醜い。
弾は自分が醜い人間である事を理解している。
親友であった一夏。あの日、自分はその醜い本心の一端を覗かせてしまった。永遠に溜め込み封じ続けるはずだった、長年の女尊男卑の風潮の中で確実に蓄積されつつあった暗い澱みを吐き出さずにはいられなかった。親友に対するどす黒い嫉妬心を自覚し、それを御するはずだった。
なんで、お前だけが。
あの言葉は弾自身をも縛る言葉となっている。<アヌビス>という力を得たならば、その力を持ってしてこの現在を変えなければならない。事実彼にはそれが出来るはずだった。
『……力は正しいことに使え。 少なくとも、自分がそう信じられることにな』
……不意に胸中に流れる言葉。それは誰のものだったのだろうか――確か、昔ジェイムズさんが教えてくれた内容。俺は――今の俺は、正しいと自信を持って言えるのか?
敵がいる――インフィニット・ストラトス。
<白式>、<甲龍>、そして増援である<ミステリアス・レイディ>、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>、<シュヴァルツェア・レーゲン>。総計五機――単独で一国を相手取れるというISがこの数を揃えるというのはある意味壮観だ。しかも、そのほとんどが第三世代機。未だに試作実験的な色合いを帯びた最新鋭機達。
それが、自分ひとりに対して最大限の警戒を抱いている――男を、警戒している。現在の風潮では、見下げられるはずの男性を警戒している様が何処となく愉快な気分。弾は、く、と小さく口元を歪めた。
『始めるか』
『了解』
端的なデルフィの応対に、弾は<アヌビス>を高速で後退させる――先程とは真逆とも言える戦術の変換。槍を構えての近接戦闘ではなく、むしろ<ブルー・ティアーズ>のような遠距離射撃戦の間合い。近接特化型の<白式>と違い、あらゆる距離で武装を使用できる<アヌビス>は五機を纏めて照準する。
『……一夏。俺はお前を見縊っていた。……お前は俺を倒せる武器を持っていたのに……悪かったよ。……今度は勝ち目など微塵も見せずに丁寧に満遍なく潰してやる!!』
『ハウンドスピア、連続発射開始』
掲げる<アヌビス>の腕――凶光と共に繰り出されるのは鋭角で曲がりくねりながら敵機へと突き進む真紅の光線の群れ。焦滅の雨。しかも先程と違うのは、高速機動状態で放たれるそれは一斉射では終わらず、膨大なエネルギー供給力を見せ付けるかのような執拗な連続射へと移行したのだ。
「うわっ!?」
一夏が驚きの声を上げるのもある意味では当然の話だ。
先程セシリアの自立機動砲台を一撃で屠り去った膨大なレーザー射撃――間断無く繰り出される猛射に対し、一夏は相手が本気モードに移り変わったのを悟った。先程はまだ良かった。接近戦しかできない<白式>に正面から堂々と切り結んだ<アヌビス>は、しかし今度は<白式>に搭載されていたワンオフ・アビリティー(単一仕様能力)を最大限に警戒しているのだろう。
ざまぁ見ろ――そういう気持ちがないと言えば嘘になる。相手が圧倒的な性能を保有している事は肌で実感した。その相手の横っ面を引っ叩いてやった事は痛快だ……が、さしあたっての問題は目の前に迫る光の群れをどう避けるかであった。あの密度の光の雨の隙間に<白式>を滑り込ませることができるか? ――刹那の速度で思考する一夏に掛けられる声。
「一夏くん! おねーさんの影へ!!」
まるで楯になるように前に進み出るのは、流体装甲の全てを凍結させ、氷結の甲冑に身を包む<ミステリアス・レイディ>の更識楯無――初対面だ。もちろん抵抗はある。女性を楯にするなど――だがそんな旧時代の騎士道精神を彼女は一言で蹴り飛ばす。
「山田先生からのデータは確認したよ。正直、悔しいけど一夏くんの<白式>の零落白夜ぐらいしか奴にはまともに通用しない!! 普通のIS相手なら一撃で倒せるそれですら――<アヌビス>には致命傷に程遠いの。君を奴に接近させる事を最優先に動くわ、エネルギーは全て攻撃に費やすつもりで挑みなさい!!」
「ッ、了解!!」
勝利を最優先にするならば――<白式>のエネルギーを温存する事が一番優先だろう。女性の影に隠れなければならない現状に歯噛みし、雨霰と降り注ぐ光の槍に<ミステリアス・レイディ>の氷の装甲がはじけ飛ぶ。
「ラウラ!!」
「……分かっている、奴を攻撃から防御に転じさせねば火力差で押し潰される……!!」
両名とも声には強い戦慄の響き。
<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>は拡張容量の中に搭載されている大型スナイパーライフルを淡い光と共に量子変換。<シュヴァルツェア・レーゲン>は右肩の大口径レールキャノンの砲門を<アヌビス>に指向する。それこそ連携を組むのはこれが始めての両者であるが、どちらも専用機を与えられるほどの腕前。今何をしなければならないのか、どちらも瞬時に掴んでいた。
強烈なマズルフラッシュと共に放たれる大口径銃弾。銃身が帯電すると同時に加速され、鋭い勢いで吐き出されるレールガン。両方とも点の突破力に優れた威力のある砲弾であり、命中すれば只ならぬ被害を与えるそれは狙いを過たず一直線に伸びる。
<アヌビス>は鋭い回避機動を取りそれを避け、地面近くの――機能停止している黒いISの残骸の傍に移動する。
だが今はこれで十分だった――同時に停止したレーザーの雨。
