チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25895] 【ネタ】モンハン竜を異世界にぶち込んでみた【モンハン オリ】
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/02/08 18:35
モンハン竜がファンタジーっぽい世界の砂漠に現れた、そんだけのお話です。





「暑いし、喉乾いたし……あー早く帰りてぇ……」

俺は照りつける太陽の光から少しでも逃れる為に巨大な岩の影に入りながら言った。
隣では5メートルには達してるか、濃緑のがっしりした体に立派な四本の足と一対の翼が生えた大きな龍が同じく岩陰に突っ伏している。
厳つい見た目でそれをやるのは正直言ってシュールだ。

「グゥ……」

鱗の上に少し羽毛が生えて熱が逃げにくいのだろう、コイツも相当参ってるように見える。
時折風は吹くのだが、生暖かいを通り越してもはや熱風となったそれを浴びるのは結構辛い物がある。

「はー、何時になったら奴さんは現れるんかねぇ……」

岩陰の向こうに広がる無駄に大きな荒野を眺めながら、今回の仕事の確認をしようかと思う。



内容は単純だ。
辺境の村の付近の砂漠、つまり今俺が居る場所で最近出没した龍を追っ払うといった物だ。殺すのも良し、ただ追っ払うも良し。手段は問わないと来た。

しかしその出没した龍とやらがちょっと厄介だ。
火炎龍の成体で、且つ雄。
冒険者ギルドに、取りあえず見かけたら相手取ろうなんて考えずにまず逃げろ、とまで言わしめた龍の、しかも凶暴な雄。
魔物の中でもかなりの戦闘力を持ち、吐く炎はどんな鎧でも瞬く間に消し炭にする、ランクの高い冒険者にしか斡旋されない、まさに化け物。
そんな物が出没したのだ。その村の方々には同情を禁じ得なかったりする。
対して俺らはギルドランクG~Sの内のAランクの龍騎士と、火炎龍ほどではないがそれでも文句無しの強さの森緑龍、因みに名前は"イト"。
難関と呼ばれる依頼を結構こなしているからか、今回の仕事でお声がかかったのだ。
でも乗り気では無かった。当たり前だ、誰が好んで修羅場に赴く物か。まあ、冒険者のなかにはそういう向上心や闘争心の塊みたいなのも居るが。
しかし結局は依頼を断ると信用に関わると言われて今現在砂漠の一角、小ぢんまりとした泉から少し離れた岩陰で待機中。

「クー……」

ドサッと音がしたので見ると、腹が熱いのか、イトが仰向けになっていた。これから激しい戦いになるかも知れないのにコイツは完全になまってしまっている。
まあ暑い中でただひたすら待機なのだから仕方がない。
だが今俺が取っている方法は別に間違っちゃいない。
いくら生命力の高い龍とは言えども、結局は動物だ。水が無いと生きられない。
先ほど述べた村の長の話では、この岩陰の脇の泉が砂漠で一番大きな物であるらしい。という事は火炎龍は絶対にこの場所はキープしているはずである。
下手に広大な砂漠岩地をイトに乗って飛び回るよりも待ち伏せた方が、体力的にも効率的にも宜しいのだ。

「ほら、また水でも浴びてこい。それに暑いのはお前だけじゃねーんだから我慢しろ」

相棒の体を軽く叩き、水辺を指さす。イトはヨロヨロと立ち上がって水辺を目指した……その時だった。



突如風の音とは違う、鋭く空気を切る音が一帯に緊張感を張り巡らせた。イトはすぐさま上空から見て死角になる位置へ身を隠し、俺もそれに続く。
死角という事はこちらからも見ることは出来ない。ただ音だけが岩の向こうから聞こえてくる。
力強く羽ばたく音、それが段々と近くなっていき、ドスンと地面に足をつける音が続いた。
ある程度離れてても感じるその衝撃の元を見る為に岩陰からそっと顔を出し、その瞬間息が詰まる感覚が体中に張り巡らされた。
赤黒く染まった鱗に翼、野太い爪の生えた腕、鋭く尖った角、挙句の果てにイトよりも二回りも大きな体。ぱっと見ただけでもヤバい敵である事がわかる。
奴は回りを見回した後、その大きな顎を開け、野太い声で咆哮した。その音はまるで砂嵐のように荒れ地を巡り、遠くの岩山で反響した。
ぴりぴりと、指の先にまで感じる空気の震え、そして空気の震えから段々と自身の体自体への震えと変わっていく。

トン、とふと肩に軽い衝撃を感じた。
後ろを見るとイトが鼻先を俺の肩に当てていた。その途端、スッと震えが体から引いて行った。
イトはまるで、「大丈夫、大丈夫」と言ってるかのようにもう一度鼻を当てた。その目は今は何よりも自分を落ち着ける物だった。
そして自然と、俺の手はイトの鼻先を撫でていた。
龍に宥められる龍騎士は如何なものだろうか、ふとそんな考えが頭を過る。だがそれは互いの信頼の上に成り立つ物だ。龍を従える騎士がいるなら、龍と協力する騎士もいても良いではないか。
笑いがふいにこみ上げてくる。こんな事を考えられるような余裕が心に戻ってきたのだ。

「有難うな、イト」

小声で笑いかけると、イトも満足したように鼻を鳴らした。



俺らは揃って火炎龍に目を向ける。
奴はこちらの精神的葛藤なんて知る筈もなく、大きな口を開けて泉の水を啜り始めた。口から覗く牙は龍の名に恥じない、むしろ立派すぎる程に野太く、鋭い。
後ろにイトの存在を感じつつ、背中に差してある剣の柄を撫でる。その冷たさが俺を闘争の雰囲気へ持って行く。
奴が水を飲んで背中を向けている最中がチャンスだ。早く岩陰から飛び出ないとそのチャンスは失われる。
もう一度イトの方を向くと、了解の意を頷く事で返してきた。鞘から剣を抜き、構える。
狙い目は後ろ足の、鱗の覆ってない腱の部分。イトが陽動する間に懐へ入り、一気に腱へ叩き付ける。手順が頭の中を巡り、整理される。

「OK……もうなるようになれ!」

そして一気に駆けだそうとして……


ズ ズ ズ ズ ズ


と地鳴りがした。それと共に足元が……そう、変に揺れている。これは地震の揺れとも違う、規則の無い揺れだ。
すぐさま構えを解き、後ろを確認する。そこには同じように警戒しているイトの姿しか無い。
ならばと前を確認する。火炎龍も"同様に"して"足元"を警戒している様子である。
そう、火炎龍による揺れでは無いのだ。もちろんイトが地団駄踏んでいる訳でも、俺の気のせいでも無い。今この場にいる何者も、この揺れには関与してないのだ。
そうこうしている内に、更に揺れと音は大きくなっていき、ふと止んだ。

空を飛ぶ鳥の鳴き声や風の音が嫌に耳についた。
火炎龍が降り立った時よりも輪をかけて緊張感が一帯を支配する。音が止んでも緊張感は膨張を続けている。何かヤバい事態になった、それだけが頭の中を駆け巡る。
ヤバいヤバいヤバい、本当にヤバい事が起きる前は何時だって今のように静かなんだ。そう今みたいに


ド ォ ォ ォ ォ ン ッ


地面が爆ぜた。そう表現するしかない。そうとしか言いようがない。静かな空間にその音が響き渡り、弾けた礫や砂が空を舞う。
この場にいた皆が弾けたようにその音源を見つめ、見つけてしまった。

照りつける太陽を後ろに、体に被っている砂を振り落している余りにも巨大な"竜"。
イトよりも二回りも大きかった火炎龍の体格を鼻で笑うかのような、もはや要塞と見紛う砂色の巨体だ。表面を覆うのは、もはや鱗なんて生易しい物ではない、あれは甲殻だ。
見たことも聞いたこともない容貌の"竜"は"二本"のがっしりとした足で大地を踏みしめて、これでもかという程に野太く、長い尻尾を振った。ただ振っただけなのに、まるで槌のようになった先端が地面を抉り、砂煙が舞い、大きな音を立てる。
そしてふと、一方が先端で折れているねじ曲がった二本の巨大な角を生やした、これまた巨大な頭をフルフルと振った。


ギ ァ ァ ァ ア ア


バカみたいな音量で"竜"は吠えた。音量は言わずもがな、離れた位置の俺でさえ耳を塞ぐほどだ。"竜"の口が閉じた後も、遠くの渓谷で反響し、残り続ける。
咆哮に乗った砂が舞いあがり、"竜"の顔にかかる。それを鬱陶しそうにしながら"竜"は火炎龍と向き合った。
"竜"と火炎龍は離れて向き合っている。火炎龍は突然の侵入者に対して猛烈な敵意を放っているようだった。唸り声と炎が口から見え隠れしている。
しかし対する"竜"は動じず、ただ火炎龍を睨み付けている。
今にも弾けてしまいそうなこう着状態に耐えられずイトを見ると、同じ心境なのか見返してきた後、小さく鼻を鳴らした。
既にこの水辺で火炎龍と戦う事は叶わないだろう。それ以前にあの"竜"に見つかる前にこの水辺を早々に離脱しなくては、俺たちの身が危ない。
あの"竜"の戦闘力が如何な物なのかは全くの未知数である。しかしどう見積もっても、あの風貌で並みの強さという事は無いだろう。

"見ず知らずの魔物に出くわした"

そんな状態で戦いを仕掛けるのは勇敢を通り越して、もはや愚か者のすることだ。このような事態ではまずギルドに報告をするべきであろう。
適当な隙を見計らって脱出をしよう。そうしよう。別に俺は悪くない。



そうこうしている内に動きがあったようだ。
火炎龍がその巨大な口を開き、その中に見る見るうちに炎が溜められていく。
ブレスだ。火炎龍を強力な魔物足らしめる要因の一つだ。火力は他のどんな魔物にも引けを取らず、人に当たれば言うまでもない。
奴はそのまま"竜"に向かって思いっきりそれを吐き出した。"竜"は驚いたように顔面への直撃を免れようとするが、もう遅い。
熱せられた大地の、更に何倍もの熱量を持った火球は、ただでさえ短い距離を豪速で迫り、直撃した。
瞬間、先ほどの地面が爆ぜる音に勝るとも劣らない大きな爆音が響き渡った。圧縮、内包された炎が舐めるように"竜"に絡みつき、周囲に飛び散る。
さすがに"竜"もこの爆発には堪えただろう。これで耐えていたらその時点で火炎龍に並ぶ化け物だ。


グ ァ ァ


しかし火達磨になった"竜"は、数歩よろめいた後小さく唸り声を上げ、そして前を見据えて首を大きく上げた。闘争心に燃えた目が炎の中から火炎龍を睨み付ける。


カ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ッ


先ほどにも増して更に大きな咆哮を上げた瞬間、燃え盛っていた炎が一気に消え去った。
打ち震える空気の中で、砂色の巨体がまた露わになった。少し焼けて黒ずんでいる物の、それ以外にはダメージらしき物は見当たらない。
口からはまるで激昂を表すかのように白い息が上がり、その立派すぎる捻じれた角が火炎龍に向けられる。
結局、"何もかも焼き尽くす炎"は"竜"に対しては闘争心に火をつける程度の物だったのだ。
"竜"は角を向け、構えた。一体何をするつもりなのか、それは何となく予想が付いた。端からこの"竜"は炎を吐いたりするような、"魔力"を使うような物では無いのだろう。
そしてその予想通り、"竜"はただ駆けだした。ただ走るなんで生易しい物ではない、"突進"だ。巨体を生かしたその一撃は、例え王都の城壁でさえも一撃で粉砕するだろう。
その巨体からは考えられないほどの速度で、"竜"は砂煙を上げながら火炎龍へと駆ける。一歩毎にまるで地響きの如く、巨大な振動が伝わってくる。

火炎龍は慌てて翼を開いた。気性の荒いこの雄でさえ、今は撤退という考えしか浮かんでないのだろう。
離陸の素早さは全ての龍種の持つ、彼らの象徴とも言える能力だ。現にもう火炎龍は約5メートルまで浮き上がっている。
しかしもう"竜"は目の前に迫っており、体高がどう見ても10メートルを超す"竜"の突進から逃げられるかどうかはギリギリだろう。
ふと、火炎龍を目の前にした"竜"は、あの速度から突如急停止して、頭を振り下げた。この時点で火炎龍は凡そ15メートルまで飛翔している。
突進のままだったら火炎龍は逃げ切れたのだろう、しかし"竜"は振り下げた頭を、左足を軸にして体全体ごと思いっきり振り上げた。
見えたのも一瞬、鋭い角は巨体の回転で恐ろしい程の速度で突き出され逃げる火炎龍に迫り……貫いた。そう、完全に貫いたのだ。
硬い鱗に覆われている筈の赤黒い体を野太い角がなんの抵抗もなく貫通し、遅れて鮮やかな赤い液体が空中に舞う。ほとんど一瞬の出来事だった。

ほとんど一瞬だ、ほとんど一瞬で"ギルドに恐れられていた高ランクの魔物"が正体不明の"竜"に負けたのだ。

「あ……あぁ」

言葉にすら出来ない。今俺たちは一体何を前にしているんだ?
"正体不明の竜"?そんな、"そんな優しい物"では断じてない。
"竜"は頭を振り、角から火炎龍"だった物"を強引に振り落した。体が地面に打ち付けられ、ドサッというの後、ピクリとも動かなかった。そして血を浴びて所々赤く染まった頭を上げて、"竜"は勝利の雄たけびを上げた。


ガ ァ ァ ァ ァ ァ ア


勝者と第三者しか居なくなった荒野にそれは響き渡り、砂煙を上げさせる。
そう、あれは、あの"竜"は"高ランクの魔物の命を一瞬にして奪った正真正銘の化け物"だ。
魔力を使う連中と異なり、己の体力のみで全てを退ける、まさに暴君。

体がブルブルと震える。止めようと思っても上手くいかない。イトのフォローも入らない。コイツも俺と全く同じ心境なのだろう。
怖い。本当に怖い。もしあの"竜"に見つかったら、いや、もしこの岩陰から一歩出よう物なら俺やイトは一体どうなるか言うまでも無い。

「……早いうちにずらかるぞ」

「クルル……」

イトも全く同感のようだった。素早く翼を広げ、俺はそれにそそくさと跨った。暑い荒野の中でも、イトの温もりはどこか俺を落ち着かせる。
首に掛けられた手綱につかまり、背中をポン、と叩いた。

