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[7970] 【突発妄想】機動歌姫 偽ラクス様【まさか続く?】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:96f176d0
Date: 2010/04/01 00:56
本当にお久しぶりです。忙しい中でふいに閃いたネタで書いてみました。いわゆるリハビリ?

「どうしていまさら種運命?」とか「ミーアは唯のおバカ娘じゃなきゃイヤン!」と言う人は見ないほうがいいかも?

つまり外宇宙のように広い心を持った人だけ、暇つぶしに見てやって下さい。




勇者だけが次へ→→→


追記
2月26日追加投稿。お待たせしました!(待っていてくれた人いるのかは不明だけど


4月1日、追加投稿。随分と長くお待たせしたのに進んでいない罠カード!






[7970] 偽ラクス様、立つ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:02
眼前に立つ巨大な機械人形を一瞥して、私は搾り出すように呟いた。

「凄く……ファンキーです」

そんな私の頭髪も鮮やかな桃色だったりするのだが、やはり兵器だと(悪いほうの)衝撃が大きい。
ここがテーマパークだと言う事も無く、進水式が控えているとは言え軍用ステーションなのだ。場違いにも程がある。

「何か問題でも? ラクス・クライン」

さも平然と尋ねるのはプラントで一番エライ人 ギルバート・デュランダルその人。
何でこんなファンシーモンキーベイベーな物体を見て平然と……そうか、この人が作らせたんだ~
私にもボディラインが丸見え。胸が強調され、角度が厳しいハイレグなんて服を平気で着せるだけの事はある。

「いや、その……幾らなんでもこのカラーリングはMSが泣いているというか? 戦争舐めんな!みたいな?」

そう、コレは兵器なのである。プラントが戦後のゴタゴタから復活した証となりうる最新型!
三種類のバックパックを換装する事で、様々な状況に対応できるミレニアムシリーズ!
まだ配備数は少ないが近い将来にはザフトの将来を背負っていく事は明白なのだ。
そんなザク・ウォーリアが……濃いピンクとも薄い赤紫とも付かないカラーに塗られ、肩にはハロまで描かれている。

「そうかね? 君と一緒にライブで躍らせる為に作らせたんだが……」

「いや~! 私はまだ乗ったこともないのに!」

議長が指示を出せば、ビカン!と光るモノアイカメラ。続いてガシャンガシャンと重低音を立て巨体が踊り始めた。
ピンク色の戦闘機械が軽快なステップと振り付けを披露している……最新技術と最新機の無駄使いである。

「ラクス様はMSになど搭乗しません」

ピンクちゃん(ピンク色のザクなんてギャグだよね? ちゃんちゃん♪の略)を眺めながら、アワアワしていた私に掛かる鋭い声。
いつの間にか後ろの控えていたピッシリとスーツを纏った私の付き人である女性。ヤバ……

「MSを見ていたら昔を思い出してしまって……」

「昔も何もラクス・クラインはMSの操縦とは何ら関わりを持っていません。
 無意味な発言は余計な混乱を齎しますのでお控え下さい」

もう……取り付く島も無いとはこの事だろう。ラクス・クラインの付き人である時点で、普通の人間ではない。
軍人……しかもMSパイロットなどの花形ではなく、特殊部隊辺りの出身だろう。自己を極限まで殺した目を見れば解る。

「そうですね? 今の私はラクス・クラインなのだから」

「ですからそのような発言をお止めくださいと……」

タメ息と共に弱音が漏れた。自分が自分ではない、他人は自分を正しく認識していない。
その感覚がここまで恐ろしいものだとは、思っていなかった。戦場で戦うよりもずっと怖いと思う。

「まぁ、良いじゃないか。それくらいは」

サラさんの使命感で凍結された視線を遮ってくれる言葉。
デュランダル議長は本心を感じさせない口調で続ける。達観した優しい笑みを浮かべて。

「幾ら必要な事とはいえ、エースパイロットに相応しくない役割だと負い目に感じているんだ……ミーア・キャンベル」

「議長! その名前は……」

サラさんじゃないけど、驚きと焦りで声を荒げてしまった。
『ミーア・キャンベル』
その名前は……今では誰も呼ぶ事が無い……私の本当の名前。





私 ミーア・キャンベルはプラントなら何処にでもいる一般的なコーディネーターとして生を受けた。
まぁ、強いて違う点を挙げるとすれば二つ。まずは顔がコーディネートされなかったこと。
もう一つは……声がラクス・クラインにソックリだということ。
一つ一つは実に小さな事だ。少なくとも私はそう思っていた。顔だけで女を選ぶような男には興味ない。
歌を歌う事は大好きだったから、十歳そこそこで人前に出て歌うようにもなった。
似ている声の主 ラクス・クラインは既にプラントの歌姫と讃えられている。
難しいかも知れないが、少しでもその背中に追いつきたくて、オーディションや路上ライブで頑張った。
そしてそこで私は自分の不幸を知る。


『ラクス・クラインに声がソックリ』

だからどうした? 私はラクスの物真似をしている訳じゃない。

『ラクスと同じ声でロックとかビジュアル系とか……歌わないでくれる?』

どうして唄う歌まで指図されなきゃいけないの!

『同質の声で外見は劣る。つまり君はラクス・クラインの粗悪な類似品なんだ』

うるさい! 五月蝿い! ウルサイ!!


誰も彼もが私を『ラクス・クラインの何か』として見てくる。
ライブハウスのお客さんからオーディションの音楽プロデューサーまで。
常にラクスと比較される。そしてその比較は彼女が正しく、私が間違っているという大前提。

「私はラクス・クラインの偽者でも類似品でもソックリさんでもない! 私はミーア・キャンベルだ!」

私はそう叫び続けた。涙と声が枯れるまで叫び続けた。
まぁ、結局……私が諦めるまでその叫びが受け入れられることは無かったんだけど?

だから私は歌うのをやめた。歌っている限り、私は何時までもミーアとして認められないと思ったから。
そして選んだのは『軍人』の道だった。戦争の足音が忍び寄ってきており、軍人は幾ら居ても困らない時期の事だ。
歌ではプラントは守れない。私はラクス・クラインでは決して出来ない事をするの!
必至に努力した。なるべく違う存在になりたい! 歌とは違う価値が欲しい。
今にして思うと当時は完全にぶっ壊れていたと思う。軽い精神病患者だといっても言い過ぎではない。
『もし戦死したらミーア・キャンベルの名前で戦死者リストに刻まれる』
それすら嬉しく思っていた。死に物狂いで努力して、戦果を重ねていく。エースと呼ばれるようにもなった。
生と死の狭間を駆け抜ける戦いの間でみた歌の番組。ラクス・クラインは今日も平和を歌っている。

「貴女は遠くで届かない歌を唄い続けていれば良い。私はここで戦ってプラントを守るから」

その時の優越感は今まで生きてきて最高のものだったのを覚えている。
これで良かったんだ。同じ世界 歌の世界で生きていこうとした事が過ちだった。
ミーア・キャンベルとして胸を張って生きられる。ラクス・クラインを憎む必要も無い。
全てが上手く言ったと思った……なのにぃ!!


『プラントから追われるラクス・クライン』

『三隻同盟を率いるラクス・クライン』

『連合とザフトを敵にするラクス・クライン』

『戦いながらも平和を説くラクス・クライン』

そして……『戦争を終結させたラクス・クライン』

どうして? なぜラクス・クラインがここに居るの? 『歌』は貴方に譲ったじゃないか! 
何で私が代わりに目指したモノ 『戦うこと』にまで貴女は手を出すの?
もう少しだった……『勝利して獲得する平和』まであと僅かで手が届いたのに……
だけどラクスはソレを否定した。世界もソレを受け入れて、平和が訪れることになる。

もうダメだと思った。全てが崩れ落ちる感覚。結局ラクスが正しくて、私が過ちなのだ。
解っている。こんな考え自体が既に私の狂気染みた妄想の産物であり、一方的な感情。
私はこんなにも彼女を意識しているのに、ラクスはミーアなんて奴のことなど、名前すら知りもしないのだから。

「もう……どうでも良い」

無気力と言う状態が病の一種ならば、そこから一年の私は正しく重病人だったのだろう。
戦争の終結に伴いパイロット必要数減少の流れに乗り、事務に転職したは良いがやる気の無さからミスばかり。
歌手とMSパイロット。二つの夢を放り出して、やる気を出せと言うのは難しい。
今だ20歳にも届いていない若輩の身でありながら、隠居しようか?などと言う思考が脳裏を飛び交っていた。
突然職場に現れた最高評議会議長様がこう尋ねてくるまでは……

「ラクス・クラインをやらないか?」





私が現在いる場所はアーモリーワンの中でも異質な存在だった。
仮組みのステージ上ではド派手な照明が踊り狂い、バンドのリハーサル音が響く。
軍人ではなくどう見ても芸能関係の人々が闊歩している。極め付きはやっぱりピンク色のザク・ウォーリア。
ライブの進行表に目を通していた私に声をかけてきたのもそう言った人間の一人だ

「サビの振り付けなのですが、やはりこちらの方が……」

艦観式でラクスの復活ライブ(私のデビューライブ)で披露するダンスを担当した振付師。
彼女はサラさんや議長とは違って私の正体 ラクスが偽者である事を知らない。
だけど眼前のラクス・クラインに対して何の疑問も抱かずに行動している。
いまさらだが整形って凄い。プラントの技術は恐ろしいものである。
そりゃ~もうコピー&ペイストしたように同じ顔ですが……なら解らないって?

「ダメよ、歌の雰囲気と合わない。これは平和を祈るだけの歌じゃないわ。
 ザフトのお膝元、冷戦の最前線に身を置く兵士たちの為に歌う。
 もっと元気が湧いてくる感じにしないとだめだと思うの……新しいの考えて」

今の私はラクス・クラインと完全に同一の存在を目的としていない。
顔は整形でそっくりに作り直し、髪も同じ色に染めた。声は元のまま。他は殆ど弄っていない。
例えば四肢。コーディネートの成果ではなく、軍人として磨き上げられて引き締まっている。
例えばその……胸。正直、邪魔だな~と思っている豊富な胸。思いの外に平らな本物のモノとは違う。
もっとも大きな違いは性格だろう。神秘性とか穏やかな空気、ラクス・クラインが持っていたそんな雰囲気。
私はそんなモノは一つも持っていない。私は熱くなり易いし、意見を押し通したいタイプ。
つまり違う点は腐るほどある。同一条件を揃える事が優秀な「ニセモノ」の条件ならば、このラクスは三流だ。
しかし返ってくる言葉は無条件の同意だった。

「そっ、そうですね! ラクス様」

……理由はサッパリ解らないが、疑いを持つ人が現れない。
みんな彼女の歌う映像を見ていないのか? ゲリラ放送で流された反戦の訴えを知らないのか?
誰も彼もが目の前の敵を滅ぼす事しか考えられない状況だったヤキンドゥーエ最終攻防戦。
あの最中で二者を敵にしながら平和を唱え、どんな手段を用いたのか戦いを集結させた絶技を覚えていないのか?

「今のラクスはあの時……敵を殺すことしか出来なかったのにね?」

子供のように運命を呪い、獣のように敵を倒す事しかしなかったミーア・キャンベルが……
運命に祝福されながらもそれを振り切り、さらに大きな事を成したラクス・クラインを演じている。
正しく皮肉だ。

「何か?」

『何でも無い』と言う意思を表すように首を横に振る。
しかし内心で嗤う笑う嗤う。プラントのコーディネーターの目は節穴なのだ。
もしかしたらこの顔と声を持つものを無条件で信奉するように、遺伝子を弄られているのかも知れない。

「余計な考えだわ……」

余りにも無意味な思考の一人遊び。上記の妄想が例え全て肯定されるとして、何になると言うのか?
私がやるべき事は軍人として、上官である議長が求めるラクス・クラインを演じきることだけだ。
歌も戦いも自分が決めた頂には到底届かぬままに尽きた。夢はもうない。ならば少しでも人の為に……


「ドン」


それは突然来た。地面が揺れる鈍くて重い衝撃。
鼓膜を揺らす爆音に続いて、甲高いサイレンが緊急事態を告げている。
軍事基地とは思えない一般人率を誇る周囲ではパニック寸前だ。
まぁドラマーやギタリスト、スタイリストにメイクさんが落ち着いてたら気持ち悪いけど……よし、私がしっかりしないと!

「みんな、落ち着いて! 不要に動くと危険よ!」

「はっはい! ラクス様」

ラクスと言う名前だけで落ち着くのか~解っていたけど腹立つな~
そんな文句を言うわけにも行かず、私は次のアクションを起こす。

「ちょっとそこの貴方!」

声をかけた相手は本来こう言った場所に居るべき人 警備担当の軍人さん。
どうやらラクス・クラインがここに居る事を知らされていたらしく、私を見つけてホッとしている。
話が通し易い相手でよかった。

「ご無事ですか!」

「問題ないわ、状況を教えて」

「はっ! ハンガーが何者かに襲撃され、最新鋭機が強奪されたそうです!」

チッ! 戦争が終結して二年の間にザフトも抜けてしまった
まぁ……一年間グータラしていた私が言っても全く説得力がないね? そうだね?
この間にも爆音と震動が止まない。巨大な銃器が火を放ち、ソレを受けたMSが爆散する衝撃だ。
つまり強奪の後に戦闘行為が発生している事を示している。

「すぐシェルターにお連れします」

「この中を歩くのも結構危ないと思うけど……」

ついつい口から漏れた私のボヤキが一気に帯びる真実味。
風を切る音、何かが飛んできた。それだけが辛うじて理解できる。
ふいに影が生まれる。何かが飛んできて人工の明かりを遮ったのだ。

「ラクス様!!」

叫び声と軽い衝撃。視界が回転し、作り物の地面と作り物の空が交互に見える。
何度か地面と熱い抱擁を交わしてから立ち上がった。目の前 少し前まで私がいた場所にあるのは巨大なナニカ。
恐らく破壊されたハンガーかMSの欠片だろう。あれ? さっきの軍人さんが居ない。

「っ!」

思わず息を呑む。状況を理解してしまった。
私が居た場所に落ちてきた巨大な瓦礫。しかし私は潰されていない。
突き飛ばされたから。ならば突き飛ばした人は?
瓦礫の下から滲み出てくる赤い赤い赤い……僅かに離れた場所にポトリと落ちているのは……千切れた片腕。

「あぁあ……あぁああ!!」

死が怖かったのではない。死はいつも直ぐ隣に居た。鋼の壁を隔てた真空の地獄。
MSサイズならば正しく紙一重の場所を通り過ぎるビームの奔流。
確かに直接的に死体を見た回数は少ないだろう。しかし叫びの本質はソコには無い。


『ラクス様!』

そう彼は最後に叫んだ。ラクスだから助けた。
命令だからだろうか? それとも命を賭けるに値するからだろうか?
けれど私はラクス・クラインじゃない。歌も戦いも途中で投げ出した半端モノ。
言われるままに自分を捨て、ゴッコ遊びに精進できる愚かモノ。

「貴方に助けてもらう資格なんて……」

恐々とした手つきで、握り締める冷たい手。
どれだけ力強く握り締めても反応は何も返ってこない。
事態を飲み込めたスタッフの一人が恐る恐る近づいてきて、一言。

「ラクス様がご無事で良かった……彼も本望でしょう」

「違う……違う……私はぁ……」

『助けてもらう価値なんて無い! 私は唯のミーア・キャンベルだ!!』
絶対に口には出せない真実の叫び。その暴露は一人の人間の死をさらに無意味な物にしてしまう。
形容できない感情を吐き出されること無く、内心で轟々と音を発てて燃え滾り始めた。
伏せていた瞳をゆっくりと開く。もし昔の私を知っている人物が見たら、その瞳は実に懐かしいものだろう。

「あった……」

危ない闘争の色に輝く瞳は捉えてしまった。
仰向けに転倒し、都合がいい事にコクピットが開いた鋼の巨人。
ピンク色に塗られようとその本質は変わっていないだろう兵器 ザク・ウォーリア。
駆け出す。後ろを見ても居なかったが、前を見ていたわけでもない。反射だった。

「ラクス様! 何を!?」

「あの機体で出撃します。貴方たちは直ぐ非難して」

何時ビームやミサイルが飛んでくるかも解らない乱戦。
生身の人間が無事に逃げ切るにはMSの護衛が不可欠だろう。

「なりません! 貴方の身に何か遭っては!」

当然とかかる静止の声は盛大に無視する。こんな時ぐらいラクスとしてのワガママも良いだろう。
軍人としての訓練をサボって久しいものの、私の体は躓く事無くザクの胸部を駆け上がった。
ヒラヒラと動きを演出するスカートが邪魔臭い。コクピットに飛び込み、数回身を捻ってシートへ座る。

「よし……戦闘機動は可能ね?」

ディスプレイには確かに光が灯り、それを見ながらキーボードを高速で叩く。
ダンスの為のプログラムを引っ込め、凍結されていた戦闘用プログラムを呼び起こす。
戦う兵器として作られながら、人の目を楽しませる為に飾られた鋼の巨人。
そんな中でも確かに戦うための術を持っている。まるでラクスを演じながら、戦うことにも惹かれる私のようだ。

「似た者同士なのかしらね?」

そう考えるとこのファンキーな機体にも愛着を覚えるというものだ。
操縦管を優しく一撫でしてから、感触を確かめるように強く握る。
フットペダルを押し込んで、わたしは桃色の巨体を起き上がらせた。
モノアイ、モニター共に良好。大きく息を吐き、一歩を踏み出す。


「ラクス・クライン! ピンクちゃん、いきま~す!!」



[7970] 偽ラクス様、戦う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:12
シン・アスカはプラントの軍事組織 ザフトの一員だ。
その上、エリートの証である赤服を与えられ、進水式の花形を務める新型のGタイプを任せられている。
しかし彼は新兵である。配属先の新造艦ミネルバも正式な所属が成されていない。
いわば全ての前提となるべき式典を前にして、新型機の強奪という事態に遭遇したのである。
MSパイロットとしての腕前は本物かも知れない。しかし軍人 戦う者としてはまだまだ。

故に背後を取られるようなミスを犯す。



「しまった!」


俺 シン・アスカは叫んでいた。初めての実戦で熱しかけた神経に流し込まれた冷水。
ロックオンアラートが背後から狙われている事態を告げる。しかしもう遅い。
目の前の強奪機体 ガイアとの戦いに集中しすぎた。この距離ではアビスの多彩な砲撃を避けられない。
訓練で積み上げられた鋼の理性が音を発てて崩れていくのを感じる。
死が音を発てて迫り、口から漏れそうになるのは嘆きの叫びか後悔の憤怒か?

しかし俺が次に見たのは死を呼ぶビームの奔流ではなく、弾き飛ばされるアビスと……



『見事なドロップキックを喰らわせるピンク色のザクだった』



……操縦桿にどんな入力し、フッドペダルをどう操れば、こんな馬鹿げたマネが可能なのだろうか?
しかも着地までポーズをとるくらいの余裕があるし……


『そこの君! ボーとしない!!』

「はっはい!!」


恐るべき妙技に驚愕していたら叱咤の声がピンク色のザクから通信で届く。
どうやら相手の通信系統に不具合があるらしく、映像は砂嵐だったがキレイな声だった。
著名な歌手のようでもあり、ただキレイなだけではなく、筋が一本通った力強さがある。


「どっかで聞いた声なんだけど……」


トンでもない有名人の声だった気がするのだが思い出せない。もしくは確証が持てない。
きっとソレは本来の声が持ちえる本質と離れすぎている故に感じる感覚だろうか?
だけど不快な印象は受けない。本来の形から外れたソレは酷く優しい音で俺の心を捕らえ始める。



「凄い……」


ガイアとの斬り合いを再会しながらだったけど、サイドウィンドウに僅かに映りこんだピンク。
とても最新鋭の兵器にするべきカラーリングでは無いと思うし、肩に描かれている丸い物体は何だろう?
とまぁ、イロイロと納得できない点は存在するが、凄いと言うのは名も知らぬ人が乗るピンクザクの戦い。


装備が無かったのか? 振るっているのは式典用装備の模擬剣。
PS装甲を装備したアビスは勿論、通常の装甲にすら傷をつけるのが難しいソレ。
だがピンクのザクは一歩も引いていない。絶妙な剣技、達人の域で果敢に挑む。
振り下ろし、振り上げ、薙ぎ、突き、払う。効果的な一撃は生まれないが美しい連撃が決まる。
一方、当たれば一瞬で致命傷となりうるアビスのビームランスは空しく中で泳ぐのみ。


「「なっ!?」」


だがさらに驚くべき妙技を見る事になる。
煩わしい獲物を薙ぎ払おうとアビスが肩の砲門を展開。
もとより敵の武器ではPS装甲に傷一つ付けられないと確証をもっての行動。
だが次の瞬間、アビスの片腕が切り飛ばされて中に舞った。

俺もアビスのパイロットも何が起こったのか解らずに叫ぶ。
いつの間にかピンクザクの片手に握られていたヒート・トマホーク。
不意討ちで放たれた一撃。見事だった。
本来ならば切断する事は難しいだろうPS装甲をキレイな断面を残して斬り捨てる。



『なぜ使わなかった?』

最高のタイミングで奇襲する事を目的とした……と言うのは簡単だ。
だがやるのはとてつもなく難しい。成功するか解らない奇襲のために、それまでの生存を危うくする。
使うまもなく死んでしまうかもしれない武器、それを勝利のために使わない。
度胸じゃない。もちろん無謀でもない。積み重ねた経験の成果である。

『凄い人だ』



「ゲッ!? 動力系にアラート出ちゃった……どうしよう」


本当に子供染みた憧れが染み出てくるのを感じていると、そんな声が聴こえてきた。
反射的にオレはこう進言していた……いや、ちょっと打算も在ったのかな?