「行くわよ、一夏!!」
「ああ、頼む、鈴!!」
光の弾雨の中を突き進むのは<甲龍>――双天月牙を連結し、高速回転。それを楯代わりにしつつ、<ミステリアス・レイディ>と一丸になり、三機はタイミングを合わせて瞬時加速(イグニッションブースト)。
唯一勝機のある近接距離に踏み込んだ。
弾――接近する<白式>とそれに追従する二機に、相手の意図を読む。此方にほぼ唯一確実にダメージを与える事の出来る<白式>の攻撃こそ相手の戦術の主軸。あれを命中させるためのサポートこそが両側の二機の目的なのだろう。
もう彼は先刻のような蛮勇を奮うつもりはない。此方の有利な土俵でしか戦う気は無かった。
『デルフィ、グラブを使う。オブジェクト補綴!!』
『了解』
<アヌビス>の腕が――大出力ビームの反射を受けて半壊した黒いISの脚部を掴んだ。
接近してくる三機のIS達はこちらの意図を理解していないのだろう、速度を落とす事無く突進してくる。来い、来い――お前たちは<アヌビス>のパワーを知らない。圧倒的な出力、火力――優れた力を持っていることは十分想像できているはずだ。だがこの光景だけは『あり得るかもしれない』と理性で想像はできても、戦場で熱を帯びた頭で考えられるものではない。
そう――可能性があるとすれば、一歩引いた場所で戦場を俯瞰で見、確かな戦術眼で冷静な判断を下せる人間ぐらい――。
『逃げろ、罠だ!!』
スピーカーから聞こえる女性の声――ああ、千冬さんの声か、と一瞬考えた弾の胸中に走る感傷は刹那思い出を疼かせる。その言葉に驚いたように速度を緩める三機。
『その通りだ、そしてお前たちは――もう射程内だ!!』
<アヌビス>が黒いISを持ち上げる。
それは現実のものであっても脳が容易には肯定してくれない光景だった――ISと比しても、細いとすら言える腕が自分自身に勝る巨大な質量を片腕一本で、まるで木っ端でも持ち上げるかのように気安く振り上げたのだ。
予想外、想定外――相手が何らかの迎撃をしてくることは予想できたとしても、この想像の範疇外と言える馬鹿げた光景に一夏の脳髄は一瞬思考と判断力を失う。相手があの槍と同じくなにかの武器をどこから取り出すということはあり得るかもしれないという想像はあっても――自重に勝る巨大な敵の質量をそのまま原始的な鈍器として活用してくるなど考えもしなかった。
「!! 一夏!!」
その一夏を庇うように、鈴の<甲龍>は二本の青竜刀を振り上げて受け止めようとする。
<白式>のシールドエネルギーこそが<アヌビス>を打倒するために一番重要な要素であり、そのためならば自分自身を勝利に必要な犠牲の側に置く覚悟を代表候補生の彼女は既に備えていた。
戦車を破壊するのに、高度な科学力で設計された砲弾を使用せずとも崖から落とした巨岩で壊せるという実例があるように――速力と質量の双方を保有する鈍器は時に近代兵器を凌駕する威力を発揮する。<アヌビス>の強力で振り抜かれた黒いISはそのまま大質量の鉄槌と化して一夏を庇う鈴の<甲龍>を一撃で跳ね飛ばした。
「鈴!!」
吹き飛ぶ<甲龍>。。
地面に装甲をこすりながら砂煙を上げる彼女。最終保護機能が発動したのか――微動だにしない。だがその身を心配する余裕などなかった。<甲龍>を吹き飛ばした<アヌビス>はそのまま返す刀で黒いISを武器に<白式>へと殴りかかってきたのである。
引くことは許されなかった。<アヌビス>の絶望的とも言うべき弾幕を掻い潜る事は犠牲なしには有り得ない。そしてこの場合犠牲になるのは自分ではなく仲間の安全。
「一夏くん!!」
この場にいる更識の<ミステリアス・レイディ>が水で構成された流体装甲へと氷の甲冑を変化させる。
氷の装甲が相手の攻撃を拒む堅牢な鎧なら今のそれは相手の運動エネルギーを柔らかに受け止めるしなやかな弾力を備えている。彼女の判断は正確で確実だった。<ミステリアス・レイディ>を可能な限り姿勢を低くし、相手の鋼鉄の殴打を柔らかく上方向へ受け流したのである。
その下方向にできた隙間に一夏は<白式>を滑り込ませた。
頭上を鋼色の暴風が駆け抜けるのを感じ、肌をあわ立たせながら彼は待ち望んだ近接戦闘距離に踏み込んだことを悟った。<アヌビス>は空振りを悟ると腕に掴んでいた黒いISを放棄する。
だが――遅い。<白式>の零落白夜を叩きこもうとした一夏は、<アヌビス>の腕に緑色の光を放つ小さな石のようなものがいくつか握られているのを確認した。攻撃? しかしようやく手にした至近距離をみすみす逃すなどできない。一夏は被弾の覚悟を決めて雪片弐式を振り上げ――投擲されたそれを払いのけようとして。
<白式>が――まるで金縛りにでもあったかのようにまったく動かなくなった
「なん……どうして?!」
驚きの声をあげる。先程の緑色の石が<白式>に吸着し、強い光を放っていた。
驚愕に顔を染める一夏に<アヌビス>はその腕を振り翳し、ヘッドセットごと顔面を鷲づかみにする。そのまま片腕一本で持ち上げ、投擲の姿勢へ。緑色の石のようなものが<白式>の行動を封じ込めていることは理解できたものの、まるで全身の神経が切断されたように指一本すら自由にならない。
瞬間、背中から地面へと叩きつけられ――あまりにパワーに<白式>の体躯がバウンドし、空中へと跳ね上がる。そのまま再度地面へと叩きつけられることを覚悟した一夏の<白式>は、突然なんの脈絡もなく空中で静止した。
