事件・事故・裁判

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検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その1)

 ◇福島第1原発、津波…燃料棒溶融…爆発

 ◇3.11から2日間、官邸・保安院・東電は

 東日本大震災は国内未曽有の原発事故を引き起こした。首相官邸や東電、防衛省・自衛隊はどう対処したのか。米国の動きは。発生直後からの2日間を追った。【震災検証取材班】

 ■発生 11日14:46

 ◇暗闇の建屋脱出30分 「はぐれるな、手をつなごう」

 ◇「全員官邸に集合」 閣僚右往左往

 その時、東電の下請け会社に勤めるベテラン従業員は福島第1原発4号機タービン建屋の地下1階で鉄材の切断作業をしていた。11日午後2時46分、激しい揺れに必死で配管にしがみつく。

 「足場が倒れたら危ない」。3人の同僚と声をかけ合っていると突然、照明が消えた。暗闇の中、危険箇所を示す電池式の警告灯だけが赤く点滅している。

 頭が混乱して方向感覚がない。「はぐれたら大変だぞ。手をつないで行こう」。警告灯を懐中電灯代わりに、4人は一列になって1階に向かった。外に出られたのは30分後だった。

 1号機の「廃棄物処理建屋」で下請け会社の社員、菅波秀夫さん(60)は足場材の搬出作業をしていた。作業場の監督が中央制御室に連絡して急いで扉のロックを解除させ、仲間6人で出口に通じる隣の建屋に入った。だが、ほこりが立ちこめ視界がきかない。仕方なく作業場に戻ると照明が切れ、鉄骨が揺れる音だけが響く。どこからか声がした。「おれらについて来い」。それを頼りに出口をめざした。

 下請け会社を経営する小川喜弘さん(53)は放射性廃棄物を処理する「集中環境施設」の建屋4階で非常用バッテリーの点検をしていた。揺れが収まって階段を下りると、すぐに大津波警報が出た。4号機で定期点検中の作業員100人以上と高台に向かって逃げた。1号機の建屋の壁が崩れているのが見えた。

 避難所から自宅のある浪江町に戻った時、その光景にがくぜんとした。「人っ子一人いない。これは死の町だ」

 築50年を超す福島県庁舎が強い揺れに襲われた時、佐藤雄平知事は2階会議室で地元新聞社のインタビューを受けていた。5階建ての本庁舎は倒壊のおそれがあり、県は隣の県自治会館に災害対策本部を設置する。救助を求める声が対策本部を飛び交う。原発は後回しだ。3時10分すぎ、本庁舎で受けた第1、第2原発からのファクスには「全原子炉が自動停止」とあった。

      ◆

 福島第1原発から約200キロにある東京の国会議事堂。菅直人首相は、全閣僚とともに参院決算委員会に出席し、新聞報道で表面化した外国人献金問題を巡って集中砲火を浴びていた。

 激しい振動に天井のシャンデリアが大きく横に揺れ、立ち上がる首相のそばに松本龍防災担当相が駆け寄った。4分後には鶴保庸介委員長が「暫時ちょっと休憩」と宣言したが、委員会が再開されることはなかった。

 首相側近の江田五月法相は「全員官邸に集合」という大声に押されて首相官邸へと公用車で駆けつけた。官邸内の危機管理センターへと向かうためエレベーターで地下に下りたが、物置のような場所に出てしまった。

 中野寛成国家公安委員長らと出くわし、地上に上がるため乗ろうとしたエレベーターがストップ。じきに「防災相を除いて各省待機」の連絡が伝わったが、官邸は早くも混乱を極めていた。

      ◆

 「最初は人命救助、次は避難民対策だ」。参院第1委員会室を飛び出した北沢俊美防衛相は防衛省にいた小川勝也副防衛相に自衛隊出動に備えるよう指示を出したが、水面下では救命とは別の情報収集が始まった。

 福島第1原発から約60キロにある陸上自衛隊福島駐屯地(福島市)。原子炉が自動停止した原発の情報収集に乗り出した。防災訓練など日ごろから原発側との情報交換を欠かさず、作業はスムーズだった。

 「自動停止しており、今のところ問題はない」。東京・市ケ谷の防衛省メーンビルA棟地下3階にある中央指揮所(CCP)に駐屯地からの現地情報が伝わったのは地震発生から約1時間後の午後3時55分。その約20分後には「放射能漏れもない」との現地情報が新たに加わった。

 すでに自衛隊は被災地派遣の準備が始まっていた。部隊配置や移動状況などが大きなスクリーンに映し出される中央指揮所の作戦本部・オペレーションルームに姿を見せた折木良一統合幕僚長は号令をかけた。

 「全国の部隊を東北方面に集中して救援に当たるように」

      ◆

 東京都千代田区の東電本店。出張で不在の勝俣恒久会長らに代わって対策本部の指揮を執る藤本孝副社長は、補助電源で薄明かりがともる第1原発の中央制御室から、第1、第2原発の全基停止を知らされた。

 「電力需要が少ない週末はなんとかできても、週明けは大混乱するかもしれんな」。藤本副社長はつぶやいた。この時、原発事故が放射能漏れまで引き起こすとは予想もしていなかった。