「なら! 俺の母艦……ミネルバに行けばいい!」


ミネルバに行ってくれれば、この人とチャンと顔を合わせて話が出来る……って。



当事者二人にどれだけ自覚があったのか解らないが、この瞬間こそが……
新生ラクス・クライン、機動歌姫 偽ラクス、ミーア・キャンベルのファン一号が生まれた瞬間だった。









「やってしまったかもしれない……」


私 ミーア・キャンベル 芸名ラクス・クラインは、ミネルバのMSデッキにピンクちゃんを降り立たせながら、呟いた。
スタッフを安全に非難させて、視界に入ったGタイプの戦闘に介入した辺りから問題がいろいろと……


「やっぱり禁断の最終奥義は使っちゃダメね……」


禁断の最終奥義 別名は『MSでドロップキック』という。
別に恐るべき威力があるわけではない。では何故にして禁断の最終奥義なのか?
簡単なこと。模擬戦で披露したら日程が全て中止になり、査問委員会が開かれて一晩中怒られた。
何が不味かったのは未だに解らないままだが……やるとヤバイのである。


「まぁ、全ては上がりきったテンションがいけないのよ? 私は悪くないもの」


あと問題があるとしたらやっぱりピンクちゃん(ピンク色とかマジでありえない~ちゃんと考えてぇの略)の外見。
戦争を舐めているとしか思えない派手なピンク、肩には可愛らしいマスコットの図柄。
もう擦れ違った全てのMSから世界の不思議に出会ったような視線を感じまくっている。



『ちょっと、なにぃ! このファンキーなザクは!?』


そして直面する最大の問題は降り立ったミネルバMSデッキの情勢だ。


『しらねえよ! 呼びかけても返事はねえし、勝手に上がりこんでくるし!!』


真っ赤なアホ毛が目立つ赤服の少女と熱血な中年技術屋を筆頭に、スタッフ一同が盛り上がっている。
戦闘中は音声だけは送れていた通信機能だったが、今では完全に送信システムが死んでしまった。
故に向こうが何を言っているかは聞こえるが、こちらの声は届かないので全く意思疎通が出来ない。



「降りて話すしかないわね。幾らMSが変でだろうと私もザフトの……」


軽い諦めと共にベルトを外し、ハッチのロックを解除しようとして、ふと思い出す。
ふと自分の格好を思い出す。自分は何を着ている? ザフトの軍服? パイロットスーツ?
ボディーラインがピッチリ見えるハイレグとヒラヒラ揺れる為だけに付けられたスカート状の何か。


「あぁ……私はザフトのミーア・キャンベルじゃなかったんだ……」



どうする? 普通に降りて言ったら怪しさ大爆発だ。拘束、下手をすればその場で撃たれかねない。
所属を名乗るとか……ラクス・クラインは何処の所属だ? 所属を名乗るのは軍人ならば可能な反応。
正しいラクス・クラインの反応をしなければ……ラクスの何が正しいか?なんて知る訳が無かろうに……


「ならばアレだ……正しい歌姫の反応を……」


余計に解らなくなったぞ、畜生。



『降りてこないわね、怪しいわ』

『武装隊に連絡を入れるか?』


外では全くよろしくない方向へと会話が弾んでいる。
思わず私は反射的に自分が意識する歌姫っぽいアクションを取っていた。


「とう!」


コクピットを開いて私は飛び出す。隠す意味を持たない装飾の為のスカートが煌く。
あらかじめコクピット側で開かせていた掌に飛び乗り、大きく息を吸って……叫んだ。


「ザフトのみなさ~ん! こんにちわ~」


掌の上でクルリと回る。なるべく愛らしさを感じさせる笑顔と声を捻り出す。


「お仕事中にゴメンなさ~い、ラクス・クラインで~す! キラッ♪」


ウインクを一つ、アニメで某歌姫がやっていた片目の前で横向きVサイン。
完璧だ……私の中での歌姫、私の中でのアイドル像を全て捻り出した集大成。
しかし!


「「「「「……」」」」」


沈黙が降りた。疑りを感じさせる視線が注がれまくる。
滑ったか……どうやらザフトもまだラクス一つで騙されるほど腐っていないらしい。
味わいたくない静寂を堪能していると、赤服を纏った少女が一歩前に出て問うて来た。


「ラクス・クラインはMSに乗るの?」

「乙女のぉ~嗜み♪」

「……」


なんじゃその言い訳は……自分で言っていてなんだが意味不明だ。
営業スマイルが引き攣るのを必至に堪えている私を見上げていたザフトの皆さん。


彼らが不意に爆発した。



「うぉおお!! ラクス・クラインだってよ!?」

「あの桃色の髪に女神のような声! 本物だぁ!!」

「なっ生ラクスを見てしまった……」

「私ってばラクス・クラインになんて無礼な事を! すいませんでした!」



わ~超信じてる~
ラクスの顔と声を信奉するようにコーディネーターって作られてるんだ~
もうザフトはダメだ~



[7970] 偽ラクス様、叫ぶ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/02/25 23:53
「あの美声」

「あの輝く桃色の髪」

「あの女神のような容姿」

「「「「「無違いない! 『本物の』ラクス・クラインだ!!」」」」」



『ごめんなさい、バリバリの偽物です!!』



……なんて叫びだしたい衝動を私 偽ラクスことミーア・キャンベルを必死に抑えていた。
そして余りにも滑稽な状況に大爆笑してしまいそうなのも、精神コマンドをフル動員して我慢もしている。

いま私が居るのはファンシーなカラーリングがされたザクウォーリアー(通称ピンクちゃん)の掌の上。
軍属でもないのにMSに乗って、通信機が不調だったとはいえ無許可で戦艦ミネルバに着艦した事を誤魔化すショーの真っ最中。
小さく手を振りながらたおやか微笑みを浮かべる作業。それを実現するために練習を繰り返してきた顔面の筋肉が痙攣を起こしそうで……顔が攣った!



「さっきは本当にすみませんでした! まさかラクス・クラインがMSに乗っているなんて思わなくて!」

なんとかピクピクと震える顔面を誤魔化していると、ファンサービスの舞台から降りる許可が下りたみたい。
ピンクちゃんの掌の上から解放され、私がいま歩いているのはミネルバの通路。無機質な中に満たされる戦船の匂いが私の魂を刺激して止まない。

「それは別に良いのよ? 貴方は軍人として正しい反応をしたんだもの」

そうなる事を熱烈に欲していたとは思えないほどに苦痛だった、『アイドル 偶像行動』の心理傷を強力に癒している
ただ先導してくれている軍人の後輩に違和感を覚えてしまった。

「貴女、新米さんかな?」

着ている軍服こそエースの証しである赤なのだが、正々堂々と下半身ではピンクのミニスカートが翻っている。
コーディネーターでは珍しくもない深紅の髪は頭の天辺で鋭角な機動を描く一種の『アホ毛』。
そして何よりも雰囲気。まだまだ戦場を知らないアカデミーの学生っぽさが残念な事に滲んでいた。

「あっ……やっぱり分かっちゃいます? うちの赤服は私を含めてみ~んな初配属なんです」

どおりであの最新型 インパルスのパイロットも腕は良かったけど、違和感があった訳か……
このアホ毛の新人赤服さん ルナマリア・ホークは愛機のザクウォーリアが不具合を起こして引きあげて来たらしい。
私のピンクちゃんも通信機能が死んじゃったし、まだまだ最新鋭機の整備に課題は多いわね……ってラクスがそんな心配しちゃだめか?

「そういえばさっ! 短かったけど初陣なのでしょ……どうだった? 戦場の感触はっ!?」

まずい! いくらなんでも迂闊すぎる。口に出してから気がついた。
いかに私が本当にラクス・クラインと同一の存在を目指していないとはいえ、『戦場の感触』など平和の歌姫が用いる表現ではない。
これではまるで『ラクス・クラインが最前線で戦ったMSパイロット』のようじゃないか!

「そうですね! 訓練とは張り詰めた空気が違うと言いますか……」

ほっ……安堵のため息が漏れた。初陣の興奮が思い出されるからか、それとも相手がラクスだからか?
とにかくルナマリアは私というアイドルが発したラクスらしくない発言には気を払っていないらしい。
一安心……なんて考えてしまったからだろうか? 私の口はまたもやも盛大に滑ってしまった。


「私は……」

他人に聞いてみて自分の事を思い出す。そして思わず口からこぼれてしまった。

「私は……怖かったな」





「え?」

初めて感じた戦場の高揚とプラントの歌姫ラクス・クラインを案内するという大役への緊張が私 ルナマリア・ホークから消し飛んだ。
ラクス・クラインが呟いた一言がまるで極寒の風のように辺りを蹂躙する……ように感じた。

「あっ!……いまのはその……聞かなかった事にしてくれないかな?」

だがすぐさまそんな雰囲気は消し飛び、ラクスは困ったように微笑んでいる。
何時の間にやら彼女を送る先 ブリッジに到着していたから、ラクスは扉の向こう側へ。
茫然としていた私も彼女が消えたことから本来の仕事に戻るべく踵を返す。

「なんだったんだろ……っていうか!」

不意に気がついた。ラクス・クラインはこう言ったのである。
『私は初めて戦場に出た時、怖かったんだ』と……

「なによ! ただちょっとMSが動かせるだけでしょ!?」

どうしてこうもイライラするのだろう? 相手はプラント救国の歌姫だ。ただの新人赤服程度がこんな感情を抱く事もおこがましいのかも知れない。
けれど、『ちょっと』乗れるだけの人物にあの高揚を否定されるのは納得できない……いや、違う。
あの言葉の重さ、実体験として語る口調。空気すら一瞬で凍らせるような存在感。

「あれじゃまるで……ラクス・クラインは歴戦のMSパイロットだったみたいじゃない」

私は『少しMSが動かせるだけ』だと思っていたからこそ、そんな感想を呟く。
『ラクス・クラインはテロに巻き込まれたから嗜んだ程度の操縦技術で、何とか味方の船まで辿り着いた』
そんなワイドショーが大喜びしそうな美談ってだけ……ほんの数分後、私は自分の考えが大いなる間違いであった事をその目で目撃することになったのだ。





私こと タリア・グラディウスはいま猛烈に溜息を吐きたい。吐きたくてたまらない。
最新鋭艦の艦長を拝命したのは良い。とても喜ばしい事だ。一部の能無し共には『寝技で手に入れた』と言われているようだが構わない。
確かに彼との関係は優位に働いているのだろうが、自分の評価は正当に行われた能力に基づいていると知っているから。
問題があるとすれば……私のパトロンであるプラント最高評議会議長 ギルバート・デュランダルが何故か後ろに座っている事。

「……という事で降りてください」

「だが断る。私には義務もあれば責任もある」

「……ちっ!」

そして正式な着任を前にしてテロに遭遇し、これから緊急出撃をしようとしてこと。
さらにギルバートがわがままを言っている事。もうこれだけで十分困っているというのに、居もしない神は心労で私を殺したいらしい。


『オーブ代表 カガリ・ユラ・アスハが乗艦』


何がどうなってそうなったのか? 問い質したいが相手は口を聞こうともしない偶然という神の悪戯だろう。
どうしてこれから突発的追撃作戦を行う戦闘艦に国の代表が二人も乗っているのだ?

「はぁ? お姉ちゃん何を言っている?」

不意に聞こえたのは突拍子の無い通信管制 メイリン・ホークの声。
お姉ちゃんという言葉から通信の相手がMSパイロットである彼女の姉 ルナマリア・ホークである事が分かる。

「作戦中に冗談なんて笑えないよ?……だからなんでラクス・クラインがこの船に乗ってるの!?」

はぁ? 私は何を疑えば良い? 自分の耳か? それともルナマリアか? メイリンホークか?
それともよっぽど私を殺したいらしい神様か? いやまて……新人パイロットが錯乱している可能性もあるわ。

「ピンク色のザクに乗ってきた? どうしてラクスがMSになんて……『間違いない、それはラクス・クラインだよ』……え?」

メイリンの声に割り込んだのは後ろに座っていらっしゃるプラントで一番偉い人。

「連絡が取れないから心配していたんだ。本当に良かったよ、ブリッジに上がってもらってくれ」

「はっはい!!」

艦長である私をスル―して行われる連絡。まぁ、しっかりと命令に従っているメイリンに文句は言わない。
ただ黙って眉間で硬度を増していく皺を揉みほぐすのみ……「失礼する!」……ラクスが到着するには早すぎる来訪者。
この声には覚えがある。

「状況を教えてほしいのだが」

「カガリ! ここはオーブの艦じゃないんだぞ!? もう少し礼儀というものを」

入ってきた金髪の女性、いや少女はカガリ・ユ・ラ・アスハ。オーブの姫獅子。
その後ろの青年は大きなサングラスが似合っていない……アレックスだったか?
それにしてもなんだろう? この二国の代表が集う戦闘艦のブリッジは。
勝手に同席することを認めているギルバートには後で折檻するとして……ここにラクス・クラインも混じるのだった。

戦場で命を落とすのは軍人の本望、艦上で死すは船乗りの宿命。
そのどちらをも満たしているのだが、直接的な原因が心労ではあまりにも悲しい。
追撃作戦の真っ最中だというのに思わず下を向いてしまった。そして後部の扉が開かれる音。
カツンカツンと規則正しい靴音 訓練された者の足音である事が見なくても分かる。
ラクスを連れて来たルナマリアだろうか? いや……彼女にはブリッジの中まで来るように言っていない。
それ以前に足音が一つだけということは……


「入ります!」


顔を上げればそこに居るのは見知った顔。何時も直接接しているからではなく、テレビの向こうで知っている人物。
輝くような桃色の長髪、アクセントになる星型の髪留め。同じ女性が見ても照れてしまうような衣服。
女神を模してコーディネートされたかのような美貌と美声。グダグダに成りかけていたブリッジの空気を吹き飛ばす裂帛の声。


「ラクス・クライン、出頭しました!!」


可笑しいな? 
そこには際どい食い込みに胸を強調する水着のようなオーバー、スカートの役目をしていないヒラヒラと動く布切れを合わせたステージ衣装を纏って……


『ラクス・クラインが見事な敬礼をしていた』


彼女のような超法規的立場にいる人間にはどのように対応していいのか?
私 タリア・グラディウスは正直な話、まったく分からなかった。
だがその見事な敬礼を見てしまえば軍人としてやるべきことはすぐに分かってしまうというもの。

「ご苦労さま」

反射のように敬礼を返していた。クルーたちもあの歌姫を前にして、興奮や戸惑いを覚えることなく見事な敬礼でソレに答える。
新造艦のブリッジクルーが今までの短い付き合いの中でもっとも纏まった瞬間だろう。






追伸
その時のギルバート・デュランダルは笑いを堪えるのに必死だった。
その時のカガリ・ユラ・アスハとアスラン・ザラは状況を理解することに専念していた。

そして……その時のミーア・キャンベルは(心の中で)叫ぶ。


『やっちまったな!!』



[7970] 偽ラクス様、感謝する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/01 00:46
『反射だったんです』

『悪気はなかった』

『信じてほしい』

『今は反省している』



そんな言葉が脳内を亜高速で飛び交う中、私 偽ラクスことミーア・キャンベルは見事に固まっていた。
東アジアの島国に伝わる伝説の遊び「ダルマサンガーコロンダー」でも決してアウトにならない見事な静止っぷりであろう。
止まらざる理由は二つある。一つはそれはそれは見事な敬礼をかましてしまったから。
癖というのはなかなか抜けないモノであるという事を今ならば本当の意味で理解できる。
「初めて訪れた戦闘艦のブリッジに入る」
その行為により昔ならば確実にやっていただろう行動が理性を塗りつぶしていた。
故に敬礼である。鏡が無いので分からないが一年数カ月のブランクを考慮すれば、アカデミーで見本とし映像資料になってもおかしくはあるまい。

「……ラクスだよな?」

気まずい沈黙を破ったのは余り趣味が良いとは言えない色の例服に身を纏った金髪の少女。
政治になどからっきし興味が無かったころならば、ちょっと勝気な感じの女の子程度にしか思わなかっただろうが、今は違う。
その人物がだれなのか理解できたし、その人物に遭遇してしまう事が偽物のラクスとしてどれだけ危険なのかも解ってしまえた。

「えぇ……お久しぶりです、カガリ様」

声は何とかそれらしい音を紡ぎだせた。だが心の内ではそうもいかない。
どうしてこいつがここに居る!? カガリ……カガリ・ユラ・アスハ。
そう、あのアスハ。中立の島国 技術立国 オーブの大人気な合法的独裁家族。
彼女はその正当な血統を持つオーブの姫獅子。そして何よりも厄介な事は……『本当のラクス・クラインと親しい』こと。


「違う……」

違う? 私はラクス・クラインでは無い、と? まぁ、そんなことは誰かに言われるまでもなく理解している。
私はミーア・キャンベルだ。歌で生きていこうとして挫折し、MSパイロットである事も投げ出した半端者だ。
そんな有難い忠告は二人っきりの時にしろ、このグラサンハゲめが……ってこいつは確か!?

「会いたかったですわ~」(建前)

『これ以上は!!』(本音)

可能な限り甘い声を絞り出す。この行動は反射では無い。数多の可能性を計算して導き出した結果。

「?」

茫然とするターゲットの首元に飛びつき、戦場では邪魔でしかない質量過多な胸部を押し付ける。
これからすることを考えれば、これくらいの偽装とサービスがあっても良いだろう。

「アスラーン♪」(建前)

そう、コイツはアスラン・ザラ。あのザフト強硬派にその名を冠するパトリック・ザラ元議長の息子。
同時に優秀なMSパイロットであり、先の大戦ではあのストライクを撃破する功績から勲章を受領。
だというのに最後はザフトを飛び出し、あの三隻連合に所属して戦争を終結させた英雄殿。

『言わせはせんよ!』(本音)


そして最も重要な事はこいつが『本物の』ラクス・クラインの元婚約者だということだ。
他の誰が『このラクスは偽物だ!』と騒ぐよりもコイツが否定した方が影響力と騒ぎがでかくなる。
故にこれ以上は言わせる事は出来ない。
首元には飛びつくだけでは終わらない。顔を擦り寄らせるように見せかけて『絞め』……勢いをつけ過ぎた風を装って『捻る』のである。



『ゴキリ』


アスランのもっとも近くに居る私、そしてカガリ・ユラ・アスハだけがその音を聞く。
骨とかが色々とアレな感じで曲がってしまった時に発せられる音である。

「■■■!……」

悲鳴にも似た無音の叫びはすぐさま途切れ、ターゲットの体から力が抜ける。
心配するような言葉を吐き出しながら、アスハに牽制の視線を飛ばしておく事を忘れない。
この一連の行動でいかに頭が弱い人間でも、私がラクス・クラインじゃない存在である事は理解できてしまうだろうから。

「あ~やっぱり元婚約者同士は違うな~」

……と的外れなオペレーターの子の呟きを遠くで聞きつつ、事情を知らないモノには元婚約者同士の素敵なスキンシップに見えていることに安堵。
口からエクトプラズマ―的な何かを吐き出しそうな元婚約者(設定上)を今の女(たぶん)に押し付けて、私は踵を返す。
向ける視線の先は私のマネージャーたるデュランダル議長……ではなく、VIPを満載した船を任されているだろう艦長殿の方。

「現在の状況は?」

たまたま乗り合わせてしまった戦闘艦において、まずはなすべき事はその鑑が置かれている状況を的確に把握することだ。
これは『本来所属するべきはない戦艦に乗り合わせる』いう稀有なシチュエーションをあえて想定するまでもなく、現状認識こそ戦場の基礎。
的確に自分を取り巻く状況を理解することで、任務達成と生還という戦士の至上命題の達成率を向上させる。

「えっ……えぇ。ボギーワンと命名されたアンノウン鑑との距離が……」

何やら驚く事があったらしい艦長殿が慌てて言葉を紡ぎだす。
語られる内容は決して楽観視できるものではなかった。何せこれだけのVPを満載した進水式前の戦艦が単独での追跡。
そして相手は強奪したばかりの機体でこちらの攻撃を退ける三人+メビウスゼロのような有線式ガンバレル使いと最新鋭艦ミネルバを相手に速度で劣らぬ母艦。

「だが此処で逃がすのは余りにも危険すぎる。姫やラクスには申し訳ないが降りて頂く暇は無い」

「分かっています。事と次第によっては三年前から続いていたインターバルが終わりかねないもの」

降りるはずの面子に自分を含めて居ない辺りがデュランダル議長らしい。
この人は穏健派だろうと戦うべき時と戦う準備の価値を知っている人だ。
今回ばかりはその準備が裏目に出た形になってしまったのだが……

「地球での戦闘 陸・海・空にそれぞれ特化したセカンドシリーズ……捉え方によっては『ザフトは地球進行を企てている!』とバカげた陰謀論者たちを元気づけてしまう。
 それにあのアンノウン……アークエンジェルタイプですよね?」

「「「「!?」」」」

そう、少し映像で見せて貰っただけだがすぐに分かった。あの大戦を戦ったザフトのMS乗りならば、忘れてはならないシルエット。

「海上戦艦を宇宙に浮かべただけの連合旧式鑑とは一線を隔すデザイン。
 ザフト鑑以上に計算されつくした対MS対空防御システム。左右に突き出したMSデッキから付いた名前は足つき」

他のどんな戦艦よりも混乱の焦点たる地位に相応しい血みどろの華々しい戦歴をお持ちのシリーズ。
恐らく建造コストからすればそれなりの地位と金がある者でなければ建造、運用することは難しいだろう船。
恐らくあれのオーナーは大西洋一帯に覇を唱える青いコスモスが根を張った大国の所属だろう。
つまり……だ。


「よっぽど血塗れの第二ラウンドを始めたい人が多いって事でしょうか?」


そこまで喋って周りの空気が大変な事になっている事に気がつく私。
バカバカ! ミーアのバカ! あれだけラクスっぽく居ようと練習したのに、緊急事態になると素の自分 軍人としての自分が出てしまう。
ふたたび『やっちまったな!』と内心で叫ぶ前、アラートが鳴った。
そして私は内心でこう叫ぶ事にしたのである。『ありがとう、神様!!』



なぜだ……長く書いていた割には話が進みません。許してOrz



[7970] 偽ラクス様、語る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/25 05:34
ミネルバに帰還してから数十秒間、インパルスのコクピットで荒い息を吐いていたシン・アスカは何とか暗いその場所から抜け出した。
急すぎる初陣でゴチャゴチャに絡まった感情が制御できないような状況だったが、ソレを目にした瞬間に若干の収まりを感じる。
物々しい戦艦のMSデッキには似合わないその色は蛍光ピンク。最新鋭の兵器 ニューミレニアムに塗りつけられた色だ。

「来てくれたんだ!」

そのザク・ウォーリアは間違い無く、あの機体だ。自分を助けてくれた恩人の機体。
目を見張るような操縦センスとクソ度胸、優しくて凛とした声を持つ顔も知らない人の機体。
正直な話、ミネルバへの着艦を勧めたのは完全な思いつきであり、具体的に何がしたいというのは頭には無かった。
ただ純粋に『会って話がしたい!』という子供じみた感想が在っただけ。

「なぁ! あれのパイロットってさ……」

思わず緩くなる頬を抑えることが出来ないまま、これからが本当の仕事である整備班の友人 ヨウランへと問うた。
いや、問おうとした。それを遮るように返事が先に来た。待っていたモノではあるのだが、やはり驚きは隠せない。

「おぉ! シンか!? 聞いて驚け!! あのMSにはな!!」

『いま何処に居るのか?』とか『どんな人だった?』みたいな質問をしようとしていたのだが、ヨウランが教えてくれたのは個人名 パイロットの名前。
しかも決してこのような状況で出てくる名前では無かったのだ。


「ラクス・クラインが乗ってたんだ!!」


「はぁ?」

ヨウランの奴はどうやら突然の初陣で頭のネジが吹き飛んでしまったようだ。後で優しく医務室に連れて行ってやろう。
そんな事を考えてポンと肩を叩き、肩を叩き宥めるような視線を送るが、病気の進行は止まらない。

「ヨウラン……医務室に行こうぜ」

「あ? シン! お前信じてないな!! マジなんだってば!!」

これは幾らか説得に時間がかかるな~と思っていたが、いつにもまして不機嫌な足取りで格納庫に入ってきたルナマリアを見つけて安堵。
二人で説得すればヨウランも諦めるだろうし、自分が本当に知りたい事柄も正常なルナから聞く事が出来るだろうから。

「ルナ! ちょっと来てくれ! 実はヨウランが『あ~! もう! 何よ、あのラクス・クライン!』……え?」

何やら物騒な単語が聞こえた。ラクス……クライン? いや! 落ち着け! 餅突け!
これは何かの偶然であり、決してこのMSのパイロットがラクス・クラインなんて事があるはずもなく……

「ちょっとMSに乗れるからって!!」

一刀の下で切り捨てられた。どうやら本当にあれのパイロットはラクス・クライン……なのだろうか?
そういえばあの綺麗な声は時たまテレビの音楽番組で流れて居た声に似ていない事もなかったような気がする。
しかしだ!!