「度胸と気迫は褒めてやるが、技量はまだ甘いな」
見れば黒いISに身を包んだ眼帯の小柄な少女の操るドイツ製の第三世代<シュヴァルツェア・レーゲン>が右腕を掲げていた。……最新の兵器カタログで聞いたことがある、アクティブイナーシャルキャンセラー。積極的慣性相殺機能とでも言えばいいのだろう。自機の慣性を相殺し、従来では有り得ない機動力を発揮させるISの根幹技術の一つであるPIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)を、他者にも適応できる第三世代兵器――通称『停止結界』だ。おそらく彼女はそれを<白式>のカバーに扱ったのだ。
「……結果で挽回する」
「当然だ」
一夏の短い返答に、わずかに愉快そうにするラウラ。後方から上がってきた<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>と合流し、再び突撃を開始する。
「……山田先生、奴の先ほどの攻撃は?」
「接触と同時に<白式>のエネルギーバイパスに対する干渉がありました。……浴びると一時的に行動不能に陥る一種の拘束兵器と推測されます」
千冬教官は、未だ全ての手を見せない<アヌビス>に寒気がする思い。
敵機を追尾するホーミングレーザーに強烈な真紅のエネルギー塊。桁外れのパワーに大出力ビーム兵器。完璧なステルス性能に拘束兵器。奴はあの体躯にあとどのぐらいの武装を搭載しているのだ? 未だに相手の全力に対して推察すらできない状態に指揮官としての責任に肩が重みで潰れそうな思い。
今ここに自分の専用機であった<暮桜>があれば――自らの無力を、今は嘆くしかなかった。
「ちょっとー……さすがにお姉さん一人は荷が重いよ……!!」
四方八方から降り注ぐ致命の槍撃。風車の如き旋回から降り注ぐ滝の如き刃をしなやかな柳のように受け流しながら、楯無は愛機の能力のひとつ、『清き熱情(クリア・パッション)』の前準備段階に入りつつ時間を稼いでいた。霧のように濃くなる湿度は、彼女の意思一つで炸裂する爆弾となる。
彼女がたった一人で<アヌビス>の圧力に抵抗し闘えていたのは――その槍術が確かな理屈に基づいたものであったからだ。武術家としても水準を遥かに上回る実力者の彼女は、その槍の動きが専門的な訓練を受けた確かな技術体系によるものであると看破している。
(……しかし、まるで機械的なまでの正確さよね)
叩き込まれる横殴りの一閃――それをバックブーストと共に受け流した楯無は、<白式>の接近を確認したと同時に後退を始める<アヌビス>に他の仲間とタイミングを合わせて突入する。
……やはり、<アヌビス>は<白式>の零落白夜に対して強い警戒をしている。逆に言えば――当たれば確かにダメージが入るのだ。
「行くよ、合わせて!!」
シャルルの<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>が六十一口径アサルトカノン『ガルム』での射撃を開始する。
相手を狙うのではなく大量の弾をばら撒くような拘束射撃に<アヌビス>は回避機動とシールドを絡めて防御行動。反撃を加えようとしたところで――。
「どかーん!!」
更識がおどけた口調で、清き熱情(クリア・パッション)を起動。空気中に散布した水蒸気に含まれたナノマシンを一斉発熱。瞬間、熱波が<アヌビス>を包み込んだ。もっともこの程度でダメージを受けてくれるなら苦労はしない。相手が反撃しようとシールドを解いた瞬間に叩き込んだ一撃で意識を逸らすことのほうが本命だった。
『警告無しで浴びたぞ、確認できなかったのか?』
『脅威度の低さで必要なしと判断しました。ご不満ですか?』
『いや、お前のオペレートは正確だ……!!』
熱波による衝撃――当然<アヌビス>はそんな一撃では毛ほどもダメージを受けない。
『攻撃接近』
こちらへと迫るのはロケットモーターによって飛来する四基のワイヤーブレード。<シュヴァルツェア・レーゲン>から放たれたそれがこちらへと接近する。IS相手ならば多少は有効な武装なのだろうが――<アヌビス>の動きを追いきれる訳がない。回避行動に出ようとした弾は、機体の挙動に妙な重さを感じる。すぐさまデルフィに確認。
『状況』
『敵機からなんらかの力場兵器が用いられているものと推測します』
『行動に支障は?』
『当然、ありません』
「こいつ――!! 停止結界を力で引き千切るつもりか……!!」
ラウラは右腕を掲げながら相手へと照射したAIC、通称『停止結界』の中で平然と動き始める<アヌビス>に瞠目した。
計算なら<甲龍>の衝撃砲――純軍事兵器の一撃すら停止させられるそれを浴びながらも<アヌビス>は体に僅かばかりの重石を化せられた程度にしか感じていないのか、出力を上げる……ただそれだけで対抗してみせた。そのまま槍でロケットモーターの先端をはじき飛ばす。
だが、それでも奴も自機の動きに制限がかかることを嫌ったのだろう。<アヌビス>は行動を阻害する能力を持った<シュヴァルツェア・レーゲン>の停止結界に対し相手を撃破する事を選択。掲げる右腕より再び吹き上がる真紅の粒子――それを見て一夏の脳裏に思い起こされるのは臓腑で形成されたようなエネルギー塊の一撃……<ブルー・ティアーズ>をたったの一発で撃墜した恐るべき魔性の砲撃に伴う凶光だ。
「構うな!!」
