藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」会長、拓殖大学客員教授の藤岡信勝先生の業績について多角的に研究
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「新しい歴史教科書をつくる会」会長の藤岡信勝氏(現在、拓殖大学客員教授)が八木秀次氏を訴えた訴訟(最高裁で敗訴確定)と、藤岡氏や西尾幹二氏らが扶桑社を訴えた訴訟(東京地裁で敗訴確定)でいずれも原告側代理人を務めた福本修也弁護士(元東京地検検事)が、韓国紙「世界日報」(日本の世界日報と同様、統一教会の日刊紙)に取り上げられていたので日本語訳を掲載する。
 
福本修也弁護士は「拉致監禁被害救済専門家」だそうである(面白い肩書である)。ちなみに「拉致監禁」とは北朝鮮による日本人拉致とは全く関係なく、統一教会信者を家族が連れ戻す行為を統一教会側が非難するときに使う用語だ。福本弁護士は「拉致監禁」被害者が刑事告訴する際の代理人を務めている。

韓国「世界日報」12月2日付
福本修也

韓日指導者ら「統一教会員拉致」糾弾
日本議員会館で国際シンポ 政治・宗教界など100人余り参加

 
日本の国会で1日、統一教会信者らに対する「拉致監禁・強制改宗」を糾弾して、日本政府の断固たる司法処置を促す声が鳴り響いた。
韓日両国の政界、宗教界、言論界の指導者100人余りはこの日、東京の衆議院第1議員会館会議室で国際シンポジウム「信教の自由と人権問題を語る」を開いた。
参加者は「先進国の中で唯一日本だけで、信仰が違うという理由で人を拉致して強制改宗させる犯罪行為が横行しているにもかかわらず、日本政府と社会が沈黙している」とし、「日本政府と社会が根本的防止策を用意しなければならない」と要求した。
拉致監禁被害救済専門家の福本修也弁護士は「これまで日本で4300件余りの統一教会員の拉致監禁が発生したのに、警察は一度も家宅捜索をせずに証拠隠滅を助けるなど、警察が自らの役割をできずにいる」とした上で「日本の伝統的家族価値観もこの問題の解決に壁となっている」と指摘した。
福本弁護士は「拉致被害防止のため、捜査と処罰が強化されるように刑事訴訟法を改正する一方、こういう実状を市民らにきちんと知らせて社会的認識を変える大衆的運動が必要だ」と話した。
(以下略)


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元日本共産党員の藤岡信勝拓殖大学客員教授(恐らく日本で初めて教授から同じ大学の客員教授になった人。つくる会HPで今も教授と詐称)がチャンネル桜に出演して、自由社から最近出した『中国はなぜ尖閣を取りに来るのか』という本を宣伝している。


 
そもそも自由社という出版社は中国共産党の対日工作の責任者、張香山の回想録『日本回想―戦前、戦中、戦後想い出の記』を発行した親中の社会主義出版社であり、今さら尖閣云々と言われても嘲笑するだけだ。
 
チャンネル桜の番組で藤岡信勝客員教授は民主党への期待を表明している。民主党衆議院議員、長尾敬(大阪14区)が領土問題の集会で野次を飛ばされて「非常に悔しい。今ここで私が皆様に宣言をすることよりも、どうかこの会場を立ち去った後の私の行動を見てください」と言った言葉を、藤岡客員教授は「私はこの発言を信じてみよう」と思ったのだそうだ。
 
長尾の事務所に電話して「応援してますから頑張ってください」と激励したという。そして、教えてもらった名簿を基に「尖閣事件の船長釈放を批判する見解を表明した民主党議員」という98人の一覧表を本に掲載している。「これ以外にも(“良識派”は)いらっしゃるとは思いますけどね」と能天気なことを言っている。
 
司会の三輪和雄氏が言っているように、船長釈放への抗議は小沢一郎グループによる菅直人、仙谷由人への揺さぶりであって、党内抗争に過ぎない。小沢グループも菅グループも媚中だ。松原仁など小沢の犬に過ぎないではないか。民主党内に良識を求めるのは間違っている。
 
そもそも、「尖閣事件の船長釈放を批判する見解を表明した民主党議員」98人は、隣のページに載っている「小沢訪中団参加民主党議員」と51人がダブっているのだ。そして藤岡信勝客員教授が「信じてみよう」と思い、「頑張ってください」と激励した長尾敬も小沢訪中団に参加している。
 
↓胡錦濤の後ろで嬉しそうに笑っていたぞ。
長尾
(写真は少年日本史より転載)
★菅談話と自由社版教科書の記述は同じじゃないか
http://blog.goo.ne.jp/project-justice/e/6c5b6db3dfe24cc5aad74749f9bcf87b

★保守だからこそ自由社版教科書に反対します
http://blog.goo.ne.jp/project-justice/e/a6412c9587f98f00c3c32497aee0b41f