「でもさ! 『ちょっとMSに乗れる』なんてレベルじゃなかったんだぜ!?」

そうとも。ただの歌姫に、それこそMSパイロットが本職では無い者に出来る動きでは無かった。
どんな入力をすれば可能なのか分からないドロップキック、致命傷にはなりえない儀礼剣で最新鋭機を翻弄、奇襲とはいえPS装甲を一撃で切り捨てる妙技。

「……ってぐらい凄いパイロットがただの歌姫な訳が……ん?」

熱くなる口調を抑えることが出来ないまま、この眼に焼き付いている絶技を余すことなく語って聞かせると、何やら友人二人が変な視線を向けてくる。
まるで『訳の分からない事を言い始めた友人を心配するような目』である。
ついさっきまでヨウランに向けていた視線。つまり……


「シン……医務室に行きましょう」

「ラクス様がどうとかじゃなくて、そんな真似が出来る奴なんて居ないって。な?」


ジーザス……今度は自分が病人扱いされる番のようだ……





「これからMSデッキに上がります」

プラント最高評議会議長とオーブ元首にご一緒する豪華な戦闘艦案内ツアーの最中、美系という言葉しか浮かばない赤服君の言葉。
ラクス・クライン(職業名)をやっているミーア・キャンベルは驚きと共に喜びを覚えた。
昔の仕事が仕事だっただけに、アイドルなんぞに精進する今になっても、MSへの興味は尽きない。
これでも一時は『自分にはこれしかない!』とパイロットへ打ち込んでいた身なのだから。

「よろしいのですか? 私は民間人だし~こちらのわんぱくお姫様はオーブの方ですわよ? 議長」

もちろんそんな意見に深い意味など無いのだ。ちょっとした遊び心。
さっきアスランをノックアウトした私に対して、既に偽物である事を超えた敵対心を剥き出しにしている御方へのけん制。
あっ! それとアスランは死んでませんからね? 永久退場とかしませんからね?

「このような事態に巻き込んでしまったお詫びも兼ねてね?
 それにしてもお二人は親しき仲と窺っていたのですが……何か諍いでも起きましたかな? 姫」

「よくまぁ……」

思わず噴き出しそうになった。ギョッとしたお姫様 カガリ・ユラ・アスハの顔と言ったらない。
しかし偽物を作った張本人が、本物との仲をネタにするなんて、本当に大した大根役者だ。


「ここがMSデッキになります。搭載可能数は軍事機密に当たる為にお教えできませんし、現在その数が搭載されているわけではないのですが……」

場の空気が換気を必要とするほど悪くなる前に、イケ面の赤服君 レイ・ザ・バレル君の言葉が割って入る。
目の前には戦艦の中で最も大きな割合を占めるだろう空間。
一望出来る景色には緑のザク・ウォーリアーやゲイツRにまぎれて、私の旅の道連れ 場違いなピンク色 ピンちゃんがドンと佇む。

「って言っても見る人が見れば~」

大体の見当はついてしまうモノだ。余剰スペースや整備用のハンガー数。そして何よりも実物を見てきた第六感。
導き出した答えの確認が欲しくて会談を続ける二国の長を迂回、ザフトじゃなくて宝塚に所属していても驚かない赤服君にそっと耳打ち。

「だいたい……■■機くらいかな?かな?」

「っ! 他言無用で……お願いします」

美麗な顔が本気で歪んだところをみると、どうやら正解に限りなく近かったようだ。
長いブランクをもってしても、私の軍人スキルは衰えないようだ。お陰でアイドルスキルが上がらなかったり、軍人っぽい事をして焦るわけだが……


「だが! では今回の事はどうお考えになる! あの三機のMSのせいで、新しい力を持つが故に被ったこの被害は!?」

手摺から乗り出すように観察していると後ろからは議長とお姫様の声が聞こえ……徐々に一方のテンションが増していく。
指摘に表現するなら『愚直にして熱しやすい獅子』と『真意を見せない仮面の狐』ってところかな?
人間としてや友人として考えるならばまだしも、政治家として考えるならば……

「所詮は器が違…「さすが綺麗事はアスハのお家芸だな!」…!?」

私の呟きを掻き消すように、鋭い叫びが格納庫の広い空間を切り裂いた。
心の中では私も思っていた事とはいえ、それを口に出すとはどんな悪ガキだろうか?

「シン!?」

慌てて飛び出した宝塚クンの向かう先を見下ろせば、そこにいたのは彼と同じ新人赤服君。
黒い髪に真っ赤な瞳という組み合わせはコーディネーター的にも珍しい風貌。
その立っていた場所やエースを示す赤服からして……彼がインパルスの……よし!
一つラクスらしい事(私的基準に基づく)でもしてみますか?





こんな場所で聞こえるはずの無い綺麗事が耳に入った。何事かと見上げて、そして見つけてしまったのだ。
オーブの氏族だけが着用を許される紫色のような独特の色彩を放つ礼服。
プラントに渡ってからもこっそりとチェックしていたオーブの政治風景、そこに必ずいた人物。
カガリ・ユラ・アスハ。住民にまともな避難もさせらず、再建への希望であるマスドライバーと自爆したとんでもない父親の後を継いだ娘。
政治にはテンで疎く、常に宰相にあたるセイラン家に舵取りをさせておきながら、自分の我儘だけは大きな声で主張するのか?

「さすが!」

熱くなり易いと両親や妹、ご近所さんや友達、教官やクラスメイト、概ね出会う全ての人に言われてきた。

「綺麗事は!」

ソレに関しては自覚もあるし、軍人となった今ではすぐに直すべき弱点だろう。
しかしどうしてもこれだけはしっかりと聞かせてやりたかった。あのアスハに……しっかりと、だ。


「アスハのお家芸だな!?」


言ってしまった……だが口に出してしまった以上、後戻りはできない。
自分が何を言われているのかも理解できないような呆けた顔。それを見ているとさらに怒りと憎しみが増してくるのが分かる。
そんな事を言われるなんて欠片も思っていなかったという顔。ギリギリと奥歯を噛みしめ、憎しみを視線に宿して射ぬく。

そんな時だった。『あの声』が聴こえたのは。

「控えなさい!」

女神のような美しさと……

「仮にも友好国の国家元首」

戦士のような凛々しさを兼ね備えた声。

「国を代表し、国を守る軍人として……」

姿を見ればようやく理解できた。ルナマリアやヨウランがオレを謀っては居なかったらしい。

「無礼な振る舞いは許しません」

プラントに来てから始めて覚えた有名人の名前と顔。輝くような桃色の髪と女神にも劣らぬ美貌。
若干記憶よりも胸部の膨らみが大きい気がするが、まあ小さな問題だろう。
プラントを守った救国の歌姫、もっと言えば自滅の道を進んでいた世界すらも踏み留めた本物の救世主。

「ラクス……クライン」

その名を口に出してみれば自分が何を言われたかも理解できた。『黙れ』と言われたのだ。
どこか信仰めいた信頼があった。戦う人であろうこの声の主ならば、アスハの綺麗事に対するオレの怒りも理解してくれると。

「すっ……すいません」

落ち込んだ空気に引きずられて、怒りを湛えていた視線も地に伏せる。だが……それだけでは終わらなかった。

「それからカガリさん?」

親しみを込めた声。あぁ、そういえばアスハとラクス・クラインは友人だった。



「黙りなさい」

「「「「「え?」」」」」



空気が凍った。言われた本人はもちろん、議長やレイ。そしてオレやメカニック一同、誰もが動く事を忘れるような衝撃。

「なにぉ!?」

「平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と」

平和の歌姫とも言われるラクス・クラインならばきっとその案には大いに賛成なのだろう。

「私もそうであれば良いと思います……ただ!」

だがどうやら違うらしい。


「そんな御高説とエデンの園のような理想論は政治の場でお話しなさい。
 もしくは優秀な家畜が待つ故郷の地でも構いません。ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!」

あぁ……やっぱりこの人は……


「私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません」

戦女神だった。



シッ! シリアスっぽい!!



[7970] 偽ラクス様、誓う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/05/04 23:35
どうも、ラクス・クライン(役名)を演じることでお給料をもらっている元ザフトMS乗り ミーア・キャンベルです。
突然ですが……場の空気が良く分かりません。

「ラクスっぽいってこういう事じゃなかったのかな?」

信じられないモノを見たような目をするオーブのお姫様に、自分が配した役者の演技に満足するような顔をしたプラント議長。
これはまぁ別にどうでも良い。とくに後者を理解するのはもう諦めた。ボウヤだからさ。

しかし他の人たち、おもに軍人さんたちの視線が

「凄く……痛いです」


特に黒髪赤目の赤服君はもう視線がキラキラしていて申し訳ない気持ちになる。
やめて! 偽ラクスのライフはとっくにゼロよ!
思い詰めたような顔で格納庫を出ていくカガリ・ユラ・アスハとその後を追う議長。
どうやら自分を待っていてくれるらしいレイ・ザ・バレル君にお願いを一つ。

「もう少し見て行きたいの。ダメかしら?」

「ですが……」

「勇敢な貴方のクラスメイトともお話したいし」

「あまり苛めてやらないでください」

ため息をひとつ、綺麗な金髪を靡かせて去る後ろ姿。
民間人を一人こんな場所に置いていくのは警備的には問題なのだろうが、さすがはラクス様の影響力! なんともないぞ!

「よっと!」

作業用に重力が軽く設定されているこの空間ならではの移動法を選択。
手摺に足をかけて蹴りだす勢いのまま、下へ飛ぶ。久し振りの低重力下での移動だったが、どうして上手くいくものだ。
本当に体で覚えた事は忘れないモノである。それで多大な苦労をしている昨今ですが……





オレ シン・アスカは人生で初めて「ファン」になった。
いや、ファンとかそういった単語で表す事すら困難なほどの尊敬を覚えた、
アイドルやらプロスポーツやらにもテンで興味が無かったこのオレが、である。
相手はミーハーな表現をすれば『アイドル』という分類が相応しいのだろうが、この人には全く似合わない。

『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』

『ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』

『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』


政治家が難しい言葉で戦争や軍人の事を論ずるのは多々ある事だし、そういう場面はテレビなどで散々見て来た。
ラクスは政治家でこそないのだろうが、間違い無く国を動かすような人物だろう。
そんな人の口から飛び出した言葉の数々……一言で言うと……

『カッコいい』

『子供か!?』と笑いたければ笑うと良い。その程度の言葉でしか表現することが困難なのだ。
理想を語っている訳ではない。ただ真実に基づく主観を口にした『だけ』。そう、それ『だけ』なのだ。
だというのに……

「あの背中に着いて逝きたい」

そう思わせる何かを放っている。ただ弱い自分が許せなくて入ったザフトだったけど、新しい目標が出来た気がする。
もし一介のパイロットだったならば、色々と話してみたいこともあったのだが、今は目的が出来た事だけを喜ぼう。
相手はあのラクス・クラインなのだ。初戦を勝利で飾れなかった新米赤服と話す理由など存在しないだろうから。
再び愛機 インパルスの整備と調整へと戻ろうと振り返れば、自分の上を通り過ぎる影が一つ。

「?」

目で追ってみれば翻るスカートが過る。女性も少なくは無いザフトにおいても、余りにも奇抜なスカート。
着心地や暖かさなどを無視した『魅せる』ためだけのデザイン。男ならば顔を赤くするしかない超ド級露出具合。
戦うのはもちろんのこと、歌って踊るのも難しそうなピンホール型ヒールで見事な着地。
低重力下での移動で乱れた髪を整えるように撫でれば、綺麗な桃色の髪がふわりと揺れる。

「背を向けるのが少し早いわ」

「えっと……」

何て言えば良いのだろう? 何と口にすれば良いのだろう?

「なんか困った顔をしてるわね? じゃあ、私が先に言っちゃおうかな~」

しげしげとオレの顔を覗き込んできた瞳。それを真中に納めた整った顔立ち。
それが形作るのは笑顔。悪戯が成功した子供のように純粋で、誇らしそうな表情。

「さっきはカガリ代表に……」

「アレは思わず口から出ちゃっただけで!」

「みなまで申すな!」

思い返してみれば、中々危ない事を叫んでいる自分に焦りを覚え、弁明を口に出そうと試みる。
だがそれを遮るようにラクスは続けた。『うんうん!』と一人で納得したように頷いている。

「軍人としてはダメダメな行為だけど個人として、私は貴方に同意して賞賛する」

何となくこの人に惹かれた理由が分かった。それは『真意からの同意』。
口先だけではない経験や心情から彼女は同意してくれている。平和の歌姫が軍人と意気投合というのもどんなモノか?とも思うが構うまい。

「よくぞ言った! カッコ良かったぞ? 少年」

こっちは新米赤服、向こうはプラントを救った歌姫様。
全く遠すぎる関係だ。それこそ背中が見えなくなるほどに遠い。それなのに……オレは新しい目的が出来てしまった。

「もし貴方が言わなかったら、私がドロップキックしてやるところよ!」

既に『文句を言う』を通り越したアプローチだよな、ソレって。
『わっはっは!』と腰に手を当てての高笑い。大山脈な胸部が合わせて震える。
ソレに釣られるようにオレの口から苦笑が漏れ、止められずに笑い声が口から溢れてしまう。

「ハッハッ!」

そしてオレの目的が少し……少しだけ変化した。『背中について逝きたい』ではなくなった。
後ろでは無く、『隣』を歩きたい。きっと楽しくて、充実した時間がそこにはある。
こうして笑いあっているとそんな事を簡単にできてしまいそうだ。

「ちくしょ~遠いよな~」



でも遠い。非常時でも無ければ彼女がMSに乗ることなど無いのだろうから……なんて思っていた時期がオレにもありました。










私 ミーア・キャンベルはイライラしていた。
ストレスとの原因というのは物体である事と行動である事があると思うけど、今回の場合は行動。
しかも自分の行動についてである。

「MS部隊発進! ここで仕留めるわよ!!」

辺りを満たすのは戦場の喧騒。戦闘遮蔽されたミネルバのブリッジ。
その後方に私は座っている。艦長以上の役職、それこそプラント議長やらオーブ首長なんかが座るVIPな席。
そこに私は座っている。

『なぜ?』

当然と言えば当然だ。だって私はラクス・クライン(役職名)なのだから。
平和の歌姫がコンディションレッドのブリッジに居ることも可笑しい……あぁ、本物もこういう場所に座っていたのか?

「カツカツカツ」

五月蠅い!って私の貧乏揺すりの音だった。それだけイライラしていると考えて貰いたい。
なぜ私はここに居る? どうして私はアソコに居ない? 
スラスターの光を従えて飛び去っていく数機のMS。ゲイツRに真っ赤なザク、そしてインパルス。

『行ってきます!』

楽しいお話(インパルスについてとか、MSでドロップキックをする方法とか)の途中、敵鑑補足のアラームがなる。
すぐに駆け出した新米赤服君 シン君が去り際にかけて来た言葉が蘇る。

『今度こそ倒して……戻りますから』

戦士の背中にかけるべき言葉が思いつかず、虚空を彷徨うように突き出した手が踊った。
ラクス・クラインならば見送るしかない。当然だ。当然なのだ。そして何食わぬ顔で後ろに座っているべきなのだ。

わかっている……わかっているとも……



「ボギーワン! 進路、速度ともに変わらず」

「妙ね……このままじゃデブリに突っ込むことになるわ」

意識を眼前の現実に戻せば、タリア艦長がそんな事を呟いている。
確かに不自然だ。いかに尻を追われる退却戦とはいえ、他の艦ならばいざ知らず足自慢のミネルバからただ逃げるのみではどうしようもない。
正確な間合いを把握できなくなるのがデブリ戦の特徴だし、こちらの攻撃は当然命中率も下がる訳だがそれはアチラも同じこと。
まさか……

「っ! 光学での補足は!?」

思わず私は立ち上がり、地面を蹴る。まっすぐ向かうのは観測員の席。

「ラッ! ラクス様!?」

シートの後ろから覗き込むようにディスプレイを睨みつける。辺りからのざわめきを無視して再度問う。

「どうなの!?」

「熱量反応だけです。インパルスとの距離は1500に迫っているのですが……」

1500とは宇宙空間での戦闘 戦艦やMSたちの間では長距離でも何でもない。
むしろ近距離に属する。とくに砲撃距離からすれば既に戦艦の対空防御の範囲内。
それでも相手は撃ってこない。近づけば近づくほど、MSの間合い。不利になるにもかかわらず……である。
これが導き出す答えは……第六感と知識がスクラムを組んで歌う。それに抗う事無く受け入れて、私もすぐさま叫んだ。

「MS部隊を戻してください!」

「はぁ? 何を言って……」

「アレは熱量だけ!」

疑問の視線が飛び交う中で、唯一私と同様の恐怖を共有する者がいた。
大きなサングラスの下で瞳は驚愕に染まっているだろうアレックス……アスラン。

「デコイか!?」

「しまった!!」

そのアスランの叫びに連動して、歴戦の船乗りであろうタリア艦長も事態を把握したようだ。
再び覗き込んだディスプレイではボギーワンを示す熱紋が徐々に小さくなっていく。
戦艦ならばすなわちメインエンジンを落とした事を示す訳だが、この状況でそんな事をするとは考えにくい。
つまり『囮の松明から火が消えた』訳だ。よって次に来るのは……

「ボギーワン、ロスト!」

「MS部隊に警告を! 死角から奇襲がくるわ!!」

指示を飛ばす先はルナマリアちゃんの妹さん、メイリン・ホーク。何故か呆気にとられた顔をしていたが、タイムラグは一瞬。
すぐさまインカムに叫ぶ。その様子を見て頷き、すぐさま次に言いたい事を…『ボギーワンは後ろにいます!』…先を言われた。

「しかも……」

声の主は先と同じくアスランだったのだが、声の位置が近い。何時の間に私と同じような態勢で計器類を覗き込んでいた。
不意に掌同士が重なり、驚いたように二人して顔を上げて視線を重ねた。
だが残念な事に青春染みたときめきも出会いも在りはしない。ただ焦りに染まった視線がぶつかり合い、息もピッタリに確証に近い危惧をデュエット。


「超近距離に!!」

「熱紋確認! ボギーワン……距離500!?」

ジーザス……





それからの時間は早いようで遅く、長いようで短く、熱いようで冷たい。
こういう表現をしている時点でもうかなりに勢いでピンチである。
完全に後ろを取られて追われる形。追撃戦のベーシックスタイル、大多数の艦載MSを先行させている状態での奇襲。

こちらの頼みの綱はカタパルトが使えないために初動が遅いザク・ファントムが一機だけ。
対する相手はガンバレル使いのMAと対艦攻撃用の砲撃装備を担いだダークダガーが数機。
ガンバレル使いの実力を鑑みれば、その単機を足止めするのが限界であろう。
つまり確実にダガーはミネルバへと襲いかかる。MSの援護が無い戦艦がいかに脆いか……ザフトが世界で初めて証明したのだ。
実に分かりやすい……

「堕ちる」

口に出すべきではない。だが口から零れた。幸いなことにもう誰も非戦闘員の囁きには誰も耳を止めない。
そんな余裕はもう無い。誰もが自分の生命の危機を実感しているからだ。

「死ぬの?」

半端なまま……歌を捨て……軍人を捨て……偽物になる事も出来ないまま……


『否!!』


黙って見送るのがラクスとかそんな事はもうどうでも良い。
そこには戦場があり、まだまだな可愛い後輩たちが命を賭けて踊っている。
ならば……ラクスでもミーアでも何でも良い……『私』はきっとこうするしかない。


「危ないわ! 座っていなさい!!」

既にVIPに対する扱いなど投げ捨てたタリア艦長の言葉を華麗にスルー。
通信コンソールに飛びつき、先ほど聞いていた番号を呼び出す。繋いだ先はこっちと同様に慌てているであろう格納庫。


私は叫ぶ。

「こちらブリッジ!」


高らかに叫ぶ。

「ピンクちゃんの準備は!?」

……少し大きな声、過ぎたかも知れない。辺りから戦闘中とは思えない沈黙と痛い人を見る視線が飛んできた。

「「「「「誰? ピンクちゃんって?」」」」」

ブリッジの誰もが意識を共有した疑問の収束攻撃。効果は抜群。
不意に振動で霞む音は自分が欲していた答えをくれる。減少するSAN値から敢えて目を背け、勢いで場を動かす方向へ。


「出るわ」

「だっ、誰がですか?」

まるで打ち合わせをしたかのように、ベストな相槌をいれてくれたメイリンちゃんには、後でコーヒーを奢ろう。

「決まっているでしょ?」

『カツン』
足を一つ打ち馴らし、バサリとスカートを翻し、さらりと髪を靡かせて宣言する。
気に入らない神様や、大嫌いな本物や、戦っている後輩たちに聞こえるように宣誓する。



「ラクス・クラインが出撃するわ」



どうだ、この野郎。これがミーアであり、偽ラクスだ。





あとがき?
頑張って早く書いてみた。
しかし話は前へ進まないw
ちなみに本物のラクスはカッコいいドキュン、魅力的なクレイジーにしたいと企んでいる昨今……いつ出てくるのでしょうね?(遠い目



[7970] 偽ラクス様、奮戦する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/06/15 23:42
『これはあくまで非常時における一般人の緊急的登用に過ぎません』

久し振りに身を包んだ真っ赤なパイロットスーツ。しかし胸が少しキツイな……


『分かっているとは思いますが、くれぐれも無理だけはなさらないよう……』

全身に感じる引きしまった着心地が徐々に昔の感覚を呼び起こす。

「無理をなさらずに帰る場所を失うのは本末転倒よ? 艦長殿」

小脇にヘルメットを抱えてロッカールームを後にする。
さきほどから本当に納得できていないように注意事項を捲し立てるタリア艦長殿に苦笑する。

「命令してください。『状況を打破し、無事帰還せよ』ってね」

さぁ、偽ラクスとしての初陣だ!!



「準備は!?」

命がけの追いかけっこを演じている最中である。
時たま走る振動に振り回されないよう、格納庫へ飛び出せばそこには随分とカッコ良くなった相棒を発見。

「平時なら絶対に出撃させないってレベルですがね!」

答えるの実に職人気質っぽいメカニックチーフさん。そりゃ~一時は踊ることだけを整備されていたMSである。
これだけの短時間で完璧に本来の役職を取り戻せるとは思えない。だが空いてる機体がこの子しかいないのだから仕方があるまい。

「前よりも動けばいいわ! 兵装の方はどうなの?」

床を蹴りつけ、コクピット部分まで飛ぶ。ハッチを開放しながら、渡されたマニュアルの内容を思い出す。
もっとも完璧に読破できるほどの時間が在った訳ではない。本当に重要そうなところだけを抜粋したテスト前の山かけ状態。

「お望み通りにスラッシュですが……正直な話、現場ではあまり評価が高くない武装ですよ」

スラッシュとはスラッシュ・ウィザードのことであり、只今旅の道連れ みんな大好きライブ仕様の飛んでもザクが背負っている兵装の名前だ。
ピンクちゃんの肩から二門突き出すビームガトリングが……死ぬほど似合わない!