返答はラウラの叫び。軍人である彼女は、戦力差からこれが恐らく数少ない機会の一つであり――あとは時間が経つほど戦力をひたすらすり減らすのみであると悟った。
停止結界により<アヌビス>のその僅かに鈍った挙動に付け入るように突撃する二人。二人の真ん中をエネルギー塊が突き抜けていく様にも振り向かない。それに対し――<アヌビス>はその場から動こうともせず、両腕を広げて左右方向へ何らかのユニットを投射。だがそれに構う事無く二人は突進。後ろであの恐ろしげな着弾音が鳴り響いた――風に混じる、ラウラの苦痛の声。
振り向かない。
「確かに凄まじいシールドだけど!!」
「合わせ技ならどうだ!!」
突進する<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>は量子変換の光と共に、第二世代最大最強の破壊力を持つ灰色の鱗殻(グレー・スケール)の名前を持つ大口径パイルバンカーを展開する。装填するのは過剰装薬された、砲身の寿命と引き換えに絶大な威力を誇る砲弾。
そしてタイミングを合わせての零落白夜――シールドを無効化された状態で、<白式>の最大出力と第二世代のみならず、全世代最大最強のパイルバンカーの合体攻撃ならば……一夏とシャルルは無言のまま己の武器特性で連携し、完璧に息を合わせて瞬時加速を発動させようとする。
(……とった!!)
『やめろ、一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
だから未だ中継室にいた箒の声の切迫の響きに、<アヌビス>が両方向へと繰り出し本体へと戻ってきたそれが何を捕らえてきたのか最初彼は理解できず。
その巨大な捕縛アームで引き寄せられ、<アヌビス>の両の腕に捕らえられた青と赤が――<ブルー・ティアーズ>と<甲龍>であったと知った時、一夏とシャルルは血が逆巻くような恐怖感と共に、強烈な躊躇いに駆られて瞬時加速をキャンセルした。
瞬間、こちらへと投げ飛ばされてくる二人を受け止める一夏とシャルル。戦闘不能になった機体すら武器にしてくる<アヌビス>。先程と違って攻め手にまるで容赦がなくなっている。まずい、と二人は判断する。一箇所に絡まった状態、ここであの真紅のエネルギー塊を叩き込まれれば一網打尽にされる……だが、<アヌビス>は攻撃を手控える。それが起動停止したセシリアと鈴の二名の命を奪うつもりがないための行動なのか、それ以外の理由があったのか。
間をおかず突進する楯無の<ミステリアス・レイディ>――ランスに搭載されていた四連装ガトリングガンを発砲しながら接近。一夏ですら無謀と思える無防備な動き。
<アヌビス>は槍を掲げ、最小動作による鋭い突き――相手の真芯を狙い刺す。それは<ミステリアス・レイディ>の中心を流体装甲ごと貫きシールドを大きく削る。
「……かかった、『凍える知性(スマート・クリスタル)!!』
だが――それこそ彼女の狙いだった。
<アヌビス>の槍を胴体に受けた<ミステリアス・レイディ>は瞬時に自機の装甲を氷結化させる。当然ながら<アヌビス>の槍の穂先をその身の中に捕らえたままで。槍を奪われた事に驚いたのだろう。<アヌビス>は残りの腕を<ミステリアス・レイディ>に向ける。
「……そうはさせるかぁぁぁぁ!!」
その動きにシャルルが即応した。<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>は瞬時加速で一気に間合いを詰め、相手を振り払おうとした<アヌビス>のもう一本の腕に縋り付く。
両腕を二機のISに封じられた形になった<アヌビス>は本機がもつ圧倒的なパワーでその拘束を引き千切ろうとし――その身に絡む眼には見えない力の鎖に動きを止めた。
「今だ、やれぇ……!!」
半壊状態になった<シュヴァルツェア・レーゲン>を起き上がらせながら左腕を構えたラウラは叫ぶ。
右肩に搭載していた大口径レールキャノンは完全に全壊していた――至近距離まで迫ったあの強力無比の砲撃に対して大口径レールキャノンを至近距離でパージし相手の砲撃に反応させたことにより、直撃『のみ』は回避して見せたラウラは、機体の被害を無視し、彼女達が繋いだ勝利への一瞬をより確実なものにするため、出力系統が焼け付いても構わないほどの勢いで停止結界を発動させる。
両腕に絡む二機のIS――それを振り払おうとする<アヌビス>に絡みつく停止結界。そう――全て相手の動きを封じ込め、零落白夜を確実に叩き込むため。
「箒、鈴、セシリア……力を貸してくれ!!」
その思いに応えるべく――瞬時加速を発動。最大の機会に、一夏は零落白夜を振り上げ――。
しかし、それでもなお、<アヌビス>には届かない。
<アヌビス>の全身から高出力状態に発生する真紅のバースト光が放たれる。意図的に発生させたエネルギーのオーバーフロー状態。コップに注がれた水が限界を超えれば零れ落ちるのと同じように、通常時とは違う最大出力状態に発生する余剰エネルギーの直撃を浴びた<ミステリアス・レイディ>と<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>が凄まじい勢いでシールドエネルギーを磨耗していく。その様子に二人は表情を凍りつかせた。
(……違う!! これは――攻撃ですらない! ……ただ相手が出力を上げただけ……!! 心底……ばけ……もの、め!!)
