BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 10 | 11 |
2010 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 12 |
2011 | 04 |
2100 | 01 |

2011-04-01

アリフレ政策の議

東北地方太平洋沖地震犠牲者には、心より哀悼の意を表したいと思います。また、その他被災者におかれては、今後は少しでも幸多かれと祈って已みません。

(続き)

あれこれ多忙でずいぶんと間が空いてしまいました。本当にすみません。加えてお詫びですが、構成を変えて、予定では次回の題材にしようと考えていたものを、今回取り上げることとし、本来今回取り上げるはずだった話は、次回に回すこととさせていただきます。

具体的には、まずはリフレ論とは次のような方向を目指すべきだよね、という話をした後で、にもかかわらずそうはなっていないよね、と続ける予定でしたが、そうはなっていない、すなわち問題のある議論を先に取り上げ、次いでwebmasterの良かれと思う方向性を出したいと思います。では、問題のある議論とは何でしょうか。次をご覧ください。

(宮崎)昨日の新聞なんかではFRBがアメリカの雇用情勢に深い関心を持っている、とありました。日本の新聞に載ってるわけです。でも日銀が日本の雇用情勢に懸念を表明して具体的な対策を明らかにした、なんて記事はついぞ見たことがありません。なぜですか?

(略)

飯田)(略)世界を見てみると、殆どの国はインフレのみでやっています。インフレーション・ターゲットですね。唯一違うのがアメリカです。物価と雇用を使ってます。なぜかというとアメリカの中央銀行法が出来たのは1930年代なんです。つまり大恐慌の頃で、人々の最大の関心が雇用だったからなんですね。

(宮崎)なのでFRBが雇用について積極的に発言していくなんてことがあるわけですね。

(飯田)そうです。

http://since20080225.blogspot.com/2011/01/blog-post.html

昨年12月の宮崎先生と飯田先生の対談ですが、これのどこに問題があるのか、とは多くの人が思うはずです。当然ですが、これはまっとうな議論です。

#と手放しにはいえない部分があるのですが、話が錯綜するので、それは「補足」として別エントリにして、上記はダメでない、ということで話を続けます。

しかし、実際の対談では、このような話にはなっていないのです。すなわち、略したところにダメな部分があるのです。引用部冒頭の宮崎先生の問いに対して、では、どのような回答がなされたのでしょうか。

(宮崎)昨日の新聞なんかではFRBがアメリカの雇用情勢に深い関心を持っている、とありました。日本の新聞に載ってるわけです。でも日銀が日本の雇用情勢に懸念を表明して具体的な対策を明らかにした、なんて記事はついぞ見たことがありません。なぜですか?

(飯田)日本銀行総裁というのは97年までは大蔵次官になれなかった人のためのポストでした。

(宮崎)たすき掛け人事と呼ばれてましたね。

(飯田)大蔵省事務次官に一歩届かなかった人か、事務次官を引退した人の最初のポストでした。そういう人たちは当然高い目標は掲げません。彼らは役人人生の最期の花道を飾っていたわけで、傷つくようなことはしたくないんですよ。なので可もなく不可もなくを狙ってその後の素晴らしい人生を迎えたいわけですね。

http://since20080225.blogspot.com/2011/01/blog-post.html

宮崎先生は、1997年、すなわち旧日銀法時代ですが、そんな10年以上昔のことを問題にしているのでしょうか? 「昨日の新聞」を引き合いに出している以上、そんなはずはありません。今、同じようなことを日銀総裁が言わないのはなぜか、というのが宮崎先生の問い立てのはずです。今の問題を論じるに当たり、今では事情が変わった話を持ち出してどうしようというのでしょう。端的には、98年に松下元総裁が辞任して以来、速水・福井・白川と大蔵省からの天下りでない総裁が続いています。この直近3代の総裁には問題は当てはまらない、というのであればさておき、そうでないなら、天下り問題を持ち出すのは筋違いもいいところです。

問題はこれだけではありません。たすき掛け人事時代の天下り総裁は、次のとおりです。

山際正道
46年 公職追放(事務次官)、50年 日本輸出入銀行専務理事、52年 日本輸出入銀行副総裁、54年 日本輸出入銀行総裁、56年 日銀総裁
森永貞一郎
59年 退官(事務次官)、60年 中小企業金融公庫総裁、67年 東京証券取引所理事長、74年 日銀総裁
澄田智
71年 退官(事務次官)、72年 日本輸出入銀行総裁、79年 日銀副総裁、84年 日銀総裁
松下康雄
84年 退官(事務次官)、86年 太陽神戸銀行取締役、87年 太陽神戸銀行頭取、90年 太陽神戸三井銀行会長、94年 さくら銀行相談役、96年 日銀総裁