「分かっているわ。万人受けはしないでしょうけど、私なら間違いなくコレよ」

ザク・ウォーリアはバックパックを換装することで様々な状況に対応するという革新的なシステム ウィザードシステムを搭載している。
先に発艦した宝塚クンことレイ・ザ・バレルが使っているのが高速機動特化型 ブレイズ。
アホ毛ことルナ・マリアちゃんのは砲撃特化型ガンナー。
そして私が選択したのは……

「さ~て! あとは逝くのみ!!」

コクピットに飛び込んで座席に着き、ベルトでロック。MSパイロット用のノーマルスーツがしっかりと馴染んだ。
手慣れた手順でコンソールを叩き、メインエンジンに火を入れる。低い唸り声と共に各種ディスプレイに光。
祈るように手を組み合わせ、長い深呼吸の後に手を伸ばすのは一対の操縦桿。マイクよりも手に馴染むソレを軽く握りしめて、叫んだ。


「スラッシュピンクちゃん! ラクス・クライン! 出撃るわ!!」


……と、派手に宣言したところでこの船 ミネルバは尻に食いつかれている真っ最中。
後方からアホみたいにMSとボギーワンの砲火が飛んできているのだから、カタパルトを使って華麗に出撃など出来る訳が無い。
先に出た白いザク・ファントムの背中を追って……駆け出す準備をする。

「後は……タイミング」

『何か問題でもありましたか? ラクス様』

「しっ!……静かに」

心配そうなメカニック君には悪いけど今は集中するところ。
唐突で申し訳ないが私は理論派ではない。操縦における基本的な部分はしっかりと押さえているが、高次元なレベルで理論的に効率のいい操縦を行えるほどではない。
本当に優れたパイロットにもなれば、反射で理論的な動きを実践できるらしいけど、私はそこまでたどり着けなかった。

というよりも……だ。『第六感や本能に頼り過ぎる』と教官にも上司にも注意されたくらい。
だけどソレで生き残り、エースと呼ばれるまでになってしまったのだから困ったものだ。

「錆びついてないと良いな~」

飛び出すタイミングなんて普通に対MS戦闘を行うならば何の意味もない。
防衛戦だという事を考えればすぐさま戦闘に参加する方が有利だというのが正論であろう。
だけど私は見計らう。襲撃者たちに対しての奇襲を最高のタイミングで行うために。
宝塚クンの腕前はかなりのモノであり、犠牲なしで足止めしようとするならば当然相手になるのはガンバレルMAだろう。
つまりこちらに来るモノ、私が撃破するべきモノはダークダガー。爆装を積んで、対艦戦の心構えで近づいてくる敵機

「時間は掛けられない」

容易い相手だからこそ、時間は掛けられない。瞬時に、可能な限り早く沈める。
そうなればこちらは一気に有利になるのだから。戦艦にMSの援護は必ず必要である。
この不文律により本来の艦載機から引き離されたミネルバは窮地に陥っているのだ。
だが逆にこちらが敵の爆装MSを撃破し、ボギーワンに接敵できればどうなるだろうか?


「ピンチの後にはチャンスがあるっ……てね」

奪ったセカンドシリーズはこちらのMS部隊を足止め中、ガンバレルMAはどこぞの仮面隊長を彷彿とさせる宝塚クンの相手。
あら不思議! ボギーワンにも支援してくれるMSが居ない状況になってしまうのである。
MSパイロットとしてのブランクを鑑みよう。ボギーワンがアークエンジェル級である事を鑑みよう。

だとしても……である。

「私がミーア・キャンベルである以上……必ず落とせる!!」


否、落とさなければならない。使命感と呼ぶにはあまりにも子供じみた興奮。
私は意識せずにMSの姿勢を最も適した態勢へと移行していく……やはり体で覚えた事は忘れないモノらしい。





いままで起こった事を単純に明記しよう。

『ラクス・クラインが乗るMSの整備をしていた』

何を言っているのか分からないと思うが、逝っている本人 ヨウラン・ケントも訳が分からない。
運命計画とか嫁脚本とかそんな小さなものではない。もっと邪悪な二次創作の片鱗を味わいまくりなのである。
ラクス・クラインがMSに乗る事が出来る時点で驚きであり、そのうえエース級である事は驚愕だ。
だがこの危機的状況に出撃させる事はもっと大きな衝撃である。彼女はプラントの歌姫なのだ。
誰もが混乱に落ちそうになった時、やっぱり事態を納めるのはおやっさんの一喝。
そして完成したピンク色のスラッシュ装備ザクを見上げていると現れたのは赤いパイロットスーツに身を包んだラクス様。
恐らくどんな衣装よりもレア度が高いだろう姿であったが、写真に納めるのは不可能……いや! もし無事にこの戦闘が終了したらお願いしてみよう。
それくらいの願掛けは宗教が無いコーディネーターにも許されるだろう。

「なにしてんだろうな……」

そして現在、出撃許可はとっくに出たモノの動かないピンクが眩しいザクを眺めている。
誰もが沈黙のまま見守っているが、多分誰もが同じことを考えていることは明白。
決して陸上競技に詳しい訳ではなかったが、感性の部分が的確にそう教えてくれた。
その場にいた全員が後世にまで語り継ぐだろう。



「MSでやっているとは思えなかった。完成された芸術品を思わせた」

「それはそれは見事な『クラウチングスタート』の態勢だった」と






「いまぁ!!」

ブリッジの怒声と敵MSの距離から私はその一瞬を『感じ取った』。
駆け出す。踏み出す。走り始めというMSの速度が生かせない時間を限りなく短くする。
本来はMSが駆けるよう作られていないカタパルトがイヤな振動。
被害が少ない事を祈りながら最後の一歩を蹴りあげ、ピンク色の機体が漆黒の空へと踊りだす。
完全な無重力に捉えられると同時にバーニアを全開。最善のタイミング故にもっとも的確な間合いに入っている『獲物』に向かって跳びかかる。


「でぇえいぃ!!」

腰から抜き放ったアタッチメントが正常に展開、一瞬で作られるのは斧。
投げて使用する事すら視野に入れたザクの標準型アックスでは無い。
両手持ちの腰重心を前提にして振り回す大型、バックパックのエネルギーを多く消費する大出力。名をファルクスG7ビームアックス。
計算外の敵機出現で慌てたダークダガーの動きは単調かつ単純かつ鈍重。
フワフワとした回避動作に遅すぎる牽制……捕った! 一閃!! 両断!!

「次ぃ!!」

左右に分かれたダガーの爆散を確認する間もなくバーニアを全開。混乱収まらぬ後続たちへと飛びかかる。
今度は横薙ぎ。比較的近接していた二体を一度に切り裂く。

「残りニ機ぃ!!」

さすがに此処まで来ればただ慌てふためくだけなんてクズはもう居ない。
セオリー通りの包囲の陣形。こちらのビームアックスを警戒して距離をとり、背負った二つの砲塔をフル活用しての制圧射撃。
無音の真空空間だが命を刈り取る暴力的な爆発を魂が感じる……堪らない!
宙間戦闘において陣形というのは三次元的に考えなければ成らないもの。
横軸・縦軸共に重ならぬような包囲。さすがはこんな無茶な任務に選ばれるパイロット。
反応も悪くは無い。ただスラッシュ・ウィザードとミーア・キャンベルに対する認識が甘すぎた事だけが悔やまれる。

「そんなモノォ!!」

平行と安定を求めるべき操縦桿をワザと暴れさせ、機体を素人のように振り回す。
と同時にファルクスアックス以外、もう一つのスラッシュ・ウィザード専用武装をスイッチ。
肩に背負ったガトリング砲 ハイドラガトリングビーム砲 遠い昔に考案された『連続して弾丸を吐き出す目的』を体現する銃器が火を吹く。

否、火を吐き続ける。

一秒間で何回だかわからないがただただビームの弾丸を吐き出しつ続ける。
テキトウに暴れまわる機体 目的をセンターに入れてスイッチ……なんてことはしない。必要無い。
暴れ馬が導き出すランダムな機体姿勢により、360度を射線に納める。ヒット…ヒット……ヒット!

「ザンネェン!!」

昂りが止まらない。眼前を通り抜けた敵の砲弾。回避なんてしていない。
狙ってできる状態ではないのだから。ただ運が良かっただけの事。しかし当たっていないのだから問題ない。
代わりにこちらの『戦争は数だよ!』とでも言いたげなビームの砲弾は僅かに、だが確かにニ機のダガーを捉える。

「これでぇ!!」

元よりも撃破を目的としない牽制用。多くを当てねば致命傷とは成りえない。
だが敵の姿勢を崩すのには十分。回避も迎撃も出来ないほどに崩すことが目的。
キッチリとニ撃でニ機を撃破。間にたまたま飛び込んできたデブリの破片が視界を塞ぐ。

「じゃまぁ!!」

だが振り下ろされる一撃は止まらない、止めない。
渡されたスペック オーバースペック。確かに接近戦はMSの大きな特徴だが、これは余りにもやり過ぎだ。

『戦艦の装甲片らしきデブリを両断する』
『しかも後ろに隠れたMSごと真っ二つ』 

牽制程度の威力しかない固有射撃兵装と両手をつぶさないと扱えない接近兵装。
使い方が分かり易く、新兵 それこそ射撃が苦手なアホ毛のルーキーでも扱えるガンナー。
もしくは高機動というMS最大の利点を追及 汎用性の高いファイヤービーミサイルが撃てるブレイズ。
それらに比べて……ネタが尽きたのか? よっぽどのエース、そしてモノ好きでなければ使わないだろうスラッシュ。

不器用なまでの一点特化。まるで歌姫をやりながらも戦いに昂る愚かな私。
アカデミー時代から近接戦闘を得意としてきた私に相応しい装備。

「私は気にいったわ……スラッシュ・ピンクちゃん……いや! ピンクちゃん・ザ・スラッシュ?」

ネーミングセンスはアカデミーで鍛えて貰っていないのだから仕方が無い。


「次はボギーワンを!!」

新たなデブリの誕生を観戦する暇などあるはずもない。自分で作り出した気まずい空気に構っている暇もない。
すぐさま敵艦の撃退へと向かおうとした瞬間。それは来た。尻につかれて動くに動けなかったミネルバが見事な横っ滑り。

「わぉ!」

スラスター全開に加えて恐らく砲撃までしたのだろう。一瞬でデブリから離れ、その射線がボギーワンを捉える。
せり上がる艦首の巨砲 シルエットシステムと双璧をなす最新鋭艦最大の特徴 凶威力を誇る陽電子砲。
放たれた破壊の濁流がボギーワンを……霞める。おしい! だけどこれで……一時の決着を。




あとがき?
MSの戦闘シーン難しい……ちょっと煮詰まってる。
そして久しぶりにオリジナル書きたいな~



[7970] 偽ラクス様、迎える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:68905a4d
Date: 2010/09/09 19:12
着艦を伝える衝撃。歩を進めて所定の位置に収まる振動。
吐き出す吐息が熱くてヘルメットが曇り、五月蠅い鼓動が反響。

「最っ高ぅ♪」

変態だと思う。自分でも正常ではないと確信できる。
なぜにしてあれだけ目指して、諦めて、なのにたどり着けた職業 アイドルをする事よりもこんな事に高なるのだろう?
私 ミーア・キャ…『ラクス様? どうかなさりましたか?』…あぁ、ラクス・クラインはいまMSのコクピットに居る。
本来ならば決して乗ることが無いだろう、最大に似合わない場所。当然のごとく戦闘し、敵を殺して……帰還した。
昔やって居たとおり、何も不思議な事は無い。所詮ミーアという女はそんな風にしか自分を表現できなかったのだから。
どこにでも居るエースパイロット、どこにでも居る公共的な大量殺人者。だけどいまは違う。
平和の歌姫 ラクス・クラインなのだ。いかに仕方が無い状況下とはいえ、プラントの精神的主柱ともいえる人間がMS戦闘に参加。
しかも鬼神的にキャッホー♪(語弊あり)とピンクちゃん無双までしてしまった。
もちろん生きている事が最も優先されるのは明白だが、それと同様に「ラクス・クラインらしく」というのが与えられた任務な訳で……

「やっばい♪」

戦闘中とは違った意味で危機的な状況だわ、私ったら。とりあえず知恵を絞ろう。
何時までも狭い鋼の艦の毛で悦に入っている訳にはいかない。ここから出なければ……コッソリと。

「無理だ」

ピンクちゃんの愛らしい一つ目はこちらに視線を送りまくる整備班の皆さんを捉えている。
既に注目は必至。ならばいまこそラクスらしく出ていかなければ、そして今までの失態を返上する演技をしなければならない。

「でも……」

どんな顔をすれば良い?
どんな反応をすれば良い?
どんな事を言えば良い?
ラクスはこんな時、どんな顔をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな反応をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな事を言うのだろうか?

「あれ……なんか腹が立ってきた」

どうして大嫌いな本物 ラクス・クラインの事をこんなに真剣に考えなければ成らないのだ?
それが偽物の仕事だと言われればその通りなのだが、理論を通り越して感情を飛び越え、本能にまで刷り込まれたソレが不満の声をあげる。

「なんかもうテキトウで良いんじゃないのかな?」

思考を放り投げる。息を吐いてハッチのオープンを選択、実行。
ヘルメットをとりながら顔を出し、眼下を見渡せばそこに居る全ての者たちから贈られる視線=期待。

「ヤベ……」

コーディネーターの病的なラクス信仰を少し甘く見ていたかもしれない。
だがもう遅い。さすがにコクピットに出戻る訳には行かないのは確実……なんか言わなきゃ……


「うぅ……だぁああ!!」


口から出たのはそんな言葉。何故か握り拳を天高く突き出し、全力で叫んでみた。
こうすれば『場の雰囲気が盛り上がる』と遠い人間の本能が叫んでいる。ついでに長身で顎が出たパンツ一丁の男性も幻視した。

「「「「……」」」」

沈黙が下りる。ちょっと考えれば別に意外な結果でも何でもない。
当然の結果といえるだろう。どうして突然この人は何を叫んでいるのだ?という感想と生温かい視線を送られるのが普通だ。
だがこの体=名前は普通の人ではない。私に名前はラクス・クライン(偽)。

つまり導き出される結末は……


「「「「「だぁああ!!」」」」」


大歓声である。
『わ~い、誤魔化せたぁ~』
恐ろしいラクス信仰の片鱗を味わっている昨今。










控室でのクールダウン。飾り気ないベンチに腰掛けて、軽重力下専用のボトルで口にするのは効率的なミネラル・水分摂取を目的とした飲み物 スポーツドリンク。
パイロットスーツの上だけをはだけさせ、簡素なインナーの下から熱が奪われるに任せる。
あの戦いの興奮の後で、あの凄まじいデザインの衣装を着るのが大変に苦痛です。

「あ……他の服に変えても良いんじゃん」

別にライブが在る訳でも無いのだ。アイドルとて、何時でもあんな服を着ている訳ではないだろう。
どうやら必死にアイドルっぽい事をしようとする意識はちゃんとあるようだ。ソレとは正反対な事ばかりしている気もするが……


「おつかれさま」


自動ドアが開く軽い音、入ってきたのは今の私と同じくらいパイロットスーツが似合わない金の長髪 レイ・ザ・バレル君。

「ラクス様……ご無事で何よりです」

「ん~まぁ長いブランクも何とかなるものね」

「あれだけの数のダークダガーを単機で全滅とは凄まじい戦果です。
 それに比べて自分はMA一機を撃墜できませんでした……」

宝塚クンが持ったボトルがミシリと音を立てる。表情こそ僅かに眉を上げるだけだったが、そうとう無念に思っているらしい。

「貴方の相手をしてくれたMAの方が厄介だったわ。遠目で見ただけでも鳥肌が立つ。
変幻自在のガンバレル、こちらの行動を完璧に理解しているような先読み機動。
まるでエンディミオンの鷹のよう」

思い出すだけで鳥肌が立つ。月のエンディミオンクレーター攻略作戦のこと。
前作戦の余りにも容易い結果に隊の誰もが何処か油断していた。
『ナチュラルではコーディネーターには勝てない』と
それを一瞬で撃ち崩してくれたのがあのMA、あのパイロット。
次々と撃墜される仲間、見た事が無い攻撃に防御と回避で手一杯になる私。そして聞こえたのは『あの』皮肉屋のこんなセリフ。


『不幸な宿縁だな? ムウ・ラ・フラガ!!』


その名前があのエンディミオンの鷹の名前である事を知ったのは、地球連邦が小さな勝利を大きく報じるまでかかった。
でもどうして『あの人』はその名前がポンと出て来たのだろうか?

「!?」

レイ君の顔が驚きに歪んだ。似た雰囲気というか戦い方というか、とにかく共通点を感じたけど親戚か何かだったのだろうか?
戦後はまるで申し合わせたかのように『居なかったこと』にされてしまったが、あの人は私が実物を見て知っている最強のパイロットだ。

『君は良い目をしている。何かを徹底的に憎んでいる負け犬の目だ』

たまたま遭遇した時にいきなりそんな事を言われたのだから、忘れるに忘れられない。
褒められたのか貶されたのか未だに定かではないし、仮面で覆われている表情からは私なんかよりも大きなモノを憎む憎悪の色。

「アレと戦える貴方は間違いなく私が知っている最強のパイロットと同じ資質が在るわ。
 だから自信を持って? すぐに私なんて貴方は追い越せる。いつかはあの人だって……」

自分の口から洩れる言葉が余りにもらしくなくて、思わずブッ!と噴き出す。
そして噴き出すラクスなんてあまりにも想像図と懸け離れたモノを見て、宝塚クンがやる気を失われると……なんてのは余計な心配だった。
既に私に背を向けて歩き去る背中からかかる声。

「次は落とします」

「よろしい!」






「おつかれさま」

「!」

「ラクス様!?」

戦闘を行っていた場所の関係上、私・レイ君・シン+ルナちゃんの順番で帰還する事は明白。
次に現れたのは男女の二人。真っ赤な瞳と黒髪という印象的な少年 シン・アスカと印象的過ぎるアホ毛が眩しい少女 ルナマリア・ホーク。

「オレ、約束を守れませんでした」

「ん?」

週刊誌のトップを飾りそうなラクスの凄まじいスキャンダルショットを前にして、ようやく膠着から覚めたらしく、発せられる言葉。
そこには色濃い屈辱。

「今度こそ……倒して戻るって……」

「うん」

「それに……ショーンやゲイルも……」

途切れてしまったのは失った戦友の名前。下を向いて震わせる肩。
もしかしたら泣いていたりするのだろうか!?どうしよう! 
お姉さんハートがドキドキしっぱなしだ!! もしかしてフラグか!? 
年下が好みだが何か問題でも?

「大丈夫……艦は無事だった」

「でも!」

もし不利な状況下からの奇襲で一気に先遣隊のMSが全滅していたら、ミネルバに襲いかかる敵には最新鋭のセカンドシリーズが三機も加わっていた。
さすがの私も前期を捌き切る自信は無い。

「貴方は帰ってきてくれた。いまはそれで良いの」

「でもぉ……」

限界だった。扇情とは違う胸の高なり。震える手をぎゅっと握って立ち上がり、耳元で告げる。
しっかりとゆっくりと……刻みつけるように。

「私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?」

覗き込むように必死に涙を零すまいと震える深紅の聖杯をしっかりと見据えて続ける。

「だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
 その次も……次の次も……守って、守って、守って……
 でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい」

「はい」

淡々としているようで燃えたぎる情熱を孕ませた良い返事。
戦うという事は『何かを続ける』ということ。投げ出してはイケない。
投げ出した結末が私=偽モノのラクス・クラインなのだから。
プラントのアイドル ラクス・クラインに『歌』で負け、プラント救世主 ラクス・クラインに『戦い』で負け……投げ出しっぱなしの人生。
オーブ生まれの赤い瞳のロンリーウルフにはこんな風に成って欲しくない。

「続けるの……苦しくても。投げ出さなければ……」


『私のようには成らない』


そんな言葉を飲み込んだ。胸が痛いほどに詰まった。
きっとこれがミーア・キャンベルの最後の戦いになる……そう思っていた時期が私にもありました。





あとがき?
久し振りスグる……そしてルナの存在を忘れていた……
あとクルーゼ隊長は大好きです。



[7970] 偽ラクス様、誘う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/10/30 23:20
「動いてる!?」

そんな声を聞いたのはお迎えの船が到着して、議長と共にプラントへと戻る僅か数分前の事だった。

「ユニウスセブンが!?」

舞台用の際どい衣装からようやく着替えることを許されるが、胸のサイズという壁に拒まれて頭を抱えたりして居た時。
結局は男物のシャツでも着てブラなしで頑張るという、ひどく卑猥な選択をせざるえないか?と考えて居た時。

「ゆっくりとですが、確実に!」

駆けこんできたその人物も的確に事態を把握しているとは言い難い混乱の極み。
だが次の一言はその場に居た誰もが事の重大さを簡単に認識することが出来た。


「……地球に向かって……」


プラントの食糧生産を担う大切な一翼として作られたが、あの悲劇によって巨大な墓標となっている場所。
その大きさたるやたとえ『核』が炸裂して、破損しているとはいえ数字で語るのも難しいほど。

それが堕ちる? 地球に向かって?