「飛べッ!!」

大きく翼をはためかせ、空気の流れを一瞬で掴み、イトの体は岩陰から空中へと一気に飛び出した。
"竜"は急に姿を現した俺たちを首をもたげて発見したようだ。離れていく地面の上で、砂色の巨体が俺たちをその緑色の双眼で見据える。
心臓が鷲掴みされたような感覚が体を駆け巡る。どんどん上昇している筈のに、威圧感は纏わりついたまま離れない。
もしかしたら巨体の脇で横たわる火炎龍が俺たちだったかもしれない。そう考えると熱風が吹きつける中でも俺は首に冷や汗がかかるのを感じた。
ある程度上昇した後、イトは滑るように空気中に身を走らせる。そして瞬く間に"竜"の姿は岩の影に見えなくなった。

「やっと帰れる……一体何なんだよ、アイツは」

やっと照りつける太陽の光が熱いと感じられるようになった。早く村長とギルドにこの事を伝えなくては。それが今俺がするべき唯一にして最重要な行動だ。
まるで"魔王"でも前にしたような感覚は、中々忘れられる物ではなさそうだ。

「当分この砂漠は立ち入り禁止かね」

後ろに広がる広大な荒れ地を見ながら、俺はそうポツリと呟いた。








ギルド報告書

名前:ネイス・ウェイン

階級:ランクA 龍操士(森緑龍)

内容:未確認の魔物の発見

詳細:レヴィッシュ領ゴゾ村付近の砂漠岩地にて二脚の竜種に遭遇
   30メートルに及ぶ砂色の巨体に片方が先端の折れた二本の巨大な角を持ち、太く発達した尻尾を持つ、既存のどの竜種にも当てはまらない模様
   一撃でAランクの魔物の火炎龍を打倒しており、戦闘力は非常に高いと思われる
   
補足:ゴゾ村の住民には隣村への自主的な避難を提案し、村長はそれを了承





あとがき

所詮一発ネタです。剣魔法ファンタジーっぽい舞台の世界観説明もなく、何故ファンタジー世界にディアさんが居るのかも言及しない。
唐突に始まってすぐ終わるお話です。
ちなみにディアブロスです。マ王です。ドストリケラトプスです。
イメージじゃ火炎龍は真っ赤なクシャルみたいな感じ?炎のニャンコみたいな風貌じゃありません。

心なしか3rdではディアさん小さくなった気がします。



[25895] 二話目 不可解な"ワイバーン"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/02/09 19:58



ほの暗い執務室の一角、無造作に積み上げられた書類の前で私は一枚の報告書を見ながらため息をついた。

「正体不明の竜の出没……か。また随分と突飛な話が舞い込んだ物だ」

気付いたら机の上に置かれていた、まだ湯気の立っている紅茶を啜りつつ、パラリと一枚めくる。ふむ、苦い。
なんでもその竜はかの獰猛な火炎龍と戦い、一撃で下したそうだ。
まるで冗談のような話だ。まず前提条件の時点でおかしい。

ネイス・ウェインの報告書によれば、この竜は二脚のいわゆる"ワイバーン"に分類されるだろう。
総じて彼らは"ドラゴン"よりも体格は小さく、まず群れで生活しているはずだ。しかしこの竜はなんだ?
全長30メートル強?火炎龍を一撃で下した?どこの化け物だそれは。
どう考えても既存の"ワイバーン"のスペックをかなり、いや話にならない程に圧倒的に上回っているではないか。大きさに至っては"巨龍種"とためを張る程だ。

しかも第二に、なぜこんな"化け物"という言葉に足を生やしたかのような存在が今更になって発見されるのか。
ゴゾ村については詳しくは知らないが、少なくともそんな竜が出没したなどと言う話なんか欠片も聞いたことがない。

もしこの話が嘘ならばネイス・ウェインの階級を2ランク程下げれば良いだけの話だ。
しかしそうでなかったら、これは10年に一度あるかないかの大事件だ。緊急に手配しなくてはならない。

「……仕方がない。私名義で調査依頼を出すか」

情報は大事だ。虚実をはっきりさせないとまず足を踏み出す事すら出来ないのだから。
無意識の内に私は自分の尖った耳に手をやり、掻く。面倒事が入った時の何時もの癖だ。
そして私は1枚の紙を取り、ペンを走らせる。脇目で報告書の竜の説明を読み、その姿を空想しながら。







今俺は相棒と別れ、高級感溢れる会議室的なところの椅子に掛けている。
そして目の前にはこの町のギルドの統括、ニーガって名前のエルフ男が座ってらっしゃる。

あの後すぐにギルドに報告書を提出した俺は、その次の日、つまり今日こうやってギルドのトップにお目通り叶った。
やはり緊急事態として受け止めてもらえたのだろう。本来なら俺のような下っ端は会見何ぞ出来やしないんだから。
かなり心臓がバクバクと言っている。その原因はこの部屋の空気よりもむしろ、昨日の"竜"についての質疑応答になんて答えようかずっと考えているからである。

「よく来てくれた。貴方がネイス・ウェインで宜しいかな?」

どこか劇のような重たい口調で統括は口を開いた。

「はい、その通りです」

この場に流れる空気は昨日と違った意味で緊張感が流れている。
統括は、「すべて本当の事を言え」と言わんばかりに鋭い目で俺を見つめてくる。ならば俺も胸を張ってそれに一切の虚構抜きで答えてやろうじゃないか。

「早速だが本題に入らせてもらう。昨日貴方が確認した竜、それは本当に存在するのだな?」

定型文抜きにいきなり入るか、まあ仕方がない。実際見た俺でさえ、あの化け物の存在が今でも信じられないのだ。
実際見ていない、しかも統括なんて役職なんだ。そん位疑ってもらわないと下っ端の俺の目にはあまりに頼りない人物に映ることだろう。

「ええ、信じられないとは思いますがあの報告書に書いた通りです」

ならこっちは自身を持って肯定させてもらおう。

「そうか……しかし私はともかく、他の理事がそれだけで頷くとはとてもではないが思えないのでね、今日はあるパーティーに依頼して偵察に出て貰ったのだ」

「あるパーティー……?それはどう言ったメンバーで?」

まさか既に偵察隊が出ていたとは……まあ、それ程おかしい事でもないがどこか嫌な予感を感じ取った。

「ああ。本来なら極秘だと言って突っぱねるんだが、まあ良い。ゴンゾが率いるメンバーだったよ。貴方も知っているだろう。Aランクの中でも特に腕の立つ奴だ」

ゴンゾか……え……確かそいつはとても、とても好戦的な性格で、見た魔物には取りあえず戦いを仕掛けるような、あの若造のゴンゾかっ!?

ゾクリ、と冷たい物が背中を駆け上がる。
確かにそのパーティーは腕が立つ奴の集合体だ。一度誘われた時にはそのメンバーを見て絶句した物だ。しかしいくら精鋭を集めたところで、あの片角の化け物相手に通用するのか?
ゾクリ、と首までがどこか冷たく感じる。
強力な魔道師に、強力な戦士。前衛後衛がともにエースの集団だが、それでもたかがエルフや人間だ。アイツは、あの化け物は、そんな連中で通用するような温い物では断じて無いっ!!

「彼らはいつ此処を発ちましたかっ!?」

身を乗り出し、迫る俺に一瞬統括が気圧されたがすぐ俺を軽く睨んだ。

「今日の早朝だ。もう彼らは現地入りしている頃だ。それにお前は彼らを見くびり過ぎだ。そんな軟な連中じゃないし、戦闘狂とは言えども引き際は弁えている」

「そう……ですか」

戦闘狂という点は把握しているのか。
言葉の上では引き下がったものの、心の奥ではまだザワリ、と嫌な予感が蠢いている。窓から入ってくる優しい日の光が、そして緩やかな風すらも、今は随分と場違いな物に感じられた。
この感覚はすぐに引きそうに無いだろう。どこか気落ちした顔で俺は統括との話を再開した。







何なんだよ……何なんだよ!!何なんだ、この怪物はっ!?
剣を構えなおして、オレは目の前で暴れまわっている砂色の巨体を改めて見つめなおした。

今さっき、オレのパーティーがこの砂漠へ入った。
唯の、そう唯の偵察依頼だった。オレが……オレが相手取ろうなんて言わなければ!!


ガ ァ ァ ァ ア


巨体が吠える。今まで聞いたことのない程の大音量で。恐ろしい程の威圧感と震えが体に叩き付けられる。

オレは慢心していた。今まで多くの龍種を仲間と共に打倒してきた。氷龍も風龍も、さらにはあの火炎龍すらもだ。
前衛のオレとカリマ、後衛のリンとアリサで毎回勝利を収めてきた。そう、絶対的な布陣だった。
この化け物だって、結局は大きいだけだろう、そうどこか見くびっていた。

だがなんだ、この有様は。
オレ達がやっている事は、もはや戦いなどとは言えない逃走だった。
前衛陣は体格の違いすぎる相手にたいして、全く何も出来ずにいる。後衛陣も高威力の魔法を叩き込んでいるものの、全く効果が見込めなかったのだ。

炎を放てど、その奥から超音量の咆哮が火炎を打消し。雷を放てど、全てが分厚い甲殻に阻められ。
水を放てど、精々表面に付着したた砂が弾けるだけで。風を放てど、その巨体はいくら吹きつけられても何とも無しに太い足で大地を踏みしめるだけ。
何をしようが化け物はそれを正面から食らい、何事も無かったかのように反撃をしてくる。
その体からは考えられない位の速さで暴れまわる化け物は、この短時間の間に何度もオレ達を絶体絶命のピンチへと貶めた。
もはや歩く要塞だ。周囲に聳える巨岩にも勝るとも劣らない巨体で全てを打ち消してくる難攻不落の要塞なのだ。

幸いにも、その巨体故に細かな動きは苦手なようだ。
現に今、奴の近くをオレは行き来して隙を探している。そう、逃げる為の隙を。
もはや攻撃なんて無意味だ。今までどんな龍の鱗でも、魔力を籠めれば両断出来たこの剣ですら、この化け物相手には傷一つ付ける事すらも困難だ。
カリマの大斧ですら、刃が完全に欠けてしまって使い物にならないという有様だ。

魔力がスッカラカンになったリンとアリサを逃がす為、オレ達前衛が懸命な抵抗を続けている。それが今のオレ達の精一杯の行動だった。
最初に「逃げろ」と言った時は彼女たちは涙を浮かべて反対した。置いて行くなんて絶対に無理だと。
しかし魔力切れを起こした魔道師は、戦場では全く役に立ちやしない。倒すどころか退ける事すら非常に困難な今、するべき事は素早い撤退だ。
だが体力に優れた前衛ならともかく、後衛はそれほどでも無いのだ。ならば今は戦いの時に活躍できなかった前衛が仕事をするべきなんだ。
彼女たちに迷う時間は無い。オレはすぐさま洞窟に向かって走らせた。

「カリマ!!隙を見て一気に駆けだすぞ!!」

「おぅ!!解ってら!!」

奴の前は完全に危険地帯。周囲も尻尾の範囲内は全てが危険。
前に立たず、中距離を保ってオレとカリマは走る。段々と狭い洞窟の入り口が近づいてくる。中からの冷たい空気が頬にかかる。
あと……あと少しだ。もう30メートルを切っている。まだ逃げ切れていないが、やっと安心できる、とその時だ。


ザ ザ ザ


「な……何のつもりだ!?」

いきなり化け物は足元の砂を掘り返し始めた。角や翼で巻き上げられた砂が宙を舞う。
器用なもので、その巨体は見る見る内に砂の中へ埋まっていき、とうとう槌のような尻尾すらも隠れてしまった。
最後に砂煙が舞いあがり、完全に地面に潜ってしまったのだ。一帯は突如、今までの乱闘が嘘のように静寂に包まれた。

「ゴンゾ……どうする!?」

「何だか解らんが……取りあえず走るぞ!!」

オレ達はそれぞれ10メートル離れた状態からそのまま一気に駆けだした。
早く、早く、早く!!あとたった20メートルだ。駆けろ、駆けろ、駆けろ!!


ズ ズ ズ ズ ズ


いきなり足元から変な音が響いてきた。それに何だ……何だこの、妙な振動は!?明らかに体の震えでは無いそれが全身を揺さぶり続ける。
足元の振動はどんどん大きくなっていく。訳が分からない。なのにオレの足は竦んでしまった。

「何をしてるっ!?早くしろ!!」

「う……ぁ……」

ああ、カルマが何か叫んでいる。しかし頭が回らない。足が思い通りに動かない。吹き付ける熱風の熱さを感じることさえ出来ない。
どこか、どこか心の奥ではオレは足元の"ナニカ"の正体に気付いているんだろう。
一瞬の間なのに、考えが変に巡る。足元の振動は更に大きくなっている。あー……なんかヤベェ。

「いい加減に……」

「近づくな!!」

あ、ちゃんと声が出たじゃないか、カルマが駆け寄ろうとしたので急いで止める。
狙いはオレだ、カルマじゃ無い。これから何が起こるか、何となく解っちまった。だからオレはカルマを巻き込むわけにはいかなくなった。

「リーダーとしての命令だ。早く行け。もう手遅れだ」

「……一体何だって」


ド ォ ォ ォ ォ ン


足元が爆発し、体が空中に投げ出される。肺の空気が一気に吐き出され、ありえない位に体が反り返る。
もはや痛みなんか解らない。解るのは化け物が地下からオレを足元一帯ごと空中へ放り上げたであろう事実くらいだ。
そして唐突に意識が遠のいていく中で、この"爆発"に巻き込まれたカルマが面白い位に地面を勢いよくゴロゴロと転り、洞窟の入り口へ入っていく光景が目に映った。
ああ、まるでギャグみたいだ。偶然にしては上手い逃げ方だ……これで一応はオレ以外はもう大丈夫か。

「あぁ……ちく……しょう……」

視界がどんどん暗くなっていき、背中に大きな衝撃を感じたような気がした。







ネイス・ウェインの聴取を終えた後、私はまた執務室に戻ってきた。
まず部屋に光を入れる為、窓に掛かったカーテンを一気に引く。ちょうど良いくらいの日光が部屋の机を照らす。
そしてたくさんの書物が並べられている本棚の中から目当ての物を探す。

どれもこれも黒系の色だから見分けが付きづらい。あると思われる段を見てみるものの、光明は掴めそうにない。

「……"検索"」

取り出して題名を一冊ずつ確認する作業はやりたくは無い。なのであっさりと私は魔法に頼ることにした。
唱えたすぐ後に、右奥の方から一冊の本が埃と一緒にピョンと飛び出してきた。それを手に取り、一応題名を確かめた。

"生態不明の魔物の生態"

題名からして何かが間違っている気がするが、この際関係無い。気にしたら終わりだ。
公式書類には結局何も情報が見つからなかった話題の竜。もしかした非公式書類のこの本には載っているかもしれない。
ギルド秘蔵の物らしく、"ロック"が掛かっている。手を掛けてもビクともしない。

「"解除"。意外と重いな……」

本全体が淡く光り、消えた。
試にパラパラとめくり、解除されたかどうかを確かめる。長い間閉じられたままだったのか、捲るごとに古紙特有の匂いと埃が舞う。

「では早速見てみるか」

執務用の机の前に座り、重たい表紙を開ける。
そこには何だか厳かで有難そうな事が書いてあるが、今は時間が無いので悪いが飛ばさせて貰おう。

一ページ、また一ページ、双角の巨竜を探す。
本の構成は右側に絵が、左側にはその説明が描いてあると言った物だ。しかしどれもこれもまるで夢物語のような獣だ。

例えば海の中に浮かぶ、巻貝のそれに似た頭を持つ巨大な半透明の……龍なのかこれは?