通り相場としては森永元総裁以降を「たすき掛け」と言うようですが(山際元総裁と森永元総裁の間は、2代(うち1人は三菱銀行出身)離れているので)、サンプル数3ではと思い山際元総裁まで追加しました。いずれにせよ、「日本銀行総裁というのは97年までは大蔵次官になれなかった人のためのポストでした」「大蔵省で事務次官に一歩届かなかった人か、事務次官を引退した人の最初のポストでした」というのも真っ赤な嘘です。全員次官経験者ですし、全員日銀総裁になる前に他のポストに就いています。

つまり、この応答は、そもそも時期が違うものを引き合いに出している上、その引き合いに出した例も事実無根という、残念ながらダメと言わざるを得ないものです。webmasterにとって何がショックかといって、このダメさもありますが、それ以上に、発言者が飯田先生であることでした。だって、あの飯田先生ですら、こと日銀に関しては信頼するのは危ないというなら、誰を信頼すればいいというのでしょう?

#とwebmasterが個人的に強い衝撃を受けたので本エントリを前倒した、というのが裏事情でございます。

現に、リフレ論壇でよく言われる、日銀の独立性が強すぎることが問題だ、という議論については、既に本連載の「政」にて、CroweとMeadeによる国際比較研究では支持されないことを示しました。日銀の独立性については、もう少し精緻なものがあって、目標設定と手段の2種類の独立性があり、前者を認めず後者を認めるのがあるべき姿なのに、日銀は両方とも認められていて問題だ、というものがあります。webmasterもこれまで何度も書いてきていて他人事ではないのですが、webmasterの論述を引くと「わざと欠陥のある記述で日銀を擁護している」とおっしゃる向きもいらっしゃるでしょうから、他の人のものを引きます。

中央銀行の独立性に対する支持は,時とともに発展してきました.合衆国をはじめ多くの国において,1970年代から1980年代はじめにかけての歴史的に高く不安定なインフレがきっかけとなり,金融政策と中央銀行の運営が再検討されることとなりました.それ以来,2つのグローバルな流れがまとまりをみせます:すなわち,改善された金融政策の実施がひろく採用されるという流れと,高インフレ率の事実上の駆逐という流れが合流してゆきます.この改善された金融政策の運営に含まれるものでとくにみるべきものとしては,中央銀行の独立性の強化,金融政策委員会における透明性の向上,そして,金融政策に委託された目標として物価安定を掲げること,が挙げられます.インフレ目標は,こうした原則を体現する枠組みとして広く採用されています.これは,政府がインフレの数値目標を設定し,その目標の達成は中央銀行の責任とするものです.インフレ目標だけでなく,これと同様の金融の枠組みも実効性が確認されています.

http://www29.atwiki.jp/nightintunisia/pages/34.html

これはバーナンキFRB議長の講演からの引用で、強調はwebmasterによりますが、国際的な標準としては政府が目標を設定し、達成(手段)は中央銀行が請け負うという話は、リフレ論壇で何度も語られてきました(繰り返しになりますが、webmaster自身何度も書いてきました)。例を引けば、

つまり、中央銀行の独立性は、目標まで中央銀行が決められるという「目標の独立性」ではなく、政府が目標を定めた上でその範囲内でどの様な達成手段をとるかは中央銀行に任せるという「手段の独立性」に限られるというのは、5月29日付本コラムでも紹介したバーナンキ米FRB(連邦準備理事会)議長の講演でも明らかなように、世界の常識だ。また、雇用の安定を目的に明記したのも米FRB法に準拠している。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20101125/plt1011251530000-n1.htm

