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[24323] それは幻想の物語 第二章 時を捕らえし暗殺者 東方 オリキャラ
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/14 21:37




さて、皆様どうも。

私、荒井スミスと申します。

第一章も終わり、いよいよ第二章が始まりました。

楽しみですね、ドキドキしますね。

少なくとも私は。



さて、それでは早速注意事項に移りたいと思いますはい。



この物語は、東方Projectの二次・・・・・・これ言わなくても分かるわな。

この物語は第二章と銘を打ってはいますが、この物語から読み始めても特に問題はございません。

私の話はそういう話になりますので。

もちろん第一章から読んでもらっても構いません。

ああ、これはちょっとした宣伝ですかね?

そして独自の解釈も多く含まれております。

今回の主人公は紅魔館のメイド長である十六夜 咲夜さんです。

ただし、表の・・・が付きますが。

表と言うからには裏も存在します。

この裏の主人公こそが真の主役でもあります。

今回の話は咲夜さんのヴァンパイア・ハンター説を元に、この私が電波を絞って考えた怪作になります。

ああ、そうそう大事な話を忘れてました。

今回は残酷な描写はそこまではありません・・・ただし。

残酷な展開は・・・・・・ありますので。

そこは十分にご理解いただきたい。

そして出来れば感想などを是非是非。



それでは皆様ッ!――――――ご堪能くださいまし、そしてッ!

――――――ゆっくりしていってね?



[24323] プロローグ 恐怖の代名詞
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/14 21:29






影は走っていた。

夜の森を音もなく走っていた。

何の迷いもなく、黒い影は走っていた。

速度を落とすことなく、しかし上げることもなく一定の速さを保ったまま。

黒い影は走っていた。

音を一切出さないその走りは、どこまでも穏やかなものだった。

気配を感じさせないそれは、動く闇と言ってもいいほどの静寂で森を駆け抜ける。

風のような速さで駆ける影は、目の前の一本の高い木にするりと駆け上った。

地上で駆けたその速さのまま、するりするりと登り、木の頂上に影は辿り着いた。

そして、影の前に霧に包まれた湖が現れた。

影はジッと霧の湖の、その先を見つめていた。

霧の向こう側にうっすらと見える紅い屋敷。

その名は紅魔館。

永遠に紅い幼き月の吸血鬼の治める悪魔の館である。

風が前触れもなく吹いた。

それまで霧によって遮られた月の光がその影を照らす。

そして月光に映し出されるは、黒い装束を身に纏った者だった。

黒装束のその者からは何も感じない。

なんの気配も発さない、ありとあらゆる無駄を無くしたそれは、一種の悟りのようなものさえ感じさせた。

その者はジッと、鷹のように、狩人のように鋭く、紅い屋敷を見ていた。




















「――――――行くか」




















今まで無言だったそれは、そう呟いて木から飛び降りた。

影はみるみるうちに地面に落ちていった。

そして影は地面に着くと同時に、一瞬も止まることなく、落ちた速度のまま走り出していった

目指すは紅魔館。

夜の王にしてこの幻想郷の恐怖の代名詞の一つ、吸血鬼の住む館。

常人なら聞いただけで恐れて震え上がるだろう。

しかし、しかしである。

恐怖の権化は何も、吸血鬼だけではない。

紅魔館を目指すこの影もまた、恐怖の象徴の一つである。

闇に住まい、影として生き、死となって現れ、そして消えていく。




















――――――人はそれを、アサシンと呼んだ。




















――――――物語は動き出す。

――――――それは幻想の物語。





































やっと始まった第二章。

プロローグは此処までです。

そしてこれだけは言っておきます。

どのような展開も――――――覚悟してください。

それでは!



[24323] 第一話 穏やかな日常
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/16 19:14






十六夜 咲夜は夢を見ていた。

意識はぼんやりとしていて、どんな夢なのかは、はっきりとは分からない。

夢の中の自分は、頭を撫でられていた。

撫でるその手はとても硬くて、ゴツゴツしていて。

でも、とても暖かかった。

誰が撫でているのかは――――――分からない。

でも今は、そんなことはどうでもいいと思った。

ただ、もうちょっとだけ・・・だが出来れば、このままずっと撫でていてほしい。

そしてその人物は、咲夜にこう言った。




















「――――――――よくやった。さすがは」




















「・・・・・・・・・夢、か」



眠りから覚めた咲夜は、ポツリとそう独り言を呟く。

寝ぼけ眼を軽く擦り、彼女の頭の思考は回り始める。

その日の最初に思い浮かんだのは、先ほどまで見ていた夢の事だった。



(頭を撫でられていた。けど誰が?・・・分からない・・・でも)



咲夜は胸に手を当て、自分の中に不思議な暖かさを感じ取る。



(何でかしら・・・懐かしい。そう感じるのはどうして?)



咲夜は頭を撫でていた人物を思い出そうとする。

だが、頭は霞がかかったようになり、その人物を思い出すことが出来ない。



(・・・・・・まあいい。どうせただの夢だし)



そう考え彼女はベットから出た後すぐに着替え、仕事の準備に掛かった。




















――――――そして、彼女の穏やかな優しいいつも通り一日が、始まりを告げたのであった。




















あの年老いた魔法使いが起こした異変に咲夜が関わってから数日程経った。

紅魔館はまた普通ののんびりとした日常に戻っていた。

変わった事といえば、その異変の後に異変を起こした張本人である魔法使いが度々来るようになったことか。

彼に三対一の勝負で負けてしまい、咲夜自身は彼に複雑な感情を持っていたが、それはそれ、これはこれ。

かの魔法使いもちゃんと客として扱う。

自分はこの紅魔館の、レミリア・スカーレットの完全瀟洒な従者なのだから。



(でもお嬢様をからかうのは勘弁してほしいわ。自分から突っ掛かって行って、それで返り討ちにあうだけなんだけどね。
 ・・・・・・ああでも、あの言い負かされて涙目になったお嬢様は・・・ふふ、ふふふふふ)



誰も見えない廊下で、いきなり不気味に笑う完全瀟洒な従者。

――――――はっきり言ってその・・・怖い。



(・・・ふふ・・・ふふふふふ・・・ふぅ・・・ああ、いけないいけない。早くお嬢様を起こしに行かなくては)



咲夜は不気味に笑うのを止めレミリアを起こしに行く。

興奮気味に、若干息をハアハアさせながら。

――――――だから、怖いって。





































咲夜はレミリアの部屋の前に来ると、軽く扉をノックする。



「失礼しますお嬢様。お目覚めの時間ですよ」



そして扉を開けて咲夜はレミリアの部屋へと入っていった。



「あら、おはよう咲夜」



するとそこには、既にもう全ての仕度を整えて起きているレミリアがいた。

そんなレミリアを見て、咲夜は驚愕する。



(お嬢様が、もう起きているだとッ!?そんなッ!?
 これではもうお嬢様の寝顔を見てハアハアしたり、着替えを手伝ってハアハアしたり、
 まだ寝ぼけていてうー☆と言ったのを聞いてハアハアしたり、
 しゃくや~と舌足らずに言ったりしたのを聞いてハアハアしたりするのが出来ないじゃないのッ!?)



顔には出さなかったが、咲夜は意気消沈していた。

――――――とりあえずそのハアハアするのは止めましょう。

――――――物凄く怖いから。



「どうしたの咲夜?何かあったの?」



物凄く悲しそうな顔で落ち込む咲夜を見て、レミリアは何事かと心配する。



「あ、いえ。今日はお早いお目覚めだと思いまして。いつもならまだお眠りになっている時間ですので」

「・・・・・・私だってたまには自分で早起きぐらいするわよ。
 それで咲夜、今来てもらってすぐで悪いんだけど、お茶を持って来てくれないかしら?」



従者の言い分に頬をぷくっと膨らませて不満な表情になるお嬢様。

それを見た従者は心の中でガッツポーズをしながら忠誠心を出す。

そして元気になった後、笑顔を浮かべて主の命に答える。



「分かりました。すぐに御用意致します」



完全瀟洒な従者はそう主の命に答え、さっそく仕事に掛かった。







































「美味しいわ咲夜。貴女が入れる御茶はいつも最高ね」

「ありがとうございます。お嬢様」



レミリアの言葉に礼を持って返す咲夜。

しかしそう褒めるレミリアは何故か複雑な表情になる。

その理由は?



「・・・でも何で玄米茶なのかしら?しかもどうしてそれを紅茶のカップで出すのかしら?」



これである。

咲夜は何を思ったか、今朝出した御茶は玄米茶。

レミリアはどうして玄米茶を、しかも紅茶のカップで出したのか自身の優秀な従者に問う。



「何故かたくさんありまして。これをこのままにしとくのも勿体無いと思いまして出しました。
 ・・・お気に召しませんでしたか?」



従者から帰ってきた答えはそんな間の抜けた返答だった。

この従者は普段は完璧なのだか、何時もどこか妙なところで抜けている時がある。

まあ、それを補うくらい普段は優秀なので、あまり気にはしないようにはしているのだが。

それでもやはり気になるものは気になるようだった。



「・・・美味しいんだけど、私としては紅茶が出て来ると思ってたのに玄米茶が出て来てその・・・なんだかなぁと思うのよ。
 なんていうか・・・コーヒーと思って飲んでみたらコーラだったって感じなのよね」

「申し訳ありませんお嬢様。コーヒーはありますが、生憎コーラはただいま品切れでして」

「いや、私コーラ飲みたいなんて言ってないからッ!?話が飛び過ぎだからッ!」

「え?そうなんですか?スッキリしていいとは思うんですが」

「うー・・・もういいわよ」

「分かりました。見かけたら買っておきますね」

「え?買うの?」

「なんだか私も飲みたくなってきて・・・・・・あの店にあるかしら?」

「・・・・・・たまに咲夜が何考えてるのか分からなくなるわ」

「主にお嬢様の事を考えてます。従者として当然です」

「私の何を考えてるのよ?」

「もう、お嬢様ったら・・・・・・そんな恥ずかしい事言えませんわ」

「なに顔赤くしていやんいやん体を動かしてるのよあんたはッ!なんか鳥肌が立つじゃないのよッ!」

「頭もスッキリしましたでしょう?」

「・・・・・・・・・ほんともういいわ」



そんなほのぼの?とした会話が続く。

少しして、レミリアは咲夜に訊ねる。



「ねえ、咲夜?今日は何かあったのかしら」

「何か、とは?」

「何だか今日の貴女、ちょっと変わってるなと感じたのよ。
 いや、さっきのあれはあれで変だけど、今日はなんか違う変な感じ・・・違和感があるのよ。」

「変わってる、ですか?」



レミリアの言葉に咲夜はキョトンと首を傾げる。



「ええ、そう。どこがと言われれば分からないのだけど・・・ただなんとなくそう感じたのよ」

「強いて言えば今日は・・・そうですね。・・・・・・夢を、見ましたね」

「夢?どんな夢かしら?」



レミリアは興味を惹かれ、彼女が見た夢がどんなものだったか訊ねる。

咲夜は自分が覚えている範囲の事をレミリアに話すことにした。



「夢の中で、誰かに頭を撫でられているんです」

「頭を撫でられる?誰に?」

「分かりません。分かるのは、その手はとても硬くてゴツゴツしていて、懐かしくて暖かい感じだったことぐらいですね」



自分の夢の内容を語る咲夜の顔は微笑んでいた。

それを見たレミリアは、珍しいもの見たなと内心少し驚いた。

たぶん今の咲夜は自分が笑っている事に気付いてないだろう。

恐らく、彼女は無意識の内に笑っているのだ。

レミリアはそれに興味を抱いて更に夢の内容がどんなものだったかを尋ねてくる。



「へえ、それから?」

「それだけです。ただ頭をずっと撫でられるだけの夢でした。でも・・・不愉快ではありませんでした。
 逆に、もっとしてほしい。・・・そう思いましたね」



不思議な夢だった。

心が温かくなる、とても優しい夢だった。

咲夜の表情はそれをありありと語っていた。

そんな咲夜を見て、レミリアは咲夜に尋ねる。



「そう・・・ねえ咲夜?」

「はい、何でしょう?」

「それは、良い夢だった?」

「・・・そうですね。良い、夢でした」



レミリアはただ一言、そうとだけ言ってカップに注がれた玄米茶を飲んだ。

その味は心を落ち着かせる、優しい味だった。





































それからはいつも通りの日常だった。

いつも通りの紅魔館の雑用雑事を済ませる。

サボりの門番にいつも通りの制裁を加える。

いつも通りのお嬢様の我侭に完璧に答える。

紫もやしの世話もした。

その使い魔の愚痴にもちょっと付き合った。

話が少し弾んだのは内緒だ。

違ったのは、妹様のご機嫌が良くて何の問題も無く御世話が済んだことくらいだろう。

何故か咲夜のことを微笑ましく見ていたが。

白黒の魔法使いがいつも通り襲撃をしてきたりもした。

気分が良かったので軽く撃退した。

そんなのんびりとした穏やかな日常が続いていった。






































そしてまた、そんないつも通りの一日に終わりが来ようとしていた。



(さて、後はまた軽く見回りでも済ませておきますか)



咲夜が最後の雑事に取り掛かっていた時のことだった。

館の空気が、ほんの僅かだが変わったのだ。



(・・・・・・・・・ッ!?侵入者ッ!?)



咲夜はその空気に侵入者の気配を感じる。

だがその気配は何かがおかしかった。



(この感じは・・・何故かしら?嫌な気配ね。いつもの悪戯妖精の感じではない。これは・・・もっと別の何か)



首筋をチリチリと刺すような空気を感じ、不安な気持ちが出て来る。

こんな気持ちは、咲夜が紅魔館に来てから初めてだった。

だが、考えていても仕方ない。

咲夜はそう判断し、気配の下へ向かって行った。




















――――――それは、彼女の穏やかな優しいいつも通り一日が、終わりを告げた瞬間であった。




































どうも、あら~いスミスです。

まず咲夜さんに注意を。

そのハアハアするのは止めましょう。

凄く恐いです。

そしてこれをご覧になった一部の読者の方々。

彼女を見てハアハアするのは止めましょう。

いろんな意味で恐いです。

でも一番恐いのは、こんな話を書いてる私でしょうか?

・・・・・・・・・きっとそうなんでしょうね。

だから何?って話でした。

さて、次回はいよいよ・・・・・・登場します。

それでは!



[24323] 第二話 そして時は動き出す
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/19 18:57






十六夜 咲夜は進入してきた気配の下へ向かう。

嫌な予感がする。

今まで味わったことの無い嫌な予感が。

彼女はその気配の下に少しずつ近付いていく。

段々と距離を詰めていく。

そうして近付く度に、彼女の嫌な予感は更に増していく。

何時の間にか額に冷や汗が流れ始めるが、咲夜はそれにも気付かない。

そして咲夜は進んでいく内に、あることに気付く。



(――――――この先はお嬢様の部屋だッ!)



自身の勘が最大限の警告を発する。

なんとしても急がねばならぬ、なにかが起こる前に早く・・・速く進めと咲夜を急かす。

彼女は急ぎ、ついにその気配の――――――影の下に辿り着く。



(・・・・・・影?いや・・・違うッ!)



彼女の前に現れたのは、黒い装束に身を包んだ人物だった。

そしてその人物は上手く巧妙に隠していたが――――――武装をしていた。

咲夜はその人物を見て、目を見開いて驚愕する。



(あの装束・・・まさかッ!?)



咲夜はその武装が何なのか、何処に何を装備しているのか分かった。

言おうと思えば、その影の人物が装備している武装――――――いや、暗器の名称を全て言うことが出来る。

何故そこまで分かるのか?

それは彼女がこの紅魔館の完全瀟洒なメイド長だから――――――という訳ではない。

何故なら――――――あれはかつて、自分がいた組織の武装だからだ。

かつての自分が、装備していた武装だからだ。

それはつまり、この目の前の影の人物が――――――



(あの組織の・・・教団の手の者かッ!?)



咲夜は戦慄した。

まだあの組織はお嬢様を諦めていなかったのかと驚愕するしかなかった。。

しかし――――――考えてみれば当たり前だ。

あいつ等がそう簡単に諦めることなどするはずもない。

蛇のようなしつこさには定評があったあの組織なら当然だ。

咲夜は目の前の人物を見定める。

あの姿と武装、そして此処まで気付かれずに来た力量から考えて、恐らくマスタークラスのアサシンだろう。

顔は――――――分からない。

布で面を隠し、目元もすっぽり被ったフードの影で見えなかった。

元々そうやって正体を隠し、なおかつ装備者の視線を隠す装備なので当然なのだが。

その一方、影――――――アサシンは、咲夜をただジッと見るだけで、なんの反応も示さなかった。

咲夜は内心焦りながらも、目の前のアサシンに話しかける。



「呆れたわね。まだお嬢様を諦めていなかったなんてね、暗殺者さん」

「・・・・・・・・・・・・」



咲夜は暗殺者に話しかけるが、目の前の影は黙ったままだった。

それを無視して、咲夜は話を続ける。



「どうして分かるのかって思ってるのかしら?それは――――――昔、私があなたのいる組織にいたことがあるからよ」

「・・・・・・・・・・・・」



ここまで言えば、咲夜が何者だったかはこの暗殺者にも分かるだろう。

だがそれでも何の反応も示さない。



(少なくとも、私の知っている者ではない・・・ということか)



咲夜はその事に少し安堵する。

どうやら知り合いを殺さなくてよさそうだ。

だがだからといって油断をする訳にはいかない。

そう思い咲夜は話を続ける。



「つまり私は組織の裏切り者ってわけよ。でもどうして今頃来たのかしら?
 私がお嬢様を・・・暗殺しようとして、もう何年も経ったのに・・・どうして今更のこのこと?」

「・・・・・・・・・・・・」



アサシンは咲夜の言葉を無視して音も無く構える。

答える必要は無いと言うかのように。



「問答無用・・・というわけね。そうでしょうね。貴方達は、そういう存在だものね」



咲夜も構え、相手を見定める。

相手は恐らく、組織のマスター・アサシン。

組織の上位の実力を持つ暗殺者だ。

だが、咲夜は慌てない。

何故なら、自分の実力は組織にいた頃から既に――――――組織の最強の存在として、鍛え上げられていたのだから。

例えマスタークラスの者であろうと、自分が負ける要素などありはしない。

此処に来たことを、じわりじわりと後悔させて殺す。

そんな彼女の嗜虐心が鎌首をもたげて、暗殺者に向けられる。




















「此処に来た事を――――――後悔するがいい、暗殺者ッ!」



そして――――――戦いが静かに、だが激しく始まる。





















咲夜とアサシンはお互い同時にナイフを投げる。

そしてナイフはお互い空中でぶつかり、甲高い悲鳴を上げて落ちる。

一発。

二発。

三発。

四、五、六、七、八発と続く。

その全てがお互いの急所を的確に狙ったものだった。

咲夜は続けて九発目のナイフを放とうとする。

だが、アサシンはいきなり何かを手に取り、それを地面に投げつける。

そして地面にぶつかった瞬間に煙が巻き起こる。



(煙玉かッ!)



煙を蔓延させ、アサシンは姿を消す。

咲夜は視覚に頼らずに、咄嗟に聴覚と触覚、そして鍛え上げた第六感で辺りの気配を探る。

そして次の瞬間、窓ガラスの割れるのを知覚する。

どうやら外に逃げたようだ。



「逃がすかッ!」



逃がす訳にはいかない。

悪魔の猟犬はその牙を剥き出してアサシンの後を追った。

必ず仕留めてみせると誓って、走り出す。






































二人は館の屋上にいた。

あれからまた数度打ち合いながら、咲夜が此処までアサシンを追い詰めたのだ。



「・・・・・・さあ、もう逃げ場はないわよ?」

「・・・・・・・・・・・・」



咲夜の言う通り、逃げ場はもう何処にも無かった。

だがそれでもアサシンは無言を貫き通す。

今まで一度も言葉を発することも無く、ただ黙って咲夜を見続けるだけだった。

咲夜も返事を期待などしていなかった。

何を言っても無駄だと分かっていたから。

そして咲夜はついに死刑宣告をアサシンに告げる。



「追いかけっこももう、此処でお終いよ。――――――これで決めさせてもらうわッ!」



咲夜は自身の能力を発動させ――――――世界の時を止めた。

彼女が自身の最強足る所以の力を発動させる。

空も、風も、影も、夜も、月も、星も、ピタリと活動を止める。

それは目の前の暗殺者も同様だった。



(急所に一撃ッ!これで――――――終わりだッ!)



止まった時の中で、咲夜はアサシンの急所目掛けて必殺の一撃を放つ。

そして――――――




















――――――キィンッ!と、金属音が響く。

――――――止まった時の中で影は動き、咲夜の必殺の一撃を防いだ。




















「そんな・・・・・・馬鹿なッ!?」



目の前の想定外の事態に、咲夜は錯乱するしかなかった。

自分の業が、能力が通用しない。

その事に咲夜は驚嘆し、思考を混乱させていく。

能力は完璧に発動したはずなのに、止まった世界の時の中で動けるなんて。

そんな事、ありえるはずがない。

この前の魔法使いの時は能力の発動を妨害されてしまったが、今回は違う。

自身の能力が発動して、それでもなお動くことが出来る存在。

そんな相手がこの世に――――――ッ!?



「グハァッ!?」

「・・・・・・・・・・・・」



アサシンは混乱する咲夜に一気に近付き、咲夜を蹴り飛ばす。

強烈な一撃で蹴り飛ばされ、二転三転と転がる咲夜。

そして止まり、彼女は急ぎ立ち上がろうとするが、上手くいかない。

肉体的なダメージより精神的なダメージの方が遥かに大きかったからだ。

アサシンは咲夜に近付く。

一歩。

二歩。

三歩と。



(不味いッ!・・・早く、立たないとッ!)



咲夜は体を動かそうとするが、上手く動かない。

それに焦り、余計に動きが悪くなり更に焦りが増していくという悪循環が生まれる。

アサシンはそれに構わずに更に咲夜に近付く。

四歩。

五歩。

六歩と。

そしてついに倒れる咲夜の前に立ち――――――初めてその硬い口を暗殺者は開いた。




















「――――――久しぶりだな、我が弟子よ」




















――――――そして時は動き出す。





































今回ついに今回の主人公達が出会いました。

表の主人公である咲夜さんと裏の主人公である彼女の師。

次の話は恐らく、皆様を驚かされるものになるでしょう。

たぶん、誰も見た事も書いた事も無いのではないかと。

その自信はあります・・・・・・たぶんですが。

それでは!



[24323] 第三話 暗殺者の掟
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/20 18:39






十六夜 咲夜はその言葉を聞いて戦慄した。

十六夜 咲夜はその声を聞いて驚愕した。

何故自分の能力が効かなかったのか、ようやく理解した。

そう、理解してしまったのだ。

自分が一体、何をしてしまったのかを。



「まさか・・・まさか我が師なの・・・です、か?」



咲夜は全身をブルブル震えさせて言った。

そこにはいつもの完全瀟洒なこの館の従者の姿は無かった。

そこには恐怖に震える一人の少女の姿しかなかった。

そんな彼女の言葉に、目の前のアサシンは頷き答える。



「その通りだ我が弟子よ。紛れも無く、私はお前の師だ。お前に武器を与え、業を与え、知恵を与えたお前の師だ」



男はどこまでも穏やかに、そして静かにそう咲夜に告げる。

それを聞いた咲夜は――――――急ぎ跪き、頭を垂れた。



「も、申し訳ありません我が師よッ!知らなかったとはいえ私は、私は貴方に刃を向けて殺めようとしてしまいましたッ!
 どうか、どうかお許しをッ!」



普段の彼女を知る者が見れば、開いた口が塞がらないだろう。

あの十六夜 咲夜が、自分の主以外にこのような態度を取るなど思いもしないだろう。

そしてそれを聞いた目の前のアサシンは、軽く首を横に振り、また彼女に話しかける。



「よい、気にするな。忘れたか?私はお前を鍛えた。その時、お前に刃を持たせ私を殺させようとした事があったのを忘れたか?
 そして、お前が私に致命傷を与えた事が一度でもあったか?」

「ですが師よ、我が師よ私はッ!」

「くどい。それ以上の発言は許さぬ」

「しかしッ!?・・・・・・く、分かりました」



そう言って彼女は黙る。

だがその表情には恐怖のそれがありありと浮かんでいた。

汗は止まらず、息をぜえぜえと苦しそうに吐き出し、ガチガチと振るえは治まらなかった。

自分の犯した罪を、自分で許せなかったのだ。

かつて忠誠を誓った相手に向かって、殺意をもって殺そうなどという愚行を行った自分自身が許せなかったのだ。

そしてなによりも――――――恐かったのだ。

眼前にいるこの師が自分に何をするのかが、それが恐くて恐くて・・・恐くて仕方なかった。

そんな心情を無視して、アサシンは彼女に話しかける。



「さて、我が弟子よ。お前に聞きたいことがある」

「な、何でしょうか我が師よ?」



彼女は震える声を必死に抑えて答えるが、恐怖しているのは誰が見ても明らかだった。

そんな彼女に、暗殺者は問う。



「お前は――――――何故、こうして生きているのだ?」

「ッ!?そ、それは」



彼女はこの質問に恐怖する。

氷の手で心臓を鷲掴みにされたような、そんな恐怖に彼女は支配される。

何故この質問に彼女が怯えるのか?

それは、この質問にはいくつかの意味が込められているからだ。

何故任務に失敗して、殺されずに生きているのか?

そして生きていたのなら何故、組織に戻ってこなかったか?

そして失敗し、その場に残るような状況で何故――――――自害をしなかったのか。

その三つの意味が、その一つの質問に込められていた。

アサシンは続けて、彼女に語りかける。



「お前に叩き込んで教えた我が教え、我等の掟を言ってみろ。今、此処でだ」

「・・・・・・・・・はい。
 一つ――――――罪無き者を無闇に殺すべからず。
 一つ――――――苦痛を与え殺すべからず。
 一つ――――――己が存在を悟らせるべからず。
 一つ――――――我等の恐怖を教えること忘れるべからず。
 一つ――――――仲間を危機に晒すべからず。
 一つ――――――仲間を裏切るべからず。
 一つ――――――自らの命ある限り任務を続ける。だが不可能なら生きて戻るのを忘れるべからず。そして――――――」

「そしてそれも不可能なら、その命を自ら絶つこと忘れるべからず。――――――自らの魂を汚されることの無きように。
 ・・・そうだったな、我が弟子よ?」

「は・・・はい」



彼女は怯え、跪いたまま答えた。

かつて咲夜が、十六夜 咲夜となる前。

名も無き一人の暗殺者、アサシンとして教え込まれた鉄の掟。

彼女のその手に、その肌に、その臓腑に、その細胞全てに叩き込まれた師の教え。

それは彼女を構成する根幹的なものだった。



「さて、我が弟子よ。お前はいくつ私の教えを破ったかな?」

「ッ!?私が・・・破った・・・?」



彼女は我が師であるアサシンからのその言葉に絶望する。

だが、それは紛れも無い事実だった。

それを無視して破り、彼女は今此処にいるのだから。

彼女は死人のように顔を白くする。

そこには生気など皆無だった。

それなのに冷や汗はダラダラとその量を増し、彼女の衣服をじんわりと濡らす。

奥歯はガタガタと鳴り、肺は必死に空気を求め、心臓はバクバクと響く。



「あ・・・ああ・・・あああ、あああ」



自分はとんでもなく恐ろしい事をしてしまった。

そんな思考が彼女の頭を支配する。



「どうした?我が弟子よ?」

「ッ!?いえッ!なんでもありませんッ!」



彼女の恐怖が若干だが晴れる。

師であるアサシンの声に反応し、条件反射でアサシンに答える。



「話を続けるぞ?よいな?」

「ハッ!」



彼女は改めて師に頭を垂れて跪き、はっきりとした声で返事をする。

迷いに支配された彼女の思考が、師の言葉によって払われたのだ。

今此処にいる彼女は、十六夜 咲夜という完全完璧で瀟洒な紅魔館のメイド長ではなかった。

そこにいたのは、名も無き一人のアサシンとしての“彼女”しかいなかった。



「ではもう一度言う。我が弟子よ。お前はいくつ私の教えを破ったかな?」

「そ、それは・・・」

「折角だ、一つずつ教えてやろう、我が弟子よ。まず一つ目は苦痛を与え殺すべからずだ。お前は私を一撃で仕留めようとしなかった。
 それは何故だ?正直に答えてみよ、我が弟子よ」

「・・・・・・侵入者に苦痛を与え、自らのしたことを思い知らせてやろうと・・・そう思い、行動しました」



声を必死に絞り出して彼女は答えた。

それを聞いたアサシンは、肩を落として落胆する。



「愚かな・・・たとえ殺す相手だとしても、余計な苦痛を与えることを禁じたのは、
 それが我等アサシンが殺す相手に出来る唯一の慈悲だからだ。
 余計な苦痛を与えずに冥土に送る為だ。それを忘れて・・・よくもそのような恥知らず行動をしたな、我が弟子よ」

「・・・申し訳、ありません」



彼女は何時の間にか涙を流していた。

自らの犯した失態に対する、後悔の涙を。

アサシンはそれに構わずに話を続ける。



「二つ目は己が存在を悟らせるべからずだ。お前は私の前にわざわざ姿を現したな。私が組織の、教団の人間だと知りながらだ。
 我等アサシンは戦いを避ける。自らの業を見せない為、自らの仲間を危機に晒さない為、そして自らの命を守る為だ。
 戦わずに、誰にも気付かれずに仕事を完遂させる。そしてその行った仕事を見せ付けて、我等アサシンの恐怖を教えること。
 恐れさせ、余計なことが出来ぬようにする為の恐怖の抑止。下手なことして何時我等に処分させられるかと恐怖させ思い知らせる為。
 それは無益な争いを少しでも抑える為にだ。さあ答えよ。何故自らの存在を晒した?」

「失念・・・しておりました・・・」



彼女は正直に答えた。

あの時、少し頭に血が上った為にその事に気を回さなかったのだ。

自身の能力でどうとでも対処出来る。

そんな傲慢な考えを自分が持っていたと考えただけでも自身に後悔し、腹が立つ。

そして彼女のそんな答えに、アサシンはまた落胆する。



「また私を失望させたな、我が弟子よ。お前は私の教えを忘れてしまったとみえる」

「そ、そのようなことは決してッ!」

「黙れ、まだ話の途中だ。許可無く発言するな。何処まで私を失望させるのだ、我が弟子よ?」

「し、失礼しましたッ!」

「続けるぞ。次はそう・・・罪無き者を無闇に殺すべからず。
 そして我等の恐怖を教えること忘れるべからず。これ以外の残り全てだ」

「ッ!?」



その言葉を聞いて咲夜は思わず今まで下げていた顔を上げる。



「分からないといった顔だな我が弟子よ。では教えてやろう。
 まずは自らの命ある限り任務を続ける。不可能なら生きて戻るのを忘れるべからずだ。
 これは前者はもちろんのことだが、後者は自らの仲間を危機に晒すべからずにつながる。
 生きて戻り、その状況を報告してどう対処するかの判断をして、余計な損害を出さない為だ。かつてそう教えたな、我が弟子よ?」

「はい・・・その通りです我が師よ」

「そしてそれが不可能なら、その命を自ら絶つこと忘れるべからず。――――――自らの魂を汚されることないように。
 これの意味も教えたな?言ってみるがいい我が弟子よ」

「・・・敵に捕まり情報を与えることが無いように。仲間を危機に晒さないようにする為に。
 辱めを受けて、自らの魂の尊厳を汚されないようにする為に。その為に命を自ら絶つ。それが――――――」

「――――――それが我等、アサシンの掟だ。そう教えたな、我が弟子よ?」

「その通りです・・・我が師よ・・・」



彼女はうな垂れて、自らの師の言葉に頷く。



「だがお前はそれをしなかった。自らの命を絶たず、こうして生きている。
 仲間に危機を晒すべからず。そして仲間を裏切るべからずという掟を、我が教えをお前はことごとく破ったな?」

「お言葉ですが我が師よッ!私は教団の詳しい情報は何一つッ!何一つとしてお嬢様に教えてはおりませんッ!」

「許可無く発言をする事は許さぬと言ったぞ我が弟子よ?お前が何と言おうとこれは変わらん。
 絶対にな。何故なら――――――お前はこうして生きている」

「それ・・・は・・・」



彼女はその言葉を聞いて言葉を失う。



「裏切りだよ、我が弟子よ。この掟は破ったのはもちろん。お前はこの掟に従った先人達をも裏切ったのだ。
 そして、その掟を教えたこの私をも裏切ったのだ」

「違いますッ!私は、我が師よッ!貴方を裏切ろうなど決してッ!」

「だがお前は先ほど言ったな?・・・お嬢様と。何故、殺すべき相手だった者をそう呼ぶのだ?」

「そ、それはッ!?」

「お前は私という師匠(マスター)の他に、あの小さき吸血鬼を主人(マスター)と呼んだな?
 これが、お前の決定的な裏切りの証拠だ。お前は、それを口にしたのだよ・・・我が弟子よ」

「それは・・・それは・・・ああ、あああ・・・」



彼女はその場に頭を抱えてうずくまる。

涙を流しに流し、嗚咽を漏らして泣く。

震える小さな声で、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。

申し訳ありません、申し訳ありませんと何度も何度も。

それはまるで、許しを必死に請う童のようだった。

そんな彼女の姿を見て、アサシンは彼女に言葉をかける。



「だが・・・私も鬼ではない。お前が自らのその罪に苦しむのは、よく分かった。
 それにお前は今でも我が弟子であることは変わらない。そこで、私はお前に贖罪のチャンスを与えよう」

「ッ!?本当ですか我が師よッ!私は、一体何をすればッ!?」



そう言って咲夜は顔を上げて―――その顔を輝かせる。

許してもらえるのなら何でもする。

そういった顔だった。

アサシンは自らの剣を差し出す。

木目状の模様が浮かんだ、美しい片手剣。

それを目の前に出され、彼女は困惑する。

そして、アサシンは彼女に告げた。




















「――――――この剣でもってその命を絶て。それが、私がお前に与える罰だ」




















それを聞いて彼女は身を強張らせる。

当然だろう。

その言葉は、死刑宣告そのものだったのだから。



「我が師よ・・・それ、は・・・」

「命を絶て。そうすればお前の罪を私が許す。そしてお前の亡骸を持ち帰り、散って逝ったアサシンの戦士達の下に送ろう。
 そして誇りある我等アサシンの一人として祭ってやろう・・・我が弟子よ」



そんな師の言葉を聞いて、彼女は思う。

彼女は――――――許されたかった。

この誇り高きアサシンである我が師に。

かつて自らを育ててくれた恩師に、許されたかった。

だから彼女は――――――



「・・・・・・分かりました」



その剣を、受け取った。



「自らの罪、その手で裁くか?」

「・・・・・・・・・はい」



自らのこの命一つで罪を償えるのなら安いものだ。

彼女は涙を流したままの渇いた笑みを浮かべて・・・思った。

これで・・・許される。

そう思うだけでも心は軽くなり、嬉しくなり、自然と笑みが浮かんだのだ。



「・・・・・・・・・そうか」



最後にポツリと言ったその呟きは、彼女には聞こえなかった。

そして彼女は、手に取った剣で自らの命を絶とうとした。

――――――その時だった。




















「――――――止めなさい十六夜 咲夜。貴女の主、このレミリア・スカーレットが命じるわ」




















紅魔館の、そして十六夜 咲夜の主。

永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットが赤い月を背にして咲夜にそう命じた。





































さて、如何だったでしょうか?

なんかもう咲夜さん凄いことになっちゃいましたな。

咲夜さんがこういうことするとは思わなかったでしょう?

さて、次はいよいよお嬢様の出番です。

カリスマな感じで出て来たお嬢様の活躍を・・・・・・期待していいのかなぁ?

それでは!



[24323] 第四話 二人のマスター
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/21 13:43






「こんばんは、暗殺者さん。良い夜ね。今日は月がとても赤くて――――――綺麗ね。そうは思わない?」



紅魔館の主、レミリア・スカーレットはアサシンに笑いながら対峙する。

赤い月を背に翼を広げ、空に君臨する様はまさしく夜を統べる王であった。

アサシンと咲夜はそれを下から見上げるようにして眺める。

レミリアは、アサシンの前で跪く咲夜を興味深そうに見る。



「それにしても・・・なかなか面白いことをしてるわね。咲夜、それは一体何の冗談かしら?」

「お嬢様、これは・・・」



咲夜は手にした師の剣を見て、自分が自害しようとしたところをレミリアに見られたことに困惑する。

そんな咲夜に、レミリアは続けて語りかける。



「貴女は私の物。私の完璧な従者。その貴女がどうしてそのようなことをしているのかしら?
 私にはまるで、その不届き者に従っているように見えるのだけれど?」

「そ、それは」



レミリアの問いに、咲夜はどう答えればいいか分からなかった。

レミリアと師を交互に見て、困惑の表情を露にする。

そんな中、影の人物が動く。



「私が命じたからだ、小さき吸血鬼よ。この者はただ、その命に従った。それだけのこと」

「・・・面白いことを言うのね貴方。ではどうして貴方の命を私の従者が聞くのかしら?」

「この者が我が弟子だからだ」



アサシンの言葉に若干レミリアは驚く。

だが、すぐに元の笑顔に戻り話を続ける。



「そうなの・・・貴方が。だったら礼を言うべきかしら?
 貴方が育てた彼女は随分と、いえ、こちらが求める以上の働きをしてくれたわ。
 この私の従者にとてもふさわしい働きを、ね」

「当然。それぐらい造作ない。この私が叩き上げ、鍛え上げ、力を、業を、知恵を与え磨いたのだ。
 ・・・もっとも、お前が我が弟子を真に扱いきれているかは怪しいものだがな、小さき吸血鬼よ」

「・・・なかなか言うじゃない。でもそれくらいの毒を吐いてもどうとも思わないわ。
 あのクソ忌々しい老いぼれ魔法使いに比べればね。ええそうよ、ちっとも気にならないわ」



レミリアはそう言うが若干頬を引きつらせる。

咲夜には分かる。

たぶん小さいとか言われて頭にきているんだ。

三日前、自分が趣味で買ってきたぶら下がり健康器具を使って背を伸ばそうとしているのを見た。

見つかった途端、うー☆と泣いて頭を抱えて逃げた。

忠誠心を大量に出して倒れたので覚えている。

気が付いたらいつの間にか、自分のベットにいたが。



「・・・では幼き吸血鬼よ。何故私の前にこうして現れる?」



――――――あ、呼び方変えた。



「こうして客人が来ているのに、もてなさないのは無礼でしょう?たとえそれが、招かれざる客だとしてもね」



アサシンの問いにレミリアは毅然とした態度で答える。



「見た目の幼さからは考えられん余裕だな、幼き吸血鬼よ」

「・・・・・・当然よ。私はこの館の主なのよ?」



レミリアはそう言うが、また若干頬を引きつらせる。

咲夜には分かる。

たぶん幼いとか言われて腹を立てているんだ。

二日前、自分の化粧道具を使ってお嬢様自身があれやこれや化粧をしていたのを咲夜は見ている。

あの魔法使いに、まるで背伸びする子供のようだと言われたのが悔しくて、それでやったのだと思う。

そんなことをしては、まさしくその通りだというのに。

見つかった途端うー☆うー☆と泣いて頭を抱えてまた逃げた。

忠誠心を大量に出したその後、サボり魔の死神と会ったのでよく覚えている。

同僚に仕事を任せてサボっていたようだった。

気が付いたらいつの間にか、また自分のベットにいたが。

手元に増血剤も置いてあった。



「・・・・・・吸血鬼よ。ではお前はどうもてなす?」



――――――あ、また呼び方変えた。



「それくらい分かりそうなものではなくて?低俗な暗殺者」

「・・・・・・だろうな」



アサシンは咲夜の手から剣を自らの手に戻す。

そして静かに二人は構える。

レミリアは空に君臨し、アサシンは地に佇みお互いを見定める。

そんな二人を見て、咲夜はレミリアに向かい叫ぶ。



「お、お嬢様ッ!お逃げ下さいッ!お嬢様では我が師には勝てませんッ!どうか他の方達とッ!」



レミリアは自身の従者からの無粋な横槍に顔をしかめる。



「・・・この私に逃げろと言うか、十六夜 咲夜?私はこの「お願いしますッ!どうかッ!どうかお逃げにッ!」・・・咲・・夜?」



ここまで反抗的な彼女はレミリアは初めてこの目で見た。

ここまで必死になって反抗する彼女は見たことが無かった。

そんな咲夜を自分は、レミリア・スカーレットは今まで一度として見たことが無かった。

そして咲夜は――――――師であるアサシンに跪き、すがるように言った。



「お願いです我が師よッ!どうかお嬢様いえ、この紅魔館の者達は見逃して下さいッ!
 死ねと言うなら私は今すぐ死にますッ!ですからどうかッ!」

「さ、咲夜ッ!?」

「・・・・・・・・・・・・」



もうレミリアは驚くしかなかった。

あの完全無欠の瀟洒な我が従者が、このようなことをするとは夢にも思わなかったからだ。



「黙っていろ、我が弟子よ。私は「いいえ黙りませんッ!こればかりは我が師といえども決してッ!」・・・・・・」



咲夜は師の言葉を遮り必死に懇願し続ける。

そして咲夜が続きを言おうとした――――――その時だった。



















「――――――黙れ、我が弟子よ」





















それは殺気だった。

アサシンは咲夜に、今まで見せなかったおぞましい程の強烈な殺気を叩きつける。



「――――――ッ!?あ、ああ、ああああ・・・あああ・・・」



その殺気で、咲夜は完全にその心が折れた。

何故ならその殺気は――――――彼女の人生の中で一番恐ろしい恐怖そのものだったからだ。

かつて修行の時に叩きつけられた殺気。

それは彼女のトラウマであり、どうしても克服出来なかった恐怖だった。

彼女はまるで、糸を切られた操り人形のようにその場に力無く座り込む。

もう彼女が何も出来ないと確認したアサシンは、レミリアを見据えて対峙する。



「待たせたな。では・・・始めるか」

「・・・よくも・・・よくも私の可愛い従者をッ!こんな風にしてくれたわねッ!」



アサシンの所業に、レミリアの堪忍袋の緒が切れた。

紅の魔力が彼女の体から怒りとなって溢れ出てくる。

その場を支配する魔力の風を、アサシンはただ受け流して立つだけだった。

猛り狂う吸血鬼に、アサシンは静かに問う。





















「自らの弟子を戒めただけのこと。何の問題があるのだ?」

「今は私の従者よッ!昔の飼い主は引っ込んでなさいッ!」



















――――――激昂した紅い月の王と、静かな黒い影の暗殺者が、踊る。





































カリスマはブレイクするもの、私はそう考えている。

というかブレイクさせずにはいられなかったんだ・・・・・・すまない。

さて、いよいよ二人の対決となります。

どのような結果になるか・・・・・・それは次回のお楽しみ。

それでは!



[24323] 第五話 猛る紅、静かなる黒
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/26 21:27






「まずは吸血鬼よ。先に謝罪を」



アサシンはレミリアに突然そう告げる。

戦いの前に何を言うのかと、レミリアは怪訝な表情を浮かべる。



「・・・一体何を?」

「お前を苦しませることなく黄泉に送るのは・・・出来そうにない。・・・すまない」



その言葉にまた、怒りの炎がギラつく。



「この私が、お前に、お前のような薄汚れた暗殺者風情に敗れると?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思ってるのか?」



それは小さな声で、レミリアは最後しか聞き取れなかった。



「何ですって?」



レミリアのその問いに、アサシンは再度、今度ははっきりと告げる。



「人の肌の上に住まわせてもらってるダニ風情が、この私に勝てると思ってるのか?」



挑発の言葉を。

それを聞いて、レミリアの中の何かが完全にキレた。



「・・・いいだろう。お前はこの私が、徹底的に苦しませて、磨り潰して、原形すら残さない肉塊に変えてやるッ!」



そう言うや否や、レミリアは無数の弾幕をアサシンに向けて放つ。

通常の弾幕ごっこで使うような、決まったパターンで放たれる弾幕ではない。

完全に標的を狙った、殺意の籠められた弾幕がアサシンに容赦無く降り注ぐ。

しかしアサシンはその弾幕を最小限の動きでひらりひらりとかわす。

そしてアサシンもまた、攻撃に転ずる。

投擲用の銀のナイフを、弾丸の如き速さでレミリアの急所目掛けて放つ。

だが――――――



「カァッ!!!!」



咆哮と同時に放たれた魔力によって放たれたナイフは全て掻き消され消滅した。



「・・・・・・・・・・・・」

「なかなかやるようね。さすがは咲夜の師といったところかしら?でも駄目よ。そんなんじゃ私には勝てないわ。
 無様に地下手に這い蹲る貴方ではね」

「・・・・・・・・・ならば」



アサシンはそう言うや否や――――――空を飛び、レミリアに対峙する。



「あら?貴方飛べたの?」

「飛べないと誰が言った?」

「確かに・・・ねッ!」



レミリアの弾幕が再度アサシンに迫る。

だがアサシンはレミリアの弾幕をまたひらひらとかわす。

アサシンの白銀のナイフがレミリアに襲い掛かる。

レミリアもアサシンの投擲を、その魔力をもって弾く。

一進一退の、激し過ぎる攻防が続く。








































一方咲夜は、始めは恐怖に駆られて混乱していたが、徐々に落ち着きを取り戻し、二人の攻防を見守る。

お嬢様を助けなければ。

そう咲夜は考える。

だがしかし、もう一つの声が囁く。

我が師に刃向かってはいけない。

昔の自分がそう告げる。

どうすればいい?

私は一体どうすればいい?

二つの思いが、咲夜の中で激しくぶつかり合う。

そんな中、咲夜は師の動きが変わるの見た。



(不味いッ!あの動きはッ!)



咲夜は力の限りを込めて叫んだ。



「お嬢様ッ!――――――避けてッ!」





































「ッ!?」



レミリアはその咲夜の声を聞き、今まで受けていたその攻撃を反射的にかわす。

――――――ズガンッ!

飛来して来た物体が壁に突き刺さる。

突き刺さっていたのは――――――剣だった。



「まさか剣を投擲するとはね・・・先ほどの攻撃より、随分と威力がありそうね?」



壁に突き刺さった剣は、その刀身の大半が壁の中に納まっていた。

そしてその周りには、皹割れは一つたりとも走ってなかった。

これだけでその威力、貫通力と破壊力が容易に想像が出来るというものだ。

しかも鈍く輝く忌まわしいあの光。

あれは間違い無く銀の輝きだ。

吸血鬼を相手にするのなら、当然といえば当然なのだろうが。



「祝福儀礼を施した銀製の、投擲用に造られた飛剣だ。これはお前とて、ただでは済まん」

「ふん、だが私を仕留めるにはまだまだだよ」



口では余裕を語るレミリアではあったが、内心は冷や汗ものだった。

咲夜のあの声が無ければ――――――確実にやられていた。

さっきからそうだったのだが、このアサシンの攻撃は非常に読み辛かった。

殺気が――――――全く無いのだ。

そのためレミリアは下手な回避をせず、あえて防御をするしかなかったのだ。

だが先ほどの攻撃、いくら自分が不死の吸血鬼とはいえ、あれを喰らうのは不味過ぎる。

先ほどまでと同じような、ただ魔力で弾いて防御したままでは、ただでは済まなかった。



(・・・・・・防御・・・したまま?)



そこまで考えたところで、レミリアはある事に気付く。



(こいつはまさか・・・私に防御という選択を狙ってさせたのかッ!?そして、あの一撃を私に受けさせようとしたッ!?)



レミリアは改めて、自分の目の前のこの敵の恐ろしさを思い知る。

もしあの時の咲夜の声が無ければ、あの剣は間違い無く自身の体を貫通していた。

そう思うと、背筋にゾッと冷たいものが走る。



「ならばこうしよう」



アサシンの両手に先ほどと同じ飛剣がズラリと現れる。

アサシンはすかさずその飛剣を全て投擲し放つ。

レミリアは防御はせずに、迷わず回避する。

あれを防御してはいけない。

たとえあの威力の銀製の剣が急所に入ろうとも、自分は不死の吸血鬼だ。

一発喰らった程度では死にはしない。

だが連続して喰らうのは不味い。

そして、一発も喰らう訳にはいかない。

喰らえば最後、剣に貫かれ怯んだその瞬間に、あのアサシンは容赦無く銀の弾雨をこの身に浴びせることだろう。

そうなれば自身の永遠が終わる。

レミリア・スカーレットという永遠が終わってしまう。



(それだけならいいさ。むしろ本望だ。我が永遠を終わらせる愛しき怨敵は大歓迎だ。・・・・・・しかし)



レミリアは地上で自分達の戦いを見守る自身の従者をチラと見る。



(倒される訳にはいかない。私が死ねば、次は咲夜が殺される。それだけじゃない。
 フランにパチェ、美鈴に小悪魔・・・紅魔館の者達まで・・・・・・そうはいかないッ!)



自分だけが倒され、殺されるなら構わない。

だが自分が死ねば他の者達にまで被害が及ぶ。

負ける訳にはいかない。

守るべき者を守れずして何が王だ、何が支配者だ。



(しかし・・・癪だが、このままでは不味い。一気に――――――片を付けるッ!)



レミリアはそう考え――――――右手に魔力を練り上げる。

そして――――――真紅の魔槍がその姿を顕現させる。



「お前はなかなかに、いや恐ろしく強い。認めよう、その力。久々に楽しめたけど、もうお終い。
 これは付き合って楽しませてくれたその礼よ。
 この私の全力を味わう栄誉を、お前にくれてやるッ!」

「・・・・・・・・・・・・」



アサシンはただ黙ってレミリアの宣告を聞く。

レミリアの全力。

それは即ち彼女の能力、運命を操る程度の能力を使うということ。

強大な魔力の塊と化した真紅の魔槍。

それを運命を操り、絶対不回避のものにするレミリアの必殺の業であった。



「―――神槍「スピア・ザ・グングニル」―――これで・・・終わりよッ!!!!」



レミリアはアサシンに向かい、グングニルを神速の速さで投擲する。

まともにくらえば塵も残らないだろう。

神槍は男に向かい一直線に飛来する。

そして――――――




















アサシンは――――――その必殺の魔槍を――――――ひらりとかわした。




















その場で、その現実にもっとも驚いたのは他でもない、グングニルを投擲したレミリア本人だった。



「ば・・・馬鹿なッ!?何故だッ!?運命を操作して投擲した、必中の私のグングニルを・・・かわしただとッ!?」



レミリアはその信じられない事実に驚き、思考を僅かに狂わせる。

だがそれは、アサシンにとって十分過ぎる隙だった。

アサシンはレミリアにすぐさま迫る。



「しまっ・・・・・・くうっ!?アッ!」



そして――――――レミリアは自身の体に何か鋭い異物が突き刺さるのを感じた。

あのような隙を作った自分に腹を立て、すぐさま迎撃しようとするレミリア。

だが、途端に体から力が抜け、レミリアは地面に落下して大きくバウンドしてその場に倒れ伏す。



「ガァッ!!!」



落下の衝撃が小さな体を軋ませる。

だがこの程度でどうにかなるほど吸血鬼の体はやわではない。

レミリアはすぐに立ち上がろうとするが、どういう訳だか体に力が入らない。



(ち・・・力が・・・消えていくッ!?)



レミリアはアサシンをキッと睨み付ける。



「貴様・・・何をしたッ!?」

「・・・即効性の毒を塗った針をな。今のお前は力も魔力も出ないだろう」



レミリアの問いに、アサシンはそう答えた。

アサシンはスッとレミリアに近付いていく。

そして倒れるレミリアに向かい話しかける。

とても、穏やかに。



「先ほどとは違うな」

「何が・・・だ・・・?」

「今は私がお前を見下ろし、お前が地に伏している」

「・・・・・・ッ!」



王である自分が、このように無様に地面に倒れ伏す。

しかもそんな今の自分を、敵対する者は見下している。

それもただ見下しているだけではない。



(こいつ、この私を・・・・・・哀れんでいるのかッ!?)



彼女はそんなアサシンの視線を全身で感じ取った。

地に伏して、そして哀れみの目で見られる。

プライドの塊である彼女にとって、それは耐えられない屈辱だった。

だがそれでも、レミリアにはそれ以上に気掛かりな事があった。



「何故、かわせた。この私の・・・必中のグングニルを、どうやって?」



レミリアの最大の疑問。

それはこのアサシンが、レミリアが決定した死の運命から逃れたこと。

必殺必中の神槍「スピア・ザ・グングニル」

それをどうしてこのアサシンはかわせたのか?

アサシンは静かにその答えを告げた。




















「お前の定めた運命に・・・私の能力を使っただけのことだ」




















その言葉を聞いても、レミリアには理解が出来なかった。



「能力・・・ですってッ!?一体どうやってッ!?何の能力を使ってッ!?」

「今はそんなことを気にする時では――――――ない」



アサシンはレミリアに近付き、剣を抜きその胸に突き付ける。



「安心するがいい。苦痛は一切無い。これなら苦しませることなく、お前を黄泉路へと送り届けられる」

「お・・・のれ・・・」



体を動かそうとするがピクリともしない。

まるで糸の切れた操り人形のようだった。



「最後に言い残す言葉は、あるか?」



アサシンは穏やかに、静かに話しかける。

これから目の前の吸血鬼を殺すとは思えないぐらいに、その声は落ち着いていた。

そんな声を聞いて、レミリアは完全に自身が敗北したのだと認めざるを得なかった。

アサシンの問いに、レミリアは諦めたようにして答える。



「・・・・・・・・・・・・・・・頼む・・・みんなを」



皆を見逃してほしい。

せめてこの命と引き換えに、皆を見逃してほしい。

今の彼女に出来るのはそれだけだった。

そしてレミリアのその願いを聞いたアサシンは。



「送り届けてやろう。安心しろ。黄泉路への旅、一人にはさせん」



そんな無慈悲な答えを返した。



「き・・・キサマァァァァァァァァッ!!!!」



激昂に任せ体を動かそうとするが、依然変わらず動いてくれない。

悔しかった。

みんなが危ないというのに、それを守れない今の自分が悔しかった。

何が王だ、何が夜の支配者だ、何が永遠に紅い幼き月だッ!

そんな肩書き、皆を守れなければなんの価値も無いではないかッ!

目に涙を浮かべて流し、レミリアは無力な己を呪った。

そんなレミリアを見て、咲夜は必死に師に懇願する。



「お嬢様ッ!?お願いです我が師よッ!お嬢様をッ!お嬢様を殺さないでッ!」



咲夜は自らの師にそう叫び懇願するが、アサシンは黙ってレミリアを見るだけだった。

咲夜はお嬢様を助けなければと体を動かそうとするが――――――動かない、動いてくれない。

お嬢様を助けるということ。

それは自らの師に刃を向けるということだった。

咲夜はナイフを持ち、構えようとするが、体は強烈にその行動を拒否した。



(どうしてッ!?どうしてなのッ!?)



咲夜は自問自答するが、答えはもう分かっていた。

自分があの方に逆らえるわけがない。

たとえ出来たとしても、勝てるわけがない。

自分の能力は、あの方の能力には勝てないのだから。



「眠るがいい、穏やかに。誇り高き吸血鬼の王よ」



アサシンは剣の先をレミリアの心の臓前にピタリと付ける。

死の執行が下されようとしていた。



「お願い・・・誰か・・・誰か助けてッ!」



咲夜はそう願い叫ぶ。

そして、その願いは――――――




















「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」






















――――――虹の閃光が、聞き届けてくれた。





































どうも荒井です。

どうしてグングニル当たんなかったって、もちろん能力ですよ能力。

咲夜さんの時もそれでどうにかしたんです。

それとアサシンが言った人の肌の上に住まわせてもらってるダニ風情という言葉。

この言葉はドラキュラ紀元のヒロインである吸血鬼ジュヌヴィエーヴの言葉・・・だったと思う。

あれもう絶版なんだよなぁ・・・・・・はぁ。

さて、次回は美鈴がMEIRINな感じに・・・・・・なるかな?

それでは!



[24323] 第六話 闇を払うは虹の拳
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/26 21:27






突如現れた七色の閃光。

その一撃により、アサシンは吹き飛ばされレミリアから離れる。

空中で体制を立て直し、着地したアサシンから苦悶の呻きがこぼれる。



「グッ!?ぬ、ぅう・・・・・・」



どうやら相当なダメージを負ったようだ。

アサシンは堪らず膝をついて片手剣を支えにふらつく。

咲夜とレミリアの口から、その一撃を放った者の名が出る。



「美鈴ッ!」

「美・・・鈴・・・なの?」

「はいッ!私ですッ!」



紅 美鈴。

この紅魔館の守りの要である門番にして、武術の達人である。

彼女は申し訳なさそうな顔でレミリアに話しかける。



「・・・申し訳ありません。戦いに手を出すなというお嬢様の命に背きました。お許しを」



私自らが赴くから手を出すな。

彼女は主であるレミリアの命を破り、二人の戦いに手を出したのだ。

主の為とはいえ、その主の命を破ったのを、美鈴は申し訳なさそうな顔でレミリアに謝罪する。

律儀な門番だ。

そんな事を思いながら門番の主は苦笑する。

文字通り、苦しそうに笑いながら。



「いい、え、構わ、ないわ。御蔭、でこうして今、生きているのだから。・・・ありがとう、美鈴」

「ありがとうございます。咲夜さん?貴女も大丈夫ですか?」

「え、ええ。私は・・・・・・特に傷は負ってないわ」

「そうですか・・・よかった」



美鈴はそう言って、ひとまず安堵の溜め息を漏らす。

そして、先の一撃でもがき苦しむアサシンを見る。



「ぐぅ・・・・・・が、はぁ・・・き、さま・・・」

「どうです?空中に浮いて衝撃をいくらか軽減したようですが、それでも随分辛いでしょう?
 ありったけの気を練り上げて放った一撃でしたからね」



膝をつく暗殺者に美鈴は冷たく言い放つ。



「それだけに驚きです。あの一撃を受けてまだ、そうして原形を保っているのが。
 本来なら体に風穴が開いてるはず。・・・一体何をしました?
 貴方に気を流し込んだ時、そのほとんどが抵抗され入りきらなかった」



美鈴のその問いに、アサシンは息を整えて答える。



「・・・くぅ、あれで、か。やはりお前は恐ろしいな、闘士よ。出来ればお前とは、相見えたくはなかった。
 お前に気取られず忍び込むのは、骨を、折ったぞ」

「今も折りましたがね。しかし・・・嬉しいですね。貴方のような暗殺者にそこまで言われるのは。
 でも今は関係ありません。――――――我が主、我が友、我が家族に牙を向けたこと・・・後悔するがいいッ!」



言うや否や、美鈴は目にも映らぬ速さで暗殺者に迫る。



「させぬッ!!!!」



アサシンもすぐさま迎撃体制を整え迎え撃つ。

美鈴の気の篭められた神速の拳をギリギリでかわす。

かわすと同時に手にした片手剣を突き出す。

だが美鈴もアサシンの放つ剣のカウンターをいなして弾く。

そして両者はお互い後退し、相手の出方を伺う。

先に動いたのは――――――暗殺者の方だった。

暗殺者は先ほどレミリアに投擲した物と同じ飛剣を、ズラリと何処からともなく出し、その全てを放つ。



「クッ!?咲夜さんといい貴方といい、何処にそんなものをそんなに隠しているんですかッ!」



突風のように、暴雨のように、嵐のように迫るその剣を美鈴はかわし、拳で弾き、受け流す。

そして美鈴も気弾やクナイをアサシン目掛けて放ち迎え撃つ。

だがアサシンも同様にかわし、剣で弾き、また避ける。

油断を一切許さない、お互いギリギリの戦い。

美鈴は内心で歓喜し、この暗殺者に感謝した。

久々にここまでの業の使い手と戦えたことに感謝した。

美鈴の顔には何時の間にか、獰猛な笑みが貼り付けられていた。

その表情まるで、楽しくて楽しくて仕方ないと語っているようだった。





































一方咲夜は、二人の戦いをただ唖然として見ていた。

美鈴がここまで強かったのかという思いもあった。

だがそれ以上に咲夜は、我が師であるあの暗殺者がここまで苦戦するのに驚いていた。

いくら美鈴の一撃を受けたとはいえ、我が師であるアサシンが苦戦するのを彼女は初めて見た。

だがそれを見ていて、咲夜は師のある言葉を思い出す。



(お前は私を最強と勘違いしているようだが、そうではない。私はお前が思っている以上に弱い。
 だから見つからずに済むように、その為の業を磨いているのだ。我等は殺す者。戦う者ではないのだから)



その言葉を聞いた時、まだ幼かった咲夜はよく理解出来なかったが、今ならそれがよく分かる。

それを理解した途端、咲夜は思う。

もしかしたらこのまま、美鈴が我が師を打ち倒してくれるのではないかという期待。

だがそれと同時に思う。

我が師が倒れる姿を、倒される姿を見たくないという思い。

どうしてそんなことを思うのか、咲夜自身初めは分からなかった。

だが時が経つにつれ、その理由が分かる。

あの人は咲夜の師であり、親であり、理想であり、崇拝すべき掛け替えのない存在だったからだ。

もしかしたら、今でもそれは変わらないのかもしれない。

何故なら、こんなにもあの人のことを心配する自分が、今此処にいるのだから。



(私は・・・・・・私は一体・・・・・・どうすればいいの?)



咲夜は、彼女は、そう考え自問自答するしなかった。






































「・・・・・・しぶといですね、貴方」

「・・・・・・・・・・・・」



美鈴の言葉にアサシンは無言で返す。

暗殺者の飛剣のキレは、先のレミリアとの戦いと比べて僅かに鈍っていた。

美鈴の渾身の一撃をその身に受けたのだから当然ではある。

だが逆に言えば、美鈴のその一撃を受けて僅かしか鈍らせていないのだ。

体は激痛を伴っているはずなのにである。

恐らく、その精神力で耐えているのだろう。

美鈴は自分が今戦っている相手が紛れも無い強者であることを再確認する。

しかしこの僅かな差が暗殺者を不利に、そして美鈴に有利に働いた。

暗殺者は既に満身創痍になっており、徐々に動きのキレが無くなってきた。

ほんの少しだが、息を切らしているのが聞こえるのがその証拠だった。

そんな暗殺者に向かい、美鈴は挑発する。



「おや、だんまりですか?それだけ余裕が無い・・・そういうことですか?まあ、あの一撃を喰らったのが痛かったのでしょうね。
 もしそれが無ければ、貴方もここまで苦戦することはなかったのでしょうが」

「・・・・・・・・・・・・」



そんな挑発の言葉を受けてもアサシンは黙ったまま。

答える必要が無いのか、それとも答えるのも億劫なのか。

ただどちらにしても美鈴には関係無いが。



「さてどうします?降伏しますか?もちろんそんなことしても許しませんが」

「・・・・・・・・・いや、そんなことはせん」



暗殺者の口が開く。

それを聞いて、再度美鈴は問う。



「ではこのまま戦いますか?貴方に勝機なんてこれっぽっちもありませんが?」



このまま戦っても負けるのは目に見えている。

そんな事はアサシン自身も十分承知しているはずだ。

アサシンが美鈴の問いに答える。



「だろうな・・・・・・だから」



アサシンは――――――空中に黒い物体を投げる。




















「尻尾を巻いて――――――逃げさせてもらう」





















その瞬間、辺りに強烈な閃光と音の爆発に包まれる。



(これは一体ッ!?)



美鈴はそれをモロに浴びて暗殺者を見失う。

そんな中、黒い物体の正体に咲夜は気付く。



(クッ!?スタングレネードッ!?)



暗殺者は咲夜に向かい、そしてすれ違いざまに彼女に言った。



「次で終わりだ――――――我が弟子よ」

「ッ!?」



彼女はその言葉に身を強張らせる。

やがて光と音は消えて、静寂が戻る。

あの黒い影の暗殺者は、まんまと逃げたのだ。





































辺りに静寂が戻ると、そこに一人に少女が近付く。

此処の大図書館を治める魔法使い、パチュリー・ノーレッジだった。

彼女は倒れているレミリアの側に歩み寄る。



「レミィ、大丈夫?」

「・・・体が動かないだけで、傷事態はそれほど酷くない。痛みも全くと言っていい程無いわ」

「それだけ口が利ければ大丈夫ね。・・・全く、心配させないでよね」



そう言ってパチュリーは溜め息を吐く。



「手出し無用なんて言ったわりには、無様な結果ね」

「う、うるさいわねパチェッ!こうして生きているんだからいいでしょうッ!」

「あの魔法使いに言われたのを気にしての独断先行じゃないの?」

「そ、それは・・・・・・!?」



言いよどむレミリアを、パチュリーがギュッと抱きしめる。



「本当に、心配したのよ?貴女がいなくなるんじゃないかって心配だったんだから。
 無茶しないで。私達は・・・・・・家族も同然でしょ?」

「パチェ・・・」

「その家族をここまで心配なんか・・・させないでよ」

「・・・・・・ごめんなさい」



レミリアはそう言って抱きしめ返した。

暖かい。

生きている。

私は今、こうして生きている。

生きていたから、この温もりを感じることが出来る。

レミリアはそんな当たり前の事に感謝する。

生きてまた皆の顔を見れた事に心から感謝した。



「お嬢様ッ!大丈夫ですかッ!?」



少し遅れて、美鈴もレミリアの側に駆け寄って来る。



「美鈴・・・貴女もありがとう」



レミリアは自身を助けてくれた門番に感謝した。

彼女の御蔭でこうして生き延びる事が出来たのだから。



「いえ、いいんですよそんな。それより申し訳ありません、あの者を逃してしまいました。あの、パチュリー様?」

「・・・大丈夫。さっき館の周囲に結界を張ったわ。もしまた来るようなことがあっても、今回みたいな奇襲はもう、出来ないわ」

「そうですか・・・よかった。とりあえずは一安心ですか」



パチュリーのその言葉を聞いて美鈴はホッと胸を撫で下ろす。

この優秀な魔法使いが言うのなら間違い無いだろう。



「それより、咲夜は?あの子は?」

「そうだったッ!咲夜さん、大丈夫ですかッ!?」



美鈴は咲夜に近づき、安否を確認する。



「私は、大丈夫。軽い打撲くらいだから・・・」



咲夜は心配して自身に問いかけてくる美鈴にそう言って答えた。



「そうですか・・・ああもうッ!本当によかった」



美鈴は安堵して咲夜を抱き締める。

そして美鈴は気付く。

咲夜の体が、異様なほどに冷たくなっていることに。



「咲夜さんッ!?本当に大丈夫なんですかッ!?体が凄く冷たいですよッ!?」

「大丈夫・・・・・・大丈夫、だから」



咲夜はそう言うが、体はまだブルブルと震えていた。



「ごめんなさい美鈴。心配、かけてしまって」

「いいんですよ、そんなこと」



咲夜の震える体を美鈴は強く抱き締める。

暖かい。

体の震えが、少しだけ治まる。

その暖かさに安堵すると、咲夜に強烈な睡魔が襲い掛かってくる。



「本当に・・・ごめんなさい・・・私は・・・お嬢・・・さ・・・ま・・・もれ・・・」

「・・・咲夜さん?」

「・・・・・・スゥー・・・・・・スゥー・・・・・・」

「寝ちゃいました・・・か」



寝息を立てて咲夜は深い眠りについた。

無理もない。

今回の出来事での一番の被害者は、このメイド長だろう。

疲労が限界に達して、気を失って寝てしまったのだ。

美鈴はそんな眠った咲夜を起こさないように、抱き抱えて持ち上げる。

そんな二人に、レミリアは声をかける。



「まるでお姫様を救ったナイトみたいね、美鈴」

「からかわないでくださいよお嬢様。私は門番で、咲夜さんはメイドですよ。・・・まあ」



眠った咲夜の寝顔を見ながら、美鈴は思ったことをそのまま言う。



「お姫様みたいに可愛いのは、同意しますがね」

「あら?言うじゃないの美鈴」

「ははは。さあ、戻りましょうお嬢様、パチュリー様」

「ええ・・・そうね」

「夜風は寒いものね。風をひいたら大変だわ」

「それでは・・・行きましょう」



こうして、激しくも静かな夜は終わりを告げた。

咲夜は美鈴に抱き抱えられながらも、誰にも聞こえないか細い声で呟く。



「・・・・・・・・・・・・師よ・・・・・・私・・・は・・・」





































さて、ようやく一段落したとスミスは報告します。

さて、まだ予定ですが、第二章は前作のように戦いは激しいものにはなりません。

大体暗殺者が戦闘しちゃ駄目ですからね。

だから戦闘は激しくなりません・・・・・・・・・・・・たぶん。

それでは!