例えば大空を浮遊する、モジャモジャとした何かが茂った、深緑色の巨体に四本の触手を生やした……これも龍なのか?

例えば日の光の差す曇り空を飛ぶ、美しい純白の鱗と毛を持ち、神々しい角を生やした……安心した。これはどう見ても龍だ。

どの絵にも縮尺を表す棒人間が描かれている。
獣の絵は技巧を凝らしているのに、棒人間は文字通り、丸い頭に細い体を生やしたお粗末な物なのが妙に浮く。
殆ど全てが人間の大きさをはるかに凌駕している。そして多くが巨龍種にも勝る体格で描かれている。
どうにも現実味の欠ける獣ばかりだ。実際に一度見たら、網膜に焼き付いて離れないような存在ばかりだ。

しかし眺めていてワクワクするような獣が続くものの、捲れど捲れど知りたい情報は出てこない。
だんだんと最初は浮かべた高揚感が、苛々とした気分に置き換わっていく。
パラリ、パラリと紙をめくる音だけが部屋のなかを支配する。
やはりおとぎ話のような物しか扱ってないのか。話を聞く限り、その竜はあり得ないような存在とは言えども、おとぎ話の様な物では無い。

「はぁ……結局見つからないか」

もうこの本の最後の方に差し掛かったが相変わらずだ。
半ば諦めかけて次のページに指を掛けて、捲る。

「……ん?」

そこには砂の付いた"一本"の巨大な角を掲げて首を上げる一頭の竜の絵があった。
龍でなく竜である事も驚きだが、その絵には纏わりつく雷といったような超自然的な要素が描かれていない。ただ二本の太い足で地面を踏みしめる立派な竜のみで右ページは埋まっている。
そしてどうやら、探していた"竜"の容姿によく似ている事が解った。
違いは浅黒い体色と鼻先に聳える一本の角だろうか。なるほど、よく言う"ワイバーン"の容姿とは大分異なるようだ。
大きさ然り、体型然り。細かな部位から大きな部分に至るまで差異が目立つ。

左側のページには、見たまんまの名前である"一角竜"と書かれている。
そして説明の内容も、今までの様な修飾語ばかりの雑然とした物ではなく、きちんと説明文になっている。

「ふむ、十年前に突如として砂漠岩地の一角に出没……か。私がまだ王都にいた頃か、随分最近だな」

見れば見るほど今回の件と状況が被っている。これは良い情報を見つけた物だ。

「一度倒された以降出没報告は無し、よって生態不明に分類か……」

更に有難いことに、討伐したメンバーの名前すらも記載してある。人数は四人、皆凄腕の冒険者なのだろうか。
しかし、ふと最後の名前だけが記憶の端に引っかかった。

「"ハンス・ルベルド"……それは確か……」

ランクまでは覚えていない。しかしそれは私の記憶を信じる限り、この町の冒険者に名前を連ねている者の一人の筈だ。
どうやらやるべき事が決まったようだ。私は勢いよく椅子から立ち上がる。立ち眩みなど構っていられる物か。多分私の顔はどこか晴れ晴れとした物なのだろう。
頼るべきは受付嬢だ。今すぐにハンス・ルベルトを手配させよう。

軽い足取りで私は執務室を後にした。







あとがき

デデーン ゴンゾアウトー

そして続いた一発ネタです
テンプレっぽい勇者が闘魂注入されました 生死不明ですが
今のところ予定では、兄貴が異世界の冒険者に「おっ前昔を思い出せよっ!!」と喝を入れるだけのお話です。
マ王さんは、設定上では砦の設置銃に迫る威力のボウガンから放たれた火炎弾を顔面に食らってもピンピンしています
ならば異世界の魔法如き何でもない……はず

因みに異世界入りする候補だった方たち

・レウス……飛び道具の火球がちょっぴしファンタジーぽいのでアウトー
・トトス……最初の泉で生態ムービーを再現したらそれはそれでシュールである
・グラビ……お前の何処に砂漠入りする要素が有るんだと(ry
・ジョー……既に他の方が異世界入りされてますね
・ティガ……まだ候補には入っている。有力。体格上の問題で今回は延期



[25895] 三話目 冒険者の"常識"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/02/11 21:59




「はっはっは、そりゃ本当に化け物だ!!」

無精髭を生やし、ヒョロリとした男が目の前でパンパンと手を叩き、何が可笑しいのか馬鹿笑いしている。
喧騒溢れる定食屋の中でも、今俺らは一際目立っている。隣のカップルなんぞちょっぴし引いているではないか。
それを見ながら俺はどうしてこうなった、と心の中で悪態をついた。



俺はニーガ統括との会見を終わらせた後、イトと適度なスキンシップ、もとい模擬戦をした。
訓練所の一角を貸し切りにして、木剣をもって相棒に挑んだ。結果は上々、本気モードではないイトは何度かのぶつかり合いの後に負けを認めてくれた。
しかし実戦ではこんなに甘くはない。特にあの"竜"には既存の戦い方は通用しないだろう。俺が大地に立っているとするならば、奴は聳える霊峰の上から俺を見下す、もはや馬鹿げた程の戦力差であろう。
基本的に冒険者達は魔物に対して真正面から戦いを仕掛ける事が多い。多対一や巨龍種相手など極端な場合を除くとだが。
何故かは単純。オーク鬼やゴブリン等は勿論、龍種ですら大きいとは言えどもあんな要塞みたいな大きさでは無い。下手に小細工を仕掛けるよりもその方が効率が良いのだから。

しかもそれに拍車をかける物が存在する。
騎士道だか王道だか知らないが、そんな冒険者達に根付く固定観念だ。
使える物は何でも使え、裏回りなんぞ基本中の基本、といった俺とイトの戦い方とは違い、ただひたすらに正面からの戦いを好むのだ。
有名どころのパーティーなんかは揃いも揃ってそれを信条としている。

確かにご立派で堂々とした物だ。しかしそれは冒険者の命を無駄にゴリゴリと削っていく考えにしか思えない。少なくとも俺には。
結果が揃えばそれで良いんだ。たとえ卑怯だとか外道だとか言われても、だ。
王道で挑んで失敗した人間が、外道で挑んで成功する人間をとやかく言うのは筋違いだ。

俺はそんな事を模擬戦が終わった後、イトに向かって述べていた。イトも同感なのか、コクリコクリと話の節々で頷いてくれた。
しかしその一人と一匹の対話に耳を傾けていた輩が存在した。
柱の影からひょっこり現れ、小振りの剣を腰に据えた、ヒョロリとしたエルフみたいな体型の男。いきなり近付いてきたと思ったら……

「兄ちゃん、話が解るなぁ!!」

ご覧の有様だよ。話は聞かせて貰った、とばかりに色々話しかけきた。
話の中で確かに共感できる物が有った。俺同様の信条を持った冒険者など殆ど会った事が無いのですぐ打ち解けてしまった。声はデカいけれども。
そしてあれよあれよという間に気付いたら街の定食屋で討論会がスタートしていたのである。



「ああ、あんな竜見たことが無いよ。あれを見て正面からぶつかろうなんて野郎には金貨3枚くれてやるさ」

「そりゃトンだ猪突猛進野郎だ!!」

ガッハッハ。この男、笑いが止まっていない。
まだ互いに名前も知らないのに、話が進む進む。やってきた焼肉定食が腹の中に消えるのにはまだしばらく時間が掛かりそうな勢いだ。

「一応名前を聞いていいか?俺はネイス・ウェイン。ランクAの下っ端あたりで燻ってる龍操士だ」

「ランクAかい、流石だな。んじゃ、俺の名前はハンス・ルベルド。ランクBの、一応は剣士だ。騎士道なんざ糞食らえだがな!!」

ガッハッハ。また笑う。腹筋とか大丈夫だろうか。

「ハンスさん、か。東部の出身で?」

「"さん"なんぞ要らん。よく解ったな。確かに出身はあの無駄に名前がカッコいい連中が集まった区域だ。ここの言葉に慣れると地元の方言や訛りが妙にむず痒く感じる。で、お前さんは?」

「俺は南部の湖水地方さ。相棒もそっから連れてきたんだ。本当、西部の空気はカラッとし過ぎだ。共々時々体に堪えるよ」

「なるほど、あのご立派な森緑龍は南部系か。ここいらでは殆どお目に掛かれないからさっきは非常に目に付いたぜ?まあ慣れないと辛いのは解る。しかしワインが旨いっつーのはかなりのアドヴァンデージだと思うがな?」

「ああ、違いないな」

この地方の特産のワインは渋みや甘味、辛さが絶妙なバランスで飲む人の舌を魅了する。現地贔屓ではなく、ここに勝るワインはそう無いだろう。
その甲斐あって需要は国内に留まらず、隣国にすら渡る。そんな訳でワインは主要産業の一つとなっているのだ。しかし……

「今回の一件、長引くとかなりこの街のワイン業者にはキツイ物になるだろうな。そのうち王都のワイン中毒者な貴族が喚きだすぜ?」

「確かにな。砂漠は隊商にとっては王都へ通じる有用な道のり、しかも途中休憩ポイントとしてのゴゾ村は民が隣村に避難中だ」

「それにしても"双角の竜"か……先にいた火炎龍なら腕利きの冒険者で何とかなったろうに、こればっかりは辛いな」

「"未確認の"って言うオプションも漏れなく付いてくるよ。一応俺がその何とかしようとした冒険者なんだよな。腕利きなんかじゃ無いけどさ」

きちんとした確認が取れない今、この"竜"の話はギルドは全体に向けて喋ってはいない。
偶然にも今は砂漠方面への仕事は舞い込んでいないようで、話を知る冒険者は殆ど居ないのだろう。それに全体に知り渡ってでもしたら、すぐさま、
「俺が」「いや、俺が」「いやいや、俺が」「じゃあ俺が」
「「「どうぞどうz……ん?何か今変な考えが……まあ良いや。腕に自信のある皆様方が実態を詳しく知らないままこぞって名乗り出るに違いない。

「しかし手早い撤退、か」

「ははは……そこは勘弁してくれ。俺だって命は惜しいんだ」

「いやいや、むしろかなり評価できるぜ?ギルドや村に情報を伝えるといった最重要な事柄をすぐさまやっている。見敵必殺しか頭に無い連中には逆立ちしても出来ない行動だからな」

「まあ一人で挑むのが完全に無理な状況だったからな……現実的にも、加えて精神的にもさ」

「そんなもんさ、気に病む話じゃねーよ。そう言えば今朝方ギルドの酒場で酔いつぶれてた時に砂漠の偵察依頼に行った連中が居たな。今考えてみると"竜"関連なんだろうかねぇ」

それは……多分ゴンゾのメンバーだろう。
砂漠までは馬を飛ばして凡そ五時間余り。そして今はもう正午過ぎだ。早朝に出て行ったという事は、もう既に"竜"と遭遇してもおかしくは無い。

「統括の話じゃゴンゾのパーティーだそうだ。依頼は偵察のみと言っていたが……果たして我慢出来ているかな?」

「ゴンゾ……ゴンゾ……あー思い出した、バインバインのネーちゃん引き連れたあのガキか。いやー、難しいだろうな。なんたって連中は俺らとは対極にいるようなモンだろーからな」

対極、か。
勝てば良いんだ、という共通認識を持つ俺たちに対して、ゴンゾ達は全く逆の見解を持っている。いや、むしろそれが冒険者の"普通"だ。

「なんで敢えてゴンゾのメンバーに託したのか……俺にはさっぱり解らないよ」

「まったく同感だ。どーせ下手にちょっかいでも出して手痛い反撃食らってんじゃねーかね?」

「……あの"竜"に反撃を受けても、それで帰還出来たらほぼ満点だ。最悪なのは情報を持ち帰らずに、そのまま砂漠で息絶える事だな」

言ってて自分が同じような境遇だったのを思い出し、今更ながらに寒気が走る。
俺はこうやって五体満足で飯を食ってるが、それはちょっかいなんぞ出さずにすぐに逃げてきたからだ。下手に手を出して、本当にあの化け物から逃げ切れるのか?もやもやとした考えが頭の中で燻る。

「まあ、何とかなるんじゃねーか?諦めて逃げるにしても、たしか腕の良い魔道師が居ただろ?下手に攻撃に魔法を使わず、ひたすら閃光やら煙幕とかをぶっ放し続けてりゃその内逃げられるさ」

「いや……随分と好戦的な連中だから最初に大魔法をバカスカ撃ち込んでいる可能性がある。下手にあの"竜"を怒らせてみろ。連中、全員揃って帰ってこない可能性も否めないよ」

俺がそう言うと、ハンスは「ふんっ」と鼻で笑った。

「妙に心配してるじゃねーか。まあ仮にそうなったとしても、連中そがの程度の人材だったって事だけだぜ?」

確かにその通りだ。結構残酷に聞こえるが、依頼主が余程貶めようとして無い限り、生きて帰ってこない方が悪い。
今回はちゃんと"偵察"とあったのだから、依頼主のニーガ統括には非は無い。敢えて言うならば、バトルジャンキーって事を把握してたんなら別のパーティーに斡旋すれば良かったのに、という事くらいか。

「まあ中途半端なランクの俺が言うのもアレだがよ、戦う前からある程度の戦力把握が出来ない奴はザルだ。腕が立つにしても、これが出来ない奴はずーと雑魚のままなんだよ」

「ははは……つまり戦力把握してから、その敵に合った戦い方を編み出すような冒険者はパーフェクトと言った所か」

「ああ、違いねぇ。まあそんな完璧者なんぞ最近はいねーさ」

そう言うと、ハンスはジョッキに並々と入ったビールを煽った。
グッグッ、と喉を鳴らす音が聞こえる。ジョッキに付着した水滴、勢い良く飲むハンス。それは妙に板につく光景だ。

