず、ひたすら国是に沿って生きる道を選択するしかなかった。
 他に選択肢があるかもしれないが、それは確実に母国を捨てることであり、その中でユーフェミアを守る自信などない。
 もともと他国を侵略してきた己である。妹だけならともかく、自分が亡命などしたところで他のブリタニア人のように亡命保護が受けられるなど、甘い考えは持てなかった。
 
 クロヴィスのシンジュク殲滅も、真相を知っていたコーネリアは皇位継承権を剥奪された者の末路を見ていただけに、禁じられた行為に手を出してしまったのだと解っていた。
 ただそれがあくまで身内に向けられた同情であり、理不尽だと思ったのならその原因となっている者をどうにかしようという発想が、コーネリアにはなかった。

 そして本来ならブリタニア皇族であるルルーシュとナナリーを恨んで当然の黒の騎士団が彼ら兄妹の助けとなってくれたのに、血が繋がっている味方のはずのブリタニア皇族が自らの保身のために見捨て、利用しようとしたという状況が比べられていたことも、彼女の不運であっただろう。
 
 妹の非難の視線から目をそらしたコーネリアは、それに耐えきれずに席を立った。

 「私はお前だけは守る。ルルーシュ達も、出来るだけ保護をしたい。
 お前もいずれ、この正しさが解る・・・お前はここで、特区のことだけ考えていろ」

 「・・・・」

 「黒の騎士団とマグヌスファミリアの連中だけだ!一般市民は巻き込まないと、それだけは約束する。
 ゲットー整備の方も、早急に行うように指示しよう。それがエリア11の平和のためだ」

 コーネリアはそれだけが最大限の譲歩だと告げると、ギルフォードを連れて部屋を出て行ってしまった。

 残されたユーフェミアは、クッションの上に置かれたカレンの携帯電話を大事そうに手に取り、ぽつりと呟いた。

 「いい加減にしろこのだめ親父、か・・・私も言ってやりたい台詞だわ」

 何と解りやすく的確な言葉だろう。
 ルルーシュとナナリーがあの父に言うべき苦情が、見事にこの一言に集約されている。
 ユーフェミアが読んだ本の中に、言葉とは乱暴なほうが解りやすく伝わりやすいとあったが、なるほどそのとおりだった。

 「ユーフェミア様、それは不敬に・・・!」

 残されたダールトンがユーフェミアを諌めようとするが、ユーフェミアに睨まれて口を閉じる。

 「あれが敬える父親の態度ですか!お姉様があんなに陛下の評価を気になさっていた理由がよく解りました。
 陛下があんなことを言っていたのでは、当然です。私は何も知らなかったとはいえ、お姉様も大変なご心労だったことでしょう」

 「は、その通りです。ですから姫様の御苦労をユーフェミア様にもご理解を・・・」

 「そして迷惑をかけた皆様にさらなる負担を強いることを黙認しろと言うのですか?それが理解だとでも?」
 
 「ユーフェミア様・・・」

 「・・・私、少々疲れました。混乱していますし、少し休ませて下さい」

 退室を命じられたダールトンは深々と一礼すると、部屋を出て行った。
 そしてユーフェミアは疲れたようにソファに座りこみ、心配そうに顔を覗きこんできたスザクを見て大きく溜息をつく。 

 確かに姉に同情はするが、それ以上に日本人に同情した。
 乱暴に表現するなら、彼らは家庭内のいざこざに巻き込まれただけだからだ。
 
 「・・・日本人の皆様や他国の方々が事実を聞いたら、こう返すでしょうね。『知ったことではない、自国内で解決しろ』と。
 少なくとも、私が日本人だったらそう言います」

 「ユフィ・・・」

 「こういうのを八つ当たり以外のなんだと言うのです!
 原因である陛下を殺して全てを変えようとしているルルーシュの方がよほど正しい経過を通っているではありませんか!!」

 父殺しを止めたいとユーフェミアはつい先ほどまで思っていたが、七年前の発言を聞いて止めることは不可能だと悟った彼女は、カレンの携帯電話に貼られた黒の騎士団のマークの一部が描かれたシールをじっと見つめた。

 ブリタニアを捨てる勇気は、姉よりははるかにあった。しかしこれまで苦労と心労をかけて自分を守ってくれた姉を捨てる勇気がどうしても持てなかった。

 だが、いずれは選ばなくてはならないと、ユーフェミアは震えが走る。

 (間違った行動で私を守ろうとして下さっているお姉様か、正当な行動で世界を変えようとしているルルーシュか)

 姉にすら秘匿している計画をしている父が、不気味に思えてならない。
 どんな経緯で知ったのか、ルルーシュはそれを阻止しようとしているようだがそれはいったいどんなものなのだろう。

 姉を説得したいとは思っているが、姉の仕出かした行為を皆が許してくれるのだろうか。
 家族を殺した姉が許せないと、冷酷な手段で姉を殺そうとしたマグヌスファミリアの面々を思い浮かべる。

 「スザク・・・カレンさんとエドワードさんを呼んでください。大事なお話があると」

 「イエス、ユアハイネス」

 スザクはそう返事をすると、二人を呼ぶべく内線の受話器を手に取った。
 
 

 「姫様・・・ユーフェミア様もいずれは解って下さいます。
 イレヴンもいずれは姫様の慈悲を理解いたしますとも」

 「・・・・」

 コーネリアは政庁へと戻る車の中で、自らの騎士の慰めの言葉をただ外を見つめて聞いていた。
 その前に逆探知の結果を聞くべくエドワードにも会ったが、悪辣な電波妨害システムを突破出来ずに結局やっとのことでサイタマゲットーから発信されているとしか解らなかったと告げられ、今更サイタマに行っても確実に逃げられているので、諦めるしかなかったのである。
 
 美しいビル群が立ち並ぶ外で、ブリタニアが破壊した建物が崩れているゲットー。
 そのどこかにいる末の弟妹から、もう戻ってこないと宣言された。

 『俺はお前のバカバカしい計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 その邪魔をするというなら、誰であろうと俺の敵だ』

 『私はお兄様さえいれば、それでよかったのに!!何て酷い・・・!!』

 『見捨てられたのですわ、お姉様。七年前とは逆に、今度は私達が』

 「見捨てられた、か・・・」

 ユーフェミアの台詞を思い返したコーネリアがふっと自嘲すると、ギルフォードは主君を慰めにかかる。

 「ナナリー様は姫様のお立場を理解しておられないのです。
 ナナリー様も大変なご境遇だったとは存じますが・・・」

 「大変な境遇にあった妹に私の立場を理解しろというのは、逆に不名誉な言い分だな、我が騎士ギルフォードよ」

 「姫様・・・その、申し訳ありません」

 「いや、いい。ルルーシュはナナリーのためにも一歩も引くまいよ。
 既に今頃、エリア11奪回に向けて動いているだろう」

 先ほどは情を昂ぶらせていたコーネリアだが、徐々に頭が冷えてきたらしい。
 冷静にそう分析すると、自分がユーフェミアを守るためにどう動くべきか考えを巡らせた。

 「ギルフォード、私は神聖ブリタニア帝国の第三皇女だ。それ以外の生き方など出来ん」

 「は、それは重々・・・」

 「今更ナンバーズに対し、頭を下げることなど不可能だ。
 ・・・だから私はルルーシュと戦わねばならん」

 「姫様・・・!」

 ギルフォードが主君の決意を秘めた瞳を見つめると、コーネリアは言った。

 「私が勝てば、ルルーシュとナナリーは本国には戻さずここで軟禁という形になるが、保護をする。その許可は陛下から頂けたのだ・・・それしか道はない」

 身勝手なことを、とあの二人なら言うだろう。
 しかし、それが自分の精一杯の庇護だった。

 「かしこまりました。私もそうなるように最善を尽くしましょう」

 「ゲットーに潜伏している黒の騎士団の基地を、片っ端から洗い出せ。
 ゼロを・・・ルルーシュをおびき寄せろ。
 ただし、一般市民には被害を与えるな。騎士団に対する死刑もならん。いいな」

 「ユーフェミア様とのお約束とはいえ、それでは時間が・・・」

 「命令だ!いいな、ギルフォード」

 「・・・イエス、ユア ハイネス」

 きつく命令をされたのではギルフォードはそう答えるしかない。
 “一般市民に被害を与えずルルーシュを誘き出す”という以前の彼女ならナンバーズなどと言い捨てそうなコーネリアの瞳は、赤く縁取られている。

 (そういえば姫様はルルーシュ様とお話しをなさった時、ルルーシュ様に『貴女は日本人に対して死刑・虐殺などの行為をなさらないで頂きたい』と言われていた。
 それを是とは・・・いや、まさかな)

 ルルーシュとナナリーは日本人に殺されたのだからと日本人を弾圧しただけで、実際はそうではなかったのだからこの処置になったのだとギルフォードは考えた。
 しかしれっきとしたテロリストである黒の騎士団に対して死刑を許さないというのはどういうことだろう。

 「騎士団員は・・・終身刑あたりにしておく。ルルーシュの顔を立てて、その程度にしておこう」
 
 「なるほど、かしこまりました。そう取り計らうよう、法務の方に通達しておきます」

 コーネリアにしては甘く温厚な策だが、ルルーシュ達を思えば妥当だろう。
 納得したギルフォードは、政庁に戻り次第黒の騎士団基地を探し出すべく部隊を組もうと考えを巡らせる。

 そしてコーネリアは外の景色を見つめながら考え込んだ。

 (計画・・・陛下の私にすら秘密にしている計画。
 ルルーシュは知っているようだが、まさかあのV.Vとやら・・・陛下直轄の機関の人間の行動も、それ絡みか?)

 いくら考えても答えは出ない。
 ユーフェミアと同様、初めて父に不気味なものを感じたコーネリアは、その父からの鎖を断ち切った末の弟妹にどこか羨ましいものを感じたのだった。




[18683] 挿話  伝わる想い、伝わらなかった想い
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/19 11:12
  挿話  伝わる想い、伝わらなかった想い


 
 黒の騎士団イバラキ基地、通信ルーム。
 そこにいるのはルルーシュ、ナナリー、ロロ、藤堂、千葉、エトランジュだった。

 今室内はツンドラ地帯と化しており、冷たい空気が身体に痛い。
 そしてその発生源となった少女の名前を呟く少年のうつろな声が、それに拍車をかけていた。

 「ナナリーが、ナナリーが・・・ナナリーがもっともなことだがナナリーがあんな・・・」

 壊れかけのCDプレイヤーのように同じ名詞を繰り返すルルーシュを皆気の毒そうに見やるも、ナナリーの発言は言いたくもなると非常に共感出来るものだったため、どうしたものかと顔を見合わせている。



 話は一週間前にさかのぼる。

 「あの・・・皆さん。出来たらでいいんですけど・・・お願いがあるんです。
 私、コーネリアお姉様とお話がしたいのですが・・・いけませんか?」

 ブリタニアと戦うことは仕方ないかもしれないが、コーネリアの考えを聞きたいしどういうつもりでサイタマの人達を殺したのかも知りたいと言うナナリーに、一同は驚き困惑した。

 その時は逆探知の恐れなどもあるので難しいと言われ、改めて考えるということでお開きとなった。

 自分一人のわがままだからとナナリーはそれ以上口にすることはなかったが、二日後に回復したエトランジュに呼び出されたナナリーが兄に連れられて彼女の部屋へと赴くと、そこにはロロ、C.C、エトランジュ、アルカディアがいた。

 「エトランジュ様、もう起き上がってもよろしいのですか?よかった・・・」

 「はい、一度はとても辛かったんですけど、夢の中で河のほとりにいた私に、タチカワでお会いした螺髪の方と長い髪に茨の冠をなさっていた方から『早く戻って!まだやることがあるからまだここに来てはいけない』と言われて目を覚ましたら、綺麗に熱が引いていたんです」
 
 もしかしたらあの方々が治して下さったのかもしれませんねと笑うエトランジュに、何故かそれは非常にまずいような、もしくはものすごい幸運のような気がしたが明確な理由が解らなかったので、誰も口に出さなかった。
 そしてエトランジュは一転して、真剣な表情でナナリーに言った。

 「急にお呼び立てして申し訳ありません。
 先ほど皆さんとお話しした結果、ナナリー様にも知って頂こうということになりましたので」

 「何を、ですか?」

 「藤堂達にも話していない、俺達の秘密だ。
 ・・・ロロが家族になる以上、お前にも隠しておくわけにはいかないと思ったし、それにもしかしたらお前の眼が治る可能性があるから・・・話すことにした」

 ロロと自分の目に関することという一見繋がりがまるでない事柄についてと兄から言われたナナリーは混乱したが、一同の真剣な雰囲気にぎゅっと車椅子の上で手を握りしめる。

 「話したいことととは、何ですか?」

 「ギアス、だ。人ならぬ王の力・・・それについてだ」

 ますます訳が分からなくなったナナリーだが、エトランジュにそっと手を繋がれて落ち着きを取り戻した。

 「ゆっくり、ゆっくりでいいのでどうかお聞き下さい。
 質問があればすぐに伺いますから」

 「は、はい・・・そのギアスとは・・・?」

 ナナリーに改めて尋ねられたルルーシュは、丁寧にゆっくりと説明した。

 ギアスとは王の力と呼ばれ、解りやすい表現をするなら超能力のことだ。
 コードと呼ばれるものを宿した人間から与えられ、契約を結ぶとその者はそれぞれに違う力を与えられ人とは違う存在になる。
 そしてそのコード所持者がC.Cであり、彼女と契約を交わして手に入れたのが絶対遵守の王の力なのだと、ルルーシュは告げた。

 「俺のギアスはたった一度だけ、相手に命令をすることが出来る。
 それこそ死ね、誰かを殺せ、というような非道な命令でも、相手にそれを遵守させる力だ」

 「そんな・・・ご冗談でしょうお兄様」

 どこかの映画やCDシアターのようなお話、とナナリーは思った。
 彼女はルルーシュは中華に行っている間なぜかクライスがテレビより映画やCDシアターを上映したがったので、その手のものにはそこそこ詳しくなっていたのだ。
 その理由はもちろん、実兄による幼女誘拐のシーンをナナリーから遮断しようという配慮のためである。

 「だが事実だ。そしてそのギアスは俺だけではない・・・この場にいる全員が、ギアスを持っている」

 「え・・・」
 
 ナナリーが驚きを隠せずに言うと、エトランジュが肯定した。

 「私どもの一族は、代々コードを所有しているのです。
 コードを受け継ぐためにはギアスを育てる必要があるので、ギアスを持つことが義務ですから」

 エトランジュが自分達の正体がブリタニアに侵略されたエリア16のマグヌスファミリアの王族だと告げると、ナナリーは驚きを隠せなかった。
 
 「そんな・・・!ブリタニア皇族は、貴女の一族を侵略したのに・・・!
 どうして私に優しくして下さったのです・・・?」
 
 「それは貴女のせいではありません。それにルルーシュ様からお世話になっている身ですから、そのことはどうぞお忘れ下さい。
 私は確かにブリタニア皇族は嫌いですが、それは私の一族を滅ぼしたからでそれに関与していない貴女まで憎むほど愚かではないつもりです」

 「そうですか・・・その、ありがとうございます」

 「気を使わせてしまうのであまり言いたくなかったのですが・・・ナナリー様が気にやまれることではないのです。
 苦情は貴女の父と異母姉にさせて頂きますので、お気になさらず」

 エトランジュはそれだけ言って、話を元に戻した。

 「話を続けさせて頂きますね。
 そしてそのコードはブリタニアにもありました。そのコードは現在、ブリタニア皇帝シャルルの兄が持っています」

 「そう、そしてそれがすべての始まりだった」

 ルルーシュがそこでコードを持つ者が不老不死であること、そのコードにはギアスを与える以外に様々な不思議な力があることを告げると、シャルルの計画を話した。

 ラグナロクの接続という、全ての人間の意識を一つに統合して嘘のない世界を創るという計画を。

 「そんなことが・・・出来るのですか?」

 「・・・先ほど長年コードを研究していたマグヌスファミリアの方から“理論上は可能”という返答が来た」

 エトランジュが回復してすぐにリンクを繋ぎ直して開き、ギアス嚮団員からも多少の情報を得ていたマオと情報を整理した一同は早速この件について話し合ったところ、マグヌスファミリアの研究チームはアカーシャの剣に関しては知っていた。
 ただそれはコードを破壊する物ではないかという見解の元、その動かし方を調べて確認したいと考えていたそうで、思考エレベーターなどに関しては『そんな代物考えたことがないから解らない』という最もな返事が来たのである。

 ルルーシュが忌々しそうに答えると、ロロを引き寄せて彼の頭を撫でた。

 「そのためにギアスを使った実験を、繰り返していたらしい。ロロもその犠牲者だ。
 おぞましいことに、実験でギアスを与えて使えると判断したらその力を使って暗殺をさせていたんだぞ!
 平和のためというのが聞いて呆れる行為だ」

 「あ・・・ブリタニアの特殊機関って・・・そうなのですか?」

 「そうだ。世界各地から孤児やナンバーズを集めてはそうさせていたらしい。
 死者も出ている・・・死者ともまた会えるから問題ないと、そんな理由で連中は世界各地で侵略し、住んでいる者達を殺し、使役し、搾取した挙句、使えると思った者はこうして実験にかけるんだ。
 そんな行為の果てに得るものが、平和なはずがない!!」

 常ならぬ兄の怒気に押されたナナリーがエトランジュを手を思わず握ると、エトランジュが手を撫でてくれたので、ナナリーはおずおずと口を開いた。

 「私も同感です。あの方、私達を捨てたんでしょう?死んでいるのだ、いい取引材料だと言ったと・・・」

 「どこからそれを聞いた、ナナリー?!」

 父のあのおぞましい発言は、ナナリーには言っていない。
 エトランジュ達も驚いて目を瞬きしていると、ナナリーがポケットから取り出したものを見て眉根を寄せた。

 「それ、音声日記よね?それがどうしたの?」

 アルカディアの言葉にナナリーがそっと唇を寄せて声を吹き込んだ。
 音声日記の再生方法は、再生したい部分の冒頭をボタンを押しながら呟くことで、聞きたい個所から再生される。
 通常は『三月一日晴れ』というような言葉で日記を聞くための機能である。
 
 『見つかるかもしれませんね』という言葉で再生された部分に、一同は仰天した。

 『見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので』

 『そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?』

 『あの方が母君のマリアンヌ様をテロで喪ったことはご存じかと思います。
 そして父であるシャルル皇帝が何の捜査もせず放置したのでシャルル皇帝に諫言なさったそうなのですが、ルルーシュ様に対して“死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物”と言い放ったと・・・』

 「エトランジュ様・・・?」

 知られたくない過去をバラしたのかとルルーシュが思わずエトランジュを睨みつけたが、言った記憶のない本人は首を横に振っている。

 「確かに私の声ですが・・・私、どうして・・・?!」

 (そうか、あれはエトランジュの・・・!それで藤堂達はあっさり俺の味方についてくれたんだな)

 エトランジュ達があまりこちらの事情を詮索して来なかったので本当にブリタニアが植民地を解放して祖国が戻ればそれでよしと思っていたのだというのは間違いで、どうやらある程度は探りを入れて亡命した貴族達からでも聞いたのだろう。

 エトランジュはそれを知らないことにするつもりだったようだが、藤堂達を味方にするために話すというのはいかにもあの人が考えそうなことだ、とルルーシュは事情を悟ったので彼女に苦情を言う訳にはいかないと、ナナリーに厳しい口調で言った。

 「・・・録音したのか、ナナリー。それはいけないことだぞ」

 「解っています。でも、私どうしても知りたくて・・・皆様私に優しくしてくれるし、ブリタニアが悪いと言うばかりで・・・思いついてしまったんです」

 こっそりこれを作動させたままみんなの前に隠し置いておけば少しは事情が解るかもしれないと思った時、ナナリーはつい実行に移してしまった。

 そして彼女はとうとう知ってしまったのだ。父の暴言を、異母姉の所業を、そして皆が自分達兄妹に同情する理由を。

 「ナナリー・・・」

 「ごめんなさい、ごめんなさい!でも私、知らないことが怖くなって!!
 知りたいと思ってしまって・・・本当にごめんなさい」

 ひたすら謝罪するナナリーに、大きく溜息をついたアルカディアが仲裁に入った。

 「解った、解ったわよ。確かに何も知らされなかったナナリーちゃんの不安も解るし、こっちにも非があるから、今回の件はなかったことにするわ。
 でも誰かに聞かれたらまずいから、その部分は即刻消しなさい。いいわね?」

 「はい・・・ありがとうございます」

 アルカディアはナナリーの手から音声日記を借り受けると、削除ボタンを操作してその場面を抹消する。
 そしてエトランジュのほうにちらりと視線をやると、彼女は勝手にルルーシュの過去を話してしまった罪悪感と覚えのない会話に混乱している。

 (藤堂中佐達の方に口止めしたって聞いてるけど、まさかこんな伏兵があったなんて・・・何とかごかまさないと)