[24323] 第七話 大好きな言葉
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/26 21:26






暖かい。

私の頭を撫でてくれるこの手は、とても暖かい。

力強く、だけど優しくその手は撫でてくれる。

私はそれが嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。

私に暖かさを教えてくれた最初の人。

私が憧れ、こうでありたいと思った御方。

その温もりが好きだったから、私はどんな辛いことも耐えられた。

この方に少しでも近付けるのなら。

この方のようになれるのなら、私はどんな困難も乗り越えられる。

私はこの方の言葉を待った。

私は、この方のこの言葉が、なによりも嬉しかった。

だから私は、返事をした。




















「――――――よくやった。さすがは我が弟子だ」

「――――――ありがとうございます。我が師よ」




















そんな我が師の言葉が――――――私は大好きだった。

またちょっと、師に近付けたように感じたから。

だから私は――――――笑顔で、その大好きな言葉を受け取った。







































「どう美鈴?咲夜の様子は?」

「よっぽど疲れたんでしょうね。ぐっすり眠ってますよ・・・っと」



レミリアの言葉に、美鈴はそう言って咲夜を近くのソファーに横にして寝かせる。

よっぽど疲れたのだろう。

今は穏やかな笑顔でスヤスヤと寝入っている。

レミリア、咲夜、美鈴、パチュリーの四人は今、紅魔館の居間で一休みしていた。

そんな中、レミリアが口を開く。



「一体・・・あいつは何者なの?咲夜の師と言っていたけど、それだけじゃあねぇ・・・」

「・・・・・・お嬢様、それについては、私に一つ心当りが」



レミリアは美鈴からそんな言葉が出て驚く。

独り言同然で呟いたこの言葉に、答える者がいたというのもあるが、まさか美鈴からその回答が出るとは思わなかったのだ。



「美鈴?あいつについて何か知ってるの?」

「実は、前から咲夜さんの動きや業を見ていて気付いてはいた事なんですが、私は、あの業の使い手を知っているんです。
 その者達が、なんと呼ばれているのかも」

「・・・・・・何者なの?」



レミリアの問いに美鈴は答える。



「アサシンですよ。ただし、その語源になった存在達の事ですが」



そんな美鈴の言葉を聞いて最初に反応したのは、パチュリーだった。



「それって・・・二ザール派の事かしら美鈴?あの伝説の、暗殺教団の」

「はい。山の翁、ハサン・サッバーフが有名でしょうね。もっとも、暗殺者で有名というのもおかしな話ですが」

「・・・・・・ちょっと待ちなさい二人とも。話に着いていけないんだけど?」



二人だけ分かって、二人だけで納得する。

そんな二人が面白くなく、レミリアはムスッとした表情で彼女達に説明を求めた。



「ああ、すみません。暗殺教団とは、恐らく最古の暗殺者集団の事でして」

「そして二ザール派というのは、イスラム教シーア派の分派のイスマーイール派の中での呼び方よ。
 敵対した組織の要人を暗殺する手段を取っていたから、暗殺教団なんて呼び方が付いたのよね」

「ハサン・サッバーフとはその教団の長の最初の名前で、別名山の翁とも呼ばれる伝説の人物です。
 アサシンの呼び方は、彼の名前から来ているとも言われています。
 伝説では最初のハサンから、教団の長は代々ハサンを名乗ったようでして」

「山の翁のモデルにはもう一人、ラシード・ウッディーン・スィナーンという人物もいるわ。
 彼の指導の下で二ザール派は一大勢力にまで成長したからとも言うし、
 フィダーイー。「自己犠牲を厭わぬ者」という意味なのだけれど、
 そう呼ばれる者達を使っての暗殺からそのモデルになったらしいのよね」

「まあ、二ザール派の者達の全てがそうだという訳ではありませんがね。
 二ザール派の中に、暗殺教団という存在があったってだけの話ですからね」



そんな二人の説明を受けて、レミリアは一つ引っかかることを見つけた。



「・・・さっきから聞いてれば、恐らくとか、ようだとか、らしいとか、曖昧なところがいくつかあるように聞こえるのだけれど?」



二人が言っているのははっきりとしない事実であり憶測である。

それを指摘されたパチュリーはムキュッと顔をしかめて弁解する。



「仕方ないじゃない。暗殺者なのよ?詳しく分かる訳ないじゃない。
 私のこの知識だって、本当に正しいのかどうか分からないもの。詳しく調べた事がある訳でもないのだし」

「私は昔、実際何度か戦った事があるんですよ。だから少し分かるんです」

「え?美鈴戦った事があるの?」



またもや美鈴から意外な事を知らされて驚くレミリア。

美鈴は少しだけ自分の過去を話した。



「紅魔館に来るずっと前の事ですがね。昔は様々な所で、色々やって生活してましたから。
 それで用心棒として雇われた時に、かつて教団のアサシンと戦った事があるんです」

「その時はどうだったの?」

「戦いに勝ちはしました。――――――ですが」



美鈴は言い淀み、一瞬顔を暗くする。



「護衛すべきだった者は・・・殺されました。その暗殺者にも、逃げられました」

「でも・・・勝ったんでしょう?」

「ええ・・・勝って、その時出来た一瞬の隙を突いて・・・殺されたんです」



美鈴は拳を硬く握り締める。

戦い事態はすぐに終わった。

アサシンの正体を見破った美鈴の一撃で、片腕をもがれてそのアサシンは倒れた。

美鈴と美鈴の雇い主はそれに安堵して、不用意にそのアサシンに近付いた。

その瞬間にアサシンは立ち上がり、篭手に仕込まれた刃を突出させ雇い主の心臓を貫いた。

あっという間だった。

あまりに速過ぎたその出来事に、美鈴は何が起こったのか分からなかった。

そしてその一瞬に出来た隙により、そのアサシンは逃げたのだ。



「私の慢心と、未熟の所為です。もしかしたら、あれもワザと負けたのかもしれません。私に隙を作らせる為にワザと」



自らの腕を犠牲にしてまでも仕事を全うする。

自己犠牲を厭わぬ者、フィダーイー。

まさにあの時のアサシンは、その言葉の通りの存在だった。



「あの時私は、アサシンが来る可能性を前もって予想出来ていたんです。だから、その仕事を請けました。
 戦ってみたかったんです。死の象徴と呼ばれ恐れられた、アサシンという存在と。
 ・・・・・・舐めていたんですよ、私は。まともな相手じゃないのは分かっていたはずなのに、
 ただ倒せばそれで終わりだと、勘違いしていたんですよ。
 アサシンの真の恐ろしさというものは、業でもなんでもなく、その執念にあったんですよ。
 任務を全うする為には自らも犠牲にする。それがアサシンの恐ろしさなんです」

「・・・・・・美鈴」



実際に戦った者の言葉からか、その言葉には確かな重みがあった。

自分が戦ったのがどれだけ恐ろしい相手か、レミリアはその言葉で再確認する。



「ですが・・・気になることもあるんです」

「気になること?」

「昔の咲夜さんもそうだったんですが、あの者からは大麻の臭いがしなかったんです」

「大麻の臭い?どういうことなのそれ?」



レミリアのその問いには、知識人であるパチュリーが答えた。



「暗殺教団は大麻を使って暗殺者を育成したり、任務の時も吸って、精神を強制的に安定させる為に使った、なんて言われてるわ」

「私が昔戦った者からは、その大麻の臭いがしました。その御蔭で、最初は気付く事が出来たんですが」



それを聞いてレミリアは嫌悪の表情を表す。



「薬ねぇ・・・下種の考えそうなことね」



きっと他にも、でもない方法で同じような事を行ったに違いない。

美鈴はそんなレミリアに自分が知る当時の教団について話す。



「しかし全盛期の彼等は、まさに恐怖の権化でしたよ。下手な妖怪よりも、人々は彼等を恐れました」

「それは・・・吸血鬼よりも?」

「はい。暗殺者は人間です。同じ人間だからこそ、当時の人々は恐れたんです。
 怪物は見た目で分かりますが、暗殺者は同じ人間だからそれと分からない。
 分からないからこそ恐ろしい。
 アサシンとはそんな、何処から来るか、何処にいるか分からないという、死の恐怖の象徴だったんです」

「そんな連中だから、アサシンの語源にもなったのかもしれないわね。
 それと他にもアサシンの語源には大麻の別の呼び方のハシーシュに、原理という意味のハサスが語源だとも言われてるわ」



人間のまま恐怖の幻想になった存在。

アサシンとはそんな幻想の存在なのだ。

そしてその幻想の存在は、まだ外の世界に存在する。

それを聞いて、レミリアは溜め息を吐く。



「はぁ・・・妖怪よりも人間に恐れられた人間・・・か」



自分は吸血鬼と呼ばれる化け物。

相手はアサシンと呼ばれる化け物。

自身は外の世界から逃れて、この世界で幻想の存在であり続けている。

だが奴は外の世界で未だに恐れられて、幻想の存在であり続けている。

同じ化け物と恐れられた存在なのに、どうしてこうも違ったのだろうか?

自分とあいつとでは一体何が違ったのだろうか?

そんな事を考えている内に、レミリアにふとある疑問が生まれる。



「あれ?でも、あいつからはその大麻の臭いがしなかったじゃないのよ?私もそんな嫌な臭いは感じなかったし、
 それに昔の咲夜からもそんな臭いはしなかったし・・・だったら関係者ではあっても、その教団の人間とは限らないんじゃないの?」

「だから私も確信が持てないんですけど・・・でもなぁ・・・あの業は確かにあの教団の業だと思うんですけどね」



美鈴もそれは気になっていたところなのだ。

あのアサシンからは、アサシン独特の臭いの一つである大麻の臭いがしなかった。

だからどうしても美鈴は、あの暗殺者がかの教団のアサシンだと自信が持てずにいるのだ。

ただその業だけを継承しただけなのだろうか?

ならば、その伝統とも言うべき手法を取り入れないのはおかしい。

何か理由でもあるのだろうかと考える美鈴に、パチュリーが質問をする。



「ちなみに昔戦ったアサシンとあのアサシンでは、どっちが強かったの?」



パチュリーからの問いに、美鈴は軽く頭を捻って考える。



「そうですね・・・・・・今回の方でしょうか?
 渾身の一撃を入れたはずなのに、それに耐えて戦闘を続行したあの精神力は尋常ではありません。・・・それに」

「それに?」

「お嬢様の能力から逃れた・・・それだけでも十分な脅威ですからね」

「・・・・・・確かに」



レミリアの能力。

運命を操る程度の能力。

神の如きその力は、レミリアの力の象徴ともいえるものの一つだ。

そんな彼女の力から、一体どうやって逃れたのか。



「あいつの能力・・・かしら?どう思うパチェ?」

「それはそうでしょうね。何かしらの能力を使ったのは間違い無いわ」

「あいつの正体、もしかしたらその山の翁・・・なんてことはないでしょうね?」



レミリアの言葉に美鈴は首を捻る。



「それは・・・どうでしょうかね。まあ、そうだと言われてもおかしくない実力はありましたが。
 でもそれだと大麻の臭いがしないのはおかしいし・・・・・・ううん。
 咲夜さんは・・・そこら辺の事を何か知っているんでしょうが・・・」



美鈴は眠る咲夜を見て、それは無理だろうと考える。

今も彼女はぐっすりと眠っている。

無理に起こすのは可哀想というものだ。



「この有様ではね。聞くのは無理でしょうね」

「・・・・・・そうですね」

「・・・美鈴、一つ聞きたい事があるのだけれど?」

「何か?」

「咲夜の過去・・・ある程度予想していたのなら、何故それを私に言わなかったのかしら?」



主の問いに、門番は一呼吸置いて答える。



「・・・・・・人の過去を詮索するのは、野暮ですからね。・・・それに」

「それに?」

「今のこの子は十六夜 咲夜です。かつての名も無き暗殺者ではありませんから」



美鈴はそう言って咲夜の頬をそっと優しく撫でる。

咲夜は眠ったままそれを受ける。

くすぐったいのか、少しだけ笑う。

レミリアもパチュリーも、それを微笑ましく見る。



「・・・・・・そうね」

「ねぇお嬢様?此処に来たばかりの咲夜さん覚えてますか?」

「覚えてるわ、当然よ。随分硬かった・・・そんな感じだったかしらね」

「仕事は出来たけど、笑うなんてことは全くしなかったわね」

「それが何時の頃からか一緒に笑えるようになって・・・思いましたね」



やっと家族になれた。

三人の中にあったのはそんな思いだった。

やっと自分達と家族として生きてくれると、皆は心から喜んだものだった。



「でもお嬢様がこの子を自分の従者にすると言った時は驚きましたよ。
 自分を殺そうとした者を従者にする。下手をすれば寝首をかかれるかもしれないのに」

「曲がりなりにも私は王者よ?自身の命を狙う者を手懐けるくらいは出来るわよ。
 むしろそれが出来てこそ真の王者とはいえないかしら?」

「相変わらずの傲慢ね、レミィ」

「それが王というものよ?・・・・・・それになにより、嬉しかったしね」

「嬉しかった・・・ですか?」

「だってそうでしょう?思いや考えはどうあれ、あの時のこの子は私の事だけを思って、考えて、そして私の前に現れた。
 私はそれが・・・とても嬉しかった」



自分を恐れずに相対する人間が現れる。

それが彼女にとってどれだけ嬉しかったか。

今でもあの時の事ははっきりと覚えている。

自分の運命を大きく変える存在に会える。

彼女の能力が彼女自身にその事を告げた時、レミリアはどれだけ嬉しかったか。

ドキドキして、いてもたってもいられなかった。

そしてその存在である彼女に会って更に喜んだ。

自分と対峙しても、決して恐れを見せなかった小さなヴァンパイア・ハンター・・・いや、アサシンか。

そんな彼女と戦った時、楽しくて仕方なかった。

自分を恐れずに戦う彼女が、愛しくて仕方なかった。

戦いに敗れた時に、自害しようとした時は慌てて止めたものだ。

自分を楽しませた存在が、自分が愛しいと思った存在が、目の前でその自らの命を断つのが許せなかったから。



「だから言ったのよね。お前は此処で死んだ。私に敗れてだ。だからお前の命は私の物だ。
 だから――――――私の従者になりなさいな。そう言ったのよね」



そうは言っても、最初は上手くいくわけはなかった。

説得に説得を重ねたものだ。

何時でも私の命が狙えるからいいではないか・・・なんて事も言った。

もう少し言い様があったろうにと・・・今では思う。

でもどうしても諦められなかったのだ。

彼女と一緒に生きてみたいと、本気でそう思ったから。

なんとか説得は出来たが、もちろん最初から心を許すはずがない。

初めの頃は虎視眈々と命を狙っていたものだ。

だが何時の頃だか、それがフッと無くなった。

何故かは分からなかったが、そんな事はどうでもよかった。

彼女が、咲夜が初めて笑ってくれたのが、嬉しかったから。

レミリアは眠る咲夜に近付いて、そして囁く。



「この子は十六夜 咲夜よ。私の大事な家族であり、なにより――――――私の大事な従者なのよ」



レミリアはそう言って、咲夜を抱き締めた。





































暖かい。

私の体を抱き締めてくれるこの腕は、とても暖かい。

小さな腕で、だけど大きくその腕は抱き締めてくれる。

私はそれが嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。

私に十六夜 咲夜という名前を与えてくれた人。

私が愛して、そして共に生きたいと思った御方。

その温もりが好きだったから、私はどんな敵とも戦えた。

この方を少しでも助けられるのなら。

この方を幸せに出来るのなら、私はどんな苦難も乗り越えられる。

この方は私に声をかける。

私は、この方のその言葉がなによりも嬉しかった。

だから私は、返事をした。




















「――――――貴女は私の大事な家族よ、咲夜」

「――――――ありがとうございます。お嬢様」




















そんなお嬢様の言葉が――――――大好きだったから。

お嬢様の家族であり従者なのだと、感じたから。

だから私は――――――笑顔で、その大好きな言葉を受け取った。




















――――――そして彼女は、十六夜 咲夜は、夢から覚めた。





































あー・・・・・・感想少ないなー・・・・・・と愚痴をこぼす荒井スミスであったとさ。

今回はレミリア達が主人公(裏)について語りました。

会話の中でアサシンについて色々と語った中で出てきたおかしな部分。

あのアサシンの正体とその能力とその他諸々の謎。

次の話でその謎の部分を咲夜さんが語って・・・・・・くれるはずです。

それでは!



[24323] 第八話 従者は語る、その過去を
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/11/30 21:25






咲夜が暖かい夢から目覚めると、そこには安堵し笑う、自らの主の笑顔があった。



「・・・・・・・・・お嬢様?」

「ようやく起きたみたいね、咲夜」

「私は・・・眠っていたようですね」



どうやら自分は疲れて眠っていたようだ。

そんな事を覚醒しきっていない頭で咲夜はぼんやりと考える。



「大丈夫ですか、咲夜さん?」



咲夜が起きた事に気付いた美鈴もそう言って咲夜を気遣う。



「美鈴・・・ええ、大丈夫よ」

「具合が悪かったら言いなさいよ?診てあげるから」

「パチュリー様・・・ありがとうございます」



パチュリーも顔には出さなかったが、咲夜を心配しているのはよく分かった。

皆に心配されるのを、咲夜は内心苦笑するしかなかった。



「・・・・・・ねえ咲夜?起きてさっそくで悪いのだけど、話を聞かせてもらってもいいかしら?」



レミリアの問いを聞いた途端に、咲夜の表情が険しくなる。



「・・・・・・何を話せというのですかお嬢様?」

「無論あのアサシンについてよ」

「・・・・・・それは、言えません」



そんな咲夜の言葉に美鈴はただ驚くしかなかった。



「ちょッ!?どうしてですか咲夜さんッ!?」

「教団の事を話す訳には・・・いきません。私は「咲夜、よく聞きなさい」・・・お嬢様?」



言葉を紡ぐのをレミリアに遮られ、咲夜は彼女の言葉に耳を傾ける。



「これはもう既に貴女一人の問題ではないのよ。この問題は既に紅魔館の者全ての問題よ。話を聞かない訳にはいかないわ」



レミリアの言う通り、もうこの問題は既に咲夜一人の問題ではなかった。

話さない訳にはいかないだろう。

だが、どうすればいいのか分からないのだ。

過去の自分は話すなと言い、今の咲夜は話すべきだと思っている。

彼女の、咲夜の心は葛藤する。

どうすればいいのかと、悩みに悩む。



「・・・・・・ですが、私は」

「咲夜・・・一つ聞くわ。今の貴女は名も無きアサシン?それとも紅魔館のメイド長?どちらなの?」

「私・・・は・・・」



十六夜 咲夜だ。

そう言おうとするが――――――言葉は止まる。

この紅魔館のメイド長であり、レミリア・スカーレットの従者である十六夜 咲夜だと、言えなかった。

今の自分の中には、忘れたはずの昔の自分が確かに存在する。

その自分が言うのだ。

私は我が師の道具であり、武器であり、腕であり、そして弟子である名も無きアサシンであると。

だから言えなかったのだ。

分からなかったのだ。

今の自分が、その果たしてどちらなのか。

そんな事を考えている時に、美鈴が咲夜の肩を軽く叩く。



「大丈夫ですよ、咲夜さん」

「・・・・・・美鈴?」

「咲夜さんは咲夜さんです。私達の、大事な家族の、この紅魔館の素敵なメイド長です。
 だから、自身を持ってください。そうですよね、お嬢様?」



美鈴の言葉にレミリアは頷き答える。



「もちろんそうよ。貴女は私の・・・掛け替えの無い従者よ。そして、掛け替えの無い家族なのよ。
 だから私は守らなければいけないのよ。みんなを、この紅魔館のみんなを全て。
 私はこの紅魔館の主・・・家長なんですもの。このスカーレットの名を受け継いだ時から決めてるのよ。
 家族を必ず守ると、お父様とお母様、そしてお爺様の墓前で誓ったのよ。
 そしてその家族の中には、もちろん貴女もいるわ咲夜。だからお願い、話してちょうだい。
 私に家族を――――――貴女を守らせてちょうだい」

「・・・・・・お嬢様」



レミリアの真摯な眼差しを見て、咲夜は思う。

みんながここまで私を心配してくれているのが、よく分かる。

そうだった。

今の自分の家族は、この人達なんだと咲夜は確信する。

そして決意する。

自身の知っている事を、彼女達に、家族に話す事を。



「・・・・・・分かりました。お話します」

「咲夜・・・ありがとう」

「ですが・・・やはり全てを詳しく話すというのは・・・」

「やっぱり・・・無理ですか?」

「ごめんなさい美鈴。私はそういう風に育てられたのよ。教団の詳しい内容を教えるのは、やはり出来ないわ」

「だったら当たり障りの無い部分と・・・あのアサシンについて話して」

「・・・・・・分かりました。少なくともそれだけ言います。では、何から答えればよろしいでしょうか?」



咲夜がそう言うと皆はまず何から話せばいいのか分からなくなる。



「あ、それじゃあ私から聞いてもいいかしら?」

「何でしょうかパチュリー様?」

「貴女の言うその教団は・・・ニザール派の暗殺教団の事かしら?」



パチュリーの問いに、咲夜は少し考えてから答える。



「ニザール派・・・というのは分かりませんが、確かに暗殺教団の名で呼ばれていました」

「だったら他には?何か自分達の間で言っていた・・・言葉みたいなのは無いの?」

「教団の者達は、フィダーイーと呼ばれてました。自己の犠牲を厭わぬ者という意味です」

「・・・・・・どうやら当たりみたいね。でも、それならどうしてニザール派と言う言葉を知らないの?」

「さぁ?私もそこはよくは分かりません」

「次は私よ咲夜。あのアサシンは、一体何者なの?」

「私の暗殺者としての、アサシンとしての師であり、そして教団の長でも在られる御方です」



レミリアの問いに答えた咲夜の言葉を聞いて美鈴は驚く。



「ちょ、ちょっと待ってください咲夜さんッ!?それってもしかしてハサン・サッバーフ、山の翁の事ですかッ!?」



しかし咲夜は美鈴のその言葉に首を振り否定する。



「いいえ、それは違うわ美鈴。確かに我が師は暗殺教団の業の正当な継承者ではあるけれど、ハサン・サッバーフではないわ。
 我が師は仰っていたわ。「自分はハサン・サッバーフを名乗れない」と、そう言われたのよ。
 ハサン・サッバーフの名を受け継ぐ機会はあったそうだけど、その時我が師はそれを辞退したのよ。
 暗殺者としての腕は確かにあったけど、長としての才は未熟だったのが理由の一つ。
 そしてもう一つは、一介のアサシンとして動いた方が性に合う。そういう理由からだそうよ」



少なくともあのアサシンは、ハサン・サッバーフを名乗れるだけの実力はあるということらしい。



「あれ?じゃあどうして教団の長になってるんですか?」

「我が師のいた教団と、ハサン・サッバーフが治めた教団とは別なのよ。
 私のいた教団は、我が師が独自に立ち上げたものだと聞いてるわ。ハサン・サッバーフのいる教団は教団本部と呼ばれていて、
 私のいた時は、その本部とはもう簡単な連絡程度しかしてなかったみたいだったわ」



それを聞いたパチュリーは、自身の予想があながち間違いではなかったことを知る。



「なるほど・・・つまりその本部がニザール派という訳なのね」

「恐らくそうでしょう」

「あ、じゃあ咲夜さんはイスラム教徒なんですか?」

「私は違うわよ。お酒とか普通に飲んでるじゃないの。私の教団でもそういうのはあまり禁止されてなかったわよ?
 料理の時は普通に豚肉も食べてたし、守ってる人も・・・・・・ほとんどいなかったわね。
 我が師は一応ムスリムだったけど、厳格な教徒という訳じゃなかったわ。
 まあ、お酒は苦手だからって、ほとんど飲まれなかったけど、豚肉は好きだったわね」

「・・・・・・あれ?なんか随分と軽い話になってませんか?」

「何処が?」



こくりと首を傾げて何がおかしいのか咲夜は尋ねるが、美鈴はどう答えていいか分からなかった。



「何処がって・・・・・・いえ、いいです。あ、それじゃあ私も一つ気になってる事があるんですが」

「何、美鈴?」

「私の知るアサシンは、大麻を使用していたんです。
 でもあのアサシンからはその大麻の臭いはしなかったし、昔の咲夜さんもその臭いがしなかった。
 これは一体どういうことなんですか?」



これは美鈴はどうしても気になっていた点だ。

咲夜とあのアサシンがかの教団の関係者であるのは分かった。

だがそれなら大麻を使ってないのはどうしてもおかしい。

そしてその事を言われた咲夜は。



「ああ、それ?だって体に悪いじゃない」



そんななんでもないことのように軽く答えた。



「ああ、そうですね確かにってえええええええええッ!?そんな理由でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

「そんな理由って・・・大事な理由じゃないの。あんなの使ってたらすぐに体にガタが来て、働けないじゃない」

「それはまあ・・・そうですけど」

「もっと凄い理由があると思ってたのに」

「・・・・・・拍子抜けね」



まさかそんな理由で使ってなかったのかと、それを聞いた三人は呆れるしかなかった。



「もちろんそれだけじゃないわ。美鈴もさっき言ったでしょう?臭いがあるって」

「え、ええ言いましたが、それが何か?」

「それでアサシンだってバレるのが多くなったのよ。だからそれをを防ぐ為に大麻の使用を禁止したのよ。
 ちなみに我が師は教団を立ち上げた当初から大麻を使ってなかったわ。それに教団本部の方も、もう使うのを止めたんですって」

「え?どうしてですか?」

「さっきも言ったけど、その臭いの所為で任務の失敗が増えたのよ。でも教団本部はそれに当初は気付いてなかったの。
 それで最初は自分達の業が通用しなくなったと思って、外部の人間の仕事を見て、その業を学ぶ事にしたの。
 でもあまりにその人間が優秀過ぎて参考にならなかったみたいなのよね。
 そしてその人間の業を見るのを担当した教団員は、最後はその人間を襲って、その命と引き換えに自分達の欠点を知ったのよ。
 それからは大麻の使用を禁止したと聞くわ」

「そうだったんですか・・・・・・それじゃあその、咲夜さんの師匠はどうして大麻の臭いがしなかったんですか?
 前はその教団本部のアサシンではあったんでしょう?あの臭いは一度止めたからって、そう簡単には消えないものですよ?
 やはり臭いでバレないようにする為に何かしてたんでしょうか?」



咲夜が大麻のその臭いがしない理由は分かった。

だがそれではあのアサシンからはどうしてその臭いがしなかったのか。

その本部のアサシンであったのなら、どうしてその臭いがしなかったのか美鈴は益々気になった。

だが咲夜は、これまたなんでもないと言うようにその答えを教える。



「いえ、我が師はただ大麻が体に合わなかっただけですって。
 臭いを嗅いだだけで気分が悪くなって、吸いでもしたら一日は寝込むって仰ってたわ」

「えー・・・寝込むって・・・わ、私の中のアサシン像が、崩れていく」

「大麻を吸って寝込むアサシン・・・・・・なんか血を吸って二日酔いになる吸血鬼みたいに聞こえるのは何故かしら?」

「その人本当に暗殺教団のアサシンなの?説明を聞いてると、想像してたイメージと随分かけ離れてるんだけど?」

「我が師もそれで昔は苦労していたみたいで・・・本部の会合とかの時に一人だけ吸ってなくて、
 空気の読めない奴みたいな扱いになって白い目で見られた事がよくあったそうです。
 酷い時は背信者扱いをされたとか聞かされました」



三人の中のあのアサシンへの恐怖のイメージが、音を立てて崩れ始めてきた。

もっと厳格で殺伐とした雰囲気な感じの話になると思っていたのに、拍子抜けである。



「なんか・・・宴会で薦められた酒を断って、その場の雰囲気を台無しにしてるようなイメージが浮かんだんだけど?」

「あ、それ私も思いました」

「・・・・・・私も」

「確かに宴会の席とかではよく酒を断ってましたね」

「ってッ!?宴会とかするんですかッ!?」

「いや、宴会くらいするわよ。何をそんなの驚いてるのよ?」

「だって・・・暗殺者が宴会って・・・イメージおかしいですよ?」



美鈴の発言に咲夜は少し不機嫌そうに顔を膨らませる。



「失礼ね。勝手にアサシンのイメージとか決めないでくれる?別に宴会したって旅行に行ったっていいじゃない。
 そういう時は兄弟達みんなで楽しんだっていいじゃないの。それにおかしいっていうならお嬢様はどうなのよ?」



そう言って咲夜は自らの主を指差す。



「え?ここで私に話を振るの?」



いきなり指を差されてギョッと驚くレミリア

まさかこんな話で自分が引き合いに出されるとは、レミリアは予想だにしていなかったから、当然といえば当然だったが。



「日中に日傘さしてお散歩してる吸血鬼で、「うッ!?」しかも血を吸うのが下手でよく服を汚す。「グフゥッ!」
 うー☆と鳴いて可愛くブレイクする吸血鬼がいるんだから、「ガハァッ!」そんなアサシンがいたって別にいいじゃない。
 ・・・・・・お嬢様?どうしたんですか?何故床に倒れてるんですか?」

「うー・・・何でもないわよ・・・別に・・・」



たまにこの従者は悪意無く自身の主ををけなす事がある。

抜けてるところでこの従者は抜けているのだ。

だがそれを聞いて美鈴とパチュリーもなんだか納得した顔になる。



「・・・・・・そうですね、お嬢様みたいな吸血鬼がいるんなら」

「別にアサシンが宴会したり旅行したりしたっていいわよね」

「美鈴ッ!?パチェッ!?ちょっと酷くないッ!?」



部下と親友の追い討ちに、小さい吸血鬼はわめいて抗議する。



「でも実際そうじゃないの。レミィは普通の吸血鬼のイメージからはだいぶかけ離れてるのは間違い無いでしょ?」

「でもでも他に言い方ってものがあるでしょうッ!?」

「まあまあお嬢様、いいじゃないですか。
 まあ確かに先代の当主は吸血鬼のイメージそのままの人でしたが・・・先々代の当主様は違ったじゃないですか」

「・・・・・・ああ、確かにそうね」



レミリアはそう言って昔を思い出す。

父は確かに吸血鬼のイメージそのものと言ってもいい程に吸血鬼をしていた。

夜の支配者にして闇の王という言葉がピッタリの人物だった。

だが先々代は、祖父は違った。

駄目な人だったとかそういう訳ではない。

むしろ偉大さなら父を遥かに上回っていた。

だが・・・吸血鬼のイメージとはかけ離れていたのは間違い無い。

日光浴が大好きで、よくテラスで日向ぼっこをしていた祖父。

油で揚げたニンニクがなによりの大好物だった祖父。

好きなアクセサリーが銀の十字架のネックレスだった祖父。

真夏の海を気持ち良さそうに、まさに水を得た魚のように泳いでいた祖父。

そして自分とフランにはとことん甘かった祖父。



「・・・・・・・・・今改めて考えれば、凄い人だったわ」

「本当に凄かったですからねぇ・・・当主様は。先代はその事で随分と苦労したみたいですが」

「そりゃあねぇ。当主の座をお父様に譲ってからは、随分と好きな事をしてたみたいだから。
 それでよく胃を痛めて・・・・・・あ、そういえば、美鈴を雇ったのも」

「はい、当主様でした。いやぁ本当に楽しい御方でしたよ。・・・懐かしいですねぇ。
 お嬢様と妹様が生まれた時なんか凄く喜んで「はいはい美鈴、それはもう何度も聞いたわ」
 ・・・・・・そ、そうですか。あははは、すみませんお嬢様」



昔の話を何度もしていしまうのは年長者の悪い癖だと、美鈴はそう思い苦笑するしかなかった。



「まあ、そんな吸血鬼がいるんだから、そんなアサシンがいてもいいわよね」



そんな風に話をパチュリーは纏めるが、咲夜はその話が気になる。

一体どんな人物だったのかと。



「・・・・・・その話はまあ、凄く気にはなるんですが・・・話を進めますよ?」

「あ、すみません脱線しちゃって・・・・・・あれ?咲夜さん、ちょっといいですか?」

「何よ美鈴?」

「さっき兄弟達って言ってましたよね?それって一体?」



兄弟。

あの時、咲夜は確かにその言葉を言った。

それは一体どういう事なのか、美鈴は気になったのだ。



「ああ、それは教団の団員達の事よ。私達は普段からそう言っていたわ」

「それはどうしてかしら咲夜?」

「・・・・・・確か、昔からの習慣みたいなものとかなんとか言ってましたね」

「習慣ねぇ・・・そういえば、あいつの名前ってなんなの?
 今までずっとアサシンとか言ってたけど、肝心の名前を知らなかったわ」

「・・・・・・我が師の名前ですか?あれ?・・・ちょっと待ってください、えーっと」



咲夜は頭を捻って考え出した。

それを見たレミリアは嫌な予感が頭をよぎる。



「・・・・・・まさか知らないの?自分の師匠の名前?」

「・・・・・・恥ずかしながら、私自身初めてそれに気が付きました」



どうやらレミリアの嫌な予感は当たりだったようである。



「えー・・・どういう事よそれ?」

「いえその、ずっと我が師とお呼びしていたので、分からないんです。他の兄弟達も長とかシャイフとか呼んでまして。
 仕事に使う様々な偽名はありましたが、実際の名前はたぶん、誰も知らなかったと思います」

「暗殺者だから教えなかったとか?でも身内にまで秘密にするような事かしら?」

「さぁ?私もよく分かりません」

「・・・それで?あいつの能力って一体なんなの?」



レミリアのその言葉を聞いた時、緩んでいた咲夜の顔が引き締まる



「師の・・・能力ですか?」

「そうよ。私の能力が効かなかったのは、あいつの能力が原因でしょうしね。話してくれるかしら、咲夜?」

「・・・・・・・・・分かりました、お話しましょう。我が師の能力を」



咲夜は意を決して、自らの師の能力を皆に話した。




















「我が師の能力。それは――――――抗う程度の能力です」





































まず一つ先に言わせてもらうと、今回の話は長くなったから半分に切りました。

だから途中で切って、なんか半端になってしまいました。

さて今回でアサシンの能力が判明しました。

抗う程度の能力があのアサシンの能力です。

なんかこれって熱血主人公だったら誰でも持ってそうだなぁと今更ながら思う私。

更に詳しい内容は次回咲夜さんが語ってくれます。

あ、ちなみに件の外部の人間はGで13でデュークな東郷さんです。

それでは!



[24323] 第九話 運命に抗う者
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/02 23:09






「抗う程度の・・・能力ですって?」



咲夜の言葉を聞いたレミリアは、自らの従者の言葉を再度自らの口で呟く。



「はい、それが我が師の能力です。師はその抗う程度の能力で自らに関係する様々なものに抗います。
 自らに掛かる重力に抗い空を飛び、そして自身に襲い掛かる相手の能力に抗い、その能力を無効化するのです。つまり」

「私の能力も、それで逃れたという訳ね」

「はい、その通りです」

「それじゃあ私が気を流した時に感じたあの抵抗感も」

「十中八九、気に抗った結果でしょうね。師はその能力を様々な事に応用して、対魔力や暗示、薬への抵抗が高いの。
 恐ろしい程にね。相手に作用する能力は、まず効かないと考えていいわ」

「薬への抵抗?あ、だから大麻が苦手とか?」

「ええそう。自身を害するものには抗うのよ、意識せずともね」

「対魔力か・・・・・・だったら、私は今回の戦闘ではあまり向かないかしら?」



パチュリーの言葉に、咲夜は首を傾げる。



「それは・・・・・・どうでしょうか?確かに魔法等への抵抗力は強いですが、純粋な攻撃力までは無効化は難しいと思います。
 攻撃魔法に関しては回避をしていたところを見たことがあるので、全く効かないという訳ではないでしょう。
 ただ、本来の効果は出ないのしょうが」

「そうでしょうね。私の一撃・・・あれから考えるに、本来の力の十分の一しか通らないと考えていいでしょう」



あの一撃は、分厚い鋼くらいなら軽く穴が開くくらいの威力はあった。

だがそうならなかった事を考えると、威力は大幅に減ったのだろう。



「それでも体の造りは人間と変わらないわ。首の骨を折られれば死んでしまうのは同じ。
 ただし当てられればの話よ。あの時は美鈴の奇襲で上手くいったけど、次はああはならないわ」

「でしょうね。そう上手くいかないのは私も分かってますよ」

「私はバックアップに回った方がいいようね。あ、結界とかには反応するのよね?」



パチュリーの問いに咲夜はしかと頷く。



「はい、正しくは無効化ではなく抵抗ですから、そこは問題無いかと。ですが一つ注意を。
 我が師は自身の能力を対能力者用として鍛えてきました。その為、能力を持った様々な存在達との戦いも慣れています。
 そして我が師の力はもちろん、抗う程度の能力だけではありません。
 むしろ能力はおまけで、アサシンとしての業と知恵を主体として使うと考えてください。
 あの時の美鈴のように正面から戦う事が出来れば、勝機は十分あります。
 ですがそうでない場合、つまり戦闘の前に狙われ襲われた場合ですが・・・まず、生き残る事は不可能です。
 その場合、事は一瞬で終わります、誰かの死という結果を残して。下手をすれば死んだ事にも気付かないかもしれません。
 だからそうならない為に、不意打ちだけは絶対に注意してください。でなければ――――――確実に死にます」



元アサシンの言葉からか、それとも師の力を熟知しているからか。

そのどちらであれ咲夜の言葉には、あのアサシンがどれだけの脅威かを十分過ぎるほど理解させるだけの力があった。



「・・・・・・分かりました。それは十二分に気を付けておきます。ちなみにあのアサシンの戦闘方法は?」

「まず戦闘はしないわ。奇襲、不意打ち、騙まし討ちがアサシンの手段だから。
 でも戦闘する場合・・・能力以外は、私と同じナイフの投擲に剣術。
 そして暗器の類を使用するわ。暗器の方は、私にもよく分からないわ。任務に応じて、その都度装備を変えるから」

「分かりました。そこら辺は私がなんとかしましょう。
 一応アサシンとはかつて何度か戦った事はありますから、ある程度なら対応出来ます」

「お願いするわ、美鈴」

「はい」

「襲われる前にこちらが見つける・・・万が一の為に結界の強化をしておいた方が良さそうね」

「はい、その為今回はパチュリー様に負担を強いると思います」

「ま、いいわ。私は私のすべき事をするだけよ」

「大まかな説明は、これで以上ですお嬢様。・・・・・・お嬢様、どうかしましたか?」



レミリアはすぐに咲夜の言葉には反応しなかった

咲夜が師の能力を教えたいた間、レミリアはずっと何かを考えている素振りを見せていた。

その何かずっと考えていて、腕を組んで黙っていた。

だが咲夜の言葉を聞いて、レミリアは逆に咲夜に質問をする。



「咲夜、一つ聞くわ。無効化ではなく抗うのよね?」

「え、ええそうですが」

「つまり私の能力が全く効いてない訳ではないのよね?」

「はい、そうですが・・・それが?」

「ではどうしてほとんど効果が無かったか分かるかしら?」

「それは・・・・・・」



咲夜はその質問を聞いた途端に口を閉ざす。

気まずそうにするその表情は、レミリアの問いの答えを知っているように見えた。



「・・・・・・言い難い事かしら?構わないわ、言いなさい咲夜」



咲夜は若干迷いながらも、レミリアの問いに答える事にした。



「・・・・・・単純な事です。我が師の精神力が、お嬢様の精神力よりも上だった・・・それだけです」

「精神力・・・ですって?」

「かつて私は、私の能力が我が師に効かない事を、今のお嬢様と同じ質問を我が師に尋ねました。
 その時に、我が師は答えたんです。ただ精神力が、心の強さが私の方が強かったから効かないのだと、そう仰ったのです」



咲夜はレミリア達に語った。

かつて師が教えてくれた、能力についての考察を。

それは以下のようなものだった。

仮に、全てを貫く程度の能力と、全てを防ぐ程度の能力というものがあるとする。

その場合、その能力がぶつかった時どうなるか?

貫くのか、それとも防ぐのか?

師の答えは能力の使用者自身の力量次第との事だった。

師は能力は道具として考えていた。

ならば使い手次第で結果など千変万化する、というのが師の結論だった。

そして能力は精神力、すなわち心の部分が大きく関わっているとも考えていた。

もし咲夜の心の方が強かった場合、師の時は完全に止められると、咲夜は教わったのだ。

レミリアは咲夜のその説明を興味深そうに聞いていた。

カリカリと軽く自身の親指の爪を噛んで黙って聞いていたレミリアは、説明が終わるとまた咲夜に尋ねた。



「それはつまり・・・私の心よりあいつの心の方が強いと・・・そういう事?」

「・・・・・・お嬢様の方が強かった場合、通常通りの効果が出たはずです。ですから・・・」

「・・・・・・それ以上はもういいわ。ありがとう咲夜」

「・・・・・・はい」



レミリアはまた腕を組んで黙る。

憂いを帯びた表情で、軽く溜め息を吐きそして――――――



「・・・・・・ふふ」



――――――笑った。



「・・・お嬢様?」

「面白いじゃないの・・・この私の心よりもあいつの、あのアサシンの心の方が強いと?
 ふふふ・・・なるほど・・・なるほど・・・ねぇ」



そう語るレミリアの表情は、とても楽しそうなものだった。

まるで新しい玩具を与えられた子供のような、ワクワクしている笑顔。

そう、笑っていた。

とても、とても楽しそうに、レミリア・スカーレットは笑っていた。



「つまりあいつは、運命に抗ったという事ね。私の能力で定めた運命を、あいつは抗い逃れた・・・そういう事ね、咲夜?」

「は、はい」

「運命に抗う・・・物語でよく使われる言葉。でもまさかそれが文字通りに再現されたなんて・・・素敵じゃない?」



運命に抗う。

レミリアが咲夜からアサシンの能力を聞いた時から、レミリアの頭にはずっとその言葉が浮かんでいた。

運命に抗う、運命に抗う、運命に抗う。

その言葉がずっと、ずっと頭の中にあった。

噛み締めていたのだ、その言葉を頭の中でずっとずっと、ずっと。



「そう、ずっと噛み締めていたわ。その言葉を何度も何度もね。・・・・・・とても、甘美なものだったわ。
 貪っていたと言ってもいいわ。その言葉に酔い痴れていたわ。だって本当に素敵なんだもの。
 私の定めた運命に逆らえる存在がいるだなんて、なんて・・・素晴しいのかしら。
 まるでそう・・・咲夜、貴方と出会った時のようだわ。まさかまたこんな気分を味わえるだなんてね」



いけないいけないと思いつつも、レミリアはその言葉に酔い痴れていた、堪能していた。

運命に抗う、自分に抗う、レミリア・スカーレットに抗う。

運命に抗う者。

今の自分は、そんな抗う者であるあのアサシンに心を奪われていたと言ってもいい。



「だから残念ね。本当なら私自らの手でちゃんと持て成したいのだけど、そうはいかないわね。
 ねぇ咲夜?あいつの目的は何だと思う?」

「十中八九、お嬢様の御命かと。ですが・・・」

「貴女の命も狙っている。もしかしたら紅魔館の者達の命全て」

「はい、私が当時受けた任務の対象は紅魔館当主であるお嬢様の殺害。そして可能ならば主要人物達の命を多く、出来ればその全てを。
 それが私が受けたものでした。ですから」

「あいつは私の持て成しを正面から受けるような事はしない。そしてこの紅魔館の者を全て始末しようとする・・・そうね?」

「かつての私の場合は、まずお嬢様の命を獲る事を優先しました。そして今回の我が師も、最初はそうでした。
 ですが次からは、我が師は狩れる者から狩ると思います。その場合次は誰が狙われるかは、私にはもう分かりません。
 その状況に応じて対処していくと思います」



これからあのアサシンが何をするかスラスラと答える咲夜にパチュリーは待ったをかける。



「ちょっと待って。なんでそんなにあのアサシンの行動が分かるの?」

「私ならそうするからです。我が師は私にアサシンとしての技術を叩き込んでくれました・・・自らの知る業の全てを。 
 私はその全てを完全完璧に習得したという訳ではありませんが・・・ですからある程度の行動なら把握は出来るんです。
 それに我が師は私を自らの道具として、そして腕として鍛えられました。だから我が師の行動が分かるんです。
 能力を除けば、私に出来ることは我が師は全て実行する事が可能なのです」



咲夜はそう、何処か誇らしげにパチュリーの質問に答えた。

しかしレミリアはそれを聞いてあまりいい顔をしなかった。



「道具・・・か。自分の弟子をそんな風に育てるなんて、やはりあのアサシンも汚い人間の部分はあるということか。
 それを聞いて少しばかり、幻滅したな。誇りも何も無い、汚い仕事をする下種の使いか」



アサシンとは、暗殺者とは汚れ仕事をする存在だ。

だからそういう部分があるのは仕方のない事なのかもしれないが、やはり嫌悪せずにはいられなかった。

そんな事を思ったレミリアはその事を何気なしに呟いたが、咲夜は、彼女はそれに反応した。



「今――――――なんと仰いました?」



怒りの形相で、主であるレミリアを睨み付けて。



「さ、咲夜?どうしたの?」



そんな咲夜の変貌に、レミリアは驚くしかなかった。



「咲夜さんッ!?どうしたんですかッ!?」

「一体、何をッ!?」



それは美鈴とパチュリーの二人も同様だった。

彼女からは軽い殺気すら出ていた。

どうして驚かずにいられよう。

忠誠を誓った主に対して、殺気を帯びた顔で睨み付けるなど、あの十六夜 咲夜にはあってはならないことだ。

だからそのあってはならない事を目にして、三人は驚いてるのだ。

彼女は怒りの形相のままにレミリアに向かい合う。



「我が師への侮辱は許せません。それはたとえお嬢様であっても同じこと。すぐに撤回していただきたい。
 そうでない場合は「咲夜さんッ!?何してるんですかッ!?」・・・・・・美鈴?」



美鈴が咲夜の手首をすぐさま掴んで叫ぶ。

彼女は何事かと美鈴の方を見る。

美鈴が掴んだその自らの手には、自身の銀のナイフが何時の間にか握られていたのだ。



「・・・・・・え?」



何故自分はこんなものを手にしているんだ?

咲夜には訳が分からなかった。

自分が手にしたのはなんとなく理解出来たが、何故手にしたのかまるで分からなかった。



「この手にしたナイフは一体なんですかッ!?すぐに離してくださいッ!?」



その言葉に咲夜はハッと気付いて手にしたナイフを投げ捨てる。

床に落ちたナイフから甲高い音が鳴る。

自分が何をしたのか、咲夜は今更ながらようやく理解した。

自身の主に向けて、刃を向けたという事を理解した。



「も、申し訳ありませんお嬢様ッ!私は、私は「いいから咲夜、落ち着きなさい」・・・は、はい」



狼狽する咲夜を、レミリアはそう言って落ち着かせる。

ソファーに座る咲夜はうな垂れて落ち込む。

そんな咲夜にレミリアは続けて言う。



「まずは・・・ごめんなさい咲夜。貴女の師を侮辱するような事を言ってしまって」

「は、はい」

「でも咲夜、分かっているの?その師は貴女を殺そうとしているのよ?
 それなのにどうしてそんな事を言うの?さっきだってそう。
 自身で自身の事を道具だと言っておきながら、貴女はそれを誇っていた。どうしてそんな事が出来るの?」



レミリアの問いに、咲夜は答えるべきかどうか悩んだが、話すことにした。

自分と我が師との過去をそして、自分の、自分が中にある我が師への想いを。



「・・・我が師は、あの御方は、私にとっての初めての家族と呼べる人でした。
 私は、我が師と会う前は犬畜生同然の生活をしていました。
 実の父の顔も、母の顔も私は知りません。・・・・・・どうしてか、私も分かりません。
 ただ気が付けばそこにいて、生きていただけでした。
 自身の能力を使って、その日その日の食べる物を盗んで、生活をしていました。
 ですが力は、今と比べれば脆弱なもの。時を止められるのも、ほんの一瞬を止められるくらいしか出来ませんでした」



そう語る咲夜の顔には辛いものが浮かんでいた。

咲夜の過去は、此処にいる三人は初めて聞かされた。

今の彼女とは比べられないくらいに酷い生活をしていたようだ。



「そんなある日、私は我が師と出会いました。私はその時、何時も通りに能力を使用してスリを働こうとしました。
 ですが私の能力は、我が師の能力に破られて、気が付けば私は自身の腕を握られていました。
 その時私は恐がりましたね。そんな事は初めてでしたから」



何をされるかという恐怖が頭の中いっぱいに広がった。

今思えば、あれが初めて経験した恐怖だったようにも思える。



「ですが我が師は、私をしばらく見た後に言ったんです。「家族はいるのか?」と。
 私は首を振っていないと答えました。その後我が師は言ってくれたんです。
 怯えて恐がる私に、「なら着いてくるか?飯くらいは出そう」そう言ってくれたんです。
 訳が分かりませんでしたが、私はそれにただ頷いて、着いていきました」



そう、今でもはっきりと思い出せる。

我が師に着いていって、ご飯を食べさせてもらった。

暖かいシチューだった。

その美味しさに、暖かさに、涙を流しながら食べた。

人らしい食事なんてものは、それまで食べたことが無かったのだ。

風呂に入って、体を洗い清めてサッパリして、新しい新品の衣類を着た。

簡素な造りの服だったが、彼女には輝いて見えた。

案内された部屋で初めてベッドで寝た。

その日暮らしの宿無しだった彼女は、碌な所で眠った事が無かった。

だから初めは馴れなくて眠れなかったが、今までの貯まった疲れの御蔭でなんとか眠れた。

でも、不安だった。

目を覚ませば何時も通りの光景で、これはただの夢ではないのかと思うと恐かったのだ。

でも、夢ではなかった。

目が覚めて、我が師にまた会った時は夢じゃないと涙を流して喜んだ。

そんな自分に、我が師は少し慌てていたように思えた。



「今では私は思うんです。あの日あの時、我が師と出会った瞬間に、私はやっと人として生まれたように思うんです。
 誰かに優しくしてもらったのは・・・・・・初めてだったから。
 もし我が師と出会わなければ私は、それまで通りに生活をして、それでも無理になったら・・・体を売って、
 それでその日その日を暮らしていたかもしれません。ただ生きているだけの、そんな存在に」



だから彼女は感謝しているのだ。

人間らしい生活を教えてくれた、我が師に。



「出会って少しして、師は私に話してくれました。自分が一体どういう人間なのか、どんな仕事をしているかを。
 そして言ったんです。「私の弟子となるか、それとも幸せな人生を送るか」と。
 それは弟子となりアサシンとなるか、人として当たり前の人生を生きてみるかという選択でした。
 我が師は、アサシンになる場合は最悪惨めに死ぬ可能性があると言って、後者を進めました。
 お前は人としての幸福を味わうべきだ。だから後者を選んだ方がいいと仰いました。
 でも私には分かったんです。この人は私に、本当は前者を選んでほしいんだなって。
 そして私は選んだんです。――――――弟子になり、アサシンになる事を」

「それは・・・どうしてなの?」

「あの人が自分を必要としてくれるのが・・・嬉しかったんですよ。
 自分が誰かの為になれるんだって、この人の為になれるんだって思えて、嬉しかったから」



そう語る咲夜の顔は、本当に幸せそうだった。

それがとても大事な思い出なのだというのが、みんなにはよく分かった。



「教団の団員となって修行を始めてからは、きつくはありましたが、充実していました。
 教団のみんなも私の事を大事にしてくれて、家族として扱ってくれました。
 私にとって教団は、家族も同義でした。暖かく自分を向かえてくれる、自分の帰るべき場所。
 我が師が、我が兄弟達が待っていてくれる私の家。
 それが私の、その時の私の全てでした。その時の私は、本当に幸せでした」



彼女にとって自らの師はただの師匠というだけではない。

自分を人として扱ってくれた初めての人。

自分に人の心を教えてくれた人。

自分に家族というものを与えてくれた人。

そして一人の人間としての誇りを持たせてくれた、我が師。

自分にとって、本当に大事な人。

それが彼女の、十六夜 咲夜の我が師への思いだった。



「だからそれを侮辱されたのが許せなかった・・・という訳ね」



大事な思い出を悪く言われれば、大事な人を悪く言われれば怒るのは当然。

だから咲夜は、彼女は怒ったのだ。

しかしだからといって主に刃を向けていいはずがない。

咲夜はレミリアに頭を下げて謝罪する。



「・・・・・・本当に、申し訳ありませんでした」

「いいのよ咲夜。それより考え無しに言った私の方を許してちょうだい。
 私は、貴女の大事なものを侮辱してしまった・・・・・・ごめんなさい」



そう言って今度は逆にレミリアは頭を下げるが、咲夜はそれを見て慌てる。



「頭を上げてくださいお嬢様ッ!もう・・・いいですから」

「ありがとう・・・咲夜」



そこまで聞いて、今まで黙っていた美鈴が口を開く。



「・・・・・・咲夜さん。貴女は今回は戦わないでください」



咲夜はそれを聞いて驚き、美鈴に詰め寄る。



「美鈴ッ!?それはどういう事ッ!?どうして私が戦っては「では戦えるんですか?貴女は、貴女の師匠と?」・・・それは」



美鈴にそう言い返されて、咲夜は何も言えなくなる。



「咲夜さん。貴女の師匠は貴女の家族も同然。その家族に刃を向けられますか?
 はっきり言いましょう。それは無理です。貴女が幸せそうに話しているのを聞いて、私は確信しました。
 貴女は、あの人と戦う事は出来ないと」

「・・・・・・それは」



それを言われて、咲夜は反論出来なかった。

戦えるのかと問われれば、戦えないと答えるしか出来なかった。



「でもね、咲夜さん。私はね、それでいいと思うんです」

「・・・・・・どうして?」

「最悪の場合、いえ、十中八九そうなるでしょうが・・・私達は貴女の師を殺さねばなりません」

「ッ!・・・・・・そう、でしょうね」



美鈴のその言葉に、咲夜はただ息を呑むしかなかった。

その言葉を聞くのは覚悟していただが、いざ言われればやはり動揺せずにはいられない。

美鈴は話を続ける。



「私は、咲夜さんに師匠殺しの、親殺しの罪なんて着せたくないんです。もしするとしたら・・・私のこの手でしましょう。
 その時は咲夜さん、私の事を一生怨んでくれても構いません。でも、私はやると決めたらやります。
 家族を、お嬢様を、みんなを、そしてなにより貴女を守る為に」

「・・・・・・・・・そう」



それは、仕方の無いことだった。

それぐらい、咲夜はよく分かっている。

美鈴が自分の事を大事に想っているのもその言葉からはっきりと感じられる。

だがそれでも、美鈴のその言葉は咲夜にとって辛いものだった。

両者が戦えば、誰かが死ぬのは明らかだ。

どちらかが死に、そしてどちらかが生き残るしかない。

分かってはいるだが、それでも認めたくないのだ。

自分の大事な人同士が争い、死ぬということが。

しかし美鈴は続けて言う。



「でも・・・それでも聞かせてください。咲夜さん、貴女はどうしてほしいですか?」



咲夜に、そんな優しい言葉を。



「・・・どうして、ほしいかですって?」



その言葉に咲夜は戸惑うしかなかった。

どちらかしか選べないのに、それでもこの門番は自分に尋ねたのだ。

自分に、どうしてほしいのかと。

美鈴は咲夜の言葉を聞いて力強く頷く。



「そうです。どうしてほしいか言ってください。貴女が言うなら私はその願いを叶えてみせます。
 絶対とは言えませんが、私の全力をもって挑ませてもらいます。
 だから言ってください咲夜さん。貴女が望む結末を」

「あら?面白そうね美鈴。私、そういうのは嫌いじゃないわよ」

「全く面倒な事を・・・・・・でも、挑む価値はあるでしょうね」

「いいの・・・ですか?私が、私が望む、私の勝手な想いを、叶えて、くれるんですか?」



咲夜は震える声で三人に尋ねる。

涙がポロポロと零れ落ち、頬を伝う。

そんな彼女に、三人は揃って答えた。



「「「――――――もちろん」」」



その言葉を聞いて、咲夜は叫ぶ。

涙を溢れさせただ――――――自分の願いを。



「私は・・・私は、みんなに生きていてもらいたいッ!
 お嬢様にも、美鈴にも、パチュリー様にも、妹様にも、小悪魔にも、そして・・・我が師にも生きていてもらいたいッ!
 ただの我が侭だって分かってる。でも、でも私は私が望むのは、ただそれだけ・・・それだけなの
 だからお願い・・・お願い・・・します・・・我が師を・・・あの人を・・・殺さないで・・・」



自身が望む願いを力の限り、ただぶちまけた。

涙を流して叫んだ、泣いた、話した。

それが咲夜の正直な想いだった。

自分勝手な都合の良過ぎる願いだとは分かっている。

それでもそれが、彼女の、十六夜 咲夜の、心の底から望む願いだった。

そしてそんな従者の願いを聞いた三人は、お互いの顔を見る。



「・・・・・・御二方、聞きましたか?」

「ええ聞いたわ。この耳でしかと」

「大変でしょうけど、まあやってみましょうか」

「・・・いいの、ですか?私のこの願いを、聞き入れてくれると?」



従者の問いに、主は笑って答える。



「貴女の数少ない願いだもの。もちろん聞いてあげるわよ。そして叶えてみせるわ。
 それに難しい難問を制覇するのは面白いでしょう?なら、やってみせるわよ」

「そうそう、大丈夫ですよ咲夜さん。ほら、私結構強いですから。それに今回私なんだか活躍出来そうですからね。頑張りますよ」

「私もどこまで出来るか分からないけど・・・本気でやらせてもらうわ」

「みんな・・・みんな、ありがとう、ありがとうございます」



三人の力強い言葉を聞き、涙を流し咲夜は心から礼を言う。

そして考える、想う。

もしかしたら、自分の願いは叶うのではないかと。

自分の望んだ都合の良い未来が、世界が、願いが、叶うのではないかと。

そうして泣き続ける咲夜に、レミリアはしょうがないといった感じで笑いかける。



「ほらほら、そんなんじゃ私の瀟洒な従者は失格よ?
 さあ咲夜、貴女はもう休みなさいな。まだ疲れがとれていないでしょうからね。ぐっすり寝てしゃっきりしなさいな」

「分かりました。・・・・・・それでは、お先に失礼します」



そうして咲夜は皆に一礼をした後に、自身の部屋へと戻っていった。

そして咲夜が部屋から出て行った後、三人は難しい顔を浮かべる。



「・・・・・・それで?ああは言ったけど、出来ると思う美鈴、パチェ?」

「相手が相手ですから、難しいですね。まず生きて捕らえるのが困難です。
 捕らえたとしても、どうやって説得するかが問題です」

「それはまず後で考えればいいわ。今は捕らえる事を考えましょう。この紅魔館であのアサシンと戦える面子となると」

「私か美鈴かパチェか」

「そして妹様・・・ですかね。でも妹様の場合はどう考えても生け捕りは無理でしょう」

「あいつはまともな戦い方はしないでしょう。だから美鈴、貴女だけがあのアサシンとまともに戦えると私は考えるわ。
 私やパチェでは正面から戦っても何をされるか分からない」



かつてレミリアもアサシンとは一度戦った事はあるにはある。

その相手とはもちろん今の従者である十六夜 咲夜。

だが相手はあの咲夜の師。

戦った感触としては、やはりあのアサシンの方が手強いと思う。

咲夜より強く、そしてなによりえげつない戦い方をするだろう。

彼女の願いを叶えるとは言ったが、それは奇跡でも起こらなければ叶わないような願いだった。



(いいじゃない、やってやるわ。私が、私達が、その奇跡のような願いを叶えてやろうじゃないのッ!)



そう考えたレミリア・スカーレットは、紅 美鈴に命を下す。



「美鈴、今回は貴女が今回の戦闘の鍵よ。あいつの相手は貴女がしなさいな
 本当だったら私が相手をしたいところだけれど、私では生け捕りなんて事は出来ないからね。
 だから・・・頼んだわよ、紅 美鈴」

「ハッ!我が名にそして、我が命に懸けて」



華人小娘は自らの主の命を、そう答えて拝借した。























「さあ、我が従者の願いを叶えるわよ。そう――――――運命に抗ってでも、ね」




















咲夜は自室に戻ると、さっそく自身の寝巻きに着替えてベッドに倒れた。

少し休めたといっても、そう簡単に心労が無くなる訳でもない。

だが三人のあの言葉の御蔭でいくらか気が楽になった。

その為ベッドで横になった途端に、また眠気が襲い掛かる。

うつらうつらと意識が揺れて、咲夜は眠りについた。

深く、深く眠って、そして夢を見る。





















――――――それはとても深く、そして幸せな夢を見ているようだった。





































・・・・・・な、長くなった。

なんか書いてたら、此処まで長くなっていた。

咲夜さんの願いが叶うかどうかは・・・・・・分かりません。

それだけ難しい願いだという事です。

さて・・・・・・アニムスの準備でもしますかね。

それでは!



[24323] 第十話 始まりの朝
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/06 19:08




十六夜 咲夜は深く眠る。

深く、深く、とても深い夢を見る。

夢の中へと落ちていく。

深く、深く、深く。

彼女は落ちて、辿り着く。

夢の底へ。

そこは――――――彼女の夢の始まりだった。



「貴様――――――何をした?」

「家族はいるのか?」

「さあ、まずは食べるがいい。腹も減ったろう」

「服を持って来た。・・・・・・合うかどうかは分からんが」

「今日は此処で眠るがいい。しっかり休むがいい」

「一体どうした?何故泣く?・・・・・・おい、誰かいないか?」

「お前に言わなければいけない事がある。私は――――――」

「選ぶんだ。私の弟子となるか、それとも幸せな人生を送るか。そのどちらかを」

「そうか・・・・・・感謝する」

「さっそく紹介しよう。お前の兄弟達をな」

「筋はいい、飲み込みも悪くない。だが――――――まだまだだな」



この声は知っている。

我が師の声だ。

とても静かで、穏やかで、強くて。

まるで大樹の枝のざわめきのような、そんな落ち着きのある声だった。

そして、彼女の大好きな言葉が囁かれた。



















「――――――よくやった。さすがは我が弟子だ」




















「・・・・・・きな・・・起きな・・・起きな・・・」



・・・・・・もう少しだけ、後ちょっとだけ聞かせて。



「・・・起きないか・・・もう・・・早く・・・」



もう少し、もう少しだけ寝かせて。

具体的には五分から一時間程。



「だからッ!起きなさいって言ってるでしょッ!」



その声と共に、彼女を包み込んでいた掛け布団が剥ぎ取られた。



「ふ、ふわぁッ!?」



その瞬間に容赦無く彼女に外の外気が襲い掛かる。

別に寒くはないが、それでも彼女がそんな可愛らしい声を上げて起きるには十分だった。

天井のライトの明かりが彼女の目の中に飛び込む。

ライトの光の刺激を受けた後、彼女は寝ぼけ眼を軽く擦りながら自分を叩き起こした人物を見やる。



「ほらちっこいの、目が覚めたかい?だったらすぐ顔を洗って着替えて支度しな。
 もうすぐ朝飯の時間だよ。遅れたくないだろ?ないよな?よしだったらすぐ行動しな。
 ぐずぐずしてたら・・・・・・って、挨拶はどうした?挨拶は?」



何やら女性が目の前で何か言っている。

自分は今眠い、とても眠い。

そんな自分にどんな挨拶をしろというのだ?

今自分は眠いから、そんな感じの挨拶をしろということだろうか?

なるほど、だったら言わなければ。



「・・・・・・・・・おやすみなさい」



そう言って彼女はベッドにペタンと倒れる。

さて、またぐっすりと寝ようと目を閉じる。

ちょっと二時間ほど眠ろう。



「そうかい。ちゃんと寝て起きるんだよー・・・とでも言うと思ったかいッ!?いい加減起きなこの寝坊娘ッ!」



しかしそれは叶わぬ望みだった。

頭を手で摑まれ、思い切りシェイクされて、眠気が吹き飛んでしまった。

残念な事に、彼女の願いは達せられなかったという訳だ。

彼女は乱暴に起こした人物を涙目になりながら見やり、朝の挨拶をする。



「うう~・・・・・・おはよう、テレサ姉さん」

「起きてすぐそのセリフを言いなさいこのチビ。さあさあ準備しな準備」



テレサと呼ばれた少女はそう彼女に告げるとすぐさま着替えを投げやる。

それをキャッチした彼女はモゾモゾと服を脱ぐ。

そして与えられた服をこれまたモゾモゾとしながら着ていく。

着替え終わった彼女に向かってテレサは近付いて来る。



「ほら、櫛を通すからジッとしてな」

「はーい」



テレサは彼女の銀の髪に櫛を通して乱れた髪を整えていく。

整えられた銀の髪は光に照らされて輝き、その美しさを増す。

そしてそれを一通り終えたテレサは、彼女の髪をそっと指で撫で溜め息を吐く。



「此処に来た時はボロボロだったのに、今じゃこんなに綺麗になって。
 全く羨ましいよ、あんたのその髪。私のは地味な茶髪だからね・・・・・・はぁ」



彼女の髪に見惚れながらも軽く落胆するテレサ。

テレサは彼女の髪が好きだった。

絹のように柔らで、そして滑らかでいて、本物の銀で出来ていると言われても不思議と思わないこの輝き。

そんな髪を櫛でとかすのは、テレサが彼女に会ってからの楽しみの一つだった。

この小さい少女が教団に来てから、大体一年程が過ぎた。

いきなり長がこの子を連れて来た時は皆少し驚きはしたが、慌てることは無かった。

子供が連れて来られるのは珍しくはあったが、前例が無かった訳ではない。

かくいう自分もその一人だった。

自分は娼館に安く売られて、慰み者になろうとしていたところを助けてもらった口だ。

汚らしい男に穢され、犯されそうになったその時に、目の前でその男が口から血を吹いて亡くなった。

そして変わりに目の前にいたのは、一人の若いアサシンだった。

その人が自分を此処に連れてきてくれたのだ。

そういう事はたまにあるらしく、教団にはそういう者も少なくなかった。



「どうしたのテレサ姉さん?」

「あ、ああ・・・なんでもないよ。あんたの髪に見惚れてただけだよ」



少し物思いにふけってしまったらしい。

ボーっとする自分を気遣う彼女に、テレサはなんでもないと返事をする。

そんなテレサに向かい、彼女は思った事をそのまま言う。



「テレサ姉さんだって綺麗だよ?優しいし・・・それに」



彼女はテレサに抱き付き、顔をテレサの胸に埋めて深呼吸する。

これには少しテレサも慌てる。



「お、おい?何してるんだ?」

「・・・うん、良い匂い。私テレサ姉さんの匂い好きだよ。ホッとするから」



彼女は少し言葉は乱暴かもしれないが、優しい女性であった。

それに容姿だって自分なんかよりも比べ物にならないくらいに綺麗だ。

修行で鍛えられて引き締まっているが、女性特有の柔らかさは失われていない。

しなやかなでいて、そして力強い彼女の体は、例えるなら弓のような感じだった。

彼女に抱き締められると、自分はとても落ち着く。

彼女にとってテレサは姉でもあり、そして母でもあった。

だからだろうか。

彼女はテレサから覚えていない母親の匂いを感じたのは。

だから彼女は、そんなテレサが大好きだった。

・・・・・・師の次にではあるが。

テレサは彼女が教団に来てからはずっと彼女の世話係りをしている、教団のアサシンの一人だった。

初めは我が師と一緒がいいと駄々をこねたがそうはいかなかった。

我が師はこの教団の長を務めている。

優秀な部下が大勢いる為に多忙という訳ではなかったが、それでも長の仕事というものがある。

その為ずっと一緒にいる訳にはいかなかったのだ。

と、彼女は説明を受けて納得した。

本当は、「年頃の娘と一緒にいた方がこの者にもいいだろう」という長の意見があった為だ。

だがこれには一部の教団員達が反論し、「あのテレサと一緒ではガサツになるッ!」という意見もあった。

その教団員達の言うように、テレサは確かに少々粗暴な性格ではあった。

それで問題を起こす事も無くはないが、礼儀が無い訳ではなかった。

それにテレサは長の弟子の一人でもあった為、長からの信頼もあった。

その為にテレサが彼女の世話係りになったという訳だ。

そしてテレサの方も彼女が気に入っていた。

少々抜けているところはあったが、テレサは彼女のそんなところも好きだった。

それにテレサにとって彼女は、自分にとって出来た初めての妹のようなものだった。

その為にテレサは世話を焼きに焼いて彼女を可愛がった。

最近では少し性格が丸くなったのではとも言われ、この結果には長も満更ではない様子で感心していたそうな。

団員達は、「まさかこれも長の計画の内だったのかッ!?」と長の計略?に感心していたそうな。

そして、そんなに可愛がっている妹分に抱き付かれて、先の言葉を言われたテレサは。



「・・・・・・も、もうッ!なに言ってんだいチビッ!そんな事言われたって・・・まあ、嬉しいけどさ」



なんて事を言って思いっきり照れていた。

容姿の事を褒められるのは・・・無い訳ではなかったが、やはり可愛がっている妹分の言葉の方は嬉しいようだ。

テレサはもう少しこの至福の時間を過ごしたかったが、残念ながら朝食の時間が迫っていた。

テレサは内心舌を打って悪態を吐くが、仕方ないと思い彼女にその事を告げる。



「ほらチビ、そろそろ行くよ?」

「はい、テレサ姉さん」



テレサは彼女の腕を引いて一緒に朝食へと向かった。

その姿はまさに姉妹そのものであった。





































食堂に到着した二人は、それぞれ自分達の席に着こうとする。

そんな二人に、近付く者達がいた。



「やあ、おはようッ!今日も清々しい朝だね。これも可愛い妹に会えた御蔭かな?」

「朝から調子に乗るな、全く・・・それで、どうだ?今朝の気分は?」



二人の男が彼女に話しかけてきて、彼女は二人に頭を軽く下げて挨拶をする。



「ジョヴァンニ兄さん、アル兄さん、おはようございます。今朝もテレサ姉さんに起こしてもらいました」



彼女に挨拶をしてきた二人の名はアルとジョヴァンニ。

二人は教団でも屈指の実力を持つアサシンであった。

アルは若くしてマスターアサシンの称号を得た人物であり、彼女が我が師の次に尊敬する人物だ。

厳しくもあるが、師に似た優しさを持った人だ。

そしてジョヴァンニはマスターの称号こそまだ得ていないが、その実力は既にマスタークラスのものに等しい。

教団の中では一番の遊び相手が彼だった。

我が師を除けば、テレサ、アル、ジョヴァンニの三人は、彼女が多く触れ合った兄弟達だった。

そんな兄の一人であるアルは、彼女に苦笑の笑みを浮かべる。



「そうか、何時か自分一人で起きられるようになるといいな」

「・・・はい」


アルの言葉に彼女は恥ずかしそうに顔を下に向ける。

それを見たジョヴァンニはこれはいけないと思い、彼女の顎に触れて軽く上に持ち上げるて言う。



「そんな暗い顔をしないでくれよ。君は笑って方が素敵だからね。
 ふむ・・・なんだったら今度は僕が起こしてあげようかい?
 そして是非とも君の天使のような寝顔を見る栄誉を僕に与えてはくれないか、愛しの妹よ?」

「え?ええっと・・・」



彼女はこのジョヴァンニの言葉にどう返事をすればいいのか対応に困る。

だがそんな悩みは杞憂に終わる。

ジョヴァンニの言葉にアルとテレサが真っ先に反応したからだ。



「師に、いやシャイフに変わって討たれたいか・・・・・・ジョヴァンニ?」

「ああアル。それ私も手伝っていい?物凄くムカついたから。いや、いつもムカつくけどさ」



ジョヴァンニの首筋に、何処からともなく出したナイフを突き付けて。



「い、いやだなぁ二人とも。ちょっとした挨拶みたいなもんじゃないか?ね?だからそんな物騒な物離してくれよ」



これにはジョヴァンニも堪らずに冷や汗を流し苦笑いを浮かべて謝罪する、が。



「「・・・・・・・・・」」



二人は無言で返すだけだった。



「ちょっとッ!無言はやめてくれッ!マジで恐いからッ!ああ、そんな獲物を見るような目で見ないでッ!
 か、可愛い妹よッ!この二人になんとか言ってくれよッ!」



ジョヴァンニはこれにはまた堪らずに彼女に助けを求める。

その姿はあまりに情けないものだった。



「今日の朝食はなんでしょうか?お腹が空きました」



ジョヴァンニに言われた彼女はただ思った事を言っただけだった。

だがこれが功を奏したのか、二人は渋々と刃を納める。



「そうだな。こいつに拘るのは無駄だ。それでテレサ、今日は何だ?」

「あー・・・ごめんアル。私今日当番じゃないから知らないわ。それに今来たばかりだし」

「そうか・・・まあ、すぐに分かるか」



先ほどの事を無かった事にして話を進める二人。

馬鹿の相手をするくらいなら、朝食について話していた方がまだ有意義だと判断したのだ。

ジョヴァンニはそんな二人に呆れつつも、彼女に目線を合わせるようにしてしゃがみ話しかける。



「兄上もテレサも、君には甘いなぁ本当に。そうは思わないか妹よ?」

「優しい兄さんと姉さんは大好きですよ、ジョヴァンニ兄さん。あ、もちろん兄さんも好きですよ?」

「暖かい言葉をありがとう可愛い妹よ。君の優しさは本当に天使だよ。
 それにしても、二人揃ってあの連携の良さ・・・・・・もう夫婦にでもなればどうだい二人とも?」

「な、なに言ってんだいジョヴァンニッ!?夫婦ってなにさ夫婦ってッ!
 そんなのお、お、おかしいってッ!ほ、ほら、アルもなんかいいなよッ!」



ジョヴァンニの発言にテレサは顔を耳まで真っ赤に染まり茹で上がる。

そして慌ててジョヴァンニの発言を否定するテレサだったが、満更でもない様子だった。

しかしアルはそんな様子に全く気付かずに、テレサの発言に同意して頷いてしまう。



「そうだぞジョヴァンニ。テレサには俺よりも良い相手が出来るはず・・・どうしたテレサ?」



アルは急に機嫌を悪くして自分を睨むテレサを不思議そうに見る。

テレサの意見に同意したはずなのに、どうして不機嫌そうなのか彼には分からなかった。



「はぁ・・・・・・別に、なんでもないよ。ほらチビさっさと席に着くよ」

「は、はい」



溜め息を吐いたテレサはそう言って彼女を連れてさっさと席に着いた。

アルはそれを不思議そうに眺めるだけだった。



「・・・・・・どうしたんだ、一体?」

「兄上はもう少し女心を知りなよ。・・・・・・・・・あれだけ分かりやすいのにねぇ」

「何がだ?」



どうにもこの兄上は鈍感過ぎていけないと、ジョヴァンニは内心呆れる。

このマスターアサシンは殺気には敏感なのにどうしてこういう事には鈍いのか。

それが彼の彼たるところなのかもしれないが、もう少しテレサの気持ちを察してもいいだろうにとジョヴァンニは思う。

アルはそんなジョヴァンニの発言に首を傾げるだけだった。



「ほらほら僕等も席に着くよ」

「あ、ああ」



テレサはそれぞれの席に着く二人を、特にアルの方を強く睨みつける。



「・・・・・・・・・馬鹿、鈍感」



そう小さく呟いた悪態はもちろんアルには聞こえなかったが、やはり言わずにはいられなかった。

テレサは――――――アルが好きだった。

テレサを結果的に救った若いアサシン。

それがアルだったのだ。

その人柄に惹かれたのはもちろんだが、やはり自分の窮地を救ってくれたというのが大きい。

テレサにとって、アルはまさしく救世主のような存在だった。

一方的な想いではあるかもしれないが、この想いは本物だった。

だが、どうしてもその想いを伝えるのが出来なかった。

普段は勝気な性格ではあるが、こと恋愛に関してはテレサは奥手であった。

教団はアサシンの業は教えても、プロポーズやらの仕方は教えてはくれないのだから。

いや、女性の団員ももちろんいたし一応そういう事を教えてもくれたが、実行するのは無理だった。

実行する為の度胸が無かったのだ。

しかしそれは全て彼女の所為という訳でもない。

教えられた方法が不味かったのだ。



(出来る訳ないよ・・・く、薬とか使って・・・こっちからお、押し倒して・・・き、き、既成事実作るなんて)



恋愛に関しては彼女は素人だ。

だがそれでも分かる。

明らかに人選を間違えたと。

大体自分はまだやっと十五になったばかりなのだ。

出来る訳が無いではないか。

・・・・・・宗教的には一応問題は無いらしいが。

確かに、自分は素直になれないところはあるだろう。

しかし相手も相手だ。

先のやり取りを思い出す。

ああもすぐに、それもあっさりと言わなくてもいいではないか。

少し慌てたっていいだろうし、ちょっとくらい・・・見せてもいいはずだ、好意を。

それなのにあんなに淡々と返事をして、少し傷付いた。

アルに女として見られてないのだろうか?