「かーっ、ワインも捨て難いが、冷やしたビールも堪んねえな!!」

「真昼間からか。東部の方はビール産業が盛んなんだっけ?」

「おうよ!!やっぱりビールは東部地方産に限るな。まず麦が違うんだよ」

そうしてあっという間にジョッキは空になり、ハンスは泡の付いた口を手で拭った。本当、見ていて気分が良くなるほどの板についた飲みっぷりだ。
どうも俺も喉が渇いてきたようだ。昼間だが、別に少しくらい良いだろう。手を挙げてウェイターを呼ぼうとして……ハンスの後ろに居る、変に爽やかな笑顔を浮かべた女の人を見つけてしまった。

「至福の所悪いが……ギルドの方でなんかやらかしたのか?ツケを溜めてるとか、受付の人とアレな関係持っちゃったりとか……」

「へ?いきなり何を……」

「ちょーっとすいませんねー?やっぱここに居たー」

後ろに居た女の人、もとい受付嬢がズズイと前に出てきた。
皆の憧れ受付嬢。見た目は可憐だけど実態は冒険者相手にヒラヒラと隙を見せずに舞う狸と言った所か。さまざまな漢達が突撃し、ことごとく撃墜されたとか。
名前の通り受付を根城とする狸が、何故こんな時間に受付を離れて定食屋にまで出向いているのか。俺には心当たりは無い。

「あははー。私がこんな細マッチョ無精髭と関係持つわけ無いでしょー」

「げぇっ!?なんでお前がここに居るんだ!?あとウェイスや、俺もこんなチビ狸は興味無いね」

おお、ハンスは見た目に騙されない派か。ここでも気が合うとはな。

「ツケの件は、まあ今は置いといて。それよりもハンスさん!!統括からお呼びが掛かってますよー」

「統括?何でまた……ん……あ、そうか。そーゆー事か」

ポンと手を叩き、何処か納得した様子のハンスが食器を置いて立ち上がった。何だろう?やっぱり何かやらかしたのか?
と言うか統括か。いつもはあんまり動かないイメージがあったんだが、今日は随分と忙しいんだな。
しかしこのタイミングで統括が話を伺うなんて……まさか"竜"関連か?

「さてウェイスよ、俺はちょっと外せない用事が入ったんだが……面白そうだからお前も付いて来いよ」

今まで普通に会話をしていた相手が、この件の関係者であるかもしれない事に驚きが隠せない。だが今はそんな事には構っていられない。
"竜"関連ならば興味がある。何たって俺は一応第一発見者なのだから。ここで断る理由など欠片も存在しない。

「ならば遠慮無くご一緒させて貰うよ。確かに面白い事になりそうだからな」

そう言うと、ハンスはニヤリと意味深な笑顔を浮かべた。まるで「どういう件か解っているんだろう」と言わんばかりにだ。確かにこれは面白い事を聞けそうだ。
なので俺はその笑顔に対してニタリ、と笑い返した。

「んー、ウェイスさんも"事情"はご存じなんですよね?ならば別に良いでしょー。ささ、付いて来て下さいな」

受付嬢は踵を返した。混雑した中を器用にヒョイヒョイと出口に向かっていく。
何とも言い難い、まるで中身の解らない宝箱を前にしたかのような感覚が胸の中に沸き起こった。







双角の竜が出没した砂漠の北部、ゴツゴツとした岩場を小さな二つの黒い影が駆けていた。
彼らは後ろを振り返らず、ただ一心不乱に前を目指す。照りつける太陽や、吹き付ける熱風にも屈せずにひたすら前へ前へと進んでゆく。

「ギィ!!ギィ!!」

前からの風で片方が纏っていた黒いフードが捲れ、ゴブリン特有の茶色い顔と尖った耳が露わになる。しかし彼はそれにも構わずひたすらに走り続けている。
入り組んだ岩場を縫うようにして彼らは前へ前へ、彼らの集落を目指していた。

「ギギギ!!」

片方がもう一方に何かを合図した。そして両者は走りから一変して岩壁を背にして蹲った。


ガ ァ ァ ァ ン


その瞬間、二匹の頭上を大きな岩塊が通り過ぎ、前の岩壁にぶつかり、爆散した。一瞬で通り過ぎたソレは、もし彼らが走り続けていたら彼らをペーストのように押しつぶしただろう。
それを確認した二匹はまた前に駆けだす。だたひたすら――――後ろから迫りくる"捕食者"から逃げ切るために。
入り組んだ岩によって目視することの出来ない、彼らを追いかける"捕食者"の気配が刻々と近付いてくる。
発達した"四本"の脚で邪魔な岩を砕きながら強引に走り進む音、それが絶え間なく彼らの尖った耳を刺激し続けていた。
音と共に響く振動は、既に彼らの唯でさえ少ない理性を根こそぎ奪い去っていた。彼らは気付いていない。この逃げるという行動が、集落へ破滅を導いている事には。

「ギギィ!!」

やっと見えてきた天然の中身がくり抜かれた巨岩を用いた集落の入り口。大きな岩壁に小さなトンネルの付いたソレは、外敵の侵入を防ぐ強固な門として岩地に聳えている。
目視出来る範囲に入った事で彼らは最後の踏ん張りと走るスピードを速める。しかしそこで"捕食者"の走る音が急に止む。

片方は先ほどと同じようにして壁に張り付き、もう片方はそれに気付かず、見えてきた集落に向かってひたすら走り続けた。
状況を把握した一匹は、頭の上を岩が通り過ぎるのを待とうとした。しかしその瞬間、彼は黄色の瞳に驚愕を浮かべ、目をこれでもかと言う程までに見開いた。

岩は飛んできていない。しかし別の――――巨大な影が飛び掛かってきている光景が目に映った。

「ギィィィ!!」

開かれた大顎、黒光りする爪、黄色と青の縞模様の巨大な影、すべてを把握した所で彼の小さな体は押し潰された。グシャリという音が、その後に続く大きな着地音によって打ち消される。

走り続けたもう一方は仲間の最期にも後ろを振り返らずに、やっと入り口に辿り付いた。
何かを噛み砕く音が彼の耳を刺激する。体中を震えが走る中、暗いトンネルの中で足掻き続け、やっとの事で集落の中にまで入った。

「ギギギ……」

そこに待ち受けていたのは、外からいきなり聞こえてきた"捕食者"の音に怯える同族の姿。
ちゃんとした出入り口は彼の後ろのトンネルのみだ。彼らは音と共に入ってきた一族の一人を見つめた。

"お前、変なの連れてきた!!"

ギィィギィィと全員は彼に向けて非難を浴びせた。泣きわめく子供を抱えた雌のゴブリンは刺すような目つきで彼を睨み付ける。
しかしその膠着は一瞬にして止む事になる。岩の向こうから、ドンと地面に何かを押し付ける音が二回響いた後、


カ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”


突如として爆音が響き渡った。
トンネルの向こうから爆音によって飛ばされた砂が入り口から一気に舞い上がる。殆どが耳を塞いでなく、彼らの多くが一瞬の内に鼓膜を破壊された。
赤ん坊、雌、雄、老体、多くのゴブリンが尖った耳の奥から血を流す中で、逃げてきた彼は後ろの岩壁を茫然と見つめていた。
そこには大きなヒビが走っていた。外敵からの脅威を守ってくれる筈の大岩にだ。

ブルブルと彼は震える。頭の中を巡るのは、自分を追ってきた"四本脚の捕食者"が岩壁を突き破って入ってくるイメージだけ。
そしてそれは直後に事実となった。


ド ォ ォ ォ ォ ン


ヒビの入った分厚い岩壁は、大爪の生えた"捕食者"の強靭な前足によって一撃で粉砕された。弾け飛んだ礫が集落の中に降り注ぐ。
そしてぶち抜かれた大穴を起点にして、集落を覆う巨岩が崩れ始めた。巨大な岩盤が老いた仲間の上に落ち、悲鳴が上がる。子供を抱いた雌のゴブリンの逃げ惑う声がする。
突然の集落の崩壊の中で、彼はただ前を見た。

大穴の向こうから見据える、緑色の目。開かれた大顎に並んだ鋭い牙。それが彼の最期に見た光景であった。




僅か二時間後、砂漠を通る上で慢性的な問題となっていたゴブリンの群れは、強大な"捕食者"によって、拠点ごと殲滅された。
食事を終えた"捕食者"は、ゆっくりとした歩調で血やボロキレが散乱し、瓦礫と化したゴブリンの集落を後にした。

ズシリ、ズシリと足音を立てながら、彼は熱風の吹く荒れた大地を徘徊し続ける。ただ食物を探す為に。






あとがき

レックスさんがダイナミック☆登場しました。ティガレックスです。四本足のガサガサです。マガジンさんです。
第一印象が物を言う世の中ですから彼も自分のキャラの為ならゴブリンが二匹死のうが二兆匹死のうが知った事では無いようですね

エルフ、ゴブリン、ギルド、魔法と言った異世界要素が揃う中で全くされない異世界世界観の説明。そしてメインとなる予定の人々は男のみ
異世界物としてはあれですが、要約すると竜が暴れるだけの話なので問題はない……筈
主人公とハンスはハンター的な思想を持ってます。そして一般の冒険者は基本的に勇者様プレイと言った感じです。これなら闘魂注入されても文句は言えませんね
因みによくRPGとかで出てくるゴブリンって結構小さいですよね
一体何匹食べたらレックスさんは満腹になるのか……流石に集落一個分なら満足するでしょうかね



[25895] 四話目 暴君への"憧れ"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/02/14 15:12


「何だかなー……さっぱり解らない」

見張り矢倉の上で僕は愚痴を吐いた。何故かって?単純さ。何でこの暑い中、直射日光が照らす中で見張りなんてしなきゃならないかって事だ。

今僕がいる場所はこの街の監視塔だ。まあ塔なんて堅っ苦しい名前が付いているけどその実ただの矢倉だ。
今日は砂漠方面を熱心に監視中だ。まあ実際に監視しているのは僕の使い魔である鷲のヒュールだけど。
ヒュールは今、砂漠の中でも気候的な意味で一番の危険地帯である砂原へと飛んでもらっている。
時折送られてくる彼の視界を見て、僕はどこに向かわせるかをその場その場で指示するのだが……別にこれは屋内でも可能な事だ。
所長曰く「監視とは矢倉の上で集中力を切らさずに全周囲の光景を瞬時に認識すること」らしい。彼は監視を匠の仕事か何かと勘違いしているのではないだろうか?
そんな彼の指示で炎天下の屋外に僕は放り出されている……と、何か動きがあったのかな? ヒュールから念話が入ってきた。

"ヒュール?何か見つかったのかい?"

"ええ、今私は砂原の上空を監視しているんですが……どうも何かが動いた気がして。あ、映像送りますね"

"うーん……このだだっ広い大砂原で?特に何も無いようだけど……監視を頼んでいる僕が言うのもあれだけど、気のせいじゃないかなあ。わざわざそんな所で生活している魔物なんていなかったと思うけどな"

"いえ、何かが動いたというよりも……むしろ砂全体に動きがあったというかなんというか……少しの間だけですが見た感じ砂嵐って訳ではないんですよ"

"まあ一応報告はしてみるよ。ヒュールはまだ監視は続行できそう?"

"正直辛いです。何たってこの炎天下ですからね"

"んじゃ今すぐ帰還してね。おいしい物用意しておくから"

"了解しました。期待してますね"

ヒュールはとても賢い。使い魔にしてから半年で念話での意思疎通が叶ったのだ。
当初、魔力量の少ない僕は碌な物を呼び出せないと散々言われてきたが、結果は大満足だ。確かに高位な魔物は来なかったけど、一生の友達を手に入れることができたのだ。
今日はちょっと無理をさせてしまったから早い所所長に連絡してヒュールの為に市場で何か買ってこないと。

「局長ー!! 報告です!!」

僕はこなれた風に矢倉の梯子を駆け下りて行った。





凡そ三時間ぶりか、俺はまた高級感溢れる部屋にまで来ていた。正午を大分過ぎたということで朝よりも日光が奥まで差し込み、先ほどとはまた違った雰囲気が感じられる。
改めて見直してみると……おお、ブルジョワジー。鮮やかな紺の絨毯や木目のくっきりした、でも表面に光沢の走る机、年代を感じさせる大きな古時計などなど、世間の平均とは明らかに違う物が悪目立ちしないようにさり気なく置かれている。
統括は結局ハンスに付いてきた俺の姿を見て少し訝しんだ後、どこか諦めた感じで部屋に招き入れた。俺もそう簡単に引き下がるつもりは無いんだぜ。
俺たちを椅子に座らせた後、統括は向かいに座り、真っ黒な大きい本をちょうど両者の間に置いた。表紙は……"生態不明の龍の生態"? 何だソリャ?

「よく来てくれた、ハンス・ルベルド。そして先程ぶりだな、ネイス・ウェイン」

「すまんねー。面白そうだから連れてきちまったがまあ良いだろう?」

「……別に良いか。では早速だが、昨日ネイス・ウェインが砂漠地方である"竜"を発見したのだ」

「ああ、そりゃもう聞いてるぜ?"火炎龍を一撃で粉砕した化け物"だろう?」

「……ネイス・ウェイン。一応私は情報統制を掛けているつもりなので軽々しく漏らさないで貰いたい」

統括は俺をカッと睨みながらそう言った。
確かにこれがハンスではない別の冒険者だったら結構な問題になっただろう。なので俺は素直に謝ることにした。

「はい。思慮が至らず、すいませんでした」

「まあ、宜しい。今後は気を付けるように。で、本題だが……ハンス・ルベルド。貴方は10年前によく似た状況にあったようだな? 詳しく話を聞かせて貰えないだろうか?」

「やっぱりそう来たか……あの"一角竜事件"だな?」

"一角竜"だと?聞いたことが無いな。今回の件と何か関連しているのか?

「その通りだ。この資料の最後の方にその絵が載っていたんだが、ネイス・ウェインの話の"竜"によく似ているのだ」

統括はそう言い、机の上に置かれた重そうな本を開いた。
重厚な表紙が机に当たり、パラリパラリとページが静かに捲られていく。垣間見える挿絵はどれもこれも神聖っぽいものである。
正直な所、俺の見た"竜"に似た物がここに記載されているとは到底思えない。

「あった。貴方が10年前に倒したのはこの竜だな?」

統括がページを捲る手を止め、そこの絵を指し示した。おお、確かに似ている。精々違いと言えば、体色や角の数位であろう。
これは今回の"竜"の同族か何かか?