 「気にすることないわよエディ。あの日はあんた意識もろくにない状態だったし、憶えてなくて無理ないわ」

 「そうですね、それにあの場では説明しなくてはならなかったのも当然ですし、ギアスが不安定だったのですからお気になさらず」

 ルルーシュも同調したのでエトランジュはまだ何か引っかかるものがあったが、話はまだ続くのだからと納得することにした。

 「ありがとうございます・・・ルルーシュ様、勝手にお話しして申し訳ありませんでした。今後は気をつけますね」

 「・・・ええ、結果的には良かったのですからむしろ感謝します」

 ルルーシュはそれで話を戻そうと、ナナリーにさらなる事実を告げた。

 「そして、その計画にはシャルルとその兄と・・・母さんが関わっていたんだ。
 さらに母さんを殺したのは・・・・その兄だ」

 「え・・・仲間割れですか?」

 普通誰でもそう考える、と一同は思ったが、母が殺された理由を聞いてナナリーは首を傾げた。

 「・・・あのー、言っていることがよく解らないのですが」

 「そうだろうな。俺も本当に理解出来ないから」

 伯父が父を母に取られたと思い込んで母を殺したと言われても、ナナリーにはよく解らない。

 「だって、ご兄弟ではありませんか。
 それにその時点でお父様にはたくさん后妃がおられたし、どうして今更?」

 「どうも母さんとあの男は計画を通じて仲が良かったらしい。
 それが原因で計画を中止するかもしれないと思ったそうだが、本人から聞いたわけではないので俺もよく解らない」
  
 兄の疲れたような声に、確かに意味不明過ぎるのだろう。
 全員が訳が分からないと全身で語っているので、自分だけではなかったのかとナナリーは少し安心した。

 「それで・・・ここからが大事な話だ。よく聞いてくれ。
 あの日、お前は母さんと一緒にいて母さんがお前を守って死に、お前は足を撃たれたということだが・・・実際は違うんだ」

 「・・・え?ならどうして」

 「お前はあの現場に居合わせてなどいなかった。自室で寝ていたところをV.V・・・あの男の兄だ・・・に連れ出されて足を撃たれ、既にこと切れていた母さんの腕に押し込まれた。
 ・・・それが真相なんだよ」

 その証拠にナナリーの足は綺麗に等間隔で撃たれており乱戦の痕がなかったと告げると、ナナリーは真っ青になった。

 「で、でも私の眼は精神的なもので!!」

 「それも違う。これには続きがあるんだ。
 C.Cもまた当時のあの男の協力者だったんだが、たまたま真相を知った彼女の証言もあって真相を知ったあいつは、お前の元に行ってあいつもまたギアスを使ったんだよ」

 母マリアンヌの件はさすがに言えないと、ルルーシュはあえてぼかして真相を告げる。

 それこそが記憶操作のギアスであり、彼女はそこに居合わせたというぼんやりとした記憶と、目が見えないという記憶を植え付けられたと言われたナナリーは、本当は見えているという目を思って泣きだすように言った。

 「どうしてそんなことを・・・私は何も覚えておりませんのに」

 「俺もまったく意味不明なんだが、V.Vはお前を目撃者に仕立て上げるつもりであんなことをした。
 だから次はお前が狙われるかもしれないと思ったので、目が見えていないほどのショックで何も覚えていないとV.Vにアピールするためにした処置だと・・・」

 もはや何が何だか解らないと一同は疲れたが、ルルーシュはとにかく事情説明だけでも終わらせようと、シャルルがV.Vから守るために自分達を日本にやったと告げた。
 そして自分達に興味がないと思わせるためにあの暴言を言ったらしいと告げると、やはり父は自分達を愛しているのではとナナリーは思った。

 しかし兄はそう思っていない様子で、苦々しい口調で言った。

 「だが先の計画のためには日本にある遺跡が必要なので、俺達を見捨てて日本に侵攻した。
 俺達をブリタニアから遠ざけるだけなら、侵攻の予定がない国か最後に侵略する国で充分だ。だが奴はそうしなかった・・・何故か解るか?」

 言われてみれば兄の言う通りである。
 自分達を守るためと言うなら、何もすぐに侵略する予定の国になど行かせなくてもいいではないか。
 ナナリーは解らないと首を横に振ると、話しているうちに感情が高ぶっていたルルーシュは言った。

 「ラグナレクの接続が成れば、死者とも会話が出来るようになるのだから死んでも構わなかったそうだ!
 俺達が、その他の人間達が死ぬ時に、搾取されている時にどれほどの恐怖と痛みを感じるかなど、考えてすらいなかったんだよあの男は!!」

 はあ、はあ、と荒く息をつくルルーシュにナナリーは怯えたが、それが事実であるなら兄の怒りは当然だった。
 孤児院で親がいないと泣く子供や悲嘆に暮れてブリタニアを呪う者、足をなくして不自由を抱えて生きようとしている人達を、ナナリーは知っている。

 「嘘のない世界は素晴らしいかもしれませんが、でもこれはいくら何でも・・・」

 「そう、奴にとっては俺達はしょせん道具だった。
 兄上と姉上は侵略とその侵略先を治める道具、そして俺達は大事にされてはいただろうが侵略のきっかけとするための道具。
 どう言い繕ってもその事実は消えない」

 「お兄様・・・」

 「だから俺は、あの男の計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
 あんな歪に歪んだ国など、滅んだ方が世界のためだ」

 そして何より、自分達兄妹の幸福のためだと言う兄に、ナナリーは途方もない話についていけずただ唖然とするばかりだ。

 「ルルーシュ様、ナナリー様も混乱されております。今回はこの辺りになさったほうが・・・」

 ナナリーを抱き寄せながらそう提案するエトランジュに一同は頷くと、興奮を収めたルルーシュが謝罪する。

 「・・・すまない、つい感情が昂ぶってしまった。
 お前には納得しないこともあるだろうが、俺はブリタニアは滅ぼす。これはもうお前の頼みでも覆すことは出来ない」

 さすがにここまで黒の騎士団やマグヌスファミリアに迷惑をかけてしまったのだ。協力すると約束してくれた者達を裏切るわけにはいかないという兄に、ナナリーは頷いた。

 「それは解ります・・・私も覚悟はしていたつもりです。
 私はお兄様を信じますわ。ええ、お兄様は私に隠し事をするとはおっしゃいましたが、こんな嘘をつく方ではありませんもの」

 「ナナリー・・・」

 ルルーシュがほっと安堵の息をつくと、今回は話が長くなったのでお開きにしようというエトランジュの提案に皆が頷いたため、ルルーシュはナナリーとロロを伴って部屋へと戻った。

 「あの、お兄様・・・ロロさんもギアスを持っているのですか?」

 「ああ、他者の体感時間を少しの間止めるというギアスだそうだ。
 ただその代わりギアスを使っている間は心臓が止まるので、使い続ければ死に至る」

 そしてギアスは使い続ければ暴走する。
 それなのに使わせていたということがどういうことか、ナナリーもさすがに理解してロロを気の毒に思った。

 「そんな、酷い・・・!お父様達はいったい、どうしてそんな非道なことが出来るのでしょう」
 
 「さあな・・・自分達の目的が達するのなら、手段はどうでもいいと思っていたとしか俺には見えない。
 俺も結果主義だが、それでも手段は選べる範囲で選んでいるんだがな」

 ルルーシュは事あるごとに『大事なのは結果だ』と言うが、現実はある程度手段を選ぶ必要があるものだというのに、シャルルは選べたはずの手段を見事に無視している。

 「お前にこのことを話したのは、いつまでも隠すわけにはいかないと思ったことと、ギアスを使えばもしかしたらお前の眼が戻るかもしれないという提案があったからなんだ」

 ギアスのことを話すのならラグナレクの計画とともに話した方があとあと混乱しないのでは、というアルカディアの提案を吟味した結果、母マリアンヌの件を除いて話した。
 ひた隠しにしていたシャルルのあの暴言を知っていたということは計算外だが、結果的には正解だったかもしれないと、ルルーシュは内心で溜息をつく。

 「ギアスは基本的に早い者勝ちだそうだが、種類や相性によっては後から打ち消すことが可能な場合があるらしい。
 マグヌスファミリアの王族が皆ギアスを持っているというのは聞いただろう?あの男がかけたお前のギアスを打ち消すことが出来たらお前の目が戻るのではと、エトランジュ様が申し出てくれてな」

 「本当ですか?治るんですか、私の目・・・」

 「まだ解らないが、もしかしたらキャンセル出来る可能性もある。希望は持っていいと思う」

 実際ブリタニア側にギアスキャンセラーなるものが出来たのは身を持って実感している。
 逆にこちらが手に入れられれば、せめてナナリーだけでも解除してやりたいとルルーシュは考えていた。

 (それなら、私にそのギアスを与えたら治るっていうのは駄目なのでしょうか・・・)

 でも、場合によってはロロのように大きなデメリットがあると先ほど兄は言っていた。
 なら兄は絶対に許してくれないだろうと、ナナリーは口に出さなかった。

 「解りました。私、皆様にお任せして自分に出来ることを精一杯していきたいと思います」

 「ああ、ありがとうナナリー。今日はいろんなことを話してすまなかった」

 「はい、お兄様。そうだ、そろそろお風呂のお時間でしょう?
 ロロさんをお待たせしてはいけませんから、どうぞ行ってらっしゃいませ」

 基地には大浴場しかなく、個人風呂は一部の幹部の部屋だけである。
 ゼロにはもちろんあるものの、現在の彼らの身分はブリタニア人協力者でラクシャータの手術を受ける妹のために滞在しているというものなので、使用出来ないのだ。

 「ああ、もうそんな時間だったか。ロロ、行こうか」

 「うん、兄さん。でも大勢でお風呂に入るの、ちょっと苦手だな・・・」

 「俺もだが、慣れれば楽しいぞ。風呂からあがったら、今日は何を飲もうか」

 「兄さんと一緒のがいい・・・だめ?」

 入浴セットを持って楽しそうに話している兄とロロを見送ったナナリーは、自室を出てエトランジュの部屋へと向かった。
 途中黒の騎士団員の女性に送って貰って彼女の部屋に行くと、エトランジュが出迎えてくれた。
 
 「あらナナリー様。先ほどお戻りになったばかりですのに、どうなさったのですか?」

 「すみません・・・その、どうしてもご相談に乗って頂きたいことがあって・・・。
 ギアスとブリタニアのしていたことについて・・・エトランジュ様なら公平に話をして下さると思ったから。」

 「え、私ですか?でも私は貴女の御一族から酷い目に遭わされているのです。
 公平とはとても言えない悪口のオンパレードになると思いますけれど・・・」

 指名を受けたエトランジュは驚いたが、ナナリーは首を横に振った。

 「エトランジュ様は決して、コーネリアお姉様やお父様の所業を一言もおっしゃいませんでした。
 ですから、悪口ではあってもとても公平なのではないかと思うのです」

 父と異母姉のしたことは貴女とは無関係だからと、何も言わなかった。
 けれど必要なことは話した方がいいと、兄にも説得してくれた人なら相談に乗ってくれるのではないかと言うナナリーに、エトランジュはそこまで期待されても困るのだが、むげにも出来ず彼女を部屋に招き入れた。

 「私でよろしければお話しましょう。
 ですが先も申し上げたように、基本的にブリタニア皇族に厳しい見方になると思いますが、それでもよろしいですか?」

 「はい・・・あの、ギアスですけど、エトランジュ様もお持ちなんですよね?」

 さっそく整理しながら話そうと、まずはそのことを尋ねたナナリーにエトランジュは頷いた。
 そして自分のギアスの内容を教えると、彼女の手を握りしめる。

 「少し、試してみますか?
 実を言いますと目が見えないナナリー様のお役にたてるかと思って、後で申し上げるつもりだったのですが」

 「・・・はい、お願いします」

 ナナリーは少し怯えたがエトランジュの温かな手に肩の力を抜くと、全身が抱き締められているかのような安堵感に包まれた。

 《聞こえますか、ナナリー様。エトランジュです》

 「・・・・!!ほ、本当に・・・・?」

 《これだけでは解り辛いでしょうから、次は視覚を繋げてみましょう。
 ルルーシュ様のお姿です・・・母君に似ておられるとのことですから、すぐにお解りになると思います》

 ナナリーは確かに目を閉じているのだが、脳裏に入り込んで来たのは母より身長の高い短く切り揃えられた黒髪の兄の姿だった。
 
 「あ・・・お兄様・・・・!」

 エトランジュの記憶にあるルルーシュの姿を脳裏に直接送られたナナリーは、涙を流して喜んだ。

 「ああ、お母様によく似ておられるとミレイさんがおっしゃっておいででした。
 お兄様・・・!ずっとずっと、お姿を拝見したかった!」

 七年前から一度も目にしたことのない兄だが、自分には解る。

 「本当に、ギアスはあるのですね・・・信じますわ」

 百聞は一見にしかずというが、まさにそのとおりであった。
 
 「ありがとうございます、エトランジュ様。
 これで私、たまにでもお兄様のお姿が拝見出来るのですね」

 「ええ、いつでもどうぞ」

 ささやかな望みが叶ったナナリーは涙が出るほど喜んだが、話はそれだけではなかった。

 「・・・ギアスが実在するということは、あのラグナレクの接続というのも事実なのですか?」

 「正直理論上は可能という答えで、実際はどうかは私も解らないんです。
 誰も考えたことがないそうですから、断言出来ません」

 しかしそのためにコードが必要なので、それを持っているC.Cが狙われている。
 実際にその計画を成功させてしまう訳にはいかないので、断固としてシャルル皇帝をどうにかしなくてはならないのだという説明に、ナナリーはもともと外道な行為をしている父に関してはそのとおりだと納得した。

 「あの、私嘘のない世界は素晴らしいと思うのですが、その計画に皆さんが反対の理由を教えて頂けませんか?」

 聞くだけではエトランジュのギアスと同じものなのではないかというナナリーは、狭い世界で生きてきたが故にまだいまいち理解出来ない。
 だが説明上手なエトランジュが少し考えた末に口を開いた。

 「・・・シャルル皇帝が創ろうとしているのは、皆の意識が一つになる世界だからです。
 どんな世界になるか正直想像しがたいので説明し辛いのですが、思ったことが互いに解るようになるということは、実際は苦痛でしかないのですよ」

 「どういうことですか?」

 「極端なほうが解りやすいので、説明させて頂きます。
 私がナナリー様に素晴らしい絵を見つけたのでどうぞとプレゼントしたとしましょう。もちろんそれはナナリー様はご覧になることは出来ませんね。
 ナナリー様はそれでも私にお礼をおっしゃって下さると思いますが、内心では『これはちょっと・・・』くらいに感じてしまうのが当然でしょう」

 「・・・それがエトランジュ様にも伝わってしまう、ということですか」

 何だか互いに嫌な気分になるだけだ、とナナリーは思った。
 さらにエトランジュは日本の小説で読んだという、互いの考えが解る薬を飲んだ国民達の話をしてくれた。
 初めは互いのことが理解出来たと喜んでいたけれども、少しずつの不満も露呈されてしまうので次第に皆離れ離れになっていき、緩やかな滅びを迎えていこうとしていたのだと。

 さらにマオのことも話した。
 相手の心が全て聞こえてしまう青年がどのような道を辿り、そして病んでいったのかということを。

 先日、リンクを繋ぎ直しラグナレクの接続について話し合ったマオは泣きながらそれは嫌だと訴えた。

 『嫌だよC.C!せっかく誰の本音も聞こえなくなったのに、また戻るのは嫌だ!!
 死んでも逃げられないなんて、そんなのは嫌だ・・・嫌だよ・・・・何でもするから、そんなことはさせないで!!』

 怯えたように訴える養い子に、C.Cはだからこうやって話し合っているのだからと諭して落ち着かせていたことも、エトランジュは見ていた。
 さすがにそれはプライバシーだったのでそこまでは話さなかったが。

 「嘘、というのは時には必要なものです。
 一番解りやすいのは余命がわずかしかないという方に事実を告げるか、それとも嘘を吐くか・・・という状況でしょうか」
 
 「・・・お兄様が私に、スザクさんのお家で住むことになったのが綺麗なお家ではなく、土蔵だったという嘘のように、ですか?」

 「そんなことがあったのですか・・・ええ、それも必要な嘘ですね」

 何を考えていたのだろうか枢木首相、と内心でさすがに呆れたエトランジュだが、それを口にすることなく続ける。

 「嘘や建前というのは薬のようなものです。
 それで争いがおこることは確かにございますが、逆に回避されたことも多々あります。
 使用上の注意と用法を守ってお使い下さい・・・それだけのことではないでしょうか。
 聞く限りシャルル皇帝はそれを理解していないとしか・・・」

 嘘に限ったことではなく、だいたいの物事は加減が大事なだけで必要なものだと言うエトランジュに、ナナリーはなるほどと納得した。

 「とてもよく解りました。そうです、必要な嘘ってありますものね。
 それに、いくら死んでも会えるからと言っても、亡くなった方は美味しいものを食べられなかったり、大事な方と抱き締めたりすることも出来ないはずです・・・ですよね、エトランジュ様?」

 「たぶんそういうことになるとは思うのですが、実現された例がないのでなんとも言えませんね。
 ですが正直、デメリットの方が圧倒的にある計画だと私は思います」

 しかもそこまでに至る過程があまりに酷く、実現されようものならシャルル達は一斉に消えろと言われるのではないだろうか。

 「すべての人間に自分を理解してほしい、という望み自体は解らないでもないですが、確かにラグナレクの接続でもなければそれは無理でしょう。
 でも、“せめて自分の大事な人だけでも自分を理解してほしい”というなら現状で充分可能です。
 こうやって向かい合って話し合えれば、それでいいのですから」

 ナナリーも自分はこう思っている、この計画のどこがおかしいのか解らないので教えて欲しいけれど兄には尋ね辛いという考えを話してくれたからこそ、自分はそれが理解出来たと言うエトランジュに、ナナリーはそのとおりだと幾度も頷く。

 「伝える方法はたくさんありますものね。
 そういえばお父様、どうしてあの酷いお言葉が自分の本心ではないと教えて下さらなかったのでしょう?
 初めにそうおっしゃっていたら、お兄様もあそこまでお怒りにならなかったのでは?」

 「そうですね・・・きっとその方法に思い当たらなかったのではと」

 「もしくは計画が成ったら自然に解るからどうでもいい、と思っていたか、ですか?」

 エトランジュがものすごく言い辛そうに予想していることをナナリーが先取りすると、エトランジュは少し悩んだ後に小さな声で多分、と呟いた。

 彼女の様子から察するに、自分ですら思い当たったことをエトランジュが解らないはずがないから、後者の方が正解だと思ったがあえて言わなかったのだろうとナナリーは思った。
 V.Vのことは言えないまでも、『先ほどの暴言は擬態だ。自分が庇ったらお前達が逆にさらに狙われる可能性が高いから、そうするしかなかった。迎えに行くまで待っていてほしい』と手紙でも、以前は父の仲間だったというC.Cに伝言をするなりしていれば、ルルーシュもあそこまで態度を硬化させることはなかったはずだ。

 日本侵攻の時も、『アッシュフォードに庇護を頼んであるから自分が迎えに来るまで待って欲しい』という言葉があったなら、何かが変わっていたのかもしれない。

 「私、よく解りました。そうですよね、みんながみんな同じなわけではありませんもの。
 お父様は馬鹿です・・・自分のお言葉を言わなければ、理解なんてして貰えるはずがないのに」

 ナナリーは光を失ってからずっと、周囲に溶け込むために周囲の言葉に迎合して生きてきた。
 だから自分の意見を極力言わないように、小さなわがままを兄に叶えて貰う形で過ごしていたが、孤児院ではそうではなかった。

 自分の意見はしっかり言わなければ、誰も理解してくれないのだ。
 そして誰もが自分の言葉を形にしても誰も怒らなかったから、ナナリーは自分を殺さなくてもよくなった。
 兄も自分のしたいようにしてくれていいと言ってくれたから。

 「・・・私、ブリタニアに戻りたくありません。
 お兄様と暮らしていければ、他に望むことなんてありません」

 「はい、それはもっともなことと思います。
 ルルーシュ様もきっと、そうおっしゃることでしょう」

 「もうブリタニアに戻らないと、コーネリアお姉様にお伝えしたいのです。
 それでも私達をブリタニアに戻すおつもりなら、それはただの横暴だと」

 あんな恐ろしい所になど戻りたくないと伝えたいというナナリーに、自分の意見はきちんと伝えるべきと言った手前もあるし、彼女の望みはもっともだとエトランジュは思った。

 「・・・解りました。ナナリー様のお望みは正当なものです。
 私からも皆様にかけあってみましょう」

 わずかな時間くらいなら何とかなるかもしれないし、そもそも自分達の言葉だけで事態を把握させるのはナナリーにとってとても不公平だ。

 「ありがとうございます。あの、ご無理ばかり申し上げて申し訳ございません。
 本当にご迷惑ばかりで・・・」

 「いいんですよ、来週は貴女のお誕生日ですもの。それに私はあくまで伝えるだけですから、大したことではありません。
 そう、バースデープレゼント代わりとお考え下さいな」

 「・・・エトランジュ様」

 これくらいどうということはないのだ、という意味を込めての言葉に、ナナリーは何度もはい、と頷く。

 「でも、先に注意しておきますね。
 逆探知の恐れがあると思うので短く済ませること。なるべく解りやすく短い台詞で相手に伝わるようにすればいいと思います」

 「短く解りやすく、ですか?」

 「私達が使っている敬語文は迂遠な言い回しなども多いので、無駄に長くなるケースがありますからね。
 ですから多少は砕けたもの言いを使用しても大丈夫だと思います」

 自分達だって家庭内では結構な毒舌ぶりを発揮しているんです、とエトランジュはころころと楽しそうに笑った。
 家族だから大丈夫だろう、という安易なこのアドバイスを、根が素直なナナリーはなるほどもっともだと受け取った。

 それから数日後、エトランジュがナナリーの誕生日プレゼントとして是非にと掛け合った結果、ルルーシュもナナリーの気持ちは当然なのでわだかまりをなくすためにもとカレンにも協力を依頼し、アルカディアも仕方ないと言いながらも協力してくれた。

 アルカディアがその場にいると思わせるために適当な相槌を入れたボイスレコーダーを千葉に託し、一度消した音声日記の声を復元させた音声日記をナナリーに持たせて今回の電話会談と相成ったわけである。



