一年ぶりのご無沙汰でした。
あの「
四月馬鹿」が帰ってまいりました。(笑)
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今回も怪しさ大爆発で一人の女性を狙ってます。
その活躍ぶりをよろしければごらん下さいませ。
それではどうぞ。
「クククク・・・お子さんを連れてお散歩ですかな?」
「は、はあ・・・」
誰、この人?
変になれなれしく声をかけてくるなんて・・・
私は無意識に息子を背中側においてカバーする。
それにしても不気味な人。
うちの近所にこんな人いたかしら?
もう春だというのに黒いコートを着て暑苦しいし、幅広のつばの帽子を目深にかぶっているから顔も見えやしない。
関わらないに越したことはないわね。
「それじゃ先を急ぎますので」
私は愛想笑いをしてその場を逃れようとする。
「孝弘(たかひろ)、行きましょう」
「クククク・・・今頃家では旦那さんが女を引き入れているころですかな?」
息子の手を引いてコートの男に背を向けたとき、背後からの言葉が私の足を止めてしまう。
「えっ?」
私は思わず振り返った。
夫が・・・明弘(あきひろ)さんが女を引き入れるですって?
私は足を止めてしまった自分に苦笑する。
そんなことあるわけがないわ。
明弘さんは私をとても愛してくれているし、孝弘の子育ても面倒見てくれるとてもいい人。
女がいるなんてありえない。
「どなたか知りませんけど、変なこと言わないでください。主人が女を引き入れるなんてありえ・・・」
「ありえませんかな? 本当に? あなたは夫をそこまで信用できるのですか?」
帽子のつばの影から見える男の口元に笑みが浮かぶ。
一体この人は何なの?
もしかして・・・
もしかして浮気調査の探偵さんとか?
「あなたの行動は実にわかりやすい。平日はいつもこの時間に子供を連れて散歩している。それは平日が休みのご主人がいても変わらない。そしていったん散歩に出れば、今日のように天気がうす曇りであれば一時間は戻らない。ほら、女を引き入れるには条件がそろっているではありませんか」
そ・・・そんなこと・・・
そりゃあ、いつも散歩はこの時間だし、今日みたいに風が気持ちいい日は一時間ぐらいゆっくりしちゃうけど・・・
にわか雨が降ってきて突然家に帰ることだってあるし、天気がよすぎても紫外線防止のために早めに帰るようにしているから、いつも一時間外にいるわけじゃないわ。
でも・・・
でも・・・
私が出かけた後で誰か呼んでいたりしたら・・・
誰か呼んでいたり・・・したら・・・
「嘘・・・嘘ですわ。あの人に限ってそのような・・・」
「あの人に限って。浮気される人はみんなそのように言うのです。そして知らないところで裏切られる。嘘だと思うなら突然帰ってみるといい。ご主人が誰と一緒にいるのか確かめてみなさい」
「そうさせてもらいます。あなたの言うことなんか絶対嘘に決まっているんだから」
私は孝弘の手を引いて急いでかえろうとする。
「ククククク・・・もし私の言うことが嘘だとわかればお詫びしましょう。あそこの公園におりますので来てください」
黒コートの男が公園を指差す。
「そうさせてもらいます。絶対謝ってもらうんだから」
私はそういって孝弘の手を引く。
「ママ、痛いよ」
「ごめんね。今日はもうお散歩はおしまいなの。急いでパパのところに戻りましょうね」
私は必死で胸騒ぎを抑えながら、夫の待つ我が家へと向かうのだった。
「ただいま! パパ、パパッ!」
玄関に入るなり私はたたきの上の靴を見る。
よかった。
私以外の女物の靴はないわ。
私は念のために下駄箱も開けてみるが、見慣れた自分の靴だけだった。
「お帰り。今日は早かったね」
居間から明弘さんが姿を見せる。
あくびをしているところを見ると、昼寝をしていたのかしら。
もしかして起こしちゃった?