「おお、ギルドの連中こんな胡散臭い本に資料を残していやがったんだな……ああそうよ、確かに俺が10年前この竜を倒した冒険者だ。まあ仲間と一緒にだがな」

「それでは一体どのようにして倒したんだ? この竜は説明を見る限り、相当巨大だが」

「そんな事よりも先に言う事がある。俺がやった方法は多分今回の竜相手には通用しない」

「……一体どういう事だ?」

「簡単さ。"格"が違い過ぎるんだよ。記憶の限りではアイツは凡そ体長20メートルはいってたっけかな。それだけでもアホみたいな大きさだが、今回の竜はそれを遥かに上回っているそうじゃないか」

30メートル……確かに最早ギャグの領域だ。

「それでも通じる所はあるのではないのか?」

「まあ確かに有るかもしれない。だが甘いな。正直言うと10年前の勝利は窮地に陥った俺たちの一種の賭けだったのさ」

そうしてハンスは10年前の戦いを話し出したが、要約するとこんな感じか。
ハンス達四人の冒険者は砂漠にて竜に戦いを挑んだ。しかし状況は悪く、戦士の剣撃や魔道師の魔法は共々分厚い甲殻で阻められてしまった。
急遽逃走に転じるも、体格の大きな竜からは逃げ切ることなど出来ずにこう着状態に。そこでハンスが竜を砂巨虫の生息地へおびき出す事を提案。
生息地はちょうどその場所から近かったのでその案は即採用された。
地面に穴を掘り、地下で生活する砂巨虫の巣穴は、上を人や普通の龍種が通る分には問題無い位の頑丈さだが、この竜相手にはどうやら耐えられなかったらしく、上手い事竜は地面に半身を埋まらせた。
突然の衝撃に竜はもがく事しかできずに、その隙に詠唱を終えた二人の魔道師が大魔術を弱点と思われる首に叩き込んで無事に倒すことが出来た、との事だ。

「あそこで竜が地面を早々に抜け出していたら俺は今ここに居ない。不意打ちでも無い限り、あの竜は倒せなかったよ」

「……今回の、30メートルを超す体格の竜にその戦法を仕込むのは少々危険だな」

「少々なんてモンじゃねえ。精々深さ5メートル位しか無い穴にどれだけの時間その巨体が埋まっているか分かったものじゃ無い。第一そこで仕留められなかったら即人生終了だ」

「ふむ、では率直に聞かせて貰おう。貴方は今回の竜はどこかのパーティーで討伐することが可能だと思うか?」

一瞬ハンスはキョトンとした後、急に腹を抱えて笑いだした。

「ガハハハハッ!! 何言ってるんだアンタ!! 10年前の一件だって2つのパーティーが崩壊しているんだぜ!? それを2回りも巨大にした"悪魔"に勝てるパーティーなんぞこの街に居るものかよ!!」

「……どう言う事か説明してくれるかね? 一応この街に高位の冒険者が揃ってる中で断言できるその理由を」

若干統括の目付きが鋭くなるが、全く気にした風もなくハンスは統括を正面から見つめなおした。

「あー、スマンスマン。で、理由だな? ウェイスにはさっき昼飯食っている時に言ったが、まあもう一度言わせてもらう。一般的に冒険者は魔物という物は対等的に戦う物と考える傾向がある。勿論彼らは魔物は自身よりも格上の存在と捉えている。しかし本心では同じ土俵でぶつかり合うべきだと考えているんだ」

一旦ハンスは言葉を切り、「その通りだな?」と目で統括に告げた。対する統括も頷き、先を促した。

「その考えは適量なら別に悪いとは言わない。しかし最近は過多気味だ。確かに最近は冒険者の力量は上がってきているが、それと共に魔物達に対する考えが甘くなってきたんだ。いくら殺す覚悟死ぬ覚悟が出来てようが、自分の腕を過信したままでは碌な人材にはならない。この街にはそんなパーティーばかりだ」

「確かにその傾向は有るが、しかし……」

「しかしも案山子も有るものか!! 断言してやる。真正面から戦うしか能の無い奴はあんな竜相手にまともに立ち回れる訳が無い!!」

最後の方は半ば怒鳴りながらハンスはそう締めた。だが顔をすぐにニヤニヤした笑みに戻し、また口を開いた。

「まあ確かに倒せるパーティーは"今は"居ない。だが別に"倒せない"とは言ってないぜ?」

「ほう、これを機に新しいパーティーでも設立して貰うと?」

「まあそんな感じだ。俺やウェイスみたいに一人で活動している連中の中には少数だが冒険者の"普通"に毒されてない奴がいるし、希望を捨てるのはまだ早い」

そう言うと、急にハンスはニヤニヤとした顔をクルリとこちらに向けてきた。

「何なら別に今作っても良さそうだなあ、ウェイスや? 圧倒的な相手に向けて足掻くのは俺は結構好きなんだが、お前はどうだ?」

一瞬ハンスの言ったことが理解出来なかったが……どうやら今俺はお誘いを受けているらしい。
冒険者を初めて早5年、俺は殆どパーティーに誘われたことが無かった。なんでも龍操士は他のメンバーと組み合いにくいらしい。
しかし今は、マトモそうな人間から真っ当な誘いを受けている。急すぎるし、場所もアレだが断る理由は無い。
それに組んだらあの"竜"へ挑む事が出来るかもしれない。あの霊峰の上から俺を見下す存在にだ。

「奇遇だな。俺も裏をかいて戦うのは大好きだぜ?」

「ほお、そいつはよかった。取りあえず後で宴会な?」

統括の目の前だが俺らはガシッと互いの手を取り合った。その様子を少し呆れた様に見ていた統括はやれやれと言った感じで口を開いた。

「全く……私が言うのも変だが一応ギルドのトップの前では礼儀を慎むようにしろ。それにまだ貴方達の即興パーティーに依頼するなんて決まってない。まだ理事会との折り合いが全く付いていない状況でぬか喜びはしないように。まあ、今日は有難う。実際に戦った者からすれば、今のままでは全くなってないという事か。考えておこう」

統括は喋り終えると、椅子から立ち上がり俺らを見つめた。

「取りあえず討伐メンバーについては既存の有名所のパーティー丸ごと一個を行かせるようにはしない。パーティーと言う存在自体が固定観念の温床みたいだからな」

うんうんと頷いた後、ハンスも立ち上がった。

「最低でもそれくらいはして貰えねえと今日ここに来た意味が無くなっちまう。勿論俺とウェイスの即興パーティーを贔屓してくれ」

最後に俺が立ち上がった。長い間ではなかったものの、少し凝ってしまったようで節々が痛い。

「まあまあ、ともかく今日は話を聞かせて貰って有難う御座いました。期待して待ってます」

この言葉で会談はお開きとなった。両者共々お辞儀をして、俺らは後ろの立派な扉からこの部屋を後にした。
扉が閉まる直前に後ろを振り返ると、統括はすっかり考え込んでしまっているようで、顎に手をあてて顰め面をしていた。

「なあウェイス、さっきはノリでああ言っちまったがきちんと聞いておく。お前は本当にその竜と戦いたいのか?」

唐突にハンスがそう聞いてきた。そう言われると……俺は実際の所、どうなのだろう?
遭遇してからまだ1日、別に親が殺されたなんてバックストーリーなんてある筈も無い。しかも命が惜しくて戦わずして逃げ出してきたのだから今更戦いたい理由なんてある筈も無いのだ。
でも実際はどうだ。先程ゴンゾのパーティーが行ったと聞かされた時、あの"竜"への恐怖と共に、俺はまた何か別の感情を抱いていた。そう、ほんの一かけらの羨望だ。
もしかして、俺はどこか心の奥底であの"竜"に憧れているのではないか?全てを己の身一つで跳ね除けるあの砂色の怪物に。

「何だか変なんだがな……戦いたいよ。あの時逃げ出したような人間の言うような事じゃないけどさ、俺はあの"竜"に惹かれっちゃったよ」

魔力を体力で圧倒する、馬鹿馬鹿しいまでの強さを誇る、雄々しい巨体。昔から魔力が足りないと散々言われて、半ばコンプレックスになっていた俺にとって、その戦い方は強く心の中に刻みつけられた。
そう、俺はあの"竜"に憧れたんだ。最悪とも言っていいようなあの状況の中で恐怖と共に心に刻み込まれた憧れ。

「ははは……俺も解るさ。俺も10年前、あの一角竜に憧れたさ。アイツは俺に格上と戦う事の恐ろしさと素晴らしさを伝えてくれた。今でも目を瞑ればあの戦闘が頭の中に蘇るんだ」

「今回は更に格上だ。一体乗り越えた先には何が待っているんだろうな……って取らぬ狸の皮算用か」

「違いねぇな。まだ俺らに斡旋されるかなんて欠片も決まってないんだ。ともかく今はテンション上げて行こうぜ?」

少し強くハンスは俺の肩を叩き、目の前を指し示した。
通路の奥のドアの向こうから聞こえてくる喧騒。もうギルドの酒場は開店したようだ。今はまだ太陽が傾き始めたような時間帯だが、別に良いだろう。会話のネタも尽きそうに無いだろうし。

「ちょっと今日は羽目を外すか!!」

「おうよ!!」

俺たちは互いに馬鹿笑いしながら酒場への扉を開けた。いつもは微妙にうるさく感じる騒ぎ声など全く気にならない程に、俺の心は軽やかだった。





夜の砂漠は昼間とは全く違い寒冷地と化す極端な場所である。
暗くなった空に、砂漠特有の乾燥した空気もあってか、満天の星空が広がっていた。そして天を走る天の川は、大砂原の地平線の奥まで伸びている……筈であった。

大砂原のど真ん中に聳えた巨大な岩壁が、天の川の流れをプツリと断ち切っていた。周囲に他に岩など無く、ただそれのみが大砂原の中で一つだけ存在している。
その巨壁は、ゴツゴツとした砂色の表面で月や星の光を反射している事もあり、夜の闇の中で小さくは無い存在感を放っていた。

所々ヒビの入ったその岩壁はまるで"本当はそこには何も無かった"かのような、不気味な雰囲気を感じさせる。
表面に付着した砂が自然さを感じさせ、周りに何もなくただ一つで存在している所が不自然さを感じさせる、ある種異常な光景。
自然さと不自然さを併せ持ったその壁は、突如として砂漠の完全な静寂を打ち消した。


ズ ズ ズ ズ ズ


突然の地響きが大砂原に響き渡り、聳えていた岩壁が動き出した。
いきなり揺れだした岩壁は、付着した砂が振り落される中、ゆっくりと地響きと共に地面へと埋まっていく。何かに引きずり込まれるというよりもむしろ岩壁に意思があるかのように、岩壁はただゆっくりと沈んで付く。
見る見るうちに大半が砂に埋まり、押しのけられた砂が周囲に岩壁を覆うようにして溜まっていく。小さな砂は、昏々と湧いてくる砂に押しのけられて外へ外へと流れていく。
そしてとうとう岩壁の頂点まですっかり沈んでしまった。沈みゆく岩壁に巻き込まれたきめ細やかな砂が、まるで液体のようにして渦を巻きながら地中に引き込まれていく。
周囲に盛り上がった砂は、今度はその流れに乗って中心へと集まっていく。そして頂点が少しだけ見えるといった具合まで沈んだ岩壁を完全に覆い尽くした。
しかし岩壁が見えなくなっても地響きは止まらず、砂の流れも止まらず、まるで何かがそこにあったと主張し続けるかのように残り続けた。

数分後、地響きは止み、大砂原には再度静寂が訪れた。
なだらかに広がる砂原の中心、こんもりと砂が溜まっている事以外はただただ普通の夜の砂原と大差はない。
天の川は障害物が無くなったことで地平線の奥まで続き、星々は変わりなく輝き続ける。ふと、そこに一陣の風が吹いた。それは溜まった砂を吹き飛ばし、辺りと同じ平たんな地面へとならした。

不自然さは完全に地中に隠れ、自然さだけが一帯を支配した。まるで"何もそこに無かった"かのような、ごく自然な光景がなだらかな広大な大砂原に広がっていた。
結局、誰がその光景を見ても岩壁が聳えていたという光景を想像出来ないくらいの、美しい夜の砂漠があるだけだった。







あとがき

バレンタインデーでも女っ気の無いssを投稿します。このssに果たしてヒロインは存在するのか……あ、イトが居るからいいっか
異世界側のモンスターが少ない事に気が付きましたが、変に設定捏ね繰り回すと書いてる側も訳分からなくなる恐れがありますのでこんな感じのまま進めようと思います
メインはマ王さん戦を書いてくつもりですが、そのマ王さんの描写が二話連続で無いですね。そろそろちゃんと書かなくては





何かデッカイのが登場した? んなもん魔王軍にでもぶつけりゃいいんです



[25895] 五話目 今できる"対策"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/03/14 08:08
ふむ、これは承認するかな

暗い執務室の中、ボンヤリと机を照らすロウソクの灯りを頼りに書類にサインをしていく。
すっかり日が落ちてしまい、空には月が明るく輝いているが、それなりに広い執務室の中を照らすまでは至らない。窓の傍だけが照らされている。
その窓から突如、風が舞い込んできた。慌てて書類が飛ばないように抑える。冷たい風が頬をなで、夜勤の気力を少しばかりか削り取った。
初夏の頃ではあるが、近くに砂漠があることもあってか、この街の夜は季節を問わず常に冷え込むのだ。吹き込む風などはいつも冷風である。

さて次は……"他国からの襲撃の際の軍事援助"か。去年の引き継ぎで良い気もするが……一応理事会で協議しなくてはならないか。

この"軍事援助"とは大砂原を挟んで遠く離れた場所にある魔族の国に対しての防衛だろう、この手の書類は毎年こうやって執務室の机の上に現れる。
いつでも迎撃できるようにとの事だろうが、如何せんこの襲撃に対して大砂原が非常に大きな役割を果たしている。
この街は過去何度か魔族達の襲撃を受けていたそうだが、その遠征軍の3割が大砂原で落とされる。何故かはその大砂原の存在自体にある。
熱砂による灼熱地獄に、夜の寒冷化。そして何より特有の強風だろう。昼間は強烈な上昇気流が発生し、頻繁に砂嵐が吹き荒れる。それに伴い、恐ろしく細かな砂がまるで波のように襲い掛かるのだ。
一応無風時間帯なども有るらしいが、その期間や何時起こるかが解明されていない為、大砂原の縦断にはかなり大きなリスクが伴うのだ。
この件はとりあえず保留という扱いにして次の書類へと捲ろうとしたところでドンドン、と扉が激しく叩かれ、その直後に局員が部屋に飛び込んできた。
彼は切らした息をすぐに整えて、真っ直ぐ此方を見据えた。