「砕くしかない……か。阻止限界点までに到着可能な艦は?」

まるで普通の公務の一つであるとでも言いたげな平坦な声。
私にあんな格好をさせたり、前の仕事が遺伝子学者出会ったりする不思議な人だが、いざという時はプラントの全てを背負う人らしい。

「はっはい! ミネルバとジュール隊の艦のみです。幸いな事にあちらにはメテオブレイカーが搭載されているようで」

冷静な議長の言葉に息を吹き返した説明。プラントへ衝突する危険がある隕石を砕くための機械の存在。
それにより僅かに場の空気が安らいだのが容易く理解できた。だが同時に影を濃くする一種の罪悪感。

『アレ』を砕くのか?と


「そうか……とはいえ、不測の事態が考えられる。人手は多い方が良いだろうね、艦長?」

「わかっています。ミネルバはコースを変更、ユニウスセブン破砕作業の援護を行います」

傍らに控えていたミネルバ艦長 タリア・グラディスは僅かにだが悔しそうな色をに滲ませて、即答する。
ユニウスセブンへ向かうという事はボギーワンの追跡を諦めるという事に他ならないからだ。
追撃戦における敗北の定義を『敵の逃走成功』とするならば、ミネルバの……艦長タリアの初戦は敗北という結果に確定してしまう。

「確かにあの三機を失うのは痛手だが、地球の危機に黙っている訳にも行くまい。すまないね? タリア」

まるでカメラ映りまで考えたような議長の微笑に小さく頷くと敬礼を一つ、タリア艦長は背を向ける。
もちろん議長もその後ろに続く。二人して向かう先はブリッジ。ミネルバとプラントの最高責任者であるお二人だ。
ブリッジにて指揮、もしくはドッシリと座って居なければ成らない。

「議長!」

私は思わず叫ぶ。政治家としてではなく、一研究者のような観察する視線。


「新生ラクス・クラインの初陣は平凡なステージがお好みかしら? それとも……」

小さく歪む議長の唇の端。笑み。想定以上の実験結果を眼前にしている科学者のビジョン。



「それとも堕ち逝く墓標の上で……鎮魂の歌にいたします?」










「地球めつぼー?」

何気なく放たれたヨウランの言葉に、シン・アスカは自分の心臓がイヤな鼓動を刻んだのが分かった。
『ユニウスセブン落下の危機』
『地球滅亡』
そんな単語がどこか夢物語 もしくは他人事のような音をもって響いている。
慌てて声を上げようとして思い止まった。本当に他の連中には他人事なのだ、と。
レイもルナもヨウランもプラント生まれのプラント育ち。地球ってのは余りにも大きなお隣さん家くらいにしか捉えられないのだろう。

「でもまあ不可抗力だし……」

そこから続くヨウランの軽口。痛い沈黙を何とかしたいというムードメイカーたる一心が暴走。

「……そっちの方が色々楽なんじゃないか? オレ達プラントにとっては」

それは言い過ぎだ!と叫ぼうかとの葛藤に撃たれたのは先手。
憎々しいにもほどが在るあの声。正義を語り、自国民を根絶やしにする事に疑問をもたない一族の声。

「よく、そんな事が言えるな! おまえたたちは!!」

ヨウランはその声を聞いて飛びあがり、誰もがどんな上官に聞かれたよりも気まずそうに姿勢を正した。
カガリ・ユラ・アスハ。どうしてかこの船に乗っているオーブの子獅子。

「これがどんな状況で! どんな被害になるのか分かっているのか!?」

「すっすみません」

煮え切れない曖昧な返答を返すしかないヨウランだったが、それが余計にアスハの気に障ったらしい。
もしこれが上官にでも叱責されたなら、キッチリとした返答が出来たのだろうが、同じ艦に乗っているどころか……
『他愛ない軽口に全力で突っかかってくる国の代表』
……なんて誰も想定していないだろう。


「やはりそういう考えなのか!? お前たちザフトは!!」

しかしオレも空気とか読めるほど器用な人間じゃないけど、こいつは次元が違う。自分の周りがそのザフトしか居ないって気がつかないもんかね?
正論だろうがなんだろうが、周りの空気がそうじゃなければ、間違い以外に何物でもない。
冷めて逝く空気と同時にこんな奴が自分の故郷を総べていることが、そしてオレが選んだザフトを貶している事が猛烈に腹立ってきた。

「別にヨウランも本気でいってた訳じゃ……「出撃前の軽口は古今東西、どこの軍でもよくある事ですわ♪」……っ!?」

オレの文句を掻き消すのは美声。
温度差でどうにか成りそうだった室内に吹き込む一陣の風。

「ねぇ、そうでしょ? アスラン」

涼やかであり、どこか熱をもった力強くも綺麗な声。オレが目指す目標の発する音。
同意を得るように何時止めようかと困っていたアスランの肩を抱くように一声。

「えっと……うん、まぁ……その……」

「こらアスラン、お前!!」

一年前にテレビで見た時よりも、明らかに大きくなった気がしてならない胸を押し付けられて、アスランは困ったように同意の声。
その同意の声に怒りのベクトルが間違いなく変換されたのだろうアスハの怒声。

「お! パイロット諸君はそろってるみたいね? ちょうど良いわ」

まるで必要な演技だったとでも言いたそうなサバサバした動きでアスランから離れる。
その人物は長椅子の一角 オレ達の輪の中に自然と座った。初めて見た時のようなアイドル衣装でも、パイロットスーツでも無い。
下には艦長あたりから借りたのだろう飾り気のない藍色のロングスカート。
上には胸が大きく自己主張する恐らく男物の白いワイシャツ。袖は通さずに羽織るザフトレッドの軍服が何故だか猛烈に似合っていた。

「ちょうど良い……というのは?」

誰よりも早く状況を理解しようと動いたレイの問いに、手に持っていた情報端末を叩く手を止めて彼女 ラクス・クラインはこう答えた。


「ユニウスセブン破砕作業支援のパイロットミーティングをします」

「え?」

「もちろん私も含めてね」

「は?」





そこから数分間、難しい会話が行われた訳ではない。
部外者であるアスハたちやメカニックであるヨウランたちも交えての簡単な打ち合わせ。
ユニウスセブンの現在の構造とか、ジュール隊の装備とか、メテオブレイカー使用法再確認などだ。

「さてと……こんなものかな? 何か質問は?」

「はい!」

元気よく手を上げたのはルナマリアだった。口から出たのは誰もがしたくて出来なかった根本的な質問。

「ラクス様も出撃されるんですか!?」

「うん。今回は前とは違った意味で非常事態だからね。
ザフトでもあれだけ大きな構造物をリミット付きで砕くオペレーションは初めてだもの。
不測の事態を考えれば人手は多い方がいいでしょ? それに……」

一旦切って遠いモノを見るような悲しい視線。その場に居た誰もがドキリとさせられる表情。

「もうユニウスセブンで鎮魂歌は歌えないから」

そこで誰もがアレを砕く意味を思い出す。
それは数え切れない犠牲者たちの安息を再び砕くということ。
プラントに住むコーディネーターには馴染みが浅い地球という存在のために、あの巨大な墓標を壊すという戸惑い。
そんな空気を察したのか? ラクスは手元の端末を操作。室内の明かりが弱くなり、壁に掛かるのは映像投影用の白幕。

「これが地球って惑星ね? 太陽系第三惑星の」

映し出されたのは青と緑と茶がコントラストをなす球体 誰がどう見ても地球だ。
だからなんなのだろうか? 誰もが首を傾げる中、ラクスは続ける。

「青い部分は水、しかも塩水。深さもバカみたいにあるから、凄い体積になるわ。
 随分前から人間が無計画に汚染物質を垂れ流しても、なんとかなってしまう懐の広さ。プラントじゃ考えられないわね?
 緑の部分が森林。凄い勢いで伐採してても、地球の酸素は無くならないんだって。不思議~♪
 ヨウラン君? これを見てどう思う?」

「えっと……綺麗……ですかね?」

急に話を振られてヨウランは思わず本音を零す。プラント生まれのプラント育ちだろうと、その雄大さには心に響く何かが在るらしい。

「私もそう思うわ。きっとこんな衛星軌道上からの映像じゃなくて、実物はもっと素敵よ。
 海はもっと青だろうし、森はもっと鬱蒼としているでしょう。砂漠は暑くて、氷河は冷たいはず。
 プラントじゃあ体験できない色んなモノ、色んな綺麗が只今大絶賛ピンチなの」

「「「「……」」」」

「あ~と話しは変わるんだけど、サブカルチャーでさ? 地球の危機に宇宙人が助けに来てくれる話が在るでしょ?」

本当に突然話が変わった。オーブに居た時は結構再放送を見てたな……トクサツだっけ?
ウ・ル・トラマ・ンとかナントカジャーとか?
プラントの常識は良く分からないけど、ヨウランとかが頷いているところをみると、そう言ったモノは伝わっているらしい。
だからなんなのだろうか?

「プラント生まれのプラント育ち。
天井と端っこがある世界しか知らない第二世代コーディネーターがどうして子憎たらしいナチュラルが住むお隣さん家を守るのか?
 もし理由が必要ならこんなのはどうかしら?」

次に口にするのは余りにも夢染みた戯言。でも男の子なら、いや子供時代がある生き物ならばときめかずには居られない。

「私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
 だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?」

部屋のどこからともなく小さく上がる同意の声。
続いて作戦発動の時間を告げる通信音。それを聴いてラクスは厳かに立ち上がり、手を差し出した。
誰ともなく差し出された手の意味 『誘う』こと。


「さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう」


誰ともなく立ち上がると、誰ともなくこう返した。
子供じみた考えだが引きつけられ、軍隊じみた行動でそれを返す。
動きだけではなく、心が合わさったザフト式敬礼。


「「「「「了解!」」」」」の多重和音。









おまたせして、すいません!



[7970] 偽ラクス様、祈る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1c433ab0
Date: 2010/11/17 09:15
『寂寥感』

いまいち馴染みが無い言葉だが、『物悲しさ』という単語が一番ピッタリくるだろうか?
いや、眼前に広がる光景にはそんな単語では全くもって足りない。
人間が人間たる本質的な部分でゴッソリと何かが抜け落ちたような喪失感。
完全密閉されたコクピットに居ながら感じられてしまう心を抜ける隙間風。

「なんでだろ……寒い」

赤いザク・ウォーリアの中でルナマリア・ホークは自分の肩を摩るように抱いた。


広がる光景は広大である。これは眼前にある光景が自分たちが生きて来た宇宙の大地 プラントであることを再認識させる。
それが廃墟たる姿を晒して迫ってくる。本当は自分たちが近づいているのだが、そんな事を忘れさせられる圧迫感。

「でかいな……資料以上に感じる」

白いザク・ファントムの中でレイ・ザ・バレルは珍しく情報と現実の誤差に戸惑っていた。


『怖い』なんて感情は軍人 MSパイロットなんてやっていればどうにでもなってしまうものだ。
だがこれを前にして感じる感情はその怖いとはまた別のモノであると明言できる。
たとえばMSで戦闘をするとか戦争で人が死ぬとかそういった恐怖ではないのだ。
もっとも的確にいえば『人間が暗闇に対して覚えるモノ』。怪談とか言われる非科学的なモノ。

「迷子になった夜の森……かな?」

トリコロールカラーにV字アンテナ、ツインカメラアイのインパルスに乗ったシン・アスカは呟いた。


痛い。
寂しさも、大きさも、恐怖も……極限点を超えるとそんな言葉で表わされるモノらしい。
お互いを滅ぼすことしか考えられなかったあのヤキンドゥーエ攻防戦でさえ、こんな感覚を覚えなかったのに。
ズキズキと痛みをもつのは人間の根源たる部分 獣との違い 原始人が死人を洞窟に埋葬したあの時から……

「死を思う……か」

余りにも場違いなピンク色のザク・ウォーリアのコクピットで、ラクス・クライン(のコスプレ少女 ミーア・キャンベル)は呟いた。



『ユニウスセブン』

それが余人が四人とも強烈な『負』の感情を抱いた物体の名前だ。
本来ならばプラントの食物自給率改善を目的に作られた大規模な農業コロニーだったのだが……

『血のバレンタインデー』

と呼ばれる惨劇。正確にいえ地球連邦軍過激派による一発の核ミサイルが全てを変えた。
元より農業用の薄い透光性外壁に覆われたガラスの箱庭。地球では愚かな人類でさえ、撃つ事を躊躇われる悪魔の威力にあらがえるはずもなく全壊。
灼熱が全てを飲み込み、衝撃が全てを叩き割り……コレが残った。巨大な墓標、広大な共同墓地。

「各機、指定ポイントへ。ジュール隊もすぐに作業を始めるわ。周囲の警戒を怠りなく」

いつの間にかMS部隊の隊長的ポジションを、自分だけ気付かずにGETしたミーアは告げる。
了解の声が返ってくる前に思い出したように続けた。

「それと……」

まだ何かあるのか?と目指すべき女神の声に耳を傾けたシンだったが、続く言葉の意味はすぐに理解できなかった。

「掌を合わせなくても良い」

「?」

「頭を垂れなくても、目を瞑らなくてもかまいません」

「……っ! そういう事か」

「送るべき言葉も見つからないし、供える花も手元には無いけれど」

ここまで来れば誰もが理解した。平和の歌姫ならばここでやるべき事があったのだ。

「此処で起こった悲劇に、ここに眠る全ての人のために。ただ……」

歌うように晴れやかに、叫びのように轟々と、嘆きのようにしめやかに、偽ラクスはその言葉を告げた。


「祈りなさい」





私 ミーア…ラクス・クラインは耳に意識を集中させていた。聞こえるのは作業の進捗状況を告げるジュール隊のオープン通信。
普通の戦場ではそんなことはあり得ない。通信よりもモニターが優先されるのは明白である。
ではなぜそんな事をしているのかといえば、至極簡単。辺りの映像を見たくないから。

「目が合っちゃった……」

つい一分も経つ前には当然のように辺りを警戒するべく、ピンクちゃんの愛らしいモノアイが捉える映像に目を光らせていた。
そしてある一点が気になってしまった。仕方が無いじゃないか……気になれば確認せずには居られない。
何かが光ったのだ。太陽光を浴びる透過膜が散乱するこの場所ならば、珍しくもないが一応確認するのが軍人のサガ。
モノアイのピントを絞る ズームアップ。

そしてみた。

反射の正体は手鏡。ピンク色の安い作り 恐らく女児向けの玩具。

そして見てしまった。

手鏡の持ち主。大質量の重力に引かれながらも、フワフワと漂う様はまるで本物の幽霊。
人間の原形を留めているがミイラ状。眼球はとうに抜け落ち、空っぽの眼窩と……


『目が遭ってしまった』



「自分が死ぬのよりも他人の死を見つめる方が怖いモノなのね」

軍人として生きた時間の中ですら、こんなにも怖いと思った事は無い。
最後の激戦であったヤキンドゥーエ攻防戦ですら、極限状態における興奮でそんな事を考えていなかった。
元より私はそういう意味では戦いたくて、そのために死ぬ事すら喜んでいた変人だった訳だが、此処にはそんなモノはない。
興奮も極限もない。ただ見本がある。サンプルがある。死とはこういうモノだと無数の死者が、巨大な墓場が語っている。
全てが頭に注ぎ込まれる嫌悪感。たぶん私みたいに直感すら交えて戦うパイロットの悩みだろう。

「でもこれを見てしまうと武力の価値が上がってしまうわ」

これを見て平和を思うのが私の本来の仕事なのだろうが、残念ながらパイロットしてのミーア・キャンベルは違う事を考えていた。
たった一発の核ミサイルでユニウスセブンはこうなり、多くの命が奪われた。
これはイコールで私たちがいま住んでいる全てのコロニーに言えることなのだ。

「あの青い星の何と美しく、聖母のように寛容な事か」

何となく詩人的な言葉。少し見上げれば徐々に迫りつつあるだろう地球が見える。
この青い星は核はもちろん、水素爆弾の爆発すら笑顔で許してしまう。
偶然が生み出した青い星は美しく強くて、人間が必死に宇宙に浮かべたガラスの箱には醜く脆い。

「それでも守りたいから武器は捨てられないのさ~」

プラントが保有しなければならない武力は必然として、人口比から導き出す適正量とは異なってくる。
人の数と守るべき密度が比例しないのだから。それゆえに連合とは折り合いがつかないのだが……


「アンノウンです!」


モノ思いの時間は終了。


「非武装の工作隊では対処できません!」


軍人として……


「メテオブレイカーが破壊されています!!」


あの憎たらしいほど寛容な青い聖母を守るため……
此処に居る全ての魂のために……祈り、戦おう。




なんで戦闘のシーン前でこんなに書いているのかわかりません!
そして内容もありません!!



[7970] 偽ラクス様、伝える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:02178e30
Date: 2011/01/27 08:29
大変に長らくお待たせいたしました!!








「なんだこいつらは!?」

ジュール隊隊長であり、全くの偶然なれど地球の運命を左右する指揮をすることになったイザーク・ジュールは叫んだ。
突然現れたアンノウンによって撃破されていく自分の部下たちとメテオブレイカー。

「ゲイツのライフルを射出しろ! 工作隊では反撃できんぞ!」

自分と同じく状況を的確に理解しているとは言い難いオペレーターに激を飛ばす。
何時もの軽口と一緒にさっさとブリッジを飛び出して格納庫へと駆けているだろう旧友だけが唯一の救い。
だがそれだけでも安心はできない。この任務はいままでのどんな任務よりも責任重大と言っても良いだろうから。

「ミネルバの連中は!? 援護はどうした!!」

「新型のインパルスにザクが三機、奮戦していますが数が違いすぎます!」

MSが行う防衛というのは塹壕にでもこもらない限り、基本的に守る側が圧倒的に不利である。
しかもメテオブレイカーとメテオブレイカーを起動するために丸腰のゲイツを守らなければならないのだから。

「オレも出るぞ! ザク・ファントムの準備を!!」

故に指揮官としては全く三流と言わざる得ないそんな指示を出してしまっていた。
本来ザフトの指揮官がMSで出撃する悪習は慢性的な人手不足と個人主義が目立った初期段階で作られた物。
故にいまのザフトでは滅多にありえない事態なのだが、こうなってしまっては仕方が無い。
駆けだす瞬間、視界の端に移りこむのはアンノウンと工作隊を守りながら、不利な戦いを強いられるミネルバ隊MSの姿。
威嚇の威力はあるが必殺の命中に欠ける赤いガンナーザク・ウォーリア。
的確な動きで撃破し、味方を守るのは見た事が在る動きをする白いザク・ファントム。
荒削りながらも機体性能も加わって中々の動きを見せる最新鋭のGシリーズ。
そして……

「なっ!?」

ソレをちらりと視界に入れた瞬間、思わず足を止めてしまっていた。
画面に映ったのは漏れる驚きの声。別に珍しい機体が居た訳ではない。
そこに居たのはザク・ウォーリアであり、強いて珍しい点を上げるとすればあまり一般受けは良くないスラッシュ・ウィザードと言うくらい。

「なっ……なんだ、あの色は!!」

問題は色。ここの戦果を重視し、エース級ともなればオリジナルのカラーリングとて、ザフトでは珍しくもない。
だがそれは余りにも戦場と言う場所において異彩を放ち過ぎていた。その……なんだ……


「凄く、ピンクだ」








その凄くピンクな物体 マゼンタピンクとかそういった系統の色を配したMS ザク・ウォーリア 通称ピンクちゃんンは勇戦していた。
そんな色の物体が勇猛果敢に戦う様は実にファンタジックかつエキサイティング。

「どりゃぁあ!!」

これまた外見にそぐわない裂帛の声がコクピット内に響き渡り、ソレに答える形で振り下ろされる巨大なビームアックス。
戦艦すら両断する一撃は敵機をニ機まとめて輪切りにする。
しかしピンクちゃんのパイロット ラクス・クライン(っぽいなにか ミーア・キャンベル)の顔には焦りの色。

「ちぃっ!」

アイドルとしてはあるまじき盛大な舌打ちを一つ。
自分一人で戦うのと、何かを守りながらというのは大きな差がある。死ぬことすら考えるギリギリを駆ける私にとっては大きな足枷。
つまり敵は鈍重で大きな的を狙えるという事だ。しかも……


「こいつら! 強い!!」

私 ミーア・キャンベルは何の躊躇いもなくそう認識していた。
機体の性能や生まれから持ち合わせる自分の性能に頼らない強さ。
正当な訓練を積み、かなりの実戦を経験してきた故に生じる本物の強さ。

「ただの海賊やテロリストじゃない」

そして敵機の機種。普通に考えれば正規軍でもない有象無象が運用できる機体など限られてくる。
こういった場面で出会う可能性が高いのはジン 前大戦の中でもっともはやく量産され、それゆえに多く鹵獲されている機体。
次にやはりストライクダガー。地球連合という莫大な生産力で一気に量産され、ナチュラルでも扱えるOSも搭載されている。

だが目の前に居る敵はそのどちらでも無かった。


「なによ、ジン・ハイマニューバⅡ型って!」

余りにもマニアック! ゲイツがザフト主力機という看板をジンから奪う過程に生まれたマイナーチェンジ機体。
ハイマニューバの名の通り機動性が向上されており、その装備も対MS戦闘を念頭に置いた物。
しかしそれだけならばこの状態は異常足りえない。これだけならば『レアな機体を偶然手に入れた腕利きのテロリスト』という判断。


「全機体がお揃いなんて不正規軍じゃありえないわ」

そう、一機出て来ただけでも驚きのハイマニューバⅡ型が勢ぞろい。
ジンやストライクダガーだってこれだけの数で揃えるのは難しいというのに。
武装だってそうだ。機体以上に同じ種類をそろえるのが難しいのが武装。
だというのに完全に資料で見たこの機体の標準装備 回転斬機刀とビームガンを取りそろえている。
つまり武装も機体もパイロットも一緒くたに集まったのだ……こいつ等は


「元ザフト……かぁ!」

ハイマニューバⅡ型の主な支給先を考えれば、ザフトの中でもどんな部隊なのかは検討が付く。
出力を絞り見かけ上の威力よりも貫通力を重視したビームガン。
派手な威力よりも確実に、そして静かに敵機に撃破する事を目的とした回転斬機刀。
空の闇に溶け込むようなほの暗いボディーカラーと相まって、MSを用いた特殊工作にしようされていたはず。
恐らく生まれ持った性能だけに頼る第二世代コーディネーターの即席軍人ではない。
第一世代としてプラント以外の場所で生まれ、激動の時代を生き抜いてきた本物の軍人。
工作任務をこなしてきたのならば、フレアモーターなりを使えばユニウスセブンすら動かせるだろう。
つまり彼らが動かしたのだ、この墓標を。落とすつもりなの、地球に向かって。
行きつく結論は最悪のモノだ。

「最悪!」

ピンクちゃんが背負ったビームガトリングを乱射。
弾幕と呼ぶにふさわしいビームの暴風。ジンにおまけ程度の装甲を付加したハイマニューバⅡ型では受けるなど論外。
距離をとってくれれば良い。必要なのは後ろの工作隊がメテオブレイカーを起動する時間を稼ぐこと。

「え?」

だが彼らは引かなかった。ニ機が突貫してくる。当然のように装甲を削られ、四肢が脱落し、それでも距離が詰まり……爆ぜた。
動力部への外部からの衝撃による爆発ではない。内側からの爆発させるための爆発。つまり……

「自爆!? 元より死ぬ気!!」

直接爆発に巻き込まれる事は無くとも、砕けた破片と手無重力下では威力が落ちない砲弾となる。
運が悪い事にメテオブレイカーが餌食となり打ち込みは失敗し、工作隊は下がるしかない。だけどそれは同時に私を ピンクちゃんを自由にするという結果でもある。

「逃がさない!」

守るべき物が無くなれば何時も通りの動きが出来る。
既にようは無いと牽制射撃で距離を取ろうとする残りの敵機に接近。
後ろを、自分の命すらギリギリの所でしか気にしない本来の私の戦い方。
振り回される大出力ビームアックスが乱舞。千切れ飛ぶMSの破片。
ここで逃がせば他のメテオブレイカーを狙う敵が増える事になる。一機だって逃がさない。

「なんで!」

こみ上げてくる怒りが理不尽な事は分かっている。
私は許せないのだ。これだけの力をもつ者が自暴自棄なテロリズムで死を選ぶ事が。
そういう事=死すら目指して戦うなんて愚かな行為は、私だけが 愚かなミーア・キャンベルだけがやっていればいいというのに!!
理不尽な怒りは剣劇の鋭さを増し、同時に僅かに注意を散漫にする。そしてソレは来た。
ギリギリの速度。戦場の直感が反応するギリギリ。死角から突き上げられた斬機刀。
回転する複数の刃がピンクちゃんの装甲を捉える直前。乱暴に押し倒した操縦桿と踏み込んだフットペダル。

「っ!?」

久し振りに後ろに下がる感覚。距離をとって構え直し、刃の主を睨みつけた。
慌てて遠ざかっていく機体と同じジン・ハイマニューバⅡ型。だが違う 乗っている者が違う。
相対しているだけで分かるのだ。ジッと微動だにせず、ただ刃を構えているだけなのに。
背筋をビリビリと駆け抜ける緊張感。MSで人間同士がアニメやドラマでするような睨みあい。
下手に動けばやられる……なんて笑えない冗談でも何でもない。そう、現状においての疑い無き事実。


「なぜ……このような事を?」

だけど口からはそんな言葉が漏れていた。もちろん気を抜いている訳ではない。
隙さえ見つければ何時でも切りかかるつもりが満々! もちろんそれを相手も分かっているらしく、殺意も構えも解かないまま返す。

「我らが家族のこの墓標!」

帰ってきたのはある程度予測できた……胸糞悪い答え。

「落として焼かねば世界は変わらぬ!!」

殺気が爆発する。ユラリと揺れた剣先がフッと掻き消えた。ただ避けるだけなんて考えない。
先の言葉にもこれからどんな事を語るかにも捕らわれて駄目。一撃で切り伏せる事だけをぉ!!