というようなものです。しかし、実際には、これも誤りだったりします。

Specifics of inflation targets typically are set by the central bank, either jointly with the government or unilaterally. Of the 24 current inflation targeters, 4 have targets specified by the government, 8 by the central bank, and 12 are set jointly by the government and central bank.(以下略。試訳:インフレーションターゲットの具体は、類型化すれば中央銀行によって、あるいは政府と共同で、または政府によって定められる。現在インフレーションターゲットを導入している24ヶ国では、4ヶ国で政府が、8ヶ国で中央銀行が、そして12ヶ国で政府と中央銀行が共同して、それぞれターゲットを設定している。)

http://www.imf.org/external/pubs/ft/wp/2006/wp06278.pdf

上記高橋先生の論説は、バーナンキ議長がそう言っていた、というところは正しいですが、「世界の常識」というのは誤りです。バーナンキ議長だって神様じゃないんだから誤りはあり得るはずで、きちんと裏を取ろうということではありますが、政府か中央銀行か、いずれか単独で決めている国数を比べるなら、中央銀行だけで決めている方が多数派で、政府だけで決めている方が少数派なのです。多数派必ずしも正しからずではあり、多数派である目標設定の独立性を批判することそれ自体には何の問題もありませんが、その論拠として目標設定の独立性がないことが「世界の常識」というのは、明らかに事実に反しています。

#インフレーションターゲットを導入していない国まで射程に入れ、目標と手段とに区分した国際比較はwebmasterは見つけられませんでしたが、上記CroweとMeadeの研究では、policy formulationの項目については、日銀は99ヶ国中78位タイ(上から数えて。つまり、独立性が低い、ということ)です。目標と手段を共に決定する主体が国際的に見て稀というのであれば、このような順位はあり得ないとwebmasterは考えております。

誤解する人がいそうなので重ねて申し上げるなら、これは規範的(normative)に誤っていると申し上げているわけではなく、記述的(descriptive)に誤っていると申し上げているわけです。日銀に目標と手段の独立性を共に備えさせた方がよい、ということではなく、独立性は手段に限るべきという主張をする際の、世界の常識は手段に限定した独立性だ、という論拠が事実に反している(更に言えば、そうした事実に反する論拠を持ち出すべきでない)ということを申し上げているのです。言い換えれば、日銀の金融政策に係る独立性は手段に限られるべきである、と規範的に主張すること自体には問題はありませんが、手段の独立性が世界の常識だから日銀もそうあるべきだ、という記述的な主張は間違っており不適切だ、ということです。

こうした誤った主張の極北が、次に紹介する浜田先生の論説です。

今、日本はデフレだが、金融政策だけではデフレを止められないという説は、患者は胃腸を痛めているが、胃腸薬を独占している医者(日本銀行)が、胃腸薬は渡せないので、この病気は循環器の専門医で治してもらえといっているがごとくである。その理由は、この薬を使うと、いつか遠い将来この患者が超下痢(インフレ)になる心配があるからだという。しかしその本音は、金融緩和という薬を使うと、名目金利が安くなり、胃腸医である日本銀行に、(天下り先の短資会社が困るといった)商売上の不利益が及ぶかららしい。(日本銀行の)商売上の利害を患者の回復よりも重要視しているのである。

(略)

すでに日本銀行の政策決定の検討から浮かび上がってきつつあることは、まずコール市場のことからわかるとおり、特殊権益はたしかに重要である、それとともに、無知も重要な要因である、ということである。経済学者がもう少しマクロ経済学の基本と、そこでの貨幣と実物の関係を知っていたならば、これほどまでに素直に御用学者とはなれなかったと思えるからである。そして、両者の中間の形が浮き上がってくる。すなわち、特殊権益に利害を左右されるような機関、グループは、その利害に有利なようなアイデアを、あたかも客観的なアイデアとして伝播しようとする。

経済セミナー」No.655, pp64-68

短資会社の主な商売はインターバンク市場の仲介ですが、その商売の種がどのように推移したか、バブル崩壊後の1993年(暦年)から無担コール市場残高をGDPデフレータと並べて掲げると次のとおりです。

   無担コール平残 GDPデフレータ
1993   289,824.8     0.4
1994   313,284.3     0.1
1995   324,985.4    ▲0.5
1996   304,932.3    ▲0.6
1997   299,018.5     0.5
1998   271,770.1     0.0
1999   143,775.6    ▲1.3
2000   129,603.3    ▲1.7
2001   115,315.3    ▲1.2
2002    53,424.3    ▲1.5
2003    46,640.4    ▲1.6
2004    53,152.8    ▲1.1
2005    72,563.3    ▲1.2
2006   104,780.0    ▲0.9
2007   143,118.2    ▲0.7
2008   136,663.3    ▲1.0
2009    59,163.0    ▲0.4
2010    49,021.3    ▲2.1