(機体から垂れ流しただけのエネルギーでさえISを行動不能に陥れるの?! だ……だめ、勝てな……い……!!)
先にシールドが限界を迎えたのは<ミステリアス・レイディ>――絶対防御が発動し、崩れ落ちた彼女には眼もくれず、もう一方の腕にシャルルをしがみつかせたままベクタートラップから武装を引き出す。
振り下ろす零落白夜――だがそれの特性とはあらゆる『エネルギーシールドを無効化、消滅』であり当然ながら確固たる物理的装甲を貫通することはできない。
展開されるのは盾。
それは<アヌビス>に唯一有効な武装である零落白夜を、この上ない完璧さで受け止めた。
鉄を切り裂く手ごたえではなく、防がれた衝撃が一夏の顔を驚愕に歪ませる。
反撃は盾による殴打。叩き付けられる<アヌビス>の一撃に吹き飛ぶ<白式>――その前で悠々とシャルルを引き剥がし、相手に至近距離で放たれる真紅の光弾――ノーマルショットの一撃を浴び、機体の耐久限界付近まで来ていたシャルルは声も出せずに崩れ落ちた。そのまま<ミステリアス・レイディ>の氷結装甲に突き立ったままの槍を引き抜く<アヌビス>。
……全滅? 恐れが一夏の心に否定し難い感情を生み出す。
「まだだ……まだ!!」
それでも、一夏の瞳に絶望と敗北を受け入れず、足掻こうとする意志の炎が燃え盛る。
そして、彼を折るには徹底的に叩き潰すしかないことを承知しているかのように――ベクタートラップによる空間のうねりと共に、<アヌビス>の頭上に槍群の如きホーミングミサイルが一気に十発近く出現する。
それが最早意地や気力でどうにかできる力の差ではないことを無理やり理解させられ――噴煙の尾を引きながらアリーナの上空へと飛翔し、頭上から<白式>と<シュヴァルツェア・レーゲン>に降り注ぐ致命的なミサイルの豪雨に最早回避するすべも防御するすべも失った一夏は、歯を噛み締め空を仰ぎ。
「負ける? ……俺が――こんな……ところで……!?」
つぶやく声は、愕然の響き。
絶望的な爆炎と業火の渦の中で、彼は意識を失った。
『戦闘終了。<アヌビス>の勝利です』
「……<白式>、<ミステリアス・レイディ>、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>、<シュヴァルツェア・レーゲン>……全機……最終保護機能の発動を確認……しました」
「全滅……全滅だと……化け物め!」
そのあまりの結果に、千冬教官の声は平時と違いほとんど罵声と化していた。
最新鋭の専用機IS六機が、たった一機の正体不明機に全滅させられた――恐らく実際の光景を見なければ到底信じられないような光景に、千冬は唇を噛む。
ISとは人類最強の戦力――それをたった一機で六機まとめて相手にして、そして全滅させるような怪物を相手にいったいどんな対処が取れる? 彼女の教え子たちはみな全員、あの<アヌビス>の搭乗者に生殺与奪の全てを握られており、それを止める術はもはやどこにもなかった。
どうすればいい――どうすれば……そう俯いていた千冬は、山田先生が声もなく、息を呑む音に気づき思わずディスプレイに再び視線をやる。
アリーナの中、彼は常識を覆しながら立ち上がった。
『そんな――有り得ない……一夏くんが……』
『馬鹿な……最終保護機能が発動した直後は誰しも気絶状態に陥るはずだ!! 無理をすれば死ぬ可能性もあるのに……よせ!!』
「……いや、千冬姉……これはなにもしなけりゃ結局死ぬっぽいじゃん」
もう既に彼には<白式>もない。
全身のあちこちからは悲鳴のような痛みが感じられる。いつものインナースーツもところどころが破れ果ててボロボロだ。あー、こりゃ後で拳骨を食らうな、と茫洋とした頭で考える。
絶対防御を発動した後は気絶する――と確か座学で習ったものの、しかし意外と立ち上がれるもんだな、と少し笑う。
「わり……<白式>……もうちょっとだけ、付き合ってくれ」
その望みに応えるかのように待機状態の<白式>が弱弱しく発光し――その手の中に雪片弐型が出現する。
IS装着状態での使用を前提としたそれはあまりに重く、彼の体力では持て余すぐらいに巨大だ。それをバランスを取りながら――信じられないものを見たように、槍のように細い足先からランディングギアを伸ばし地上で直立したままの<アヌビス>へと向かう。
……ありがたい。空を飛ばれたら斬りかかれないところだった。微かに笑いながら、一夏は進んだ。
弾は――<アヌビス>の中で幽鬼の如き面持ちでゆっくりと歩み寄ってくるかつての親友の姿に眼を見開いた。
ISが持つ最終防衛機構。保有するエネルギーの全てを消耗し、搭乗者の安全を確保するこれまでの兵器とは一線を画す絶対的な保護機能。だがそれが一度発動すれば搭乗者は完全な気絶状態に陥るはずである。
『……なぜだ?』
で、あるにも関わらずその常識を捻じ伏せながら彼は立ち上がっていた。
呆然と、弾は呟く。
『デルフィ……すまないが、お前の声を貸してくれ』
『……なぜだ。なぜ立ち上がれる』