「パパァ」
「孝弘お帰り。お散歩は楽しかったかい」
笑顔で孝弘を抱き上げる明弘さん。
うん・・・
大丈夫。
浮気なんかしていない。
明弘さんは浮気なんかしていないわ。
「変な人がいたよ」
「変な人?」
孝弘がさっきの男のことを言っている。
「うん、真っ黒な服着てたよ。ママとお話してた」
「そうなの。ねえパパ聞いて、私とんでもないこと言われたのよ」
なんだかもう誰もいなくてホッとしたような、変なこと言われて気にしてしまったのが悔しいやらで、話さずにはいられないわ。
「とんでもないこと?」
「ええ、その男が今すぐ家に帰ってみろ。夫が女を引き入れているはずだって・・・」
「へ? 女を?」
明弘さんの目が点になっている。
この反応はまったく予想外のことを言われたときの反応だわ。
やっぱり明弘さんは浮気なんかしていない。
間違いないわ。
「もしかして、それですぐに帰ってきたのかい?」
「だってぇ・・・もしかしたらって思ってしまったんだもの・・・」
もう・・・
どうして私ったら疑ってしまったのかしら。
明弘さんが浮気なんかするはずないのに・・・
「そんなわけないだろ。バカだな。ママ以外僕を相手にしてくれる人なんていないし、僕にはママだけだよ」
孝弘を下ろして私を抱きしめてくれる明弘さん。
あん・・・
うれしい・・・
そろそろ二人目もほしいわね。
って、それどころじゃないわ。
もう・・・
あの男、赦さないんだから。
私をこんなに疑心暗鬼にさせておいて、そのままだなんて赦せない。
嘘だったらお詫びするって言ってたわ。
絶対お詫びしてもらうんだから。
こうしちゃいられないわ。
「おい、どこに行くんだ?」
「孝弘をお願いね、パパ。私ちょっと公園に行ってくる」
私は明弘さんに孝弘を預け、そのまま玄関に走り出す。
「お、おい、ママ! 香織(かおり)!」
「すぐ戻ってくるわ」
私はサンダルを履いて家を飛び出した。
「もう・・・もう・・・もう・・・」
むしゃくしゃする。
あんな一言で明弘さんを疑ってしまうなんて・・・
いいえ、疑わせるように仕向けたあの男が悪いのよ。
絶対文句を言ってやるんだから。
私は公園までやってくると、あの男を捜す。
いた。
ベンチに座っている。
黒い幅広つばの帽子に黒いコート。
間違いないわ。
「ちょっとあなた」
私は歩み寄って声をかけた。
「クククク・・・誰かと思えばさっきの母親か」
首を小さく上に向けてこっちを見る男。
だが、帽子のつばにさえぎられてその目を見ることはできず、口元の薄ら笑いだけが見えている。
なんなの、こいつは?
私は無性に腹が立つ。
「あなたねぇ。主人が女を引き込んでいるなんて言ってどういうつもり? あなたのせいで私は散歩も途中で切り上げて帰るはめになったのよ」
私は男をにらみつける。
「おや、女を引き込んではいませんでしたか?」
「主人が女を引き込むなんてあるわけないでしょ! どうしてそんな嘘をついたの! 私をだましたんでしょ! 赦さないんだから!」
「ほう、赦さない・・・ふふふ・・・ふはははは・・・」
男が突然笑い始めた。
「な、何がおかしいの! 人をだましておいて!」
「ははははは・・・そうさ。俺はだましたのさ。そしてお前はまんまと俺の嘘にだまされたというわけだ」
くぅ・・・
悔しい・・・
しっかりとだまされちゃったんだわ。
「し、仕方ないでしょ。あんなこと言われたら誰だってまさかって思うわよ・・・」
「ククククク・・・いいや違うな。だまされたのはお前がバカだからだ」
「な、何ですって!」
言うに事欠いてバカですって?
「そうさ。お前はバカだ。俺様の嘘にだまされたバカなんだよ」
「バカバカうるさいわね。あなたいったい何なの! 顔を見せなさいよ!」
私がそう言うと男が立ち上がって帽子を取る。
「えっ? 嘘・・・」
私は思わず息を飲む。
そんな・・・
口元は人間みたいに見えたのに・・・
帽子を取った男の顔は競馬中継や時代劇などで見慣れた馬の顔だった。
そして頭には立派な鹿の角が生えている。
えっ?
馬なの?