#無担コール平残は単位億円。GDPデフレータは2009年までは確報値、2010年は第一次速報値。

数字を眺めれば直感的にご理解いただけるかと存じますが、デフレの進行と無担コール市場の縮小が、デフレの緩和と無担コール市場の拡大が、概ね同時に現れています。両者の相関係数をとってみると、なんとその値は0.78。デフレで信用創造が停滞してインターバンク市場が縮小する、という因果関係を想定するのは妥当と考えますが、とまれ、日銀が「特殊権益」を狙って金融政策を運営するなら、全力でデフレ脱却を狙うはずです。

「特殊権益」仮説をさらにつっこんでみましょう。期間を変えて相関係数をとってみると、1993年から2002年までの相関係数が0.87ともっとも大きくなっています。他方、2003年以降の相関係数は0.48。すなわち、2002年までに比べ、2003年以降は無担コール市場の規模と物価変動との連動性が薄れてきています。どのように薄れてきているかといえば、デフレであっても無担コール市場が縮小せず、増加すらする、という方向にです。具体的には、2002年までは、GDPデフレータが平均で▲1.1%で、それにともなって無担コール市場は年平均▲26.2%で縮小していました。これが2003年以降となると、GDPデフレータの平均は同じく▲1.1%ですが、無担コール市場の増減率は年平均+5.1%になっています。

では、2003年に何が起こったかを考えれば、速水元総裁から福井前総裁への交代であり、溝口・テイラー介入でした。2003年以降、2006年(量的緩和が終わった年)の期間について上記の平均を計算すれば、GDPデフレータの平均は▲1.2%であるにもかかわらず、無担コール市場の残高は年平均+20.5%だったのです(ちなみに2007年以降だけを見れば、GDPデフレータの平均は▲1.1%で、無担コール市場の残高は年平均▲10.4%)。

すなわち、「特殊権益」仮説が正しいなら、福井前総裁の日銀当預残高の積増しや溝口・テイラー介入こそが、短資会社の商売が成り立つよう無担コール市場の縮小に歯止めをかるためになされた施策である、という説明でしかあり得ません。端的に言えば、金融緩和は短資会社の商売にプラスで、金融引締めは短資会社のマイナスになるので、日銀は本来金融を引き締めるべきところで緩和姿勢にこだわる、ということ。これと逆の意味で用いられている浜田先生流の「特殊権益」仮説は、実際の計数と矛盾している可能性が極めて高いといわざるを得ません。浜田先生がおっしゃる意味で日銀が「特殊権益」で金融政策を決めていたならば量的緩和解除はあり得なかったであろう、とデータが強く示唆しているのです。

更に言うなら、日銀は短資会社の利益という「特殊権益」を傷つけてでも、リフレ政策を拒んでいたということ。量的緩和積増し+溝口・テイラー介入程度の緩和で無担コール市場がこれだけ活性化したのですから、本格的にリフレ政策を採用していればどれだけ無担コール市場が栄えたことでしょう。しかし実際の歴史において日銀は、リフレ政策を採用しないために「特殊権益」を犠牲に供したのです(現に、国内系短資会社は、デフレに突入して以降、6社から3社に半減しています)。皮肉なことに、リフレ政策実現のためには、浜田先生がいうように日銀が「特殊権益」に塗れていた方がよほど都合がよかったのです。

事程左様に、誤っている日銀論がリフレ論壇で多発しています(今日は4月1日ですが、残念ながらエイプリルフールではありません)。それも、誤った議論を題材とした飯田先生の「ダメな議論」のチェックリストでいえば、皆「単純なデータ観察で否定されないか」にひっかかるものばかりです。歴代総裁の履歴はググればすぐわかりますし、Crowe・Meade論文IMFペーパーは、いずれもリンクを張ってあるようにネットで公開されてます。GDPデフレータにしても無担コール市場残高にしても普通に入手できる統計で、いずれも「単純なデータ」以外の何物でもありません。皆様、ご本業ではこんな「ダメな議論」はされていないはずなのに、こと日銀が絡むと「ダメな議論」のオンパレードになってしまうのは、「ダメな議論」から引くなら、