一夏はそれが最初一体誰の口内から発せられた言葉なのか理解できなかった。成熟した女性の声のようでもあり、穢れを知らぬ無垢な少女のようにも思える――声の主を想像できないような機械的なまでに美しい声。美しすぎて現実味が無いようにすら思える声。
『……これは……<アヌビス>が学園のスピーカーをハッキングして音声に使っています!!』
今まで徹底して無言を貫いてきた<アヌビス>の搭乗者が何故この状況で質問の声を上げるのだ? 一夏はいぶかしげに思ったが――体を劈く痛みで、そんな事などどうでもいいかと考える。
『何故お前はそこまで闘える。痛いはずだろう。苦しいはずだろう。辛くはないのか? 怖くはないのか?』
一夏はどうでもいいことを、と口の中で小さく吐き捨てる。
『奇跡のような確率でISを使えるようになったお前は、自分の意思ではなく周囲の都合で戦いに加わる事を求められた。自ら望んだわけでもない理由で戦場に立った。望みもしない戦場からならば逃げても貴様を誰も責めはしない。何もかも投げ出して楽になりたいとは考えないのか? 腐らず挫けず諦めずに強敵に挑める理由とはなんだ? 立ち上がり挑む両足を支える意志とは何に由来する?』
「……声がするのさ。逃げ出せば生涯耳元で鳴り響く――恥という名の声が……」
一夏は、笑う。それは疲れながらも、どこか獰猛な笑顔だった。
「寝ても、醒めても、あいつの声がな。……俺は30億の男の代表として残り465機……いや、多分あと三人程度は少なくなるか。まぁそんだけのISの全てと戦ってこれに勝利しなければならないなんて言ったが――ありゃ、きっと嘘だ。……俺が背負っているのは――結局のところたった一人だけの思いだった」
よろよろとふらつきながらも、瞳の照準は、何故か微動だにしない<アヌビス>に注がれたまま。不意に視線を上にやる。
「なんで……おまえなんだ」
空を見上げながら思い出して彼は言う。はぁ、はぁ、と大きく二度呼吸。背負う雪片弐型が重くて仕方ない。
不可解な事に、戦闘においては無敵とすら言えた<アヌビス>が、まるで落雷に打たれたように動きが強張る。
「……本当は、ISはあいつが動かすべきだった。……俺が動かすべきじゃなかった。
空に憧れて、ISに乗りたくて――夢焦がれて、でも男だから夢に挑む事すら出来ず落ちるしかなかった!! 想像できるか、あいつの悔しさが!! 理解できるか、あいつの絶望が!! 俺にとっちゃ30億の男の代表なんて重過ぎる。……俺が背負っているのはあいつの思いだけだ――なにがなんでも……負けるわけにはいかねぇ……俺はあいつの代わりに、この世の全てのISに挑んで……『男を舐めるな』と実力で証明しなければならないんだ……!! 『男だったから』と夢にも挑めなかったあいつの悔しさを晴らしてやるんだ!!」
切っ先を向ける。刃が重さでぶれたが、それを気力で補正する。
「そこをどけ、<アヌビス>!! 俺はお前と遊んでいられるほど……人生に余裕がねぇんだ!!」
その言葉に――沈黙を守る<アヌビス>は……ただ一言を持って、応える。
『……お前の勝ちだ。織斑一夏』
その言葉は、泣いている様な響きを帯びていたようにも聞こえた。だが一夏はもう相手の言葉など聞いてはいなかった。
ただ身体に残る渾身の膂力を込めて雪片弐型を振り下ろそうとし――それを投げ出すように崩れ落ちた。振り下ろされたそれは<アヌビス>に触れ――その体を通り抜ける。
デコイ。
センサーも視覚も完全に欺瞞する<アヌビス>の保有する力の一つ。本体が既にこの場所から離脱しているのだと悟る暇も無く、彼は地面に崩れ落ちた。体力も気力も限界を迎えた一夏は、そのまま眠るように意識を失っていく。
(……なぁ、俺は――お前に胸を張れる程度には……誇れる程度には……頑張れているか…………弾)
何故か、一夏は、誰かに肯定されたような声を聞いた気がした。
『弾』
『……ああ』
『液体は機械の天敵です。その程度で故障する私ではありませんが、私は自分の性能を万全にする義務があります。ですから――』
『…………ああ』
<アヌビス>を待機状態へ移項。
五反田弾は――自分の自転車の元に戻ると、沈む朝焼けの向うに見えるIS学園に視線をやった。先程まで自分が居た場所。今ではてんやわんやの大騒ぎになっている最中だろう。
まるで、景色が違うもののように思える。世界の全てが歪んで見えた。
目頭が熱い、瞳の奥から熱い情動が湧き上がる。ほおっておけば延々と体中の水分を――涙で浪費し続けそうだった。
「……一夏……お前は……」
声が様々な感情で満たされ、簡単に出てこない。頬を伝う熱いしずくを拭おうともせず、言葉を吐き出す。
「俺が……あの時吐き出したあんな……醜い嫉妬の言葉――なのに、なのにお前は……そこまで真摯に受け止めてくれていたのか……!!」
『……力は正しいことに使え。 少なくとも、自分がそう信じられることにな』
ああ、そうだ――思い出した。ジェイムズさんの知り合いのパイロット――リチャード・マリネリスさんが言っていた言葉。
情けない。弾は自分の行動を思い出す。敗北感と自分自身に対する失望で、地面に四つんばいになりながら、悔しくて情けなくて、大地を殴りつける。ぼたぼたと涙が零れた。