 ■異変 11日16:36

 ◇冷却系ダウン 会見場に駆け込み「15条事態」

 ◇保安院幹部「悪夢じゃないのか」 「大丈夫」一転、首相に一報

 大津波で状況は一変した。13台ある非常用ディーゼル発電機のうち、12台が使用不能に陥った。さらに官邸を震撼(しんかん)させる緊急事態が起きたのは地震発生から約2時間後の午後4時36分。「炉心溶融」を防ぐための冷却システムがダウンした。このままでは、核燃料の損傷や放射性物質の外部漏えいにつながる。

 東京・霞が関の経産省で原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官が記者会見していた最中だった。「蒸気タービンで駆動する冷却系が働いている。バッテリー(蓄電池)は7、8時間は保持される」

 会見を終えて中村審議官が席を立とうとした午後5時前。血相を変えた保安院職員が「東京電力から15条事態と判断したと連絡がありました」と会見室に飛び込んだ。「15条とは何だ」と騒然とする報道陣に「詳細は後ほど」と繰り返すばかりだった。

 原子力災害対策特別措置法(原災法)に基づく15条通報は、原子炉内に注水できず冷却機能を失うことに代表される重大な緊急事態の発生に適用される。1、2号機は注水が確認できなくなっていた。

 これに先立つ午後3時42分には、全交流電源が失われ、冷却機能の喪失につながりかねない事態になった。東電は15条の一つ手前のトラブルとして10条通報した。「10条でさえ通報が来るなんて考えもしなかったのに、より深刻な15条なんて。悪夢じゃないのか」。保安院幹部がうめいた。

      ◆

 東電の武藤栄副社長が「発電所を見てきます」と言い残してヘリコプターで福島原発へと飛んだのは午後3時半。まだ冷却系統は作動していたが、東電内でも危機感が広がり始めた。原子力部門の幹部は「15条も適用した方がいい」と考えていた。

 東電本店2階の対策本部はすべての電源を失ったことに困惑の度を深めた。こうした事態を想定した「シビアアクシデントマニュアル」に沿って管内の事務所などから電源車をかき集める作業を始めた。

 「6台は確保できそうだ」。だが、東電から報告を受けた保安院幹部に疑念がよぎる。「仮に電源が復旧しても地震や津波で計器類だって損傷しているはず。簡単に事が進むだろうか」

      ◆

 原発事故を巡る行政機関の情報伝達ルートは「東電→経産省原子力安全・保安院→首相官邸」という流れで、通常は官邸が直接、民間企業の東電に指示・命令することはない。「原発有事」に発展するまで首相はもっぱら保安院から「原発は大丈夫です」との報告を受けていた、と複数の政府高官は指摘する。

 首相が「冷却機能不全」という事態急変を知ったのは、東日本大震災発生後、首相官邸で初めての記者会見に臨む直前だった。だが、午後4時54分からの会見では「日本の総力を挙げる」と表明し、原発事故には「一部の原子力発電所が自動停止したが、外部への放射性物質の影響は確認されていない」と触れただけだった。

 首相はこのころから原発事故対応へとのめりこんでいく。公邸の伸子夫人に電話した際、「東工大の名簿」を求めた。母校の専門家からアドバイスを受けようとしたためだった。

 「私は原子力に詳しい」との自負を後に漏らす首相。そこからは「原子力村」と呼ばれる電力業界、経産省、東大研究者が原子力政策を支配するシステムへの対抗意識がうかがえる。伸子夫人は東工大時代の首相の友人を通じて名簿を官邸に届けた。首相はその後東工大出身の日比野靖・北陸先端科学技術大学院大副学長ら3人を内閣官房参与に迎えることになる。

      ◆

 「え、本当に大丈夫なのか」。午後5時前、各駐屯地などからの電話で「パンク状態」だった防衛省・中央指揮所内が一瞬、ざわめいた。それまでの「安全」とは異なり、首相官邸に詰めている統幕の連絡要員から「放射能が漏れている模様。ただし、大きな被害にはならないだろう」と異常事態の情報が伝わったためだ。

 原災法に基づき、首相が「原子力緊急事態宣言」を発令するのは時間の問題だとの情報も駆け巡った。

 官邸から原子力災害対策本部設置と「午後6時半から会議」との連絡があり、防衛省は午後6時過ぎ、「首相が原子力緊急事態宣言を発令する」との情報を漏らしたが、会議がずれ込みいったんは先送りされた。

 しかし、これを織り込み「原子力災害派遣実施部隊の長はただちに派遣準備を実施する」と定める防災業務計画に基づき、午後6時35分に陸自朝霞駐屯地(埼玉県など)の中央即応集団110人、化学防護車4台を待機させ、準備態勢を整えた。

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 ■ことば

 ◇10条通報、15条通報

 原子力災害対策特別措置法に基づく。10条は、原子力事業所の原子力防災管理者(福島第1原発では発電所長)は、敷地境界付近で基準以上の放射線量を検知するなどした場合に主務大臣(東電の場合は経済産業相)などへの通報が義務付けられている。15条は、さらに厳しい事態の場合、主務大臣は首相に報告し、首相は原子力緊急事態を宣言する。

毎日新聞 2011年4月4日 東京朝刊

 

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