では、なぜ私たちは誤った見解や無内容な主張に納得してしまうのでしょうか? それは、私たちが他の人の意見を聞いて判断をする際の心の働きによると考えられます。社会問題についての言説に出会ったとき、私たちの内部で働いているのは論理やデータによって妥当性を確かめようという理性だけではありません。その意見が自分にとって都合がよいか、自分の気分に合っているかという打算と好悪の感情が必ず働きます。ある言説に対する態度を決めるに際して、このような感情の働きは、しばしば理性を上回る力を発揮します。

ということでしょうか。

とまれ、このような議論をすると、リフレ論者を批判するとは日銀の犬め、というような非難を浴びたりもするわけですが、最近、大屋先生が(別の議論についてではありますが)、

(略)要するに他人を批判した場合にその対象と発言者どちらの評価が下がるかというのはその批判の品質に依存するので、低品質な批判をやたらに他人に向けるのは一般的には得策ではないのだがな、ということ。

http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000760.html

とご指摘のとおり、誤った日銀批判こそがリフレ政策の信頼性をより大きく傷つけるものとwebmasterは考えています。日銀批判は正しく行っていただきたい、そうでないと、日銀以上にリフレ論者が信頼されなくなってしまう、と指摘することこそがリフレ実現への第一歩であり、過てる日銀批判への批判に躊躇する方が、よほど日銀を利するものではないでしょうか。

(続く)

「アリフレ政策の議」の補足その1

本文での引用を再録します。

(宮崎)昨日の新聞なんかではFRBがアメリカの雇用情勢に深い関心を持っている、とありました。日本の新聞に載ってるわけです。でも日銀が日本の雇用情勢に懸念を表明して具体的な対策を明らかにした、なんて記事はついぞ見たことがありません。なぜですか?

飯田日本銀行総裁というのは97年までは大蔵次官になれなかった人のためのポストでした。

(宮崎)たすき掛け人事と呼ばれてましたね。

(飯田)大蔵省事務次官に一歩届かなかった人か、事務次官を引退した人の最初のポストでした。そういう人たちは当然高い目標は掲げません。彼らは役人人生の最期の花道を飾っていたわけで、傷つくようなことはしたくないんですよ。なので可もなく不可もなくを狙ってその後の素晴らしい人生を迎えたいわけですね。

http://since20080225.blogspot.com/2011/01/blog-post.html

ここでは、日銀が雇用情勢に深い関心を持っていないことが前提になっているわけですが、本当にそうでしょうか。

(問) 「金融経済月報」は、景気は、生産が落込み、企業の収益が悪くなって、所得が落ち、内需が冷え込むという悪循環の惧れを示していると思うが、総合経済対策が打たれることによる景気のテコ入れ効果よりも、景気の悪循環の方が強まらないか。景気の悪化する速度と対策の強さについてどう判断しているか。

(答) 物価の方は内外の需給緩和を反映して、国内卸売物価が下落を続けているし、消費者物価の方も基調的には前年比上昇率がゼロ近辺まで低下してきている。

経済活動の現状をみると、雇用・所得環境が厳しさを増しており、これが内需の一段の低迷に繋がっている訳で、こうした面からみると、物価は当面軟調に推移する可能性があると思う。

(略)

(問) 今の景気のおかげでビッグ・バンが加速的に進むのか、あるいは逆にビッグ・バンのおかげで日本の景気の回復が助けられるということがあるのか、それぞれの相互的な影響について、短期的・長期的な意見を聞きたい。

(答) 外から強い企業がどんどん入ってくるということで、日本の企業が吸収されたり、競争に負けたりといったようなことが、起こるかもしれない。そういう意味での直接的なマイナスというか逆風というものがあるかもしれないが、いずれはやらなければならない「フリー、フェア、グローバル」というのは、それでないと食っていけないはずである。やや遅ればせながら、4月1日から対応するようになったということは、非常にプラスであると思う。

(略)

英国のビッグ・バンの時もそうであったが、取引が急速に増えて、それに伴って、通信とかあるいは情報関連の波及産業というものが急速に増えて、雇用が増え、所得が増えた。この数字は、英国の数字などをご覧になると非常にはっきりと出ている。日本も、確かにこれまでの間接金融方式で、製造業としては、あっという間に世界一の強さを持つようになった訳であるが、サービス産業、第三次産業になると、これまでの規制の影響で、競争力を持たなかったというか、家計、消費者、あるいは庶民が、定まった値段で、定まった質のものを買うしかなかったという状況が続いた訳で、金融などを含めて新しい商品がどんどん海外から入ってくるということは、消費者にとっては非常にプラスであると同時に、新しい仕事を創っていく。