鹿なの?
いったい何なの?
「ククククク・・・これが俺様の正体だ。馬と鹿の合わさった妖怪でな。名を四月馬鹿(しがつうましか)という」
「四月・・・馬・・・鹿・・・」
私は目の前で起こっていることが信じられなかった。
帽子を持つ男の手はひづめとなり、コートを脱いだ下には茶色の毛で覆われた躰があったのだ。
「嘘・・・ば、化け物・・・」
「ククククク・・・違うなぁ。化け物ではなく馬鹿者だ。そして俺様にだまされたお前も馬鹿者になるのだ」
突然私の周囲が暗くなる。
公園だった周りは漆黒の闇に覆われてしまう。
「えっ? こ、これは・・・」
私は周囲を見渡す。
闇だけで何も無い。
ブランコも鉄棒もベンチも樹木も何もない。
入ってきた入り口さえもなくなっている。
「いや・・・いやぁっ」
私は逃げ出したかった。
こんなのは夢だわ。
悪夢よ。
「ククククク・・・恐れることはない。お前は俺様のしもべとなるのだ。この四月馬鹿に仕える妖怪馬鹿(うましか)になるがいい」
四月馬鹿の目が赤く輝く。
「ひっ!」
私の手が・・・
私の手がひづめに変わっていく。
「いやっ! いやぁっ!」
服がぼろぼろに破け、私の躰が茶色い毛で覆われていく。
「助けてぇっ! 明弘さん! 孝弘ぉ! 誰か助けてぇっ!」
私はその場にへたり込んでしまう。
顔を覆った手のひらも、みるみるひづめになってしまい、サンダルが脱げた足も先が割れたひづめに変化する。
「泣き喚いても無駄だ。お前はもう馬鹿になるのだ」
四月馬鹿がニヤニヤ笑っている。
ああ・・・
そんな・・・
私も馬鹿になってしまうの?
そんなのいやよぉ・・・
鼻面が伸びていく。
頭からは角も生えてきた。
なんだかもうわけがわからない。
私はメスなんだけど、角があってもいいのかな・・・
そんなことまで考えちゃう。
うふふふ・・・
なんだろう・・・
何でさっきはあんなに悲しかったのかしら。
悲しいことなんか何も無いのに。
私は馬鹿なんだから、四月馬鹿様にお仕えしていればいいだけなのに。
「ククククク・・・どうやら変化は完了したようだな。さあ立つがいい。これでお前は俺様のしもべ。妖怪馬鹿になったのだ」
「はい、四月馬鹿様。私は妖怪馬鹿。四月馬鹿様の忠実なるしもべです」
私は立ち上がって四月馬鹿様に一礼する。
ああん・・・なんて素敵なんだろう。
私は馬鹿。
四月馬鹿様の忠実なるしもべ。
馬と鹿が融合しているなんてこれ以上ないぐらいすばらしいわ。
これなら馬と鹿を混同する馬鹿をもっと増やすことができるわね。
「ククククク・・・先ほどまで夫の浮気を疑ったことで俺様に食って掛かった女とは思えんな」
「ああん・・・四月馬鹿様ぁ、私にはもう夫も子供も関係ありませんわぁ。今の私はもう身も心も四月馬鹿様のもの。馬鹿のメスとして可愛がってくださいませぇ」
私はたくましいオスである四月馬鹿様に精一杯の媚を見せる。
ああん・・・
たまらないわぁ。
四月馬鹿様のたくましい胸に抱かれたいわぁ。
あん・・・そのことを思っただけで濡れてきちゃう。
「クククク・・・それでいい。今日はエイプリルフール。たくさんの嘘でおろかな人間どもを馬鹿にするのだ。そうすれば・・・」
四月馬鹿様が私の肩を引き寄せ、耳元でささやかれる。
「あとでたっぷりと可愛がってやる」
「ああ・・・はい。お任せくださいませ。私の嘘でおろかな人間どもをたくさん馬鹿にしてやりますわぁ」
私はこれからどんな嘘をつこうかとわくわくしながら、四月馬鹿様のために働くことを誓うのだった。
END
- 2011/04/01(金) 20:48:44|
- 異形・魔物化系SS
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