「失礼します統括!! 報告が有ります!!」

「何のだ?」

「砂漠に派遣していたパーティーが戻ってきました!!」

そろそろか、という予想はしていたので特に驚きはしない。私は落ち着いて局員に向かって答えた。

「ゴンゾのパーティーが戻ったか。ふむ、すぐに話をしたい。手配出来るか?」

「いえ……その、リーダーのゴンゾが意識不明の重体、他が魔力枯渇などで今はとても話せる状態では無いかと……」

意識不明の重体だ? ああなるほど、彼らは偵察だけでなく結局戦いを挑んでしまったのか。そしてあっけなく返り討ちにあったか。全く、ネイス・ウェインの言ったままではないか。

「……今回の依頼は完全に私の人選ミスだな。ゴンゾは、まあ無理として、他のメンバーの意識が戻ったらすぐに知らせろ」

「了解しました。では失礼します」

局員はそう締めると丁寧に礼をしてそのままドアを閉めた。直後、ドタドタと音がしたのでかなり急いでるのだろう。そんな直ぐには彼らは目を覚まさないと思うが。
そんな様子を見送った後、すぐに新しい紙出して私の名前をサインする。こうする事で、この紙に書かれた内容は"統括令"として強い力を持つ伝令書となる。
内容は単純。"砂漠立ち入り禁止"である。今日こそ砂漠方面の依頼は無かったものの、明日以降もそうとは限らない。
このゴンゾの件により、まだ"竜"とは断定出来ないものの、"Aクラスの冒険者四人を返り討ちにできる何か"が砂漠に潜んでいる事は間違い無い。そんな中で依頼など出す訳には行かないのだ。

締めに明日の日付を書くと、更にもう一枚新しい紙を用意した。そうして同様に自分の名前を書くが、此方は宛名は"街議会"である。
もはやギルドだけの問題では無くなってきてしまったのだ。あの岩地は週の終わりにいつも商隊が通っている道と近い。この状態の中、不用意に通られたら被害が拡大してしまう。
その為にこうして"街議会"に報告書を送る必要があるのだが……これがかなり面倒くさい物である。"統括令"と違い、かなり詳しく書かなくてはならず、しかも明日にこれを自分の手で議会まで持っていかなくてはならない。

「……明日は大分ハードだな」

そんな呟きは自分一人の執務室に空しく響く。そしてふと窓を見ると、明るかった月が雲に隠されていた。
雲の隙間から見える明かりが段々と厚い雲の中に隠れていく様は、何とも嫌な予感を感じさせる物であった。





ズシリ、ズシリと暗い岩地に大きな足音とそれに伴う振動が響く。
雲の影から覗く月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がるシルエットは、巨大な双角を上に向けて夜空を見据える砂色の"竜"。
彼はその大きな口を開けると、大地に足を踏みしめ、大きく吠えた。

ウ ォ ォ ォ ォ ォ ン

静かな夜の砂漠岩地の隅々まで咆哮は響き渡り、冷えた空気を震えさせ岩山で反響した後、そのまま夜空に消えて行った。震えた空気によって、地面に生えた雑草がさわさわと音を立て、その咆哮の強烈さを物語る。
聞く者に恐怖と畏敬の念を抱かせる咆哮に答える者は周囲には居ない。なぜなら彼が今の砂漠岩地の支配者だからだ。
小型や中型の魔物はその全てが本能からか、この"竜"に立ち向かう者など居る筈も無く、ただただ見つからないように岩陰に潜む。一時期この岩地を支配していた強大な魔物である火炎龍が一撃の元に下された事で、砂漠の勢力図が一新されてしまったのだ。
今や彼にかなう魔物は周囲には存在しない。何者にも屈服しない、孤高の頂点と彼はなっていた。

新たなる支配者となった彼は、また静かになった岩地の中、ゆっくりと水辺へと歩き始めた。普通ならば魔物の一体や二体は必ず居る筈の泉には、そういった影がまったく見受けられない。
彼が歩くその脇には、先日倒された火炎龍の亡骸が横たわっていた。立派だった姿は見る影もなく、日中に陽射しに照らされ続けた表皮は完全に干乾びている。胸に大穴を開けて横たわる亡骸を一瞥することなく、彼は泉へと歩き続けた。
それなりの大きさを誇る筈の泉は、ゆっくりと近づく竜の体格のおかげか、今はひどく小さく見える。穏やかだった水面には、一歩踏み出すごとに波紋が広がる。竜が近づくにつれて段々とそれは大きくなっていった。水辺にいた魚たちも振動に驚き、すっかり泉の奥深くに逃げ込んでしまっている。
泉に辿り付いた彼は、その大きな口を泉に押し当て、水をすくい上げるようにして飲み始めた。バシャバシャと、それ程大きくは無い音も静かな岩地では目立つ。
ある程度飲み終えた後まだ口から水の滴る大きな頭を上げると、"竜"は辺りを見回した。
周囲には彼一頭のみ。岩地には少しばかりの草が生え、夜空には完全に雲に隠れてしまった月がある、変わり映えのない光景が彼の目に映った。
目を凝らして縄張りへの侵入者を見つけようとする"竜"は、さらに注意深く辺りの気配を覗う。彼を狙う、"狩人"のような不届き者を探し、殲滅する為に。
そんな中、ある音が一帯に響き渡った。

カ ァ ァ

遠くの岩地から響いてきた、何かが破裂するような乾いた音。幾つもの岩山を越えた先からの爆音は、注意深く聞かなければ分からない物だったが、"竜"に対してはしっかりと伝わったようだ。
即座に頭を低くして構えを取り、彼は音のした方角、岩山が多数聳える北を見据えた。大きな口からは唸り声が漏れ出す。
何が出てきてもいつでもその巨大な角で迎撃が取れるよう、彼は警戒を強めた。

ガ ァ ァ ァ

もう一度、今度は先ほどよりも大きな音だった。それは爆音に近い、特徴のある咆哮だ。高めの快音であったそれは、"咆哮の主"が遠く離れているにも関わらず、岩地一帯に響いた。
"竜"の咆哮とはまた違う迫力を持つそれは、尾を引くように静かな岩山に反響し、"竜"を刺激し続けた。彼の目は見る見るうちに闘争心に満たされていき、切っ掛けがあればすぐさまに戦闘が開始されるほどまで高められた。
北側の岩山を見つめる竜は、まるでその先にいる何者かを見据えているかのように、ただじっと構えを取り、鋭く睨み付ける。
静かな岩地には、張り詰めたような空気で満たされ、時折吹く微弱な風の音が嫌に響いて聞こえた。睨み付ける先にいる、"咆哮の主"の周辺も同様の空気が流れているのだろう。
咆哮が止んだ後は、また元のように静かにはなったが、場の空気は張り詰めるばかりだ。もし両者の間に岩山がなければ、すぐさまに戦いが始まるだろう。

幾つもの岩山を挟んだ、否応無しに夜の岩地一帯の緊張感を高め続ける睨み合いは、まだしばらく終わりそうに無い。





「う……ん……」

なんだか明るい光が顔を照らしている気がする。しかしまだ眠い。
体に感じる重さと柔らかさは、毛布の物だろうか。柔らかく心地いい。意識がはっきりとしないせいか、夢なのか現実なのかよく分からない不思議な感覚が体を包む。
親友かつ戦友のゴンゾとバカ話している、変な光景がボンヤリと頭の中を巡った……ゴンゾ……ゴンゾ!?
途端、悪寒が夢心地な体を瞬時に駆け巡り、鮮明な映像が瞼の裏に映る。

ゴンゾが顔を青くして岩場の上に居る。彼に何かを叫んでいる自分。そして揺れる地面。マズイ、マズイ、マズイマズイマズイ!!
手を伸ばそうとしても、その光景の中の自分は思うように動かず、揺れはピークに達して……

「ハッ!?」

何かに吹き飛ばされる感覚と、視界の端に映った砂色の巨体が最後に映り、完全に目が覚めた。
息がすっかり上がってしまい、眠気は一瞬にして掻き消えた。どうにかして息を整えようとしても、うまく行かずに息苦しさがしつこく続く。

「ハッ……あ……」

落ち着かない息は後回しにして回りを見ると、まったく見知らぬ部屋だった。小ざっぱりとした真っ白なベッドに自分は寝かされており、同じく真っ白なカーテンが窓にかかっている。
時折はためくカーテンは明るい陽射しによってきれいに輝いている。ベージュ色の壁が光に照らされて穏やかな雰囲気を醸しだした、ここはそんな落ち着いた部屋だった。自分は一体どうしてここに……

「目が覚めたかい?」

唐突に窓の反対側から声がしたので振り返ると、二つベッドを越えた先のドアに白衣を着た老人が立っていた。
人のよさそうな柔らかい笑みを浮かべた老人は、そのドアからこちらの方へと歩いて来た。

「あのッ、ここはどこですか?」

「何処ってそりゃお前さん、街の診療所にきまってるだろう? 全く、無茶をしよって……」

「えと、無茶って一体……あっ!?」

起きる寸前に脳裏に浮かんだ、砂塵を巻き上げ、地響きを上げながら疾走する、あの砂色の巨竜。
迫力満点を通り越して恐ろしさを周囲に振りまき、それでいて高貴さすら感じさせる巨大な捻じれた角。吹き飛ばされる直前に目に焼き付いた、大地を割って地中より現れた要塞と見紛う程の巨体。
全てを、一切合財の全てを思い出した。自信たっぷりに挑んで、あっけなく返り討ちにされた事。大魔法すらも全く効かず、パニックに陥った事。そして、最後に空に舞い上げられたゴンゾの事も。まさかゴンゾは……!!

「ゴンゾは!! ゴンゾはどこにッ!?」

「ゴンゾ? ああ、君と一緒に搬送されてきたあの少年か。今は別室で治療中だよ」

搬送? あの後俺は気を失ってから今に至るまで、全く意識を戻すことなど無かったのだが……取りあえず最悪の事態だけは免れた。

「ゴンゾは大丈夫なんですか!?」

「まあ意識は戻っていないが今のところは大丈夫だ。しかし搬送されてきた時は、よくもまあ死なずに済んだなあと思ったさ。全身打撲で肋骨なんか四本も折れていたよ。全く、君達は一体何に挑んだんだい? ミスリル鋼の鎧が大きく陥没するなんて普通じゃないよ」

「それは……一応未確認の魔物です」

「そうかい。ミスリル鋼じゃなかったら上半身に大穴が開いただろうさ。いや、その上半身ごと無くなっていただろうね。まるで巨大な槍でおもいっきり突かれたかのような凹み方だったんだから」

地面から突き上げられた時に、あの双角がゴンゾの体を貫かんと迫ったのだろう。鎧で受け止められなければどうなってたかは言うまでも無い。
一歩違えばゴンゾは即死していただろう、そんな考えが頭の中を巡り、またそうならなかった事に安堵した。

「それで、ゴンゾには今会うことは出来ますか?」

「それは無理だね。治療師の回復魔法がかけられている最中だから、今日いっぱいは我慢することだね」

「そうですか……ところで、俺を搬送してきたのは二人の女性でしたか?」

今は行方の知れないもう二人の仲間のアリサとリン。隣の二つのベッドの毛布が乱れてることから、おそらく俺が起きる前にそこで寝ていたのだろうか。

「ああそうさ。君とゴンゾの仲間だと言ってたよ。Aランク魔術士なのに搬送時は魔力がスッカラカンさ。君等を運ぶのに使い果たしたんだろう、感謝しときな」

「ええ、きちんと礼を言うつもりです。今二人は何処に?」

「今は統括さんに呼び出されているよ。なんでも話があるとか」

統括って……今回の依頼主であるこの街のギルドのトップか。
多分二人はあの竜について色々と聞かれている最中なのだろう。彼女達も、もしかしたら俺以上にゴンゾの事が心配なのに事情聴取か。

「……俺も今すぐそこに行きます。まだ節々は痛みますが、後でまたちゃんと治療を受けますんで勘弁してくれますか?」

「いや、統括さんに君は行かなくても良いと言われたよ。彼女達がきちんと報告をしてくれているんだ。それに骨折は無いにしろ、全身を強く打ったんだ。静かに休んでおきなさい」

老人はそう優しく俺を窘めるが、しかしそれでも出来れば俺は報告をしたい。あの"竜"の恐ろしさは俺にもよく染み込まれた、だからこそだ。
だが彼女達が折角行ってくれているのだ。まだ休んでいろ、と言う厚意なのだろうか。それならばその厚意はきちんと受け取らなければならない。
まだ踏ん切りの付かない自分にそう言い聞かせ、俺はベッドに横になった。

「では……そうさせて貰います」

「じゃあ私は失礼させてもらうよ」

老人はそう言うと、元のドアから静かに部屋を出て行った。その様子を見た後、俺は重くなってきた瞼を閉じた。起きたばかりなのに、柔らかな毛布と日の光は容赦無く俺を眠りへと誘う。
次に起きた時は、ゴンゾの意識が戻って4人で楽しく話せるよう、そう祈りながら俺は意識を手放した。





「かなりの被害を負ったと聞いたが、任務達成ご苦労。きちんと生還したことは何よりだ」

昨日の夜の急な曇りとは打って変わって、今は日はすっかり上がり、陽気な太陽の陽射しが会議室の窓から中を照らしている。
今この部屋には、私の他に2人が机を挟む形で座っている。いつもの質疑応答スタイルである。ゴンゾのパーティーのメンバーの意識が戻ったと聞き、早速会議室に起きたメンバーを呼んだのだ。
この後には"街議会"との打ち合わせも入っているので、早々に証言を聞いて、報告書に書かなくてはならない。

「では報告を始めてくれ」

会議室の一角で私は二人の冒険者の少女の2人に椅子に座るよう言った後こう切り出した。
ゴンゾのパーティーの被害は散々な物であった。前衛の内、一人が半死半生の重傷、もう一名は頭を打って気絶。Aランク魔道師は二人そろって魔力切れ。文句無しの壊滅である。
そうすると、少女の内、赤色の短い髪を持つ方がおずおずと喋り始めた。

「……砂色の竜は、確かに確認したよ」

ふむ、これで最終的に存在が確認されたか。今ギルドの受付には、砂漠方面を原則立ち入り禁止にした事によって、冒険者達が何故なのかを問い詰めようと押しかけている。
"大きな脅威が存在する可能性があるが、今は調査中"。受付嬢には徹底してこう答えてもらっている。この報告が終わったら、"大きな脅威が存在する"と出来る訳だが、それには少々問題がある。

