<KEY PERSON INTERVIEW>
東日本大震災では、多くの人が肉親や親しい人を亡くし、助かった人も住み慣れた家や思い出の品々を失った。悲嘆の底に沈む人たちにどう接すればよいのだろうか。阪神大震災やJR福知山線脱線事故の犠牲者遺族のグリーフ(悲嘆)ケアを続ける上智大グリーフケア研究所所長に聞く。【聞き手・鈴木敬吾】
--被災者の心理は今どんな状態でしょうか。
◆ 一瞬にして家族を失い、住む家を流され、着の身着のままで避難所に来て、食べ物も十分に無く、凍えている。不安と恐怖でいっぱいのパニック状態でしょう。
悲嘆とは喪失体験の結果もたらされる感情です。今回の大震災では多くの方がたくさんの喪失を重ねている。悲嘆も深く複雑になります。安否が確認できない家族がいれば、別の不安要因として重なります。心と体がバラバラの状態で、突然泣き出したり、走り出す人もいるでしょう。
--そうした状態はどのくらい続きますか。
◆ 個人差はありますが、阪神大震災の経験では1カ月から1カ月半は続きます。でも、その間はまだいい。よく時の経過が癒やしてくれると言いますが、逆です。
1カ月ほどして避難所生活に慣れてくると、周囲の人との比較などから喪失の大きさを実感するようになり、悲しみ苦しみはかえって深まります。手をつないでいた家族が津波で流されてしまったという体験もたくさんあったようです。なぜ助けられなかったのか。なぜ自分だけ生き残ったのか。自責の念や罪悪感にとらわれる人が多いでしょう。また今回は地震、津波の自然災害に、人災の側面も否定しがたい原発事故が絡んでいます。「加害者への怒り」も加わり、悲嘆はさらに複雑になります。
--そうした人にどう対応すればよいでしょうか。
◆ 決して一人きりにしてはいけません。阪神でも、避難所や海岸でポツンと一人でいる人には必ず声をかけ、男女関係なしに抱き締めました。抱き締められることで、生きている事実を、一人ではないことを確信できるのです。
被災地にボランティアが入っていけない現状では、被災者同士が声をかけ合い、ケアし合うしかありません。阪神の経験では、それは十分可能です。
--悲嘆を癒やす専門家、グリーフケアワーカーの必要性を訴えてきました。
◆ かつての日本社会は大家族で生活が営まれ、地域社会に濃厚な人間関係がありました。その中で悲嘆は自然と癒やされましたが、核家族化が進み、地域の人間関係が希薄になった今、悲嘆者はより孤独になり、意識的に第三者からのケアを受ける必要性が生じてきたのです。私たちの研究所はその専門職を養成する講座を開いており、今回、ボランティアのための短期研修も実施する予定です。
でも、素人でもグリーフケアワーカーになれます。中年以上の人の多くが肉親の死を体験しています。その悲嘆体験を思い出し、被災者に接してください。悲しみを受け止めるのにはエネルギーが必要ですが、時間と空間を共にすることがケアの基本です。一緒に過ごすだけでもケアになります。
--行政に必要な視点は。
◆ 阪神の反省は、避難所から仮設住宅、復興住宅へと被災者の生活再建が進む過程で、地域社会のつながりを絶ってしまったことです。被災地は都市部に比べ人間関係が濃密なようです。大変でしょうが、仮設住宅はなるべく元の住所の近くに建設し、抽選で決めるようなことはせず、地区ごとで入居できるようにすべきです。
もう一つはご遺体の保存です。行政は急いで対応しようとしていますが、一時的に遠隔地に運んででもしっかりと保存し、遺族がちゃんとお別れできるようにしてほしい。ご遺体がどんな状態でも、対面し、お別れすることで、悲嘆は間違いなく軽減されます。
--被災地から遠く離れた人にできることはありますか。
◆ お祈りができるじゃないですか。神さま、仏さま、ご先祖さま、どなたでもいい。被災者の不安と恐怖が少しでも和らぐよう、離れ離れになった家族が再会できるよう祈ってください。被災者に寄り添う気持ちから行動の第一歩が始まります。
--カトリックのシスターです。宗教者に何を望みますか。
◆ 悲嘆者には感情を表出する過程が必要です。宗教施設は悲嘆者が安心して泣き叫べる場であってほしい。宗教者は苦しむ人の悲嘆を受け止めるのが務めです。私もスタンバイしています。
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■ことば
配偶者や子ども、親、友人など大切な人を亡くし、大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポートのこと。精神的、身体的な反応や生活行動の変化に着目することで悲嘆の軽減を図る。グリーフケア研究所は、グリーフケアを専門とした日本初の教育研究機関として09年4月に兵庫県尼崎市の聖トマス大学に設立。同大学が学生募集を停止した10年4月、同じカトリック系の上智大学に移管された。
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■人物略歴
1936年生まれ。聖心女子大で心理学を学び、上智大大学院神学研究科修士課程修了。博士(宗教文化)。上智大学特任教授。生と死を考える会全国協議会会長。近著に「大切な人をなくすということ」。
毎日新聞 2011年3月28日 東京朝刊