 そして “多少砕けたもの言い”をしたナナリーは、すっきりした顔で受話器を置いた後凍りついている面々・・・取り分け明後日の方向を向いて呟き続ける兄の袖を引っ張った。
 
 「お兄様、あの方がいると思ったら・・・その・・・解りやすくあれなら伝わるかと思いまして」

 妹の声が耳に飛び込んだルルーシュは、この出来事をよい方に解釈して我に返った。

 「・・・そう、そうだなナナリー!!あの男にはあれくらいでなければ伝わらないだろうからな。
 よくやったぞナナリー!」

 「どこで憶えたんです?そんな言葉」

 千葉が少し眉をひそめて手にしたアルカディアの声が入ったボイスレコーダーを鞄にしまいながら尋ねると、ナナリーはすぐに答えた。

 「孤児院の皆様がたまにお使いでしたので・・・そんなに酷かったですか?」

 「・・・正当な苦情ではありましたので今回は当然ではありますが、あまり使わないほうがいいと思いますね」

 「千葉、ナナリーはあの男に当然の苦情を言っただけで、いつもなあんな言葉を考えもしない子なんだ。
 ああでも言わないとどうせ伝わらないからなブリタニアには!」

 ルルーシュが懸命に妹のフォローをしていると、ナナリーがにこやかに言った。

 「相手に的確に伝えることが大事、とエトランジュ様が教えて下さいましたから。
 特に今回は危ない橋を渡ることになるから、なるべく短い言葉を使うようにと言われておりましたので」

 エトランジュは乱暴に言えと言ったわけではないのだが、確かにそのアドバイスをナナリーは忠実に実行に移していた・・・と言えなくはない。
 言葉とは実に難しいものである。
 
 演説やメッセージなどこちらから一方的に伝えるだけならあらかじめいろいろ丁寧な文体などを考えてくれただろうが、会話ならカンペなど作れるはずもない。
 まして今回はまさかシャルルが通信機越しとはいえいるとは思わなかったのだから、なおさらである。
 よって急きょ考えた“簡潔に短くまとめた苦情”があれになったのだ。
 
 ナナリーが今回だけと言ったのでこの件は終わりになり、ナナリーは一同に頭を下げた。

 「ありがとうございます皆さん。私のわがままに付き合って下さって、申し訳ありませんでした」

 「いや、いいんだ。今回限りだし逆探知もされていないようだからな」

 アルカディアが何もしていないとはいえ他の情報解析チームも何もしていないようだとシステム解析をしていたルルーシュの報告に、一同は安堵する。

 「まさかあの方がいらしたなんて、驚きましたねお兄様」

 「そうだな。あれだけのことをして来たんだ、今更後には引けないだろうよ」

 あの男がいるならとルルーシュはついでに計画の存在をぼかして暴露し、不和の種をばら撒くなど腹黒い策を仕掛けることが出来たので、むしろいいイレギュラーだった。

 すべての内容を聞いていた藤堂と千葉は、生々しすぎるブリタニア皇族の内情に対してこの兄妹に同情するしかなくなっており、何も言わなかった。
 ちなみにこの二人は話に出ていた計画云々に関しては、ルルーシュにごまかされたこともあり普通にブリタニアの世界征服計画だと思っている。

 「私ももうあの方のことはどうでもいいです。
 皆様、早くブリタニアを倒してみんなで幸せになりましょうね」

 穏やかな口調だがトゲがあるナナリーの台詞に、父親に愛想が尽きた少女としては当然かとその変化を受け入れた。
 
 「私はお兄様がいればそれで幸せです。
 でも、皆様とも仲良く暮らしていければ、もっと幸せなんです」

 「ナナリー皇女・・・解った、俺達もそのためには協力を惜しまない」

 健気な少女の台詞に藤堂と千葉はあんないい娘を捨てるとは、とシャルルに対して呆れ果てた。
 
 「あんな馬鹿な父親、どうせ碌な末路を迎えませんよ。一人寂しく死ねばいいんです」

 さすがにそれは、とエトランジュが千葉をたしなめようとしたが、ナナリーはにこやかに同意した。

 「そうですね千葉少尉。あんな駄目な方はきっとそうなりますわ。
 ご自分の子供にすら何も言わないような方など、誰も相手になさいませんもの」

 早くその日が来るといいですね、と笑うナナリーに、一同はよほど激怒していたようだと好意的に解釈するしかなかった。

 「・・・さ、さあ、お電話もお済みになったことですし、ナナリー様のお誕生日をお祝いしましょう。
 ルルーシュ様お手製のケーキを私も早く頂きたいですし」
 
 微妙な場の空気を変えようとエトランジュが申し出ると、一斉に皆同調した。

 「そうだな、ナナリーの好きなイチゴがたくさん乗せてあるぞ。
 よかったら藤堂達も食べていってくれ」

 「そうか、せっかくだから俺達もご相伴にあずかるとしよう」

 藤堂が了承したので、四聖剣の面々もバースデーパーティーに参加することになった。
 少し人数が増えたのでエトランジュの部屋に集まると、ルルーシュが最愛の妹に祝いの言葉を贈った。

 「十五歳の誕生日おめでとう、ナナリー」

 「ありがとうございますお兄様、エトランジュ様、ジークフリードさん、クライスさん、藤堂さん、仙波さん、朝比奈さん、卜部さん、千葉さん」

 今日の出来事は、自分が成長するための第一歩になると、ナナリーは思った。
 そう、自分は今日から十五歳になる。だから・・・。
 
 「足が元通りに動けるようになったら、ナイトメアの動かし方を教えて頂いてもよろしいですか?
 幼い時にお母様から少し教わりましたけど、カンを取り戻さなくては」

 「・・・・え?」

 ジュースが入ったグラスを手にしたまま固まる一同に、ナナリーはにこやかに再度お願いした。
 
 「十五歳になったら、戦争に参加してもいいんですよね?」

 「いや、間違っているぞナナリー。戦闘に参加してはいけないのは十五歳“以下”だから十五歳も駄目なんだ。
 エトランジュ様は十五歳だが、マグヌスファミリアでは大人とみなされているから例外を認められているだけなんだよ」

 だからあと一年待つようにという兄に、ナナリーはしゅんとしたがエトランジュが提案した。

 「リハビリのためなら、古い機体のナイトメアを一体出すことは出来ませんか?
 ナナリー様に限らず、お身体に損傷を負われた騎士団の方のためにもなりますし・・・」

 黒の騎士団でも、戦争で身体に不具合を持った者はいる。
 ラクシャータもそういった者達のために、神経装置とナイトメアを繋いで動かせるようにするタイプのナイトメアを造る予定だと聞いていた一同は、悪くないアイデアだと賛成した。

 「解った、手配しておこう。だがリハビリがある程度進んでからにするように」

 「はい、お兄様!皆様もありがとうございます」

 十五歳の誕生日に、様々な人達から多くのものを受け取ったナナリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
 


 その日の夜、C.Cはゼロの私室でチーズ君を抱きながら横になっていると、来たか、と上半身を起こした。

 「マリアンヌか・・・・来ると思っていた」

 《解っていたのに、何も言わなかったのねC.C。
 あの子達に最低な父親だ、駄目親父って言われたことにシャルルが凄く落ち込んじゃってるの》

 見かけによらず繊細なのよね、とのろけめいて話すマリアンヌに、そのことは知っていたC.Cは先回りをして断った。

 「私にフォローをしろと言うなら、お断りだ。
 あいつはもう、お前達に何の期待もしないそうだ」

 《ルルーシュは解っていないのよ、全ての人達が一つになって、仮面がなくなりありのままでいられる世界の素晴らしさが。
 だから早く計画を遂行して、シャルルの気持ちを解って貰えたらと思うの。
 あんなに二人を可愛がって汚名をかぶったシャルルが可哀想じゃない》

 「・・・お前、自分が何を言っているのか解っているのか?」

 《私、何か間違ったことを言ったかしら?》

 まるで解っていないマリアンヌに、C.Cは友人への最後の忠告として教えてやった。

 「両親に見捨てられ、敵国に二人ぼっちで送り込まれ、ぞんざいな扱いをされていた子供達は可哀想ではないとでも言う気か?
 お前達のしたことが跳ね返ってきただけだろうが」

 《それはV.Vが余計なことをしたからじゃないの。私達だって出来れば手放したくなんてなかったわ》

 自分達は悪くない、とあくまで己を正当化するマリアンヌに、C.Cは無感動に言った。

 「だったらどうしてV.Vではなく、ルルーシュ達に苦労を強いる?・・・お前達は本当に、自分が可愛いだけなんだな。
 私はお前達の計画に協力しない。お前と二度と話すつもりもない」

 《そんな、C.C!どうして・・・コードをマグヌスファミリアが引き取ってくれるから?
 貴女も自分だけのことを考えるの?》

 「それもあるが、お前達の計画は他者を不幸にするだけと理解したからだ。
 今お前の周りで幸福そうにしている人間がどれだけいるか、考えたことがあるのか?」

 彼女の子供がどんな成長を遂げたか、自分を通して見ていたはずなのにまだ解らないのかと言うC.Cに、マリアンヌはそれでも計画のためだと言い募る。

 「そう言うと思っていた。だから私はお前とはもう袂を分かつ。
 あれではルルーシュがあまりにも哀れだ・・・私の養い子も、お前達の世界は嫌だといっていたことだしな」

 《C.C!!》

 「お前達は自分のことばかりで、何もしなかった。だから何もされなくなったんだ。
 ルルーシュとナナリーがどんな思いであの台詞を口にしたか、少しくらい考えてみたらどうなんだ?
 あれは二人から与えられた最後の機会だ。
 その意味が解らないのなら、お前達に自分を理解して欲しいと望む資格はない。
 最後の忠告をしておこう。自分がして来たことを、もう一度よく振り返ってみるんだな」

 話はそれだけだと告げると、C.Cは強制的にマリアンヌとのギアスによって繋がっているリンクをシャットアウトした。

 「あっ、C.C!!切られちゃった。どうしちゃったのかしら彼女があんなに怒るなんて珍しい」

 無感動を装ってはいたが、そこそこの付き合いであるC.Cがそれなりに怒りの感情を持っていたことに、マリアンヌは気付いた。 
 黄昏の間で少女の姿をした妃の説得に失敗したどころか縁すら切られたという報告を聞きながら、シャルルはアカーシャの剣をじっと見つめている。

 「シャルル、そう落ち込まないで。計画さえ成れば、あの二人も解ってくれて私達のところに戻ってきてくれるから」

 「マリアンヌ・・・」

 「あと少しなのよ、シャルル。C.Cが駄目なら、無理やりコードを奪うしかないわね。
 貴方はもうコードを奪える達成人になっているのだから、大丈夫のはずよ」
 
 「うむ・・・」

 確かにそれしか方法はない。
 シャルルは頷きはしたが、息子から『計画ごと壊してやる』と否定され、娘からは『だめ親父』と批判されたダメージは大きく、妻の方を見ようともしない。
 やはり父親としては娘からの言葉の方が堪えるのか、ナナリーからの発言はルルーシュのそれを聞いた時より衝撃が激しく、脳裏でエンドレスで響いている。

 「あの口ぶりから察するに、事情を知っててあんなことを言うなんて二人とも酷いわ。
 貴方は精一杯のことをしてあの子達を守ろうとしただけなのにね」

 守り方に問題があったのだと唯一忠告してくれたC.Cの言すら理解出来なかった二人は、まさにだめ親と批判されても仕方なかった。
 
 「あの酷い言葉が最後の機会って、どういう意味かしら?解っているなら教えてくれればいいのに」

 それは教えて解るものではなく、自分で気づかなければならないことだからだ。
 何故最低の父親だと言われたのか、何故駄目親父だと思われたのかを考えて欲しくてそう告げたのに、この二人には全く伝わらなかった。
 彼らは結局、自分で自分の姿を鏡で見ることすらしていない。

 シャルルは懐から、生徒会メンバーが映っている写真取り出してじっと見つめた。
 先日ルルーシュの痕跡を見つけるために機密情報局の人間をアッシュフォードにやった際に押収した、写真の一枚だった。
 末息子と末娘が、楽しそうに仲間と笑い合っている。

 幸福そうにしているのに、何故反逆などして自分からその箱庭を飛び出したのか、シャルルには全く解らない。
 
 (計画さえ成れば、全てがうまくいく)

 あのきつい決別の言葉に、シャルルは却ってそう考えた。
 愛しているからこそ理解して欲しかったから、そのためにはそうするのが一番なのだ。
 シャルルは改めて決意すると、マントを翻して歩き出す。

 「コーネリアだけには任せておけん。機密情報局を動かす。
 ルルーシュの友人知人全てに監視の網をかけよ。ルルーシュかナナリーを確保すれば、C.Cもいずれ出てくるはずだ」
 
 子供達のためと言いながら実際は計画のためであり己のためでしかなく、自分で自分に嘘をついていることすら解っていない彼らを、C.Cはいっそ哀れにすら思っていたことも解らないのだろう。
 子供達から与えられた最後の和解の機会を捨てたことも、恐らく彼らは気付くまい。
 
 自分達だけの世界に固執し続けた二人は、それが正しいことだと信じて黄昏の間を出た。
 
 醜い仮面の世界へ、自分達もまた仮面をかぶって。




[18683] 挿話  ガールズ ラバー
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/03/19 11:09
  挿話  ガールズ ラバー


 アッシュフォード学園生徒会改め黒の騎士団アッシュフォード支部は、エドワードことアルフォンスのマンションに集まり会議を行っていた。
 名目は進級するための勉強会である。今回はカレンも参加していた。
 実際会議の後にはアルフォンスが彼らに勉強を教えることもあるので、あながち嘘ではない。

 常は男の姿でこのマンションにいるアルフォンスだが、今日はデパートで女性用の服を買いに行っていたために女装している。
 シャーリーもアッシュフォード学園から出るルルーシュをエトランジュと共に迎えにきた女性が男だと知って仰天したが、ノリのよいミレイなどには大ウケされていた。

 今回の議題は最長でも3、4ヶ月後には日本解放戦を始めるので、本国に戻れるなら戻った方がいいというルルーシュの伝言についてである。

 「却下。私は残るってルルちゃんに伝えて下さい」

 「帰ろうと思えば出来なくはないけどね・・・俺もやだ」

 主君を残して撤退しろとは何の冗談だとミレイが即座に拒否すると、戻れなくはないリヴァルも友人と好きな人を残して去るつもりはないと首を横に振った。

 「私も残る!ルルは普通のブリタニア人には何もしないもの、安心出来るから」

 シャーリーも絶対残ると断固拒否したため、全員居残ることが即座に決定した。

 「そう言うだろうと思ってたわ。
 まあいいわ、学園には手を出さないように指示すれば済むから、Xデーの時は学生を外に出さないようにしておいてくれたらOK」

 「ありがとうございます。何とか手を打っておきますね」

 しかしまだ学生の自分達にして貰うことはない、と告げられた一同はがっかりしたが、実際下手に動くと迷惑になるだけだったために諦めるしかない。
  
 「本当にこのエリア11・・・いえ、日本を解放するんですね」

 「そうして貰わないと困るんだけどね。
 日本を解放してゼロにはブリタニア皇族を打倒出来る力があるのだと世界に示して貰わないとだから」

 あえてブリタニアとは言わないあたりアルカディアの配慮が垣間見えたミレイ達は、この人達ならブリタニア人というだけで仕返しに走ったりはしないだろうと安心する。

 「ロイド伯爵の件については、放置して欲しいそうよ。
 いろいろ調べたところそこそこ有力な貴族だし、シュナイゼルのお気に入りって情報もあったから、警戒してる」

 実際はお気に入りというよりロイドは好き勝手振舞っているが、そこが逆にシュナイゼルには付き合いやすかったというだけなのだが、傍から見たら“好き勝手振舞っても許容ししているほどのお気に入り”に見えてしまうのは当然である。

 「日本解放戦後にまだ日本にいたら改めて会って、それから決めるつもりらしいわ。
 ま、うかつに探りを入れて失敗したらミレイさんが困るだろうから、放置が無難よ」

 「解りました。それにしてもルルちゃん、その後どうするつもりなのかしら・・・ゼロの正体は隠したままにするつもりなの?」

 ミレイがカレンに尋ねると、黒の騎士団達は協議の結果そうすることに決定したと告げた。
 
 「もうブリタニアには戻らないつもりみたい。
 先日皇帝にナナリーともども絶縁宣言してたから」

 ナナリーがとうとうキレて『いい加減にしろこのだめ親父』とすら罵ったと聞いた一同は唖然とした。

 「ナナリーが、マジで?冗談なしだよ?」

 「リヴァルが言うのも解るわ、私だって凍りついたもの!でも本当なの!」

 アルフォンスの傍で聞いていた自分でさえ耳を疑ったが事実だ、というカレンに、ナナリーもいろいろ貯めこんでいたのだろうと肩を竦める。

 「普通の家ならよく聞くけど、皇帝陛下だよな・・・うわあ・・・」

 「ルルーシュ皇子も一瞬壊れたけど・・・うちのエディのアドバイスどおり短く苦情をまとめたらああなったみたい」

 アルカディアが余計なアドバイスをしたかと落ち込む従妹を思い返して溜息をつくと、確かに短くまとめられた苦情だと皆納得した。
 ただし、急だったとはいえ実に乱暴なまとめ方だったが。

 「そういえばエトランジュ様はもうお元気ですか?あの時凄い熱がありましたけど」

 シャーリーが心配そうに尋ねると、アルカディアは笑って頷いた。

 「もうとっくに回復してる。脳を酷使したから、身体が悲鳴あげちゃっただけだから」

 「そうですか、よかった・・・あの、あの方はいったい誰なんですか?
 アルフォンス・・・あ、今はアルカディアさんだっけ・・・も」

 他エリアの人間だと聞いていたが、ルルーシュからすら様付けして呼ばれ、黒の騎士団でも重要な地位・・・しかもルルーシュの傍近くにいる少女がシャーリーはむろん、ミレイとリヴァルも気になっているようだ。

 既にブリタニア上層部では周知の事実なので別に隠すことでもないかと、アルカディアはあっさり答えた。

 「好きに呼んでいいわよ、ややこしいからね。
 エディはEU加盟国の一つ、マグヌスファミリア王国の女王よ。
 ブリタニアじゃエリア16と呼ばれてるわね」

 「あ・・・確かコーネリア殿下が攻めた国ですよね?
 余りに辺鄙な所にあるから、何に使われてるかは知りませんけど」

 ミレイが記憶を探りながら言うと、アルカディアはそう、と紅茶を飲む。

 マグヌスファミリアは国土が狭く、とても植民地に使えるものではない。
 かといって研究所や工場を作ろうにも材料や食料の輸送費や人件費などがとてつもなくかかってしまうため、公然と処罰出来ない者達の左遷先として使われている。
 
 「総督や副総督も、文字どおり島流しで送られてるから実質政治犯収容所とか言われてるそうだけど、お陰であんまりいじくられなくてよかったと前向きに考えてる」

 「そ、そうですか・・・私達と変わらない年齢の方なのに」

 シャーリーは本当ならニーナのようにブリタニア人というだけで罵られても仕方ないのに、絶縁したとはいえブリタニア皇族であるルルーシュを受け入れ、親族が迷惑をかけた時はすみませんでしたと頭を下げた少女を思い返して俯いた。

 「まー、エディもいろいろあって相当人間出来てるからねえ。
 とりあえず日本解放が成ったら、あの子も忙しくなるし」

 EUと超合衆国との間に立って同盟を組むかそれとも超合衆国に入るかの調整、各国に散らばるレジスタンスへの連絡に中華にあるギアス嚮団の調査の根回しなど、やることは山積みである。
 
 「そういえばエトランジュ様、ゼロ・・・ルルーシュとの結婚の話もあったんですよね?
 あれどうなってるんですか?」

 忙しいというのはそのことだろうか、とカレンがおそるおそる尋ねると、結婚の二文字にシャーリーはぴくりと身体を震わせた。

 「ユーフェミア皇女が言ってたんです。
 コーネリアはエトランジュ様とルルーシュが結婚して事実を暴露して、ルルーシュをブリタニア皇帝に立てられることを恐れているって」

 「ああ、あれね。こっちも提案したんだけど、却下されたわ。
 どうもブリタニアに戻る気がないみたいで」

 代わりにユーフェミアをブリタニア代表にするという案があるので、現在はその方向で話がまとまっているが、彼女が死亡した場合はそのプランに移行する可能性があるけど、と笑うアルカディアに、政略結婚でもあの二人ならお似合いかもしれないとシャーリーとカレンは思った。

 (アッシュフォード学園に迎えに来たり、ルルもナナリーを任せてるくらいだから信頼してるみたいだし。
 私が口を出す権利なんてないわ。でも・・・)

 (そうよね、もともとゼロと結婚するつもりもあったとエトランジュ様はおっしゃってたし、一番いい方法よね。
 ブリタニア人全員が迫害されることになったら、いくらゼロの親衛隊長の私がいてもお父さんだって・・・エトランジュ様は植民地の人達からも信頼が厚いんだし)

 頭では納得しているのだが、二人が顔を俯かせているとアルカディアがクッキーをつまみながら意外なことを口にした。

 「ま、あの二人合いそうにないから個人的にはやめてほしい婚姻なんだけどね。
 ゼロはエディのタイプじゃないし、あの子には幸せになって欲しいから人生のパートナーを選ぶ権利くらいはあげたいもの」

 「「・・・え?」」

 見事な連携プレイを取っているあの二人の相性が合いそうにないということにカレンは驚き、女性に優しいルルーシュがタイプではないというエトランジュにシャーリーは困惑した。

