「オレ達にとって、空は何よりも代え難いものだ。」
祖国の空軍でもエースパイロットで知られる父は、何時も僕にそう言って誇らしげに勲章やアルバムを見せてくれた。
時には友人達との笑い話や、実戦であった本当に危なかった時の話。
滅多に家にいない父は僕にせがまれるままに、何時も話をしてくれた。
お隣の幼馴染もまた父達の話が好きで、よく僕とつるんでいたものだ。
当時色々あって友人がいなかった僕にとって、その幼馴染と僕を繋げる父達はある種の絆とも言える、とても大事なものだった。
父と、父の友人達は、僕にとって何よりも誇らしいものだった。
だが、父と父の友人達はある日、唐突に「空」を奪われた。
それ以来、飲んだくれになってしまった父を母は見捨て、僕だけが家に残った。
父だけじゃなく、父の友人達もほぼ同じ有様だった。
酒に溺れ、貯蓄を切り崩していく父達を、僕は見ていられなかった。
だから、二度目の生を受けてから、僕は初めて確固たる目標を得た。
「空」を取り戻す。
不当に奪われた空を、もう一度漢達の手に。
そのためなら何でもする、と。
そう、決めた。
それが、どんなに辛くとも、逃げ出さず。
己の心身をすり減らしてでも、実現する事を誓った。
IS~漢達の空~
ジョ二ー・ドライデンは転生者である。
決して宇宙世紀出身のちょっと軽めで不憫な赤い稲妻ではない。
ジョニーが転生をする事となった理由は割愛する。
というより、詳しくは彼も覚えていない。
何か輝かしいものに気まぐれに「特典」を与えられた事くらいだ。
「精々楽しませてよ。」
そんな言葉だけが耳に残っている。
その際、彼が願ったのは彼のお気に入りの娯楽作品の幾つかから、それに関連する知識だった。
願ったのは、「機動戦艦ナデシコ」とその劇場版、そして「アップルシード」、「甲殻機動隊」に関する知識だった。
そして、彼はその知識はあまり必要でないものだと一度は判断する事となる。
何故なら、彼が転生した世界は彼にとって完全に未知の世界だったからだ。
IS、インフィニット・ストラトス
アメリカの空軍士官の夫婦の間に生まれたジョニーにとって、その最新鋭兵器の存在は彼の人生に大きな影響を及ぼした。
それも、恐らくは悪い方向に。
エースパイロットだった父は空軍のISの採用によって空を奪われ、多くの同僚達と同様にその誇りを奪われた。
管制官だった母はその職務を続ける事にしたが、次第に父を見限っていった。
そしてある日、母は家を出ていった。
父もジョニーもそれを止めなかった。
止める言葉を持たなかった。
そしてジョニーは恐らく一生使うつもりの無かった知識を、世に出す事を決めた。
父に、父の友人たちに、空を取り戻すために。
そのためなら、彼はあらゆる努力と犠牲を厭わない。
SIDE JOHNNY
僕が最初に行ったのは、先ずは自身の知識の再確認だった。
転生からこっち、全くそういう事をせず、肉体から来る精神の後退に合わせて生活していたため、忘れていないか心配だったためだ。
結果、どれ一つとして忘れてはいなかった。
同時に、自身が持つ知識がどれだけ危険なものかを再認識した。
ナノマシンや重力兵器、義体やランドメイドに関する知識を総動員すれば、十分にISに対抗できる、とも判断した。
現状、ジュニアスクールも卒業していない身ではどうしようもない。
だから、先ずは名を売り、協力者を得る事が最優先だ。
しかし、子供が何を言ってもそう簡単に信じてもらう事はできない。
そこで僕はネットに作ったサイトに、ある技術に関する理論を提示した。
中身はアップルシードのLMことランドメイドに使用される技術の基礎理論だ。
…とは言っても本当に基礎的なもので、これだけではまだまだLMを作る事はできない。
10年単位で研究して、漸くと言った所だろうか?
