ゴンは生きていた--。東日本大震災の津波被害を受けた岩手県宮古市の田老地区で、コンビニエンスストア経営、山本義宣さん(57)一家は全員が死亡・行方不明になったが、飼い犬のゴンは奇跡的に生き残った。同じ町内で被災した山本さんの姉百合子さん(59)は「すべて流されてしまった中で、ゴンは唯一の形見です」と話し、ゴンを引き取ろうと考えている。
愛犬家の山本さんはゴンの散歩を朝晩欠かさず、口癖は「ゴンも扶養家族にしたい」だった。津波でコンビニも自宅も被害を受け、山本さんは死亡、妻園子さん(56)、同居していた母チヤさん(82)は今も行方不明だ。
百合子さんは地震直後、夫とともに軽トラックで避難所に逃れ、山本さん一家を捜した。山本さんとは携帯電話のメールでお互いの避難状況を確認し合っていた。弟からきた最後のメールは「大丈夫か? 本当にちゃんと避難したな」だった。
避難所で「(山本さんの)コンビニは津波でめちゃくちゃ」「(地震で停電したため)津波が来る直前まで水やロウソクを求める客に対応していた」と聞き、「覚悟を決めた」という。
「ゴンのような犬が山本さん宅のあったあたりにいた」と連絡があったのは被災から4日後の朝。近所の人が山本さん宅付近でうろうろしている犬を見つけ、車に乗せて避難所まで運んだ。特徴のある茶色と黒が交ざった背中としっぽの毛。百合子さんが「ゴン」と呼ぶと車から降りて駆け寄ってきた。百合子さんは「おまえだけでも生きていて良かった」と涙を流し、抱きかかえられたゴンは足を震わせていた。
周辺の家屋はすべて津波で倒壊しており、家にいたゴンがなぜ生き延びられたのかは分からない。飲まず食わずで飼い主を捜していたのか、水を与えると一気に飲み干した。今でも海のある方向に連れていこうとすると足を踏ん張り、余震には体を震わせ、おびえているようだ。
百合子さんはゴンを被災を免れた知人に預けた。いずれ引き取るつもりだ。「散歩するたびに弟一家を思い出すでしょう。『大丈夫、ゴンとちゃんと一緒にいるよ』と言いたい」【石戸諭、伊澤拓也】
毎日新聞 2011年4月2日 15時00分