『Across The MomoDaLow』製作中止 ……という、報せを聞いた。非常に遺憾である。これはイカン。 件の震災が原因であるとも、製作費が底をついた為とも、 ノイローゼになった監督が自由へと疾走して失踪した故とも伝え聞いた。 正確な理由を問質そうとも、プロデューサーのR氏が言葉巧みにはぐらかすのだ。 私は今、昏く深い井戸のような失意の底で、冷たい泥を掬い続けている。 非常に遺憾である。これは、このままではイカン……。 嗚呼、どうすれば良いのだろうか? 私は気付いてしまった……。 私の眠れる獅子が…… 地殻の奥底で静かに滾る岩漿の如き…… あの『桃だろう?』の創作に懸ける情熱が息絶えてしまったことに……。 いつまでも嘆いていたところで、何も始まりはしない。 私は作家だ。 ならば、新しい作品を書こう。 獅子奮迅。自らを奮立たせるような作品を! 『浦島だろう?(原作:革命)』 ある鄙びた漁村に、その男は暮らしていた。 親は既に亡く、嫁も無く、従って子供もあろうはずはなかった。 天涯孤独。 夢幻の彼方。夜毎押し寄せる暗黒の浪。 それは一度として凪ぐことはなく、 今も尚、男を冷たい海中へと引き摺り込もうとする。 あの日以来、他人との関わりを避けるように生きてきた。 ひとり。無気力に魚を獲る日々。 生を悔いても腹は減る。生きている……からだ。 男は最低限のものしか望まなかった。 大切なものとて、簡単に失ってしまうと知ったから。 そして、それが如何に耐え難い痛みなのかということも。 男はその日も無気力に漁へ出ようとしていた。 潮風は未だ肌寒く、春を遠ざけるように浜辺を撫でる。 そんな中、薄着の童子が何やら凄い勢いで騒いでいる姿が見えた。 よくよく見ると隣家の【与兵衛】の倅ではないか。 (厄介な童じゃ。気付かぬ素振りで遣り過ごそうかのぅ……) 与兵衛はその昔、村一番とも謳われた腕の良い漁師だった。 しかし、女房を亡くして以来、その姿、見る影もなく。 近頃では昼間から酒を呑んでは暴れ、方々で煙たがられている有様だった。 「えいっ。これでどうじゃ。亀公めっ」 「イタタ。ボッチャ〜ン。オヤ〜メクダサイッ!」 「ならん」 「ワタクシ〜メハ、タダノカヨワ〜キ、カメデゴザイマ〜ス。ドウカ、オユルシ〜ヲッ!」 「ならん。お前みたいな喋る亀、ただの亀なわけねぇじゃろ。でっけぇしのぉ」 「ソンナ、ヒド〜イッ! ケンメイ〜ニ、ジャパニ〜ズ、スタディシタ〜ノニ。 ハツイクガグーナ〜ノハ、スキキライセ〜ズ、モリモ〜リ、イートシタカラナ〜ノニッ!」 「わけの分からんこと言うても無駄じゃ。お前、浪おこすんじゃろ。海にゃ帰しゃせんぞ」 「イタタ。アッ!? ソコノ、ダン〜ナ。タスケ〜テッ!!!」 てく、てく、てく 「ヘルプミーーーッ!!!!!」 てく、てく、てく、てく、てく、てく 「!?」 てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく 「ナンデムシスル〜ノ。フツウ、ヘルプスルトコデ〜ショッ!」 てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく
「ダッテ。ユー、 【浦島】だろう?」 「……いや、人違いじゃ」 てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく、てく