元日本共産党員の藤岡信勝氏(恐らく日本で初めて教授から同じ大学の客員教授になった人)が平成19年5月、「新しい歴史教科書をつくる会」の会長となって実権を握り、扶桑社に代わって自由社という社会主義系出版社から教科書を出したら、親韓・自虐教科書になった
 
これは誰も否定できない因果関係だろう。
「新しい歴史教科書をつくる会」会長で拓殖大学客員教授(「教授」と詐称←つくる会HP)のブログ

藤岡信勝ネット発信局 http://fujioka-nobukatsu.blog.so-net.ne.jp

が閉鎖された。

八木秀次氏や新田均氏、産経新聞記者らへの誹謗中傷を書き連ねたことで、水面下でさまざまな動きがあったようだから、摘発を恐れて逃げたのだろう。あるいはプロバイダが閉鎖したのか。

しかし証拠は保全してある。
きょうの産経新聞「正論」欄にはぶったまげた。

【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 反日教育の果ての尖閣弱腰外交
 
 1950年代初め、日本共産党が火炎ビン闘争など武装闘争にうつつを抜かしていたころ、当時の共産党幹部の一人、志賀義雄は次のように批判したとされる。
 「なにも武闘革命などする必要はない。共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の教師が、みっちり反日教育をほどこせば、30〜40年後にはその青少年が日本の支配者となり指導者となる。教育で共産革命は達成できる」
 そのころは、革命は暴力によってしか成就できないとする暴力革命論が国際共産主義運動の正統派の理論で、議会で多数を占めて平和的に革命が成し遂げられるとする考えは議会主義・修正主義として厳しく排撃されていた。だから、「教育で革命が達成できる」とする志賀理論は、後の構造改革論やユーロ・コミュニズムを先取りする「新しい」発想だった。
 実際、日本共産党は日本革命の拠点として日教組を重視し、教科書支配に乗り出した。その際に、最大限に利用したのは、教科書検定・採択制度だった。共産党は、ダミー団体を隠れ蓑(みの)にして歴史だけでなく国語、算数、理科、社会などの教科書をつくり、教科書会社に売り込んだ。教科書を採択するのは日教組五十万の教師だから、採択を通じて教科書の内容をコントロールすることができる。教師にはどの教科書を選ぶかの「採択基準」が与えられた。
(中略)
 暴力革命と平和革命の関係は直接侵略と間接侵略の関係に似ている。今日、暴力革命を公然と唱える政党はないが、平和革命は国家と社会の腐食・解体として長期にわたり深く進行している。同様に、中国の直接侵略を肯定する政党はないが、反日教科書や外国人参政権の形をとった間接侵略を受け入れ推進している政党が複数存在する。われわれは両方の形式の侵略を正視しなければならない。
(後略)


志賀義雄が日本共産党に在籍していた昭和38年、北海道大学在学中に日本共産党に入党し、その後は共産党学者として北海道教育大学や東京大学教育学部で「社会主義革命を信奉する日教組の教師」を育て、結果的に教科書を悪くし、そのことを懺悔しない藤岡信勝氏に、こんなことを書く資格があるのか。
 
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「暴力革命と平和革命の関係は直接侵略と間接侵略の関係に似ている」…そんな甘いものじゃない。藤岡信勝氏が所属していた日本共産党の「平和革命路線」とは、いざというときは武装闘争するという「敵の出方論」だ。だからこそ、警察学校ではそれを教え、警察や公安調査庁は日本共産党を監視対象としているのである。
 
「日本共産党が火炎ビン闘争など武装闘争にうつつを抜かしていたころ」と藤岡信勝元党員は書くが、日本共産党は「うつつを抜かしていた」のではない。武装闘争こそが「うつつ(正気)」なのだ。
 
筋金入りの民青同盟員だったのだから、そんなことは分かっているはずだ。
「新しい歴史教科書をつくる会」会長の藤岡信勝氏が八木秀次氏を訴えた訴訟(最高裁で敗訴確定)と、藤岡氏や西尾幹二氏らが扶桑社を訴えた訴訟(東京地裁で敗訴確定)でいずれも原告側代理人を務めた福本修也弁護士(元東京地検検事)について、

昨年10月16日付 藤岡信勝の代理人弁護士が霊感商法事件の公判で言われたこと

で取り上げた。
 
その福本修也弁護士の最近のご活躍について、参議院議員の有田芳生氏がブログで言及しているので引用する。

有田芳生の『酔醒漫録』10月13日付

統一教会「拉致・監禁」キャンペーンの大破綻

 統一教会が最大の力を注いできた後藤徹氏「拉致・監禁」キャンペーン。政治家の圧力などもあり、1年以上にわたり警視庁、東京地検が捜査を行ってきたが、2009年12月9日に不起訴となった。しかし後藤氏は信者である福本修也弁護士を代理人に検察審査会に申し立て。東京第4検察審査会は10月6日に「本件各不起訴処分はいずれも相当である」と議決した。(以下略)


有田氏の所属委員会は法務委員会に決まったそうだ。検察行政について追及すると思われる。
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