「チェックメイト、これで終わりだよ。長谷川教諭?」
黒のクィーンが白のキングを取れる位置に置くと、黒のクィーンを持っていた俺は目の前にいる白衣を着た女性教師にそう言い放った。
「むっ!?待て待て、・・・まだ終わっては・・・いや、終わっている・・・?」
「正確には三手前の時点で俺のルークが長谷川教諭のキングを取れたのだが、・・・・・・もう少し楽しもうかと思い、今に至るというところだ」
「相変わらず人を嘗めているな。そんなに人の悩み苦しむ姿を見るのが楽しいか?」
長谷川教諭からの嫌味な視線をさらりと受け流す風に俺、宮野龍一は肩をすくめて顔に笑みを浮かべた。
ここは私立紅蘭高等学校の理科準備室。
だが、理科準備室とは名ばかりに実際は俺の前に座っているこの学校の理科の教諭、長谷川智子の実験室のようなものとなっている。彼女は本来ならば生物学を大学で教えていた経歴を持っているのだが、とある事情によりこの学校で教鞭をとっているのだ。
「それにしても、これで・・・・・・0勝78敗・・・か・・・。そろそろ、勝てせてくれると嬉しいのだがな・・・」
「だが断る。勝負は常に全力を持って相手を徹底的に倒すというのが俺の矜持でね。譲れないよこれだけはね・・・」
「フム、では、そろそろ完全下校時刻だ。生徒はさっさと帰れ」
「・・・後、三十分いちゃ駄目?」
「却下だ。私はこれからテストの採点やら明日の授業の準備とかがある。
学生はさっさと家に帰って、エロゲーでもやって息子と楽しんでいるんだな?」
「・・・教師としてその発言はどうなんだ?」
「別に構わんだろ?」
自分の発言に対してどうでも良さそうな感じで答える長谷川教諭を視界の片隅に入れておきながら、俺は渋々といった感じでそこら辺に置いてあった自分の鞄を拾い、椅子から立ち上がった。
「んじゃ、帰りますんで・・・。また明日・・・」
「うん。さっさと帰って、キャッキャウフフな事でもしてろ」
「しねーよ」
軽く頭を下げて俺は長谷川教諭のいる理科準備室を後にした。
窓から外を見てみると、既に完全下校時刻だから仕方ないのだから部活関係以外で残っている者はほとんどいないだろう。だが、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだ。
帰るとしよう。誰もいない。世界でたった一つの俺が手に入れた俺だけの俺のためにある家に。
家に帰る途中の大通りで俺は一人物思いにふけっていた。
季節は秋がもう終わりを迎えている。十一月下旬、高校一年の俺の今年は学園生活が後三ヶ月ほどある。普通ならば、あと三ヶ月で皆バラバラになってっしまうんだ等と言うかも知れない。だが、俺にとってはどうでもいいことだ。
俺には友などという存在はほとんど存在しない。
中学二年の頃だろうか?
俺がこのような考えを持つようになったのは・・・?
いや、どうでもいいことだ。この世界はくだらない。
そう。俺の見ているこの世界はくだらない。
この思いはきっと俺の心の中にずっとあり続けるだろう。
俺が死ぬ・・・その時まで。
『・・・・・・て・・・』
「ん?」
ふと声が聞こえた気がした。
だが、後ろを振り向いてみても、視界に映るのはそこら辺にいるようなありふれた顔ぶれ。耳に入るのはありふれたような町の雑音と騒音だけだ。
『・・・から・・・げて・・・』
まただ。
また声が聞こえた。今度は気のせいとかではない。確かに誰かの声が聞こえた。女の・・・何かを訴えるような声が・・・。
『そこから、逃げて!』
今度はハッキリと聞こえた。
逃げる?何故?何から逃げろと?
『早く、早く逃げて!』
辺りを見回しても、風景は何も変わらない。音も何も変わらない。先ほどから何も変わら・・・無いはずだ。
「何だよ・・・。アレ・・・」
それは俺の視線の先にあった。
今までインターネットを用いて様々な生き物やらを見てきたが、アレは見たことが無い。いや、アレはそもそも生き物なのか?
アレの特徴はまず足が無い。
尾のようなもので体を支えている。動きはまるで蛇のようだ。だが、蛇ではない。体長2メートル近くある蛇がこんな街中に突然現れるか!?
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
何故誰も気づかない!?アレは今、動いているのだぞ!?なのに、何故気づかない!!
自然と、俺は後ろに引き下がっていた。当然だ。
アレは俺だけを見ている。俺だけが今アレを見ているのと同じように、アレも俺だけを見ている。
ドクン、ドクン―――
心臓の音が聞こえる。
アレはどんどんと近づいてくる。俺を目指して、俺だけを見ながら!
「・・・ッ、ハァハァ・・・」
自然と呼吸が荒くなる。
周りにいる人間の目がどうかしたのかと問いかけるような眼差しが見えるが、そんなものは俺には関係はない。
アレが、俺を目指して近づいてくる。気づかないお前達が、そんな目で俺を見るな!!
「君、・・・どうかしたのかい?」
そう言って、俺の周りにいた一人のサラリーマンらしき男が俺に触れようとした瞬間―――。
「ッ、俺に触るな!!」
俺はその手を払った。
だが、次の瞬間、俺の頭の中に出てきたのは失念の文字。
しまった!アレは!?