今日本のGDPの中で、サービス産業は60%を少し超えた位であるが、アメリカなどは、特にディ・レギュレーション規制緩和・撤廃を行って、その後に急速に増えていった雇用というのは、情報産業を始め、サービス産業が多い。金融もそうであるし、室内装飾といった類のものもそうである。そういうものが、これから日本でも新しい雇用機会を作っていき、所得を生み出していくようになっていくことを、私は非常に期待している。

http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_1998/kk9804c.htm/

一方、個人消費は弱めの動きを続けています。企業が、売上げが伸び悩む中でも高い収益を上げているということは、リストラによる経費や人件費の削減効果が大きいことを示唆するものです。その裏返しとして、個人にとってみれば、雇用・所得環境は厳しい状況が続いており、その影響が個人消費にも及んでいます。

(略)

日本経済は、バブル崩壊以降長く低迷を余儀なくされていますが、それでも過去に何度か回復局面を迎えました。ただ、その都度、持続的な成長軌道に復することなく、海外経済の後退や国内金融システム不安の台頭などによって、後退局面に戻ることを繰り返してきました。

この背景には、例えば、企業の過剰債務や過剰雇用といった問題が解消していないことがあります。海外経済の活況などに伴って生産が上向き、企業収益が増加しても、企業は過去の債務の返済に追われ、あるいは返済を優先し、新規の設備投資には容易につながっていきませんでした。また、過剰雇用の解消に向けた動きの中で、厳しい雇用・所得環境が続き、個人消費は伸びませんでした。このような過去の行き過ぎの調整圧力によって、内需が自律的に拡大していく力が弱くなっています。

でも、それだけの理由でこんなにも長期にわたって低迷が続くものでしょうか。

これまでの過程を冷静に振り返ってみますと、問題はそうしたバブル経済崩壊の後遺症としての過剰債務、過剰雇用に止まりません。より厳しい問題に逢着していることが分かります。

(略)

日本経済を現状の苦境から脱却させるためには、企業や個人が将来に期待を持ち、積極的な活動が生まれるような、新しい(ダイナミックな)経済の仕組みを構築していかなければなりません。

(略)

さらに、賃金や雇用の問題があります。生産性に見合って賃金が決定される仕組み、流動的な労働市場、この二つがこれからの日本経済には欠かせない要素です。年功序列型の賃金体系や終身雇用制をこうした新しい要請にどう調和させていくかが、大きな課題です。

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2003/ko0307d.htm/

わが国の経済をみると、海外経済の減速により輸出が大幅に減少していることに加え、企業収益や家計の雇用・所得環境が悪化する中で、内需も弱まっています。金融環境をみると、中小企業を中心に資金繰り金融機関の貸出態度が厳しいとする先が依然増加するなど、厳しい状態が続いています。これらを背景に、わが国の景気は大幅に悪化しており、当面、悪化を続ける可能性が高いと予想されます。

(略)

世界的な金融情勢や海外経済の動向次第では、わが国の景気が下振れるリスクがあることに注意する必要があります。また、企業の中長期的な成長期待が低下し、設備や雇用の調整圧力が高まることを通じて、国内民間需要が一層下振れるリスクもあります。金融環境が更に厳しさを増す場合には、金融面から実体経済への下押し圧力が高まり、金融と実体経済の負の相乗作用が強まる可能性があります。

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2009/ko0903b.pdf

上から順に速水、福井、白川の元・前・現総裁の発言ですが、引用中の強調部分(強調はwebmasterによります)にあるように、雇用についてそれぞれ触れています。宮崎先生は、あくまで記事を見たことがないとおっしゃっているだけで、日銀総裁が発言したことはないとはおっしゃっていないわけですが、マスメディア批判ではなく日銀批判の文脈である以上、発言しているのにメディアがちゃんと報じないということではなく、メディアが報じていない=発言していない、とのご認識のはず。ここでも、「単純なデータ観察で否定されないか」のチェックにひっかかる「ダメな議論」になっています。