そんな事を考える傷心気味のテレサに、彼女は声を掛ける。



「どうしたのテレサ姉さん?」

「・・・なんでもないよチビ」



テレサはそう言うが、落ち込んでるのは彼女にも分かる。

大好きな姉が落ち込むと自分も少し悲しくなる。

彼女は何か言うべきだと思い考え、先のジョヴァンニの言葉を思い出す。



「・・・・・・私はね」

「うん?」

「二人が一緒になったら素敵だと思うよ?」

「・・・・・・え?」



彼女の言葉にテレサは、目を見開いてキョトンとする。

彼女はジョヴァンニのあの言葉を聞いて素直に思い付いた事を言っただけだった。

二人が夫婦になったら素敵だと、そう思ったのだ。

彼女はテレサもアルも好きだったから、そうなったら素敵だなと子供心にそんな事を考えて言っただけだった。

だがテレサはそれを聞いて、目を細めて微笑んで彼女の頭を撫でる。



「・・・・・・・・・ありがと」

「うん♪」



彼女はテレサの手の暖かさを嬉しそうに感じる。

そんな彼女を見てテレサは思う。

今度はもう少し素直になってあいつに話してみようかと。

そんな事を考えていた時、辺りの空気が静かになり談笑していた皆が黙る。

どうやら長が着いたようだ。

長は自分の席に着くと皆に挨拶をした。



「おはよう」

「「「「「「「「「「おはようございます。長よ」」」」」」」」」」



食堂に集まった者達は揃って挨拶の返事を返す。

彼女もそれに習って隣に座る我が師に挨拶をする。



「おはようございます。我が師よ」

「おはよう我が弟子よ。よく眠れたか?」

「はい」

「そうか」



二人はそう簡単に挨拶を済ませる。

彼女が此処に来てからはこれがいつもの通りの挨拶だった。



「それでは、いただくとしようか」



長の言葉で、皆がそれぞれ目の前の朝食を食べ始めた。

朝食を食べ進める中、彼女は我が師に話しかける。



「我が師よ、今日は一体何をしますか?」

「食べて休んだ後は昨日と同じ訓練だ。午後は私との稽古だ」

「分かりました我が師よ」



彼女は今日のスケジュールを確認すると朝食を食べ始めた。



「あ、すみません長。ちょっといいですか?」

「どうしたテレサ?」

「そこの醤油取ってください。長の目の前の」



テレサに言われた長は、目の前にあった醤油を渡す。



「それ」

「ありがとうございます」

「姉さん、私にもください」

「あいよ。あ、ほっぺにご飯くっ付いてるよ。・・・・・・はい取れた」

「ありがとう姉さん」

「すみません長。僕にもそこの塩取ってくれませんか?」



ジョヴァンニに言われて長は塩の入った容器を渡す。



「それ」

「どうも。やっぱり目玉焼きには塩だな」

「あまり塩分を取るなよジョヴァンニ?あ、シャイフ。私にもマヨネーズ取ってください」



ジョヴァンニに軽く注意するアル。

そのついでに長にマヨネーズをちゃっかり要求する。



「それ」

「ありがとうございます。これが無いとどうにもブロッコリーは味気ないので」



そしてまた食べ進めると、彼女は師の御茶が無くなってるのに気付いて師のコップに御茶を注ぐ。



「我が師よ、御茶です」

「ああ」



軽く返事をする師。

そんな師を見て彼女は満足そう顔になる。



そして時間は過ぎて、皆が朝食を食べ終わった。

軽い食休みを取った後、長は立ち上がり皆に言う。



「それでは皆、勤めを果たせ」

「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」



そう返事をした教団員達は、皆それぞれの務めを果たしに食堂から出て行く。



「テレサ、ジョヴァンニ、アル、そして我が弟子よ。私達も行くぞ」

「「「「ハッ!」」」」



四人は師の後をついて行く。

教団の朝は、こうして始まった。





































・・・・・・なに?このほのぼのとした朝は?

しかも長、なんか便利に使われてたような・・・・・・あれ?どうしてこうなった?

キーボードを打つ自分の手が・・・恐いッ!

さて、次は訓練に移りましょうか。

しばらくは過去の話が続きますよ。

・・・・・・東方キャラ、出てないな。

それでは!



[24323] 第十一話 アサシンの殺気
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/09 21:38






五人は今、町外れの広場に集まっていた。

今日行う訓練は、此処から町を斜めに真っ直ぐ進むというだけだった。

そう、まっすぐ進むのだ。

目の前に障害があれば、それがどんなものであろうと乗り越えてただまっすぐに進む。

言うは易し、行なうは難しの修行であった。

簡単に言えばパルクール、もしくはフリーランニングみたいな修行という訳だった。

そして皆が準備体操をする中、ジョヴァンニが長に質問をしてきた。



「あの、長?前から聞きたかった事があるんですけど」

「なんだジョヴァンニ?」

「これ、町に許可とかは取って・・・・・・」

「・・・・・・?」

「ない・・・ですよね。す、すみません。変な事聞いて」



何処の世界にアサシンの修行の許可する市政があるんだ?

長の視線はそんな言葉を無言で語っているようにジョヴァンニは思った。



「どうしたんだいジョヴァンニ?今更そんな事聞いて」

「いや、噂で聞いたんだよ」

「噂?なんだいジョヴァンニ、その噂ってのは?」

「いや、噂というか都市伝説なんだけどさ・・・ええと。
 町でたまに謎の集団が、建物の屋上や壁が飛んだり登ったりしてるって噂・・・なんだけどね。
 これってさ、どう考えても・・・僕達だよね?」



ジョヴァンニの聞いた噂。

それは時折この町の壁や屋根を縦横無尽に駆け回る謎の集団がいるというものだった。

今ではそれは既に噂の域に止まらずに、都市伝説のような扱いになっているそうな。



「あー・・・それは・・・」

「確かに・・・私達だろうな」



テレサとアルはその噂を聞いて苦笑するしかなかった。

まさか自分達の修行風景が都市伝説にまでなってるとは思わなかったのだ。

ちなみに、今五人が着ているのは灰色のジャージである。

さすがにアサシンの装備のまま行う訳にはいかない。

一応見えない所に道具は隠してはあるが、あの格好は朝や昼にはあまりに目立ち過ぎである。

もう十分目立ってる感じがしないでもないが。



「本当だったら装備はそのままの方がいいのだがな」

「さすがにそれは不味いですよ長。目立ち過ぎです。
 この格好なら見つかっても、最悪フリーランニングの練習ですって言い訳出来ますし」

「もう都市伝説にまでなっちゃってるけどねー・・・はぁ」

「でも私はこの修行、好きですよテレサ姉さん。我が師もそうですよね?」

「ああ」



笑顔で尋ねる彼女に長はただそう答えるだけだった。

そんな二人を見て、三人はお互い近付いてヒソヒソと話し始める。



「・・・ねぇ?まさかこの修行方法、長の趣味とかじゃないわよね?」

「まさか・・・シャイフがそれだけで行うはずがないだろう?それにこれは先人達もやってきた修行法だぞ?
 そんな馬鹿な理由な訳がないだろう・・・・・・・・恐らく」

「いやでもさすがに・・・・・・ねぇ?」

「どうした三人とも?早く始めるぞ?」

「「「わ、分かりましたッ!」」」



長の言葉に慌てて答える三人。

それを彼女とその師は不思議そうに首を傾げて、どうしたのかと困惑する。



「三人ともどうしたんでしょうか我が師よ?」

「さてな・・・それより行くぞ、我が弟子よ」

「はい」



彼女が答えると同時に、五人は一目散に駆け出した。

まず目の前に立ちはだかったのは石垣であった。

長は僅かな窪みを見つけると、それに手を掛け足を掛けてするすると石垣を登っていく。

五人もそれに続き、長と同じように登っていく。

登り切り、そしてまた走り出すと、今度は一階建ての民家が目の前に現れる。

先頭を走る長は地面を蹴り高く飛び上がり、屋根の縁を掴むとそのまま腕を引き体を上げ、そのまま屋根に乗り走る。

皆はその後を続く。

屋根伝いに次々と民家を上を走り、飛び、五人は止まる事無く進んでいく。

建物の高さは進むにつれ高くなり、今は五階建ての建物の上を進んでいた。

だが道は目の前で無くなり、行き止まりになる。

しかし五人はそれでも止まる事無く進み、そして屋根から飛び出し空を舞う。

そして落下する中、皆は空中で後ろを振り向き、腕に隠して装備していたワイヤーを射出する。

ワイヤーは建物に見事引っ掛かり、五人はスルスルと地面へと降りていく。

ジョヴァンニは今現在使用しているワイヤーを感心して眺める。



「相変わらず便利な道具だよなこれ。教団の技術も凄いもんだ」

「全てが教団だけで造った訳ではないがなジョヴァンニ。外部の技術ももちろんある」



アルがそう答えると、今度はテレサが話し出す。



「そもそもあの装束だってそうだよ。認識障害だっけ?そういう魔術が編まれてるんだろあれ?・・・っと」



地面に到達した五人はそのまま走り出し、会話を続ける。



「そうだテレサ。あれには私の知り合いの魔術師殿に協力してもらい作成した代物だ。
 御蔭で任務の効率も大幅に上がった。他の装備もそうだ。我々はあの方には大きな借りがある」

「シャイフのお知り合いですか・・・さぞ腕利きの魔術師なのでしょうね」

「少なくとも私はあの魔術師殿以上の魔術師は知らん」



会話を続ける五人は止まる事無く走り続ける。

風のような速さ走りながらも皆の顔は涼しげなものだった。

一番の若輩である彼女も、少しばかり息を荒げるだけであり、皆に着いていく。

この程度の速さは皆にとっては普通のものであり、苦になるようなものではなかったのだ。



「しかし、この一年で君もだいぶ成長したよね。昔は壁に登るのだけでも苦労したのにね」

「あ、ありがとうございます・・・ジョヴァンニ兄さん」



呼吸を乱して返事をする彼女を見て、テレサはしみじみと昔の自分を思い出す。



「そうそう。私も教団に入ったばかりの頃はあんな感じだったのかなって、思ったもんだよ」

「それは皆そうだろう。シャイフはどう思いますか?」

「まだまだだ。息を荒げるようではな」



そう返事をする長は彼女とは対照的に涼しげに答える。

それを聞いてジョヴァンニは一笑する。



「ハハハハッ!だそうだぞ妹よ?頑張って体を造らなければね」

「うぅ・・・・・・はい」



我が師の言葉を聞いて彼女はションボリとうな垂れる。

褒めてもらえるかなという密かな想いがあったのだが、そう上手くはいかなかったようだ。



「だが・・・そうだな」



そんな彼女に師は続けて言う。



「私の若い頃よりも飲み込みがいいのは確かだ」

「ほ、本当ですか我が師よッ!?」

「ああ、私がお前くらいの時は壁を登るのも苦労したものだ。やはり、お前には才があるな」

「ありがとうございますッ!」



我が師の言葉に彼女は笑顔を輝かせる。

それを三人は微笑ましく見る。



「チビ、お前は本当に長に気に入られてるな。私の時はそんな事言われた事無かったよ」

「僕もさ。注意される方が多かったよ」

「いや、そんな事はないだろう?お前達だってシャイフにお褒めいただいたことくらいあるだろう?」

「でもこの子ほどじゃなかったさ兄上。そうだろテレサ?」

「そうそう。アルの時はどうだったんだい?」

「私の時か・・・・・・さて、どうだったかな?」

「あッ!はぐらかす気だねアルッ!いいじゃないか話してくれても」

「そういう時はほら、我等が長に聞けばいいじゃないかテレサ」

「あ、それもそうか。それでどうだったんですか長?」

「優秀過ぎてつまらん。それだけだ」



テレサの問いに長は思った事をそのまま言った。

それを聞いたアルは苦笑するしかなかった。



「ははは・・・と、いう訳だ。話してもつまらないだけだよ」



これで終わりかと思った時、長は続けて言う。



「だが傲慢ではあったな。昔はそれがこの者の悪しきところだった」

「そうだったんですかアル兄さん?」



彼女は信じられなかった。

この師同様に思慮深い兄に、傲慢だった時があるという事が。



「・・・・・・まあな」



彼女の質問にアルは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

昔はその所為で一度見習いまで地位を落としたことがある。

あの頃の自分は馬鹿だったと思わずにはいられない過去だった。



「へぇ・・・あのアルがねぇ」

「まあ、誰にだってそういうところはあるってことさ」

「そろそろ終着だぞお前達」



長の言葉により皆は前方を見据える。

目の前にそびえ立つのは巨大な鉄塔だった。

最後はあれを乗り越えたら、そして少し進めば終わりだ。

五人は再度ワイヤーを射出し鉄塔にフックを引っ掛ける。

そしてワイヤーが巻き戻されると同時に皆の体が浮き、鉄塔の上部を目指す。

上部に到着し、鉄塔の中を潜り抜け反対側に出る。

そして前と同じように飛び出しワイヤーを鉄塔に掛けようとする。

だが――――――



「あッ!?」



彼女の射出したワイヤーだけが僅かに狙いを誤り、アンカーの部分が弾かれる。

このまま落下するかと思われたその時、彼女の体を抱き締める者がいた。

我が師である。



「あ・・・・・・申し訳ありません」

「ミスはフォローすればいい。それだけだ。次に生かせ」

「・・・・・・はい」



師はそれだけを言って、彼女はそれに小さく答えるだけだった。

抱き締められたまま彼女は師と共に地面に降り立つ。



「行くぞ」

「・・・・・・・・・」



師の言葉に彼女は黙って頷くだけだった。

それを見る三人は居た堪れない気持ちになる。



「ほ、ほらチビ!元気出しなよ!な?」

「そうそう、もうすぐゴールなんだからさ」

「もし誰かがミスをした時、次はお前がフォローをすればそれでいい」

「お、兄上も良い事言うじゃないか。その通りだね。僕がピンチの時は是非とも助けてくれよ妹よ」

「いい気になるなバーカ。さ、行くよチビ」

「・・・・・・はいッ!」



自分を励ます兄と姉に彼女は元気良く答える。

くよくよしていてもしょうがない。

今出来ることを頑張ろうと心を切り替える。

そして五人はまた走り出す。

そして少しして、五人は目的地まで辿り着いた。

到着した時、長は懐から懐中時計を取り出し時間を見る。



「・・・・・・十一分、まあまあか」

「では五分の休憩の後にまた出発という事で「あ、兄上ちょっといいかな?」どうしたジョヴァンニ?」



何か言いたそうに手を上げるジョヴァンニに、一体何だとアルが尋ねる。



「いや、今日は普通に歩いて帰らないかい?噂が広まるのはどうにも不味いでしょう?」

「ああ、さっきの奴ね」

「それはそうだが、しかし・・・・・・どうしますシャイフ?」



どうするかアルは長に指示を仰ぐ。

長は少し考え、そして口を開く。



「・・・ジョヴァンニの言う事も一理ある」

「でしょでしょ!ほら兄上、そうしよ「だが」う・・・・・・え?」

「見つからなければいい。そして捕まらなければいい。それだけだ」



長のこの言葉を聞いた弟子達は。



(・・・・・・え?それでいいの?)

(確かに・・・そうかもしれないけどさぁ)

(シャイフ、噂にならないようにという話なんですが・・・もう、いいか)

(さすが我が師です。確かにその通りです)



三人がほぼ同じ考えを抱き。一人だけズレた考えで師の言葉に感心していた。



「えー・・・・・・いや、そうかもしれませんけど・・・でも「何だ?」い、いえなんでもッ!」



下手に言わない方がいいだろう。

ジョヴァンニはそう考えて黙る事にした。

そんな中、彼女はおずおずと師の前に出てくる。



「あの・・・我が師よ」

「なんだ我が弟子よ?」



彼女は自らの師に向かって頭を下げる。



「先ほどは・・・申し訳ありませんでした」

「ならば帰りは気を付けろ。出来るな?」

「――――――はいッ!」

「よろしい。それでこそ我が弟子だ」



そう言って師は彼女の頭を撫でる。

彼女は目を細めて気持ち良さそうにその褒美を受け取る。

それからまた五分程して、五人は元いた場所へと戻っていった。

今度はなんのミスも起こらずに、だ。



















「あ、そう言えば我が師よ。あの時は飛べばよかったです」

「そう言えば・・・そうだな」

(((・・・・・・今更だなそれ)))




















午後になり、彼女は師と剣の稽古をしていた。

彼女が切り込み師が受け流す。

そして今度は逆に師が切り込み彼女が受け流そうとする。

だが上手くいかずに持っていた片手剣が弾かれてしまう。



「も、申し訳ありません」

「よい、もう一度だ」

「はいッ!」



彼女はそう答えて剣を拾い、もう一度構えて師に向かい切り掛かる。

剣戟の金属音が二人の間で弾け合う。

その様子を見ていたアルはジョヴァンニとテレサに尋ねる。



「どう思う、あの子の動きは?」

「さすがに一年じゃね。飲み込みはいいけど、実戦では使えないね。ナイフの投擲の方は筋がいいんだけどね」



ジョヴァンニの言う通り、彼女のアサシンとしての腕前はメキメキと上がっていた。

だが今現在アサシンとして働けるかと言われれば、その実力では無理であると言わざるを得ないものだった。

唯一ナイフの腕前だけは既に一人前となっていたが、それ以外の技術は教団のアサシン達の平均以下だった。

もっとも、訓練を開始してからまだ一年しか経っていないのだから、それは当たり前ではあったのだが。

テレサは彼女の動きを見ていて、それを簡潔に評価する。



「なんて言うか・・・接近を恐がってるようにも思えるね」




そう、接近しての戦闘は彼女の動きには相手への恐れがあった。

彼女は今まで時を操る程度の能力を使用して生きてきた。

その所為か、自らの脅威となる存在が迫った場合の彼女は相手の動きを見誤る事が多かった。



「やはりそう思うか?まああの子には時を操る程度の能力があるからな。
 剣術よりも投擲の方がその能力を発揮するだろうから、問題は無いのかもしれないが」

「能力だけに頼る訳にはいかない・・・そうだろう兄上?」

「能力だけに頼っていては、な。いざその能力が通じない場合が不味い。動揺し、返り討ちに遭うだろう」



今の彼女は能力の使用を長から禁止されて訓練していた。

能力にばかり頼らないようにする為である。

能力持ちの者は自身の能力が破られた時の動揺が大きく、その時によく隙が出来る。

これは能力破りを得意とする長の経験から導き出された考えであり、それは概ね当たっていた。

もっとも能力を使用される前に始末出来れば問題の無い事であり、そして気付かれる前に仕留めるのはアサシンの十八番だ。

それでもこの教えは大いに役に立ち、能力持ちの多い妖怪達相手には効果的な教えでもあった。

見つからずに仕留めるか、能力の裏をかく事で隙を見つけ出し仕留める。

教団での能力持ちの存在への対処法は概ねこのようなものだった。



「そういえばあの子の能力ってどうやって鍛えるんだい?時を操るなんて事、普通は教えられないよ?」



そもそも能力持ちの存在は今現在この教団には数える程しかいない。

長と彼女を含めても、十人にも満たなかった。

ちなみにテレサ、アル、ジョヴァンニは能力を持たない人間だった。

それでも彼等は多くの能力持ちの存在達を屠ってきた本物の実力者だった。



「僕が初めて見せてもらったのは、僕が右に握っていたナイフが何時の間にか左手に握らされていた事だったな。
 そんな事されたら普通は気付くもんだけど、気配が一切しなかったから驚いたよ。
 まさに神の如き力だ。でも止めていられる時間は今は五秒にも満たないんだよね?」

「それでも十分脅威だ。我々にとっては五秒も止められたらなんでも出来るからな。
 シャイフは止まった世界を見た時に驚いたそうだよ。「自分とあの者以外の気配しかしない世界だ」と言われたよ」

「気配のしない世界か・・・ゾッとするね。長はどうするのかな?あの子その能力」

「少し前に鍛えるのに良い方法が見つかったと仰っていたからな。それを試すのだろう。
 私はその方法は聞かされてはいないが、問題は無いだろう」



テレサとジョヴァンニはそれを聞いてふぅんと聞き流しまた二人の稽古を眺める。

彼女がまた剣を弾かれているところだった。

彼女はションボリしながら剣を拾い、謝罪する。

これでもう六度目だった。



「・・・・・・申し訳ありません」

「ふむ・・・・・・どうやらお前は攻められる時に恐怖する癖があるようだな」

「そ、そんな事はありませんッ!」

「いや、それでいいのだ」



彼女は自分が否定した恐怖を我が師に肯定されて困惑する。



「え?それはどうして?」

「恐怖は誰にでもある。無論私もだ。むしろ臆病者と言ってもいい」

「我が師が・・・ですか?」



我が師の言葉に彼女は信じられないといった顔になる。

この最強のアサシンである我が師が臆病だと言うのが信じられなかったのだ。

そんな彼女を他所に長は続けて言う。



「そうだ。相手に怯え見つからぬようにするから私は生き延びてきた。
 暗殺者は臆病者の方がいい。勇敢さは時として必要かもしれんが、それでは生き残れぬのが我等の世界だ。
 どうすれば見つからずに逃げられるか。これが重要なのだ。
 お前は私を最強と勘違いしているようだが、そうではない。私はお前が思っている以上に弱い。
 だから見つからずに済むように、その為の業を磨いているのだ。我等は殺す者。戦う者ではないのだから。
 そして我等に必要なのは恐怖を忘れずにその恐怖を自らの味方とし、任務を遂行する能力なのだ。分かるか?」

「・・・いえ、よくは分かりません」

「恐怖する事はアサシンにとっては大事な事。やはりお前には才能があるな」

「そ、そうでしょうか?」

「まあよい、いずれそれを理解すればいい。だが恐怖に負け、いざ動けないではいかんからな。
 殺気に晒されて恐怖で動けなくなるのはよくあることだ」

「では、どうすれば?」

「簡単だ。その殺気以上の殺気を知っていれば、殺気に呑まれる心配はない。
 たとえば目の先に刃が迫ったとしよう。殺気恐怖を知らない者は、目先の刃という恐怖に混乱し死ぬ。
 だがそれ以上の恐怖を知っていれば、それは恐怖ではなくただの剣。
 そしてそれは避けるべき脅威という要素でしかなく、怯えるような恐怖ではなくなるのだ」



つまり一度酷い体験をした場合、それ以下のものは酷いと感じずに冷静に対処する事が出来るという事だ。

しかし彼女には分からなかった。

どうすればそんな恐怖を味わえるのかが。



「その恐怖・・・殺気は、どうすれば知る事が出来るのですか?」



彼女の言葉に師は少し考える様子にで黙り、そして口を開いた。



「・・・良い機会だ、やってみよう。これが――――――殺気だ」



その瞬間、世界が変わった。

周りで稽古をしていた他のアサシン達は、思わずその殺気の方へと目を向ける。

訓練中にいきなり馴染み深い空気になったのだから、そうなるのは当然。

中には無意識に構える者もいたが、さすがに攻撃をするということはなかった。

稽古見守っていた三人も、驚きを隠せずにその光景を見る。



「まさか長、あれをやるつもりじゃッ!?」

「間違い無く・・・そうだろうね」

「しかしあれをするにはあまりに・・・若過ぎるぞあの子は?
 ・・・・・・それほどのものを持っている、ということなのだろうか?」



三人がそう言って見守り、その場の全員が見守る中、長は彼女に一歩一歩と近付いていた。

彼女は恐怖し、混乱するしかなかった

恐くて動けない。

息をするのが辛い。

体の震えが止まらない。

冷たい汗が全身から流れ出る。

生きてるのが苦しい。

自分の全てを握り締められたような感覚。

いっその事今すぐに殺してくれと本能は叫ぶ。



(これが・・・・・・殺気?我が師の・・・殺気ッ!?)



それはあまりに、あまりに恐ろしかった。

鷹のように鋭い眼光が自身の体を貫く。

一歩師が歩く近付く毎に、死の気配が近付いてくる。

動作の一つ一つが恐くて仕方なかった。

師が剣を構え、そのままの姿勢で止まる。

その瞬間に自分の全てが止まる。

息が出来ない。

体がピクリとも動かない。

あれだけ流れていた汗も止まる。

自分の生命活動が止まる。

能力も使ってないのに自分の時が止まる。

気絶出来たらどれだけ幸せだろうかと思うがそれも出来ない。

させてもらえないのだ、我が師の殺気が。

そしてついに師がゆっくりと動き始める。

止まった構えから動きそして――――――横一文字に振り抜く。

剣先は彼女の眼前を通り過ぎ、彼女の前髪が少量斬られてハラリと落ちただけだった。

全てが終わったと理解した時、彼女は力を失いその場に足を崩して座り込む。



「これが殺気というものだ。覚えておくがいい」

「――――――え・・・あ、え?あれ?え?」

「もう終わったぞ、我が弟子よ。今日はこれで終わりにしよ「う・・・うあ・・・ああ」・・・・・・どうした?」



師が彼女にどうしたかと尋ねたその瞬間。



「う・・・ううふぁ・・・ふぁあああああああんッ!!!!」



彼女は、思いっきり泣き出した。



「ふあああああああああんッ!!!!あああ、あああああッ!!!!」

「・・・・・・落ち着け、落ち着くのだ我が弟子よ。これはただの「うわぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」・・・参った」



さすがのアサシン達の長も、泣く子には勝てないようだった。

どうすればいいのか分からないといった感じで、少しオロオロとしている。

そんな中、彼女の泣き声を聞いてハッとして正気に戻ったテレサが彼女に駆け寄る。



「チビッ!ほら大丈夫、大丈夫だから、ね?これはただの訓練なんだから」

「ううう、あああッ!うわぁぁぁぁぁぁぁんッ!」



彼女はテレサが近付いて来るのを感じるとすぐさまに抱き付いた。

テレサの服が涙と鼻水で汚れるが、テレサは気にせずに彼女を抱き締める。



「恐かったね・・・恐かったね・・・大丈夫、もう大丈夫だから」

「えっく・・・えぐ・・・ぐず・・・うん」



なんとか愚図るくらいにまで落ち着いたようであり、それを見た他のアサシン達はホッと胸を撫で下ろす。



「ほら、立って。それじゃ帰ろうか。お姉ちゃんが部屋に連れていくからさ」

「ぐす・・・あの・・・テレサ姉さん」



目から涙を流したまま彼女は姉の腕を掴み、何かを言いたそうにしている。

だが出来れば言いたくないといった表情でもある。

一体どうしたんだろうと思い、テレサは彼女に尋ねてみる。



「どうしたんだいチビ?」

「あの・・・ええとね・・・・・・・・・・・・」



彼女は顔を赤くしてテレサの耳元で小さく言う。

それを聞いてテレサは納得する。

そりゃ言いたくないだろうと。



「あー・・・はいはい。まあ・・・仕方ないか」



初めてで、しかもいきなりあんな殺気を浴びたのだ。

こうなるのは当然だとテレサは苦笑するしかなかった。



「すいません長。私この子を部屋に連れて行きますね」

「あ、ああ頼む「それと」・・・なんだ?」

「後でちょっと話しがありますから・・・いいですね?」

「しかしこれは「いいですねッ!」・・・・・・分かった」



テレサのその迫力に、長は渋々頷くしかなかったようだ。

訓練とはいえいきなりあの方法を取ったのは不味かったと思っているのだろう。

そんな長をその場に残し、テレサは彼女の手を取り引っ張る。



「それじゃ行くよチビ」

「・・・・・・はい」



そうして二人は自分達の部屋へと戻っていった。

訓練所には気まずい雰囲気でその場に残るアサシン達とその長が残された。

さすがにそんな空気では訓練は出来ず、その日の訓練はそれで終わったのであった。




















そしてテレサは部屋に戻って、彼女の汚れた服と下着を着替えさせて洗ったそうな。




















それから少しして夕食の後、皆はそれぞれの部屋に戻った。

だが彼女は一人だけ自分の部屋以外の所に向かっていた。

自分の枕を持ってだ。

そんな物を持って一体何処に行くのか?

それは彼女の師の部屋だった。

彼女は師の部屋の前に着くと、その部屋の扉の前に立ち、扉をコンコンと叩きノックする。



「どうした、我が弟子よ?」



すぐさま扉越しに師の声が聞こえてくる。

自分の気配を感じて自分だと分かり答えたのだ。

恐らく、この部屋の前に来る前には、誰が来たかなどは我が師は知っていたのだろう。

彼女はそう考えて、また改めて師の凄さを知る。



「我が師よ、部屋に入ってもいいですか?」

「・・・入れ」



彼女は師の了解を得ると扉を開き中に入る。



「失礼します」



部屋に入ると師が椅子に座って本を読んでいる姿が目に入る。

題名をチラと見ると、東洋の妖怪についての本のようだった。



「あの、その本は?」

「東洋妖怪全集というものだ。今は仮面童子という妖怪についてのページを見ていたところだ」

「いえ、そこまで聞いてません」

「そうだな。それで?何の用だ我が弟子よ」



師は本を棚に仕舞うと自らの弟子に何の用で着たのかを尋ねる。



「あ、あの・・・今日はその・・・一緒に寝てもいいですか?」



今日はずっとあの時の恐さで振るえが治まらなかった。

それは今も同じで、体はまだ少し震えている。

それでは何故彼女は此処に来たのか?

どうしてその震えの原因でもある存在と前に来て、ましてや一緒に寝たいなどと言うのか?

それは、自分の師を恐い存在のままにしておきたくなかったからだ。

師はとても優しい御方だ。

自分はそれをよく知っている。

だからそんな師をこのまま恐がるだけではいけないと考え、一緒に寝ようと思い至ったのだ。

そうすればこの恐さを感じないと、彼女なりに考えての行動だった。

本当はそうやって甘える口実見つけて、甘えたかっただけなのかもしれなかったが。



「はぁ・・・好きにするがいい。では、もう寝るとするか」



そんな彼女の思いを察してか、師は溜め息を漏らしてそれを了承する



「・・・はいッ!」



それを聞いて彼女は嬉しそうに返事をする。

もし彼女に尻尾があったら、今頃ブンブンと振り回して喜んだだろう。

彼女は師に抱き付き抱っこをしてもらう。

そしてそのままベッドに運ばれ下ろされると、すぐさま布団の中に潜り込んだ。

それに続いて師も布団に入る。

彼女はにこにこ微笑んで師の腕に抱き付く。

師の体は、とても温かかった。

その温もりを感じて、体の振るえが止まる。

今彼女は、ようやく安心する事が出来たのだ。



「随分と恐がらせてしまったようだな」

「もう・・・いいんです」



抱き締めた腕を更にギュッと力を入れて、その温もりを味わう。

もういいのだ。

こうして自分を暖めてくれる温もりがあるのだから。

だからもういいのだ。

今となっては、そんな事は些細な事だった。



「テレサに言われたよ。「やり過ぎだ」とな。あれは本来もう少し成長してからするべきだったのだがな。
 お前を早く一人前にしたいと焦ってしまった。許せ」

「・・・・・・はい」



テレサはあの後、長に向かってずっと文句を言っていた。

あれは明らかにやり過ぎだ。

もっと大きくなってからでもよかった。

服を洗うのが大変だったとそんな事を言われていた。

その場にいた彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、言わないでと姉に泣きついた。

それを見ていた他の者達は微笑ましくその様子を見守っていた。

自分達も似たような経験を持っていたから、彼女の気持ちは分かるのだ。

それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

羞恥心のあまりにまたその場で泣いた時は、また皆オロオロと慌てたものだった。



「・・・そうか、許してくれるか」



師は彼女の許しを申し訳なさそうな声で受け取る。

この時、彼女にある考えが思い浮かぶ。



「あの、その変わりにお願いがあるのですが?」

「なんだ?」

「歌を・・・聴かせてくれませんか?今日は師の歌を聴いて眠りたいです」



師は歌が上手かった。

自分が寝られなかった時、師はよく子守唄を歌ってくれたのだ。

それを聴くととても落ち着き、心が穏やかになるのだ。

師はそれを聞いて頷く。



「それくらいならいい。では・・・いくぞ?」



そう言うと師は歌を歌い始めた。

彼女が眠る時に聞かされる子守唄だった。

心地良い声の音が彼女の体を包む。

歌のリズムに合わせて、師が自分の体をトン、トン、トンと軽く叩く。

とても、とても心が安らぐ。

なんの不安も、恐怖も、そこには無かった。

ただ、何処までも暖かく心地良い場所があるだけだった。

そうしている内に、彼女はウトウトと頭を揺らし始めた。

彼女はもっと聴いていたいと頑張って起きていようとするが、睡魔には勝てなかった。

やがて目蓋を閉じ、意識が沈んでいく。




















「眠るがいい・・・我が弟子よ」

(・・・・・・おやすみなさい)




――――――彼女はまた、幸せそうに眠りについた。





































もう駄目、難しい、なにこれ恐い。前半書くの大変だった。

映画のK-20でやったのを思い出して書いてみたけど表現が難しい難しい。

もうちょい頑張りたかったが・・・・・・限界だ。

そして後半の殺気のやつ。これは剣客商売であったやつです。

虐めに遭ってる町人が主人公にどうにかしてほしいと頼んだ。

そしたら主人公、刀で切りかかって皮一枚ちょっち斬って、それ繰り返したら度胸が付いてめでたしって話だった。

やり過ぎだが効果はあったんだなと思いました。

まあ咲夜さんは可哀想だと思いますがねぇ・・・・・・・うん、やり過ぎた。

それでは!



[24323] 第十二話 初任務と命と懐中時計と
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/15 20:49


彼女が教団に来てから、四年ほどの月日が流れた。

あの殺気の事件から、彼女の腕はメキメキ上達していった。

その上達振りは凄まじく、その実力は既に教団でも上位に入るほどだった。

もちろん彼女の才能もあったのだろうが、師の教育が一番大きかった。

師の的確な指導の下、彼女はその実力を上げていったのだ。

今では師との同行ではあるが、既に任務にも就いている。

正確な年齢は分からないが、今の彼女はおよそ十二かそこらの歳だった。

それで任務に就くのは教団では異例の早さであった。

といっても、連れて行ってくれる任務で彼女がするのは偵察がほとんど。

それ以外は師や兄弟達の仕事を見て覚えるというのが、彼女の任務だった。

彼女はそれに不満は無かったが、もっと役立ちたいという気持ちもあった。

だが勝手に動き他の者に迷惑を掛ける訳にはいかない。

だから彼女は徹底的に自分に課せられた任務をこなした。

仕事を見るという任務を。

徹底的に、その任務を全うした。

初めて人が殺されるところを見た時も、彼女はただ淡々とその仕事振りを見て自分の物にしようと努力した。

そしてそれは確実に彼女自身の身に宿っていった。

だから彼女は自分の任務には満足しており、不満は無かった。

何時か自分の力が師の役に立つと考えると、いくらでも彼女は頑張れた。

大好きな我が師の為なら、彼女はどんな事も出来る覚悟があった。




















――――――そして彼女に、とうとうその役に立つ時が来たのであった。




















教団の建物の広間の一つに、教団の長はただ一人佇んでいた。

長は虚空に向かい言う。



「――――――我が弟子よ」

「――――――此処に」



長以外に誰もいなかった広間に、彼女はフッと姿を現した。

彼女は長の前に跪きながら、次の指示を待つ。

静かな広間に二人きりでいるその場面は、まるで神聖な儀式をしているかのような雰囲気に包まれていた。



「お前に任務を言い渡す」

「ハッ!なんなりと」

「今回の任務は、ある人物の暗殺だ」

「・・・・・・はい」



長のこの言葉を聞いた時、彼女はついにこの時が来たかと内心思い、そして歓喜する。

ついに自分の業を我が師の為に存分に振るう事が出来ると喜んだ。



「お前にとっては初めての暗殺任務だ。実行するのはお前ただ一人だ。いいか?」

「はい」

「能力の使用も許可する。自身の全身全霊を出せ」

「はい」

「任務の内容はこれに書かれている」



そう言って彼女は長から封筒を渡される。

彼女は中身を抜き出し、指示書を見る。

そこには任務の内容と、実行する為に必要な情報が書かれていた。

彼女はそれをすぐに見て、頭の中に瞬時に記憶する。

そして封筒に指示書を戻し師に渡す。

師はそれを受け取るとグシャリ丸めて空中に投げ捨てる。

師の手から離れた瞬間、封筒はボッと燃え上がり、その存在を消す。

まるでそれはターゲットの行く末を暗示しているかのようだった。



「任務に就く前に、我等の掟を言え、我が弟子よ。そして自分に言い聞かせよ」

「はい、我が師よ。
 一つ――――――罪無き者を無闇に殺すべからず。
 一つ――――――苦痛を与え殺すべからず。
 一つ――――――己が存在を悟らせるべからず。
 一つ――――――我等の恐怖を教えること忘れるべからず。
 一つ――――――仲間を危機に晒すべからず。
 一つ――――――仲間を裏切るべからず。
 一つ――――――自らの命ある限り任務を続ける。だが不可能なら生きて戻るのを忘れるべからず。
 そしてそれも不可能なら、その命を自ら絶つこと忘れるべからず。
 ――――――自らの魂を汚されることの無きように」



彼女は掟を自身に言い聞かせて気を引き締める。

それを確認した師は、彼女に命を下す



「では行け」

「ハッ!」



彼女はそう答えるとすぐにその場から姿を消し、任務を遂行しに出発した。





































彼女は今現在、ある屋敷の屋根の上にいた。

この屋敷に今回のターゲットである男がいた。

その男はある企業の重役であり、今回の暗殺はその企業の仕事で被害を受けた者達からの依頼であった。

この屋敷にはその重役が住んでおり、此処でそのターゲットを始末するのが彼女の任務だった。

その男が手掛ける今度の仕事が成功すれば、その企業の出す被害は更に広がるとの事だった。

そしてその仕事の成功の有無は明日の重役会議で決定されるとの事だった。

それを阻止する為に今回教団に依頼が来たのだ。



(潜入は・・・・・・問題無いか)



屋敷の警備は厳重だったが、彼女は問題無く潜入出来た。

それはそうだろう。

なにしろ、空を飛んで来たのだから。

いくら警備が厳重とはいっても、相手も空からの侵入は想定していなかった。



(・・・・・・此処までの進入は問題無い。問題は此処から。屋敷に侵入してから)



そう、問題は中に進入してからだ。

いくらなんでもターゲットのところまで飛んで行くという訳にはいかない。

彼女はとりあえず屋根から飛んで適当な窓を見つけ、礼儀正しい強引な方法で窓の鍵を開けて屋敷に侵入する。

壊さずとも進入出来たが、これは業と壊したのだ。

こういう小さな痕跡を残して、進入されたのだという証を残す。

これも今回の仕事の一つだった。

今彼女は屋敷の廊下にいた。

そしてその廊下は監視カメラの無い廊下だった。

監視カメラの位置は全て彼女の頭の中にあった。

そして彼女の頭の中にはこの屋敷の詳しい構造も入っていた。

何処に何があり、誰がどの時間にいるか。

そういう情報が完璧に入っていたのだ。



(カメラの配置が雑だわ。こんなんじゃ侵入者を見つけるなんて無理ね。まあ、楽だからいいけど)



彼女はさっそくターゲットのいるはずの部屋に向かう。

途中で屋敷の見回りの警備員がいたが、気配を断ち見つからないようにやり過ごす。

そしてやり過ごせない場合は能力を使用して時を止め、警備員の目の前を通り過ぎる。

そうして彼女はターゲットのいる部屋に難なく辿り着く事が出来た。

扉の鍵は開いている。

彼女は再度時を止めて扉を開けて部屋に入る。

そしてすぐさま部屋にあるベッドの物陰に隠れる。

時が動き出すと同時に、彼女はターゲットの男を確認する。

部屋は小さなランプの光が照らす黄色の光だけで薄暗い。

そんな薄暗い部屋の中、男は椅子に座り頭をフラフラと動かし俯いていた。



「・・・・・・うん、ぐ・・・ふぅ・・・ヒック」



男からそんな声が聞こえる。

どうやら酒を飲んでいるようだ。

それもかなりの量を飲んでいるらしい。

床のカーペットの上には酒瓶がいくつも転がっていた。

部屋はきつい酒の匂いが充満していた。

男が懐から何かを取り出し、何か言う。



「・・・・・・安心しろよ、もうすぐだからな。もうすぐ、会えるからな」



男はその手にした何かを見てぶつぶつとそんな事を言う。

実に嬉しそうにだ。

注意は散漫している。

これなら問題無く処理出来ると彼女は彼女は判断し、そして仕事を実行する。

能力の連続使用は精神的にきつい負担を強いる。

彼女の場合、使用には一呼吸のインターバルが必要だった。

彼女は軽く深呼吸をし、そして、時を止める。

そして男の前に行き、ナイフを心臓に向かい突き出す。

教団で用意された死体を相手に何度も訓練で突き刺した。

それと同じ事をするだけだ。

ナイフは体に突き立ち肉を裂き、骨の隙間を潜り、狙い違わず心の臓腑を貫く。

今回初めて生きた人間を刺したが、感触は訓練の時と何も変わらなかった。

死んで動かなくなった体と、時が止まって動かなくなった体というだけの違いだった。

時が動き出す。



「・・・・・・ご、はぁ・・・え?」



男の口から、血がコポリと流れ出る。

自分の身に何が起こったのか、酔った思考と常識外の出来事により把握出来ないようだ。

その顔には自身の体の変化に困惑する表情が浮き出ていた。



「眠れ――――――安らかに」



彼女は男に向かいただ静かにそう告げる。

そんな彼女を見て男は驚き、そして――――――微笑んだ。



「・・・・・・え?」



彼女は男の顔を見て驚くしかなかった。

その所為で判断が思考か狂う。

男の腕が、彼女を抱き締めたのだ。

彼女はしまったと思い離れようとする。

だがその前に、男は彼女向かって言った。



「迎えに、来て、くれたのか、アリシア?」



微笑みながら言う男の顔には、幸せが満ちていた。

彼女はそれで更に困惑し、動く事が出来なかった。



「あり、がとうな。パパを、迎えに来てくれて。・・・主よ、感謝し、ます」

「な・・・何を言って?」

「ママも、待ってるん、だろうな。だったら、すぐに行かなくちゃ、な」



男はそう言って、彼女の頭を撫でる。

ゴツゴツとした大きな手は、その温もりが段々と失われていった。

だがそれでも、暖かかった。

まるでそれは、我が師と同じような――――――



「アリシア、私の可愛い、アリシア。来てくれて・・・あり・・・が・・・とう」



男の腕がダラリと力を無くし、彼女の体から離れる。



「一体・・・・・・何が?」



彼女は困惑するばかりだった。

彼女は自分が仕留めた人物を見る。

その顔には一切の苦しみは無く、ただ幸福そうな笑みを浮かべて、瞳からは一筋の涙が流れるだけだった。

ふと、何かが落ちる音がした。

彼女はその音のした方を見て、落ちた物を確認する。



「これは・・・写真?」



彼女はそれを手に取り、写真を見る。

そこには、幸せそうに笑う男の姿があった。

男に寄り添い、同じく幸せそうに笑う女の顔があった。

そして二人に抱き締められるようにして、二人の間にいる自分と同い年くらいの少女の幸せそうな顔があった。

そこには、幸せに包まれた、家族の姿が写っていた。



「アリシアってまさか・・・この子の事なの?」



男の言ったアリシアという名前。

恐らく、この子の名前なのだろう。

泥酔して、自分と間違えた?

だが写真に写る少女のその姿は自分とは違っていた。

第一写真の彼女は自分とは違い金髪だ。

いくら酔っていたといっても間違えるだろうか?

そう思う彼女の目に、ふと部屋の鏡に写る自分の姿が目に止まる。

ランプの黄色い明かりで、自分の髪が金みたいに見えたのだ。

彼女は思う。

この薄暗がりで、泥酔して、今の自分を見て自分の娘と間違えたのか。

写真をもう一度見て、そして思う。

自分は、この子の父親を殺してしまったのだと。

そう思った瞬間、彼女の息が、乱れる。



「はぁ・・・はぁ、はぁ、ハァハァハァ、ハァッ!ハァッ!ハァッ!」



自分はこの子から父親を奪ってしまった。

そう思った瞬間に、彼女に罪悪感が襲い掛かる。

父親を殺した、この子の父親を殺した、殺してしまった。

男の年齢は、師と同じように見える。

もちろんこの男は我が師とは似ても似つかない。

だがあの手にあった温もりは我が師と同じで、どうしても思うのだ。

まるで自分の手で、我が師を、殺し――――――



「違うッ!違う違う違うッ!・・・・・・落ち着け、落ち着くんだ」



彼女は自分にそう言い聞かせて落ち着こうとするが、手に持つ写真を見る。

そして、少女の幸せそうな笑顔を見てしまう。

自分はこの子から父親を奪ってしまった。

この子もきっと、父親の帰りを待っていたに違いない。

自分が、我が師の帰りを待つように。



「・・・・・・ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい・・・・・・ごめん」



彼女は写真の少女に向かい謝り続ける。

きっとこの子は、自分を怨むだろう。

自分が彼女なら、そうする。

自分の大事な人を、我が師の命を奪われたら、自分ならそうする。

この男もそうだ。

もう生きて、自分の娘に、妻に、家族に会えないのだから、自分を怨むはずだ。

こんな写真、見るべきじゃなかった。

あんな言葉、聞かなければよかった。

こんな事実、知らなければよかった。

彼女は涙を流して、自分のしたことがどれだけ罪深いかを知る。

人の命を奪うというのは、こんなにも重いものなのかと知ってしまう。



「・・・・・・行こう。此処にはいられない」



涙を拭き、彼女は立ち上がる。

帰らなければと、自分の中のアサシンとしての本能が告げる。

もう仕事は、任務は終わったのだ。

速やかに帰還しなければ。

彼女は手に持つ写真を男の膝の上にそっと置く。



「私の事・・・・・・怨んでください」



彼女はそう言い残し、部屋から出て行った。

あんなのはただの自己満足の言葉でしかない。

だが、言わずにはいられなかった。

言わなければ、自分が破裂しそうだったから。





































彼女は教団へと帰ってきた。

そして事の報告をする為に師の下に彼女は向かう。

そんな時、彼女に声を掛ける者がいた。



「チビ、無事だったか。任務はどうだった?」



そう彼女に話しかけるのは、姉であるテレサだった。

心配して、帰りを待っていたのだ。

そんなテレサに、彼女は静かに答える。



「・・・・・・大丈夫、ちゃんと出来ました」

「ちゃんと出来たって・・・いや、でもあんた」



彼女を見てテレサは困惑する。

あまりに落ち着き過ぎだったのだ。

まるで、心まで死んだように見えるその姿は、とても大丈夫そうには見えなかった。



「それでは、我が師に報告してきますので」

「・・・・・・うん、それじゃね」



どうすればいいか、テレサは判断しかね、彼女をそのまま長の下へと向かわせる。

テレサはああなるのは仕方が無いと思った。

初めて人を殺したのだ、当然だ。

自分も初めて人を殺した時は、そうだった。

一週間眠る事も出来ずに、ガタガタと震えたものだった。



「長・・・いえ我が師よ、お願いです。あの子を、助けてください」



今の自分に出来るのは、そうして祈る事だけだった。





































そして彼女は、師のいる部屋へと辿り着き、部屋に入る。

部屋には何かの書類を確認する師の姿があった。



「・・・・・・ただいま戻りました、我が師よ」

「戻ったか我が弟子よ。それで成果は?」



師は彼女を確認すると、すぐさま任務の成否を問い掛ける。



「・・・・・・問題は無く、成功しました」

「そうか。では、戻るがいい」



師はそう言ってまた書類に目を通す。

だが、彼女は部屋から出て行かなかった。



「・・・どうした、我が弟子よ?何か言いたい事があるのか?」

「・・・・・・お教えください我が師よ。私が殺したあの男は、一体どういう人物なんですか」

「・・・・・・それには答える必要は無い。知る必要は無い。相手を知ったところでなんになる?
 既に殺した相手を知っても「私はッ!知ってしまったんですッ!」・・・・・・何をだ?」



大声でそう言う彼女を、師は何を知ったのかと問いただす。



「あの男にも・・・家族がいるという事をです。見てしまったんです。あの男が持っていた写真を。
 家族と一緒にいた写真を。最後の瞬間、あの男は私を自分の娘の名前で言ったんですッ!アリシアとッ!」

「・・・・・・そうか」



彼女はいつもと同じ調子で答えた師をキッと睨み付け近付き、服を掴み激昂する。



「そうか?それだけですかッ!?それだけしか仰らないのですか我が師よッ!?
 私はアリシアという子の父親を殺してしまったのですよッ!その子が帰りを待つ父親を・・・私は・・・私は・・・」



初めは激昂していた彼女はすぐに涙を流し、師の胸に顔を埋めて泣き出す。



「こんな事・・・知らなければよかった。そうすればこんなに、苦しむ事も、無かったのに」

「・・・・・・そうか」



泣き続ける彼女を、師は抱き締める。



「・・・最後に、あの男は私を抱き締めたんです。今の我が師と同じように。
 アリシアと言って、私にありがとうってそう言って、幸せそうに、死んだんです」

「・・・・・・そうか」

「あんなもの・・・見なければよかった。だって、だってだって・・・まるで私が、我が師を殺したみたいで」



涙を流し続ける彼女を、師は抱き締める。



「・・・・・・苦しいか、我が弟子よ?」

「人一人の命が、こんなにも重いなんて・・・知らなかったんです」

「だがお前はそれを知った。そうだな?」

「・・・・・・はい」



師の言葉に、彼女は泣きながら師の胸の中で頷く。



「人の命の重さを知る。それが出来てアサシンは一人前になる。私はそう考える」

「・・・・・・我が師よ、それは」

「教えてやろう、あの男について。いや、今回の任務を依頼した者をな」

「任務の・・・依頼者?」



依頼主の詳しい情報。

それは一介の、しかも新米のアサシンである自分が知っていいような情報ではない。

それなのにどうしてと彼女は疑問に思う。

そして、師は彼女に依頼主だ誰かを教えた。




















「今回の任務の依頼主。それは他でもない――――――あの男自身だ。
 そしてあの男の家族は既に――――――この世にはいないのだ。三年前からな」




















彼女はその事実を知って、目を見開き驚くしなかった。



「そんな・・・どうしてッ!?だって依頼主はあの男のいた企業の仕事で被害を受けた者達だってッ!?」

「他でもない奴がその被害者だったのだ。そしてその被害で死んだのが、奴の家族だったのだ。
 奴は言うなれば被害者達の代表のような存在だったのだ」

「・・・どういう、事なんですか?」



彼女の問いに、師は説明を始めた。

もちろん詳しい内容や名称などは伏せていたが、内容はこういうものだった。

依頼主の男の妻は、その企業の科学者だった。

ある時企業は開発中だった装置を、まだ安全が確認出来ない段階で強引に作動させたのだ。

もちろん開発者チームである者達は反対したが、上の命令に逆らえずに実行するしかなかった。

チームは適当なところで実験を中止にしてなんとかしようとしたが、予期せぬ事態が起こった。

装置が暴走し、研究所の者達は死亡。

逃げる事も出来たらしいが、被害を最小限に留める為にチームは残り、装置の解体を行った。

その御蔭で本来ならその数千倍の被害が出たのだが、チームの活躍でそれは阻止された。

だが悲劇はそれだけではなかった。

運悪く、あの男の娘、アリシアも研究所にいたのだ。

母親の仕事の見学の為に、アリシアは研究所にいたらしい。

そして彼女は母親と同じように、装置の暴走により死亡した。

男は愛する家族を失ってしまったのだ、永遠に。

だが悲劇は更に進んでいく。

後日、企業はこの事件を開発者チームの独断で行われたものだと発表。

事件の真相は、闇へと葬られたのだ。

そして被害を最小限に食い止める為に自らの命を捧げた開発者チームは、世間から悪のレッテルが貼られた。

男は憎んだ。

自分達の非を認めずに真相を隠した企業を。

命を懸けて被害を最小限に食い止めた妻達に悪とレッテルを貼り付けた企業を。

自分の最愛の妻を、娘を、家族を奪った企業を怨んだ。

男の復讐はそこから始まった。

男は企業の中でその地位を死に物狂いで上げていった。

自らの企業の最高機密であるデータを、企業の暗部の情報を手に入れる為に。

そして男は三年でその企業の重要なポストまで上り詰めた。

そして望み通りのデータを手に入れた。

そのデータの中には、妻と娘が亡くなったあの事件も含まれていた。

後はこのデータを世間に公表するだけだったが、それでは彼はまだ満足しなかった。

企業の上層部はデータを公表しようとした自分を密かに殺害し、また事件を隠蔽しようとした。

そういうストーリーを用意し、彼は自分の死をもって企業への復讐を完遂する事にしたのだ。

家族のいないこの世界に、未練など無かった。

だが、自殺するだけでは駄目だった。

誰かに殺されなければ、いけなかったのだ。

そこで、教団にこの依頼が来たのだ。



「そんな・・・事が?」



それを聞いて彼女は驚くしかなかった。

あの男は知っていたのだ、自分があの日に死ぬ事を。

あんなに酒を飲んでいたのは、自分に訪れる死の恐怖を少しでも紛らわせようとした結果なのかもしれない。

そしてあの時言ったもうすぐ会えるというあの言葉。

あれはもうすぐ死んで、会いに行くという意味だったのだと、今ではそう思う。



「もう少しすれば、世間が騒ぐであろうな。その時にその企業の事もまた知るだろうが・・・まあ、それはどうでもい。
 お前は最後にあの男が笑って死んだと言ったな?娘の名前を呼んで、死んでいったと」

「・・・・・・はい」

「奴の情報を調べた兄弟達からの報告だと、あの男は笑うという事が無かったらしい。
 ただ寡黙に、自分の目的を果たすためにな。だから、私は思うのだ。
 お前を見た最後の瞬間は、きっと救われていたのだろうとな。そう思うのだ」

「そう・・・でしょうか?」

「誇れ我が弟子よ。お前は一人の人間を殺し、そして命のなんたるかを学んだ。
 そして同時に、お前はその一人の人間を救ったのだ。あの男の魂を、な」

「・・・・・・本当に、そうしていいのでしょうか、我が、師よ?」



震える声で彼女は師に尋ね、師はしかと頷き言った。



「ああ、この私が許そう。だから・・・もう泣いていいんだ」



その言葉を聞いた瞬間に、彼女の中に溜まったものが、弾けた。



「う、ああ、うああああああああああああああああッ!!!!」

「泣くがいい。泣いて、そして自分を許すのだ」



彼女はずっと師の腕の中で大声で泣き続けた。

師は泣き止むまで、彼女を抱き締め続けた。




















――――――後日、とある企業の不正が明らかになり、その企業は破滅の道を辿り始めた。

――――――開発者チームの汚名は雪がれ、彼等の功績は正しく評価された。

――――――そして報道されたニュースにはあの男の名前もあった。

――――――自らの命を懸けて企業の不正を暴いた、英雄と紹介されて。

――――――こうして、一人の復讐者が命を懸けた復讐劇は幕を閉じた。

――――――事の真相を知るのは、舞台裏で活躍した者達だけであった。




















あの任務から数日、彼女はしばらく休みを貰い自己の鍛錬をしていた。

休んでいるだけでは、気分は良くならないと考えたからだ。

彼女はあの男に感謝していた。

彼の御蔭で、自分は本当の意味でアサシンとなる事が出来たのだと。

人の命を奪うという事が、どれほどのものかを教えてくれたから。



「此処にいたか我が弟子よ」



その声に彼女は振り向く。

そこには予想通り、自分の師が立っていた。



「あ、どうかしましたか、我が師よ」

「お前にあの任務での褒美を与えていなかった事に気付いてな。それを渡しに来た」

「そんなッ!?いいです我が師よ。そんな恐れ多い」



自分は与えられた任務を全うしただけだ。

既に報酬は手にしているのに、その上まだ褒美を与えられるなんてと、彼女は恐縮する。



「気にするな。任務が終われば渡そうと思っていたものだ。お前の初任務だからな。
 それにこれはお前の今後にも必要になるものだ。受け取れ」

「私の今後に必要な物・・・ですか?」



彼女がそう言うと、師は彼女にある物を渡した。



「これは・・・師の懐中時計、ですよね」



それは、彼女の師が愛用していた懐中時計であった。

彼女は師の愛用の品を受け取り嬉しかったが、これがどうして自分に必要になるものなのか分からなかった。



「あの、どうしてこれが私に必要なものなのですか?」

「これを使用して、お前の時を操る程度の能力を鍛えるからだ」

「これで・・・ですか?」

「そうだ。この時計の針を、お前の能力のみで止めるのだ。そして止めていられる時間を延ばす鍛錬をする。
 今まではアサシンとしての修行しかしなかったが、今のお前になら能力の鍛錬をしてもいいと判断する。
 これを機に更に励めよ、我が弟子よ」



彼女はその言葉を聞いて喜んだ。

また師に認められたと、歓喜した。



「ハイッ!我が師よ」



それを聞いた師は、感心して頷いて言った。

彼女の好きな言葉を。




















「うむ、それでこそ我が弟子だ」

「ありがとうございますッ!」



――――――そう答える彼女の顔は、とても幸せそうだった。





































という訳で、今回は咲夜さんの初めてのお使い・・・じゃなくアサシンとしてのお仕事でした。

まあ、ちょっとした雑用みたいなのはしてましたが、一人でやったのは今回が初めてという事になります。

咲夜さんのした最初の仕事はあれでよかったと思います。

早く立ち直る事が出来たんですからね。しかも大事な事も学べたようで。

企業への復讐をした男の話は書いてる途中で思い付きました。

おお、電波電波。

そして懐中時計が来ました。今の咲夜さんが使ってるのはこの時貰った、というのがこの話での設定になります。

前の話に懐中時計が出ていたのがこれの伏線だったのさだったのさのさのさ。

それでは!



[24323] 第十三話 動き出す運命の歯車
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/19 00:12






彼女が教団に来てから、七年ほどの年月が過ぎた。

彼女は教団のアサシンの中でも最高と呼ばれるほどの腕前と実績を積み重ねてきた。

師から教えてもらった能力の鍛錬法は、彼女に大きな恩恵をもたらしてくれた。

今では集中が続く限り時間を停止する事が出来るようになった。

その他にも、ある程度の空間を弄る事も可能になった。

この能力を加えて、更に彼女はアサシンの腕を上げていった。

そうする内に彼女は危険な任務をこなしていくようになり、更にその実力を上げていった。

彼女が主に担当するのは、妖怪退治が多かった。

妖怪は能力持ちの存在が多く、それを処理するのは手練のアサシンでも難しい。

だが彼女の時を操る程度の能力は、その困難な処理作業をものともしなかった。

恐らく、対能力者の相手なら長の次の腕前があっただろう。

マスターの位こそまだ無いが、それも彼女が若いからというだけの話だった。

彼女は成人したその時に、マスターの位を得る事が約束されていた。

そんな彼女は今、自分の部屋を持ち一人で過ごしていた。

二年ほど前に、もう一人の部屋の住人であるテレサがいなくなった為だ。

テレサは、任務に失敗し、そして死んだ・・・・・・という訳ではない。

アサシンならありそうな話ではあったが、テレサがもうこの部屋にいないのは別の理由があった。

単純な話であった。

一人前のアサシンと認められた彼女は、自分の部屋を与えられたというだけの話だった。

ではテレサは何処へ行ったかというと、テレサはマスターの位を与えられた時にまた別の所に移ったのだ。

今の部屋よりも過ごしやすい豪華な部屋で、下手なホテルのスイートルーム以上の造りであった。

ちなみにテレサ本人はその部屋には満足はしていたが、可愛い妹分がいないのは寂しいと言っていた。

だから時々だが部屋に来て、一緒に過ごす時間というものはあった。

彼女も寂しいと思う時があり、テレサと過ごすのは嬉しかった。

彼女が教団に来てからそれなりの時間が過ぎた。

小さかった彼女も大きくなり、そしてなにより美しくなった。

その美しさは例えるなら、蕾が咲き始める時の美しさのようなものだった。

そんな風に成長していた彼女だが、悩みのようなものも当然あった。

それは我が師についてであった。

昔は褒められれば素直にそれが嬉しかったが、最近ではそれ以上に恥ずかしさを感じるようになった。

嬉しいのだが、どうにも師の賛辞を素直に受け取れなかったのだ。

頭を撫でられた時は嬉しさ以上に恥ずかしさが増し、顔を朱に染めるばかりだった。

今では昔の自分が羨ましいとさえ思えるようになった。

あの頃は師の腕の中で安心して眠る事も出来たが、今では恥ずかしくてとても出来なかった。



「テレサ姉さん。私どうすればいいんでしょうか?」

「・・・・・・うん、ごめん、それ私じゃどうしようもない」



テレサは彼女にズバリそう言った。

今彼女は自分の部屋でテレサに自分の悩みを相談している最中だった。

しかしテレサからの返答はそんな投げやりなものだった。

すると彼女はテーブルを叩き、ガチャンとテーブルの上にあった食器が鳴り、少量の紅茶がこぼれる。



「そんなッ!?じゃあ誰に相談すればいいんですかッ!?
 アル兄さんもジョヴァンニ兄さんも、こんな相談しても丸っきり役に立たないじゃないですかッ!」

「さ、さりげなく酷い事言うねチビ。いやでも・・・確かにそうだけど」



そんな風に憤慨する彼女にテレサは苦笑するしかなかった。

言ってる事は酷いが、彼女の言い分はもっともだとテレサは思う。

まずアルは駄目だ、問題外。

こんな話をしてもどうすればいいかうんうんと唸るだけで役に立たないだろう。

ジョヴァンニはもっと駄目だ。

いや、アルよりかは良いアドバイスは出来そうだが、あんな脳と下半身が直結したような奴に相談すれば何を吹き込まれるか。

となるとやはりこういう相談は自分しかいないだろう。



「まあ・・・あれだよ。思春期特有の感情だと思うよ?あーでもこの場合反抗期って訳でもなさそうだしね」

「じゃあ何なんですか?」

「えーと・・・長を異性として見るようになったとか?あ、たぶんこれだわ」

「い、異性として、ですか?」



それを聞いた彼女は少し顔を赤らめる。

言われなければ意識はしなかったのだろうが、言われるとどうしても意識してしまう。

彼女とて年頃だ。

そういうのに興味が全く無い訳ではなかった。



「ほら、あんたも女の子なんだしさ。やっぱりそういう恥ずかしさっていうのかな・・・そういうのだと私は思うよ?
 あれだよ、父親を男の人としてつい意識しちゃうとかそんな感じかな、うん。そういうのは普通にあると思うよ」

「そ、そうでしょうか?テレサ姉さんにも、そんな時があったんですか?」



彼女の問いに、テレサは軽く頭を捻り唸る。



「私の時?うーん・・・どうだったかな?そもそも私には父親なんていなかったしね。
 確かに私が長を師と仰いでいた時は、父親みたいな感情はあるにはあったんだけど、チビみたいな感情は無かった・・・かな?
 そういう異性に対しての恥ずかしさってのは、アルに感じてたかな?兄貴みたいなものだったしね、アルは」

「それに好きでしたしね、アル兄さんの事」

「・・・・・・・・まあね」



テレサは少し顔を赤くして頷く。

少し恥らってるが、出会ったばかりのように慌てて返事をしていないところから、テレサも成長したのだろう。

成長しているのは、彼女だけではなかった。

ジョヴァンニもマスターの位を与えられて、教団最強のアサシンと謳われるようになった。

直接対決するなら、もう長よりも強かった。

だがアサシンとしての力はまだまだ師に及ばなかった。

どうしても師の虚を突く事が出来ず、逆に返り討ちに遭う事ばかりだった。

アサシンとしての強さは戦闘での強さではなく、戦闘をしないで相手を殺す強さを言うのだと彼女は学んだ。

その点、アルはまさにそういうアサシンとしての強さを持っていた。

その腕前は既に長と同等と言ってもよく、強さの差といえば経験くらいのものだった。

今ではアルは長の変わりに教団員に指示を出す事もよくあった。

彼女はいつか自分もアルのように、本当のアサシンとしての強さを身に宿したいと尊敬している。

テレサもテレサでマスターアサシンとして活躍し、その実力は組織でも上位に入るものだった。

自分が教団に来てから、だいぶ時間が経ったなと、彼女はしみじみと感じる。

教団のメンバーもだいぶ変わった。

新入りのアサシンも入ってきてし、任務中に殉死して亡くなった者もいた。

新入りのアサシンには今の自分よりも歳が上の者もいて、そういう人に先輩呼ばわりされるのはむず痒いものを感じた。

殉職したアサシンの中には彼女と仲の良かった者もいた。

先輩達は師からは教えられなかったものも教えられたし、同年代の者とは楽しく遊んだ。

そんな人達が死んでいった時はまた泣きに泣いた。

その度に教団の兄弟達がどれだけ大事な存在なのかを、彼女は痛いほどに感じた。

そして思うのだ。

我が師のような立派な存在になり、教団のみんなを導けるような、そして守れるような存在になりたいと。



「あ、そういえば」

「どうかしましたかテレサ姉さん?」



何かを思い付いたようにするテレサに、彼女は何かと尋ねた。



「いやね、今更なんだけど、チビの名前ってどうなってるのかなってさ」

「私の名前・・・ですか?」



自分の名前。

我が師と出会う前にも自分には名前もあったのだろうが、彼女はそれを忘れてしまった。

あの頃は生きるだけで必死だったし、自分を名前で呼んでくれるような人もいなかった。

ただ生きる。

それだけを考えて生きていたら、何時の間にか自分の名前すら忘れてしまったのだ。

もっとも思い出そうとしてももう思い出せないし、別に思い出せなくてもいいと思っている。

もう自分には名前は無いものだと彼女は思っている。

我が師に我が弟子と呼ばれる。

それだけでも、彼女は十分だったのだ。



「みんなあんたをさ、私みたいにチビとか言ったり、ジョヴァンニみたいに妹よとか言ったりさ。
 それ以外だとお前とか君とか。長も我が弟子としか言わないし、ちゃんとしたあんたの名前ってのが無かったじゃないか?」

「あれはどうなんですか?ほら、キリングドール」

「あれは二つ名みたいなものだろ?私の幻殺とか、アルの静かな風とか、ジョヴァンニの多業とかみたいな。
 それと長みたいな抗う者とかさ。そういうのじゃなく、あんた自身の名前だよ」

「さあ・・・どうなんでしょう?私は特に困ってませんし、それを言うなら、長だってそうじゃないですか?
 誰も我が師の名前を言った事、無いじゃないですか」

「そういえば・・・そうだね。私、長の名前知らないや。でもあんたみたいに無いって訳じゃないだろ?
 考えてみれば、あんたに名前を与えてもよさそうなもんなんだけどねぇ」

「・・・・・・そう、でしょうか?」

「まあ、もしかしたら長もそこ何か考えてると思うよ?例えば、マスターの位を貰う時に名前を貰うとかさ」

「名前を・・・貰う」



それを考えて、彼女は幸せそうな顔になる。

テレサはそんな彼女を見て少しいぶかしんだ。



「どうしたんだいチビ?なんだか嬉しそうじゃないか?」

「我が師に名前を貰えるかもしれないと、そう考えたら、嬉しくなったんです」

「へぇ?そりゃまたどうして?」

「なんだか、本当に我が師に認められたんだなって、そう思えるから」

「そうか・・・・・・本当に、そうだといいけどねぇ」

「はい・・・・・・あ」



彼女はおもむろに見た懐中時計を見て、そろそろ我が師に会いに行く時間が迫っている事を知る。



「テレサ姉さん、私はそろそろ我が師に会いに行かなければいけませんので」

「あ、もうそんな時間?それじゃ行ってきなよ。ここは私が片付けておくからさ」

「いえ、時を止めて私がしておきますから」

「やらしてよ、可愛い妹分の為にさ」

「・・・・・・ありがとう、姉さん。それじゃ私、行ってきますね」

「はいは~い。行ってらっさ~い」



テレサは手を軽く振りながら彼女を見送った。

そして彼女もそれに笑顔で答え、部屋を出て行った。





































そして彼女は我が師のいる部屋へと入って行った。



「失礼します我が師よ。今回の任務は・・・・・・アル兄さん?ジョヴァンニ兄さん?」



部屋には我が師だけではなく、アルとジョヴァンニもいた。

二人とも、深刻そうな顔をしていた。

何か問題でもあったのかと、彼女は少し不安になり尋ねる。



「二人共揃って・・・どうしたのですか?」

「いやその・・・今回のお前のする任務が、な」

「兄上、長、やはりこれはこの子一人でさせるのは不味いんじゃないかな?」

「・・・何かあったのですか?」



二人の様子がどうもおかしい。

今回の自分のする任務が、二人をそうさせているのだとは思うが、それほどに深刻なものなのだろうか?