「!?」 「……ダレデモイイカ〜ラ、タスケ〜テッ! コノママデ〜ハ、コノボーイニ、アヤメラレテシマウ〜ヨッ!」 男の名は【太郎】といった。 ある悲しい出来事が彼の生き方を変えてしまったが、元々は心根の優しい男だった。 当初は知らぬ顔をして通り過ぎる心算だったが、 悲惨な亀の現状を見るに見兼ねた太郎は、柔らかく童子を諭した。 「これ、童。奇っ怪な亀じゃいうても、弱い者叩くんは、よぅないのぅ」 「なんでじゃ? 弱いけぇ叩かれるんじゃ。 弱いもんは、泣いたって、あやまったって、よぅけ叩かれるだけじゃ!」 童子は強く、また弱かった。 その心は歪つであり、また純粋でもあった。 痣だらけの四肢が、彼をより尖らせる。 太郎には、不思議とその童子の哀しみの形が理解できた。 「与太。亀のせいじゃねぇ。あれは……そんな亀のせいじゃねぇんじゃ」 「……!? 太郎さ!?」 太郎は強く、その童子【与太】を抱きしめた。 触れられることの痛みと、温もりが与太の中で溶け合った。 腕の中で大人しくなった彼は、太郎の胸に深く顔を埋めて泣いた。 それは、童子らしい無邪気な泣き顔だった……。 ややあって、照れたのか、腕から抜けでた与太は勢いよく走り去った。 耳まで真っ赤にして、心にも無い憎まれ口を叩きながら。 遠ざかるその後ろ姿を見送り、再び海へ出ようとしていた太郎を、 不本意ながら空気と化していた喋る亀が呼び止めた。 「ヘイッ、タロウサ。ナンデ、ゴーアウェイシチャウーノッ? コウイウバア〜イ、フツウ、スペシャル〜ナ、オレイスルナガレデ〜ショッ!」 「いや、お礼なんていらねぇ」 「イヤイヤイヤ。ジャ、ナンデ、タスケターノッ? ワタ〜シノオレイ、スゴイ〜ヨ。ネ、ホシイ〜ンデショ、オ・レ・イ♪」 「だから、いらねぇって。困ってる亀さ助けるのに、何か理由が必要かぃ?」 「タロウ〜サッ!?」 「オ・レイッ!!!」 ど・ぼーん。 感極まった胡散臭い亀は、凄い勢いで太郎を背に乗せ、海にダイヴしたのであった。 その刹那、太郎は心の中で思った―― (何じゃ、この亀の怨返し? 死んだ。儂、もう完璧死んだ) ……ところがどっこい。海の中。生きていた。 水中なのに呼吸が苦しくない。とても不思議な出来事(中略)によって。 亀が案内した先は―― 珊瑚の城【竜宮】 「【カメクサンドロス】、只今、帰還致シマシタ」 ……そう亀が告げると、 海流に激しい変化を与えながら重厚な門が開いた。 それに攫われまい、と太郎は必死に亀の背にしがみついた。 一人と一匹を出迎えたのは、錚錚たる数の女官であった。 否。女官と、それを従えたる主君。 煌びやかな珊瑚の階段を、ゆるりとした所作で舞い降りてくる。白い肌。 背筋が凍りつくほどに美しい女であった。 艶かしく濡れた薄紫の唇。微笑を浮かべた後。それが開いた。 「カメックス、大儀デァッタ。客人モ、ユルリトシテ往カレヨ。 妾ガ此ノ広キ海原ヲ収メル者ノ娘ニシテ、此ノ竜宮ノ城主【乙姫】ジャ」 亀が女に何やら耳打ちをすると、ややあって、女官達が一斉に動き出した。 水にたなびく羽衣をしなやかな所作で操りながら、女は告げた。 「歓迎ノ宴ノ支度ニハ、モゥ暫シ、刻ガ必要ナヨゥジャ。 其レ迄ニ、其方ニ引キ合ワセタィ者達ガォル。サ、此方ヘ参ラレヨ」 乙姫に通されたその間は、淡い蒼色の壁が印象的で、その凡てが水鏡になっていた。 走馬燈の如ぐ人生を振り返りながら、 太郎はそこで、終ぞ信じられない光景を見ることとなる。 延長戦突入ッ! 不謹慎と謗られようとも、読者諸兄には元気を出して欲しいのです。 革命 |