そう思い、俺はすぐさま今までアレがいたところを見てみたが、そこには何も居なかった。
「・・・消え・・・た?」
「痛ぅ、君、・・・急に何を・・・?」
俺に触ろうとしたサラリーマンの男の言葉など俺の耳には入らない。
俺はただ先ほどまでいたアレだけを探していたが、どれだけ探してもアレは見つからなかった。
「(なんだったんだ?アレは・・・?)」
心の中で疑問に思いつつも自分の視界には先ほどまであったアレはもう消えていた。
だが次には、周囲の人間たちの目が自分に向けられていることに気づき、俺は早足でその場を立ち去ることにした。
「・・・・・・幻覚・・・だったのか?」
先ほどのあの場から早足で十分ほど離れた駅前で信号が青に変わるのを待っている俺は一人呟いた。
頭の中には先ほどのアレのことで一杯だった。
「(だが、幻覚のわりには、妙にリアルだった。本当に幻覚だったのか・・・?
それに、あの声も・・・一体、なんだったんだ?)」
俺の中で疑問は膨れ上がっていた。
だが、信号が青に変わると周りの人間達が動き始めたので、俺もそれに従い歩き出した。
「(やめよう。どうせ、幻覚だ。こんな世界にあんなものが存在するはず、・・・無いんだから)」
そう。この世界はくだらないんだ。変わるはずがない。そうに決まっているんだから。
『・・・もう、逃げられない』
「・・・え?」
女の声が聞こえた。
その声の方を向くと、一人の女が立っていた。
『貴方は、もう逃げられない』
「何を言っている?」
『もう逃げられない。貴方は、この運命から逃げられなくなってしまった』
「何を言っていると聞いているんだ!?答えろ!?」
その女はまるで古代ギリシャにいるような女性の服装だった。
そして、腰まで届く長い金髪が彼女の美しさを象徴していて、街中を歩けば十中八九誰かに声をかけられるような美人だった。
『貴方に残されている道は二つしかない』
その女は右手の人差し指を俺に向けて言った。
『彼らに怯えながら、今までどおりの世界で生きるか』
俺は彼女の言葉をずっと聞いていたが、ふと気がつくと周りには誰もいなくなっていた。
いや、いなくなっていたではない。まるで初めからいなかったかのように、全てがなくなっていた。あるのは、無機物な建築物だけ。
まるで今自分がいるのは、自分が先ほどまでいた世界とは全く違う世界のようだった。
『私達の戦いに終焉を与えるために、世界の真実を知って闘うか。
選んで、もう彼らを止めることができない』
「・・・彼ら?」
その時、俺は感じた。
アレが来たと。勘といったものではない。ただ純粋に分かったのだ。アレが来ると。
『決めて。貴方はどうしたの?』
「・・・・・・俺は・・・」
何なんだ?一体何を言っている?
理解が追いつかない。ここは何処だ?何でアレは俺を狙う?この女は一体誰なんだ?
だけど、彼女の言葉の一つが俺の頭にあった『世界の真実』この言葉が俺の頭にあった。
「(くだらない。何が世界の真実だ・・・。そんなもの、嘘に決まっている。だけど、・・・だけど―――)」
その時、建物の屋上から一体の何かが飛び降りて俺の後ろのほうに降り立った。
いや、それが何かなんて俺には理解しているアレだ。アレが俺を殺そうとこちらに近づいてきているんだ。
「(俺は、・・・俺は、あの世界が嫌いだ。俺の全てを奪っていったあの世界が・・・。だからこそ、・・・俺は!)」
『決めましたか?』
「ああ、考えてみれば、俺の答えは随分と前から決まっていたんだ。あんたがいようといまいとな・・・」
『では、・・・答えを』
「俺は、闘う。俺を道を邪魔するものを全て排除したとしても、俺は闘い続ける」
俺がそう言うと目の前の彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
『では、ここに契約は成立しました。貴方に、神の加護があらんことを』
彼女がそう言うと、彼女の体が光だし、俺の視界は眩しい光だけに包まれた。
俺の後ろから近づいてきたアレはそれを見ると、何を思ったのか今までとは倍近いスピードで俺の直ぐ後ろまで近づき、右の腕の先にある鎌のような刃をを振り下ろした。
だが、その刃が俺に当たることなく、俺は先ほどまで立っていた場所から少しばかり離れた場所に立っていた。
そして、俺の右手には先ほどまでには持っていなかった黒色の大きめのカードのような物を持っていた。
「変身」
『トランス』
俺がそう呟くと、持っていたカードから機会音声のような声が出て、俺の体はガラスのようなものが俺の体を包みこんだ。
時間にして、約一秒。俺の体は今までの生身の体とは全く別のものとなった。
全身は青と白をベースに所々黒のラインが入っている。
「・・・あー、悪くねえな」
誰に向けたのか、自分でも分からない。
だが、俺の気分は何年ぶりだろうか、最高だった。
「さて、・・・ぶち殺してやるよ。化け物」
この日から、俺の闘いは始まった。
この闘争の末に何があるのか、俺には分からない。
だが、一つだけ分かった事がある。
俺の世界は、今までのくだらない世界から、全く新しい世界に変わったことだけは・・・俺は理解した。