「そこに座る二人から少しの話は伺っているが君にも問おう。まず最初に聞くが、あれは普通の冒険者達にかなう竜か?」

公表した瞬間に、数多くの冒険者が名声や何かを求めて依頼を受けようと殺到し、収集がつかなくなる可能性。
今の所、私は一応の経験者であるハンス・ルベルドを討伐隊に抜擢しようと考えている。しかし彼のランクはB、多くの冒険者が文句を言うのは間違いないだろう。
ならばゴンゾのパーティーが返り討ちにあったと言うか。それも駄目だ。そんな事をすると自分のパーティーがこの街のトップクラスの冒険者であるゴンゾの物よりも優れていると証明する為に、逆に挑戦者が増えかねない。

「叶うわけ無いじゃないッ!! 大魔術を顔面から二つ同時にくらって平然と反撃してくる化け物なんだから!!」

やはりこの少女も同意見か。既存の冒険者の戦い方では叶うはずがないと昨日念を押された戦力は伊達ではないのだろうか。
そうなると討伐隊の選抜は腕がなる者のみでは不味い。改めてそう感じさせられる。

「やはりな……では容姿について少々良いか?」

「それは私が言います」

もう一人の方、栗色の長い髪の少女が口を開く。"竜"の事を思い出して少し取り乱した赤髪とは打って変わって、こちらは少し落ち着いている。

「片方が先端で折れた二本の巨大な角を持ち、先の方が大きく発達した太い尻尾をもつ、ワイバーン種よりも縦に高い砂色の巨体をした竜です。あと、どう小さく見積もっても25mは軽く超えてました」

「此方もネイス・ウェインの報告と一致しているな……これで間違いなく"竜"が存在する事が解った。攻撃方法についてはどうだ?」

「はい、その大きな体を生かした突進や体当たりなど……あと遠目に見てたので確証は取れませんが、地面から奇襲も行っていました」

炎魔法や風魔法を使う龍達とは一線を画す、体一つでの雄々しい戦い方だ。ただの突進と侮るなかれ、火炎龍を下す程の勢いなのだから威力は凄まじい物なのだろう。

「では次だ。君達から見て、"竜"のどのような点が特筆すべき物だったか?」

一番聞きたい事はこれだ。実際に戦った者にしか分からない事だ。
彼らが偵察だけで済ましていたなら聞けなかっただろうが、実際に彼らは戦いを挑んで、敗北している。だからこそ分かる事もある筈だ。

「ええと、一番はやはりいくら大きな魔法でもまったく怯んだ様子が無い事です。確かに甲殻には傷こそ付きましたが……それだけで、それどころか逆に怒り出してしまって……」

確かに魔法が効かない魔物は存在する。しかしそれは殆どが同じ魔法で無効化しているに過ぎない。
この"竜"は、己の身体能力のみで、普通の竜ならば即死するほどの威力を持つ大魔術士の大魔法を凌ぎ続けたのか。実に恐ろしい話である。

「ふむ……纏めると魔法による殲滅の効かない、己の体だけで戦う巨竜か」

"街議会"への報告書には"魔法の効かない"という部分が大きな力を持つだろう。それほどまでに強大であるという事の証明なのだから。

「あと、巨体の割には走る速度がかなり速かったです。細かな動きは苦手でも、速さだけは私の知る魔物の中ではトップクラスです」

魔法を凌ぐタフな巨体に、走るのが速い……大変な事になってきた。
大きな体を持つ魔物は基本的に動きが遅いという冒険者の常識を完全否定するか。本当に大変な"竜"だ。

「……こんな所です。私の報告は以上です」

最後にペコリと頭を下げて、彼女は話を締めた。これは大変な報告書になりそうだ。議会で何を聞かれるか分かったものではない。
どう低く見積もってもギルドにおけるAランクの魔物と同等かそれ以上の戦闘力、そして既存の戦い方の通用しない事もあり、下手したらSランク認定を下されるかもしれない。
しかもSランクの魔物の多くが、人里離れた場所に潜むのに対して、この"竜"は街の近くの砂漠に存在している。何も知らずに隊商が通行したら……恐ろしい結果が頭の中を巡り、何時の間にでた冷や汗が首を濡らす。

「ご苦労。どうにも状況は急を要する物のようだな……早急に対処させて貰おう」

これだけ情報があれば、ネイス・ウェインの報告も含めて報告書は十分完成させることができる。一刻も早く"街議会"へ報告を済ませなければならない。それがギルドの統括たる私に出来る、唯一にして最善の行動だ。隊商の一団が壊滅する前に事を済ませなければ被害は甚大だ。
立ち上がり礼をすると、二人も同様に礼を返した。仲間がまだ入院しているのだ。彼女達も早く戻りたいに違いない。

「あの……ちょっと」

しかし立ち上がった内の赤髪の少女が、なにか思い出したように口を開いた。

「どうした?」

「いや……今回の竜ってさ、今まで隊商の一団や冒険者が襲われたという被害届も、それどころか目撃報告も無かったんだよね? あの存在感でそれってのはいくらなんでもおかしいんじゃ……」

そう、今回の一件の一番不可解な点が、今まで目撃報告が無かったという事なのだ。少ないのではなく、全く無い。
ハンス・ルベルドが戦った"一角竜"は、形こそ似てはいるものの、別種と考えた方が良さそうだろう。しかもその戦闘は10年も前の話だ。
突発的過ぎる。どれ程希少種であろうと、その巨体であれば報告がゼロというのは変だ。しかも大人しい魔物ならまだしも、その"竜"は大変に攻撃的な性格だ。
この不自然さには、一応の説明はつけられるものの、どれもこれも説得力に欠けるものだった。
まず、まだ探索のされていない砂漠の奥地から紛れ込んできたという考え。しかし陸続きの大砂漠で10年間一度もこの周辺に居ないというのはおかしい。
次に、かなりの希少種であり、現存する個体が非常に少ないという考え。だがこれも変な話だ。あれだけの巨体が絶滅間近になる要因など食糧問題以外に考えられず、しかもその食料でさえ、"竜"の生活地の大砂漠では食性が何であれそう簡単には尽きやしない。
最後に、北の魔王国から送り込まれた刺客という考え。これは論外だ。そうだったら今頃はこの街は蹂躙されている。今も砂漠に留まっている筈など無いのだから。
他にも突然変異とか、大魔道師のゴーレムとか色々考えたが、どれもこれも突飛すぎる物だ。

「確かにそういった報告の無さはおかしいを通り越して、不気味である程だ。しかしこれは考えても仕方がない事だ。今は我々に出来る事を早急にするべきだ」

「まあ、そうだけどさ……」

少女は何処か納得の行かない感じで答えると、もう一度礼をして会議室を後にした。
完全に部屋の前から気配が消えると、思わずため息が漏れ出した。仕方がないと思いたい。何せ今まで無かったような事がいきなり私の前に突き出されたのだから。

「……納得の行かないのは私だって一緒だ」

急に転がり込んできた、相当の危機。王家の雅な方々が気まぐれでこの街を訪れるなんて事よりも、よっぽど大変な事態だ。
理不尽にも程がある。だが頭を抱えている訳には行かない。

「まずは報告書への追記だ」

やる事を口にだし、気が立った心を落ち着かせると、報告の構成が頭の中に次々と浮かんできた。
出来る事を確実に。ただそれだけを頭に思い浮かべ、報告の続きを書くため、私は書きかけの報告書にペンを走らせていった。スラスラと、ペン先はただその"竜"の恐ろしさをこれでもかという程に綴っていく。その報告書で救える物があると信じて。







あとがき

撃龍船っていくらなんでも重装備すぎると思うんです。それこそ砂漠で人間間の戦争が起きた際には一隻でも出したらなんか無双しそうな程に
魔王軍フラグを立てましたが、さてどう扱うか。どのファンタジー物でも中盤は無双する連中ですから扱いが難しそうです

マ王vsレックスは冒険者どころの騒ぎじゃなくなるので警戒し合いに留めます



[25895] 六話目 荒れ地の"悪魔"
Name: 周波数◆b23ad3ad ID:22b3f711
Date: 2011/04/02 17:14
「これは……本当かね!?」

私の目の前の男、この街の首長であるレヴィッシュ伯は、まるで悪魔でも見たかのような目つきでそう言った。
そして、同じく隣に座る副首長も同じような反応をしている。この"街議会"の他のメンバーは、二人の様子が普通でないことを訝しんでいるのか、隣同士で顔を見合している者もいる。
初夏の陽気で部屋の温度は暖かいものの、瞬く間に部屋に走った緊張で、肌に感じるのは感じるのは温かみでは無く、寒気である。

「ああ、ギルドの冒険者が半死半生で持ち帰った情報だ」

レヴィッシュ伯の手に持たれている書類、それは私が先程、"街議会"が始まる直前に仕上げたばかりの報告書だ。内容は勿論、砂漠岩地に現れた"竜"についてである。
危機感を感じさせるよう、そして且つ簡潔に書かれた書類を、レヴィッシュ伯は改めて食い入るように読み直した。

凄まじい体格と耐久力、それに起因する魔法への圧倒的な耐性、そして何より危険な、自分から攻撃を仕掛けていくことから推察できる、縄張りを犯そうものならば容赦なく戦いを挑んで来るであろう好戦的な性格。
並みの冒険者は勿論、腕利きでさえ勝てるかどうか、いや生きて帰ってくるかも分からない、非常に危険な存在である。そんな事を報告書には書いておいた。

「何という事だ……」

「取りあえず、全体に話しても宜しいな?」

断る理由など有はしない。そういった目で首長は私の言葉に頷いた。
少しざわついていた部屋は、首長の頷きと共に静かになっていった。机に座る面子が、皆真剣に聞く姿勢になってるのを確認した後、私は口を開いた。

「さて諸君、この度ギルドは相当に危険な魔物をこの街の近郊で発見した」

単刀直入に、全体に向かって私は話す。

「ギルド内での暫定ランクは、冒険者の報告からSとなる程の凶暴な魔物だ。容姿に関しては後程資料を見てもらう」

Sランクと言う物が効いたのか、静かになった部屋は少しざわつき始めたが、一つ咳払いをするとまた静かに戻った。

「今回重要になっているのは、その魔物の出現した場所の付近には街道が有る事だ。この魔物は、非常に縄張り意識が強い物と思われる。今まで隊商が被害を受けなかったのは、殆ど奇跡と言っても良い程だ」

そこまで言い終えたとき、一人が手を挙げた。髭を生やした、本当に軍と言う物に対する一般的なイメージを形にしたような、荘厳な感じの軍務長だ。

「どうぞ」

了解の意を示すと、彼は厳つい顔をしたまま立ち上がり、私を睨み付けた。

「何故今更になって報告した? そのような危険極まりない物が街の近郊にポッと出てくる訳がなかろうに。それに今までのギルドの報告では、砂漠にはAランク級ですら稀にしか現れないとの物だった筈だ」

やはりか、と言った気持ちでそれを聞く。この話を聞く誰しもが浮かべるであろう疑問である。しかし生憎、私はこの問いに対する最善の答えを持ち合わせていない。
それ以前に、私自身も同じ疑問を前にして、答えを見つけられていないのだから。

「それに関しては、本当に急に発見したのだから説明のしようがない。我々ギルドとしても、今回の一件については首を捻る事ばかりなのだからな」

そう返すと、まだ不服そうな顔をしてるものの、軍務長は椅子に座った。これを続けても良いという合図と取り、説明に戻る事にした。

「王都に通じる街道の中でも、南部と北部の街道は国の中では大きい部類に入る。なのでそれを使用している隊商も多数程度存在している。言ってしまえばこの街の経済は、南部と北部の街道の二つで賄われていると言っても良い。しかし件の魔物をどうにかするまで、北部の街道は通行禁止とする処置を行うべきであろう。これに関して産業長の意見を伺いたい」

北部の街道の一部は、例の"竜"が出没した傍を走っている。産業長に聞きたいのは、南部の街道だけでどれだけの間、この街の産業が持つのか、と言う事である。
まあ実際の所、北部の街道に関しては砂漠岩地を走っているという事で非常に乾燥しており、ここを通る隊商の殆どは主にワインの運搬くらいしかしてはいないのだが、それでもこの街の主要産業には変わりない。
先程の厳つい軍務長とはまた違った硬い表情の、これまたよくある経済のイメージのまんまの几帳面な感じの産業長が立ち上がった。

「……この街は王都のように穀物を他の地域から多くを頼っている訳ではないから食糧事情に関しては問題は無い。しかし主要産業であるワイン製造業は大きな打撃を受けるだろう。行路は殆どが北部の街道で、しかもワインの出荷先の殆どは西部地方だからな……通行禁止が長く続けば、最悪廃業に追い込まれる業者も多く出るだろう」

「ならばどのくらいの間は通行禁止を実行しても大丈夫なんだ?」

仮に討伐等の対策が不可能ならば、実質的に北部の街道は使い物にならなくなる恐れがある。しかしそれではこの街の経済が回らなくなってしまう。
そういったときの最終手段としては、王都の中でもトップクラスにエリートである騎士団に討伐して貰うしか無いのだ。ギルドとしては本当に不本意ではあるが。
しかし、その騎士団に依頼しても、すぐにやってきて貰えるものでは無い。確かにこの街は国の中でも大きい部類に入るのだが、それでも"王都を守る騎士"を辺境の魔物一頭に回すには、かなりの交渉時間を要するだろう。
短く見積もって、交渉に1週間、受理されて命令として伝わるのに2週間、実際にここに来るまでの時間や諸々を加えると、1か月は掛かるであろう。

「今度のワインの運搬業者がここを発つのは明日の朝だ。そこから通行禁止にすると……凡そ10回の運搬分が常に王都の倉庫には溜めこまれているから、それが尽きる前までには解除をしないと厳しい。だから大体だが20日程だ」

王都の騎士に頼るには、明らかに短い日数。ならば我々ギルドのメンバーでどうにかするしかない。
だが、いたずらにメンバーを増やして犠牲者の数を増やすのはいただけない。一体どうするべきか……そう考えていると、急に会議室の扉を叩く音が、静かな部屋に響き渡った。
コンコン、という規則正しい音に、軍務長などはあからさまに不機嫌な顔になったが、レヴィッシュ伯は顔色一つ変えずに言った。

「入りなさい」

低く、しかし周りに響く声の後、若い男が扉を開けた後、頭を下げて言った。

「会議中失礼します。只今、王国庁の方から伝令が入りました」

王国庁。その言葉と共に、会議室は先ほどに増してざわついた。一体王族のサポートを司る省庁がこの街に何の用だというのか。
別段今日は祭りなど無く、王国庁がこの辺境の街に構う理由など存在しない筈である。