彼女は不安そうに師を見つめ、師はその視線に答えて彼女に話を進める。



「・・・今回のお前の任務。それはある吸血鬼の始末だ」

「吸血鬼?吸血鬼の討伐なら、もう何度もしていますが、それがどうして問題なんですか?」



吸血鬼は確かに厄介な存在だが、彼女は今までに都合三十二体程を屠ってきた。

また相手にしても慢心も油断もしないが、それでも彼女にとっては難しい相手ではなかった。

それはこの三人も知っているはずだ。

ジョヴァンニが彼女に言う。



「それは、ただの吸血鬼じゃないからさ」

「そうだ。何しろ相手はあのスカーレットの吸血鬼だからな」

「スカーレット?アル兄さん、それは一体?」

「それについては、私が話そう」



長は皆を静めるとそう言って説明を始めた。



「スカーレットの吸血鬼のスカーレットとは、家名の事だ。古さだけならドラキュラよりも古い家系でな。
 有名なのは初代スカーレット家当主、エイブラハム・スカーレットだな。
 エイブラハム・スカーレットは吸血鬼としての弱点が一切無い、真祖と呼ばれた吸血鬼の王だ。
 紅魔卿の二つ名で呼ばれ、戦場を紅に染めて君臨したその姿はまさに最強といえた」



エイブラハム・スカーレット。

紀元前から存在した、古き恐怖の幻想の怪物。

紅魔の魔王として大陸にその名を轟かせた最強の吸血鬼。

その力は伝承の彼方へと消え去り分からなかったが、彼の伝説はいくつか残っていた。

曰く、ただその場にいるだけで、周りの者にいた者達は彼に向かい跪いた。

曰く、ただの腕の一振りで彼を討伐に来た軍隊の精鋭が、一瞬にして弾け飛び血の海と化した。

曰く、自身を殺そうとした者を友と呼び気に入って自身の従者にした。

それ以外にも真夏に吹雪を七日間吹雪かせただの、昼を瞬く間に夜にしただのというとんでもない伝説がある。

彼女はそれを師から聞いて呆れるしかなかった。

我が師ならともかく、自分では敵わないだろう。

師の説明が続く。



「そして二代目当主であるブラム・スカーレットもまた、父親であるエイブラハムに勝るとも劣らぬ存在だった。
 父親とは違い吸血鬼としての弱点はあったが、それでもなお強大な力を誇示していた。
 吸血鬼としてのイメージはどちらかといえば二代目の方がピッタリだ。
 傲慢かつ尊大で、人間を糧としか考えてない、そういう典型的な怪物の親玉といったところか」



二代目当主、ブラム・スカーレット。

夜の化身、麗しき闇の君、妖しき人、スカーレット・キング。

その他にも様々な二つ名で呼ばれた吸血鬼。

それがブラム・スカーレットという吸血鬼だった。

こちらは父親であるエイブラハムに比べれば礼儀正しく、そして冷酷非情であったらしい。

自身に歯向かう者は嬲り殺させその様を楽しんだり、欲しいものがあれば力で奪った。

暴君の名に相応しい存在であり、真性の魔物であったらしい。



「では今回のターゲットはそのスカーレットの当主達なのですか?」



いくらなんでも、そんなのを相手にして生き残る自信は彼女には無かった。

師が死んで来いと言うなら喜んで命を捧げるが、我が師はそういうものを嫌っている。

無理な任務は押し付けないのが、この教団の決まりでもあった。

そして案の定、師は首を横に振って彼女の言葉を否定した。



「いや、エイブラハム・スカーレットもブラム・スカーレットも、既にその死亡が確認されている」

「では他にもいるのですか?」

「そうだ。これが今回のターゲットだ」



彼女は師から写真を渡される。

そこには十歳かそこらの、赤い瞳が輝き、歳不相応に不遜に笑い白い牙を見せる、美しい少女の姿があった。



「それが今回のターゲット、レミリア・スカーレットだ」

「レミリア・・・スカーレット」



そう言って彼女はもう一度写真を見る。

吸血鬼なら見た目通りの年齢ではないだろう。

それでも、どうしても見た目の幼さが目に付く。

そして彼女は素直な感想を言う。



「・・・・・・可愛いですね」

「まあ、愛らしくはあるな」

「僕もそう思うよ」

「まあ、確かにそうですね」



その瞬間、満場一致で写真の少女は可愛らしい事が認められた。

――――――アサシンとして、どうかと思うが。



「だがいかに愛らしくとも恐ろしい力を持つ吸血鬼である事には変わりない。
 確認された能力は、運命を操る程度の能力らしい」

「運命を操る・・・ですか」



出鱈目な能力だと彼女は思う。

自分も同じくらい出鱈目な能力は持ってはいるが、その能力もまた相当なものだ。



「もっともどの程度運命を操れるかは分からん。この者は最近スカーレットの新しい当主になったばかりらしい。
 力も先代、先々代に比べれば、まだ甘いところがあるだろう。だがそれでも脅威ではある。
 この者を仕留めるのが、今回のお前の仕事だ」

「そうですか・・・他に注意すべきところは?」

「スカーレットには吸血鬼でもあるレミリア以外にも、恐ろしい力を持つ者がいる。この者達だ。」



そう言って師はまた写真を二枚渡してきた。

そこには寝巻き姿で本を読む不健康そうな紫色の少女と、厳しい顔付きでこちらを見る中華服を着た長身の赤毛の女がいた。



「まずその不健康そうな者はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いの名門でもあったノーレッジ家の者だ。
 属性魔法を自在に操る、天才と呼ばれた魔法使いだ。今はスカーレットの所蔵する魔導書の類を管理しているらしい。
 ちなみに、喘息持ちだそうだ。体も見た通り、丈夫ではないだろう」

「見るからに不健康そうですね、師よ」

「引き篭もりって感じがするねぇ。可愛いのに勿体無い」

「紫もやし・・・そんな言葉が出てくるな」



写真の寝巻き少女は、これまた満場一致で不健康そうだと認められた。



「しかし油断の出来る相手ではないのは確かだ。そしてもう一人。この者は恐らく主以上に手強いと私は考える。
 この赤毛の女は紅 美鈴。エイブラハムの代からスカーレットに仕える中国武術の達人だ。
 門番として仕え紅魔館、スカーレットの住む館の守りを勤めている。
 この者との接触は避けるようにしろ。いかにお前の力があっても、危うい存在だ」

「・・・・・・ええ、この写真を見るだけでも強いと思えます。この三人の中で、一番の強者でしょう」



この写真は隠し撮りされたものの筈なのだろうが、この目線は明らかにそれに気が付いているように見える。

少なくとも、教団の者を察知する程の力は持っているのだろう。



「美人はいつの時代も、強いものさ。君やテレサもそうだしね。兄上もそう思うだろ?」

「この者が恐らく強いというのも認めるし、まあ・・・美人であるのも、認めるが」

「妹よ、君はどう思う?」

「確かに・・・・・・綺麗ですね」



ジョヴァンニの発言に同意する彼女。

写真で見た限りでもこの人物は美しいと思う。

だが自分の審美眼はあまり良いとは思えない。

だから彼女は。



「我が師はどう思いますか?」



思い切って師の意見を聞いてみた。



「「・・・・・・え?」」



二人の兄はこの妹の発言に驚き、そして言われた方の師を見る。

よく聞くことが出来るなと感心しつつ、師の感想を待つ二人。

二人も気にはなったのだ、この教団の長がどう答えるのかが。



「美しいと思う。写真を見るだけでもその強さの片鱗を窺えるのだからな。
 だから出来れば戦いたくない、いや見つかりたくない相手だ。戦えば無事では済まん」



長から出たのはそんな、答えてるのだか答えてないのだか分からない返事だった。

どうにも長はたまにだが、ズレた発言をする事があった。

本人は真面目なのだろうが、その返事では綺麗だと答えているのでなく、強いだろうと答えているようにしか聞こえなかった。

二人は、まあ長らしい意見だなと内心苦笑しつつ話が続くのを待つ。

だがそうはならなかった。

彼女が次に言ったこの発言によって。



「じゃあその・・・師の好みなんですか、この人は?」

「「へッ!?」」



この発言にはさすがの二人も空いた口が塞がらなかった。

長の好みの女性。

そんなもの、聞きたいと思っただけでも冷や汗ものだった。

だがそれを聞いて、二人も気になりだした。

この長がどう答えるのかが。

もしかしたら自分達は今、教団の歴史の中でも重大な場面に立ち会っているのではないかと、そんな事さえ思った。

二人は生唾をゴクリと飲み込み彼女と長を見る。



「ふむ・・・どうだろうな・・・」

「答えてください・・・・・・我が師よ」



彼女はブスッと不機嫌そうにしながら更に師に尋ねた。

戦々恐々とした二人のアサシンはそれを汗を流して見守るしかなかった。



「ん・・・む・・・むぅ・・・そう・・・だな。好ましくは、思うな」



少し熟考してから、師は彼女の問いにそう答える。



(なんか、無難に答えたねぇ・・・長)

(このセリフ・・・テレサの時に言ってみるか)



なんて事をそれぞれ考える二人。

とりあえずはこれでこの話は終わりとホッと胸を撫で下ろす。

そしてそれを聞いた彼女はというと。



「・・・・・・・・・」



ジト目で美鈴の写真をジッと見つめていた。

長が好ましいと言った点を探していたのだ。

そして見ること数秒、彼女は一つの結論に達する。



「・・・・・・・・・胸ですか?」

「「なぁッ!?」」



その時、二人に電流が走る。



「そうだ」

「「エエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」」



また、走る。

まさかこんな返事が返るとは、一体誰に予想出来ようか?いや、いないだろう。



「どうした二人とも?何をそんなに驚いている?」



大声を上げて驚く二人を、長は不思議そうにして尋ねる。

二人は困ったようにお互いの顔を見て、どう答えていいものかと困惑する。



「いやその・・・ええと・・・」

「長・・・巨乳好きなんですか?」

「別にそこまでではないが・・・・・・不味いか?」



長は首を軽く傾げてジョヴァンニに尋ね返した。



「いえいえいえッ!別に普通だと思いますですはいッ!」



これにジョヴァンニは慌てて長の考えを肯定し、アルの方も無言ではあるが何度も首を縦に勢い良く振る。

ちなみに彼女はというと。



「・・・・・・・・・むぅ」



自分の胸に手を当て、複雑な気分でそれを眺めていた。

今まで気にした事も無かったが、彼女は思う。



(私の胸・・・・・・小さいかな?)



彼女が尊敬するテレサは大きい。

背もそうだが、もちろん胸もである。

出る所は出て、締まる所はしまった体をしていた。

今まで散々テレサに抱き付いてきたからそれはよく分かる。

確かにあの包容力とか弾力は実に良い。

それは彼女も認めるところだ。

では自分はどうかと、彼女は軽く自分の胸を揉んでみる。



「・・・・・・・・・はぁ」



言うまでも無く、結果は悲惨なものだった。

そう言えばテレサが自分と同じ頃はどうだったかと、思い出す。



(・・・・・・・・・私よりも、大きかった)



加えて言うなら背もそうだ。

自分の背は、まだ頭がテレサの胸辺りに来るくらいの大きさだった。

自分は体の成長が遅いのではないだろうかと、不安な気持ちになる。



――――――これが彼女がこれから長きに渡る付き合いになる、人生の悩みの始まりでもあった。



そして彼女は思う。

自分の胸が大きい方が師も喜ぶだろうかと、そんなとんでもない事を彼女は考えた。

それを尋ねようとした、その時だった。



「いい加減話を進めたいのだが、いいか?」



本題を進めたいと言った不満を長が漏らしたのだ。

それを聞いて二人の目の色が変わる。



「え、ええそうですねッ!そうしましょうそうしましょう是非ともそうしましょうッ!ねえ兄上ッ!?」

「進める、そうだ、話。時間、それ、私、勿体無い、困る。困る、皆」

「だそうだから話を進めるよ我が妹よッ!それでいいと言っておくれッ!」



長のその言葉を聞いて、涙目で慌ててすぐに話を進めようとするジョヴァンニ。

アルも同意するが、片言でしかも順序がバラバラになっていた。

二人とも、もうこの空気に耐えられなかったのだ。

もし彼女があの質問をしたら、二人の寿命は大幅に縮んだであろう。



「・・・・・・分かりました。それで、何が問題なのでしょうか?」



不満はあったが、彼女もこれ以上話が進まないのは不味いと思い、それを承諾する。

それを聞いて二人のアサシンは大きく深呼吸をして落ち着く事が出来た。

空気がこんなに美味いものだと、これほど実感出来たのは初めてだった。



「それは今回のこの任務、恐らくお前は今までしてきた任務の中でもっとも困難なものになるであろうからだ。
 そしてそれは私がしても同じだろう。つまりはそれほどに困難なものだという事だ」

「最低の場合は死。そして最悪の場合は敵の駒になる・・・といったところですか?」

「そうだ。本来なら私かアルかジョヴァンニか、それか他のマスターに頼むべき任務なのだが、生憎それも出来ん」

「テンプル騎士団の流れを汲む者達が暗躍しているという情報が入ってね。
 その為に人員を割かなければいけないんだ。あいつ等と僕達は、長い因縁があるからね。ほおっておけないのさ」



テンプル騎士団。

それは暗殺教団の長きに渡る戦いの相手だった。

今でこそお互いその勢力こそ衰えたが、戦い事態はまだ水面下で行われていた。

この教団が相手にしてきたのは、その騎士団の暗部と呼べる存在達であった。



「それに今度の作戦が上手くいけば、騎士団を今度こそ壊滅させる事も出来るだろう。それも奴等の暗部を全てな。
 だから我々も本腰を入れるという訳だ。そしてその任務には暗殺教団本部の協力もある。
 既に今代のハサン・サッバーフにも許可をいただいた」

「そうだ。故に、お前しか任せられる者がいないのだ」



三人の話を聞いて、彼女は自分の意見をまず言う事にした。



「それならその討伐の任務を後回しにする訳にはいかないのですか?」



彼女の考えを、師は首を振って無理だと答える。



「それは出来ん。奴等の件とて放置しておく訳にはいかん。
 スカーレットといえば今でこそ没落し辺境で大人しくはしているが、かつては自分達の国すら持っていた程の一大勢力だった。
 二代目ブラムが当時の最高のヴァンパイアハンター達に倒され、勢力は瓦解した。
 だが三代目であるレミリアが存在すれば、またその勢力が復活するかもしれん。
 今回の任務の依頼主はそれを危惧しているのだ。そして私も、それには同じ意見だ。
 早く阻止しなければならず、そしてチャンスも今の内しかないのだ」

「チャンスが今しかないというのはどういう訳ですか?」

「スカーレットには最強の存在が二人いた。その一人が初代当主であるエイブラハム・スカーレット。
 そして奴に仕えた最強の従者でもあり、砕く魔狼と謳われた、ローレンス・リュカオン・ジェヴォーダン。
 奴は今だ生きているらしいが、今は紅魔館にいない事が確認されている。狙うなら、奴がいない今しかないのだ。
 そう、かの大戦を生き延びた数少ない伝説の魔人の一人がいない今しか、そのチャンスは無いのだ」



ローレンス・リュカオン・ジェヴォーダン。

その強さは初代当主であるエイブラハム・スカーレットと双璧をなし、スカーレットの剣として存在していた。

主であるエイブラハムとブラムが亡くなって数年してから、その姿が確認されなくなった。

だがだからといってぐずぐずと待っている訳にはいかず、彼が戻る前に処理をしなければならなかったのだ。



「・・・・・・・・・分かりました。その任務、謹んでお受けいたします」



彼女はそう言って師に頭を下げて、任務を受ける事を承諾した。

確かに説明を受けて、そうした方がいいだろうというのは彼女も同意した。

そんな彼女に、ジョヴァンニは心配そうにして尋ねる。



「いいのかい?これは本当に危険な任務なんだよ?」

「今まで危険でなかった任務はありませんでしたよ、ジョヴァンニ兄さん?」

「それは・・・そうだが」

「あまりに時期が悪かった・・・すまない」

「いいんです。気にしないでくださいアル兄さん」



暗い顔をする二人に、彼女は笑って励ます。

二人は苦笑するしかなかった。

彼女の兄であるのに、逆に励まされるとはと、苦い思いを噛み締める。



「出発は明日。それまでに装備を十分に整えておけ。必要な物はいくらでも、何を持っていっても構わん。
 こちらも準備をさせておく。今回出来るのは、それくらいだ」

「それだけで十分です。それでは、失礼します」



彼女は簡潔に答えた後、サッと踵を返し部屋から出て行った。

だが、彼女に不安が無かった訳ではない。

今までもそうだったが、もしかしたら自分は帰って来れないかもしれない。

テレサに、アルに、ジョヴァンニに、教団のみんなに会えないかもしれない。

もう我が師に、会えないかもしれない。

今までこんな想いは何度もしてきたが、今回はその恐怖が強く彼女の中にあった。

恐怖に抗う事はもちろん出来る。

だが不安なものは不安だった。

だから彼女は考えた。

どうすれば――――――この恐怖を克服出来るだろうかと。





































今回は名前だけ登場したキャラクターが三人いました。

でもこの三人は本編には出てきませんので悪しからず。二人は死んで一人は行方不明ですので。

当主二人の名前はブラム・ストーカーと本名であるエイブラハムから取りました。

行方不明の人も狼に関係してる名前ばかりです。映画の狼男の主人公の名前とか。

でもアルカディアでリュカオンを名乗るのは・・・不味かったかな?ま、いいか。

三人は出ても精々、回想とか外伝でしょうね。

そして次回はなんと咲夜さんが(###このセリフは検閲されました###)します。

それでは!



[24323] 第十四話 誓いの夜
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/21 19:03






「・・・・・・それでまた私に相談って訳かい?」

「・・・・・・はい、テレサ姉さん」



彼女はテレサに、今回自分がする任務について話した。

それを聞いたテレサは額に皺を作って渋い顔をする。

この任務はあまりに危険だとテレサも思う。

本来なら長かそれに順ずる実力のマスターアサシンがするべき任務だ。

とても酷だとは思う、だが、理解出来ない訳ではなかった。

自分を含めたマスターは騎士団との戦いに準備しなければいけない。

そうなれば長期に亘る任務になるだろう。

それに他の任務だってもちろんあるのだ。

その任務には他の熟練のアサシン達が担当する事になる。

彼女の援護する者を用意するのは不可能だったのだ。

そしてこの任務を任せられそうなマスター以外のアサシンとなると、実力的に彼女しかいなかった。

他の者にこの任務を出来そうなアサシンはいなかったのだ。

あまりに時期もタイミングも悪過ぎると、テレサは腹を立てずに入られなかった。

きっとあの二人もこんな気持ちに違いなかっただろう。



「クソッ!どうしてこんな事に・・・」



悪態を吐かずにはいられなかった。

準備が万全なら、この任務はマスターである者達がするべきものだった。

それが出来ないのは分かっているだが、どうしても言わずにはいられなかったのだ。

そんなテレサを見て、彼女は大丈夫と声を掛ける。



「いいんですテレサ姉さん。私はただ、自分の任務を全うするだけですから」

「だけどッ!?・・・・・・いや、そうだね。私達はそういう者達だったね。
 でもいいかい?無理だと思ったら、逃げるんだよ?逃げる事は決して恥じゃないんだからね?
 生きて帰る事。それが大事なんだ。時には投げ出さなきゃいけない事もあるだろうさ。
 でもそれは最後の手段なんだからね。それを忘れるんじゃないよ?」



テレサは真剣過ぎる表情で注意深く彼女にその事を釘刺しす。

そして彼女もそれにしかと頷き答える。



「もちろん分かってますよ、テレサ姉さん。いざとなったらちゃんと逃げますから。
 でも・・・・・・今はその、別の事が聞きたいんです」

「別の事?まあ、他ならぬチビの頼みだし、私に出来る事ならするけどさ」

「そ、そうですか。えっと・・・その・・・実は・・・」



彼女は途端に恥ずかしそうにモジモジと動いて顔を赤くする。

この瞬間、テレサはまたとんでもない事を言うのだろうと瞬時に理解する。

自分は長よりもチビとずっと一緒だったんだ。

こういう場合は決まって何か突拍子もない事を言うに決まっている。

だが大丈夫だ。

自分はもう、どんな事を言われても慣れたのだから。

だから、ああそうだ。

こうしてゆったりと紅茶を嗜んで聞くくらいの余裕もあるのだ。

それに明日はからは大事な任務だ。

そこまで突拍子もない事は言わないだろう。

というか言わないでほしい。

さあ、私の可愛い妹よ。

どんなとんでも発言でも言っていいぞッ!だが私が混乱しない範囲で頼むッ!



「えっと・・・えっとですね・・・あの・・・その・・・」



モジモジと恥ずかしそうに下を向いて、顔を赤らめて、潤んだ瞳でこちらを上目使いで見る可愛い妹。

これが可愛くない訳がなかった。

たぶん私が男なら今頃即座に押し倒しているだろうこの可愛らしさ。

というかもう抱き締めてそのまま押し倒したい今すぐ。



「・・・・・・いかんいかん、私にはアルが」



・・・よし、大丈夫だ。

今までだってこんな事はよくある事だった。

もうこんなのは慣れっこだ。

・・・・・・慣れたくなかったが。



「その・・・テレサ姉さん・・・あのね・・・その・・・ね」



モジモジしていた彼女はついに顔を上げて、そして言った。




















「夜伽って・・・どうすればいいか教えてくれない・・・かな?」




















「ぶえっへぇぇぇぇッ!?おっほッ!うおぉっほッ!ごっほ、ごほッ!」



気管に紅茶が入り思いっきりむせる。

A兵器並みの爆弾発言だったのだから、それも当然ではあったが。



「テ、テレサ姉さん大丈夫ッ!?」

「だ、大丈夫・・・な訳あるかいこのチビ介ッ!夜伽って・・・夜伽ってあんた・・・あそうか。
 病人の看護、主君の警備等の為に夜通し寝ずに側に付き添う方の夜伽だね?」

「違います」

「そ、それじゃあお通夜で夜通し起きていることかな?」

「それも違います」

「じゃ、じゃあ・・・まさか・・・女が男と一緒に寝て、相手をすることの・・・夜伽?」

「・・・それ、です」



ズバリ、当たってしまった。

これは今までのとんでも発言の中で一番とんでもない発言だった。

そのあまりの衝撃に思考の全ては停止して、ついでに心臓まで止まりかけた。

テレサは何だって彼女がそんな事を聞くのか慌てて尋ねる。



「な、なんでそんなもん私に聞くんだいッ!?」

「だってテレサ姉さん、アル兄さんと、その・・・してるじゃないですか」

「な、な、な、何を証拠にッ!?」



テレサは顔を真っ赤にして否定するが、それだけでもう十分語ってる気がしないでもない。

それでも彼女はテレサに言う。



「だってテレサ姉さんに抱き付いた時に、アル兄さんの匂いがしたもん」

「え、嘘ッ!?だって体はちゃんと洗って」

「ほら、やっぱり」

「・・・・・・アアアアアアアアッ!嵌められたぁぁぁぁぁぁぁッ!」



頭を抱え、その場で悶絶するテレサ。

うっかり彼女の罠に嵌り、アルとの関係を暴露してしまった。



「こ、こんな単純な罠に引っ掛かるなんて・・・マスター失格だ」



隠す理由は無いのだが、どうにも恥ずかしく言い出せなかった。

だから今まで言わなかったのだが、まさかこんな所で、しかもこんな状況でバレとはあまりに予想外過ぎだ。



「まあ、そうじゃないかなとは予想していたもの。姉さん、最近綺麗になってきたから」

「えッ!?そ、そんな・・・ことは・・・」



彼女にそれを言われたテレサは顔を赤くして目を逸らし、両手の人差し指を突付いてモジモジとする。

その理由は、なんとなくだが、自分でも分かっていたから。



「胸だってその、なんだか大きくなってるような感じが」

「って、何を見とるかあんたはッ!・・・そ、そりゃまあ、少しは大きくなったかもだけど・・・」

「やっぱりその・・・揉ま「ダァァァァァァァァァァァァッ!とりあえず待てッ!」・・・・・・はい」



テレサは慌てて彼女の発言を止めさせた。

このままでは自分がまたこいつの発言に釣られて変な事を言いかねない。

とりあえず事情を聞かなければ。



「オッホンッ!・・・・・・とりあえず、その・・・だ。そんな事を言うくらいなんだ。相手はいるんだろうもちろん。
 誰なんだいそいつは?事と次第によっちゃあ私も黙って「我が師です」あ、なんだそれなら別に・・・・・・・は?」



今こいつはなんて言ったんだ?

テレサの脳は理解出来ずに聞き返す。

たぶん聞き間違いかなんかだろう。

そして彼女はもう一度同じ事を言った・・・・・・顔を赤らめて。



「だからその・・・・・・我が師と・・・・・・です」



ああ、なるほど、私の聞き間違いじゃないんだね。

よかったよかったてっきり耳か頭が悪くなったかと思ったよ。

・・・・・・うん。

とりあえずこれは言わなければ。



「エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!」



テレサは、力の限り、そして腹の底から叫んだ。



「待て待て待て待てッ!つまりあんたは長とその・・・・・・すると?ど、どうしてッ!?」

「そ、それは・・・その・・・」



理解が出来なかった。

これはあれか?ドッキリか?カメラでも仕込んでるのか?

誰が誰と何をしたいって?チビが長とナニをしたいって?

いやいやいやいやいやなんだこれ?いくらなんでも話が飛び過ぎだ。

テレサは混乱しながらも話を続けた。



「それにあんたまだ小さいじゃないか?そんなんじゃその、か、体に障るよ?」

「もう大人ですッ!生理だってちゃんと来てますッ!」

「大声でそんな事言うもんじゃないよ馬鹿ッ!それにそれは知ってるよ。前にそれの相談してきたからねあんた」

「あ・・・そうでした」

「まったく・・・誰に似たんだか。大体だよ?長だよ?あの長だよ?この教団の私等のあの長だよ?
 いやだからその・・・ああ、もうッ!どうして長としたいだなんて結果になったんだい?
 そもそも明日の任務についての話をしていたんだよ?それがなんでこんな流れになったんだい?
 あまりに急過ぎて着いてけないよ。ちゃんとした訳を話しなチビ」



話すうちに幾分か落ち着いたテレサは、そう彼女に言って尋ねる。

だが尋ねられた方の彼女はまだモジモジとして、言い難そうにしていた。



「・・・聞き方を変えるよ。あんたはその、長が好きなのかい?・・・・・・抱かれたいくらいに」

「それは・・・分かりません」

「はぁ?分からない?じゃあ一体どうして?」


益々訳が分からない。

好きでないならどうして抱かれたいだなんて言うのか、テレサには皆目検討がつかなかった。

彼女はテレサの問いに声を小さくして答え始めた。



「・・・・・・私は、今度の任務で死ぬかもしれません。それも高い確率で」

「・・・それで?」

「私は今まで師に道具として、そして師の腕として鍛えられました。私のほぼ全ては、我が師の物です」

「・・・まあね」



確かに彼女の言ってる事はアサシンとしては正しい事だ。

言ってしまえばこの教団の全てがあの方の物と言ってもいい。

無論この自分もそれは同じだ。

いざとなれば自分の命を始めとした、自分の持つ全てを捧げる覚悟は十分過ぎるほどある。

そしてそれは長も同じであり、いざとなれば自分達と同じ決断をするだろう。

言ってしまえば長はこの教団のアサシンの教科書のような存在だ。

自分達に出来るほとんどの事は長から学んだのだ。

アサシンの業も、そしてアサシンの心構えもだ。

時として自分の命を捧げる事を厭わない。

それが普通ではない事くらいは分かっていたが、自分達はこれが普通なのだ。

アサシンとは、そういうものだから。

だがそれと今の話がどう繋がるのかが、テレサには分からなかった。

彼女が続けて話す。



「私はそれで満足ですし、幸せだと思っています。・・・・・・でも」

「でも・・・なんだい?」

「不安なんです。私が死んだら、我が師は私を覚えていてくれるのか。
 恐いんです。あの方が、私をなんとも思わなくなるのが、堪らなく恐いんです」

「・・・・・・それは」



テレサは彼女の不安が、なんとなくだが分かってしまった。

長は、泣かないのだ。

長が手塩にかけて育てたアサシンは彼女の他にも過去に何人かいた。

だがその兄弟が死んでも長は泣かずに、それどころか、それが普通だとさえ言うような態度で淡々とその報告を受けるだけだった。

死を悼み、追悼はするが、それもどこか事務的な感じがしていた。

何事も無く受け入れ、そして何事も無く自身のやるべき事をするだけ。

その姿はまるで死んだ人間の事を、もうなんとも想っていないとでも言わんばかりだった。

アサシンとしては理想的な態度かもしれないが、人としてはあまりに冷たい態度だった。

そしてそれは、弟子である彼女もよく知っていた。

だからきっと、彼女は自分がそれと同じように、長になんとも想われなくなるが恐かったのだろう。



「私、それは嫌、絶対に嫌ッ!我が師になんとも思われなくなるなんて、嫌なのッ!
 そうなったら私は、私は、本当に死んでしまうッ!」



そう叫ぶ彼女は――――――泣いていた。

彼女にとって、師は自分の全てであった。

その人に、なんとも想われなくなる。

そうなれば今の自分は――――――死ぬ。

それも生きたまま、死んでしまう。

そうなるのが、彼女は恐ろしかったのだ。



「だから・・・抱かれたいと?自分が死んでも、そうならないように」



テレサの言葉に、彼女はコクンと頷く。



「・・・欲しいんです私は。私と我が師にしかない絆が。私が我が師の物であるという証が欲しいんです。
 そうすれば、私に何かあっても、私の事を想ってくれると、思うから。・・・だから」



だから抱かれたいと、彼女は言った。

自分でも馬鹿な考えだとは分かっているが、我が師の心を繋ぎ止める方法なんて、これしか思いつかなかったのだ。

そしてそれが出来れば、自分は死ぬのを恐れる事は無い。

たとえ自分が死んでも、我が師が自分の事を覚え、想っていてくれるなら、彼女は何も恐くはなかった。

だから欲しかったのだ。

自分が死んでも我が師が忘れないような絆を、この身に。

自分の全てが我が師の物であるという証を、この身に。



「・・・・・・・・・」



テレサは腕を組んで黙ったまま彼女の想いを聞いた。


そして――――――



「・・・・・・分かったよ。私で良ければ相談に乗るよ」

「・・・・・・テレサ姉さん」



テレサの言葉に、彼女の涙が止まる。



「あんたの気持ちは、分かるからさ。私だってアルになんとも思われなくなるのは、恐いよ。
 あいつ、長と性格似ているからさ。あんたのその不安は、痛いほど分かっちゃうんだ。・・・・・・それに」

「それに?」



テレサは彼女の涙を拭い、髪を撫で、そして微笑む。



「私は、あんたの姉さんだからさ。妹の力になってあげるのは当然だよ」

「・・・ありがとう姉さん」



彼女は頭を下げて、姉の言葉に感謝した。



「さてそうなると・・・何から教えればいいかね・・・」



テレサは悩みに悩む。

こういう事を教えるなんて今まで考えた事も無かったのだから、それは当然なのだが。



「なるべくその・・・分かりやすいので・・・」

「いや、言っとくけど私もそんなに詳しくないからね?それじゃあ・・・・・」



それから彼女達は夕食になるまで話し合い、夕食が終わった後はまた就寝の時間まで話をしたのであった。





































そして彼女は今、我が師の部屋へと向かっていた。

その顔は緊張で汗を掻き、羞恥心で顔を真っ赤に染めていた。

移動する時は両手両足が一緒になって動いていた。

今までの彼女の人生の中で、一番心が乱れに乱れた時間であった。

彼女は我が師の部屋に行く間に何度も自身を確認する。

体は何度も洗って丹念に磨きに磨いた。

寝間着も下着も自分が持ってる中では一番良い物を選んだ。

避妊薬も飲んだ。

懐中時計を取り出し時間も今の時間も確認する。

若干汗は掻いているが、この後に散々汗を掻くのだから問題無いはずだ。

それに姉の助言もある。



「いいかいチビ。まず最初が肝心だよ?自信を持ちな。あんたは間違い無く可愛いんだからさ。
 顔赤くして瞳潤ませて上目使いで頼めば、いくらあの長だってイチコロ・・・だと・・・思う」



最後の方はなんだか自信が無さそうに言っていたが、それでももうやるしかなかった。

そして彼女は自分の目の前を見て呟く。



「・・・・・・・・・着いたか」



そう、とうとう彼女は目的の場所である我が師の部屋へと辿り着くのであった。

見慣れた扉が今はとても重々しく感じてしまう。

荒くなった息を深呼吸して整え、トントンと軽くノックする。



「・・・入れ」



部屋から師の声が聞こえてきた。



「し、失礼しみゃすッ!」



緊張して返事を咬みながらも、彼女は部屋へと入っていった。

師はいつものように椅子に座りながら書類を見ていた。

恐らく明日の任務についてのものだろう。

師が彼女を見て尋ねてくる。



「どうした我が弟子よ?明日は任務であろうに」

「あの・・・そのえっと・・・」

「・・・まあ、とりあえず座るがよい」

「ひゃいッ!」



彼女は師に言われるままに近くの椅子へと座った。

いつもと違う様子の彼女に師はいぶかしむが、師はそれを尋ねる事はしなかった。



「それで?こんな夜遅くにどうしたのだ?何か聞きたい事でもあるのか?」



本題に入ると彼女の顔が更に赤くなる。

覚悟して来たはずなのに、心臓がドキドキしている。

今までの任務で感じた緊張とは比べ物にもならないくらいに、彼女の鼓動は高鳴っていた。

それでも彼女はなんとか言葉を搾り出して話をする。



「あの、今日はお願いがあって・・・来まして」

「願い?なんだそれは?」

「その・・・えっと・・・」

「・・・言い難い願いなのかそれは?」

「違いますッ!いえ、違いませんけど言い難い訳じゃなくて、話し難いというか頼み難いというか・・・」

「早く言ったらどうだ?」

「ハ、ハイッ!・・・スゥ・・・ハァ・・・」



彼女はもう一度深呼吸をする。

そして姉が言った事に従い、上目使いで我が師を見て、思い切って自分の想いを師に伝えた。



「今日はその・・・私を抱いて・・・寝て、くれませんか?」

「・・・・・・なに?」



言った、言ってしまった、ついに言ってしまったッ!

彼女は途端に顔を真っ赤に蒸気させ恥ずかしがり目を逸らしてしまう。

だがそれでも気になり、我が師の顔を見る。



「・・・・・・・・・」



師は彼女を意外そうな顔で見詰めていた。

ほとんど無表情の師のこんな顔は、自分も意外で驚いてしまった。

顔の動きは目がちょっとだけ大きくなり、眉が少し動いた程度だったが、長い付き合いである彼女には師が驚いてるのが分かった。

師がこんなに驚いているのを、彼女は初めて見た。



「・・・・・・・・・」

「あの・・・我が師よ?」



黙っていては不安になってくるではありませんか。

そう彼女は言いたかったが、緊張し過ぎてそれ以上声が出なかった。

駄目だったろうか、断られるだろうかと、思わずにはいられなかった。

そんな不安を抱く中、師はついに彼女に告げた。



「・・・分かった。意外ではあったが、お前の願いだ、聞き入れよう」

「・・・え?ほ、本当ですかッ!?」

「ああ、お前は先に待っていろ。私は明かりを消す」

「わ、分かりましたッ!」



彼女はそう言うとすぐに師のベッドに入り、師が来るのを緊張して待つ。

不意に、部屋の明かりが消えた。

すると師の足音がこちらに近付いて来る。

一歩・・・二歩・・・三歩・・・四歩と。

その音が近付く度に彼女の鼓動は大きくなっていった。

そしてとうとう、音がベッドの前まで来た。



「入るぞ」

「は・・・はい・・・」



彼女は蚊の鳴くような弱弱しい声で小さく返事をする。

師がベッドの中に入ってくる。

そして師の手が不意に自分の手に触れた。



「ッ!?」



彼女はそれに驚き、思わず手を引っ込めてしまう。



「どうした?」

「いえその・・・緊張しまして・・・」

「・・・それも、そうだな」



もう頭の中は混乱して真っ白だ。

何も考えられなかった。

その時、彼女の体を師の腕が抱き締めた。



「あッ!・・・う・・・」



師に抱き締められた瞬間に、彼女は体を丸め小さくなり、生まれたばかりの子犬のように震えだした。

自分の鼓動の他に師の力強い胸の鼓動が聞こえてくる。

それを聞く度に彼女の心臓も速くその音を鳴らす。

師の暖かい体温で抱き締められてその温もりを感じる。

それを感じる度に彼女の体が熱くなってくる。

師の全てが自分の体を包んでいくような感じだった。

もう自分は自分ではどうしようもないくらいに混乱している。

こうなればもう我が師に全てを委ねよう。

自分が何かするよりもずっと良いはずだ。



「震えているが、怯えているのか?」

「・・・少し。やはり恐いので」

「そうか・・・そうであろうな」



そう言うと師は少し彼女への抱き締めを強くした。



「それでは―――」

「う・・・あぁ・・・」



いよいよだと、彼女は混乱しながらも思った。

ああ、我が師よ、どうか私の事は好きにしてください。

師が望まれるのなら私はもうどんな事でもします。

でも出来るなら痛くしないでください、初めてだから。

そんな事を彼女は混乱しながら心の中で師に懇願する。

そして師は――――――彼女に告げた。




















「明日は任務だ。しっかり休むのだぞ、我が弟子よ」

「・・・・・・・・・え?」





















彼女は、その言葉に拍子抜けした。

体の緊張も一気に無くなってしまった。



「どうした?何かあるのか?」

「あ、いえ、その・・・それだけ・・・ですか?」



緊張を無くして気が抜けてそう返事をする彼女に、師は不思議そうな顔で彼女を見る。



「他に何がある?」

「・・・・・・いえ」

「お前の今回の任務は難しい。恐れるのも無理はない事だ。それを恥じる事はない」

「・・・・・・はい」



彼女は少し安心しながら、だがどこか不満そうにして返事をした。

あんなに緊張していた自分が、まるで馬鹿みたいではないか。

こっちは何度も覚悟をして此処に来たのに、あんまりではないかと、思わずにはいられなかった。



(・・・馬鹿、鈍感)



彼女が心の中で師に言ったその言葉は、奇しくもかつてテレサがアルに向かって言ったセリフそのままであった。



「・・・・・・何かあったか?」

「もう・・・いいです。・・・・・・まったく、もう」

「うん?そうか?」

「・・・・・・はい」



一度解けた緊張は戻る事無く、彼女はボフッと師の体に抱き付く。

その瞬間、ふと思う。



「こうして一緒に寝るのは、久しぶりだな。懐かしく感じる」

「・・・そうですね」



そう、彼女が思ったのはまさにそれだったのだ。

懐かしかった。

こうして師の腕を枕にして寝るなんて事は、久々の事であり、もう何年も無かった事だ。

今はもう先ほどのような恥ずかしさは既になく、安心して師の腕の中にいられた。

そう、昔のようにだ。

昔のように恥ずかしさを感じずに、我が師に甘えて眠る事が出来たのだ。



「此処に来たばかりの頃は、毎日こうして寝たものだな」

「そう・・・でしたね」



泣いてばかりだったあの頃。

自分が一人で眠れず、駄々を捏ねて一緒に寝たいと言ったのが始まりだったと思う。

今ではあまりに不敬な事を言ったものだと苦笑するが、それでも言ってよかったと思う。

だってそれが言えたから、一緒に寝て安心して眠る事が出来たのだから。

今思えば、あの頃が本当に幸せだったように思う。

もちろん今も幸せなのは変わらないが、それでもそう感じるのは、自分が此処に来て七年も経ったからだろう。

七年もいれば、若くとも思い出を懐かしむだってあるのだと、彼女はこの時に知った。



「しかし驚いたぞ?まさかその歳でまだ私とこうして寝たいだなど「言わないでください」・・・ああ」



人の気も知らないで偉そうにしないでほしい。

そんな事を思う彼女だったが、さすがにこのままでいるというのも気まずい。

何か話題はないかと考えた彼女は、姉との会話を思い出す。



「あの、我が師よ」

「なんだ我が弟子よ?」

「眠るまで、いくつか質問をしてもよろしいですか?」

「いいぞ。何を聞く?」

「師は、どうして泣かないのですか?アサシンの兄弟達が亡くなっても、師は泣きませんでしたよね。
 どうして泣かなかったのか、それが知りたいんです」



この際だ、聞きたい事を聞いておこうと彼女は思った。

どうして我が師が泣かないのか、それが知りたかった。

今ならなんでも聞けると思った。

だから、彼女は知りたかったのだ。

我が師がどうして皆が死んで泣かなかったのか。



「なに、ただの慣れだ」



師はすぐに簡潔にそう返事をした。

迷いが無い、実に我が師らしい返事だと彼女は思った。

思ったが、やはり冷たいと感じてしまった。

一瞬も迷わずにすぐにその言葉を言った我が師を、冷たいと彼女は感じた。



「慣れ・・・ですか?」

「そうだ、慣れだ。私はあまりに死に慣れ過ぎた。標的の死もそうだが、仲間の、兄弟達の死に私は慣れてしまったのだ。
 私も初めは兄弟達の死に涙を流せたのだが、今ではそれは不可能になってしまった。
 私はもう、誰かの死に涙を流す事が出来なくなった」

「そう、ですか」



それは、とても寂しく、悲しい事だ。

彼女は、そう思わずにはいられなかった。



「今では私はどんな死も平等に見る事が出来るようになった。御蔭でアサシンの業は上がったが、人としては堕ちた。
 恐らくお前が死んでも、私は涙を流すことは無いだろう」

「・・・・・・・・・」



それは、彼女が一番聞きたくない言葉だった。

自分の懸念は当たっていた。

我が師は、自分が死んだらもうなんとも思わなく――――――



「だが、私はお前の事を決して忘れはしない」

「・・・・・・・・・え?今、なんて?」



驚く顔の彼女は、師がなんと言ったのかを聞き返す。



「お前が死んでも忘れはしない。そう言った」



その言葉に、彼女の心が、揺れる。



「私は今まで死んで逝ったこの教団の兄弟達を、かつての友を、決して忘れはしない。
 忘れず記憶に留めていく。それが、私に出来る事だからだ。私は彼等との思い出を決して忘れはしない」



その言葉は、彼女の心を大きく揺らした。

揺れに揺れて、彼女を揺さ振り――――――



「だからお前の事も決して忘れはしないと誓おう。我が業と剣に誓ってな。
 お前との思い出は決して、私は忘れはしない。お前は、我が弟子だからな」

「あ・・・ああ・・・」



その言葉に、涙を流した。



「どうした?何故泣く?」



師の言葉に、彼女は涙声で訳を話し始めた。



「私・・・恐かったんです。我が師に忘れられるのが、死んでなんとも思われなくなるのが、恐かったんです。
 忘れられて、我が師になんとも思われなくなるのが、とても恐かったんです。
 私はそれが、死ぬより恐かった。それが、一番・・・恐かったんです。
 でも・・・でも・・・師は私を覚えていてくれると、言ってくれたから、だから・・・だから・・・」



彼女は師の腕の中で、胸の中で泣き泣いて自分の想いを打ち明けた。

自分が一番恐れていた事を、彼女は打ち明けた。

そしてそれが杞憂だった事に安心して涙し、師の言葉に感謝し歓喜し、涙を流したのだ。



「お前は自身の死よりも、自身が忘れられるのが恐いのか?」

「うう・・・は・・・はい」

「そうか・・・ならばそれは何もおかしくはない」

「どうして・・・ですか?」



普通、忘れられるより死ぬ事の方が恐いはずだ。

それなのにどうしてそれがおかしくないのか、彼女には分からなかった。

だがそれは、続く師の言葉がそれを説明し始めた。

どうしてそれが、おかしくないのかを。



「死は二つある。自分が死ぬ事とそして、自分が忘れられる事だ。
 人は死んでもすぐにその存在が無くなる訳ではない。誰かの記憶に、何かの記録に残り、世界に留まる。
 そして世界の全てから忘れられる事によって、人は完全に死ぬのだ。それは人間も魔物も変わらない事。
 いや、この世界に存在する全てのものがそうなのであろう。物であれ、人であれな」



それを聞いて彼女は納得した。

自分は死を恐れてはいないと思っていたが、それは間違いだった。

自分は忘れられる事が恐かった。

でも師の言葉に従うならば、忘れられる事を恐れるのと死を恐れる事は同じ事なのだと、彼女は納得した。



「では、覚えられてる限り、私は死んでも、生きていられるのですか?」

「矛盾しているが、そうだろうな。生きるのだ。――――――私の思い出として」



――――――そして、誰かの思い出として。

彼女は涙を拭って師の顔を見る。

そこには先ほどまでの怯えは存在しなかった。



「・・・だったら私は、死ぬのは恐くありません、だって我が師が私を覚えてくれている限り、私は死なないんですから」

「私が死んだ場合はどうするのだ、我が弟子よ?」



そんな師の言葉に、彼女はこう答えた。



「その時は――――――私が師の事を覚えておきます。私、ずっと覚えてますから。
 我が師の事、教団のみんなの事、私が・・・殺してしまった人達の事。絶対忘れませんから」

「・・・そうか、そう言ってくれるか」



そう言う師の顔は、とても安堵したものだった。

表情こそ変わらなかったが、彼女は初めてそんな師の顔を見た。

今なら自分にも分かる。

今の師はきっと、自分と同じ気持ちなんだと。

そう思うと彼女は嬉しくなり、師の体に抱き付く。

今こうして一緒にいる事が、彼女は幸せだった。



「でも、やっぱり死なないでください。我が師が亡くなれば、私は絶対に・・・泣いてしまいますから」

「ああ・・・分かったよ、我が弟子よ」



その言葉を聞けて、彼女は更に安堵する。

師が生きている限り、私は死なない。

私が生きてる限り、師は死なないと、安堵する事が出来た。

そして彼女はもう一つ我が師に質問をした。



「それじゃその・・・どうして私には名前が無いのでしょうか?それが少し気になって・・・」



自分に名前が無い事が今の彼女にとって不思議な事だった。

どうして教団の中で自分にだけ名前が無いのかが、分からなかった。

彼女の師は、それについても語ってくれた。



「アサシンには、語る名前なぞ無い方が良いからだと、私は考えるからだ」

「でも・・・みんなにはありますよ?」

「我が弟子よ、お前は私にとってのなんだ?」

「無論、我が師の道具であり、我が師の腕です」



彼女はすぐにそう答える。

その答えを聞いて師も満足気に頷く。



「そう、だからだ。名を語るべきでない私にとって、我が道具も腕もその名を語るべきではないだろう?
 そしてこれは名前のある他の兄弟達には決して出来ない事だ。これは私とお前だけにしかない、絆のようなものだ」

「私と、我が師だけの、ですか?」

「そう・・・そうだな。考えてみれば、そういう者はお前が初めてかもしれん。
 お前に才があったから、私はそうしたのかもしれん」



それを聞いて、彼女は更に嬉しくなった。

教団で名前が無いのは自分だけ、それはつまり我が師にとってのそういう存在が自分だけという事だった。

この事実を知って彼女は嬉しくてまた涙を流す。

我が師が自分の事を特別に見ていてくれたのだと知り、嬉しかったのだ。



「お前はよく泣くな。悲しい事でもあったか?」

「うれし・・・いんです。我が師が、私の事そんな風に、想っていてくれて・・・嬉しいんです」

「そうか・・・そうなのか・・・そうだったな」



師は彼女の頭を抱き寄せ、その上に自分の頭を乗せて彼女を撫でて、そしてしみじみと言う。



「人は・・・嬉しくても泣くのだったな」



彼女の師は、そう呟き彼女の髪を撫でる。



「私は、私は幸せ者です。我が師よ。私はどうすれば貴方にこの恩を返せるんですか?」

「ならば・・・決して裏切るな。それだけで十分だ」

「それだけで・・・いいんですか?」

「裏切らない。それだけが出来れば、私達は家族でいられる。だから、それだけでいいのだ。
 自分を裏切らない。その確信があるだけでも、守る事が出来る、守られる事が出来る。
 それだけで、私は安堵する事が出来るのだ。分かるか、我が弟子よ?」

「はい、分かります・・・我が師よ。とても、とてもよく分かります」



彼女はその心のしかと刻み込む。

決して忘れない事を、そして、決して裏切らない事を。

絶対に、絶対に――――――忘れない、裏切らないと、自身の魂に誓って。



「あ・・・そうか」



その時、彼女はある事に気が付いた。



「どうした?」

「私、分かった気がします。師が泣かない理由が」

「・・・・・・なんだそれは?」



興味深そうに尋ねる師に、彼女は自分が気が付いた答えを言った。



「悲しく、なかったからですよ。だって、みんな我が師の中で生きているから。だから、師は悲しくなかったんです」

「・・・・・・そうか、そうだったのか」



師はその答えを聞いて、どこか安心した様子でそう呟いた。



「私の心は、まだ人のものだったのだな。・・・弟子にそれを教えられるか。
 やはり・・・・・・生き続けてみるのも、良いものですなぁ・・・長よ」



誰かに言うように、師は虚空に向かって呟く。

長というのは我が師以前の長の事だろうかと、彼女は推測する。

きっとその人も、師の中で生き続けているのだろう。



「感謝するぞ。その事を私に教えてくれて。・・・いや、こう言わせてくれ」



師は彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めた。




















「――――――ありがとう」



そう言った我が師の顔は――――――笑っていた。




















「え・・・あ・・・」



彼女は初めて見た、我が師が笑った顔を。

彼女はその師の笑顔に、心を奪われた。

だってそれはあまりに尊くて、優しくて、穏やかで、綺麗で、そしてなにより――――――暖かかったから。

心臓の高鳴りが、少しだけさっきの様に戻った。

トクンと、小さく音を立てて。

でもこの音は、さっきのものとは別のものだ。

これはもっともっと、もっと大事なものだと、そう思ったから。



「顔が・・・少し赤いぞ?」

「そんな・・・見ないでください。・・・・・・恥ずかしい」



彼女は赤く染まった顔を師の胸の中に埋めて隠し、恥らってそう答えた。



「そ、そうか?」

「そうですよ・・・もう」



困惑する師に向かい、彼女は師にしか聞こえない小さな声で答えた。



「・・・・・・ならばもう寝るが良い。明日から任務になるのだからな」

「分かってます。でもその前に」

「聴きたいのか?私の歌が?」

「・・・・・・はい」

「分かった・・・なら、いつものでいいな?」

「・・・・・・はい」



師の胸の中で、彼女はコクリと頷き答える。

それを聞いた師は、静かに歌いだす。

ああ、久々に聴く。

師の腕の中で、温もりを感じてこうして眠りながら歌を聞くのは何年振りだろうか?

とても、とても心地良い。

とても、とても、とても――――――幸せだ。

うつらうつらと意識が揺れて、彼女は眠りについた。

深く、深く眠って、そして夢を見る。




















「覚えておけ。私はお前の師であり、そしてお前は私の弟子だ。これからもずっとな。
 それが私とお前だけの――――――絆だ。私達には、それだけで十分過ぎるくらいに十分だ。
 そうだろう――――――我が弟子よ?」




















そして、時計の針はカチリカチリとその針を進めていく。

明日に向かい、未来に向かい。

ぼんやりとした彼女の意識が、十六夜 咲夜の意識が、段々はっきりとしてくる。

深い眠りから覚めていく中、咲夜は泣いていた。

思い出したから、思い出してしまったから。

みんなの事を、我が師の事を、そして、自分が絶対に忘れないと誓った想いを。



(ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・テレサ姉さん、アル兄さん、ジョヴァンニ兄さん、みんな。
 忘れないって・・・みんなの事忘れないって・・・絶対忘れないって私、誓ったのに)



彼女は、咲夜は思い出す。

我が師に向かい、裏切らないと誓ったあの時の夜の思い出を。



(ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・我が師よ。
 裏切らないって・・・絶対に裏切らないって・・・私、誓ったのに)



どれだけ我が師は嘆いただろう?

どれだけ我が師は悲しんだだろう?

どれだけ我が師は――――――私に失望しただろう?

咲夜は、彼女は覚醒する意識の中でただひたすらに謝り続けた。

何度も、何度も何度も、何度も何度も何度もだ。

ただひたすらに、彼女は、咲夜は誤り続けた。

ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も、何度も――――――




















――――――それはとても深く、そして悲しい現実に嘆いているようだった。

――――――そして物語はまた進んでいく。

――――――カチリ、カチリと、音を立てて。





































・・・・・・ああ、またなんか湿っぽくなってまぁ。

ここで過去編は終わり、現代に戻ります。

前半はまああれでしたが、後半はまああれになりました。

こんな展開になるとは・・・想定外・・・想定外・・・想定外だ・・・!

どうしてこれ惚れたっぽい感じになってるの?あまりにその・・・書いてて・・・あれだったよ。

さて、咲夜さんが目を覚ました時、咲夜さんはどうなるのでしょうか?

そして、次回はついにあの方が・・・出ますッ!

その方とは・・・・・・次回のお楽しみにッ!

それではッ!



[24323] 第十五話 目覚めは七色と共に
Name: 荒井スミス◆735232c5 ID:d86d6c57
Date: 2010/12/22 21:47






「・・・・・・朝、か」



目覚めてすぐ、彼女はそんな言葉を漏らす。

そして深い眠りから、長い夢から覚めた咲夜は起きると同時に涙を流していた。

我が師の事を想い、涙を流したのだ。

此処で再会して、我が師はどんな想いで私を見たのだろうか?

恐らく、失望しただろう。

師は言った、裏切り者と。

自分に向かいそう言った。

決して忘れない、裏切らないと誓ったあの約束を守らなかった自分にさぞ失望しただろう。

自分は忘れていた。

我が師と出会うまで、みんなの事を思い出す事が今まで無かった。

絶対に忘れたりしない。

そう言った昔の自分が、どれだけ馬鹿だったかと嘆かずにはいられなかった。

いや違う、そうじゃない。

忘れてしまった今の自分が、なによりも許せなかった。

約束を守れなかった、今の自分が。



「・・・・・・とにかく、起きないと」



このまま寝ていてもしょうがない。

そう思い彼女はベットから起きようとしたその時、ある事に気付く。

体が妙に重いのだ。

何か暖かいものが、自分に抱き付いている。



「・・・・・・・・・え?」



咲夜は掛け布団の中身を確認する。

そしてまず目に付いたのは――――――七色に輝く宝石だった。



「・・・・・・・・・え?」



彼女は慌てて布団を捲る。

そこには――――――



「・・・スー・・・スー・・・スー・・・」

「い・・・妹・・・様?」



可愛らしい寝息を立てて咲夜に抱き付いて眠っている、紅魔館の主の妹。

フランドール・スカーレット、その人だった。



「な、なんで妹様が私のベットに?」



咲夜は混乱するしかなかった。

目が覚めてみればいきなり訳が分からない事が起こっていたのだから、それは仕方が無いだろう。

どうして妹様が自分のベットに入って一緒に寝ているのか、彼女には理解出来なかった。



「どういう事?どういう事なの?一体、何がどうなって?」

「う~ん・・・えへへ~・・・」



まだ眠ったままのフランは笑いながら咲夜に抱き付く。

それを見て咲夜はというと。



「ぐ、か・・・可愛いッ!」



なんて事を言い出し始めた。

――――――おい、さっきまでの苦悩はどうした?



「い、いけない。私には、私にはお嬢様が「さ~くや~・・・へへへ」ぐほぉッ!」



寝惚けて自分の名前を言われた瞬間、まるで強烈なボディブローを喰らったかのような衝撃が咲夜を襲う。

無論、精神的な意味で。

咲夜はレミリアを敬愛している。

いやもういっその事愛していると言ってもいいだろう。

あの愛らしく可愛らしい主を咲夜は愛していた。

それはもう襲い掛かりたいくらいにである。

――――――恐いよね、ホント。

そして姉妹だから当然の事なのだが、フランはレミリアによく似ている。

もちろん髪の色や翼の形は違うのだが、根幹的な可愛らしさは同じだった。

だもんで咲夜は。



「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!」



息を荒げて血走った目でフランの事を凝視して、危ない状態になっていた。

それはどう見ても危険人物そのもので、見かけたら即通報ものの恐ろしい雰囲気を纏っていた。



「し、辛抱堪らん・・・クッ!い、いけない・・・冷静に、冷静になるのよ私。
 と、とにかくよッ!早く、早く妹様を起こさないと。でないと私、何をしでかすか・・・」



咲夜は急ぎフランを揺さ振り、起こそうとする。

このままでは自分はお嬢様の妹を襲いかねない。

・・・・・・無論、アレな的な意味で。



「起きてくださいッ!起きてくださいよ妹様ッ!主に私の理性の為にッ!」

「・・・ふぇ?あれ~・・・・・・咲夜?起きたの?」



揺さ振られてやっと起きたフランが覚醒しきってない声で返事をする。

むくりと起きて、軽く寝惚け眼をクシクシとこすり、軽く背伸びをする。



「う~ん・・・・・・よく寝たぁ・・・・・・」



七色の宝石が輝く羽をパタパタと可愛らしく動かし、そして――――――



「えいッ!」



フランは咲夜にまた抱き付いた。



「い、妹様ッ!?一体何をッ!?」



困惑し慌てる咲夜に、フランは笑顔で返事をした。




















「おはよう――――――咲夜ッ!」

「・・・・・・・・・ゴハァッ!」



朝起きてすぐ、咲夜は気絶したのであった。




















レミリアは今朝起きてから、これからの事をどうしようか考え始める。

あのアサシンをどうやって生かして捕まえ、そしてこちらの要求を飲ませるか。

それを考え・・・ようとしたのだが、お腹が減って何も浮かんでこない。



「腹が減っては・・・か。まず何か食べないと」



しかし今日の朝ご飯はどうするか彼女は迷う。

普段なら咲夜が作っていてくれるのだが、今日は無理だろう。

昨日の今日で元気になるのは難しい。

今日くらいは休ませてもいいだろうとレミリアは考えるが、それだとご飯を作る者がいない。



「美鈴に頼むしかないかなぁ・・・うん、そうしよう」



自分で作ろうという選択肢は出てこないのがレミリア・スカーレットのカリスマである。

レミリアはさっそく美鈴の所に行こうとする。

その時、こちらに近付く足音が後ろからしてきた。



「お嬢様、おはようございます」

「え、咲夜?」



まさかもう起きたのかと驚き、レミリアは後ろを振り向く。

そしてそこには――――――



「えへへ~咲夜~咲夜~・・・・・・えへへ♪」



フワフワと飛びならが咲夜に抱き付く自らの妹、フランドール・スカーレットがそこにいた。



「・・・・・・え?どういう事?」



まさかの光景にレミリアは開いた口が塞がらなかった。



「私にも何がなんだか・・・今朝起きた時からこんな感じなんです」



咲夜は自身も訳が分からないと困惑して返事をするが、その顔は若干幸せそうにニヤついていた。

フランもなんだか嬉しそうにずっと咲夜に抱き付いている。

そしてそれを見て、なんだか面白くない気持ちになるレミリア。

それもそうだろう。

自分に甘えてほしい妹が自分の従者に甘えているのだ。

しかもその従者の方も困惑気味だが迷惑はしてないようで、むしろ嬉しそうにしている。

これがレミリアには面白くなかった。

そこまで考えた時、レミリアはある事に気付く。



「・・・ちょっと咲夜、さっきなんて言ったの?」

「え?今朝起きた時からこんな感じですって言いましたが?」

「それ・・・どういう意味なの?」

「だからその・・・今朝起きたら妹様が私のベットいて、なんか一緒に寝ていたみたいでして・・・」



咲夜の返事の中に聞き捨てならない言葉が入っていたような気がした。

確認の為、レミリアはもう一度咲夜に尋ね返す。



「今・・・なんて言ったの?」

「なんか一緒に寝ていた「ど、どういう事なのよそれッ!?」いや、私に言われましても」



自分に詰め寄るレミリアに、咲夜はそう言うしかなかった。

妹様に訳を尋ねようとしても、ずっと抱き付いてこの調子なのだ。

決して、決してこのままでもいいかなとか、そんな事を思ってない訳ではないのだ。

一方レミリアは、どうしてそんな状況になったのか気になってしょうがなかった。

どうして自分ではなく咲夜と一緒に寝たのかが気になってしょうがなかったのだ。

本音を言うなら、レミリアはフランにもっと自分に甘えてほしかった。

だが長い間地下に閉じ込めていた事が原因で、お互いの関係はギクシャクしていた。

そもそも自分の性格ではもっと甘えてほしいなんて事はとても言えなかった。

どちらかといえば後者の方の所為で上手くいかなかったのだが、それは今はどうでもいい。

問題は自分の妹が自分の従者に甘えているようにしか見えない事だ。

レミリアは今咲夜に若干以上の嫉妬心を持っていた。

どうして姉の私じゃなくて従者の咲夜にあんなにベタベタとくっ付いてるのかと、悔しかったのだ。

レミリアはこれではいけないと、フランにどうしてそんなにベタベタとくっ付いてるのかその訳を聞く事にした。



「ちょっとフランッ!フランッ!?なんで咲夜に抱き付いてるのよッ!?」

「あ、お姉様おはよう」

「って今気付いたのあんたはッ!?」

「うん♪」



まさか眼中にすらなかったとは。

レミリアの中の姉としての威厳が大きく傷付いた。

そんなのものが元々あったのかどうか別としてだ。



「うん♪ってあんた・・・とにかく抱き付くのを止めなさいッ!」

「えー・・・・・・やッ!」



フランは姉のレミリアの要求を不満をあらわにして却下した。



「な、なによッ!なんでそんな事言うのよッ!?私、あれよ?お姉ちゃんなのよッ!?」

「それでもやなのッ!」

「う・・・うーッ!うーッ!」



今のレミリアには、カリスマなんて欠片も無かった。

微塵も無かった原子の欠片ほども無かったとにかく無かった全く無かった。

無いったら無いのである。



「ま、まあまあ二人とも・・・あの妹様?そろそろ訳を話してくれませんか?」



咲夜はもう少しこの至福の時間を過ごしていたかったが、これではいい加減話が進まない。

そう苦渋の判断をした咲夜は、どうして自分に抱き付いているのかをフランに尋ねる。



「え?えっとね・・・咲夜が可愛いから」

「「・・・・・・へ?」」



二人はフランのその予想外の回答に頭が一瞬真っ白のなる。



「私が可愛いから・・・ですか?え、どうして?」

「そ、そうよ。どうして今更そんな事言うの?」

「うーんとね、実は昨日美鈴とかに話を聞いたんだ」

「美鈴と?一体なんの話をしたのフラン?」

「なんか今、この屋敷にアサシンのオジサンがいるでしょ?その人から咲夜をみんなで守ろうって・・・そういう話でしょ?」

「ええと・・・まあ、確かにそうですが、それとこれがどう関係するんですか?」

「みんなの話を聞いてね、咲夜は本当にみんなに愛されてるんだなって思ったの。そしたらなんだか可愛くなっちゃって」



それを聞いた二人は顔を少し赤くして、なんと言ったらいいか分からないといった感じで困ってしまう。

確かにそうなのだが、それを面と向かって言われるのは恥ずかしかったらしい。



「あ、赤くなった。かわい~んだ」

「もうッ!からかわないでよフランッ!」

「そ、そうですよ妹様。それにそろそろ離れてください。私は朝食の準備がありますから」

「ちぇ~・・・は~い」



少し不満を残してはいたが、フランはやっと咲夜から離れた。



「朝食って・・・咲夜、体の方はいいの?無理してない?」

「大丈夫ですよお嬢様。むしろやらせてください。少しでも気分転換したい気分なので」

「まあ・・・貴女がそう言うならいいけど・・・」



ここは本人がしたいという事をさせた方がいいだろうとレミリアは判断し、その願いを聞き入れた。

その時、自分の服が引っ張られる感覚がした。

ふとその方を見るとフランが目を輝かせてこちらを見ていた。

何か言いたそうにしているのがレミリアには分かった。



「ねえお姉様お姉様」

「なによフラン?」

「私もさ、オジサンの相手してもいい?ちょっと遊んでみたいの」



フランのその言葉を聞いて、二人は少し厳しい顔付きになる。



「・・・駄目よフラン。今回は我慢してちょうだい」

「えーッ!?なんでーッ!?」



フランは姉の言葉に不満を漏らす。

咲夜はそんなフランをなだめるように説明する。



「今回の相手は、とても危険なんです。下手をしたら、殺されるかもしれません」

「えー?そんな事無いよ?殺さないって」

「そこは殺さない、じゃなくて殺される、よ・・・まあ、とにかく、今回はそういう相手なのよ。
 それに貴女をあいつと戦わせたら、貴女加減を間違えて殺してしまうかもしれないじゃない。
 私達はあいつを生け捕りにしなきゃいけないのよ?」

「そうなの?・・・あ、そうだったねそういえば。ちぇ、面白そうなのになー」

「お願いします妹様。ここは私に免じてどうか・・・」



咲夜はそう言って目の前の吸血鬼の妹に頭を下げた。

それを見たフランは少し悩んだ後、頷いて返事をした。



「・・・うん分かった。咲夜がそこまで言うなら、私我慢してあげるね」



二人はそのフランの言葉を聞いて少し驚く。

もっと駄々を捏ねられると思ったのにこうもあっさり了承されるとは思わなかったのだ。



「・・・いいのですか?」

「今回は咲夜にとっても大事な事なんだもんね。だったら私、我慢してあげるよ」

「・・・ありがとうございます、妹様」



咲夜は再度フランに頭を下げて礼を告げる。

そんな咲夜を見て、フランは羨ましげに微笑む。



「咲夜はホント、みんなに愛されてるよね。・・・・・・羨ましいなぁ」

「そんな事は・・・妹様だって、みんなに愛されてますよ。ね?お嬢様?」

「ま・・・まあ、ね」

「そ、そう・・・?」



恥ずかしそうに答えるレミリア。

そんなレミリアを見て、フランも少し恥ずかしそうにする。

面と向かって言ったり言われたりして、二人ともさすがに恥ずかしかったらしい。



「それでは私は朝食の準備をしてきますね。お二人とも、食堂でお待ちくださいね」

「わ、分かったわ。お願いね咲夜」

「それでは」



彼女はそう言うとその場から一瞬で消えた。

恐らく能力を使用して調理場に向かったのだろう。



「それじゃ、私達も行きましょうフラン」

「う、うん・・・あのね、お姉様」



腕を組ませモジモジとなにか言いたそうにするフラン。

それを見てレミリアはまだ何か言いたい事があるのかと尋ねる。



「どうしたのフラン?」

「・・・一緒に、行こう?」



フランはそう言って自身の右手を差し出してきた。

その顔は、どこか不安そうな顔で、その言葉が小さな勇気を振り絞って言った言葉である事がレミリアには分かった。



「フラン・・・貴女」



フランが自分からこんな事を言ってくれた事に、レミリアは驚く。

驚きはしたが、それと同時に感謝もしていた。

自分からはその言葉を、その手を差し出すのはとても難しかったから。

レミリアは嬉しくなり、そして――――――その手を握った。



「そうね・・・一緒に行きましょう、フラン」

「――――――うんッ!」



妹は姉の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。

フランは上を向いて小さく、虚空に向かって呟く。



「・・・・・・・・・頑張って、言ってみてよかったよ」

「何か言ったフラン」

「――――――なんでもないよ、お姉様。さ、行こうッ!」



そして二人は一緒に食堂へと向かって行った。

――――――とても、幸せそうにだ。





































やっと妹様が登場しましたが・・・こんな感じで大丈夫か?

ここからは妹様もちょこちょこ出て来ますんで・・・はい。

咲夜さんがヤバイ状態になりかけましたが・・・みんなはなった方がよかったかな?いや、まさかな・・・だが、しかし・・・

そんで妹様は戦いには参戦しません。残念だったねぇッ!

でも活躍はしますので、そこは安心してください。今回もある意味活躍してくれましたしね。

それでは!



[24323] 第十六話 家族を語る二人
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:d86d6c57
Date: 2011/02/15 01:33






紅魔館は現在厳戒態勢で警備を布いていた。

館周囲を結界で包み侵入者が入り込む隙間は微塵も無かった。

とはいえ紅魔館の現在出来る警備といえばこれくらいしかない。

妖精メイドは今回はいつも通りに役に立たないだろうから、普段通りに好き勝手させるしかなかった。

とはいえ誰か進入しようものならすぐにでもそれが各員に伝わる。

ただ進入を知らせるだけでなく、何処から進入したのかもだ。

――――――ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!ヴィーッ!

そう、このような具合に。



「ダァァァァァァッ!ウルサァァァァァァイッ!」



そのけたたましい音に館の主であるレミリアが叫ぶ。

もう今日で二十三回目の警報だった。

最初の警報の時は皆慌ててすぐさま侵入者の下へと駆け付けた。

だが到着してみれば、そこには一匹の妖精が慌ててオロオロしているだけ。

これに皆は呆れて、そして同時に嫌な予感がした。

そう、結界に引っ掛かるのは全部フラフラと飛んでくる妖精ばかりだったのである。



「パチェッ!このうるさいのなんとかしてよッ!もう何回目だと思ってるのよッ!?
 こんなに四六時中ビービー鳴ってちゃ相手にも結界が張ってある事を気付かれるじゃないのッ!」

「大丈夫よ。この音は紅魔館の主な者にしか聞こえないようにしてあるから」

「なんでそんな器用な事が出来て肝心の相手以外にも引っ掛かるような結界にしたのよッ!?」

「・・・・・・だから今こうして直してるんじゃない」



パチュリーはその言葉にむきゅとうな垂れる。

確かにそこは盲点だった。

なにしろ急いで張った結界だった為に不備が出たのだ。

しかもそのまま強化したもんだから誰彼構わずに結界が反応してこのありさま。

完全にパチュリーのうっかりによるミスであった。

今現在パチュリーは結界の設定を急ぎ変更してる最中だった。



「で?何時になったらまともになるのよ?」

「・・・・・・丁度終わったところよ。これでもう妖精には反応しないはずよ」

「だといいんだけど・・・はぁ、ずっとこんなんじゃ気がもたないわ」

「お嬢様、パチュリー様、御茶をどうぞ」



紅茶の香りと共に咲夜が瞬時に現れる。

その顔にははっきりと苦笑が浮かんでいた。

それを見たレミリアはハァと溜め息を吐いて尋ねる。



「聞くまでもないけど・・・どうだった咲夜?」

「また・・・妖精でしたわ」

「やっぱり・・・まあ今さっき結界が新しく設定されたから、もうこんな思いはしなくていいわよ?」

「本当にうるさかったですね。耳がどうにかなりそうでした」



苦笑を浮かべたままの咲夜は苦い物を噛み潰すように話す。

なにしろこの音に最初一番怯えたのは他ならない咲夜であったからだ。

最初の一回目は酷かった。

レミリアはいざ勝負とばかりに皆に檄を飛ばし、咲夜はどうかお願いしますと涙を浮かべて皆に頼んだ。

それなのに来てみればそこには妖精一匹。

あまりの間抜けな展開に、その場に駆けつけた全員が気を抜かしてしまったのだ。



「ま、まあこれで妖精には反応しなくなったんだからいいじゃないの」

「パチュリー様、よろしいでしょうか?」

「・・・えっと、何咲夜?」

「妖精以外の者が引っ掛かる・・・なんて事はないですよね」

「あ・・・」

「・・・また設定の変更をお願いします」

「・・・むきゅ~」



パチュリーは嫌々また魔方陣を展開し、結界の設定変更をまた初めからし直し始めた。



「お嬢様、私一度美鈴の所に行って来ますね」

「え?ええいいわよ」

「それでは失礼します」



そう言い残して瀟洒な従者は一瞬にしてその姿を消した。



「咲夜・・・無理はしないでよね?」



主は姿を消した従者に向かい、そう心配そうに告げたのであった。



「わ、私の体力の心配もし「ほらそこキリキリ働く」むぎゅぅぅぅぅぅぅ・・・」





































昼の日差しが降り注ぎ、紅魔館の自慢の庭園が輝く。

そんな庭園には目もくれず突っ切って、咲夜は美鈴に結界の再調整の事を伝える為に、門へと向かっていた。

美鈴は今朝からずっと警備に当たっていた。

結界の反応に肉体的に一番苦労したのは彼女だ。

とにかく警備に当たってから、反応があればすぐさま美鈴は駆けつけた。

だが結果はずっと空振りが続き、美鈴もさすがに疲れが出始めた。

更に四六時中神経を張り詰めていたので疲れは益々溜まっていくのは目に見えていた。



「そろそろ休憩してもらわないと・・・普段もこれだけしっかりしてくれればなぁ」



それは今は言うべき事ではないとは分かってはいるが、どうしても考えてしまうのだ。

せめてこの十分の一、いや百分の一でも仕事をしてくれれば、制裁を加えずとも済んでるのだ。



「まあこんな事を考えてられる内がまだ幸せなんでしょうけど・・・ん?」



門に向かう途中で、咲夜はある事に気が付く。

門番の方から賑やかな声がしてきたのだ。



「・・・・・・なにかしら?」



気になり急ぎ足になる咲夜。

そして目の前にいたのは―――――



「めいり-んあそぼーよー」

「遊ぶのかー?」

「ええっと・・・今はちょっと遊べなくて・・・」

「ほ、ほらチルノちゃん、ルーミアちゃん。美鈴さん困ってるから・・・」



チルノ、ルーミア、大妖精の子供三人を相手に困っている門番の姿があった。

咲夜の姿に気が付いた美鈴は気まずい愛想笑いを浮かべる。



「あ、咲夜さん?す、すみません。すぐに帰ってもらうんで・・・」

「はぁ・・・いいわよ。少しは休憩した方がいいわ美鈴。もうずっと警備をしているじゃない?」

「いえ、まだ大丈夫ですよ。まあ、昔はいつもこんな感じだったから、別に辛くはないんですがね」



そう言ってガッツポーズをする美鈴を、咲夜は呆れ顔で見る。

自分に気を遣っているのは分かるが、いざという時疲れて動けない、なんて事になったら一大事だ。



「だったらなんで普段は昼寝なんてしているのかしら?」

「は、張り詰めた緊張感が無いとどうにも・・・でもいいんですか?気を抜いたら危ないんじゃ・・・?」

「大丈夫よ。今はこの子達がいるからね」

「どういう意味です?」



油断をするなと言ったのは咲夜本人だ。

だがその本人は今は大丈夫だと言う。

美鈴の疑問に咲夜は答える。



「もし我が師が今この状況を見ていて私達を仕留める事が可能だとしても、我が師は実行しないわ。決してね。
 そんな事をすれば、関係の無いこの子達まで巻き込むもの。我が師はそういうのを嫌うから、だからしないわ」



咲夜には、彼女にはそれが分かる。

無差別に殺すような愚行をするような我が師ではないのだから。



「・・・・・・今でも咲夜さんはあの人を信頼しているんですね」

「まあ・・・そういう人だもの。でも私は・・・その我が師の信頼を・・・」



忘れて、裏切ってしまったのだ。

美鈴は暗い顔で落ち込む咲夜を心配した。

それは他の三人も同様であった。



「なーなー?メイドはどうしてそんなに暗いんだ?何か嫌な事でもあったのか?」

「あったのかー?」

「あったんですか?」



子供心に咲夜が元気が無く落ち込んでいるのを察したのだろうか。

三人は心配そうに咲夜の顔を見詰める。

それを見て咲夜はクスリと苦笑し、心配を掛けまいと思いその場に少ししゃがみ三人の頭を撫でた。



「・・・なんでもないわ。貴方達は気にしなくてもいいのよ」

「・・・そーなのかー?」

「ええ、本当よ。ちょっと用事があって、忙しいだけだから。
 美鈴も、今日は真面目に門番する事になるから、あまり無茶は言わないであげてね?」

「・・・分かった。今日は遊ぶの我慢する」



少し寂しそうにして、チルノは渋々承諾した。

そんなチルノを見て申し訳ない気持ちになる咲夜は、チルノに礼を言う。



「ありがとうチルノ。今度は何かお菓子でも用意してるから。その時は妹様とも遊んであげてね?」

「本当かッ!?分かった、じゃあ約束なッ!」

「約束・・・え、ええ・・・約束・・・するわ」



約束というその言葉を聞いた瞬間、咲夜の顔が一瞬曇って影を落とす。



(約束を守る・・・今の私に、そんな事を言える資格があるのかしら?みんなの事を忘れて生きてきた、この私に・・・)



約束を守れなかった、そもそもその約束自体を忘れていたこの自分に、そんな事を言えるだろうか?