 二人が顔を上げてアルカディアを見つめると、その反応は予想していたらしく頬を掻きながら説明した。

 「断わっておくけど、別にエディのタイプがおかしいってわけでもなければ内心で二人が互いに嫌い合ってるわけでもないわよ。
 仕事上のパートナーとしては相性抜群だけど、夫婦としては合わないってだけだから」

 「ちょっとよく解んないんですけど・・・どういう意味ですか?」

 代表してリヴァルが?マークを飛ばしながら尋ねると、アルカディアは答えた。

 「んー、みんなの年じゃピンと来ないのも無理ないわね。
 仕事上でのベストパートナーが私的な面でもそうかと言われると、そうじゃないケースってのがわりとあるのよ。
 ゼロとエディはその典型ね」

 そう前置きしてアルカディアが解説したところによると、ルルーシュは大きく広く物事を見ることに長けているが、エトランジュは狭く小さく物事を見ることしか出来ない。
 例えば中華連邦事変の際、ルルーシュは星刻がゼロを信用し切れなかったためにゼロが直接指揮して中華を変えると言い出した時、長期的な目で見ればそれしかないと言うルルーシュにそれでは天子が困ると言い出したことが挙げられるだろう。
 国情ではなく身近な友人をまず気にする辺りが、彼女の目線が最初にどこに向くのかを如実に物語っている。

 ただエトランジュはそれではまずいというくらいは理解しているので、互いに折り合いをつけられるように出来るだけの案を出すし、ルルーシュも無駄なトラブルが避けられるのならとその頭脳でその案が実現出来るように根回しをしているのだ。
 だから能力はないが人付き合いが得意なエトランジュに、周囲の関係を調整し辛いが能力が高いルルーシュはまさに割れ鍋に綴じ蓋なのだ。

 ではこれが私的な面だとどうなるかというと、先も言ったがルルーシュとエトランジュでは視点が違う。
 ルルーシュは今までの人生から常に先々を考えて行動し、ワーカーホリックなところがあるので平和になってものんびりせずに次は弟妹をいい学校に行かせるためにとかで、起業するくらいはしそうである。
 もしくは賠償金などの支払いに苦しむであろうブリタニア人、植民地にされた人々のためとかで、ゼロを降りても精力的に動くことも大いにあり得る。

 なるほど確かに、と全員が納得したところで、アルカディアは続けてエトランジュについて語った。

 「実はあの子、頑張る時は頑張るんだけど、基本的に必要なことしかやらないのよ。
 いや、別に怠けるのが好きなんじゃなくて、仕事も日々生活を営めるだけでいいとか、無理してたくさん稼がなくてもいいんじゃないかって考えるタイプでね」
 
 勉強でも合格点を取れればそれでいいと考えるタイプと言えば、解りやすい。 
 だから無理をしているルルーシュに対し、時間や労力が足りないなら誰かに手伝って貰えればいいと言っていたわけで、負けず嫌いで常に動き続けるルルーシュとは正直馬が合いそうにないというのがアルカディアの分析である。

 つまりエトランジュは、家族が幸福に暮らしていければそれでいいという以上のことを考えないのだ。彼女が女王として不向きだと言われるゆえんである。
 ブリタニアとの戦争以前からその傾向はあったが、次々に家族が死に不自由を強いられているこの状況が長引くにつれてもっと酷くなった。
 ゆえに逆に早く戦争を終わらせなくてはという意識が働き、ブリタニア皇族でも戦争に反対しているなら仲間に引き入れて助け合おうと考えたり、自分が危ない目に遭おうともそのために動いているのだから何とも皮肉である。

 実際エトランジュはルルーシュに対し、個人的に優しくて信頼出来る人だとは言ったが政略云々以外でしか結婚を口にしたことがないので、男性として見ていないのがありありと解る。
 恋愛どころではないせいもあるだろうが、精力的に動き続ける人というのは一生付き合っていかなくてはならない伴侶としてはエトランジュのタイプではなく、落ち着きと包容力がある年上の男性がタイプなのだ。
 
 「仕事なら視点が違うと長所や欠点がそれぞれから解るようになるからむしろメリットなんだけど、私生活となるとそうはいかないでしょ?
 ほら、俗に同じ趣味を持っていると円満夫婦になるっていうじゃない」

 「何となく意味は解りますけど、でもルルーシュとエトランジュ様は家族を大事にしてるから、気が合うと思ってました」

 「カレンさんの言うことも解るけど、全力疾走するタイプのゼロとローペースタイプのエディじゃ合わない。
 特にエディは合わせられる範囲は相手に合わせようとするから、能力差があり過ぎて限界がくる。
 『俺について来い!』なゼロだけど、ついていく人のペースあんまり気にする方じゃないでしょうゼロは」

 後ろでペースについていけず途方に暮れている者を見れば、仕方ない俺が全てやるからそこで休んでいろと言うのがルルーシュだろう。
 そしてエトランジュは、して貰い続けることに罪悪感を感じるタイプである。
 現在うまくいっているのは、ゼロという特殊性をエトランジュがカバー出来ているからこそだ。
 ゆえに政略だからと打算的な理由があれば互いに譲り合ってうまくいくかもしれないが、今は友人としての関係を保つのが互いにとってベストである、と締めくくったアルカディアに、ミレイが尋ねた。

 「じゃあルルーシュに合うのってどんなタイプの女の子だと思います?アルカディアさん的に」

 ぴくっと肩を震わせたシャーリーが視界に入ったので、アルカディアは少し考え込むと口を開いた。

 「んー、まず包容力があるってのが第一かな。
 落ち込んでたりしたら叱咤出来るような、厳しいところと優しいところがあるお姉さん的な要素を持っている人」

 C.Cはどちらの要素を持っており、ルルーシュが弱音を吐けるごく少ない人間である。
 しかし彼女の存在は軽々しく口に出来ない上に、ルルーシュに恋をしている少女達をやきもきさせかねないので沈黙を保った。

 「ゼロは甘え方が下手だから、甘やかし上手な人が合うと思う。
 しょっちゅう気を張り詰めてるから、適当にガス抜き出来る人とかも」

 「会長みたいなお祭り騒ぎとか、そんな感じっすか?」

 「ああ、男女逆転祭とか猫祭りの話は聞いたわ。
 苦々しそうな顔してたけどまんざらでもないっぽかったから、それなりに楽しんではいたみたいね」

 ミレイは楽しんでくれていたという評価を聞いて内心でほっとすると、全てが終わったらまたやろうと決意した。

 「日本人はお祭り大好きだから、日本が解放出来たらぜひプロデュースしてみたらどう?
 私も嫌いじゃないから協力するわよ」

 「ありがとうございます!ふふ、男女逆転祭キモノバージョンなんてどうでしょう?
 オイランとかそんなのルルちゃんに着て貰うの」

 どこから仕入れた知識か、ミレイがノリノリで提案するとアルカディアも面白そうだと乗り気である。

 「ああ、一度だけ見たことあるわね。何キロもあるそうだからすぐにヘタれそうだけど楽しそうだから見てみたいわ。
 ぜひ日本とブリタニアの平和のコラボレーションとかでやって貰いましょう」

 自身の預かり知らぬところでルルーシュは平和のためと称して派手な重苦しい着物を着せられることが決定しているとは知らず、黒の騎士団基地で悪寒を走らせながらくしゃみをしていた。

 「少々引っ張り回せるくらいのほうが、ゼロにとってはいいかもね。
 どう見ても押しに弱いタイプだから、ナナリーちゃんの件だけ寛大に受け止めて押しまくれば落とせる可能性は大なんじゃないかしら?」

 いずれナナリーだって誰か別に好きな人が出来るだろうし、妹離れも徐々に出来つつあるから、高い能力を持ち家事もこなすルルーシュは客観的に見てもお買い得な物件だろう。
 ただ最大のデメリットが現在世界の三分の一を占める大国相手に戦争を吹っかけている天下のゼロなので、将来がどうなるか不明という非常に不安極まるものだが。

 「とりあえず彼は今現状をどうにかすることに精いっぱいで恋愛なんて考えてないから、無理に迫らない方がいいわね。
 今自分が離れてるからもしかしたら他の子がゲットするかもって思ってるかもしれないけど、その心配は現状ないと言えるから」

 一番相性がいいと思っていたエトランジュが実はそうではないという説明もあったので、ミレイ達は頷いたが、理屈では本当には納得しないのが恋である。
 そう言われても不安ですと表情で物語っているシャーリーを見て、アルカディアはちょっとした手助けをすることにした。

 「ま、手紙くらいなら届けるわよ?
 日本解放はまだ3ヶ月くらい先になりそうだから、十二月のゼロに何か贈ってみたらどうかしら」

 「そうだ、十二月五日にはルルの誕生日だもんね。いいんですか?」

 「構わないわよ、それくらい。今からならいい手作りの物も作れるだろうし」

 「いろいろあったし、届けられそうにないからって諦めてたんです。ありがとうございます!」

 何にしようかな、と一転して顔を少し赤くしながら好きな人に贈るためのプレゼントを考え始めたシャーリーに、青春してるなとアルカディアは微笑ましく見守った。

 「私も何か贈ろうかな~。何がいいと思います?」

 「バースデーなら俺も贈らなきゃな。被らないようにしないと」

 ミレイとリヴァルも、学園に帰る前にデパートか雑貨店に寄ろうかと話し合う。

 (私も何か贈った方がいい、かな?
 みんな贈ってるのに私だけってのがおかしいし!ゼロの誕生日は祝いたいし、うん、特別な意味じゃないんだから!!)

 誰もそんなことは言っていないのだが内心でそう言い訳しながら、カレンもプレゼントを贈ることを決めていた。

 そんな微笑ましい光景に、アルカディアがどこか感心したように言った。

 「ブリタニア人って好きな人が出来ると一途なのね。
 うちの学校の語学担当の先生もブリタニア人なんだけど、好きになった人を想ってずっと独身を通してるのよ」

 「へー、ブリタニア人が先生なんですか。
 ああ、それでみんな綺麗なブリタニア英語を話してるんですね」

 ミレイが納得するとエトランジュもアルカディアも上流階級の人間しか使わないような単語や発音があるので、おそらくその教師はブリタニア貴族だろうと推測した。
 どうりで彼女達はブリタニア人だという理由で差別しないわけである。
 
 「EUに亡命してからずっと世話をしてくれた人を好きになったんだけど、別の人と結婚したから告白せずじまいだったって聞いたわ。
 ま、どのみち先生の立場じゃ告白なんて無理だっただろうけど」

 「亡命してるブリタニア人じゃ、確かに告白し辛いですよね・・・」

 自国のしていることを顧みると、他国の人に告白というのははるかに勇気と覚悟がいるとミレイは思った。
 いろんな誤解を受けたり、生理的に拒否反応を示されたりすることだってあるだろうから、当たって砕けろという問題ですらない。

 「凄いと思ったのは先生がその人に頼まれたからと、マグヌスファミリア(うち)の教師になってくれたことなんだけどね。
 実際好きな人が子供作って幸せな結婚生活をしているのを見るのって、ものすごい覚悟がいると思うんだけど」

 「確かに・・・凄いなその先生・・・」

 リヴァルはちらっとミレイを見つめると、万が一にも彼女が自分以外の人間と結婚して幸福に暮らしている中で、ぜひにアッシュフォード学園の教師にと言われれば大事な学園の教師にと誘われたことに喜ぶだろうが、複雑な気持ちにもなるかもしれないと想像して肩をすくめた。

 「でもまあ、その先生も好きな人がいい人と結ばれたならそれでいいと思ったのかも・・・」

 自分もルルーシュがミレイの相手なら、潔く諦めて二人を見守れる自信はある。
 好きな人の幸せを願うことこそ、本当に相手を好きになるということではないだろうか。

 「うーん、あの人がいい人と結婚した・・・って言っていいのかなあ・・・」

 ぽつんとラテン語で思わず本音を呟いたアルカディアの顔は悩んでいそうだったので、ミレイ達は顔を見合せた。

 「まあ、リヴァル君の言うとおりよね。大事な人には幸せになって貰わなきゃ」

 「そうそう、リヴァルいい事言うわね!」

 ミレイに褒められたリヴァルはそれほどでもー、と頭を掻きながら照れて喜んでいる。
 
 (青春っていいわねー。エディも早くこういうことに興味を持って貰いたいもんだけど)

 己の結婚は政略でするものとの意識がある従妹も、こういうのに囲まれて少しは刺激を受ければいい、とアルカディアは思う。
 だが日本解放が成り、EUと出来上がる超合集国との間で同盟なりもしくは加入という事態になれば、中華の天子と縁が深く、各国のレジスタンスとの連絡役を請け負っているエトランジュは政略結婚の相手として申し分ないと、その手の申し込みが増えるだろう。
 しかも家族の欲目を引いても、エトランジュは周囲の関係を良いように持っていく才能に長けているので王妃としては非常に適正があるため、なおさらである。
 
 (その辺りも含めて、何とかしないとね。
 王位を誰かに譲ってぜひうちの国に、何て言われないように、手を打っておかないと)

 マグヌスファミリアでなければ生きていく自信がないと、神根島でエトランジュは言っていた。
 政略結婚をしなくてはいけないからと自分達の前では決して言わなかったが、彼女の隠していた本音にやっぱりそうかと納得した。
 自転車に鍵をかけ忘れて盗まれそうになったら不用心する方も悪いと言われるような国の方が多いのだから、エトランジュが永久に住むには不向きだろう。
 もうこれだけ辛く恐ろしい思いをして来たのだから、彼女の治める小さな井戸の国で生涯を暮らしたいという望みくらい、叶えてやってもいいはずだ。

 「宅配便する代わりといっちゃなんだけど、日本解放戦が終わったらうちのエディとも仲良くしてやってね。
 あの子ずっと働きっぱなしで恋愛オンチだから、ゼロともども矯正してやって欲しいの」

 エドワーディンやクライスは、十六歳で結婚したのだ。
 結婚祝いの時に目を自分もいつかは好きな人と、と目を輝かせていたあの日を、どうか思い出して欲しい。

 「ルルーシュねえ・・・あいつのほうが大変な気がするわ」

 自分ですらすぐに解ったシャーリーの好意に気付かないルルーシュの鈍さを知っているカレンが乾いた笑みを浮かべると、アルカディアはとんでもないことを言い出した。

 「夜中に部屋に押し掛ければ嫌でも解ってくれると思うけど」

 あんまりな究極の手段に全員が紅茶を噴き出すと、咳き込みながらカレンは怒鳴るように言った。

 「ちょ、それいくら何でもまずいでしょ?!」

 「そう?私の姉はそれでクライスを捕まえたわよ。
 あいつも鈍いというか、なかなか煮え切らなかったから」

 クライスは鈍かったというより、エドワーディンの病気などを慮って一向にこちらの想いに乗ってこずにうだうだ悩んでいたため、業を煮やしたエドワーディンは夜中に直接グリューネバウム家のクライスの部屋に特攻したという経緯がある。
 夜だったのは彼女の日光アレルギーもあるが、もちろんそれだけではないのは明白だ。

 「その・・・子供出来ちゃったらどうするんです?」

 「あ、そっか。外国じゃあ結婚前に子供出来るのはよくなかったんだっけ」

 真っ赤な顔でカレンが恐る恐る言ったので、アルカディアはごめんと手を合わせて謝罪した。

 マグヌスファミリアでは結婚前に子供が出来ることはさしておかしいことではない。むしろ新しく家族が生まれてくるからめでたいことだとして、揉めることなく夫婦になれで終わるからだ。

 女の方が複数の男性と付き合ったりしていたらその限りではないが、国土の狭いマグヌスファミリアは誰が誰と付き合っているかがすぐに知れ渡るため、誰かが妊娠すれば父親が誰かも女がよほどうまく隠れて関係を持っていない限り解ってしまうせいだ。

 十五歳になれば皆半ば強制的に何かの職には就くことになるうえ、人口維持のために出産・子育ては互いに助け合う習慣が根付いている。
 そのため『妻子を養っていけるだけの収入は得られるのか?子育てを助けてくれる人がいるのか?』などと言われることもない。

 「所変われば・・・ってやつですか。フリーダム過ぎる・・・」

 「子供持たないと一人前とはみなされない雰囲気があるから、それはそれで大変なんだけどね。
 学校が一つしかないから、十五歳になる頃には結構互いのことを知ってるの。幼馴染で結婚するのが普通だし」

 学校は伴侶探しの場でもあるのだというアルカディアに、言われてみれば学校で出会った人と結婚する人もいるよね、とシャーリーはルルーシュを思い浮かべつつも真っ赤になってアルカディアの案を却下した。

 「と、とにかくそれは駄目です!もうちょっとゆっくりと・・・」
 
 (・・・C.Cとだって一緒に寝てた時もあったのに、何もなかったくらいだからなあ。
 これくらいしてやっと・・・としか思えない)

 未だにルルーシュをさくらんぼ坊や呼ばわりしているC.Cを思い浮かべたアルカディアはそう思ったが、純粋なる学生達には言えず黙りこくった。

 実に恋とは厄介であり、難しいものである。
 
 特攻しちゃえばー、などとけしかけているミレイに、顔を真っ赤にさせて駄目ですーと叫ぶシャーリーに、紅茶を飲みながら顔を赤くして俯くカレンに、実際女性から迫られたら男としてどうするべきなのかと考え始めたリヴァル。

 このカオスを作った当人は若いっていいわねーなどと呑気に笑いながら、いずれ結論が出るだろうと無責任にも放置し、いずれ喉が渇くであろう青春真っ盛りの高校生のために飲み物を入れるべくキッチンへと向かうのだった。



[18683] 第十八話  闇の裏に灯る光
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/02 10:43
 第十八話  闇の裏に灯る光


 
 ユーフェミアは悩んでいた。

 ナナリーからの電話があった後、カレンとアルフォンスに会ったユーフェミアは電話をしたのはナナリーの強い希望があったこと、もうあの二人はブリタニアには戻らない旨を伝えられた。

 経緯を思えば自分は何も言えず、さすがに実父に嫌悪を感じたユーフェミアは出来ることならルルーシュと共に世界を変える方がいいのではないかと思った。
 特に先日、他エリアから来た者達に他エリアでのブリタニアの振る舞いを聞いた後だったのでなおさらだ。

 特区日本では順調に参加者も増え、利益も黒字続きでゲットー整備に回し、新たな特区を造ろうとユーフェミアは精力的に動いていた。
 コーネリアも妹のすることに口を出さなくなってきたので、利益さえ上げればナンバーズに甘い方法でも許容するのだなと、主義者達も安心して積極的に協力するようになった。
 コーネリアにはルルーシュの傍にいるだろうナナリーを捜すという名目のもと医療施設を造ることになったユーフェミアは、その事業を行うために現在多忙を極めている。

 このままなら日本は大丈夫だと思っていたある日、他エリアを担当している官僚2名からの面会申し込みがあり、他エリアの状況を聞きたかったユーフェミアはそれを受け入れた。

 「私はエリア9の執政官をしておりますコラリー・べアールと申します」

 「私はエリア14の副総督秘書のクレマン・オダンと申します。ユーフェミア副総督閣下の御活躍は、かねがね伺っております。
 お忙しい中お時間を賜りまして、恐縮至極に存じます」

 クレマンは青みがかかった髪をした壮年の男で、コラリーはまだ若い二十代後半のブラウンの髪をした女性である。
 二人は臣下の礼を持って頭を下げると、ユーフェミアは首を横に振ってすぐに二人をソファに座るように促した。

 「いいえ、私も他のエリアのことを伺いたかったので、助かりましたわ。
 その前に、ご用件をお聞き致しましょう。さあ、どうぞお座りになって下さいな」

 二人が再度頭を下げながらソファに腰を下ろすと、単刀直入にコラリーが切り出した。

 「実は特区日本におけるめざましい効果を伺いまして、ぜひ私どものエリアでも造りたいと考えております。
 特区を視察させて頂くと同時にユーフェミア様にもお力添えを賜りたく、お願いにあがった次第なのです」

 「特区を、他エリアでも?」

 ユーフェミアが驚いたように反問すると、二人は頷いた。

 「その、ナンバーズを区別するのはブリタニアの国是ですが、それでも職を斡旋しきちんと生活出来るようにすることこそが、政治ではないかと思いまして・・・。
 特区日本はまさにそれを成功させていると感動し、是非に見習わせて頂きたいと」

 悪しざまにブリタニアの国是はおかしいとは言えない主義者の二人は、何とか迂遠な言い回しを重ねた結果、要はナンバーズが虐待されろくに職もない状況ではテロが頻発するのが当然なので、きちんとした生活をさせてやることこそが肝要なのだと訴えた。

 ユーフェミアがまことに正論であると頷くと、次はクレマンが嫌悪を顔に滲ませて言った。

 「エリア14は先日途上エリアに昇格したのですが、副総督をしているカラレス閣下の手段がどうにもナンバーズを無理やり抑え込んだやり方でして・・・あれでは反発を強めるだけだと思うのです」

 何とかうまく穏やかな統治をしたいのだという二人だが、国是に逆らうやり方では実行に移すことが出来ず、ナンバーズが虐げられているのを少しでも緩めるのが精いっぱいだった所に、特区日本のことを耳にした。

 エリアの旧名を冠した区域を造り、衣住食を斡旋しまた自身で物資を造れる環境を整え、文化の保護や交流を進めていると聞いた二人は、これだと閃いた。
 皇族、しかも現皇帝の第三皇女であるユーフェミアが提唱した特区ならばこちらでもやろうと言い出しても上は反発しづらいし、効果は既に実証されているのだからなおさらである。

 「ユーフェミア皇女殿下の御人徳の賜でありましょうが、私どもも力で抑えつけるばかりでは解決が難しいこともありますので、各エリアに広めていきたいと考えております。
 ですからぜひ我々に特区日本の視察をさせて頂いて、ユーフェミア様からの御助力をお願いしたく・・・」

