日本経済新聞(2006年4月26日)

<社説>

忘れてならぬチェルノブイリの教訓

(その1)


 あの悪夢のようなチェルノブイリの事故から20年が経過した。20年とい う節目ということもあってマスコミ各社はこの事故や後遺症について報じてい る。

 たしかにチェルノブイリの事故は、我々にも数多くの教訓を与えてくれた。 これを大いに利用しない手はない。しかし、チェルノブイリという特殊な原子 炉と世界各国にある発電用原子炉とは、設計哲学からして厳然と違っているこ と、また、チェルノブイリを運営・管理していたのは、我々とはまったく違っ た政治イデオロギーの国の旧ソ連だったということもはっきりさせておかなけ ればならないだろう。

 チェルノブイリに使われていた原子炉は、黒鉛減速水冷却炉で、我々の軽水 炉とはまったく違う考えから設計されているということである。

 軽水炉は、安全第一に設計された名実ともに発電が目的の原子炉だが、チェ ルノブイリの原子炉のタイプは、発電もできるが核兵器の原料となるプルトニ ウムを生産するという目的も兼ねているのである。したがって安全性が二の次、 三の次にならざるを得なかったのだ。

 軽水炉の場合、冷却材も減速材の普通の水だから、万一、運転員がミスを犯 して原子炉内の核分裂連鎖反応が暴走する兆候が現れ、温度が急上昇する症状 になったとしても、冷却材の水が沸騰して少なくなると同時に減速材としての 水もなくなるから、核分裂連鎖反応は自動的に終息するようになっている。

 一方のチェルノブイリのタイプは、核反応暴走の兆候があると、温度が上が り、冷却材の水は沸騰して少なくなるが、減速材の黒鉛は、固体でなくならな いから、核分裂連鎖反応はますますエスカレートして、チェルノブイリのよう な事故を起こすのである。

 このチェルノブイリタイプの危険性は、設計の段階から容易に予測できる故、 西側諸国は原子力開発の初期段階から、そのタイプの原子炉は採用しなかった のである。

 ただ、旧ソ連は、そのような危険極まりない黒鉛タイプの原子炉を何故採用 し続けたのか。それは、プルトニウムをより多く生産が期待できたからである。

 チェルノブイリの教訓は忘れてはならないが、日本にある軽水炉はチェルノ ブイリのような核暴走といった事故は絶対起こらないと言明できるのである。

 原子力開発の批判的な朝日新聞などの論調は、「日本の原発だってチェルノ ブイリのような酷い事故が起こらないとはいえない」というものだが、他の新 聞も程度の差はあれ、これに似たような論調が、残念ながらほとんどである。

 今回紹介する日経新聞は、次のような論調だった。

 「事故は危うさを徹底して排除する安全文化の醸成が重要であることを教え た。だが、原子力全般を見渡せば、事故の教訓が必ずしも生かされていない。 核燃料加工会社、ジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故のように手順を勝 手に変更し、重大事故につながった例もある。東京電力の原発でのトラブル隠 しなどもあり、日本で安全文化が浸透したとはまだ言い切れない」

 燃料の加工工場での臨界事故や検査点検のデータ隠しなどと、チェルノブイ リとはまったく異質であり、第一、事故のレベルは月とすっぽんほども違って いるのだ。それらを混同して「安全文化」は醸成できず、むしろ「危険文化」 を醸成することにもなりかねないから、注意が必要だ。

 「世界のエネルギー情勢を考えれば、今後は発展途上国も原発建設に動くと みられるが、どこであれ原発で大事故が起きれば影響が世界に及ぶ」

 と、日経は最大限の警告を発しているつもりらしいが、世界の原子力発電所 のリストで調べる限り、ロシアやウクライナの原発も含め、チェルノブイリタ イプを含めた設計段階から危険な原子炉は皆無になっている。

 したがって、世界の何処であれ核暴走のような大事故を引き起こす可能性の 原発は皆無になっているといえるのである。その点は、チェルノブイリの教訓 は生かされているといえるから、一安心してもらいたい。

 ところで、旧ソ連、ロシア、ウクライナといった国の指導者は、あのチェル ノブイリの事故により多大の迷惑を被った国に対し、謝罪行脚でもしたのだろ うか。

              「G研」代表

(次ページに続く)