これだけなら、わざわざ補足に外だしする必要はないのですが、日銀に対して雇用について関心を持って発言しないと批判することは、ダブルスタンダードでもあります。上記の発言中、速水・福井発言については、かつて、日銀がその手の構造問題に言及することは所管外への余計な口出しであり、それよりも本業である金融政策に注力せよ、との批判がなされていました。当時そのような批判をした人間(たとえばwebmaster)は、雇用とて所管外なのですから雇用への言及が少ないとしても許容すべきですし、今、所管外であっても雇用に言及すべしと主張するのであれば、今後、日銀が構造問題に言及したとしても、内容への批判であればさておき、所管外に口を出すな、という批判はすべきでないということになります。

で、これはwebmasterの主観的な記憶ではあるのですが、かつてリフレ論者はほとんどが、この「口出し」について「口出し」であることそのものを批判していました(中身についても批判はありました。念のため)。にもかかわらず、この引用部分等について、ダブルスタンダードだとの批判がなされないのは、いかがなものかと思います。ダブルスタンダードもまた、単純な事実との齟齬と同様、議論の信頼性を損なうものだからです。

「アリフレ政策の議」の補足その2

日銀批判を批判しておいて、ではwebmasterは日銀がリフレ政策を採用しない理由を説明できるのか、との疑問があって当然ですので、改めて述べておきます(ずいぶん間が空いた上、かつては順を追って論を展開したので、冗長でもありますので)。一文で書けば、

  • バブルと財政マネタイズを警戒しているから。

ということになります。それぞれについての「単純なデータ」は、次のとおりです。

まず、バブルの警戒ですが、現行日銀法が策定された際、その検討結果には次のような記述が含まれています。

日本銀行金融政策の最も重要な目的は、「物価の安定」を図ることにある。

その際、日本銀行の金融政策運営は、物価の安定を図ることを通じて、「国民経済の健全な発展」に資することを基本とすべきである。

なお、いわゆるバブル経済期には、一般物価水準は安定している中で、地価・株価等の資産価格が高騰し、実体経済に大きな影響を及ぼした。この点に鑑み、一般物価水準だけでなく各種価格の変動にも留意することが望まれる。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/cyugin/hokokusyo.html

日本銀行の金融政策(通貨及び金融の調節)の最も重要な目的は「物価の安定」を図ることにある。その際、日本銀行の金融政策の運営は、物価の安定を図ることを通じて、「国民経済の健全な発展」に資することを基本とすべきである。

ただし、日本銀行は、ただ物価の安定にのみ専念すれば足りるものではなく、物価の安定を基本とし、国民経済の健全な発展に資するよう、機動的かつ的確な金融政策を遂行することが求められている。

(略)

さらに、一般物価水準が安定している中でも、地価・株価等の資産価格の高騰・急落が生じ、国民経済に深刻な影響を与える可能性があることは、過去の経験が示すところであり、日本銀行は、資産価格の変動にも留意していく必要がある。

http://www.fsa.go.jp/p_mof/singikai/kinyusei/tosin/1a601f3.htm

このとおり、現行日銀法でいう「物価の安定」を図る際には、バブルの反省に鑑み資産価格にも留意する必要がある、ということになっているのです。本文で、規範的・記述的の違いに言及しましたが、資産価格に留意すべしとは、webmasterは規範的には不適切だと考えますが、このような経緯がある以上、日銀がそのような制約を課せられているのは事実だと記述的には言わざるを得ません。

日銀は非常識なまでに強い独立性を備えているとの立論をされる方におかれては、日銀をかつての関東軍に擬える向きも少なくありませんが、こと制度論の観点から評するなら、このような現行日銀法の趣旨に反してバブルへの目配せ抜きに金融政策を運営した場合の方が、よほど関東軍と行動原理を近しくするものとなるのです。関東軍が、その指導部が主観的に良かれと思ったことを達成するために、通説的な憲法解釈に基づく統帥権の統制を逸脱して独自行動に走ったことは、こうした経緯を無視して「物価の安定とは一般物価のみに着目すればいいのだ」と日銀が金融政策を行うことと、制度論的には変わらないのですから。

次いで財政マネタイズの警戒ですが、まずは「鑑」で書いたように、CroweとMeadeの分析によれば、財政マネタイズに対しては、世界各国の中でも極めて独立性が低いグループに属することを押さえるべきです。財政マネタイズについて独立性が低いことと、それを警戒することが直ちに結びつかない方もいらっしゃるかと思いますので、補助線としてモラルハザードの概念を用います。