「■■■」

無音の宇宙に確かに響き渡る旋律 交差は一瞬。私がこうして思考していて、睨み合いを続行している点からしてお互いに無傷。

「軟弱なクラインの後継者に騙されて、ザフトは変わってしまった!!」

討ち掛けるビームガトリング。話を最後まで聞こうなんて思っていないし、向こうも最後まで語れるとは思っていない。
ビーム弾幕を容易く避けるハイマニューバ。ちぃ! 本当にジンか、これは!?
強化されたマニューバと実戦に裏打ちされた操縦。ビームの乱機動すら計算して……いや、感じて避けた。
私と同じタイプのヘンタイパイロット。

「我らの大義を阻むのが同胞というだけでなく!」

スラスターの強弱と宇宙=無重力空間でありながら、地面が在るという特性を生かした機動と凹凸を使った防御。
地面を蹴ることでつけられた微妙な強弱と地形を把握した防御。どうしても宙間戦闘という経験、そして馴れに囚われている私を容易く翻弄。
機体の性能の差も武器の性能の差も生かしきれない体たらく、そこに響き渡る叱責と嘲笑の声。


「そのようなふざけた機体に乗っているとはな!!」


……ぐうの音も出ません。本当にごめんなさい、こんな機体 目に痛いピンク系統の配色と肩に描かれたキャラクター。
ふざけている!と怒られても仕方がないよね、このピンクちゃん。
だけど言われっぱなしは腹が立つという者。こうなればこの芸名、しっかりと利用させてもらうとしよう。

「あら? それは私がラクス・クラインであると知っていての言葉かしら?」

「っ!? 似た声だとは思ったが……ありえない! あの偽善者の小娘がMSに乗って戦場に出るなど!!」

やっぱり喰いついてきたわね。同じザフト系列の機体ならイケるかな? 
いまなら切りつけられないだろうと通信系統を操作。音声だけではなく映像も接続する。
そしてここからはワザと確認をとり、ワザと隙を教え、ワザと挑発して続ける。
ヘルメットをとるというのは余りに短いながら、余りにも大きな好きだからだ。

「ご納得いただけないなら、ちゃんと目でお確かめなさい」

首元のスイッチでヘルメットの密閉を開放。煩わしいほど綺麗な桃色の髪が無重力で舞う。
浮かべるのは微笑。会った事もない本物が画面越しに浮かべていたソレを思い出す。
善意も悪意も幸福も不幸も痛みも悲しみも全てを飲み込むような(私的には)薄気味悪いと思わせる微笑み。

「まさか……いや! なんという僥倖!!」

茫然とした言葉から炸裂する更なる闘志。

「ザフトが、コーディネーターが取るべき道はナチュラルとの共存などではない!」

増す剣気。繰り出される攻撃には更なる鋭さ。デッドラインへさらに数歩進むギリギリの駆け引き。
だがそれゆえにこちらが責める機会も増えるという物。

「奴らは滅ぼさねばらぬ! 故にパトリック・ザラの選んだ道こそが正しかったのだ!!」

『まぁ、いま貴方の目の前にいるラクス・クラインはそんな事を全く考えずに、貴方と同じように目の前にいる敵を切っていただけなんですけどね? プギャーwww』
……なんて言ったら凄い隙が出来る気がする。

「落ち行く鉄槌の上でその元凶を! 偽りの平穏を築き、維持してきたクラインの魔女を倒せるとはな!!」

魔女の部分には大いに同意するとして、他の部分には納得できないモノが在る。

「私が築き維持してきた? それは違う」

「なに?」

「この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち」

「っ!? 我らを愚弄するつもりか! 全てはクライン派が結んだ偽りの協定による物に過ぎないではないか!!」

怒りというベクトルを高め過ぎ! 殺す気に満ちていても空回り→好機!!


「違うわ! それは最後の最後だけ。それに逝き付くまでの土台を築いたのは?」

どうして第二のユニウスセブンが生まれなかったのか? 簡単なこと、戦ったからだ
ニュートロンジャマーの盾は確かに大きいかもしれない。だがそれだけでは守れない。
最後の最後まで連合軍を狭い範囲に押し込め、制宙権を維持してきたのはなんだ?
独創的過ぎた人型機動兵器 MSであり、それを操っていたザフトの軍人たちだ。

「対等以上の相手でなければまともな交渉や条約なんて結べない! 
 対等な相手 対等な敵として連合を認めさせたのは?
 軍人が 貴方たちの剣が築いた平和だ!!」

「違う!! 偽りの条約によりザフトは既に戦わなくなってしまった!!」

猛激。お互いの言葉が剣先に力を乗せ逢う。加熱した意思が逆に思考を冷却。
普通ならば全てが必殺になる攻撃の応酬。誰かカメラを回していないだろうか? 
素晴らしく『参考にならない』MS戦闘の教材が出来上がるのに。


「戦わないのと、戦えないのは違うわ!」

どうして連合は表向きとはいえ条約を守ってきた?
脆すぎるガラスの箱庭で人々が再び安心して生きてこられたのは?
整然と居並ぶ抑止力 MSとそれを兵站し運用し操縦する技術があったから。

「軍人の本当の仕事は敵を斬ること? 違うでしょ?
 ただ平然と有事に対する備えを解かないまま、そこに在り続けることこそが本懐!!」

そう……本当はそれこそが理想的な軍人の立ち位置。それを投げ出すのは私のような不純な動機でザフトに入った若者≒馬鹿者だけで良いはず。
目の前のような本物の軍人にならば、それくらいは分かっているはずなのに……

「さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!」

「違う! そんな平和や平穏など全て偽りだ!」

口からは否定の言葉、だけど行動には一瞬のブレ。

「確かに開戦前も終戦後も危うい綱渡り状態だったかもしれない。けど……」

何をしても捉えらなかったジン・ハイマニューバⅡ型の左腕部をピンクちゃんのビームアックスが掠めた。
当然のように崩れるバランス。リカバリーの早さも流石だがもう遅い!

「貴方の家族がここで感じていた物は偽りなの?」

「え?」

留めの一撃。汚い女だと自分でも思う。でも口から出る言葉は止まらなかったし、誰かが『伝えてくれ』と囁いてくる。

「お父さんの立派な背中が守ってくれたここでの時間は偽りなの?」

確かに守れなかった。ザフトの認識の甘さと連合内部の過激派の突飛な行動で。
だけど核が撃ち込まれる一瞬まで、ここには平和と平穏があったはずだ。
それを守ってきたのは? 間違いなくザフトであり、目の前にいる本物の軍人たちだったはずだ。

「偽りでなどあるもんかぁ!!」















ピンクちゃんを操って爆散したジンが装備していた回転斬機刀を拾い上げる。
物思いにふける時間なんてないのに、数秒の沈黙。腰部の空いているスロットに装着した時、地面が揺れた。

「上手くいったのかな?」

無数の亀裂が走るユニウスセブンを眺めながら呟く。確かそろそろ回収可能高度ギリギリだったはずだ。
奮戦していた割には誰の目にも止められない地味な仕事 大した貢献もしていないのだけど……ラクスなんだからみんな怒らないだろう。
ミネルバに向かってバーニアを吹かそうとした瞬間、画面の端で何かがキラリと光った。

「っ!?」

慌てて機体を向けてズームアップ。残党の狙撃など受けては唯でさえ無茶をした機体、ひとたまりもないだろう。
だけどそこで見えたのは……手鏡。子供用の可愛らしい作り。それが在るという事は傍にはその主 ミイラ状の少女の遺体が……

「嘘」

人型の機動兵器が飛び交い、宇宙に人間が住む時代にそんな事はあり得ない。分かっているのだが、見てしまった。
笑ったのだ。実に愛らしい健常な人間の姿で。その後ろには二人の男女。両親だろうか?
これまた笑っている。男の方が私を見て苦々しい顔をしたが、直ぐに笑みを取り戻し、女性の肩を抱き、少女の手を引いて……消えた。

「どうしよう、怖くてトイレにイケないわ」

怖かったのはそんなオカルティック現象のせいではない。余りにも偶然にその方向で漂う無傷のメテオブレイカーを発見してしまったことだ。
ため息をひとつ。向きを変更。少しくらいならば大丈夫だろう。

「しょうがないな~」

小さくて優しいユニウスの奇跡を無駄にするのは心苦しいから。






数分後


「ヒャッホー!」


MSで大気圏に単独ダイブすることになりました♪










偽ラクスってこんな話だったかしら?



[7970] 偽ラクス様、降りる
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:74102d51
Date: 2011/01/30 13:53
驚異の速度!
今回はフルでギャグ構成です。









大気圏。それは青い奇跡の星 地球を真空の地獄と隔てるゆりかごであり、防壁である。
青い星に背を向けようとする者、もしくはその領域に入ろうとする者に灼熱の試練を与える。

「くそっ! 幾らシュミレーションでやったからって!!」

温度維持機能を超越して僅かに熱を帯び始めたコクピットの中、オレことシン・アスカは叫んでいた。
先ほどまで行っていた任務 ユニウスセブン破裁は既に終了している。
何故ならばMSの稼働可能領域を突破しているし、母艦ミネルバへの回収も不可能な高度。
もちろんシンにも撤退命令は届いていたのだが、目の前に無傷のメテオブレイカーが在ったら無茶もしたくなる。

「あ~ぁ! こんな思いまでして戻ったら反省文とか割に合わないな」

アンノウン……いや元ザフトのテロリストたちの妨害により、大気圏で安全に燃え尽きる大きさまで砕く事は出来なかった。
よって可能な限りの破裁を行うため、ミネルバが降下しながら主砲による砲撃を行うという連絡。
よって地球に降りて一人ぼっちと言う最大のピンチは免れたが、それまでにはこの最大限に気を使う任務を達成しなければならない。

「これで進入角はミネルバと一致するはずなんだけど……」

MSによる大気圏突入の問題点は機体の強度とコントロール。
強度が無ければ機体が破壊され、コントロールを間違えば海にドボン。
飛行可能な機体でも母艦や基地から離れてしまえばやっぱりドボンか、敵陣真っ只中をヒッチハイク……つうか地面に激突死。
幸いシンが乗るインパルスはセカンドシリーズ Gと呼ばれる最新鋭機だ。強度・コントロール性ともに最高峰。
他のどんな機体に乗るよりも安心して行えるはずだ。だから大丈夫……『ヒャッホー!』……あれ?

「……?」

なんかサイドモニターをピンク色の何かが横切った。ついでに最近耳に馴染むようになった美声も聞こえた。
モニターに映ったのはユニウスの破片だろうか? イヤ違う。あんなピンク色の破片があるものか。
聞こえた声はテンション高舞ったメイリン辺りの叫びだろうか? イヤイヤ違う。既にミネルバとの通信は途絶えている。

『あれ? シン君じゃん』

横につけるように減速してきたピンク色の何か 凄い色のザク・ウォーリア 通称ピンクちゃんからノイズ混じりの通信。
そこに映るのは赤服用のパイロットスーツが死ぬほど似合うプラントの歌姫様 ラクス・クライン。

「……って! なにをやってるんですか!?」

大気圏へのMSでの単機突入はスペックにより保障されていようと、危険なミッションである事は変わり無い。
それゆえに活動限界高度からかなり余裕をもって撤退命令が下されたのだ。それを破って活動していない限り、こんな事態にはならない。
もちろんプラントの精神的主柱たるこの強すぎる歌姫にもその命令は下っていたはずだ。
イヤ、もっと言えば誰よりも早く、安全に戻れと言い含められているに違いない。
それが何をどんなふうに間違えれば、命令違反してギリギリまで作業した結果、戻れずに大気圏に熱い抱擁をされているオレの横にいるのだ?

「ん~とね……」

少しだけ考える仕草をして、花の咲くような笑顔でラクスはこう言い切った。

「MS単独での大気圏突入かな?」

「……」

ラクスは頭を抱えて沈黙するオレを見て、本気で不思議なものを見る目をしていたが、思い出したように続けた。
恐ろしい事をさらっと

「あと強いて言う事があるとすれば~ピンクちゃんの調子が悪い事かな?」

「え~と……どれくらいですか?」

量産機とワンオフ機、ザク・ウォーリアとインパルスで機体強度と機体コントロール性能ではどうしようもない差がある。
ザクとてMS単独での大気圏突入を可能にする『カタログ』スペックだ。それは万全な状態を前提にして、大丈夫だと言っているのであって……


「降下ルートが安定しないくらい」


大気圏を無事に突破する事も大事だが、そこからミネルバと合流できなければ海か地面に大激突するのだ。
なのにどうしてこの人は平然としている? 全くもって理解できない。
これがラクス・クライン……これがプラントの歌姫……これがオレの目指す人。
ここでこの人を失う事なんて絶対にできない! 何か無いのか! この状況を克服できる方法が!

「あっ……良い事思いついた」

「え!? 本当ですか!」

なるほど、既にある程度の対策が頭の中で出来て……『貴方と、合体したい!』……何を言っているのか分かりません。

「つまりね?」

なるほど! 話を聞いてみれば実に簡単な事だ。
ラクスのザク・ウォーリア(愛称はピンクちゃんというらしい)は姿勢コントロールが効きにくい状況。
逆にオレのインパルスはさすが最新鋭ワンオフ機、若干の出力に余裕がある。
そこでザクが後ろからインパルスに抱きつく形で密着し、制御をインパルスに預けることで安定したコースを辿ることができる。
なるほど!……そのインパルスの制御はオレがやるんですよね? 単機突入でもヒイヒイ言っているオレが。
そんなこちらの緊張と重責を読み取ったようにラクスは事もなげに言う。

「無理なら止めましょう。大事な赤服 将来有望なエースパイロットを失う事は無いわ」

「でも! それじゃアンタが!!」

オレなんかよりもずっとプラントやザフト、世界にとって必要な存在。
それが何でそんな事を軽々しく言えるんだ!? そういえば……偶然の合流が無かったら、この人は本当にただ堕ちるつもりだったのか?
機体にガタが来ている事は分かっていたはずだ。なぜ最後まで残っていたんだ? オレの無茶とは訳が違う。
これはすでに無策や無謀の領域だ。次に告げられた言葉、先ほどと同じく素敵な微笑で事もなげに

「こういう最後も素敵じゃない?」

背筋が凍った。ただカッコいいだけじゃない。カッコ良くて危ない人。ならばオレが答えるべきはたった一つ。

「やります! かならず成功させますから」

自身ではなく確信。必ず成功させるという思い。それを受け止めてあの人はまた笑う。先ほどのどんな表情よりも輝いた笑顔で。

「よろしい! 姫のピンチを救ってみなさい、騎士君?」

騎士……か。ロマンチックな事だがこのお姫様は誰かに守られるような存在じゃない気がするのはオレだけかな?










そして二人は降りた。















唐突ですが正義の組織と悪の秘密結社の話をしよう。






「キラ、先に子供達とシェルターに行ってくださいませんか?」

「え? どうして?」

「少しやっておかないといけないことがあるんです」

「わかった。早く来てね」

「えぇ、直ぐに」

そんな何処にでも在りそうな若い男女の会話。もし普通ではない点を上げるとすれば、いま正に地球に降り注いでいる星屑くらいなモノ。
男の方は消え、残ったのは女の方。淡々と歩く廊下は当然の如くいま住んでいる家のソレ。
扉を潜り辿り着いたのはリビングだ。ソファーやテレビなど一般的なアイテムが揃った広いリビング。
多くの子供たちの声が響く場所だが、いまは女性一人。何時もなら狭い印象すら受けるのだが、一人で居るには居心地が悪いような広さがある。
しかし女性は何の躊躇いもなく、桃色の髪を翻しながら何時も使っている純白の安楽椅子に腰を降ろした。

「さぁ、始めてください」

それは最後に部屋に入ってきた人間が言うべきセリフではない。というよりも、この部屋に彼女以外の人間は居ない。
だが変化があった

「■■■」

まず低い電子音と共に大きなテレビが起動する。画面に映し出されたのは家のガラス細工。


「■■■」

次に同じく電子音と共にノートタイプのパソコンに光。画面には広大な草原。


「■■■♪」

続いてテーブルに置かれた携帯電話に着信音。ハンズフリーモードに切り替わり、画面には絵文字で作られた真珠の首飾り。


「■■■」

レトロなデザインのラジオがノイズを吐き出す。


「■■■!」
「■■■?」
「■■■♪」
「……」

さらに何処からともなく転がってきた球状の玩具ロボ ハロ。
全部で四個 青・赤・黄色・ピンクがそれぞれ違ったアクションをとり……

「では各自報告を」

まずラジオが告げた。

「プラントは既に地球側に警告を発し、被害救済の為に支援を準備中です」

答えたのはテレビ。


「大西洋連邦は対決姿勢を取るしかありません。やっかいなメディア王の誘導もありますゆえ」

続けてパソコンが言葉を紡ぎ……

「ジブリールがトップに就いてからのブルーコスモスは急進的に成りつつあります。
可能な限り抑えては見ますがロゴスとのつながりも深く、狂信的で実力もある彼を抑えるのは困難かと……」」

青いハロが答える。


「オーブもまずは自国の被害を抑える事を優先するでしょうが、いま国を動かしているのはアスハではなくセイランです。
 あの狸どもはこれを気に大西洋連邦に近づき、アスハの独裁を廃そう企んでも不思議はありません」

「クスッ! 困った狸さんとカガリさん」

携帯電話の言葉に女性は困ったように呟く。


「こちらは被害の規模も大きいでしょうし、前回の戦で大西洋に使い回された傷と恨みが消えませぬ。
 しばらくは我関せずを貫く方針になると思われます」

「ウチは被害の一つで壊滅しそうな小国。なんとも言い難いですが、無事に残った際は非連合国を纏めましょう」

「……」

赤いハロと黄色のハロが合いついで発言。ピンク色のハロはまるで場違いな場所に居るように沈黙、耳だか羽だか分からない部分をパタパタ。


「備えはしておくべき……ですわね?」

女性の問いに一斉に上がる同意の声。次々と決定される方針。

「はっ! ギルバート・デュランダルはクライン派に属していますが、何かを企んでいる事は明白」

「ターミナルは戦力の充実でしばらく動き難くなる。プラント内の情報は密に報告を」

「同時に連合の動きにも注意が必要だ。不意の開戦で核など撃たれてはかなわない」

「ブルーコスモスの同士の責任が重大ですね」

「ユーラシアとしてもこれからの情勢次第で……」





「……」

飛び交う議論の中、沈黙を守るのはピンク色のハロ。
全く奇妙な場に居合わせることになったと、ピンクちゃん(某ザクと同姓同名)中の人 歯牙無い傭兵MS乗りは困惑していた。
これは一体何の集まりだ? プラントや大西洋連邦にオーブを始めた各国から、コーディネーター排斥を歌うブルーコスモスの者まで集う会合。
そして何より……


「私のソックリさんのお話を聞きたいですわ」

不意に告げられた言葉。沈黙を守っていた少女の言葉に議論は止まる。
世界の行く末を決定するような重要な話し合いが、一見すると実に個人的な理由で中断する。
そしてそれこそがただの傭兵に過ぎない男がこの恐ろしい会合に呼ばれている理由だった。

「声は……貴方そっくりでした。そしてMSの操縦技量が鬼神じみていて……」

同時にテレビの画面が分割。映し出されるのは今や砕かれた巨大な墓標 ユニウスセブンの地表。
その上で行われているMSの戦闘の様子をズームアップで捉えたもの。
この映像を取った機体に乗っていた為、直接感想を聞きたいという女性の我儘。

「貴方の物とは異なる……一本の筋を持っているようでした」


そんなピンクちゃん(外見)の言葉に一斉に他のハロやテレビ。パソコンや携帯から上がる非難の声。

「偽物などと我らの■■■を比べるなど!」

「それよりもコレはデュランダルの差し金か?」

「やはり何か隠しているのは間違いありませんな!」

だがその合唱も一瞬で鎮まる。少女が手で制したのだ……アレ? おかしい。
男はいまの感覚の理由が分からなかった。手で制するのは良い。こんな奇妙な集まりを主宰する少女だ。
それくらいの権力はあるのだろうし、そのネームバリューの意味くらいは子供だって分かる。
だが問題はそんな事じゃない。


「良いではありませんか」

ゆっくりと安楽椅子から立ち上がり、自分の方(ピンクのハロ)の方へと歩いてくる女性。
ただ歩いてくるだけなのにこの飲み込まれるような感覚は何だ? 強者が纏う弾圧や拒絶の雰囲気ではない。
これは愛情、自愛。圧倒的な正のオーラ。どうして抱擁する意思がここまで畏怖の感情を抱かせる?

違う! そんな事は小さな問題だ! どうして……


「もしその方が世界を憂うお人でさえ在るなら」

先ほどの話し合いも余りにも不自然だ。集まりの主催者は間違いなくこの女性だ。
だが彼女は始まってからほとんど発言していない。ただ安楽椅子に揺られて目を瞑り、ときどき関係ない話題で笑う。
なのにこの会議を支配しているのは彼女なのだ。完全に彼女が望む方向へと舵が切られている。

違う違う!! これもたいした問題じゃない。


「ぜひ」

いつのまにか俺(外見)を優しく持ち上げて、彼女は微笑みながら言う。
優し過ぎる声と優し過ぎる微笑。花のようとかそんな比喩表現では言い表せない声と笑み。
だから違うんだ! どうして俺は……



「お会いしてみたいですわ」



通信を介したこの集まりだが、届くのはお互いの『声だけ』なのだ。

だから見えるはずがない。
どうして彼女は手で会話を制することができる?
どうして俺は彼女が椅子から立ち上がったのが分かった?
どうして彼女が俺の通信機を持ちあげたのが理解できた?

