第十五話:迫りくる抑圧者達
瀬戸内海に浮かぶ浮遊島。
要塞化された島には、外周に沿って巨大な鳥居が途切れる事なく建っている。
厳島(いつくしま)。
K.P.A.Italiaの本拠地であり、教皇総長の自慢の要塞都市。
陸路による侵攻が出来ない天然の要害であり、K.P.A.Italia所属の村上水軍と相まって申し分のない防衛力を有している。
その上、今の所はまだ使われた事のない奥の手が存在する。
新型対艦砲撃術。
圧縮した防御符を、島を一周する鳥居を通過する事で加速させて撃ち出すというものであり、その威力は折り紙付きである。
これらを合わせると、並大抵の戦力では逆に壊滅させられてしまうだろう。
他国はどうかは分からないが、本拠地としては少なくとも見劣りはしないと胸を張って言う事が出来る。
教皇総長の努力と汗の結晶である。
そんな都市の中にある医務室の一つに、重厚な教皇衣を脱いだ薄着の状態のインノケンティウスは居た。
いや、寝かされていたと表現した方が的確だろう。
なぜならば、
「ふ~む。なぁ、ガリレオ。何で俺はこんな所で寝かされてるんだろうなぁ?」
「・・・・・・元生徒よ。まさかとは思うが、自分の状態さえ把握出来ていないのか?」
冗談のつもりが心配されてしまった事に眉を顰(ひそ)めながらも、手元では表示枠が次々と現れては消えている。
寝る為の筈のベッドの上で上半身を起こして作業をしながら、
「おいおい、まだ俺は倒れてないぞ?まあ、倒れたら倒れたでいかんのだがな」
「Tes.体調を気にし過ぎても損は無い。今回ばかりは強制的に休みを取って貰いたいものだ。トップが倒れた等と聞けば、各国がどう動くかは解っているのだろう?」
余りにも根を詰め過ぎているとの魔人にTes.と応え、
「だがなぁ、おちおち休んでもいられない状況になりつつあるのはお前も理解しているだろう。ガリレオ」
魔人は無言で肯定する。
「武蔵の連中が動くとなると、各国への根回しや歴史再現の解釈に対する対策。やる事は増えても減らんよ」
心底面倒くさいとアリアリと解る表情を浮かべ、
「だがなあ・・・・・・俺は旧教(カトリック)の最高権力者であり、またこのK.P.A.Italiaの長でもあるんだよなぁ」
この意味が解らないお前ではないだろう、と視線を向ける。
ガリレオは、解っていたからこそ口を開かない。
そこで、双方共に口を開かないまま時が過ぎる。
部屋ではインノケンティウスが表示枠を操作する際に起こる衣擦れの音のみがやけに響いた。
そして、
「・・・・・・これで一旦終わりだ。ガリレオ、もう帰っていいぞ。どうせ、俺が寝ているかを確認しに来たんだろう?」
「Tes.こうでもしなければ、休まぬと思ったからな」
一仕事終えたインノケンティウスは、凝り固まった首と肩をほぐしながら純白のベッドに横になり、
「余計なお世話だろうが、しっかりと休んで出てくるといい」
「ハッ、これじゃあ立場が逆だな」
「昔を思い出すかね?」
「あ?・・・・・・そんな事あったか?さっさと行け」
壁の方を向いて、不機嫌そうに追い払うように手を振る。
それに魔人は苦笑して部屋を出た。
ガリレオが戸を閉めた音を聞いて、インノケンティウスは改めて仰向けになり、天井を見つめる。
その目は天井を見てはいない。
「武蔵の連中は、俺に災厄ばかり押し付けてくるよなぁ、おい。世界を巻き込んだ大罪武装の回収・・・・・・元信もやってくれたもんだ」
自然と口から言葉が漏れる。
「それが唯一の解決策ではないよなあ。各国も取り組んでいる事だ。何やら、P.A.Odaもきな臭い動きをしている・・・・・・」
眉間にシワが寄り、
「打てる手は尽くしている・・・・・・だが、まだまだ動かんといかんよなぁ」
頭の痛い事であった。
思わず、ため息が出てしまう。
大罪武装、歴史再現、K.P.A.Italiaの今後。
問題はそれだけではない。
「あのクソ坊主も厄介な事に首を突っ込んだもんだ」
よりによっても言霊を使える奴が向こうにいる。
この世の理(ことわり)を根こそぎ覆すやも知れぬ存在。
各国は聖譜に影響を及ぼさないかどうか、相当警戒している。
封印がなされているとは聞くが、戦争を始めた武蔵にいて果たしてどれ程の信憑性があるものか。
過ぎた力は疎まれ、時にはその所有者に牙を剥く。
「望まれぬ者であった奴が、異端である奴が、聖譜に影響を与えるやも知れぬ舞台に上がる・・・・・・」
・・・・・・いや、聖譜記述に無き道を歩み始めるといった方がいいか。