「お前の勝ちだ……一夏!! 俺は手に入れた力に溺れて餓鬼みたいな顕示欲に駆られて、ISを扱えるお前が死ぬほど妬ましくて仕方がなくて、俺を選んでくれなかった翼を地の底に叩き落したくて――俺は……どう考えてもお前が思っているほど立派な努力家なんかじゃねぇ!!」
『……お言葉ですが。……敵は全て戦闘行動不能。先程の戦闘結果はどう考えてもアヌビスの勝利でした。貴方の発言は間違っています』
「良いんだデルフィ……あれは――俺の負けなんだ」
一瞬――多分その一瞬で膨大な演算を行ったのだろうが……それでも弾の言葉の意味が分からなかったのか、珍しく戸惑ったようにデルフィが言う。
『……理解……不能です』
「……別にいいさ。人間ってのは不条理な部分が山ほど存在しているんだ」
『……私が人間を理解するには、膨大な時間が必要と試算します』
一夏。
彼の心が嬉しくて仕方がない。あいつは俺の無念を引き受けて世界の半分を敵に回す覚悟を示した。
「それに比べて俺は何をやっている……」
同時に今の自分が醜くて情けなくて仕方がない。
やった事と言えば、力に溺れて力を振るって――建設的な事を始めてすらいなかった。
「……負けられねぇ」
『負けていません。勝ちました』
「……いや、負けた」
『いくら貴方でも勝利した戦いを負けたと言うのはわたしに対する侮辱です。わたしは最強のオービタルフレーム<アヌビス>とその独立型戦闘支援ユニット・デルフィです。その言葉は私の性能に対する不審と見なします。訂正してください』
「……そういうところは、ムキになるんだな、お前」
『ムキになっていません。わたしは論理的なAIです。訂正しなさい』
言葉こそなんら揺れのない冷静なものだが――言葉遣いがどことなくいつもと違う。ふ、と僅かに口元を笑みに歪める。可笑しさで、自然と涙の衝動は引いていた。
「そうじゃないさ、デルフィ。こういうのは――漢の格で負けたっていうんだ」
『……やはり、理解不能です』
抽象的な表現はやはり苦手なのだろう。デルフィの声には珍しく強い困惑の響きがあった。
「……やっぱり、アメリカ行く前にあいつと一回逢おうかと思ったが中止だな。……情けなくて恥ずかしくて――正直気まずくて顔なんぞ会わせられねぇ。少なくとも――あいつの信念に対し、恥ずかしくない男にならない限りは……」
弾は一人そう決める。
妹の蘭はちゃんと秘密にしてくれているだろうか。……帰ろう、家に。そして事情を話したジェイムズさんには事の次第をつまびらかにする。きっと殴られるだろうが――弾は少なくとも自分の身勝手で引き起こした行為に対する明確な罰が欲しかった。
「子供をしかるのは親の役目って――あの人が言っていたもんな」
そう言えば――俺はまだ15なんだな、と弾は思い出す。15歳で一夏は世界の半分を敵に回すと宣戦し、15歳で自分はISに匹敵する兵器を生み出そうとしている。なんだか自分達の存在がとても常識はずれな気がする。
一夏は、男で唯一ISという力を手に入れ、自分は<アヌビス>という突出した力を手に入れた。
親友同士の自分達が、だ。これも何かの因縁なのかな――そう思いながら弾は、自転車のペダルを漕ぐ。……やけに甘ったるい五反田定食のかぼちゃが、妙に懐かしく思えた。
『<アヌビス>か。……六機のIS全てを敵に回して全滅に追い込む。……俄かには信じ難い情報だが』
『……現在、各企業、国家はISの開発による利益分配体制が完成している。今更この体勢を瓦解させる可能性のある兵器など不要だ』
『……左様。ISがあの束博士に生み出した直後なら兎も角な。今更国家の勢力バランスを覆す存在は無用の乱を招く』
『正体は――五反田弾。ふむ……どこからの情報だ?』
『亡国機業(ファントムタスク)――ああ。最近目立つテロリストか。なるほど、奴らの資金提供者は貴君か』
『まぁ、今はそのことに対して追及は致しますまい。……で、結論は?』
『無論、抹殺だ』
『……具体的には? 世界最強の戦力であるISを六機、全て敵に回して逆に勝利するような怪物をどうやって』
『力は無理だな。……色や金では?』
『流石に警戒されるでしょう。……事故を装って殺します。具体的な手段は一任して頂けますか? 百人ぐらい巻き添えにしますが』
『構わん』
『織斑一夏はどうしますか?』
『現在の女尊男卑体制に対して異議を唱えるか――しかしこういう芽は早い目に潰しておくに限る』
『しかし束博士の縁者ですが。あの怪物を敵に回しますぞ?』
『心配ない。殺し屋を既に差し向けた。こちらも訓練中の事故に見せかける』
『ああ、デュノア社の……なるほど。娘に殺しをやらせて<白式>の実働データも可能であれば盗ませるか。自分の娘に畜生働きをさせるとは、見事な愛社精神ですな』
『あれは進んで仕事を引き受けてくれた。いやはや、娘の鏡です』
『余命幾許もない母親の治療費全額負担を条件にしておけば大抵頭を縦に振ると思いますが――まぁ、ここにいる全員、同じ穴の狢ですがね』
『確かに貴社は落ち目ですしな。劇的なカンフル剤は必要でしょう。成功を祈っております』