俺は知る術など無いはずなのだ。恐らく他の出席者たちも条件は同じ。

世界の重鎮たちを容易く従えるだけの魅力を持つ『ナニカ』
声だけで繋がった相手にすらその存在を認識させる『ナニカ』
言葉を発せずとも議論を己の望む方へと導く『ナニカ』
そんな存在なのに恐怖では無く異敬や友愛、正の感情しか感じさせない『ナニカ』

『ナニカ』は決して人では無いはずだ。そんなことができる人間など存在するものか!
なのに『ナニカ』はまったく違和を感じさせない。



……分かっているもうこの発言自体が矛盾だ。
既に俺の大部分は『ナニカ』を違和感なく、当たり前に雇主として受け入れている。










『ナニカ』の名前はラクス・クラインと言った。










偽物があんな感じなので、本物がこんな感じになった……止めて、物を投げないで。



[7970] 偽ラクス様、解放される
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/10 10:10
「わぁ~♪」

シン・アスカはその声を聞いて思わず顔が緩むのを理解する。
眼前に広がるのは大海原。落下コース的に考えて南太平洋だろう。
二人で地獄の底まで直行かもしれないダイブを無事に完遂したかいがあったという物だ。
艦長の説教が『彼女』のお陰でチャラになったのも大きいだろう。
『命令を無視したのは私も同じですから独房に入ります!!』……なんてこの人に言われたら艦長とてお茶を濁すしかあるまい。

しかし本当に不思議な人だと思う。まずは邂逅からしてインパクト特大だった。
ピンク色のザクで『ドロップキック』である。ドロップキックだよ? MSで。
あれからMS操縦教本を読み直したりしたが、いまだにどんな入力をすればそんな事が出来るのか理解できない。



そしてそこから何かあるたびに紡がれる言葉が重い。

『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』
『私もそうであれば良いと思います……ただ!』
『ここはザフトの船。貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』
『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』

『私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?』
『だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
 その次も……次の次も……守って、守って、守って……
 でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい』

『私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
 だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?』
『さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう』


そしてユニウスセブンの上、戦闘中ながらも手を一切緩めなかったが、聞き入ってしまった。
オープン回線でザフトはもちろん、テロリストたちへも流れていたのだろうあの言葉の群れ。

『この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち』
『対等以上の相手でなければまともな交渉や条約なんて結べない! 
 対等な相手 対等な敵として連合を認めさせたのは?
 軍人が 貴方たちの剣が築いた平和だ!!』
『さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!』
『お父さんの立派な背中が守ってくれたここでの時間は偽りなの?』
『偽りでなどあるもんかぁ!!』

今までの言葉とは異なる絞り出すような悲しみがあった。後悔があった。痛みがあった。
どうしてプラントを、世界を救って魅せた歌姫がそんな声を出すのか分からない。
けど胸に突き刺さるような感覚が失ったオーブでの日々を勝手に思い出させて腹立たしい。
でもそれ以上に……叫んでいる本人が辛そうだったのが腹立たしい。どうして俺はその一助にも成れていないのか?と


『こんな最後も素敵じゃない?』


最後? 儚く燃え尽きる事に対する病的なまでの憧れが滲んでいた。
最後? 最後になんかさせるもんか! 何処まで一緒に居られるか分からないけど。
これからのコースとしてはアスハをオーブに送り届けて補給と整備。そこからカーペンタリアへ。
そこからはきっとMSになんて彼女は乗らないだろうし、安全な場所で本当の仕事をするのだろうけど、それまでは……絶対に……



「これが海かぁ♪」

しばらくはこの凄くハッピーな様子を眺めていても良いだろう。
無事に着水したミネルバの甲板、物珍しそうに辺りを見渡すルナたちの中でも、もっとも盛り上がっているのは彼女 ラクス・クラインだった。
カッコ良くて、悲しくて、危なっかしい様子と子供っぽくて微笑ましい現在の高低差が半端ない。

「ねぇ! この匂いは?」

「塩の匂いですよ。プラントと違って雑多に有機物も含まれているから」

「へ~そうなんだ~」

知らない訳がないのだが、凄く嬉しそうに一人で納得する姿を見ていると、そんな事に突っ込むのは無粋という物だ。
もっと言えば地球育ちのシンとしてはこんな大海原の真ん中で、天気がいいとも言えない中で甲板に出るのも逆に良く分からない。
海は綺麗なモノであると同時に島国オーブでは津波や高波の心配が常に付き纏う。
眼前に広がる景色には立ち込める暗雲や白い唸りをぶちまける海原などなど、そんな心配を想起させるものしかない。
これが海を情報でしか知らないプラント生まれとの違いか~なんて思ってしまう。


「シン~何時までラクス様に見惚れてるの? 訓練するわよ!」

ルナの声で現実に引き戻される。俺たちは何もただ海を眺めに来た訳ではない。
ザフトの規定にある射撃の訓練。甲板には設えたばかりのターゲットが並ぶ。

「分かってるよ」

踵を返せば直ぐに撃ち始めるルナ……それにしても下手だ。MSに乗っている時はもっとマシなのに、どうしてこうも外せるのだろう。
連続する銃撃音と反比例して増えないHIT数。ため息をつくレイと自分の腕前にセルフで憤慨するルナ。
そこに不意に現れた顔を見て、俺は思わず顔を顰めてしまった。

「あぁ、訓練規定か」

どこか懐かしい物を見るような目を外し続けるルナへと向けるのはアレックス……いや、アスラン・ザラ。
特務隊フェイスであり、最強と言われたストライクを討った英雄であるにもかかわらず、プラントに背を向けていまやアスハの飼い犬。
そしてラクスとは元婚約者とかそういった感じの腹立たしい関係。

「お手本!」

なんだか赤毛の同僚に銃を渡されて困っている様子はただの優柔不断な青年にしか見えないのに。
どうやら説得されたか脅されたか知らないが、お手本となることを了解したらしい。
軍から離れてだいぶ経つはずだが淀みのない動きと構え。連射。ほぼ中心に叩きこまれる銃弾。

「上手いんですね!」

確かに上手い。ムカつく。少し射撃訓練を増やそう。現役赤服として引退したヤツに負ける訳にはいかない。

「こんなことばかり上手くても仕方がないさ」

「そんな事はありません! 敵を討つのには必要な事です」

『こんな事ばかり』して給料をもらっている俺たちに対する嫌味にしか聞こえない。
それに反論するルナマリアにアスランの返す言葉。それは俺にもほんの少しだけ響いた。

「敵って……誰だよ」

「え?」

「そう決めれば誰でも撃てるのか?」

連合は敵だ。カオスたち三機を強奪したし……でもそれが総意なのだろうか?とも淡い良心が囁く時があった。
テロリストたちは敵だ……でも彼らは元ザフトで俺と同じく家族を戦争で殺された者たちで……


「何が敵か分からなくても構わない」

モヤモヤとした気持ちを吹き払うかのようにその美声は聞こえた。
海を眺めることを中断したらしいラクスが神妙な顔でこちらへと歩いてくる。

「ただ自分が何を守っているのかを忘れなければ……」

何を守っている……プラントだ。守れなかったマユや父さんと母さんの幻だ。
何を守っている……ミネルバだ。そこに乗っている戦友であり同期卒業の友人たちだ。
何を守っている……貴女だ。ピンチを何度も救ってくれた強くて……『こんな最後も素敵じゃない?』……危なっかしいラクス・クラインだ。

「軍人の敵を軍人が決めてはいけない。決めさせてはいけない。
 彼らが撃つべき敵は政治家の……民の総意であることが望ましい。
 引き金の責任は軍人だけが背負ってはいけないわ」

「でも……」

言い淀んだアスランへラクスは追撃。困ったような微笑は余り見た事が無い表情。

「高い理想なのですわ、アスラン」

ヒョイとラクスは銃をアスランから取り上げるとターゲットの前へと歩を進めて……撃った。

「もし自分でそれを決めたいならば『英雄』にでもなるしかない。
 貴方……いぇ、私たちのように」

アスランほどではないけど、ルナや俺よりも確実に上手い。
全てが中心点に重なるギリギリのラインで収められている。

「英雄はちょっと荷が重いので! 私は訓練に戻るであります!!」

いまどき聞いたことも無い軍人口調でビシッ!と敬礼するとルナマリアはサッサと二人に背を向ける。
それだけ二人の間に流れる空気が重苦しいモノだったから。
すこしだけ距離を詰めて二人は何やら小声で話している。


「やっ■■君は……」

「それは■■ですわ♪ アスラン」

「そ■だ■プラントの■■も■■的ってことか」

「■■にさっさと戻るように■■■くださる? 私も■■に復帰したい状況ですから」

波風の音と銃撃音で何を言っているのかは完全に分からなかった。
けど二人が何か秘密を共有している様子にただ腹が立った……子供だな、俺。


「ラクス様? ザフトに混じって射撃訓練など戯れが過ぎます」

「「「「「!?」」」」」

聞いたことが無い声だった。ふと手が軽くなる感覚。持っていたはずの拳銃が消失。

「!?」

驚きと共に振り返ればそこには銃を片手で構えるスーツの女性の姿。
連続する銃撃音。最大装弾数を撃ち尽くす数。その全てが中心点と半径の大きさで重なる超精密射撃。
ラクスはもちろん、アスランすら凌駕する恐るべき腕前なのだが……この人、誰だ?

「さっサラさん!! どうしてミネルバに!!」

ラクスの焦ったような声。『だれ?』という俺とルナとアスランの内心の呟きが重なったのが聴こえた。

「議長と入れ替わりにミネルバの地球降下シークエンスギリギリで合流しました。
 貴方の護衛とサポートを言い使っております。銃を撃つなどという荒事は私にお任せくださいませ、ラクス様」

「あの……どなたですか?」

俺達とは確実に違ったベクトルでこの女性 ビジネススーツにサングラスという格好でトンでも射撃を敢行する女性に驚きを隠せないラクス。
こちらの疑問には小さな声で答える。

「私のマネージャー……兼お目付け役」

なるほど……このとんでもない歌姫にしてこのとんでもないマネージャーということか……










「脱走するわ」

「はぁ?」

オーブに入港してから陰鬱な表情で外出準備をしているシン君を捕まえ、私 ラクス・クライン(っぽいミーア・キャンベル)はそう宣言した。

「だってせっかく上陸許可が下りたのよ!? なのにサラさんが乗ってたなんて……これだから特殊部隊上がりは困るわ……」

「なんか物騒な単語が聴こえたんですけど」

「とにかく! どうせ『安全の為です』とか言ってミネルバに監禁しておくつもりに違いないわ」

だから脱走である。こっそり出て行って、こっそりと帰ってくればいい。
もしばれてしまっても出て行ったあとならば、とりあえず帰ってくるまでの自由は約束されるという物だ。
その後はどうなるか全くもって分からないけどね?

「それは分かりましたけど、なんで俺に?」

「そりゃ~地元でしょ? オーブは。色々と詳しいかと思って」

道案内が欲しいのだ。ふとそこで思い至る。ルナマリアちゃんたちも同じように考えて、彼を誘ったはずだ。
なのにどうして彼はここに居るのだろう?

「実は行く場所があって……いや止めよう」

引っ張られるような未練と触れ難いような感覚で板挟み。
零れ落ちた言葉を聞き逃せなかった私は思わず叫んでいた。

「行きなさい!」

「え?」

「こんなご時世、こんなお仕事。二度と里帰りが叶わないことだってあるわ。
 行って悲しい気持ちになるとしても……あとで残念に思うくらいなら行きなさい」

オーブ生まれのオーブ育ち。そして家族を全員失っているという話だったはずだ。
つまり淡い思い出と憎きオーブへの怒りでもう内心がエライ事になっているのだろう。
だからこそ私は思う。一歩踏み出すべきだと。

「そして私を案内しなさい! とりあえず服屋へ!」

まずは私服が一切無いことが問題なのだ。オーブ上陸の悲願の原動力はそこから大部分が抽出されていると言って間違い無い。
現在の服装だってタリア艦長から借りたロングスカートと男物のワイシャツ(ノーブラ)にザフトレッドの上着である。
ちなみに他の選択肢は私に合わせて完璧に作られた卑猥なデザインのステージ衣装だ。
もはや犯罪以外の何物でもない。まともな職場ならば労働基準法とかに違反することは間違いないだろう。

「ふっ……」

なんか笑われた。私は痛く真剣なのだが、シン君には笑いのポイントがあったようだ。
まぁ陰鬱な表情をしているよりも笑っている方がお姉さんは嬉しいぞ♪ うんうん♪

「ラクス様」

後ろからかかる冷たい声。氷の冷たさではなく平坦が故に感じる無機質性。
振り返ればサングラスに覆われた鉄面皮マネージャー。ギャー!! 終わった私のフリーダム!!

「あのね! やっぱり人間が生きていく上では息抜きが大切だと思うの! あと恥ずかしくない衣服も!!」

必死の抗弁。だけどそんなものが通じる相手ではないという事は私が一番分かっている。
恐らく議長に厳命されているはずだ。『あの出来の悪い偽ラクスにこれ以上ボロを出させるな!』と。
シン君とは最近いろいろと深いお付き合い(一緒に大気圏突入)とかしているから、これから接触すら許可されないかもしれない。

「お出かけになるのでしたら、こちらをお持ちください」

だけど帰ってきたのは全く予想外のアクション。手渡されたのは通信機だった……あれ?

「私は他にやる事がありますので、別行動をとります。何かあったら連絡を」

え? もしかして私は上陸を許可されたのだろうか? しかもサラさんは別行動?
目を白黒させている私から彼女は視線をシン君へと移す。

「シン・アスカ君」

「はっはい!!」

「ラクス様をしっかりお守りするように。あまり羽目を外させないように留意を」

「了解しました!!」

タリア艦長に魅せる物よりも見事な敬礼を披露する赤服に、また少しだけザフトの未来が心配になる。
まぁ……それはそれとして……別件とやら(多分スパイ工作とか)の為に背を向けたサラさんの背が見えなくなってから私は叫んだ。


「自由だぁ!」












次のお話で歌を歌わせたいのだけど、やっぱり歌詞の引用とかは不味いよな~
そしてサラさん再登場。ちゃんと一話で出てるんですよ? 本当だよ?



[7970] 偽ラクス様、遭遇する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/16 06:26
作詞なんて私には荷が重すぎました・・・














シン・アスカは目のやり場に困っていた。

「シンく~ん? これなんかどうかな?」

「似合ってる……んじゃないですか?」

チラリと視線を僅かに合わせて確認。それから再び視線を戻して吐き出すように呟く。
自分としてはものすごく必死だったのだが、声の主は満足いかなかったらしい。

「も~ちゃんと見てる!?」

「見てます! 必死に!!」

あれ? この言い方だと俺が凝視しているみたいじゃないか? 恥ずかしさを抑えるという意味で言ったつもりなのだが……

「え……必死に?……シン君のおませさん♪」

「ちょっ! 違う!!」

何だか嬉しそうな顔になった女性 ラクス・クラインが引っ込むのは試着室。
もちろん女性である彼女が引っ込むのだから女性服の試着室であり、その試着室が置かれた場所はもちろん女性服を売る場所である。
よって今の俺は『女性服売り場で必死に女性を見ていると大声で叫んだヘンタイ』となってしまう訳で……

「イヤな……里帰りだ」

何時も記憶の中では笑っている今は亡き妹 マユ・アスカが引き攣った顔で一歩引く幻が見える。





「いや~やっぱり服が違うと気分が違うわ」

「はぁ、それは良かったです」

別に心、心あらずという訳ではない。ただ楽しそうなラクスを見ていると、さっきまで悩んでいた事も恥ずかしかった事も『少しだけ』和らぐ。
ラクスの服に既にとんでもないステージ衣装でも、在り合わせの服を宛がった継ぎ接ぎでもない。
下は衣服に疎い俺でも分かるGパン。上は黒に白いファーが襟元を飾るジャケットとロゴ入りTシャツ。
足元は大衆向けブランドの青いスニーカー。特徴的な桃色の髪には野球帽、後ろでまとめたポニーテール。顔には薄い色の丸渕サングラス。
どちらかといえば動き易い印象。最初に見た服が大変にアレな物だったので、その印象がこびり付いているが、本人は割と普通の衣服選択。
少しだけ安心する。


「それじゃあ次はご飯ね! オーブでしか食べられない美味しいモノがいいわ」

俺達二人が歩いているのはオーブでも中心とされる繁華街の一角。
来るのは本当に久しぶりだが記憶の中にある賑わいのまま。ユニウスセブン落下の衝撃を考えれば、かなり賑わっている。
そこにはあの地獄絵図の残り香さえありはしない。綺麗に舗装された道と沢山の草木。左右を埋める無数の店舗。
そこを歩く人々にも笑顔が多い。喜ばしいことのはずなのに……

「じゃあソバとかスシなんてどうですか?」

頭に浮かんだのはユーラシア連邦の外れの島国を始祖とするオーブの伝統食。

「ふ~む……どんなものか全く分からないけどそれで良いわ。これで美味しくなかったら……酷いから♪」

なんか凄まじいプレッシャーをかけられる。だけどやっぱりその楽しそうな表情を見ていると、頑張る価値という物を見いだせてしまうから不思議だ。
重い言葉も血を吐くような叫びも夢幻のような呟き。どれもこれもがこの人を象徴しているのだろうけど……

「笑っている顔が一番いいや」

「?」

振り返ったラクスの手には何時の間にかクレープが握られていた。恐らく屋台で衝動買いをしたのだろうが。これからスシを食べるというのに……

「なんでもありません。急ぎましょう! お昼時は込みますから」







「美味しかった! 酸っぱいライスと生の魚ってこんなに合うのね?」

結果だけいえばどうやら大満足して貰ったらしい。それからしばらくウィンドショッピングと洒落込んだり、地球では大人気の映画を見たりした。
あれ? これっていわゆるデートじゃないか? あれ? プラントの歌姫 ラクス・クラインとデート……だと?
色んな人に後ろから刺されそうなシチュエーションだぞ。

「さて、そろそろシン君の用事を片づけようか?」

「っ! はい……」

どうでも良い事で混乱していた意識が一気に現実に引き戻される。ここにオーブの地に降り立った本当の目的。
里帰りであり墓参り。

「お墓は近いの?」

「いえ、墓は無いんです。ただ慰霊碑が在るだけで……ちょっと遠いからレンタルバイクでも借りて行こうかと」

「バイクか~私は運転できないよ?」

ここで大問題発生。ラクスを一人残していく訳にはいかない。当然だ。
プラントの歌姫を敵地とは言わないが異国の地に一人残していくことなど出来ない。
なにより『しっかり護衛しろよ、若造?(誇張表現あり)』と怖いマネージャーさんにも言い含められている。
となれば選択肢は一つだけ……


「キャー! ピンクちゃんよりもはや~い♪」

MSよりも市販のバイクが早い訳は無いのだろうに。たぶん風を直に切る感覚が加わることで、よりスピード感が増すのだろう。
それよりも問題は現在バイクに二人乗りの真っ最中であるという事だ。
そしてさらにいえば俺の後ろに乗っているのはラクスだという事だ。
本当の問題はたった一つ。バイクの二人乗りで最も安定するのは乗っている二人が密着する事だ。
つまり……その……なんだ? 大山脈が……俺の背中に……

「? シン君どうしたの、黙っちゃって」

『アンタの大きな胸が背中に当たって煩悩炸裂寸前なんだよ!』

……なんて素直に答えられる訳が無い。口に出すというのは認めるという事だ。
そんな事をすればもう今すぐ事故を起こす自信がある。耐えろ……耐えるんだ……

「お~い! どうしたのさ~?」

揺さぶらないで! 押し当てないで!! これ以上オーブの地で兄の沽券にかかわるような煩悩を生み出す訳には!!





「じゃあここから先は一人で行きなさい」

慰霊碑に続く緩い上り坂を前にしてラクスは突然そんな事を言った。
既に辺りは黄昏の色に染まりつつ在り、既にバイクを降りて歩いていた時のことだった。

「え? いや……でも!」

確かに里帰りと墓参りが大きな目的だが、そこにラクスの護衛という仕事も含まれてしまっている。
それを置いて行く訳にもいかないだろう。

「こう言う時、余所者はお邪魔さんと相場が決まっているからね……大丈夫よ?
 ここら辺で待っているから。それに私が一人ぼっちでどうにか成ってしまう球じゃないのは知ってるでしょ?」

まぁ、確かに俺が心配するのも不遜なほどに強い人だけど……

「それじゃあ……少しだけ」

「ごゆっくりどうぞ~」

神妙な微笑という希少な表情に見送られて、俺は坂道を登り始めた。
その先にある傷跡との邂逅を目指して……















「う~ん! 良いな~地球」

公園として整備されているらしい道端のベンチに腰を降ろして、私 ラクス・クライン……のそっくりさん ミーア・キャンベルは呟いた。
大きく伸びをして空気を胸一杯に吸い込む。フィルターによって濾過されてない本物の空気は実に味わい深い。
海の薫りも草木の色も全てが混じった本当の自然の味がする気がする。

「これで観光に来たなら最高だったんだけど……」

残念ながら完全に戦時一歩手前。短い滞在時間も既に半分を超えている。
夜には戻らなければならない。オーブだけでも見たいところは沢山在るというのに。
そして次は何時来られるか全く見当がつかない情勢だ。

「『元』ザフトがユニウスセブンを落とした」という事実は瞬く間に世界を駆け巡っている。
アーモリーワンを襲撃した特殊部隊の動きと重ね合わせれば、あからさまな世論操作だと明言できるだろう。
つまり向こうさんはこれを機会におっぱじめたいと思っている訳だ。
寛大なる青き聖母とて今回の石飛礫は、その美貌に少なからずの傷跡を残しているにも関わらず。
傷跡を癒す事よりも怨敵を討つ事を重んじた訳だから、何かしら一気に攻勢をかけられる手段が……

「って! こんな時までそんな事を考えるのか~私!」

全く救いが無『■■■♪』……!? 歌が聴こえた。人の声だけが風に乗って運ばれてくる。恐らくアカペラで歌っているのだろう。

「これって……」

聞き慣れた声だった。毎日、聴いている声。起きてから寝るまで、聴き続けている声だ。



『あぁ、愛しき子らよ♪』

歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と本能が叫んでいる。


『灯し火を無くした迷い子たちよ♪』

歌が聴こえる。しかし足はその方向へと向かって進んでいく。


『どうか帰りなさい。私の元へ』

歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と理性が叫んでいる。


『苦しかったでしょう。辛かったでしょう♪』

歌が聴こえる。
気合いと意地がスクラムを組んで「退いてなるものか!」と叫んでいる。
足を進める。



「はぁ……はぁあ……」

僅かな距離で在ったはずなのに凄く披露している。足が重くて息が荒い。
少し小高い場所を抜ければ緩やかな斜面にそれは存在していた。簡単にいえば舞台。
古代ギリシャ辺りの石造りを思い浮かべてくれれば分かり易いだろう。
斜面に並ぶ無数の石造りの客席。客席を放射状に広げる形の中心点 突き出した展望台のような場所には舞台があった。


『どうか救えなかった私を許して欲しい』

石造りの円形舞台。背後には同色の石で造られた石柱が数本。備え付けのスピーカーなどは見えない。
本格的なライブを行うにはあまり適しているとは言えない。だというのに私とそっくりなこの声の主は平然と歌い続ける。


『だからどうか今だけは安らかに』

むしろ音響装置なんて一切いらないほどにその声は空間を犯し続けている。


『細い腕ですが強く強く抱きしめましょう♪』

観客は一人だけ。金髪に紫のコート、サングラスが特徴的な優男……だけど身のこなしが違う。
恐らくコーディネーター、ボディーガードの類だろう。私を確認して身構え、懐に手を伸ばしかけて止めた。
「そんな無粋な真似をするな」と甘美過ぎる歌が無言の圧力をかけていたから。


『か細い声ですが強く強く歌いましょう』

ボディーガード君が構えを解いたことで私は前進を再開。階段を一歩ずつ踏みしめて、声の主へと下りて行く。
近づけば近づくほどに違和感で気分が悪くなる。私と同じ声で私では決して実現不可能な歌を歌っている。


『だからどうか幸せにお眠りなさい♪』

昔、歌手を目指して居た頃 私と『コレ』の違いは顔くらいなモノだと思っていた。
確かに技術には若干の差が在るが追い付けないほどではないと分析していたのだが……


『エデンのような揺り籠で再び目覚める日まで♪』

だが目の前に居る『コレ』を見てしまうと、その認識が余りにも的外れなのだと気づかされる。
歌唱力などの技術面はもちろん圧倒的であり、発するオーラは既に歌姫などという名称すら生ぬるい『神域』に達している。


『私はそれまで貴方たち全てを愛し続けましょう♪』



そしてなによりも歌っていた歌詞。恐らくユニウスセブン落下に対する追悼の歌なのだろう。
大き過ぎるスケールも私が苦手とするところだが、この歌詞を本気で歌ってしまえている事に莫大な違和感。

コレは本気で思っているのだ。
『ユニウスセブンの落下を防げなくてごめんなさい』
『細い腕もか細い声も貴方たちのために捧げます』
『楽園で再び目を覚ますまで、どうか安らかに眠ってください』
『それまで私が貴方たちを愛し続けましょう』
そんな事を本気で思って歌っている。歌手だからこそわかる歌詞に込められた本気。

いったい何人の人間が今回の落下で亡くなったのだろう?
そしてその責任は誰に在るのだろう? 落下を防げなかったザフトだろうか?
ザフトの総責任者たる最高評議会議長 ギルバート・デュランダルだろうか?
もし彼が同じように『自分の責任です』と発表しても、それはしょせん上辺だけだ。
別に悪い意味じゃない。それが当たり前なのである。人間が天災クラスの害悪に対してとれる責任など限られている。

だというのに……これは……本気で歌っているのだ。


『永遠に貴方たちの死の責任を背負い、貴方たちを愛し続けます!』と



異常以外のナニモノだというのか?
『聖なるかな聖なるかな。膝をつき、手をとり、共に涙を流そう』
自分の中の何かが、世界のすべてが猛烈に訴えてくる。決死に耐える。



プラントの歌姫? 違うな……救世主……あぁ、なるほど確かにお似合いな称号は其方だ。昔の人が言っていた。たまたま手に取った紙媒体 古びた文庫本に走り書き。

『救世主とは世の中を良くする方法を提案できる者の事ではない』
『救世主とは世界を救う方法を知っている者の事でもない』
『救世主とは世界の全てに責任を取れる者だ』
『だから救世主は現れない。誰も世界すべてを愛せるモノなんて居やしない』

居たよ。名も知らない昔の人。
何で最後だけ『者』じゃなくて『モノ』だったのか、私は不思議に思っていた。でも今なら理解できた。


『貴方たちの為ならば……』


翻る桃色の髪。甘い香りする漂わせる不思議な瞳の色。白いワンピースは神聖にして純潔。
歌の最後、所詮人が生身で出す声のはずなのに、その歌詞はグニャリと天と地と海を震わせるような感触。
世界という一人の人間には大きすぎる舞台。だがその歌には小さ過ぎるほどの大反響。
最後まで彼女は本気で歌っていた。


『世界すら何度でも救いましょう♪』


これが『者』であるものか








「どうでした? ブレラさん、私の歌」

歌が止んだ。緊張が僅かに溶ける。彼女は大したことはしていないといった表情。
まず話しかけるのはボディーガードの優男。サングラスに隠れた表情には自分が感じる感情に対する戸惑いの色。

「何度か録音を聞いたことがありましたが……生は心地よ過ぎて……体に毒です」

「クスッ! 私は貴方のそういう反応がお気に入りなんです。
キラに小言を言われても、貴方に高い給金を請求されても、遠くから呼んで良かったですわ」

ボディーガードに対しても随分と気さくな話し方。
しばらく他愛ない会話の後、不意にこちらを向いて変わらぬ笑顔で彼女は言う。


「貴方はどうでしたか? ミーア・キャンベルさん」

「!?」

背筋に走る寒気。偽物が突然自分の前に現れた事にすら驚きは無く、容易く私の本当の名前を吐き出す。

「はじめまして、私……ユニウスセブンのお話を聞いてから、貴方のファンなんですよ?」

「っ!!」

ファン!? ファンだと!? ずっとお前の影に怯えていた私に……偽物に……どうしてそんな事を言う!?
どうして本当に嬉しいという微笑を浮かべているのだ!? 私は『本物』を前にしてどうすればいいのか分からないというのに!!