だが、撒き得としては十二分だろう。
一時間としない内に、かなりのアクセスが確認できた。
サイトに併設しているチャットルームでは現在絶賛議論中だ。
本当に火が吹き出しそうな勢いだった。
そこにサイト主として一言添えておく。
『これに興味を持って、それでいてISが嫌いという方は下記のアドレスにご連絡ください。』
その後、サイトはIS嫌いな者を中心に大いに盛り上がり、大規模な先端科学技術の討論サイトとなっていった。
その中で、かなり有望そうな人間にはこちらから声をかけていく。
やはり彼らも現状の社会には辟易としており、かなり鬱憤を貯めていた。
そして、サイト開設から半年後、有志を募り、母の伝手を辿り、僕達は小さな企業を設立した。
名を「RE」
REはRegeneration and Evolutionの略であり、漢達の空への復活と更なるステージである宇宙への進歩を意識したものだ。
資金源は主に義体やLM関連の技術で取った特許が元となっている。
特に人工筋肉は既存のものよりもかなりものが良いのでウハウハである。
まぁ、その使用先が医療だけでなくIS関連も多いというのは非常にむかつく話だが、今は雌伏の時であるので、目を瞑っておく。
それに、あくまで特許に出したのは基礎の基礎であり、本当にヤバそうな重力兵器や相転移エンジンなどの技術は秘匿しているから問題は無い。
他にも同志達個人の資産も少々だが入っている。
…正直、ここまで彼らがISを憎んでいるというのは驚きだった。
まぁ、最近は女尊男卑も甚だしい世間なので、色々とあるのだろう。
会社としては早速最新型の精密作業用機器やスパコンなどを購入し、アメリカ国内に本社を建築した。
完成までの間も有効に活用すべく、僕らは半年程本社予定地の近くのアパートを3階分まるまる借りて、社員(仮)全員で集まると、今後の予定やら何やらを話していった。
集まった社員(仮)達は僕がまだジュニアスクールに通っている年齢だと知ると相当驚いたようだが、話していく内に慣れていった。
今後するべき事は、先ずはLMの実用化だった。
それに義体の方もできれば製作して工作技術のノウハウを蓄えるべきとの声も上がった。
なるほど、確かにその通り。
知っていればなんだってできるという訳でもない。
理論や設計、研究はできるだろうが、実際に作るとなると腕の良い技術者も必要となってくる事だろう。
幸いにも集まった社員(仮)の中には元航空機関連の人材も多く、そこら辺は全員直ぐに納得できた。
それにしても女尊男卑の影響か、集まった者の中には高名な年配の航空宇宙関連の技術者も何人かいるのだが、世界は大丈夫なのだろうかと一抹の不安を覚える。
3カ月後、本社施設が大体4割もできると、全員が早速LMの実用化を目指して動き出した。
人工筋肉に関するノウハウに関してはこの3カ月で皆結構習熟しているので良いが、搭載するFCSやバランサー、生命維持機能など一から作り上げなければならない。
如何に結果が見えているとしても、それまでの過程は険しく長いものなのだ。
ましてや、敵は世界最強の兵器たるIS。
手など抜く事などできず、僕達RE社の社員一同は寝食も忘れて開発に耽った。
最初に目指したのは、作業用としてのLMだった。
戦闘用にするにはデータが不足しているので、先ずは作業用機としての堅牢さと信頼性、整備性などを目指す事となった。
勿論、試作一号機は多少割高だろうと許す限りの高性能機に仕上げる予定だ。
開発というものに節制は毒にしかならない。
作業用の汎用人型重機という事で、サイズは2~3m程度が目安とされ、全体の大まかな構造や搭載する人工筋肉や油圧系の量を決定していくと、そこからは分担して作業する事となった。
そして、どんどん時間が流れていった。
最初期のLMにとってどんな材質が理想かを検討し、現行存在するありとあらゆる材質を調べていった。
人工筋肉だけではやや最大馬力に欠ける上にコストが高くなるため、試作機一号は全身人工筋肉、二号機は一部油圧系を採用した廉価版となった。
前者は軍用、後者は民用という具合に分ける。
反応性という点においてはやはり人工筋肉だし、衝撃吸収力も高いので防御力が優れる。
対し、油圧系は最大馬力は高いし、整備性やコストも優れるが、それ程防御力は高くないし、何より反応性が高くないからだ。
IS程高級な代物ではないが、やはりバランサーは重要だ。
これはなるだけ重心を下にする事で安定性を高め、脚部に電磁吸着機能を付加する事で安定性を高めた上で、オートバランサーを設置した。
お陰で震度5クラスの震動でも転倒する事は無い。
ISの様な絶対防御とは行かずとも、搭乗員の安全確保は最重要項目だ。
そこで、本来のLMとは異なりマスターアームを削除、どこぞの機動警察の様に手の動きを直接伝える直接操縦形式に変更して操縦性を高めつつ、乗員を守る正面装甲と生命保護機能の搭載スペースを設ける事に成功した。
そして、動力源に関しては大容量の小型燃料電池を採用し、連続5時間程の稼働を実現してみせた。
そして、実に2年の月日が経過した。
遂にLMが完成した。
一号機はまだ本命の飛行システムであるダミュソスシステムが未完成であるため、発表は控えたが、作業用として開発した二号機は量産を前提として既に4000時間近い稼働時間を無事に終えた。
それに量産機には必要のない機能の削除や一部設計の見直しにより、コストの方も低くなっている。
もう販売する分には問題は無いが、何分IS全盛のこのご時世に売れるかどうか不安が残る。