そもそもどうして自分は忘れてしまったのだろうか?

あんなに大事な約束を、みんなの事を、どうして自分は忘れてしまってのか。

咲夜には、それが分からなかった。



「それじゃあなー」

「じゃーねー」

「さようならー」



チルノとルーミア、そして大妖精は、それぞれ二人に手を振りながらその場を後にした。

それを見送った後、咲夜は美鈴に話しかける。



「美鈴、貴女も休んだ方がいいわ」

「だから大丈夫ですって咲夜さん。それにちゃんと守るって誓いましたからね。やっぱり気は抜けませんよ」

「・・・本当にごめんなさい。私の所為でみんなに迷惑を・・・」



落ち込む咲夜を見て、美鈴は慌てて手を振り首を横に振る。



「そんな!咲夜さんの所為なんかじゃありませんよ!それに守るって誓ったのは、何も今回に限った事じゃなですし」

「どういう事?」

「スカーレットを、家族を守る。大旦那様と、先代当主様。それにローレンスさんとか・・・まあその人達とも約束しましたから。
 今も昔も、紅 美鈴はスカーレットを守る盾なんですよ」

「・・・そういえばその三人の事、今まで詳しく聞いた事が無かったわね。どんな人達だったの?」



昔此処に来る前に名前と簡単な素性だけ聞かされた人物達。

エイブラハム・スカーレット、ブラム・スカーレット、そしてローレンス・リュカオン・ジェボーダン。

不思議とこの三人についての話を今まで詳しく聞いた事が無かったのだ。

一方質問された美鈴はというと、困った顔で悩み出す。



「どんな人達・・・ですか。一言では語れないんですよねぇ」



三人が三人とも一癖も二癖もあり実に特徴的で、何から話せばいいのか迷ってしまうのだ。



「だったら長くてもいいから聞かせてくれるかしら?休憩も兼ねてね」

「・・・分かりました」



少しでも咲夜の気が紛れるのならと、美鈴は思い話し始めた。



「まずは先代当主様のブラム様ですが・・・まあ、典型的な吸血鬼でしたね」

「それは知ってるわ。それ以外だと何があるの?」

「たぶんこれを言えばもう分かるかと思いますが・・・お嬢様はブラム様に似ておいででして・・・」

「・・・ごめん。もうそれだけで大体分かったわ」



なんというか、もうそれだけで分かったような気がする。

きっと決めるところは決めて、でもいつも決めたいと思っても普段は外すような人だったのだろう。

美鈴は咲夜が何を考えてるのか察して、苦笑するしかなかった。



「ははは・・・大旦那様に振り回されてた時は、威厳なんて欠片もありませんでしたよ。
 その時は決まってがーがー唸ってましたね。それとお嬢様達と一緒にいる時と奥様がいる時も抜けてましたね。
 ブラム様はなんだかんだで、家族を大切にしてましたから。それに父である大旦那様の事も、なんだかんだで尊敬してましたよ。
 だから大旦那様にならって、家臣の者達も大事にしていましたね。
 当主としての義務を真っ当していたから、みんなもブラム様に従ったんですよ。
 お嬢様は今でもそんなブラム様を尊敬して、少しでもそれに近付こうと頑張ってるんですよ」

「そう・・・立派な方だったのね」



お嬢様が今でも尊敬し目標としている。

それだけでも素晴しい方だったのだろうと考える咲夜に、美鈴は頷いて話を続けた。



「ええ、本当に。でもヴァンパイアハンター達との大きな戦いで、多くの家臣の方々と共に・・・討たれました。
 最後は自身を囮にして、お嬢様達を守ってくれました。そうでなければ・・・今頃は私達は・・・」



今でも美鈴ははっきりと覚えている。

多くのヴァンパイアハンター達が家臣達と戦い、領地は文字通り焦土と化した。

そのハンター達の中でも屈指の業の使い手達もよく覚えている。

人を小馬鹿にしたような態度で挑発してし、だが恐るべき早業で一刀の下に仕留めた侍。

美の女神すら嫉妬する程の美貌を持った、長刀使いの黒き衣を纏いし美しきダンピールの青年。

長きに渡り吸血鬼と戦い続けた、歴戦の戦士が集った一族達。

そして当主であったブラム・スカーレットを滅ぼした、炎を纏いし紅蓮の女剣士。

彼等の戦う様は、今でも脳裏に焼き付いていた



「なんとか生き抜いて・・・生き延びて・・・生き続けて・・・頑張りましたよ。
 残った私とローレンスさんは、お嬢様達を守るように命を受けて、そしてまあ現在に至るって感じでしょうかね」



そこまで語り終えた美鈴は、疲れたように溜め息をほうと吐いて遠くを見る。

彼女は未だにその何かを気にしているのかもしれない。

話を切り替えて進めた方がいいだろう。

そう判断した咲夜は話を進める。



「なら・・・そのローレンスというのは、どんな人だったの?」

「大旦那様と互角に戦えるだけの力を持った、狼男ですよ。そしてスカーレットが誇る完全無欠の執事でしたね。
 丁度今の咲夜さんみたいなポジションでしたよ。
 大旦那様がレミリアお嬢様で、ローレンスさんが咲夜さんでって感じですかね?」

「従者としての腕前はどうだったの?」

「もちろん優秀でしたよ。いや、あれはもう咲夜さんと同じで優秀過ぎる部類でしたね。
 ううん・・・咲夜さんが命令を受けてすぐ実行完了するなら、ローレンスさんは命令される前にそれを用意して済ませるって感じで。
 とにかく無茶苦茶に勘が良いんですよ。あれがしたいこれが欲しいって思ったらすぐにそれがある。
 そういう感じでしたねあの人は。あの勘の良さは霊夢さんと同じか、それ以上かもしれませんね」

「そんなに凄い人だったの?そのローレンスって執事は?」

「そりゃもう。普段は礼儀正しくて執事の鏡みたいな人なんですが、戦闘になったら熱くなるタイプでしたね。
 本能の赴くまま成すがままに暴れましたね。でもその動きは熟練者の業そのものでしたね。
 洗練された闘争本能と暴力。それが彼の戦闘スタイルでしたよ」



ローレンスとの稽古は、美鈴にとって実に有益なものだった。

美鈴の拳が技巧を凝らし磨き上げたものなら、ローレンスの拳は暴力を叩き上げ追求した代物だった。

ローレンスは美鈴にとって良き修行相手であり、敬うべき先達でもあった。



「三本やって一本取れる・・・そんな感じでしたね」

「今はいないようだけど・・・何処に行ったか分かる?」

「・・・分かりませんね。本来あの人は大旦那様に忠誠を誓ってたんです。
 二人は大昔に戦ったみたいで、その時の決闘で負けて、大旦那様を主人と認めたんですよ。
 ブラム様に従ったのも、大旦那様が頼むって言ったから仕えているんだって言ってまして。
 お嬢様に当主としての心得と戦い方を教授して、それからすぐに何処かへ行っちゃいまして、それっきりなんです」



ただやるべき事、成すべき事があると言って、ローレンスはスカーレットから去ったのであった。



「そうなの・・・」

「あの人が今いてくれたら、今回の問題も難しくはなかった・・・そう思いますね」



確かにそれほど優秀な人物がいたのなら現状はなんとかなったのかもしれないが、いない人物に頼る訳にはいかない。

そう思い、咲夜はまた話を進める事にした。



「・・・それじゃあ大旦那様は?どんな方だったの?」

「一緒にいたら楽しい・・・ずっと一緒にいたい、着いて行きたい。みんながそう思える人でした。
 強くもありましたが、やっぱり大旦那様は楽しい人でしたよ。
 私が修行の旅の最中に会ったんですけどね、私を一目見て「気に入ったッ!俺の所に来いッ!」なんて言ってですね。
 半ば無理やり部下にさせられたって感じでしたね」

「それはまた・・・なんとも。お嬢様達とはどんな感じだったの?」

「孫馬鹿でした」



迷い無くはっきりと言う美鈴に、咲夜はこうもズバリと言われる初代当主に呆れるしかなかった。



「・・・はっきり言うわね」

「いや、そうとしか言えませんでしたからね。特に妹様は相当可愛がりましたね」

「妹様を?それはまたどうして?」

「亡くなられた大奥様によく似ているそうでして。「俺とあいつとの間に娘が生まれたら、フランのような子が生まれたはずだっ!」
 なんて豪語されましてね。私は大奥様には会った事は無いんですが、肖像画を拝見した事はありましてね。
 確かによく似ておられるなって、私も思いましたよ。妹様が大きくなられたらこんな人になるんだろうなって思えるくらいに。
 現にもし女の子が生まれたら、名前はフランドールにする予定だったらしいですよ?」



自分の娘に付けるはずだった名前を孫娘に付けるとは、その大旦那様は随分と妹様の事を気に入っていたようだ。



「それはまたなんとも凄い可愛がりようね。でも・・・そんな肖像画、あったかしら?」

「あ、一応私が預からせてもらってるんです。大旦那様の遺品とかは大体全部」

「知らなかった・・・それで?大奥様はどんな感じの人なの?」

「聞いた話とかを判断するとですね、天真爛漫で落ち着きの無い猫みたいな人だったらしいです。
 それで・・・そうですね・・・黒がよく似合う人って感じでしたね。私が肖像画を見ての判断ですが。
 亡くなられた原因ですが、ブラム様を生まれてから段々と体調を崩していって、そのままって感じだったそうです」



その当時は大変だったらしく、特にまだ育ち盛りだったブラムは母親に死に悲しみ、泣きに泣いたらしい。

その所為かブラムは母こそが最高の女性であると考えて、それは死ぬまで変えなかったらしい。



「ようするにマザコンだったの?」

「いや、小さい子供の頃に母親に死なれたら、そう考えるのは仕方ないとは思いますよ?
 相当大事に思われてたようで・・・お嬢様の名前は大奥様の名前を捩ってつけたそうでして。
 ブラム様はレミリアお嬢様を可愛がってましたね。
 そんな感じだったからお嬢様はお父さんっ子で、妹様はお爺ちゃんっ子って感じでしたね」

「じゃあお嬢様の性格ってそのブラム様に影響されてああなったの?」

「まあ、そんなところですね」



地の性格は子供なのに妙に大人ぶった態度を取ろうとしているのは、その父親の影響を受けた為かと咲夜は納得する。

そんな咲夜を見て、美鈴はそんな風に納得しているのだろうなと予測する。

だが真実を言うなら、そのブラムも若い頃は今のレミリアと同じように父親の真似をしていたのだ。

もちろんカリスマな部分をという意味でだが。

吸血鬼の子は吸血鬼なのである。



「でもブラム様の奥方様まで大奥様と同じように亡くなられたのは・・・皮肉過ぎましたがね」

「それって、妹様を生んだからって事?」

「まあ・・・そうです。・・・といけないいけない。暗い話になっちゃいますねどうも」



これではいけないと思い苦笑する美鈴はエイブラハムの話に戻す事にした。



「大旦那様はそりゃもうしょうもない人でしたよ。ローレンスさんや私が何度も突っ込みを入れたもんですよ。
 こう、思いっきりガツンと」

「主になんて事してるのよ貴女は・・・」

「いやそう言われましても・・・家族でしたからね。ついやっちゃったというか・・・」

「家族?」

「ええそう・・・家族ですよ」



咲夜の問いに答える美鈴は、懐かしむよう優しく微笑む。



「私に紅の姓を与えてくれたのは、大旦那様でした。家族になるんだからそんなのは当然だって言って。
 でも美鈴・スカーレットじゃおかしいから、だったら紅にしようって、それで私にこの姓を与えてくれたんです。
 紅魔館の紅 美鈴。実に良い響きだって、そう言われて・・・」

「そうなの・・・」



そんな経緯があった事を初めて知った咲夜は、それを聞いて驚く。

気に入った相手に名前を贈るなんて、まるであの時のお嬢様みたいだと、思わずにはいられなかった。



「なんだか、私とお嬢様みたいね、それ」

「ああ、そういえばそうですね。家族になるものには名前を与える。何時の間にか決まった、家訓ってやつなんでしょうかね。
 嬉しかったですね・・・まさか私に家族が出来るなんてって、嬉し過ぎて涙を流したもんですよ」

「・・・そう、名前の無かった私とはまるで違うわね」

「違うって・・・そういえば咲夜さんはどうして名前が無かったんですか?」

「私は・・・名前を語らない我が師の道具であり、武器であり、腕だったからよ。
 そんなものが名前を語るのはおかしいでしょう?だから我が師は私には名前を与えなかったのよ。
 それが、私と我が師の絆だったのよ」

「それは・・・どうなんでしょうか?私には、少し分かりかねますね」



名前を与えられて絆が生まれた美鈴には、それは理解し難い考えだった。

名前を与えずに生まれる絆があるなんて、聞いた事が無かった。

咲夜はそんな美鈴の考えを察してか、クスリと笑みをこぼす。



「貴女の言いたい事は分かるわ、美鈴。それが普通じゃない事であるくらいは、私にも分かるわ。
 でもね美鈴、私はその言葉を聞けてとても嬉しかったのよ?名前が無かったのは、私だけだったもの。
 我が師は私だけに、その名誉を与えてくれたんだって、思ったのよ。
 無名という師と私とだけの絆・・・それが私の、十六夜 咲夜になる前の私の、最高の名誉だったのよ。
 だからそれは理解出来なくてもしょうがないわ。それは私と我が師が理解して・・・いれば・・・」

「咲夜さん?どうしましたか?」



声を小さくして話を途中で止めた咲夜に、美鈴はどうしてのかと尋ねる。

そして美鈴が見た咲夜の顔には、先のような昔を懐かしむ笑顔ではなく、後悔の笑みが浮かんでいた。



「馬鹿ね私・・・今はそんなもの、何の意味も無いっていうのにね。
 我が師を裏切った私には、もうそんな、それが名誉だなんて言う資格なんて、ありはしないのに・・・ね。
 名前が無い事が名誉?それを今の私が、十六夜 咲夜がそれを語る?馬鹿馬鹿しい・・・馬鹿馬鹿しいわ。
 それを言っていい者は、とっくの昔に死んだはずのにね」

「咲夜さん・・・」



美鈴は咲夜の瞳から涙が流れるのを見て、どう言えばいいのか分からなかった。

美鈴が分かるのは、今泣いてるのは十六夜 咲夜ではなく、死んだはずの名前の無い少女だと言う事だけだった。

死んだはずの、死んだと思っていた彼女の涙という事だけ、美鈴には分かった。



「ねぇ美鈴?私にもね、家族がいたのよ?大事な、とても大事な家族が」

「咲・・・“貴女”の家族は、どんな人達だったんですか?」



何故呼び方を変えたのか、美鈴にも分からなかった。

分からなかったが、そうすべきだと思ったのだ。

だから“咲夜”とは呼ばずに“貴女”と呼んだのだ。

そして“彼女”は、自分の家族の事を話し始めたのだった。



「ジョヴァンニ兄さんはお調子者で女誑しでよく注意されたけど、私を何度も笑わしてくれたわ。
 妹よ、君は笑顔が一番似合うから笑った方がいい、なんて言ってね」



教団に来たばかりの私を笑顔にしてくれた優しい兄。

口調や態度はふざけてはいたが、自分を大事にしてくれたのはよく分かった。



「アル兄さんは反対に真面目だけど鈍感だったわ。性格は我が師によく似ているって言われたわね。
 私は我が師のようなアサシンになりたかった。そしてアル兄さんはある意味私がなりたかった存在でもあった。
 我が師のようなアサシンになれたアサシンっていう、そんな存在にね。アル兄さんには何度も修行で相談して、助けてもらったわ」



厳しさという優しさを持っていた兄は、彼女の憧れの存在でもあった。

いつか自分も兄のようになって我が師の助けをしたいと、そう思ったものだった。



「テレサ姉さんは、私にとって姉でもあり、母でもあったわ。
 気は強いけど、芯はしっかりした人でね、色々相談したりして・・・憧れたなぁ。
 テレサ姉さんみたいな人になりたいって思って・・・我が師とは違った、私の理想だったわ」



彼女が教団の中で一番時を共にしたと言ってもいいだろう。

どんな時も頼りになり、兄弟達の中で一番手を焼いて自分を心配してくれたであろう姉。

いつかその恩返しをしたいと・・・そう・・・思って・・・



「教団のみんなもそう。みんな私を大事に想ってくれて、家族だって、兄弟だって、言ってくれた。
 みんな・・・みんな・・・家族だったのよ?大事な家族だったの。大事な、大事な家族だった・・・はずなのに」



共に泣いて共に笑って、一緒の時を過ごした教団の家族達。

今ではその全てをはっきりと思い出せる。

生きている者も、生きていた者も、その全員を。



「師は・・・我が師はね、私にとって父親でもあり、私が大好きだった、大事な人。
 私に、私に家族というものを、優しさを、温もりを、笑顔を、全部教えてくれた人なの。
 今の私の中にある全部を教えてくれた、大事な人・・・それが我が師なの」



あの人がいたから、今の私が存在しているのだ。

あの人がいたから、今の私の時が進んでいるのだ。

でも、それはもう――――――



「全部・・・過去の事なのよ・・・」



そう、それは過去の自分の事であり、今の咲夜の事ではないのだ。

咲夜が想っていいような思い出ではないのだ。



「私は、みんなを、我が師を裏切った。もうみんなは、私の家族じゃない。
 みんなもきっと、私の事を家族とは思わないでしょうね」

「そんなッ!そんな事ある訳ないじゃないですかッ!そこまで貴女を大事に想っていたのなら今だってきっと」

「・・・それは無いわ。だって、我が師が言ったのだもの。私の事を裏切り者と。これがどういう意味か分かる美鈴?」

「・・・・・・いえ」

「我が師の意思は、教団の創意でもある。だからあの発言は、みんなの発言でもあるのよ。
 今回は我が師と出会ったけど、違う人でも同じ事を言ったはずだわ」



師と再会して、今回の事件は始まった。

では他の者と出会ったらこのような事にはならなかったかと言われれば、彼女は否と答えるだろう。

たとえ他の者だったとしても、この事件は始まっていたはずだ。

そして全員が揃って言うはずだ。

彼女を、裏切り者と。



「ジョヴァンニ兄さんも・・・アル兄さんも・・・テレサ、姉さん、も・・・みんな・・・みんなッ!
 そうよッ!みんな言うのよッ!私をッ!裏切り者ってッ!」



彼女は叫び、そしてボロボロと泣き始める。

もう誰も家族とは呼ばないだろう。

そして変わりに言うのだ、裏切り者と。

もうお前など家族ではないのだと、自分に殺気を込めて糾弾するだろう。

あの時出会った我が師と同じような殺気を込めて。

美鈴はそんな彼女の悲痛な叫びに耐え切れず、彼女を抱き締める。



「咲夜さんッ!大丈夫ですから、私達がいますから、だから・・・だから・・・」

「私は、みんなを愛してたのよ?愛してたのに、裏切って、忘れてしまって・・・嫌よ。
 もう家族じゃないなんて、家族じゃないなんて言われるなんて、私嫌・・・嫌なの・・・」

「大丈夫ですから・・・咲夜さんには私達がいますから・・・」



自らの胸の中で泣く彼女に、美鈴はそう言うしか術を持たなかった。

大丈夫だと言うしかなかった。

だが何が大丈夫だと言われれば、美鈴には言うべき答えが無かった。

咲夜にとっては自分達がいるが、彼女にはもう、誰もいないのだから。



「どうして私は生きているの?もう死んだと思ったのに、どうして私は生きていたの?
 どうして私の中に・・・まだ生きていたのよ・・・思い出したのよ」

「今でも貴女は、その人達の事を家族と想ってる。だから思い出せたんですよ。
 今でも、愛しているから。だから、だから思い出せたんです」



美鈴はここまで彼女に想われているあのアサシンを、正直に凄いと歓心するしかなかった。

離れて何年も経ったというのに、ここまで彼女に愛され想われるなんて。

それを思うと、美鈴はあのアサシンに軽い嫉妬さえ覚えた。

咲夜は自分の事をここまで想ってくれるだろうかとか、場違いな考えを持ってしまう。



(名も知らないアサシンよ。見ていますか?彼女は今でもここまで貴方を想っているんですよ?
 それなのに貴方は彼女を裏切り者と呼び、殺すと言うのですか?
 確かに忘れていたかもしれない。でももう思い出しているじゃないですか。
 貴方の事も、貴方達の事もみんな思い出したんですよ?それに、この子は裏切った訳じゃないんです)



そう、彼女はその最後の最後まで、自分に課せられた使命を全うしようとしていた。

レミリアに敗れた後も、しばらくはずっと殺す機会を窺っていたのだ。

夜になれば一人泣いていた事もあった。

ただの偶然だったのだが、美鈴はそれを聞いてしまった事があった。

先の三人の名前も、その時に聞いた覚えがある。

ずっとずっと家族の事を想って泣いていた事を、美鈴は知っていたのだ。


 
(お願いです。貴方に慈悲があるのなら、彼女を許してあげてください。お願い・・・許してあげて・・・)



美鈴は姿の見えないアサシンに向かい、心の中で懇願する。

今の彼女には、それしか出来なかった。



「・・・咲夜さん、そろそろ屋敷に戻りましょう」

「・・・ええ、ごめんなさい美鈴。いきなり泣き出して」



咲夜はそう言って美鈴から離れて涙を拭う。

その目は赤く腫れて、拭った後でもまだ少し涙が出ていた。



「いいんですよ。今の私には、これくらいしか出来ませんから。さ、行きましょう?」

「そうね・・・行きましょう」



咲夜は小さ返事をして頷き、暗い影を落として館へと戻っていく。

美鈴もそれに続き屋敷に戻る中、今は亡き主達に祈る。



(大旦那様、ブラム様、奥様、そして大奥様。どうかみんなをお守りください。
 今の私の家族のみんなを、どうか、どうかお願いします)



紅の名を持つ一人の門番は、今はそう祈るしかなかった。




















「おや?今日は門番は休みか?いやいつも昼寝してるから休んじゃいるが、いないのは珍しいぜ。
 まあいいか、余計な時間が掛からなくて済むぜッ!」



空から門を眺める白黒の魔法使いは、門に誰もいないのを確認すると流れ星の如き速さで赤い館に向かっていった。





































さて、今回は二人にそれぞれの家族について語ってもらいました。

それにしても伏線・・・この第二章の中でどれくらいいれたかな・・・

今回もそうだけど、前回は不味かったかな・・・なにしろスレスレな感じで・・・

あまり言う訳にはいかない、か・・・うん。

そして最後に登場したのは・・・これもうみんな分かるか。

それでは!



[24323] 第十七話 ただ一つ名のある業
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:03dd8c5e
Date: 2011/02/15 00:54






「………終わった………何もかもが………むきゅ」


結界の再設定をし直したパチュリーは、しおれた紫もやしと化してぐったりとしていた。
下手に強化した結界だったので、細かい設定を組み直すのに時間が掛かったのだ。
結界の感知度に、誰が掛かるかの細かな調整。そして不評だった侵入者発見時の警報音などなど。
それらの設定を並列して一度に行いかつ急ぎ、文字通り脳の情報処理速度をフル回転させての作業。
普段ならなんてことない作業ではあったが、これが二回目でかつ急がなければならなかったので疲れたのだ。
そんな親友を眺めるレミリアは、やれやれといった表情で呆れていた。


「相変わらずの虚弱体質ねパチェ………なんとかしたらどうなの?
 あの魔法使いの爺さんも、もう少し体を動かした方がいいって言ってたじゃない」

「………あそこまで動ける魔法使いの方がおかしいのよ。魔力使ってとはいえ、美鈴と組み手が出来るなんて絶対おかしいわ」


武術の達人である美鈴と組み手が出来る魔法使いなんぞ、件の老魔法使いと命蓮寺の聖 白蓮くらいのものだろう。
体を魔力で強化して体力を上げるという方法は、パチュリーも出来ない訳ではなかった。
出来ない訳ではなかったが、体質に合わなかったのだ。使用した場合、術の反動で全身筋肉痛と化すのだ。
つまり、身体能力を上げる魔法に耐えるだけの体力がそもそも無いのである。


「肉体と精神の強さこそが~とかなんとか言ってたじゃない。私はあいつは嫌いだけど、言ってる内容は納得出来るもの。
 とても癪だけどね。でもそれを抜きにしても、もう少し動いた方がいいわよ。そんなんだから紫もやしだとか言われるのよ」

「前にあんこうを持ってこられた時は参ったわよ。ビタミンが豊富だからとか言われて食べさせられたのはきつかったわ。
 まあ、美味しかった事は美味しかったけど………」


そう、美味しい事は美味しかったが、調理の過程のあんこうの解体したのを見てしまったのだ。
見た目がグロテスクな魚が目の前でどんどん解体されていくのだ。あまり良い気分はしなかった。
もっともフランはそれを好奇心一杯の目で楽しそうに眺めて、振る舞われたあんこう料理を美味そうに食べていた。
ちなみに余談ではあるが、フランが一番気に入っていたのはあん肝であった。

ぐったりとうな垂れるパチュリーとそれを眺めるレミリアに、声を掛ける者達がいた。
門から戻ってきた咲夜と美鈴であった。


「お嬢様、只今戻りました」

「結界の調整は……終わったみたいですね」

「ええ……今やっと……ね……うう」

「あ、あははは……ご苦労様です」


今にも倒れそうなパチュリーを見て苦笑を漏らす美鈴。この状態で襲われたら、間違い無くパチュリーは役に立たないだろう。
美鈴はパチュリーに近付き首の付け根に触れて、疲労と共に乱れたパチュリーの気の流れを緩やかに戻していく。


「あ"あ"ー……それ効くわー……」

「うわぁ、オヤジ臭い。………と、これでよし。どうですか?」

「うん………だいぶ楽になったわ。ありがとう美鈴」

「いえいえ。肉体的の疲れはある程度ほぐしせましたが、精神的な疲れは気休め程度しか回復出来ませんでしたから」

「それでも無いよりはあった方がいいわ」


魔法使用の場合、疲労は肉体よりも精神の方が疲労しやすい。
美鈴の気は肉体の疲れは治せても精神の疲れには肉体同様に治せる効果は無い。
だが肉体と精神の繋がりは深いもの。劇的な効果は無くとも、気休め程度以上の回復効果はあった。

咲夜と美鈴はレミリア達と同じテーブルに着き一休みしてほうと溜め息を吐く。
軽い一休みではあっても、あるならあるでやはりありがたい。今は何時襲われるか分からないのだから、休める時に休むべきだ。


「でも待つのは待つで退屈なのよね……何か暇潰しになる事って無いかしら?」

「いきなりの無茶振りですか……あ、さっきまで大旦那様達の話をしていたんですよ。ね、咲夜さん?」

「あら?お爺様達の?どんな話をしていたの?」

「え?あー……まあ簡単に大旦那様達の歴史なんぞをちょいちょいと」


性格は抜けてる部分があった云々の話をしていた、なんて言ったら不機嫌になるのは目に見えている。
だもんで嘘ではないが真実でも無い事を言って誤魔化す美鈴。
この判断が功を奏したのか、レミリアは美鈴の話を聞いて満足そうに笑みを浮かべる。


「あらそうなの……なら咲夜、このスカーレットの偉大さが少しでも分かったかしら?」

「え?あー……はい、それはもう」


ここは美鈴に話を合わせていた方がいいだろうと判断して適当に相槌を打つ。
それを聞いたレミリアはこれまた満足そうに笑みを浮かべて満足そうにする。
そんなレミリアを見て、美鈴は吸血鬼の子は吸血鬼なのだなと内心苦笑する。


(お嬢様は容姿は奥様に似ているけど、性格やらなにやらはブラム様そっくりだなぁ……煽てやすいところとか特に)


家臣としては不敬な考えかもしれないが、家族としてはしみじみとそう感じてしまうのだ。
生き残ったスカーレットの中では自分は二番目の古株だ。レミリアとフランの世話は彼女達が生まれた時からしている。
だからそう思ってもしょうがないかと、のんびり考えてしまうのであった。

そんな美鈴の心に気付かず、レミリアは偉大なる祖父達の事を我が事のように自慢して話を進める。


「お爺様もお父様も、それはもう立派な方だったわ。いや、確かにお爺様は破天荒だったけど、それはそれとして。
 お父様はまさに夜の支配者であり魔族の王としての威厳があったわ。いや本当に尊敬したわ。
 そして爺もね。スカーレットの長い間仕えてくれて、私もよく助けられたわ」

「………よく叱られたの間違いでは?」

「そ、それは!……そうだけど、言わないでよ美鈴……」


レミリアは美鈴に言われて嫌な事を思い出す。自分にとっては恥ずかしい思い出だ。

ローレンスはスカーレット二代、つまりブラムを初めレミリアとフランの教育係だった。
もっともフランは諸事情の都合により簡単な教育だけで、教育はエイブラハムが主に行っていた。
ローレンスがブラムとレミリアにしたのは当主としての厳しい教育であり、レミリアはある意味トラウマを持っていた。
特に何か悪戯などして悪さをした場合、問答無用で尻を思いっきり叩かれたものだ。
プライドがズタズタになるまで泣いて謝って、それでなんとか許してもらったものだったと渇いた笑みを浮かべて思い出してしまう。
特に一番堪えたのはそれを祖父であるエイブラハムに見られて大笑いされてしまった事だ。
もっともその後ローレンスに思いっきり吹っ飛ばされはしたが。
母と、そして美鈴に慰めてもらって泣き止んで。だが一番自分を慰めてくれたのは父だった。
レミリアがローレンスから受けた教育をそのまま受けたのである。娘である自分の気持ちはよく分かってくれた。
この教育に耐えた父は凄いと尊敬の念を感じたものだった。

ちなみにフランの方は厳しい教育はされなかった。というかとことん甘やかされた。
情緒不安定なフランの性分では厳しくする訳にもいかず、しょうがないといえばしょうがなかったのだ。
それにエイブラハムの性分ではそんな事は出来るはずも無く、これもしょうがないといえばしょうがなかったのだ。
だがほとんど遊んでるだけの二人に呆れたローレンスがまた主人を思いっ切り殴った事は、これまたしょうがなかったのだ。


「小さい頃のお嬢様はそれはもうローレンスさんの事とても怖がってましたね」

「あ、あれで泣かない奴なんていないわよ!」

「……その話は私も初めて聞いたわ。って咲夜どうしたの?」


なにやら虚ろな表情でブツブツと不気味に呟く咲夜に、パチュリーは恐る恐る話しかける。


「小さい頃のお嬢様……今より小さいお嬢様……涙目で謝るお嬢様………………凄く、いい」


ふふふふと、不気味に笑い出し若干息を荒げる咲夜。昔のレミリアを妄想して、また悪い癖が出てしまったようだ。


「咲夜さん!咲夜さん!目付きが危なくなってます!笑みが恐くなってます!」

「ハァ……ハァ……ハッ!?ご、ごめんなさい美鈴。昔のお嬢様の事を考えたらつい」

「………そうですか」


だがたぶん、その妄想は間違っていないだろうと考える美鈴であった。
思いっ切り泣いて自分に甘えてくるレミリアはそりゃもう可愛くて仕方なかったのだから。


「そ、それより咲夜?聞きたい事があるのだけれどいいかしら?真面目な話で」


この話の流れを変えようというのもあったが、レミリアには確認しておきたい事があったのだ。
そしてそれは咲夜にしか聞けない、咲夜だけが知っているであろう事でもあったのだ。


「え?ああ、はい。なんでしょうかお嬢様?」

「あのアサシンの戦闘方法なのだけれど、殺気が無かったのよ。その所為で攻撃が全く読めなかった。
 一体どうしてあそこまで殺気を消す事が出来たのか、それを知りたいのよ」


あのアサシンとの戦闘の時に一番苦労したのが、殺気を放つ事無く、その所為で攻撃が読めずに思い切った攻撃が出来なかった事だった。
レミリアの生涯において、あのような存在は生まれて始めて見た。
あれと似たような存在といえば、初対面で会ったばかり咲夜がいたが、咲夜はそれを上手く隠していたのに対し、相手はそれが無かった。
殺す相手に殺気を放つ事無く攻撃するという事が出来る者がいるのが、レミリアには信じられなかったのだ。
相手を殺す場合、強弱はあれど殺気というものは出るもの。そしてそれを聞いた咲夜はなるほどと思い、レミリア達にその理由を話した。


「結論から先に言えば、我が師は殺そうとは考えてはいません。救おうと考えているのです」

「殺すではなく、救う?どういう事それ?」

「生とは苦しみであり、死はその苦しみからの解放。それを静かに、穏やかに、苦しまずに苦痛を与えずに。
 それを可能とする業を持ち実行する。だから殺気は必要は無い。殺意ではなく慈悲の心を持って死を与える。
 それが、我が師のアサシンとしての考えなのです。恐らくそんな境地に達しているのは我が師だけ。
 教団の皆もその境地を目指しましたが、それを完全に体得した者は誰一人としていないでしょうね」


それを聞いたレミリア、パチュリー、美鈴の三人はそれぞれ別の事を考えていた。

レミリアはゾッと恐怖した。そんな事が出来るという事はつまり、死を与える事が救いであると本気で信じているという事だ。
いや、信じているのとは違うのだろう。きっとあのアサシンは、自分はただそれを実行するだけの存在だと認識しているのだ。
普段の日常はどうかは知らないが、少なくとも仕事をする時は自分はそういう存在なのだと思っているのだ。
死という救いを持ってやって来る、アサシンという人間の姿をした怪物。レミリアはその存在の一端を知って恐怖したのだ。
あれは正しく死の幻想なのだと、理解し恐怖たのだ。

パチュリーはふむ頷き納得する。恐らくそのアサシンは、死を平等に見ているのだろう。
命という存在を過剰には評価せず、かといって過小にも評価せずに仕事を実行し、その命を刈り取る。
死の執行者故にそれが出来るのか、そうするよう心掛けてきたから出来るようになったのかは分からないが、これだけは言える。
あのアサシンにとっては命は全て同じ価値である。殺す相手の命も自分の命も何も変わらないと考えているはずだ。
あれは人としての心の何かが狂っている。少なくとも自分達とは確実に違うのだと認識するのであった。

美鈴は凄いと感心する。それが出来るというその事実を知り、驚き、素晴しいと感嘆した。
自分には分かる。それを行うのがどれほど困難なのかが。それはその考えを知ったからといって、到底真似出来るようなものではない。
一体どれほどの数の、そしてどのような死線を潜り抜ければそのような境地に達する事が出来るのか、美鈴にはその想像すら出来ない。
その境地はまさに、自分が目指す武の境地に通ずるものがあり、思ってはいけないのだろうが尊敬の念すら感じた。
あれは自分自身の思想を自ら体現し、そして実行する事が出来るようになった奇跡のような存在だと畏怖した。

そしてその三人が共通して同じように考えた事がある。
それはあのアサシンが間違い無く強敵であるのだという再認識であった。


「正直に言えば、私はもう相手をしたくないわね」

「私は出会いたくもないわね」

「私は相手をしたいですけどね。不謹慎ですけど、また戦ってみたいです。それも相手が十全の状態で。
 奇襲を受けて負傷した時ですら手強かったんです。本来の状態でどのような事をするのか、興味があります」


それを聞いた咲夜は少しムッとして美鈴を見る。そんなつもりは無いのだろうが、まるで我が師をなめているように聞こえたのだ。


「はぁ……美鈴?貴女は我が師の本来の力を知らないからそんな事を言えるのよ?」

「す、すみません咲夜さん。あ、それならあの人の一番恐ろしいところを教えてくれませんか?
 相手をする時に、知ってると知らないとでは大違いですからね」

「………それもそうね。まず、基本的に能力以外の業では、我が師は私と同じ業を使うわ。
 ただしその全てが私よりも上だと認識しておいて。もちろんそれ以外の方法の業を使う場合もあるから気を付けるように」

「分かりました。では一番気を付けるべき点は?」

「奇襲、闇討ち、そして攻撃が読めない。でも一番分かりやすく言うなら――――――認識出来ない、かしら?」


咲夜のその言葉を、三人は理解する事が出来なかった。


「どういう意味なの咲夜?」

「そうですね……美鈴、貴女も隠形は出来るわよね?それを簡単に説明してみて」

「え?えーと……気配を消す、ですかね?まあ簡単に言えばですが」

「そうね。でもそれだと一つ問題があるのよ」

「問題……ですか?」

「気配を消すという事はね、本来その場にあるはずの気配すらも消してしまうという事よ」


美鈴はそれを聞いて何かにハッと気付いたが、レミリアとパチュリーの二人にはまだよく分からなかった。


「我が師から聞いた説明で分かりやすい例え話をしますね」


咲夜が皆に説明した我が師が教えた例え話は次のようのものだった。

一つの絵で説明するなら、気配を消すという事は、本来ならその場にある気配をも無くしてしまうという事。
つまりそれは絵の中に空白が出来るようなものであり、見る者が見ればすぐに分かる事。
そこにあるはずの空気の流れや音の響き、目には見えなくてもそこにあるものの気配を邪魔するという事だった。


「それはつまり、気配を消す事でそこにあるはずの気の流れも消してしまうという事ですか?」

「たぶん、その認識で間違い無いと思うわ」


美鈴はそれを聞いてなるほどと納得する。
自分には気を操る程度の能力というものがある。だからこそ分かるのだが、気というものはどこにでも存在するものだ。
先の説明を参考にするなら、気配を消せばポッカリと気の無い空間が生まれるという事。
本来あるはずの気の流れなどを自ら消して、不自然な空間を作り出してしまうという事だった。


「全然気が付かなかったですね……自分ではそれでいいと思ってたんですが、まさかそんな落とし穴みたいなのがあるなんて。
 でもそれって、普通はそれ自体気付く事なんて出来ませんよ?言われてやっと、
 ああなるほどって納得出来るくらいの小さな事で……普通なら認識する事も出来ない事ですよ?」

「そう、そうね。普通ならそんな事に気付くのは無理でしょうね。でも我が師はそれを知る事が出来た。
 そして私達もそれを知る事が出来たから、気配を消して姿を隠した者を見つける事が容易に見つけるのが可能になった。
 これは我が教団の奥義の一つでもあるわ」

「知る事が出来たから手に入れる事が出来た業ですか……あれ?でもそれだとあの人の一番恐ろしいところってなんですか?」

「では先の説明を踏まえてもう一度言うわね。我が師の恐ろしいところ。それは――――――“認識出来ない”事よ」


咲夜のその言葉を聞いて、三人はそれがどういう事か考える。
そしてあのアサシンの恐ろしさに一番早く気付いたのは――――――


「まさか……嘘でしょ……」


紅 美鈴その人であった。レミリアはそれに気が付いた美鈴にそれがなんなのかを尋ねた。


「美鈴?何か分かったの?」

「馬鹿な……そんな事出来るはずが……いやでも、その事実に気付いたのなら……」


自分が気付いたその事実に相当驚いてるのだろう。美鈴にはレミリアの声が聞こえていなかった。
勝手に一人で納得している美鈴に、レミリアは先よりも大きな声で尋ねる。


「ちょっと美鈴!一人で納得してないで教えなさいよ!」

「え?あ……すみませんお嬢様。あのアサシンがどれだけ恐ろしい業を持っているか、やっと分かったので」


主の声にやっと気付いた美鈴は、これ以上無いというくらいに真剣な表情で返事をする。
それを見たレミリアは、美鈴が気付いたその事実がただ事ではない事を察する。


「………貴女がそこまで言うなんて。なんなの、その業っていうのは?」


レミリアの問いに、美鈴は一旦深呼吸して息を整えてから言った。自分の気付いたあのアサシンの真に恐るべき点を。


「咲夜さんの説明を聞いて、それで分かったんです。あのアサシンの真の恐ろしさが。
 それは自分の気配を消すのではなく、自分の気配を周囲と同じにするって事なんですよ。
 あの絵の話で例えるなら、気配を消して空白を作るのではなく、気配を同化して、
 あるいは似せて、自分が絵の模様とか背景とかそのものになるって事なんですよ。
 だからつまり、空白ではなく透明になるって事………なんですよね咲夜さん?」

「そうよ。我が師が気配を周囲と同じにした場合、私達は師が目の前の現れてもそれを人とは認識出来ずに、ただの背景として認識する。
 それはそこにあって当たり前のもので、あるのがおかしいとすら感じる事も無いでしょう。
 それを使用されればきっと、人の多いで所で堂々と大量虐殺をしても、誰もその虐殺をしている師を気付く事はないでしょうね」

「………なんなのよそれ?そんな、そんな事が出来るの?あいつの能力でどうこうしてるとか、そういうのじゃないの!?」


もしそれが事実だとするなら、もしかしたら今も此処で自分達と一緒に、しかも堂々と椅子に座っていてもおかしくないという事だ。
そこまで考えた時、レミリアは恐ろしくなって周囲を見回してしまう。
今此処でのこの会話も聞いているのではないかと思ってしまい、知らず知らずの内に自身を抱き締めてブルリと震える。
どこにいるか分からない。どこから来るか分からない。だがそれは確実に自分の傍にいて、そして確実に自分の所にやって来る。
その気付いてしまった事実に、レミリアは恐れを感じずにはいられなかった。


「似たような存在で、確か地底の妖怪の古明地こいしの無意識を操る程度の能力ってのがあったけど、それと同じものかしら?」


地底の地霊殿の主の妹である古明地こいしの能力の無意識を操る程度の能力。
この能力でこいしは無意識で行動する事によって他者から感知される事無く、幻想郷を行き来している。
もしくは他者の無意識を操り感知されないようにしているのかもしれない。
現に何時の間にか自分達の屋敷にも侵入して、これまた何時の間にかフランドールと仲良く弾幕ごっこをやっている事もあった。
それを指摘したパチュリーの言葉に咲夜は軽く頷く。


「そう考えても、間違いありません。ただしこれは能力ではなく、純粋な技術であり業だそうです。
 そして個人的な意見も入りますが、恐らくこいしの能力以上にこの業は恐ろしいと判断します。
 あの子は能力を無意識で使いますが、我が師はその業を意識して使う事が出来ますし、なによりそれを活かす力も技術もあります。
 呼吸法や移動法を駆使して使用するのだと私達は教えられましたが、結局それを体得出来た者は誰もいませんでした」


教団の者はそれに限り無く近付く事は出来ても、それそのものを再現する事はついに誰も出来なかったのだ。


「決して誰にも見つかる事の無い、そして決して誰も再現出来ぬと謳われた業。
 その名は――――――幻想隠形(ザバーニーヤ)。自身の名を語らぬ我が師が、唯一自分の業に名前を付けているのがこれです。
 我が師はハサンの名を受け継ぐ代わりに、ハサンの業の名である、このザバーニーヤの名を頂戴したそうです」

「まるでその業にそこまでの自信があるのだと、そう言っているみたいですね……」

「実際それだけ恐ろしい業なのよ。救いがあるとすれば、一度誰かに見つかれば姿を暗ますまで使えない事。
 戦闘では性質上使えないって事。そして結界には効果が無いくらいでしょうね」


咲夜の説明はそこで終わった。それを聞いた三人は自分達が戦う相手がどれほど危険な存在なのかを改めて実感する。
もし今あのアサシンが進入していたら、自分達は既にこの世からいないであろう。
そうなっていないという事は、少なくとも今あのアサシンはこの紅魔館にはいないという事。
三人はそう考えてホッと軽く一息吐いたのであった。


「ふぅ……どうあっても正面から戦わせるようにしないといけないという事か」

「一度私とレミィ、そして美鈴の三人での戦闘分担を決めておいた方がいいわね」

「そうですね………今回ばかりは負ける訳にはいきませんからね。万全の状態で挑むべきです」

「ごめんなさい。本当なら私が戦わなくてはいけない事なのに……」

「いいんですよ咲夜さん。無理はしないでくださいよ」

「そうそう。なんか知らんけど何事も無理はよくないんだぜ」

「ええそうね。ありがとう美………え?」


今此処にいるはずのない者の声が混じっていた。皆は急ぎその声の主を探して、そして見つけた。










「よう!なんだなんだ?雁首揃えてまぁた悪さでも企んでるのか?」


能天気に話しに加わってきたのは白黒の泥棒魔法使い、霧雨 魔理沙であった。




















後書き……やっと後書きが書けるか……

最近モチベーションが下がり気味の荒井スミスです。あう!もう!別の話書きたいわ~。
仮にこの第二章を紅魔郷編とするなら、妖々夢編とか永夜抄編とかやりたいが………まだまだ道は長いな………
ああ、早く他の人達を書いてあげたい!

それとザバーニーヤは………まあ、やりたかったからやりましたとしかいえないな。
私ね、サーヴァントの中でハサンはトップ3に入るくらい好きなんです。だからやりました。
二次でのハサンの出番に、もっとアカルイミライヲー!

そして登場しました霧雨さんとこの魔理沙ちゃん!どんな活躍するかは次回のお楽しみという事で!

この作品は私の電波とノリと、皆様の暖かい声援で出来ておりますと、姑息に感想を催促します。
それでは!



[24323] 第十八話 もう一人の自分
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:03dd8c5e
Date: 2011/01/11 20:39




「………で?何で貴女が此処にいるのかしら?」


開口一番に侵入者に話しかけたのは、なんだかんだでこういう事にすっかり慣れてしまったパチュリーであった。


「いや何でって言われても、何時も通りだからとしか言えないんだぜ?」


何を今更そんな事を聞いてるんだこいつはと言わんばかりに、魔理沙はパチュリーを不思議そうに眺める。


「そもそも結界を張っていたのに、どうして反応しなかったのかしら?………パチュリー様?」


またミスをしたのかと疑いの目を向ける咲夜に、パチュリーは慌てて反論する。


「いや!今度はちゃんと設定して………あ、あいつしか反応しないようにしたんだった」

「はぁ………まあ彼女なら特に問題無いでしょう」

「なんだよ問題無いって?」

「こっちの話よ。それで?また盗みに来たのかしら」

「対応が冷たいぜメイド長。チルノより冷たい。いやな?ダン爺からそれは出来る限り控えろって言われてるから、今日は別の用だぜ」


盗みをしないとはこれまた珍しい。しかも別の用事とは一体なんだろうか?咲夜がそう思ったその時、レミリアがスッと席から立つ。


「騒がしくなりそうだから、私はここいらで退散するわ。咲夜、貴女はこの白黒が何もしないように見張ってちょうだいな」

「かしこまりましたお嬢様」


レミリアはそう言ってその場を後にして、図書館から出て行った。


「それじゃ私は………また門に戻りますね。そうだ魔理沙さん、妹様を呼んできてもいいですか?
 退屈でしょうから、相手をしてあげてください。きっと喜びますから」

「構わないけど、弾幕ごっこは勘弁な」

「ははは……一応伝えておきますね。それでは」


そして美鈴もまた、苦笑を漏らしながらレミリアの後に続きその場から離れていった。
とりあえずパチュリーは魔理沙に何の用があって此処に来たのかを尋ねる事にした。


「それで今日は一体全体何の用なのよ魔理沙?」

「うむ、暇だったからその用を探しに来たんだぜ」

「それはつまり暇潰しに遊びに来ただけって事?呆れた………それは用があるとは言わなくてよ?」

「対応がこれまた冷たいぜ。ちぇ!いいさいいさ。暇潰しの種なら無い訳じゃないもんな」


そう言って魔理沙は帽子に手を突っ込むと一冊の本を取り出した。
帽子は物入れではないだろうにと思う二人ではあったが、魔理沙が取り出した簡素な造りの本に少し興味を持つ。


「魔理沙、それは一体何かしら?魔導書………にしては魔力らしきものは感じないわね」

「へへへ、これか?少し前にダン爺から貰った本なんだぜ!」


胸を張って自慢する魔理沙を見て、二人はそれを自慢しに来たのだなとまた呆れる。
尊敬する魔法使いから貰って、それで嬉しくなってそれを持って来たのだろうと考察する咲夜。
そしてその考察は的を得ており、魔理沙はその貰った自慢の本を誰かに見せびらかしたかったのだ。


「どうだパチュリー?羨ましいだろ?」

「羨ましいだろって言われても………それは一体何の本なのよ?」

「おお、聞いて驚けよ?これはなんとダン爺が初めて買った本なんだぜ!」


どうだと言わんばかりにまた自慢する魔理沙ではあったが、それを聞かされたパチュリーはそこまで驚きはしなかった。
それだけの説明では精々、あらそうなの?くらいの感想しか出てこないのだ。


「………いやそうでなくて、本の内容よ内容」

「うーんと………よく意味の分からん………詩集?」

「………え?それだけ?」

「それだけ………だな。うん、本当それだけの本だ」


さっきまでの威勢の良さは何処へ行ったのか、魔理沙は困った顔で唸り出す。
そんな本でよくそこまで自慢が出来るものだと、二人は逆に歓心すらしてしまった。
だがあの魔法使いの私物ではあったのだ。それだけでも一応の価値はあるのだろうと思ったパチュリーは、
それが一体どんな内容なのか、とりあえず確認するくらいはしてもいいだろうと判断した。


「………で?どんな内容なのかしら?」

「どんなって言われてもな………一言では詳しく言えない。見た方が早いな。百聞は一見に如かずだな」


そう言って魔理沙は手にしていたその本をパチュリーに渡す。
まず本の作りとタイトルをしげしげと眺めるが、やはり魔導書の類のものではなかった。
ページ数もそこまで多くない、厚さも内容も実に薄っぺらい感じのした本だった。


「変なタイトルね、『誰かの言葉』だなんて。なんか投げやりな感じね」

「だろ?それに内容もチンプンカンプンでな。意味は何かしらあるんだろうけど、それが一体何なのかがさっぱりなんだぜ」

「どれどれ………………んん?」


そう言われてページを開いて中身を確認したが、パチュリーも意味が分からなかった。
印象としては何か格言っぽい事を言ってるような感じのものだった。
一つのページに一つの文章があって、だがその内容は続く訳もなく、また別の事が書いてあるだけの、そんな内容の本だった。


「確かにこれは、なんとも言えない内容ね」

「だろ?だろ?」

「それに………作者の名前の所も空欄になってるじゃない。どれだけ適当に作った本なのかしら。
 なんだか本というものを馬鹿にしているようにも思えるわね。………なんかムカツク」

「いや、そこまでは思わんが………しかし作者の名前は今気付いたな。書き忘れかなんかか?」

「知らないわよそんなの。けど………やっぱなんかムカツクわ」

「あの、そこまで酷い内容なんですか?」

「酷いというより支離滅裂というか、全体のテーマみたいなのが無いのよこれ。
 咲夜も見てみる?何を本当に言いたいのかが全然分からないからこれ」

「はぁ、それでは…………」


パチュリーからその本を受け取る咲夜は、パチュリーがそこまで言うほど酷いものなのか確認してみる。
そして軽く流し読みをしてみるが、本を好んで読まない咲夜には内容の良し悪しが今一つ分からない。
自分の感想としては、良い事っぽいのを書いてるだけ、なんだろうなという程度のものだった。
だがあるページに目が止まり、パラパラとページを捲っていたその指が止まった。


「これって………」


咲夜は予想外のものを見てしまったかのように、目を丸くして驚いた。
そこに書いてあった、彼女が驚いた文章とは以下のものであった。


――――――自分という存在を受け継いでくれる。

――――――それは本当に素晴しい事だ。

――――――そう、弟子とはつまり師の分身のようなものなのだ。

――――――だから自分の事を受け継ぐ存在には、優しくするのかもしれない。

――――――何故ならそれは、自分自身であるのだから。

――――――例え師である今の自分が終わっても、その次の、弟子という自分がいる。

――――――そしてその自分がまた新しく何かを学び、それを次の者に学ばせ受け継がせる。

――――――そうする事で、その者は生き続けるのだ。

――――――受け継がれていく限り、その者はずっと生きていく事が出来るのだ。

――――――もう一人の自分がどのように生きるか、そしてどのような証を残すのか。

――――――それを考えるだけで、幸せではないかね?


そこまで読んで、咲夜はまた暗い表情を浮かべる。その文章に考えさせられるものがあったからだ。


「………どうしたの咲夜?何か気になる事でも書いてあったの?」

「え?………いえ、確かに良い内容とは言えませんでしたね。それにこういう本は読み慣れてないので、どう言っていいのか……」

「そうか?………まあ内容が分かり難いのは間違い無いだろうな」


自身の気持ちを悟られまいと苦笑を浮かべて誤魔化すが、先の読んだ内容が頭から離れられなかった。
弟子は師の分身であり、だからこそ優しく出来るというあの文章の内容がだ。
言われれば確かにそうだと思える部分はある。かつて自分は師の道具であり腕とも言える存在だった。
そう、かつての自分は師の分身。いや、未熟な分身といった存在であり、まだ師の写し身そのものとは言えなかった。
だが似てる部分は間違い無くあるだろうと、自分ではそう思う。
自分はそこが詳しく分からなかったが、他のみんなはよく似ていると言われた事があった。
なんだか呆れたような感じで言われていたが、それでも自分はそれがとても嬉しかった。
目指している目標に似ていると言われたのだから、当然といえば当然だったのかもしれないが。


(………………どんなところが似ていたのかな?ちゃんと、聞けばよかったな)


だが、それは今ではもう叶わぬ望みであった。裏切り者と言われてしまった自分には、もう叶えられない望みだった。
出来なくなってやっと気付く事が出来る大事なものがあるのだと、咲夜はそれを痛感した。


(かつての自分の分身である私が裏切ったのを知った時、あの人は私の事をどう思ったのかな?
 失望したのは当然だろうけど、ならそれ以外は?私の事を、どう、思ったのかな………)


昔は師の考えている事か、どう思っているかは詳しくは分からなかったが、それでもなんとなく分かった時もあった。
だが今ではそれはもう出来ない。もう自分があの人の分身という存在でなくなったからだろうかと、自嘲気味に笑う。
そんな事を考えるだけで不敬ではないかと、自分を嘲り笑う。なんだかまるで、昔の自分が今の自分を嘲笑しているような気さえした。


「ねぇ魔理沙?一つ………聞いてもいいかしら?」

「なんだよ改まって?」

「貴女にも師匠はいたわよね?あの魔法使いと………確かもう一人」

「ああ魅魔様な?それがどうかしたのか?」


魔理沙はどうしてそんな事を聞くのかと不思議そうに首を傾げ、パチュリーは師匠という咲夜のその言葉に反応する。


「貴女は…自分と師匠が似ている部分はあると思う?」

「ああ、あるぜ。美人なところとか特にな!」

「私は真面目に聞いてるのよ?ちゃんと答えて」


いつもと違って少し剣呑な雰囲気の咲夜を不思議に思いつつ、魔理沙は頭を悩ませる。
咲夜も咲夜ではっきりとした答えを求めた訳ではない。ただなんとなく聞いてみたいと思っただけの事。
意味なんてありはしない、ぼんやりとしたただのうわ言だった。
だが魔理沙は少し悩んだ末彼女に、十六夜 咲夜に自分なりの答えを言った。


「ううむ、そんなの考えた事無かったからな。そうパッとは思い付かないぜ?でも………そうだな。
 もしかしたら、未熟な部分かもしれないな」

「未熟な部分?」

「前にダン爺が言ってくれたんだよ。お前はかつての私の、未熟だった頃の魔法使い達の姿そのものだって、そう言ってくれたんだ
 私が味わった苦労も、そしてこれから味わうだろう苦労も、昔自分達が味わってきたものだ。
 だからそんな昔の自分に頑張れって言って、手を貸してくれるんだってダン爺、そう言ったんだ。
 あ………そうか、そうなのかもしれないな」


魔理沙は何かを気が付いたかのように一人で頷き、その気付いた事を自分で呟く。


「もしかしたら魅魔様が私を大事にしてくれたのは、私に昔の自分を見たから………なのかな?」


それを聞かされた二人は、あの魔法使いがそんな事を言ったのかと驚くと同時に、目から鱗も落ちた。

咲夜はもしかしたら、我が師もそう思っていたのではないだろうかと思い、そして同時に、それは間違いではないと思えた。
未熟だった頃の自分を私に見たから、だから真剣に私と向き合ってくれたのだと、そう思えたのだ。

そしてパチュリーはそれを聞いて、自分が魔理沙に惹かれたのはそれもあるのかもしれないと思い、なんだか恥ずかしくなった。
まるで自分が魔理沙を好いてる理由を、その魔理沙本人に言われたみたいで恥ずかしかったのだ。
しかもそれを否定出来ないのだから、なお恥ずかしくなった。
言われればなるほど、確かにそんな風に思った事もあったように思えたからだ。


「だから私と魅魔様、それとダン爺が似ているところといえばこんなもんかなって思うんだ。えっと………これでよかったかな?」

「………ええ十分よ。十分過ぎるくらいにね。ありがとう魔理沙」

「おお、満足してくれたみたいでなによりだぜ」


咲夜の満足そうな顔を見て、魔理沙もそれはよかったと笑みをこぼす。
魔理沙が咲夜に教えた質問の答え。それを聞いて、彼女は気を引き締めてかつて自分自身と、そして心の中にある我が師の面影を想う。
今思い出されるのは厳しかった修行時代の光景。自分と我が師が真剣な表情で修行をしている姿であった。
とても厳しかった。でもだからこそ今の自分という存在がいるのだ。
十六夜 咲夜の原点である自分を生み出し、鍛えて、そして育ててくれた。そしてなにより――――――幸せというものを教えてくれた。
自分という存在に最初に真剣に向き合ってくれたのは、他でもないあの人だった。


(我が師は私と真剣に向き合ってくれた。それはもう昔の事なのかもしれない。でもだからといってそれは無かった事にはならない。
 ならば私は我が師と真剣に向き合う義務がある。そう、かつての弟子として私は、我が師と向き合わなければ………)


心にそう決意する咲夜ではあったが、やはりどうしても不安は残ってしまう。
現実に我が師と対峙してそれが出来るのかが、それが不安だった。だがそうも言っていられないのもまた事実。
たとえどうなろうとも、自分は師と向き合わなければいけないと、そう思ったのだ。

そんな時、不意に図書館の扉がバタンと開く音が聞こえ、そしてテトテトとした足音がこちらに近付いて来た。
そして三人の前にその足音を出していた人物が現れた。


「魔理沙~!遊びに来てくれたんだ~!」

「ウオォットォ!?」


魔理沙に抱き付いて、その七色の宝石の翼をパタパタと嬉しそうに羽ばたかせるのは、
この屋敷の主の妹であるフランドール・スカーレットその人であった。
彼女は美鈴に言われてすぐに図書館に向かって行って、そして現在に至るのであった。
よっぽど魔理沙が来た事が嬉しかったのだろう。フランは目を輝かせて喜びを表していた。


「ねぇねぇ?何して遊ぶ?弾幕ごっこ?」

「いや、今日は勘弁してくれ。それ以外だったらいいからさ」

「えー駄目なのー?………分かった、我慢する」

「なんか今日は聞き分けがいいな………なにかあったのか?みんなの様子もなんとなく変だしさ」

「え?えーっと……………き、気の所為だよ気の所為!そうだよね二人とも?ね?ね?」


フランが慌ててそれを否定して、咲夜とパチュリーの二人を見て助け舟を求める。
二人は、まさかフランが魔理沙にアサシンの事を知られないようにしているのではないかと思ってそれに驚く。
いつものフランだったらありえないような行動ではあったが、今回の一件には家族の命が懸かっているのだ。
それに無関係な者を巻き込むのは自分達も同様であり、二人は今回の件を隠す事にした。


「あったといえば………あの魔法使いが来てお嬢様を怒らせてしまった事くらいかしら。ねえパチュリー様?」

「ああ、そうね。怒ってそれをフランが見て笑って………そんな感じだったかしらね」

「うんそうそう♪あの時のお姉様は面白かったんだよ魔理沙!」

「え?ああ、それか。それたぶん前にダン爺に聞いた話だな。なるほどね、それでおかしかったのか。納得納得」


なんとか魔理沙を誤魔化す事に成功した三人は、内心ホッと一安心する。


「ああ、咲夜?此処はもういいから、レミィの所に行ってあげて。こっちは私もいるしそれに………小悪魔?いる」

「はぁーい、今そっち行きまーす」


そんな声と共に図書館の奥の方から出て来た、背中と頭に特徴的な蝙蝠の羽を持つ赤い髪の女性、
パチュリーの使い魔である小悪魔がやって来た。
彼女は今まで本の整理や倉庫のチェック等の仕事をしていたのだ。決して今の今まで空気であった訳ではない。


「何でしょうかパチュリー様?」

「悪いけれど御茶の用意をしてくれるかしら?人数分ね」

「分かりました。じゃあちょっと待っててくださいね。すぐに用意しますから」


そう言って小悪魔はその場から離れて、御茶の準備に取り掛かって行った。


「………という訳だから」

「分かりました。それでは私は此処で失礼しますね」


咲夜はそう言ってその場から消えて、レミリアの下へと向かって行った。
それと入れ替わるようにして、小悪魔が御盆を持って戻って来た。


「お待たせしました」

「あら?早かったわね?」

「いや、そろそろ休憩の時間かなと思って用意してただけですから」

「そう………でも何で玄米茶と羊羹なのかしら?紅茶は無かったの?」

「あるにはあったんですけど、こっちの方がいいかなと思って。御茶もたくさんありましたしね」


パチュリーは用意された御茶と菓子をジッと見つめる。簡潔に一言で言うなら、実に美味しそうだった。
なんだか妙にしっくりくる安定した組み合わせのこの二つを見て、これでもいいかなと思った。


「………まあ、美味しそうだからよしとするわ」

「ありがとうございます!」


嬉しそうに笑う小悪魔を横目に、三人はそれぞれ用意された御茶を飲む。口の中にホッと暖かい、落ち着く味が広がっていった。


「………うん、悪くないわねこれ」

「美味しいね魔理沙。それに落ち着くし」

「そうだなー………これは悪くないぜ。あ、たくさんあるなら土産にいいか?霊夢も喜ぶだろうし」

「いいですよ。たくさんありましたからね。ああそうそう。それともう一つ」


小悪魔はまたその場を離れそしてすぐに何かを持って戻って来た。その手にあったのは、青色の蝋燭であった。


「蝋燭………よねそれ?それがどうかしたの小悪魔?」

「これ実はアロマキャンドルなんですよね。倉庫の方でセットで眠ってたみたいでして、
 試しに点けてみたらとても落ち着く良い匂いだったんですよこれが。さっそく点けてみますね」


小悪魔は適当な燭台に蝋燭をセットして火を付ける。すると辺りに段々とその蝋燭の匂いが包んでいった。


「へぇ………いいわねこれ。匂いだけでここまでリラックス出来るなんて」

「あれ?この匂いって………」

「何だ?知ってるのかフラン」

「………ううん、なんだか凄く落ち着くなって、そう思っただけ」

「そうか?………うん、確かにそうだな」


改めて深呼吸してみるが、なるほど、確かにこれは落ち着く。強いて何が似ているかといえば、母親の匂いが一番近いのかもしれない。
まるで母親に抱かれているかのような、そんな安心感が自分を包んでくれているかのようだった。
もしかしたらフランもそう思ったのかもしれないと魔理沙は、判断した。


「それで…この後どうするの?」

「そうだな………あ、近々ダン爺の家に行くんだけど、その時ダン爺が自分が集めた魔法関係の品とか、その他諸々を見せてくれるんだ。
 良かったら今度一緒に行かない「行く!行くわ!絶対行くわ!」………そこまで喜ぶか?まあ気持ちはよく分かるが」

「だってあのダン・ヴァルドーが集めたものよ!どんな物があるか想像しただけで、いえ、きっと想像出来ないようの品物があるはず。
 それを黙って見過ごすなんて、魔導の探求者としての名が泣くわ!」


魔理沙は知る由も無いが、ダンは魔法使いの中でも伝説中の伝説とさえ謳われた人物なのだ。
そんな人物が所蔵している品がどんなものなのか、同じ魔法使いなら興味が無い訳が無かった。


「まあ確かに凄いの持ってたよな。この前見た魔導書なんてそりゃもう凄いのばかりだったし」

「どんなのッ!?一体何を持っていたのッ!?」

「ええーと………金枝篇、妖蛆の秘密、水神クタアト、セラエノ断章、エイボンの書、屍食教典儀、そして無銘祭祀書。
 話に聞いたところだとギリシャ語版のネクロノミコンも持ってるとか」

「な…何よそれッ!?ほとんど伝説級の代物ばかりじゃないのッ!?………ああ、一目だけでも、いえ一節だけでもいいから読んでみたい。
 出来るならこの手にとって余す所無く読み漁ってみたい………」


パチュリーはその存在が間近にあるのだと思えるだけでもうっとりと陶酔する事が出来た。
自分が知らない魔法の知識がそこに確かに存在する。たとえ似たような内容であったとしても解釈や考察は違うかもしれない。
それらを抜きにしても貴重な魔導書に触れる機会があるかもしれないと思うだけで、パチュリーは幸せになれた。
そんなパチュリーを見て、魔理沙も同意するように頷く。


「分かるッ!その気持ちはよー………………く分かるぞッ!でも私の位階だとまだ読めないって言うし。
 早く見れるようになりたいぜ。………そうそうッ!しかもまだ私等が知らないような魔導書とかあるみたいだぞ?」

「何それ何それッ!?」

「確か武器物語とか、ボーレタリアに住む悪魔達とか、そんな感じだったと思うぜ?」

「き、聞いた事も無いわね………ああ!どんなものなのか早く見てみたいわ!」


そんな感じで盛り上がる二人に着いていけず、フランは不満そうに頬を膨らます。


「もう二人とも、私を置いて勝手に盛り上がらないでよね」

「ああ、ごめんごめん。ならフランとパチュリーと、それとアリスと一緒に行こうぜ?」

「………ちょっと待って?アリスも行くの?」

「そうだぜ?話したらパチュリーと同じですっごく喜んでたぜ」

「………………二人っきりじゃ、なかったのか」


魔理沙と二人だけで行けると勝手に思い込んでいたパチュリーは目に見えてむきゅんとがっかりしていた。
だがたとえ二人で行ったとしてもダンという魔法使いがいるので、結局二人っきりにはなれないのだが。
あまりに興奮し過ぎてそれを忘れていたようだ。


「あれ?どうしたんだパチュリー?」

「………なんでもないわ。他に何か外で面白い事はあったのかしら?」

「そうだな………コバックスのオヤジがまた妖怪だか外来人だかを血祭りに上げたとか、
 兄貴がまたなんか調子に乗ってまた慧音に頭突きを喰らってお互い頭を痛めたとか、他にも色々あるぜ?」

「なにそれ?聞きたい聞きたい!」

「そいつらって確か吸血鬼異変の時の………私にも聞かせてくれるかしら?」


そうして二人は魔理沙のする話に段々と夢中になっていき、魔理沙も身振り手振りで楽しそうにそれを話していったのであった。


「…………ああ、また私空気になってる。………うん、御茶美味しい。羊羹美味し」


その存在感の薄さ故に話題に参加する事が出来なかった小悪魔。
寂しそうに、そして羨ましそうにそれを眺めて御茶と羊羹を食すのであったとさ。




















紅魔館を見つめる一人の妖がいた。いつもと様子が違い過ぎる館のその剣呑な雰囲気に、何かあるのかと思案する。


「一体何をしようというのかしらね………これは確かめる必要がありそうね」


そうして彼女はフッとその姿を消した。

――――――自らが開いたスキマに、その身を投じて。




















後書きを書くまでが小説です。

小悪魔もそれなりに修行すれば立派なアサシンになれるのではないだろうかと、書いててそう思ってしまった。
それだけ存在感が………いや、言うまい言うまい。

そんでパチュリーさんは魔理沙と二人っきりになれなくて………残念だったねぇ!
…………あれ?これってぱちゅん(ry

そして咲夜さんも、師であるあの人と向き合おうとし始めました。それが出来るかどうかはまだ分かりませんが。

しかしあの人書くの本当苦労する。まず名前が出せないのがね、きついんだよ。
一応名前はちゃんとあるんだけどね………あるんだけどね!出す訳にはいかないですからねはい。
そしてなにより、あの人のある部分を書かないようにしています。そこを書かないから思った以上に書くのが難しくなってしまってね。
それは一体何かと言えば………次回の後書きで話そうと思う。それを気付いた人は………まあいないだろうな。

そしてババァーンと最後に出てきたのは………これだ言えば十分か。

それでは!