 「視察はいつでも構いません。すぐに手配いたしましょう。
 しかしそれ以外での協力となりますと、他エリアでのことですし私には難しいかと・・・」

 いくら皇族でも、宰相でもない限り担当エリア外についての口出しはトラブルの元になるので難しいと言うユーフェミアに、クレマンはめっそうもないと首を横に振った。

 「特区日本がどれだけの利益を上げているか、またナンバーズがどれほど穏やかに暮らせているか、報道させて頂きたいのです。
 先日のユーフェミア皇女殿下のバースディパーティーの際も、実は他エリアでは既に特区を創ろうかという提案があったと聞き及んでおります」

 「そういえばいくつかのエリアの方から、視察の要望がございましたわね」

 目的はそれか、とユーフェミアは自分が作った特区が高い評価を得ていることに喜んだ。
 日本ばかりに目が行っていたが、ルルーシュも他エリアのためにもとブリタニアを壊すと言っていた。
 ここばかりにかかずらってばかりでは、根本的な解決にならないのだから当然だ。

 (ブリタニアを壊すのは無理でも、ルルーシュがどうにかする間他の国の人達の生活を安定させるくらい、何とかしなくては・・・・)

 ブリタニアが人材、資材、資金を持っているのだから、ブリタニアが積極的に動かなくては話にならないのだと神根島でもルルーシュに叱られた。
 そして皇族はその最たる権限を持っているのだから、少しくらいの役に立つのならとユーフェミアは二人の申し入れを受け入れた。

 「解りました。皆様の取材陣を受け入れるよう、こちらから働き掛けましょう。
 ただ今は私の誕生日をお祝いして下さったイベントが成功しただけですし、もう少し時期を見て頂きたいのですが・・・。
 とりあえず特区を造った際の計画書や特区内で起こったトラブルやその対処法などについてまとめた資料を、そちらにお渡しいたします」

 「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下!
 やはりその、軍ばかりに頼った統治は限界が来ますので・・・」

 コラリーがほっと安堵したように息を吐いたので、他エリアではどんな統治をしているのかと眉をひそめた。

 「・・・他のエリアではどのような統治をしているのか、お伺いしてもよろしいですか?
 出来る限り正確に・・・どれほど酷くても、ありのままをお願いします」

 先ほどまでの優しげな声音ではなく、厳しさを含んだ声に二人は顔を見合わせるも、皇女の命令ならばと覚悟を決めてまずコラリーが話し出した。

 「・・・エリア9は現在、衛星エリアから途上エリアに落ちまして・・・その理由が去年の干ばつによる食糧難なのですが、それでも税金を下げず搾取を続けた結果、エリア民の大規模な反発があったのです」

 「自業自得ではありませんか。柔軟な対応をしてこその政治でしょう」

 少しくらい贅沢を控えて、本国からの食糧支援を頼むくらいはしたらどうなのだとユーフェミアは頭を押さえた。

 「は、全く仰せのとおりで・・・もともと租界整備ばかりでナンバーズの生活を整える機構自体がないのでこういった事態を避けるためにも特区を・・・」

 現に穏便な統治を行ったオデュッセウスや飴と鞭を使い分けたシュナイゼルが治めていたエリアは早々と衛星エリアになったと告げたコラリーに、軍を出動させまくった末の衛星エリアのナンバーズの人口は激減している傾向が強いと告げられ、ユーフェミアは改めて他国エリアについても調べた方がいいと思った。

 「ミスターオダン、エリア14では今どのような状況なのですか?」

 「・・・あまりいい状況とは申せませんな。現総督も副総督も、ナンバーズを必要以上に虐げておりますので」

 特にカジノではナンバーズを戦わせて賭けの対象にするなどの行為を半ば公然と認めており、以前は兄弟で戦わせていたと告げるとユーフェミアは嫌悪に顔をゆがませた。
 さすがに女性の前なので、クレマンはカジノで行われていた美しい女性をうさぎに見立てた“狩り”を行っていることは言わなかったが、それでも充分外道である。

 「やっていいことと悪いことの区別がつかぬ者が、総督と副総督ですか・・・」

 公的にはあくまでもカジノの従業員としているため、公然と批判出来ないらしい。
 さらに資源を採掘するために過酷な労働をさせたり、逆らう者は裁判をろくに行わずに処刑するなどは日常茶飯事だと告げると、ユーフェミアはこんな行いを悪いとも思っていない者が上にいるうちは何をしても変わらないのではないかと思った。

 「・・・それでも特区により多少でも保護が出来ればと思います。
 全てを救えないからと言って何もしないよりは、はるかにましかと」

 「確かに貴方のおっしゃるとおりです。私の方からも強く意見を申し伝えておきましょう。
 ・・・いっそ直接乗り込んで問いただしたほうがいいかもしれませんわね」

 「ありがとうございます、ユーフェミア皇女殿下・・・!」

 自分では何も出来ず歯がゆいばかりだったクレマンに深々と頭を下げられたユーフェミアは、大きく肩をすくめた。

 人の上に立つ身分である皇女の自分が、わずかな人々を救うのにも大したことが出来ないのだ。クレマンやコラリーも、こうして自分に上奏するだけでもどれほどの勇気が必要だったのかと思えば、自分達がいる場所は本当に高すぎて手が届かないのだろう。

 「・・・視察の件ですが、まずはこの経済特区からになさってはいかがでしょうか。
 今経済特区の責任者をして下さっているシュタットフェルト伯爵に来て頂きますわね」

 「お手数をおかけして申し訳ありませんが、お願いいたします」

 コラリーが礼を言うと、自身の秘書に指示して連絡すると、ほどなくシュタットフェルトが来て現在二人は経済特区内を視察して回っている。

 こうして現在経済特区日本に滞在しているクレマンとコラリーだが、話をしていくうちに他エリアで行われているナンバーズ虐待の実態をつぶさに聞いたユーフェミアは、このまま特区という対症療法だけでは追いつかないのではないかと考えた。
 もちろん穏やかな統治を行っているエリアもあることはあるが、それでも国是主義の統治である以上不平等があるのが当然で、彼らがどう思っているかは解らない。
 上からの目線と下からの目線は違うのだから、ブリタニア人から見ればいい政治をしているつもりでも、彼らはいったいどう受けて止めているのだろう。

 ブリタニアを変えるには、国そのものの形態を変えるかトップを変えるかしかない。
 ルルーシュが目指しているのは前者であるが、それは他国による介入・・・すなわち戦争である。
 一番他国に被害がないのはトップが変わることだが、それではブリタニアのデメリットが大きすぎるのだと、アルフォンスは言っていたという。

 二人は言った。

 『ユーフェミア皇女殿下のような方がご即位されて、穏やかにエリアを統治するよう命じて頂ければと思うのです』

 ブリタニアの国是を否定する者は、ブリタニアに確かに存在していた。
 他国の人間に任せれば次が自分達がやられると解っているからこそ、ブリタニア人にとってはそれが一番安心出来る国の変え方なのだろう。

 問題は、誰がトップに立つことで変えるかということだ。
 神根島以前の自分だったならその途方のなさを知らずに『自分が国是を変えてみせる』と無責任に言っていただろうが、実力不足を痛感した今、やり切れるとは断言出来ない。

 ゆえにルルーシュなら才能、身分ともに申し分がないのでブリタニアのトップに立って貰えれば、うまくいくのではと考えた。

 コーネリアはエトランジュがルルーシュと結婚し、ブリタニア皇帝に立てるという大義名分を得られることを危惧していたが、それを聞いた時一番丸く収まる手段ではと思い、あの電話の後呼んだアルフォンスに尋ねると彼は困ったような顔で言った。

 『情を無視したら一番丸く収まる手段なんだけど、ゼロがブリタニアに戻りたくないと言ってるし、こっちもエディをブリタニア皇妃としてブリタニアにやりたくはないから、出来れば避けたい手段でね。
 だから今は最後の手段として考えてる』

 エトランジュのようにブリタニア人だからと言って嫌うような人間は少ないので、そんな彼女がブリタニアの皇妃となればブリタニアのためにも他国のためにも望ましいが、当人達が嫌がっているのなら自分は何も言える立場ではない。

 (じゃあルルーシュは、誰をトップに据えるつもりなのかしら。
 皇族は戦争に関わった皇族は戦犯として処刑ないし投獄、それ以外の者や未成年は特権を剥奪した上で軟禁、もしくは監視付きで市井に住まわせる予定と聞いているけど、やっぱり主義者の誰か?)

 まさか自分をトップにするつもりだと、ユーフェミアは思ってすらいなかった。 神根島で自分に皇帝たる能力がないと断言されていたことを、スザクから聞いていたからである。

 特区の成功で自身が大きく成長しており、人間化ければ化けるのだなと驚きつつ賞賛を受けているとは想像していなかったのだ。

 ユーフェミアは先の父親の言動に大きく絶望しており、父の元でブリタニアを変えることは不可能だと思い知った。
 ブリタニアを捨てる覚悟はある。しかし、黒の騎士団や他国が姉を受け入れるとは思えず、姉を捨てる覚悟がなかなか持てないユーフェミアは情けないと思いつつも踏み出せずにいる。

 それに、自分は万が一黒の騎士団がブリタニアに負けた場合、せめてもの最後の砦として日本人達を守るというのがルルーシュの望みなのだと聞かされては、正しいことをしているルルーシュの元に行くことは出来なかった。

 欲望は制御するべきもの、と姉は自分に言っていた。
 しかし見聞きする限りでは欲望を弱い者に向けるという形の制御しか行っていないようにしか感じられず、それを制御と呼ぶのは余りに気分の悪いものだった。
 
 「ブリタニアは間違っているわ。
 でも一番間違っているのは、間違っていることを間違っていると言えないこの状況なのではないかしら?」

 迂遠な言い方でしか物事を言えなかったクレマンとコラリーを思い返して、ユーフェミアはブリタニアを捨てて初めて言いたいことを言えるようになった末の妹を羨ましく思ったのだった。



 その頃、経済特区のシュタットフェルト邸ではカレンの父であるシュタットフェルト伯が嬉しそうな顔で娘に告げた。

 「シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が、来週に行われるそうだ。
 コーネリア総督がいずれ別エリアに赴任されてユーフェミア副総督が総督におなりになれば、辺境伯なら副総督になることも夢じゃない。
 そうすればハーフだということがバレてもお前を排斥することは出来なくなるんだ。
 よかったなあ、これで百合子も安心するよ」

 『よかったねぇカレン・・・お前はブリタニア人になれるんだよ。
 そうすればもう殴られることもない・・・電話だって旅行だって、自由に出来るんだよ・・・』

 母を摘発したあの日、せめて自分だけでも自由にと望んだ母の言葉と父の言葉が重なった。

 「うん、ありがとうお父さん。ねえ、叙任式には友達を呼んでもいい?」

 「ああ、ああ、アッシュフォードの生徒会の人達だろう?もちろんいいとも」

 シュタットフェルト家の格が上がったことよりも、それによる娘の利益の方を喜んだシュタットフェルトは友人の分のドレスも手配するぞと浮かれている。

 「叙任式の様子はテレビ放送されるから、百合子が見られるようにするからな。
 だた正妻が来るがあれも世間体のためにいつものような態度はとらないだろうから、適当に相手してやってくれ」

 「大丈夫、解ってる。お父さんの顔は潰さないから」

 著名なデザイナーや宝石商を呼んでカレンを豪華に着飾らせようと、シュタットフェルトは忙しい。
 何故か娘は年頃だと言うのに一向に興味を示さないので、母親がいない以上自分が手配するしかなかったのだ。

 「今流行りの色よりも、お嬢様の赤い髪に合わせて赤で統一するのはいかがでしょうか?
 髪飾りはルビーよりも補色のエメラルドをあしらった物が・・・」

 「ネックレスはこのビジョンブラッドがお勧めです。
 ピンクがかかった上品な色で、お嬢様にお似合いかと・・・」

 娘の支度を念入りに二時間以上もかけて終えると、自分の手配は生地を選んでデザインはデザイナーに丸投げし、タイピンを選んだ程度で終了した。

 軽く家が建てられそうな値段をかけた準備だったが、いずれこの日本の中枢を担うのがシュタットフェルト家であり、その後継者がカレンだと印象付けるためにも手は抜けない。

 「叙任式典が済んだら後は私に任せて、そろそろ学校に戻ったらどうだ?
 家庭教師も飛び級制度を使えば一年あれば充分卒業出来るだろうと言っていることだし」

 大学に進学したら高等部よりは時間もとれるし、フォローはするからと言う父にカレンは考えておくとあいまいな返事をした。

 (・・・もうすぐ日本解放が始まるけど、お父さんせっかく辺境伯になれたのにごめん・・・今更後には引けないの)

 ルルーシュは日本解放が成り、その後ブリタニアを滅ぼしてユーフェミアを皇帝に立てればその補佐に父をという青写真を立ててくれている。
 苦労をさせてしまうので、申し訳なさを感じてしまうのも当然だった。

 仲が良くなったが故に純粋に父や家の心配をするようになったのは、カレンにとって皮肉だった。
 だが、後悔はしていない。家族みんなで幸福になるためにも、自分は一層の努力をするつもりなのだから

 「どうしたカレン、そんな顔をして・・・不安なのか?」

 ソファに座って険しい表情で考え込む娘に、シュタットフェルトは心配そうに声をかけた。

 「大丈夫だぞ、お前に手出しはさせないからな。
 もう日本人だからと怯えずに済む特区もあるし、百合子も出所したらここで暮らせばいいんだから」

 「・・・大丈夫。私も頑張るから、お父さんこそ無理しないでね」

 ほんの数か月前には予想もつかなかった父娘の会話に、シュタットフェルトは嬉しそうに笑みを浮かべた。



 そして一週間後、シュタットフェルト家の辺境伯叙任式が政庁にて行われた。
 副総督たるユーフェミアもスザクと共に駆けつけており、テレビ中継もされている。

 爵位叙任は皇族が行うものであるため、コーネリアも久々に軍服や総督服とは違う美しい皇族服をまとっていた。

 「・・・神聖ブリタニア帝国における特区成功の功績により、汝に辺境伯の位を授ける。
 今後も我がブリタニアに忠実であれ」
 
 「ありがたきお言葉にございます。
 今後とも我がシュタットフェルト家は、皇帝陛下および神聖ブリタニア帝国に永久の忠誠を誓います」

 コーネリアが辺境伯の証である勲章をシュタットフェルトに授けると、これでシュタットフェルトは伯爵から辺境伯となった。

 会場に祝いの拍手が鳴り響くと、パーティーに突入する前にユーフェミアが祝辞を述べた。

 「シュタットフェルト辺境伯には特区日本において多大なご協力を頂き、感謝しております。
 若輩のいたらぬわたくしを的確に補佐して下さっているシュタットフェルト辺境伯には、今後ともエリア11の発展に力を貸して頂きたいと思います」

 続けてシュタットフェルトがカレンとともに壇上に上がり、謝辞を述べた。

 「このたびは辺境伯という地位を賜りまして、皇帝陛下およびコーネリア皇女殿下、そしてブリタニアに貢献する機会をお与え下さったユーフェミア皇女殿下には感謝の言葉もありません。
 今後とも娘ともどもエリア11における発展に尽くし、忠誠を示していきたいと決意を新たにした次第ですので、皆様のご協力を頂ければ幸いです」

 その後形式的に長ったらしい台詞を続けて終わると、再び拍手が沸き起こる。
 そしてさっそく立食式のパーティーが始まると、カレンはさっそく招待したアッシュフォード学園生徒会の面々に会いに行った。

 「会長、シャーリー、リヴァル!」

 「あ、カレン!壇上で見てたけど、近くで見るともっと綺麗だねそのドレス」

 シャーリーがカレンの赤いドレスを見て賞賛すると、ミレイも水色のドレスを翻してやって来た。

 「うん、カレンの赤い髪によく似合ってる。赤で統一したのね」
 
 「会長も超似合ってて綺麗ですよー。いやーうちの生徒会メンバー美人ばっかだから、俺って超役得」

 ルルーシュがいないので現在副会長になったリヴァルは女性ばかりの中に男性一人というハーレム状態になっていた。
 ただし女性陣に使われているので、羨ましいと思うか否かは人それぞれであろう。

 「リヴァルもそのタキシード似合ってるわよ。
 今日は楽しんでいってね。それと、後で私のデジタルペットとアイテム交換しない?
 ちょうどレアなのが手に入ったの」

 「お、やるやる!パーティーが終わったら交換しようぜ」

 カレンからのアイテムというのは、ルルーシュからの伝言である場合が多い。
 時間を見てやろうとみんなで楽しそうに話していると、背後から厭味ったらしい声がかけられてきた。

 「あら、アッシュフォード公爵の御令嬢ではありませんの。
 失礼、元、でしたわね。わたくしとしたことが・・・」

 おほほほと挨拶なしに声をかけて来たのは、ベロー子爵家の令嬢だった。
 本国の名門校の寮に入っているのだが、父親がエリア11で地方長官をしているので、その関係でやって来たらしい。
 周囲には取り巻きらしき少女達が、きらびやかに着飾りながらつき従っている。

 「・・・お久しぶりですね、ミス・ベロー」

ミレイが無感動に挨拶すると、ベローは無礼にも挨拶を返さずカレンに視線を移した。

 「初めまして、ミス・シュタットフェルト。わたくし、トウホクブロックで地方長官しておりますベロー子爵の娘ですわ。
 このたびは辺境伯叙任、まことにおめでとうございます」

 「ありがとうございます」

 何この女、とカレンが内心で不愉快に思いながらも挨拶すると、彼女は空気を読まずにカレンに言った。

 「子爵の我が家ですら本国の名門学園に通っているのですから、このようなエリアの学園などで交友を深めるのはいかがなものかと存じますわ。
 いくら以前は名門を誇ったとはいえ、既に爵位を失った方の学園の学歴では今後の評価に差し支えましてよ」

 「なっ・・・!」

 カレンは顔を赤くして怒鳴りつけようとするが、ミレイがカレンの腕を押さえて止めにかかる。

 「落ち着いて!ここでキレたらカレンの評価に関わるから」

 父親の顔は潰さないと約束した手前、カレンはしぶしぶ振り上げた拳を下ろさなければならなかった。
 しかし友人を侮辱されて引き下がりたくないというジレンマに挟まれ、ぎりぎりと歯ぎしりする。

 それを聞いていたシャーリーとリヴァルも出来ることなら怒鳴りつけてやりたかったが、相手は子爵令嬢である。
 しかしそれでも完全に怒りは押し隠せず、二人は鋭い視線でベロー嬢を睨みつける。
 
 「まあ、育ちの良くない方は礼儀も知りませんのね。エリア11ではトップクラスの名門学園と伺っておりましたが、買いかぶりのようですわねえ。
 つい先ほどお母様にお会いしましたけれど、そのほうがカレン様のためにもいいかもしれないとおっしゃっておられましたわ。
 わたくしの学園は皇族の方もお通いになられている名門中の名門、アッシュフォードよりはるかに格の高い学園ですもの。付き合う相手はよく選べと言うのが家訓ですの。
 ぜひ・・・・」

 「せっかくのお誘いですが、私はアッシュフォード学園を気に入っているんです。
 今は父の手伝いをしたいので休学させて貰っていますけれど、その間みんなも私の生徒会の仕事を代わりに引き受けて貰って迷惑をかけてしまったことですし」

 シュタットフェルト夫人が余計なことを言ったようだ、とカレンが近くで談笑している義理の母親を睨みつけると、彼女はふいっと視線をそらした。

 「・・・付き合う相手は選ぶべきというベロー家の家訓はごもっともですわ。
 ですから私、会長達と卒業したいと思います」

 「なっ・・・!」

 暗に誰がお前と付き合いたいか、という意味を含ませた台詞を叩きつけられて、ベロー嬢は顔を真っ赤にさせたが今怒鳴れば主賓に対して何と無礼な振る舞いかとベロー家の醜聞の種になるため、必死で怒りをこらえている。

 そしてミレイとシャーリーとリヴァルは見事に切り返したカレンに内心で拍手しつつ、必死で笑いをこらえていた。
 
 「そういうことですので、どうぞベロー嬢は他のご友人の方々とパーティーをお楽しみ下さいな。
 私達はこれから積もる話があるので・・・」

 暗にどっか行けと言われたベロー嬢だが、このエリア11で出世するためにカレンと繋ぎを取れと父親から指示されている彼女はそうですかと立ち去るわけにもいかず立ち尽くしていると、シュタットフェルト夫人が高い声で言った。

 「いけませんよカレンさん。ベロー嬢は貴女と仲良くなりたいと話しかけられてこられたのですから、むげになさっては非礼です」

 「・・・・お義母様」

 余計なことを、とカレンが思い切り嫌な顔をしたので、カレンがいる一帯の空気が凍っていると、シュタットフェルトが慌てて飛んできた。

 「どうしたカレン?何かあったのか?」

 「お父さん・・・」

 「あらあなた。大したことではありませんのよ?
 ベロー嬢がせっかくカレンさんと仲良くしようと話しかけて来て下さったのに、爵位のないお友達を優先しようとしたから注意していただけですわ」

 シュタットフェルト夫人が当然だといわんばかりに説明すると、娘の表情からよほど気に障るもの言いをされたようだと悟った。

 「・・・カレンを祝いにわざわざ来てくれた友人を大事にするのは当然だろう。
 あまりこういうことに親だからと口にするのはよくないと思うがな」

 「あら親だからこそ口を出すべきではなくて?
 子供の頃はそういう教育をおざなりにしてきたから、今からでもしっかり爵位の重みというのを躾けなくては、シュタットフェルトの権威にも関わりましてよ」