とにもかくにも、
「儘ならぬ世だなぁ、おい」
●
一方、件(くだん)の顕如はというと、
「おおっ、ペルソナ君じゃないか。隣いいか?」
午前中の、オリオトライとの追いかけっこを終えて武蔵・アリアダストへと帰る途中で見つけたペルソナ君に近づいていた。
メットを被った、岩のような身体を持った巨漢は頷く事で了承の意を示す。
「よっ、と」
顕如が腰を下ろすとペルソナ君は再び青い空を見上げる。
ステルス航行中ならば真っ白の筈の空も、航路マーカーのポイント作業中の今は解除されているので本来の空が見えている。
見た目はアレだが、優しい心の持ち主である事を理解しているのか鳥が数羽・・・・・・ではなく、鳥形の下級精霊がとまっている。
ペルソナ君は気にしていないようなので問題は無いのだろうが、端から見ると奇妙なようで絵になっていた。
「紅茶です。ペルソナ様も如何ですか?」
そんな事を考えていると、側に付いていた痩身の有明が紅茶の入った竹筒を二人に差出し、
「おっ!有難く頂くぜ!」
顕如の分が、突然伸びてきた手にふんだくられた。
「・・・・・・総長よ。偶には穿(は)け」
有明が対応しない所からして級友と見当がつき、かつこんな事をする全裸は一人しかいない。
「おいおい、それだと常に俺が脱いでるみたいじゃねえか」
「正しくその通りだよ」
最早、武蔵名物、いや武蔵恒例になっているゴッドモザイクを装備した馬鹿は、その場で微妙に腰を突き出しながらポーズを取り、
「だってよぉ、さっきからずっと俺の股間センサーがかなり反応してるんだぜ?これはもう、着てる場合じゃねえって感じたんだよ」
即座にヤクザキックを叩き込んだ。
下ネタにはついついツッコミを入れてしまう。
・・・・・・ウチの自動人形達の情操教育に悪影響が出るからなぁ。最早手遅れかもしれんが。
「回りますね」
「ああ、何時もよりも回転数が多い」
通常のボケ術式の1,5倍は回転しながら吹っ飛んだ馬鹿について二人で述べていると、
「これキツイわ。術式を強めに設定したから、流石に目が回る、回る」
無言でもう一度蹴り飛ばす。
馬鹿は遠くまで転がるが、また直に戻ってきて、
「くっ、男に過剰なスキンシップを求められてもちっとも嬉しくないぞ!」
三度目の正直で半ば本気の蹴りを放つが、
「同じ手はそうそうくらわないぜっ」
全裸は上半身をのけ反らせる事で回避し、
「甘いな」
反らされたために晒された無防備な下半身に、
「お空の旅をどうぞ」
有明の蹴りが叩き込まれた。
丁度ゴッドモザイクの場所をジャストミートしたので、縦に後ろ回転をしながら全裸は空へと消えていく。
逃げたのではなく、消えたのだ。
「消えましたね」
「何て逃げ方だ。断定はできないが、隠行と浮遊の符だろう・・・・・・あんな場面で使うか、普通」
「総長ですし」
「御もっとも」
納得したところで、とりあえず、そのまま空中で姿を消したトーリについては放置して、置いてけぼりのペルソナ君の方を向くと、
「・・・・・・」
こちらを全く見ていなかった。
トーリとの一瞬の騒ぎに見向きもしていなかったようだ。
その上、
「増えてる・・・・・・」
巨漢の身体にとまっていた下級精霊の数が増加していた。
謎である。
どう見てもペルソナ君に懐いているようにしか見えない。
と、不意にペルソナ君が立ち上がり、それに伴って乗っていた精霊が皆降りる。
そして、手を振って彼らの帰りを見送ってから、こちらにも会釈をして去っていった。
どうやら、彼なりに用事があったようだ。
成り行きのままに手を振って別れる。
ペルソナ君についての謎は深まるばかりだが、まずは
「昼飯にしようか」
「Jud.外ですか、それとも家ですか?」
「ん?家以外で食べる準備なんてしていないだろう?」
「今日は、三笠が中等部で家庭科の実習に呼ばれているので」
・・・・・・そういえば、そうだった。
ここ最近、穏やかな日常的イベントが皆無だったのですっかり忘れていた。
昼飯を確保出来るのはいい事ではある。
あるのだが、
「しかし、中等部か」
「何か問題でも?」
分かってて言っているな、と軽く睨むが、自動人形は何処吹く風といった感じで
「ロリコン一直線ですね」
「ぐっ、分かっているがそれを言うな」
「それは大丈夫です」
やけに自信有り気な様子なのが気になり、
「ほぅ、それはまたどうして?」
有明は満面の笑みで、
「御主人様はもう三笠の件を含めて色々と終わってますから」
●
「どうされたのですか?このような平坦な所で崩れ落ちるとは」