[24323] 第十九話 先の見えぬ不愉快な運命
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:03dd8c5e
Date: 2011/01/23 13:12






レミリアは自分の部屋で椅子に腰掛け、頬をついて目を閉じ黙って過ごしていた。
これからどうするべきかと思案したいが、現状は待つしかない。歯痒くて仕方ないが、今はそれをするしかなかった。
そんな時だった。咲夜が何時も通りに音も無く自分の目の前に現れたのは。


「あら咲夜?あっちはいいのかしら?」

「はい、パチュリー様と小悪魔に任せてきました。妹様も、魔理沙が来てとても喜んでいました」

「え、フランが?………へぇー、ふーん………そうなの」


咲夜の話を聞いて、レミリアはなんとも面白くなさそうに生返事をする。
フランが自分より魔理沙に懐いているのをあまり快く思っていないのだ。
本当ならもっと自分に甘えてほしいのだが、長年フランを地下に幽閉していた事が原因で関係はギクシャクして上手くいかなかった。
ならばそれをしなければよかったのではないかと言われれば、そういう訳にもいかなかった。
フランの幽閉は父であるブラムからの命であり、そしてそれは祖父であるエイブラハムからの命でもあった。
フランもそれを承知していたし、だから四百九十五年もの幽閉にも耐えられたのだ。
だがそれがずっと続いた所為で、二人の関係は上手くいってなかったのだ。

レミリアが面白くないのはフランが姉である自分よりも魔理沙に懐いている事。つまりちょっとした嫉妬心であった。
魔理沙と出会って、フランが前よりも狂う事が無くなってきたのは感謝している。
魔理沙はフランが自分で作る事が出来た初めての友達だ。だから無碍には出来ないのだが、面白くないものは面白くないのだ。


「お爺様が生きていれば………いえ、せめてお父様が生きておられれば、私も………」


もっとフランと遊んで、今よりもっと仲の良い姉妹になれたのにと溜め息と共に愚痴をこぼす。
だがそんな事は出来ない。そもそも二人は命を懸けて自分達を守ってくれたのだから、これ以上の事を望むのは酷というもの。
それに今ではフランも、普通に出歩けるまでにはその狂気を抑える事が出来るようになった。
だがその大きな要因があの白黒だと思うと、また面白くなくなってムスッと頬を膨らませるのだ。


「はぁ………面白くない、面白くないわね」

「でもお嬢様?今朝はとても仲が良かったじゃないですか」

「えッ!?う………うん、まあね」


そうなのだ。何故かは分からないが、今日のフランとの関係は実に良好だと言えた。
フランの方からレミリアに積極的に関わっていたと言ってもよかっただろう。それが今朝の朝食での事だった。
フラン自身もどう甘えればいいか迷ったようで、おっかなびっくりではあったが、それでも姉と共に笑い、一緒の時を過ごしたのであった。


「本当に今日はどうしたのかしらねあの子?でもまあ………………えへへ」


本当に嬉しかった。今でもあの時を思い出すと頬が自然と緩んで、笑みがこぼれてしまう。
なんだかまるで、家族全員が一緒だったあの時を思い出してしまう。あの頃がレミリアにとって一番幸せな時間だったのかもしれない。
祖父がいて父がいて、母がいて美鈴がいてローレンスがいて、そしてフランと一緒に過ごしたあの時間は、本当に幸せだった。

そんなレミリアを見て、咲夜も自然と笑みになる。この小さな主が心から笑ってくれると、自分もなんだか幸せな気分になれる。
真実咲夜は幸せだった。この主に仕える事が出来て、自分はなんて幸せ者なのだろうかと思う。
一緒にいたい、いてあげたい。この主を見ていると心底そう思ってしまうのだ。


「お嬢様、御茶の方をお持ちしましょうか?」

「そうね………お願いするわ」


咲夜の申し出にレミリアは満足そうにして答える。そして――――――続けてもう一人。


「それでは私も一杯頂けるかしら?」


空中にスキマが開くと同時にそんな声が聞こえ、中から一人の美女が顔を、そして体を出してきた。
主従二人はそんな招かれざる客人を見て、不愉快かつ不満そうな、そして内心慌てた表情になる。
レミリアはそれを出来る限り隠しながら招かれざる客人に挨拶をした。


「八雲 紫………何の用かしら?生憎、無礼な客人に出す茶は今切らしてるのよ。ねぇ咲夜?」

「はい、お嬢様」


主のその問いに従者は肯定する。二人は同じように厄介な者を見るような表情で紫を見る。
そんな二人を見て、紫はさも愉快そうにクスクスとした笑いを扇子で隠しながら話を続ける。


「つれないわねぇ。貴女の祖父の紅魔卿なら笑って迎え入れて、御茶もケーキも出してくれたわよ?」

「これまた生憎、私はまだお爺様ほど偉大ではないの。だから諦めなさいな」

「まだ………ねぇ。あの御人のようになれるのかは疑問だけれどもね」

「お爺様を知ったような口を「聞きますわ。貴女の知らないあの人を知っていますから」………ほう?」


そう、紫はレミリアと出会うずっと前から、いや生まれる前からエイブラハム達と面識があったのだ。
付き合いの古さだけでいったら、紫はレミリア以上に古い付き合いをエイブラハム達としていたのだ。
だからレミリアが知らないエイブラハムの事も知っているのだ。


「エイブラハム・スカーレット。そしてローレンス・リュカオン・ジェヴォーダン。
 この二人とはかつての大戦の時に戦った事があるもので。その時あたりに出会ったのよね」

「それで結果は?」

「まあ………事実上こちらの負けで、お情けで勝たせてもらったといったところですわ。なにしろ当時の私達はまだまだ若輩の身。
 偉大なる先人達には遠く及びませんでしたわ。もっとも………今戦えば、結果はどうなるかは分からないのですが」

「ふん、どうだか」

「だから残念ね。一人は死に、一人は行方不明。今のスカーレットにはかつての、全盛期の力はもう無い。
 特にブラム時代は酷かったようね」

「………なんだと?」


紫のその言葉に、レミリアは眉をひくつかせて反応した。


「あいつは力はあったし知恵もあった。有能な部下もいたし、それを統率出来るだけの威厳もあったけど、エイブラハムほどではなかった。
 父であるエイブラハムほどの力があれば、ハンター達に敗れる事も無く、スカーレットを今の状態にする事もなかったでしょうに。
 そして完全従者にして砕く魔狼と謳われたあのローレンスが未だにこのスカーレットに残っていたのなら、
 貴女が起こした吸血鬼異変も、先代の博麗の巫女と守護者達の手で治められる事も無かったかもしれなかったでしょうにね。
 今の主である貴女には、従えなかったのかしらね?」

「………貴様」


ギリと歯軋りし紫を怒りの形相で睨み付けるレミリアではあったが、言い返す事は出来なかった。
言い方は気に食わないが、それは事実でもあったからであった。

父ブラムは確かに強かったが、エイブラハム以上の力を持っていたかといえば否と答えるしか出来なかった。
もしエイブラハムが生きていたのなら、ハンター達を返り討ちにする事も出来たかもしれない。
いや、そもそも戦ってこようなど考えもしなかっただろう。

ローレンスの事だってそうだ。自分にもし祖父の、そして父のような威厳があれば、スカーレットの下から離れなかったかもしれない。
そうなればあの吸血鬼異変の結末も変わった事だろう。
先代の博麗の巫女。そして彼女と共に立ち向かってきた人里の守護者達。あの戦いの敗北は自身の未熟が原因と言ってもよかっただろう。
だからこそ彼女達に、人間に負けたのだ。

自身のどうにも出来ない苛立ちに葛藤するレミリア。そんなレミリアに紫は容赦無く更に話を続ける。


「そもそもエイブラハムが健在ならなんの問題も無かったのよ。そういえば、彼はどうして死んでしまったのかしら?
 噂だと、貴女の妹が彼を「違うッッッ!!!!」………」


もう我慢の限界だった。それ以上言うなら今此処で殺してやると言わんばかりにレミリアは怒りを燃やし、その矛先を紫に向ける。
先ほどまでの事は言い返せない事実ではあったが、紫が今言おうとした事はまったく見当違いも甚だしい事だった。
だからレミリアは怒りを爆発して叫んだのだ。それはまったくの出鱈目であり、事実ではないのだから。
だからレミリアは紫に伝えられる事実を教える事にした。


「お爺様は長年能力を行使し過ぎて、それが原因で弱ってた。そして自分の始末を自分でつけただけだ。
 ………断じて貴様の言ったような事はない。分かったか八雲 紫?」


睨み付けるレミリアを見て、紫もさすがに言葉が過ぎたと反省し溜め息を吐く。
少し興が乗って口が軽くなったのだ。悪い癖だと自分を戒めながら、紫はレミリアに謝罪する。


「そう………それは失礼。でもそれが分かっただけでもよかったわ。
 生前あの人とは殺し合いもしたけど、それ以上に助けられもしたから、気になってたのよ。
 彼は本当に偉大な方だったわ。それは今の私でも敵わないわ。それだけ素晴しい方でしたからね」


大戦以降も紫はエイブラハムには助けられる事もあったし、学ぶべき事も多かった。
君臨すれども統治はせず。そもそもそんな事をしなくとも皆は彼に着いていった。
あの大馬鹿者と一緒に、盛大に馬鹿な事をやりたい。エイブラハムに従った者は大なり小なりそんな想いを抱いていた。
紫自身も、彼と一緒にいられたらどれだけ面白い人生を送れるだろうと思わずにはいられなかった。
多くの者達にそんな想いを抱かせる事が出来る。それがエイブラハム最大の魅力であったのだ。

紫のそんな説明を聞いて幾分かは落ち着いたレミリアは、さっさと紫の用件を聞く事にする。
大体どんな用件かは分かってはいたが。


「………それで?今日はなんの用があって此処に来た?それを聞きに来た訳ではあるまい」

「それでは単刀直入に聞きます。館の周囲にある、あの妙な結界は一体なんなのかしら?」


やはりそれを聞くかとレミリアと咲夜は内心思いながらも安堵する。
結界の事はばれたかもしれないが、どうやらあのアサシンの事は知ってないようだ。
もっともあれほどの腕のアサシンだ。たとえこの賢者相手でもばれるような事は無いだろう。
そう思ったレミリアは、適当に話を合わせる事にした。


「ああ、パチェが作ったあの結界か。なに、新しい術の研究だと。止める理由も無いから、好きにさせてるわ。
 なんでもあの魔法使いから教えてもらって、それを使用して試したそうだ。まあ、やってみたかったんだろ?」

「本当にそれだけかしら?」

「それ以外の理由があれば素直に帰るか?」


不満そうに言うレミリアと疑いの眼差しを向ける紫。そして少し時間が経ち、紫の口から溜め息が出る。
あまりこれ以上言うのは野暮だと判断し、話を切り上げることにしたのだ。


「………………はぁ、分かりました。とりあえずそういう事にしておきましょう。
 ただし――――――幻想郷に災いをもたらすようなら、こちらも相応の手段に出ますので」

「この幻想郷は全てを受け入れるんじゃなかったのか?」

「幻想郷はね。けどそこに住む者達全てがそうだとは限らないでしょう?」

「………確かにそうだな」


誰も彼もが来られたら、幻想郷はともかく、そこに住む者達は迷惑になるのだ。
外来人とてそうだ。もし外の世界で厄介者だったのなら、此処に住む者達にとっても厄介者なのは変わりないのだ。
細かい事は気にしない幻想郷の住民達ではあったが、自分の生活を邪魔されていい気になる奴は一人もいない。
もっともそういう場合は、大体決まって同じ結末が待っている。半端者はただ駆逐され幻想の餌食になるのみ。
だが今回のあのアサシンは違う。あれは半端者でもなければ駆逐される者でもない。
逆にこちらを駆逐し餌食にしようとする狩人なのだ。


「では、何があろうとどのような事態になろうと、全てそちらで対処する。そういう事でいいのかしら?」

「ああそうだ。私達に何があろうと、それは私達だけで対処する。お前には迷惑はかけんさ」

「ではこちらが迷惑になった場合、こちらもそれ相応の対応に出る。それでいいわね?」

「好きにしろ」


しつこく質問する紫に、レミリアはそう答える。以外かもしれないが紫は心配性でもあった。
だがそれは自分の愛している世界の事を思えばこそ。レミリアもそれはよく分かっていた。
この自分だって家族に危機が迫ろうとするならどうしたって不安な気持ちは生まれてくるのだから。

そして紫はレミリアの返事を聞いてそろそろ退散する事にした。


「そう………それでは、私はこれで。ああ、次は美味しい御茶と御菓子を期待してますわよ?」


そう言い残して、紫はスキマを開いてその場から消えた。溜め息を吐くレミリアに、咲夜は不安そうにして尋ねる。


「………お嬢様、よろしいのですか?」


助けを求めれば助けてくれたかもしれない。咲夜はレミリアがなんと答えるかは分かっていたが、それでも確認の為に尋ねる。
そしてレミリアは咲夜の予想通りの答えを返してきた。


「今回の問題は私達の問題だ。異変でもなんでもない。解決するなら私達でなくては。………それに」

「それに?」

「お前の師は一応だが、標的以外は狙わないのだろ?」

「………はい」

「なら大丈夫だ。他の者達に迷惑にならなければ、それでいい」


安堵するように微笑みながら答える咲夜を見て、レミリアもそれなら大丈夫だろうと安心する。
妙な話だが、あのアサシンの話を聞いてる内に、そういう事に関しては信頼すら出来るようになったのだ。
標的以外は狙わないのなら、自分達以外に迷惑はかからない。だから紫とのあの約束も守れるのだ。


(我ながら妙なものだな………あのアサシンに奇妙な信頼すら感じるとはな。
 たぶん咲夜が、今でもあのアサシンの事を信頼しているからだろうな)


この幸せ者がと内心悪態を吐くレミリア。そんなレミリアに、咲夜は続けて質問をしてきた。


「お嬢様、一つだけ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ咲夜?」

「初代当主が亡くなられたのは、本当にさっきの理由なのですか?」


咲夜にはレミリアが言った事が真実ではない、とは思わないが、それ全てをを語ってるようにも思えなかった。
何か重大な事をを言っていないと、そう思ったのだ。
そしてそれは当たっており、レミリアは有能な自身の従者に苦笑を浮かべ感心し、語っていない真実を話し始めた。


「………嘘は言ってないわ。お爺様は自分で自分の命を絶たれたのよ。フランに、肉親を手にかけるという罪を負わせない為にね。
 お爺様はね咲夜、フランの能力でフランに………致命傷を負わされたのよ」

「ッ!?どうして、ですか?確か妹様は、初代当主様に大変懐かれていたと伺ったのですが?」


美鈴の話を聞いて、フランはエイブラハムを愛していたし、エイブラハムもまたフランを愛していたような印象を受けた。
だからどうしてそんな事が起こってしまったのか咲夜には分からなかった。
だがレミリアは、そんな咲夜にただ首を横に振って答えるしか出来なかった。


「………分からないわ。私はその場にいた訳ではないから。私とお父様が駆け付けた時には、途方にくれるフランと、
 必死に叫ぶ美鈴と、美鈴に抱き抱えられながら血を流し続けるお爺様の姿しかなかった」


あの光景は忘れたくても決して忘れられるものではなかった。
父も自分も、いやスカーレットに連なる者達全てが尊敬し敬愛し、まさしく最強と呼ぶに相応しいエイブラハム・スカーレット。
そのエイブラハムが自分自身の血でその身を染めて、泣き叫ぶ美鈴の腕の中で息も絶え絶えに、虫の息で抱き抱えられていた。
フランはただ自分が手にかけた祖父の返り血で染まった自身の両腕を、ガタガタと振るえてそれを見ているだけであった。
その場に駆け付けた者達はその光景に驚き、何が起きたか分からず、分かってもその目の前の光景が信じられなかった。


「………それで?」

「傷は回復した。だが回復する為に力を使い過ぎたの。ただ………生きていられたというだけ。
 力のほとんどを失い、かつて最強と謳われた紅魔卿の姿は、もうどこにもいなかったのよ」


まともに歩く事すらままならず、もはや生きている事それ事態が奇跡と呼べるような状態だった。
まだ死んでないというだけで、ほとんど死人のその姿。いつ死んでもおかしくなかった。
それは見ているだけで辛かった。いや、見たくなかったし………見なかった。見る事が、自分には出来なかった。
未熟過ぎた当時の自分には、祖父の痛々しい姿を直視する事は出来なかったのだ。


「そのまま死ねば、それはフランが殺したも同然。そうなればフランの心も死んでしまう。
 だってフランは本当に………本当にお爺様が大好きだったんだから。そんなお爺様を殺してしまったら………
 だからお爺様はそうならないように………御自身でその命を絶ったのよ。愛する家族に同族殺しの罪を着せないように。
 その最後を看取った者は一人だけ。それは私でもフランでも、お父様でも爺でもなく………美鈴だったわ」

「美鈴が?どうしてですか?」


何故と問う咲夜に、レミリアは愉快そうにして苦笑を浮かべるしかなかった。


「これが実にお爺様らしいセリフでね。「最後は飛びっきり良い女の腕の中で死んで、いきたい」そう言ったのよ。
 それもう豪快な大声で笑ってね」


辛い記憶のはずなのに、その時の事を思い出すだけで腹は捩れて涙が笑い共に出てくるのが止められなかった。
父は苦笑するしかなかったし、爺は貴様らしいと牙を剥き出しにして笑いに笑った。
美鈴は顔を赤くして慌てたが、それでもその顔には笑顔があった。
他のみんなも思い思いに笑っていた。絶望し暗くなっていた皆の顔など完全に吹き飛んでいたのだ。


「………そうなんですか」

「あの時はもう、みんな釣られて笑うしかなかったよ。もう見る影も無く弱っていたのに、そんな事がまだ笑って言えるんだぞ?
 ………凄いと思ったよ。私の祖父エイブラハム・スカーレットは本当に偉大だと、そう思ったわ」


どんな時でもどんな状態でも、エイブラハムは笑っていた。その笑顔に、どれだけ自分達が救われた事か。
本当なら自分達がエイブラハムを助けなければならないのに、逆に救われてしまった。
そんな事が出来るエイブラハムに、笑ったみんなは本当に凄い方だと思わずにはいられなかった。


「そして………そしてその後、お爺様と美鈴は雪の振る紅魔館の庭園へと行ったの。
 しばらくして私達の前に現れた美鈴の腕の中には………お爺様が愛用していた杖だけがあったのよ。
 どんな最後だったかみんな美鈴に聞いたけど、「遺言で言う事は出来ません」って言うだけでね。
 気にはなったけど、それがお爺様の願いならとそう思って聞くのは止めたわ」

「妹様は、どうなったのですか?」

「………初めは本当に酷かった。今にも死にそうなくらいいえ、ほっとけば自害していたかもしれない。
 そうならなかったのは、自害する前になんとか回復してフランの下へ行ったお爺様の御蔭ね。
 何をどう言ったかは分からないけど、その御蔭でフランは落ち着いたのよ。
 後になってそれを尋ねたけど、フランも「私とお爺様だけの秘密だ」って言って、話してくれなかったわ」


実はこっそり二人のいる部屋の扉の前でそれを聞こうとしたのだが、聞こえたのは悲しみと絶望しかなかった妹の泣き声。
そしてその後しばらくして聞こえてきた、喜びと安堵が籠められた妹の泣き声。
レミリアが聞いたのは、そんな相反する二つの泣き声だけだった。


「フランの事はその後、美鈴が任されたわ。お爺様と同じくらいに、フランは美鈴に懐いていたからね」

「そういえば、どうして妹様は美鈴にあそこまで懐いているのですか?」


自分が直接知っている者の中で、美鈴がフランに一番懐かれているだろう。
美鈴に一番甘え、我が儘を言って困らせ、そしてまた甘える。
フランがこの紅魔館で誰の言う事を一番に聞くかといえば、美鈴だった。
咲夜はそれがどうにも分からなかった。そしてレミリアは咲夜のその質問になんて事ないといった風にして、答えた。


「そりゃまあ………血の繋がった親子だしね」

「…………………は?今なんと?」


咲夜はレミリアが言ったその言葉を理解する事が出来なかった。
それを見たレミリアは、面白い事を見つけた子供ような意地悪な笑みを浮かべてもう一度言った。


「血の繋がった親子よ。ほら、美鈴の放つ気って虹色じゃない?フランの羽の宝石の色が七色なのはその証みたいのものよ」

「ちょちょちょ!?ちょっと待ってください!?親子って、その………ええ!?」


いきなりそんな重大な事実をあっさり言われても、咲夜は戸惑うしか出来なかった。
まさかあの美鈴とフランがそんな関係だったとは、誰もが夢にも思わないだろう。
そしてレミリアはそんな戸惑う咲夜に対し、面白そうにして更に衝撃の事実を語った。


「ただし、生んだのは私のお母様よ」

「え、ええ?」


益々訳が分からない。生んでないのに血の繋がった親子とはどういう事なのか、咲夜にはさっぱり分からなかった。
そんな咲夜をおかしそうに笑って見るレミリアは、意地悪するのは止めて、そろそろ事の真相を教える事にした。


「私の母、エミリア・スカーレットはね。フランを身篭ってた時に、美鈴の血を吸ってたのよ。定期的に、それもたくさんね。
 美鈴の気の籠められた血は、体を弱らせていたお母様の体力を回復する為にうってつけだったのよ」


レミリアとフランの母であるエミリア・スカーレット。彼女はレミリアを生んだその時から体を弱らせていた。
レミリアを生む時に、自分の力のほとんどを使い切ってしまったからだ。
そんな体でフランを生めば死産は確定。母であるエミリアもまたフランと運命を共にする事は必然であった。
だからそうならないようにエミリアは美鈴の血を定期的に飲んでいたのだ。
自分が死ぬ事になっても、娘であるフランドールは無事に生まれる様にする為に。


「フランはお母様のお腹の中で美鈴の血を受け取って生まれたきた。だから血の繋がった親子という訳よ」

「そ、そうだったんですか」

「そしてそうするように提案したのは、他ならぬお爺様だったの。
 よっぽど美鈴の事が気に入っていたのね。「これでお前も本当に、家族の一員だな」そう言ったのよ。
 美鈴はそれを言われて、抱いていたフランを抱き締めながら泣いていたのを、今でも覚えているわ」


五歳だった当時の自分は、その時初めて自分の祖父がどれだけ偉大な存在なのかを、幼いながらに感じたのであった。
こんな存在になりたいと、祖父のような偉大な当主になりたいと思った初めての出来事であり、彼女の大事な思い出の一つ。
それが、フランが生まれた日だったのだ。


「ただ………気になる事もあるのよ」

「気になる事、ですか?」

「フランはお母様の事をほとんど覚えていないと思うのよ。お母様が亡くなったのはフランが十歳の時。
 しかもお母様はフランを生んで体を弱らせて部屋に篭ってしまったし、フランは………言わなくても分かるわね。
 だから二人が会ったのはほとんど無かったのよ。私が知る限りではね」

「………それは」


あまりに酷過ぎるのではないかと、思わずにはいられなかった。
必死になって生んだ娘に会えない母。きっと、みんなは二人を会わせてあげたかったろう。
だが、二人の事を考えればそれは出来ない。それはあまりに辛い、現実だった事だろう。


「フランが知っているお母様の顔は、きっと肖像画の中の笑顔だけなのよ。私はそれが………悔しいわ。
 そしてその時はいつも思うのよ。早く大きくなりたいってね」

「それは、どうしてですか?」

「私の顔は、お母様の面影が強く残ってるのよ。だから私、この顔が好きなの。
 鏡を見ればお母様が私を見守ってくれているみたいで、安心するの。私の中でお母様は生きてるんだって、そう思うのよ。
 ………吸血鬼が鏡を見て安心するなんて、おかしな話だけどね」


自分の顔に年月が経つにつれて、鏡の中の自分は母の面影を明確にしていく。
まるで母が自分の事を何時でも見守ってくれているように思えて、安堵する。


「だから早く大きくなって、フランに言ってあげたいのよ。私達のお母様の顔はこんな顔だったって。
 こんな風に泣いて怒って、そして笑っていたんだって、教えてあげたいの。だってそれが、私とお母様がした約束なんだから」

「約束………ですか」

「そう、大事な、大事な約束。だから、だからまだ死ぬ訳にはいかないわ」


そう、だから自分はまだ死ぬ訳にはいかないのだ。母と残した唯一の約束。それを果たすまで決して自分は死ぬ訳にはいかないのだ。


「今回のこの事件の結末………どうなるか私にも分からないわ。能力も使おうとはしたんだけど、見えなかったわ」

「………我が師が原因でしょうか?」

「そうかもしれないわね。先の未来にはどうしたってあいつが関わっている。そして奴に私の能力は通じない。
 だからまったく見えないわ。決まった結末はおろかちょっとの可能性すら見えないなんてね」

「本当なら、それが普通なんですがね」

「まあ、確かにそうだな………」


自分には運命を操る程度の能力がある。神にも等しき力だ。だがだからといって全て自分の都合のいいように出来る訳ではない。
もしそうなら、家族みんなが今此処で幸せに過ごしているはずのだから。
何もかも自分の思った通りに出来るほど、この運命というものはヤワではないのだ。
もしかしたらいずれはそんな事も出来るようになれるのかもしれないが、少なくとも今ではない事は確かだった。


(しかしこの不安感、前に………どこかで?そう、それもごく最近に………そうだ、あの亡霊異変の始まる前に感じたものと同じだ。
 全ては、あの時からもう始まっていたのかもしれない。いや、もしかしたらもっと前から………)


あの時感じたあのぼんやりとした不安感。あれだけでは終わらないとは思っていたが、まさかこんな事になるとは思いもしなかった。


(あの時感じたあの不安感はこれだったのだろうか?………いや、本当にそうなのか?
 この感じはあの時のままだ。それはつまり………まだ何かあるという事か?これ以上一体何が?)

「お嬢様、どうかなされましたか?」

「………いやなんでもない。なんでもないんだ、咲夜」


あの時感じた大きな何か。今はそれが大きな不安感となって現れ、そして同時に若干の不快感すら感じていた。
先の見えない運命に嘲笑されているような、そんな不快感が。それが本当に運命なのかどうかさえも、今の自分には分からなかった。










(ならば見ていろ。運命か、それとも別の何かかは知らないがな。この私の、レミリア・スカーレットの意地を見せてやる。
 私のこのスカーレットの名に懸けてな)










――――――運命の輪はただ回るだけ。容赦無く音を立てて回るだけ。

――――――今それはギチギチと音を立てて嘲笑の声を出していた。非常に不愉快な声をあげて。

――――――それは物語とて同じ事。無慈悲に、そのページを進めていくだけだ。

――――――そして同じようにパラパラと冷笑の声を出すのだ。とても不愉快な歌を歌いながら。




















後書きや、ああ後書きや、後書きや。書いて終わって、ホッと一息………なんてね。

はやてのように~あらわれて~はやてのように~さっていく~。
す~き~ま~ば~ばあ~はかのじょ~です~。す~き~ま~ば~ばあ~はかのじょ~です~。
てなわけで!紫さん出ました去っていきました!ちょろっと顔出しただけですがね。まあそんなもんでしょうどんなもんで?てね。
出番少なくともインパクトある。それが彼女の魅力なのだろうと思うのであった私は。

それで前回の後書きで言ったあのアサシンの書いてないある部分とはつまり、容姿と彼の思考なんですよ。
容姿を書かなかったのはイスラム教が偶像崇拝禁止だから………という訳ではなく、単に書かない方がいいかなと思っただけでして。
そういえばムハンマドが歴史漫画で出る時は顔が描かれない場合が多かったな。
たまに描いてあるのもあった気もするけど、本当だったらあれは駄目らしいなと豆知識。
あ、あのアサシンの姿は四十代くらいです、はい。

そして思考の部分。これは書いてません。精々第三者がこう思ってるのではと書いてあるだけで彼自身の内心はまだ書かれてません。
つまり、彼はその光景を見て呆れるしかなかった。といったような心理描写は書いてないんですよ。
暗殺者が何を考えているか分かったら読む方はつまらないですしね。

………この第二章が終わったら、次は何を書こうかな?いっその事第三章と第四章を同時に始めてみようかな?
時系列的には同じ時期に起こるから出来ない事はないんだけど………まあ、またその時に考えるとしましょうかね。
予定は未定~決定ではな~い~てね。それでは!



[24323] 第二十話 忘れない面影
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:03dd8c5e
Date: 2011/01/29 19:49







紫が紅魔館から出て行って、二人が御茶を嗜んでいた時にフランは来た。
なんでも途中から魔法の話で二人で盛り上がっていってそれについていけずに面白くなくなり、退屈になって此処に来たらしい。
確かに専門的な話ばかりになっては、その専門外の者は面白くなくなるのも当然かもしれない。


「もう、魔理沙もパチュリーも私を話から置いてけぼりにしちゃうんだもん。
 楽しそうなのは分かるけど、そればっかり話されちゃこっちは面白くないのよ。
 あ、でもでも人里の話は面白かったよ?骨を折るオジサンとか鉄頭のお兄さんとか髪が少ないの気にしてるお巡りさんとか。
 それからええっと………他にもたくさん面白い事があったんだって!」

「………咲夜?なんだか私、その何人かを知ってるし会ってもいるような気がするんだけど?」

「十中八九あの時の人間達でしょうね」


あの時とはつまり、レミリア達がこの幻想郷に来てすぐに起こしたあの吸血鬼異変の時の事だ。
レミリアが幻想郷の覇権を握ろうと戦争を仕掛け、そして敗北した吸血鬼異変。
それはレミリアにとっては苦い思い出であると同時に自身への戒めの記憶でもあった。
レミリアは咲夜に、自分が奢り高ぶり必要以上に増長しそうな時は「吸血鬼異変を忘れるな」と言うように頼んでいる。
その言葉はレミリアにとっての臥薪嘗胆。薪の上で寝続けたり肝をなめ続けるのと同じくらいの戒めの力があった。
あの戦いは単に人間が化け物に勝ったとかそんな話ではない。
なにしろ人間側もまた、揃いも揃って化け物のような意思と力を持っていたのだから。


「確か貴女のあの時の相手は………」

「鍛冶屋と穴掘り、それと鞭使いの警察官でしたね」


数の上では三対一と咲夜が不利に見えるが、咲夜の能力を考慮すればそんなものは関係無い。
それだけ彼女の力が強大だという事なのだ。だがしかし――――――


「まさか負けるとは思いませんでした。今でも驚きですわ」

「本当にねぇ………パチェも三対一、美鈴も三対一で、なんだかゲームのボスと勇者達みたいだったわね」

「ですがお嬢様は………」

「ああそうだ、先代の巫女と戦って負けたよ。他の守護者達を囮にして、更にあいつの力を借りて私の下までやって来た。
 一対一の真剣勝負で私は完敗したんだよ。………あいつともう戦えないと思うと、寂しいものだな」


レミリア・スカーレットという吸血鬼の怪物を恐れずに立ち向かい、そして勝利した初めての人間。
それが先代の博麗の巫女であった。


「結局あいつの名前はついに分からず終いだったな。それが悔やまれるな。………………ああクソ、勝ちたかったな………あいつに」


先代は病か何かで無くなったらしいが真相は不明。そしてその真相を知っていそうな者もまた不明なのだ。一応が付くが。
紫なら何か確実に知っていそうだが、彼女はそれを決して話そうとはしない。彼女の意思だから教えないとしか返事をしないのだ。

レミリアは彼女が死んだ事に激怒した。自分を倒したあの人間が病程度に殺されるなんてと思わずにはいられなかった。
もう二度と彼女と戦う事は出来ない。再戦する事は叶わず、そして当然もう勝つ事も叶わない。これではあいつの勝ち逃げだ。
レミリアはそれが悔しくて悔しくて仕方なかった。
もう二度と彼女と戦う事が出来ない。あの心躍る幻想の戦いを、あいつと私だけの幻想の戦いはもう決して出来ない。
レミリアはそれが悲しくて悲しくて仕方なかった。
あの先代博麗の巫女との戦いは、自分の輝かしい記憶の一つ。誇るべき思い出の一つであった。
それをもう二度と味わう事が出来ないのは――――――


「本当に、残念だよ」


遠い目線でレミリアは呟く。そしてそんなレミリアをフランは羨ましそうに眺め、姉に話しかける。


「いいなぁ………私も戦ってみたかったなぁ」

「残念だがこればかりは譲れないぞ?あいつには勝てなかったが、今は霊夢がいる。
 博麗は私の獲物だ。フラン、貴女はそれ以外の獲物を見つけなさいな。例えばあの白黒の魔法使いとか」

「魔理沙は私の友達だからなぁ………それ以外にするね」


そしてフランは続けて小さく誰にも聞こえないように呟いた。――――――あの人がいいかなぁ?と。
顔にこそ出さなかったが、その小さな体の中で狂気がグラグラと燃えて燻っていた。
自分のそれなりに長い人生の見たものの中で恐ろしく破壊的で、そしてなにより美しかったあの幻想の炎。
そう、自分の父を焼き殺したあの紅蓮の女剣士。彼女の事は忘れたくても忘れる事は決して出来ない。
父を殺された怒り、次は誰が殺されるのかという恐怖、燃え盛る炎の熱気、そしてなによりも美しかった彼女の姿。
それら全てが彼女の中でぶつかり合い混沌となり狂気となり――――――


(ああいけないいけない。またどうにかなっちゃいそうだった)


どうやら二人には自分が暴走しそうになったのはバレなかったようだ。ここは話題を変えた方がいいかもしれない。


「ねぇねぇ咲夜?一つ聞いてもいい?」

「なんでしょうか妹様?」

「咲夜ってさ………まだあのアサシンのオジサンの事好きなの?」


そんなフランの言葉に咲夜は内心驚きながらも、とりあえずそれを聞く理由を尋ね返す。


「………え?ど、どうしてそんな事を?」

「だって話を聞いてたら咲夜、まだその人の事好きみたいに聞こえたし」

「それはその………確かにまだお慕いしてるのは違いませんが」


咲夜が無難な返事をした時、フランは更に続けて尋ねてくる。


「うーんと………抱かれてもいいくらいに?」


フランのその言葉によってその場の空気が凍った。
レミリアは口をあんぐり開けて驚くだけで何も言えず、咲夜は驚きを隠せずに慌てるしかなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください!?どうしてそんな話になるんですか!?」

「え?だって前はしようとはしてたんでしょ?」

「な、な、な、な、何でそんな事知ってんですか!?」


自分の過去はある程度の話はしたがその事は喋ってない。どうしてフランがそんな事を知ってるのか咲夜には分からなかった。
それに気付いたフランは、慌ててそれを知っている理由を話す。


「え!?それはえーっと………ほ、ほら!一緒に寝てた時に寝言で言ってたのを聞いただけだから!」

「あ………アアアアアアアアアアアッ!あの時かぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


それを聞いて咲夜は頭を抱えて叫ぶしかなかった。
一体何を言ったんだ私は!?寝言で一体何を言ったんだ!?他に何か言ってなかったか!?
まさかあの訓練の時の事とか言ってないだろうな!?そしたらもう死ぬしかないではないか!

そんな咲夜を見ていて、レミリアは何を言っていいのか分からず困り果ててしまう。
咲夜のこの状態から見てもフランの言った事は事実なのだろう。
レミリアは咲夜がそこまであのアサシンに入れ込んでいた事に驚きつつも、早くこの場から出て行かせた方がいいだろうと判断した。


「えーっと………咲夜?とりあえず今日のご飯の用意でもしてきてくれるかしら?」

「わ、分かりましたッ!」


咲夜は叫ぶようにしてその場から一瞬で消えた。だが次の瞬間にまた現れ、今度はフランの肩をガシと掴み嘆願する。


「妹様………もし!私が他の事を何か言っていたとしても!それは口外しないでください!………いいですね?」

「わ………分かった。いえ分かりました、はい」


咲夜のあまりの迫力につい敬語になってしまうフラン。まさかここまで取り乱すとは思ってもみなかったのだ。


「本当ですよ?約束ですよ?………それでは失礼します」


そう言い残して、咲夜は今度こそその場から消えたのであった。


「こ………こわかったぁ………」

「そりゃそうでしょう。そんな………だ、抱かれる云々の事を知られたんだから」

「でも結局それは無かったみたいなんだけど?」

「そうなの?いやそれでも言ってはいけない事には変わりないから。次からはちゃんと注意するのよフラン?分かった?」

「はぁーい………分かりましたー………」


シュンとうな垂れるフランではあったが、次の瞬間に少し明るく笑う。


「どうしたのフラン?何かおかしかった?」

「え?えへへ………なんだかさっきのお姉様、まるでお母様みたいだったなって思って」


フランのその言葉を聞いて、レミリアは目を見開いて驚いた。


「フラン………今、なんて?」

「だからお母様みたいだなって。だってほら、お姉様お母様にそっくりじゃない?
 優しく笑ってくれる時とか本当よく似てるよ?それに怒った時も泣いてる時も本当にそっくりだし」

「そう、そうなの………」


その言葉を聞いた時、レミリアはよかったと呟き、そして――――――涙を流した。


「ど、どうしたのお姉様!?」


いきなり泣き出した姉に驚き、フランは慌ててレミリアの肩を掴んで揺さぶる。
何かいけない事を言ってしまったのかと心配したのだ。


「よかった………よかったぁ………フランがお母様の事、覚えていてくれて………本当よかった」


そう言って泣き続ける姉を見て、フランはそんな姉を優しく抱き締めて、そっと耳元で囁く。


「忘れるわけ無いよ。だって――――――私達のお母様なんだよ?」

「そうね………そうよね。それでも、それでも本当に………よかった」


フランが母の事を覚えていてくれた事が、レミリアはただただ嬉しかった。


「でもね、そのお母様の事をずっと覚えていられたのはね、お姉様の御蔭なんだよ?」

「私の、御蔭?」


それは一体どういう意味なのか?それを尋ねたレミリアに、フランはそれがどういう事なのかを教えた。


「お母様との思い出は少ないけど、それでも覚えていられたのはお姉様の顔本当にお母様にそっくりだから、だから覚えていられたの。
 どんな風に泣いて怒って、そして笑ってくれたのか覚えていられたの」

「………ありがとう、フラン」

「実はね、私お爺様に同じ事言われたんだ」

「お爺様に?なんて言われたの?」

「お爺様はね、「お前を見ているとリュミエール、お前の婆さんの事をはっきり思い出す事が出来る。だから、ありがとう」ってね。
 よく私に言ってくれたんだ」

「お爺様が、そんな事を」

「だからねお姉様………ありがとう」

「ッ!?」

「お姉様の見ていると、お母様の事をはっきり思い出す事が出来る。だから、ありがとう」

「う、うああ………ああ、ああ………」


レミリアは妹の胸の中で泣いた。その言葉がとても嬉しくて、その言葉にとても救われたから。だから、泣いた。
そこにはスカーレット家当主の姿は無く、レミリアという一人の少女の姿しかなかった。


「お願いフラン。もう少し、もう少しだけこのままでいさせて。もう少しだけこのまま………泣かせてちょうだい」

「………うん」


父が亡くなってから今までずっと頑張ってくれた姉。その姉の願いをフランは小さく頷き答えた。

こんなに姉と近付く事が出来たのは、もうどれほど前の事だったのだろう?
こんなに姉を身近に感じる事が出来たのは、もうどれくらい昔の事なのだろう?
フランはそれを思い出そうとして、そして思い出せたような気がした。
そう、それはもしかしたら――――――自分が生まれた日の事かもしれない。
家族みんなが自分の誕生を祝福してくれたあの時。赤ん坊の時の事を、しかも生まれたばかりの頃の事を覚えてるなんて事はありえない。
でもそうとしか思えないのだ。あの時、確か姉は自分を抱き締めて笑顔で言ってくれたような気がした。
あれは確か――――――










「フラン、私の妹になってくれて――――――ありがとう」










自分の胸の中で泣いていた姉がその言葉を聞いた時、はっきりと思い出す。
そうだ、あの時姉はそう言ってくれたのだと、思い出す事が出来た。
ならば自分は返事をしなければいけないだろう。あの時と今の言葉に。そしてフランはレミリアに返事をした。










「私のお姉様になってくれて――――――ありがとう」










吸血鬼の姉妹はお互いを抱き締め合いながら、感謝した。様々な想いをお互い篭めながら――――――ありがとうと。




















魔理沙はパチュリーとの話を一通り終えて今は紅魔館の門の前にいた。
時間はもう夕方であり、空は夕日の赤で染まっていた。どうも話が弾み過ぎたらしい。


「それじゃあ魔理沙さん、さようなら」

「おう美鈴、また眠って咲夜にブスリと起こされるなよ?」


美鈴はそれを聞いて苦笑を浮かべるしかなかった。やはり自分はサボるイメージが強いらしい。


「はははは………精進します」

「そうそう、精進しとけよ?それじゃあな!」


魔理沙はそう言うとすぐさま箒に跨り夕日に染まった空の中へと向けて飛び立っていった。


「やれやれ………一難は去りましたが、また一難来るんでしょうね。それも飛び切り厄介なのが」


もうすぐ夜になる。妖怪達がざわめき支配する時間。だが今回は違う。あのアサシンが暗躍し、縦横無尽に動き出す時間である。


「夜の支配者は私達かそれとも彼か………一体どちらなのでしょうね………」


そんな独り言を、門番は不安そうな表情で呟く。今の自分にはそれしか出来なかったから。



















空を飛んでいく魔理沙は、ウキウキとした気分で自分の家を目指す。いつかみんな揃ってダンの所へ行くのを心待ちにしながら。


「………あ、いけね。大事な事聞くの忘れてた」


紅魔館に来たら聞いておかなければいけない事があったのをつい忘れていた。
魔法の話で盛り上がりすっかりそれを忘れていたのだ。そしてその聞きたかった事とは――――――


「何日か前に紅魔館の事を教えてくれって言ってた、あの黒尽くめのオッサンの事を聞くのを忘れてたぜ。
 あのオッサン、ちゃんと紅魔館に行けたのかな?」


数日前に偶然出会ったあの黒尽くめの地味な感じの男。紅魔館に行くと言うので道を教えたのを覚えている。
何をしにいくのかは言わなかったが、あれからどうなっただろうと魔理沙は気になっていたのだ。


「あれからどうなったんだろ?パチュリーは何も言わなかったし、そんな大した用事じゃなかったのかな?
 まあ今度来た時にでも聞いてみるか!」


そんな事を暢気に考えつつ、魔理沙は飛ぶスピードを上げて一気に魔法の森へと向かっていったのであった。




















日は沈み、幻想郷は夜の闇に包まれていく。そんな闇の中から一つの影が音も無く湧き上がった。
それは徐々にその輪郭を現していき人影となっていく。そしてそこに現れたのは一人のアサシンの姿であった。

今回の紅魔館の事件を起こした当事者である彼は、立ち上がると同時に自身の体の様子を確認する。
美鈴にやられたダメージは大きかったはずなのだが、特に苦も無く動いてるその姿からはもう傷は癒えた事が窺える。


「…………ふむ」


アサシンは確認後そう頷き呟くだけだった。どうやら任務を続行するのに支障は無いようだ。


「では、行くか」


彼がそう言うと同時に、人の姿をした闇はその輪郭を崩して暗黒の中へと消えていった。










――――――恐怖の幻想の一つにして、影となり闇に生きる術の継承者であるアサシン。

――――――彼の死の刃から逃れる術があるとすればそれは希望以外には無いのかもしれない。

――――――だがその希望はあまりに小さく、儚く、頼りにするには弱々しいものでしかない。

――――――それでもその小さな希望に縋るしかないのだ。

――――――だがそれは本当に縋るべき希望なのだろうか?

――――――そう見えるだけの残酷な絶望ではないのか?

――――――だがどちらにしろ運命は進み、物語は語られていくのだ。

――――――たとえどんな結末になろうともだ。




















後書きってさ、作者にとって本当色々な場合があるよね?

つまり魔理沙があのアサシンを紅魔館に案内したようなもんなんだよ!………うんそれだけだね。

言葉というのは面白いものだと書いていて思うね。言葉一つ違うだけで意味がだいぶ変わるし真実を隠す事が出来るのだから。
どんな伏線か、それがバレないように、だがギリギリで書く。それがまた面白いんだけど………でもなぁ………
まあ後でこれはあれだったのかって驚いてもらえればそれでいいか。

そしてやっと表にアサシンが登場してきました。次回はついに………どうしようかな?
それでは!



[24323] 第二十一話 夜が始まり、幸せが終わる
Name: 荒井スミス◆a8359a08 ID:bbc241b3
Date: 2011/02/13 21:34







夜の闇に包まれ、月の光に照らされる深紅の悪魔の館。
館の主とその従者は、上階のテラスで寄り添うように並び佇み、夜空に映える月を眺めていた。


「月の明かりはいつもと同じなのに、夜の闇は全く違うものに見えるわね」

「………はい」


夜空の月から地上の影へと視線を落とす。少し前まではなんともなかった、月明かりに照らされて伸びていく影。
だが今ではその全ての影の一つの中があのアサシンだと思えてならず、その影全てが恐怖の対象に見えるのだ。


「もういっそ、あの影全てが奴だという方がまだ気が楽かもしれないな」

「本当に、そうですね」


あの影全てを斬り払い平穏な生活が戻るのなら喜んでやろう。二人は今そんな心境だった。
待てども待てども彼は来ない。何時来るか分からない死の影に怯えるのはレミリアはもううんざりだったし、
咲夜も自身も何時何時、自分の目の前にいきなり我が師の影が現れるかと思うと気が気でなかった。


「………ねぇ咲夜?」

「何でしょうかお嬢様?」

「………恐い、わね」

「………………はい」


不安と恐怖の表情を隠さないレミリアに、咲夜も同じような表情を浮かべて同意した。
どんなに取り繕うとしても、恐怖という感情は隠す事は出来なかった。
それは五百年を生きた吸血鬼の王も、時を操る瀟洒な従者も何も変わらなかった。


「こんなに恐いと思ったのは、お父様が亡くなった時以来かもしれない。
 ………自分の死をここまで恐いと思ったのは、本当に久しぶり。それは、感謝すべき事かもしれないわね。
 だって御蔭で私はよりみんなと一緒に生きていたいと思えるのだから」

「それは私も同じ気持ちです、お嬢様」

「………ふふふ、貴女の場合はあのアサシンも入るのだけどね。本当、我が従者には困ったものね」

「………すみませんお嬢様」


苦笑を浮かべるレミリアに、咲夜も同じように苦しく笑うしかなかった。


「でも本当によろしいのですか?私の願いを聞き届けてくれる事を」

「何度も言わないの。もう決めた事なんだから。それともなに?叶えられるかどうか不安なの?」

「………申し訳ありませんが、その通りです」

「………奴自身の力を一番知っているのは貴女自身だものね。それは当然か。
 未だにそれだけ信頼し、慕っているという事ね。なんだか………少し妬けるな」

「お嬢様以上とは言いませんが、同じくらいに大切に想っているのは本当です」

「別に私以上と言ってもいいのよ?そりゃ妬ける事は妬けるけど、奴はお前の親でもあるんだから。
 だからそうだとしても、私は怒らないわよ。むしろそうであってほしいとさえ思うのよ。
 私にはもう両親はいない。だから貴女がそう想えるのは羨ましいわ」

「でも美鈴がいるじゃないですか?」

「あれはフランの親をやるだけで精一杯だからな………そして爺も、今は何処かに行ったままだしね」


もしかしたらレミリアも美鈴を母と呼べたのかもしれない。むしろそうであってほしかったとレミリア自身も思っている。
だが残念な事に、それは出来なかった。昔一度だけあったのだ。美鈴がレミリア達の母になるかもしれなかった可能性が。
もっともその可能性は諸事情により無くなってしまったのだが。


「それに私はこれでもこの家の家長だ。誰かに甘えるというのは………な」


どうにもそれは出来ないのだと、小さく呟く。それは咲夜に答えたものではなく、ただの独り言に近いもの。
だが咲夜はそんなレミリアの言葉に、ただただ穏やかに答えた。


「………いいんじゃないでしょうか?誰かに甘えても」

「………え?」


そんな事を言われるとは思ってもみなかったレミリアは驚き、咲夜を見る。咲夜は少し照れたようにして、言葉を続ける。


「誰かに甘える事は、恥じゃありません。むしろ出来る時はした方がいいと思います。
 私にはもう、それは出来そうもありません。だからそれが出来るのは幸せな事だったんだなって、そう思うんです」


もう自分は我が師に甘える事は出来ないだろう。昔のようにあの腕の中で安らぐ事は無いだろう。
あの人が自分の為に子守唄を歌ってくれたあの夜はもう来ないだろう。
自分に幸せを教えてくれたあの温もりを感じる事はもう、決して無いのかもしれない。
だがレミリアは違う。手を伸ばせばその温もりを与えてくれる人達は、すぐそこにいるのだから。


「咲夜………」


咲夜がどんな想いでその言葉を口にしているか。レミリアはそれを少なからず理解出来た。
かつての幸せを悲しそうに想う彼女の表情を見れば、その想いはズキズキと胸に伝わってくる。

そして同時に、レミリアは罪悪感によって胸が痛み出す。咲夜に、彼女に、こんな表情をさせてしまったのは自分の所為だ。
自分の我が侭の所為で、十六夜 咲夜という存在は今此処にいるのだと、そう思わずにはいられなかった。
彼女の幸せを奪ってしまったのは他ならぬ自分だ。今こうして彼女が苦しんでるのも自分の所為だ。
かつての親に、師に、裏切り者と罵られるようになってしまったのは自分の所為だ。
自分と一緒に生きてほしいと願ってしまったから、今彼女を苦しめているのだ。


「ねぇ咲夜?」

「なんでしょうお嬢様?」

「私の事………怨んでる?」

「どうしてそのような事を?」

「だって私の所為で、私が貴女に此処にいてほしいって願ったから、だからこんな事に」


どうして私ははこんな事を言っているのだろうかと、レミリアは我が事ながらそう思わずにはいられなかった。
だが、聞かずにはいられなかったのだ。咲夜が今自分の事をどう思っているのかを、聞かずにはいられなかったのだ。
きっと私の事を怨んでいるはずだ。だって私は彼女の幸せを奪った張本人なのだから。
だがもしかしたら違うかもしれないと、そんなありえない奇跡を思う。

そしてそれを聞いた咲夜は、レミリアに言った。


「そう、ですね。そりゃもう………怨みましたよ」

「ッ!?………そう………そう、よね」


予想出来ていたとはいえ、やはりこの答えは堪えるものがある。
ほんの小さな奇跡でもいいからと、そう思っていた自分が惨めに思えてくる。
そう思いしょんぼりと嘆くレミリアに、咲夜は続けて言う。


「生きて我が師の下には帰れず、死んで我が師の教えを守る事も出来ず。本当にね、怨みに怨みましたよ。
 任務も何も関係無い。必ず貴女をこの手で殺してやろうと思ってました」

「そう、やっぱり………」


ならば彼女は今も自分の事を――――――


「そう、思ってました。昔はね」

「え?それじゃあ………」

「今はそんな事、これっぽっちも思ってませんよ?」


レミリアはそんな咲夜の言葉にまた驚き、そしてその訳を少し声を荒げて尋ねる。


「どうして?どうしてそんな事が言えるの!?私は貴女の幸せを奪ったのよ!それなのにどうして!?」


どうして罵らないのか?どうして怨まないのか?どうして殺そうと思わないのか?
レミリアにはそれが分からなかった。自分ならそんな事はしない。自分の幸せを奪った者を怨まないなんて事、出来るはずがなかった。
だからどうして咲夜がそんな事が出来るのか、レミリアには分からなかったのだ。


「そうですね、強いて言うなら………」


そんなレミリアに対し彼女は、咲夜は少し誇らしげに、その答えを言った。










「だって今の私は――――――十六夜 咲夜ですから」










その答えを聞いて、レミリアはハッと咲夜の顔を見る。
そこには優しく微笑む、そして自分がよく知ってる、十六夜 咲夜の笑顔がそこにはあった。


「お嬢様は確かに私の幸せを奪いました。ですが同時に私に新たな幸せをくれたじゃないですか?
 だから私は、もうお嬢様の事を怨んでなんていませんよ?」

「咲夜………」


そう、本当なら自分は今でもレミリアを怨んでもいいはずだ。その理由があるのだから。
だがそれは出来ない。怨む理由は幸せを奪ったからだが、代わりに別の幸せをレミリアは与えてくれた。
十六夜 咲夜という幸せを、この小さな吸血鬼は与えてくれたのだ。それなのにどうして怨む事が出来ようか?


「そう、今の私は十六夜 咲夜なんですよ。かつての名も無きアサシンは、お嬢様とのあの戦いで死んでしまった。
 だから私は今の幸せを受け入れる事が出来たんだと、今では思います。
 だから私は大切な思い出や約束を、忘れてしまったのかもしれません」


そう、あの戦いでかつての自分は死んでしまったと思う事で、咲夜は今の幸せを受け入れる事が出来るようになったのだ。


「もっとも死んだと思っていただけで、実はまだ生きていたんですけどね………私は」


そう、悲しそうに笑いながら彼女は言った。その笑顔は今にも消えてしまいそうなくらいに儚いものだった。
死んだと思っていた自分はまだ生きていた。もう死んでいなくなったとばかり思っていたのに。
いや、もしかしたらそう思い込むことで、かつての幸せを思い出さないようにしていたのかもしれない。
思い出してしまえばどちらの幸せも今の自分には辛いものになってしまうから。
だが、それを今は思い出してしまっていた。かつての思い出と、かつての約束を。

そして案の定、今の自分は苦しんでいる。仮に救いがあるとすれば、自分を苦しめているのは過去の幸せだということだろうか。
もし過去と現在の二つの幸せに苦しんだら今の自分はどうなっていたのだろうかと、咲夜は思案する。


(きっとあの夜のように、十六夜 咲夜となって初めてあの人と会った時のように怯えてしまうでしょうね。
 そしてその辛さに耐えられず私は………死を選んだかもしれない)


だがそうはならなかった。今の自分を、十六夜 咲夜という存在を支えてくれる人達がいたから。


「前にも言ったでしょう?生きている間は一緒にいますからって。あの言葉、忘れちゃったんですか?」

「………忘れてないわ。少し思い出せなかっただけよ」


この小さな主人と一緒に生きて………生きたい。彼女といると本当にそう思うのだ。
この人と一緒に人生を歩んで生きたい。そう思える魅力がレミリアにはあったのだ。

それはまさに、彼女の祖父が持っていた魅力と同じものであったのかもしれない。
ただ優秀なだけでは誰も着いていこうとは思わない。そう思わせるだけの輝きが無ければ、人は着いてはこないのだ。


「あの時言った言葉は嘘じゃありません。本当にそう思ったから言ったんです。
 もし今も怨んでいるなら、そんな事言うわけないじゃないですか。
 それにそんな事もお嬢様に言われるまで、さっぱり綺麗に忘れてましたわ」

「まったく、私がこんなに気にしてた事が馬鹿みたいじゃないのよ」

「ええ、本当にそうですね。ふふふ」

「もう、笑わないでよ………」


なんだか途端に恥ずかしくなり、レミリアはその表情を帽子を下げて隠す。
そんな主が愛しくて、愛しくて。従者はその小さな体を後ろからキュッと抱きしめる。


「あ………咲夜………」

「………すみません、先の言葉は訂正させてください」

「訂正?」

「はい。私はまだ甘える事が出来ます。今だってそう。お嬢様やみんなに甘えて、私の願いを聞き届けてくれるのですから」

「そう………そうね」

「だから………だからお嬢様ももっと甘えてください。美鈴やパチュリー様や妹様に。そして――――――」

「そして貴女にも、ね?………ありがとう、咲夜」

「その言葉だけで、私は幸せです」


お互いの温もりを感じて、二人は幸せそうに笑い合おうとした――――――その時だった。










頭の中でガチリと――――――歯車の音が――――――鳴った。










その音に反応し二人はお互い離れ先ほどの表情とは打って変わった緊張を浮かばせていた。
この音はパチュリーの結界に反応があった事を皆に知らせる音。そう、それはつまり――――――彼が来たという事だ。


「咲夜これはッ!?」

「ええ………来て、しまいましたね」


悲しそうに、不安そうに、咲夜はか細い声で答えた。幸せを感じる時間は、もう終わったのだ。


「貴女はどうするの咲夜?もし辛いなら貴女は来なくても」

「それをする訳には、いかないでしょう。これは私と、あの人との問題なんですから」

「………いいのね?」

「――――――はい」


決意を込めた眼差しを主人に向け、従者は答える。逃げる訳にはいかない。
たとえ戦えなくても、自分はこの目で見届る義務がある。責任がある。逃げる訳には、いかなかった。










「なら――――――来なさい十六夜 咲夜。貴女の願い、このレミリア・スカーレットが叶えてあげるわ」

「ええ、ではいきましょう――――――レミリアお嬢様」










運命の歯車が動き出したその音を聞いた者の一人、パチュリー・ノーレッジは読んでいた途中のその本を静かに閉じた。


「とうとうこの時が来たか………小悪魔、行ってくるわ」


反応のあった場所へ向かおうとする主に向かい、小悪魔は不安そうに声を掛ける。


「気を付けてくださいパチュリー様。私、なんだか不安で」

「その不安はきっと此処にいるみんなが同じでしょうね。でも、大丈夫よ。みんなと一緒なら、恐くないわ」

「なら私も一緒に!」

「それは駄目。酷な事を言うけれど貴女じゃ戦力にはならない。戦っても足手纏いになるだけ」

「………そう、ですね」


小悪魔とてパチュリーの使い魔だ。戦う力が無い訳ではない。だが今回の戦いではその力は通用しないのだ。
相手は少なくとも咲夜以上の力の持ち主であり、状況次第では紅魔館メンバー全員を暗殺出来るだけの実力がある。
この幻想郷でもまず間違い無く最強と言えるだろうその実力者を相手にするには悲しいかな、小悪魔の力はあまりに小さ過ぎたのだ。
そして小悪魔自身もそれを分かっているから、パチュリーのその忠告を受け入れるしかなかったのだ。


「………ごめんなさい。こんな事言って」


覆せない事実とはいえそれを口に出して当人に言うのはやはり辛いものがある。
そんな主人の意を汲んで、小悪魔は寂しそうに笑って返事をする。


「いえいいんです。それは、事実ですから。だから私を戦わせたくないっていうパチュリー様の気持ちはよく分かります。
 分かりますけど………私だってみんなの為に出来る事がしたいんです。………私だって」

「家族、だものね。なら………お願いがあるの」

「お願い、ですか?」


今の自分に出来る事があるのだろうか?小首を傾げる小悪魔に、パチュリーはその願いを言う。


「私が帰ってくるのを、待ってて。家族が待ってるってだけで、私は頑張れるから。
 これが貴女に出来る戦いよ。待ってるだけなのは辛いけど、だからこそ私は貴女にそれをお願いするの。
 だって貴女にはそれが出来るだけの力があるのだから。だから――――――お願い、小悪魔」


主のそんな願いを聞いて小悪魔は小さく、だが力強く頷いてそれを了承した。


「………分かりました。それではお気を付けて」

「ええ、行って来るわね」


パチュリーは小悪魔にそう言い残し、大図書館を後にして出て行った。










「喘息の調子は良好、後は私の実力次第。なら――――――全力でやらなきゃね」










紅 美鈴は自室でその歯車の音を聞いた。夜の闇の中で門番をするのは危険過ぎるとの咲夜の忠告から、美鈴は門にいなかったのだ。
アサシンの実力を誰よりも知っている者の忠告だ。美鈴はそれを素直に受け取り今の今まで部屋で待機していたのだ。

そんな彼女は今、一枚の絵を見ていた。それは家族みんなが一緒にいる絵だった。
その絵は美鈴が管理していた物の中の一枚であり、彼女の一番のお気に入りの絵だった。
スカーレットが一番幸せだった頃の象徴。自分が一番幸せだと思えたかもしれないあの瞬間を切り取ったもの。
それが彼女が今見ている絵だった。


「………大丈夫。あの子達は必ず、私が守ってみせますから。だから、安心して見守っていてください」


愛しそうにその絵を見詰め、美鈴は言う。


「それでは行って来ます。そして必ず――――――戻ってきます」


そう目の前の絵に誓い、美鈴もまた部屋を後にして自らの行くべき場所へと向かっていった。










「アサシンよ、あの子の気持ちに応えてください。そうでない場合、私は――――――貴方を倒さなければいけなくなる」










紅魔館の最下層にいるフランドール・スカーレットもまた、その歯車の音を聞いた。
今までする事も無くベッドの上でしどけなく寝ていた彼女は、事が始まる事を知りむくりと上体を起こす。


「………あ、あのアサシンのオジサンか。あーあ、私も行きたいけど………」


それは出来なかった。自分が行けば全てが台無しになってしまう可能性がある事を彼女は知っていたから。
だから行くのを我慢したのだ。後はもう皆に任せるしかない。


「しょうがない、か。邪魔しないってみんなに約束したもんね。つまんないけど、あんなにお願いされちゃあ、守るしかないもんね」


だがきっと面白い舞台になる事だろう。それはよく分かる。それが見れないのはとても残念だが、ここは我慢しなければいけない。
それにどうなったかは後で聞けばいい事だ。話を聞いてそれがどんなものだったかを想像するという楽しみがあると思えばいいのだ。
だから早く話が聞きたい。どんな事があったかを、当人達の口から。










「だからみんな、みんな頑張ってね?………………ふふ、ふふふふ、ふふふ」










紅魔館の庭を歩いていく影は音も無く目的地を目指し進んでいた。自身の目的を果たす為に無心で、進んでいく。
その影は言うまでも無く、今回のこの小さな異変の元凶であるアサシンその人だった。
そして屋敷の入り口にまで進んで、あるものがアサシンの目に入った。


「………ほう?」


アサシンはそんな声を漏らし、そのあるものを見据える。そのあるものとは――――――この屋敷の住人達だった。


「こんばんは、名を語らぬアサシンよ。今日は貴方をメインにパーティーをさせてもらうわ」


その住人達の長でもある当主が前に進み出て軽く御辞儀をして、アサシンに挨拶をする。
そして七曜の魔女と華人小娘がそれに続くようにして前に出る。


「メインゲストになるかメインディッシュになるかは貴方の態度次第だけど、さてどちらがいいかしら?」

「私は出来ればゲストとして持て成したいんですが――――――そうでない場合は調理するしかないんでしょうかね?」


二人の皮肉がアサシンに向けられ、三人の視線が動く影とも言えるアサシンに注がれる。
だが件のアサシンはそんな三人の視線には目もくれずに、ただ一人の人物を見詰めるだけだった。
そう、かつての自分の弟子である十六夜 咲夜を、アサシンは見ていた。
咲夜とアサシンの視線が合い、咲夜はどう言えばいいか分からずに黙るしかなかった。
だがそれに耐えられなくなり、咲夜は師に向かい口を開く。


「我が師よ………私は」


少しの間ただ黙って彼女を見ていたアサシンは、彼女の続く言葉を遮る様にして、自身もまたその口を開き言葉を投げ掛ける。










「では終わらせるぞ――――――我が弟子よ」


無慈悲に、そして冷たく――――――彼はそんな言葉を投げ放つだけだった。



















後書きだ………やっと、やっとここまで………

うわぁー遅くなった。投稿遅くなった。だいぶ時間経ったな本当。遅れた原因は主にモチベーションが上がらなかったからですね。
そして小説のデータが全部パーになったからですね。………はい、全部です。
あーあ、細かい設定とか他の話とか書いてたのにそれもうパーだよ。スミスは めのまえが まっしろになった。
でもまぁ内容は頭の中にちゃんと入ってるんで問題無いですがな!

そんで次はアサシンさんの嫌な部分が出てきますね。もうどれだけあんたはあれなんだってくらいあれします。
………さて、頑張るかね、うん。

皆様の感想、お待ちしておりますぞ!
それでは!



[24323] 第二十二話 守られた誓い
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/02/17 00:00






アサシンのその言葉に、全員に緊張が走る。アサシンの鞘から剣が抜かれ、鋭い残響音が走る。
そしてアサシンが動き出そうとした――――――その時だった。


「アサシンよ、話をしてもよろしいでしょうか?」


美鈴がそんな待ったの声を掛けたのだ。その行動に驚いたレミリアは何故美鈴がそんな事を言うのか尋ねない訳にはいかなかった。


「美鈴?貴女一体何を」

「お嬢様、ここは私に任せてはもらえないでしょうか?今回はただ戦えばいいという話ではありません。
 もし可能なら、誰も血を流さずに済むようにしたいんです」


美鈴は落ち着いた声で返事をし、それを聞かされたレミリアは黙って後を任せる事にした。


「………いいわ。お願い」

「………ありがとう」


レミリアの言葉に笑顔を浮かべ返事をする美鈴だったが、アサシンの方を向くとその表情は緊張一色に一変した。
この争いを出来る事なら話し合いで解決したい。それは万に一つの可能性も無いかもしれないが、やるだけの事はやってみよう。
そんな決意を胸に秘めた美鈴に向かい、アサシンは問い掛ける。


「………闘士よ、今更どのような話をしようというのだ?何を話そうと時間の無駄だ」

「無駄な戦いをしない為に」


ただただ真剣な眼差しを向けて応える美鈴に、アサシンは一歩下がりその問いに答える。


「………………聞こうか」

「ありがとうございます」


美鈴の一礼と共に、剣はとりあえず鞘に納まる。それと同時に皆の緊張も僅かに収まった。


「ではアサシン………失礼、この呼び名でよろしいか?」

「構わぬ。私もお前の事は闘士と呼ばせてもらう」

「ではアサシンよ。貴方の目的を教えてはくれませんか?」

「言わずとも分かろうが、お前達の処理だ。もっとも、もう一つ仕事が増えたがな」

「それは咲夜さんを殺す、という事ですか?」


アサシンの言葉に若干の怒気を篭めて美鈴は返事をする。自分の弟子を殺す。
そう言ったアサシンの言葉には躊躇も戸惑いも一切無く、感情も微塵も感じない。
何故そんな事が出来るのかという怒りと、悲しみが沸々と湧き上がる。

だがアサシンの次の言葉にその感情は無くなり、そして皆は驚く事になる。


「何故、私がその咲夜とかいう者を殺さなければならないのだ?」


そう、この言葉を聞いた全員が驚くしかなかったのだ。そんな一同の気持ちを代弁するかのようにして、美鈴は慌てて尋ねる。


「ちょっと、待ってください!言ってる事が違うじゃないですか!
 貴方は咲夜さんを、自身の弟子を殺すとその口で言ったじゃないですか!?」

「勘違いをするな」

「え?」

「私の弟子はそこにいる“我が弟子”だ。断じて“咲夜”なぞという者ではない。そして私が殺すのはそこにいる“我が弟子”だ」


アサシンは“咲夜”ではなく“我が弟子”と彼女を呼んだ。殺すのも“我が弟子”であって“咲夜”ではないと言った。


「貴方にとってまだこの子は“我が弟子”なのですか?」


美鈴は複雑な想いでそれを問い質す。咲夜自身は気付いていないのだろうが美鈴には分かる。
そう呼ばれる事で咲夜が、彼女が小さな安堵を覚えている事に気付いていた。


「それ以外の呼び方をする気は無いな。………少なくとも今はまだ」


こんな事を言われてもまだ彼女は彼を信頼し、慕っている。きっと彼と彼女だけにしか分からない信頼が今でもあるのだろう。
それが分かった時、美鈴は自身の中に彼に対して嫉妬の感情が若干だが生まれるのを感じた。
今でもなおこれほどまでに彼女の信頼を得ている彼が、羨ましいとさえ思えた。


「………この子はもう“十六夜 咲夜”なんです。そこを分かってあげてください」


彼に対してのそんな小さな抵抗を見せる美鈴は、我ながら子供だなと思うしかなかった。
そう言う事で彼女は私達の家族だと、暗に言っている自分が小さな存在に感じるざるを得なかった。


「………まあいい。だが闘士よ、このままでは埒が明かぬ。お前達の望みを言え」

「この件から手を引いてはもらえないでしょうか?そして彼女を、咲夜さんを許してはくれないでしょうか?」

「気が触れたか?本気でそんな事を言ってるとしたらお前の評価を変えねばならんな」

「私はただ咲夜さんを、みんなを、家族を守りたいだけなんです。ただ、それだけで………」


それだけでよかった。みんなが幸せであってくれれば、美鈴はただそれだけでよかった。
この幻想の世界で続いた平穏で穏やかな日々。それが今の美鈴にとっての幸せだった。
そしてこの平凡な日々を命を掛けて守る。それが美鈴の勤めであり使命だった。

それを聞いてアサシンは、そんな彼女の気持ちを抉るような事を投げ掛ける。


「それはかつての当主を守れなかった代わりに、という事か?」

「アサシン、貴様ッ!!!!」

「待ってくださいお嬢様!………落ち着いてください」

「でも美鈴ッ!?」


美鈴は激昂し今にも飛び出しかねないレミリアを片腕を出して宥めるが、レミリアはそれでも前に出ようとした。
だが美鈴の顔を見て、その気持ちは治まった。美鈴のその顔が泣いてしまいそうなくらいに、儚く歪んでいたから。


「お願いですから………お願い」


辛そうな声で、泣きそうな顔で、そんな事を言われては、レミリアは退かない訳にはいかなかった。


「………分かったわよ」


そうしてレミリアを宥めた後、先の表情とは違い気を引き締めた面持ちで、美鈴はもう一度アサシンの方を向いて先の問いに答える。


「………そう思ってもらっても構いません。でもこれが私の正直な気持ちなんです」


あの時、自分が攻め入ってきたハンター達の猛攻を防ぎ切れなかったのは事実だ。
守ると誓った家族を死なせてしまったのも、紛れも無い事実だった。
だからこそ、もう三度と失うまいと誓ったのも事実だ。だからアサシンが言った事は間違いではない。
そう、間違いではなかったが、面と向かってそれを言われればやはり、辛いものがある。
失った家族の代わりに咲夜を守る。これではまるで代替品だ。
レミリアが怒ったのも、アサシンの発言がそう聞こえたからだったが、それはある意味では合っていたのかもしれない。


「結局、ただの自己満足なのかもしれません。でも、それでも私は守りたいんです。もう、失いたくないから」

「私が願いを叶える理由にはならんがな」


美鈴に対しそう冷たく言い放つアサシンに、今度は咲夜が話し掛ける。


「我が師よ、私の話も聞いてはくれないでしょうか?」

「なんだ我が弟子よ?」


その静かな威圧感に若干押されながらも、咲夜は震えるのを堪えてなんとか話し掛ける。


「かつて我々がこの人達を狙った理由。それはスカーレットが再び力を取り戻し勢力を復活させるのを防ぐ為でしたよね?
 だったらそれはもう大丈夫なんです。もう私達はこの世界で静かに暮らす事を望んでいるんです。だから」

「だから見逃せと?出来ぬな。スカーレットという脅威は不発弾の脅威と変わらぬ。
 それ自体が何もせずとも危険な存在である事は変わりないのだ。そして、脅威は取り除かねばならぬ。何があろうともだ。
 お前達にとってスカーレットがどんな存在なのかは関係無い。力衰えてなお、スカーレットとはそれほどの脅威なのだ」

「それは………」


そう言われ咲夜は言葉を詰まらせる。師の言葉がどういう事なのか、理解出来るからだ。
かつての自分、アサシンであった頃の自分は他者から見れば恐怖そのものでしかなかった。
そして目の前の師もそれは同様。今は自分達の恐怖として目の前にいる。
だが彼女は知っている。目の前のこの人も誰かと共に喜びを分かち合い幸せを語る事が出来る優しい人だという事を。
しかしそんな人物も、今のスカーレットにとっては脅威であり恐怖でしかなかった。

自分達がこんな存在だと言っても、それが相手にとってもそうであるとは限らない。
スカーレットがどんな存在か知り、そして他者にどう思われているか、咲夜はよく知っている。
アサシンがどんな存在か知り、そして他者にどう思われているか、彼女はよく知っている。
その優しい想いは普通の人と何も変わらず、だが何よりも恐れられる恐怖の権化。
そういう意味ではスカーレットもアサシンも何も変わらないのだ。
それがそのスカーレットとアサシンの双方を知っているの咲夜の、そして彼女の結論だった。

言葉を詰まらせた咲夜に代わり、また美鈴がアサシンに話し掛ける。


「アサシンよ、もう一つ話を聞いてはもらえないでしょうか?」

「なんだ?」

「咲夜さんは貴方を、貴方達を裏切った訳じゃないんです。お嬢様に敗れた時は迷わず自害しようとしました。
 それでも生きていたのは私達がそれを彼女に無理に望んだからです。彼女が自らの命惜しさに貴方の教えを破った訳ではないんです。
 それに生きていた時も、お嬢様や私達の命を常に狙っていました。生き恥を斯いてでも使命を果たそうとしたんです。
 だから、彼女は裏切った訳ではないんです。それはどうか理解して頂きたい」

「なら何故お前達は生きているのだ?」

「そ、それは」


アサシンのその問いに、今度は美鈴が言葉を詰まらせる。


「生きて生還する事もせず、死んで我等アサシンの信条に殉ずる事もせず。殺そうとした者と生きている。
 これのどこが裏切りでないというのだ?」


無機質なアサシンの言葉に、美鈴は言い返す事が出来なかった。したくても、出来なかった。
咲夜が自害しようとしたのは事実だ。生き延びて自分達を殺そうとしていたのも事実だ。
だがそれは言ってしまえばこちらの都合であり、相手側からしてみれば今言ったアサシンの言葉が彼等にとっての事実なのだ。


「闘士よ、お前が言った事は事実なのだろう。だが我等にとっての事実とはそれだけなのだ。
 どのような過程があったにせよ、結果はこうなった。それが揺るぎようの無い事実であり、そして真実だ」 


そうだ、それは美鈴にもよく分かる。相手のその理屈は頭では理解出来る。だが――――――


「………知らないくせに、偉そうに言うな」

「なに?」


だがどれだけ頭では理解出来ても――――――


「この子がどんな辛い想いでいたかも知らないくせにッ!偉そうに言うなぁッ!」


心では、納得出来なかったのだ。


「美鈴、貴女………」


そう叫ぶ美鈴を見て、咲夜は唖然とした。今までこんな美鈴は見た事が無かった。
この紅魔館で一番優しいであろう彼女がここまで怒りを露にし、そして――――――泣いていたのを始めて見た。


「知っているのかッ!?この子が毎晩一人きりで涙を流していた事をッ!」


ただ一人、誰にも知られないように枕で顔を隠し涙を流していた事を、美鈴は知っていた。


「知っているのかッ!?この子がみんなに会いたい、帰りたいと泣いていた日々をッ!」


一人ぼっちで泣いて、心が締め付けられるような泣き声で言ったその言葉を、美鈴は知っていた。


「知っているのかッ!?この子がどれだけ貴方達の事を愛していたのかッ!
 そしてその気持ちは今でも変わらない!今でも貴方達の事を、この子は愛しているんだッ!」


それを語る美鈴の目には涙が溢れ、そして流れていた。
こんなものは理屈が通らないからただ泣き叫ぶだけの、子供の言い訳にしかならないのかもしれない。
だがそれでも言わずにはいられなかったのだ。彼女がどれだけ苦しんだのか、言わずにはおけなかったのだ。


「どうして殺すなんて事が出来るんですかッ!?貴方達はかつて家族だったんでしょうッ!?
 その家族をどうして殺すなんて事が出来るんですかッ!?お願いですッ!そんな事は止めてくださいッ!
 貴方にとってもこの子はまだ大事な存在なんでしょうッ!?だったらお願いしますッ!」

「何故そんな事が分かる?私にとって大事な存在だなどと」

「だって貴方はまだ言ってるじゃないですか――――――“我が弟子”と」

「………………」


美鈴のその言葉をアサシンはただ黙って、そして聞いていた。


「貴方が本当に彼女を裏切り者だと思っているのならそんな事は言えないはずです。
 それはつまり貴方がまだ彼女の事を家族だと思っているからではないんですか?
 もしそうならお願いです。どうか手を引いてください。――――――この通りです」


そう言うと美鈴はその場に跪きアサシンに向かい頭を下げ――――――土下座をした。
それを見た紅魔館のメンバーはただそれを見て驚くしかなく、言葉が出なかった。


「お願いです。どうか、どうかこの通り………」

「闘士よ、何故そこまで………などとは無粋な問いだな」

「この子は裏切ってなんかいません。その証拠に、この子は貴方との約束をちゃんと覚えていたんですから」

「………………本当か、我が弟子よ?」


咲夜は、彼女は師の問いに頷き、そして答える。


「我が師よ。私、思い出したんです。あの夜に誓った約束を」

「………………そうか」


彼女の言葉に、彼はそう今までと同じ声の調子で、だがほんの少しだけ穏やかな声で、それだけ答えた。


「本当に、本当にごめんなさい。裏切らないって誓ったのに、忘れないって約束したのに。
 私は、私はそれを破ってしまった。思い出す事は出来ても、それは変わりません」

「だがお前はそれを思い出す事が出来た………そうだな?」

「………………はい、我が師よ」


弟子のその言葉を聞いて、師は何かを考え込む様にして黙り、少ししてその沈黙を破った。


「我が弟子よ。お前は私に、何を望む?」

「我が師よ………それは、まさかッ!?」

「答えるがいい我が弟子よ。お前のその望みを」


師のその言葉を聞いて、彼女は顔を笑顔にして輝かせ、皆の顔を見る。
そこには安堵した皆の表情があった。まさかこんな奇跡が起こるとは夢にも思わなかったのだろう。
咲夜は自分の願いを叶える為、師にその願いを言った。


「私は――――――貴方に許して欲しい。みんなを助けて欲しい。それだけを望みます。我が師よ」

「そうか………………ならばその願い」


アサシンの次の言葉を、皆は固唾を呑んで待った。そして――――――


「聞き届けよう」


そう、答えてくれた。


「本当ですか我が師よッ!?」

「ああ、そうだ」

「よかった………本当によかった………咲夜さん、本当に、本当に」

「泣かないでよ美鈴。………ありがとう。貴女の御蔭で」

「いいんです。私だって、それを望んでたんですから」


泣き崩れる美鈴を立たせて落ち着かせようとする咲夜もまた、涙を流して喜んでいた。
本当にこの願いが叶ったのだと知って喜んでいるのは咲夜なのだから当然と言えば当然だったのかもしれないが。
そんな二人を見て、レミリアとパチュリーも知らぬ内に涙ぐみ、その光景を見守った。


「本当に………よかったわね、レミィ」

「そうねパチェ。こんな運命になるなんて、私にも分からなかったわ。けど、これで皆が幸せに生きる事が」


そう安堵したその時、ふと何かを忘れているような気がした。
それは何かとても大切な事だったような気もしたが、思い出せないのなら大した事では無いのだろう。
今はこの瞬間以上に大切な事などありはしないのだから。


「ありがとうございます我が師よ。なんと、礼を言えば………いいのか」


咲夜は師に礼を言うが、それ以上なんと言えばいいのか分からず、歓喜の涙を流すしかなかった。



「構わぬ。言う必要は無い。何故なら――――――」


彼女の師は、アサシンは、昔と変わらぬ静かで穏やかなその口調で――――――告げる。










「私が成すべき事は結局――――――何も変わらないのだから」


その言葉と共に――――――無数の銀の飛剣が空を斬る。










「咲夜さんッッッ!!!!ガァッ!?」


咄嗟の判断で咲夜を庇う様にして美鈴は前に出て飛剣を打ち払おうとした。
気で硬化した美鈴の手刀が飛剣を捕らえ弾き、そして弾かれた飛剣は周囲の地面に突き刺さる。
だが予想外のその出来事に完全に対応出来ず、自身が負傷する結果を生んでしまった。
その時飛んだ美鈴の血が、咲夜の顔に飛び付く。咲夜は何が今起こったか分からず、思考を停止させてそれを見る事しか出来なかった。


「………………え?」


訳が分からなかった。なんで美鈴が目の前で血を流して傷付いているのかが。
理解が出来なかった。どうして我が師が自分達目掛け攻撃をしてきたのかが。
何も分からなかった。いや、分かりたくなかった。
目の前の光景が一体なんなのか。そんなもの、分かりたくなかった。
だが自分の中の冷静な部分がそれを理解させてしまう。その瞬間、咲夜は叫んだ。


「美鈴ッ!!!!我が師よッ!これはどういう事ですかッ!?」

「アサシン貴様ッ!謀ったかッ!?」


困惑する従者に続き、激昂する当主がアサシンに向かい叫ぶ。


「私はただその者の願いを叶えただけに過ぎん」

「ふざけるなッ!これのどこがだッ!」

「私が願ったのは、こんな事ではありません我が師よッ!」

「何が違う?私はお前に死という許しを与え、この者達には死という救いを与える。
 そう、これが私のお前達に対する返答だ」


なんでもない事を告げるような淡々とした口調で、アサシンは死を宣告する。
フードの影と面布で表情こそ分からないが、きっとその表情は一切変わっていないのだろう。


(ああクソッ!そうだ、これだ。私が感じていたものは。運命が見えていなかった事だッ!
 あいつが本当に許したのならそれが見えていたはずだった。それが無かったと言う事は、そうではないという事じゃないかッ!)