「私はラクス・クラインと言います」

ソレは嫣然と微笑んだ。




ブレラさんはラクス様初登場シーンでピンクハロの中に居たMS傭兵さん。
当然のごとくオリキャラ。当然のようにチョイ役。あとマクロスとは特に関係ない。



[7970] 偽ラクス様、対決する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/28 22:12
あれ~予想外な初対決です。




















「ん? これは歌……あの人の?」

慰霊碑の前、俺 シン・アスカは風に流れてくる声に顔を上げた。
隣には偶然居合わせた青年。整った優しい顔立ち、優しい微笑がとても似合っている。
そのはずなのに第一印象は『疲れ果てている』という大変失礼なモノ。もしくは『擦り切れている』といったところだろうか?
彼と一緒に歌のする方へと視線を送る。この声は間違いようがない。ラクス・クラインのソレだ。

「でも……」

彼女の歌というのは生で聞いたことこそ無かったが、プラントに少しでも暮らしていれば聞く機会は幾らでも在った。
そしてその歌とアーモリーワンで出会って以来の本人を比べた場合、『歌っている時は別人』という認識だった。

そう、別人というレベル。
『それは不可解な事か?』と質問されれば、『まぁプロなんだから、そういう面もあるのだろう』と答えられるレベル。
歌を歌って、いわゆる芸能界?という奴で生きている人ならば仕事とプライベート、役者のオン・オフくらい自由自在なのかもしれない。
でも……


「これは違い過ぎる」

テレビ越し、もしくは録音した音だけ。そんな状況で『違う』のはある程度は納得できる。
だがいまは生の音を聴いている。姿が見えないだけでこの声は間違いなく、彼女のモノのはずだ。
だけどこの違和感は何だ?


底抜けに優しい。甘い甘い音。空を地を海を震わせているように感じる。
なのに耳障りが良い適度な音量。全てが許されるような錯覚。

『異国の地で一人、大変だったでしょう』
『もう頑張らなくて良いのよ?』
『さぁ……私の腕でおやすみなさい』

歌詞は全く違うのにそんな事を言われているような感覚。
全てを委ねてしまいたくなる。噎せ返るような善意。息苦しさすら覚える抱擁の意思表示。


「これじゃあ……『別のモノ』だ」


絞り出した時と同じくして歌は止んでいた。
胸に去来するのは猛烈な不安。あの人がどうにか成ってしまったのではないか?という無意味なほどの心配。
慰霊碑の前からシン・アスカは駆け出していた。















喉が渇く。目がチカチする。動悸が止まらない。
目の前にソレが居るだけで私 ミーア・キャンベルの精神は犯されっ放しなのだ。

「どうかされました? 顔色が宜しくないようですけど……」

顔色が宜しくなくする原因が本当に心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私と同じ髪、私と同じ瞳、私と同じ声、私と同じ……顔。
違う……コレが私と同じなのではない。私がこれと同じように『作り直した』のだ。
そうなる事をしっかりと納得したはずなのに、今本物と見比べると自分がなんと滑稽で気味が悪い存在だろうか。
顔を幾ら似せようとも、声が似ていようとも、私はコレには成れない。似せられない。
どんな名優も人間である限り、人間以外を完璧に演じる事が出来ない。


「なんで……私の名前……」

絞り出すように問う。視線も合わせようとして……失敗。普通に考えれば余りにも失礼なアクション。
それでもラクス・クラインは声色一つ変えることなく、朗らかに返した。

「調べて貰ったんです。ユニウスセブンの落下という悲劇の中で、突然現れた私にそっくりな人のこと」

サラリと「調べて貰った」といったがそんな事が可能なのだろうか!?
ラクスの声だけ似ている人間を整形してソックリさんに仕立てる……そんなスキャンダルを簡単に露見するような隠蔽で終わらせるはずがない。
既にミーア・キャンベルなんて名前はプラントのどんな情報にも示されていないはずなのに……

「そんなに意外ですか? 私、友人は多い方なんです」

友人? それこそザフトの上層部や最高評議会議員などの事を言っているのだろうか?
そうだとするならば確かに異常なほどの情報網というのも理解できるけど……

「っ!?」

「?」

おかしい。私はいま、一瞬だが確かにコレを『理解できる』と思ってしまった。
不思議そうな顔で覗き込んでくるコレを理解できるのか? いや! 断じて出来ない。
私の人生はコイツのせいで滅茶苦茶だ。歌を歌って生きるという夢も、これと比べられて無残な最期を遂げた。
無理やり作った闘うという存在意義は? 撃っては成らないと告げるこいつのせいで詰まらないエンディング。
末代まで祟るなんて言う古めかしい言葉を使ったって、言いすぎではない負の感情を抱いていたはずだ。
もっと言えば本気で「ユニウスセブン落下を止められなくてごめんなさい!」とか「私は貴方たちを愛し続けます」なんて本気で歌える輩。
全くもって人間とは思えないし、それが私と同じ声でしゃべるというのは耐えられない不快だったのではなかっただろうか?

なのにいま、私は何故かコイツを理解できると思ってしまった。
跪いて手を取り友に涙を流すのが正しい事だと僅かながらに脳裏をかすめてしまった。
そしてそんな事を思うのが普通であると感じそうになってしまった。

『気を抜いたら喪って逝かれる』

何をどう、何処へ、どんな風に喪って逝かれるのかなんて分からない。
ただ人間としての本能が、長年にわたって虐げられてきた反骨精神が叫んでいるのだ。
間違いも恥じる事も無い。ただ気を引き締めて相対するべく言葉を紡ぐ。


「私を知っていて、私を前にして、貴方はどうするの? 
まさか議長に『貴方のソックリさんを作って勝手に動かす許可をください』ってお願いされたりした訳じゃないんでしょ?」

本当に警戒するべきならばこれ以上言葉を重ねることには一切のメリットがない。
(主に精神の)安全を優先するならば直ぐにでもここから立ち去るべきだろう。
だがそれが出来ない。大嫌いな本物を前にした偽物とも言えない私の半端な矜持。
そしてこれからもコレと相対するならば事前に対抗策?くらい模索しておいて良いはず。

「今の議長 ギルバート・デュランダル氏にそんなお願いをされた事はありませんね。
 まぁ、お願いされたらきっと私はOKすると思いますわ」

「!? 本気なの?」


『顔まで完璧に整形した偽物をラクス・クラインとして好き勝手に動かして良いですか?』
普通の人間ならば絶対に『NO!』と宣言するだろう。自分と同じ顔の人間が居るだけでも気分が悪い。
それに加えてそのソックリさんは自分の名前を名乗り、自分が思っても居ない事を当然と語り続けるのだ。
『不快』という言葉以外では語る事も難しいはずなのに……

「だってそれは必要だったのでしょう? プラントの為に、世界の為に。
 『プラントの歌姫』という『だけ』の役が必要なら、今の私は似合わないですから。
 なら少しでも良い人に……貴方が選ばれて本当に良かったですわ」

お世辞? 口だけ? 違う違う……こいつは本気だ。
プラントや世界の為ならば自分のソックリさんが、どんな事をしていても構わないと本気で思っている。

「それに……プラントの歌姫は代役が効くかもしれませんけど……」

そこで不意に悲しそうな顔になるラクス・クライン。
今までの表情の中で一切無かった負の表情なのだが、どうしてか私はいままでの中で一番不快感を覚えなかった。
たぶん……人間らしかったから……だろうか? そんな考察を中断するのは沈黙を持って双ラクス会談(偽物含む)を見守っていた傭兵。


「ラクス様……■■■・■■■■氏から緊急連絡。
連合は強引な開戦と同時に大規模な誘導から■を撃つ気だと……」

「え?」

聞こえた情報は正気を疑う物だったが、それ以上に私はある事柄に驚愕を覚えた。

「そうですか……プラントに連絡は?」

「既に■■■■・■■■■■氏を通して入れてあるそうです。虎の子のスピンターダーを緊急配備すると……」

後に出て来た名前に驚きは無い。まぁ、個人がすぐさまコンタクトが取れる時点で在りえないのかもしれないが……
何せ、コレはあのラクス・クラインなのだ。ザフトの実質的NO2の名前がポロリと出てきても驚かない。
でも最初の名前は中々そうはいかない。『■を撃つ』何て言う衝撃的な内容を告げた相手の名前 ■■■・■■■■って確か……


「連合軍の中将じゃん」

確か現場からの叩き上げ、タカ派の部類に入る有名な人物だったはずだ。
どうしてそんな人物が仮にも『クライン』の名を冠するプラントの人間に情報を流す?
私が目をパチクリさせているのに気がついたのか、まるで小さな悪戯が成功した子供のように笑ってソレは答える。

「言ったじゃないですか。『友人は多い』って」

「友人とか! そういう事じゃないだろう!! なんで……」

そう、友人なんて言葉じゃ絶対に説明できない。そんな私の疑問にラクスは先ほど中断された言葉の続きを唄う。
そしてその言葉を告げる時だけは実に『人間らしい』悲しみの色が見てとれて、何故だか私は安堵した。
『コレもそんな顔が出来るんだ』って……

「プラントの歌姫の代わりが出来ても、世界中にたくさんの友人を持つラクスの代わりは誰にも出来ないんです。
 だからミーアさん? 貴方は貴方の思うプラントの歌姫を演じてください」

何時の間にか距離を詰められていた。逃げ出したい気持ちと引けないプライドがぶつかり合い、選択したのは直立不動。
動けないまま、手を取られて優しく握られる。私のように硬くない正しい歌姫の掌で包まれていた。

「私の声で私の言えない事を伝え、私のやれない事をやる貴方だからこそ……私はファンになったんです」

「バッ! バカ!! 私はただのアンタの偽物で……」

別に私が何を言ったところで、世間様は『ラクス・クラインだから』という色眼鏡を通して見るのだ。
決して私 ミーア・キャンベルという存在を認識しない。

「たとえ他の人が全てそう感じたとしても、私 ラクス・クラインだけは知っています。
 いま目の前に居る人がミーア・キャンベルであるという事を……語られる言葉が……振るわれる剣が全て貴方のモノだという事を」

だというのに……こいつは本気で……私のファンだと伝えてくる。
私がミーア・キャンベルだと知っている数少ない部外者は笑顔で私を肯定する。

「ミーアさん、貴方は素敵です」

私の歌を、私の戦いを……総べて否定した張本人は『貴方は魅力的だ』と言ってくる。
そんなことは誰にも言われた事が無かった。認めたくは無いが最高に……『嬉しい』。
それでも刻みこまれた本物への反感が最後の一線を死守しているようだ。

「私は……アンタが……大っ嫌いだよ!!」

涙させ零れてくる。『笑』の形で崩れようとする表情を必死に強張らせる。
痙攣をおこすのは目尻と口元。怒っているようで笑っているようでもある。
涙が垂れそうになりながらの崩れかけた笑顔モドキ。滑稽な表情だろう。
それでもこのヤロウは『本当に素敵なモノを見た』という極上の笑顔でこんな事を言いやがる。


「私は……ますます貴方が好きになってしまいました」


ちくしょう……初戦は負け……か






















なんだか衝動の赴くままに書いてみた。偽ラクス様、初敗北の巻(なに



[7970] 【嘘も良いところ】魔道歌姫☆真ラクス様【クロスもしてる】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/04/02 00:08
四月一日なら許されると思って書いて投下してしまった……












「僕と契約して魔法少女になってよ」

そのセリフは自らをキュウべえと名乗る宇宙的異生命体にとって、既にテンプレートと呼ぶべき存在だった。
全ては己に課せられた使命の為。宇宙を少しでも長続きさせるため。無垢なる心の落差によるエネルギー生成。

「まぁ……魔法少女なんて可愛らしいですわね」

驚きの一つも浮かべることなくそう返してきた女性は『少女』と呼ぶには大人びていたが、それを補って余りある初々しい輝きを放っていた。
だからこそ契約を持ちかけたのだ。何か強力な思いを持っていることは間違いない。
これならば大きなエネルギーを生み出すことができるはずだ。

「もし契約してくれるなら、君の願いを何でも一つ叶えてあげる」

次に放たれるのはどんな人間でも、特に魔法少女としての特性を持った者ならば心ひかれずには居られない言葉。
きっと大人と呼ばれる状態になってしまえば、馬鹿らしいと一笑に伏す願いすら、この年代の少女は真剣に悩む。
故にその落差がエントロピーを超える訳だが……

「何でも……ですか?」

「そうさ。人間が思いつく範囲なら何でも、ね」

ほ~ら喰いついてきた。
全く人間って単純な思考パターンしか持たない生き物なんだろうな……なんて欠片も見せずに作られた笑顔を浮かべる。

「それじゃあ……■■■■を■■にしてくださいな♪」

「え?」

だけど告げられた願いを受け止めて、キュウべえは思わず全ての行動を停止させてしまった。
例え体がどれだけ停止していても、常に思考は己の責務の為に働かせているこの悪魔は、存在し初めて最初の完全停止だった。

「え~と……それは君の見える範囲という事かい?」

「いいえ、文字通り『全て』です。南から北、東から西。子供から老人、男も女も」

再起動して行うのは確認。彼が持ち得る人間の常識内での再定義。だがそれはやっぱり否定されてしまった。
本気だ……この人間は……いや……そんなこと在りえない。子供の妄言でも大人の虚言でもない。
本気で、心の底から……思っている。世界の原理が分からない年ではないだろう。
世界の現状が分からない訳でもないはずだ。全てを理解した上で願い、考えているのだ。
そんな事があり得るのだろうか? いや……人間は諦めもその諦めを誤魔化す方法も知っている生き物だ。
なのにコレは本気で……

「出来ませんか?」

心底悲しそうな声。

「もし叶わないなら私は貴方の望む存在には成れません。だってソレだけが私の全てを賭けても良い願いですから」

本気でそれだけを望んでいる。その願いだけがコレを動かしている。
心の底からそれを望み続けている。それだけを考えて生きている。
コレを叶えさせることこそが契約を結ぶ上で必要不可欠……おかしいぞ。

そこでふとキュウべえはふと思い至る。
『どうしてコレの願いを叶えることを大前提にして僕は思考しているのか?』と
確かに強大過ぎる願いは何人の魔法少女を作り、魔女に落とせばいいか分からないほどの莫大なエネルギーとなるだろう。
それでもこれ以上、宇宙人という分野に入るだろう僕が理解できない侵し過ぎる生物に関わるのは危険なはずだ。

「駄目ですか?」

悲しそうに首を傾げる。ちくしょう、コレにこんな顔をさせるなんて、僕はどれだけ最低なインキュベーターなんだ。
なんとかして叶える方法があるはずだ。直接的には不可能でも常に彼女が挑み続ける事が出来る状態にしておくことが出来るんじゃないかな?

「やってみよう」

「ありがとうございます♪」

「あれ? ■■■■!!」

次の瞬間、自分がどんな思考をしていたのかも分からず、なんと答えたのかも定かではないまま、願いだけを叶えて……インキュベーターの沢山の端末の内の一つは多くの記憶と共にバグを抱えて消滅した。










「この魔女はダメだ」

ときどきふらりと現れて、魔女狩りに同行する契約者 キュウべえが突然そんな事を言った時、巴マミは思わず首を傾げた。
目の前には街を歩き回り、発見した魔女の結界への入り口 『球体に可愛らしい目がついたマスコット』の方陣がある。
どうしてここまで来てそんな事を言い出したのだろうか? 
今までどんなに強い魔女を前にしても、逃げろなんて一言も言わなかった冷静 在る意味 薄情な彼にはあるまじき言葉。

「どうしてかしら?」

「これと関わり合っちゃいけない。この……『ロストエデンの朝』とは……」

「どんな魔女だろうと人々に害を与えるんでしょ? なら倒さなきゃ」

「違うんだよ、マミ。僕が心配しているのは君のことであり、僕のことだ」

心配? 魔法少女は魔女を狩るのが定めのはずだ。
そこで危険に直面するのは当たり前であり、それはキュウべえ自身が良く口にしていたこと。
ならば何故……

「君が怪我をするのも……物の例えだけど君が死ぬのも仕方がないことさ。
 でもね? ここに入るという事は死ぬなんて良いもんじゃないんだ……心くらい人で居たいだろ?」

「っ!」

背筋を駆け巡る寒気。思わず足が後ろに一歩下がると同時に方陣が光を放ち始める。

「しまった!!」

飲み込まれる。結界に足を踏み込み、それに主たる魔女が気が付いた時の典型的な行動。
一つは遠ざけ、使い魔に迎撃させる。もう一つは……鉄槌を下さんと自らの元へと引き摺りだす。
いわゆる動く廊下。バタンバタンと幾つもの扉を自動的に潜る。既にマミの体を包むのは魔法少女の戦闘コスチューム。
手には幾らでも取り出せるマスケット銃を構える。最後の扉を潜った先に在るのは……



「あれ?」

青空だった。入道雲が出ている。足元には草原。遠くには小麦畑だろうか?
気持ちが良い風が吹き抜ける。気温からして初夏辺りだろう。とても過ごし易い。

「やっぱりそうか……」

そんなキュウべえの呟きでマミは意識を取り戻す。そうだ。ここは魔女の結界内のはずだ。
本来ならば作りモノ染みているべき異界は余りにも現実的。
もっと大きな違いを言えば常に不快感を感じる悪趣味な落書き世界ではなく、そこに在るのは何処までも一方的な安心感と居心地の良さ。


「あらあら、いらっしゃいませ♪」

「っ!?」

マミは振り向いて銃を構える。銃口先には何時の間にか白いテーブルとイスが在った。
そしてそこに座るのは一人の女性。ピンク色の髪と整った顔。鼓膜を撫でる優しい声色。
手に持ったティーカップを置き、微笑む。足元には方陣に描かれていたマスコット 使い魔だろうか?がさまざまなカラーで無数に転がっていた。

「大変だったわね、巴マミさん」

「なんで!」

「聞いちゃだめだ、マミ!!」

キュウべえの叱責の声で自分が魔女を前にして対話を選択しようとしていた事実にマミは気が付き、息を呑んだ。
すぐさま弾き出されるはずの銃弾は全く火を吹かない。
『撃てない!』
今までの魔女とは異なるあまりにも人間らしい姿をしていたから……では無い。
『押しつぶされそうな慈愛』に対して牙をむける事を生物の本能が拒んでいるのだ。

「一人だけ生き残った」

「っ!!」

「大丈夫ですわ。ご両親も貴方が無事でよかったと思ってらっしゃいます」

マミは何時の間にか抱きしめられていた。温もりがある。全てを委ねたくなるような温もり。


『あぁ聖なる乙女よ♪』

歌が耳元で心地よく響く。

『重き剣を持ち闘い続けし可憐なる者よ』

鼓動が安らかになる。

『どうか今だけは穏やかに♪』

自分が魔法少女で……

『次に目覚めたら共に考え……』

相手が魔女であるなんてもうどうでも良かった。

『共に戦い続けましょう♪』

ただ一緒に居て肯定し、肯定されたかった。
どんな人 今は亡き両親にすら感じたことが無い好意を覚えるコレと一緒に居たいだけ。



『世界全てを幸せにするために』



抱きしめる魔女と抱き締められる魔法少女。
委ねられるラクス・クラインと委ねる巴マミ。
青い空と白い雲、鳥のさえずりと風の音色。
カラフルなマスコット ハロ達と白いテーブル。



世界の全てが反転する。





そこは黒。平坦な黒色と白色。
巨大な大聖堂。無数の長椅子。空中には白すぎる天使たちが舞う。
長椅子には無数の祈りをささげる人たちが居る。
大国の大統領が、小国の浮浪者がいる。
敵対する部族の長たちが並んで座っている。
高名な学者がいる。会社の社長が居る。
全く関係がない存在。もしくは敵対者たちが平等に座っている。
彼らは宗教も主張も関係なく、暗い大聖堂の中心へと祈りを捧げている。
祈りの体制のまま話し合っている。『世界全てを幸せにする方法を』



大聖堂の中心には魔女にして聖女。






桃色の髪に漆黒の花嫁ドレス。眼球が抉り出されたガランドウの目。
髪の上には茨の冠。口はミシン糸でぞんざいに縫い付けれていた。
金色の十字架に張り付けられた聖人の如し魔女 
『救世の魔女』。
性質は『改善』。全てを救おうと全てを愛し、その方法を得るために自ら魔道に入った存在。
自分ではその方法が分からないので、無数の『友人』に考えて実行して貰っている。
彼女を倒すには彼女の代わりに世界全てを救ってしまわなければならない。



魔女図鑑より……











まどかマギカが面白くて、続きが見れなくて、ついマミマミむしゃむしゃして書いた。
反省はしているが後悔はしてない。そしてもちろん本編には何の因果関係も無い。
これがエイプリルフールの魔力……投下の日付が二日? 気にしないで。


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