 だんだんことが大きくなってきたので周囲がざわめきだすと、空気を読まない伯爵が声をかけてきた。

 「やっほー、こんばんは~ミレイさーん」

 「ロイド伯爵?!」

 ミレイが驚くとロイドはいつものように考えの読めない顔でグラスをかかげた。

 「あ、カレン嬢もこのたびはおめでと~。
 そっちの生徒会の人達は初めましてだね~。僕ミレイさんとこのたび婚約したロイド・アスプルンドでーす」

 「伯爵家と・・・婚約ですって?!」

 公表していなかったので知られていなかったが、ベロー嬢は驚いてミレイを凝視した。
 いきなりの暴露にミレイはロイドを睨んだが、ロイドは飄々としたものだ。

 「いやあー、ミレイ嬢は面白い方だし僕ゾッコンだから。ところで彼女がどうかした?」

 「え、いえその・・・・」

 ベロー嬢は途端にしどろもどろになった。
 今でこそミレイは無位無官の名門の平民といった位置づけだが、ロイドと結婚すれば彼女は自分より爵位が上の伯爵夫人である。
 しかもアスプルンド伯爵家は現宰相であり、最も皇帝に近いとされるシュナイゼルの後見人だ。
 もしそうなればアスプルンド伯爵家が昇格することも考えられるわけで、ミレイは社交界の一角を担うようになるかもしれないのだ。敵に回すのは愚かというものだった。

 こういう身分を拠り所にする人間を退ける時、より上の人間が撃退するのが一番面倒がないのである。

 そういったドロドロのやりとりを垣間見たアッシュフォード生徒会の面々は、せっかく楽しい気分でいたのに一気に台無しになったと大きく溜息をついた。
 
 「なにー、せっかくの席なんだからそんな顔しないでさ。
 スザク君からたまに話は聞いてるよ~。そっちの長い髪の子はシャーリーさんで、男の子はリヴァル君って言うんだっけ?
 学園祭の時はガニメデに夢中になってて挨拶にもこれなかったから、悪かったね~」

 うちの元パーツ君もお世話になってました、と笑うロイドに、スザクの知り合いかとシャーリーは少し驚いた。

 「スザク君のお知り合いなんですか?ロイド伯爵」

 「ロイド伯爵はランスロットの制作者なんですって。ナイトメアフレームの第一人者なの」

 「え、スザクのナイトメアの?マジ?!」

 ミレイの説明にリヴァルが感嘆の声を上げると、実は先ほどから会話のタイミングを計っていたユーフェミアがスザクとニーナを伴って話しかけた。
 出来れば自分が庇いたかったのだが、ミレイが皇族と結びつきがあると思われればルルーシュがアッシュフォードにいたことがバレるかもしれないと考えて動くに動けなかったのである。

 「まあ、皆様賑やかですこと。あら、ロイド伯爵もいらっしゃったのですね」

 「ユーフェミア殿下、ご機嫌麗しく~。久々に婚約者殿と会いたくなりまして~。やあ久し振りだねスザク君~。
 ねね、ランスロットのデータもっと欲しいんだけど~、シミュレーションだけでも付き合ってくんない?」

 猫なで声でデータをねだるロイドに、スザクは自分は忙しいのでとあっさりと断った。
 残念、とさほどそうでもなさそうにロイドはミレイにいろいろと話しかけていると、ニーナも久しぶりに会った仲間達と話を始めた。

 「みんな、久しぶり・・・元気そうで良かったわ。
 生徒会のお仕事が大変だって言ってたけど、大丈夫?」

 「うん、何とかやってるよ。ニーナの活躍、テレビで見たよ!
 ほら見て、“ラブリーエッグ”。可愛いでしょ?」

 シャーリーがそっとバッグから取り出したデジタルペットに、ニーナも嬉しそうに、そして困ったような笑みを浮かべた。

 「ふふ、ユーフェミア様も喜んで下さって・・・私も嬉しいの。
 ただ本国でも発注がたくさんあって、ロイヤリティがいっぱい私に入ったんだけど・・・悪い気がして」

 もともとのアイデアはルルーシュなので、正当な受取人は彼なのだ。
 しかし彼がブリタニア皇室から逃げ隠れているブリタニア皇子だと知っているため、どうしたものかと悩んでいたのである。

 「あ~・・・きっとルルのことだから気にしてないよ。受け取っちゃえば?」

 「そうもいかないわ、あれはルルーシュ・・・」

 「ニーナ!」

 カレンと話していたユーフェミアが慌てて止めると、ニーナも口をつぐんだ。

 「も、申し訳ありませんユーフェミア様」

「いえ、あまりそういうことをこういう場で相談するのはよくないの。
 後で皆さんと改めて相談した方がいいと思うわ」

 「は、はい。以後気をつけます」

 ルルーシュの名前は禁句だったとニーナは縮こまったが、ミレイとシャーリーとリヴァルもルルーシュの名前はフルネームで口に出すまいとアイコンタクトを取った。

 「急に怒鳴ってしまってすみません。今日は生徒会の皆様でいらしたの?」

 「は、はいユーフェミア皇女殿下。カレンが招待してくれたので・・・」

 ミレイが代表して答えると、ユーフェミアはにっこりと笑みを浮かべた。

 「お久しぶりですねミレイ・アッシュフォード。
 ご婚約おめでとうとお祝いさせて下さいな」

 「ありがたきお言葉、嬉しく存じます」

 「お勉強や生徒会の仕事で忙しいと伺っておりますが、お時間が空いた時にはぜひ、特区にいらして下さいな。
 学園生活についても伺いたいと以前から思っておりましたから」

 暗にルルーシュがどんな学園生活を送っていたのか知りたいと言うユーフェミアに、後でカレンを通してどのあたりまで話していいのかルルーシュに聞いておこうとミレイは思った。

 カレンとミレイを中心にして学園の話で盛り上がるアッシュフォード生徒会メンバー達にベロー嬢は近寄ることが出来ず、悔しそうな顔で取り巻きと共に立ち去っていく。

 ルルーシュがアッシュフォードから出た遠因になってしまっていたのでスザクはさりげなくふざけ半分でちくちくといじめられているのだが、ルルーシュは気にしていないからフォローしてやってくれと頼まれていることもあり、ほとんど以前の関係に戻っていた。

 楽しそうに笑い合う次世代の少年少女達を、空気と化したシュタットフェルトは友人と仲良くやっている娘をうまく場が治まって良かったとシャンパン片手に見守っている。 

 特区に滞在中のクレマンとコラリーも、ナンバーズであるスザクが今は退学したとはいえ学園に通えて生徒会に所属して仲良くやっている様子を見て、やはりエリア11の日本こそが自分達の理想だからそれを自分のエリアに実現させるのだと、決意を新たにするのだった。



 パーティーが終わると招待客は少しずつ帰宅していき、主賓であるシュタットフェルト一家に見送られたアッシュフォード生徒会のメンバーは実家に電話をかけていた。

 「すっごく美味しかったよ、赤ワインに漬けたローストビーフとか美味しかった~。
 え、お酒なんて飲んでないよ~。ノンアルコールのシャンパンだけ。
 うん、今からみんなで寮に帰るところ。今度のお休みには帰るから」

 シャーリーが両親に電話をかけている横では、リヴァルが父と話している。

 「あ、親父?リヴァルだけど。今パーティーが終わったところ。
 ユーフェミア皇女殿下と少しお話出来たんだぜ、すげーだろ。ま、他愛もない話だけど。
 最近よく電話するなって?・・・まあ、思うところありまして」

 以前は自分からは意地でも父親に電話をかけなかったリヴァルだが、育児放棄をする親友の父親を見てあれこれ口出しししてくるのが親であると学んだらしい。
 何だかいきなり反抗期が終わった息子に面食らっていた父親だが、無理に自分の意見を押し付けない限りは息子が話をまともに聞くようになったので、態度を軟化させている。

 (壊れる家庭あれば、直る家庭あり、かな・・・)

 自身の家庭を見事に壊した自国の皇帝が、間接的に一部の家庭の関係を修復するのに一役買っているなど、いったい誰が想像しただろう。
 
 ミレイは祖父にルルーシュのことはバレたがそれに対しておとがめはないようだと言葉を選んで報告しながら、世の中は不思議な縁で動いていることを実感するのだった。



 最後の客であるアッシュフォード生徒会のメンバーが帰宅したのを見届けたシュタットフェルト一家は、自身も帰宅すべく車に乗り込んだ。
 ちなみに夫人は本宅で、カレンとシュタットフェルトは経済特区にある別邸に帰るため、当然のように形式的に挨拶だけした後は別行動である。

 「今日はみんなとお喋り出来て楽しかったわ。
 でもお父さん、ベロー子爵嬢のことは・・・・」

 「気にするな、どうせあちらが先に無礼なことを言っていたんだし、向こうも辺境伯になった私や伯爵家の婚約者だと言うアッシュフォード学園の生徒会長殿にどうこう出来るほどの覚悟などない」

 ああいった手合いは相手の弱点を見つけると嬉々としてえぐりにかかるタイプだから、遠ざけておくに越したことはない。
 それにユーフェミアも事のなりゆきを見ており、何かあったら遠慮なく言って欲しいと言ってくれたので問題があっても何とでもなる。

 「うん、ありがとう。権力って、こういう使い方もあるのね」

 今まで貴族という権力を醜いものだと信じて疑っていなかったカレンだが、使い方を間違いさえしなければ安全に目的が遂行出来るのだ。
父が爵位を上げるのに血道を上げていたのも、自分を守るためだったのだから。

 「権力を得ること自体が目的になるとああいう手合いになるんだが・・・お前なら大丈夫だと信じているよ」

 「もちろん、私はあんなのにだけはならないわ。絶対・・・!」

 ベロー嬢は反面教師としては充分に役に立った、とカレンは思った。
 
 「・・・シュタットフェルト夫人と言い争ってたら助けて来てくれて嬉しかった。
 お父さん、かっこよかったよ」

 「・・・カレン」

 (娘からかっこいいと言われて喜ばない父親がいようか?いやいない!)

 シュタットフェルトは辺境伯叙任よりも嬉しくなって内心で喜びながらも、最近やたら自分を褒めてくれる娘が少し気にかかったので、そっと尋ねてみた。

 「何だな、私を最近気にかけてくれるようだが、何かあったのか?」

 「・・・私の友達のお父さんが最低な人でさ・・・先日最低の父親だ、このだめ親父って言って子供の方から縁切ったの」

 「それはそれは・・・子供から縁を切られるなど、相当だぞ」

 「子供を利用した挙句に捨てたとかで・・・比較されるのはお父さんにも不愉快だろうけど、そういうの見ちゃったから・・・」

 「そ、そうか・・・大変だなその友達は。今はどうしているんだ?」

 言いにくそうにぽつりと告げた娘に、シュタットフェルトは自活するのも大変なら特区内での職を斡旋しようと申し出るとそこは大丈夫だと慌ててカレンは断った。

 「何とかやっていけてるみたいだから、大丈夫。
 でも、何かあったら助けてあげてもいい?もうすぐ誕生日だし、いろいろ贈ってあげたいの」

 「友達だろう、遠慮せずに助けてやりなさい」

 シュタットフェルトは安易に頷いたが、カレンの顔が少し赤かったのでその友達とやらが男であることを知った。
 しかし今さら撤回することは出来ず、娘が誕生日プレゼントの思案に耽るのを少々後悔しながら見守るのだった。



[18683] 第十九話  支配の終わりの始まり
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/02 10:35
 第十九話  支配の終わりの始まり



 十二月中旬、ユーフェミアは各植民地エリアの取材陣を集めて会見を開いていた。

 「・・・今回、他エリアの方々の強い希望により、エリア11における事業がどのように行われているかを皆様にも知って頂きたく報道陣の方々をお呼びした次第です。
 我がエリア11ではメグロゲットーに医療特区日本を設立すべく、大規模な医療施設のために現在工事を行っております」

 「ナンバーズの保護も行う予定と伺っておりますか、事実でしょうか?」

 「メグロにお住まいだった方々には、そのまま従業員として働いて頂くことになりました。
 また、子供達も土地を徴収した以上保護をするのが当然であると考えます」

 質問にはっきりと答えていくユーフェミアに、以前の彼女とはずいぶん違うと記者達は顔を見合わせた。
 
 「現在建設中のナナリー医療総合病院では、ナンバーズでも必要な医療を受けることが出来るようにしたいと考えています」

 「亡き閃光のマリアンヌ様の姫君を記念した病院だそうですが、ナナリー皇女殿下を殺したイレヴンでも受け入れるおつもりなのですか?」

 知らないとはいえあんまりな質問にユーフェミアの顔色が変わったが、それを咎めるべくダールトンがその質問を発した記者の前に飛び出すのを制止してユーフェミアは言った。

 「・・・ナナリーに危害を加えた人とイレヴンを混同するのは、大変おろかな振る舞いであると、私は考えます」
 
 いっそ事実を暴露したいというのがユーフェミアの本音だったが、何とかこらえて記者会見を終わらせた。

 「・・・ダールトン、取材陣の方をメグロまでご案内して下さい。
 私も会議をした後視察に向かいますので」

 「かしこまりました。お任せ下さいませ」

 ユーフェミアは執務室に置いてあるナナリーから贈られた折り紙を見つめて、大きく溜息をついた。

 (ナナリーの手術が行われて成功したって、エドワードさんから聞いたわ。
 今リハビリを懸命に頑張っているそうね。私も何かしてあげたかった・・・)

 姉なのに何の力にもなれなくてすまないと、ユーフェミアは幾度も謝った。
 メグロにナナリーが住んでいたことを突き止めたユーフェミアは、異母妹と仲良くしてくれたという施設の者達にせめてもの恩返しをしたくて、メグロの一部から医療施設を造ることにしたのだ。

 コーネリアも日本人に対して態度を軟化させているし、日本だけでも穏やかな暮らしをして貰えるかもしれないとユーフェミアは安堵した。
 だがメグロのナナリーがいた施設に行ったユーフェミアには、やはり悪意の視線の方が多かった。
 シンジュクで両親を殺され自身も足に損傷を負ったという少年からは、殺意を含まれた目で睨みつけられたほどだ。

 とにかく信用と実績を積み上げて信頼を得、特区の有用性を伝えて他国エリアにも広めよう。

 「他エリアにも特区が出来れば、少しでも誰かの助けになるかもしれないもの。
 何を言われても、誰かの助けになれるのなら私は構わない」

 ユーフェミアはそう決意すると、会議に出るべくスザクを伴って部屋を出た。



 アッシュフォード学園のクラブハウスでは、生徒会メンバーが勢揃いしていた。
 生徒会の仕事に追われているが、TVでは近々建設を本格的に始める予定の医療施設、および特区に関して世界的に報道されるため、その内容を映し出しているのだ。

 と、そこへ生徒会室の電話が鳴ったのでミレイが受話器に出ると、そこからアルフォンスの声が響いてきた。

 「はーい、こちらアッシュフォード生徒会です」

 「あ、ミレイさん?エドワードだけど今忙しいから用件だけ言うね。
 ちょっと特区で学生代表としてインタビューを受けて貰いたくて、急いでこっちに来て貰いたいんだ。ユーフェミア皇女殿下のお望みでね」

 「え・・・でも」

 「お願い、君達しか頼めないんだ。制服でいいよ、インタビューだから。
 もう迎えの人が着いたはずから、すぐに出る準備して欲しいんだけど。
 ルチアっていう眼鏡をかけた三十代の綺麗な女性だから」

 「・・・解りました、すぐに行きます」

 理由をあえて言わなかったところを見ると、盗聴でもされているのかもしれないと察したミレイは、すぐに決断した。
 ガチャンと受話器を置いたミレイは、さっそく生徒会メンバーに言った。

 「すぐに経済特区にお出かけするわよ。何か急いでるみたいだから、着替えなくていいわ」

 「解りました。じゃあ早く校門に行こう」

 何かあったと悟った面々はすぐにクラブハウスを飛びだすと、アルフォンスが寄越したと言う迎えに会うべく校門へと向かう。

 既に迎えの車が到着していたが最近本国から来たと言う教師が待ち構えており、勝手な外出は許さないと車に近づいたミレイ達に向かって高圧的に言った。

 「皇族方の御視察が延期になったとはいえ、いつおいでになるか解らないんだぞ。
 生徒会ならば不測の事態に備えて学園内にいるように」

 「でも、ユーフェミア様の特区のイベントに招待されたんですよ。
 今日明日いらっしゃるわけではないのですから・・・!」

 「いいから黙って教師の言うことを聞け!理事長の孫だからと言って特別扱いはせんぞ」

 教師は言うだけ言ってペットボトルの水を飲み干すと、車内から家庭教師が着るようなドレスを着た三十代の眼鏡をかけた美しい女性・・・ルチアが降りて来て、教師に向かって丁寧だが貴族らしい高圧的な口調で言った。

 「ですが、今回の特区へご招待なさったのはユーフェミア皇女殿下です。
 正式な招待状もこちらにございますが」

 ユーフェミアの署名が入った招待状を突きつけたルチアの言葉に、それを手にした教師は怯んだ。まごうかたなきブリタニア皇族のみが使用出来る紋印が、綺麗に押されている。

 しかし彼にはその命令を受け入れるのに迷う理由があった。
 この教師の正体は皇帝直属の機密機関である情報局の男で、シャルルに命じられてアッシュフォード生徒会の監視を行っていたからだ。

 アルフォンスが借りているマンションはアッシュフォード学園から250メートル先にあり、マオもそこに住んでいるため正体は早くから知っていた。
 ただルルーシュのように正体を知りながら何事もなかったように接するほどの演技が期待出来ないアッシュフォード生徒会には、何も伝えていなかったのである。

 「エリア11の副総督であり、我が神聖ブリタニア帝国の第三皇女であらせられるユーフェミア皇女殿下の御招待を断るには、それ相応の理由が必要です。
 わたくしもユーフェミア様のご命令で動いている以上、何かおありならおっしゃって頂かなくては困るのですが」

 「・・・それは」

 皇帝の命令で、今日はアッシュフォード生徒会のメンバーを外に出すなと言われている。
 だがそれは極秘であり、本当に皇帝からの命令であると証明出来ない以上、しょせん下っ端の自分では独断でれっきとした皇族であるユーフェミアの命令の元で動いているルチアを止めることが出来ない。

 実際はカレンとアルフォンスがユーフェミアにアッシュフォード生徒会のメンバーを招待して欲しいと頼んだだけなのだが、正式な招待には変わりはない。

 「・・・ならば私も同行させて頂こう。生徒だけでは何かと不安なので」

 「ええ、よろしくてよ。でも混まないうちに特区に到着したいので、五分以内に戻っておいでになられない場合は先に出発させて頂きますわよ」

 やけにあっさり了承したルチアは、早く車に乗り込むようにとアッシュフォードのメンバーに指示した。
 ミレイ達がさっさとリムジンに乗り込むと、教師はトイレに入って機密情報局のC.C捕獲担当本部に連絡を入れて事情を説明すると、必要時には人員を送り込むのでその処置でよしとの返事を受けた彼がトイレを出ようとした刹那、胸を押さえて苦しんだ。

 「がっ・・・なぜ・・・?」

 突然の呼吸困難にもがき苦しむが、今日は休日のため他の教師はいない。
 生徒達も教師用のトイレに入ってくることはないし、急を知らせるボタンもない個室だった。
 便器に縋りついて苦しんだ教師は、やがてその体から力が抜けていく。

 アッシュフォード学園にはいくつかの監視カメラが仕掛けられていたが、それは生徒会のメンバーを監視する目的であるため、職員用トイレにはない。
 もしもルルーシュ自身がいたらそれこそあらゆる箇所に仕掛けられていただろうが、監視対象はごく普通の生徒達であるためクラブハウスや教室などを中心にするだけで充分との判断だった。
 おまけに校門には仕掛けられているものの、現在別の理由で多くの人員を外に出してしまった上に彼が監視につくという処置に安堵し、本部に残っていた通信士は監視カメラを見ていなかった。
 彼の死体が同僚の教師によって発見されたのは、それから一時間後のことだった。



 「五分経過・・・残念ですが時間がないのでもう出発したと、さっきの教師の方に伝えておいて下さいませ。では、失礼いたします」

 警備員にそう伝えたルチアがさっさと運転席に乗り込むと、経済特区に向けて車を発進させた。

 「・・・あの、貴女は?」

 ミレイがおずおずと尋ねると、ルチアは淡々と答えた。

 「わたくしはマグヌスファミリアで教師をしております、ルチア・ステッラと申します。
 アルフォンス様に命じられて、貴方がたをお助けしに参りました」

 ルチアは一週間ほど前にエトランジュの要請を受けて偽造パスポートを使って来日していた。
 決起後に日本にいるブリタニア人と日本人との間に軋轢が生じかねないため、亡命歴のある彼女なら双方の立場からいいアドバイザーになってくれると考えたからである。

 マグヌスファミリアでブリタニア貴族が教師をしていた話を聞いていたミレイ達は納得すると、ルチアは続けて報告する。

 「さっきの教師、あれはシャルル皇帝が派遣した情報員ですわ。
 貴方がたををずっと監視しており、電話やメールもなど全部筒けだったとのことですが」

 「マジすか?!それでアルフォンスさん、ルルーシュ絡みのことはラブリーエッグでしか絶対やり取りするなって何度も念を押してたんですね」

 リヴァルが納得すると、自分達の会話内容全てがだだ漏れだったと知ってミレイとシャーリーが気持ち悪そうな顔になった。

 「クラブハウスにも監視カメラがいくつか仕掛けていたそうで、ゼロの痕跡を見つけようと向こうも必死だったようですわね。
 どうも貴方がたの会話から今でもルルーシュ皇子との接点があると把握していたようですし・・・。
 そしてどうして今日皆様を学園から出したがらなかったかと申し上げますと、ゼロことルルーシュ皇子の居所が判明したからなのです。
 ただし、それはこちらが仕向けたことですので、ご心配には及びませんが」