『ありがとう。……では、緊急の案件はこんなところですかね』
『ええ。そろそろ、閉会いたしましょう。妻がミートパイを焼いて待っておりますから』
先週のNG
前回のNGで、一番不幸なのはセシリアと書かれていたが、実際は真剣に作者にすら忘れられていた箒さんは一人中継室で涙ぐんでいました。
今週のNG
『<デルフィ>か。……六機のIS全てを敵に回して全滅に追い込む。……どうでもいい情報だが』
『……現在、娯楽産業はアイ○スやボーカ○イドの開発による利益分配体制が完成している。この体勢を瓦解させる可能性のある萌えAI開発は必須だ。この場所にいる全員の心がデルフィ萌えで合致している』
『……左様、お蔭で先日もゲーム機器の酷使のせいでうちのX箱が故障した。もうア○シンクリード最新作をボルジア公をアサシンしてから一度も起動していない。あの引きはちょっと卑怯だろう』
『正体は――五反田弾。ふむ……どこからの情報だ?』
『亡国機業(ファントムタスク)――ああ。最近目立つスカウト業者か。なるほど、奴らの資金提供者は貴君か。しかし中身は真剣にいらん』
『まぁ、今はそのことに対して追及は致しますまい。……で、結論は?』
『無論、デルフィ嬢のアイドルデビューだ』
『……チケットは何枚用意しますか?』
『目標は一千万。自腹で千ほど購入する用意がある。企業トップをやっていてよかった。愛を札束で示して見せよう』
『流石に警戒されるでしょう。……偶然を装ってスカウトします。具体的な手段は一任して頂けますか? 十億ぐらい使いますが』
『構わん。はした金だ』
『織斑一夏はどうしますか?』
『現在の女尊男卑体制に対して異議を唱えるか――しかしそんな事は心底どうでもいい。むしろ千冬姉は未だにアイドルデビューを快諾してくれぬか?』
『しかしもし許諾してくれたとしても、束博士の縁者ですが。あの怪物を敵に回しますぞ?』
『心配ない。彼女が普通の一般市民だった頃から地道なストーキング作業で得た秘蔵写真を100枚送りつけた。彼女には全面的に協力してもらえる事になっている。それに織斑一夏の方も一緒に贈りつける』
『ああ、デュノア社の……なるほど。娘に男装させ同じ男同士という立場を利用し、盗撮をやらせて<白式>の実働データも可能であれば盗ませるか。自分の娘に盗撮働きをさせるとは、見事な愛社精神ですな』
『むしろ<白式>のことなんぞどうでもかまわん』
『アイドルデビューの資金全額負担を条件にしておけば大抵頭を縦に振ると思いますが。娘のアイドルデビューを素直に祝福してやれぬとは――まぁ、ここにいる全員、同じ穴の狢ですがね』
『そう、我々は全員AI萌えだ。デュノアの社長は……少し違うようですが』
『当たり前だ。自分の愛娘をなぜ好き好んで他の男どもの衆目に晒さねばならんのだ』
『しかし、結局愛娘のたっての願いとあっては言う事を聞かねばならぬとは。はは、父親も複雑ですなぁ。素直にお金を出してあげればいいのに』
『もちろん、シャルル嬢のデビューには馳せ参じますぞ。我々が仕事を休む事で世界経済に影響が出ますが――まぁ仕方ありますまい』
『既に横断幕とメガホンも用意しました。いささか気が早いですかな?』
『我々の仕事は常に未来を見据えねばなりません。慧眼です』
『では、議題はそろそろ出尽くしましたかな?』
『ええ、では。そろそろ彼女達のアイドルデビューに備え、観客席から舞台に届くように発声練習を始めましょう。L・O・V・E、LOVE ME デルフィー!! L・O・V・E、LOVE ME シャルル!!』
『声が小さい、もういっちょこーい!!』
『よっしゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『デ、現在の状況は? ルールブックの作成は順調か?』
『ルールブック……ああ、もちろんです。AI萌えに纏わる全てを凝縮した書庫を用意しております』
『フフフ、問題はない。ページも編纂作業を終え、あとは印刷ラインに乗せるだけです』
『ィイ……ィイぞ。AI萌えは良いな』
『かつて二次元三次元の少女たちを追いかけていましたが……あの日々に比べ、なんと充実している事か』
『わたしもこの会に入って、ようやくAI萌えを理解できました』
『いや、それは私も同様ですよ。ここに来た事に運命を感じます』
『いい話です。AI萌えに集った同士ら、彼女にデビューを許諾して頂けるため力を惜しまぬようにね』
連携が取れすぎている良く訓練された黒幕達だった。
わからなかったら、縦によんでください。
作者註
本日は休日だったので、お外に外出と思ったら雪で身動きできないのでかきかきしました。おかげでチョコを一個ももらえません。
……嘘です。どっちにせよ一個も貰えなかったでしょう。仕事だったら職場の先のおばちゃんから義理チョコを貰う可能性もありましたが。(えー)
とりあえずやる夫板さんで、Z.O.E Dolores, i がはじまって嬉しいぜ。
……しかし、書いておいてなんだが、これ、本当にIS本編と空気違いすぎると思う作者でした。