既にアメリカ政府や一部の企業には作業用LMを採掘場や災害救助用としてそこそこの注文が来ているが、軍需としてはお寒い限りである。
LM―01A ギュゲス
汎用型作業用LM第一号にして、後のLM全ての始祖となる機体である。
その外見は卵型の胴体にゴリラの様な長めの腕と短い足、胴に埋まった頭部という構成となっている。
高い汎用性と操縦性、整備性に低コストであり、作業用の他に災害現場における救助活動も可能な性能を持つ。
五指のマニュピレーターを削岩機や杭打ち機等に換装可能であり、背面に空中飛行・浮遊を可能とするダミュソスシステムという板状の重力推進機により高所での活動も可能となっている。
ただ、あくまで作業用、救助用であり、戦闘は不可となっている。
現在、宇宙空間や深海対応モデルを開発中である。
予想以上の良い仕上がりとなったギュゲスだが、しかし、今一つ売り上げが芳しくない。
だが、幸か不幸か、他の企業や政府と細いながらも繋がりを確保できたのは幸いと言うべきだろう。
そのためか、遂に我らがRE社にもISコアとIS開発への参加許可が出た。
正直言って腸が煮えくり返りそうだが、背に腹は代えられない。
それに、敵の情報は万金に値する。
早速最新型のフランス製のラファール・リヴァイブを一機購入し、試作一号機の方との性能比較試験を行う事となった。
三日後、RE社開発陣にはどんよりとした暗い空気が滞留していた。
理由は簡単で、ラファール・リヴァイブとの性能比較試験でぼろ負けしたからである。
試作一号機は未だ未完成とは言え、コストや整備性、操縦性以外ではほぼ全負けしたのだから無理もないと言える。
ちなみに、ISの操縦は幼馴染の少女に依頼した。
適正検査ではA判定を貰い、本人にも高いセンスがあったため、仮想敵としては十分過ぎる相手となってくれた。
……おかげでちょっと涙目になる事も多いが、きっと問題は無い。無いったら無い。
ちょっと折れそうになったが、ここで諦めるつもりは全員毛頭ない。
早速全員で喧々囂々の話し合いがなされ、戦闘用LMの再設計が決定された。
先ずは機体サイズそのものを5~6mクラスにサイズアップさせ、凡そ全ての性能を向上させる事を目指した。
そして、遂にナデシコ系の重力兵器関連の技術を使用する事となった。
とはいえ、いきなり小型相転移エンジンとか出してチートとかは不可能である。
先ずは重力操作技術のノウハウの確保である。
ダミュソスシステムの御蔭で推進関係は十分なので、今度は兵装面の開発が始まった。
いきなりディスト―ションフィールドやグラヴィティブラスト等の重力兵器の理論を見せる僕に驚く社員達だが、既に僕の異常性に関しては全員スルー、気にせずに早速仕事に取り掛かった。
機体を5~6mにサイズアップしたためか、エステバリス関係の技術をそのままスライドできるため、戦闘用LMの開発は思ったよりもスムーズに進んだ。
だが、ここで問題となったのが機動性である。
全方位に視界を持ち、全方位に加速できるISを捕えるには、一体どうしたら良いのだろうか?
無論、現在開発中の戦闘用LMは既存兵器に対し、圧倒的なものではあるのだが、どうしてもIS]と比べると機動性の面で見劣りする。
そこで考案されたのが、重力波推進とジェットエンジンのハイブリット化である。
これはエステバリス空戦フレームにも採用された機構で、加速はジェットエンジンに、浮遊は重力場推進に頼っているのが特徴的だ。
今回の場合、重力操作による慣性制御を機体だけではなくジェットエンジンによって得た大推力のベクトルを変更させる事に使用する。
そのせいで重力場推進のエネルギー消費が8%程大きくなってしまったが、これにより第二世代IS相当の機動性、運動性の確保に成功した。
また、操縦方式をIFSではなくLM―01Aと共通のEOS(イージーオペレーションシステム)を採用した。
パイロットはコクピット内で専用スーツを装着し、スーツに装備されたハードポイントで機体内部に半ば固定される様に搭乗する。
なお、この専用スーツはオークと呼ばれるパワーアシストプロテクターを元にしたものであり、人工筋肉の高い衝撃吸収性による搭乗員の保護、高機動戦の際のGの軽減、生命保護機能を備え、水中や宇宙空間でも数時間は生存可能となっている。
これにより、パイロットに掛かる負担の軽減と安全性の向上を果たした。
後はバグの発見と生産ラインの調整、そしてデモンストレーションが必要だった。
そして、僕は両親の交友関係を辿り、米国全土で冷や飯どころか空軍から叩き出された漢達に声をかけていった。
彼らの持つ空戦のノウハウや戦闘経験、操縦技術は戦闘用LM開発にとって必要不可欠なものなのだった。
今後、実際に戦闘用LMに搭乗するだろう彼らの声はRE社にとって多大な恩恵を与える事だろう。
そして、雛型が完成したのは半年後。
各所に調整を繰り返し、遂に戦闘用LMは完成したのだった。
名称はそのままにエステバリス。
その性能は現行最新の第二世代ISにも劣らないものとなった。
全長は約6mで、ジェネレーターはやはり非搭載型となったが、コストと整備性、機体重量で優れている。
その分の機体のエネルギーは要重力波ビームか長期活動用のENパック頼りとされた。
基本兵装はディスト―ションフィールドとアーミーナイフ、アサルトライフルとなっており、このお陰で機動性、攻撃力と防御力全てにおいてISに劣らないものに仕上がった。
そして何より、十分な訓練さえ積めば搭乗者を選ばないというISとはかけ離れた性質を持っていた。
今日この日から、漢達は新たな翼を得て、再び空へと昇りはじめたのだ。