 「わざと見つかったってことっすか?何でまた?」

 「詳細は省きますが、今から日本解放戦を始めるからでしてよ。
 ゼロは貴方がたを大事に思っていらっしゃるから、いざという時は人質に取るつもりで学園から出したがらなかったとのことです」

 ルルーシュが決起したあかつきには自分達を人質に取るつもりだったと知ったアッシュフォードの一同は、その可能性に気づかず呑気にしていた己に腹が立った。

 「・・・すげえムカつくんですけど!それで俺達を助けに来てくれたんですね」

 「そういうことです。今マグヌスファミリアの皆様はそれにかかりきりですので、特区を見るために日本に来ていたわたくしが迎えに来た次第ですの。
 学園の監視員は二人いて、一人は既に対処済みです。さっきの教師のほうも処置しましたので、ご安心を」

 用務員を装っていた監視員は学園の用品を受け取る際業者と入れ替わっていたルルーシュによってギアスをかけられており、先ほどの教師は招待状に塗りつけていた毒を皮膚から吸収してこと切れている頃合いだろう。

 あの教師もギアス能力者だそうだが、ギアスを過信しまともな手段というものに対して考えが向かわなさ過ぎるのはこちらにとって実に好都合だった。

 ああ言った事態になれば本部に連絡をするのは当然で、周囲にばれない場所で連絡するだろうから見つかるのはもう少し遅くなるはずだ。

 「特区に入る前に、特区にいるって親御さんには連絡なさっておいたほうがよろしくてよ?
 今からものすごい騒ぎになりますもの、居場所だけは知らせておいて差し上げたほうがよろしいかと存じますが」

 ちゃんと特区のブリタニア人は安全に保護していることは知らせるつもりだが、子供がどこにいるか解らなくて無駄に不安にさせないほうがいいというルチアに皆が携帯でメールを打って親に知らせにかかる。

 《アッシュフォード支部のメンバーは無事に保護いたしましてよゼロ。
 そっちの作戦を開始しても問題ありません》

 《助かりましたよミズ・ステッラ。特区に到着したころに、こちらも始めるとしよう》

 エトランジュのギアスを通じて報告を受けたルルーシュは、ニヤリと笑みを浮かべた。



 「こちらはメグロにあります医療施設建設現場です。
 この区域はナンバーズと婚姻を結んでいるブリタニア人やその子供が多く住んでいる地域で、ユーフェミア副総督閣下も大変お気にかけているとのことです。
 これより潜入取材を試みようと思います」

 生放送の取材班の周囲には十人ほどの視察団中にコラリーとクレマンがおり、名誉ブリタニア人兵士が十数名と数人のブリタニア人の指揮官とともに護衛についている。
 だが彼らが足を踏み入れようとした瞬間、建設現場から突然銃声が響き渡った。

 「じゅ、銃声です!銃声が響き渡りました。いったいどういうことでしょうか?!」

 アナウンサーの叫びに、ブリタニア士官が名誉ブリタニア人の兵士達に威圧的に命じた。

 「ただちに調べに向かう!ついて来い!」

 「イエス、マイロード」

 銃声がした場所に銃の携帯が許されていない名誉ブリタニア人達は内心嫌だったが、逆らうことなど許されていない彼らは部隊長について施設におそるおそる入っていく。

 放送を見て殆どが丸腰の兵士では意味がないと理解しているダールトンはすぐに援護の兵士を送り込むよう指示を出したが、間に合うはずもない。

 一方、銃声がした施設に入った兵士達が建設中の二階で見たのは、銃を持った黒髪のブリタニア人の少年だった。
 壁にはいくつかの銃痕があり、先ほど銃を撃ったのは彼だろうと予想がついた。

 「来たか・・・ご苦労だったなお前達」

 「だ、誰だお前は・・・?!」

 「尉官にまで成り上った名誉ブリタニア人諸君、お前達の仕事はこれで最後だ。
 同胞を売り払い、自らの安泰のみを図った売国奴に日本解放戦の邪魔をされては困るんだよ」

 調査に来た名誉ブリタニア人兵士達は、己の旧悪を暴かれて顔を赤く染めた。
 この場にいる者達はレジスタンス組織を密告し、日本が占領された際は官僚や物資を提供していた資産家を競ってブリタニアに差し出すことで身の安泰を図った者達だった。

 ルルーシュが裏で手を回してこの者達をメグロの取材陣の護衛につくようにしたのは、この作戦に必要だった日本人の生贄にするのに最適な人材だったからである。
 何しろ日本人で少尉や中尉になることは非常にまれであり、そう言った者達をアピールするのは特区にも有益であるとアルフォンスに言わせるだけで事足りる。

 既にギアスをかけられている中佐が何の指示もしないのでどうしていいか解らず名誉ブリタニア人の兵士達が立ち尽くしていると、突然の爆発音とともに現れたのはブリタニア軍のナイトメアだった。

 「う、うわああ!!」

 名誉ブリタニア人兵士達はその衝撃をもろに受けて転倒し、苦痛に身を浸しているとそれにかまわずナイトメアがルルーシュを発見して報告した。

 「こちらH-ワン、対象の“生餌”を発見した!これより捕縛に入る」

 その言葉とともに、ナイトメアの背後から数人のブリタニア人が銃を構えて乱入する。

 「ナンバーズの兵士どもか・・・見られた以上は仕方ないな。殺せ」

 「はっ」

 「ひっ・・・や、やめてくれ!!うわあああ!!!」

 ナンバーズを犬か何かと同じに考えている機密情報局の男に命じられた兵士達は、何が起こったのか解らず混乱するばかりの名誉ブリタニア人兵士達をブリタニア士官もろとも無表情で撃ち殺していく。

 予想通りの展開であり、またそう仕向けたのは自身であるとはいえ嫌悪したルルーシュは大きく溜息をつくと、機密情報局の男達に向かって言った。

 「俺を生餌にするとはいい度胸だ。
 だがまあ間違いではないな。俺は確かに餌なのだから」

 「解っているなら結構だ。分際をわきまえることはいいことだぞ?
 お前を繋ぎとめる“鎖”は確保し損ねたが、後で回収すればすむことだ」

 エリア11におけるブリタニアの機密情報局のリーダーを担当している男の得意げな台詞に、ルルーシュは嘲るように質問した。

 「お前達に一つ、質問しよう。
 無力が悪だと言うのなら、力は正義なのか?復讐は悪だろうか?」

 「悪も正義もない。生餌には生餌の役目があるだけだ」

 「そうか、ではお前達の役目を教えてやろう。俺はお前達を誘き寄せるエサなのだからな・・・まんまと釣られてくれた礼だよ」

 「何?」

 指揮官の男が反問すると、ルルーシュはにやりと笑みを浮かべた。

 「ここは現在、ユフィが望む日本人とブリタニア人が特区以前から造り上げていた理想の区域だ。
 ユフィはそれを称賛し、今世界にそれを伝えようとしている。
 そんな中でブリタニア人がそこを襲い、日本人と手を取り合って暮らしていたブリタニア人や日本人の死者が出たら、日本人が激怒するのは当然だと思わないか?
 ブリタニアがいる限り平穏などないのだから、立ち上がるしかないとな」

 「・・・まさか!貴様!!」

 「理解したな。そう、お前達も餌だ・・・日本人を日本人として目覚めさせるためのな」

 図られたと知った機密情報局の男達が速やかにルルーシュを確保しようと麻酔銃を向けると、ルルーシュは短く命じた。

 「ルルーシュ・ランペルージが命じる!お前達は死ね!!」

 「・・・イエス、ユアハイネス」

 絶対遵守の命令を受けた男達は、自らの銃で自らの頭を撃ち抜いていく。
 物言わぬ屍と化した男達が倒れ伏し、血の匂いが充満する中で、ルルーシュは嘲るように言った。

 「・・・そう呼ぶ必要はない。俺はただのルルーシュだ」
 
 邪魔な者達をまとめて消し、日本を取り度すためのきっかけは作ることに成功した。

 窓から外を伺っていると、施設内に隠れさせていたブリタニア人が飛び出して取材陣に語っている。

 「い、今ブリタニア人が来て、みんなを撃ったの!ナンバーズと慣れ合うお前達は非国民だって!!こんな特区は潰すのが当然だって!!
 助けて!助けて下さい!!」

 命からがら逃げ出したような様子で赤く眼を縁取らせた女性の必死の訴えに、取材陣や同行していた視察団の面々はざわめきだす。 
 他にも日本人やハーフ、ブリタニア人も互いに支え合って怯えたような顔で同様の証言をしたので、銃声を目の当たりにした取材陣や同行した視察団の面々は顔を見合せた。
 
 「さ、さっきナイトメアが来たな?あれも過激な純血主義のブリタニア人のか?」

 「確かに、ナイトメア来たの早すぎない?銃声がしてまだ十分も経ってないのよ?」
 
 その証言を疑うより信じてしまう者が多かったのは、いざという時は常日頃の態度が物を言うという言葉を如実に表していた。
 生放送だったので当然このやり取りは全国で放送されている。
 恐らくコーネリア辺りからでも指示が飛んだのだろう、慌てて放送を打ち切るのが見えた。
 特区のテレビ局の社内の中ではディートハルトが実に楽しそうに笑いながら、放送を再開しようと時期を図っている。

 「だがもう遅い。真実よりも事実こそが、この先の未来を造る」

 ルルーシュは計画通りにことが進んだことに満足し、建設現場で既に完成していた地下の避難通路に向かって歩き出す。
 隣の部屋や廊下には、マオによってスパイと判明したブリタニア人や名誉ブリタニア人が自殺させられ、あるいは銃によって殺害されて屍となって横たわっていた。
 スパイとして潜入した以上擬態とはいえ彼らは主義者の活動をしてきた者達だから、そう言った意味でのアリバイは確保しているため、計画の生贄としては申し分なかったのだ。

 「無力は悪ではなかった。力は正義ではなかった。
 復讐は悪ではないが、原動力にはなり得た。そして友情は、少なくとも俺達にとっての正義となった」

 ルルーシュは歌うように言いながら地下に下りていくと、そこにはC.Cが迎えに来ていた。
 その奥には悪辣とはいえ邪魔な者達をまとめて排除し、ルルーシュを狙っているという機密情報局に打撃を与え、日本人が立ち上がるきっかけとなるという一石三鳥の策に感心している卜部がいる。

 「ちょっとまあ酷いとは思うけど、仕方ないな」

 スパイ連中には情報を適当に与えて囲っておいたのはあらたなスパイが来ることを防ぐためでだけはなく初めからこの意図があったのだろうと、卜部は舌を巻いたものだ。

 「邪魔者をまとめて片付ける最良の策だ。
 ・・・あとはブリタニアから奪い返すだけだ」

 国を、家族を、自由を、そして誇りを。

 ・・・・さあ、奪われたものを取り戻そう。

 ルルーシュはそう決意を秘めながら、仮面をかぶってマントを翻し、仲間とともに戦場へと歩きだした。



[18683] 第二十話  事実と真実の境界にて
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/06 10:15
 第二十話  事実と真実の境界にて



 「・・・何ですか、これは?!
 いえ、それは後です。とにかく急いでメグロに向かいなさい!至急脱出して来た方々の保護を行います!」

 「しかしユーフェミア様、危険です!」

 「あの方々には守る者が誰一人いないのですよ!!わたくしについている護衛部隊は何のためにいるのです!
 向かわないと言うのなら、歩いてでも私は行きますからね」

 「イ、イエス、ユア ハイネス!!」

 運転手は走っているにも関わらずドアを開けかねない様子のユーフェミアを見て、予定通りメグロへ車を走らせた。
 その横ではスザクがユーフェミアの手をそっと握り、安心させようとすると同時にそんな無謀な行為を止めにかかっている。
 ダールトンも不敬を咎めるよりも彼女の安全を優先するため、見なかったことにした。

 車が停車するや座席から飛び出したユーフェミアが見たのは、怯えて震えるブリタニア人と日本人達の恐怖に染まりきった瞳だった。

 (・・・もしかしてこの件をもみ消すために口封じで殺されると怯えているのかしら)

 ブリタニア人がテロを起こしたなど外聞の悪いことは明るみに出したくないことだとユーフェミアは内心でそう考えると、しっかりした口調で言った。

 「皆様、ご心配はありません。ユーフェミア・リ・ブリタニアが皆様をこれより特区のほうで保護を致します。
 その前に何があったか、今一度確認させて頂きたいのですが・・・」

 ユーフェミアが安心させるように穏やかな口調で尋ねると、目の縁を赤く光らせた中年のブリタニア人の作業員がおそるおそる証言した。

 「わ、私達は工事現場で視察団の方々に危険がないようにと、ライトの設置と確認をしていたのです。
 そうしたらいきなり仲間が撃ち殺されて、私達は慌てて逃げて隠れていたのですが」

 隙を見て工事現場から逃げて助けを求めたのだと言う男性に、ユーフェミアはめまいがした。

 「それで、その後の様子はどうなっているのです?」

 「ナイトメアが突入してからは、静かです。
 あの、他に連絡が取れない仲間達がいるのですが、ユーフェミア様が既に保護して下さっているのでしょうか?」

 「連絡が取れない方がいる、ですって?・・・護衛部隊の皆さん、今から工事現場に入ります。
 もしかしたら逃げ遅れた方がまだ中に隠れていらっしゃるのかもしれません」

 ユーフェミアが工事現場を見上げて言うと、ダールトンが猛反対した。

 「なりませぬユーフェミア様!所属不明のナイトメアがいるのですぞ!
 我々が向かいますゆえ、どうか枢木少佐とともにお待ち下さい」

 「私も行くに決まっているでしょう!また都合のいいお話ばかり聞かされるのはうんざりですわ。
 私が直接何があったか確かめます!!」

 「ユーフェミア様!!」

 「自分も反対ですユーフェミア様!ここは僕が代わりに見て参りますから!」

 ダールトンとスザクも意地でも危険な場所に向かわせられないと言い合っていると、一人の記者が進み出て提案した。

 「ならばユーフェミア副総督閣下、私がカメラを持って皆様と同行させて頂く・・・というのはいかがでしょう?
 閣下はテレビ局の車内のモニターで真偽の確認を行うのがよろしいかと」

 「ああ、それだったら中に入らなくてもいいから安心だな・・・ユーフェミア様、そう致しましょう!」

 中に入られるよりマシだとスザクが賛成するも、ユーフェミアは都合のいいところだけ見せられるのではないかと首を縦に振らない。
 今までブリタニアのいい面ばかりを告げられていた彼女は、ブリタニアの報道機関そのものを疑うようになっていたからだ。

 「私はゼロが現れた時、ありのままを放映しております。報道に携わる者としての誇りは誰よりも持っている自信がございますが。
 事実を伝えることこそジャーナリストの仕事ですから、どうか私に内部に入る御許可を頂きたい」

「 ゼロの?ああ、あれは貴方が報道なさっていたのですか?」

 「指示したのはディートハルト・リートで責任を取ったのも彼ですが、カメラを回し続けたのは私で彼が特区局に入ったと知って私も異動を希望した次第です」

 「・・・それならばお願いいたします。どんなことでも、ありのままをお伝えして下さい。
 その件で貴方を処罰することはないとわたくしが保証致します」

 「イエス、ユア ハイネス。では準備をして参りますので、少々お待ち下さいませ」

 あらかじめ準備をしていた記者は、ユーフェミアを車内に案内した。

 「機材が多く狭苦しくて申し訳ないのですが、何とぞご了承ください。
 こちらのモニターに私のカメラからの映像が送られて参りますので」

 「構いません。では、よろしくお願いいたします」

 ゼロが初めて登場した時、放送を切るように命じたのにそれを無視してエリアに流したテレビ局の人間がいることはユーフェミアも聞いていた。
 その彼の下で働いていると言うならば今回のことも信用していいだろうと判断したユーフェミアがモニターを食い入るように見つめ始めたので、記者はカメラを構えて車から降りた。

 一方、ダールトンは記者の案を認めたはいいが、暗にまずい映像を撮らないように言い含めるつもりだったのだが彼が受け入れるとは思えず苦虫を噛み潰した。

 「・・・あまり過激な映像は控えて貰いたいものだが」

 「しかしユーフェミア副総督閣下はありのままを伝えるようにとおっしゃった。
 ジャーナリストとしては感極まるご命令、私は喜んで従うつもりです」

 きっぱりと言い放った記者にいざとなったらカメラを壊すかと内心で考えながら、スザクと残った護衛部隊にユーフェミアを放送車から降ろさないように言い含めた後、銃を構えた部隊の半分を連れて工事現場へと入った。

 (これは、血の匂い・・・確実に死者がいるな)

 だが人の気配はしないのですべて死んでいるのではと嫌な予感に身を浸らせながら歩いていると、懐中電灯の先に浮かび上がったのは数人の死体だった。

 「こ、これは・・・!いったい・・・」

 「・・・先ほど逃げてきた者達の証言は、どうやら事実だったようですな」

 記者の呟きに何人かの顔に見覚えのあったダールトンは彼らが自分がが送り込んだスパイだと気付いたが、擬態とはいえ主義者の活動をさせていたため、巻き込まれただけかそれとも何かの策かと判断がつきかねている。

 一方、その映像を見て卒倒してもおかしくないほど血の気が引いたユーフェミアはそのうちの何人かの顔に彼女も見覚えがあった。

 「あれはゲットーに物資を送ってくれていたというミスター・グエンではないですか!
 特区に協力して下さった方も・・・!ああ、何ということ・・・!」

 みんなで力を合わせてブリタニア人と日本人が仲良く暮らせるようにと心を砕いてくれていたのに、どうして今もの言わぬ身体になって血の海に横たわっているのだろう。

 「そんな・・・酷い・・・!」

 既に先ほどの件は、日本中に報道されている。
 今さら誤報だったと言うのは無理があり、証言者の顔も名前も知れ渡っているのだ。

 (かといって隠し続ければ日本人の方々は当然のこと、特区に協力してくれている方だって過激な主義者のテロの対象になると恐れて協力してくれる方が減るかも・・・)

 隠すにせよ、事実を知らせるにせよ今後の特区は確実に暗礁に乗り上げると考えたユーフェミアは戦慄した。

 しかも特区を考えているエリアに報道されていたのもまずい。
 事実コラリーやクレマンが担当しているエリアでは特区反対派がそれ見たことかと言わんばかりに、特区凍結を言い出して計画書をゴミ箱に放り込んでいた。

 一方、先発隊として送り込んでいた兵士から無線での連絡が聞こえてくる。

 「ダールトン将軍、視察団の護衛に当たっていた名誉ブリタニア人の兵士達も皆射殺されていることを確認しました。
 さらに登録されていないサザーランドを発見しましたが、操縦者および乗員は自害したようです」

 「自害だと?いったいなぜ・・・」

 「解りません。ですが、他に生存者はおりません。現状ではこれ以上の現場解析は不可能です」

 「・・・解った、引き上げるぞ。
 ユーフェミア様も、よろしいですな?」

 「はい。貴方がたが戻り次第、特区に向かいます。
 お姉様にも伺いたいことがありますので」

 ダールトンの問いに了承したユーフェミアが中継車から降りると、何が起こったのかと話し合っていたクレマンとコラリーは彼女の青白い顔から中の様子が酷いものだと予想がついたため、特区は絶望的だと額を押さえた。

 「ユーフェミア様・・・!」

 「・・・せっかく協力して下さったのに、申し訳ありません」

 ユーフェミアが深々と頭を下げると、二人はユーフェミア様のせいではありませんと慰めるが、今後どうすればいいのかなど二人にも解らず立ち尽くすばかりだ。

 やがて工事現場から出てきたダールトンは現場に入らないことを命じた後、ユーフェミアが視察団および保護した証言者となった者達とともに特区へと車を走らせた。

 そして残された中継車の中では、現場に同行した記者が先ほどの映像をディートハルトへと送信している。

 報告を聞いたディートハルトは、カメラをうっとりと見つめて興奮した声で呟いた。

 「特区にダメージを与えることなく決起させるとは、さすがゼロ!
 世界が変わる・・・ゼロという一人の男によって!!」

 自分が間近でその記録を撮り続ける、その幸運。
 ディートハルトは狂喜しながら受け取った映像を確認すると、笑い声をあげながら機材を操作するのだった。



 政庁では機密情報局の勝手な行動に怒り狂ったコーネリアが情報局に抗議していた。

 「いったいどういうつもりだ!私に図らず行動するなど、総督たる私を何と心得ている!!」

 「申し訳ありませんコーネリア総督閣下。しかし、いかなる強引な手段を使ってでもC.Cを捕らえよとのご命令でして」

 皇帝の命令という帝国における最高の免罪符を出されたコーネリアは唇を噛んだが、それでも彼らを糾弾することは可能だった。

 「そもそもどうしてあそこにC.Cがいるなどということになったのだ?!」

 「それは、ピザが大量注文されたことに端を発しまして」

 「ピザ?何だそれは」

 聞き慣れない料理の名前にコーネリアは眉をひそめたが、ギルフォードの説明を聞いてさらに情報局に詳しいことを聞くと以下のようなことが解った。

 ルルーシュがアッシュフォードにいた当時、シンジュク事変以降頻繁にピザを大量注文していることが判明した。
 パーティーなどが行われている時ならともかく、ルルーシュ個人がそういうことをするはずがなく、ピザの配達員にC.Cの写真を見せて聞き込みをしたところ彼女が注文主だという証言を得られたのだと言う。
 代金もルルーシュのクレジットカードから支払われていたことも確認済みだ。