自分の注意力の無さを、レミリアは怨んだ。もっと警戒していればこんな展開にはならなかったかもしれないのにと、自身を怨む。


――――――ギチギチと、不愉快な笑みが零れてしまう。


「美鈴ッ!?怪我はッ!?」

「大丈夫です。まだ、動く事は出来ます」


咲夜の問いに美鈴は無事だと告げる。奇襲による体の被害は酷いものではなかったが、それでも無傷ではなかった。
そこかしこに傷を受け、滴る血が肌の上を流れている。


「あの奇襲に対応するとはな。見事だ。素直に賞賛しよう闘士よ」

「黙れッ!何故だ………なんでこんな事をしたぁッ!?」

「本気で私がお前達を見逃すなどと考えていたのか?愚かな。私が何者か忘れたのか?私はアサシン。お前達を殺す者だ」

「この子のあの笑顔を見なかったんですかッ!?許すと言った貴方の言葉に歓喜したあの笑顔をッ!
 貴方はその笑顔を裏切ったんですよッ!」


咲夜から彼の話を聞いて、彼は尊敬に値する人物だと思った。だがそうではなかった。
こんな人の心を弄ぶような策で奇襲するような者をどうして尊敬など出来るだろうか?

だがアサシンはそんな美鈴にまたしても無慈悲な回答で答えるだけだった。


「それがなんだと言うのだ?」

「なッ!?」

「奇襲、闇討ち、そして騙まし討ち。それは我等アサシンの常套手段だ。
 勘違いするな闘士よ。我等は正々堂々と戦う事を誇りとする戦士ではない。
 悪鬼外道と蔑まれてもなお、任務を達成する事を誉れとする暗殺者である。
 恥ずべき事なぞ何一つとして――――――無い」


美鈴は根本からして間違っていたのだ。話せば分かってくれるというその考え自体が間違っていたのだ。
相手はそのような甘い考えが通じるような存在ではない。咲夜の話を聞いて勝手にそう思い込んでしまっただけなのである。

アサシンは自らの質問に問いを投げ掛ける。


「我が弟子よ答えろ。お前の師は先のような事を言われて任務を放棄する存在か?」

「………そんな事は、断じてありません」

「情に流されて目的を誤るか?」

「………ありえません、そんな事は」

「そう、それが私だ。それはお前自身が一番よく分かっているはずだな?」

「………は、い。それが貴方です。我が、師よ」


そう、そうなのだ。目の前の存在がこのような些細な事で任務を放棄なんて事をするはずがないのだ。
それは彼女自身が一番理解していた。

任務においては師は、普通の人間が持っているような情や甘さなんてものは欠片も持ち合わせてはいなかった。
無慈悲な刃こそが彼の慈悲の心。一切の迷い無く殺す事が彼の情け。そして与える救いは死。ただそれだけ。
それがアサシンという存在であり、かつて彼女がそうでありたいと願った理想の形なのだ。


「我が弟子よ。たとえお前が裏切ったとしても、私はお前を決して裏切りはしない。何故だか分かるか?」

「そういう存在であり続ける事が、貴方の誓いの守り方だから………ですね?」

「私は“私”であり続ける。それがあの夜、私がお前と交わした約束を守り続ける事の証明だ」


咲夜は、彼女はそれを聞いて素直に嬉しかった。あの日から約束を守り続けていてくれたというその言葉に。
だがそれと同様に、悲しかった。それは自身の望みが叶わない事を意味していたから。


「貴方は、本気で自らの家族を殺そうと言うのですかアサシン!?」

「そうだ、殺す。だがそれでも我が弟子は生き続ける。私が永久に忘れぬ事によって。
 だが闘士よ、その者はお前達の家族である“咲夜”なのであろう?そう、私の家族ではない。
 故に殺す事に一切の躊躇も無いのだ」


美鈴はその言葉を聞いて先に言い放った自分の言葉を呪った。
この子はもう“十六夜 咲夜”なんです。そう言った自分の先の言葉を呪うしかなかった。
無論そんな事を言わずともこのような結果になったのだろうが、それでも美鈴は自分の軽い発言を怨むしかなかった。


「でもアサシン?貴方、この状況で私達を殺せると本気で考えているの?」


その言葉を言ったのは今まで黙っていたパチュリー・ノーレッジその人であった。


「姿を隠しての暗殺なら貴方に分があったかもしれないけど、今現在貴方は私達に見つかりその姿を晒している。
 そして四対一という戦力の差。いくら貴方が優秀なアサシンであろうとも、それを覆す事が出来て?」

「確かに状況は不利だ。だがな七曜の魔女よ、それだけだ。それは任務を放棄するような障害ではない」


答えるその声には意思の揺らぎなどは一切感じられなかった。逆にその意思がどれだけ固いものかを教えさえした。


「戦力の差程度では諦めないか………どうするレミィ?」

「咲夜の為にも殺す訳にはいかない。半殺しで押さえ込む。それしかないだろうな」


苦汁を飲んでパチュリーの問いの答えるレミリア。説得が駄目だった以上当初の予定通りに生きて拘束するしか――――――


「そうか。なら感謝すべきだな」

「………なんだと?」


アサシンの理解しかねる発言に、レミリアはいぶかしむ。そしてその疑問に、アサシンは答えた。


「力を加減するのだろう?だがこちらはそんな事はせん。十全の力を持って殺してやろう。
 我が弟子よ、感謝するぞ?お前の御蔭で此度の任務、案外楽に終わりそうだ」

「そんな、私、は………」

「――――――キサマァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


怒号と共に、美鈴の周囲に七色に輝く虹の闘気が美鈴本人を中心にして湧き上がる。
その湧き上がる力は凄まじく、大気が痺れ弾ける程であった。


「許せん………どれだけ彼女の想いを踏みにじればお前はッ!」

「この者が帰らなかった事でどれだけの者が悲しんだか、お前は知っているのか?」

「今更何、を………あ」


アサシンのその言葉を聞いた皆はそれが一体なんなのかを理解してしまう。その中でも咲夜の、彼女の反応は明確だった。
自分が帰らなかった事で悲しんだ者達。それはつまり――――――教団のみんなの事だ。


「知っているのか?アルとジョヴァンニがどれだけお前を任務に就かせてしまった事を悔やんだか?」


一歩、アサシンは彼女等に向かい歩み始める。


「知っているのか?テレサがお前が帰ってこない事を嘆き泣いた事を?」


一歩また歩み、アサシンは一旦は納めた剣に再び手を掛ける。


「知っているのか?教団の者達がどれだけお前の帰還を望み、それが叶わなかった事で悲しんだか?」


一歩また一歩と進み、アサシンは剣を鞘から引き抜いた。


「知っているのか?あの者達がどれだけ――――――お前を愛していたかを?」


その言葉でアサシンは歩みを止めた。咲夜は師のその言葉を聞く度に後退り、再び後悔の念が胸の中に湧き上がる。
かつての自分がそうであったように、教団のみんなも同様に嘆き悲しんだ事を知り、胸がジクジクと痛み出す。
みんなにあの想いを味合わせてしまった事への罪悪感が、その痛みを生み出していたのだ。


「お前の裏切りで皆を悲しませるくらいなら、私はお前が掟に殉じて死んだと皆に伝え安堵させる事にしよう」


夜の闇の中で、木目状の独特の模様が浮かび上がる片手剣。
その剣に使われる素材がなんなのか。知識人であるパチュリーはそれがなんなのかをすぐに看破した。


「その剣………まさかダマスカス鋼ッ!?」


パチュリーが驚くのも無理はなかった。
ダマスカス鋼。別名ウーツ鋼とも呼ばれる、もうその製法は失われ伝説の中だけで生きる伝説の鋼材。
それは柳のようにしなり、人を斬ってもその切れ味が落ちる事は無く、鉄をも簡単に斬る事が出来ると伝えられている。
伝説の存在と呼ばれ伝承の彼方に消えていった、まさしく幻想の存在である剣。
パチュリーはその存在は知識では知っていたが、実物を見るのはこれが初めてだった。


「そうだ。そしてこの剣は私そのものでもある。私と共にあり続けた私の半身だ。
 かつてのお前がそうであったようにな――――――我が弟子よ」


ダマスカス鋼の剣を咲夜に向け、アサシンは厳かに告げる。


「十六夜 咲夜という今の貴様を殺し、かつてのお前を蘇らせる。そしてお前を皆の下に連れて帰ろう。
 それが――――――かつてお前と交わした約束を守る事だと信じて」

「我が師よ………私は………」

「咲夜ッ!下がってなさいッ!美鈴ッ!パチェッ!――――――本気で挑みなさいッ!」

「言われずとも――――――そうするわよッ!」

「やらせはしない――――――させてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


赤い月の魔力が夜を染めて、五色の賢者の石が輝き、虹の閃光が荒れ狂う。
その光が増す度に、周囲の影は濃くなり、そして長く伸びていく。










「私の中で生き続けるがいい――――――我が弟子よ」


――――――銀の光は、まだ輝かない。




















後書きを書ける。こんなに素晴らしい事は無い。

まぁーた長くなったよ。でもこの文章の量なら許してくれるかな?………質も無いと駄目ですよね。

残酷な展開その1 交渉失敗。
そんな、話し合いで解決する訳が無い!無いったら無いのである!
そして許すと言ってみんなを持ち上げて。だが待っていたのは騙して悪いがなのこの展開。
あー………やりたい事書けたから実に気分がいい。

さて、次回は本当に久々の戦闘シーンになりますね。いやぁ………上手く書けるかな?
これどう考えても激しい戦闘になるよな………あーあ、そうはならないって言ってたんだがなー………
………騙して悪いが(ry

しかし消えてしまったデータはあまりに惜しかった。
また全自動津波発生装置波乗りポニー君19万8千円を書かねばならんと思うとなるとな………はぁ。
それでは!



[24323] 第二十三話 姿は見えれども
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/02/21 10:58






最初に行動を起こしたのはレミリアだった。戦闘の開始と同時に赤い魔弾の嵐がアサシン目掛け降り注がれる。
前回同様にアサシンはその弾幕の間を潜り抜け、飛剣を投げ付ける。

だがレミリアに当たる数メートル手前で、飛剣は甲高い音を響かせ弾かれる。まるで不可視の壁にぶつかったかのようだ。
その不可視の壁の正体。それはパチュリーによって創造された結界であった。


「ナイスよパチェ、さすがね」

「五つの賢者の石全てを使用して生み出したこの結界。破れるものなら、破ってみろってね」


そう言って満足そうに胸を張るパチュリー。そう、この結界はパチュリーの持つ賢者の石全てをフル稼働させて生み出したもの。
その強固さは凄まじく、魔理沙や幽香のマスタースパークを受けても決して敗れる事は無いと自負出来る代物だ。


「あのアサシンがどんな業を使おうとも、マスタースパーク以上の火力を持つものは持ってないでしょう。そうよね咲夜?」

「………ええ、マスタースパークみたいな業を持っていたら暗殺なんて出来ませんから」


アサシンの持つ業。何を使うのかは分からないが、それでも分かっていた事もある。それが火力の問題だ。


「戦闘になればもうこちらのもの。最大火力が分かればそれを完全に防げるだけの結界で弾く。
 奴の攻撃はこちらに通じない。でもこちらの攻撃は」

「何も問題無くッ!そのまま奴に通るという事さッ!」


そう言ってレミリアは思う存分自身の魔力を無数の弾丸と化し、それをアサシンに叩きつけていく。

レミリア達が立てた作戦はこうだ。
戦闘時、まず全員がパチュリーが生み出した結界の中で待機。そしてレミリアが遠・中距離の攻撃を行うというシンプルなもの。
だが効果はあった。相手の攻撃がこちらに通じないのは有利以外のなにものでもない。
たとえ攻撃が当たらなくとも、相手の体力を徐々に奪う事は出来るのだ。

だがそれはすぐにアサシンにも分かった。相手は持久戦を狙っている事は。


「このような児戯で私を倒せると思っているのか?」


アサシンの回避行動は極力最小限しか動いておらず、体力を損耗している風には見えなかった。


「もちろん、私の攻撃が当たらないのは仕方ないけど、何もこれで倒そうなんて思ってはいないわ」

「なに?」

「残念ながら今回の私は脇役よ。そう主役は――――――」

「私ですッ!」


パチュリーの結界の中から紅魔館の従者が一人、紅 美鈴が叫び飛び出す。
閃光一陣、美鈴はアサシンに迫り凶器と化した拳を叩き込む。
だがその拳はかわされ、アサシンが引こうとした――――――その時だった。
アサシンが移動しようとした空間には、既にレミリアの弾幕が埋め尽くされていた。


「………ぬぅ」


弾幕の壁に突っ込みそうになったアサシンは間一髪でタタラを踏み、その一歩手前で静止する。
そしてその隙を逃す美鈴ではない。すぐさまアサシンの頭目掛け鋼鉄の手刀を振り下ろす。
アサシンはその手刀を自らの片手剣ダマスカス・ブレイドで受け、だがそのまま受け止めはせず、
美鈴の力をそのままに更に自分の力を加えて受け流す。その瞬間、シャオンと独特の残響音が響き渡る。
肉薄していた二人はすぐさまお互い離れ、視線をぶつけ合う。


「………面倒な」

「私が肉弾戦で攻撃する。かわされた場合は、事前にお嬢様が私が貴方を追いやる空間に弾幕を叩き込む。
 そして止まればすかさず私が拳を叩き込む。これが私達が出した貴方を打倒する方法です」


それを口で言うのは簡単だが、それを実行するとなると話はまた別になってくる。
タイミングが合わなければ弾幕は美鈴にも当たる可能性がある。そうならないのはお互いの呼吸を知り連携が上手くいったからだ。


「私達はお互いをよく知っている。どう行動するかなんてのは言わなくても分かります」


それは長年一緒に生きてきたからこそ出来る連携だった。
美鈴はレミリアを信じ、レミリアは美鈴を信じるからこそ出来る攻撃。それがこれだった。


「私は近接戦を、お嬢様が遠・中距離を、パチュリー様が防御を。三位一体のこの布陣。そう簡単に敗れはせぬッ!」


美鈴がゆっくり息を吐き、集中し気を高める。その気は密度を高めると可視が可能となり、
それは虹のオーラとなって彼女の体を覆い、溢れ出ていた。


「逃げる事もかないません。その時はすかさずお嬢様の魔弾がそれを防ぐ。
 そう、貴方はこうなった時点で勝機は無かったのですよ。素直に降参するなら………いえ、それは貴方への愚弄だな。
 一度貴方をこの拳で叩き潰す。話はまたそれからだ」

「見事。どうやら私はお前達を見くびり過ぎていたようだ。その力、素直に賞賛しよう。………だが」


前のめりの姿勢で構えていたダマスカス・ブレイドのその切っ先を美鈴に向ける。


「それはお前達にも言える事。戦闘を望まぬとはいえ、戦いの業が無い訳ではない。それに闘士よ、お前は一つミスを犯した」

「ミス?この私が?」

「お前はあの時――――――私を逃すべきではなかったのだ」


アサシンが黒き風を化し、美鈴に迫る。美鈴はすぐに構え迫り来る剣を受け止めようとした。
硬化した腕にアサシンのダマスカス・ブレイドが接触――――――する事無く、すり抜ける。


「なんだ………オオッ!?」


先に振り下ろされたはずの剣がまた振り下ろされる。
完全に虚を突かれた美鈴はギリギリでその不可思議な現象から逃れる。
彼女の体には剣は当たらなかったが、その犠牲に彼女の赤い髪が少し切り払われた。


(なんだ、今の攻撃は?タイミングが、まるで出鱈目だ。防いだと思った一撃がすり抜け、間髪入れずに全く同じ攻撃。
 一体奴は………何を?)


あの不気味な斬撃は一体なんだったのか?まるで攻撃の映像だけが先に見えたようなあの感じ。
ともかくその正体が分からなければと思い、美鈴は一旦また相手から離れようとした。だが――――――それは出来なかった。

離れようとした美鈴に、まるで彼女の影のようにピタリと離れようとせずに第二撃を斬り込んできた。


「なにッ!?クゥッ!」


眼前に迫るダマスカス鋼の刃を美鈴はかわした――――――はずだった。
そう、かわしたはずの刃が、またワンテンポ遅れて、彼女の頬に赤い一筋の線を描いた。


(またこれかッ!?)


同じ攻撃が更に繰り返し迫り来る。美鈴はそれを防ぎ、かわそうとするが、防ぐタイミングもかわすタイミングも全く合わなかった。
致命傷こそまだ無いが、その攻撃の不気味さは底知れぬ恐怖があった。
離れようともするが、アサシンは一定の距離を維持したまま美鈴に付き纏う。
まるで本当に美鈴の影にでもなったかのようだった。

美鈴はならばと思い自身の中にある気を一気に高め、それを爆発させる。


「――――――ハァッ!」


美鈴の周囲の空間が爆発し、それと同時にやっとアサシンも離れる。

美鈴は外見こそ息を切らせず落ち着いてはいたが、その内面では焦りが生まれていた。
不可思議な攻撃に自分の影の如く着いてくるあの動き。見た事も聞いた事も無い業だった。


(直接戦闘でなら勝機はある?冗談じゃない。僅かでも油断すれば………死ぬ)

「どうした?攻めぬのか?」

「恐ろしい業の使い手だと、改めて歓心していたんですよ。確かにあの時貴方を討てなかったのは痛いですね」

「………我が言葉、理解していないか」

「え?」

「ならば――――――理解、させてやろう」


そう言った瞬間、アサシンからの視線が消えた。いや、それだけではなかった。
呼吸が聞こえなくなった。僅かな動きも感じられなくなった。そして――――――相手が何をしてくるのかが分からなくなった。


(………なん、だ?何なんだ?何なんだ何なんだ………これは一体何なんだッ!?)


自身の目の前で起こったその現象を目撃し、美鈴は心中でそう叫んだ。
強いて言うならそれはまさしく影そのもの。姿形は見えれども、それ自体からは何も感じる事が出来なかった。
そしてその影はゆぅっくりと美鈴へと伸びていき、そして死の刃を突き出す。

美鈴の体は本人の意思と関係無くすぐに動き、その刃を避け、影に目掛けて拳を浴びせる。
だがその拳は当たる事は無く、外れてしまう。本当に影に向かい拳を振るっているような、そんな感覚だった。
美鈴はそれで止まる事無く、目にも見えぬ速さで、鍛え抜き凶器そのものとなった四肢で攻め続ける。
名刀と化した手刀を振るい、触れたもの全てを破壊する正拳を突き出し、鞭の如くしなやかな足技を唸らせる。
更にそれらの技全てが自身の気で極限まで高められ、文字通りの一撃必殺の存在となっていた。
それら疾風怒濤の如く迫る虹の閃光が、アサシンに襲い掛かる。

しかしその全てが、当たる事無く無残に空を切る。
名刀はただ闇を切り、正拳は影を捕らえる事無く、鞭は虚しく振るわれるだけ。
狂瀾怒濤に荒れる虹の閃光は、暗き影を払う事は叶わなかったのである。


(何故だッ!?いくらなんでもありえないだろうこんなのッ!?)


全ての攻撃がかする事も無く外れていく。自分とアサシンの距離はほとんど無いと言ってよかった。
通常なら確実に一撃が入るであろう間合いの中に相手がいる。それなのにその全てが当たらないのだ。


――――――そう、美鈴の攻撃はアサシンに読まれていたのだ。


(どうしてここまで私の攻めを読む事が出来るッ!?あの時での戦いなら間違い無く当たるは………まさかッ!?)


美鈴はどうしてここまで自分の行動が読まれてしまうのか、ようやく理解した。
それは先ほど言ったアサシンの言葉。私をあの時捕らえるべきだったという言葉の、真の意味を理解したという事でもあった。


「貴様まさかッ!あの時の戦いで――――――私の動きをッ!?」

「そう、覚えていた」


攻撃と回避の応酬の中、美鈴の問いにアサシンが答える。


「通常、我等アサシンは一度しか相手を殺さぬ。だがお前達妖怪は一度殺した程度では死なない事が多い。
 だからこそ、二度目に備え覚える必要が生まれる。相手の技を、動きを、呼吸を、癖を。僅かな瞬間で、それを覚えるのだ」


あの時、アサシンは美鈴の攻撃を受けて重度のダメージを負っていた。
しかしそれ拘らず、アサシンは今言った美鈴の動きなどを覚えていたのだ。


「たとえ一度失敗しようとも、敗北しようとも、それだけでは終わらぬ終わらせぬ。
 お前は私を仕留め損なう度に自身の死へと近づくのだ、闘士よ」


そのアサシンの言葉を切欠に、状況が一変していく。
少しずつではあるのだが、アサシンは美鈴の攻撃を避けつつ、自身も美鈴に対し攻撃を始めていたのだ。
しかも先ほどと同じ攻撃ではなかった。いや、攻撃自体は同じだった。変わったのはそう、気配である。


「馬鹿なッ!?気配が、読めないッ!?」


そう、全く読めなかったのである。相手が次に何をするのかが、分からないのだ。
長き修練と強敵達との戦いで培ってきた戦いの経験。それが全く働かなかったのだ。
今の相手はまさに気配の無い影そのもの。何をするか分からないという恐怖の存在であった。

今美鈴が相手の攻撃を捌けているのは、自身の目で相手の動きを追っていたからだ。
気配が読めず先の行動が分からなくても、まだ目で見る事が出来る。
しかし一瞬でも気を抜いてしまったら、死の刃は美鈴を捕らえてその命を奪う事だろう。


「いくぞ」


その言葉と同時に、アサシンの動きが急激に変わりだす。
今までゆっくりと纏わり付くようだった動きから、吹き抜ける風のような速さへと移り変わったのだ。
それはまるで静かな風だった。穏やかにフッと吹き抜ける風が美鈴の体に当たる。
だが繰り出される攻撃は、そんな生易しい表現ではなかった。
上へ、下へ、右へ、左へと、縦横無尽に美鈴の周囲を動き回る。荒狂い輝く虹の閃光。黒き影は一陣の風と化してその虹の閃光を覆う。










その様子をレミリア達は固唾を呑んで見守るしかなかった。レミリアが援護したくても、相手は美鈴に付き纏い離れようとしない。
その状態で攻撃などをすれば、美鈴にも被害が及んでしまう。故に、見守る事しか出来なかった。


「クソッ!アサシンめ、狙ってやってるなッ!」

「下手に結界を解いてしまったらこちらに攻撃してくるでしょうね、きっと」

「パチェッ!なんとかならないのッ!?」

「無茶言わないでよッ!今の私は魔力のほとんどをこの結界に費やしているのよッ!
 私だってなんとかしたいわよッ!でも………」

「………ごめんなさい。でもそれじゃあ一体どうすれば………」


美鈴が真剣勝負であそこまで苦戦するのは、レミリアは初めてみたかもしれない。
美鈴は武術の達人だ。格闘戦なら幻想郷でも最強クラスの存在だろう。
その美鈴が得意の格闘戦であそこまで追い詰められているなんて事が目の前で起きている。
レミリアにはそれが信じられなかった。


「大体何で美鈴の攻撃が当たらないのよ。最初の戦いでは当たったのに」

「………あの時、美鈴の動きを覚えていたからだと思います」


今の今まで黙っていた咲夜の言葉を聞いて、レミリアとパチュリーが咲夜の方へと顔を向ける。


「覚えたって………奴はあの時美鈴の一撃でダメージを負ったんだぞ?それなのにそんな事が」

「出来ます。我が師なら可能です。でも………まさかあれほどとは思いませんでした」

「ねえ、それはどういう意味なの咲夜?」

「私は我が師が二度同じ相手と続けて戦うなんて所は、見た事が無いんです。この戦いが、初めてです。
 私達アサシンは妖怪討伐の任務も受けていました。結果、一度では殺せない相手もいました。
 だから二度目からはすぐに始末出来るように、相手の動きを覚えるのですが………」


咲夜はアサシンと美鈴の戦いを見る。結果は変わらず美鈴が不利。いや、状況は更に悪くなっていった。


「たった一度の戦いであれほどの事が出来るなんて………異常です、ありえません。
 一体どれだけの経験を積めばあんな事が………」

「………咲夜、何か美鈴を助ける方法は無いの?」

「………………私が、戦えば」


レミリアの問いに、咲夜は声を搾り出すようにして答えた。
美鈴が苦戦している理由の一つとして、相手がどのように攻めてくるのかを知らない事が大きかった。
いくら過去にアサシンとの戦闘経験があったとはいえ、それはだいぶ前の話だ。
アサシン達とて研鑽の日々を送り業を磨き、それを代々伝えていったのだ。いつまでも昔のままという訳ではなかった。

だが咲夜はそのアサシンの業がどのようなものかを美鈴以上に知っている。
その咲夜が参戦し美鈴と共闘すれば、今の状況を打開する事も可能だろう。だがそれは咲夜が出来ればの話である。
自分が戦うとは言ってはいるものの、無理をしてそれを言ってるのは誰の目から見ても明らかだった。
そんな咲夜を戦わせる訳にはいかないと、レミリアは頭を振る。


「………それは駄目。彼方を彼と戦わせる訳にはいかない」

「そうだけど………でもレミィ、他に方法が」

「駄目だ。咲夜にあいつを殺させるような事は、その可能性すら与えるつもりはない。
 家族を傷付ける事がどれだけ辛いか………私には分かるから」


そう、そんな事はあってはならないのだ。かつてのフランが味わった苦しみを咲夜に味合わせる事は、断じてあってはならない。


「だけど………だったらどうすれば………」


パチュリーのその問いにレミリアは答える事が出来ずに歯噛みする。
そして何もする事が出来ない無力な今の自分が、憎くて仕方なかった。
家族を守る為に当主になったはずなのに、それが出来ない今の自分が、憎くて仕方なかった。

そんな時だった。咲夜がふとある事を呟いたのは。


「やっぱり………やっぱりそうだ。あの業は全部」

「何か知ってるの咲夜?」


レミリアの問いに、咲夜はコクンと小さく頷く。


「幻殺と、静かな風。今我が師が使っているのはそれです。
 幻殺は無味無臭の薬を相手に吸わせて感覚を狂わせる業です。本当に些細なものでしかないんですが、
 だからこそ気付かれる事がほとんど無いんです。恐らく美鈴は幻覚で混乱しているんだと」

「だったら静かな風ってのは」

「今のあの業です。本来はターゲットに付かず離れず気付かれずに着いていき、暗殺する業です。
 その時にはただ小さな風が吹くだけ。だからそんな呼び名が付いたそうなんですが、実戦であんな使い方が出来るなんて」


咲夜はそれを自身で言っていてある事に気付く。幻殺に静かな風。だったら次は――――――


「美鈴ッ!すぐに空に逃げてッ!」










「え?は、はいッ!」


咲夜の叫びに美鈴はすぐに反応し、多少のダメージを覚悟で上空へと逃げようとした。
ダマスカス・ブレイドが上空に逃げようとした美鈴を狙ったが、間一髪で美鈴はそれを避け、上空へと飛んで逃げる。


「………ふむ」


そんな美鈴を下から見るアサシンはそう呟き軽く腕を振るう。
その瞬間に美鈴が今までいた場所が轟音と共に爆破される。だがそれだけでは終わらなかった。


「体が引っ張られ、クゥッ!?」


美鈴はガクンと自分の体が、腰の辺りが何かによって地面に向かい引っ張られるのを感じた。
すぐさま腰に目をやると、そこには細いワイヤーが何時の間にか巻き付いていた。
そのワイヤーの先はアサシンが握り、力強く引っ張っていた。
だがそれで驚くのはまだ早かった。地面からは飛剣が凄まじい数で美鈴に向かい襲い掛かってきたのだ。
逃げようとしてもワイヤーによって逃げる事は出来ない。切断して逃げては間に合わない。


「ならば、迎え撃つまでッ!――――――彩光乱舞ッ!」


回転と同時に、溢れ出る美鈴の虹の気がアサシンの飛剣の全てを弾く。
同時にワイヤーも切断。美鈴は上空でアサシンと一定の距離を取り、下から自分を眺めるアサシンに視線を落とす。


(何時の間にワイヤーなんかを。いや、そこじゃないか。一度の動きで同時に三つもの業を使う。
 もし咲夜さんの声を聞いてなかったら)


恐らく、最初の爆発で吹き飛ばされ上空に上がり、ワイヤーで引かれ飛剣の雨をまともに浴びて見るも無残な針鼠になった事だろう。
だがそこまで考えて、美鈴はふとある事に気が付く。何故咲夜はこのアサシンの動きを読む事が出来たのだろうか?
こうして相対している自分では気付かなかった事に、どうして咲夜は気付く事が出来たのかが、美鈴には気に掛かったのだ。


(師弟だから、なのでしょうか?だとしたらこの勝負咲夜さんにも………駄目だ、それはしないと決めたじゃないか。
 咲夜さんにはこの人と戦ってほしくない。………だけど)


もし咲夜が参戦するなら、勝率は大幅に上がるのではないかと、美鈴は考えてしまう。
事実それは間違いではないだろう。咲夜なら相手の手の内を直に知っている。この状況では喉から手が出るくらいほしい要素だった。
皆を守る為に。そう考えた場合、美鈴の考えは正しいものだ。


(そう、お嬢様やパチュリー様に咲夜さん。そして妹様………フランを、あの子を守る事を考えればその方がいい。
 でもそれは………やはり駄目だ。親を殺してしまうかもしれない事に手を貸せなんて、言える訳が無い)


そんな風に内心悩む美鈴に、アサシンが声を掛ける。


「見事だな。あれで仕留められると思っていたが、そう上手くはいかんようだ」

「確かに貴方の技量は凄まじいものです。前回の私とのあの戦いで、まさかあれほどまで動きを覚えて行動を読む事が出来る。
 そして、先の業のどれもが恐ろしかった。特に気配を無くしたあの体捌き。行動がまるで読めなかった。
 ………まさかあれが貴方の業である、幻想隠形(ザバーニーヤ)なのですか?」

「それを知るか………違うな。あんなものは幻想隠形(ザバーニーヤ)ではない。
 我等アサシンの頭目、ハサンより受け継ぎし業の名。あんなものではそれを名乗るのはおこがましい」

「そうですか………失礼を」


咲夜から聞かされた目の前のアサシンの奥義、幻想隠形(ザバーニーヤ)。
あれこそがそうだったのではと思ったが、そうではなかった。
このアサシンの奥義がいかなるものか見てみたかったが、それが叶わず残念だという気持ちが生まれてくる。


「口惜しいか、闘士よ?」

「………何を?」

「気付いていなかったか?私の攻撃を捌いていた時、お前は――――――笑っていた。それも実に楽しそうにな」


アサシンのその言葉に、美鈴はハッとなって驚きを露にする。


「わ、私が………笑って?」

「戦いを楽しむというその感情は、私にはあまり理解出来ん。だがそれを否定する気は無い。
 戦う為に生きるというその願いを満たし、生きているという実感を得る。善も無く、また悪も無い。
 ただその為だけに戦うという事。なるほど、まさにお前は闘士なのだな」

「それは………」

「そしてこうして話している今でもなお、お前はその笑みを崩してはいない」

「ッ!?」


美鈴は自分の頬に手をやり、そしてやっと気付く。自分の頬が、大きく歪んでいる事に。


「お前が安寧を望んでいる事は真実なのだろう。だがお前の中には戦いに生きるという渇望もまた同時に存在している。
 そのどちらも、紅 美鈴という闘士なのだろう」

「………否定はしません。私が心の中で戦いを渇望していると言う事。それを偽る気持ちはありません。
 そして、これほどまでに命というものを感じたのは本当に久々です」


そして闘士は、自らの戦いの本能を爆発させ、吼える。


「そう、貴方とのこの戦いのなんと充実している事かッ!この出会いに、私は感謝すらしているッ!
 貴方という強者とのこの戦いがッ!私の中にある戦いの血を滾らせるッ!積み重ねた武が歓喜しているッ!
 闘士としてッ!武人としてッ!そう、私は今まさに幸福の中で生きていると実感する事が出来るッ!」


今きっと自分は間違い無く、酷い顔で笑っているのだろう。美鈴はそう思わざるを得なかったが、それを止める事は出来なかった。
今自分の目の前にいるのはまさに最強の存在であり、自身の全力をぶつけても壊れぬ存在なのだ。
戦いたい。自分の中の全ての力を、技を、武を。その全てを叩き付けたいと戦いの本能が叫ぶのだ。


「………出来る事なら貴方とは、別の形で出会いたかった。ただ純粋に、貴方という存在と戦いたかった」

「戦いたくはないが、別の形で出会いたかったのは同意しよう。その時に何を語らうのか、もしくは何で語らうのか………興味はある」

「そう出来なかった事が、本当に残念です」

「………我ながら、よく喋る。殺すはずの相手とここまで喋るなぞ………魔術師殿以来だ。
 お前のその気迫に感化されたか。………まだまだ、未熟だな」

「それは私も同じ事です。これは守るべき戦いだというのに、もっと戦いたいと望んでいる。
 今の私は、酷く醜く笑っている事でしょうね」

「そうか?私は実に美しいと思うがな。純粋に戦いを求め武を振るい。
 そんな純粋な感情がそのまま出ている。それは何よりも――――――美しい」

「それは貴方とて同じだ。一切の無駄を排し洗練された業の数々。気付けば私はそれに魅了されている。
 そう、私は知らず知らずの内に思っていたんですよ。それが何よりも――――――美しいと」


フゥと、アサシンは溜め息を漏らす。


「………戦いを通して通じ合う。それはアサシンには不要の感情だ。だから私は戦いを望まんのだ。殺す相手に情が移りかねんからな」

「ですがその心配は無用でしょう。貴方はまさに――――――アサシンなのだから」

「口が過ぎた、か。………いくぞ?」

「応ッ!」


虹の閃光は彗星となって影に落ち、黒く影は無形の闇となって迎え撃つ。










レミリアとパチュリーは目の前で行われているその戦いを心配そうに見守る。
だが同時に、二人は知らず知らずの内にその戦いに魅せられてもいた。
美鈴とアサシンが生み出す戦いの舞台。その一挙一動に目を奪われ、心を奪われていた。
駄目だ駄目だと思っているのだが、目の前の戦いを見続けていたいと、思ってしまうのだ。


(あんな風に戦えるのが………羨ましい。ああクソ………あんなに楽しそうに笑って)


美鈴があんなに楽しそうな、そして獰猛な笑顔を浮かべているのは始めて見た。
だがレミリアはそんな美鈴の笑顔を見て、誰かに似ている事に気付く。そう、とても身近な誰かに――――――


(あ………そうか、フランに似ているんだ。………いや、違うか)


この場合は、きっとその逆なのだろう。
あの美鈴の獰猛な笑顔がフランに似ているのではなく、フランの獰猛な笑顔が美鈴に似ているのだと。


「フランが好戦的な理由、分かった気がするな。似た者親子………か」

「あんなに楽しそうに戦う美鈴、初めて見たわ」

「私もだよ。あんな笑い方も出来たんだな。そういえば咲夜?どうして貴女アサシンの行動が分かって………咲夜?」


アサシンの行動を読めた理由を尋ねようとしたレミリアは、咲夜を見て驚く。
咲夜の、彼女の目から一筋の涙が流れていたからだ。


「幻殺に、静かなる風………そして多業。やっぱりそうだ。あれは、みんな………」

「どうしたのよ、咲夜?」


二人の戦いを見て独り言を言う咲夜をいぶかしみ、レミリアは尋ねる。


「多業は、一つの動作で多くの業を仕掛けるというものです。事前に準備して、その準備した仕掛けを全て発動させる。
 それが、先の業の正体なんです」


返ってきたのはそんな答えだった。今アサシンがした不可思議な業の説明。だがレミリアが聞きたかったのはそんな事ではなかった。


「なら、どうして貴女はそれが来ると分かったの?奴が貴女の師だから?」


なんでその業が出て来るのが分かったのか?それが聞きたかったのだ。
咲夜はレミリアの言ったその推測に首を横に振って否定した。


「違います。あれは全て私の、家族が得意としていた業なんです」

「なに?」

「幻殺はテレサ姉さん。静かなる風はアル兄さん。多業はジョヴァンニ兄さん。
 この業はそれぞれ、みんなの二つ名にもなっています。幻殺、静かな風。だったらもしかしたらと思って」

「幻想隠形(ザバーニーヤ)とかいうのが奴の業ではないのか?」

「自分の業だと名乗っているのが、それだけという意味です。
 我が師は教団最高のアサシンであり、そして私達アサシンの目指すべき目標。私達はあの人の模倣を繰り返してきました。
 そしてその業を一つでも自分の物とする事が出来た時、その業を二つ名とする事が許されるんです」

「………つまり貴女の教団のアサシンは全て、奴の分身だという事か」


咲夜は、彼女は目の前で起きている光景を涙を流しながら見続ける。
そう、レミリアの言う事は正しい。教団のアサシン達は全てあの人の分身だ。みんながあの人を手本とし、彼の業を受け継いでいった。
教団のみんなは直接的にも間接的にも、全員が彼の弟子であり、そして分身なのだ。


「ジョヴァンニ兄さんの、アル兄さんの、テレサ姉さんの………姿が見える」


ジョヴァンニのしたたかさが、アルの鋭さが、テレサのしなやかさが、全て目の前にある。
個人を特定させない為のあの装備は教団員全員が同じものを使用している。
だからこそ、目の前にいるあのアサシンの動きからかつての家族全員の姿を幻視してしまうのだ。


「あそこには、みんながいる。私の家族であるみんなが」


彼女は――――――感謝した。幻影とはいえ彼女は今、かつての家族と再会する事が出来たのだ。
頭の中で、みんなの声がはっきりと聞こえてくる。










「僕の可愛い妹よ。君は長生きするんだぞ?大きくなって美人になって、その時は僕に一度は口説かせてくれ」

「飲み込みが早いな。昔の自分が惨めに思えてくるくらいだ。………お前なら必ずなれる。長のようなアサシンに」

「いいかいチビ?逃げるべき時はちゃんと逃げるんだよ?………心配なんて、させないでおくれ」










まるでみんなが目の前で喋っていると錯覚させられるくらいに、その声は明確に聞こえた。
目の前にみんながいると錯覚してしまうくらいに、その顔がはっきりと思い出される。


「我が師よ………ありがとうございます。貴方はたった一人で、みんなと再会させてくれた。
 貴方の御蔭で私はまた、私の中にあるみんなの笑顔を、はっきりと思い出す事が出来ました」


彼女は流れる涙を拭き、真剣と化した表情を浮かべて歩み始める。


「待ちなさい咲夜ッ!?貴女が結界から出たら」

「お嬢様、私はいきます」

「行きますって………貴女、あいつと戦う事が出来るのッ!?自分の親に刃を向ける事が出来るっていうのッ!?」


そんな事をさせてはいけないと、レミリアは咲夜の前に立ちはだかる。
だがそんなレミリアに向かい、彼女は何の迷いも無く答えた。


「それがあの人の想いに私が応える方法なのだと、そう信じます」


レミリアは咲夜の目を見てハッと気付く。この目は前にも見た事がある。
恐れも無く迷いも無く、ただ自分の成すべき事を見据えるその目の輝き。
それはレミリアが初めて彼女と出会ったあの夜に見た彼女の目だ。何の無駄も無い純粋なその輝き。
とても美しいと、心奪われ魅了されたあの輝きがそこにあった。

そして思い出す。あのアサシンと戦い敗れた時にも、自分はあの暗殺者の瞳に同じものを無意識に見出していた事を。
全く同じ輝きだった。無駄という無駄を無くし、冷たく鋭く、無慈悲と慈悲の二つを感じさせたあの瞳の輝きを。


(………ああ、そうか。そういう事か)


彼女の瞳の輝きを見て、レミリアは溜め息を吐く。今目の前にいるのは自分の従者である十六夜 咲夜だけではない。
かつて自分が戦った名も無き暗殺者である彼女もまた、存在しているのだ。


「それが、お前の成すべき事なんだな?」

「――――――はい」


その答えを聞いて、レミリアは笑って彼女に道を譲る。


「ならばもう何も言わない。いきなさい、十六夜 咲夜。そして――――――いきなさい、アサシン」

「私が望む運命。私のこの手で必ず――――――手に入れてみせます」


そして咲夜は、彼女は目の前の戦場へと歩んでいった。


「………よかったの?」

「言ったろ?私は脇役なんだよ。今回の主人公は、あの二人なんだよ。私達は精々舞台を盛り上げる事を考えればいい」

「………そうね。そうするべき、なのでしょうね」


二人はただ彼女の背中を見守り、無言で送っていった。










「ハァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」

「………………クッ」


蹴りと共に放たれた気が、刃となってアサシンに幾度も迫る。アサシンはそれを回避するが、今までのように余裕でとはいかなかった。
ギリギリで回避したその瞬間に終わる事無く次の攻撃が迫ってくる。
今の美鈴は迷いも躊躇も無く完全に攻めの態勢で襲い掛かってきた。今までの動きとは段違いの速さ鋭さ強さがあった。


「ここまでとは………」

「この紅 美鈴ッ!ただ一度の邂逅で全てを読まれるような武を積んできてはいないッ!我が研鑽と修練………その身に刻めッ!」


そうして美鈴が構え、次の攻撃に移ろうとした――――――その時だった。


「待ちなさい――――――紅 美鈴」


そんな凛とした響きの声が、二人の耳に入る。そして二人はその声のした方へと視線を送る。


「咲夜さんッ!?どうして出てきたんですかッ!?」

「結局、私がやらなければいけない事だからよ」


咲夜が出て来るという想定外の事態に焦る美鈴。そんな美鈴に咲夜はなんでもない事のように涼しげに答える。
いつもと同じ完全完璧な紅魔館のメイド長としての落ち着きがあった。いや、少し違う。
いつも以上に落ち着いた雰囲気が、今の彼女には漂っていた。それはまるで、今対峙しているアサシンと同じ雰囲気だった。


「残念そうね、そんなに自分一人で戦いたかった?」

「え?い、いえそういう訳では」

「嘘仰いな。そんな残念そうな顔したら丸分かりよ」

「………すみません」

「それに………どう見ても殺そうとしてたでしょ?」

「うう………重ねてすみません」

「………まあいいわ。私も一人で戦おうなんて思ってないから。一緒に戦ってくれるかしら?――――――紅 美鈴」

「――――――はいッ!」


猛る虹の炎と静かな銀の光が、その肩を並べて佇む。そして二人はアサシンへとその視線を移す。
アサシンは目の前の存在に問い掛ける。


「我が弟子よ、戦うというのか?この私と?」

「それがこの“私”がするべき事なら」



一切の迷い無く答えた彼女に対し、アサシンはあの言葉を送った。そう、昔よく彼女に対して送った――――――あの言葉を。










「――――――よく言った。さすがは“我が弟子”だ」

「――――――ありがとうございます。“我が師”よ」










全く同じ輝きを放つ二つの視線が、交わりあう。もうそれだけで十分だった。語るべき事は――――――もう無い。










「――――――いくぞ、我が弟子よ」

「――――――いきます、我が師よ」



今この瞬間、真の意味で二人は、師と弟子は――――――再会を果たした。





















後書きを書けるって事はよぉ、つまり本文が書き終わったって事なんだよな~?ん~?

またこれ長くなったな!最近なんだか長くなってるような………いいか、うん。

久々の戦闘はいかがだったでしょうか?何分久しぶりに書いたもんで、オッサンちょっと不安なのよね~。
途中なんか美鈴が戦闘狂になっちゃったけど、別によかったよね?無問題だよね?ね?

そしてとうとう咲夜さんが参戦してきました。主人公はピンチに陥っています。
………みんな忘れてるかもしれないけど、師匠は主人公なんだぞ?ホントだぞ?嘘じゃないぞ?
敵の行動してるだろ?それでも主人公なんだぜあいつ?

今回はなんかピンと来る曲が無かったから、WAのBGM「戦鬼」をずっと聞いてた。
ブーメラン、かっこいいよブーメラン。あんた最高だよ。
………その所為で美鈴があんなんになったのかな?

感想とかもお願いするッス!やる気と元気と電波の源ッスからね!
それでは!



[24323] 第二十四話 銀の光、虹の輝き、影の闇
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/02/24 22:12






戦いの合図はそう、咲夜とアサシンの二人が同時に一本のナイフを投げ、それが空中でぶつかり弾けた、その瞬間だった。
美鈴は限界まで引き絞られ解き放たれた矢の如き速さで、アサシンに迫る。


「シャッッッ!!!!」


戦闘本能を剥き出し、嬉々とした表情で襲い掛かる美鈴。防御の事、など一切考えていない。
そんな状態で攻撃などすれば易々とカウンターを取られてしまう。そしてアサシンが剣を構えようとしたその時。


「出来ませんよ?」


落ち着き払った咲夜のそんな声と共に、銀のナイフがアサシンの急所目掛けて放たれる。

アサシンはカウンターを取るより先にそちらの防御を優先し、手にした片手剣で弾く。
だがその時生まれた一瞬の隙の間に、美鈴はアサシンの懐に入り、気を放ち光輝く虹の拳をアサシンに向けて放ち、
外れる事無くアサシンの体を捉えて、吹き飛ばした。吹き飛ばされたアサシンは枯れ葉のように空を舞う。
だが美鈴は気付いていた。自分の放った拳が相手にダメージをほとんど与えられなかった事に。
美鈴の拳が命中した時、相手にダメージを与えたという手応えが無かったのだ。
恐らく、拳が当たる直前に一歩下がって飛び上がり、体の力を抜いてワザと美鈴の攻撃を受けたのだろう。


(そして更に、あの抗う程度の能力でダメージを軽減したはず。ダメージなんて皆無でしょうね)


ひらひらと空を力無く舞い、落下するアサシンに向けて、美鈴は顔を歪ませて笑みを送る。


(殺せなかったか………そうだろうな、そうでなくてはッ!)


居ても立っても居られず、ゆっくり落ちて来るアサシンに向かって空を飛ぶ。
そして美鈴が落ち行くアサシンの目の前のに迫り下に向けて送る視線と、
頭から下に向けて落ちるアサシンが、下を向いて自分より上空にいる美鈴に視線を送ったその時、嵐が吹き荒れた。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


闘士のその掛け声と共に、アサシンに襲い掛かるは濁流と化し、止まる事無く打ち続けられる幾千もの拳打と脚打。
目前の強者を滅殺せんが為に、その数は更に増していき、篭められる力もまた増していく。


「………………」


アサシンの無言の威圧感と共に、闘士に襲い掛かるは清流と化し、流れるように繰り出される剣とナイフの二重奏。
眼前の戦士を斬殺せんが為に、その鋭さは更に増していき、振るわれる速さもまた増していく。

ぶつかり合いながら、そして交じり合いながら落ちていく虹の濁流と影の清流。
闘士の拳が、アサシンの剣が、お互いの命を刈り取らんと空を打ち切り、音すら打ち砕き、切り裂いていく。
戦士の脚が、暗殺者のナイフが、獲物を殺すという自らの使命を果たさんと互いを否定し合う。
だが拳打と剣撃、脚打と刺突はその目的を果たす事無く弾け合いそして散って逝く。

その様子は嵐というのはあまりに荒々しく猛々しく、そしてあまりにも美し過ぎた。
永劫すら感じさせたその一瞬の攻防。だがその終焉は迫り来る大地と共に確実に近付いていく。
地面に無様にぶつかるギリギリの瞬間に、二人は爆発したかのようにお互い離れる。

そしてアサシンが大地へと帰還したその瞬間、天を覆うような数の銀のナイフが彼目掛けて飛来する。
これは咲夜が美鈴とアサシンが落ちていく間に仕掛けたトラップだった。
空間を操り事前に空中に設置されたナイフの軍勢が、アサシンに迫る。


「ふむ………」


だがアサシンは慌てた様子を見せる事無く、そして迷う事無く動き出す。
全周囲から迫る銀の刃の壁。その壁の一点に迷う事無くアサシンは突撃していく。
前方に向かい、自身もナイフの嵐を銀の刃の壁に叩き付ける。
その瞬間、迫り来る壁の一点が崩され、アサシンはその一点を突き抜け、そして脱出した。


「あれをそうかわすかッ!」


美鈴は目の前でアサシンが起こしたその出来事に舌を巻いた。
あのまま動く事が無かった場合、咲夜のナイフの全てがアサシンに突き刺さっただろう。だがそうはしなかった。
ナイフが全て迫り来るその前に動き、その壁の一点を崩してそこから脱出したのだ。
一瞬の判断すらも出来たかどうか怪しいのに、あのアサシンは迷う事無くそれを実行した。
一瞬でも行動が遅れれば、あのアサシンの全身にナイフが突き立ち、血は流れつくしていただろう。


「だが彼はそれを成し得た。やはりアサシン………貴方はッ!」


――――――素晴らしいッ!


脱出したアサシンが進むその先に、夜風に銀の髪をなびかせて待ち構えている彼女の姿があった。
ダマスカス・ブレイドを振り下ろすアサシンに対し、彼女は銀のナイフで待ち構える。
アサシンの片手剣が彼女のナイフに合流する。だが彼女のナイフが押し切られ、弾かれる事は無かった。
アサシンの剣は本来進むべきだった軌道を逸らされ、彼女の体を切り裂く事は無かった。
剣とナイフが接触したその瞬間、彼女は相手が振り下ろした勢いをそのままに軌道を書き換えたのだ。


「「………………」」


お互い無言のまま、その応酬が繰り返される。
彼女がナイフを振るえば、アサシンは彼女がしてみせた事を同じように片手剣でしてみせる。
そしてアサシンが片手剣を振るえば、彼女はまた同じ事をしてみせる。
二人の一撃が振るわれ逸らされる度に、銀の刃とダマスカスの刃から澄み切った残響音が奏でられる。

彼女の頭の中は今、その残響音と同じように澄み切っていた。
体がここまで軽く、思い通りに動く事が出来るという、そんな考えすら浮かばなかった。
ただ自分のするべき事をするだけ。相手の動きををどう見切り、合わせ、逸らし、そして先に一撃を入れるか。
その為にもっとも合理的でもっとも無駄の無い動きをする。今の二人はそれをする事だけに集中していた。
いや、集中なぞという生易しいものではない。今の二人はまさにそれをするだけの存在だった。

美鈴はそんな二人をただ黙って見ていた。本来なら咲夜の援護をするべきなのにである。
出来なかったのだ。いや、したくなかったのだ。何故なら彼女は今――――――目の前の二人に見惚れていたからだ。


「………まるで、踊ってるかのようだ」


彼女から漏れたその言葉は目の前の出来事を見事に言い表していた。
一切の無駄も無く幾度も繰り返されていく洗練された剣戟の乱舞。何かを極められた者にだけ許された美しさがそこにあった。
武の極致と美の極致がそこにあり、その二つが織り成し生み出すその光景は、まさに二人だけの為に存在する舞踏会場。
もしこれを邪魔などしようものなら、美鈴はその存在を許す事は出来ないだろう。
たとえそれが自分であっても、家族であってもだ。

永遠に続いてほしいと思われたその光景にも終わりが訪れる。
アサシンが大きく後ろに下がり、地面に何かを叩き付ける。着弾と同時に炸裂し、白い煙が立ち込める。


「煙幕かッ!」


美鈴が叫ぶと同時に、その中から二つの影が飛び出す。一つは自分の近くに。そしてもう一つは――――――


「紅魔館かッ!」

「美鈴、すぐに後を追うわ。今見失えばもう対抗する手段が無い」


慌てる事も無く、感情の一切も無く、彼女は美鈴に言う。
それを聞いた美鈴は返事をするよりも先に体が動き、アサシンの後を咲夜と共に追いかける。

逃げるアサシンは目の前の窓に目掛けて突っ込み、ガラスの割れる大きな音が響き渡る。
咲夜と美鈴もその後に続けるように割れた窓に飛び込む。
その二人が屋敷に入ったその瞬間に、二人に目掛けて飛剣とナイフの混合軍が迫り来る。

美鈴が飛剣を気弾で、咲夜がナイフをナイフで打ち落とし防ごうとする。
そしてそれぞれの気弾、飛剣、ナイフがぶつかり合った。
だがその瞬間――――――打ち落とされた飛剣とナイフの影が、二人目掛けてなおも直進し続けた。


「なッ!?これはッ!?チィッ!」

「まさか………」


影の剣が当たる直前に、二人はギリギリのタイミングでかわし、弾いた。
それらは地面に突き刺さり、二人は飛び出してきた正体不明の影の正体を見る。


「これは………黒塗りの短剣?」

「やはり、ダークか」


咲夜は地面に突き刺さる黒色短剣の事を見て、その武器の名称を口ずさんだ。


「なんですそのダークってのは?」

「山の翁であるハサン・サッバーフが愛用していた武器よ。我が師がハサンから受け継いだもう一つの存在がこれよ」


歴代のハサンが代々使用してきたこのダーク。
闇夜の中で、暗闇の中で放たれれば、飛来するそれの目視は困難となり、音も無く相手の体を穿つ事が出来る。


「それをあのナイフや飛剣の影で隠した………影手裏剣ですか」

「………不味いな」

「何がですか?」

「見晴らしが良く拾い庭から、室内の限定された空間に場所が変わった事がよ。
 障害物が無いだけマシね。それに隠れられたらもうアウトだったわ。でも………」


彼女はナイフを構え自分達と相対するように、廊下の奥に立つ影に備える。


「状況が悪くなった。簡単に言う。相手は蜘蛛みたいに動く」

「蜘蛛みたいに?」


美鈴の疑問に答える前に、咲夜はすぐ動き出す。それと同時にアサシンもまた動く。
咲夜の言葉を美鈴が理解したのは、その次だった。アサシンの動きの質そのものが変わったその瞬間は。
咲夜とぶつかり合う一歩手前で、アサシンは床を力強く蹴り舞い上がり――――――天井を駆け抜ける。


「なぁッ!?」


それを見て一瞬驚く美鈴だが、冷静に考えれば大した事ではないのだ。
そう、ただ単に空を飛ぶ要領で天井に張り付き逆さまの状態で走っているだけなのだ。
だがそれは冷静に考えられたらの話だった。見上げれば天井に張り付く影が、猛スピードで自分に迫って来るのだ。
とてもではないが、戦闘により若干の興奮状態に陥っている美鈴に、それを冷静に分析しろというのは少々無理な話だった。

美鈴は急ぎ天井を駆けるアサシンに向かい気弾を放つ。するとアサシンはダンッと天井を蹴って今度は横の壁を走る。
それを追うように再度気弾を放つが、同じようにかわされ今度は反対の壁に移り、止る事無く美鈴に迫る。
相手との距離が三メートル程にまで迫る。美鈴は迷う事無く、腕を引いて腰を落として構えカウンターの準備をする。
二メートルにまで迫る。まだ確実に命中するには距離がある。拳に気が集まり熱くなる。
そして互いの距離が一メートルにまで狭まったその時、アサシンは壁から床、床から天井、天井から美鈴の背後へと瞬時に移動する。


(それくらいの動きッ!)


美鈴は後ろを瞬く間も無く振り向き、アサシンと正対する。
目の前まで迫ってきて攻撃。そう見せかけてすかさず後ろを取り、殺す。それがアサシンの狙いだったのだろう。
だがそうはならなかった。そう来る事を予想した美鈴は、相手が自分の後ろに来る事を待ち構えていたのだ。
距離は一メートルも無い。距離は相手と自分の吐息が掛かるくらいにまで狭まった。
完全に攻撃態勢に移っている美鈴に対して、アサシンはまだ攻撃の準備すら出来ていなかった。
この機を逃すまいと美鈴の拳が唸りを上げてアサシンに放たれる。


「もらったぁッ!!!!」


だがその拳は当たる事は無かった。瞬時に美鈴の背後を取ったアサシンは、そのまま止まる事無くその場から離れたからだ。
背後に移動しすぐに攻撃すると思い込んでいた美鈴は堪らずタタラを踏む。美鈴は慌てて相手の姿を追う。


(何処だッ!?今度は一体何処からッ!?)


下からか?左右からか?それとも――――――上を見上げたその時だった。


「ナァッ!?」


美鈴の目に飛び込んできたのは、自分の頭上のほぼ真上の空中で静止し、ダマスカス・ブレイドを突き出してくるアサシンの姿であった。
ほぼ真上からのいきなりの攻撃という事態に、体はどう対処すればいいのか迷い、その判断が一瞬遅れてしまう。
何しろ相手との距離がほとんど無い、真上から来るという攻撃なんてものは今まで対処した事が無かったのだ。
そもそも通常の格闘技全般に言える事なのだが、相手が自分の真上に来るなんて事はまずありえないのだ。
相手と距離があった場合、狙撃等の遠・中距離からの攻撃なら、美鈴とていくらか経験は無い訳ではなかった。
だがこれがほぼ零距離となると話は別になる。今のようなこの状況、今まで一度も経験した事が無かったのだ。
冷静な状態でない今の彼女では、突き出されるその刃を防ぐ術が無かった。剣先が眼前まで迫る。


(殺られ)


美鈴がそこまで思ったその時、影の刃は銀の弾丸に弾かれ僅かに軌道を変えられ、美鈴の頬を軽く掠るだけだった。
その瞬間にアサシンは静止したその空中からすぐに動き出して美鈴の下から離れる。美鈴はその弾丸を放った者の名前を叫ぶ。


「咲夜さんッ!」

「まだ来るわ」


両雄が並び立つの前で、アサシンは動きを止める事無く上下左右を素早く移動しながら二人に向かい銀のナイフを投擲する。
その中には先ほどのダークもいくらか含まれていた。二人はそれを防いでいくが、その状態はまさに紙一重。
気を抜けばすぐに急所に刃が突き立つだろう。


「なんて速さで動くんだッ!動きがまるで読めないッ!」

「違うわ。単純に速さだけなら貴女の方が速いわ。どう動いてるかをよく見なさい」


相手の攻撃を防ぎながら、美鈴はアサシンのその速さではなく、アサシンの動きに注目する。そして、ある事に気付いた。


「一瞬も、動きを止めていない?」


それが美鈴が気付いたアサシンの動きだった。そう、アサシンは動きを止めていなかったのだ。
別の方向へ移動しようとすれば、その時には速さは若干とはいえ落ちてしまう。
だがアサシンにはその若干の遅れが無かったのだ。常に一定のスピードを維持し続けて、動いていたのだ。


「だからあんなに速く動いているように見えて」

「タネさえ分かっていれば、少しは読めてくるでしょう?」


彼女の言う通り、それを知った美鈴は少しだが相手の動きを捉える事が出来ていった。
その正体を知ってるのと知らないとでここまで変化がある。
確かによくよくそのスピードを見れば、それ自体は自分よりも僅かに遅かった。
それを速いと思ったのは、一瞬すらそのスピード落とす事無く維持し続け、アサシンが動いていたからだった。
美鈴はそれを実感し驚くが、それ以上に驚いてる事もあった。


(この状況でここまで落ち着いている事が出来るなんて………まるで)


目の前で今自分達を襲っているアサシンと同じくらいに、彼女は落ち着いていた。
そう、どちらがどちらか分からないくらいに、今の二人の有り様は酷似していた。


(………………この二人がとても、羨ましい)


そんな二人を見ていて、美鈴は心の片隅でそんな事を呟く。


(あのアサシンは自分という存在をこの子に継承させている。その証拠に、今のこの子はそっくりだ。
 業の冴えも、判断も、思考も、その何もかもがあのアサシンに似ている。
 あのアサシンの存在は、確かにこの子の中に受け継がれている。それが堪らなく………ああ、羨ましい)


自分という存在を受け継がせる事が出来たあのアサシンが、羨ましかった。
そして彼という存在を受け継ぐ事が出来た彼女がとても、とても羨ましかった。


(この二人は本当に親子であり、そしてそれ以上に………師と弟子なんですね)


美鈴がそんな事を考えている間も攻防は続き、状況は一転しない。
しかしこのままでは、地の利に不利なこの状況で、しかも動けないこちらが不利になるのは明らかだ。
この状況を変える。そんな一手が――――――










「スピア・ザ――――――グングニルッ!!!!」

「ロイヤル――――――フレアッ!!!!」


放たれた。










真紅の魔槍と烈火の火球の軍勢が、アサシンに向かい進撃する。


「来たか」


自身に襲い掛かるその光景を目撃したアサシンはそれだけ呟くと、すぐさまその嵐に向かい走り出す。
灼熱の雨を潜り抜けて地面を蹴り宙に浮かぶ。穿ち貫かんとする迫り来る魔槍を体を捻り、ギリギリでかわす。
全てを避け切り着地したアサシンの後方で、行き場を無くした弾幕が轟音を立てて爆発した。


「さてと………ようやく追い詰めたぞ」

「さすがにもう、逃げ場は無いわね」


アサシンの前方で愉快そうな笑みを浮かべる吸血鬼の少女と、軽く一息吐く魔女。
そして後方からも、アサシンを追いかけて来る者の足音が響いてくる。


「アサシンッ!これで終わりだッ!お嬢様とパチュリー様。そして私と咲夜さん。
 私達に前後から挟まれたこの状況では、もう戦う事も逃げる事も出来まいッ!」

「………終わりです、我が師よ」


追い付いた門番と彼女は、アサシンに向かい視線を放つ。
アサシンの前方にはレミリアとパチュリー。そして後方に美鈴と咲夜が構える。


「我が師よ、いくら貴方でもこの状況を覆し私達を抹殺する事は出来ません。どうか、御自愛を」


彼女の言葉に、アサシンは振り向き答える。


「すると思うか?」

「思いません。ですがお願いします。でなければ、私は貴方を」

「殺す………か。では何故そうしない?」

「それは………」


その問いに、自分はどう答えればよいのか。一瞬迷った後、彼女はその答えを語りだす。


「………恥ずかしながら、私は、今でも………貴方の、事を」


そこで言葉が止まった。自分のこの気持ちをなんという言葉にすればいいのか、迷ったのだ。


(私はあの人になんて答えればいいんだ?家族と思ってる?そうだけれど………何か違う。
 まだ親だと思ってる?………間違いじゃないけど、これじゃない。
 なら………愛してる?………違う、この言葉じゃない。私の言うべき想いは、この言葉では伝わらない)


迷走する結論の出ない彼女に向かい、アサシンは問い掛ける。


「どうした?我が弟子よ?」

「………ああ、そうか」


我が弟子よ。師のその言葉を聞いて、彼女の霞が掛かった思考が晴れていく。そうだ、自分の言うべき答えは――――――これだ。










「そう、私は今でも貴方の事を――――――“我が師”であると思っているからです」


――――――それが、彼女が選んだ言葉だった。ひっそりと人知れず咲く花のような、そんな笑顔と共に送った言葉だった。










彼女のその笑顔に、皆が心を奪われた。
窓から入る優しい銀の月の光に照らされたその笑顔は、その光よりも美しく、そして儚く輝いている。
今にも消えてしまいそうで、でもだからこそ、その笑顔はとても美しいと、それを見た皆が思った。


「それがお前の答えか?我が弟子よ?」

「はい………我が師よ。これが私の答えです。嘘偽りの無い、本当の答えです」

「………そうか」


両者の間で静寂の時が流れる。ただ黙って、お互いの姿を見ているだけだった。
まるで鏡の中の自分を見るかのように、二人はその姿を見ているだけであった。


(そう、私はあの人の道具であり分身だった。あの人の腕であり半身だった。
 そしてあの人の今の姿は、私がなりたかった、いやなる筈だった――――――未来の姿だ)


もしも、この紅魔館に留まらずに帰還し、この紅魔館で過ごした日々と同じ年月を過ごしたら、
自分はあの姿になれていたかもしれない。あの人になれていたかもしれない。
私がずっとそうでありたいと思ったあの人に、私はなれていたかもしれないと、そう思った。

そんなあの人の事だ。私のその言葉を聞いたら、こう答えてくれる事だろう。










「「何があっても、私のする事に変わりは無い。それが私だ」」



――――――それが、二人のアサシンが言った言葉であった。









「お前に出来るのか?私という過去に捕らえられたお前に、それが出切るか?」

「やってみせます。それが貴方という未来を目指した、私の成すべき事なれば」


十六夜 咲夜という自分は今まさに、過去という思い出と未来という目標に捕らえられている。
今の自分の時は、目の前の暗殺者に捕らえられているのだ。


「………………同じ相手を二度も仕留め損なうのは、久方ぶりだ」

「ふん、三度目なんてのは無いがなアサシン」


アサシンの言葉に、レミリアはそう冷たく言い放つ。


「これでもう長い夜は終わりよ。楽しくはあったけど、そろそろ幕を引かせてもらうわ」

「幕引きは私の役目だ。そしてその時を決めるのもこの私だ」

「この状況でよく言えるわね貴方?そういうところは歓心するわ。でも私達を相手にして勝てるとでも?」

「勝てぬ。そして私は死ぬ。お前達四人を相手にして生き延びる事は私には無理だ。
 だがそれでも言える。この状況だからこそ、私は先の台詞を言えるのだ。
 逃げる道が無いのなら作ればいいだけの事。そしてその準備は済ませてある」

「なんだと?」


レミリアは周囲を見回すが、そんな様子はまるでなかった。
辺りは戦闘を物語る傷跡だらけ。抉れた床に周囲に突き刺さる飛剣とナイフという痛々しい光景だけしかなかった。


「………どうやって逃げる場所を作ろうというのかしら?」

「場所ではない――――――道だ」


その瞬間――――――豪華と爆音が炸裂する。


「ちょッ!?何よこれッ!?」

「アサシン貴様ッ!何をしたッ!」


いきなりの爆発にパチュリーとレミリアは混乱する。


「こうしただけだ」


アサシンが軽く手首を捻るとカチリと小さな音がした。同時に、壁に突き刺さった飛剣が爆発を起こした。
壁が崩れ、外へと続く通路が作られた。通路に月明かりが大きく入り込んでくる。


「闇雲に投げていた訳ではない。逃走ルートの確保も怠りは無い」

「そんな装備、ありましたっけ?」

「お前がいなくなってから造られたものだ。製作したのは外部の、言動が珍妙奇天烈な男だったがな。
 だが存外、使い勝手が良い。そう――――――このように」


再度手首を捻ると、今度はレミリア、パチュリー、美鈴の周囲に突き刺さった飛剣が炸裂していく。


「け、結界をッ!?ゲホッ!ゲホッ!け、煙がゴホッ!喉にッ!」

「痛いッ!破片が痛いッ!銀の破片が痛いッ!」

「お嬢様ッ!パチュリー様ッ!今参りまウワァッ!?」


次々と爆発が起こる中、結界で爆発を防ぐパチュリーは煙を喉に吸い込んでしまい咳き込む。
レミリアは銀製の飛剣の小さな破片を浴び続けて、堪らずに頭を抱えてしゃがみ込んでガードする。
美鈴はそんな二人の下に向かおうとするが、周囲の爆発が激し過ぎて近付く事も動く事も出来なかった。

そんな三人を後に、アサシンは爆発によって出来た穴から出て行こうと歩き出す。
彼女は後を追おうとするが、その前にアサシンは止まり、彼女に向かって振り向いた。


「私とお前どちらが生きていくか………次こそ雌雄を決しよう」


月の光を背に浴びて、アサシンはそう答える。


「私と貴方どちらの目的が達せられるか………次こそ明暗を分けましょう」


月の明かりを正面から受け止めて、彼女はそう答える。
そして二人は口を揃えて、お互いを呼んだ。










「我が――――――弟子よ」

「我が――――――師よ」










外から吹き込んだ風に煙が舞い上がり、その中にアサシンは飲み込まれ、映る影は崩れていき、次に風が吹いた瞬間には消えていた。
咲夜は、彼女は外を眺めるが、辺りは銀の月明かりの中で大小様々な影が点々と浮かんでいるだけ。
もうあの中のどれが我が師なのか、彼女には分からなかった。


「………たとえ何が起ころうと、私は私であり続けます」


彼に向かい小さく、そう呟いた。









――――――こうして第二幕の夜は、幕を引いた。



















後書きが電波………そういうのはありか?………いや、今更だな。

今回アサシンはダイナミックにエグジットしました。爆発を起こしてそれに紛れて逃げるなんてのは、よくある事さ。
………………あってたまるかッ!