「宜しい、話せ」

「はい、伝令には"ダイサンオウジョガ、ソチラノマチニ、オハイリニナル。シノビナノデ、コウヒョウハセズニ、ホクブノカイドウニテ、ムカエルベシ"とありました」

その瞬間、私を含めた議会の議員全てが比喩抜きにして、固まった。一体何を言ったのか、それを理解するのに数秒の時間を要するかのような、そんな文章。
"北部の街道"。今散々封鎖するかしないかで議題に上がっていた、"竜"の出没した街道。
ガリ、と無意識の内に歯を噛みしめる。凡そ通常ならば、ため息と共に迎えるであろう第3王女の忍びの偵察、もとい遊覧。だが、今は事情が違う。
人が必死に悩んでいる最中に、遊覧だ? まるでギャグみたいなタイミングだ。思わずふざけるなと言いたくなる。相手が雅な身分な事も忘れてだ。
しかし、そう苛々もしていられない。第3王女の御一行がもし、もし仮に"竜"と遭遇しようものならば……いくら側近の騎士達のレベルが高くとも、ただで済むとは到底思えない。
迎えどころか、守護しなければならないと来れば、今すぐに人員を割かなければならない。そうなると、おちおち会談を続けていくわけにも行かなくなった。
いつもはしっかりした表情の筈のレヴィッシュ伯も、当初に増して顔面蒼白になりつつある。第3王女に何かがあったら、責任はまず街の首長に行くからだろうか、全く酷く迷惑極まりない話だ。

「あのお転婆娘が!!」

少し肥満体型の法務長が怒鳴り声を上げた。議会の真っただ中の其れに対して、しかし誰も顔を顰める事は無かった。誰彼も全く同じ感想を抱いているからだろう。何分私も全く同じ思いを持っている。
この声が切っ掛けで、議会の面々は文句を言い始めたが、副首長の「静粛に!!」という一声で、再度静寂が訪れた。その中でなるべく落ち着くように深呼吸をし、叩き付けたくなる拳を必死に抑え、私は手を挙げた。

「軍務長、其方はすぐに兵を動かせるか?」

「……今すぐは少し無理がある。街の守護が一気に減少するからここばかりはギルドに頼っても宜しいか?」

「ならばこちらで即刻緊急依頼として公布しよう。予備の兵は集められるか?」

「早急に対処する」

いつもならば文句の1つは言ってくる軍務長も、今ばっかりは反論無しに肯定した。取って湧いたかのような事態に態々人員を回さなければならないという共通認識の成せる業か。

「我々議会は封鎖処理について話を進めておく。君達2人は即刻対処に当たってくれ……一番の問題は、王女一行がどの地点に居るかがまるで分からない事だ。出来るだけ早く街道に人員を向かわせろ!!」

ならば話は早い。私と軍務長はすぐに立ち上がり、全体に向かって一礼をした。
数分前まではこんな事態になるなど、一かけらも想像していなかった。そんな不条理さは議会の面々も共有しているのだろう、何時もよりも皆、殺気立った様子で、しかし意欲的に会議に参加している。

取りあえず、王女側の不手際でギルドまでもが責任を負わされたら堪ったものでは無い。とにかく、まず向かうはギルド本部だ。私は足早に扉へと向かった。





お世辞にも通りやすいとは言えない、ゴツゴツとした荒れ地の道を、2台の竜車がゆっくりと進み、真っ白な鬣を生やした1頭の龍がそれに付き添うように歩いている。
ガラガラ、と時々石に乗り上げながらも、照りつける日差しの中を進み続ける竜車には、王家を表す花の紋章が側面に描かれている。
脇を歩く龍は、竜車に負けない大きな体格を持ち、立派な角を生やした頭を時折振りながら周囲を警戒していた。雷龍とも言われるこの龍は、竜車の護衛としては立派過ぎる物だった。

荒れ地の照りつける日差しをしっかりと防いでいる屋根つきの竜車の中で、1人の少女が鈴の鳴る様な声で前に座る、尖った耳を持つメイド服の女性へと問いかけた。

「後どのくらいですか? もう王都を発って1週間も経ちましたが」

「そうですね……もう砂漠岩地の半ばまで来ていますから、このペースではグラシスに入るのは今日の夜頃になりそうですね」

窓の向こうの、大きな岩山の向こうにあるであろう、1年前に訪れた綺麗で活気ある街に想いを馳せながら、少女は口を開いた。

「去年もすんごい綺麗でしたからね。楽しみです!! でも……本当に事前に知らせておかなくて良かったのですか?」

去年に、目の前のエルフの女性の親族が統括をやっているというギルドを見学したとき、その統括に少し睨まれた事を思い出した少女は、少し震えた。

「大丈夫ですよ。嫌な顔をしたのは精々ギルドのトップになって調子に乗っているニーガくらいでしょうし、それに街の人だって、王都の貴族集団みたいに見た瞬間にヘコヘコお辞儀してくる訳でも無いのですからね」

王都の人々よりも、どこか小ざっぱりしたような街の人々は、この少女にとっても悪くない印象を与えたようだ。少女はニッコリと笑い、女性に抱き着いた。

「レーナがそう言うんなら間違い無いですねっ!!」

「姫様……いくら竜車の中とは言えども行儀悪いですよ」

少女――第3王女は、しかしスリスリと頭を押し付けたままだ。それを女性の従者は、苦笑いしながらも優しく頭を撫でた。

「お城の中じゃ規律ばかりでろくに甘える事も出来ないんだから、これぐらい良いですよね」

「はいはい」

まるで親子のように見える2人は、暫くの間はそうしていたが、ふと従者の方が顔を上げた。
彼女は窓の方を見つめたが、どうも竜車は段々とスピードを落としているようだ。注意しなければ分からないくらいにゆっくりと減速していき、とうとう完全に止まってしまった。
景色を見ても、どう考えてもまだ道の途中である。耳を澄ませても、特に喧騒など聞こえず、盗賊の類では無いようだ。

「どうしたんですか、レーナ?」

「いえ、急に竜車が止まったのですから……何か起きたのでしょうか」

目を細めながら景色を見ても、何ら変わりない、変わり映えの無い岩山と荒野が映るだけだ。ならば何故止まったというのか。
彼女は御者の居るであろう前の窓から身を乗り出した。首を出すと、荒れ地ならではの乾燥した熱風が彼女の髪の毛をすくい上げたが、手で少し直すと直ぐに問いかけた。

「どうしたのですか? 急に止まるなんて」

「いや、俺にもよく解らないッス……前の竜車が止まっちまったんで仕方なくこっちも止めただけですンで……」

全く分からないと言った感じで、若い御者の男は首を振って答えた。
ならばと前の、此方よりも質素な感じの竜車を見ると、一緒に連れてきた騎士達が降りてきた。全員が既に武器を構えている。

「貴方達、一体どうしたのですか!?」

後ろで少し怯える王女の気配を感じながら、彼女は大きな声で騎士たちに聞こえるように問いかけた。
それに対して、隊長が雷龍を指さしながら言った。

「はい、急に雷龍が立ち止まって警戒しだしたものですから、一応竜車を止めたんです!!」

確かに、見ると雷龍は街道の脇に広がる荒野を睨み付けている。しかしその先には、だだっ広い荒れ地と、その奥の幾つも聳える岩山しか無い。
だが雷龍が警戒しているというならば、何者かが潜んでいるという事なのだろう。しかし相手が潜んでいるというのに、わざわざ出てくるのを待つ理由など無い。

「ならば貴方達は一応武装したまま竜車に乗って下さい。ここは早い内に出発した方が良いでしょう!!」

いくら強力な雷龍が居るからとは言えども、ゴブリンのような小型の魔物の大群が現れたら、王女を守り切るのは少々難しい。
何が居るか分かったものではないなら、下手なことはしない方が良いのだ。

「りょ、了解しました!!」

騎士達は各々武器を手にしたまま、竜車へと戻っていく。
前の竜車が動き出したことを確認した従者は、また王女の前へと腰を下ろした。王女は相変わらず不安そうな顔をして言った。

「レーナ、竜車はなんで止まってるの……?」

「大丈夫です、姫様。すぐに荒野を抜けますから」

そう優しく笑いかけながら、彼女は竜車が動き出したのか、細かな揺れを感じた。

「ほら、ちゃんと動き出した……え?」

指さした窓には、まだ動かない風景がただ映っていた。そう、竜車は走り出してなどいない。しかし揺れは小刻みながら、きちんと体に伝わっている。
どういう事だ、と反対側の窓、先ほど雷龍が睨み付けていた荒野を振り返ると、遠くの方の地面に異変があった。
風が吹いているにしては不自然な、砂の舞い方。ただ一直線に砂煙が舞っている。砂煙は、まるで近づくかのように直線状に舞い上がり、その直線上にはこの一団の竜車が居る。
ゾワリ、と寒気が彼女の背中に走った。同じく横でその光景を見ていた王女は、彼女にしがみ付きながら震えている。

「何……あれ……?」

小刻みな揺れは、どんどん大きくなっていき、まるで竜車が全力で走っているかのような錯覚を受けさせる。

「取りあえず降りましょう!!」

なんでこんな選択をしたのか、ともかくレーナは震える王女をその細い腕で担ぎ上げ、竜車の外へ飛び出した。
若い御者は混乱した様子で、先ほどよりも大きく近づいている砂煙を見つめていた。

「な、何だアレは……!!」

騎士達も直ぐに駆け寄ってきて、降りた王女を囲うようにしてすぐさま武器を構えた。
雷龍、騎士達、そして従者と王女は、まるで地下に"何か"が居るかのように巻き上がり近づく砂煙を凝視し続けていた。既に地面の揺れだけでなく、地響きの音も彼らの恐怖を煽っていた。
騎士達は、一歩一歩と2人を囲ったまま後退し、震えて動かなくなっている御者は、震える手で手綱を握りしめ、それに繋がれた竜は何かに怯えるかのように鳴いている。
騎士の1人が揺れに耐えきれず尻餅をつき、王女が泣き始めた……その時だった。
すぐ傍まで近づいた砂煙はいきなり止み、辺りが突然静かになった。聞こえるのは、怯えて暴れだしている竜のみ。ドスンドスン、と足音を立てて逃げ出そうとするが、手綱が着けられているのでただその場で音を立てるだけだった。
レーナは、無意識の内に杖を抜いていた。王女を庇うようにして前に立ち、荒野をただ睨めつける。ここに潜んでいる"何か"は、とんでもなくまずい物だ。感が彼女にそう告げていた。
護衛の雷龍はいつでも戦えるようにかか、角を前に構えて、同じく荒野を睨み付ける。風、竜の足音、それのみが空間を満たし、弾けた。

ド ォ ォ ォ ォ ォ ン

一瞬の内に、先ほどまで騎士達が乗っていた竜車が砂の爆発に飲み込まれた。
まるで炎の大魔法を直接地面に向けてぶっ放したかのような衝撃が一帯を飲み込み、半歩遅れて竜車の残骸が辺りへと飛散した。王女たちが乗っていた竜車も衝撃で横転し、御者が投げ出され、竜達が絡まった手綱によってもがき続けている。
騎士達や雷龍の後ろにまでも、砕け散った竜車の破片が音を立てて落ちた。レーナはすぐに王女の頭上を背の高い自身の体で覆い、爆発地を見据えた。
砂煙の上の方から段々と晴れていき、"襲撃者"の姿が明らかになった。"襲撃者"は野太い尻尾を大きく振るうと、彼に纏わりついていた砂が飛散し、その砂色の巨体が露わになった。
尻尾に掠った竜車の破片が砕け散る中で、全員がその姿を見据えた。

全てが規格外の大きさを誇る、砂色の巨体。その先端の折れた角ですら威圧感を発するかのような、途轍もなく野太い捻じれた双角。
竜車のあった所には、砂色の要塞が鎮座していた。

「な……何だ、あの化け物は……ッ!?」

騎士の一人がそう呟く。幾ら腕の立つ騎士でも、流石に巨竜に引けを取らない体格の竜などは相手にするどころか、見たことも無いのだろう。
その体格に負けない程に大きな翼を振るい、"竜"は付着した砂を払い落とした。だたそれだけの動作でも、ここに居る全てには威圧感を与える物だった。

グ ル ル ル

雷龍が皆を庇うかのように一歩前へ出るが、まるで幼子と大人程の体格差がある"竜"相手には、非常に滑稽な光景に見える。
"竜"は大きく上げていた頭を下ろし、雷龍の挙動へと目を移した。しかしその体格差から、ある程度離れていても見下す形になる。
その巨体が振り返ろうとすると、ただ足踏みをしただけなのに小さな地響きが生まれた。

雷龍と向かい合う形になる"竜"。その光景を小さな王女は震えながら見つめていた。
王国の所有する最高戦力の1つである、雷龍。昔から王家の威信として、何者よりも強い龍と教わってきた。
しかし、それと対峙する"竜"は何だ? 唯でさえ大きな雷龍の、更に倍以上の体格を持つ、絵本の中にでてきた悪魔の様な角を持つ"竜"。
もはや化け物としか思えない。幼いころから教え込まれた強者ですら、この"竜"の前では霞んで見えてしまっている。

「う……ぅぅ」

王女の目には見る見るうちに涙が溢れていく。まだ幼い彼女には、まるで"竜"は悪魔の様な物として映っていた。
それを見たレーナは、彼女の目にこれ以上"竜"を見せないように王女の前に立ちはだかった。しかし、彼女自身も震えは隠せない。
見たことも聞いたことも無い"竜"は、この場の全ての者を威圧した。そして皆が慄く中で、"竜"は野太い首を振り、天高く持ち上げた。

ウ ォ ォ ォ ォ ン

大音量の咆哮。音を通り越して衝撃波となり皆を襲う。
レーナは自分の耳を塞ぐのも忘れ、王女の頭をすぐに抱え込んだ。騎士達も武器を落としてまで耳を塞ぐものまで居る。
咆哮は、一帯に響き渡り、砂を巻き上げて消えて行った。舞い上がった砂が、咆哮の強烈さを物語る。



"荒れ地の悪魔"は、再度縄張りに侵入した"不届き者達"を、その翠色の双眼で睨み付けた。







あとがき

やっぱりファンタジーと言えば王国ですね。姫の口調はよく婆か嬢様ですが、そんな口調よく分かりませんので普通の丁寧語に
やってることが一話目の繰り返しな気がしますが、細けぇ事ぁ(ry 


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.22517490387