まさかの侍女からの不意討ちに、不覚にも膝が折れてしまう。
系統としては、暗殺。忍びに近い戦種なだけはあるのかもしれない。
目に見えない、見事に臓腑(ぞうふ)を抉るような一撃が主(あるじ)には叩き込まれていた。
何とかそのまま完全に崩れ落ちるのだけは阻止出来たが、直には立ち直れそうにない。
それを見た有明は顕如の真横へと移動すると、
「・・・・・・」
「ちょっ、やめっ、何をっ」
ゲシゲシと起き上がらない身体を容赦無くつま先で捉え、
「最近は三笠ばかり。御声が掛かったとしても、色恋沙汰など皆無ですし」
「いや、そりゃそうだろってか、痛い。痛いってば」
「三笠以外も待っているんですから。今後はしっかりと御相手して頂かないと」
蹴った。
何度も。
●
『哀』という文字には、かなしいという意味がある。
そして、顕如の元にいる五体の自動人形は、それぞれ一応感情を持っている。
つまり、主の関心が向かないので『かなしい』という感情から、『寂しい』や『嫉妬』といった感情が生み出されていたのだが、
「一体、何故なのでしょうか?こうするのがよいだろうという結果がはじき出されたのでこうしたのですが」
人間ではない有明にとっては未知のものでしかなく、
「先程、武蔵様にうかがってみた所、これが嫉妬という感情なのですね」
新たな感情とはならずに情報として処理されてしまう。
長年、側で仕えてくれているのでついつい忘れがちになるが、
「どう致しましたか?」
まさか、蹴った場所が悪かったのだろうかとこちらの状態を確認しようとしてくる有明の頭に手を置き、
「いやあ、なぁ。お前達にもホライゾンのように感情が育つのかなってな」
「御言葉ですが、ホライゾン様は感情を取り戻しているだけです」
「言葉の綾だよ。もっと感情がお前達にもあれば、面白いだろうにと思っただけだ」
すると、
「・・・・・・今の私達では不足なのでしょうか?」
じっ、と見つめてくる。
その瞳は不安げに揺れ、まるで捨て犬のような、こちらの目を惹きつけて放さない力を持っているかのようだ。
本当に反則だと顕如は思う。
普段、感情を見せない自動人形がこんな顔をしていたら、それも自分に非常に近しい者であれば尚更、
「そんな事はない。現状でも十分に満足している」
こう答えてしまう。
自動人形でも女という事だろうか。
手加減されていたので、身体に支障はなかった。
頭をクシャクシャと撫で付けて立ち上がり、
「それでは、残りの三人も呼んで三笠の所へと行きますか」
平穏な日常を謳歌するために行動を起こす。
だが、
「・・・・・・どうやら、予定変更のようだ」
唐突に日常は終わりを告げた。
Jud.という返事が返ってくる前に、空から邪魔が入る。
「三征西班牙(トレス・エスパニア)でしょうか?」
「恐らくな。で、書記。注文はいつも通りでいいんだな?」
『Jud.まずは、こちらが迎撃準備をする時間を稼いでくれ』
案の定現れた表示枠に映る不景気そうな面のネシンバラが頷く。
問題事が起きれば、必ずといっていい程書記の顔は現れる。
武蔵の軍師的な立ち位置(ポジション)なので、当然と言えば当然である。
「了解した。というわけで、戦場まで護送(エスコート)しようか、お嬢さん?」
顕如は徐(おもむろ)に慣れない事をしてみるが、
「気でも触れましたか?」
「ノリが悪いぞ」
「事実でしたので」
そう言う割に、ちゃっかりと手を差し出している有明に苦笑し、
「冗談はここまでにして、一家揃っての団欒を邪魔する奴らを叱りに行きますか」
その細い手を取って、
「Jud.仰せのままに」
術式:逃げ水を発動して、頭上の体育会系夫婦の旗艦へと跳んだ。
あとがき
二巻へ突入の巻。
短い。通常の半分くらいしか書けてない。
次の更新が何時出来るか分からなかったので、現状ではこれが精一杯。
さあ、顕如無双が始まる・・・・・・のか?
甚だ疑問である。
今回もお付き合い頂き有難う御座います。
感想が書く力の源となっております。
御意見、御感想心よりお待ちしております。
ところで、一つ書いている時の作業用BGMをあげて見ます。
マルゴット・ナイト&マルガ・ナルゼ
―――fripSideのhurting heart(黒ポリフォニカ)
ミトツダイラ
―――宇多田ヒカルのBeautiful World
アルマダ海戦
―――マクロスF Battle Frontier
異論も反論も自由。
何かオススメのがありましたら教えていただけたらなぁと。
―――以上