えー、まだまだ話は中盤を過ぎた辺りでしょうか?ここまで読んでくれた皆様にはまず感謝を。
さてここで、私から皆様にちょっとした暇潰しのタネを差し上げます。

思い込み、というものがあります。ここはこうだからこうなんだと、思い込んでしまう事があります。
この第二章はそんな思い込みの要素があります。そう、この話の最初の時点から既にそれは始まっています。
皆様はそもそもある事をこうだと決め付けてこの話を読んでいます。
そう、始まりがああだったのだからここはこうなってるんだなと、私に思い込まされています。
それが一体何なのか………タネ明かしをしたいところですが、それは面白くない。でもそれをする時はさぞ楽しい事でしょうね本当。

もしこの思い込みの正体を知りたい方には、その正体を見つけるヒントを二つだけあげましょう。
一つはこの話ではイレギュラーであるあの子の何気ない発言。そしてもう一つは………時です。
ふふふふふふ………我ながら、今回は本当に危ない橋を渡らせてもらいました。
一歩間違えればこの話の結末までも当てる事が出切るかもしれないヒントを出したんですからね。

読者の方に予想出来ない物語を書いていく。これはそんな話を書いていく私の皆様への挑戦です。
私の物語の結末は誰にも予想なんか出来ないものなのだと。それを証明してみたいのです。
まあこれを受けるかどうかは今これを読んでる貴方次第。答えは物語の最後に明かしましょう。
この物語がどのように進もうともう結末は決まっていますので、答えを変えるなんてケチな真似はしません。
それでは………荒井スミスでした。



[24323] 第二十五話 スカーレットに愛されし者
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/03/14 16:16






アサシンとの対決。さてあれからどうなったかと言うと。


「イダダダダダダッ!痛いッ!痛いわよ美鈴ッ!」


などとリビングでわめいて痛がるお嬢様の姿がありました。
戦いが終わった後、全員はリビングに集まり体力と負傷の回復をしていたのだ。


「す、すみません。ですがもうちょっとだけ我慢を」

「でも痛いものは痛いのよッ!」


なんて事を言って騒いでいるお嬢様。だがそうなるのも無理はない。
アサシンが最後に仕掛けたあの爆発。あの時に飛び散った銀の破片をモロに浴びてしまったのだから。
それを受けてレミリアの体は所々赤く腫れ上がっていたが。
普通ならすぐに回復するのだが銀の効果の所為か、治りが遅延していた。
それを美鈴が気孔で回復していて、現在に至るという事だった。


「でもさすが吸血鬼、いえレミィね。普通の吸血鬼なら致命傷か死んでるか。
 それなのに腫れ上がるだけって………呆れる頑丈さね」

「パチェが私の方にも結界を張って防いでくれていたなら、この頑丈さを披露する事も無かったんだけどアタタタタまだ痛いッ!」


パチュリーに対して皮肉を言おうとしたレミリアだったが、治療で発生した痛みで言う事が出来なかった。


「美鈴ッ!もうちょっと優しく出来ないのッ!?」

「いや、これ以上はちょっと………もうすぐの辛抱ですから」

「つねられてるような地味な痛さがあるのよッ!全身にッ!」


早く治って欲しい。だがそうすると痛い。そんなジレンマで苦しむレミリアを見て、美鈴は苦笑するしかなかった。


「だいたいなんで美鈴はそんな平気そうなのよッ!?一番攻撃されてたのは美鈴じゃないッ!あの爆発だって美鈴の方が」

「体を気で硬化させてましたし、傷も戦いながら回復してまして。なによりほとんどが軽傷でしたから」


あの攻防の中、見た目の派手さとは裏腹に美鈴の負傷は思っていた以上に軽いもので済んだ。
日頃の鍛錬を欠かさない美鈴だから、そんな事が出来たのだとレミリアは思うが。


「代わりに服はボロボロになっちゃいましたけどね。またジョセフさんの所で直すか買うかしないと」

「………やっぱ納得出来ない」


あまり戦わなかった自分が負傷して苦しんでいるのに、最前線で戦った美鈴はなんともなさそうにケロリとしている。
それどころか破れた服の事を気にしている余裕がある。それがどうにもレミリアには納得出来なかった。

そんな賑やかそうにしている二人を見て、咲夜は呆れながらも美鈴に話し掛ける。


「日頃の鍛錬を怠らないのはいいけど、門番の仕事も怠らないでほしいわ」

「す、すみません咲夜さん」


申し訳なさそうに頭を下げる美鈴。そんな風に謝るくらいなら普段から真面目にしてほしいと咲夜は思う。
が、さすがに今回のような緊張感でいつもいつも門番をしていたら美鈴も参ってしまうだろう。
それに今回一番頑張ってくれたのは間違い無く美鈴だ。きつく言うのはここまでにしておこう。
咲夜は苦笑を浮かべながらも、美鈴に言う。


「………でも今回は貴女に助けられたわ。ありがとう、美鈴」


咲夜から出たのは、そんな労いの言葉だった。


「咲夜さん………いえ、それが私の役目ですから」

「そうかもしれないけど、でも………ありがとう」

「………はい」


ここは素直にこの言葉を受け取っておこう。そう考えた美鈴はただそれだけを言って、笑顔を浮かべる。


「ところでパチュリー様………我が師は?」

「………少なくとも今現在は、この紅魔館周辺にはいないわね。
 まあ、また来たら今回と同じように結界が発動するから。そこは安心していいわ」

「今日また来る………なんて事は無いわよね?」

「それは………無いでしょう。いくらあれだけの強さがあるとはいえ、あっちだって体力やらなにやら消耗しているんですから」

「我が師も人間ですし………いくらあの人でも続けて戦うのはきついと思います。
 無理は極力しない。出来る限り万端の状態で仕事に望むという人でしたから」

「実際に戦って分かりましたが、あのアサシンは本当に強いですね。
 傷だって完璧に治った訳ではないはずなのにあの動きと業のキレ、さすがは咲夜さんの師匠ですね」

「ん………ありがとう」


我が師を褒められて、咲夜はついそんな事を口走り、これまた苦笑する。
今はあの人とは敵同士。それなのに美鈴のその言葉を我が事のように嬉しく思ってしまう。
やっぱり自分はまだあの人の事を慕っているのだなと、そう実感した。

そんな咲夜の気持ちを知ってか知らずか、レミリアは少し不満そうな顔になる。
理由は単純。単なる焼き餅だ。


(あんなに嬉しそうに笑って………なによ、そんなにあいつの事をまだ好いてるの?)


きっとそうだろうと、レミリアは思う。あの笑顔には我が事を褒められたかのようなものが感じられる。
どうしてそんな顔になるのか理解は出来る。だが納得はいかなかった。その相手が今は自分達の敵だから、という訳ではない。
自分の飼っている可愛い犬が、前の主人の事で嬉しがるのが悔しかったからだ。


(少し………意地悪な質問でもしてみるか)


それは、そんな焼き餅な思いから生まれた子供な思考。
こんな想いを自分にさせたのだから、ちょっとくらいは困らせてやろうという、子供の発想だった。


「ねえ咲夜?一つ聞いてもいいかしら?」

「なんでしょうかお嬢様?」

「今度あいつと戦うとして、貴女、あいつに勝てるの?」

「それは………」


レミリアの問いにシュンと項垂れる咲夜。そんな咲夜を見て、レミリアは少し満足して質問を更に続ける。


「貴女と美鈴、二人を相手に互角に立ち回るあのアサシンに、貴女は勝てるの?」

「………勝つしかない、でしょうね。それしか私には」

「そうですよ。それに咲夜さんだけが戦う訳じゃないんですし。今度こそ私達の手で捕まえましょうね」

「………うん」


美鈴の言葉に小さく頷き答える咲夜。美鈴は今度は溜め息を吐いてレミリアに注意する。


「お嬢様も、そんな意地悪な質問しなくてもいいでしょうに」

「なッ!?私は別に」

「大方、咲夜さんがあの人の事で嬉しがるのが悔しかったからそんな事言ったんでしょうけど」

「そそそそそ、そんな事はッ!」


レミリアは慌てて否定するが、その様子から美鈴の言った事が図星である事は誰が見ても明らかだった。


「だそうですよ咲夜さん。嬉しいのは分かりますけど、今はちょっと我慢してくださいね」

「ふふ………ええ、気を付けるわね」

「ああ咲夜もそんな事ッ!違うッ!違うんだからねッ!」


うーうーと唸って否定するレミリアをみんなは微笑ましく見る。
そんな視線を受けて更に顔を赤くするレミリア。なんとも微笑ましい光景だった。

すると今まで座って休んでいたパチュリーが立ち上がり、部屋から出て行こうとした。


「今日は疲れたから、私はもう寝るわね。何かあったらまた結界が発動すると思うから」

「パチュリー様………ありがとうございました」

「お礼なんていいわよ咲夜。今回はそんなに活躍も出来なかったし」

「そんな事はありません。パチュリー様が影ながら頑張ってくれたから、戦う事が出来たのですから」

「………貴女も無茶しちゃ駄目なんだからね?それじゃ」


そう言い残し、パチュリーはノロノロと部屋から出て行った。


「それじゃあお嬢様、美鈴。私も自分の部屋に戻りますね」

「あ、それじゃあ私は………妹様の所に行きますね」

「フランの所に?」

「はい、とりあえずは無事に終わった事を伝えないと」


確かに、とりあえずの危機は去った事は伝えておく必要はあるだろう。
レミリアは美鈴の言葉に頷く。


「そうね………じゃあお願いね。私はもう少し此処で休んでいくから」

「分かりました。それでは、失礼します」

「失礼します、レミリアお嬢様」


美鈴と咲夜もそれだけ言い残し、部屋から出て扉を閉める。
美鈴は軽く背伸びをして、咲夜に話し掛ける。


「とりあえず………今日はなんとか凌げましたね」

「ええ………本当に」


美鈴の言葉を聞いて、咲夜はホッと息を漏らす。生き延びる事が出来たという安心感の現われだった。


(でも………それは“今日”はというだけ。次は、どうなるか)


そう、次も上手くいくとは限らない。相手は自分の師であるあの人である。油断は微塵も出来ない。
そんな風に不安に思っていた時だった。美鈴が自分を優しく抱き締めてくれたのは。


「………美鈴?」

「大丈夫………心配、しないでください。私達が付いてますから」


そんな美鈴の優しい言葉が、彼女の温もりと共に伝わった来るのが肌で感じた。
それがなんだかとても懐かしいように思えて、思い出す。


(ああ、そうだ。姉さんだ………この感じ。優しくて………暖かくて………とても、落ち着く)


この暖かく柔らかい安堵感。寂しい時に何時も抱き締めてくれた姉と、とても似ていた。


「懐かしい………な」

「そうですね………前に何度かこんな風に咲夜さんを抱き締めた事、ありましたっけ?」

「え?そうだったかしら?」


美鈴の言葉に咲夜は首を傾げて答える。前にもそんな事があったなんて、自分は覚えていない。
すると美鈴は不味いと思い体を一瞬硬直させる。


「え、ええっと………ほ、ほら!昨日ですよ昨日!昨日の夜アサシンが来た時!」

「えっと………ああ、そういえば、そうだったわね」

「そうですそうです、たはははははは」

「うん?おかしな美鈴ね」


気まずそうに笑う美鈴をおかしく思う咲夜ではあったが、あまり気にはしなかった。
今は少しでもこの懐かしい暖かさを感じていたい。そう思っていた。

美鈴は自分の胸の中にいる咲夜を見て、ポツリと言葉を漏らす。


「背………伸びましたね。昔はお嬢様よりも頭二つ分大きいくらいだったのに」

「そりゃあ、ね。此処に来てもう何年も経ったんだし。なにより成長期だったし、それなりに大き………く………」


そこまで言って、咲夜の言葉が不意に止まった。いや、言えなかったのだ。
確かに昔と比べて自分も成長はした。精神的にも肉体的にもだ。
だがしかし、今現在こうして自分を包んでくれている美鈴の母性の塊と自分のとを不意に比べてしまったのだ。
その差は、あまりにも――――――圧倒的過ぎた。


「ねえ美鈴………私、大きくなったわよね?」

「え?ええ、そりゃもちろん」

「………そう、そうよ。そもそも比べる基準が悪いのよ。美鈴にしても姉さんにしてもこれはあまりに規格外なのよ。
 普通、普通が一番よ。別に私は小さくない。普通よ、普通なのよ。普通くらいはあるわよ。………そもそも普通ってどれくらい?」

「さ、咲夜さん?」

「大体大きけりゃいいってもんじゃないのよ。それに言うじゃないのよ。
 お金だって表彰状だって価値あるものは大抵薄いものだし………いや、薄くはないわよ?これでもそれなりにはあるとは思う」

「あの、咲夜さん?小さくブツブツ言わないでください。恐いです。とても恐いです」

「でも我が師もあった方がいいとか言ってたしああなんだかそれを思うとこれがなんだか憎たらしくなってきた。
 どうしてこれが私に無くて美鈴に?ああなんだか腹が立つモギトレナイダロウカ?」

「咲夜さんッ!?サクヤサァァァァァァンッ!?正気に戻ってッ!私の身の危険を回避するという意味でッ!」


美鈴は咲夜の肩を掴んで体を揺さぶり正気に戻そうとする。そうしないと自分の身に大きな災いが降り掛かりそうだったから。


「………ハッ!?私は一体?」

「正気に戻ってくれたんですね。よかったです。本当によかったです。私にも何故だか分かりませんが」

「私はなんだかチャンスを逃したような気分だけど………なんでかしら?」


小首を傾げて考えてみるが、何故かは分からない。憎い怨敵を逃したようなもやもやとした気分が残るだけだった。
そんな咲夜を見て、美鈴は頬を引きつらせて苦笑いを浮かべる。


「はは、はははは、なんででございましょうかね?………あ、そう言えば」

「どうしたの?」

「あのアサシン………大きくなった咲夜さんを見て、何を思ったのかなって」


美鈴のその言葉を聞いて、咲夜も疑問に思う。成長した今の自分の姿を見て、どう思ったのか知りたくなった。


「………全部終わったら、聞いてみたいわね」

「そうなるよう、頑張りましょう。それじゃあ、私は妹様の所に行きますね」


今まで咲夜を抱き締めていた美鈴の腕が解かれる。咲夜にはそれがなんだか少し、寂しく感じた。


「………そうだったわね。でもその格好で行っていいの?」

「そういえば確かに………ボロボロですね」


美鈴は改めて自分の姿を見る。アサシンとの戦闘で、服は破れに破れ血が滲んでいた。
傷はもう塞がっていた為、彼女の肌がチラチラと出ている。


「どうせ向こうに行ったら妹様と一緒に寝ちゃうのだろうし、着替えてきたら?」

「うーん、そうですね。一旦部屋に戻って着替えてきます」

「そうしなさいな。それじゃ、私は先に戻るわね」

「はい、お休みなさい咲夜さん」


咲夜の姿がが見えなくなるまで、美鈴はその姿を黙って見送った。
そして咲夜の姿が見えなくなった時に、美鈴は自分達が出て来た扉の向こうに声を掛ける。


「お嬢様、もう出て来てもいいですよ?」


その言葉と共に扉が開かれ、中からレミリアが出て来る。


「………咲夜に気付かれたかしら?」

「そういう素振りはありませんでした。疲れてたし、気付いてないでしょうね。それで?私に何か?」

「これからフランの所に行くの、よね?」

「そうですね。着替えたらそうします。きっと一緒に寝ちゃうでしょうし」

「そっか………うん、それじゃあ」


お休み。そう言おうとした時、レミリアの頭に美鈴の暖かい手がポンと乗せられ、そのまま撫でられる。


「一人は寂しい………ですか?」

「………………うん」


美鈴の問いに、レミリアは素直に、小さな声で返事をして頷く。
そこにいつもの傲岸不遜の態度は無く、見た目相応の少女の姿しかなかった。


「ねえ美鈴………一つ、聞いていい?」

「なんでしょうか?」

「お父様のプロポーズ、どうして断ったの?」


何故、紅 美鈴は自分の父であるブラム・スカーレットのプロポーズを断ったのか。
その質問は前々から聞いてみたかったが、聞けなかった事であった。
聞き辛かったというのもあった。聞く機会を逃した事もあった。だが今なら聞ける。そう思ったから、レミリアはそれを尋ねたのだ。

父が美鈴にプロポーズをしたのは母であるエミリア・スカーレットが亡くなり、
祖父であるエイブラハムも亡くなって数年してからの事だった。
その話を父から最初に聞かされたレミリアは純粋に喜んだ。母も亡くなり祖父も亡くなり、レミリアは寂しかったのだ。
もちろん自分が甘えられる家族はいた。父もそうだし美鈴だってそうだ。ついでに言うならローレンスも。
だがレミリアが欲しかったのは、母の愛情であり温もりだった。
美鈴は自分の家族ではある。だが母親ではない。彼女はフランの母だ。美鈴に母の温もりを求めるのは、難しかった。
だから父が美鈴にプロポーズをすると言った時はとても嬉しかった。
これで気兼ね無く、美鈴を母と呼ぶ事が出来ると、心から喜んだ。

だが、そのプロポーズは断られた。その理由を父に聞いても、父は苦笑するだけで答えてはくれなかった。
ただ一言「振られてしまったよ」と、笑って言うだけだった。


「ねえ美鈴教えて。どうして………どうして」


私のお母様になってくれなかったのか?そう言おうとしたが、言葉が止まる。
それを言えば美鈴と自分との距離が広まりそうで、恐かったのだ。


「………どうして、断ったの?」


それが彼女の口からやっと出た言葉だった。


「………亡くなったエミリア奥様の事を想うと、お受けする事は出来ませんでした」

「そんな事ッ!お母様は気にしなかったわよッ!むしろ美鈴だったら喜んでさえくれたわよッ!」


美鈴の答えを聞いて、レミリアは声を荒げて反論した。
生前、母は美鈴を信頼しとても慕っていた。そんな母なら美鈴が夫の伴侶になった事を喜びこそすれ、文句を言うはずがない。
自分が聞きたいのはそんな建前ではなく、本当の事だ。


「貴女はスカーレットの一員で、家族で、なによりフランの母なのよッ!お母様だってそれを喜んでいたじゃないッ!
 気にする必要なんてどこにも無いじゃないッ!」

「お嬢様………」

「何が駄目だったのよッ!?どうして駄目だったのよッ!?なんでなのよッ!?なんで………なのよぉ」


大粒の涙を流し、レミリアは美鈴に詰め寄る。だが段々声は小さくなり、涙声になる。


「なんで、どうして………私のお母様に、なって、くれなかったのよぉ」


それが、レミリアがやっとの思いで口にした言葉だった。
やっと言えたという安心感から、レミリアは言えなかった本心を美鈴に言い始めた。


「私、フランが羨ましかった。母親が二人もいるあの子が、羨ましくて堪らなかった。
 母親の愛情を受ける事が今でも出来るフランが、羨ましかったのよ………悔しかったのよ」


自分の妹のように、目の前の女性に無邪気に甘えたかった。抱き締められたかった。母と呼びたかった。
普段の二人は美鈴や妹様と呼び合ってるが、それでも二人の時はお母さんやフランと呼び合ってるのを、レミリアは知っていた。


「もし美鈴がお父様と一緒になってたら、私だって美鈴をお母様って、言えたのに。甘える事が………出来たのに」


うつむいて涙を流し続け、今までずっと言いたかった事をレミリアは言った。
そこには紅魔館の主であるスカーレットの党首の姿は無く、レミリアという一人の少女が泣いている姿しかなかった。
勝手な事を言っているのは自分でも分かっている。我が侭を言っているのも自覚している。
それでも言いたかったのだ。ずっと我慢して言えなかったこの気持ちを。


「教えてよ美鈴………どうして、なんでなのよ………」


その言葉に、今まで黙っていた美鈴が、レミリアの問いに再度答えた。


「………実を言うと、本当はブラム様のプロポーズ、一度は受けたんです」

「………え?」


美鈴の答えにレミリアは驚きを隠せなかったが、美鈴はそれには構わず話を続ける。


「これでちゃんと妹様の、フランの母親になれる。お嬢様の母になれる。そう思って受けました」

「だったらッ!「でも、それじゃ駄目だったんです」………どういう事?」


美鈴は言うべきか悩んだが、これもこの子の為だと思い、話す事にした。


「私の返事を聞いて、ブラム様は言ったんです。「もしフランやレミリアを思っての事なら、それは止めてくれ。
 そんな事をせずとも、君はもう二人の母親なのだからな。私が欲しいのはそんな返事じゃない。
 それでは私が娘達を理由に君と結婚するみたいではないか。そうではないのだよ。
 私は君に、紅 美鈴という一人の女性に純粋に愛されたいのだ。ブラム・スカーレットという一人の男を愛してほしいのだよ。
 そう、私は君が好きだ。愛している。心から純粋に、私は君を欲しているんだ。それを理解してほしい。
 私は純粋に君を愛しているから、プロポーズをしたんだ」………そう言われたんです」


美鈴が言った父の言葉を聞いて、レミリアはただただ驚くしかなかった。
だが全てを聞き終わった時、なんだか嬉しいような馬鹿らしいような気分が沸いてきて、笑みがこぼれ始める。


「ふ………ふふ、ふふふ………なによそれ?お父様、本当にそんな事言ったの?」

「ふふふふ………ええ、一字一句間違い無く」


レミリアの笑みに、美鈴も釣られて笑い出す。どこか、安心したような微笑だった。


「お父様らしいわね………でも、それじゃどうして断ったの?」

「いや、ブラム様はとても魅力的でしたよ?でもなんていうかこう………ずっと一緒にいたからもう家族って感じで、
 改めて一人の男性として好きになるってのは、どうもなって思って。
 家族としては愛せても一人の男性として愛するってのは、どうにもこうにも………今更かなって」

「その余計な事言わなければ一緒になれたでしょうに………馬鹿ねお父様」

「あははは、本当に。………でも、それがブラム様でしたから」


傲岸不遜でキザで、でもそれが様になっていて、だがやはりどこか抜けてるところがある。そんな人だった。
その抜けてる感じがエイブラハムに似ていると、周りはよく言ったものだった。


「その理由を最初から言えばよかったのに………」

「恥ずかしいから言わないでくれとお願いされてましたので」

「もう………お父様ったら」


本当にしょうがない人だ。そんな事を思いながら、レミリアは父を懐かしんだ。
すると美鈴は何を思ったのか、レミリアに頭を下げる。


「………お嬢様、申し訳ありません」

「え?」

「私は貴女の事もフランの事も同じくらいに大事にしてきた………つもりでした。
 でも結局は寂しい想いをさせてしまい………ごめんなさい」


レミリアが気付いた時には、美鈴は自分を力一杯抱き締めて――――――泣いて自分に謝っていた。


「ごめんね………ごめんなさいねレミリア。私がちゃんと気付いてあげてれば、貴女に寂しい想いなんてさせる事は無かったのに。
 私が………しっかりしてれば………ごめん、ごめんね」


美鈴はそうやってレミリアに謝り続け、レミリアも自然と抱き締め返していた。
レミリアは目を細めて、美鈴の温もりを目一杯に感じた。


(………暖かい。そう、私は、この温もりが欲しかった。私だけが味わえるこの温もりが、ずっと欲しかった)


嬉しかった。今こうして自分の為だけに泣いて、自分の事だけを想って抱き締めてくれるのが、堪らなく嬉しかった。
美鈴がフランと同じくらいに自分を大事に想い、愛してくれているのは、十分過ぎるくらいに分かっていた。
それでも寂しいと感じたのは、美鈴とフランの間にだけしかない絆があったから。フランだけが味わえる愛情があったからだ。
血の繋がった親子なのだから美鈴がフランを大事にするのはしょがない。
だがそれでも欲しかったのだ。平等な愛情とは別に、自分だけに向けられる温もりが、想いが、特別な愛情が欲しかった。
そして今、それを確かに感じる事が出来る。自分だけを愛してくれていると感じる事が出来る。
だから今こうして、やっとこの言葉が言えるのだ。










「泣かないで――――――“お母様”」










それはとても、とても小さな声であった。二人の今の距離でなければ聞けないくらいに、小さな声だった。
その声は抱き締め、抱き締められる距離でなければ聞こえない、そんな小さな声だった。


「レミ………リア………私の、事………」

「そう呼んでも………いいよね?この距離ならそう呼んでも、いいよね?」

「ええ………ええ、もちろんよ………いいに、決まってるじゃない」


二人は再度抱き締めあい、そしてお互いに向けて言った。










――――――ありがとうと。










数分ほどそのままの状態だった二人は、今はお互い離れて恥ずかしそうに少し顔を赤くしていた。


「うー………なんでこうなったのかしら、美鈴?」

「うーん………でもまあいいじゃないですか、お嬢様。これはこれで」


二人の呼び名は普段と同じだった。今はその距離ではないから。この距離ではまだ言えないから。
でもいつかは………と、お互いそう思っていた。


「なんだか………すっきりしたわ。もっと早くこうしていればよかったのだろうけれど」

「党首としての体面とかも、ありましたしね」

「そうね………あ」


そう言って相槌を打つレミリアは、前からもう一つ美鈴に確認しておきたい事があった。
この際だ。それも聞いてしまおうとレミリアは口を開く。


「ねえ美鈴………懐かしかった?」

「え?何がですか?」

「お母様よ。ほら、私お母様によく似てるでしょ?」

「え、ええそうですね。そりゃ確かに懐かしくもありましたけど………」

「抱き締めた感じとか似てた?ほら、美鈴って確かお母様の愛人だっ「断ッッッじて違いますからねッ!!!!」


美鈴は大声を上げてはっきりそう否定する。それは自分にとって話題にしてほしくないだったから。


「大体それ誰から聞いたんですかッ!」

「お母様本人から」

「奥………ああもうッ!エミリアの奴ッ!娘になんて事吹き込んでるのよッ!
 違いますッ!違いますからねッ!そりゃ確かにそんな感じの時もありましたけど私の方からはしてませんからッ!
 そういう事をしてきたのはエミリ、じゃなくて奥様からですからッ!私はそういう趣味は無いですからッ!」

「でも抱き締めたりとかはしたんでしょう?」

「そ、それは………ええと………」


言葉に詰まる。否定出来ないからだ。紛れも無い事実だから。


「で、でもやましい事とかはありませんでしたからねッ!?」

「でもファーストキスは奪われたんでしょ?」

「それも言ったのあいつぅぅぅぅぅ!?ほ、他にはなんてッ!?」

「全部は教えてくれなかったけど………風呂とか着替えとか吸血の時とか」

「そ、それも十分不味いんですがねぇ………」


まさかこんな置き土産が遅れてやってくるなんてと、美鈴は頭を痛める。
紅魔館に来て何故かエミリアに気に入られてしまい、度々迫られた事が何度もあった。
しかも皆にそれを隠す事をしなかったのだから困りに困った。

まず夫であるブラムが止める事をしなかった。
なんで止めないのかと問えば、美しいからだと嬉しそうに答えやがった。
エミリアが自分を愛しているなら構わないとか、君なら問題無いしとか本気で言っていたのだ。
挙句の果てには奪いたければ奪ってもいいぞ、他の者なら許さんが君なら許そう。なんて事を抜かしやがりもした。
思わず頭を打ち砕いた自分は決して悪くないはずだ。

雇い主のエイブラハムはすっっっごく気まずそうに目を逸らして無視を決め込んでいた。
どうして無視するのかと問えば、どうすればいいか俺にも分からないと情けなく答えられてしまった。
無理に言ってもどうにもならないしとか、話せばなんとかなるかもとか頬を引きつらせて言われた。
挙句の果てには自分でなんとかしてくれお願いします。なんて土下座されて謝られた。
思わず頭を踏み潰した自分は間違っていないはずだ。

ちなみにローレンスはそういう時は決まってその場にはいなかった。
持ち前の勘で逃げていたのだろう。


「美鈴、お母様の事嫌いだった?」


少し心配そうに尋ねるレミリアを見て、美鈴は溜め息をしつつ答える。


「………迷惑ではありましたが、嫌いではありませんでした。
 奥様の事は好きでしたし、愛してもいました。家族の範囲で、となりますが」


そこが一番困ったところだった。美鈴はエミリアの事を嫌う事が出来なかったのだ。
エミリアには同姓すら魅了してしまう程の魅力があった。
外見の美しさはもちろん、一つ一つの仕草や言葉遣いだけでドキリとするものがあった。
正直、押し倒してしまおうかなと考えた事もあった。もちろん実行はしなかったが、そう考えさせられるだけの魅力があったのだ。
なにより、本当に自分を愛していたのだ。嫌う事など出来るはずもなかった。


「………私と奥様と生まれたばかりのフラン、三人だけの時でした。
 あの人は言ったんです。「私と貴女の子ね」って、冗談抜きで本気で、幸せそうに言われたあの時。
 あの時が一番あの人を、エミリアを愛しいと感じました」


自分の血を継いだ娘を産んでくれた、自分を本気で愛してくれた女にそう言われて、愛しいと思わない方が無理だった。
その気持ちには、嘘を吐きたくなかった。

レミリアはそんな美鈴の言葉を聞いて、満足そうに頷く。


「そっか………ありがとう。その言葉が聞けただけで、もう十分」

「なんだか、変な話になっちゃいましたね」

「そんな事無いわよ。私が聞きたい事を聞いただけだから」

「………私は、このスカーレットに一番愛されていると自分で思います。自惚れでもなんでもなく。それが、私の誇りです」

「そうね………その通りね」


祖父も、父も母も、妹も自分も、紅 美鈴という女性が好きで、大好きで、愛している。
そしてその事を誇りとしている美鈴の事を、レミリアは同じくらいに誇らしく思った。


「………それじゃ私はそろそろ行くわね。でも今日はなんだか寂しいから、一人じゃ………寝たくないな」

「それじゃあ………」


一緒にフランの所へ行こう。そう言おうとしたそれより先に、レミリアは言った。


「だから今日は、咲夜と寝るわね」

「………いいんですか?」

「咲夜も今日は寂しいと思うから。だから、ね。今日はフランに譲るわ。私はあの子の姉だしね」

「それでも今日は、ですか」

「私は我が侭なのよ。いいじゃない、それくらい?」

「………はい。それくらい、いいですね」

「そうでしょう?それじゃあね………美鈴」


レミリアはそう言って咲夜の部屋へと向かい歩き始めた。美鈴も自分の部屋へと行こうとしたしたその時、レミリアに声を掛けられる。


「そうそう美鈴、お母様からの伝言があったわ」

「伝言、ですか?」

「うん。「最初は冗談だったのに、結局貴女の所為で本気になっちゃった」………ですって」

「………………え?」

「じゃあねー」


レミリアはそれを言って手をヒラヒラと振って、そのまま去って行った。
そして姿が見えなくなったその時、クスクスとおかしそうに笑う彼女の声が廊下に鳴って、暗闇に溶けていった。

美鈴は一人ポツンと佇み、笑い声が消えてやっとクスリと声を漏らした。
レミリアが伝言を伝えた時に一瞬だがエミリアの姿がダブって見えたのだ。
まるで彼女が生き返って目の前の現れたと、錯覚してしまうくらいに。そんな彼女に向かい、美鈴は小さく言う。


「あの子はやっぱり貴女の子ね………エミリア。ああいうところも貴女に似てきたわ。
 ………貴女、絶対分かってたでしょ。私が断った理由」


美鈴がそう言うと、心の中の彼女は意地悪そうに笑うだけだった。
それに苦笑しつつ、美鈴はやっと歩き始めた。




















くそぅ………まだ後書きが残ってやがる………

また、時間が掛かったな………申し訳ありません。でも頑張って書いたから許して!
ほい、謝罪終了。

平等な愛情と特別な愛情。子供に与えるべきものはこの二つだと私は思う。特に兄弟姉妹だとそう思うね。
みんなに同じ愛情を与えるのは素晴らしい事だけども、自分だけが味わえる愛情、みたいなのもあった方がいいかなと思うね。
家族全員に与えるのが平等な愛情で、その家族の中の個人に与えるのが特別な愛情、とでも言えばいいのだろうか?
うん、自分の考えがなかなか言葉に出来ん。
ちなみに美鈴は咲夜さんを抱き締めた時は平等の愛情で、お嬢様を抱き締めた時は特別な愛情で抱き締めていますかね。

で後半は………奥様がね、まあ………ね?
これはまあ………あれだよ。お決まりの電波だよ。まあアーンな事やこんな事があったんでしょうね。
………………気付いたらこうなってた事って、よくあるよね?それだよ、それがこうなってああなったんだよ。

そして次はやっとあの子の登場です。ええ妹様。一体何をしでかすのでしょうか?
それでは!



[24323] 第二十六話 夢の続きへ
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/03/25 16:30






自分の部屋に戻りボロボロの服を着替え、美鈴はフランのいる部屋へと向かい、今大きく重い扉の前で佇んでいた。
そして部屋に入る前に扉をノックした。


「妹様?入りますよ?」

「えッ!?美鈴ッ!?え、えええッ!?」


返ってきた返事はそんな慌てたフランの声だった。なんというか、酷く落ち着きの無い様子だった。


「………?」


一体何をそんなに慌てているのか美鈴には分からなかったが、とりあえず入って確認する事にする。


「失礼しますよ?」

「あ!ちょ、ちょっと待っ」


フランが静止する前に、美鈴は扉を開けて部屋の中に入った。
中には自分のベッドに腰掛けて、キョロキョロと自分を、そして部屋の周囲を見て慌てるフランの姿があった。


「美、美鈴?こ、これはそのちょっとした事情というかなんというかその」

「どうしたんですか?そんなに慌てて?」

「………え?あれ?え?」


美鈴の顔を見て、フランは訳が分からないといった当惑した表情になる。


「本当にどうしたんですか?何かありました?」

「えっと………ううん、なんでもない」


キョトンと何かに驚いた表情を浮かべて、フランはただそう答える。
それがなんだかおかしくて、美鈴は笑ってしまう。


「ふふ………そうそう、今日あった事を話すんでしたね」

「あ………うん、そうだったね」


美鈴は開いていた扉を閉めて、ベッドに腰掛けるフランの隣に座った。
幾分か落ち着いたのか、フランはほうと溜め息を吐いた後にポツリと呟いた。


「………凄いなぁ」

「何がですか?」

「え?えっとね………アサシンのオジサンが」

「あのアサシンが、ですか?」


どうして件のアサシンを凄いと、今此処で言うのか。フランは美鈴の問いに答える。


「えっとね………だってみんなを相手にして生き残るだもん。凄いじゃない」

「どうしてそれが分かるんですか?」

「美鈴の顔見てたら、そうじゃないかなって、思ったんだ」

「………そうですか」


この子は本当に自分の事をよく見ているなと、微笑む。それがとても嬉しくて、嬉しくて微笑んでしまう。
そんな美鈴を見て、フランも笑って抱き付き甘える。


「それじゃあお話して………お母さん」

「ええ、いいわよ………フラン」










「………というわけで、また逃げられちゃったのよ」


先ほどあった出来事を、美鈴は自分に抱き付いていたフランに伝えた。


「ふーん、そっかそっか………ふふふ」


それを聞いたフランは、なんだかおかしそうに笑う。


「どうしたの?何かおかしいところあったかしら?」

「聞いてるとさ、オジサンと咲夜の事すっごい褒めてるみたいだったから。それにすっごい楽しそうに話してたよ?」

「………ああー確かに」


我が娘にそれを指摘され、美鈴は苦笑を浮かべるしかなかった。
事実、美鈴はあの戦いを楽しんでいた。それも心の底からだ。不謹慎かもしれないが、正直楽しくて仕方なかった。
自分の全力をぶつけて壊れない相手がいて、肉体も精神も魂も、燃えに燃え盛った。
それに咲夜とアサシンのあの戦いは心を奪われる美しさがあった。
研ぎ澄まされ洗練された刃のような美しさに、心を奪われてしまったのだ。
そして美鈴はそれを、自分でも知らぬうちに楽しそうに語っていたのだ。


「うーん………私も見ればよかったかなー」

「駄目よ、万が一って事もあるんだし」

「えー?そんな事無いよー?」


そう言ってフランはギュッと腕に力を入れて美鈴にまた甘えた。


「もうこの子ったら………」


美鈴もまた自分に甘えてくるフランを強く、抱き締める。
そして背中をそっと撫でていき、フランの翼に手が触れた。それを優しく、愛しく触れる。
七色の宝石がシャランと小さく鳴り響く。それがくすぐったいのか、フランも鈴のような声を上げてクスクス笑う。
とても、心地良い音色だ。聞いてるだけで幸せになれる、自分の大好きな音色だ。


「………綺麗ね」


本当に綺麗だと、美鈴はうっとりとフランの翼に見惚れて、無意識の内にそれを口にする。
自分の翼を綺麗だと褒めてくれる母の言葉が嬉しくて、嬉しくて。フランは微笑みコクリと頷く。


「うん………お爺様もよく言ってくれた。綺麗な翼だなって」

「そうね………あの人も、そうだったわね」


フランの翼は、祖父譲りの姿をしていた。違いと言えばエイブラハムの翼の宝石は全て紅色だった事くらいか。
それにフランにはエイブラハムの妻の面影がはっきりと受け継がれていた。
だからだろうか。エイブラハムはフランの事を孫であると同時に、自身の子供として触れ合っていたのだ。
口癖のように何度も何度も言っていた。あいつと自分の娘が生まれたら、きっとフランのような子供が生まれたと。


「ねえお母さん。お爺様ね、言ってくれたんだ。私が生まれてきてくれて本当に嬉しかったって」

「私だってそうよ。貴女が生まれてきてくれて………どんなに嬉しかったか。
 みんなだってそう、お嬢様………レミリアもブラム様もエミリア様も、みんな喜んだのよ?
 生きて会えなかったけど、貴女のお婆様だって喜んだはずよ。貴女が生まれてくれた事をね。
 だから………本当にありがとう。スカーレットの子として生まれて。………私の娘として生まれてくれて」

「………お母さん」


母の胸の中で、娘は精一杯に甘える。暖かく優しい母の胸の中で、温もりを感じる。
母もまた、自分の胸の中にいる我が娘の温もりを感じた。愛する我が子の、その温もりを。


「………フラン、必ず、必ず私が守ってあげるからね」

「………うん」


美鈴はフランを強く抱き締め、再度誓う。この子を、我が子を、フランドールを必ず守ると。










自分の部屋に帰った咲夜は着替えを済ませ、ベッドの上に座り、あるものを手にしていた。
昔、自分が此処に来た時に装備していたアサシンの装備だった。
今までクローゼットの奥にずっと仕舞ってあった装備の数々。なんとなくだが、急に見たくなったのだ。
その一つである黒いフード付きのチュニックを、そっと自分の体に当てて比べてみる。


「………やっぱり、小さくなったな」


当たり前の事をポツリと呟く。もう此処に来て何年も経ったのだ。あの頃に比べて自分は成長した。
もうこの装備をそのまま身に着けるのは無理だろう。装備するなら、手直しが必要だ。


「………もうこれを着る事は無いでしょうに」


捨ててしまう事も出来たが、それは出来なかった。だからこうして仕舞ってあったのだ。かつての記憶と共に。
この装備の存在も記憶と共に忘れていったが、今ではこうして自分の腕の中にあった。


「どうしてなのかしらね………忘れる事が出来なかったのは」


あの人が現れたから?違う。それは思い出す切欠ではあったが、忘れなかった理由ではない。
これを捨てる事が出来なかったから?それも違う。捨ててもきっと自分は忘れてしまう事は出来なかったろう。
十六夜 咲夜がかつての自分を忘れる事が無かった理由は一体何なのかが、結局のところ分からなかった。
どうして私は消える事がなかったのだろうと、思案にふける。

そんな時だった。自分の部屋の扉をトントンとノックする音が聞こえたのは。


「咲夜?まだ起きてる?」


その声は聞き覚えがあった。自分の主である、レミリア・スカーレットその人の声だった。
こんな時間にどうしたのだろうと咲夜は不思議に思いつつも、とりあえず返事をする。


「お嬢様?はい、どうぞ」

「失礼するわね」


そう言ってレミリアは咲夜の部屋へと入っていった。
レミリアの目にあるものが留まる。咲夜が手にしている黒いチュニックだ。


「あら?咲夜それって」

「はい、昔私が着ていたものです」


咲夜の返事になるほど、道理で見覚えがあるはずだと納得する。


「それ、今でも着れる?」

「ご冗談を。手直しをしなければ着れませんよ」

「そう………残念ね。それを着てた貴女はとても、とても綺麗だったものね」


目を閉じて、レミリアは思い出す。かつての目の前の在りし日の姿を。
そう、これを着ていた目の前の彼女はとても、とても綺麗だった。
その姿もそうだったが、なにより自分に向けられたあの殺気が素晴らしかった。
あんなに綺麗な殺気を味わったのは、生涯初めての出来事だった。
無駄という無駄の一切を無くして研ぎ澄まされた剣のような殺気。それは自身を貫く冷たい刃。
純粋で澄み切ったあの眼差しは、キラキラと美しく輝いていた。まさに、生きた芸術であった。


「ああいうのを無垢と言うのでしょうね。本当に………素敵だったわ。もちろん、今も十分素敵だけどね」

「………ありがとうございます」


ふとレミリアにある考えが浮かぶ。


「ねえ咲夜、それちょっと着てみていいかしら?」


咲夜が持つ黒いチュニック。それを着てみたいと思ったのだ。理由は無い。ただなんとなく着てみたいと思っただけだ。
そしてそれを聞かされた咲夜は少し驚き答える。


「これをですか?お嬢様には少し大きいと思いますが?」

「いいじゃないそんなの。私は気にしないわ」

「そうですか………それでは、どうぞ」


レミリアは帽子を脱いで、咲夜に手渡されたチュニックを被るようにしてもぞもぞと着ていく。


「うー………さくや~頭が出ない~」

「………………いい」

――――――何が?と言うのは野暮というものなのだろうなぁ………

「え?」

「あいやいや!なんでもないですはい!………これでどうですか?」


咲夜が手伝って、レミリアは頭を出して着替え終えたやっと。
やはりレミリアには大きかったのか、チュニックはブカブカでダボダボになっていた。


「うん………ねえねえ咲夜、似合う?」


だがそんな事を気にしないレミリアはブカブカの袖を振って咲夜に自分に似合うかどうかを尋ねてくる。
想像していただきたい。可愛らしい少女が自分のサイズよりも大きな服を着て愛くるしい笑顔で手を振っているのだ。
好きな人には堪らない光景だろう。そして咲夜はその好きな人の部類に入る。よって………


「こ、これはまた………………た、堪らんッ!」


忠誠心が出る一歩手前であったとさ。


「どうしたの咲夜?なんか恐い」

「いえなんでもありません。………ええなんでもないです」

「そう?ならいいけど」


いぶかしむレミリアであったが、気にしない事にした。


「ふーん………案外着心地良いわねこれ」

「防弾防刃防火防水防菌その他諸々。これでもかと言うくらいの性能が詰め込まれた代物です。
 正直よくこれだけのものが出来るなと私も思いますよ」

「それはまたなんとも………随分なものね」


不思議そうに自分の着ているチュニックを見るレミリアに向かい、咲夜は本題に入ろうとする。


「あのお嬢様?どうして此処に来たのか尋ねてもいいでしょうか?」

「あ、そうだったわね………えーっと、その、ね………」


もじもじと恥ずかしそうに顔を赤くするレミリア。理由が理由だけに、言うのを少々躊躇うのだ。
そんなレミリアを、咲夜は恍惚とした表情で眺めていた。だがその表情はレミリアの次の発言で硬直した。


「今日、私と一緒に………寝てくれる?」


上目遣いの潤ませた瞳で、レミリアは咲夜に恥ずかしそうに、か細い声で懇願した。
理性などかなぐり捨ててしまいたいくらいの愛らしさを見せ付けられた咲夜だが、一歩手前で踏み止まる。


(………うん、とりあえず落ち着こう。落ち着いて考えよう。冷静に、冷静にだ。アサシンは慌てない。紅魔館メイド長はうろたえない。
 お嬢様はなんと仰られた?私と一緒に寝てくれると私にお尋ねになられたわ。そうね、そう言ったわね。
 これはあれよあれ。そういう事ではなくてこういう事よ。今日一緒に寝るだけよ。うん、そうね。そういう事ね。
 それだけ、それだけよ。でも、ああでもそれだけでも………ああ、お嬢様………ふふ、ふふふふ)

――――――半歩ほど、踏み外しているように見えなくもないな。紙一重だね、うん。

「それで………どう、かな?」


恐る恐る尋ねるレミリアに、咲夜はしどろもどろになる。


「だ、だだ、だだだいだい大丈夫です。私わ、私でよければもう!ええ構いませんとも!
 あ、でも着替えはどうしますか?」

「あー………面倒だからこのままでいいわ」

(着替えは見れないか………いや焦るな。一緒に寝られるというだけでも僥倖。
 そうよ、これ以上は高望みというものよ。ああでも………見たかったなぁ)


内心悔し涙を流す咲夜であった。











ベッドの中で、レミリアと咲夜は身を寄せ合い横になっていた。
お互い顔が息が掛かる程の距離にあり、咲夜の心臓は初めバクバクと早鐘を鳴らしていた。
だがレミリアの安心しきった表情を見ている内に落ち着いていき、今は自身も安らいだ気持ちでいた。

レミリアの髪を指で梳かしている時、彼女が咲夜に話し掛けてきた。


「ねえ咲夜覚えてる?初めて会った時の事?」

「忘れるはずないじゃないですか。自害しようとした時、泣いて止められた時は驚くしかありませんでした」

「え?そ、そうだったかしら?」


咲夜の言葉に若干慌てるレミリア。そんな彼女がおかしくて咲夜はクスリと笑みをこぼす。


「ええ、そうですよ。………でも、だからこうして生きていられるんです。今ではその事に感謝しています。
 こんな形になってしまいましたが、もう一度我が師と会う事も叶いましたし」


昔は生かされた事を怨みに怨んだが、今では逆に感謝している。
そして生きていたから、また自分はあの人に会う事が出来たのだから。

咲夜のそんな感謝の言葉を聞いて、レミリアは嫉妬と困惑の入り混じる表情を浮かべた。
感謝してくれるのは嬉しいが、またあのアサシンの事を言われるのは面白くなかった。
ベッドの中でくらい自分だけを見ていて欲しいと、そんな独占欲が生まれる。


「もう、口を開けばあいつの事ばかり………私の事は無いの?」

「あるに決まってるじゃないですか。………あり過ぎて何を話せばいいのか、迷うくらいです」


長い時間をこの館で過ごしてきた。どんな思い出も今では大事なものだ。
そのどれもが、話して懐かしいと感じる事が今では出来る。だから迷ってしまう。贅沢な悩みだ。


「ねえ咲夜………ありがとう」

「何がですか?」

「私の所に来てくれて」

「………はい」

「嬉しかったのよ。私を恐れないで立ち向かう人間がいる事が本当に、嬉しかった。
 今までの生涯の中で、あんなにも充実した時間は初めてだった。貴女と出会ったあの夜を、私は生涯忘れる事は無いでしょうね」


レミリアが目の前の彼女と初めての出会ったあの運命の夜。その記憶は自分の中に今でもなお鮮明に残っている。


「あんなに私の命が充実させてくれたのは」

「私を含めて三人、ですか?」

「………そうね。咲夜の他に二人。霊夢と………先代の博麗。私を心から昂ぶらせ楽しませてくれた」


霊夢とはスペルカードでの戦いしかしていないが、それでも本当に楽しかった。
幻想郷で行われた初めての本格的なスペルカード戦。初めて行う戦いに心を躍らせたものだ。
紅い霧の異変の決着は自分の敗北に終わったが、それでも満足出来た。

そしてもう一人。それが先代の博麗の巫女だ。
自分がこの幻想郷に訪れた時に起こした吸血鬼異変。それが彼女と戦う切欠だった。

当時、妖怪は幻想郷の人間を容易に襲う事が出来なくなりつつあった。
人里を襲えば妖怪の賢者の報復が待っている。人里から離れればその限りではなかったが、運が悪ければ博麗の巫女に退治される。
そんな状況に限界に来て、ルールを破り人里を襲おうとする者もいた。
だが上白沢 慧音を始めとした人里の守護者達により返り討ちに遭い退治された。
更に運悪ければ、守護者達の中でも過激派と呼ばれる者達に殺される場合があった。

先代の巫女の時代。それは幻想郷の長い時代の中で守護者が、人間が、最も妖怪に恐れられた時代でもあった。

妖怪達は外来人を襲うか、運良く迷って目の前に現れた人里の人間を襲うかの選択しかなくなってきた。
そんな現状になれば、幻想郷の妖怪達の気力が低下していくのは火を見るよりも明らかだった。
そこに目を付けたレミリアは妖怪達を焚きつけ吸血鬼異変を起こし、それを期に幻想郷の勢力を我が物にしようとしたのだ。


「とはいえ、結果は私の負けだった」


急増とはいえ、戦力は十分にあった。いや、十分だと思ったのだ。
戦力の数はあった。だが質が足りなかったのだ。自分には優秀な部下が決定的に足りなかったのだ。
そして相手の戦力を甘く見ていた事も敗因の一つだった。自らの傲慢さに負けたと言ってもいい。


「私は王として戦争に負けた。そして………怪物として人間に負けた」


戦いの中、自身の目の前に現れた紅白の巫女。纏う気迫はどちらが怪物か錯覚させてしまうくらいの凄まじさがあった。
全身全霊を懸けて戦った。迫り来る紅白の蝶の姿をした魔獣に、死の運命をもって迎え撃った。
だが巫女はその死の運命を突き破り、そして見事自分を打倒したのだ。


「あいつにも、そして霊夢にも負けた。私は二代続けて博麗の巫女に負けた。それでも本当に、楽しかったよ」

「私はお嬢様に負けてしまいましたけどね」

「勝負は時か運よ。貴女が勝つか、また私が勝つかなんてのはやってみないと分からないわ。
 この運命ばっかりは私にもどうしようもないわ。出来たとしてもやんないけど」


咲夜との戦いで、人間の強さというものを初めて感じた。
先代の巫女との戦いで、人間の恐ろしさというものを初めて知った。
そして霊夢との戦いで、人間の可能性というものを改めて分かる事が出来た。


「本当に人間というのは………凄いな」


人間全員が彼女達のような凄さを持っている訳ではない。だからこそ、その凄さを持つ存在が一際輝くのだ。
だがもし、そういう人間が一人でも多くかったら。もし全員がそういう存在だったら………


――――――なんと、素晴らし過ぎる世界なのだろうか。


笑いながら、咲夜が話し掛けてくる。


「まあ、今ならお嬢様に簡単に勝つ事も出来るかもしれませんね」

「へぇ?どんな方法で?」

「紅茶ににんにくでも入れればイチコロですわ」

「なら大丈夫ね。そんな紅茶、にんにく臭くて飲めたもんじゃないから」


お互いおかしそうにクスクスと笑う。そして暫し笑いあうと、咲夜は話し掛けてきた。


「………お嬢様がいてくれなかったら、今日は眠れなかったかもしれません」

「私もよ。今日はなんだか、人肌が恋しかったのよ」


咲夜の上に覆い被さるようにレミリアが抱き付いて来る。体に軽い体重が圧し掛かる。頭をゆっくりと摺り寄せてくる。
小さな吸血鬼の少女の熱い吐息が、首筋に掛かる。


「寝ぼけて噛まないでくださいね?」

「咲夜の血は美味しいから、寝ぼけようかしらね?………冗談なのが残念」


ふざけ半分冗談半分で咲夜の白い肌を小さな唇で優しく噛む。優しく、そっと、熱く。


「ふふ、冗談でもしないでくださいね」


そんな主の戯れを、従者はただ笑って容認する。首筋に走る甘い刺激をもっと享受していたいという、本音を隠して。


「………抱き締めてくれる?」

「こう………ですか?」


主の願いに、彼女は自らの腕で包み込むようにして、優しく抱き締める。
お互いの温もりと鼓動を感じ取りながら、二人はまどろみ、段々と眠りに落ちていく。


「うん………暖かい。このまま………寝かせて………」

「私もこのまま………眠らせて………もらいます」


そして最後に、お互いを呼び合う。


「お休み………私の………咲夜………」

「お休みなさい………私の………お嬢様………」










深く、深く、皆眠りに落ちていく。夢の中へ深く、深く落ちていく。
どこまでもどこまでも、どこまでも。
そしてやっと、夢の底へと辿り着く。霞が掛かった思考が、段々と覚醒していく。
ゆっくりとゆっくりと、懐かしき夢を見る。
そこは――――――夢の続きだった。





















昔は貧弱だったこのボディ!後書きの御蔭でこんなにたくましくなったのさ!

さぁいきんだるいんだよ………腕が動かないんだよ。気分が乗らないんだよ。
正直今回の話そんなに考えてなかったんだよ。もうなんとか書くしかなかったよ。
ああ、もっと話を短くした方がいいのかもなー………と愚痴るスミスだったってさ。

美鈴とフラン。この話だと仲良い親子だなーと思います。そういう風に書いてるからと言われればそれまでなんですがね。
でもそういう風に書けるのが美鈴とフランなんだと、書いててそう思いました。

そして咲夜とレミリア。最初暴走しそうでしたけど、なんとか治まりました。
正直よく踏み止まったと思うよ。だってお嬢様にああいう事されたら誰だってああなる。私だってああなる………んだろうなぁ。
書いててなんかこっちの量が多くなった。吸血鬼異変の事とか入れたからだな。

勘の良い人はもう分かったかもしれないね。先代の巫女はきっとあいつだーとか、美鈴がプロポーズ断った理由はこれだーとか。
たぶんきっと当たってると思いますよそれ?前者の方が正解率は高いだろうな。

スカーレットの党首達の話、外伝に書くか、それともいっそ一つの話として書こうか、迷ってます。
外伝でちょこちょこ出す量じゃないような期気がして。

そしてそしてそしてぇぇぇぇぇ!また過去編に突入しますからな!
ああこんにゃろう!やっと此処まで来たぜ!ヒャッハァァァァァァァ!バリバリ書くぞ!バリバリ書くぞ!
咲夜さんが紅魔館に来てからの話になります。楽しみだった人いる?少なくとも私はそうだ!
それでは!



[24323] 第二十七話 運命と出会いし時
Name: 荒井スミス◆47844231 ID:bbc241b3
Date: 2011/03/31 18:46






彼女は気配を断ち姿を隠していた。夜の闇にアサシンの装束は溶け、その輪郭をぼんやりと崩していた。
目を凝らしその姿を見たとしても、一人の人間がそこにいると気付くのは難しいだろう。
それでも彼女は用心に用心を重ね隠れていた。彼女は今、今回の標的が住む館である紅魔館の様子を見ていた。


(………やはりいたか)


そう心の中で呟く彼女の目には、館の門の前で佇む赤い長髪の門番の姿が映った。


(あれが紅 美鈴か。確かに………強い)


一見しただけだが、それでも彼女の実力を窺い知る事は十分出来た。
なるほど、正面から戦いたくないという我が師の判断は的中していた。
彼女はすぐに自分の持てる業であの門番を倒せるかどうか考える。その結果は――――――


(無理だな。刺し違えても倒せるかどうか………)


それが彼女の出した結論であった。
まず、当たり前だが不用意に動けばそれだけで勘付かれてしまうだろう。用心して近付いても気付かれる。
時を止めて殺すとしても問題があった。
ナイフの投擲で殺す事はまず無理だろう。時を止めて全周囲にナイフを配置したとしても、その全て防がれる可能性があった。
近接は問題外だ。急所を突き刺したとしても、時が動き出した瞬間にすぐさま自分を殺す事があの門番には可能だろう。
前者は不可能。そして後者を成功させるには修練が足りなかった。命を懸けても倒せるかどうか………いや、恐らく無理だろう。

故に彼女は門番の女を殺す事は諦める事にした。標的の一人ではあったが、殺せないのであれば無理はしない。
彼女は今の自分と相手との力量の差が、それだけあると判断したのだ。


(相手にせず、進入した方がいいだろう)


そう思った彼女はすぐに時間を止めて、館に向かい走り出した。
止まった時の中で、彼女は門番の横を通り過ぎる瞬間にその顔を見た。
厳しい表情をしていた。ジッと遠くを見据え、何かに備えている。そんな事を連想させられた。

門を飛び越え、館の庭園に侵入した彼女は一直線に館を目指し、進入した。
もう大丈夫だろう。そう判断し、彼女は止まった時を動かした。


(さて………ここからが仕事だ)


館の中は蝋燭の薄明かりしかなく、暗い、冷たい空気が漂っていた。妖魔の好みそうな空気だ。
そんな空気をものともせずに、彼女はその闇の中を進んでいった。










時が動き出した瞬間、紅魔館の門番である紅 美鈴は急ぎ館の方へと目を向けた。館の中に突如現れた何かの気配を感じ取った為だ。


「来た、か。しかし一体何が………?」


この紅魔館に美鈴が来てから数百年になる。だから何かが進入すればその瞬間に分かるのだ。紅魔館の雰囲気が変わるのが。
美鈴が感じ取ったのはあまりに小さな違和感だった。普段だったら妖精かなと、そう思うような感覚。
だが、今日はそうではない事を彼女は知っていた。今感じているのは妖精などという優しい存在ではない事を。


「………お気を付けて」


美鈴はただそれだけ呟き、今までと同じように門の前で立っていた。
違ったのは、今の彼女は何かを祈るような表情に変わっていた事だけだった。










館に進入してからの行動は実に楽だった。見回りも無く、罠等の仕掛けの類があるようにも感じ取られなかった。
必要など無かったのかもしれない。そもそも進入する為にはあの門番を突破しなければいけない。
そしてこの館の住人は全員が恐ろしい実力者だ。警護の必要なぞ無くても構わないだろう。

だが別の問題があった。標的が今何処にいるか、それを探らなければいけなかった。
今回、標的が普段は何処にいるかという情報は入手出来なかった。分かるのはこの館の何処かにいるのは間違い無いという事だけ。


(文句を言う訳にもいかない、か。相手の能力や姿を知る事が出来ただけでも良しとしないと)


夜の闇の中、彼女はそんな事を思いホッと息を吐く。当然の事だが、夜は吸血鬼の領域だ。
吸血鬼の闊歩しているかもしれない中でよくそんな事が出来るものだと思うかもしれないが、それが出来るだけの理由もあった。

吸血鬼は最強の怪物の代名詞の一つだが、絶大な力を持つ割に弱点も多い。太陽の光はその代表と言ってもいいだろう。
だが吸血鬼とて馬鹿ではない。自分の弱点をそのままにしておくような事はしない。
名のある吸血鬼なら大抵は何かしらの事前策を用意しているものだ。自分の住処に罠を仕掛けるのがそれだ。
そして住処に仕掛けられた罠の類は自身が動けない昼に作動している事が多い。
そりゃそうだろう。一日中作動させてたら、罠だらけの家の中で過ごす事になってしまうのだから。
だから昼寝ている時は罠を作動させ、夜起きる時にそれを解除するのが、普通の吸血鬼の日課みたいなものだった。
場合によってはその罠の方が手強い事もある。だから昼の吸血鬼の住処に入り込むのはとても危険な行為なのだ。

それに夜を住処とするのは自分達アサシンも同じだ。吸血鬼と同じく、夜の方が動きやすいのだ。
闇に紛れて近付き仕留める。夜はそれを行うのを助けてくれるし、逃走する時にも味方になってくれるのだ


(けどあまり時間は掛けられない………なら時を止めて、ゆっくり探すとするか)


自分の中にある歯車をカチリと止める。その瞬間に、彼女以外の世界の全ての時が止まった。


(最初は何処から探そうかな………トイレだったらどうしよう………さすがに気まずい)


その時は見逃そう。いくら殺す相手とはいえ、そんな尊厳を無視するようなやり方はさすがに躊躇われた。
安らかな死を、穏やかな死を、そして最低限の尊厳のある死を与えん。それが我が暗殺教団のモットーだ。
苦痛を与え殺すべからずという掟にも触れる。この場合は精神的な苦痛という意味になるが。
少なくとも、トイレの最中に生涯を終えるなんて事は自分なら嫌だった。
自分が嫌な事は他人にしない。当然の事だ。なら殺しはいいのかと言われれば、それはそれこれはこれ。
生活の為にも仕事はしなければいけないのだから、そこはしょうがないと諦めてもらおう。


(まずは………上の階から探していこう)


どういう理屈かは分からないが、傲慢な吸血鬼は高い場所にいる事が多い。
馬鹿と煙は高い所に行くものだと言うが、狡猾な吸血鬼が馬鹿な訳が無い。
きっと後者の方だろう。吸血鬼は煙にもなれるのだから、きっとそうに違いない。
何処かズレた考えで結論し、彼女は一人勝手に納得して探索を始めた。











時を止めながら探索して約十分程が経っただろうか。色々と部屋を回ったが、標的は未だ見つからなかった。
時間は十分にあり過ぎたが、それでも有限なものだ。早く見つけ、自分の成すべき事を実行すべきだろう。
そう判断し、彼女は足を進め――――――ある一つの気配を感じた。


(上………外、か)


屋上の方から強い存在を感じ取る。彼女は自身の気配を無くし、足音一つ衣擦れ一つ立てずに、感じ取った気配の下へと歩み始めた。
屋上のテラスに出る扉が開いて、外から中に風が流れ込む。誰かいるのは間違い無い。壁に身を隠し、そっと頭を出して外の様子を探る。


(――――――いた)


彼女の目には今回の標的である少女の姿をした吸血鬼の、その後ろ姿が映っていた。
夜の闇に差し込む月光の中、大きな蝙蝠の翼をなにやら楽しそうにパタパタと動かしていた。
どうやらこちらに気付いている様子は無い。外から中へと風が吹いているという事は、自分の匂いにも気付いていないという事だ。
絶好の機会だ。そう思った瞬間、彼女は時を止めようとして――――――


「ああ――――――時間ね」


楽しそうに、吸血鬼の少女がくるりとこちらを向いた。
彼女は驚いた。まさに時間を止めようとしたその瞬間だったのだから。


「ねえ出て来てくれないかしら?私を殺しに来た暗殺者さん?」


紅い双眸が彼女を捉えて妖しく光る。声の調子はウキウキとしており、その姿もあってか、楽しい児戯の始まりを待つ子供のようだった。


「そんな暗い所にいないでこっちに出てきなさいな。今夜は月の明かりが綺麗。とってもね。さあ来て、こっちへ。私の所へ」


手招きする吸血鬼の少女。嬉しそうに笑うその表情は、とても自分を殺しに来た者へ向けるものではなかった。
まるで遊びに来た長年の友人か、あるいは家族へと向けるような、そんな笑顔だった。
出て行くべきか一瞬迷うが、もう姿を隠す事は無理だと判断し、暗闇の中から月明かりの下へと出て行く。


「何故分かった――――――レミリア・スカーレット」


吸血鬼の少女、レミリアの前に現れたのは、黒いチュニックにフードを被った暗殺者だった。
顔を隠してはいるが声から判断して、人間の、まだ幼い部類であろう少女なのは分かった。
隠されているものは見たくなる。そんな好奇心にレミリアは駆られる。


「綺麗な声ね貴女。折角だから顔を見せてくれないかしら?もう隠れる必要も無いのだし、ね。
 見せてくれたら、貴女のその問いに答えるわ」

「………………」


レミリアの問いに、彼女は無言で答える。
気配は完全に消していた。匂いで気付かれた訳でもない。なのに何故自分がいる事が分かったのか、彼女には判断出来なかった。
だからこそ知る必要があった。どうして自分に気付いたのかを。
それにレミリアの言う通り、もう自分の存在は相手にバレいるのだ。今更隠すもなにもないだろう。
そう判断し、彼女はフードを取った。

レミリアが目の前に現れた人物を見て思い浮かんだ言葉。それは銀だった。
吸血鬼である自分にとっては忌々しい存在であるはずなのに、目の前の彼女にはそんな感情は芽生えなかった。
ただただ――――――美しいと、そう思った。
月光に照らされて映える銀の髪は本当に銀で出来ていると錯覚させられる。
凛とした、だが愛らしさも十分にある顔立ち。だが一番に惹き付けられたのは彼女の目だった。


(なんて………綺麗なのかしら)


彼女の目に宿っていた光。それは純粋無垢な冷たい殺意の光だった。
他の感情は一切感じない。ただ静かに、自身への殺意しか感じなかった。
それはまるで、冷たい白銀の刃に心臓を貫かれているような、そんな殺気だった。
レミリアは目の前の銀の少女に心を奪われていた。その純粋な美しさに故に。


「ありがとう。私の問いに答えてくれて」

「何故分かった?」


レミリアの感謝の言葉に、彼女はそう冷たく答えるだけだった。そんな彼女に対し、レミリアは軽く苦笑する。


「もう少しこの一時を楽しみましょう?急かしては駄目よ。でも、そうね、約束だものね。答えてあげるわ、貴女の問いに。
 私が貴女が来た事に気付いたのはなんて事はない。ただ自分の能力を使って知っただけなのよ。
 そう、運命を操る程度の能力という私の能力でね」

「私が来る事を知っていたと、そういう事か?」

「ええ、その通り。説明が省けて助かるわ」


そう言うと、レミリアはにっこりと彼女に微笑む。


「私が来ると知っていて、何故警備を疎かにした?」

「貴女に会いたかったから。それだけよ。だから美鈴………この屋敷の門番にも言ってあったのよ。
 今日来るお客様はそのまま通してあげてってね。ふふ、だから貴女が来た事はもう知っていると思うわね」


時を止めて来たとはいえ、道理ですんなりと進入出来たと思った。
あの門番に気付かれずに進入出来た事。それが本当に出来たかどうか、ずっと疑問だった。
相手は我が師が強敵也と認めた人物だ。いかに自分の能力があったとはいえ、全く気付かれないというのはおかしいと思ったのだ。
だがこれで分かった。この目の前の少女が前もって教えていたのだ。今日、自分が来る事を。


「どうして私に会いたいなどと?」

「そうね………貴女が私の運命だったからよ」

「運命、だと?」


それがどういう意味なのか、彼女には判断出来なかった。そしてレミリアはそんな彼女の問いに答える。


「そう、運命。私は運命が、未来が見えるわ。でも絶対の未来ではない。近ければ近いほどはっきりと未来は見える。
 でもあまりに先だと霞が掛かって見えないの。もしくはそう………あまりに多くの未来を見てしまうの。
 そうね………可能性の数だけ、私には未来が見えてしまうのよ。ただ見えるだけで、理解は出来ないのだけれどね。
 もしあんなに膨大な数の運命を理解してしまったら、私は発狂するでしょうね。
 簡単に言えば、ぼんやり森を見てるのと同じ。木の一本葉の一枚を全て意識して見ている事が出来ないのと同じなのよ」


運命は、未来は可能性の数だけ存在する。どんなにありえない事でも、もしかしたら。かもしれないという可能性はある。
それはあまりに膨大で、無限と言ってもいいかもしれない。
森を一目見て葉の一枚一枚がどうなってるか、その全てを理解する事はまず不可能だ。
砂漠を一目見て砂の一粒一粒がどうなってるか、それを理解する事はまず不可能だ。
レミリアにはそれだけの未来が、そう見えてしまうのだ。


「意識を集中すれば先を見る事も不可能ではない。でもやはり絶対ではない。
 的中率は限りなく百に近いだけで、でも決して百ではない。それでも、分かる事はあるわ」

「分かる事?」

「運命の転換期、とでも言えばいいかしら?そういう時には多く見えるのよ。自分に深く関わる存在が。
 季節の変わり目に緑の葉が紅葉するように、それが分かる。そして今回、それは貴女だったという事。
 無限の可能性の中で、貴女という存在が関わる可能性が多くなって、それが見えた。そう言えば、少しは理解出来るかしら?」

「だから、私がお前の運命だと言ったのか」


彼女の問いに、レミリアは満足そうに頷く。


「そういう事。貴女の存在を知って、私はこの逢瀬を一日千秋の想いで待っていたわ。
 そして今日、待ちきれなくてずっとずっと………此処で待ってたわ。経験は無いけどまるでそう、恋人を待つような気分だったわ。
 だから今とても嬉しいの。貴女に出会えたこの瞬間が。この一秒一秒が堪らなく愛しいのよ」

「自分の死がそれほど嬉しいのか?」

「貴女と戦ってどうなるか。それは私にも分からないわ。だからこそ、だからこそ私は待っていたのよ。
 何が起こるのか分からない。どんな運命が待っているのか。それが楽しみで嬉しくて愛しくて………ずっと待っていたのよ。
 そう――――――この瞬間をッ!」


歓喜の声と共に、レミリアは翼を広げ月の輝く夜空へと舞い上がる。


「さあッ!狂ったように歌い、熱く踊ろうじゃないかッ!共にこの長い夜を過ごしましょうッ!
 我が名はレミリア・スカーレットッ!永遠に紅い幼き月にして深紅の後継ッ!さあ教えなさいッ!貴女の名前を、この私にッ!」


月を背に、永遠に紅い幼き月が吼える。歓喜の渦はそのまま、魔力の嵐となって吹き荒れる。
それに対して彼女はただ静かに銀の刃を構え、冷たく言い放つ。


「名は無い。私はお前を殺す、ただのアサシンだ」

「名無しか………それもまた良し。では踊ろうじゃないの、名も無きアサシンよッ!」


夜空に輝く紅い月と銀の刃の殺気がぶつかり合う。










「こんなにも月が美しいから――――――本気で殺すわッ!」

「汝の罪を裁き、引き継ごう。――――――眠れ、安らかに」










――――――十六夜の月が、二人を照らす。



















ああ後書き、どうして貴方は後書きなの?

すみません………なんか、バリバリ書くとか言って遅くなってしまって………すみません。
私もね、出来ると思ったんですよ。でもなんかまだ気が乗らなかったっていうか………本当にごめんなさい。

今回から咲夜さんが紅魔館に来てからの話になります。そして次回はお嬢様と咲夜さん(予定)が戦います。
勿論負けますよ咲夜さん。問題はどう負けるかですね。
かっこよく負けさせてあげたいですね。作家の腕の見せ所ですね、頑張ります。
それでは!


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