世間的な誤用は措くとして、経済学的に正しいモラルハザードとは、保険を掛けていると不注意になる、ということです。保険がかかっているから損害が生じても大丈夫だと考えて注意を怠り、結果的に保険事故の発生確率が上がることが、モラル(注意すべきという倫理)に起因するハザード(保険事故発生確率の上昇)なわけです。

#反意語が、物理的に損害が生じる確率を示すフィジカルハザード。たとえば火災保険に関し、保険を掛けたからタバコや揚げ物油をぞんざいに扱うという問題がモラルハザードで、下町の木造家屋について慎重に取り扱うべきだという問題がフィジカルハザードです。

注意を怠っても大丈夫なら注意を怠り、注意を怠るとひどいことになりそうならきちんと注意を払うとは、もちろん、保険に限られる話ではありません。財政マネタイズについても、制度的な歯止めがなければ、不用意に金融緩和すれば財政マネタイズにつながりかねないと尻込みし、逆に制度的な歯止めがきちんと講じられているなら、いくら金融緩和をしても財政マネタイズにはつながらないため緩和しやすいということになるでしょう。

CroweとMeadeの分析に立ち戻って検証してみます。リーマンショック以降に大胆な金融緩和を行った国として、webmasterが独自にサンプルを選んだとなると恣意的だとの批判も考えられますので、

浜田: バーナンキ恐慌専門家の世界的権威と呼んでもいい人ですけど、リーマンショック後、彼が議長を務めるFRBでは大幅にバランスシートを膨らませた。いってみれば、貨幣の供給量を増やしたわけです。

それから非常に尊敬されたファイナンスの学者・マーヴィン・キングが総裁を務めるイングランド銀行も、アメリカ以上に増やしたんです。

高橋: 欧州中央銀行もそうだった。イギリス同様、非ユーロ圏のスイススウェーデンもそうでしたね。

浜田: アジアでは、韓国も金融を大幅に緩和しました。自国通貨も従って下落しました。

http://gendai.ismedia.jp/articles/print/2187

で掲げられている、アメリカ、イギリス、ユーロ圏、スイス、スウェーデン、韓国の6ヶ国・地域の中央銀行を見てみます。

アメリカ
limits on CB lending to governmentの順位:52/99
イギリス
順位:97/99
ユーロ圏
順位:57/99
スイス
順位:39/99
スウェーデン
順位:2/99
韓国
順位:88/99
日本
順位:90/99

まず、韓国・イギリス以外はみな、日本よりもはるかに財政マネタイズへの制度的保障が整っているので、webmasterの仮説と整合的と言えるでしょう。次いで韓国は、日本よりも財政収支がはるかに良好なので、制度的な保障はなくても、財政マネタイズを求められる環境にないのだと考えれば、大規模な金融緩和へのためらいは小さかったと整理可能です。

最後のイギリスはどうでしょうか。財政マネタイズ関連の独立性の順位は日銀以下ですし、韓国と違って財政状況は(日本ほどではないにせよ)悪いので、環境的にも財政マネタイズを懸念すべき状況にあります。webmasterの仮説は誤っていたのか・・・答えは、イングランド銀行が自ら明らかにしています。

6. Are you not simply monetising government debt? Is there any economic distinction between buying government debt in the secondary market from buying it directly from the Government?

The key point is that the Bank is not being forced to create money in order to cover the gap between the government's tax income and its spending commitments. If it were carried out to finance the budget deficit, it would be a violation of Article 123 of the Treaty on the Functioning of the European Union. Rather, the Bank is undertaking quantitative easing in order to meet the inflation target and will sell the government debt back to the private sector once the economy recovers, thus unwinding the original increase in the money supply.

Central banks routinely buy and sell government debt in the secondary market as part of their normal operations in the money markets and such operations are not deemed to amount to monetary financing under the Treaty on the Functioning of the European Union. The only thing that distinguishes quantitative easing from normal operations is their scale and the length of time for which the assets are likely to be held.

http://www.bankofengland.co.uk/monetarypolicy/qe/askqa.htm

イギリスの内国法では財政マネタイズへの歯止めが定められていません(だから、CroweとMeadeのスコアが低くなっているわけです)が、その代わりにマーストリヒト条約によって制度的に保障されているので、心配しなくてよいのだと。

#webmasterが提唱する「アリフレ政策」において、実現可能性を高めるためバブルや財政マネタイズへの警戒感に配慮しているのには、一応、こういう裏付けがあるのです。