 そしてその情報を元にトウキョウ租界内でピザを大量に頼む者を中心に調べてみたところ、マグヌスファミリアの女王が買っている様子が防犯カメラに映っていたのだそうだ。

 「・・・つまり、C.Cはピザとやらが好物だというわけか。それで?」

 「そこで各ピザ屋にも網を張っていたところ、この近隣に大量注文されたとの情報が入ったので至急人員を確認に向かわせました。
 すると対象が生餌・・・いえ、ルルーシュ皇子と共にいることを確認しました。
 対象を確認した場合、いかなる手段を使ってでも迅速に捕獲せよとのご命令ゆえ、捕獲部隊を向かわせた次第です」

 「生餌・・・」

 「孤児院の者達と会い、ナナリー皇女の様子を伝えておりまして・・・今回報道陣がいるから無理な手段はとらないから大丈夫だと油断していたので、好機と考えたのですが」

 ルルーシュがどう扱われているかを知ったコーネリアはダン、と大きな音を立てて机を叩いた。

 「貴様は馬鹿か!明らかに誘われているではないか!!まんまと乗せられおって、この愚か者どもが!」

 コーネリアは一連のこの騒動が全てルルーシュの手のひらの上で行われていることだとすぐに看破した。
 ピザという解りやすい材料を放置しておいたのも、姿を現したのもそのためだ。
 報道陣がいるからこそ油断しているように見せかけ、この状況を造ったのだ。

 「これでゼロは公然とブリタニアを攻撃出来る・・・ルルーシュはこれを待っていたのか・・・!」

 ルルーシュは正体がバレた以上、迅速に日本解放をしたがることは解っていた。
 だからコーネリアは決起の理由を与えないために日本特区を保護し、今回の医療特区の事業も認めてきたと言うのに、機密情報局の皇帝の命令という名の暴走がそれを台無しにしてしまった。

 しかも彼らは己の失策を認めず、とんでもない提案をして来たのだ。

 「黒の騎士団が決起すると言うなら好都合ではありませんか。
 我々が鎮圧し、ゼロを捕らえてC.Cを捕獲すればすむことです」

 「・・・この、度し難い馬鹿どもが・・・!」

 C.Cを捕まえるだけが任務の機密情報局は、エリア11の治安や政治を任されている自分やユーフェミアのその後についてまるで考えていなかった。

 たとえそれが成功したとしてもこの件でブリタニア人の協力者の脱退が相次ぎ、特区は失敗に向かう。
 それを防ぐためには過激な国是主義者の仕業とされている以上適当なブリタニア人に罪をかぶせて処分するしかない。、

 そもそも最初の報道で襲って来たのはブリタニア人とはっきり証言されてしまっている。
 何千万もの人間がその報道を見ていたのだから、口封じなど出来るはずがないのだ。
 だが幸い、無実の者を人柱に立てる必要はなかった。

 「ギルフォード、機密情報局の人間を数名選んで来い。陛下には私から言っておく」

 「イエス、ユア ハイネス」

 馬鹿げたミスをした者達の処分代わりとすれば角も立つまいと言うコーネリアの命令にギルフォードが頷いて出ようとした刹那、緊急連絡が入った。

 「コ、コーネリア総督閣下!!大変です・・・先の事件の映像が流出しております!」

 「な、何だと?!いったい誰が・・・」

 ギルフォードが慌ててモニターのスイッチを入れると、日本人、ブリタニア人が撃たれて死亡している工事現場の凄惨な映像が流れている。
 うち数名の顔に見覚えのあったギルフォードは、驚いた顔で報告した。
 
 「あの者達は、確かダールトン将軍がスパイとして送った者です・・・」

 「・・・そういうことか!ルルーシュは邪魔者を一掃すると同時に決起の生贄にするつもりで!」

 どこまでも抜け目のない末弟の策略を知ったコーネリアは、この事態をどう妹に説明するかと頭を抱えた。

 ルルーシュの策だったとユーフェミアに説明したところで信じて貰えるかがまず怪しい上に、ブリタニア側がしょせん犠牲者がナンバーズと主義者だからと構わず襲いかかった事実が消えるわけではない。

 妹とて好んでルルーシュや自分との間に不和を招きたいわけではなく、穏やかな形で和解させようと努力しており、ルルーシュとナナリーがメグロにいたことを正直に報告してくれた。
 その気持ちを汲んで、彼らを特区に組み込みきちんと保護すると約束したのはほかでもない自分なのだ。

 (それを壊しておいてルルーシュの策だったなどと言えば、いくら事実でもユフィが素直に聞き入れるはずがない!!
 また他人のせいにする気ですかと咎められるだけだ・・・!)

 「姫様・・・」

 ルルーシュの隙のなさ過ぎる先手に、コーネリアがもはや末弟と戦う道から逃れられないことを悟った。だがそれでも、この場は取り繕っておかねばならない。

 「・・・急いでくれギル・・・情報局の連中に責任を取らせろ。それでもだめなら・・・私はルルーシュと戦うしかない・・・」

 「は、かしこまりました。機密情報局の方々、至急責任を取る方を数名選んで頂きたい。よろしいな?」

 「そんな・・・我らは陛下のご命令で・・・!」

 情報局の者達は理不尽だと憤るが、ギルフォードはそんな彼らの泣き言を切って捨てた。

 「陛下のご命令を果たせなかったのはそちらだ。
 成功したならともかく、失敗した挙句エリア11の治安を悪化させる要因を造った責任を取るのが筋であろう」

 ギルフォードはそれだけを告げると彼らとの通信を一方的に切った。
 そしてコーネリアの親衛隊数名に連中を連行するように指示を送る。

 「ユフィは特区に戻ろうとしているようだが、政庁に来るように言わなくてはな。
 あそこも危険だ・・・イレヴンが騒いでユフィを責めるに決まっている」

 コーネリアは気が重そうにユーフェミアの携帯電話に連絡を入れると、怒りをにじませた妹の声が、VTOLのプロペラの音と共に耳に入って来た。

 「お姉様・・・これはいったいどういうことです?!」

 「今確認を取った。これは機密情報局の暴走だ。今ギルフォードに命じて連中を逮捕する手配を終えたところだ。
 どうもC.Cがいると勘違いをしていたようだが、だからといってこの所業を捨ておくわけにはいかぬゆえ、テロリストとして処断する」
 
 「陛下直轄の機関の・・・?ルルーシュを捕まえるためだけに、こんな恐ろしいことをしでかしたと言うのですか!!」

 案の定激怒した妹を、コーネリアは懸命になだめにかかった。

 「連中は過激派のテロリストとして処断する。死刑、終身刑にすればこの騒動は納まるだろう。
 綺麗にこの騒ぎが収束するまで、お前は政庁にいるんだ。今戻れば今回の件についての説明を求められるからな」

 「説明をするのは当たり前でしょうお姉様!この特区のためにどれほど協力してくれた方々がいると思っておいでなのですか!
 先ほどニーナから日本人の方はむろん、ブリタニア人の方からも過激な国是主義のブリタニア人が特区でテロなど起こさないだろうかと心配する声が上がって騒ぎになっているとの報告がありました。
 シュタットフェルト辺境伯が何とか対応して下さっているようですが、辺境伯も何も知らない以上限界がありますから私は戻ります」

 「ユフィ、だが危険が・・・!!」

 「命をかけるからこそ統治する価値があるとおっしゃったのはお姉様です!
 ここで私が動かなければ、どのみち特区は終わりです!」

 自身の言葉を逆手に取られて反論を封じられたコーネリアは、特区が妹を急激に成長させてしまい皇族の義務を全うするとの意識を高めてしまった結果、彼女が自分が作った箱庭から出てしまうことになったのは本当に皮肉としか言いようがなかった。

 「・・・解った。お前の好きにするがいい。ダールトン、枢木・・・何が起ころうともユフィを守れ。・・・いいな」

 力なく携帯の通話を切ったコーネリアは、これから先のエリア11と自分とユーフェミアがどうなるか予想がつかず、額を押さえて溜息を吐く。

 解ってはいた。政治家としてユーフェミアの取った行動は間違いなく正しい。
 自分が出来ることと出来ないことの区別をつけて自分の精一杯を務め、治める民のために責任を果たしに行ったのだから。

 と、そこへコーネリアの通信機に何者かが連絡して来たという報告が、飛び込んで来た。

 「コーネリア総督閣下、経済特区日本の通信機から連絡です。
 発信者名は“アリエス”とありますが・・・」

 「アリエス・・・だと?繋げ!!」

 コーネリアが椅子から立ち上がる勢いで命じると、ただちに通信が繋がって十月に父との会談で聞いたきりの末弟の声が響き立った。

 「お久しぶりですねコーネリア総督閣下」

 「ルルーシュ・・・いったいどういうつもりか、と問うのは今更なんだろうな」

 疲れ切った異母姉の声に、ルルーシュはそうですねと口調だけはそっけなく答えた。
 家族と責務の間に挟まれて身動きが取れないコーネリアを憐れむことはたやすいが、もはやそんな段階はとうに過ぎ去っている。

 「これから日本を返して頂きます。その前に、ユフィについてお話ししておこうと思いましてね」

 「ユフィ、だと?特区を造らせて成功させた後は、用済みだと思っていたのだがな」

 「・・・ユフィには感謝していますよ。俺達にとってはまさに救世主ですからね。
 ですからご安心ください、俺達が勝てばユフィは必ず保護します。そしてブリタニア帝国を倒した後は、彼女に皇帝となって貰いますので」

 ユーフェミアを皇帝に、と言い出したルルーシュに、てっきり彼が皇帝になるものと思っていたコーネリアは驚いた。

 「お前が皇帝になるのではないのか?!」

 「ブリタニア人の反感と世界の反感を抑えるためにも、彼女が適任です。
 ブリタニア皇族として生まれ育ちながらも、ナンバーズを奴隷扱いせずに共に歩もうとした主義者が皇帝になるという事実は他国の人間と、他国を虐げてきたことで今度は自分達がその立場になると怯えるだろうブリタニア人に安心感を与えますから」

 「・・・特区はその実績作りの一環か。つくづく恐ろしい人間に成長したものだお前は」

 末弟と末妹もブリタニア人なのだ。安心して暮らせるようにするには、戦後のブリタニアの居場所をも視野に入れて戦っていたのだとコーネリアは知った。

 「俺は大枠を考えただけで、成功させたのはユフィの力によるところが大きいですよ。
 まさか他のエリアからも特区をと言われるほどになるとは、俺も予想外でしたからね」

 他エリアでも特区を造るためにメグロの医療特区を報道するようだという報告があった翌日に、ならば利用させて貰おうとあくどい笑みを浮かべたことなどなかったことにするかのように、ルルーシュは苦笑する。

 「そうか・・・喜ぶべきか悲しむべきか、悩むところだな」

 椅子に腰かけ直したコーネリアは、ルルーシュに尋ねた。

 「そしてユフィを保護してことが済んだ後、皇帝に立てるということか?」

 「いいえ、ユフィは今から政庁に送り返します。
 俺が負けるとは思いませんが、万が一・・・・いや、億が一にものことを考えてこちらに関係していると思われては、俺達が敗北した場合の彼女の立場が悪くなりますので」

 「ユフィの立場が悪くなれば、ナンバーズを保護する者が誰もいなくなるということか・・・どこまでも抜け目のない奴だ」

 まだ日本一国すら解放出来ない以上、保険をかけると同時にユーフェミアを安全地帯に置くという一石二鳥の案に、コーネリアは乗らざるを得なかった。

 「解った、ユフィがこちらに戻り次第、こちらで保護する。
 ・・・私が勝てばユフィを呼び戻し、特区を元通り再建すると約束しよう」

 ルルーシュと戦わないと言う選択肢がなくなったコーネリアはせめてもの代償にそう告げると、ルルーシュは彼女がやっと差別主義の枠から少しでも離れてくれたことを嬉しく思った。
 
 だが、罪なき者達を虐殺した後では、それは少し遅すぎた。
 自分達が勝利した後にコーネリアが主義を変えたと言えば、それは命惜しさからだとしか受け取られない。
 相手から悪く思われている人間は、何をしようとも悪いようにしか受け取られないのが常なのだから。

 せめてサイタマであんなことをしなければ日本人もまだ貴女を受け入れる余地が多少なりともあったのに、差別主義にとらわれブリタニア人以外を人と思わなかったその所業が彼女自身の首を絞めたのだ。

 「俺もお約束しますよ。全てが終わりユフィを皇帝に立てた後は、俺が彼女を貴女の代わりに守るとね」

 「でなくばお前の計画も立ちゆかんからな・・・信じよう。
 では後は戦場で会おう、ルルーシュ・・・いや、ゼロ!!」

 「すぐにそちらに参りますよ、コーネリア総督。
 奪われたものをこの手に取り戻す・・・俺は、ブリタニアをぶっ壊す!」

 ルルーシュの宣告とともに通信が切れると、コーネリアは一度顔を手で覆った後に顔を上げた。

 「・・・ただちに各租界へ防衛ラインを引け!トウキョウ租界にもいつでも非常事態に備えて動けるよう、軍に指示を出すのだ」

 「承知いたしました、すぐに手配いたします」

 「それからギルフォード、ユフィが戻ってきたらダールトンをつけて部屋に閉じ込めろ。本国には戻さない」

 「本国にお返しするのではないのですか?」

 驚いたように尋ねるギルフォードに、コーネリアは首を横に振った。

 「戻っても国是に反した特区を造ったというレッテルを貼られて言いように使われるに決まっている!
 私がここに赴任した時、何故あの子を連れてきたと思っている?」

 ペンドラゴンでは何の益にも立たない皇族はよくて飼殺しだった。
 場合によっては利用され、捨てられることも珍しくない。

 自分がユーフェミアを守っている間はいいが、いつまでも続かないと判断したからこそエリア11を掃除し、彼女を総督に据えることで中枢から離れさせようとしたのだ。

  「“他人から自分がどう見えているかを知らないと、他人に利用されて終わるだけ”、か・・・正しい忠告だったなルルーシュ」

 神根島でシュナイゼルのミサイルに飛ばされる間際の通信記録の言葉。
 甘言で慰めるのではなく、厳しい忠告をしてくれたからこそ今のユーフェミアがある。
 そう言った本人がしっかりその隙に付け込んでユーフェミアを利用したのは事実だろうが、それなりの代価は払ってくれた。

 (私が万が一負けても、ルルーシュになら悪いようにはすまい。
 マグヌスファミリアの連中も、ルルーシュをリーダーとして仰いでいる以上本音はどうあれ手は出せないはずだ)

 どちらに転んでも、最愛の妹だけは守られるはずだ。
 そう考えたコーネリアは自分の第一の宝を守るために、矢継ぎ早に指示を
出すのだった。



[18683] コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~ オリキャラ紹介
Name: 歌姫◆59f621b7 ID:e85ac49a
Date: 2011/04/06 10:27
 いまさらですが、オリキャラ紹介文が出来上がりました!
 今後展開に合わせて変更していくかもしれませんし、増えていくかと思われますがとりあえず主要キャラが出揃いました。
 もし抜けていたりご質問等がございましたらお手数ですが感想板にてお知らせ頂きますようお願い申し上げます。 


 コードギアス 反逆のルルーシュ ~架橋のエトランジュ~ オリキャラ紹介

 【マグヌスファミリア】

  エトランジュ・アイリス・ポンティキュラス(15歳)

 EU連邦加盟国・マグヌスファミリアの女王。
 三年前にブリタニアに侵略され、ニ千人の国民を連れてEUへと亡命する。
 その際に最後まで国に残っていた父王・アドリス王がひと月経っても戻ってこなかったので死亡したとみなされたため、それを受けて唯一の子供だったエトランジュが12歳で王位を継ぐ。
 「人を繋ぐギアス」を持ち、世界各地にいる仲間の連絡役をしている。


 アルカディア・エリー・ポンティキュラス (19歳)
  アルフォンス・エリック・ポンティキュラス(本名)
 
 エトランジュのいとこで、エリザベスの第二子。
 面倒見がよく周囲から慕われている。イタリアの大学に16歳で奨学金で入学した天才肌。
 「自分と自分に触れた人物を認知出来なくするギアス」を持つ。
 

 ジークフリード・フォン・グリューネバウム(52歳)

 マグヌスファミリアの国民で、現在は将軍の地位を持ちエトランジュの護衛を務めている。妻と子供が四人いる。
 ナイトメアパイロットで、イリスアーゲートが搭乗機。ギアス能力者。


  クライス・フォン・グリューネバウム(19歳)

 ジークフリードの末息子で、軍人。
 実は。既婚者。性格はやや短気だが仲間思いで、グループの中ではムードメーカーの役割を果たす。
 ナイトメアパイロットでイリスアーゲートが搭乗機。ギアス能力者。

  アドリス・エドガー・ポンティキュラス(36歳)

 エトランジュの父で、マグヌスファミリアの先王。
 非常に親バカで妻を亡くした後は一人娘であるエトランジュを溺愛していた。
 マグヌスファミリアが侵攻された際、最後まで残って国民の脱出に力を尽くし、その後は行方不明。


 ランファー・ポンティキュラス(享年29歳)

 エトランジュの母。イタリア人と中華連邦人の間に生まれ、親の離婚によりイタリアに住む。
 大学時にアドリスと知り合い、結婚。鍼灸師をしており、アドリスの即位に伴い王妃となっても仕事を続けた。
 エトランジュが6歳の時に病死した。ルチアとは親友。


 エドワーディン・アルカディア・ポンティキュラス・グリューネバウム(19歳)

 アルフォンスの双子の姉で、エリザベスの長女。クライスの妻。
 5歳の時に日光アレルギーになり、以降は地下室で暮らす。16歳の時にクライスに嫁いだ。
 温厚で思いやりのある性格。
 その病から成人前から例外的にギアスを持っており、「他人に入り込むギアス」を使っていた。
 暴走後はエマからコードを受け継ぎ、現在のコード所持者でE.Eと名乗り、生存を隠すために地下にいる。

  ルチア・ステッラ (38歳)

 マグヌスファミリアの語学教師。ランファーの親友で、元ブリタニア貴族。
 血の紋章事件に巻き込まれ、EUに亡命してきた。
 現在は亡命してきたブリタニア人を取りまとめている。
 ちなみにルチアは亡命する際に改名したもの。

 
 エリザベス・アンナ・ポンティキュラス(40歳)

 アルフォンスとエドワーディンの母。エマの長女。
 現在は外交官をしており、中華連邦への使者として滞在したこともある。
 「他人の能力を他の人間に移す」ギアス能力を持つ。


 エマ (63歳)

 エトランジュの祖母で、先々代のマグヌスファミリアの女王。
 子供が十五人おり、孫やひ孫が数多い。
 元ギアス能力者で、「人の心の顔が見える」というギアスを使って外交に役立てていた。
 暴走した後はコード所持者となり、それをエドワーディンに譲渡したので現在は普通の人間。

 アイン(46歳)
 
 エトランジュの伯父で、エマの長男。
 マグヌスファミリアの宰相で、現在マグヌスファミリアをまとめている。
 凡庸な男だが誠実で、幼くして女王になったエトランジュを常に気にかけている。
 ギアス能力者。


 アーバイン(41歳)

 エトランジュの伯父で、エマの二男。
 インド軍区に使者として滞在している。
 ギアス能力者。


 エヴァンセリン(15歳)

 エトランジュの従妹。中華連邦戦で婚儀の時のエトランジュの身代わりとして参加した。
 

 イーリス (8歳)

 マグヌスファミリアに養女として引き取られたルーマニア人の少女。
 引き取られる前に保護されたルーマニア軍の基地で脱走したブリタニア兵の人質になり、エトランジュに助けられた。
 その恩からエトランジュを尊敬しており、いずれ彼女の役に立ちたいと思っている。
 名前はエトランジュによってつけられた。



 【日本】

加藤 (30歳)

 サイタマ出身のレジスタンスグループのリーダー。
 コーネリアを襲撃する際、エトランジュに協力する。後、黒の騎士団員となる。

 田中 光一・文江 (35歳)

 元軍人で、加藤のレジスタンスグループに所属していた夫妻。
 サイタマの虐殺で一人息子を喪った。コーネリア戦にて戦死する。


 【中華連邦】

 太師  (67歳)

 中華連邦の天子の教育係を務め、中華連邦戦後は政治を司る。
 前中華連邦皇帝の片腕でもあり、その政治能力は高い。
 普段は温厚だが、いざともなれば黒い手段をとることもいとわない。

 太保 (享年66歳)

 天子の教育係の一人だったが、エトランジュ達が日本から中華に来る前に大宦官によって毒殺された。
 名前だけの気の毒なキャラ。
 
 前中華連邦皇帝 

 天子の祖父で、前中華連邦皇帝。
 息子夫妻を喪い、残された孫娘である天子の行く末を気がかりとしていたが、 科挙を復活させ、アドリスのアドバイスで太師と太保に天子を託して亡くなった。

 科挙組

 国家試験を受けて官吏となった中華連邦の政治家達。
 大宦官に抵抗して国を改革すべく奮闘していたがうまくいかず、黒の騎士団と組んだ政変に成功し、のちは中華連邦の中核を担うようになった。


 【神聖ブリタニア帝国】

 シュタットフェルト

 カレンの父親で、伯爵家の当主。ユーフェミアの要請で特区の最大の協力者となり、特区成功の功で辺境伯となる。
 カレンの母とカレンを何よりも大事に思っており、不器用ながらも二人のためにブリタニアに尽くして家族の居場所を作ろうとしていた。
 
 クレマン・オダン

 エリア14の副総督秘書で、主義者。
 特区日本がナンバーズを保護する最高の策を考え、ユーフェミアに援護を求めに日本にやって来た。
 
 コラリー・ベアール

 エリア9の執政官の女性。
 主義者でありクレマンと共に同じく自分のエリアにも特区を設立するため、ユーフェミアに協力を願って来日した。


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