IT環境の普及や高度化にともない、あらゆる人が容易に情報を得られる技術の重要性もがぜん高まってきた。今後、メディアの基本姿勢として不可欠になるであろう「情報アクセシビリティ」の現状と課題を概観する。
パソコンのソフトやWebページにおける「情報アクセシビリティ」(注1)はここ数年、かなりの進化を遂げてきた。
たとえば、画面の一部分を“虫眼鏡ソフト”で拡大して見られたり、ソフト・キーボードを使ってマウスだけで文書を作成できる環境がパソコンに装備できるようになった。国内のWebページをみても、文字の拡大縮小ができる仕組みを取り入れるケースが増えている。マクロメディア社の音声・アニメーション作成ソフトの「Flash」などを使って、ゲーム感覚でコンテンツを訴求するものも急増。検索エンジンのGoogleで「フラッシュ リンク」と打ち込めば、日本語環境だけでも約666,000件のURLが吐き出されるほどだ。また、テキストを読み上げてくれる製品なども多数、出回るようになってきた。研究現場でも、視線でマウスのカーソルを移動させる技術や音声認識技術など、多彩なテクノロジーの開発が盛んに進められている。
さて、放送業界におけるアクセシビリティの現状はどうなっているのであろうか。日本における聴覚障害者や高齢者のための字幕試験放送は1983年からで、試験番組の対象となったのは、NHK総合の『おしん』だった。
本放送は1985年から実施され、NHK総合のドラマ『いちばん太鼓』、日本テレビ放送網のバラエティ番組『それは秘密です』、フジテレビジョンの『一枚の写真』などが知られている。ただ、この文字多重放送を受信するには専用チューナーが必要なこともあり、歴史は長いものの、普及しているとは言いがたい状況だ。
一方、米国ではクローズド・キャプション(CC)放送と呼ばれ、会話だけでなくBGMや効果音などの説明も表示されている。日本より先行して、1980年に初のテレビ字幕放送が始まり、1982年にはリアルタイム字幕の技術も開発された。現在、1週間に200時間以上の字幕番組が放映され、ゴールデンタイムの番組についてはほぼ100%字幕がつけられている状況にある。
ここまで普及した背景には、1990年に「TVデコーダー法」が制定され、13インチ以上のテレビにはCCデコーダーの内蔵が義務付けられたことが大きく影響している。また、英語やスペイン語などの多言語の字幕放送が子供たちに対して高い教育効果があると認められたことも普及に拍車をかけていった。
米国のリアルタイム字幕制作者の大半は、裁判所などの速記者経験もしくはそれ相当のスキルを持つ人が従事している。字幕制作に使うステノタイプライターを駆使して、1分間に平均250語の文字を入力する能力が要求されるからだ。同時通訳者と同じくらいハードな労働環境であるため、一人の字幕製作者が連続して作業を行う時間は平均15分程度といわれている。ただ、アルファベットは26文字で、大文字、小文字、数字、記号等を含めても、約120種類だ。
かたや日本語は、漢字、カタカナ、ひらがな、アルファベット、各種記号などで、約5,000の文字種が必要。さらに“変換”というやっかいな作業が必要とされることから、日本でのリアルタイム字幕制作の環境は非常に高度なスキルが要求されることになる。
こうした中、日本の総務省は、2007年までにニュースやスポーツ中継などの生放送を除く、字幕付与可能な番組のすべてに字幕を付与するという「行政指針」を打ち出している。
NHKも民放も、そうした指針に沿うよう体制を整えつつあるが、地方のテレビ局まで波及するにはかなりの時間がかかりそうである。それは、字幕を付与すべき自主制作番組が少ないことに加え、字幕制作を行える人材がいない、字幕放送を行うコストを負担できないなどの環境下にあるからだ。
それを打破するためにも、字幕制作の人材育成、字幕制作システムの低コスト化、さらにはスポンサーが字幕付与番組のコストについても可能な限り対応する姿勢が望まれる。CSR(企業の社会的責任)への取り組みの観点からもそうした議論が高まりつつある。
注1:「アクセシビリティ(accessibility)」という英単語の本来の意味は「受け入れられやすさ」といったところ。IT環境で用いられる場合は、「どの程度利用しやすいか、より幅広い人に利用可能であるか」というような意味合いで用いられる。子供から高齢者まで、健常者から障害者まで、あらゆる人が利用できる環境がメディアにも求められているのだ。
(メディアソリューション 磯部 2004年12月記す)